WritingReasonandContextofWar SFNovels KatsuyaShiratori
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WritingReasonandContextofWar SFNovels KatsuyaShiratori
戦争 SFの成立と背景 白鳥克弥 W r i t i n gR e a s o na n dC o n t e x to fWarSFN o v e l s K a t s u y aS h i r a t o r i Science F i c t i o nn o v e l s have al o to fWar n o v e l s P a r t i c u l a r l y famous worksa r e Robert A .H e i n l e i n ' s ・ ' S t a r s h i pt r o o p e r s "a n dJ o eH a l d e m a n ' s“THEFOREVER t a r s h i pT r o o p e r s "i sknowna saw a r l i k en o v e . l WAR" “S and “THEFOREVERWAR" i sknowna sa na n t i w a r n o v e l “S t a r s h i pT r o o p e r s "i saf a m o u sw a r l i k ea n dr i g h twing n o v e . la n dav i e wo fwari sb a s e do nt h ee a r l yAmerican i d e a . lThei d e a lh a sas e l fr i g h t e o u ss i d e,a n dmakeso t h e r s i n f e r i o rhuman,b e c a u s e “S t a r s h i pT r o o p e r s "i saw a r l i k e n o v e . l Ont h eo t h 巴rh a n d,“ THEFOREVERWAR" i sa n t i w a r .b e c a u s et h i sn o v e lh a si n f l u e n c eo ft h eVietnamWar t h i nk Haldemanwasas o l d i e ro ft h eV i e t n a mW a r .P r o b a b l yt h a t e x p e r i e n c ei st h en o v e ' I sb a c k g r o u n d .Het h i n k sh u m a n ' s ta l lt i m e s h o s t i l i t yt oo t h e r si saf a c t o ro fwars,anda murderi sas i n . Thed i f f e r e n c ebetweent h etwon o v e l si sb a s e di na ,a so n es i d el o o k sa tt h eenemya si n f e r i o r v i e wo fo t h e r s humans,a n dt h eo t h e rs i d el o o k sa thumansa se q u a . l -192( 1 ) 戦争 SFの成立と背景 はじめに ││﹃宇宙の戦士﹄と﹃終りなき戦い﹄ れの時代の読者の戦争観が基本的には合致したとい ﹁宇宙の戦士﹂の作者、ロパ lト -A・ハインラ うことを示すものであろう。 い。それらの作品をここでは戦争S Fと呼ぶことに インは、次の紹介にもある通り、最も著名なS F作 S F小説の中には、戦争を描いた作品が非常に多 するが、そこで描かれる戦争は作者の戦争観を何ら 家の一人である。 ハインラインは、 一九三九年のデビュー以来この かの形で反映したものになっている。言いかえれば、 戦争S Fを読み解くことは、作者の戦争観を理解す 三0年間、ほとんどつねに人気のトップにあり、 新しい話題と論議を提供しつづけてきた。文字通 このように、極めて評価の高い作家であるが、同 ( 2 ) る一助になるのである。 戦争観には大別して、好戦と反戦との二通りの りアメリカ S Fの第一人者であるばかりか、世界 作家といってもいいだろう。(﹁ロパ lト・ A ・ ハ S F界においてもっとも優れた、もっとも大型の パターンがあるが、その中でも、好戦的な作品と してロパ lト・ A ・ハインラインの﹁宇宙の戦士﹂ インラインーーその人と作品﹂﹃世界S F全集ロ (一九五九)が、反戦的な作品としてジョ l ・ホー ルドマンの﹃終りなき戦い﹂(一九七四)が著名である。 るヒュ lゴl賞を獲得している。﹃宇宙の戦士﹄は 時に﹁話題と議論を提供﹂する問題作でも有名な作 ハインライン﹂一九七一年) 一九六O年、﹃終りなき戦い﹄は一九七四年の受賞 家である。