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著作権のマネージメント ~音楽と電子書籍

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著作権のマネージメント ~音楽と電子書籍
9期
著作権のマネージメント
著作権
パート
~音楽と電子書籍~
天池北斗、尾崎美緒、髙橋絵里、成田匡孝
はじめに
現在、デジタル化の進展により、データの複製が誰にでも容易にできるようになった。
複製による販売量の減少、それに伴い著作権が問題の争点になることが増えてきた。著作
権の問題となると著作権の長さ、範囲といった権利の強さが問題となり、2 次創作とのトレ
ードオフが発生する。しかし問題はそこだけではない。あらゆる組織が違法複製を取り締
まるために著作権を求めている。そこで、著作権、あるいは著作隣接権を付与してよいの
かという問題、さらには、著作権という独占権が有効に利用されているのかという問題で
ある。電子化前の従来の業界構造では著作権はうまく使われていたと考えられる。しかし
電子化は業界の構図、各機関の収益戦略に大きな変化をもたらした。そのため、従来通り
の著作権マネージメントでは効率的ではなく、電子化に合わせて著作権のマネージメント
も変化させる必要がある。本論文は、電子化の影響を最も受けると考えられる音楽業界と
書籍業界について、それぞれ誰が著作権を保持しマネージメントするのが最も効率的なの
かを明らかにすることを目的とする。そのため、著作権の認める範囲や有効な時間など、
著作権の強さについての議論は一切しない。著作権の強さは現行のものを前提として議論
していく。まず初めに、著作権について目的、存在意義についてまとめていく。その際に
著作権と電子化に大きく関係する情報財という特殊な財の特徴も合わせて説明していく。
その後、音楽業界、出版業界それぞれについて、現在の業界の構図、製品が消費者に届く
までの流れ、現在の著作権の所在、現在の問題を明らかにする。そこで見えた問題、さら
に電子化に合わせて誰が著作権を保持し、マネージメントをするのが最適なのかを議論し
ていく。
2
目次
はじめに
≪第Ⅰ章
著作権≫
1-1. 著作権とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
1-1-1. 著作権とは
1-1-2. 著作権の経済学的な存在意義
1-1-3. モデルによる説明
1-2. 著作権の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
1-2-1. 独占
1-2-2. 2次創作の妨害
1-3. 著作権の目的と使い方の乖離・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1-4. デジタル化によって脅威にさらされる著作権・・・・・・・・・・・・・・・10
1-5. 著作権をマネージメントするとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1-6. アドヴァースセレクションとシグナリング・・・・・・・・・・・・・・・・11
≪第Ⅱ章
音楽≫
2-1. 音楽に関わる権利・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2-1-1. 著作権
2-1-2. 著作隣接権
2-2. 音楽ビジネスにおける権利の譲渡とお金の流れ・・・・・・・・・・・・・・16
2-2-1. 著作権の譲渡
2-2-1-1. 作詞家、作曲家
2-2-1-2. 音楽出版社
2-2-1-3. 著作権管理事業者
2-2-1-4. 使用料の分配
2-2-2. 著作隣接権の譲渡
2-2-2-1. 実演家
2-2-2-2. プロダクション
2-2-2-3. レコード会社
2-2-2-4. 売り上げの分配
2-3. JASRAC とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
2-3-1. 歴史
2-3-2. JASRAC の業務
3
2-3-3. JASRAC の意義
2-4. レコード会社(と音楽出版社)と JASRAC のインセンティブの不一致・・・・・22
2-4-1. 現在の音楽産業の状態
2-4-1-1. 現状
2-4-1-2. 収入源について
2-4-2. レコード会社のインセンティブ
2-4-3. JASRAC のインセンティブ
2-4-4. インセンティブの不一致
2-5. JASRAC の問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
2-5-1. インセンティブの問題
2-5-2. (ほぼ)独占状態である
2-6. JASRAC 廃止・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
2-7. まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
≪第Ⅲ章
電子書籍≫
3-1. 電子書籍の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
3-1-1. 出版業界の現状
3-1-1-1. 利用者
3-1-1-2. 著作者
3-1-1-3. 出版社
3-1-2. 電子書籍化における課題
3-2. 電子書籍と著作権・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
3-2-1. 著作権所在不明瞭問題解決の重要性
3-2-2. 著作権の所在確定に向けた政府の動き
3-3. 電子書籍における著作権の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
3-3-1. 「権利の集中管理」機関の存在
3-3-2. 出版社への権利付与
3-3-2-1. 出版社の役割
3-3-2-2. 出版社への権利付与再論
3-4. 権利の所在についての意見・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
3-5. 反証―電子書籍大国・アメリカとの違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3-5-1. アメリカでの電子書籍事情
3-5-2. 電子書籍の今後
3-5-2-1. アマゾン―キンドル
3-5-2-2. アップル―iPad
4
3-5-2-3. Google―電子書籍ストア Google Edition
3-5-3. アメリカの電子書籍と著作権
3-6. 日本の電子書籍市場に求められるもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44
3-6-1. 著作人格権のあり方
3-6-2. 日本の電子書籍市場に求められるもの
3-7. まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
≪第Ⅳ章
結論≫
4. 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
参考文献
5
第Ⅰ章
著作権
1-1.著作権とは
1-1-1. 著作権とは
著作権は権利所有者に対して、その著作物を複写・複製・頒布・掲載・実演または展示
する独占権を与えるものである。著作権によって、著作物を正しく広く伝達することによ
って、著作者が創作の努力に見合うように恵まれることを目的としている。著作権法は「あ
らゆる実体を持つ表現媒体へ固定された創作的著作物」を保護するものであり、創作され
た時点で、申請などを行わなくても自然と発生する権利である。
1-1-2. 著作権の経済学的な存在意義
著作権によって保護されるものは「情報財」である。情報財とは、配布に伴う少額の費
用を除けばその追加的な利用にはコストがかからない性質を持っているものである。その
ため、無断で海賊版などが低コストで複製され、低価格で出回ることで、莫大な固定費用
を費やした著作者が費用を回収することができなくなってしまう。そうなると、そもそも
著作物を創作しなくなってしまう。それを防ぐために著作権によって、著作者に独占権を
付与することによって、創作の費用を回収する保証をする役割を持つ。著作権は社会が情
報財の市場をしっかりと機能させるために欠かせないものである。
1-1-3. モデルによる説明
仮説として著作物に対する逆需要をP x
10
x、限界費用を MC=0 と仮定する。
著作物の制作には C の固定費用がかかる。音楽の例で考えれば、作詞、作曲、にかかるコ
ストが C に対応し、CD などの制作にかかるコストが MC に対応している。
<著作権が存在しない場合>
一度供給されてしまえば、複製されてしまう。そのためオリジナル供給後、海賊版が MC=0
で生産されベルトラン競争が起こる。
6
p
10
MR
ATC
A
0
10
P x
10
MC
p
x
x
0
MCより、p=0
このとき x=10 になる。
A の部分の費用がかかるにも関わらず、p=0 のため、それを回収することができない。
<著作権が存在する場合>
p
B
5
C
D
0
5
7
x
独占になるので、max
p x x
10
MR
p
x x
MC より x
5
5となり、B は消費者余剰、C は生産者余剰、D は生産者の総費用となり、生産者は費
用を回収することができる。
1-2. 著作権の問題点
以上のように、著作権の存在意義は情報財という特殊な財の供給を促すインセンティブ
を付与することにある。しかし、著作権は新たな問題も招いてしまう。
1-2-1. 独占
1つ目は独占である。著作権は言い換えれば一定期間の独占権である。独占は、生産者
が完全競争均衡供給量よりも供給量を抑えることで、価格をつりあげ完全競争市場のとき
の利潤よりも多くの利益を得る市場構造である。問題は総余剰(TS)の減少である。価格
がつりあがることで、競争均衡価格では購入していた消費者は購入しなくなる。そのため
消費者余剰(CS)は独占によって減少する。対して独占企業は競争均衡利潤よりも多い独
占利潤を手に入れる。そのため生産者余剰(PS)は上昇する。しかし、CS の減少分を PS
の増加分が補えないため、TS は減少してしまうのだ。ゆえに独占は非効率性を生むのであ
る。
完全競争の場合
価格 P
MC(x)
CS
P
PS
MR
P(x)
0
X こ
8
取引量 X
独占の場合
価格 P
MC(x)
CS
P
DWL
PS
MR
P(x)
0
x
取引量 X
1-2-2. 2次創作の妨害
2つ目は、2次創作を妨害してしまうということである。2次創作とは著作権法第2条
第11項によると「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、
その他翻案することにより創作した著作物」のことである。重要なことは、2次創作の作
成者のアイデアが入っている必要があるということである。よって、2次創作は単なる複
製である海賊版ではなく、世の中に出てきた財(著作物)を用いてアイデアを注入し、新
