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Title 筋生理学研究のための電子顕微鏡技法 Author(s) 鈴木, 季直
\n Title Author(s) Citation 筋生理学研究のための電子顕微鏡技法 鈴木, 季直; Suzuki, Suechika Science Journal of Kanagawa University, 20(02): 305-309 Date 2009-10-20 Type Departmental Bulletin Paper Rights publisher KANAGAWA University Repository Science Journal of Kanagawa University 20(2): 305-309 (2009) ■総 説(鈴木季直研究室)■ 筋生理学研究のための電子顕微鏡技法 鈴木季直 1,2 Electron Microscope Techniques for the Research in Muscle Physiology Suechika Suzuki1,2 1 2 Department of Biological Sciences, Faculty of Science; Department of Biological Sciences, Graduate School of Science; and Research Institute of Integral Science, Kanagawa University Hiratsuka-City, Kanagawa 259-1293, Japan To whom correspondence should be addressed. E-mail: [email protected] Abstract: Since the electron microscope was developed in 1950s, various techniques to prepare biological specimens have been applied for electron microscope observation. In the research field of muscle physiology concerning the mechanism of muscle contraction and its regulation, electron microscope studies have contributed significantly. This paper summarizes the current electron microscope techniques to detect dynamic structural change and intracellular Ca2+ movement during the excitation-contraction coupling and/or the contraction-relaxation cycle in muscles. Keywords: E-C coupling, muscles, intracellular Ca2+ movement, PM-SR complex, electron microscopy はじめに 動物の特性である“動き”は主として各種の筋が収 縮することによって達成されており、筋収縮の仕組 みを明らかにすることは古くからの生物学の大きな 研究課題であった。今日では、筋収縮機構の概略は A.F. Huxley ら 1,2) によって提唱された滑り説(また はクロスブリッジ説)で説明され、S. Ebashi ら 3) の研究によりその調節に Ca2+ が重要な役割を果たし ている (Ca 説 ) ことが明らかにされている。しかし、 これらによって収縮と調節の仕組みがすべて解明さ れた訳ではなく、詳細について未解決の問題は多い。 前者については現在もなお滑り説の基本をなす諸仮 定の再検証が精力的に進められており、後者につい ては興奮伝達機構を中心とする興奮収縮連関の諸過 程の解析や筋種ごとの収縮 - 弛緩にともなう Ca2+ 動 態の研究がなされている。 20 世紀中頃に電子顕微鏡が実用化されるに至り、 極めて短期間に細胞内の微細構造が解明された。そ の時期は、筋研究分野において丁度滑り説や Ca 説 が提唱された時期とほぼ重なっており、両説の検証 に透過型電子顕微鏡は大きく寄与した。例えば、滑 り説の提唱に至る A.F. Huxley ら 1,2) の生理実験結果 の妥当性も、当時、H.E. Huxley4) により極めて明瞭 な筋節の電顕像が示されたことにより支持されたと 言えるだろう。また、調節機構に関連した興奮収縮 連関の諸過程を明らかにしていく過程で、横行小管 - 筋小胞体 (T-SR) 複合体の微細構造解析は重要な情 報を与えた 5,6)。 電子顕微鏡は電子線を線源とするので、基本的に 鏡体内は高真空に保たれねばならない。従って、観 察対象が水を含んでいることは極めて不都合であ る。一方、生体を構成する細胞の 70 ~ 80%は水で あり、観察のために生体試料から水を除くことは、 水を媒体とする生体内反応の動的観察を著しく制限 することになる。電子顕微鏡が実用化されて以来、 生物学の分野では、水処理をめぐり、観察試料づく りに大きな努力が払われてきた。1970 年代から始 められた急速凍結法は、生体に瞬間的な物理的固定 を施すことにより、連続する変化を一瞬一瞬で切取 ることを可能にした。