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異文化間協働活動を中心とした 日本語教育実習における
異文化間協働活動を中心とした 日本語教育実習における実習生の意識変容 石井恵理子 藤川美穂 谷啓子 .はじめに グローバル化が進み環境問題や経済格差等、国家単位では解決が困難な諸問題を抱える 国際社会の中で、教育においても従来の国民国家を支える人材から国際社会で活躍できる 人材へと、育成すべき人材に求められる能力のとらえ方が大きく変化している。経済協力 機 構 (OECD) は DeSeCo (Definition and Selection of Competencies: Theoretical and Conceptual Foundations)プロジェクトを立ち上げ、急速に変化し、複雑化していく社会 に対応し、人生の成功と社会の持続的発展に資する能力としてキー・コンピテンシーとい う能力概念を示した。キー・コンピテンシーは、①社会・文化的、技術的ツールを相互作 用的に活用する能力、②多様な社会グループにおける人間関係形成能力、③自律的に行動 する能力、の つのカテゴリーによって構成され、深く思考し行動する力をこの中心に置 いている(ライチェン、サルガニク 2006)。 これを受けて、日本国内でも、経済産業省は 2006 年に職場や地域社会で多様な人々と 仕事をしていくために必要な基礎的な力としての「社会人基礎力」を提唱した。学校教育 の分野では高等教育において、2008 年に中央教育審議会大学分科会制度・教育部会によ る答申案『学士課程教育の再構築に向けて』が示され、グローバルな知識基盤社会、学習 社会において未来の社会を支え、より良いものとする「21 世紀型市民」の育成が唱われ ている。また、初等・中等教育段階については、2011(平成 23)年度より適用される新し い学習指導要領(1)において「生きる力」が新たな教育目標として掲げられるなど、新しい 能力観に基づく教育目標が打ち出された。 経済産業省が 2006 年に「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な 基礎的な力」として提唱した「社会人基礎力」は、答えが一つとは限らない実社会での仕 事において、失敗を恐れず粘り強く試行錯誤を続けていく「前に踏み出す力」、問題を発 見しその解決のための方法やプロセスを「考え抜く力」、多様な人との協働によって目標 に向かう「チームで働く力」の つの能力から構成される(社会人基礎力に関する研究会、 2006)。中央教育審議会答申では、具体的に各専攻分野を通じて培う学士力の学士課程共 通の学習成果に関する参考指針として、1.知識・理解(⑴多文化・異文化に関する知識の ― 43 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 理解、⑵人類の文化、社会と自然に関する知識の理解)、2.汎用的技能(⑴コミュニケー ションスキル、⑵数量的スキル、⑶情報リテラシー、⑷論理的思考力、⑸問題解決力)、 3.態度・志向性(⑴自己管理力、⑵チームワーク、リーダーシップ、⑶倫理観、⑷市民と しての社会的責任、⑸生涯学習力)、4.統合的な学習経験と創造的思考力、という つの 項目と 12 の要素を挙げている。文部科学省が新指導要領で示した「生きる力」とは、 「基 礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、 自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつ つ、他人と共に協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく 生きるための健康や体力など」(中央教育審議会 2008)と定義されている。これらの能力概 念は、いずれも複雑に変化し続ける社会を主体的に生きる人間を育成目標とし、問題の発 見とその解決のプロセスを重視し、主体的自己としての思考や判断力と、多様な他者と協 調・協働する力を目標とする能力の中核に据えている。 しかし、現代の日本社会で育つ子どもたちを取り巻く環境を見ると、家庭は核家族化、 少子化が進み、地域社会はコミュニティの崩壊が問題となるほど人間関係が希薄になって いる。そして、学校は同年齢の集団で構成され、異年齢との交流は学習場面でも遊びの場 面でも極めて少ない。子どもたちは、生活のほとんどの場面で同質の集団の中で育ってき ており、「多様な他者」とのコミュニケーション経験に乏しい。また、受験を強く意識し た教育においては、所与の問いに対して既に確定している「正しい答え」にできるだけ効 率良くたどり着くことが評価される。教師が示す「正解」を疑うことはもちろん、与えら れた問いそのものを問い直す、あるいは新たな問いを発見・追究しようとすることは、む しろ学習の最適化の妨げとさえ見なされる教育において、主体的自己としての思考や判断 は期待されない。 本研究は、そうした問題意識の下に、日本語教育という場において、学びのあり方と学 ぶ力を生み出す状況を考えることから出発した。日本語教育は、常に国際社会の動向の影 響を受けて展開してきたが、特に 1990 年代以降、日本国内の国際化を受けて、異文化接 触の水際として地域社会の多文化化に伴う様々な問題に直面し続けてきた。多文化共生と いうキーワードは近年の日本語教育の重要課題であるが、一方で日本語教育は日本語日本 文化社会への同化要請機能を担う危険性を持つ。そうしたジレンマを抱えつつ、多様な背 景を持つ人々が共に暮らすようになった地域社会で顕在化した、あるいは潜在する諸問題 をとらえ、解決していくための異文化間活動を支える「ことば」の教育として、日本語教 育は理念および具体的な内容・方法を模索し続けている。教室という閉じた場における個 人内の言語知識・技能の習得に焦点化した言語教育としてではなく、ことばによって異文 化間の相互理解、相互行為を促進し、社会の問題を解決していく力を育成することを目的 ― 44 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 とする。これは、自らの問いを見出し、その問いを社会的問いとして探求に値するものに 精緻化し、解決の方策を模索し、実践していく力こそが、社会人として主体的に生き、社 会形成に資する人材を育てるという、大学に求められる人材育成目標と重なるものである と考える。 .異文化コミュニケーションによる学び 日本国内の日本語教育の場(日本語教室など)は、異なる言語・文化を背景とする人々が 交わる「接触領域」である。多様な言語文化を背景とし、それぞれの出身国・地域におい て様々な社会経験を経てきた人々が日本語を目標言語および共通言語として学習活動を行 う場である。教室形態や活動内容、行動規範、教師と学習者および学習者相互の関係性な どに関して、学生たちがこれまで経験してきた日本の学校教育の教室とは大きく異なる枠 組みを持つ。すなわち、教室は一つの小さな多文化社会とみることができる。日本語教育 実習は、単に実習生が日本語を教えるための知識・技能を身につけるトレーニングとして ではなく、日本語教室という多文化社会での異文化コミュニケーション活動に主体的に関 わる経験を得る場でもある。異文化コミュニケーション活動を通して異文化理解能力やコ ミュニケーションを成立させるための言語調整・管理能力等を身につける機会として捉え 直すことによって、日本語教育実習はより社会的な視野と実践能力に繋がる多様な学びを 生む可能性を持ち得ると考えるが、そのために実習はどのような内容・方法を備えるべき であろうか。 異文化理解を促し平和な国際社会を構築することを目指した「国際理解教育」が第二次 大戦後にユネスコを中心として各国で進められ、日本の学校教育にも導入された。佐藤 (2001)は国際社会の変化に伴う国際理解教育の理念や目標とする人物像、方法等の変遷を 整理し、ポストナショナリズムの時代の教育の特徴を①文化的多元主義、②相互依存関 係、③グローバルイッシュー、④共生、の つのキーワードで表している。日本と外国と いう二元的な関係でのとらえ方から脱却し、多元的なアイデンティティを持つ者として自 己および他者を認識し、ローカルな地域の中にも他地域との多様な相互依存関係が埋め込 まれて成り立っている現代社会において、環境問題や南北問題、平和や人権など国家を超 えた取り組みを必要とする課題を捉え、多様な人々が共生していける社会の形成を目指す 教育である。現代社会が目指すところの「共生」とは、自己の発見と自己と異なる他者の 気づきに基づく「個の確立」を基本とし、自己と他者との関係を築く対話的過程によって 行われる共通目標のための共同作業である(佐藤 2001)。その作業は、継続的な日常の営 みの積み重ねである。 異文化との接触体験は自己を知ることを含め、様々な気づきを促す。日本の学校教育や ― 45 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 地域の異文化理解、国際理解のための活動として、地域の外国人住民や留学生などをゲス トに招き外国の食文化や習慣、遊びなどを紹介してもらうといった交流イベントがしばし ば行われている。