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573KB - 神戸製鋼所
■特集:インフラ系~安全・安心を求めて~ FEATURE : Infrastructure systems - In pursuit of safety and security (解説)
インフラ鋼材の耐食性評価解析技術
Advanced Techniques for Analyzing Corrosion Resistance of Steels for
Infrastructure
中山武典*1(工博)
Dr. Takenori NAKAYAMA
This paper reviews methods for quantitatively measuring the composition of steel rust by X-ray
diffraction using internal standards. Also introduced is a method for evaluating the size of rust particles
on the basis of molecular adsorption. Experiments with artificially synthesized rust described here
suggest new approaches to improve the corrosion resistance of steels. The atmospheric corrosion
phenomena of steels used for infrastructures have been analyzed using the ultra-bright synchrotron
radiation generated by SPring-8 and the neutron beam generated by a compact neutron source by
RIKEN.
まえがき=近年,インフラ鋼構造物においては,ライフ
部標準物質”とよばれる一定量の既知物質を混合添加し,
サイクルコスト低減や長寿命化が要求されており,耐候
同物質と個々のさび成分の回折線の強度比を求め,それ
性鋼材に代表される耐食性を高めた鋼材が重要度を増し
を両者の(あらかじめ作成しておいた)検量線に照合す
1)
つつある 。鋼材の耐食性は,生成さびの構造や性質に
ることで定量化が可能であるが,これまで本手法につい
大きく支配されることから,当社ではかねてより,耐食
て詳しく述べた報告はなかった。そこで,当社では,
性改善の一手段として独自の生成さび制御技術を構築し
(株)コベルコ科研と共同で,内部標準物質やさび試料の
てきており,塩化物耐食性を高めた橋梁用ニッケル系高
調整方法、XRD計測条件,データ解析方法などについ
耐候性鋼板や塗装用鋼板など,特長あるインフラ用耐食
て基礎検討を行い,とくに内部標準物質としてZnOを用
鋼材を開発実用化している 2 )。並行して,学官との共同
いることを特徴とするさび定量XRD法を開発した 3 )。
研究や学協会活動などを通して,X線回折法,分子吸着
ZnOが好ましいのは,従来用いられてきたCaF2などに
法,高輝度放射光などによるさび評価や人工合成さび実
比べて,粒径が細かく,かつ均一であり,さび試料との
験によるアプローチ,中性子線による鋼材内部腐食の可
混合性に優れるためである。図 1 に実験手順の概略を示
視化など,インフラ鋼材の腐食防食研究を側面から支え
す。本定量法は,さらに,
(社)腐食防食協会(現在、
(公
る独自の新たな評価解析技術についても取り組んでお
社)腐食防食学会)のさびサイエンス研究会の活動を通
り,耐食性発現機構の裏付けや材料開発の指針に役立て
して,ラウンドロビンテストでの精度の検証や利用技術
ている。以下に,これら技術の概要と応用例を紹介する。
1 . 耐候性鋼材のさび評価技術
1. 1 内部標準X線回折法によるさび成分の定量分析
耐候性鋼材は,俗に“さびでさびを防ぐ”鋼材といわ
れるように,添加元素の効果によって,大気中において
緻密な保護性さび層が形成され,優れた大気耐食性を発
現すると考えられている。よって,その耐食性機能を理
解するためには,さび層がどのような物質で構成されて
いるかを知ることが第一歩である。鋼材の生成さびは,
α-FeOOH,β-FeOOH,γ-FeOOH,Fe3O4などの結晶性
成分とX線的非晶質成分から構成されるといわれてお
り, こ れ ら を 判 別 す る 分 析 方 法 と し て,X線 回 折 法
(X-ray Diffraction,以下XRDという)が一般に用いら
れている。XRD法では,分析対象とするさび試料に“内
