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研 究
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
The System of People s Congress and Its Problems in China
江 利 紅*
目 次
はじめに
Ⅰ 中国における人民代表大会制度の史的展開
1 「共同綱領」と人民代表大会制度の醸成段階
2 1954年憲法と人民代表大会制度の確立段階
3 1975年憲法と人民代表大会制度の破壊段階
4 1978年憲法と人民代表大会制度の回復段階
5 1982年の現行憲法と人民代表大会制度の発展段階
Ⅱ 中国の根本的政治制度としての人民代表大会制度
1 中国の根本的政治制度──人民代表大会制度
2 人民代表大会制度の基本原則──「人民主権」の原則
3 人民代表大会制度の組織原則──「民主集中制」の原則
Ⅲ 中国における人民代表大会制度の主な内容
1 人民の民主的権利の実現のための制度
2 選挙制度──人民と人民代表大会との関係
3 国家機関体系──人民代表大会とその他の国家機関との関係
4 地方制度──中央と地方との関係
Ⅳ 中国における人民代表大会制度の現代的課題
1 「民主集中制」の原則と各国家機関間の抑制関係
2 人民代表大会制度と中国共産党の指導
3 人民代表大会の地位向上と機能改革
おわりに
* 江西財経大学法学院副教授・嘱託研究所員
123
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
は じ め に 社会主義国の中国では,人民代表大会制度が国の「根本的な政治制度」1)
として確立されている。「人民代表大会制度」は,人民代表大会に関する
制度であるのみならず,「すべての国家権力は人民に属する」という「人
民主権」の原則をその基本原則とし,「民主集中制」をその組織原則とし,
人民の民主的権利の実現のための制度,選挙制度,国家機関の選出制度お
よび地方制度などの具体的な制度から構成される2)。このような人民代表
「民
大会制度は西洋や日本の議会民主制に相当するが,
「人民主権」の原則,
主集中制」の原則や共産党の指導などの面では中国の特色をもっている。
本論文では,まず中国における人民代表大会制度の歴史的沿革を踏まえた
上で(Ⅰ),1982年の現行憲法およびその付属法に則して,中国の根本的
政治制度である人民代表大会制度およびその基本原則,組織原則を概観し
(Ⅱ),次に,人民代表大会制度の主要な内容を分析し,特に日本の国家機
関と比較した上で,「民主集中制」原則に基づく国家機関体系および各国
1) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,27頁。
2) 「人民代表大会制度」という概念で,直接に人民代表大会に関する仕組みだ
けでなく,人民代表大会と関連する諸制度をも包括的に把握することが中国で
は広く行われている。 本稿でも,この用語法によって,「人民代表大会制度」
という用語を用いることとする。中国における「全人民代表大会制度について
は,俞子清編『憲法学(第三版)』,中国政法大学出版社,2007年,106頁,邱
之岫編『憲法学』,中国政法大学出版社,2007年,249頁,魏定仁,傅思明編『憲
法学』,知識産権出版社,2006年,95頁,
『実用憲法学新詞典』,吉林人民出版社,
2004年,136頁,胡錦光,任端平編『憲法学』,中国人民大学出版社,2003年,
204頁以下,肖蔚云等『憲法学概論』,北京大学出版社,2002年,139頁,魏定
仁等『憲法学』,北京大学出版社,2001年,191頁,蒋碧昆編『憲法学』,中国
政法大学出版社,1994年,146頁など参照。ただし,直接に人民代表大会に関
する仕組み(設置,種類,人民との関係,他の国家機関との関係)のみに関す
る規定のみを指す場合は,人民代表大会に関する規定として,「人民代表大会
制度」と区別して用いることとする。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
家機関間の関係を分析し(Ⅲ),さらに「民主集中制」の原則,共産党の
指導,人民代表大会の地位向上と機能改革などの人民代表大会制度に関す
る現代的課題を検討し(Ⅳ),最後に,政治体制改革の一部としての人民
代表大会制度改革を検討し,人民代表大会制度の将来の展望を行うことに
する(おわりに)。
I 中国における人民代表大会制度の史的展開
1949年に建国された中華人民共和国では,国民党政府の法律と法制度が
すべて廃棄され,人民主権の基本理念に立脚した人民代表大会制度が導入
された。この人民代表大会制度は1949年の「共同綱領」,1954年憲法,
1975年憲法,1978年憲法,1982年の現行憲法のもとで,醸成,確立,破壊,
回復,発展の段階を経て,現行制度に至った。
1 「共同綱領」と人民代表大会制度の醸成段階
1949年 9 月,中国人民政治協商会議3)第一回全体会議は,北京で開かれ,
(通常,共同
「臨時憲法」4)の性格をもつ「中国人民政治協商会議共同綱領」
綱領と呼ばれる)を採択し,選挙によって中央人民政府を選出し,中華人
民共和国の成立を宣言した5)。「中国人民政治協商会議は,人民民主統一戦
線の形式を取り,その構成員は,労働者階級,農民階級,革命的軍人,知
識階級,小ブルジョア階級,民族ブルジョア階級,少数民族,国外華僑お
よびその他の愛国的民主組織の代表から成る」と定める(13条 1 項)。当
面選挙によって全国人民代表大会が選出されるまでは,人民政治協商会議
3) 中国人民政治協商会議は中国共産党,各民主党派,各団体,各界の代表で構
成される全国統一戦線組織である。
4) 「共同綱領」の性質については,「臨時憲法の役割を果たした」と評価されて
いた。劉少奇「関于中華人民共和国憲法草案的報告」
(中国第一期全国人民代表
大会第一回会議1954年 9 月15日)
『人民日報』1954年 9 月16日参照。
5) 「中国人民政治協商会議共同綱領」
( 中国人民政治協商会議第一回全体会議
1949年 9 月29日)参照。
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
の全体会議は全国人民代表大会の職権を代行し,中央人民政府組織法を制
定し,中央人民政府委員会を選出し,中央人民政府委員会に国家権力を授
権することが共同綱領に規定された(13条 2 項)。「共同綱領」は,中華人
民共和国の国家の性質,政治体制,経済体制,国民の権利義務などを規定
した。具体的には,国家の性質については,中華人民共和国は新民主主
義6)すなわち人民民主主義の国家であり,労働者階級が指導し,労働者農
民同盟を基礎とする人民民主独裁によると規定された( 1 条)。このもと
で,国家の政治制度として,人民代表大会に関する制度が定められた(12
条∼19条)。人民代表大会は国家の政権を行使するが,人民代表大会閉会
中の期間においては,各級の人民政府が国家政権を行使する(12条 1 項)。
この意味で,人民政府は,行政機関であると同時に,人民代表大会の常設
機関としての機能を与えられた。こうして,全国人民代表大会は,国家の
最高政権機関であるが,全国人民代表大会閉会中の期間においては,中央
人民政府が国家政権の最高機関であるとされた(12条 2 項)。
この場合,各国家機関はすべて「民主集中制」を実行するものとされた
(12条)。この原則に基づき中央人民政府組織法が制定された。その内容は
今日では憲法の条項に含まれているものであるが,次の様な内容となって
いた。中華人民共和国の政府は「民主集中制の原則に基づく人民代表大会
制度」を実行する政府である(中央人民政府組織法 2 条)7)。中華人民共和
国の国家政権は人民に属する。各級の人民代表大会は,人民による普通選
6) 1940年 1 月に,毛沢東は『新民主主義論』を発表し,「新民主主義」の理論
を提唱した。「新民主主義」とは植民地・半植民地という特殊な条件のもとで
共産主義を実現するため,第一段階として帝国主義・封建主義を反抗する民主
主義革命を行い,ある程度生産力が発展した段階で,第二段階として社会主義
革命を実施するものである。つまり,資本主義から社会主義までの転換的な段
階である。この段階では,社会主義国への過渡的な形態として,労働者階級が
指導し,労農同盟を基礎とする革命的諸階級の連合独裁による新民主主義(人
民民主主義)的政府を成立すべきである。(毛沢東『新民主主義論』,人民出版
社,1953年参照)
7) 中国人民政治協商会議第一回全体会議で制定した(1949年 9 月27日)。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
挙により選出される(12条)。人民代表大会は,人民に対して責任を負い,
かつ,活動を報告する。人民政府委員会は人民代表大会に対して責任を負
い,かつ,活動を報告する。人民代表大会と人民政府委員会の内部は「少
数は多数に服従する」の原則を実行する。下級人民政府は上級人民政府に
服従する(15条)。中央人民政府と地方人民政府間の職権の区分は,各事
項の性質に基づき,中央人民政府委員会の法令によって定められる(16条)。
中央人民政府委員会は,人民政治協商会議の全体会議の選挙によって選出
され(中央人民政府組織法 6 条),対外的には国家を代表するが,対内的
には国家政権を指導する(中央人民政府組織法 4 条)。中央人民政府委員
会は,国家政務の最高執行機関である「政務院」を組織し,国家軍事の最
高統轄機関である「人民革命軍事委員会」を組織する(中央人民政府組織
法 5 条)。さらに,国民党時代の法律,司法制度をすべて廃止し8),人民司
法機関を設立し,人民司法制度を構築する(17条)。中央人民政府委員会は,
国家の最高審判機関である「最高人民法院」と国家の最高検察機関である
「最高人民検察署」を組織する(中央人民政府組織法 5 条)。最高人民法院
および最高人民検察署の組織については,中央人民政府委員会の条例に
よって定める(中央人民政府組織法30条)。
2 1954年憲法と人民代表大会制度の確立段階
1953年 2 月に,「中華人民共和国全国人民代表大会および地方各級人民
代表大会選挙法」が制定された。同年12月,中国史上最初の全国的規模の
普通選挙9)が行われた。郷級地方の人民代表大会代表は,選挙民に直接に
8) 1949年10月 1 日の中華人民共和国成立に先立って,1949年 2 月28日に中国共
産党は「国民党の六法全書を廃棄し,解放区の司法原則を確定することに関す
る指示」を公布し,「国民党の六法」すなわち中華民国の法律を全廃し,解放
区(中国共産党が国民党政府より勝ち取った地域)の法律を基礎として,旧ソ
連の法律を参照し,社会主義的法律体系の確立を目指して法制建設を始めた。
9) この選挙法 1 条は,「普通選挙」を明文で定め, 4 条は「年齢満18歳に達し
た中華人民共和国公民は,民族,種族,性別,職業,出身家庭,信仰宗教,教
育程度,財産状態および居住期間の別なく,すべて選挙権および被選挙権を有
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
選出され,県級以上の人民代表大会代表は,一級下の人民代表大会に選出
された(選挙法 3 条)。この直接選挙と間接選挙を通じて選出された代表
によって,各級地方人民代表大会と全国人民代表大会が構成された。1954
年 9 月,第一期全国人民代表大会第一回会議が北京で開かれ10),それまで
臨時憲法の役割を果たしてきた「共同綱領」の代わりに,「中華人民共和
「人
国憲法」