こうした交流イベント型の異文化接触体験授業は、異文化に対する気づ きや興味関心を誘発するという効果を期待することはできるが、それはあくまで日常の自 分の生活とは直接関わりのない、 「他所の世界」に対する興味関心である。参加者が皆楽 しく過ごせる内容が用意されたイベントでは、自分自身の生活や信条を問われることはな く、その場限りのイベントが終了すれば、また以前とかわらぬ日常に戻っていく。自己や 自己の拠って立つ社会のありようについての省察、自己変容を伴う気づきや学びは、非日 常のイベント的な異文化接触では生まれにくい。 多様な人々が関わり合いながら生きる社会において、互いの違いを認め合って共生する ということは、様々な困難を伴う。違いによって生じる日常生活での摩擦や軋轢に向き合 うこと、あるいは社会の根底にある言語・文化・民族・国籍などによる不平等などの諸問 題に気づき、そうした問題を内包している社会の一員として、自分も当事者の立場で問題 解決に関わることが求められる。しかし、多文化化によって生じる問題の原因を参入する 少数派の言語的・文化的不適応とし、少数派が自身の問題を解決する努力をすることで社 会の問題が解消すると考え、そのために多数派が少数派を支援あるいは指導するという構 造において、共生社会は実現しない。そして、そのような構造下での日本語教育は日本 語・日本文化社会への同化装置となる。多様な人々が同じ場で共に活動することが必ずし も好ましい成果をもたらすとは限らない。対等な関係性における対話的過程によって活動 が行われるのでなければ、相互理解と自己の確立を目指した学びを保証することにならな いばかりか、両者の分離あるいは多数派による少数派の抑圧、排除といった結果を生むこ ともある。亀田(2000:67)は、協働的な問題解決場面において個人の持つ知的資源や情 報、意思、選好等が集団決定、集団遂行等に変換されるメカニズムに関する実験研究か ら、相互作用は課題構造やメンバー間の相互依存構造によって制約されると指摘する。異 文化との接触機会を設けるだけでは多様な人々の間で相互作用が起こるとはかぎらない。 異文化間の活動によって達成すべき課題が、参加者間の対等な関係性を保証し、すべての 参加者が当事者として課題達成のために対話を重ねる過程が生まれる構造を持つことが必 要である。 . 「協働活動」を中心とした日本語教室で育成される力 「教師が黒板を背にして教壇に立ち、学習者は全員教師の方を向いて並んで座る」とい う一般的な教室の構図に象徴される、教える者としての教師と学ぶ者としての学習者とい う役割が明確に分けられた教室では、両者の間で垂直的関係(2)が固定される。そのような ― 46 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 教室構造における教師像を念頭に置いた「教壇実習型」の教育実習では、実習生は教授内 容に関する知識や教授技術が未熟であっても、あくまで教師と同じ役割を担う者として位 置づけられ、「学習活動の計画・運営を主導し、日本語に関する知識や技能を教授する教 師(=実習生)」対「教師の意図に沿って日本語を学ぶ学習者」という垂直的関係構造が保 持される。日本語教育の場合、さらに「日本語母語話者=教える者」対「日本語非母語話 者(学習者)=学ぶ者」という日本語能力による圧倒的な力関係も重ねられる。こうした固 定的構造を持つ場においては、教室内の秩序の維持・管理や、学習内容、学習方法や態度 に関しても、教師側の社会文化規範に基づいて評価・指導される。従って、双方の認識に ずれがあった場合、対話的過程による解決がはかられることはまれで、学習者側が自己の 認識を改めたり行動や態度を調整することはあっても、教師の認識や行動・態度の変容は 起こりにくく、教室の基本構造や、活動を統制する規範意識や秩序など教室内文化は維持 されていく。 「多様な他者」との接触の場である日本語教室に参加しながら、固定的な 「教授者」の役割を担うのみでは、実習生は多様な他者との対話から問題を発見し、解決 に向けた調整や交渉を行うプロセスを経験する機会を得ることが難しい。 日本語教室という場の設定自体が、参加者間に日本語に関する知識・技能に大きな力の 差があることを前提としており、その点においては「教える―教えられる」関係が生じる ことは必然であるが、その関係を固定化せず、教室の活動における異文化接触が相互理解 に繋がる十全な相互作用を生むものとなるには何が必要であろうか。日本語教育が日本語 能力による力関係を強化・固定化するものとならないためには、日本語について学ぶこと を主たる目的とした活動ではなく、お互いが関心を持つ内容を探求する中で、互いの理解 と共有のための「社会・文化的ツール」の一つとして日本語を使って対話し、その過程で 必要に応じて日本語の使い方を学ぶという活動、つまり共通の目標を設定した内容重視の 協働活動を組むことである。文化的背景、社会経験や知識、言語能力も多様な者同士が共 通の目標に向かって協働する場合、相互理解を支える重要なツールであることばを十全に 機能するように使う力は、全てのメンバーに必要な能力である。 ことばについて学ぶ教室では、教師は学習者が理解可能な語彙や文法等、言語面の基準 によって学習活動を設計するが、内容重視の協働活動においては、内容の深まりや活動の 進行の局面に応じて、言語的要求が生じる。相互理解のためには自分の思考や感情、情報 などを言語化して伝えなければならないが、その際、語彙や文法等の正しさ・適切さや、 音声・文字の明瞭さなど言語面での工夫はもちろん、談話の構成や、視覚情報など非言語 情報の活用等、内容の質的レベルを落とさずに対話を進めるためのあらゆる工夫が必要と なる。日本語教室では、目標言語であり教室内の共通言語である日本語の力が十分でない 者の日本語レベルや学習努力に目が行きがちであるが、協働によって成果を得るためには ― 47 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 十分な日本語力を持つ者こそが相手の日本語力や背景知識等を考慮し、相手にわかりやく 伝える力を磨かねばならない。異文化の相手とのコミュニケーションを円滑に行う言語調 整・管理能力は、日本語母語話者も努力して身につけるべき能力である。 また、予め教師によって用意されたゴールに導かれていく学習活動と違って、自分たち で追求する意義のあるゴールを定め、協力し合いながらたどり着こうとする活動では、目 標達成のための方法や手順を考え、メンバー間の協力によって問題を一つずつ解決しなが ら進んでいくことが求められる。多様な背景を持つメンバー間の意見調整が必須であり、 ゴールが社会的広がりを持った設定である場合には教室外の人や組織との相談や交渉も必 要になる。異文化理解能力、言語調整・管理能力に加え、共通の目標を設定した協働型活 動では、問題解決能力が求められるのである。この異文化理解能力、問題解決能力、言語 管理・調整能力の つの能力は、多様な言語文化背景の人々が対話を重ね、共に生きる社 会を形成していくために必要な「多文化共生コミュニケーション能力」(日本語教育学会 2008:25-26)を構成する基本能力である。そして、目標を共有し協働で活動を進めていく プロセスこそが、この つの能力を育成する場でもある。 目標達成のために具体的な内容を追求する活動において「日本語非母語話者」と「日本 語母語話者(あるいはそれに準ずる日本語力を有する者)」は学び合う者同士として水平の 関係にある。日本語について「教える―教えられる」という関係が表れる場面もあれば、 内容的知識や技術についてまた別の「教える―教えられる」という関係が現れたり、共通 の問題意識や興味関心を持つ共感的関係性や、社会的経験の豊富な先輩―後輩関係など、 メンバー相互の関係は活動の各局面において変化し、あるいは同時に多様な関係が重層的 に現れる(吉本、石井 2009)。そうしたダイナミックな教室構造の中で、教室に関わる者 の意識や行動も相互作用的に再構築されていくものと考える。 .研究目的およびフィールドとした日本語教育実習の概要 4.1 研究目的とフィールド 本研究はプロジェクト・ワークによる異文化間協働活動という枠組みで行われた日本語 教育実習および日本語教育実習の場として開設した日本語教室をフィールドとする。この 日本語教育実習は、大学学部に設置された「日本語教員養成課程」(3)の 年次に履修する 必修科目である。日本語教育実習には、毎年、50∼70 名程度の学生が参加している。 実習には、⑴学内で行う実習(学内において 日間(4)の日本語教室を して行う。コース設計、学習者募集、教材準備、授業計画・実施など ∼ コース開設 日間のコース運営 の全過程を実習生が行うスクールシミュレーション型の実習である。以下「学内実習」と 呼ぶ)と、⑵学外で行う実習(日本語教育機関の日本語クラスに参加して行う。参加形態 ― 48 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 は、週 ∼ 回のペースで ∼ ヶ月間日本語教育機関に通う長期インターンシップ型 と、約 週間毎日通う短期集中型の 種類がある。