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第 2 回有徳塾報告書
第 2 回有徳塾は平成 14 年 3 月 16 日、鹿児島市の城山観光ホテルで開かれた。今回は「地
域統合と個性化の時代」をタイトルに、折から全国的な動きになりつつある市町村合併の
問題を取り上げることとした。
冒頭、川勝先生の方から「政令指定都市・鹿児島の可能性」と題して基調講演をしてい
ただいた。続く自由討論は、現場で市町村合併問題に取り組んでおられる池山泰正郡山町
長、田原迫要指宿市長、国分青年会議所の森山智己氏(会員)、宮之城町の春山智氏らをゲ
ストスピーカーとして、また鹿児島大学法文学部の松田典久助教授、日本政策投資銀行鹿
児島支店の佐藤淳氏、南日本新聞社文化部長の久本勝紘氏(会員)をコメンテイターとし
て発言をお願いした。司会は有徳塾事務局の大野達郎が務めた。
川勝先生は前日、鹿児島大学で開かれた「鹿児島大学医学部離島医療講座開講記念式典」
に招かれ、
「美しき Garden Islands ? 海洋連邦の構築」と題して記念講演、
「離島医療学」
という新しい学問が鹿児島という地域で構築されたことの今日的な意義を高く評価した。
有徳塾の基調講演では、日本の新しい形=地域連合国家構想を念頭に、
「鹿児島市は政令
指定都市を目指すべきであろう」と提案された。鹿児島市では数年前、経済界を中心に 100
万都市構想が提案されたこともある。いまだ一般市民の関心を喚起できていないが、政令
指定都市構想は 100 万都市構想に比べより具体的現実的であり、貴重な示唆に富む提言で
あった。
自由討論では、各地での市町村合併の取り組みが報告され、それぞれ一筋縄ではいかな
い現実の重さが強調された。とはいえ、新しい国の形、新しい自治システムの構築は、こ
れから地域のひとりひとりが考えなければならない大きなテーマであるという認識は共有
できたのではないだろうか。
引き続き開かれたワーキングディナーは、有徳塾事務局の田村省三の司会で新人会員の
紹介から始まり、塾での提言に対する感想など活発な発言が続き、なごやかな交流会とな
った。
(大野記)
第2回「有徳塾」
全体テーマ「地域統合と個性化の時代」
基調報告 川勝平太教授
「政令指定都市・鹿児島の可能性」
《鹿児島大学の離島医療学の可能性》
日高旺先生は「新薩摩学」の第1巻巻末の論文に「すべての地域おこしの基礎は学問に
ある」として、これを新薩摩学と名付けられています。昨日、鹿児島大学医学部に離島医
療学という日本初、同時に世界初のコンセプトである学問が始まりました。
単に離島に必要な応急医療や高齢者医療、離島特有の風土病といったものにとどまらず、
島全体の文化や歴史、伝統、自然を踏まえたうえで健康を考えていこうということで、島
の健康学あるいは島を通したタラソセラピー、海洋療法、あるいはアイランドテラピー、
島の癒しの効果というものを健康学としてとらえようということです。
明治2年にウイリアム・ウィルスがこちらに西洋医学を導入して130年経っています
が、離島医療学の立ち上げは、これまでの受容の段階からいよいよ学問発信という局面の
新しい転換を象徴する出来事です。しかも、鹿児島は沖縄、長崎、愛媛に次いで島が多く、
南北600キロにわたっている。多様で美しい島々が広がっている。そこをフィールドに
しながら学問を立てていこうという実践の学問で、これがうまく立ち上がると、太平洋の
島々がここをモデル地区として島おこし、あるいは国おこしを学ぶ、お手本になるのでは
ないかと強く期待しています。
まさに、
「朝日たださす国、夕日照る国、ここはよきところかな」ということで、霧島に
降り立った天孫が笠沙の岬にたって、ここから国づくりが始まった。天孫降臨の神話だけ
でなく、上野原を見ると縄文もここが一番古い。今、世界の四大文明に加わる形で稲の文
明の見直しが進んでいる。旧来の四大文明はすべて小麦と牧畜を主軸にしていたが、稲と
漁労という全く従来の文明とは違う文明として1万2000年ほど前からあったというこ
