Comments
Description
Transcript
景観整備事業ビジネスモデルの提案
景観・デザイン研究講演集 No.2 December 2006 景観整備事業ビジネスモデルの提案 石井 信行1・野澤 知美2 1 正会員 工博 山梨大学大学院医学工学総合研究部土木環境工学専攻 (〒400-8511山梨県甲府市武田4-3-11,E-mail:[email protected]) 2 非会員 学士 山梨大学大学院医学工学総合教育部土木環境工学専攻 (〒400-8511 山梨県甲府市武田4-3-11,E-mail:[email protected]) 景観法の施行により景観整備事業に対する行政・市民の関心が高まる一方で,公共事業縮減という社会 的な流れがあり,市民の理解を得ること,及び効率的な事業の推進が求められている.景観整備事業にお いては確立された整備手法が必ずしも存在しているとは言えず,各自治体とも住民参加型の事業などを試 行錯誤で行っている状況である.本研究は,企業活動におけるビジネスモデルの概念を景観整備事業に取 り入れた新たな事業運営手法を提案することを目的として,ビジネスモデルと景観整備事業の成立条件お よび構成要素を比較検討し,ビジネスモデルの枠組みに景観整備事業を入れ込む具体的な方策を示した. また,提案した方策に基づいた景観整備事業運営手法例を作成した. キーワード :景観整備事業,ビジネスモデル,手法 1.はじめに な景観整備事業が行われることが望まれる. 一方,企業はマ-ケティング戦略を策定し時代の流れ 高度成長期を経て,安定型の経済社会となりつつある に応じて変化する消費者のニ-ズを的確に読み取り,そ わが国において,国民の欲求は物から心,量から質へと れに応じたサ-ビスや商品を提供しようとしてきた.ビ 変化してきている.そんな中,土木事業においても景観 ジネスの分野では,このような事業の具体的な仕組みを というものが強く意識されるようになってきた.しかし, ビジネスモデルとして位置付け,近年ではIT業界を中 景観整備事業はただ単に意匠デザインと据えられること 心に活発な開発が行われ,その影響を受け他の業界でも が多く,バブル崩壊後はコスト削減の一番の標的となり ビジネスモデルを構築し,より効率的な事業展開を図っ 観光地やニュ-タウンの類でしか行なわれてこなかった. ている.公共事業においても,このようなビジネスモデ また,現在は景気低迷のあおりを受け,事業費確保が難 ルに学ぶことにより,熱心なリーダーに多くを期待する しいだけでなく,行政不信の影響を受け,莫大な予算を 住民参加型の事業手法以外の新たな事業運営の可能性が 必要とする公共事業に国民の厳しい目が向けられている. 期待できると考えた. 景観整備事業は,防災のような類の事業と異なり,そ すでに本研究に関するものとして,著者の一人はマー の効果を評価しにくいということもあり,事業の有用性 ケティングの手法によって景観整備事業の評価を行った を客観的に示すことが困難である.そこで市民に事業を り1),マ-ケティング理論の軸となっているシステムと 理解してもらい,その実現を図るために,政策形成の段 プロセスという観点から景観整備事業の特徴把握を行な 階で人々に意見表明の場を提供する試みであるPI(パ ったり2)しており,景観整備事業へのマ-ケティング手 ブリック・インボルブメント)や,住民がみずから参 法の応用可能性が示されている.これらを受け,より具 加・体験して,共同で何かを学びあったりつくり出した 体的にビジネスモデルを提案するための研究が必要であ りするワ-クショップという手法が積極的に取り入れら ると考えた. れている.成功と評価される事例が増えてきた一方で, 住民同士の価値観の違いや,知識不足などによって問題 2.目的 が生じている事例も多くある.また,問題発生時の行政 の対応についてもケ-スバイケ-スであり,事業運営の 手法が確立されているとは言いがたい.2004 年に景観 本論文では,企業のビジネスモデルを調査・整理し, 法が施行されたことにより今後景観整備事業が地方自治 景観整備事業における前提条件とビジネスモデルにおけ 体で明確な位置付けがされることが期待され,より円滑 る条件との整合性を検討し,景観整備事業におけるビジ 165 (3)企業内の事業体制 ネスモデルの構築手法を提案することを目的とする.