(通常,1954年憲法と呼ばれる)が採択された。1954年憲法は,
民は全国人民代表大会および各級地方人民代表大会を通じて国家権力を行
使する」と定め,人民代表大会およびその他の国家機関はすべて民主集中
制を実行すると要求する( 2 条)。しかし,民主集中制の具体的な内容に
ついては定めていない。そして,全国人民代表大会の会期が短く,その職
権を十分に行使することができないという問題を解決するために,全国人
民代表大会の常設機関として,その常務委員会が設置される(30条)。全
国人民代表大会の中に,民族委員会,法案委員会,予算委員会,代表資格
審査委員会などの専門的委員会が設置される(34条)。それ以外,国家元
首として国家主席が設置され(39条),国家主席に国家の代表権(40条,
(42条),最高国務会議の招集権12)
(43条)などの権
41条),軍事の統帥権11)
限が授与される。さらに,国務院(47条),各級の地方人民代表大会と地
(54条),人民法院と人民検察院(73条,81条)がそれぞれ
方人民委員会13)
に設置された。
また,憲法の制定と同時に,「全国人民代表大会組織法」,「地方各級人
民代表大会と地方各級人民委員会組織法」,「国務院組織法」,「人民法院組
織法」,「人民検察院組織法」が採用された。1954年憲法,選挙法および各
する」と規定している。
10) 1954年の第一期全国人民代表大会第一回会議の開催とともに,人民政治協商
会議は国家権力機関から統一戦線組織へ転換し,毎年全国人民代表大会と同時
に開かれることになっている。両者合わせて,「両会」と呼ばれることが多い。
11) 国家主席は国防委員会の主席を兼務する(憲法42条)。
12) 国家主席は最高国務会議の主席を兼務する(憲法43条)。
13) 当時の地方人民政府は「人民委員会」と称される。地方人民委員会は,同級
の人民代表大会の執行機関であり,国家行政機関である(憲法62条)。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
国家機関の組織法によって,中国では,人民代表大会制度が国の根本的な
政治制度として確立された。
3 1975年憲法と人民代表大会制度の破壊段階
1957年の「反右派闘争」14),1958年からの「大躍進運動」15)と「人民公社化
運動」16)および1966年 8 月からの文化大革命などの政治運動によって,「プ
ロレタリアート独裁」の理念から導かれた「中国共産党の国家に対する優
位」,「共産党の政策の法律に対する優位」などの政治優先の原則が強調さ
れた17)。1975年 1 月に,1954年憲法を全面改訂し,条文を30条に圧縮し,
14) 1956年 4 月28日,中国共産党中央政治局拡大会議で,「百花斉放・百家争鳴」
(「百花斉放」は芸術分野で,「百家争鳴」は学術分野で,さまざまな内容の意
見や作品を自由に発表させ論争させることで,両分野の発展を図る政策である。
通常,「双百方針」と呼ばれる。)が芸術と学術発展のための方針として発表さ
れた。しかし,その後,知識人や民主派による党への批判が予想以上に高まる
ことによって,「百花斉放・百家争鳴」の政策が転換され,1957年 6 月に「反
右派闘争」が発動された。「百花斉放・百家争鳴」政策の下で批判的意見を提
出した知識人などの人に「右派」のレッテルを貼られ弾圧された。
15) 「大躍進運動」とは,数年間で経済的に米英を追い越すことを目的に,1958
年から1960年まで実施した大製鉄・製鋼運動,四害(ハエ,カ,ネズミ,スズ
メ)駆除運動,密植・深耕運動などの農工業の大増産政策である。
16) 1949年の中華人民共和国成立以降,「郷」は農村部における末端行政区画単
位として設置されたが,1958年 8 月29日,中国共産党中央委員会が「農村にお
ける人民公社を樹立するに関する決議」を下達し,「郷」を廃止し,農村での
行政と経済(行政と生産)組織を一体化(「政社合一」と呼ばれる)した。こ
れは「人民公社化運動」といわれる。この「人民公社」は,中国農村において
政治・経済上(行政上・生産上)の基本的な単位であり,経済組織と末端政権
組織としての機能を併せもつものとされた。1975年憲法は,これを追認し,
「農
村人民公社は政社合一の組織である」と定めていた。( 7 条 1 項)しかし,
1978年の生産責任制の導入により,人民公社は実質的には機能しなくなってい
た。1982年の現行憲法は「郷」制度を回復し,人民公社を廃止した。
17) 張慜「第四届全国司法工作会議的來龍去脈及其厳重影響」孫琬鐘,李玉臻編
『董必武法学思想研究文集(第四輯)』人民法院出版社,2005年,427頁参照。
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
文化大革命の 「四人帮(四人組)」18)が主導した憲法(通常,1975年憲法と
呼ばれる)が制定された。政治体制について,共産党の指導を核心として
( 2 条)19),1954年憲法と同じように人民代表大会制度を採用したが( 3 条),
中国共産党指導のもとにある人民代表大会制度を明文で定め(16条 1
項)20),共産党の指導を強調した。国家主席を廃止し21),中国共産党中央委
員会主席が軍の統帥権を保有すること(15条 2 項),全国人民代表大会常
務委員会が外交使節の接受,海外駐在全権代表の派遣・召還,条約の批准
および廃棄などの職権を行使すること(18条 1 項)が規定された。この意
味で,全国人民代表大会常務委員会は集団で国家元首の機能を有するとい
える。そして,各級の人民代表大会は「工(労働者),農(農民),兵(軍
人)」の代表をその構成員とし( 3 条),そのプロレタリアート的性質を強
調した。さらに,全国人民代表大会の常設機関としての全国人民代表大会
常務委員会および民族委員会,予算委員会などの専門的委員会は廃止され
た。また,「各級の地方革命委員会22)は各級の地方人民代表大会の常設機
18) 「四人帮(四人組)」とは文化大革命の時期に国家権力を振り回し,文化大革
命を主導した江青,張春橋,姚文元,王洪文の略称である。
19) 2 条は「中国共産党は全中国人民の指導的核心である。労働者階級は自己の
前衛である中国共産党を通じて国家に対する指導を実現する」と定めていた。
1954年憲法は中国共産党の指導を認めるが,憲法条文に規定せず,前文に宣言
していた。
20) 16条 1 項は「全国人民代表大会は中国共産党のもとにある最高の国家権力機
関である」と明文で定めていた。
21) 1954年憲法は,国家元首として国家主席を設置していた(39条)。しかし,
文化大革命において現職国家主席である劉少奇が罷免された。それ以降,国家
主席は空位となり,国家副主席が国家主席の職務を代行した。1970年 3 月には
毛沢東が国家主席の廃止を提案し,1975年 1 月の憲法改正によって国家主席は
廃止されていた。
22) 文化大革命時期において,「革命」というスローガンを示すために,地方政
府は「地方革命委員会」と称される。地方革命委員会は主任,副主任若干名,
委員若干名から構成され,同級人民代表大会の選挙によって選出される(1975
年憲法22条 2 項)。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
関であり,それとともに地方の各級の人民政府でもある」と定め(22条 1
項)。各級の地方人民代表大会の常設機関と各級の地方人民政府との機能
を各級の地方「革命委員会」に統合した。この憲法のもとで,「無法無天」
(法もなく権威もない)のような無政府主義的状況が続いていた。これによ
り人民代表大会制度を含む法制度全体が破壊され,壊滅的な打撃を受けた。
4 1978年憲法と人民代表大会制度の回復段階
文化大革命の終結を踏まえた上で,1978年 3 月 5 日に開催された第 5 期
全国人民代表大会第 1 回会議において,新しい憲法(通常,「1978年憲法」
と呼ばれる)が採択された。この憲法は,文革路線から離脱し,「四つの
現代化(すなわち20世紀中に農業・工業・国防・科学技術を現代化し,社
(17条)
会主義強国を築きあげること)」
(前文)を目指して「社会主義の民主」
を再構築することを明らかにした。一方,この憲法は1975年憲法の規定を
踏襲し,文化大革命後の新たな時期の任務として,「プロレタリア階級独
裁のもとでの継続革命」や「階級闘争の展開」がなおも維持されることに
なった(前文)。そして,中国共産党は全国人民の指導の核心であること( 2
条),中国共産党中央委員会主席が軍の統帥権を保有すること(19条 1 項)
を定め,共産党の指導を強調した。
1978年憲法は1954年憲法で確立した人民代表大会制度を継承し,「人民
は全国人民代表大会および各級地方人民代表大会を通じて国家権力を行使
する」と定め,人民代表大会およびその他の国家機関はすべて民主集中制
を実行すると要求する( 3 条)。そして,民主集中制の具体的な内容につ
いては,1954年憲法と同じく定めていない。そして,全国人民代表大会の
常設機関としてその常務委員会および民族委員会などの専門的委員会を回
復して設置する(24条,27条)。
一方,1978年憲法は従来の人民代表大会制度の改革を行った。例えば,
全国人民代表大会常務委員会委員長が外交使節の接受,法律の公布,海外
駐在全権代表の派遣および召還,条約の批准および廃棄や国家の栄誉称号
の授与を行い,対外的な元首機能を行使することが定められた(26条 1
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
項)23)。さらに,革命委員会の地方人民代表大会常設機関としての機能が取
り消された(37条)。もっともこの段階では,各級の地方人民代表大会に
はまだ常務委員会が設置されなかった。この憲法のもとで,1979年に新し
い選挙法,地方各級人民代表大会と地方各級人民政府組織法,人民法院組
織法,人民検察院組織法が制定され,人民代表大会制度が再構築された。
5 1982年の現行憲法と人民代表大会制度の発展段階
1978年以降の改革開放政策の実施にしたがって,文化大革命や計画経済
体制の強い影響を受けた1978年憲法が改正され,1982年12月 4 日に,現行
憲法が採択された。政治体制について,「人民主権」の原則( 2 条)およ
び民主集中制( 3 条)が定められた。現行憲法は,1978年憲法で定める人
民代表大会制度を継承した上で,それを発展させている。まず,人民代表
大会制度の基本的原則としての「人民主権」原則,組織原則としての「民
主集中制」原則を定めている。「人民主権」原則と「民主集中制」原則の
24)
。そして,県級以上の地
具体的な内容を明らかにしている( 2 条,3 条)
方人民代表大会において,その常設機関として,常務委員会を設置すると
定める(96条 2 項)。さらに,中央国家機関として,1954年憲法で定めた「国
家主席」を回復して設置し(79条),「中央軍事委員会」を新しく設置する
(93条)。また,人民代表大会代表の選挙について,直接選挙は郷級地方か
ら県級地方へ拡大された(97条 1 項)。この憲法のもとで,新しい「全国
(1982年)が制定され,選
人民代表大会組織法」
(1982年),「国務院組織法」
挙法(1982年),地方各級人民代表大会と地方各級人民政府組織法(1982年),
人民法院組織法(1983年),人民検察院組織法(1983年)がそれぞれに改
正された。そして,1987年に全国人民代表大会常務委員会議事規則,1989
年に全国人民代表大会議事規則が発布された。さらに,1992年に全国人民
23) 1975年憲法は,全国人民代表大会常務委員会がこれらの職権を行使すると定
めた(18条 1 項)。
