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生態分野における発展的な学習に関する研究

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生態分野における発展的な学習に関する研究
神奈川県立総合教育センター長期研修員研究報告2:37~40.2004
生態分野における発展的な学習に関する研究
-個体群動態シミュレータの開発と学習指導法-
伊
藤
人1
直
生物個体群の動態を実証的に調べていくには長期的な観察や実験を要するため、学習指導上多くの困難を
伴っている。個体群の成長様式や密度調節機構の理解、さらに変動要因に対しての考察を深めるため、コン
ピュータシミュレーションによる探究的な学習が有効であると考え、シミュレータ教材の開発を行った。ま
た授業実践により、その指導法と教材の有効性についての検証を行った。
はじめに
計算上は2倍ずつ増えていくと指数曲線を描くが、現
本研究は、共同テーマ「発展的な学習指導法及び教
実的には環境抵抗による抑制が生じ、S字的な成長曲
線を示す。
材開発に関する研究~高等学校~」の中で進められて
生態学の分野では、個体群の維持と変化について、
いるものの一つであり、文部科学省から出された「学
結果を解析するために、その内部構造、個体数や個体
びのすすめ」や学習指導要領の一部改正等の趣旨にあ
る、高等学校学習指導要領の枠にとらわれない学習指
の分布、構成個体の変動等の研究が数多く行われてい
る。高等学校生物では、この内容は、生物Ⅱ「生物の
導法や教材開発を行うものと位置づけられている。
集団」の単元の「個体群の構造と維持」の中で実施さ
先端的な科学研究に対する取組という面では、スー
れ、いくつかの事例とともに取り上げられている。生
パーサイエンスハイスクール等の実践例に見ることが
できる。経過報告の事例では、大学や研究機関との連
物の学習指導に際しては観察や実験を通して、探究的
に取り扱うよう定められているが、個体群の動きは、
携を通して、高校現場でできないような実験等を、連
野外の研究例では、数十年を要するものもある。学校
携先の機材を使いながら実施していた。生物分野では、
現場における教科学習では、長期間に渡る観察や実験
DNA の増幅や電気泳動の分子遺伝学に関するものが数
多く取り上げられていた。教材として先端的な事象を
は困難であり、ライフサイクルの短い生物を実験教材
として扱っている。ショウジョウバエやウキクサの実
取り扱うことの有効性は認められるが、一般現場での
験が扱われることが多いが、成長曲線を描く結果を得
実施にあたっては、課題が多い。このような状況を踏
るためには、1ヶ月程度はかかり、学習展開の中で時
まえ、幅広く高校学校における学習内容で、地球環境
の問題や生物種の保全等の今日的な問題の重要性から、
間配分の困難性が大きくなっている。そのため、生徒
には、項目としては学習したが、野外においてどうな
生態に関する分野を対象とすることとした。その中で
っているのかという知識と実態との関連の認識をなか
発展的な側面を持った教材の開発を行い、指導法の検
なか得られないということに陥っているケースもある。
証を行っていくものとした。具体的には、生物の個体
群動態をより野外実態に即したものとして理解しても
これらの点に配慮して、生物と環境との関わりにつ
いての見方や考え方を身に付けさせるために、コンピ
らおうという試みである。
ュータシミュレーションを用いることを考えた。神奈
生物の個体群とは、「同じ種類の生物の集まり」で
川の県立高等学校では、コンピュータ室および1人1
あり、1個体でいる状態と集まりになった状態とでは
生物的な特性が変わる。例えば、餌を捕るときに、集
台の体制が完備しているので、実施上のハードルはそ
団で捕ったほうが効率が上がる場合があり、同様の利
点は、繁殖や防御等においてもみることができる。し
かしながら、集まりが大きくなっていくと、次第に過
密になっていき、不利益も大きくなるので、一般的に
は個体群の規模というのはその環境収容量に近づいて
飽和するような動きが見られている。第1図のように、
1 県立松陽高等学校
研修分野(理科)
第1図
- 37 -
コウボの成長曲線
れほど高くはない。コンピュータ上のシミュレーショ
ュレーションに関係するものは、同一画面に表示させ
ンを利用することで、最終的には野外実態に目を向け
ることとした。同様に、操作盤のメニュー表示も階層
るための一助とし、個体群の成長様式と密度調節機構
を極力浅くすることとした。
を視覚的な理解とともに進めて、さらに個体数の変動
要因に対する考察を深めさせるものとした。
また、シミュレータ上のイベントを野外個体群の生
態と結びつけられるように意図し、「フィールドサイ
ズの変更」、「フィールドの分割」、「個体群全滅か
研究の方法と内容
らの逆実行」および「個体の間引き処理」等の機能を
組み込むこととした。
1. 個体群動態シミュレータの作成
(2) シミュレータのプログラミング
(1) シミュレータデザインの検討
