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Gd-Fe-Co膜における 反強磁性交換結合と磁気光学効果
Gd-Fe-Co膜における 反強磁性交換結合と磁気光学効果 Antiferromagnetic Exchange Coupling and Magneto-Optical effect in Gd-Fe-Co Films 平成16年度 三重大学大学院工学研究科 博士前期課程 物理工学専攻 稲垣 明 目次 第1章 序論 .......................................................................... 1 1.1 はじめに .............................................................................................................. 1 1.2 光磁気ディスク..................................................................................................... 1 1.2.1 光磁気ディスクの記録再生原理....................................................................... 1 1.2.2 光磁気ディスクの特徴 ................................................................................... 2 1.2.3 光磁気記録媒体に求められる特性....................................................................3 1.3 希土類-遷移金属非晶質合金膜の磁気的性質と磁気光学特性 ........................................5 1.4 RE-TMフェリ磁性交換結合二層膜 ...........................................................................6 1.4.1 FC及びAFCの磁化状態................................................................................... 6 1.4.2 FC及びAFCのM-HループとKerrループ..............................................................7 1.5 フェロ磁性体における反強磁性交換結合 .................................................................. 7 1.6 光磁気ディスクの高密度化と動向...................................................................... 9 第2章 DWDD ...................................................................... 11 2.1 はじめに ............................................................................................................ 11 2.2 DWDDの再生原理 ............................................................................................... 11 2.3 DWDDに求められる特性...................................................................................... 12 2.3.1 DWDDの移動層 .......................................................................................... 12 2.3.2 DWDDの記録層 .......................................................................................... 13 2.4 本研究の目的と概要............................................................................................. 13 第3章 実験方法 ................................................................... 15 3.1 はじめに ............................................................................................................ 15 3.2 試料作製装置 ...................................................................................................... 15 3.3 試料作製方法 ...................................................................................................... 16 -i- 3.4 測定方法 ............................................................................................................ 17 3.4.1 磁化曲線の測定............................................................................................17 3.4.2 膜厚の測定................................................................................................. 17 3.4.3 磁気光学効果の測定..................................................................................... 17 3.4.4 交換結合エネルギーJの算出方法 ................................................................... 17 3.4.5 多層膜における磁気光学効果の計算方法 ........................................................ 18 3.4.6 光磁気性能指数............................................................................................21 第4章 実験結果 ................................................................... 25 4.1 はじめに ............................................................................................................ 25 4.2 組成依存性 ......................................................................................................... 25 4.3 FC及びAFCのM-HループとKerrループ.....................................................................26 4.4 各磁性層膜厚が薄い場合における交換結合の判別.................................................... 27 4.4.1 TM磁気モーメントが平行及び反平行の場合の磁気光学特性 ............................. 27 4.4.2 実験及び計算結果のKerrループの比較............................................................ 29 4.5 交換結合エネルギーJのAFC層膜厚依存性............................................................... 30 4.6 交換結合エネルギーJのE層膜厚依存性 ................................................................... 31 4.7 交換結合エネルギーJの熱的安定性 ........................................................................ 32 4.8 まとめ ............................................................................................................... 33 第5章 DWDD媒体における再生信号特性シミュレーション ................ 34 5.1 はじめに ............................................................................................................ 