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『人文科学』(大東文化大学人文科学研究所) 第5号
歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― 歴 史 ・幻視 ・ジェンダー ―中世ドイツの終末論とビンゲンのヒルデガルトの黙示文学― 香田 芳樹 ゛ キ リス ト教 の終末論 ときいて、我 々がす くに思 い浮か べ るのは新約聖書 の 『ヨハ ネ の黙示録』 で あ ろ う。1 世 紀 の終 わ り頃 に書 かれ た この 黙示文学 の 代表作 は、そ の難解 な形象 と救 済観 で後代 のキ リス ト教人間学や歴史的世界 観 に大 きな影響 を与 えた。そ こに示 され た啓示 ( アポカ リュプ シス) を 読み い まだ成 らぎる こと ( 未来) 」 すで に成 った こと ( 過去) 」 と 「 解 くことが、 「 の 間 に生きる人 間 の生の意味 を解 き明かす鍵 だ と考 え られたか らで ある。 し か しこの難解 な黙示 文学 の体 系的 理解 を可能 に した の は信 仰 で も宗 教 的直 観 で もな く、中世初期か ら蓄積 されて きた神学や歴史学 といつた科学的思考 Der) n― で あった ことを忘れ て はな らな い。1 0 世紀 にア ドソ ( A d s o M o n t i e re― が王妃ゲル ベ ルガ の求 め に応 じて記 した 『ア ンチ 。キ リス トの誕 生 と時代 に つ いて』 は こうした終末論 の集大成 とい え るが- 1 、これ 以外 にも数多 くの作 家 の手 にな る黙示文 学 が ヨハ ネ の 黙 示録 の現 代 的意 味 を解 き明かそ う と努 力 して いる。 本稿 で は前半で聖書 に現れ た終 末観 を略解 した後 、 1 0 - 1 2 世紀 に ドイ ツを中心 に活躍 した神学者た ちの終末論 を考察 し、そ の思想史的一貫 性 と特 異性 を明 らか に してみた い。後 半 では、中世 ドイ ツの宗教文学 の 中で 重要 な位 置 を 占め る神 秘思 想 の 中 で 終 末論 が どの よ うに扱 わ れ て いる か を ビンゲンのヒルデガル トの著作を例 にとって探 り、中世 ドイツにおける黙示 文学 の伝統 に連続性があることを明 らかにしてみた い。 中世 の終末論は大別すると 3 つ の基本的視点 に支 えられている。一つは聖 書 の黙示文学、もう一つは神 の業 の顕現 としての世界史観、そ して最後には 神秘的直観 による幻視 であ り、これ らはキ リス ト教信仰 の土台 の上で相互 に -53- 歴 史 ・幻視 。ジェ ンダー ー 中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学一 1 . 旧 約聖書に現れた終末観 W . ゲ ッッ にな らって こ 連 関 しなが ら世界 の歴史的構造 を説明 して いた。 H . ― +2。 の三肢構造 を図式化 してみ る と次 のよ うにな る 旧約聖書 の 中で 終末論 に関す る重要 な記述 はイザ ヤ書、エゼ キ エル 書そ し てダニエル 書 に見 出せ る。 しか し、 これ ら預言者 の書 に現 れ た終末 の ヴィジ ョンは世界 の破 壊 者 につ いて の 記 述 とそ の到来 を警告 す る内容 に終始 して お り、それ ゆえ歴史的ではな い。 メシア の誕 生 と死 によ って歴 史 に亥1 み込 ま れた時 間軸 を梃子 に して、新約聖書が過去 一現在 ―未来 と続 く歴史 を神 の 計 認識 の根拠 画 に還元 させ るのに対 して、旧約 は果 て しな い無時 間 の 中で生起す る恐怖 の 時代 の預言 で ある。終末的世界観 の研究 で 旧約聖書が興 味深 いの は、それ ゆ 認識の過程 聖書解釈 え破壊者が どのよ うな象徴 的形姿 をま とって いるのか とい うことで ある。そ 歴史解釈 の 中で も特 に有 名な ものはエゼキエル書 に登 場す るゴグ とマ ゴグ、ダ ニエル 認識の手段 人 間 による科 学知 (ラチ オ)と 権威 神秘体験 書 に登場す る 4 頭 の獣で あろ う。 ´ ( 1 ) ゴ グとマゴ グ ( エゼキ エ ル 書第 3 8 章 1 節 ―第 3 9 章1 6 節) ゴグ とマゴグが何 を意 味す るのか につ いて は不 明 である。 旧約 ではゴグは メシェク と トパル の総首長 で あ り、マゴグは彼 の領地 で あ り、 また彼 の部族 認識 の基盤 信仰 を表す - 3 。強大 な軍事 力を背 景 に この北方 の 民族 はイス ラエル を襲撃す る。 これが 「 終わ りの 日」 の 予兆 で ある。 しか し、 この暴挙 は神 の 怒 りを買 い、 天変地異 ( 大地震) が 起 こ り、疫病 と流血 によ ってゴグ と彼 の軍 隊は滅ぼ さ 神 の真理 は御 言 とな って聖 書 に、救 済史 の実現 として歴 史 の 中 に、個 人 へ の れ、イス ラエル の近 くの谷 に埋 葬 され る。再び訪れた平和 の 日々にイス ラエ 直接的な啓示 とな って幻視 に明か され て いる。 この奥義 を知 るため には、 そ ル の 民は略奪 され た物 を取 り戻 し、武 器 を廃棄す る。 それが燃 える炎 は7 年 れぞれ信 仰 の基盤 に立 った科 学知 ( 自由七学 芸、神 学等) 、教 父 の権 威、 神 間続 くとされ る。 秘体験 を駆使す る必要が ある。 つ ま り、聖書 と歴史 と幻視 は個 々 に独立 して ゴ グ とマ ゴ グ に関す る記述 には歴 史 的連 関がな く具体 性 を欠 いて いるが、 存在す るのではな く、歴史理解 も幻視 も聖書 に啓示 され た神 による世界 の創 明 らか に異 民族 の 侵 入 に脅 え るイ ス ラエル 民族 の意識 がそ こに反映 され て 造 と発展 と終焉 の計画 に忠 実 に沿 って いな ければ な らな いので ある。 この三 い る。それ ゆえ、 ゴ グは中世 の終末論者た ちによって ゴー ト族、 フン族、ス つの根拠が どのよ うに関わ って いるか を見 る ことが、 中世人 の世界観 ・歴 史 観 を知 る重 要 な前提 とな る。それ ゆえ、以下で 「 聖書」 と 「 歴史」 と 「 幻視」 ラヴ人、サ ラセ ン人、モ ンゴル 人、 トル コ人 の ヨー ロ ッパ 侵入 を預言 した も .4。 の と解 釈 され た ので ある ェゼ キ ェ ル は、神が ゴグ によ る殺毅 破壊 を許 し にお ける終末観 の相 関関係 を明 らか に してみ る。 た の は 、 神 が 主 で あ る こ と を 知 る よ う に な る た め だ 、 と解 釈 す る ( 3 8 : 2 3 / 3 9 : 6 )つ 。ま り、世 界 の破壊者 も神 の全能 を示す道 具 にす ぎな い こと -54- -55- 歴史 ・幻視 。ジェンダー ー中世ドイツの終末論とビングンのヒルデガルトの黙示文学― を強調す る ことで、 この世 の終 わ りす ら神 の計画 の ままにあ り、悪 の勝 利が カ エ ル が 裁 き 主 とな っ て 登 場 す る点 な どが 新 約 聖 書 を先 取 り して い る と い 決 して最終的な ものでな い ことを再確 認す るので ある。 え よ う。 ( 2 ) 4 頭 の野獣 ( ダニ エ ル 書第 7 - 1 2 章) バ ビロン王ネブカ ドネツ ァル王、そ の子 ベ ル シ ャツ ァル 王、ダ レイ オス王、 2.新 約聖書 に現れた終末観 ベ ル シ ャ の キ ュ ロス 王 に仕 えた ユ ダ ヤ の 預 言者 ダ ニ エ ル の 見 た 4 頭 の 獣 の 幻視 は後代 の黙示録作家、特 にヨハ ネ に大 きな影 響 を与 えた といわれ る。 さ 新約聖書 の終末観 は大別 して三 つ に分か れ る。第一 はマ タイ とル カを中心 らに1 2 世紀 には いる と、 これ は後述す る ビンゲ ンの ヒルデガ ル トの神秘的幻 とした共 観福音書 の終末観、第 二 はパ ウ ロの書簡 (特にテサ ロニ ケの信徒 ヘ 視 にも受 け入れ られ、幻視 的終末論 の原型 ともいえよ う。ダ ニエル の視 た幻 の手紙 Ⅱ)、第二 は ヨハ ネ の 黙示録 の 中 の終 末観 で あ る。 この三 種 の 終末論 とは以下 のよ うな もので ある。