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レアル相場を読む3つの論点

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レアル相場を読む3つの論点
みずほインサイト
米 州
2015 年 4 月 24 日
レアル相場を読む3つの論点
欧米調査部上席主任エコノミスト
「双子の赤字」問題と通貨安に対する耐性
03-3591-1310
西川珠子
[email protected]
○ レアル相場は不安定に推移している。本稿では、レアル相場を読むうえで重要なブラジル固有の3
つの論点、財政・経常収支の赤字(双子の赤字)問題と通貨安に対する耐性について整理する。
○ 政府の財政緊縮姿勢が堅持されれば、格下げ懸念によるレアル安圧力は後退すると予想される。一
方で、経常赤字縮小のためには実効レートベースでの秩序だったレアル安を容認する必要がある。
○ 対外負債の自国通貨建て比率が高まるなど、通貨安に対する耐性は強化されている。ただし、債務
指標やマネーフローの変調を注視する必要がある。
1.通貨危機以来の水準に下落後、値を戻すレアル/ドル相場
ブラジルの通貨レアルが不安定に推移している。レアル/ドル相場は、2015 年 3 月中旬に 2000 年代
初頭の通貨危機局面以来、約 12 年ぶりの安値(3 月 19 日 3.29 レアル/ドル)に下落した。その後、
ブラジル政府・議会による財政緊縮へのコミットメントの表明や米利上げ観測の後退などを受け、値
を戻す展開にある(図表1、右図)。
レアル安の背景には、米利上げ観測や資源価格下落による新興国通貨売り圧力に加え、財政収支・
経常収支の赤字(双子の赤字)を抱え、通貨安に対する耐性が疑問視されやすいというブラジル固有
図表 1 為替相場の推移
(レアル/ドル)
1.0
<レアル/ドルと実効レート(月次)>
(2010=100)
120
レアル高
1.5
100
2.0
80
2.5
60
<レアル/ドル(日次)>
(レアル/ドル)
1.5
2.0
3.0
40
レアル安
3.5
2.5
レアル/ドル(逆目盛)
実質実効(BIS、右目盛)
名目実効(BIS、右目盛)
3.0
20
4.0
992000
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
1999
0
(年)
3/19
3.29
3.5
13
2013
14
(注)1.名目実効レートは、主要貿易相手との為替レートを、輸出ウェートを用いて加重平均し指数化したもの。
実質実効レートは、さらに消費者物価による調整を加味したもの。
2.ブラジルは1999年から変動相場制に移行。
(資料)ブラジル中央銀行、国際決済銀行(BIS)、Bloomberg
1
15(年)
の問題がある。以下では、レアル相場の今後を読むうえで重要なブラジル固有の 3 つの論点、すなわ
ち①財政黒字目標の実現性と国債格下げリスク、②経常赤字縮小の必要性、③通貨安に対するブラジ
ルの耐性について整理する。
なお、レアル相場は貿易量やインフレ率などを加味した実効レート1ベースでは、対ドルほど大幅に
は下落していない(図表 1、左図)。為替変動による貿易・物価面での経済への影響は、対ドルでみる
ほどには大きくない点に留意しておく必要がある。
2.論点①:財政黒字目標の実現性と国債格下げリスク
第一の論点は、基礎的財政収支(利払い費等を除く財政収支)の黒字目標の実現性と国債格下げリ
スクである。ブラジルでは、基礎的財政収支が赤字に転落し(2014 年 GDP 比▲0.6%、目標は 1.9%の
黒字)、政府の債務残高も急増するなど急速に財政状況が悪化している(図表2)。このため、2015 年
も財政黒字目標を達成できず、2008 年以降維持してきた投資適格級の格付けを失うのではないかとの
懸念が、レアル安の一因となってきた。
以下では、
(1)財政緊縮策とルセフ政権の指導力、
(2)財政黒字目標を左右する景気の先行き、
(3)
国営石油会社ペトロブラス問題が財政に悪影響を及ぼす懸念、(4)格付け機関の評価を整理する。財
