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「在宅に在住重度心身障害児(者)・移動困難な高齢 者の緊急避難時の
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「在宅に在住重度心身障害児(者)
・移動困難な高齢
者の緊急避難時の介助用具の開発
」
植草学園大学
保健医療学部
松田 雅弘
研究対象年度:2012 年度前期
提出年月日:平成 25 年 8 月 29 日
1.はじめに
重度心身障害児(者)は重度な四肢・体幹の障害により介助者なくして移動能力がない.
また,変形・拘縮が強く通常は坐位保持装置付車椅子などを利用して,介助にて車椅子で
移動する.要介護 5 の臥床時間の長い高齢者もリクライニング車椅子などの車椅子を利用
しての移動手段しか利用できない.そのため車椅子などの移動道具がない場合,またはそ
の車椅子が移動できない場合に移動が困難になる.2011 年 3 月 11 日東日本大震災時,関
東近県のマンションに住む重度心身障害児(者)
・移動困難な高齢者の主たる介護者である
親または親族は,エレベーターが停止し避難困難という状況に陥った.通常はエレベータ
ーによって移動が可能であるが,エレベーターの停止により外への避難が困難になったの
である.これは重度心身障害児(者),移動困難な高齢者で顕著であり,子供は抱っこなど
により移動は可能であったが,体重増加や変形・拘縮により介助移動が困難であった.首
都圏でエレベーターによる車椅子移動しかできない在宅で生活している身体状況が低下し
ている者が多く生活している.今回の震災後,避難に困っている在宅者は多く,一般的な
避難経路である階段などの方法が利用できない.特に主介護者が女性の場合,要介護者を
長距離移動するような介護に必要な力は不足している.また,介護方法に関して知識がな
く,避難訓練などを通じて実際に体験していないのも避難困難や不安感の要因となる.
以前,共同で重度心身障害児(者)の在宅用の介助紐を開発した 1).これは主に重度心
身障害児(者)の入浴用に開発を進めてきた.利点としては抱きかかえると両手がふさが
れるが,介助紐を利用することで片手が自由となり,入浴などの滑りやすい床で,安心し
て移動することが可能となる.しかし,震災後に緊急避難用への問い合わせが多く,避難
時に困っている家族の多さを感じていた.入浴用の介助紐に関しては報告 1)した通りに,
入浴には適切な介助紐を開発できたが,避難用として十分な機能を要していない.紐の強
度,介助者の負担,要介護者が重度心身障害児(者)に適応可能かなど多くの問題点を抱
えている.そのため,介助紐の安全性を確保して,より介護者の負担を少ない方法,素材,
物品の開発を行いたいと考えている.また,この介助を要する方の多くは関節に制限があ
るため,おんぶされる姿勢をとれないため,仰向けになった状態からの抱き上げ動作とな
る.そのときに必要な介助紐の開発が必要だと感じていた.
今回,1 人の介助で救出可能な介助紐を開発することで,今後発生する可能性のある災
害に備えることが可能となると考えられる.その介助紐の安全性を確認し,安全に使用可
能なことを確認する.完成後,重度心身障害児(者)施設,介護老人保健施設にて参加者
を募り,被験者の意見を踏まえ緊急避難用の介助紐を完成することを目的とする.また,
実際に負担が少なく安全であるかの実証実験をすることで,介助紐でより抱きやすくする
ように工夫をしていくことで,より安全な介助紐を開発する.
2.開発への工夫点
今回開発するにあたり,介助紐の工夫点について述べる.図 1~3 に示すような完成品
を作製した.横抱きでは腕にかかる負担が大きく,腕の筋の特性として筋は細く,筋疲労
に弱い.そのため,持ち上げ動作などでは,体幹筋の有効な活動が必要となる.しかし,
介護施設などでも介護動作時に体幹筋を有効に活動できなく,腰痛発生が多いのが現状で
ある 2).そこで,今回,体幹筋による持ち上げ動作を容易にして,腰痛を引き起こさない
ように体幹筋を有効に使用できるような工夫をしている.まず,腰部ベルトは腰痛ベルト
と同様に,幅をもたせ腹圧をかけやすくするように内部ベルトの取り付け,ベルトの締め
方,位置,腰部に縦棒を挿入するなど工夫した(図 1)
.また,背部の胸椎と腰椎の境の交
叉する部分にはポリカーボネイト(2 ㎜)を入れて,そこを支点として持ち上げ動作が可
能なように工夫をした(図 1)
.体幹で被介助者の体重を支えるために脱着式の紐を肩と腰
の部分でバックル装着できるようにした(図 2)
.図 3 にあるように計 4 本のバックルで接
続する.被介助者の頭部側 2 本と,下肢側 2 本で,介助者側の肩または腰の部分で接続し
ていくことで,力の分散を行う.また,肩にかかる負担を減らすため,クッション材を入
れることと滑りにくい素材を肩パットに入れた(図 2)
.
