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暮らしの中の情報化 - 一般財団法人関西情報センター
第4章 暮らしの中の情報化 1.教育分野におけるIT活用 → 教育分野の情報化のポイント z IT 環境整備は、学校数の多い都市部ほど、整備率は低い z 全国と比較して関西は、授業での IT 活用の障害を PC の台数不足ではなく、準備に時間がか かるとする教員が多い z 従って、関西では機器不足より授業での支援体制を望む教員が多い z 関西の情報担当者が持つ能力は、全国に比べて高い z IT 環境整備の対応策として、旧型 PC の利用が可能な OSS が活用されている z OSS は学校の授業や校務においても有効であること実証されている。 z 教育分野においてもガバナンスの視点から教育 CIO の設置や効果的な IT 教育を実現するため の教育情報化コーディネータの加配が求められている z 教員の IT 活用指導力の全国統一評価基準が必要である z 情報モラル教育、情報セキュリティ対策は、喫緊の課題であり、地域で取り組む必要がある z IT 環境整備は地方交付税措置ではなく、補助金等目的を明確にした制度が望まれる 1.1 教育分野の情報化政策の動向 学校教育における情報化とは、各種 IT 機器の整備等の基盤整備と情報教育(教科情報) 、さらに既存教育 における情報機器等の利用により理解を深めるための学習の情報化、学校事務等の校務の情報化を含む広い 概念である。 我が国が世界最先端の IT 国家となることを目指した「e-Japan 戦略」の中でも、遅れているとされてい る教育分野の情報化について、まず国の政策からみていく。 (1)教育分野の情報化政策と具体的な取り組み 政府の IT 新改革戦略における「重点計画-2006」 (2006 年 7 月 26 日)において、政府が迅速かつ重点的に 実施すべき具体的施策のうち、IT 基盤の整備として「次世代を見据えた人的基盤づくり」において『普通教 室における教育用PC整備の充実』が挙げられている。 そこでは、 「PC を活用した教育の充実に向け、2010 年度までに児童・生徒 3.6 人当たり 1 台を目標として、 普通教室における教育用PCの整備を促進」と明記されている。これを受けて文部科学省では、学校におけ る各種 IT 機器の整備等を推進してきたが、校内LAN整備の遅れなど、十分に進んでいるとは言えないこと から、今後はハード面の整備について、引続き必要な支援策を講じていくとしている。そのために IT を活用 した教育効果の明確化等、学校で IT 化によるインセンティブを高めることを通じて、強力に整備を促進して いくとしている。併せて、生徒が魅力を感じ、理解が高まる効果的なコンテンツ開発や教員の IT 活用指導力 の基準の具体化等によって、教員の IT 活用指導力の向上を進め、学校の IT 化を実現し、IT を活用した教育 の学力向上や次世代を担う子供たちの情報活用能力向上を実現させていくとしている。 また、児童生徒の個人情報の流出やインターネット上の違法・有害情報に適切に対応できるよう、学校の セキュリティ機能の強化、子どもたちへの情報モラル教育の充実も進めていくことが挙げられている。 また、 「重点計画-2007」 (2007 年 7 月 26 日)においても、具体的な施策として、以下の4つの施策が挙 げられている。 ① 学校における IT 基盤の整備 教員一人に一台のコンピュータ及びネットワーク環境の整備ならびに IT 基盤のサポート体制の整備 等を通じ、学校の IT 化を行う。 ② 教員の IT 活用指導力の向上 教員の IT 指導力の評価等により教員の IT 活用能力を向上させる。 ③ 児童生徒の学力向上のための学習コンテンツの充実 自ら学ぶ意欲に応えるような、IT を活用した学習機会を提供する。 ④ 児童生徒の情報活用能力の向上 教科指導における IT の活用、小学校における情報モラル教育等を通じ、児童生徒の情報モラルを含む 情報活用能力を向上させる。 この「重点計画-2007」に挙げられた施策①「学校における IT 基盤の整備」では、2006 年度「学校における 教育の情報化の実態等に関する調査」 (文部科学省)が実施され、IT 環境整備の目標に対する現状が把握さ れている。 学校における教育の情報化の実態等調査結果概要 出典:平成 18 年度「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」 (文部科学省 2007 年 3 月 速報値) この調査結果のとおり、学校現場における IT 環境の整備はまだまだ途上であり、目標達成に向け更なる対 応策が必要となっている。 一方で、文部科学省では総務省と一丸となって学校における各種 IT 機器の整備等を図るために、公立学校 の IT 環境整備推進のための地方交付税支援措置を行っている。近年、強化すべき情報化の分野として教育分 野が挙げられており、また、2000 年度から 2005 年度までの6年計画で、 「全ての学級」の「あらゆる授業」 において、教員および児童生徒がコンピュータ、インターネットを活用できる環境整備を行うとして、毎年 100 億円強の地方交付税措置の増額が図られてきた。しかしながら、地方公共団体の厳しい財政状況から、 この地方交付税措置がそのまま教育委員会への予算確保には繋がっておらず、IT 環境整備に十分な予算配分 ができていないのが現状である。 公立学校のIT環境整備に関する地方交付税措置 (億円) 2400 2200 2000 1800 1600 1400 1200 1000 H13年度 H14年度 H15年度 H16年度 H17年度 H18年度 H19年度 平成19年度措置額 約1,500億円(平成18年度措置額 2,150億年) (措置対象) ・教育用コンピュータの整備 ・教育用ソフトウェアの整備 ・校内LANの整備 ・インターネットへの接続 ・情報処理技術者の委嘱 他 出典:教育情報化推進協議会HPより作成 また、施策②「教員の IT 活用指導力の向上」に関しては、 「教員の ICT 活用指導力の基準の具体化・明確 化に関する検討会」 (2006 年 9 月 12 日 初等中等教育局長決定)において、 「授業中に ICT を活用して指導 する能力」や「情報モラルなどを指導する能力」等の 5 つの大項目と 18 のチェック項目で構成する「教員の ICT 活用指導力チェックリスト」が策定されている。また、基準を具体化・明確化するだけでは不十分であ るとして、基準について分かりやすく説明する機能や教員が基準を用いて ICT 活用指導力を自己評価する機 能、研修担当者が基準を活用した効果的な研修が実施できる機能を備えた Web システムが構築されている。 「教員の ITC 活用指導力」チェックの5つの大項目は、以下のとおり。 A:教材研究・指導の準備・評価などに ICT を活用する能力 B:授業中に ICT を活用して指導する能力 C:児童生徒の ICT 活用を指導する能力 D:情報モラルなどを指導する能力 E:校務に ICT を活用する能力 (Eを除く 4 項目は各 4 チェック項目( 「わりにできる」 、 「ややできる」 、 「あまりできない」 、 「ほとんどできない」 ) 、 Eは 2 チェック項目の 18 項目で構成している) さらに、その基準が広く活用される必要があるとして、2007 年 3 月に初めて 18 項目による教員の ICT 活 用指導力調査が実施された。その結果は、以下の「国の ICT 戦略と教員の ICT 活用指導力の関係」として公 表されている。 この調査結果から、 「授業中に ICT を活用して指導する能力」や「児童の ICT 活用を指導する能力」を有 する教員の不足が課題であることが明らかとなっている。 【参考】 ICT 活用指導力については、前回まで(平成 18 年 3 月現在まで)の調査方法と、今回(平成 19 年 3 月)の調 査方法が異なるため、一概に比較することはできない。なお、全 18 小項目中、「わりにできる」若しくは「ややで きる」と回答した教員の割合が最も高い項目は、A2「教材作成のために ICT を活用」で 77.3 パーセントとなって いる。 出典: 「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果について -教員の ICT 活用指導力に関する速報値-」 (文部科学省 2007 年 7 月) 施策③「児童生徒の学力向上のための学習コンテンツの充実」 、施策④「児童生徒の情報活用能力の向上」 に関しては、 「学校教育情報化推進総合プラン」 (文部科学省 2006 年度策定)の中で IT 教育の充実が謳わ れ、初等中等教育における児童生徒の情報活用能力の育成と各教科等における IT を活用した確かな学力の育 成に向けて取り組まれているところである。 そのひとつとして、2006 年度に IT を活用した授業の効果が調査されている。授業に IT を活用した場合と 活用しない場合における児童生徒の学力の違いを分析・評価する観点から、IT 活用による学力向上の証しを 示す取組みとして実施されたものである。 その調査結果から、以下の効果が確認されており、この IT を活用した教育の効果について客観的に明ら かにすることにより、教育の情報化の重要性に対する理解を広く浸透、共有することで、学校の IT 環境整 備の促進に繋げるとしている。 【 「確かな学力」の向上につながる IT 活用(効果) 】 (1) IT を活用した実証実験を行った教員の評価 ⇒ IT を効果的に活用することによって、授業の質を高め、授業の改善に役立つと感じている。 (2) 児童生徒を対象とした、IT を活用した授業に対する意識調査 ⇒ 授業に対する児童生徒の興味・意欲、満足度が高まるとともに「正しく理解することができた」 、 「深く理解することができた」 、 「内容を先生や友だちに正しく説明できる」等、知識・理解に関す る項目について効果が示された。 (3) 児童生徒を対象とした客観テストによる比較調査 ⇒ 小学校「算数、社会、理科」 、中学校「数学、社会」 、高校「数学」の実証授業後に実施した客 観テスト(児童生徒)の結果、 「技能・表現(例:計算、彫刻、跳び箱) 」 、 「知識・理解(例:蝶の 成長、社会の仕組み) 」の観点からの分析・評価で、IT を活用した授業後に行ったテストの得点が 高いことが示された。 (2)今後の教育行政の動き∼『新しい学習指導要領』 教育における今後の大きな流れの一つとして、 『新しい学習指導要領』の導入がある。 「新学習指導要領」は、小学校では 2011 年度から、中学校では 2012 年度から完全実施の予定で進められ ており、その改訂案が 2008 年 3 月に公表されている。そこでも教育の情報化に関して、IT の環境整備の必 要性や情報教育、学校段階別における情報モラルの必要性、また科目別の導入内容等について、具体的に提 示されている。 ここでは、2008 年 1 月に発表された「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要 領等の改善について」(答申)より、 「IT 環境整備」に関する主な記載箇所を抜粋する。 (以下、抜粋) 4.課題の背景・原因 (3)教師が子どもたちと向き合う時間の確保や効果的・効率的な指導のための条件整備 ○学習指導要領の理念は、それぞれの教室の日々の教師の指導の中で実現するものであ り、教師が子どもたちとどれだけ向き合い、どのような教科書・教材を用い、ICT 環 境を活用していかに効果的・効率的に指導できるかといったことが極めて重要であ る。 (略) ○そのためには、教職員配置、設備、教科書・教材、ICT 環境の整備も含めた学校の施 設など教育条件の整備、地域全体で学校を支援する体制の構築や学校や教師を支える 教育行財政の在り方について幅広く検討する必要がある。 9.教師が子どもたちと向き合う時間の確保などの教育条件の整備等 (2)教師が子どもたちと向き合う時間の確保のための諸方策 (ICT 環境の整備) ○学校の組織力を高め、効果的・効率的な教育を行うことにより確かな学力を確立する とともに、情報活用能力など社会の変化に対応するための子どもの力をはぐくむた め、ICT 環境の整備、教師の ICT 指導力の向上、校務の ICT 化等の教育の情報化が重 要である。 このように、今後、教育現場においても、IT 環境の整備は、学校の組織力を高め、効果的・効率的な教育 を行うために不可欠なものと位置づけられている。またその中で、早い段階からの情報教育導入の必要性も 明示されており、多種多様な情報が氾濫する現代社会において、個々が正しく情報を読み取る力を身につけ ること、すなわち情報モラル教育の充実が求められている。 1.2 関西における IT 環境整備と IT 活用指導力の実態 ここでは、文部科学省が公立学校を対象に毎年実施し、整備の進捗状況を知る上で重要な指標となってい る「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」 (2007 年 3 月 31 日現在)から、関西における IT 環 境整備の実態についてみる。併せて、文部科学省において実施された「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (2007 年 3 月)結果と照合することで、IT 環境の整備と IT 利活用の関 係性と阻害要因を探る。 (1)IT 環境整備の状況 まず、関西の公立学校における IT 環境の整備状況を見ると、次表「学校における ICT 環境の整備状況」の とおり、関西地域においてコンピュータの配備状況は全国的に見て低位置にある。しかし、超高速インター ネット接続率や光ファイバ接続率等、ネットワーク環境の整備は比較的進んでいることがわかる。 学校におけるICT環境の整備状況 都 ( 道 府 合 県 計 別 ) 学校数 A 校 コンピュータ1台 当たりの児童生徒数 C 人/台 順位 校内LAN整備率 超高速インターネット 接続率 光ファイバ接続率 校務用コンピュータ の整備率 順位 (c/a) % 順位 (c/a) % 順位 (c/a) % 順位 % 福 井 県 337 6.5 21 73.1% 15 31.5% 22 49.7% 27 42.1% 27 滋 賀 県 391 8.0 40 43.2% 39 28.5% 31 50.6% 25 38.0% 33 京 都 府 696 6.6 24 49.1% 33 80.5% 1 89.2% 2 34.2% 38 大 阪 府 1,719 8.8 42 33.7% 44 30.2% 27 74.5% 5 26.2% 47 兵 庫 県 1,391 7.4 36 64.1% 24 43.0% 11 76.6% 3 46.2% 20 奈 良 県 392 9.1 46 29.0% 46 59.4% 3 66.2% 13 28.0% 46 県 494 6.3 16 39.9% 43 49.3% 7 52.2% 23 32.4% 43 全 国 ( 平 均 ) 37,618 7.3 和 歌 山 56.2% 35.0% 55.5% 43.0% 出典: 「学校における教育の情報化実態調査等に関する調査」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 次に、この IT 環境整備の遅れが授業等にどのように影響しているかを「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (2007 年 3 月)より見る。 授業における ICT 活用の障害と活用が進まない理由 <関西・小学校> 0% 20% 60% 31.0% 32.5% b.活用するため準備に時間がかかりすぎる。(管理者の認識) 100% 15.0% 12.3% 13.1% 58.9% 8.5% 10.3% 27.0% 44.8% 25.8% (教員の意識) 80% 16.3% 29.7% (教員の意識) c.活用のイメージが分からない。(管理者の認識) 40% 58.4% a.機器の台数が不足(管理者の認識) 9.5% 13.7% 1.6% 43.6% 36.2% よくあてはまる 11.6% ある程度あてはまる (教員の意識) d.教員のICT操作スキル不足。(管理者の認識) 5.4% 52.0% 40.1% 2.5% あまりあてはまらない 10.8% 45.6% 13.4% (教員の意識) 51.2% 22.9% e.活用のサポート体制(同僚,外部専門家など)不足(管理者の認識) 34.5% 33.5% 39.9% 27.5% (教員の意識) 9.0% 1.9% 25.4% 44.4% 全然あてはまらない 11.8% 23.5% 4.6% 出典: 「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 上表「授業における ICT 活用の障害と活用が進まない理由」において、管理職は「機器の台数不足」を IT 活用が進まない大きな理由としている事に対し、教員は「活用のための準備に時間がかかる」や「活用のサ ポート体制」等のソフト面の不備を理由に挙げていることから、管理職と教員の間に意識のズレが生じてい ることがわかる。 また、同調査の IT 環境活用に関する調査結果より普通教室での「授業における ICT 活用の障害について」 では、特に、 「授業で ICT を活用するための準備に時間がかかりすぎる」と「活用したくても機器の台数が 不足している」が、ICT 活用の障害の大きな理由として挙げられている。これを全国と関西で比較した場合、 全国では「機器の台数不足」が最も高い理由となっているのに比して、関西では「準備に時間がかかりすぎ る」が「機器の台数不足」を上回る割合となっている。また、 「サポートしてくれる人がいない」は、関西で は全国より 4.9 ポイント上回る回答で、全項目の中で一番大きな差となっている。その他の項目(ソフト面) においても、いずれも全国を上回っていることから、関西においては機器の台数不足が大きな障害のひとつ であることは否めないが、ソフト的な対応が全国にも増して求められていることが窺える。 授業におけるICT活用の障害について(普通教室) (%) 0.0 活用をサポートしてくれる人(同僚,外部専門家など)がいない。 教員のICT操作スキルが足りない。 授業のどのような場面でICTを活用すればよいかが分からない。 授業でICTを活用するための準備に時間がかかりすぎる。 活用したくても,機器の台数が不足している。 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0 61.9 57.0 57.1 54.6 関西(N=892) 全国(N=6,498) 53.0 52.2 77.1 73.7 74.3 74.9 * 各項目の数値は、「良くあてはまる」若しくは「ある程度あてはまる」と回答した教員の割合 出典: 「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 また、IT環境の整備状況の調査結果に関して、その数字が示す実態については、 「関西情報化実態調査」 で別途実施したヒアリング調査から、次の意見を得ている。 