さ 企業内の組織体制を把握するとともに、自社の事業範 らに,具体的な対象についてビジネスモデルを作成し, 囲はどこなのかを明確にする項目. その有効性を考察する. (4)コア・コンピタンス 3.対象・方法 付加価値を生むプロセスはなんであるのか.企業が持 つ独自の強みや,他社にマネできない技術がなんである のか,明確にする項目. 行政が行う公共物及び公共空間の景観整備を対象とす る.また,事例調査対象は主に不動産に関わる企業のビ (5)サイクルタイム ジネスモデルとする. 情報を流すタイミングや,出荷するタイミングなどを 方法としては,ビジネスモデルについての文献調査を 行い,その構成要素を抽出し,先行研究1,2)の知見を基に ビジネスモデルの時系列やサイクルを規定する項目. 景観整備事業のシステムとプロセスをビジネスモデルの (6)収支予測 枠組みに再構築して,新たな景観整備事業のビジネスモ どこで支出があり,どこで収入があるのか把握し,キ デルとして提案する.さらに,提案した景観整備事業ビ ジネスモデルの既存の手法に対する優位性を示すために, ャッシュフローについて予測する項目.キャッシュフロ 実際行われた景観整備事業と比較し,検討を行なう. ーとは企業の毎決算期の税引き後利益から配当金と役員 賞与を差し引いたものに減価償却費を加えて算出したも ので,いわゆる自己資金のことである. ビジネスモデル文献調査 (7)製品構成と価格の関係 ビジネスモデル構成要素の抽出 その事業の製品と,サービス体系,価格モデルについ て明確にする項目. システムとプロセスの再構築 (8)組織と人材 景観整備事業ビジネスモデルの提案 各組織に対して,どのくらいの人材(人的資産)がある のか把握する項目. 既存手法との比較検討 (9)販売方法と資金回収 図-1 研究の構成 顧客までの流通経路や販売方法と資金回収の関係を明 確にする項目.企業と顧客との流通経路とは,どのよう な組織を経由して商品が消費者まで届くのか,その一連 4.ビジネスモデル構成要素 の流れを規定するもので、商品の所有権移転の経路を示 す.販売方法はその最終段階に含まれると考えられる. 複数の文献等に調査したところ,ビジネスモデルの構 成要素を整理するのに妥当な2つの既存研究 を選定し 一方,資金回収は企業がどの段階でどういった方法によ た.これらを基に,本研究ではビジネスモデルの構成要 って消費者から資金を回収するのかを規定する. 3,4) 素として新たに以下の9項目を提案し,定義を行った. 5.景観整備事業の特徴把握 (1)市場セグメント 技術の応用分野の特定を行い,ターゲットを明確にす (1)景観整備事業と営利活動との前提条件の違い る項目.同業種との差別化を行うために、明確にする必 営利活動におけるビジネスモデルの作成手法を景観整 要がある. 備事業に用いる場合,営利活動と公共福祉活動との差異 を明確にしておく必要があると考えた.そのため,営利 (2)商業システム内での企業の位置付け 活動のビジネスモデルがどのような状況を想定して作成 ネットワークを形成する企業との関係を規定し、自社 されているのか,ビジネスモデル構成要素においてその の役割を明確にする項目. 前提条件を列挙した.(図-2) 166 貨幣経済が存在 モノ・サービスの取引可 能なシステムが存在 市場が存在 必要十分条件 市場の状態に関する条件 技術にバリエーションが 供給者が継続的に存在 存在し、それによって供 できるモノ・サービスの循 給者に優劣が存在 環が存在 モノ・サービスの所有権 移転と支払い方法の組 み合わせにバリエーショ ンが存在 需要者に複数の供給者 から選択が可能な状況 が存在 サイクルタイムそのもの が競争力となる 供給者と需要者のコンタ クトの取り方にバリエー ションが存在し、その選 択が競争力となる 競争関係が存在 供給者が複数の価格提 示を行っている 構成要素 モノ・サービスの供給者 が存在 モノ・サービスが存在 モノ・サービスの需要者 が存在 市場構成要素の状態に関する条件 所有権の移転が存在 ―最終的な所有権が需 要者に帰属 供給したい動機が存在 自己資金が存在 ―自由に使うことが可能 受容したい動機が存在 ―価格に依存 ―流動性が存在 工程に複数の段階が 存在 構成要素に関する条件 市場に同種のモノ・サー ビスが複数存在 モノ・サービスの供給者 が複数存在 複数の組織によって構成 されている ―組織間に協力関係が 存在 ―構成する人材が不確 定で存在 複数の役割が異なる組織 (企業)によって構成されて いる ―構成する複数の組織を 統括する組織が存在 図-2 ビジネスモデル構成要素存立の前提条件 167 供給者が存在できるに十 分な需要者が存在 営利活動では前提条件となっているが,景観整備事業に 用目的を決めることができる.