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新しいマイクロアレイデータの解析方法

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新しいマイクロアレイデータの解析方法
2005 No.
2
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Plant Organelles
発行日:2005年8月
特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」領域ニュース
Plant Organelles
N E W S
L E T T E R
1
Preface
2
3
Information
2 年目の特定領域研究「オルガネラ分化」公募研究を迎えて
第 2 回総括班会議報告,領域からの案内
西村 幹夫
林 誠
Calendar
学会・関連集会情報
Meeting Report
Contents
4
特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」第 2 回班会議
に参加して
山田 健志
5
第 46 回日本植物生理学会年会シンポジウム「植物の環境応答戦略とし
てのオルガネラ分化」および,第 7 回植物オルガネラワークショップ
高野 博嘉
「植物細胞のダイナミズム」レポート
6
7
KEYSTONE SYMPOSIA Plant Cell Signaling: In vivo and
omics Approaches に参加して
信定(鎌田)知江
8
9
10
Memorial Celebration for Harry Beevers
西村 幹夫
Essay
植物を見る。植物に聞く。
柴岡 弘朗
11
12
Plant organelle 研究:黎明期から発展への道をたどる
赤澤 堯
13
2005 No.
2
14
Technical Notes
DNA マイクロアレイ実験事始め
林 誠
15
16
17
新しいマイクロアレイデータの解析方法
小西 智一
18
19
20
21
編集後記
表紙の説明
GFP とオートファゴソームのマーカータンパク質 AtATG8 の融合タンパク質(GFP-AtATG8)によるオートファジーの可視化。
GFP-AtATG8 を発現させた野生型シロイヌナズナの根を窒素飢餓状態にする前(上)。細胞質中にオートファゴソームと思われ
るリング様構造が多数観察される。GFP-AtATG8 を発現させた野生型シロイヌナズナの根を窒素飢餓状態にすると GFPAtATG8 は液胞内に観察される(下)。これは植物オートファジーの進行過程を可視化できたことを意味する。
中央の 3 枚はシロイヌナズナの根におけるオートファジックボディの電子顕微鏡写真。V-ATPase 阻害剤であるコンカナマイシ
ン A 処理することにより,ミトコンドリアや小胞体,ゴルジ体などのオルガネラや細胞質を含むオートファジックボディー
(直径 ∼ 2 μ m)が液胞内に多数蓄積するのが観察される。
写真提供者:吉本光希(基礎生物学研究所分子細胞生物学研究部門・研究員)
Preface
2 年目の特定領域研究「オルガネラ分化」
公募研究を迎えて
ルガネラ分化」の特定領域研究は 2 年目に入りました。今
「オ
年から公募研究班として新たに 32 グループを迎え,総数 41
グループでの研究がスタートしました。
環境適応 ,オルガネラ分化 ,植物高次機能発現をキーワードと
した本特定領域研究は既に初年度において ,萌芽的研究成果をあ
領域代表 西村幹夫
げてきています。これは現在作成中の平成 16 年度研究成果報告書
にまとめられています。
本特定領域研究は 2 種類の解析拠点を設置し ,研究の効率的推
進を図ります(Plant Organelles News letter No.1 p2-3 参照)。1 つは
オルガネラに特化した特徴ある網羅的解析を支援するポストゲノ
ム解析拠点であり ,トランスクリプトーム ,プロテオーム ,オル
ガネロームの 3 拠点を立ち上げました。その中で今年度はトラン
スクリプトーム解析の技術トレーニングコースを基礎生物学研究
所バイオサイエンストレーニングコースの一環として開催します。
もう 1 つは変異株の解析を中心とする生理機能解析拠点です。栄
養環境応答,生体防御応答,物理刺激応答の 3 解析拠点が設置され,
公募研究班の中から新たな拠点の設置を目指す準備を進めています。
また今年度は公募研究班を含めた初めての全体会議として研究計
画発表会を 7 月に岡崎で開きます。さらに 10 月 24-26 日に「若手」
の会が企画されています。この会では若手研究者が互いに切磋琢
磨し,研究の推進を図ります。「若手」は物理的な年齢ではなく,
柔軟な若い精神の研究者を意味しますので,奮って御参加ください。
来年度 2006 年 6 月には本特定領域研究と CREST による国際シン
ポジウムを予定しています。
こうした会議で十分情報を交換するとともに ,解析拠点を活用
していくことにより ,面白い研究を展開し ,植物の新たな生命像
の構築に努力されることを願っています。
2005 年 6 月
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Plant Organelles
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Information
特定領域総括班からの報告
特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」
第 2 回 総 括 班 会議議事録
日
時: 2005 年 2 月 26 日(土)11:00 ∼
場
所: 神戸大学滝川記念学術交流会館
出席者: 西村幹夫,三村徹郎,西川周一,西村いくこ,森田美代,大隅良典,柴田大輔,中村研三,赤澤堯,浅田浩二,今関英雅,佐藤公行,
林誠(議事記録者),山田健志
議題 西村領域代表の挨拶に続いて,以下の審議を行った。
1.公募研究について
2005 年度から始まる公募研究に 131 件の応募があったことが報告され,審査の方針などについて審議した。
2.拠点形成
a)ポストゲノム解析拠点進捗状況
プロテオーム解析については,西村(基生研)から 2 次元からMS解析までを視野に入れ技術補佐員を訓練中であるとの報告があっ
た。トランスクリプトーム解析については,林(基生研)から 2004 年度実施状況と 2005 年度の実施方針について説明があった。
それに対し,本解析拠点で得るデータに対して,(1)一定基準のクオリティーの設定,(2)集積と共有化,(3)公共への公開,な
どを考える必要性があるとの意見が出され,それぞれの問題について今後どこまでできるかを検討していくこととした。オルガネロ
ーム解析については,西川(名大)から小胞体を中心とした研究の進捗状況が報告され,他の班員の情報も含めたオルガネラ可視化
植物データベースの構築に向けたデータ収集について議論した。
b)生理機能解析拠点
三村(神戸大)より,各班の変異体などを引き受けて生理機能を行うためのデータベース作りに向けたデータの収集について説明が
あった。実際の運用に際しては,組換え体の移動が伴うため,カルタヘナ条約のルールをきちんと守り,権利関係をはっきりさせて
おく必要があるとの見解が出された。
3.広報
a)ニュースレター 第 1 号を 1 月末に発刊し,発送した。今後,毎年 1 月と 7 月頃の年 2 号の発刊を目指す。第 2 号は 2005 年 7 − 8 月の発刊予定。
4.2005 年度スケジュール
a)植物生理学会シンポジウム 新潟大会 3 月 26 日(土)午後 1 時 30 分∼午後 4 時 40 分 Z 会場にて。終了後,拡大総括班会議を行う予定。
b)班会議
第 3 回班会議 岡崎コンファレンスセンター 2005 年 7 月 2 日(土)∼3 日(日)
第 4 回班会議 東北大学農学部 2006 年 2 月 3 日(金)∼5 日(日)
2006 年度は,国際シンポジウムを企画する予定。
c)若手シンポジウム 第 1 回若手シンポジウム
年 1 回今年から始めて 4 回開催する。1 年ごとに開催地と主催者を変えていく。
今年はひがしうらサンパーク(淡路島)で行う予定。2005 年 10 月 24 日(月)∼26 日(水)
領域からの案内
1)本特定領域研究のホームページについて
本特定領域研究のホームページ(http://www.nibb.ac.jp/organelles/)を随時更新しております。みなさま,ぜひご覧ください。
班員の方のホームページへのリンクもあります。周囲の方にも,このホームページを紹介いただけますようお願い致します。
2)第 4 回班会議のご案内
日時:2006年 2 月 3 日(金)∼ 2 月 5 日(日) 場所:東北大学農学部
3)国際シンポジウム「Survival Strategy of Plants from the View of Dynamic Organelles(仮題)」(第5回班会議と合同開催)
日時:2006 年 6 月 15 日(木)∼ 17 日(土)
場所:岡崎コンファレンスセンター大会議室
2
Calendar
第 46 回 日本植物生理学会年会シンポジウム
会場:富山大学
タイトル:BY-2 ワールドへの ' 再 ' 招待
日時:2005 年 9 月 21 日(水)15:00 ∼ 18:30
オーガナイザー:園部 誠司(兵庫県立大学),馳澤 盛一郎(東京大学)
予定講演者:長田 敏行,伊藤 正樹,松永 幸大,有村 慎一,横田 悦雄,安原 裕紀,佐野 俊夫,五十嵐 久子,稲井 康
二,湯川 泰
タイトル:維管束の形成からその機能発現に至る一連の制御過程の分子解剖
日時:2005 年 9 月 22 日(木)9:00 ∼ 12:00
オーガナイザー:西谷 和彦(東北大学),出村 拓(理化学研究所)
予定講演者:福田 裕穂,澤 進一郎,出村 拓,馳澤 盛一郎,横山 隆亮,佐藤 忍
特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」第 1 回若手の会
日時:2005 年 10 月 24 日(月)∼26 日(水)
場所:ひがしうらサンパーク
兵庫県津名郡東浦町久留麻 2743
ホームページ:http://www.higashiurasunpark.jp/
世話人:森田 美代(奈良先端科学技術大学院大学)
第 28 回日本分子生物学会年会 若手ワークショップ
タイトル:植物オルガネラの機能的多様性とダイナミズム
日時:2005 年 12 月 8 日(木)16:10 ∼ 18:40
会場: JAL リゾートシーホークホテル福岡 ナビス C (I 会場)
世話人:伊福 健太郎(京都大学),松田 修(九州大学)
The American Society for Cell Biology 45th Annual Meeting
日時:2005年12月10日(土)∼14日(水)
会場:Moscone Center
747 Howard Street - San Francisco, CA 94103
Phone:(415) 974-4000 - T T Y Phone:(415) 974- 4192 - Fax:(415) 974 - 4073
ホームページ:http://www.ascb.org/
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Meeting Report
特定領域研究「植物の環境適応戦略とし
てのオルガネラ分化」
第 2 回班会議に参加して
山田 健志 (基礎生物学研究所
高次細胞機構研究部門)
定発足後第 2 回目の班会議は平成 16 年 2 月 26 日,神
特
戸大学滝川記念学術交流会館で行われました。当日は
時折雪も舞う肌寒い一日でしたが,会場は準備をしてくださ
った神戸大学の方々のおかげで快適でした。神戸大学は広い
会場外観 中にはシャンデリアが
キャンパスで,何度か道に迷いながら会場に着くと既に多く
の方々がおられました。
小胞体の分子シャペロンである BiP の優性変異を発現させると,
会議は,西村幹夫領域代表(基生研)の挨拶で幕を開け,
小胞体の形態が変化することや,小胞体の HSP40(J ドメイ
その後三村徹郎教授(神戸大学)により,この特定領域研究
ンタンパク質)ホモログの欠損変異体の解析等を報告されま
が目指す,植物が持つ高次機能とオルガネラの間を繋ぐ研究
した。小胞体における変異タンパク質の分解を測定する目的で,
を推進するための拠点形成とその利用方法ついてお話があり,
シロイヌナズナの変異型カルボキシペプチダーゼ -GFP 融合
班員の発表へと続きました。
タンパク質 (AtCPY*-GFP) の挙動について報告されました。
西村幹夫先生は,ペルオキシソームの形態が変化した amp
西村いくこ先生(京都大)は,小胞体由来のオルガネラ,ER
変異体の単離と遺伝子同定について話されました。ペルオキ
ボディが形成されない nai1 変異体の単離と NAI1 遺伝子が
シソームが細長くなる apm1 変異体の原因遺伝子が膜のくび
bHLH 型の転写制御因子をコードすること,マイクロアレイ
りきりに関わるダイナミン,DRP3a をコードしており,ペル
解析やプロテオーム解析から,nai1 変異体はβグルコシダー