(1) のデザインを基に、プログラム作成を行った。
作成にあたって、次のようなねらいを設けた。①視
覚的に個体群動態を実感する。②結果の姿だけではな
まず、N88-BASIC を用いた PC-9800 版で基本形を完成
させ、そののち、今日一般的に流通している DOS/V 機、
く、世代間の変動を見ながら、要因に対しての認識を
Windows 機への移植という形で進めた。最終的に Win-
深める。③操作性については、マニュアルを参照しな
dows 版の作成は中止したが、これは実行速度を始め、
くても、すぐに覚えて感覚的に取り扱えるものとする。
シミュレーションのルー
ウインドウ表示による利点はなく、演習時は、そのマ
シンはシミュレータ専用にするという意味合いから、
ルに関しては、コンピュー
・
タ上に存在する生物個体は、
・
それ自身が主体的に変化し
ていくというものではなく、
・
・
DOS/V 版の作成に絞った。βテストで検出された不具
□
・
合も修正し、プログラムを完成させた。
・
・
・
2.シミュレータプログラムの使用法
周囲の状況に従属し、かつ
第2図
格子モデル
一意的に決定するという形
(1) 通常の使用例
にした。第2図の中央の□における個体の生存や出生
は、その周囲を取り囲む「・」印で示した8つのセル
一般の Windows アプリケーションと同じように、ア
イコンをダブルクリックすることで起動する。メニュ
に存在している個体数で決定する。初期設定では、第
ー選択等の基本操作はフルマウスオペレーションとな
1表の条件としており、周囲に2個体か3個体が存在
っている。
していたなら、次世代も引き続きそこで生存は可能で
あり(第3図)、個体が存在していない場合には、周
まず、[入力]を選択するとフィールド画面にマウ
スカーソルが出て、個体を配置していくことができる
囲に3個体存在していると、そこに新個体が誕生し定
(第5図)。配置後、[スタート]を選択すると、各
着できる(第4図)。この設定条件の生物的な意味合
いとしては、密度効果を挙げることができる。あまり
にも過疎であったり、逆にあまりにも過密であると、
個体の生存や新個体の定着
に不適当になる。また、こ
○
のモデル化された仮想生物
体は、植物のような固着性
◎
○
のものに近い存在となって
いる。個体が存在する格子
第3図 ◎ 生存可能
状のフィールドは、上下左
右ともにつながったトーラ
第5図
○
ス型であり、全てのセルは、
○
条件的に等しいものとした。
画面デザインは、視認性
をよくするため、このシミ
第1表
入力画面(1世代目)
○
第4図 □ 新個体出現
周囲の個体数と生存・出生との関係
周囲の個体数
0
1
2
3
4
5
6
7
8
生
存
×
×
○
○
×
×
×
×
×
出
生
×
×
×
○
×
×
×
×
×
第6図
- 38 -
2世代目の個体配置
第2表
セルの状況を計算して、次々に世代が進行していく
学習指導案(一部)
(第6図)。世代進行中に一時停止させ、例えばそこ
過程
学習活動
で[グラフ]を選択すると、それまでの個体数変動を
導入
10 分
本時の演習内容、機
材の操作方法に関する
説明を聞く。
展開
75 分
操作練習を行い、設
定要因を確認する。
見ることができる。また、 [手動]を選択と、スペー
スキーを押すことによって一世代ずつ進行し、各世代
の状況を確認することができる。
シミュレーション作
業により、個体群動態
を観察し、演習結果を
記録する。
(2) 組み込み機能を利用した応用的な使用例
個体群が全滅した時、メニューには[手動逆行]が
現れる。これを選択すると、その1世代前、さらにも
う1世代前と、スペースキーを押すことで次々に戻す
ことができる(第7図)。この機能により、どのよう
にして全滅に至ったかの考察が容易となる。多くの場
まとめ
15 分
合、個体の孤立化や個体群の分断化がその要因となっ
ている。
設定変更の機能により、フィールドサイズの大小に
よる動態の違いの比較や、生存・出生条件を変えるこ
とで、不死設定の個体群がS字成長するようなシミュ
レーションも可能である(第8図)。
ワークシートの考察
と本時内容に関する自
己評価を行い、提出す
る。
評価の観点
【関心・意欲・態度】
個 体群の 変動に 興味
や関心をもって探究
し、取組んでいる。
【技能・表現】
機 器やプ ログラ ムの
操作を適切に行い、演
習結果を的確に記録し
ている。
【知識・理解】
個 体群の 成長曲 線に
関して基本的な概念を
理解している。
【思考・判断】
演 習結果 を個体 分布
や密度効果と関連づけ
て考察している。
演習用のワークシートについては、設定要因の確認
問題と操作練習を前半に組み込み、主な課題は、個体
数の最大化または世代数最多化を目標として、フィー
ルド内の個体配置を考えるものとした。これは、生物
の繁殖戦略や、系統進化的な側面を含めた意図による
ものであり、演習時に世代が変わっても個体群配置の
変動が見られなくなった場合は、多様性が失われたも
のとして、世代数はそこまでの値という設定にした。
この演習を通して、学習者がコンピュータ上での個