荒 立 つ 海 の波 間か ら 4 頭 の大 きな獣が姿 を現 は もちろん 旧約 の預言 の書やイ エスの言葉 の上 に成 り立 って いるが、個 々の す、第 一 の獣 は鷲 の翼 ももった獅子 で、人 間 のよ うに 2 本 足 で立 ち、人間 の モテ ィー フの扱 い方や アクセ ン トの置 き方 にお いて微妙 に異な り、それぞれ 心 を与 え られ て いる。第 二 の野獣 は 3 本 の肋骨 を くわ えて寝そ べ る熊。 これ 個性 的 で ある。 に向か つて、 「 立 て。 多 くの 肉 を食 らえ」 とい う声がす るの を聞 く。 第 二 の (1)共 観福音書 獣 は 4 つ の翼 と 4 つ の頭 をもつ 豹 で、 これ には権 力が与 え られて いる。 これ マ タイ伝 の作 者 もル カ伝 の作 者 も終 末論 をオ リー ヴ山 に座 って い たイ エ に続 き現 れ る第 四 の 獣 は他 の どの獣 よ り凶暴 で 恐 ろ しい 1 0 本の角 を もった ス と弟子 たち の会話 として記録 して いる。弟子 たち の問 いは、 終末は いつ訪 生 き物 で ある。 これ にさ らに 日と口を もった もう 1 本 の 角が生 えて きて、尊 れ るのか、そ の前兆 (徴)は どのよ うな ものか とい うもので あ る。イエスの 大な ことを 口に して いる。 これ ら4 頭 は地 上 を治 め る 4 人 の 王たち を象徴 し +5。 しか て いる。特 に第 四 の王は他 の 王 とは異な り、 全地 上 を破 壊 しつ くす それ に対す る答 えは、戦 争や暴動 は前兆で あるが、世 の終 わ りはす ぐには来 い と高 き方」 はそ の直前 い と高 き方」 が これ を滅ぼ す。 この 「 し、やがて 「 動 しよ うとす るが、それ につ いて行 って はな らな い と警告す る (ルカ21:8/ 人 の子 の よ うな者」 に登 場す る 「日の老 いた る者」 と同 じ者 で、彼 の 前 に 「 マ タ24:4;11:23)。 終末 の徴 と して、 1)戦乱 (ルカ21:10/マ タ24:6)、2)自 が天 の雲 に乗 って現れ、彼 か ら権威、威光、王権 を受 け、 王国 を とこしえ に 然災害 (地震、飢 餓)、 3)疫病 (ルカ21:11/マ タ24:7)、4)天文 上の異変 が 治 め る。 挙げ られ、特 にル カが強調す るのは、 これ らの ことがす べ て起 こる前 にキ リ ない とい うもので ある。彼 は また、偽 の預言者や偽 のメシアが現 れ大 衆 を煽 ダ ニエル の この幻視 が後 の黙示文学 の原 型 といわれ るのは、無時間的な預 ス ト者が迫害 を受 け、投獄 され、殺 害 され る ことで ある (ルカ21:12-17/マ い 言 の 中にも、 ア ンチ 。キ リス ト的な第 四の獣が 世界 を荒廃 させ、それ と 「 タ24:9)。不法が はび こる時代 が続 き、や がて終 末が訪 れ るが、 最後 まで耐 と高 き方 の聖 者 たち」 の間 に戦 いが繰 り広 げ られ、彼 らの殉教 の後 、獣 も殺 え忍ぶ者 は救 われ る (ルカ21:19/マ タ24:13)。この 世 の 終わ りにつ いて の され、続 いて訪 れ る 「 人 の子」 による永遠 の平和 が築かれ る とい う一連 の展 記述 につ いてはマ タイ とル カの重点 の置 き方 に微 妙 にず れが ある。 マ タイ は 開 に後 の終末論 の枠 組みが看 取 で きるか らで ある。 さ らに、聖者 た ちに打 ち ダ ニエル の預言 した 破壊者 が聖所 に立 ち、殺数 が行われ る とす るの に対 し、 勝 つて獣が この地 上 を支配す るのが三年 半 ( 一時期、 二 時期、 半時期) と 具 ル カはよ り具体 的 にエルサ レムが軍 隊 に包 囲 され、 「 異邦 人 に踏 み荒 らされ 体 的 に明記 され て いる点、 また世界 の最後 に裁 きが待 ってお り、大天使長 ミ る」 とす る。 この ことは後 者が よ り歴史的 に終末 を捉 えて いた ことを示 して -57- 歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世ドイツの終末論とビングンのヒルデガルトの黙示文学― いる。天変地異 の後 ( ルカ2 1 : 2 5 - 2 6 / マタ2 4 : 2 9 ) 、 人 の子が 「 大 いなる力と 栄光を帯 びて、雲 に乗って」 ( ルカ2 1 : 2 7 / マタ2 4 : 3 0 ) 現れ、人々に救 済を 歴 史 主 義 に背 を向 けた ダ ニ エ ル 的 象徴 主 義 へ の 回帰 に見 え る一 方 、歴 史 の 進 18。 行 に対 す る 神 の 完 全 な る 支 配 の 黙 示 的 前 提 に基 づ いて もい るか らで あ る 告げる。 この二 つ の 対 立 の もた らす 緊 張 が この 書 の 魅 力 で あ り、 また 理解 を難 し く し ( 2 ) テ サロニケの信徒 への手紙 Ⅱ て い る 点 で もあ る とい え よ う。 パ ウ ロは まず テサ ロニ ケ の信 徒 に い たず らに終 末 を恐 れ 動揺 しな い よ う 黙示録 的終末観が強 く現れ るH 章 で、 ヨハ ネはまず神 か ら物差 しを与 え ら に注意す る。滅亡 は決 め られ た ことで あるが、それ が起 こる前 に前兆が な け れて神殿 を計測す るよ うに命 じられ る ( 1 1 : 1 - 2 ) 。 そ の際異邦 人たち に与 え ら 滅び の子」 の 出現 で ある とす る ( 2 : 3 ) 。 れば な らな い。 この前兆 をパ ウ ロは 「 れた 「 外 の庭」 と神殿 を区別 して 計 るよ うに言われ るが、 これ は最後 の時 に これが ア ンチ 。キ リス トで あ る ことは、 「 傲慢 にふ る まい」、 「 神殿 に座 り込 向けて教会 に異端者 との戦 いの準備 を促 して いるので あ る。ダニエル書 によ 不法 の者」 み」、 自分 を神 と名乗 る ことか らも明 らかで あ る ( 2 : 4 - 5 ) 。この 「 二 人 の証人」が現 れ るが これ は新 って4 2 ヶ月続 くとされ る最終戦争 の 前 に 「 はサ タ ンの働 き によ って現 れ 、 「あ らゆ る偽 りの奇 跡 と しる しと不 思 議 な 約 の他 の どの書 に もな い極 めて ユ ダヤ的な メシアニ ズムの産物 で ある。彼 ら 御製 の輝 か しい光 」 で滅 業」 を行 い、 人 々 を欺 く。やがて主イ エスが 彼 を 「 は粗布 をまとって 1 2 6 0 日間預言 をす るが、や がて底な しの淵か ら上が って き ぼ して しまい ( 2 : 8 ) 、 彼 につ き従 つて いた者 は皆、裁 かれ る ( 2 : 1 2 ) 。 た一 匹 の獣 に殺 されて しま う。三 日半彼 らの死体 は町の 中で さ らしもの にさ パ ウ ロの終末論 で特徴 的な ことは、 ア ンチ 。キ リス ト像 が よ りはっき りと れ る。 この獣や、第 1 2 章の竜、第 1 3 章の海か ら来 た獣が ア ンチ 。キ リス トを して いる反面、そ の支配や最期 につ いて の 具体 的考 察 に乏 しい ことで あ る。 象徴 して いる。彼 の支配 の もと、聖な る者 に要求 され るのは メシア の再臨 ま 偽 の預言 また、共観福音書 とパ ウ ロ書簡 に共 通す るのは、世界 の破壊者が 「 で 「 忍耐 と信仰」 をもって耐 え続 ける ことである。 つ ま リア ンチ 。キ リス ト 者や偽 の メシア」で あ り、大衆 の煽 動が彼 らの策略で あ る点 で ある。 これ は の災禍 もこの世 の終わ りもす べ て救 済 へ の契機 なのであ る。 こうした殉 教 ・ 旧約聖書 の破壊者 が政治 的暴 君 ( 皇帝 ネ ロ、 ネブ カ ドネ ツ ァル 王、 異民族) 受難神学 へ の強 い傾 向は黙示録 を旧約的な預言 の書 よ りも、新約的な救済史 を指 して いたの とは対 照的 で ある。 この 旧約 と新約 の相 違点 は、 ユ ダヤ教徒 に近づ けて いる といえるだ ろ う。 とキ リス ト教徒 との間 にはパ ル ー シア と呼ば れ る終 末待 望 に 明確 な差 が あ った ことを示 して いる。 つ ま り、暴君や 自然災害 の圧倒 的支配 の前 で救済 の 3 . 