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アカシジア - Pmda 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構

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アカシジア - Pmda 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
重篤副作用疾患別対応マニュアル
アカシジア
平成22年3月
厚生労働省
本マニュアルの作成に当たっては、学術論文、各種ガイドライン、厚生労
働科学研究事業報告書、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の保健福祉事
業報告書等を参考に、厚生労働省の委託により、関係学会においてマニュア
ル作成委員会を組織し、社団法人日本病院薬剤師会とともに議論を重ねて作
成されたマニュアル案をもとに、重篤副作用総合対策検討会で検討され取り
まとめられたものである。
○日本臨床精神神経薬理学会マニュアル作成委員会
堀口 淳
島根大学医学部精神医学講座教授
稲見 康司
愛媛労災病院精神科部長
竹内 賢
福島県立医科大学医学部神経精神医学教室兼任准教授
内藤 宏
藤田保健衛生大学医学部精神神経科学准教授
(敬称略)
○社団法人日本病院薬剤師会
飯久保 尚
東邦大学医療センター大森病院薬剤部部長補佐
井尻 好雄
大阪薬科大学臨床薬剤学教室准教授
大嶋 繁
城西大学薬学部医薬品情報学講座准教授
小川 雅史
大阪大谷大学薬学部臨床薬学教育研修センター実践医療
薬学講座教授
大濵 修
福山大学薬学部医療薬学総合研究部門教授
笠原 英城
社会福祉法人恩賜財団済生会千葉県済生会習志野病院副
薬剤部長
小池 香代
名古屋市立大学病院薬剤部主幹
後藤 伸之
名城大学薬学部医薬品情報学研究室教授
小林 道也
北海道医療大学薬学部実務薬学教育研究講座准教授
鈴木 義彦
国立病院機構東京医療センター薬剤科長
高柳 和伸
財団法人倉敷中央病院薬剤部長
濱
敏弘
癌研究会有明病院薬剤部長
林
昌洋
国家公務員共済組合連合会虎の門病院薬剤部長
(敬称略)
1
○重篤副作用総合対策検討会
飯島 正文
昭和大学病院院長・皮膚科教授
池田 康夫
早稲田大学理工学術院先進理工学部生命医科学教授
市川 高義
日本製薬工業協会医薬品評価委員会 PMS 部会委員
犬伏 由利子
消費科学連合会副会長
岩田 誠
東京女子医科大学病院医学部長・神経内科主任教授
上田 志朗
千葉大学大学院薬学研究院医薬品情報学教授
笠原 忠
慶應義塾常任理事・薬学部教授
金澤 實
埼玉医科大学呼吸器内科教授
木下 勝之
社団法人日本医師会常任理事
戸田 剛太郎
財団法人船員保険会せんぽ東京高輪病院名誉院長
山地 正克
財団法人日本医薬情報センター理事
林
昌洋
国家公務員共済組合連合会虎の門病院薬剤部長
※ 松本 和則
獨協医科大学特任教授
森田 寛
お茶の水女子大学保健管理センター所長
※座長 (敬称略)
2
本マニュアルについて
従来の安全対策は、個々の医薬品に着目し、医薬品毎に発生した副作用を収集・評価し、臨床現
場に添付文書の改訂等により注意喚起する「警報発信型」
、
「事後対応型」が中心である。しかしな
がら、
① 副作用は、原疾患とは異なる臓器で発現することがあり得ること
② 重篤な副作用は一般に発生頻度が低く、臨床現場において医療関係者が遭遇する機会が少な
いものもあること
などから、場合によっては副作用の発見が遅れ、重篤化することがある。
厚生労働省では、従来の安全対策に加え、医薬品の使用により発生する副作用疾患に着目した対
策整備を行うとともに、副作用発生機序解明研究等を推進することにより、「予測・予防型」の安
全対策への転換を図ることを目的として、平成17年度から「重篤副作用総合対策事業」をスター
トしたところである。
本マニュアルは、本事業の第一段階「早期発見・早期対応の整備」
(4年計画)として、重篤度
等から判断して必要性の高いと考えられる副作用について、患者及び臨床現場の医師、薬剤師等が
活用する治療法、判別法等を包括的にまとめたものである。
記載事項の説明
本マニュアルの基本的な項目の記載内容は以下のとおり。ただし、対象とする副作用疾患に応じ
て、マニュアルの記載項目は異なることに留意すること。
患者の皆様へ
・ 患者さんや患者の家族の方に知っておいて頂きたい副作用の概要、初期症状、早期発見・早期
対応のポイントをできるだけわかりやすい言葉で記載した。
医療関係者の皆様へ
【早期発見と早期対応のポイント】
・ 医師、薬剤師等の医療関係者による副作用の早期発見・早期対応に資するため、ポイントにな
る初期症状や好発時期、医療関係者の対応等について記載した。
【副作用の概要】
・ 副作用の全体像について、症状、検査所見、病理組織所見、発生機序等の項目毎に整理し記載
した。
3
【副作用の判別基準(判別方法)
】
・ 臨床現場で遭遇した症状が副作用かどうかを判別(鑑別)するための基準(方法)を記載し
た。
【判別が必要な疾患と判別方法】
・ 当該副作用と類似の症状等を示す他の疾患や副作用の概要や判別(鑑別)方法について記載
した。
【治療法】
・ 副作用が発現した場合の対応として、主な治療方法を記載した。
ただし、本マニュアルの記載内容に限らず、服薬を中止すべきか継続すべきかも含め治療法
の選択については、個別事例において判断されるものである。
【典型的症例】
・ 本マニュアルで紹介する副作用は、発生頻度が低く、臨床現場において経験のある医師、薬
剤師は少ないと考えられることから、典型的な症例について、可能な限り時間経過がわかるよ
うに記載した。
【引用文献・参考資料】
・ 当該副作用に関連する情報をさらに収集する場合の参考として、本マニュアル作成に用いた
引用文献や当該副作用に関する参考文献を列記した。
※ 医薬品の販売名、添付文書の内容等を知りたい時は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の医