﹃宇宙の戦士﹄もまた多くの議論を呼ん この二つの作品は、最も権威あるS F読者賞であ になる。ヒュ lゴl賞は、多くの読者に評価されて だ問題作であった。 ﹃{子宙の戦士﹂は未成熟な少年が、軍隊の訓練を いることを証明するもので、この二つの戦争S Fが 選ばれたということは、それぞれの戦争観にそれぞ -191- 通して、一人前の士宮へと成長していく様を描いた 宙兵ブルース﹂一九七七年)。 作品を誘発することにもなった(﹁訳者あとがき﹂﹃字 日本でも一九六七年の翻訳の発行に際して活発な 作品である。主人公のジユアン・リコ(ジヨニ l) は富豪の跡取りであったが、ふとしたことから軍隊 訳者の矢野徹は、﹁訳者あとがき﹂に﹁アメリカ 議論が行われた。 れることになる。厳しい訓練を通してジユアンは兵 国内に於ける青少年非行を憤るハインライン中尉が、 に志願し、最も過酷な兵科である機動歩兵に配属さ 士として成長していく。折しも異星人の奇襲から戦 未来宇宙戦記に託したモラルの書﹂と作品を評価し た。これに対して、評論家の石川喬司は﹁幼稚きわ ンセンス・ギャグの積重ねの中で、反戦メッセージ 宙の戦士﹄やアシモフの﹃銀河帝国﹄をパロったナ 一九七三年)と批評されたり、﹁ハインラインの﹃宇 新兵訓練から異星人との戦争を描き出した作品であ 宙の戦士﹄を踏襲したかのような、一兵士の視点で、 ドマンは、除隊後、﹃終りなき戦い﹄を発表した。﹃字 他方、ヴェトナム戦争に従軍したジョ l ・ホール ( 3 ) 争が勃発、ジユアンは実戦の中で成長していく。 作品の中で展開される過激な暴力肯定と軍隊賛美 否両論の様々な意見││異質な思想に対するS F読 まる哲学﹂と批判した。さらに、この石川の評価に 者としての在り方や、暴力、戦争についての是非な 対して﹃S Fマガジン﹄誌上で読者の投書による賛 前述の通り、読者からはヒュ lゴl賞を獲得する からハインラインは、右翼的、ファシスト的といっ ほどの評価を受ける一方で、﹁ハインラインの権力 どーーが寄せられた(﹃S Fの時代﹄一九六七年)。 た批判を受けることになる。 愛好癖は﹃宇宙の戦士﹄という長編のように生に の太い筋を一本通し﹂たハリイ・ハリスンの﹃宇宙 るが、戦争観は対照的に反戦的なものである。 出ると、大失敗をすることがある﹂(﹃十億年の宴﹄ 兵ブルース﹄(一九六五)といったパロディ的風刺 -190- 第2 2 号 文教大学言語と文化 戦争 SFの成立と背景 ンとの戦争に、 I Q一五O以上の優れた知性の持ち 主人公のウィリアム・マンデラは、異星人ト Iラ るという構造を持ちながらも、その戦争観は正反対 新兵の訓練から始まり、異星人との戦争に身を投じ ﹃宇宙の戦士﹄と﹃終りなき戦い﹄は双方とも、 この違いは何に由来し、どのような相違点がある 主の男女を送り込む﹁エリート徴兵法﹂により従軍 による時間のずれにより、マンデラは過酷な戦争の のか。それぞれの作品の主題を読み取ったうえで、 のものである。 中で様々なものを失いながら、終戦まで戦い続ける 比較して検討していく。 することになる。箪隊の強制や、長距離の星間航行 ことになる。 ・ A・ なお底本は文庫版﹃宇宙の戦士﹄(ロパ lト ハインライン/矢野徹訳早川書房一九七九年九 一方でこの作品は戦争を描いたことから﹁右翼的﹂ た作品であるが、実際には戦争の表現に対してはそ ﹃宇宙の戦士﹄はその攻撃的な内容から問題になっ ( 4 ) 前述の通り、この作品はヒュ lゴl賞を獲得する が、それに加えて一九七五年のネピユラ賞も獲得す ルドマン/風見潤訳早川書房一九八五年十月) 月)と同じく文庫版の﹃終りなき戦い﹄(ジョ l・ホー によった。 る。ネピユラ賞は一九六六年に開設され、作家や編 集者の投票によって決定される、ヒュ lゴl賞と並 という評価を下されたこともあったというが(﹁解 れほど熱心ではない。この作品は理想の軍隊や社会 ハインライン﹃宇宙の戦士﹄ ぶ権威ある賞である。読者の投票によるヒュ lゴl 賞と比べると、こちらは文学性を重視する傾向にあ る 。 説﹂﹃終りなき戦い﹄一九八五年)、その主旨は明ら を主題としたものなのである。 このように﹃終りなき戦い﹄は高い評価を受けた。 かに反戦的なものである。 -189- では作品の中でどのように社会や軍が描かれてい るのか見ていこう。 が失敗したのは、そのころの人聞が、お好みのも のはなんでもただ投票さえすれば手に入ると信 じさせられていたからだ:::苦労もせず、汗も わしには三十歳になる精神薄弱者が、十五歳の天 流しもしないで、涙もなしに、手に入るものとな。 想社会がどのように克服しているか、ということが 才よりも、いかに賢明に投票できるものなのか、 理想の軍隊 論じられる。その歴史上の過ちというのは二十世紀 どう考えてみてもわからない:;:しかし、それは (﹃宇宙の戦士﹄悶頁) アメリカ社会に集中しており、つまりはこの作品は ︿一般人の神聖なる権利﹀の年齢だったのだ。