被介助者を包む布は以前作製した入浴用の介助紐と同様の素材で作製した.少し形状を
台形に整え,被介助者を包みやすくするように工夫をした(図 3).また,介助者と被介助
者が近づくことで介助の負担が軽減するが,紐の部分に調整する機能をつけて,介助時に
調整することで被介助者を引き付けやすくできるように工夫をした.
最終機としては胸ベルトの調整が可能になることで身長に合わせて,ベストの長さを調
整可能にでき,介助者に合わせられるようになった(図 1)
.
図 1 腰ベルトの工夫と背部,長さ調整の工夫
図 2-1 前面像:ベルトを締めた図
図 2-2 背面像
図 3 被介助者を包む布
3.対象と方法
実験 1 健常大学生にて安全性と腕・腰にかかる負担の比較実験とアンケート
3-1.実験 1 の対象
対象は試作機(1 号,2号)とも健常女子大学生 12 名とし,1 号機の対象者(平均年齢
21 歳:21-21 歳)
,2 号機の対象者(平均年齢 21.42 歳:21-22 歳)とし,研究の説明を行
い文面で同意を得ている.1 号機の介助者の平均身長 157.7±7.8 ㎝,平均体重 56.7±8.7
㎏,被介助者の平均身長 157.2±3.9 ㎝と平均体重 50.3±4.6 ㎏は,2 号機の介助者の平均
身長 160.8±3.4 ㎝,平均体重 57.5±3.1 ㎏,被介助者の平均身長 163.3±5.3 ㎝と平均体
重 53.8 ㎏とした.
3-2.実験 1 の方法
ベッドの高さ 50 ㎝から介助者の右上肢が被介助者の頭部,介助者の左上肢が被介助者
の両下肢を抱えるようにした横抱きで抱き上げる動作(図 4)と,同様の動作で今回開発
した介助紐を利用した横抱きで抱き上げる動作(図 5)を実施した.
抱き上げる動作時に表面筋電図測定装置(Telemaio 2400 ; Noraxon 社製)を利用して
筋活動データを収集した.被検筋は右上肢の三角筋前部線維,上腕二頭筋,腕橈骨筋,体
幹筋である右広背筋,右脊柱起立筋上部・下部,左上肢の上腕二頭筋,腕橈骨筋の 8 筋と
した.筋活動の測定は,表面筋電図測定装置を用い,サンプリング周波数 1500Hz として
行った.得られた筋電波形は A/D 変換してパーソナルコンピューターに取り込み,全波整
流を行い,積分筋電図(μV・sec)として算出した.皮膚処理剤およびアルコール綿にて
処理を行ったのち,電極中心距離 2cm として Blue sensor M-00-S(Ambu 社製)を筋線維の
走行に沿って貼付した.電極貼付位置は,三角筋前部線維は上腕の上方および前方で肩峰の
約 2~3 ㎝下方,筋線維の走行に沿ってやや外側傾斜をつけて設置し,上腕二頭筋は上腕
の前面で筋腹中央に筋線維に沿って設置し,腕橈骨筋は上腕骨外側上顆と約 4 ㎝遠位で筋
腹上に筋線維の走行に沿って設置し,広背筋は肩甲骨下角の下方約 4 ㎝で,脊柱と体幹外
側縁の中央あたりの筋腹に約 25°の傾斜を持って設置し,脊柱起立筋は棘突起の外側およ
そ 2~3 ㎝の筋腹で線維走行に沿って胸部(上部)は胸椎 12 番目,腰部(下部)は腰椎 5
番目に沿って設置した.
試作機 2 号機では,最初の抱き上げ動作前に各筋の積分値を最大等尺性収縮 5 秒間の波
形 が 安 定 し た 1 秒 間 の 積 分 値 を 基 準 に 正 規 化 し た ( % MVC: Maximum
voluntary
contraction).最大等尺性収縮の測定には Daniels and Worthingham の徒手筋力検査法の肢
位を用いた 3).