薬品医療機器情報提供ホームページの、
「添付文書情報」から検索することが出来ます。
(http://www.info.pmda.go.jp/)
また、薬の副作用により被害を受けた方への救済制度については、独立行政法人医薬品医療機器
総合機構のホームページの「健康被害救済制度」に掲載されています。
(http://www.pmda.go.jp/)
4
アカシジア
英語名:akathisia
A.患者の皆様へ
ここでご紹介している副作用は、必ず起こるというものではありませんが、薬物によっては数
十%の服用者に起こると言われています。副作用とは気づかずに放置していると、病状に深刻な影
響を及ぼすことがありますので、早めに対処することが大切です。そこで、より安全な治療を行う
上でも、本マニュアルを参考にして、患者さんご自身、またはご家族にこのような副作用があるこ
とを知っていただき、以下のような症状に気づかれたら、早急に医師又は薬剤師に連絡してくださ
い。
精神科のお薬(とりわけ抗精神病薬)の服用中に起こることのあ
る副作用です。アカシジアは抗精神病薬だけではなく、抗うつ薬や
一部の医師から処方された胃腸薬などによっても引き起こされる
ことがあります。これらのお薬を服用していて、下に示したような
症状がみられた場合には、自己判断で服用を中止したり放置したり
せずに、早急に医師又は薬剤師に連絡してください。自己判断での
服用の中止によって、さらに重篤な症状が出現する場合があること
に注意して下さい。
・
「体や足がソワソワしたりイライラして、じっと座っていたり、
横になっていたりできず、動きたくなる」
・
「じっとしておれず、歩きたくなる」
・
「体や足を動かしたくなる」
・
「足がむずむずする感じ」
・
「じっと立ってもおれず、足踏みしたくなる」など
5
また、ご家族の方も、患者さんに前に書いたような症状が見られ
たり、「貧乏揺すり」や「ベッド上での体動の繰り返し」、「理由な
くイライラと歩き回る」などに気づいた場合には、薬の副作用の可
能性があるので、すぐに医師又は薬剤師に相談してください。
1.アカシジアとは?
アカシジアは静座不能症と訳されていて、座ったままでじっとし
ていられず、そわそわと動き回るという特徴があります。アカシジ
アの原因薬では抗精神病薬によるものが多いのですが、抗うつ薬や
一部の医師から処方された胃腸薬などによっても引き起こされる
ことがあります。多くの場合には、服用を始めて数日後に出現しま
すが、数カ月間以上同じ薬を飲み続けた後に出現する場合もありま
す。前述の症状がみられ、落ち着かず、廊下を行ったり来たりなど、
ずっと歩き回ったりします。
このように落ち着きがなくなったり、興奮して歩き回ったりする
アカシジアの症状を、抗精神病薬などの服用を必要とした元来の精
神疾患による精神症状であると勘違いしてはいけません。病気が悪
化したと勘違いして、自分で勝手に服用中のお薬をたくさん飲んで
しまうと、一般的にはさらにアカシジアが悪化します。あまりに苦
しくて衝動的に自分を傷つけたり、自殺したいとさえ感じ危険な行
為に及ぶ場合さえもあります。
6
2.早期発見と早期対応のポイント
抗精神病薬などの医薬品を服用していて、前述のような症状、す
なわち「座ったままでいられない」
、
「じっとしていられない」
、
「下
肢のむずむず感」
、
「灼熱感」
、
「下肢の絶え間ない動き、足踏み」
、
「姿
勢の頻繁な変更」などの症状がみられる場合には、自己判断で服用
を中止したり放置したりせずに、早急に医師または薬剤師に連絡し
てください。自己判断での服用の中止で、さらに異なる重篤な副作
用が出現する場合があるので注意して下さい。
アカシジアの自覚症状は、たいていは歩行や運動によって軽減さ
れることが大きな特徴の一つです。またアカシジアのために、夜間
に寝付きにくいといった不眠症を伴うこともあります。アカシジア
の状態がある人に、「気持ちと身体のどちらがソワソワしますか」
と質問すると、多くは「身体がソワソワします」と答えます。これ
は大切なアカシジアの発見法のひとつです。アカシジアは、本人に
とってはきわめて不快な症状であり、急いで対処しないと、元来の
精神疾患に対する治療薬の服用が恐ろしくなり、服用を拒絶するよ
うになってしまう場合すらあります。
アカシジアの症状は、薬物の投与開始や増量後「数日以内」に出
現することが多いのですが、数カ月間以上服用を続けた後に出現す
ることもあります。症状は可逆的なもので、薬物の投与中止や減量
によって消失または軽減します。また、アカシジアを治療するため
のいくつかのお薬があります。アカシジアの症状が重篤な場合には、
これらのお薬の筋肉内注射によって、速やかに症状を軽減すること
ができます。
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※ 医薬品の販売名、添付文書の内容等を知りたい時は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構医
薬品医療機器情報提供ホームページの、
「添付文書情報」から検索することが出来ます。
(http://www.info.pmda.go.jp/)
また、薬の副作用により被害を受けた方への救済制度については、独立行政法人医薬品医療機
器総合機構のホームページの「健康被害救済制度」に掲載されています。
(http://www.pmda.go.jp/)
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B.医療関係者の皆様へ
1.早期発見と早期対応のポイント
アカシジアは、主に抗精神病薬による副作用の一つとして広く知られてい
るが、一般診療で使用される制吐薬や胃腸薬などもその原因になりうること
を念頭に置く必要がある。アカシジア自体は直接生命を脅かすものではない
が、それが見逃され長期にわたって患者を悩ませていたり、時にはアカシジ
アによる症状の治療目的で入院となるケースもある。この苦痛を伴うアカシ
