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関数領域の教材・指導について

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関数領域の教材・指導について
中学校数学 2015 年 前期
200
no.
数楽アート PEGASUS Ⅲ(馬の鞍Ⅲ)
CONTENTS
[羅針盤]アクティブ・ラーニングとは何か ● 髙階玲治……1
[特集]授業にひと工夫
関数領域の教材・指導について
●
大澤弘典……2
[授業実践例]身の回りの社会に潜んでいる数学を求めて
●
岡田拓人……6
[授業実践例]数学的思考力・表現力を深める授業を目指して
●
堂免昌弘……10
こんな教材・こんな教具(17)自作コンピュータソフトを使った
「三平方の定理」の空間図形への利用の実践
●
[連載]数学の目で見るシリーズ⑤ 九九表を中学生の目で見るとどうなる?
吉國潔……14
●
町田彰一郎……16
表紙のことば
「数楽アート」は,数学の 2 変数関数を金
属加工技術を駆使することにより立体グラフ
曲面を形作る作品でした。
馬の鞍シリーズの 3 つ目の作品「PEGASUS
化した,ステンレス製アート・オブジェです。
Ⅲ 」 は,PEGASUS Ⅰ の 関 数「z=axy」 で
数十枚の鋼板を職人が一枚一枚手作業で,と
PEGASUS Ⅱを特徴づける放物線の連なり
きに呼吸を止めながら格子状に組み合わせる
を表現したユニークな作品です。
ことにより,数式を“目に見えるアート”と
して表現しています。
「PEGASUS Ⅰ」は,関数「z=axy」が描
く直線により,谷と頂が共存する不思議な鞍
点をもつ曲面を表現した作品でした。また,
「PEGASUS Ⅱ」は,関数「z=a
(x 2 −y 2)」か
ら生まれた放物線により,やはり鞍点をもつ
株式会社大橋製作所
TEL:03-3744-5351
【数楽アート公式サイト】
http://sugakuart.com/index.html
【数楽アート facebook ページ】
https://www.facebook.com/sugakuart
次期教育課程で中教審に「諮問」
教審の『学士力』の答申(2008 年)以降で
昨年 11 月,文科省は次期教育課程の基準
ある。大学では伝統的な教員による一方向的
等の改訂を中教審に「諮問」した。その「諮
な講義が多く,学生の学習定着率が極めて低
問」で最も注目されているのが,「アクティ
いという反省からである。
ブ・ラーニング」である。
そこで,大学講義にグループ学習,フィー
次期教育課程に関しては,文科省内の「検
ルドワーク,プレゼンテーション,振り返り
討会」や国研の「教育課程の基準」論議など,
シート,レポート提出などを行うべき,とさ
先行して協議が続けられてきた。その協議の
れている。ただ,大学の工学部などではかな
過程で最も注目されていたのが,「育成すべ
り実施している例はあるが,依然として講義
き資質・能力」で,それに収斂する形で各教
形式が多いというのが実態である。
科等の目標,内容,
重要なのは学習定
評価などが決められ
着率で,例えば「講
るというものであっ
義」はわずか 5%で
た。その点は変わら
あるが,「グループ
ないが,新たに論議
討論」は 50%,「自
の重要な課題とされ
ら体験する」は
た の が「 ア ク テ ィ
ブ・ラーニング」で
ある。
その背景には,生
アクティブ・ラーニング
とは何か
徒の傾向として,判
髙階 玲治
断の根拠や理由を明
確にして考えを述べ
教育創造研究センター所長。
己肯定感,学習意欲,
社会参画意識等が低
る。学習定着率を考
えれば授業のあり方
がある。
編 著 書『 新 学 校 経 営 相 談 12
か月 全 6 巻』,
『見てわかる教
務担当マニュアル』など多数。
い,などを指摘している。
す る 」 は 90 % で あ
を大きく変える必要
Takashina Reiji
ることが不得手,自
75%,「他人に説明
そこで「諮問」は,
「 育 成 す べ き 資 質・
能力」を確実に育む
ために,言語活動や
探究的活動,実社会・実生活に生かせる体験
また,グローバル化が進展する社会では知
活動,ICT の活用など,学習の質の深まり
識の獲得のみでなく,「どのように学ぶか」
に効果のある「アクティブ・ラーニング」の
という学びの質の深まりが重視されるとする。
あり方を充実したいとしている。
新たな時代に対応できる新たな学習が課題で
ある。
確かに中学校教育の課題としても,教師主
導の詰め込み教育,知識獲得重視や成績結果
生徒の将来を考えれば,グローバル化の進
重視などが言われてきた。
「アクティブ・ラー
展は激しく,どんな職業につくかなど不確定
ニング」を日常の授業に取り入れることで生
な要素が多い。それだけに自立性や主体性,
徒の学習の質の転換を図るべきだと考える。
変化に対応する能力や豊かな創造力などを身
につける必要がある。
なお,「アクティブ・ラーニング」は全く
新しい学習方法ではない。問題解決学習や発
見学習など,また総合的学習の展開などにつ
なぜアクティブ・ラーニングは必要か
今後,「アクティブ・ラーニング」が主要
な課題になるが,わが国に導入されたのは中
ながるものである。また,学習方法が重視さ
れることから,教師のカリキュラム・マネジ
メント力が重要な課題となる。
教科研究数学 No.200
1
授業にひと工夫
関数領域の教材・指導について
—「同等と見なす技術」からのアプローチ—
大澤 弘典
山形大学大学院教育実践研究科教授 1.はじめに
ある学校の研究協議会で,参会の先生から
次のような問いを投げかけられました。
「そもそも数学とは何ですか?」
この究極な問いに,どのように答えたらよ
上述の同等と見なす技術は,高等数学ばか
りでなく小中学校の算数や数学などにおいて
も活きて働く技術です(大澤, 2014)。当然な
がら,関数領域の教材・指導を探究する際に
も,一つの手掛かりになると考えています。
いのか。不意にあらためて数学の本質を問わ
れると,言葉に詰まってしまいます。苦肉の
策として,アンリ・ポアンカレ(1854-1912)
2.関数(比例)と見る
何かと忙しい中学校の先生方にとって,小
の語った「数学とは異なったものを同じと見
学校算数の教科書を手に取る機会は,それほ
なす技術である」を借用し,冷や汗を掻きな
ど多くないでしょう。それでも試しに算数の
がら,その場に対したことを覚えています。
教科書に目を通してみると,興味をそそる関