オキシソームやミトコンドリアの分裂に関与していることや,
ゼ(PYK10)や PYK10 に結合するタンパク質,PBP1 の発現
ペルオキシソームの輸送レセプター PEX5 と PEX7 タンパク
が減少していることを報告されました。 PBP1 は PYK10 の活
質のノックダウン株はペルオキシソームタンパク質の輸送欠
性化に関わっていることや,PYK10 は ER ボディ内に局在し,
損とともに植物の生育が悪くなることを報告されました。三
防御機構に関与している可能性について話されました。早川
村先生は,シロイヌナズナから単離した液胞を用い,リン酸
先生(東北大)は,イネのグルタミン酸応答に関わる GlnB
輸送活性を測定し,エネルギー源として ATP やピロリン酸を
が N- アセチルグルタミン酸キナーゼと結合し窒素応答に関
利用していること,液胞膜のプロテオーム解析から膜貫通ド
与することを話されました。また,イネの GlnB ノックダウ
メインをもつ多数のトランスポーターを同定し,その中にリ
ン株は外見上変化しないが,いくつかのアミノ酸の量が変動
ン酸トランスポーターと予想されるタンパク質があることを
していることを報告されました。森田先生(奈良先端大)は
報告されました。さらに,塩処理によって液胞がダイナミッ
花茎の重力屈性がみられないシロイヌナズナ変異体 zig/sgr4
クな形態変化をおこすことを話されました。前島先生(名古
変異体の重力屈性を回復する優性変異体,zip1 の単離と,
屋大)は,シロイヌナズナの亜鉛輸送体,AtMTP の同定と,
zip1 では AtVTI12 にアミノ酸置換がおこり,zig/sgr4 で欠損し
AtMTP1 が液胞膜に局在すること,atmtp1 欠損変異体が高濃
た AtVTI11 の機能を相補していることを報告されました。鹿
度の亜鉛に感受性であることを報告されました。西川先生(名
内先生(九州大)は葉緑体の過剰還元力の蓄積回避の機構に
古屋大)は,小胞体におけるタンパク質の品質管理に注目し,
ついて,cytochrome b6 f 複合体の電子伝達系,Qサイクルと
光化学系Iからの PGR5 依存的な電子伝達系がチラコイド膜
内の還元力のバランスにどの程度寄与するかについて報告さ
れました。坂本先生(岡山大)は花粉形成時の葉緑体ゲノム
や核ゲノムの挙動に異常を来す変異体の単離,解析と,シロ
イヌナズナの斑入り変異体,var2 の復帰変異体 sv2.52 の単離
を報告されました。高野先生(熊本大)はヒメツリガネゴケ
やシロイヌナズナのペプチドグリカン合成系に関わる Mur 遺
伝子群の解析を行い,ヒメツリガネゴケの MurE 遺伝子の欠
損変異体をでは葉緑体の分裂が起こらず,大きな葉緑体が形
成されること,シロイヌナズナの MurE 欠損変異体では,葉
質疑応答の様子
4
緑体の分裂に影響が生じ,分化にも影響が起こることを報告
されました。酒井先生(奈良女子大)はオルガネラの複製に
注目し,タバコ培養細胞から DNA polymerase を単離し,局
在の解析からプラスチドとミトコンドリアの両方にターゲテ
ィングすることを報告されました。田中先生(東京大)はオ
ルガネラゲノム転写に制御に関わる T 7 ファージタイプの
第 46 回日本植物生理学会年会シンポジウ
ム「植物の環境応答戦略としてのオルガ
ネラ分化」および,第 7 回植物オルガネ
ラワークショップ「植物細胞のダイナミ
ズム」レポート
高野 博嘉 (熊本大学 理学部)
RNA polymerase の局在と機能欠損株の解析について話をされ
ました。
昨年秋に行われた第一回特定領域研究班会議から間もない
1.新潟に着くまでの諸々
のですが,各々の発表は非常に興味深く新しい内容がほとん
今回ニュースレターの編集長である西川先生より新潟レポ
どでした。冒頭,西村先生は医学系の人たちにとって植物は
ートの依頼あり。ここは大学院での 1 年後輩としては断る術
静的なイメージを持たれていることについて例を挙げて話を
も無く,お引き受けした次第です。雑文ご容赦下さい。
しました。確かに,オルガネラがダイナミックに変動したり
九州に移り住んでから,とりあえずは九州全県制覇をまず
分化しことや植物が環境に応じて積極的に動くことは意識し
目指すという出不精の私(しかももう 6 年になるのにまだ行
ていないと見落としがちで(少なくとも私は),細胞をすり
ったことがない県がある)としては,新潟は勿論初めて(最
つぶしウエスタンをするような実験に明け暮れていた時には
近学会が無かったので)の土地であり,期待して出かけた。
顕微鏡を覗いたり,植物を注意深く観察することがありませ
実際はその前の週は大学の用事でアメリカ出張(しかも東海岸)
んでした。しかし,三村先生の報告した塩処理による空胞系
が入っており,27 時間かけて家まで辿り着いた帰国後の日曜
のダイナミックな変化や,森田先生の報告した重力応答にお
日・月曜日(しかも祝日)の 2 日間でオルガネラシンポの最
けるアミロプラストの動きに伴う液胞の形態変化などは,液
終手直しと植物生理学会のポスターの作成を行って,すぐに
胞が考えていた以上に動的であるということを示す良い例で,
新潟に行くという強行軍。下の子供の卒園発表会の手伝いも
もっと細胞をよく観察しようという気にさせられました。また,
できぬまま,半分ふらふらになりながら新潟に到着した。新
私は葉緑体やミトコンドリアの研究についてはあまり詳しく
潟に着いたところ何と雪であり,熊本から来ると気温の違い
はないのですが,それぞれの方々がどのような視点をもって
を実感した。今回はワークショップの発表者ということで前
研究に取り組んでいるか知る良い勉強の機会となりました。
日の新潟入り。着いてしまえばいつもはない(いつもは当日
次回からは公募班が加わり,領域の幅が広がります。新しく
ぎりぎりに行くので)少しゆったりした時間で,その日は終了。
加わる人たちによりさらにエキサイティングな会議になるこ
とを楽しみにしたいと思います。
2.3 月 23 日植物オルガネラワークショップ
植物生理学会前日の水曜日には,第 7 回植物オルガネラワ
ークショップ「植物細胞のダイナミズム」が開催された。オ
ーガナイザーの先生も話されていたが,もう 7 回目というこ
とで,すっかり植物生理学会の前日のワークショップとして
定着してきたのではなかろうか。出席者は 100 名を越えたそ
うである。毎年続けながらも,途切れることなく話題提供が
ある点に日本での植物オルガネラ研究の広がりが感じられる。
当日は新潟大学(でしょうか ?)の卒業式も行われていたよ
うで,会場の外では大学生の卒業式らしい弾け方が炸裂して
いた(節度はあったが)。にもかかわらずそれらの雑音(?)
コーヒーブレークでのディスカッション
はほとんど聞こえることもなく,静かに発表を聞くことがで
きた。朱鷺メッセの音響を含めた施設のよさには植物生理学
会を通して感心させられることしきりであった。
さて,ワークショップは,30 分の講演 8 題および都立大の
和田正三先生による特別講演「葉緑体の光定位運動の多様性」
からなっていた。タイトルはホームページで簡単に見ること
ができる(http://sfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/pctech/workshop/)が,
一応挙げておくと,奈良先端大・橋本先生の「表層微小管の
動態と配向制御」,京大・嶋田先生の「液胞タンパク質の輸
送とプロセシング - 貯蔵タンパク質をモデルとして」
,新潟大・
朝倉先生の「イネゴルジ体のプロテオーム解析」
,奈良先端大・
川崎先生の「イネにおける G タンパク質を介した耐病性シグ
ナル伝達」,新潟大・狩野先生の「ペルオキシソームに局在
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Plant Organelles
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するストレス応答タンパク質」。とここまでが最初のセクシ
ョンで,ここで一度休憩。その後,金沢大・石田先生の「二
次共生生物の葉緑体:タンパク質輸送とオルガネラ化機構」
があり,私が「コケ植物の葉緑体分裂とペプチドグリカン」
という題で一席話させて貰った後,最後は京大・伊福先生の「遺
伝子機能破壊株が示す高等植物光化学系 II 酸素発生系タンパ
ク質の生理機能」というものであった。その全てをレビュー
する訳にはいかないが,私個人として,アラビドプシスの巻
き性の変異体の話から始まり,微小管の動態観察についてム
ービーを見せてくれた橋本先生,二次共生藻それぞれが独自
のタンパク質輸送系を持つという話をされた石田先生の発表
に興味を持った。また,手前味噌ながら私の講演も結構リア
クションがありました。いろいろなところで自分の研究の話
森田美代さん
(奈良先端科学技術大学院大学)
をしていくことが大切なのだなと思った次第です。
特別講演の和田先生は,3 月 31 日で都立大を退官という,
の具体的な話と絡めながら話をされた。岡山大・坂本先生か
かなり忙しい中で発表していただいた。発表では和田先生の
らは「光適応機能における葉緑体タンパク質品質管理の重要性」
最近の研究の集大成という感じの話を聞け,非常に有意義で
というタイトルで,葉緑体の膜プロテアーゼである FtsH メタ
あった。主に使用されていた材料だけでも,シロイヌナズナ
ロプロテアーゼの発表が行われた。葉緑体の話ということも
を始めとして,コケ・シダ植物から藻類まで多様であり,興
あり,何度か関連した発表を聞かせていただいているのだが,
味深いものであった。その後のミキサーはみさわ・白山浦本
何故斑入りになるのか,という点がいつもながら不思議である。
店で行われ,40 名近い出席者で賑わった。久しぶりに会う方々
神戸大・三村先生は「植物細胞低分子環境の維持に働く液胞
と楽しい時間であった。
ネットワーク系」という話題で,アレイのデータも用いた研
究成果を発表された。三村先生の次々と新しいことにチャレ
3.3 月 26 日植物生理学会シンポジウム
ンジされている姿勢に自分も頑張らねば,という気にさせら
植物生理学会最終日の午後には本特定領域研究のタイトル
れる。奈良先端大・森田先生からは「植物の重力感受に必要
と同一のタイトルを冠したシンポジウムが特定領域の代表者
な液胞機能に関与する分子ネットワーク:液胞膜の動的性質
である西村幹夫先生と,神戸大学の三村先生とのオーガナイ
の重要性」という題で,講演があった。アミロプラストが細
ザーにより開催された。特定領域のタイトルと同一にしたと
胞内,というか液胞膜に包まれているような形で細胞内をぐ
いうところに,研究代表者である西村先生の意欲が滲んでいた。
るぐる動く様子は,(変な形容詞かもしないが)楽しい。そ
こちらも出席者は 100 名強であったろうか。
して,最後の京大・西村先生からは「植物の生体防御とオル
植物生理学会でのシンポジウムは以下のようであった。特
ガネラの機能分化:障害で誘導される新規オルガネラ ER ボ
定領域に関するかなりの方が出席されたことと思うが,やむ
ディ」ということで,今後直接的にどうやって生体防御機構
を得ず出席できなかった方のために,簡単にレポートしてみ
を担っているのか,という点に興味を覚えた。私も「Essential
たい。まず基生研・西村先生から「オルガネラ分化の柔軟性
細胞生物学」を授業で使用しているのですが,確かにそうで
からみた植物高次機能の発現」というタイトルで発表があった。
した。(何がそうなのか,わからない方は直接西村(い)先
この発表は本特定領域の考え方の説明や特徴ある網羅的解析
生にお尋ねください)。
技術としてのオルガネロームの話などを,Ped1 や Pex10 など
今回の植物生理学会は全体的に口頭発表に対して質問が少
なめではないかと思っていた(理由はよくわからないが会場
が広くて良すぎたせい ?)のだが,このシンポジウムではか
なりの質問があった。また,パワーポイントが発表の標準と
なった今,OHP やスライドでは見せることが難しい「動き」
を伴った発表が更に増えてきた気がしている。少し前に「パ
ラサイトイヴ」というベストセラーを映画化した作品の中で,
研究者が動く像を見せながら講演している場面があったのを
覚えている。この時は,こんなことは映画の中でのできごとだ,
と思ったのであるが,現実はとうにそれを越えてしまった感
がある。生命活動は動くものであり,それを捉えて説明しよ
うとすれば,ますます動きを見ていくことが大切になるのだ
なと再確認した次第です。もう一つ考えたのは,ゲノム情報
の蓄積が,様々な現象を解明していく基礎になってきている
坂本亘さん(岡山大学)
6
ということである。シークエンスの解析としては,今後は比
較ゲノムの方向が進展していくと思われる。ヒメツリガネゴ
の方々も多く参加されていました。日本からは柿本辰男先生(大
ケのゲノムのドラフト配列も今年中にはでてくるそうであり,
阪大)がサイトカインのシグナル伝達系について,島本功先
様々な生物のゲノム情報も使用できるようになってきている。
生(奈良先端大)が G タンパク質によるシグナル伝達につい
情報に振り回される事無く,情報を使えるようになりたいも
て,和田正三先生(基生研)が光に応答した葉緑体運動につ
のである。