ジアによる異常行動は、しばしば元来の精神疾患に伴う治療抵抗性の精神症
状や不安発作と誤診され、適切な処置がなされないまま不安・焦燥が悪化し、
時に自傷行為や自殺に繋がる可能性も指摘されている 1)。
そこで早期発見のポイントとしては、アカシジアを引き起こす可能性のあ
る薬剤の使用にあたり、積極的な問診により現症を十分に評価し、薬剤投与
後に発現した「投与前の精神症状とは異なる落ち着きのなさ」に注目するこ
とが肝要である。また、全身状態の悪い患者の診療においては、足や臀部の
違和感、同一姿勢が保てない点などに注目した、積極的な問診による症状の
把握が求められる。特に、アカシジアを惹起する可能性のある薬剤の注射に
よる処置後の 30 分から 2 時間以内に、急速に「投与前の精神症状とは異なる
落ち着きのなさ」が出現した際は、まずアカシジアを疑うことから鑑別診断
を始める。
(1)好発時期
アカシジアは、急性アカシジア、遅発性アカシジア、離脱性アカシジア、
慢性アカシジアに分類される
2)
。最も頻度の高い急性アカシジアは、原因
薬剤の投与開始か増量後、時には原因薬剤によるパーキンソン症候群やア
カシジアなどの予防目的で併用投与されていた抗コリン薬の減量ないし中
9
止後、6 週間以内に症状が発現すると言われている。従って、アカシジア
が疑われた場合の原因薬剤の検索は、最近新たに投与された薬剤か用量を
変更された薬剤を、アカシジア出現後から 6 週間前まで遡って検討する必
要がある。しかし、多くの報告例では、原因薬剤の使用開始後 3 日から 2
週間以内に発現しているものが多い。
一方、遅発性アカシジアは原因薬剤を投与開始後 3 ヶ月以上経ってから
発現するものをいう。また、離脱性アカシジアは、すでに 3 ヶ月以上原因
薬剤が投与されており、
その中断により 6 週間以内に発症したものである。
アカシジアの症状が 3 ヶ月以上続いたものは、慢性アカシジアと呼称され
るが、その際には慢性アカシジア急性発症あるいは慢性アカシジア遅発性
発症と付記される。
(2)患者側のリスク因子
統合失調症や気分障害患者では、複数の抗精神病薬を投与される機会が
多く、常に注意を要する。化学療法や緩和ケア医療においては、全身状態
が悪化していても多剤併用療法が必要となる場合が多く、制吐薬と抗潰瘍
薬あるいは向精神薬などの相互作用にも注意すべきである。特に、広く用
いられるメトクロプラミドなどの制吐薬は、その通常用量や 1 回の注射に
よる使用の際にもアカシジアが出現する場合があり 3,4)、アカシジアの発現
が見逃されている場合もあり得るので注意を喚起したい。さらに、鉄欠乏
や糖尿病がアカシジア発現の危険因子であることも指摘されており、身体
面の評価も忘れてはならない 5)。
(3)投薬上のリスク因子
アカシジアは、古くはハロペリドールなどの定型抗精神病薬によって発
現する副作用である錐体外路症状の一型として、パーキンソニズムと同様
10
に良く知られていた副作用である。定型抗精神病薬によるアカシジアは、
一般的には他覚的に観察できる症状が特徴的であるため、診断は比較的容
易であった。一方、最近ではリスペリドンなどのような錐体外路系の副作
用の発現が少ないと言われている非定型抗精神病薬が主に使用される機会
が多くなったが、非定型抗精神病薬によってもアカシジアの発現は高頻度
である。しかしながら非定型抗精神病薬によるアカシジアは、定型抗精神
病薬のそれと比較して自他覚症状とも軽症な場合が多いようであり、その
ため見逃されてしまうこともあり、症状が重篤化して初めて診断される場
合もある。
(4)患者が早期に自覚しうる症状
典型的な自覚症状は、強い不安焦燥感や内的不隠と、手足や体全体を揺
り動かしたくなる、駆り立てられるような強い衝動である。患者は足をじ
っとしていられず、足を動かしたい欲求に気づいている。静止を強いられ
ると内的不隠が増強する。
アカシジアの評価は、患者の主観的な訴えが強く反映されるため、客観
的な評価が難しいとされてきた。診断や観察の参考のために、稲田らによ
り紹介された日本語版の Barnes による薬原性アカシジア評価尺度 6,7)を紹
介する(表1)
。これは客観症状、主観症状、主観症状に対する苦痛の 3 項
目に、6 段階評価の総括評価 1 項目を加えた計 4 項目で構成されており、各
アンカーポイントの記述は、アカシジアの発現から重症化の病像を理解す
る上でも参考になる。臨床医は、その発現を低く認知していることが各研
究から指摘されており、各評点の合計点数とその推移は、経時的な病状変
化の把握を可能とする。
11
表1 薬原性アカシジア評価尺度(Barnes TRE)
--------------------------------------------------------------------------------------内的不隠に関連した苦痛
患者氏名:
0:苦痛なし
患者調査番号:
1:軽度
病院番号:
2:中等度
病棟:
3:重度
評価者:
---------------------------------------アカシジアの包括的臨床評価
まず座位で、その後何気ない会話をしなが
0:なし
ら立位で評価する(どちらの状態でも最低 2
内的不穏に対する自覚の事実がない。内的
分間は観察すること)
。他の状態で観察された
不穏の主観的な訴えや下肢を動かしたいと
症状(例えば病棟で何等かの活動をしている
いう強迫的な欲求がない場合に、アカシジ
ときなど)も評価の対象にいれてよい。続い
アの特徴的な運動不穏が観察された場合、
て,直接質問することによって、患者が持つ
仮性アカシジアに分類する。
主観的症状を引き出す。
1:疑わしい
非特異的な内的緊張とそわそわした運動
客観症状
2:軽度のアカシジア
0:正常。時に下肢のそわそわした動きがある。
下肢の不穏に気づいており、じっと立って
1:特徴的なそわそわした動きがみられる。下
いるように言われたときに内的不穏が悪化
肢ののろのろ歩きやとぼとぼ歩き、座位で
する。そわそわした運動が存在するが、特
の片足の振り回し;また立位での足の揺り
徴的なアカシジアの運動不穏は必ずしも観
