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第3回世界水フォーラムと国際協力
〔特別報告〕 第3回世界水フォーラムと国際協力 こばやし まさひろ 小林 正博 * 員長とした環境と開発に関する世界委員会が、 「わ はじめに れわれの共通の未来」報告の中で地球規模の課題 として水問題に言及し、持続可能な発展のための 2003年3月、琵琶湖・淀川流域を舞台に8日間に わたって第3回世界水フォーラムが開催され、世 政策および国際協力の必要性を訴え、大きな反響 を呼んだ。 界182の国と地域から2万4000人を超える人々が参 92 年 1 月、アイルランド・ダブリンで「水と環 加して、21世紀の水問題を議論した。本稿は、第 境に関する国際会議」が開催され、淡水資源確保 3回世界水フォーラムの背景・経緯とその成果を開 と環境、開発について「国連環境開発会議」を念 発援助の視点からどうとらえるかについて取りま 頭に幅広い議論が展開された。同会議で打ち出さ とめたものである。本稿で示した見解は筆者個人 れた次の 4 つの原則は、その後の国際的な水の議 のものであり、第 3 回世界水フォーラム事務局な 論において広く受け入れられ、今日に至るまで共 らびに国際協力事業団(JICA)の公式見解ではな 通の基調となっている。 ¡ 淡水は、生命と開発と環境の維持に不可欠な、 いことをあらかじめお断りしておく。 有限で損なわれやすい資源である。 I ¡水開発と管理は、あらゆるレベルの利用者、 世界水フォーラムへの道程 計画立案者、政策決定者を含む、参加型アプ ローチによるべきである。 1) 第1回世界水フォーラムまでの動向 ¡女性は、水の供給、管理、保全に中心的な役 国連は1977年アルゼンチンで開催された国連水 割を担う。 会議において、1980年からの10年間を「水供給と 衛生の10年」とすることを決定し、世界規模でそ ¡水は、あらゆる競合的用途において経済的価 の活動を主導した。しかし、同時期の構造調整政 値を持ち、経済的財貨として認識されるべき 策による財政支出削減や公共料金の値上げなども である。 影響し、めぼしい成果が上がらない一方で、人口 ダブリン原則は、経済的、社会的、環境的な観 の増加と都市への集中、水消費の拡大、森林伐採 点からも相互に密接に関連しており、水問題の議 による環境の悪化などから水をめぐる問題は一段 論については、多様なすべてのレベルの利害関係 と深刻化するという皮肉な結果となった。 者が議論や決定に加わること、そのために関係者 87年にはノルウェーのブルントラント首相を委 間の対話をまず開始することが重要であるとの道 * 国際協力事業団国際協力総合研修所客員国際協力専門員 国際協力研究 Vo l.1 9 No .1 (通巻3 7 号)2 0 0 3 .4 49 〔特別報告〕 筋を示したものといえる。 2) 第1回世界水フォーラムの背景 を提案することだったといえる。 2000年3月、オランダ・ハーグで開催された第2 1992 年 6 月にリオデジャネイロで開催された国 回世界水フォーラムは、幅広い水関係者が集う全 連環境開発会議では、アジェンダ21の行動計画と 体会議と地域別会議・分野別会議など大小87の分 して「淡水資源の質と供給の確保:水資源の開発、 科会からなるフォーラム本体、世界130カ国114の 管理および利用への統合的アプローチの適用」を 水担当大臣が出席した閣僚会議、さらに一般市民、 含む持続的開発のための国際協力のあり方につい NGO、企業やさらには子どもたちまでが参加する て議論がなされた。 水フェアの 3 部門から成立しており、この構成は しかし、その後のフォローアップとしてはもっ 第3回フォーラムにも継承された。第2回フォーラ ぱら「地球温暖化防止」や「生物多様性保護」に ムでは、準備プロセスにおいて国際的ネットワー 焦点が当てられ、人間の生存にとってより密接な クを通じての議論を踏まえ策定された世界水ビジ 水問題に対する取り組みが不十分であるとの危機 ョンが発表された。 感を多くの関係者が抱き始めた。