歴 史 的終末観 の誕生 時 を待 ち望 む 旧約 の終末論 とは別 に、偽 の救済者 に注意 して 彼 の甘言 にの ら な いよ うにす る ことが 真 の救 済 を約束 す る とす る新 約 の 終 末観 には個 人 の 裁 き」 歴 史 へ の主体 的関与 の 可能性 が残 され て いる といえよ う' 6 。新約 の 「 マ ッギ ンも指摘す るよ うに、 1 2 世紀 は 「 西欧 の歴史 にお いて 最 も創造的な 。 9。 この指摘 は西欧歴史学 にも当ては まる。 1 2 世紀 は 時代 の一つ」 で あ った も神 による一方 的な決定 ではな く、人間 の認識や意志決定能 力が限界 に達 し 17。 た時 に開か れ る最終 的 で 真実 の裁 きなので ある 代 なのである。それ 以前 に も例 えば アウグステ ィヌス ( 3 5 4 - 4 3 0 ) が『 神 の 国』 ( 3 ) ヨ ハ ネ の黙示録 で みせ た よ うにキ リス ト教 史 の枠 内で歴 史 を体 系的 に捉 えよ う とい う試 み ヨー ロ ッパ 文 化 史 の 中で歴 史記 述 の始 ま りと して忘 れ る ことので きな い時 紀 元 1 世 紀 の 終 わ り頃 に書 かれ た黙 示録 の 終 末観 には一 見す る と相 反す はあった。 しか しそれが厳 密 に史的考 察 とは い えないのは、彼 が多 くの同時 る二つの性格 が共存 して いる。す なわ ち、それ が新約 の共観福音 書 にお ける 代 の事件 に言及 しては いる ものの、それ らを神 の定 めた時 に連 関 させて理解 -58- 歴 史 ・幻視 ・ジェン ダー ー 中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学一 しよ うとは して いな いか らで ある。 この教父 に とっては世界が どのよ うに発 受 ける身 とな ったが、世 界 の滅亡 の前 に罪 を贖 う者だ け には救済 が留保 され 展 し、終わ りを迎 えるかは人知 の及ば な い神 の事柄 で ある。そ の意味 で 彼 の 。 10。 歴史神学 の根底 にあるのは信 仰 で あ り、合理 的理性 で はな い て いる と考 えた ので ある。 ここで の時間的存在 としての人 間 の永遠 へ の 関 わ 聖書 に 啓示 され た神 の 計画 と歴 史 の 直接 的 連 関 を解 明す る動 きが活 発 に か ら成 り立 ち、その意味で 目的論的で ある。 これ に時間的尺度 が介入 し、歴 な るため にはそ の後数 世紀 を待 たな ければ な らなか った。12世紀 がな にゆえ 史的思考 を形成 して い くまで には長 い時間 を必要 として いる。聖書 の救済史 キ リス ト教 史 学 者 を歴 史 記 述 と終 末 論 的 思 考 に 駆 り立 て た か につ いて は を人間の時間 に結び つ けた 出来事 の一つ に、グ レゴ リウス による教会暦 の導 様 々な仮説が立て られ るだ ろ う。中世終末論 に関 して 最 もよ く読 まれた研 究 入が挙げ られ る。 6 世 紀 に始 まった この大改革 は 1 年 のす べ て の 日を聖 人 に の一つ N.コー ンの 『 千年王国 の追求』は民衆史 の観点 か ら、終末論 の盛 り上 が りを10-12世紀 に起 こつた 社会不安 へ の下 層 。中流 階級 の反応 と して解 釈 帰属 させ る ことで、 人 と神 との間 に 「 持続 的 で儀 礼的な絆」 を作 り上げ た と 114。 ぃぇょ ぅ この暦 法改正 はキ リス ト教史観 にまた もう一つ別 の大 きな貢献 しよ うとして いる。 自然災害 に起 因す る飢餓 はカ リス マ 的な放浪説教師 の登 をす る ことにな る。キ リス ト教 を国教化 した後 も、 ロー マ 人は長 らく異教的 場 を許 し、彼 らの説 く終末 ヴ ィ ジ ョンは現実 味 を もって受 け入れ られ た'11。 な 円環 的時 間観 を保持 して いたが、教会暦 の導入 は彼 らに歴史が創造 か ら終 人 口増加 に ともな って生 じた余剰 人 口は都市 内部 に貧 民 を生み、彼 らは生活 こぅ 焉 に向けて 直線的 に続 く時 の持続 で ある ことを悟 らせ るよ うにな る' 1 5 。 条件 の根本的改善 を望 む潜在 的 に ラデ ィカル な支持層 とな った。 こうした下 した 目的論 と発展 史観 の 結 合 は 中世盛期 の 黙示 的終末 論 の体 系化 と理論 化 層民 の不満 ・不平が宗教 的期待 と結 びやす か つた例 と して、 コー ンは十字軍 に大 きな貢献 を した。 による聖地 回復運動 を挙げ る。1095年ク レルモ ンの公会議 で ウルバ ヌス 2世 こ こで 中世 に特 に典 型 的 で あ った時代 区分 の い くつ か のモ デ ル を見 てみ 16。 ょデ が提唱 した十字軍 は、 もちろん宗教 的な理想 と政治 的な権 謀術数 の不純 な混 合物 で あるが、結果 と して下層民 に出稼 ぎ先 を与 え、 同時 に教会 へ の不満 の 限界 を知 らな い希望 の象徴」 矛先 を転 じる ことに成功 した。 エ ルサ レム は 「 。 12。 とな り、 「 神 の国」の到来が間近 に迫 って いる とい う期待が都市 を満た した 叙任権 をめ ぐる教皇 と世俗諸侯 との確執 もア ンチ 。キ リス ト像 の成立 に大 き な役割 を果 た した。長 い時間 の停滞 の後 、歴史 が あたか も終末 と永遠 の救済 に向けて 驀進 し始 めたか のよ うに見 えた時代 の 中で、知識 人た ちが 自ず と過 去 一現 在 一未 来 の 目的論 的連 関 に興 味 を持 ち始 め た と して も不 思議 で はな い。 そ の際彼 らが まず 手 に した のは聖 書 で ある。 前出のゲ ッツは、中世 人の意識が捉える時間 ( 歴史) と 永遠 ( 神の摂理) 113。 の関係が目的論的なものと発展史的なものか ら成 り立って いるとしている 彼 らは歴史が神 の救済史 の中に完全 に組み込まれて いると信 じて いた。つま り、アダムとイヴの罪 によって天上の至福は奪われ、人類は地 上でその罰を り方 は、救済 を願 つて行 う信仰、秘蹟、善行 といつたキ リス ト教 的徳 の数 々 歴 史 ・幻視 ・ジェン ダー ー 中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― r r食ヽ C 、 ヽ食 て KI キ J ヽ心 中世 に好 まれ た数 の ア レゴ リー を使 って時代 は 3 か 7 に 区分 されて いる。 3 毀¨ぶ いによ って救済 へ と発展す る型、共 同体 が国家 を通 して神 の 国 へ と発展す る で ある。 こ 分 の 中で特 に有 名な のはア ウグステ ィヌ スの 6 世 代 ( a e t a t e s ) 型 ゼ 歯 C m、 都 早神CS囁 駆 発展史観 の根底 には、 自然法が律法 を通 して恩寵 へ と発展す る型、原 罪が贖 型があ り、それぞれ 弁証法的な発展観 を共有 して いる。 これ に対 して、7 区 ム κ い 十 ホ ′K 、 φ 縣 工 К ﹃十 ∞ S C 工 κ ﹁十 ホ ハ 区 ∝ 轟 ヾ 榊副扁 ∞ 榊お晨 N ぐ無 理 底 ﹁ 縣C゛区 い 墨3畔 ヾ 呟 製 0わ 極 ∞ K C≪ ︻ 中量C枢連 N エミ狡憔ミ J Cへヽ ハ御 卜 ・ は三位 一体 の完全性 を、7 は 神 を表 し、それぞれ 神聖な数 で ある。 3 区 分 の れ は大 きな 旧約 。新約 ・永遠 3 つ の時代 区分か ら成 り、イエスの誕生 以前 の 旧約 の時代 を最初 の 5 世 代 が包括 し、イ エスの誕 生か らこの世 の終末 まで を 第 6 世 代 と し、 さ らにイ エ ス の 再 臨 と永遠 の 生命 を第 8 世 代 と して い る。 3 分 法 を とる ドイ ツの代表的 神学 者 にホ ノ リウス ・アウグス トドゥネ ンシ ス、 ドイ ツ のルーペ ル ト、7 分 法 を とるのは ビンゲ ンの ヒル デガル ト、 この 工 К ゛製榊 輌 距 い 理 ﹁一キ 図筆 ハ ロ短 く ヾ Ъ知ヽ ∞ 卜 ヽ 一 く く ︲ヽ ほ ゛ 、 二つの折衷型がハ ニ ヴェル ベ ル ク の ア ンセルムで ある。 ここで彼 らの時代観 螂 を個別 に概観 してみ よ う。 ( 1 ) ド イツのル ー ペル ト R u p e t t v o n D e u t z ( 1 0 7 6 - 1 1 2 9 ) ︵工 K つ ル ーペル トは 1 0 7 6 年に生 まれ、幼 少期 に リュテ ィヒのザ ンク ト ・ラウ レン R薫 翼 ミ 緊 職 ト 鯛 C榊 ぼ い 峻製e範肛 ヾ 曖‘畔 ∞ 曖‘聰 N 眠‘雹 H 響 國 ∞ 駆 砒 N 涎策 側 H テ ィヌス修道 院 ( ベネデ ィク ト会) に 入 る。叙任権 闘争 に積極 的 に関わ り、 修道 院長 ベー レンガ ル と共 に リュテ ィヒ司教 オ トベ ル クによ って 追放 され、 各地 を転 々 とす る。 H 1 6 年 以降は ジー クブル ク修道院 の ク ノの もとで生産 的 な執 筆活動 に専念す る。H 2 1 年 ケル ン大 司教 フ リー ドリヒ 1 世 によ って ドイ +17。 『 ツ修道院長 に任ぜ られ、そ こにH 2 9 年 に没す るまで留 まった 聖三位 一体 い£ 契 C 峠 刹 熙C鵬馴 ∞ 理 駆 工 κ ヽ十 繊 ポ エ К ﹁キ 釈 Cい こ ゛ 緊腰 回 来 来 eα H 』 論 ( D e s . T r i n i t a t e )の 序文 の 中でル ーペ ル トが展 開す る歴 史観 は 3 分 法 を とつて い る。 第 一 期 は神 によ る世 界創造 か ら第 一 の 人 アダム の 楽 園追 放 ま で、第二 期 はアダム の追放か ら第 二 の 人イ エスの受難 まで、第二期 はイエス の復活 か ら世界 の終 わ りまでで ある。ル ーペル トは この三つ の期 間 を三位 一 -62- 渾理 郎 ∞ 巡蛛Щ 粽喘Щ H 廻扇 製К く会 や ヽ NC К ′へ ヽ さ4 工 К 、 K K 小 Kヽ 心 卜 ヽミ て ミ Hヽ ︱ く 工食 て ︱ ミ O ヽ ヽ工 ヽ さ 卜 ・K 心 か ヽK 、 ( 第7 世 代 は魂 の安息期 であ り、それ以前 のす べ ての世代 にまたが る。) 理 体 に対応 させ、第一 期 を父 の業、第 二 期 を御子 の業、第三期 を聖霊 の業 と し、 これ らの期 間は、三位 一体 がそ うで あるよ うに、分割不可能な 神 の一つ の業 で ある として いる。 この ことは、 人間の全史が神 の完全 な計画 の もとにある -63- 歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世ドイツの終末論とビングンのヒルデガルトの黙示文学― ことを象徴 的 に示 して いる' 1 8 。 の地震 の時代 は ア ンチ 。キ リス トの時代で ある。第 七の静寂 の時代 はキ リス ( 2 ) ハ ー ヴェル ベル クの ア ンセル ム A n s e l m v o n H a v e l b e r g ( 1 0 9 9 - 1 1 5 8 ) ア ンセルム の経歴 につ いて は未詳 の点が多 い。H 2 9 年 にハ ー ヴ ェル ベ ル ク トの再臨 と最後 の審判 を経た救済 の時代 で ある。歓喜 と祝福 と至福が この時 ウ 21。 を支配す る の 司教 に任ぜ られたが、 この地 に滞在す る ことは稀 で、実 際は皇帝 ロター ル ア ンセルムの この 7分 法 は表面 上はアウグステ ィヌス に従 って いるが、内 3 世 、 コン ラー ト3 世 、 フ リー ドリヒ 3 世 の宮廷 に仕 えて いた らしい。 これ 容的 には これ とは大 きな差が あ る。そ の 中で も、 自分た ちの生きる時代 を第 は時 の皇帝 た ちが彼 の政治的手腕 を高 く評価 して いたか らで あ る。皇帝 の使 四 の 時代 に設 定 して い る こ とは、他 の神 学者 が 自分 た ちが歴 史 の最 終段 階 者 と して シチ リア の ノル マ ン朝や 東 ロー マ 帝 国 を訪 れ る機 会 をア ンセ ル ム (第六 の時代)に いる と信 じて い た の とは好対 照 で あ る。 この 楽観 的 な歴史 は神学者 として の見識 を深 め る ことに積極 的 に利用 した。東方教会 の聖職者 観 は彼が、間 もな く真 の宗教者が現 れ、真理愛 が生 まれ、宗教生活 の秩序が 122。 また未来 の第五か ら第 七 取 り戻 され る と考 えて いる ことに も現れ て いる と三位 一体や聖餐 につ いて の多 くの論 争 に加 わ り、 これ らにつ いて の著作 を 手 1 9 。『 残 して いる 義 人 アベ ル か ら最後 に救 われ る人 に至 る まで の信 仰 の一 体 の時代 の記述 は表面的で 生彩 を欠 く。 この ことはア ンセルムが 黙示的終末観 性 と人 生 の 多 様 性 に つ い て ( L i b e r d e u n i t a t e n d e i e t m u l t i f o r m i t a t e に大 きな興味 を もって いなか った ことを示 して いる。 の v 市e n d i a b A b e l i u s t o u s q u c a d n o v i s s i m u m e l e c はア t u m )ンセルム 』 (3)ラ イ ヒャー ス ベ ル クのゲルホ ッホ Gerhoch von Reichersberg(1092/93- 歴史認識 を示 した著作 で ある' 2 0 。 彼 は まず パ ウ ロにな らって、全史 を三 つ の )に ) 、 ( l e x s c r i p t a )恩寵 、 ( l e x c h r i s t i a n a分 法、 自然法 ( l e x n a t u r a l i s 律法 1169) 南 ドイ ツ 。バ イ エ ル ン地 方 の ポ ー リンクに生 まれたゲル ホ ッホは過激 な論 割す る。そ して最後 の恩寵 ( 新約) の 時代 を天地創造 のモデ ル によって七つ 客 として ドイ ツキ リス ト教会 史 に名 を知 られて いる。彼 はグ レゴ リウス 7世 の教会 の時代 に分割す る。 それぞ れ の時代 の意 味す る と ころは、 『ヨハ ネ の の教会改革 の提唱 に 同調 して数 々の急進 的な改革 を打 ち出 し、使徒的生活 の 黙示録』 の七つの封 印 を解 かれ た後 に現れ る ものに象徴 され て いる。第 一 の 再建 を図 るが 受 け入 れ られず 、 世俗 聖職 者 た ち の 迫害 を逃 れ ドイ ツ各地 を 白 い馬 の時代 は新 しい ものを表 し、イエス の誕 生 とキ リス ト教会 の成立 の時 転 々 とした。H32年 にザ ル ツブル クの大 司教 によ って ライ ヒ ャースベル クの 代 で ある。第 二 の赤 い馬 の時代 は多 くの殉教者が暴 君 の迫害 の 前 に血 を流す 修道 院長 に命 じられて 以来 同名 で 呼ばれ るよ うにな った。神学者 ク レル ヴ ォ 時代 で ある。 ア ンセルム は最初 の殉教者 ステ フ ァヌス の名 を挙げ、迫害 の後 ー のベルナル ドゥス、歴史家 フライ ジング の オ ッ トー、神聖 ローマ帝 国皇帝 キ リス ト教徒 がエルサ レム に留 まる ことがで きな くな り、世 界 に散 って い っ フ リー ドリヒ赤 髭 王 といった 同時代 の著 名な神学 者や権 力者 に改革 の支 持 た とす る。第二 の黒 い馬 の時代 は異端者 の黒 い教説 が教会 を脅 かす時代 で あ を仰 ぐ書簡 を出 した ことで も知 られて いる。 シスマ (教会分裂)を め ぐる政 。 23。 治的な発言 も多 く、 辛辣 な 口調 は多 くの政敵 を作 った る。 第 四 の 青 ざめた馬 の時 代 はキ リス ト教 会 に とって 最 も過 酷 な時代 で あ る。 青 ざめた色 が 自 と黒 の誤 った 配合か らで きるよ うに、キ リス トの真理 に 終 末 論 との 関 連 で 特 に彼 の 『第 四 の 夜 警 に つ い て (De quarta vigilia 異端 の誤謬 を混ぜ る聖職者が横行す る。 しか し、 この時代 は希望 の時 で もあ noctis)』 は興 味深 い'24。H67年 頃亡命 先 (おそ らくア ドモ ン ト)で 書かれ た る。宗 教的な人 々が現れ、真理 へ の愛 と信仰 生活 の復興 の ため に努 力す るか この最後 の著作 は、教会 が危機 に直面 して いる とい う問題意識 か ら現代 に至 らであ る。第五 の死者 の霊 の時代 は教会 が追害 に堪 え忍 ぶ時代 で ある。