34 5.2 計算モデル ......................................................................................................... 34 5.3 誘電体干渉層によるKerr効果エンハンスメント ....................................................... 35 5.4 光磁気性能指数の移動層膜厚依存性 ...................................................................... 36 5.4.1 移動層の二層膜の膜厚比率が均等の場合 ........................................................ 36 5.4.2 移動層の二層膜の膜厚比率が異なる場合 ........................................................ 36 5.5 まとめ ............................................................................................................... 37 -ii-ii- 第6章 総括 ............................................................................................................... 38 謝辞 ..................................................................................................................... 39 参考文献 ..................................................................................................................... 40 論文目録 ..................................................................................................................... 41 -iii-iii- 第1章 序論 1.1 はじめに 近年,「ユビキタス (Ubiquitous)社会」という言葉が使われるようになってきた.ユビキタス社 会とは,生活や社会の至る所にコンピュータが存在し,コンピュータ同士が自律的に連携して動 作することで,人間の生活を強力に支援していく社会のことである.日本においてもユビキタス 社会の実現に向けて,様々な技術やサービスの展開が活発になってきている.ネットワークの面 ではモバイルやブロードバンド通信の普及が進み,端末の面ではデジタル家電やテレマティクス の普及が進んでいる.このようなインフラの整備に伴い,ビジネスや日常生活で個人が扱う情報 はさらに大容量となっており,気軽に持ち運べる大容量の汎用記録メディアが必要とされている. MO(Magneto-Optical) ディスクやMD(Mini-Disc)に代表される光磁気ディスクは信頼性が高く,可搬 性に優れた大容量のメディアであり,高密度化に向けて研究が進められている. 2004年1月にソニー 株式会社が発表した光磁気ディスクの新規格「Hi-MD1)」は,再生方式として磁区磁壁移動検出 (DWDD)方式を採用することで,MDサイズで1GByteの記録容量を実現しており,音楽から動画, PCデータまでを扱うことができる汎用メディアとして期待されている. 1.2 光磁気ディスク 1.2.1 光磁気ディスクの記録再生原理2),3) 光磁気記録では,強磁性の記録媒体にレーザーの加熱効果を利用して情報を記録し,磁気光学 効果を用いてこの情報を読み出している.光磁気ディスクの記録方式には,光変調(LIM:Light Intensity Modulation)記録方式と磁界変調(MFM: Magnetic Field Modulation)記録方式がある.LIM方 式は一般的なMOの記録方式であり,メディアに一定方向の磁界を加えておき,レーザー光の強度 を変調することで記録を行う.しかし,LIM方式では記録方向が1方向のみであるため,消去と記 録の2プロセスが必要となる.一方,MFM方式ではレーザー光の強度を一定に保った状態で,磁界 を変調することにより記録を行うためダイレクトオーバーライトが可能であり,また微少な磁区 を安定に記録できる.MFM方式は主にMDで利用されており,「AS-MO規格」や「iD Photo」にお いても将来の高密度化をにらんでMFM方式が採用されている.ここでは,MFM方式を取り上げて 説明する. -1- 図1-1にMFM記録方式による光磁気ディスクの消去・記録の原理を示す.レーザー光を一定に保っ たままレンズにより集光し,記録媒体の温度をCurie温度以上に加熱する.このとき,レーザー照 射領域は温度が上昇し,Curie温度に達した時に磁化は一旦消失する.レーザー光に対して媒体が 移動すると,レーザースポットの後方の領域で,媒体の冷却過程において再び磁化は現れるが, その磁化は外部から印加された磁界に平行となる.これにより,上向き,もしくは下向きに外部 磁界を加えることで,それに平行な磁化を持つ三日月状の磁区を作ることができる. 図1-2に光磁気ディスクの再生原理を示す.光磁気ディスクの読み出しは,磁化の向きの異なる 磁性体の表面に,直線偏波の光が入射したとき,反射光の偏光面が磁化の向きに応じて異なる方 向に回転する現象(Kerr効果)により検出する.この回転角をKerr回転角 θ k と呼び,θ k をハーフ ミラー,検光子により光量変化に変換し,受光素子により電圧として検出することによって,記 録された情報を読み出す. 図1-1 磁界変調(MFM)記録方式 図1-2 光磁気ディスクの再生原理 1.2.2 光磁気ディスクの特徴2) 光磁気ディスクの利点は,大容量媒体を装置から取り外して持ち運んだり,保存したりできる 点にある.この特徴によって,必要に応じて媒体を増やし記録容量を確保することができ,1つの 装置を共有することで,各個人が別個に大量の情報を保存することができる.さらに,各自が媒 体を保存することによって情報の機密を容易に確保することができる. また,光磁気記録は,光によって記録・再生を行うため,媒体膜面との機械的接触が無く,光 ヘッドと媒体の間隔も大きく取ることができる.そのため,磁気記録に比べてヘッドの浮上量を 大きくとれることから,クラッシュの心配がなく,信頼性が高い. 以上に述べたような優れた特徴以外にも,光磁気ディスクには次のような種々の特徴がある. -2- (1) 人体・環境に対する安全性が高い 光磁気ディスクに用いられる希土類金属や3d遷移金属の毒性は報告されておらず,環境や人体に 対して無害である. (2)繰り返し消去・書き込みが可能 結晶・非晶質間の結晶形態の変化を利用する相変化材料とは異なり,磁気的な相転移を利用して いるため,原理的には無限回の消去・書き込みが可能であり,実験的にも1000万回以上の書き換 えが可能(CD-RWでは1000回程度,フラッシュメディア,DVD-RAM では10万回程度の書き換えが 可能)であることが示されている. (3)磁界変調(MFM)記録が可能 1.2.1で述べた磁界変調(MFM)記録が可能であり,超高密度記録においても制御性が高い. (4)層間の磁気的相互作用が制御可能 媒体の温度特性を利用する磁区拡大再生,超解像,多値記録その他の機能性を制御することが可 能であり,これは相変化材料にない大きな特徴である. (5)3次元メモリ実現可能 層間の磁気的相互作用を利用した多層膜において,外部磁界の制御により,光スポットの焦点位 置を変化させずに深さ方向に多値記録が可能. (6)波長多重による高SN比での読み出しが可能 多値記録状態を高SN比で読み出すことができる波長多重再生法が可能. (7)レーザーの短波長化に対応する記録材料が豊富 1.2.3 光磁気記録媒体に求められる特性4) 光磁気記録媒体材料には,一般に以下に示すような性質を持つことが要求される. (1)垂直磁化膜であること 光磁気記録は,”0”,”1”で表されるデジタル信号を磁化の向きの異なる磁区に対応させて記録する ため,高い記録密度を得るためには,小さな磁区が実現される垂直磁化膜で膜面垂直方向におい て角形ヒステリシスを示すことが必須である. したがって,垂直磁化膜になるための条件として,次式を満たさなければならない. Ku > 2πMS2 (1-1) ここで Ku は垂直磁気異方性エネルギー定数, MS は飽和磁化である. (2)小さな記録磁区が安定に存在すること 図1-3に示すような下向きに飽和した磁化中に,1つの円筒状の上向き磁化の磁区があるとき,この -3- 磁区が安定に存在できるための最小円筒磁区の直径 dmin は次式で与えられる. dmin = σ W / MSHC (1-2) ここで, σ W は磁壁エネルギー密度, HC は保磁力である.(1-2)式より,最小円筒磁区の直径 dmin を小さくするためには,保磁力エネルギー MSH C の大きい材料が望まれる. 図1-3 垂直磁化膜中の円筒磁区 (3)磁気光学効果が大きいこと5) 光磁気ディスクの読み出しのSN比は,ディスクの磁気光学効果に比例する.SN比の改善はディス クの多層膜化や,読み出しに用いる光学系や電気系を工夫することで行われるが,ディスクの構 造,光学系や電気系の構成をなるべく簡単にしてコストダウンを計るためにも大きな磁気光学効 果を示す媒体の開発が望まれている. (4)適度な反射率と光吸収係数を有すること 光磁気記録媒体の反射率が大きく光吸収係数が小さい場合には,媒体の昇温に時間がかかるため, 記録感度が低下してしまう.一方,反射率が小さく光吸収係数が大きい場合には,十分な再生信 号が得られない.したがって,適度な反射率と光吸収係数を有する媒体が求められる. (5)ノイズの原因となる磁気的あるいは光学的不均一性をもたないこと 高密度記録では,十分なビットエラーレートを確保するために,磁気的あるいは光学的不均一性 などの媒体ノイズが少ないことが望まれる. (6)酸化,腐食などに対する化学的安定性6) 光磁気記録媒体に用いられている希土類-遷移金属(RE-TM)膜は非常に酸化,腐食しやすい媒体で あり,それによってSN比の低下,記録感度低下,エラーの増加など,記録再生特性に劣化が生じ る.