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スマートフォンを用いたフィールドミュージアム案内システムの開発

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スマートフォンを用いたフィールドミュージアム案内システムの開発
GIS −理論と応用
Theory and Applications of GIS, 2013, Vol. 21, No.1, pp.19- 27
【研究・技術ノート】
スマートフォンを用いたフィールドミュージアム案内システムの開発
工藤 彰 *・窪田 諭 **・市川 尚 ***・阿部 昭博 **
Development of Field Museum Guide System Using Smartphone
Akira KUDO*, Satoshi KUBOTA**, Hisashi ICHIKAWA***, Akihiro ABE**
Abstract: In recent years, there has been a growing interest in field museums, which has led to local communities rediscovering their cultural identity, history, and ecology. However, a field museum
guide system has not been researched extensively. The purpose of this study is to develop a field
museum guide system by smartphone using digitalized old maps and old photographs. An evaluation
of the prototype by users yielded roughly satisfactory results. As a result, we clarified the following design features of the guide system. Based on the following designs, we have developed a guide
system in Field Museum of Morioka. The guide system has four functions: push-type information
providing using GPS, use of old map/photograph, story-based navigation and cooperation among
on-site mobile applications and Websites to visitors before/after the visit. And, the system was evaluated by viewpoint of the visitor and operator groups of the field museum. As a result, it was evaluated that the system is useful for town walking.
Keywords: フィールドミュージアム(Field Museum),まち歩き(Town Walking),スマート
フォン(Smartphone),GPS(Global Positioning System)
1.はじめに
PC から FM 全体の展示情報を提供するシステムと
地域全体を「屋根のない博物館」に見立てて歴史・
して,例えば,萩まちじゅう博物館の HAGIS や松
文化・自然を見つめ直し,それらを博物館の展示物
本まるごと博物館では,市内の施設で所蔵資料の閲
(以下,スポット)として捉える,フィールドミュー
覧やまち歩きルートの提示が行われている.
(地域
ジアム(以下,FM)による地域づくりが全国各地で
自治情報センター,2009a;2009b).しかし,これ
行われている.FM は,博物館学においても,野外
らは固定端末で利用され,得られた知識を町なかで
博物館の一形態としての考察が進みつつある(落合,
活かすことが難しい.一方,携帯電話を活用した町
2009).FM では,博物館で展示物を鑑賞するように,
なかで利用可能なシステムとして,ひこねまち遊び
地域に点在しているスポットを歩いて巡る「まち歩
ケータイ(谷口.2008)や尾道どこでも博物館がある.
き」が行われる.特に,歴史に重点を置いている地
これらは,QR コードと GPS から現在閲覧している
域の FM(以下,歴史 FM)では,歴史的に価値のあ
スポットを取得し,それに紐付けられた情報を提示
る建造物(以下,歴史建造物)や昔の町並み,景観
する.また,専用端末を用いたまち歩き支援として,
などのスポットを巡る.ただし,有名な名所・旧跡
東京ユビキタス計画(Bessho et al., 2008)があるが,
以外もスポットとなるため,従来の紙地図や観光ガ
FM に当てはめたまち歩きではない.
イドブックだけでは十分な情報提供が難しい.そこ
で,情報技術を活用した支援が考えられる.
歴史 FM について理解を深めるためには,現在の
様子のみならず,その地域が辿ってきた変遷を知る
* 正会員 岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科(Iwate Prefectural University)
現在,株式会社ノーザンシステムサービス(Northern System Service CO., LTD.)