(﹃宇 ( 5 ) この作品では、歴史上の人類の過ちを、未来の理 現実の現代社会を批判して、それに代わる理想社会 それに対して、軍隊を志願し、訓練を受け、そし 宙の戦士﹄都頁) その理想社会の最大の特徴は、軍務を全うした退 て軍務を全うした退役軍人には次のような資質があ を描き出したもの、ということになる。 役軍人のみが、投票権をはじめとした公民権を持つ るため、﹁市民﹂に相応しいとしている。 われわれの機構の下では、あらゆる有権者および ﹁市民﹂である、ということである。それ以外の﹁民 間人﹂は、投票権に興味がなく、価値のないものだ 公務員は、個人の利益に優先してグループの福祉 ある。 この社会に対する行動力こそが﹁市民﹂の資質で こなう人間なのだ。(﹃宇宙の戦士﹄初頁) を考え実行するという困難な職務を自発的にお と見なしている。 これは現実の民主主義が、市民に値しない者にも 投票権を与えてしまうと批判したものである。 この悲劇的な盲信こそ、二十世紀民主主義の堕落 と崩壊をもたらしたものなのだ。この崇高な実験 -188- 第2 2 号 文教大学: 言語と文化 戦争 SFの成立と背景 ていく、というものである以上、軍隊の訓練に由来 の一人息子が軍隊の訓練を通して立派な士宮になっ その資質は、作品のプロットが富豪の﹁民間人﹂ が、この作品の主張である。 会の担い手となることが理想社会に繋がるというの このように行動主義的で規律を遵守する軍隊が社 この軍隊の訓練とは、過酷なもので、時として懲 り、その過酷な訓練も現実的な戦闘のためというよ 養成する教育機関としての役割に特化したものであ 言いかえれば、作中の軍隊とは優秀な﹁市民﹂を 罰を伴ったものである。また、作中の一般社会にも りは、精神修養を目的としたものなのである。 したものであるといえるだろう。 鞭打ちの懲罰は制度化されており、それにより社会 の治安と道徳規範が守られているという。 人権を守るためとし、忌避されていた。子どもは犬 会の成立という世界観を持っているわけだが、その このように作品は、軍隊の貢献による理想的な社 建国期の理想 のように﹁怒鳴りつけて、鼻を床にこすりつけてや 軍隊が何をもって理想とされているのかを見ていこ しかし二十世紀社会においては、体罰は子どもの り、たたいて﹂やらなければ、道理を教えこむこと 、 司 ノ 。 まず、軍隊は人種的に平等な組織であるというこ はできない。しかし、口先だけのきれい事から撲を 放棄したために、二十世紀社会の治安は少年犯罪に より悪化したのだ、というのが作品の主張である。 懲罰であれ、子供たちに一生残る心理的な傷を与 出生、財産、性別、あるいは前科などでは制限さ われわれの民主主義は、人種、皮膚の色、主義、 とが明言される。 えてしまう、ということが広く信じこまれていた れてはいない。(﹃宇宙の戦士﹄却頁) たたいたり、あるいは苦痛を伴うものは、どんな んだ﹂(﹃宇宙の戦士﹄郷頁) -187( 6 ) し、ラモン・マグサイサイを英雄視するフィリピン 主人公のジユアン・リコは、 タガログ語を母語と 針の中心にあると非難され、作者の考え方を強引 スタント)と呼ばれるアメリカ保守思想が編集方 反も始まっていた(たとえば第二次大戦に召集さ にねじまげる強権的な編集姿勢に一流作家の離 この非アメリカ的な人物設定の意味は、当時のア れて ASF誌を離れていたハインラインは、 S F 人の末商である。 メリカS F事情と比較すると、より鮮明となるだろ 界に復帰したあと、数えるほどの作品しか A S F 二O O 一年) 誌に発表していない。(﹃新・ S Fハンドブック﹄ こうした白人至上主義的なS F事情からすると、 アスタウデイン グ・サイエンス・フィクション (ASF) 誌の編集 黄色人種の主人公が活躍するということの特異性は、 ベルにとっての人間の理想形、白人の、おそらく (中略)もちろん、ここでの﹁人類﹂が、キヤン 利するという構図のもののみを採用したという。 伸びていく権利といったものを持っているのか もっとあとになってからだが││人聞が宇宙に 全宇宙はおれたちに教えてくれるだろうーー さらに軍隊は開拓者でもある。 ( 7 ) 。 っ 、 当時のS Fを主導していたのは、 キヤンベルは、 S Fに大きな貢献をした人物である プロテスタントであったことは間違いないだろ いないのかということを。 もつながるものである。 作中の軍隊の人種平等主義的特質を強調することに 長、ジョン・ W ・キヤンベル・ジュニアであった。 が、偏向があったことも事実であった。 また、キヤンベルは、人類と宇宙人との相克と う。(﹁切断者の煉獄﹂一九九六年) それまでのあいだは、機動歩兵が張り切って堂々 いった題材に関しては、人類の英知が結局、勝 WASP (ホワイト・アングロサクソン・プロテ -186- 第2 2 > チ 百J f tと文化 文教大学 戦争 SFの成立と背景 ない理想的な土地として、困難に立ちむかってい 備えており、銀河系のはずれのほうにはほとんど それはこの世の楽園(パラダイス)となる条件を デスティニ l﹂を思わせる意識も見ることができる。 神に認められた正当な行為だとする﹁マニフエスト が語られることになるが、それに伴い、開拓行為が このように、軍隊が宇宙開拓の先駆者であること のだ。