Comments
Description
Transcript
1.老化と老年病
1.老化と老年病 老化とは、成熟期以後、加齢とともに各臓器の機能あるいはそ れらを統合する機能が低下し、個体の恒常性を維持することが不 可能になり、ついには死に至る過程をいいます。 老 化 の 特 徴 と し て 、1 )普 遍 性 、2 )内 在 性 、3 )進 行 性 、4 ) 有害性があげられています。つまり、老化は誰にでも例外なく起 こる現象で、進行性で、個体の機能低下をもたらし、その個体の 生存に有害に働き、その原因が主に個体自身の中に存在している ことを意味しています。 老化の原因として、フリーラジカル説、突然変異説、エラー破 綻説、タンパク質架橋説、ミトコンドリア異常説などの学説が提 唱されていますが、いずれも老化の機序を一元的に説明できるも のではありません。 概念的には、老化のプロセスを生理的老化と病的老化の2つに 分けることができます。生理的老化とは、加齢に伴う身体の機能 低下のことで、多かれ少なかれすべてのヒトに不可逆的に起こり ます。一方、病的老化とは、生理的老化のプロセスが著しく加速 され、病的状態(老年病)を引き起こすものをいいます。したが って、病的老化は一部のヒトにしか起こらず、また治療によりあ る程度可逆的であると考えられます。 主 な 老 年 病 に は 、 動 脈 硬 化 症 ( 心 筋 梗 塞 、 脳 梗 塞 )、 骨 粗 鬆 症 、 認 知 症 ( 痴 呆 )、 悪 性 腫 瘍 、 糖 尿 病 な ど が 挙 げ ら れ ま す 。 今回の講座では、これらの老年病のうち、骨粗鬆症と動脈硬化 症をとりあげ、骨と血管の相互作用について解説し、骨と血管の 両方を守る方策について考えてみたいと思います。 -1- 2.骨粗鬆症 2-1. 骨 粗 鬆 症 と は 骨粗鬆症とは、骨が粗く(内部構造の変化)少なく(骨量の減 少 )な る こ と で す 。そ の 際 、骨 の 構 成 成 分 の 割 合 に は 変 化 が な く 、 骨軟化症や線維性骨炎といった他の代謝性骨疾患と区別されてい ます。結果的に、骨の強度が低下し、容易に骨折をおこします。 骨粗鬆症の肉眼像 正常腰椎 骨粗鬆症 骨粗鬆症の組織像 (A) (B) (A)と比較して(B)では緑に染色される骨梁が細く、 連続性も乏しい。(B)は骨粗鬆症患者の骨組織像 を示す。 -2- 2-2. 骨 の 代 謝 : リ モ デ リ ン グ 骨は、さかんに代謝(古くなった骨を新しい骨に置き換える) を 行 っ て い ま す 。古 い 骨 を 処 理・吸 収 す る 細 胞 を 破 骨 細 胞 と い い 、 新しい骨をつくる細胞を骨芽細胞といいます。これら二つの細胞 系が無秩序に骨を吸収したり、骨を作ったりしているわけではな く、骨リモデリングと呼ばれる一連のプロセスにより、骨の代謝 が行われています。 まず、古くなった骨の表面に破骨細胞が接着し、骨吸収を開始 します。骨吸収が終了すると、その部分に骨芽細胞が現れ、新し い骨をつくります。正常のリモデリングでは、吸収された骨量と 同じ量の骨がつくられます。しかし、骨粗鬆症の原因となる様々 な病態では、骨吸収の増加や骨形成の低下が引き起こされ、結果 的に骨量を維持できなくなります。つまり、骨量の低下は骨の代 謝機構であるリモデリングのプロセスを介して起こると考えられ ています。 骨リモデリングの異常による骨量減少の機序 新たに形成 された骨組織 古い骨組織 正常の骨 リモデリング 骨吸収亢進に よる骨量減少 骨形成低下に よる骨量減少 骨吸収 -3- 骨形成 2-3. 骨 粗 鬆 症 の 分 類 と 発 症 機 序 骨粗鬆症には、原発性と続発性のものとが知られています。原 発性骨粗鬆症は、加齢や閉経後に起こる病態で、明らかな原因と なる病気がみられないのが特徴です。退行期骨粗鬆症と若年性骨 粗鬆症に分類されています。続発性骨粗鬆症は、ステロイド剤の 投与や様々な病気(慢性関節リウマチ、糖尿病、肝疾患、内分泌 疾患など)が原因となる骨粗鬆症です。