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第17章 ハンチントン病およびクロイツフェルト・ヤコブ病

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第17章 ハンチントン病およびクロイツフェルト・ヤコブ病
第17章
第17章
ハンチントン病およびクロイツフェルト・ヤコブ病
1.ハンチントン病
1.1
概念、疫学
ハ ン チ ン ト ン 病 (HD)は 1872 年 ア メ リ カ の G・ ハ ン チ ン ト ン に よ っ て 始 め て 記 載 さ れ た
常 染 色 体 優 性 遺 伝 性 疾 患 で あ る 。浸 透 率 は 50%で あ り 、親 が HD で あ る 場 合 、そ の 子 の 半
数 は HD と な る 。多 く は 中 年 以 降 期 に 発 症 し て 慢 性 に 経 過 し 、舞 踏 様 不 随 意 運 動 、認 知 症 、
精 神 症 状 を 呈 す る 。 認 知 症 症 状 は 発 症 初 期 か ら 認 め ら れ る こ と も あ る 。 注 意 障 害 、 記 憶障
害 、 遂 行 機 能 障 害 が 認 め ら れ る 。 失 語 、 失 認 、 失 行 は 通 常 認 め ら れ な い 。 精 神 症 状 と して
は、感情の易変性、易刺激性、易怒性が多い。妄想、幻覚、強迫観念なども認められる。
発 症 年 齢 は 10 歳 末 満 か ら 80 歳 代 ま で 広 範 囲 に 及 ぶ が 、多 く の 症 例 は 中 年 期 発 症 で あ る 。
30 歳 代 後 半 か ら 40 歳 前 後 ま で に 約 半 数 の 保 因 者 が 発 症 す る 。 経 過 は 進 行 性 で 、 10~ 15
年の経過で死亡することが多い。
本 症 の 有 病 率 に は 地 域 差 な い し 民 族 差 が 認 め ら れ る 。 欧 米 に お け る 有 病 率 は 人 口 10 万
人 あ た り 4~ 10 人 で あ る 。日 本 で は 人 口 10 万 人 あ た り 0.1~ 0.4 人 で 、欧 米 の 約 20 分 の 1
程度である。
1.2
病理学所見
1.2.1
肉眼所見
HD の 特 徴 的 な 病 理 学 所 見 は 、 大 脳 皮 質 の 広 汎 な 萎 縮 と 線 条 体 の 極 め て 高 度 な 萎 縮 で あ
る ( 図 1 7 - 1 ) 。 HD の 約 80%で 大 脳 皮 質 の 萎 縮 が 認 め ら れ 、 特 に 前 頭 葉 、 後 頭 葉 、 嗅
内 皮 質 、 海 馬 台 で 顕 著 で あ る 。 脳 重 量 も 全 般 に 減 少 す る 。 そ の 程 度 は 線 条 体 の 萎 縮 の 程度
と 相 関 す る 。 脳 室 も 拡 大 し 、 そ の 程 度 も 線 条 体 の 萎 縮 の 程 度 と 相 関 す る 。 前 額 断 で は 、皮
質 は 薄 く な り 、 白 質 、 線 条 体 、 視 床 も 萎 縮 し て い る 。 デ ・ ラ ・ モ ン テ ら に よ れ ば 、 萎 縮の
程 度 は 、 大 脳 皮 質 21~ 29%、 白 質 29~ 34%、 視 床 28%、 尾 状 核 57%、 被 殻 64%で あ る 。
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第17章
図17-1
ハンチントン病患者脳の肉眼所見
左 は 38 歳 の 自 殺 者 の 脳 ( 重 量 1680g) 、 右 は 48 歳 の ハ ン チ ン ト ン 病 患 者 の 脳
( 重 量 1100g) 。 大 脳 全 般 な ら び に 線 条 体 の 萎 縮 が 著 明 で あ る 。
1.2.2
光顕所見
1 ) 線 条 体 ~ HD に 認 め ら れ る 線 条 体 の 病 理 学 所 見 を ヴ ァ ン サ ッ テ ル ら は 次 の 5 段 階 に
分類している(図17―2参照)。
段 階 0 ~ 遺 伝 的 も し く は 臨 床 的 に HD と 診 断 さ れ る が 、肉 眼 的 に も 光 顕 的 に も HD の 所
見 が 認 め ら れ な い 。 30%程 度 の 神 経 細 胞 脱 落 と 反 応 性 グ リ ア が 認 め ら れ る 。
段 階 Ⅰ ~ 肉 眼 的 に は 尾 状 核 尾 お よ び 尾 状 核 体 の 萎 縮 が 認 め ら れ る 。 神 経 細 胞 脱 落 と グリ
オ シ ス は 尾 状 核 尾 で 顕 著 で あ り 尾 状 核 体 で は よ り 軽 度 で あ る 。 中 程 度 の 繊 維 性 ア ス ト ロサ
イ ト が 尾 状 核 頭 と 被 殻 に 認 め ら れ る 。神 経 細 胞 脱 落 は 軽 度 で あ る が 尾 状 核 体 で は 50%に 達
する。淡蒼球はほぼ保たれている。
段 階 2 ~ 尾 状 核 尾 の 顕 著 な 萎 縮 が 認 め ら れ る 。 尾 状 核 頭 と 被 殻 の 萎 縮 は そ れ 程 顕 著 では
な い 。 神 経 細 胞 脱 落 と グ リ オ シ ス は 尾 状 核 尾 、 尾 状 核 体 、 尾 状 核 頭 内 側 で 顕 著 で あ る 。尾
状核頭外側や被殻ではそれほど顕著ではない。淡蒼球は保たれる。
段 階 3 ~ 肉 眼 的 に 尾 状 核 と 被 殻 に 著 し い 萎 縮 が 認 め ら れ る 。尾 状 核 体 で は 75%の 萎 縮 を
示 し 、 尾 状 核 尾 は 紐 状 に 萎 縮 し て 見 え る 。 淡 蒼 球 も 萎 縮 し 、 特 に 外 側 で 顕 著 で あ る 。 細胞
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第17章
脱 落 と グ リ オ シ ス は 尾 状 核 全 体 と 被 殻 で 顕 著 で あ る 。 尾 状 核 頭 の 外 側 の 細 胞 は 比 較 的 保た
れ て い る 。 淡 蒼 球 外 側 に 繊 維 性 ア ス ト ロ サ イ ト が 僅 か に 認 め ら れ る 。 淡 蒼 球 内 側 は 保 たれ
ている。
段 階 4 ~ 尾 状 核 と 被 殻 に 極 度 の 萎 縮 が あ る 。 尾 状 核 頭 は 紐 状 に 縮 み 黄 褐 色 と な る 。 被殻
も 正 常 に 比 べ て 非 常 に 萎 縮 す る が 、 尾 状 核 よ り は 軽 度 で あ る 。 淡 蒼 球 も 萎 縮 す る 。 神 経細
胞脱落とグリオシスは線条体全般で重度である。
図17-2
線条体
尾状核:尾状核は頭を前方に尾を下方に向けたオタマジャクシ型で、
前方(4)を頭、後方(6)を尾、両者の中間(5)を体と呼ぶ。
被殻:8、淡蒼球:内節(12)、外節(13)
線 条 体 細 胞 の 神 経 伝 達 物 質 に は 次 の 5 種 類 が 知 ら れ て い る 。第 一 は 介 在 細 胞 に 属 す る ア
セ チ ル コ リ ン 細 胞 ( 大 型 細 胞 ) 、 第 二 は 線 条 体 か ら 淡 蒼 球 外 節 お よ び 内 節 さ ら に 黒 質 に線
維 を 送 る GABA、第 三 は 線 条 体 か ら 淡 蒼 球 内 節 お よ び 黒 質 に 線 維 を 送 る サ ブ ス タ ン ス P 細
胞 、 第 四 は や は り 線 条 体 か ら 出 て 淡 蒼 球 外 節 に 線 維 を 送 る エ ン ケ フ ァ リ ン 細 胞 、 第 五 は小
型 の 介 在 細 胞 に 属 す る ソ マ ト ス タ チ ン 細 胞 で あ る 。 こ れ ら の う ち ア セ チ ル コ リ ン 細 胞 はほ
ぼ 正 常 に 残 存 し て い る 場 合 と 高 度 に 変 性 し て い る 場 合 が あ る と 考 え ら れ 、 病 理 学 所 見 とよ
く 対 応 し て い る 。GABA 細 胞 、ス ブ ス タ ン ス P 細 胞 お よ び エ ン ケ フ ァ リ ン 細 胞 は い ず れ も
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第17章
高 度 に 変 性 す る 。 す な わ ち 、 こ れ ら の 細 胞 は 線 条 体 で 著 明 に 変 性 す る 小 型 ・ 中 型 神 経 細胞
に 属 す る と 考 え る こ と が 出 来 る 。な か で も HD で 最 も 早 く か ら 変 性 す る の は GABA 細 胞 で
あ ろ う と さ れ て い る 。一 方 、異 質 一 線 条 体 系 の ド ー パ ミ ン 細 胞 は HD で は ほ ぼ 正 常 に 保 た
れる。
2 )大 脳 皮 質 及 び 白 質 ~ HD の 大 脳 皮 質 お よ び 白 質 に は 一 見 明 瞭 な 変 化 は 認 め ら れ な い 。
詳 細 な 病 理 学 的 検 索 の 結 果 と し て は 、 ① 皮 質 の 全 般 的 な 粗 鬆 化 、 ② 皮 質 Ⅲ 層 、 Ⅴ 層 、 Ⅵ層
に お け る 大 型 錐 体 細 胞 の 脱 落 、 ③ 短 い 投 射 線 維 は 保 た れ る が 長 い 投 射 線 維 が 失 わ れ る 、な
ど の 報 告 が あ る 。 線 条 体 の 病 変 が 軽 度 の 場 合 ( 段 階 1 お よ び 2 ) 、 大 脳 皮 質 は ほ ぼ 保 たれ
る。線条体の病変が重度の場合(段階3、4)、大脳皮質の変化が明らかとなる。
3 ) 視 床 、 視 床 下 部 、 黒 質 ~ 段 階 1 お よ び 2 で は 視 床 ほ ぼ 保 た れ て い る 。 段 階 3 、 4で
は 萎 縮 が 認 め ら れ る 。 神 経 細 胞 脱 落 と グ リ オ シ ス が 主 た る 所 見 で あ る 。 視 床 下 部 外 側 核で
も萎縮が認められる。黒質でも萎縮と神経細胞脱落が認められる。
1.3
臨床像
1.3.1
神経症状
発症は緩徐で、協応障害、動作のぎごちなさ、手足の落ち着きのない運動などが認めら
れ る 。進 行 す る と 舞 踏 様 不 随 意 運 動 が 出 現 す る 。不 規 則 な 、目 的 の な い 、非 対 称 の 運 動 で 、
あ た か も 踊 っ て い る よ う な 奇 妙 な 不 随 意 運 動 で あ る ( こ の た め 「 ハ ン チ ン ト ン 舞 踏 病 」と
呼 ば れ た ) 。 手 足 に 出 現 す る こ と が 多 い が 、 し か め 面 や 瞬 目 の よ う な 顔 面 の 不 随 意 運 動も
多い。それに伴って歩行障害、構音障害、眼球運動障害が出現する。
1.3.2
高次脳機能障害
1.3.2.1
注意
認 知 症 を 伴 う HD で は 、 発 病 初 期 か ら 注 意 障 害 が 認 め ら れ る 。 WAIS の 一 般 記 憶 課 題 と
注 意 集 中 課 題 を 比 較 す る と 、ATD で は 記 憶 障 害 が 重 度 で あ る た め 、注 意 集 中 課 題 の 成 績 が
一 般 記 憶 課 題 成 績 を 大 き く 上 回 る 。 HD で は 両 者 間 の 差 が 小 さ い 。 こ れ は HD に は 記 憶 障
害 と 同 程 度 の 注 意 障 害 が あ る こ と を 意 味 す る 。 HD を 対 象 と し た 実 験 的 研 究 で は 、 ① 右 側
