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英国、高度人材の受け入れを成長の原動力に

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英国、高度人材の受け入れを成長の原動力に
日本経済研究センター・政策提言特別レポート
英国、高度人材の受け入れを成長の原動力に
―移民の上限導入で量から質への転換急ぐ
日本経済研究センターは1月初めに少子高齢化に伴う経済停滞の状況を克服するため、国際的
な人材受け入れを念頭に置いた「開国」戦略について政策提言した(詳細は当センターホームペ
ージ参照)
。英国は、すでに高度人材を選択的に受け入れて、社会不安を増大することなく、一
層の成長を目指そうと試みている。その英国ですら受け入れ人数に制限を設け始めているなど人
材受け入れ策には、光と影がある。英国の移民政策から日本が学べるものを英国在住で当センタ
ーOBの平崎誠司氏にレポートしてもらった。
英国の移民政策が転換点を迎えている。
た移民流入に対する国民の不安や不満があ
1990年代半ば以降、成長の担い手として積
る。米非営利法人(NPO)のドイツマー
極的に移民を受け入れてきたが、経済危機
シャル財団が昨年秋に実施した国際的な世
をきっかけとした失業率の高まりを背景に
論調査では、
「移民が多すぎる」と答えた
国民の不満が噴出。昨春発足した保守党を
人の割合は英国で59%に達し、調査対象8
中心とする連立政権は移民流入の大幅な削
カ国(北米および欧州諸国)の中で最も高
減に乗り出した。ただし、英国経済にプラ
かった。ちなみに、以下イタリア(53%)、
スとなる起業家や投資家など高度人材は確
スペイン(41%)と続き、最も低かったの
保したい考えで、英国の移民政策は量から
はカナダの17%だった。
質へ急速に舵を切りつつある。
さらに、
「公的医療の対象は自国民のみ
過半数が「移民多すぎる」
に限定すべき」と考える人が英国には25%
おり、6%以下だった他国に比べ際立って
「移民数を年間数十万人規模から数万人
高い。公立学校について聞いた同じ質問で
へ1ケタ減らす必要がある」。昨年5月に
も同様の結果が出た。英国では国民の間で、
実施された総選挙では移民問題が主要争点
「押し寄せる移民が、公的サービスに負担
の一つとなり、大幅抑制を公約に掲げた保
をかけている」という不満が高まっている
守党が労働党を破り13年ぶりに政権を獲得。
ことを示している。ちなみに英国人口に占
その後、移民数の上限設定を柱とする大幅
める移民の割合は2008年で10.8%だ。
な制度改革を打ち出した。ある専門家は
ただしこうした現象は08年の経済危機以
「過去30年間で最も厳しい内容」と、今回
降に特に高まっており、暮らし向きに対す
の改革の影響の大きさを強調する。
る国民の不満が移民に向けられたという側
制度変更の背景には、近年大幅に増加し
面は否定できない。加えて昨年の総選挙時
日本経済研究センター会報 2011.3
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図 英国の移民数の推移
(万人)
60
純流入
50
流入
流出
40
30
20
10
0
1991
93
95
97
99
2001
03
05
07
09
(年)
出所)英政府統計局
に、当時の野党である保守党が政権獲得を
が目的だった。しかし数が増えすぎたため
狙い、与党批判の格好の材料として移民問
60年代初頭には移入を一部制限する政策を
題をクローズアップしたという政治的背景
導入しており、英国は既に50年前から移民
も見逃せない。
流入の問題に直面していたと言える。
実際、08年までの好況期には移民がもた
近年、移民問題が特にクローズアップさ
らす経済効果にもスポットが当てられてい
れるようになったのは冷戦終結後だ。移民
た。移民流入は経済にとって常にプラスと
の流入数(海外から帰国する英国人は含ま
マイナスの側面を持つが、国民の関心の高
ず)は90年代初頭には年間約20万人だった
い微妙な問題だけに、そのどちらがより強
のが97年以降急増し、直近のピークだった
調されるかは時々の経済状況や政治情勢に
06年には51万3000人に達した(図)
。人口
大きく左右される点に注意が必要だ。
の1%弱の水準である。ここ数年は英国経
2000年代に移民流入が加速
済の低迷で流入は頭打ち傾向にある。一方
で流出数は流入ほど増えていないため、差
さて、今回の政策変更の意味をより正確
し引きの純流入数は90年代前半の10万人以
にとらえるため、英国の移民受け入れの歴
下から2000年代後半には30万人を超える水
史を簡単に振り返ってみる。以下で「移
準に跳ね上がった。
民」は、必ずしも定住を目指していない人
流入が急増し始めた97年は前労働党政権
を含めた長期の滞在者の意味で使う。
