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見る/開く - ROSEリポジトリいばらき
ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ)
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健常者のアレルギー意識と社会的役割について
熊谷, 仁美 / 石原, 研治
茨城大学教育学部紀要. 教育科学, 61: 279-298
2012
http://hdl.handle.net/10109/3199
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このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属
します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。
お問合せ先
茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係
http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html
茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)279 - 298
健常者のアレルギー意識と社会的役割について
熊谷 仁美 *・石原 研治 **
(2011 年 11 月 25 日受理)
Understanding of Able-bodied Person to Allergic Inflammation
Hitomi KUMAGAI*and Kenji ISHIHARA**
(Received November 25,2011)
はじめに
近年,わが国においてアトピー性皮膚炎,気管支喘息,花粉症などのアレルギーが関連する疾患
の発症率が増加の一途を辿っている。特にアレルギー疾患の中でも,気管支喘息においては 1960
年代から 90 年代までの約 30 年間に,約5倍に増加している 1)と言われている。厚生省が 1992 年
~ 1996 年に行った「アレルギー疾患の疫学に関する研究」2)の結果によると,何らかのアレルギー
疾患を持っている人は乳幼児で 28.3%,小中学生で 32.6%,成人で 30.6% と国民の3人に1人が
アレルギー疾患に罹患していることが判明した。今やアレルギー疾患は国民病と言われるほどに
なった。
一言でアレルギーといってもアトピー性皮膚炎は皮膚,気管支喘息は気道,花粉症は目・鼻など
といったように症状の現れる部位は異なる。そのような発症部位の違いによって,アレルギー疾患
の中には偏見が持たれるものもある。例えば,アトピー性皮膚炎の皮膚炎症は思春期におけるいじ
めの対象となりやすいのに比べ,花粉症における目のかゆみ,鼻汁やくしゃみはそういった対象に
はなりにくい。この背景には病気に対する知識や理解の不足があるのではないかと考えられる。こ
うした偏見があるとすればそれをなくすために,児童生徒,保護者及び教員が一体となってそれぞ
れのアレルギー疾患に対する正しい知識を身につける必要がある。将来,養護教諭を目指すものと
して,アレルギー患者の Quality of Life(QOL)を向上にむけた手助けの中心的役割を果たす必要
があると考える。
そこで,本研究では,健常な児童生徒の視点からアレルギー疾患に対する意識を調査し,アレル
ギー保持者に対してどのようなベクトルを向けているのかを明らかにし,どのような取り組みを行
*茨城大学大学院教育学研究科(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1; Graduate School of Education, Ibaraki University,
Mito 310-8512, Japan).
**茨城大学教育学部教育保健教室(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1; Faculty of Education, Ibaraki University, Mito
310-8512, Japan).
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
うことにより健常者の意識を改善し,アレルギー保持者の QOL を向上させることができるのかを
考察することを目的とした。
方法
2909 年 11 月に大学生(302 名)を対象に質問紙調査を実施した。自由記述と選択肢式を併せた
無記名の質問紙を配布した。質問紙により得た情報は研究目的のみに使用し,質問紙を厳重に保管
すること。また,記入された内容はパーソナルコンピュータに入力し,総合的に統計処理を行い個