若年性骨粗鬆症は、非常 にまれな疾患で、その原因は不明です。 退行期骨粗鬆症には、老人性と閉経後骨粗鬆症が含まれていま す。老人性骨粗鬆症は、加齢によるカルシウム吸収の低下やビタ ミンDの低下が原因と考えられています。一方、閉経後骨粗鬆症 は、閉経による女性ホルモン(エストロゲン)の欠乏が原因とな ります。 骨粗鬆症の分類 • 原発性骨粗鬆症 若年性骨粗鬆症 退行期骨粗鬆症 閉経後骨粗鬆症 老人性骨粗鬆症 • 続発性骨粗鬆症 -4- 2-4. 骨 粗 鬆 症 の 危 険 因 子 骨粗鬆症の発症には、加齢にともなう骨代謝の異常に加えて、 遺伝因子や環境因子が関与しています。危険因子のなかには、遺 伝因子のように除去できないものもありますが、生活習慣に関連 した因子は除去することが可能です。このような生活習慣の改善 が骨粗鬆症を予防するうえでとても重要です。 骨粗鬆症の危険因子 z 除去可能なもの カルシウム摂取不足 ビタミンD摂取不足 喫煙 アルコール摂取過多 カフェインの摂取過剰 運動不足 日照不足 -5- z 除去不可能なもの 加齢 女性であること 人種:白人>黄色人種 黒人 母親が骨粗鬆症である こと 遅発初潮 早期閉経 3.動脈硬化症 3-1. 動 脈 硬 化 症 と は 本来、弾力性に富んでいる動脈が、加齢とともに弾力性を失い 硬 く な っ た り( 動 脈 壁 を 構 成 し て い る 成 分 が 変 化 す る )、内 部 に 脂 肪をはじめとする様々な物質が沈着し、内腔が狭くなる(動脈の 内側が厚くなり、こぶのように内面から突出する)ことを動脈硬 化といいます。その結果、下流に十分な酸素や栄養を送ることが できなくなり、様々な症状を引き起こす病態を動脈硬化症といい ます。そのなかには、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞などが含まれま す。 動脈硬化病変の組織像 冠動脈の進行した動脈硬化病変を示す。内腔は狭く なっており、右図ではほとんど閉塞している。一部に カルシウムの沈着がみられる(左図C)。 -6- 3-2. 動 脈 硬 化 の 分 類 と そ の 成 り 立 ち 動脈硬化は病理学的に3つの病変に分類されています。粥状動 脈 硬 化( ア テ ロ ー ム 硬 化 )は 、内 膜 に 起 こ る 病 変 で 、脂 肪 の 沈 着 、 線維化、カルシウムの沈着などがみられます。内腔の狭窄をとも な う た め 、臨 床 的 に 最 も 重 要 な 病 変 と 考 え ら れ て い ま す 。大 動 脈 、 冠 動 脈 、脳 底 動 脈 な ど に 好 発 し ま す 。一 般 に 、動 脈 硬 化 と い え ば 、 粥状動脈硬化を指しています。 中膜石灰化硬化は、中膜平滑筋層に起こる病変で、カルシウム の沈着が主な変化であり、内腔の狭窄は認めません。下肢の動脈 に好発します。糖尿病患者や慢性腎不全透析患者に多く認められ ます。 細動脈硬化は、腎臓・脳などの臓器内の細い動脈に起こる病変 で、加齢とともに進行します。高血圧と関連が深いと考えられて います。 臨床的に重要な粥状動脈硬化病変の成り立ちについて解説しま す。 まず、加齢とともに動脈の内膜が厚くなります。次に、内膜に 脂肪が沈着します。沈着した脂肪を処理するため、マクロファー ジと呼ばれる細胞が血液中から血管壁に浸潤してきます。同時に リンパ球と呼ばれる細胞(白血球の一種)も浸潤してきます。マ クロファージが脂肪を取り込むとともにリンパ球と協調して、炎 症 を 引 き 起 こ し ま す 。そ の 結 果 、種 々 の 液 性 因 子( サ イ ト カ イ ン 、 増殖因子など)が放出され、中膜から平滑筋細胞が内膜に遊走し てきます。また、血液中に存在する骨髄由来の幹細胞が内膜に集 まり、平滑筋細胞に分化します。内膜に集まった平滑筋細胞は、 増殖するとともに線維を産生します。その後、線維化が進行する とともにカルシウムが沈着します。