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第23回昭和大学学士会シンポジウム 講演録

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第23回昭和大学学士会シンポジウム 講演録
昭和学士会誌 第74巻 第 5 号〔 563-594 頁,2014 〕
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
「感染症」
日 時 平成 26 年 7 月 19 日(土)13 時∼ 16 時
場 所 昭和大学 1 号館 7 階講堂
担 当 昭和大学医学部微生物学講座
昭和大学医学部内科学講座(臨床感染症学部門)
開会の挨拶
昭 和 大 学 学 長 昭和大学学士会会長 小 出 良 平
座 長
昭和大学医学部微生物学講座 田 中 和 生
昭和大学医学部内科学講座(臨床感染症学部門) 二 木 芳 人
1.真菌感染症
・真菌感染症の現状(20 分)
昭和大学医学部内科学講座(臨床感染症学部門) 二 木 芳 人
・真菌感染症に対する治療(15 分)
昭和大学薬学部薬物療法学講座感染制御薬学部門 准教授 石 野 敬 子
2.新生児サイトメガロウイルス感染症
・新生児 CMV 感染症の現況(20 分)
昭和大学江東豊洲病院小児内科 水 野 克 己
・経胎盤感染の細胞生物学(15 分)
昭和大学医学部微生物学講座 幸 田 力
3.口腔感染症と全身感染症(20 分)
昭和大学歯学部口腔微生物学講座 桑 田 啓 貴
4.再興・新興感染症
・結核や非結核性抗酸菌感染症の動向と最近の話題(25 分)
堺市衛生研究所・国立感染症研究所 昭和大学医学部微生物学講座 小 林 和 夫
・新興ウイルス感染症と SFTS(30 分)
国立感染症研究所ウイルス第一部 西 條 政 幸
総合討論(30 分)
閉会の挨拶
昭和大学医学部長
昭和大学学士会副会長 久 光 正
主 催 昭和大学学士会
後 援 昭和大学医師会
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
1.真菌感染症
・真菌感染症の現状
開会の辞
○進行 それでは定刻となりましたので,ただ今よ
り「第 23 回昭和大学学士会シンポジウム」を開催
させていただきます.まず始めに開会のご挨拶を,
昭和大学学長,昭和大学学士会会長,小出良平先生
にお願いしたいと存じます.小出先生,よろしくお
願い申し上げます.
開会の挨拶
昭和大学学長
小出 良平
○小出 昭和大学学士会の第 23 回のシンポジウム
を始めるに当たりまして,一言,ご挨拶させていた
だきたいと思います.
ただ今ご紹介がありましたように,本会は,大変
画期的なものです.昭和大学医学会は昭和 28 年に,
第 1 回目が開催されまして,続いていたのでありま
すが,その後 4 学部ができました.それから富士吉
田の教育部と 5 つのセクションを 1 つにまとめてい
ただきまして,昭和大学学士会というのを今年から
発会したわけであります.いわゆる新装開店の,そ
の初めてのシンポジウムであります.
学士会の学術を担当されている先生は,医学部の
宮崎教授,田中教授,小林洋一教授,小川教授,そ
れから歯学部の飯島教授,美島教授,それから薬学
部の原教授,保健医療学部の浅野教授が学術部をご
担当されております.本日は,その 1 回目です.今
回のシンポジウムを企画していただいた当番は医学
部の微生物学講座,並びに医学部の内科学講座の臨
床感染症学部門の 2 つの教室が,本日のシンポジウ
ムをご担当されております.
このシンポジウム,4 学部で構成されております
ので,是非,新しくなった学士会の一面を,皆さん
にご覧になっていただければよろしいかと思いま
す.どうぞよろしくお願いいたします.
○進行 小出先生,ありがとうございました.
それでは本日のシンポジウムに入らせていただき
ます.座長は,微生物学部門,田中和生先生と,内
科学講座臨床感染症学部門,二木芳人先生です.そ
れではよろしくお願いいたします.
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二木 芳人
昭和大学医学部内科学講座(臨床感染症学部門)
○田中 では,早速始めさせていただきます.司会
は私と臨床感染症の二木先生と 2 人で,前半を私,
田中が,後半を二木先生にお願いして,進行してい
きたいと思います.
最初の 2 題は真菌症に関する話題で,2 つの演題
が終わってから質問をお受けしたいと思います.
簡単に,二木先生をご紹介いたします.二木先生
は昭和 51 年に川崎医科大学をご卒業されまして,
昭和 63 年からニューヨークのメモリアル・スロー
ンケタリングに留学され,そのあと川崎医科大学の
呼吸器内科の講師から,平成 18 年,昭和大学の臨
床感染症の教授となっておられます.二木先生は,
感染症,特に真菌感染に非常にお詳しく,日本医真
菌学会の理事として,また深在性真菌症の治療の日
本のガイドライン作成の委員長をされております.
二木先生,よろしくお願いいたします.
○二木 ただ今,ご紹介にあずかりました,昭和大
学内科学の臨床感染症学部門の二木でございます.
田中先生には,ご紹介,どうもありがとうございま
した.
実はこのシンポジウムは感染症ということで,先
ほど小出学長からお話がありましたように,各部門
に共通のテーマとして,感染症は,最近,話題も多
うございますし,各科領域で取り上げるべき問題点
もたくさんあるのではないかということでテーマと
して取り上げられたものです.今日は,それぞれ領
域別といいますか,微生物の領域別構成になってお
りまして,最初に私が真菌,次にウイルス,そして
そのあと細菌,結核というふうに話が続いていきま
すけれども,最初に私はオープニングとして,真菌
感染症のお話をさせていただきたいと思います.
さて真菌,すなわちカビの感染症ですけれども,
最近は先生方かなりお馴染みになってきたとは思い
ますが,まだまだ一般的には馴染みの薄い領域との
感じがいたしますので,まず,真菌感染症がどうい
う現状にあるか,何が問題か課題か,ということを
レビューさせていただきたいと思います.
真菌感染症というと,どちらかというと,水虫で
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
すとか,タムシですとかの皮膚科領域の感染症とい
うのが過去の主たるイメージで,研究の中心でも
あったのですが,この 20 年ほどで変化が見られ,
むしろ深在性真菌症あるいは内臓真菌症というジャ
ンルが,非常に重要な位置付けを持つようになりま
した.特に日和見感染症として,様々な免疫不全の
患者さんに起こってくる感染症として,今やもっと
も難治性な感染性の合併症の一つとして,無視する
ことのできないものとなっていると思います.
更に,あとでもお示ししますけれども,ずいぶん
長い間限られた治療薬しかなくて,大変治療が難し
い疾患でもあったわけです.本来,真菌はヒトと同
じ真核細胞ですので,それに効いてヒトに毒性の少
ない治療薬を作ることは非常に難しいということ
で,なかなか良い薬ができなかったんですけれど
も,21 世紀に入るやいなや,いくつもの新しい治
療薬が出てまいりまして,診断法の進歩とも相まっ
て新展開を迎えるという時代になっております.
他方,良い薬,すなわち使いやすい治療薬をどん
どん使い出しますと,一般の抗菌薬と同様に,様々
な耐性真菌の問題が出てまいりました.さらにです
ね,ブレイク・スルー感染症,すなわち,ある治療
薬を使っていると,菌交代症的にその治療薬が本来
効かない真菌による感染症が生じるものですが,な
ども問題となってまいりまして,新しい治療薬が出
れば出たらで,それらをどう使っていくかなどの新
しい課題も生まれてくるわけです.さらに新しい薬
を作ろうという動きも,最近,出てきております
が,抗菌薬の世界と同様,耐性真菌などとのイタチ
ゴッコにならないようにしなければならないと思っ
ています.
治療薬をうまく使うためには,どの感染症でもそ
うですけれども,きちんと感染症である診断,そし
て病原診断を確実に行い,それに合った治療薬を選
んで使うということが大原則になります.そういう
意味で,今までなんとなく曖昧にしてきた,いわゆ
る真菌感染症の病原診断が,より的確になされなけ
ればならないとするニーズが高まってきています.
特に臨床の先生方には,真菌感染症を早期に確実に
認識して,的確に診断して,そして正しく治療して
いただくということを徹底していただくことが,最
近の大きなテーマでありまして,先ほど田中先生か
らもご紹介がありましたけれども,私たち学会です
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とか研究グループで,いくつかのガイドラインが,
最近,相次いで作られていますので,それらについ
ても少し掻い摘んでお話したいと思います.
現在,私たちが臨床で使える内用抗真菌薬,すな
わち全身投与ができ内臓真菌症治療に使える抗真菌
薬は,現在ではここにお示ししますほど数多くあり
ます.これ以外に皮膚の真菌症に使える外用薬もい
くつかあるわけですけれども,今日はこの深在性真
菌症治療薬のほうにフォーカスしてお話しさせてい
ただきます.
ほんの十数年前,20 世紀の時代には,私達は限
られた深在性真菌症の治療薬しか手持ちにしており
ませんで,真菌感染症ということになれば使えるも
のは 1 つか 2 つしかなかったわけですから,選んで
上手に使うというようなことは考えるまでもない時
代でした.しかし,それが今やかなり選択肢が増え
てまいりましたし,様々な剤形も揃っています.そ
うなるとそれぞれに特性を生かして上手に使えば,
かなりうまく治療できるという時代を迎えつつある
ということは事実です.
また,治療を考える,あるいは薬剤を開発する場
合に深在性真菌症の疫学は大切な情報となります.
その場合の代表的なデータがこれですが,亡くなっ
て剖検をさせていただいた患者さんで,死亡時にど
のような深在性真菌症を持っておられたかを統計し
たものです.これを見てみると,非常に興味深い傾
向があります.深在性真菌症の総数は,かつてはこ
の程度だったものが,1970 年代から 1990 年にかけ
て,鰻登りに増えて行っています.この時期は医療
がどんどん高度化,先進化しまして,あるいは抗菌
薬も数多く開発され大量に買われた時代でもあり,
細菌感染症はコントロールできるけれども,いわゆ
るターミナル・インフェクションとして真菌の感染
症が残るということが顕著化していった時代です.
ところが,1990 年から総数が一旦減ってきます.
これが何かということと,フルコナゾールが発売さ
れ多く使われるようになり,これを契機にして死亡
時の真菌感染症が減少するのです.何が減ったか中
身を見てみると,カンジダ症が減ったことが明らか
になります.実は,このフルコナゾールは,カンジ
ダには大変効きます.クリプトコッカスにも効きま
す.ですけど残念なことにアスペルギルスには効果
がありません.ですからアスペルギルスの患者数は
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
あまり影響を受けないで,そのまま増加傾向が見ら
れます.その後,いくつも新しい薬が出てきたわけ
ですけれども,その都度,少しずつ,それによる影
響を受けたり,あるいは受けなかったり,あるいは
一旦受けて,また耐性というふうな問題も生じたり
して,真菌感染症とその治療薬は近年いろいろ問題
含みで歴史が作られつつあるといっていいと思いま
す.治療薬の選択が増したということで,2003 年
には,一度,深在性真菌症の診療ガイドラインを作
り,2007 年には一度改定もしましたが,その後,
また新しい治療薬がいくつも出ましたし,先ほどお
話ししたような新しい耐性の問題も出てきましたの
で,そのあたりを少し整理してみたいと思います.
私どもの昭和大学病院でも治験に参加している新
薬の開発もあります.トリアゾール系のポサコナ
ゾールという抗真菌薬ですが,経口薬,注射薬,あ
るいは懸濁薬と剤型が豊富で非常に使いやすい薬剤
です.この薬剤はムーコル症に有効性が期待できる
ところが特徴です.カンジダやアスペルギルス症に
は当然効きますが,今までの治療薬が苦手とすると
ころのムーコル属の真菌は,あとでも述べますけれ
ど,ブレイク・スルー感染症として最近増加傾向に
あり,その治療薬としての期待がかかっているもの
です.もう海外では使える薬ですが,日本でも治験
がようやく始まったというところです.
ただ,治療薬が数多く出て選択肢が増えると,先
ほども述べましたように,うまく使えば,当然,治
療効果を上げる可能性はあります.しかしながら,
そのためには正しい選択や適正な使用が求められる
わけで,そのためには診断も大切です.経験的治療
で長期間治療するのではなくて,的確な診断をした
上で,理論的な治療をしなければなりません.その
ためには,様々な情報が必要ですし,さらに耐性化
に関しても常に意識しておかなければなりません.
いわゆる一般細菌感染症と同じような配慮や工夫
が,真菌感染症の診療でも求められるようになって
きているということです.
ただ,新薬はやはり絶大な効果を示す場合があり
ます.これはボリコナゾールと言うアゾール系の抗
真菌薬ですが,アスペルギルスに大変有効性が高
く,日本でもよく使われているものです.それまで
の標準的なアスペルギルス症の治療薬はアムホテリ
シン B あるいはアンビゾームなどで,こちらのほう
565
は副作用がかなり多くて,そのために中止しなけれ
ばならないケースも多く最後まで治療が続けられな
い.したがってその臨床的有効率が,明確に低下し
ます.現在ではですね,いわゆる血液領域における
侵襲性アスペルギルス症の治療効果は年々改善が示
されており,その理由の一つがボリコナゾールの登
場だとも言われています.もちろん,それ以外に,
診断率の向上や移植後のデータだったと思いますけ
れども,骨髄移植の技能がどんどん改善されてきて
いるなどもあるとは思われますが,生存率が目に見
えて良くなりつつあるということです.しかしなが
ら,長期的な予後で見ていくと,まだまだ生存率は
悪いですし,診断率にも問題が残っています.すな
わち骨髄移植後のアスペルギルス症の生前診断率は
全体の 4 分の 1 程度で,死亡後の診断例のほうが圧
倒的に多く,かなりの見落としがあることが明らか
です.
すなわち,私たちは,ある程度,診断技術も上
がってきて,深在性真菌症の生前診断ができるよう
になってはきたのですけれども,まだまだ不十分だ
ということです.
そこで診断法ですが,いろんな診断法がありま
す.培養検査と組織学的検査が基本であり,原因真
菌を確定し,培養検査では感受性も追うことができ
ます.また,検査費用も安価であります.しかし,
必ずしもこれらの検査の陽性率は高くはありませ
ん.患者さんの状態が悪いので,こういう検査がう
まくできない,良い検体が得られないということも
しばしばあります,そこで,補助診断法として様々
な血清診断や遺伝子診断,あるいは画像診断などを
組み合わせて,診断のための努力をします.
特に画像検査ですが,アスペルギルス症の特徴だ
と言われるハローサインなどを CT で確認すること
によって,早期診断の糸口になると言われていま
す.ただ,結核やリンパ腫などでも同じ所見はみら
れることがあるので,ある程度,患者さんのバック
グラウンドと照らし合わしながら診断することが重
要です.いわゆる血清診断は最近進歩が著しいです
が,非常に簡便で,患者さんへの侵襲度も低く,結
構,感度・特異度の高いものもあります.しかし,
偽陽性とか偽陰性なども結構あります.ですので,
さらなる改良を加えて,より的確な診断が早期にで
きるというようにすることが,私たちの重要な課題
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
ではないかと思います.
抗真菌薬についてですが,1998 年頃に一番よく
使用されていた抗真菌薬はフルコナゾールです.次
がイトラコノゾール.ですから同じ系統のアゾール
系薬が最もよく用いられていたわけです.その結
果,血液培養で検出されるカンジダ属のパターンが
変 化 し ま す. か つ て は そ の ほ と ん ど が
でしたが,この
によく効
く治療薬がどんどん使われるようになると,その頻
度が減っていきます.代わって,アルビカンス以外
のこれらの抗真菌薬があまり効かないカンジダ属が
増えていきます.つまり菌交代が進んでいくわけで
す.どんなに優れた治療薬でもそればかり使ってい
くと,このような原因菌の疫学頻度に影響がみられ
ることになってしまいます.
翻って,現在はどのような抗真菌薬がよく使われ
ているかを見てみますと,実はキャンディン系抗真
菌薬が圧倒的に多くを占めています.ミカファンギ
ン,カスポファンギンの 2 剤ですが,これは安全性
が高く使いやすい抗真菌薬です.真菌の細胞壁の合
成阻害をします.したがって,ヒトの細胞には細胞
壁がありませんので,選択毒性に優れることになり
ます.ずいぶん高価な薬剤ですが,日本ではあんま
り医療費のことを言わずに,こういう患者さんに
とって必要な使いやすい薬剤が自由に使えますが,
これは非常にいいところだと思います.しかし,こ
の抗真菌薬についても,やはりこのように大量に使
われますと問題が生じてきます.最初は菌交代で
す.キャンディン系が有効な真菌種はカンジダとア
スペルギルスだけです.よってその治療中にムーコ
ル感染などがブレイク・スルー感染を生じます.疫
学的にも少しずつムーコル感染症は増えてきていま
す.そこで,新薬としてのポサコナゾールが必要に
なってくるわけです.ムーコル感染症は診断も困難
です.血清診断も存在しませんし,培養や組織診断
が必要になります.さらに病理医なども真菌に精通
したような方でないと,的確な診断は難しいとされ
ています.アスペルギルスと診断された場合でも実
はムーコルだったという例は臨床でも頻繁に遭遇し
ます.
実は,このアスペルギルスにつきましても,その
エリアや施設によって分離されるアスペルギルスの
種類に差があることがわかっています.
566
が 最 も 一 般 的 で す が, そ れ 以 外 に
,
あるいは
とかがみられ
ます.これらは同じアスペルギルス属真菌でも,薬
剤の感受性が異なります.通常はアムホテリシン B
が有効ですが,
ではアムホテリシン B よ
りもボリコナゾールが効果的です.今まではカビの
感染症と言えば,治療はアスペルギルスもカンジダ
も一緒でした.しかし現在は,アスペルギルスと
言ってもどのアスペルギルスかということを特定し
て治療を考える時代になっているのです.