人が特定されることがないことを予め口頭で説明した。調査内容は以下の通りである。
[1] 対象者自身のアレルギー歴
[2] アトピー性皮膚炎の罹患歴の有無
[3] アトピー性皮膚炎で辛いこと辛かったこと
[4] アトピー性皮膚炎罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うこと
[5] アトピー性皮膚炎に対するイメージ
[6] アトピー性皮膚炎罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
[7] 気管支喘息の罹患歴の有無
[8] 気管支喘息で辛いこと辛かったこと
[9] 気管支喘息罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うこと
[10] 気管支喘息に対するイメージ
[11] 気管支喘息罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
[12] 花粉症の罹患歴の有無
[13] 花粉症で辛いこと辛かったこと
[14] 花粉症罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うとき
[15] 花粉症に対するイメージ
[16] 花粉症罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
自由記述の内容からは意味を変えない程度に記述項目を抽出し,整理・分析した。具体的な分析
方法として,記述内容から,意味を損なわないように文脈で区切った。次にそれらの文脈を類似化
する < サブカテゴリー > を生成し,サブカテゴリーを包括する【カテゴリー】を生成した。選択
肢の質問については Microsoft Office Excel 2003,SPSS10.1J For Windows を使用し,統計的分析
を行った。
結果
(1)基本属性
大学に所属する学生(302 名)を対象とした。「教育学部」が 236 名(78.1%),「工学部」が 29
名(9.6%),「理学部」が 20 名(6.6%),「人文学部」が8名(2.6%),「農学部」が6名(2.0%),
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
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無回答が3名(1.0%)であった。対象者の在籍する学年については,
「1年生」が 100 名(33.1%),
「2年生」が 32 名(10.6%),
「3年生」が 144 名(47.7%),
「4年生」が 21 名(7.0%),
「大学院生」
が2名(0.7%),無回答が3名(1.0%)であった。また,性別に関しては,
「女性」が 220 名(72.8%),
「男性」が 79 名(26.2%),「無回答」1名(1.0%)であった。
(2)対象者のアレルギー歴
対象者のアレルギー歴を明らかにすることを目的として,「あなたは何らかのアレルギー疾患に
かかっていますか,またはかかっていましたか?当てはまるもの全てに○をつけてください。選択
肢:1. アトピー性皮膚炎 2. 気管支喘息 3. 花粉症 4. アレルギー性結膜炎 5. 食
物アレルギー 6. アレルギー性鼻炎 7. 蕁麻疹(アレルギー性) 8. その他 9. かかっ
ていない」という質問を行った。
その結果,図1に示すように,最も多かったアレルギー疾患は花粉症で 40.1%(121 名)であり,
次に多かったのはアレルギー性鼻炎 25.2%(76 名)であった。アトピー性皮膚炎は 23.2%(70 名),
気管支喘息は 15.9%(48 名),食物アレルギーは 9.3%(28 名),アレルギー性結膜炎は 8.9%(27 名),
蕁麻疹(アレルギー性)は 6.6%(20 名),その他のアレルギー疾患を患っているものは 3.6%(11
名)という結果になった。その内訳は,ハウスダストアレルギーが 1.3%(4 名),猫アレルギー 1.0%
(3名),金属アレルギー 0.7%(2名),日光過敏症 0.3%(1名),アレルギー性紫斑病 0.3%(1名)
であった。また,どのアレルギー疾患にも罹患していないと回答したのは 35.4%(107 名)であった。
従って,本調査対象の約3分の2以上は何らかのアレルギー疾患に罹患しているということが明ら
かになった。
図1. 対象者のアレルギー歴(n=302)
(3)アトピー性皮膚炎
[3-1] 罹患歴の有無
図1に示すように,アトピー疾患への罹患歴は 302 名中「あり」と回答したものが 23.2%(70 名),
「ない」と回答したものが 75.8%(229 名)であった。
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
[3-2] 健常者のアトピー性皮膚炎罹患者に対するイメージ
