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大競争時代の新たなビジネス
シリーズ 10 年後の産業像 6 交通産業 大 競 争 時 代 の 新 た なビ ジネス 0 概論 新技術視点 からの 未来シ ナリオ 総論:交通産業を巡る 市場環境変化 ポイント・マイルを活用した CRM P.04 02 2 1 200706 10年後の産業像 P.06 生活者・ユーザー視点からの未来シナリオ 地方部における 新たな交通のかたち P.08 さまざまな業界で規制緩和が進められているが、交通産業も例外ではない。 2000年代初頭には、運輸部門で相次いで規制緩和が行われ、 鉄道、航空、バス・タクシー、貨物トラックのそれぞれのマーケットで、 市場導入と運賃設定について一気に自由化の流れが加速し、 さまざまなサービス競争が生じている。 今号では、新技術という視点からは「ポイント・マイルを活用したCRM」、 生活者・ユーザー視点からは「地方部における新たな交通のかたち」、 国際競争力視点からは「交通の『日本流』」について取り上げるとともに、 「楽しむ移動」という視点から新たな交通ビジネスについて探る。 社会システム研究本部 3 4 コーディネーター 副本部長 長澤光太郎 執筆者 主任研究員 深山 剛 主任研究員 国際競争力視点 からの 未来シ ナリオ 交通の「日本流」は 海を越えられるか 他業界視点 からの 未来シ ナリオ 楽しむ移動、素敵な交通 池田朋広 主任研究員 宮本 恭 研究員 岩崎亜希 P.10 P.12 10年後の産業像 200706 03 2000年を前後してなされた規制緩和と市場化の動きは、先進国共通のトレンドで 0 point あった。 わが国の交通産業では規制緩和後、 さまざまなサービスが生まれたが、 ゆり戻 しも起きている。 この次の10年でいよいよ勝ち組と負け組の決着がつくのではないか。 概論 その後 1992 年の欧州統合を経て、EU 域 交通市場の規制緩和と市場化 交 通 産 業 を 巡 る 市 場 環 境 変 化 規 制 緩 和 ・ 市 場 化 と 、 競 争 か ら 決 着 へ の 10 年 や規制緩和を進めることが EU 加盟のた 2000 年代初頭、わが国の運輸部門で これは欧州の交通産業にも同じように 年 3 月の鉄道事業法改正、同年 4 月の航 適用されて、自国の鉄道に他国の鉄道会 空法改正、2002 年 2 月の道路運送法改正、 社が参入するケースさえもある。例え話 2003 年 4 月の物流二法改正である。これ として言えば、 「東京の山手線を韓国の ら一連の規制緩和により、鉄道、航空、 鉄道会社が運営している」というような バス・タクシー、貨物トラックのそれぞ 姿も欧州では見られる。 れのマーケットで、市場参入と運賃設定 について一気に自由化の流れが加速した。 これらの動きに先んじて、NTT に続く 官業民営化の走りとして、1987 年に国 深山 剛 わが国の交通産業では、規制緩和の後、 さまざまなサービス競争が生じている。 2004 年には成田空港公団が民営化され、 まず国内航空では新規参入航空会社が その後も小泉内閣の強い意向によって 現れ、大手航空会社に価格競争を挑んだ。 2005 年、道路公団が民営化されるに至っ 迎え撃つ大手航空会社は、運賃値下げで たのは記憶に新しいところである。 対抗したり、マイレージサービスでの顧 このような 2000 年を前後して起きた 客囲い込みをしたり、グレードの高い座 急速な交通産業を取り巻く規制緩和と 席の提供などの新サービスを導入したり 市場化(民営化)の流れは、世界の先進 してサービスを競った。 JR や民鉄(民間鉄道会社)では「Suica・ Pasmo」や「スルッと KANSAI」のよう アメリカでは、1978 年に成立した航 な IC カードを導入して、利便性の向上を 空会社規制緩和法によって、参入と価格 図った。一部路線であるが運賃を下げる に関する厳格な経済的規制を受けてきた 動きもあった。 産業がほぼ完全に自由な産業に変化した。 バスではトラックやタクシー会社など この動きは、その後先進国で進められた 異業種から参入が生じた。運賃もワンコ 交通、電気通信、金融などさまざまな分 インバスが出て利用者にとって利便性が 野の規制緩和のさきがけとなった。 