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リスク分類の経済的役割

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リスク分類の経済的役割
リスク分類の経済的役割
花 輪 俊 哉
(一橋大学教授)
小 川 英 治
(一橋大学大学院生)
1.序一金融革新と生命保険
現在、生命保険業界を含む我が国の金融界において金融革新及び金
融自由化が進展しつつあり,しかもその速度を速めつつもある。この
ような現象にとって、外的要因は単にその端緒を開いたにすぎず、む
しろ内在的な力が作用していることが重要である。我々が考察の対象
とする経済において、その内在的な力は、当然,自由経済の内に潜む
ものと考えることができよう。自由経済に内在する力が、外的要因に
よって覚醒せられ、金融革新及び金融自由化の進展という現象として
現われているのである。
その自由経済には二つの顔がある。
第-の顔は,中央集権的計画経済に対する分権的市場経済に示され
る。そこでは個別的計画主体は存在するが、経済全体についての計画
主体は存在しない。計画経済に対して、いわゆる無計画経済あるいは
無政府経済がそれである。分権的市場経済が無計画経済と呼ばれるよ
うに、経済全体についての計画主体が存在しないものの、その経済全
体の秩序が維持されている。この経済全体の秩序を維持しているもの
が、市場機構あるいは価格機構である。市場機構は、各市場において
価格が伸縮的に変動することによって、需要と供給が均等化するよう
一129-
リスク分類の経済的役割
に作用する。したがって、そのような市場では、個別的計画主体がそ
れぞれ価格に基づいて自らの意思決定を行うことによって、その均衡
が達成される。
当然、各市場において需要と供給が効率的に調整されるためには、
価格が伸縮的に変動しなければならず、さらにその伸縮的な価格の変
動を各個別的計画主体が正確に認識して、その認識に基づいて合理的
に行動しなければならない。したがって、自由経済における市場機構
とは、第一に、このような価格の伸縮性が保証される場であるといえ
る。この点から、価格機構の撹乱要因となる独占や寡占あるいは市場
に対する国家の介入が自由経済を破壊するものとして厳しく非難され
た。第二に、自由経済における市場機構では、各市場を有機的に連関
させる媒介手段としての貨幣の役割が重要となる。各市場が有機的に
連関され、そして効率的な資源配分が達成されるために、貨幣に対す
る監視が要求される。この貨幣の問題は、各個別的計画主体が価格、
とりわけ相対価格を正確に認識することができる環境を維持すること
にも関連する。貨幣価値の変動が激しい場合には、個別的計画主体は
相対価格の変動と絶対価格の変動を識別することが難しくなる。この
点からも、貨幣価値を左右する貨幣供給量の厳格な管理が必要となる。
自由経済の第二の顔は、シュンペーターのいわゆる企業家精神に求
められる。彼は自由経済の特色を創造的破壊のプロセスとみなして、
その担い手である企業者の革新活動が重要であると指摘した。革新活
動の具体的内容としては、①新鹿、新品質の商品の市場への導入、②
新生産方法の採用、③新市場の開拓、④新資源の獲得、⑤産業組織に
おける新制度の実現(独占の形成など)の五種類に集約することがで
きる。企業者の革新活動による創造的破壊のプロセスが自由経済その
ものであり、この革新性が喪失される時、自由経済が崩壊すると考え
-130-
リスク分類の経済的役割
られた。革新性が喪失される原田として、企業の巨大化における官僚
制の浸透があげられた。
一方、企業者が革新活動を行う時には、革新活動のための投資資金
を必要とする。この資金の供給を担当するのが、貨幣・信用機構であ
る。したがって、自由経済は、企業者の革新活動と、それを支える貨
幣・信用機構とを車の両輪として、進んできたと考えられる。
このように、自由経済は、市場機構あるいは価格機構という顔と企
業者の革新活動という顔をもっている。この二つの顔がまさに自由経
済の内在的な力に他ならない。したがって、金融革新及び金融自由化
の問題を考察するにあたって、市場機構あるいは価格機構及び企業者
の革新活動の両面からその間題に接近しなければならない。
市場機構の面から金融革新及び金融自由化の問題に接近する場合に
は、価格の機能に焦点が当てられる。このことは、金利の自由化とし
てもっともよく現われている。また、生命保険においては保険契約の
価格である保険料率に関連してくる。従来、規制によって、時には、市
場の実勢から垂離して、決定されていた金利について、価格機構が作
用するように、市場原理が重視されるに至り、金利の自由化が求めら
れている。しかしながら、このことは価格の過度の変動までも要求す
るものではない。すなわち、政策的に価格を安定させることが望まし
い場合には、直接的に規制するのではなしに、価格機構を前提に市場
の需給の状況に介入することによって、価格の安定をはかるべきであ
る。つまり、価格に対する直接的規制には問題があるが、価格機構を
前提とした間接的規制には問題がない。
一方、企業者の革新活動の面から金融革新及び金融自由化の問題に
接近する場合には、革新活動の具体的内容の中の(9新種、新品質の商
品の市場への導入に焦点が当てられる。実際に、政府の規制があるな
一131-
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かから、新種の金融商品が創出されている。政府の過度の規制が取り
除かれる自由経済においては、一層、新種の金融商品が創出されるも
のと考えられる。
企業者の革新活動の面における金融革新は、既存の市場及び商品を
創造的破壊することにその本質がある。したがって、このような金融
革新に対して,既存のものを保護するという消極的対応では、自ずから
その創造的破壊の受動者となることを認めることになる。むしろ、そ
の能動者たらんとして、金融革新に対して積極的対応が必要となる。
たとえば、生命保険に関連して、民間の生命保険会社と生活協同組
合の対立が顕著となりつつあるという事象がある。その対立は、民間
企業が生活協同組合を設立し、社員向けに生命共済保険を売り出す動
きによって、一段と激化している。これは、新種、新品質の商品の市
場への導入という点において、生命保険における一種の金融革新であ
ると言えよう。
この事象にはどのような問題が包含されているのであろうか。比較
的健康管理が行き届いているため死亡率が低いとみられる大企業の社
員を生活協同組合が保険提供の対象としていることから、生活協同組
合は比較的低リスクの消費者に限定することができる一方、民間の生
命保険会社は低リスクの消費者の他に比較的高リスクの消費者をもも
ち、さらには生活協同組合に低リスクの顧客を奪われる可能性がある。
いわゆるスキミング(skimming)が行なわれるかもしれない。
このように、高リスクの被保険者と低リスクの被保険者を顧客とし
てもつ民間の生命保険会社は、低リスクの消費者のみを対象とした参
入の可能性に対して、リスクを分類することによって対処することが
必要となる。
リスク分類を必要とする経済学的議論によれば、高い損失確率をも
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リスク分類の経済的役割
つ(高リスクの)被保険者と低い損失確率をもつ(低リスクの)被保
険者に同一の平均保険料で保険契約を提供すると、低リスクの被保険
者よりもむしろ高リスクの被保険者が保険契約を購入する傾向が大き
い。いわゆる逆選択が生ずるであろう。逆選択によって、もっぱら高
リスクの被保険者によって保険契約が購入されるならば、保険会社は
損失をこうむり、その保険契約計画が失敗することになろう。したがっ
