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高校化学教科書の変遷 −昭和30年代と平成20年代の

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高校化学教科書の変遷 −昭和30年代と平成20年代の
大阪市立科学館研究報告 26, 71 - 74 (2016)
高校化学教科書の変遷 -昭和 30 年代と平成 20 年代の比較-
川 井
正 雄
*
概 要
化 学 の進 歩 、発 展 とともに化 学 教 育 の内 容 も変 わり、その変 化 は教 科 書 に反 映 される。昭 和 31年 (1
956年 )より施 行 された学 習 指 導 要 領 に基 づく高 等 学 校 の化 学 の教 科 書 と、平 成 14年 (2002年 )に改
訂された学習 指 導 要 領 に準 拠 した教 科 書 との比 較検討 を行った。教科 書に記述される内容は両者 で顕
著 に異 なり、新 しい教 科 書 に含 まれる事 項 は大 幅 に増 加 したが、時 代 に合 わずに消 えていったものもあ
る。化合物 の名 称 、化 学 用 語 、単 位 なども、半世 紀の間 に大きな変化 が見 られる。
1.はじめに
3.高 等学 校の化 学の教科書
我 が国 における戦 後 の化 学 ・技 術 の発 展 は目 覚 ま
教科 書 の内 容は学 習 指導 要領 (および、より詳 細な
しく、衣 食 住 をはじめ私 たちの生 活 、環 境 、社 会 は顕
記 載 のある学 習 指 導 要 領 解 説 :文 部 科 学 省 発 行 )に
著 な変 化 を 遂 げてきた。科 学 の進 歩 は理 科 教 育 に も
準拠 しており、学 習指 導要 領の改 訂に伴い、教科 書も
大 きな変 化 をもたらし、化 学 の教 科 書 の内 容 はそれら
改 訂 され ている 。本 稿 では 、 高 等 学 校 の 化 学 の 教 科
の変 化 を反 映 して、その時 代 を示 す 一 つの標 準 的 な
書 に ついて、主 と して、2度 目 および7度 目 の 学 習 指
指 標 を提供すると考 えられる。
導 要 領 の改 訂 にともなって発 行 された昭 和 31年 度 以
降 および平 成 14年 以 降 の高 等 学 校 の化 学 の教 科 書
2.学 習指 導 要領
の比較を行うこととする。
文部 省(省庁 再 編 により平 成 13年 より文 部 科 学 省)
昭 和 31〜40年 に使 用 された「化 学 」の教 科 書 には
が各 教 科 で教 える内 容 を定 めたものが学 習 指 導 要 領
5単 位 用 と3単 位 用 が存 在 し、前 者 の方 がページ数 も
である。第 二 次 世 界 大 戦 以 前 の教 育 内 容 があらため
多 く記 述 内 容 も豊 富 となっている。5単 位 用 の計 10種
られ、小 学 校 教 科 の修 身 等 が廃 止 され家 庭 科 が男 女
類 (参 考 文 献 1)を比 較 検 討 の対 象 とすることとし、昭
共 修 となるなど新 しい教 育 課 程 が定 められた。最 初 の
和 版 と総 称 する。この「化 学 」から5回 の指 導 要 領 の改
施 行 が昭 和 22年 (1947年 ) であり、その後 、昭 和 26
訂 を 経 た 平 成 1 5 〜 2 6 年 度 で は 教 科 書 は 「 化 学 Ⅰ」
年(1951年)、昭 和 31年 (1956年 )、昭 和 36年(196
「化 学 Ⅱ」の2册 に分 かれていて、「化 学 Ⅰ」の後 に「化
1年 )、昭 和 46年 (1971年 )、昭 和 55年 (1980年 )、
学Ⅱ」を学ぶので、この両 者 を合わせた内容を、5単位
平 成 4年 (1992年 )、平 成 14年 (2002年 )、平 成 23
用 の昭 和 版 と比 較 する。「化 学 Ⅰ」「化 学 Ⅱ」の教 科 書
年 (2011年 )の8度 の改 訂 を経 て現 行 の学 習 指 導 要
は7社 より出 版 されており(参 考 文 献 2)、これらを平 成
領 に至 っている 。改 訂 された学 習 指 導 要 領 は学 年 進
版 と総 称 する。なお、現 行 教 科 書 は平 成 23年 年 度 よ
