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職務発明訴訟における証拠収集・秘密保護手続の整備について

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職務発明訴訟における証拠収集・秘密保護手続の整備について
資料3
職務発明訴訟における証拠収集・秘密保護手続の整備について
1.現行制度の概要
民事訴訟法には、①文書提出命令、②インカメラ審理手続、③訴訟記録の閲覧等
の制限、④証言拒絶権といった証拠収集及び秘密保護に係る規定が設けられており、
これらは、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟(以下「侵害訴訟」という。
)や
職務発明の対価請求訴訟1(以下「職務発明訴訟」という。)を含む民事訴訟一般に適
用される(下記(1)参照)
。
一方、特許法には、民事訴訟法の特則として、①書類提出命令、②当事者等への
開示を認めるインカメラ審理手続、③秘密保持命令、④尋問の公開停止といった証
拠収集手続の機能強化及び営業秘密の保護強化に係る規定が設けられている2。しか
し、これらの規定は、適用対象を侵害訴訟に限定しており、職務発明訴訟には適用
されない(下記(2)参照)。
【参考:職務発明訴訟(判決件数)
】
14
12
最高裁判決
10
高裁判決
地裁判決
8
6
4
2
0
H10
H11
H12
H13
H14
H15
H16
H17
H18
H19
H20
H21
3
(資料:裁判所ホームページ「裁判例情報」 より該当する判決を集計したもの)
1
特許法第35条では、従業者等が行った職務発明について、使用者はその特許を受ける権利の予約
承継を受けることができるとされている。また、その場合、従業者等は「相当の対価」の支払を受け
る権利を有するとされている(平成16年改正の前後を問わず同様)。この「相当の対価」の支払いを
請求する訴訟が職務発明訴訟である。
なお、職務発明訴訟における「相当の対価」の額の算定に当たり、その金額は、
①発明完成後の当該発明に係る商品の売上額から導かれる利益の額や実施料収入相当額等
②発明に関連して使用者が行う負担・貢献(発明完成までの負担、事業化のために行う負担等)
③従業者等の処遇その他の事情(賃金上昇、論功行賞、等)
等を考慮して認定されるとされている(平成16年改正の前後を問わず同様)
(特許庁総務部総務課制
度改正審議室編『平成16年改正 産業財産権法の解説』(社団法人発明協会、2004)165,1
66頁)。
2
これらの規定は、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争防止法、著作権法、種苗法といったその
他の知的財産関連法(特許法同様、適用対象は侵害訴訟のみ)や独占禁止法にも設けられている(た
だし、
「尋問の公開停止」は、実用新案法、不正競争防止法、種苗法のみに設けられている)
。
3
ホームページ上の表示によれば、すべての裁判例が掲載されているものではない。
-1-
(1)民事訴訟一般に適用される規定(職務発明訴訟にも適用される規定)
① 民事訴訟法上の文書提出義務(民事訴訟法第220条)及び文書提出命令(同
法第223条)
・ 民事訴訟法上の文書提出義務がある文書について、裁判所は、当事者の申立
てにより、文書の所持者に対しその提出を命ずる(同法第223条)
。
・ 文書の提出義務は、法律に定める除外事由に該当しない限り文書を提出しな
ければならない一般的義務である(同法第220条第4号本文)
。
・ 提出義務の除外事由として、5つの文書類型が定められており(同条第4号
イからホまで)、「技術又は職業の秘密に関する事項4」が記載されている文
書については提出義務が課されないこととされている(同条第4号ハ・第1
97条第1項第3号)
。
民事訴訟法
(文書提出義務)
第二百二十条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一~三 (略)
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ~ロ (略)
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘
の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ~ホ (略)
第百九十七条 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
一~二 (略)
三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
2 (略)
(文書提出命令等)
第二百二十三条 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、
文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がな
いと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部
分を除いて、提出を命ずることができる。
2~7 (略)
4
「「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこ
れによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをい
う」(最決平成12年3月10日 民集54巻3号1073頁)。
-2-
② 民事訴訟法上のインカメラ審理手続(民事訴訟法第223条)
・ 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書に文書提出義務が課されるかど
うか(同法第220条第4号イからホまでに掲げる文書に該当するか)の判
断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者に当該文書の提示を
させることができる(同法第223条第6項)。
・ この場合文書が提示されるのは裁判所に対してのみである(同項後段)
。
民事訴訟法
(文書提出命令等)
第二百二十三条
1~5 (略)
