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最低賃金引き上げが続くASEAN
アジア動向 最低賃金引き上げが続くASEAN ─ 低コストを求める企業にとり、 無視できないリスクに ─ 2013年、ASEANの複数の国で最低賃金が大幅に引き上げられるほか、最低賃金を新 たに制度化する動きもある。労働力需給逼迫で労働者側の発言力が増す中、政治家が有 権者からの受けが良い政策を志向しがちになっているためだ。最低賃金の引き上げは 当分続く可能性が高く、労働集約型企業・輸出企業への影響は大きいとみられる。 世界の工場・中国では、賃金上昇が急激である。こ のため、コスト増に直面した進出企業は、2000 年代 労働力需給逼迫下、強気に出る労働者 半ばから、ASEAN などに投資先を分散させてきた。 ところが、その ASEAN でも最低賃金の大幅な引き ASEAN では、インドネシアのモータリゼーショ 上げや制度新設の動きが増えており(図表 1)、賃金 ンに代表される旺盛な個人消費を背景に、経済が総 上昇が大きなリスクになっている。この背景には、① じて順調に拡大している。好調な経済を反映して失 労働力需給の逼迫を背景に労働者側の発言力が増し 業率が低下しており、足元の失業率は、ほとんどの国 ており、賃上げ要求のための労働運動が活発化して で 2000 年代以降最低水準の近傍にある。労働力需給 いること、②有権者の歓心を買うため、政治家が最低 が徐々にタイト化してきたことに合わせて、賃上げ 賃金の引き上げを主導していること、という二つの を含む労働条件の改善を声高に叫ぶなど、労働者サ 要因がある。 イドが強気になる国が増えている。 ●図表1 ASEANにおける最低賃金の動向 2012年の動き 2013年の予定 1月から改定されるが、 執筆時点では未定の地域がある インドネシア 1月から平均約13%(ジャカルタ特別州は18.5%)引き上げ 日本企業が集積するジャカルタ特別州では 43.9%、ブカシ県で は34.2%引き上げることが決まっている タ イ 4月から約40%引き上げ 1月から一律日給300バーツ(上昇率は0∼約35%) 1月から新設、マレー半島部が月給900リンギ、ボルネオ島北部 マレーシア 制度なし が月給800リンギ ベトナム 2011年10月から27.3∼68.7%引き上げ (2012年分を前倒し) 1月から16.1∼18.0%引き上げ 制度なし、最低賃金法制定を検討 ミャンマー 2012 年 6 月、工業団地ワーカーの最低賃金を暫定的に月給 新設される可能性 56,700チャットに設定し、企業に遵守を要請との報道 ラオス 1月から80%引き上げ ― マニラ首都圏では、非農業部門で 6 月に 4.7%・11 月に 2.2%引 ― フィリピン き上げ 制度なし シンガポール 全国賃金評議会は、2012/13 年度(7∼6 月)における低所得者 ― の賃金を、5%以上引き上げるよう勧告 据え置き(2010年10月に月給56ドルから61ドルに引き上げた 据え置き カンボジア 際に、2014年まで据え置く方針が示されている) (参考) 中 国 1∼9月期の平均で19.4%引き上げ ― (注)1.2012年12月初旬の執筆時点の情報に基づく。 ―は未定ないし不明。 2.国によっては、最低賃金決定が遅れて改定時期に間に合わず、遡及適用されることがある。 (資料)各種報道、JETROウェブサイト 8 特に目立つのがインドネシアだ。2011 年後半から 採用されたという側面がある。マレーシア華人商工 2012 年初頭にかけて、最低賃金大幅引き上げを求め 会議所が2012年6月に実施したアンケート調査によ る労働争議が起こった。2012 年 10 月にも、非正規従 れば、会員企業の55.9%が、最低賃金制度は事業に悪 業員の正社員化などを求める大規模なデモやストラ 影響を及ぼすとしている。 イキが発生し、ホンダやパナソニックなどの有力企 インドネシアでは、2014 年 4 月に総選挙、同年 7 月 業が操業停止に追い込まれた。それに続いて、2013 に大統領選挙が予定されており、政治家は、労働者の 年の最低賃金大幅引き上げを求める労働争議が激化 要求に対していっそう融和的になっている。2013 年 した。 におけるインドネシアの最低賃金は、本稿執筆時点 インドネシア以外の国を見ると、ベトナムでは、 において出揃っていないが、ジャカルタ特別州では 2012 年 6 月に屈指の有力輸出企業であるキヤノンで 43.9%引き上げることが決定されるなど、大幅に上 賃上げを求めるストライキが発生、一部周辺企業に 昇することが確実な情勢である。 も騒動が波及した。ミャンマーでは、賃金引き上げを 現在、人件費の低さを武器に、生産拠点の立地先と 求める工場労働者が、2012 年中盤に大規模なストラ して非常に高い注目を集めているミャンマーでも、 イキを起こした。タイでも、繊維工場などで、賃上げ 民主化が進展しており、一般有権者への政治的な配 を求める労働争議の発生が報じられている。 慮は今後強まる可能性があろう。現在、最低賃金法の 一部の国では、工場労働者ではない外部の「労働争 制定が検討されている。 議のプロ」とも呼ぶべき勢力が介入している。彼ら は、労働運動を扇動しているほか、労働者の工場への 当面、 賃金引き上げの動きが続くとみるべき 立ち入りを妨害するなどの事例も発生しているよう だ。 2012 年は、賃金上昇に加え、景気減速や反日暴動 なども、日本企業が中国に投資することに伴うリス 政治家は労働者の支持獲得に腐心 クを非常に強く意識させた。この結果、2013 年は、 ASEAN 向け直接投資の加速が予想される。ASEAN こうした状況下、政権支持率の上昇等を目指し、政 治家は人気取りの政策に走りがちである。 の労働力需給はさらに逼迫する可能性が高く、労働 者は賃金引き上げ要求を強めるだろう。 代表例はタイだ。タイでは、2012 年に最低賃金を 特に注意すべきは、先述の通り選挙が近く、かつ労 大幅に引き上げたのに続き、2013 年に最低賃金を全 働運動が先鋭化しているインドネシアである。2014 国一律日給 300 バーツまで引き上げる予定だが、後 年の最低賃金は、引き続き大幅に引き上げられる可 者の措置は 2011 年の総選挙における現与党の公約 能性が高い。2015 年に、タイとミャンマーで議会の である。それまでタイでは、最低賃金が実質的にほと 任期が満了するため、やはり当面の最低賃金は大き んど上がってこなかったので、この程度の引き上げ く引き上げられやすい状況と言える。 は問題ないとの見方もあり、購買力向上につながる 最低賃金が続けて大幅に上昇すれば、日系を含 ため一部の内販型企業はむしろ歓迎している。しか め、労働集約型の企業にとっては、かなりの影響が し、アパレルやエレクトロニクスといった輸出企業 及ぶと思われる。中国の高コスト回避等を目的に は打撃を受けており、工場をベトナムやカンボジア ASEAN への投資を検討する企業は、こうした状況 などタイ国外に移転させる動きもみられる。なお、タ をよく踏まえ、戦略を練る必要があろう。 イ政府は当初、2013 年の改定後 2 年間は最低賃金を 据え置く方針としていたが、後に方針を修正し、経済 みずほ総合研究所 アジア調査部 状況次第では再引き上げもあり得るとしている。 主任研究員 稲垣博史 マレーシアでは、2013 年に最低賃金制度が導入さ [email protected] れるが、同年 4 月に議会の任期が満了して近く総選 挙が行われるため、有権者からの受けが良い政策が 9