いて,それぞれ Plenary Session で発表されました。
会議で発表された内容としては,植物ホルモンに関したシ
4.終わりに
グナル伝達,G タンパク質によるシグナル伝達,その他,光
植物生理学会では 25 日に口頭発表のオルガネラのセクシ
などに応答した様々な細胞内シグナル伝達など,植物におけ
ョンが行われ(座長をしてました),26 日にはポスター発表
るシグナル伝達研究を広くカバーするものであったのではな
でのオルガネラセッションも行われた。これらの会場でもオ
いかと思います。私自身は植物ホルモンや光シグナル伝達に
ルガネラ分化に関する活発な議論が行われていた。本大会は
ついて最近興味をもって勉強を始めたばかりで不安もありま
スケジュールが詰まっていて休み時間がなく,全てのスケジ
した。しかし,1 つの分野のトピックスについて,研究の最
ュールをこなそうとすると,昼食が取れないということにな
先端を担う方々から集中して聞くことができたことはとても
っていた。参加者も 1500 名を越えているということで,そ
良かったと思います。
ろそろ 4 日間の開催を考えなくてはいけないのかもしれない。
興味深く聞いた発表の 1 つは,Dr. Hak Soo Seo (and Dr.
今回はオルガネラワークショップに始まり,特定のシンポ
Nam-Hai Chua, Rockefeller Univ.)の,シグナル伝達におけ
ジウムが最終日の最後までと,ほぼ朱鷺メッセに缶詰め状態
るユビキチン化と SUMO 化の相互関係についての報告です。
であった。そのため,懇親会の時に大会会長の菊山先生が話
熱ストレス条件下では,ユビキチンの E3 リガーゼである
をされていたような観光収入を新潟に還元することができな
COP1 と SUMO の E3 リガーゼの 1 つである AtSIZ1 が直接結
かったことが心残りであった(朱鷺メッセの出店でお酒は買
合します。これによって SUMO 化に働く AtSIZ1 自身が COP1
って帰りましたが)。植物生理学会は,次回はつくば,次次
によるユビキチン化をうけ,プロテアソーム分解系によって
回は松山ということで,その時も楽しい話題をもって参加で
その量が調節されるという結果でした。一方乾燥ストレス条
きるように,この文章を終わりにした後は熊本に腰を落ち着
件下では AtSIZ1 が SUMO conjugate の蓄積を促進します。し
けて研究をしたいものである。でも,もう次は 6 月の班会議
かし COP1 機能欠損株では乾燥ストレス条件下でこの AtSIZ1
ということで,休む間もありませんが・・・これからも頑張
自身も SUMO 化されるという結果を示し,SUMO 化と AtSIZ1,
ります。
COP1 の関係について議論されました。部分的な結果のみを
ちなみに,子供はそつなく卒園式での 15 分以上の答辞も
記しましたが,ユビキチン化,SUMO 化といったタンパク質
こなし(我々の普通の学会発表より長い),成長したところ
修飾による植物の機能調節機構において,AtSIZ1 の詳細な解
を見せてくれました。
析から,SUMO 化されたタンパク質の植物における機能まで,
豊富なデータが紹介されました。
Dr. J. Chory (The Salk Institute)はプラスチドシグナルにつ
KEYSTONE SYMPOSIA
Plant Cell Signaling: In vivo and
omics Approaches に参加して
いて発表されました。プラスチドシグナルは,葉緑体の分化,
発達状態を核へ伝え,核の遺伝子発現を制御するシグナルと
して提唱されています。このプラスチドシグナルの 1 つがク
ロロフィル合成中間体であることを,Dr. J. Chory のグループ
信定(鎌田) 知江 (基礎生物学研究所
高次細胞機構研究部門)
がシロイヌナズナの gun 変異体の解析などから明らかにして
います。発表ではプロフィリン結合タンパク質である GUN4
005 年 2 月 1 日から 6 日まで,アメリカの Santa Fe にて
の結晶構造解析の結果や,アブシジン酸シグナル伝達系の変
開催された上記の会議に参加させていただきました。
異株 abi3, abi4, abi5, fus3 などが gun 変異株と同様の表現型を
2
KEYSTONE SYMPOSIA は 1972 年に UCLA Symposia on
Molecular and Cellular Biology として始まったのがもとになっ
ており,現在年間 40 以上もの生物医学やライフサイエンス
に関する会議を開催しています
(http://www.keystonesymposia.org/)
。
シグナル伝達研究は in vivo でのシグナル伝達の可視化や,
transcriptome, proteome, metabolome といったいわゆる
“ome”
解析など,新たな技術の登場によって近年飛躍的に発展しつ
つある分野の 1 つです。私の参加した Plant Cell Signaling は
その副題にもありますように,上述の技術を中心に細胞内シ
グナル伝達の分野で最先端の情報を持ち寄るという趣旨のも
とに開催されました。この会議は参加者 117 名という小規模
ながらも,Dr. J.R. Ecker や Dr. J. Chory など名の通った研究者
Santa Fe
7
Plant Organelles
N E W S
L E T T E R
ば部屋を share することができます。私も John Innes Centre (UK)
の Monika さんと share しました。今回の会議は,ホテル
Hilton of Santa Fe で行われ,参加者もこのホテルに宿泊して
会議期間を一緒に過ごしました。このため,食事の時間もい
ろいろな方々と同席し,自己紹介から始まり,研究について,
その他,気軽に話しかけてくれました。Monika さんと一緒に
朝食にいくと,Monika さんを介していろいろな方とお話しで
き,そういう意味でも,部屋を share したことは良かったと
思います。また,日本の方も私を含めて 10 名弱参加されて
いました。みなさまに大変お世話になりましたこと,この場
Hilton of Santa Fe(学会会場)
をお借りしてお礼を申し上げます。
最後に,会議が開催された Santa Fe について少し触れたい
示すことなどが報告されました。
と思います。Santa Fe は,アメリカ南部,ニューメキシコ州
今回の会議での発表には含まれなかったのですが,Dr.
にあります。最寄りの空港は Albuquerque で,日本から直行
J. Chory の研究の中で私たち西村研に関係するものとして,
便は出ていないので,飛行機を乗り継いで向かうことになり
ペルオキシソームが植物の光形態形成に何らかの関与をして
ます。Albuquerque 空港上空,飛行機から見下ろした景色は,
いるのではないかという 2002 年の報告があります (Hu et al.,
砂漠とも岩山とも違い,ただ大地としかいいようがない乾燥
Science, 297, 405-409, 2002)
。この研究は植物におけるペルオ
地帯が広がっており,圧巻でした。Santa Fe は空港からさら
キシソーム機能の研究に新たな可能性を与えるものでした。
に 100km ほど北,標高 2134m に位置する町です。会議の合間
このようなこともあって,Dr. J. Chory と少しお話ができれば,
にスキー場へのバスが出ていましたが,スキー場は富士山よ
と思っていましたが,残念なことに私は会議の途中からひど
い風邪を引いてしまい,その余裕はありませんでした。お話
り高い位置にあるそうです。
Santa Fe の町は主に石と土でできており,全体に肌色をし
はできませんでしたが,Dr. J. Chory は発表ごとに必ずと言っ
たきれいな町でした。ほとんどの建物は 2 階建て程度の低い
ていいほど質問に立たれ,1 つ 1 つの内容に興味をもって聞
もので,唐辛子が軒先や店頭,至る所にありました。食事に
かれている姿勢がとても印象的な方でした。第一線にいる研
出たときに年輩のご夫婦が声をかけてくださったり,交差点
究者としての姿勢に感銘を受けました。
付近に歩行者が見えようものなら,車がずっと止まって待っ
この会議では,シグナル伝達研究において技術の進歩が重
ていてくれるなど,ゆったりした雰囲気に包まれていました。
要な部分を占めているということから,技術的な発表にかな
会議の後,San Diego におられる西村研の先輩である二藤さ
りの時間が割かれていたことが印象的でした。会議は午前中
んご夫妻,白浜さんご夫妻を訪ねてきました。雪の積もって
にシグナル伝達研究の各領域の発表がなされ,午後は解析技
いた Santa Fe とは違い,こちらは暖かい土地で,アメリカの
術についての発表という形式で行われました。技術として紹
広さを実感しました。二藤さんは SALK Institute の Dr. J. Chory
介された 1 つは,GFP (Green Fluorescent Protein)や FRET
の研究室に,白浜さんは California 大学の Dr. S. Subramani の研
(Fluorescence Resonance Energy Transfer) を使ったシグナル伝
究室に留学中であり,またこの News letter にも留学について
達系に関わる因子の in vivo での可視化法でした。また,様々
の話題を提供していただけることがあると思います。
なプロテインアレイの紹介もされ,抗体アレイの他,
1 人で海外の会議に参加するのは初めてであり,風邪をひ
Functional Protein Microarray として,タンパク質―タンパク質
くなどアクシデントも加わって,本当にたくさんの方々に助
相互作用をみるアレイ,タンパク質と低分子の相互作用をみ
けていただきました。この会議に参加させていただいたこと
るアレイ,酵素アッセイをするアレイの説明がありました。
は私にとって,研究のみならず,たくさんの貴重な経験にな
技術的な発表には基本原理から丁寧な説明がなされ,その技
りました。
術を使っておられる方々の発表だけでなく,実際技術の開発
に携わっておられる方々からの発表もあり,問題点など熱の
こもった議論がなされていました。
私自身の発表はペルオキシソームの機能変換過程をトラン
スクリプトーム,プロテオームという 2 つの網羅的解析法に
よって調べた結果を報告しました。ペルオキシソーム自体を
知らない方も多く,その説明から始めるという状態でした。
私は“Organelle”の発音が悪いらしく,この単語を伝えるだ
けで苦労をしました。
今回この会議には,西村研から 1 人での参加でした。会議
のホームページにはルームメイト募集のページがあり,そこ
に登録している人とコンタクトをとって,お互いに同意すれ
8
街角にて
Memorial
Beevers
Celebration
for
Harry
西村 幹夫(基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門)
回のカリフォルニア行きは複雑な気持ちを抱えたもの
今
だった。目的の1つは故 Harry Beevers(2004 年 4 月 14
日逝去)教授を偲ぶ集会がカリフォルニア大学サンタクルス
校(UCSC)の植物園で開催され,それに参加することだ。
米国留学としてほぼ4半世紀前に期待と不安を抱いて海を渡
ったサンタクルスにその思い出を探しにいく旅となった。久
しぶりに訪れたサンタクルスの町は多くの記憶とともに蘇っ
てきた。
集会は強いカリフォルニアの日差しを受けた植物園の野外
広場で行われた。Beevers さんと親交のあった多くの植物生
Jean Beevers と Harry Beevers
1991 年に UC Riverside で開催された H. Beevers Retirement Symposium “Molecular
Approaches to Compartmentation and Metabolic Regulation”にて
理学者,C. Price さんや M. Chrispeels さん等も参列した。会
Beevers さんが名古屋大学で講義されたときに,突然の歌が
は心温まる笑いに満ちたものだった。最初に Beevers さんの
飛び出したことに驚くとともに強い印象を受けた。光合成 C3,
長男 Michael が父の思い出を語り,自分が子どもの頃には父
C4 経路のポイントがその歌詞の中にすべて取り込まれていた。
の研究室に来ていた各国の人々の影響で英語の発音がおかし
その一部を以下に示した。
くなってしまったこと等を紹介した。実弟の Leonald Beevers
さんは Harry の幼少の時期を語るとともに,肉親でもあり同
The spinach is a C3 plant
業者でもあった兄について語った。Beevers さんの Purdue 大
It has a Nobel pathway:
学時代(1950-1969)は Breidenbach(UC Davis 校名誉教授)
Its compensation point is high
と Carpenter 博士(元モンサント)がグリオキシソームの発見
From early morn till noon-day.