キ リ まで のキ リス ト教会史 を振 り返 って 分析 してみ よ うとい う試みで ある。そ の ス ト教徒 はイエスや聖 人 にな らって殉教 の血 を流 さな ければ な らな い。第 六 際ゲル ホ ッホは歴史 を四 つの夜 の時 に喩 え、第 一 時 をキ リス トか らコンス タ -64- -65- 歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世ドイツの終末論とビングンのヒルデガルトの黙示文学― +26、 ドィ ッで は神学者 は歴史 の 象徴 的解釈 に労 力 を ンテ ィヌ ス大 帝 まで、第 二 時 をグ レゴ リウス 1 世 まで、第 三時 をグ レゴ リウ は進 め られた のに対 して ス 7 世 まで、第 四時 を彼か ら現在 まで と した。キ リス ト教会 に敵対す る悪 は 第 一 の殉教者 の時代 にはア ンチ 。キ リス トと して、第 二 の異端者 の時代 には 割 いた。 これ は革新 を嫌 う ドイ ツ神学 界 の保守性 の反映 とも受 け取 れ るが、 ゛ また ドイ ッで は特 に終 末 をめ くる論争が盛 んで、神学者た ちは必 要 に応 じて 詐欺師 と して、第三 の道徳 須廃 の時代 には背徳 者 として、そ して第 四の現代 自己 の歴史観 を披露 しな ければ な らなか った ことに起 因す るのだ ろ う。そ の には貪欲者 と して現れ て い る。 この最後 の悪 に打 ち勝 つ ことので きる のは再 際象徴 主義 が採 られ た理 由は、 1 ) ドイ ツ諸侯 の間 にローマ帝 国復興 とい う政 臨す るキ リス トだ けで ある。 治的理想主義が あ り、 これが 「 神 の 国」建設 の理念 と結 びつ きやすか った こ 4。 中世 ドイツ象徴 主義 と、2 ) 教皇 ウルバ ヌス 2 世 が提唱 した十字軍遠征 とエルサ レム奪 回成功がそ +27、 の現実的成果 として捉 え られ た こと 3 ) メタフ ァー や ア レゴ リー といった 現 実 の歴 史 展 開 と聖 書 の 啓 示 との間 の 相 関 関係 を解 き明か そ うと した ド 形象 を多用 した宗教文学、特 に ドイ ッ神秘思想 の伝統 が神学界 に強 くあった 28◇ ことが挙げ られ よ デ 本稿 との 関連 で 特 に重 要な のは第 三 の、 幻視 とい う イ ツ歴 史主義 は、 目的論や発展史的な世界解釈 を経 て、ス コ ラ哲学 とは まっ 一 見 す る と個 人的で 非歴 史 的 な 宗 教形態 が 中世 人 の歴 史観 に とって重 要 な た く違 つた科学体 系 を生む。それ は事実 の第 一 原 因 (形相 因)を 探 る ことも、 役割 を果 た した ことで あ る。 しか し、神秘思想 の黙示的傾 向は一 般的な もの そ の 多様体 をカテ ゴ リー 別 に分類 す る こ とも しな い点 で ア リス トテ レス 的 ではな く、思 弁 的 とされ る托鉢修道 士 たち ( 例えば マ イスター ・エ ックハル 実証主義 とは まった く別 の思考形態 をもつ。現 実的 で可 視 的な ものの背後 に ト) の 著作 には終末論 へ の言及 は ほ とん どな い。 これ に対 して、形 象的 で幻 理 念 的 で 不 可視 的 な ものが隠 され て いる とい う確 信 は形 而 上学 に も共通 し 視 が大 きな意 味 を もつ女性 神秘 家 の著 作 には 世 界 の終 わ りにつ いて の考 察 て いるが、可視 的な ものか ら不可視 的な ものへ と向か う道 は合理 的知性 によ が数多 くある。 本稿 では特 にビンゲ ンのヒルデガ ル トの 『 スキヴィアー ス』 ってで はな く、信 仰 を通 して の象徴 的理解 によってだ け明か され る とい う象 を例に、女性 的黙示文学 の特異性を見てみたい。 徴 主義が生 まれ たので ある。A.デ ンプは、文化 と歴史 と政治 を貫流 しそれ ら を支配す る世界観 を探索 しよ うとい う意欲 的な著作 『 神聖 な る帝 国』 (1929) 5 ビンゲンの ヒルデガル トと終末論 の 中で、 この12世紀 に ドイ ツ を中心 に と りわ け顕著 に見 られ る歴史観 を象徴 主義 と名づ けた。 「 聖書 とはそ の 際、 ス コ ラ学が 『 大全 (スンマ)』によ って 『 )」 スキヴ ィアース』 の 「 証 し( p r O t e s t i i c a t i oと題された 序 でヒルデガ 到達 しよ うと試 みた人生論 で ある とか、それ どころか教条 的な教義体 系 と し ル トは彼女の神秘体験 を叙述 している。 「 それは私が4 3 歳の時 に起 こりまし て は まだ理解 されて いな い。それ は まず歴史 的 。現 実的な事実 の集大成 で あ た。恐れ と緊張にうち震えて、天上の幻を見ました。それか ら眩い閃光を見 り、それ は教会 の歴史 と帝 国 の歴 史 の 目に見 える史的 な事実 によって補完 さ Ⅲ 25 れて い くので ある。」 ました。それか ら私 に天上の声が しました。 『 壊れ物 の人間よ、灰の 中の灰 のごとき者よ、腐 りきった者よ、あなたが見て聞いたことを伝え、書き記す つ ま りこの ことは、12世紀 の神学界 の潮流 が ドイ ツ とフランスで明確 に異 がよい。語ることを畏れ、無知な頭で啓示を解釈することができず、ラテン な った 方 向 に向か つて いた ことを示 して いる。パ リのア リス トテ レス主義や 語 の教養 もないお前は人間のするように語 り記 してはな らない。賢 しい人の シ ャル トル の 新 プ ラ トン主義 に支 え られ た神 学 の 合理 的理解 が フラ ンス で 浅知恵や気ままな思 いつ きではなく、あなたが天上の神 の神秘 の内に見て聞 -66- -67- 歴 史 ・幻視 ・ジェ ン ダー ー 中世 ドインの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― ¨] 自 分 の思 いつ きや他 人 の思 いつ きではな く、す いた ままを語 り記せ。 [ ・ 順」 に逆 らうもので あ り、 「 高慢」 の原 因 とな る悪 徳 で あ る。 こうした 自由 べ て を知 り、す べ て を見、す べ て を神秘 の奥義 ( s e c r e t i s m y s t e r i o r u m )中の Ⅲ 29。 で 調 え る方 の衛音 の ままに記せ』 と」 H 4 1 年 に受 けた この啓示 は彼女 に 意志 や理性 万能 主義 をキ リス ト教信 仰 か ら駆 逐 す る こ とが ヒル デガ ル トの 単 に 神 秘 世 界 へ の 道 を 拓 い た だ け で は な く、 聖 書 解 釈 の た め の 能 力 」 格 のな い人 々」 を 「 殺 さな いに して も ( e t n O n o c c i d e n d o ) 「 教会か ら追 い ( i n t e l l e c t u m e x p o s i t i o n i s l i b r o r与u えた。 m ) を しか し、 この能 力は厳 密 に 払 う」 ことを嘆願す るので ある ( 2 3 2 D - 2 3 3 A ) 。 は神学的手法による釈義 (expositio)で はな い。なぜな らヒルデガル ト自身の ( 2 ) 『 スキ ヴ ィア ー ス』 願 いで あ り、 それ ゆえ王侯、 諸侯、 そ して 神 を畏れ るキ リス ト教徒 に、 「 資 言 うように、彼女はラテン語 には一字 もないか らである。啓示は 「 夢 でも精 『 スキ ヴィアー ス』 の 中で ヒル デガ ル トは、世界が多 くの不幸 と困難 に押 神錯乱 でもな く」、人間の感 覚 を通 して彼女の意識の中に 「 神秘的な方法 で しつぶ され、 力 を失 って終 末 を迎 えよ うとして いるの を幻視す る。彼女 は北 (mirabili modo)」 捉え られる。 「 私はそれを覚醒状態で、はっきりと自覚 し +30こ て内なる人の 目と耳を通 して、神 の望む場所で受けるのです。」 ぅした発 方 に 5 匹 の野獣 を見 るが、 これ らは肉欲 か ら没落 して い く五 つの時代 を象徴 言か ら、ヒルデガル トが著作を知性 による聖書解釈 にも洸惚状態での幻視 に る 7 つ の封 印 を解 いた後 に現れ る 4 匹 の生 き物 を思 い出 させ る。 