が政権を獲得した年と一致する。労働党政
過去、移民政策は積極的な受け入れと制
権は移民の増加そのものを目的とした訳で
限の間で揺れ動いてきた。第2次世界大戦
はないが、成長に必要な人材を確保する狙
後から50年代終わりにかけては、インドや
いから比較的緩い入国条件を適用、結果と
カリブ海諸国など旧植民地から数多くの移
して流入数は大きく増加した。通常の移民
民を積極的に受け入れた。戦後の経済復興
とは別途、英国は国際法に基づき難民と亡
の中で、主に低技能の労働者不足を補うの
命者を年間約4000人受け入れている。
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日本経済研究センター会報 2011.3
政策提言特別レポート
英国の移民数の推移をみる場合には欧州
があり、既存労働力の技能のミスマッチを
連合(EU)の動向を無視できない。EU域
含め移民流入は労働力不足を補う役割を果
内では基本的に人の移動は自由で、域内
たしたとみられる。
(スイス、ノルウェーなどEU非加盟の欧州
ただし、議会上院の経済委員会が08年に
4カ国も含む)の非英国人が英国で働く場
まとめた報告書は、この間人口も増加した
合も労働許可証は原則として必要ない。図
ため1人当たりGDPへの移民の寄与はほ
で04年に英国への流入数が急増したのは、
とんどないという。賃金については、低賃
この年、中東欧の10カ国がEUに加盟した
金労働はより低く、高賃金労働はより高く
結果、仕事を求めてポーランドなどから多
なる現象が見られた。低賃金でも働く中東
数の若者が英国にやってきたためだ。逆に
欧などからの移民が増加したことで単純労
08年以降は、景気悪化でこうした労働者が
働の単価が下がる一方、金融街シティーに
母国に戻ったため、純流入数は大きく下落
代表される一部の職種の報酬は海外からの
した。07年にEUに加盟したルーマニアと
有能な人材の流入でつり上がったと考えら
ブルガリア国民については、英国政府は04
れる。つまり、効果は小さいものの移民の
年と同じ事態を避けるため、労働には許可
増加は貧富の差を拡大する方向に働いたと
の取得を求めている。
いう。失業率への明確な効果は確認できな
97年から6年間でGDP3%押し上げ
では90年代後半からの移民増加は英国経
済にどのような影響をもたらしたのだろう
いが、移民と競合する若年層については悪
影響が出ている可能性を指摘している。
人口増の3分の2は移民
か。一般に移民が経済に与える好影響とし
移民増が将来にわたって最も大きな影響
ては人口増によるGDPの拡大、労働力の
を与えるのは人口だろう。政府予測によれ
提供、インフレ抑制、定量化は難しいもの
ば、現在と同程度の年間18万人の純流入が
の多様性が増すことによる生産性の上昇
続くと、人口は08年時点の6140万人から25
(特に知識集約産業において)などがある。
年後の33年には7160万人まで17%増加する。
一方、負の側面として受け入れ国民の失業
増加分の3分の2以上は移民およびその子
の増加、医療・福祉など社会保障コストの
供が占める見通しだ。流入する移民は平均
上昇などが指摘されている。
して流出する層より若いため、将来の人口
やや古いデータだが、英シンクタンクで
増へのインパクトは大きい。
ある国立経済社会研究所(NIESR)の06
この傾向は既に足元の統計に表れている。
年の推計によれば、移民の増加は97年から
欧州委員会のまとめでは、09年の英国の人
05年の間にGDPを3%分押し上げ、特に
口増加率は欧州主要5カ国(英・独・仏・
05年には経済成長率5.3%のうち移民増に
伊・スペイン)中で最も高く0.67%だった。
よる寄与が1%分を占めた。この間、好況
増加数のうち44%を移民流入が占め、自然
下にあった英国では常に50万人程度の求人
増は56%である。出生率はEU27カ国中、
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アイルランドに次いで2番目に高い。デイ
人材」のみを移民として選択できるメリッ
リーメール紙によれば、09年に英国で生ま
トがある。カナダやオーストラリアなどが
れた赤ちゃんの4分の1は、母親が外国生
先行して採用した。
まれだった。流入する移民が多い上、過去
ポイント制に加え、EU域外の人材を雇
に英国に来た移民が子供をもうけている。
用しようとする企業にあらかじめライセン
ちなみに、出生率が低く自然減の続くイ
ス取得を義務付けるスポンサーシップ制も
タリアは09年に、32万人という英国の2倍
導入した。英国政府はEU域内(スイスな
近い移民(純増分)を受け入れ、人口を支
ど非加盟4カ国含む)からの移民はコント
えている(0.49%増)。出生率の高いフラ
ロールできないため、これらの制度が適用
ンスの人口は0.54%増、ドイツは自然減に
されるのはEU域外からの移民に限られる。
