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ぼやけによる視力低下に強いユニバーサルデザインフォント開発(1) -

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ぼやけによる視力低下に強いユニバーサルデザインフォント開発(1) -
ぼやけによる視力低下に強いユニバーサルデザインフォント開発(1)
--明朝体、ゴシック体、ユニバーサルデザイン書体の可読性の比較-中野 泰志1、山本 亮1、新井 哲也1、井上 滋樹2、林 久美子3、高田 裕美3、半田 藍
3
2
1 慶應義塾大学、〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1
株式会社博報堂、〒107-6322 東京都港区赤坂5-3-1 赤坂Bizタワー
3 株式会社タイプバンク、〒160-0015 東京都新宿区大京町29-302
アブストラクト
フォントの有効性を検証するためには、可視性と可読性を考慮しなければならない。本研
究では、様々な視力のユーザに見やすく、かつ、読みやすくなるように設計された新しいユ
ニバーサルデザイン(UD)フォントを実験的に評価した。私達は、日本版MNREADの原理に基
づき、フォントの可読性を、ボヤケシミュレーション(視力0.2,0.3,0.5)で評価した。そ
の結果、従来のフォント(明朝体、ゴシック体、従来のUD書体)よりも新しいUDフォントの
方が可読性が高いことがわかった。
キーワード
視覚障害; ロービジョン; フォント; 読書; 可読性
1.はじめに
近年、ユニバーサルデザイン(UD)という名称のフォントが増えてきた。UDという名前が
つけられている理由は、誤認を防ぐためのデザインの工夫やユーザによる検証が行われてい
るからである。しかし、誤認事例等をどのように収集するか、どのような方針でデザインを
修正するか、修正したデザインの適切性をどのように評価するかに関する方法論は確立され
ていない。特に、ユニバーサルデザイン(UD)を表明するためには、様々なユーザを想定し
てデータを集めることや実証データに基づいてデザインを変更し続けるというスパイラルア
ップの設計プロセスが必要である。そこで、我々は、科学的エビデンスとユニバーサルデザ
インの設計理念に基づいたUDフォントの開発プロセスを提案した。また、この開発プロセス
に基づき、従来のフォントと比べて、ぼやけによる視力低下に強い新たなUDフォントを試作
した。本報告は、これら一連の研究の一部である。
2.UDフォント開発に必要なプロセス
フォント開発においては、a)どのようなユーザを対象として想定するか(対象)とb)どの
ような用途での利用を考えるか(機能)とを決定しなければならない。フォントを見る対象
としては、対象者の言語・文化、視機能等の身体機能、知能等の精神機能等の特性を考慮す
る必要がある。また、フォントの機能としては、誘目性(目を引きつけやすいかどうか)、
可視性(判別しやすいかどうか)、可読性(読みやすいかどうか)、印象性(印象に残りや
すいかどうか)等を考慮する必要がある。
通常のフォントは、その言語を母国語とする晴眼者を対象に、デザイナー主導で重視する
機能が決められることが多いと考えられる。しかし、UDフォントを開発する場合には、適応
対象を増やし、より重要な情報を伝達できるようにデザインする必要がある。適応対象を増
やすためには、現在、文字による情報伝達に困難を感じているのは、どのような人達や場面
であるかを考える必要がある。フォントによって最も困難を感じているのは、病気や事故等
で視機能に障害を受けたロービジョン者や加齢によって近距離でのピント調節が困難な人が
考えられる。また、眼鏡やコンタクトレンズで矯正可能だが、入浴等の理由でそれらを外し
て活動しなければならない場面もあり得る。したがって、UDフォント開発においては、より
低視力の人にも適応可能にする必要がある。次に、フォントの機能の中で最も重視すべき機
能を考える必要がある。フォントは案内や広告等の情報をより効率的に伝達する目的で利用
される。この情報伝達において最も中核的な機能は、個々の文字の判別しやすさ(可視性)
と文章になったときの読みやすさ(可読性)である。したがって、UDフォント開発において
は、可視性と可読性を確保する必要がある。そこで、本研究では、低視力を含めた様々な視
力の人達にとって、高い可視性と可読性をもつ書体をUDフォントの第一ステップと位置づけ
て、開発を行った。なお、新UDフォントの試作は、以下の手順で行った。
(1) 誤認状況の明確化:誤認事例を収集する際、どのような人がどのような場面で誤認を起
こしたかを明確にする必要がある。我々は、ビジネスや教育における誤認事例を分析した結
果、a)カタログ等の型番を判断する場面、b)マニュアルや教科書等のある程度以上の長さの
ある文章を読む場面を対象とすることにした。また、疾病等によるロービジョン、加齢によ
る老眼、眼鏡等が利用できない場面を考慮し、視力が低い人を対象者にすることにした。
(2) 誤認事例の系統的な収集:誤認事例を系統的に収集するために低視力をシミュレートす
る様々な方法を用い、各種フォントの観察・比較を行った。なお、低視力シミュレーション
による観察には、フォントデザインを行う全員が立ち会った。
(3) 誤認を減らすデザイン方針の確立:デザイナーによる低視力シミュレーションでの観察