行 で実 施 されるため改 訂 の直 後 は新 旧 の教 育 課 程 が
り施 行 された学 習 指 導 要 領 に対 応 するもので、「化 学
混 在 することになるが、新 規 教 育 課 程 に先 立 って移 行
基礎」「化学」の二本立 てとなっている。
措 置 が導 入 される場 合 もある。上 記 は、小 学 校 におい
て本格的 に開始された年 度 を示 している。
4.周 期表 と族
昭 和 版 、平 成 版 を問 わず、表 紙 あるいは 裏 表 紙 を
開 いたところに元 素 の周 期 表 が示 されている。ただし、
*
中 之 島 科 学 研 究 所 研 究 員 、奈 良 県 立 医 科 大 学 医 学 部
非常勤講師
[email protected]
昭和 版 のほとんどは「律」の字が入っていて「周 期律 表」
と記 されている。平 成 版 の周 期 表 は1族 から18族 まで
の18列 よりなる長 周 期 型 の教 科 書 であるのに対 し、昭
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川井 正雄
和版 では長 周期 型 の教 科 書 と9列 よりなる短 周期 型 の
単 位 として、「規定」(n 規定 =n グラム当量/1 リットル)
教 科 書 とが混 在 している。両 方 の表 が載 せられている
が用いられている。平成版 では、溶液 1 リットル中の溶
例も見 られて、この時 期 が短 周 期 型 から長 周 期 型への
質 の物 質 量 を示 すモル濃 度 が用 いられている。なお、
移行期にあたるようである。
リットルは昭 和 版 では斜 体 の小 文 字 l 、平 成 版 では大
平 成 版 の長 周 期 表 では、縦 の列 は整 然 と1から18
文 字 の L である。
まで番号 が振 られているのに対 し、昭 和 版 の長 周 期表
国 際 単 位 系 (SI)への移 行 により、圧 力 の単 位 は昭
では左端から順に列 の上 部 に I A、II A、III B、IV B、V
和 版 の mmHg や気圧から平 成版では Pa(パスカル、1
B、VI B、VII B、(3列 まとめて)VIII、I B、II B、III A、IV
気 圧 =1013 hPa)に、熱 量 の単位は cal から J(ジュー
A、V A、VI A、VII A、0と記 されている。I から VII まで
ル、1 cal=4.184 J)に変 わっている。また、オングス
それぞれ A と B があって、A は典 型 元 素 で B が遷移元
トローム(10 −10 m)も使 われなくなり、分 子 などの大 きさ
素 となっている。一 方 、短 周 期 表 の方 は、元 素 の原 子
を表す単位は nm(10 −9 m)になっている。
価 が族 の番 号 になっていて、0族 以 外 は 1つの欄 に複
数の元素が含まれている。上 記 の A と B が1つの族に
6.化 学用 語
まとめられている形 で、例 えばアルカリ金 属 と銅 族 は共
化 学 用 語 は時 代 を超 えて変 わりなく用 いられるもの
に1価なので同 じ I 族 の列 に入 れられている。VIII 族 は
が多 いが 、中 には 大 きく 変 化 した もの もあり 、そ の いく
1 つの 欄 に 3元 素 が 入 っ ていて、例 え ば 、第 4 周 期 は
つかを紹介する。
Fe、Co、Ni の3元 素 よりなっている。なお、表 の形や書
昭 和 版 では、塩 酸 を1塩 基 酸 、硫 酸 を2塩 基 酸 、リ
き方は統一されておらず、教 科 書 によって A、B が小文
ン酸 を3塩 基 酸 、水 酸 化 ナトリウムを1酸 塩 基 、水 酸 化
字 の a、b のものや、左 右 の配 置 が異 なるものもある。さ
カルシウムを2酸 塩基 などとする現在は使用されていな
らに、典 型 元 素 と遷 移 元 素 での分 類 にはなっていない
い表 現 が用 いられている。2価 の塩 基 、3価 の酸 といっ
ものも見られる。
た現 在と同 じ表 現の教 科 書 も存 在 したので、1価 、2価 、
昭 和 版 では原 子 番 号 102の No(ノーベリウム)まで
