...

12 不可逆過程の線形理論

by user

on
Category: Documents
157

views

Report

Comments

Transcript

12 不可逆過程の線形理論
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 88
12
不可逆過程の線形理論
熱力学的立場からの不可逆過程の解析は,古くトムソン(ケルビン卿)による熱電効果 William Thomson, Baron Kelvin
(1824–1907) 北アイルランド生まれ,
の研究に始まるとされる.本章では,不可逆性がそれほど大きくなく,
「駆動力」に対する 英国で活躍した物理学者.クラウジウ
スやランキンとともに古典熱力学の開
「応答」が線形と見なせる範囲での理論的取扱いを紹介する.
12.1
拓者とされる.熱力学 (絶対温度の導
入,熱力学第2法則の定式化,JouleThomson 効果の発見) のほか電磁気
学 (透磁率の導入) や流体力学などあ
らゆる物理学分野で 600 もの論文を
残した.(Wikipedia より)
不可逆過程でのエントロピー生成の例
典型的な不可逆過程の例として,温度 TH の高温熱浴から,単位時間 ∆Q の熱を受け取
り,途中で何かしらの変化があって,∆t 経過後に温度 TL の低温熱浴に,同じだけの熱を
定常的に排出するという過程を考えよう.これが不可逆過程であることは明らかであろう.
熱浴まで含めた全系のエントロピー変化は
∆S = −
∆Q ∆Q
+
TH
TL
(200)
であり,TH > TL であるから,明らかに ∆S > 0 である.熱流 Jq を
Jq =
と定義すると
∆Q
∆t
[
]
∆S
1
1
= Jq −
+
>0
∆t
TH
TL
(201)
(202)
が得られる.すなわち,不可逆過程において エントロピー生成率 production rate of entoropy
は常に正である.
12.2
現象論
19 世紀以降の古典熱力学の発展の中で,実験結果に基づく現象論が次第に確立されてい
き,20 世紀の非平衡熱力学の構築につながった.ここでは,最も簡単な不可逆過程のひと
つとして,温度差が生み出す熱伝導現象を,また2つの駆動力がカップルする例として,
温度差と電位差の組み合わせによって生じる熱電現象を,それぞれ不可逆過程の観点から
取り扱う.
12.2.1
熱伝導現象
単位断面積をもつ固体 の両端を,異なる温度の熱浴2つに接触させたときの,エントロ 流体ではなく固体を考えたのは,巨視
ピー変化を考えよう.熱浴の温度を T , T + ∆T とするとき,一般式 (202) より
(
)
1
1
∆S
=
−
Jq
∆t
T
T + ∆T
的な流れによるエネルギー輸送を考え
ないためである.
(203)
T+∆T
となる.
~ によって引き起こされる 輸送 transport
より一般的な表現として,駆動力 driving force X
Jq
J~ を使って,次式の形に表すのが便利であろう:
dS
~ q · J~q
=X
dt
(204)
T
∆r
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 89
あきらかに,
1
∂(1/T )
∆r ~
~q ≡ 1 −
X
=
∆r = − 2 ∇T
T
T + ∆T
∂~r
T
(205)
とすればよい.
熱流は温度勾配に比例するという 経験則 (Fourier 則) から
~
J~q = −λ∇T
であるので,確かに
λ:熱伝導率
dS
λ∆r ( ~ )2
= 2 ∇T
>0
dt
T
(206)
(207)
が成り立つ.
なお,熱力学第一法則 (122) 式 より,一般化力 generalized force を次式で定義すること
もよく行われる:
~ q = − ∆r ∇T
~
F~q = T X
T
(208)
このときは,エントロピー生成率は
dS
1
= F~ · J~
dt
T
(209)
の形にあらわすことになる.
12.2.2
熱電現象
続いて,駆動力が複数種類存在する(それに応じて,輸送も複数種類ある)場合を扱おう.
複数の駆動力が輸送を生み出す典型例として,熱電効果 thermoelectric effect が,古くか
ら研究されてきた.これは,つぎの3つの現象の総称である:
• ゼーベック効果 Seebeck effect:導体の両端に温度差をつけると電圧が発生する現象.
エストニア生まれドイツの物理学者 Thomas Seebeck (1770–1831) により 1821 年に
発見された.熱電対による温度測定の原理である.