たな財を生み出すことと言い換えることができる。本来新しい財を生み出すことは自由で
あるにも関わらず、2次創作では著作権保有者の許可が必ず必要となる。場合によっては
許可がおりないあるいは、ライセンス契約を結びライセンス料を取られてしまう。その場
合、2次創作者は2次創作の制作をやめてしまうかもしれない。そのようなとき著作権は、
本来生まれるはずであった新たな発明を妨害することになる。著作権は与えられた財を過
度に保護してしまうことになる。重要なことは著作権が付与するインセンティブの根源で
ある固定費用の回収が達成されるのであれば、著作権はないほうが効率的であるというこ
とである。
以上のように著作権には作品を作るインセンティブを付与するという有用性と、独占・
2次創作の妨害という総余剰の低下という2つの側面を持ち、潜在的にトレードオフに直
面していることがわかる。
9
1-3. 著作権の目的と使い方の乖離
上述した通り著作権の目的は、初期にかかる固定費用を独占という構造を許すことで確
実に回収できるように保証し、創作のインセンティブを確保することにある。しかし、現
実の世界を見ると、例えば JASRAC のように著作権を利益の根源として利用している企
業・団体が存在する。著作権は、アイデアを守るものであって、企業の利益を保証するも
のでも、利益を得る道具でもない。このような著作権の使い方では単に、著作権によって
引き起こされる独占の非効率が積み重なっていくだけになってしまう。著作権を正しい目
的で使う必要があり、正しい目的で使わせる制度・経済構造が同時に必要になっている。
1-4. デジタル化によって脅威にさらされる著作権
デジタル化によって、著作権が守る情報財のコピーが正確にまた簡単に行われるように
なった。その結果、コンテンツ提供者は大規模な著作権侵害の脅威におびやかされるよう
になった。従来の経済では、大規模な侵害が行われるためには一般に製造施設を必要とし、
施設を隠すことは困難なため発見が容易であった。しかし、現在のデジタル化によって情
報財は CD を焼くことやインターネットからのダウンロードができる能力のあるパソコン
があれば誰でも容易にコピーできてしまう。そのため、発見がとても難しくなってしまっ
た。さらに、インターネットの出現により従来よりも範囲が広がった。例えば、以前は CD
を買わずに音源を手に入れようと考えたら、友人・隣人に CD を借りるという行為が最も
容易であった。しかし、インターネットの出現により、世界中のだれとでもデータファイ
ルのやりとりが容易にできるようになった。そのため、1人が違法にインターネット上に
アップすると、広範囲かつ急速に情報財がタダで手に入る環境ができあがった。
1-5. 著作権をマネージメントするとは
この論文で扱う、音楽と電子書籍は電子化において著作権の所在がその財の価値をより
生み出す妨げになっているという問題点を抱えている。ほんの 20 年前、音楽はコピーがで
きないのが当たり前、それがカセットテープの出現によって、録音、コピーができるよう
になった。その頃はまだ複製を製作するのに非常に時間や労力、お金などのあらゆるコス
トが発生した。しかし、現在ではクリックひとつで、しかも数分で同じ質の複製ができる
10
までになってしまった。このようにコストをかけずに財を得る、フリーライドをする消費
者が出てきてしまった。そうすると、本来の収益モデルでは音楽業界は費用を回収するこ
とが出来なくなってしまい、ライブやグッズ販売、ファンクラブによる収益など、様々な
分野において戦略的に著作物を利用していくことが不可欠になっているが、それを妨げる
ような著作権制度がいまだに日本にはある。電子書籍についても、現在の著作権法では著
作者に著作者人格権が与えられており、出版社は自由に電子化をすることが困難になって
いる。しかし、紙媒体の書籍と電子書籍、両立させた包括的な戦略がより大きな利益を生
み出し、著作物の価値も最大にすることが出来ると考える。
このように「著作権」が著作物の価値を生む、大きな鍵となっている。「著作権がうまく
マネージメント出来ている状態」というのは、著作物から得られる価値が最大限になって
いる状態のことであり、そのために「著作権がどこに存在すればいいのか」という議論を
音楽・書籍についてしていく。
1-6. アドヴァースセレクションとシグナリング
電子化などによって財の供給量が増えるわけだが、では供給量が増えることによってど
んな問題が発生するのだろうか。
財の供給量が増えることは、すなわち品質の悪い財が増えやすくなることも意味する。
財の総量が増えることにより、財の品質に関する情報が隠されやすくなってしまうからだ。
ここで注意してほしいのは、音楽などの著作物は「経験財」であるということだ。経験財
とは、実際に消費してみないとその財の本当の価値 (≒質の良い悪い) が分からない財のこ
とである。そして経験財を取引する時、売り手は財の品質に関する情報(⇒隠された知識)
を多く持っているが、買い手は少ない情報しか持っていないとすると、買い手と売り手の
間に非対称情報が発生する。
このように隠された知識に基づく非対称情報が存在する場合、異なる品質の財・サービ
スが同じ市場で取引されることになる。すると、分化された異なる財に別個の市場が成立
しているという市場の普遍性(完備情報)が満たされず、市場の失敗が起きるのだ。具体的に
は、品質の低い財・サービスの存在により、市場取引が行われなくなることがある⇒逆淘
汰(アドヴァースセレクション)の発生。
逆淘汰(アドヴァースセレクション)とは、隠された知識の非対称情報によって、異なる品
質の財・サービスが同一の市場で取引されるとき、低品質の財・サービスが高品質の財・
サービスを駆逐し、極端なケースでは市場そのものが消滅してしまうことをいう。
11
小説の市場の例
小説の市場には、①良作:東野圭吾並に面白い作品、②駄作:中学生でも書けそうなつま
らない作品の 2 種類の品質の小説が存在するとしよう。ここで、売り手は小説の品質を知
っている。しかし、経験財であるため、買い手は外見だけでは判断できない。立ち読みは
できないと仮定する。また、買い手は、確率 1/2 で良作、確率 1/2 で駄作であることは知っ
ている。
良作
駄作
買い手にとっての価値
1000 円
400 円
売り手にとっての価値
800 円
200 円
買い手は小説の質を区別できないので、良作と駄作が同じ市場で取引される。ここで、良
作も駄作も市場に供給されているとすると、
買い手にとっての小説の価値の期待値:
1/2・1000 円+1/2・400 円=700 円
つまり、買い手は小説に最大 700 円まで支払い可能。しかし、この価格のもとでは、良作
は供給されない。よって、駄作のみが市場で取引される。駄作の存在により、良作が市場
から消滅してしまう。このように、本来ならば余剰を生む取引が行われない現象を逆淘汰(ア
ドヴァースセレクション)と呼ぶ。
では、良作の売り手はどうすれば良作であることを買い手に伝えられるだろうか。その
ためにはシグナリングが有効である。
シグナリングとは、情報を持つ主体が持たない主体に対して情報を伝える方法であり、
良質なタイプの経済主体が、あえて費用を支払って目に見える行動(シグナル)を選択するこ
と。この時、もし悪質なタイプの主体にはその費用を負担できないとき、良質なタイプは
悪質なタイプと区別されることが可能となる。
広告の例
先の例と同様に、経験財である出版物の市場を想定する。市場には①品質の高いタイプ(=
良作):H,、②質の低いタイプ(=駄作):L(H>L)の 2 つのタイプが存在する。また、ゲーム
は 2 期間と想定し、1 期目には、消費者は確率 1/2 で H と予想する。また、2 期目には 1
期目の経験から消費者は出版物のタイプが分かっている。消費者は、①高いタイプには vH、
②低いタイプには vL(vH>vL)まで支払う。出版社 1 は高い品質の H を生産し、出版社 2 は
低い品質の L を生産する。ここで、出版者が H,L の生産を行うには、1 単位あたり c のコ
12
ストがかかるとする。ここまでをまとめると、
・経験財:品質 s∈{L,H}
・2 期モデル:t=1,2
・支払い用意額:vH,vL (vH>vL)
・限界費用:c
・1 期目には、消費者は確率 1/2 で H と予想
となる。
さらに、
vH>c>vL
vH>c>3vH/4+vL/4
を仮定すると、
*広告を行わない(できない)場合*
消費者は出版物のタイプがわからないため、消費者にとっての期待値である vH/2+vL/2 まで
支払う。
t=1:広告がないので消費者はタイプがわからない
π1=vH/2+vL/2-c
t=2:t=1 の経験から H だとわかる
π1=vH-c
⇒出版者 1 の 2 期間の合計の利潤は 3vH/2+vL/2-2c<0 となる
出版者 1 の利潤が負になってしまうため、良作は供給されない⇒アドヴァースセレクショ
ンの発生。
*広告ができる場合*
両出版社が t=1 のときに広告支出額 A の分だけ広告するとする
広告支出額:A
A には 2 つのタイプがある
AH=vH-c
AL=0
また、消費者は出版物のタイプを、広告が AH なら H(=良作)、それ以外なら L(=駄作)と考
えるとする。
出版社 1 について
t=1:広告により消費者は H が良作とわかる
π1(A=AH)=vH-c-AH=0
t=2:t=1 に広告をだしたので、消費者は 1 期目の経験より H が良作とわかっている
13
π1(A=0)=vH-c>0
⇒出版者 1 の 2 期間の合計の利潤は vH-c となり仮定より正となるので、出版者 1 は H を生
産する
出版社 2(2 期とも A=0 の場合)
t=1:A=0 より L は駄作とわかる
π2(A=0)=vL-c<0
t=2:t=1 より L は駄作とわかる
π2(A=0)=vL-c<0
⇒出版者 2 の 2 期間の合計の利潤は 2vL-2c となり仮定より負となり、出版者 2 は L を生産
しても利益を得られないため生産しない
出版社 2(1期目は A=AH を選択した場合)
t=1:A=AH より、消費者は最初 L も良作だと思うが、一度消費すれば L は駄作とわかる
π2(A=AH)=vH-c=0
t=2:t=1 より L は駄作とわかる
π2(A=0)=vL-c<0
⇒出版者 2 の 2 期間の合計の利潤は vL-c となり仮定より負となり出版者 2 は L を生産して
も利益を得られないため、生産しない
以上のように、高品質な作品を売る出版社は広告をだすことによって高品質であること
を消費者に伝えること(=シグナリング)ができ、それにより利益を得ることができようにな
る。よって、広告がシグナルの役割を果たすことになる。
この論文で扱う著作物は経験財であるため、アドヴァースセレクションが起きやすい財で
ある。そのため、消費者に財の質が高いことを信頼させる必要が生じる。だからこそ、上
手いマネージメントというものが求められているのだ。
14
第Ⅱ章
音楽
2-1. 音楽に関わる権利
音楽に関わる権利には、著作権と著作隣接権の2つがある。まずはそれぞれについて見て
いこう。
2-1-1.