最後にあと一つお話しておきたいのは,耐性の問
題です.アスペルギルスに対して大変よく効くとい
うことで,今,世界中で使われているボリコナゾー
ルあるいはイトラコナゾールなどのアゾール系抗真
菌薬に対して耐性を示すアスペルギルス株が急速に
増えてきています.イギリスでは慢性アスペルギル
ス症の患者さんにこの系統の抗真菌薬を長期間使っ
た結果,耐性が出現したと言います.他方オランダ
では,農薬に同じ系統の薬剤を使います.ブドウを
育てるのに非常に良いそうで,その結果,今まで抗
真菌薬の投与を受けていない人に発症するアスペル
ギルス症で,既にアゾール耐性が見られるそうで
す.実は日本国内でも既に 7 %ぐらい耐性が見られ
ます.これは今後の大変大きな問題として監視して
いかなければいけないと思っています.
同じような耐性の問題はカンジダ属でも生じてい
ます.カンジダはアゾール系抗真菌薬に対する感受
性によって,ずいぶん分離頻度が変わってきている
ことはすでに述 べました.そこに加えて,最 近,
キャンディン系に耐性を示す株が出てきています.
どこの領域でもそうですけれども,いい薬といえど
も,やはり上手に使っていかないと,このように耐
性菌が出てくるのは必然です.大切なのは的確な診
断をして,早く適切に治療をするということですの
で,今後,私たちがこの領域で一番大事なポイント
は,的確な診断,そして早期の治療開始,そういう
ようなことが求められる時代ではないかと思います.
そういうことで,私たち学会でカンジダ症の診療
ガイドラインを作りました.それから,これは研究
グループ,真菌症フォーラムという組織で作ったガ
イドラインです.最新版を 2014 年に公表しました.
是非,機会があったらご覧いただいて,今,真菌症
の世界っていうのはどういうふうに治療されている
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
かということを,知っていただければと存じます.
近年になっては,各種輸入真菌症も持ち込まれて
きて,大変話題になる場面もあります.今日では真
菌感染症は決して珍しいもの,あるいはターミナル・
インフェクションではなくて,うまくやれば治るもの
ですし,それから意外に身近な感染症だと知ってい
ただくことが必要と思います.輸入真菌症は,非常
に強毒なもの,健康な人に移るものもありますので,
そういう目で見ていただければ,いろいろと課題も
見えてくるのではないかと思っております.
私の講演は以上です.どうもご清聴いただきまし
て,ありがとうございました.(拍手)
・真菌感染症に対する治療
石野 敬子
昭和大学薬学部薬物療法学講座感染制御薬学部門
○田中 二木先生,どうもありがとうございました.
先ほどお話しましたように,次の治療の石野先生
にお願いして,そのあと質問をお受けしたいと思い
ます.それでは石野先生を簡単にご紹介いたしま
す.石野先生は平成 6 年に共立薬科大学をご卒業さ
れ,平成 11 年に本学の大学院をご卒業されており
ます.その後,平成 11 年から平成 22 年まで,国立
感染研の生物活性物質部,現在の真菌部の研究員,
主任研究官を歴任されて,平成 22 年より本学の感
染制御薬学部門の准教授をされております.
では,石野先生,よろしくお願いいたします.
○石野 ご紹介ありがとうございます.また,この
記念すべき昭和大学学士会シンポジウムに発表の機
会を与えていただきまして,ありがとうございます.
私からは,真菌感染症に対する治療ということ
で,まず始めに,特に治療上問題となりますカンジ
ダ血症における注意すべき点をお話します.時間に
余裕がございましたら,リサーチとして扱っている
クリプトコックス症のトピックを簡単に紹介したい
と思います.
まず深在性真菌症に使用できる抗真菌薬の種類に
ついて,先ほど二木先生からもご紹介がありました
が,2000 年以降に増加しております.特に 2002 年
の細胞壁合成阻害薬であるミカファンギンは新しい
ターゲットという点で特筆すべきものです.しか
し,まだまだターゲットが同系統のものが複数とい
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う状態であり,数少ないこれらの武器を使って,治
療を行わなければいけないという現状にあります.
こちらはアメリカのデータですが,血流感染で分離
される上位の菌種を,アメリカ合衆国の複数の州で調
べたという論文が出ております.1 位は
です.一方,カンジダ属は 7 位であり,血流
感染症では多く検出されるという状況です.
日本の状況ですが,JANIS という厚生労働省が
行っている院内感染対策サーベランス事業がござい
ます.こちらのデータの使用許可をいただきました
ので示させていただきます.2012 年の血液検体由
来の分離菌の頻度を示しますが,9 位に
が入っております.カンジダ属にはその他
の菌種がございますので,これらを全部合わせます
と 6 位であり,カンジダ属は血液検体からの分離頻
度が高いということが分かります.
続いて 2013 年も同様のデータで,
は血液検体分離菌の中の 10 位に,また
が 15 位ですので,合わせると 8 位ということで全血液
検体分離菌の上位 10 番以内という現状にあります.
こちらは,カンジダ血症における治療開始時期と
死亡率を調べた結果ですが,抗真菌薬の治療の開始
が 12 時間以内のもの,あるいはこの 48 時間以降の
もので,死亡率に約 3 倍の差がございます.また,
こちらの報告も同様の結果で,カンジダ血症を疑っ
て培養を提出したその日のうちに治療を開始した場
合と,おそらく菌が同定された 3 日以降に治療を開
始した場合を比較すると,死亡率が 3 倍違うという
ことで,いずれもカンジダ血症を疑う場合,早期の
治療開始が患者さんの予後に影響するということを
示したデータです.
次にカンジダ属菌を一括りにして抗真菌薬の選択
を考えてはいけないというデータをお示します.カ
ンジダ属の菌種による患者の予後を調べた結果,カ
ンジダ血症由来の全 2019 菌株についての菌種ごとの
死亡率は,
では 35.6 %ですが,
では 41.1 %,
では 52.9 %ということで,
菌種ごとで死亡率が大きく異なり,菌種まで同定す
ることが,適切な治療,つまり,患者さんの予後に
重要であるかということが分かります.
繰り返しになりますが,全てのカンジダ属でア
ゾール系が有効という訳ではありません.キャン
ディン系も同様ですが,分離された菌種に応じて,
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
抗真菌薬の使い分けが必要です.
こちらも JANIS のデータで,2012 年に血液培養
から分離されたカンジダ属菌のフルコナゾールの感
受性を示しています.この S とか R は CLSI で定め
らたもので,S は感受性,あるいは R は耐性の基準
のところで線が引いてあります.例えば,カンジダ
血症で最も分離頻度の高い
は,ほとん
ど感受性ですが,
は,24.8 %の分離菌
で R の基準値よりも高い MIC を示す,要するに効
かないということが分かります.
キャンディン系のミカファンギンの感受性につい
ては,
,
,
は,
比較的良好な MIC の分布を示しておりますが,こ
ちらの
は 8.4 %,
は 3.8 % が
耐性であり,今のところ比較的,耐性菌が少なく使
い勝手がよいため,日本では汎用されていますが,
徐々に耐性菌が出現しているという状況を示してい
る結果だと思います.
二木先生が中心となって作成されたガイドライン
では,抗真菌薬の選択や診断について詳細に示され
ております.特にカンジダ症をはじめとする深在性
真菌感染症の場合は,宿主の免疫状態との関わりが
大きいです.これはガイドラインを元に,一覧表に
したものですが,非好中球減少の場合と好中球が減
少している場合では,第一選択薬が異なります.非
好中球減少の場合では,アゾール系のフルコナゾー
ルが第一選択で治療可能ですが,好中球減少症の場
合は,より殺菌力の強いものを使ったほうがよろし
いといったことが,ガイドラインに示されています
ので,治療の際は是非ともご参照ください.
また注意しなければいけない真菌感染症として,
菌交代症がございます.例えば,これは造血幹細胞
移植を受け,ボリコナゾール投与中の患者さんで,
治療途中でアゾールに耐性を示す別の真菌である
Rhizopus と か Mucor,Cunninghamella と い っ た
接合菌が,出現してくるというような報告がござい
ます.どうしても真菌感染症ですと長期の治療にな
る場合がございますので,常に菌交代症のリスクを
意識することは必要だと考えます.
こちらは,キャンディン系の場合です.こちらは
カスポファンギン投与中に,これに感受性がないト
リコスポロン症を発症してしまったという報告がい
くつもありますので,この辺もご注意いただければ
568
と思います.
もう一つ,カンジダの治療で意識しなければなら
ないことの一つとして,バイオフィルムを形成しや
すいということがあります.カンジダ属菌は,バイ
オフィルムを形成しやすいため,これに対する抗真
菌薬の開発というのも,一つの研究テーマになって
おります.
これは
のデータですが,人工的にカンジ
ダのバイオフィルムを作らせまして,薬剤処理した
ときの大きさと増殖速度を比較したものです.この
結果によると,この時点で薬剤を投与しています
が,フルコナゾールよりもミカファンギンのほうが,
この時点で,バイオフィルムの増殖と大きさはス
トップしていますが,フルコナゾールは,これより
効きが悪いというようなデータが出ております.
今のところ,この
のデータしかありませ
ん.臨床的にバイオフィルムに有効な抗真菌薬とい
うのは,今のところ存在しませんので,もしも,バ
イオフィルムの供給源として医療デバイスが考えら
れる場合は,可能な限り抜去を検討していただきた
いと考えております.
こちらが,まとめです.
まず,カンジダ属菌は主要な血流感染症の起因菌
でございます.
2 つ目として,カンジダ属菌は菌種ごとに薬剤感
受性が異なりますので,抗真菌薬の選択と菌交代症
に注意してください.
3 つ目として,カンジダ血症の治療開始時期は予
後に影響しますので,カンジダ血症が疑われる場合
は,思い切って治療を開始してください.
4 つ目として,現在,カンジダ属菌のバイオフィ
ルムに臨床的に有効な抗真菌薬というのはございま
せんので,可能な限り医療デバイスの抜去を検討し
ていただきたいということです.
これで,私の発表を終わりたいと思います.ご清
聴,ありがとうございました.(拍手)
○田中 石野先生,どうもありがとうございまし
た.それでは,どなたかご質問ありますでしょう
か? この分野の患者さんを一番多く扱っておられ
る血液内科の先生,何かコメントをお願いします.
○中牧 血液内科の中牧です.造血幹細胞移植の話
が出ていたので,もし可能だったら教えていただき
たいのですけど,幹細胞移植は,好中球減少を経な
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
いとできない治療で,免疫能が低下しているときは
このような治療法として,特に真菌感染症に関して
はこのような治療法,例えばガンマグロブリンを投
与することによって真菌感染症に対する抵抗力を増
すことができるとか,好中球以外のところでサポー
トできるような実際的な方法がありそうならば,
ちょっと教えていただければ有難いです.
○石野 はい.真菌感染症に対するガンマグロブリ
ン臨床的効果についての詳細を持ち合わせていませ
んが,二木先生,ご存知でしたら,よろしくお願い
いたします.
○二木 はい.まあ,今のところですね,先生,残
念ながら,ガンマグロブリンはですね,真菌に対し
てはですね,それほど,効果的なサポートはないと
いうふうに考えてよろしいかと思います.ですから
一部の細菌とウイルス感染といったものがある場合
にはガンマグロブリンも使ってよろしいのかと思い
ますけれども,真菌をターゲットにしてガンマグロ
ブリンは使われないと私は理解しております.
それから,やはり先生方のご領域ではですね,ど
うしてもですね,いわゆる好中球数が落ちた状態
で,そのままにしておいてですね,それにプラス,
全く違った治療的なアプローチが,今,試みが出て
います.例えば抗体療法ですね.こういうのは,い
くつかの特定の病原菌については若干のデータも出
つつあるんですけれども,なかなか,抗体療法にな
ると,それぞれを組み合わせていかなければいけな
いということで,まだまだ研究段階というふうに考
えております.
○中牧 どうもありがとうございます.
○田中 ほかに何かご質問ありますでしょうか.ど
うもありがとうございました.
2.新生児サイトメガロウイルス感染症
・新生児 CMV 感染症の現況
水野 克己
昭和大学江東豊洲病院小児内科
○田中 次の演題に移らせていただきます.次の 2
つはサイトメガロウイルス感染症に関するご講演で
す.最初に「新生児 CMV 感染症の現況」というこ
とで,江東豊洲病院の小児内科の水野教授にお話を
していただこうと思います.
569
水野先生は 1987 年に本学をご卒業されまして,
直ちに小児科学教室に入られました.その後,ユニ
バーシティ・オブ・マイアミ・ジャクソンメモリア
ルホスピタルに留学されまして,小児科にお戻りに
なり,准教授となられております.そして,今年 3
月に開院いたしました江東豊洲病院の小児内科の教
授として,女性と子どもに優しい病院で,非常にお
忙しい毎日を送られています.本日はそのお忙しい
間をくぐり抜けて来ていただきました.どうぞよろ
しくお願いいたします.
○水野 どうも,田中先生,ご紹介,ありがとうご
ざいます.まず,この発表の機会を与えていただき
ました学士会プログラム委員の先生方,そして座長
の労をお取りいただきます二木先生,田中先生に御
礼申し上げます.
まあ,ヒトサイトメガロウイルスというのは,ど
うなんでしょうか,皆様にとても身近なものなのか
どうかというのは,よく分かりません.多分,産婦
人科の先生,あと,小児科,小児科でもそんなに身
近でもない.もちろん移植などをされている先生
は,別の意味で非常に身近だと思うんですけれど
も,実は,今,新生児で,サイトメガロウイルス感
染症,新生児,乳児で,このウイルスが非常に問題
となっております.今日,一部に若い先生もいらっ
しゃいますので,若い先生方は,ご自身がお父さ
ん,お母さんになられる時,それから大多数の皆様
方も,もし近くにですね,これから妊娠されるよう
な方がいらっしゃった時に,ちょっと注意をしてい
ただけるといいかと思いまして,お話をさせいてい
ただきます.
まず,この先天性のサイトメガロウイルス感染症
と,経母乳サイトメガロウイルス感染症,この 2 つ
が問題となるわけでございます.
まず先天性の感染症,これはだんだんと大きな問
題となってきております.まあ,どちらも大きな問
題とはなってきているんですが,まず先天性のほう
から行きます.この先天性感染が起こる機序は,あ
とで幸田先生が,多分,胎盤病理のところから詳し
くお話しされると思いますので,私は疫学的なと
こ,臨床的なところを中心にお話をしていきます.
で,多くの先天性感染,ウイルス感染を含めて,
トーチ症候群というのは,初感染,妊婦さんが初感
染である時ですね,が問題となることが一般的でご
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
ざいまして,もちろんサイトメガロウイルスの再感
染で起きることもなくはないですが,極めて稀と考
えていただいていいと思います.
それから感染時期.これも,やはり,昨年,非常
に先天性風疹症候群が話題になったのは記憶に新し
いところだと思いますけれども,去年,2013 年,
31 例の先天性風疹症候群患者さんが登録されると.
これはもう飛び抜けて多いわけでございます.で,
これもだいたいは妊娠初期に感染,初感染を起こし
ている場合が多い.このように胎児の器官が形成さ
れる妊娠初期であるほど重症になりやすいし,顕症
化しやすいということになります.
で,今度,サイトメガロウイルスに移っていきま
すけれども,1984 年の調査では,成人女性のサイ
トメガロウイルス感染既感染率,つまりサイトメガ
ロウイルスを体に持っていますという方が 94 %い
らっしゃいました.つまり初感染を起こす可能性の
ある女性というのは 6 %しかいなかったんですが,
96 年調査では 79 %,そして 1999 年では 70 %,最
近の報告では,妊娠可能な女性で,だいたい 50 か
ら 60 %ぐらいしか,このウイルスを持っていない.
つまり,約半分近い女性は初感染を起こす可能性が
あるということも言われてきております.妊娠中に
初感染が起こりうる女性が増えている.
で,特に多いのは第 2 子の妊娠中でございます.
第 1 子を妊娠中は,特に子どもと関係する保育園の,
勤めているとか,病院に勤めているという場合は別
でございますが,一般的には,さほどこのウイルス
に感染するチャンスというのはございません.た
だ,第 2 子となりますと,第 1 子が保育園,幼稚園
に行って,ほかの子から移ってくる.で,その移っ
ても症状があんまり出ない場合も多いですし,唾液
や尿から感染してくる.それが大きな,このサイト
メガロウイルス,先天性のサイトメガロウイルス感
染症の問題点として取り上げられてきております.
そこでトーチの会というのがございます.これ,
是非,もし近くに妊婦さん,もしくは妊娠を強く希
望されている方がいたら,是非,このホームページ
を覗いていただきたいと思いますけれども,妊娠中
の母子感染に注意ということで,細かく,サイトメ
ガロですとかトキソプラズマですとか,あと,風疹
ですとか,そのほかのものに関しても,一般的な,
GBS などに関しても,いろんなことが書いてあり
570
ます.ですから,こういったものを読んでいただい
て,まず自分の体を守る.あとで,知らなかった,
だいたい,このトーチの会では,いろんな先天性感
染を起こされたお母さんたちが,たくさん手記を残
されていらっしゃいます.知っていれば生肉なんか
食べなかった,知っていれば生肉を調理したあとの
俎板は,もっと,きちんと,きれいにしていた,な
どなど,そういったことが書かれていますので,是
非,読んでいただいて,自分の体は自分で守るとい
う知識も必要かと思われます.