「コンピュータ1台あたりの児童生徒数」は、生徒数の多い大都市圏の自治体が概ね低位となっている。 人数に対応した整備を行うには相応の費用が必要となり、総務省の交付税措置が人口規模に応じて大きく変 わることはないため、大規模自治体においては逼迫する財政事情の中で機器整備への理解は得にくいと考え られている。 また、ネットワーク環境に関しても、文部科学省が示す『高速インターネット接続率』はインターネット の回線接続速度 400Kbps 以上を、 『超高速インターネット接続率』は 30Mbps 以上を指しており、児童生徒が 日常、家庭で利用しているネットワーク環境との違いは明らかである。その上に一教室 40 台のパソコンが一 斉にネットワークに接続されたのでは、授業には使えないと指摘している。 (2)教員の IT 活用指導力の状況 先述のとおり、2007 年 3 月に初めて教育の IT 活用指導力調査が実施されている。 教員のICT活用指導力の状況 都 ( 道 府 合 県 計 教材研究・指導の準備・ 授業中にICTを活用して 児童・生徒のICT活用を 情報モラルなどを指導する 校務にICTを活用する能 別 評価などICTを活用する 能力 力 指導する能力 指導する能力 能力 順位 ) % 順位 % 順位 順位 % % 順位 % 福 井 県 68.3 32 50.4% 32 54.6% 31 58.9% 37 65.2% 16 滋 賀 県 68.7 27 51.6% 26 54.7% 32 59.9% 32 63.3% 20 京 都 府 72.7 9 58.7% 5 60.0% 11 66.2% 10 66.7% 12 大 阪 府 63.3 45 47.3% 41 50.0% 43 58.0% 43 54.2% 45 兵 庫 県 67.1 38 51.2% 28 53.9% 36 60.0% 31 59.5% 36 奈 良 県 77.1 4 63.8% 4 65.5% 4 71.4% 4 69.1% 7 県 63.0 46 46.9% 42 51.1% 41 58.0% 42 52.5% 47 全 国 ( 平 均 ) 69.4 和 歌 山 52.6% 56.3% 62.7% 61.8% * 各項目ごとの「わりにできる」若しくは「ややできる」と回答した教員の割合の大項目別の平均 出典: 「教員の ICT 活用指導力の状況」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 この「教員の ICT 活用指導力状況調査」結果から、教員の IT 活用指導力と先の IT 環境の整備状況とは、 必ずしも正の関係性は示されていない。例えば、奈良県は、超高速インターネット接続率や光ファイバ接続 率を除く IT 環境整備は、全国的に見て遅れているが、教員の IT 活用指導力は、全国的にトップレベルとな っている。 また、この結果に対して、前項と同様に「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する 調査研究」の調査結果から、全国と関西の比較を行ったところ、次の関西地域の特徴が浮かび上がった。 ¾ 関西の教員はサポート支援を望んでいる 教員の意識調査において「授業における ICT 活用が進まない理由」は、 「教員の ICT スキルが足りない」 、 「活用をサポートしてくれる人(同僚、外部専門家など)がいない」という点において、全国より関西の府 県の方が問題視しており、また授業における ICT 活用の支援・サービスへの要望として「授業における ICT 活用を支援する加配教師を制度化してほしい」 が、 全国に比べ関西ではより強く要望していることが分かる。 教員の意識調査 0.0 20.0 40.0 60.0 (%) 100.0 80.0 65.7 教員のICT操作スキルが足りない 66.5 69.4 活用をサポートしてくれる人(同僚,外部専門家など)がいない 全国(N=6,498) 関西(N=892) 72.0 86.4 (要望)授業におけるICT活用を支援する加配教師を制度化してほしい 90.3 *各項目のうち「強くそう思う」若しくは「ある程度そう思う」と回答した割合 出典:地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 ¾ 関西の校内情報担当者のスキルは、全国に比べ高い 「情報担当者の持つ能力」については、次表のとおり、全ての設問項目において全国より関西の情報担当 者は「高いスキルを持っている」ことが分かる。その中でも特に、 「学校内で校内研修計画の立案と実施でき るスキル」や「管理職に対して ICT 活用に関する各種の提案ができるスキル」といった、計画立案・提案能 力が高いことがわかる。 情報担当者の持つ能力について (%) 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 8.6 a.ICT技術全般に及ぶスキルを持っている 7.1 b.ネットワーク技術に関するスキルを持っている 6.6 c.情報セキュリティ技術に関するスキルを持っている d.適切な予算管理ができるスキルを持っている 3.3 6.2 3.9 14.0 10.1 8.8 全国(N=6,498) 関西(N=892) 8.6 8.7 5.1 g.他の教員に対してICT活用の適切な支援・助言ができる スキルを持っている h.学校内で校内研修計画の立案と、実施ができるスキル を持っている 12.0 4.9 e.管理職に対して,ICT活用に関する,各種の提案ができ るスキルを持っている f.教育委員会に対して,ICT活用に関する,各種の提案が できるスキルを持っている 10.0 10.0 8.8 11.1 12.0 *各項目のうち「十分持っている」と回答した割合 出典: 「地域・学校の特色等を活かした ICT 環境活用先進事例に関する調査研究」 (文部科学省 2007 年 3 月)より作成 以上、文部科学省が実施する調査結果データから、関西地域における「IT 環境の整備」と「教員の IT 活 用指導力」との関係においては、特に、環境整備の遅れが IT 活用を阻害していると言う認識よりはむしろ情 報担当者が全国に比べ高い計画立案・提案能力を有していることから、先進的な取組みが行われていること が窺える。 兵庫県立西宮今津高等学校では、 『ネットワークを使ってコミュニケーションを育成したい』という柱の元 に、IT を活用した特徴的な取組みが行われている。国際交流、地域学校間交流、高大連携、産学連携という 交流学習を4本の柱とする『Global Communication Projects in Nishinomiyaimazu Senior highschool (GCPN)』プロ ジェクトで、同校の Web サイトをコミュニケーションの拠点として、地域社会への情報発信の場となる Web サイトの構築と、校内での教科横断型連携学習の実践として行われている。地域との連携、教科横断的な取 り組みが、国内の先進事例として注目されている。 1.3 校務の情報化の推進 ここでは、各学校現場での更なる取り組みが望まれる「校務の情報化の推進」に関して、2006 年度に実施 された「校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究」 ((社)日本教育工学振興会)から、その動きについ てふれる。 校務情報化の範囲は、学校における業務(学校事務、事務以外の実務、授業)の中の「学校事務」を指し、 学校の中の業務だけでなく、教育委員会と学校間の連携、教育委員会間での連携、教育委員会と首長部局間 の連携も含まれている。その目的は、①業務の軽減と効率化、②教育活動の質の改善、③保護者や地域との 連携、④情報セキュリティの確保であり、情報化することによる恩恵が期待されている。 先の「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」においても、校務用コンピュータの整備率(大 阪府:26.2%、全国平均:43.0%)が遅れていることは明らかとなっているが、この「校務情報化の現状と 今後の在り方に関する研究」においても、学校、教育委員会へのアンケート調査から校務情報化の整備は、 どちらともまだまだこれからであるとしている。しかし、先進的に校務情報化を実施しているところは、大 多数がその効果を実感していることがアンケート調査から伺える結果となっている。 「関西情報化実態調査」 で実施した先進事例のヒアリング調査からも、通知票処理において処理日数の短縮や通知票の質の向上につ ながったと、その効果を挙げる現場の声が聞かれた。 出典: 「校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究」 ((社)日本教育工学振興会 2007 年 3 月) http://www.japet.or.jp/komuict/state.htmlより このように、効果が期待できる校務の情報化ではあるが、余り進んでいない理由として誰が推進すべきな のかという課題がある。同アンケート調査において『校務情報化は誰が推進すべきか』との設問に対し、 「学 校長が中心となって推進すべきである」とする回答が意外と少ない結果となっている。しかし、校務情報化 に取り組む先進事例では、学校長が明確なビジョンを持って推進していることから、学校長がその効果を把 握することが重要であるとしている。 出典: 「校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究」 ((社)日本教育工学振興会 平成 19 年 3 月) http://www.japet.or.jp/komuict/state.htmlより また、 「校務情報化のめざす姿」として、学校内の業務だけでなく、教育委員会、保護者、地域、他の学校、 首長部局・情報政策部門との連携をとった情報システムの構築を目指す、と提示されている。そのためには、 教育委員会が中長期の明確なビジョンを持って計画を立案し、学校と連携してネットワークの整備を進めて いくことが望ましいとしている。 校務情報化は、教育委員会による明確なビジョンと学校長のリーダーシップにより、機器の整備と併せ、 そのもたらす効果が学校現場で実感されることで、段階的に確実に進んでいくものと期待される。 1.4 情報モラル教育の充実と情報セキュリティへの対応 「IT 新改革戦略」において、今後の教育の情報化で重要な視点とされる「情報モラル教育の充実」と「情 報セキュリティ」に関する動きについてふれる。 情報モラルに関しては、文部科学省では 2003 年に同省のホームページに「 情報モラル 授業サポートセ ンター」を立ち上げている。 「情報モラルの指導」に関する授業の実践を、授業画面の動画で確認しながら見 ることが出来、学校、教育センター、教育委員会での取り組みや家庭への対応など参考になる事例が提供さ れている。 また、2006 年度文部科学省委託事業『情報モラル等指導サポート事業』の成果として、 「情報モラル指導 実践キックオフガイド」 ((社)日本教育工学振興会)がまとめられている。このガイドブックは、情報モラル 教育の必要性と指導カリキュラム、これならできる情報モラル指導実践事例、指導に使える役立ち資料集か ら構成されている。また、ガイドブックの内容を Web 化し、Web サイト『やってみよう。情報モラル教育』で、 ガイドブックがダウンロードできるようになっている。2007 年度には、市町村の指導主事を対象に、文部科 学省委託事業「情報モラル指導セミナー」 ((財)コンピュータ教育開発センター)が全国の都道府県において 実施されている。また、 「5分でわかる情報モラル」教材の開発も行われており、情報モラル教育の必要性と 教育全体での位置づけ、指導方法などを約5分の映像でわかり易く紹介され、情報モラル教育の普及・啓発 に努めている。 文部科学省としては「これらの取組を通じて、学校における情報モラル教育の充実に一層取り組んでいく」 としており、教育の情報化においても重要な位置づけとして進めていくべきと捉えられている。 関西地域においても、この情報モラル教育に積極的に取組む機関は多い。京都府八幡市教育研究所では、 単にネットワークの利用規範としての狭義の「情報モラル」の指導ではなく、コンセプトを「子ども達を被 害者にも加害者にもしない」と決め、情報モラル指導系統図をもとに指導案づくりが行われている。 兵庫県三木市立教育センターでは、各学校において保護者にも呼びかけ啓発活動を行っており、ホームペ ージには保護者用のページ「事例で学ぶ Net モラル Web 版」を立ち上げている。また、兵庫県立西宮今津高 等学校では、情報教育が導入されると同時(2000 年)にモラル教育を実施している。現在は、情報モラル指 定校にもなっており、入学予定1年生の生徒・保護者を対象に、モラルマナーガイダンスを実施し、情報倫 理教育を中心に高校在籍期間の3年間を通して情報モラル教育に取り組んでいる。 一方、学校現場では様々な場面でのネットワーク活用等により、個人情報の漏洩・紛失、ウィルス感染等、 情報セキュリティに関する脅威が増加している。その対応策のひとつとして、教育委員会が示すセキュリテ ィポリシーを参考に、各学校において実効性の高い「情報セキュリティポリシー」の策定が求められている。 そこで、2004 年度に学校での情報セキュリティポリシー策定を支援する『学校情報セキュリティハンドブッ ク』 ( (財)コンピュータ教育開発センター)が開発され、2005 年度には、実証実験を基に改訂版が作成され ており、実効性ある情報セキュリティ対策をとることができるようになっている。 (詳細は、後述コラム「教 育現場における情報セキュリティの現状と課題」鳴門教育大学 准教授 藤村裕一氏を参照) また、IT 環境の整備においても情報セキュリティの観点から、1人1台の教員用 PC の整備を進める教育 委員会も出てきている。私用 PC の持ち込み完全禁止や、データを個人持ちとせず必ずサーバーに保管する ことの徹底などがなされている。京都府京田辺市では校長用と教頭用を除く教員用 PC には外部記憶装置へ のデータ書き出しをロックしており、厳重な管理がなされている。京都府教育庁の場合は、ファイルの持ち 出しは所属長の許可を得てからではあるが、完全に止めてしまうことは不可能であることから、持ち出し時 に『危険なものを持ち出している』ことを自覚してもらうことが必要と考え、セキュリティを意識する運用 管理ソフトウェアを全クライアントに導入する計画を立てている。情報セキュリティへの対応は、社会的な 背景を追い風に学校現場においても進みつつある。 1.5 今後の展開 教育分野における情報化の取組みは、「IT 新改革戦略」に謳われている IT 環境整備、教員の IT 活用指導力の 向上、校務情報化、情報モラル教育等においても、まだまだ課題は山積している。その中で、今後の取り組 むべき課題を以下に掲げる。 ●IT 環境整備は一定必要である ・IT 環境の整備が一定整うことにより、学校現場の教員の IT 活用能力も高まり、また IT 利活用に対する 意識も高まることから、より質の高い教育が可能となる。 ・IT 環境整備で大きな課題となるパソコンの整備費用に関しては、古いパソコンの活用やソフトウェアの ライセンス料の抑制が期待できるオープンソース・ソフトウェア(OSS)の導入が実験的に進められてい る。その実証実験等の結果から、今後、OSS は十分にその活用が期待されるところであり、更なる学校 現場への有効性の周知と普及が必要である。 ●人材(教育情報化コーディネータ)の育成と教育CIOは急務である ・ 教育現場における IT 活用の実態調査等からも、IT を授業に活用するための支援体制を望む声が高いこと から、その解決策のひとつに「教育情報化コーディネータ(ITCE) 」の役割が期待される。教育情報化 コーディネータは、欧米ではメディアコーディネータとも呼ばれ、学校現場で学習支援の中核として活 躍していると言われているが、我が国では制度的にはまだ確立していない。 (社)日本教育工学振興会で は、こうした人材の育成として 2001 年度から「教育情報化コーディネータ検定試験」を実施している。 この検定試験は、教育情報化コーディネータに求められる4つの総合的な能力に対し、1級から3級の 3つのレベルに分けられている。4つの求められる能力は、①「教育工学」 「教育情報学」 「学習デザイ ン」に関する基礎的な知識理解、②「学校経営」 「教育システム」 「教育と情報化」に関する基本的な内 容の理解、③情報技術の進展と教育利用に関する知識・技術及び理解、④ネットワーク構築などの実践 的な問題解決能力、コミュニケーション能力、である。3 級資格者は 2 級試験の受験資格を得て 1 次試 験(準 2 級資格)および 2 次試験を経て 2 級の資格を取得できる。2007 年度末現在で 1,566 名(資格取 得内訳:2 級=136 名、準 2 級=302 名、3 級=1,128 名)となっている。 資格取得者の職業は、主に学校関係者や企業(IT ベンダー、教育コンテンツ制作、流通企業など)で ある。 ・一方で教育 CIO 等の必要性も言われている。市町村が逼迫する財政状況の中、教育予算をいかに確保し、 教育の情報化を進めていくか。 そのために地方交付税の積算額に近い情報化予算を組めるかが、 教育 CIO に求められる能力であり期待されるところである。一部先進地域においては教育 CIO あるいは CIO 補 佐官を配置し、その有用性が確認されている。今後は教育分野においてもガバナンスの視点から、教育 CIO の設置が必要となってくる。 ●教育委員会や財政当局の「学校の情報化」に対する理解が不可欠である ・教育の情報化において IT 環境整備は地方交付税に拠ることから、その使途については各地方公共団体に 任されており、教育委員会や財政当局の「学校の情報化」に対する理解が不可欠である。 ・先述の教育 CIO の役割の必要性に加え、学校教育に関わる教育委員会、管理職教諭、財政当局、情報担 当教諭、IT ベンダー・コンテンツ流通等の企業が、それぞれの立場での働きかけや連携により、その必 要性と理解を求めていくことが必要となってくる。 ●校務情報化ガイドラインが必要である 校務情報化の推進は、都道府県の教育委員会と市町村の教育委員会との共通認識に基づいた明確なビジ ョンの元に、学校長のリーダーシップにより推進していくことが求められる。そのためにも一定のガイ ドラインを定め、統合的に推進することが必要である。 ●地域社会での情報モラル力の醸成が必要である 情報モラル教育に関しては、ユビキタスネットワーク社会において教育関係者のみならず、学校社会を とりまく全て(保護者、地域等も含む)において、情報モラル力の醸成が求められる。地域を巻き込んだ 情報モラル教育の機会として、学校の役割は重要となってくる。 