*1
2
図 1 さび定量X線回折法の実験手順
Fig. 1 Experimental procedure of quantitative analysis by XRD of
rust composition
技術開発本部 材料研究所
KOBE STEEL ENGINEERING REPORTS/Vol. 65 No. 1(Apr. 2015)
いう)の測定を行っており,SAが耐候性鋼材の耐食性
評価指標になることを見出している。
一例として,複合サイクル腐食試験(CCT)で得ら
れた各種耐候性鋼材さびのSAと耐食性(板厚減少量)
の関係をプロットした結果を図 3 に示す 6 )。板厚減少量
の減少とともに,SAが増大しており,さび粒子の微細
化に伴ってさびが緻密化し耐食性が向上することが示さ
れている。さらに,SA変化の度合いは,窒素よりも水
分子が大きく,水分子吸着がより敏感にさびの緻密性を
評価できることも示唆される。
2 . 人工合成さび実験によるアプローチ
鋼材のさび層を緻密化して耐食性を向上させる合金元
図 2 加古川製鉄所岸壁にて 1 年暴露した各種鋼材の板厚減少率
とβ-FeOOHさび分率の関係
Fig. 2 Relationship between thickness loss and β-FeOOH rust fraction
of various steels exposed at Kakogawa work's quay for 1
years
素として,Cr,Cu,Ni,Ti などが知られているが,上
述のように,さび層は,個々のさび成分の粒子が集合し
たものであるとともに,塩化物イオンや溶存酸素,pH
などの環境因子も関与する。このため,実条件における
鋼材のさび生成は,諸因子が絡み合って複雑であり,い
ずれの合金元素がいずれのさび成分に作用して,さびを
緻密化するのが不明であった。しかしながら,抜本的に
耐食性改善をはかるためには,環境因子とも関連させ
て,個々のさび成分の生成と構造に及ぼす合金元素の影
響を一つ一つ明らかにすることが必要である。これを実
現するための新たなアプローチとして,当社では,大阪
教育大学及び島根大学と共同で,人工合成さび実験に取
り組んでおり,所望の環境条件において,所望のさび成
分を,所望の合金元素存在下で,人工的に合成する技術
図 3 複合サイクル腐食試験で得られた各種鋼材さびの比表面積
(SA)と板厚減少量との関係
Fig. 3 Plots of specific surface area(SA)of the steel rusts formed
by cyclic corrosion test against the decrease in thickness
を構築し,さび層構成成分に及ぼす合金元素や環境因子
の作用を体系化しつつある。
一例として,代表的なさび生成条件下で,各々のさび
成分の結晶性と粒子サイズに及ぼす代表的な金属イオン
の影響を調べた結果を表 1 に示す 7 )。これより,Cu
(Ⅱ)
の向上がはかられ,業界標準法として定着している 4 )。
は,β-FeOOH以外のさび成分の緻密化に寄与すること
本定量法の利用例として,各種鋼材の塩化物環境中で
がわかる。Cr( Ⅲ)は,α-FeOOH,β-FeOOHへの影響
の板厚減少量(耐食性)とさび成分の関係を調べた結果
は少ないが,γ-FeOOHの微細化は顕著である。一方,
を図 2 に示す 。板厚減少量はβ-FeOOHさび量と相関
Ni
(Ⅱ)は,β-FeOOHの微細化にはほとんど影響しない
が見られ,Cu,Ni,Tiなどの適量添加は有害さびと分
が,それ以外のさびを微細化し,とくにγ-FeOOHで微
5)
類されているβ-FeOOHの生成を抑制し,塩化物耐食性
を高めることを示唆している。
1. 2 分子吸着法によるさび比表面積評価
鋼材のさび層は,個々のさび成分の微粒子が集合した
表 1 鉄さびの結晶性と粒子サイズに及ぼす金属イオンの影響比較
Table 1 Comparison of effects of metal ions on crystallinity and
particle size of iron rusts
多孔体とみなすことができ,さび粒子が微細なほど,保
護性の緻密なさび層を形成して耐食性を発現すると考え
られる。しかるに,実さびの粒子は,様々な形状をして
いるだけでなく,互いに強く集合していることから,さ
び粒子サイズを電子顕微鏡観察や粒度分布計などで定量
化することは困難である。一方,分子吸着法では,気体
分子をプローブにしているので,さびが集合状態であっ
ても分子レベルのサイズ情報が得られる。このことか
ら,当社では大阪教育大学や島根大学と共同で,様々な
大気腐食さびを対象に,窒素(N2)や水(H2O)分子を
