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Title 迷走する国際会計基準 −国際会計基準はどこに行くのか

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Title 迷走する国際会計基準 −国際会計基準はどこに行くのか
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迷走する国際会計基準 −国際会計基準はどこに行くのか
−
田中, 弘; Tanaka, Hiroshi
商経論叢, 46(2): 1-21
Date
2010-12-20
Type
Departmental Bulletin Paper
Rights
publisher
KANAGAWA University Repository
1
<論
説>
迷走する国際会計基準
――国際会計基準はどこに行くのか――
田 中
弘
目
次
「先走る日本」
「勘違いする日本」
(1)国際会計基準の法的拘束力
(2)国際会計基準を支配するイギリス式の会計
(3)アメリカに侵略されるヨーロッパ
(4)国際会計基準適用国の実態はわかっていない
(5)連結財務諸表の株は売ってない
(6)切れば血が出る個別財務諸表
(7)日本の「連結先行」論
(8)課税金額をロンドンが決める?
(9)
「原価と実現の概念」では都合が悪い米英
(1
0)当期純利益の表示を禁止したい米英の腹の中
(1
1)未実現利益を計上する包括利益
(1
2)フランスの「IFRS 潰し」
(1
3)日本もアメリカも細則がないと実務ができない
(1
4)国際会計基準は使えないと宣言する SEC 委員長
本稿は,産業経理協会,経済倶楽部,大阪倶楽部などで行った講演録をベースとして,国際会
計基準(IFRS)にかかわる諸問題を取り上げたものである。
先の論考(「国際会計基準(IFRS)と日本の国際会計戦略」本誌,45―2・3合併号,2010年1月)で取り
上げた問題と若干は重なる部分があるが,先の論考では書けなかった「当期純利益廃止論」の狙
い,「米国の足踏み・後ずさり」「欧州から噴出する不協和音」「日本の先走り」などの諸事情を
紹介したい。その意味では,前稿の後篇と考えていただきたい。
「先走る日本」
「勘違いする日本」
昨年(2009年)2月中旬にここでお話しさせていただいて,まだわずか1年ちょっとです。で
すが,国際会計基準(イファース,イファーズ,アイファースとも呼ばれています)をめぐる動きが激
しくなってきまして,基準の内容もがらがら変わっています。基準の内容が変わるということ
は,各国の利害が対立するものを無理やり基準化するからです。無理やりやりますからまた直さ
なければいけない。直すとほかの国からまた文句がくるのです。そういう繰り返しをやっている
と同時に,世界の動きがかなり国際会計基準の適用,それも強制適用が目に見えてきただけに,
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かなり激しい駆け引きが行われています。
そのような話を紹介しながら,日本にとって重要な2つのことを話したいと思います。1つ
は,国際基準では当期純利益を表示させないという方向を出しています。当期純利益を表示して
もいいか,しなくてもいいかという話ではなく,してはならないというふうに,もうすぐなると
思います。何でそんなことをするのかという話が1つです。
もう1つは,日本では,「連結先行」といって,IFRS をまず先に連結財務諸表という企業集団
の財務諸表に適用し,その後,個別の会社の財務諸表にも適用するというのです。
世界的に見ると国際会計基準を適用するのは連結財務諸表だけです。個別の企業,たとえば親
会社の財務諸表を作るときにも国際会計基準を適用する国は1つか2つありますが,ほとんどの
国は連結財務諸表にしか使わない。国際会計基準を作っている人たちも,IFRS は連結財務諸表
に適用するものであって個別に適用するものでないとはっきり言っています。でも,日本はどこ
をどう勘違いしたのか,両方に国際会計基準を適用する方針です。これはすごく大きな問題で
す。
その2つの問題と,最近のアメリカとヨーロッパの動きを紹介しながら,日本だけこんなに先
走ってもいいのかという話をさせていただこうと思っています。
(1)国際会計基準の法的拘束力
予備知識として,2つのことをお話しします。1つは,会計基準とは何なのか,あるいは会計
はどんな仕事をするのかという話です。教科書的な話で申しわけないですけれども,会計基準は
企業の業績を計る,配当額を決める,あるいは一部の国ではそれをもとにして納税額を決めると
いう重要な基準です。投資家が投資先を決めるときの意思決定に必要な情報を作る基準でもあり
ます。それほど重要な基準を誰が作るのでしょうか。
日本では,会計基準を設定する権限を持っているのは金融庁です。しかし,金融庁は自分では
基準を作りません。以前は大蔵省でした。大蔵省も自分では会計基準を作りません。大蔵省に設
置されていた企業会計審議会が関係者の意見を集約させて,それを会計原則・会計基準として公
表したり財務諸表規則という法令に盛り込むことで,それに法的拘束力を与えてきました。現在
は金融庁ですが,金融庁も自分では会計基準を作らないで企業会計基準委員会という民間の団体
に作らせています。民間の団体ですから,そのままでは企業を拘束する力はありませんので,民
間の作ったものを金融庁がいわばお墨付きを与えて各企業に適用します。
こうしたやり方は世界中がほぼ同じです。アメリカでは FASB(Financial Accounting Standards
Board)という舌をかみそうな名前の機関がありまして,そこが会計基準を作るんですけれど
も,そこは民間団体と言われています。でも,民間団体が作った基準ですから,そのままでは各
企業は守る必要はないですね。民間が作った基準をアメリカの会計基準設定権限を持つ SEC
(Securities and Exchange Commission)が法的拘束力を与えています。ドイツも,フランスも,イギ
迷走する国際会計基準
3
リスも,皆同じ事情です。会計基準は民間の団体か,あるいは公的な機関が作るけれども,最終
的には政府の機関か法令が法的拘束力を付与しています。
金融庁や SEC がなぜ後ろにいるのか。法的拘束力を与えるだけではないのです。そこに出て
くるのが,アメリカの場合は政治です。米国 SEC の委員長は,今シャピロさんという女性の方
ですが,SEC の委員長は大統領が気に入った人を選びます。シャピロさんを委員長に選んだの
はオバマ大統領です。選ばれた委員長が企業の決算であるとか証券行政とかの責任者になるの
で,そこで大統領の意向を強く受けます。たとえば特定の産業を育成するためにどういう基準を
作れ,あるいは国益を守るためにこういう基準を作れと政府からの指示が出ます。
フランスもそうです。フランスは国家会計の国です。国家のための会計をやっています。ドイ
ツは,コンツェルンの国ですが,ここでは経営者のための会計をやっています。日本や米英の
「企業会計」「投資家のための会計」とはかなり違います。日本や米英で言っているような「投資
家のための会計」というのは,ドイツ,フランスでは普通あまり表へ出てきません。そうしたこ
とから,ヨーロッパが中心となって設定している国際会計基準はイギリスの会計をベースとして
いるのです。
実は,ヨーロッパの会計基準はイギリスが中心になって設定されています。というより事実上
イギリスが基準の設定を支配しているのです。イギリスは地理的にはヨーロッパですが,ヨー
ロッパ大陸の国々からみると,仲間ではないところがあります。ドイツやフランスからは,政治
でも経済でも文化でも「イギリスはヨーロッパではない」という声が聞こえてきます。
ヨーロッパ大陸諸国よりもアメリカのほうが密接な関係のあるイギリスは資本主義の志向が強
く,社会民主主義的な志向が強いヨーロッパ大陸とは肌が合わないといわれてきました。そのイ
ギリスが,EU の会計基準を事実上決めてきたのです。そうなりますと,ときに米英に有利な基
準作りが行われかねません。
米英両国はともに,かつては「物づくり」で企業利益のほとんどを稼ぎ出してきた国ですが,
いまでは「物づくり」ではあまり稼ぐことができなくなって,金融に軸足を移しています。そう
なりますと,どうしても「物づくり」よりも金融業を念頭に置いた会計基準作りが進むでしょ
う。今の IFRS はまさにそうした金融業向けの――もっといいますとコンピューター上の数字を
ちょっと動かすだけで世界の富が転がり込んでくるように会計基準が作られているのです。後で