以上、教育分野における IT 活用に関して、IT 環境整備と教員の IT 活用指導力との関係を、文部科学省が 実施したアンケート調査結果等を中心に、その現状の把握と関西地域の特徴(傾向)等を見てきた。その結 果、教育委員会と学校現場、学校長等管理職と教員の意識の差や関西の教員は環境整備よりサポート支援を 望んでいること、また学校内での情報担当者の持つスキルは全国に比べ高く、特に、各種の計画立案・提案 能力が高いことから、学校現場において他都市に先駆け先進的な取り組みが行われていること等、その動向 が概観できた。 コラム 教育現場における情報セキュリティの現状と課題 国立大学法人 鳴門教育大学 准教授 藤村 裕一 近年,各界での個人情報の流出等を受け,学校においても,個人情報の保護をはじ めとする情報セキュリティ対策の重要性が認識され始めている。しかし,学校は企業 や行政機関とは異なる特性をもち, 学校の特性に応じた情報セキュリティ対策を開発 する必要がある。コンピュータ教育開発センターは,経済産業省予算により「学校情 報セキュリティハンドブック」を開発し,さらに教育現場の現状と課題を踏まえ,そ の改訂版を作成して,学校の情報セキュリティ確保を支援している。 1.学校における企業用情報セキュリティ対策適用の困難性 近年,ファイル共有ソフトのウイルス感染やPCやメディアの盗難・紛失などによる個人情報の 流出・不正侵入などにより,企業や行政機関において情報セキュリティ対策の重要性が認識され, 研究・対策とも進んできた。その成果は,情報セキュリティ対策の標準規格であるJIS Q27002:2006 や『セキュア・ジャパン2006』 1) 等に集約され,企業等で効果を発揮している。 しかし,学校は企業等と異なる特性をもち,JIS Q27002:2006をそのまま適用することも,企業 の情報セキュリティ研修方策を活用することも困難である。 2.学校での情報セキュリティポリシー策定を支援するハンドブックの開発 そこで,私が委員長を務めるコンピュータ教育開発センター(経 産省・文科省共管団体)の「学校情報セキュリティ委員会」では, 学校における情報セキュリティの現状と課題を明らかにすると共に, それに対応した学校への支援として,平成 16 年度に『学校情報セキ ュリティハンドブック』を開発し,平成 17 年度には実証実験を基に, 改訂版を作成した。これにより,学校や教育委員会で情報セキュリ ティポリシーを策定し,実効性のある情報セキュリティ対策を取る ことができるように支援することが可能となった。 『学校情報セキュリティハンドブック改訂版』は,現在,次に掲げる CEC の Web ページから冊 子や pdf ファイルを,送料のみで取り寄せることができる。 http://www.cec.or.jp/CEC/index.html 図1.教育現場での策定を目指す学校情報セキュリティポリシーの文書体系 3. 学校の情報セキュリティの現状と課題 3.1 学校の特性分析 学校での参与観察,教育委員会・管理職・一般教員へのヒアリング調査により,学校には表1の 5つの特性があることが明らかになった。 表1.学校の企業と異なる特性 項 学校の特性 ① 指揮・命令機能が弱い ② 能力・意識差が大きい ③ 専門家が不在である ④ 私物PCの持ち込み・業務利用が一般的 ⑤ ネットワーク,システム管理権限がない ①指揮命令機能の弱さ 上記特性のうち,①の「指揮・命令機能が弱い」というのが,企業や行政機関と決定的に異なり, 最大の欠点でもある。企業や行政機関では,上司である管理職の命令は絶対的であるが,学校では, 教育委員会や校長・教頭の指示が命令とは受け取られず,場合によっては聞き流されてしまうとい う文化がある。教育委員会や校長から一定の手続きを経なければ個人情報を校外に持ち出せないと 指導があっても,ほとんどの教師が個人のパソコンや USB メモリ等に無防備な状況でデータを入れ て持ち歩いているなどという状況が見受けられる。 そこで,教育委員会等の指揮・命令による「トップダウンアプローチ」だけではなく,学校現場 の教員が自主的・主体的に取り組む「ボトムアップアプローチ」をも組み込むこととした。 ②能力・意識差の大きさ 学校では,個人の能力が給与や待遇に反映されることがないため,教育委員会や校内の担当者に よる研修機会の設定にもかかわらず,コンピュータや情報通信ネットワークの利用に関する知識や 技能,情報セキュリティに関する意識に関する差異が大きいという状況がある。 ②は,1と合わさって,巨大な人的セキュリティーホールとなることが予想される。 ③専門家の不在 学校には,行政機関や大企業と異なり,情報化推進室など,情報関係の専門家が在籍する状況に なく,多少パソコンに詳しい教員が情報化を担当している現状である。したがって,専門家によっ て職員全体を指導・助言することが困難であり,校内でセキュリティの確保を的確に行うことも困 難となっている。 ④私物PCの持ち込み・業務利用が一般的 2006 年の 「IT新改革戦略」 で1人1台の PC を 2010 年までに整備することが掲げられているが, 全国的に教員1人1台 PC の整備を完了しているところは非常に少ない。そこで,教員の私物 PC を 学校に持ち込んで業務に利用し,その中で個人情報も取り扱っているという状況がかなり一般的に 見られる。 また, これらの私物 PC には, ファイル共有ソフトの有無の点検を受けていないどころか, ウイルス対策ソフトが期限切れになっているようなものまで数多く見られる。このような私物 PC を個人情報保護条例や教育委員会のガイドラインに反して,学校イントラネットやインターネット に接続している事例がかなり多く存在する。これは,ハードウェア的なセキュリティーホールとな るため,一刻も早く教員1人1台 PC を配付して欲しいところである。 しかし,財政状況のよくない自治体が多く,早くも配付を断念し,一定の条件下で私物 PC の持ち 込み・業務利用・ネットワーク接続を認めようという教育委員会も出てきている。 ⑤ネットワーク,システム管理権限がない現状 学校のインターネット接続には,直接プロバイダと接続している場合,教育委員会や自治体のイ ントラネットに接続している場合などがある。したがって,いずれの場合も学校にシステムやネッ トワークを管理する権限がなく,その部分のセキュリティ確保や,システム管理部門と連携した施 策の徹底が困難な状況にある。 これら①∼⑤のような特性をもった学校に特化した情報セキュリティ対策の整備が急務である。 3.2 「ASSURE Method」の概要 そこで,表1の①∼⑤の学校の特性に対応し,それに適した対策を具体化する情報セキュリティ の実効性確保策として開発し, 『学校情報セキュリティハンドブック』で採用したのが「ASSURE Method」である。 表2.ASSURE Method の4視点 A…Attention(注意喚起・問題意識の高揚) SS…Small Step training(マニュアルレベルの具体的・実技的な研修) U…Unify knowledge(知の共有・ワークショップ型研修) RE…Reporting(実施状況報告の導入) (1)A…Attention(注意喚起・問題意識の高揚) ①の「指揮・命令機能が弱い」 (管理職からの指示を絶対的に守るわけではない)という学校文化 と②の情報セキュリティに関する「意識差が大きい」ということに対応するため,情報セキュリテ ィ対策の第一歩は,教員の注意喚起を図り,問題意識を共有するため,実際に起こった問題事例を 紹介することが効果的であることが分かった。 このことに対応するため, 『学校情報セキュリティハンドブック』では,具体的な問題事例を掲載 し,校内研修会等で問題意識の共有を行うことができるようにした。 図2.具体的問題事例紹介による注意喚起 (2)SS…Small Step training(マニュアルレベルの具体的・実技的な研修) ②の「能力差の大きさ」と「専門家が不在である」という特性に対応するため, 「具体的にどのソ フトのどこをどのように操作すれば,個人情報ファイルにパスワード設定ができるのか」など,PC が苦手な教師も,個人所有パソコンも含め,具体的にどうすればよいのかが分かるよう Small Step で提示し,さらにこれを実技研修で行えるよう『学校情報セキュリティハンドブック』の巻末に「参 考」として具体的手順を掲載した。 図3.マニュアルレベルの具体的・実技的指導 (3)U…Unify Knowledge(知の共有・ワープショップ型研修のための手順と帳票の開発) 情報セキュリティ対策について考え,各学校の実態に応じたセキュリティポリシー・実施手順書 を策定するためには,情報資産の洗い出し,ランク付け,脅威・リスク分析等の作業を行わなけれ ばならない。従来,学校向けの情報セキュリティポリシーの策定が試みられたが,普及しなかった 原因が,一部の担当者のみで策定され,一般教員の自己関与意識が低く,遵守する意識が高揚され なかったことが分かった。そこで,学校の特性②③④に対応しつつ,この問題を解決するため,教 育委員会や専門家等から働きかけをし,ワークショップ型研修でこれらの作業を行うことができる よう『学校情報セキュリティハンドブック』では,その作業手順を具体的に示すと共に,その際に 活用できる帳票を提示するようにした。 このような『学校情報セキュリティハンドブック』を活用したワークショップ型研修によって, 知の共有を図ると共に, 自己関与意識を高め遵守する意識を高揚することができることが分かった。 また,これにより,⑤のネットワーク,システム管理権限をもつ教育委員会が,学校の現状を踏ま えつつバランス感覚に優れた教育委員会レベルの情報セキュリティポリシーを策定できることも分 かった。 (4) RE…Reporting(実施状況報告の導入) ①②④の特性に対応するためには,札幌市教育委員会の事例調査のように,図3の通り,Small Step training 後の実施状況報告を求めることが極めて有効であることが分かった。 個人情報ファイルへ PCのみ 10.7% のパスワード設定率 PC未使 用等 32.4% なし 6.3% ファイル のみ 2.6% PC+ ファイル 既設 16.2% PC+ ファイル 新設 32% 図4.札幌市における研修後実施報告の成果 4. 改訂版ハンドブックの改善点 以上のような研究成果を踏まえた『学校情報セキュリティハンドブック』は,予想以上の好評を 得て,度重なる増刷を行い,熱心な教育委員会や学校で用いられることとなった。 しかし,学校へのさらなる普及を図って,学校情報セキュリティの状況を改善するため,実証事 件地域やハンドブックを利用していただいた教育委員会・学校からの意見・要望をアンケートによ り調査し,次の通り,改訂版で,さらなる改善を図ることとした。 (1)帳票と手順の簡素化 学校は,日常の教育業務で忙しく,学校情報セキュリティポリシー策定のために割ける時間が限 られている。そこで,夏休み等の長期休業の校内研修会などを利用して,より少ない手間でセキュ リティポリシーを策定できるように,複数の帳票を統合しながら,必要な問題意識の喚起や方針に 関する判断ができるよう工夫して,手順も含めて簡素化するようにした。 (2)帳票・資料の Web 支援サイトの立ち上げ 改訂版の発行に合わせ,前述のコンピュータ教育開発センター(CEC)の Web ページから,帳票類 をダウンロードし,学校でそのまま利用することも可能とした。また,ここから,様々なサイトの 資料を閲覧できるようにし,知識の補充も可能とした。 (3)詳細版の発行 『学校情報セキュリティハンドブック』 (改訂版を含む)は,あくまでも一般教員を対象として読 みやすくなるよう作成したが,専門的な知見については,かなり省略した。そこで,研修担当者や 学校情報セキュリティの担当者が寄り深く学ぶことができるよう『詳細版』も作成し,配付してい る。 5.情報資産洗い出しの有効性と課題としての PDCA 上記の通り,従来, 「全くの無防備」と行ってもよかった学校現場の情報セキュリティ対策が,徐々 にではあるが,浸透しつつある。 実際に学校情報セキュリティポリシーの策定作業をした学校からは, 「情報資産の洗い出し作業は 大変だったが,そのことで意識が変わった。特に公文書だけでなく,扱いがあやふやだった通知表 所見の下書きデータやテストの素点データなど,文書管理という視点だけでは解決できなかった情 報セキュリティを考え直すことができてよかった」との意見が非常に多く寄せられた。 今後は,一旦策定した学校情報セキュリティポリシーを見直し,改善・徹底を図るPDCAサイ クルを回していくことが,最大の課題である。 (本コラムは「関西情報化実態調査 2006」寄稿より掲載) 2. 医療分野におけるIT活用 → 医療分野の情報化に関するポイント ◆医療情報を取り巻く環境の変化 ● 病院の生き残りをかけた経営(経営戦略、機能特化、医療連携)が愁眉の課題になっている。 ● 医療制度の改革(医療制度改革大綱、特定健診・特定保健指導の義務化等)が打出されている。 ● 医療部門の新 IT 化施策(IT 新改革戦略、情報化新グランドデザイン等)が打出されている。 ◆ヒアリング調査結果からわかった医療情報分野の課題 ● 医療と情報を繋ぐ担当者レベルの人材は順調に育成が図られてきているが、 医療情報をマネジ メントする人材や経営に繋げる人材(医療機関 CIO)がまだ育っていない。 ●医療情報のネットワーク化の相互運用の基盤となる標準化(診療情報コンテンツや医療機関で 異なる患者IDを統一管理する仕組み、個人情報管理)について、2つの疾病分野に適用した 実証実験が実施されている。 他の疾病分野に水平展開していくにはそれぞれの治療業務プロセ スの標準化のためのフレームワーク作りが課題となっている。 ● 個人の生涯に亘る診療情報や健診情報を活用した予防や健康管理のサービスを可能とする基 盤として、個人の医療・検診情報のデータウェアハウスが求められている。 ◆関西地域の強み ● 医療情報人材として医療情報技師は他の地域と比べ充実している。 ● 医療情報のネットワーク化も多数取り組まれている。 ● 個人の健康・医療情報の管理の取り組みが先進的に行われている。 2.1 医療分野の特性 (1)医療分野の特性 医療分野は国の規制が強い分野である。国民皆保険制度に基づく医療機関の収入の大半が 診療報酬によるものであり、病院、診療所それぞれに対して一般的に全国一律の診療報酬が 支払われている。医療機関が医療の質(医師の質、設備、システム)を高めたいと思っても 診療報酬の単価に反映されにくいため、財政面の制約から医療の質の向上のインセンティブ が働きにくい。また、大都市圏を除く各地で病院の医師不足が顕在化している。医師の数が 大学の医学部の定員制約や医師が育成されるまでのタイムラグ、あるいは新臨床研修制度に 伴う地方からの新人医師の流出など、医師の需給バランスが働いていない。出身医局に基づ く独自の診療方法の存在や、医師の裁量が強いため医療現場での業務プロセスの標準化がで きていないなど、医療分野は数多くの問題を抱えている。 (2)医療分野の情報化の問題点 医療分野の情報化は、診療の質や安全性の向上、患者サービスの向上、医療機関の経営へ の貢献(効率化・競争優位戦略の実現)を目的として進められている。 しかし、医療機関の情報化には下記のような問題点がある。 ● IT投資に多大な費用を伴う割には(病院では数億∼数十億) 、収益増に結びつきにくい ● 院内には様々なベンダの IT 機器があり、データ互換性に乏しく有機的な活用が難しい ● レセプトコンピュータ(診療報酬明細書作成用)のデータは請求側が電子媒体を審査側に郵 送し、双方で紙にアウトプットして内容チェックをするという仕組みの無駄がある。 2.2 医療分野の情報化を取り巻く内外の環境の変化 医療分野の情報化を取り巻く環境が激変しており、内部環境の変化と外部環境の変化に分けて その状況を記載する。 (1)内部環境の変化 ◆病院経営の悪化 内部環境の変化に関しては多くの医療機関で経営状況が悪化していることが挙げられる。主 な収入源である診療報酬がマイナス改定されたこともあり、病院の7割(内、自治体系病院では 9割)が赤字経営となっているといわれている。業務を効率化し収支を管理、改善することが医 療機関の経営上の喫緊の課題となっている。医療機関の業務や収支などの経営情報をリアルタイ ムに把握して、業務の効率化、診療科別・疾病別コスト管理、病床利用率、在庫管理などの情報 から経営戦略の策定やマネジメントに役立つ統合的な経営支援システムが求められている。下図 に一例(バランススコアカードによる病院経営戦略とITの活用)を示す。関西地域では、例え ば洛和会音羽病院がITを活用した待ち時間短縮などの患者サービスの向上策を展開し、病院経 営の改善に大きな成果を上げている。 病院経営戦略に結びついたIT活用の例 病院経営の質の改善 患者評価の改善 収益性の増大 患者数の増加 コストの削減 競争優位戦略の実現 患者満足度の向上 サービスの向上・業務の効率化 医療の質向上・安全の向上 (ITの活用) (ITの活用) 地域の医療連携の強 警告機能 化(遠隔診断支援を (異常値、過誤) 待ち時間の短縮 情報の分析・活用 (コスト管理等) 含む) 伝達ミス防止 チーム医療充実 根拠に基づく医療 患者への情報提供 (情報の共有化) 見誤り防止 と十分な説明 医療負担の抑制 (閲覧性の向上) 業務プロセス改善 (可視化) 事務の効率化 (レセプト等) 基盤の整備(IT基盤等) 人的資本(IT人材等) 、情報資本(システム、DB、ネットワーク) 、組織資本(体制、チームワーク、リーダシップ) ◆安全性、医療の質、サービスの向上への要請 患者の満足度向上や新規患者の獲得につながる医療現場での安全性、医療の質、サービスの 向上を図る必要がある。 安全性については、医療事故防止の観点から異常値や過誤に対する警告機能、診療情報の閲 覧性向上や情報共有化による伝達ミスの防止などが IT 化に期待されている。 医療の質の向上については医学根拠に基づく診療支援システム(EBM: Evidence-Based Medicine)により治療レベルの底上げなどが期待されている。 サービスの向上については患者への情報提供や待ち時間の短縮といったものがある。 ◆地域医療連携への要請 病院の医師や看護師の不足や偏在に伴い、地方などで医療機関の機能分化・再編成が進んで いる。その対応策の一つである地域医療連携(中核病院、診療所間のシームレスな機能連携) には地域の医療情報のネットワーク化(医療情報の共有化)が必要になる。関西地域では、京 都、大阪、和歌山などで地域の医療情報のネットワーク化の先進的な取り組みを実施している。 また、画像診断や病理診断などの高度な専門医不足から、僻地だけでなく都市部においても IT を活用した遠隔診断による支援が期待されている。 (2)外部環境の変化 外部環境の変化に関しては、高齢化などに伴う医療費の高騰などを背景とした国の医療政策の 改変や IT 構造改革力を期待した情報化政策の策定がある。これらの政策の改変は国の医療費支出 (補助金や補填、下図)の削減と医療の安全性・質の向上を主目的としている。 