とがはっきりしている。その人たちが上陸したのもここ南九州だったのではないか。した
がって縄文の遺跡の中に弥生式土器に類似したものが見つかるということになる。
そうなると縄文、弥生、さらに近代の夜明けを画する鉄砲伝来もここから始まったし、
明治維新ではここから殖産興業の原型がつくられた。21世紀には、学問を西洋から受容
する段階から逆に外国に発信するという段階になる。すなわち学問立国、地域学という形
で、学問をおこしながら新しく日本をつくり上げていくというのが、思いもよらぬ離島医
療学と島の健康学です。
科学的分析を踏まえたうえで体系的に健康を増進する学問としての離島医療学。英語で
は「アイランド・メディスン」
。初代の主任教授になる園田俊郎先生の命名になるもので、
これは世界どこにもない。しかし、園田先生はアイランド・メディスンと言えばどこでも
通用するはずだと言われて、十年来の準備を経て、この4月からすでに大学院生も入学す
ることが決まっていて、始まります。
フィールド・ワークは薩南諸島にある 20 数カ所の有人の島々。ここだけでなく、カリブ
にも出ていくのだということです。これは新しい海外への知見を広げることにもなり、若
者にもてる学問になるに違いない。楽しみながら、しかも人様の役に立つ。それも弱小の
諸国に役に立つということで、離島医療学の発展を祈ってやみません。
《4つの新国土軸と市町村合併》
きょうは少し現実味を帯びた話ですが、この鹿児島をもって政令指定都市にするという
考えを持つべき時ではないかと私はかねてより思っており、その点を皆様方に問題提起し
たいと思います。
きょうたまたま長島美術館にご案内いただき、武岡の丘から見事な桜島を眺望し、思わ
ず感嘆の声を上げました。目を下に転じるとそこに新幹線の駅がほぼ形を整えつつある。
終着駅に降り立てばそこから真っすぐ見ると桜島が見えるという、大変見事なホームだと
思います。ちょうどベネチアで降りて出ればそこに運河、水の都が待っているというもの
に匹敵するのではないかと思います。
ともかくここが新幹線の南のターミナルになるということを見て、いよいよ鹿児島をど
う展示していくかということを考えるべき時期にきている。前回ここを世界遺産にしてい
くという話がありました。集成館を軸にして錦江湾、桜島を借景にして自然遺産、文化遺
産の両方を持ったものとして十分に世界遺産に登録するに値する。そうしたものを踏まえ
ながら政令指定都市を考えていく必要があります。
ただ一気に考えるのではなく、なぜ政令指定都市を考えないといけないかということで
すが、国土交通省の考え方の中に太平洋新国土軸というのがあります。
これは沖縄から九州を経て四国、紀伊半島と、まさに伊勢神宮に至る道です。笠沙の岬
から霧島を経て、四国のお遍路さんを経て、高野山を経て、そして伊勢神宮へ至る道と考
えていただきたい。こういう太平洋新国土軸ということが提言されているということを知
ってほしい。
ちなみに国土軸は4つ考えられています。北海道・東北をひとつにした北東国土軸、東
京から西に広がっている工業地帯をひとつに見立てた西日本国土軸、それから日本海国土
軸。この国土軸のうち鹿児島に関係があるのは太平洋新国土軸だが、もうひとつ重要なの
は、4つの軸からなる国としてたたずまいを考えているということ。即ちこの国は一極一
軸だったが、多軸多極型にするのが望ましい、4つぐらいにこの国を分けるといいとして
これを受け止めることができます。
そうした中で、いま市町村の広域合併が総務省の音頭のもとで進められており、合併の
メリットについて日本全国2000余りの地域で広域合併の動きがおこっている。4つの
国土軸と市町村の合併がどのように関連してくるのかということについては十分な理解の
ないままに行われているとの感じがします。
中長期的には県というものがなくなるであろうと考えていいのではないか。鹿児島県と
宮崎県、熊本県が一緒になるということは、にわかに考えられないかもしれない。が、す
でにいくつかの県では県域をなくすという動きが出ています。あるいは県知事の中には県