このことから、 また、21 世紀の水の安全保障を達成するため、 水問題に取り組むネットワークを強化するため世 「BHNの充足」 「食糧供給の保障」 「生態系の保護」 銀(世界銀行) 、国連開発計画(UNDP) 、スウェー 「水資源の共有」 「リスク管理」 「水の価値」 「賢い デン国際開発庁(Sida)などが協調して、96 年に 水の管理」を 7 つの柱として議論が展開された。 ストックホルムに世界水パートナーシップ(Global さらに、アフリカ、アメリカ、アジア・太平洋、 Water Partnership : GWP)を設立した。また、同年 ヨーロッパ、中東・北アフリカの 5 つの地域別会 マルセイユに国際機関、専門家、学会などが中心 議において水の安全保障に関する議論がなされ、 となり水に関するシンクタンクとして世界水会議 国際機関や政府のみならず、企業、学者、NGOな (World Water Council : WWC)が設立され、同会議 ど多様な関係者を含む地球規模の水問題ネットワ の提唱により、翌97年、モロッコ・マラケシュに おいて第1回世界水フォーラムが開催された。第1 ークの第一歩を踏み出した形となった。 2001年12月、ドイツ・ボンにおける国際淡水会 回フォーラムでは、次の諸点の重要性を確認し、 議は、翌年の「持続可能な開発に関する世界首脳 21世紀の水問題について世界に警鐘を鳴らした。 会議(WSSD) 」に向け、持続的開発の観点から水 ¡BHN(Basic Human Needs)である安全な水と 衛生設備を満たすためのアクション 問題に集中して議論を行ったものであり、水の 「民 営化」から「官民連携(Public-Private Partnership: ¡水利権を管理するための効率的な機構の設立 PPP) 」 、 「水と紛争」から「水と平和」と、やや修 ¡エコシステムの保護 辞的ともいえるコンセプトを全面に出しつつ、ア ¡水の有効利用の推進 ジェンダ 21 に規定される 9 グループのマルチ・ス ¡水利用におけるジェンダーの公平性の確保 テークホルダー(利害関係者)の対話を大きく取 ¡住民組織と政府の協調体制の推進 り入れた新世紀らしい会議となった。しかし、こ 第1回水フォーラム以降の動向 の試みに関しても、スエズ、ヴィヴェンディなど 3) 1998年、これら水問題にかかわる国際的機関が 世界的な水企業のプレゼンスが大きく、また、マ 中心となり、21世紀のための世界水ビジョン策定 ルチ・ステークホルダー間の議論がかみ合ってい の取り組みが始まった。世界水ビジョンに課せら なかったとの指摘も多くなされた。 れた問題は、ダブリン原則の実施を加速するだけ 2002年8月のWSSDは、 「政治宣言」とともに出 でなく、それを実施するための包括的な実施原則 された「実施計画」において、水に関連した「衛 50 〔特別報告〕 生分野」の目標として「2015年までに改善された 資源管理の伝統を有する琵琶湖・淀川流域を舞台 衛生へのアクセスができない人々の割合を半減さ に京都、滋賀、大阪の 3 府県を巻き込んで開催す せる」ことが盛り込まれ、深刻な水・保健問題を ることが決定された。世界を取り巻く水問題の広 抱えるアフリカ地域を意識したコミットメントと 範さ、利害関係を有する人々の多様性ならびに第2 なった。これらは、まさに「2015年までに安全な 回フォーラムの成果を踏まえ、第 3 回フォーラム 水を継続的に利用できない人々の割合を半減させ 組織委員会および事務局は、 「開かれたフォーラム」 る」というミレニアム開発目標とセットになった 「参加する会議から 1 人ひとりが創る会議へ」「議 意欲的な目標設定である。さらに川口外務大臣お 論から具体的な行動を実現する会議へ」の 3 点を よびパウエル米国務長官が水・衛生分野における 基本理念と定めた。 新たな日米パートナーシップとして水協力イニシ 次に、これらの理念を実現するためのアプロー アティブ「Clean Water for People(きれいな水を チを振り返ってみたい。 