トポロジー分野等で活躍したポアンカレか
数の教材ネタが色々とあるように感じます。
らすれば,「連続的な変形を加えることで,
もちろん,関数の教材として整った形で教科
コーヒーカップもドーナツも同じものと見な
書の中にゴロゴロ転がっているわけではあり
すことができる」などは,ごく自然な営みで
ません。つまるところ,関数の教材として見
しょう。彼の名言の誕生に係わって,山口
な す 意 識 や 行 為( 同 等 と 見 な す 技 術 の 一
(2001, p.216)は次のように解説しています
(下線は筆者による)。
「生命とともに生まれた一つの文化として,
数とか数学とかがあるのではないでしょう
種 !?)が不可欠となります。
例えば,次の図 1 のような「バイカル湖の
面積」に係わる課題が,算数の教科書(学校
図書)で取り上げられています。
か。生物は,一つとしてまったく同一のも
のはありません。一方,どの一つも他と
まったく独立に孤立しているようなものも
ありません。この生物の特質のうち,後の
部分すなわち,一つのものは,必ずそれに
似たものを持つということにこだわって,
他のものを見ていくという一つの習慣が,
数学のもとになっていきました。ここから
ポアンカレの言った『数学とは異なるもの
を同じと見なす技術である』という言い方
が生じてきましたし,これは数学の持つ一
つの特徴をよく示しています。」
2
(平成 26 年度用小学校 5 年下,p.119)
図 1:バイカル湖の面積
児童は,上掲の図 1 をもとにバイカル湖の
3.比例でバイカル湖の面積を推定する
おおよその面積を求めます。その際の問題解
最初に,前掲の図 1 にあるバイカル湖を適
決のヒントや方法として,次のような文章も
当に拡大コピーし,厚紙に写し切り取りま
教科書中に書き加えられています。
す。続いて,次の写真 1 左のように,切り
→「わくの正方形の 1 辺は 20km だよ」
取った厚紙の重さを電子天秤で量ります。今
→「わくに入っていないところの面積は,わ
回は最小表示 0.01g の天秤を使用していま
くの半分の広さとして計算すればいいね」
す。本計量結果から,厚紙で作られたバイカ
これらのヒントに従って,筆者も老眼の目
ル湖の重さは 1.10g であるとわかります。
をしょぼつかせながら,格子(わく)の数を
数えてみました。その結果,完全な正方形格
子の総数 37,欠けた正方形格子の数 76 よ
り,バイカル湖の面積≒
(37+76÷2)
×20×20
≒30000(km2)と,一応の答えにたどり着く
ことができます。
ただ,この近似値をどの程度信用してよい
のか,一抹の不安が残ります。そもそも,欠
けた格子の数を一律に半分として見なしてよ
いものか。ポアンカレに語らせれば即座に
写真 1:電子天秤による計量
OK!? でしょうが,資料をこんなに荒く乱暴
また一方で,厚紙で作られた正方形格子 1
に取り扱って本当に大丈夫なのか。基準とな
個分(1 わく分)の面積の重さを求めます。
る正方形格子の一辺をもっと短くすれば,よ
正方形格子 1 個分,10 個分の面積の重さを
り精度の高い近似値を得られるイメージは持
実際に電子天秤で量ってみると,それぞれ
てそうですが……。このような一抹の不安を
0.02g,0.14g となりました。これらの数値を
払拭するためには,別な方法によってバイカ
比例の視点から捉えれば,バラついた数値で
ル湖の面積を求めて,上述の解法に妥当性を
あり補正の作業が必要です。そこで数値の精
与えるのも一つの手立てです。面積の近似値
度を高めるための一つの工夫として,正方形
を求める方法は様々あります
(例えば大澤,2007,
格子の数を増やしその面積の重さを計量しま
p.58-62)が,ここでは本稿の趣旨を踏まえて,
す。例えば,写真 1 右のように正方形格子
比例を利用してみます。
200 個分の重さを量り,そのデータをもとに
比例の利用例としては,釘の本数や針金の
正方形格子の面積 1 個分の重さを算出してみ
長さを求める問題などが典型的です。本数が
ま す。 結 果, 正 方 形 格 子 200 個 分 の 重 さ
決まれば,それに伴って重さが決まります。
2.78g を得て,正方形格子 1 個分の重さは,
その際の比例定数等を明らかにして利用する
2.78÷200 から 0.0139g と補正できます。
ことで,本数を数えるという面倒な作業の代
以上の活動結果をもとに,厚紙で作ったバ
わりに,重さから本数を推定できる仕組みで
イカル湖を正方形格子で捉え直すことができ
す。バイカル湖の課題も,これらの典型例の
ます(これもプチな同等と見なす技術 !?)。
仕組みと同等と見なすことができます。具体
具体的には,1.10÷0.0139≒79.1367 から,厚
的には,厚紙が一様な品質の状態で作られて
紙 で 作 っ た バ イ カ ル 湖 は, 正 方 形 格 子
いると仮定して,厚紙の面積とその重さの関
79.1367 個分です。つまり,正方形格子 1 個
係を比例と見なします。
分の現実の面積は 20×20=400(km2)ですか
教科研究数学 No.200
3
ら,実際のバイカル湖の面積?は,79.1367
同時に,授業の中でその課題が生徒の学習活
×400≒31654.68(km )と推定できます。
動,さらには数学的活動の直接対象となって
2
上述の活動内容を見やすくするために表で
いることにも,強い注意を払う必要があると
整理し直してみると,下に掲げる表 1 のよう
考えます。ここで言う注意を払うとは,生徒
になります。また,表 1 を比例の式で表せ
が本当に解決したくなる課題なのか,解決し
x km )
y
ば,実際の面積を (
,厚紙の重さを (g)
なければならない課題なのか,解決できる課
として,y≒0.00003475x となります。この式
題なのか等,生徒の数学的活動のきっかけや
の y に,厚紙で作られたバイカル湖の重さの
促進などに係わる観点からの吟味や検討です。
値 1.10g を代入しても,実際のバイカル湖の
例えば,前述のバイカル湖の面積を求める
面積?を約 31654.68km と求められます。広
課題について言えば,次のような疑問を抱く
義に言えば,これらの表で整理し直したり,
可能性が少なからずあります。
2
2
さらに比例の式で表現したりする活動は,い
ずれも同等に見なす技術と言えます。
(課題を解決する理由)」,
表 1:「実際の面積 x」と「厚紙の重さ y」の関係
正方形格子
の個数
1
10
79.1367
200
実際の面積
(km2):x
1×20
10×20
?