でそれ 以 降 は 空 欄 であるの に対 し、平 成 版 では原 子
3価 という素 直 でわかりやすい用 語 へ統 一 される移 行
期であったようである。
番 号 111の Rg(レントゲニウム)、あるいは、原 子番 号1
化 合 物 名 では、昭 和 版 のフェロシアン化 カリウム(黄
12の Cn(コペルニシウム)までが記 載 されている。最近 、
血 塩 ) K 4 [Fe(CN) 6 ] 、 フ ェ リ シ ア ン 化 カ リ ウ ム ( 赤 血 塩 )
理 化 学 研 究 所 での 合 成 が 国 際 的 に 認 められ た 原 子
K 3 [Fe(CN) 6 ]が、平 成 版 では、ヘキサシアノ鉄 (Ⅱ)酸 カ
番 号 113の 新 元 素 を 含 めて、周 期 表 に新 た に4種 の
リウム、ヘキサシアノ鉄 (Ⅲ) 酸 カリウムとなっている。平
元素 が加 わることとなった。原 子 番 号 118まで埋 まって
成 版 では見 られない無 機 化 合 物 の名 称 は黄 血 塩 、赤
第 7周 期 が完 成 することになるが、高 校 の化 学 の教 科
血 塩のほかに、ぼう硝 (Na 2 SO 4 )、昇 こう(HgCl 2 )など多
書に反映されるのは、少 し先 のこととなるであろう。
数ある。
原 子 価 の異 なる金 属 について、昭 和 版 は低 原 子 価
5.原 子量 、物質 量 、単 位 系
を第 1、高 原 子 価 を第 2として、例 えば、塩 化 第 1水 銀
原 子 量 は 昭 和 版 と 平 成 版 に ほ と ん ど 差 は ないが 、
(Hg 2 Cl 2 )、塩化 第2水 銀(HgCl 2 )とされていたが、平 成
昭 和 版 では 酸 素 の原 子 量 は小 数 点 のない整 数 値 の
版 では価 数 をローマ数 字 で示 して塩 化 水 銀 (I)、塩 化
16であるのに対 し、平 成 版 では16.00である。かつて
水 銀 (II)となっている。イオンについても同 様 で、例 え
は、酸 素 原 子 の 平 均 質 量 を 16とし、酸 素 に対 する相
ば 2 価 と 3 価の鉄イオンは、昭和版 では第 1 鉄イオン、
対 質 量 として他 の原 子 量 が定 義 されていた が、昭 和 3
第 2 鉄 イオンと呼ばれ Fe ++ 、Fe +++ と表記されていたの
6年 (1961年)に原 子 量 の基 準 が質 量 数 12の炭 素 に
が、平 成 版 では 鉄 (Ⅱ)イオン、鉄 (Ⅲ)イオンに変 わり、
改 められた。現 在 は、酸 素 の原 子 量 は15.9994であり、
イオン式 の電 荷 を示 す右 肩 の添 字 の書 き方 も Fe 2+ 、
有 効 数 字 4桁で表 せば16.00となる。
Fe 3+ となった。Cl - 、OH - も、昭 和 版 の塩 素 イオン、水 酸
昭和版 では、原 子 量 、分 子 量 にグラム単 位 をつけた
イオンから、平 成 版 では 塩 化 物 イオン、水 酸 化 物 イオ
量、すなわち1モルが、それぞれ 1 グラム原 子 、1 グラム
ンとなった 。重 炭 酸 ナトリウム、重 クロム酸 カリウムなど
分 子 と呼 ばれている。この「グラム何 々」の用 語 は過 去
の「重 」も使 われなくなって、炭 酸 水 素 ナトリウム、二 ク
のものであり、平 成 版 には見 られない。アボガドロ定 数
ロム酸 カリウムとなっている。
の粒 子 の集 合 体 の質 量 に基 づくモルに対 して平 成 版
では「物質量」という用 語 が用 いられている。
その他 、不 活 性 気 体 が希 ガスに、同 位 元 素 が同 位
体になど、用語 が昭 和版から平 成版 で変 わっている例
昭和版 では、酸 や塩 基 の 1 モルを価 数 で割 ったもの
は 数 多 く あ る 。昭 和 版 では、反 応 性 が 高 い水 素 や酸
が 1 グラム当量であり、このグラム当 量 に基 づく濃 度 の
素 を示 す「発 生 期 の」という用 語 が使 われていたが、実
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高校化学教科書の変遷 -昭和 30 年代と平成 20 年代の比較-
態 が 不 明 であ り 今 は 使 われていない。 純 度 の 高 い酢