体群動態について観察したことを考察するようにした。
第7図
演習の自己評価は、ABCの3段階で行い、項目は、
全滅1世代前の個体群
その習得のレベルに対応させた次のア~エを設定した。
ア:自分で操作を行い、シミュレーション結果を得る
ことができたか。イ:次世代の個体分布や個体数を推
定することができたか。ウ:成長曲線の形態の違いと
それをもたらした原因とが認識できたか。エ:野外の
生物個体群への関心や見方を身に付けることができた
か。
第8図
(2) 授業実践について
所属校において、3年生物Ⅱ選択の2クラスと3年
設定変更画面
生物ⅠA 選択の1クラスで、検証授業を行った。それ
ぞれ該当単元は学習済みであったが、1単位時間での
3.個体群動態シミュレータを活用した授業展開
実施であったため、指導計画上、内容は変えずに時間
的な圧縮と項目の若干の付け替えで行う形にした。ま
(1) 学習指導計画
単元「生物の集団」への時間配当を 25 時間とし、指
た、シミュレータに関しても、設定変更を用いた演習
導計画を作成した。当該演習は、「個体群の維持と適
や終了処理は行わないので、検証授業時に必要のない
応」7時間の中で最後のまとめにあてることとした。
ような機能は全て削除した機能限定版を用いた。
時間的制約が大きい中での実施であったが、操作で
学習指導案については、発展的な学習展開:PC 演習
「シミュレータで学ぶ、生物の個体群動態」と題して、
立ち往生することなく、全員が演習を行え、また手動
4観点の評価規準の設定とともに、2単位時間(100
実行等の機能をよく活用し、各人非常に熱心に行って
分)での展開案を作成した。第2表にその一部を示す。
いた。ワークシートの結果からは、最大 160 個体まで
- 39 -
-0.40と-0.58と低かった。これは、1時間のみの演習
だったためにそこまで深めることができなかったため
と考える。これらのことは考察や感想にあげられたコ
メントからもみることができ、「操作はわかりやす
い」「すぐに慣れた」「いろいろ試すことができた」
が、「予測は難しい」「何故こうなっているのか、よ
くわからない」等が記されていた。その中で、「適度
な間隔が保てた」「いくつかのグループに分かれて増
えていった」等、密度効果やパッチ状の個体群の関わ
りについて考察するものや、さらに野生生物個体群の
存在の脆弱性に目を向けるものもいる等、予想以上の
反応も得られた。
おわりに
授業を通した検証から、本シミュレータは通常より
一歩進めた発展的教材としての有効性を持つことが確
認できた。シミュレータ上では生存と出生という二要
第9図 生徒のシミュレーション結果
初期配置(上)とグラフ(下)
因のみの扱いであるが、この限られた要因の中での個
増やすことができた生徒や、最長 1000 世代を達成した
生徒がいた(第9図)。
自己評価の分析には、Aを+1、Bを0、Cを-1、
つまり正の値がでればおおむね可とし、数値化しての
処理をおこなった。4項目のあいだの相関係数は、項
目ア、イ、ウに関してはほぼ0であり、独立した設問
体群の動態を理解するということが、ひいては多くの
要因が関わってきている野外生物個体群を解析してい
くための第一歩となり得る。実施上難点の多い生物教
材だけでなく、このシミュレータも含めたかたちでの
教材選択が望まれるところである。
教材開発に関しては、「フィールド分割処理」と
「間引き処理」が今回の作成では未実装に終わってい
とみることができた。項目アとエに関しては 0.4 とや
る。前者については、個体群内の配置が分裂していく
や弱い相関が見られたがこれも含めた形で、結果をレ
ことで、全滅の危険性が大きくなっていくことと関わ
っており、野外の個体群においても、それらをなんと
ーダーチャートに示した(第 10 図)。クラス間のばら
つきはみられるが、全体を平均すると、項目アの値は
かして繋げていくため、「緑の回廊計画」が実際に行
0.38 と、シミュレーション自体はそれほど苦労せずに
われている。また後者については、間引いてきたもの
できており、項目エの値は 0.07 と、野外生物個体群へ
を使えば、生物資源の活用、間引いてきたものを破棄
すれば、生物の駆除という両面性が野生生物の現状と
の関心や見方も、ある程度達成されている。次世代の
推定や原因の認識に関する項目イとウは、各々の値が
密接に関わっている。これらのルーチンの組み込みは、
今後是非完成させたい。その中で本研究をより一層発
展・拡充していきたいと考える。
参考文献
井上徳之他
研出版
啓林館
2003『スーパーサイエンススクール』数
2003『高等学校生物Ⅱ
種生物学研究 24/25
資料集』
2002『保全と復元の生物学』文
一総合出版
文部科学省 平成15『小学校、中学校、高等学校等の
学習指導要領の一部改正等について(通知)』
文部科学省
『確かな学力の向上のための 2002 アピー
ル「学びのすすめ」』
文部省 1999『高等学校学習指導要領解説理科編』
第 10 図
自己評価のレーダーチャート
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