で,ほかにも先天性サイトメガロウイルス感染症
に関して特に気を付けることって,全く読めなくて
申し訳ないんですけれども,こういったもの,いろ
いろ書いてあります.
何が書いてあるかと言いますと,上にお子さんが
いらっしゃって,保育園,幼稚園に行っているよう
な場合,感染しているかどうかというのは分かりま
せん.で,基本的に,このウイルスが感染するのは
尿,唾液ですから,で,尿,唾液には,かなり長期
間,出ていきます.3 年,4 年,5 年という間,出
ていきますので,上のお子さんのトイレの手洗いの
お手伝いをしたあとなどは,よく手を洗っていただ
く.それから唾液が付いた時なども,よく手を洗っ
ていただく.それから子どもたちと遊ぶ,例えば保
母さんであるとか,小児科の看護師さんであると
か,そういった方は,そのあとに,よく手を洗って
いただく.とにかく手洗いが一番大事になってまい
ります.
基本的にサイトメガロウイルス感染の感染経路は
接触感染というふうに考えられておりますので,
尿,唾液,そのほか感染している可能性のある子ど
も,これはもう,子どもたちが,どの子が持ってい
るかなんていうことは全く分かりません,もう 2
年,3 年,4 年とウイルスを出し続けますので,ど
の子が出しているかっていうのは分かりませんの
で,すべからく子どもたちと遊んだあとは,しっか
りと手洗いをしていただく,これが一番重要なこと
としてお伝えいただきたいと思います.
そして発症率になりますと,妊婦の,ここでは
30 %抗体なしとありますけれども,今やこれが 40,
50 %となっているかもしれません.うち,1 ∼ 4 %
のお母さんが初感染を起こします.胎児感染を起こ
すのが 33 %∼ 40 %.で,生まれてきた子のうち
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
10 ∼ 15 %が,もう最初から症状がある.つまり,
SGR という,生まれた時に体重が週数と比べて小
さいですとか,それから最初から難聴であるとか,
黄疸が強いとか,網膜症があるとか,いろんなもの
を起こしてくる子が 10 ∼ 15 %ぐらいです.
ただ,気を付けなければいけないのは,この 85
∼ 90 %の赤ちゃんは,全く症状がないんです.し
かし,この時に感染していたお子さんは,後々,10
∼ 15 %,後障害を起こしてきます.ですので,最
初は耳の,今,新生児の聴覚スクリーニングと言っ
て,生まれてすぐに耳の聞こえの検査をしますけれ
ども,その時,大丈夫だからといって,後々,その
子は問題ないかって,そんなことは言えないんです
ね.この先天性のサイトメガロウイルス感染症に
罹って生まれた子,最初の時は耳が聞こえるという
反応を示していても,3 歳,4 歳ぐらいから進行性
に難聴が進んでいって,非常に高度な難聴を起こし
てくることもあります.
それで,そうなるとですね,予防をしなければい
けない.今は,妊婦,今日,産科の先生もいらっ
しゃいますのでご存知だと思いますけど,妊婦健診
ではサイトメガロウイルス感染症は,これは入って
おりません.これは分かったからといって,なかな
かこの対策がないということも一つの理由になって
おりますけれども,このウイルスを研究されている
グループは,こういうことを言っています.「先天
性のサイトメガロウイルス感染症は,ダウン症に匹
敵する健康被害と社会・経済的負担をもたらしてい
る」.つまり,だいたい 300 出生当たり,1 人が先
天性サイトメガロウイルス感染児であります.そし
て 3 割ぐらいの子が何らかの症状を,最初のうち
は,もしくは将来,起こしてきます.ということ
で,出生 1000 に対して 1 人が,先天性のサイトメ
ガロウイルス感染症によって何らかの異常を示して
くる.示している,もしくは示してくるということ
が分かってきています.つまり 1000 人に 1 人ぐら
い.かなりの頻度になってくるわけでございます.
先天代謝スクリーニングで,生まれた時にすぐ濾
紙血を採ります.フェニルケトン尿症が,8 万人に
1 人.メープルシロップ尿症に至っては 50 万人に 1
人.こういったまれな疾患を積極的に検査をして見
つけているわけであります.サイトメガロウイルス
感染症に関しても,そういった検査をやったほうが
571
いいという意見は,だんだん強まってきています.
といいますのは,これは尿で採れます.おむつに特
殊なものをあてて尿を採れば,この子が先天性の感
染症かどうかということは分かります.分かれば,
その段階から治療をしていくことで,ある程度,将
来の後遺症っていうのを減らしていくこともでき
る.こういったことも分かってきておりますので,
取り組んでいかなければいけないと強く訴えている
グループも増えてきています.
先ほど申し上げましたように,ダウン症とほぼ同
じぐらいの確率で,このお子さんたちはいるわけで
ございます.生まれた時,どのような症状がある
か.在胎週数に比べて体重が軽い.脳室周囲に石灰
化がある.血小板減少があって出血斑がある.黄
疸,肝脾腫,脈絡網膜炎,難聴,こういったものが
あります.最初から分かれば,すぐに疑うわけでご
ざいますが,あとから出てくる症状,先ほども申し
上げましたように,出生時は何も症状がない,“元
気な赤ちゃんですね”と言っていた子が,幼稚園,
保育園に入る頃から,耳の聞こえが悪そう,反応が
なくなってきた,精神・運動発達遅滞,てんかん,
視力障害,自閉症,こういったものとも関係してく
るということで,非常に注目されているところでご
ざいます.
治療法は,ガンシクロフィル,パラガンシクロ
フィル,これら,骨髄抑制もあります.ホスカル
ネットは腎毒性などもありまして,なかなか使いに
くい薬ではありますが,こういったものを使って積
極的に後遺症を防いでいく,もしくは聴力障害など
を抑えていくということがなされてきております.
あとは,サイトメガロウイルスに対する高力価であ
る免疫グロブリン製剤,これは調べてもらって力価
が高いものを使うということも治療法の一つに入っ
ております.
さて,妊娠初期であるほど症状が強く出るという
ことを,先ほどお話しました.発達過程の脳に影響
する.こういう先天性のウイルス感染症はいろんな
影響を与えるわけでございます.ということは,未
熟児,いわゆる未熟児,早産児ですね,こういった
子も,やはり後天性感染になっても,例えば在胎
30 週ぐらいであれば,それから 2 か月半はお腹の
中にいるはずですから,もうかなり未熟な状態でい
るわけです.その 30 週ぐらいなお子さんが感染を
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
起こした場合には,やはり後々,影響を起こしてく
るのかどうかと.実際には最近はそういったレポー
トが増えてきていまして,要注意であるということ
が分かってきております.
超早産児の経母乳感染,これも,まあ先天性のサ
イトメガロウイルス感染症ほどではないにしても,
注意が必要であるということになってきておりま
す.母乳を介して感染する代表的なウイルスという
のは,エイズ,それから成人 T 細胞性白血病,そ
してヒトサイトメガロウイルス感染症,この 3 つで
ございます.日本でお母さんがエイズ,HIV のキャ
リアであれば,これを母乳で育てるということは極
めて稀であろうと思います.一般的には,もう人工
栄養になります.HTLV-1 は,今,小児科の板橋
教授が主任で厚生労働省の科学研究補助金で研究を
行っておりますけれども,短期間,3 か月以内の母
乳,それ,もしくは冷凍母乳,それから人工栄養
と,この 3 つから選択するようになっておりまし
て,今,前方視的な調査をして,今後の結果が待た
れるところでございます.
そしてヒトサイトメガロウイルス感染症に関して
は,基本的には,これはあまり問題とはされていな
かったというのが現実であろうと思います.これ
は,多分,また幸田先生からお話あるかもしれませ
んけれども,サイトメガロウイルスを既に持ってい
る女性は,ほとんどは妊娠後,妊娠および出産後に
母乳中にサイトメガロウイルスを出していきます.
ほとんどの女性はウイルスを出して,母乳にわざわ
ざ出して,子どもにあげようとすることをします.
乳腺組織で再活性化をする.
なぜ,このようなことをするのか.おそらく,こ
れは意味がある.多分,察知の早い方は,もう気付
かれていると思いますけれども,正期産児であった
場合には,母乳からサイトメガロウイルスを貰って
おけば,後々,初感染で悩む必要はないですし,こ
れは大人になってサイトメガロウイルス感染を起こ
すと,肝機能障害ですとか長期間続く発熱などで入
院される方も,おそらくたくさんいらっしゃると思
います.実は小児科の医局員でも,以前,2 人ほど,
1 か月ぐらい入院をして,熱が高い,なぜこんなに
熱が続くのか,肝機能障害もあるっていうことで,
なかなか難渋したという方がいました.
おそらく,我が子がこの小児科医師のように,将
572
来,困らないように,母乳の中にサイトメガロウイ
ルスを入れて感染させているとも言えるわけであり
ます.このため,母乳を介した自然な予防接種と,
とも言われております.
しかし超早産児では,お母さんからの抗体移行,
移行抗体がございませんので,いろんな症状を起こ
してくる.で,実際に感染率としては 5.7 ∼ 58.6%.
これも母乳は生の母乳,新鮮な母乳を与えるか,も
しくは冷凍した母乳を与えるかなどによって感染率
は変わってきます.うち症候性のサイトメガロウイ
ルス感染症を起こすお子さんは 3 割ぐらいというこ
とも言われております.
いろんな症状を起こしてきます.肺炎,敗血症様
の症状,肝炎,胆汁鬱滞,こういったものがあって
脂肪吸収が悪くなりますから,入院期間が長くな
る,体重増加が悪くなる,栄養状態が悪くなる,い
ろんな問題を起こしてきます.これは,ひいては,
やっぱり,その小さなお子さんが,将来的な予後に
も影響を与えてくるということになります.
で,今まではですね,生まれたあとに感染を起こ
した場合というのは,あまり,こう,将来的な影響
はないんではないかということも言われていました
が,近年,早産児が母乳を介してサイトメガロウイ
ルスに感染することで,軽度ではございますが,発
達に遅れを認めるという論文が,ドイツのグループ
からいくつか出てきております.こういったことも
含めて考えますと,感染は起こさないほうが,もち
ろん,いいということになります.
では,どのように対応すればいいか.この NICU
の中で超早産児にサイトメガロウイルス感染を起こ
さないようにするにはどうすればいいか.
まず,母乳中のサイトメガロウイルス感染のコ
ピー数を,ずっと計測するというのが一つの方法だ
ろうと思います.これは,以前,幸田先生,田中先
生と一緒に研究させていただいたものですけれど
も,母乳中のサイトメガロウイルス DNA が 1000
コピー以上になると感染が成立すると.つまり,こ
れは,妊娠,産後,だんだんとウイルス量っていう
のは増えてくるんですけれども,だいたい 1 週間を
超えてくると,産後 1 週間を超えてくると,サイト
メガロウイルスのコピー数が 1000 コピーを超えて
くることが多いです.ただ,必ずしもこの値まで行
かない場合もございますので,こういった場合に
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
は,1000 コピーに行かない場合は安心して母乳を
使えるということにもなろうかと思います.
そして一般的な治療法.後天性の場合には,あま
りガンシクロビルを使うというのは,これは長崎の
森内教授もあんまりお勧めはしてない.で,一般的
に使うのは高力価のグロブリンになります.
で,見つかっていない症例も,おそらく,かなり
あるんではないか.最近はかなり注目されておりま
すからサイトメガロウイルスの検査はなさると思い
ますけれども,5,6 年前であれば,原因不明の胆汁
鬱滞,呼吸障害が一時的に悪化したという超早産児
の赤ちゃんは,きっといたと.そういう報告はあり
ました.で,それで原因検索をして,最終的にサイ
トメガロウイルスだと分かったものが症例報告とし
て出てきますけれども,分からずに時間とともに軽
快していくということもあったわけでございます.
そうすると,現実的には,ある程度の一定の率では
日本でも起こっている.ただ,あまり注目されてき
ていなかったということがあろうかと思います.
ただ,ヨーロッパでは,ここで見ていただきます
と分かりますように,フランス,オーストリア,ス
ウェーデン,いろんなところで,学会ですとか栄養
委員会などで,サイトメガロウイルスをお母さんが
持っている場合には,こういう新鮮母乳を与えない
ように,つまり冷凍も低温殺菌もしてない母乳を与
えないようにしなさい,オーストリアであれば冷凍
母乳か低温殺菌をした母乳,母乳を低温殺菌して与
えなさい,スウェーデンは冷凍母乳をしなさいとい
うことを勧告しています.
ですので,今後の課題としては,まずは超早産
児,30 週未満の赤ちゃんのお母さんでは,サイト
メガロをお母さんが持っているのか,持っていない
のか.持っていない,最近,これは小さく生まれた
赤ちゃんにはいいことだと思うんですが,お母さん
たちがサイトメガロウイルスを持っていないお母さ
んが増えてきているわけでございますから,持って
ないのであれば,安心して,母乳を,あんまりいろ
んな処理をしなくても,母乳をあげることができる
わけであります.冷凍すると,やはり脂肪分が壊れ
てしまって,吸収が難しくなるということもありま
すので,何もしない生の母乳というのが,一番,赤
ちゃんにはいいことは間違いありません.
そして母親のサイトメガロウイルスが陽性だった
573
場合.出生後早期にこのグロブリンを投与しておく
というのも一つの方法だと思います.別の方法とし
てはサイトメガロウイルスの DNA コピー数を測っ
ていって,1 ミリリットル当たり 1000 コピーを超
えてきた頃から,冷凍もしくは低温殺菌処理をす
る,それまでは,一番,赤ちゃんにとって吸収にや
さしい新鮮母乳,生母乳をあげるというのが,具体
的な方法として考えられます.
あとは,このサイトメガロウイルスを,1000 コ
ピー以上あったとしても,感染性がなくなり,且つ
母乳のメリットが保持される低温殺菌方法などを開
発していかなければいけないと思っております.搾
母乳の冷凍方法,解凍方法.例えばゆっくり解凍し
たほうがいいのか,急速に解凍したほうが感染性が
下がるのか,そのあたりは,今後,また田中先生,
幸田先生たちと一緒に調べさせていただきたいと思
います.62.5 度,30 分は,確実にサイトメガロウ
イルスの感染性をなくします.では,もうちょっと
低い温度ではどうなのか.こういったところも,ま
た検討していきたいと思います.
最後のスライドになります.先天性のサイトメガ
ロウイルス感染症は,決して無視できない病気に
なってきています.このウイルスを持っていないお
母さんが増えていますので,特に第 2 子の場合は,
第 2 子を妊娠中のお母さんには注意をしていただき
たいと思います.
妊婦に感染予防に対する知識を提供する必要がご
ざいます.是非,先ほどのトーチの会,分かりやす
く,分かりやすく書いてありますので,もし身近に
そういう方がいらっしゃいましたら,ホームページ
をちょっとクリックしていただくようにお伝えいた
だけるとよろしいかと思います.
正期産児は母乳を飲むことでサイトメガロウイル
スに感染する.これは非常にプラス,この子は何も
症状がなく,このサイトメガロウイルスをずっと持
つことができ,後々,悩むことがなかったわけでご
ざいます.ただ,超早産で生まれた場合には,これ
は母乳を介した感染でも将来的に軽度の障害を残す
こともあり,先ほど申し上げたような予防対策が必
要となってくるということになります.
今後も,先ほどお話しましたように,田中先生,
幸田先生と,いかに,この小さな赤ちゃんたちに,
メリットを保った母乳をあげれるようにするか,そう
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いう処理方法の開発にも努めていきたいと思います.
ご清聴,どうもありがとうございました.(拍手)
・経胎盤感染の細胞生物学
幸 田 力
昭和大学医学部微生物学講座
○田中 水野先生,どうもありがとうございまし
た.同じサイトメガロウイルスの経胎盤感染のメカ
ニズムということで,次の幸田先生の演題に移りた
いと思います.幸田先生のお話が終わってから,ご
質問をお受けしたいと思います.
幸田先生は,1991 年に東北大学の農学部をご卒
業されまして,大学院の修士課程,博士課程を東北
大学農学研究科の動物微生物学教室で研究されてお
られます.その後,京都大学医学部の微生物感染症
学教室に移られまして,2002 年に本学旧細菌学教
室の助手となられまして,2003 年より講師となら
れ,研究をされておられます.昨年,サイトメガロ
ウイルスの経胎盤感染で世界的に有名な,UC サン
フランシスコに留学されまして,そこでの研究を含
めまして,経胎盤感染というのはどういうことかと
いうのを話していただこうと思います.幸田先生,
よろしくお願いいたします.
○幸田 田中先生,ご紹介ありがとうございまし
た.このような機会を与えてくださった二木先生,
田中先生に感謝の意を表します.
私がお話するのは,水野先生が今お話になったこ
との分子学的,生物学的なメカニズム,特に先天性
の感染症についてです.今,水野先生がお話になり
ましたが,先天性のサイトメガロウイルス感染症と
いうものは,母体への初感染,再感染,もしくは再
活性化で起こります.特に問題となるのは初感染の
場合です.今この先天性サイトメガロウイルス感染
症が問題となっていますが,実は予防法,診断方
法,治療方法について,まだどれも確定したものが
なく,まだまだよく分からない感染症です.よっ
て,この胎盤感染のメカニズムを明らかにすること
によって,これらの治療法ですとか,ワクチンの開
発といったものに繋がるのではないかと考えて,研
究を進めています.今日は,このウイルスが,胎盤
のどこで増殖をしているのか.そしてどういうこと
をしているのか,ということを,研究データを基に
574
報告させていただきます.