このように解釈すること おいては,存在しなかったり置き換えが困難なものに対 で,この条件成り立っているとすることができる. しては条件の改変,もしくは景観整備事業を組み立てる 6.景観整備事業ビジネスモデルの作成方法 際に考慮すべきこととして考察を加えた. 景観整備事業ビジネスモデル作成の際に,これらの条 件が成り立っていることを確認することで,営利活動と (1)景観整備事業ビジネスモデル構成要素の定義 同様な考え方でビジネスモデルを作成することが可能で 営利活動で使用できるビジネスモデル構成要素が景観 あり,また,作成された景観整備事業ビジネスモデルが 整備事業においては何に置き換えられるのかを考慮し, 有効であるといえる. 9項目を景観整備事業ビジネスモデル構成要素として新 たに提案,定義する. 各項目の括弧内は,対応する企 (2)前提条件の整合性 業のビジネスモデルの構成要素である. 整理した前提条件について,営利活動で使われている a)システムセグメント(市場セグメント) ビジネスモデルの考え方に景観整備事業を適応させるこ 存在価値や利用価値といった形で住民と行政の間でモ とを目標とした場合の整合性を検討し,直接対応関係が ノ・サービスをやり取りできるシステムを景観整備事業 得られない条件については,次のような解釈または対応 における市場と捉え,景観整備事業において,どのよう を行うこととした. な需要者に対してその価値を供給していくかを明確にす a)市場が存在 ることと定義する. モノ・サービスの取引可能なシステムが存在すること b)景観整備事業システム中での行政の位置付け であると解釈する. (商業システムの中での企業の位置付け) b)供給者が継続的に存在できるモノ・サービスの循環が 事業を行う主体としての行政の,景観整備事業に関わ 存在 る組織間の関係における位置付けと定義する. 必ずしも循環が存在していないため,景観整備事業に c)行政内の事業体制(企業内の事業体制) おいては循環させる仕組みづくりが必要である. 行政内の事業体制と定義する. c)最終的な所有権が需要者に帰属 d)コア・コンピタンス(コア・コンピタンス) 最終的な所有権が需要者に帰属するという意識が存在 提案手法の特徴的な部分を明確にすることと定義する. という条件に置き換えられる.実際に所有権が存在しな e)サイクルタイム(サイクルタイム) くとも,同等の意識があることで事業への参加態度とし 景観整備事業の流れを明確にすることと定義する. て現れると考えられるためである. f)収支予測(収支予測) d)需要者の受容したい動機が価格に依存 景観整備事業のどこで支出があり,どこで収入がある 供給者が複数の価格提示を行っているという条件に置 のか把握し,キャッシュフローについて予測することと き換えられる.価格に依存していない場合が多いが,そ 定義する. れ以前に住民に対して価格提示を行っていないことがそ g)行政サービスと事業費の関係 の要因と考えられるためである. (製品構成と価格の関係) e)供給者を構成する複数の組織間に協力関係が存在 どのような行政サービスに対してどれくらいの予算が 供給者を構成する複数の組織を統括する組織が存在と 必要となるのか規定すると定義する. いう条件に置き換えられる.これは,複数の組織間に協 h)組織と人材(組織と人材) 力関係がなくとも,統括する組織が存在すれば正しいや 各組織に対して,どのくらいの人材(人的資産)が用意 り取りがなされると考えられるためである. されていれば円滑な事業運営が望めるのかを規定すると f)複数の役割が異なる組織(企業)からなる供給者の組 定義する. 織間に協力関係が存在 i)提供方法と資金回収(販売方法と資金回収) この条件は景観整備事業において必ずしも成り立って 行政がどのように住民にサービスを提供して行くのか いる条件ではないことから,事業運営においてこの条件 ということと,資金回収の方法を規定することと定義す を成立させることを必須とする. る. g)供給者は自己資金を保有し,自由に使うことが可能 (2)景観整備事業ビジネスモデル構築の手順 現在の行政の仕組みの上では,自己資金を自由に使う これより,以下の手順に沿って景観整備事業のビジネ ことを可能にすることは不可能である.