て、保険会社は、このような逆選択を生じさせないために、リスクを
分類することによって、それぞれのリスク・グループにその公正な保
険料を課すことが必要となる。
そこで、我々は、本稿において、リスク分類の経済的根拠とリスク
分類が不可能である場合における保険市場に対する効果を論じた、カ
ミンスとヴァンスの論文(1)を参考にして、このリスク分類の問題を考
察する。それによって、金融革新における生命保険会社の行動に対し
て何らかの示唆が得られるであろう。
リスク分類に関する主要な結果は、もし保険会社がリスク分類する
ことができないならば、市場が不安定となるかもしれないということ
である。この市場混乱は保険の利用可能性を制限しそうである。また、
たとえリスク分類がない場合に均衡が存在するとしても、それはリス
ク分類を伴う競争的市場のケースよりも悪い状態に保険契約者を置く
であろう。換言すれば、その効用が低下するであろう。最後に、リス
ク分類がない場合には、市場の作用を維持又は改善するために、政府
の規制が必要であるかもしれない。
注(1)Cummins,J.D.&Vance,R.N.,"TheEconomicRoleofRISk ClasslflCation,"in
Cumminsed.,RiskClassificatlOninLifeInsurance,1983
-133-
リスク分類の経済的役割
2.保険市場のモデル
二つの型の消費者、すなわち高リスクの被保険者と低リスクの被保
険者から成る単純化した保険市場を考えよう。すべての消費者は同じ
初期の菖Wを保有し、そして損失Ⅹの可能性に直面する。生命保険で
は、この損失は被保険者の将来の所得の割引価値であろう(1)。この損
失の確率は、低リスクの被保険者についてβLであり、そして高リス
クの被保険者についてβⅡである。ただし、βK>βL。低リスクの被
保険者数はNLであり、そして高リスクの被保険者はNHである。消費
者は、もし損失が起きたならば、金額Qが支払われる保険契約を購入
することによって、損失の結果に対して自らを守ることができる。保
険契約額は損失額より大きくない[9≧Ⅹ]。
保障単位当たりの価格(保険料率)は、低リスクについてPLであり、
高リスクについてPEである。したがって、各々の保険料は、PL=pL
QL及びPE=pEQHである。ただし、QLとQEは、それぞれ低リスク
の被保険者によって購入された保険金額と高リスクの被保険者によっ
て購入された保険金顕である。iグループの保険数理上公正な保険料
はP.=β19.である。図1は、購入保険額の関数として表わした高
リスクの被保険者と低リスクの被保険者の保険料を示す。各グループ
の公正保険料線の傾きは、そのグループの損失確率に等しい。
-1糾-
リスク分類の経済的役割
図1.高リスクの被保険者と低リスクの被保険者にとっての公正保険
科線。
総
保
険
料
P
保険金額
9
保険契約は、保険金額と保険料を示す数字の対によって表わされう
る。したがって、保険契約S丁は保険金額針と保険料P沌有する(肩
文字は保険契約番号を示し、下付き文字は保険契約者のリスク・クラ
スを示す)。保険契約は、横軸に針を、縦軸にP:をプロットするこ
とによって図に示される。OP.線より上方にある点は、所与の保険
金額についての保険数理上公正な保険料よりも保険料が大きいために、
iグループによって購入される時に保険会社にとって正の利潤を生む
保険契約を表わす。同様に、OP1線より下方にある点は、損失を受
ける保険契約を表わす。そして、OP.線上の点が損益分岐を表わす。
保険市場が競争的であると仮定する。すなわち、保険会社にとって
一135-
リスク分類の経済的役割
参入と退出が自由である。そして保険会社は共謀に従事しない。保険
会社は期待利潤の最大化をその目的とすると仮定する。したがって、
保険会社は、最高の可能な期待純所得を与える保険契約の集合を発行
しようとする。保険会社は利潤分布の平均のみを見て、その分散に関
心をもたないと仮定する。保険会社は、期待利潤を生むと考えられる
すべての保険契約を提供する適切な財源をもっていると仮定する。保
険事業の管理費用や潜在的な被保険者についての分類情報を獲得する
ことの費用がかからないと仮定する。最後に、各消費者は唯一の保険
契約を購入することを許されている。この最後の仮定は特に重要であ
り、以下で詳細に論じられる。
消費者は、効用理論に従って保険購入決定を行うと仮定する。すな
わち、次の富の期待効用関数を最大化する保険契約S=(Q,P)が
選択される。次式に表わされる期待効用関数は、左辺の第一項には損
失が生じた結果の富水準についての期待効用を表わし、そして第二項
には損失が生じない場合の富水準についての期待効用を表わしている。
すなわち、損失が生じた場合には、初期の富Wから損失額を差し引い
て、これに保険金額と保険料との差額(9-P)を加えたものが、そ
の結果の富水準となる。一方、損失が生じない場合には、初期の富W
から保険料Pだけを差し引いたものが、その結果の富水準となる。そ
してそれぞれの富の効用にそれぞれの確率[β1と(1-β.)]を掛
け合わせたものが、(1)式の期待効用となる。
EUi(S)=O.UlW-Ⅹ十(Q-P)]
十(1-8.)U[W-P],i=L,Ⅱ(1)
効用関数U(W)は通常の特性をもつと仮定する。すなわち、消費
者は小さい富よりも大きい富を選好する。そして富が増加するにつれ
て、富に追加される増分から得られる効用の限界的増加が低下する。
-136-
リスク分類の経済的役割
各消費者は、リスク・クラスにかかわらず、同じ効用関数をもつと仮
定する。しかしながら、たとえ両クラスが同じ効用関数をもつとして
も、保険契約の期待効用は消費者のリスク・クラスに依存する。
保険市場均衡の分析は消費者無差別曲線を利用する。この状況にお
ける無差別曲線は、消費者にとって無差別である保険契約の軌跡(保
険料と保険金額の対)である`2)。図2に無差別曲線の三つの例が図示
されている。曲線EUIとEUHま低リスクの被保険者に相当し、曲線
EUKは高リスクの被保険者に相当する。
図2.消費者無差別曲線
総
保
険
料
P
保険金額
Q
低リスク無差別曲線EU王の効用は、低リスク無差別曲線EUこの効
用よりも大きい。というのは、同じ保険金額を得る場合に、保険料が
低ければ低いほど効用が大きくなる。したがって、下方にある無差別
曲線(EU乙)の効用は、上方にある無差別曲線(EUL)の効用より
-137-
リスク分類の経済的役割
も大きい。
消費者は、最高の効用水準を表わす無差別曲線上にある利用可能な
保険契約を選択することによって、効用を最大化する。
以下の節において、保険市場に均衡が存在する条件と、均衡におい
て異なるリスク・グループの消費者によって得られる効用水準が論じ
られる。均衡とは、一般に、保険契約が提供されるときに保険会社が
もはやそれを変化させるインセンティブをもたない保険契約の集合と
して定義される。均衡が存在するか否かは、とりわけ各保険会社の保
険契約提供に対する他の保険会社の反応に関するその保険会社の期待
と、保険会社と消費者によって利用可能である、保険申込者のリスク
特徴についての情報量に依存する。
注(1)初期の富Wは、初期において保有する実物資産と金融資産に加えて、将来の所得
を得る能力すなわち人的害を意味する。一方、生命保険における損失額Ⅹは、将来の所
得の現在価値に等しい。すなわち、
Ⅹ=
Y
t十l
Y
t十2
(1+r )+(i十r)2
ただし、Y t:t期の所得
r:割引率
(2)(P,9)における無差別曲線の接線の傾きは、(1)式を全微分して、ゼロに等しい
とおくことによって、導出される。
dP
e.U′〔W-Ⅹ+(Q-P)〕
dQ-O.U′〔噺二恵子て豆-P)〕+(1-0.)U'〔W-P〕
1=L,H (2)
3.完全情報とリスク分類
最初に、保険会社と消費者の両方が申込者のリスク特徴について完
