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企業の教育訓練と自己啓発の関係 - Doors

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企業の教育訓練と自己啓発の関係 - Doors
Graduate School of Policy and Management, Doshisha University
1
企業の教育訓練と自己啓発の関係
荒尾 千春
概要
我が国企業の基本戦略は、「高度な人材を開
発し蓄積すること」つまり、しっかりとした人
材育成のための教育訓練が必要である。しか
し、その効果は短期間では表われにくいことも
あり、不況時には削減されやすいと言われてい
る。リーマン・ブラザーズの破綻に端を発する
金融危機が瞬く間に世界に伝播し、未曽有の経
済危機へと発展した今、教育訓練費を思うよう
に捻出できない企業もあり、また、近年は、そ
の能力形成の訓練機会も、企業の責任から個人
の責任へと変化している。
本稿では、最近減少傾向にある企業の教育訓
練に注目し、自己啓発の積極性との関係を分析
する。1586 人にインターネットで行ったアン
ケート調査を基に、それぞれの就業形態の能力
開発はどのように行われているのか、積極的な
自己啓発が求められる中どのような問題がある
のか、就業形態の違いによる能力開発の機会の
実態とその問題について考察し、企業として国
としてどのような取組が必要なのかを提案する
ことを目的とする。
1.はじめに
高付加価値型の経営体制を作り上げる―我が
国企業の基本戦略であるが、そのためには、
「高
度な人材を開発し蓄積すること」つまり、しっ
かりとした人材育成のための教育訓練が必要で
ある。しかし、その効果は短期間では表われに
くいこともあり、不況時には削減されやすいと
言われている。
2008 年秋、米国の投資銀行リーマン・ブラ
ザーズの破綻に端を発する金融危機が瞬く間に
世界に伝播し、未曽有の経済危機へと発展した
今、教育訓練費を思うように捻出できない企業
もあるようだ。また、近年は、その能力形成の
訓練機会も、企業の責任から個人の責任へと変
化している。
また、
教育投資の効率化を重視する観点から、
教育訓練の「選択と集中」が行われる傾向があ
る。つまり選抜された社員に限り教育の訓練の
機会が与えられるのである。
さらには、雇用形態の違いによる教育訓練の
機会の問題などもある。1990 年に入ってから、
日本の労働市場では、長期の雇用関係の下で働
く、いわゆる正社員が減少し、パート、アルバ
イト、契約社員といった非正社員及び派遣労働
者・請負労働者といった外部労働者が増大して
いる。こうしたなかで、所得を得る機会として
だけではなく、職業能力の開発や継続的なキャ
リア形成が可能となる職業生活を、現在かつ将
来的にも確保・実現するためには、すべての働
く人々に対して能力開発の機会が提供されるこ
とが不可欠である。
しかしながら、非正社員及び外部労働者は、
正社員に比べて、能力開発の機会が量や質の面
で劣っている。能力開発基本調査
(平成 20 年度)
によると、Off-JT を実施した事業所は正社員
76.6%、非正社員 35.0%、計画的な OJT 実施し
た事業所は、正社員 59.4%、非正社員 23.8%と、
非正社員に対する実施率は、正社員の半分以下
と大きな格差がある。現状のままでは、こうし
た人々の職業能力の開発と蓄積が進まないため
に、
キャリア形成に支障を生じるかもしれない。
今後、このような非正規労働者が増えれば、
2
荒尾 千春
将来的に、我が国における技能の蓄積や継承さ
らには労働生産性の低下を引き起こす可能性も
考えられる。
企業の教育訓練機会は減少傾向にあっていい
のだろうか。能力開発を自己責任と言い放って
良いのだろうか。すべての労働者が能力開発を
しやすい環境とはどのようなものだろうか。
本稿では、最近減少傾向にある企業の教育訓
練に注目し、自己啓発の積極性との関係を調
査する。データは、昨年就業していた 21 歳か
ら 50 歳までの男女 1586 人にインターネットで
行ったアンケート調査結果を基に、それぞれの
就業形態の能力開発はどのように行われている
のか、積極的な自己啓発が求められる中どのよ
うな問題があるのか、就業形態の違いによる能
力開発の機会の実態とその解決策について考察
し、企業として国としてどのような取組が必要
なのかを提案することを目的とする。
2.日 本企業の教育訓練(能力開発)の
変化と問題点
2. 1 変化する企業の教育訓練戦略
本章では、昨今の日本企業の教育訓練の変化
と問題、自己の能力開発の傾向と、必要なシス
テム、能力開発の意義などを考察する。
市場環境の変化のなかで投資活動のリスクが
大きくなってきているがために、企業は教育訓
練の戦略を大きく変えようとしている。その変
化は、「従業員に対して広く教育訓練機会を提
供する」平等主義的な教育訓練投資から教育訓
練投資の効果や成果を厳しく問う方向に教育訓
練を確実に変化させつつある。その変化とは、
投資効果が望める人材に集中的に教育訓練投資
をするということ、そして、もう一つは、選択
型研修に代表されるように、「やる気のある従
業員が訓練を受ける」傾向にあるということだ。
厚生労働省の能力開発基本調査(平成 20 年
度)では、正社員に対する教育方針について、
「選
抜した労働者の能力を高める教育訓練」を重視
する、
またはそれに近いとする企業は 59.5%
(平
成 18 年度 47.2%)であり、「労働者全体の能力
を高める教育訓練」を重視する又はそれに近い
とする企業割合は 40.4%(平成 18 年度 52.9%)
となっており、選抜した労働者の教育訓練を重
視する傾向にあることが分かる。
また、職業能力開発総合大学校能力開発研究
センター(2002)によると、昨今の企業研修の
傾向は、そのような受講対象者の変更の他に、
従業員に自分のキャリアを考えさせる要素が加
わるようになったという。これは規模の大きい
会社にその傾向が多くみられるということだ。
このように企業の教育訓練戦略が変化すれ
ば、個人は自らの責任でキャリアを考え、能力
開発に努めることが求められ、能力を開発する
行動を変えていく必要に迫られている。能力開
発の自己責任化、つまり、自分で積極的に自己
啓発を強いられる環境になっている。