しかし,公共事 スモデルを構築していく. 業に対する資金は存在し,それらは各自治体によって使 168 望を取り入れて最終的な計画案を作成していく手法であ る.これは住宅販売等で用いられているビジネスモデル ビジネスアイデアの考案 を基にした提案である.住宅販売では,既製品には満足 しないが手間がかかるのも嫌であるというニーズを満た ビジネスモデル構成要素の各項目を規定 すことで顧客を獲得しており,景観整備事業においても 同様の効果が期待できる. 提案 このアイデアを基に作成した景観整備事業ビジネスモ デルの構成要素を以下に示す. 図-3 景観整備事業ビジネスモデル作成の流れ a)システムセグメント 本手法のシステムセグメントは,少ない事業負担で景 a)ビジネスアイデアの考案 観整備を行ないたい地域に対して,景観整備事業で生み 企業等の既存のビジネスモデルを参考として,景観整 出される価値を提供すること. 備事業のビジネスアイデアを提案する.このとき,現在 の景観整備事業の問題点についての解決策を考え,それ 現状行われている多くの住民参加型事業のように計画 らを解決するようなシステムやプロセスの組み込まれた 策定を一から住民と行政で行なう場合,話し合いの回数 アイデアとする. が膨大となるため住民の負担が大きく円滑な事業運営が b)ビジネスアイデアをもとにビジネスモデル構成要素の 望めない場合が多い. この問題点を解決するために,本手法では景観整備の 各項目を規定 ビジネスアイデアについて,ビジネスモデル構成要素 デザインについて予め準備したデザイン(以後,「既成 の各項目を規定し,ビジネスモデルの枠組みを構築する. のデザイン」と表記する。)を提示し,その一部にオプ 始めに,ビジネスアイデア考案の際に参考とした企業の ション的に住民に決定を行なってもらう部分を組み込む ビジネスモデル,景観整備事業と関連があると考える建 ことで,住民の負担軽減,事業時間の削減を期待する. 築や不動産のビジネスモデルを分析し,同様に組み立て b)景観整備事業システムの中での行政の位置付け 住民が景観デザインを行なうと意見の抽出に多くの時 て行き,その後,景観整備事業特有の問題点や,考慮に 入れる必要がある部分を組み込んで行く. 間がかかり,行政の負担が大きくなることを踏まえ,本 c)景観整備事業ビジネスモデルとして提案 手法では景観デザインをアウトーソーシングで行ない, 行政は事業コーディネートを行なう. 前節で示した9項目の構成要素が規定されることが, ビジネスモデルとして成立する十分条件と考え,それを 満たす事業手法を新たな景観整備事業ビジネスモデルと 住民 コーディ して提案する. メンバーA 景観デザ イ ン担当会社 ここで提案する景観整備事業ビジネスモデルは地域ご との特性によって変化させなければならない項目を含ん でいるため,さらに条件設定を行い,それらの項目を規 定することで,具体的な対象物についての景観整備事業 ビジネスモデルを提案することが可能である. メンバーB 施工会社 ネート契約 事 業 建物設計 メンバーC 契約 造成請負 営 契約 行政 組 織 メンバーX 協働 7.景観整備事業ビジネスモデルの提案 運 その他 建設に関 負担金他 する出資 行政 本研究では以下の2つのビジネスモデルアイデアにつ 図-4 景観整備事業システムの中での行政の位置付け いて,ビジネスモデル構築の手順に従ってビジネスモデ c)行政の事業体制 ルを作成し,新たに景観整備事業ビジネスモデルとして 景観整備事業に対応できる課の常設を進める. 提案を行った. 現在の景観整備事業は,整備対象物の担当課が事業運営 を行っているが,景観整備事業を積極的に行っていくこ (1)オートクチュール方式 とを考えた場合,個別の課ごとに対応するのではなく, 現在,住民参加型事業といわれている多くの事業で, 景観整備事業担当の課等を設定するなど,常時対応でき 住民と行政によって一から行なわれている計画策定を外 る体制を整えておくほうが対応しやすく,また経験の蓄 部の専門家に委託し,オプション的に地域性や住民の要 積となり,より景観整備事業に強い自治体の形成が期待 169 提示を行う.