そのため,酸化,腐食などに対する化学的安定性の高い媒体の開発が望まれている. (7)基板材料,成膜プロセスなどに関連した生産性,経済性 などがあげられる. -4- 1.3 希土類-遷移金属非晶質合金膜の磁気的性質と磁気光学特性2) 希土類-遷移金属(RE-TM)非晶質合金材料では,REのスピンとTMのスピンは反平行に結合す る.LaからEuまでの軽希土類(LRE: Light Rare Earth)を含む合金では,LREのスピン磁気モーメ ント SLRE とLREの軌道磁気モーメント LLRE が反平行で SLRE より LLRE の方が大きいのでLREの磁気 モーメント J LRE とTMの磁気モーメント JTM が平行に結合するため,フェロ磁性を示す.一方, GdからLuまでの重希土類(HRE: Heavy Rare Earth)を含む合金では,HREのスピン磁気モーメン ト SHRE とHREの軌道磁気モーメント LHRE が平行であるのでHREの磁気モーメント JHRE とTMの磁 気モーメント JTM が反平行に結合するため,フェリ磁性を示す.原子磁気モーメントの結合様式 を図1-4(a)に示し,原子磁気モーメントの模式図を図1-4(b)に示す.LRE-TM合金膜は,フェロ磁性 2 であるために磁化が大きくなり,反磁界エネルギー( 2πMS )が大きく,垂直磁化膜になりにくいが, HRE-TM合金膜では,フェリ磁性であるので補償組成に近い膜では磁化がそれ程大きくならず,容 易に垂直磁化膜が得られる.そのため,光磁気記録媒体にはHRE-TM合金膜が主に用いられている. (a)原子磁気モーメントの結合様式 (b)原子磁気モーメントの模式図 図1-4 RE-TMフェリ磁性膜における原子磁気モーメントの結合様式と模式図 光磁気ディスクの読み出しを行う際に,再生時のSN比を決める磁気光学性能指数はKerr回転角 θ k ,Kerr楕円率 ηk ,強度反射率 R を用いて R θ 2k + ηk2 と表される.実際の光磁気ディスクでは SN比を増大させるために,光の干渉効果および反射効果を利用して見かけ上のKerr回転角を大き くする工夫がなされている.この方法はKerr効果エンハンスメントとしてよく知られており,具体 的には磁性体表面に誘電体干渉層をコートすることや,磁性体の裏に反射層をつけることで行わ れる.また,特にRE-TM膜自体の磁気光学性能については,反射率 R にあまり差がないため, θ k2 + ηk2 によって比較することができる.Curie点記録媒体として,Gd-Tb-Fe,Tb-Fe-Coをはじめ とするアモルファス膜が開発されたが,これらはいずれも遷移金属(TM)としてFeを主体としてい る.一方,赤色ないし近赤外における磁気光学効果は,主としてTMの磁化から生じており,磁気 光学効果θ k はTMの副格子磁化 MTM に比例するものと考えられている. -5- 最近では記録と再生の機能を分離することによって,記録感度や再生性能の向上を図ることや, 磁区拡大方式や磁気超解像のように記録密度の向上を図ろうとする試みがなされている.この場 合再生層には,昇温時にも大きな磁気光学効果が得られるように,Co量が多く,Curie温度が高い 膜がよいと考えられる.また,後で述べるような磁区拡大再生方式などでは,記録層からの転写 が容易であるために,磁気的にソフトであることが望ましく希土類(RE)としてはGdが望ましい. このような観点から,読み出し層にはGd-Fe-Co膜が多用されている. 1.4 RE-TMフェリ磁性交換結合二層膜7) ここでは,RE-TMフェリ磁性交換結合二層膜における強磁性交換結合(FC: Ferromagnetic exchange coupling)と反強磁性交換結合(AFC: Antiferromagnetic exchange coupling)の磁化状態,およびM-Hルー プとKerrループについて述べる. 1.4.1 FC及びAFCの磁化状態 RE-TMフェリ磁性二層膜において,磁界 H = 0 の状態で二層の磁化が反平行のとき,エネルギー が最低の状態となるタイプはA-type(Antiparallel-type)と呼ばれている.図1-5(a)に示すように,RETMフェリ磁性体をFCさせた場合には, H = 0 の安定状態においてTM磁気モーメント及びRE磁気 モーメントが平行に結合するため,第一層がTM-rich,第二層がRE-rich,またはその逆の組み合わ せでA-typeとなる. 一方,図1-5(b)に示すように,RE-TMフェリ磁性体をAFCさせた場合には, H = 0 の安定状態に おいてTM磁気モーメント及びRE磁気モーメントが反平行に結合するため,第一層,第二層が共に TM-rich,またはRE-richでA-typeとなる.図中において,第一層の磁化を MS1 ,第二層の磁化を MS2 とした.FC A-type,AFC A-typeともに上向きに H = ∞ を印加した場合に MS1 が反転し,第一 層と第二層の界面にエネルギーが蓄えられる.また,RE-TMフェリ磁性二層膜において特に希土 類としてGdを用いた場合には異常ループがしばしば観測される. (a) FC A-type (b) AFC A-type 図1-5 RE-TMフェリ磁性二層膜におけるFC A-typeとAFC A-type -6- 1.4.2 FC及びAFCのM-HループとKerrループ 図1-6(a)にFC A-type,図1-6(b)にAFC A-typeのM-HループとKerrループの例を示す.Kerrループの 極性はTM-richの場合に右上がりのループとし,異常ループが現れる場合のみを考えた.図1-6(a), 図1-6(b)のM-HループからはFCであるかAFCであるかの判別はできない,しかし,FCの場合には, 各層の組成がTM-richとRE-richの組み合わせでA-typeとなるためKerrループの極性が第一層と第二 層で逆となり,AFCの場合には両層共にTM-rich,またはRE-richでA-typeとなるためKerrループの 極性は同じとなる.したがって,Kerrループを測定することでFCであるかAFCであるかの判別を することができる.また, H = 0 の状態で二層の磁化が平行となり,エネルギーが最低の状態と なるP-type(Parallel-type)も存在するが,P-typeからは交換結合エネルギーを計算できない場合があ るため,本研究ではA-typeのみを考えた. M-H loop M-H loop Kerr loop(1st layer) Kerr loop(1st layer) Kerr loop(2nd layer) Kerr loop(2nd layer) (a) FC A-type (b) AFC A-type 図1-6 FC A-typeとAFC A-typeのM-H loopとKerr loop 1.5 フェロ磁性体における反強磁性交換結合 フェロ磁性体において,磁性層間にCr,Ru,Cuなどの非磁性遷移金属の薄い層(Spacer-layer)を 挟むことで,隣接する磁性層が反強磁性交換結合することはよく知られており,フェロ磁性体で あるCoにおいて,層間に3d,4d,5d遷移金属を挟んだ多層膜系の交換結合の強さと振動周期の系 統的な変化の研究が報告されている8).表1-1において J1 は反強磁性交換結合が得られた場合の -7- 交換結合エネルギーの1次ピークの値であり,t1 はそのときのSpacer-layerの膜厚である.表1-1より, 反強磁性交換結合の1次ピークの値は,RuをSpacer-layerに用いた時が最も大きく, t1 =3Åのときに J1 =5erg/cm 2 となっている. また,ハードディスクの媒体に用いられているCo-Cr-Pt-Bにおいても,層間にRuを挟んだ反強磁 性交換結合の研究がなされている.Co-Cr-Pt-B層間にRuを挟んだ反強磁性交換結合二層膜では, 2 Ru膜厚が7Åで交換結合エネルギーが最大値J=0.05 erg/cm をとることが報告されている9).このJ 2 の値は,先に述べたCo/Ru多層膜系で報告されている5 erg/cm に比べ非常に小さい.これは,磁 性層に添加物が多いため,Ru界面の状態が異なることが原因と考えられている.そこで,交換結 合エネルギーJを増加させるために,Ruの両側にE層と呼ばれるCoの薄い層を挿入することが考案 されている.図1-7にE層を用いた試料の膜構造,表1-2にRuを7Å挟んだCo-Cr-Pt-B二層膜において, 異なる材料のE層を1nm挿入した場合の交換結合エネルギーJの値を示す.表1-2において材料CoCr-Pt-Bの値はE層を用いていない場合の値を示している.表1-2より純粋なCoのE層におけるJの値 2 が最も大きく,J=0.73 erg/cm であり,E層を用いない場合の15倍となっている. E層材料の添加 物がCo-Cr,Co-Cr-Xと増えるにつれJの値は小さくなることから,交換結合エネルギーJはRu層界 面のCo濃度に強い影響を受けることがわかる. 表1-1 様々な元素のspacer layerにおける t1 と J1 8) -8- 表1-2 E層の材料とJの値9) 図1-7 E層を用いた試料の 膜構成9) 1.6 光磁気ディスクの高密度化と動向 光磁気ディスクの代表的なものとして,3.5インチMOがある.MOは,1991年に128MByte製品が 発売されて以来,93年には230MByte製品,96年には540/640MByte製品,99年には1.3GByte製品 GIGAMOが発売され,そして2001年には2.3GByteに記録容量を拡張させてきている. 光磁気記録媒体では,サブミクロンオーダーの高密度記録が可能であったが,再生分解能が追 いつかず,再生限界が記録密度の限界とされてきた.そこで,このような再生性能の限界を克服 するための方法として,再生時に読み込みマーク以外にマスクをかけ,再生分解能を向上させる 磁気超解像(MSR: Magnetically induced Super Resolution)10)や,記録磁区を拡大して再生信号を読み 出す磁区拡大再生法等が考案されている.