200×20
厚紙の重さ
(g):y
0.02
0.0139
0.14
1.10
2.78
2
2
「バイカル湖の面積を求めてどうするのか
「なぜバイカル湖なのか,他のものではダ
メなのか(課題場面と生徒の関連性)」等。
バイカル湖の面積を求める必然性を生徒に
2
(表中の「1.10」は厚紙で作ったバイカル湖の重さ)
十分に感じさせられなければ,彼らの数学的
活動を推進させるための原動力が弱いものに
留まりかねないです。教科書の課題や既成の
先行事例を無批判的にそのまま使用しても,
バイカル湖の面積のオフィシャルな値を,
確かに一定の学習レベルを保障できるでしょ
インターネット等を利用して調べてみると,
う。しかし一方で,いつの間にか面前の生徒
31494km とあります。上述の比例の利用で
の状況を軽んじたり無視したり,もっと口悪
得た 31654.68km の値は,公認の値や前述の
く言えば,教師の趣味に付き合わせた授業展
教科書にある方法で得た値にかなり近いと実
開に陥る危険性をはらんでいるようにも感じ
感できます。
ます。前述した比例の利用例を何となく物足
2
2
りなく感じるのは,この辺に係わって起因し
4.課題の必然性を吟味する
前述の利用例は,比例の有用性を感得でき
ているのではないかと捉えています。
「教師の趣味に付き合わせているばかりでは,
る一例になりうると考えます。しかし,この
数学嫌いの生徒が増えても不思議でない」と
利用例を授業でそのまま使うことには,何か
いう辛口のコメントも聞こえてきそうです。
物足りない感じや不満も残ります。数学教材
として何が物足りないのか,少し整理してみ
ます。
一般的に,生徒は数学の授業で問題解決を
5.既成の課題に工夫を加える
生徒にとって,より必然性のある課題をど
のように設定すればよいのか。
通して学びます。言い換えれば,授業を構想
好奇心旺盛な(疑り深い?)筆者は,前掲
し実施する際,課題(問題)をどのように準
の図 1 にあるバイカル湖のモデル図を目にし
備するのかは,教師の避けがたい思案の為所
た際,現実の湖をどの程度に反映したものか
となります。提示課題が教師の教授したい教
知りたくなりました。可能ならば現地に入り
育内容を適切に担っていることは必須です。
この目で確かめたいところですが,そこまで
4
授業に
ひと工夫
の費用を学校図書に請求できません(笑)。
の写真 2 の代わりに長さの特定できるものが
次善の策として,インターネットの検索機能
内在する地図等を教材とすれば,基準の長さ
を利用して調べてみます。例えば,次の写真
の表示は不要となります。例えば,下掲の写
2 のように Google earth(グーグル・アース)
真 3 は筆者の勤務する山形大学小白川キャン
を利用すれば,バイカル湖の全景を真上から
パスを Google earth で捉えたものです。写
俯瞰することができます。
真 3 から,プールや陸上トラックなどの体育
施設を見取ることができます。プールの縦の
長さを 50m と見なす等を手掛かりに,相似
や比例などを駆使してキャンパス全体のおお
よその面積や地図の縮尺率を求められます。
同様に,屋外プール等を持つ中学校ならば,
自校の地図等を教材にした授業展開が可能で
す。ただし,「○○学校の敷地面積を求めよ
う」という課題設定では,「なぜ,学校の面
写真 2:バイカル湖の全景
積を求めるか」等の生徒の疑問を依然として
この写真 2 と前掲の図 1 を見比べてみる
払拭できないままです。さらなる工夫がほし
と,図 1 は丁寧に作られたバイカル湖のモデ
いです。例えば,学校紹介や学校要覧のパン
ル図であると視認できます。さらに写真 2 を
フレット等を作成する活動の中で,自校の面
注意深く見続けていると,左下部分に目安と
積も求めさせるのはどうでしょうか。もしか
なる基準の長さ(スケール表示,200km)が
したら,面積も求める必然性を生徒に多少な
表示されているのが見て取れます。一方,図
りとも感じさせられるかもしれません。機会
1 の提示に際しては,ヒントとして「わくの
を見つけて,ぜひ授業実践してみたいです。
正方形の 1 辺は 20km だよ」との文章が当初
から付け加えられています。実際の大きさを
導き出す手掛かりになるという機能面から
は,写真 2 におけるスケール表示も,図 1 に
おけるヒントの文章も同等と見なすことがで
きます。しかしながら,写真 2 で必要な情報
としてスケール表示を読み取ることと,図 1
でハイライトされた情報を適切に処理するこ
とでは,活動の質が少し異なるように思いま
写真 3:山形大学小白川キャンパスの全景
す。誤解を恐れずに言えば,図 1 におけるヒ
引用・参考文献
ントは,課題の場面や学習者の状況などに
大澤弘典(2007)『生活の中の数学』pp.58-62,学
よっては過剰なサービスになりかねないと示
唆されます。お膳立てされた情報やヒントを
もとに手際よく処理する活動ばかりでなく,
学習者の気づきや意思をもとに必要な情報を
見取ったり見なしたりする活動を大事にした
いと考えます。
この指導の方向性を念頭に置きつつ,上掲
校図書
大澤弘典(2014)『「同等と見なす技術」に係わる
基礎的研究』Vol.29,No.2,pp.57-62,日本科
学教育学会研究会報告書
一松信ほか(2013)『みんなと学ぶ 小学校算数 5
年下』p.119,学校図書
山口昌哉(2001)
『数学がわかるということ:食
うものと食われるものの数学』筑摩書房
教科研究数学 No.200
5
身の回りの社会に潜んでいる数学を求めて
〜二次方程式と黄金比・白銀比〜
静岡大学教育学部附属浜松中学校 1.はじめに
岡 田 拓 人
では,数学ではどんなことができるのだろ
21 世紀は,新しい知識・情報・技術が社
うか。日本の子どもたちの課題として,「数
会のあらゆる領域での活動の基盤とされ,
学には興味がない」,「数学は世の中で役に立
「知識基盤社会」であると言われている。こ
たない」と考える生徒が多いということがあ
の 21 世紀では,ただ単に知識・技能を習得
げられている。理由の 1 つとして,数学と社
するだけではなく,知識・技能をいかして社
会(文化)がどのようにつながっているのか
会で生きて働く力,生涯にわたって学び続け
が見出せないことがあるだろう(ここでいう
る力を育成することが求められている。そし
社会とは,日常生活はもちろんのこと,現
て,その知識・技術には国境がなく,グロー
実,実世界,自然環境,情報社会,想像的な
バル化が進んでいる。
社会,文化遺産としての数学など,子どもた