以下、 「学外実習」と呼ぶ)とがある。 いずれの実習形態においても、実習の目標は「多文化コミュニティ」としての日本語教 室において、異なる言語文化を背景とする人々とのコミュニケーションに主体的に参加 し、多様な価値観や論理に気付き、自己の価値観や枠組みを問い直すことを含め、協働的 に活動を進めていくために必要な言語面や内容・方法面での相互交渉・調整を行う能力を 育成することである。つまり、「多文化共生コミュニケーション能力」の育成を、日本語 実習の目的として設定した。 本研究は、このような目的のもとに行われた学内実習の日本語教室での活動において、 学習者との協働を重視するプロジェクト・ワークを経験した実習生たちの気付きのプロセ スを質的に分析し、異文化間協働活動によって実習生の意識変容がどのように起きたかを 明らかにすることを目的とするものである。 4.2 学内実習の概要 学内実習の大きな特徴は、コースの設計から運営に至るまで実習の全ての行程を実習生 自身がチームを組んで協働活動として行うこと、またコースは言語項目を中心に教える一 般的な「語学授業」ではなく、実習生と学習者との協働活動によって進めるプロジェク ト・ワークであることの 点である。既存の教材は使用せず、テーマに関するリソースの 収集、活動を進める際に必要な日本語の整理・補強のための教材作成を実習生が行う。学 内実習の全体の流れは表 に示す通りである。 表 事 月 学内実習全体の流れ(例) 項 「日本語教育実習」前期講義(週 チームごとの活動 コマ) チーム分け・ML 立ち上げ 月 (日本語教育機関授業見学) テーマ決定 月 募集ポスター作成 コース概要決定・素材収集 月 募集ポスター印刷・配布 学習者募集(電話受付・事前インタ ビュー) 教案作成・検討 月 実 習 月上旬 日間 各自の振り返りとチームの報告会準備 月 10 月 実習報告会(公開) 実習レポート提出 ― 49 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 ∼ 月:チーム作り 日本語教育実習の準備は、 月に開講する日本語教員養成課程の 年次必修科目「日本 語教育実習」の初回の授業から始まる。事前の実習説明会や希望調査を経て、初回授業時 に教員から学内・学外それぞれの実習先の振り分けがなされる。学内で実習を行う学生は ∼ 人のチームを組み、リーダーを決める。ここで初めて挨拶を交わすメンバーも多い ため、 週 月の実習に向けてチームとしての人間関係を作りながらの準備になる。 コマの授業は、 月末頃までは学内実習・学外実習を分けず、共通でコース設計や 授業運営など日本語教育の実践に関する内容を中心に、講義形式で行う。授業時間内でチ ームごとの相談時間をとる余裕はないため、学内実習の学生はチームごとに授業外の時間 に集まり、コースの中心に据えるテーマや、どのような学習者を対象とするか等について 話し合いを持つ。 日本語学習者との接触経験が乏しい学生たちは、並行する講義で学ぶコースデザインや リソース、教室空間の使い方などの知識はまだ具体的な実践のイメージとは結びつけられ ず、テーマ設定や学習者像も漠然としたイメージに留まる。そこで、実習担当教員はこの 時期に授業見学が可能な大学内外の日本語教室の紹介や、日本語教育機関が企画した交流 会や会話や作文の授業で学習者を支援するボランティア募集等の情報を随時提供し、実習 を行う学生たちが日本語教室や日本語学習者についての具体的イメージを得る機会を持つ よう促している。 月:テーマの設定 月下旬、学内実習の学生は、チームごとに自分たちのコースで想定する学習者像(日 本語レベルや学習者の背景など)と取り組みたいテーマ(表 参照)を発表し、教員および 他の実習生からコメントやアドバイスを受ける。この段階では、コースのテーマは決まっ ても、テーマに基づくプロジェクト・ワークの目標、目標達成に必要な活動など、全体の 流れや構成要素については曖昧なままである。自分たちができること、できないことの判 別が明確ではなく、学習者像も明確でないため、この時点での活動計画は自分たちの興味 を中心に、手持ちの知識の範囲で学習者に教えられそうだと思うことに留まる。 月下旬には、授業の中で小グループに分かれて学外実習の中間報告を行う。既に 月 から日本語教育機関での実習を開始している学生がそれぞれの実習先での実習経験で得た 知見や疑問点を報告し、他機関で実習を行っている学生およびこれから学内で実習を行う 学生と自分たちの経験を共有する機会を持つ。ここで、学内実習の学生たちは、実際に学 習者と接してきた学外実習の学生たちから日本語学校等の授業で扱われる内容やそれに対 する反応等を聞き、相談する機会を通して、自分たちの想定する学習者像やニーズなどに ついて再考するヒントを得る。 ― 50 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 学生間の情報共有や学外での実習経験者からのアドバイス、教員からのコメントを受け て、チームごとにコースのテーマや内容について計画の修正や変更を行う。 表 これまでの学内実習チームのテーマと想定した学習者の日本語レベル 2006 年度 「吉祥寺を歩こう」(中級)/「ようこそ醤油パーティーへ」(中級)/「友達になろう∼日本 人の人づき合いについて」(中級)/「働くって何?仕事から見える日本文化」(中級)/「日 本の夏を楽しもう」(初級) 2007 年度 「夏の旅の思い出作り∼東京マップを作ろう」(初級∼中級)/「安心・楽しい・日本の暮ら し∼地震の時どうすればいい?」(初級∼中級)/「食事と生活」(中級∼上級) 2008 年度 「ファッションを探ろう∼時代と地域に現れる日本社会∼」(中級)/「お弁当から見える日 本」(中級)/「伝統再発見∼和紙を通して伝統を学ぼう∼」(中級) 2009 年度 「日本のふしぎ∼町へ出かけてふしぎを探そう∼」(初級)/「THE 結婚観」(中級)/「日本 のお茶を知ろう」(中級)/「みんなで ECO しましょ」(中級)/ 2010 年度 「日本での食事」(初級∼中級)/「LET S SING∼町へ出かけて日本の歌を探しに行こう」 (初級∼中級)/「携帯電話について考えよう」(中級)/「オーガニックって何だろう?」 (中級) 月中旬:学習者募集 各チームはコースプランの大枠(テーマと対象学習者)を決定し、学習者募集のポスター 原稿作成に入る。ポスターは、日本語コース全体の概要(実習の日程や大学へのアクセス、 申し込み方法など、全コースに共通の事項)と各コースの内容(テーマ、日本語レベル、活 動例など)を示したもので、近隣の国際交流協会や日本語学校、地域の日本語教室、国際 学生寮等に郵送するほか、日本語学習者が集まりそうなレストランやネットカフェ、英会 話サロンなどに掲示を依頼する。ポスター送付後、実習生でシフトを組んで電話受付を開 始する。 学習者を集めるために作成するポスターは、限られたスペースで日本語学習者の興味を 引き、日本語コースの内容や申し込み方法等が正しく理解される内容でなければならな い。ポスターを作成する作業は、実習生にとっては社会文化背景が異なり、具体的な情報 を全く共有していない日本語非母語話者との最初のコミュニケーション実践である。相手 にとって何が必要な情報か、どのような順番で示せばよいか、文字の大きさ、文字、語彙 や表現の選択、図や絵など視覚情報の活用など、相手にとってわかりやすいものを作るに は、それまで接したことのない多様な他者の立場から考えることが求められる。自分たち ― 51 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 の常識や前提としている知識から離れて相手の状況を推測することは多くの実習生にとっ て非常に難しく、ポスター作成過程では何度も修正を重ねることになる。 ポスターには各コースの説明として、対象とする学習者の日本語レベルの目安を記載し ているが、実際の応募は想定レベルとは異なることも多く見られる。また、情報の提示の 方法の問題や学習者の日本語理解の問題などにより、学習者が内容や日程などを誤解して いることもある。そこで、参加申し込み者に対して大学内での事前インタビューをチーム ごとに行っている。学習者にコースの条件や内容についての説明をし、十分な理解を得る こと、そして実習生が学習者の日本語レベルや、人柄、コースに対する期待やテーマに関 する興味や知識がどの程度であるかを把握した上で、コース内容を再調整し、集まった学 習者間の日本語レベル等の差に対応する手当て等を考えていく。 学習者は日本語学校の学生、大学の留学生や研究員、地域の日本語教室で学ぶ生活者、 日本人と国際結婚した外国人配偶者、ビジネスパーソン、夏休みを利用して来日した海外 の大学生など様々で、滞日期間も数年から数週間まで多様である。例年 30∼50 名の応募 がある。 月下旬:コースの流れの計画 学習者の募集と平行して、コースの準備を進める。運営する 日間のコースの流れを考 え、チームごとに教員に相談する。相談では、中心となるテーマのもと、学習者と共に何 を追求したいのか、個々の活動の目的は何か、それぞれの活動が次の活動にどうつながる のか、言語的なサポートをどう行うのか、必要なリソースは何か、その時の学習者の様 子、教室空間の使い方等、多面的に検討する。