というものがなくなるということを見越して県境を越えた広域連携を進めている地域もあ
ります。15年から30年の間に県がなくなり、日本が4つぐらいの単位の国に分かれて
いくというようなことの中で市町村の広域合併が行われているということです。
《道州制と海の日本》
いまのところ、4つをどのように区切るかについて十分に議論されていません。むしろ
8つぐらいに分けていくという道州制として議論されています。道州制は具体的には議論
されていないが、国がいくつかの地域に人々を分散させて、そこで新しい国づくりをして
いくという動きはすでに起こっています。
たとえば、国の出先機関は北海道、東北、関東、北陸、中部、近畿、中国、四国、九州、
沖縄と10カ所にあり、各地域で国の行政の窓口になっています。その中で最も力を持っ
ているのが国土交通省。この国土交通省が日本を8つのブロックに分けている。北海道、
沖縄は国がやっているし、国土交通省は東北ブロック、関東ブロック、北陸ブロック、中
部ブロック、近畿ブロック、中国ブロック、四国ブロック、それから九州ブロックとブロ
ック行政を敷いています。
ブロック行政の中で担当している地域整備局はいまや公共事業の割り振りを担当してい
る。地方の補助金を割り当てている。これまで県知事が霞ケ関に行っていたのが三分の一
は行かなくてすむようになっている。わずか2年で陳情も地域内でやっていくということ
になっている。
したがって、長期的にはここに仕事と人と金とが委譲されていくということになると思
います。やがてそれぞれのブロック単位で知事の中での互選によるか、各ブロックにおけ
る直接選挙によるかで地方の長官ができると、その時に道州と呼ばれるだろう。したがっ
て地方ブロックは道州制への伏線として着々と進んでいるということです。
しかし、このブロックの経済力をみると、大変な格差がある。その場合の経済力という
基準になるのが東京もしくは関東平野。東京のGDPは90兆円、フランスの半分ぐらい
だが、カナダとは同規模の経済力を持っています。東京を軸にした形で他の地域のブロッ
クを見なければならない。
仮に東京を単位にすると、九州は50兆円しかない。日本のGDPは約500兆円。そ
の十分の一に相当します。四国はわずか13兆円。中国はその2倍の25~25兆円。こ
の3つの地域がひとつになれば東京都に匹敵する。
ただ東京都は東京で閉じられておらず、首都圏として埼玉県や千葉県、神奈川県と一体
なので、首都圏としてみると180兆円の経済規模がある。これはフランス規模。そうす
ると中国、四国、九州でそのちょうど半分ということになる。近畿圏が入るとフランス規
模の経済圏ということで、イギリスよりも大きくなる。
こうみると、仮に関東平野がひとつのブロックだとすると、それに対応できるだけのブ
ロックということになると、中国、四国、九州、近畿と瀬戸内を囲んだ津々浦々の世界、
海の日本というものを構想することができる。関東平野との中間にある地域はアルプスが
そびえ、山の日本。これがちょうど東京都と同じか若干それより小さいぐらい。それがカ
ナダ規模の圏域がある。
関東平野の北側は白河の関以北で北海道と東北を合わせるとちょうどカナダよりも若干
少ない経済圏ということになる。関東平野を軸にすると、それを同じ規模のものが1つ、
その半分規模のものが2つということになるとおそらく4つに分ける場合は、こういう形
の4つが最も適切ではないかと考えます。これは前回の国土審議会で発言し、反対があっ
たわけではありません。
おそらく4つの軸は行政区と分けた場合には重なるところがあるので、4つのコンセプ
トを生かすとなると、北東という森の日本、関東平野という平野の日本、中央日本という
山の日本、近畿以西が海の日本という4つの日本から成る地域連合ないし連邦国家という
ものが可能であろうと思います。
《県境を越えた効率的な行政》
こういう連邦国家へのブロック間関係を、いまの8ブロックの各ブロックが広域ブロッ
クをつくりつつ、ブロック間関係を形成する4つの日本から国になる過程において、同時