詳しくお話しますが,IASB が考えている「当期純利益廃止」や「包括利益一本化」などはその
最たるものです。
では,国際会計基準には誰が法的拘束力を与えるのか。国際会計基準を作っているのはロンド
ンにある国際会計基準審議会,IASB(The International Accounting Standards Board)というところで
す。でも,ロンドンで作ったからといって日本の企業が従う必要はまったくありません。アメリ
カももちろんそうです。ロンドンで作った基準をなぜ世界中が使うのでしょうか。誰かが法的拘
束力を与えない限りは各国の企業も使いません。各国とも法的拘束力を与えるのは公権を持った
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機関,アメリカは SEC であり,日本は金融庁です。それが今,日本の金融庁が,ロンドンで
作った国際会計基準を日本の企業に強制適用しようとしているのです。
ロンドンで作った基準にもし日本にとって不都合なことがあったらどうするのか。たとえば,
ある基準がロンドンで作られて,それを日本に持ってきたときに,日本の特定の産業がものすご
く大きな打撃を受けるような事態になったらどうするのか。それは基準を作ったところ,たとえ
ばロンドンとか,それをサポートしたアメリカにとってはすごく都合のいい基準だったかもしれ
ないけれども,日本にとってみたらとんでもない基準ができたらそのときどうするのか。典型的
な話ですと,今の「当期純利益を廃止」する話です。詳しいことは後で話しますが,日本やヨー
ロッパの「物づくり」の国にとってみたらこんな困ることはありません。でも,金融で稼ごうと
しているアメリカやイギリスにとっては,こんな便利なものはないようです。
そういう基準を作られて,さあ,日本はこれをやれと言われたときに金融庁はどうするのか。
金融庁は,一応「適用留保権」があると言っていますけれども,国際会計基準を一部でも適用留
保すると世界の「国際基準を使っている国」「IFRS 適用国」というグループから脱落します。日
本の会計は世界からまた信用を失うかもしれません。国際基準といっても,どこかが法的拘束力
を与えなければいけない。それが日本にとって必ずしもウエルカムでないときに,日本としてど
うすればよいか,どうすることができるか。大きな問題です。
(2)国際会計基準を支配するイギリス式の会計
もう1つです。国際会計基準は原則主義という立場でものを考えています。これは,私たち日
本人にはほとんどなじみのない世界です。アメリカ人にも未経験の世界です。ゴルフに譬えてみ
ますと,ゴルフのルールは3つだけにするというようなものです。これが原則主義です。冗談で
すが,ゴルフをするときはボールはイギリス製ですること,クラブはアメリカ製ですること,3
番目のルールとして,ルールに書いてないときはフェアプレーでやれと決めるようなものです。
皆さん,これでゴルフができますか。ペナルティーの規定も,何打で上がるかも,ルールには書
いてないのです。
この原則主義はアメリカにとってもなじみのない考え方ですけれども,イギリスは今までそれ
でずっと企業決算をやってきました。イギリスの場合もそれをベースとした国際会計基準の場合
も,最終的には,会計のルールをものすごく少なく基本的なことだけを定めておいて,それをど
う解釈するかは経営者の責任だとするのです。3つしかないルールです,4つ目のルールが必要
なときには自分で考えよというものです。どのルールをどのように解釈して適用したか,それを
使った経営者が責任を問われるのです。
これから国際会計基準の解釈をめぐって裁判がいっぱい出てくる可能性があります。特に外国
の投資家から,何でこのルールを使ったのか,なぜこのルールをこう解釈したかということが裁
判になる可能性があるのです。国際会計基準には細かいことは何も書いてありません。何%以上
迷走する国際会計基準
5
はどうするのかとか,3
0
0万円を超えたらどうするかといった,そういう量的基準や金額基準は
まったくないのです。
たぶん,まず困るのは日本とアメリカの経営者でしょう。特に日本の経営者は,たいへん失礼
ですけれども,経理を知らないのを自慢にしてきたところがあります。「会計なんか知らない」
,
これが何か一流の経営者の要件だと思っていたのではないですか。もうそれはできません。国際
会計基準の世界になりますと,経理の一から十まで全部経営者の責任です。経理を知らない経営
者ではやっていけない。国際会計基準の一から十まででなくてもいいですけれども,少なくとも
国際会計基準の精神を知っていない限りは,とてもじゃないですけれども経営の責任者にはなれ
ない時代になります。
今私はロンドンと言っていますけれども,なぜ国際会計基準をロンドンで作るのかという話を
します。もともと国際会計基準そのものは,EU の会計制度を統一しようとして作ったもので
す。EU は,今2
7カ国あります。その中に会計先進国が3つ,イギリス,フランス,ドイツで
す。イタリアは簿記の発祥地ですけれども,工業化できなかった分だけ会計は発達しなかった。
イギリスは,私たちが知っている会計をやっています。つまり,「投資家のために情報提供する
会計」
,「資金調達のための会計」
,私たちが普通にやっている会計と同じです,アメリカも同じ
会計をやっています。
ところが,フランスは国家会計です。国の経済を統制するために企業のデータを集めていま
す。ですから,企業決算においての自由度はかなり狭い。ドイツはコンツェルンの国ですから,
あくまでもコンツェルンの中で会計をどう利用するか,管理会計といってもいいですが,そうい
う会計が育ちました。フランスもドイツも,投資家のための会計とか資金調達の会計というの
は,かなり重要度が低いようです。
そのヨーロッパの中で統一的な会計基準を作るとなったときに,会計先進国のどれをモデルと
するかが問題になったと思います。ここで重要なのは,ヨーロッパが結束する理由は何なのかで
す。対アメリカです。アメリカに対する対抗力として EU を作っていますから,アメリカに抵抗
できるような会計基準を作る必要があると考えますと,フランスやドイツの会計で EU の基準を
作ることはできません。できるとすると,イギリスの会計を持ってくるしかなかった。それが,
国際会計基準がアメリカと似ている理由です。
EU の会計基準がだんだん力をつけてくるようになって,アメリカに対抗できるだけの力をつ
けてくるにつれて EU がちょっと欲を出しました。アメリカを仲間にしようとしたのです。私は
EU の作戦としてはこれが一番大きな失敗だったと思います。自分たちが作った欧州版の国際会
計基準,これをアメリカにも使おうと誘ったのがいちばん大きな失敗だったのではないかと思い
ます。なぜそんなことになったか。EU にしてみたら,確かにアメリカを抱き込むと本当の意味
での世界基準ができます。そういう欲望があった。
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(3)アメリカに侵略されるヨーロッパ
アメリカを抱き込むにはどうすればいいか。1つは,アメリカにあってヨーロッパにない会計
基準をともかく取り込む。取り込んだいちばん大きな問題の会計基準が時価会計です。
ヨーロッパにはもともと時価会計の必要性はまったくなかった。にもかかわらず,アメリカと
歩調をともにするために,アメリカにあった会計基準を取り込んだ中のいちばん悪いものが時価
会計の基準でした。時価会計は,アメリカではその当時使っていませんでした。
不思議なことに日本では,世界中が時価会計基準を使っているという報道がいっぱい出ていま
したけれども,その当時使っていた国はありませんでした。時価会計の基準があるということ
と,時価会計をやっているということはまったく別事です。たとえば,ある国にはストックオプ
ションの会計基準があるけど,その実務はありません。なぜなら国際基準を導入するに当たって
ストックオプションの基準もコピーしただけだからです。そんな国はいっぱいあります。では,
実際にその国にストックオプションの制度があるかというと,制度がない国がいっぱいありま
す。制度がなくても国際会計基準を丸ごとコピーすれば基準だけは立派なものが作れます。
日本の会社法の中に,「包括利益」に関する規定が盛り込まれています。日本は当期純利益が
ボトムラインで,包括利益は使っていません。にもかかわらず,会社法に包括利益が登場するの
です。なぜそんなことをしたのか,立法担当者に聞いてみますと,将来,包括利益を日本の会計
基準の中に取り込もうとしたときに,会社法にない概念だから取り込めないという口実を与える