その後、さらにチームメンバーで話し合い ながら修正を繰り返す。 コースの流れの計画例として「伝統再発見―和紙を通して伝統を学ぼう―」というテー マを設定したチームの実習計画を表 表 に示す。 実習計画「伝統再発見―和紙を通して伝統を学ぼう―」 日目 ウォーミングアップ → 自己紹介 → オリエンテーション → 和紙好き度チェック → before/after 紙の昔と今クイズ → 翌日の確認 日目 ウォーミングアップ → 紙の質感を表すオノマトペ →「伝統」についてのディス カッション → 明日の体験の説明 → 発表デモンストレーション → 体験発表準 備 → 翌日の確認 日目 体験学習 午前 小津和紙訪問(和紙漉き体験・インタビュー) 午後 グループ別現代の和紙探索(浅草・六本木) 日目 発表準備(グループごとにパワーポイントの作成、発表原稿作成) 日目 発表準備 → 公開発表会 → 発表のフィードバック → 修了パーティー ― 52 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 日間の流れをメンバー全員で検討し、その後、コマごとの担当に分かれて細部の計画 を具体化していく。先に全体の流れを共有することによって、前後とのつながりを意識し ながら自分の担当部分の教案を作成するようになる。全員で全体の流れを検討することな くそれぞれが担当部分の計画を立てていくと、各コマの詳細な教案を作成したあとで前後 の活動との調整が必要となり、場合によっては大幅に修正することになる。 この時期に、学習者の募集と応募者との面談を並行して進めており、具体的な学習者像 が見えてくると、それにあわせて授業計画の修正を行う。 月上旬:直前準備 大学の前期末試験が終了し、夏休みに入るとともに日本語コースが始まる。教材作成な どコース内容の準備をしながら、コース開始直前には教室設営や機材の操作テスト、学習 者名簿の作成、正門での受付準備などコース開設のための諸作業を行う。 4.3 実習担当教員による指導 多くの実習生は、日本語教育の経験が初めてであるばかりでなく、協働型の教室やプロ ジェクト・ワークでの学習もこれまでに経験したことがない。そのため、協働や学び合い を目指すコース作りは、自分自身が学習者としても経験したことのない学習のイメージを 模索しながら、手探りで活動を作っていく作業となる。コース作りの理念は理解していて も、具体的なモデルを持たないため、具体化の過程で様々な困難を感じる。そこで、実習 担当教員は準備の段階から実習の期間を通して、実習生に気付きを促したり、考える方向 性を確認できるよう繰り返し助言や指針を示した。主な項目を以下に挙げる。 準備段階 ・学習者と実習生の双方にとって新たな学びのあるコース内容にすること 自分たちの持つ知識だけで対応せず、学習者と共に追求する価値のある内容にする。 ・学習者を「子ども扱い」しないこと 社会人である学習者の知識や経験を尊重し、日本語レベルと知的レベルを混同しな い。 ・学び合いを重視すること 実習生が一方的に日本語・日本事情/文化を教えるのではなく、学習者がそれぞれの 知識や経験を活かして発信できるよう配慮をする。 ・相手の立場に立って考えること 学習者の思考・心の状態をイメージする。自分の分担をこなすだけではなく、チーム の実習生の状況をイメージする。 ― 53 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 ・教室外での実践を重視すること 実習生が媒介となり、テーマに即した社会的な活動を行う機会を設ける。 ・学習者と実習生の協働による成果物として最終プロダクツの作成を行うこと 実習中 ・教案に縛られないこと 教案通りに進行することに固執せず、日本語レベルや知識・経験に差のある学習者へ の対応や教室運営などは状況に応じた柔軟な対応を心がける。 ・「教師」という役割にこだわらないこと 学習者の能力や技能が発揮できる場面を作る。例えば、リーダーシップをとれる人に まかせる、課外活動でのインタビュー内容の検討を学習者も交えて行なう、など。 ・振り返りと計画修正をチームの全成員で行うこと 実習生間で問題点を共有し、活動の修正を協働で行う。 .調査と分析方法 5.1 教育実習経験による意識変容に関する先行研究 日本語教育実習生の実習経験による意識や態度の変化に関する先行研究としては、海 外・国内での実習生を対象にアンケート調査の回答を実習前後で比較した中川(2003、 2004)の研究がある。日本語教育に対するイメージの変容を検出し、日本国内と海外、海 外でも実習先により態度変容に差異が生じることを指摘している。また異文化や教育法・ 教材についてのイメージの変化に注目して、実習前までの机上の学問で得た知識以上の 「何か」を得ていると述べる。さらに日本語教育実習を行っている大学を対象に行った調 査(中川 2005、2006)では、 「いつ・どこで・どのように」などの実習の形態を因子とし、 因子ごとに異なる実習生のイメージの相違や態度変容を探っている。 堀井(1999)は、日本語教育実習の主眼を、教授技術を訓練する教師トレーニングではな く、多様化する教育現場に対して自ら考える姿勢を養うことにおき、実習生のジャーナル とレポートから記述の多かった項目を分析することによって実習生の気づきと成長を示し た。また、佐々木(1994)は、指導講師による実習生への助言は実習生の単一的な授業文脈 の読み方について多義化を促す役割を持つ一方で、曖昧性を排除した(脱文脈化した)抽象 的な思考に陥らせる結果をも導くと指摘し、 「カンファレンス」によりこの問題を解決す るという提案を行っている。 藤田・佐藤(1996)は PAC 分析の手法を用いて、「日本語教師」 「日本語の授業」につい ての実習生と学習者の認知的変容を示した。 「日本語教師」についての実習生の認識は言 語以外の要素において変容がみられ、 「日本語の授業」に関しては実習前に持っていたス ― 54 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 テレオタイプ的な認識が変容したと指摘している。同様に PAC 分析を用いた教師観や態 度の変容についての調査・研究には才田(2003)、古別府(2009)などがある。 このように、実習経験が実習生をどのように変容させるかという問いに関して、論文や 報告書においてかなりの知見が得られているが、これらの先行研究は質問紙回答の量的分 析、あるいは個人ごとのケース別質的分析である。本研究ではテキストマイニングの手法 を用いて、多数の実習生に対して実施したアンケートの自由記述回答から概念を抽出する 質的分析を行う。また、先行研究はいずれもいわゆる「教壇型」の実習で「教える」経験 を経た実習生を分析の対象としているが、本研究では、実習生と学習者の多様な関係性が 生ずる「協働型」の実習によって起こる実習生の意識変容に着目する。 5.2 調査データ 学習者と共に協働活動を重視する実習を経験したことで実習生にどのような意識変容が 見られたかを質的に分析するため、①アンケート(教師観、学習観、日本語教師に必要な 資質などを問うもの。実習開始前の 年次 月および実習終了後の 10 月に実施)と、②実 践記録シート(実習生による実習中の日誌。資料 参照)をデータとする。その中から 2008 年度に学内で実習を行った実習生(17 名)のアンケート結果を主な分析対象とし、自 由記述から得られた質的データをテキストマイニングの手法を用いて分析した。回答から 得られたことばをカテゴリ化し、得られた概念について時系列で比較を試みた。また、得 られた概念を裏付けるため実践記録シートの記述の分析を行う。 実習前・実習後に実施したアンケートのうち、本研究のデータとしたアンケートの項目 は以下の通りである。 [実習前・実習後共通の質問項目] Q2 日本語教育とはどのような目的で何をすることか、イメージすることを具体的に 書いてください。 Q3 日本語教師とは、何かにたとえるとすると、どのような存在でしょうか。 「日本語教師とは、( ① )のようなものである。なぜなら、( ② )。 」 ①と②にことばを入れてください。①にはたとえられるもの、②は、①にたとえ られると考えた意味がよくわかるような説明を書いてください。 Q4 日本語教師にはどのような能力や資質が求められると思いますか。必要だと考え られるものを全て挙げ、特に重要だと思うものに◎をつけてください。 [実習後のみの質問項目] Q5 日本語教育実習を通して得られたものは何ですか。 ― 55 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 5.3 分析方法 各項目への自由記述回答に対し、定性分析の一種であるテキストマイニングの手法を使 用し概念抽出を試みた。 テキストマイニング(内容分析)とは、データ分析の一手法で、文章(テキストデータ)か らある主題についてのキーワードを抽出し、その特徴を概念化(カテゴリ化)することで有 用な知見を得ようとするものである(林 2002)。この分析方法は、近年、企業のアンケー ト調査結果の分析や医療実習現場のレポート分析など非構造型データの分析・視覚化に利 用されている。 