それ以外の工程については,既存のビジネ できるためである. スモデルを参考とし,同様の流れによって行うこととす 知事 副知事 市長 部・局 課 部・局 景観課 る. f)収支予測 助役 わが国の公共工事の工事代金の支払い方法としては前 金(国の場合40%以内)と完成払いの2回の支払が通例とな 課 っているが,本手法においては出来高払い方式を採用す る.これによって,下請け業者のキャッシュフローの問 部・局 題点が解決され,円滑かつ,質の高い整備が期待できる. 図-5 行政の事業体制 d)コア・コンピタンス 既成デザインによるデザインレベルの向上と,住民負 担の軽減.さらに,それによる景観整備事業の導入の簡 易化.これは景観デザイン担当会社の設置による. デザインを外部に委託する場合,行政内の組織体制と しては少人数での対応が可能となり,組織の縮小化が図 図-8 従来の方式と出来高部分払方式の比較 れる一方で,現状より予算が増加してしまう可能性が高 国土交通省国土技術施策総合研究所HPより引用 いが,現在余分にかかっている労力や,時間を考えれば メリットは大きいと考えられる. g)行政サービスと事業費の関係 行政サービスとは,行政が住民に提供する物質または 住民 コーディ メンバーA 景観デザ イ ン担当会社 メンバーB サービスであり,本手法においては既成デザインと,ハ 施工会社 ネート契約 ード面での景観整備,行政の事業コーディネートサービ 事 スの提供である. 業 メンバーC 建物設計 契約 運 造成請負 営 契約 事業費は,サービス内容ごとに設定される.既成デザ 行政 インについては事業費の5%程度とし,設計監理料を参考 組 織 メンバーX 協働 行政 とした.工事費は対象物によって大きく金額が異なるた その他 建設に関 め事業ごとに検討を行なう.行政のコーディネートサー 負担金他 ビスは,税金によって賄われるため価格の設定は行われ する出資 ない. コア・コンピタンス h)組織と人材 一つの事業に対して行政は,事業の全ての組み立てを 図-6 コア・コンピタンス 行うコーディネーター,コーディネーターの業務内容の e)サイクルタイム 確認・相談を受けるプロジェクトマネージャーを組織す 事業開始の合意が得られた段階で,住民へのデザイン る.これは事業を行うのに必要な最低限の人材量である ので,事業の規模・質によっては臨機応変に対応する必 説明会 事業決定 要がある. 設計見積承認 i)提供方法と資金回収 事業運営組織の 工事請負契約 設置 【行政―ゼネコン】 しているわけではないので,行政側から積極的に住民に 設計開始 工事着手 提供内容をアピールしていく必要があると考えられる. 本手法の場合,住民の意識が高い地域をターゲットと 営利活動で企業が行っているような事業PRが有効であ (住民+専門家) 引渡 工事請負契約 【行政―ゼネコン】 ると考えられる. 事業費の回収方法であるが,公共事業であるため税金 工事竣工検査 によって賄われる.国,県,市町村それぞれ補助金制度 を行っており,民間の補助金制度も数多くあることから 設計見積依頼 それらを活用することになる.民間の資金援助等の多く 図-7 サイクルタイム 170 存在するため,各自治体によっての情報収集が必要とな されるため,景観整備事業に対応できる課の常設を進め, る.それらを上手く組み合わせ,その地域,対象物にあ 地域の景観整備事業へのバックアップ体制を築く.よっ った事業費の調達方法を事業ごとに考えなければならな て,景観整備事業全般を担当する課が存在しない地域は, い. 新たに景観課の設置を行うことで,適正なバックアップ 整備した物に維持管理が必要である場合は,維持管理 体制が築かれると期待される. 費を支払って民間企業等に委託するのではなく,住民に 維持管理活動を行なってもらうことで,資金回収とみな すことが可能である. 知事 副知事 市長 助役 部・局 課 部・局 景観課 (2)拡大型住民参加型事業 課 現在の景観整備事業で住民参加というのは,自治体の 住民のみであったり,その範囲設定に差はあるものの対 部・局 象地域の住民を対象としている.しかしながら,景観が 図-10 行政の事業体制 人々に与える影響というのは現在そこに住んでいる住民 d)コア・コンピタンス だけではなく,将来その地域に住む住民にも大きな影響 を与える.