光磁気ディスクは,これらの高密度化の技術を採用す ることで大容量の記録容量を実現し,デジタル家電やブロードバンド通信の普及に伴って用途に 広がりを見せている. デジタルカメラ用の記録メディアは,小型サイズのメモリカードが主流であり大容量化と低価 格化が進んでいるが,記録画素の高画素化や動画撮影など撮影データの大容量化が進んでいるた めに,メディアの容量と価格はまだ十分とはいえない.2000年に発表された光磁気ディスクの一 種である「iD Photo」ディスク11)は,再生方式としてMSR方式を採用することで,MDディスクよ りも一回り小さなサイズで730MByteの記録容量を実現している.「iD Photo」ディスクはメモリカー ド系のメディアに比べて大容量と低価格を実現しており,そのまま画像データの保存用メディア としても用いることができるなどの利点を持っている.また,オーディオ用の記録メディアとし てソニー株式会社は2004年1月にMDの新規格「Hi-MD」を策定している.「Hi-MD」では再生方 式として磁区磁壁移動検出(DWDD)方式を採用することで,MDと同じサイズで1GByteの記録容量 を実現している.「Hi-MD」はPCとの親和性を高めることで,音楽以外にも画像や動画,文章ファ イルなどのPCデータも記録できる汎用記録メディアとして提案されている.同年5月には,ソニー とキヤノンによって,4.7GByteの記録容量の実用化にメドを付けたことが発表されており,さらな る高密度化が見込まれている. -9- 以上,この章では光磁気ディスクの原理等について述べた.次の章では「Hi-MD」に採用され ている,磁区拡大再生法のひとつである磁区磁壁移動検出方式(DWDD: Domain Wall Displacement Detection)12)の原理を説明し,さらに本研究の目的と概要について述べる. -10- 第2章 DWDD 2.1 はじめに DWDDは,現行の赤色レーザーのまま光磁気ディスクの高密度化を実現することができる,優 れた手段である.DWDDの記録媒体は交換結合三層膜で構成されるが,それぞれの層で異なった 磁気特性が要求される.そこで本章では,DWDDの各層に求められる磁気特性について述べる. 2.2 DWDDの再生原理 12),13),14) 磁区磁壁移動検出方式(DWDD: Domain Wall Displacement Detection)は,温度勾配による磁壁移動 現象という磁性膜の性質を利用した再生方式である.DWDD方式における再生原理図を図2-1に示 す.記録媒体は,小さな磁壁抗磁力を呈する移動層(Displacement layer)と,相対的に低いCurie温度 TC を有する切断層(Switching layer)と,大きな磁壁抗磁力を持つ記録層(Memory layer)からなる交換 結合三層膜で構成されている. 記録膜面上を再生用レーザー光で局所的に加熱すると,記録膜面には図2-1(a)に示すような温度 分布が形成される.これに伴い磁壁エネルギー密度 σ の分布は図2-1(b)のように形成される.一般 に は温度が上昇するほど低下するので,記録媒体の最高温度位置でもっとも低くなるような分布 を形成する.この結果,移動層内の磁壁を σ の低い高温側へ移動させようとする磁壁駆動力 (Driving force) F(x) が図2-1(c)に示すように発生する. 図2-1 DWDD方式の再生原理図 -11- 媒体温度が TC よりも低い場所では,各磁性層が互いに交換結合しているため,温度勾配による磁 壁駆動力が作用しても記録層の大きな磁壁抗磁力に阻止されて磁壁移動は起こらない.ところが, 媒体温度が TC よりも高い場所では,移動層と記録層との交換結合が切断されるため,磁壁抗磁力 の小さな移動層内の磁壁は,温度勾配による磁壁駆動力で磁壁の移動ができるようになる.この ため媒体の走査に伴って結合切断領域に侵入した瞬間に,移動層中の磁壁の高温側への磁壁移動 が起こる. この磁壁移動は,記録膜内の信号に対応した間隔で形成されている磁壁が,媒体走査に伴って TC の位置を通過するたびに発生する.従って,媒体を一定速度で走査すると,記録されている磁 壁の空間的間隔に対応した時間間隔で磁壁移動が発生することになる.この磁壁移動の発生を検 知することにより,記録信号を再生することができる. 2.3 DWDDに求められる特性 2.3.1 DWDDの移動層 DWDDでは,移動層の磁区磁壁が温度勾配によって発生する磁壁駆動力によって移動すること を利用しているが,この温度勾配による磁壁駆動力は, ∂σ ∂x で表される.ここで σ は磁区磁壁 エネルギーであり,xはトラック方向の位置である.一方,磁壁移動を妨げようとするエネルギー は,磁壁抗磁力エネルギー 2MS HW である.ここで MS は飽和磁化, H W は磁壁抗磁力である.し たがって,磁壁が移動するためには, ∂σ > 2MS HW ∂x が成り立つ必要がある.ただし, ∂σ (2-1) ∂x と 2MS HW の差が小さいと,磁壁の移動速度が遅くなる ため好ましくない.また, σ は異方性 Ku の平方根に比例するが, MSH W も Ku に比例するので, 単に Ku を増加させると(2-1)式が成り立たなくなる. 一方,磁区磁壁幅 δ は π A / K u と表せる. Ku が小さいと δ は大きくなるため,磁区の分離が 不明確になり,ジッターの増加が懸念される.ここで A は交換スティフネスである. 以上のことより,DWDDの移動層は,磁気異方性 Ku が大きくても磁壁抗磁力 H W は小さいこと が必要である. また,DWDDの磁壁移動に関するシミュレーション結果が報告されているので,詳しくはそち らを参照されたい15),16). -12- 2.3.2 DWDDの記録層 DWDDの記録層は,磁壁を安定にかつ正確に固定しなければならない.そのために,記録層の 磁気異方性 Ku と磁壁抗磁力 H W はともに大きい必要がある.ランダムな信号を記録する場合,磁 壁を形成する際の浮遊磁界の環境により磁壁位置が微妙にずれることでジッターが発生する.ジッ ターは再生の際にエラーの原因となるため,いかにジッターを制御するかが問題となる.その改 善策として.記録層の膜厚を薄くすることで制御できることがシミュレーションにより報告され ている17).しかし,DWDDのような交換結合媒体では,膜厚を薄くすることで再生耐久性が劣化 してしまうという問題点があるため,記録層には磁気異方性,磁壁抗磁力が大きいことが求めら れる. 2.4 本研究の目的と概要 DWDDでは記録層の記録マーク長によって,記録層から移動層への浮遊磁界が変化するために, 移動層の磁壁移動がその影響を受けてしまう.そこで,移動層を二層膜にし,二層の磁化を反平 行に結合させることで見かけ上の磁化を0にすることができれば,浮遊磁界の影響を受けなくする ことができる.移動層に強磁性交換結合二層膜を用いる場合には,A-typeとするために二層を異な る組成で成膜することとなる.しかし,磁壁移動はある温度範囲で行われるので,全温度範囲で 磁化を0にすることができない.これは二層の組成が異なるために,二層で磁化の温度依存性が異 なり,加熱時に磁化の大きさが異なってしまうからである.一方,移動層に反強磁性交換結合二 層膜を用いる場合には,二層とも同じ組成でA-typeとすることができるため,二層の磁化の温度依 存性は同じである.したがって,磁壁移動する全温度範囲において移動層の見かけ上の磁化を0に し,移動磁壁が浮遊磁界の影響を受けなくすることが可能である. そこで,本研究では移動層に用いられているフェリ磁性Gd-Fe-Co膜において,層間にRuを挟む ことによって反強磁性交換結合二層膜の作製を試みた.さらに,E層としてFe-Coを用いた場合の 交換結合エネルギーJの変化を調べた.Gd-Fe-Co交換結合二層膜において,二つの磁性層が強磁性 交換結合しているのか,反強磁性交換結合しているのかは磁気光学Kerrループによって判別し, 反強磁性交換結合エネルギーJは磁化曲線より求めた.ただし,各磁性層の膜厚が薄い場合には複 雑なKerrループが観測されるため,交換結合を判別することが難しくなる.そこで,各磁性層膜 厚が薄い場合のKerrループを計算することで,磁性層膜厚が薄い場合の交換結合の判別を行った. また,DWDDの移動層にRE-TM反強磁性交換結合二層膜を用いる場合には,記録および再生時の レーザー光による加熱によって,磁性層間に働く交換結合が変化してしまうことが懸念される. そこで,Gd-Fe-Co反強磁性交換結合二層膜の熱的安定性について調べた.最後に,DWDDの移動 層にGd-Fe-Co反強磁性交換結合二層膜を用いた際の再生信号特性について,光磁気性能指数を計 -13- 算することで考察を行った. 以下に本研究の概要を述べる. 第1章では,光磁気ディスクの記録・再生原理を簡潔に説明した.また強磁性及び反強磁性交換 結合二層膜について簡潔に述べた. 第2章では,光磁気ディスクの高密度化技術のひとつとしてDWDDの再生原理と媒体に求められ る特性について述べた. 第3章では,試料作成方法と試料の評価方法,及び多層膜における磁気光学効果の計算方法につ いて述べる. 第4章では,RE-TMフェリ磁性交換結合二層膜における交換結合エネルギーの判別,Gd-Fe-Co層 間にRuを挟んだ場合のRu膜厚に対する交換結合の変化,E層Fe-Coの膜厚に対する交換結合エネル ギーの変化,さらにFC二層膜とAFC二層膜の熱的安定性について述べる. 第5章では,DWDDの移動層にAFC二層膜を用いた場合の再生信号特性について述べる. 最後に第6章で本研究を総括する. -14- 第3章 実験方法 3.1 はじめに 本研究では,試料である薄膜の作製にスパッタ法を用いた.スパッタ法は,各種記録媒体(MO ,DVD,HDD,MRAM)や半導体,電子部品の製造といった幅広い分野で不可欠な技術となってい る.また,二層膜におけるKerrループの計算や光磁気性能指数の計算には仮想屈折率の方法を用い た.本章では,試料作製に用いたスパッタ装置の紹介と,試料の作製条件および作製した試料の 磁気特性の評価方法.また,多層膜における磁気光学効果の計算方法について述べる. 3.2 試料作製装置 本研究では,図3-1に示す高速3元RFマグネトロン型スパッタリング装置(日本真空技術製MHL2304RD)を用いて試料を作製した.スパッタ源としては,マグネトロン式スパッタ源を3つ有して いる.また,スパッタ用電源としては,RF13.56MHz,出力1kWの高周波電源を3つ有しているた め,3元同時スパッタリングも可能である.