テキストマイニングは、日本語解析エンジン(5)を利用することで概念抽出のぶれを最小 にできる点、抽出作業を繰り返し行うことによって、より説得力を持つ概念が得られる点 が利点である。一方、大量の文章(テキストデータ)を扱う際には自動的に捨てられてしま うキーワードが発生する可能性があることや、KJ 法やM-GTA などの質的研究方法と同 様に分析者の力量やセンスにより結果が左右されることも否定できないという指摘がある (林 2002、那須川 2006、喜田 2008)。 本研究ではテキスト分析ソフト SPSS Text Analysis for Surveys 3.0 Japanese を用い た。係り受け分析により抽出されたキーワードに言語学アルゴリズムを適用し、カテゴリ を作成した。作成されたカテゴリは分析者 名による KJ 法で整理した。対象者が 17 名 と少ないため出現頻度による分析は行なわず、回答内に共起するカテゴリの用語の変化を 実習前後の時系列で見ることとする。 .分析結果と考察 複数のカテゴリで共有されている用語を確認するため、web グラフを示す。各ノード は つのカテゴリを表し、カテゴリを結ぶ線は同一回答内に共起したことを示してい る(6)。図中の□や○の囲みは筆者が付したものである。 6.1 日本語教育に対するイメージ 実習前(図 )では「日本語」というカテゴリが「学習者」「文化」 「教える」 「外国人」 「日本」などと共起している。また、「習慣」「文化」 「歴史」が「伝える」 「教える」 「学 ぶ」「必要」などと結ばれている。日本語教育に実際に関わった経験のない人が一般的に 持つ印象を思いつくままに列挙したようである。 一方、実習後(図 )には実習前にはみられなかった「学びあい」「相互性」といったカ テゴリが出現し、 「日本語」と共起している。 「文化理解」が「深める」 「日本語」「サポー ト/手助け」とつながっており、実習前にみられた表層的な表現ではなくなっている。 ― 56 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 図 図 日本語教育のイメージ(実習前) 日本語教育のイメージ(実習後) 「サポート/手助け」は実習前後の両アンケートに出現するカテゴリであるが、実習前に は「日本」「日本語」 「コミュニケーション」 「外国人」と共起していたものが実習後には 「文化理解」「日本語習得」 「生活」 「外国人」と共起している。 アンケートの記述には、例えば次のようなものがある。(下線は本稿筆者による。 【】内 の語は抽出されたカテゴリである。 ) ― 57 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 [実習生A] 実習前:日本語を学んでいる人が必要とする日本語の力を習得するための手助けを し、文化交流の懸け橋になる。 【サポート/手助け】 実習後:日本語を必要としている人に対して、語学の勉強のサポートをすることが目 的だが、それだけでなく、その人の不安や悩みに対しても対応していくこと。【サ ポート/手助け】 【ニーズ】 [実習生D] 実習前:学習者に、日本・日本語について伝えることで、広い意味での日本語でもコ ミュニケーション能力を身につけてもらう。 【日本語】 【学習者】 【伝える】 実習後:学習者の持つ目標のためにそれにあわせたことを行うこと。日本語教育は一 つの枠に当てはめることができないもの。 【目的】 [実習生G] 実習前:日本の文化を学ぶために日本語を学ぶ人に教える。または日本に住む外国の かたが日本になじむ手助けとなる。 【文化】 【教える】 【サポート/手助け】 実習後:相手を知り、自分を知ること。 【学び合い】【相互性】 このように学習者と共に自分たちが計画したコースを経験した実習生にはさまざまな変 容が見て取れるが、全ての実習生の記述が変化したわけではない。実習前後で教育観にそ れほど変化が見られなかった実習生の例もある。 [実習生H(留学生)] 実習前:日本語を学習者に教える。日本の文化も含まれている。(略)国によって文化 が違って、日本でどんな文化差があるか、学習者に教える。日本語教育は人間のコ ミュニケーションを提高して(筆者注;「提高」は中国語で、 「高める・向上する」 の意)、もっと日本を了解する目的もあると思う。【教える】【日本語】 【文化】【伝 える】 実習後:学習者にどうやってうまく教えるか、目的として(自分が日本語をうまく表 現できるように)学習者に何を教えるか。 【教える】 【日本語】 【目的】 自らも学習者としての経験を持つ留学生の中には、母国・母文化によって培われた教育 観や教師像を強く保持している例が見られることがある。多様な教育観を認めつつ、実習 生の成長につながる学びの機会をいかに作るかは実習担当教員の課題でもある。 ― 58 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 6.2 日本語教師に必要な能力・資質 実習前(図 )に見られる「プロ」 「専門家」というカテゴリは「責任感」や「経験」 「判 断力」「多文化」「知識」などとの共起が見られるが、実習後(図 )には「教師」が「臨機 応変」「相談役」「教える」と結ばれている。知識、経験、判断力といった個人内に備わっ 図 日本語教師に必要な資質(実習前) 図 日本語教師に必要な資質(実習後) ― 59 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 た力を重視した実習前の見方から、コミュニケーション能力、臨機応変(記述では、 「自分 の持っている能力だけで対応するのではなく必要とされていることを見極めて対応できる 能力」)、ぶつかっていく勇気など、他者を意識し、他者との関わりにおいて発揮される力 へと変化している。 特徴的であるのは実習の前と後に共に出現する「能力」という語の使われ方の変化であ る。実習前は「能力」が多様な語と共起し、出現頻度も非常に高い。「説明」 「配慮」「推 測能力」「日本語能力」 「分析力」などの語が教師の資質・能力として多く挙げられたが、 実習後は「コミュニケーション能力」「異文化理解力」あるいは「企画力」や「準備/計 画」「挑戦」「勇気」 「ぶつかる」などの語が挙げられており、教師の資質や能力が活動を 作り上げるという側面、学習者とやりとりする側面において捉えられていることがわか る。 また、 「学習者/相手の立場に立つ」も実習の前と後の両方に出現しているが、共起す る語は実習前の「推測能力」 「知識」 「説明」が、実習後には「コミュニケーション能力」 「ニーズ理解」「気持ち」 「思いやり」などに変化している。 「教える」役割として相手に知 識をわかりやすく伝えることを重視した実習前に比べて、実習後では相手の置かれた状況 や気持ちを汲み取ろうとする基本的な人間関係が大切であることを意識するようになった といえよう。 このような実習生の変容は、アンケートの記述にも見ることができる。以下に、日本語 教師の資質や能力に関する記述の例を示す。 [実習生A] 実習前:相手の求めていることに気づける力・同じ目線で考える能力。【推測能力】 【相手に合わせる】 実習後:自分の持っている能力だけで対応するのではなく、必要とされていることを 見極め対応できる能力。教師でもあり、時には相談役でもある存在で、そのメリハ リがしっかりできること。 【臨機応変】 【相談役】 【メリハリ】 [実習生B] 実習前:判断力、いらないものを削ぎ落とせる判断を下せる能力が特に必要だと思い ます。その判断をうまく下せるようになるために経験と知識が関わってくると考え ます。 【判断力】 【対応力】 【知識】 【経験】 実習後:ぶつかっていく勇気。これさえあれば何事にも挑戦できるように思います。 事前の準備ももちろん大切ですが、勇気さえあれば超えられる山だと思います。 【挑戦】【ぶつかる】 【勇気】 【準備】 ― 60 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 [実習生J] 実習前:責任感の強さ。(教育者として、専門家もしくはプロとして)客観性・多文 化・多分野への好奇心・学習意欲・日本語における適切なレベルの知識・スキル、 誠実さ。【責任感】 【知識】 【誠実さ】 実習後:誠実さ、規律性、コミュニケーション力、持続・継続力。 【誠実さ】 【コミュ ニケーション能力】 6.3 実習を通して得たもの 6.1、6.2 で見られた実習生の変容を裏付けるものとして、実習後アンケートのみの質 問項目である「実習を通して得たもの」を図 に示す。 「授業」と共起しているのが「事前準備」 「振り返り/試行錯誤」であるのは、コース全 体の運営を経験することで得られた実感であろう。また「教える」は、「難しい」 「日本 語」「授業」と共起し、 「共に学ぶ」とも結ばれている。 「信頼関係」は「学習者」 「チームワーク」とそれぞれ共起している。多様な関係性が教 室内で実現し、実習生が学習者あるいはチームのメンバーとそれぞれに協働できる関係に なれたと考えていることがわかる。 以下は、「実習を通して得たもの」として挙げられたアンケート記述の例である。 