6 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げ
る文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書
の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示され
た文書の開示を求めることができない。
7 (略)
③ 民事訴訟法上の訴訟記録の閲覧等の制限(民事訴訟法第92条)
・ 裁判所は、訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密が記載又は記録されてい
るときは、当事者の申立てにより、訴訟記録(尋問調書も含む)中の営業秘
密部分の閲覧・謄写等を当事者に限定することができる(同条第1項第2号)。
民事訴訟法
(秘密保護のための閲覧等の制限)
第九十二条 次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立て
により、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しく
は謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」
という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
一 (略)
二 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第二条第六項に規定する営
業秘密をいう。第百三十二条の二第一項第三号及び第二項において同じ。
)が記載され、
又は記録されていること。
2~5 (略)
*
不正競争防止法上の差止め・損害賠償請求
・
不正競争防止法上の差止め・損害賠償請求も営業秘密保護のために機能し
得る。すなわち、訴訟を通じて知った営業秘密を図利加害目的で使用・開
示する行為は、不正競争防止法上の不正競争行為に該当するとされ5(同法
第2条第1項第7号)、差止め及び損害賠償請求の対象となる(同法第3条、
5
高部眞規子「秘密保持命令Q&A」知財ぷりずむ4巻40号(2006)20頁。
-3-
第4条)6。
不正競争防止法
(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一~六 (略)
七 営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された
場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を
加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
八~十五 (略)
2~5 (略)
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法そ
の他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものを
いう。
7~10 (略)
(差止請求権)
第三条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、そ
の営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予
防を請求することができる。
2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の
規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含
む。第五条第一項において同じ。
)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の
停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
(損害賠償)
第四条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これに
よって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定す
る権利が消滅した後にその営業秘密を使用する行為によって生じた損害については、この
限りでない。
④ 民事訴訟法上の証言拒絶権(民事訴訟法第197条)
・ 「技術又は職業の秘密に関する事項」について尋問を受ける場合、証人は証
言を拒むことができる(同条第1項第3号)。
民事訴訟法
第百九十七条 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
一~二 (略)
三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
2 前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。
6
訴訟を通じて知った営業秘密を当事者等が漏洩した場合、不正競争防止法上の刑事罰も適用され得
る。
-4-
(2)侵害訴訟に適用対象が限定されている特許法上の規定(職務発明訴訟には適用
されない規定)
① 書類提出命令(特許法第105条)
・ 裁判所は、当事者の申立てにより、侵害行為の立証、又は侵害行為による損
害の計算のため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、命令の名
宛人は当事者に限定される(同条第1項本文)
。
・ 侵害の立証又は損害の計算に必要な書類の提出義務は、一般的義務である
(同条第1項)。
・ 書類の所持者は、その提出を拒む「正当な理由」があるときは、書類の提出
を拒むことができる(同項ただし書)。
※営業秘密であれば直ちに「正当な理由」があると判断されるわけではなく、
「正当な理由」の有無は、個別具体の事案に応じて、営業秘密を開示するこ
とにより文書の所持者が受ける不利益と、文書が提出されないことにより訴
訟当事者が受ける不利益とを比較衡量して判断される7。
【効果】
民事訴訟法の規定では文書提出義務が免除される文書についても、特許法の
規定により文書提出を拒む「正当な理由」がないと判断された場合、文書提出