動かしや足踏み;ただしこうした運動がみ
察されない。こうした状態はほとんどある
られるのは観察時間の半分以下である。
いは全く苦痛の原因にはなっていない。
2:上の 1 で記載されたような現象が観察時間
3:中等度のアカシジア
の半分以上で認められる。
上の軽度のアカシジアで記載した不穏に気
3:患者は絶えず特徴的な不穏運動をしている。
づいている。これにあわせて、立位時にお
また観察期間中に歩かないでじっと立った
ける足の揺り動かしのような特徴的な運動
ままや座ったままでいることができない。
不穏が観察される。患者はその状態を苦痛
に感じる。
主観症状
4:顕著なアカシジア
内的不隠の自覚の程度
内的不穏の主観的症状の中に、歩いていた
0:内的不穏感は存在しない。
いという強迫的な欲求があるが、患者は少
1:非特異的な内的不穏感。
なくとも 5 分間以上は座っていることがで
2:患者は足をじっとしていられなかったり、
きる。その状態は明らかに苦痛である。
足を動かしたいという欲求に気づいている。
5:重度のアカシジア
また、じっと立っているように言われた時
患者はほとんどいつも、あちこち歩き回り
に、内的不穏に対する不満が特に悪化する。
たいという強い強迫感を訴える。2〜3 分以
3:ほとんどいつでも動いているという強烈な
上座っていたり横になっていることができ
強迫感を持ったり、ほとんどいつでも歩い
ない。強烈な苦痛と不眠を伴う持続的な不
ていたいという強い欲求を訴える。
穏状態。
--------------------------------------------------------------------------------------原著者である London 大学 Charing Cross and Westminster 医学部精神科の Barnes 博士と評価尺度原
版の著作権を持つ Royal College of Psychiatrists の承諾のもとに Inada ら(1996)によって翻訳およ
び信頼性検討がなされた。 Barnes アカシジア評価尺度原版著作権者および日本語版著作権者の許可を
得て掲載。日本語版(C)稲田俊也
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(5)早期発見に必要な検査と実施時期
現時点では、日常臨床で利用できる早期発見のための特別な検査法はな
い。運動亢進症状を客観的に捉える目的で、運動センサーを内蔵した測定
器具や、市販の万歩計で定量的に運動量を測定できても、診断的な意義は
少ない。したがって、表 1 のアカシジア評価尺度等を参考に、日常診療の
中での詳細な問診や観察を注意深く行う必要がある。その際には、躯幹、
上肢、下肢の 3 つの身体領域と、臥位、座位、立位のそれぞれの姿勢で評
価することが望ましい。一方、アカシジアの原因薬剤の同定は重要である
ので、原因になりうる主な医薬品リストを表2に示した。
表2 アカシジアを引き起こす可能性のある薬剤
○抗精神病薬
フェノチアジン系:プロクロルペラジン、クロルプロマジン、ペルフェナジン、
クロルプロマジン・プロメタジン配合剤など
ブチロフェノン系:ハロペリドール、ブロムペリドール、チミペロンなど
ベンザミド系
:スルピリド、スルトプリド、ネモナプリド、チアプリドなど
非定型抗精神病薬:リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、ペロスピロン、
アリピプラゾール、ブロナセリン
○抗うつ薬
三環系:アミトリプリチン、アモキサピン、イミプラミン、クロミプラミンなど
四環系:マプロチリン、ミアンセリンなど
その他:スルピリド、トラゾドンなど
SSRI:フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン
SNRI:ミルナシプラン
○抗けいれん薬・気分安定薬:バルプロ酸ナトリウム
○抗不安薬:タンドスピロン
○抗認知症薬:ドネペジル
○消化性潰瘍用薬:ラニチジン、ファモチジン、クレボプリド、スルピリド
○消化器用薬:ドンペリドン、メトクロプラミド、イトプリド、オンダンセトロン、モサプリド
○抗アレルギー薬:オキサトミド
○血圧降下薬:マニジピン、ジルチアゼム、レセルピン、メチルドパ
○抗がん剤:イホスファミド、カペシタビン、カルモフール、テガフール、フルオロウラシル
○その他:ドロペリドール、フェンタニル、インターフェロン等の製剤
13
(付記)
(A)
[患者指導の実際]
・
「体や足がソワソワしたりイライラする」
、
「じっと座っていたり、横になっていたりでき
ず、動きたくなる」
・
「じっとしておれず、歩きたくなる」
・
「体や足を動かしたくなる」
・
「足がむずむずする感じ」
・
「じっと立ってもおれず、足踏みしたくなる」など
「じっとしていられない」
、
「落ち着かない」
、
「足がむずむずする」
、
「一つの姿勢が保てな
い」などの症状に気づいた場合には、すぐに医師に相談してください。
(B)
[患者家族等への指導]
今から説明する副作用は、誰にでも起こるものではありませんが、服用中の患者さんに
上に書いたような症状が見られたり、「貧乏揺すり」や「ベッド上での体動の繰り返し」、
「理由なくイライラと歩き回る」などに気づいた場合には、薬の副作用の可能性があるの
で、すぐに医師に相談してください。
2.副作用の概要
急性アカシジアとは、静座不能症とも呼ばれ、強い不安焦燥感や内的不隠
を伴う「じっとしていられない、じっと座っていられない」状態を示す。20
世紀前半には、アカシジアはパーキンソン病や脳炎後のパーキンソニズムの
患者に稀に発現する脳器質性の神経症状と考えられていた。しかし、1950 年
代のドパミン遮断を薬理作用とする抗精神病薬の開発以降は、アカシジアは
薬剤誘発性の錐体外路系の副作用として広く知られるようになった。したが
って、一般にアカシジアは主にドパミン遮断薬により発現し、その中止ない
し減量、あるいは中枢性抗コリン薬の併用などにより症状は軽減ないし消失