の 刺 激 に 対 し て は 左 手 で 反 応 し 左 側 の 刺 激 に は 右 手 で 反 応 す る 課 題 で の 成 績 低 下 、 ② 予測
し う る 刺 激 へ の 反 応 時 間 に 比 し て 予 測 出 来 な い 刺 激 へ の 反 応 時 間 の 遅 れ 、 ③ 二 つ の 刺 激の
い ず れ に 反 応 す る か を 内 的 に 制 御 す る 課 題 で の 成 績 の 低 下 、 な ど が 報 告 さ れ て い る 。 HD
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第17章
で は 、 外 的 刺 激 の 変 化 に 応 じ て 注 意 を 転 換 さ せ る 課 題 は 比 較 的 良 好 に 遂 行 し う る が 、 内的
に 注 意 を 転 換 す る 課 題 で は 成 績 が 低 下 す る 。 HD に お け る 注 意 障 害 の 特 徴 は 内 的 注 意 転 換
障害である。
1.3.2.2
遂行機能
目標達成のため、いくつかの行動を組み合わせて実行し、その結果に基づいて行動を変
更 す る 機 能 、す な わ ち 遂 行 機 能 1 は HDで 障 害 さ れ る 。対 連 合 学 習 に お い て 、課 題 途 中 で 対
を 形 成 す る 刺 激 を 変 更 す る と 、 HD の 成 績 は 低 下 す る 。 こ れ は 行 動 の 柔 軟 性 の 低 下 、 あ る
い は 不 適 切 な 反 応 を 抑 制 す る こ と の 障 害 と 考 え ら れ て い る 。 HDで は 試 行 毎 に 反 応 を 変 え
る交代反応課題でも障害を示す。この事実も反応抑制の障害と考えられている。
行動の柔軟性の低下はより複雑な認識課題でも認められる。提示される刺激を手掛かり
に 特 定 の 概 念 を 構 成 す る 言 語 推 論 課 題 は HD で 障 害 さ れ る 。こ の 課 題 で は 提 示 さ れ る 刺 激
の 属 性 を 手 掛 か り に あ る 概 念 を 仮 定 す る 。 も し 概 念 に 合 わ な い 刺 激 が 提 示 さ れ た ら 概 念を
変 更 す る 必 要 が あ る 。 刺 激 に 対 応 さ せ て 概 念 を 変 更 す る こ と が HD で は 障 害 さ れ る 。
前 述 の ご と く 、 H D は 遺 伝 性 疾 患 で あ る 。 HD 遺 伝 子 保 因 者 は 臨 床 症 状 が 無 く て も 健 常
者 に 比 し て 種 々 の 遂 行 機 能 課 題 の 成 績 が 低 下 す る と 報 告 さ れ て い る 。 ① 視 覚 弁 別 課 題 、②
WAIS の 絵 画 構 成 及 び 符 号 課 題 、③ 行 動 の 組 織 化 課 題 、④ 複 雑 な 精 神 運 動 課 題 、な ど で HD
遺 伝 子 保 因 者 の 成 績 は 低 下 す る 。 HD 遺 伝 子 保 因 者 の 遂 行 機 能 障 害 の 特 徴 は HD に 類 似 す
る。
1.3.2.3
記憶・学習
1 ) 作 業 記 憶 ~ HD で は 一 定 時 間 作 業 記 憶 に 情 報 を 保 持 す る こ と に 障 害 が あ る 。 連 続 的
に 刺 激 が 提 示 さ れ 、刺 激 の 種 類 や 提 示 位 置 が 変 化 し た 場 合 に 反 応 す る 課 題 で HD の 成 績 は
低 下 す る 。 特 に 刺 激 が 複 雑 な 場 合 や 刺 激 の 空 間 的 提 示 位 置 が 手 掛 か り と な る 課 題 で 成 績は
不良となる。ただし提示刺激の単純な想起課題では障害は認められない。
2 ) エ ピ ソ ー ド 記 憶 ~ HD で は 過 去 経 験 の 想 起 に 多 少 の 障 害 が 認 め ら れ る 。 語 リ ス ト の
自 由 再 生 課 題 で は コ ル サ コ フ 症 候 群 患 者 よ り 軽 度 で あ る が 成 績 低 下 が 認 め ら れ て い る 。再
認 は 正 常 範 囲 に 止 ま る と 報 告 さ れ て い る 。 HD の 再 生 の 誤 り は 「 フ ァ ル ス ・ ポ ジ テ ィ ブ 」
す な わ ち 提 示 さ れ な い 刺 激 を 再 生 す る 誤 り が 多 く 、 「 フ ァ ル ス ・ ネ ガ テ ィ ブ 」 す な わ ち提
1
詳細は第22章参照。
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第17章
示 さ れ た 刺 激 を 再 生 し な い 誤 り は 少 な い 。 こ れ は 刺 激 の 記 銘 ・ 保 持 は 保 た れ て お り 、 反応
バ イ ア ス が 「 再 生 」 側 に 偏 っ て い る こ と を 意 味 す る 。 こ の 事 は 、 ① HD の 系 列 位 置 曲 線 で
初 頭 効 果 は 減 少 し て い る が 初 頭 刺 激 の 再 認 は 可 能 で あ る こ と 、 ② HD の 忘 却 曲 線 ( 刺 激 提
示 後 の 時 間 経 過 に 伴 う 想 起 成 績 の 低 下 )は 正 常 で あ る こ と 、な ど か ら も 確 認 出 来 る 。
HD
の 再 生 障 害 は 発 病 前 に 獲 得 し た 記 憶 の 再 生 で も 認 め ら れ る 。 HD の 自 伝 的 記 憶 の 障 害 は 生
活歴全般に渡って同じ程度に認められる。
以 上 の ご と く 、 HD で は 記 憶 そ の も の は 保 た れ 想 起 が 障 害 さ れ て い る と 考 え ら れ て い る
が 、 HD で は 記 銘 時 の コ ー ド 化 が 不 十 分 で あ る た め に 想 起 が 障 害 さ れ と す る 考 え も 提 出 さ
れ て い る 。 こ の 仮 説 に 従 え ば 、 よ り 適 切 な コ ー ド 化 を 支 援 す る 手 続 き 、 例 え ば 刺 激 提 示時
間 を 延 長 す る 、 イ メ ー ジ を 思 い 浮 か べ 易 い 語 を 提 示 す る 、 刺 激 を よ り 深 く 処 理 す る よ う教
示 す る 、 な ど の 手 続 き は 想 起 の 成 績 を 向 上 さ せ る と 考 え ら れ る 。 HD を 対 象 と し た コ ー ド
化 に 関 す る 研 究 で は 、 コ ー ド 化 障 害 説 を 支 持 す る 研 究 、 支 持 し な い 研 究 が い ず れ も 報 告さ
れている。コード化障害説の当否は現時点では不明である。
HD に は 記 憶 想 起 戦 略 の 選 択 に 障 害 が あ る と す る 研 究 も あ る 。 HD は 適 切 な 想 起 戦 略 を
採 用 出 来 な い た め に 想 起 が 障 害 さ れ る 。 そ の 根 拠 と し て 次 の 研 究 結 果 が 報 告 さ れ て い る。
HD は 「 自 分 は こ の 事 を 思 い 出 せ る か 否 か 」 の 判 断 の 正 確 さ で は 健 常 者 と 違 わ な い 。 し か
しこの判断を頼りに再生時により多くを思い出そうとする努力の面で健常者に劣る。
HD に 特 異 的 な エ ピ ソ ー ド 記 憶 障 害 と し て 、 嗅 覚 に 関 連 し た エ ピ ソ ー ド 記 憶 の 障 害 が 知
ら れ て い る 。 ハ ミ ル ト ン ら の 研 究 で は 、 嗅 覚 刺 激 、 言 語 刺 激 、 絵 画 刺 激 各 10 個 に つ い て
再 認 検 査 が 実 施 さ れ た 。 健 常 統 制 群 に 比 し て 、 HD で は 嗅 覚 刺 激 の 再 認 の み が 障 害 さ れ て
い た 。 他 の 刺 激 の 再 認 成 績 は 健 常 者 と 差 が な か っ た 。 カ リ フ ォ ル ニ ア 嗅 覚 学 習 検 査 と いう
嗅 覚 に 関 す る 記 憶 検 査 で も HD は 成 績 低 下 を 示 し た 。 HD に は 嗅 覚 刺 激 弁 別 障 害 が 認 め ら
れ る 。 嗅 覚 記 憶 の 障 害 は こ の 感 覚 水 準 で の 嗅 覚 障 害 に 起 因 す る 可 能 性 が あ る 。 し か し 、嗅
覚 再 認 の 成 績 と 嗅 覚 弁 別 障 害 の 程 度 は 必 ず し も 一 致 し な い 。 前 頭 葉 眼 窩 部 は 嗅 覚 処 理 に関
係 し て い る 。前 頭 葉 ― 線 条 体 回 路 の 損 傷 が 嗅 覚 記 憶 の 固 定 化 を 阻 害 し て い る 可 能 性 が あ る 。
3 ) 意 味 記 憶 ~ HD に 認 め ら れ る 高 次 の 言 語 障 害 と し て は 語 生 成 の 障 害 が あ る 。 特 定 の
音 で 始 ま る 語 の 生 成 ( 語 音 生 成 ) 、 特 定 の 意 味 範 疇 の 語 の 生 成 ( 範 疇 生 成 ) に お い て HD
が 障 害 を 示 す こ と は 多 く の 研 究 が 報 告 し て い る 。 ATD で は 範 疇 生 成 で 障 害 が 重 度 で あ る 。
HD で は 両 課 題 が 同 程 度 に 障 害 さ れ る 。 こ れ は 意 味 記 憶 の 障 害 で は な く 、 記 憶 検 索 の 障 害
と 考 え ら れ て い る 。 こ の こ と は 、 ① 課 題 遂 行 中 に 検 索 の 手 掛 か り を 与 え る と 成 績 が 向 上す
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第17章
る 。 ② 範 疇 生 成 中 に 意 味 範 疇 を 切 り 替 え る と 成 績 が 低 下 す る 、 な ど の 事 実 に よ っ て 裏 付け
ら れ て い る 。 HD の 意 味 記 憶 に 障 害 が な い こ と は 呼 称 課 題 で も 明 ら か に さ れ て い る 。 HD
で は 呼 称 で 軽 度 の 障 害 が 認 め ら れ る 。 そ れ は 「 へ び 」 を 「 ひ も 」 と 呼 称 す る 様 な 知 覚 的な
誤 り で あ っ て 、 意 味 構 造 自 体 の 障 害 で は な い 。 こ の 点 で 意 味 構 造 自 体 に 異 常 が あ る ATD
の呼称障害とは区別される。
4 ) 言 語 学 習 ~ デ ィ ・ デ ィ エ ゴ ・ バ ラ グ ら に よ れ ば 、 HD で は 人 工 的 な 言 語 の 語 尾 変 化
の 規 則 を 学 習 す る 課 題 で 障 害 を 示 す 。こ の 言 語 学 習 障 害 は 臨 床 的 に HD を 示 す 症 例 の み な
ら ず HD 遺 伝 子 保 有 者 で は あ る が 臨 床 的 に は 発 症 し て い な い 被 験 者 で も 認 め ら れ た 。
5 ) 運 動 学 習 、 技 能 修 得 ~ HD で は 新 た な 運 動 技 能 の 学 習 が 障 害 さ れ る 。 す な わ ち 非 宣
言 的 記 憶( 潜 在 記 憶 )が 障 害 さ れ る 。円 盤 の 回 転 を 尖 筆 で 追 従 す る 円 盤 追 跡 課 題 で は 、HD
の 成 績 は 非 常 に 不 良 で あ る 。 最 初 の 数 試 行 で は 多 少 成 績 は 向 上 す る が 、 そ れ 以 降 成 績 は横