義務が課されることとなる(→【訴訟に必要な書証の収集を容易にする】)。
特許法
(書類の提出等)
第百五条 裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立て
により、当事者に対し、当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による
損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持
者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。
2~4 (略)
② 当事者等への開示を認めるインカメラ審理手続(特許法第105条)
・ 裁判所は、書類の提出を拒むことができるか(同条第1項ただし書にある「正
当な理由」があるか)どうかの判断をするため必要があると認めるときは、
書類の所持者に当該書類を提示させることができる(同条第2項前段)
。
・ この場合、書類が提示されるのは裁判所に対してのみである(同項後段)。
ただし、裁判所が必要であると認めたときは、裁判所は、当事者等に対して
当該書類を開示し、意見を聴くことができる(同条第3項)。
7
特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編『平成11年改正
人発明協会、1999)46頁。
-5-
工業所有権法の解説』
(社団法
【効果】
民事訴訟法上のインカメラ審理手続では、裁判所にのみ文書が開示されるの
に対し、特許法上のインカメラ審理手続では、裁判所は当事者等に書類を開示
し、意見を求めることができる(→【書類提出義務の除外事由の有無を判断す
る際、書類中の技術的事項に関する裁判所の理解を正確・容易にする】)。
特許法
(書類の提出等)
第百五条 (略)
2 裁判所は、前項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかの判断をするため必要が
あると認めるときは、書類の所持者にその提示をさせることができる。この場合において
は、何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。
3 裁判所は、前項の場合において、第一項ただし書に規定する正当な理由があるかどうか
について前項後段の書類を開示してその意見を聴くことが必要であると認めるときは、当
事者等(当事者(法人である場合にあつては、その代表者)又は当事者の代理人(訴訟代
理人及び補佐人を除く。)、使用人その他の従業者をいう。以下同じ。)、訴訟代理人又は補
佐人に対し、当該書類を開示することができる。
4 (略)
③ 秘密保持命令(特許法第105条の4)
・ 裁判所は、下記の要件が共に認められるときは、当事者の申立てにより、当
事者等に対し、当事者が保有する営業秘密を当該訴訟の追行目的以外で使用
し、又は秘密保持命令を受けた者以外に開示してはならないことを命ずるこ
とができる(同条第1項)。
(i) 既に提出され若しくは提出されるべき準備書面、又は既に取り調べられ
若しくは取り調べられるべき証拠(同法第105条、第105条の7に
規定するインカメラ審理手続において当事者等に開示された書類等を
含む)に当事者の保有する営業秘密が含まれること
(ii) 営業秘密が当該訴訟追行の目的以外の目的で使用され、又は開示される
ことにより、当事者の事業活動に支障を生ずるおそれがあり、これを防
止するため当該営業秘密の使用又は開示を制限する必要があること
・ 秘密保持命令に違反した者には刑事罰の制裁がある(同法第200条の2)。
【効果】
民事訴訟法には規定のない、刑事罰を伴う秘密保持命令制度を規定すること
で、当事者による営業秘密漏洩の防止が強化されている(→【営業秘密に関す
る主張・立証の促進が図られている】)。
-6-
特許法
(秘密保持命令)
第百五条の四 裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、その当事者が
保有する営業秘密(不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)第二条第六項に規定する
営業秘密をいう。以下同じ。)について、次に掲げる事由のいずれにも該当することにつき
疎明があつた場合には、当事者の申立てにより、決定で、当事者等、訴訟代理人又は補佐
人に対し、当該営業秘密を当該訴訟の追行の目的以外の目的で使用し、又は当該営業秘密
に係るこの項の規定による命令を受けた者以外の者に開示してはならない旨を命ずること
ができる。ただし、その申立ての時までに当事者等、訴訟代理人又は補佐人が第一号に規
定する準備書面の閲読又は同号に規定する証拠の取調べ若しくは開示以外の方法により当
該営業秘密を取得し、又は保有していた場合は、この限りでない。
一 既に提出され若しくは提出されるべき準備書面に当事者の保有する営業秘密が記載
され、又は既に取り調べられ若しくは取り調べられるべき証拠(第百五条第三項の規定
により開示された書類又は第百五条の七第四項の規定により開示された書面を含む。)
の内容に当事者の保有する営業秘密が含まれること。
二 前号の営業秘密が当該訴訟の追行の目的以外の目的で使用され、又は当該営業秘密が
開示されることにより、当該営業秘密に基づく当事者の事業活動に支障を生ずるおそれ
があり、これを防止するため当該営業秘密の使用又は開示を制限する必要があること。
2~5 (略)
(秘密保持命令違反の罪)
第二百条の二 秘密保持命令に違反した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金
に処し、又はこれを併科する。
2~3 (略)
④ 尋問の公開停止(特許法第105条の7)8
・ 当事者等が、侵害の有無についての判断の基礎となる営業秘密を含む事項
について尋問を受ける場合、裁判所は、裁判官の全員一致により、下記の
要件が共に認められるときは、当該事項の尋問を公開しないで行うことが
できる(同条第1項)。
8
なお、平成16年法改正による特許法等への尋問の公開停止規定の導入に先立って、平成15年法
改正により人事訴訟法に以下のとおり尋問の公開停止規定が導入された。
人事訴訟法
(当事者尋問等の公開停止)