する。その発生頻度は定型抗精神病薬では 20~40%と報告されているが、錐
体外路症状の軽減を図って開発された非定型抗精神病薬でも、発生頻度はそ
れほど減っていないという指摘もある。アカシジアの発生機序はドパミン遮
断作用が一因と考えられているが、十分に解明されているわけではなく、最
近では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などドパミン遮断作用を
14
有しない薬剤での報告もなされており、アカシジアを起こしうる薬剤は抗精
神病薬以外にも多岐にわたる。
(1)自覚的症状と他覚的症状
表1に示したように、アカシジアの症状は客観症状と主観症状の二つの
側面から評価する事が必要である。主観症状は内的不隠と手足や体全体を
動かしたいという強い衝動に駆られるものである。具体的には、足の裏や
臀部がむずむずして落ち着かずイライラするが、歩き回ったり、足を組み
かえたり、貧乏揺すりのような運動をしたりすることで、この症状は軽減
する。このため、症状悪化に伴い自制が困難となると、明確な運動亢進症
状が客観症状として観察されることとなる。また、苦痛が耐えられないも
のとなると、自傷行為や自殺企図に至ることもあり注意を要する。
一方、軽症例では他覚的な症状に乏しく、自覚症状も「もともとじっと
していることが苦手」という患者の安易な返答によって見逃されてしまう
場合もあり、最近の状態に焦点を当てた詳細な問診により初めて明らかに
されることもある。
(2)臨床検査値
アカシジアを直接支持する検査所見はないが、血清鉄の低下や糖尿病が
アカシジアの促進因子として指摘
5)
されており、血液生化学検査での評価
は参考になる。
(3)発生機序 8)
急性アカシジアは他の錐体外路症状とは異なり、運動亢進症状という運
動過多に加え、強い不安焦燥感や内的不隠という精神症状を有しているこ
とが特徴である。従ってその発生機序も黒質線条体系と関連する他の錐体
15
外路症状とは異なり、中脳辺縁系や中脳皮質系のドパミン遮断作用が原因
のひとつとして想定されている。事実、中枢性抗コリン薬への反応性も、
アカシジアでは 50%程度と低く、中枢性抗コリン薬の薬原性パーキンソニ
ズムに対する 80~90%の有効性に比べて明らかに低い。一方 SSRI のような
薬剤もアカシジアを誘発するが、セロトニン神経系の亢進は、腹側被蓋野
から中脳辺縁系と中脳皮質系のドパミン神経系に対して、抑制的に働くこ
とが原因と考えられている。
また、アカシジアに効果がある薬剤の作用機序から、アカシジアの病態
を説明しようとする考え方もあり、各種の仮説が提唱されている。ベンゾ
ジアゼピン系薬剤の有用性からは GABA 系機能の低下説が、プロプラノロー
ルなどのβブロッカー等が有効なことからノルアドレナリン系機能の亢進
説などが提唱されている。また血清鉄の低下、糖尿病との関連や、その他
の神経伝達系の相互作用が関与していると考えられ、最終的には大脳基底
核回路の機能不全によりアカシジアが発生すると考えられている。
なお遅発性アカシジアは、抗精神病薬の長期投与による後シナプスの感
受性亢進が原因と考えられている。
(4)医薬品ごとの特徴
薬剤の種類によって発現するアカシジア症状の相違はないが、非定型抗
精神病薬が主流となり、重症例に遭遇する機会は減っている。しかし、ア
カシジアの発現頻度が減っているのではなく、むしろその過小診断が危惧
されている
9)
。非定型抗精神病薬の中でのアカシジアの発現頻度について
は、セロトニン・ドパミン遮断薬に分類されるリスペリドンなどでは比較
的頻度が高く、クエチアピン、オランザピンでは少ない傾向がある
10)
。非
定型抗精神病薬のなかのアリピプラゾールは、これらの薬剤の中ではアカ
シジアの発現が 8.9%と他の非定型抗精神病薬の 2.3%に比べやや頻度が高
16
い。アリピプラゾールの開始時、あるいはアリピプラゾールへの薬剤変更
時には、急性および遅発性アカシジアの出現に特に注意を払うべきである
11)
。
(5)副作用発現頻度
参考1「薬事法第77条の4の2に基づく副作用報告件数」を参照
(6)自然発症の頻度(年間推定患者数)
アカシジアの発現頻度については、文献により大きな差異があるが、定
型抗精神病薬では平均 20~40%と報告されている 12)。一方、最近行われた
大規模な試験では、定型抗精神病薬のペルフェナジンを対照として検討し
た結果、非定型抗精神病薬の錐体外路症状の発現率との間には有意差が認
められなかったという報告もある
13)
。わが国での非定型抗精神病薬による
アカシジア出現率は、各長期試験の結果からは、リスペリドンが 22.9%、
ペロスピロンが 40%、クエチアピンが 5.2%、オランザピンが 17.6%であ
った 14)。
3.副作用の判別基準(判別方法)
臨床研究に推奨されており、アカシジアの判別で参考となる診断基準を表 3
に示す。典型例のアカシジアは、抗精神病薬などの原因薬の投与後に患者が
静座不能の苦痛を訴えるので、判別は容易である。しかし、錐体外路系の副
作用を軽減した非定型抗精神病薬、制吐剤、眩暈剤のみならず、ドパミン遮
断作用を有しない他の薬剤によるアカシジアでは、当初は症状が軽微なため
に判別に苦慮する場合もある。また急性ジストニア、パーキンソニズムなど、
他の錐体外路症状を併発していると、運動亢進症状が目立たないこともある。
したがって運動亢進症状の原因が内的不穏感によるなどを充分問診したり、
17
急性ジストニアやパーキンソニズムなど他の錐体外路症状の併存や、むずむ
ず脚症候群(restless legs 症候群)の併存などを参考にして総合的に判断
する。判断が難しい場合は、積極的に疑わしい薬剤の減量や中止を試みるこ
とも大切である。なお薬剤誘発性アカシジア以外にも、アカシジアが嗜眠性
脳炎や鉄欠乏性貧血の患者、あるいは脳炎後遺症の患者やパーキンソン病患
者に見られることが報告されているが、極めて稀ではある。
表3 DSM-Ⅳ-TR の 333.99 神経遮断薬誘発性急性アカシジアの研究用基準案
A.落ち着きのなさの主観的訴えが神経遮断薬の使用後現れる.