教育訓練の機会が比較的多い正社員でさえ
も、選抜教育訓練の傾向が強くなり、労働者全
体の教育訓練の機会が減る中、
正社員に比べて、
能力開発の機会が量や質の面で劣ることは否定
できない非正社員及び外部労働者の職業能力の
開発や蓄積、あるいは継続的なキャリア形成は
どのようになるのかだろうか。
また、
自らのキャ
リアを考える機会はあるのだろうか。
正社員においても選抜された従業員と、選抜
されなかった従業員との間に能力開発の差が生
じ、また、正社員と非正社員との間にも同じよ
うに能力開発の機会に差が生じてしまう。教育
訓練機会(能力開発)の極端な2極化が進み、
必然的に労働生産性や賃金の差もさらに大きく
なるであろう。 2. 2 人材開発
人の成長は、教育と自己学習の総合効果によ
ると言われている。組織における優れた人材開
発策は、仕事の経験、研修・OJT、自己啓発が
相乗的に効果を発揮するように構築されたシス
テムであるといえる。仕事の機会の提供や仕事
の仕方、仕事や能力の評価とフィードバック、
処遇の仕組み、仕事や自己啓発への動機づけを
含めて総合的にとらえていく必要がある。仕事
に動機づけられれば、高度な仕事へのチャレン
ジや高い業績の確保への意欲、そのための自己
啓発を刺激することにもなる。
川端(2003)は、
キャリア形成過程において、
やりがいのある新たな仕事の経験や困難な課題
へのチャレンジなどの機会を積極的に提供し、
企業の教育訓練と自己啓発の関係
自己開発を図る機会提供教育をすることが重要
であるという。
また、今日の経営環境においては、職場での
キャリア・カウンセリングも重要となっている。
従業員を対象としたキャリア形成支援の一環と
してキャリア・カウンセリングが導入される背
景には、まず、従業員の自発的なキャリア形成
が求められていること。2つ目に、設定された
キャリア目標を達成しようとする取組みの過程
やその結果によって、従業員のキャリア満足度
と動機づけが高まること。3つ目に、高い満足
度を感じ、動機づけられた従業員の増加によっ
て生産性の向上が期待できることである。
非正社員は、正社員と違い、単純作業を任さ
れがちであり、計画的な OJT や Off-JT などの
研修の受講機会も少なく、能力開発が厳しい状
況にあることを察する。自己啓発につながる動
機づけも得にくく、スキルアップ方法や、方向
などが示されることが少ない。また、キャリア・
カウンセリングを受ける機会も少ないと思われ
るので、
「こうなりたい」と思う職業人生設計
も描きにくい状況であると考えられる。
3.先行研究
この章では、自己啓発に関する先行研究を取
り上げることとする。奥井(2002)1 は、所得
が高いと通信教育を受ける確率が高くなる。吉
田(2004)2 は、都市に居住するものは仕事に
生かす目的で通信教育やカルチャースクール等
の受講をする傾向にあり、子供の存在が通学に
よる自己啓発をする際に障害となるとしてい
る。平野(2007)3 は、自己啓発は高学歴の女
性が行う。また、結婚していることや、未就学
児童の存在が自己啓発を抑制する効果がみられ
る。通信教育に関しては未就学児の負の影響が
3
みられないが、通学による自己啓発には子供の
数による負の影響がみられる。家計所得が多い
と自己啓発を行う。フルタイム就業者が、また
勤続年数が長いほど通信教育を行う傾向があ
る。すぐにでも働きたい、2∼3年後には働き
たいと考えている女性が通信教育を行う傾向が
みられる。一方で通学は一定の期間を要するた
め、すぐに働きたい女性はこの自己啓発を行わ
ないなどを分析している。以上のように女性の
自己啓発についての研究はあるが、
多くはない。
他に、自己啓発に大きな影響があると思われ
る、企業での能力開発やキャリア開発につい
て以下のような研究がある。奥西(2008)4 は、
また、ワーク・ライフ・バランス実現度が仕事
の満足を左右する重要な要因であるといい、雇
用主による能力開発、ワーク・ライフ・バラン
スの実現などは、雇用形態を問わず、仕事満足
感と高い相関をもっており、仕事満足感が高ま
れば職場の仕事成果も高まると分析している。
石山・木戸(2007)5 によると、
キャリアセンター
を導入した企業には、
様々な効果があるという。
例えば、日本電気(NEC)では、キャリアセン
ターで、キャリアの方向性、セカンドキャリ
ア、人材公募、他職種・部門への異動、能力開
発、現職不満・不安、職場環境、仕事と家庭の
バランスなどの相談内容を受けているが、キャ
リアセンター導入後のキャリア開発研修への参
加(任意)が増えているという。30 歳研修は
導入当初 26.6%に過ぎなかった受講率が、2005
年には 50%に上昇したそうだ。また、キャリ
アセンターを設けたことによる企業の共通の成
果は、制度設計、導入だけではなし得なかった
個人別の多様なニーズに応えることができるよ
うになったこと、あるいは、従業員にキャリア
開発に関する「気づき」を与えることができる
ようになったことだという。自ら「気づく」こ
とが、個人主導のキャリア開発を進展させてい
分析に利用するデータは、
(財)家計経済研究所による同一個人に対して追跡調査を行ったパネルデータ「消費生活に関するパネル調査」
の 1994、1996 年個票データである。調査対象は 1993 年時点で 24 歳から 34 歳である 1500 人の女性。
2
分析に利用するデータは、
(財)家計経済研究所による同一個人に対して追跡調査を行ったパネルデータ「消費生活に関するパネル調査」
の 1993 年から 1999 年までのデータである。調査対象は 1993 年に 25 歳から 35 歳であった女性 1500 人。
3
分析利用データは(財)家計経済研究所による同一個人に対して追跡調査を行ったパネルデータ「消費生活に関するパネル調査」の
1994、1996 年、2000 年の個票データである。調査対象は 1993 年時点で 24 歳から 34 歳であった 1500 人の女性。
4
(株)マイクロミルの登録モニターに対するネット調査であり、25 ∼ 59 歳の雇用労働者男女。有効回答数正社員 1030 人、非正社員 1030 人。
5
2004 年8月から 2005 年3月にかけて実施したインタビュー調査である。対象社は、NEC、富士ゼロックス、伊藤忠商事、千葉興業銀行、
外資系製薬会社。
1
4
荒尾 千春