このような現代社会において,教育は,創
ちを取り巻く広い意味)。
造性,批判的思考力,問題解決,意思決定の
そこで,社会における現象や問題を数学の
できる新しい考え方を身につけさせようとし
授業で多く扱うことが必要であると考えた。
ている。21 世紀の学びのあり方として,話
このことは,PISA2003 における「数学化サ
題の「21 世紀型スキル」はその例の 1 つで
イクル」(図 1 現実→数学→再び現実→再
あり,どのようにして 21 世紀の社会で活躍
び数学→…というそれぞれに特徴づけられた
できる人を育てていくのかを考えていく必要
段階を回りながら認識が高まっていくという
があるだろう。
考え方)を意識することでもあるだろう。
2.数学でできることは
最近よく耳にする言葉の中に,「コンピテ
ンシー」や「スキル」がある。これを日本語
に訳そうとすると,なかなか適切な訳がない
現実的解答
数学的解答
現実世界の
問題
数学的問題
現実の世界
数学的世界
そうだ。一般的には能力,能力概念,資質能
力と呼ばれているもので,「社会生活におい
て人が本来もっている知識をどれだけ実際に
行動に移して活用していくことができるかの
力」と定義できると考えられている。
教育の役割は,この 21 世紀の社会で活躍
できる人,つまり「創造性,批判的思考力,
問題解決,意思決定のできる新しい考え方」
を身につけ,「もっている知識を実際に行動
に移して活用していくことができる」人をど
う育てていくのかということになるだろう。
6
図 1 PISA 数学化サイクル
3.授業実践(学習のくくり「2 次の世界へ
では,これまでの文字式や方程式の世界を 1
の拡張」)
次から 2 次へと拡張していくことで,さらに
数学は私たちの身の回りの社会にそっと潜
表現できる世界を拡張していく。数や式を言
んでおり,見つけてくれるのを待っている。
語としての意味・役割をもつものとしてとら
授業を通して,身の回りに潜んでいる数学を
え,数や式の言語としての役割と文法を理解
見つけたとき,生徒の目は眩しいほどに輝
した上で,回りの世界を追究・把握し,交流
く。そんな目の輝きを見ることができた実践
をすることで,「表現する」ことの広がりや
を紹介したい。
つながりを実感していくことをねらい,学習
のくくりの終了時には次のような生徒の姿を
(1)「学習のくくり」について
「学習のくくり」とは,本校において 3 年間
の学習を構想する中で,教科の本質的な価値
に迫る学習ができるように,学習材やその配
列,学習活動などを編み直すなどして,各教
科で創り上げた学習のまとまりのことである。
数学科では,「学習のくくり」を設定する
にあたり,中学校 3 年間の学習内容を教科の
特性である「積み重ね,自分自身でひろげて
いく」という願いを込めて,
「拡張」という
期待している。
次数が 2 へと拡張されたことにより,身
の回りのより多くの事象が数学的に表さ
れ,言語としての数と式の意味・役割を実
感するとともに,分析的に物事をとらえ
て,系統化・体系化し,一般化して数・文
字で表現する数学的な見方・考え方・態度
を育み,それらがもつ社会的な意味・働き
や,人間の本質のよさに気づいている。
視点から見つめ直した。また,数学を創り上
げていく過程における活動を領域ごとに「表
(3)本時の学習目標
現する」,「解明・説明する」,「予測する」と
本時は,身近に存在する具体的な事柄に含
とらえ直し,各「学習のくくり」の関連を明
まれる未知数を,二次方程式を利用して求め
らかにした。さらに,数学科における 3 年間
る最終場面である。方程式が問題の解決に広
でめざす生徒の姿とともに,それぞれの「学
く活用できることと,普段何気なく使ってい
習のくくり」におけるめざす生徒の姿を明確
るカード,名刺,国旗あるいは全世界の美術
にし,それに向けた学習内容や授業過程を学
や建築にも利用され,さらにはフィボナッチ
習構想表としてまとめた。
数列から自然界の法則まで関連している黄金
比,そして,日常的に使われている A 判や B
(2)学習のくくり「2 次の世界への拡張」
判といった紙,日本の古建築や浮世絵に見ら
について
れる白銀比の 2 つの美しさとバランスを保つ
本 学 習 の く く り「2 次 の 世 界 へ の 拡 張 」
安定比が身近に存在していることを実感させ
は,学習のくくりの視点である「表現する」,
「解明・説明する」,「予測する」の中の,「表
現する」の部分である。これまでに,1 年生
では「負の数への拡張」,「未知への拡張」と
して,負の数や文字を用いること,2 年生で
たいと考えた。学習目標は以下の通りである。
日常生活の中に潜んでいる黄金比や白銀
比を,二次方程式を活用して見出し,その
求め方を説明することができる。
は「1 次の世界の拡張」として,元・解が 2
つ以上ある式を扱うことで,表現できる世界
を拡張してきた。そこで,この学習のくくり
(4)身につけさせたい力
本時までに,既習の知識を活用して二次方
教科研究数学 No.200
7
程式の解き方をまとめ,一般式から解の公式
を導き出してきており,因数分解や平方根を
(6)本時の授業の実際
①本時の授業展開
求める考え方を利用して二次方程式を解くこ
本時の学習展開として,まずは黄金比と白
とができるようになっている。さらに,二次
銀比の存在を認識させる。黄金比や白銀比の
方程式を活用して具体的な問題を解く手順を
定義とともに,黄金比はカードや名刺,全世
確認し,具体的な事象の中の等しい数量関係
界の美術や建築にも利用されていること,白
をとらえ,二次方程式に表し,具体的な問題
銀比は A 判や B 判といった紙,日本の古建
を解決できるようになってきている。
築や浮世絵にみられることをプレゼンテー
本時では,二次方程式と密接な関係にあ
ションで紹介し,身近に存在する数であるこ
り,身近に存在する黄金長方形や白銀長方形
とを確認させる。比が存在することは確認で
の縦横比の数量関係をとらえて二次方程式を
きたが,具体的な数としてははっきりわから
導き出し,黄金比や白銀比の求め方をまとめ
ない。そこで,黄金比や白銀比の求め方を,
る活動を行い,問題の解決に方程式がより広
四人グループで話し合いながら探っていく学
く活用できることを実感させることで,本時
習を構想した。
の目標に迫っていけると考える。
そして,本時で身につけた力は,二次方程
式を活用して,身近な事象に潜む関係や法則
を見出したり,数学的な推論の方法を用いて
論理的に考察し表現したり,その過程を振り
返って考えを深めたりすることにつながって
いくと考える。さらに,二次方程式にとどま