B.以下のうち少なくとも 1 つが観察される.
(1)足のそわそわとした,または揺らす動き.
(2)立っているときに,片足ずつ交互にして身体を揺らす.
(3)落ち着きのなさを和らげるために歩き回る.
(4)少なくとも数分間,じっと座っていることまたは立っていることができない.
C.基準 A および B の症状は,神経遮断薬の投与を開始してまたは増量して,または急性の錐体外
路症状を治療(または予防)するために用いていた薬剤(例:中枢性抗コリン薬)を減量して 4
週間以内に現れる.
D.基準 A の症状は精神疾患(例:統合失調症,物質離脱,大うつ病エピソードまたは躁病エピソ
ードの焦燥,注意欠陥/多動性障害の過活動)ではうまく説明されない.症状が精神疾患でう
まく説明される証拠には,以下のものが含まれるであろう:神経遮断薬が投与される前に症状
が現れること,神経遮断薬を増量しても落ち着きのなさが増悪しないこと,薬物による介入に
よっても軽快しないこと(例:神経遮断薬を減量しても,またはアカシジアを治療するための
薬剤で治療しても改善が認められない)
E.基準 A の症状は,神経遮断薬以外の薬物によるものでもなく,また神経疾患または他の一般身
体疾患によるものでもない.症状が一般身体疾患によるという証拠には以下のものが含まれる
であろう:神経遮断薬が投与される前に症状が現れること,または処方内容を変更していない
にもかかわらず症状が進行すること,である.
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル新訂版」
,医学書院,2004.
4.判別が必要な疾患と判別方法
不安・焦燥、精神運動興奮、感覚障害、運動亢進症状を示す全ての疾患や
薬物による副作用が鑑別の対象となる。具体的にはうつ状態、躁状態、不安・
焦燥状態、パニック発作、精神病状態、精神運動興奮、心気状態などの精神
症状および抗うつ薬による activation syndrome や、運動亢進や異常感覚な
18
どにおいてアカシジアと類似した症状を呈する遅発性ジスキネジア、またむ
ずむず脚症候群(restless legs 症候群)
、及びごくまれに見られる非薬剤性
のアカシジアとの鑑別を考慮する必要がある。低血糖状態との鑑別の必要性
も指摘されている 15)。
(1)精神症状との鑑別
薬剤投与後に精神症状が悪化した場合、投与薬剤が抗精神病薬や抗うつ
薬であった場合には、原疾患の増悪と判別する必要があるのはいうまでも
ない。抗精神病薬以外の薬剤の投与後にアカシジアが発症した場合には新
たに出現した精神症状と誤認される可能性がある。したがって、特に抗精
神病薬以外の薬剤を投与している場合には、それらの薬剤の投与後に焦燥
感、衝動性、興奮といった症状が出現したときには、アカシジアを少しで
も疑ってみることがなによりも重要であり、原発性の症状が静座不能なの
か不安・焦燥なのかを確認する。アカシジアでは症状が歩行や運動によっ
て軽減されることも特徴だが、アカシジア以外の精神症状による焦燥・精
神運動興奮の場合には、歩行ではあまり軽減されない。アカシジアでは下
肢等に異常感覚(むずむず感、じりじり感)を伴うことも多く、さらにそ
うした症状に対する対処行動として診察室場面でも足踏みをしたり、そわ
そわと動かしたりすることも多く、こうした症状の存在はアカシジアであ
ることの傍証となる
16)
。しかし、精神症状等のために意志の疎通が困難な
場合には、精神症状とアカシジアとの鑑別は困難であり
16)
、急性アカシジ
アに対する治療を行ってみて、改善の有無で事後的に判断せざるを得ない
場合もある。
Activation syndrome(または stimulation syndrome)とは、特に抗うつ
薬による中枢神経刺激様症状全般を指す用語であり、近年抗うつ薬による
自殺関連事象をめぐって注目されているが、その用語の意味する病態や症
19
状は多種多様であり、まだ十分に確立された概念とはいえない。一般に
activation syndrome とされている症状としては、不安、易刺激性、軽躁、
焦燥、敵意、躁、パニック発作、衝動性、不眠、アカシジアがあり 15B)、そ
の意味では薬剤誘発性のアカシジアも activation syndrome の一症状と捉
えることも可能である。Activation syndrome の中でもアカシジア以外の症
状群では、歩き回らずにはいられないといった運動亢進への傾向はそれほ
ど強くなく、またアカシジアと異なりβ遮断薬は有効ではない
1)
といった
点が鑑別点になるが、いずれにせよ SSRI の処方がかつての三環系抗うつ薬
とは比べ物にならないほどに一般的になっている今日では、activation
syndrome の 1 型としてのアカシジアにも十分な注意を払うべきである。
(2)むずむず脚症候群との鑑別
むずむず脚症候群(restless legs 症候群
18)
)は特に夕方から夜間にか
けて、多くは下肢の深部に「むずむずする」
「虫が這うような」「ちくちく
刺されるような」
「ひっぱられるような」などと表現されるような、名状し
がたい不快感が生じるものであり、このため入眠困難をきたすことを特徴
とする病態である。異常感覚は下肢を動かすと消失するため、患者は下肢
をばたばたと動かしたり、屈伸を繰り返したり、締め付けたりこすったり
する。症状が強い場合には一晩に何度も起き上がって歩き回ることがある。
すなわち両者とも体を動かさないではいられないといった運動亢進への傾
向を有することなど類似点が多いために、その両者の異同が古くから問題
とされてきた。さらに薬剤誘発性アカシジアの患者がむずむず脚症候群を
併せ持つ場合も多いが、むずむず脚症候群では下肢の異常感覚が一次症状
としてあり、症状は夜間就床時の眠気が訪れてくる時期に発現し、入眠困