の経過を含めて紹介した。その後のカリフォルニア大学サン
It has carboxydismutase
タクルス校時代(1969-2004)を Doyle 博士(UCSC 名誉教授)
,
But has no malate transferase;
Sinsheimer 博士(UCSC 元総長),Gonzalez 博士(UC Los
The spinach is a regal plant
Angeles 校教授)と私が Beevers さんにまつわる話をした。
But lacks the Hatch-Slack pathway.
Doyle さんは Beevers さんを UCSC に呼んだ時の裏話を
Sinsheimer 博士は Administrator として Beevers さんの非凡さを
この曲は Tannenbaum の歌に The C-two three through four
紹介した。また,Gonzalez さんは Beevers 研のポスドク時代
pathway というタイトルがつけられている。当日配布された
のフラクションコレクターの不調に関する出来事を紹介した。
記念誌には他にも Clementine の歌につけられた The
Beevers さんが UCSC に転職する際に尽力された故 Thimann
Leuconostoc Saga が掲載されており,集会の中で皆で合唱した。
教授が退職後も実験していた様子が目に浮かんだ。私はパワ
最後にこの集会を企画した同僚 Lincoln Taiz さん(UCSC)
ーポイント,スライドのない野外のスピーチに戸惑いながら,
が主として Beevers さんの卓越した教師像を,更に Anthony
特に Beevers さんが日本をはじめ各国の植物生理学者に与え
Huang さん(UC Riverside)が当日参加できなかったドイツの
た影響を強調した。Beevers さんはフォークソングに植物生
研究者からのメッセージを伝えた。すべての話の中に温かい
理の歌詞をつけて,学会や講義等で披露していた。私も
笑いがあり,ほのぼのとしたもので,皆で集まって Beevers
さんを思い起こし,その人となりを噛みしめた集まりであった。
会はその後,植物園の講義室に移り,Beevers さんの思い出
に浸るとともに Beevers family と称されるポスドク,学生だ
った人たちと歓談した。
Beevers さんの紹介文として,記念誌の中に Extraordinary
Teacher,Botanist,Researcher,Writer,Administrator,
Humorist と記されている。そのすべてが Beevers さんのエピ
ソードとしてこの集会に蘇っていた。私をオルガネラ分化の
道に導いてくださった Beevers さんの大きさに深く感謝する
とともに,次の目的地 UC Davis へ向かった。
なお,Beevers さんの Biographical Memoirs が,M. Chrispeels
Memorial Celebration for Harry Beevers
(Amphitheater,カルフォルニア大学サンタクルス校 植物園にて )
写真(左から)下段,Robert Sinsheimer,Michael Beevers,筆者;中段,Lincoln Taiz,
Jean Beevers,Leonald Beevers,Elma Gonzalez;上段,Bill Doyle,Bill Breidenbach,
Will Carpenter
さんによって執筆され,National Academy of Science 編集の本
に記載されています。
9
Plant Organelles
N E W S
L E T T E R
Essay
植物を見る。植物に聞く。
柴岡 弘郎 (大阪大学
名誉教授)
ュ−スレタ−編集担当の西川さんから何か書くように,
ニ
また,今回の南方熊楠賞受賞を受けての話はどうかと
のお話があり,日頃,領域アドバイザーとしてなんのお役に
も立っていないので,せめてこの位のことはしなければと思い,
お引き受けすることにし,受賞を受けての話を書かせて頂く
ことにしました。主催者の請われるまま,「私の研究は植物
の生長の仕組みを生理学的,細胞生物学的に解明しようとす
るもので,博物学とは呼びにくいものですが,私が取り続け
て来た,植物を見ることから始め判らないことがあれば植物
に聞く,という熊楠翁の大ファンだった川崎先生直伝の研究
南方熊楠賞授賞式 記念パーティーにて
写真は左から
(敬称略), 塚谷裕一(基生研), 西村幹夫(基生研), 西村いくこ
(京都大)
筆者,尾崎まみこ(京都工繊大),和田正三(都立大名誉教授),西谷和彦(東北大)
姿勢の中に,博物学的な匂いを嗅ぎとって下さっての授賞で
いので,決められた時間に決められた教室に集まり,決めら
はないかと秘かに思っており,もしそれが本当であれば,こ
れた時間を過ごすだけでした。同じ教室に最上級生から私達
の上なく嬉しいことです。」というコメントを寄せておりま
最下級生までが集まりましたが,学年毎に教室のあちこちに
したので,これをもとに,恩師川崎庸三先生のことと,先生
集まり,おしゃべりなどをしていました。私達最下級生は,
直伝の「植物を見る。植物に聞く。」について書かせて頂く
図書室から借りてきた本を読んだりしていましたが,そのうち,
ことにします。
牧野富太郎の皇紀 2600 年版の図鑑で遊ぶことを覚えました。
私の植物学は植物を見ることから始まりました。植物を見る。
皇紀 2600 年版の牧野図鑑には植物の漢名索引が付いています。
それだけで今まで知らなかったことがいろいろと判って来て
その中には,大豆とか大麦のようにどの植物をさしているの
嬉しくなったのですが,何かが判ると判ったことから新しい
か判るものもありますが,ほとんどは判らないものばかりで
疑問が湧いてくる。そうして湧いて来た疑問は植物を見てい
した。そこで漢名を見て植物を当てるという遊びを思い付い
るだけでは解けない。そうなると植物に聞いてみたくなる。
たのです。掲載ページから図鑑のどのあたりだから何の仲間
そこで聞いてみるのですが聞き方が悪いと答えが貰えない。
かを想像して植物の名前をあげるのですが,ほとんどは外れ
でも,幸いなことに植物は変な質問をしても決して怒らない
でした。そんな遊びを続けているうちに向日葵のところに来
ので,答えが貰えなかったら貰えるまで聞き方をかえて聞い
ました。「これはヒマワリだろう,掲載ページからキク科ら
てみる。初めて植物の観察を始めてから,大学を定年で辞め
しいし間違い無し。」と意見が一致し掲載ページを開けたら
るまでの約 50 年間,「植物を見る。植物に聞く。」の繰り返
果たしてヒマワリで歓声をあげたのですが,開けたページの
しだったように思います。
ヒマワリの説明の中の“然レドモ太陽ニ向ヒテ廻ル事ナシ”
私は終戦を国民学校(小学校)6 年生で迎えました。翌年,
を見て,今までの遊びは中断され,ヒマワリは廻るのか廻ら
中学の入試を受けましたが,これが旧制中学最後の入試で,
ないのかという議論が始まりました。私は国民学校に通って
入試を受けて入学したその年に学校制度が変わり,入学した
いた頃読んだ小国民新聞なるものに載っていた勉強漫画とい
中学はそのまま高校になり,私達はその高校に併設された中
う 4 コマ漫画に,ヒマワリは南を咲いて咲くことが多いので
学の生徒となりました。私は疎開先の中学に入学しましたが,
太陽を向くと思われているが,実際には廻らないと書かれて
2 年生の 2 学期に東京の杉並にある都立豊多摩高校という高
いたことを思い出したので,そのことをみんなに紹介しました。
校の併設中学へ転入学しました。川崎先生はその高校と中学
また,それぞれ,それまでにヒマワリについて読んだことを
の一緒になった学校の生物の先生でした。私の中学時代には
紹介しあいましたが,廻るか廻らないかの結論はでませんで
駐留軍からの指示により学校のなかにいろいろな変化が起き
した。そこで,みんなで,むずかしそうな顔をして教卓の前
ました。その一つにクラブ活動の時間が設けられたことがあ
で本を読んでおられたクラブの顧問の川崎先生のところへ行き,
ります。そのことにより生徒は必ず何か一つのクラブに所属し, 「ヒマワリは廻るのでしょうか,廻らないのでしょうか。」と
10
決められた時間にクラブ活動をしなければならないことにな
いう質問をしました。川崎先生はガマさんというあだ名で,
りました。私も何処かのクラブに入らなければならないこと
何時もガマのような難しい顔をなさっておられるのですが,
になりましたが,友だちと一緒にシダの収集などを始めてい
私達がこの質問をした途端ガマさんのお顔が今まで見たこと
ましたので生物部に入ることにしました。クラブ活動の時間
もないような柔らかいお顔に変わり,「ボクは廻ると思って
が設けられたからといって,なにか予算が付いたわけではな
いるのだが,キミ一つ見てみんか。」という答えを返して下
さいました。この答えに本当にビックリしたのです。それま
方向に伸びる性質があることを習っていましたので,まあ納
で知識は本を読むか先生に聞くかして得るものと思っており,
得しました。しかし,そのあとの東を向いたり,上に戻った
自分で見たものは単に見たもので本に書かれているような偉
りの運動は,それまでに習ったことでは理解できませんでした。
い知識とは別物と思っていたからですが,考えてみれば本を
何故こんな行ったり来たりの運動をするのかという疑問が浮
書かれるような偉い先生が見ても私達のような中学生が見て
かびました。この疑問を抱きながら観察を続けました。24 時
も植物は見ている人によって違うことを見せるわけはないので,
間の観察は土曜から日曜までしか出来ませんが,夕方から真
自分で見たことは本に書いてあることと同じ,いやそれ以上