24) その具体的な内容はⅢに参照。Ⅲ−1は,「人民主権」原則の具体的内容であ
るが,Ⅲ−2・3・4は「民主集中制」原則の具体的内容である。
132
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
代表大会と地方各級人民代表大会代表法,2000年に立法法,2006年に各級
人民代表大会常務委員会監督法がそれぞれに制定された。現行憲法および
これらの法律に基づき,中国の現行の人民代表大会制度が構築されている。
II 中国の根本的政治制度としての人民代表大会制度
中国では,1982年の現行憲法においては,社会主義制度,人民代表大会
制度,社会市場経済制度などの国家制度が定められた。その中の人民代表
大会制度は国の根本的な政治制度である。
1 中国の根本的政治制度──人民代表大会制度
(1)中国の根本的国家制度──社会主義制度
中国では,中華人民共和国の成立後,はじめて「社会主義制度が確立し
た」とされている(憲法序文)。1982年憲法 1 条は,国の基本的あり方(「国
体」)を「中華人民共和国は労働者階級の指導する労働者農民同盟を基礎
とした人民民主主義独裁の社会主義国家である」と規定し,社会主義制度
を中国の根本制度としている。さらに,この社会主義制度に基づき,図 1
のように,社会主義公有制を中国の経済制度の基幹とし,人民代表大会制
度を中国の政治制度の基幹として定めている。
図 1 中国の国家制度
根本制度
政治制度
人民代表大会制度
基本原則
人民主権論
組織原則
民主集中制
社会主義制度
社会主義公有制
経済制度
基本方針
社会主義市場経済体制
(2)中国の根本的政治制度──人民代表大会制度
現行憲法は,中国は人民民主主義独裁を実施する社会主義国家であると
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
しており( 1 条 1 項),この人民民主独裁の政権組織形態25)が人民代表大
会制度であることになる( 2 条 2 項)26)。中国では,「人民民主独裁」が国
「内
体とされ,
「人民代表大会制度」が政権組織形態とされている。両者は,
容と形式との関係」をもつ。すなわち,人民代表大会制度という形式は,
人民民主独裁という内容によって決まっている27)。この人民代表大会制度
のもとで,まず人民の民主的選挙によって全国や各級地方人民代表大会が
選出され,そして全国や各級地方人民代表大会から全国や各級地方の行政
機関,司法機関などの国家機関が選出され,国家の統治構造が形成される。
全国的なレベルでは選挙制度的には間接的であるにすぎないにせよ,人民
からのより直接的信託を受けているのは人民代表大会であるから,「民主
集中」の原則からして,国家の統治構造の中心には,当然,人民代表大会
が位置付けられる。全国や各級地方の人民代表大会は国家の最高権力機関
や各地方の権力機関として(憲法57条・96条 1 項),法律や地方的法規28)
を制定し,国や各地方の重要な事項を決定し,その他の国家機関を監督す
25) 中国では,政体と政権組織形態を同じとするのは一般である。(呉杰編『憲
法教程』,法律出版社,1993年,93頁,蒋碧昆編『憲法学(修訂版)』,中国政
法大学出版社,1997年,133頁,胡錦光,任端平編『憲法学』,中国人民大学出
版社,2003年,217頁など参照。)しかし,政体と政権組織形態を区分する見方
もある。例えば,「政体は人民共和国,すなわち民主共和政体である。政権組
織形態は人民代表大会制度である。」とされる。(蔡定剣『中国人大制度』,社
会科学文献出版社,1992年,23頁参照。)そのうち,人民代表大会制度は中国
の政権組織形態であり,
「根本的な政治制度」であるという観点は一致している。
(俞子清編『憲法学(第三版)』,中国政法大学出版社,2007年,108頁,魏定仁,
傅思明編『憲法学』,知識産権出版社,2006年,95頁,胡錦光,任端平編『憲
法学』,中国人民大学出版社,2003年,206頁参照。)
26) 魏定仁,傅思明編『憲法学』知識産権出版社,2006年,95頁。
27) 栄仕星「三権分立制と人民代表大会制度─談民主的組織性」
『中央民族大学学
報(哲学社会科学版)』,2004年第 6 号,12頁,魏定仁,傅思明編『憲法学』知
識産権出版社,2006年,95頁参照。
28) 地方的法規は,省・自治区・直轄市,比較的大きな市,の人民代表大会また
はその常務委員会が制定した規範であり,日本の条例に相当する。
134
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
ることができる(憲法62条・67条・99条・104条)。このようにして人民代
表大会は法律制度,行政制度,司法制度,選挙制度,監督制度,地方制度
などの国家政治制度の基礎となっている29)。
中国における人民代表大会制度は,マルクス・レーニン主義という思想
基礎,ソビエトのモデル,社会主義公有制という経済的要因および社会的
要因,歴史的要因などによって形成されるものであるとされている30)。人
民代表大会制度と公有制とは密接な関係をもつものとされている。まず,
「政治的上部構造」は「社会の経済的機構」を「現実の土台」とするもの
であるというマルクスの理論に基づき31),人民代表大会制度という政治制
度は社会主義公有制をその経済的基礎とするとされている32)。このことか
ら,「人民代表大会制度の特色は,高度の集権と権力の一元化にある。集
権的・一元化の権力は利益の単一性と一致性を基礎とする。利益の単一性
と一致性に基づき,公有制しか形成できない。」とされている33)。また,社
会主義公有制に属する国有企業や集団経済組織は職員,労働者代表大会な
どの形式を通じて,民主的管理を実施するものとされている(憲法16条 2
項,17条 2 項)。
2 人民代表大会制度の基本原則──「人民主権」の原則
中国では,「すべての国家権力は人民に属する」という「人民主権」の
原則が人民代表大会の基本原則とされる34)。中華人民共和国の成立以来,
(憲法序
「中国人民35)は,国家の権力を掌握して,国家の主人公になった。」
29) 魏定仁,傅思明編『憲法学』,知識産権出版社,2006年,99頁,肖蔚云等『憲
法学概論』,北京大学出版社,2002年,139頁参照。
30) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,17-21頁。
31) マルクス『経済学批判』,武田隆夫等訳,岩波書店,1956年,序言参照。
32) 肖蔚云等『憲法学概論』,北京大学出版社,2002年,135頁参照。
33) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,19頁。
34) 「民主集中制」を人民代表大会の基本原則とする見方もある。魏定仁等『憲
法学』,北京大学出版社,2001年,183頁参照。
35) 中国憲法には,日本国憲法における「国民」に相当する概念は「人民」と「公
135
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
文)憲法は「人民主権」の原理を採用し,「中国のすべての国家権力は人
民に属する。」と宣言している(憲法 2 条 1 項)。
3 人民代表大会制度の組織原則──「民主集中制」の原則
民主集中制はもともと共産党の基本的な組織原則であるが36),中華人民
共和国成立後,国家構造の構築に適用されている。1949年の「共同綱領」は,
「各級の政権機関は一律民主集中制を実施する。」と規定している。1954年
憲法は人民代表大会制度の組織原則として,「民主集中制」の原則を定め
ている。1982年の現行憲法もその原則を採っている。「民主集中制は民主
を基礎とする集中と,集中的指導のもとでの民主が結びついたものであ
「民主集中制」は中国の社会主義国の性質によって決まったもので
る。」37)
ある。社会主義国における国家と人民,全体と部分の根本的な利益は一致
しているとされ,これが民主集中制を導入する基礎であるとされてい
る38)。人民代表大会は国家の行政機関,裁判機関,検察機関および軍事機
関など国家機関を生み出し,これらの機関は,人民代表大会に責任をもち,
人民代表大会の監督をうけることによって,「民主集中制」の原則が,中
国の国家機構体系の中で実現される。もっとも人代会の各国家機関の「生
み出し」方は以下に見るよう種々の違いがある。その内容は以下に見る通
りである。
民」の二つがある。厳密に区別すれば,中国の「人民」や「公民」と日本の「国
民」は区別される。中国の「公民」とは,「中華人民共和国政府に対し国民と
しての権利を有し義務を負う,今の中国国籍を持つ者」である。「中国の国籍
を有する者は,すべて中華人民共和国の公民である。」
(憲法33条 1 項)。「人民」
の概念は,政治的概念として「敵」の概念との対比において用いられることが
多い。「公民」は個々の人を指すのに対して,
「人民」の概念は一般的に「総体」
を指す。
36) 劉少奇「論党」
(1945年 5 月14日中国共産党第 7 回全国代表大会報告),鄧小
平「関于修改党的章程的報告」
(1956年 9 月16日中国共産党第 8 回全国代表大会
報告)等参照。
37) 中国共産党章程(総則)参照。
38) 何華輝編『人民代表大会制度的理論与実践』,武漢大学出版社,1992年,53頁。
136
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
III 中国における人民代表大会制度の主な内容
前に指摘したように,「人民代表大会制度」は人民代表大会という国家
機関に関する制度であることはいうまでもない。しかし,人民代表大会制
度は,中国の根本的な政治制度として,人民代表大会のみならず,人民の
民主的権利の実現のための制度,選挙制度,国家機関の選出制度および地
方制度などの制度を含む39)。具体的には,図 2 の通りである。
図 2 中国における人民代表大会制度の主要内容
所属
人 民
選挙
全国人民
代表大会
選挙
地 方 人 民 選出
代表大会
選出
国務院
最高法院
最高検察院
中央
家
指導
地方政府
国
権
地方法院
地方検察院
地方
力
1 人民の民主的権利の実現のための制度
中国憲法は,「人民主権論」を採用し,「すべての国家権力は人民に属す
る」と明文で宣言する(憲法 2 条 1 項)。具体的には,人民は直接選挙ま
たは間接選挙によって,各級の人民代表大会の代表を選出し,各級の人民
代表大会を構成する。人民は全国人民代表大会および地方各級人民代表大
会を通じて国家権力を行使するという仕組みによって実現される(憲法 2
39) 肖蔚云等『憲法学概論』,北京大学出版社,2002年,142頁以下,魏定仁等『憲
法学』,北京大学出版社,2001年,191頁,蒋碧昆編『憲法学』,中国政法大学
出版社,1994年,146頁参照。
137
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
条 2 項)。この意味で,人民代表大会は,人民主権の実現するためのもっ
とも基幹的な制度であるとされる40)。もっともそれ以外にも,人民は法律
に基づき,国家機関の活動を直接に関与することもできる。例えば,すべ
ての国家機関および国家公務員は,人民の支持に依拠して,常に人民との
密接なつながりを保ち,人民の意見と提案を聴取し,人民の監督を受け入
れ,人民のために奉仕することに努めなければならない(憲法27条 2 項)。
中国の公民は,国家機関又は国家公務員に対して,批判および提案を行う
権利を有し,国家機関又は国家公務員の違法行為および職務怠慢に対して,