難をきたすといった特徴があるのに対して 5,19)、アカシジアでは眠気と関係
なく、日中でも座位や臥位などじっとしていると症状が増強し、運動への
20
強い衝動が一次症状となる。睡眠に対する影響も両者で異なっており、睡
眠ポリグラフによる検討では、アカシジアではむずむず脚症候群に比べて
睡眠障害がより軽度であるとの報告がある 20)。
(3)遅発性ジスキネジアとの鑑別
遅発性ジスキネジアは抗精神病薬の慢性投与、すなわち通常は 3 カ月以上
継続投与した後に生じる不随意運動である。主に口、頬、舌、下顎など顔面
周囲に生じ、時に四肢、躯幹に舞踏病様の不随意運動として発現する場合も
ある。同様に通常は抗精神病薬を 3 カ月以上継続投与した後に生じる遅発性
アカシジアはこの遅発性ジスキネジアを合併しやすく、またアカシジア自体、
遅発性ジスキネジアの前駆症状として出現することもある 21)。下肢や躯幹に
生じる遅発性ジスキネジアではアカシジアにみられる静座不能との鑑別が
必要だが、患者はこの不随意運動に対する苦痛をアカシジアほどには訴えな
いし、苦痛の軽減のために歩き回ることもない。また遅発性ジスキネジアで
生じる運動は不随意運動であるが、アカシジアの運動亢進は苦痛の軽減のた
めの歩き回るなどの随意運動である 22)。
(4)非薬剤性のアカシジア
アカシジアは薬剤の投与によるものだけではなく、脳炎、脳炎後パーキ
ンソン症候群、パーキンソン病、両側前頭部の外傷といった中枢神経系の
疾患でも発現する。これらによるアカシジアと薬剤性のアカシジアとの鑑
別は、アカシジアの出現前に抗精神病薬やアカシジアを発現させうる薬剤
が投与されていることや、投与と発症時期や臨床経過の間の時間的な関連
が認められることで区別できる
16)
。薬剤の投与時期が不明瞭な患者や多種
類の薬剤が併用投与されている患者、あるいは他の身体疾患を有している
患者で慢性アカシジアがみられる場合には、アカシジアの原因が判別困難
21
となる症例もある。
5.治療方法
薬剤誘発性アカシジアは、薬剤による副作用であるので、その発現予防が
最善の対策である。その対策の第一は、抗精神病薬の投与が必要な患者の場
合には、非定型抗精神病薬を用いることである。非定型抗精神病薬は、定型
抗精神病薬に比較して、アカシジア発症のリスクが少ない。
しかしながら薬剤誘発性の急性アカシジアが発症してしまった場合には、
救急対応として中枢性抗コリン薬(ビペリデン、トリヘキシフェニジル)ま
たはベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパム、クロナゼパム)の投与が有効で
ある。特にビペリデンには注射製剤があるので、診断的治療目的でも用いら
れる。
次に可能な範囲での原因薬物の減量、変更を行う。抗精神病薬の場合、一
般的に高力価、高用量の場合にアカシジアが出現しやすいことが知られてい
るので、非定型抗精神病薬の弱力価のものに置換するか、できるだけ減量す
るようにする。SSRI の場合、どの薬剤がアカシジアを引き起こしやすいかは
知られていない。わが国で使用可能である全ての SSRI がいずれもアカシジア
を引き起こしうる。
仮に減量や変更が困難な場合には、対症的な薬物療法を行う。中枢性抗コリ
ン薬は本邦では一般にアカシジアの治療に用いることの多い薬剤であり、その
有効性については多数の報告があるが、中枢性抗コリン薬には排尿障害、便秘、
口渇などの身体症状、せん妄、記憶障害、認知障害などの精神症状の発現のリ
スクがあるので、安易に慢性的に用いるべきではない。抗精神病薬の場合、薬
物療法開始 3 ヶ月を経た後にアカシジアなどの錐体外路症状が出現すること
は少ないので、もし治療初期に中枢性抗コリン薬の併用の必要があっても 3
ヶ月目以降は中枢性抗コリン薬を漸減したり中止を試みるとよい 23)。
22
欧米でも中枢性抗コリン薬の有効性は古くから指摘されてきたが、近年で
はアカシジアに対する薬物療法としてはβ遮断薬が第一選択となっている
1,2,24)
。なかでもβ遮断薬の中では、脂溶性でかつ非選択的なプロプラノロー
ルが中枢移行性に優れており、選択的なβ2 遮断薬と比較しても有効性が高い
25,26)
。β遮断薬を用いる際、用量変更時には血圧と脈拍とをモニターする。
ジアゼパム 28)、クロナゼパム 29)などのベンゾジアゼピン系薬剤のアカシジ
アに対する有効性も確立されている。アカシジアと精神運動興奮とを区別し
がたい場合や極度の不安を伴う場合にはベンゾジアゼピン系薬剤が有用であ
る。ただし、ベンゾジアゼピン系薬剤も中枢性抗コリン薬と同様に、慢性投
与による副作用や依存の問題が発生する可能性があり、長期連用は避けるべ
きである。
その他、薬剤誘発性の急性アカシジアの対処薬として、α2 作動薬のクロニ
ジン
30)
、抗パーキンソン薬であるアマンタジン 2)、セロトニンの前駆体であ
る L-トリプトファン 31)、抗てんかん薬のバルプロ酸、MAO 阻害薬のモクロベ
ミド(国内未発売)32)、5HT2 遮断薬のリタンセリン(国内未発売)2)、ビタミ
ン B6、鉄剤 33)、電気けいれん療法などの有効性も報告されているが、系統的
な研究は行われていない。
次に遅発性アカシジアの治療についてであるが、これは急性アカシジアの
治療と比較して難渋する点が多い。可能であれば急性アカシジアと同様に原
因薬物の減量や中止を検討する。また第一世代の抗精神病薬が使用されてい
る場合には、第二世代の抗精神病薬に変更する。急性アカシジアと異なり、
中枢性抗コリン薬は無効である。むしろ中枢性抗コリン薬が抗精神病薬と併
用されている場合には、中枢性抗コリン薬を中止すれば遅発性アカシジアが
改善する場合がある。クロニジン、プロプラノロールなどのアドレナリン系
を抑制する薬剤や、クロナゼパム、ロラゼパムのようなベンゾジアゼピン系