日本の医療におけるお金の流れ 使用者 (企業、役所等) 被用者 (従業員) 会 社 等 自営業者等 (年金生活者含む) 患者 一部 負担 会 社 税金 国保 政管健保 (中小企業) 組 合 不足分 補填 政府 国保連 (審査・支払い) 支払基金 (審査・支払い) 支払い 診療所 公的病院 補助金 私的病院 出典:「医療問題 <第3版>」池上 直己著 日本経済新聞出版社 を加工 国民医療費(平成17年度)支出の内訳 患者負担, 47,572 億円 , 11% 公費(国庫), 120,610 億円 , 30% 保険料 (被保険者), 95,811 億円 , 23% 国民医療費全体 (平成17年度) 331,289億円 100% 公費(地方), 82,992 億円 , 20% 保険料 (事業主), 67,082 億円, 16% 出典:厚生労働省「平成17年度国民医療費の概要」より加工 年齢帯別 1 人当たり医療費 (単位:千円) 900 8 1 9 .1 800 700 6 0 8 .2 600 500 4 4 3 .1 400 3 5 3 .9 2 6 6 .5 300 2 1 1 .8 208 1 6 0 .7 200 1 0 9 .2 7 6 .6 6 6 .6 100 0∼4歳 10∼14歳 1 0 8 .4 1 3 6 .4 7 8 .7 20∼24歳 30∼34歳 40∼44歳 50∼54歳 60∼64歳 70∼74歳 出典:厚生労働省「平成17年度国民医療費の概要」より加工 日本の将来推計人口における 65 歳以上人口の占める割合 70 60 50 40 0∼14歳 15∼64歳 6 5 歳以上 30 20 10 0 20 05 20 10 20 15 20 20 20 25 20 30 20 35 20 40 20 45 20 50 20 55 人口比率(%) 0 9 8 .2 1 2 0 .9 年次 出典: 「日本の将来推計人口」 (平成 18 年 12 月推計:国立社会保障・人口問題研究所)より加工 ◆「医療制度改革大綱」 政府・与党医療改革協議会が 2005 年 12 月に策定した「医療制度改革大綱」には、医療制度の 構造改革として下記の内容が謳われている。 ● 安心・信頼の医療確保と予防の重視(地域医療連携体制の構築、生活習慣病の予防等) ● 医療費の適正化の総合的推進(レセプトのオンライン化とデータ分析含む) ● 超高齢化社会を展望した新たな医療保険体系の実現 「医療制度改革大綱」を受けて、 「高齢者の医療確保に関する法律」が改正され、下記の制度 が 2008 年 4 月から施行される。 ● 特定健診・特定保健指導の義務化(40 歳∼74 歳の人に対する内蔵脂肪型肥満の早期発見と 保健指導の医療保険者への義務化) ● 後期高齢者医療制度(75 歳以上の後期高齢者に対する財源負担に関する制度) また、上記「医療制度改革大綱」を受けて、その後に策定された国の IT 施策には IT を使った 医療分野の課題解決策が盛り込まれている。 ◆「IT 新改革戦略」 2006 年 1 月に策定された「IT 新改革戦略」(内閣官房、IT 化を推進するための目標と方策の5ヵ 年計画)では医療分野の IT 化が最重要課題の一つとして位置づけられている。また、その中で IT による医療の構造改革の実現に向けて以下の5つの方策を挙げている。 ①レセプトの完全オンライン化による事務経費の削減と予防医療への活用 ②個人が生涯を通じて健康情報を活用できる基盤作り ③ 医療における効果的なコミュニケーションの実現(遠隔医療サービス、地デジ放送の活用) ④ 医療情報化インフラの整備(医療機関 CIO 等の人材育成、セキュリティ基盤整備を含む) ⑤ 情報化推進体制の整備と情報化新グランドデザインの策定 ◆「医療・健康・介護・福祉分野の情報化新グランドデザイン」 医療、健康等における統合的な IT 化を重点的に推進するため、 「医療・健康・介護・福祉分野の 情報化新グランドデザイン」 (厚生労働省、2007 年 3 月)が策定された。その中で概ね今後の5 ヵ年アクションプランとして下記の7つの課題が提示されている。 ①医療機関の情報連携のための標準化 ②個人情報の安全な取り扱いについての取組み ③より高次な医療情報活用に向けた取組み ④健診結果等の収集、活用方策等についての取組み ⑤レセプトデータの収集・活用方策等についての取組み ⑥データ分析のための用語体系の開発 ⑦障害福祉サービスに係る事業者の請求事務の効率化 なお、保健・医療に関する個人情報は、最もセンシティブな情報として考えられているので一 般の個人情報に比べて一層取り扱いに注意しなければならない。プライバシーとセキュリティに 関して2つのガイドラインが厚生労働省から出されている。 「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」 (2004 年 12 月) 「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(第 3 版) 」 (2008 年 3 月) 出典: 「医療・健康・介護・福祉分野の情報化新グランドデザイン」 (厚生労働省、2007 年 3 月) ◆「IT 新改革戦略政策パッケージ」 内閣府 IT 戦略本部が「IT 新改革戦略政策パッケージ」を 2007 年 4 月に策定した。 「健全で安 心できる社会の実現」のための医療・健康に関する将来に向けた政策パッケージとして、 「国民の 健康情報を大切に活用する情報基盤の実現」及び「国民視点の社会保障サービスの実現に向けて の電子私書箱(仮称)の創設」がある。 ● 国民の健康情報を大切に活用する情報基盤の実現 健康情報の電子的活用により下記の要素の提供が可能となり医療の質の向上が期待される。 そのための国民健康情報基盤を 2011 年初当までに構築する。 ①個人の健康情報を自らが管理し医師等に提示することによる病歴・体質に応じた医療の提供 ②異なる医療機関間においても患者の健康情報が分断されない継続性のある医療の提供 ③疾病情報や臨床データの分析による根拠に基づいた医療の提供 ● 国民視点の社会保障サービスの実現に向けての「電子私書箱(仮称) 」の創設 社会保障に関する国民個々の情報は、医療機関や保険者等、機関毎に個別管理されており、本 人が自由にアクセスし、活用できる状態にない。そこで、これらの情報を国民が自らのものと して簡単に収集管理可能な仕組み「電子私書箱(仮称) (電子情報アカウント) 」を検討し、2010 年頃にサービスを開始することを計画している。 「電子私書箱(仮称) 」構想 出典: 「IT 新改革戦略 政策パッケージ」 (内閣府 IT 戦略本部、2007 年 4 月) 2.3 医療情報のヒアリング調査 (1)ヒアリングの概要 2006 年度及び 2007 年度の 2 年間に亘り、18 箇所(大学、病院、関連団体、NPO、ベンダ、一 般企業)の有識者にヒアリング調査を実施し、ヒアリング結果及び文献調査から医療部門におけ る情報化の課題として下記の項目が浮かびあがった。 ① 医療情報の人材育成、 ② 医療情報ネットワーク化の普及拡大の課題(標準化等) 、 ③ 個人の医療健康情報の活用の将来像 ヒアリング先及びヒアリング内容 病院 大学 関連団体 情報センタ ベンダー 一般企業 有識者及び所属組織 ヒアリング内容 児島 純司 氏 ・病院内IT化による顧客満足度の向上 洛和会音羽病院 ・地域の医療情報のネットワーク化 吉原 博幸 氏 ・国レベルの医療情報ネットワーク化の推進 京都大学附属病院 松村 泰志 氏 ・病院のインテリジェントホスピタル化 大阪大学附属病院 ・地域の医療情報ネットワーク化 宮原 勅治 氏 ・病院経営へのIT活用とマネジメント 神戸市立医療センター中央市民病院 北岡 有喜 氏 ・国立病院機構や京都市域の医療情報ネットワーク (独法)国立病院機構 京都医療センター ・病院のIT化に必要な人材、標準化 井上 通敏 氏 ・病院経営と情報化 大阪府立病院機構 内藤 道夫 氏 ・上級医療情報技師 大阪警察病院 ・DPCによる包括診療報酬制度 入江 真行 氏 ・診療情報管理士、医療情報技師 和歌山県立医科大学 ・和歌山地域の医療情報ネットワークの取り組み 阿曽沼 元博 氏 ・医療機関CIOの資質・役割り 国際医療福祉大学 細羽 実 氏 ・医療情報の標準化(DICOM,HL7等)の取組み状況 京都医療科学大学 宮本 正喜 氏 ・医療機関CIOの役割 兵庫医科大学 今中 雄一 氏 ・医療の質の評価 京都大学大学院医学研究科 ・医療経営人材育成 山田 恒夫 氏 ・医療交互・コードの標準化 (財)医療情報システム開発センター ・医療情報のネットワーク化 篠田 英範 氏 ・医療部門の標準化の取り組み 保健医療福祉情報システム工業会 ・地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業 上野 智明 氏 ・医療部門のIT化の動向 日本医師会総合政策研究機構 ・レセコンを使った情報システム「ORCA」の開発・普及 福田 清高 氏 ・加古川地区での保健・医療連携システムの運用情況 加古川地域医療情報センター 山路 雄一 氏 ・医療分野を取り巻くIT化の動き 富士通㈱ヘルスケアソリューション事業本部・医療分野の人材育成 浦川 正博 氏 ・社員の健康作りシステム 大阪ガス㈱健康開発センター (2)病院内の情報化の推進に必要な人材育成 ヒアリング調査に基づき、医療部門の情報化に関連した人材の育成として「診療情報管理士」 (事務系:精度の高いカルテ管理/診療情報記録に基づくデータの収集・分析) 、 「医療情報技師」 (技術系:医療情報システムの企画・開発・運用管理)及び「医療機関 CIO(仮称) 」 (経営系) の実情をとりまとめた。 ◆診療情報管理士 診療録(カルテ)の内容を管理する「診療情報管理士」 (1996 年に「診療録管理士」から名称 変更)は、ICD 国際疾病分類に基づいて病名をコード化し、情報をデータベース化する役割を担 っている。診療情報管理士の業務は、診療録が紙から電子保存への移行に伴い、IT の知識と共に 統計学の知識(疾病毎の患者統計分析等)も必要とされている。 (財)日本医療機能評価機構が医 療水準の向上を目的として第三者的立場から審査する「病院機能評価」 (医療の質の評価、受審は 任意)の評価項目の一つとして診療録の管理がある。 「診療情報管理士」が病院に存在することが 医療情報の品質管理がされているとして評価される。また診療報酬点数の加算項目にもなってお り、 「診療情報管理士」は近年急速に増加している。更に、診断群分類 DPC(Diagnosis Procedure Combination)別包括評価制度の導入に伴って「診療情報管理士」は、国際疾病分類に基づく DPC コードの付与、DPC ベースの診療情報の統計処理・分析などの新たな業務を担うようになった。 (社)日本病院会が「診療情報管理士」認定試験を実施し、医療研修推進財団や病院団体により 共同認定されている。2007 年時点の認定者数は約 9000 で、2005 度からは「診療情報管理士」の 技能・資質向上、管理者・指導者の育成を担う「診療情報管理士指導者」の認定も開始されている。 ◆医療情報技師 「医療情報技師」は、 「保健医療福祉専門職の一員として,医療の特質をふまえ,最適な情報処理 技術にもとづき医療情報を安全かつ有効に活用・提供することができる知識・技術および資質を 有する者」と定義され、下記の役割を担っている。 ①病院内で電子カルテを中心にした医療情報システムを構築する。 ②運用時において医療現場で業務をする従事者と情報システムのベンダのSEとの橋渡し (通訳) をする。 ③効果的な医療情報システムに改善していく。 特に、効果的な医療情報システムを企画・開発(構築)・運用をしていくために、医療情報技師 には下記の機能が期待されている( 「医療情報サブノート」日本医療情報学会医療情報技師育成部 会編より) 。 ・仕組みの可視化などにより院内の組織間の調整(コミュニケーション) 。 ・医療支援のための精度の高いデータベースの構築と分析・評価(過去の診療情報、EBM 等) ・病院管理のための情報分析(原価管理分析、病院運営管理指標分析、病院評価指標分析等) ・医学研究のための情報分析(疾患の原因究明等) 日本医療情報学会によると、このような役割・機能を果たしていくために「医療情報技師」には 医療情報システムだけでなく情報処理技術及び医学・医療の3つの領域の知識の習得が求められ ている。そのため各領域には以下の科目が用意されている。 医療情報技師に求められる知識 医療情報システム ・医療情報の特性と医療情報システムの現状 ・病院情報システム ・広域ネットワークが支える医療情報システム ・組織間の調整と契約 ・医療情報の倫理標準化 ・医療記録の電子化 ・医療情報の倫理 ・医療支援のためのデータ分析・評価 情報処理技術 ・コンピュータの基礎 ・ネットワーク技術 ・データベース技術 ・情報システムの開発と運用 ・システム管理 ・情報セキュリティ 医学・医療 ・医学・医療総論 ・医療制度 ・医療・病院管理 ・社会医学 ・臨床医学 ・診療録およびその他の診療記録 ・臨床看護 ・臨床検査 ・医薬品の体系 ・安全で適切な医療 ・先進医療 「医療情報技師」の認定試験は日本医療情報学会により 2003 年から実施され、2007 年までに 6000 人以上が認定されている。約半数はベンダに所属する人達である。関西地域においては神戸 市立医療センター中央病院の「医療情報技師」認定者数が 30 人と突出しており、全国一のレベル にある。なお、 「医療情報技師」の資格認定制度は「関西医療情報処理懇談会」が 2001 年頃から 医療部門の情報技師の資格認定についてワーキングで検討してきた内容などがベースになってい る。なお、同学会の医療情報技師育成部会委員も関西地域は、関東地域についで多い。また、 「医 療情報技師」の上位の資格である「上級医療情報技師」として 2008 年 2 月に初めて 81 名が認定 された。 「上級医療情報技師」は医療情報システムをマネージする立場の人を想定し、病院経営を にらんだシステムの企画と開発・運用の調整と共に蓄積されたデータベースを活用し、新しい知 見を生み出すことなどが期待されている。 「上級医療情報技師」は、5 年以上の実務経験を有する「医療情報技師」であり、 「保健医療福 祉分野でのシステム化にあたり、現状分析に基づいて企画を提案でき、開発、導入、運用の各段 階において適切な手順を理解し、リーダーシップを発揮できる者であると定義されている。 医療情報技師の取得者数は都市部で多く、地域(都道府県)の病院当たり医療情報技師数と電 子カルテ導入率の間には相関が認められる。関西地域では医療情報技師の資格取得に対して熱心 な地域であることが見て取れる。 電子カルテ導入率(%) 都道府県別病院当たり医療情報技師と電子カルテ導入率の相関 (2005年度) 15% 和歌山 奈良 10% 京都 兵庫 (愛知) 5% (東京) 大阪 滋賀 0% 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 病院当たり医療情報技師数(人/病院) 1.2 1.4 電子カルテ導入率(%) 地域別病院当たり医療情報技師と電子カルテ導入率の相関 (2005年度) 15% 10% 九州・沖縄 中部 5% 関西 中国・四国 関東 東北・北海道 0% 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 病院当たり医療情報技師(人/病院) 0.6 0.7 出展: 「厚生労働省統計表データベースシステム」 (医療施設調査 2005 年 10 月) 「有限責任中間法人日本医療情報学会 医療情報技師育成部会」の HP より (上記の医療情報技師数は 2003 年∼2005 年に認定された数の累計数である) なお、医療情報技師及び上級医療情報技師並びに次に述べる医療機関CIO(医療情報最高 責任者)の能力をモデル化すると下図のようになる。 医療情報技師等の能力モデル 医療分野の専門性 医療情報最高責任者( 最高責任者(HCIO HCIO) ) 医療情報 医療情報最高責任者(HCIO) 病院経営・ 管理の専門性 病院経営・管理の専門性 上級の医療情報技師 Senior Healthcare IT OJT 医療情報技師 Healthcare IT 情報技術の専門性 医療情報技師の能力モデル 出典: 「関西情報化実態調査 2007」報告書内「医療情報技師∼医療のICT化を担う新しいプロ∼」内藤道夫 ◆医療機関 CIO(仮称) 病院の経営を担う人材(病院長や事務局長クラスの人)を対象とした「医療機関 CIO(仮称) 」 の育成も検討されはじめている。 「医療機関 CIO(仮称) 」は上記「上級医療情報技師」の延長 線上にあるというよりもむしろ経営陣の一翼を担う立場の人物が考えられている。そのような 認識から東京地区では「医療機関 CIO(仮称) 」の候補者を対象とした病院経営塾が開催され ている。 「医療機関 CIO(仮称) 」の役割り、必要な知識、資質等については、現在色々な機関 で検討、模索しているところである。例えば、国際医療福祉大学では経済産業省より 2004 年 度に「医療情報管理者(CIO)育成のためのモデルプログラム開発事業」を受託し、育成プロ グラムを作成し、教育を実施している。また、その教育支援ツールとして経済産業省の 2005 度委託事業「医療経営人材育成事業」として、医療経営人材育成テキストが作成された。更に 2006 度には京都大学や大阪大学などを含む 5 つの団体(コンソーシアム等)が同テキストに対 する補完教材の作成や実証授業を実施している。また、京都大学は医療経営の人材プログラム を専門職大学院として有しており、 「医療経営ヤングリーダーコース」を運営している。 アメリカでは特に珍しい存在ではない「医療機関 CIO(仮称) 」も日本では公的医療機関な どの一部を除き、まだ余り存在していない。医療機関で IT 化が急速に進んでいく中で院内に おいて IT ガバナンスを確立するためには、 「医療機関 CIO(仮称) 」の存在が強く求められて おり、その早期育成が待たれる。 ヒアリングを通じて得られた「医療機関 CIO(仮称) 」の役割、知識、資質についての一例 を下記に示す。 ●「医療機関 CIO(仮称) 」の役割 ・全体最適の視点から IT を活用した病院経営戦略の構築 ・情報を目的に沿って活用し、課題を克服する ・経営トップや各医局とのコミュニケーションや調整 ・病院内外の IT を活用した複数のプロジェクトを統合的にマネジメントする ・人間関係を押さえた上での IT 関連組織の編制 ・情報やベンダについて取捨選択の判断 ・IT 関連の人材育成 ・取り巻く環境変化(法改正等)への早期対応策の検討 ●「医療機関 CIO(仮称) 」に必要な知識 ・経営に関する知識 ・IT に関する知識 ・診療に対する知識 ・病院の仕組み知識 ●「医療機関 CIO(仮称) 」に求められる資質 ・コーディネート力(コミュニケーション、調整能力) ・経営的センス ・強いリーダーシップ ・統合的プログラムマネジメント能力 なお、 「医療機関 CIO(仮称) 」が病院経営に対する全体最適の立場からITを駆使してその 機能を十分に発揮するためには、サポートする事務局(情報収集、分析等)を組織編成するこ とが望ましいといわれている。