増し、また自治体の運営する路線を民間 欧州では、まずイギリスでサッチャー 政権の市場化路線によって 1980 ∼ 90 年 代に官業の民営化や PFI などが進展した。 04 規制緩和後に出現した 新たなサービス 鉄民営化がなされ、JR が誕生している。 ていた。 主任研究員 めのルールのひとつとされた。 は相次いで規制緩和がなされた。2000 国における同様の動きと連動して生じ 社会システム研究本部 内をひとつのマーケットとして、市場化 200706 10年後の産業像 が受託する形態も発達した。 タクシーではそれまで一律であった料 金に差異が生じるようになり、最近では カード会員を募って優先的に配車をした 土交通省はもっと横断的に、事業者に対 り、ポイント・マイル交換で顧客を囲い する安全マネジメントの実施を促すこと 込んだりと、競争が激化している。 となった。このように、安全安心を求め る国民の声を反映して、規制強化される 部分もある。 ポスト規制緩和のトレンド 急速な規制緩和、市場化にはゆり戻し がある。企業の寿命 30 年説は有名だが、 10年後に決着がつく? 鉄道経営 40 年説というのもある。日本 2000 年前後の規制緩和・市場化から の鉄道は 1906 年には国有化、1949 年に 10 年あまりが経過し、競争が進む一方で は公社化され、1987 年に民営化された。 ゆり戻しの部分も明らかになってきた。 40 年後の 2020 年代にまた国有に戻ると 次の 10 年は、規制緩和や市場化で誕 いうことはさすがにないだろうが、どん 生したさまざまな事業の勝敗に決着がつ な組織形態でも 30 ∼ 40 年経てば、制度 いていくのではないだろうか。そして、 疲労は起きるものである。 そのトレンドは、各論で述べるようにIT化、 実際、最近の交通分野では民営化・市 場化とは逆の「公営化」の動きも出ている。 各論で話題提供するテーマのひとつに、 顧客志向化、グローバル化の 3 つのキー ワードで説明できるかも知れない。 忘れてはならないのは、アジアレベル 地域交通における新たな運営形態の紹介 のスケールで見れば、交通は大変な成長 があるが、民間では採算が取れず廃止に 産業であるということである。IATA(国 直面した交通事業について、公共側ある 際航空運送協会)は、アジア地域の人流 いは住民自らが供給に責任を持って運営 は今後 10 年で 2 倍になると予測している。 しようとする新たな形態が生じている。 膨れる市場と緩和された規制、激しい競争。 一方、尼崎の鉄道事故や航空における 今後は「決着のつく」10 年になる。 整備ミスなどが相次いだことを受け、国 2000年を前後して生じた交通部門における規制緩和・市場化の動き 規制緩和 航空 2000.4 航空法改正 ● 日 本 鉄道 2000.3 鉄道事業法改正 参入:路線ごとの免許制か ● ら事業ごとの許可制へ ● 参入:需 給 調 整 規 制 ● 廃止 運賃:許可制から事前届け 出制へ ● 参入:免許制から許可 貨物トラック 2003.4 物流二法改正 ● 参入:営業区域規制の ● 運賃料金:事前届け出 制へ 運賃:許可制から上限 価格制へ 民 営 化 ● 運賃:多様な運賃設定 が可能に 廃止 制へ 1987.4 国鉄分割民営化、JR誕生 2004.4 成田国際空港株式会社誕生 2005.4 道路公団民営化 アメリカ ヨーロッパ 1978 航空会社規制緩和法 世 界 バス・タクシー 2002.2 道路運送法改正 先進国における規制緩和の流れの形成 1980∼90年代 民営化・市場化 1992 EU成立(マーストリヒト条約) EUを単一市場とみた市場化の進展 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200706 05 航空や鉄道に続き、今やタクシー業界でも導入されているポイントサービスは 1 point 多様な業界を巻き込んで進展している。道路会社の参入動向も注目され、 相関図は今後も変化しながら顧客の囲い込みが進んでいくだろう。 新技術視点 からの 未来シ ナリオ 年 2 月現在、全国 220 社 5,000 台が加盟、 規制緩和とタクシー業界 ポ イ ン ト ・ マ イ ル を 活 用 し た C R M 航 空 、 鉄 道 を 中 心 と し た 連 携 に 道 路 が ど う 絡 む か ※ 利用会員は約 20 万人となっている。 