基板はLOAD LOCK CHAMBER内とSPUTTER CHAMBER内を移動することが可能である.そのため,ターゲット交換以外は,SPUTTER CHAMBER内を常に真空に保つことができ,ターゲットの酸化を極力防ぐことができる. 図3-1 高速3元RFマグネトロン型スパッタリング装置 -15- マグネトロンスパッタリング法とは,陰極となるターゲットから放出される二次電子を磁場(マ グネット)によりターゲット近傍に束縛させ,ターゲット近傍で希ガスの電離を促進させることに より,高密度プラズマを生成させ,効率の良いスパッタリングを行う方法である. 3.3 試料作製方法 試料の基板には,通常のスライドガラス(76mm×26mm×0.8∼1.0mm)を用い,洗浄液(セミコク リーン)で10分間,続いて脱イオン水で約10分間超音波洗浄を行い,その後アルコールで水切りし ドライヤーで乾燥させた. 試料作製に当たり,真空槽内の排気は油回転ポンプによりLOAD SPUTTER LOCK CHAMBER内及び CHAMBER内を40Paまで粗引きし,クライオポンプに切り換えてLOAD LOCK CHAMBER内及びSPUTTER CHAMBER内を2.0×10-4Pa以下まで本引きを行った. ターゲットには, Fe.70Co.30合金 , Gd ,Ruを用いた. 図3-2に実験で作製した試料の膜構成を示す.磁性層はGdターゲットとFe.70Co.30合金ターゲッ トの同時スパッタにより成膜した.下地層と保護層のRuはGd-Fe-Co層の酸化を防ぐための層であ る.Gd-Fe-Co層間のRuは二層間に反強磁性交換結合力を働かせるための層であり,以降AFC層 (Antiferromagnetic exchange coupling layer)と呼ぶことにする.また,AFC層の両側にはE層としてFeCoの薄い層を成膜した. 成膜はすべてRFマグネトロンスパッタ法で行い,スパッタリングガスに はArを用いた.成膜時のスパッタリングガス圧は0.4 Paで一定としている.各層成膜時のスパッタ リングレートを表3-1 に示す.本実験ではRate1とRate2の2種類のスパッタリングレートを用いて成 膜を行った.なお,GdとFe-Coのスパッタリングレートは,それぞれGdまたはFe-Coのみをスパッ タして求めた.また,成膜時の基板回転数は20 rpmで一定とした. 表3-1 スパッタリングレート 図3-2 試料の膜構成 -16- 3.4 測定方法 3.4.1 磁化曲線の測定 本研究において,磁化曲線の測定は,作製した試料を1.0cm×1.0cmに切り,振動試料型磁力計( 東英工業(株)VSM_5型)によって測定した.VSMは,S.Fornerによって考案された磁化の測定方 法で,一定周波数,一定振幅で試料を振動させ,それによって検出コイルに誘起される交流の誘 導起電力をロックインアンプにより検出するものである.この測定は,相対測定であるので標準 試料によって校正を行う必要があり,標準試料には,測定試料と同じ形状の高純度ニッケルを用 いた. 3.4.2 膜厚の測定 膜厚測定には触針式粗さ測定器を用いた.これは,針の先に曲率半径数μmからその1/10程度の ダイヤモンドやサファイヤをつけた触針が,ステップの位置で上下に変化するのをサンプルの移 動によって機械的,光学的あるいは電気的に拡大して読み取る装置である.本研究では,あらか じめガラス基板に油性マジックで線を引いておき,その上からスパッタリングをした後,線を引 いた部分をエタノールで拭いて取り除き,その段差を測定した. 3.4.3 磁気光学効果の測定 極Kerr回転角の測定には分光垂直カー効果測定装置(日本科学エンジニアリング株式会社製,BHM800型)を用いた.この装置は,ポーラライザーによって直線偏光させた光を試料に入射させ,試 料からの反射光のKerr回転角成分をアナライザーにより光の強度成分に交換し,フォトディテクタ で電気信号に変換して検出するものである. 3.4.4 交換結合エネルギーJの算出方法 交換結合の強さを表すものとして,交換結合エネルギーJまたは界面磁壁エネルギー σ W が用い られ,それぞれM-Hループから求めることができる.図 3-3のM-Hループ(縦軸は単位面積当たりの 磁気モーメント)において MS はシフトしている層の飽和磁化, t は膜厚, H W はシフト磁界であり. Jは J = MStHW 9) (3-1) -17- また, σ W は σ W = 2MStH W 7) (3-2) とそれぞれ定義されている.したがって, σ W とJの間には, σ W = 2J (3-3) の関係がある. 本研究では交換結合の強さを交換結合エネルギーJを用いて表すことにする. 図3-3 交換結合エネルギーJの算出方法 3.4.5 多層膜における磁気光学効果の計算方法18) 本研究では多層膜の磁気光学効果を仮想屈折率の方法を用いて計算した.以下に計算方法につ いて述べる. 図3-4に示すような4種類の物質で構成される場合を考える.膜面垂直にx方向に偏光した直線偏 光を入射すると,反射光の偏光状態は図3-5のようになる.ここで,x,y方向の振幅反射率を rx , ry とする.また,各層の左右の円偏光に対する複素屈折率をni±∗ = ni± − iki± ,2層目と3層目の 膜厚をそれぞれ h2 と h3 ,真空中での光の波長を λ とする. ± このとき,左右の円偏光に対する振幅反射率 r は, r ± = N ± / D± (3-4) -18- と表せる. ここで, N ± = r12± + r23± exp(−2iφ2± ) + r34± exp(−2iφ2± − 2iφ 3± ) + r12± r23± r34± exp(−2iφ3± ) (3-5) D± = 1+ r12± r23± exp(−2iφ2± ) + r12± r34± exp(−2iφ 2± − 2iφ3± ) + r23±r34± exp(−2iφ3± ) (3-6) rij± = ni± ∗ − n±∗ j ni± ∗ + n±∗ j (3-7) となり,これより,Kerr回転角θ k ,Kerr楕円率 ηk ,強度反射率 R は, tan 2θ k = tan2αcos(φk ) (3-8) sin2ηk = sin2αsin(φk ) (3-9) 2 R = rx + ry 2 (3-10) ただし, (3-11) tanα = ry rx + − rx = rx exp(iφ x ) = (r + r )/ 2 + − (3-12) ry = ry exp(iφ y ) = i(r − r )/ 2 (3-13) φk = φ y − φ x (3-14) である. 図3-4 複合膜の構成 図3-5 反射光の偏光状態 -19- 以上の式を用いることで,4種類の物質からなる場合について計算することができるが図3-6に示 すような仮想屈折率の考え方を用いることでより簡単に計算することができる. ∗ つまり,図3-6(a)に示すように複素屈折率 n2 = n2 − ik2 の物質の表面に複素屈折率 ∗ 1 n = n1 − ik1 ,膜厚 h1 の物質があるとき,この二つの物質は図3-6(b)の仮想屈折率 N ∗ = N − iK を ∗ ∗ ∗ 持った物質と光学的に等価であると考えることができる.ここで, N と n1 , h1 , n2 との間には, N ∗ = n1∗ 1− r12 exp(−2iφ1 ) 1+ r12 exp(−2iφ1 ) (3-15) r12 = n1∗ − n∗2 n1∗ + n∗2 (3-16) φ1 = 2πn1∗ h1 λ (3-17) > 0 , k ≥ 0 に限られるが,仮想屈折率では, N > 0 であるが K には制限はなく 単独の物質では n 正負どちらも取り得る. ±∗ ±∗ 図3-4に,この仮想屈折率の考えを適用する場合,まず, n4 と n3 , h3 との仮想屈折率 N 計算し,次に N ±∗' ±* ±∗ と n2 , h2 との仮想屈折率 N を計算し,最後に N ±∗ ±∗' を ±* と n1 との反射における Kerr回転角 θ k ,Kerr楕円率 ηk ,強度反射率 R を計算することになる.このとき左右の円偏向に対 ± する振幅反射率 r は,(3-4)式の替わりに r± = n1± ∗ − N ±∗ n1± ∗ + N ±∗ と簡単になり,あとは(3-8)式から(3-14)式を用いて計算することができる. 図3-6 仮想屈折率の概念 -20- (3-18) 3.4.6 光磁気性能指数 光磁気ディスクの再生は,反射光による磁気光学読み出しで行う.磁気光学読み出しの場合, 再生時のSN比は光磁気性能指数 R θ 2k + ηk2 で決まる.ここでは,光磁気ディスクの再生信号特性 を評価するための指数として,光磁気性能指数 R θ 2k + ηk2 について説明する.光磁気ディスクの 再生時には,反射光のKerr回転角は微少であるため,反射率の変化などのノイズを抑制するために 差動検出を行っている.図3-7に光磁気ヘッドの構成図,図3-8に信号検出の原理図を示す.図3-7 に示すように,レーザー光は,ポラライザーPによって直線偏光化され媒体面に集光される.磁性 体表面から反射された光の偏光面は,Kerr効果により磁化方向に依存して ±θ k だけ回転する.その 後,図3-8に示すように,アナライザーA1,A2方向の偏光に分離し,これをフォトダイオードで検 出し,差動検出する. 図3-7 光磁気ヘッドの構成 図3-8 信号検出の原理図 -21- 45度作動検出法において,1つの検出器の出力は, π π2 rx cos + ry sin 4 4 (3-19) に比例し,もう一つの検出器の出力は, π π −rx sin + ry cos 4 4 2 (3-20) に比例する.(3-19)式に,(3-12)式と(3-13)式を代入して簡単にすると, 2 1 2 ( rx + ry + 2 rx ry cos(φ y − φ x )) 2 (3-21) となる.ここで,(3-18)式に(3-10)式,(3-14)式を代入すると, 1 (R + 2 rx ry cos(φk )) 2 (3-22) となる.同様にして,(3-20)式は, 2 1 2 ( rx + ry − 2 rx ry cos(φ y − φ x )) 2 (3-23) 1 (R − 2 rx ry cos(φk )) 2 (3-24) すなわち, となる.