全な情報をもっていて、そして保険会社がこの情報に基づいて申込者
を分類することができる状況を考えよう。この状況の下では、均衡が
存在し、そしてすべての消費者が損失額と同額の完全な保険金額Ⅹを
-138-
リスク分類の経済的役割
購入する。このことを見るために、図3において無差別曲線と公正保
険料線を考察しよう。
図3.完全情報とリスク分類の場合の均衡
総
保
険
料
P
消費者は、(P,9)点ができるかぎり下方に位置する無差別曲線
上にある保険契約を選択することによって、効用を最大化する。保険
会社は、申込者のリスク・クラスを知っているので、高リスクの申込
者にはPE=βⅡ9線より下方にある保険契約の提供を拒否し、低リス
クの申込者にはPL=βLQより下方にある保険契約の提供を拒否する。
このように、消費者は、そのリスク・クラスにとっての公正保険料線
上、もしくはそれよりも上方にある保険契約に制限される。もし公正
保険料線上の保険契約が提供されるならば、iクラスの消費者は、無
差別曲線と公正保険料線P.=β.Qとの接点によって表わされる保険
-139-
リスク分類の経済的役割
契約を選択することによって、効用を最大化する。区13の点SEと点
SLがそれぞれ高リスク・クラスと低リスク・クラスにとって最適保
険契約を表わす。各グループの消費者は、それぞれの公正保険料線よ
り下方にある保険契約を選好するが、その保険料が損失を生むために
保険会社はそのような保険契約を提供しないであろう。
保険会社は公正保険料線より上方にある保険契約を販売することを
選好する。もしこのような保険契約が提供され、そして、消費者によっ
て購入されたならば、利潤が生ずるであろう。しかし、この状況は新
しい保険会社を市場に参入させ、より低い価格で保険契約を提供させ
る。したがって、最初から市場に存在した保険会社はその保険料を低
下させざるをえない。さもなくば、その顧客を新しい保険会社に奪わ
れるであろう。このようにして、競争的市場では期待利潤がゼロとな
るであろう。すなわち、その保険料が各グループにとって保険数理上
公正となるであろう。この点において、保険会社がその保険契約提供
を変化させるインセンティブをもたず、そして均衡が達成される。
以上より、消費者無差別曲線と公正保険料線との接点が均衡点であ
ることが明らかになった。さらに、公正保険料線の傾きと無差別曲線
の傾きを比較することによって、均衡においてすべての消費者が完全
な保険金額を購入することが示される。接点では、公正保険科線の傾
きと無差別曲線の傾きが等しいことから、完全な保険金額が購入され
るときにのみ、無差別曲線の傾きと公正保険料線の傾きが等しい(1)。
注(1)公正保険料線の方程式がP.苫β19,1=L,Hであるから、その傾きはβ.である。
一方、無差別曲線の傾きは(2)式である。これらが均等となるためには、Q=Ⅹとならな
ければならない。すなわち、損失額と同額の保険金額、換言すれば、完全な保障を必要
とする。
-140-
リスク分類の経済的役割
4.不完全情報と独立的企業
(りプーリング均衡の不安定性
次に保険会社が他の保険会社と独立に行動し、そして消費者がその
損失確率を知っているが、規制のために、あるいは保険契約を発行す
る前に消費者のリスク特徴を保険会社が識別することができないため
に、企業はリスクを分類することができない状況を考える。この議論
の目的のために、もし他の保険会社によって提供される保険契約の集
合がある保険会社の活動に独立であると仮定するならば、その保険会
社は独立に行動すると言われる(日。そして、こうして達成される均衡
がナッシュ均衡(Nasheguilibrium)と呼ばれる。
もし保険会社がリスクを分類することができないならば、一つの可
能な戦略は、すべての被保険者に平均(プール)保険料を課すことで
ある。この戦略の下で達成される均衡はプーリング均衡(pooling
eguilibrium)と呼ばれる。
この節の議論の主要な結果は、企業が不完全情報しかもたず、かつ
独立に行動するならば、上述のプーリング均衡が存在しないというこ
とである。その理由が図4において示される。図4には、低リスクの
消費者と高リスクの消費者の公正保険料線がそれぞれOPLとOPxと
して与えられている。平均保険料にとっての公正保険料線がOPmと
して与えられる(2)。
もし保険契約が平均保険料率βで提供されるならば、競争によって、
選好される保険契約としてSO(OPLHが低リスク無差別曲線EU芝と
接する点)が現われると論じられよう.。
-141-
リスク分類の経済的役割
図4.リスク分類のない保険市場
総
保
険
料
P
たとえば、SlのようなOPLE上の他の保険契約を考えよう。いか
なる保険会社もSOの保険契約を提供することによってSlの保険契約
から低リスクの消費者を引きつけることができる。なぜならSOの保
険契約は、その平均保険料率と整合的であり、かつその中で低リスク
の消費者にとってもっとも好ましい無差別曲線EUと上にあるからで
ある。低リスクの消費者がSからSOへ移動するにつれて、、Slの保険
契約が有利でなくなり、取り下げられる。こうして、高リスクの消費
者もSO(それは無差別曲線EU品上にある)に移動しなければならない。
しかしながら、たとえ市場が一時的に点SOに至ってとどまるとし
ても、もし企業が他の企業と独立に近視眼的に行動するならば、この
点は均衡ではないだろう。というのは、ある保険会社がSZのような
-142-
リスク分類の経済的役割
保険契約を提供するかもしれないからである。S2の保険契約は、低
リスクの消費者にとってSOの保険契約より遺好されるが、高リスク
の消費者にとってはSOの保険契約より選好されない。S2の保険契約
は、低リスクの消費者にのみ販売されるときに、利益が生ずる。とい
うのは、この保険契約が低リスク・グループの公正保険料線(OPL)
より上方にあるからである。しかしながら、低リスクの消費者がSO
からS2ヘシフトするにつれて、SOの保険契約における高リスクの被
保険者の比率が平均保険料βに反映されるその比率を超えるために、
SOの保険契約は利益を生じなくなる。こうして、SOの保険契約が取
り下げられなければならない。このことが起こるときには、高リスク
の消費者がS2の保険契約を購入し、そしてその保険契約も利益を生
じなくなる。なぜならS2の保険契約が平均公正保険料線OPLKより
下方にあるためである。したがって、保険会社がその保険契約提供に
対する競争者の反応を予見せず、そしてリスクを分類することができ
ないならば、その競争的保険市場にはプーリング均衡が存在しない。
企業の行動がその臨界的な要因である。近視司郎勺な企業は、二つの
理由から均衡を不安定化する保険契約S2を提供するであろう。すな
わち、第-に高リスクの消費者はSOの保険契約を選好するために、
S2の保険契約が低リスクの消費者にのみ販売され、そして低リスク
の消費者によってのみ購入されるとき、S2の保険契約が利益を生ず
る。そして、第二に保険会社が、低リスクの消費者にS2の保険契約
を販売することによって、他の保険会社がSOの保険契約を取り下げ
るということを予見しない。
(lI)自己選択均衡
プーリング均衡が存在しないことは、市場が必ず失敗することを意
味しない。高リスクの申込者が比較的高い損失確率のために比較的大
-143-
リスク分類の経済的役割
きな保険需要を有するということを所与とすると、もし保険会社が二
つの保険契約、すなわち高い単位価格で完全な保障(保険金額=損失
額)を与える保険契約と、比較的低い価格で部分的な保障(保険金額
<損失額)を与える保険契約を提供するならば、均衡を達成すること
ができるかもしれない。もし価格と保険金額が適正に設定されるなら
ば、被保険者は自己選択するようになるかもしれない。すなわち、高
リスクの被保険者は比較的高い価格の保険を選択し、そして低リスク