政黒字目標が未達となる可能性はあるが、政府の財政緊縮姿勢が揺らがなければ、投機的水準への格
下げは回避され、レアル安圧力は後退すると考えられる。
(1)財政緊縮策とルセフ政権の指導力
ルセフ政権は二期目に入り、矢継ぎ早に財政緊縮策を打ち出している。難航してきた議会での審議
も、4 月に入りやや前進する兆しを見せている。
ルセフ政権二期目に登板したレビ財務相は財政規律重視派として知られ、基礎的財政収支の黒字目
標達成(GDP 比:2015 年 1.2%、2016 年 2.0%)に向けて、GDP 比 1.3%前後におよぶ歳出削減・歳入
増加措置を発表している。財政緊縮策の実現性に対する懐疑論が広まり、レアル安圧力が強まった際
には、ルセフ大統領が「財政収支目標達成のためには何でもする」と表明し(3 月 31 日)、追加的な
緊縮策として企業の金融関連収入に対する
図表 2 基礎的財政収支
増税(議会承認不要、7 月 1 日より実施)を
(GDP比、%)
6
発表した(図表3)。
ある。財政緊縮策のうち、議会での審議が不
要な大統領令による措置はすでに実施に移
されている。一方、議会承認が必要な措置、
すなわち、①労働関連の社会保障支出の削減
(失業保険関連および年金関連)と、②給与
た2。議会による承認が得られていない措置
64
4
62
3
60
2
58
1
56
0
54
▲1
2008
08
09
10
11
12
(注)データは 12 カ月累計、GDP 比。
(資料)ブラジル中央銀行
2
(GDP比、%)
66
政府債務残高(右目盛)
5
難航していた議会審議にも好転の兆しが
税の軽減措置縮小、の議会審議は難航してき
プライマリー収支
13
14
52
15 (年)
(GDP 比 0.4%)は、大統領令によって実施済みの措置(同 0.9%)より規模としては小さいものの、
財政黒字目標の実現性を左右する要因として注目を集めている。
政府の財政緊縮策に対する議会の反発は、4 月に入り和らぐ兆しがみられる。ルセフ大統領が議会
との調整役に任命したテメル副大統領3は、政府提案の財政緊縮策を議会が支持し、減税や歳出増につ
ながる措置を回避することへの確約を議会指導部から取り付けた(4 月 8 日)。政府提案から若干の修
正の可能性はあるが、緊縮策成立の見通しは改善している。政府・議会が財政緊縮策へのコミットメ
ントを明示したことは、レアル/ドル相場の反発につながった。
財政緊縮策の実現に当たっては、ルセフ政権が指導力を維持することが不可欠である。ルセフ政権
の支持基盤は盤石とは程遠いが、選挙がなく与党としての地位は揺らがないため、緊縮姿勢は堅持さ
れるとみられる。
ブラジル国内では、主要都市で反政府デモが発生している。警察当局の推計によると 3 月 15 日に発
生した反政府デモの参加人数は 170 万人程度に達したとされ、1984 年の民主化運動以降で最大規模と
なった模様だ。参加者は、汚職撲滅やインフレ高騰への政府の対応を要請した。
ルセフ大統領は、汚職疑惑に揺れる国営石油会社ペトロブラスの経営に関与しており、捜査対象に
こそなっていないものの、世論の批判が高まっている。大統領に対する肯定的な評価(非常に良い・
良い)は、2014 年 12 月の 42%から 2015 年 4 月には 13%と就任後最低水準に低下した。逆に否定的
な評価(非常に悪い・悪い)は 60%に達し、汚職疑惑で 1992 年に罷免されたコロール大統領以来の
高水準に達している(2015 年 4 月 9-10 日の Datafolha 調査)
。
もっとも、ルセフ政権の存続自体が危ういわけではない。ブラジルは大統領制であり、次の大統領・
議会選挙(任期:上院 8 年、下院 4 年)が実施される 2018 年まで、選挙によって政権・議会構成
図表 3 財政緊縮策の概要
概要
GDP比%
基礎的財政収支の黒字目標(2015年)
1.2
歳出の抑制策
0.8
社会保障給付(失業保険、寡婦年金、賞与の受給要件等)の見直しによる歳出削減
0.3
電力エネルギー開発会計補助金(CDE)の削減
0.2
裁量的支出の上限設定(2015/1~4月)
0.3
歳入の増加策
0.5