ヒル デ ガル もよ らない、象徴的なものとして規定 していることがわかる。 トの第 一 の 獣 は 「 炎 の よ うで あ るが 燃 えて は いな い犬 ( c a n i s i g n e u s , s e d (1)第 47番書簡 。 野獣 は、 ヨハ ネ の黙示録第 6 章 1 節 に登 場す して いる ( 5 7 8 f . / 5 5 5 f f . )この n o n a r d e n s ) 」で ある。それ は、 この時代 には 「 噛み つ く人間」が凶暴 に荒 131。 ヒルデガル トのアンチ ・キ リス ト像をまず第47番書簡 で見 てみよう こ れ狂 い炎 のよ うで あるが、神 の正 義 には燃 えて いな い ことを表 して いる。第 こで彼女は異端者 (サ ドカイ人)の もた らす害悪 について論 じている。彼女 s ) 」る。それ は、 この時代 二 の獣 は 「 濃 い黄色 の獅子 ( l e O f u l u i c o l o r iであ は、異端者たちが御子 の秘蹟、つ まリバ ンと葡萄酒 のホスチアの中にある肉 には血 に飢 えた人間た ちが 多 くの戦争 を引き起 こしたか らで ある。濃 い黄色 と血の秘蹟をな いが しろにしていると非難する (232A)。これは、異端者をあ は枯れて い く国 を象徴 して いる。第二 の獣 は 「 青ざめた馬 ( e q u u s p a l l i d u s ) 」 やつる悪魔が永遠 の聖三位 一体 を否定 し、この地上を死のほこりで汚 してい で ある。それは、 この時代 が罪 の洪 水 の 中で 手綱 を振 り切 って徳 ある行 い を るか らである (232B)。 悪魔 の害悪はそれが民衆にまで及ぶ とき最 も大きくな 跳び越 えて しまったか らである。 これ が青 ざめて いるの は、国 の心臓 が失血 る。 ヒルデガル トはこの影響を suggestio(悪魔 の囁き)と 呼んでいる。彼 し、力 をな くして しまったか らで あ る。第 四の獣 は 「 黒 い豚 ( n i g e r p o r c u s ) 」 らは真理 の言葉 をな いが しろにし、嘘 と誤 った教説ゆえに名を知 られて い で ある。それ は、黒 い悲哀 を作 り出 し不浄 な糞尿 にまみれて い る指導者たち る。 これが堕天使 (persitus angelus)で あるのは、彼が理性 を頼みにした い を象徴 して い る。 彼 らは神 の法 を倒 錯 した淫蕩 や様 々 な悪 事 に変 えて しま 放題 できると過信 していることか らもわかる (232C)。 法 の摂理 (pracceptum い、神 の摂理 を切 り刻ん で い る。第五 の獣 は 「 灰色 の狼 ( l u p u s g r i s e u s ) 」 legis)に そって生きるのではな く、悪魔の囁きにのって選んだ生き方をする であ る。 これ は、 この時代 には権 力 を奪 い取 る人 間が沢 山いる ことを象徴 し 人々のせいで、大地は汚染されて しまっている (232D)。この点 でヒルデ ガル て い る。そ の獣が黒で も自で もな く灰色で あろ うとす るのは、国王 を殺 して トは、ルシファー の天上か らの墜落 の原因を 「 自由意志」に求めた中世 のス 国 を分 けよ う とす るか らで あ る。 こ う して 人心 を不安 に陥れ る時代 が到来 コラ学者 (例えば ペ トルス ・ロンバル ドゥス)の 見解 にそっている。 「 自由 し、 誤 謬 が地 獄 か ら天 上 に まで立 ち昇 つて くる。 神 の 子 を信 じ、 背徳 の子 意志」は神 の定めを無視す るものであ り、修道生活の中の最高徳 である 「 従 (■ 1 l u s p e r d i t i o n i s非難す )を る 「 is)」 間 にか け られ、 光 の子 た ち l f l l i i l u cは拷 -68- -69- 歴 史 ・幻視 ・ジェ ンダー ー 中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― やがて時間 ( 歴史) が 終わ る。そ の後 に何 が起 こるか につ いて ヒル デガル ト は、人間の知 恵 の及ぶ ところではな く、 この世 を創造 した父のみが 知 る もの だ とす る。 第 一 か ら第 五 に至 る歴 史 の発 展 は葛藤 と抗 争 に満 ちて は いる が均 質 的 で ある といえる。特 に第五 の時代 に異端信仰者 とユ ダヤ人が勢 力 をのばす とさ れ て い る ことか ら、 これ が 旧約 の最後 の時期だ と理 解 で きる。それ ゆえ第六 の時代 は救世主 の誕 生す る奇跡 の時 で ある。 ヒル デガル トは、 これ が神 が天 地創造 の第六 日日で人 間 を造 った ことと符合 して いる とす る。新約 の時代 に )が は強 力な教師 た ち ( f o r t i s s i m i d o c t o r e s聖 書 の 深 い理解 の た め に努 力す る。第一か ら第六 にわた る歴 史が労働 の 日々 ( d i e s o p e r i s )名とづ け られ るの は、 メシア を待望す る長 い労苦 の後 に、イエス の誕 生 とい う奇跡 の業 を 目に す るか らで ある。 しか しそれ は再度 の苦難 の時 で もあ る。 「 背徳 の子 l f l l i u s p e r d i t i o n i s )と 」呼ばれ るア ンチ 。キ リス トが到来 し、 カ トリック信仰 を否 定 す るか らで あ る。 ヒル デ ガ ル トによれ ば 、 この 不 浄 な殺 人鬼 ( i n s a n u s h o m i c i d a ) は第 六 の時 代 が終 わ る直 前 に出 現 し、 嘘 と不 信 仰 で 民衆 を欺 き (589/565)、 王や諸侯や富 豪 を手下 に して い く ( 5 9 1 / 5 6 7 ) 。 嘘 と不信仰 と思 い上が り ( 「 私 は最 高 の者 に等 しい」) ゆ え に、 彼 は堕天 使ル シフ ァー に喩 え 「 られ る ( 5 9 1 / 5 6 6 ) 。 悪 魔 の奸 計 で 目的 を成 し遂げ よ うとす る」 ( 5 7 9 / 5 5 6 ) ア ンチ 。キ リス トは怪物 としてイ メー ジされ、風 を起 こし、 雷 を呼び 出 し、雹 を降 らし、 山 を動か し、 干魃 を引き起 こし、 森 を枯 らし、 実 りを奪 うといっ た超 自然的行為がで きる。 さ らに彼 は病気 を治す薬草学 に通 じでお り、イエ スの癒 しをまね て 民衆 の信望 を勝 ち得 る。それ どころか、彼 は取 りまきに命 じて 自分 を殺 させ、そ の後 に復活 してみせ、 自分が救世 主で ある ことを民衆 に信 じ込 ませ よ うとす る ( 5 9 4 f / 5 6 9 f . ) 。 つ ま り、 ア ンチ 。キ リス トはす べ て にお いて イ エスの対 瞭物 で あ り、キ リス トの栄光 の 陰画 なのである。彼 を 信 じな い者 には残忍 な拷 間 と死が まって いる。 この ア ンチ ・キ リス トに対抗す るため に神が人間 に遣 わす のが エ ノク とエ リヤで ある。 旧約聖書 で、 「 神 に取 られて 」 天 上 に 引き上げ られ た とされ る ビンゲンのヒルデガル ト 『 スキヴィアース』第 3巻 第 11ヴ ィジ ョンよ り -70- -71- 歴 史 ・幻視 ・ジェ ン ダー ー 中世 ドイツの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― 二 人 の 男 は、 生 きなが ら楽 園 に住 む ことが 許 され た唯 一 の 人間た ちで あ る。 で ある。神 の花嫁 ( s p o n s a D e i ) で あ る教会 が信仰厚 きキ リス ト教徒 を産 む こ 老 人」 ア ンチ ・キ リス トとの最終 戦争 に備 えて楽 園 で 待機 して いた 二 人 の 「 とは女性 の 出産 に喩 え られ、暦 はそ の象徴 で ある。 しか し病 に冒 された女 性 は、時が来ると神の正義を旗印に民衆を先導して宿敵に戦いを挑む。背徳者 の磨 と 「 女性 とわか る部分」 の間 は色 と りど りの鱗状 の シ ミで覆われ、教会 が教 えを広 めた土地 へ行 つて奇跡 を行 い、 民衆 を改宗 させ る。 