くために最も効果があると主張する。
原(2007)6 は、日本企業の能力開発の実態
を分析している。70 年代前半以降の企業によ
る能力開発実施の推移と、能力開発に積極的な
企業の特徴を明らかにした上で、企業能力開発
を促進するためにはどのような対策が考えられ
るのかを論じている。
原は、Off-JT の受講率を 30 ∼ 299 人の中規
模企業と 300 人以上の大規模企業で比較して
いるが、Off-JT の受講率では、90 年代までは
30 ∼ 299 人の中規模企業と 300 人以上の大規
模企業の両方で Off-JT の受講率が高かったが、
2000 年代では 300 人以上の大規模企業のみ統
計的に有意に受講確率が高くなっている。近年
ほど Off-JT の実施が大企業によって偏ってい
ることがうかがえる。また、90 年代までは確
認された男女間ならびに学歴間の受講確率の違
いが、2000 年になるとみられなくなる。その
一方で、2000 年代に入ると、非正規社員とく
らべ正社員の方が統計的に有意に受講確率が高
くなることが確認され、就業形態によって強く
規定されるようになったことが示唆される。
また原は、将来のキャリアデザインについて
相談できる仕組みがある企業では、仕事上の能
力を高めるための指導やアドバイスも積極的に
なされていることを主張する。さらに先輩が後
輩を指導する雰囲気のある企業では、従業員の
Off-JT 受講に積極的であることを示した。「相
談」に関する制度や「教える・教えられる」こ
とに関する職場の雰囲気が職業能力開発と相互
補完的な関係にあるという。さらに、職場にお
ける指導やアドバイスが労働者の職業能力に対
する自信を高めることも示している。
4.就業形態別自己啓発の実態調査
4. 1 データ
個人の能力開発において、今後ますます、自
己啓発を行うことが不可欠だが、どのような就
業形態の人たちが、どのくらい自己啓発を行っ
ているのだろうか。
先行研究では自己啓発の動機づけについて、
賃金の影響の有無やキャリアデザインの機会の
有無、子供(子育て・家事負担)の有無、能力
開発の有無などを挙げているが、いずれの研究
も、自己啓発をしているか、していないかとい
う極端な調査でしか行われていない。
本稿では、自己啓発の積極性に注目してい
る。
「自己啓発をしていますか」という設問に
対する答えを「積極的に自己啓発をしている」
「どちらかというと積極的にしている」
「積極的
ではないがしている」
「自己啓発をしていない」
の4段階の評価にした。4段階の評価にするこ
とによって、他の先行研究では触れられていな
い労働者の自己啓発への積極性の度合をうかが
い知ることができるのではないかと期待して
行った。どのような環境の、どのような就業形
態の人たちが、どのように自己啓発をする傾向
があるのか等を考察する。
昨今減少傾向にある企業の教育訓練(OJT や
Off-JT)と自己啓発との関係に注目し、具体的
には、就業形態や企業の規模、男女の違いによ
る教育訓練と自己啓発の傾向、自己啓発の問題
点、仕事のやりがいと自己啓発の相関関係など
を分析している。
本稿で分析に使用するデータは、筆者が参加
した研究会で実施した「第2回ライフスタイル
とお仕事に関するアンケート調査」を基にして
いる 7。Goo リサーチに委託して、同社の登録
モニターに対して行ったインターネット調査で
あり、個人の個票データである。
調査期間は 2009 年 10 月5日から7日である。
サンプルフレームは、日本全国の 21 歳から 50
歳の男女で、2008 年に就業していた人とした 8。
回答者の内訳は、民間の正社員 894 人(全サン
プル数の 56.4%)
、公務員 109 人(6.9%)
、自
営・自由業 105 人(6.6%)
、パート・アルバイ
ト 250 人
(15.8%)
、
契約社員・嘱託 96 人
(6.0%)
、
分析に利用するデータは、能力開発に関する研究会(平成 16 年度経済産業省委託事業)が 2005 年に実施した『働き方と、学び方に関
する調査』の労働者個票データである。調査対象は全国の市町村に居住する満 25 歳以上 54 歳以下の男女 5000 人で民間企業の雇用者、
調査期間は 2005 年1月8日から2月6日である。
7
本調査は、科学研究費補助金(基盤研究 B、課題番号 19330054、代表:同志社大学政策学部川口章)を受けて行われた。
8
2008 年から行っている調査で、その時就業している人を対象としていた。2009 年も同じサンプルでの比較を行う調査目的もあり、2008
年に就業をしている人が対象である。
6
企業の教育訓練と自己啓発の関係
派遣労働者 52 人(3.3%)
、その他の就業者 10
人(0.6%)、無業者 70 人(4.4%)である。
4. 2 企業の教育訓練と自己啓発の関係
前述したように、能力開発は、自己責任の傾
向にある中で、労働者あるいは、労働者になり
得る人たちは、どのように能力開発を行ってい
るのか。減少しつつある企業の教育訓練と自己
啓発の積極性との関係を考察する。
アンケートでは、「あなたは、過去3年間に、
勤務先でどのような教育訓練を受けましたか」
という設問で聞いている。
過去3年間の勤務先での教育訓練(OJT と
Off-JT)を受けている人と受けていない人の自
己啓発の積極性を比較すると、OJT と Off-JT
を受けている人で自己啓発を積極的にしている
人は、186 人中 23 人(12%)であり、教育訓
練を受けていない人は 1057 人中の 37 人(4%)
と OJT と Off-JT を受けている人の方が積極的
に自己啓発をしていることがわかる。反対に自
己啓発を行っていない人に注目すると、OJT と
Off-JT を受けている人は 186 人中 38 人(20%)
であり、教育訓練を受けていない人は、1057
5
人中 544 人(51%)と企業での教育訓練を受け
ていない人は、自己啓発を行わない傾向が強い
という結果となった。川端(2003)は研修や
OJT を含むマネジメントは、能力開発を助成す
るものとして、自己啓発意欲を刺激し、方向付
け、さらにはその活動を援助するものであると
いう。今回の調査の結果からも、企業での教育
訓練があった方が自己啓発を積極的に行う傾向
が強くなるということが言えそうである。
4. 3 就業形態あるいは男女の違いによる
企業の教育訓練と自己啓発
