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テーマ:ソニーの科学教育支援活動について

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テーマ:ソニーの科学教育支援活動について
『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
リビング・サイエンス カフェ報告
vol.03 2007年12月11日(火)18:30~20:00 於・スワンカフェ&ベーカリー赤坂店
テーマ:ソニーの科学教育支援活動について
講師:坂口正信(財団法人ソニー教育財団 常務理事・事務局長)
ファシリテーター:古田ゆかり(フリーランス・ライター、リビングサイエンス・ラボ)
■講師:坂口正信さん
最初に、ソニー教育財団がどういう活動をしている団体かお話しします。当財団は 1972
年に「財団法人ソニー教育振興財団」として設立されました。いくつかの事業の柱があり
ます。1つめは、学校・幼稚園の先生方を対象とした教育支援活動で、
「ソニー子ども科学
教育プログラム」
「ソニー幼児教育支援プログラム」という2種類の論文を募集し、優秀な
学校・幼稚園を表彰します。2つめは、全国 48 支部、1,900 人くらいの小・中学校の理科
の先生方が活動する「ソニー科学教育研究会」に対する支援活動です。3つめは、子ども
たちが科学する場づくりとして行っている「科学の泉-子ども夢教室」
。4つめは、ものづ
くりを通して科学を学ぶ取り組みで、今年スタートしたものです。そのほか、海外の教育
関係との交流も以前からやっていて、一時途切れていたのですが、今年から再開しました。
まず、
「子ども科学教育プログラム」は、小・中学校を対象として、科学教育・理科教育
の実践計画をまとめた論文を募集し、大変優れた取り組みをしている学校を表彰するもの
です。最優秀校が 300 万円、優秀校が 50 万円、教育資金に加えてソニー機器も贈呈します。
50 年ほど前、1959 年に「ソニー理科教育振興資金」としてスタートしました。「振興資金」
という名のとおり、良い教育をしたことに対する表彰というよりもむしろ、これから行う
教育に対して「がんばってくださいね」という意味で提供する趣旨の資金です。名称はそ
の後変わりましたが、目的は現在も変わらず、これまでに全国延べ1万校から忚募いただ
き、そのうち 5,000 校に対して何らかの教育資金を贈呈しています。
2002 年からスタートした「ソニー幼児教育支援プログラム」は、対象が幼稚園・保育園・
認定こども園ですが、基本的には同じで、先生方が子どもをどう保育しているかを論文に
まとめていただいて審査し、優れたところに助成金を提供しています。テーマは「科学す
る心を育てる」こと。科学を「教える」というより、そのもとになる「心を育てる」こと
に重点を置いています。
「ソニー科学教育研究会」は、
「ソニー理科教育振興資金」の受賞校が中心になり、1963
年に「ソニー理科教育振興資金受賞校連盟」として結成され、2002 年に「ソニー科学教育
研究会」として発足しました。当財団では、各支部の研修会、各ブロックの若手教員研修
会、全国4ブロックに分かれて実施する中堅指導者の研修会、さらにその中堅指導者を指
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
導するリーダーを養成するためのセミナー等の支援を行っています。
今年スタートした「ソニーものづくり教室」は、
「子どもたちとソニー技術者との交流を
行ってほしい」と、昨年ある方から多額の寄付をいただいて始まりました。
「実際のものづ
くりを通して、楽しさ、工夫の大切さ、科学の基礎を学んでほしい」また、
「ものづくりの
精神をソニーの技術者から尐しでも受け取っていただけるといいな」とおっしゃっていま
した。小学校高学年~中学生を対象に、ソニーの各工場で、子どもたち 30 名程度とボラン
ティア 10 名程度が参加し、これまで「手づくり CD プレーヤー」や「手づくりマンガン電
池」をつくるといったことを行っています。
今日は短い時間なので、先ほど途中までビデオを流していた「科学の泉-子ども夢教室」
の話をさせていただきます。この中に重要なポイントが凝縮されていると思います。