横抱きで抱き上げる際,殿部離床までを 1 相,殿部離床後を 2 相とし,各相の筋活動
を 1 号機は平均活動量(uV)で,2 号機は最大筋力で正規化した%MVC で算出した.
また,実験 2 で実施するアンケートに関しても実験後に,介助者・被介助者ともに記
載してもらった.アンケート内容に関しては,表 1 に示す.
統計処理には統計ソフトである SPSS ver21.0(Windows)を利用して,介助紐を使用と
不使用で,2 号機は平均%MVC の変化を,対応のある t 検定を用いて有意水準 5%未満
で検討した.1 号機は平均活動量を介助紐の有無で,(介助紐あり/介助紐なし)で活動
量を比較した.また,アンケートに関しては記述統計で,表にてまとめた.
図4
介助紐を利用しない横抱き(実験 1)
図5
表1
介助紐を利用した横抱き(実験 1)
介助紐の使用アンケート内容
アンケート内容
評価段階
質問 1
介助のしやすさ(総合的判断)
5 段階評価(最大 5~最小 1)
質問 2
負担感の程度の軽減(総合的判断)
5 段階評価(最大 5~最小 1)
質問 3
負担軽減箇所
質問 4
介助紐の装着の感想
腕,握力・肩・腰・首・足で Yes/No
①装着時,②抱きかかえた瞬間,③抱えて持
ち上げるとき,④持ち上げた時,⑤長時間可能
3 段階評価(最大 3~最小 1)
になったか,⑥動けるようになったか,⑦抱き
かかえて降ろすとき
質問 5
介助紐のよい点を挙げる
自由記載
質問 6
介助紐の改善点を挙げる
自由記載
実験 2
特別老人保健施設・重度心身障害者施設における実証実験とアンケート調査
3-3.実験 2 の対象
特別老人保健施設で働く介護支援員とそこに入力する介護度 5 で移動は常に車椅子で介
助を必要とする方を対象とした.各試作機ともに介助者 6 名,被介助者 6 名(平均年齢 86.5
歳)の研究の説明を行い同意を得た者を対象とした.被介助者の平均身長 143.8±5.4 ㎝,
平均体重 36.6±5.5 ㎏であった.
重度心身障害児者施設に入所する方を対象として,
その施設で働く職員を介助者とした.
重度心身障害児者は GMFCSⅤという自力の移動は困難で,介助による車椅子移動のみの
方を対象とした.各試作機ともに介助者 6 名,被介助者 6 名(平均年齢 41.3 歳)の研究
に同意を得た者を対象とした.被介助者の身長は重度の変形(側弯など)あり測定困難で
あった.平均体重 28.7±1.9 ㎏であった.
3-4.実験 2 の方法
各施設で開発者が安全性を確認しながら,施設のベッドで臥位の状態から横抱きにて抱
き上げる動作を介助紐ありとなしで実施した.そのときにかかる負担感について介助紐あ
りとない横抱きを行ったあとで,表 1 に示す内容のアンケートを研究代表者が口頭で質問
した.実際に横抱きしている図 6 と,介助紐を利用した横抱き図 7,8 を示した.
図 6 重度心身障害者の介助紐なしでの横抱き介助
図 7 重度心身障害者の介助紐での横抱き介助
図 8 特別老人保健施設の介助紐での横抱き介助
4.結果
4-1.実験 1 の結果
表 2 に横抱き時の介助紐利用時と利用していないときの%MVC を記載した.横抱き時
を第 1 相では右上腕二頭筋に介助紐利用時に有意な活動の低下がみられた(p<0.05)
.そ
の他でも左腕橈骨筋以外のすべての筋に介助紐利用時で活動の低下がみられた(表 2)
.横
抱き時の第 2 相では右上腕二頭筋は介助紐利用時で有意に活動が低下したが,右脊柱起立
筋(腰部)では有意に活動が増大した(p<0.05)
.それ以外の筋に関して有意差はないも
のの,介助紐利用によって筋活動が低下した.試行段階での介助紐での実験(試作機 1 号)
では,介助紐を利用することで抱き上げることは可能になったが,抱き上げられたため筋
活動は増加した(表 3)
.今回数人,介助紐なしでは抱きかかえられないが,介助紐を利用
することで全ての被験者(介助者)が,被介助者を抱きかかえることが可能になった.