著作権
音楽に関して著作権が発生するのは、作詞家、作曲家が楽曲を作った時である。このと
き、著作者である作詞家・作曲家に著作権が与えられる。著作権の中には、複製権(楽曲
を無断で録音されない権利)など様々なものがあり、著作権者は著作物の利用の許諾をす
ることが出来る。しかし、著作権者は著作権を第三者に譲渡することが出来るため、実際
には著作者が著作権者でない場合がほとんどである。権利を譲渡した場合には、著作者は
著作物の利用の許諾をすることが出来なくなる。
2-1-2 著作隣接権
著作隣接権とは著作物を広く人々に伝達する上で重要な役割を果たした者に与えられる
権利であり、音楽においては実演家、レコード製作者に与えられる。著作隣接権者はレコ
ードの複製利用の許諾をすることなどが出来る。しかし、この権利も著作権と同様に第三
者に譲渡することが出来るため、必ずしも実演家、レコード製作者が著作隣接権者である
とは限らない。また、著作権の場合と同様に、譲渡した場合には実演家、レコード製作者
は複製利用の許諾をすることが出来なくなる。
上で述べたように、作詞家・作曲家の著作権、実演家・レコード制作者の著作隣接権は
譲渡することが出来る。そして、権利の譲渡を受けた者が、権利者として利用許諾などの
権利の行使をすることになる。それでは、権利に関わる人々の役割を説明しながら権利の
譲渡の流れと、その時のお金の流れを見ていきたい。
15
2-2. 音楽ビジネスにおける権利の譲渡とお金の流れ
2-2-1.
著作権の譲渡
まず初めに著作権に関わる人々と権利の譲渡について見ていく。
2-2-1-1.
作詞家・作曲家
作詞家・作曲家は音楽作品の創作を行い著作権者となるが、彼らは音楽を創作する専門
家なのであり著作権管理の専門家ではないため、著作権を作詞家・作曲家個人で管理する
のには限界がある。また、彼らには、自らが創作した楽曲を世に広めるためのプロモーシ
ョン活動をする必要があるが、それに関しても個人では限界がある。そのため、ほとんど
の作詞家・作曲家は自身の著作権を音楽出版社に譲渡して、それらの業務を委託している。
では、その音楽出版社とはどのようなものなのだろうか。
2-2-1-2.
音楽出版社
作詞家・作曲家は著作権を譲渡するに当たって音楽出版社と契約を結ぶ。この契約は、
楽曲単位のものと専属作家契約という作家単位のものがある。どちらの契約であっても楽
曲の著作権は音楽出版社に譲渡されることになる。音楽出版社は著作権の譲渡を受け、作
詞家・作曲家に代わって著作権の管理と利用開発を行う。利用開発とは、その曲が活発に
利用されるようプロモーション活動を行うことであり、楽曲が歌手によって歌われたりド
ラマ曲として採用されるように売り込む活動のことである。また、音楽出版社は、CD 等の
原盤制作を行い、販売を行うこともある。これは、アーティストが所属するプロダクショ
ンや、レコード会社と共同で行われることもある。また、ソニーやエイベックス、ビクタ
ーなどがそうであるように、レコード会社が関連会社としてプロダクションを保有するケ
ースも多くなりつつあり、音楽出版社を関連子会社として保有していることも少なくない。
音楽出版社は譲渡された著作権を著作権管理事業者に再譲渡し、著作権の管理を委託す
る。
では、次に、著作権管理事業者について見ていきたい。
2-2-1-3.
著作権管理事業者
著作権管理事業者は、音楽出版社から著作権の管理の委託を受けるが、この管理委託に
は、著作権の移転が伴う信託と、そうではなく取次ぎまたは代理の形をとる委任がある。
ちなみに、代表的な著作権管理事業者である JASRAC は信託の形をとっている。管理委託
を受けた著作権管理事業者は、楽曲の利用許諾や使用料の徴収を行う。そして、徴収した
使用料は、音楽出版社、作詞家・作曲家に分配されることになる。
16
では、この使用料は、どのように分配されるのだろうか。
2-2-1-4.
使用料の分配
著作権管理事業者が徴収した使用料のうち一部は管理手数料として著作権管理事業者の
元に入り、残りが音楽出版社・作詞家・作曲家に分配される。
分配方法は、管理事業者が残りをすべて音楽出版社に分配し、その後音楽出版社が作詞
家・作曲家に再分配するというものと、管理事業者が音楽出版社・作詞家・作曲家にそれ
ぞれ直接分配し、さらに、音楽出版社が受け取った使用料の一部を作詞家・作曲家に再分
配するというものがある。このことについては、2-3-2 でくわしく説明する。
ここまでで、著作権の譲渡とそれによるお金の流れをみてきた。では次に、著作隣接権
の譲渡についてみていこう。
2-2-2.
2-2-2-1.
著作隣接権の譲渡
実演家
実演家とは、実際に演奏をする、もしくは歌を歌う人などのことであり、その実演を保
護するために実演家に与えられるのが著作隣接権である。その中には録音権(実演を無断
で録音されない権利、また、録音された実演を CD などの録音物によって無断で増製され
ない権利)などがある。実演家が行う演奏活動はテレビ出演やコンサート活動など多岐に
わたり、それぞれの場所で著作隣接権の行使を行いそれぞれと契約を結ぶことになるが、
これを個人で行うのには限界がある。そのため、作詞家・作曲家が音楽出版社に権利を譲
渡するのと同様に、実演家はプロダクションに著作隣接権を譲渡し、管理を委託する。
では、そのプロダクションについてみてみよう。
2-2-2-2.
プロダクション
プロダクションは実演家と契約を結び、著作隣接権のすべての譲渡を受ける。プロダク
ションはその権利を行使、つまり実演の利用の許諾を行うことによって収入を得、それを
実演家に分配する。
なお、実演家が楽曲創作も行う場合は、プロダクションは音楽出版社として楽曲の著作
権の譲渡契約も行うため、プロダクションは音楽出版社としての機能を自社にもっている
か、子会社として音楽出版社をもっていることが多い。
実演家から著作隣接権の譲渡を受けたプロダクションは、それらをレコード製作者に譲
渡する。レコード製作者は実演家の演奏を収録した音源を製作し、その行為に対して著作
隣接権が与えられる。そして、レコード製作者はプロダクションから譲渡を受けた実演家
17
の著作隣接権と共に自身の著作隣接権をすべてレコード会社へ譲渡する。
いま、レコード製作者は独立した存在であるかのように書いたが、実際にはレコード製
作者はプロダクションであったり、レコード会社、または音楽出版社であったりする。
ここで、レコードという言葉についての定義を確認しておこう。レコードとは、
「蓄音機
用音盤、録音テープその他の物に音を固定したものをいう。
」
(著作権法第2条1項第5号)
著作権法では、形のある有体物を「物」とし、形のない無体物を「もの」として使い分け
ている。ここで、レコードは固定された音そのものであり、「もの」である。そして、レコ
ード製作者とは、「レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。」(第2条第1
項第6号)
では、著作隣接権の最終的な譲渡先であるレコード会社について見ていこう。
2-2-2-3.
レコード会社
レコード会社は、自らレコード製作者となり、またはレコード製作者から著作隣接権
の譲渡を受け、そのレコードを複製した商品としての音楽 CD を製造・販売する。レコー
ド会社は CD の発売に際し、著作権管理事業者に録音楽曲に係る届出を行い、CD の製造数
量(または販売数量)に応じて楽曲使用料を支払う。レコード会社は、商業用レコードの
製造・販売を行う者としては音楽の著作物の利用者であり、著作権管理事業者から許諾を
うけて著作物使用料を支払う立場なのである。
レコード会社は CD を CD ショップに販売することで売り上げを得る。ではその分配は
どのように行われるのだろうか。
2-2-2-4.
売り上げの分配
レコード会社は CD の売り上げに応じた印税をレコード製作者に支払う。この中には実
演家への印税相当分も含まれており、レコード会社はその分をプロダクションに支払う。
これが、プロダクションが実演家の著作隣接権をレコード製作者に譲渡したことの対価で
あるといえる。そしてそれを受けてプロダクションがその一部を実演家に分配する。
なお、2-2-1-1-から 2-2-2-4 まで、それぞれの業者は別々の全く独立した存在であるよう
に書いてきたが、先の 2-2-1-2 で触れたように、最近では、レコード会社自身がプロダクシ
ョンを兼ねていたり、関連会社としてプロダクションを保有しているケースも多くなりつ
つある。また、レコード会社が音楽出版社を関連子会社として保有していることも少なく
ない。
ではここで、2-2-1-3 で出てきた、代表的な著作権管理事業者である JASRAC について、
もう少し詳しく見ていきたい。
18
2-3. JASRAC とは
2-3-1.
歴史
日本は、1899 年にベルヌ条約に加盟し、同年に著作権法が施行された。だが、当時は楽
曲を演奏する度に使用料を払うという概念はなかった。しかし、1931 年、ドイツ人のウィ
ルヘルム・プラーゲが日本に著作権管理団体「プラーゲ機関」を設立し、放送局やオーケ
ストラなど楽曲を使用するすべての事業者に楽曲使用料を請求し始めた。そしてその額が
法外なものであったため、日本国外の楽曲の使用が困難となった。このことは「プラーゲ
旋風」と呼ばれ、日本における著作権の集中管理のきっかけとなった。
この事態を打開するために 1939 年に施行されたのが「著作権二関スル仲介業務二関スル
法律」である。法律の内容は、著作権管理の仲介業務は内務省の許可を得た者に限るとい
うもので、この年、JASRAC(日本音楽著作権協会)の前身である大日本音楽著作権協会
が内務省の許可を受け、設立された。JASRAC は 2001 年に著作権等管理事業法が制定さ
れるまで、62 年もの間日本で著作権を管理する唯一の団体であった。そして、著作権等管
理事業法が制定され他の管理団体が参入してきた現在でも、市場のシェアのほぼ 100%を占
めている。
2-3-2.