と会計の進歩を妨げるから,それで事前に入れておくというのが理由です。
変な話だと思いませんか。現在の法が禁止しているならともかく,禁止もしていない包括利益
の概念をわざわざ先取りして入れておくというのは何か裏のある話のようですね。間違いなくこ
れはアメリカに言われているのですね。アメリカに,自分たちはボトムラインを包括利益にして
いるから,日本も包括利益を早く入れろと言われているのです。会社法という強行法を先に直さ
せて,じわじわと会計基準の改正を迫るのです。今,日本も包括利益の意見書が出てきて,ボト
ムラインが当期純利益から包括利益にこれから変わることになりました。アメリカという国
は,1
0年も前から日本の会計基準を変える遠大な計画でやっているのかなと思うと,ちょっと
空恐ろしい話です。
ロンドンが国際会計基準を作っているのはそういう事情からです。イギリスの会計が世界に伝
播された,それがアメリカに伝わって,日本に伝わって,世界は今,会計というといわゆるイギ
リス式の会計が使われているのです。国際会計基準も,イギリスの会計基準をベースとして,そ
れにアメリカの会計基準を取り込んで作られてきました。
この2つのことを頭に入れておいていただいて,本論の話をさせていただきます。
迷走する国際会計基準
7
(4)国際会計基準適用国の実態はわかっていない
国際会計基準,IFRS(International Financial Reporting Standards)。これはイファーズと読む人もい
ますし,イファース,アイファースと読む人もいます。米英人は略語読みしませんから,アル
ファベット読みして,アイエフアールエスと呼びます。ただ,日本人は,アルファベット読みは
結構舌をかみそうになるので,イファースとかイファーズと言うほうが楽です。
IFRS は世界中で採用されていると報道されています。インターネットで検索しても,2
0
1
0年
3月1日現在で世界1
7
2カ国(・地域)のうち IFRS を「採用」している国が9
0カ国,IFRS の使
用を「許容」しているのが2
5カ国あります。合計で1
1
5カ国になります。
IFRS の適用を認めない国が3
3カ国あります。まず南米で,米英の政治的支配を嫌う国々で
す。もう1つはイスラム教の世界です。イスラムでは利息を取ることが禁止されていますから,
国際会計基準みたいな受取利息などが出てくるのは使えません。イスラムは国際会計基準とは別
の会計をやります。
IFRS を使っているという国のうち,適用を認めているが,ただし,どのように認めているか
内容がまったくわからない国が2
5カ国あります。実際には使っているかどうかもわかりませ
ん。
これは別にして,上場企業に IFRS を適用している国が9
0カ国,これはすごく数が大きい。
すごく大きいけれども,中身が問題です。この9
0カ国の中に EU の2
7カ国が入っています。そ
のほかにコモンウェルス,イギリス連邦の国が5
5カ国入っています。コモンウェルス諸国のう
ち,シンガポール,パキスタン,バングラディッシュのようなイスラム系の国は IFRS を使いま
せんが,他の5
5カ国は IFRS を採用していると言っています。イギリスの女王様の言うことは
ちゃんと聞く国々です。ですから,その5
5カ国は IFRS を採用していると宣言しています。こ
れで計8
2カ国です。あと十数カ国があります。
あとどんな国が IFRS を採用しているのか調べてみました。ナミビア,ベリーズ,モーリシャ
ス,バルバドス,あまり聞いたことがない国が結構あります。人口3万人,あるいは3
0万人。
生産しているものはトウモロコシとかサトウキビ,小麦などです。はたしてこういうところに国
際会計基準を取り込むだけの大企業なり証券市場があるのだろうか,公認会計士はいるのか,監
査をやっているのだろうか。ロンドンの国際会計基準審議会はそういうことをいっさい調べない
で1
1
0カ国以上が使っていると言っているのです。
ところで,「今朝,皆さん新聞を読んでいらっしゃいましたか?」という問いかけをします
と,まず全員が間違いなく読んできたと手を挙げるでしょう。「今朝,顔を洗わなかった方はい
ますか?」と聞いても,どなたも手を挙げないだろうと思います。たとえ今朝顔を洗わなかった
としても,きっと手を挙げないと思います。たとえばの話ですが,これと同じです。あなたの国
は国際会計基準を使っていますかと,ただ聞いているだけですから「はい,使っています」,そ
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1
0.
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2)
れが答でもおかしくありません。その国に行ってどう使っているかを確かめたりはしたことがあ
りません。
ですから,この IFRS 採用国の数というのは,朝,顔を洗っていらっしゃいましたかと聞いた
結果と同じなのですね。たとえ洗っていなくても,たとえ使っていなくても,そういう質問な
ら,「はい」と手を挙げるだろうと思います。実際には,この1
1
0カ国の実態はまったくわかっ
ていません。
IASB もどこかの国へ出かけて行って,ちゃんと IFRS を適用しているかどうか,監査は行わ
れているか,そういうことを調べてはいません。もしそんな調査をして,実はあちこちの国が実
際には使っていないとか各国の事情に合わせて修正しているといったことが判明したら,IASB
の信用も IFRS のブランド力も一気に地に墜ちてしまいます。ですから IASB は,決して各国の
実態を調べるようなことはしません。どこの国がどう使っているのか,使うと言って使ってない
国がどれだけあるのか,まったく不明です。
(5)連結財務諸表の株は売っていない
もう1つ注意したいのは,国際会計基準では連結財務諸表しか考えていないことです。
連結財務諸表のおさらい的なことをお話しさせていただきますと,多くの場合,親会社があっ
て,子会社,孫会社があって,そうした企業グループ経営が行われています。日本ではかつて親
会社が子会社をうまく使って利益操作をしてきた経緯があります。親会社が,今年はどうも利益
が少ないなというときには,子会社に自社製品を高く売りつけて売上高を伸ばして利益をふや
す。あるいは子会社に本社の土地を売却したことにして売却益を出す,あるいは不良在庫がた
まってきたら,どこかの子会社に全部売ってしまう。そうしますと親会社はぴかぴかの会社にな
るけれども,子会社はどうしようもないもの,不良在庫などの重荷を負った会社になる。でも,
親会社は親会社で財務諸表を作って公開しますが,子会社は上場していませんから財務諸表を公
開しないのでそうした利益操作が行われていることに投資家は気がつかない。そういう悪用を一
部の企業がしたために,日本では連結財務諸表を導入しました。
国際的には連結財務諸表の導入は企業集団の実態開示を目的としていました。親会社があっ
て,子会社,孫会社があるのであれば,当然,親会社だけの財務諸表を見ても業績がわからない
から,全部まとめて企業集団の財務諸表を作ろうというのが,米英における連結財務諸表の起源
です。これに対して,日本は不正を防止するために連結財務諸表を導入した経緯があります。
その連結財務諸表ですけれども,連結財務諸表はどこかの会社の財務諸表ではありません。何
とかという名前の会社があって,その子会社,孫会社があります。何とか会社は法律的には独立
して存在しています。子会社も法律的に独立しています。親子会社にする理由はいくつかあるで
しょうけれども,親会社は法律的に独立していますから,法律的にみると親会社でなくて,ただ
の会社です。子会社も法律的には親会社から独立した存在です。
迷走する国際会計基準
9
普通の法律上の考え方でいうと,親会社は親会社で決算書を作る,子会社は子会社で決算書を
作る。それぞれ決算書を作って,その決算書に出てきた利益が,たとえば配当されたり,それに
課税されたりする。個々の会社の決算書は,切れば血が出るような,もし解散するとなったとき
に,企業の財産の最後の一円玉が誰のものかまで決めてやらなければいけないぐらいに厳格なも
のです。
それを企業集団としてくるっとまとめて,何とかグループの連結財務諸表を作ったらどうなる
のか。親会社も子会社も一緒にしたような会社,こんな会社は実際にはないですから法律的には
架空のものです。何とかグループの財務諸表を見せられて,これはすごくいいグループだと考え
て,この会社の株を買おうと思っても,企業集団の株は売っていません。企業集団の連結財務諸
表にはすごく大きな利益が出ていても,誰もそれを配当しろとは言えない。国も,これに税金を