ここで,2つの検出器の和信号は(3-22)式と(3-24)式の和であり, R (3-25) となる.したがって,和信号は強度反射率 R に比例する. 一方,二つの検出器の差信号は(3-22)式と(3-24)式の差であり, 2 rx ry cos(φk ) (3-26) である.ここで,(3-8)式,(3-10)式,(3-11)式を近似すると, -22- α= ry (3-27) rx R = rx 2 (3-28) θ k = α cosφ k (3-29) となる.ここで,差信号(3-26)式に,(3-27)式,(3-28)式,(3-29)式を代入すると, 2Rα cosφ k = 2Rθ k (3-30) となり,強度反射率 とKerr回転角 の積に比例する.PC基板のx軸とy軸の間の位相差cと,光学ヘッ ドのx軸とy軸との間の位相差 φh を考慮すると,2つの検出器の差信号(3-30)式は, 2Rα cos(φ k + φs + φ h ) (3-31) ηk = α sinφ k (3-32) となる.(3-9)式を, と近似すると,(3-29)式とともに, θ k2 + ηk2 = α 2 (cos2 φk + sin2 φ k ) = α 2 (3-33) となる.したがって,2つの検出器の差信号(3-31)式は, 2R θ k2 + η 2k cos(φk + φ s + φh ) (3-34) となる.結局, φs = φ h = 0 ならば,2つの検出器の差信号は, Rθ k (3-35) に比例し,位相差を適当に調整して とすると,2つの検出器の差信号は, R θ 2k + ηk2 (3-36) -23- に比例することになる.したがって,位相差を調節することによって,媒体から引き出すことが できる磁気光学効果は,最大 R θ 2k + ηk2 となる.ここで,(3-36)式は光磁気性能指数と呼ばれて いる. -24- 第4章 実験結果 4.1 はじめに 本研究では,DWDDの移動層にAFC二層膜を用いることで,移動層の移動磁壁が記録層からの 浮遊磁界の影響を受けないようにすることを考えた. そこで,本章ではDWDDの移動層に用いられているフェリ磁性Gd-Fe-Co膜において,層間にRu を挟むことでAFC二層膜の作製を試みる.また,AFC層及びE層の膜厚に対する交換結合エネルギー Jの変化を調べる.FCであるか,AFCであるかの判別は磁気光学Kerrループを測定することで行っ た.ただし,各磁性層の膜厚が薄い場合には複雑なKerrループが観測されるため交換結合の判別が 難しくなる.そこでKerrループを計算することで交換結合の判別を行った.最後に,Gd-Fe-CoAFC 二層膜の熱的安定性について調べた. 4.2 組成依存性 Gd-Fe-Co膜の組成計算は次のように行った.Gdの堆積速度,原子量,密度をそれぞれ V(Gd) , W(Gd) , ρ(Gd) , Fe1− yCo y [ y = 0.3] の堆積速度を V(Fe − Co) ,Feの原子量,密度を それぞれ W(Fe) , ρ(Fe) ,Coの原子量,密度をそれぞれ W(Co) , ρ(Co) ,アボガドロ数を No とすると,単位時間,単位面積に堆積するGd,Fe-Coの数, N(Gd) , N(Fe − Co) はそれぞれ, N(Gd) = V(Gd) No W(Gd)/ρ(Gd) N(Fe − Co) = V(Fe - Co) W(Fe) W(Co) No (1 - y) +y ρ(Fe) ρ(Co) (4-1) (4-2) と表すことができる.そして,Gdのat.%は, N(Gd ) N(Gd) + N(Fe − Co) であることから,成膜時のGdとFe-Coの堆積速度から求めることができる. -25- (4-3) 4.3 FC及びAFCのM-HループとKerrループ 図4-1 (a)にFC A-type,(b)にAFC A-typeのM-HループとKerrループの実験結果を示す.ここでは, 試料の膜面側を第一層,試料の基板側を第二層とした.図4-1 (a)はAFC層とE層を用いず,各 Gd-Fe-Co層の膜厚を500 Åとして成膜した試料の実験結果であり,図 4-1 (b)はAFC層の膜厚を3.0 Å とし,E層を用いずに各Gd-Fe-Co層の膜厚を500 Åとして成膜した試料の実験結果である.図 4-1(a) ,(b)とも下地層と保護層のRu膜厚は50 Åである.ここで,Kerrループの極性はTM-richのときに右 上がりのループとした.図4-1 (a)ではKerrループより,第一層がRE-rich,第二層がTM-richであり, 異常ループを示していることからFC A-typeであることがわかる.また,図4-1 (b)ではKerrループよ り,第一層と第二層が共にTM-richであり,やはり異常ループを示していることから,AFC A-type であることがわかる.したがって,フェリ磁性Gd-Fe-Co膜においても二層間にRuを挟むことで, 反強磁性交換結合させることができた. M-H loop M-H loop Kerr loop(1st layer) Kerr loop(1st layer) Kerr loop(2nd layer) Kerr loop(2nd layer) (a) FC A-type (b) AFC A-type 図4-1 FC A-typeとAFC A-typeのM-HループとKerrループの実験結果 -26- 4.4 各磁性層膜厚が薄い場合における交換結合の判別 RE-TM交換結合二層膜において,各磁性層の膜厚が薄い場合には,光の入射側の磁性層膜厚が 薄いため,もう一方の磁性層まで光が透過する.そのため,測定している側の層だけではなくも う一方の層の磁化状態によってもKerr回転角が決まる.したがって,複雑なKerrループが観測され, 交換結合の判別が困難になる.そこで,各磁性層膜厚が薄い場合のKerrループを仮想屈折率の方法 を用いて計算することで交換結合の判別を行う. 4.4.1 TM磁気モーメントが平行及び反平行の場合の磁気光学特性 図4-2に計算モデルの膜構造,図4-3に二層のTM磁気モーメントが平行および反平行の場合の Gd-Fe-Co層膜厚に対する(a) θ k2 + ηk2 ,(b) cosφ k ,(c)Kerr回転角θ k ,(d)Kerr楕円率 ηk の計算結果 を示す.計算は図4-2に示す膜構造において,ガラス基板側から波長650nmの再生用レーザー光を 入射し,各層のTM磁気モーメントが平行と反平行の場合について行った.図4-3(a) θ k2 + ηk2 は媒 体から取り出せる磁気光学効果の最大の値であり,TM磁気モーメントが平行の場合に,Gd-Fe-Co 層膜厚が約130 Åでピークを示しており,その後一定の値へ収束する.一方,反平行の場合には, Gd-Fe-Co層の膜厚が厚くなるにつれて緩やかに増加し,一定の値に収束していく.図4-3(b) cosφ k は光のFresnel成分とkerr成分との間の位相差の余弦である.図4-3(b) より,Gd-Fe-Co層が薄い範囲 には,TM磁気モーメントが平行の場合の方が反平行の場合よりも位相差 φk が大きく,したがって cosφ k が小さくなっている.ここで,Kerr回転角θ k は, θ k = θ k2 + η2k cosφ k (4-1) と表される. (4-1)式より,TM磁気モーメントが平行の場合には,磁性層膜厚が薄い範囲において cosφ k が小 さいため,図4-3(c)のようにKerr回転角は きくなる.しかし, θ k2 + ηk2 よりも小さくなり,したがってKerr楕円率が大 θ k2 + ηk2 がピークをとっている0∼270 Åの範囲では,Kerr回転角は反平行の 場合よりも大きくなる. -27- 図4-2 計算モデル (a) θ k2 + ηk2 (b) cosφ k (c)Kerr rotationθ k (d)Ellipticity ηk 図4-3 磁性層膜厚が薄い場合の磁気光学特性 -28- 4.4.2 実験及び計算結果のKerrループの比較 図4-4(a),図4-5(a)に各Gd-Fe-Co層の膜厚が薄い場合のKerrループの実験結果を示す.図4-4 (a)の 試料は各Gd-Fe-Co層の膜厚を70 Å,図4-4(a)の試料は各Gd-Fe-Co層の膜厚を200 Åとして成膜した. 図4-4 (a),図4-5 (a)の試料ともAFC層3.0 ÅでE層は用いていない.また,複雑なKerrループを測定 するために下地層と保護層のRu膜厚は25 Åと薄くしている.図4-4(a),図4-5 (a)のKerrループとも 複雑な過程を示しており,FCであるかAFCであるかを判別することが難しくなる.そこで,4.4.2 において計算したKerr回転角の値を用いてKerrループを比較することで判別を試みた.図4-4 (b)に 各Gd-Fe-Co層の膜厚が70 Åの場合のAFC A-typeのKerrループ,図4-5 (b)に各Gd-Fe-Co層の膜厚が 200 Åの場合のAFC A-typeのKerrループの計算結果を示す. RE-TM交換結合二層膜の磁化過程から,各磁性層の膜厚が薄い場合にはKerr回転角に4つのレベ ルが存在することになり,図4-4 (b)に示すようにKerrループは複雑な過程を示す. 各磁性層の膜厚が70 Åの場合には,図4-3(c)より二層のTM磁気モーメントが平行の場合の方が 反平行の場合よりもKerr回転角が大きいため,AFC A-typeのKerrループの計算結果は図4-4(b)のよ うになる.図4-4 (a)の実験結果は図4-4 (b)の計算結果と一致していることから,確かにAFC A-type であることがわかる.また,各磁性層の膜厚が200 Åの場合には,図4-3(c)より二層のTM磁気モー メントが反平行の場合の方が平行の場合よりもKerr回転角が大きいため,AFC A-typeのKerrループ の計算結果は図4-5 (b)のようになり,図4-5 (a)はやはりAFC A-typeであることがわかる. Kerr loop(1st layer) Kerr loop(1st layer) Kerr loop(2nd layer) Kerr loop(2nd layer) (a)実験結果 (b)計算結果 図4-4 Gd-Fe-Co(70Å)/Ru/Gd-Fe-Co(70Å)のAFC A-typeにおけるKerrループ -29- Kerr loop(1st layer) Kerr loop(1st layer) Kerr loop(2nd layer) Kerr loop(2nd layer) (a)実験結果 (b)計算結果 図4-5 Gd-Fe-Co(200Å)/Ru/Gd-Fe-Co(200Å)のAFC A-typeにおけるKerrループ 4.5 交換結合エネルギーJのAFC層膜厚依存性19),20) 次に,AFC層の膜厚に対する交換結合エネルギーJの変化を調べた.