原(2007)は、企業の能力開発の Off-JT に
関して、90 年代までは確認された男女間なら
びに学歴間の受講確率の違いが、2000 年にな
るとみられなくなり、その一方で、2000 年代
に入ると、非正規社員とくらべ正社員の方が
統計的に有意に受講確率が高くなることが確認
され、就業形態によって強く規定されるように
なったという。今回の調査では以下のような結
果となった。
図表−1は、就業形態の違いによる企業の
教育訓練実施率を示している。過去3年間で、
図表 - 1 就業形態の違いによる企業の教育訓練実施率
(男)民間正社員
公務員
自営業・自由業
(人)
教育訓練
OJT と Off-JT
OJT のみ
Off-JT のみ
受けていない
計
105(18%)
101(18%)
44( 8%)
318(56%)
16(21%)
14(19%)
10(13%)
35(47%)
568(100%)
75(100%)
4( 5%)
5( 7%)
2( 3%)
65(86%)
76(100%)
パート・アルバイト
2( 6%)
6(19%)
0( 0%)
24(75%)
32(100%)
契約社員・嘱託
2( 7%)
8(29%)
1( 4%)
17(61%)
28(100%)
派遣労働者
0( 0%)
0( 0%)
1(20%)
4(80%)
5(100%)
その他の就業
1(33%)
0( 0%)
0( 0%)
2(67%)
3(100%)
0( 0%)
2(15%)
0( 0%)
11(85%)
13(100%)
33(10%)
48(15%)
14( 4%)
231(71%)
326(100%)
無業
(女)民間正社員
公務員
2( 6%)
7(21%)
4(12%)
21(62%)
34(100%)
自営業・自由業
0( 0%)
1( 3%)
0( 0%)
28(97%)
29(100%)
218(100%)
パート・アルバイト
8( 4%)
28(13%)
6( 3%)
176(81%)
契約社員・嘱託
6( 9%)
11(16%)
3( 4%)
48(71%)
68(100%)
派遣労働者
3( 6%)
11(23%)
4( 9%)
29(62%)
47(100%)
その他の就業
1(14%)
0( 0%)
0( 0%)
6(86%)
7(100%)
無業
3( 5%)
9(16%)
3( 5%)
42(74%)
57(100%)
186(12%)
251(16%)
92( 6%)
1057(67%)
1586(100%)
総 計
資料出所:「第2回ライフスタイルとお仕事に関するアンケート調査」(2009 年 10 月)
荒尾 千春
6
受けてないのは男性 85%、女性 74%と、教育
訓練の機会の少ない労働者であったということ
である。
男女で比較すると、
派遣労働者と無業以外は、
どの就業形態においても女性の方が教育訓練の
機会が少ない。民間正社員女性も教育訓練は
OJT も Off-JT も受けてない人の割合が高いの
は、自営業・自由業、無業、その他の就業者を
除くと、パート・アルバイト女性 81%、派遣
労働者の男性 80%、パート・アルバイトの男
性 75%などの非正社員である。
昨年就業していた無業の男女も、教育訓練を
図表 - 2 就業形態別の自己啓発の積極性
(人)
自己啓発
積極的に
している
(男)民間正社員
どちらかといえば 積極的ではないが
積極的
している
していない
計
40( 7%)
103(18%)
200(35%)
225(40%)
568(100%)
公務員
6( 8%)
20(27%)
29(39%)
20(27%)
75(100%)
自営業・自由業
1( 1%)
15(20%)
18(24%)
42(55%)
76(100%)
パート・アルバイト
1( 3%)
2( 6%)
7(22%)
22(69%)
32(100%)
契約社員・嘱託
4(14%)
1( 4%)
9(32%)
14(50%)
28(100%)
派遣労働者
1(20%)
0( 0%)
2(40%)
2(40%)
5(100%)
その他の就業者
0( 0%)
2(67%)
1(33%)
0( 0%)
3(100%)
無業
2(15%)
4(31%)
1( 8%)
6(46%)
13(100%)
326(100%)
(女)民間正社員
20( 6%)
69(21%)
102(31%)
135(41%)
公務員
4(12%)
6(18%)
13(38%)
11(32%)
34(100%)
自営業・自由業
1( 3%)
6(21%)
12(41%)
10(34%)
29(100%)
218(100%)
パート・アルバイト
7( 3%)
24(11%)
74(34%)
113(52%)
契約社員・嘱託
4( 6%)
7(10%)
20(29%)
37(54%)
68(100%)
派遣労働者
1( 2%)
10(21%)
20(43%)
16(34%)
47(100%)
その他の就業者
0( 0%)
3(43%)
3(43%)
1(14%)
7(100%)
無業
2( 4%)
9(16%)
16(28%)
30(53%)
57(100%)
94( 6%)
281(18%)
527(33%)
総 計
684(43%) 1586(100%)
資料出所:「第2回ライフスタイルとお仕事に関するアンケート調査」(2009 年 10 月)
図表 - 3 企業の教育訓練の受講状況(企業規模別)
(人)
教育訓練
OJT と Off-JT
OJT のみ
Off-JT のみ
受けていない
計
民間正社員男 1001 人以上
55(33%)
33(20%)
18(11%)
62(37%)
301-1000 人 22(23%)
20(21%)
9( 9%)
45(47%)
96(100%)
101-300 人 14(15%)
27(29%)
7( 8%)
44(48%)
92(100%)
31-100 人 9( 9%)
12(13%)
7( 7%)
68(71%)
96(100%)
1-30 人 4( 4%)
9( 8%)
3( 3%)
94(85%)
110(100%)
168(100%)
わからない
1(17%)
0( 0%)
0( 0%)
5(83%)
6(100%)
民間正社員女 1001 人以上
14(19%)
17(23%)
6( 8%)
36(49%)
73(100%)
301-1000 人 10(16%)
10(16%)
4( 6%)
38(61%)
62(100%)