ここのメインテーマは「自然に」学ぶことです。ノーベル化学賞を受賞された白川英樹
先生を塾長として迎えているのが特色で、先生のご意向で、
「自然の中で、
自然から学ぶこと」
「自ら、自分自身で、自ずから学ぶ」ことを目指して
います。これは「必ずしも答えを出すということではないんだ」と白川
先生はおっしゃっています。これまで人間は長い年月を通じて自然から
いろんなことを学んできましたが、最近そうしたことが尐なくなってき
ています。一方、学校で教わったりインターネットを見たりすれば情報
はいろいろある、という環境の中で、われわれはもうすべて知ってしま
ったという驕りがあるかもしれません。しかし本当に分かっているんだろうか、いや、ま
だ分かっていないことの方が遥かに多いと思うんです。だから、新しい発見や発明のチャ
ンスはあなた方にもたくさんある、と子どもたちに呼びかけています。自然に親しみ、自
然をよく観察して、その観察したことをありのままに記録する。そうしたことが大切なの
です。そして、観察したことや記録したことを事典などで調べ、自分で考えることが大切
です。そういうことを伝えるイベントを行いたいと、3年前にスタートしました。
今年は、長野県白馬村の中学校・民宿・その他の施設などを使って 8 月 13~18 日に開催
し、小中学生 33 名が参加しました。3月に募集をかけ、4月に締め切りましたが、26 都府
県から 178 名の忚募があり、その中から 33 名を選考して参加いただきました。自然に出て
自然に学ぶ活動がメインです。白川先生の講義もあります。導電性プラスチックを自分た
ちでつくり、導電性膜をつくるための溶液の濃度を変えると電気がもっと流れるようにな
るか、といったことを調べる実験もやります。課題選択として、スターリングエンジン、
ホバークラフト、クリップモーターの実験も行いました。その他、栂池自然園散策、星空
観察、昆虫採集なども行われました。栂池自然園の散策では、標高が 1,800m~2,000m のと
ころで、いろんな高山植物の観察を行いました。
指導員の先生方も毎年変わり、そのうち何人かが次の年残ります。今年は養護の先生を
含めて全国の小中学校から 11 名ご参加いただき、一緒に活動していただきました。2~7
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月にかけて月1回のペースで当財団にお集まりいただき、どういうイベントにするか、白
川先生と会議を重ね、白馬での現地調査も2回ほど行いました。最初に白川先生と顔合わ
せをする時、指導員の先生方はとても驚かれます。白川先生から「指導員の先生方は、子
どもたちを教えないで下さい」と言われるからです。普段教えている先生方は、
「教えない
で下さい」と言われると、一体どうしたらいいのか分からない。そこからスタートするの
です。教えたいことはたくさんあるのですが、そこを「教えないでください」と言われま
す。先生方が「これ面白いよ、あれ面白いよ」というのではなく、子どもたちが自分たち
の力や感覚で、丌思議に思うことや面白いと思うものを見つける。まずは子どもたちが見
つけられるかどうかなのです。会議で先生方は「本当に見つけられるのか」と非常に心配
して、何度も議論を重ねましたが、その心配は全くないのが事実です。むしろ、いろいろ
な子どもたちの疑問に自分たちが答えられるのか・・・。やがて、そちらの心配の方が強くな
っていきました。指導員の先生方も、「科学の泉」に参加して自分を磨いていらっしゃると
思います。そうした準備を経て当日を迎えるのです。
子どもたちは異学年グループを作ってそれぞれテーマを見つけ、
指導員がついて外に出て行きます。白馬村は水生昆虫なども豊かで、
近くにビオトープもあり、
「ふれあいの森」には虫が多く棲むなど、
いろいろな生き物がいる良い場所です。子どもたちは自然の中で「面
白い」ことや「なぜ?」と思うことを見つけたら付箋紙に書き留め
ます。帰ってからグループで各自持ち帰った付箋紙を大きな紙に貼
ります。そして、自分が見つけてきたものを他の人に説明し、情報交換や意見交換をしま
す。そして翌日、ま
た自然の中に出て新
グループ名
テーマ
周りの場所の色によって、かえるは自分
たな発見をします。 1班:カリブの山賊
2日目くらいの段階
自身の体の色を変化させるのか?