夜中くらいまでなら毎日観察することが出来ます。その時間
に本当の事なのだと気付き喜び勇んで見ることにしました。
帯の観察を晴れた日も,雨や曇りの日も毎日行いました。そ
最初の年は少しサボッて近所の家に植えてあるヒマワリを
の結果,若い草丈の低いヒマワリでは,晴れの日は活発に動
見ました。それだけで,ヒマワリは南を向いて咲かないこと
くが,雨や曇りの日はあまり動かないのに,それから一ヶ月
が判りました。勉強漫画の作者は自分で見ないで書いたんだ
くらいの間生長し,草丈が高くなったヒマワリでは,雨の日
なと思いました。そして,やっぱり自分で見なくちゃと思い
も曇りの日も,晴れの日と同じように動くことが判りました。
ました。花は廻りませんでしたが若いヒマワリの茎の先端は
この結果は,若い間,太陽の動きに連れて行っていた運動が,
太陽を追って東から西へと動くことが判りました。観察を始
運動を繰り返しているうちにクセのようになり,太陽からの
めた頃は,1 棟 10 戸の木造都営住宅に住んでおり,自由に観
刺激がなくても動くようになったことを示唆しています。そ
察が出来る環境ではありませんでしたが,翌年,一戸建ての
こでヒマワリに,運動にクセがついているかどうかを聞いて
都営住宅に移ることが出来,庭も付いていましたので,自分
みました。私が見るだけでなく植物に聞いてみた初めての経
で植えたヒマワリを誰に遠慮することなく観察することがで
験です。高校の生物部で買って貰った大きな植木鉢にヒマワ
きるようになりました。そこで,朝,昼,夕と 3 回見るだけ
リを植え,十分に東から西への運動をさせたあと,植木鉢を
でなく,1 時間おきに 24 時間見ることにしました,また見る
持ち上げ,今までの東側を西側に,西側を東側へと 180 度回
だけでなく,記録を取ることにしました。曲った角度を測っ
転させ,その後の運動を観察したのです。回転させる前に,
て記録しようというのです。当時頻繁に停電があり,それに
東から西への運動を行っていることを確かめ,ヒマワリが真
備えてどの家にも石油ランプがありましたので,夜間の観察
上を向いている正午に回転させました。回転させたヒマワリは,
にはその石油ランプを使いました。
太陽は西へと動くのに東へと動き,さらに,翌日も,その翌
学校があるので,24 時間の観察は土曜日に学校が終わって
日も,またその翌日も,太陽に逆らって,西から東へと動き
から翌日曜日のお昼までで,学校から帰ると午後 1 時でした
続け,運動にクセがついていることを教えてくれました。こ
ので,観察は土曜日の 1 時から翌日曜日の 1 時まででした。
の結果は,私の生涯のうちで最も嬉しかった結果の一つです。
観察開始時の午後 1 時には,ヒマワリはほぼ上を向いていま
私の初めての問いにヒマワリが答えて呉れたからです。私が
すが,時間とともに次第に西に向いて行きます。やがて直射
植物学の世界に入ろうと思ったのは,この結果を得たことで,
日光が当たらなくなりますが,当たらなくなった後も 2 時間
植物との対話が楽しめそうだと感じたからだと思います。
くらいの間,西への動きは続きます。西への運動が終わると,
次に,運動がクセに支配されているのだとすると,夜間の
真上を向く方向に動き出しますが,真上で止まらず東の方を
理解しにくい動きも,クセと関係があるのではないか,クセ
向くようになります。そのあとまた真上方向に動き,また東
を取り除けばあの複雑な動きもなくなるのではないか,毎日,
へと動きます。このまま東を向いて日の出を待つのかと思うと,
運動を繰り返している内にクセがつくのなら,クセは若い部
また真上方向に動き,やがて太陽が出て来ると,太陽の方に
分に付いているのではなくて,大きく生長した葉についてい
向い,その後は太陽の動きにつれて動き,正午すぎには真上
るのではないか,などと考え,大きな葉を取り除いたヒマワ
を向くようになります。
リを作り,運動を観察しました。大きな葉を取り除いたヒマ
昼間,太陽に連れて動くのと,西を向いていたものが真上
ワリでは,夜間の複雑な運動は消えていました。面白いことに,
に向って動くのは,植物には光の方に向う性質,重力と反対
観察を続けているうちに葉は大きくなりますが,運動も複雑
な運動へともどり,夜間の複雑な運動が大きな葉に付いてい
るクセと関係がありそうだということも判りました。
50 年間繰り返してきた「植物を見る。植物に聞く。」の第
一回目の話を書かせて頂きました。第一回目が楽しかったので,
「植物を見る。植物に聞く。」ことを繰り返すことになりまし
たが,そのどれもが楽しいものでした。「ヒマワリは廻るの
でしょうか。」との質問に対して,川崎先生が,それまでの
本に書いてあったような尤もらしい話しを紹介して下さるの
高校時代のヒマワリのスケッチ(南側より)
ではなく,「キミ見てみんか」と答えて下さったことに心か
筒状花が咲き終わり頃になると運動は止まるが,舌状花が開ききる頃までは運動を
続けている(葉の位置にも注意)
左:午後 11 時頃より翌日午前中一杯の状態
右:午後 2 時頃から午後 7 時くらいまでの状態
ら感謝しています。
(2005 年 5 月 30 日)
11
Plant Organelles
N E W S
L E T T E R
Plant organelle 研究:
黎明期から発展への道をたどる
明が濃厚であったことを否めない。
オーストラリアの Frank Mercer が 1960 年 Annu. Rev. Plant
赤澤 堯 (名古屋大学 名誉教授)
Physiol. (vol. 11) に The submicroscopic structure of the cell のタ
イトルで長文のレビューを書いた (1)。多分 ARPP がはじめて
P
ノム解析に焦点をあて,(a)
新しい発見,(b) 斬新な実
organelle を取り上げたものである。index をたどっても(後述
験的試み,(c) 将来の展望を語り合う魅力に富んだフォーラム
れなかった様に思う。
lant Organelles News Letter が生理機能解析,ポストゲ
の)Beevers の研究まで organelle について詳しい総説は書か
として発展することを期待している。筆者に No.2 に寄稿する
ようにとのことである。ベンチワークから遠ざかって久しい。
Martin Gibbs の時代
学問的内容の執筆を求められているのではないであろうとひ
Watson-Crick が DNA 二重ラセン構造解明を Nature に発表
とり合点した上,断片的ではあるが以下回想のようなものを
したのは 1953 年である。それと並記して同列に論じようと
,
するのではないが,Marty Gibbs の「The summer of 51」(図
もってその責を果たしたい。
2)は彼が盟友 I. G. Gunsalus の 90 才の誕生日を祝って献呈し
Organelle の語源と語義について
たペーパーのタイトルである (2)。当時イリノイにいた彼ら二
通常細胞小器官と訳されている organelle の語源と語義を考
人はバクテリア Leuconostoc を用いて 14C-glucose 分子の挙動
えてみたい。語源はギリシャ語(G-ergon-work + el-little)に
を調べ,ラベル法による物質代謝経路追跡の道を拓いた。
あり,その働きを示す語義と深く結びついて
a
b
いる。すべての後生動物(metazoan organisum)
にはいくつもの臓器,器官があり,各々は独
立した構造と機能をもっている。そのことか
ら類推して,原生動物(protozoan organism)
においては原形質を構成する物質が分化独立
して (a) 機能特異性,(b) 特徴的形態および (c)
化学組成の異なる単位−すなわち organelle −
を生んだというのが一般的理解である。これ
は生物の発生,分化,進化に関わる本質的命
題であるから,厳密な考察と議論が必要である。
近年の細胞生物学,分子生物学の進歩に伴っ
て内容が深化していることは「オルガネラ分化」
という本特定研究の主題そのものによく顕れ
ている。
図1 Plant organelle 研究黎明期のモノグラフ
Plant organelle 研究はいつはじまったか?
実験生物学の対象として plant organelle が取り上げられるよ
Marty 自身は駆け出し青二才の自分にとって,この 1951 年夏
うになったのが半世紀さかのぼることはまちがいない。1953
の実験がその後のキャリアの転換点となったと回想している。
年 A. Frey-Wyssling のモノグラフが刊行された(図 1 a)。光
やがて彼はその道のエキスパートとして Brookhaven 国立研究
合成や oxidative phosphorylation の研究が盛んになりつつあっ
所のリーダーとなり,国内,外の多くの研究者を育て,この
た年代である。物理化学的ともいえる記述内容を理解するの
分野の発展に大きく貢献した。記憶が正しければ Brookhaven
は容易ではなく,chloroplast,mitochondria に関する記述はほ
Symposia in Biology のシリーズは日本でも広く読まれたはず
..
とんどなかった。著者の属していた Zurich の研究所は当時ヨ
である。
ーロッパの植物研究のセンターであった。しかし上記著書は
Marty の研究の本拠となったのは Boston 郊外の Brandeis で
生物学的観点に立ったものではなく,organelle の term はみら
あるが,1 まわり年長の先輩 Marty と初めて研究上の接触を
れない。10 年後改訂版とも言うべき植物構造学派の歴史的名
もったのは 1976 年マイアミで開かれた「世界の食料供給を
..