規模の小さい病院では医療情報部がその役割を担ってもよい。 2.4 医療情報の標準化 レセプトコンピュータ(診療報酬書類作成を主体とした医事会計システム)については各医療 機関にほぼ行き渡りつつある。その中でも日本医師会総合政策研究機構(日医総研)によるレセ プトコンピュータ(ORCA システム:Online Receipt Computer Advantage)の診療所等への導入の伸 びが特筆される。今後レセプト情報のオンライン伝送化に伴い、医療保険事務コスト削減化や疫 学的活用に向けた色々な分析が行われようとしている。一方、電子カルテを中心とした院内シス テムの構築および地域の医療情報ネットワーク化については、医療情報を共有することによりシ ームレスな高品質治療の確保、役割分担をベースとした医療連携を行うことが目的である。従前 の我が国の医療分野の IT 化政策では電子カルテの導入自体が目的化され、標準化・相互運用の確 保が十分になされないままに進められた結果、電子カルテはあまり普及をみず、また、地域の医 療情報ネットワーク化の取り組みもエリアの一層の拡大にはつながらなかった。その反省を踏ま え現在では、標準化や相互運用性に力点をおいた地域の医療情報の連携化の実証実験が進められ ている。 (1)標準化の必要性 医療機関の情報システムはマルチベンダの各種システムが複合したシステムとなっている。 そのため病院内はもとより地域で医療情報を相互運用するためには標準化が必須の要件とな る。医療分野が他の分野に比べて情報化が遅れている要因の一つとして標準化の遅れがある。 一連の標準化を行うことにより院内及び地域での相互運用が可能となり医療情報システムの 普及が促進される。また、標準化が進めば、共通化によるシステムの低コスト化も期待できる。 (2)標準化の要素 標準化には以下のような要素がある。 ①診療記録の記載に必要な用語・分類コードの標準化(疾病名、薬名) ②医療情報交換規格の標準化(文字情報等の HL7、画像情報の DICOM) ③医療情報システム間の業務運用の標準化(IHE) ④セキュリティなどの基盤技術の標準化(公開鍵基盤の構築) ⑤診療プロセスの標準化(クリニカルパス) ⑥診療記録様式の標準化(POMR:Problem Oriented Medicai Record、電子カルテの記載内容) ● 用語・分類コードの標準化 (財)医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)は、マスターの標準化を進めている。 厚生労働省の委託を受けて用語・分類コードの標準化として 9 種の標準マスター(用語、コ ードを分野別に体系化したもの)を作成し、公開している。①病名マスター、②手術・処置マ スター、③臨床検査マスター、④医薬品マスター、⑤医療機器データベース、⑥看護実践用語 マスター、⑦症状所見マスター、⑧歯科分野マスター、⑨画像検査マスター また、心電図や脳波の波形データの標準化として MFER(Medical waveform Format Encording Rules)交換規格の事務局を同センター内に設置し、日本から標準化を提案して ISO/TS に採択 された。 ● 交換規格や業務運用の標準化 医療情報の業界団体である保健医療福祉システム工業会(JAHIS)は、関係機関の協力を得 て医療情報標準化推進協議会(HELICS Board)を、また医療用放射線機器等の業界団体である 日本画像医療システム工業会(JIRA)は関連学会の協力を得て日本 IHE 協会(Integrating the Healthcare Enterprise)などを設立し、標準化の推進に取り組んでいる。それぞれ国内の標準化 の一貫性を保つための調整・承認、標準規格を利用した医療情報連携のガイドラインの作成や 医療情報機器の相互接続テストなどを行っている。交換規格は、HL7(Health Level Seven: 文 字情報交換規格)については JAHIS が、DICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine: 画像情報交換規格)については JIRA が中心になり国際的な取り組みの動向を踏まえながら標準 化に取り組んでいる。交換規格で定義されていない部分はシステム導入の都度、病院やベンダ 間で設定するので、相互接続性を確認する必要がある。IHE では、相互運用を達成するために、 情報のやり取りの手順の標準化(通信プロトコル)や業務手順などの共通のシナリオ(統合プ ロファイル)を決めている。 (3)標準化の実証試験 また、光ファイバー網などを利用した地域の医療情報ネットワークの相互運用性については、 経済産業省の委託事業「地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業」として名古屋地域 (脳卒中医療)や香川・東京・千葉・岩手地域(周産期医療)で実証実験が進められている。 ここでは、地域連携クリニカルパス(連携パス)という考え方が取り入れられている。連携 パスとは医療機関をまたがるクリニカルパス(治療プロセスとスケジュールを示した計画表) で、機能分けした各医療機関が患者の疾病の一つの病期だけを取り扱い、連携して包括的に治 療するという仕組みである。脳卒中医療では、急性期、回復期、維持期に分けてそれぞれ救急 病院、リハビリ病院、かかりつけ医/療養型施設が機能を分担し、シームレスに医療情報を次 の医療機関に伝達し、連携治療を行う。 地域連携クリニカルパス(連携パス)によるシームレス医療 出典: 「地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業」 (東海ネット医療フォーラム・NPO) 出典: 「地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業」 (東海ネット医療フォーラム・NPO) 同プロジェクトは、3つの委員会(脳卒中連携医療推進委員会、標準化推進委員会、周産期 医療推進委員会)が設けられ、それぞれ東海ネット医療フォーラム・NPO、JAHIS、MEDIS-DC が事務局となった。 実証実験にあわせて JAHIS によって下記の3つの標準化が取り組まれた。 ①地域連携パスに関わる診療情報コンテンツの標準化(診療情報提供書等) ②地域連携における診療情報共有の仕組みの標準化(医療機関毎の患者 ID の統一管理) ③地域連携に関わる情報セキュリティの標準化(個人情報管理に関わるガイドライン) 25の医療機関の参加による実証実験では4つの目的で実施された。 ①システム間でデータの互換性を確保する ②システム間でデータの閲覧、利用性を可能とする ③システム間の相互接続性を高める ④セキュリティ等のシステムの共通基盤のあり方を示す 地域ネット医療センターでは医療情報のデータはありか情報だけ保有し、医療情報の実デー タは各医療機関が保有する。必要に応じて患者の承認を得てデータを入手する方式を採用して いる。今後、診療プロセスの異なる他の疾病(心筋梗塞、がん等)についても医療情報ネット ワークを構築していくに当たり、疾病毎にシステムの姿がばらばらにならないように先ず共通 の開発フレームワークを作ることが課題となった(平成 19 年度の同委託事業の報告会より) 。 (4)日本における標準化の体制 医療情報の標準化に取り組んでいる諸団体を下図に示す。 医療情報の標準化に関わる主な体制 内閣官房 (IT戦略本部) 政 府 経済産業省 (医療情報システム産業育成行政) 公 的 団 体 学 会 産 業 団 体 国 内 窓 口 等 海 外 標 準 化 組 織 厚生労働省 (保健医療IT行政) MEDIS-DC (用語・コードの標準マスター) 日本医療情報学会 総務省 (情報通信行政) 全国地域情報化推進協会(APPLIC) HERに向けた標準情報基盤(プラットフォーム)の検討 日本医学放射線学会 日本放射線技術学会 JAHIS (臨床検査データー規約) JIRA (DICOM) HERICS協議会 (国内の標準化の一貫性の協議) 日本HL7協会 (HL7) TC215国内対策委員会 国際HL7協会 日本IHE協会 (HL7,DICOMベースの運用ガイドライン) 国際IHE協会 DICOM協議会 ISO TC215 (医療情報国際規格化) 出典;JIRA 資料を加工 2.5 個人の健康・医療情報の管理 特定検診制度の発足や個人の生涯にわたる医療情報の活用検討の世界的動向から個人の健 康・医療情報をデータベース化したビジネスが始動しようとしている。 (1)個人の健康・医療情報の活用に関する海外及び国内政府の動向 年金問題に端を発し、最近では個人の情報は個人が管理するという意識が芽生えてきている。 欧米の先進国や韓国等では個人の生涯に亘る医療・健康情報をいつでもどこでも使える社会 システム EHR(Electronic Health Record)を構築するために、膨大な予算(1000 億円∼1 兆円) を投入し取り組んでいる。個人の生涯に亘る医療・健康情報のデータベース作りと地域から国 レベルにまで拡大した情報ネットワークを構築するための標準化や相互運用性が大きな課題 となっている。日本版 EHR は 10 年スパンの構想で、IT 新改革戦略(2006 年1月策定)にも 2010 年までに「個人の健康情報を生涯に亘り活用できる基盤作り」をすることが主要目標の一 つとして謳われている。前述の標準化や名古屋等での相互運用の実証実験はその一環として取 組まれている。また、関西地域では加古川市と加古川地区の医師会が共同で 1988 年から保健 医療情報センターを作って、保健・医療連携情報システムの先進的な実務運用を行っている。 NPO 日本医療ネットワーク協会(理事長:吉原博幸 京都大学教授)が、全国的拡がりを持 つ医療情報ネットワーク(東京、京都、宮崎、熊本の各地域間を XML 交換規格で連携した医 療情報ネットワーク)として世界最高レベルの実験的運用( 「スーパー・ドルフィン」 :地域を 超えた患者のカルテ情報を一元管理)を進めており、実用段階に達しつつある。 個人の健康・医療情報の管理のイメージ例 出典: 「健康情報活用基盤実証事業」総務省資料より (2)予防医療と健康管理のためのデータウェアハウスの構築 特定健診制度の発足に伴う企業等での生活習慣病予防のための健康診断の実施・保健指導の 義務化により、それらの情報を活用した新たな医療・健康サービスのビジネスが生まれようと している。国レベルでは内閣官房や、厚生労働省、総務省、経済産業省が共同で IT を活用した 社会サービス基盤「電子私書箱(仮称) 」 (医療、社会保険など個別に管理されている情報を個 人が一括して自ら入手、管理できる仕組み)が提唱され、現在幾つかのワーキングで個別要素 の検討が始まっている。 また、民間では、富士通(株)などで自社グループ社員の健康診断結果のデータベースを構 築、蓄積し、そこから新しいビジネスを模索しようとしている。関西地域では大阪ガス㈱が早 くから社員の健康診断情報をデータベース化(1985 年∼)し、社員の健康づくりに活かしてい る。医療・健康分野の新しいビジネスを展開、リードしていくには、関係者との合意形成を行 い、個人の健康・医療情報を正確でタイムリーに提供できるデータベースをいかに効率よく収 集、蓄積できるデータウェアハウスの構築がビジネスのイニシアチブをとれるか否かの分かれ 目になるであろう。 3.IT がもたらす安全安心な暮らし 3.1.安全安心な暮らしと IT 3.1.1 安全安心な暮らしの確保における IT の役割 安全安心な暮らしの実現のために、IT(情報通信技術) [1] を用いる事例が増えてきた。典型的 なのは、非接触の IC タグあるいは IC カード(RFID) [2] を用いた児童・生徒の安全確保のための システムである。しかし、これ以外にも、安全安心な暮らしに関係する分野は非常に多い。 その多くで、IT が活躍しうる。たとえば、前出の IC カード(RFID)の技術は、防犯にも使いう るが、食材、食品(食材のトレーサービリティ)、健康、医療(医薬品のチェックや本人チェック)、 環境、エネルギー(廃棄物の追跡、廃棄物の分別)など、多くの分野に応用できる。 3.1.2 安全な暮らしに関連する事項 図表4−3−1−1は、安全な暮らしに関連する事項を列挙したものである。[3] 図表 4−3−1−1 安全な暮らしに関連する事項 大項目 小項目 A 食材、食品 嚥下困難、食中毒、家畜疾病、食材異物混入、食材病原菌混入、食材内容物保証、食材 等級表示、添加物表示、アレルギー源表示、原産地表示、遺伝子組み換え関連表示、賞 味・消費期限保証 B 健康、医療 疾病、伝染病、喫煙、医療事故、医療訴訟、薬害、臓器移植、新技術医療、怪我、治療関 連情報開示、医師過不足、救急医療機関過不足、受診者モラル、医療・介護・福祉予算抑 制政策、介護・福祉・障害者・高齢者保護、介護・福祉・障害者・高齢者保険制度 水質、大気汚染、黄砂、化学物質、電磁波、放射能、気象変動・異常気象、温室効果ガス、 環境、エネル 排出権取引、気温上昇抑制、廃棄物処理、燃料・原材料確保、燃料・原材料価格安定性、 C ギー 電力確保、停電、資源枯渇、生物多様性、希少生物保護、在来種保護、生態系保全、害獣 出没抑制 D 天災系の防 災、減災 風水災、地震、火山、火山性ガス、崩落・土砂くずれ・土石流、堰き止め湖、落雷、耐震強 度、緊急通報システム、救援人員確保、救援人員受け入れ E 火災、ガス漏れ・漏電、自殺巻き添え事故、自動車事故、飲酒運転、過労運転、鉄道事故、 人災系関連 航空機・船舶事故、水難、山岳遭難、建造物強度、遊具事故、シートベルト等保護器具装 の防災、減災 着義務化 騒音、異臭、家庭内暴力・虐待・育児放棄、組織内ハラスメント、差別、いじめ、いじめ・売 買春・自殺・犯罪助長型情報交換システム、制裁、村八分、強要行為、客引き行為、取り立 て行為、高額利子貸付、高額飲食・高額物品、消費者保護・クーリングオフ、マルチ商法、 静謐、静穏、 F カルト、名誉毀損、プライバシー保護、個人情報保護、わいせつ物、暴力シーン、整列維 定常性 持、公共空間清潔性、公共空間利用モラル、公共空間における行動モラル、暴走・速度制 限、運転マナー、物流稼動、交通遅延、交通渋滞、道路幅員・段差・障害物、街路整備、街 路案内、交通整理、雑踏整理、交通混雑、公共空間混雑 器具不具合、 消費者庁、製造物責任、家庭電器、電池、刃物、事務用品、照明器具、ガス器具、暖房器 G 利用過失、転 具、食器・衣類乾燥器具、電動車椅子、昇降機、はしご、階段、雪下ろし 倒、転落 情報通信セキュリティー、通信システム稼動、緊急時相互連絡システム、情報システム稼 情報通信、メ 動、ソフトウェアバグ、普及済みソフトウェア供給停止、普及済みオンラインサービス供給停 H ディア 止、マスメディア稼動、マスメディア独立性、報道被害、ジャーナリズム倫理、市井ジャーナ リズム倫理 I 防犯、治安 組織暴力、侵入犯罪、街頭犯罪、詐欺・経済犯罪、殺人・強盗・障害、性犯罪、通り魔犯 罪、親族殺人、無限連鎖講、群集、フーリガン、銃刀管理制度、殺傷用刃物、防犯カメラ 防衛、テロ、 J クーデター、 戦争 防衛、テロ、テロ国家指定・経済制裁解除、クーデター、戦争、海外派兵、拉致、核兵器、ミ サイル 経済変動、インフレ・デフレ、金利急変動、恐慌、経済破綻、金融機関破綻、破産、資産管 理、生活保護最低保障レベル、失業、雇用制度・請負・派遣、不払い残業、過労、経営モラ 金融、雇用、 ル、国・自治体経営モラル、ファンド等経営モラル、金融商品信頼性、インサイダー取引、保 K 経営 険・年金の未払い・破綻、保険・年金の記録の正確性、風評・信用毀損・取り付け騒ぎ、経 済関連情報システム稼動、輸出入・為替、国家債務不履行、国家財政の国際的銀行管 理、ニセ札 一読してわかるとおり、これは、整合のとれた体系的な分類表ではない。ここには、安全確保 につながる用語、不安拡大につながる用語、中立的な用語が混在している。また、個人レベルの 安全に関する項目から国家的レベルの安全に関する項目まで、混在している。複数のレベルに関 連し、それぞれに合わせて具体的に解釈できる項目も存在する。 「静謐、静穏、定常性」のように、事故や犯罪や金融不安にまで達していないレベルの安全関 連項目を、数多く属させてしまったような大項目もある。 08 年に起きた出来事でいえば、高級料亭における偽装、食肉やウナギにおける偽装は、A のう ち、食材内容物保証、食材等級表示、原産地表示、賞味・消費期限保証などに関わる。 救急患者の搬送先が見つからない問題、医師不足、救急病院その他の診療機関の閉鎖、コンビ ニ診療などは、B の医師過不足、救急医療機関過不足、受診者モラルなどに関わる。 後期高齢者医療制度や介護保険に関する問題は、同じく B の医療・介護・福祉予算抑制政策、 介護・福祉・障害者・高齢者保護、介護・福祉・障害者・高齢者保険制度などに関わる。 地球温暖化や CO2 削減に関する問題は、C の気象変動・異常気象、温室効果ガス、排出権取 引、気温上昇抑制などに、バイオ燃料増加その他の原因による燃料の高騰は、 燃料・原材料確保、燃料・原材料価格安定性、電力確保、停電、資源枯渇などの問題に関連する。 ミャンマーなどにおける洪水、中国の四川省の大地震、岩手・宮城内陸地震、梅雨後半におけ る豪雨などは、D の多くの事項に関連する。 自殺の際の硫化水素発生に巻き込まれる問題は、E の自殺巻き添え事故に関連する。 愛知県豊田市や京都府舞鶴市における殺人事件、茨城県土浦や東京・秋葉原における通り魔殺 人事件、岡山駅における突き落とし事件、大阪駅におけるナイフ傷害事件などは、I の街頭犯罪、 通り魔犯罪、銃刀管理制度、殺傷用刃物、防犯カメラなどに関連する。これらのうち、いくつか は、F のいじめ・売買春・自殺・犯罪助長型情報交換システムに関連する。 通り魔事件において、現場を携帯電話カメラなどで撮影する人が多数出現した問題は、それを ウェブ、ブログなどで言及しようとした上での行動なら、H の市井ジャーナリズム倫理、それ以 外の動機であるなら、F の公共空間における行動モラルに関連する。 多発した家族内の複数殺傷事件は、I の親族殺人に関連する。 メガバンクの合併に伴う ATM システムの不具合は、H の情報システム稼動、普及済みオンラ インサービス供給停止などに関連する。 過重労働、過労死、日雇い派遣、名ばかり管理職、保険・年金関連の各種問題は、K のいろい ろな事項に関連する。 3.1.3 安全安心な暮らしをめぐるシステムと IT 図表4−3−1−1の大項目のうち、H は、IT もしくは ICT に直接関係するものである。し かし、これ以外のすべての大項目においても、現在、IT と無関係に存在している事項は少ない。 それらは、いまや無数ともいえる数に達しており、一覧のような形で示すのは、現実的でない。 