このサービスプログラムでは、得タク 道路運送法の改正により 2002 年 2 月 カードに加入すると、運賃の 3%がポイ からタクシーの需給調整規制が廃止され、 ント還元される、また契約クレジットカー タクシー業界は競争の時代に突入した。 ドでの支払いでは運賃の3%が値引きと それまでは需給調整によりタクシー台数 なる、現金支払いでは航空会社のマイレー にほとんど変化がなかったが、2001 年 3 ジが 100 円につき 1 マイルたまる、など 月末に 25 万 6,000 台だったタクシー台 の特典が得られる。 数は、2005 年 3 月末には 27 万台に増加 している。 規制緩和によりタクシー業界に競争が 大手タクシー会社でも同様に、航空会 社のマイレージがたまるサービスや、会 員サービスによる顧客の囲い込みを行っ 生まれ、5 年が過ぎた。タクシー台数が ている。各社とも、 「流すだけ」 「待つだけ」 このまま増加し続けることはないだろう。 から「選ばれる」会社になるために、必 10 年も経たずして、もとの 25 万台、あ 死にアイデアを絞っており、このアイデ るいはそれ以下に減少しているかもしれ ア勝負は、ますます重要になってくるだ ない。言うまでもなく、お客様に選ばれ ろう。 たところが残り、そうでないところは市 場から退場する。一方で、お客様に対す るサービス水準は、規制緩和前よりも確 実に向上しているだろう。 ポイント・マイル交換で業種を超えた 顧客囲い込みが進展 各社が発行しているポイント・マイル は多数あり、また相互に交換を可能とし タクシーに乗ってポイント・マイルが たまる「得タク」 社会システム研究本部 主任研究員 池田朋広 06 ているケースは日に日に増加している。 その相関関係は、今や網の目のように絡 こうした競争化においては、他社との まっており、その関係をわかりやすく整 差別化、顧客の囲い込みが活発化してくる。 理した WEB サイト(ポイ探:http://www. 規制緩和の翌年、2003 年から中小の poitan.net/)やポイント・マイル交換の タクシー会社支援事業を行う(株)キャ 中継を行うビジネス(Gポイント、ネット ブステーションは、タクシーに乗るとポ マイル)も立ち上がっているほどである。 イント特典を得られる「ポイントキャブ」 ポイント・マイルの代表格である航空 を開始し、2006 年 3 月からは同サービス 会社のマイレージは、さまざまな業界を をバージョンアップしてポイントやマイ 巻 き 込 ん で 進 展 し て い る 。さ ら に 、 レージがたまり、クレジット決済もでき 2,000 万人近い利用者をもつ JR 東日本の る「得タク」サービスを開始した。2007 「Suica」など鉄道会社の電子マネーもそ 200706 10年後の産業像 の利用者の多さからポイント・マイル相 関図の中心といえよう。 (東日本・中日本・西日本高速道路(株) ) などの道路会社の動向が注目される。有 図表に示したのは、航空、鉄道などの 料道路の収入は NEXCO3 社だけで約 2 交通系を中心としたポイント・マイルの 兆円、そのうち約 65%が ETC を利用し 主な提携関係の一部である。すでに、交 ている。ETC ユーザーは 2007 年 4 月現在 通産業の提携先は多様な業種にわたって 1,700 万人おり、登録することにより おり、もはや1社で顧客を囲い込むので ETC マイレージサービスを利用すること はなく、さまざまな業種と連携して顧客 ができる。この ETC の力は、その市場規 を囲い込んでいこうということである。 模、現時点での利用者数の多さだけでも、 ※ CRM:Customer Relationship Management 現在のポイント・マイル相関図の勢力を 最後の巨人、 道路会社はどう動く 塗り替えるインパクトがあるが、2 ∼ 8 円/ポイント(4 ∼ 16%)と非常に高い これだけ業種横断的に利用者サービス 還元率も注目に値する。 向上に熱心に取り組めば、人口減少化の 道路会社が、民間のサービス業として わが国にあっても、一定の需要を掘り起 本格的に機能し始めたのは 2006 年から こすことは可能だろう。