関係の国家機関に不服申し立て,告発する権利を有する(憲法41条 1 項)。
2 選挙制度──人民と人民代表大会との関係
人民と人民代表大会との関係について,全国人民代表大会および各級の
地方人民代表大会は,すべて民主的な選挙によって選出されたもので,人
民に責任を負い,人民の監督を受ける(憲法 3 条 2 項)。中国では,法律
によって選挙権および被選挙権を剝奪された者41)を除き,満18歳になった
公民42)は,民族,種族,性別,職業,出身家庭,宗教信仰,教育程度,財
産状況,居住期限を問わず,すべて選挙権と被選挙権を有する(憲法34条・
選挙法 3 条)。中国の選挙は,郷級と県級地方の人民代表大会の代表は有
40) その他に,人民は法律に基づき,さまざまなルートによって,国家事務,経
済・文化事務,社会事務を管理する民主的権利を行使する(憲法 2 条 3 項)。
例えば,①国有企業は法律の定めるところにより,職員,労働者代表大会その
他の形態を通じて,民主的管理を実施する(憲法16条 2 項)。②集団経済組織
の職員は,民主的管理権を利用し,法律の定めるところにより,管理者の選挙・
罷免および経営管理に関する重大な事項の決定を行うことができる(憲法17条
2 項)。
41) 中国刑法には,「政治的権利の剝奪」は付加刑として定められている。この
刑罰を科された犯罪者は選挙権および被選挙権を行使することができない(刑
法54条)。
42) 中華人民共和国の国籍を有する者は,すべて中華人民共和国の公民である(憲
法33条 1 項)。
138
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
権者によって直接選出されるが,県級以上の地区級,省級と全国の人民代
表大会の代表は,一級下の地方人民代表大会の代表による選挙で選ばれる
(憲法97条 1 項・選挙法 2 条)43)。全国人民代表大会の代表は,省級人民代
表大会の代表によって選ばれる。すなわち,中国では,郷級と県級地方で
直接選挙が行われるが,県級以上では「段階的な間接選挙」が行われる。
直接選挙と間接選挙を問わず,憲法や選挙法に基づき,すべての人民代表
大会の代表は人民から選出された者として,元の有権者と選挙部門に責任
を負う。有権者と選挙部門は法的手続にしたがってその選出した代表を罷
免する権利を有する(憲法77条・選挙法46条)。選挙人により直接選挙さ
れる代表は,各種の方法により選挙区の選挙人に対し職務遂行状況を報告
しなければならない(全国人民代表大会と各級地方人民代表大会代表法45
条)。人民は,代表の罷免権(憲法77条・選挙法46条),意見や提案の提出
(憲法27条 2 項),不服申し立てや告発(憲法41条 1 項)を通じて,人民代
表大会およびその他の国家機関の活動を監督する。
3 国家機関体系──人民代表大会とその他の国家機関との関係
前にも記したように,人民代表大会とその他の国家機関との関係につい
て,国家の行政機関・裁判機関および検察機関は,いずれも人民代表大会
で選出され,人民代表大会に責任を負い,その監督を受ける(憲法 3 条 3
項)。
(1)中国における国家機関体系
中国の国家機関体系は,「民主集中制」という原則に基づき,図 3 のよ
うに,中央国家機関と地方国家機関から構成されている。中央国家機構は,
国家権力機関および立法機関である「全国人民代表大会」およびその常設
機関としての常務委員会,行政機関である「国務院(中央政府)」,裁判機
関である「最高法院」,法律監督機関である「最高検察院」,国家元首であ
る「国家主席」,軍事機関である「中央軍事委員会」からなる(憲法 2 ・
43) 中国の行政区画は,中央,省級,地級,県級,郷級の五つのレベルに分けら
れる(憲法30条)。
139
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
57・81・85・93・123・129条)。国家主席と中央軍事委員会の以外の立法
機関,行政機関,裁判機関,法律監督機関は,それぞれが法律上の地位と
管轄範囲に基づき中央機構と地方機構に分かれるという構造になってい
る。(図 3 参照)のようになる。中国の国家機関を日本の国家機関と比較
すると表 1 のようになる。以下中国の各国家機関の特色を分析する。
図 3 中国における各国家機関およびその関係
立法機関 行政機関
中
央
常
委
会
省
級
省
人
代
常
委
会
地
級
市
人
代
常
委
会
県
級
県
人
代
常
委
会
郷
人
代
郷
級
注:
140
全
国
人
代
国
務
院
裁判機関
最
高
法
院
検察機関 軍事機関
最
高
検
察
院
省
政
府
高
級
法
院
省
検
察
院
市
政
府
中
級
法
院
市
検
察
院
県
政
府
基
層
法
院
県
検
察
院
郷
政
府
指揮命令関係
監督関係
中央軍事
委員会
軍
区
省
軍
区
軍
分
区
国家元首
国
家
主
席
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
表 1 日中国家機関の比較
国家機関
日 本
中 国
国家元首 天皇(象徴)
国家主席
立法機関 国会(参議院・衆議院)
全国人民代表大会およびその常務委員会
行政機関 内閣
国務院および各級地方人民政府
44)
裁判機関
最高・高等・地方裁判所お
よび家庭・簡易裁判所
最高・高級・中級・基層人民法院および
専門人民法院
検察機関
最高・高等・地方・区検察
庁
最高・省・市・県人民検察院および専門
人民検察院
軍事機関 内閣(防衛省)
中央軍事委員会・国務院(国防部)
地方国家 「地方公共団体」は地方自
機関
治組織である。
各級の地方人民代表大会・地方政府は地
方の国家機関である
1)権力機関・立法機関──全国人民代表大会およびその常務委員会
全国人民代表大会は,最高の国家権力機関であり(憲法57条),国家の
立法権を行使する(憲法58条)。全国人民代表大会は省,自治区,直轄市
の省級地方および軍隊から選出された代表によって構成される(憲法59条
1 項)。全国人民代表大会の代表は3000人以内に限定される(選挙法15条
2 項)。代表の毎期の任期は 5 年とする(憲法60条 1 項)。全国人民代表大
会は,①憲法改正,憲法実施の監督,基本的法律の制定・改正という「立
法権」,②国家主席および副主席・国務院総理およびその他の構成員・中
央軍事委員会主席およびその他の構成員・最高人民法院院長・最高人民検
察院検察長・全国人民代表大会常務委員会の構成員の選挙,選定45)および
罷免という「人事権」,③国民経済・社会発展計画およびその執行状況の
報告の審査および承認,国家予算およびその執行状況の報告の審査および
44) 中国では,中央集権制が実施されているため,地方政府は国家の行政機関の
一部と位置付けられている。
45) ここの「選挙」とは,全国人民代表大会の代表の投票によって国家機関の首
長を選出することであるが,「選定」とは,法定機関の指名に基づき,国家機
関の首長を選び定めることである。例えば,国家主席は全国人民代表大会の直
接選挙によって選出されるが,国務院総理は,国家主席の指名に基づき,全国
人民代表大会の選定によって決められる(憲法62条 4 号・ 5 号)。
141
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
承認,省,自治区および直轄市の設置の承認,特別行政区の設立の決定,
戦争と平和の問題の決定という「決定権」などの最高の国家権力を行使す
ることができる(憲法62条・63条・65条)。
全国人民代表大会の会議は普通一年に一回(憲法61条 1 項), 1 月∼ 3
月に開かれる(全国人民代表大会議事規則 2 条)。一回の会期はわずか15
日ほどで非常に短い。このように人民代表大会の活動が制限されて,緊急
で重要な決定ができなくなっているため,その常設機関として常務委員会
が設立されている(憲法57条)。全国人民代表大会常務委員会は,全国人
民代表大会の常設機関であり,全国人民代表大会の閉幕期間に,国家の最
高権力を恒常的に行使し,全国人民代表大会に責任を負い,そしてその活
動を報告する(憲法69条)。全国人民代表大会常務委員会は,全国人民代
表大会で互選された委員長一名,副委員長若干名,秘書長一名,委員100
∼200名から構成される(憲法65条・全国人民代表大会組織法23条)。これ
らの構成員の任期は,全国人民代表大会の毎期の任期と同一とし(普通は
5 年とする),次期全国人民代表大会が新たな全国人民代表大会常務委員
会を選出するまで,その職権を行使する(憲法66条 1 項)。委員長は,常
務委員会の活動を主宰し,常務委員会の会議を招集する。副委員長および
秘書長は,委員長の活動を補佐する(憲法68条 1 項)。そして,委員長お
よび副委員長は, 3 期以上の連続就任は禁止されている(憲法66条 2 項)。
全国人民代表大会常務委員会は,①憲法の解釈,憲法実施の監督,一般的
法律の制定・改正,法律の解釈などの「立法権」,②国務院所属の部長・
委員会主任・会計検査長および秘書長の選定,中央軍事委員会の主席の以
外のその他の構成員の選定,最高人民法院の副院長・裁判員・裁判委員会
委員および軍事法院委員長の任免,最高人民検察院の副検察長・検察員・
検察委員会委員および軍事検察院検察長の任免,省級人民検察院検察長の
任免の承認,海外駐在全権代表の任免などの「人事権」,③国民経済・社
会発展計画および国家予算の調整案の審査と承認,国際条約や協定の批准
または廃棄,軍人および外務職員の職級制度その他の特別の職級制度の設
置,国家の勲章および栄誉称号の設置およびその授与,特赦の決定,戦争
142
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
状態の宣言の決定,全国の総動員または局部的動員の決定,全国または省
級地方の戒厳の決定などの「決定権」,④国務院,中央軍事委員会,最高
人民法院および最高人民検察院の活動に対する監督という「監督権」など
46)
。全国人民代表大会常務委員会は,全国
の国家権力を有する(憲法67条)
人民代表大会を離れて独立的に存在する機関ではなく,全国人民代表大会
に対して責任を負い,その活動を報告する(憲法69条)。すなわち,全国
人民代表大会常務委員会は,全国人民代表大会の構成部分として,全国人
民代表大会に従属し,その指導と監督を受ける。
全国人民代表大会そのものには,民族委員会,法律委員会,内務司法委
員会,財政経済委員会,教育・科学・文化・衛生委員会,外事委員会,華
僑委員会,環境・資源保護委員会,農業・農村委員会およびその他の専門
委員会が設置されている。全国人民代表大会閉会中の期間においては,こ
れらの専門委員会は,全国人民代表大会常務委員会の指導を受ける。各専
門委員会は全国人民代表大会および全国人民代表大会常務委員会の指導の
下に,関係の議案を研究し,審査し,またはその起草に当たる。(憲法70条,
全国人民代表大会組織法35条)
「国
日本では,国会は「国民の代表機関」として(日本国憲法43条 1 項),
権の最高機関」・「国の唯一の立法機関」と位置付けられている(日本国憲
法41条)。これに対して,中国の全国人民代表大会は,日本の国会と同じ
ように,国家の最高権力機関,国家の立法機関および国民の代表機関とし
ての性格をもっている(憲法57条・58条)。しかし,次のような違いがある。
まず,中国の人民代表大会制度は,日本のような参議院・衆議院という二
院制ではなく,一院制を実行している。一院制をとる中国における全国人
民代表大会は,日本の参議院と衆議院からなる国会に相当する。そして,
日本の衆議院議員の定数は,480人とし,参議院議員の定数は242人とする
