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日心第70回大会(2006) ワーキングメモリスパン課題における処理と貯蔵の切り替えの効果 ○井関龍太・菊地正 (筑波大学人間総合科学研究科) Key Words:ワーキングメモリ,スパン課題,切り替え 処理と貯蔵の同時遂行を求めるタイプのスパン課題は,ワーキン グメモリ(以下,WM)及び高次認知機能の優れた指標となること が知られてきた(Daneman & Merikle, 1996) 。近年では,こうし た同時遂行型のスパン課題の遂行中には,トレードオフが生じると いうよりは,処理と貯蔵がある程度独立に進行することが指摘され ている(e.g., Barrouillet et al., 2004; Saito & Miyake, 2004; Towse et al., 1998, 2000) 。このことからすると,同時遂行型のスパン課題 では,処理と貯蔵という下位過程を頻繁に切り替える必要があるだ ろう。このような,二重課題を遂行したり,異なる過程からの干渉 を制御する過程は,WM の実行機能に属すると考えられる (Baddeley, 1996; Engle, 2002) 。しかし,実行機能は遂行に作用す るものの, 高次認知機能の個人差の源となるメカニズム, すなわち, 容量限界のあるメカニズムとは独立であることも可能である (Baddeley, 2001a, b; Cowan, 2001) 。 本研究では,WM スパンと実行機能の関係性を明らかにするため, 同時遂行型スパン課題における処理と貯蔵の切り替えに注目する。 WM スパンが実行機能の個人差に依存するなら,2つの過程の切り 替えは容量を圧迫し,ターゲット項目の貯蔵を難しくし,高次認知 機能の予測力を増すだろう。一方,WM スパンと実行機能が独立で あるとすれば,切り替えによる効果はスパン得点を変化させること はあっても,高次認知機能の予測力を高めないだろう。 【実験1】 処理と貯蔵を独立に操作するため,変形版の文スパン課題を用い た(Shah & Miyake, 1996,実験2) 。単語と文が交互に現れる交 互条件(切り替えが多い)と単語と文をそれぞれ連続して提示する 連続条件(切り替えが少ない)を設けた(Table 1 を参照) 。 方法 実験参加者:18 名の大学生。 材料:84 の文−単語対。文は真または偽のカテゴリー言明であった ( “ライオンは果物である”など) 。単語はすべて漢字二字熟語であ った( “登山”など) 。交互条件では,単語と文を交互に提示し,連 続条件では,セット内のすべての単語を提示し終えてから文を提示 した。両条件ともに,2∼5文セットを作成した。 また,高次認知機能の指標を得るため,MK 式読解力テスト(近 藤ら, 2003, 心研, 73, 480-487.)を用いた。 要因計画:2水準(交互・連続)の被験者内計画。 手続き:コンピュータ画面上に刺激系列を提示した。実験参加者に は,単語が提示されたらおぼえて,文が提示されたら真偽判断を行 うように教示した。単語は提示から 800 ms 経過すると次の刺激に 切り替わった。文はキー押しによる回答がなされるか,3,000 ms 経過するまで提示した。セット内のすべての刺激を提示し終わった ら,単語を系列再生することを求めた。交互条件と連続条件,2∼ 5文セットはランダム順に提示した。スパン課題終了後,読解力テ ストを実施した。 結果 再生率:スパン課題における再生率を条件間で比較したところ,有 。交互条件が連続条件よ 意な差が認められた(t(17) = 2.13, p < .05) りも再生率が高く(58.6 vs. 52.2%) ,切り替えの回数が多いことは, 単語の保持を高めることが示された。 読解力テストとの相関:各条件の再生率と MK 式読解力テストの得 ,連続 点との相関係数を算出した。交互条件では r = .36(p > .13) 条件では r = .50(p < .05)の相関が認められた。切り替えの少ない 連続条件の再生率のみが読解力との相関が有意であった。 【実験2】 実験1の連続条件では,真偽判断は常にすべての単語をおぼえた 後でのみ始まった。このことは,連続条件において負荷を高め,再 生率を低下させ,相関を高くしたかもしれない。実験2では,各文 を処理する時点で符号化している単語数を等しくした上で切り替え の効果を検討するため, “文−単語−単語”という系列を繰り返す (Table 2 を参照) 。この系列において1番目の単語(先行項目)は 文処理から単語貯蔵への切り替えの影響を直接的に被るのに対して, 2番目の単語(後続項目)では切り替えの影響が少ないと考えられ る。そこで,これらの語の再生率及び読解力との相関を比較する。 方法 実験参加者:実験1に参加したのとは別の 18 名の大学生。 材料:54 の文−単語−単語の3つ組。各文の後に2つの単語を続け た。2∼4文セットを作成した。他は,実験1と同じ。 要因計画:2水準(先行項目・後続項目)の被験者内計画。 手続き:刺激系列の内容が異なること以外は,実験1と同じ。 結果 再生率:2タイプの項目の再生率を比較したところ,先行項目は後 続項目よりも有意に多く再生されていた(53.3 vs. 42.2%; t(17) = 。 7.31, p < .001) 読解力テストとの相関:読解力テストとの相関は,先行項目では r ,後続項目では r = .38(p > .11)であった。 = .59(p < .01) 【全体的考察】 実験1,2ともに,切り替えの効果が大きいと考えられる条件で 再生率が高かった。一方,読解力テストとの相関は,実験1では連 続条件,実験2では先行項目で高かった。これらのことから考える と,切り替えはリハーサルや符号化の準備を行う機会を与えること によって再生を高める(Hutton & Towse, 2001) 。しかし,その再 生の増加分は WM スパンの個人差を反映するものではない。高次 認知機能は,切り替えの有無に関わらず,貯蔵要求が連続する際に 必要になる過程と関連することが示唆された。よって,WM スパン は,実行機能の中でも,少なくとも,切り替えを制御する過程とは 独立に決まると考えられる。 Table 1 実験1の試行系列の例(2文セット) 交互条件: 単語 → 文 → 単語 → 文 連続条件: 単語 → 単語 → 文 → 文 Table 2 実験2の試行系列の例(2文セット) 文 → 単語 → 単語 → 文 → 単語 → 単語 (先行) (後続) (先行) (後続) ※本研究の実施に際して,21 世紀 COE プログラム(こころを解明 する感性科学の推進)の支援を受けました。 (ISEKI Ryuta & KIKUCHI Tadashi)