が淫蕩、殺 人、窃盗 といった罪で病 んで いる ことを表 して いる。そ の張本 人 エ ノク とエ リヤ の反撃は 一旦 は成功 したか のよ うに見 えるが、やがて彼 ら で あ るア ンチ ・キ リス トは女 性 の 陰部 に黒 い怪 物 の 頭 ( m O n s t r u O s u m e t は 「 神 の許 しを得 て」ア ンチ ・キ リス トの手 にかか り、天で労苦 の報酬 に 与 n i g e r r i m u m c a p u t ) とな って露 出 して いる ( 5 8 4 / 5 6 0 ) 。 まるで悪性 の腫れ物 る。 この二 人 の証人 の死 は殉教者的な意義 を もって いる といえよ う。彼 らの の よ うにな ったそ の 部 分 には 炎 の よ うな 目 とロバ の よ うな耳 とライ オ ンの ¨] 善 き実 は選ば れた者 たち の 彼 らの教 えの花 は落 ちるが、 [ ・ 死 によ って 「 よ うな鼻 と口が あ り、悪 臭 を放 ちなが ら歯 ぎ し りを して いる。体 の こう した 中 に生 まれ る (bnc nOres doctrinac eorum cadentes,1...l bOnum 変形は、教会 が健康 なキ リス ト教徒 を産 む ことがで きず、代 わ りに奇形 の異 彼 らの殉教 もす べ f r u c t u m i n e l e c t i s o s t e n d u nか t )らで 」 ある ( 5 9 7 / 5 7 2 ) 。 端者が怪物 の 口か ら吐 き出 されて いる ことを示 して いよ う。 この頭 か ら膝 ま てが 神 の予定通 りだ と強調 され る ことは、 ア ンチ 。キ リス トの勝利 が決定 的 では 自と赤 の線 が 「 蛇 のよ うに」入 り乱れて描 かれて いるが、 これ は、イ ヴ でな い ことを示 して いる。 ヒル デ ガ ル トの描 く背 徳 者 の 最期 は象徴 的 で あ を蛇が蝙 したよ うに、背徳 の子が 人 々 にす り寄 って甘 言 で蝙 した ことを象徴 る。 突 然 の 雷 を頭 に受 けて 山か ら転 げ 落 ち ア ンチ 。キ リス トは 落 命 す る して いる ( 5 8 4 / 5 6 0 f . ) 。 また膝 か らくるぶ しまでが血 のよ うに真 っ赤で あ る (598/573)。 これ は、神 と等 しく高 く登れ る と慢 心 した 背徳 者 を神 の 力が叩 の は、 二 人 の 証 人 ( エ ノ ク とエ リヤ ) が この 世 の 終 わ り直 前 に正 義 の 自 き落 とした ことを象徴 して いる。 ( c o n d o r e m i u s t i t i a c e t r e c t i t u d示 i n しに is)を 来 るまで、人 々が ア ンチ ・キ ( 3 ) ジ ェンダ ー 的終末論 リス トの迫害 に耐 えな ければ な らな い ことを示 して いる。 ヒルデ ガル トの終末論的歴史記述 は伝統的黙示文学か らの主要な枠組み 。 32と H . D . ラ ウが 「 生 々 しい中世で も類 を見 な いア レゴ リー」 評 した このア を踏襲 しては いるが、いくつかの独 自性 をも有 して いる。そ の中でも特 に目 ンチ 。キ リス ト像 によ って、 ヒル デガル トがすで に処女作 で卓越 した独 自性 を引くのが女性特有 の問題意識を反映 している次 の 2 点 である。 を獲得 して いた ことがわか る。 特 に女性神秘思想 にお いて 「 身体」 の捉 え方 ( a ) 迫害される女性 としての教会 中世 の図像学 の中で教会を女性 ( マリア) と して描 くことは一般的である が特徴 的で ある とい う指摘 は近年 の ジェンダー研 究 で 強調 されて いるが、 ヒ *33。 ルデガル トの幻視 は この主 張 に有 力な根拠 を与 えて くれ る ァ ンチ 。キ リ スキヴィアー ス』 の教会はアンチ ・キ リス トによる迫害 に曝される女 が、 『 ス トの迫害 に耐 える教会 を 自己 の 肉体 の異変 として捉 え、 さ らには、身体 そ 性 として異様な姿で登場する。前出の第4 7 番書簡 にも見たように、 ヒルデガ ル トはアンチ 。キ リス トが外部か らの侵入者ではな く教会 の内部か ら生じる れ 自体 を一種 の歴 史年表 として 表象 した ことは、女性 たちの世界観 が客観的 悪徳だと信 じて いた。圧制者や異教 の蛮族ではな く、教会内の異端者、不信 う。 この歴史 の主体化 と身体 の構造化 は、 ヒル デガ ル トの有名な マ ク ロコス 仰者がキ リス ト教世界 の真 の敵なのである。それゆえ教会内部 の腐敗は、女 モス とミクロコスモス 論 の 中で と りわ け特徴 的 に描 かれて いた。人体 が外界 性 の体 に生 じる異変 として捉え られる。教会を象徴す る女体で特にヒルデガ や環境 の影 響 と密接 に呼応 した 構 造 的 な もので あ る とい う女性 神秘 家 の確 134。 信 は、そ の歴史観 に も反映 して いる ル トが強調するのは下半身 ( 「 磨か ら下 ( a b u m b i l i c o v e n t r i s d e o r s u)m ) 」 -72- な歴 史 記述 を超 えた 主観 的 で 感 覚 的 な事 件 の 展 開 で あ る ことを示 して いよ -73- 歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世 ドインの終末論とビングンのヒルデガル トの黙示文学― ( b ) ア ンチ ・マ リア 註 歴史的身体性へ の関心は ヒルデガル トをアンチ 。キ リス トの誕生の秘密ヘ と向かわせる。中世の修道女 の著作 には とりわけマ リアヘ の個人的関心が強 *l Verhelst,D.(ed),ス く現れ、幻視 の中で彼女 に会って会話を交わ し、生い立ちな どを聞くといつ (Corpus christianon■ た趣向のものがある。同性 へ の共感は女性神秘思想文学 に特殊 なマ リア学を スキヴィアース』 にあるアンチ 。キ リス トの母 生んだが、 ヒルデガル トの 『 1976). *2 Goetz,Hans― dso Derυ θれsお,De O"蹴 θιι empο ´ θAれだCれristi, m,Continuatio Mediaevalis 45),(TurnhOult Werner,Endzeiterwartung und Endzeitvorstenung に関す る考察は、そ の一種 として黙示録文学 の中でも特異な位置を占めてい irn Rahmen des Geschichtsbildes des friheren 12.」 る。 in:Tれ θじse αれdAわ gy jn tれθル質ddle Ages,(Lcuven se ofEscれ αtο:ο “ 1988),pp.306-332,hier p.309 神な この世を破滅 させる息子を生んだ母は子供時代 と少女時代を通 して 「 s)」 した、 とヒルデガル き人 々のもとで ( i n t e r n e f a n d i s s i m o s h o m i n e成長 *3新 トは言 う。両親が彼女 の居場所や交友関係 を知 らな いのをよいことに、娘は 悪魔 の囁きにのって男たちとの不純なつ き合 いを始め、身を核 し、淫行 の極 約 の ヨハ ネ の 黙 示 録 第 2 0 章8 節で は これ らは と も に 終 わ りの時 にサ タ ンの手 下 とな って 戦 う部 族 と され て い る。 *4 Rauh,Horst Dieter,Dα みで背徳 の子を宿す。相手が多すぎて誰 の種かはわか らな い。そ こヘルシフ をし 込 み 、 母 の 胎 内 で 悪 の 霊 を 造 る ァ ー が 精 子 ( c o a g u l a t i o )流 ahrhunderts, 勾 COnttS Z“れ datscheれ *5 s B:rd des Aれ ,たst fm И tteι α:ter υοれ `icれ Symbο :ismas,(Minster 1979),S.29. これ は ロー マ を指 す といわ れ る。 参 照 :マ ッギ ン、 バ ー ナ ー ド、 『フ ィ ( 5 8 9 f . / 5 6 5 f . )もちろん 。 これは聖霊 によるマ リアの受胎 のパ ロデ ィーで あ オ ー レの ヨ ア キ ム ー 西 欧 思 想 と黙 示 的 終 末 論 』 (宮 本 陽 子 訳 )平 凡 社 る。 