ば い と な る 。対 照 的 に 、ATD や 健 忘 患 者 で は 明 ら か な 成 績 向 上 が 認 め ら れ る 。こ の HD に
お け る 運 動 学 習 障 害 の 程 度 は 認 知 症 の 程 度 と は 相 関 す る が 、 運 動 障 害 の 程 度 と は 相 関 しな
い。
HD で は 知 覚 学 習 で も 障 害 が 認 め ら れ る 。 対 象 の 位 置 を 指 さ す 課 題 で 、 被 験 者 に プ リ ズ
ム 眼 鏡 を 着 用 さ せ る と 対 象 の 位 置 が ず れ て 見 え る た め 、 正 確 な 指 さ し が 出 来 な く な る 。健
常 者 、ATD で は 数 試 行 で 正 し い 指 さ し が 可 能 に な る 。HD で は 試 行 を 続 け て も 指 さ し の 誤
りは減少しない。
た だ し 全 て の 運 動 学 習 、 技 能 学 習 が 障 害 さ れ る 訳 で は な い 。 HD で は 鏡 映 描 写 ( 文 字 や
図 形 を 左 右 逆 に 描 く ) 、 ② コ ン ピ ュ ー タ ・ ス ク リ ー ン 上 を ラ ン ダ ム に 運 動 す る 点 の 追 跡、
な ど の 課 題 の 学 習 は 可 能 で あ る 。 し か し 、 コ ン ピ ュ ー タ ・ ス ク リ ー ン 上 を 規 則 的 に 運 動す
る 点 の 追 跡 課 題 の 学 習 は 困 難 で あ る 。 す な わ ち 、 HD で は 将 来 を 予 測 し て 行 う 運 動 や 動 作
の 学 習 が 障 害 さ れ る 。 第 2 2 章 で 詳 し く 述 べ る が 、 将 来 の 予 測 に は 前 頭 葉 、 特 に そ の 背外
側 が 関 係 し て い る 。 線 条 体 と 前 頭 葉 間 に は 密 接 な 線 維 連 絡 が あ る 。 前 頭 葉 - 線 条 体 間 の回
路 離 断 が HD に お け る 運 動 学 習 、 技 能 学 習 障 害 の 機 序 と 考 え ら れ る 。
6 )プ ラ イ ミ ン グ ~ 非 宣 言 的 記 憶 の 研 究 法 と し て プ ラ イ ミ ン グ 2 が よ く 用 い ら れ る 。HD
で は プ ラ イ ミ ン グ は 保 た れ て い る 。 グ ラ フ ら は 語 幹 完 成 課 題 を 用 い て HDに お け る プ ラ イ
ミ ン グ を 検 討 し て い る 。 例 え ば ま ず 「 ホ テ ル 」 ( プ ラ イ ミ ン グ 刺 激 ) を 提 示 し て 好 き か嫌
い か を 判 断 さ せ る ( 練 習 課 題 ) 。 次 に 「 〇 テ 〇 」 ( 課 題 刺 激 ) を 提 示 し て ど ん な 語 か 判断
2
第11章参照。
17-7
第17章
す る 課 題 ( 語 幹 完 成 課 題 ) を 遂 行 さ せ る ( 検 査 課 題 ) 。 HDは 検 査 課 題 に お い て 練 習 課 題
で 提 示 し た プ ラ イ ミ ン グ 刺 激 を 有 意 に 多 数 回 答 し た 。ATDで は こ の よ う な 傾 向 は 認 め ら れ
な か っ た 。 ① 練 習 課 題 で 絵 画 を 提 示 し 、 課 題 刺 激 と し て 絵 画 の 一 部 が 欠 け た 不 完 全 な 絵画
を 提 示 し て 同 定 さ せ る 課 題 、 ② 練 習 課 題 で は 二 つ の 語 を 提 示 し て 両 者 の 意 味 的 関 連 を 判断
す る 、 検 査 課 題 で は 一 つ の 語 を 提 示 し て 練 習 課 題 で そ れ と 対 で 提 示 し た 語 を 再 生 す る 、な
ど の 課 題 で も HDで は プ ラ イ ミ ン グ が 認 め ら れ た 。
以 上 の 事 実 は プ ラ イ ミ ン グ に 前 頭 葉 ― 線 条 体 回 路 は 関 与 し な い こ と を 意 味 す る 。 前 述の
ご と く 、 HD で は あ る 種 の 運 動 学 習 は 障 害 さ れ る 。 第 1 1 章 で 述 べ た よ う に 、 ス ク エ ア は
運 動 学 習 と プ ラ イ ミ ン グ を 共 に 非 宣 言 的 記 憶 に 分 類 し た ( 図 1 1 - 2 参 照 ) 。 HD の 研 究
から考えると両者は明らかに異なった神経機構に担われている。
1.2.3.4
視空間認識
HD の 重 症 化 と 共 に 視 空 間 認 識 が 障 害 さ れ る 。 ① WAIS の 積 木 模 様 、 ② 時 計 模 写 、 ③ 迷
路 検 査 、 ④ 図 形 の 空 間 配 置 認 識 検 査 、 ⑤ 視 覚 記 銘 検 査 、 ⑥ 視 覚 的 推 論 検 査 、 ⑦ 視 覚 的 概念
形 成 検 査 、⑧ 視 覚 的 見 当 識 検 査 、な ど の 課 題 で HD の 成 績 は 不 良 で あ る 。図 形 を 内 的 表 象
と し て 保 持 し そ れ に 操 作 を 加 え る 心 的 回 転 課 題 で は 、 HD の 正 答 率 は 健 常 者 と 同 じ で あ る
が 反 応 時 間 が 遅 延 す る 。 す な わ ち 、 内 的 表 象 は 保 た れ て い る が そ の 処 理 時 間 が 遅 く な って
い る 。こ れ は HD に お け る よ り 一 般 的 な 症 状 で あ る「 精 神 緩 慢 」の 視 空 間 認 識 に お け る 現
れ と 考 え ら れ る 。時 計 の 自 発 描 写 課 題 と 模 写 課 題 を 比 べ る と 、ATD で は 模 写 の 成 績 が 良 好
で あ る が 、 HD で は 差 が 認 め ら れ な い 。 ATD で は 時 計 の 表 象 自 体 が 障 害 さ れ て い る の で 、
モ デ ル が あ る 模 写 で 成 績 が 良 好 で あ る 。 HD で は 表 象 は 保 た れ 視 覚 構 成 行 為 の 遂 行 が 障 害
されているので、自発描画、模写とも同程度に障害される。
1.2.3.5
構音、動作
HD で は 発 話 面 で 、 ① 運 動 過 剰 性 構 音 障 害 、 ② 文 法 構 造 の 単 純 化 、 ③ 発 話 量 の 減 少 、 ④
発話の緩慢化、⑤発話のとぎれ、休止の増大、などが認められる。
HD で は 、 ① 反 応 時 間 の 遅 延 、 ② 円 滑 で 効 率 的 な 動 作 の 遂 行 、 ③ 最 近 行 っ た 動 作 の 意 図
的 再 生 、 な ど の 障 害 に 加 え 、 よ り 高 次 の 運 動 機 能 、 す な わ ち 過 去 に 学 習 し た 要 素 動 作 を組
み 合 わ せ 統 合 す る 運 動 プ ロ グ ラ ミ ン グ で も 障 害 が 認 め ら れ る 。ハ ミ ル ト ン ら は HD の 三 分
の一に観念運動失行の基準を満たす運動障害が認められると報告している。
17-8
第17章
1.3.3
精神症状
HD に 合 併 す る 精 神 疾 患 の 頻 度 は 、 鬱 病 34%、 統 合 失 調 症 12%、 行 動 ・ 人 格 障 害 42%、
と 報 告 さ れ て い る 。行 動・人 格 障 害 で は 攻 撃 型 が 最 も 多 い 。鬱 と 躁 を 繰 り 返 す 双 極 性 障 害 、
躁 病 、軽 躁 の 頻 度 は よ り 低 く 10%未 満 と 推 定 さ れ て い る 。最 も 中 心 と な る 精 神 症 状 は 鬱 で
あ る 。鬱 の 原 因 と し て HD の 主 病 変 で あ る 尾 状 核 の 変 性 が ま ず 考 え ら れ る が 、運 動 障 害 の
程 度 と 鬱 と の 間 に は 関 連 は 認 め ら れ な い 。精 神 症 状 を 呈 す る HD で は そ の 家 族 も 精 神 疾 患
患 者 が 認 め ら れ る 事 か ら 、 精 神 症 状 の 背 景 に は 何 ら か の 遺 伝 的 要 因 が 関 係 し て い る 可 能性
もある。
HD で は 妄 想 、 幻 覚 の よ う な 明 確 な 精 神 病 症 状 は 少 な く 、 妄 想 の 前 段 階 で あ る 妄 想 気 分
程度の場合が多い。
HD で は 狭 義 の 精 神 疾 患 以 外 の 精 神 症 状 も 出 現 す る 。 い ら い ら も し ば し ば 家 族 に よ っ て
認 め ら れ て い る 。 介 護 者 に と っ て は 大 き な 負 担 と な る 。 ア ル コ ー ル 摂 取 、 薬 物 の 影 響 さら
に 鬱 病 の 初 期 症 状 の 可 能 性 も あ る 。 強 迫 症 状 、 極 度 の 心 気 症 傾 向 、 な ど の 症 状 も 認 め られ
る 。 最 も 多 い 強 迫 症 状 は 攻 撃 お よ び 汚 染 に 関 す る 強 迫 観 念 で あ る 。 特 定 の 行 動 ・ 動 作 をせ
ずにはいられない強迫動作も認められる。
HD で は 睡 眠 障 害 が 認 め ら れ る 。 頻 度 は 夜 間 覚 醒 が 最 も 多 い 。 睡 眠 時 間 の 減 少 、 睡 眠 位
相の変化なども報告されている。
HD の 自 殺 率 は 高 い 。 こ れ は 鬱 病 が 多 い こ と に も 起 因 し て い る で あ ろ う 。 い ら い ら 、 感
情 的 不 安 定 、 衝 動 傾 向 な ど を 示 す HD で 自 殺 頻 度 は 高 い 。
精神症状は発症初期に多く、認知症が進行すると減少する。
1.4
画像解析所見
1.4.1
形態画像解析所見
HD の MRI 画 像 で は 、尾 状 核 、被 殻 、淡 蒼 球 の 萎 縮 が 認 め ら れ る( 図 1 7 - 3 )。白 質
を 含 む 前 頭 葉 領 野 の 萎 縮 も 認 め ら れ る 。発 症 年 齢 、CAG レ ピ ー ト( 後 述 )の 長 さ は 尾 状 核
萎 縮 の 程 度 と 相 関 す る 。 HD 遺 伝 子 保 有 者 で は 発 症 し な い 段 階 で も 大 脳 基 底 核 の 萎 縮 が 認
められる。
病 理 学 の 項 で 述 べ た よ う に 、 HD で は 病 像 が 進 行 す る に つ れ て 大 脳 皮 質 に も 病 変 が 出 現
す る 。こ れ に 対 応 す る 所 見 は 形 態 画 像 解 析 に お い て も 認 め ら れ る 。ロ サ ら に よ れ ば HD の
進 行 に 伴 う MRI 所 見 の 変 化 は 図 1 7 - 4 上 図 に 示 す ご と く で あ る 。彼 ら に よ れ ば 、HD の
17-9
第17章
臨 床 症 状 と 皮 質 萎 縮 領 野 と の 間 に は 対 応 関 係 が 存 在 す る ( 図 1 7 - 4 下 図 ) 。 言 語 流 暢性
( verbal fluency) は 運 動 前 野 、 上 側 頭 回 、 上 前 頭 回 の 萎 縮 と 相 関 し 、 ス ト ル ー プ 検 査 成
績 ( stroop) は 右 運 動 前 野 、 中 心 傍 回 、 後 頭 葉 の 萎 縮 と 相 関 し 、数 字 置 換 ( symbol digit)
は右運動前野、後頭葉の萎縮と相関する。
図17-3
ハ ン チ ン ト ン 病 患 者 (a)は 健 常 者 ( b ) に 比 し て 尾 状 核 頭 ( 矢 印 )
の萎縮が著明である。
図17-4