の被保険者は比較的低い価格の保険を選択するかもしれない。この型
の均衡は、自己選択均衡(self・Selectioneguilibrium)又はナッシュ
分離均衡(Nashs。paratingeguilibrium)と呼ばれるこ4'
図5.保険会社が独立に価格形成するときの自己選択均衡
総
保
険
料
P
リスク分類の経済的役割
図5は、自己選択均衡を示す。保険会社はS2の保険契約を提供する。
その保険契約は、高リスク・グループに保険数理上公正な保険料率で
完全な保障を与える。この保険契約は、補助なしに達成されうるもっ
とも好ましい無差別曲線上に高リスクの被保険者を置く。保険会社は
リスクを分類することができないために、低リスクの保険契約者も高
リスクの保険契約(S2)を購入することができる。しかしながら、
低リスク・グループによって選好される別の保険契約が提供されう
る。競争によって保険会社はその保険契約を捷供せざるをえない。そ
の保険契約は、単位価格βLで損失額Ⅹに満たない部分的な保障を提
供するSlの保険契約である。この保険契約は低リスクの消費者によっ
て購入されるであろう。高リスクの消費者もまたSlの保険契約を購
入することができようが、SlがS2と同じ無差別曲線上にあるために、
Slの保険契約を購入するインセンティブをもたない。
市場にSlとSZの保険契約が存在する場合、S3のような追加的な保
険契約を提供することの可能性を保険会砧か考えるであろう。Sの
保険契約がトもし低リスク・グループに販売されるならば、正の利潤
を得るであろう。そして、低リスク・グループによってSlの保険契
約よりS3の保険契約が選好される。しかしながら、S3の保険契約は
高リスク・グループによっても選好される。もし両方のグループに
ょって購入されるならば、S3が平均公正保険料線OPLEより下方に
あたるために、保険会社は損失をこうむる。保険会社はリスクを分類
することができないために、高リスク・グループがS3の保険契約を
購入することを妨げる方法がない。したがって、S3の保険契約は提
供されないだろう。
このような論拠によって両グループによって保険契約の組合せ(Sl,
S2)よりも選好され、そして両グループによって購入される時に非
-145一
リスク分類の経済的役割
負の利潤を得る保険契約が存在しないということが示されうる。した
がって、保険会社はその保険契約提供を変化させるインセンティブを
もたず、(S,Sz)が均衡状態を構成する。
図5において、この型の保険市場における保険契約者の厚生に対す
るリスク分類の効果が示される。高リスクの保険契約者は、リスク分
類のない自己選択均衡における状態とリスク分類のある場合の状態と
同じである(S2)。すなわち高リスクの保険契約者は保険数理上公正
な保険料率βEで完全な保険金額を購入する。したがって、リスク分
類を除去することによって、高リスク・グループに対して何ら効果が
もたらされない。他方、もしリスク分類が除去されるならば、低リス
クの保険契約者はリスク分類が存在する場合より好ましくない状態に
なる。リスク分類が存在する場合には、図5の無差別曲線EUま上の
S4の保険契約を購入する。一方、自己選択均衡においては、EU乙よ
り好ましくない無差別曲線EULヒのSlを購入する。低リスクの保険
契約者は、リスク分類が存在する場合と同じ保険料率βLを支払うが、
リスク分類が存在する場合よりも購入される保険金額が小さい。低リ
スクの保険契約者が完全な保障(S2)を得るためには、保険料率βH
を支払わなければならず、それによって一層望ましくない状態に置か
れる。
このように、もし保険会社がリスクを分類することができず、そし
て市場が自己選択均衡を達成するならば、明白な厚生損失が生ずる。
すなわち、高リスクの保険契約者の効用は変化しないが、低リスクの
保険契約者の効用が明らかに低下する。この次善の均衡さえ、保険会
社が高リスク・グループに利用可能な保険金額を有効に制限すること
ができると仮定することによってのみ、達成される。
-146-
リスク分類の経済的役割
価)自己選択均衡の不安定化要因
自己選択均衡と関連する潜在的な問題がある。高リスクの被保険者
の比率が低下した市場を反映して、平均公正保険料線OPLEの傾きが
低下したケースを考えよう(図6)。
図6.保険会社が独立に価格形成するときの自己選択均衡の不安定性
総
保
険
料
P
EUlより下方でかつOPLH線より上方の領域にある保険契約は、
高リスクと低リスクの消費者によって保険契約の組合せ(Sl,SZ)
のそれぞれの要素よりも選好される。そして、両方のリスク・グルー
プに販売されるときに利潤が得られるであろう。したがって、保険会
社はこの領域における保険契約を提供するインセンティブをもつ。
いったんこのような保険契約が提供されると、競争によって結局すべ
ての保険会社がSOの保険契約を提供する。しかし、上述したように、
これはプーリング均衡であって、したがって不安定である。それ故に、
-147-
「リスク分類の経済的役割」
もし保険会社が独立に行動し、そして自己選択均衡によって意味され
る低リスク無差別曲線(EUと)をOPLH線が横切るならば、均衡は
達成されないだろう。
OPLEがOPLに近づけば近づくほど、自己選択均衡が不安定とな
る可能性が高くなる。このことによって、もし高リスク・グループが
全体の被保険者数の小さい比率を示すならば、リスク分類が存在しな
いことが市場の不安定性に導きそうであるという驚くべき結論が導出
される。
このことを直観的に理解するために、均衡を不安定化する保険契約
(図6のSO)は、次の条件を満たさなければならないことを思い起
こす必要がある。第一に、SOの保険契約が低リスク・グループによっ
てSlの保険契約よりも遺好され高リスク・グループによってSZの保
険契約よりも選好される。そして、第二に、SOの保険契約は、両方
のリスク・グループに販売される時に、非負の総利潤を得なければな
らない。
この条件より、高リスク・グループによってS2の保険契約よりも
選好されるいかなる保険契約も保険数理上公正な保険料率βH以下で
高リスク・グループに利用可能であるために、このような保険契約が、
もし個別的に販売されるならば、損失を受けて提供されないであろう。
したがって、両方のリスク・グループに販売されて、全体として損益
がないようにするために必要とされる金額だけ、高リスク・グループ
は低リスク・グループによる補助を受けなければならない。この特徴
をもつすべての保険契約の軌跡がプール保険料線OPLEである。
もし市場における高リスク・グループの比率が小さいならば、低リ
スク・グループによってSlの保険契約より選好されるOPL。上の保
険契約を見出すことは容易である。というのは、そのときプール保険
-148-
「リスク分類の経済的役割」
料率が低リスク・グループの保険数理上公正な保険料率に近づくから
である。低リスク・グループは、Slの保険契約によって意味される
保険金額よりも大きな保険金額の見返りに、保険数理上公正な保険料
率よりもわずかに高い保険料率を支払う意思があるかもしれない。し
かし、もしこの二つの保険料率(βLEとβL)の差が大きいならば、
保険金額の増加によって低リスク・グループが保険契約をSlからSO
へ転換するということはあまりありそうにない。
もしこのモデルが現実世界の生命保険市場について予測力をもつな
らば、そのインプリケーションは興味深い。すなわち、もしリスク・
グループが比較的等しい規模の、性別のような要因についてよりもむ
しろ、特定の病気のような小さい比率の保険契約者のみに影響を及ぼ
す損失についてリスク分類が禁じられるならば、不安定性が発生しそ
うである。
注(1)あるいは、この型の行動を示す企業は、近視眼的企業とも呼ばれる。この企業行動
の概念は後の節でゆるめられる。
(2)OPLEの方程式は、次式に示される。