無論、この乱立 である。まさに「これから」であり、 「旅 したポイント・マイルの状況下では、利 の楽しさ」や「目的地におけるホスピタ 用者側も個々の嗜好にあわせて利用する リティ」など自社だけでは賄いきれない カード(=会社)を選別していくことに 部分を戦略的に業種間連携していくこと なっていくに違いない。また、より大き が考えられる。これにより、ポイント・ な成功を目指して、さらなる連携が次々 マイル相関図が大きく書き換えられてい と実現されることになろう。 くとともに、利用者サービスはさらに向 その中で、民間会社となった NEXCO 上していくことになろう。 ポイント・マイル相関図(一部) タイムズ JOMO ヤフー 小田急 JAL 東急 JTB 東京メトロ ビューカード ローソン PASMO 首都圏 ビックカメラ 楽天 nanaco Suica JRグループ TSUTAYA ICOCA Edy アイワイカード 関西圏 マツモトキヨシ PiTaPa ANA 出光 新日石 ヤマダ電機 高島屋 矢印の方向に 交換可能 電子マネーとして 相互利用可能 相互に交換可能 電子マネーとして 利用可能 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200706 07 今後、著しい人口減少等が予想される地方部では、一見、交通産業は縮小しそう 2 point だが、地域住民を主体とする新たな取り組みが少しずつ始まっており、知恵とやり 方次第では新たなビジネスチャンスを見いだすことも可能である。 生活者・ユ ー ザ ー 視点 からの 未来シ ナリオ 地 方 部 に お け る 新 た な 交 通 の か た ち 厳 し い 市 場 環 境 に も ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス あ り るわけにはいかない。このため、特に地 地方部で深刻化する 人口減少・高齢化と交通への影響 わが国の総人口は2005年より減少に転 じており、今後、少子高齢化とともに人 口減少も本格化することが予想されている。 また、人口減少と高齢化の進展は、大 宮本 恭 08 をこれまで行ってきた。 しかし、近年は、財政再建団体に転落 した夕張市に代表されるように、地方自 治体自身の財政基盤が危機に瀕している。 地方交付税の削減等に伴う地方自治体の は当面人口減少を免れるのに対して、地 深刻な財政状況からすると、行政から地 方部では人口減少も高齢化も既に深刻な 方交通事業者への支援はもはや限界に達 問題となりつつある。国立社会保障・人 しつつあるといえる。 口問題研究所の推計(図表)によると、 こうして、3 セク鉄道の廃業等が相次 老年人口(65 歳以上)割合 30% 以上の ぐなどの厳しい経営環境はこれからも続 市区町村が2015年には過半数を超えるが、 くと考えられるが、今後の地方部の交通 この大半は地方部の市区町村である。 事業は、本当に存続不可能なのだろうか。 このような地方部の人口減少・高齢化は、 交通産業に対して、大幅な需要の減少を もたらすと考えられる。 地方交通に見られる 新しい事業の兆し 極めて厳しい状況にあるものの、わが 地方部における交通産業の危機と 財政支援の限界 国の地方部において、存続・新設する交 通事業の例が少しずつ見られるようになっ ている。 今後の人口減少や高齢化がもたらす公共 以下の 2 事例では、地域住民が立ち上 交通の需要喪失は、地方部における交通 がり、行政を動かして財政支援を引き出 産業の存立基盤を崩すものであり、既に す等により、事業への参入を助け、新し 現在でも廃業に追い込まれるローカル私 い事業の芽を出している。 鉄が散見される。最近では、例えば、 くり 主任研究員 地方自治体が交通事業者への多様な支援 都市部と地方部で格差があり、大都市部 これまでのモータリゼーションに加え、 社会システム研究本部 方部においては、財政支援を始めとして、 [南海貴志川線→和歌山電鉄貴志川線] はら田園鉄道(2007.3) 、鹿島鉄道(2007. 和歌山を起点とする貴志川線は、南海 3)、神岡鉄道(2006.11)、北海道ちほく 電鉄が撤退を表明したが、これに対して 高原鉄道(2006.4)、高千穂鉄道(2005.9 地域住民が立ち上がり、鉄道存続の住民 休止)、日立電鉄(2005.3)…等がある。 