脂肪を取り込んだ細胞が崩壊 -7- し、中心部に粥腫が形成されます。 動脈硬化病変の成り立ち • 内膜が肥厚する(厚くなる)。 • 動脈壁(主として内膜)に脂肪が 沈着する。 • 内膜に線維が増加する。 • 内膜にカルシウムが沈着する。 -8- 3-3. 動 脈 石 灰 化 の 成 り 立 ち と そ の 臨 床 的 意 義 前項で述べたように、粥状動脈硬化病変が進行する過程で石灰 化(カルシウムの沈着)がおこります。以前は、血管石灰化は動 脈硬化の成れの果て(変性・壊死組織にカルシウムが沈着したも の)と理解されていましたが、最近の研究により、骨と同様に能 動的な(積極的にカルシウムを取り込む)プロセスであり、カル シウム調節ホルモンやその他の液性因子により調節されることが 示 さ れ て い ま す 。 つ ま り 、「 血 管 が 骨 に な る 」 と い う わ け で す 。 実際、動脈組織から平滑筋細胞を取り出し培養すると、骨をつく る細胞である骨芽細胞に非常によく似た性格を示すことが証明さ れています。 また、動脈硬化病変には、しばしば骨や軟骨に類似した組織が 出 現 す る こ と も 知 ら れ て い ま す 。骨・軟 骨 化 生 と 呼 ば れ て い ま す 。 したがって、動脈壁には、骨芽細胞や軟骨細胞に分化することの できる細胞が存在していることになります。これらの細胞の起源 (由来)については、様々な説がありますが、血管平滑筋細胞、 毛細血管周皮細胞、幹細胞(骨髄あるいは血管)などに由来する と考えられています。 次に、動脈石灰化の臨床的意義について述べます。動脈石灰化 とくに冠動脈石灰化は、加齢とともに進行し(石灰化量が増加す る )、冠 動 脈 硬 化 の 程 度 の 指 標 に な る こ と や 心 筋 梗 塞 な ど の 心 血 管 イベントの予測に役立つことが臨床的に明らかにされています。 つまり、石灰化量が多いと動脈硬化の程度が進行しているだけで なく、将来、心筋梗塞をおこす危険性が増すことを意味していま す。さらに、動脈石灰化は、血管の内腔を拡げる治療やバイパス 手術の際に妨げとなります。 -9- 血管壁細胞の骨芽細胞・軟骨細胞へ の分化 毛細血管周皮細胞 周皮様細胞 動脈硬化 毛細血管 骨芽細胞 血管平滑筋細胞 軟骨細胞 血管石灰化 幹細胞(骨髄、血管) - 10 - 3-4. 動 脈 硬 化 症 の 危 険 因 子 動 脈 硬 化 症 の 危 険 因 子 に は 、高 脂 血 症 、高 血 圧 、糖 尿 病 、喫 煙 、 肥 満 な ど 改 善 可 能 な も の と 、加 齢 、性 別( 男 性 )、家 族 歴 な ど 改 善 不可能なものが含まれています。改善可能な因子は、主に生活習 慣に関わるものです。これらの因子を改善することにより、動脈 硬化症のリスクを低下させることができると考えられています。 動脈硬化症(主に虚血性心疾患)の 危険因子 • 改善可能なもの 高脂血症 高血圧 糖尿病 喫煙 肥満 - 11 - • 改善できないもの 加齢(老化) 性別(男性) 家族歴 4.骨と血管の相互作用 4-1. 骨 ・ 血 管 相 関 と は 加 齢 と と も に 骨 粗 鬆 症 と 動 脈 硬 化 症 が 同 時 に 進 行 し 、そ れ ぞ れ の 進行度が相関することが知られています。つまり、骨量の低下が ひどい人では、動脈硬化症も進行していることを意味します。と くに、カルシウム代謝の観点からみますと、骨のカルシウム量の 低下と動脈硬化による血管へのカルシウム沈着量が負の相関関係 を示し、まさに、加齢とともに「血管が骨になる」というコンセ プトがぴったりあてはまります。このような骨と血管の関係を 骨・血管相関と呼んでいます。また、様々な研究から、加齢によ る骨と血管の変化(病変)の発症に共通の原因が関与しているこ とが示されています。さらに、実験動物(主にマウス)を用いた 研究から、単一の遺伝子異常が骨・血管病変を引き起こすことが 証明されています。