そこで,景観整備事業を行う段階で,現在住 住民だけでなく将来そこに住む可能性のある人が事業 んでいる住民だけではなく将来その地域に住む予定のあ に参加することで,長期的に活気を持つまちづくりが可 る人々にも事業参加をしてもらい,計画策定を行ってい 能になる点.これは,外部参加者を募ることに由来する. これによって資産価値の長期的な維持が可能になると こうとする手法である. 考えられる. 事業直後は美しく整備された街として一定の評価を受 けても、住民が減ることで活気がなくなり、結果的に失 事業参加者 敗事例として人々に認識されてしまう景観整備事業も少 地域住民 協働 なくない。このようなことを防ぎ,本当に意義のある景 観整備事業を行うために本手法を提案する. 工事請負 事業 専門家 行政 このアイデアを基に作成した景観整備事業ビジネスモ 契約 協働 参加 施工会社 アドバイス デルを以下に示す. 外部参加者 a)システムセグメント コア・コンピタンス 本手法においては,長期的に資産価値を維持できる景 図-11 コア・コンピタンス 観整備事業を行いたい地域に対して,景観整備事業で生 み出される価値を提供すること. e)サイクルタイム b)景観整備事業システムの中での行政の位置付け 事業開始前に,外部者を事業参加者として認めるかど 事業参加範囲を,地域住民,行政,外部参加者とし, うかの合意を住民から得る.合意が得られた場合には事 混合組織によって事業を進めることとする.景観整備事 業PRを行い,事業参加者を募る.参加者が,予定人数 業において,対象物の専門家の参加は避けられないこと に達したところで事業を開始することとする. から,専門家は混合組織に対して,独立した立場からア それ以降の工程については現在の景観整備事業のプロ セスを参考とし,組み立てた. 事業参加者 地域住民 協働 専門家 事業 工事請負 行政 協働 参加 事業提案 契約 事業の開始 施工会社 既存住民への事業説明 合意獲得 WSによる計画策定 事業PR 事業着工 アドバイス 外部参加者 外部参加者の公募 施工 図-9 景観整備事業システムの中での行政の位置付け 図-12 サイクルタイム ドバイスを行う. c)行政の事業体制 f)収支予測 本手法においては,行政の負担が増加することが予想 (1)f)と同様. 171 g)行政サービスと事業費の関係 表-1 事業の流れ 行政サービスとは,行政が住民に提供する物質または サービスであり,本手法においては主にハード面での景 平成14年6月 観整備である.ハード面の景観整備は対象物によって大 平成15年1月 きく金額が異なるため,対象物ごとに検討を行なう必要 平成15年3月 があると考えられる. 景観整備事業を行うことによって土地価値の上昇が期 平成15年4月 待できることから,その差額分が商品価値として考えら 平成15年6月 道路整備の計画を説明 (第51回景観形成ワーキング) 街路樹の決定 花壇の自主管理の提案(住民側か 街灯決定 ボラード決定 植栽帯の管理方法の調整 道路設計・工事概要の説明 (第59回景観形成ワーキング) 工事着工 れる. 計9回のワークショップの場を持ち,行政と住民との話 h)組織と人材 し合いが行われた.計画案には住民の意見が大きく反映 本手法は,外部参加者を募る.よって,現在住民参加 で行われている事業(景観整備事業以外も含む)を参考と され納得のいく事業が行われた. した上で,人員は増やすこととする.その規模について d)問題点 本事業において,結果的には利用客にも評判が良いよ は,事業の大きさや,地域特性を考慮して検討しなけれ ばならない. うであるが,事業に参加したのは商店街の住民のみであ i)提供方法と資金回収 った.しかし,道路の利用価値を受益する人の多くは住 提供方法は,行政が地域住民と,外部参加者それぞれ 民以外の人である.駅というのは人によっては毎日使う に行うものとする.外部参加者に対しては営利活動が行 ものであり,その周辺道路については住民のみならず利 っているような事業PRの手法をとることで事業周知を 用者も事業に取り込むことが必要であったと考えられる. 促し,地域住民には環境の向上,外部参加者には将来で (3)提案事業の概要 の住環境の向上を提供する. 上記の問題点を考慮し,同地区において7章で提案し 資金の回収は,税金と補助金制度を活用し,住民の金 銭的負担をできるだけ少なくする.