まずサイトメガロウイルスが胎児に感染する場
合,経胎盤もしくは母乳,あとは産道感染などの感
染経路がありますけれども,とにかく問題となるの
は,胎盤を経由して感染した場合です.ここに胎盤
の構造を示します.この写真は胎児由来の浮遊性絨
毛です.その絨毛の表面は,このような微絨毛が
いっぱいあって,表面のかん流を増大しています.
また絨毛を構成する栄養膜細胞のうち,サイトトロ
ホブラストといったものが螺旋動脈を再構築したり
するということが分かっております.
この胎盤における感染ですけど,胎盤の免疫とい
うのは,基本的に胎児というものが,母親にとって
は異物ですので,免疫寛容の状態にあります.この
胎盤には T 細胞というものがほとんどなくて,免
疫を担当するのは NK 細胞,マクロファージ,樹状
細胞,特に NK 細胞が免疫を担当していると考えら
れています.このサイトメガロウイルスが,どうい
う状態で胎盤に到達するかというと,実は血流中の
免疫グロブリンと結合した複合体の状態で胎盤に到
達します.そしてこの到達したウイルスがですね,
カベオラという膜のドメインに取り込まれます.こ
の膜ドメインには Fc レセプターなども発現してい
ますが,この状態で細胞に侵入して,胎盤の中を移
動することになります.そのことをカベオラエンド
サイトーシスというふうに呼んだりもするのです
が,そして移動したところで,先程,水野先生が治
療の時には高力価の免疫グロブリンを使うことを話
されましたが,この時に高力価の免疫グロブリンに
結合しているウイルスは,マクロファージに取り込
まれて排除されますが,低力価の免疫グロブリンに
結合しているウイルスというものは,どんどん増殖
すると言われています.そのために高力価の免疫グ
ロブリンが治療には必要であるということが言われ
ております.このような過程で,胎児のほうにウイ
ルスが広がっていくということが分かってきており
ます.
実際にウイルスがどこで複製されているかという
ことを,UC サンフランシスコ病院の症例で見たい
と思います.これが IUGR(子宮内胎児発育遅延)
の症例で,1 グラムあたり 1.6 × 106 コピーのサイ
トメガロウイルスが検出されています.そして,初
感染であることの指標のひとつにもなっています
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
が,免疫グロブリンのアビディティが 18.5 %と非
常に低い値だったということ,このことから,この
症例は先天性サイトメガロウイルス感染症と診断さ
れました.
まず脱落膜,この部位でウイルスが増えてるかど
うかということを観察しました.免疫染色をして,
茶色に染まっている部分がウイルス蛋白です.こう
いう上皮細胞,内皮細胞,あとトロホブラスト細胞
やリンパ管のところもそうですけど,茶色に染色さ
れたウイルス蛋白が検出されています.このよう
に,脱落膜でウイルスが増殖していることが分かり
ます.
次に,浮遊性の絨毛の部分で見た訳ですけど,こ
こではですね,茶色に染まっている部分が血管のと
ころに非常に多く,ここでウイルスが増殖している
ということが観察されます.血管平滑筋細胞におい
てもこのように幹絨毛動脈,絨毛膜動脈,静脈のど
ちらでもウイルスが増えているということが観察さ
れました.これは羊膜上皮細胞についてですね.羊
膜上皮細胞においても,ここに茶色く染まっている
部分が見えるかと思いますけど,ウイルスが増殖し
ています.
こちら側の写真は,無症候性で再感染したという
症例です.ここで,診断法の一つとして考えられて
いることがあってですね,無症候性の再感染と初感
染の症例で,ここが典型的に違うというようなこと
が,このごろ多く観察されてきているのですが,再
感染の場合は,膜の表面というより,内側にウイル
スが多くてですね,これに対し初感染の場合は表面
に近いほうでウイルスが増殖をしていると.それに
よってですね,羊水にウイルスが移行する場合,そ
れは初感染する可能性が非常に高いのではないかと
考えています.出生前診断への応用として考えてい
るのですが,羊水のサイトメガロウイルス量,それ
を測定してですね,多くのウイルスが検出された場
合は,初感染となる可能性が非常に高いのではない
かと,このようにこの頃考えられてきております.
こういうことが言われる前は,まだ羊水中にウイル
スが存在しても,それが初感染なのか,再感染なの
か,再活性化なのか,よく分からないということが
多かったのですが,どうやら初感染の可能性が高い
ということが分かってきています.
ただ,ここで問題なのが,ウイルス価についてで
575
すね.羊水中にウイルスがどの程度検出されると,
胎児にいくかどうかということがまだ分かってない
ので,羊水中にウイルスが検出されたからといっ
て,それが即,胎児に感染成立するかどうかという
ことまでは分かっていません.それで羊水中のウイ
ルス価に基準値を決めることが出来ればですね,こ
れが診断のひとつになるのではないかということを
考えて,今 UCSF では症例を増やして,研究を続
けています.
今,話したとおり,サイトメガロウイルス初感染
の場合,とにかくウイルスは脱落膜であろうと,絨
毛部分であろうと,羊膜であろうと,とにかくすべ
ての部分でウイルスが複製されて,そして胎児にい
くということが,分かってまいりました.これに対し
て,再感染,再活性化,こういう場合は,複製は多
少はするのですが,おそらく高力価の免疫グロブリ
ンによって,ほとんどの場合,胎児にいっても感染
が成立しないということが明らかになってきました.
次に,ウイルスが感染したら,どういうことが起
きるのかということを,少しわれわれのデータで報
告します.胎盤にはトロボブラスト前駆細胞という
細胞がありまして,これは侵襲性サイトトロホブラ
ストとシチオトロホブラストという,2 種類の細胞
に分化します.まずわれわれはこの細胞にウイルス
が感染するかどうかということを観察しました.胎
盤からこの前駆細胞を分離してきて培養すると,上
が非感染で,下が感染細胞です.これは VR1814 と
いう強毒株を感染させた細胞ですが,細胞変性が認
められて,感染するということが分かります.
このウイルスは immediate early,early,late stage
という段階で,転写・複製が進んでいきますが,全
ての段階で転写が行われているということも確認で
きました.こちらがそれをウェスタンブロットで確
認したものです.これは AD169 という弱毒株なの
ですが,弱毒株もこの細胞には感染が出来ますよと
いうものです.このウイルスは細胞に侵入する時
に,膜にあるグリコプロテインというものを使って
細胞に侵入するのですが,現在,よく分かっている
ことは,gB タンパクはすべての細胞に必要だとい
うことです.また,gH/gL/pUL というペンタマー
複合体は,内皮細胞や上皮細胞への感染に必須だと
いうこともわかっています.
このトロホブラスト前駆細胞には,どういった経
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
路で侵入をしてるのかということを調べたのがこの
結果で,上は何もしていない細胞,それにウイルス
を接種し,中和抗体で細胞侵入が阻止できるかどう
かということを見たものです.そうすると,gB 抗
体で中和した時にのみウイルスが感染できません.
そのほかのペンタマー抗体では,ウイルスの侵入を
阻止できないということが分かって,この TBPC
という細胞においては gB 必須で侵入が成立してい
るということが分かりました.
このウイルスが感染すると,では実際に機能的に
はどういうことが起きるのかということを調べたの
が,このデータになりますが,このトロホブラスト
前駆細胞には,いくつかの蛋白が発現していまして
自己複製に関わるもの,細胞周期に関わるもの,先
程 2 種類の細胞に分化すると言いましたけれど,こ
の細胞の分化に関わるもの,そういう蛋白が発現し
ています.この写真では細胞が青で,蛋白が発現す
ると緑色に見えます.そこにウイルスを感染させま
す.ウ イ ル ス は 赤 い 色 で 染 色 さ れ ま す が,こ の
HMGA2 というものは発現が抑制され,Geminin の
発現は逆に促進されます.GATA3 は pp28 のまわ
り に コ ロ ー カ ラ イ ズ さ れ る の が 観 察 で き ま す.
GATA4 は同じ細胞分化に関わりますが,発現は減
少します.このようにいろいろな蛋白の発現が促進
されたり,減少したりするということが分かってき
ました.こういうことが一体,ではどういうことに
繋がるかというのを見たものが,この実験で,何も
せずに,この細胞を培養してやると,アグリゲー
ションを起こして,そのあと細胞分化へ進んでいき
ますけど,ウイルスを感染させたものはアグリゲー
ションが起こらず,分化も進まないことが示されま
した.先程,水野先生がチラッとお話しになりまし
たけど,治療薬ですね,治療薬のガンシクロビル,
これと一緒に培養してやると,アグリゲーションを
起こして,また細胞が分化するようになります.
以上,こういうことを通じて,感染の動態を明ら
かにし,今後は治療やワクチン開発,そういうもの
に繋げていきたいと思っております.この研究は,
先程,田中先生からの紹介にもありましたけれど,
UCSF のペレーラ研究室とフィッシャー研究室のも
とで行われたものであります.以上です.ありがと
うございました.
○田中 幸田先生,どうもありがとうございました.
576
それでは何かご質問,その他ありますでしょうか.
○質問 私,産婦人科出身の,今名誉教授をさせて
いただいております野獄と申します.今の先生のお
話,産婦人科をやっていながら,初めて聞くような
ところがたくさんございました.ちょっと教えてい
ただきたいのは,私自身,昔,学生さんに産科正常
編で教えておりましたひとつはですね,羊水という
のは無菌であり,それから,胎盤を介してなにか胎
児の方に移行するとすれば,それは絨毛間腔に浮遊
している絨毛を傷つけて,そこから絨毛の中の血管
に侵入して,それが胎児のほうに移行するというの
が,一昔前の産婦人科の医者の平均的な考え方だっ
たと思います.
今の先生のお話の内容に,教えていただきたい点
としてはですね,ウイルスが絨毛を通して入る時,
それは絨毛をいわゆる食い破って,胎児の血管に入
るのか.もしそうであれば,今度は胎児の血液の中
に入れば,今度は一気に心臓に行って,今度は心臓
からの血液の流れに乗って,腎臓に行ったり,脳に
行ったり,その結果耳が聞こえにくくなるとか,そ
ういう仕組みが一応,理屈で通るかなというふうに
感じたんですけれども.
それからですね,最近は産婦人科の領域でも,流
産の原因とか,早産,胎児死亡の原因に,いわゆる
胎盤の絨毛の性質の悪化,具体的には絨毛の中の血
管の変性,酸素がいかなくなって,絨毛が傷んでし
まう,それが胎児の異常に影響するとか,そういう
研究が今,一応進んでおります.そういう意味で,
結局ウイルスが感染する段階で,絨毛の血管変性が
起こっているのだろうかとか,その辺をちょっと教
えていただきたいと思って質問しました.
○幸田 基本的にはですね,まだ詳しいことは分
かってなくて,今,抗体を用いてウイルスの細胞へ
の侵入が阻止できるかどうかなどという研究ができ
るということは,侵入のメカニズムも基本的にはま
だ分かってない部分が多く残っています.サイトメ
ガロウイルスの分かっていることに関していうと,
細胞への侵入は,膜への融合によって入っていきま
す.おそらく血管でもそういった,傷をつけてとか
というよりも,膜への融合によって侵入していくの
じゃないかというふうに考えております.それと,
何でしたか.もうひとつ.
○質問 思いつくまま,いろいろ勝手に質問を並べ
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
ましたので,次はと言われてもちょっと.
○幸田 では,とにかくそういう形で,傷をつけて
ということではなく,ただ正確なところは,まだエ
ビデンスが得られていないので分からないですけれ
ども,感染メカニズムというところで分かっている
限りは,膜への融合という形で,ウイルスは感染し
て広がっていくっていうことです.
○質問 それからですね,質問をもう 1 回,顧みま
すとですね,胎児の血液の流れに乗っかれば脳へ行
くだろうし,腎臓にも行くだろうしっていうことで
すね.じっくり広がっていくのか,血液の流れに
乗って一気に広まるのかっていうことをちょっと感
じましたので,お聞きしました.
○幸田 それは私もよく分からないです.少なくと
も症候性感染の場合には血液中にウイルスは大量に
存在するので,全身に回るということは考えられま
すけど,先天性感染した場合に全身に広まるかどう
かっていうことは,ちょっとよく分かりません,私
は.水野先生,分かりますか.
○水野 先天性感染で生まれたばかりの子の血液に
サイトメガロウイルス DNA が大量にあったことを
経験しております.早産のお子さんでしたけど,お
そらくそのままお腹の中にいれば,血液中から広
まっていく可能性はあると思いますが,田中先生い
かがでしょうか.何かコメントをお願いします.
○田中 羊水の中にウイルスがいれば,どのくらい
のウイルス量があるのかというのと,免疫グロブリ
ンのアビディティの問題があると思います.ある程
度のウイルスがいれば,かなりの率で胎児には移行
するのではないかと思います.ウイルスが羊水中に
あるのだったら,治療の対象になるのではないかと
いう考えはあると思います.国内でもいくつかの大
学では研究されていると思いますけど,ただどのく
らいのコピー数があればいいのかということは,ま
だ分かっていないと思います.一旦胎児に入れば,
パッと広がるかどうかは確証もなにもまだないと思
います.幸田先生,ありがとうございました.では
後半を二木先生にお願いします.
577
3.口腔感染症と全身感染症
桑田 啓貴
昭和大学歯学部口腔微生物学講座
○二木 はい.それでは後半の司会をさせていただき
ます.内科学の臨床感染症学部の二木でございます.
それでは次の演題はですね,今度はちょっとガ
ラッと話が変わりまして,口腔感染症と全身感染症
ということで,お話しいただきますのは昭和大学の
歯学部の口腔微生物学講座の教授でいらっしゃる桑
田啓貴先生でいらっしゃいます.先生はですね,平
成 3 年度大阪大学の歯学部にご入学で,平成 9 年ご
卒業と.その後博士号をおとりになられて,その後
阪大のですね,微生物研究所のほうにお行きになら
れて研究員と.更に九州大学にお移りになられて,
発生工学分野で助教.そして平成 19 年からは,カ
ナダのトロントの小児病院付属研究所,そちらのほ
うで細胞生物学分野の博士研究員をお務めでいらっ
しゃいました.戻られましてから京都大学のウィル
ス研究所,そして平成 24 年から私どもの昭和大学
歯学部の口腔微生物学の教授としておいでいただき
ました.先生は今日はこういうふうなお話で,最近
注目されている領域ですので,いろいろとみなさん
がたもご興味があるんじゃないかと思いますが,先
生どうぞよろしくお願いいたします.
○桑田 ご紹介いただきまして大変ありがとうござ
います.歯学部の口腔微生物学部を担当しておりま
す桑田と申します.今回の学士会から,医学部,歯
学部,薬学部,すべての学部横断的な学士会という
ことになりまして,私たちは歯学部で普段おります
が,なかなか私たちの研究内容についてご発表させ
ていただく機会も少ないですので,大変貴重な機会
をいただきましてありがとうございます.
今紹介していただいたんですけども,私は歯学部
を卒業したあと,基礎の大学院に行きましたので,
僕自身はあまり臨床経験は少ないというか,ほとん
どないんですけども,そのあと歯学部から離れまし
て,ずっと研究所を中心に仕事をしてきました.で
すのでまあ,基本的には純粋に基礎の研究者という
ことになっております.大変ありがたいことに,昭
和大学にポジションをいただきまして,まだ 2 年弱
なんですけども,こちらに座らせていただきまし
て,ぼちぼち始めている研究もありますので,それ
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
の簡単な,非常にプリリミナルな内容なんですけ
ど,少しお話をさせていただければと思います.
まず最初にですね,私が今までどういうふうな内
容をしてきたかということを,簡単になんですけど,
時間もあまりありませんので,ちょっとご説明させ
ていただければというふうに思っております.私は
歯学部の大学院だったんですけども,基礎の教室と
いうこともありまして,研究テーマとしましてはで
すね,教室は口腔細菌学だったんですけども,元々
連鎖球菌の教室でして,そこで一般病原細菌なんで
すけども,A 群連鎖球菌ということで,研究をして
いました.そこは大変,連鎖球菌の教室としては有
名な教室だったんですけども,学位としましては A
群連鎖球菌の莢膜ヒアルロン酸の病原性の解析とい
うことでやっていました.最近コピーアンドペース
トで学位をとった人が話題になったりしているんで
すけども,私の学位は大変細かく調べられまして,
そういうようなことはないぐらい,大変厳しい教育
を受けたんですけども,今にして思えば,大変良
かったかなというふうに思っております.
そのあと私自身,感染症に興味がありましたの
で,微生物だけだと,体の中の感染症というものは
充分理解できないのではないかと.やはり宿主側か
らの応答というものと合わせて理解するほうが,感
染症そのものというものはより深く理解できるので
はないかと考えまして,同じ大学の中の微生物病研
究所というところがあるんですけども,そこで免疫
系の研究に取り組みました.ちょうど当時の,あと
でもう少し簡単にお話させていただくんですけど
も,ちょうど流行っていたのが,自然免疫というの
が流行っておりまして,自然免疫というものはもち
ろん大事なんですけども,それがより研究が進んで
いきますと,粘膜免疫というところでやはり大事
だったということで,テーマとしましては自然免疫
というものと,粘膜免疫というものに取り組んでき
たということです.実際の内容というのは,サイト
カンイサンセイとか,炎症制御というもののメカニ
ズムということで研究を,転写因子を中心に研究を
行ってきたということです.