第二十二条 人事訴訟における当事者本人若しくは法定代理人(以下この項及び次項において「当事
者等」という。)又は証人が当該人事訴訟の目的である身分関係の形成又は存否の確認の基礎とな
る事項であって自己の私生活上の重大な秘密に係るものについて尋問を受ける場合においては、裁
判所は、裁判官の全員一致により、その当事者等又は証人が公開の法廷で当該事項について陳述を
することにより社会生活を営むのに著しい支障を生ずることが明らかであることから当該事項につ
いて十分な陳述をすることができず、かつ、当該陳述を欠くことにより他の証拠のみによっては当
該身分関係の形成又は存否の確認のための適正な裁判をすることができないと認めるときは、決定
で、当該事項の尋問を公開しないで行うことができる。
2 裁判所は、前項の決定をするに当たっては、あらかじめ、当事者等及び証人の意見を聴かなけれ
ばならない。
3 裁判所は、第一項の規定により当該事項の尋問を公開しないで行うときは、公衆を退廷させる前
に、その旨を理由とともに言い渡さなければならない。当該事項の尋問が終了したときは、再び公
衆を入廷させなければならない。
-7-
(i) 陳述をすることにより当事者の事業活動に著しい支障を生ずることが
明らかであることから、当該事項について十分な陳述をすることができ
ない
(ii) 当該陳述を欠くことにより他の証拠のみによっては適正な裁判をする
ことができない
・ 裁判所は、尋問の公開停止の決定をするに当たり、あらかじめ当事者等の意
見を聴かなければならない(同条第2項)。
・ この場合、裁判所は、当事者等への開示を認めるインカメラ審理手続を行う
ことができる。すなわち、裁判所は、必要があると認めるときは、当事者等
にその陳述すべき事項の要領を記載した書面を提示させることができ(同条
第3項)、さらに、当事者等に対し当該書面を開示することができる(同条
第4項)。
【効果】
民事訴訟法上の証言拒絶は、陳述自体を行わないことにより営業秘密の保護
を図るのに対し、尋問の公開停止は、訴訟の当事者以外の第三者を法廷から排
除することで、陳述自体は行われる形で営業秘密の保護を図っている(→【営
業秘密に関する証言の促進が図られている】)。
特許法
(当事者尋問等の公開停止)
第百五条の七 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟における当事者等が、その侵害の有
無についての判断の基礎となる事項であつて当事者の保有する営業秘密に該当するものに
ついて、当事者本人若しくは法定代理人又は証人として尋問を受ける場合においては、裁
判所は、裁判官の全員一致により、その当事者等が公開の法廷で当該事項について陳述を
することにより当該営業秘密に基づく当事者の事業活動に著しい支障を生ずることが明ら
かであることから当該事項について十分な陳述をすることができず、かつ、当該陳述を欠
くことにより他の証拠のみによつては当該事項を判断の基礎とすべき特許権又は専用実施
権の侵害の有無についての適正な裁判をすることができないと認めるときは、決定で、当
該事項の尋問を公開しないで行うことができる。
2 裁判所は、前項の決定をするに当たつては、あらかじめ、当事者等の意見を聴かなけれ
ばならない。
3 裁判所は、前項の場合において、必要があると認めるときは、当事者等にその陳述すべ
き事項の要領を記載した書面の提示をさせることができる。この場合においては、何人も、
その提示された書面の開示を求めることができない。
4
裁判所は、前項後段の書面を開示してその意見を聴くことが必要であると認めるとき
は、当事者等、訴訟代理人又は補佐人に対し、当該書面を開示することができる。
5 裁判所は、第一項の規定により当該事項の尋問を公開しないで行うときは、公衆を退廷
させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなければならない。当該事項の尋問が終了し
たときは、再び公衆を入廷させなければならない。
-8-
【民事訴訟法と特許法の比較】
民事訴訟法
特許法(侵害訴訟のみ)
特則の効果
【文書提出命令】
【書類提出命令】
民事訴訟法では提出義
文書提出
・ 「技術又は職業の秘密に関する事
・書類の提出を拒む「正当な理由」が
務が課されない文書にも提
義務の免除
項」等が記載されている文書につい
あるときは、提出を拒むことができる
出義務が課され得るため、
の範囲
て、提出を拒むことができる
訴訟に必要な証拠の収集
を容易にする
申立人等にも文書を開示
【民事訴訟法上のインカメラ審理手続】
【特許法上のインカメラ審理手続】
インカメラ審
・文書の提出義務の有無を裁判所が判
・書類の提出義務の有無を裁判所が
し意見を聞くことができるた
理手続にお
断する際、裁判所に対してのみ、当該
判断する際、裁判所のみならず当事
め、文書中の技術的事項
ける文書の
文書が提示される
者等にも当該書類が提示され、その
に関する裁判所の理解を
意見を聴くことができる
正確・容易にする
開示対象
【訴訟記録の閲覧制限】
訴訟を通じ
の保護
刑事罰による強制力を伴
10
・訴訟記録中に営業秘密が含まれる場
・訴訟の準備書面又は証拠 に営業
う形で、営業秘密の保護が
合、第三者に対し、訴訟記録中の当該
秘密が含まれる場合に、当該営業秘
強化されるため、営業秘密
営業秘密部分の閲覧を制限することが
密について訴訟追行目的以外での
漏洩のおそれが低減され、
できる
使用等をしてはならないことを命じる
営業秘密に関する主張立
ことができる
証を促進する
て開示され
た営業秘密
【秘密保持命令】
*不正競争防止法による差止め・損害
賠償請求9
・営業秘密を、図利加害目的で使用・
・秘密保持命令に違反した者には刑
事罰の制裁がある
開示する行為に対し、差止め・損害賠
償を請求できる
秘密に
関する事項
の証言
【証言拒絶】
【尋問の公開停止】
非公開の法廷で陳述・証
・「技術又は職業の秘密に関する事項」
・営業秘密を含む事項について尋問
言できるため、営業秘密漏
について尋問を受ける場合、証人は証
を受ける場合、非公開の法廷で(第
洩のおそれが低減され、営
言を拒むことができる
三者に知られず)陳述・証言すること
業秘密に関する陳述・証言
ができる
を促進する
・公開停止の決定に先立ち、裁判所
のみならず当事者等にも、当該尋問