• ペルチェ効果 Peltier effect:種類の異なる導体を接合して電流を流すと,接合点で熱
の吸収・放出が起こる現象.フランスの物理学者 Jean-Charles Peltier (1785–1845)
によって 1834 年に発見された.加熱・冷却のためのペルチェ素子の原理である.
• トムソン効果 Thomson effect:温度勾配をつけた導体に電流を流すと熱が吸収・放
出される現象.William Thomson が 1854 年に発見.
(補足)
通常は,ゼーベック効果とペルチェ効果をペアにして考える.このときは,ともに図 12–42
のように,2種類の金属を接合した系を想定している.
本来のゼーベック効果とは,ある導体の両端に ∆T の温度差をつけると,その温度差に比
例する電位差が生じる現象であり,その比例係数 S(T ) [Seebeck 係数] は物性値である.図
のように2種類の金属を接合して,それぞれの接点の温度を T1 ,T2 に保つと
∫
T2
[SB (T ) − SA (T )] dT
V (T1 , T2 ) =
T1
(210)
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 90
᥋Ⅼ㻌㼀㻝
᥋Ⅼ㻌㼀㻝
ᑟయ B
ᑟయ A
㼂
ᑟయ B
ᑟయ A
㟁ὶ
᥋Ⅼ㻌㼀㻞
᥋Ⅼ㻌㼀㻞
図 12–42: (左)熱電対と(右)ペルチェ素子の概念図.
の電位差が生じる.片方の接点の温度を固定する(たとえば冷接点側を氷水につけて T2 = 0◦ C
とする)と,発生した電位差を測定することで T1 を測ることができるというのが,熱電対
thermocouple の原理である.
これを逆にしたのがペルチェ効果である.すなわち,2つの金属を接合して電流を流すと,
2つの接点の間に温度差が生じる.低温側での単位時間当たりの吸熱量を Q̇ とすると,これ
は(線形現象の範囲内では)電流 I に比例するはずで
Q̇ = [πA − πB ] I
(211)
となる.ここで,πA , πB [ペルチェ係数] はやはりそれぞれの材料の物性値である.なお,高
温側へ排出される熱量は,吸熱量 Q̇ に,ジュール発熱分を加えたものである.この事情は,
通常の冷媒を利用した空調機の原理と同じである.ペルチェ素子は,熱交換機が不要で小型
化ができ,振動や騒音がないことから,パソコンや医療機器などの冷却器に使われているが,
残念ながら冷却効率はそれほど高くないのが現状である.
なお,熱電効果の詳細 (例えばゼーベック係数とペルチェ係数の関係など) について必要な
ら,たとえば
http://nakatsugawa-lab.jp/thermoelectronic%20effects.pdf
などを参照されたい.
ここでは,1つの導体における電流と熱流の相互作用を記述している トムソン効果 に 以下の記述は,主として,一柳 [教科
ついて,その現象論を紹介する.トムソン効果においては,2種類の駆動力 driving force
が存在し,2つの流れ をもたらしている.
• 流れ
– 電流 J~e
– 熱流 J~q
• 駆動力
– 電位差 ∆φ に由来するもの, ただし式 (205) とのアナロジーで以下のように定
義する:
~ e ≡ − 1 ∇φ
~
X
T
(212)
– 温度差 ∆T に由来するもの,同じく,慣習として
~q ≡ ∇
~ 1
X
T
と定義する.
(213)
書 (9)] によった.
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 91
このとき,線形領域においては,一般化力に比例した流れが生じるが,これは
(
) (
)(
)
~e
J~e
Lee Leq
X
=
~q
J~q
Lqe Lqq
X
(214)
のように書き表せる.Lij は一般化された輸送係数 generalized transport coefficients とよ
ばれる.このとき,エントロピー生成率 は
(
(
)
) L
)
(
(
J~e
dS
ee
~
~
~
~
= Xe Xq
= Xe Xq ·
~
dt
Lqe
Jq
Leq
)(
Lqq
~e
X
~q
X
)
(215)
となる.
