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ストレス・テストの結果について~金融機関の選別化は進む

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ストレス・テストの結果について~金融機関の選別化は進む
〒103-0028 東京都中央区八重洲 1-3-7
TEL.03-5202-7671 FAX.03-3278-7048
URL http://www.scbri.jp
e-mail : [email protected]
総合研究所
総研ニュース&トピックス
(2009.5.12)
SHINKIN CENTRAL BANK
ストレス・テストの結果について
~金融機関の選別化は進む~
高橋 宏彰
09 年 5 月 8 日、FRB(米連邦準備制度理事会)はストレス・テストの結果を公表した。米金融機関 19 社に
対して行われたストレス・テストは、経済環境が一定以上悪化した場合(ストレス)、金融機関の保有資産
がどの程度劣化するかを計測(テスト)したものである。同テストの実施にあたっては、09 年 2 月以降、150
人を超える検査官が携わり、金融機関の貸出債権、証券化商品等を精査した。テストの結果、検査を受け
た金融機関の約半分にあたる 10 社に対し資本不足懸念が言い渡された。これら金融機関は 1 か月後の 6
月 8 日までに、資本不足への対応策を FRB に提出しなければならない。
本稿では、今回のストレス・テストで新たに導入された資本認識、資本不足に対する対応策、そしてテ
ストの前提条件の妥当性等を考察した。
ポイント
ストレス・テストの対象となった金融機関 19 社の資産合計は、FDIC(米連邦預金保険公社)に加盟する金融
機関の資産合計の 80%を上回る。テストを受けた金融機関の信用力回復は、米金融システムの健全性回復
とほぼ同義と考えられる。
同テストで用いられた自己資本は、バーゼルⅡで定められた中核的自己資本(Tier1)とは異なり、負債性の
強い優先株などを差し引いた Tier1 普通株資本(Tier 1 Common Capital)である。Tier1 普通株資本は全体
で中核的自己資本(Tier1)の半分以下となっている。
同テストの前提となったストレスを加えた経済指標は、実際に発表された直近値に比べ大差がない。IMF(国
際通貨基金)等の国際機関の損失予想と比べ、やや楽観的な前提条件と言える。
1.ストレス・テストの結果
資産から新たに 5,993 億ドル(約 59 兆円)の追加
米大手金融機関 19 社に対して行われたスト
損失が発生することが判明した。この損失額は
レス・テストの結果が発表された。同テストは
バーゼルⅡで定められた中核的自己資本である
ストレス・シナリオ(経済環境が予想以上に悪化
「Tier1」で充分吸収できる金額である。
することを想定)を前提として、追加損失の発生
しかし、今回のテストで FRB は、資本認識を
額を算定している。金融機関が保有する貸出債
更に厳格化し、Tier1 から負債性が強く、金融
権、住宅ローン、商業用不動産を裏付け資産と
機関が資本を処分する際に制約がある優先株の
する証券化商品等を 150 名以上の FRB の検査官
一部を差し引いた「Tier1 普通株資本(Tier 1
が査定した。09 年から 10 年の景気環境等にス
Common Capital)」という資本認識を打ち出した。
トレスをかけた結果、金融機関が保有する金融
FRB 公表資料の Tier1 普通株資本は、テストを
ストレス・テストの結果と資本不足額
銀行持ち株会社
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
バンク・オブ・アメリカ
JPモルガン・チェース
ウェルズ・ファーゴ
シティグループ
ゴールドマン・サックス
メットライフ
モルガン・スタンレー
PNCフィナンシャル
U.S.バンク・コープ
GMAC
サントラスト銀行
キャピタル・ワン
リージョンズ
バンク・オブ・ニューヨーク
フィフス・サード銀行
BB&T
キーコープ
アメリカン・エキスプレス
ステート・ストリート
合 計
リスクウエイト
資産
1,633.8
1,337.5
1,082.3
996.2
444.8
326.4
310.6
250.9
230.6
172.7
162.0
131.8
116.3
115.8
112.6
109.8
106.7
104.4
69.6
7,814.8
Tier1
資本額
173.2
136.2
86.4