図表4−3−1−2は、そのほんの一部を、家庭サイズ、地域サイズ、超地域サイズに分類し て示したものである。[4] このうち、情報通信システムの列に示したものが、IT 関連のものであ る。 図表4−3−1−2 安全な暮らしに関連するシステムの例とその分類 情報通信システ ム 設計手法、設備 などの体系 組織、人的システ 制度などの体系 ム 家庭サイズ 家庭セキュリ ティーシステム、 RFID、パソコン、 携帯電話、電子 メール 災害時の連絡・待 家の構造、避難 ち合わせの仕方、 保険加入の整合 用具、水・食料備 警備会社駆けつけ 性吟味 蓄 サービス 地域サイズ 広域避難所の配 防犯パトロール、 条例、町内会規 地域防災無線、 置、信号機システ 自主消防隊、保護 約、道路使用許 不審者発生通知 ム、周囲から見守 者・地域ボランティ 可、商店街防犯カ メールシステム、 りやすい公園の アによる放課後学 メラの運用規定 防犯カメラ 童預かり、町内会 設計手法体系 地震初期微動検 道路網、大規模 ボランティア団体 法律、業界標準、 知通報システム、 災害時の政府避 連合会、特定目的 超地域サイズ 保険制度 災害伝言ダイヤ 難施設 の自治体広域連合 ル 本稿では、システムという言葉を用いる際、その意味を情報通信システム(IT システム)に限定 しない。ここに示したように、設計手法、設備などの体系、組織、人的システム、制度などの体 系もシステムに含めて考える。 ここでは、ここにあげた事項を、4 つの列のうちのどちらかに明確に分類しているが、実際に は、社会における仕組みの多くが、この 4 種類のシステムのそれぞれとしての側面を多少とも備 えている。 3.2 社会安全および社会安全システム 3.2.1 安全安心な暮らしのための IT の位置づけ 本稿のテーマになっている「安全安心な暮らしの確保に貢献する IT」は、社会安全システムと 不即不離の関係にある概念ということができるだろう。社会安全システムを、本稿では、 「社会の 各種の安全性を維持、 向上させるための、 情報通信(IT)システムおよび情報通信(IT)ネットワーク、 人の組織的つながりおよびその連鎖、設備体系や社会制度などを、またその複合体を、有機的な 仕組みとして捉えたもの」と定義しておきたい。 「安全安心な暮らしの確保に貢献する IT」は、その社会安全システムと近い範囲をカバーする 概念といえるだろう。 暮らしという用語が入る場合、主に対象とする地理的範囲は、図表4−3−1−2でいえば「地 域」となる。 「地域」という用語が入った場合、通常、たとえ IT システムや IT ネットワークの 対象が、特定の地域だったとしても、IT システムなどをそれのみ取り出して地域システムと呼ぶ ことは少なくなる。地域の住民、コミュニティ、町内会などの各種組織、学校など、人の組織的 つながりを含めたものとして捉えることが多くなろう。前述した「複合体」もしくは「有機的な 仕組み」といった言葉が、ここで生きてくる。 また、地域と銘打つと、対象とする安全の分野として、国防や大気・水質汚染防止や金融破た ん防止が想起される可能性は低い。防犯、交通安全、減災などが、想起される。 もちろん、図表4−3−1−1についての論議で示したように、住民の意識の中では、国防や 大気・水質汚染防止や金融破たん防止も、安全安心な暮らしに結びついた概念である。図表4− 3−1−1に列挙した大項目には、地域や日々の暮らしといった観念との親和性の高いものと、 必ずしもそうでないものとがあるということである。 また、環境・エネルギー関連でも、リサイクルやごみ出しにおける分別といった行為、金融関 連犯罪でも、振り込め詐欺に際しての信用組合、信用金庫職員による声掛けといった行為のよう に、地域や日々の暮らしに密着した側面が存在する。 本稿の考察対象のうち、若干大きな比率を占めている児童・生徒の防犯面での安全を確保する システムでは、対象者の属性が、児童・生徒であること、対象とする安全の分野が、防犯である ことが明示されていることになる。 3.2.2 対象者の属性の側面からの捉え方 社会安全システムを、イベント(犯罪や事故や天災)発生前の対象者の属性により、 「○○向けの システム」と分類することができる。順不同であるが、児童・生徒、未成年、高齢者、障害者、 妊産婦、傷病者、被保険者、高齢者世帯、単身世帯、母子・父子世帯、生活保護世帯−−といっ た分類が考えられる。 イベント発生後の対象者の状況により、軽傷者、重傷者、軽症者、重症者、重篤者、被害者、 被災者、避難者−−といった分類をすることも理論的には、ありうる。 3.2.3 安全の分野の側面からの捉え方 図表4−3−1−1に関する論議でも考察したが、安全の分野の面からは、防犯、防災・減災、 交通安全、製品事故などからの安全、食の安全、医療面での安全、家計・金融・資産保護面での 安全、労働安全・職場や学校での事故からの安全、水質・大気・環境保全、国防−−といった分 類が考えられる。 情報セキュリティの確保、サイバー犯罪からの安全、携帯電話がらみの犯罪からの安全−−な どを、安全の分野と考えることもできるが、本稿では、若干性質の異なるものとして、2.5、 2.6で考察する。 3.2.4 対象とする地理的範囲や行政組織のレベルの側面からの捉え方 図表4−3−1−2に関する論議で示したように、家庭レベル、地域レベル、超地域レベルと いった捉え方をすることができる。近隣、地域(校区も類似のレベルと考えられる)、市区町村、 広域市町村、都道府県、道州相当の地方、国家、国家群、全世界という分類も可能であろう。 学校対象、公共施設対象、多人数集約施設(劇場、映画館、大規模店舗、競技場、大規模広場、 大規模ターミナルなど)、公共空間対象といった限定をつけて、システムを構築することも考えら れる。 3.2.5 IT システムにおける安全 IT による防犯システム、あるいは、IT を活用した地域システムと、IT の絡み方が異なるため、 性格を異にするが、まとめて論じられることの多いテーマとして、情報セキュリティがある。 何についてのどんなセキュリティを念頭に置いているかによって、不正アクセス防止法、プロ バイダー責任制限法、特定電子メールの送信の適正化等に関する法律などを参考にしながら対策 する。 個人情報保護法やいわゆる J-SOX 法で果たそうとしているのは、個人情報の漏洩やみだりの 使用の防止であり、また、会計など企業に状況に関する情報の生成における透明性と正確性の確 保である。これらの場合、目的自体は、IT と直接の関係がなく、また、情報セキュリティと異な り、IT システム上の安全性を確保しようとするものでもない。しかし、多くの場合、目的を果た すための活動は、IT の利用と不即不離の関係にある。 オンラインショッピングにおける消費者の保護のための特定商取引法における条文などは、従 来、物理空間において遂行されてきた行為(小売など)が、IT を活用して、いわゆるサイバー空間 でも遂行されることが増えてきたときに、従来から守られてきた消費者の利益を、サイバー空間 においてもできるだけ類似のレベルで守ろうとするためのものである。 3.2.6 IT の発達と社会の治安 本稿で比較的大きな紙数を割いて論じている児童・生徒の防犯面での安全では、基本的に加害 者が児童・生徒ではないことを前提としている。しかし、実社会で児童・生徒のこの種の安全に 配慮するとき、 「交際関係に端を発する危険・いじめからの安全」を無視するわけにはいかない。 その延長上には、 「IT が絡むことで増幅されることの多い交際関係の危険からの安全」がある。 この「増幅されることの多い」という限定詞は、重要である。これは、IT の特別視という、現 代社会が陥りやすい陥穽と裏腹のものである。 いわゆる学校裏サイト、出会い系サイト、携帯電話による匿名掲示板などが一定の役割を果た す事件が多発しているように見えるために、児童・生徒による携帯電話の所持を原則禁止しよう という浮世離れした言説を流す高官さえ登場してきている。 21 時、22 時といった時間帯に、塾帰りで各種の交通手段で帰宅する児童・生徒はその正否は ともかくとして厳然として存在しており、その際、本人と保護者双方の安全と安心の確保のため に、携帯電話が果たしている役割は大きい。 確かに、石川県野々市町のように、携帯電話を児童に持たせない運動をして一定の効果をあげ ている地域もある。しかし、この町では、全小学生に防犯ブザーを持たせ、塾では、IC カードに より下校(本稿では帰宅のために塾の施設を出る行為を下校と呼ぶことにする)をチェックし、電 子メールで保護者に伝えるシステムを導入している。[5] 各分野の IT ツールの、地域における適不適を考慮した上で、特定のツールを活用することで、 他の特定のツールを不要にしているだけであって(それが価値のないことだといいたいのではな い)、IT ツールを闇雲に排斥することで、児童・生徒の安全を確保しているわけでない。 3.2.7 IT の発達の功罪の冷静な分析 いわゆる学校裏サイトによるいじめを苦にした児童・生徒の自殺は確かに存在するし、京都府 舞鶴市で高校 1 年生の女子生徒が殺害された事件では携帯電話などによる犯人との通信の中で誘 い出された可能性が否定できないし、加害者も被害者もほとんど児童・生徒ではないが、東京・ 秋葉原における通り魔殺人では匿名の携帯電話掲示板が事件発生前の経過に関わっている。 同じく、加害者も被害者もほとんど児童・生徒ではないが、硫化水素の発生による自殺と巻き 添えの死傷事件も、ウェブによる情報の流通がなければ、ここまで連鎖して多発していないであ ろう。 しかし、雑誌の文通欄をきっかけとして知り合った異性から、性的被害を受けたり、極端なケ ースで殺されたりといった事件は、以前から厳然と存在する。事件の発生が、IT の発達、普及に より促進されている部分も確かにあるが、その他の理由により促進されている部分も大きい。図 表4−3−2−1にそれを示した。 図表4−3−2−1 交際関係の危険をとりまく数十年の状況の変化 分野 数十年前の状況 通信手段の構造の 郵便は郵便受け、電話は固定電話で受けるため、 変化 子ども宛ての通信の状況を保護者が把握しやすい 現状 携帯電話や電子メールにより、保護者の感知できない形で連 絡し合える 道路事情の好転により、自転車でも相当の速度で運動でき 道路事情の改善な 舗装道路が少なかった。高速道路が少なかった。鉄 る。オートバイや自動車なら、さらに高速に移動できる。都市 ど交通インフラ面 道の整備において、都市部だけが突出しているとい 部では、鉄道が高速化し、運転本数が増加し、路線が増加し ている。地方でも、JR特急の停車駅であれば、同様の命題が での変化 う状況ではなかった。 成り立つ。 自転車が一世帯で複数あるとは限らなかった。オー 自転車が一世帯に複数あるのは珍しくない。若年層で、オー 交通手段の保有面 トバイや自動車を多くの世帯で保有しているわけで トバイや自動車をかなりの自由度で使える者の割合が増え はなかった。保有している場合、世帯主に知られず での変化 た。 に用いることが難しかった。 複数の異性と同時に交際すること、短期間に濃密な 交際関係意識の変 関係になること、婚前に濃密な関係になることが、少 左に列挙した事柄の発生が増加した。 化 なかった。 飲酒を伴わない店舗の深夜営業(コンビニエンスストアなど)、 仕事や学校に起因する以外の理由で、夜間に単独 塾の夜間遅くまでの営業、音楽などのイベントの増加などに 単独での外出に関 で外出することの、家庭における許容度が低かっ より、夜間に外出する、あるいは、深夜に帰宅する口実が増 する意識の変化 た。 加した。それに伴い、夜間に単独で外出することの許容度が 低くなった。 子女の個室が増え、子女の就寝に対する保護者の制御が緩 工場の夜間勤務や飲酒を伴う店舗の業務を除い くなった。飲酒を伴わない店舗の深夜営業が増え、いわゆる 時間帯に関する意 て、若年層の深夜の勤務事例が少なかった。受験勉 水商売以外での若年層の深夜勤務が増加して、生活におけ 識の変化 強のためのものを除くと、若年層が深夜まで起きて る時間帯に関する意識が多様化した。テレビの深夜の放送 いることの許容度が低かった。 が増え、保護者でも子女でも深夜まで起きていることへの抵 抗が減った。 新聞の社会面のページ数がそれほど多くなく、社会 面での話題が多岐に渡っていたので、異性関係の 事件などの個々が、第一報はともかく、継続的に紙 面を大きく占め続けることが少なかった。テレビで 報道の形態および は、報道番組の時間が少なかった。その中でも、国 報道の対象の変化 会やスポーツの現場など、あらかじめ生起が予想さ れる以外の事象を、迅速に撮影し、短時間で放映す ることが難しかった。テレビカメラの性能や携帯性の 問題があり、火災や大規模な交通事故以外の事件 を、いわゆる絵になる映像にするのが難しかった。 報道ワイドとでも呼ぶタイプのテレビでの報道番組の時間枠 が非常に長くなった。カメラやマイクや通信装置が高性能化 し、小型化し、交通事情が好転したので、1人、2人で事件現 場に行き、事件現場周辺でさまざまな映像を撮って、同一事 件を繰り返し報道することが多くなった。報道される事件の数 も増加した。モザイクや音声変換の技術が発達したので、目 撃者や事件関係者の取材対応割合が増加した。電子メール やウェブの発達で、目撃者や事件関係者の探索も比較的容 易になった。新聞の内容をテレビで、テレビの内容を新聞でと いった流用が増え、異性関係の事件など、民衆の耳目を集め やすい事件の紙面や画面での占拠率(それに比例して、内容 が増加しているとはかぎらない)が増えた。 テレビ、新聞、雑誌、ウェブ、電子メールなどへの若年層の接 触自体が増え、若年層自身が接触を制御できるメディアが増 上の欄と同様の理由で、異性関係の事件などにお えた。事件における人間関係、地理関係、犯罪の手法などを マスメディア、ミディ ける種々の人間関係や地理関係や犯罪の手法など 知りたいと思ったとき詳細に情報を入手することが容易になっ アムサイズメディア が新聞で詳細に報道されることはなかった。テレビで た。薬品や刃物などの入手方法も詳細にわかるため、保護者 への接触状況およ は、さらに少なかった。新聞やテレビの閲覧におけ に知られずに入手することが容易になった。自殺、他殺、傷 び伝達される内容 る、世帯主による制御が強く、若年層が詳細にそれ 害、言葉によるいじめなどの手法の模倣が非常に容易になっ の変化 た。心理状態などに関する情報入手が容易になり、また、「事 らに接触できるとは、かぎらなかった。 件の連鎖」という事象自体の報道が増えたため、共感して同 様の事件を起こす「事件の連鎖」が起きやすくなった。 いじめによる自殺も同様である。学校裏サイトはおろか、携帯電話も、社会の何割もの人が使 うインターネットメールもない時代から、いじめによる自殺は、大きな社会問題になってきた。 学校裏サイトの存在が、社会問題になるまでいじめを増加させたのではない。逆に、メールやウ ェブ上の通信手段による励ましで、いじめによる悪影響から抜け出す生徒もいるし、オンライン スクールで、物理的ないじめを避けながら、高校卒業資格を得る生徒もいる。 IT の特別視によって思考を停止してしまい、他の要因についての深い考察と、課題抽出を怠る と、真の解決から、どんどん離れることになる。 東京・秋葉原における通り魔殺人は、確かに今まで滅多に例のない事件であった。しかし、そ れぐらいのレベルでいうなら、千葉県柏市で、77 歳の祖父が、妻、長男、長男の妻、孫娘までハ ンマーで殴って惨殺した事件も、滅多に起きなかったことである。一家皆殺し事件は数十年に一 度は起きるというのであれば、通り魔における 10 人前後の殺傷も同じ程度の頻度では起きる。 東京・秋葉原における通り魔殺人の原因を究明する際には、匿名電子掲示板を想起して IT の 発達が大きな要因であるとし、千葉・柏における殺人においては結び付けない(事実、結び付けよ うがないのであるが)は、まさに IT の特別視にほかならない。 携帯電話の排斥論も同様である。 携帯電話の使用をさせないことで、特定の女子生徒が被害にあうのを防げたかもしれない。し かし、他の要因を消さないかぎり、他の女子生徒が、庭の外から勉強部屋の窓に手紙を包んだ小 石を投げるという、古典的な接触方法で誘い出されていたかもしれないのである。 なお、筆者は、2008 年 6 月 11 日に参議院本会議で可決され、成立した有害インターネット情 報規制法のような取り組みが、まったく無意味だといっているのではない。携帯電話会社は、子 どもが有害情報を閲覧できないようにする「フィルタリングサービス」を提供しなければならな くなった。各種コンテンツやサービスの自由な開発に水を差すもので、筆者は、基本的に反対で はある。しかし、映画に R-15 や R-18、雑誌に成人向け雑誌といった、若年者のアクセスを難し くする方策が時代に合わせて採られてきたのは事実であり、フィルタリングの義務化は、少なく とも、IT の特別視による思考停止ではないといえる。 3.3 安全安心な暮らしのための IT の地域特性とそれを支える活動 3.3.1 関西における児童・生徒の安全確保システムの概況 IT を用いて児童・生徒の安全を確保しようという取り組みにおいては、首都圏と並び、関西圏 地域での事例が多い。図表4−3−3−1は、そのうち、3.3で説明する「大阪安全・安心ま ちづくり支援 ICT 活用協議会」(大安協)の傘下で実施された 4 つのプロジェクトについて、その 概要を表にしたものである。[6], [7], [8], [9] 正確には、堺市東区登美丘地区における実証実験は、 大安協の影響下で実施されたが、その流れを汲む堺市東区の私立はつしば学園小学校の取り組み は、基本的に大安協と無関係である。 大安協関連以外では、たとえば、大阪府高石市が、2007 年夏、市立小学校全校における RFID タグ(非接触 IC タグと同義)による登下校チェックおよび電子メールによる通知のシステムを導 入している。高石市と同じ企業群による同種のシステムは、実は、同市の前に、堺市の市立金岡 南小学校や新湊小学校で導入されている。 京都市北区の立命館小学校では、2006 年 4 月の開学に合わせ、交通 IC カードの PiTaPa を学 生証とし、これによる登下校チェック、改札通過チェックと、それを保護者にメールで知らせる システムを導入した。 同年同月開校の同市左京区、同志社小学校では、通学カバンにポケットをつけて、希望者が、 GPS(全地球測位システム)機能付きの発信機を個々に契約して取り付けられるようにした。 3.3.2 関西の特性 関西の特性として、IT による新しい仕組みの導入が、一般的に早いことがあげられる。全国初 であることも多い。ただ、先陣を切っても、普及の段階では、相対的に企業や団体の資本力のよ り大きい首都圏に追い越されることが多い。 小中学生が鉄道の改札機を通過すると指定した携帯電話メールアドレスに通過の通知がいく 「あんしんグーパス」サービスの場合には、2006 年 1 月に、関西私鉄の非接触交通 IC カード、 PiTaPa を用いてサービスが開始され、2008 年 3 月までは、関西の私鉄、17 社局(大阪、京都、 神戸の市営地下鉄も各 1 社局と数える)でのみ、サービスが提供されていた。