係数行列 L ≡ (Lij ) のそれぞれの要素について考えよう.まず,温度差がなく電位差の
~ q = 0 のとき,
みをつけた場合,すなわち,X
~ e,
J~e = Lee X
~e
J~q = Lqe X
(216)
となる.したがって,熱浴中(=温度差がない)で電池につないで,電流と熱流の比を測
定することで,Lee /Leq を求めることができる:
J~ Leq
q
= ≡Π
ペルチェ係数
J~e Lee
(217)
一方,回路を開いて J~e = 0 としたとき
~ e + Leq X
~q
0 = Lee X
(218)
であるから,そのときの両端にあらわれる電位差と温度差を測定することで Lee /Lqe を
求めることができる:
X
Lqe
∆φ
~e =
=
~ q ∆T /T
X
Lee
(219)
ていねいな実験の結果,両者はよく一致することが見出され (表 12–6),
Leq = Lqe
(220)
という関係が成り立つことが経験的にわかった(数学的には,L が対称行列ということで
ある).これは,輸送係数の相反関係 reciprocal relation とよばれ,線形領域の不可逆
過程において一般に成り立つことが知られている.
(補足)相反関係 reciprocal relation という言葉について
“reciprocal” とは,“相互の” という意味の形容詞で,”reciprocal help (相互扶助)” や
“reciprocal treaty (互恵条約)” といった用例が辞書に挙がっている.また数学では,“逆”
という意味でも使われ,たとえば “reciprocal number (逆数)” といった例がある.結晶学
の “reciprocal lattice (逆格子)” もその流れであろう.ラテン語 reciprocus (reco 後ろに
+ proco 前に = 前に後ろに行く) といった語源の説明がなされている.
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 92
表 12–6: 各種熱電対についての相反関係の実験的検証の例.精度をあげるのが容易ではない実験だと思
∆φ
われるが,数パーセント以内の誤差で Π = ∆T
/T が成り立っていることがわかる.
出典:H.J. Kreuzer, “Nonequilibrium Thermodynamics and its Statistical Foundations (Clarendon, 1981).
種類 Cu–Ni
Cu–Constantan
Fe–Hg
温度 [℃]
0
14
22
Π
T
[µV/K]
18.60
20.20
20.50
∆φ
∆T
[µV/K]
20.00
20.70
22.30
Lqe /Leq
0.930
0.976
0.919
20
30
40
37.70
40.50
43.20
38.90
41.80
44.60
1.030
1.030
1.030
18.4
56.5
99.6
182.3
16.72
16.17
15.57
13.88
16.66
16.14
15.42
13.74
1.004
1.002
1.010
1.011
また,熱力学第2法則よりエントロピー生成は正でなければならないから,行列 L は正
定値である.したがって,前章の議論と同様に
Lee
> 0
(221)
Lqq
> 0
(222)
|L|
> 0
(223)
という条件が得られる.
ところで,回路が開いているときの熱流は
~ e + Lqq X
~q
J~q = Lqe X
(224)
~ e を消去すると
であるが,式 (218) より,X
Lqq Lee − Lqe Leq ~
|L| ~
J~q =
Xq =
Xq
Lee
Lee
(225)
が得られる.この式は,式 (206) と本質的に同じ形であり,その比例係数は熱伝導率 λ に
対応している.
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 93
12.3
相反定理の証明の概略
オンサーガーは,1931 年,微視的過程の時間反転対称性 にもとづいて輸送係数の相反 教科書 [9] によれば,オンサーガーと
同時期に 杉田元宜 (1905–1990, 一橋
定理の一般的な証明を与えた.この節では,教科書 [10] の付録を参考に,その証明の概略 大学) が同様の不可逆過程の熱力学の
提案を行っていたそうである.
を紹介する.
Lars Onsager (1903–1976) ノルウ
ェー生まれ,米国イェール大学で活躍
した物理学者.不可逆過程の熱力学の
研究 (1931 年,相反定理の証明) によ
り,1968 年ノーベル化学賞受賞.ま
た,2次元イジング模型の厳密解を与
えた (1944 年) ことにより相転移現象
の理論研究を発展させたことでも有名.
示量変数 Ai (i = 1, . . . , N ) を独立変数として,エントロピー S(A1 , A2 , . . .) が定義され
ているとする.ただし,以下の表記を簡単にするために,Ai は平衡状態での値をあらかじ
め差し引いてある(つまり,hAi i = 0)としておこう.