運動を起こしたことは、TV でも取り上 一方で、交通産業においては、市場性 げられた。これを受け、和歌山県、和歌 とともに公益性も重要な柱であり、採算 山市と貴志川町(現紀の川市)は貴志川 性がないからといって、簡単に撤退させ 線存続で合意し、事業の引き継ぎ先を公 200706 10年後の産業像 募した。この際に、県と市町は用地取得 及びその補助、施設整備補助等で支援す ることとした。 のビジネスチャンスが生じている。 こうした制度を背景として、フランス を始めとする欧州には、コネックス社(現 選定の結果、岡山電気軌道が事業を引 ヴェオリア・トランスポール)のように き継ぐこととなり、2006 年 4 月からは同 数ヵ国で交通ビジネスを展開する民間企 社が設立した和歌山電鉄として運行され 業が存在する。なお、この企業は、既に ることになった。 日本進出も検討の視野に入れており、岐 [住吉台くるくるバス(神戸市)] 神戸市住吉台地区は、バス等の公共交 阜市の路面電車事業の引き受け表明が新 聞等で報道されたことがある。 通が近くにない上に、途中に 300 段もの 階段があり、多くの住民が不便な暮らし わが国の地方交通の10年後 を強いられていた。このため、地元住民 と NPO 法人コミュニティ・サポートセ 以上のとおり、国内事例やフランスの ンター神戸が協力し、自分たちの手で路 事情を見てくると、人口減少等による市 線バスの開設を実現した。 場縮小のため撤退が進むと懸念されるわ 開設までの過程では、バス運行の社会 実験を行ったほか、東灘交通市民会議を が国の地方交通においても、新たなビジ ネスチャンスがあることがわかる。 開催するとともに、運行ルートやバス停 一方、欧州には世界中の交通ビジネス の位置などの現地確認で行政等との調整 を狙っている企業もあり、わが国に進出 を続けた。そして、最終的に運行事業者 する可能性も十分にあるので、国内の企 を神戸市内のバス会社に決定し、2005 業はうかうかしていられない。 年 1 月より「住吉台くるくるバス」が運 行を開始した。 なお、本事例では、事業に対する市の 補助は投入されていない。 そこで、10 年後の厳しい市場環境を前 提にしても、地域住民が「他人任せにせず」、 事業者が「知恵を絞って見極めつつ、や る気を出し」 、行政を含めた三者が「協力・ 連携して」いけば、地方交通もサステイ フランスにおける交通ビジネス ナブルな事業となっていくのだと考えら れる。 一方、フランスでは、市町村が、都市 内の公共交通の独占的権利を持つ代わり 人口規模・老年人口割合別市区町村数(2000年、2015年) に、交通を運営しなければならないとい 人口規模別市区町村数 う市民に対する義務を負っている。ただし、 実際には、効率・ノウハウの理由から、 民間事業者が市町村と契約し都市交通を 運営している。 この両者の契約には補助金が盛り込ま 平成12年 722 832 956 659 76 (2000年) 22.2% 25.6% 29.5% 20.3% 2.3% 平成27年 910 757 849 650 79 (2015年) 28.0% 23.3% 26.2% 20.0% 2.4% 0% 5千人未満 20% 5千∼1万人未満 40% 60% 1∼3万人未満 80% 3∼30万人未満 100% 30万人以上 老年人口割合別市区町村数 1 76 0.0% れており、事業者の収入は補助金+運賃 平成12年 967 1,651 550 (2000年) 29.8% 50.9% 16.9% 収入となる。なお、これはわが国の赤字 平成27年 76 (2015年) 2.3% 補填の補助金とは性格を異にするもので 0% 20%未満 1,363 1,405 42.0% 43.3% 20% 20∼30%未満 40% 30∼40%未満 60% 40∼50%未満 350 2.3% 51 10.8% 1.6% 80% 100% 50%以上 あるが、これによって、事業者にとって 資料:国立社会保障・人口問題研究所推計より三菱総合研究所作成 10年後の産業像 200706 09 交通のグローバルオペレーターという日本にはない業態が世界には存在する。 