かけるとは言えません。あくまでも企業集団の中の,個々の会社(法律上の単位としての会社)に
対して税金がかけられるのです。個々の会社には株主がいますから,その株主は個々の会社の利
益から配当を受けるのです。
企業集団としての連結財務諸表を作られても,この連結財務諸表には該当する会社もないし,
株主もいないのです。世界は,実はこの連結財務諸表のことを財務諸表と呼んでいるのです。世
界中で財務諸表と一言で言ったときには,まず間違いなく連結財務諸表です。一々連結と言いま
せん。
いちばん簡単な証拠が,英文のアニュアル・リポート(英文決算報告書)です。日本企業でもい
ろんな会社が英文のアニュアル・リポートを出していますが,あそこに個別財務諸表を出してい
ますか。日本企業が出しているアニュアル・リポートでさえ連結しか出さない。アメリカの会社
の連結財務諸表をご覧になった方はたくさんおいでと思いますが,個別財務諸表を見たことがあ
る方はたぶんいないと思います。見るにはどうすればいいか。その会社の株主になることです。
それ以外は個別財務諸表は見られません。
(6)切れば血が出る個別財務諸表
日本の企業の場合は,有価証券報告書の中に連結財務諸表と個別財務諸表の両方が出てきま
す。これは世界でもたぶん日本とフランスがやっているぐらいなものです。つまり,世界で財務
諸表と言ったら架空の財務諸表である連結財務諸表を言っているのです。切れば血が出る個別財
務諸表ではなくて,ただ単にグループを構成する企業のデータを寄せ集めて,仮にこの企業集団
が1つの会社だったらという仮定で財務諸表を作っています。ですから,その財務諸表は実質的
には意味がないというわけではないですが,単なる「財務数値」です,決算数値ではないので
す。財務情報と言ってもいいでしょう。連結は単なる情報として作られているものです。
国際会計基準には,これは連結財務諸表に使う基準だとはっきり書いてあります。それと,個
別財務諸表に適用することは考えていないとも書いてあります。そういう基準です。それがどこ
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6巻第2号(2
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0.
1
2)
かのボタンのかけ違いか知らないんですが,日本ではどういう議論になっていますか。
(7)日本の「連結先行」論
日本では「連結先行」論です。今,会計基準とか法律をいろいろ変えて,国際会計基準に合わ
せるためにいろいろやっていますが,連結財務諸表の会計基準を作るのと,個別財務諸表の会計
基準を同時に作るのはすごく手数がかかる。法律改正も両方いっぺんにやるのは大変だから,先
に連結財務諸表だけ作る準備をして,連結財務諸表で先に行く,後から個別財務諸表のルールを
少しずつ手直ししていくと金融庁は言っているんです。これが「連結先行」論です。
ところが,これに異を唱えているのが珍しくも公認会計士の先生方です。珍しくも金融庁の言
うことに異を唱えていますが,何と言っているか。連結財務諸表は,たとえば3つなり,4
つ,5つの会社を合体するものですから,個々の財務諸表を作ってこれを合算する必要があると
言うのです。その個々の財務諸表を日本の基準で作っておいてそれを集計しても国際基準の連結
にならないというのです。連結は,個々の会社の決算を全部やって,それを合体するから,個々
の会社の財務諸表を国際基準で作らなかったら全体をまとめた連結財務諸表を作ることはできな
いということです。日本の会計士の先生方はそう言うのです。
私が6年ほど前にある本(『不思議の国の会計学――アメリカと日本』税務経理協会,2004年)を書い
たときに,国際会計基準は連結財務諸表だけに適用することにしようと提案しました。連結には
国際会計基準を適用し,個別財務諸表には日本の会社法,会計基準を適用しようという提案でし
た。今流に言いますと「連単分離」論です。そうしたら,会計士の先生方からいろいろおしかり
を受けました。おまえは会計を知らない―私,会計学者ですけれども―おまえは会計実務を知ら
ない。ご指摘の通り実務を知りません,私は学者ですから―。
何を言われたかというと,連結財務諸表というのは,連結を最初から作ることはできない,必
ず単体を国際基準で全部作って,最後にそれを合算して初めて国際基準に従った連結財務諸表が
できる。連結財務諸表だけ最初からぽんと作るなんてできないと盛んに言われて,いや,ほかの
国では個別を自国基準で作って連結は国際会計基準でやっているのにどうして日本ではできない
のかと随分不思議でした。でも,6年ぐらい前の話ですから,国際会計基準はそれほど適用の現
実味はなくて,議論はそれ以上盛り上がらなかった。
ところが,2
0
0
9年あたりになってから,国際会計基準はまず連結に適用,その後,個別にも
適用という話が具体的に金融庁から出てきました。そこから後,会計士の先生方からあまり異論
は出ない。もう金融庁の態度がはっきりしたからかもしれません。
実は,日本の企業でアメリカの資本市場(NYSE など)に上場している会社は,個別財務諸表を
日本基準で作りながら,連結はアメリカ基準(SEC 基準)で作ってきたのです。今までずーっ
と,「連単分離」でやってきたのです。それでいて,アメリカ資本市場に上場している会社から
も投資家からも,特段,そうした会計報告が不都合だとか財務諸表の国際比較の障害になる,な
迷走する国際会計基準
11
どといった話は聞こえてきません。
(8)課税金額をロンドンが決める?
金融庁が,国際基準は連結にも個別財務諸表にも適用するという話をし始めたので,いろいろ
調べてみました。EU2
7カ国が国際基準をどういうふうに使っているかについて,お話ししま
す。
日本と同じ個別財務諸表にまで適用するというのが,イタリア,キプロス,エストニア,ギリ
シャ,リトアニア,マルタの6カ国です。イタリア以外はみんな小さな国です。個別財務諸表に
IFRS を適用するのを認めない国,禁止している国が,ドイツ,フランスなど会計先進国です。
EU の中での会計先進国の2つ,二強と言ってもいいですが,独仏が IFRS を個別財務諸表に適
用することを禁止しているのです。あとスペイン,オーストリア,ベルギー等々8カ国です。そ
れから,個別財務諸表に IFRS を適用することを容認している国,使ってもいいよと言っている
国が,イギリスはじめ1
3カ国あります。
ドイツ,フランスは個別財務諸表には IFRS を使わせません。なぜかというと,税制が絡んで
いるからです。個別企業の決算書が税を左右する,本当は逆かもしれませんけれども,個別企業
が利益として計算したものは,日本ですと確定決算基準と言われていますが,それをベースにし
て税額が決まりますね。IFRS を個別財務諸表にも適用するとなると,利益の額をロンドンが決
めることになりかねません。課税所得となる金額をロンドンが決めて,はい,あなたの会社は利
益いくら,税金はいくらと決められる。そういう世界を想像してみるとわかりますが,国家主権
を無視した話です。国家主権がある国はそんなことを絶対しないと思います。
少し怖い話をしますと,利益の額と法人税の額が結びついている国(日本も,独仏などのヨー
ロッパ大陸諸国も)が IFRS を個別財務諸表にも適用すれば,これからはその国の企業利益も税収
も,ある程度まで,ロンドン(IASB)が――アメリカの SEC と相談して――決めることができ
るようになるでしょう。日本の国家財政を悪くすることも,日本企業に重税を課すことも,日本
企業の株価さえロンドンが左右することになりかねません。
これまでもさんざん打ちのめされた日本の経済,アメリカがほとんどの原因です。内部統制を
やらされて,四半期報告―自発的にやっている会社はまずないと思いますが―退職給付のとんで
もない負債を今度から計上させられて,当期純利益を廃止されて,日本企業の決算が悪くなるよ
うな,時価会計,減損会計,―数え上げたらきりがないけれども,やらされてきました。今度は
税金をロンドンが支配するかもしれないのです。そうなると特定の産業の利益額を多くするのも
少なくするのもロンドンが決めます。世界の会計基準の動きを見ていると,ほとんどロンドンに
ある IASB とアメリカの FASB で決められています。
8年ぐらい前,「ノーウォーク合意」というのがありました。ノーウォークというのはアメリ
カの地名で,FASB というアメリカの基準を作っている機関があるところです。そこで,国際基
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1
0.