合 、遷 移 元 素 などが平 成 版 の「化 学 I」の最 初 の方 で
酸 を表 す氷 酢 酸 の語 が教 科 書 から消 えたが、今 では
説 明 さ れ ている 。 反 応 速 度 や 活 性 化 エネ ルギー など
普 通 に入 手 する酢 酸 は水 分 含 量 が1%以 下 のもので
多くの内 容が、昭 和版 では扱われていない。無機 化 合
室温が低 いと「凍 る」のは当 然 である。
物 では昭 和 版 にないシランやホスフィンなどが平 成 版
に登 場 するが、特 に有 機 化 学 、有 機 化 合 物 について
7.時代 の変化
平 成 版 の方 がはるかに詳 しい。分 子 の立 体 構 造 につ
本 稿 では 昭 和 3 0年 代 の教 科 書 を昭 和 版 と呼 んで
いて昭 和 版 と平 成 版 の差 は著 しい。前 者 では二 重 結
いるが、昭 和 期 の代 表 という意 味 ではない。敗 戦 後 の
合 の平 面 性 や不 斉 炭 素 の記 述 がないのに対 して、後
復 興 をほぼ終 えて高 度 成 長 期 を迎 える前 の昭 和 期 の
者 では 鏡 像 異 性 体 をは じめポ リペプ チド 鎖 の 立 体 構
教 科 書 は、一 見 しただけで平 成 版 の教 科 書 とは大 きく
造 や DNA の二重 らせん構 造も描かれている。
異 なる。当 時 の教 科 書 は紙 質 も悪 く、カラーのページ
は口 絵 の1、2枚 だけであり、総 ページ数 は400ページ
9.化学 と化 学工業 の進歩
程 度 のも のが 多 い。平 成 版 は全 ペ ー ジが カラー印 刷
昭和版 では炭素 の単 体はダイヤモンドと黒 鉛だけで
であり、「化 学 Ⅰ」「化 学 Ⅱ」 を合 わせた総 ページ数 は
あるが、平 成 版 にはフラーレンが炭 素 の同 素 体 として
昭 和 版 の5割 増 し程 度 になっている。科 学 、化 学 の進
併 記 され、さらに カーボ ンナ ノチューブや炭 素 繊 維 に
歩 とともに内 容 が増 加 し、高 度 化 しているのは当 然 の
ついて触 れているものもある。化 学 の進 歩 が教 科 書 の
ことであるが、ここでは昭 和 版 では記 載 されていた内容
内容に反映されている一 例 である。
が時 代 の流 れによって消 えていったものを何 点 か紹 介
する。
敗 戦 から復 興 した日 本 は、高 度 成 長 を経 た半 世 紀
で、衣 食 住 は見 違 えるばかりに豊 かになった。化 学 の
昭 和 版 の教 科 書 の特 徴 として化 学 工 業 に関 する写
進 歩 の恩 恵 を受 けた品 々が満 ち溢 れ ていて、例 えば
真 が非 常 に多 い。鉛 室 法 に よる硫 酸 の製 造 、水 の電
平成 版の教 科 書に記 載されている高 吸水 性高 分子は
気 分 解 に よる水 素 の製 造 、電 解 による アルミニ ウムの
紙 おむつなどに利 用 されている。しかし、 高 校 化 学 の
製 造 、銅 の電 解 精 錬 、亜 鉛 メッキ、陶 磁 器 の製 造 、製
教科書 の記述は、化 学製 品 や化学 技術についての最
紙 、硬 化 油 の 製 造 等 々 であ る。 我 が 国 の 成 長 を支 え
近 の進 歩 を十 分 には反 映 していない。教 育 指 導 要 領
た工業の発展 における化 学 の重 要 性 を示 している。炭
の改 訂 は10年 に1度 程 度 であり、指 導 要 領 に準 拠 し
焼きがまの写 真 や塩 田 の風 景 も見 られるが、平 成版 で
て作 られる教 科 書 の内 容 が種 々の進 歩 に即 応 できて
は、製造業 に関わる写 真 や図 版 はずっと少 ない。
ない。しかし、化 学 の進 歩 が教 科 書 の内 容 に取 り入 れ
昭 和 版 では合 金 の紹 介 に は必 ず 主 成 分 が鉛 で固
られない最 大 の理 由 は、教 育 を受 ける学 生 側 の負 担
化 時 の体 積 膨 張 が特 徴 の 活 字 金 (活 字 合 金 )が含 ま
への配 慮 かもしれない。教 科 書 の記 載 内 容 が増 加 す
れている。最 近 は、活 字 を用 いる活 版 印 刷 がほとんど