〒 020-0866 岩手県盛岡市本宮 4 丁目 3-5 マップセンタービル 2 階 E-mail : [email protected]
** 正会員 岩手県立大学ソフトウェア情報学部(Iwate Prefectural University)
*** 非会員 岩手県立大学ソフトウェア情報学部(Iwate Prefectural University)
− 19 −
ことが重要となる.工藤ほか(2009)は,地域学習
り,エコミュージアムの概念を基礎とする.エコ
支援システムにおいて,江戸時代に描かれた絵図や
ミュージアムでは生態学的な視点が強くなる一方,
明治から昭和に描かれた地図(以下,古地図),古
FM では都市部の産業遺産や歴史的景観の保全と活
写真の利用がまちの変遷を理解する上で有用である
用も対象となるなど,その対象と取り組みは幅広
ことを示した.前述の関連研究においては,個々の
い(阿部ほか,2009).FM は図 1 に示すように,テ
スポットの解説やクイズは提供されているが,まち
リトリー・コア・サテライトで構成される(落合,
の変遷を理解するまでには至っていない.まちの
2009).ここで,テリトリーは歴史や文化・自然な
変遷に関わる研究として,バーチャル京都(矢野ほ
どから見てまとまりをもった特性を持つ地域,コア
か,2007)では,三次元 GIS と VR を活用し,京都
は拠点施設,サテライトは拠点施設周辺のスポット
のまちなみ景観の変遷を再現している.まちかどタ
群である.さらに,サテライト内のスポットを巡る
イムトラベル(せんだいメディアテーク,2008)で
経路として発見の小径が存在する.
は,町なかの QR コードより,古写真や昔の動画を
閲覧できる.しかし,QR コードを設置する看板の
2.2.盛岡フィールドミュージアム
配置場所やそのコストの問題から,幅広いスポット
本研究のフィールドは,岩手県盛岡市中心部であ
での情報提供は難しい.ケータイムトラベラー(山
る.この地域は,江戸時代に城下町が形成され,現
田ほか,2009)は,GPS 機能付き携帯電話を用いて
在でも当時の町割りや歴史建造物が多く残されてい
歴史学習を対象としたフィールドワークを支援する
る.同市では,城下町 FM(以下,盛岡 FM)が計画
が,教育での利用しか想定されていない.Miyoshi
されている(盛岡市,2006)が,FM の構成を決め
et al.(2010)は,GPS 機能付き PDA を用いて,地域
るまでには至っていない.本研究では,FM の構成
の歴史や文化に焦点をあてたフィールドワーク用シ
要素に沿ったシステムを提案するため,盛岡市で歴
ステムを開発したが,町なかで PDA 端末からイン
史や文化の観点からまちづくりに取り組んでいる市
ターネットに常時接続することは難しく,サーバと
民団体の意見をもとに盛岡 FM の構成を暫定的に定
のデータ共有は困難である.
義した(表 1).テリトリーは同市が計画している「盛
以上を踏まえ,本研究では今後利用者の増加が見
岡城跡と城下町」,コアは 2011 年度に開設された「も
込まれているスマートフォンを用いてスポットの情
りおか歴史文化館」である.また,サテライトを 5 ヶ
報や古地図・古写真を表示させることにより,歴史
所設定し,それぞれに発見の小径を設けた.コア
FM のまち歩きで利用可能な案内システムを開発す
には,工藤ほか(2009)を参考にした施設内で用い
る.その際,スポット間の関係や変遷をストーリー
るまち歩き支援システムの導入が検討されており,
として提示することにより,まちの変遷を理解しや
FM 全体と各サテライトの情報が提供される.サテ
すくする.また,現地でのシステムだけでなく,町
ライトでは,他のサテライトへの移動情報やスポッ
に出る前に事前知識を得るシステム(以下,事前シ
ステム)とまち歩き後に振り返りを行うシステム(以
下,事後システム)との連携を考慮する.そして,
利用者視点および FM の運営者視点により,システ
ムの有用性を評価する.
2.フィールドミュージアムの概要
2.1.基礎概念
FM は,地域の歴史・文化・自然を博物館におけ
る展示物と捉え,地域づくり活動に活かすものであ
− 20 −
図 1 フィールドミュージアムの構成要素
表 1 本研究で想定した盛岡フィールドミュージアムの構成
トの解説などの提供が想定される.本研究では,歴
(2)コンテンツの見せ方
史 FM 内のサテライトをまち歩きする際に利用する
システム(以下,案内システム)を提案する.
プロトタイプでは,古地図の透過率をユーザが自
由に変更可能とした.これについては肯定的であっ
盛岡 FM においてまち歩きするにあたり,以下の
た.一方,古地図は表示させるだけであったが,そ
問題が存在している.本稿では,この 2 点について
れに付随して,建造物や道路などの情報も必要であ
も留意しながら案内システムの開発を行った.