らず,今後学習することになる三平方の定理
の活用場面でも生かされると考える。
一人では解決できない課題も,グループで
(5)本時の学習課題の設定
日常生活の中に潜んでいる黄金比や白銀
比の求め方を,グループでお互いの考えを
参考にしながら,ワークシートにまとめよ
う。
本時において,黄金長方形や白銀長方形の
お互いの考えを比較しながら解決を進めるこ
とで,長方形の縦横比の関係を二次方程式で
表すことに気づき,課題の解決に向かうと考
えた。さらに,黄金比や白銀比の求め方を
ワークシートにまとめていくことで,自分だ
けでなく他者にも分かるように説明すること
ができるようになると考えた。
縦横比の数量関係をとらえて二次方程式を立
↓白銀比とは…
式し,黄金比や白銀比を導き出していく中
で,グループでお互いの考えを出し合い,自
分の考えと他者の考えを比較していくことが
重要であると考えた。また,お互いの考えを
比較しながら,求め方をワークシートにまと
めていくことで,本時の目標に迫ることがで
きると考えた。これらのことから,上記のよ
うな学習課題を設定した。
8
↑黄金比とは…
②支援の構想
本時の,具体的に黄金比と白銀比の求め方
を考える場面では,長方形の縦横比の関係を
二次方程式に表すことが必要になる。その
際,立式が難しいと感じる生徒には,長方形
の図をかいたり,実際に長方形を紙で作って
みたりするよう助言することで,比の関係を
とらえやすくすることができると考えた。立
式ができても解き方を忘れてしまった生徒に
は,どんな解き方があったか問いかけるとと
もに,ワークシートで振り返ることで解き方
を想起することができると考えた。グループ
での話し合いの中で比の関係を説明する際に
は,どの辺とどの辺の比なのかを長方形を
作って動かしながら説明してみるよう助言す
4.まとめ
黄金比や白銀比が身近にあるものだと感じ
ることで,立式につながっていくと考えた。
た生徒は,この授業後,校内で黄金比,白銀
さらに,他者と関わる中で,相手に伝えたい
比を探し回った。黄金比に近いものを見つけ
ポイントは強調しながら伝えるとよいという
ると,歓声をあげて喜んでいた。この実践を
支援を考えた。
通して,身近にあるものを数学のメガネで見
最後に,黄金比がフィボナッチ数列から自
るということが実感できたのではないかと考
然界の法則にまで関連していること,白銀比
える。最後に,ある生徒の「学習のくくり」
が日本の文化や伝統に欠かせないものである
の振り返りを紹介する。
ことを伝える
ことで,身の
回りのより多
くの事象が数
学的に表され
ることを実感
し,身の回り
の事象を数や文字で表現する数学的な見方・
考え方を育みながら,数学が日常生活と深く
関わっていることを感じさせることができた
と考える。
この学習のくくりで一番印象に残ってい
るのは,身の回りの世界を数・式で表すこ
とに近づいた「黄金比・白銀比」だ。自分
は映画が好きなのだが,オードリー・ヘッ
プバーンに黄金比が潜んでいるということ
を知って,数学のつながりを見つけること
ができた。
引用・参考文献
文部科学省(2008)『中学校学習指導要領解説数
学編』教育出版
桜井進(2006 年)『雪月花の数学 日本の美と心
(7)授業後の生徒の振り返りより
○自分一人の力で求めるのは本当に大変で
した。二次方程式がけっこう身近なとこ
ろでも使えるんだなと思った。
○黄金比,白銀比が何なのか,どのように
して比は求められるのかを知ることがで
きた。
に潜む正方形と
の秘密』祥伝社
マリオ・リヴィオ 斉藤隆央(訳)(2012)『黄金
比はすべてを美しくするか? 最も謎めいた
「比率」をめぐる数学物語』早川書房
三宅なほみ監訳(2014)『21 世紀型スキル 学び
と評価の新しい形』北大路書房
長崎栄三編著(2001)『算数・数学と社会・文化
のつながり〜小・中・高校の算数・数学教育
の改善を目指して〜』明治図書
教科研究数学 No.200
9
数学的思考力・表現力を深める授業を目指して
〜グループ学習と数学的活動を通した球の求積方法の発見〜
千葉県柏市立豊四季中学校 1.はじめに
中学校学習指導要領数学編に,「数学的な
堂 免 昌 弘
2.研究目的
研究目的 1
思考力・表現力は,合理的,論理的に考えを
数学的な思考力・表現力を高めるためには
進めるとともに,互いの知的なコミュニケー
生徒を意欲的にさせるグループ学習が有効
ションを図るために重要な役割を果たすもの
な学習指導方法であることを明らかにす
である」,「数学的な思考力・表現力を育成す
る。
るため…自分の考えを分かりやすく説明した
研究目的 2
り,互いに自分の考えを表現し伝え合ったり
数学的活動を用いた球の体積の求め方を考
することなどの指導を充実する」,「算数的活
える授業展開が,生徒の思考力を深めるこ
動・数学的活動を生かした指導を一層充実
とに有効であることを明らかにする。
し,また,言語活動や体験活動を重視した指
導が行われるようにするために,小・中学校
3.研究仮説
では各学年の内容において,算数的活動・数
研究仮説 1
学的活動を具体的に示すようにする」とあ
少人数で説明し合うことで,わかりやすく
る。
説明したい,質問に対応できるようにした
数学的思考力を高めるためには,発問に対
いという意欲が増す。それが生徒の活発な
する疑問を大切にすること,自分の考えや周
活動を促し,互いに考え伝え合うことで,
りの考えを共有し深めることが大切であると
数学的思考力・表現力が高まるであろう。
考える。そこで,毎回の授業でグループを活
そのために,以下のことに取り組む。
用し,自分の考えを深めて式に表現するこ
○ ペア学習
と,相手に自分の考えを伝えることを指導し
○ 班学習(4 人班と 6 人班を使い分ける)
ている。
○ スモールティーチャー
また,球の表面積と体積については,学習
指導要領の改訂に伴い,高等学校「数学Ⅰ」
研究仮説 2
から,中学校第 1 学年へ移行してきた部分で
粘土で球と円柱の模型を作成し,それぞれ
ある。学習指導要領にある「平面図形や空間
の重さを比べることで,円柱の体積と球の
図形についての観察,操作や実験などの活動
体積の関係を見つけ,球の求積方法を導く
を通して,図形に対する直観的な見方や考え
といった数学的活動を通して授業を展開す
方を深めるとともに,論理的に考察し表現す
ることで,生徒の空間図形に対する思考
る能力を培う」に基づいた授業展開を提案し
力・表現力が高まるであろう。
たい。
本研究で生徒の数学的な表現力を高める指
導のきっかけをつかめればよいと考える。
4.授業実践