JASRAC の業務
では次に、JASRAC の業務についてくわしくみていこう。
JASRAC は、音楽出版社から著作権の移転をうけ、自らが著作権を保有し、著作権の対
象である著作物の利用を希望する者に対して利用許諾を行う。ここで、利用とは、CD・
DVD・映画・オルゴールなどへの音楽の複製、喫茶店・レストラン・ダンス教室・コンサ
ート会場などにおける不特定多数もしくは特定多数に向けた音楽の演奏、テレビやラジオ
による音楽の放送、インターネットによる音楽配信などのことである。JASRAC は著作物
を利用した利用者から対価として使用料を徴収する。徴収した使用料は、そのうちの 6%が
管理手数料として JASRAC の元に入り、残りが音楽出版社・作詞家・作曲家に分配される。
このときの分配の仕組みは、すべての関係権利者(音楽出版社・作詞家・作曲家)が JASRAC
と著作権信託契約を結んでいる場合と、音楽出版社が JASRAC と著作権信託契約を結んで
いるが作詞家・作曲家は結んでいない場合とで、二通りある。
19
前者の場合、JASRAC は音楽出版社と作詞家・作曲家それぞれに使用料を分配する。こ
のときの分配比率は、単純に作詞家と作曲家と音楽出版社で3等分することもあれば、作
詞家・作曲家が無名で実績のない時点での楽曲では、音楽出版社が半分を受領し、作詞家・
作曲家が4分の1という場合もある。逆に、売れっ子の作詞家・作曲家であれば、取り分
が音楽出版社よりも多くなることもある。分配比率はどのような利用に係る使用料である
かによって異なり、たとえば、録音・出版・映画またはビデオグラムへの録音その他複製
に係る使用料の関係権利者に対する分配は以下の表のようになる。
JASRAC
著作物使用料分配規程
より
JASRAC からそれぞれに分配された後、音楽出版社に分配された使用料のうち一部が音
楽出版社と作詞家・作曲家の間でなされた契約に基づき作詞家・作曲家に分配される。
後者の、音楽出版社が JASRAC と著作権信託契約を結んでいるが作詞家・作曲家は結ん
でいない場合は、作詞家・作曲家と JASRAC との間に著作権信託契約がないため、JASRC
はすべての使用料を音楽出版社に分配する。そして分配を受けた音楽出版社が作詞家・作
曲家へと再分配をする。このときの分配比率も上の場合と同様に、音楽出版社と作詞家・
作曲家との間の契約に基づく。
20
では音楽出版社を通じて使用料が分配される場合を、具体的な数字を使って見ていこう。
いま、定価 3000 円、10 曲入りの CD を 2 万枚製造するとする。この時 JASRAC がレコー
ド会社(レコード会社がレコード製作者であるとする)から使用料として受け取る額は、
いくらになるのだろうか。
まずは 1 曲 1 枚当たりの使用料を計算する。これは、
消費税抜き定価×使用料率÷楽曲数
もしくは、8 円 10 銭のいずれか多い額となる。
JASRAC が規定する使用料は 6%であるので、この時 1 曲 1 枚当たりの使用料は、
3000 円×0.06÷10=18 円
と求められる。
これは 8 円 10 銭よりも大きいので、使用料は 18 円となる。
使用料の総額は、これに楽曲数と製造枚数を乗じたものであるので、JASRAC が受け取る
使用料は、
18 円×10 曲×2 万枚=360 万円
となる。
この使用料のうち 6%が管理手数料として JASRAC の元に残る。つまり、
360 万×0.06=21 万 6000 円
が JASRAC に入る。
したがって残りの、
360 万円―21 万 6000 円=338 万 4000 円
が音楽出版社に支払われる。そしてそれを音楽出版社と作詞家・作曲家で分配する。いま、
分配比が 3 等分であるならば、音楽出版社、作詞家・作曲家が受け取る額はそれぞれ、
338 万 4000 円÷3=112 万 8000 円
となる。
『音楽ビジネス著作権入門』より
ここまでで、JASRAC の業務である使用料の徴収と、その分配についてみてきた。
その他の業務としては、音楽の無許諾利用(著作権侵害)の監視が挙げられる。無許諾
による音楽利用が発見された場合は利用許諾契約の締結を求め、過去の利用分に対する使
用料の請求を行う。
では次に、JASRAC の意義、つまり、JASRAC が一括で著作権を管理していることにつ
いての利点を考えてみたい。
なお、JASRAC は著作権管理事業市場においてほぼ 100%のシェアをもっており、ここ
ではすべての著作権が JASRAC によって管理されていると仮定し、議論を進めていく。
21
2-3-3.
JASRAC の意義
JASRAC が一括で著作権を管理している利点として、著作物の利用者の利便性が挙げら
れる。ここに、ある著作物を利用したいと考えている人がいるとしよう。JASRAC が著作
物を一括で管理している場合、この人は JASRAC に利用許諾をもらいに行けばいいことが
分かる。しかし、JASRAC のような団体が複数あり、著作権の管理が分散されている場合、
利用者は自分が利用したい著作物の著作権をどの団体が管理しているのかを探さなくては
ならない。このことを、経済学では、サーチコストと呼ぶ。また、利用者が複数の著作物
を利用しようとしている場合を考えてみよう。JASRAC の一括管理のもとでは、複数の著
作物の利用許諾を JASRAC に一括して求めることが出来る。しかし、複数団体による分散
的管理のもとではサーチコストがかかる上に、利用したい著作物の著作権が異なる団体で
管理されている場合、それぞれの団体に許諾を求めなくてはいけなくなる。このことを、
経済学では、取引コストと呼ぶ。このように、JASRAC が一括で著作権を管理しているこ
とで、利用者のサーチコストと取引コストが少なくなる。
ここまでで、JASRAC について見てきた。では次に、現在の音楽産業の状態を見ていこ
う。
2-4. レコード会社(と音楽出版社)と JASRAC のインセンティブの
不一致
2-4-1. 現在の音楽産業の状態
2-4-1-1. 現状
近年、メディアの多様化やコンテンツのデジタル化が進み、音楽産業にも大きな影響を
もたらした。デジタル化に伴い、Apple 社の iTunes に代表されるようなデジタル音楽配信
の増加による影響などを受け、CD が売れなくなってきている。その様子を詳しく見て行こ
うと思う。
次のグラフを見て欲しい。これは 1991 年から 2007 年までの 1 年ごとのミリオンセラー
作品数の推移を表している。
22
上のグラフからわかるように、アルバム、シングルともにミリオンセラーとなった作品は
明らかに減少している。
次のグラフは CD などの音楽ソフトと有料音楽配信の売上の推移を表している。
1998 年を境に音楽ソフトの売上は減少してきている。デジタル配信開始当初は、有料音
楽配信の売上増加分が CD 売上の減少分を補えていたが、現在では賄いきれなくなって
いる。
23
次のグラフは、年間の邦盤、洋盤の CD 生産数の変化を表したものである。
これを見てわかるように、生産数は減少している。どうやら CD が売れなくなっていると
いうのは言えそうだ。また、次のグラフは、日本レコード協会に登録している小売店数と
会員数の変化を表したグラフだが、小売店は CD が売れないことを受け減少している。
24
次のグラフを見て欲しい。このグラフはアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランス
の音楽市場を US ドルで表現したものだ。このグラフから分かるように、世界的に見ても音
楽産業は衰退気味である。
ここまで見てきたように、音楽産業は不況状態にあり、デジタル配信の増加などの影響
を受けて、CD は売れなくなってきていると言えるだろう。
2-4-1-2. 収入源について
次に、レコード会社、アーティスト、JASRAC のそれぞれについて、簡単に収入源を述
べておく。
レコード会社は CD 売上やライブ、グッズ販売などによって収入を得る。また、最近で
はファンクラブからの収入もあるようだ。アーティストは著作権印税、アーティスト印税、
二次使用料、ライブ収益などで収入を得る。それに対し、JASRAC は上述のように著作権
料を徴収してそこから管理手数料を得て、残りを権利者に分配するという仕組みになって
いる。
2-4-2. レコード会社のインセンティブ
ここで、CD が売れなくなってきていることを受け、三者(レコード会社とアーティスト
は一緒と仮定するが)にどのようなインセンティブが発生するかを見てみよう。
まず、レコード会社は CD が売れないことによってそこから得ていた収入が減少してし
まう。そのため、新しい収入源が必要となってくる。新たな収入源を開拓するためには、
現在の CD 売上から収益を得るビジネスモデルからの変更が求められる。そこでレコード
会社が注目したのが、コンサート(=ライブ)やアーティストのグッズ販売である。
25
上の表からも分かるように、2003 年から 2007 年にかけてオーディオレコード(=CD)の売
り上げは減っているが、全体の売上は伸びている。詳しく見てみると、DVD などの音楽ビ
デオやコンサートの売上が増加しているのが見て取れる。レコード会社は、CD だけでなく
音楽 DVD やコンサート、ライブ、さらにはグッズの販売で利益を出そうとしているようだ。
実際、ライブの市場規模は近年大きくなってきている。
26
ライブやコンサート、グッズ販売、ファンクラブで収益を上げるためには、アーティス
トや楽曲に知名度がなくてはならない。そのため、レコード会社としては不本意ではある
が、音源をフリーで提供してプロモーションしたり、フリーコピーや二次利用されること
によって認知度が上がることを容認したりということも必要となってくる。つまり、著作
権を厳しく管理するよりも、アーティスト、楽曲の知名度が上がってくれる方が良いと考
えるのである。そのためレコード会社は音楽の取引回数や取引の手段を増やして、音楽の
価値を最大化することを目的に行動するようになる。こうして著作権保護の強弱の度合を
状況に応じて変えて戦略的にプロモーションしたいというインセンティブが発生する。
2-4-3. JASRAC のインセンティブ
次に著作権管理団体である JASRAC について考えてみよう。JASRAC は信託されている
楽曲についての著作権使用料を徴収し、そこからの管理手数料によって収入を得ている。
27
しかし、CD 売上の低下や通信カラオケ店の相次ぐ閉店などによって、著作権使用料徴収額