実験結果を図4-6に示す.実 験試料は,各Gd-Fe-Co層膜厚を500 Å,下地層と保護層のRu膜厚を50 ÅとしてE層は用いずに, AFC層の膜厚を変化させて成膜した.スパッタリングレートはRate1を用い,AFCの場合には二層 ともTM-richの組成,FCの場合には二層の組成をRE-rich,TM-richの異なる組成として成膜してい る.図4-6においてJの値はFCの場合に負,AFCの場合に正として示し,各AFC層膜厚に対して得ら れたJの最大値を線でつないでいる.図4-6よりAFC層膜厚が0~2.0 Åの範囲でFC,2.5~4.0 Åの範囲 でAFCとなった.また,反強磁性交換結合エネルギーはAFC層の膜厚が3.0 Åの時に最大値,0.40 erg/cm 2 となった.反強磁性交換結合エネルギーが最大値を示すときのAFC層膜厚は,Tb-Fe-Co二 層膜のAFCにおいても3Åと報告されている19).また,表1-1においてフェロ磁性体であるCoをRuを 用いて反強磁性交換結合させた場合に,反強磁性交換結合エネルギーが最大となるAFC層膜厚が3 Å,反強磁性交換結合が得られるAFC層膜厚の範囲が3 Åであることが報告されている.したがっ て,Gd-Fe-Co及びTb-Fe-CoのAFC二層膜の実験結果から,フェリ磁性体においてもフェロ磁性体 と同様の結果が得られることがわかる. 図4-6でAFC層膜厚3.0 Å,3.5 Åに示すように,同じAFC層膜厚で成膜した場合においてもJの値 にばらつきがみられる.同時スパッタでは GdとFe-Coが交互に堆積しており,Rate1のスパッタリ ングレートでは一回転でFe-Coが約2.1 Å,Gdが約1.8 Åずつ交互に堆積する.FeとCoの原子直径が 約2.5 Åであり,Gdの原子直径が約3.6 Åであることから,それぞれ原子層はできてはいないが, -30- Fe-Coの濃度が濃い層と薄い層が交互に堆積している.AFC層の界面においてFe-Co濃度が濃い層 が存在する場合には,その層がE層として働くため,Jが大きくなっていることが考えられる.し たがって,同時スパッタにおいてはAFC層の界面のFe-Co濃度が変動するために,Jにばらつきが生 じると考えられる. 図4-6 交換結合エネルギーJのAFC層膜厚依存性 4.6 交換結合エネルギーJのE層膜厚依存性 ここではE層Fe-Coの膜厚に対する交換結合エネルギーJの変化を調べた.実験結果を図4-7に示す. 実験試料は,各Gd-Fe-Co層の膜厚を500 Å,AFC層の膜厚を図4-7でJが最大となった時の膜厚3.0Å で固定し,下地層と保護層のRu膜厚は50 Åとして,両側のE層の膜厚を同時に変化させて成膜して いる.E層の膜厚が0~5.0 Åの範囲でJは,E層を用いない場合よりも大きな値を示した.E層の膜厚 が3.0 ÅのときにJは最も大きくなり,0.50 erg/cm 2 となった.また,E層の膜厚が6.6 Å以上ではE 層を場合用いないよりもJは小さくなった.これは,Fe-Co膜が.垂直磁気異方性をもたないため, E層膜厚を厚くし過ぎたことで,E層の磁化が膜面内方向を向いてしまい,E層としての役割を果た さなくなってしまったからと考えられる. 図4-7 交換結合エネルギーJのE層膜厚依存性 -31- 4.7 交換結合エネルギーJの熱的安定性 DWDDの移動層にAFC二層膜を用いる場合には,記録・再生時にレーザー光の加熱によって, 交換結合エネルギーが変化してしまうことが懸念される.そこで,AFC及びFCの熱的安定性を調 べるために熱処理温度に対する交換結合エネルギーの変化を調べた.AFC及びFCの実験共に熱処 理時間は3分間であり,熱処理は大気中で行った.交換結合エネルギーは熱処理を行ってから室温 まで温度を戻した後に,VSMより測定したM-Hループから算出した.図4-8(a)にAFCの熱処理温度 に対する交換結合エネルギーの変化を示す.ここでは反強磁性交換結合エネルギーを正として表 した.実験に用いた試料は,各Gd-Fe-Co層の膜厚が500 Åで下地層と保護層のRu膜厚が70 Å,AFC 層の膜厚3.0 ÅでE層を用いないAFC二層膜とE層3.0 Åを用いたAFC二層膜であり,スパッタリングー トはRate2を用いた.図4-8(a)より,E層を用いていないAFC二層膜を熱処理した場合には,125 ℃ 以上では熱処理温度が上昇するにつれてJは減少した.また,E層 3.0 Åを用いた場合では100 ℃以 上で熱処理温度が上昇するにつれてJは減少した.これらのJの減少は,熱処理によってAFC層の Ruが拡散してしまったことによるものと考えられる. 次に,図4-8(b)にFCの熱処理温度に対する交換結合エネルギーの変化を示す.ここでは強磁性交 換結合エネルギーを負として表した.実験に用いた試料は,各Gd-Fe-Co層膜厚が500 Å,下地層と 保護層のRu膜厚が70 Å,E層は用いず,AFC層を挟まないFC二層膜とAFC層2.3 Åを挟んだFC二層 膜であり,スパッタリングレートはRate2を用いた.図4-8(b)よりFC二層膜を熱処理した場合には AFC層を挟まなかったFC二層膜では150 ℃以上では熱処理温度が上昇するにつれて が減少した. また,AFC層2.3 Åを挟んだ膜では150 ℃以上では熱処理温度が上昇するにつれて が増加した.こ れは熱処理によってAFC層のRuが拡散したためと考えられる. (a)AFC (b)FC 図4-8 AFC及びFCの室温における交換結合エネルギーJの熱処理温度依存性 -32- 4.8 まとめ DWDDの移動層に用いられているGd-Fe-Co膜において,層間にRuを挟むことでAFC二層膜の作 製を試みた.その結果,RE-TMフェリ磁性体であるGd-Fe-Co膜においても,反強磁性交換結合さ せることができた.また,RE-TM交換結合二層膜において,磁性層膜厚が薄く,複雑なKerrルー プが観測される場合には,Kerrループを計算をすることで交換結合の判別ができることを示した. 作製したAFC二層膜は,Ru層膜厚が0∼2.0 Åで強磁性交換結合,2.5∼4.0 Åで反強磁性交換結合し, 反強磁性交換結合力はRu層膜厚が3.0 Åの時に最大値0.4 erg/cm 2 となることがわかった.また, Ru層の両側に適度な膜厚のFe-Coを均等に挟むことで,交換結合エネルギーは増加し,E層膜厚が 3.0 Åの時に最大値0.50 erg/cm 2 をとった.AFC二層膜を熱処理した後に室温で交換結合エネルギー を測定したところ,AFC二層膜の熱的安定性はFC二層膜よりも悪く,125℃以上の熱処理温度では 交換結合エネルギーは減少してしまった. -33-33- 第5章 DWDD媒体における再生信号特性シミュレーション 5.1 はじめに 本研究では,DWDDの移動層にAFC二層膜を用いることを考えてきた.しかし,その場合には, DWDD媒体のKerr回転角の低下,すなわち再生信号の低下が懸念される.そこで,本章では DWDDの移動層にAFC二層膜を用いた場合の光磁気性能指数を計算し,その再生性能について考 察する. 5.2 計算モデル 図5-1に示すDWDD媒体の膜構造を計算モデルとして計算を行った.計算モデルでは,移動層を 二層構造とし,AFCの場合には各層のTM磁気モーメント向きを反平行に,FCの場合は各層のTM 磁気モーメントの向きを平行として計算を行った.また,PC基板の屈折率は1.58とし,移動層と PC基板の間に屈折率2.3の窒化シリコン層を挟むことで,Kerr効果エンハンスメントを考える.な お,再生時には波長650nmの赤色レーザー光を,PC基板側から入射したとして計算を行った. 図5-1 計算モデル -34- 5.3 誘電体干渉層によるKerr効果エンハンスメント AFC二層膜の表面に,窒化シリコン(屈折率2.3の誘電体層)をコートした場合の窒化シリコン層の 膜厚に対する光磁気性能数 R θ 2k + ηk2 と強度反射率 R の変化をGd-Fe-Co層の膜厚をパラメータと して計算した.図5-2に光磁気性能指数,図5-3に強度反射率の計算結果を示す. 図5-2より,光磁気性能指数はGd-Fe-Co層の膜厚が200Å,400Å,600Å,800Å,1000Åと厚くな るにつれて大きくなっていき,800Å,1000Åではほぼ同じ値に収束している. また,強度反射率はGd-Fe-Co層の膜厚には依存せず,窒化シリコン層の膜厚のみに依存してお り,窒化シリコン層の膜厚が約500Åで最小の値をとっている. SN比及び記録感度を高くするためには,それぞれ光磁気性能指数が大きく,強度反射率が小さ いことが求められる.したがって,計算結果からDWDDの移動層にAFC二層膜を用いる場合には, 窒化シリコン層をGd-Fe-Co層とPC基板の間に500Å程度挟み込むことが良いとわかる.以下この章 では,窒化シリコン層の膜厚を500Åとして計算することにする. 図5-2 光磁気性能指数 R θ 2k + ηk2 のSiNx層膜厚依存性 図5-3 強度反射率 R のSiNx層膜厚依存性 -35- 5.4 光磁気性能指数の移動層膜厚依存性 5.4.1 移動層の二層膜の膜厚比率が均等の場合 ここでは,AFC二層膜をDWDDの移動層に用いた場合の光磁気性能指数について計算を行った. 計算結果を図5-4に示す.各磁性層のTM磁気モーメントが平行及び反平行の場合について,移動層 膜厚に対する光磁気性能指数の変化を計算した. DWDDの移動層膜厚は厚くしすぎると微小磁区 の転写性や磁壁の分離が悪くなってしまい,また,薄すぎると再生信号が低下してしまうといっ た問題が生じる.したがって,移動層膜厚は実験的には300~400Åが適当とされている.そこで, 図5-4より移動層膜厚が 300~400Åの範囲で光磁気性能指数を比較すると,移動層にFC二層膜を用 いた場合(TM parallel)に比べ,移動層にAFC二層膜を用いた場合(TM antiparallel)の方が光磁気性能 指数が低くなった.