表 2 横抱き動作における各相の筋電波形(%MVC)
:試作機 2 号
1相
Rt.Del
Rt.Bice*
Rt.Brach
Rt.Lati
Rt.spi(u)
Rt.spi(l)
Lt.Bice
Lt.Brach
なし
22.0±10.7
58.4±29.3
42.1±20.7
15.9±9.1
50.7±44.7
27.9±23.7
23.9±22.3
42.6±30.9
あり
17.1±11.2
46.8±29.9
31.2±12.1
14.1±5.4
37.2±9.5
27.8±17.1
21.0±11.7
45.6±36.3
Lt.Bice
Lt.Brach
2相
Rt.Del
Rt.Bice
*
Rt.Brach
Rt.Lati
Rt.spi(u)
Rt.spi(l)
*
なし
18.0±10.3
66.4±26.5
57.1±26.8
29.3±17.0
66.3±70.4
40.7±33.0
38.3±30.1
72.6±54.5
あり
12.7±8.7
46.0±20.8
39.2±19.3
20.4±17.6
58.9±43.0
59.6±38.3
34.7±24.6
60.7±38.9
注 単位(%)
,n=6 (各介助者 2 回の横抱き)
Rt:右側,Lt:左側,Del:三角筋前部線維,Bice:上腕二頭筋,Brach:腕橈骨筋,Lati:
広背筋,spi(u):脊柱起立筋(上部)
,spi(l):脊柱起立筋(下部)
なし:介助紐なしでの横抱き,あり:介助紐ありでの横抱き
1 相:抱き抱えから離殿まで,2 相:離殿から横抱きで抱きかかえている状態
* p<0.05
表 3 試作機 1 号での介助紐の有無による筋活動量の比較(介助紐あり/介助紐なし)
Rt.Del
Rt.Bice
Rt.Brach
Rt.Lati
Rt.spi(u)
Rt.spi(l)
Lt.Bice
Lt.Brach
1
157.5 ±
87.6
98.4
86.2
77.3
75.4
74.3
79.0
相
48.3
44.8
49.0
11.6
27.4
38.1
56.2
49.3
2
117.9 ±
127.2 ±
138.4 ±
118.7 ±
125.0 ±
131.1 ±
163.0 ±
173.3 ±
相
15.9
26.6
26.8
16.6
24.4
20.9
29.7
35.5
±
±
±
±
±
±
注 単位(%) 介助紐あり 2 回の筋活動の平均/介助紐なし 2 回の筋活動の平均
今回の健常女子学生へのアンケートの結果を表 4 に示した.総合的な評価が 4.2 と評価
が高く,多くの介助者が抱きかかえやすくなり,腕にかかる負担や腰にかかる負担が軽減
することを述べていた.腕や腰にかかる負担が軽減したことや,抱き上げているときに負
担が軽減したことがわかった.また,抱きかかえてから安心して横抱きできることも多く
の意見をもらえた.
表 4 健常女子学生の介助者・被介助者に対するアンケート調査結果:試作機 2 号(n=6)
質問 1
質問 2
4.2
3.5
評価
質問 3
腕 2 名,握力 1 名・肩 2 名・腰 4 名・首 1 名・足 2 名
質問 4
評価
①
1.5
② 2.2
③
2.3
④
2.7
⑤ 2.5
⑥
2
⑦
2.2
注 表 1 のアンケート内容を参照,質問 3 のみ負担感の減った人数
自由記載の内容
質問
記載内容
質問 5
持ち上げられてからの負担がすくなく感じた.持ち上げるのが楽だった.長
よい点
く持ち上げてられるようになった.支持面が広いため安定感がある. 介
護者と被介護者が密着しているので,腰への負担が少ない.装着が容易.
被介護者との距離が近くなるので持ち上げやすい. 腰部への負担が少な
い.被介護者がシートにおさまっているので,腹筋や背筋をあまり使わなく
てよい.自然と被介護者との距離が近くなり,被介護者がコンパクトになっ
て持ち上げやすい.肩への負担が減り,少しの力で持ち上げられた. 被
介護者を落さない安定感がある.持ち上げやすく力が入りやすい.
持
ち上げた後安定して持っていられる.抱きかかえてから持ちやすく歩くこと
が出来る.安定感がある.装着が簡単.抱きかかえたままの移動も可能.