(﹃宇宙の戦士﹄矧頁) と、わが種族の側に立って、字宙へと伸びてゆく 宙の戦士﹄却頁) 羊は決して面倒を起こしたりいたしません﹂(﹃宇 牧羊犬(シ1プドッグ)にしてしまえば、あとの ます。攻撃的気質を持っている連中を切り放して のだらしない急進派であるだけになってしまい のでなければいけません:::さもなければ、ただ 家は、みずから進んで戦い命を捧げようとするも レッシブ)であることを必要といたします。革命 ますから、不平ばかりではなく、攻撃的(アグ ﹁つまり、革命とは、武装して蜂起するのであり H為政者である軍隊に くだけの資質に欠けた原始的な生命形態の所有 ﹁民間人﹂ではなく﹁市民﹂ つまり、革命に必要な﹁攻撃的気質﹂を持つのは、 あるというのである。 にまかせておくわけにはいかないということだ。 (﹃宇宙の戦士﹄捌頁) 争。と名のつくもの全般につきまとう妥協を許さ .いていると思われるある種の信念ーーーおよそ。闘 いまなおアメリカ S Fの内意識に根強く住みつ はアメリカS Fに共通したものであるという。 他のハインライン作品にも見られるものだが、これ この攻撃性を革命と同一視して称揚する思想は、 このように、惑星の所有を、現住生物ではなく人 類自らにふさわしいものだとする意識も見せること になる。 そして軍隊は、革命家でもある。 作中の社会が革命の起きない、安定した社会であ るという理由について、次のように語られる。 -185( 8 ) がわかる。そして、﹃宇宙の戦士﹄で描かれる軍隊 もまた、独立戦争時代のアメリカのモチーフを踏襲 ぬ剛直な姿勢││のことである。(中略) つまり 絶対に守るべきは五口。ではなく。正義(﹄5 巴のゆ したものとなっている。 作者のこの発言に今回はじめて気づいたとき、わ 実のところ、以前一読者としては見すごしていた る概念でもある。人種平等は奴隷解放宣言、開拓は 要素を持つ。これらは建国期のアメリカを特敵づけ 以上のように軍隊は、平等、開拓、革命といった )ψ なのである。この確信めいた価値観を抜きにして たしが思い出したのは、かのアメリカ独立戦争 西部開拓時代、草命は独立戦争などといった初期の アメリカS Fを語ることはできまい。 と呼んでいるという事実だった。(中略)そのと をアメリカ人自身は。革命(レボリュ lシヨン)。 は、本シリーズから、例えばハインライン﹁動乱 てはばからない古きよき時代のアメリカ的感覚 状との対比だった。その両者を同じ用語でくくっ 同時期に起きたフランス革命の血で血を洗う惨 や、前述の引用にもあった社会主義革命の手法で の脱出と開拓を描いた﹁メトセラの子ら﹂(一九四こ ンライン作品の多くに共通するものであり、宇宙版 ある。この建国期のアメリカに対する憧憶は、ハイ 建国期のアメリカの理想に基づいて描かれた存在で つまりは﹃宇宙の戦士﹄における理想の箪隊とは、 (リヴォルト)2100﹂﹃月は無慈悲な夜の女王﹂ 独立戦争を再構成した﹃月は無慈悲な夜の女王﹄ ( 9 ) アメリカの歴史を彩る事柄と関連がある。 などにまでしっかり受け継がれていた。(﹁訳者あ (一九六五)や﹁動乱2100﹂(一九四O) などに きわたしの頭に浮かんだのは、それとちょうど とがき﹂﹃銀河パトロール隊﹄二000年) 顕著である。﹃宇宙の戦士﹄もこうした方向性と同 軸上にあるといえるだろう。 このことから、アメリカS Fにおいて描かれる革 命とは、独立戦争をモチーフにしたものであること -184- 第2 2 号 言語と文化 文教大学 戦争 SF の成立と背景 人聞を非合理的な残虐行為に駆り立てる何らかの力 兵士は多くの戦争で、そうした残虐行為に駆り立 学が働いているように思われる。 ハインラインが理想を軍隊に投影して描いたのに てられてきたが、それが特に問題となったのがホー 2. ホールドマン﹃終りなき戦い﹄ 対して、ホールドマンは現実に根ざした軍隊と戦争 ルドマンの従軍したヴェトナム戦争だった。 る。ホールドマンは、その要因を軍隊による精神操 ﹃終りなき戦い﹄はこの人間の残虐性を問題とす を描いた。それはホールドマン自身が兵士として戦 場に立ったことと無関係ではない。 この作品の主題となるのは、戦争を巡る一兵士の くまでフィクションであり、現実ではない。しかし、 は、﹁一五O以上の知能指数をもち、とぴぬけて健 元々、主人公のマンデラら、戦争初期の兵士たち 作としている。 そこで表現されていることは現実の戯画化であり、 康かつ頑健な肉体を持つ(﹃終りなき戦い﹄幻頁こ 基本的に人間の常識の上では、人聞を殺すことは 人工の憎悪 は兵士に偽りの記憶を催眠術で植えつけ、理性の底 いた性格ではないということでもあった。そこで軍 優れた知能の持ち主だった。同時にそれは兵士に向 ( 1 0 ) 喪失と戸惑いの感情の表現である。作品の戦争はあ 現実に根ざしたものである。 正しくないとされている。しかし、しばしば戦場で の感情を操作して憎悪に駆り立てることで、闘争心 若者を徴兵する﹁エリート徴兵法﹂の適用を受ける はそうした常識が通用しなくなる。敵兵の遺体への を発揮させるようにし向けたのである。 兵士達は苦しむことになる。 