におそらくこの5月28日をひとつの区切りとして首都機能をどこに移すかということを
決めると思います。
首都機能の移転は、平成2年の参院・衆院における議員の議決から始まり、法律が整え
られて最終答申が99年末に出され、翌年に2年以内、すなわち5月28日をめどに3つ
の候補地の中から1つに絞り込むという段取りになっています。
3つの中で絞り込まれるということで、仮にそれが一番可能性として高い那須になると、
それをいつ移すかは別にして、移すということになると人心は動くと思います。那須につ
くられるであろう首都は外務省と財務省、総務省の一部、あとは調整機能というものが移
るだけで、国土交通省、文部科学省、厚生労働省等の権能は4つのブロック、その前に8
つのブロックに少しずつ確実に権限と財源、つまり仕事とお金、やがて人が分散して、県
の機能はそういうところの下請けになりながらそこに吸収されて、各県は市町村に権限を
委譲していく。したがって県はやがてなくなるという流れがもう既に起こっています。
中央官庁あがりの知事、例えば岩手県、和歌山県、あるいは三重県といったところの知
事は県を廃止してやっていくということを明言しています。あるいは自治省出身の静岡県
知事は山梨県と組んでやるというふうに言われています。岩手県知事は青森県と秋田県の
3県の県境をはずしていくということです。それは青森県、秋田県の知事とは意思疎通が
過去5年間サミットをやりながら出来上がってきて、今年1月1日の日経の記事で、地方
改革の旗手として岩手県の増田さんが取り上げられていますが、彼はそこで明確に言って
います。
「県の仕事で市町村でできるものは人と金と物とを全部差し上げるようにしており
ます」と。そして「県域はなるべく県境を越えて効率的な行政をしていく」と言われてい
ます。
鹿児島県はややのんびりしている感じがしますが、そういう流れがいま起こっています。
そうした中で、政令指定都市問題を考えるということです。市町村に大きく権限を委譲し
ていくと、そして国はいくつかの小さな単位に分かれていく。そうした中で一番自治権を
持ち、旧来の県に匹敵する権限を持っているというのが政令指定都市だということです。
《政令指定都市に向けた動き》
政令指定都市というのは、人口50万以上。都道府県が処理する事務のうち、都市計画、
民生行政、保健衛生行政を都道府県から市に移行される。いままで知事から許認可されて
いるものについて、基本的にそれが不必要となるということです。いまは北から札幌、仙
台、千葉、川崎、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、北九州、福岡と計12の政令
指定都市があります。仙台にしろ、あるいは札幌、横浜、神戸にしろ、ネームバリューは
圧倒的に高いものがあります。600いくつかある市の中で政令指定都市の存在感は群を
抜いているわけです。
政令指定都市になるための運動がいま各地に起こっています。さいたま市がもう出来上
がり、あと一両年のうちに政令指定都市になるでしょう。つい3週間前に静岡市と清水市
が合併を決め、名前もさんざんもめたのですが、静岡市にするということを決めました。
これまでは政令指定都市の要件として、既存の指定都市と同等の実態を有するとみられ
る都市を指定されている。既存の指定都市はだいたい100万都市というのが基準になっ
ています。しかし、総務省は70万でよろしいというふうに言ったわけです。それが新し
い静岡市というものを念頭に置いて言われていることは間違いありません。
静岡は遠州と駿河からなっており、遠州と駿河とは全く気風が違います。遠州の方は浜
松が一番の軸になっており、浜松はヤマハとかカワイ、ホンダがあり、その昔豊田佐吉が
生まれたところでもあります。最近では光フォトニックスとか、ものづくりにおいては日
本を先導してきた地域ですが、その地域は黙っておりません。10年近く商工会議所の人
たちが合併のことを考えてきて、この間ちょうど静岡と清水が合併をほぼ決めた前後にレ
イク浜名シティというのをつくるということを言っています。