P=〔AβL+(1-人)伽〕9=♂Q
ただし、ス=NL/(NL+Nx)=市場における低リスクの消費者の比率
(3)保険会社がこの結果を予見するケースは次節で考察する。
(4)自己選択均衡を達成するための必要条件は、各消費者が唯一つの保険契約しか購入す
ることが許されていない、又は同じ意味だが、保険会社が他の保険会社から購入される
保険金額を監視することができるということである。しかし、この仮定の下でさえ、そ
の市場特徴は、自己選択均衡が達成されないかもしれない。
5.不完全情報と保険会社の予見
(i)ウイルソン均衡
もし保険会社が完全に独立に行動せず、そして新しい保険契約の提
-149-
「リスク分類の経済的役割」
供に対する競争者の反応を予見するならば、もっと望ましい結果が生
ずるであろう。
保険会社の予見に関して、ウイルソンは次のように仮定している。
「各企業は、保険契約が利益を生まなくなるや否や他の企業がその保
険契約を取り下げると予想する。したがって、企業は、新しい保険契
約を提供することからの利潤を計算するときに、はじめに既存の保険
契約の利潤に対する新しい保険契約の効果を考慮に入れなければなら
ない。」(1)もし保険会社がこのように行動するならば、異なった型の均
衡が生ずるであろう。この均衡は、「各保険契約が非負の利潤を得る
保険契約の集合であって、そしてその保険契約の集合の他には、新し
い保険契約の提供に反応して既存の保険契約の集合の中へ利益のない
保険契約が取り下げられた後に、全体では正の利潤を得て、個別的に
は非負の利潤を得る保険契約の集合が存在しない」というような保険
契約の集合として定義される(2)。このような状況がウイルソン均衡
(Wilsonequilibrium)と呼ばれる。
再び、図4における市場形態を考えよう。すべての保険会社がSO
の保険契約を提供すると仮定する。上述の均衡の定義の下では、S2
のような保険契約は、低リスク・グループのみに販売されるときに利
益を生じ、そして高リスク・グループによってSOの保険契約ほど選
好されないために、S2のような保険契約を提供するインセンティブ
が存在する。もし保険会社が競争者の反応を予期しないならば、S之
の保険契約が提供されるであろう。しかしながら、もし保険会社が、
sZの保険契約を提供することによって競争者がSOの保険契約を取り
下げると予想することができるならば、S2の保険契約もまた利益を
生じなくなり、そして取り下げられなければならないだろうと保険会
社が結論するであろう。したがって、S2の保険契約は提供されない
-150-
「リスク分類の経済的役割」
であろう。そしてSOがウイルソン・プーリング均衡を表わす。
同様に、図5の保険契約(Sl,S2)もまたウイルソン均衡を表わす。
しかしながら、このケースでは、図6のケースと異なり、低リスク無
差別曲線EUIに比較した平均公正保険料線(OPLH)の位置のために、
ウイルソン・プーリング均衡SOが現われない。
(ii)修正されたウイルソン均衡
ミヤザキとスペンスは、ウイルソンによって導入された保険会社の
予見の概念を保持する一方、ウイルソンの均衡の定義を少々修正して
保険会社が必ずしも個別的にではなく、平均的に損益分岐の保険契約
の集合を提供することを認めて、分離均衡(Sl,S2)やプーリング均
衡SOよりもパレート的に優れた潜在的な均衡を識別した(3)。
修正されたウイルソン均衡の定義は、以下のとおりである。「もし
各企業がゼロ利潤を得るならば、そしてもし新しい契約によって利益
のなくなった既存の契約の集合すべての除去の後に、非負の利潤とす
るであろう、そのような新しい契約の集合が存在しないならば、その
保険契約の集合はウイルソン均衡の集合である。」(4)
この修正されたウイルソン均衡の定義の下で、重要な結果が得られ
る。第一に、プーリング均衡がけっして現われないであろうというこ
とである。第二に、均衡は、図5に示される自己選択均衡(又はナッ
シュ分離均衡)と同じか、あるいは低リスク・グループによる高リス
ク・グループの補助を含むウイルソン補助均衡(Wilsonsubsidizing
equilibrium)である。
図7は、ウイルソン補助均衡を示す。SlとS2の保険契約は、補助
のない場合の分離均衡を表わす。Slの保険契約が低リスク・グルー
プにとって最適ではないために、競争圧力が発達して低リスク・グ
ループの状態を改善する。この圧力によって、プーリング契約S3が
一151-
「リスク分類の経済的役割」
図7.ウイルソン補助均衡
総
保
険
料
P
出現する(5)。S3は小さい保険金額を提供し、そして両方のリスク・グ
ループによって購入される。この保険契約がプール保険料率戸で販売
されるために、高リスク・グループが低リスク・グループによって補
助される。S4とSSの付随保険契約(図には明示的に示されていない)
も提供されるだろう。S4は保険金額(Ⅹ-93)を提供し、そしてS5は
保険金額(Y-93)を提供する。高リスク・グループはS3とS4の保険
契約を購入してS7の保険契約を形成し、そして低リスク・グループ
はS3とSSの保険契約を購入してS8の保険契約を形成する。
二つの付随保険契約(S4とS5)が市場に存在しているので、それぞ
れ高リスク・グループと低リスク・グループによって購入されるとき
に、それらはゼロ利潤を得る。すなわちそれらは適切な公正保険料線
-152-
「リスク分類の経済的役割」
上にある。この特徴は図7から明白である。S3とS7を通る保険料線
の傾きがβⅡである(すなわちOPxに平行である)。そしてS3とS8を
通る保険料線の傾きが♂Lである(すなわちOPLに平行である)。こ
のように、高リスク・グループは、付随保険契約ではなく、プール保
険契約(S3)において補助される。
高リスク・グループは、S2の保険契約よりS7の保険契約を選好す
る。一方、低リスク・グループは、Slの保険契約よりSSの保険契約
を選好する。保険契約配分(Sl,S2)よりも(S7,S8)において両方の
リスク・グループの効用が大きく、かつ総利潤がゼロのままであるた
め、(S7,S8)は(Sl,S2)よりも優っている。回7において特定化さ
れた領域が存在するときに、すなわち、EU孟無差別曲線より上方、
傾きβLでS3を通る直線より上方、かつEUL無差別曲線より下方に
おける領域が存在するときに、常にこの結果が可能である。もしこの
領域が存在するならば、(S7,S8)が均衡であろう。さもなければ、
均衡は(Sl,S2)から成るであろう。
ウイルソン補助均衡において、「市場の作用は、暗黙には、同時に
分離〔条件〕を維持する一方で、低リスク・グループの保険金額を増
加させるために高リスク・グループを補助することである。」補助保険
契約は、低リスク・グループ向けの保険契約の収益性を保護するため
に、すなわち高リスク・グループがこの低リスク・グループ向けの保
険契約を購入することを防ぐために、提供される。SSの保険契約よ
りも低い利潤を得る保険契約を提供することによって低リスク・グ
ループを引きつける試みは失敗するであろう。なぜならば、この試み
によって低リスクの顧客を失った他の保険会社は、高リスク・グルー
プによって購入される補助保険契約(S4)を提供することをやめるで
あろう。そのとき、高リスク・グループは低リスク・グループ向けの
-153-
「リスク分類の経済的役割」
保険契約を購入し、そしてこれらの保険契約の利益がなくなるだろう。
ウイルソン型の企業はこの展開を予見し、そして補助均衡点から離れ
て低リスク・グループを引きつけることを試みないであろう。
注(1)Wilson,C.,"AModelofInsuranceMarketswithIncompletelnformatl0n,"JourT
nalofEconomicTheory,VOl.16,nO.4,P,176
(2)Ibid.