ハ ン チ ン ト ン 病 患 者 の MRI 所 見
17-10
第17章
1.4.2
機能画像解析所見
SPECT で は 、 MRI な ど で 尾 状 核 の 萎 縮 が 検 出 さ れ る 以 前 か ら 、 HD の 大 脳 基 底 核 領 域
に血流量低下が認められる。前頭葉の血流量低下を認めた研究も報告されている。
PET で は 、線 条 体 領 域 に 糖 代 謝 の 低 下 、ド ー パ ミ ン 受 容 体 の 減 少 、な ど の 知 見 が 報 告 さ
れ て い る ( 図 1 7 - 5 ) 。 こ の 所 見 は 遺 伝 子 保 因 者 で も 認 め ら れ る 場 合 が あ る ( 図 1 7-
5)。
MRS で は 、 HD の 被 殻 、 尾 状 核 頭 、 で NAA( N-ア セ チ ル ア ス パ ル テ ー ト ) 比 の 低 下 が
認められている。
ク ラ ー ク は 迷 路 課 題 遂 行 時 の 脳 活 動 性 を fMRI に よ り 測 定 し 、HD と 健 常 者 を 比 較 し た 。
HD で は 、 後 頭 葉 、 頭 頂 葉 、 感 覚 ― 運 動 領 野 の 活 動 性 が 健 常 者 よ り 低 下 し 、 左 中 心 回 と 右
中前頭回の活動性は逆に上昇していた。
図17-5
ハ ン チ ン ト ン 病 患 者 お よ び 遺 伝 子 保 因 者 の PET 画 像
患 者 ( 右 ) お よ び 遺 伝 子 保 因 者 ( 中 ) で は 線 条 体 で 糖 代 謝 ( 18 FDG) お よ び
ド ー パ ミ ン 受 容 体 結 合 能 ( [ 11 C] raclopride) が 低 下 し て い る 。
他の遺伝子保因者(左)ではいずれも正常であった。
17-11
第17章
1.5
発症機序
1.5.1
ハンチンチン遺伝子とその異常
1983 年 グ ス ラ ら に よ っ て HD の 遺 伝 子 IT15 が 4 番 染 色 体 の 短 腕 に 存 在 す る こ と が 明 ら
か に さ れ た 。 IT15 が コ ー ド し て い る タ ン パ ク は ハ ン チ ン チ ン と 命 名 さ れ た 。 IT15 は 4 番
染 色 体 短 腕 の 末 端( テ ロ メ ア )に 近 い 4p16.3 に 位 置 す る 。図 1 7 - 6 は IT15 が 存 在 す る
4 番 染 色 体 短 腕 先 端 の テ ロ メ ア ま で の 約 6Mb の 領 域 の 概 略 で あ る 。 IT15 の 大 き さ は 約
200kb で 、67 の エ ク ソ ン よ り 構 成 さ れ て い る 。3,144 ア ミ ノ 酸 残 基 、分 子 量 348kDa の タ
ン パ ク が コ ー ド さ れ て い る と 推 定 さ れ る 。特 徴 的 な 配 列 と し て 、第 1 エ ク ソ ン に シ ト シ ン・
ア デ ニ ン・グ ア シ ン( CAG)の 3 塩 基 を 単 位 と す る 反 復 配 列( レ ピ ー ト )が 存 在 す る 。こ
の配列はポリグルタミンに翻訳される。
HD に お け る IT15 の 発 現 は 病 理 学 的 変 化 の 著 明 な 線 条 体 や 大 脳 皮 質 に 特 異 的 と い う わ
け で は な く 、 脳 全 体 に 広 範 囲 に 発 現 し て い る 。 特 に 海 馬 、 小 脳 顆 粒 層 、 プ ル キ ン エ 細 胞、
橋 核 な ど に お い て 著 明 で あ る 。 ま た 脳 ば か り で な く 、 全 身 臓 器 で 発 現 し て お り 、 大 腸 、肝
臓 、膵 臓 、睾 丸 な ど に お い て 発 現 が 確 認 さ れ て い る 。IT15 お よ び ハ ン チ ン チ ン の 生 理 的 機
能の詳細は不明であるが転写と細胞内輸送に関係することが明らかにされている。
図17-6
ハ ン チ ン ト ン 病 の 遺 伝 子 IT15
左 が セ ン ト ロ メ ア 側 、 右 端 は テ ロ メ ア 。 上 段 は DNA マ ー カ ー の 地 図 。
D4S10 が ハ ン チ ン ト ン 病 と の 連 鎖 が 最 初 に 証 明 さ れ た G8 プ ロ ー ブ の 位 置 。
黒い領域は遺伝学的解析から狭められたハンチントン病遺伝子の候補領域。
下段は候補領域の拡大図。この領域に同定された転写単位とともに示す。
矢印は転写方向。
17-12
第17章
CAG レ ピ ー ト は 健 常 者 集 団 で も 反 復 回 数 が 異 な り 高 度 の 多 型 性 を 示 す が 、HD で は 異 常
に 伸 長 し て い る 。 正 常 染 色 体 に お け る 分 布 は 民 族 集 団 に よ り 多 少 の 差 違 が あ る が お お むね
一 峰 性 で あ る 。 後 藤 ら の 調 査 結 果 で は 、 日 本 人 で は 反 復 回 数 7 回 か ら 29 回 に 分 布 し 、 17
回 が 最 頻 値 で あ っ た 。 反 復 回 数 が 36 回 を 超 え る と HD が 発 症 す る 。 多 く の 症 例 の 反 復 回
数 は 40 回 以 上 で 症 例 に よ っ て は 100 回 以 上 に 及 ぶ 。 反 復 回 数 と 発 症 年 齢 と の 間 に は 負 の
相 関 関 係 が 認 め ら れ 、反 復 回 数 の 多 い 症 例 ほ ど 若 年 で 発 症 す る 。CAG は グ ル タ ミ ン を コ ー
ド す る 遺 伝 子 で あ る の で 、CAG レ ピ ー ト の 反 復 増 大 は グ ル タ ミ ン が 多 数 連 結 し た グ ル タ ミ
ン 鎖( ポ リ グ ル タ ミ ン )を 生 じ る 。こ の ポ リ グ ル タ ミ ン を 含 む ハ ン チ ン チ ン( ポ リ Q ハ ン
チ ン チ ン ) が HD の 発 症 の 原 因 と 考 え ら れ る 。 実 際 、 HD の 線 条 体 の 細 胞 の 細 胞 体 、 核 、
軸 索 末 端 に は ポ リ Q ハ ン チ ン チ ン の 沈 着 が 認 め ら れ 、レ ピ ー ト の 反 復 数 と 線 状 体 の 病 理 学
的 変 化 の 重 症 度 と の 間 に は 明 瞭 な 相 関 が 認 め ら れ る 。 ま た 、 異 常 に 伸 長 し た ハ ン チ ン チン
遺 伝 子 に 対 応 す る ポ リ グ ル タ ミ ン が 実 際 に 発 現 し て い る こ と は 、 ハ ン チ ン チ ン を 抗 体 とし
た免疫組織学的研究により証明されている。これらの事実はポリ Q ハンチンチン沈着が
HD 発 症 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と を 示 唆 す る 。し か し 、ポ リ Q ハ ン チ ン チ ン 沈 着
に よ り 神 経 細 胞 の 脱 落 な い し 細 胞 死 が ど の よ う な 機 序 に よ り 生 じ る か は 十 分 に 解 明 さ れて
い な い 。 現 時 点 で は 「 機 能 獲 得 」 説 が 有 力 で あ る 。 す な わ ち 、 異 常 伸 長 し た リ ピ ー ト を持
つ 疾 患 遺 伝 子 か ら 翻 訳 ・ 合 成 さ れ た タ ン パ ク が 正 常 で は 有 し な い 性 質 を 帯 び る た め に 発症
す る と の 説 で あ る 。 具 体 的 に は ① ア ポ プ ト ー シ ス 過 程 の 促 進 、 ② ミ ト コ ン ド リ の 抗 酸 化機
能 の 妨 害 、 ③ 核 ― 細 胞 質 間 あ る い は 細 胞 体 ― 軸 索 間 の 物 質 輸 送 の 妨 害 、 な ど の 可 能 性 が指
摘 さ れ て い る 。 異 常 ハ ン チ ン チ ン は 正 常 と は 異 な っ た 特 異 な 物 理 化 学 的 性 質 を 持 つ こ とも
確認されている。
HD 脳 で は ポ リ Q ハ ン チ ン チ ン の 沈 着 が 認 め ら れ る 。そ の 機 序 は 不 明 で あ る が 、タ ン パ
ク の 分 解 に 関 与 す る ユ ビ キ チ ン 系 の 機 能 低 下 が 関 与 し て い る と 考 え ら れ て い る 。 ハ ン チン
チ ン は 全 身 の 臓 器 に 出 現 す る が 、そ の 沈 着 は 脳 に の み 認 め ら れ る 。こ れ ら の 事 実 は HD の
発症に関与する遺伝子はハンチンチン遺伝子だけではないことを示唆する。
1.5.2
ハンチントン病の表現型模写
遺 伝 子 型 は 異 な る が 同 じ 表 現 型 が 現 れ る 現 象 を 「 表 現 型 模 写 」 と い う 。 HD 同 様 の 臨 床
症 状 を 示 し 、家 族 発 症 歴 が あ り HD 類 似 の 病 理 学 所 見 を 示 す に も か か わ ら ず IT15 の CAG
レ ピ ー ト 増 大 が 認 め ら れ な い 症 例 ( HD 表 現 型 模 写 ) が 知 ら れ て い る 。 ① 1 6 番 染 色 体 上
17-13
第17章
の 遺 伝 子 変 異 に 伴 う CAG/CTG レ ピ ー ト 増 大 例 、② 2 0 番 染 色 体 上 の プ リ オ ン・タ ン パ ク
( 次 節 ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 参 照 ) の 遺 伝 子 変 異 例 、 ③ 4 番 染 色 体 上 の 遺 伝 子 変異
例、などが報告されている。
1.5.3
ポリグルタミン病
CAGレ ピ ー ト の 異 常 伸 長 に よ る 疾 患 は HDだ け で は な い 。脊 髄 小 脳 変 性 症( SCA) 3 の 中
の SCA1、SCA2、SCA3( マ シ ャ ド ー ジ ョ セ フ 病 )、SCA6、SCA7、SCA8、SCA12、SCA17、
歯 状 核 赤 核 淡 蒼 球 ル イ 体 萎 縮 症 (DRPLA)、 フ リ ー ド ラ イ ヒ 病 な ど 、 球 脊 髄 性 筋 萎 縮 症 4
( SBMA)な ど の 変 性 疾 患 で も CAGレ ピ ー ト の 異 常 伸 長 が あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。さ
ら に 脆 弱 性 X 症 候 群 5 で は シ ト シ ン ・ シ ト シ ン ・ グ ア シ ン ( CCG) レ ピ ー ト の 異 常 伸 長 、
筋 強 直 性 ジ ス ト ロ フ ィ ー 6 で は シ ト シ ン ・ チ ニ ン ・ グ ア ニ ン ( CTG) レ ピ ー ト の 異 常 伸 長
が 発 見 さ れ た 。 そ こ で こ れ ら の 疾 患 は 一 括 し て 「 ト リ プ レ ッ ト ・ レ ピ ー ト 病 」 と 呼 ば れて
い る 。ト リ プ レ ッ ト・レ ピ ー ト 病 の 中 で グ ル タ ミ ン を コ ー ド す る CAGレ ピ ー ト の 異 常 伸 長
が あ る 疾 患 を 「 ポ リ グ ル タ ミ ン 病 」 と い う 。 す な わ ち 、 HDは ポ リ グ ル タ ミ ン 病 で あ る 。
2.クロイツフェルト・ヤコブ病
2.1
概念、疫学、診断基準
2.1.1
研究史
ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 ( JCD) は 感 染 性 異 常 型 プ リ オ ン の 脳 内 感 染 増 殖 に よ り 認
知 症 を 来 す 致 死 性 の 疾 患 で あ る 。 プ リ オ ン の 異 常 に よ る 疾 患 は 「 プ リ オ ン 病 」 と 呼 ば れて
い る 。 ヒ ト の プ リ オ ン 病 に は JCD の 外 、 ゲ ル ス ト マ ン ・ シ ュ ト ロ イ ス ラ ー ・ シ ェ イ ン カ
ー 病 ( GSS) 、 致 死 性 家 族 性 不 眠 症 (FFI)が あ る 。 JCD は そ の 名 が 示 す 通 り ク ロ イ ツ フ ェ
ル ト に よ っ て 初 め て 記 載 さ れ た 。 彼 が 記 載 し た 症 例 は 若 い 女 性 で 、 急 激 に 進 行 す る 認 知症
を 主 症 状 と し ミ オ ク ロ ー ヌ ス 発 作 を 伴 っ て い た 。22 歳 で 死 亡 し 、剖 検 で 神 経 細 胞 の 脱 落 と
グ リ オ シ ス が 認 め ら れ た 。 そ の 後 ヤ コ ブ が 5 例 の 症 例 を 系 統 的 に 記 載 し た 。 ク ロ イ ツ フェ
3
脊髄および小脳の退行性変性疾患。運動失調を主症状とする。種々の類型がある。マシ
ャドージョセフ病、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、フリードライヒ病など。
4
筋萎縮、筋力低下を主症状とする。
5
X染色体末端が明瞭に染色されないためこの名称がある。精神薄弱や種々の身体症状を
主症状とする。
6
筋萎縮と筋力低下を主症状とする遺伝性疾患。
17-14
第17章
ル ト は 海 綿 状 脳 症 に つ い て は 記 載 し て い な い が 、 グ リ オ シ ス を 伴 う 海 綿 状 脳 症 が CJD 脳
の病理学所見の中心をなすと考えられている(後述)。
1950 年 代 、 ニ ュ ー ギ ニ ア の 先 住 民 に 奇 妙 な 致 死 性 の 神 経 疾 患 が 存 在 す る こ と が 知 ら れ 、
「 ク ー ル ー 」 と 命 名 さ れ た 。 ク ー ル ー は ヒ ト か ら ヒ ト へ 感 染 す る こ と が 知 ら れ て い た が、
そ れ ま で 知 ら れ て い た 脳 炎 と は 異 な り 脳 に 炎 症 性 の 所 見 は 見 出 さ れ な か っ た 。 そ の か わり
海綿状脳症と呼ばれる神経細胞の脱落が認められた。
一 方 、ヨ ー ロ ッ パ で は 200 年 以 上 前 か ら ス ク レ ピ ー と 呼 ば れ る ヒ ツ ジ の 疾 患 が 知 ら れ て
い た 。1936 年 ス ク レ ピ ー が 伝 播 性 疾 患 で あ る こ と が 確 認 さ れ た 。こ の 疾 患 は 感 染 後 数 ヶ 月
か ら 数 年 の 長 い 潜 伏 期 間 を 経 て 発 症 し 、 亜 急 性 の 経 過 を と る 神 経 症 状 を 呈 す る 。 病 理 学的
に は ク ー ル ー と 同 じ く 神 経 細 胞 脱 落 と 海 綿 状 脳 症 を 呈 す る 。 両 者 の 類 似 性 に 気 づ い た ガジ
ュ セ ッ ク と ギ ッ ブ ス は ク ー ル ー 患 者 の 脳 を チ ン パ ン ジ ー に 移 植 し た 。 約 2 年 間 の 潜 伏 期を
経 て チ ン パ ン ジ ー は ク ー ル ー 類 似 の 神 経 症 状 を 発 症 し 、 病 理 学 的 に も 同 じ 所 見 が 得 ら れた
7 。これによりクールーがスクルピーと同じく伝播性疾患であることが確認された。ニュ
ー ギ リ ア で は 人 肉 食 の 風 習 が あ り 、 ク ー ル ー 感 染 者 の 脳 を 食 べ る こ と に よ っ て ク ー ル ー病
が発症したと考えられる。人肉食風習が失われるに伴いクールー発症は急激に減少した。
プルシナーらはスクルピーに感染したマウスの脾臓の物理化学的解析から、スクルピー
感 染 に 特 異 的 な タ ン パ ク 分 画 を 同 定 し 、 こ れ を 「 プ リ オ ン (prion)」 と 命 名 し た 8 。 プ ル シ
ナ ー は こ の 事 実 を 根 拠 に 海 綿 脳 症 を 呈 す る 諸 疾 患 の 原 因 は プ リ オ ン ・ タ ン パ ク で あ り 、こ
のタンパクが疾患の伝播に関与するとする「プリオン病」仮説を提唱した 9。
個体から個体への疾患の伝播が細菌やウィルスではなくタンパクによって担われている
という仮説はそれまでの定説と対立する。当然激しい論争が起こった。しかし、
1 ) プ リ オ ン ・ タ ン パ ク ( PrP) 遺 伝 子 が 正 常 細 胞 に も 存 在 し 正 常 な プ リ オ ン ・ タ ン パ
クが作られている。
2 )遺 伝 性 プ リ オ ン 病 の 家 系 に PrP 遺 伝 子 の 変 異 が 発 見 さ れ た 。遺 伝 性 プ リ オ ン 病 の 点
突然変異を導入したマウスも発症、患者類似の病変を示す。
こ の 業 績 に よ り ガ ジ ュ セ ッ ク は 1976 年 ノ ー ベ ル 医 学 生 理 学 賞 を 受 賞 し た 。
プ ル シ ナ ー は “proteinaceous infection particle( タ ン パ ク 感 染 物 質 )”の 頭 文 字 に ウ ィ ル
ス ( virus) の 別 名 で あ る “virion”に 関 連 を も た せ る on を 加 え て こ の よ う に 名 付 け た 。
9 CJB の 原 因 は ウ ィ ル ス で あ っ て プ リ オ ン 説 は 誤 り で あ る と 主 張 す る 研 究 者 が い る 。こ れ
は 誤 解 で あ る 。プ リ オ ン 説 は「 正 常 な プ リ オ ン・タ ン パ ク( PrP C )が 異 常 な プ リ オ ン・タ
ン パ ク( PrP Sc )に 変 化 す る こ と に よ り プ リ オ ン 病 が 発 症 す る 」と い う も の で あ り 、こ の 変
化がウィルスによって生じる可能性を排除している訳ではない。プルシナーも原因ウィル
スの存在を否定していない。
7
8
17-15
第17章
3 ) PrP 遺 伝 子 を 除 去 し た ノ ッ ク ア ウ ト マ ウ ス ( PrP が 作 れ な い ) で は 実 験 的 感 染 が 起
こらない。
4 )ハ ム ス タ ー の 異 常 プ リ オ ン・タ ン パ ク( PrP Sc )遺 伝 子 を 導 入 し た ト ラ ン ス ジ ェ ニ ッ
ク マ ウ ス は ハ ム ス タ ー と 同 一 の 潜 伏 期 間 で 発 症 す る 。 こ の 事 実 に よ り 感 染 性 プ リ オ ン ・タ
ンパクによって種を超えて疾患が伝播することが確証された。
5 )正 常 細 胞 に み ら れ る PrP C と プ ル シ ナ ー が 抽 出 し た 異 常 プ リ オ ン・タ ン パ ク( PrP Sc )
の 一 次 構 造 は 同 一 で 立 体 構 造 に 差 違 が あ り 、PrP C に 多 い α ヘ リ ッ ク ス 構 造 が PrP Sc で は β
シート構造に変わる。
な ど 事 実 が 明 ら か に な り 、 プ リ オ ン 病 の 概 念 は 広 く 受 け 入 れ ら れ る こ と に な っ た 10 。
2.1.2
プリオン病
プリオン病はその発症原因によって以下のごとく分類される。
1 ) 孤 発 性 プ リ オ ン 病 ~ 遺 伝 、 感 染 な ど の 要 因 に よ ら な い 、 す な わ ち 現 時 点 で は 原 因不
明なもの。
孤 発 性 CJD( 古 典 型 、 変 異 型 )
2 ) 伝 達 性 プ リ オ ン 病 ~ 何 ら か の 未 知 の 経 路 で 個 体 か ら 個 体 へ PrP Sc が 伝 達 さ れ る こ と
によって生じるもの。
① 医 原 性 CJD
② 新 変 異 型 CJD
③クールー
3 ) 遺 伝 性 プ リ オ ン 病 ~ PrP C 遺 伝 子 変 異 に よ っ て 発 症 す る も の 。
① 家 族 性 CJD
② ゲ ル ス ト マ ン ・ シ ュ ト ロ イ ス ラ ー ・ シ ェ イ ン カ ー 病 ( GSS)
③ 致 死 性 家 族 性 不 眠 症 (FFI)
2.1.3
疫学
横 山 ・ 長 田 の 総 説 に よ れ ば 、 CJD の 疫 学 は 以 下 の ご と く で あ る 。 CJD は 世 界 的 に ほ ぼ
共 通 し て 年 間 100 万 人 に 約 1 例 の 頻 度 で 発 症 す る 。日 本 に お け る 疫 学 知 見 は 以 下 の ご と く
で あ る 。 年 間 有 病 率 は 100 万 人 対 男 性 0.49、 女 性 0.67 で あ る 。 年 次 患 者 数 は 増 加 傾 向 で
10
こ の 業 績 に よ り プ ル シ ナ ー は 1997 年 ノ ー ベ ル 医 学 生 理 学 賞 を 受 賞 し た 。
17-16
第17章
あ る 。CJD 中 孤 発 性 が 85.3% 、家 族 性 5.3% 、硬 膜 移 植 例 5.2% で あ っ た 。新 変 異 型 CJD
は 2005 年 英 国 渡 航 歴 の あ る 男 性 で 発 症 が 確 認 さ れ た 。
2.1.4
診断基準
1998 年 公 表 さ れ た W HO の 孤 発 型 CJD の 診 断 基 準 は 表 1 7 - 1 の ご と く で あ る 。 日 本
で は 厚 生 省 研 究 班 が 1997 年 表 1 7 - 2 に 示 す CJD、 GSS、 FFI の 診 断 基 準 を 公 表 し て い
る。
表17-1
WHO の 孤 発 型 ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 ( CJD) 診 断 基 準
Ⅰ.従来から用いられている診断基準
A. 確 実 例 ( definite)
特徴的な病理学所見またはウェスタンプロットや免疫染色法で
脳に異常プリオン・タンパクを検出。
B. ほ ぼ 確 実 例 ( probable)
1.急速進行性認知症。
2.次の4項目中2項目以上を満たす。
a. ミ オ ク ロ ー ヌ ス
b. 視 覚 ま た は 小 脳 症 状
c. 錐 体 路 ま た は 錐 体 外 路 徴 候
d. 無 動 性 無 言
3. 脳 波 上 周 期 性 同 期 性 放 電 ( PSD) の 存 在 。
C. 疑 い 例 ( possible)
上 記 の B の 1 お よ び 2 を 満 た す が 脳 波 上 PSD が な い 場 合 。
Ⅰ Ⅰ . 拡 大 診 断 基 準 ( WHO、 1998)
上 記 の 診 断 基 準 の C の 疑 い 例 ( po ssible) に 該 当 す る 例 で 、 脳 波 上 PSD が
な く て も 脳 脊 髄 液 中 に 14- 3- 3 タ ン パ ク が 検 出 さ れ 臨 床 経 過 が 2 年 未 満 の
場 合 、 ほ ぼ 確 実 例 ( probable) と す る 。
表17-2
厚生省研究班のプリオン病診断基準
17-17
第17章
A. 古 典 型 CJD の 診 断 基 準
1. 診 断 確 実 例 ( definite) : 特 徴 的 な 病 理 学 所 見 を 有 す る 例 、 ま た は ウ ェ ス タ ン プ