その結果として行われた異星人に対する虐殺に、 冒涜的な行為や捕虜や民間人への虐待や拷問、虐殺 などは、あらゆる戦場で起きたことであり、あらゆ る人聞がなしうる行為であった。戦場においては、 -183- おれは長いこと、あのおびえきって潰走する生物 (中略) だったからだ。 なぜなら、それは虐殺だったからだ。薄汚い虐殺 を戦争と軍隊は持つことになるのである。 憎悪﹂とでも言うべき、兵士の心理に対する強制力 にし向け、虐殺に駆り立てる。そのような﹁人工の であろう。本来は憎む必要のない者を憎悪するよう を嬉々として切りきざんだのはおれではない、と ウラシマ効果 効果(命名は石原藤夫とも柴野拓美(小隅繋)とも 何度も何度も言いきかせた。(﹁終りなき戦い﹂山 おれは︿エリート徴兵法﹀により百しあげられ、 言われるが、詳細は不明。海外では﹁リップ・ヴア この作品のS Fとしての価値の一つに、ウラシマ 殺人機械になるように教育された、平和を愛する ン・ウインクル効果﹂と呼ばれる(﹃法則の辞典﹄ 基づく現象である。超光速航法が発見されていない ( l l ) 頁) 真空溶接の専門家で物理の教師、だ。おれは敵を殺 二O O六年))を効果的に利用している、というこ とがある。ウラシマ効果とは、物体の移動速度が上 m 頁) 昇することで時間の進行が遅れていき、光速に近い した。殺すのが好きなんだ。(﹃終りなき戦い﹄ このように主人公は自ら行為に苦悩することにな 軍隊とは、兵士にこのような倫理に反する行いを 作中世界では、別の惑星に移動するのに数十年、数 速度では殆ど静止状態になる、という相対性理論に 強制する存在として描かれている。現実には、これ 百年を要するにも関わらず、その問の体感時間はわ る 。 は命令という形を取るであろうし、あるいはプロパ ずかな時間にしかならない。 そのため、ある作戦に参加して帰還すると、銃後 ガンダ、組織の指向性、集団的熱狂といったものが 兵士に、このような行いを強いることにもなりうる -182- 羽 1 ' ; 2 2~; E i M iと文化 文教大学 戦 争 SFの成立と背 i i t そのため、この作品は戦争S Fであると同時に、未 の社会は未来社会になっているということになる。 加頁) 人は、ひとりも残ってはいまい。(﹃終りなき戦い﹄ 死んでしまっているのだから。おれに関係のある る。そのため、両者が再会することは限りなく不可 としても、互いの時間の差は数十年から数百年にな 別々の任務に就くということは、仮に生還できた 来社会を描いた片道限定の時間旅行S Fでもある。 この時間旅行、というよりも未来への一方的な転 送は、兵士に様々な負担を強いることになる。 まず、未来に送られるということは他人と時間を 能に近くなる。 このようにして主人公は孤独に追い込まれていく 共有できないということであり、それは実質上の死 別に等しいものとなる。主人公のマンデラが体験す ことになるが、その原因は任務を言い渡した軍隊に 単に恋人を失うということではない。メアリイゲ のはただ軍隊だけ。跳ばなかったのは、軍がおれ はない。痛みなどほんの一瞬の明るい閃光、失う ホ γ イもおれもたがいに、一九八0年代、一九九0年 に対して決定的な勝利をおさめたからだ││長 ( 12 ) る別れの最大のものは、戦友であり恋人であったメ アリイゲイと別々の任務を言い渡されるということ 代の地球という本当の世界につながる唯一のき 。 。跳ばなかったのは、痛みや喪失が恐かったからで ずなだった。おれたちが守ろうとして戦っている めを刺したわけだ。(﹃終りなき戦い﹄郡頁) きにわたって、おれの生活を規制し、ついにとど であった。 査んだグロテスクな世界じゃないんだ。(﹃終りな の原理である。しかし、天文学的な遠地に兵士を送 ウラシマ効果は軍の意図したものではなく、自然 もし生きて戻れば、さらに七百年がたつ。だから り込むのは軍の命令であり、戦争に由来するもので き戦い﹄捌頁) どう、ということはない。メアリイゲイはどうせ -181- ﹁どうも。で、いまでは、ごく珍しい:::わたし ﹁機能異常となった﹂とアルセヴァ lが言った。 また、 こうして未来に送られるということは、数 には、男と女がそんなことをしたがるなんて信じ ある。 十年、数百年も先の価値観や風習の異なった社会に られませんね﹂ ﹁ちょっと異常なだけよ﹂ダイアナが寛大そうに 送り込まれるということでもある。 数百年後の世界において主人公は、男女関係は同 ﹁そうだわ、マンデラ﹂ヒルボ lが言った。﹁そ 言った。﹁赤ん坊を食べるのとは、わけがちがう ﹁情緒の安定している人間だけが UNEFに入隊 のことで、あなたへの態度が変わるとは思えない 性愛が当たり前のものになり、逆に異性愛は異常者 できる。きみにとって、これが納得のいきにくい わ ﹂ わ ﹂ ところだというのはよくわかる。しかし、異性愛 ﹁そ、それはうれしいな﹂ ( 13 ) ということになっている社会に戸惑うことになる。 者は情緒不全だと考えられているのだ。治療は容 か、まったくわからないってことがわかってきた とんでもない││社会的にどう行動すればいい だけだ。おれの。