101-300 人 3( 8%)
6(16%)
3( 8%)
25(68%)
37(100%)
31-100 人 3( 7%)
7(16%)
0( 0%)
34(77%)
44(100%)
1-30 人 2( 2%)
7( 7%)
1( 1%)
91(90%)
101(100%)
わからない
1(11%)
1(11%)
2(22%)
5(56%)
9(100%)
資料出所:「第2回ライフスタイルとお仕事に関するアンケート調査」(2009 年 10 月)
企業の教育訓練と自己啓発の関係
71%の人が受けていないなど全体的に女性の教
育訓練は少ない傾向がみられ、原(2007)の分
析とは異なる結果となった。
また、図表−2は、就業形態別の自己啓発の
積極性を表している。自己啓発をしていない人
の割合が高いグループは、パート・アルバイト
男性の 69%、契約・嘱託社員の女性 54%、無
業の女性 53%などであり、過去3年での教育
訓練を受けていない人の割合が高いグループと
一致している。つまり、就業形態別に見ても、
企業での教育訓練の機会がある人が自己啓発も
行うなど、自己の能力開発に取り組む割合が高
いということが言える。
4. 4 企業規模の違いによる企業教育と自
己啓発
就業形態あるいは男女の性差による教育訓練
機会に差があることはわかったが、企業の規模
による教育訓練機会に違いはあるのだろうか。
また、自己啓発にも影響はあるのだろうか。サ
ンプル数が多い、民間正社員の男女で従業員数
ごとに比較する。
図表−3では、企業規模別の教育訓練の受
講状況を表わしている。教育訓練の機会(OJT
もしくは Off-JT のいずれかを受講している人)
の割合で一番多いのが、1001 人以上の規模の
企 業 の 男 性 で 63 %、 次 に 多 い の が 301 人 ∼
7
1000 人未満企業規模の男性で 53%、101 人∼
300 人未満の企業規模の男性 52%と続き、その
次に 1001 人以上規模の企業の女性 51%である。
規模の大きい企業(1001 人以上の規模)の従
業員の男女、あるいは 101 人以上の企業規模の
男性に教育訓練の機会が多いことがわかる。
ここで問題と考えるのは、100 人以下の企業
規模の教育訓練と女性全体の教育訓練の機会が
少ないことである。企業の教育訓練受講者は、
31 人∼ 100 人未満企業規模の男性で 29%、30
人未満の企業規模の男性で 15%、女性は全体
的に教育訓練の機会は少ないが、31 人∼ 100
人規模の企業で 23%、30 人未満では 10%であ
る。いずれにしても企業規模が小さくなる(従
業員の数が少ない企業)に従って、男女ともに
教育訓練の機会が少ない。
また、図表−4は、企業規模別の自己啓発
の積極性について表しているが、
「自己啓発を
している」と答えている人の割合が多いのが、
101 人∼ 300 人規模の企業の女性で 73%、次に
301 人以上∼ 1000 人規模の企業の男性で 70%、
1001 人以上の企業規模の男性 68%、1001 人以
上規模の企業の女性 64%、101 人∼ 300 人未
満の企業規模の男性が同じく 64%、301 人∼
1000 人未満の企業規模の女性 61%となってい
る。やはり、101 人以上の企業規模の労働者が
多い。しかし、自己啓発の有無では、女性も自
己啓発をしている人が多いということが分か
図表 - 4 自己啓発の積極性(企業規模別)
(人)
自己啓発
積極的に
している
どちらかといえば
積極的
積極的ではないが
している
していない
計
民間正社員男 1001 人以上
22(13%)
35(21%)
58(35%)
53(32%)
301-1000 人 8( 8%)
15(16%)
44(46%)
29(30%)
96(100%)
101-300 人 6( 7%)
20(22%)
33(36%)
33(36%)
92(100%)
168(100%)
31-100 人 4( 4%)
11(11%)
32(33%)
49(51%)
96(100%)
1-30 人 0( 0%)
21(19%)
33(30%)
56(51%)
110(100%)
わからない
0( 0%)
1(17%)
0( 0%)
5(83%)
6(100%)
民間正社員女 1001 人以上
7(10%)
16(22%)
24(33%)
26(36%)
73(100%)
301-1000 人 5( 8%)
14(23%)
19(31%)
24(39%)
62(100%)
101-300 人 1( 3%)
10(27%)
16(43%)
10(27%)
37(100%)
31-100 人 2( 5%)
10(23%)
12(27%)
20(45%)
44(100%)
1-30 人 4( 4%)
18(18%)
29(29%)
50(50%)
101(100%)
わからない
1(11%)
1(11%)
2(22%)
5(56%)
9(100%)
資料出所:「第2回ライフスタイルとお仕事に関するアンケート調査」(2009 年 10 月)
8
荒尾 千春
る。また、100 人以下の企業規模の従業員も、
半数以上の人達は自己啓発をしている。企業の
教育訓練が充実しているところに比べると、割
合的には少ないが、半数の人は、個人で努力し
ていることがうかがえる。
ただし、自己啓発の積極性に注目すると、
「積
極的に自己啓発をしている」と答えた人で一
番多いのが、1001 人以上の企業規模の男性が
13%、次いで 1001 人以上の企業規模の女性で
10%、301 人から 1000 人未満の男女で8%と、
企業規模の大きい企業、つまり教育訓練の充実
している企業の従業員が自己啓発も積極的にし
ているということである。
企業規模別にみても、OJT と Off-JT など企
業の教育訓練が充実している方が、積極的に自
己啓発を行うようになるという可能性が考えら
れる。
また、企業規模別に男女で比較すると、1001
人以上の企業規模の男性以外は、どの企業規模
も男性より女性のほうが、「積極的にしている」
または「どちらかといえば積極的にしている」
人の割合が高い。教育訓練の充実にかかわらず、
女性は自己啓発への基盤はある程度できている
ように感じる。
4. 5 自己啓発の問題点
自己啓発の問題点について、それぞれの就業
形態による違いはあるのだろうか。
「自己啓発
の問題点」について、あてはまるもの上位3つ