は減少傾向にある。
・著作権使用料徴収額の推移
JASRAC としては、著作権使用料徴収額が減少することはつまり、自身の収入が減少する
ことを意味している。そのため JASRAC としては、より多くの楽曲に関して著作権信託を
してもらって、著作権違反を厳しく取り締まって使用料を徴収したいというインセンティ
ブが発生する。
2-4-4. インセンティブの不一致
今まで見てきたように、レコード会社には、アーティストや楽曲の知名度を上げたい、
そのためには著作権を厳しく管理するよりも、ある程度弱い管理で楽曲を普及させて、ラ
イブやグッズ販売、ファンクラブの収入で稼ぎたいというインセンティブがある。一方、
JASRAC には自らの収入がかかっているので、できるだけ多くの作品について信託を受け、
厳しく著作権を管理して収入源を確保したいというインセンティブがある。この 2 つのイ
ンセンティブは衝突している。これでは著作権は上手くマネージメントされているとは言
えない。
2-5. JASRAC の問題点
2-5-1. インセンティブの問題
これは 2-4-4 で論じたように、レコード会社と JASRAC のインセンティブが一致してい
ないことで著作権マネージメントに不具合が生じている。
28
2-5-2. (ほぼ)独占状態である
著作権者に与えられる独占権は、著作物を生み出すのにかかった費用(=固定費)を回収す
るためのものである。昔は、レコーディングなどに莫大な費用がかかった。しかし、現在
では、科学技術の進歩などによって、音楽制作及び配布の実質コスト(=音楽制作コスト)は
とても小さくなった。つまり、著作権使用料として現在徴収されている現代の高額な固定
費は、著作権の制度を利用した JASRAC の独占状態によって生み出されていると言えるだ
ろう。MD や DVD-ROM などへの課税もその一例と考えられる。これは独占的レントを消
費者に押しつけているのだ。
さらに、JASRAC は独占企業ということで使用料についても独自に決められる。
例えば次の 2 点が挙げられる。
①著作権使用料
「日本」月間 75 時間演奏までの使用料⇒月額 68000 円
「アメリカ西海岸」月間 80 時間演奏までの使用料⇒年額 12000 円(為替レートを 120 円で
計算)
②演奏された曲ではなく、客席数や床面積で規定される徴収額。
これらは明らかに独占的であることを利用していると言えるだろう。また、包括許諾契約
は新規参入を阻害しているため独占禁止法違反であると指摘される。JASRAC が包括許諾
契約を行うことによって、他の企業、新規参入企業が負担しなくてはならない費用が増え
るからだ。加えて、楽曲の管理問題も発生する。JASRAC が独占的に一括管理することで、
作詞者、作曲者、レコード会社の思うようにはできなくなる。例えば、使って欲しくない
人でもお金さえ払えば利用可能となる。JASRAC は使用回数を増やすための効率性を重視
しているため著作権料さえ支払えば誰でも利用の許可をとれるのだ。しかし、その逆の問
題として、独占の弊害とも言うべき二次創作の阻害というものも発生する。
ここまでで、JASRAC の問題点を挙げてきた。このような問題点を考慮し、次では
JASRAC を廃止するという考えのもと、議論を進めていきたい。
2-6. JASRAC 廃止
JASRAC を廃止した場合、どのような変化が起こるのか、考えてみよう。
JASRAC が廃止された場合にまず問題になるのが、それまで JASRAC が行っていた業務
をだれが行うのかということである。考えられる案として、2つのものが挙げられる1つ
目の案は、音楽出版社が作詞家・作曲家から譲渡された著作権を他の団体に譲渡すること
なく音楽出版社自体が JASRAC の業務を行うというものである。2つ目の案は、レコード
29
会社が JASARC の業務を行うというものがある。この場合、音楽出版社はレコード会社に
著作権を譲渡し、レコード会社は著作権・著作隣接権の両方を持つことになる。
以下では、2つ目の案について、考えていきたい。
JASRAC が廃止され、その業務をレコード会社が行う場合を想定し、その場合、前に挙
げた JASRAC の問題点が改善されるのかどうかをみていこう。
まずは、独占の問題から考えてみる。JASRAC は著作権管理事業市場においてほとんど
独占状態であったが、レコード会社は複数存在している。つまり、レコード会社が著作権
管理を行うならば、独占という問題は起こらない。JASRAC の独占の下では、音楽出版社
にはどこに著作権管理を委託するかの選択肢が JASRAC 以外になかったが、レコード会社
が著作権管理を行うならば、音楽出版社は複数あるレコード会社のうちどこに委託するか
を自身で選択することができるようになるのである。つまり、著作権管理事業市場は競争
状態となる。
次にインセンティブの不一致の問題である。前に述べたように、これは、著作物を広め
たいとする音楽出版社・レコード会社と、著作権を強化して使用料を集めたいとする
JASRAC との間のインセンティブの不一致であった。JASRAC が廃止され、著作権の管理
をレコード会社が行うようになれば、その不一致は解消される。そして、レコード会社は、
自身の戦略に合わせて著作権管理を行うことが出来るようになる。先に述べたように、CD
が売れなくなっている今日では、レコード会社は CD 販売以外のところ、つまりライブや
グッズなどでの売り上げを伸ばそうとしており、そのためにはアーティストの曲を知って
もらうことが前提となる。レコード会社に著作権が譲渡されると、そうした戦略に合わせ
た柔軟な著作権管理を行うインセンティブがレコード会社に働き、JASRAC が行っていた
ような過剰な使用料徴収が行われることはなくなると考えられる。また、レコード会社が
自社の戦略に合わせた著作権の管理を行うならば、著作権の管理規制を緩めて様々な場で
の演奏・放送に対する使用料を下げることが妥当であるといえるだろう。そうした場合、
利用したいと考える人による著作物の利用が促進される。また、自身の戦略に合わせ、CD
やライブ・グッズなど複数ある収入源との組み合わせの中で著作権を管理することにより、
レコード会社自身の利潤が増加すると考えられる。
このことについて、モデルを使って検証する。
音楽を財 1、それ以外の補完的な財・サービス(ライブやグッズなど)を財 2 とする。
また、音楽の逆需要関数を
p
a
q
bq
p
a
q
bq
補完財の逆需要関数を、
とする。(q は需要量)
30
ここで、0<b<1 を想定する。つまり、q2 が増加すると、p1 が上昇する(音楽に対して支払っ
てもよい価格が上昇する)とする。
なお、簡易化のため、a1=a2=a とする。
また、費用は、
C q
Cq
c q
p q
とする。
いま、レコード会社は、利潤
p q
c q
を最大化する。
最大化の一階の条件より、q1 で微分すると、
a
q
bq
q
c
bq
0
より、
2bq
q
a
c
①
2
また、q2 で微分すると、
a
bq
q
bq
q
c
0
より、
q
2bq
a
c
2
②
となる。
① ②を連立させることで、
q
q
a c
2 1
b a c
b 1 b
b a c
a c
2 1 b 1 b
を得る。
ここで、著作権の JASRAC 管理のもとでの使いにくさによって、費用 c1 が大きくなってい
る現状を仮定する。いま、レコード会社か著作権を自身の戦略に合わせて管理することが
出来るようになることで、費用 c1 はc に変わるとする(c1>c )
このとき、
q
a c
2 1
b a c
b 1 b
となり、c1>c より、音楽の生産量は増加する。また、音楽とその他の財・サービスは補完
的な関係であるので、音楽の生産量の増加は補完財の生産量に影響を与え、
31
q
b a c
a c
2 1 b 1 b
となる。c1>c より、補完財の生産量も増加する。
ここまでで、著作権の管理をレコード会社が行うことにより、取引量が増えることが示さ
れた。次に、このときレコード会社の利潤が増加することを検証する。
レコード会社の利潤は、
p q
π
であり、q
c q
、q
p q
c q
を代入すると、
π
a
a c
4 1 b 1
c
b
という式が導き出される。
費用 c1 が減少しc に変化した場合のレコード会社の利潤は、
π
a
a c
4 1 b 1
c
b
となり、c1>c より、変化前と比較すると、増加していることが分かる。
以上のことから、レコード会社が著作権の管理を行う場合、音楽とその補完財の取引量が
増加し、レコード会社の利潤は増加するということが言える。
また、レコード会社が著作権を管理する場合の音楽配信業者の変化も考えてみよう。音
楽配信業者は、配信するにあたってその曲の著作権と著作隣接権の利用許諾をとる必要が
ある。JASRAC が著作権を管理している場合の音楽配信業者の動きを見てみると、著作権
は JASRAC に、著作隣接権はレコード会社に使用許諾を求めなければならない。しかし、
JASRAC が廃止され、レコード会社が著作権と著作隣接権の両方の管理を行う場合、音楽
配信業者はレコード会社に著作権と著作隣接権の利用許諾を一括で求めることができ、そ
の分コスト下がると考えられる。
32
2-7. まとめ
音楽業界では電子化の進展によってレコードの販売数が減るという変化が起きている。
レコード会社・音楽出版社のレコード販売によって利潤を得るという従来のビジネスプラ
ンはライブ・グッズの売り上げによって利益を得るという方向に変わってきている。その
ため、楽曲・歌手の知名度を向上させようとするが、JASRAC は収益構造上厳しく利用を
取り締まる。この両者のインセンティブの不一致を解消するため、独占状態である JASRAC
を廃止しレコード会社・音楽出版社が著作権を管理し、自社の戦略によって柔軟に著作権
を利用させるようにするべきであるという結論を導いた。
33
第Ⅲ章
電子書籍
3-1. 電子書籍の現状
3-1-1. 出版業界の現状
2007 年 11 月、電子書籍端末キンドルがデビューした。
出版界の売り上げ額は 2 兆 409 億 4812 万円で、対前年比 4.1%減という現状であった。そ
れに対し、電子書籍の市場規模は 2009 年 3 月末時点で、464 億で対前年比 31%増という驚
異的な躍進をしている市場である。
この電子化が受け入れられた理由として利用者、著作者、出版社それぞれの争点から利
点を述べようと思う。
3-1-1-1.