人々へ) 」を発表し、水を中心とした「基礎生活分 1) 開かれたフォーラム 野」への取り組み強化を鮮明にした。 水についてのすべてのステークホルダーがアク 2003 年 3 月、これまでの水をめぐる地球規模の セスできるフォーラムとするため、フォーラム本 取り組みを受け、琵琶湖・淀川流域において第 3 番への参加のみならず、分科会を主催することに 回世界水フォーラムが開催された。第 3 回フォー ついても特段の資格要件は設定しなかった。特殊 ラムは、オランダにおける第 2 回と同様にフォー なアレンジを求めなければ会議スペースや同時通 ラム事務局が組織する「フォーラム」本体、日本 訳の経費も分科会主催者の負担とはならない。フ 政府が主催する「閣僚級国際会議」 、京都、滋賀、 ォーラム準備のため毎週日本語と英語で発行され 大阪の地元委員会が開催する「水えん」と呼ばれ るニューズレターやインターネットを通じた電子 る「フェア」の 3 本の柱で構成された。同フォー 会議室「ヴァーチャル・ウォーター・フォーラム」 ラムは水の世紀と呼ばれる21世紀の取り組みを見 が、フォーラムへの参加プロセスにおけるツール 定める行動志向の国際会議と位置付けられ、33テ として威力を発揮した。 ーマ・5地域に関して350を超える分科会が開催さ インターネットにアクセスできない多くの人々 れ、内外から 2 万 4000 を超える人々が議論に参加 の意見は、 「水の声」プロジェクトにより水の声メ した。 ッセンジャーと呼ばれるボランティアが草の根の さらに、至近の水問題にかかる国際協力・国際 人々の水に対するニーズや想いを拾い上げた。事 協調の節目は、9月の第3回東京アフリカ開発国際 務局はこれをデータベース化しフォーラムに反映 会議(TICAD III)であり、WSSD、第3回世界水フ させることで、可能な限り地球の隅々からの人々 ォーラム、エビアン・サミットと流れる一連の水 の声を広くカバーすることに努めた。 問題に焦点を当てたアフリカ支援策が討議される 2) 参加する会議から1人ひとりが創る会議へ ものと考えられる。 フォーラムの準備過程で、表のとおり33のテー マと5つの地域という大枠の下にある351の分科会 II 世界水フォーラムのアプローチ の各々に 2 時間 45 分の時間枠を事務局が提示し、 テーマ・地域の 38 のグループごとにそれぞれ 2 時 世界水フォーラムは、アフリカ(モロッコ) 、ヨ 間弱のオープニング・セッションとクロージン ーロッパ(オランダ)での開発を経て、第 3 回を グ・セッションの枠を設けた。フォーラム開催の アジアの中の日本、中でも古くから流域開発・水 約10カ月前から分科会の登録を開始し、テーマな 国際協力研究 Vo l.1 9 No .1 (通巻3 7 号)2 0 0 3 .4 51 〔特別報告〕 表 主要テーマ(33 テーマおよび5地域) 課題(18) 水と貧困,水と平和,水とガバナンス,統合的流域および水資源管理, 水と食料・環境,水と気候変動,水と都市,水供給・衛生および水質汚 染,水と自然・環境,農業・食料と水,水と教育,洪水,水とエネルギ ー,水と文化,地下水,水と情報,水施設への資金調達,水と交通 トピック(2) ダムと持続可能な開発,官民の連携 ユース世界水フォーラム,子ども世界水フォーラム,水ジャーナリスト メジャーグループ(8) パネル,科学技術パネル,CEOパネル,ユニオンパネル,ジェンダーパ ネル,水援助機関パネル 特別プログラム(5) 水と国会議員,水行動報告書,世界水アセスメント計画,「水と食と農」 大臣会議,水と医療・命 地域の日(5) アフリカ,アメリカ諸国,アジア・太平洋,ヨーロッパ,中近東および 地中海諸国 らびに「地域の日」の本番に向けた準備の調整役 図−1 フォーラムの構成と閣僚級国際会議への リンク には、当該テーマ・地域の分科会主催者の中から フォーラム取りまとめ 数人が自薦・他薦により選任された。各分科会は 地域における会議、ボンの国際淡水会議やヨハネ フォーラム 開催中 スブルグの WSSD などの主要国際会議において第 38の主要 テーマ・地域 3 回フォーラムに向けた水の議論を積み重ねる努 351分科会 力を行った。 