までを答えてもらった。民間正社員男性は①仕
事が忙しくて自己啓発の余裕がない(42%)②
費用がかかりすぎる(35%)③問題ない(20%)
であり、民間正社員女性は①費用がかかりすぎ
る(39%)②仕事が忙しくて自己啓発の余裕が
ない(30%)③やるべきことがわからない(21%)
である。
パート・アルバイト男性は①やるべきことが
わからない(31%)②費用がかかりすぎる(28%)
③どのような受講内容が自分の目指すキャリ
アに適切なのかわからない(25%)、問題ない
(25%)であり、パート・アルバイト女性は、
①費用がかかりすぎる(41%)②やるべきこと
がわからない(26%)③問題ない(20%)である。
契約社員の男性では①費用がかかりすぎる
(32%)②仕事が忙しい(29%)③どのような
受講内容が自分の目指すキャリアに必要なのか
わからない(18%)
、受講内容や資格の効果が
定かでない(18%)
、問題ない(18%)
。契約社
員の女性は、①費用がかかりすぎる(40%)②
やるべきことがわからない(29%)③仕事が忙
しくて自己啓発に余裕がない(22%)である。
自己啓発の問題点で共通して多く挙げられて
いるのが、
「仕事が忙しく自己啓発の余裕がな
い」と「費用がかかりすぎる」である。次に自
己啓発の問題として挙げられているのが、
「や
るべきことがわからない」
「どのような受講内
容が自分の目指すキャリアに適切なのかわから
ない」ということである。また、
「問題がない」
と答えている人も多い。
この調査で注目すべきは、
「やるべきことが
わからない」
「どのような受講内容が自分の目
指すキャリアに適切なのかわからない」あるい
は「問題がない」を挙げている人が多いことで
あろう。
「やるべきことがわからない」に関しては、
パート・アルバイトの男性では 31%、契約社
員・嘱託女性は 29%、パート・アルバイト女
性は 26%、民間正社員の女性は 21%と、非正
社員や女性で割合が高い。また「どのような受
講内容が自分の目指すキャリアに適切なのかわ
からない」がパート・アルバイト男性は 25%、
契約社員・嘱託男性が 18%という割合で高い。
さらに「問題はない」と答えているのに、
「積
極的」あるいは「どちらかというと積極的」に
自己啓発をしている人が少ないということに筆
者は問題があると考える。特にパート・アルバ
イトの男性は 25%、パート・アルバイト女性
20%、契約社員・嘱託男性 18%、契約社員・
嘱託女性 19%が問題ないと考えているのに、
自己啓発を「積極的に行っている」あるいは「ど
ちらかと言えば積極的」
に行っている人は、
パー
ト・アルバイト男性9%、パート・アルバイト
女性 14%、契約社員・嘱託男性 18%、契約社員・
嘱託女性 16%とかなり少ない(図表−2)
。民
間の正社員男性も自己啓発を行うことに問題が
ないという人が 20%いるのに、自己啓発を「積
極的に行っている」あるいは「どちらかと言え
ば積極的」に行っている人は、25%と多くはな
い。このような自己啓発の積極度合では、自己
啓発の基盤が十分にできているとはいえない。
企業の教育訓練と自己啓発の関係
4. 6 仕事のやりがいと自己啓発の積極性
奥西(2008)は、雇用主による能力開発やワー
ク・ライフ・バランスの実現などは、雇用形態
を問わず、仕事満足感と高い相関をもっている
と分析している。また、労働政策研究・研修機
構(2007)は、有期契約社員にも積極的に高度
な仕事を割り振ることは、仕事への関心や意欲
をさらに高めたり、定着を促したりすることに
つながると主張する。また、仕事への意欲や技
能の向上、働きぶりなどに応じて社員へと登用
される機会があることが、仕事や技能習得への
大きな動機づけとなるなど社員登用には、仕事
への満足度を高める効果があるという。以上の
ことから、特に非正社員では、能力開発の機会、
社員の登用への可能性などのキャリア展望が仕
事や技能習得への大きな動機づけになり、また
ワーク・ライフ・バランス実現度も含め、仕事
満足度を高める効果があるといえる。つまり、
仕事へのやりがいが感じられると技能向上への
意欲が高くなるということである。
9
「仕事のやりがい」を感じると自己啓発を積
極的に行うのだろうか。図表−5に仕事のやり
がい別の自己啓発積極性スコアを掲載してい
る。自己啓発積極性スコアは、
「あなたは自己
啓発をしていますか」という設問に対する答え
を「積極的にしている」4、
「どちらかといえ
ば積極的にしている」3、
「積極的ではないが
している」2、
「自己啓発をしていない」1と
点数化したものである
(
「仕事のやりがい」
と
「自
己啓発」の関係なので、無業の人は除く)
。点
数の高い方が、より積極的に自己啓発をしてい
ることになる。一番サンプル数の多い民間正社
員男性でみると、
「今の仕事にやりがいを感じ
るか」との設問に「そう思う」と回答した人た
ちの自己啓発積極性スコアは 2.349、
「ややそう
思う」と回答した人たちの自己啓発積極性スコ
アは 2.061 であるのに対し、
「どちらともいえ
ない」と回答した人は 1.642、
「あまりそう思わ
ない」と回答した人は 1.891「そうは思わない」
と回答した人たちは 1.500 である。仕事にやり
がいを感じる人の方がそうでない人よりも点数
図表 - 5 仕事のやりがい別自己啓発積極性スコア
(設問)仕事にやりがいを感じる
そう思う
(男)民間正社員
やや
そう思う
どちらとも
いえない
あまり
そう思わない
(人)
「 仕 事のやりがいスコ
ア」と「自己啓発積極 計(人)
そうは
思わない 性スコア」の相関係数
2.349
2.061
1.642
1.891
1.500
0.212
568
公務員
2.571
2.176
1.786
1.875
2.400
0.158
75
自営業・自由業
1.960
1.621
1.500
1.429
1.000
0.270
76
パート・アルバイト
1.500
1.500
1.333
1.250
2.000
-0.025
32
契約社員・嘱託
2.600
1.400
1.714
1.500
1.500
0.263
28
派遣労働者
1.000
1.500
5.000
5.000
2.500
-0.799
5
その他
3.000
5.000
2.000
3.000
5.000
0.189
3
2.294
1.902
1.895