アトピー性皮膚炎に罹患したことがないと回答した 229 名を対象に,アトピー性皮膚炎罹患者
に対するイメージを以下の8個の項目ごとに3件法で調査した。その結果,表1に示すように,ア
トピー性皮膚炎の患者に対して,「かゆそう」,「痛そう」,「辛そう」というイメージを持つものが
多かった。特に,「かゆそう」という項目においては 87.3%(200 名)が回答した。また,対人関
係を表す「接しやすさ」や「気遣い」の項目においてはそれぞれ「意識したことがない」と回答す
るものが多かった。
図2. アトピー性皮膚炎罹患者に対する健常者のイメージ(n=229)
[3-3] 健常者がアトピー性皮膚炎罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
アトピー性皮膚炎に罹患したことがないと回答した 229 名を対象に,
「アトピー性皮膚炎にかかっ
ている方と一緒にいるときにどのようなことに気をつかいますか。」という質問を自由記述で行っ
た。その結果,総記述数 237 が抽出され,表 1 に示すように,20 のサブカテゴリーから,最終的
に 16 のカテゴリーに整理することができた。16 のカテゴリーは,【悪化因子】,【話題】,【患部へ
の接触】,【注意】,【空気の状態】,【普通に接する】,【かゆみ】,【気候】,【症状の程度】,【プール・
お風呂】,【気を使わせない】,【体調】,【ともに行動】,【その他】,【わからない】,【気を使わない】
であった。
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
表1. 健常者がアトピー性皮膚炎罹患者といるときに気を使うこと(n=237)
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
[3-4] アトピー性皮膚炎罹患者がアトピー性皮膚炎で辛いこと・辛かったこと
アトピー性皮膚炎罹患者 70 名を対象に,「アトピー性皮膚炎で辛いこと・辛かったこと」を自由
記述で質問した。その結果,総記述数 113 が抽出され,表 2 に示すように,28 のサブカテゴリーから,
最終的に 19 のカテゴリーに整理することができた。16 のカテゴリーは,
【皮膚のかゆみ・痛み】,
【見
た目】,
【症状の悪化】,
【制限】,
【症状の出現場所】,
【湿疹の跡】,
【露出】,
【知識不足】,
【人的環境】,
【物事が思うようにできない】,
【季節】,
【乾燥】,
【室内環境】,
【比較】,
【薬の副作用】,
【血液の付着】,
【接触】,【覚えていない】,【特にない】であった。
表 2.アトピー性皮膚炎で辛いこと・辛かったこと(n=113)
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
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[3-5] アトピー性皮膚炎罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うこと
アトピー性皮膚炎罹罹患者 70 名を対象に,
「健常者の方と一緒にいるときにどのようなことに気
をつかうか」を自由記述で質問した。その結果,総記述数 62 が抽出され,表 10 に示すように 13
のサブカテゴリーから,最終的に9のカテゴリーに整理することができた。9のカテゴリーは,
【露
出】,【かかない】,【説明】,【周囲の視線】,【血液の付着】,【接触】,【比較】,【覚えていない】,【気
を使わない】であった。
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
表3. アトピー性皮膚炎罹患者が健常者といるときに気を使うこと(n=62)
(4)気管支喘息
[4-1] 罹患歴の有無
図1に示すように,気管支喘息への罹患歴は 302 名中「あり」と回答したものが 15.9%(48 名),
「ない」と回答したものが 84.1%(254 名)であった。
[4-2] 健常者の気管支喘息罹患者に対するイメージ
気管支喘息に罹患したことがないと回答した 254 名を対象に,気管支喘息罹患者に対するイメー
ジを以下の8個の項目ごとに3件法で調査した。その結果,表1に示すように,気管支喘息の患者
に対して,「辛そう」,「病弱」というイメージを持つものが多かった。特に,「辛そう」という項目
においては 87.4%(222 名)が回答した。また,対人関係を表す「接しやすさ」や「気遣い」の項
目においてはそれぞれ「意識したことがない」と回答するものが多かった。
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
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図3. 気管支喘息罹患者に対する健常者のイメージ(n=254)