ロット法や免疫染色法で脳に異常なプリオン・タンパクを検出しえた症例(新変異型では
ウェスタンプロット法にてイギリスの症例と同一のパターンが検出される)
2. 診 断 ほ ぼ 確 実 例 ( probable) : 病 理 学 所 見 が な い 症 例 で 、 進 行 性 認 知 症 を 示 し 、 脳 波 で
周 期 性 同 期 性 放 電 ( PSD) を 認 め る 。 さ ら に ミ オ タ ロ ー ヌ ス 、 錐 体 路 / 錐 体 外 路 障 害 、
小脳症状、視覚異常、無動性無言のうち 2 項目以上を示す症例(新変異型では、イギ
リス例と臨床・病理像が同一であるが、脳組織のウェスタンプロット法が未検索)
3. 診 断 疑 い 例 ( possible) : 診 断 ほ ぼ 確 実 例 と 同 じ 臨 床 像 を 示 す が 、 PSD を 欠 く 症 例
B. ゲ ル ス ト マ ン ・ シ ュ ト ロ イ ス ラ ー ・ シ ェ イ ン カ ー 病 症 候 群 の 診 断 基 準
1. 診 断 確 実 例 ( definite) : 小 脳 症 状 、 あ る い は 痙 性 対 麻 痺 で 発 症 し 、 徐 々 に 進 行 し 、
認知症が加わる。プリオン・タンパク遺伝子の変異が認められ、病理学所見ではプリオン・
タンパク陽性のアミロイド斑がみられる症例。多くは家族性であるが、孤発例も存在する
2. 診 断 ほ ぼ 確 実 例 ( probable) : 臨 床 症 状 と プ リ オ ン ・ タ ン パ ク 遺 伝 子 の 変 異 が 確 実 例 と 同
じであるが、病理学検索未実施の症例
3. 診 断 疑 い 例 ( possible) : 進 行 性 小 脳 症 状 か 痙 性 対 麻 痺 に 認 知 症 を 合 併 し て い る が 、
プリオン・タンパク遺伝子未検索の症例
C. 致 死 性 家 族 性 不 眠 症 の 診 断 基 準
1. 診 断 確 実 例 ( definite) : 臨 床 的 に 頑 固 な 不 眠 、 記 憶 障 害 、 認 知 症 、 交 感 神 経 興 奮 状 態 、
ミ オ ク ロ ー ヌ ス が み ら れ 、病 理 学 的 に は 視 床 の 選 択 的 海 綿 状 変 性 が 認 め ら れ る 。さ ら に 脳 組 織 か
ら 、免 疫 プ ロ ッ ト 法 で 異 常 プ リ オ ン・ タ ン パ ク が 検 出 さ れ る こ と が あ り 、プ リ オ ン・ タ ン パ ク 遺
伝 子 の コ ド ン 178 変 異 を 有 す る 症 例
2. 診 断 ほ ぼ 確 実 例 ( probable) : 診 断 確 実 例 と 臨 床 像 が 同 一 で 、 プ リ オ ン ・ タ ン パ ク 遺 伝 子 の コ ド
ン 178 変 異 を 有 す る が 、 病 理 学 検 索 未 実 施 の 症 例
3. 診 断 疑 い 例 ( possible) : 臨 床 像 と 病 理 所 見 が 確 実 例 と 同 一 で 、 免 疫 プ ロ ッ ト 法 で 脳 か ら 異 常 プ リ
オン・タンパクが検出されているが、プリオン・タンパク遺伝子未検索の症例
2.2
病理学所見
17-18
第17章
プ リ オ ン 病 の 病 理 学 所 見 に つ い て は 田 丸 と 天 野 お よ び 平 野 の 総 説 が あ る 。 そ れ に よ れば
CJD 病 の 病 理 学 所 見 の 概 要 は 以 下 の ご と く で あ る ( 図 1 7 - 7 ) 。
1 )CJD の 最 も 特 徴 的 所 見 で あ る 神 経 網 の 海 綿 状 変 化 は 小 さ な 円 形 な い し 楕 円 形 の 空 胞
形 成 で あ り 、 癒 合 し て 巨 大 化 す る 場 合 が あ る 。 こ の 海 綿 状 態 の 基 本 は 神 経 網 、 特 に シ ナプ
ス終末の空胞化である。大脳皮質、基底核、小脳、脊髄に認められる。
2)高度な病変部位では神経細胞は殆ど脱落する。残存する細胞は核が濃染し細胞体が
膨 れ 、 一 見 虚 血 性 変 化 に 類 似 す る 場 合 が あ る 。 ま た 、 細 胞 体 が 膨 れ あ が り 核 が 辺 縁 に 寄っ
て 魚 眼 状 の 変 化 を 呈 す る 神 経 細 胞 が 皮 質 深 部 を 中 心 に 散 見 さ れ る 。 さ ら に レ ビ ー 小 体 11 に
類似した構造を細胞体に有する神経細胞もみられる。
3 )ア ス ト ロ グ リ ア の 変 性 像 も 様 々 で あ る 。腫 脹 し た グ リ ア が 優 位 と な る 病 変 が 多 い が 、
海 綿 状 変 化 の な い 小 脳 の 皮 質 下 白 質 で は 、 繊 維 性 グ リ オ シ ス が 先 行 す る 。 よ っ て 観 察 され
る像は多彩である。
4 ) 大 脳 白 質 は 病 変 の 起 き や す い 部 位 で あ り 、 一 概 に 二 次 性 変 化 と は い え な い 。 特 に初
期 か ら 髄 鞘 は 脱 落 す る 傾 向 に あ り 、 軸 索 以 上 に 変 性 に 陥 り や す い 。 急 激 な 変 性 脱 落 を 示す
マクロファージ反応はよくみられる。
5 ) 小 脳 で は プ ル キ ン エ 細 胞 よ り 顆 粒 細 胞 層 の 脱 落 が 顕 著 で あ る 。 白 質 で は 皮 質 直 下の
グリオーシスが顕著であり、深部の髄質ではむしろ淡明化が主体である。
6)大脳基底核や視床は殆どの症例で傷害される。その病変は海綿状か淡明化である。
7) 海 馬 は 多 く の 症 例 で 保 存 さ れ 、 急 激 に 萎 縮 を 迎 え る 時 期 に な っ て も そ の 大 き さ や 細
胞の配列は保持される傾向にある。
8)上 記 1)か ら 7)の 基 本 的 所 見 に 加 え て 、近 年 、抗 プ リ オ ン 染 色 に よ る 染 色 性 、す な
わ ち PrP Sc の 沈 着 様 式 の 検 索 が な さ れ る よ う に な っ た ( 図 1 7 - 8 ) 。 こ れ は 細 胞 外 に ア
ミ ロ イ ド 様 ク ー ル ー 斑 を 形 成 す る 「 プ ラ ー ク 型 」 と シ ナ プ ス 前 終 末 に 付 着 す る 「 シ ナ プス
型」に大別され、さらに神経細胞周辺型や空胞周辺型などのパターンもみられる。
11
第15章参照。
17-19
第17章
図17-7
クロイツフェルト・ヤコブ病の病理学所見
A、 B: 肉 眼 所 見 、 大 脳 皮 質 の 高 度 萎 縮 、
C、 D、 E: 光 顕 所 見 、 海 綿 状 態 、 神 経 細 胞 脱 落 、 グ リ オ ー シ ス
F: 軸 索 の 脱 髄 、 グ リ ア お よ び マ ク ロ フ ァ ー ジ の 増 殖
17-20
第17章
図17-8
クロイツフェルト・ヤコブ病患者脳の光顕所見(上)と同じ部位の
プリオン・タンパクに対する免疫反応。大脳皮質にはアミロイド斑様のプリオン・タン
パク陽性のプラークが充満している。
17-21
第17章
2.3
臨床像
2.3.1
孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病
孤 発 性 CJD は 明 ら か な 感 染 の 事 実 が な く 、 PrP 遺 伝 子 に も 変 異 が 認 め ら れ な い 類 型 で
あ る 。プ リ オ ン 病 の 85~ 90%を 占 め る 。そ の 臨 床 像 か ら 古 典 型 と 変 異 型 に 分 類 さ れ て い る 。
2.3.1.1
古典型クロイツフェルト・ヤコブ病
発 症 年 齢 は 45 歳 ~ 75 歳 で あ る が 、 60 歳 ~ 70 歳 で 発 症 す る 例 が 最 も 多 い 。 急 激 に 発 症
する認知症とミオクローヌスを主症状とする。次第に無言となり 6 ヶ月前後で死亡する。
患 者 は 疲 労 、 不 眠 、 抑 鬱 、 体 重 減 少 、 頭 痛 、 倦 怠 感 、 原 因 不 明 の 痛 み な ど を 訴 え る 。 錐体
外路症状、小脳失調、皮質盲などが認められる。
検 査 所 見 で は 、 髄 液 の 14-3-3 タ ン パ ク の 増 加 が 特 徴 的 所 見 と さ れ て い る 。 14-3-3 タ ン
パ ク 質 は チ ク ロ ー ム C な ど の ミ ト コ ン ド リ ア・タ ン パ ク 前 駆 体 の 輸 送 タ ン パ ク あ る い は ア
ポ ト ー シ ス の 調 節 機 能 タ ン パ ク で あ る 。CJD だ け で な く 他 の プ リ オ ン 病 で も 増 加 す る こ と
が 明 ら か に さ れ て お り 、 CJD 特 異 的 所 見 で は な い 。 軽 度 の 髄 液 増 加 も 認 め ら れ る 。
脳 波 で は 、 脳 全 体 に 同 期 し て 出 現 す る 周 期 1 秒 前 後 の 周 期 性 同 期 性 放 電( PSD) が よ く
知 ら れ て い る 。 多 く は 高 振 幅 鋭 波 で 主 成 分 は 陰 性 波 、 持 続 は 300msec.~ 400msec.で ミ オ
クローヌスに同期する(図17―9)。
図17-9
ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 に 見 ら れ る 周 期 性 同 期 性 放 電 ( PSD)
17-22
第17章
2.3.1.2
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病
1 )ハ イ デ ン ハ イ ム 変 異 型 ~ 視 覚 障 害( 変 形 視 、色 覚 異 常 、皮 質 盲 、ア ン ト ン 症 状 な ど )
で の 発 症 を 特 徴 と す る 臨 床 亜 型 。 そ の 後 は 認 知 症 や ミ オ ク ロ ー ヌ ス な ど の 神 経 症 状 が 加わ
っ て く る 。検 査 所 見 で は 、髄 液 14- 3- 3 タ ン パ ク 増 加 、脳 波 で は PSD が 認 め ら れ 、特 に
後 頭 部 に 周 期 性 放 電 が 顕 著 な 症 例 も あ る 。 病 理 学 所 見 で は 海 綿 状 変 化 が 認 め ら れ 、 後 頭葉
皮質で顕著である。
2)ブラウエル・オッペンハイマー変異型~失調症状での発症を特徴とする臨床亜型。
後 に 認 知 症 、 ミ オ ク ロ ー ヌ ス そ の 他 の 神 経 症 候 が 加 わ り 、 急 速 に 進 行 す る 。 脳 波 所 見 では
PSD を 認 め る 。病 理 学 所 見 は 海 綿 状 変 化 と 小 脳 顆 粒 細 胞 層 の 選 択 的 な 神 経 細 胞 脱 落 が あ る 。
3)視床型(孤発性敦死性不眠症)~認知症、失調症状、自律神経障害、睡眠障害など
が 認 め ら れ る 。 脳 波 は 徐 波 化 す る が PSD は 認 め ら れ な い 。 病 理 学 所 見 は 視 床 お よ び 下 オ
リ ー ブ 核 の 高 度 の 変 性 。 大 脳 皮 質 に は 比 較 的 軽 度 の 海 綿 状 変 化 。 視 床 変 性 症 と し て 報 告さ
れ て き た 疾 患 で あ る 。 FFI( 後 述 ) と の 類 似 性 が 指 摘 さ れ て い る 。
4)筋萎縮型~筋萎縮を顕著な特徴とする類型。稀である。
2.3.1.3
プリオン・タンパク遺伝子多型と臨床像