その後,海外へ留学をしました.これはトロント
にあります Hosipital for sick children という小児
病院なんですけども,そこの基礎研究部がありまし
て,昔に最初に病原性出血性大腸菌 O157 の臨床分
578
離が最初に行われたたということで,有名な研究所
も持っています.そこで自然免疫系は感染症だけで
はなくて,体の中の不要な酸化 LDL みたいな体の
中のゴミを掃除するのにも大事なんですけども,そ
れの取り込みに重要な受容体がありまして,スカベ
ンジャー受容体のメンブレントラフィックというと
恰好いいんですけども,そのような研究をしていま
した.
A 群連鎖球菌なんですけども,これは最近,あ
まり新聞とかで賑わされることはなくなってきたの
かもしれませんけども,それでもやはり病気として
は非常に一般的な感染症だと思います.みなさんよ
くご存じだと思うんですけども,咽頭炎とか扁桃炎
とか猩紅熱,化膿性の疾患を引き起こすということ
で,まあまあ病原性は強い菌なんですけども,その
時によく流行っていたのは,ヒト食いバクテリアと
いうことで,新聞なんかには出てきまして,劇症型
の感染症なんですけども,非常に転機が早く,感染
してから 1 週間もするとですね,これは入院 3 日目
というふうに書いてあるんですが,患部で非常に強
い炎症を惹起しまして,プクッとこういう感じに膨
れてきまして,壊死性筋膜炎だとかそういうものを
引き起こして,あっという間に,最悪の場合は死に
至るというような,非常に症状の強い感染症を引き
起こすということで,多くの研究がされていまし
た.これは現在に至っても,あんまりどうしてこの
ような劇症型の疾患が起きるのかということは,あ
まり分かっていないといってもいいと思うんですけ
ども,非常に病態が厳しいということで,大変興味
のある部分ではありました.
私は当時,大学院の時やってたのはですね,僕は
臨床分離株を貰ってくるんですけども,貰ってきま
すと,その多くの菌がですね,莢膜多糖を産生して
いまして,これは血液寒天培地で分けますと,コロ
ニーがドロッとしてまして,大変水っぽいんです
ね.その水っぽいのは莢膜なんですけども,A 群
連鎖球菌はヒアルロン酸を莢膜に産生することがで
きます.これは人の持っているヒアルロン酸と,構
造はもちろん一緒でして,遺伝子的にも共通性があ
るということで,莢膜を持つことで好中球とか,貪
食系の細胞からの攻撃から逃れることができるとい
うことで,非常に強力なビルネセンシのひとつでし
た.これを大学院の時にテーマとしてやっていたん
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
ですけども,免疫系の細胞に対する好貪食能という
ことでは,話としては分かりやすいんですけども,
実際 A 群連鎖球菌はですね,上気道とか咽頭部か
ら感染しまして,全身に伝搬していくというような
感染経路をとるんですけども,実はその上皮細胞の
中に侵入するということが,当時言われていまし
た.細胞の中に侵入をするんですけども,この電顕
を見ていますと,中に入ると.中で増殖をしていく
ということで,結局上皮細胞の中で増殖することに
よって,上皮を破壊して感染拡大していくというよ
うなメカニズムが考えられていました.
私は,莢膜を持っている菌が,実際上皮細胞の感
染,細胞の破壊というのについてどういう病原性を
示せるのかということをテーマとして行っていまし
た.莢膜多糖の発現遺伝子を潰しました莢膜欠失株
というものが作れるんですけども,それを作りまし
て,野生株と莢膜欠失株で比較をしました.あまり
強い差というものは当時なかったんですけども,結
局そこで分かったことといいますのは,莢膜欠失株
はですね,結局上皮細胞の中では早く消化されてし
まうということが分かりました.ですから,莢膜を
持つことによって,上皮細胞の中で増殖をして,消
化はされるんですけども,消化のされ具合は遅いと
いうことで,上皮細胞の中でも細胞内に生存する時
間が長くなるということで,どんどんどんどん増殖
を拡大することで,感染拡大できるのではないかと
いうふうな結論でした.この時はまだ上皮細胞の中
でどうして菌が消化されるのかというメカニズムが
よく分かっていなかったんですけども,今はこれは
オートファジイというものが,上皮細胞でも持って
いまして,それによって菌が消化されるということ
が分かっています.
ここまでのところで,感染症というものをです
ね,研究していくにあたって,やはりこの時 Autophagy という現象は分かっていなかったんですけ
ども,まだまだ未知の,宿主側の抵抗するメカニズ
ムというものがあって,そういうものについても知
識が必要だなというふうに痛感しました.やはり免
疫系というものも勉強しようと思いまして,ちょう
どその時なんですけども,自然免疫というのが徐々
に流行り出していました.今はもうだいぶ一般化さ
れているんですけども,当時流行出していましたの
で,私は流行ってるのが好きですから,そういうの
579
に飛びついて,そういうところに行って研究しよう
と思った訳です.
自然免疫受容体というものがありまして,マクロ
ファージなどなんですけども,そういった細胞で
は,細胞表面にそういう自然免疫受容体というもの
が発現しています.この自然免疫研究が流行る前は
ですね,獲得免疫系の研究がもちろん盛んに行われ
ていたんですけども,こういった自然免疫系の細胞
というのは,結局当時,私たちの所属していた教室
にもいたんですけども,グラム陰性菌の LPS がど
うやって免疫系認識されるかというような,全く分
か っ て い ま せ ん で し た. そ れ が 結 局, た と え ば
TLR4 という受容体がグラム陰性菌の LPS の直接
のレセプターになっていて,それがたとえば転写因
子,介在分子を介しまして,転写因子の活性化を引
き起こして,最終的に炎症性のサイトカインを誘導
するというようなことが,ちょうどこのころに分
かってきたということでした.
私が自然免疫の研究室に行きまして,そのテーマ
を与えられて研究をした訳なんですけども,どうい
うテーマだったかといいますと,微生物のコンポー
ネントが自然免疫系細胞の受容体を介して活性化,
細胞の活性化を引き起こして,こういった TNF-α
であるとか,IL-6 というようなサイトカインを誘
導して,免疫系を惹起するというところはもういい
んですけども,十分分かっていたんですけども,た
とえばですね,この活性化がいき過ぎますと,もち
ろん微生物はやっつけることができるんですけど
も,いき過ぎると今度は逆に,車でもスピード出し
過ぎると事故が起こってしまうのと同じように,
どっかにブレーキしないとですね,いけないと.適
切な反応というのがありまして,いき過ぎを抑える
ためのブレーキシステムというものが備わっている
ということなんです.活性化し過ぎると,それを抑
制するために,この活性化した細胞から抑制性のサ
イトカイン,IL-10 などが誘導されまして,活性化
をブレーキするというようなメカニズムがあるとい
うことが分かってきました.
たとえばここにありますのは,このスタットス
リーという分子がなくなりますと,粘膜系が肥厚し
ます.これは大腸なんですけども,どんどんどんど
ん自然免疫系が活性化されて,ブレーキが利かなく
なってしまって,大腸だから大腸炎というような病
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
気を引き起こしてしまうと.健全だとこのような感
じで,普通の組織図を示すんですけども,どんどん
どんどん自然免疫系が活性化されてしまうことに
よって,炎症が引き起こすと.クローン病であると
か,そういった慢性の炎症性の大腸炎のようなもの
は,こういうネガティブレギュレーターというのが
うまく働かないことによって,病気になっているん
ではないかと.自然免疫系が,結局暴走してしまう
ことによって病気になっているということが,当時
言われていました.
なんで粘膜かということなんですけども,粘膜固
有層と,Lamina propria というところには,常在
菌がたくさん潜んでいますので,そういった常在細
菌はですね,やはり自然免疫受容体を介して,マク
ロファージなど活性化していきます.ですけど,常
在細菌が基本的に病原性がそれほどありませんの
で,そんなに過剰反応する必要は,本来はないもの
ですね.ですから,こういう私たちの健康な体は,
抑制性のシステムがうまく働いて,常在細菌と免疫
系がうまく折り合いをつけることによって,僕たち
の体は大丈夫なようになっていると.そしてそれが
自然免疫,粘膜固有層に存在している自然免疫系の
大切な働きのひとつだということなんです.
ただ,どうやって適切な関係が作られてるかと.
抑制メカニズムというところはよく分かっていませ
んでした.僕たちはですね,その当時,大腸のマウ
スなんですけども,大腸の粘膜固有層にあります自
然免疫細胞,この場合は CD11b という分子なんで
すけども,それをマーカーにしまして細胞をエピュ
リファイしてきまして,そのマイクロアレイ解析を
行うというような手法で,この大腸粘膜固有層のマ
クロファージ,得意的な遺伝子というものを見つけ
ようとしました.そこで見つけられたものというの
は,ここに書いてありますように,Bcl-3 だとか,
IKB NS という,これは転写因子なんですけども,
こういった Lamina propria マクロファージは特異的
に発現している転写因子が存在することによって,
炎症性の反応というものが適切にコントロールされ
ているということが , だんだん分かってきました.
ここにありますのは,IkB family と書いてあるん
ですけども,サイトカインの誘導には NF-kB とい
うサイトカインが一番大事というふうに言われてい
るんですが,その NF-kB をインフィビットするよ
580
うなファミリーがありまして,その総称を NF-kB
ファミリーというふうに言っています.その粘膜固
有層に存在しているマクロファージには,そのうち
の IKB NS というのと,Bcl-3 というのが強く発現
していると分かってきました.これを実際,本当に
どういう働きを持っているかというのを調べないと
いけないんですけども,これらをですね,マクロ
フ ァ ー ジ を 培 養 し ま し て, こ こ に Bcl-3 だ と か,
IKB NS という分子を強制発現させまして,そのあ
と LPS で刺激をしてみて,実際に炎症性サイトカ
インの発言がどう変化するかというものを調べた訳
です.
そうしますと,分かったことというのは,こちら
は TNF-αの産生で,こちらは IL-6 なんですけども,
TNF-αの産生を見てやりますと,この GFP という
のはコントロールのマクロファージなんですが,コ
ントロールのマクロファージですと,LPS で刺激
すると,バーンと TNF-αが産生されますが,Bcl-3
を過剰発現した場合ですと,LPS で刺激をしても,
この TNF-αというものが産生されない.非常によ
く抑えられるということが分かりました.この時,
ここには出してないんですけども,IL-6 の産生と
いうものは変化しません.Bcl-3 を過剰発現させて
も,LPS で刺激すると IL-6 はバーンと上がります.
ですけども,TNF-αはガッツリ抑えると.一方,
IKBNS を過剰発現させたけいでは,そのコント
ロールの場合ですと,LPS で刺激すると IL-6 がバー
ンと出るんですけども,IKB NS という転写因子を
過剰発現しておくと,その産生というのは大変よく
抑えるということで,Bcl-3 あるいは IKB NS とい
う別々の転写因子が,それぞれ特異的な TNF-αだ
とか,IL-6 というサイトカインの産生を抑制して
いると.ですので,私たちの体の中に存在している
自然免疫系の細胞というのは,そういった Bcl-3 だ
とか,IKB NS というような転写因子を発現してい
まして,そういった粘膜にはたくさん細菌がいます
ので,そういった最近はやはり,たとえば LPS だ
とか,DNA,CpG DNA だとか,いろんな細菌耐
成分を持っているんですが,それはやはり病原性に
関わらず,自然免疫受容体というものを介してサイ
トカインを誘導してしまいますが,それだと私たち
の体は不必要に過剰反応してしまいますので,そう
いうことが起きないように,こういう抑制性の転写
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
因子を発現させることによって炎症を抑制するとい
うような仕組みが出来ているということが,ここま
でで分かったということです.
結局,私たちの体は,体の中にたくさんの細菌が
常時いている訳です.どれだけ健康な人であっても
ですね,口の中とか腸の中には,ノーマルフローラ
というものがたくさん潜んでいて,その免疫系細胞
というのは,そういった常在細菌には反応する必要
がありませんので,こういう抑制性のメカニズムに
よって健康な体をキープしているということなんで
す.口の中というのはですね,腸の中と同じぐらい
に,非常に汚いというとおかしいかもしれませんけ
ども,たくさんの微生物が存在しています.まだま
だ同定されていない菌とかもたくさんいるんです
が,700 種類とか,人によってはいろんな,1000 種
類とかいう人もいますが,たくさんの菌がいまし
て,腸の中とかと比べてもですね,口の中の菌の環
境っていうのは非常に複雑で,好気性菌もたくさん
いますし,通性嫌気性菌もたくさんいますし,絶対
嫌気性菌もたくさんいるというふうに,非常に多種
多様な菌が存在していて,かつ菌の種類もですね,
非常に 10 の 9 乗以上ということで,たくさんの菌
がいてるから,非常に複雑な細菌叢を形成している
ということです.
超高齢社会になりますと,やはり高齢者などにな
りますと,免疫力が充分でありませんので,寝たき
りの人とかですと誤飲性肺炎が起きたり,口の中の
菌が全身に回ることによって,様々な病気を引き起
こすということが言われています.糖尿病なんかも
非常に関連が深いと言われています.口の中をきれ
いにすると,誤飲性肺炎が減るのはもちろんですし,
糖尿病なんかの症状もよくなるということが,エビ
デンスでもって言われています.これは口の中の菌
の電顕写真なんですけど,球菌がいたり,桿菌がい
たり,非常に多種多様な菌叢が形成されています.
その中で,全ての菌をターゲットにして研究すると,
やはりなかなかフォーカスしにくいのですので,歯
学部に来て以降,どういう研究をしたらいいのかな
ということを考えていたのですけど,その中でいく
つか面白そうな菌を,ピックアップして取り組んで
いきたいというふうに,今考えています.
そのうちのひとつは,Streptococcus oralis とい
う菌がいています.これは私たち健常時の口の中に
581
はたくさんいる菌なんですけども,Mitis 連鎖球菌
群のひとつというふうにカテゴリされていますが,
僕たちの口の中にたくさんいるんですが,歯面への
初期付着菌のひとつです.ですから歯の歯面の表面
にですね,くっついて,この初期付着菌というのは
何をするかといいますと,この場合ですと,青色が
オラーリスなんですけども,この菌を起点にして,
他の菌がどんどんどんどんくっついてくることで,
菌叢の成熟の起点になるというような菌と考えられ
ています.ですので,いろんな菌とイントラクショ
ンすることができる菌なんですけども,これが口の
中で増えますと,菌血症だとか,心内膜炎とか,あ
るいはコンプロマイズドホストの場合ですと,日和
見感染症などの原因になるということで,私たちの
体にとってはそんなに問題じゃないんですけども,
場合によっては非常に体にとって害を及ぼす菌と,
非常に二面性を持った菌のひとつです.肺炎などを
起こす菌のひとつ,ニューモニエの近縁菌でもあり
まして,非常に近い菌のひとつです.誤飲性肺炎な
んかで,肺の中の調べて,ニューモニエがもちろん
たくさん出てくると思うんですけども,たとえば遺
伝子的に非常に近いですので,ニューモニエと思わ
れているけども,実際には Mitis 系の菌,オラーリ
スなんかが実際にはいてるのを間違って認識してる
というようなこともあると考えられています.
この菌のビルレンス因子なんですけども,私たち
が注目しているのは,ひとつは H2O2 産生能という
も の に 注 目し て い ま す.H2O2 は, 怪 我 す る 時 に
シュッと塗ると泡が出てくる,あの H2O2 なので,一
般的には菌に対して抗菌的な働きを持つものなんで
すけれども,大変不思議なことに,いくつかの連鎖
球菌とか,あるいは乳酸ラクトバシラスとか,ラク
トコッカスのようないくつかの菌では,自分自身が
H2O2 を産生することができると考えられています.
この H2O2 の役割っていうのは,実のところあま
りよく分かっていません.ひとつ言われているの
は,H2O2 自体大変毒性が強いですので,自分たち
以外の菌の増殖抑制に関わってると.ライバルを
やっつけることによって,自分たちの増殖をよくし
ているのではないかというふうに言われているので
すが,実際のところあまりよく分かっていません.
この H2O2 というものに着目して,研究を進めてい
こうかなというふうに考えています.オラーリスの
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
の先生方でございましたけれども,今度は外から著
場合,ここに細かすぎてよく分からないのですけど
明な先生方においでいただきまして,お話を聞かせ
も,SpxB という遺伝子がありまして,これが H2O2
産生に関わっているということが言われています. ていただきます.
最初の演者の方をご紹介いたしますけれども,最
この H2O2 ビスレンスとして,どれぐらい.
初は小林和夫先生でいらっしゃいます.先生には,
○二木 先生,そろそろおまとめいただけますか.
「結核や非結核性抗酸菌感染症の動向と最近の話題」
○桑田 あ,すみません,申し訳ない.この H2O2
という事でお話しいただきますが.小林先生は昭和
を産出すると,自分自身もダメージを受けるんです
大学のご出身でいらっしゃいますので,恐らくみな
が,その自然免疫における役割というのはなにかと
さんよくご存じだと.あるいは,先生非常に有名で
いうものを調べたいということで,マクロファージ
いらっしゃいますので,ご存じだと思いますけれど
を H2O2 で処理すると,こういった炎症性のサイト
も.現職は堺市の衛生研究所の所長でいらっしゃい
カインの産生が抑制されるということが,最近私た
ます.
ちの教室で分かりつつあるということです.
先生は,これによりますと,昭和 62 年ですか,
今後ですね,ちょっと時間が無くなって大変申し
52 年,失礼しました,のご卒業でいらっしゃいま
訳ございませんが,研究所で研究していると,なか
して,その後,昭和大学医学部の内科学講座から,
なか臨床的な話というのは聞けませんし,私自身も
57 年には米国のコネチカット州立大学へご留学さ
医学部とか,薬学部とか,いろんな先生とコラボ
れ,戻られましてから,国立多摩研究所の微生物部
レーションすることによって,幅広い研究をしてい
きたいというふうに考えておりますので,今後今日
ですとか,それから国立感染症研究所のハンセン部
の話を,もしご興味がありましたら,これをきっか
研究センターの生体防御部長ですとか,非常に多く
けにですね,なにか共同研究を出来ればというふう
の,大変重要なお仕事をご歴任されまして,最後に
に考えています.どうもよろしくお願いします.