加え移民の純減で、0.25%減少した。
09年の流入数のうち、EU域内からが35%、
移民による人口増は、労働力とともに消
残りが域外からだった。
費者も増え経済の規模を増大させると同時
ポイント制の具体例を見てみよう。最も
に、人口の高齢化を少しでも遅くする効果
ハードルが高く、申請時に英国での仕事が
がある。一方で必要となるのが社会インフ
決まっていなくてもよい「ティアー1(一
ラの拡大だ。英国では今のペースで人口が
般)」と呼ばれる高度技能者の場合のポイ
増えると、近い将来、住宅や学校、病院な
ントを表に示した。合計で80ポイント必要
どが足りなくなることが懸念されている。
なのに加え、英語能力が必須。「高学歴、
人口減に直面する日本とは全く逆の悩みだ。
高所得の若者」を選択する目的が明らかだ。
老大国のイメージが強い英国だが、意外に
ただし、新政権は昨年、ポイント制が目
もこうした課題を抱えている。
的通り機能していないとして、新たに労働
2008年にポイント制導入
ビザ発給数の総量規制の導入に踏み切った。
保守党政権が「移民純増を年間数万人に抑
移民政策に話を戻すと、英国の政策の潮
える」という選挙公約の実施に乗り出した
目が変わったのは近年では08年と言える。
形だ。昨年6月、EU域外からの人材に対
移民の急増を受け、政府はこの年、ビザの
する労働ビザの発給数に一時的な上限を導
発給ルールを大幅に変更したからだ。08年
入したうえ、今年4月からは制度を恒久化
にブレーキをかけ始め、昨年の政権交代に
する。対象となる枠の合計は年間2万1700
伴い急ブレーキを踏んだ格好だ。
人で、09年の発給実績を20%下回る。ポイ
08年の制度変更の柱はポイント制の導入
ント制そのものは残るが、ビザ申請の前提
である。ポイント制は、申請者の学歴、所
条件としての位置付けとなった。
得、年齢などの項目別にポイントを算出、
合算し、ビザ発給の条件として一定値以上
起業家と投資家を優遇
を求める仕組み。ビザ発給のルールを明確
新制度はEU域外からの移民数を大幅に
化、透明化すると同時に、政府が「求める
抑える一方、雇用を創出する起業家や投資
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政策提言特別レポート
表 ポイント制の例(ティアー1の場合)
29歳以下
30∼34歳
35∼39歳
40歳以上
20
10
5
0
博士
修士
学士
それ以外
45
35
30
0
年 齢
学 歴
所 得
過去の英国経験
過去1年の年収により、
80ポイント
(15万ポンド以上)
から0ポイント
(2万5000ポンド以下)
までの10段階
過去に英国で留学や労働の一定期間以上の経験がある場合は5ポイント加算
注)このカテゴリーは昨年12月に申請受付が終了し今年4月に廃止される。わかりやすい例として表示
家など英国経済に直接のメリットをもたら
らず拠点間の異動が日常化している多国籍
す人材を呼び込むことを狙っている。表で
企業が強く反対し、結果的に枠の対象から
示した「ティアー1(一般)」のカテゴリ
外された。介護や看護などEU域外からの
ーを4月以降廃止する一方、英国で会社を
働き手への依存度が高い特定の業界は反発
興す起業家や一定以上の資金をもった投資
している。さらにニュージーランドやイン
家に対するビザ発給は、従来よりも好条件
ドなど、歴史的に英国との結びつきが強く
とし、しかも発給数に上限を設けていない。
人材の行き来が激しい国は、政府レベルで
キャメロン首相は昨年11月の演説で、「も
懸念を表明した。
しあなたが素晴らしい事業アイデアとその
制度変更で最も心配されるのは、海外に
ための投資資金をお持ちであれば、英国は
「英国は閉鎖された国」との印象を与え、
赤絨毯を敷いてお迎えする」と述べた。
EU域外からも優秀な人材が集まらなくな
世界クラスの科学者や芸術家など各界で
る点だ。長期的に、企業のみならず国全体
高い実績のある人材について年間1000人を
の競争力低下をもたらしかねないと指摘す
上限に受け入れる仕組みも新設した。
「人
る声もある。
材選択」の幅をさらに狭めた格好だ。
今回の変更で、政策の振り子は規制側に
こうした改革に産業界は強い懸念を示し
大きく振れた。ある程度の評価が下される
ている。主要企業が加盟する英産業連盟は
のは数年後だろう。国内の不満や社会コス
総論では移民を抑制する必要性を認めつつ
トを抑えつつ、いかに移民を成長に結びつ
も、
「EU域外からの人材確保が難しくなり、
けるか、英国の模索は続く。
英国企業の競争力が低下する」と批判する。
(EBS上席コンサルタント 平崎誠司)
特に問題となったのが、英国内外に拠点
を持つ国際的企業の組織内の異動だ。政府
は当初、企業内の異動も上限の枠に含める
方針だった。しかし、社員の国籍にかかわ
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