±
質問 6
装着がよくわからない. シートを引く手間がかかる.腰への負担があまり
改善点
変わらなかったので負担が減るといいと思います.シートを引く際に手間が
かかる.
(被介護者への負担).臀部が沈み込んでしまうのでシートの形に工
夫が必要.被介護者がシートで周りが見えない.装着がもう少し簡単になれ
ば,早く装着出来る.シートが短いので,長くするとよい.腰部への負担が
もう少しなくなれば,長時間抱きかかえていられる.布の長さが少し短いと
感じた.装着が一人では大変だと思った.被介護者を少し高さの上に乗せて
から装着しないと抱きかかえ始めるのは辛いと感じた.一人で装着するのが
大変だと思った.腕に力が入って疲れる.シートを下に敷くのが大変かなと
思った.シートがもう少し長いほうがよい.被介護者がシートで周りが見え
ない.全介助の場合,シートを敷くのに時間を要す.
4-2.実験 2 の結果
両施設での結果を下記の表 5,6 に示した.また,方法のところでも提示した図 6~8 が
実際に介助している姿勢である.総合評価はどちらの施設でも 5 段階で,4 以上と高い評
価を得た.どちらの施設でも介助紐を利用することで,抱き上げやすくなり,腕にかかる
負担が軽減することがわかった.また,長時間保持が可能になることや,移動しやすい,
介助者が布に包まれているため安心できることや,片手が自由になることで扉の開閉など
も可能になるなどの意見も寄せられた.また,抱きかかえている実感が腕で抱えているよ
り,背中全体で抱きかかえているという意見もあった.だが,まだ布の大きさや紐の位置
などに本人に合わせた調整が必要なこと,装着方法の複雑さは緊急時に理解できるだろう
かなどの意見も寄せられた.
表 5 特別老人介護施設での実証実験でのアンケート結果:試作機 2 号(n=6)
質問 1
質問 2
4.0
3.5
評価
質問 3
腕 5 名,握力 1 名・肩 0 名・腰 1 名・首 1 名・足 0 名
質問 4
評価
①
2.3
② 2.8
③
2.0
④
2.3
⑤ 2.0
⑥
2.2
⑦
1.8
注 表 1 のアンケート内容を参照,質問 3 のみ負担感の減った人数
自由記載の内容
質問 5
よい点
持ち上げるのは楽になった.装着するのが大変だが,慣れれば大丈夫だと思
う.手が離れても大丈夫.手がきくので物をどかしたりできる.密着感ある.
持ち上げてからが楽に感じた.手が使え,扉が開けられる.腕への負担が減
った.密着度があるため,安心感がある.被介助者を落とさずに済む.階段
とかで手すりを摑まることができる.
質問 6
もっとバックルの位置合わせが楽だといい.装着するのが大変である.重さ
改善点
の負担はかわらない.バックルの位置が顔にあたる.肩のあたる部分が安定
しない.紐が顔にあたりそう.緊急用なのでシーツでくるむぐらいの装着の
楽さが欲しい.
表 6 重度心身障害児者施設での実証実験でのアンケート結果:試作機 2 号(n=6)
質問 1
質問 2
4.3
4.0
評価
質問 3
腕 4 名,握力 2 名・肩 0 名・腰 3 名・首 2 名・足 3 名
質問 4
評価
①
2.2
② 2.3
③
2.5
④
2.7
⑤ 2.7
⑥
2.5
⑦
2.0
注 表 1 のアンケート内容を参照,質問 3 のみ負担感の減った人数
自由記載の内容
質問 5
持ち上げるときに負担が減る.片手が離しても,大丈夫なので手の位置をず
よい点
らしたりすることができる.手を離しても大丈夫なので,安心感がある.手
が滑らない.装着つけるのが大変だが,やり方をしっかり覚えれば問題ない.
被介助者と密着感があって,安心できる. 抱きかかえたところから負担
が減る.手が使え,扉の開閉や手すりが持てる.落とさずに介助できる.背
中で被介助者を支えており,腕の力が抜ける.
質問 6
装着方法がもっと簡単なほうがよい.シーツを引く手間と,ベストを着る手
改善点
間がかかる.常に練習していないと,いざというときに使えない.紐の部分
が顔に当たらないようにするために調整が必要.その人の大きさにあった布
がないといけない.紐の調整が,抱っこした後では難しい.