議論のサブスタンスに関して、フォーラム事務 局が明確な方向付けやコントロールを行うことは なかった。このため、常に第 3 回世界水フォーラ ムの焦点は何なのか、どのような方向にフォーラ 事前 活動 声明文 レポート 3,000優良行動事例 水行動報告書 5,000の意見 (ヴァーチャル・フォーラム) レポート 27,000の“水の声” (草の根レベルの水に関する人々の声) レポート ムが向かおうとしているのか不明であるとの指摘、 批判が事務局に対してなされたこともある。結果 第 2 回世界水フォーラムで公表された「世界水 として、350を超えるかつてない多くの分科会が開 ビジョン」を踏まえて、第 3 回フォーラムへの期 催されることとなったが、フォーラム事務局が常 待は、 「Vision to Action」 (ビジョンを現実のものに に 3 つの基本理念をベースにテーマ・地域の調整 すること)であった。このため各テーマに関して 役となり、各分科会主催者と緊密なコミュニケー 世界各地で開催された地域会議においても、いか ションを取り合うことで、フォーラムの分科会運 にして合意や計画内容を具体的に事業化していく 営は参加者のオーナーシップを尊重しつつ整然と かが大きな焦点となり、資金調達の話が会議の終 進行したと評価された。ここでも、1人ひとりが準 わりに常に課題として残ることが多かった。その 備段階から会議づくりに参加するための道具とし 結果、フォーラム本番においては、水開発プロジ て「ヴァーチャル・フォーラム」と「水の声プロ ェクトの推進役となる政府、国際機関が集う閣僚 ジェクト」が車の両輪のように機能し、分科会と 級国際会議と、多様な利害関係者が自らつくるフ フォーラム全体の方向性を形成していったことを ォーラムをどのように結ぶかという点に自然に注 第3回フォーラムの特色として挙げておきたい。 目が向けられることになり、フォーラム活動の成 3) 議論から具体的な行動を実現する会議へ 果はそれぞれのレベルで閣僚級国際会議にリンク 52 〔特別報告〕 することが期待され図− 1 のように位置付けられ 1)「水と貧困」 た。また、テーマごとの地域会議などフォーラム JICA、アジア開発銀行、NGOなど多くの機関が への準備と並行して世界水会議に設置されたWater このテーマに取り組んだ。このテーマは、フォー Action Unitにより、第2回フォーラム以降の3000近 ラム本体および閣僚級国際会議の基調となったと い優良行動事例を収録した世界水行動報告書が取 見ることもできる最重要テーマである。20世紀末 りまとめられ、発表された。さらに、閣僚級国際 に60億人を超えた世界人口は、2025年には80億人 会議自らが、日本を含む36カ国、16国際機関の水 に達し、少なく見積もっても35億人が水不足に直 問題解決に向けた活動を、水行動集として取りま 面すると予測されている。現在、貧困にあえぐ途 とめ発表した。 上国の疾病原因の 8 割は汚れた水であり、このた めに毎年 1000 万人以上が命を落とすともいわれ、 第 3 回世界水フォーラムの成果を評価するため には、いかに多くの行動が起こされたかを見極め 2000年の国連ミレニアムサミットでは、 「2015年ま る必要があるが、フォーラム事務局はそのために でに安全な飲み水を得られない人々の割合を半減 必要なフォローアップを準備しつつある。 する」目標が掲げられた。これを受けて世界水フ ォーラムでは貧困者の水の安全保障を改善するた III 第3回水フォーラムで何が 議論されたのか め次のような行動が必要であると提言した。 ¡社会的弱者を優先対象とした公正で優れた政策 とガバナンスを指針として、質と量の水サー サンドラ・ポステルはその著書『水不足が世界 ビスおよび衛生を提供し、水資源を管理する。 を脅かす』で次のように述べた。 「二十世紀の大半 ¡女性と子どもを中心とした貧困・弱者層が水 は、水利管理者も技術者もハードウエアを構築す サービスおよび水資源管理にかかる決定に関 ることに専念してきた。