3 point 日本の鉄道会社や空港会社が「コア」として持っている経営の強みは、 「日本流」として海を越えることができるのだろうか。 国際競争力 視点 からの 未来シ ナリオ 交 通 の ﹁ 日 本 流 ﹂ は 海 を 越 え ら れ る か 鉄 道 、 空 港 、 港 湾 の グ ロ ー バ ル オ ペ レ ー タ ー と い う 業 態 交わすなどして、鉄道や路面電車(LRT)、 「日本流」が海を越えた トヨタとセブン・イレブン は、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリ 自動車販売台数が世界一となった。この アの合計 25ヵ国で事業を展開する。自治 うち約半数が、日本以外のトヨタの現地 体との契約により、都市全体の LRT やバ 法人などによって生産されているという。 スなどの路線ネットワークを構築し、そ セブン・イレブン・ジャパンは、2004 の運営を担う。あるいは、地元のバス会 年に中国・北京に初めて進出。2006 年末 社や鉄道会社を買収し、サービスを改善 現在で北京に 50 店舗、中国全体で 1,000 して増収を図るビジネスモデルを持つ。 店舗以上を構える。 トヨタのカンバン方式や、セブン・イ が存在する。BAA(イギリス空港会社)は、 もともとイギリス政府が出資する公団と と売れ筋把握のノウハウは、日本の国内 して、ロンドン・ヒースロー空港などイ マーケットの中から生まれて、国内競争 ギリス内の7つの空港を運営していた。 にさらされて鍛えられ、海を越えた。今 サッチャー政権の民営化政策を受けて や「カンバン方式」という言葉は英語と 1986 年に株式会社化した後、空港内の して定着し、アジア、アメリカ、ヨーロッ ショッピングモール事業を活性化させる パの各工場で現地雇用の社員が実践して などの手法で、空港運営ビジネスを確立 いる。セブン・イレブンの北京の店舗では、 した。BAA はその後アメリカに法人を設 「店員がお客に挨拶をする」という中国 立して、インディアナポリス国際空港の にこれまでなかったサービスと品揃えが 運営や、ピッツバーグ国際空港の商業施 大好評である。 設の運営を手がけている。 港湾ではコンテナターミナルの開発・ の部分は日本流のままに、そして現地化 運営を行う企業がある。香港を本拠地 すべき部分は現地化して世界のリーディ にする HPH(ハチソン・ポート・ホール ングカンパニーへと脱皮していったのだ。 ディングス)は東アジアを中心に 30 以 上の港でコンテナターミナルを運営して ローカルな交通を運営する グローバルオペレーター いる。2005 年には、日本円にして 2.8 兆 円もの売り上げを計上している。 日本にはない業態として、 「交通を運 このように本来はローカルな運営が主 営するグローバルオペレーター」という 体であった交通分野に、グローバルなオ 業態が世界には存在する。 ペレーターが参入するのが世界の潮流と 例えば地域交通では、自治体と契約を 10 空港運営にもグローバルオペレーター レブンの POS システムによる在庫管理 社会システム研究本部 深山 剛 のヴェオリア・トランスポール(フランス) 2007年1∼3月期、 トヨタの世界全体の トヨタやセブン・イレブンは、 「コア」 主任研究員 バスの運営を受託する企業がある。最大 200706 10年後の産業像 なっている。 交通の「日本流」 何が「コア」なのか? さて、交通のグローバルオペレーター 実は、交通運営の「コア」は、経営者 として、トヨタやセブン・イレブンのよ が当たり前の業務と思っているところに うな日本発の世界的リーディングカンパ あるのではないだろうか。例えば、現場 ニーが現れないのは、日本の交通オペレー の人員配置や作業分担作成、運行計画、 ターに世界に通用する実力がないからな 指令・管制業務、施設保守、教育・訓練、 のだろうか。否、国内マーケットで見れば、 商業開発との連携、IC カードの活用など わが国の交通サービスの水準は、質・量 など。 とも世界で群を抜いている。 交通運営は、何かひとつの特異なノウ ○新幹線の平均遅延時間は 1 分以下で、 ハウが強調されるというよりは、既存技 平常時は遅れないのが当然である。そ 術を集大成して、安全と信頼を顧客に提 もそも欧州の高速鉄道では 10 分程度 供するビジネスである。