図 実習を通して得たもの(実習後) ― 61 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 [実習生A] チームワークの大切さ、フィードバックによる成長、常に相手のことを考える大切 さ。【チームワーク】 【振り返り/試行錯誤】 [実習生F] 日本語を知っているだけでは日本語を教えることができないということがよくわか りました。また、事前準備と授業のシミュレーションの大切さを知りました。【事 前準備】【授業】 【日本語】 [実習生C] 「教えること」だけでなく「一緒に学ぶ」ことが大切だということ。一方通行より 相互性があるほうが学習面でも意欲などの精神面でもよいと思った。 【共に学ぶ】 [実習生D] 学習者の立場にたって考えること。話す内容だけでなく授業の進行の仕方や配置と いったクラス全体から見て、学習者が学びやすい環境を作ることが大切だと思いま した。また、自分のある立場について考える力を得られたと思います。【学習者の 立場に立つ】 【考える】 .実践記録シートの分析と考察 実習生は実習期間中に実習の日誌である「実践記録シート」にその日の活動内容や各活 動における自分自身の役割、活動を通して考えたこと、疑問に思ったことなどを書き、提 出することになっている。実践の記録を記述することは実習生にとってはその日の活動を 客観的に振り返り、自らの成長や反省点を確認し、翌日の活動計画を修正することにつな がる作業となる。実践記録シートの記述内容には、実習生や学習者の具体的な行動や活動 の展開を捉える実習生の意識が現れており、日を追うごとに見られる変化は、先述のアン ケート回答の分析結果を裏付けるものとなっている。 7.1 教育観の変化 6.1 で示したように、実習前には「日本・日本語を学ぶ外国人に日本語・(日本の)習 慣・文化・歴史を教える/伝える」というイメージで日本語教育を捉えていた実習生が、 学習者と接し共に活動することによって教育観を変化させる様子は実践記録シートの記述 にも見ることができる。(以下、記述の例の下線は筆者による。 ) [実習生E] 日目:理解しているかどうかを確かめるのは難しいと思った。いちいち「わかりま ― 62 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 すか」って聞くのはしつこいので、どうしたらよいのか。 日目:一緒に内容を考えていたのですが、学習者が言いたいことを上手く言えなく て歯がゆい思いをしていると感じました。そこをうまく引き出してあげるのが難 しかった。 日目:発表を聞いていて、新しく知ったことがあったり、デザインやレイアウトも 素敵で、(中略)ただ日本語が上手く喋れないだけで、皆さんそれぞれ素敵なモノ を持っているのだな、と改めて感じさせられました。 実習生Eは 日目には実習生側から発信される日本語による情報を学習者が正しく理解 しているかどうかに注目しているが、実習が進むにつれて、学習者の発信をどう助けるか を自分の役割として考えるようになっている。 日目には、意味のある情報を持っている 実習生側から学習者へという一方向の情報伝達が行われる教室構造が意識されている。 日目の記述を見ると、内容を実習生と学習者が一緒に考えるという構造の中で、意味のあ る情報や内容は実習生・学習者双方が持っており、それを伝え合うために日本語の力が十 分でない学習者の支援をすることに意識が向けられている。 日目の記述でも、学習者の 発信の中に自分が学ぶべきものがあることを確認し、学習者の力を日本語のフィルターを かけずにしっかり認識している。 日目に見られた「情報を提供し、理解させる実習生」 と「理解する学習者」という意識が変化し、活動を行っていく中で参加者それぞれが考え る力を持ち、学び合う存在であることを確認している。そして、それぞれの考えを共有し 明確化、深化していくために、そのプロセスにおいて学習者の日本語コミュニケーション を支援する意味を、自らも新たな学びを得ることができる相互作用的学習の文脈で感じて いることがわかる。 [実習生F] 日目:ディスカッションの時(中略)鋭い意見が出たり、私に対して逆に質問してき たりして、充実した意見交換ができた。 英語圏と韓国語圏の学習者で分けてペアを作ったため、私がフォローできない こともお互いに解決できているようで良かったと思う。 日目:学習者は自ら動き、自分のできることをしてくれた。(中略)改めて彼らは年 上であり、私たちもしっかりと考えなければと感じた。 実習生Fの 日目の記述には、ディスカッションの際の学習者の行動について、「私に 対して逆に質問してきたり」という文言が見られる。実習生Fは、ディスカッションを行 ― 63 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 うのは学習者で、教師の立場にある自分の役割は、学習者の様子を指導的な立場で眺め、 論点を示したりあるいは議論が滞ったり学習者の発話が不明確な場合に調整をするために 質問を投げかけることであって、議論の内容について学習者が教師に意見を求める質問を するのは異例なことだと考えていることがわかる。また、学習者同士で問題を解決してい ることについての「私がフォローできないことも」という表現から、この段階では「学習 者の問題解決には教師役の自分のフォローが必要」という前提が意識の中にあることがう かがえる。そうした教師・学習者を固定的に捉える意識が、学習者から出される鋭い意見 や質問、学習者間で自律的に問題を解決していく様子に触れることで、変化を見せる。 日目の記述では、 「支援が必要な学習者」という意識は払拭され、むしろ自分たちより自 律的に判断・行動できる存在として学習者を見ており、学習者と実習生の関係性に対する 認識が大きく変わっていることがわかる。また、 「私たちもしっかりと考えなければ」と、 学習者から刺激を受けたことが自らの意識や行動の変化を促す気持ちに繋がっている。 実習生E、Fとも、学習者の認知力や社会的な能力は日本語能力に比例するものではな いことに気づき、自らの役割をとらえなおしている。実習後の日本語教育のイメージ(図 )に見られたように「互いに学びあい、文化理解を深める」ことを意識するようになっ たことが、これらの記述からも確認できる。 7.2 複数の視点の獲得 各チーム ∼ 名の実習生は、 日ごと、あるいは活動のまとまりごとに活動計画を分 担し、教案作成者がその活動の進行役を務める。実習開始直後の時期には、お互いに教案 を検討しあい、その時間の活動の目標や流れを共有することが十分にできていない場合、 進行役以外の実習生が進行役と学習者のやりとりを傍観している様子がまま見られる。授 業とは一人の教師が自分の教案に沿って進めていくものというイメージを持っていること や、その時間の活動の目標や流れを共有できていないために教案作成者以外の実習生が活 動にどう関わったらよいかわからないことなどによって、何か問題があると感じてもサポ ートにまわることができない。経験のない実習生が、初対面の多様な学習者たちと活動を 円滑に進めていくことは容易ではない。複数の実習生が教室にいることを最大限に活かし て全員で補い合って活動を作る必要があるが、自分が教案を作成した活動のみに責任を持 つ分業制では協力体制を作ることは難しい。思うように活動が活性化せず苦しい思いを抱 えることもあるが、その日の活動のフィードバックの時間に担当教員を交えて話し合う中 で自分たちの問題に気づくと、活動全体の目的と各々が計画した活動の意図を改めて共有 し、学習者と共に活動に加わったり、支援が必要と思われる学習者に寄り添ったりするな ど、活動の局面ごとにそれぞれの実習生が各々の役割を考えて動くようになっていく。同 ― 64 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 じ活動についても役割によって異なる視点から多様な気づきを得ていることが、実践記録 シートの記述にも表れている。 チームA 実習 日目 [実習生G](教案作成・進行役) ・板書の書き方を考えておけばよかった。 ・絶対行わなければならない項目の順番がわかりませんでした。 [実習生E](活動に参加) ・ディスカッションに参加したことで、学習者と実習生の個別的な交流の機会が増え た。 ・予想以上におもしろい意見がたくさん出てきたため、質問を私たちが用意してしま うのではなく、一緒に考えるという形にしてよかった。 [実習生F](活動に参加) ・一人で 人の学習者を担当しなければならなかったので大変であった。 [実習生B](活動に参加) ・学習者にとっては ∼ 人の学習者にスタッフ(7) 人の形のほうが気楽に話せるの だろうか。 ・慣れもあるのか全体的に会話が増えたような気がした。 [実習生H(留学生)](活動に参加) ・ペアワークに入って、学習者の言葉づかいは意味がよく分からないときもある。 チームB 実習 日目 [実習生C](教案作成・進行役) ・各グループに入ってくれたメンバーがうまく進めてくれていた。 ・学習者発信の形にはなっていたが、始めは答えを、問題を出題する私に発表してし まっていた。「みんなに発表してください」とアナウンスしていたが、どうしてお けばよかったか。 [実習生I](教案作成・進行役) ・実物を用意できるものは用意すればよかった。 ・写真が小さかったので OHC に映しても見えづらいものがあった。 ・学習者の机の配置はどの向きが学習するのにより効果的か。 ― 65 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 [実習生E](活動に参加) ・このチェックシートの内容は、少し具体的すぎて学習者にはわかりにくく難しいと 感じました。順序立ててわかりやすく説明するのは難しい。 ・席を移動していないので、学習者にあまり動きがなく、雰囲気が少々ダレてしまっ た気がします。 [実習生J](活動に参加) ・グループ対抗になると、グループ内での役割ができてしまうため発言する人をコン トロールすることが大変難しいと感じた。 ・私たちは企画の段階から意見を出し合って考えたクイズだったのですぐにわかる が、初めてクイズの説明をされた学習者にとってはクイズの説明に関しての言葉が 少なかったのではないか。 活動全体を円滑に進める立場にある進行役の実習生は、板書や教材、活動や説明の手順 など、学習者の活動参加に関わる自身の行動と、机の配置やインタラクションの方向など クラスコントロールへの言及が記述の中心である。一方、学習者と共にチームの一人とし て活動に参加した実習生は、学習者と同じ参加者の視点、学習者の状況を観察する学習者 サポート係の視点、活動の進行や教室の雰囲気などを観察・評価する参与観察者の視点な ど、活動の流れを多様な視点から捉えていることがわかる。毎日の活動後に、進行役と他 の実習生とがそれぞれの立場から活動を振り返り、複数の視点から見えた問題点を共有 し、翌日の活動案を修正するというサイクルが繰り返されたチームでは、日を追って協働 活動がスムーズに流れていった。また、実習生たちの「よりよいコースにしよう」という 意識や学習者と同じ立場に立とうとする姿勢が伝わって学習者からも協力が得られるよう になり、教室は同じゴールを目指す一体感のある空間となっていったことが観察された。 これは、「実習を通して得たもの(図 )」のキーワードに「信頼関係」や「共に学ぶ」 「振 り返り/試行錯誤」などが挙がっていることからも裏付けられよう。 .おわりに 実習生に行った実習前・後の 回のアンケートと実践記述シートの分析から、実習前は 表層的であった日本語教育のイメージが具体化されてより深まっており、教師観が変化し たことが明らかになった。協働型の実習を通して、 「教室」の中の関係性は「教える者(母 語話者)」と「学ぶ者(非母語話者)」という単純で固定化されたものではなく、活動の局 面によって同じチームの成員との間に「共に学び合う者」 「同世代の仲間」 「交渉・調整の 相手」などの多様な関係性が重層的に現れることが確認された。多様な関係性の認識によ ― 66 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 って、日本語教師が備えるべき能力・資質についても、実習前には知識、経験、判断力と いった個人内に備わった静的な要素を重視した能力観は、コミュニケーション能力、ぶつ かっていく勇気、自分の力だけで対応するのではなく必要とされていることを見極めて対 応する力など、他者との関係性において発揮される動的なものへと変化した。そして、実 習を通して得たものとして、信頼関係、チームワーク、共に学ぶという意識がことばとし て明確に表現されている。これらは、いずれも関わり合う自己と他者の発見である。「異 なる他者」との接触は、多様な考えや視点、行動などに驚き、自分との違いを新鮮な刺激 として受け止めることから始まったが、協働を進めることで違いばかりに目をむけるので はなく「それぞれが多様でありながら、関わり合うことで共感や理解が得られる他者」の 発見に至った。それぞれの立場を固定化することによる安定ではなく、動的な関係性の中 で多様な位置取りをしながら活動することの楽しさ、豊かさを知り、それが相互の信頼関 係によって支えられているという感覚を得たといえるのではないか。 実習の日程が進むにつれ実習生から「学習者に助けられた」「仲間に助けられた」とい う声が聞かれるようになる。こうしたことばから、仲間と目標を共有し、協力し合いなが ら問題を乗り越えて行く力強さを実感したことがうかがえる。活動を進めるに従って学習 者の思考の深さ、経験の豊富さ、視点のユニークさなどに気付いたあとは、日本語のフィ ルターを通して見ていた学習者像が、活動の質を自分たちの想定を超えて高めてくれる力 を持つ存在に変化し、日本語を教える相手から、共に学ぶ仲間という認識に至った。実習 の目標である「異なる言語文化を背景とする人々とのコミュニケーションに主体的に参加 し、多様な価値観や論理に気付き、自己の価値観や枠組みを問いなおす」ことが達成され たものと考える。 実習後も実習生と学習者とが仲間としての交流を続けている例や、実習生が学習者の母 語である韓国語や中国語を学びはじめた例など、 日間の日本語コースの出会いと経験が その後の日常の中で拡張していった事例が数多く見られた。コースは であったが、 日間という短期間 月からの準備期間を通して実習生同士の協働を経験し、その基盤を支えと して異文化の相手との協働活動を形成したことにより、 日間の経験がその後の実習生の 日常をも変える意味を持ったのであろう。 今回は 2008 年度の限られたデータで分析を行ったが、経年のデータを対象として、デ ータの総数を増やして分析を行う必要がある。今後は、アンケート回答についてより詳細 な裏付けを得るためにフォローアップインタビューを試み、得られた概念を量的に裏付け るなどの方向も視野に入れ、さらに分析を進めていく予定である。 ― 67 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 注 ( ) 新しい指導要領による教育の開始は、小学校は 2011(平成 23)年度、中学校は 2012(平成 24)年度である。 ( ) 教師と学習者が垂直的関係に固定された教育をパウロ・フレイレは既存の社会構造を強 化・再生産する「銀行型教育」(the banking concept of education)と呼び、社会の矛盾や 問題点を是正し変革していく力は、教師と学習者が水平的関係に立ち、より良い未来を目 指して対話を重ねていく「課題解決型教育」または「問題提起型教育」(problem-posing education)でなければならないと主張する。 ( ) 2004 年に全学カリキュラムとして設置された日本語教員養成課程の履修者は全学科・専攻 (2008 年度までの 学部 学科、改組した 2009 年度以降の 学科 10 専攻)に及ぶ。課程は 必修科目 16 単位と、選択必修科目 24 単位の合計 40 単位で構成される。 ( ) 実習期間は 週間で、土日を除くため実習日は 日であるが、間に入る土日のいずれかを 企業訪問や施設見学・日本文化体験、街頭インタビューなど教室外での活動に当てた 日 間の活動を設定するチームも少なくない。 ( ) 本研究に利用した SPSS text analysis for Surveys 3.0 Japanese では Institute of Language Understanding(言語理解研究所)より許諾を得、NTT データが OEM 提供した「なずき」 が使われている。 ( ) web グラフの全体の形やそれぞれのノードの距離や位置は分析ソフトの自動視覚化による もので、距離や位置そのものに意味はない。 ( ) 実習生が自分たちを指す呼称。「教師」「(ティーチング)アシスタント」などの名称は協働 型の実習にはそぐわないと考えるのか、担当教員の指導ではなく自分たちからこのように いう場合があった。 参考文献 石井恵理子、吉本惠子、藤川美穂、谷啓子(2008)「多文化協働による学びを目指した日本語教育 実習の試み」『東京外国語大学 多言語・多文化研究センター主催第 回多文化協働実 践研究フォーラム抄録』28-32 石井恵理子(2011)「共生社会形成をめざす日本語教育の課題」馬渕仁編著『多文化共生は可能か 教育における挑戦』85-105 勁草書房 池田弘子(2004)「日本語教育実習における教師の意思決定―意思決定と授業形態との関係から」 『日本語教育論集 世界の日本語教育』14、1-20 国際交流基金 伊藤哲司、能智正博、田中共子(2005)『動きながら識る、関わりながら考える 心理学における 質的研究の実践』ナカニシヤ出版 植田一博、岡田猛(編著)(2000)『協同の知を知る―創造的コラボレーションの認知科学』 共立 出版 上田太一郎(監)、村田真樹(著)(2008)『事例で学ぶテキストマイニング』共立出版 小熊理江、ナンジャローンスック・スニーラット(2001)「教育実習を通して起こる認識の変化― 日本語教育を専門とする大学院生の場合―」『言語文化と日本語教育』21、71-82 お 茶の水女子大学日本言語文化研究会 亀田達也(2000)「協同行為と相互作用―構造的視点による検討」植田一博、岡田猛(編著)『協同 の知を知る―創造的コラボレーションの認知科学』50-77 共立出版 