PrP 遺 伝 子 は 20 番 染 色 体 短 腕 に 存 在 し 、 種 々 の 多 型 が 存 在 す る 。 孤 発 性 CJD の 臨 床 ・
病 理 像 は こ の PrP 遺 伝 子 多 型 に よ っ て 異 な る こ と が 明 ら か に さ れ て い る 。 PrP 遺 伝 子 の
129 番 目 の ア ミ ノ 酸 ( コ ド ン 129) が メ チ オ ニ ン ( M) で あ る か バ リ ン ( Ⅴ ) で あ る か に
よ っ て 、 MM、 MV、 Ⅴ Ⅴ の 3 種 類 の 多 型 が あ る ( 日 本 人 は 90%以 上 の 個 人 が MM 型 で あ
る ) 。 一 方 、 脳 に 沈 着 す る プ ロ テ ア ー ゼ 抵 抗 性 PrP Sc の ウ ェ ス タ ン プ ロ ッ ト 解 析 結 果 か ら
二 つ の タ イ プ の バ ン ド ・ パ タ ー ン が あ る こ と が 明 か に さ れ た 。 タ イ プ 1 は 分 子 量 21KD、
タ イ プ 2 は 分 子 量 19KD で あ る 。 孤 発 性 CJD の 臨 床 ・ 病 理 像 は こ の バ ン ド の パ タ ー ン に
も 関 連 し て い る 。そ こ で こ の 遺 伝 子 多 型 と バ ン ド・パ タ ー ン の 組 み 合 わ せ に よ る 分 類( MMl
型 / MM2 型 / MVl 型 / MV2 型 / VVl 型 / VV2 型 )が 提 唱 さ れ て い る( 表 1 7 - 3 )。そ
れ に よ る と 、 孤 発 性 CJD 古 典 型 は MMl 型 に 属 し 、 様 々 な 変 異 型 は MMl 型 以 外 の タ イ プ
に 含 ま れ て い る 。 臨 床 亜 型 の 中 の 視 床 型 は MM2 型 に 属 す る 。
17-23
第17章
表17-3
遺 伝 子 多 型 に よ る 孤 発 型 ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 ( CJD)
の類型
MM1 型 : CJD 古 典 型 の 臨 床 ( 急 速 な 進 行 。 認 知 症 、 ミ オ ク ロ ー ヌ ス 、 視 覚 異 常 、 失 調 な
ど の 症 状 。 PSD お よ び 髄 液 14-3-3 タ ン パ ク 陽 性 な ど ) お よ び 病 理 学 所 見 ( 大 脳
皮 質 、小 脳 皮 質 、基 底 核 、視 床 な ど に 海 綿 状 変 化 。シ ナ プ ス 型 の PrP 沈 着 )。ハ
イ デ ン ハ イ ム 変 異 型 は MMl 型 に 含 ま れ る 。
MM2 型 :
1) 皮 質 型 : 認 知 症 で 発 症 し 比 較 的 長 い 経 過 。 PSD( - ) 、 髄 液 14-3-3 タ ン パ ク 陽 性 。
大脳皮質、基底核、視床の海綿状変化および粗大なパターンのシナプス型沈着。
2)視 床 型( 孤 発 性 致 死 性 不 眠 症 、FFI):不 眠 、自 律 神 経 障 害 ほ か 。視 床 、オ リ ー ブ 核
病変。
MV1 型 : 急 速 な 進 行 、 認 知 症 、 ミ オ ク ロ ー ヌ ス 。 PSD お よ び 髄 液 14-3-3 タ ン パ ク 陽 性 。
大脳皮質および小脳病変。
MV2 型 : 失 調 、 認 知 症 な ど 。 比 較 的 長 い 経 過 の 例 が 含 ま れ る 。 PSD( - ) 、 髄 液 14-3-3
タンパクは一部の例でのみ陽性。辺緑系、基底核、視床、脳幹、小脳に海綿状変
化 お よ び 小 脳 に ク ー ル 一 斑 。 プ ラ ー ク 型 お よ び シ ナ プ ス 型 の PrP 沈 着 。
VV1 型 : 認 知 症 で 発 症 し 比 較 的 長 い 経 過 。 PSD( - ) 、 髄 液 14-3-3 タ ン パ ク 陽 性 。
大 脳 皮 質 、 基 底 核 病 変 ( 海 綿 状 変 化 、 シ ナ プ ス 型 の PrP 沈 着 ) 。
VV2 型 : 失 調 お よ び 認 知 症 。 PSD( - ) 、 髄 液 14-3-3 タ ン パ ク 陽 性 。 小 脳 、 基 底 核 、 視
床、大脳皮質深層病変(海綿状変化。クールー斑はないがシナプス型に加えてプ
ラ ー ク 型 の PrP 沈 着 ) 。 ブ ラ ウ エ ル ・ オ ッ ペ ン ハ イ マ ー 変 異 型 は こ こ に 属 す る 。
2.3.2
伝達性プリオン病
2.3.2.1
医原性クロイツフェルト・ヤコブ病
種 々 の 医 療 行 為 に 起 因 す る CJD が 存 在 す る 。 ① CJD に 感 染 し た 硬 膜 や 角 膜 の 移 植 に 伴
う CJD、 ② ヒ ト 由 来 成 長 ホ ル モ ン の 投 与 に 伴 う CJD、 ③ 汚 染 し た 医 療 器 具 の 使 用 に よ る
CJD、 が あ る 。 臨 床 像 は 孤 発 性 CJD 古 典 型 に 類 似 し 、 急 激 に 進 行 す る 認 知 症 を 主 症 状 と
す る 。 佐 藤 ら に よ れ ば 日 本 に お け る 硬 膜 移 植 に よ る CJD の 特 徴 は 以 下 の ご と く で あ る 。
1 ) ヒ ト 乾 燥 硬 膜 移 植 は 1979~ 1991 年 、 特 に 1983~ 87 年 が 多 い 。
2 )移 植 か ら CJD 発 症 ま で の 期 間( 潜 伏 期 )は 16 カ 月 ~ 17 年 で 、な お 患 者 は 増 加 し て
17-24
第17章
いる。
3 ) 硬 膜 移 植 後 の CJD 患 者 数 は 2002 年 8 月 現 在 で 91 名 で あ る 。
4 ) 発 症 年 齢 は 平 均 53 歳 ( 15 歳 ~ 79 歳 ) で 、 孤 発 性 CJD に 比 し 硬 膜 例 は 若 年 発 症 の
傾向がある。
5)初発症状は歩行不安定など小脳失調で始まる症例がやや多い。
北 本 に よ れ ば 、 硬 膜 移 植 CJD は 次 の 2 群 に 分 け ら れ る 。
1 ) 硬 膜 ・ 古 典 型 CJD~ 孤 発 型 CJD と 同 様 の 症 状 、 経 過 を と る 。 急 速 に 認 知 症 が 進 展
し 、 数 カ 月 の 間 に 無 動 性 無 言 に 陥 り 死 亡 す る 。 脳 波 で は 典 型 的 な PSD が 認 め ら れ る 。 病
理 学 所 見 も 孤 発 性 CJD と 同 一 で 、 全 脳 に 神 経 細 胞 の 脱 落 、 グ リ オ ー シ ス 、 高 度 の 海 綿 状
変化が認められる。プリオン・タンパクの免疫染色では、シナプス型と呼ばれるびまん性の
微細陽性顆粒の沈着が証明されている。
2 )硬 膜・変 異 型 CJD( 緩 徐 進 行 型 )~ 約 10% の 硬 膜 移 植 CJD 患 者 が 該 当 す る 。経 過
は 緩 徐 で あ る 。発 症 1 年 後 で も 簡 単 な 応 答 可 能 で 、無 動 性 無 言 に 至 る ま で の 時 間 経 過 が 孤
発 性 CJD に 比 し て 遅 い 。脳 波 で は PSD が 認 め ら れ な い こ と も 特 徴 的 で あ る 。病 理 学 所 見
は 硬 膜 ・ 古 典 型 CJD に 比 し 軽 度 で 、 病 変 分 布 も 限 局 性 で あ る 。 神 経 細 胞 は 比 較 的 残 存 し
ている。
2.3.2.2
新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病
1996 年 英 国 で 10 歳 代 の 非 常 に 若 い CJD 患 者 が 報 告 さ れ た 。 英 国 に お い て 毎 年 数 千 頭
規 模 で 発 生 す る 牛 海 綿 脳 症 ( BSE: 狂 牛 病 )に 罹 患 し た 牛 の 肉 を 摂 取 し た こ と に よ る と 考
え ら れ 、 種 を 超 え た CJD の 伝 播 と し て 注 目 さ れ た 。 こ の 新 変 異 型 CJD は 英 国 以 外 に も フ
ラ ン ス 、 ア イ ル ラ ン ド 、 カ ナ ダ 、 米 国 な ど で 発 症 し て い る 。 英 国 で の 発 症 数 は 2005 年 末
ま で に 157 例 で あ る 。日 本 で は 1 例 の 発 症 が 報 告 さ れ て い る 。佐 藤 ら に よ れ ば 、そ の 臨 床
像は以下のごとくである。
1 )若 年 者 が 多 い 。100 例 の 新 変 異 型 CJD の 臨 床 経 過 を ま と め た 報 告 で は 、精 神 症 状 の
み で 初 発 し た も の が 63% 、 神 経 症 状 の み 15% 、 精 神 症 状 と 神 経 症 状 を 同 時 に 初 発 し た も
の が 22% で あ る 。 初 発 症 状 は 不 安 、 引 き こ も り 、 不 眠 、 異 常 行 動 、 強 迫 観 念 、 性 格 変 化 、
記 憶 障 害 な ど あ る 。 初 期 に み ら れ る 神 経 症 状 と し て は 痛 み を 伴 う 体 性 感 覚 障 害 、 頭 痛 、発
汗 、 失 神 発 作 な ど で あ る 。 や が て 失 調 性 歩 行 障 害 、 構 音 障 害 、 振 戦 、 ミ オ ク ロ ー ヌ ス や舞
17-25
第17章
踏病様の不随意運動、眼球上方視障害などの症状もみられるようになる。
2 ) 孤 発 性 CJD と 異 な り 6 カ 月 以 上 精 神 症 状 の み で 経 過 す る 比 較 的 緩 徐 な 経 過 を 示 す
症 例 が 多 い 。精 神 疾 患 と み な さ れ 易 く 、初 期 に は 新 変 異 型 CJD の 診 断 は 困 難 な 事 が 多 い 。
3 ) 脳 波 で は PSD が み ら れ な い 。
4 )髄 液 の 13-4-4 は 50% に 陽 性 、タ ウ タ ン パ ク と 両 者 を 測 定 す る こ と に よ り 90% の 陽
性率である。
5)病理学所見ではプリオン・タンパクの免疫染色で全脳に「花弁状プラーク」が無数に
認 め ら れ る 。 花 弁 状 プ ラ ー ク は PrP Sc の 斑 状 沈 着 の 周 囲 を 海 綿 状 態 を 形 成 す る 空 胞 が 取 り
囲 ん で 花 弁 状 を な す 像 で あ る ( 図 1 7 - 1 0 ) 。 さ ら に 神 経 細 胞 の 胞 体 や 樹 状 突 起 の 起始
部には、密にプリオン・タンパク陽性顆粒が染色されている。また血管の周囲にも点々とプ
リ オ ン ・ タ ン パ ク 陽 性 顆 粒 が 存 在 す る 。 後 述 す る よ う に 、 新 変 異 型 CJD は MRI で 視 床 枕 に
強 い 信 号 異 常 を 呈 す る 。 こ の 所 見 に 対 応 し て 、 視 床 枕 で は 神 経 細 胞 脱 落 と ア ス ト ロ サ イト
の増加が著明である。
6)羅患脳のウエスタン・プロットによるプリオン・タンパクパターンは2型(上述)を
示す。
図17-10
新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に見られる花弁状プラーク
右はヘマトキシン・エオジン染色、左はプリオン・タンパク抗原に対する免疫反応
2.3.2.3
クールー
パプアニューギニアのフォア族でみられた疾患。宗教上の儀式で死者の脳を食べる風習