エントロピーの微分量は,
dS =
∑ ∂S
dAi
∂Ai
i
(226)
であるから,エントロピーの時間変化(エントロピー生成率)は
∑ ∂S dAi
dS
=
dt
∂Ai dt
i
(227)
とあらわせる.Onsager は,この式を
dS
dt
=
Ji
≡
Xi
∑
Xi · Ji
(228)
i
≡
dAi
dt
∂S
−
∂Ai
−
一般化された流束
一般化された駆動力
出発点が,エネルギー E ではなくエ
ントロピー S であることに注意.こ
のため,
「一般化力」は普通の意味での
「力」に対応せず,温度で割った量と
なる.たとえば,Ai = V の場合は
(229)
(230)
の形に表現した.
流束が駆動力に比例するというのが,線形領域の定義である.
Ji =
∑
Lij Xj
Xi = −
(
∂S
∂V
)
=−
E,N
p
T
エネルギーよりもエントロピーを基本
量とする事情は,前章で,揺らぎの確
率を考察した場合と同じで,統計力学
の出発点である小正準集団では,エン
トロピーが本質的な役割を担うからで
ある.
(231)
j
この係数 Lij の対称性
Lij = Lji
(232)
が,証明すべき相反定理である.
示量変数 Ai (t) の 時間相関 について考える:
hAi (t)Aj (t + ∆t)i
(233)
平衡(あるいは定常)状態において,Ai (t) が 時間反転対称であると仮定すると
hAi (t)Aj (t + ∆t)i
= hAi (−t)Aj (−t − ∆t)i
t → −t として反転対称性を使う
= hAi (t)Aj (t − ∆t)i
あらためて −t を t と書く
= hAi (t + ∆t)Aj (t)i
物理量によっては,時間を反転させる
と符号が変わるものがある(たとえば,
磁気力,コリオリ力).この場合の相
反定理は Lij = −Lji となる.
∆t だけ時間を進めても不変(並進対称)
(234)
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 94
最後に両辺から,hAi (t)Aj (t)i を差し引いて ∆t で割ると
Aj (t + ∆t) − Aj (t)
Ai (t + ∆t) − Ai (t)
Ai (t)
=
Aj (t)
∆t
∆t
(235)
∆t → 0 で,流束の定義式 (229) より次式を得る:
hAi Jj i = hJi Aj i
線形関係 (231) より,これは
*
Ai
∑
+
Ljk Xk
*
=
Aj
∑
∑
+
Lik Xk
(237)
Lik hAj Xk i
(238)
k
すなわち
(236)
k
Ljk hAi Xk i =
∑
k
k
∂S
この式にあらわれる一般項 hAm Xn i ≡ − Am
について,Onsager は微視的立場
∂An
(統計力学)から考察を進めた.エントロピーの微視的表現(Boltzmann の原理)により,
S は微視的状態数 W と関連付けられる:
S = kB log W
(239)
出現確率 P は W に比例する(等重率の仮定)から
S = kB log
P
c
(240)
ここで c は P の規格化因子(定数)である.教科書 [10] の記述に従うと
(
)
∫
∂S
∂ [kB log P ]
Am
=
Am
P d {~x, p~}
∂An
∂An
位相空間
∫
∂P
= kB
Am
d {~x, p~}
∂A
m
位相空間
∫
∂An
P d {~x, p~}
∵部分積分して無限遠でゼロとする
= −kB
∂A
m
位相空間
∂An
= −kB
(241)
∂Am
{Ai } は 独立変数 であったから,結局
hAm Xn i = kB δmn
(242)
という単純な結果にたどり着く.式 (238) に代入すると,相反定理の証明が完了する.
ここの微視的考察は相反定理の証明の
ポイントであるが,教科書 [10] では,
巨視的状態量 Ai と位相空間での微視
的状態量を区別せずに平均操作をおこ
なっているようで,少し不満に思う.
位相空間中で物理量 Ai の値が Ai に
等しいところを拾い出す操作(デルタ
関数を使うと表現できる)をするべき
だと思うが,記述が煩雑になりそうな
ので,ここでは証明の概略(方向性)
を示すにとどめた.
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 95
12.4
変分原理による表現
さらに,Onsager は,線形性 (231) と相反定理 (232) を,1つの 変分原理 variational
principle の形に表現できることを示した.