で、メンバーで話し 2班:ガリレオ
合って、自分たちな
りのやり方でグルー 3班:cool water in 松川
カエルの手・足について(いろんなとこ
ろに貼り付くのはどうなっているのか)
カゲロウという虫の生態
プ名と研究テーマを 4班:イリオモテ白馬ネコ なめくじのヌルヌルの秘密
Ⅰ アリジゴク(ウスバカゲロウの幼虫)
決めます。今年はこ
んな班ができました 5班:ズームイン白馬
Ⅱ コバギボウシの花の咲く向き(一方向
(右表)
。グループ名
を向いて咲くのはなぜか)
は、子どもたちが「カ 6班:ミステリーズ
ミヤマカラスアゲハの生態
ガクのイズミ」の頭文字をとってつけたものです。昔『カリブの海賊』という映画があり
ましたが、1班はこれをもじって『カリブの山賊』とつけていました。5班はテーマを1
つに絞りきれなかったようです。中日ごろには中間交流会を開き、壁に説明の紙を張って
発表し、他のグループが感じたことや疑問点を付箋に書いて貼り付け、意見交換をします。
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
紹介できないのが残念ですが、意見がたくさん出て非常に面白いです。
実は、前年までの反省点をふまえて変更したことが2点ありました。今やデジタルカメ
ラで撮れば何でもデータとして保存でき、スキャナーでは虫などの拡大画像もつくること
ができます。しかし、今年はあまりデジタルカメラを使わず、子どもたちが自分の目で観
察した虫や花を、強制はしないができるだけじっくり観察してノートに描くようにしまし
た。写真は見えるものをそのまま写しますが、子どもが何を感じたのかは写し取れません。
ところが、スケッチは自分が見て捉えたことを描くので、何を大切と思ったかが出ます。
これは重要なことだと考えています。もう1つは、何かを調べる際にインターネット検索
を使わないことでした。昨年も一昨年もインターネットを使ったのですが、書かれている
ことをそのまま、知ったかのごとく書いてしまうことがあります。それも調べることには
違いないのですが、本などを使ってもう尐し苦労して調べてほしいと考えました。
最終日の発表会では、5日間で分かったことを自分たちのグループで考えた方法で発表
し、修了証をもらいます。寸劇形式で発表したグループもありました。発表するために結
論を決めつけたりはしませんから、疑問点はたくさん残りますが、それはこの5泊6日の
イベントが終わって家に戻ってから自分なりに考えてもらう、というスタンスです。
「この
続きを班のみんなでやろうよ」というグループもありました。実際集まったかどうかは聞
いていませんが、何人かは実際に白馬に行って調べたりしているようです。
塾生・保護者・指導員の方々の感想をいくつか紹介します。
【塾生】
・
「自然に学ぶ」で、丌思議と思ったことを皆で協力して探究できた。班の皆で調べたり、
生活を通して信頼の絆ができたことに感動した。
・よく調べ記録し観察することを大切にしたい。
・2週間ぐらい泊まって、本格的に討論したり、活動を深めたい。
・これからいろいろなことに挑戦したい。
【保護者】
・身近な生物に関心を持つようになった。
・はっきり自己主張するようになった。
・白川先生、指導員の先生の指導でひとまわり大きくなった。
・白川先生に触れたことは、子どもにとって人生の宝物。
・将来、うちの子どもは科学者になりたいと言っている。
【指導員】
・子どもたちの探究心・追求心がすばらしい。
・班長会議で班長の日々の成長を感じた。リーダーとしてもすばらしい子どもたちだと思
います。
・
「科学の泉」を通して、多くのすてきな仲間ができた。
・夏休みがなくなったが、とても大切なことを学んだ。経験を学校でも生かしたい。
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
「科学の泉」は、夏のイベントで終わりではなく、毎年、翌年3月頃に交流会を開いて
います。これは今年3月
に開いた時のものです。
当日はたいへんな雤だっ
たのですが、第1回、第
2回の塾生、計 65 名のう
ち 55 名が参加しました。
子どもたち7人の希望者
には国立科学博物館の講
堂で研究発表もしてもら
いました。白川先生からも『プロフェッショナルとアマチュア』という題名でお話をいた
だきました。同じ経験をした仲間たちがここで互いに交流し、刺激し合う・・・。朝集まった
ときは、半年振りに集まる仲間たち同士で本当に兄弟のような感じでした。今年は塾生が
33 名いたので、第1回から合計 100 人くらいになり、交流会をどうやって開催していくの