燃料税引き上げ:社会統合基金(PIS)・保険融資納付金(Confis)税率引き上げ+特定財源負担金(CIDE)再導入(ガソリ
ン0.22レアル/ℓ、ディーゼル0.15レアル/ℓ)
0.2
自動車に関する工業品税(IPI)減税措置の終了(税率3~9%→7~13%)
0.1
消費者向け銀行貸出にかかる金融取引税(IOF)税率引き上げ(1.5%→3.0%)
0.1
化粧品の卸売に対する工業品税(IPI)課税
0.01
輸出企業向け減税(Reintegra)の見直し
0.04
企業の金融関連収入に対する増税(2015/7より実施)
0.05
給与税の減免措置縮小
0.1
輸入品に対する売上税増税(PIS/Confins税率9.25%→11.75%)
所得税区分の見直し(実質減税)
0.01
▲ 0.1
財政緊縮措置合計
1.3
うち、議会による承認が必要な措置
0.4
(注)網掛け部分は、議会による承認が必要な措置。
(資料)各種報道等よりみずほ総合研究所作成
3
が大きく変わることはない。世論調査では国民の 6 割超が大統領の罷免を求めているとされるが、
連立与党が過半数を占めており、罷免の可能性は低いとみられる(大統領の罷免には上下両院の
2/3 の賛成が必要)
。大規模な反政府デモも、平和裏に実施されており、クーデター等による政権
交代の可能性は考えにくい。支持率が 10%台へと急落するなかでも、与党の立場は揺らがないこ
とは、ルセフ政権が財政緊縮を進める姿勢を堅持する一因となっていると考えられる。
(2)財政黒字目標達成を左右する景気の先行き
財政緊縮策の実現性と同様に、財政黒字目標の達成を左右するのが景気の先行きだ。景気低迷が長
引き、歳入が下振れすれば、目標達成は危うくなる。増税や歳出削減などの緊縮策をさらに上積みす
る必要に迫られれば、それが景気を下押しする負のスパイラルに陥る。
ブラジル景気は依然として低迷している。実質 GDP 成長率は、2014 年 10-12 月期も前年比▲0.2%と
2009 年以来の 3 四半期連続マイナスとなった(図表4)。10-12 月期は個人消費の伸び率がやや上向き
マイナス幅が縮小しているが、雇用・所得環境の改善が見込めず、増税等で家計の実質購買力が低下
するなか、個人消費の回復の勢いが強まっていく状況にはない。総固定資本形成は、3 四半期連続マ
イナスとなっており、ペトロブラスやヴァーレなど資源関連企業の投資抑制により、今後も低迷が続
くと予想される。ブラジル中銀が取りまとめている実質 GDP 成長率予想は、下方修正が続いている(4
月 17 日時点:2015 年▲1.0%)。
ブラジル政府は、2015 年予算の前提となる成長率について、▲0.9%とコンセンサス予想に沿った現
実的な想定を置いたうえで、1.2%の黒字目標を掲げている。政府の財政緊縮姿勢が堅持されるのであ
れば、最終的に財政黒字目標を達成できるか否かは景気に依存する部分が大きい。成長率の下振れが、
財政黒字目標未達の最大のリスクになりうる点に留意しておく必要がある。
(3)ペトロブラス問題が財政に悪影響を及ぼす懸念は後退
政府による金融支援などを通じて、ペトロブラス問題が財政に悪影響を及ぼす懸念は、3 月下旬以降、
後退しつつある。
図表 4 実質 GDP 成長率(実績)
政界を揺るがしているペトロブラス問題は、
(前年比、寄与度%)
財政の先行きを占ううえでも不透明要因と
14
なってきた。ペトロブラスは、経営幹部の汚
12
個人消費
政府消費
総固定資本形成
純輸出
在庫等
実質GDP
10
職疑惑(贈収賄、資金洗浄等)に絡む資産の
8
評価損の計上方法が定まらず、2014 年 7~9
6
月期以降の監査済み決算発表ができない状
4
2
況が続いてきた。債務契約で定めた期限内に
0
同社が監査済の決算を発表できず、決算報告
▲2
義務の期間延長に債権者が同意しない場合
▲4
▲6
には、早期返済請求が行われるおそれがあっ
08
2008
09
10
11
た。ブラジル最大の企業である同社の負債総
額は 1,397 億ドル(2014 年 6 月末)と GDP 比
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