4-3.安全性の確認結果
①使用器具の安全性(メーカーが提示している規格)
・バックル:1 個あたり 850N(引張強度)
メーカー強度試験 引張強度 70 ㎏以上
材質 ポリアセタール
4 本の紐にバックルをつけており,
被介助者の体重を 4 個のバックルで支えている.
②吊り下げ試験
連続して 100 ㎏の砂嚢を 48 時間リフターにて保持しておく試験を実施した(図 9).
そのときに紐や布に損傷がないことを確認した.また,吊るした介助紐の布に急激に 50
㎏の砂嚢を載せても紐などに影響がないことを確認した.
その後引っ張り試験を実施しても下記の通りの強度を示していた.
図 9 荷重試験
③引張試験
バックルを含む結合部位(図 10)を垂直方向への強度:744.87N
バックルなしの紐の部位(図 11)を垂直方向への強度:1002.6N(限界 1000N)
被介助者の下に敷く布と紐(図 12)の垂直方向への強度:1000.3N(限界 1000N)
紐(図 13)の垂直方向への強度:3528.98N
被介助者の下に敷く布(図 14)の垂直方向への強度:1532.19N
図 10 バックル含む引張試験 図 11 バックルなし引張試験 図 12 布と紐の同時引張試
験
図 13 紐の引張試験
図 14 布の引張試験
5.考察
今回の介助紐を開発するにあたり,介助負担感,特に腕へかかる負担感を軽減すること
で,長い時間横抱きを行えるようなデザインにする必要性があった.それは,腕の筋肉は
細く,長時間にわたって筋出力を発揮することが困難である.そのため一瞬は抱き上げら
れたとしても,外まで避難することは困難である.そこで,腕ではなく大きな筋と疲労し
にくい筋が存在する体幹筋に負担をかけることで,腕にかかる負担を軽減し,腕で持ち上
げることを避け,体全体で支えることが可能となると考えられる.腰椎は矢状面上の動き
が大きいので,腰椎になるべく当たらず,胸椎部にポリカーボネイトを利用して支持部を
作成した(図 1)
.また,腰部は骨支持が脊柱しかなく,そのため支持不能となると,腰痛
の原因となり,体幹筋の協調的な働きが必要であるとされている.そのため,介護施設で
も腰痛ベルトなどが多用されているが,これは腹部の圧力を高めるために利用され,ヒト
の腹横筋などの腹部の筋の補助として利用されている.腹部の安定性を高めることは,腹
圧を高め脊柱を保護するだけではなく,動作の安定性を高め 4),その他の部位にかかる負
担を減らす効果があると考えられる.そのため,今回腹部に適度な圧力がかかるように,
腹部のベルトの幅を厚くし,圧力がかかりやすくするように内ベルトの作製などの工夫を
した(図 1)
.また,肩にかかる負担を軽減するために,クッション剤をいれて負担を減ら
し,ヒトの重さがかかっても十分支えられるように考えた(図 1~3)
.これは,アンケー
ト結果(表 4~6)からも腕の負担の軽減や,体幹で支えている感覚の意見があり,十分製
作者の意図が達成できたものと考えられる.また,腹部への圧力は筋発揮しやすくなり,
介助できなかった学生も介助できるようになったものと考えられる.また,密着感の増加
により,より介助者が近くによることで運動力学的にも介助者へかかるモーメントの減少
と,被介助者が近いことからの安心感が得られたことも負担感が軽減した要因だと考えら
れる.
今回,実際の患者・利用者の実験前に健常女性大学生の協力のもと予備実験を行い,負
担感や筋活動を計測した(実験 1)
.女性を選んだ理由は,介助者の多くは女性であり,男
性と比較して女性の筋力は劣ることから,女性でも持ち上げられる必要があると考えられ
た.また,介助者は移動困難者を想定しており,比較的体重が軽い(50 ㎏程度)のため,
女性被介助者の被験者で実施した.今回の筋活動の結果より,介助紐を使用しないときは
上腕と前腕の筋の活動が有意に大きく,予想通り腕にかかる負担が大きかった.反対に介
助紐を利用することで,腕にかかる負担は有意に低下し,体幹筋の活動が特に腰部で増大
している.これは腕の筋ではなく,体幹の伸展筋である脊柱起立筋の活動を利用して抱き
上げる活動への変化を表しているものと考えられる.そのため,腕にかかる負担感は減少
したというアンケート結果(表 4)からも,腕に負担がかからない分,楽に介助すること
が可能になったものと考えられる.また,アンケートから足にかかる負担も軽減すること
や,反対に腰部に負担はかかるなどの意見もあり,腰部へは体幹で被介助者を支えるため
に負担は増えるが,その他の部位に関しては負担が軽減することで長時間横抱きをするこ
とが可能になると考えられる.