1
2)
準を作っている IASB と FASB が話し合って,ものすごくふざけた話ですが,これからの国際会
計基準はロンドンとアメリカで決める,あとは黙っていろ,とは言いませんけれども,2人で話
し合って決めると宣言したのです。
ふざけているというのは,その理由です。2人で話し合ったら話はまとまるけれども,3人以
上入ったら話はまとまらないから,2人で話し合って決めると言うのです。世界で相談してもま
とまらないと分かっている話を,「物づくり」では稼ぐことができなくなった米英両国が――会
計を誕生させたイギリスと世界で最も進化したと自負する基準を持つアメリカが――自分たちの
利害だけでまとめてしまおうというのです。
ふざけた話だと思いませんか。イギリスとアメリカ,これは特徴的な国です。どちらかという
と,物づくりがもうできなくなった国です。物づくりで利益を稼ぐ力がなくなって金融で荒稼ぎ
するようになった国です。詳しいことはのちほど話します。
イタリアがなぜ個別財務諸表にまで IFRS を強制適用しているのかというと,税と関係ないか
らです。税と関係ない国は,個別の財務諸表に国際基準を使ってもそれほど大きな影響はないで
しょう。それと,強制しているあとの国々,キプロス,エストニアなど,これはたぶん国際基準
と自国基準という2つの基準を持つのが面倒だからです。日本でも盛んにそういうことを言う人
がいます。連結財務諸表のための基準,個別財務諸表のための基準,2つ持つのは面倒だから,
IFRS ひとつでいこうというのです。
ただし,イタリアはじめ,そこの国の企業がちゃんと国際基準に従って個別財務諸表を作って
いるかどうかはわかりません。そういうレポートはない。では,ロンドンは調べないのかという
と,ロンドンは調べません。下手にそんなことを調べて,どことどこの国は使っていないという
ことがわかったら,国際基準の権威ががた落ちになりますから,絶対そういうことはしません。
(9)
「原価と実現の概念」では都合が悪い米英
もう1つ怖い話をさせていただくと,先ほどの当期純利益廃止論です。私たちが考えている経
営は,いいものを安く作って,たくさん売ることから始まります。売上高をできるだけ大きくし
て,この売り上げを上げるためのコストをできるだけ削減し,そして当期純利益を大きくする。
こういう経営です。物づくりをやっている国はどこも同じはずです。
私たちは損益計算書を見たときに,たとえば真ん中あたりの営業外損益,金融でべらぼうに儲
けた会社は別にして,ほとんどの会社はそこのところはそれほど大きな変化はありません。ほと
んどの利益は本業の儲けである「営業利益」です。それと経常利益は大きな違いはない。ですか
ら,経常利益を見て,この会社は物づくりでこれだけ儲けたんだなというふうにとらえます。
ところが,これでは困る国があります。金融がメインのイギリスとかアメリカです。営業利
益,つまり本業の儲けがメインの利益数値では都合が悪い。なおのこと,経常利益では都合が悪
い。
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経常利益は,今のところ国際的に見るとレアな利益数値です。かなり前のことですけれども,
アメリカが当期純利益を計算するときに,当期純利益を構成しないものを別表として,第3の計
算書を作ってそっちへ集めて,当期純利益だけきれいにしたことがあります。そのときの狙い
は,損益計算書は経常的な収益力を示すものだから,経常的でないものは損益計算書の外でいい
という論理でした。
ところが各企業はどうしたかというと,損益計算書と当期純利益だけきれいにして,第3の計
算書をゴミ箱にしてしまった。都合の悪いものは全部そっちに入れてしまう。投資家は損益計算
書の当期純利益しか見ませんから,この会社はすごくいい会社だと誤解して投資する。実はゴミ
箱を外に持っていたというのです。その過程を見ていて日本はまねをしました。当期純利益を計
算する損益計算書と,もう1つ当期純利益に入らない損益を表示する計算書を作ろうとしたので
す。
年配の方はご記憶があるかもしれませんが,「利益剰余金計算書」を作ったのです。そうした
ら日本の企業もアメリカと同じことをしたのです。都合の悪い情報は利益剰余金計算書に落とし
て,当期純利益,いわゆる損益計算書をきれいにしようとしたのです。アメリカは,それがあま
りにもひどいというので,2つの計算書を合体して1つの計算書にしたのですが,そのときに日
本で言っている経常利益をなくしてしまったのです。
ところが,当時日本では英米流の会計が比較的なじみがないこともあったし,投資家にもっと
会計を知ってもらいたいという啓蒙的な意味もあったんでしょう。まずは,正常な利益を「経常
利益」として1回出して,その後に臨時異常なもの―いわゆる特別損益ですね―を乗っけて最終
行の「当期純利益」にする。つまり,「当期業績主義」の利益である経常利益と「包括主義」の
利益である当期純利益を2つともひとつの計算書に表示する方式を採用したのです。
(1
0)当期純利益の表示を禁止したい米英の腹の中
日本はそういう損益計算書をずっと作ってきました。経常利益を表示するのは啓蒙的だからい
いとして残してきたのです。ところが,今回,国際基準を作っている IASB は当期の正常な儲け
を示す経常利益を出させない,本業の儲けを示す営業利益を出させない,包括利益一本でいこう
というのです。つまり IASB にしたら本業の儲けを知られては困る,物を作って汗水流して一生
懸命やった利益が出てくるのは困るからです。
もちろん,IASB もアメリカもそうは言っていません。当期純利益の表示を禁止する理由は,
その操作性にあるというのです。株にしろ土地にしろ,含みのあるものを今年売って今年の利益
にするか来年売って来年の利益にするかを,経営者が決められるような操作性が当期純利益には
あるというのです。
しかし純利益をやめて米英が表示しようと考えている利益は,コンピューターの数字をちょっ
と変えたら出てくる利益ですから,汗水流していない,物も作っていない。コンピューター上の
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0.