(3)Miyazaki,H.,"TheRatRaceandInternalLaborMarkets,"TheBe11Journalof
Economics,VOl.8,nO.2,及びSpence,M.,"ProductDifferentiationandPerformanceinInsuranceMarkets,"JournalofPublicEconomics,VOl.10,nO 3,「パレート
的優劣性」の概念は以下で定義される。
(4)この定義は、Miyazaki,"TheRatRace"p.403に従っている。
(5)プーリング契約S3は、次節で述べる強制保険に相当する。
(6)Spence,"ProductDifferentiation,"p.440
6.厚生についての追加的考察
(i)強制保険と厚生
前節までの結果は、リスク分類が存在しない場合には保険市場が非
効率であること、すなわち厚生が一般に少なくとも1つのリスク・ク
ラスについて減少することを示す。この状況の下では、市場効率性が
政府の規制によって改善しうる場合もある。この節は、どのように規
制が使用されて、リスク分類が不可能であることを補償するかを示す。
もし保険会社がリスクを分類することができるならば、唯一のパ
レート最適配分(1)は、各保険契約者グループにとって保険数理上公正
な保険料率ですべての保険契約者グループに完全な保障を提供するこ
とである。この結果は図5の2グループ・ケースについて示される。
図では、高リスク・グループがS2の保険契約(保険料率βⅩと完全な
保障)を購入し、低リスク・グループがS4の保険契約(保険料率βL
-1弘一
「リスク分類の経済的役割」
と完全な保障)を購入する。
もし企業がリスクを分類することができず、そして競争者の反応を
予見せず、独立に行動するならば、市場において達成されうる最善は、
図5における保険契約配分(Sl,S2)である。この配分は、リスク分
類で達成される保険契約配分(S4,S2)よりパレートの意味で劣って
いる。というのは、低リスク・グループの効用が低下するが、高リス
ク・グループの効用と保険会社の総利潤が変わらないからである。た
だし、保険会社の総利潤はゼロに等しい。したがって、市場において
他の変化を起こさずに、リスク分類が除去されることによって、明白
な厚生損失が生ずる。
この状況の下では、規制によって競争的結果よりもパレート的に優
れている市場形態が生じうるであろう。一つの可能性は、強制保険の
導入によってウイルソン補助均衡を実施することである。図7で示さ
れたケースにおいてこのウイルソン補助均衡(S7,S8)は、強制保険
のない自己選択均衡(Sl,S2)よりパレート的に優れている。S3の保
険契約を強制し、そしてS4とS5の付随保険契約を提供することを民
間保険会社に許可することによって、保険会社が独立に行動するとき
に、その結果、高リスク・グループと低リスク・グループがそれぞれ
点S7と点S8に達することができ、補助の結果が達成されうる。
もし保険会社がリスクを分類することができないが、競争者の反応
を予見して行動するならば、前節で示したように、自己選択均衡(Sl,
S2)か、又はウイルソン補助均衡(S7,S8)のいずれかが達成される(図
7)(2'。自己選択均衡が達成されるケースでは、リスク分類のある場
合に比較して高リスク・グループの効用(EU孟(SZ))及び保険会社
の総利潤が変化しないものの、低リスク・グループの効用が低下する
(EUI(Sl)<EUE(SO))ので、厚生損失が生ずる。一方、ウイルソ
ー155-
「リスク分類の経済的役割」
ン補助均衡が達成されるケースでは、保険会社の総利潤がなおもゼロ
に等しく変化しない。しかしながら、高リスク・グループの効用は、
リスク分類がある場合より増加する(EU昌(S7)>EU孟(S2))。一方、
低リスク・グル,プの効用は低下する(EUヱ(S8)<EUヱ(SO))。ま
た、このケースでは、あるグループの効用を改善し、一方他のグルー
プの効用をそのままに維持する強制保険計画は存在しない。
(ii)効用均等と規制
たとえリスク分類をもって達成された均衡がパレート的に最適であ
るとしても、低リスク・グループの期待効用が高リスク・グループの
期待効用を超過するために、もし効用均等の基準が適用されるならば
それは社会的に望ましくない。
低リスク・グループの期待効用(EUL)と高リスク・グループの期
待効用(EUE)を考えよう。
EUL(S)=eLU(W-Ⅹ+Q-P)+(1-eL)U(W-P) (4)
EUK(S)=eHU(W-Ⅹ+Q-P)+(1-6X)U(W-P) (5)
もし完全な保障が購入されるならば(Q=Ⅹ),
EU,(S)=U(W-Pl);i=L,H (6)
分類は保険数理上公正な保険料が課されることを意味することから
(PL<PK)、
EUL(S)>EUB(S) (7)
すなわち、低リスク・グループの期待効用と高リスク・グループの期
待効用は等しくなく、前者の方が大きい。
独立の保険会社とリスク分類のない場合の自己選択均衡においても、
両リスク・グルーフ初期待効用が等しくない(図5の点Slと点S2)。低リ
スク・グループがS2の保険契約を購入することができるのにもかか
わらず、低リスク・グループがSlの保険契約を選択することは、低
一156-
「リスク分類の経済的役割」
リスク・グループがS2の保険契約よりSlの保険契約を選好すること
を意味する。期待効用のタームでは、このことは次のように書くこと
ができる。EUL(Sl)>EUL(S2)より、
eLU(W-Ⅹ+Ql-Pl)+(1-eL)U(W-Pl)>
eLU(W-Ⅹ+Q2-P2)+(1-eL)U(W-PZ) (8)
ただし、91:Slの保険契約の保険金額
Pl:Slの保険契約の保険料
この均衡の下における高リスク・グループの効用は、
EUE(S2)=eKU(W-Ⅹ十Q2-P2)+(1-eH)U(W-P2)(9)
S2の保険契約で完全な保障が購入されるために、(6)式より、
EUL(SZ)=EUE(S2)=U(W-P2) 00)
(8)・㈹式より、低リスク・グループにとってのSlの保険契約の期待
効用よりもU(W-P2)は小さい。したがって、リスク分類が除去さ
れる後でさえも、損失Ⅹを負う機会が小さくなるために低リスク・グ
ループの期待効用は高リスク・グループの期待効用よりも大きい。
もし(盲人のような)高リスク・グループに対して援助する価値が
あると社会が考えるならば、政府は何らかの行動をとって、両リスク・
グループ間の効用均等化を目ざすであろう。このことは、補助によっ
て達成されうるであろう。たとえば、政府は保険会社に平均保険料率
房で完全な保障を与える保険契約の提供を要求することができよう
(図8のS4)。このようなS4の保険契約の場合、高リスク・グループ
はなおも完全な保障をもつが、支払う保険料率が補助によって低下す
るために、S2の保険契約よりも効用が増加する(EU孟(S4)>EU孟(S2
)上方、低リスク・グループの効用はSlの保険契約におけるよりも
減少する(EUt(S4)<EUL(Sl))。しかしながら、完全な保障の下
におけるグループiの期待効用がU(W-Pl)であり、そしてPL=PH
-157-
「リスク分類の経済的役割」
=房であるから、両リスク・グループの期待効用が均等する。したがっ
て、もし効用均等が目標であるならば、社会的に望ましい均衡が達成
されたことになる。しかしながら、この結果は一時的なプーリング均
衡の故、安定的な均衡を表わさないために、政府による規制がなけれ
ば達成されえない。
図8.効用均等と規制
総
保
険
料
P
以上の考察を要約すると、もし保険会社が独立に行動する、リスク
分類のない市場に均衡が達成されるならば、追加的な規制が導入され
ようとされまいと、低リスク・グループの効用は常にリスク分類のあ
る場合より小さい。高リスク・グループについては、リスク分類のあ
る場合と同じ状態にあるか、又は規制によって効用が増大する。一方、
-158-
「リスク分類の経済的役割」
保険会社が予見もって行動するときには、高リスク・グループの状態
は同じままであるか、又はリスク分類の下の状態に比べて改善される。
低リスク・グループの効用はリスク分類の場合よりも低下する。強制
保険は、高リスク・グループの状態を改善することができるが、低リ
スク・グループの状態を改善することができない。また、もし効用均