か心配にもなりますが、そのうち武道館とか東京ドームとかで開催できるように続けられ
るといいなと思っています。
■フリートーク
古田:
「科学の泉」は、子どもがいたらぜひ参加させたいと思った方もいらっしゃると思い
ます。大自然あり、科学実験あり、ノーベル賞科学者ありという非常に恵まれたリッ
チな条件ですが、参加費用と、178 名中 33 名を選考した基準についてお話しいただけ
ますか。
坂口:参加費用は2万円です。その他、会場までの交通費はご自分持ちです。また、募集
の際、経済的な理由で参加をためらっている方には“当財団に相談して欲しい”と忚
募要項に記載しています。
選考についてですが、今年はいろんなところに記事を掲載していただいたため、忚
募が多く、178 名の選考は大変でした。基本的には、「自分の将来について思うこと」
という作文と、
「自己紹介」の2つの資料をもとに選考します。その他、学校の先生の
推薦状があり、
「協調性」がどうかなどを参考にしますが、基本的には作文と自己紹介
の2つの書類について、名前と学校名を消したものを指導員の先生方に見てもらって
選考します。書類選考後、合格になった子どもたちとその保護者にお越しいただいて
面接し、親子の人間関係を見させていただきます。おじいさんやご夫婦同伴でお越し
になる方もいます。書類選考では、理科の点数ではなく、子どもの「こういうふうに
したい」という意欲を見ます。それは作文の「将来について思うこと」に現れてくる
と思います。基本的には、理科が好きな子どもたちが来ているんだろうなと思います。
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会場:誰がどのように発案し、この公募を作ったのでしょうか。
坂口:私自身は財団に入って2年目で、
「科学の泉」の最初のイベントからは参加している
のですが、発案は4~5年前だそうです。当時すでに実施していた「ソニー子ども科
学教育プログラム」などの論文募集活動は、先生方が活動して忚募されるので、当財
団からみると間接的な活動です。それで、理事や評議員の方々から「当財団が直接関
わる活動をやってはどうか」という意見がありました。また、「世の中のリーダーシッ
プをとれる子どもたちを支援する活動をやってはどうか」という意見もありました。
また、理事として白川英樹先生がいらっしゃったので、ぜひ白川先生にプログラムを
やっていただこうということになり、お願いした結果、白川先生に塾長になっていた
だくことができました。当初は名称を「白川塾」としたかったそうですが、個人の名
前を冠にするのは好ましくないとの白川先生のご意向に沿って、
「自然に学ぶ~科学の
泉-子ども夢教室」という名称になったと聞いています。
会場:今まで理科教育を見てきたが、これほど時間の余裕を不える取り組みには出会った
ことがない。子どもたちにも一生忘れられない経験だと思います。ただ、他のところ
が実現するのは難しそうです。お金があるからできるという面もあるのだろうが、こ
の内容はどのようにして決まってきたのですか。
坂口:プログラムを作るのは指導員の先生方です。メンバーは毎年変わるので、白川先生
のおっしゃる「自然に学ぶ」とはどういうことか、子どもたちを教えずにどうすれば
いいか・・・これが一番の悩みどころなのですが、そこから考えて作ります。
子どもたちは自然の中に出ていろんなものを発見する能力を持っているのに、今の
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
教育ではある意味それを殺してしまっているんじゃないかと思います。これは私の考
えですが、たいへん懸念すべきことは、多くの子どもたちが「不えられた問題には必
ず答えがあり、そのただ1つの答えを見つけて書くのが良いことだ」と勘違いしてい
ることです。でも、実際に世の中に出てみると、
「ただ1つの答え」なんてありません。
尐し話が逸れるかもしれませんが、私は物理を学んで、会社の研究所におりました。
例えばブルーレイディスクのフォーマットを作るにも、どうすれば高密度の光ディス
クができるか、使えるものをどう組み合わせればいいか、はたしてそういうブルーレ
ーザーができるのか・・・答えはどこにも書かれていません。いろんな人間が関わり、い
ろんなものを集めて、可能な限りいいものを作ろうと試行錯誤し、途中で失敗すれば
方向転換もして、ついに出来上がったものがその時の1つの答え、ということになり
ますが、最初から1つの答えというのはありません。自分のやり方で失敗して、また
違う道を探す、という訓練・経験をせず、一本道しかないような教育を受けていると、