1.667
1.828
0.150
326
公務員
2.364
2.200
1.600
1.333
5.000
0.330
34
自営業・自由業
2.600
1.800
2.200
1.000
1.500
0.327
29
パート・アルバイト
1.833
1.792
1.352
1.552
1.800
0.109
218
(女)民間正社員
契約社員・嘱託
2.250
1.586
1.583
1.857
1.600
0.052
68
派遣労働者
2.500
1.750
1.923
2.125
2.000
-0.071
47
その他
1.000
2.500
2.500
5.000
5.000
-0.548
7
総 計
2.130
1.830
1.771
1.707
1.784
0.160
1516
資料出所:「第2回ライフスタイルとお仕事に関するアンケート調査」(2009 年 10 月)
注:左5列の数字は、仕事のやりがい別の自己啓発積極性スコアである。自己啓発積極性スコアは、「あなたは自己啓発をしていますか」
という設問に対する答えで、「積極的にしている」を4、「どちらかといえば積極的にしている」を3、「積極的ではないがしている」
を2、
「自己啓発をしていない」を1としている。また、
「仕事のやりがいスコア」は、
「今の仕事にやりがいを感じるか」という設問
に対し、
「そう思う」を5、
「ややそう思う」を4、
「どちらともいえない」を3、
「あまりそう思わない」を2、
「そうは思わない」を
1としている。
10
荒尾 千春
が高く、より積極的に自己啓発をしているよう
だ。
次に「仕事のやりがいスコア」と「自己啓発
の積極性スコア」との相関係数を計算した。「仕
事のやりがいスコア」は、
「今の仕事にやりが
いを感じるか」という設問に対し、「そう思う」
5、
「ややそう思う」4、
「どちらともいえない」
3、
「あまりそう思わない」2、
「そうは思わない」
1と点数化したものである。点数の高い方がよ
り仕事にやりがいを感じているということにな
る。「仕事のやりがいスコア」と「自己啓発の
積極性スコア」
の相関係数は、
公務員女性
(0.330)
、
自営業・自由業女性(0.327)
、自営業・自由業男
性(0.270)
、契約社員・嘱託男性(0.263)
、民間
正社員男性(0.212)であり、これらの就業形態
の男女においては、やや正の相関関係がみられ
た。負の相関関係は、派遣労働者男性(− 0.799)
にみられたが、サンプル数が5人と少なく、有
意な結果とは言えない。また、派遣労働者女性
(− 0.071)、契約社員・嘱託女性(0.052)やパー
ト・アルバイト男性(− 0.025)は、ほとんど
0に近く相関関係はないと言えそうだ。すべて
の労働者が、仕事のやりがいを感じると自己啓
発を行うということではなく、一部の就業形態
の人に相関関係がみられた。自営業・自由業男
女を除くと、教育訓練の機会が多い人たちに対
し、「仕事のやりがい」と「自己啓発の積極性」
にやや相関関係がみられる結果となった。
「仕事にやりがい」を感じても、前述したよ
うに、教育訓練の機会やキャリアコンサルタン
トからの指導など、キャリアデザインを考える
機会がないと、自己の能力開発について考える
チャンスがなく、「やるべきことがわからない」
から自己啓発を行うまでに至らないのではない
のかということが考えられる。
5.結論
5. 1 調査結果と分析
本稿では、就業形態の違いによる自己啓発の
実態調査と、自己啓発と企業の教育訓練との関
係などについて分析を行った。主な調査結果は
以下の通りである。OJT や Off-JT など企業の
教育訓練が充実している方が、その企業で働く
従業員は、
自己啓発を積極的に行う傾向が強い。
教育訓練は、
規模の大きい企業が充実している。
反対に教育訓練が充実していないのは中小零細
企業の従業員と、女性、非正社員である。自己
啓発の積極性は、教育訓練の充実度と一致して
いる。自己啓発の問題点で共通して多く挙げら
れているのが、
「仕事が忙しく自己啓発の余裕
がない」と「費用がかかりすぎる」
「やるべき
ことがわからない」などであり、特に「やるべ
きことがわからない」と「どのような受講内容
が自分の目指すキャリアに適切なのかわからな
い」に関しては、非正社員や女性でその割合が
高い結果となった。仕事のやりがいと自己啓発
の積極性に関しては、一部の就業形態の人に相
関関係がみられた。教育訓練の機会が多い人た
ちに対し、
「仕事のやりがい」と「自己啓発の
積極性」にやや相関関係がみられる結果となっ
た。
今回の調査から、企業教育訓練によって、労
働者の自己啓発意欲を刺激し、
方向付けるなど、
自己啓発の動機づけとなることが期待される。
さらに自己の能力開発への「気づき」あるいは
「スキルアップ」のきっかけを得ることができ
れば自己啓発の積極性にも反映されるのではな
いかと考えられる。非正社員や女性、また 100
人以下の中小企業や零細企業の従業員など、教
育訓練を受ける機会が少ない教育訓練弱者に教
育訓練の機会を与えられる政策が必要である。
筆者は、すべての個人の潜在能力を開発する機
会の公平な保障として、職業能力開発は行われ
るべきであると考える。
5. 2 政策提案
今後、非正社員の増加や、人口減少による労
働力不足などを考えると、日本の生産性(国際
競争力)を挙げていくためには、個人の労働生
産性や賃金の差がさらに生まれるような教育訓
練機会(能力開発)の極端な2極化ではなく、
何人も平等に能力開発ができるチャンスを整え
ることが大切であろう。誰もが能力開発ができ
るような費用面の援助や教育訓練の施設
(機関)
の充実など、国の支援が必要だと考えられる。
欧米の各国では、職業訓練の対象者を、失業
者だけでなく、生涯教育として、失業予防のた
め、あるいは付加価値を生む職業訓練、高生産
企業の教育訓練と自己啓発の関係
性職種のための職業訓練へと広げている。そし
て、それを企業任せにせず、政府が直接関与す
る傾向を強めている。
例えば、ドイツの、いつでも個人が必要と感
じた時に、必要な分野の学びをすることができ
るというシステム「職業訓練クーポン券」。また、
失業者あるいは、未就業者には、欧州型の職業
訓練制度も効果があると思われる。日本のイン
ターンシップのようなシステムだが、見習い訓
練を希望する者と OJT を提供する企業(訓練
企業)のマッチングを公的な機関が行うという