ることが示された.古写真は特定の場所のみでの表
1)江戸時代の面影を残しているために,道幅が狭
示であったが,撮影された場所がわからないという
く歩道が設置されていない道路が多く存在して
意見が挙げられた.さらに,一つのスポットに対し
いる.
て,複数の古写真を提示することにより,建物の変
2)個人や民間企業が所有しているスポットが多く
存在しており,看板の設置が困難である.
遷を把握する工夫の必要性も示された.
(3)
『発見の小径』の移動支援
予備調査では,サテライト内の各スポット間のつ
2.3.予備調査
ながりを考慮しなかった.そのため,次に行くスポッ
案内システムを開発するための予備調査としてプ
トや関連するスポットについての情報が欲しいとの
ロトタイプを開発し,スマートフォンの GPS 機能
意見が多く出され,ナビゲーションの必要性が示さ
を用いた位置情報取得と古地図・古写真の利用の技
れた.ただし,常に端末を見る方式は研究フィール
術課題に取り組んだ(工藤ほか,2010).すなわち,
ドの問題点 1)より好ましくないため,画面上にルー
プロトタイプでは,必要な場所で古写真やスポット
トを表示させての案内は行わない.その代わり,発
の情報をスマートフォンが自動的に受信するプッ
見の小径に即したストーリー性を持たせることによ
シュ型のシステムとした.また,過去の町並みを知
り,その町の歴史を伝えることができると考える.
るために,現在の地図に Google Map を用い,その
上に古地図を重ね合わせて表示させた.そして,ま
3.システム設計
予備調査の結果および現状の課題を踏まえ,案内
ち歩きワークショップにてプロトタイプを試用した
システムの設計方針を 4 つ定める.
結果,主に以下の 3 点が意見として挙げられた.
方針 1:GPS を用いたプッシュ型システム
(1)プッシュ型のシステム
研究フィールドの問題点 1)で指摘した道路には,
スマートフォンの GPS のみで現在地を取得し,
それに応じて情報を自動的に配信する仕組みについ
車の交通量の多い場所が存在する.そこで,端末の
ては肯定的な意見が多く挙げられた.
画面を常に見なくても良いように情報を自動的に受
− 21 −
表 2 各サテライトにおけるストーリーの例
サテライト名
ストーリーの例
盛岡城跡を巡る
盛岡城跡サテライト
殿様が歩いた道を巡る
盛岡城跡公園内にある歌碑や彫刻を巡る
江戸から大正にかけての街道沿いの建造物を巡る
奥州街道サテライト
老舗の飲食店を巡る
盛岡ブランドの工房を巡る
本町サテライト
寺町サテライト
町家サテライト
江戸時代の繁華街を巡る
職人町を巡る
お寺を巡る
伝説の地を巡る
江戸時代の町家を巡る
水にまつわる場所を巡る
信するプッシュ型のシステムとする.問題点2)より,
図 2 システム構成図
看板に QR コードを設置できないことから,スマー
トフォンの GPS 機能を用いてユーザの位置情報を
こで,案内システムと事前・事後システムでコンテ
取得し,情報提供を行う.
ンツを共有できる仕組みとする.なお,事前・事後
方針 2:古地図・古写真による情報提示
システムについては田村(2011)を参照されたい.
古地図や古写真を用いることにより,現在と過去
で変化していない建造物や,町並みの変遷を知るこ
4.システム開発
とができる.しかし,従来の紙地図では,年代の異
4.1.システム構成
FM に関連するシステム全体の構成を図 2 に示す.
なる複数の古地図を閲覧するためには,それらを全
て持ち歩かなければならない.また,現在の地図上
自宅やコアにおいて事前・事後システムを閲覧する
に古地図を重ね合わせることはできても,透過率を
PC,町なかで情報を受信するスマートフォン,案
自由に変更することはできない.そこで,スマー
内システムや事前・事後システムの各機能を提供す
トフォンの画面で現在の地図上に古地図を表示し,
るサーバで構成される.データベースには位置情報
ユーザが自由にその透過率を変更できるようにす
や,古地図や古写真,スポット情報などのコンテン
る.古写真に関しては,スマートフォンの地磁気セ
ツ,ユーザがスポット情報にアクセスした履歴など
ンサを用いて,古写真が撮影された方向に端末を向
が格納され,案内システムと事前・事後システムで
けた場合に,そのことを示すメッセージを表示する.