Plant
考える」と題する日米光合成セミナーの時である。当時のホ
Cytology of Protoplasm(1965)が出版された(図 1 b)。植物
ットなトピックに光合成と光呼吸の拮抗があり,特に後者の
細胞 organelle の章が設けられ,10 年間にわたるこの分野の研
選択的阻害による作物生産性の向上が熱心に論じられた。こ
究の進歩が可成り詳しく解説された。onion root 切片の電顕写
のセミナーのとき,Specific inhibitors are like beautiful virgins,
真像と,それに基づく植物細胞の構成模式図は現今の生物学
rare! とスライドプロジェクターの傍に立ってコメントする青
教科書のプロトタイプともいえる。organelle の inventory とし
年 Marty(隣に堅物 Ned Tolbert がいる)
をとったショットが手
てあげられているのは ribosomes,nucleus,mitochondria,Golgi,
許にある。ユーモアとウィットに富んだ彼の人柄が後述の
endoplasmic reticulum である。記述内容はやはり物理化学的説
Harry Beevers と相和した大きな要素であったに違いない。
著 Frey-Wyssling − Muhlethaler 共著 Ultrastructural
12
glyoxysomes の発見が片や代謝メカニズム,片やその担い手
としての細胞構成要素(orgenelle)が発見され,かつ働きが解
明された。中心にあった概念というべきものは metabolic
compartmentation(代謝区画化)である。1991 年
SEB Symposium で発表された Metabolic compartmentation in
plant cells には彼の生物学研究のプリンシプルが極めて明快に
述べられている (8)。図 3 はスクロース密度勾配遠心法による
ヒマ胚乳からの organelles の分離像である。M. Brakke が 1951
年 JACS に発表した密度勾配法 (9) を発展させてヒマ種子の脂
,
図 2 Martin Gibbsの「The summer of 51」
I.G. Gunsalusの90才の誕生日を祝って献呈(Issue devoted to I. G. Gunsalus on his
90th birthday)
とのGibbs自筆の書き込みがある
肪 - 糖転換の中枢メカニズム glyoxylate cycle と担い手 organelle
− glyoxysome が 発 見 さ れ た 。 エ ッ セ ン ス は metabolic
compartmentation とその実体 organelle の働きである。筆者が
Metabolic biochemistry の開花
Harry を organelle biology 研究の Father と呼ぶ所以である。病
F. Lipmann が 1941 年 Adv. Enz.(vol. 1)に書いた Metabolic
に倒れ他界したのは痛恨のほかないが,彼が ARPP(vol. 44)
generation and utilization of phosphate bond energy (3) を出発点
に書いた回顧的レビュー Forty years in the new world(Harry の
とする metabolic pathway の探求は,10 年後 1950 年に入って
出自は Durham,UK)はもちろん辞世の論考ではない (10)。自
から生化学の中核として飛躍的に進歩した。その関心の中心
説に拘泥することなく上記植物 organelle biology 研究の指導
にあったのは chemistry であって biology ではなかった。最も
原理とでも言うべきものを公正に解説している。UC
大きな関心をあつめたのは呼吸と光合成のメカニズムであり,
Cruz に移ってから研究は更に発展した。オルガネラの動態に
夫々の実験系の媒体として mitochondria と chloroplast が用い
関する彼の慧眼は本特定領域の端緒としてとらえることがで
られた。crude であっても実験材料として比較的容易に調製
きよう。
Santa
できたからである。先鞭をつけた研究の 1 つに 1951 年 Millerd,
Bonner,Axelrod,Bandurski が PNAS に発表した
Oxidative and phosphorylative activity of plant mitochondria があ
る (4)。当時筆者らも悪条件のもとで必死に追試実験を試みた。
今日この Bonner 等のペーパーを顧みるものは一人もいないで
あろう。
同じ頃 UC Berkeley において Arnon が発見した chloroplast
の光燐酸化反応はセンセーショナルといえる程注目をよんだ。
しかし疑義とともに批判にさらされ,歴史に残る論争がおこ
った。ホウレンソウから分離した chloroplast に混在する
mitochondria が ATP 生成の実体ではないか − つまり oxidative
phosphorylation ではないか − という Ochoa に代表される生化
学者のきびしい批判が当時の状況を伝えている (5)。その時期
図3
スクロース密度勾配遠心法によるヒマ胚乳organellesの分離像
「植物の代謝生理」H. ビーヴァース,赤澤堯共著,岩波書店1986年より許可を得て転載
実験に供された chloroplast,mitochondria はいずれも plant
organelle としてとらえられたものではなかった。後に D.
Walker(1970)がこの論争を回顧した論考のなかに,生化学
者のうけた academic shock という形容が書かれている (6)。
Plant organelle biology の Father − Harry Beevers
H. Beevers が B. Axelrod と連名で Annu. Rev. Plant Physiol.
(1956)に書いた Mechanism of carbohydrate breakdown in plants
というタイトルのレビューは,今では古典ともいえる論文で
ある (7)。Harry のホームグラウンドは Purdue であったが,
Brookhaven の summer コースにおいて,14C トレサー法を取得
するとともに Gibbs と共にトウモロコシ切片に 14C-glucose を
与えて分解パターンを詳しく調べたペーパーを書いている。
この Gibbs との共同研究においてすでに植物組織における代
謝区画化に関する考えの萌芽がみとめられる。発芽期ヒマ胚
乳組織の fat-carbohydrate conversion のメカニズムに関する一
連の研究を通じて質的転換をとげた。すなわち glyoxylate cycle,
参考文献
1. Mercer, F. (1960) The submicroscopic structure of the cell. Annu. Rev. Plant Physiol.
11: 11-14.
,
2. Gibbs, M. (2003) The summer of 51. Biochem. Biophys. Res. Commun. 312: 81-83.
3. Lipmann, F. (1941) Metabolic generation and utilization of phosphate bond energy.
Adv. Enzymol. 1: 99-162.
4. Millerd, A., Bonner, J., Axelrod, B. and Bandurski. R. (1951) Oxidative and
phosphorylative activity of plant mitochondria. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 37:
855-862.
5. Arnon, D. I. (1956) Localization of photosynthesis in chloroplasts. In Enzymes:
Units of Biological Structure and Function. ed. Gaebler, O. H., Academic Press,
NY, pp. 279-313.
6. Walker, D. A. (1970) Three phases of chloroplast research. Nature 226: 1204-1208.
7. Axelrod, B. and Beevers, H. (1956) Mechanisms of carbohydrate breakdown in
plants. Annu. Rev. Plant Physiol. 7: 267-298.
8. Beevers, H. (1991) Metabolic compartmentation in plant cells. In Compartmentation
of plant metabolism in non-photosynthetic tissues. ed. Emes, M. J., Cambridge
University Press, pp. 1-21.
9. Brakke, M. K. (1951) Density gradient centrifugation: a new separation technique. J.
Am. Chem. Soc. 73: 1847-1848.
10. Beevers, H. (1993) Forty Years in the New World. Annu. Rev. Plant Physiol. Plant
Mol. Biol. 44: 1-12.
13
Plant Organelles
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Technical Notes
DNAマイクロアレイ実験事始め
林 誠 (基礎生物学研究所
高次細胞機構研究部門)
はじめ に
本誌テクニカルチップ第 2 弾を仰せつかった林 誠です。本
特定領域研究ではトランスクリプトーム解析拠点を担当して
図 1 基生研高次細胞機構研究部門のメンバー
いる関係で,DNA マイクロアレイ実験に関するテクニカルチ
マイクロアレイが市販されるようになったり,実験を請負っ
ップを書くことになりました。とはいえ,すでにすぐれた実
て数値データを取ってくれる業者が出現したり,はたまた様々
験書が数多く出版されているので実験テクニックはそちらを
な研究室が実験結果をウェブで公開したりと,研究者にとっ
お読み頂くことにして(参考文献),ここではむしろこれか
て DNA マイクロアレイが身近で便利な解析手段となりつつ
ら DNA マイクロアレイ実験を始めたいとお考えの方にとっ
あります。このような技術進歩はたいへん喜ばしいことなの
て参考になりそうな問題点に焦点を絞って書いてみようと思
ですが,その反面,技術的な問題点が見過ごされたまま,デ
います。
ータの解釈が一人歩きしているようにも見受けられます。
1.基 礎 生 物 学 研 究 所 ・ 高 次 細 胞 機 構 研 究 部 門 の 紹 介
3.実験の流れ
私たちの悩みは,若い人たちに知名度がないことです。学
DNA マイクロアレイには大別して 2 色蛍光型と GeneChip
部の学生さんからは「基生研って,どこにある会社ですか?」
型の 2 種類があり,両者で実験の仕方が大きく異なります。
と聞かれることもあります。このニュースレターの読者には
本特定領域では,シロイヌナズナとイネの両方の研究者の要
若い方もおられるようなので,この場を借りてまずは研究室
求を満たすために 2 色蛍光型のアジレント社製 DNA マイク
の紹介を。基礎生物学研究所(通称基生研;http://www.nibb.ac.jp)
ロアレイを用いてトランスクリプトーム解析拠点の整備を進
は,細胞生物学,発生学,神経学,進化多様性生物学,環境
めています。アジレント社製 DNA マイクロアレイは,スラ
生物学,理論生物学など,生物学全般を広くカバーする研究
イドグラスに似た形状をしていて,インクジェットプリンタ
所です。もともと旧文部省の大学共同利用機関のひとつとし
ー型スポッターを用いて直接ガラス表面に 60 mer のオリゴ
て愛知県岡崎市に設立され,現在は大学共同利用機関法人自
DNA が合成されています。現在,シロイヌナズナ DNA マイ
然科学研究機構に所属しています。一方で,日本初の国立大
クロアレイには 37,478 個の遺伝子が載っており,うち 28,500
学院大学として設立された総合研究大学院大学(通称総研大;
個が TIGR のデータベース中の遺伝子から,約 10,000 個がデ
http://www.soken.ac.jp)のなかでは生命科学研究科・基礎生物
ラウェア大学データベース中のアノテーションのない転写産
学専攻として博士課程(5 年一貫制)(学部卒業後の 5 年間)
物から選ばれています。一方,イネ DNA マイクロアレイは,
と博士後期課程(修士修了後の 3 年間)の 2 つの大学院教育
農業生物資源研究所のイネ cDNA ライブラリーの中から全
を担当するれっきとした大学院大学でもあります。そのなか
ORF の約 60%に相当する 21,495 遺伝子が選ばれています。
で私の所属する高次細胞機構研究部門は,本特定領域研究の
異なる 2 種類の RNA サンプルを Cy3(緑色)と Cy5(赤色)
領域代表をつとめる西村幹夫教授のもと,助教授,助手,技官,
で蛍光標識し,DNA マイクロアレイにハイブリダイゼーショ
ポスドク,大学院生,技術補佐員,秘書の総勢 20 名で高等
ンすることで,スポットされているすべての遺伝子の発現比
植物のオルガネラ機能分化をテーマに日夜ペルオキシソーム
が一度に解析できます。
や液胞と格闘しています(図 1)。研究室のホームページは