授業実践 1
グループ学習を取り入れた授業実践について
10
しくは前後で座っている生徒同士で取り組む。
基礎問題の教え合いや短時間で自分の考え
を説明するときに用いた。
教室の座席で前後左右の生徒同士 4 名で班
を作って取り組む。作業内容の特性を考えて
意図的に班員を変えるときもあるが,基本的
数の大小
○ 4 人の班学習
に教室の座席のまま 4 人班で活動した。
を協力して解くときに用いた。
加法
進度を合わせて教え合うときや 1 つの問題
○ 6 人の班学習
5 人から 6 人の生活班で取り組む。意図的
一人ひとりの役割を明確にして活動する。
むグループのこと
○スモールティーチャー
座席は関係なく,教師の許可を得た生徒が
どんどん教室内を机間指導していく。答えを
出した生徒の丸つけをすること,わからずに
困っている生徒の考えを聞き適切にヒントを
いる生徒は積極的に机間指導している生徒を
演習
与えることをする。また,わからずに困って
加法と減法の混じった計算
※生活班とは,日々の活動を協力して取り組
呼び,質問することを意識して活動した。
2
・負の数を数直線上に表
スモール
す。
ティー
・不等号を使って大小を表 チャー
す。
3
・すごろくを通して加法を 6 人班
立式し,加法の意味と演 一斉
算方法を理解する。
4 人班
3
・すごろくを通して減法を 6 人班
立式し,減法の意味と演 一斉
算方法を理解する。
・減法を加法に直して計算 4 人班
する。
3
・正・負の数でも加法の交
換法則と結合法則が成り
立つことを理解する。
・加法と減法の混じった式
を項だけを並べた式に直
して計算する。
きに用いた。
中学校第 1 学年第 1 章「正の数・負の数」
については,各授業において,以下のような
グループ学習を取り入れた。
乗法
(ⅱ)具体的な授業実践
1
5
個人差が生まれやすい問題の教え合いのと
形態
・「−」のついた数を見つ 6 人班
け,負の数の必要性や意 一斉
味を理解する。
多様な考えを必要とする問題を解くときに
用いた。
学習内容
1
減法
に班員を変えることはしない。ただし,班員
時数
教室の座席で横に座っている生徒同士,も
符号のついた数
○ペア学習
項
(ⅰ)実践したグループ学習の説明と意図
4 人班
スモール
ティー
チャー
4 人班
・すごろくを利用し乗法を
立式し,乗法の意味と演
算方法を理解する。
・乗法の交換・結合法則が
成り立つことを理解す
る。
・3 つ以上の数をかけ合わ
せたときの積の符号や絶
対値について理解する。
・累乗の意味を理解し,式
を累乗の形に表現し累乗
を計算する。
6 人班
一斉
4 人班
ペア学習
一斉
スモール
ティー
チャー
教科研究数学 No.200
11
・すごろくを用いて除法を 6 人班
立式し,除法の意味と演
算方法を理解する。
・逆数を使って除法を乗法 一斉
に直して計算する。
・乗法と除法の混じった計 ペア学習
算をする。
3
・四則や括弧が混じった計 ペア学習
算の順序を理解し計算す
る。
・正の数と負の数について スモール
も,分配法則が成り立つ ティー
ことを理解し,分配法則 チャー
を用いて式の計算をする。
1
・具体的な場面で正の数と 6 人班
負の数を活用して,問題
を解く。
除法
2
四則の混じった計算
正・負の数の活用 演習
(ⅲ)授業実践
時配
1
4 人班
導入
(5 分)
○ 2 つの立体(球と円柱)はどちらが
大きいですか。
○どうやって大きさを比べますか。
見出す
(5 分)
○半径□の球と半径□,高さ□の円柱
を作ろう。
⇒材料を配布し,作り方を説明する。
※このグループ学習を 3 年生まで継続して取
り入れた。
授業実践 2
数学的活動を通した球の求積方法の発見
○実施日
平成 24 年 2 月 7 日(火) 6 校時
第 1 学年 1 組 千葉県柏市立豊四季中学校
(ⅰ)授業の目的
○半径□の球と半径□,高さ□の円柱
を作成し,重さを比べて,球と円柱
調べる
の関係を見つけよう。
(20 分) ⇒ 6 人班にして一人 1 つの模型を作成
し,重さを量る。重さの関係を自分
で考える。
・円柱と球の重さから,2 つの立体の重さの
関係を見つけることができる
・重さの関係から体積の関係を推論できる
・球の体積の求め方を,円柱を基に求めるこ
とができる
(ⅱ)授業で用いる教具
底面の半径と高さも r の円柱と半径 r の球
の型を 3 組(r は 3 種類用意しておく)と粘
土とヘラとはかり。これを 1 セットとし,6
セット用意した。この型に粘土を入れる。
円柱と球の型は以下の写真のようにプラス
チックや紙粘土で作成した。
12
学習活動
深める
(10 分)
○ 3 組の球と円柱の重さを比べて,球
と円柱にはどのような関係があるか
を 6 人班で話し合い,お互いに発表
しましょう。
○半径 r の球の体積を求めよう。
まとめ
⇒個人のあと,全体で確認する。
上げる
○半径 5cm の球の体積を求めよう。
(10 分)
⇒発見した求積方法を利用する。
立体において,重さと体積の関係が比例し
ていることは生徒達も抵抗なく理解すること
ができていた。
5.成果と課題
研究仮説 1 についての成果
○ 6 人の班学習で特に成果を得られた授業
「正・負の数の活用」において,一人ひと
○スモールティーチャー
1 時間の授業の中で,演習する時間に主に
用いた。早く終わらせようと意欲が高まり,
丸つけをする生徒が,解いている生徒の様子
りの分担やルールを徹底させることで,発表
や考えを見ようとする姿勢があった。
方法や聞き方が班によって違いが出て,生徒
⇒活動の様子から,生徒の学習意欲が高まっ
達の工夫が見られた。
たこと,工夫して発表したり質問対応したり
と,思考力・表現力が深まったことがわかる。
研究仮説 1 についての課題
○自分で考える場面と教え合う場面のメリハ
リをつけることと,教え合う意識を継続さ
せるための手立てが必要である。
○ 1 つの問題において,多様な表現(式やグ
ラフ,図など)で自分の考えを表現できる
ように指導していく必要がある。
○ペア学習で特に成果を得られた授業
研究仮説 2 についての成果
○全員が積極的に授業に参加できた。
○円柱と球の重さの関係を多様な表現で表す
①上の式を正しく計算しよう
②上の式の誤答例を考えよう
③隣の人にその式を説明しよう
不正解の生徒も消極的になることなく活発
に自分の考えを説明することができた。
ことができた。以下が表現例である。
・円柱:球= 3:4 ・球=円柱×
・円柱=球×
・円柱と球は比例している。
・円柱の重さが 2 倍,3 倍,…になれば,球