浜名湖の東側に浜松市があります。そのすぐ北に浜北市があり、浜名湖のすぐ西側に湖西
市があります。その周りに6町村があり、これを合わせると80万になります。そうする
とこれで静岡を抜ける。
そうすると、静岡県知事は「私はもうやることはない。大いにやってもらいたい。どっ
ちにしても県はなくなるんだから、自分は山梨県と組んで山梨県と静岡県で政令指定県を
目指す」ということを公言されているぐらい、こういうものを当然の動きとしてみていま
す。こうして中部地方に静岡、レイク浜名シティができる。まだ仮称ですが、まず名前か
ら決めて名前による争いはしないでおこうということができるわけです。その動きを受け
て川口市あるいは堺市で政令指定都市への動きが出ております。
《一局集中から多軸多極型へ》
そういう観点で見ると、九州には政令指定都市は北九州、つまり福岡県にしかない。し
かしながら、日本の歴史や九州を2眼レフぐらいで見ないと具合が悪いし、さらにまた太
平洋新国土軸という観点で見ると、新幹線ができて門司海峡を抜けて山陽新幹線で行くと
いうルートをとるよりも、一気に大分県から防予海峡を抜けてお遍路さんの道を抜けて鳴
門海峡を抜け、紀淡海峡を抜けて伊勢神宮に抜ける文化の道をたどる。
そうなると150キロから200キロ近くで鹿児島と関西圏が結ばれます。したがって
広島の人たちが鹿児島に集成館や桜島に見に来る、あるいは癒しのテラピーを受けに南西
諸島に来るという時にいちいち新幹線で遠いところから来るより、しまなみ海道なり、瀬
戸大橋なり、明石鳴門海峡を渡る。四国は高松から松山まで高速道路が出来上がっており、
そのまま大分からこちらに入るとはるかに近い。
こちらから物を運ぶにしても、広島に入るにしろ、岡山に入るにしろ、兵庫県に入るに
しろ、しまなみ海道を通るか、瀬戸大橋を通るか、あるいは淡路島を通って明石鳴門大橋
を通るか、そして間もなく造られるであろう紀淡海峡の橋を通るかして近畿圏に入ること
ができます。物を運ぶにも人々が見に来るにも、このような文化の道というものを構想す
るということが重要であろうと思います。そうした場合に終着駅、日本の南の玄関口にな
る鹿児島というものがやはり政令指定都市としてのたたずまいを持っているということが
重要であろうと思います。
すでに鹿児島市だけで50万以上の人口を持っています。国分市など鹿児島の西側ある
いは北側の地域との合併ということになると70万、80万の人口があるそうですが、人
口だけのことでなく、福岡や九州や日本の100万都市を見ながら日本の新しい玄関口、
海の日本の玄関口として自分たちのことは自分たちで決める、いままで県がやっていたこ
とも自分たちで決めるようにしていくということが大切です。2005年までに合併をす
れば国から補助金が出て10年間恩恵に預かるという話で、そういうことで合併をすると
いうのは鹿児島県人らしくないと思うのであります。
新しい日本はここから始まったわけです。そういう人材もこちらから出して一極集中の
実を上げ、廃藩置県もこちらが主導権を握って率先してやった。多極分権であったものを
一極集中にした。そして県も最初は廃藩置県をして藩主が知事になり、次には官選にし、
やがて民選にしたが、その経緯からすると基本的に中央集権の地方への行政を貫徹する媒
体として県というのがあったわけです。つまり、一極集中というものをするための組織で
あったということです。いまは知事は直接選挙だからそれと違う面も出てきていますが、
基本的な構造は中央集権のためのものであった。
こういう130年間の歴史がいま閉じつつあり、多極分権、多軸多極型になりつつある
と。そしてそれはだいたい4つぐらいに分かれていくだろうと。そうしたときに海の日本
のたたずまいを考えている時期に来ているだろうと思うわけです。ちなみに海の日本、仮
に中国、四国、九州、近畿がひとつになって、その海の日本のセンターをどこに置くかと
いうことについても考えておくべきだと思います。それを大阪に置くべき、松山に置くべ
き、広島に置くべき、福岡に置くべき、鹿児島に置くべきと争っていてはみっともない。