急速凍結法とそれに続く様々 な凍結技法(図 1 参照)の開発と発展により、近年 では、電子顕微鏡は単なる微細構造観察の装置では なく、生体機能の動的研究装置としても活用される ようになった。本稿では、20 世紀後半からの筋生 理学研究、特に収縮機構と収縮調節機構研究に種々 の透過型電子顕微鏡技法がどのように用いられたか を概説し、今後の筋生理学研究、生物学研究、自然 ©Research Institute for Integrated Science, Kanagawa University 306 Science Journal of Kanagawa University Vol. 20(2) 無固定試料の観察(図 1、右側)は特殊に開発さ れた電子顕微鏡を用いることで可能になるが、水に より電子は散乱され、分解能も極端に低下すること から生物試料への応用は現実的ではない。それとは 別に、単離蛋白質、ウイルス、細菌を無固定で見る 方法として電子顕微鏡開発初期から用いられている ネガティブ染色法があり、これは現在でもなお有効 な技法である。 2.筋線維微細構造観察 図 1. 種々の電子顕微鏡用試料作製法と観察法 . TEM:透 過型電子顕微鏡.SEM: 走査型電子顕微鏡 . Cryo EM: クライ オ電子顕微鏡.EPMA:電子プローブマイクロアナリシス(分 析電子顕微鏡による X- 線マイクロアナリシス) . 科学研究に寄与できる電子顕微鏡技法の可能性につ いて考察する。 1.電子顕微鏡技法の概略 図 1 は、電子顕微鏡観察のための生物試料作製過程 と最終的にその試料を観察する電子顕微鏡の種類と の関係を示したものである。現在最も一般的な電子 顕微鏡観察法は図 1 左側に示されている化学固定で 始まる超薄切片観察法である。この方法では、最終 的に生体内の水が占める部分はすべて Epoxy 系樹脂 で置換され、熱重合された樹脂包埋試料をウルトラ ミクロト−ムで薄切し、その超薄切片を電子顕微鏡で 観察する。この方法により 1960 年代には殆どの細 胞内微細構造が明確にされた。切片観察法は、生体 (細胞)の一平面を切り出して観察するので細胞内微 細構造の立体情報を得るには不向きである。しかし、 連続切片観察とそれに基づく三次元再構築や、ステ レオ写真観察によりかなりの立体情報は得られる。 本来、立体情報を得るには走査型電子顕微鏡が適し ているが、分解能の問題等により、筋生理学研究で 走査型電子顕微鏡が使われた例は殆どない。切断面 下の三次元情報を得るための透過型電子顕微鏡法と して最も有効なのは後に述べるフリーズエッチング レプリカ法である。 急速凍結法(図 1、中央)は、生体内の水を細胞 内構造にダメージを与えることのない超微小氷晶へ と一気に変化させ、生理状態を停止(固定)する方 法で、今日では生体機能観察に欠かせない技法であ る。方法の詳細については別に著した小論文を参照 されたい 7, 8)。凍結置換の最終作業は超薄切片法と同 じであるが、凍結超薄切片と凍結割断はそれぞれ動 的元素分析法とレプリカ観察法に必要不可欠な前処 理過程となっている。 超薄切片法のみに限らず種々の技法を用いて様々な 生物の細胞内微細構造を観察しても、現在では新た に見出すことができるのは、その殆どが実験的に制 禦された動的変化の結果であり、新しい構造を発見 できる機会は極めて稀である。しかし、新種の生物 の組織観察や、既知の生物でも特定の組織・器官の 精密な走査観察によっては新しい構造の発見もあり うる。 筋の興奮収縮連関の前段階では、細胞膜である 形 質 膜(PM: plasma membrnae) の 興 奮 が 細 胞 内 Ca2+ 貯蔵構造の筋小胞体(SR: sarcoplaqsmic reticulum)に伝達される重要な過程があり、筋に は、必ず形質膜と筋小胞体が接合部を形成する形質 膜 - 筋小胞体(PM-SR)複合体が形成されている。 骨格筋では SR は形質膜の陥入構造である横行小管 (T 管: transverse tubule)と接合部を形成し、SR はその基本単位構造が常に筋節を取り囲むように配 置されるので T 管の両側に対となる SR の終末槽が 配置される。こうして、PM-SR 複合体は 1 本の T 管と 2 個の SR からなるので三つ組(triad)と呼 図 2. カサゴウキブクロ筋に見られる T-SR 複合体の 種 類 10,11). A. Z 型 triad. B. AI 型 triad. C. Pentad. D. Heptad. Scale: 0.5mm. 鈴木季直 : 筋生理学研究のための電子顕微鏡技法 307 ばれる 6)。1990 年代には、種々の骨格筋(横紋筋) では、T 管が筋節の Z 帯レベルにあるもの(Z 型 triad: 図 2A)と A 帯と I 帯の境界領域にあるもの (AI 型 triad; 図 2B)との二種類の triad が認めら れており、しかも、筋種によって含まれる型は決ま っていると考えられていた。当時、凍結切片 - 元素 分析法により収縮 - 弛緩に伴う骨格筋細胞内 Ca2+ 動態を研究し始めていた著者は、筋原線維の横紋が 横方向によく揃っている硬骨魚カサゴのウキブクロ 筋を研究対象とし、超薄切片法による基本的な構造 観察を行なっていた。この段階で、ウキブクロ筋の 特定領域では、2 種の triad のみならず、pentad(図 C)や後に論文発表時に heptad(図 D)と名付け た T-SR 複合体が一本の筋線維内に同時に含まれて おり、それらの筋線維内分布は規則的であることが 明らかにされた 10)。