...

天然物を用いた 生分解性プラスチックの開発

by user

on
Category: Documents
16

views

Report

Comments

Transcript

天然物を用いた 生分解性プラスチックの開発
東京理科大学Ⅰ部化学研究部
2014 年度春輪講書
天然物を用いた
生分解性プラスチックの開発
水曜班
Ikeda,D(2K), R. Kato(2K), T. Goda(2C), K. Sato(2K), T. Suzuki(2OK),
S .Nakagami(2K), A. Nakamura(2K), R. Hosono(2K), T. Miyazaki(2OK),
R. Masuda(2K), N. Yoshinaga(2K), M. Murakami(2C)
1. 動機
様々な社会問題が世を騒がせる昨今,その一つにごみ問題というものがある.私たちは
燃やせないごみは埋立地に埋めているが,現代人が出すごみの中にあるプラスチックは埋
めたとしても土に還らない.埋め立て可能な土地が減る一方というのが現状である.そこ
でこのごみ問題を解決すべく地中で分解される,生分解性プラスチックの開発が進められ
ている.
生分解性プラスチックは主に三種類に分けられる.一つは微生物産系,微生物に餌を与
え菌体内に生分解性ポリマーを生成させ,分離・精製したもの.一つは化学合成系,乳酸
を重合させたポリ乳酸などがこれにあたる.最後に天然物系,天然に存在する分子を用い
てプラスチックにしたもの.蟹の甲羅に含まれるキトサンや,でんぷんを用いたものがこ
れである.
これらの生分解性プラスチックには環境にかける負担が少ないという利点があるが,難
点も存在する.例えば自然の環境で分解することからもわかるように耐久性はない.また
材料費のコストも従来の三倍ほどの値段である.
そこで私たちは大量に存在する天然物であるセルロース,ピーナッツの殻に含まれる成
分であるカルダノール,高級脂肪酸であるラウリン酸の無水物を用いて従来の製品より安
価で優れた生分解性プラスチックを作製することを試みる.また,比較の対象とするため
にドデシルベンゼンを用いたグラフト化アセチルセルロースを作成する.ドデシルベンゼ
ンを用いたものは機械的特性の改善の他生分解能の低下が予想されるので,物性と生分解
性の変化についての考察を行いたい.
2. 原理
2.1. 生分解性
生分解性とは土中や海中の微生物の代謝によって,ある有機物が分解され最終的に二酸
化炭素と水になる性質を指す。天然高分子の多くは,糖鎖結合,ペプチド結合,脂肪酸エ
1
ステル結合などに限られているためセルロース系天然高分子を利用することは生分解性プ
ラスチックの開発において有効である。
セルロースはセルロース分解菌が生成する酵素「セルラーゼ」によって Fig.1 のようにβ
-1,4 グルコシド結合を切断し,単糖類に分解される。また,セルロース誘導体も同様にセル
ラーゼにより分解されるが,ヒドロキシ基の置換度とその分布に依存し分解速度が変化す
る。
Enzyme(酵素)+H₂O
Fig. 1
セルロースの分解
2.2. グラフト化
共重合は配列の形により四つに分けられる.ランダム共重合,交互共重合,ブロック共
重合,グラフト共重合である.グラフト共重合は幹となる重合体にところどころに枝のよ
うに他の重合体が配列している形を言う.
Fig. 2 グラフト重合
セルロース系バイオプラスチックは強度,熱可塑性,耐熱性,耐水性が不十分であると
考えられている.しかし,熱可塑性を改善するために可塑剤を添加すると耐熱性や強度が
低下したり,均一性の低下や可塑剤のブリードアウト(成形表面への染み出し)の問題が生じ
2
たりする.また,石油原料からなる可塑剤を大量に添加すると生分解能が低下する.
グラフト化をすることによって機械的特性,耐水性及び熱可塑性が付与される.よって
可塑剤の添加量を抑えることができる.結果可塑剤を加えたセルロース系樹脂より耐熱性
と強度を上げることができ,さらに石油原料の添加を減らすことで生分解能の低下を抑え
ることができる.
カルダノールをイソシアネート化したものをセルロース,またはその誘導体へ結合する
ことによってグラフト化セルロース系樹脂を簡便に製作することができる.また,酸無水
物を用いてヒドロキシ基とエステル結合を形成することでグラフト化を行うi.
2.3. 生分解性の評価について
・酵素法
酵素法は生分解性を評価する方法の一つであり,微生物が菌体外に分泌した酵素を試料
ポリマーに合わせて用いることで反応を促進するものである.セルロースはセルラーゼに
より分解されるので,生じた炭水化物の濃度を測定することで評価を行う.この方法は短
時間かつ定量的な評価が可能である,しかし,微生物中には多種の酵素が含まれているが