が(公職選挙法 4 条),中国全国人民代表大会代表の定数は約3000人とする。
さらに,日本の国会議員は法律の定めるところにより,国庫から相当額の
46) 現実には,その監督権は十分に実現されるとはいえない。
143
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
歳費を受けるが(日本国憲法49条,国会議員の歳費,旅費および手当等に
関する法律 1 条),中国の人民代表大会代表は専任ではなく本来の職業と
の兼職が一般的であり(憲法76条 1 項・全国人民代表大会と各級地方人民
代表大会代表法 5 条),国家からの歳費ではなく,国家の「適切な手当」
以外(全国人民代表大会組織法43条),出勤先から給料を受ける(全国人
民代表大会と各級地方人民代表大会代表法34条 1 項)。
2)国家元首──国家主席
国家元首とは,国家の首長を指す。日本国憲法や法律には元首に関する
(憲
規定がないが,「天皇は,日本国の象徴であり」という「象徴天皇制」
法 1 条)や天皇の「国事に関する行為」
(憲法 7 条)からみれば,天皇が日
本の国家元首であるという政府見解があるが47),学説上はこの政府見解を
中国では,
中華人民共和国成立当時,
とらないものが多い48)。これに対して,
中央人民政府委員会が国家元首の職権を行使した49)。1954年憲法は国家主
席を設置し,国家の代表権(40条,41条),軍事の統帥権(42条),最高国
務会議の招集権(43条)などの権限を授与した。この意味で,1954年憲法
のもとで,国家主席は実権のある国家元首である。その後,1975年 1 月の
憲法改正によって国家主席は廃止された。1982年憲法は国家主席を回復し
47) 日本内閣法制局は「天皇は元首と言って差し支えないと考える」
(1988年10月
11日の参議院内閣委員会における内閣法制局第一部長長答弁),「天皇は限定さ
れた意味における元首である」
(1990年(平成元年) 5 月14日の参議院予算委員
会における内閣法制局長官答弁)とする。また,東京高等裁判所 昭和22年6月
28日(プラカード事件)判決参照。
48) 例えば,
部信喜は,天皇は政治上の権能を有さず,また外交上条約の締結
などの権限を行使していないことを理由として,日本国の元首は天皇であるこ
とを否定し,実質的に対外的に国家を代表する権能を有する内閣または内閣総
理大臣が元首であるとする。
部信喜『憲法(第三版)』,岩波書店,2002年,
47頁参照。
49) 俞子清編『憲法学(第三版)』,中国政法大学出版社,2007年,255頁。
144
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
て設置した50)。1982年憲法は国家元首を明文で定めていないが51),
「中華人
民共和国を代表」する国家主席が中国の国家元首とされている52)。国家主
席は全国人民代表大会議長団によって候補者名が提出され,大会での選挙
によって選出される(憲法79条 1 項・全国人民代表大会組織法13条)。選
挙権と被選挙権をもつ満45歳の中国公民は国家主席に選ばれることができ
る(憲法79条 2 項)。全国人民代表大会の毎期の任期と同一とし(普通は
5 年とする),次期全国人民代表大会が新たな国家主席を選出するまで,
その職権を行使する(憲法83条)。そして, 3 期以上の連続就任は禁止さ
れている(憲法79条 3 項)。
国家主席は,形式的な権限のみを持ち,全国人民代表大会およびその常
務委員会のもとでその職権を遂行しなければならない。具体的には,国家
主席は,全国人民代表大会またはその常務委員会の決定に基づき,法律を
公布し,国務院の総理,副総理,国務委員,各部部長,各委員会主任,会
計検査長および秘書長を任免し,国家の勲章または栄誉称号を授与し,特
赦令を発布し,戒厳令を発布し,戦争状態を宣言し,動員令を発布し(憲
法80条),そして,中華人民共和国を代表し,外国使節を接受し,並びに
全国人民代表大会常務委員会の決定に基づき,海外駐在全権代表を派遣し,
または召還し,外国と締結した条約および重要な協定を批准し,または廃
棄する(憲法81条)。これらの職権からみれば,中国の国家主席は,形式的・
礼儀的・象徴的な「国家元首」であるといえる53)。
50) 1982年憲法の起草段階で,国家主席を設置するかどうかについて,さまざま
な意見が提出された。最後に,鄧小平の提案によって,国家主席は儀礼的国家
元首として再設置された。
51) 国家首席の権限の形式性を重視して,中国の国家元首は,国家主席のみなら
ず,全国人民代表大会およびその常務委員会と国家主席であるとする見方もあ
る。俞子清編『憲法学(第三版)』,中国政法大学出版社,2007年,256頁参照。
52) 許崇徳編『中国憲法(修訂)』,中国人民大学出版社,1996年,218頁。
53) 1993年に楊尚昆が退任すると,中国共産党中央委員会総書記兼中央軍事委員
会主席の江沢民が国家主席に就任した。2003年に江沢民が退任すると中国共産
党中央委員会総書記胡錦濤が国家主席に就任した。2004年に中国共産党中央委
145
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
国家主席の以外,国家副主席が設置される。国家副主席の選出,任期,
連続就任の禁止などは国家主席と同じである(憲法79条・83条)。国家副
主席は,主席の活動を補佐し,主席の委託に基づき,主席の職権の一部を
代行することができる(憲法82条)。また,主席が欠けた場合は,副主席
が主席の職位を継ぐ(憲法84条 1 項)。
3)中央行政機関──国務院
日本の国家行政機関は,日本の国家行政機関は,内閣の下におかれる府
省庁委員会および法律に基づいて設置される府省庁委員会の地方支分部局
である(国家行政組織法 1 条, 9 条)が,地方公共団体の自治行政の事務
を担当する機関は国家行政機関ではない。これに対して,中国の国家行政
機関は中央政府としての国務院およびその所属の各部・委員会と各級地方
政府およびその所属の行政機関を含んでいる。
中国の国務院は,日本の内閣に相当し,中央人民政府であり,国家の最
高の行政機関である。同時に,国務院は,最高の国家権力機関(全国人民
代表大会およびその常務委員会)の執行機関として(憲法85条),全国人
民代表大会およびその常務委員会に対して責任を負い,その活動を報告す
る(憲法92条)。国務院は,総理,副総理若干名,国務委員若干名,各部
部長,各委員会主任,審計(会計検査)長と秘書長によって構成される(憲
法86条 1 項)。国務院総理は国家主席が指名し,全国人民代表大会で決定
し,国家主席が任免する。国務院副総理,国務委員,各部部長,各委員会
主任,審計長,秘書長は,国務院総理が指名し,全国人民代表大会で決定
し,国家主席が任免する(憲法62条 5 号)。国務院の構成員の毎期の任期は,
全国人民代表大会の毎期の任期と同一とする(普通は 5 年とする)。総理,
副総理,国務委員は 3 期以上の連続就任は禁止されている(憲法87条)。
行政機関の内部的管理体制について,中国では,「首長責任制」が実施
されている。例えば,国務院は,総理責任制を実施するが,各部・委員会
員会総書記兼国家主席胡錦濤が中央軍事委員会主席に就任した。これによっ
て,中国共産党の最高指導者が総書記・国家主席・中央軍事委員会主席を兼任
して党・国家・軍のトップを独占し,権力を集中することが憲法慣習になった。
146
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
は,部長責任制・主任責任制を実施する(憲法86条 2 項)。国務院総理は
内に対しては,国務院の運営を主宰し,外に対しては国務院を代表する。
具体的には,総理は国務院の活動の「指導権」,重大問題の「決定権」,副
総理・国務委員・各部部長・各委員会主任,審計(会計検査)長・秘書長
の任免の「指名権」,国務院の公布した決定・命令の「署名権」などの職
権を有する(国務院組織法 5 条)。副総理,国務委員は総理の活動を補佐し,
秘書長,各部の部長,各委員会の主任,審計(会計検査)長と共に総理に
責任を負う(国務院組織法 2 条)。また,国務院の各部部長・各委員会主
任は,その部門の活動について責任を負い,かつ,部務会議又は委員会会
議若しくは委務会議を招集し,および主宰し,その部門の活動上の重要事
項を討議に付して決定する(憲法90条 1 項)。
国務院は,①行政法規54)の制定という「行政立法権」,②全国人民代表
大会およびその常務委員会への議案の提出権,③中央と地方行政機関の活
動の統一指導権,④経済・教育・科学・文化・衛生・体育・民政,公安・
司法行政・監察・対外事務・国防建設・民族事務の指導・管理権,⑤行政
機構の編成・行政職員の任免などの内部的管理権,および全国人民代表大
会またはその常務委員会の授与するその他の職権を行使する(憲法89条)。
4)裁判機関と検察機関──人民法院と人民検察院
日本では,「すべて司法権は,最高裁判所および法律の定めるところに
より設置する下級裁判所に属する。」と限定し(日本国憲法76条),裁判所
が司法権を行使する国家機関であるとされ,裁判官はその良心にしたがい,
独立してその職権を行い,憲法および法律のみに拘束されるとされている。
特別裁判所は設置が禁止され,行政機関は終審として裁判をすることがで
きないとされている。日本の検察庁は,国の司法機関ではなく,行政機関
としての法務省の特別の機関として設置され,刑事について公訴を行い,
裁判所に法の適正な適用を請求し,かつ,裁判の執行を監督することを主
な職務としている(検察庁法 4 条)。これに対して,中国の司法機関55)は
54) 行政法規は日本内閣の制定した「政令」に相当する。
55) 司法機関という名称は憲法上明示的には使われていないが,憲法第三章第七
147
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
裁判機関である人民法院と検察機関である人民検察院を含んでいる(憲法
123条・129条)。
人民法院は国家の裁判機関である(人民法院組織法 1 条)。人民法院シ
ステムには,最高人民法院,各級地方人民法院および軍事法院などの専門
人民法院がある(憲法124条・人民法院組織法 2 条 1 項)。最高人民法院は,
国家の最高司法機関であり,最高の裁判権を行使する。最高人民法院は,
各級地方人民法院および専門人民法院の裁判活動を監督し,また,上級人
民法院は,下級人民法院の裁判活動を監督する(憲法127条)。その下にお
いては,省級地方に高級人民法院,地区級地方に中級人民法院,県級地方
に基層人民法院がそれぞれに設置される。郷級地方では,独立の人民法院
は設置されないが,基層人民法院に属する派出法廷は設置される(人民法
院組織法 2 条 2 項)。人民法院の内部においては,刑事裁判廷・民事裁判
廷・経済裁判廷・行政裁判廷などの裁判法廷を設置すると同時に,最高ク
ラスの裁判組織である審判委員会を設けている(人民法院組織法19条・24
条・27条・31条)。人民法院は,法律の定めるところにより,独立して裁
判権を行使し,行政機関,社会団体および個人による干渉を受けない(憲
法126条・人民法院組織法 4 条)。最高人民法院は,全国人民代表大会およ
び全国人民代表大会常務委員会に対して責任を負う。各級地方人民法院
は,それを組織した国家権力機関に対して責任を負う(憲法128条)。
人民検察院は,国家の法律監督機関として(人民検察院組織法 1 条),
犯罪事実を審査して告発し,起訴するまた法規違反を調査・捜査し立証し,
人民法院の審判活動を監督する(人民検察院組織法 5 条)。人民検察院シ