用いた吸着実験により,さび粒子サイズを反映すると考
えられる比表面積(Specific Surface Area,以下SAと
神戸製鋼技報/Vol. 65 No. 1(Apr. 2015)
3
細化効果を発現する。Ti
(Ⅳ)は,他の金属イオンと異
なり,β-FeOOHへの微細化効果が顕著であることがわ
かる。また,さび層を緻密化し耐食性を向上させるには,
合金元素を単独添加するよりは,合金元素の作用効果と
腐食環境を考慮した複合添加が有効であることも示唆さ
れる。たとえば,塩化物フリー環境で生成される大気さ
びには,主として,α-FeOOHとγ-FeOOHが含まれてい
ることから,Cr,Cu,及びNiの添加を必須とした従来
のJIS耐候性鋼材は理にかなっている。一方,塩化物環
境では,有害さびといわれるβ-FeOOHとFe3O4が多く生
成されるようになるが,β-FeOOHの生成を妨害し,塩
化物耐食性を向上させる元素として,Tiが有効であるこ
と が 強 く 支 持 さ れ る。 さ ら に,Fe3O4や α-FeOOH,
γ-FeOOHを緻密化するNiやCuを添加すれば,より耐食
性が向上することが予想される。
図 4 放射光XRDでその場観察された乾湿に伴う鉄さび形成過程
のFeOOH/Fe3O4ピーク比の変化
Fig. 4 Time change of FeOOH/Fe3O4 peak intensity ratio during
the iron rust formation process by wet/dry cycle using insitu SR-XRD observation
3 . 高輝度放射光の利用
近年,高分解能,高S/N比などの分析情報をもたらす
新しいX線源として,高輝度で波長範囲が広く,指向性
や安定性にも優れた放射光が注目されている。なかで
も,兵庫県西播磨で稼働中のSPring- 8(Super Photon
ring, 8 GeV)は世界最高性能を持つ大型放射光施設で
あり,従来のX線管の 1 億倍以上の輝度を持っている。
このことから,当社では,Spring- 8 の産業利用を進め
ており,鋼材の腐食進行過程解明や生成さびの構造解析
などにも活用している。
図 4 に,SPring- 8 兵 庫 県 ビ ー ム ラ イ ン(BL24XU)
のXRD装置を利用して,乾湿繰り返し条件下での鉄の
極初期の腐食進行過程を追跡した例を示す 8 )。本実験で
は,高純度鉄表面を乾式研磨後,表面に飽和食塩水を60
分に 1 度の頻度で供給しながら,低入射角でXRD強度
をその場測定した。Fe3O4とFeOOH(α-FeOOHと推定)
図 5 放射光XAFS測定より得たTi添加β-FeOOHさびとanatase
型TiO2 のTi周りの動径分布関数
Fig. 5 Radial distribution functions of Ti of Ti containing β-FeOOH
rusts and anatase type TiO 2 obtained from SR-XAFS
measurement
が検出され,塩水供給直後はFe3O4の割合が高いが,水
溶液が徐々に自然乾燥するにつれて,Fe3O4の割合が低
物耐食性を発現することが推察された。放射光XAFSで
くなっていくことがわかる。さらに,60分後に塩水を再
は,固体や液体などの状態を問わずに,特定元素の周囲
供給すると再びFe3O4の割合が高くなり,以降,同様の
の局所構造や電子状態の情報を高感度に検出できること
挙動を繰り返している。これらの挙動は,濡れ過程で
から,腐食過程の添加元素の作用機構の研究なども進め
FeOOHがFe3O4にカソード還元し,それが酸化剤として
ている。
作用して鉄の腐食を促進するとともに,乾き過程で
Fe3O4が空気酸化されてFeOOHに戻り,これらが繰り返
4 . 中性子線の利用
されて大気腐食が進行するとする電気化学的酸化還元
インフラ鋼構造物の防食手段として塗装が広く用いら
Evansモデルを支持するものと思われる。
れているが、時間経過に伴い,塗膜の欠陥部などから塗
図 5 に,SPring- 8 産業界専用ビームライン(BL16B2)
膜下に水が浸入し腐食進行ひいては塗膜ふくれが生ず
のX線吸収微細構造法(X-ray Absorption Fine Structure,
る。このため,塗装鋼構造物においては,塗装の定期的
以下XAFSという)装置を利用して,Ti添加β-FeOOH
な塗り替えが必要で維持管理コストが増大する要因とな
さび中のTiの状態を解析した例(Ti周りの動径分布関
っており,塗装寿命を延長する重防食塗装の開発などが
9)
数)を示す 。当社では,最近,Tiを微量添加すること
行われている。当社では,さび緻密化と腐食先端の液性