利用者
利用者にとっての利点としてとして 1.利便性
2.価格という二点が挙げられる。
利便性とは、電子書籍の場合持ち運びが電子書籍端末の機械だけで、複数の本を持ち運ぶ
必要がなくなり、非常に軽量化できるという点、保存が容易である点、また読みながら分
からない単語に印をつけたり、またネットにつないで検索出来たり、と本の理解度を深め
ることができる。また、ネットで本を買うので、「本屋に行って、目当ての本が売り切れだ
った」といったような手間が絶対にかからないので、サーチコストも減らすことができる。
また、価格についてだが、これは紙媒体の書籍と違い、印刷代がかからないため、大体
の電子書籍が紙媒体のものより安くなっているのだ。これは消費者にとって非常に望まし
い。
3-1-1-2. 著作者
著作者にとっての利点として 1.収益性 2.出版の容易さという二点が挙げられる。収益性
の利点とは、従来の紙媒体の書籍の印税は最大でも 10%とされている。
しかし、電子書籍の場合著者に最大 70%還元する、という形態も可能になってくる。よ
って著者は今まで出版社に渡っていた分のお金を全て自分のものに出来るのだ。なぜこの
ような印税に出来るのかというと、今までは出版社が製造コストや在庫リスクを負ってい
たため、著者は返品や増版に関するコストやリスクを負わなくてよいシステムになってい
た。電子書籍の場合は、こういった固定の費用は全く必要なくなり、参入するリスクが低
い。
34
3-1-1-3. 出版社
出版社にとっての利点として 1.コスト 2.補完財としての収益の二点が挙げられる。コス
トは、3-1-1-2 で述べたように、在庫や印刷のコストを抑えることができるという点が非常
に大きい。収益構造として、電子書籍市場が大きくなったとしても、紙媒体の書籍は決し
てなくならない。現在、紙媒体でベストセラーになった電子書籍が売れており、電子書籍
だけで売れるのはほとんどない状況である。よって、出版社が出版前に校閲を経た信頼度
の高い出版物が電子化されることで、さらに付加価値を付ける、つまり紙媒体と電子版は
補完財的な関係にあるのだ。両方から収益を得ることができれば、出版社にとって非常に
良い動きである。
このように、どの方面から電子書籍について考えても多くの利点が挙げられる。電子書
籍が普及することによって、気軽に、また多様な商品が出回ることになるため、消費者と
出版社両方のインセンティブは一致する。
3-1-2. 電子書籍化における課題
電子化によって懸念されるのはフリーコピーが挙げられるが、これは電子書籍の配信シ
ステムが中央集権型で、P2P のような破壊力を持たない。つまり、アマゾンのキンドルの
ように、ある電子書籍端末でしか再生ができないようなシステムであるからだ。これは同
時に本の貸し借りなどが出来ないという不便さも存在する。しかし、出版社や取次業者に
与える影響力は変わってしまう。本来であれば、本を出す為に、出版社、印刷会社、流通
会社、小売店、といった多くの機関が携わっていた。しかし、電子化が進むにつれ、これ
らの中間業者は不要となってしまう。その中で、わたしたちは本が出版されるにあたって、
出版社の役割は大きいとしたうえで、出版社の役割、また電子化に際し著作者と出版社間
での著作権のマネージメントについてこれから考察していく。
3-2. 電子書籍と著作権
3-2-1. 著作権所在不明瞭問題解決の重要性
現在出版業界では、著作権がいったい誰に既存するのかがあやふやになってしまってい
て、2 次利用をするための許可を誰に求めればよいのかわからないという問題が存在してい
る。具体的には、著者なのか、それとも出版社なのか特定できない場合が多々あること。
35
また、絶版書籍、とりわけ「孤児作品」については、著作権者等に係る情報の入手が極め
て困難な場合がある。電子化に伴い、流通作品が増加すること、複製が容易になることを
考えると著作権の所在問題は現在より拡大することが考えられる。そのため、著作権の所
在を明確にし、取引コストを低下させることで出版物の円滑かつ安定的な生産と流通を促
すことが重要となる。
3-2-2. 著作権の所在確定に向けた政府の動き
2010 年「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」
というものが総務省・文部科学省・経済産業省主導で行われた。その報告の中から、電子
書籍の出版形態と著作権に関するものについてのみ見ていく。
デジタル・ネットワーク社会における出版物の円滑かつ安定的な生産と流通による知の
拡大再生産の実現のために、出版物の権利処理の円滑化による取引コストの低減、及び関
係者への適正な利益還元方策として何らかの「権利の集中管理」といった制度的・組織的
アプローチを模索することが必要ではないかとの指摘がある。 その一方で、出版物の著作
者を情報通信技術によって探し出すことができること、出版物の性質によって創作活動に
おける著作者と編集者・出版社との関与の度合いは様々であり、権利処理の集中管理には
なじまない出版物もあるため、「権利の集中管理」そのものが必要でない、あるいは実態に
なじまないという指摘もある。そこで報告では、『何らかの「権利の集中管理」を行うため
の制度的・組織的アプローチについては、実態をしっかりと懸賞、把握した上で、その必
要性を含め、今後さらに検討を行う』としている。
また、出版社の権利についても、著作者との契約関係を明確にしておく必要性が高まる。
出版者側から出版者の権利内容を明確にすることにより、出版契約が促進される可能性が
ある。今後増加することが想定される出版物の違法複製に対しても、出版者が物件請求権
である差し止め請求を行い得るようにすることで、より効果的な違法複製物対策が可能と
なることなどを理由に、出版者に著作隣接権を付与するべきであるとの主張がある。一方
で、著作者と出版者との間で独占的な許諾契約を結ぶなど明確な出版契約を結ぶことによ
って、種々の課題に対応可能であることや、出版者・編集者の関与の度合いは様々であり、
一律に出版者に新たな権利を付与することは、権利関係をさらに複雑にするという意見も
存在する。
36
3-3. 電子書籍における著作権の所在
論点は2つ存在する。1つ目は「権利の集中管理」を行う機関を作るかどうか、2つ目
は出版社に権利を付与するかどうかである。両問題に対して、この懇親会ではどちらも明
確な判断がなされず、今後検討することになっている。以下両問題対する私たちの考えを
述べていく。
3-3-1. 「権利の集中管理」機関の存在
「権利の集中管理」機関の典型と言えば、音楽業界の JASRAC である。音楽の章でも述
べたが、JASRAC は国内の作詞者、作曲者、音楽出版者などの権利者から著作権の管理委
託を受け、膨大な数の管理楽曲をデータベース化し、演奏、放送、録音、ネット配信など
さまざまな形で利用される音楽について、利用者の方が簡単な手続きと適正な料金で著作
権の手続きができる窓口である。また、集められた使用料は、作詞者・作曲者・音楽出版
者など権利を委託された方に定期的に分配するとしている。同様のものを作成すると仮定
すると、著者、出版社から著作権の管理委託を受け、適正な料金で著作権の手続きができ
る窓口をつくるということになる。確かに、今まで所在が分からなかった権利の管理を1
つの窓口で行うことで取引コストは大幅に減少し、2 次利用なども容易になるという利点が
ある。しかし、多数の問題点を抱えることになる。1 つ目は「適正な価格」はいくらなのか
という問題である。JASRAC の場合は使用する場所の広さによって価格が決められている。
書籍の場合は何を基準に判断すべきなのか、またいくらに設定するべきなのかを考えるの
は容易なことではない。また、 JASRAC 同様、社団法人という位置づけであっても、独占
団体を生むことになる。独占団体が「適正な価格」を設定するのか。政府が監視するとし
ても、政 府に「適正な価格」がわかるのか甚だ疑問である。2 つ目は分配の仕方である。
誰にどのように分配するのか。一律で決めてしまってよいものなのか。そもそも適切な分
配は可能なのか難しい問題である。3 つ目は 2 次利用の幅である。音楽の場合 BGM として
使う、ダンススクールで使う、テレビなど放送で使うといったように用途が多く、使用さ
れる回数も多い。しかし、書籍の場合、引用は認められているため、音楽ほど用途が多く
はない。そのため、管理団体の利用機会は JASRAC よりも少なくなることが考えられる。
そのときに、管理団体を設置するだけの価値があるのかどうか、運営費を回収できるのか
どうかが問題として 浮上する。以上のように、確かに管理団体の設置によって著作権の管
理はされやすくなる。しかし、それに対してのロスが大きすぎるため、有効に活用された
としても、総余剰は減少してしまう。
37
3-3-2.
出版社への権利付与
もう 1 つの論点である出版社への権利付与を考えてみたい。その前にそもそも出版社が
書籍業界でどのような役割をしているのかを先に確認し、その後議論したい。
3-3-2-1.
