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イスラエルのガザでの 「勝利」 には法外な対価がつく

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イスラエルのガザでの 「勝利」 には法外な対価がつく
特別報告
イスラエルのガザでの 「勝利」 には法外な対価がつく
ユダヤ教倫理の伝統はパレスチナ人をも受け入れることを意味する
サラ・ロイ
(ハーヴァード大学中東研究センター上級研究員)
ガザの友人らの声は、 まだ電話口にいるかのよ
うにはっきりと耳に残っている。 彼らの苦痛の声
神の約束は、 もはや取り戻すことのできないとこ
ろへ離れてしまったのだろうか?
が私のなかにこだまする。 子どもたちの死を嘆き
悲しんでいたが、 その死者のなかには、 私の子ど
長期間自宅に閉じ込められ、 食べ物も飲み物も
も [6歳の娘がいる] のように小さな女の子たち
電気もない生活を強いられているが、 子どもは生
もおり、 その肉体は異常なまでに焼かれバラバラ
きている、 そういう人はガザ地区のなかではまだ
にされていた。
幸運な部類だ。
一人のパレスチナ人の友人が私に尋ねた。 「ど
2008年11月 4 日にイスラエル側がハマースとの
うしてイスラエルは、 子どもたちが登校している
停戦協定を事実上破って、 それ以前にはなかった
ときに、 女性たちが市場で買い物をしているとき
規模で攻撃をしてきて以来
に、 攻撃を仕掛けてきたのか?」。 我が子の死体
なってはガザの大量の死者によって埋まってしまっ
を見つけることもできない親たちが、 死傷者の溢
たが
れるあちこちの病院を必死に歩き回っていると伝
しイスラエル市民を死傷させるごとに、 暴力はエ
える記事もある。
スカレートしてきた。 イスラエルの戦略は、 ハマー
この事実はいまと
、 ハマースが数百発のロケット弾で応酬
攻撃の前夜に、 民としての復活 [紀元前のマカ
スの軍事目標を叩くことであると報道されている
バイ戦争によるエルサレム神殿の奪回] を記念し、
が、 自分の子どもを埋葬しなければならないパレ
[8枝メノーラーを使うオリーブ・オイルのラン
スチナの友人たちに対してこの現実との違いを説
プで] 光を灯す祭りであるハヌカーを祝ったユダ
明してほしいものだ。
ヤ人として、 私は自らに問うた。 「パレスチナ人
11月 5 日から、 イスラエルはガザ地区に入るす
たちが殺されているときにどのように自分のユダ
べての検問所を封鎖し、 食糧・医療品・燃料・調
ヤ性を祝おうというのか?」。
宗教学者であるマーク・エリスは、 さらに踏み
理ガス・水道および衛生設備の部品、 などなどの
込んで私たちに立ちはだかって問いかけた。 「ユ
供給を大幅に削減し、 ときには拒否した。 エルサ
ダヤ人がパレスチナ人を抑圧するという事態の前
レムにいる私の知り合いの研究者は、 「この包囲
で、 ユダヤ人の神との契約などというものは存在
攻撃に匹敵するものはない。 イスラエルがこれほ
するのかしないのか?」、 と。 ユダヤ教倫理の伝
どの行為をしたことはかつてなかっただろう」、
統を、 まだ私たちユダヤ人は手にしているのだろ
と語った。
うか? ユダヤ人の実存にとってかくも中心的な
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11月をとおして、 一日平均4.6台の食糧用トラッ
イスラエルのガザでの 「勝利」 には法外な対価がつく
クがイスラエル側からガザ地区に入ったが、 比べ
だ。 やり直すことが否定され、 あらゆる可能性が
て10月は一日平均123台だった。 水道関連の設備
潰えた社会は、 その後どうなってしまうのか。
の修理と維持のための予備部品はここ一年以上運
び込みを拒否されている。 世界保健機関 (WHO)
そして、 イスラエルに住んでいようといまいと、
は、 ガザ地区にある半数の救急車が故障している
一つの民としてのユダヤ人はどうなっていくだろ
と最近報告したばかりだ。
うか。 どうして私たちは、 パレスチナ人の基本的
AP 通信によると、 [12月27日土曜日の戦闘開
な人間性を受け入れることができず、 彼らを自分
始から30日] 火曜朝までの三日間の死者数が少な
たちの倫理的境界の内部に含み入れることができ
くとも370人に達し、 1,400人が負傷した。 国連に
ないのだろうか。 それどころか私たちは、 自分た
よると、 死者のうち少なくとも62人は民間人であ
ちが虐げているパレスチナ人と、 いかなる人間的