118.8
55.9
30.1
47.2
24.1
24.4
17.4
17.6
16.8
12.1
15.4
11.9
13.4
11.6
10.1
14.1
836.7
Tier1(※)
普通株資本
74.5
87.0
33.9
22.9
34.4
27.8
17.8
11.7
11.8
11.1
9.4
12.0
7.6
11.0
4.9
7.8
6.0
10.1
10.8
412.5
ストレステスト
による想定損失額
136.6
97.4
86.1
104.7
17.8
9.6
19.7
18.8
15.7
9.2
11.8
13.4
9.2
5.4
9.1
8.7
6.7
11.2
8.2
599.3
必要資本額
46.5
0
17.3
92.6
0
0
8.3
2.3
0
6.7
3.4
0
2.9
0
2.6
0
2.5
0
0
185.1
今後、増額が予定されて
いる資本金ならびに収益
12.7
2.5
3.6
87.1
7.0
0.6
6.5
1.7
0.3
-4.8
1.3
-0.3
0.4
-0.2
1.5
0.1
0.6
0.2
0.2
110.4
資本不足額
33.9
0.0
13.7
5.5
0.0
0.0
1.8
0.6
0.0
11.5
2.2
0.0
2.5
0.0
1.1
0.0
1.8
0.0
0.0
74.6
(単位:十億ドル)
既注入額
(参考・優先株)
45.0
25.0
25.0
50.0
10.0
10.0
7.6
6.6
5.0
3.5
3.6
3.5
3.0
3.4
3.1
2.5
3.4
2.0
212.2
(出所)FRB、FDIC
(※)ストレステスト実施にあたり、FRBは負債性の強い優先株等をTier1から減額した。
受けた金融機関合計で Tier1 の半分以下となっ
て見込んだ経済指標は、当初決して甘いもので
ている。この Tier1 普通株資本により追加損失
はなかった。しかし、その後発表される米国経
を補填するためには、更に 746 億ドル(約 7 兆 4
済指標は、ストレス状態に迫るものとなってし
千億円)の追加資本額が必要となる。資本不足を
まった。4 月 24 日に公表されたFRBの「ホワイ
指摘された金融機関は、FRB に対し 6 月 8 日ま
ト・ペーパー(ストレス・テスト取扱要領)」で
でに対応策を提出しなければならない。
も前提条件の変更は無かった 4 。大規模に実施さ
ストレス・テストの公表後、資本不足の指摘
れた資産査定の途中で、前提条件を変更するこ
を受けた金融機関は次々と資本調達の方針を発
とが困難だったことが窺われる。時間の経過と
表した。資本調達方法は、公募による増資のほ
ともに、発表される経済指標は悪化の一途を辿
1
か、既にTARP から資本注入を受けている優先株
ったが、一旦設定された前提条件は査定実施期
を普通株に振り替えることでも対応可能である。
間中、変更されることはなかった。
今回ストレス・テストの対象となった金融機関
(2) IMF の損失予想との比較
のうち、メット・ライフを除く 18 社に対し既に
国際機関の予想との差異も指摘されている。
資本注入が行われている。また、今回資本不足
2
を指摘された金融機関 10 社のうちGMAC を除き、
IMF(国際通貨基金)が 4 月 21 日に発表した「国
新たに調達が必要な資本額は、既注入額未満と
際 金 融 安 定 性 報 告 書 (Global Financial
なっている。今回のテストでFRBがTier1 普通株
Stability Report)」では、米国の金融資産から
資本という考え方を用いた背景には、既に注入
発生する損失額を 2 兆 7,120 億ドル(約 270 兆
している公的資金をセーフティ・ネットとして
円)と試算している。これは今回のストレス・テ
金融機関の自力増資を促したものと推察できる。
ストで FRB が試算した損失額の 4 倍以上に及ぶ。
仮に優先株からの振替を利用せずに資本調達が
しかし注意すべきは、IMF 試算の元となってい
出来た金融機関は、信用力回復に大きく弾みが
る米国の金融資産の残高合計は、すべて米国の
つく。また、公的資金の返済への道も開けると
金融機関が保有しているとは限らない点である。
考えられる。
ストレス・テストの対象となった米国の金融機
関 19 社の資産合計は 11 兆ドルと IMF が試算し
2.楽観的と批判される点
た金融資産残高の半分以下である。米国の金融
(1) 経済指標など
資産は米国以外の投資家も保有しているため、
09 年 2 月 25 日、FDIC(連邦預金保険公社)は
IMF の損失額試算とストレス・テストの損失額