において陳述すべき事項の要領を
記載した書面が提示され、その意見
を聴くことができる
9
10
一定の場合、不正競争防止法上の刑事罰の対象となる。
インカメラ審理手続において開示された書類等を含む(特許法第105条の4第1項第1号)。
-9-
2.問題の所在
職務発明訴訟において必要とされる証拠は、当事者間(主に使用者側)に偏在し
ている場合や営業秘密が含まれる場合が多く、その営業秘密が技術的事項に関連す
ることも多い。こうしたことから、職務発明訴訟について、以下の問題が指摘され
ている。
(1)裁判に必要な証拠が提出されず、従業者側の立証が困難
① 立証のために必要となる書類に営業秘密が含まれる
(a) 発明者の認定や共同発明者間の寄与度の認定に必要な書類について
職務発明訴訟では、発明者の認定や共同発明者間の寄与度の認定等が類型的に
必要となるところ、この点が争点になることも少なくない11。
これらの認定に当たっては、当該発明の完成に至る過程における原告や他の発
明者の関与の有無や程度について事実関係の主張・立証が必要となり、これに関
する証拠として、研究開発計画書、研究開発に関係する日報、実験の報告書など
(以下「研究開発計画書等」という。)が必要となる。
ⅰ 特許関係書類(明細書、図面等)には記載
そして、研究開発計画書等には、○
ⅱ 製品において複数の特許発明や技術がどのように組
されない技術的ノウハウ、○
み合わされているか等のノウハウなどが記載されていることもあるから、研究開
発計画書等が開示されれば、企業の事業活動に支障が生じ得る。
(b) 相当の対価の額の算定に必要な書類について
職務発明訴訟では、相当の対価の額の算定が類型的に必要となる。
対価の額の算定に当たっては、当該発明に係る製品の利益額の算定の基礎とな
ⅰ 使用者の売上額や製造原価が記載された製造原価明細書等の財務データ、
る、○
ⅱ ライセンス料の金額を裏付けるライセンス契約書等が必要になる。また、使用
○
者が製造販売する特定の製品が当該発明を実施するものか否か自体が争われる
ⅲ 使用者における製造工程に関する書類等も必要となる。
場合には、○
ⅰ 財務データには、非公表の営業秘密が含まれることが多く、○
ⅱ ライ
そして、○
センス契約書は、「どの企業と、どの技術分野について、どのような条件(実施
料等)でライセンス契約を締結しているか」という、使用者における製品開発の
ⅲ 製造工
方向性や知財戦略を推測させる営業秘密情報を含むものである。また、○
程に関する書類は、技術的ノウハウ等の営業秘密が含まれる場合が多い。
11
例えば、①特許公報に原告が発明者として記載されているものの実際には発明者でなかったとして
使用者側が否認する場合、②特許公報には複数の者が発明者として記載されているにもかかわらず、
そのうちの一人が「自己が単独で行った発明である」と主張する場合などにおいて、発明者の認定が
争点となる。また、当該発明に対し発明者が複数存在する場合は、そのうちの一人である原告が得る
べき相当の対価の額の算定のために、共同発明者間における原告の当該発明に対する寄与の割合を認
定することが必要となるが、この点につき当事者間に争いがあれば、共同発明者間の寄与度の認定が
争点となる。
- 10 -
② 立証のために必要となる書類は主に使用者側に偏在
研究開発計画書等や製造工程に関する書類は、通常、持ち出しが禁止されてお
り、退職時には回収され、本来従業者は所持していないと考えられる。
また、財務データ及びライセンス契約書は、通常、使用者の下にあり、従業者
は入手できないと思われる12。
上記①、②から、職務発明訴訟における立証のために必要となる書類は、①営業
秘密が含まれることが多く、かつ、②主に使用者側に偏在しているため、所持者は
任意に資料を提出することを拒むことが多い。
このため、従業者は立証のために、使用者が所持している文書に対して民事訴訟
法上の文書提出命令を申し立てることとなる。しかし、これらの証拠には営業秘密
が含まれていることが多いため、民事訴訟法上の文書提出義務の除外事由である
「技術又は職業の秘密に関する事項」が記載されている文書に該当し、文書が提出
されないことがある。
したがって、従業者側の主張・立証に必要であっても使用者が所持している証拠
は提出されないことがあり、従業者側の主張・立証が困難であるとの指摘がされて
いる。
(2)インカメラ審理手続において、裁判所に技術的事項が十分に理解されないまま、
文書提出義務の除外事由の有無が判断されるおそれがある
職務発明訴訟においては、類型的に、研究開発計画書等やライセンス契約書等の
営業秘密が含まれる文書を証拠とする必要があるところ、これらの文書について文
書提出命令が申し立てられることがある。
これに対し、当該文書の所持者が、当該文書に技術又は職業の秘密が含まれるた
め文書提出義務の除外事由があるとして、文書提出を拒むことがあり、この際、裁
判所が文書提出義務の除外事由の有無を判断するためインカメラ審理手続が行わ
れることがある。こうしてインカメラ審理手続が行われるに当たって、特に研究開
発計画書等については、内容が技術的事項と密接な関係を有するので、専門的な技
術理解が必要となる。
しかし、民事訴訟法上のインカメラ審理手続では、裁判所に対してのみ文書が開
示される。そのため、裁判所は、文書提出命令の申立人等に文書を開示し、文書提
出義務の除外事由の有無や文書中の技術的事項に関する文書の所持者による説明
の正確性に関する意見・説明を、文書提出命令の申立人等から聴取することができ
12
特に、ライセンス契約書については、原告側(従業者)が文書提出命令を申立てる事例が多発して
いるとの指摘がある。
- 11 -
ない。
このため、裁判所に、技術的事項が十分に理解されないまま、インカメラ審理手
続において文書提出義務の除外事由の有無が判断されるおそれがある。
(3)営業秘密漏洩防止の手当が不十分
① 営業秘密が漏洩するおそれ及び十分な攻撃防御が尽くせないおそれ
職務発明訴訟においては、類型的に、研究開発計画書等やライセンス契約書等
の営業秘密を含む書類を証拠とすることが必要とされる。
しかし、以下のとおり、営業秘密の漏洩による損害の重大さにかんがみると、
これら現行の規定や実務での運用のみでは営業秘密の保護が十分ではないと考え
られる。