[4-3] 健常者が気管支喘息罹罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
気管支喘息に罹患したことがないと回答した 254 名を対象に,「気管支喘息にかかっている方と
一緒にいるときにどのようなことに気をつかいますか。」という質問を自由記述で行った。その結果,
総記述数 251 が抽出され,表4に示すように,25 のサブカテゴリーから,最終的に 15 のカテゴリー
に整理することができた。15 のカテゴリーは,【悪化因子】,【運動面での配慮】,【空気の清浄度】,
【対応・判断】,【環境】,【体調】,【無理させない】
,【温度】,【知識不足】,【薬の服用・周囲の環境】,
【普通に接する】,【感染】,【ペースを合わせる】,【わからない】,【気を使わない】であった。
表 4. 健常者が気管支喘息炎罹患者といるときに気を使うこと(n=251)
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熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
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[4-4] 気管支喘息患者が気管支喘息で辛いこと・辛かったこと
気管支喘息罹患者 48 名を対象に,
「気管支喘息で辛いこと・辛かったこと」を自由記述で質問した。
その結果,総記述数 63 が抽出され,表5に示すように 20 のサブカテゴリーから,最終的に 14 の
カテゴリーに整理することができた。14 のカテゴリーは【呼吸】,
【運動】,
【周囲の理解・対応】,
【咳】,
【眠れない】,
【さまざまな要因での発作】,
【空気のきれいさ】,
【薬の服用・吸引】,
【心配・迷惑】,
【花
火】,【風邪の深刻化】,【気圧の変化】,【覚えてない】,【特にない】であった。
表5.気管支喘息で辛いこと・辛かったこと(n=63)
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
[4-5] 気管支喘息罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うこと
気管支喘息罹罹患者 48 名を対象に,「健常者の方と一緒にいるときにどのようなことに気をつ
かうか」を自由記述で質問した。その結果,総記述数 49 が抽出され,表6に示すように,13 のサ
ブカテゴリーから,最終的9のカテゴリーに整理することができた。9のカテゴリーは,
【咳】,
【運
動】,【説明】,【無理しない】,【吸引具】,【行動の制限】,【マスクの着用】,【覚えてない】,【気を使
わない】であった。
表6. 気管支喘息罹患者が健常者といるときに気を使うこと(n=49)
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
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(5)花粉症
[5-1] 罹患歴の有無
図1に示すように,花粉症への罹患歴は 302 名中「あり」と回答したものが 40.1%(121 名),
「な
い」と回答したものが 59.3%(179 名)であった。
[5-2] 健常者の花粉症に対するイメージ
花粉症に罹患したことがないと回答した 179 名を対象に,花粉症罹患者に対するイメージを以
下の8個の項目ごとに3件法で調査した。その結果,図3に示すように,花粉症罹患者に対して,
「か
ゆそう」というイメージを持つものが多かった。
図4. 花粉症罹患者に対する健常者のイメージ(n=179)
[5-3] 健常者が花粉症罹患者と一緒にいるときに気を使うこと
花粉症に罹患したことがないと回答した 179 名を対象に,「花粉症にかかっている方と一緒にい
292
茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
るときにどのようなことに気をつかいますか。」という質問を自由記述で行った。その結果,総記
述数 168 が抽出され,表7に示すように,17 のサブカテゴリーから,最終的に 11 のカテゴリーに
整理することができた。11 のカテゴリーは,
【室内への花粉の侵入】,
【外出】,
【ティッシュの常備】,
【換気の仕方】,
【体調】,
【天候】,
【受容】,
【情報提供】,
【普通に接する】,
【気を使わない】であった。
表7. 健常者が花粉症罹患者といるときに気を使うこと(n=168)
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[5-4] 花粉症罹患者が花粉症で辛いこと・辛かったこと
花粉症に罹患したことがないと回答した 121 名を対象に,「花粉症で辛いこと・辛かったこと」
を自由記述で質問した。その結果,総記述数 227 が抽出され,表 8 に示すように 31 のサブカテゴ