出版社の役割
出版社の役割は電子化に伴い大きく変化すると考えられる。現状、出版社の仕事は大き
く3つある。1つ目は委託販売制度にのっとり、小売店(本屋)での売れ残りをすべて回
収するというリスクをすべて負うというものである。一般的に商品の入荷に際して、売れ
残りや在庫に関するリスクはすべて小売店が負うのが一般的である。しかし出版業界の場
合、先ほど述べた通り、売れ残ったものはすべて出版社に返品するという仕組みになって
いる。出版業界のリスクを出版 社が負っていることで流通が活発化している。2つ目は
製本に向けた編集である。製本する際には本文だけでなく、表紙や扉絵といった本文以外
の部分の作成が 必要になる。その作業は著者ではなく出版社が担当することが多い。ま
た、出版社でデザインを行うこともあれば、出版社がデザイナーに依頼をだして、作成し
てもらうということもある。3つ目はマーティングである。本もただ出版すれば売れると
いうことはない。そのため出版社は消費者がどのような本を欲していて、どのように販売
すればよいのか、またどのように宣伝するのがよいのかという戦略を練る機関として機能
している。現在の出版社は以上のような働きによって出版業界にはなくてはならない存在
として機能している。
上述した通り電子化による最大の特徴は、在庫コストが存在しないことである。在庫が
存在しないことにより、出版社の最大の存在意義であったリスクの負担は必要なくなる。
また、扉絵のデザインも著者が容易に作成できるようになり、電子書籍に関しては表紙も
不要になる。このように、出版社の地位は現状よりも大きく低下する。しかし、絶対に不
要にはならない。書籍市場において、消費者が望むもの等情報を最も所持しているのは出
版社である。市場調査には莫大な時間がかかるため、著者が市場調査をするよりも、長年
のノウハウを蓄積している出版社にマーケティングを依頼し、著者は執筆に専念するほう
が効率的である。また、電子化の問題として出版に関してコストが大幅に下がることによ
って、駄作が大量に発生することが考えられる。どのようなものが欲されているのかを吟
味し、適切に配信する機関としてのノウハウをもっているのも出版社なのである。
さらに出版社は長期的な視点に立ち評判を維持するため良作だけを市場に流すインセ
ンティブが存在する。例えば本格的な経済の本を購入しようと考えている消費者が存在し、
目の前に2冊の同じページ数で同じ価格の書籍 A、B があるとする。ただし、A は著 者の
自主出版、B は「○○経済出版社」が発行しているものとする。消費者はどちらか一方の
38
み購入可能であるとするとどちらを購入すると考えられるだろうか。おそらく出版社の名
前が書かれ B を購入するだろう。それは、出版社が長年築きあげてきた信頼があるためで
あり、出版社の名前がある方が当然誤字脱字は少ないだろうし、内容が洗練されているの
ではないかと消費者が考えるためである。もし、仮に「○○経済出版社」が質の悪い書籍
を市場に流した場合、消費者はもう 2 度とその出版社から書籍を購入しなくなる。すると
出版社は長期的に存続することができなくなってしまう。そのため出版社は評判を維持す
るために良作のみを市場に流そうとするのである。
最後に作品のシグナリングである。電子化すれば著者は出版社を介さずに市場に作品を
流すことが可能である。もちろん出版社を通せば著者の取り分は少なくなる。つまり、出
版社に依頼するということはコストを伴う。しかし、良作を作った著作者は、ある程度売
れるということがわかっているため出版社を通しても制作にかかった固定費用を回収で
きる。対して、悪質な書籍を制作した著作者は出版社を通してしまうと固定費用を回収で
きない。その時、良作を作った著作者があえて出版社を通すという悪質な書籍を制作した
著作者にはできないコストを伴った行動をすることで、消費者に対して質の高さを消費者
に伝えることができ、悪質な電子書籍と差別化をすることができる。このように、著者は
出版社をシグナリングとして活用することができる。
以上のように、電子化に伴い従来の出版社の役割は大きく減少する。しかし、出版社の
長年のノウハウは電子化に関わらず重要なものであり、また新たな役割があることから、
役割は大きく変化するが、電子化前と変わらず出版社は書籍産業を支える重要な機関であ
り、著者にとって重要なパートナーである。
3-3-2-2.
出版社への権利付与再論
出版社への権利付与について改めて考えていく。出版社は上述のように、編集という
作業によって、著作物に手を加えている。その点で著作隣接権を付与するのは不可能で
はない。しかし、2 つ問題点が考えられる。1 つ目は権利の複雑化である。政府の報告で
も触れられていたが著作隣接権を付与した場合、権利関係は複雑になり、著者と出版社
両者の許可を得なければならず、2 次利用をする際の取引コストが増大することが考えら
れる。2 つ目は出版社の目的と権利の目的との相違である。そもそも、著作権の目的は著
者が作品の作成にかかる固定費用を回収できるようにし、著者に作品を生み出してもら
うことである。大事なことは、著作権は利益を保証することやコピーをむやみに取り締
まるための権利ではないということである。出版社の編集にかかる固定費用の大部分は
編集時間が考えられる。しかし、一般的に編集時間は執筆時間に比べとても短く済む。
そのため、出版者の固定費用は現状でもすでに十分回収されている。よって著作隣接権
についても付与するのは適切ではない。著作権は与えられたものに独占権を与える。独
占権という権利の重さをもっと深く考えて付与を検討すべきである。
39
3-4. 権利の所在についての意見
ここから私たちが考える著作権のマネージメントについて説明していく。結論は、著者
が出版社を通して出版・配信する場合は出版社に権利を譲渡し、マネージメントは出版社
が行うというものである。
まず、なぜ権利を扱う主体が著者ではなく出版社なのかという点である。1 つ目はマーケ
ティングの主体が出版社であるため、音楽での議論同様、戦略に合わせて著作権の強度を
コントロールできる点である。電子化により、書籍の販売量は減少すると考えられている
が、あながち減少一辺倒になるとは限らない。それは、相対的に価格の低い電子書籍が書
籍の広告となり、書籍の販売を伸ばすという可能性があるからだ。もちろん電子書籍一辺
倒という戦略もあり得る。このように書籍を販売する戦略は様々である。その戦略を練る
のは出版社である。戦略によっては著作権を強くは行使せず、複製を黙認することも戦略
的に有効になる。2 つ目は著者が執筆活動に専念できるということである。書籍の本体は著
者によって生み出される。著者が執筆活動の合間に著作権のマネージメントを考えること
は知識の面、戦略の面で非効率的である。
次に、どのように譲渡させるのかという点についてである。譲渡に関しては各案件につ
いて出版社と著者の交渉・契約によって行わせる。その理由は 2 つある。 1 つ目は案件に
よる柔軟性を確保することである。作品によって出版社に依頼する作業は千差万別である。
ひとつの基準で決めるのではなく、作品ごとに決定するほうが適切である。2 つ目は交渉に
よる競争の発生である。著者は 1 人であるのに対して、出版社は数十社存在する。そのた
め出版社がどうしても出版したい原稿であれば、出版社は他社よりもより著者に有利な契
約を提示しなければ断られ、乗り換えられてしまう。そのため出版社は自社ができる最高
の提案をする必要がある。それにより著者はより出版社が求める出版に適した、つまり世
の中が求めている作品を作るインセンティブが生まれる。
問題点としては、新規参入のむずかしさが挙げられる。新人の著者の場合、出版社と契
約が結べるのかというリスクが存在し、執筆をしなくなる可能性があるということである。
しかし、電子書籍の利点がその問題を小さくあるいは解消する。電子書籍の場合必ずしも
出版社を通す必要はなく、より簡単に自主配信ができる。そのため、良作をつくることが
できれば出版社の競争もあり、契約をする場にこぎつけられる。仮に出版社と契約ができ
なくともプラットフォームが存在するため、利益を得ることができるのである。
40
3-5. 反証―電子書籍大国・アメリカとの違い
日本には著作権の所存についての議論の決着がついておらず、未だに電子書籍を電子書
籍端末で読むという光景はまだ珍しい。日本版に対応した iPad が発売されて以来、多くの
注目を浴びるようになったが、まだまだ日本語の書籍は著作権切れのものが多く、消費者
のニーズをとらえていないのが現状である。しかし、アマゾンのキンドルが近日日本版を
発売するとの見解を見せ、日本の電子書籍市場も拡大を迫られているのだ。
アメリカでの電子化における日本との違いを述べることで、前述した提案が反証できる
と考えた。
3-5-1.
アメリカでの電子書籍事情
2007 年 11 月アマゾンがキンドルを発表して以降、米国では電子書籍市場が急成長して
いる。2009 年時点での米国の書籍の売り上げは、昨年 1.8%減の 239 億ドル(約 2 兆 2000
億円)だったが、電子書籍コンテンツの売り上げは 3 倍増の 3 億 1,371 万ドル、ニューヨ
ークタイムズによれば、実にその 90%をアマゾンが占めている。出版コンサルタントのマ
イク・シャツキン氏は、電子書籍の売り上げは、2012 年までに書籍市場全体の 20~25%に
届き、現在予想されている 5~10%を超えると予想されている。
<日本の出版社の役割>出版社は出版の最終的な決定権を持っており、契約による報酬
を払いきったあとの利潤を取る権利(=残余コントロール権)を持っており、逆に、出版
社と取次が在庫リスクも取っている。つまり、小売店と著者はリスクも少なく、リターン
も少ない状態になっている。また、現在の出版社は「紙媒体での出版権」しか有しておら
ず、デジタル化の許諾権は著者にある。
<アメリカの出版社の役割>アメリカの場合は出版エージェントが著者の代理人として
版元と交渉し、一番いい条件を出した会社と契約をしている。報酬の形態も前金でもらっ
たり、ハードカバーとペーパーブックで著者の取り分が変わったり、とさまざまである。
米出版業界は電子書籍を前向きに捉えているようだ。
電子書籍化がさらに普及するようになると、今まで在庫処理や返品といった最大のリス
クを負ってくれていた出版社も、必要なくなってしまう。著者は最大 70%還元※する、と
いったような版元が出てくると、従来の出版社ではなく、そちらに流れる可能性も十分に
考えられる。実際にはキンドル書店の場合、インターネット通信料も負担しているために、
41
アマゾンが 65%、出品者は 35%という配分になっているようだ。
※音声読み上げを許可、他のプラットフォームから同じ本を販売する場合もキンドル用の価格を
最低にする、紙版の価格の 80%(2.99~9.99$)以下などの細かい条件がいろいろつく。また、
本の制作やプロモーションにかける手間やコストといった、今まで編集者や出版社の営業の人が
やっていた部分を著者が自分で全部した場合に、著者に売り上げの 70%が入るという仕組み。
3-5-2.