ものである。その期間も1年∼ 3.5 年までと長
い。訓練生は有給で OJT や Off-JT の訓練を受
ける。OJT の費用は企業負担だが、Off-JT に関
しては公的機関が担当する。このような制度が
あれば、教育訓練弱者と言われている人たちも、
教育訓練を受ける権利を主張しやすく、能力開
発の機会が増えるのではないかと思われる。
日本では、失業者の増加や雇用不安の急速な
広がりを背景に、失業者に対する支援は手厚く
なっているが、在職者の能力開発に関しては、
企業または、労働者個人に任せられる傾向が強
いなど、欧米の能力開発の政策傾向に対し、逆
行している感がある。国際競争力を強化するた
めにも、日本の労働者、あるいは労働者となり
得る人たちに対する教育訓練について考える必
要がありそうだ。
その他に今回感じたことは、企業の自己啓発
への理解も必要である。自己啓発により能力開
発・資格取得をした場合の社内での評価、ま
た、自己啓発のための休暇や労働時間の配慮な
どワーク・ライフ・バランスの積極的な導入や
理解が必要と言えそうである。それを後押しす
る国の啓蒙活動も引き続き行われることが重要
であると考える。
また、仕事のやりがいを高めるため、キャリ
ア・パスを明確にするシステムも必要かと思わ
れる。例えば、自己啓発を行っている労働者の
職場での評価基準の一つとして、また、自己啓
発をするときの当事者の自己効力感を高めるこ
とができるという点で、公的資格を増やすのも
効果的ではないだろうか。
グローバル化する市場競争に対応できる産
業・企業を作り上げるためにも、労働者の職業
能力の向上は不可欠であり、今こそ、そのため
の職業訓練のあり方を、国や企業が力を合わせ、
11
労働者を積極的に支援する必要があるのではな
いか。
6.おわりに
我が国企業の基本戦略は、
「高度な人材を開
発し蓄積すること」つまり、しっかりとした人
材育成のための教育訓練が必要である。しか
し、その効果は短期間では現われにくいことも
あり、不況時には削減されやすいと言われてい
る。
リーマン・ブラザーズの破綻に端を発する金
融危機が瞬く間に世界に伝播し、未曽有の経済
危機へと発展した今、教育訓練費を思うように
捻出できない企業もあり、また、近年は、その
能力形成の訓練機会も、企業の責任から個人の
責任へと変化している。
本稿では、最近減少傾向にある企業の教育訓
練に注目し、自己啓発の積極性との関係を考察
した。企業の教育訓練などにより自己啓発意欲
を刺激し、方向づけることの重要性、また、キャ
リアデザイン(職業人生)について考える機会
の必要性などを感じた。
しかし、今回は、過去3年間の教育訓練の受
講状況と今の自己啓発の状況について調査分析
したもので、自己啓発については、現時点(一
時点)の状況である。複数回(年)の調査によ
り労働者の能力開発についての変化をとらえる
こと、
あるいは、
今まで教育訓練を受講しなかっ
た人が受講した後、自己啓発への意識がどのよ
うに変化したかなどを調査する必要があると思
われる。アンケートではみてとれない自己啓発
の動機や問題点についてインタビューなどで詳
しく調査することも意義があると思われる。
本稿では、就業形態別に企業の教育訓練と自
己啓発の関係について考察したが、小杉(日本
経済新聞 2009 年 12 月 21 日朝刊)は、高学歴
者ほど自己啓発に努める傾向があり、学校での
学びの習慣がキャリアを開く力につながると指
摘している。
個人の能力開発を自律的に行うようにするた
めには、どのような教育や制度が必要なのか政
府、企業、学校教育など様々な角度からの考察
を今後の課題としたい。
12
荒尾 千春
参考文献
・石山恒貴・城戸康彰「企業内キャリアセンターの現状と発展
のための条件」『産業能率大学紀要』第 27 巻第2号(別刷),
2007,27-43 ページ。
・岩田克彦「職業能力開発に対する政府関与のあり方 − 政府関
与の理論的根拠、方法と公共職業訓練の役割」『日本労働研究
雑誌』No.583,2009 年,83-91 ページ。
・奥井めぐみ「第 16 章自己啓発に関する実証分析 − 若年女性
労働者を対象として − (新世紀の労働市場構造変化への展望
に関する調査研究報告書Ⅱ)『雇用能力開発機構財団法人関西
経済研究センター』,2002,231-245 ページ。
・奥西好夫「正社員および非正社員の賃金と仕事に関する意識」
『日本労働研究雑誌』No.576,2008。
・川端大二『人材開発論 − 知力人材開発の論理と方策』学文社,
2003。
・職業能力開発総合大学校能力開発研究センター「企業内教育
の再編と研修技法 − これからの職業訓練に係る指導技法のあ
り方に関する調査研究 − 」『調査研究報告書』114 号,2002。
・原ひろみ「日本企業の能力開発 − 70 代前半∼ 2000 年代前半
の経験から」
『日本労働研究雑誌』No.563,
2007,84-100 ページ。
・ 平 野 大 昌「 自 己 啓 発 と 女 性 の 企 業 」『 季 刊 家 計 経 済 研 究 』
No.76,2007,79-89 ページ。
・吉田恵子「自己啓発が賃金に及ぼす効果の実証分析」『日本労
働研究雑誌」No.532,2004,40-53 ページ。
・労働政策研究・研修機構『プロジェクト研究シリーズ No. 4
多様な働き方の実態と課題 − 就業のダイバーシティーを支え
るセーフティーネットの構築に向けて(多様な働き方を可能
とする就業環境及びセーフティーネットに関する研究)』労働
政策研究・研修機構,2007,184-200 ページ。
・労働政策研究・研修機構(2009)
「欧米諸国の欧米諸国におけ
る公共職業訓練制度と実態 − 仏・独・英・米4 カ国比較調査 − 」
『JILPT 資料シリーズ』No.57。
【新聞】
・小杉礼子「学びの習慣キャリア直結―高学歴ほど率先的に自
己啓発」
『日本経済新聞』,2009 年 12 月 21 日朝刊。
【ホームページ】
・厚生労働省「平成 20 年度能力開発基本調査」「平成 18 年度
能力開発基本調査」http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/104-1.html
(2009 年 11 月 29 日)。
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