コンテンツを相互利用する.そのため,サーバ内に
方針 3:ストーリー性を持たせたナビゲーション
コンテンツと一部の機能を保存し,ミュージアム情
案内システムは,ユーザが歩いて回れる『発見の
報提示機能(図 3 右),関連スポット提示機能,お
小径』を対象とし,古地図と古写真を活用したナビ
気に入り登録機能を提供する.端末内には位置情報
ゲーションを行う.FM の理解を容易にするために,
取得機能と古地図表示機能(図 3 左)を持たせる.
歴史や文化・自然などのテーマ毎に町を巡るストー
事前システムでは,工藤ほか(2009)の地図の比較・
リーを設定し,関連スポットの情報や次に見るべき
重ね合わせ機能を提供し,まちの変遷を理解できる
スポットの情報を提示する.2.2 節で定義したサテ
ようにする.また,ミュージアム情報提示機能の一
ライトにおけるストーリーの例を表 2 に示す.
部も利用する.事後システムは,履歴閲覧機能,ク
方針 4:事前・事後システムとの連携
イズ機能,口コミ情報投稿機能の 3 機能とする.
案内システムに加え,事前システムを用いること
により,現地を訪れる前に FM の全体像を把握しや
4.2.開発環境
すくなる.また,事後システムを利用することによ
システムは,端末側の処理に Java,動的処理に
り,FM の知識を深めることができると考える.そ
Java Script,サーバ側の処理に PHP,画面への表示に
− 22 −
レンス機能を用いて幾何補正を行った.まず,盛
岡市共用空間データと古地図を比較し,清水ほか
(1999)を参考に神社仏閣や町かどなど,現在と昔
で変化していない地点を 5 ∼ 10 点程度抽出する.次
に,ArcGIS のジオリファレンス機能を用いて幾何
補正する.そして,PNG 形式の画像ファイルを出
力する.
4.4.GPSデータの補正
町なかで GPS を用いる場合には,その測位精度が
図 3 システム画面
問題となる.実装端末を用いて測位間隔 1 秒で研究
(左:古地図表示,右:スポット情報表示)
(慶応年間の古地図:盛岡市中央公民館所蔵)
フィールド内の測位精度を検証した結果,それほど
大きな誤差は見られなかったが,他のフィールドで
の適用も想定し,アシスト GPS とマップマッチン
HTML を用いて開発し,データベースには MySQL
グで測位精度を補正する.アシスト GPS は,携帯
を 用 い た. ま た, 地 図 表 示 に Android Maps API を
電話の基地局を利用してサーバと接続し,測位に必
利用した.端末側の開発環境は,Android 1.6 SDK
要な情報を取得する補正方法である.マップマッチ
と Eclipse 3.6,実装環境はソニーエリクソン社製の
ングは,位置情報や方位,移動距離などから,道路
Xperia とした.
ネットワークを逸脱しないように補正する(Kiwi-W
コンソーシアム,2003).本研究では,表示に利用
4.3.古地図の幾何補正
する地図が Google Map であるので,これを用いて
システムで使用する古地図と古写真は,盛岡市内
発見の小径に対して道路ネットワークを作成した.
の公民館と図書館から借用した.これらの資料のデ
ジタル化は,デジタルカメラもしくはスキャナを用
4.5.地磁気センサ
いて行った.なお,これらは閉じられた環境での利
古写真が表示されている場合に,スマートフォン
用に限定し,二次利用を防止することを条件に複製
の地磁気センサを用い,端末が向いている方向を検
および使用の許可を得た.本システムで使用した古
出する.地磁気センサの値は方位角によって表され,
地図・古写真を表 3 に示す.
案内システムで利用するために 16 方位に変換する.