喜田昌樹(2008)『テキストマイニング入門』白桃書房 木下康仁(2007)『ライブ講義 M-GTA―実践的質的研究法 修正版グラウンデッド・セオリー・ アプローチのすべて』弘文堂 木下康仁(2003)『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践―質的研究への誘い』弘文堂 ― 68 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 Gehrt-三隅友子、河東郁子(1992)「「考える教師」の可能性をめぐって―内省活動を組み込んだ 教員養成コース」『日本語教育論集』 、1-23 国立国語研究所 鯨岡峻(1999)『関係発達論の構築』 ミネルヴァ書房 才田いずみ(2003)「日本語教育実習生の授業への態度:現職教師との比較」『日本語教育論集』 19、1-15 国立国語研究所 佐々木香代子(1995)「助言は教師を育てるか:指導講師と実習生の助言の関係における一考察」 『日本語教育論集』11 1-18 国立国語研究所 佐藤郡衛(2001)『国際理解教育 多文化共生社会の学校作り』明石書店 社会人基礎力に関する研究会(2006)『社会人基礎力に関する研究会「中間取りまとめ」―』経済 産業省 ショーン,ドナルド・A(2007)『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考―』柳 沢昌一、三輪健二(監訳) 鳳書房 谷啓子、藤川美穂、石井恵理子(2009)「協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の 自己変容∼テキストマイニング手法によるアンケート結果分析にみる教師観・学習観 の変化∼」『2009 年度日本語教育学会秋季大会予稿集』218-224 中央教育審議会(2008)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等 の 改 善 に つ い て (答 申)」http: //www. mext. go. jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2009/05/12/1216828_1.pdf(2011/09/01 アクセス) 當作靖彦(編)(2003)『日本語教師の専門能力開発』 日本語教育学会 内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂版]「個」を科学する新技法への招待』ナカニシヤ 出版 中川良雄(2003)「日本語教育実習生の日本語・日本文化の受容と変容」『京都外国語大学研究論 叢』61、87-99 中川良雄(2004)「日本語教育実習生の日本語・日本文化の受容と変容(2)」『京都外国語大学研究 論叢』62、49-62 中川良雄(2005)「日本語教育実習の理念と実習生の態度変容」『京都外国語大学研究論叢』65、 121-131 中川良雄(2006)「日本語教育実習の理念と実習生の態度変容(2)」『京都外国語大学研究論叢』 66、113-122 那須川哲哉(2006)『テキストマイニングを使う技術/作る技術』東京電機大学出版局 奈良勝行(2010)「OECD コンピテンシー概念の分析と一面的「PISA 型学力」の問題点」『和光大 学現代人間学部紀要』第 号、77-98 日本語教育学会編(2008)『平成 19 年度文化庁日本語教育研究委嘱 外国人に対する実践的な日 本語教育の研究開発( 「生活者としての外国人」に対する日本語教育事業)報告書』日 本語教育学会 林俊克(2002)『Excel で学ぶ テキストマイニング入門』オーム社 春原憲一郎、横溝紳一郎(編)(2006)『日本語教師の成長と自己研修 新たな教師研修ストラテジ ーの可能性をめざして』凡人社 藤川美穂(2005)「学習院大学における短期日本語研修の実践―「協学」の構築にむけて―」『言 語・文化・社会』 、119-146 学習院大学外国語教育研究センター 藤田裕子、佐藤友則(1996)「日本語教育実習は教師観をどのように変えるか―PAC 分析を用い た実習生と学習者に対する事例的研究」『日本語教育』89、13-24、日本語教育学会 ブラウン,R(1993)『グループ・プロセス 集団内行動と集団間行動』黒川正流・橋口捷久・坂 田桐子(訳) 北大路書房 フレイレ,パウロ(2011)『新訳 被抑圧者の教育学』三砂ちづる(訳) 亜紀書房 ― 69 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 古別府ひづる(2009)「大学日本語教員養成における海外日本語アシスタントの成長―PAC 分析 と犯行増加面接によるよき日本語教師観の変化を中心に―」『日本語教育』143、 60-70 日本語教育学会 堀井恵子(1999)「日本語教員養成課程教育実習における実習生の変容」『武蔵野女子大学紀要』 34、171-180 松尾睦(2006)『経験からの学習 プロフェッショナルへの成長プロセス』同文館出版 山住勝弘、島田美千子(2008)「新しい放課後活動としてのニュースクール―大学と小学校の間に 生 ま れ る 新 し い 学 校 ―」『CHAT Technical Report N0.2 社 会 変 化 の 中 の 学 校』 20-66 関西大学人間活動理論研究センター 山住勝弘、ユーリア・エンゲストローム(2008)『ノットワーキング』 新曜社 吉本惠子、石井恵理子(2009)「重層的な相互作用を生み出す多文化協働活動型日本語教育実習の 試み」『異文化間教育学会第 30 回大会発表抄録』58-59 ライチェン,ドミニク・S、ローラ・H・サルガニク(編著)(2006)『キー・コンピテンシー(国 際標準の学力をめざして)』立田慶裕(監訳) 明石書店 総合研究 23 研究員メンバー 石井恵理子[現代文化学部教授 研究代表者] 阿知波真知子[現代文化学部教授 研究員] 西原鈴子[東京女子大学非常勤講師 学外研究員] 木谷直之[国際交流基金ジャカルタ日本語日本文化センター主任講師 学外研究員] 谷啓子[東京女子大学非常勤講師 学外研究員] 藤川美穂[学習院大学非常勤講師 学外研究員] 吉本惠子[文化外国語専門学校コースコーディネーター 学外研究員] 〔2007∼09 年度総合研究 23(日本語教育実習における異文化間協働活動による学びの研究) 共同成果発表〕 ― 70 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 資料 チーム計画シート 年 チーム名( ) テーマ( 月 日( ) ) メンバー: ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ ㌀ .想定される学習者は? (レベル、学習ニーズ、人数、国籍…) →上記のような学習者を集めるには、どこにポスターやチラシを配布すればいいか? . 日間のゴールとして目指すもの (学習者に何を得て帰ってもらうのか?どんなコースにしたいのか?) .中心となるテーマおよび想定される活動案 →そのためには面談時に何を確認する必要があるか .必要な準備(情報収集、下見、素材集めなど) *内容が確定していなくても、訪問候補となりそうな場所や人については下見してみるこ と。 *日程、分担も確認 .今後のスケジュール .コースの大まかな流れ ― 71 ― 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 資料 個人目標シート(部分) 記入日 月 日 氏名 機関/グループ 実習の目標(個人) 目標を達成するために、具体的に何をするか 目標が達成できたかどうかを、どのようなデータに基づいて、どのような観点・基準から評価 するか その他 資料 実践記録シート(部分) 学生番号 氏名 参加した活動 フィールド参加日 時間 : (時間 月 ) 活動内容と自分の役割 気付いたこと、感じたこと 疑問に思ったことなど ― 72 ― 日( ∼ ) : チーム名 異文化間協働活動を中心とした日本語教育実習における実習生の意識変容 資料 日本語教育実習(講義部分)のシラバス 授業は各回「理論」と「実践」の 部で構成する。授業のスケジュールはおおむね以下の通 りであるが、各自の実習の時期にあわせて準備やフィードバックの指導を適宜行う。 《理 論》 《実 践》 ) 科目概要説明、実習とその準備について ) コースデザイン 学習者の背景を考える ) コースデザイン 学習者のレベルと初級授業 ) 日本語授業の流れ 教材・教具/課題プリント:文法の基礎 ) 学習活動の設計 教材・教具 ) 学習活動の設計 授業の準備 ) 教材・学習リソース 初級から中・上級へ ) 授業の観察・診断 初級から中・上級へ ) 授業分析・評価 様々な活動 10) 学外実習で得た知見や疑問点の共有 11) 学内実習準備(コース設計)/学外実習のフィードバック(会話力を伸ばす活動) 12) 学内実習準備(コース設計)/学外実習のフィードバック(読み書きの活動) 13) 学内実習準備(授業案作成)/学外実習のフィードバック(個人差への対応) 14) 学内実習準備(授業案作成)/学外実習フィードバック(評価) ― 73 ― まとめ