また,移動層膜厚が厚くなるにつれて,TM antiparallelにおける光磁気性能指 数が増加していることから,移動層にAFC二層膜を用いる場合に良好な再生信号得るためには, 問題の生じない範囲において移動層膜厚を厚くすることが望まれる. 図5-4光磁気性能指数のGd-Fe-Co層膜厚依存性 5.4.2 移動層の二層膜の膜厚比率が異なる場合 次に,移動層の二層膜の膜厚比率が異なる場合についても,Gd-Fe-Co層膜厚に対する光磁気性 能指数の計算を行った.計算結果を図5-5に示す.図中において,二層膜の膜厚の比率は(光の入射 側の磁性層膜厚) : (切断層側の磁性層膜厚)として表した.図5-5より移動層膜厚が 300~400Åの範囲 で光磁気性能指数を比較すると,二層膜を均等な膜厚にするよりも光の入射側の膜厚を厚くした 場合の方が,光磁気性能指数は向上する.一方,切断層側の磁性層膜厚を厚くすると,均等な膜 厚の場合よりも光磁気性能指数は低下した.したがって,問題の生じない範囲において光の入射 側の磁性層膜厚をなるべく厚くすることが望まれる. -36- 図5-5 二層の膜厚の比率が異なる場合の光磁気性能指数 5.5 まとめ DWDDの移動層にAFC二層膜を用いる場合には,実用的な移動層の膜厚の範囲では,FC二層膜 を用いる場合よりも再生信号(光磁気性能指数)が低下してしまう結果となった. しかし,MOとDWDDにおいて媒体を比較した場合,MOでは媒体の走査に伴って読み出しを行 うので, その再生信号波形の立ち上がりは緩やかであるが,DWDDでは温度勾配による磁壁移動現 象を利用して読み出しを行うため,その再生信号の立ち上がりは急峻である.すなわち,MOでは 再生信号の立ち上がりが緩やかであるためにSN比が悪化すれば, 閾値による再生信号の検出に時間 的なずれが生じ, ジッターの増加につながるが,DWDDでは再生信号の立ち上がりが急峻であり, 再生信号がすぐに閾値をこえるため,SN比の悪化の影響によるジッターの増加は少ない.したがっ てKerr回転角の低下によるDWDDの再生信号悪化の影響はそれほど大きくないと考えられる. また, AFC二層膜をDWDDの移動層に用いる場合, 移動層の膜厚を問題の生じない範囲でなるべ く厚くし,二層膜の光の入射側の膜厚を厚くすることで光磁気性能指数が改善されることが,シ ミュレーション結果より得られた. -37- 第6章 総括 近年,「ユビキタス社会」に向けたインフラの整備に伴い,ビジネスや日常生活で個人が扱う 情報はさらに大容量となっており,それらの情報を気軽に持ち運ぶための大容量の汎用記録メディ アが必要とされている.光磁気ディスクは信頼性が高く,可搬性に優れた大容量のメディアであ り,音楽から動画,PCデータまでを扱うことができる汎用メディアとして期待されている.本研 究では,「Hi-MD」に採用されている,光磁気ディスクの高密度化技術のひとつであるDWDD方 式に着目して研究を行った. DWDDは,移動層,切断層,記録層からなる交換結合三層膜を用いている.DWDDでは記録層 の記録マーク長によって,記録層から移動層への浮遊磁界が変化するために,移動層の磁壁移動 がその影響を受けてしまう.そこで,移動層に反強磁性交換結合二層膜を用いることで,移動層 の見かけ上の磁化を0にし,移動磁壁が浮遊磁界の影響を受けなくすることを考えた. 本研究では移動層に用いられているフェリ磁性Gd-Fe-Co膜において,層間にRuを挟むことで, 反強磁性交換結合二層膜の作製を試み,二層間に働く交換結合エネルギーとその熱的安定性につ いて調べた.また,DWDDの移動層に反強磁性交換結合二層膜を用いた場合の再生信号特性につ いて,光磁気性能指数を計算することで考察を行った. (1)Gd-Fe-Co層間に反強磁性交換結合を働かせるために,RuのAFC層(Antiferromagnetic exchange coupling layer)を挟んだ.実験結果より,交換結合は0~2.0Åで強磁性的に,2.5~4.0Åで反強磁性的に 働くことがわかった.また,AFC層の膜厚が3.0Åのときに反強磁性交換結合エネルギーJの最大値, 0.4 erg/cm 2 が得られた. (2) RE-TM交換結合二層膜において,各磁性層膜厚が薄い場合には複雑なKerrループが観測される ため,交換結合の判別が困難になる.この場合には,Kerrループの計算を行うことで交換結合の判 別をすることができた. (3)反強磁性交換結合エネルギーJが最大となるAFC層膜厚3.0Åにおいて,交換結合力を増加させる ためにAFC層の両側に均等にE層(Enhancement layer)としてFe-Coを挟んだ.実験結果より,E層の 膜厚が0~5.0Åの範囲でJはE層を用いない場合よりも大きくなり,6.6Åよりも厚い範囲ではJは減少 した. (4)反強磁性交換結合二層膜を熱処理した後,室温でJを測定したところ,E層を用いた膜では100℃, 用いなかった膜では125℃以上でJは熱処理温度が上昇するにつれて減少した. (5)強磁性交換結合二層膜を熱処理した後,室温でJを測定したところ,AFC層を用いなかった膜で は150℃以上で J は熱処理温度が上昇するにつれ減少し,AFC層2.3Åを用いた膜では150℃以上で J は熱処理温度が上昇するにつれて増加した. (6)磁区磁壁移動検出(DWDD)の移動層に反強磁性交換結合二層膜を用いる場合には,300~400Å程 度の膜厚では移動層に強磁性交換結合二層膜を用いた場合よりも再生信号特性が低下してしまう ことがわかった. 以上のことから,フェリ磁性Gd-Fe-Co膜においても,層間にRuを挟むことで反強磁性交換結合 させることが可能であることを示した.しかし,反強磁性交換結合二層膜の熱的安定性は,強磁 性交換結合二層膜よりも悪い結果となった.したがって,反強磁性交換結合二層膜をDWDDの移 動層に用いるためには,強磁性交換結合二層膜と同等の熱的安定性を持たせることが必要となる. -38- 謝辞 本研究の遂行,ならびに本論文の作成にあたって,終始懇切丁寧なる御指導と御鞭撻を賜った三 重大学工学部教授工学博士塩見繁先生,同助教授工学博士小林正先生,同助手工学博士藤原裕司 先生に心から感謝の意を表します. また,日常の実験および様々な面で御協力いただいた,三重大学文部技官前田浩二氏,同大学 院博士後期課程白鳥力氏(キヤノン)に深く御礼申し上げます. また,恒岡雅也氏,草野健太郎氏,後藤崇文氏をはじめ共に研究に励んだナノエレクトロニク ス研究室の諸氏に深く感謝致します. 最後になりますが共に実験を進めてきた檜山菜月氏に大いなる感謝の気持ちを表したいと思い ます. -39- 参考文献 1) 日経エレクトロニクス, 2004.2.2, 日経BP社, p.28(2004). 2) 逢坂哲彌, 山崎陽太郎, 石原宏編集: 記録・メモリ材料ハンドブック, pp.178-179, 朝倉書店(2000). 3) 栗野博之: 日本応用磁気学会第113回研究会資料113-14. 4) 佐藤勝昭, 片山利一, 深道和明, 阿部正紀, 五味学: 光磁気ディスク材料, p10, 工業調査会(1993). 5) 阿部正紀: 日本応用磁気学会誌, 8, No.5, 366(1984). 6) 今村修武 監修: 光磁気製造技術ハンドブック, pp.80-87, サイエンスフォーラム(1991). 7) 小林正: 名古屋大学博士論文, p.23(1985). 8) S. S. P. Parkin, Phys. Rev. Lett. 67, 3598 (1991). 9) A. Inomata, B. R. Acharaya, E. N. Abarra, A. Ajan, D. Hasegawa and I. Okamoto, J. Appl. Phys. 91, 7671 (2002). 10) 金子正彦, 太田真澄, 福本敦: 超解像光磁気ディスク,日本応用磁気学会誌, 15, pp.838-844(1991). 11) 今村修武, 太田憲雄 監修: 超高密度光磁気記録技術, p.59(トリケップス, 2000). 12) 白鳥力: 日本応用磁気学会誌, 23, No.2, p.764(1999). 13) T. Shiratori, E. Fujii, Y. Miyaoka and Y. Hozumi: ISOM'98 Technical Digest, Tu-F-02, 46(1998). 14) T. Shiratori, E. Fujii, Y. Miyaoka and Y. Hozumi, T. Kobayashi and M. Masuda: MORIS'99 Technical Digest, 11-D-4, 60(1999). 15) T.Kobayashi, M.Masuda and T.Shiratori: J.Magn.Soc.Japan., 25, 371-374(2001). 16) T.Kobayashi, M.Masuda and T.Shiratori: J.Magn.Soc.Japan., 25, 375-378(2001). 17) 大島敦, 小林正, 藤原裕司, 増田守男, 白鳥力:”微少マークにおける浮遊磁界シミュレーション”, 第26回日本応用磁気学会学術講演会概要集, 17pF-10, p.125(2002). 18) K. Ohta, A. Takahashi, T. Deguchi, T. Hyuga, S. Kobayashi and H. Yamaoka: Proc. SPIE 382, Optical Data Storage, USA, 1983, p. 252. 19) 田口潤, 森河剛, 松本孝治, 庄野敬二: 第27回日本応用磁気学会学術講演会概要集, 19aD-2, p.487 (2003). 20) 恒岡雅也, 稲垣明, 大島敦, 小林正, 藤原裕司, 塩見繁, 白鳥力: ”RE-TM膜における反強磁性交換結 合”, 第27回日本応用磁気学会講演概要集, 19aD-4, p.489, (2003). -40- 論文目録 1)稲垣,恒岡,大島,小林,藤原,塩見,白鳥:”反強磁性交換結合RE-TM膜におけるKerr効果”,第 27回日本応用磁気学会講演概要集,19aD-4,p.488,(2003). 2)恒岡,稲垣,大島,小林,藤原,塩見,白鳥:”RE-TM膜における反強磁性交換結合”,第27回日本 応用磁気学会講演概要集,19aD-4,p.489,(2003). 3)稲垣,恒岡,大島,小林,藤原,塩見,白鳥:”RE-TM膜における反強磁性交換結合”,日本応用磁 気学会誌. -41-