4
12
13
14
(年)
約 6%の規模に達している。早期返済請求が行われ、政府による金融支援が必要になるような事態に
陥れば、財政負担が発生しかねないとの懸念があった。
財政への悪影響に対する懸念に加え、ペトロブラス問題は深海油田開発の遅れによる成長期待の低
下等を通じてレアル安要因となってきたが、3 月下旬以降、事態は好転する兆しをみせている。まず、
中国開発銀行がペトロブラスへの 35 億ドルの融資を決定(4 月1日)したことが、資金調達に対する
不安の後退につながった4。また、ペトロブラスが 4 月 22 日に監査済の 2014 年度決算を発表したこ
とで、早期返済請求による政府の金融支援の可能性は低下したと考えられる。原油安により厳しい経
営環境は続くものの、ペトロブラス問題がレアル相場を下押しする圧力はひとまず後退しつつある。
(4)格付け機関の評価
ブラジルの財政状況の悪化を受けて、主要格付け機関は、国債格付けの見直しに動いてきた。2015
年 4 月時点での外貨建て長期債格付けは、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が投資適格級で最
低水準の BBB-(見通しは Stable(安定的))、下から二番目の格付けを付与しているムーディーズ(Baa2)
およびフィッチ(BBB)も、見通しは Negative(弱含み、格下げ方向)としている5。
こうしたなかで、最も低い格付けを付与している S&P が、格付け見通しを引き下げるのではないか
と懸念が強まっていたが、S&P は現状を維持すると発表し(3 月 24 日)、レアル反発の一因となってい
る。S&P は、2014 年 3 月に格下げを実施した時点でブラジル経済の混迷は織り込み済である一方、第
二期ルセフ政権の経済政策転換は想定以上だったと評価している。ペトロブラスの汚職疑惑が政治家
の捜査に及んでいることについても、連邦検察官の憲法上の独立性を含めブラジルの制度的枠組みの
頑健さを示すものであると指摘している。
カギを握るのは、ルセフ政権の政策運営だ。S&P は、格付け見通しを維持するにあたって、政策面
での調整が徐々に進展してルセフ政権・議会への支持が高まり、政策に対する信任が回復することを
前提としている。逆に、政策へのコミットメントや現在取り組んでいる様々な調整が後退し、対外・
財政関連の指標が悪化することがあれば、格下げ方向で見直す可能性を指摘している。また、フィッ
チは見通しを Negative に引き下げた(4 月 9 日)理由として、政府は信任回復に向けた取り組みに着
手したものの、「効力や持続性に関するダウンサイドリスクは残る」と指摘している。
これまでのところ、ルセフ政権は、レビ財務相に政策立案の権限を付与し、テメル副大統領に議会
調整を委ねる形で、財政緊縮策を推進していると評価できる。レビ財務相は、
「格下げを回避するため
にあらゆる措置を取る」と繰り返し言明しており、政府の財政緊縮姿勢は堅持されると予想される。
景気の下振れに伴う歳入不足等で財政黒字目標を達成できない可能性はあるが、政府のスタンスが揺
らがない限り、投機的水準への格下げは回避され、格下げ懸念によるレアル安圧力は後退すると考え
られる。
3.論点②:経常赤字縮小の必要性
第二の論点は、レアル安による経常赤字縮小の必要性だ。ブラジル政府は、レアル暴落を回避すべ
く為替介入プログラムを実施してきたが、ルセフ大統領はレアル相場の変動を市場に委ねる意向を表
5
明、ブラジル中銀は通貨スワップ入札を終了した(3 月 31 日)。当局のスタンス変化の背景には、レ
アル安による経常赤字縮小を促す必要性の高まりがあると考えられる。
(1)ブラジル中銀は通貨スワップ入札を終了
ブラジル中銀は、通貨スワップ入札を 3 月末で終了した。これまで中銀は、2013 年 8 月に導入した
先物市場での通貨スワップ入札とスポット市場でのレポ取引(買い戻し条件付取引)による為替介入
プログラムを、3 度にわたり延長してきた(図表5)。ところが、プログラムの期限だった 3 月末を控