等が目標であるならば、プール保険料率∂で完全な保障を要求するこ
とによってその目標が達成されうる。
その結果は次のことを示唆する。リスク分類に対する制限は、低リ
スク保険契約者にとって不利益である。そして、そのリスク分類に対
する制限によって必ずしも高リスク保険契約者は利益を得ない。リス
ク分類を制限する場合、さらに追加的な規制が必要とされるであろう。
社会的優先権が低リスク・グループを犠牲にして高リスク・グループ
の状態の改善を命ずるとしても、政策担当者は、そのトレード・オフ
と潜在的コストを認識しなければならない。
注(1)もし他の型の消費者の効用を低下させずに、あるいは保険会社の総利潤を減少させ
ずに、ある型の消費者の効用を増加させることができないならば、そのときの保険契約
の均衡配分はパレート最適であると言われる。もしAの保険契約配分の下でBの保険契
約配分に比べて他の状況が不変のまま少なくとも1消費者型の効用が増大するか、又は
少なくとも1保険契約が利益を生ずるようになるならば、Aの保険契約配分はBの保険
契約配分よりパレート的に優れている。
(2)リスク分類が存在する場合には、図7では、低リスク・グループに対してSOの保険契
約が提供され、高リスク・グループに対してSZの保険契約が提供される。その時の低リ
スク・グループと高リスク・グループの効用はそれぞれ、EUe(SO)とEU孟(S2)であ
7.諸仮定の効果
この論文で紹介された分析は、数多くの仮定に依存するきわめて抽
-159-
「リスク分類の経済的役割」
象的な保険市場モデルに基づいている。そのモデルが現実世界の保険
市場に対する予測力を有するかどうかを決定するために、この節にお
いて二つの重要な仮定を考察し、そしてその結果に対する効果を論ず
る。二つの重要な仮定とは、第一に、保険契約者がその損失確率を正
確に知っているということであり、第二に、消費者が唯一つの保険契
約しか購入することができない、あるいは保険会社が各被保険者に
よって購入される総保険金額を監視することができるということであ
る。
(り損失確率の評価
保険契約者がその損失確率を正確に知っているという仮定は、現実
を反映していないであろう。高リスク・グループによる損失確率の過
小評価と低リスク・グループによる損失確率の過大評価が両リスク・
グループの厚生と市場の安定性に対するインパクトを考察する。図9
は、保険会社が独立に行動する、リスク分類のない市場における安定
的な自己選択均衡を示す。
実線の曲線は、βEとβLの正確な評価に基づいた消費者無差別曲線
である。破線の無差別曲線EUはEU孟′は、これらの損失確率の不
正確な評価を反映する。すなわち、∂E≠βH及び合し≠βL。ただし、
∂.はグループiが評価した損失確率である。無差別曲線の傾き((2)式
;RlO注(2))は、Cに直接に関係する。したがって、EU孟′とEU王は、
高リスク・グループがその損失確率を過大評価し、そして低リスク・
グループがその損失確率を過小評価するケースを表わす(1)。高リス
ク・グループの無差別曲線はもはや完全な保障点でOPxに接しない。
この点におけるその無差別曲線の傾きは∂Ⅲである。∂HはβEすなわ
ちOPEの傾きより大きい。このことによって、高リスク・グループ
が保険数理上公正な保険料率よりも高い保険料で完全な保障を購入す
-160-
「リスク分類の経済的役割」
ることが示唆される。
図9.高リスク・グループも低リスク・グループによる損失確率の不
正確な評価の効果
総
保
険
料
P
高リスク・グループによるβ耳の過大評価は、期待効用を不変のま
まにする((1)式;P.8を見よ)が、低リスク・グループがSlの保険
契約からS3の保険契約へ移動するので、低リスク・グループの状態
を改善する。なぜならば、高リスク・グループがβEを過大評価する
ことによって、保険需要が強まり、したがってそれによって、保険会
社が、高リスク・グループを完全な保障点からシフトさせずに、低リ
スク・グループにより魅力的な保険契約を提供することができるから
である。
βLの過小評価を反映して、低リスク無差別曲線の傾きが低下する
-161-
「リスク分類の経済的役割」
と、この無差別曲線とOPLEとの間の距離が増加し、したがって均衡
の安定性が強まる(2)。このような均衡の安定性はもっぱらβLについ
ての低リスク・グループの過小評価に依っている。すなわち、EU乙
がOPLRを横切る、均衡が不安定な場合においても、S3を通る破線
の無差別曲線がOPLEの下方に低下するために、均衡が安定化するを
あろう。直観的には、βLの評価が低下すると、低リスク・グループは、
Slの保険契約において利用可能な保険金額よりも大きい保険金額を
獲得するために、プール保険料率房で保険契約を購入することが少な
くなる。
次に、企業がリスクを分類することができないが、予見をもって行
動するケースは、もっと複雑である。一つの結果は、低リスク・グルー
プによる損失確率の過小評価によって、自己選択均衡よりパレート的
に優れている解が得られる機会が減少するということである。もしそ
のような解が存在するならば、低リスク・グループがその損失確率を
正確に評価する場合よりも小さい効用の無差別曲線上に両リスク・グ
ループが位置する。他方、高リスク・グループによる損失確率の過大
評価によって、パレート的に優れた解が得られる機会が増加し、そし
て正確な評価のケースに適用される場合により大きい効用の無差別曲
線上に両リスク・グループが位置するかもしれない。したがって、低
リスク・グループによる損失確率の過小評価と高リスク・グループに
よる損失確率の過大評価のケースにおいては、その純効果は明白では
ない。
このように、保険会社が独立に行動するときは、高リスク・グルー
プによる過大評価が低リスク・グループの効用を高める外部性を生ず
る。一方、保険会社が予見をもって行動するならば、どちらのリスク・
グループも外部性を生じうる。保険市場についての情報をより多く与
-162-
「リスク分類の経済的役割」
えても、必ずしも消費者厚生が増加しない。厚生効果は、競争者の保
険契約提供に対する保険会社の反応の性質に依存する。
(再購入保険金額の制限
現実を反映しないかもしれないもう1つの仮定は、消費者が唯一つ
の保険契約しか購入することができない、あるいは保険会社が各被保
険者によって購入される総保険金額を監視することができるというこ
とである。
もし損失額Ⅹを超えないかぎりにおいて保険金額の制限を実施する
ことができないならば、保険会社が独立に行動しようと、予見をもっ
て行動しようと、分離均衡は安定的ではないだろう。すなわち、高リ
スク・グループは、低リスク・グループ向けの保険料率で複数の小さ
い保険契約を購入するであろう。したがって、この型の保険は損失を
受け、取り下げられなければならない。
もしそのとき保険会社がプール保険料率房で、ある範囲の保険契約
を提供するならば、図10に示されるように、高リスク・グループは完
全な保障(S2の保険契約)を購入し、低リスク・グループは部分的な
保障(Slの保険契約)を購入するであろう。
このケースにおいては、保険会社は損失を受けるであろう。なぜな
らば、保障単位当たりの現実の費用∂′がプール保険料率∂を超過す
るためである(3)。保険会社がその保険料率∂′へ引き上げるとき、低
リスク・グループはその保障比率を低下させ、そして保険料率が再び
引き上げられなければならないかもしれない。
-163-
「リスク分類の経済的役割」
図10.完全な保障以下で保険金制限の拘束力がないときのプーリング
均衡
平均保険料率で低リスクによって購入される保険金額が、この保険
料率を自ら支持するにまさに十分になるまで、あるいは低リスク・グ
ループが市場から追い出されるまで、そのプロセスが持続する。
ある保険金額水準で低リスク・グループが市場に残るための十分条
件は、低リスク無差別曲線(図10の曲線EU£)の原点における傾きが
高リスク・グループにとっての保険数理上公正な保険料率(OPEの傾
き)よりも大きいということである(4)。もしこの十分条件が満たされ
るならば、低リスク無差別曲線が正の象限で(SO定)高リスク・グルー
プの公正保険料線に接する。したがって、低リスク・グループは高リ
ー164-
「リスク分類の経済的役割」
スク・グループの公正保険料率でさえ何らかの保険金額を購入する意
思があるであろう。それ故に、低リスク・グループはいかなる低い保
険料率でも保険契約を購入する。