れば、記 憶 しなければならない事 項 が増 加 し、化 学 嫌
行 われておらず、教 科 書 にも記 載 はない。写 真 技 術の
いの高 校 生 を増 やしてしまうことにつながる。高 校 の教
進 歩 は めざ ましく 、設 計 図 に よ く 用 いられ ていた 青 写
科 書 は十 分 な吟 味 を経 て作 製 された標 準 資 料 、一 級
真 もすっかり過 去 のものとなった。昭 和 版 では、鉄 塩 を
資 料 ではあろうが、その性 質 上 、化 学 の進 歩 を十 分 に
用 いて感 光 により青 色 の顔 料 を生 じる 青 写 真 の説 明
反映できないのは致 し方 ない面もある。
があるが、平 成版 にはない。
なお、昭 和 版 には説 明 のある地 球 の構 造 や原 子 核
10.ボルタ電池 とダニエル電池
の 変 化 が 平 成 版 に は見 られ ないの は 、時 代 の 流 れ と
化 学 の進 歩 にともなって教 科 書 に取 り上 げられる内
は関 係 はなく、それぞれ地 学 や物 理 に移 行 したためで
容が変 わるのは当 然のことであるが、ここではその一例
ある。
として電 池 を取 り上 げる。昭和 版 の教 科 書 の電 池 の項
では先 ずボルタ電 池 の紹 介 があり、ダニエル電 池 につ
8.学習 内容の高 度 化
いては触れられていないものが多 い。しかし、平 成版 で
平 成 版 と して参 照 している のは現 行 課 程 の直 前 の
最 初 に説 明 されているのは、ほとんどの場 合 がダニエ
ゆとり教 育 路 線 の極 みとされるカリキュラム用 の教 科 書
ル電 池 (Zn|ZnSO 4 aq|CuSO 4 aq|Cu)である。ボルタ電
である 。こ の改 訂 は学 習 内 容 、学 習 時 間 数 の減 少 で
池 は参 考 としてコラムなどで紹 介 されている例 が多 く、
学 力 低 下 の元 凶 ともされたが、それでも昭 和 版 と比 較
まったく記 述 のない教 科 書 もある。イオン化 傾 向 の異
するとその記 述内 容 は半 世 紀 の間 に著 しく高 度 化 して
なる金 属 とその金 属 イオンとを組 み合 わせて、亜 鉛 が
いる。かつては、大 学 の教 養 課 程 で教 えられていた電
イオン化 して亜 鉛 イオンとなり、銅 イオンが金 属 銅 とし
気陰性 度 、電 子親 和 力 、イオン化 エネルギー、水素 結
て析出 するダニエル電池 は理 解 しやすい。ボルタ電池
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川井 正雄
の紹 介 では、正 極 で発 生 する水 素 が関 わる分 極 により
隆 堂 )昭 和 34〜 40年 度 、「 化 学 5単 位 用 」(大 日 本
起電 力 が1.1 V から0.4 V に低 下 してしまうといった
図 書 )昭 和 31〜 36年 度 、「 化 学 5単 位 用 」(中 教 出
説 明 が付 記 されている。科 学 史 の観 点 からはボルタ電
版 )昭 和 35 〜3 9 年 度 、「 高 等 学 校 化 学 新 版 」(好
池 の方 が重 要 であろうが、その電 極 では、実 際 には教
学 社 )昭 和 31年 度 、「高 等 学 校 の科 学 新 制 化 学 全 」
科 書 に 示 さ れ ている よ り 複 雑 な反 応 が 起 こ っ ている 。
(修 文 館 ) 昭 和 3 4 〜3 8 年 度 、「 新 指 導 要 領 準 拠 化
正 極 の銅 板 の表 面 が酸 化 皮 膜 で覆 われ ていることも
学 」( 清 水 書 院 ) 昭 和 3 5〜 39 年 度 、「 新 指 導 要 領 準
多 く、この場 合 は理 論 値 よりも高 い起 電 力 が観 察 され
拠 化 学 四 訂 版 」( 三 省 堂 )昭 和 3 1〜 35 年 度 、「自
る。電 池 の本 家 のボルタ電 池 を脇 役 に引 きずり下 ろし
然 の科 学 化 学 」(講 談 社 )昭 和 31〜32年 度 、「理 科
たのは、電 気 化 学 の進 歩 による詳 細 な 電 極 反 応 につ
の教室 化学」(実教出 版)昭和 35〜39年 度
いての解 明 である。(参 考 文 献 3)