えて、中銀は満期を迎えた契約のロールオーバーの規模をほぼ 100%から 8 割程度に縮減した。この
ため、プログラムが延長されず、当局はレアル安を容認するとの見方が広がり、3 月上旬のレアル急
落の一因となっていた。実際に通貨スワップ入札を終了した際、中銀は 2015 年 5 月 1 日以降に満期が
到来する契約についてはロールオーバーするとともに、スポット市場でのレポ取引は流動性次第で継
続する方針を表明している。
通貨スワップ入札を終了した要因としては、米国の利上げ時期が先送りされるとの観測や、S&P に
よる格付け・見通しの維持等により、レアル安圧力が和らぐなどの市場環境の変化が指摘されている。
トンビニ中銀総裁は、
「通貨スワップ入札は金融・経済の安定化と為替市場のボラティリティ低減に貢
献し、当局の目的は達成された」とコメントしている。
介入姿勢が変化した背景には、こうした市場環境の変化とは別に、通貨安による経常赤字縮小を促
す必要性が高まっていることがあると考えられる。ブラジルの為替介入についてIMFは、「大規模で突
然の資本フローやヘッジ需要の変化に起因する為替の過度の変動を回避することを目的とした介入は
適切だが、ファンダメンタルズの変化を反映した通貨(安)の圧力に対抗することに用いられるべき
でない」としている(IMF(2014))6。経常赤字の急拡大により、為替介入でレアル安圧力をコントロ
ールする局面は限界に達していると考えられる。
(2)経常赤字縮小の必要性
ブラジルの経常収支は急速に悪化している。2014 年の貿易収支は 2000 年以来の赤字転落となり、
経常赤字も対 GDP 比▲4.4%に急拡大、2015
図表 5 為替介入プログラムの変遷
年入り後も高水準で推移している(図表6)7。
ブラジル中銀は、経常赤字と対内直接投資の
年
2013年
月日
8月23日
内容
総額600億ドル規模(8/23~12/31)
差 額 を 「 外 部 調 達 の 必 要 性 ( External
先物市場でのスワップ入札(月~木曜日:5億ドル/日)
financing requirement)
」として公表してい
スポット市場でのレポ取引(金曜日:10億ドル/日)
12月18日
るが、経常赤字をファイナンスするための対
内直接投資による資金流入は 2015 年 3 月時
2014年
点で対 GDP 比 0.57%相当分、不足している状
況となっている(経常赤字 12 カ月累計対 GDP
6月6日
2014/12末まで延長
12月30日
2015/3末まで延長
3月24日
2015/3末でスワップ入札終了
スワップ入札額 1億ドル/日に減額
2015年
満期到来分のロールオーバーは継続(5/1~)
比▲4.54%、対内直接投資同 3.97%)。
ブラジルは、リーマンショック以降、一次
8
産品への輸出依存度を高めてきおり 、資源
少なくとも2014/6末まで延長
スワップ入札額 2億ドル/日に減額
レポ取引は流動性に応じて継続
(注)日付は発表日。
(資料)ブラジル中央銀行、各種報道よりみずほ総合研究所作成
6
価格の下落により交易条件(輸出物価/輸入物価)が悪化している。実効レートベースでの「秩序だっ
たレアル安」によって輸出競争力を回復し、経常赤字の縮小を促す必要性は、従来以上に高まってい
ると考えられる。また、緊縮財政下で輸出産業を支える施策のオプションがほかにないことが、レア
ル安を容認する圧力につながっている側面もあるだろう。
輸出産業の収益力を測るには、交易条件と実質実効レートの比率(=交易条件/実質実効レート)を
見るのが適しているとされる(経済産業省(2012))。図表7は、ブラジルの交易条件(輸出デフレータ
ー/輸入デフレーターより作成、レアルベース)と実質実効レート(BIS 統計)から、輸出産業の収益
力指数を算出したものである。2002~03 年の通貨危機局面では、交易条件が横ばい圏の一方で、実質
実効レートが急落したために、輸出産業の収益力が大幅に改善し、経常収支は黒字転換した。2011 年
以降は、交易条件の悪化が続く一方で、実質実効レートが下落基調をたどり、輸出産業の収益力は緩
やかに改善する傾向にある。主要輸出産品である原油および鉄鉱石価格が 2014 年にはほぼ半値に急落