現職の堺市の衛生研究所長を,平成 26 年からお務
めでいらっしゃいます.
4.再興・新興感染症
先生は大学の評議員でもいらっしゃいますし,そ
・結核や非結核性抗酸菌感染症の動向と
れから国立感染症研究所の名誉所員と.そういう事
最近の話題
を,現在までになさって来られました,非常に膨大
小林 和夫
な研究が評価されて,現在でもご活躍でいらっしゃ
いますけれども,たくさん私たち,教えていただく
堺市衛生研究所・国立感染症研究所
事があると思います.今日は先生,大変紹介が不十
昭和大学医学部微生物学講座客員 分でございますけれども,どうぞよろしくお願いい
○二木 どうもありがとうございました.みなさん, たします.
大変時間が限られておりまして,先生方のお話を
⃝小林 二木先生,どうもありがとうございまし
もっともっと聞かせていただきたいのですけれども, た.ただいまご紹介いただきました堺市衛生研究所
いろいろ予定もございますので,どうも申し訳ござ
の小林でございます.本日はすごく緊張していて,
いませんでした.少し時間を,と言いますか,だい
昭和大学昭和大学学士会会長,学長でもある小出先
ぶオーバーしております.この後の予定もございま
生とか,私の同級生でもあります医学部長,かつ,
すので,また後ほどディスカッションの時間が取れ
本会の副会長,久光先生.薬部長の山本先生.ほん
ると思いますので,先生には,また,この後のディ
とに緊張しております.
スカッションでいろいろご討議いただければという
今までのアカデミックな話じゃなくて,私の内容
ふうに思います.どうもありがとうございました.
は,より現実的なお話をさせていただければと思い
それでは,次のセッションに入りたいと思いま
ます.私は,あまり,人前で研究の話をした事ない
す.次は第 4 部になりますけれども,再興・新興感
んですけど,死期も迫っているし,そろそろ最期に
染症という事で,お二人の先生方からお話を聞かせ
言っておこうかなと思いまして,今日は講演させて
ていただきたいと思います.今まではずっと,内部
いただきます.
582
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
今日お話しさせていただきますのは,結核とか,
結核の親戚,非結核性抗酸菌感染症の動向です.ま
た,最近の話題として,特に,私共が関与しました
日本発,日本から世界に,世界で初めて,を目指し
た橋渡し医学研究の成果と応用についてお話をさせ
ていただければと思います.
私,現在は堺市衛生研究所で所長をしておりま
す.私の前職は国立感染症研究所(感染研)でござ
いましたが,国と地方の地理的条件は異なります
が,似たような使命や役割を持った行政の試験調査
研究機関でございます.地方と国との連携の上で,
感染症対策で非常な,お互いに重要な役割をしてい
ると認識しているところでございます.
表題のスライドにいくつか大学の名前書いたの
は,これは私たちのグループの中から,教授や研究
機関部署のリーダーが 6 人出ているんですけど,一
緒にチームワーク,ネットワーク組んで研究してい
るというような事でございます.
今日の主要事項は,1)感染症の脅威,2)結核な
ど抗酸菌感染症,そして,3)私共が関与しました
抗酸菌感染症に関する日本発・世界初の橋渡し医学
研究(トランスレーショナル・リサーチ)について
講演させていただければと思います.
感染症の脅威
世界の人口は約 70 億です.1 年間に約 6000 万人
が死亡します.スライドでカッコ内のグリーンは日
本の統計です.日本の人口は今 1 億 2800 万.年間
の死亡は 125 万人.総死亡の内訳として,感染症に
よる年間死亡は世界で約 1500 万.すなわち,総死
亡の 1/4 が感染症を原因としています.日本では総
死亡の約 10 %が感染症に起因しています.
日本の死因のトップは「がん」でございます.2
番目が心疾患.3 番目は,数年前までは脳血管障害
でしたが,今は肺炎になっております.ですから,
感染症がどんどん脅威を増しています.
これは,世界の死因で一番多いのは,循環器疾患
です.世界保健機関(WHO)の統計で,循環器疾
患は脳血管障害と心疾患を合計にしたものであり,
約 1700 万,2 番目は感染症(1500 万人)
.3 番目が,
世界では悪性腫瘍,
「がん」であり,700 万.逆に言
うと,感染症の半分しか,世界において「がん」は
ヒトを殺していません.なお,本日の講演内容であ
る結核の年間世界死亡数は約 130 万です.すなわち,
583
感染症は現在でも人類の健康に大きな被害を提供し
ていますし,感染症は健康政策に重要な課題です.
悪性腫瘍と感染病原体の関与
さらに,科学が進みますと「がん」の原因が解明
されます.例えば,肝細胞がんの約 80 %は B 型,
あるいは,C 型ウイルス性肝炎でございます.子宮
頸がんの 90 %はパピローマウイルス感染,胃がん
の約 60 %は
感染に起因してい
ます.すなわち,全がんの約 20 %が感染病原体を
原因としています.病原体感染を起因とする「が
ん」の場合,感染病原体をワクチンであれ,抗微生
物薬であれ,適切に対応すれば,その先の病変であ
るがんを発症しないで済む,すなわち,がん死を防
止できることになります.総がん死亡数の 700 万人
の 20 %を感染症死亡に移し替えすることが出来ま
す.700 万の 20 %は 140 万ですから,140 万を感染
症総死亡の 1500 万に加ますと,1640 万,すなわち,
ほぼ世界の最大死因である循環器疾患(1700 万人)
に匹敵します.すなわち,感染症は現在でも人類の
健康に大きな脅威でございます.日本の統計も同様
です.
新興・再興感染症
新興感染症は,だいたい 1970 年代くらいから見
つかってきた感染症でございます.再興感染症は以
前から既知であり,最近再び出現,・増加している
感染症です.世界地図上にこれら感染症の発生地域
をプロットいたしますと,世界中どこも安全な所は
ないという趣旨の WHO のスライドでございます.
本日,西條ウイルス第一部長がご講演されると思
いますが,この数年間に出現しました重症熱性血小
板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia
syndrome:SFTS),鳥インフルエンザ A/H7N9 や
中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome,
MERS),また,西アフリカ諸国で流行し,拡大が
懸念されているエボラウイルス病(Ebola virus disease,
EVD)など,枚挙にいとまがありません.
感染症の人為的脅威
前述しました新興・再興感染症は自然発生した感
染症ですが,人為的な感染症の脅威,炭疽菌に代表
されるバイオテロもあります.
世界三大感染症(感染症の“big three”)
世界三大感染症は主要国首脳会議(サミット)で
公衆衛生上の脅威,すなわち,発生患者数,死亡数
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
や重篤性などから,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)
感染症/後天性免疫不全症候群(AIDS),結核,マ
ラリアは感染症の世界三大感染症です.これら感染
症のいずれも有効なワクチンはありませんし,発生
患者数は年間 3 億人以上,死亡は 350 万人以上で甚
大な健康被害です.日本の年間死亡数が 125 万です
から,これら 3 疾患だけでも,日本の年間総死亡数
の約 3 倍に達していることになります.
結核
結核の概要
結核は結核菌が原因の感染症です.感染経路は空
気感染,空気を共有する事によって伝播する疾患で
す.結核菌は学問的にマイコバクテリウム属菌であ
り,正式名称は「
」です.
現在,マイコバクテリウム属菌として約 130 種が
知られています.そのなかで最も多くの健康被害を
惹起しているのは結核菌です.その他,最近漸増し
ている非結核性抗酸菌.また,全く人工培養ができ
ないらい菌(ハンセン病の原因菌)などもマイコバ
クテリウム属に含まれます.
結核の発生動向や疫学
結核,これは昔から既知ですが,再び増加してい
ま し た の で, 代 表 的 な 再 興 感 染 症,re-emerging
infectious disease です.感染と発病は違いますけ
れど,感染者は世界の人類の約 30 %で 20 億人,日
本では 5 人に 1 人,20 %が感染していると推定さ
れます.
発病は,結核菌を,例えば,肺結核で病変があっ
て,排菌している状態です.発病は,1 年間に,世
界では 900 万弱,日本では 2 万人強.死亡は世界で
は年間 130 万,日本では 2,100 人であり,結核は現
代における甚大なヒトの健康に関する脅威でござい
ます.
結核対策の課題は多岐に亘りますが,本日は,時
間の都合上,地域格差の問題,薬剤耐性,HIV 感
染症 /AIDS を合併した結核について述べます.結
核に関する法制度は感染症の予防および感染症患者
に対する医療に関する法律(感染症法)の 2 類感染
症に位置づけられております.
まず,諸外国と日本の地域格差でございます.イ
ギリスを除いて,先進国の結核罹患率はほとんど
10 万人当たり,一桁です.日本は約 17(2012 年の
統計)であり,結核対策という意味では,日本は先
584
進国でなく,中進国です.世界的にはアフリカのサ
ハラ砂漠以南の所は最も多い地域です.
日本全体の結核罹患率は約 17 ですが,地域格差
があります.都道府県別で見ますと,大阪,東京,
沖縄,徳島,奈良と,これらの都道府県はワースト
5 でございます.西日本の都道府県が多く,結核罹
患率は西高東低でございます.
私は,以前(1999 ∼ 2006 年),大阪市立大学医
学部の教授として在籍しておりましたが,1999 年
当時,大阪市の結核罹患率は 108,現在,大阪市は
43.また,私の現任地である堺市の罹患率は約 28,
堺市は日本で 2 番目に結核が多発地域です.
疫学事項で重要なのは,HIV と結核菌の重複感
染です.HIV 感染により免疫不全が招来されます
と,結核菌と重複感染します.例えば,世界では,
重複感染している方は 1,500 万人.これを結核患者
さん側から見ると,860 万のうちに,HIV 感染を合
併している人は 110 万人.すなわち 13 %が HIV と
結核に重複感染しています.死亡数で見ますと,結
核死亡の 130 万人で,HIV を合併している人は 32
万人,すなわち,4 人に 1 人が HIV- 結核の重複感
染です.日本では HIV 感染症 /AIDS を合併してい
る結核は 63 人です.結核患者総数が 2 万 1,000 人
ですから,HIV- 結核合併は 0.3 %となり,世界の
統計に比し,少ないのですが,予断は許しません.
なぜならば,年次統計順に増加傾向です.
結核ワクチン
感染症の big three は HIV,マラリアと結核です
が,これらの感染症には有効なワクチンがほとんど
ありません.これら 3 疾患の病態に共通しているこ
とは 1)慢性経過,2)潜在性感染,3)宿主防御機
構として T 細胞を介在していることです.急性感
染症(例:麻しん,風しん,ポリオ,インフルエン
ザなど)と異なるワクチン開発戦略が望まれます.
非結核性抗酸菌感染症
非結核性抗酸菌(NTM),昔の表現ですと非定型
性って言いましたけど,現在は非結核性が一般的な
呼称です.だいたい,疾患頻度として結核を含む抗
酸菌感染症全体の約 20 %を占めています.
非結核性抗酸菌感染症で最頻は
complex(MAC)感染症です.病変は結核
と全く同じ.ただし,教科書的にはヒトーヒト感染
しません.したがって,隔離は不要ですし,感染症
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
すなわち,現在の薬剤耐性結核菌に効果を発揮する
法届出対象外疾患です.ただし,MAC は薬剤耐性
ことが期待されます.
がほとんどであり,難治性です.実際,AIDS 合併
delamanid は優れた抗菌活性を示し,早期抗菌活
MAC 感染症はほぼ致死的です.
性が高く,治療開始 2 か月以内に失活させることも
日本発・世界初を目指した橋渡し医学研究
可能です.また,副作用も非常に低減しております
私共が関与しました抗酸菌感染症関連日本発・世
.欧州連合では 2014 年 4
界初を目指した橋渡し医学研究,1)新規抗結核薬, (N. Engl. J. Med.,2012)
月 30 日,日本では 7 月 4 日に厚生労働省から製造
2)MAC 感染症の迅速血清診断の開発についてお
販売承認され,9 月 26 日から販売が開始されました.
話したいと思います.
1)新規抗結核薬:delamanid
適応は「多剤耐性結核」で,耐性菌出現防止および
結核は基本的に,通常 4 薬剤を用いる多剤併用化
適 正 使 用 の 推 進 の た め, 製 薬 会 社 が 行 う RAP
学療法,加えて,確実な服用のため,直接監視下短 (Responsible Access Program) に 登 録 さ れ た 医
期抗結核化学療法です.確実な服用によって,耐性
師・薬剤師のいる登録医療機関・薬局において,医
菌の出現頻度が低下します.だいたい 1 薬剤当た
師が登録した患者にのみ使用可能です.
り,10 の 6 乗から 9 乗に 1 の頻度で耐性菌が出現
2)MAC 感 染 症 の 迅 速 血 清 診 断: キ ャ ピ リ ア
しますので,例えば 4 剤併用療法では,1 薬剤 7 乗
MAC 抗体 ELISA
と仮定した場合,10 の 28 乗分の 1 に低下します.
最後に MAC 感染症の迅速・血清診断についてお
特に,多剤耐性結核菌(MDR-MTB)は最も強力
話します.MAC 感染症は届け出対象外感染症のた
な抗結核菌薬である isoniazid と rifampicin に少な
め,正確な発生動向は不明です.しかし,結核を含
くとも同時耐性であり,世界では 50 万人弱,日本
む抗酸菌感染症 10 ∼ 40 %を占め,世界では年間
では 300 人が罹患しています.治療の選択肢は限定
100 万から 300 万人,日本では 1 万人前後(罹患率
され,難渋しています.さらに,MDR に加えてフ
6 ∼ 8)の発生が推定されています.MAC 感染症
ルオロキノロンや注射用アミノグリコシド薬にも耐
の発生動向をより正確に把握するため,厚生労働科
性である超多剤耐性結核菌(XDR-MTB)は,世界
学:新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究班
では約 4 万人,日本では約 100 人が罹患しているよ
から主として呼吸器科の先生方に調査の協力依頼が
うです.
近々行くと思いますけど,その節はよろしくお願い
現在の主要な抗結核薬は isoniazid,rifampicin, いたします.
ethambutol,pyrazinamide の 4 薬剤です.最後に
MAC 感染症の診療で大きな課題は診断です.お
開発された rifampicin は今から約 40 年前です.40
そらく,臨床の先生方がお困りのことと存じます
年間,全く,新規抗結核薬は開発されませんでし
が,診断には国際的診断基準(アメリカ合衆国感染
た.当然,薬剤耐性も増えてまいります.
症学会・胸部疾患学会,2007 年)を用います.診
新規抗結核薬の 2 つの開発戦略ですけど,第 1 は
断基準の概要は 1)症状と画像診断と 2)菌培養(喀
bedaquiline(Johnson & Johnson, ア メ リ カ 合 衆
痰検体の場合,2 回以上陽性)が必要です.1 回の
国),結核菌 ATP 合成酵素阻害薬,第 2 は,ニト
培養に 2 週間を要しますので,2 回陽性には約 1 か
ロイミダゾール系新規抗結核薬,delamanid(大塚
月を要することになります.
製 薬 ) で す. 日 本 発・ 世 界 初 の 抗 結 核 薬 で あ る
MAC 抗 原, 化 学 的 に 糖 ペ プ チ ド 脂 質(glycodelamanid について,以下,お話をさせていただき
peptidolipid,GPL,分子量:約 1,200)に着目しま
ます.
した.結核菌群(BCG を含む)は GPL 非保有であ
結核菌の生物学的特徴である抗酸性を規定するミ
り,MAC 特異的抗原であることが判明しました.
コール酸合成系を薬剤標的に選択しました.ミコー
次いで,ヒトは MAC-GPL 抗原に抗体免疫応答す
ル酸合成系を破壊しますと,抗酸性が消失します
る こ と(Clin. Infect. Dis.,2002) を 明 ら か に し,
(Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2007)
.Delamanid は
血清抗 MAC-GPL 抗体を検出する酵素抗体法の開
ミコール酸合成阻害薬であり,isoniazid を含めた
発,すなわち,迅速血清診断に着手しました.日本
抗結核薬の薬剤標的と異なることが判明しました. 国内の多施設(7 機関)共同臨床試験による血清診
585
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
断の感度は 84 %,特異度は 100 %,検査所要時間
は約 3 時間でした(Am. J. Respir. Crit. Care Med.,
2008).血清抗 MAC-GPL 抗体検査は体外診断用医
薬品であり,安全,かつ,簡便,迅速な検査であ
り,感度・特異度も高く有用性に優れているため,
厚生労働省から承認・保険収載され,実地診療に用
いられています.また,臨床検査機関として BML
が検査を受託しています.
抗 MAC-GPL 抗体を検出する血清診断の国際的
性能評価として,アメリカ合衆国では感度:77 %,
特異度:94 %(Eur. Respir. J.,2013),台湾では感
度:61 %,特異度:91 %(PLoS One,2013)でし
た.日本とアメリカ合衆国の成績は良好,かつ,近
似していましたが,台湾の成績(特に感度)は劣性
でした.この原因として,台湾では
や
など GPL 保有迅速発育抗
酸菌感染症が地域的に多いことが診断感度を低下さ
せていたと考えられます.現在,抗 MAC-GPL 抗
体を検出する血清診断を国際的診断基準項目に追加
することを交渉しています.