2008 年 4 月から小 田急電鉄でも利用できるようになったが、磁気による定期券のみを対象とし、非接触交通 IC カ ードの PASMO には対応していない。 関西の場合、磁気式の乗車券、定期券でも、相互利用可能の磁気式カードでも、PiTaPa でも、 少数の場合にも導入できる社局から導入していくという傾向が強い。首都圏では、ほとんどの私 鉄が横並びで対応できるようになるのを待ったため、 相互利用可能の磁気式カードの PAS ネット や PASMO の導入が関西より遅れた。 IT を活用した児童・生徒の安全確保システムにおいても、関西では、導入可能な主体が導入可 能な方式で導入するという傾向がある。俯瞰してみると、不統一の感を禁じえないが、まずやっ てみるという姿勢は、それなりに評価できる。 堺市の金岡南小学校では、公的予算を使わずに、町内会や保護者の会などが安全確保システム の施設費用や月額の運用費をまかなうことを決めてから、 学校に導入を迫るという手法をとった。 目的が実現できるなら、通常、想定されるところの正攻法にはこだわらず、多少トリッキーな手 法でも採用する−−というのも関西らしいところである。 3.3.3 関西の協議会活動 この分野における関西での動向の特徴の 1 つとして、安全・安心関連の協議会の存在をあげる ことができる。児童・生徒の安全確保システムを主な想定ターゲットとして、安全・安心確保と いう目的で IT を活用する際の各種問題点を、産官学、あるいは、産官学公(主に NPO を想定し て公という言葉を用いている)で話し合い、必要に応じて官庁などへの働きかけをしようというも のである。 2004 年 5 月に、大阪府庁の音頭とりで、大阪府庁、企業十数社、2、3 の市町村、大学教員 2 名が参加し、 「大阪『安全なまちづくり』IT 活用推進研究会」が設立された。筆者は、この副座 長を務めた。2004 年 12 月には、これを「大阪安全・安心まちづくり支援 ICT 活用協議会」(略 称:大安協)に発展させた。企業約 30 社、十数組織の地方自治体、2、3 組織の NPO や業界団体、 2、3 名の大学教員からなる。筆者は、会長代行を務めた。 この大安協は、2007 年 7 月から、関西の地域情報化を担う 20 ほどの組織からなる「KANSAI @CAN フォーラム(かんさいキャンフォーラム)」の「安全・安心部会」として活動を続けている。 筆者は、部会長を務めている。 この大安協は、図表4−3−3−1で紹介した 4 つのプロジェクト(はつしば学園小学校におい ては、小学校への導入そのものではなく、そのきっかけとなった堺市での実証実験)をはじめとし て、7 つほどの実証実験プロジェクトのバックアップを行った。吹田市立古江台中学校における 実証実験では、プロジェクトの事務局として、進行管理と総務省からの補助金の管理の業務を遂 行した。 関西でこうした協議会の設立が可能だった背景をいくつかあげることができる。 第 1 は、ひったくりの発生数が都道府県別で 30 年間首位という大阪府が、防犯そのもの、そ して防犯のために IT を活用することに非常に熱心で、設立の中心となったという点である。 公立学校における警備員の配置率を都道府県別にみると、第 1 位の大阪府で 53.5%、第 2 位の 東京都で 31.1%、第 3 位の滋賀県で 17.5%、第 4 位の埼玉県で 16.7%、第 5 位の沖縄県で 16.2% と、大阪府の注力の大きさは群を抜いている。[10] 第 2 は、3.2.でも言及したが、もともと網羅性や、この種の組織の「正当な代表性」のよ うなことにこだわらず、賛同した組織が集まって、まずは始めればいいではないか−−という意 識が強い点である。 第 3 は、南関東支店での意思決定といったレベルの意思決定が難しく、本社レベルで参加不参 加を決めなければならない首都圏と異なり、大阪支店、関西支社といったレベルでのすばやい決 断がしやすいという点である。 第 4 は、第 3 の点とも関係するが、産業規模が首都圏に比べれば小さく、景況が首都圏、中京 圏に比べてよくない関西では、本社同士が業界内のライバルでも、大阪支店、関西支社といった レベルで、以前から協力し合ってきた傾向が強いという点である。 3.3.4.学校の特性 学校の体質を示す次のようなマンガがある。4 コママンガ「ののちゃん」で、小学校の校門近 くの塀に教頭が線を引き、 「 『学校の責任はここまでです。あとはよろしく』ラインです」と発言 している。[11] 学校近くに残っている児童に、教員が早く帰るように声を掛けるが、児童の側は責任境界ライ ンのすぐ外(学校の責任外領域)にいて、それ以上動かないというオチになっている。 風刺ではあるが、学校の性格をうまく表している。3.1.で触れた帝塚山学院小学校では、 2007 年 3 月まで、学校のすぐ近くの通学路を防犯カメラで写していたが、写しながら決められ た時間分録画を残すだけで、画面のモニターはしていなかった。吹田市古江台中学校では、IT に よる通学路の見守りについて、実証として短い期間、実現していたが、定常利用になるときには 採用しなかった。大阪市立中央小学校では、非接触 IC タグに緊急発信ボタンを付け、通学路で 危険に遭遇したボタンを押したときに地域でそれを検知する仕組みを採用したが、同小学校の実 証実験では、数十日間、システムを稼動させた後、実証実験期間が終わるとすべての装置などを 撤去し、それを定常運用はしないようにしている。 3.1で紹介した公立小学校の一部では、非接触 IC タグに緊急発信ボタンがついているが、 その機能を封じ、非接触 IC タグと読み取り装置とで、校門で登下校時をチェックする機能のみ を生かしている。 この公立小学校の責任者に、緊急発信ボタンの機能の活用や IT による通学路での見守りの可 能性について尋ねると、次のような趣旨の答えが返ってくる。 「児童の登下校においては、校門までが保護者や地域の責任、校門の内側が学校の責任である。 学校の塀の内側については、基本的に教員の目が行き届いており、また、不審者が塀などを乗り 越えて入ってくる可能性は低く、そうした事態が起きたときには学校が一丸となって対処する。 このため、緊急発信ボタン機能を校内で有効にする理由がない。緊急発信ボタンを通学路に置い た受信装置で受けるようにした場合、緊急信号を受信しても、現状でも多忙すぎる教員が責任を もって対処することはできない。緊急信号には地域や保護者が対応すると決めても、機械の誤作 動、修理などについて一部の人たちが早朝、夜間を含め、教員に問い合わせてくることは必至と もいえる。責任をもって、児童の学業について責任を持つといえないほど多忙になる可能性が否 定できない」― 学校の教員の一定割合が、現在、多忙すぎるほどの負荷に追われているのは、事実である。ま じめな教員ほど多忙になっている。IT による通学路での見守りについて、特に公立学校では、府 県レベルぐらいの広域でのシステマティック(情報システムだけでなく人的仕組みや規則・制度な ど広義のシステムを含めて)な対応によるバックアップ体制がないと、学校も地域も疲弊してしま い、有効な解決にならないと思われる。 3.4.児童・生徒の安全確保システムの分析 3.4.1 防犯関連システムの要素技術 (1)要素技術の種類 図表4−3−4−1は、防犯を主眼においた安全確保システムや各地のその種の取り組みをリ スト化したいくつかの文献から、関西における事例を抽出してまとめたものである。 図表4−3−4−1(1) 関西における情報通信技術を用いた防犯の取り組みの事例(1) 整理番 号*1 プロジェクト名あるいは組織名あるいはシステム名 *2 1 e学校ネット 主な関係者*3 実施地、実験地の例 尼崎市立成文小学校PTA 尼崎市立成文小学校 2 県教育委員会ホームページ 安全やまとまちづくり県民会議 奈良県 3 池田市 ANSINメールシステム 池田市 池田市、NTTドコモ関西 4 防犯キャッチャー 和泉総合防犯センター 和泉市 5 こども110番安心メール NTTドコモ関西 滋賀支店 6 見まもメール(子どもの登下校見守り) NAJ 大阪市住吉区帝塚山学院 小学校 ZigBee技術を利用した、通学路における登下校児 沖コンサルティングソリューションズ 神戸 童の安全確保システム 大阪教育大学 学校危機メンタルサポートセ 大阪教育大学附属池田小 8 通学路安全管理システム ンター 学校 9 OKAO Vision顔認識技術 オムロン センシング&コントロール研究所 7 10 画像110番 大阪府警本部 11 ひったくり抑止パイロット地区事業 大阪府警本部 12 セーフティネットワークシステム メール発信機能を持つ「PTA・おやじの会ホーム 13 ページ」の活用 14 草津市学校安全対策評価システム 門真市PTA協議会 大阪府 大阪府内ひったくり抑止パ イロット地区 門真市 京都市PTA連絡協議会 京都市の小学校 草津市教育委員会保健体育課 草津市 15 TSメールエンタープライズ コギト 吹田市北千里地区 16 「Nコードを使った安心・安全まちづくり」実証実験 堺市登美丘地区防犯委員会 堺市登美丘地区 17 堺市登美丘地区防犯委員会 堺市登美丘地区防犯委員会 滋賀安全なまちづくり県民会議、滋賀県県 民文化生活部県民生活課 堺市登美丘地区 18 「なくそう犯罪」防犯情報 滋賀県 烏丸通−四条大橋間の四 条通 20 あんしんグーパス スルッとKANSAI PiTaPa交通エリア 積水ハウス、NTT西日本グループ、大阪ガス 大阪府岬町 リフレ岬望海 21 リフレ岬望海坂「タウンセキュリティ」 セキュリティサービス 坂 就学児童の安全確保のための電子タグシステムの 総務省近畿総合通信局、公共分野における 22 田辺市立新庄第二小学校 実証実験 電子タグ利活用に関する調査研究会 ICタグを活用した生徒の安全・安心確保システム構 高千穂交易 吹田市立古江台中学校 23 築事業 24 地域情報共有プラットフォーム構築研究会 地域情報共有プラットフォーム構築研究会 敦賀市 19 防犯カメラ 四条繁栄会商店振興組合 25 防犯カメラのネットワーク利用 (地域安全研究会) 26 不審者情報連絡システム テレコムわかやま 27 「きんQキッズ」 デュプロ 28 豊中市 地域安心安全情報共有システム 豊中市、総務省自治行政局自治政策課 29 「不審者情報」ホームページ 奈良県立教育研究所 田辺市 大阪市住之江区南港さくら 幼稚園 豊中市 原田小学校区(翌 年度、枚方市) 奈良県 30 地域防犯システム NPO法人西大津駅周辺防犯推進協議会 西大津駅周辺 31 見守り安心システム パナソニックSSマーケティング 関西社 32 全地球測位システムを活用した防犯マップ 東大阪市英田北校区防犯まちづくり会 33 登下校安否確認情報システム マトリックス ICタグ営業部 34 子ども緊急通報システム 松下電工 情報機器事業部 東大阪市英田北校区、島 之内地区 大阪聖母学院小学校 35 構内緊急連絡システム 松下電器産業 東京支社 泉南市立小学校全校 36 ユビキタス街角見守りロボット社会実証実験 立命館大学情報理工学部 大阪市中央区中央小学校 *1:主な関係者の50音順。この表の中での番号であり、出典における番号ではない。 *2:引用者(中野)の判断で短縮などをしているこ とがある。複数の資料に異なった名前で掲載されている際、引用者の判断でまとめた。 *3:引用者の判断で少数を選択していることが ある。出典に関係者の記述がなくても明確に同定できる場合、補っていることがある。 図表4−3−4−1(2) 関西における情報通信技術を用いた防犯の取り組みの事例(2) 整理番号 ウェブ(携帯電 話による閲覧 を含む)、遠隔 閲覧 1 ○ 2 電子メール (携帯電話の 携帯電話の メールを含む) 各種機能 など ○ GPS付き携帯 センサーやIC 出典と掲載ページ ICタグ、IC 防犯カメラ、ロ 電話あるいは 地理情報シス 無線LANなど カードあるい カードによる あるいは事例番号 ボットの目の GPS付き携帯 テム 近距離無線 *4 は電波バッジ 侵入検知 カメラ 端末 総2:134 ○ ○ 3 ○ 4 ○ 5 ○ 6 ○ 7 ○ 8 ○ ○ ○ 総2:116 経:p.35、総2: 520、大:p.22 総2:512 ○ 総2:522 ○ ○ 9 ○ 10 ○ 総2:702 ○(カメラ) 11 経:p.20、大:p.10 ○ 12 ○ ○ 13 ○ ○ 14 ○ 15 16 経:p.26 経:p.13、総2: 115、大:p.8 経:p.40、大:p.6 大:p.12 ○(カメラ) ○ 経:p.9、大:p.2 文:27 総2:139 ○ ○ 総2:162 ○ ○ ○ 総2:218 ○(センサーラ 経:p.7 イト) 経:22、総2:102 17 18 ○ 19 ○ 20 ○ 21 ○ 22 ○ ○ ○ 23 ○ ○ ○ 24 ○ ○ 25 ○ 26 ○ 30 ○ ○ ○ ○ 経:p.17 ○ 経:p.35、大:p.20 ○(音声受信) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(カメラ) 総2:154 経:p.15、大:16、 総2:178 総2:163 経:p.33 ○ ○ ○ ○ ○ 総2:322 ○ 総2:420 ○*5 ○ ○ 総2:306 経:p.38、大:p.4 ○ 35 経:p.29、大:p.16 総1:第1章(6)、経: p.16 総2:320 総2:168 34 36 ○ ○ ○ 32 33 ○(カメラ) 総2:302 ○ ○ ○ ○ 29 31 ○ ○ 27 28 経:p.32 ○ ○ ○ 総2:605 経:p.35、総2: 506、511、大:p.18 *4:出典の詳細は以下のとおり。大=大阪府 安全・安心なまちづくりICT活用ハンドブック(2004年10月)、経=近畿経済産業局 近畿地域におけるセキュリティー関連企 業と連携した地域防犯活動事例集(2005年4月)、総1=総務省 情報通信白書平成17年版、文=文部科学省 登下校時の安全確保に関する取組事例集(2006年1月)、 総2=総務省 ユビキタスネット技術を用いた子どもの安全確保システムに関する事例(2006年3月) *5:PHSで話した内容を構内放送に流す仕組みを構築している。 具体的には、合計 5 つの情報源から、情報通信技術を用いていること、開発企業か実験地、実 施地が関西に関係していること−−の 2 つを条件に、取り組みの事例を抽出した。 [12],[13],[14],[15],[16] 関西とは基本的に 2 府 4 県を指すが、文献[13]に掲載されている事例にお いては、それ以外の県のものも混じっている。 5 つの情報源の発信元組織をみてもわかるとおり、地域の防犯、特に児童・生徒の安全確保に ついては、中央官庁だけをとっても、複数がそれぞれ取り組んでいる。また、すべてがそうであ るか否かは、ともかくとして、都道府県も取り組んでいる。 図表4−3−4−1では、主な関係者の欄に記した組織の 50 音順に事例を並べた。文献[12] のように私企業の名称を掲載するのを意識して避けている文献もある。その場合には、企業など の名が同定できるときには、それを補っている。 なお、出典の源に、複数の関係者が書いているときに、引用者の判断で、一部のみを引用して いることがある。各事例で利用していると思われる要素技術についての分析も実行している。9 つの要素技術をとりあげ、出典の文書を読んで、導入されていると推測される要素技術の欄に○ を記した。あくまで、文献によっているので、漏れがある可能性がある。 また、システム全体の中で、いわば脇役として使われる可能性のあるツールすべてに○を付け るということはしていない。たとえば電子メールや携帯電話メールを例にとると、この種のシス テムのほとんどすべてにおいて、日々の運用の中では、システムに関連する一部のメンバーによ る電子メールのやりとりが生じると考えられる。しかし、そうした要素技術に関し、システムを 構成する主たる要素技術とみなせないと判断した場合、○をつけていない。 その要素技術とは、(1)ウェブ(携帯電話による閲覧を含む)、遠隔閲覧、(2)電子メール(携帯電話 のメールを含む)など、(3)携帯電話の各種機能、(4)防犯カメラ、ロボットの目のカメラ、(5)GPS 付き携帯電話あるいは GPS 付き携帯端末、(6)地理情報システム、(7)無線 LAN など近距離無線、 (8)IC タグ、IC カードあるいは電波バッジ、(9)センサーや IC カードによる侵入検知−−の 9 種 類である。 (2)要素技術ごとの採用の多寡 図表4−3−4−1においては、各要素技術が採用されているという判断において、判断の不 正確さが避けられない。このため、1 件、2 件のレベルで、被採用の多寡を論じることの意味は 薄いといわざるをえない。それでも、大雑把な傾向を捉えるための材料としては、有効であると 考える。 図表4−3−4−1によると、採用数が首位であるとみられるのが前出の番号の(2)、第 2 グル ープが(1)と(4)、4 位、5 位あたりが(6)と(8)、6 位あたりが(3)、といってよいであろう。 9 種類の要素技術の中から、2 つずつを選んで、 「特定の要素技術が採用されていれば、他の特 定の要素技術がほぼ確実に採用されている」という関係が成り立つか否かを調べてみると、1 つ の例外を除いて、そうした関係が成り立っているとは、いえそうにない。 1 つの例外とは、 「(6)を採用しているときには(1)を採用している率が高い」というものである。 企業や自治体が利用している業務用の地理情報システムはともかく、市民の用いる地理情報シス テムは、通常、ウェブベースであるから、地理情報システムの技術を採用していれば、ウェブの 技術を採用するのは、当然ともいえる。 (3)関西の児童・生徒の安全確保システムにおける要素技術の採用状況 前述のように大阪安全・安心まちづくり支援 ICT 活用協議会(略称大安協)では、合計 7 つほど の実証実験プロジェクトを抱えている。このうち、児童・生徒の安全確保システムとして、新聞 やテレビによる報道の対象となったのは、4 つである。図表4−3−3−1の 4 つのプロジェク トに対応するもので、図表4−3−4−1における整理番号の順に、6 の大阪市住吉区私立帝塚 山学院小学校における実験、16 の堺市登美丘地区における実験、23 の吹田市立古江台中学校に おける実験、36 の大阪市中央区の市立中央小学校における実験−−である。このうち、6、23、 36 では、キーとなる技術として(4)と(8)とを用い、16 では、キーとなる技術として(5)を用いてい る。 3.4.2 GPS 付き携帯電話によるシステムと IC タグによるシステム (1)総務省の示す 2 つの典型例 2007 年 2 月 6 日、総務省は、 「地域児童見守りシステムモデル事業の公募開始」について発表 した。[17] 情報通信技術を用いた児童の安全確保にシステム構築の取り組みに対し、広義の補助 金を出すというものである。