するなど資源価格が下落し、交易条件の改善は見込みにくくなっており、輸出産業の収益力を維持す
るためにも、秩序だったレアル安を容認することが必要な状況となっている。
(3)中銀はインフレ圧力の評価で実効レートを重視
ブラジル中銀は、輸入インフレという副作用に対する警戒を続けつつ、実効レートベースでの秩序
だったレアル安を容認し、経常赤字の縮小を促していくものと考えられる。
ブラジルのインフレ率は、財政緊縮策の一環で燃料価格や交通運賃等の政府規制価格が引き上げら
れていることなどにより、中銀が定める目標圏(4.5%±2%)の上限を上回って推移している(拡大
消費者物価指数:2015 年 3 月前年比 8.1%)。経常赤字縮小のためのレアル安容認は、輸入インフレを
通じて、ただでさえ高いインフレ率をさらに押し上げるおそれがある。
図表6 経常収支
2
図表7 輸出産業の収益力
(GDP比、%)
(2006=100)
160
1
140
0
120
▲1
▲2
100
▲3
80
▲4
輸出産業収益力
実質実効レート(BIS)
交易条件
60
▲5
40
2000
▲6
00
2000
02
04
06
08
10
12
14 (年)
02
04
06
08
10
12
14
(年)
(注)1.輸出産業収益力=交易条件/実質実効為替レート。
2.交易条件は、GDP統計の名目・実質輸出入より算出。
レアルベース。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
、国際決済銀行(BIS)
(注)1.数値は12カ月累計対GDP比、%。
2.2014年12月以降はIMF国際収支統計マニュアル第6版、
それ以前は第5版に基づく。
(資料)ブラジル中央銀行
7
中銀も、輸入インフレを加速させうる要因として、レアル安の動きを注視している。ただし、トン
ビニ中銀総裁は、
「対ドルでのレアル安は 2016 年にインフレ目標の中央値(4.5%)達成に課題を投げ
かけるものだが、資源価格の下落やドル以外の通貨の下落(下線は筆者による)
、国内経済活動の減速
により緩和される」と言及し、実効レートでのレアル相場を重視する姿勢を示している。
インフレ率と名目実効レートの推移をみると、2002~03 年の通貨危機局面では、名目実効レートが
前年比▲35%の急落となったこともあり、インフレ率はピーク時 17%台(2003 年 5 月)まで高まった。
足元(2015 年 3 月)では、名目実効レートの下落は▲17%と半分程度にとどまっており、インフレ率
は目標圏を上回っているとはいえ、通貨危機局面ほどの急騰を示しているわけではない(図表8)。
4.論点③:通貨安に対する耐性
第三の論点は、通貨安に対するブラジルの耐性だ。レアル安が進行すると、外貨建ての対外債務の
返済負担が増大することから、デフォルト懸念が強まり、それがさらに通貨安を招くという悪循環が
生じうる。特に中南米諸国については、1980 年代の累積債務危機のトラウマからそうした連想がされ
やすい。ブラジルの通貨安に対する耐性は強化されていると評価されるが、対外債務の返済能力を示
す指標やマネーフローの変調などを注意深く見守る必要がある。
(1)外貨準備の積み増しにより対外純債権国に転換
ブラジルの対外債務(External Debt)は 9 割がドル建てとなっているため、対外債務の返済負担の
観点からは、実効レートより対ドルでのレアル相場が重要であり、レアル/ドル下落は返済負担を増
大させる要因となる。しかし一方で、外貨準備の積み増しにより 2007 年以降ブラジルは対外純債権国
(対外債権>対外債務)に転じており、レアル安によりデフォルト懸念が高まり、それがレアル安を
招く悪循環は生じにくくなっている点は見逃せない。
ブラジルの外貨準備は、2015 年 3 月末時点で 3,627 億ドルに達している。外貨準備は対外債務総額
(3 月時点 3,478 億ドル)を上回り、月間輸
図表 8 名目実効レートとインフレ率
入額の 20 カ月分超、対外短期債務(1 年以内
(前年比、%)
20
に返済期限を迎える長期債務も含む)の 3 倍