他方、優れたソフトウエ 与できるよう彼らの地位と能力を強化する。 アの開発はかなり遅れている。コンピューターの ¡各国政府は貧困削減戦略ならびに援助機関と 世界で言えば、IBM がマイクロソフトに出会って の合同プログラムの主要な要素として貧困者 いないような状況なのである」 。事実、水フォーラ を裨益する水管理を含める。 ¡貧困者の水関連ニーズに応じた水インフラ整 ムにおける議論のほとんどが水問題を解決するた めのソフトに焦点を当てている。水フォーラムは、 備および水サービスに対する投資を増大させ そのプロセスにおいても、また、その本体におい る。このため貧困層およびサービス提供者の 能力開発を支援する。 ても、日々の暮らしに密接な水問題に関し、より 多くの利害関係者の議論や対話を促進することに ¡貧困削減および水の安全保障にかかる国際的 注力した。専門家のみならず一般市民を含むさま なコミットメントに基づき、明確な目標およ ざまな利害関係者が、それぞれの立場で議論に加 び指標を達成するための戦略を定め、監視シ わることが重要なのである。 ステムを構築する。 水フォーラムにおける「水と貧困」の議論では、 フォーラム期間中、38のテーマ・地域について 350以上の分科会で議論がなされたが、そのうち21 貧困削減ならびに水への投資に関する有効な国家 世紀の人間の安全保障にも深くかかわる「貧困」 政策や戦略は、すべてのステークホルダーが積極 「平和」 「食料」の3テーマを例として、問題意識、 的に参加するパートナーシップを通じて初めて有 議論のポイント、確認された事項などについて紹 効となることを強調し、水管理だけでは貧困は解 介したい。 決せず、水の安全保障が改善されない限り貧困の 国際協力研究 Vo l.1 9 No .1 (通巻3 7 号)2 0 0 3 .4 53 〔特別報告〕 削減も実現されないと結論づけている。 有できるより多くの便益を強調している。また、 2)「水と平和」 便益の配分にはステークホルダーが全面的に参加 「20世紀は石油をめぐる紛争の世紀だったが、21 するプロセスが必要であり、これらは各国の貧困 世紀は水紛争の世紀になる」 。1995年、世界銀行の 削減戦略に組み込まれるべきだとしている。さら イスマイル・セラゲルディン副総裁はこう述べて、 に、越境水紛争の予防および仲裁の強力なツール 「水の世紀」到来を予測した。人口増加に伴う水受 としての国際法、すなわち国際流域および越境帯 給の逼迫から世界の 260 を超える国際河川が 21 世 水層の有効な統合的管理に係る協定の成立に向け 紀の紛争の火種となりかねないとの危惧は広く共 て各国がいっそう努力すること、援助国・機関は 有されている。ナイル川、ヨルダン川、チグリ 財政支援とともに流域のステークホルダー間の対話 ス・ユーフラテス川、アラル海流域、ガンジス川 促進を支援することが重要であることを確認した。 が長年にわたる水紛争のホット・スポットである。 3)「水と食料・環境」 たとえばヨルダン川流域の13万人のイスラエル住 第 2 回世界水フォーラムで発表された「世界水 民がヨルダン川の水の 8 割を使用しているのに対 ビジョン」における大きな争点のひとつは、限り して、200万人のパレスチナ住民は残りの2割を分 ある淡水資源をめぐる農業と環境との対立であっ け合っている現実は、パレスチナ問題解決の困難 た。今回の水フォーラムにおいても、利用可能な さを示している。そのような中で、昨年 4 月、水 淡水資源の 7 割を使う農業セクターは、引き続き フォーラム事務局は、JICAと世銀の協調のもとに 増大する食料需要を満たすために今後25年間に農 ナイル川流域10カ国の水担当閣僚を日本に招へい 業用水を15∼20%増大させる必要があると主張す した。ここにおいてこれらナイル流域国間で対話 る一方で、環境の専門家は河川がすでに枯渇しつ や参加型アプローチを通じた治水・利水にかかる つあり、20世紀の間に世界の湿地帯は半減したと 越境協力の重要性が確認されたことは、インドと 主張している。 