しかも最近は業 は統計上遅れとカウントされない。 務のマニュアル化や外注による契約化が ○成田空港の年間利用者数は約 3,100 万 進んで、個々の業務手順が文章化される 人と世界第 8 位、航空貨物の取扱高は など、これまで目に見えなかった会社内 世界第 2 位である(2003 年)。 のノウハウが明示化される傾向にある。 このような世界に誇るべきサービスを 横断的な業務調整能力と、マニュアル ビジネスとして提供するために、日本の 化された個々の業務のパッケージを「コ 鉄道会社や空港会社は何らかの事業の「コ ア」とみなして、海外でも使えるように ア」を持っているはずだ。ちょうどトヨ 加工できれば、もしかしたら交通の日本 タの「カンバン方式」やセブン・イレブ 流は海を越えられるかもしれない。 ンの「POS システム」のように。 交通のグローバルオペレーターの実力(売上高は2005年度) BAA 本拠地:イギリス※ 業 態:空港運営 売上高:22 億ユーロ (5,400 億円) 展開国:イギリス・アメリカ (参考)JR東日本 本拠地:日本 業 態:鉄道運営 売上高:2.6 兆円 展開国:日本のみ (参考)成田国際空港 本拠地:日本 業 態:空港運営 売上高:1,600 億円 展開国:日本のみ HPH ヴェオリア・トランスポール (旧コネックス) 本拠地:フランス 業 態:鉄道・LRT・バス運営 売上高:4,350 百万ユーロ (7,000 億円) 展開国:欧州各国・アメリカ・ オーストラリア 本拠地:香港 業 態:港湾ターミナル運営 売上高:1,800 億 HK ドル (2.8 兆円) 展開国:アジア・北米・ 中南米・欧州など ※ BAAは2006年スペインの建設会社フェロビアルを中心とするコンソーシアムに買収された。 資料:柴山多佳児「ローカルな公共交通サービスのグローバル化の現状と背景に関する研究」および各社HPより三菱総合研究所作成 10年後の産業像 200706 11 4 大競争時代に入った交通産業はサービスを競い合い、収益基盤を確保しようと point 必死である。市場環境は厳しいが「楽しむ移動」の需要増が素敵な社会への 道筋であり、事業経営の鍵にもなる。 他業界視点からの 未来シナリオ くりや、特別切符や楽しみ方の提案など 需要増のための 「増やし代(しろ)」 楽 し む 移 動 、 素 敵 な 交 通 交 通 需 要 の 増 や し 代 ︵ し ろ ︶ を 探 る 交通による移動には大別すると二種類 の仕掛けが重要となる。 いざな ○切符という仕掛けで旅に誘う 日常的に「つらい移動」が多くなる会 ある。一つは通勤地獄やとんぼ返り出張、 社員生活ではあるが、年 3 回「楽しい列 エコノミー症候群等の「つらい」移動で 車移動」の機会がある。2,000 円強の国 あり、もう一つは豪華客船や東海道中膝 内フリーパス「青春 18 切符(春・夏・冬休 栗毛等、移動の時間・空間自体を「楽しむ」 み限定)」である。1 日 1 枚、鈍行のみの 移動である。 制約はあるが、十人十色の物語を綴るこ 「つらい移動」は出来るだけ和らげ、 「楽 とができる。25 周年を迎えたこの切符、 しむ移動」を増やしたいもの。そんな観点 利用者の半数以上が 40 代以上(うち 2 割 から交通需要の「増やししろ」が見えて が 60 代以上)と、名前とは裏腹に中高年 くる。団塊世代をはじめ、余暇が増大する も多い。時間に追われる生活から解放さ 今後、 「楽しむ移動」の「増やししろ」は れて、悠々とした旅を求める人が増加す 限りなく大きい。実際、鉄道事業者は「楽 るのは必然ともいえる。 しい移動は増やししろが大きい」と気づ き、既にさまざまな仕掛けを行っている。 数字上も高齢者の旅客流動量は増加傾 向にあるが、元気な団塊世代の退職で、 さらにその数は増えるだろう。また、60 鉄道を楽しむ、仕掛け 才以上の首都圏居住者の旅行動態をみる と、鉄道と飛行機の分担率が逆転する 「なんにも用事がないけれど、汽車に 乗って大阪へ行って来ようと思う(内田 まさに「楽しむ移動」がテーマとなる部 百間『第一阿房列車』)」。百間先生なら 分である。IC カードによる相互乗り入れ ずとも、旅に出ると、その地で列車に乗 が可能となったこの時代、青春 18 切符 りたくなる。