の重さも 2 倍,3 倍,…になる。
○従来の公式を用いた求積方法ではなく,
「底面積×高さ×
」と考えるため,円錐
の体積と比較しながら考える生徒もいた。
⇒こういった発見や多様な表現により,生徒
の数学的思考力・表現力が深まったことが
わかる。
○ 4 人の班学習で特に成果を得られた授業
研究仮説 2 についての課題
「演習」の授業に取り入れることで,その
○今回の授業は実験から推論しただけであっ
生徒が不安に思っている部分を確認し,また
て,この求積方法が正しいことを証明して
教えることに消極的な生徒も少しずつ質問に
いない。高校数学を用いずに求積方法が正
答えることができるようになった。生徒から
も「質問しやすい」,「わかるようになった」,
「人に教えることで,自分も学習内容を整理
することができた」という反応があった。
しいものであることを証明する必要がある。
○球の体積だけでなく,球の表面積も数学的
活動を通して,生徒に発見させる授業展開
を考えなくてはならない。
教科研究数学 No.200
13
(17)
鹿児島県 元中学校教諭 吉 國 潔
自作コンピュータソフトを使った
「三平方の定理」の空間図形への利用の実践
1.はじめに
ア 立体をワイヤーフレームで表示して,か
三平方の定理は,直角三角形の三辺の関係
つ,自由に回転させ,任意の方向から観察
を 1 つの等式で簡潔に表現できる美しさを
できる(ただし,多面体と円錐などの曲面
持っている。また,この定理を利用すること
をもつ立体はプログラム上の処理が異なる
で,これまでは求めることができなかった三
ために別々に作成した)。
角形の高さや座標平面上での距離,立体の高
イ 立体内部の任意の位置に線分をかき加え
さを求めることができるようになるなど,応
て直角三角形をつくり,三平方の定理が適
用場面が豊富で実用性の高い定理である。中
用できないか試行錯誤できる。
学校での「三平方の定理」の学習において
ウ ソフトウェアの操作が簡単であり,課題
も,平面図形や空間図形への利用は中心的な
解決のための学習活動や思考を妨げない
学習目標である。
2.空間図形への利用
(ほとんどをマウスで操作する)。
エ 「三平方の定理」だけではなく,他の空
「三平方の定理」を空間図形へ利用する学
間図形の計量問題(例 相似な図形)でも
習では,生徒は与えられた立体の頂点や辺・
使えるように,機能に汎用性を持たせる。
面の空間的な位置関係を想像しながら課題に
取り組むことが必要になる。立体の内部に線
分をかき込んで直角三角形をつくり,定理が
適用できないか試行錯誤を繰り返す。しかし,
空間的な認知能力が未発達であったり,また,
このような思考経験が少なかったりする生徒
も多く,課題として与えられた平面の図から,
辺や面の位置関係を空間的にイメージ・把握
することは容易ではない。また,立体を平面
的な図として上手く描けなかったり,不正確
であったりして,その内部に直角三角形をつ
図 1 ソフトの実行画面
くることができない生徒も多い。模型などを
このような考えで作成したのが図 1 のソフ
併用しても,立体内部の点や線分の空間的な
トである。正三角柱を例にとって表示してあ
位置関係を把握させることは難しい。
る。図中の立体内部の線分や辺の長さはソフ
3.自作ソフトの作成
トを操作してかき込んだものである。
そこで,コンピュータのグラフィックス機
4.指導の実際
能を使い,立体を 3 次元表示することで学習
生徒数が 3 年生 17 名と少ない小規模校で
活動を支援することにした。具体的に次のよ
あるため,授業はパソコン室で 1 人 1 台で実
うなシミュレーション型のソフトウェアを作
施した。また,パソコンに不慣れな生徒や数
成して実践を試みた。
学を苦手としている生徒のために,2 〜 3 名
14
のグループ活動として,分からないところは
部にかき加えた線
互いに聞き合ってもよいと指導して進めた。
分の位置関係を
第 1 時限目の授業の一部を以下に紹介する。
はっきりと認識す
第 1 時は教科書の例題を参考にして,次の 3
ることができる。
つの課題を与えた。課題 3 は課題 1,2 を終
第 1 時では,課題
えた生徒のための発展課題として設定した。
1 と 2 が達成でき
課題 1「直方体の対角線」を求める
ればよいと考えて
縦 4cm,横 6cm,高さ 5cm
課題 2「円錐の高さ,体積」を求める
底面の半径 5cm,母線 13cm
いたが,半数近く
図 4 円錐の作成例
の生徒が課題 3 ま
で達成することが
課題 3「正四角錐の体積」を求める
底面の 1 辺 6cm,他の辺 5cm
課題 1 の作成例が図 2,図 3 である。生徒
によって直角三
角形のつくりか
たが違ってい
て,全部で 5,6
通りほどあっ
た。
図 2 直方体の例
図 5 正四角錐の作成例
できた。途中の計算を間違えたり,体積の公
どの三角形に
式でつまずいたりした生徒もいて,学習目標
注目するのか分
を全て達成できたとはいえないが,このよう
からず,定理の
なソフトの利用は空間図形を扱う学習では一
立式に迷う生徒
助になり得ると思う。
もいたが,教師
5.おわりに
のアドバイス
今回は 1 人 1 台でパソコンを使用したが,
( 真 上, 真 横 か
一斉授業においても,大画面で表示すること
ら見ると)や互
で活用できると思う。また,生徒の疑問・質
いに聞き合う中
問に応じて的
で,底面上(図 2)の直角三角形に着目し
確な図を提示
て,対角線を求めるには定理を 2 度適用すれ
することもで
ばよいことに気づいたようであった。
きる。今回の
図 3 直方体の例
課題 2 の作成例が図 4,課題 3 の作成例が
紹介にあたっ
図 5 である。これらの課題では底面の中心上
て,ソフトの
に直角三角形をつくることがポイントである
機能を一部改
が,課題 1 の経験もあってか,すぐに気がつ
いた生徒が多かった。いろいろな方向から立
良して図形を
図 6 表示例
追加した。多
体を観察させることで,平面的な紙媒体では
面体は全部で 9 種類,曲面をもつ立体は 3 種
難しい空間的な位置関係を理解・把握させる
類で合計 11 種類に増やした(図 6)。前述し
ことができたのではと思う。実際に,立体を
たように「相似な図形」でも利用できるよう
上下左右に繰り返し動かしてみると,辺や内
にした。
教科研究数学 No.200
15
〈数学の目で見るシリーズ⑤〉
このとき,知っておくと便利な計算法は,
前回までに話をした,次のように,位に注意
素朴な疑問―小・中の橋渡しの巻
九九表を中学生の目で
見るとどうなる?