パキスタンの例に続く「水と平和」に向けた地域 協力の兆しとして注目された。 水フォーラムでは、次の 5 点が「水と平和」に 不可欠の要素として議論された。 ¡水を要求して対立するのではなく、地域経済の 統合に向けて諸国間で便益を共有し合うこと。 ¡戦争や紛争時に河川やインフラを保護し、そ の後において水資源の回復を図ること。 ¡透明性のある参加型手法で、流域および帯水 層資源の競合する利用の均衡を図ること。 本課題の議論では、関連国際機関や国際自然保 護連盟(IUCN)、国際農業研究協議グループ (CGIAR)などのイニシアティブによる開かれた対 話や知識・情報の共有を通じて食料セクターと環 境セクターの水資源管理の改善を図る取り組みな ど重要な国際行動を評価し、次の提言を採択した。 ¡食料のための水と環境の安全保障とのバラン スをとるための指針として、河川流域レベル での統合的水資源管理を実施する。 ¡仮想水(Virtual Water)売買、とりわけ食料と ¡上流における一方的な水開発は下流における 繊維の貿易についてこのコンセプトをさらに 利用に影響を及ぼすことを認識すること。 発展させ活用すべきであり、世界貿易機関 ¡紛争の原因ならびに可能性のある政策対応に (WTO)交渉を含め、水と食料の安全保障に ついて知識を深めること。 これらを実現するために、越境協力の議論では 流域および帯水層における相互依存性と統合的管 理の重要性を認識することで関係諸国が享受・共 54 かかる政策の戦略的手段として、仮想水貿易 の環境、社会、経済および政治への影響に十 分注目すべきである。 ¡食料のための水と環境の安全保障のバランス 〔特別報告〕 をとるための基盤として、環境フロー要求 みを作った。また、JICA事務所、専門家、協力隊 (environmental flow requirements)のコンセプト 員をネットワークとして開発途上国の人々の声を をさらに発展させ、流域レベルで適用するこ 収集した結果、世界各国から2000を超える貴重な とが必要である。 水の声がフォーラムに届けられ、水の声プロジェ ¡既存の水と衛生に関する目標を補完するもの クトの優秀協力機関としてフォーラムにおいて表 として、水の生産的利用のための目標を設定 彰された。JICA関係者は、フォーラムに先立って すべきであり、共通目標としては「世界にお 開催された「水と貧困」 「貧困と洪水」などアジア ける農業の水使用量が2000年レベルを超えて におけるいくつかの地域の会議にも参加し、各地 増大することなく、栄養不足と農村の貧困を 域の水問題への取り組みについて情報を共有する 削減するための目標達成に向けて、食料生産 とともに、これらをアジア開発銀行等の国際機関 を増大する」を掲げた。 やNGO関係者などと協調してフォーラム本番への 以上の提言の中では、仮想水取引のコンセプト 準備を進める契機とした。 を活用せよとの提言が目を引く。農産物の輸入も フォーラム分科会においては、 「水援助機関パネ その穀物や肉類の生産に必要な水の量をベースに ル」 「貧困と洪水」 「アフリカにおける食糧・農業 水の輸入に置き換えて考えようとするコンセプト と水」 「灌漑施設・用水の持続的・効率的利用と農 によれば、食料自給率の低いわが国が輸入する水 民参加」の 4 分科会をアジア開発銀行などと共催 の量は年間640億tで、年間約890億tといわれる日 するとともに、 「アフリカの日」 「中近東・地中海 本国内で消費される農業、工業、生活用水の 7 割 の日」のゲスト・スピーカーやパネリストとして に相当する水を農産物として海外から買っている JICA関係者が参加した。さらに、 「ジェンダーパネ ことになる。日本が食料輸入大国であると同時に ル」や「水供給、衛生および水質汚染」など14分 水の輸入大国であることは、フォーラムの準備活 科会において国際協力専門員や海外から参加した 動やメディアの報道を通じ、あらためて広く一般 JICAプロジェクトのカウンターパートなどが発表 に知られるところとなった。 