これは、現在では極く一般的 な樹脂包埋 - 超薄切片観察法でも緻密な精査により 全く新しい構造や事実を見出すことができるという 実例である。 殆どの平滑筋の筋線維直径は小さく、一般に、T 管は見られないが、軟体動物タツナミガイの体壁筋 では形質膜の陥入構造(T 管様構造)が観察されて いる 12-14)。この筋の SR は、主に形質膜直下に局在 して dyad を形成しているが、T 管様構造膜とで形 成される PM-SR 複合体は時に triad 様に見えること がある。著者らは連続切片を観察し、三次元再構築 を試み、この接合部には骨格筋と同等の foot(RyR: ryanodine receptor)が局在することを確認した 14)。 滑り説を基本にしたクロスブリッジ説は筋フィ ラメントを剛体と仮定することにより成立してい る。研究の詳細は省略するが、著者は、超薄切片 法でこの問題に取り組み、筋フィラメントがかな り軟らかいことを示した 15)。一方、骨格筋におい て筋節は力発生の最小単位構造として重要である ことが認識されている。一般に、標準的な筋節長 は 2.2 ~ 2.3 mm とされているが、ある種の甲殻類 図 3. 筋収縮機構とその調節機構研究のための電子顕微鏡技法を示す概念図. A. 骨格筋の興奮収縮連関の諸過程.文献 16 から改図.B. 平滑筋の興奮収縮連関の諸過程 . 文献 16 から改図. C. 平滑筋形質膜接合部を構成する蛋白質粒子.フリー ズレプリカ像 . 文献 13 から引用. D. 平滑筋小陥凹のフリーズレプリカ像.E,F. ジヒドロピリジン受容体 (DHPR) とリア ノジン受容体 (RyR) の活性化に伴なう SR 終末槽からの Ca2+ 放出 . 文献 9 から引用.G. 細いフィラメント上のアクチン活 性化過程.H. カエル骨格筋のクロスブリッジを示すフリーズエッチングレプリカ像.文献 17 から引用. I. ミオシン分子 の LARS 像. J. 軟体動物平滑筋の Ca2+ 結合蛋白質の LARS 像. 308 Science Journal of Kanagawa University Vol. 20(2) は異常に長い筋節長の骨格筋を持つことが知られ ている。これらの筋の筋節長が長いことの理由は 目下不明であり、これを明らかにするためには、 超薄切片法法を始めとする種々の電子顕微鏡技法 によりこれらの筋の微細構造に関する知見を得る ことが重要である。 3.収縮要素の動的変化の検出 滑り説を成立させているクロスブリッジ説は、活性 化されたミオシン分子とアクチン分子の相互作用に よってもたらされる分子運動であるとされている。 A.F. Huxley ら 2) に よ れ ば、 こ の 時、 ミ オ シ ン 分 子の頭部は細いフィラメント上で角度変化を生じ、 ATP による解離にともない首振り運動が生ずると説 明されている。この状況を検証することは難しいが、 最も有効な電子顕微鏡技法はフリーズエッチングレ プリカ法であった。この方法では、図 3H に示され るように、太いフィラメント上のミオシン分子や細 いフィラメントを構成する主要成分のアクチンモノ マーも確実に観察できる。収縮 - 弛緩サイクルの特 定の時期に筋を急速凍結し、それぞれの生理状態に おけるミオシン頭部の角度測定を行なうことで電子 顕微鏡的にミオシン頭部の動きを検出でき、ミオシ ン頭部内に屈曲点のあることが明らかにされた 16)。 筋節を構成する蛋白質はミオシンとアクチンのみ ではない。コネクチンやネブリンなどのフィラメン ト状で分布する巨大蛋白質の他に、20 種以上の蛋 白質が筋節の構築に関与していることが知られてい る 16)。フリーズエッチングレプリカ法は、これらの 蛋白質の役割を研究していく上で今後も不可欠な電 子顕微鏡技法である。 4.興奮収縮連関と細胞内 Ca2+ 動態 従来、細胞内のイオン動態を調べる有効な方法は細 胞化学法であった。特に筋収縮 - 弛緩サイクルに伴 う細胞内 Ca2+ 動態の検出にはピロアンチモン酸法 が有効であり、著者も骨格筋や平滑筋で細胞内 Ca2+ 動態について多くの結果を報告している 18,19)。一方、 凍結切片 - 元素分析法 20) はこの課題を研究するため のより有効な技法であり、定量的に行なうことで精 度の高い動態検出が可能となる。Ca2+ 以外のイオン 動態検出も同時に行えることから、今後は機能研究 全般に適用されるだろう。 5.蛋白質の分子観察 前述したように、蛋白質などの高分子観察の最も簡 単な古典的方法はネガティブ染色法である。この 方法をさらに進歩させた方法が低角度回転蒸着法 (LARS: low angle rotary shadouwing) で、分子散布 にスプレー法を併用して蒸着膜を作製すると殆どの 蛋白質分子が直接観察できる(図 3I, J) 。蛋白質な どの細胞内局在の研究に有効な技法には免疫電子顕 微鏡法がある。検出対象に対する抗体の準備は必須 事項であるが、方法は確立されており、今後の細胞 機能研究に欠かすことのできない技法である。 おわりに 解説した電子顕微鏡技法は全て 21 世紀後半に向か うこれからの筋生理学研究に有効なものである。し かし、技法が有用であればある程それを修得するこ とは容易でない。電子顕微鏡を用い、筋研究を進め たい人には、粘り強い技法修得に努力されることを 望みたい。 文献 1) Huxley AF (1957) Muscle structure and theories of contraction. 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