電子書籍の今後
最近では大きな注目を浴びることになった電子書籍であるが、もちろん一時のブームに
はおさまらない。他社との競争が激しく、新たな参入者も多く誕生すると考えられている
市場である。すでに様々な競合が存在しており、それぞれの端末、会社が戦略的に行動す
ることで電子書籍化をさらに促進させると考えられている。
3-5-2-1.
アマゾン―キンドル
(電子書籍端末、通信、コンテンツ、プラットフォームを統合――垂直型統合(クローズド))
2007 年 11 月発売以来 2009 年末での出荷台数は 330 万台。電子書籍を含めたキンドル関連
の売り上げは 2010 年に 14 億ドルを記録するであろうとみられている。アマゾンは販売実
績や事業の詳細を絶対に公表しない。キンドル・ストアのビジネスモデルについても謎に
包まれており、商品の製造元である書籍出版社などとの売上分配率などは明らかになって
いなかった。電子書籍の場合、出版社の取り分は 50%~70%とみられ、出版社にとって納
得のいくものになっていると考えられている。
iPad との大きな違いは、さまざまな目的に対応する端末ではなく、あくまで読書家の要
求にこたえられることに焦点を置いているというところだ。
アマゾンはキンドル端末の通信コストを国際ローミング料金も含めて、アマゾンが負担
し、利用者は携帯電話事業との契約をなしで、利用できる。アマゾン・ドット・コムのア
カウントを利用して、紙の書籍を購入するのと同じ方法でコンテンツの入手が可能。1 タイ
トル 9.99 ドル(米国では通常、新刊本の単行本価格は 27 ドル程度で、その電子版は 16 ド
ル程度で販売されるのが一般的)9.99 ドルの価格設定により、多くのキンドルユーザーに
電子書籍のエクスペリエスを提供することに成功した。
他の電子書籍ストアで販売されているコンテンツの大半は著作権切れの無料コンテンツ
である現状のなかで、購入に値する電子書籍はアマゾン・ドット・コムにしかないといわ
れるほど、同社は新書やベストセラーを含めた多くのコンテンツを有している。アマゾン
が、電子書籍市場においてメインプレーヤーであり続けることに変わりはない。
3-5-2-2.
アップル―iPad
42
(端末 OS でコンテンツ、プラットフォームでの囲い込み――垂直型統合(クローズド))
iPad ユーザーは「App Store」を通じて「iBook アプリ」を無料ダウンロード、さらに本を
購入する。キンドルとの違いは、通信料は別途通信事業者と契約をして、通信料金は通信
事業者に支払う必要がある。
また、アップルによる規制が厳しく行われているのも特徴である。コンテンツの小売価
格は出版社などの、コンテンツ提供者側にある。現在出版 5 社および取次 7 社と提携して
おり、アップルの手数料は一律コンテンツ価格の 30%となっている。中小規模の出版社や
個人も提供できるが、その際はアップル指定の事業者に初期費用と利用料金を支払わなく
てはならない。
通信やコンテンツに比較的高額な費用を支払うユーザーを中心に普及が拡大していくの
では、と見られている。
3-5-2-3.
Google―電子書籍ストア Google Edition
Google Editions では、ブラウザを介してさまざまな機器から利用できるデバイス・フリ
ーの環境を提供するという。ダウンロードはできず、クラウド上で管理される。その点で
アマゾンとアップルと大きく異なっている。利用者は「利用料」として料金を支払う。さ
らに、Google Editions は第三者(出版社、書店、サイト運営者、個人など)が各自のサイ
ト上に開設でき、グーグルの中間マージンは発生しない。2010 年 6 月現在、米国すべての
出版社はグーグルが進める書籍の電子化を承認し、グーグルが展開している電子書籍販売
促進活動に参加を決めた著者や出版社は 2 万 5000 社、書籍は 200 万点に達している。Google
Editions のビジネスモデルは、出版社や書店、作家などにとって、自社のオンラインスト
アに誘引するための、有益なツールとなると考えられている。
このように競合他社が一斉に電子書籍市場に様々な形で参入し、活発化しているのが伺
える。電子書籍が増えるという事は、消費者にとっても、出版社にとってもとても重要な
事である。しかし、電子化されるにあたり、ここまでアメリカが素早く対応し、ここまで
市場を大きく出来た背景には、出版社と著作者の間での著作権の制度に足を引っ張られな
かったというところが大きい。
3-5-3.
アメリカの電子書籍と著作権
アメリカでは「著作者人格権」というのは認められていない。つまり著作権が譲渡され
れば全ての権利が移転し、著作者には何も残らない。これはわが国と大きく異なる点であ
る。日本での出版本を電子化するにあたって、「著作者人格権」が保護されているために、
著作権者に許諾が必要である。これを破れば“複製権違反”である。
(1989 年にベルヌ条約に
43
加盟したものの、まだ、ベルヌ条約が規定する「著作者人格権保護」の義務を果たしてい
ないという声があるのが現状である。アメリカでは、著作者人格権が極めて限定的な形で
しか認められない。)
3-6. 日本の電子書籍市場に求められるもの
3-6-1. 著作人格権のあり方
アマゾンが筆頭となり、多くの著作物が電子化されている。この電子書籍市場の拡大に
伴い、米国は出版社の対応がいち早く求められた。このような時代の変化にアメリカの出
版社がいち早く対応できたのも「著作者人格権」というものが認められておらず、著作権
を上手くマネージメント出来た結果であると考えられる。日本では著作者に電子化する最
終決定が委ねられる、という制度で「著作者人格権」が強く守られすぎていると結論付け
た。今後は出版社が電子版も含めて総合的に「書籍」という財を世の中に多く送り出す必
要がある。その仕組みが出版社にとっても、著作者にとっても、消費者にとっても最適で
あるのだ。
3-6-2.
日本の電子書籍市場に求められるもの
アメリカで拡大を続けている電子書籍市場に日本もすぐにでも参入すべきであるが、著
作権の所在がはっきりとしておらず、また、「著作者人格権」についての扱いもアメリカと
違い、著作者の著作物を作るインセンティブを大きくしておきたいがために、非常に重視
されている。しかし、著作者は出版社を介さず、自費出版した場合に今までより格段に高
い印税をもらえるとしても、出版社が今まで行っていた校閲などを経ていない書籍の質は
落ち、その結果書籍売り上げを減らし、最終的に書籍市場の規模を縮小してしまうのであ
る。
出版社に校閲された書籍は、上手く売りだされ、多くの消費者に読まれる。これが電子
版で登場することによって、紙媒体では億劫で買わなかった顧客層も簡単に入手出来、売
上が伸びる。実際に Kindle エディションの電子書籍については、Amazon.com のベストセ
ラー書籍トップ 1000 までについて、直近の 30 日間では、紙本のハードカバーとペーパー
バックを合わせたよりも Kindle Edition のほうが売れていることも明らかにしている。紙
本の売上が落ちているわけではなく成長しているにもかかわらず、特にベストセラートッ
プ 10 では、Kindle と紙媒体でのとの売り上げ比率は 2:1 以上だとしている。
44
このように、一度紙媒体でベストセラーとなる書籍は特に電子化の恩恵を受けるため、
校閲を受けていない粗悪な作品よりも、収益性としては増す。よって、今後電子書籍市場
が大きくなったとしても、従来の出版社を介した紙媒体での出版は無くなってはならない。
3-7.
まとめ
電子化する書籍市場において、誰がどこまでの権利を持って財を管理するか、という結
論において、私たちは「著者が出版社を通して出版・配信する場合は出版社に権利を譲渡
し、マネージメントは出版社が行う」という結論に至る。
これは、3-4 で述べたような理由が挙げられ、アメリカを例にあげることで反証がなされ
た。今後、ますます発展するだろう電子書籍市場において日本がより有益な財を世に送り
出せるかは、この著作権のマネージメントの問題が解決できるかにかかっていると結論づ
ける。
45
第Ⅳ章
結論
今回、財の電子化という流れに著作権のあり方が大きく影響を受けている音楽と書籍に
ついて扱った。今の著作権所在の問題点を指摘し、音楽と電子書籍の著作権の今後のあり
方について論じてきた。結論は音楽の場合は、JASRAC と音楽出版会社・レコード会社と
のインセンティブ不一致という問題を解決し、柔軟な企業戦略に著作権を対応させ、生み
出された財を最大限利用するために、JASRAC を廃止するという結論を導いた。そして電
子書籍は著作権の所在がすでに曖昧であるという問題を明らかにし、さらに、著者にとっ
て出版社は重要性な戦略パートナーであるということを説明した。そこで出版社に著作権
を譲渡し、音楽同様柔軟な販売戦略を容易にすることで全面的に書籍をマネージメントす
るという結論を導いた。
以上2つの財に限らず、これからも電子化の波は収まらないであろう。電子化はいかな
る財についても、大きな変化である。その変化に対応した収益構造を構築しなければ財か
ら得られる効用は非常に限られたものになってしまう。収益構造の変化に伴い、財の持つ
社会的価値を最大化するような経済構造・著作権のような知的財産権を誰が持つのが最も
効率的なのか、いかに知的財産権をマネージメントしていけばよりよい市場になるか、法
律のように一辺倒な杓子定規的な発想ではなく、それぞれの財について柔軟に真剣に議論
していく必要がある。
46
参考文献
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