正常な。行為の多くは、性に関 易だがね﹂(﹃終りなき戦い﹄却頁) のになっている。そこでは、異性愛は﹁赤ん坊を食 二四世紀の社会では、同性愛がごく当たり前のも べる﹂よりは良いという次元の反社会的な異常性癖 なき戦い﹄加頁) こうした社会や規範の急激な変化は、兵士にとっ 係した暗黙の礼儀作法にのっとっている。(﹃終り て、故郷を異郷のように思わせるものである。当然、 ということになる。 ﹁とにかく﹂と、 ムーア。﹁それは、 ほんの短期間、 この作品は S Fなので、この変化は数百年の時聞を 犯罪でした。 やがて、それは、 アl、治療可能な -180- 第2 2 号 言語と文化 文教大学 戦争 SFの成立と背景 社会での疎外感といったものを、 S Fとしての合理 このように﹃終りなき戦い﹄は、現実の兵士が戦 性でもって、戦争を知らない読者にも納得できるよ おいた合理的な変化として読めるようになっている。 ある帰還兵は次のように語る。 うに描いている。しかし、現実にはそのような合理 場と銃後の社会で体験した感情に根ざしたものに 僕が﹁この世﹂に帰ってきたのは、一九六九年の 性は存在しえず、催眠術無しに虐殺は行われ、ほん しかし、兵士が故郷を異郷と思う感覚は、ヴェトナ 九月のことです。しかしそこはすでに、僕が出 の数年で社会からは居場所が失われた。そのなかで、 なっている。戦場での狂的な殺裁行為と、帰還後の て行ったときとはちがう世界になっていました。 兵士が感じたであろう現実の感情は、作品の中で描 -179- ム戦争帰還兵が感じた現実のものであった。 ( ﹃ ホlムカミング﹄一九八九年) かれたものに共通するものであろう。 ハインラインとホールドマンの戦争観 理想の担い手として軍隊を描いたハインラインに 対して、ホールドマンは現実の兵士の感情をS F作 品の中で描いた。この二人の戦争観は大きく異なっ ている。 戦争観とは、突き詰めて考えれば、好戦か反戦か、 という単純な区分から始まり、戦争という最大の合 ( 14 ) ホールドマン自身も帰還兵であった。必ずしも彼 が、この兵士と同じような感情を抱いたという保証 もないが、ヴェトナム戦争を巡る賛否は戦争初期と 後期とで正反対のものになっていったことは事実で ある。そのため、出征前と帰還後とでは、兵士に対 する感情も大きく変化することになり、帰還後、社 会に拒絶され、居場所をなくす者も多かった。 そうした兵士の疎外感は極めて深刻なものである。 作品はそうした戦争に翻弄された兵士の現実の感情 を、戯画化されたS Fという枠組みを通して表現し たものになっている。 3 絶対悪なのか、身を守るためなら敵を殺しても良い れるか、という判断基準を問うものである。殺人は 法的殺人の中で、どのような条件でなら殺人が許さ この敵対者となるクモ型異星人は﹁心理、経済の 阿責を覚える必要のない種族として設定されている。 会構造を持っており、彼らを滅ぼすのに何ら良心の 階級と、無個性な労働・戦闘階級とで構成された社 面からは蟻ないし白蟻に酷似している﹂としている。 のか、命令があれば殺しても良いのか、あるいは敵 対者は皆殺しにしても良いのか。 はほとんど見られない。作中の戦争は、理想の軍隊 ﹃宇宙の戦士﹄における戦争には、政治的な主張 イメージは、多くの欧米の記者たちの間でも一般 巣にたとえた。(中略)それに比肩するアリ塚の (実生活では天皇)に仕える騒がしいミツバチの たとえばグル lは日本のことを、全員が女王パチ この﹁蟻﹂﹁白蟻﹂という比職は、太平洋戦争にお が強く、理想に忠実であることを証明するための舞 的なものだった。(﹃人種偏見││太平洋戦争に見 作品においてハインラインは職滅を無意識的に肯 台に過ぎない。構図は極めて単純化されており、味 いて日本人に対して、そして冷戦構造下において共 方は善で敵は悪、という明快な構図になっている。 る日米摩擦の底流﹄一九八六年) 定するが、ホールドマンは殺害を意識的に否定する そこに戦争の葛藤や負の側面などは﹁空想的社会改 英米人が日本人の特徴としたものが、実は共産主 産圏に対して用いられた比轍と同一のものであった。 良家とか、気のいいネリ 1伯母さん﹂の戯言として 義者たちにいっそう当てはまることが不意にわ ( 15 ) ものである。 切り捨てられている。 これは、敵国民を人間以下の存在に庇め、根絶し かったのである。(同右) 撃を発端とする、人類側にとって正当なものであっ ようとする、虐殺にも通じる人種差別的な意識であ 戦争の物語上の位置付けも、異星人による奇襲攻 た。さらに敵対異星人の性質として、邪悪な指導者 -178- 第2 2 号 言語と文化 文教大学 戦争 SFの成立と背景 うことは先に見た通りだが、その他者認識は人種差 る、という人種平等の意図を持った作品であるとい アンもまた、異星人の脅威に対する人類の戦友であ る。﹃宇宙の戦士﹄はフィリピン人や日本人、インディ うことで彼の軍人としてのキャリアは挫折すること 入隊後五年(一九二九1 一九三四年)で、結核を患 士宮学校を目指すほどの軍国少年であった。しかし、 一九O七年生まれのハインラインは、高校卒業後、 次世界大戦と太平洋戦争の聞の、ちょうどアメリカ になる。