酵素法では一種類のみを選別して行うため,実際の分解環境を反映していないという欠点
がある.
・アントロン法
アントロン法とは炭水化物の定量法である.炭水化物は硫酸により脱水されフルフラール
を生じる。アントロンを加えるとフルフラールは反応を起こし青緑色に呈色する。吸光光
度計を用い濃度既知のグルコース溶液と吸光度を比較することによって定量を行う.
2.4. 力学的評価について
・引張耐性
ある材料の強度を測定する最も基本的な方法は引張試験を行うことである.材料試験片に
一定方向に力を加えたときどの程度の抵抗を示すのかを連続的に調べることがこの試験で
ある.
今回の実験では JISKT165 企画に適用する寸法型形成した試験片を用いる.試験片に加わる
応力,ひずみ,弾性率は次のように計算されるii.
応力 σ =
F
𝐴
σ:引張応力(MPa)
F:測定荷重(N)
A:試験片の測定開始時の断面積(mm2)
3
𝛥𝐿0
ひずみ ε =
𝐿0
ε:引張ひずみ
L0:試験片の標線間距離(mm)
ΔL0:試験片の標線間距離の増加量(mm)
弾性率 𝐸𝑡 =
𝜎2 −𝜎1
𝜀2 −𝜀1
Et:引張弾性率(MPa)
σ2:ε2=0.0005 において測定された σ(MPa)
σ1:ε1=0.0025 において測定された σ(MPa)
・熱耐性
一般に高分子の耐熱性は温度上昇に伴い軟化してしまう物理的耐熱性と,温度上昇によ
り熱分解してしまう化学的耐熱性に分けられるが,高分子材料はこのいずれも悪い.ここ
では物理的耐熱性を調べる.
軟化温度の測定法はいくつかあるが,本実験では示差走査熱量計(DSC)を用いて測定する.
軟化温度は融点とガラス転移温度で決まる.ガラス転移温度とは低温でガラス状の状態か
ら高温で軟らかくゴム状弾性を示す状態に転移する温度である.DSC は基準物質と測定試
料の双方を徐々に加熱し,その熱量差(=温度差を装置の熱抵抗で割った値)を測定し,吸熱
や発熱から物質の相転移温度などを定量的に求める装置である.
δ q /dt=-∆T/R
(ただし,δ q /dt:熱流,∆T:温度差,R:熱抵抗,とする)
縦軸に熱流,横軸に温度や時間をとった曲線でデータを出力するが,融解もガラス転移
も吸熱を伴うので,谷のピークとして現れる.また,そのピーク面積から相転移のエンタ
ルピー変化も算出できるiii.
ΔH = KA
(ただし,ΔH:転移エンタルピー,K:熱量定数(DSC 装置に固有)
,A:ピーク面積)
3.実験
3.1 試薬
・アセチルセルロース
分子式:[C6H7O2(OCOCH3)3]n
4
Fig. 3
アセチルセルロース
密度:1.22~1.34 g/cm3
m.p.:230 ℃
・カルダノール
ピーナッツの殻に含まれる成分.
分子式:C21H36O
分子量:304.2
m.p.:49.0~53.0 ℃
Fig. 4 カルダノール
・ドデシルベンゼン
分子式:C18H30
分子量:246.4
密度:0.86 g/mL
m.p.:-7 ℃
b.p.:288 ℃
Fig. 5
ドデシルベンゼン
・ラウリン酸無水物
分子式:C24H46O3
分子量:382.62
m.p.:41~43 ℃
Fig. 6
ラウリン酸無水物
引火点:110 ℃
貯蔵温度:-20 ℃
・2-ブロモイソブチルアミド
分子式:C4H8BrNO
分子量:166.02
m.p.:145.0~149.0 ℃
Fig. 7
2-ブロモイソブチルアミド
・二炭酸ジ-tert-ブチル
可燃性の固体のため保管に注意をする.
分子式: C10H18O5
分子量:218.25
密度:0.95 g/mL
m.p.:23 ℃
Fig. 8
b.p.:65~67 ℃
5
二炭酸ジ-tert-ブチル
貯蔵温度:2~8 ℃
・酢酸エチル
分子式:C4H8O2
分子量:88.1
m.p.:-83 ℃
b.p.:77 ℃
Fig. 9
酢酸エチル
Fig. 10
アントロン
・アントロンiv
分子式:C14H10O
分子量:194.23
m.p.:154~156 ℃
・アセトン
分子式:C3H6O
分子量:58.1
密度:0.79
m.p.:-95 ℃
b.p.:56.5 ℃
Fig. 11 アセトン
・塩化鉄(Ⅲ)
組成式:FeCl3
式量:162.2
m.p.:304 ℃
保管温度:2~8 ℃
・硝酸
分子式:HNO3
分子量:63.0
m.p.:-41.5 ℃
b.p.:121 ℃
・塩酸
分子式:HCl
分子量:36.5
6
・スズ
化学式:Sn
式量:118.7
m.p.:231.9 ℃
3.2 実験操作
3.2.1 カルダノールを用いたグラフト化アセチルセルロースの合成
1) カルダノール 2.5 g を酢酸エチル 25 mL 中に溶解させて,
2-ブロモイソブチルアミド 5.0
g を加え,マグネチックスターラーを用いて加熱しながら 3 時間攪拌するv.