リーから,最終的に 18 のカテゴリーに整理することができた。18 のカテゴリーは,
【鼻の症状】,
【目
の症状】,
【集中できない】,
【鼻をかむこと】,
【眠れない】,
【薬の副作用】,
【息苦しい】,
【ティッシュ
を常備】,【のどの症状】,【頭痛】,【イライラ・倦怠感】,【静かにできない】,【春】,【外出】,【周囲
の理解】,【見た目】,【症状が完治しない】,【特にない】であった。
表8.花粉症で辛いこと・辛かったこと(n=227)
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
[5-5] 花粉症罹患者が健常者と一緒にいるときに気を使うこと
花粉症に罹患したことがないと回答した 121 名を対象に,「花粉症で辛いこと・辛かったこと」
を自由記述で質問した。その結果,総記述数 132 が抽出され,表9に示すように 18 のサブカテゴリー
から,最終的に 11 のカテゴリーに整理することができた。11 のカテゴリーは,
【くしゃみ】,
【鼻水】,
【マスクの着用】,
【ティッシュの常備】,
【外出】,
【環境・衛星面】,
【薬の服用】,
【周囲への迷惑】,
【説
明】,【ティッシュの処理】,【気を使わない】であった。
表9. 花粉症罹患者が健常者といるときに気を使うこと(n=132)
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
295
考察
本研究は,健常者がアレルギー保持者に対してどのようなイメージを持って普段接しているのか
ということを目的として調査した。
アレルギー反応は人類が長い歴史を生き抜くために獲得したなくてはならない防御機能の一つで
あり,近年のうちに突然として現れたものではない。アレルギーという免疫反応の異常は遺伝的要
因と環境要因が複雑に絡み合って発生している。今や,3人に1人という高い割合で日本人が何ら
かのアレルギー疾患にかかっているといわれているが,裏を返すと3人に2人はアレルギー疾患に
はかかっておらず,その症状や疾患自体に対する知識がない人が多いといってもよい。実際に学校
現場において,食物アレルギー患者の除去食が「周りと違うものを食べている」ということで周囲
からの視線を浴びることがある。また,思春期におけるアトピー性皮膚炎の皮膚症状や気管支喘息
の咳・過度の運動ができないことに対してもいじめの対象となりうるケースが少なからずある。そ
れに対し,現代アレルギーにおいて患者が多いアレルギー性鼻炎・花粉症は身近に罹患しているも
のが多いということもあっていじめの対象になるという話は聞かない。アトピー性皮膚炎,気管支
喘息,花粉症は I 型アレルギーであり発生のメカニズムは同様である。これらのアレルギー疾患は
IgE 抗体が組織中の肥満細胞(マスト細胞)や好塩基球に結合するところから始まる。アレルゲン
が侵入し,IgE と結合すると細胞内のカルシウムが増加しヒスタミンやロイコトリエンなどの化学
伝達物質を放出する。このときのアレルゲンは疾患によって様々であるが,多いものを挙げるなら
296
茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
ばアトピー性皮膚炎はダニ・食物,喘息はダニ,花粉症は花粉である。また放出された化学伝達物
質は神経を刺激し炎症を起こしてしまう。炎症を起こす場所によって皮膚ならアトピー性皮膚炎,
肺・気管支なら喘息,鼻・目ならば花粉症のそれぞれの症状が出現する。このように,アレルゲン
や症状の出現場所が異なってはいるものの基本的な発生のメカニズムに差はみられない。みられな
いにも関わらずいじめの対象になってしまう現実があるということは,健常者が発生のメカニズム
において異なっているアレルゲン・症状に対してそれぞれどのような印象を持ち,理解しているの
かということが関係しており,その差を明らかにする必要があると考えた。本研究による結果(図
2-4)から,「かゆみ」,「痛み」,「辛さ」,「気遣い」では,それぞれの疾患の症状についての項目へ
はほとんどの健常者が何らかの印象を持っていたのに対し,「接しやすさ」や「見た目」など対人
関係における項目については多くの人が「そう思う」と回答した割合が低かった。健常者が罹患者
と接する場合(表1,4,7),あるいは罹患者が健常者と接する場合(表3,6,9)に,「気を使わ
ない」という回答が多数を占めた。しかし,この点を除くと2番目以降に多いものに差が見られる
結果となった。2番目以降に回答の多いものをそれぞれアトピー性皮膚炎(表 10),気管支喘息(表
11),花粉症(表 12)にまとめた。
表 10. アトピー性皮膚炎罹患者と健常者の気遣いの視点
表 11. 気管支喘息罹患者と健常者の気遣いの違いの視点
表 12. 花粉症罹患者と健常者の気遣いの違いの視点
表 10-12 に示すように,アレルギー罹患者と健常者が接する際に気を遣う点に差が見られた。す