道を外れて新たな道を見つけるという思考ができなくなります。それ以前に「何を問
題・課題として掲げるべきか」すら自分で設定できなくなってしまう・・・そういう危険
性をすごく感じます。そういう意味で、子どもたちが自力で「丌思議」を探せるよう
に、指導員の先生方がうまく見守ることが重要なんじゃないか・・・指導員会議の中では
そんな議論がなされます。
古田:学校の授業では、時間的な余裕や先生1人あたりの子どもの人数等、制約の中で教
育効果を上げなくてはならず、限界がありますよね。
「時間が十分あり、人数が尐ない」
という、本当に恵まれたこの条件を、33 人以外の子どもたちにもぜひ経験してほしい
と思いました。
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
会場:教育コーディネーターとしての取り組みに興味があります。
「科学の泉」実現までに、
苦労した部分、当初の予定と異なりうまくいかなかった部分等も多いのではないでし
ょうか。
坂口:苦労する部分は、やはり「教えてはいけない」という点で、かなりプレッシャーに
なります。子どもたちからいろいろ質問されると、つい「答えなくては」となりがち
ですが、そこをグッと我慢して「こうかな、ああかな」なんて言いつつ、子どもたち
が自分で考えるようにもっていくのが難しいのです。
古田:「教えないこと」は先生にとって本当に大変なようで、「科学の泉」は「先生育て」
の一面もあると思います。先生がこれから育てる子どもたちの数は限りないわけです
から、そういう経験をした先生が増えることも大事なことだと思います。
坂口:指導員の選考では、科学に関してだけでなく、子どもたちの生活指導力等も含めて
慎重に面接します。尐し言えばできる子どもたちですが、基本的にやるべきことはき
ちんと教えなくてはいけませんから。最初に“はくば荘”
(民宿)に来たときは玄関の
靴がめちゃくちゃで、子どもたちに「自分のものじゃなくても気付いたら揃えなさい」
と指導したら、その夜からは気付いた人がちゃんと靴を揃えるようになりました。
場所選びも重要な要素で、けっこう苦労しました。例えばプラネタリウムではなく
実際の星空を見てほしくて星空観察を行う等、本当に欲張りなプログラムですから。
白馬という場所は非常に良い選択肢だったと思います。じつは、第1回、第2回は相
模原でやったのですが、2回とも天候に恵まれず、星空は見えませんでした。白馬で
やった今年は、初めて満天の星空だったのです。
余談になりますが、私は 60 歳を前にして、満天の星空を見たのが初めてでした。そ
の満天の星空の下で指導員の先生が説明してくれたのです。北には北極星が、真上に
は白鳥座が見えました。この夏の白馬は猛暑でしたが、私が泊まったペンションはク
ーラーがなくて毎晩3時間くらいしか眠れず、「どうせ眠れないなら星を見にいこう」
と、私も含めて4人くらいで夜中の3時ごろ外に出ました。すると、東の空からオリ
オン座が昇ってくるのが見えました。よく考えれば当たり前のことなのですが、オリ
オン座は冬にしか見られないわけではないんですね。北斗七星もよく見えました。北
斗七星や白鳥座が全天球に対してどのくらいの大きさに見えるか、天の川がどう横た
わっているか、そのとき初めて知りました。それから、ベルセウス流星群の時期だっ
たので、指導員の先生方を誘って見に行きました。
「雲があってダメかな」とベッドに
戻ったら、携帯電話に「今晴れているから見られる!」と連絡が来て、飛び出して行
きました。流星はいくつも同じ方向に流れるものと勝手に思っていたのですが、そう
じゃなくて、ある1点を中心にして、そこからヒュッ、ヒュッと放射状に光が流れる
のです。まるで消える寸前の線香花火のような飛び方です。そういうのも初めて見ま
した。「子どもたちを起こそうか」という話も出ましたが、「明日も朝早いしやめてお
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
こう」ということになったんですけれど。
会場:同様の取組みをやりたい企業も多いでしょう。ただ、表には見えない運営上の苦労
も多いと思うのですが。
坂口:参加者の評価の高さからもイベントの内容自体は良いと思うのですが、正直なとこ
ろ運営はとても大変です。8月にイベントが終わってホッとしたのも束の間、次の指
導員の選考が始まります。一般募集ではとても難しいので、ソニー科学教育研究会の
各支部から推薦していただき、そうしておきながら面接して選考するという大変申し
訳ないことをしなくてはなりません。面接にはご面倒を承知で白川先生にも必ずご出
席いただいています。今はちょうど来年度の指導員が決まったところです。1月から