り、 パレスチナ保健機関によると、 死傷者のうち
な繋がりをも拒絶してしまっている。 結局のとこ
16歳以下の子どもは、 死者が22人、 負傷者が235
ろ、 私たちの目指すところは、 痛みの同族化、 す
人以上にのぼる。 [その後 1 月18日にイスラエル
なわち、 人間的な苦痛の範囲を自分たちユダヤ人
軍が一方的停戦を宣言し、 攻撃は散発的なものに
だけに狭めることなのだ。
とどまっている。 それまでの死者は約1,400人に
私たちが 「他者」 を拒絶することは、 私たちを
達し、 そのうち子どもは約300人。 負傷者は約
無に帰してしまうだろう。 私たちは、 パレスチナ
5,500人でうち子どもは約1,500人とされる。]
人と他のアラブ人たちを、 ユダヤ人の歴史理解の
なかに組み入れなければならないのだ。 というの
私は25年近くガザ地区やパレスチナ人と関わっ
も、 アラブ人たちは私たちの歴史の一部をなすの
てきているが、 今日にいたるまで、 焼かれた子ど
だから。 私たちは、 ユダヤ教倫理の伝統を裏切る
もの映像などという恐ろしいものを目の当たりに
ような信条や感傷にこだわりつづけるのをやめて、
したことはなかった。
ユダヤ人のナラティヴ (歴史語り) と私たちが他
だが、 パレスチナ人らにとって、 それはたんな
る映像ではなく現実なのだ。 そしてそれゆえに、
者に与えてきたナラティヴとを問い直すべきなの
だ。
何かが根本的に変わってしまい、 もう容易には元
ユダヤ人知識人たちは、 ほとんど世界中の人種
に戻れなくなるのではないだろうか。 現在のガザ
差別・弾圧・不正義に反対しているが、 イスラエ
の文脈において、 解放への道としての和解や、 相
ルが迫害者であるばあいはそれらに反対すること
互理解の起点としての共感について、 いったいど
がいまだに受け入れられない。 それどころか、 背
うやって語れよう。 共存にとって必要不可欠な
教行為だとさえ言う者もいる。 こうしたダブルス
「人間の所業という共通の領域」 (偉大なパレスチ
タンダードはもう終わりにしなければならない。
ナ人学者の故エドワード・サイードからの借用)
イスラエルの勝利は、 払うべき犠牲の大きい、
など、 いったいどこに見つけたり創り出すことが
割に合わない勝利だ。 そして、 イスラエルの力の
できよう。
誰かの土地や家や生活を奪うこと、 誰かの主張
限界とともに、 ユダヤの民としての私たちの制約
を唾棄すること、 誰かの感情を踏みにじることは
をも浮き彫りにしている。 すなわち、 私たちは
ありうるだろう。 だが、 誰かの子どもをバラバラ
[他者との] 壁を設けることなしに生活すること
にするというのはそれとはまったく別次元のこと
ができないという制約をだ。 これらのことは、 ホ
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イスラエルのガザでの 「勝利」 には法外な対価がつく
ロコースト以後のユダヤ人の再生の限界を意味す
翻訳=早尾貴紀 (東京大学 UTCP 研究員)
るのだろうか。
ポスト・ホロコースト世界でユダヤ人国家に力
原文=Sara Roy, “Israel’s ‘victories’ in Gaza come
づけられてきたユダヤ人として、 私たちはいかに
at a steep price”, The Christian Science Monitor,
して、 一つの民として虐殺や悲惨を切り抜け、 そ
the January 2, 2009 edition
して力を得て人間らしくいられるだろうか。 私た
http://www.csmonitor.com/2009/0102/p09s01-coop.html
ちはいかにして恐怖を乗り越え、 たとえ不確かで
もいまとは異なる別のものを思い描くことができ
本稿は、 2009年3月に東京大学グローバル COE
るだろうか。
「共生のための国際哲学教育研究センター」
それへの答えが、 私たちが何者であり、 結局ど
うなっていくのかを決めるだろう。
(UTCP) の招聘でサラ・ロイ氏が来日した際に
翻訳された日本語版を、 同氏と訳者の早尾貴紀氏
の承諾を得て掲載しました。 PRIME 掲載にあたっ
て、 趣旨を理解し、 快諾していただいたサラ・ロ
イ氏と、 翻訳を手直ししてくださった早尾氏に記
して謝意を表します。
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編集部
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