(前年比、%)
40
消費者物価上昇率
名目実効レート
18
と、一般的に必要とされる水準(各々3 カ月、
30
16
1 倍以上)を大幅に上回っている9(図表9)。
20
14
ただし、対外債務の返済能力を示す指標の
12
動きには、今後も注意が必要だ。外貨準備は
10
2014 年 8 月ピークの 3,792 億ドルからやや減
8
10
0
▲ 10
6
少する一方、銀行部門を中心に短期債務の増
▲ 20
4
加ペースが早まったため、外貨準備/短期債
▲ 30
2
務比率は低下傾向にある。短期的な対外債務
0
00
2000
の支払い能力に問題はないと考えられるが、
05
10
▲ 40
15 (年)
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
、国際決済銀行(BIS)
変調の兆しには注意しておく必要がある。
8
(2)対外負債残高は自国建て通貨比率が7割に上昇
ブラジルのファイナンス構造が、借入中心から直接投資中心に変化していることは、自国通貨建て
の負債比率の上昇という点で、レアル安に対する耐性強化につながると評価できる。対外負債残高
(External Liabilities)の構成をみると、通貨危機に見舞われた 2003 年当時は、対外借入・海外債
券による調達が全体の半分を占めており、直接投資や国内株式(非居住者保有分)など自国通貨建て
の負債は 3 割程度にとどまっていた。2014 年には、直接投資だけで 48%を占めるほか、国内債券・国
内株式を合わせると自国通貨建て比率が 7 割を超えるようになっている(図表10)
。
ただし、証券投資の拡大を通じた非居住者によるブラジル株式・債券保有の増加は、自国通貨建て
比率の上昇というプラスの側面の一方で、短期的なマネーフローの変動に影響されやすくなっている
ことを意味する。非居住者の保有比率は、国債で約 2 割、株式は 4 割を超えており(米国預託証券 ADR
を含めると 6 割)、ブラジルの国債・株式市場は非居住者の投資行動の影響を受けやすい。急激な資金
流出によるレアル暴落を回避するためには、財政黒字目標達成に向けた緊縮姿勢の堅持により、格下
げ懸念など投資家の疑心暗鬼を払拭することが不可欠となっている。
5.おわりに
3 月下旬以降、レアル相場は安定を取り戻しており、ルセフ政権が財政緊縮策に対する明確なコミ
ットメントを表明したことは、ブラジル経済に対する極端な悲観論の後退につながっている。他の新
興国通貨に比べてレアル相場が極端にアンダーパフォームする状況には変化の兆しがうかがえる。
ただし、経常赤字が高水準に達しているため、赤字縮小を促すために、当局が実効レートベースで
の「秩序だったレアル安」を容認するなかで、今後もレアル相場は米利上げ観測や資源価格下落など、
グローバルな新興国通貨売り要因に神経質に反応する展開が続くと予想される。
図表9 外貨準備関連指標
25
(カ月)
図表10 対外負債残高の構成
(倍)
6
100%
20
22
80%
5
外貨準備/対外短期債務
(右目盛)
5
9
90%
外貨準備/輸入
70%
4
60%
15
50%
3
40%
10
2
5
50
30%
20%
1
1
その他
12
自国通貨
建て比率
海外株式
11
対外借入・海外債券
国内債券
4
33
71%
38%
国内株式
直接投資
48
10%
0
2000
02
04
06
08
10
12
14
(注)短期債務には、1年以内に満期を迎える長期債務を含む。
(資料)ブラジル中央銀行
0%
0
(年)
2003
2014
(年)
(資料)ブラジル中央銀行、ブラジル財務省
9
依然としてブラジルでは、
「双子の赤字」問題の解決の道筋が確保されたわけではない。財政緊縮策
は景気の下振れリスクを、経常赤字縮小のためのレアル安容認は資金流出を招くリスクを伴う。それ
でも「ぶれない姿勢」を貫き、
「厳しい調整の年となる今年を乗り越えれば、ブラジル経済は成長軌道
に戻る」との期待をつなぎとめることができるか否か、ルセフ政権は極めて困難な課題に直面してい
る。
【参考文献】