共同研究者および研究費支援
本研究の推進に際し,大阪市立大学大学院医学研
究科細菌学,国立感染症研究所免疫部,国立病院機
構刀根山病院や大塚製薬など,産・官・学の連携に
より,多くの有為な大学院生,研究者,構成員の多
大な貢献に深謝します(They have given me than
I have given them).本講演の研究は文部科学省科
学研究費補助金や厚生労働省厚生労働科学研究費補
助金で支援されました.また,これらの研究の過程
で,多くの同志が部門責任者(国立・私立大学教
授,研究機関部長・科長)として飛躍し,現在,気
鋭の研究者として活動しています.
⃝二木 小林先生.どうも,大変ありがとうござい
ました.非常に短時間で多くの事を教えていただき
ました.最後には,人を育てる事の大事さという事
も教えていただきまして,大変ありがとうございま
す.どうでしょうか.せっかくの機会ですので,先
生,少し時間を余していただきましたので,どなた
かお一方.はい,大西先生どうぞ.
⃝大西 先生,ほんとに面白いご講義,ありがとう
ございました.先生が開発されました MAC 抗体
は,今,昭和大学でも使わせていただいていて,非
常に有用という事はもう,認められていますけれど
586
も.疫学はこれからわかってくる事だと思いますけ
れども,中高年の女性に増えて,中高年の女性に増
えてきているっていう事で,結核をこれから追い越
すんじゃないかっていう勢いであるんですけれど
も,そういう面で,何か先生は,この衛生的に,予
防とかそういったふうな観点から見た,何か,対応
を考えられますか.
⃝小林 いくつか話をスプリットして,お話しさせ
ていただきますと,結核が減ってくるのは耐性菌の
問題あったにしても,治療に抵抗性を示す多剤耐性
結核は全体の 2 %ぐらいです.ほとんどの結核は薬
剤感受性であり,抗結核化学療法により,世界的に
結核は確実に減少しています.
他方,MAC の感染源は不明ですし,環境には普
遍的に存在しています.さらに,ほとんどの MAC
が薬剤耐性であるため,世界的に増加しています.
実際,欧米では,MAC 感染症の罹患は結核よりは
るかに多いのが現状です.それで,先ほど申し上げ
ましたように,臨床の先生方に MAC 感染症の発生
動向調査をさせていただければと思いますので,ぜ
ひ,ご協力をお願いいたします.対策としては 1)
正確な発生動向調査,2)宿主要因や菌要因の解析,
3)感染源・経路の解明,4)新規 MAC 治療薬の開
発が重要と考えています.
⃝二木 はい,どうもありがとうございました.ま
だ,ご質問おありになるかと思いますけれども,少
し時間がございますので,先生,また後ほど,ディ
スカッションでよろしくお願いいたします.
⃝小林 どうもありがとうございました.
・新興ウイルス感染症と SFTS
西條 政幸
国立感染研ウイルス第一部
⃝二木 それでは,最後のご講演を賜りたいと思い
ますが.今度は新興ウイルス感染症,先ほどもお話
がありました SFTS につきまして,国立感染研の
ウイルス第一部の部長でいらっしゃいます西條政幸
先生にお話を頂戴したいと思います.先生は,やは
り大変有名な先生で,最近は売れっ子で,あちらこ
ちらの学会でお話を聞かせていただいているんです
けれども.
先生は,1987 年の旭川医科大学のご卒業でいらっ
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
が発生しました.また,その約 800 人が死亡し,致
しゃいます.87 年から 97 年まで旭川医科大学の小
死率は 10 %にも上りました.この流行は,2003 年
児科の教室に在籍されまして,臨床のご研鑽を積ま
6 月には終息しております.あまり知られているこ
れまして,その後,95 年から 1 年間,JICA でザン
とではありませんが,この年の 12 月と,翌年 2004
ビア感染症対策プロジェクトに参画されまして,お
年の 1 月に,4 人の患者さんが中国の広東省で出て
戻りになられて,97 年から国立感染研でウイルス
おります.
の第一部外来性ウイルス室の研究員として,まず着
この SARS コロナウイルスがどこから人間社会
任されまして,以降,ウイルス第一部の主任研究
官,それから同第三室長を経て,2010 年 10 月から, に入ってきたのかが問題です.これまでの研究で,
少なくとも,人間はハクビシンからこのウイルスに
同部長に就任されて,現在に至っておられるという
感染し,そして,その感染した人の中でウイルスが
事でございます.
先生は,研究領域が,非常にこのウイルスを中心
増えて呼吸器感染症を中心とした全身感染症が引き
に幅広くて,いっぱいご業績がおありになるんです
起こされています.特にご高齢の方は重症となり予
けれども,大変申し訳ありませんが,少し割愛させ
後が悪く,中には SARS コロナウイルスを多量に
ていただきまして,先生のお話を少しでもたくさん
排出する人(super spreader,スーパー・スプレッ
聞かせていただきたいと思いますので,先生,どう
ダー)がおり,人から人に感染が拡大しました.こ
ぞよろしくお願いいたします.
のような形で中国を中心に,しかも,世界規模で流
⃝西條 ご紹介ありがとうございます.国立感染症
行が広がっていきました.
研究所ウイルス第一部の西條です.このような伝統
人はハクビシンからこのウイルスに感染したと考
のある大学で講演をする機会をいただきまして,大
えられています.2003 年の 12 月に感染した方は,
変光栄に思っております.今日は,SFTS を中心に,
若い方で,あるレストランに行き,そこで感染した
それを理解するために,まず初めに新興ウイルス感
と考えられています.そのレストランの中の環境を
染症の話をしたいと思っております.
調べると,この SARS コロナウイルスの遺伝子が
新興・再興感染症の中で代表的なものとして,
検出されます.
2003 年に世界的に,特に中国で流行した SARS を
中国,特に南部の方々はハクビシンを食します.
簡単に紹介します.その後,これに関連する感染症
非常に高級な食材で,ハクビシンを料理する過程
として,最近中近東で発生している MERS を,そ
(解体等)で人がハクビシンから SARS コロナウイ
れから鳥インフルエンザ等の少し話をさせていただ
ルスに感染したと考えられます.SARS コロナウイ
いた後,SFTS の話をしたいと思っております.
ルスは,このように動物から来たと考えられていま
1.SARS
す.私の強調したいことの一つは,新興ウイルス感
2002 年の暮れから,中国の広東省で,死亡者が
染症は,地域の食生活,ライフスタイル等と密接な
でている奇病が流行っているという情報がありまし
関係があるということです.ハクビシン等との動物
た.その時は原因がわかっていませんでしたが,
に近い所で生活をしている限りにおいては,これか
2003 年の 2 月末から 3 月にかけて,ベトナムのハ
らも SARS コロナウイルスに人が感染し,SARS が
ノイの French Hospital という病院で,感染性と思
再流行するリスクがあることを私たちは認識しなけ
われる呼吸器疾患の院内流行が起こりました.そこ
ればなりません.
で患者さんの一人から分離されたウイルスが,コロ
昨年,
『NATURE』に発表された論文で,SARS
ナウイルスに分類されるそれまで知られていない, コロナウイルスとほぼ同等の性質を持つウイルス
新規ウイルスであるということが明らかになりまし
が,キクガシラコウモリから感染性を有したまま分
た. 当 初 原 因 の わ か ら な い 時 点 で 世 界 保 健 機 構
離する事に成功したことが報告されました.この事
(WHO)により severe acute respiratory syndrome
実は SARS コロナウイルスの宿主がキクガシラコウ
(日本名で重症急性呼吸器症候群)という病名が付
モリであることを強く示唆しています.そして,こ
けられました.その後診断をしっかりしていくと, のウイルスがハクビシンに感染し,そこで増殖した
中国国内を中心として,世界中で約 8000 人の患者
ウイルスに人が感染したことを示唆しています.中
587
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
国南部では人がハクビシンと非常に近い所で生活を
しています.そのことによって SARS コロナウイル
スが人間社会に入り込み,流行を起こしたのです.
人から人への感染に関しては,基本的には院内感染
と家族内感染や濃厚な接触のある方々の間での感染
形態でした.このように,非常に近い所にいる方に
感染が拡大しました.ただ,基本的に,8000 人の
患者さんで流行が収まっているのは,人から人に感
染する効率が非常に悪いという事を示しています.
もう 1 つ強調しておきたい事は,このキクガシラ
コウモリがこのウイルスを持っているという事が明
らかになったという事であれば,宿主のコウモリが
生息している所から,また再び,SARS の流行が発
生するというリスクから,私たちは逃れる事はでき
ないだろうという事です.
2.MERS
続いて,MERS の話をさせていただきます.2012
年『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に発表された論文がありまして,そのタイトル
は『Isolation of a Novel Coronavirus from a Man
with Pneumonia in Saudi Arabia』です.重症肺炎
の患者が死亡し,その患者から分離されたウイルス
が,また新規コロナウイルスであることが明らかに
されました.
その報告に引き続き,
『The Lancet Infectious Diseases』という雑誌に『Clinical features and virological analysis of a case of Middle East respiratory
syndrome coronavirus infection』という発表がな
されています.電子顕微鏡で分離されたウイルスを
調べると,コロナウイルスと同等の形をした粒子が
認められています.胸部 CT 所見からは重症肺炎に
罹患していることが理解できます.
この分離された新規コロナウイルスによる呼吸疾
患を,『Middle East Respiratory Syndrome(中東
呼吸器症候群)』と,頭文字をとって MERS という
名前が付けられました.2012 年ヨルダン等で流行
が発生し,その後,診断がしっかりなされるように
なり,2013 年においてもサウジアラビアを中心に
流行が続いていました.その後も患者数は減少傾向
にありますが,流行がまだ続いているという状況に
あります.
MERS の特徴として,呼吸器感染症を起こすこ
とは病名からも自明のことですが,高い致死率の疾
588
患である事が挙げられます.約 30 %の患者が死亡
しています.次いで人から人への感染効率(いわゆ
る伝搬性)が低いことが挙げられます.SARS の時
と同じように,このウイルスに感染したからと言っ
て,感染した人が全てウイルスを体外に飛沫等の形
で排出するわけではありません.すべての患者が他
の人に MERS コロナウイルスを感染させるという
ことではなく,患者の一部の人が感染源になる,い
わゆるスーパー・スプレッダーと呼ばれる存在がい
ます.このような形で,人から人に感染が広がり,
時として院内感染事例が発生します.
ただ,スーパー・スプレッダーは高齢で,かつ,
重症患者であることが多いようです.限られた人が
スーパー・スプレッダーになるので,MERS が今
現在中近東で流行している状況から,世界中にまた
広がっていくという事にはならない訳です.
今考えられる MERS コロナウイルスの人への感
染経路に関するシナリオについて説明します.中国
で発生した SARS の場合と同じように,ある動物,
特にコウモリが MERS コロナウイルスを持ってい
て,そして,ヒトコブラクダにそれが広がり,さら
にヒトコブラクダから人に感染しているのではない
かと考えられます.中東では,ヒトコブラクダと人
は非常に近い所で生活しているので,MERS コロ
ナウイルス人が感染するリスクは常に存在します.
しかし,人から人への感染は限定的です.もう 1 つ
のシナリオは,ヒトコブラクダ自体がこの MERS
コロナウイルスの宿主であるという可能性があり,
人はヒトコブラクダから感染しているという想定で
す.ヒトコブラクダ,中近東の特にサウジアラビア
等で飼育されているヒトコブラクダにおける
MERS コロナウイルスに対する抗体価を測定する
と,抗体陽性率がほぼ 100 %陽性です.また,患者
の中にはとヒトコブラクダと直接接触のある方も確
認されています.患者から分離されたウイルスとヒ
トコブラクダから分離された MERS コロナウイル
スの遺伝子の塩基配列が一致している事例も明らか
になっています.人は,ヒトコブラクダからこの
MERS コロナウイルスに感染している.これはも
う,明らかなことだろうと考えられます.
まずはじめに MERS と SARS について解説しま
した.ここでもう一度,強調しておきたい事は,ヒ
トコブラクダを,MERS 感染予防のために飼育を
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
止めるという訳にはいかないということです.ま
た,SARS 感染予防のためにハクビシンも撲滅する
訳にはいかないということです.ですから私たち
は,このような死亡率が高い新興ウイルス感染症の
流行リスクから逃れる事はできないのです.
このことは,鳥インフルエンザについても同様に
言えます.季節性インフルエンザのように,毎年冬
に な る と 流 行 す る ウ イ ル ス は, 人 に お い て は
H1N1,H2N2(これは 1970 年代以降しばらくあり
ません),および H3N2,この 3 つ型のインフルエ
ンザしかありません.これ以外のウイルスが世界中
でパンデミック起こした事例はありません.
一方,鳥インフルエンザウイルスの人の感染症を
どのようにとらえるとよいのでしょうか.これは
2008 年の『Lancet』という雑誌に発表された論文
です.大変興味深い論文です.重症呼吸器感染症を
起こす高病原性鳥インフルエンザウイルス H5N1 に
人が感染すると,肺にウイルスが存在する事も明ら
かで呼吸器感染症を引き起しますが,それだけでは
なく,病理学的にリンパ節や中枢神経組織にウイル
ス抗原が検出されています.または垂直母子感染,
つまり母体から胎児にウイルスが感染している事例
もみつかっています.
この事を考えると,高病原性鳥インフルエンザ
H5N1 感染症は,季節性インフルエンザと同等に語
る事はできません.病態がまったく異なります.そ
のメカニズムの詳細について,今日の講演で解説す
る時間はありませんが,季節性インフルエンザウイ
ルスと鳥インフルエンザウイルスは同じ仲間のウイ
ルス(種,科は同じ)ではありますが,引き起こす
疾患は異なることを知る必要があります.
鳥インフルエンザウイルスの宿主は水禽(水鳥)
です.しかし,人は水禽から鳥インフルエンザウイ
ルスに感染するのではなく,多くの場合ニワトリな
どの鳥類から感染します.鳥インフルエンザウイル
スは,元々は低病原性です.ニワトリに対して低病
原性で,病気を起こしません.ところがある養鶏場
にこのウイルスが入り込むと,当然ニワトリは鳥な
のでニワトリ間でウイルス感染が広がっていきま
す.しかし,病気を起こさないことから,養鶏場と
かでウイルスの感染が広がっても,それが知られる
ことなくニワトリ間で感染が続いていくことになり
ます.そうすると,2 か月,3 か月,4 か月と時間
589
が経っていくと,低病原性である H5N1 ウイルスが
ニワトリに対して高い病原性を獲得するようになり
ます.これをウイルス学的には順化と呼びます.病
原性を獲得したウイルスに人間が感染すると,死亡
してしまう事が多いのです.
高病原性鳥インフルエンザウイルスによる人の感
染症の流行は 1997 年に香港で初めて確認されまし
た.もう既に 18 年が経ちましたが,現時点では約
600 人の患者が確認されているだけです.しかし,
致死率は極めて高く(60 %),今でも流行が続いて
います.
人への鳥インフルエンザウイルスの感染は,元々
は水鳥が持っているウイルスがニワトリのコロニー
の中に入り込み,そして,そこから人間に感染する
経路で発生しています.先ほど,MERS や SARS の
時に説明した,同じ構図がこの場合でもで起こって
いることを知らなければなりません.私たちがこの
感染症から逃れる事を考えるとすれば,養鶏,つま
りニワトリを飼うのを止めればいい事になります.
ところが,そうすると,餓死する人のほうが増えて
しまうかもしれません.難しい問題だと思います.
H5N1 の高病原性鳥インフルエンザウイルス感染症
が世界中に広がってパンデミックの原因となると指
摘される専門家もおりますが,これらがパンデミック
の原因になる事態は私には想定できません.人から
人への感染効率(伝搬性)は極めて低いのです.
ここでもう一度強調したいのは,私たちがニワト
リを養鶏場で飼育し続け,それを食べるというライ
フスタイルを続けている限りにおいては,この感染
症リスクから逃れる事はきないのです.ただ,私た
ちはどこにウイルスがいるのか,人はどのように鳥
インフルエンザウイルスに感染するのか,どういう
病態が患者で起こるのか,などの知見を得ていま
す.ワクチン等の開発も可能です.感染症対策が可
能な感染症と考えられます.
高病原性鳥インフルエンザウイルス H5N1 感染症
と似たように,鳥インフルエンザウイルス H7N9 に
よる呼吸器感染症の流行が中国で発見されました.
2013 年にこの事実が発表されました.中国では,
今,非常に感染症対策に力が注がれていて,サーベ
ランスシステムもしっかりと構築されています.ウ
イルス分離も多くの研究機関で実施され,ウイルス
の性状解析も行われていて.その中で,H7N9 感染
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
症患者がみつかっています.
『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』
に発表された論文で 3 人の患者の特徴,臨床経過が
紹介されています.全例ではありませんが,多くの
患者は,ニワトリや鳩等の鳥に接触している事実が
明らかにされています.また,致死率も高く,重症
になり,亡くなられる方は慢性的な基礎疾患を有す
る場合が多いことも明らかにされています.これ
は,中国の最近の徹底したサーベランスシステムの
おかげでわかってきた事です.
この流行は,2012 年,2013 年に発生して,2014
年にも流行が認められています.しかし,その後,
流行が収まっています.この感染症の原因は,中国
のニワトリなどの鳥の中で H7N9 が流行し,それが
人に感染が広がっていることです.つまり,また来
年 も 同 時 期 に ト リ の 間 で H7N9 が 流 行 す れ ば,
H7N9 ウイルスの人での流行が起こる可能性は十分
にあります.