が あ り ヒ ト か ら ヒ ト へ と 伝 播 し た 。 小 脳 失 調 、 振 戦 、 な ど の 不 随 意 運 動 や 情 動 変 化 が 認め
17-26
第17章
ら れ る 。 認 知 症 は 末 期 ま で 目 立 た な い 。 小 脳 変 性 を 主 病 変 と し 、 殆 ど の 症 例 で 小 脳 皮 質顆
粒 層 を 中 心 に 「 ク ー ル ー 斑 」 が 認 め ら れ る 。 こ れ は 放 射 状 に 配 列 す る ア ミ ロ イ ド 線 維 塊か
らなり、周辺部は突起の変性を伴わない。
2.3.3
家族性プリオン病
ヒ ト PrP 遺 伝 子 に は 多 数 の 変 異 が 知 ら れ て お り( 図 1 7 - 1 2 、下 段 )、遺 伝 性 プ リ オ
ン 病 と 関 係 し て い る 。変 異 の 種 類 お よ び コ ド ン 129 と 219 の 多 型 に よ っ て 多 彩 な 臨 床 像 と
病 理 学 所 見 を 呈 す る 。通 常 は 体 染 色 体 優 性 遺 伝 を 示 す が 、浸 透 率 が 低 い( CJD 患 者 の 子 が
発 症 す る 割 合 が 低 い ) た め 、 孤 発 性 CJD と 診 断 さ れ る こ と も あ る 。
1 )家 族 性 ク ロ イ ツ フ ェ ル ト・ヤ コ ブ 病( CJD)~ PrP 遺 伝 子 変 異 に よ る CJD。臨 床 像 、
病 理 学 所 見 は 孤 発 性 CJD と 同 じ で あ る 。
2 ) ゲ ル ス ト マ ン ・ シ ュ ト ロ イ ス ラ ー ・ シ ェ イ ン カ ー 病 ( GSS) ~ 小 脳 失 調 と 認 知 症 で
発 症 し 、 大 脳 皮 質 と 小 脳 皮 質 を 中 心 に PrP ア ミ ロ イ ド 斑 を 有 す る 。 多 数 の PrP 遺 伝 子 変
異 が 報 告 さ れ て い る 。変 異 に よ っ て は 大 脳 皮 質 、大 脳 基 底 核 、脳 幹 に NFT が 認 め ら れ る 。
孤 発 性 CJD と 同 様 の 臨 床 像 を 呈 す る 。
3 ) 致 死 性 家 族 性 不 眠 症 ( FFI) ~ 著 し い 不 眠 、 進 行 性 認 知 症 、 自 律 神 経 興 奮 症 状 、 ミ
オ ク ロ ー ヌ ス を 呈 す る 。 関 連 す る PrP 遺 伝 子 変 異 は D178N で あ る 。 病 理 学 所 見 は 軽 度 で
あ る 。 肉 眼 的 に は 脳 に 殆 ど 異 常 は 認 め ら れ な い 。 び ま ん 性 に 軽 度 の 萎 縮 が 認 め ら れ る 程度
で あ る 。 視 床 前 腹 側 核 、 背 内 側 核 に 限 定 さ れ た 神 経 細 胞 脱 落 、 グ リ ア 増 殖 が 認 め ら れ る。
プリオン抗原に対する反応は皮質下諸核、脳幹、小脳、下オリーブ核で陽性である。
2.4.画像解析所見
2.4.1
孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病
横 山 と 長 田 に よ れ ば 、 孤 発 性 CJD の 画 像 解 析 所 見 は 以 下 の ご と く で あ る 。
CTや MRIで は 、初 期 は 異 常 所 見 に 乏 し い が 、中 期 以 降 は 脳 萎 縮 が 急 速 に 進 行 す る( 図 1
7 - 1 1 )。MRIの T l 強 調 画 象( T I WI)、T 2 強 調 画 像( T 2 WI)の ほ か に 、フ レ ア( FLAIR)
画 像 12 、 プ ロ ト ン 強 調 画 像 ( Pwd) 、 拡 散 強 調 画 像 ( DWI) の 撮 像 で 初 期 変 化 が 検 出 さ れ
自 由 水 ( 細 胞 内 を 自 由 に 移 動 す る 水 分 ) の 信 号 を 抑 制 す る MRI の 撮 像 方 法 。 T 2 強 調 画
像で脳脊髄液が(通常と逆に)低信号となり、脳溝や脳室に接する病変の診断に有用であ
る。
12
17-27
第17章
や す い 。比 較 的 病 初 期 か ら MRI、T 2 WI、Pwdや FLAIRで 基 底 核 に 軽 度 か ら 中 等 度 の 高 信 号
域 を 認 め 、 末 期 に は T 2 WIで 両 側 視 床 、 基 底 核 の 低 信 号 域 を 認 め る 。 T 2 WIや FLAIRで 灰 白
質 の 限 局 性 高 言 号 域 や 、深 部 白 質 に 多 発 性 、び ま ん 性 の 高 信 号 域 を 認 め る こ と も あ る 。DWI
で は 、 比 較 的 病 初 期 に 両 側 の 基 底 核 、 視 床 や 大 脳 皮 質 で 高 信 号 域 を 認 め 、 経 時 的 に 病 変部
位 や 範 囲 が 変 化 す る こ と も あ る 。コ ド ン 180 変 異 の CJDで は 、経 時 的 に 側 頭・前 頭・頭 頂
葉 皮 質 の T 2 高 信 号 域 の 拡 大 を 認 め 、後 頭 葉 皮 質 、小 脳 、視 床 、海 馬 傍 回 は 比 較 的 保 た れ る 。
SPECT で は 発 症 初 期 か ら 前 頭 葉 、 頭 頂 葉 、 後 頭 葉 の 局 所 性 の 不 均 一 な 脳 血 流 分 布 の 低
下 を 認 め 、 末 期 に は 皮 質 全 般 に 高 度 の 脳 血 流 低 下 を 認 め る が 、 視 床 、 基 底 核 、 小 脳 半 球や
脳幹部は比較的保たれる(図17-11)。
PET で は 、発 症 初 期 か ら 皮 質 領 野 の 不 均 一 な 著 し い 糖 代 謝 の 低 下 を 認 め る 。後 頭 葉 、運
動 領 野 皮 質 は 比 較 的 保 た れ る 。末 期 に は 糖 代 謝 は 大 脳 皮 質 全 域 で 著 明 に 低 下 す る が 、視 床 、
基底核、小脳半球、基底核や脳幹は比較的保たれる(図17-11)。
図17-11
クロイツフェルト・ヤコブ病の画像解析所見
全 経 過 1 年 9 ヶ 月 の 55 歳 女 性 例 、 a.発 症 1.5 ヶ 月 、 b . 発 症 7 ヶ 月
c.発症 1 年4ヶ月
2.4.2
新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病
17-28
第17章
MRI で は T 2 強 調 画 像 や フ レ ア 画 像 で 視 床 枕 に 強 い 高 信 号 域 が み ら れ る 。 90% に 陽 性 で
診 断 的 価 値 が 高 い 。 孤 発 性 CJD で は 尾 状 核 や 被 殻 が 高 信 号 を 呈 す る こ と か ら 、 鑑 別 診 断
上重要な所見である。
2.5
発症機序
2.5.1
プリオン・タンパク
前 述 の ご と く PrP 遺 伝 子 は ヒ ト 20 番 染 色 体 の 短 腕 ( 20p) に 存 在 す る 。 そ の 構 造 は 図
17-12に示すごとくである。正常なプリオン・タンパクの機能については不明の点が多
い 。 PrP 遺 伝 子 ノ ッ ク ア ウ ト マ ウ ス は 出 生 直 後 は 正 常 に 発 育 す る が 、 発 育 す る に つ れ 運 動
失 調 や 、潜 在 学 習 能 力 、長 期 記 憶 形 成 の 低 下 が 認 め ら れ る 。従 っ て 、正 常 PrP 遺 伝 子 は 神
経 細 胞 の 発 育 と 機 能 維 持 に 何 ら か の 役 割 を 果 た し て い る と 考 え ら れ る 。ヒ ト PrP 遺 伝 子 に
は い く つ も の 多 型 が あ る 。 そ の う ち ア ミ ノ 酸 置 換 を 起 こ す も の は 、 図 に 示 す よ う に 、 1レ
ピ ー ト 欠 失( 8 ア ミ ノ 酸 )、コ ド ン 129 の メ チ オ ニ ン / バ リ ン 多 型 、E219K 多 型 で あ る 。
図17-12
プリオン・タンパク遺伝子。上段は正常多型、下段は変異を示す
17-29
第17章
図17-13
プリオン・タンパク構造変換過程に関する村本の仮説
Activation state: 活 性 化 状 態 、 wild type: 野 生 型
spontaneous conversion: 自 発 転 換
2.5.2
プリオン・タンパク変異
プ ル ス ナ ー の プ リ オ ン 仮 説 で は 、プ リ オ ン 病 は 正 常 な プ リ オ ン・タ ン パ ク( PrP C )が プ
ロ テ ア ー ゼ 抵 抗 性 の 異 常 プ リ オ ン・タ ン パ ク( PrP Sc )に 構 造 変 化 す る こ と に よ っ て 発 症 す
る。村本の総説によれば、現在その発症機序は以下のごとく考えられている。
ヒ ト の プ リ オ ン 病 の う ち 、 孤 発 性 CJD や プ リ オ ン ・ タ ン パ ク 遺 伝 子 の 変 異 に 伴 っ て 生
じ る 遺 伝 性 プ リ オ ン 病( 家 族 性 CJD、GSS、FFI を 含 む )は プ リ オ ン の 体 外 か ら の 侵 入 が
関 与 せ ず に 自 然 発 生 す る 病 型 で あ る 。 こ れ ら の 病 型 の 大 部 分 ( 家 族 性 CJD と FFI の 症 例
す べ て 、 102 番 ア ミ ノ 酸 の プ ロ リ ン か ら ロ イ シ ン へ の 置 換 に 伴 う GSS 症 例 の 一 部 ) で は 、
17-30
第17章
脳 組 織 内 に タ ン パ ク 分 解 酵 素 耐 性 の PrP Sc が 蓄 積 す る 。 PrP Sc の 蓄 積 は 中 枢 神 経 組 織 の 正
常 な 構 成 成 分 で あ る PrP が 既 存 の PrP Sc と 相 互 作 用 し 、 PrP Sc の 力 ( 鋳 型 様 作 用 あ るいは
PrP 構 造 変 換 酵 素 様 作 用 ) を 借 り て 正 常 構 造 を PrP Sc 型 異 常 構 造 へ と 変 化 さ せ る こ と が連
鎖 反 応 的 に 繰 り 返 さ れ て 生 じ る 。 上 述 の 自 然 発 生 す る 病 型 に お い て 、 こ の 連 鎖 反 応 が 始ま
る た め に は 、 個 体 内 の ( お そ ら く は 中 枢 神 経 内 の ) 少 な く と も 一 つ の 細 胞 で PrP Sc が 全 く
新 た に 自 然 発 生 す る 必 要 が あ る 。 こ の 点 に つ い て 村 本 は 図 1 7 ― 1 3 の よ う な 仮 説 を 示し
て い る 。 ウ ィ ル ス 説 に 従 え ば 、 PrP か ら 既 存 の PrP Sc と へ の 転 換 は ウ ィ ル ス に よ っ て 生じ
ることになる。
一 方 、 プ リ オ ン 汚 染 し た ヒ ト 成 長 ホ ル モ ン 製 剤 投 与 や ヒ ト 乾 燥 硬 膜 移 植 な ど に よ っ て生
じ る CJD、あ る い は 狂 牛 病 プ リ オ ン に 汚 染 し た 食 物・食 品 の 摂 取 で 生 じ た と 考 え ら れ る 変
異 型 CJD は PrP Sc が 体 外 か ら 侵 入 し て 起 き る 病 型( 感 染 型 プ リ オ ン 病 )で あ り 、中 枢 神 経
に 侵 入 し た PrP Sc が 上 述 の 連 鎖 反 応 を 開 始 さ せ る と 考 え ら れ る 。
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