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2)
数字をちょっと変えたら出てくる利益というのは,売却可能金融資産の評価差額とか,固定資産
評価差額とか,保険数理差損益,デリバティブの損益といったものです。イギリスとかアメリカ
はこれをぜひ大きく表示したいのです。
「売却可能金融資産の評価差額」は名前は長いですけれども,ほとんどは株,デリバティブで
す。株や何かの評価差額ですから,実現していない。キャッシュフローの裏付けもありません。
私たちが当期純利益と言ったときには,「キャッシュフローの裏付けがある」
,「配当できる」
,
「納税にも使える」
,「貯めておいたらほかの事業にも回せる」
,そういう意味でのキャッシュフ
ローの裏付けがある利益でした。キャッシュの裏付けがある確実な利益,それを「実現した」と
表現していました。ところが今の国際会計基準2
5
0
0ページの中に,「実現」「リアリゼーショ
ン」という言葉がありません。これまで世界の会計界が英知を集めて会計理論を組み立ててきた
ときのカギとなる概念が「実現」と「原価」でした。その「実現」の概念を国際会計基準は捨て
てしまっているのです。あとになってみますと,金融をメインとする国の遠大な計画だったわけ
ですけれども,「実現」は自分たちに都合が悪いということをかなり前から見抜いていて,IFRS
には入れなかったのです。
原価という概念と実現という概念は,少なくともこの7
0年の会計の歴史を見ると,最も重要
なキーワードでした。実現しているかどうか,原価はいくらだったのか,これが大事でした。投
下資本の回収計算をするのが会計ですから,いくら投資したのか,いくら回収したのかが非常に
重視されてきました。回収可能かどうかではなくて回収したということが大事ですから,実現概
念は会計の基本中の基本でした。
この投資した額がどれだけ回収し終わっているかを見るのが損益計算書であり,貸借対照表で
す。これが今のアメリカやイギリスにとってみたら都合が悪いようです。あくまでも他人の財布
にいくら入っているのかを見ていて,失礼な話ですけれども,他人の財布からコンピューターを
使って自分の財布に財産を移そうというのです。財産を持っている人に大砲を向けるわけにもい
かない,戦車を持っていって,おい,カネ出せということもしない。それに代えて,会計基準を
使ってコンピューターの数字をちょっと動かすだけで世界の富がアメリカに流れ,イギリスに流
れます。そういう仕組みを作ろうとしている。
今回の世界規模の経済危機では失敗しましたが,次の機会にはもっとうまく時価会計を使って
世界の富を米英に移転するように画策するでしょう。今の状況は世界の富を争奪する「世界第3
次大戦」と同じなのです。
その仕組みを作るための遠大な計画の1つが,営業利益の表示を禁止する,当期純利益を出さ
せないという話です。それに代えて何を出すかというと,評価差額を利益とする包括利益です。
固定資産の評価差額,保険数理差損益,こんなのはどんな計算をするのか一般の人にはわかりま
せん。いちばんわかりやすいのは株ですが,株の評価益を利益とするのです。株の場合はわかり
やすいけれども,株では大して利益を計上できません。たとえば5
0
0
0円で買った株を期末に時
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価評価しても,証券市場で売買されているのであれば,せいぜい1
0
0
0円か2
0
0
0円の評価益しか
上げられません。株の市場価格は丸見えですから,あまり無理な操作はできません。
それに比べるとデリバティブ,これは都合がいい。デリバティブの開発者に,今年1
0
0億円儲
けるデリバティブを開発してね,来年1
1
0億円損してもいいからといったお願いをします。差額
の1
0億円はデリバティブを開発した会社の手数料です。デリバティブの契約書は1
0センチ以上
あるので,中身を見ることはほとんどないでしょうけれども,何が書いてあるかは開発者しかわ
かりません。
日本にもたぶん1
0
0人ぐらいはデリバティブの開発をできる人がいると聞いています。あるデ
リバティブの損益が適切かどうかを知りたくて,別のデリバティブの開発者に聞いてもはっきり
は教えてくれません。別の開発者が見るとデリバティブのいわゆるネタがわかるかもしれません
が,絶対に黙っています。手品師と同じで,他の手品師の手品のネタをばらすことは絶対にしま
せん。期末になったら1
0
0億円の儲けが出て,次の年になったら契約書の何ページ目かの何かの
1条が引っかかって,ほら1
1
0億円損したという,そういうデリバティブを使うのです。
バブルがはじけた後,日本の大銀行はこうしたデリバティブを駆使して,とんでもない金額
だった不良債権を全部きれいにしてしまいましたね。きれいにした後,今です。たぶんそのツケ
を少しずつ払っているのではないでしょうか。日本の大銀行はこの1
5年間,つまりバブルがは
じけてから今日まで,まったく法人税を支払っていないそうです。バブル崩壊後にデリバティブ
で先送りした損失を今処理しているのかもしれません。
デリバティブは時限爆弾で,どこかで爆発する。それが1
0年後か,2
0年後かわからない。1
0
年後に爆発しそうになったらまたデリバティブを組みますから,また先延ばしになる。それがど
のぐらいあるかわからない,その一部が今回ウォール街で爆発し金融危機を招いたといわれてい
ます。それもたぶん一部です。まだまだデリバティブの爆弾はあちこちにいっぱい仕掛けられて
いると思います。
2
0年ぐらい前までは,アメリカは製造業で企業利益の5割を稼いでいたそうです。今3割を
切っていて,逆に金融業が企業利益の3割稼いでいるそうです。では,日本はどうか。日本は健
全なことに製造業で4割稼いでいる。金融ではまだ1割しかなっていない。これは普通でしょ
う。
金融は,物づくり,あるいは流通の脇役のはずです。助ける役,補助の役ですが,アメリカ
は,どちらかというと金融業が主役に躍り出ています。主役に躍り出ているということは,運ぶ
ものがないのに運送業だけが繁盛しているようなところがどこかある。それはおかしいじゃない
ですか。それが今のアメリカの現状です。
日本は,当期純利益の廃止については反対してきました。日本はまだ国際会計基準を正式採用
するとは決定していません。ですから,ロンドンはまだ日本の言うことを聞かなければいけな
い。ここで日本にごねられて,日本は IFRS の採用をやめるよと―政権が代っていますからあり
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0.