ステムには,最高人民検察院,各級地方人民検察院および軍事検察院など
の専門人民検察院がある(憲法130条・人民検察院組織法 2 条 1 項)。最高
人民検察院は,最高レベルの検察機関として,各級地方人民検察院および
専門人民検察院の活動を指導し,また,上級人民検察院は,下級人民検察
院の活動を指導する(憲法132条・人民検察院組織法10条 2 項)。人民検察
節は,人民法院と人民検察院を同時に定める。そして,中国法学の著作はすべ
てこの両者を合わせて司法機関と称する。
148
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
院は,法律の定めるところにより,独立して検察権を行使し,行政機関,
社会団体および個人による干渉を受けない(憲法131条・人民検察院組織
法 9 条)。最高人民検察院は,全国人民代表大会および全国人民代表大会
常務委員会に対して責任を負う。各級地方人民検察院は,それを組織した
国家権力機関および上級人民検察院に対して責任を負う(憲法133条)。地
方人民検察院の検察長は同級人民代表大会で選出,任免されるが,地方の
各級人民検察院検察長の任免は一級上の人民検察院検察長に報告し,同級
人民代表大会常務委員会の認可を受ける(人民検察院組織法22条,23条)。
人民検察院は,逮捕・起訴の可否の決定,公訴の提起・維持,刑事事件の
判決の執行などの職権の以外,刑事事件に限らず,民事事件や行政事件の
第一審判決に誤りがあると認めるときは,その判決が既に効力を生じたか
否かを問わず,上訴の手続をとることができる(人民検察院組織法 5 条)。
中国の司法制度には「審判監督制度」がある。すなわち,人民検察院が人
民法院の民事,刑事,行政などの審判の活動を監督する制度である。例え
ば,刑事審判の中には,検察官は,公訴を支持するばかりでなく,国家法
律の監督者として法律に定められた審判の仕事を監督する。また,検察院
は人民法院の誤った判決と裁定に対し,上訴を提起する権利を有する(人
民検察院組織法17条)。
5)軍事機関──中央軍事委員会
軍事機関について,日本では,自衛隊の指揮権は内閣総理大臣が有し,
その管理運用は内閣の下における中央省庁の一つ防衛省である(自衛隊法
7 条, 8 条)。中国では,国務院に属する国防部は日本の防衛省に相当す
るが,この国防部の上に,国務院から独立している中央軍事委員会が設立
された。
中国では,1954年憲法は国家の最高軍事指導機関として「国防委員会」
を設置し,国家主席が国防委員会の主席を兼務することを定めていた(42
条)。1975年憲法と1978年憲法は中国共産党中央委員会主席が軍の統帥権
を保有すると定めていた(1975年憲法15条 2 項,1978年憲法19条 1 項)。
1982年憲法は中央軍事委員会を新設して,「中央軍事委員会は全国の武装
149
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
力を指導し,中央軍事委員会は全国武装力の最高軍事統率機構である」と
56)
。中央軍事委員会は主席,副主席若干名,委員若
定めている(憲法93条)
干名から構成される。これらの構成員の毎期の任期は,全国人民代表大会
の毎期の任期と同一とする。中央軍事委員会主席は全国人民代表大会が選
挙し,それ以外の構成員は,軍事委員会主席の指名により全国人民代表大
会が決定する(憲法62条 6 号)。中央軍事委員会は,主席責任制を実施す
る(憲法93条)。中央軍事委員会主席は全国人民代表大会およびその常務
委員会に責任を負う(憲法94条)。
(2)人民代表大会とその他の国家機関との関係──選出・監督
人民代表大会とその他の国家機関との関係について,既に述べたように,
国家の行政機関・裁判機関および検察機関は,いずれも人民代表大会で選
出され,人民代表大会に責任を負い,その監督を受ける(憲法 3 条 3 項)。
しかし上述のように,人民代表大会の活動期間が制限されているため,具
体的には,全国人民代表大会常務委員会は,「国務院,中央軍事委員会,
最高人民法院および最高人民検察院の活動を監督する」
( 憲法67条 6 号)。
県級以上の地方人民代表大会常務委員会は,同級の人民政府,人民法院お
よび人民検察院の活動を監督する(憲法104条・地方各級人民代表大会と
地方各級人民政府組織法44条 6 号)。そして,各級の人民代表大会常務委
員会の監督権の行使を保障するために,2006年 8 月27日,「各級人民代表
大会常務委員会監督法」が第10期全国人民代表大会常務委員会第23次会議
で採択され,2007年 1 月 1 日より実施されることになった。この法律は,
監督の方式について,行政機関と司法機関の特定活動報告の聴取と審議,
予算の審査と承認,国民経済と社会発展計画および予算の執行報告の聴取
と審議,審計(会計監督)報告の聴取と審議,法律法規実施の検査,規制
56) 1954年憲法は国家の最高軍事指導機関として「国防委員会」を設置し,国家
主席が国防委員会の主席を兼務することを定めた(42条)。1982年憲法は,国
防委員会の代わりに,中央軍事委員会を設置する。そして,国家主席が再設置
された際に,統帥権は国家中央軍事委員会主席に移行することになった(93条,
94条)。
150
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
的書類の登記と審査,質問と質疑,特定問題の調査,免職案の審議と決定
が定められている57)。これらの監督方式は,理論上,法律監督と活動監督
に分けることができる。法律監督とは,憲法および法律法規の確実な実施
を保障するため,各級人代常委会が法律法規の実施を検査し,規制的書類
を登記・審査させる監督活動のことである。活動監督とは,各級人代常委
会が行政機関と司法機関の特定活動報告の聴取・審議,質疑,特定問題の
調査,罷免および免職等を通じて,行政機関と司法機関の活動状況を監督
することである。
4 地方制度──中央と地方との関係
日本では,地方自治制度を実施するため,「地方公共団体」が設置され
ている。地方公共団体は地方自治組織として,国の行政機関に属しな
い58)。これに対して,中国では,中央集権制を実施する。中央と地方の国
家機構の職権の区分は,中央の統一的指導の下に,地方の自主性および積
極性を十分に発揮させるという原則にしたがう(憲法 3 条 4 項)。中国で
は,地方制度は原則として,中央集権制を実施するが,例外として,一部
の地方で自治制度を実施する。例えば,特別行政区域自治,民族地域自治
および村民自治,居民自治(住民自治)などである(憲法 4 条・31条・
111条)。そのため,中国の地方では,日本のような地方自治団体ではなく,
国家機関の一部として各級地方人民代表大会・人民政府・人民法院・人民
検察院が設置される。そのうち,地方人民代表大会は,地方における人民
が主権を行使する権力機関として位置付けられ,省級,地級,県級,郷級
の四段階の地方人民代表大会に存在している(憲法95条 1 項)59)。省・自治
57) 人民代表大会の監督制度について,「各級人民代表大会常務委員会監督法」
および拙稿「中国における人代常委会監督制度について──各級人民代表大会
常務委員会監督法をめぐって」
『中央大学大学院研究年報』方角研究科
2008年
38号,45頁以下参照。
58) 地方公共団体は国の機関ではないが,国の法律や事務を執行する場合もある。
59) 中国の地方国家機関は,基本的に省級,地級,県級,郷級の四つのレベルに
151
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
区・直轄市には省級人民代表大会,地級市・自治州には地級市人民代表大
会,県・自治県・県級市・県および市が管轄する区には県級人民代表大会,
郷・民族郷・鎮には郷級人民代表大会,県級以上の各級地方人民代表大会
には常務委員会が置かれる(憲法95条・地方各級人民代表大会と地方各級
人民政府組織法 1 条・ 2 条)。中国の地方人民代表大会は全国人民代表大
会の国家権力が下へ延長する結果として構築されたものである。そのた
め,地方人民代表大会制度は,当該地方の利益のためではなく,全国人民
代表大会が制定した法律を当該地方の地域で順調に実施するために構築さ
れる制度である60)。
各級地方人民代表大会およびその常務委員会は,その行政区域内におい
て,憲法・法律・行政法規の遵守と執行を保証し,法律の定める権限に従
い,決議を採択・公布し,地方の経済建設・文化建設・公共事業建設に関
する計画を審査・決定する(憲法99条 1 項・104条)。地方人民代表大会の
権力は上級の人民代表大会からの授権(法令・決議の方式)のみならず,
選挙人の授権(選挙)に由来する61)。
各級地方人民政府は,各級地方の国家権力機関の執行機関であり,各級
地方の国家行政機関であり(憲法105条 1 項),当該行政区域内における行
政活動を管理する(憲法107条)。各級地方人民政府は,省庁,市長,県庁,
区長,郷長,鎮長の首長責任制を実施する(憲法105条 2 項)。各級地方人
民政府は,同級の人民代表大会および一級上の国家行政機関に対して責任
を負い,その活動を報告する(憲法110条)。
IV 中国における人民代表大会制度の現代的課題
上述のように,人民代表大会制度は,中国の根本的政治制度として,そ
分けられる(憲法30条)。
60) 何俊志『制度等待利益:県級人大制度成長模式研究』,重慶出版社,2005年,
18頁。
61) 謝慶奎等『中国地方政府体制概論』,中国広播電視出版社,2004年,259頁。
152
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
の他の国家制度の基礎となっている。しかし,人民代表大会制度は「民主
集中制」の原則のもとでの各国家機関間の抑制関係,人民代表大会制度と
共産党の指導との関係,人民代表大会の地位と機能などの面ではまだ課題
が残っている。
1 「民主集中制」の原則と各国家機関間の抑制関係
(1)民主集中制と三権分立
資本主義国家における近代的法治主義は,議会制民主主義や「三権分立
制度の確立を前提としている」62)。例えば,日本国憲法は,「三権分立」の
原理に基づき,国家権力を複数の国家機関に分属させ,複数の国家機関が
さまざまな権限を別々の作用形式のもとで遂行し複数の国家機関がさまざ
まな権限を別々の作用形式のもとで遂行させる。「これと同時に,この統
治作用の本質による三権の分立だけでは,とかく独立割拠の弊に陥り,国
政の円満な運営は期待し難いという考慮の下に,各国家機関をして相互に
他を抑制せしめ,各機関の間に権力の均衡を保たしめることを目的とする
調整作用として抑制均衡(チェック・エンド・バランス)の制度を採り入
れている。」そのため,日本国憲法は,「三権分立と抑制均衡の二大原則の
交錯と調整の基礎の上に成立っている」とされる(衆議院解散無効確認請
求事件)63)。
資本主義国家における近代的法治主義は,議会制民主主義や「三権分立
制度の確立を前提としている」64)。「法律と行政,立法権の所管事項と行政
権の所管事項との間に能うかぎり明確な分化を実現することが,法治国の
基本的な原理である。法治国の基本的な構造の一である議会の権限と行政
の権限の分化は,行政を議会の統制の下に置くことを意味した。」65)しかし,
中国では,資本主義的民主主義や三権分立の原理が否定され,人民民主主
62) 中西又三『行政法 1 』,中央大学通信教育部,2003年, 1 頁。
63) 最高裁昭和28年 4月15日,民集 7 巻 4 号,305頁。
64) 中西又三『行政法 1 』,中央大学通信教育部,2003年, 1 頁。