結果に基づき、従来のフォントをどのように変更する必要があるかに関する議論を行い、デ
ザインの方針を立てた。
(4) フォントのデザイン:上述の方針をデザイナー全員が共有し、フォントをデザインし
た。
本研究は、上述の(1)から(4)の過程を経て作成した試作版UDフォントの評価実験である。
なお、今後、評価結果に基づいたデザインの変更方針を決定し、修正後の再評価を実施し、
スパイラルアップの終了判断を行った上で、最終的なUDフォントの完成とする計画である。
3.ぼやけシミュレーションによる明朝体、ゴシック体、ユニバーサルデザイン書体の可
読性比較実験
3.1
目的
フォントの有効性を検証する場合には、岡田(1975)が指摘しているように可視性と可読
性を考慮する必要がある。可視性に関しては岡田(1975)や小田ら(1993)等による研究が
あるが、可読性に関しては文章の難易度の制御や文長等の条件が複雑であるため、研究が少
ない。本研究の目的は、フォントの可読性に関して、国際的に最も用いられている標準化さ
れた読書検査であるMinnesota Low Vision Reading Test(MNREAD acuity charts;Legge
et al., 1989)の日本語版MNREAD-J(小田ら, 1989)の原理を用いて検証することである。
3.2
方法
3.2.1
概要
実験では、20歳代から30歳代の成人を対象に、4種類のフォントについて、MNREAD-Jを用
いて文章として効率的に読むことができるかを検証した。検証では、低視力シミュレータを
通して観察した際、どこまで視力の低下に耐えうるかを評価した。比較したフォントは、標
準的な明朝体(以下、明朝)、ゴシック体(以下、ゴシック)、従来のUDフォント(以下、
従来UD)、そして、今回試作したUDフォント(以下、新UD)である。試作したUDフォント
は、ぼやけによる低視力シミュレーションでの観察・実験や拡大教科書の作成者・利用者に
対するヒアリングに基づいてデザインしたフォントである。ロービジョン者が混同しやすい
「ソ」と「ン」や「6」と「4」のように形状の似た文字を判別しやすくしたり、濁点・半
濁点を判別しやすくしたりする等の配慮に基づき、フォントデザイナーがデザインを担当し
て試作した。なお、標準化されたMNREAD-Jのフォントは明朝体であるが、本実験では、開発
者である小田浩一氏の了解を得て、他のフォントで同様のチャート(フォントによって文章
の内容は変更)を作成した。なお、本研究は、人を対象とする研究が世界医師会ヘルシンキ
宣言及び関係学会が定める倫理綱領及び諸規則等の趣旨に則って倫理的配慮に基づいて適正
に行われることを管理・審査する「慶應義塾総合研究推進機構研究倫理委員会」で承認を受
けた上で実施した。
3.2.2
装置
読書効率の測定には半田屋製小田氏読書チャート(MNREAD-J)を、視力測定には半田屋製
ログマ-近点視力表を用いた。視力低下をシミュレーションする方法として、Legge et al.
(1985)やNakano et al.(2007)と同様に高周波数成分から連続的に減衰させる特殊なフ
ィルター(ライオン製無反射ガラス)を用いた。実験でシミュレーションした視力は0.2、
0.3、0.5であった。視認距離を厳密に制御するために、MNREAD-Jを設置する提示台(アシス
ト製チェインジングボード)と実験参加者の顔を固定するあご台を使用した。
3.2.3
手続き
実験は、MNREAD-Jの標準的な検査方法に準拠して実施した。検査距離は30cm、視標平均輝
度132cd/m2、平均照度528lxであった。実験参加者の課題は、提示された文章を、できるだ
け早くかつ間違えないように音読することであった。音読した内容はICレコーダーに記録し
た。参加者は1つの視力条件において4種類のフォントで作られたMNREAD-Jの読み上げを行
った。フォントの提示順はランダムであった。各視力条件について10名の実験参加者の協力
を得た。
3.2.4
実験参加者
実験参加者は、インフォームドコンセントを受け、研究への参加を承諾した20歳代から30
歳代(平均年齢28.5歳、標準偏差6.79歳)の成人30名であり、男性15名、女性15名であっ
た。視力はいずれも1.0以上(矯正含む)であった。
3.3
結果・考察
ICレコーダーの記録から、各条件の読み上げ時間、誤答を算出し、文字サイズと読書速度
の関係を図にプロットした(代表的なデータを図1に示した)。そして、MNREAD-Jの標準的
な分析手続きに基づき、a)最大読書速度(文字サイズが最適なときに読める最大速度)、b)
臨界文字サイズ(最大読書速度を保つことができる最小の文字サイズ)、c)読書視力(読書
可能な最小の文字サイズ)を「マルチプラットホーム対応Flash版分析プログラム MNJA ver
1.0!(http://www2.aasa. ac.jp/people/hkawash/mnja1/mnja1.html)」を用いて算出し
た。
図1
実験参加者A(視力0.2条件)における文字サイズと読書速度の関係
図2から図4は、条件ごとの平均最大読書速度、平均臨界文字サイズ、平均読書視力であ
る。また、最大読書速度、臨界文字サイズ、読書視力について、視力条件(0.2/0.3/
0.5)×フォント条件(明朝/ゴシック/従来UD/新UD)の2要因分散分析を行った。以
下、3つのインデックスに関する結果を示す。