• 形式 1: 駆動力 {X} を与えて,流束 {J} を求めることを考える.(第1種) 散逸関数
φ を,{J} の汎関数として
φ[J] ≡
1∑
Ji (L−1 )ij Jj
2
と定義して,次の変分問題を考える:
[
]
dS
δ
− φ[J] = 0
dt
ここで,
(243)
(244)
式 (247) の変分操作の際に,相反関
係が用いられている.たとえば,2 × 2
の場合について実際に書き表してみ
ると
(
dS[J; X] ∑
=
Xi Ji
dt
i
(245)
)(
δ
A11 A12
J1
(J1 J2 )
A21 A22
J2
δJ1
= 2A11 J1 + (A12 + A21 )J2
= 2 [A11 J1 + A12 J2 ]
は,系のエントロピーの時間変化 (204) である.{X} が与えられているので,
[
]
となる.すなわち,A が対称行列の場
∑(
)
δ dS
0=
(247) 合にのみ
− φ[J] = Xi −
L−1 ij Jj
δJi dt
δ
j
δ J~
が得られるが,これは,{J} と {X} の線形関係を表している.
~ J~ = 2AJ~
JA
(246)
となる.
• 形式 2: 逆に,流束 {J} が与えられているときに,駆動力 {X} を求めるには,(第2
種) 散逸関数を
ψ[J] ≡
1∑
Xi (L)ij Xj
2
と定義して,次の変分問題を考える:
[
]
dS
δ
− ψ[X] = 0
dt
(248)
(249)
今度は,{X} での変分をとると
[
]
∑
δ
dS
0=
− ψ[X] = Ji −
(L)ij Xj
δXi dt
(250)
j
が得られる.
Onsager は,これらを,エネルギー散逸最小の原理 principle of least dissipation of energy
と名付けた.のちに,Prigogine ら (1971) はこれを非線形領域に拡張し,エントロピー生 L. Onsager, ”Reciprocal Relations
成最小の原理 を提案しているが,ここでは割愛する.
in Irreversible Processes I.” Phys.
Rev., 37 (1931) 405–426.
)
熱物性論 2015 (松本充弘)
: p. 96
12.5
記憶効果がある場合への拡張
最後に,線形領域ではあっても,応答が時間遅れを伴う場合の定式化について,その方 記述を簡単にするために独立変数1つ
の形で書いてある.一般には,J や X
をベクトル,L をテンソルだと思えば
よい.
向性を述べておく.流束と駆動力の関係式 (231) を次のように拡張する:
∫
t
L(t − s)X(s)ds
J(t) =
−∞
(251)
線形応答理論では,L(t) は インパル
ス応答として知られている.
の出発点であるが,これは物理学における因果律 causality の表現である.これは,畳み込
み convolution の形をしているので,Fourier 変換するのが便利であろう.両辺を Fourier
変換すると
ˆ
J(ω)
= L̂(ω)X̂(ω)
ここで係数 L̂ は
∫
L̂(ω) ≡
∞
(252)
L(t)e−iωt dt
(253)
−∞
であるが,因果律から t < 0 において L(t) = 0 でなければならないので
∫ ∞
L̂(ω) =
L(t)e−iωt dt
(254)
0
かつ
∫
∞
L̂(ω)eiωt dω = 0
(t < 0)
(255)
−∞
であり,L̂(ω) は実軸より上の半無限平面で 正則であることが示される.
この結果,L̂(ω) ≡ LR (ω) + iLI (ω) について クラマース・クローニッヒの関係式が成り
立つ:
LR (ω) =
LI (ω)
=
2
π
−
∫
∞
0
2
π
∫
0
ω 0 LI (ω 0 ) 0
dω
ω 02 − ω 2
∞
ωLR (ω 0 ) 0
dω
ω 02 − ω 2
(256)
(257)
これにより,周波数応答 L̂(ω) の実部または虚部のみを求めるだけで,L̂ 自体を求めるこ
とが可能になる.実験でもよく利用される関係式である.
複素関数がある領域で 正則 holomorphic であるとは,その領域のすべて
の点で微分可能であることである.正
則であれば任意の回数の微分が可能で
あり,この結果,冪関数などへの展開
が可能となる.
Kramers-Kronig relation: 1926 年
に Ralph Kronig (1904–1995, ドイ
ツ生まれの物理学者), 1927 年に Hendrik Anthony Hans Kramers (1894–
1952, オランダ生まれの物理学者) に
よって電磁波の分散現象に対して導か
れた.
Fly UP