・ 民事訴訟法の訴訟記録の閲覧制限は、あくまでも訴訟当事者以外の第三者が閲
覧することの制限に過ぎず、訴訟記録に自由に接することのできる訴訟当事者
等による営業秘密漏洩を防止することができない
・ 不正競争防止法による差止め・損害賠償は、図利加害目的の存在等を要件とし
ているため、常に請求できるとは限らず、また、不正競争防止法上の刑事罰は、
訴訟にあらわれた営業秘密を当事者等が漏洩した場合に適用されることは想
定し難い13
・ 実務においては、訴訟係属中に当事者間で秘密保持契約を締結するなどの運用
がなされているものの、審理の長期化を招くおそれがあり14、また、これらの
運用が有効とは言えない場合もある15
このため、「訴訟における主張・立証の結果、営業秘密が裁判外にまで漏洩し、
営業秘密の保有者に多大な損害が生じるおそれがある」、「当事者が自己の営業秘
密の漏洩を恐れるあまり十分な攻撃防御を尽くせない」という指摘がある。
13
現役の役員又は従業者が、訴訟を通じて知った営業秘密を不正の競争の目的で使用・開示した場合
には、刑事罰が適用され得る(不正競争防止法第21条第1項第4号)が、職務発明訴訟において、
現役の役員又は従業者が訴訟の当事者となることは想定し難い。
14
当事者間の秘密保持契約に当たり、違約金の金額や契約の内容をめぐり、当事者間に争いが生じや
すく、契約締結までに、弁論準備期日を何回も必要とすることもある(
「知財高裁・東京地裁知財部と
日弁連知的財産制度委員会との意見交換会(平成18年度)
」判例タイムズ1240号(2007)8
頁〔設樂発言〕)
。
15
秘密を保持している当事者が、証拠を提出すれば訴訟に勝てるけれども、証拠を提出すると秘密が
第三者に漏れて不利益を受けるという場合には、秘密保持契約を締結しようとするインセンティブが
相手方当事者に働かないため、秘密保持契約を結んだ上で証拠を提出する方法が必ずしも功を奏しな
い場合がある(
「知的財産高等裁判所設置法及び裁判所法等の一部を改正する法律について」知財管理
55巻4号(2005)481頁〔飯村発言〕
)。
- 12 -
② インカメラ審理手続における当事者等への書類の開示による営業秘密漏洩の
おそれ
職務発明訴訟におけるインカメラ審理手続において、仮に文書提出命令の申立
人等の当事者等にも書類を開示することとした場合、当該書類に記載されている
営業秘密が、書類の開示を受けた当事者等に明かされることとなる。
しかしながら、上述のとおり、現行の規定のみでは営業秘密の保護が十分では
ないので、書類の開示を受けた当事者等から営業秘密が漏洩するおそれがある。
(4)裁判が公開されることにより、十分な主張・立証ができないおそれがある
職務発明訴訟では、類型的に発明者の認定や共同発明者間の寄与度等が争点とな
ることがあり、その場合、発明に至る詳細な経緯等、営業秘密を含む事項を主張・
立証する必要が生じる。
こうした事項の主張・立証のためには研究開発計画書等の書証が有用であるが、
これらが証拠として提出された場合であっても、なお当事者の意見が食い違う事項
については発明者等の尋問を行うことが必要となることがある。
しかし、営業秘密を含む事項の証言については、民事訴訟法上の証言拒絶権を行
使し得るものの、証言をする場合は、原則、公開の法廷で行わなければならず、当
事者の営業秘密が一般公衆に知られてしまうおそれがある。
このため、当事者が営業秘密の保護を優先するあまり陳述・証言をすることがで
きず、十分な主張・立証を尽くせないおそれがある。
3.検討の方向
職務発明訴訟では、類型的に営業秘密に係る事項を主張・立証する必要があると
ころ、民事訴訟法の規定のみでは十分な証拠収集及び営業秘密の保護ができないお
それがあり、上記2.のとおり、問題が指摘されている。
この点、侵害訴訟に適用対象が限定されている特許法上の証拠収集手続の機能強
化及び営業秘密の保護強化に係る規定(「書類提出命令」、
「当事者等への開示を認め
るインカメラ審理手続」、
「秘密保持命令」、
「尋問の公開停止」)を職務発明訴訟に導
入すれば、以下のように上記2.の問題の解決に資すると考えられる。
したがって、職務発明訴訟における証拠収集手続の機能強化及び営業秘密の保護
強化を図り、適正な裁判を実現する観点から、これらを導入すべきではないか。
(1)書類提出命令
2.
(1)のとおり、現行制度では、立証のために必要な証拠であったとしても、
文書中に営業秘密が含まれる場合は、文書提出義務の除外事由に該当し、文書が提
出されないことがあり、主に従業者側の立証が困難となっている。
そこで、特許法上の書類提出命令を導入すれば、民事訴訟法の規定では文書提出
- 13 -
義務が免除される文書についても、提出義務が課され得るため、従業者側の主張・
立証を容易にし得る。
(2)当事者等への開示を認めるインカメラ審理手続
2.(2)のとおり、現行制度では、インカメラ審理手続において、文書提出命
令の申立人等に文書を開示し、意見・説明を聴取することができず、裁判所に、技
術的事項が十分に理解されないまま文書提出義務の除外事由の有無が判断される
おそれがある。
そこで、インカメラ審理手続において当事者等への開示を認めれば、当事者等に
書類を開示し、意見を求めることができるので、文書中の技術的事項に関する裁判
所の理解を正確・容易にし得る。
(3)秘密保持命令
2.(3)のとおり、現行制度では、営業秘密漏洩防止の手当が不十分であり、
①訴訟手続を通じて営業秘密が漏洩するおそれ及びこれを恐れる余り十分な攻撃
防御が尽くせないおそれ、②インカメラ審理手続において当事者等への書類の開示
を認めた場合に当事者等から営業秘密が漏洩するおそれがある。
そこで、刑事罰を伴う秘密保持命令を導入すれば、営業秘密漏洩防止の手当が強
化され、営業秘密に関する当事者の主張立証を促進し得る。
(4)尋問の公開停止
2.(4)のとおり、現行制度では、尋問において陳述・証言をする場合、営業
秘密を一般公衆に知られるおそれがあるため、営業秘密に関する事項について十分
な主張・立証を尽くせないおそれがある。
そこで、尋問の公開を停止できれば、訴訟の当事者以外の第三者を退廷させるこ
とで、尋問を行いつつ営業秘密の保護を図ることができ、営業秘密に関する当事者
の主張立証を促進し得る。
- 14 -
4.関連する論点
(1)職務発明訴訟への尋問の公開停止規定の導入と憲法の公開原則との関係