ならびに意見交換を行った。 最終的にJICAが支援した途上国からの参加者は IV JICAの水フォーラムへの取り組み 約120名、国内から参加した役職員を含むJICA関 係者は約 100 名に上り、これまでに例のない組織 JICAは、長年にわたり援助対象地域のほぼ全域 的な国際会議への取り組みとなった。 において水分野の協力を推進してきたが、水分野 を21世紀の国際協力の最重点課題のひとつに位置 V 水問題と開発援助 付け、これまでの協力を振り返るとともに今後の 協力のあり方を検討する機会として第 3 回世界水 水問題に関する開発援助の取り組みは、第 3 回 フォーラムをとらえた。この動きの中心となった 水フォーラムの「水と貧困」をはじめとするさま のが虫明功臣東大教授(現福島大学教授)を座長 ざまな分科会で議論された。中でも注目を集めた とした水分野援助研究会である。グローバルな水 分科会のひとつであり、JICAが、アジア開発銀行、 問題をとらえ直し、統合的水資源管理を中核とし 世界銀行ならびにオランダ政府と共催した「水援 た今後の水分野支援の方向性を示した成果が報告 助機関パネル: Water Development Partners Panel」に 書としてまとめられた。JICA本部においては水関 おける議論と共通認識を、水分野の今後の援助展 係部長連絡会議を設置して組織的準備活動の枠組 開に関する示唆として紹介する。なお、パネリス 国際協力研究 Vo l.1 9 No .1 (通巻3 7 号)2 0 0 3 .4 55 〔特別報告〕 トは、A.V.アルデンネ オランダ開発協力大臣、千 された。併せて、途上国各国内の民間資本が財源 野忠男アジア開発銀行総裁、松井靖夫 国際協力事 として十分に活用されていない可能性が確認され 業団理事、田波耕治 国際協力銀行副総裁、P.ヴォ た。また、適切な規制管理体制の必要性も強調さ イケ 世界銀行副総裁、A.アキノ マニラ・ウォータ れ、貧困者に的を絞った補助金や、世帯所得の妥 ー・カンパニー社長、G.ケルマン ブラジル国立水 当な一定の割合を上回らない適切な料金体系の必 資源事業団総裁、R.ナラヤナン ウォーターエイド 要性などに対して、賛成意見が述べられた。 事務局長、R.ルグンダ ウガンダ水・国土・環境大 6) 費用負担 臣の以上9名である。 1) 水管理と貧困削減 大半の場合において貧困者も、良質の水サービ スに対し費用を全額ではないとしても、負担する 水は、貧しい人々の生命および生活にとってよ 意思があり、かつその能力があるという点で、意 りどころとなるものであり、その改善は総合的な 見の一致が見られた。小規模な水のニーズも水サ 開発目標の達成にとって不可欠な要素である。水 ービスの提供対象となるならば、支払い能力なら 管理が貧困削減にもたらす貢献をさらに増大させ びに投資の持続可能性は多くの場合増大するもの ることが極めて重要である。 である。 2) 参加型および統合的アプローチ 7) インフラへの投資 多くの機関が、ステークホルダーの参加と統合 大規模な水インフラストラクチャーに対する投 的なアプローチをより重視するよう、それぞれが 資の大幅な拡大の必要性が南の代表から強く訴え 方針の転換を図っている。また、プロジェクト準 られた。ドナー側パネリストは、そのような投資 備の質とアカウンタビリティを保持しつつ、手続 を支持する意思を表明する一方で、さまざまな代 きの促進と柔軟性の増大を図ることが必要である。 替策が検討され、十分な社会的および環境的保護 3) 賢明な水統治 策が実施されることをその条件にするとした。さ 開発途上諸国は、水に関して賢明な統治を確立 らに一部ドナー側パネリストは、それぞれの機関 し、水管理計画を策定する第一義的責任を負わな の政策は徐々に進展しており、今後は大規模な水 くてはならず、水が国の貧困削減戦略に統合され インフラストラクチャーの資金調達についてもさ ることを保証することが必要である。賢明な統治 らに検討する意向であると述べた。 は、途上諸国の貧困層の水のニーズに対し持続可 8) 資金調達 能な解決策を確保するうえで不可欠である。 