施設での実証実験(実験 2)では,介助紐の利用によって腕の負担の軽減や,下肢の負
担の軽減がみられ,介助しやすいことがわかった(表 5,6)
.これは健常者での実験でも
同様の結果となり,腕の負担が少なく被介助者を介助しやすくなったものと考えられる.
また,被介助者の両下肢の膝下に入れた上肢を離せることで介助者が手すりを使用できた
り,扉を開閉することが可能になると考えられる.常に介助をしている経験者でも横抱き
は腰や腕に負担がかかる動作である.その経験者が,腰の負担の軽減と腕の負担が軽減す
ることは,介護のしやすくなったことが考えられる.また,腰への負担の軽減は介助する
人の身体的・精神的な負担を軽減することへとつながるものと考えられる.
今後さらに改善を必要とする点としては,ベストの装着は簡易的に可能であるが,被介
助者を載せた状態から,ベストへの装着に関して手間がかかる点がアンケートの結果から
考えられる.また,シートを敷くことや被介助者を近くに引き付けるときに手間がかかる
ことが挙げられた.これは,工夫を凝らしたが,今後さらに介助者に近づくための手段を
考える必要性があると考えられる.被介助者を近くに寄せなくては介助できないため,介
助者は必然的に被介助者を近づけなくてはいけないため介助が運動力学的に理想的な形に
つながることも介助しやすくなる要因だと考えられる.また,シートにくるまれている安
心感,片手を離すことが可能になる安心感により,介助に心理的な余裕ができることも介
助しやあすくなる要因の 1 つであることがわかった.
首都圏のマンション在住でなくても,戸建ての 2 階や避難に困っている在宅在住の移動
困難者は多く存在する.地域連携による避難方法の確立も重要であるが,近くにいる家族
により介助が可能であれば,危険な状況を少しでも回避可能だと考えられる.また,今回
の研究を実施して介助方法のアンケートにより災害時の対策の見直しにも効果があると考
えられる.災害時への対応に関しては日頃の意識づけが重要であることが挙げられており,
意識変革も副次的な効果として挙げられる.この介助紐が広がることにより,介助方法の
指導より,より在宅に意識した医療・福祉サービスを提供することが可能になると考えら
れる.
この研究は公益財団法人
在宅医療助成勇美記念財団の助成を受け研究を実施した.ま
た,多くの施設の職員,利用者・大学生の協力のもと研究が実施でき,深謝致します.
6.文献
1)松田雅弘,加藤貴子・他:
「介護スリング」を開発し,その後の生活環境への応用につ
いて.第 3 回日本理学療法士協会生活支援系研究会.2011,会議録
2)峯松 亮:介護職者の腰痛事情.日本職業・災害医学会会誌, 2004 ; 52(3) : 166-169
3)Daniels and Worthingha.
新・徒手筋力検査法 第 w7版.津山直一,中村耕三
監訳.
協同医書出版.2008;30-203
4)松田雅弘,塩田琴美・他.健常成人の背部筋疲労が重心動揺に及ぼす影響について.
理学療法の科学と研究.2011;2;27-30
7.感想
今回,以前作製した介助スリングを参考に要望が多かった避難用の介助紐の開発を行っ
た.介助者への腕への負担軽減を赤ちゃん用の抱っこ紐を参考に,また理学療法士として
得意な運動力学的な考察を踏まえて作製した.しかし,使いやすさなど十分な検討を行っ
たが,まだ改良の余地があったことと(脱着)
,在宅への汎用まで研究できず,施設などで
の使用での研究となり,
今後,
さらに在宅在住者で研究を進めていく必要性を感じている.
また,現場で働く介護福祉士の声を聞くなかで,今回の介助紐が非常時に役立つとされる
意見や,時間のない非常時はシーツにくるんでも逃げる必要性があるなど,介助紐の意見
や今後の震災対策の方向性も重要な点だと感じた.今回,重度の障害者を介助者 1 人でも
一定の介助で移動ができることが確認できたことはよかったが,もう少し研究に時間を必
要とした.
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