このことから、ハインラインの軍歴は第一 この他者認識は、開拓時代において、﹁マニフエ ラインにとっての軍隊観というものは、実戦の実感 が平時であったときに相当する。そのため、ハイン 別と同様のものとなっている。 ストディステイニ l﹂に基づき、原住民の土地を侵 ( 16 ) 略的に開拓していた時代にも見られたものであった。 ハインラインは﹃宇宙の戦士﹄の作中で、実戦経 を伴ったものではなく訓練中心のものであるという 革命と苛烈な攻撃性と関連することは先に見た通 験のない兵士は一人前でないとし、さらに実戦を経 自らは神に選ばれた民であり、原住民は人間以下の りであるが、他の建国期の理想とする概念も、﹃宇 験しないで士宮になった者は﹁ぶらぶらしていたこ ことが推測できる。 宙の戦士﹄においては、敵対者を人間以下の存在と とは間違いない﹂と蔑む。それを平時に海軍中尉と 存在としていたのである。 して庇め、彼らを殺すことに良心の阿責を覚える余 なったハインラインが語るということは、自閉の一 もない。しかし、それは﹁過去の戦争で訓練を受け 地を持たないという他者認識に通じるものなのであ このハインラインの単純化された好戦的な戦争観 戦闘に加わった人ならだれでも、ハインラインが 種であるか、現実の軍隊に対する批判とも取れなく と、訓練重視の軍隊観は、彼の従軍経験とも関連が 対象を美化していることがわかる﹂(﹃十億年の宴﹄ る 。 あると思われる。 -177- を批判するものとなっている。 ない﹂(矢野一九七七)は、結果的にハインライン を嫌い、ファシズムを嫌っているものはほかにはい 士官兵にあって戦争を知った人間ほど、心から戦争 品解説に対して寄せられた批判に対する反論、﹁下 一九七三年)ものであり、訳者の矢野徹が自身の作 血を噴き出しているのが見える。両手で止血しょ づく。下を見ると大腿部の動脈がポンプのように まえ。そうすると、きみは脚の感覚がないのに気 た血でまっ赤になるのを見る。立とうとしてみた グルが突然、煙で灰色になり、そして、飛び散っ のこと) の も の と 同 じ な ら 、 き み は 緑 の ジ ャ ン 作品の主要なテーマとして、より深刻に取り組んで それに対して﹃終りなき戦い﹄は戦争について、 みたいになっている。 え。ところが肩も役に立たない。生のハンバーグ で拭えなくなる。それを肩で拭こうとしてみたま だ。(﹃戦争S F刊のスタイル﹄一九七七年) ( 17 ) うとしてみたまえ、そうすると目に入った血を手 いる。 しかし、自分が戦争の学習者として落第してし (中略) 軍しており、その体験が作品成立の最大の要因と まったということだけは、心に浮かばない。きみ 前述の通り、ホールドマンはヴェトナム戦争に従 なっている。 の一九六七年から一九六九年にかけてヴェトナム戦 このようにホールドマンは実戦の中で重傷を負う はもう二度と、戦争について客観的になれないの 争に従軍した。歩兵としての作戦中に、ホールドマ ことになるが、彼の作品の方向性を決定づけるのは、 一九四三年生まれのホールドマンは、大学卒業後 ンは爆弾により重傷を負い、名誉除隊ということに この負傷の体験が全てではない。それ以上に、戦争 の中で表出する人間の憎悪や敵意が、ホールドマン なるが、その時の体験を次のように語っている。 もし、きみの体験が編者(筆者注一ホールドマン -176- 第2 2号 言語と文化 文教大学 戦争 SFの成立と背 i 註 作中の戦争は誤解を発端とし、軍需複合体を思わせ る利権集団が引き起こしたものだった。さらに人間 の主要な文学テl マである。 ﹃宇宙の戦士﹄が異星人を、正義や個性といった の持つ攻撃性が戦争を長期化し、その攻撃性から脱 先に見たように、この作品においては、軍隊の精 人間的崇高さを持たない人間以下の存在として表現 神操作により残虐性が引き出され、虐殺が引き起こ 却した人々の出現でようやく千年以上にわたる戦争 あたり一面、ト lランの血で赤くギラギラしてい されるが、その残虐性が人聞が本来持ち合わせてい したのに対して、﹃終りなき戦い﹄においては、人 た。神の子はすべて、ヘモグロビンを与えられて たものであるということに作品は自覚的である。 が終結するのである。 いるのだ。(中略)ト l ランの内臓も人間のそれ 間と同質の存在として描かれている。 によく似ているように見えた。(﹃終りなき戦い﹄ うセリフは、非人道的な行為のいいわけとしては 二十世紀には。おれは命令に従っただけだ。とい これはトlランも人間と同じ、血の通った存在で 不充分であったとされている。:::しかし、その m頁) あり、それを殺すことは殺人と同様に罪深い行為で 命令が、無意識という人形っかいから発せられた ときには、どうするのか? あるということを暗示している。 ﹃終りなき戦い﹄における異星人に対する他者イ とくにまずいのは、おれの行為はすべてが非人道 なら、べつに催眠衝動がなくとも、同じ人類に同 メージは人類と同等か、それ以上に平和的な高次の トl ランは何千年ものあいだ、戦争というものを じことをしただろう。 的というわけではない点だ。