憲法上、裁判は公開法廷で行うことが原則とされている(憲法第82条第1項)
ことから、職務発明訴訟における尋問の公開停止規定の導入に当たっては、憲法上
の裁判の公開原則との関係を整理することが必要となる。
この点、尋問の公開停止規定は、既に人事訴訟(人事訴訟法)及び侵害訴訟(特
許法等)について導入されていることから、尋問の公開停止規定がこれらに導入さ
れた際に採られた尋問の公開停止と憲法の公開原則との整理が参考となると考え
られる。
憲法
第八十二条 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合
には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪
又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公
開しなければならない。
① 尋問の公開停止規定が過去に他の訴訟で導入されたときの整理
立法担当者の解説16
17
によれば、人事訴訟(人事訴訟法)及び侵害訴訟(特許法
等)に尋問の公開停止規定が導入されたときには、憲法上の裁判の公開原則との
関係について、共に以下のような整理がされていた。
16
人事訴訟法改正の立法担当者は、次のとおり説明している(小野瀬厚ほか「人事訴訟法の概要(1)」
NBL No.768(2003)31頁)。
憲法第82条の規定する裁判の公開は、それ自体が目的ではなく、裁判を一般に公開することによ
って裁判が公正に行われることを制度として保障したものと解されている(最大判平成元年3月8日
民集43巻2号89頁)。したがって、裁判の公開を困難とする真にやむを得ない事情があり、かつ、
裁判を公開することによってかえって適正な裁判(身分関係の形成又は存否の確認)が行われなくな
ると認められるといういわば極限的な場合においても、なお同条が適正な裁判の実現を犠牲にしてま
で裁判の公開を求めていると解することは相当でないと考えられる。すなわち、裁判の公開原則の例
外を規定する憲法第82条第2項の規定に則して言えば、人事訴訟法第22条第1項の要件を満たす
ことにより、人が社会生活を営むに当たっての基本となる法的身分関係の形成または存否の確認を目
的とする人事訴訟において、裁判を公開することによって、現に誤った身分関係の形成又は存否の確
認が行われるおそれがある場合は、憲法第82条第2項にいう「公の秩序…を害する虞がある」場合
に該当すると解することができると考えられる。
17
特許法等改正の立法担当者は、次のとおり説明している(近藤昌昭ほか「知的財産高等裁判所設置
法および裁判所法等の一部を改正する法律について(特集 知財制度の動向と論点(4))
」NBL N
o.788(2004)58頁、近藤昌昭「知的財産高等裁判所設置法及び裁判所法等の一部を改正
する法律について」知財ぷりずむ2巻24号(2004)5頁)。
憲法第82条の定める裁判の公開原則の趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われること
を制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにあると解されてい
る(最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁)
。そうすると、営業秘密との関係で裁判の公開を
困難とする真にやむを得ない事情があり、かつ、裁判を公開することによってかえって適正な裁判が
行われなくなるといういわば極限的な場合についてまで、憲法が裁判の公開を求めていると解するこ
とはできないというべきである。このような場合は、同条2項にいう「公の秩序又は善良の風俗を害
する虞」がある場合に該当するものと解される。
- 15 -
・ 憲法第82条の定める裁判の公開原則の趣旨は、裁判を一般に公開して裁判
が公正に行われることを制度として保障することにあると解される。
・ このことからすると、「裁判の公開を困難とする真にやむを得ない事情があ
り」、かつ、
「裁判を公開することによってかえって適正な裁判が行われなく
なる」といういわば極限的な場合についてまで、憲法が裁判の公開を求めて
いると解することはできないというべきである。
・ すなわち、尋問を公開することにより、かえって適正な裁判を害するおそれ
(=誤った結論の裁判がなされるおそれ)がある場合は、憲法第82条第2
項の「公の秩序又は善良の風俗を害する虞」がある場合に該当すると解され、
尋問の公開を停止することができると考えられる。
→人事訴訟、侵害訴訟における尋問の公開停止規定は、共に、
「裁判を公開するこ
とによりかえって適正な裁判を害するおそれがある場合」
(すなわち、必要な証
拠が法廷に提出されず、誤った結論の裁判がなされるおそれがある場合)を、
憲法第82条第2項に規定する公開原則の例外である「公の秩序又は善良の風
俗を害する虞」の範囲内にあるとして、公開停止の要件・手続を同項の範囲内
で法律により明確化した18ものと整理されている。
② 職務発明訴訟における尋問の公開停止と憲法の公開原則との関係の検討
職務発明訴訟において尋問が行われ、営業秘密が陳述・証言され得る場面には、
大きく次の2つが考えられる。
(a) 使用者側が、尋問において、自己の営業秘密を自ら陳述・証言する場合
職務発明訴訟において、使用者側が、主張・立証のために、自己の営業秘密を
自ら陳述・証言することが必要となる場面が考えられる。
この場合、営業秘密を公開の法廷で陳述・証言すれば、当該営業秘密が漏洩し、
使用者の事業活動に著しい支障が生じるおそれがあると考えられる。
そのため、使用者側は、営業秘密の漏洩によって事業活動に支障が生じること
をおそれて、発明の詳細な経緯等の営業秘密について、公開の法廷で陳述・証言
することができないことが考えられる。
その結果、発明者の認定や共同発明者間の寄与度等の認定に必要な証拠が法廷
に提出されず、尋問を公開することによりかえって適正な裁判が害されるおそれ
があると考えられるのではないか。
18
侵害訴訟における公開停止規定について、近藤昌昭ほか・前掲注(17)5頁及び近藤昌昭・前掲注
(17)58頁がこの旨を述べている。
- 16 -
(b) 従業者側が、尋問において、