2 色蛍光型 DNA マイクロアレイ実験で得られるのは図 2A
http://www.nibb.ac.jp/~celmech/jp です。本特定領域のホームペ
のような画像です。各スポットの Cy3(緑色)と Cy5(赤色)
ージ http://www.nibb.ac.jp/organelles/ と合わせてご覧ください。
の蛍光強度の比が,それぞれの遺伝子の発現比を表現してい
ます。こう書くと事はとても簡単で,あとは画像解析によっ
14
2.DNA マイクロアレイについて
てスポットの位置を特定し,蛍光強度の比を計算するだけと
DNA マイクロアレイが夢のような実験技術としてもてはや
いうことになります。画像解析は DNA マイクロアレイスキ
されたのは記憶に新しいところです。一回の実験で予測して
ャナを用いて行います。画像解析の処理法は重要なポイントで,
いない遺伝子を含む多数の遺伝子の発現変動を網羅的に調べ
それぞれのスキャナメーカーが独自の方法で競い合っています。
られる点は,他の実験技術にはない非常に優れたメリットで
アジレント社スキャナの場合,設計上のスポット位置(図 2B;
しょう。最近では,シロイヌナズナやイネなど全ゲノム配列
+)と蛍光の広がりから蛍光の中心(図 2B;×)を決め,蛍
が決定されたモデル植物の大多数の遺伝子を網羅した DNA
光強度を計算する範囲を特定します(図 2B;青丸)。この範
ことを言います。精製した cDNA をピン型スポッターでスラ
イドグラス上にスポットした初期の 2 色蛍光型 DNA マイク
ロアレイを用いていた頃には,アレイごとの品質にばらつき
が大きく,さまざまな標準化の方法が検討されました(参考
文献 2)。アレイの品質が高くなった現在では,LOWESS 法
(LOcally WEighted Scatter plot Smoother)によって標準化する
のが一般的になっています。LOWESS 法については,本誌次
項で小西先生(秋田県大)が詳しく説明されています。この
方法で標準化すると図 3 が図 4 のように変わります。これを
図2 A:ハイブリダイゼーション後のDNAマイクロアレイ。
おおざっぱに言えば,LOWESS 法で全プロットの蛍光強度を
緑がCy3,
赤がCy5の蛍光。B:アジレント製スキャナーによるスポットファインディング
補正計算することで,プロットが集中する中心 の曲線を
log(Cy3)=log(Cy5) の直線に変換したことになります。このよ
囲の中には数十のピクセルがあり(アレイのスポット密度に
うにして補正した後の蛍光強度比が転写産物の発現比を示す
より異なる),それぞれのピクセルが固有の蛍光強度を持ち
と考えるわけです。
ます。そこで,これらから測定誤差やゴミの影響を含むと考
えられる外れ値を排除した残りのピクセルの蛍光強度から平
均値を計算します。このような手順で計算した Cy3 と Cy5 の
蛍光強度を単純に除算すれば,転写産物の発現比が計算でき
るはずです。が,実際にはそうはなりません。
図 3 は,ある実験の画像解析から得た各遺伝子の Cy3 と
Cy5 の蛍光強度を両対数グラフにプロットしたものです。比
図 4 データ補正後のスキャッタープロット。
赤色の実線は,Cy5 と Cy3 の比 2,1,1/2 を示す。黄点は図 6 の外れ値に含ま
れる遺伝子。
4.データの再現性
上述のデータ処理過程で 2 つの問題が生じます。1 つは実
験ごとの偏りの変化です。図 3 のようなデータの偏り,特に
低い蛍光強度領域に見られる中心線のカーブの仕方は,プロ
図 3 スキャナーで読み取った蛍光強度のスキャッタープロット。
赤線は,Cy5 と Cy3 の比 2,1,1/2 を示す。点線はスキャナーの測定限界。
ーブの作製やハイブリダイゼーション,スキャナの状態のみ
ならず DNA マイクロアレイやスキャナの種類などさまざま
較している 2 種類の RNA サンプルに含まれる多くの転写産
な要因に影響されて測定ごとに変化します。これを LOWESS
物は発現比が 1(変化しない)であると仮定すると,
法で補正するということは測定ごとに異なる計算式で補正す
log(Cy3)=log(Cy5) の直線上を中心に点が分散しなければなり
るということを意味します。もう 1 つの問題は低蛍光強度領
ません。ところが,実際には log(Cy3)=log(Cy5) の直線に沿わ
域の取り扱いです。低い蛍光強度を示すシグナルはノイズの
ず,図 3 の例にあるように実験ごとに形の異なる曲線を中心
影響が無視できなくなり,場合によってノイズが真の値の何
に点が分散します。これは,Cy3 と Cy5 の蛍光強度があくま
倍にもなります。そこでオリゴ DNA が合成されていない部
で相対的な値でさまざまな要因により互いに独立して変わり
分(図 2B;白丸で囲まれた部分)の蛍光強度を計算し,一定
うることと,蛍光強度に依存した偏りが生じることが原因です。
レベル以下のシグナル(図 3;BG signal+2.6 × SD)は強くノ
ここにデータの標準化という問題が生じます。標準化とは,
イズを含む可能性があるとして棄却します。ところが,ノイ
一定のルールに従ってデータを比較可能にすること,言い換
ズの発生要因もさまざまで,このような一様な基準では良い
えれば蛍光強度比が転写産物の発現比を示すように補正する
データと一定レベルのノイズを含む質の悪いデータを正確に
15
Plant Organelles
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区別するには不十分です。これらの問題点はデータの再現性
に重大な影響を及ぼします。
実際に,データの再現性を見てみましょう。2 色蛍光型
DNA マイクロアレイの場合,生物学的誤差とシステム誤差を
考慮した繰り返し実験を行い,データの信頼度を上げます。
生物的誤差とはサンプリングした RNA そのものに生じる誤差,
システム誤差とは RNA のラベル化からデータ処理までに生
じる誤差を意味します。生物的誤差は実は意外にばかにでき
なくて,気づかないうちに転写産物の偏りを生じることがあ
りますが,ここではシステム誤差のみを見ることにします。
システム誤差を検定するには同じセットの RNA サンプルに
対して Cy3 と Cy5 を入れ替えた 2 回の実験,いわゆる dyeswap 実験を行うのが一般的です。図 5 は dye-swap 実験を両対
図 6 Dye-swap 実験の再現度 R の度数分布。
中央の赤線は R = 1。両脇の赤線から外には全遺伝子数の 2.5 % ずつの遺伝子が存在
する。赤線上での 2 回の実験結果の比はおよそ 1.7 と 1/1.7。
水準はおよそ 1.7 と 1/1.7(図 5;黄点)になります。この棄
却域には概して発現量が少ない遺伝子が含まれます(図 4;
黄点)。本来繰り返し実験の誤差は log(y)=-log(x) 方向のみな
らず全方向にほぼ同じ確率で発生しうるはずです。このこと
から低発現の遺伝子の発現比は大きなシステム誤差を含む可
能性が高いと推測されます。極度の測定誤差は少数の繰り返
し実験を平均化する程度では正確なデータ推定ができなくな
ります。しかも,実験ごとに測定値や誤差の程度が変化し,
アレイやスキャナの種類,データの取り扱い方でも異なるので,
図 5 Dye-swap 実験の結果
x 軸に 1 回目,y 軸に 2 回目の実験結果をプロットしている。赤線は,2 回の実験結
果の比 2,1,1/2 を示す。黄点は図 6 の外れ値に含まれる遺伝子。
基本的に 1 回,1 回のデータセットがそれぞれ異なる質の誤
差を持っていると考えられます。
5.発現比の難しさ
16
数グラフにプロットした結果で,横軸は 1 回目の実験で得ら
DNA マイクロアレイの結果は遺伝子の発現比で評価される
れた発現比(Cy3/Cy5),縦軸は 2 回目の実験で得られた発現
ために,こうした低発現の遺伝子が含む誤差が無視できません。
比(Cy5/Cy3)を示しています。同じセットの RNA サンプル
なぜなら,大きな誤差を含む低発現遺伝子の発現比 10 倍と
を用いているので,発現比の変わらない大多数の遺伝子は原
あまり誤差を含まない高発現遺伝子の発現比 10 倍が全く同
点上にプロットされ,発現比が変わる遺伝子は log(y)=log(x)
等に扱われてしまうからです。
の直線上のどこかにプロットされなければなりません。とこ
DNA マイクロアレイを用いる醍醐味は,なんと言ってもさ
ろが,実際には多くの遺伝子が原点を中心に広く分散し,そ
まざまなハイブリダイゼーションの結果を統計学的に処理す
れに加えて発現に差のある遺伝子が log(y)=log(x) の直線上を
ることで生物学的意味を見いだすことにあります。読者のみ
中心に分散してプロットされます。log(y)=-log(x) 方向のずれ
なさんの中にもウェブから実験データをダウンロードして階
の原因はシステム誤差と考えられます。仮に log(y)=-log(x) 方
層クラスタリングを始めとする統計解析をした方もいらっし
向のシステム誤差だけを評価するとして,各遺伝子について
ゃることでしょう。しかし,それぞれのデータに潜在化する
再現度 R =(1 回目の実験で得られた発現比)/(2 回目の実験
誤差を考慮に入れずに統計解析をしても生物学的解釈が難し
で得られた発現比)を計算し,度数分布を調べた結果が図 6
くなります。実験プロセスで発生しうる誤差を念頭におき,
です。もしデータの再現性がとても高ければ,すべてのデー
質の高い画像のみから得られた誤差の少ないデータセットを
タが 1 になり,グラフ中央に棒が一本立つのみのはずです。
用いて統計解析することが肝要です。そうすることで,統計
図 6 のグラフの広がりはデータの再現性の低さを示しています。
解析の結果がより生物学的意味を反映するようになると期待
仮にこのグラフの両側に存在する両側 2.5%づつの遺伝子を
されます。また,DNA マイクロアレイの品質が向上してきた
外れ値として棄却するならば,この実験での信頼度 R の有意
今こそ,より信頼度の高い実験技術・データ解析技術の開発
が望まれます。
新しいマイクロアレイデータの解析方法
小西 智一 (秋田県立大学 生物資源科学部)
終わりに
本特定領域では,西村領域代表,三村事務担当のもと,班
員のみなさまとさまざまなやり取りをさせていただいており
Ⅰ.マイクロアレイで何ができるだろう?
ます。私どもの研究に対するご指導ご鞭撻ともどもなにとぞ
この測定方法の最大の利点は,その網羅性にあるだろう。
よろしくお願いします。今回の原稿に使用した図の作製は,
サンプルのなかでその瞬間に何が起きていたのかを俯瞰する
鎌田知江さん(基生研非常勤研究員),深澤美津江さん(技
ことができるし,経時的に反応を追うこともできる。他の研
術補佐員)に協力していただきました。基生研・高次細胞機
究グループの結果も参考になる;興味をもった遺伝子群が,
構研究部門のみなさんの日頃からの協力,助言も合わせ,こ
自分の調べなかった生理条件下で,どのように発現している
の場をお借りして感謝します。
かがわかるからだ。これは分子生理学者にとって夢のような
測定データである。データを精査するたびに思うことは,こ
参考文献
れまで調べられてきたことがいかに偏っているか,いかに私
1)佐々木博己,青柳一彦(2004)実験医学別冊 DNA チッ
たちの知識が部分的なものだったかということだ。
プ実験まるわかり,羊土社
ただし,こうしたデータの取り扱いのためには,データを比
2)Bowtell, D., and Sambrook, J. (2002) DNA microarrays: a
較可能にすること=標準化が必要になる。マイクロアレイは,
molecular cloning manual, Cold spring harbor lab. press, Cold
組織から抽出されたサンプルの測定方法なので,どうしても
spring harbar, NY
データにバラツキが生じる。また測定に伴うノイズも存在する。
3)Knudsen, S. (2002)わかる!使える! DNA マイクロアレ
イデータ解析入門,羊土社
そこで,多くの測定結果をそのまま,同時に取り扱うことは
できない。これまでに多くの標準化の方法が考案されているが,
4)岡崎康司,林崎良英(2000)必ずデータが出る DNA マイ
クロアレイ実験マニュアル,羊土社
これがデータ処理の精度を大きく左右したり,比較可能なデ
ータの範囲を決定することは,あまり知られていないのでは
ないだろうか。本稿は,良く使われている LOWESS の抱え
る問題点を指摘しながら,新しく登場したパラメトリック法
を紹介する。
Ⅱ.データの標準化とは
複数の測定間でデータを比較可能にする作業を標準化という。
通常,データのなんらかの性質が測定間で一致するように,
データを一定の方法で処理することで行う。
たとえば図 1 の歪んだ円様の図形の面積をそれぞれ比較し
たいとする。これらの図形を楕円形とみなしたとき,図形の
長径と短径を測定すれば,それらの幾何平均を直径とする真
円を描くことができる。真円ならば互いの面積の比較は容易
だ(もちろん実際には,数値を使って比較することになるだ
ろう)。
P
Plant
Organelles
図 1 データの標準化とはどんな作業か 上記のような作業のための考え方と方法はいくらでもあり
得る(統計学的手法の数も,そうした考え方の種類だけ存在
すると言える)。では,どんな方法がマイクロアレイ実験に
適した方法なのだろうか? 実際,マイクロアレイデータに
17
Plant Organelles
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ついても,実に多くの方法が考案されている。それらの良し
悪しを見分けるために注意すべき点は,当然ながら,この二
つであろう。1)着目したその性質が,本当にいつも一致す
べきものかどうか? (楕円形に近似して良いのか?) 2)採用した一定の方法は,バラツキを補正するために良い
方法か?(この計算方法で面積は保たれるのか?)