地域,対象物によっ た拡大住民参加型事業をシミュレーションで行うことと て活用可能な補助金制度が異なるので,事業ごとに検討 した. を行なう必要がある. a)事業名 東京都北区赤羽東口京浜通り商店街地区街路整備事業 b)対象地 東京都北区赤羽東口京浜通り商店街 8.景観整備事業ビジネスモデルの適用検討 (1)提案手法の適応地域の選定 既に行われた事業手法との比較検討を行いその差を明確 にするため,既に景観整備事業が行われた地域について 調査を行い,同じ地点での景観整備事業を想定して新た に景観整備事業ビジネスモデルを作成する. (2)対象地域での現在までの取り組み a)対象地 東京都北区赤羽東口京浜通り商店街地区 b)概要 図-13 対象地地図 東京都北区HPより引用 東京駅の北のターミナルである赤羽駅周辺地区は個性 的な商店街が集る商業集積地区である.もともと鉄道の c)整備内容 盛り土際にある街路で決して明るいイメージの場所では なかったが,JR赤羽駅付近の連続立体交差化と赤羽駅 ・花壇の設置 舎のリニューアルに合わせて,道路整備を行なった.計 ・歩車道のバリアフリー化 画案は地域住民と行政の協働によって立案され,道路拡 ・歩道ブロックの整備 張と景観整備を実施した. ・街路樹の整備 d)事業主体 c)事業の流れ 東京都北区 172 勉強会「ワーキング部会」が開催されていた.この中心 (4)ビジネスモデル各項目の詳細規定 となった行政組織は北区都市整備部都市整備計画課(当 本事業には,拡大住民参加型事業でシミュレーション 時)であり,その場に道路課が参加して事業を進めてい を行うことから,以下に拡大住民参加型の景観整備事業 く形がとられた.組織間に協力関係が存在したために, ビジネスモデルを適応する.拡大住民参加型事業の場合 景観課のような総括的な課が存在しなくても円滑な事業 外部参加者は将来その場所に住む人を対象としていたが, 運営が行なわれたと考えられる. 本事業においてはそれを利用者とする.これは,駅や商 d)コア・コンピタンス 店街の利用者が受益すると考えられる価値が景観整備で 住民だけでなく日々その施設を利用する人が事業に参 生じる価値の大きな部分を占めると考えられるためであ 加することで,長期的に評価される,質の高い整備事業 る. が行われる点であり,これによってより優れた整備が行 この手法によって行うことで実際に行われた事業とど うことが可能であったと考えられる. こに差異が出るのかを同時に検討していく. a)システムセグメント 地域住民 協働 本地域は道路拡張工事に合わせて地元商店街と一体と なった景観整備事業を行うものである.商店街の場合, その価値を提供するシステムとしては地域住民にみなら 事業 東京都北区 工事請負 参加 都市整備部 契約 アドバイス 本事業ではそのような利用価値に対して住民以外にそ 駅・商店街利用者 コア・コンピタンス の価値を受益する人が多い地域に特化した手法である. これによって,より存在価値・利用価値の高い施設整備 施工会社 協働 ず,施設利用者への利用価値が多くを占める. 建設 コンサルタント 図-15 コア・コンピタンス が行なわれることになると考えられる. e)サイクルタイム b)景観整備事業システムの中での行政の位置付け 地域住民と,施設利用者を同時に事業に参加させる場 事業参加範囲を,地域住民,行政,外部参加者とし, 合,事前に住民に合意を得なければ事業が成立しないこ 混合組織によって事業を進めることとする.景観整備事 とから,施設利用者の中から事業参加希望者を集める前 業において,対象物の専門家の参加は避けられないこと に既存住民の合意を得て,その内容を基に施設利用者を から,専門家は混合組織に対して,独立した立場からア 集めるという手順を踏むことが必要である.ある程度の ドバイスを行う.本事業は道路整備であることからコン 数の施設利用者が集まった段階で本格的な事業を開始す サルタントの参加が欠かせないと考えられる. ることとする. 本手法の場合,事業参加者が多方面に及ぶことから, その後の事業展開は,現在までの景観整備事業を参考 行政はそれらをまとめるコーディネート的な役割が多く とし住民参加のもと計画策定を行いその計画に沿って, を占めると考えられる.これは行われた事業でも満たさ 建設コンサルタントが実施設計を行うこととする. れている. 実際に行われた整備では,利用者の事業参加はなく比 較的スムースに事業が行われた.