(自己の営業秘密ではなく)使用者側の営業秘密
を陳述・証言する場合
職務発明訴訟において、従業者側が、主張・立証のために(自己の営業秘密で
はなく)使用者の営業秘密を陳述・証言することが必要となる場面が考えられる。
この場合、従業者側が使用者の営業秘密を公開の法廷で陳述・証言することは、
使用者との間の契約上ないし信義則上の秘密保持義務違反、または不正競争防止
法上の不正競争行為に該当するおそれがあると考えられる。
そのため、従業者側は、秘密保持義務違反による損害賠償責任を負うこと等を
おそれて、発明の詳細な経緯等の営業秘密について、公開の法廷で陳述・証言す
ることができないことが考えられる。
その結果、発明者の認定や共同発明者間の寄与度等の認定に必要な証拠が法廷
に提出されず、尋問を公開することによりかえって適正な裁判が害されるおそれ
があると考えられるのではないか。
→以上から、職務発明訴訟における(a)、(b)の場合は共に、侵害訴訟における場合
と同様に、憲法第82条第2項の「公の秩序・又は善良な風俗を害する虞がある」
場合に該当すると整理することはできないか。
(2)尋問の公開停止規定の適用範囲について
尋問の公開停止規定は憲法の公開原則の例外となることから、その適用範囲は、
尋問の公開停止が類型的に必要な場面に限定すべきと考えられる。この点、公開停
止規定が既に設けられている侵害訴訟においては、その適用範囲が「侵害の有無に
ついての判断の基礎となる事項」に限定されており、いわゆる損害論は適用範囲外
とされている19。
このことから、職務発明訴訟において尋問の公開停止規定を導入する場合は、職
務発明訴訟において尋問の公開停止が類型的に必要と考えられる場面(類型的に、
尋問による立証が必要であり、かつ尋問すべき事項が営業秘密に及ぶために十分な
質問又は回答がされないことから、尋問を公開することによりかえって適正な裁判
が害されるおそれがある場合)を検討し、これを基準として尋問の公開停止規定の
適用範囲を適切に画する必要があると考えられる。
このような観点から、例えば以下の事項について、職務発明訴訟における尋問の
公開停止規定の適用範囲とすべきか否かについて検討する必要があるのではない
か。
19
損害論はたいてい書証で対処が可能であり、従前の訴訟実務においても、損害論に関して尋問が行
えないことによる支障が生じなかったため、尋問の公開停止の対象は侵害論に限定されたと考えられ
る(小野昌延編『新・注解 不正競争防止法 下巻』
(青林書院、2007)1088頁〔伊藤友己〕)
。
- 17 -
A:発明者の認定の基礎となる事項
発明に至る詳細な経緯等を尋問によって立証することが必要となるが、尋
問の公開停止が類型的に必要か。
B:対価の算定の基礎となる事項
例えば、対価の算定の前提となる共同発明者間の寄与度の判断については、
発明に至る詳細な経緯等を尋問によって立証することが必要となるが、尋問
の公開停止が類型的に必要か。
他方、共同発明者間の寄与度以外の対価の算定の基礎となる事項20にも、
尋問の公開停止が類型的に必要か。
C:上記A、B以外の判断の基礎となる事項
発明者の認定や対価の算定以外の事項21にも、尋問の公開停止が類型的に
必要となる事項は存在するか。
(3)特許権等に関するその他の訴訟類型における導入の要否
侵害訴訟及び職務発明訴訟以外の特許権等に関する訴訟類型についても、特許法
上の証拠収集手続の機能強化及び営業秘密の保護強化に係る規定の導入を検討す
る必要がある。
この点、それぞれの訴訟類型ごとの特徴を踏まえれば、特許法上の各規定を導入
する必要性は、以下のとおり、類型的かつ高度とは言えないのではないか。
① 審決取消訴訟
審決取消訴訟における主張・立証の対象は、通常、当該特許出願前に公然に知
られた発明、公然実施された発明あるいは頒布された刊行物に記載された発明の
内容や当該特許出願書類の記載等であるため、審決取消訴訟において主張・立証
に営業秘密が類型的に必要となるとは言えないのではないか22。
② 実施料請求訴訟
ライセンス契約の内容について立証が類型的に必要となると考えられるが、原
告・被告は共にライセンス契約の当事者であり、訴訟前からライセンス契約書を
保有していることから、当事者間に証拠の偏在はなく、裁判に必要な文書は提出
されるのではないか。また、ライセンス契約の内容には営業秘密が含まれること
が多いが、訴訟外の第三者への営業秘密の漏洩については、訴訟記録の閲覧制限
20
例えば、当該発明により使用者が受けるべき利益の額や、当該発明に関連する使用者の負担や貢献
についての事実等も、対価の算定の基礎となる。
21
例えば、職務発明の成立要件としての職務該当性、職務発明に係る特許を受ける権利等の使用者に
対する譲渡の有効性、対価請求権の消滅時効の成否等が争点となり得る。
22
阿部・井窪・片山法律事務所編『平成16年改正 裁判所法等を改正する法律の解説』(社団法人
発明協会、2005)40頁も同旨。
- 18 -
やライセンス契約中の秘密保護条項等によって防止し得るのではないか。
③ 確認訴訟(特許を受ける権利、実施権、先使用権等の確認請求)
原告が特許を受ける権利等を有すると主張する理由などは多岐にわたり、事案
によって争点は様々であるから、確認訴訟において主張・立証に営業秘密が類型
的に必要となるとは言えないのではないか。
④ 登録関係訴訟(移転登録請求、移転登録抹消登録請求等23)
特許権の譲渡契約書やライセンス契約書が証拠として提出されることが多いが、
原告・被告は共に契約の当事者であり、訴訟前から当該契約書を保有しているこ
とから、当事者間の証拠の偏在はなく、裁判に必要な文書は提出されるのではな
いか。また、ライセンス契約の内容には営業秘密が含まれることが多いが、訴訟
外の第三者への営業秘密の漏洩については、訴訟記録の閲覧制限や契約中の秘密
保護条項等によって防止し得るのではないか。
23
特許権の譲渡があったにもかかわらず移転登録がされないとして譲渡人に対して移転登録を請求
する訴訟、譲渡契約の無効・解除等を主張して譲受人に対して移転登録の抹消登録を請求する訴訟な
どが典型である。実施権の登録につきライセンス契約の解除などを理由にその抹消登録を求める訴訟
もある。
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