なわち,健常者が罹患者に対してアレルギーの原因となる「アレルゲンの除去」に気を向けるが,
熊谷・石原:健常者のアレルギー意識
297
アレルギー罹患者は「アレルゲンの除去」ではなく,自分の「アレルギーの症状」に気を使い,隠
すという結果が得られた。特にアトピー性皮膚炎において,患者の5人に1人がその肌荒れや見た
目を気にし,露出することに抵抗があると答えている。このように,健常者とアレルギー罹患者と
の間には考え方についての差が見受けられる箇所がある。アレルギー罹患者が気にしている「見た
目」を健常者の多くが「気持ち悪くない」と回答しており(図2- 4),これは「気にしてはいない」
と捉えることができる。そのような観点から見るとアレルギー罹患者はもっと気楽に日常生活を
送ってもよいのではないかと考えることもできる。しかし,表1,4,7に示すように,健常者が各
アレルギー疾患の患者に対して気をつかう点と質問した問いに対しての回答の第1位は「気をつか
わない」という回答である(アトピー性皮膚炎 :65.8%; 気管支喘息 :47.8%; 花粉症 :58.3%)。この「気
をつかわない」ことが一つのポイントになっている可能性がある。いじめの原因にもなるアトピー
性皮膚炎や気管支喘息の罹患者が健常者にする気遣いの4位には「説明する」という項目がある(表
10,11)。つまり,健常者が行う「気をつかわない」行動が罹患者には不安感を与えているのかもし
れない。表1,4では,「気をつかわない」カテゴリーには,サブカテゴリーとして「意識したこと
がない」ということは回答があり,「意識したことがない」ということはその疾患自体を知ろうと
していないことであり興味がないともとれる。3人に1人が何らかのアレルギー疾患にかかってお
り,社会や学校現場にも確実に増加しているといわれているものの,健常者の多くがアレルギーに
ついて興味を示していかなければアレルギー保持者が感じている差を埋めることはできないのでは
ないはずである。
本研究は,健常者がどのようにアレルギーを捉えているのかを調査することを目的としてスター
トしたが,アンケートの集計・分析により,健常者とアレルギー保持者がそれぞれ異なった意識を
持つことが明確になった。その差を埋めるためにはどうしたらよいのかについて,今後,養護教諭
として何ができるか更なる調査を加え考える必要があると考えられる。具体的に以下の5点を挙げ
る。
(1)アレルギー教育の提供
近年,養護教諭が授業を行う機会が増え注目されている。こういった授業の内容は主に性教育や
救急手当などが多いが,それと同様にアレルギーに関するものも織り交ぜながら展開していくべき
である。また,授業だけではなく保健指導として全校集会などのタイミングで情報を提供していき,
その際に,一般教諭とも打ち合わせをし,教員のアレルギーに対する理解も同時に深める必要があ
る。
(2)保健室でのアレルギー関連の情報の充実
アレルギーに関連する本が多く出版されているため,児童生徒がアレルギーについて理解しやす
いような本を厳選して保健室内に充実させる。また,保健室内外の掲示物にも工夫を凝らし児童生
徒の目に止まるようなアレルギー情報を提供する。
(3)拡大学校保健委員会においての講演会
学校保健委員会において専門家を招いての講演会を行う。自分の持っている知識だけでは限界が
あり足りない部分も多いために,専門家による講話によってより深く充実した知識を身につける。
それと同時に講演会には,保護者や地域の方々も参加してもらい子どもたち同様アレルギーについ
ての知識はもちろんのことアレルギーについて考える機会を作くる。
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)61 号(2012)
(4)開けた保健室づくり
学校生活や家庭においてアレルギー罹患者・その家族が抱える不安・問題点を気軽に相談できる
ように,学校での相談の日を決めたり,教員の理解も得ていつでも話を聞けたりできるような体制
に整えておく。
(5)ネットワークの充実
アレルギー患者やその家族の問題は養護教諭1人で解決できるものではない。そのために養護教
諭,教職員,保護者間だけではなく,学校外においても医療機関や教育機関などとのネットワーク
を充実させ連携していくことも大切である。
謝辞
本稿をまとめるにあって,ご協力くだった先生方や学生の皆様に心より感謝の気持ちを申し上げ
ます。本研究は,茨城大学教育学部研究費特別配分の助成を受けて実施しました。
注
1) 斎藤博久 .『アレルギーはなぜ起こるか~ヒトを傷つける過剰な免疫反応のしくみ~』. 講談社 .2008.
2) アレルギー疾患に関する調査研究委員会 .『「アレルギー疾患の疫学に関する研究」』
(http://www.hokenkai.or.jp/8/PDF/report872.pdf)
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