2)「改訂 高 等 学 校 化 学 I」「同 化 学 II」(第1学習社)
なお、時 代 の進 歩 を反 映 して平 成 版 ではアルカリマ
平 成 19〜25年 度 、「改 訂 版 高 等 学 校 化 学 I」「同
ンガン乾 電 池 、ニッケル・カドミウム電 池 はじめ各 種 の
化 学 II」(数研出 版)平成 19〜26年度 、「化 学 I」「化
電 池 や燃料 電池 が取 り上 げられている。
学 II」(東京書籍)平成 19〜26年度 、「化学 I 新 訂版」
「同 化 学 II」(実教出版)平 成 19〜26 年度、「高等 学
11.ヨードホルム反 応
校 化 学 I」「同 化 学 II」(三 省堂)平成 15〜25年 度、
一 般 の 化 学 書 と は 異 なり 、 教 科 書 は そ の 性 質 上 、
「高等学校 化 学 I 改 訂版」「同 化 学 II」(啓林 館)平
時 代 を反 映 した新 しい高 度 な内 容 を含 むことが制 限 さ
成 19〜26年度 、「新版 化 学 I」「同 化 学 II」(大日本
れることはすでに述 べた。ここでは、また逆 の形 で大 学
図書)平成 19〜25年 度 、「精解 化 学 I」「同 化 学 II」
入 試 が教 科 書 に影 響 を与 えている例 としてヨードホル
(数研出版)平成19〜26年 度
ム反応 を取り上 げる。
3)岡 博 昭 「 電 池 教 材 に関 する 一 考 察 -ボ ルタ電 池 の
メチルケトン類 がアルカリ性 条 件 下 でヨウ素 と反 応 し
てヨードホルム CHI 3 を生 じるのがヨードホルム反応 であ
問 題 点 を中 心 に」大 阪 教 育 大 学 附 属 高 等 学 校 天 王
寺校舎研 究集録 第 51集 (2009)pp71-86
る 。昭 和 版 の 教 科 書 では この 反 応 が 載 っ てない方 が
多 い。平 成 版 では 化 学 Ⅰの 教 科 書 のす べ てがヨ ード
謝辞
ホ ルム反 応 を扱 っ てお り 、最 近 の 理 系 受 験 生 が 読 む
昭 和 30年 代 の教 科 書 資 料 を提 供 いただいた 私 市
化学の参考 書 には必 ずこの反 応 が記 載 されている。か
紀 代 子 氏 および中 之 島 科 学 研 究 所 の宮 島 一 彦 氏 、
つては実 際 にメチルケトンの検 出 手 段 として本 反 応 は
学 習 指 導 要 領 や教 科 書 の 変 遷 等 についての 助 言 を
有 用 であった。しかし、機 器 分 析 が発 達 した現 在 、化
いた だ いた 名 古 屋 工 業 大 学 の 高 木 繁 教 授 お よび梟
合 物 の定 性 試 験 にヨードホルム反 応 が使 用 されること
塾 の河 村 真 三 氏 、ボルタ電 池 の電 極 反 応 等 について
はない。また 、そ の反 応 機 構 は高 校 生 が容 易 に 理 解
ご教 示 いただいた中 之 島 科学 研 究 所 の小 野 昌 弘 氏 、
できるほど単 純 ではない。明 らかに時 代 遅 れの本 反 応
( 公 財 ) 神 奈 川 科 学 技 術 ア カデミー の 落 合 剛 氏 に 感
が教 科 書 に残っているのは、本 反 応 が大 学 入 試によく
謝する。
出 題 されるからである。確 かに、いくつかの情 報 を与 え
て分 子 構 造 を推 定 させる入 試 問 題 の作 製 に恰 好 のア
イテムである。大 学 受 験 が高 校 教 育 の内 容 をゆがめて
いる一例 であろう。
12.おわりに
教 科 書 は学 生 教 育 への配 慮 から、種 々の制 限 を受
けてはいるが、標 準 的 な一 級 資 料 である。世 界 および
日 本 の化 学 の進 歩 、発 展 のみ ならず 、広 く科 学 全 般
や教 育 、生 活 、社 会 の変 化 が映 し出 されている。本 稿
では、断 片 的 な比 較 にとどまっているところも多 いが、
さらに総 合 的 、体 系 的 、包 括 的 な視 野 での 検 討 が期
待される。
13.参 考文 献
1)「化 学 」(大 原 出 版 )昭 和 35〜39年 度 、「化 学 」(開
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