図表4−3−4−2は、その発表資料にある図表の意図を筆者が汲 み取って、概念図にしたものである。 地域児童見守りモデルシステムの構築 電子タグ活用型 携帯電話活用型 サーバー 検知装置群 携帯電話網 地域 電柱などに、タグの位置検出装置を設 置し、児童Aの下校後の通過ポイントと 時刻とを検知し、児童Aが池に接近し ていることを検知して、保護者などに自 動的に通知がなされる様子の図 GPS機能付き携帯電話により、児童B の位置と時刻とを検知し、児童Bが不 審な人物に遭遇して携帯電話の急報 ボタンを押し、それが保護者などに自 動的に通知がなされる様子の図 ●●● ●●● ●●● ●●● 保護者など 図表4−3−4−2 総務省資料における地域児童見守りモデルシステム この図を見てわかるように、いわゆる「地域児童見守りシステム」の典型例として、IC タグに よるシステムと GPS 機能付き携帯電話によるシステムとが、いわば双璧のように捉えられてい る。 (2)大安協における実証実験のタイプとコスト要因 大安協では、児童・生徒の安全確保に焦点を当てた実証実験をいくつか実施してきた。そのう ち主なものは、4.1(3)でも触れた 4 つである。 登美丘のもの以外では、IC タグと防犯カメラとを用いている。導入に際して必要となるコスト について、GPS 付き携帯電話によるシステム(以下、G 型)と、IC タグによるシステム(以下、I 型)との比較を試みたい。 I 型では、現在のところ、設定、仕様により、費用が大きく変わる。電池の有無により、電波 到達距離が変わり、周波数帯により、電波到達距離、壁などによる減衰の状況、水分による減衰 の状況が変わる。到達距離が変わると、リーダー・ライターを内蔵したゲートで IC タグをかざ して検知する方式にするのか、ゲートの前を歩いて通過すれば検知する方式にするのか−−が変 わる。これらの仕様の差により、タグやリーダー・ライターの価格が大きく変わる。 また、何を検知するのかでも変わる。敷地内に児童・生徒がいる間は検知するように多数のア ンテナを敷地に立てるのか−−などにより、費用が大きく異なる。ゲートの前を通過すれば検知 する方式においても、通過の向き(登校か下校か)を自動的に判断するようにするか否かによって、 費用が変わる。この比較の様子を、図表4−3−4−3にまとめた。 I型(ICタグ型) G型(GPS携帯電話型) 機能仕様(可否)項目 関連仕様(属性)項目 コストに与 える影響 関連仕様(属性)項 目 コストに与 える影響 校門などを通過するのみで登下校を検知する のか、カードをかざす動作が必要か アクティブ/パッシブ、周 波数帯 大きい 標準仕様で常に 位置を検知*1 特になし 校門などゲート通過の検知のみか、敷地内の 存否も検知するのか アクティブ/パッシブ、周 波数帯、アンテナの本数 大きい 標準仕様で常に 位置を検知 特になし 通学路でのポイント通過などを検知するのか アクティブ/パッシブ、周 波数帯、ゲートの数 大きい 標準仕様で常に 位置を検知 特になし 状況を映像で捉えるのか カメラの有無 大きい カメラの有無 大きい 緊急通報ボタン機能などをつけるのか ボタンの有無、アクティ ブ/パッシブ、周波数帯、 アンテナの数 大きい ボタンとソフトウェ アの有無 若干あり *1:FeliCaチップを搭載した携帯電話を用いる手法も理論的にはあり 図表4−3−4−3 I型とG型の機能仕様とコスト変動状況 一方、G 型では、サポートセンターなど、人的仕組みにより、もちろん、費用は大きく異なり うるが、GPS 付き携帯電話の部分の費用は、あまり変わらない。G 型のコストの変動が大きいた め、G 型と I 型とのコスト比較については、未決着であるといえる。 (3)IC タグ利用の実証実験が多い理由 大安協の 4 つの実証実験では、G 型が 1 つ、I 型が 3 つであった。G 型の実証実験が多い理由 として、次のようなことが考えられる。まず、仕様の設定によって、コスト削減が可能なので、 フィールドでいろいろと設定して試したいという動機がある。また、量産や標準化や、他の用途 の広がりにより、IC タグの低価格化がありうるし、交通用 IC カードがさらに普及すればそれを 用いる選択肢もありうるので、それを見込んで、実験しておいておきたいという動機もあろう。I 型のアクティブ型では、建物、植生、街路の状況で電波の到達状況が変わるので、それを確認し たいということもある。 一方、G 型においては、児童・生徒による携帯電話の携行自体について論争がある。公立学校 を中心に、児童などによる携帯を認めるか否か−−の論争があるのである。 3.4 小括 4.2で論じた 4 つの事例のうち、IC タグを用いて、児童・生徒の安全を確保するシステムを 採用している私立帝塚山学院小学校と公立の古江台中学校において、保護者に対してアンケート 調査を実施している。 どの犯罪について考えることがあるか−−という問いで、私立小の方が「誘拐」が多いこと、 通学路の防犯カメラの設置決定者はどこであるべきか、そして、通学路の防犯の中心となるべき 主体はどこか−−という問いで、私立小の方が「学校」をより重視し、公立中の方が「PTA など」 、 「町内会」をより重視する傾向があること−−といった結果が得られている。 児童・生徒の安全を確保する仕組みにおいては、ハードウェア、ソフトウェアを導入し、児童・ 生徒に IC タグや GPS 付き携帯電話を持たせるだけでは、うまく機能しない。緊急ボタンが押さ れたときの、いわゆる駆け付けボランティアなどの確保やその間の意思統一など、支援する人的 仕組みが充実して、はじめて威力を発揮する。 ここで述べたように、学校の設立形態、学校の種別、地域の状況などにより、保護者の意識は 少しずつ異なる。学校の実情に合わせたシステムの導入と、支える仕組みの整備が必要となる。 図表4−3−4−1に列挙した事例では、いろいろな要素技術が採用されている。最も多く採 用されているのが電子メールの技術、 次に多く採用されているのが、 ウェブや遠隔閲覧の技術と、 防犯カメラの技術である。 4.2では、児童・生徒の安全確保のためのシステムに関し、GPS 機能付き携帯電話を用いる タイプと、IC タグを用いるタイプとについて、コスト構造の分析を試みた。IC タグを用いるタ イプにおいては、採用する周波数帯など採用技術がまだ収束しておらず、量産化効果も出ていな いため、コスト構造についての結論は出ていない。 どちらのタイプにおいても、児童・生徒からの緊急通報などがあった場合に必要となる児童・ 生徒の位置のわかりやすい表現方法については、提言を行うことが可能である。 いずれのタイプにおいても、地図情報システム(GIS)などと組み合わせて、緊急通報に応じた駆 けつけの仕組みを整備していく必要が今後増すであろう。 その場合、地図データをそのまま送ったり、通信相手の端末に表示させたりするのが難しいと きに、位置を特定する手段が必要である。緯度、経度は、わかりにくく、また実感しにくい。地 図を扱うウェブシステムでは、特定の範囲を示す特定の縮尺の地図をそのまま相手に知らせる仕 組みもあるが、異なるソフト間や異なる機種間では、互換性が保証されない。 N コードは、10 桁、通常は、大きな範囲の指定部分を省けるので、6 桁の 10 進数で約 55m 四 方の分解能で指示することのできる地図上の位置指定の仕組みである。8 桁なら約 5.5m 四方の 分解能となる。 N コードでは、基本的に 10 進数しか用いないため、言語によらず理解できるし、人の音声や 音声合成などによっても伝達しやすい。自動車のナビゲーションシステムに採用される可能性が 高い。 携帯電話事業者各社は、 「緊急通報位置通知」 システムを 07 年 4 月 1 日から運用開始している。 こうした仕組みと、既存の各種地図システムとを、一部に人間が介在してもいいので、うまく連 動して用いようとすると、N コードの機能を、いろいろな仕組みに組み入れていくのが、望まし い姿だと考えられる。 3.5 おわりに −安全安心な暮らしのための環境基盤整備に向けて− 1.から4.にわたって、IT がもたらす安全安心な暮らしについて論じてきた。1.と2.で は、安全安心な暮らしのためのシステム、さらには、社会のためのシステムについて、概観して 論じた。3.と4.では、安全安心な暮らしのためのシステムのうち、主に、児童・生徒の安全 確保のためのシステムを中心に、関西での動向を主な材料として、現状を具体的にみていった。 3.4.と4.3.で若干論じたように、安全安心な暮らしのための IT、もしくは、社会安全 システムを有効な形で地域に導入するには、地域社会が、たとえていえば荒地ではなく、地なら しされた状態であることが求められる。これを、安全安心な暮らしのための環境基盤と呼ぶこと ができるであろう。環境基盤は、情報システムや人的仕組みそのものではなく、それを導入し、 仕上げていくための土台にあたる。図表4−3−5−1に環境基盤の概念図を示した。 個々の社会安全システム 個々の社会安全システム 人的仕組み 個々の社会安全システム 人的仕組み 通信機能 情報通 信シス 要素技術 テム ソフト、ハード 情報通 信シス テム 規則、制度など 社会的仕組み ソフト、ハード 情報通 信シス テム 規則、制度など 社会的仕組み 社会制度環境基盤 技術環境基盤 財政環境基盤 通信機能 要素技術 人的仕組み 通信環境基盤 通信機能 要素技術 ソフト、ハード 規則、制度など 社会的仕組み 社会関係環境基盤 製品供給環境基盤 資金制度環境基盤 社会安全システムのための環境基盤 図表4−3−5−1 社会安全システムのための環境基盤 ここでは、社会安全システムは、それを成り立たせる環境基盤の上に存在している。そして、 環境基盤から、個々の仕組みの供給を受けて構成される。個々の社会安全システムを構成してい る機能要素の総体が、それぞれの分野における環境基盤であるといった捉え方も可能である。 通信サービスであれば、ADSL なり光ファイバーなりを必要な場所、たとえば学校に引いてき て使えるようにすることではなく(それは、導入と仕上げ)、その地域でそうした通信サービスが 提供されているかどうかである。これが、通信環境基盤となる。 通信環境基盤を念頭に置いて、各種の環境基盤を、まず、(1)地域コミュニティ、(2)地域コミュ ニティを支える IT、(3)IT を活用するために必要な環境、に大別することができる。これをさら に図表4−3−5−2に示したように分けて考えることができる。 図表4−3−5−2 各種の環境基盤 環境基盤の種別 意味 人材環境基盤 社会における種々の目標(たとえば安全で安心な社会の確立)を実現するた めに必要な人材が確保されているか否か 社会関係環境基盤 コミュニティが、あるいは、複数のコミュニティ間が、きちんとまとまっている か否か 地域の安全・安心環境基盤 の構成要素との対応 地域コミュニティ 新しい仕組みを住民が企画し、参加者を募ったり、始まってからの不満を聞 いたりするときの伝達の仕組みが整っているか否か。市町村広報誌、地域 広報広聴メディア環境基盤 新聞、CATV局自主製作番組、コミュニティーFM、立会演説会など、手段は 何でもよく、総体でみたときの「環境」として整備されているかどうかが問題 社会における種々の目標(たとえば安全で安心な社会の確立)を実現するた 技術要素環境基盤 地域コミュニティを支えるIT めに必要な技術のコンポーネントが用意されているか否か 各地の状況に合わせた通信サービスが合理的な価格で提供されている(山 通信環境基盤 間地など民間事業でのサービス提供が難しい場合に行政主導やNPO主導 で整備されているものを含む)か否か 社会制度環境基盤 法律や条令が整っているか否か 財政環境基盤 行政の予算やNPOや町内会の徴収する資金の多寡 ITを活用するために必要な 市民や団体が、受益者から容易に安価に受益者負担額が徴収できるよう 環境 な、送金、集金、寄付、天引き、上納などの制度が整っているかどうか。どの 資金制度環境基盤 制度がなければならないということではなく、その土地柄にあったお金の集 め方の仕組みが確立されているか否かが問題である。 道路や電柱を利用するための手続きの仕組みが整っており、迅速に許諾を 設備利用環境基盤 得ることができるか否か ここに列挙した環境基盤の中には、社会制度環境基盤のように、活動する市民、企業、NPO などにとっては所与のものであり、環境基盤という呼び方がよく適合するものもあるし、社会関 係環境基盤のように、市民、企業、NPO のひごろの活動の様子そのものを環境として捉えると いう、当事者にとっては、環境基盤と意識しにくいものもある。 安全安心な暮らしのための環境基盤は、図表4−3−5−2に示した複数の環境基盤の複合体 である。また、こうした環境基盤は、地域の安全・安心のためだけに整備されているわけではな い。日常的家庭生活のための環境基盤でもあり、福祉のための環境基盤でもあり、観光のための 環境基盤でもあり、企業活動のための環境基盤でもある。 図表4−3−5−3は、社会安全システムを実際に導入する際に影響を与えるそれぞれの環境 基盤について、社会に存在する種々の主体の関わり方について、一例を示したものである。 「○」 がついているのは、整備のコスト負担を意味しているわけではない。論議の際の主な関与者とな るべきであるという意味である。コスト負担の配分や負担の仕方については、その論議の中で、 地域の実情に合わせて決めていけばいいことである。 図表4−3−5−3 環境基盤整備に関する主体別の役割 教 育 委 員 会 学 校 P T A 町 内 会 N P O 工商 会店 ど 議会 所 な商 人的仕組みの構築 ○ △ ○ ○ ○ ○ △ 経費徴収などの規則と 手順の構築 ○ ○ △ ○ ○ ○ ○ 施設利用、免許などの許 可申請、届出、登録の仕 組み ○ ○ ○ △ △ △ △ △ 制度(国家レベル)の整備 ○ △ △ 制度(地方レベル)の整備 ○ ○ △ 基金などの整備 ○ ○ 環境基盤の構造分析、 構成要素ごとの整備主 体引き当て、および整備 推進動機付け ○ ○ 機器などの標準化 △ (市民側からみたとき) 企業の説得、折衝、調整 △ 広報広聴体制の構築 △ △ ○ 公 ス 共 事 サ 業 者 ビ ○ △ △ △ △ ○ ○ ○ ○ △ (市民側からみたとき) 自治体の説得、折衝、調 △ 界ム安 団関全 体連 シ なのス ど業テ ー 警 察 、 国 地 方 自 治 体 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ ○ △ △ △ △ ○ △ △ 関西では、何度も述べてきたように、社会安全システム、もしくは、安全安心な暮らしのため の IT の導入が早かった。首都圏よりは、定住率が高い地域も多く、地域コミュニティが弱いと ころばかりではない。家電メーカー、電子部品メーカー、機械メーカー、ソフトウェアハウスな どの集積も十分にある。 全国にリードする形で環境基盤の整備を進め、その上に実際に社会安全システムの構築を進め る、新しい社会モデルの提唱ができるのではないかと思われる。 関西の強みであるといわれる娯楽産業、観光産業、飲食サービス産業、ファッション産業など は、社会の安全があってはじめて、その魅力を全国に発信できるのである。 [注、参照文献] [1] IT (Information Technology)あるいは ICT (Information and Communication Technology)。 情報技術あるいは情報通信技術と訳す。本章では特に使い分けをしない。文脈により、どちらも 使用することがある。 [2] 非接触IC タグ内のIC チップと非接触IC カード内のIC チップは完全に同一とは限らないが、 大雑把には同じものをタグに内蔵するか、カードに内蔵するか、だけの違いである。無線タグ、 電子タグ、RFID などもほぼ同義である。 [3] 中野潔「序章」中野潔編著『社会安全システム』東京電機大出版局(2007)の表 0.7(p.4)に加筆 [4] 同書の表 0.8(p.5)に加筆 [5] 「とくだね!」2008 年 6 月 13 日 9 時 15 分ごろ、フジテレビのネットワークで放映したレ ポートによる [6] 宮野渉「11.2 IC タグと防犯カメラを活用した児童生徒の安心安全確保システム構築」 『社会 安全システム』収録、pp.254-260、東京電機大学出版局、2007 [7] 高畑達「11.3 ユビキタス街角見守りロボットを活用した児童生徒の安心安全確保システム 構築」 『社会安全システム』収録、pp.260-268、東京電機大学出版局、2007 [8] 田口秀勝「11.4 IT(アクティブ IC タグ)を活用した児童生徒の安心安全確保システム構築」 『社会安全システム』収録、pp.268-276、東京電機大学出版局、2007 [9] 西岡徹「11.5 N コードを活用した児童生徒の安心安全確保システム構築」 『社会安全システ ム』収録、pp.276-285、東京電機大学出版局、2007 [10] 小河雅臣「警備員さんのいる学校が増えているね」朝日新聞大阪本社版 2008 年 6 月 29 日 付朝刊、p.24、朝日新聞による。原典は 06 年度、文科省調べ。 [11] いしいひさいち『ののちゃん』3943 回、朝日新聞 2008 年 6 月 5 日付朝刊、p.31、朝日新 聞社(2008) [12] 大 阪 府 『 安 全 ・ 安 心 な ま ち づ く り ICT 活 用 ハ ン ド ブ ッ ク 』 http://www.osaka-anzen.jp/document/index.html 、大阪府、2004 [13] 近畿経済産業局『近畿地域におけるセキュリティー関連企業と連携した地域防犯活動事例 集』 http://www.kansai.meti.go.jp/3-5sangyo/17secrity/17jirei.pdf 、経済産業省、2005 [14] 総 務 省 『 情 報 通 信 白 書 平 成 17 年 版 』 http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h17/ 、総務省、2005 年 [15] 総務省『ユビキタスネット技術を用いた子どもの安全確保システムに関する事例』 http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060330_3_a.html 、総務省、2006 [16] 文 部 科 学 省 『 登 下 校 時 の 安 全 確 保 に 関 す る 取 組 事 例 集 』 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/12/05120900/007.htm 、文部科学省、2006 [17] 総 務 省 『 地 域 児 童 見 守 り シ ス テ ム モ デ ル 事 業 の 公 募 開 始 』 http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070206_1.html、総務省、2007