古地図の幾何補正のための基図としては,2006
変換された値は,JavaScript に対して送信され,古
年に整備された盛岡市共用空間データ(縮尺 500 分
写真が撮影された方向と一致するか判定する.一致
の 1)を利用し,ESRI 社製の ArcGIS 9.3 のジオリファ
する場合には,それを示すメッセージを表示し,ユー
表 3 古地図・古写真の名称と所蔵
ザに対して臨場感を与える.
5.評価
5.1.評価概要
評価は,2010 年 11 月 10 日から 12 日に実施した.
対象者は,観光客の視点として対象地域の知識や観
光経験のほとんどない学生 6 名(3 グループ)および
社会人3名(1グループ)の計9名(4グループ),そして,
FM運営側の視点として,盛岡市職員3名(1グループ)
− 23 −
図 5 観光客視点のアンケート結果
と思いましたか?
スタート・ゴール
観光客視点のアンケート結果を図 5 に示す.上記
図 4 評価ルート
の①∼⑥は図 5 の①∼⑥にそれぞれ対応している.
図 5 では,項目④⑤において全体的に「非常に思う」,
および市民団体のメンバー2名の全14名(6グループ)
「やや思う」の肯定的な意見であった.一方,運営
である.このうち,男性は 11 名,女性は 3 名である.
者視点では,項目⑤で「やや思わない」という評価
評価場所は,表 1 中の奥州街道サテライトであり,
も見られたが,全体的には肯定的な意見であった.
「江戸から昭和初期にかけての街道沿いの建造物を
巡る」ストーリーとして発見の小径を設定した.ま
5.2.2.行動観察
ち歩きルートおよびスポットを図 4 に示す.
行動分析のため,それぞれのグループの後をまち
評価では,まずシステムの概要を説明し,次にシ
歩きの妨げにならないよう追跡しながら観察した.
ステムを利用しながらまち歩きを行ってもらう.こ
傾向として,スポットの解説が表示されたときに,
こで,観光客視点の評価者については,1 グループ
画面を覗きこんで閲覧する行動や端末を所持してい
に 1 枚紙地図を配布し,前半(図 4 中の 1 ∼ 5)は紙
る者が読み上げる行動が見られた.複数人で本シス
地図のみで歩き,後半(図 4 中 6 ∼ 18)は紙地図と
テムを利用する場合には,音声案内などにより情報
システムを併用して歩いてもらった.まち歩き終了
を共有する仕組みが必要であると考えられる.さら
後,アンケートを一人ずつに渡し,記入してもらう.
に,スポットの解説で複数の古地図を比較するよう
評価方法は,そのアンケートと行動観察である.
に促す情報が表示されたときに,古地図を変更して
確認する動作が見られた.
5.2.評価結果
観光客視点の評価では,紙地図のみで歩いた場合
5.2.1.アンケート結果
に目の前のスポットがわからない事例や通り過ぎる
アンケート項目は以下の通りである.なお,項目
事例が見られた.また,一見すると特に何もないと
⑥については,観光客視点の評価者にのみ実施した.
思われるスポットについても,情報を受信すること
①システムは使いやすかったですか?
でコンテンツを契機とした会話が聞かれた.
②システムはまち歩きに役に立ちましたか?
③まちの変遷を理解することができましたか?
6.考察
④楽しくまち歩きができましたか?
6.1.設計方針の妥当性
(1)GPS を用いたプッシュ型システム
⑤総合的に見て,本システムに満足しましたか?
⑥紙地図だけで歩いた場合と比べて,わかりやすい
− 24 −
アンケート項目①「使いやすさ」では,約 8 割が
肯定的な意見であった.自由記述では「操作がシン
ポットを説明してほしい」という意見があり,利用
プルでわかりやすい」という意見が挙げられた.こ
者によって求められるスポット情報の量に違いがあ
れは,プッシュ型のシステムにしたことで,情報取
ることが明らかとなった.これについては,表示レ
得の手間が省けることやスポット情報を取得した後
ベルを切り替えることで対応できると考える.
の操作を少なくしたことが要因であると考える.評
価では音声案内など複数人で情報を共有する仕組み
6.2.システムの有用性
の必要性が示された.ただし,研究フィールドの問
アンケート項目②「役に立つか」や項目④「楽し
題点 1)に関連して,ユーザがイヤホンを装着して
くまち歩き」については,評価者のほとんどが肯定
まち歩きする危険性について,議論する必要がある.