1.LOWESS とはどんな方法か
これはもともと,1 対で得られるデータを標準化するための,
汎用性の高い計算方法である。データ対間の比が,そのデー
タ対の平均との間に特定の傾向を持たないように,汎用性の
高い関数で補正する。しかしながら,この関数のため,求め
た変動比の定量性が損われる。各変動比が,様々な数値──
恣意的な性質を持つ──で乗ぜられるからだ(図 2)
。
図 3 LOWESS はデータ対の中だけで有効
に比較すると,図 3 のようになる。このように,シグナル強
度によって,解析した結果が特定の傾向を持つようになる(こ
のデータでは,低発現領域の遺伝子群でその傾向が顕著である)
。
では,どうすればいいのか? さらに LOWESS 計算を積み
重ねれば,この傾向を打ち消すことはできる。ただし,計算
を重ねるたびに,数値が人為によって変質し,測定したデー
タからは離れていく。恣意的な操作の上に恣意的な操作を重
ねるのだから,客観性はきわめて低くなる。
LOWESS で,複数の実験結果を比較するのは,原理的にも
実質的にも不可能である。さて,比較不可能な測定の間では,
「再現性」を確認する行為そのものが無意味である。だから,
LOWESS を使っていながら,解析結果に再現性がないことに
悩むのは,あまり意味のある行為ではない。
こうした,いわゆるノンリニアな方法の利点は何か? ア
ルゴリズムが単純で,使用に(知的所有権に基づく)制限が
ないことだろう。どんなパッケージプログラムもこれをカバ
ーしているし,多くのチップメーカーが採用している。しかし,
ここで用いる関数は,望んだ性質を必ずもたらすことができ
るものだ。こうした取り扱い方法は,データの客観性をひど
く損なう(改竄に近い行為と言っていいだろう)。これは,
科学者にとってはひとつもいいことがない,落とし穴のよう
な方法なのだ。
図 2 LOWESS の概念
2.パラメトリック法とその原理
18
マイクロアレイに用いるとき,これは一対のデータのなか
では,どんな方法が,実験間でデータをあまねく比較する
で標準化するための方法となる。補正された変動比は,その
ために良い方法なのだろう? まずそのためには,本当に普
対のなかでだけ有効であり,他の実験と比較することはでき
遍性のある性質に着目する必要がある。データ間に共通する
ない。補正関数がその対ごとにユニークで,そのため関数の
条件は二つ考えられる;ひとつは,材料が生物由来であること,
値に一般性がないからだ。無理を承知の上で,2 枚のチップ
もうひとつは,マイクロアレイという実験手法である。もし
から得られた 2 組の変動比をランク─ログレシオプロット上
ある性質が,これらの条件がもつ性質に深く由来して一定なら,
ことで補正する。次は,実験に使われた RNA 量や蛍光色素
の取り込み・励起光の強さ・検出器の感度などに起因するシ
グナル強度のバラツキを,個々の数値をひとつのパラメータ
で除することで補正する。さらにもうひとつのパラメーター
を使って,データを N(0,1)の正規分布に導く。導いた結果
と,正規分布モデルとを比較することで,先の仮説の妥当性
が測定ごとに検証される(図 5)。
図 4 パラメトリック法の概念
実際にはヒストグラムの代わりに,ずっと鋭敏な方法であ
る Probability Plot を使用して,データとモデルの一致を確認
している。確認した 5 百件余のデータにおいて,この仮説は
その性質に着目するのが望ましいことになる。そんな性質が
データによって支持されている。ただし,微弱なシグナル領
あるだろうか?
域は必ずこのモデルから乖離し,これは測定上のノイズによ
その性質の一つ(筆者が見聞した限りにおいては唯一)は,
る効果であることがわかっている。どんな測定にもノイズが
統計学的なデータ分布にある。データ分布がどのような性質
あり,そのレベルよりも小さいシグナルは検出できない。こ
を持つかは,たとえばヒストグラムによって視覚化すること
の領域のデータは,そうした検出限界よりも小さいものであ
ができる。こうした性質を数理モデルで表わすことができる
ると解釈できる。この領域のデータは,詳細な解析の前に棄
場合がある。そのモデルを基準にする方法のことをパラメト
却することができる。
リック法と称する(図 4)。マイクロアレイデータの場合は,
このモデルに対数正規分布を適用できる。これは細胞がもつ
Ⅲ.パラメトリック法の利点
基本的な性質に由来する性質であると筆者は考えている。細
1.測定した変化はシグナル強度に依存しない
胞がゲノム情報からトランスクリプトームを形成する過程を,
熱力学的にボトムアップモデリングすると,この分布が演繹
的に得られるからだ。
パラメトリック法の優れているところは,その妥当性を客
観的に調査できる──数理モデルが現実をうまく表わすもの
かどうかをチェックできる──ことだ。マイクロアレイの場
合にもそれは当てはまる。マイクロアレイはバックグラウン
ドを正確に測定する手段を持たない * ことから,対数正規分
布モデルにはひとつ未知数を扱うパラメータを導入する。こ
れで数理モデルが固定される。このモデルから,「マイクロ
アレイデータが 3 パラメータ正規分布する」という,検証可
能な仮説が導かれる。
(* これは測定上の原理に根ざす問題で,
アジレント社の「クッキーカッター」アルゴリズムでも,あ
るいはアフィメトリクス社の「ミスマッチ」セルでも解決で
きない。)
標準化のための計算は三段階からなる。まず前述のバック
グラウンドを,ひとつのパラメーターで個々の数値を減ずる
図 6 パラメトリック法で標準化したデータ対から計算した例
データはシグナル強度に依存せず,ログレシオが正規分布
をする(図 6)。熱力学モデルからもこの性質は導くことがで
きるので,生物のもつ普遍的な性質であろう。この性質は,
データの解釈をする上で,たいへん便利である(評価の基準
に正規分布モデルを使うことができるからだ)。
図 5 モデルの検証
19
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2.広い範囲でデータが比較可能になる。
これは同一の RNA の組を使った繰り返し実験の結果なので,
原理的にはどんなチップのどんなデータも比較できる。また,
本来は高い相関が期待されるべき実験である。じつは 2 組あ
コントロール RNA が不要になる。一色法でもかまわないし,
った実験のうちの片方のハイブリダイゼーションにおける問
一枚のチップで,互いに無関係な実験のサンプルを測定して
題がこれを引き起こしたのだが,その問題は画像からでは発
もかまわない。新たに必要になるスパイクの試料などがない
見しにくい。あるデータ解析アルゴリズムは,こうした問題
から,以前におこなった測定を再解析することもできる。
が生じたとき,その逆相関している部分を削除するようにで
きているが,これは問題の隠蔽に他ならない。もちろんこの
ただし,次の要因によるバラツキは補正されない。そこで,
現象に気づかずに解析すれば,誤った結論を導くはずである。
測定を繰り返すなどの対策が必要になる。
スカイライト社はこの問題を発見して警告してくれるし,必
要ならデータ補正による救出も依頼できる。同社のサービス
○ スポット固有の感度の差
はアジレント社のチップや,あるいはアフィメトリクス社の
同じ生物の同じ遺伝子でも,設計の異なる配列のスポット
GeneChip だけでなく,国内外のチップメーカーの製品に対応
間では,感度差が残ることになる。これを補正するためには
している。また,GeneSpring などのパッケージに対応した数
ある程度のデータ数が必要になるだろう。
値の返し方をオーダーすることも可能である。
○ 掛け算的ノイズ
チップ上にスポットされた DNA 量にバラツキがある場合は,
同一スポット間でも感度差が生じる。こうした感度差は,チ
ップ上で DNA 合成をするタイプの製品で,大きくなるようだ。
これは測定を繰り返すか,2 色法で測定するかで対応する。
また,ハイブリダイゼーションのムラや,色素の退色による
ムラも,こうしたノイズの原因になる。チップ表面が疎水性
であるタイプの製品で,この問題が生じやすいようだ。
図 7 は同一の RNA を,二枚のチップを用いてダイスワップ
測定した結果がどのような違いをもたらすかを,チップ上の
位置によって再現したものである。各色の巾は約 1.1 倍の違
いを示している。ほとんどの部分で良好な再現性が得られて
いるが,セクター状にチップの位置による差が生じている。
これはチップ作製時の製品のばらつきが原因であると考えら
れる。
図 8 逆相関データの混在
参考
文献情報や,もう少し詳細な説明は,私の HP を参照されたい。
http://www.akita-pu.ac.jp/bioresource/RESC/biof/konishi/index.htm
(株)スカイライト・バイオテック社の URL
http://www.skylight-biotech.com/
図 7 チップ作製時に起因するノイズ
Ⅳ.始めるには
現時点でこの方法を扱うプログラムパッケージはない。し
かし,(株)スカイライト・バイオテック社が行っている標
準化サービス SuperNORM を利用することができる。データ
を送付しなければならないが,同社に蓄積したノウハウにも
とづく,実験上のあるいは解析上のアドバイスを受けられる
という特典がある。
たとえば,オンチップ合成タイプのチップは,図 8 のよう
な「相関と逆相関が入り混じった」データを生ずることがある。
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編集後記
おかげさまで,特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」ニュースレターも,第
2 号を発行することができました。お忙しい中,原稿を執筆していただいた皆様には,この場を借りて
厚くお礼申し上げます。テクニカルノートでは,本特定領域でトランスクリプトーム解析拠点を担当さ
れている基礎生物学研究所の林先生と,秋田県立大学の小西先生に,DNA マイクロアレイに関する解
説をお願いいたしました。これからマイクロアレイを用いた研究を開始される方には,とても参考にな
ると思います。また本号では,本領域・領域アドバイザーである,名古屋大学名誉教授の赤澤堯先生と
大阪大学名誉教授の柴岡弘郎先生のお二方からのご寄稿をいただきました。感銘深いエッセイをいただ
き,大変感謝しております。
次号は来年 1 月頃発行の予定です。次号からは,本年度より本特定領域研究に参加された公募班員の
方からのご寄稿も掲載する予定ですので,ご期待ください。関連集会などに関する情報については随時
受け付けております。掲載ご希望の情報をお持ちの方は,編集部([email protected])
までご連絡ください。(西川)
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Plant
Organelles
Plant Organelles
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文部科学省科学研究費補助金 特定領域研究
「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」領域ニュース
編集人 西川周一
発行人 西村幹夫
発行所 特定領域研究「オルガネラ分化」事務局
〒 444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中 38
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
電話:0564-55-7500 FAX:0564-55-7505
e-mail : [email protected]
ホームページ:http://www.nibb.ac.jp/organelles/
印刷(有)
イヅミ印刷所
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