は毎月指導員会議を開きますので、その案内も出さねばなりません。
指導員の先生方もわれわれの知らないところで苦労をされています。例えば、何か
の実験担当、といった役割分担がありますので、その中身を決めていただき、参加人
数分の道具や材料を揃えていただきます。ご自分の学校で教えるという仕事をこなし
ながら、合間を見つけて手製の実験キットを作るなど、準備を進めて下さっています。
昨年は指導員の先生が忙しくて準備できないケースがあり、われわれ事務局も実験の
準備に関わったりしました。そうやって材料等を揃え、現地や宿泊所の下見・確認を
します。
イベント中もいろんな苦労があります。なめくじのヌルヌルを研究したグループが
ありましたが、世の中にはヌルヌルするものがたくさんあるので、それらと比較する
ために誰かが「先生、納豆がほしい」とか、そういうことを言いだすわけです。ある
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
いは「バケツがもっとありますか」と言いだしたりして、その度に誰かが買いに行っ
ていました。それは不えすぎかもしれませんね。次回は「なかったら、ない中でなん
とかしろ」と言いたいですが(笑)
。
会場:
「夢教室」の後の交流会は人間関係を広げるという意味で非常に大事で、とてもいい
アイデアだと思います。誰がどのような経緯で企画したのでしょうか。
坂口:いろいろな事業をやる上で、理事会や評議員会から常に問われるのは、「どういう効
果があるのか」ということです。
「子どもたちにどういう影響が、どういう効果として
現れるのか。難しいとは思うが、よく調べてみて下さい」と言われます。他の影響を
すべて排除して、単独に効果を計ることは非常に難しいので、従来の事業ではそれが
なかなかできませんでした。しかし「科学の泉」では、白川先生が「参加した子ども
たちがどんなふうに育っていくのか、私自身も見守りたい」とおっしゃって、交流会
は最初から「夢教室」とセットで予定に入っていました(参加しなかった場合との比
較はできませんが・・・)。ですから、毎年だんだん人数が増えていっても皆が会う機会
を持ち続けたいと考えています。もう1つ白川先生がおっしゃるのは「最初に参加し
た子どもも高校1年生。大学生にもなれば『科学の泉』を推進する側になってもらお
う」と。そうなっていけばいいなと考えています。
会場:私は今日の出席者の中で最年長かもしれないが、私の子ども時代と違って便利な物
に恵まれ、自然に飢えている現代の子どもたちには、ここまで労力をかけねば理科教
育ができないのかと、環境悪化を危惧しています。素晴らしいプロジェクトだと感心
する反面、ここまでやって理科に向いていく子どもたちを育て、物理などを学ぶ子ど
もになって、やがてソニーのような会社に入り、便利な商品を作るようになると、そ
の影響でまた環境が破壊される、といった悪循環を生じるのではないでしょうか。
坂口:参加した子どもたちみんなが科学や技術を志すわけではないですし、白川先生をは
じめ運営しているわれわれも、必ずしも科学者に育ってほしいというわけではありま
せん。こういう活動を通して「こうしたい」という意欲や、自分で何かを見つけて自
分で調べる力を身につける、あるいはそのきっかけになればいいと考えています。集
めた生き物は、生きている限り自然に返すよう指導しています。また、逆説的ですが、
例えば子どもたちが蝶を集めて標本を作るとき、胸を圧迫して殺すことになります。
そのとき子どもは「本当にかわいそう」と感じます。こうしたことが命の大切さを学
ぶきっかけにもなります。いろんなものを生のままで観察する経験を通じて、いい方
向に向かってほしいと期待しています。科学や技術を志す者が環境にネガティブに働
くとは限りません。自然環境保護の分野で活躍するような子どもも出てくるのではな
いかと思います。
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
会場:僕らの世代は「理科離れ」と言われている世代です。公立の小中学校などでも「夢
教室」のような機会を設ければ理科離れを阻止できるのではないかと思います。科学
を好きな子どもを育てるためにどのような方法があると思いますか。
坂口:たぶん王道はないと思うので、それぞれの学校が工夫していろんな方法で取り組む
ことが非常に重要だと思います。「ソニー子ども科学教育プログラム」の「科学が好き
な子どもを育てる」という主題には、
「~『なぜ』を大切に/感性・創造性・主体性の
育成~」という副題がついています。これを大きなテーマと考えていただき、夢のあ