埼玉大学名誉教授・元文教大学教授
して計算する方法である。
① たとえば,18×12 は,
百の位
1×1
十の位
8+2
一の位
8×2
これを簡単にメモすると,
町田彰一郎
11〜19 までの九九表作り
百の位で 1,一の位で 16
十の位で 10
小学校の 2 年生で,初めて九九を学んだと
き,誰もが,何か自分が大人になったような
このことから分かるのは,18×12 のよう
感覚を持ったのではないだろうか。後から振
に,一の位の数の和が 10 になるとき(補数
り返ると,人生で初めて“数学的なもの”に
関係にあるという)は,暗算で,1×2=2 に,
触れた瞬間といえるかもしれない。
8×2=16 を付ければよいことである。別の
ここでは,中学生の立場から,11 から 19
までの表で,再びこのときに戻ってみよう。
例として,次のような式がある。
13×17=221,14×16=224,15×15=225
前の九九表で,①のところがこれに当たる。
まず,下の九九表を完成させてみよう。
② 上の計算方法からすぐに計算できる箇所
× 11 12 13 14 15 16 17 18 19
11 ② ② ② ② ② ② ② ② ①
12
② ② ②
13
②
14
15
① ③
①
⑤
①
③
①
16
17
③
③
⑤
③
④
は,表で②がついているところである。
これは,一の位の数どうしのかけ算で繰り
上がりがないところとなる。
12×13
これは繰り上がりがないので,そのまま,
百の位で 1,十の位で 2+3=5,一の位で 2
×3=6,答え 156 となる。他には,12×12=
144,12×14=168 で,11×1 □は,121,132,
143,154,165,176,187,198
③
18
④ ③
19
③
③ 次に気になるところは,19 の段である。
9 という数は,特徴的な性質を持っていて,
たとえば,9 と 7 は,
9+7=16(6 は 7−1)
ただかけ算をして埋めていくだけではな
く,この表にどんなきまりが隠れているかに
注意して作ってみよう。
16
9×7=63(6 は 7−1,3 は 10−7)
9 と他の数でも同じことがいえる。たとえ
ば,19×17 は,次のようになる。
⑥ 九九表は,左上から右下への主対角線に
対して,対称に数が並んでいることは,小学
校のときに学んだ。
これは,積の交換法則 a×b=b×a として
知られている。 19 の 段 は, 上 か ら 順 に,209,228,247,
266,285,304,323,342,361 となる。
しかしこれだけではない。
上の九九表(乗積表)の上に,一の位の数
だけを書いてみると,主対角線上が 5 を中心
④ ここで,19×19=361 を見てみると,36
に点対称に並んでいる。
=9×4 になっている。対角線上の 18×19,
17×19 を見てみると,これらも,18×18=
324,17×17=289 と な り,8×4=32,7×4
=28 になっている。したがって,対角線上
の最後の 3 つのかけ算は,7,8,9 のそれぞ
れを 4 倍したあと,一の位の数を書けばよい。
他の場所でも確かめてみよう。たとえば,
12×16 の一の位の数は 2 となる。この 12×
16 と①が並んでいる線に線対称な位置にあ
⑤ 最後に対角線上の数で,16×16 がなぜ
る 14×18 もやはり,一の位の数は 2 となっ
④の性質を持たないかを考えてみよう。それ
ている。
には,次の 2 つを比較してみれば分かる。
もっと大きな数の乗積表では!?
終わりが近づいてきたが,もっと大きな数
の九九表(乗積表)では何か“知っておくと
便利!”な性質が見つかるだろうか?今まで
対角線上の数は,左上から順に,
の考えを活用して一般化してみよう。
121,144,169,196,225,256,289,324,
①の性質を使って,もっと大きな 2 桁同士
361 となる。
× 11
12
13
14
15
16
17
18
19
11 121 132 143 154 165 176 187 198 209
12
144 156 168 180 192 204 216 228
13
169 182 195 208 221 234 247
14
196 210 224 238 252 266
15
225 240 255 270 285
16
256 272 288 304
17
289 306 323
18
324 342
19
361
のかけ算をやってみる。
たとえば,76×74=5624 は,これまでの
方法が使えるだろうか。
56=7×(7+1)
24=6×4
一般的に,文字式で確かめてみよう。
b+c=10
(10a+b)×(10a+c)
=100a2+10a
(b+c)+bc
=100a
(a+1)+bc
やっぱりどの数でも,いえることが分かる。
87×83=7221,99×91=9009
他の数でも確かめてみるとよい。
教科研究数学 No.200
17
定価
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教科研究数学 No.200
2015 年 4 月発行
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