もし上述の十分条件が満たされず、原点を通る低リスク無差別曲線
の傾きが高リスク・グループの保険数理上公正な保険料率よりも小さ
いならば、正の象限においてOPH線に接する低リスク無差別曲線が
存在しない。したがって、低リスク・グループは保険料率βⅡで保険
契約を購入しないであろう。
図10の(SユニS2うのようなプール均衡は、たとえ保険会社が独立に
行動するとしても、安定的であろう。この型の均衡は、自己選択均衡
(ナッシュ分離均衡)やウイルソン補助均衡ほど好ましい状態に置かな
い。高リスク・グループについて、その効用は自己選択におけるより
も高いが、必ずしもウイルソン補助均衡におけるほど効用が高くない。
次に、もし保険金額の最大限Ⅹが実施されえないならば、低リスク・
グループが市場に残るための十分条件はなおも上述の条件である。す
なわち、たとえより大きな保険金額を購入することが許されるとして
も、保険料率βⅡでの高リスク・グループの最適保険金額はⅩ、すな
わち完全な保障である。このようにたとえ低リスク・グループが市場
から追い出されるとしても、そのときの保険料率βEで高リスク・グ
ループは完全な保障を購入するであろう。
もし上述の十分条件が満たされるならば、低リスク・グループに
よって購入される均衡保険金額は、保険金額の最大限が実施されうる
場合よりも小さい。すなわち、OPxに接する高リスク無差別曲線よ
りも下方にある高リスク無差別曲線が、損失額Ⅹよりも大きい保険金
額で当該のプール保険料線に接する。区Iuは、高リスク・グループの
購入保険契約Sl(91>Ⅹ)と低リスク・グループの購入保険契約S2の
-165-
「リスク分類の経済的役割」
仮説的均衡を示す(5)。
図11.消費者が超過保険しうる時の市場均衡
総
保
険
科
P
この状況において高リスク・グループによって生ぜられる外部性は、
高リスク・グループの超過保険のために低リスク・グループがより低
い保険金額水準に強いられるという事実を考慮して、特に望ましくな
い。
購入保険金額の制限に関して、以下の結論が示唆される。第一に、
もし保険会社が消費者によって購入される総保険金額を管理すること
ができないならば、リスク分類を制限することの結果はもっと厳しい。
第二に、もしリスク分類が制限されたならば、保険会社は保険金額に
関して保険引受けを厳しくすることによって市場を安定化することが
-166-
「リスク分類の経済的役割」
できよう。
注(1)図9に示されるように、高リスク・グループがその損失確率を過大評価した場合に
は、高リスク無差別曲線の傾きが急となり、EU孟からE現′へその無差別曲線が変化す
る。一方、低リスク・グループがその損失確率を過小評価する場合には、低リスク無差
別曲線の傾きが緩やかとなり、EU土からEt亮へ無差別曲線が変化する。
(2)slを通る低リスク無差別曲線がOPLEを横切るときに自己選択均衡が不安定であると
いうことを思い起こせ。
(3)保障単位当たりの現実の費用∂'は、
CNL ハ NK
∂′=
NII+cNL V U'NII+cNL
βH>房
011
ただし、C=低リスク・グループによって購入される保険金額の完全な保険金額Ⅹに対
する比率
∂=人βL+(1-Å)的=もし両タイプの保険契約者が同じ保険金額を購入す
るならばそのときの平均保険料率
人=市場における低リスクの比率
NL=ANとNH=(1-人)Nより、(11)式は次式に書きかえられる。
C AβL+(1-Å)βH
∂′=
(1-人)+C A
>∂
11:)
(4)均衡において低リスク・グループによって購入される保険金額が、次式をCに関して
最大化することによって得られる。
EUL=eLU〔W-Ⅹ+cX-CXe'〕+(1-eL)U〔W-CXe′〕
∴β′=
eLU′〔W-Ⅹ十CX-CXe′〕
eLU′〔W-Ⅹ+cX-CXe′〕+(1-eL)U′〕W-CXe′〕
したがって、ある保険金額で低リスク・グループが市場に残るための条件は、
Q=CX=0とP=CX♂′ニ0として、
βLU′(W-Ⅹ)
>βK
eLU′(W-Ⅹ)+(1,eL)U′(W)
-167-
㈹
「リスク分類の経済的役割」
である。
(5)斑11に示される型の解についてのプール保険料率は次式によって与えられる。
C
∂′=
A
b(1-人)
。えー言6-1)β1+。言云(1'ら)
βⅡ
㈹
ただし、b=高リスクによって購入される保険金額の完全な保険金額Ⅹに対する比率,
b≧1.
8.要約と結論
最後に、この論文において紹介された結果を要約しよう。リスク分
類の下においては、すべての消費者がそのリスク・クラスにとっての
保険数理上公正な保険料率で完全な保障を購入するときに、市場均衡
が達成される。そしてこの均衡はパレート的に最適である。
もし保険会社がリスクを分類することができず、そしてその保険契
約提供が競争者の保険契約提供に完全に独立であると仮定するならば、
市場は失敗するかもしれない。あるいは、これらの条件の下で安定的
な分離(自己選択)均衡が達成されるかもしれない。しかし、そのよう
な均衡は、リスク分類の下で達成される均衡よりも経済的に劣ってい
る。なぜならば、リスク分類を制限することによって、高リスク消費
者の効用は増加しないが、低リスク消費者の効用が減少するためであ
る。
もしリスク分類が可能ではなく、そして保険会社が競争者の反応に
ついて予見をもって行動するならば、唯一の分離均衡が生ずるであろ
う。この均衡は、高リスク消費者が少なくともリスク分類の下と同じ
効用をもつという条件、高リスク消費者が低リスク消費者向けの保険
契約を購入するインセンティブをもたないという条件、そして保険会
社の損益がないという条件の下で、低リスク消費者の効用を最大化す
る。低リスク消費者は、この型の均衡において高リスク消費者を補助
-168-
「リスク分類の経済的役割」
するかもしれない(ウイルソン補助均衡)。高リスク消費者の効用は少
なくともリスク分類の下と同じ効用をもつが、低リスク消費者の効用
は低下する。
もし市場が失敗するならば、規制が両リスク・グループの状態を改
善するために利用されうる。▼一つの方法は、保険会社の予見の下で達
成されるであろう分離均衡を実施することである。そして、他の一つ
の方法は、プール保険料率ですべての人が完全な保障を購入すること
を要求することによって、二つのリスク・グループにおける個人の効
用を均等化することである。
以上の結果より、社会全体の厚生の観点から、自由市場においてリ
スク分類が望ましいと結論される。リスク分類が制限される場合には、
特に低リスクの消費者の効用が低下する。そこに、低リスクの消費者
のみを対象とした保険商品が市場に導入される原因が求められる。し
たがって、今後の生命保険市場を展望するにあたって、特に、生命保
険商品の革新という点を考慮した時に、生命保険市場にとって、そし
て生命保険会社にとってリスク分類が重要である。
【参考文献1
.Cummins,J.D.,ed.,RiskClassificationinLifeInsurance,1983
・Rothschild,M.&Stiglitz,J.,``EquilibriuminCompetitiveInsuranceMar・
kets:AnEssayontheEconomiesofImperfectInforma・
tion,"QuarterlyJournalofEconomics,VOl.90,nO.4,
1976
・Wilson,C・"AModelofInsuranceMarketswithIncompleteInformation,"
JournalofEconomicTheory,VOl.16.no.4,1977
・Miyazaki,H."The Rat Race andInternalLabor Markets,"The Bell
JournalofEconomics,VOl.8,nO.2,1977
-169-
「リスク分類の経済的役割」
・Spence,M・``productDifferentiationandPerformanceinInsuranCeMarkets,"JournalofPublicEconomics,VOl.10,nO.3,1978
(本論文は、生命保険文化センター昭和58年度学術振興助成研究「金融革新と
生命保険会社」の一部である。)
一170-
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