65) 雄川一郎「行政の法的統制」
『公法研究』39号,日本公法学会,1977年,112頁。
153
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
義(憲法 1 条)および人民代表大会制度(憲法 2 条)のもとでの「民主集
中制」の原則(憲法 3 条)が採用されている。マルクス主義によって,社
会主義国は国家権力の分立を否定し,「議行合一」の国家制度を実施すべ
きであるとされている66)。「議行合一」とは,議事機関と執行機関が一つの
機関に統合することである。これに基づき構成した国家機関は法律の制定
を担当すると同時に,法律の執行を担当する67)。「議行合一」68)は,マルク
スがフランスのパリ・コミューンの政権建設の経験を取りまとめた上で,
提唱したプロレタリアート国家の政権の組織原則であるとされている69)。
中国憲法は,
「議行合一」ではなく,人民代表大会制度の組織原則として「民
主集中制」を採用している( 3 条)が,人民代表大会制度は,「議行合一」
の強い影響を受けている70)。例えば,中国の行政機関,法院,検察院の長
およびその構成員は常務委員会構成員以外の(憲法65条 4 項)人民代表大
会の代表であることが多い。これらの代表は,人民代表大会の会議で法律
の制定や決議を表決して,行政機関,法院,検察院に戻って,その法律や
決議を執行することになっている。この意味で,中国の人民代表大会制度
は「議行合一」の原則を実施するという判断もある71)。このことは人民代
表大会による他の国家機関の立法的統制が十分でないことをもたらすこと
になる。
(2)民主集中制における国家機関間の「分工(分業)」
人民代表大会制度および民主集中制の原則のもとで,中国では,国家機
66) 『马克思恩格斯全集(第17巻)』,人民出版社,1963年,358頁,
『列寧全集(第
34巻)』,人民出版社,1985年,67頁参照。
67) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,81頁。
68) 議行合一とは三権分立と相対し,国家機関の重要な活動の決議と執行が統一
して行われるという制度を指す。(中国大百科全書編集委員会『中国大百科全
書(法学卷)』,中国大百科全書出版社,1984年,702頁。)歴史的にフランスの
パリ・コミューンに
ることができるとされている。
69) マルクス「フランスの内戦」,レーニン「国家と革命」参照。
70) 蔡定剣『中国人民代表大会制度』,法律出版社,1998年,93頁。
71) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,83頁。
154
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
関間の「分権」を否定するが,国家機関間の「分工(分業)」を認める。
資本主義の三権分立的「分権」は国家権力を数個の機関に分散し,それら
相互の抑制・均衡 作用によって専制政治を防ごうとする考え方である。
これに対して,中国の人民代表大会制度は,国家権力の統一性(統一の政
権)や同質性(人民に属する性質)を前提として,国家機関間の「分工(分
業)」を認める。「分工(分業)」の原則とは,統一の国家権力のもとで,
国家管理の効率の向上を目指して,憲法や各国家機関組織法によって国家
事務をいくつかの国家機関に分け,異なった国家機関がこの分割された国
家事務に従事することである。この原則に基づき,中国では,各国家機関
間の分立,相互の抑制・均衡作用が否定され,人民代表大会による監督の
みが認められる。さらに,行政機関・司法機関が人民代表大会に従属する
ことを前提として,国家機関間の相互協力を重視し,行政機関や司法機関
に対する人民代表大会の指導や監督を認める一方,各国家機関間の同質性
「民主集中制」に基づき,人民代表大
や協力性が強調される72)。そのため,
会およびその常務委員会は,監督法で定めている各監督方式を利用し,行
政機関と司法機関の活動をコントロールすることができるが,現実には,
人民代表大会の監督が十分に行われるとはいえない。
2 人民代表大会制度と中国共産党の指導
(1)中国共産党の人民代表大会に対する指導
全国人民代表大会は,憲法上,最高の国家権力機関と定められ(57条),
ピラミッド形の国家機関の中で,頂点に位置付けられる。そして,地方人
民代表大会は,当該地方の国家機関体系においては,頂点に位置付けられ
る。しかし,国家政治体制の中では,人民代表大会およびその他の国家機
関は共産党の下にあり,共産党の指導を受ける73)。具体的には,中国共産
72) 例えば,中国では,「議行合一」の原則に基づき,行政機関としての国務院
が一部の立法権を行使することができる。すなわち,国務院の行政立法権を国
家の立法権の一部として理解することができるものとされている。
73) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,29頁。
155
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
党は,党員個人と党グループを通じて,人民代表大会などの国家機関に対
する指導を実現する。人民代表大会の代表およびその他の国家機関の構成
員の多くは中国共産党員である。共産党の「民主集中制」という組織原則
に基づき,党員個人は党の組織に服従しなければならないと要求され
る74)。この意味で,共産党は人民代表大会の代表およびその他の国家機関
の構成員としての党員個人を指導することによって,人民代表大会の代表
およびその他の国家機関を指導することができる。そして,中央と地方の
国家機関に党グループを設置することができる。党グループは指導の中核
的役割を果たす。党グループの主な任務は党の路線,方針,政策の実施を
図り,該当国家機関における重要な事項を検討し,決定し,幹部に対する
管理を行う75)。
(2)中国共産党の「依法執政(法による執政)」
政党制度について,中国憲法では,「中国共産党指導のもとにおける多
党協力および政治協商制度」が定められ,中国共産党は「執政党」76)とし
て認められている(憲法序文)。この執政党と政権との関係については,
文化大革命の時期および改革開放の初期に,「党政不分(共産党と政府の
職責が分離されていないこと)」,「以党代政(共産党組織が国家機関など
の職権を代行すること)」のような共産党と国家の一体化という問題があっ
た。この問題に対して,1980年 8 月18日の中国共産党中央委員会拡大会議
74) 中国共産党章程18条参照。
75) 中国共産党章程46条参照。
76) 「執政党」は憲法上実定的な用語ではないが,現実にはよく使う用語である。
中国語の「執政党」は,政権を執る政党のことである。その意味は,日本語の
「与党(政権に与する政党)」と大体同じであるが,微妙な違いもある。すなわ
ち,与党の対義語は野党であるが,執政党の対義語は「参政党(政権に参与す
る政党)」である。中国では,執政党である共産党とその他の八つの民主党派
との関係は与党と野党の関係ではなく,執政党と参政党の関係である。民主党
派は協商会議を通じて,国家の事務に参与,監督を行い,共産党の執政の補佐
を行う。また,民主党派の党員は国務院の構成員(閣僚相当)に就任すること
もある。
156
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
で,鄧小平氏は「党と国家指導者制度の改革」という報告を発表し,文化
大革命時期の歴史経験と教訓とを
み取り,中国共産党の官僚主義,権力
「党政分離(共
の過度の集中,家父長制,幹部終身制などの問題を批判し,
産党と政府の職責を分離すること)」,幹部制度の改革などの政治体制の改
革の目標を提出した77)。そして,中国共産党も「権力が抑制・監督を受け
ないと,必ず濫用と腐敗をもたらす」という認識に基づき,「権力に対す
る抑制と監督を強化することは社会主義民主政治建設の重要な任務であ
「す
る。」と示している78)。さらに,1982年の憲法序文および 5 条において,
べての国家機関,武装力,各政党,各社会団体,各企業 ・ 事業組織は憲法
と法律を遵守しなければならない」,「いかなる組織や個人も憲法や法律を
超越する特権をもっていない」と規定されている。 ここの 「各政党」 の中
には当然,共産党も含まれると解されている。 さらに,1997年の中国共産
党第15回全国代表大会公報では,「党は,憲法と法律の範囲内で活動を行
う」 を改革の目標として示した79)。そして,2007年の中国共産党第17回全
国代表大会公報では,
「中国共産党の指導,人民の主人公化,依法治国(法
によって国を治める)の有機的統一を堅持する。」という方針が示され
「中国共産党の指導」
(序
た80)。1999年の憲法改正によって,現行憲法では,
文)と「依法治国(法によって国を治める)」
( 5 条)が同時に定められた。
この意味で,憲法は,中国共産党の指導的地位を認めているが,憲法およ
び法律による指導を求める。これは,「依法執政(法による執政)」といわ
77) 鄧小平「党与国家領導制度改革(中国共産党中央委員会拡大会議報告)」
(1980
年 8 月18日)。
78) 胡錦濤「在首都各界紀念全國人民代表大會成立50周年大會上的講話」
(2004年
9 月15日)。
79) 江沢民「高挙鄧小平理論偉大旗幟,把建設有中国特色社会主義事業全面推向
二十一世紀」
(中国共産党第15期全国代表大会報告,1997年 9 月12日)。
80) 胡錦濤「高挙中国特色社会主義偉大旗幟 為奪取全面建設小康社会新勝利而
奮闘─在中国共産党第十七次全国代表大会上的報告」
(2007年10月15日)。また,
『中国民主政治建設白書』もこの三つの統一を中国的民主の特色としてアピー
ルした。(中国国務院新聞弁公室『中国民主政治建設白書』2005年10月参照)
157
比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
れる。
「依法執政」理念の実現のため,2002年の中国共産党第16回全国代表大
「党
会公報では,
「党の指導方式と執政方式を改革し,改善する」と要求し,
の指導は主として政治,思想と組織面での指導であり,重要な政策・方針
の制定,立法議案の提起,重要な幹部の推薦,思想宣伝の展開を通じて,
党組織と党員の役割を発揮させ,法による執政を堅持して,国と社会に対
する党の指導を行う」と示した81)。そして,党幹部の不正を防止し,党の
指導レベルを向上させるため,中国共産党は,2003年12月31日に「中国共
産党党内監督条例」を公布した。この監督は,共産党の各級規律検査委員
会が共産党の指導機関や幹部個人に対して,党規約や法律などを遵守して
いるかどうかを監督することである。さらに,2007年の中国共産党第17回
全国代表大会公報では,「制約メカニズムと監督メカニズムの充実化をは
かり,人民に与えられた権力が終始人民の利益のために用いられるよう保
証する」ことを要求した82)。今後,共産党の指導と執政も「法」の枠内で
行われるという「依法執政(法による執政)」の目標を目指して,共産党
の指導方式と執政方式を改革しなければならない。
3 人民代表大会の地位向上と機能改革
憲法や法律の規定からみれば,人民代表大会は国家の権力機関として,
その他の国家機関より高い地位に立っているといえる。そして,各級の人
民代表大会およびその常務委員会は,行政機関などの国家機関の活動を指
導,監督する権力をもっている。ところが,現実には,人民代表大会の実
際的地位は,法律的地位と異なる。現実上は,国務院などの行政機関は「実