4) 能力開発 マクロ経済面での不確実性に対して水投資の保 護を図る必要性について強調された。通貨切り下 能力開発が水政策のひとつの重点項目として取 げによる流動性のバックアップ・ファシリティな り組まれるようになったが、この分野においてさ どの可能性が討議されたが、諸機関は、革新的な らに施策が強化される必要があり、とりわけ、地 メカニズムの機会を模索している状況にある。ア 方政府機関および地元コミュニティにおける能力 フリカ水ファシリティなどのイニシアティブの可 開発が重要である。 能性については、支持が表明されたが、より具体 5) 官民連携 的な資金調達の提案を作成するべきであることが 民間セクターの役割および官民連携の重要性に ついて議論が行われ、さまざまな意見が表明され 強調された。 9) 地方・コミュニティ・レベルへの支援 た。総体的にいえば、ミレニアム開発目標を達成 小規模な地元の投資に対して、地方当局、地元 するうえで、民間セクターの関与の必要性が強調 コミュニティ、あるいはNGOのいずれかによる支 56 〔特別報告〕 図−2 第 3回世界水フォーラムのテーマ関連性とIWRM 表流水 地下水 水にかかわる問題 水が果たす役割 貧困/紛争、対立 (平和) / 水の汚染・汚濁/水環境破壊/ 洪水による被害 水供給と衛生/食料・農業/ 自然・環境/エネルギー/ 輸送(交通) 水問題解決のための手法 統合的水資源管理 (IWRM) ガバナンス/能力開発/情報/ 資金調達/官民連携/ジェンダー 援がなされることが重要であることが強調された。 研究会における議論に符合している。水資源管理 多国間金融機関は、規定では地方政府への貸し付 における経済的効率性(Economic efficiency) 、環境 けは認められていないことから、より柔軟な対応 の持続可能性(Environmental sustainability) 、貧困削 の必要性が話し合われ、地方レベルに対しより直 減を含む公平性(Social equity)という3つのEを求 接的な支援を行えるようにするメカニズムを検討 めるため、ガバナンスの強化、能力の向上、資金 すべきであると結論づけた。 調達の強化、一般市民を含む複数のステークホル 10)実施手続きの柔軟性 ダーの参加および対話の強化、政策および制度的 貸付実施スケジュールにおいてステークホルダ 枠組みの整備など、IWRM が示す手法を総合的に ーの参加と能力開発に必要とされる時間を考慮に 実施する体制が求められている。サンドラ・ポス 入れる必要性が強調されるとともに、手続きおよ テルは水利用に係る「優れたソフトウェアの開発 びプロジェクト・デザインにおける柔軟性の拡大 が遅れている」と指摘したが、IWRMは、図−2の を図る必要性が指摘された。 ように水フォーラムのテーマにも示された諸問題 を解決するための手法としての個々のソフトウェ VI 分野・課題別取り組みとIWRM ア(アプリケーション)を統合的に動かすための基 JICAが昨年末招へいしたマーガレット・カール とができる。独立行政法人化後のJICAが整備しよ ソンGWP総裁は、その講演を通じて、保健、農業、 うとしている分野・課題別実施体制においても、 教育分野と同様に水分野を総合的に管理・調整す 水分野については、問題解決に向け、参加型アプ る機関の必要性を精力的に説き、水の世紀におけ ローチを含むIWRMをOSとした活動が展開するも る統合的水資源管理(IWRM: Integrated Water のと考えられる。水の世紀における国際協力とい Resource Management)の重要性を訴えた。前項で うJICAの新たなる取り組みは、IWRM の世界展開 述べた水をめぐる開発援助の考え方の多くが、 とともに今後、多いに注目を集めるものと思わ IWRMの主張と重なっており、また、JICA水分野 れる。 本ソフト(OS:Operating System)であると見るこ 国際協力研究 Vo l.1 9 No .1 (通巻3 7 号)2 0 0 3 .4 57