数世紀前のご先祖様 知らなかった。(﹃終りなき戦い﹄説頁) おれは人類というやつにうんざりした。軍隊に吐 種族というものである。 それに対して、人間の持つ攻撃性が問題とされる。 EA 唱 ( ' i, 唱 E 広 u a 目 命 は、おそらく戦場での体験から得てきたものであろ こうしたホールドマンの攻撃性に対する人間不信 (﹃終りなき戦い﹄旧頁) た Oi---ま、いつの世でも洗脳ってやつがあるさ。 つきあって生きていかねばならぬことに恐怖し どの異質なものであるが、﹁戦争が終わったのが本 い。この未来像は主人公が居心地の悪さを感じるほ 性といった思考形式を捨てることもやぶかさではな なものである。そのためなら、人間の持つ個我や個 や攻撃性を徹底的に否定した、過激な非暴力主義的 このようにホールドマンの戦争観は、人間の憎悪 去ることで平和な社会が成立する。 う。ヴェトナム戦争に限らず、多くの戦争で人類は 当なら、あとはなんでもかんでも信じることにする﹂ き気をもよおし、あと百年ばかりこんな自分に 虐殺を初めとした残虐行為を働いてきた。ホールド のである。 的意識﹂により、ある種の集合知性を形成する。そ ﹃終りなき戦い﹄の最後では、人類が﹁クローン のとして軍隊を描き出したのに対して、﹃終りなき 宙の戦士﹄が建国期のアメリカの理想を体現したも 以上のように二つの作品の戦争観の違いは、﹃宇 まとめ れにより、異星人との相互理解が達成される。同 戦い﹄が現実のヴェトナムの戦場における体験に由 ( 19 ) マンが戦場で何を体験したかは、具体的には明かで ない。しかし、残虐行為を行う人間の攻撃性からの 脱却こそが人類の進歩の形である、という思想は、 様に﹃マインドブリッジ﹄(一九七六)でもテレパ 来しているという、理想と現実の対比にあったとい ﹃終りなき戦い﹄を含めた後の作品からも推測できる。 シー的な相互理解能力を得ることで、異星人に宇 えるだろう。 ﹃宇宙の戦士﹄は、作品発表当時の社会に対する 宙進出を許されることになる。﹃終わりなき平和﹄ (一九九七)においては、人類全体が攻撃性を捨て -174- 第2 2り え官苦と文化 文教大学 戦争 SFの成立と背景 批判的意図を込めて、古き良き建国期のアメリカの ある。 ということが最も価値のあることとされているので この戦争観の相違は他者認識の違いにも繋がる 理想に基づいた軍隊を描いた。その主題の中では、 戦争は単純化されたものになり、善亙合一元論で語ら 同時に作品が理想化した建国期の理想は、それ自 ために殺しても構わない、とするものである。それ 戦争の相手は自分たちとは違う、劣った存在である ものである。﹃宇宙の戦士﹂で示された他者認識は、 体が好戦的な傾向を内包するものであったことも、 に対して、﹃終りなき戦い﹄は他者を自己と同質の れるものになる。 ﹃宇宙の戦士﹄が好戦的な戦争観を持つ要因の一つ ものとする価値観を持つものである。このことから、 戦争観とは異質な他者を如何にして受容するかとい 一九八五年一 O月 ( 2 0 ) になったといえるだろう。 それに対して、﹃終りなき戦い﹄は、一兵士の感 うことが試される指標ということもできる‘だろう。 早川書房 ジヨ l ・ホールドマン/風見潤訳﹃終りなき戦い﹄ 戦士﹄早川書房一九七九年九月 ロパ lト・ A- ハインライン/矢野徹訳﹁宇宙の ︿テクスト﹀ 情の表現が主題となっている。戦争においては、生 る人間の攻撃性や残虐性といったものをとりわけ思 命の危機に曝されることよりも、戦闘の中で露見す 避するものである。 戦争を引き起こす根源には、人間の持つ攻撃性が あり、そこからの脱却こそが人類の進化の在り方で あるとしている。そのためには、人間の個を中心と する思考形式からの転換も必要であるとしている。 過激な思想であり、作中でも居心地の悪いものとし て疑問が呈されているが、それでも戦争が終わる、 -173- 第2 2 号 言語と文化 文教大学 ︿参考文献﹀ ロパ lト・ A ・ハインライン ﹃世界S F全集ロ ハインライン﹄早川書房一九七一年一月 B-w- オlルディス/浅倉久志酒匂真理子 小 隅 繋 深 町 民 理 子 共 訳 ﹃ 十 億 年 の 宴 S Fーー 一九九六年 ハリイ・ハリスン/浅倉久志訳﹃宇宙兵ブルース﹄ そ の 起 源 と 発 達 ﹄ 東 京 創 元 社 一 九 八O年一 O月 早川書房一九七七年六月 石川喬司﹁S Fの時代﹂双葉文庫 永瀬唯﹁切断者の煉獄﹂﹃現代思想﹄青土社 十一月 一九九六年七月 水鏡子﹁年代別S F史﹂﹃新・ S Fハンドブック﹂ 早 川 書 房 二 O O一年 二O O六年九 E ・E- スミス/小隅察訳﹁銀河パトロール隊﹂ 東 京 創 元 社 二 OOO年一月 山崎潤﹃法則の辞典﹄朝倉書庖 日 川 ジョン -W・ダワ l /斎藤元一訳﹃人種偏見││ 太平洋戦争に見る日米摩擦の底流﹄ティピ l エス・ ブリタニカ一九八六年九月 ボブ・グリーン/井上一馬訳﹃ホ 1ムカミング﹂ 文璽春秋一九九一年九月 ジョ l ・ホールドマン/岡部宏之他訳﹁戦争S F mのスタイル﹄講談社一九七九年八月 υ J y 白 つz : (