質的に国家権力を行使し」83),人民代表大会は,その機能を有名無実化され,
81) 江沢民「全面建設小康社会,開創中国特色社会主義事業新局面─在中国共産
党第16次全国代表大会上的報告」
(2002年11月 8 日)。
82) 胡錦濤「高挙中国特色社会主義偉大旗幟 為奪取全面建設小康社会新勝利而
奮闘─在中国共産党第17次全国代表大会上的報告」
(2007年10月15日)。
83) 岡村志嘉子「人民代表大会の監督機能強化」
『ジュリスト』1164号,1999年10
158
中国における人民代表大会制度とその現代的課題
実質的な権力をもっておらず,「ゴム印」84)と揶揄されることになった85)。
人民代表大会は行政機関の「法定手続を履行する」ための道具にすぎない
といわれることもある86)。
全国人民代表大会の最高的地位や行政機関に対する指導権・監督権は憲
法で認められているにかかわらず,なぜ現実には行政機関としての国務院
は逆に強い権力をもっているか? その理由は,以下の通りである。第一
には,1949年の中華人民共和国成立以来の法制建設のプロセスからみれば,
特に,1957年の反右派闘争時期や文化大革命時期において,全国人民代表
大会は,その機能を十分に発揮していなかったが,国務院は権力の中心に
なった。改革開放以降,国務院の権力は政治体制の改革や1982年憲法の制
定によって制限されるが,(憲法前文や 5 条)開放改革以前の影響は今も
まだ続いている。第二には,全国人民代表大会は常設的な機関ではなく,
毎年一回,10日間ほど開催される(憲法61条 1 項)。全国人民代表大会常
務委員会は全国人民代表大会の常設的な機関であるが(憲法57条),一般
的に 2 ヶ月ごとに 1 回開催される(全国人民代表大会組織法29条)。これ
に対して国務院は,日常の国家事務を継続的に管理している。第三には,
人民代表大会は代表制に基づき,3000人ぐらいの代表の投票によって決議
する。つまり,その権力は3000人ぐらいの代表に配分されるといえる。そ
月, 4 頁,唐亮『現代中国の党政関係』,慶應義塾大学出版会,1997年, 1 頁
参照。
84) 全国人民代表大会は「ゴム印」を押すだけで,すべての提案に代表の全員一
致で賛成し,実質的な役割を果たさないといわれている。
85) 近年,行政機関や司法機関の活動報告に反対票が投じられる,または特定の
問題について活発な議論が行なわれるなど,人民代表大会は,国民の声を反映
させる役割を担うようになってきている。例えば,四川省各級人代およびその
常委会は,2000年∼2005年の 5 年間に,206件の規制的書類の審査,538件の特
定活動報告の聴取と審議,268件の法律法規実施の検査,194件の特定活動の視
察,87件の活動評議,312件の職務評議,284件の司法事件監督, 4 件の質疑,
13件の罷免と免職を行った。(李毅「論人大対司法案件的監督」,四川大学2006
年修士論文,11頁参照。)しかし,その機能を十分に果たしたとはいえない。
86) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,34頁。
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
して,人民代表大会常務委員会は委員制に基づき,200人近くの委員の表
決によって決議する。これに対して,国務院などの行政機関は「首長責任
制」に基づき,行政機関の首長(例えば国務院の総理)が内部的機関や人
員に対する指揮命令権,重大活動の最終決定権,人事の任免権,法律文書
の署名権をもっている。第四には,政治的地位からみれば,行政機関の首
長は,同級の人民代表大会常務委員会の委員長より高いことは一般であ
る87)。例えば,国務院総理の政治的地位は全国人民代表大会常務委員会の
長より高い。そのため,憲法は人民代表制度や民主集中制を採用するが,
現実には,行政機関は人民代表大会およびその常務委員会より実権をもっ
ている。そして,行政機関,法院,検察院の長およびその構成員は,人民
代表大会監督の対象であると同時に,圧倒的多数が人民代表大会代表であ
る。例えば,ある期の全国人民代表大会の代表のうち,行政機関などの国
家機関の幹部を担当する代表は41.6%を占める。地方人民代表大会では,
この比率が50%を超えることが多い88)。そのため,人民代表大会の監督は,
未だ各国家機関から完全に独立していない。さらに,人民代表大会常委会
の構成員は,人民代表大会常委会の職務を担当する前に,政府の職務を担
当したことがある場合が多い。
一方,人民代表大会と司法機関との関係について,司法機関は行政機関
のように,人民代表大会を越えることはないが,一部の地方では,司法機
関が人民代表大会による監督の代わりに,共産党組織の直接的指揮や干渉
を受けている89)。現在,中国の県級以上の共産党組織には,裁判,検察,
捜査,法の執行などの協調や調整を目的とする「政法委員会」が設けられ
ている90)。これらの国家機関や共産党組織の監督活動は,人民法院の裁判
87) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,34頁。
88) 蔡定剣「論人民代表大会制度的改革与完善」
『政法論壇』,2004年第11号。
89) 蔡定剣『中国人大制度』,社会科学文献出版社,1992年,34頁。
90) 「政法委員会」は,中国共産党中央「関于成立中央政法委員会的通知」
(1980
年 1 月24日)によって設置された。1988年の国家組織改革によって一度取消さ
れたが,1990年 3 月に回復された。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
の独立に干渉することもある。
お わ り に フランスの「人間と市民の権利の宣言」16条は,「権利の保障が確保さ
れず,権力の分立が定められていない社会は,すべて憲法を有するもので
はない」と断言している。この意味で,権力の分立は,権力の恣意的行使
をコントロールし,国民の権利を保障するために重要な意味をもっている。
中国の憲法は,「国家は人権を尊重・保障する」と宣言し(33条 2 項),財
産権などの国民の基本権を保障するが(13条 2 項),権力の分立を否定し,
「民主集中制」の原則に基づき,各国家機関間の同質性や協力性を強調し
ながら,人民代表大会の監督のみを認める。しかも,現実には,人民代表
大会による国家機関の権力の統制や国民の権利の保障は十分であるとはい
えない。しかし,人民代表大会制度およびその「民主集中制」の原則は中
国の根本的な政治制度であり,中国の社会主義制度を支える最も基本的な
柱の一つである91)。中国では,「人民代表大会制度は中国の国情と国体に
合った基本的政治制度であり,国家の政権における人民の権力行使を実現
する最良の形式であり,中国の社会主義民主制度の最も鮮明な特徴でもあ
る。」とされる92)。第11期全国人民代表大会常務委員会呉邦国委員長は2011
年 3 月10日第11期全国人民代表大会第 4 回会議で,西側諸国のような「三
権分立」,「 両院議会制」,「多党制」を絶対に導入しないと宣言し,人民
代表大会制度を維持する決意をあらためて示した93)。しかし,現段階の中
国では,人民代表大会制度およびその「民主集中制」の原則を維持すると
91) もう一つの基本的な柱は社会主義公有制である。両者は,政治と経済の面で,
中国の社会主義制度を支える。(図 1 参照)
92) 王兆国「把人民代表大会制度堅持好完善好発展好」
『人民日報』2012年 2 月 1
日。
93) 中国第11期全国人民代表大会常務委員会呉邦国委員長「全国人民代表大会常
務委員会活動報告」
(2011年 3 月10日第11期全国人民代表大会第 4 回会議)。
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比較法雑誌第46巻第 1 号(2012)
いう前提のもとで,どのように人民代表大会の監督機能を十分に発揮し,
各国家機関の権限を法的に統制し,国民の権利を保障するかという課題が
残っている。この課題を解決するために,人民代表大会制度を改革しなけ
ればならない。第11期全国人民代表大会常務委員会王兆国副委員長も,
「中
国の特色ある社会主義の道を堅持するには,人民代表大会制度をしっかり
と堅持,整備し,発展させ,国家権力機関としての人民代表大会と同常務
委員会の役割を十分に発揮しなければならない」と発言し,人民代表大会
制度の改革を強調した94)。
中国では,1978年の改革開放政策の導入以後,これまでの30年余りにわ
たって,著しい経済発展が成し遂げられ,経済体制が計画経済体制から徐々
に自由化され,最終的に市場経済体制を正式に導入することとなった。一
方,1978年の11期中央委員会 3 回全体会議で確立した改革開放の政策は経
済体制の改革のみならず,政治体制の改革をも含んでいる95)。すなわち,
改革開放は,経済体制面で計画経済体制から市場経済体制への転換を要求
する以外に,政治体制面での近代的法治国家に相応しい民主主義をも求め
た。政治体制の一部として人民代表大会制度の改革も行われている。例え
ば,1980年代以降,人民代表大会の立法機能等の強化,改善が積極的に推
進されてきた。1987年に全国人民代表大会常務委員会議事規則,1989年に
全国人民代表大会議事規則が制定され,人民代表大会の議事手続などを定
めている。1992年 4 月に全国人民代表大会と地方各級人民代表大会代表法
が制定され,人民代表大会代表の職務や権限などについて定めている。
2000年 3 月,「立法法」が制定され,人民代表大会の立法権限や立法手続
を明らかにする。2004年 8 月,全国人民代表大会常務委員会の法制工作委
員会のもとで法規審査備案(登録)室が設置され,行政法規,地方的法規,
部門的規章,地方的規章などの登録,審査,裁定を担当する。また,人民
94) 王兆国「把人民代表大会制度堅持好完善好発展好」
『人民日報』2012年 2 月 1
日。
95) 鄧小平「解放思想,実事求是,団結一致向前看(中国共産党第11期中央委員
会第 3 回全体会議閉幕式報告)」
(1978年12月13日)参照。
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中国における人民代表大会制度とその現代的課題
代表大会の監督機能を強化するため,「各級人民代表大会常務委員会監督
法」が2006年 8 月の第10期全国人代常委会第23次会議で採択された。これ
らの機能改革により,人民代表大会の国家権力機関としての権威を高め,
その立法や他の国家機関に対する監督などの活動を活発化させることに
なったが,まだ十分ではない。中国では,原則として三権分立制を採用し
ないが,三権分立の原則をすべて否定することではなく,その中の具体的
な措置や経験を改造して利用することができる96)。例えば,三権分立と抑
制均衡の原則を参照し,人民代表大会の監督機能を強化することができる。
今後,人民代表大会の統一的な指導のもとで,各国家機関間の相互抑制・
均衡作用を重視し,特に人民代表大会の地位を高め,法制度の整備を強化
し,司法の独立と公正を保障し,法の執行を徹底し,行政機関の活動を法
的に統制する努力を積み重ねなければならない。そして,人民代表大会の
機能改革の以外,選挙制度,代表制度,立法制度,監督制度,政党制度,
地方制度などについても,改革を着実に遂行しなければならない。
96) 何華輝編『人民代表大会制度的理論与実践』,武漢大学出版社,1992年,61頁。
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