ストレス・テストを実施するにあたり、初めて
を単純には比較できない。
3
IMF の試算で注目すべき点は、08 年 10 月期の
前提条件を公表した 。発表当時、ストレスとし
(単位:%)
ストレス・テストのシナリオ
2009
2010
直近値
実質GDP成長率
ベース
-2.0
2.1
-6.1
ストレス
-3.3
0.5
(09/1Q)
失業率
ベース
8.4
8.8
8.5
ストレス
8.9
10.3
(09/3)
住宅価格
ベース
-14.0
-4.0
-18.3
ストレス
-22.0
-7.0
(08/4Q)
IMFが予想する金融資産の評価損
米 国
09年4月期 08年10月期
貸出金
1,068
425
債券
1,644
980
計(A)
2,712
1,405
26,554
残高(B)
(A)/(B)
10%
5%
(単位:十億ドル)
欧州
888
305
1,193
23,807
5%
日本
131
17
148
7,358
2%
(出所)IMF、欧州、日本は09年4月期の値
(出所)FDIC、米商務省、労働統計局、S&P
1
TARP: Troubled Asset Relief Program、08 年 9 月に成立した
米国の公的資金による不良債権買取りプログラム。資本注入の詳
細は、
「総研ニュース&トピックスNo.21-6「米資本注入の現状に
ついて~500 を超える中小金融機関にも~」参照。
2
ゼネラル・モーターズ・アクセプタンス・コーポレーション:
もとGMの金融子会社で自動車ローン、住宅ローン等の消費者金融
業務を行っている。
3
http://www.fdic.gov/news/news/press/2009/pr09025a.pdf
4
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/bcreg/bcr
eg20090424a1.pdf
損失予想に比べ 09 年 4 月期の予想額が、ほぼ倍
増している点である。IMF 試算の前提条件等は
公表されていないが、リーマン・ブラザーズ破
綻以降、金融資産の評価損を正確に見積もるこ
とが極めて難しいことを物語っているのではな
いだろうか。
3.評価される点、懸念が残る点
今回のストレス・テストで評価できる点と、
引き続き懸念が持たれる点について整理した。
評価される点は、①ストレス・テストの対象
となった金融機関の資産合計は、FDIC に加盟す
る金融機関の 80%を上回る。そのため、これら
金融機関 19 社の健全性回復は米金融システム
復活そのものと考えることができる。今回のス
トレス・テストを通じて、米金融当局は個別金
融機関の問題ではなく、金融システムそのもの
の回復に着手していることがアピール出来た、
②金融当局による資産査定の結果、米金融機関
の損失額が確定し資本調達額に客観性が出た。
不透明感が払拭されたことで、金融機関が独力
で資本調達する道が大きく開けた。金融機関へ
の資本注入に、無尽蔵に公的資金を用いること
に一応の目処が立ったと言える、③日本の金融
危機は「金融再生プログラム」で「作業工程」
が提示された以降、急速に回復に向かった。今
回のストレス・テストは、金融機関の資本対策
のひとつのルールとも言える。同テストは、米
国の金融再生の「道程」の一過程と言えるので
はないだろうか。
また、懸念すべき点は、①今回のストレス・
テストの資本不足額は、08 年 12 月末の資本額
に、09 年第 1 四半期の予想額を加味して試算さ
れている。期限を区切っていることは、今後、
景気悪化に伴い再度ストレス・テストを行うこ
とを示唆しているとも言える。今回のテストに
対し、金融市場は比較的好感を示した。しかし
2 回目以降も同様とは限らない。また、ストレ
ス・シナリオの設定に難しさを残した。②スト
レス・テストにより金融機関の「資本」不足解
消には、ひとつのルールが作られた。しかし「資
産」買取り問題については、いまだ具体策が示
されていない。今後は金融機関の「資本」対策
から、「資産」対策にポイントが移るであろう。
以
上
本レポートは、情報提供のみを目的とした上記時点における当研究所の意見です。施策実施等に関する最終決定は、ご自身の判断でな
さるようにお願いします。また、当研究所が信頼できると考える情報源から得た各種データ等に基づいて、この資料は作成されており
ますが、その情報の正確性および完全性について当研究所が保証するものではありません。
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