私は海の日本の場合には、まさに今度の離島医療学がそこで目指している「動く大学」
「洋
上大学」を参考にする。そこでは先生や学生が一緒になって常に循環している。動く島、
モーバイル・アイランドをつくるという考えが出されています。どういう船を手に入れる
かどうかは別ですが、いずれにしても中央のする仕事は調整機能で、基本的には権限や権
能は市町村に委ねられているということなので、われわれも海の日本としてはモーバイ
ル・キャピタルであっていいと思います。
それが波静かな錦江湾に都市が浮かんでいる。世界遺産に指定された都市だから今年の
首都は錦江湾に浮かべて上陸したい人は鹿児島の政令指定都市に上陸してもよろしい。翌
年は広島に、その翌年は神戸にというふうに、中心が動くということでどこが中心になる
かということで争わなくても済む。多中心の時代ということにふさわしく、海の日本の開
かれた性格にも合っている。これはおそらくメガフロートというようなものを活用するな
どいろいろ組み合わせることによって、そこでスタジアムや病院や会議やホテル機能やレ
ジャーというものを組み合わせることによって多機能を持たせることもできます。
《国づくりのための地域学》
そういうことも含めて日本の姿がこれから大きく変わる中で、市町村の合併というもの
がいま行われている。そうした中で鹿児島というのは九州のもう一つの中心という面を歴
史的にも文化的にも持っているわけですから、皆さん方、いまの市町村合併を受け身でと
らえるのではなく、むしろ積極果敢に新しくとらえるために鹿児島が政令指定都市になる
ということになると、他地域の人の九州を見る目も変わってくると思います。福岡という
のが九州だと思わなくなるだろう。やはり鹿児島、薩摩だとなる。こういうものこそが薩
摩学や鹿児島学の知的な裏付けを持った地域学の目指すとこでなくてはならない。まさに
新しい国づくりには新しい知の体系が要ると思うのであります。
そういう知の体系がすでに鹿児島大学でもちゃんとした講座で持っており、民間でも日
高先生が新薩摩学のようなシリーズを出されるということであります。まさにわれわれが
ウイルスの学問を手に入れて洋学に応じた日本の国のたたずまいをつくってきました。富
国強兵のたたずまいというのはまさに洋学の知識と一対一の関係であります。不離の関係
にある。
そういうものを今度は十分に消化したうえで手段として地域おこしの学問をしていく。
今度はそれを人々が学びに来るでしょう。学びに来て、日本から新しい国のたたずまいに
応じた国をつくっていくという学問が発信される。国のたたずまいの発信というものとし
て新しい学問が学ばれていく。まさにヨーロッパの洋学というものが、洋学とヨーロッパ
地域のたたずまいとが全然かい離しておらず、現実と知の体系がぴったり合っているとい
うことによく表れています。
日本は向こうの学問を手に入れることによって、欧米に近い国のたたずまいをつくって
きたわけです。しかし、それがそれなりの役割を終えたので、今度はわれわれが新しい国
をつくる、そのたたずまいに応じた地域学をおこしていく。だからこの地域に立脚し、地
域に根差した学問がいるわけです。
離島医療学はまさにその一つであります。健康学として描くもので、経済力を上げると
か、あるいは軍事力を高めるとかいうようなことのための学問ではないわけです。そうい
う新しい知の体系が生まれつつある。この知の体系はやはりどのような国のたたずまい、
つまり国をつくるのかというビジョンと合わされないと真に力を発揮しない。そうでない
と、部分学として、あるいはサイド補助学としてしかみなされないと思います。
政令指定都市という形で鹿児島の市町村合併の問題はまさに正念場を迎えていると思い
ますが、そのような意味においてとらえるべきではないか。鹿児島の政令指定都市の可能
性というタイトルに込めました事情は以上の通りであります。
(このあと自由討論)
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