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2)
得る話です―もしもそんなことになったら国際基準の崩壊を待っている気配のあるアメリカがす
ぐに同調するかもしれません。そうなったら世界で一つの会計基準,IFRS の夢は一気に瓦解し
ます。IASB はそれが怖いので,今のところ日本の言うことを一応は聞いてくれる。ですから,
当期純利益はしばらくの間は使っていいと言ってくれています。いつまでか分かりませんが,た
ぶん日本が IFRS をアドプションすると決めたらすぐに禁止になるでしょう。
国際会計基準審議会は当期純利益を廃止する姿勢を崩していません。日本が反対しているから
とは言いませんけれども,一部の反対があるからもうしばらくは認めるけれども,国際会計基準
では当期純利益,営業利益を表示させない,包括利益一本にするとしています。
(1
1)未実現利益を計上する包括利益
包括利益はどのように計算されるのでしょうか。包括利益には金融商品の評価差額も為替換算
調整勘定も土地や建物の再評価差額も年金数理上の利得・損失も,何でも入ります。そのうち,
エンロンがやったような契約による将来収益も,工場を建設すればそこから上がると期待できる
将来収益も包括利益に含めることになるかもしれません。これが,米英世界が構築しようとして
いる会計です。
包括利益に含まれる金融商品評価差額は期末現在未実現で,将来的にも実現するかどうかわか
りません。為替換算調整勘定も未実現,期末現在でいうと実現不可能です。期末現在でキャッ
シュフローにはならないからです。年金数理上の利得・損失,これは経営者の裁量が大きく働く
可能性があります。土地再評価差額も未実現です,客観的な評価が困難です。土地の再評価差
額,これほど不明確というか,わからないものはありません。
土地は建物が建っている状態では評価できないのです。建物を取っ払ったことにして,更地に
なったとして時価(地価)計算をします。その建物の撤去費用を計算するのは結構大変です。撤
去費用を計算するにしても,日本では世間相場というものがありません。あるところに建物の撤
去を依頼すると1
0億円,別のところに依頼すると2
0億円,安いのがいいかというと工事の途中
で,もう1
0億円いただきたいとかという,そういうことが普通の世界です。
なぜ更地かというと,建物が建っていると売れないという事情もありますが,建物の下に何が
あるかわからないわけです。築地市場の移転先候補である豊洲の話で思いあたると思いますが,
掘ってみたらどんなものが出てくるかわからない。もし汚染していたら,その汚染をきれいに除
去する費用を計算してみないと土地の時価は求められない。そうすると,すべてわからない世
界。撤去費用がわからない,撤去したとしてその更地としての取引価額がわからない,さらに汚
染をきれいにする費用はもっとわからない。わからないの積み重ねで,はい,この土地いくらと
決めるしかない。それは大変だと思う人と,それは便利だと思う人がいる。それは便利だと思う
人は,包括利益にぜひとも土地の再評価差額を大きく計上したいなと考えるのではないでしょう
か。
迷走する国際会計基準
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当期純利益までは確実な利益,キャッシュフローの裏付けのある利益ですが,包括利益は実現
するかどうかがわからない,実現できない,もしかしたら経営者が鉛筆なめた数字―英語では数
字をマッサージすると言うそうですけれども―,その数字が出てくる。つまり確実な利益プラス
不確実な,わからない利益を足して,それを今度は損益計算書のボトムライン(最終行)で1行
だけ,当期包括利益として出すというのです。はたしてこういう情報を誰が必要としているので
しょうか。
IFRS を推進しようとしている人たちは,包括利益の情報を投資家が必要としていると盛んに
言いますけれども,中長期の投資を考えている投資家はそんな情報を本当に必要としているのか
なと疑問を感じます。自分の会社の損益計算書―これからは包括利益計算書と呼びます―を見
て,自分の会社の実態がはたして経営者の方々はわかるんでしょうか。あるいは,監査をやって
いる方が見て,そこから異常が発見できるでしょうか。コンサルタントの方々が,それでコンサ
ルの仕事ができるのかどうか。とてもそういうことはできないような気がします。
(1
2)フランスの「IFRS 潰し」
今の2つの話は,日本にどういう影響があるかという話でしたが,最後はもうちょっと怖く
て,国際会計基準はどうも崩壊するかもしれないという話をします。アメリカの動き,それから
ヨーロッパの動き,この2つをメインにしてお話しさせていただきます。
会計基準は,どこの国でもどこかが法的拘束力を与えている。EU で会計基準を決めているの
は欧州委員会です。ここが2
0
0
9年の1
1月に新しい国際基準である時価会計の基準(IFRS9号)
のエンドースメントを拒否しました。今までは,EU に都合が悪いときには,都合の悪いところ
を,ヨーロッパではカーブアウトと言ってますが,その一部だけを外して使ってきました。です
から,いまだにロンドンで言う純粋な国際会計基準をそのまま使っている国はほとんどありませ
ん。オーストラリアと香港とニュージーランド,この3カ国ぐらいです。あとの IFRS を使って
いると言っている9
0カ国のほとんどが,どこかの基準を外して使っている,あるいはどこかの
基準を外して自己基準を加えて,今度はカーブインと言うんですけれども,カーブインして使っ
ている国々です。
もともとは現在の時価会計の基準が複雑すぎて使いにくいから,もっと単純なものにせよとい
う要求を,実は EU が出していました。それで IASB は時価基準を単純なものにしましたが,そ
れを使えないといって欧州委員会が承認を延期したのです。承認延期は,全面的に否定するのと
似たようなところがあります。
フランスのサルコジ大統領は,会計についてものすごく勉強しています。この人の言葉をいく
つか紹介します。まず2
0
1
0年の1月にダボス会議で,「不労所得で富を得る人が出て――これは
アメリカ,イギリスのことです――,一生懸命に働く労働者―これはフランスの労働者です―に
は何も残らない世界になった。金融という努力なしに儲ける投機的活動は雇用をも生み出さな
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1
0.
1
2)
い」と言っています。
もう1つ,時価会計についてもなかなか含蓄のある発言をしています。
「時価会計によって,一分一秒では変化するはずのない企業価値が株価とともに変化するよう
になってしまった。今の株価を重視するあまり,企業の将来価値が下がってしまうような状況を
招いた。会計基準は大きな問題だ」
,「これからの会計基準の問題はロンドンとかアメリカに任せ
ないで G2
0で行う」と宣言しています。
今,サルコジ大統領は G2
0の議長です。そこで議題として当然取り上げてくるでしょう。
つまり,ヨーロッパにしてみると,先ほどのフランスとかドイツ,イギリスという,どちらか
というと仲のよくない国,歴史的に見て仲のよくない国,宗教も違うし,人種も違うし,それま
で何度も覇権や資源をめぐって戦いを交えてきた国同士が,対アメリカで,アメリカのグローバ
リゼーションへ対抗するために団結しているだけです。IFRS はもともとヨーロッパの権益・利
益をアメリカの侵略から護るために作られてきたものです。その点では EU そのものがアメリカ
のグローバリゼーション(アメリカの世界侵略)に対抗するために,宗教も思想も歴史も言語も超
えて統合したものでした。その対アメリカの壁が崩れてきてアメリカが中に入るようになってく
ると,そんなはずではなかった,わが国は IFRS から離れるぞという意思表示を特にフランスは
はっきりと示しています。
フランスがはっきりモノを言うようになると,EU の中の小さい国々はかなり自由に意見を言
えるようになってきました。今の国際基準は自分の国に合わないということを堂々と言う国が
いっぱい出てきました。つまり,EU がかなり割れているのです。このままさらにアメリカに偏
るかアメリカが侵食してくると,たぶんヨーロッパが IFRS を潰す可能性があるのです。ヨー
ロッパは,IFRS を捨てて,それぞれ各国の基準でいこうということになる可能性が高いので
す。
しかも,これは連結財務諸表の世界の話です。個別財務諸表の世界の話ではなくて,連結でさ
え意見がまとまらない。投資家は連結しか見ないからです。投資家が目にするのは連結財務諸表
だけです。その会社の一枚看板として出す連結財務諸表が自分の国にとって,自分の産業にとっ
て,自分の会社にとってあまりにも不都合だ・不利だとなると,うちは使わないという国が出て
くる,あるいはカーブアウトする。もしかしたらフランスあたりから,やめたという声が出てく
る可能性があります。そうなったら,国際基準は強制力のないモデル基準,国際的なひな形はこ
うですよという程度の基準にとどまる可能性があります。
(1
3)日本もアメリカも細則がないと実務ができない
最近のアメリカの動きを紹介させていただくと,アメリカは,先ほど紹介しました「ノー
ウォーク合意」を結んで,国際基準とアメリカの基準のすり合わせをずっとやってきました。ア