しか し、聖母がイエスの成長 に果た した役割 については新約の中で言及 1997年 、 88頁 。 されていな いのに対 し、ヒルデガル トの幻視 の中ではアンチ ・マ リアは息子 *6「 しか しな が ら、歴 史 の 構 造 にお け る絶 対 的 決 定 論 は、必 ず しも個 人 に の悪行 に積極的 に関与 した ことになっている。彼が民衆を蝙 し、信望 を得て お け る 自 由 の 欠 如 を示 す も の で は な い こ と を知 っ て お く こ とが 重 要 で い くためには母 の助力が大きか ったとい う見解は、他 の神学者 の終末論 には あ る。 義 の 勝 利 を保 証 す る 神 の 介 入 を不 可 避 の もの とす る最 後 の 闘 争 に ない特に女性的なアンチ ・キ リス ト観 である。世界 の破壊者 の共犯 としてア 。 35。 人類 の歴史が、イヴが蛇 の誘惑 にのっ ンチ 。マ リアはイヴの再来 である お いて 善 の 力 に 与 す るか 、悪 の 力 に 与 す るか、 人 間 は 自由 に選 ぶ こ とが てアダム と共に楽園か ら追放された ことに始まった とすれば、それは原罪を あがなう神 の子 の母 による救済を経て、アンチ 。キ リス トの母 によって再度 許 され て い る の で あ る。 黙 示 的 終 末 論 は常 に 意 志 決 定 を 要 求 す る。」 マ ッギ ン (1997),77頁 。 *7 ヨハ ネ の 手 紙 I第4章 1-6節 参 照。 試練 に曝される。つ まりこのことは、 中世 の神学者が作 り上げたアダム ーキ リス トーアンチ 。キ リス トとい う救済史観 の裏側 で、女性神秘家がイヴ ーマ * 8 R a u h ( 1 9 7 9 ) , S . 7 2 f f . ; ッギ マ ン( 1 9 9 7 ) , 8 3 頁 。 リア ーアンチ 。マ リアによる独 自の弁証法的世界観 を構想 して いた ことを示 * 1 0 マ ッギ ン( 1 9 9 7 ) , 9 0 頁 以下。 しているのである。 *1l Cohn, Norman, Dα * 9 マ ッギ ン ( 1 9 9 7 ) , 2 1 頁 。 s れθ θ irdiscれ θ Pαrαdies. ReυOι utiο れarer “ ル籠ι ι θれαだSmus und aystischer Aれ αrchismus ,■ ″1:``θ :α lterricheれ -74- -75- 歴史 ・幻視 ・ジェンダー ー中世ドイツの終末論とビングンのヒルデガルトの黙示文学― 1929),S.2291 Europα , (OHginaltitel: The Pursuit of the Millennium. *26たとえば、シャルトルのティエリー(Thierry de Chartres)の 四大元素 Revolutionary Millenarians and mystical Anarchists ofthe Middle を使 った 『 創 世 記』 の解 釈 は神 学 の 合 理 化 と して 思 想 史 上画 期 的 な意 味 Ages,1970),(Hamburg 1988),S.43f. *12 Cohn(1988),S.63. をもって いる。テ ィエ リーについて は :Flasch,Kurt,Das pん *13 Goetz(1988),S.3 10ff. Dθれた れ:凛И cralたた 7oれ A“ 2υ tthcれα ち (Stuttgart 1987), “ “ "S'れ “ S.229-235. ホ14 Carozzi,Claude,Wし rtuれteりα7tg und Seeた れたθザ ′ .スpοたαしptiSCた *27 Cohen(1988),S.60-71. Visiοrten fmル質ttelα lteら(Fraunkfurt 1996),S.65■ * 1 5 ア ウ グ ス テ ィヌ ス も 『神 の 国』 の 中 で 時 間 円環 説 を否 定 して い る。 『 神 の 国』 1 2 巻1 4 - 2 1 章。 これ につ いて は、 マ ッギ ン ( 1 9 9 7 ) , 9 3 頁 を参 照。 *16 Goctz(1988),S.314. *17 Haacke, Hraban, Rupert von Deutz, in: Verfasserlexibれ VHI (1992),sp.402-403. *18 Migne,」 acques Paul(ed.),PatrOrogiα Latina 167, 198D-200B;McGinn,Ben■ e cttrsus cοttpretts.series ard, Visions of ι た Eれd. Apο cαJyptic rraditiOれs fれ `ぬθ ル質dd:θ Ages,(New York 1979), p.110. *28 Rauh(1979),S.175. *29 Fthrkё tter,Adelgundis(ed.), Hirdegα rdis Sctυ s,(Corpus `α Christianon■ 1■,Continuatio Mediacvalis 43),(Turnhoult 1978), S.3/ StorCh, Walburga (transl.), Sciυ Scれα “ υοれ Go`` れd “ Mθ nsch s―Wisse die Wege.E:れ θ `α jn Scん 如 ng れd Zeit, “ (Freiburg/Base1/wien 1997),S.5. *30 ibd.,S.4/S.6 *31 Migne,」 acques Paul(ed。 rsus compretts. seHes ),PatrOlο giαθ αι Latina 197,Epist.XLVH,cc.232-233. *19 Bratln,」 ohann Wihelm,Ansch von Havelberg,in:1た rrasserrait。 れ I(1978),sp.384-391. *20 Salet,G.(ed.),Aれ Jο sophiscた 特 に、sp.384-385. gues,Livre I,(Paris scIPれe de Haυ θ:be黎%Diα :ο *32 Rauh(1979),S.513. *33 Byn― ,Caroline Waker,Fragttntie醸 utt Eあ w“ .esc勧 P l dЮ ψe r i m G r a u b e n 泳秀 И θl a r t e r “ s,(Franttn a,M.1996);マ ク “ “ 、解説3 6 0 デブルクのメヒテ ィル ト 『 神性の流れる光』創文社 1 9 9 9 年 1966). 3 6 3 頁参照。 *21 McGinn(1979),pp.114-116. * 3 4 ヒルデガル トのミクロ 。マクロコスモス論についてはグールェヴィチの *22 Braun(1978),sp.389. +23 Haacke,Hraban,Gerhoch von Reichersberg,in:フυrrasserre娘 たοれ 次 の 研 究 を 参 照 。 G u t t e w i t S C h , A a r o n ,」D αs W e ` ` b j r d d e s れjtte:α :terlicheれ 」 Иθれschen,(Minchen 1989),S.43-97. II(1980),sp.1245-1259. *24 Sackur, E., Moれ mentα Geη ηαれゴ αe histοricao Libelli de lite IH, “ pp.503‐ 525. 架Fに pp.509-510参 照。 * 3 5 ヨ ハ ネ の 黙 示 録 の 中 で は、 ア ンチ 。マ リアは神 の 母 と戦 う 7 つ の 頭 と1 0 本 の 角 を もった 竜 と して 登 場 す る。 参 照 : ヨ ハ ネ の 黙 示 録 第 H 章 1 - 6 節。 * 2 5 D e m p t A . , Scα t t m f m p e n u m . C e s c t t c h t sれ ‐ d a ααt s p ″ s o p ″e “ `。 & s M : “ θJ α l t e r s u r l d d e r :p魔c 夕 h e n R c れα6 s αれ∝ , ( M 慟 ■c h e n / B e r l i n -76- -77-