したがって、骨と血管の間には密接な相互関 係が存在していると理解できます。 腰椎骨塩量と冠動脈硬化 症の程度との間には負の 相関関係がある (カルシウム沈着量) 冠動脈硬化症の程度 骨粗鬆症と動脈硬化症の関係 腰椎骨塩量 - 12 - 4-2. 骨 と 血 管 の 相 互 作 用 加齢による骨と血管の老化現象として、骨粗鬆症と動脈硬化症 が発症します。個々の病気の発症に関わる因子が明らかにされて きています。もともと、骨粗鬆症の発症に重要な役割を果たすと 考えられていた副甲状腺ホルモン、ビタミンD、エストロゲン、 サイトカインなどが、動脈硬化・動脈石灰化の進展にも関与しま す。逆に、動脈硬化の発症・進展に重要な因子(酸化LDL、増 殖因子、サイトカイン)が骨粗鬆症に関与する可能性も明らかに されつつあります。つまり、骨と血管の老化には、共通の発症因 子が存在していることを意味しています。 骨・血管相互作用:発症因子 副甲状腺ホルモン ビタミンD エストロゲン サイトカイン 骨粗鬆症 骨量 カルシウム 酸化LDL 増殖因子 サイトカイン 動脈硬化症 血管石灰化 - 13 - 加齢 4-3. 骨 ・ 血 管 相 関 に お い て 骨 か ら 血 管 に 移 行 す る 因 子 1)カルシウム 骨粗鬆症と動脈硬化症とが進行する際に、骨ではカルシウムが 減少し、血管ではカルシウムが増加することから、骨から血管へ カルシウムが直接移動する可能性が考えられます(カルシウム移 動 説 と 呼 ば れ て い ま す )。実 際 に 、骨 か ら 遊 離 し た カ ル シ ウ ム が 血 管に沈着するかどうかについては明らかではありません。重要な ことは、動脈硬化にともなって血管がカルシウムを受けいれる能 力を獲得することにあります。つまり、骨のような組織ができる ことを意味します。しかし、正常の骨では、カルシウムが失われ るにもかかわらず、異常な骨には、カルシウムが沈着するのは不 思議なことです。その本当の理由はまだわかりません。 - 14 - 2)骨髄幹細胞 骨 髄 は 骨 の 内 部 に 存 在 す る 器 官 で 、血 液 細 胞( 赤 血 球 、白 血 球 、 血小板など)を産生しています。これらの血液細胞のもとになる 造血幹細胞が骨髄内に存在しています。また、平滑筋細胞、骨芽 細胞、軟骨細胞などの間葉系細胞に分化する能力を有している間 葉系幹細胞も骨髄内に存在します。この間葉系幹細胞が血液を介 して動脈硬化病変部に到達して、平滑筋細胞に分化し、病変の形 成に重要な役割を果たしていることが証明されています。したが って、同様に幹細胞が動脈硬化巣で骨芽細胞や軟骨細胞などに分 化して血管石灰化を引き起こす可能性も考えられます。このよう な幹細胞の動員が骨粗鬆症において増加するかどうかは明らかで はありませんが、興味深い仮説です。 骨と血管の相互作用: 骨から血管へ移行する因子 粥状動脈硬化の進展 骨吸収の亢進 動脈石灰化の進展 骨髄幹細胞 カルシウム Ca2+ 骨粗鬆症 動脈硬化症 - 15 - 5.骨と血管を守るには 以上のことから、骨と血管を守るためには、それぞれの発症に 関する危険因子を除去することに加えて、骨と血管の相互作用を 遮断することが重要になります。 骨吸収の亢進がカルシウムや骨髄幹細胞の動員のそもそもの原 因と考えることができます。つまり、骨吸収の亢進を予防するこ とが最も重要な方策といえます。骨粗鬆症を予防あるいは治療す ることにより血管への悪影響を回避することができると考えられ るからです。このことは、必ずしも女性だけの問題ではなく、男 性においても重要です。男性では、骨粗鬆症と診断される程度に まで骨量が減少していなくても、骨吸収の亢進状態をおこしてい ると動脈硬化症を促進する可能性があるからです。 【引用文献・参考文献】 ・図説 マクロ病理学 ・ Atlas of Heart Disease ・マクロ病理アトラス ・骨 粗 鬆 症 の 治 療( 薬 物 療 法 )に 関 す る ガ イ ド ラ イ ン 2 0 0 2 年 度 版 - 16 -