メリカには2万5
0
0
0ページの会計基準があるそうです。国際基準は2
5
0
0ページです。ノー
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ウォーク合意でロンドンとアメリカが約束したことは,この2万5
0
0
0ページを思い切り圧縮す
る。捨てるものをどんどん捨て,できるだけ,たとえば1万ページなり5
0
0
0ページまでにし
て,最終的にほぼ国際基準と同じぐらいのボリュームになったときに,国際基準に一気に移行す
るというものでした。何かおかしいと思いませんか。
1つは,2万5
0
0
0ページもあるといっても,いらない基準を作ったわけではありません。アメ
リカ企業の決算のためにと一生懸命に SEC や FASB が考えて作ったものです。それを捨てると
いうこと自体が,まずアメリカの公認会計士にしろ,SEC にしろ,FASB にしろ,納得いかな
い。自分たちが汗水流して作った基準を捨てるのです。できない相談だと思います。SEC の
シャピロ委員長も「アメリカの会計基準は世界で最も進んでいる」と言って,それを捨てて
IFRS に乗り換えるには相当の犠牲や費用を覚悟しなければならないと警告しています。
その点,日本は淡泊ですね。日本の会計基準を捨てて国際基準にぽんと移ろうと言っていま
す。アメリカは今自国の基準のほとんどを捨てられないでいます。当然だと思います。2万5
0
0
0
ページのどの1ページも必要があって定めた基準です。それを捨てたら,これから何を指標とし
て会計処理をしたらいいのでしょうか。IFRS には,そのときどうしたらいいかということは
まったく書いてないのです。
たとえ2万5
0
0
0ページから2
5
0
0ページまで削ったとします。アメリカの会計実務は,細則が
ないとできない国です。結局,ゴルフをプレイするには3つしかルールがないとすると,4つ目
はどうするか。たとえば池ぽちゃのときのペナルティは何打なのかと,問題となるたびに,結局
は昔のルールブックを引っ張り出してきて,今まではこうやっていた,では,そうしようとなる
のではないでしょうか。
昔やっていたことをそのまままねすれば,一応免罪符ができますよね。投資家に対して一応説
得できる。昔こうやっていたからいいじゃないと言えるけれども,それをやり始めたら何のこと
はない,アメリカの会計基準は全部また2万5
0
0
0ページに戻ってしまう。何のために努力して
国際基準に移ったのか意味がなくなってくる。だんだんそれにアメリカは気がつき始めました。
アメリカも最初のうちは国際基準でいくという姿勢でした。これは当時のアメリカがエンロン
やワールドコムの事件が起きた後だったので,SEC も FASB もかなり弱気なときでした。国会
議員からも盛んにたたかれて,会計基準がうまくできていない,ちゃんと使っていないじゃない
かというおしかりを受けて,しようがないからと国際基準に移ろうといったところがあります。
いわば国内の会計基準の設定に失敗したので,国際基準に任せようといった責任放棄です。国際
基準に投げ出してしまえば SEC や FASB には何も責任問題は起こらないだろうと考えたので
しょうか。しかし,そうはうまくいきませんでした。
1つは,アメリカの場合は,国会議員が会計基準のことについて盛んに口を挟みます。ブッ
シュ前大統領も盛んに会計基準のことを議会で議論しました。ストックオプションの費用計上な
んか絶対させないと言ったのも大統領のブッシュでした。アメリカは議会で会計基準論を盛んに
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1
0.
1
2)
議論する国です。
国会議員にしてみると,会計基準を企業側か政府側か,それとも会計士側に有利にするかで献
金の額ががらっと変わります。企業が有利になるか不利にならないように会計基準を誘導すれば
議員の財布に政治献金がいっぱい入ってきます。要するに,企業に厳しいことを要求する会計基
準を作ろうとしているときに,企業側に立って法律の修正をしてやると業界からの献金はたくさ
ん集まるのです。公認会計士に有利なような法律を作ってやると,会計士の業界から多額の献金
があります。議員にしてみたら会計基準は金づるです。産業界を痛めつけようとする基準ができ
ると産業界から巨額の政治献金が来ますから,その献金をもらったらすぐに産業界寄りに基準の
修正を図ってやるのです。
そういうことを長年繰り返してきた国会議員が,はたして会計基準を設定する事実上の権限を
簡単に捨てるでしょうか。会計基準を設定する権限がロンドンに行ってしまったら自分たちは金
づるを失うのです。アメリカの国会議員も国際会計基準なんか認めたら自分たちへの政治献金が
激減することに気がついてきたのです。
欧州からも IFRS をめぐって不協和音が聞こえてきました。アメリカにしてみたら,欧州が割
れに割れるとラッキーです。一度はアメリカも国際基準を使うぞという姿勢を示したけれども,
どうもアメリカにとって得ではない。もしかしてアメリカ基準と同じように基準を全部アメリカ
色に塗り替えられるとしたら国際基準にしてもいいけれども,それはヨーロッパが反対してい
る。ヨーロッパが割れると,アメリカもうちもやめようかなという口実が得られます。
アメリカは IFRS を拒否するカードをいっぱい持っています。たぶんアメリカが「IFRS は採用
しない」と言うのがいちばん有力なカードです。アメリカがやめたと言ったときに,日本は
IFRS を採用しているかもしれない。日本はアメリカの動きをよく見ていながら,アメリカのし
たたかさ・たくましさを知らないのです。
(1
4)国際会計基準は使えないと宣言する SEC 委員長
アメリカの SEC が国際会計基準の導入についての予定表,これをロードマップ(工程表)とい
うのですが,本当は2
0
0
9年の暮れあたりにロードマップを公表して,これからどうするかとい
う計画を発表する予定でしたが,発表がなかったのです。それが2
0
1
0年の2月になってから,
ロードマップを発表しないと言い出したのです。
2
0
1
1年に国際会計基準を使うかどうかの意思表示をすることになっているけれども,どうす
るかということを決めるには,その前にいっぱいしなければいけないことがあるというのです。
まず,国際会計基準の中身を見なければいけないと,いうのです。今頃ですよ。国際会計基準の
中身をちゃんとチェックしなければいけない,どこかで実験してみなければいけないというので
す。あと1年しかないということは,年次決算は1回しかないのです。
なおかつ重要なことは,前は,アメリカの一部の会社に対して国際会計基準を早期適用しても
迷走する国際会計基準
21
いいと言っていたのですが,2
0
1
0年2月,それは認めないと言い出しました。最初のころは,
実験させて,アメリカに不都合なことがあったら国際基準を直させようと思っていた。そう思っ
ていたが,矛盾に気がついたのです。
早期適用させてしまうと現在の国際基準が定着してしまうではないですか。それはアメリカに
とって困る。それに気がついたのが最近の SEC です。それで SEC はここに至って IFRS 採用に
「足踏み」しだしたのです。私から見たら「後ずさり」し始めたのです。
SEC の委員長,シャピロさんが,SEC 委員長の人事というのは議会の承認が必要なので,議
会の承認をとる前に議会で演説しています。その中で,シャピロさんは,国際会計基準はこのま
までは使えないと堂々と宣言していました。そういう方を委員長に置いたのです。そして20
1
0
年2月,同じようなことを言うのです。アメリカがこの段階になってですよ。もしかしたら,
シャピロさんを選ぶときに,そういう人をわざわざ探してきて委員長に置いたという可能性があ
ります。アメリカはそのぐらい遠大な計画でやっているのかもしれません。
日本のように,物づくりをメインとしている国にとってみて,国際会計基準というのはまった
く合わないと思います。ぜひ経営者の皆さん方,これからの国際会計基準をどう使うかは皆さん
の自由とは思わないでください。むしろ,国際会計基準の中でこの基準をどう使うかというの
は,その後,法的責任が問われますから,もしかしたら日本でも裁判が起こる可能性がこれから
十分出てきます。そういうこともお考えいただいて,批判的な目を養っていただければありがた
いです。
もう1点,IFRS で作った財務諸表からは企業の収益性は読めません。営業利益も当期純利益
も表示されないとなると,企業の収益力や中長期のスパンで見た企業の成長性を判断できなくな
るでしょう。日本の企業のように,物づくりで,しかも中長期の視点に立っての経営を行ってい
るところでは,これからは,企業内部で,管理会計としてでも,収益性が読めるように会計デー
タを準備する必要があると思います。簡単に言いますと,いままでやってきた日本の会計法規と
会計基準に従った財務諸表を作成して,自らの経営の羅針盤とするのです。手数もコストも余計
にかかるでしょうが,どこの国でも会計を経営に役立てるためには,IFRS によって作成した財
務諸表ではなく,自国の会計基準,自国の会計慣行に従って作成した財務諸表が必要だと思いま
す。
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