で,β-FeOOHさびの生成を抑制し,塩化物耐食性を向
制御などの観点で,塗膜下腐食の進行を遅らせる独自の
上させたニッケル系高耐候性鋼材を開発したことから,
塗装用合金鋼を開発している。こうした開発をさらに進
高分解能TEM観察なども併用して,本実験を行ったも
めるには,塗膜下腐食メカニズムの究明が不可欠である
のである。これらの解析から,Tiを微量添加したニッケ
が,従来のX線を利用した解析ツールでは,水に対する
ル系高耐候性鋼では,nmサイズのanatase型TiO2微細粒
感度が低く,鋼材に対して透過能が不足しており,内部
子の形成がβ-FeOOHさびの微細化を促し,優れた塩化
腐食の解析には限界がある。一方,中性子線は,原理的
4
KOBE STEEL ENGINEERING REPORTS/Vol. 65 No. 1(Apr. 2015)
図 6 塗膜下腐食させた普通鋼(AM400)と合金鋼(0.8Cu-0.4Ni-0.05Ti)の含水乾燥過程の中性子イメージング画像
Fig. 6 Neutron imaging pictures of under-film corroded normal steel (SM400) and alloy steel (0.8Cu-0.4Ni-0.05Ti) during water immersion and
drying process
に,X線に比べて透過力が格段に高く,腐食に関係する
食の直接原因になる水を保有しにくい性質があり,塗装
水の検出能力に極めて優れている。そこで,当社では,
耐食性に優れることも示唆された。
(一社)日本鉄鋼協会研究会活動の一環として,
(独)理
化学研究所と共同で,同所が整備・高度化している小型
むすび=以上,当社が取り組んできたインフラ鋼材の耐
中 性 子 源 シ ス テ ムRANS(RIKEN Accelerator-driven
食性評価解析技術の一端について紹介した。なかでも,
Neutron Source)を用いて,中性子イメージングによ
中性子線は,透過力が高く,腐食現象に関わる水や水素
る塗装鋼材の耐食性を支配する塗膜下腐食ふくれ内部の
の検出能に優れており,放射光との相補利用などが期待
“水の動き”の可視化に取り組んでいる。
される。インフラにおいては,今後さらに,ライフサイ
その結果の一例を図 6 に示す10)。変性エポキシ塗装
クルコスト低減や長寿命化を実現する耐食鋼材の重要性
後,人工塗膜欠陥を付与し,CCT試験により塗膜下腐
が増していくものと思われ,それを側面から支える耐食
食 ふ く れ を 生 じ さ せ た 普 通 鋼(SM400) 及 び 合 金 鋼
性評価解析技術についても高度化していく必要がある。
(0.8Cu-0.4Ni-0.05Ti)について,①CCT試験後 1 箇月間
今後とも,取り組みを継続して,顧客の幅広い,高度な
室内保管,②蒸留水に110分浸漬後,③②の後にファン
要望にこたえていきたい。
でエアーブロー30分乾燥の 3 状態を比較したものであ
る。まず,自然乾燥状態において(①)
,塗膜下で生成
したさび成分(FeOOH)のほか,さび層の欠陥あるい
は塗膜や鋼材界面の残存水に由来するコントラスト(中
性子透過率の減衰)
が観察された。このコントラストは,
両鋼ともに,水に浸す(②)と強まり,逆に,乾燥させ
る(③)と弱まることがわかった。これらのコントラス
トの変化は,塗膜下の水の動き(水分量の変化)を反映
したものと考えられた。また,普通鋼に比べて,合金鋼
は,含水領域が局在化し,速やかに水が消えやすく,腐
参 考 文 献
1 ) 中山武典ほか. ふぇらむ. 2005, Vol.10, p.932.
2 ) 中山武典ほか. R&D 神戸製鋼技報. 2001, Vol.51, No.1, p.29.
3 ) 岩田多加志ほか. 腐食防食'95. 1995, C-306,p.341.
4 ) 中山武典ほか. 第132回腐食防食シンポジウム資料. 2001, p.65.
5 ) T. Nakayama et al. ESCCD2001. 2001, p.201.
6 ) T. Ishikawa et al. Corrosion. Sci., to be published.
7 ) 中山武典ほか. R&D 神戸製鋼技報. 2009, Vol.59, No.1, p.13.
8 ) 安永龍哉ほか. 第49回材料と環境討論会,A-104. 2002, p.11.
9 ) 世木 隆ほか. X線分析の進歩37. 2006, p.325.
10) 山田雅子ほか. 鉄と鋼. 2014, Vol.100, p.99.
神戸製鋼技報/Vol. 65 No. 1(Apr. 2015)
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