2) 反応後,塩酸 20 mL を加えて加熱しながら 1 時間攪拌する.
3) 水層と有機層を分離した後,油状の生成物が生じるまで水酸化ナトリウムを加えてから
酢酸エチルを用いて抽出する.
4) これに二炭酸ジ-tert-ブチル 5.0 g 加えて 30 分間攪拌する.
5) 予めアセチルセルロース 2.5 g を酢酸エチル 50 mL に溶解させておき,これに 4)の溶液
を混合して 80 ℃で 5 時間攪拌をする.
6) 反応後,撹拌を行いながらメタノール中に滴下して,沈殿物を濾別するvi.
3.2.2 ドデシルベンゼンを用いたグラフト化アセチルセルロースの合成
1) ドデシルベンゼン 25 mL を三角フラスコに取り,濃硝酸 10 mL,濃硫酸 30 mL,及び水
5 mL からなる混酸を室温下で 30 分かけて,マグネチックスターラーを用いて撹拌しな
がら順次滴下する.
2) 滴下開始から一時間後,分液漏斗を用いて水層と油層を分離する.
3) ドデシルニトロベンゼン 10 mL を三角フラスコに取り,スズを 15 g と濃塩酸を 25 mL
加えて 60 ℃の湯で穏やかに加熱する.
4) 油分が消えた後,2)の溶液を三角フラスコに移して水酸化ナトリウム水溶液を加える。
5) 冷却後,酢酸エチルを加えて油層を分離する.
6) この酢酸エチル溶液に二炭酸ジ-tert-ブチル 5.0 g を加えてマグネチックスターラーを用
いて撹拌する.
7) 予めアセチルセルロース 2.5 g を酢酸エチル溶液 50 mL 中に溶解させておき,これに
6)の溶液を混合して 80 ℃で 5 時間撹拌する.
8) 反応後,撹拌を行いながらメタノール中に滴下して,沈殿物を濾別する.
7
3.2.3 ラウリン酸無水物
1) アセチルセルロース 2.5 g をアセトン 50 mL 中に溶解させる.
2) ラウリン酸無水物 10.0 g と触媒量の塩化鉄(Ⅲ)を加え,マグネチックスターラーを用い
て 2 時間攪拌する.
3) 反応後,撹拌を行いながらメタノール中に滴下して,沈殿物を濾別するvii.
4.評価方法
4.1. 生分解性に対する評価
・酵素法
1) 各種のフィルム片 4 cm2 及びセルラーゼを 30 ℃付近,中性条件の水溶液中に加えて一
週間反応させる.
2) ブランクと酵素反応後の溶液を用いて,アントロン法による吸光光度測定を行う.
・アントロン法
1) アントロン 0.2 g を硫酸 100 mL 中に溶解させ,水 20 mL を加えてアントロン試薬を調
整する.
2) 必要に応じて希釈した試料溶液 1 mL 中にアントロン試薬 10 mL を冷却しながら加える.
3) 溶液を混合してすぐに沸騰水中に入れて反応させる.
4) 10 分後に試験管を取りだし氷水中で急冷する.
5) 吸光光度法により 620 nm における吸光度を測定する.
2)~5)の操作を酵素反応前,
酵素反応後の試料を用いて測定する。また,濃度 0,1,5,10,20 mg/L
のグルコース標準溶液を調製し,これを用いて検量線を作成し濃度を求める.
4.2. 力学的評価
1) 真空恒温炉(東京理化器械 VOS-300SD)を用い真空条件下で形成する.
2) 引張試験機(島津製作所オートグラフ AGS-J 10kN, AGS-H 5kN)で引張耐性を示差走
査熱量計 DSC(島津製作所 DSC-60 Plus)で熱耐性を試験する.
8
参考文献
i位地正年,成日文,田中修吉,セルロース系樹脂およびその製造方法,日本電気株式会社,
2012 年 10 月 11 日 p2
ii JIS ハンドブックプラスチック試験編,1999 年 4 月 21 日,第 1 版 第 1 刷,日本規格協
会
iii プラスチック材料の各動特性の試験法と評価結果,
http://www.m-kagaku.co.jp/products/business/corp/cmd/operation/details/1194486_3828.
html,三菱化学,2014 年 3 月 25 日
iv 化学大辞典編集委員会,化学大辞典 1,1964 年 3 月 16 日,共立出版株式会社,p518
v日本化学会,第五版実験化学講座 14,2006 年 1 月 30 日,丸善株式会社,p537-542
vi位地正年,成日文,田中修吉,セルロース系樹脂およびその製造方法,日本電気株式会社,
2012 年 10 月 11 日 p4-12
vii日本化学会,第五版実験化学講座 14,2006 年 1 月 30 日,丸善株式会社,p357,460,461
謝辞
東京理科大学工学部工業化学科有機合成化学第二研究室杉本裕先生にご教授いただきまし
たこと,また,東京理科大学理工学部機械工学科知的材料構造研究室松崎亮介先生に評価
方法に関する助言と研究設備の利用の許可をいただきましたことを深く感謝いたします。
9
Fly UP