利用者という地域外部 地域住民 協働 の参加者を募ることで事業運営に様々な支障をきたす事 が予想されるが,事前に住民が納得しその上で利用者の 建設 事業 東京都北区 工事請負 コンサルタント 参加 都市整備部 契約 協働 アドバイス 意見を取り入れることができれば,よりニーズの高い整 施工会社 備が行なわれると考えられる. 駅・商店街利用者 事業提案 図-14 景観整備事業システムの中での行政の位置付け 既存住民への事業説明 合意獲得 c)行政内の事業体制 まちづくり部内に,景観課の設置を行う. 事業PR 実際の事業においてその中心であった行政組織は,北 駅・商店街利用者の 区都市整備部道路課(現 まちづくり部工事課)であった. 事業参加者募集 その他にも本地区においては事業以前から景観形成地区 図-16 サイクルタイム 指定の動きがあり,住民と行政,コンサルタントによる 173 事業の開始 WSによる計画策定 事業着工 施工 f)収支予測 このように,ビジネスモデルの考え方に基づいて景観 資料不足のため,比較検討を行なうことはできなかっ 整備事業の展開を組み待てることで,様々な部分が明確 た. となり,より円滑な事業運営が望めると考えられる. g)行政サービスと事業費の関係 事業費は約2億2千万円程度であった.同様の整備を行 9.結論 なうこととしているため,これに変化はないと考えられ る. h)組織と人材 本研究の成果として以下の点が挙げられる. 本手法は,外部参加者を募るため,実際行われた手法 ・成功している企業のビジネスモデル把握の手段として, と比較して人員は増やすこととなる. ビジネスモデル構成要素が有効であることを示した. 実際に事業に参加した道路課の職員は3名あった.こ ・新たに景観整備事業ビジネスモデル構成要素の定義を れに事業PR等利用者関連の業務を扱う人材を増やし組 行い,それを用いた景観整備事業ビジネスモデルの構築 織を再編する必要がある. 方法を示した. i)提供方法と資金回収 ・景観整備事業ビジネスモデルの構築方法に従い,2つ 資金の回収方法としては,第一に税金が考えられる. のビジネスアイデアについてビジネスモデルを構築した. 本事業の場合,駅前の道路整備であり使用料等での料金 ・景観整備事業ビジネスモデルが現行の手法と比較して 徴収は考えられない.更に,利用できる補助金等の制度 改善が期待できることを示した. としては,シンボルロード整備事業や,まちづくり交付 また,今後の課題として以下の点が挙げられる. 金等の利用が考えられる. ・失敗事例の景観整備事業と比較し,代替案を提案する 実際の事業費においては2億2千万のうち3000万円につ ことでより景観整備事業ビジネスモデルの有効性を示す いて東京都福祉のまちづくり地域支援事業補助金を利用 必要がある. したが,本手法の場合地域住民のみに対しての整備では ・景観整備事業ビジネスモデルに従った景観整備事業を ないので,その他の補助金制度を利用し,地域住民の負 実際に行い,事業記録を取りながら考察を行う必要があ 担を減らすことも考えるべきであると思われる. る. (5)改善点の検討 本手法で景観整備事業を行うことによって,より多く の人のニーズを満たす事業が行うことができるというの 参考文献 が,最大のメリットであると考えられる.しかし,一方 1) 石井信行,吉森新平:企業のマーケティング論から見た景 でそのような手法をとることは事業運営の負担を増加さ 観整備事業の評価,土木計画学研究・論文集,No.20, せ,様々な問題を引き起こすと考えられる. pp.441-447,2003. そのような問題に対し,事業をビジネスモデルの考え 2) 石井信行,引田次郎,吉森新平:プロセスとシステムから 方で組み立てることによって対処することが可能である. 見た景観整備事業の特徴の把握に関する研究,土木計画学 例えば,住民以外の事業参加者を募ることで行政の負担 研究・講演集,No.32,2005. 3) 森雅俊,宗平順己,左川聡:ビジネスモデル設計とUML表記 は増加することが予想されるが,ビジネスモデルの考え 方に基づくと,それにはどの程度の人材を確保する必要 に関する研究 ビジネスモデル学会研究報告書 2004. があるこかということが検討項目となる.これによって, 行政に無理が生じ事業が頓挫するというような可能性を 4) 玄場公規,児玉文雄:コンビニエンスストアのビジネスモ デルの分析 ビジネスモデル学会研究報告書 2002. 回避することができる. 174