列車の中では、車窓から漠 の輪を全国の私鉄に広げてみるというの 然と外を眺める、席から席へと移動する、 も、面白いかもしれない。 売り子から軽食を買う、対面の人と目が 社会システム研究本部 研究員 岩崎亜希 12 500 ∼ 750km の範囲で需要増が見られる。 また「楽しい移動」の別の仕掛けとして、 合う。袖擦り合うも多少の縁、その一つ 今や中高年の旅の定番となった JR の「フ ひとつが交流を生むきっかけとなり、そ ルムーン夫婦グリーンパス」をはじめ、 の地域を体感することにつながる。 関連商品も続々と生まれている。鉄道の このように「自分次第」の側面が大き 「楽しむ移動」は、仕掛け次第でさらな い鉄道は、楽しみ方も自由自在。その楽 る需要創出が望める。目的地に行くため しみを支えるためには、移動空間、外部 に切符を買うのではなく、切符という仕 空間(眺め)、駅などの結節点の空間づ 掛けが人々を旅に誘うのである。 200706 10年後の産業像 アピールも重要である。従来鉄道ファ う自治体もある。まだ見ぬ「車窓百選」 ンのものだった「のりつぶし」企画も、 の候補地は日本中のいたるところにある。 最近では NHK の目玉企画となっている。 ○派生する楽しみ∼交通資源の活用 これらメディアによる「楽しい移動」の 「楽しい交通」と言えば、移動のみな アピールが浸透することで、人々を動かし、 らず、派生的な楽しみも存在する。例え さらに各自がひと味加えた楽しみ方を見 ば「駅」。通過点となりがちな駅も、 「駅 出していくのである。 ナカ」のように街としての「駅」や、今 ○きめ細やかな配慮∼車両空間の仕掛け や観光資源となった「行ってみたい駅」 移動を楽しいひとときに変える空間づ など、人々を魅了する要素を併せ持つ。 くりも重要である。豪華車両と良質なサー また、近代化遺産への注目が高まる中、 ビスというと、長距離列車の衰退の中、 廃線跡や廃駅舎なども重要な資源となり 善戦中のトワイライトエキスプレス等が 得る。米国チャタヌーガでは、1909 年設 あるが、それだけではない。グッドデザ 立の旧駅舎がホテルに改装され、観光資 イン賞にも輝いた 800 系新幹線「つばめ」 源となっている。国内でも、廃線跡をた は、日本の伝統美とイ草や山桜など沿線 どり、郷土史を学ぼうという動きがある。 の素材を用いた洗練された室内空間で、 また、近年の鉄道の存続運動は鉄道ファ 旅物語の演出を図っている。乗車中のひ ンだけでなく、交通を地域資源と捉える ととき、その心地良さは、細部まで行き 地域住民によるものが増えており、地域 届いた乗客への配慮から生まれる。 の宝物としての交通資産という、新たな ○「車窓百選」、候補地は日本中に 役割も創出されている。交通資源の活用 鉄道には、車窓を眺めるという贅沢な 方法は、想いとアイデア次第なのである。 楽しみがあることも忘れてはならない。 展望を意識したトロッコ列車やワイド このように「楽しむ交通」の視点は、 ビュー車両などが人気を集める一方で、 さまざまな可能性を持つ。今後の厳しい 立看板など、旅の一場面を台無しにする 市場環境下において、鉄道業界に求めら 景色を目にすることも多い。これに対し、 れること、それは新規整備やローカル線 例えば小田急電鉄では、車窓を鉄道の財 の廃線など、需要増減への対応だけでは 産として捉え、車窓計画の下、眺望支障 なく、 「楽しい移動」を創造し、 「素敵な 物の撤去、修景植栽などに取り組んでいる。 社会」の実現に向けた取り組みではないか。 また、藤沢市など、車窓(鉄道)景観を それが新たな事業機会であることは、言 地域の特徴的な景観として取り組みを行 うまでもない。 世代別 自宅外で過ごす時間 平日 日曜日 12時間 1946∼1955生まれ 10時間 1946∼1955生まれ 8時間 6時間 1926∼1935生まれ 団塊世代を含む世代 (1946∼1955年生ま れ)はそれ以前の世代 (1926∼1935年生ま れ) と比較して、平日、 日曜ともに自宅外で過 ごす時間が長い。 4時間 1926∼1935生まれ 2時間 20代時 30代時 40代時 50代時 60代時 70歳時以上 20代時 30代時 40代時 50代時 60代時 70歳時以上 資料:NHK放送文化研究所「国民生活時間調査」より三菱総合研究所作成 10年後の産業像 200706 13