薬剤を用いることで症状が軽減する場合もある。
23
6.典型的症例概要
【症例1】48 歳、女性
1年前より意欲低下、不安、恐怖感、過食、不眠、動悸、過呼吸などを呈
し、A病院にてパロキセチンを主剤として加療されていた。48 歳時B精神科
病院を受診。うつ状態にて1日量としてパロキセチン 40mg、炭酸リチウム
300mg に加え、アモキサピン 50mg が追加処方された。
2 週後には気持ちがすっきりしてきて、意欲が回復し、恐怖や不安も和らぎ、
自覚的には抑うつ気分はかなり改善した一方、ちょっとソワソワするような
感じがあると述べた。しかし更なる抗うつ作用を期待し、アモキサピンは
100mg に増量された。
その 2 週後には、さらにイライラ、ソワソワ、じっとしていられない感じが
強くなったと訴えた。歩き回っても楽にはならないが、歩き回らずにはいられ
ないという。アカシジアであると判断し、クロナゼパムを 1mg 追加したが、十
分な効果を示さず、翌週にはアモキサピンを 50mg に減量し、クロナゼパムを中
止、プロプラノロールを 30mg 追加した。血圧 138/90mmHg、脈拍 80/分であった。
プロプラノロールを追加した翌週になると、ソワソワはまだ完全には軽快
していなかったが、耐えられないほどではないと述べた。血圧は 118/88mmHg
であった。プロプラノロールを 60mg に増量したところ、その翌週にはソワソ
ワはおさまり、じっとしていることができ、気分的にも落ち着き、意欲もそ
こそこ維持できていると述べた。
24
7.引用文献・参考資料
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26
参考1 薬事法第77条の4の2に基づく副作用報告件数(医薬品別)
○注意事項
1)薬事法第77条の4の2の規定に基づき報告があったもののうち、報告の多い推定原因医薬
品を列記したもの。
注)
「件数」とは、報告された副作用の延べ数を集計したもの。例えば、1 症例で肝障害及び肺障害が報告された場合に
は、肝障害 1 件・肺障害 1 件として集計。
2)薬事法に基づく副作用報告は、医薬品の副作用によるものと疑われる症例を報告するもので
あるが、医薬品との因果関係が認められないものや情報不足等により評価できないものも幅広
く報告されている。
3)報告件数の順位については、各医薬品の販売量が異なること、また使用法、使用頻度、併用
医薬品、原疾患、合併症等が症例により異なるため、単純に比較できないことに留意すること。
4)副作用名は、用語の統一のため、ICH 国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J)ver. 12.0 に収
載されている用語(Preferred Term:基本語)で表示している。
年度
平成 19 年度
副作用名
アカシジア
医薬品名
塩酸チアプリド
塩酸セルトラリン
塩酸パロキセチン水和物
マレイン酸フルボキサミン
アリピプラゾール
リスペリドン
塩酸イミプラミン
合計
平成 20 年度
アカシジア
ブロナンセリン
塩酸パロキセチン水和物
ハロペリドール
塩酸ミアンセリン
アリピプラゾール
リスペリドン
合計
件数
2
2
2
1
1
1
1
10
2
1
1
1
1
1
7
※ 医薬品の販売名、添付文書の内容等を知りたい時は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の医薬
品医療機器情報提供ホームページの、
「添付文書情報」から検索することができます。
(http://www.info.pmda.go.jp/)
また、薬の副作用により被害を受けた方への救済制度については、独立行政法人医薬品医療機器総
合機構のホームページの「健康被害救済制度」に掲載されています。
(http://www.pmda.go.jp/)
27
参考2 ICH 国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J)ver.12.1 における主な関連用語一覧
日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)において検討され、取りまとめられた「ICH 国際医薬
用語集(MedDRA)」は、医薬品規制等に使用される医学用語(副作用、効能・使用目的、医学的
状態等)についての標準化を図ることを目的としたものであり、平成16年3月25日付薬食安発
第0325001 号・薬食審査発第0325032 号厚生労働省医薬食品局安全対策課長・審査管理課長通知
「「ICH 国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J)」の使用について」により、薬事法に基づく副作
用等報告において、その使用を推奨しているところである。
下記にMedDRAのPT(基本語)である「アカシジア」とそれにリンクするLLT(下層語)を示す。
また、MedDRA でコーディングされたデータを検索するために開発された MedDRA 標準検索式
(SMQ)には、「アカシジア(SMQ)」が「錐体外路症候群(SMQ)」の下位のサブ SMQ として
あるので、これを利用すれば MedDRA でコーディングされたデータから包括的な症例検索が実施
することができる。
名称
英語名
○PT:基本語(Preferred Term)
アカシジア
Akathisia
○LLT:下層語(Lowest Level Term)
アカシジア増悪
Akathisia aggravated
運動不穏
Motor restlessness
強迫性運動過多
Motor unrest compulsive
28
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