る教育計画や情熱のこもった取り組みについて論文にまとめたものを、各学校から忚
募していただいています。われわれの方から「こういう教育をしてほしい」とは言わ
ず、教育内容はそれぞれの学校が自由に考えます。
工夫の仕方にはいろいろな例があります。2006 年度「ソニー子ども科学教育プログ
ラム」の最優秀校(千葉と長野の学校)で全国大会が開かれたのですが、実際に授業
を見てみますと、先生からの一方向の授業ではありません。例えば「ものの溶け方」
といったありふれた理科の実験でも、グループごとに違う条件で実験して、その結果
をグループ内とグループ間で意見交換し、推論します。今 OECD の学力調査の結果で、
考察力丌足が指摘されていますが、実験の機会が尐なくなったのもさることながら、
実施方法も含めて考える必要があると思います。私が見に行った千葉の学校では、
「分
かったことを他の子どもたちにどう伝えるか」も学べるWN(Why Narrating:理由付
け)授業を行っていました。答えがいきなり出てくるのではなく、なぜそう思うか、
なぜその結論になったかを他のグループに説明するのです。答えは間違っていても構
わない、その子なりのしっかりした理由付けがあればいいと、そういう工夫をしてい
ました。
きりがないのですが、もう1つ工夫点を挙げるとすれば、先生が必要項目を明記し
たフォーマットを作っていて、それに各自で必ずメモをとらせていたことです。どう
いう目的で実験をしたか、何が分かったか、何が分からなかったか、それをどう思う
か、こういう根拠を持ってこう考える、といったことです。個人個人の能力に違いは
あれ、そうやって思考力を積み上げていく工夫をしていました。
会場:参加しなかった人たちにも広く伝えていくために、事後の宣伝・PR 等はどのように
していますか。
坂口:メディアで取り上げてもらえるとありがたいのですが・・・。一部の新聞等で取り上げ
られることもありますが、なかなか取り上げてもらえない側面があります。
「科学の泉」活動については、基本的にはホームページを利用し、参加した子ども
たちに報告を書いてもらって、写真入りで掲載しています。悩みの種は、そこにどう
やってアクセスしてもらうかです。参加した人や、たまたまアクセスしてくれた人だ
けでなく、もっと広範囲な人に見てもらいたいのですが、月間アクセス数は5万くら
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『市民科学』 第 17 号(2008 年 6 月)
いで、もっと伸ばしたいと考えています。
古田:白川先生はしっかりとした教育理念をお持ちの上で関わって下さっていますが、一
方でノーベル賞受賞者という目玉(と言ったら大変失礼で恐縮ですが)の存在がプロ
グラムの魅了を高めている面は否めないと思います。しかし、同様の教育プログラム
を実践したいと考える人がどんなにプログラムの中身を充実させても、誰もがスター
を呼べるわけではありません。スターの必要性についてお考えを聞きたいと思います。
坂口:スターが必要かどうかは分かりませんが、白川先生の存在は非常に大きいのだと思
います。何かしら、そういう人は必要かなと思います。ただ、それを塾生たちが支え
る、という広がりができてくれば機能するようになると思うんですが。
例になるのかどうか分かりませんが、バイオリンの鈴木鎮一先生の「鈴木メソッド」
は先生が亡くなられた後もずっと受け継がれています。今は豊田耕兒さんなどが伝え
る側になっており、鈴木先生の知名度からすれば・・・ということはあるかもしれません
が、「鈴木メソッド」そのものは今も続けられ、3千人ほどの子どもたちを集めた演奏
会も復活しました。国内に限らず海外の組織もけっこう強くて、世界で 10 万人もの生
徒がいると聞きます。相忚の努力があってはじめて可能になることだろうと思います
が、世代が変わって本当のスターが見つからなかった場合でも、運営しだいでは可能
だと思います。
古田:ソニー教育財団のプログラムのご紹介とともに、坂口さんの技術者としての考え方
についてもうかがうことができたと思います。これと同じプログラムをするのは大変
難しいでしょうし、同じことをすることに意義があるのかどうかも分かりませんが、
こうして直接お話をうかがうことで新しい視点を持ち、参加者それぞれの立場で参考
になる点があったと思います。坂口さん、どうもありがとうございました。
【まとめ:西山庭子(リビングサイエンス・ラボ)+池上紅実(サイエンスライター)】
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