Banco Central Do Brasil(2014), International Reserves Management Report, December
IMF(2014),2014 Pilot External Sector Report – Individual Economy Assessments, July 29
経済産業省(2012)「通商白書 2012」
1
ブラジルの実効レートは、ブラジル中銀、国際決済銀行(BIS)、国際通貨基金(IMF)等が算出・公表している。本
稿では、基本的に BIS 統計を利用。主要相手国ウェート(2008-10 年)は、ユーロ圏 21.2%、米国 18.9%、中国 14.3%。
2
このうち、①労働関連の社会保障支出削減は、ルセフ大統領が所属する労働者党(PT)内でも反対論が根強く、審
議は難航、②給与税の軽減措置縮小については、ブラジル議会上院が「手続き上の理由」により審議を拒否し、政府は
即時発効する暫定令ではなく立法措置として審議する方針に切り替えており、最終的に実現するとしても、財政収支の
改善時期は後ずれすることになる。
3
テメル副大統領は、労働者党(PT)と連立を組むブラジル民主運動党(PMDB)に所属。ルセフ大統領は、議会との調
整役を PT 所属議員からテメル副大統領に交代させることで、PMDB との連立強化を図っているとされる。
4
なお、石油メジャー・ロイヤル・ダッチ・シェルによる英石油・ガス大手 BG 買収(4 月 8 日発表)によりシェルの
生産量はペトロブラスに次ぎ、ブラジルで第 2 位となる見込みである。安定的な資金力・技術力のあるシェルの存在感
拡大は、深海油田開発にプラスになるとの見方がある。また、ブラガ・エネルギー相は、ペトロブラスがすべての深海
油田開発鉱区でオペレーターとして参加する生産分与契約を見直す議論を開始する可能性を示唆するなど(4 月 8 日)、
民間外資企業に開発への参入機会が広がる可能性がある。
5
ムーディーズは 2014 年 9 月、フィッチは 2015 年 4 月に見通しを Stable(安定的)から Negative(弱含み)に引き
下げた。
6
IMF(2014)は、ブラジルの 2013 年平均の実質実効レートの水準は、国際収支や対外債務の安定の観点から推計され
る適正水準より 4~21%過大評価(分析手法により幅がある)されていると指摘している。2015 年 1 月時点の実質実効
レート(IMF 算出系列)は、2013 年平均より 4%程度の下落にとどまっている。2015 年 3 月はさらに下落していると考え
られるが、依然として割高な水準にとどまっている可能性がある。
7
ブラジル中央銀行は 2015 年 4 月発表分から、国際収支統計の発表形式を IMF 国際収支マニュアル第 5 版から第 6 版
に移行。新形式のデータは 2014 年分以降、入手可能となっている。
8
輸出に占める一次産品の割合は、2009 年に工業製品を逆転した。2014 年は、一次産品 48.7%に対し工業製品 35.6%
(残りは半製品)。
9
IMF(2014)は、2014 年半ば時点で「ブラジルの外貨準備は、十分な水準を上回っている」と評価している。なお、
外貨準備の内訳(2013 年末時点、Banco Central Do Brasil(2014))は、通貨別では約 8 割がドル建て(ドル 77.7%、
カナダドル 5.8%、ユーロ 5.7%、英ポンド 3.2%、豪ドル 2.7%、円 2.0%、金 0.8%、その他通貨 2.1%)
。資産別で
は、約 9 割が国債(国債 91.2%、中銀等預金 3.5%、政府機関債 2.3%、国際機関債 1.0%、商業銀行預金 0.3%、金
等その他資産 1.7%)となっており、外貨準備の流動性は高いと考えられる。
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基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
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