(1) 最大読書速度
最大読書速度に関する分散分析の結果、フォントの主効果(F(3,81)=18.15, p<.001)の
みが有意であった。各フォントの最大読書速度は、従来UD(348.04文字/分)、新UD
(329.62文字/分)、ゴシック(329.07文字/分)、明朝(309.91文字/分)の順で速かっ
た。多重比較(Ryan's method)の結果、従来UDが明朝、ゴシック、新UDより有意に速く
(t(29)=7.38, p<.001、t(29)=3.67, p<.001、t(29)=3.56, p<.001)、新UDが明朝より
(t(29)=3.81, p<.001)、ゴシックが明朝よりも有意に速いことがわかった(t(29)=3.7,
p<.001)。
図2
フォントごとの視力と最大読書速度の関係
(2) 臨界文字サイズ
臨界文字サイズに関する分散分析の結果、視力(F(2,27)=102.83, p<.001)とフォントの
主効果(F(3,81)=5.21, p<.01)が有意であった。フォントごとの平均は新UD
(0.54logMAR)、明朝(0.55logMAR)、従来UD(0.58logMAR)、ゴシック(0.6logMAR)の
順(図3)で、視力が低い程、臨界文字サイズが大きくなることがわかる。フォント条件に
関する多重比較の結果、新UDがゴシックと従来UDよりも(t(29)=3.6, p<.001、t(29)=2.4,
p<.05)、明朝がゴシックよりも有意に臨界文字サイズが小さいことがわかった(t(29)=2.8,
p<.001)。新UDが最も小さな文字で最大読書速度を保つことが可能であるといえる。
図3
フォントごとの視力と
臨界文字サイズの関係
(3) 読書視力
読書視力に関する分散分析の結果、視力(F(2,27)=126.12, p<.001)とフォントの主効果
(F(3,81)=4.34, p<.001)が有意であることがわかった。読書速度のフォントごとの平均
は、新UD(0.38logMAR)、ゴシックと従来UD(0.39logMAR)、明朝(0.4logMAR)の順(図
4)で、視力が低い程、読書視力が高くなる、つまり文字を大きくしないと読めないことが
わかった。フォントに関する多重比較において、新UDが明朝、ゴシック、従来UDより有意に
読書視力が高いことがわかった(t(29)=3.59, p<.001、t(29)=2.02, p<.001、t(29)=2.0,
p<.001)。したがって、新UDが最も小さな文字で文章を読むことができるといえる。
図4
フォントごとの視力と読書視力の関係
以上より、UDフォントは、明朝体やゴシック体と比較して、可読性が高いことがわかっ
た。また、同じUDフォントでも、今回試作した新UDの方が従来UDよりも臨界文字サイズや読
書視力が高いことがわかった。ただし、最大読書速度においては従来UDの方が新UDよりも速
く読めるという結果が得られた。本研究ではフォントごとに文章の内容を変更したので難易
度に違いがあったためなのか、それとも、臨界文字サイズや読書視力と最大読書速度は独立
と考えるべきなのかについては、さらなる検討が必要である。
4.文献
Legge,G.E., et. Al. (1985). Psychophysics of Reading I --Normal Vision--. Vision
Research, 25, 239-252.
Legge,G.E., et al. (1989). Psychophysics of Reading VIII --The Minnesota Low
Vision Reading Test--., Optometry and Vision Science, 66(12), 842-853.
Nakano, Y., et al. (2007). Developing an Evaluation System for Legibility as a
Universal Design Tool, The 2nd International Conference for Universal
Design,in Kyoto 2006 Proceedings, 1075-1082.
小田浩一ら (1993). フォントの見やすさ--視力低下がある場合, 標準的な3つの書体は
どれが一番読みやすいか?-- 第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,
50-53.
小田浩一ら (1998):ロービジョンエイドを処方するための新しい読書検査表 MNREADJ、第7回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集、157-160.
岡田明 (1975). 可視性ならびに可読性要因の弱視児の読みに及ぼす影響. 教育心理学研
究, 23(3), 165-169.
謝辞
本研究を実施するにあたり、東京女子大学の小田浩一氏にMNREAD-Jの文章利用に関するご
許可をいただきました。また、株式会社博報堂ならびに株式会社タイプバンクとの共同研
究、文部科学省科学研究費(課題番号:19330213、22330261)、文部科学省平成21年度発達
障害等に対応した教材等の在り方に関する調査研究事業委託研究から研究費の補助を受けま
した。
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