的な意見であった.その理由として,紙地図と比較
スポット情報の受信数には,評価を行った時間や
した場合の優位さについての意見や今までと異なる
天候によりバラツキが見られた.この改善策として,
視点でまち歩きできたことについての意見が多く挙
GPS の補正機能の精度を向上させることやスポット
げられた.また,運営者視点の評価者からは実用化
ごとに受信距離を設定することが考えられる.
を望む意見も出された.一方,ナビゲーションにお
(2)古地図・古写真による情報提示
いては,経路表示の必要性が示された.
アンケート項目③「まちの変遷の理解」の自由記
述では,
「昔の写真と比較できるのでとてもわかり
以上の考察より,本案内システムは歴史 FM での
まち歩きにおいて利用可能であるといえる.
やすかった」や「古地図を切り替えて変化がわかっ
た」との意見が挙げられた.以上より,古地図・古
写真による情報提示は妥当であったと考える.一方,
6.3.実用化への課題
(1)コンテンツの充実
「他のスポットでも古写真がみたい」との意見が観
古写真については,様々なスポットや年代におい
光客・運営者視点のどちらの評価者からも挙げられ
て幅広く提示することが求められており,充実が必
ており,古写真の充実が求められた.古地図につい
要となる.一方,古地図に関しては,ユーザがまち
ては「観光客を対象とした場合には 3 つぐらいでも
の変遷を理解するうえで最適な古地図を提供するこ
十分な気がする」との意見が挙げられており,古地
とが求められる.ここで,プライバシーの観点など
図の量を検討する必要がある.
から所有者が公開を望まない場所に関しては,十分
(3)ストーリー性を持たせたナビゲーション
に配慮する必要がある.また,喫茶店やトイレ,コ
評価で設定した「江戸から昭和初期にかけての街
ンビニなどスポット以外の情報も求められた.
道沿いの建造物を巡る」ストーリーについて,設計
発見の小径のストーリーは,意識的にまち歩きさ
方針 2 が妥当であったことから,個々のスポットで
せる上で重要であると考える.一方,他地域ではま
は古地図や古写真を切り替えることで変遷を理解し
ち歩きルートを無くすことも検討されている.そこ
やすくなったと考える.ただし,関連スポットや次
で,決められたルートを歩くストーリーだけでなく,
のスポットの情報はほとんど見られていないことが
まち歩きのヒントのみを提示し,自由に歩くストー
アクセスログより明らかとなった.これには,ストー
リーなど,幅広く検討する必要がある.
リーを意識させる仕組みが必要であると考える.
(2)システムの運用
(4)事前・事後システムとの連携
もりおか歴史文化館では,指定管理者制度による
観光客視点で評価した学生 6 名を対象に,案内シ
運用が決まっている.そのため,本案内システムを
ステム利用後に事前・事後システム(田村,2011)
盛岡 FM で導入する場合には,その指定管理者が運
を閲覧し意見をもらった.事前システムにおいては,
用すると予想される.一方,コンテンツに関しては,
「現地での感動が薄れるのでスポットの説明は簡単
対象地域の市民団体の協力が不可欠となる.
でいい」という意見がある一方,
「見落としやすいス
− 25 −
システムの運用形態として,個人所有のスマート
フォンへアプリをダウンロードする方法と,端末を
サルデザイン概念に基づくフィールドミュージア
貸し出す方式が考えられる.現在,野外博物館や
ム支援システムの提案,
「情報処理学会研究報告」,
FM において導入されているシステムの多くは端末
CH-82-2,1-5 .
を貸し出す方式であるが,使い慣れた端末ではない
落合智子(2009)
『野外博物館の研究』,雄山閣 .
ため操作性が低下する.そこで,アプリをダウンロー
工藤彰,窪田諭,市川尚,阿部昭博(2009)まちの変
ドする方式が望ましいといえる.
遷を考慮した地域学習支援システムの開発と携帯端
末への応用,
「地理情報システム学会講演論文集」,
7.おわりに
18,297-302.
本研究では,岩手県盛岡市の盛岡 FM を対象とし
工藤彰,窪田諭,市川尚,阿部昭博(2010)フィール
て,観光客がまち歩きする際に利用可能な古地図・
ドミュージアムにおける案内システムの開発,
「人
古写真を用いた FM 案内システムの開発と評価を
文科学とコンピュータシンポジウム論文集」, 情報
行った.まず,FM についてのレビューを行い,先
処理学会,2010(15),85-90.
行研究のシステムや研究フィールドにおける問題点
清水英範,布施孝志,森地茂(1999)古地図の幾何
を明らかにした.次に,FM のレビューと予備調査
補正に関する研究,
「土木学会論文集」,625(IV-44),
より,1)GPS を用いたプッシュ型システム,2)古
89-98.
地図・古写真による情報提示,3)ストーリー性を
せんだいメディアテーク(2008)まちかどタイムト
持たせたナビゲーション,4)事前・事後システム
ラベル,< http://www.smt.jp/machikado/ > .
との連携,の 4 つを設計方針として定めた.それに
谷口伸一(2008)地方都市の観光コンテンツ発掘・
基づき,スマートフォンを用いてスポット情報や
生成と配信に関する研究,
「人文科学とコンピュー
古地図・古写真を表示させることにより,観光客
タシンポジウム論文集」,情報処理学会,2008(13),
がまちの変遷を理解しつつ利用可能な FM 案内シス
105-112.
テムを開発した.評価では,観光客視点の評価者 9
田村優樹(2011)フィールドミュージアム事前事後
名,運営者視点の評価者 5 名にシステムを試用して
情報提供システムの提案と開発,岩手県立大学ソフ
もらった.その結果,設計方針が妥当であり,歴史
トウェア情報学部 2010 年度卒業論文要旨集,124-
FM において利用可能であることを示した.しかし
125.
ながら,本研究の評価には限界がある.評価者の人
地方自治情報センター(2009a)まちじゅう博物館 数が少なく,年齢層や所属にも偏りが見られた.こ
萩を見る、 遊ぶ、 学ぶ GIS,
「月刊 LASDEC」,39(7),
の点については,今後の課題である.
36-42.
また,古地図・古写真などのコンテンツの充実や
地方自治情報センター(2009b)
「松本まるごと博物
情報量の精査,幅広い年齢を対象に社会実験を一定
館」が目指すもの,
「月刊 LASDEC」,39(5),24-29.
期間実施した上での,安全性やコスト面を含めたシ
盛岡市(2006)盛岡市歴史文化施設整備基本計画 .
ステムの受容性評価,システムの運用体制の明確化,
矢野桂司,中谷友樹,磯田弦(2007)
『バーチャル京
の 3 点も今後の課題である.
都−過去・現在・未来への旅−』,ナカニシヤ出版 .
山田敬太郎,垂水浩幸,大黒孝文ほか(2009)ケータ
謝辞
イムトラベラー:過去世界の訪問を実現する携帯
本研究の一部は,科研費 20500230 の助成を受け
ています.
電話による歴史学習システム,
「情報処理学会論文
誌」,50(1),372-382.
Kiwi-W コンソーシアム(2003)
『カーナビゲーショ
参考文献
ンシステム−公開型データ構造 KIWI とその利用方
阿部昭博,市川尚,窪田諭,狩野徹(2009)ユニバー
法−』,共同出版,89-98.
− 26 −
Bessho, M., Kobayashi, S., Koshizuka, N., and Sakamura, K. (2008) “uNavi: Implementation and Deployment
of a Place-based Pedestrian Navigation System”, 2008
32nd Annual IEEE International Computer Software and
Applications Conference, 1254-1259.
Miyoshi, M., Ueshima, H., Moriyasu, H., and Aoyama,
Y. (2010) New Directions in Fieldwork Education: Using PDAs in Town Planning, Theory and Applications of
GIS, GIS Association of Japan, 18 (1), 21-28.
(2011年8月26日原稿受理,2012年11月26日採用決定,
2013 年 4 月 26 日デジタルライブラリ掲載)
− 27 −
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