人での H7N9 ウイルス感染症の致死率は 30 %と
非常に高く,この流行についてしっかりと注視して
いかなければなりません.私たちはこのような感染
症の流行リスクから逃れる事はできないという事実
を理解する必要があります.人から人に感染したと
しか考えられない事例もありますが,多くはニワト
リなどの鳥との接触が確認されています.典型的な
動物由来感染症です.これがパンデミックの原因に
なるとは私には考えられません.
季節性インフルエンザと鳥インフルエンザウイル
ス感染症の特徴をまとめると,季節性インフルエン
ザは呼吸器感染症を引き起こし,致死率は比較的低
く,一方,H5N1 とか H7N9 鳥インフルエンザウイ
ルス感染症は,全身感染症を起こし,かつ,死亡率
が非常に高いという違いがあります.
MERS,SARS,それから鳥インフルエンザウイル
ス感染症,これは,low incidence and high consequence 病原体(頻度は低いが高い病原性を示す病
原体)と考えらます.SARS の流行では 8000 人の患
者が確認されていますが,この数は感染症に関する
公衆衛生学的には,決して多い感染症とは考えられ
ません.むしろ高い致死率が問題となります.これ
らの感染症は全て,私たちのライフスタイル等に関
連しているという事実にも気がつく必要があります.
こういう致死率の極めた高い新興感染症が,例え
590
ばエボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱等であ
り,私たちには遠い国の話のように思っていまし
た.しかし,現実にはそうではなく,私たちが住ん
でいる日本,つまり私たちの足許にも,同様の感染
症が流行していることを続いて説明します.Severe
fever with thrombocytopenia syndrome( 略 し て
SFTS)
,日本名では重症熱性血小板減少症候群,
についてです.SFTS の患者が日本で初めて確認さ
れた経緯から,今現在,国立感染症研究所ウイルス
第一部でなされている研究について解説します.
この疾患も,
『The NEW ENGLAND JOURNAL
of MEDICINE』の 2011 年 4 月号に発表されました.
2011 年の 4 月にこの論文が発表されます.
『Fever
with Thrombocytopenia Associated with a Novel
Bunyavirus in China』というタイトルで発表され
ました.この研究の著者らはこれまで私たちとクリ
ミア・コンゴ出血熱などの共同研究を通じてよく
知っている方々です.この研究グループとこれまで
交流があったことから,この論文が発表される前か
ら SFTS に関する情報は入手しておりました.この
論文をしっかり読んでみると,次の特徴が確認でき
ます.2008 年頃から,1)湖北省,河南省,山東省
等の山岳地域の農民の中で,発熱,胃腸症状を呈す
る患者が発生し,血液検査をすると白血球減少や血
小板減少が認められる病気が流行している,2)こ
の研究者らは患者血液からウイルスを分離する事に
成功した,3)そのウイルスはブニアウイルス科フ
レボウイルス属に分類される新規のウイルスであ
る,という特徴です.彼らはこの疾患を,severe
fever with thrombocytopenia syndrome,頭文字を
とって SFTS と命名することを提唱します.また,
ウイルスを SFTS ウイルスと名付けるように提唱し
ています.ただし,現時点では国際的にこの病名が
今認められている訳ではありませんが,多くの論文
ではこの疾患名とウイルス名が用いられています.
致死率は,この論文では 12 %と報告されていま
す.また,血液中にはとても高いウイルス血症が認
められると報告されています.フレボウイルス属に
分類されるウイルスであれば,蚊かマダニが媒介す
ることが想定され,著者らは流行地域の蚊やかマダ
ニを採取し,ウイルスの存在を調べた結果,フタト
ケチマダニの 5.4 %に,このウイルス遺伝子が陽性
である事を明らかにしました.
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
さらに病状が進行し亡くなられました.原因がわか
この SFTS ウイルスの自然界における存在様式
らないままでした.
を説明します.私は,これまでクリミア・コンゴ出
主治医(高橋徹先生)がこの患者さんが亡くなら
血熱について研究してきました.クリミア・コンゴ
れた,その原因を調べるために,いくつかの大学等
出血熱ウイルス感染症の原因となるウイルスもブニ
ヤウイルス科(ナイロウイルス属)に分類されます. の研究機関に血液等の検体を送って検査を依頼しま
した.
また,マダニが媒介することも同じです.その経験
その中の一つが山口大学獣医学部ウイルス学教室
から,SFTS ウイルスの宿主はマダニであり,卵を
介してウイルスが子孫伝播されると予想されます. でした.その教室の前田健教授が,血液からのウイ
ルス分離検査を実施しました.Vero 細胞等を用い
また,自然界ではマダニがシカなどのほ乳動物に吸
てウイルス分離検査がなされ,細胞変性効果が出現
血する際にウイルスを感染させ,このときに起こる
しました.なんらかのウイルスが増殖している所見
ウイルス血症の際にウイルスを有していないマダニ
がウイルスを獲得します.自然界ではこの様にマダ
です.続いて,その細胞培養上清が不活化された状
ニ─マダニ間サイクルとマダニ─哺乳動物間サイク
態で東京農工大学獣医学部の水谷哲也教授の元に届
ルの中で維持されています.自然の豊かな所でない
けられました.前田先生はウイルス分離において,
と,このウイルスは存在する事はできません.
また,水谷先生はウイルス同定に造詣の深い先生た
人はウイルスを有するマダニに噛まれて感染しま
ちです.検査の結果,SFTS ウイルスの遺伝子が含
す.また,人から人への感染事例も報告されていま
まれることが確認されました.
す.ただし,これは濃厚な接触がない限り起こりま
2012 年 12 月暮れに,私たちにその情報が寄せら
せん.哺乳動物から人が感染する事例があるのか,
れ,さらなる検査依頼を受けました.私たちの研究
また,その可能性があるのかという質問を受けるこ
室では,SFTS の診断法が開発されておりました.
とが多いのですが,理論的にはあり得ると言えます
改めて,ウイルス分離,遺伝子増幅検査,電子顕微
が,そのリスクは極めて低く,かつ,その様な事例
鏡検査,ウイルス同定作業,等々の検査が実施さ
の報告はこれまでのところありません.ただし,ク
れ,その分離されたウイルスが中国から報告された
リミア・コンゴ出血熱においては,マダニに咬まれ
SFTS ウイルスであることが証明されました.さら
て感染する事例と動物から直接感染する事例も報告
に病理学的検査も実施され,腋下リンパ節が腫れて
されています.
おりそこにウイルス抗原が存在することも明らかに
次に日本で初めて SFTS と診断された患者の経
されました.
緯について説明します.山口県の海外渡航歴のない
後に SFTS と診断された患者の中には吐血の症
50 歳台の女性の方が発熱と下痢,黒色便の症状を
状を呈した方もおりました.その患者において緊急
呈します.近医を受診し経過をみていましたがなか
的な内視鏡検査が実施され,胃粘膜に潰瘍性病変が
なかよくならず,発症 4 日目に血液検査が実施され
存在することも明らかにされています.
たところ,白血球数が 400 /µl と,正常下限の約
2013 年 1 月 30 日に,厚生労働省が記者会見を通
1/10 の値を呈し,血小板数も 10 万 /µl を切ってい
じて,日本で SFTS が流行している(患者が確認
ました.SFTS に関連する論文が初めて発表されて
された)事実を公表しました.その際に,私たち
から約 1 年半が経過していました.肝機能酵素の異
は,その発表と同時に,都道府県を通じて,過去に
常上昇も認められていました.白血病等の血液系の
SFTS と考えられる患者さんの治療や診療をした経
悪性腫瘍が疑われて,山口県立総合医療センターの
験があると思われる場合には,その情報を私たち
血液内科に入院しました.
(厚生労働省,国立感染症研究所)に提供して下さ
主治医が,骨髄検査を実施したところ,マクロ
るよう依頼しました.その 2 月,3 月の,2 か月間
ファージが自分の骨髄細胞を貪食している,いわゆ
に,約 50 人の患者情報提供および血清等の提供が
る血球貪食症候群の所見が認められました.対症療
ありました.その中で 2012 年以前の患者さんに限
法や細菌感染症を考え抗菌薬投与の治療がなされま
ると,23 人でした.さらにその 23 人について,ウ
したが,意識障害が出現し,血圧が不安定になり,
イルス学的に検査を実施したところ 10 名の患者が
591
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
SFTS と診断されました.このように過去の患者さ
んの SFTS に関する検査が短期間のうちに実施され
たのは日本の医療水準の高さの賜と考えられます.
情報提供・血清の提供をしてくださった医師は大学
病院等の大きな病院に勤務する医師に限らず,比較
的小さな規模の病院に勤務する医師もおりました.
まとめると,情報提供がなされた 23 名の患者の
うち 10 名が,SFTS で亡くなられていたか,重症
の経過を取り回復されていたことが明らかにされま
した.このように 1 月 30 日に SFTS 患者が確認さ
れたことの発表をしてから,その後の 2 か月間で,
日本における SFTS の流行状況の概要が明らかに
されたのでした.
臨床症状をまとめると,出血症状が 11 人中 9 人
で,7 名で腎不全が認められていました.また,重
症患者では,意識障害が伴っている場合が多いこと
も明らかになりました.さらに,検査上では肝機能
障害,腎機能障害が認められています.骨髄検査が
なされた患者 5 名すべてにおいて,血球貪食症候群
の所見が認められていました.致死率は,50 %を
超えています(11 名中 6 名が死亡している).死亡
の原因は血球貪食症候群,播種性血管内凝固症候群
(DIC)
,多臓器不全と考えられました.
2013 年 3 月には日本全国の地方衛生研究所にお
いても SFTS の診断が可能になりました.その後
2013 年発症の SFTS 患者が診断されるようになり
ました.SFTS 患者に付着しているマダニを調べる
と,フタトゲチマダニとタカサゴキララマダニが原
因になっている事が明らかになっています.また,
2012 年以前に発症した 8 名から分離されたウイル
スの遺伝子配列を決定して系統樹解析を行ったとこ
ろ,日本株は中国株と独立してクラスターを形成し
ていることが明らかとなり,日本株は中国株とは独
立した進化を遂げている事が明らかになりました.
最後に最近の私たちの研究成果を紹介します.急
性期の SFTS 患者の血液中のウイルスゲノム量を
測定し,予後との関連を調べたところ,血液 1 ml
中にウイルスゲノム量が 106 を越えている場合は死
亡する傾向が認められ,一方,それを下回っている
場合は回復する傾向があることが明らかになってい
ます.この研究成果は多くの研究協力者のご協力の
もとに行われた,ウイルス第一部主任研究官吉河君
による研究成績です.この研究成績は,Journal of
592
Clinical Microbiology に掲載されております.次い
で,リバビリンが,SFTS ウイルスの増殖を抑制す
ることも明らかにされました.ただし,この成績は
SFTS に対する治療効果が期待できるかというと,
それはなかなか難しいだろうと考えています.この
研究は感染研ウイルス第一部第一室長下島君により
なされています.
最後に,今現在,私たちは,中和活性を有するモ
ノクローナル抗体を作製し,それをカクテルにした
治療法を開発する研究を開始しています.これは主
任研究官の谷君が中心となっている研究です.マウ
スを SFTS ウイルスで免疫して,中和活性のある
モノクローナル抗体を樹立します.つまりマウスの
モノクローナル抗体ですが,これをいずれヒト型モ
ノクローナル抗体に分子生物学的手法を用いて改変
するか,または,回復した SFTS 患者の血液の提
供を受けて,そこから中和活性のあるヒト型モノク
ローナル抗体を作製する計画を立てています.
時間になりましたので,そろそろ講演を終了させ
ていただきます.本講演の内容を要約すると,新興
ウイルス感染症として,SARS や MERS,鳥インフ
ルエンザ,そして SFTS について解説しました.
SFTS の 講 演 に お い て は, 日 本 に お い て 初 め て
SFTS と診断された患者さんに関する情報と,それ
が発見された経緯,さらに後方視的な研究成績につ
いて解説しました.本日の講演におきましては時間
の制限もあることから,前方視的な研究成績につい
ては言及しませんでしたが,若干の説明を加える
と,2013 年には 40 名の SFTS 患者が報告され,今
年の 7 月の時点では既に約 30 人の SFTS 患者が報
告されております.西日本に多く流行しているとい
う事実も明らかされています.和歌山県でも SFTS
患者発生が確認されています.
最後に,本講演における SFTS に関する研究成
果の一部は,Journal of Infectious Diseases に発表
されています.50 人の著者からなる論文です.も
ちろん,著者に含まれていない多くの方々の協力も
得られて発表された論文です.改めて,この研究に
携わった方々にお礼を申し上げたいと思います.今
後は,SFTS に対する感染症対策にも力を注いでい
きたいと思っています.ご清聴ありがとうございま
した.
⃝二木 西條先生,どうもありがとうございまし
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
た.新興ウイルス感染症,代表的なものをいくつか
と,そして,最後にこの SFTS について,お話を
いただきました.もう既に,40 例,30 例という,
前方視的な調査で患者さんがみつかっているという
事で,非常にインパクトの強い感染症だと思います
が.どなたか,もしよろしければ,ここでご質問を
受けたいと思いますけれども.いかがでしょうか.
はい,先生,どうぞ.
⃝質問 西條先生,どうもありがとうございまし
た.1 つお聞きしたいのは,SARS ウイルスが出て
来た時に,ちょうど私,国際サイトメガロの真っ最
中で,サイトメガロやっている人間は,誰もコロナ
ウイルスの事は知りませんので.で,唯一思ったの
は,コロナウイルスって,基本的に,あんまり変異
はないと言われたウイルスが,突然 SARS になっ
て,また MERS に変異し,なんか最近,コロナウ
イルスの変異っていうのが多いような気が.どうし
て,突然そういう事になったのか.元々長い間,コ
ロナウイルスはあんまり変異がないと言われていた
ものだと思うんですが,いかがでしょうか. ⃝西條 コロナウイルスは,あるコロナウイルスか
ら SARS コロナウイルス変貌したり,MERS コロナ
ウイルスに変貌するわけではなく,元来哺乳動物
(特にコウモリ)が保有して存在しているウイルスで
す.SARS の流行が 2003 年に拡大したのは,SARS
ウイルスがハクビシンに感染し,ハクビシンの中で
増える状況になった時に,変異が入った可能性もあ
ります.その過程でヒトへの感染力を獲得したので
はないかと考える専門家もいます.つまり,あるコ
ロナウイルスから変異して出現したウイルスではな
く,元々自然界に存在しているウイルスが,今,ヒ
トの世界に入り込んだということだと考えます.
⃝二木 はい,他にいかがでございましょうか.実
は,時間が少しなくなってまいりまして,この後ご
予定がある先生方もおいでになりますので,総合討
論は一応なしという事にしたいと思います.ですの
で,西條先生にご質問があれば,この場でもう少し
お受けしたいと思いますし,どうでしょう.あ,先
生,どうぞ.
⃝小林 堺市衛生研究所の小林です.これからの日
本の感染症のトップリーダーを担う西條先生に,1
つお伺いしたいと思います.広い意味での感染症対
策について最近の概念として,ワンワールド・ワン
593
ヘルス.先生も何回も今日強調されましたけど,新
興感染症の 8 割は動物由来感染症と考えられます.
どのように動物とうまく付き合って,お互いに平和
な世界を,健康を維持できるかについて,これから
のトップリーダーなので,是非ご教示いただければ
と思います.
⃝西條 はい,SFTS を例にして考えると,私たち
はこの病気に感染するリスクから逃れて生活する事
はできません.ただし,西日本にリスクが高いから
と言って,そこで生活するのを止める訳にもいきま
せん.全体的にその感染リスクを考えると,決して
高いわけではないのです.一方で,私たちはこのウ
イルスがどこに存在し,人はどのように感染するの
かというリスク,これらを明らかにできます.それは
感染対策を可能にすることでもあります.人のウイ
ルス感染症と動物由来ウイルス感染症の違いでもあ
ります.
それから,今日説明した致死率の高いウイルス感
染症はほぼ全て,全身感染症であり,ウイルス血症
が伴っています.そうすると,ワクチンが開発でき
れば効果が期待できるだろうと思われます.ただ残
念なことに,患者数が少ないので,メーカーが興味
を持つかどうかということになると,非常にハード
ルが高いと思われます.
個人的な意見ですが,今日解説して感染症の対策
ができずして,インフルエンザ対策のような大きな
感染症対策などできるはずがないのではないかと考
えています.患者数からすると少ないかもしれない
けれども,致死率の高い感染症に対してしっかり対
応する事の積み重ねが,真の感染症対策だろうと
思っています.
⃝小林 将来的に,厚生労働省の施策にも,科学的
な支援,先生方のほうから増やしていただければと
存じます.今後とも,ご活躍をお祈りしてます.
⃝西條 はい,ありがとうございます.
⃝二木 はい,ありがとうございます.もう一方ぐ
らい,いかがでございますか.よろしゅうございま
すか.大西先生,どうぞ.
⃝大西 呼吸器内科の大西と言いますけれども,先
ほど,SARS があった時に,もし来たらどうする
かっていうようなことをいろいろと,実際に考えた
時代があったんですけれども,先生は,そういっ
た,こういった感染症に対する対策としては,どう
第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
いったところを大事にされていかれるでしょうか.
⃝西條 やはり,今日説明させていただいた感染症
は,人から人への感染リスクというのは低いので
す.ただ,致死率が非常に高いので,やはり,正確
な診断ができる体制を整備する事と,次いで日頃か
らの感染予防策の実践が重要だと考えています.そ
れで対応は可能じゃないかなとは思っております.
ただ,それが,言うは易しなんですけど,行うは難
しであろうかと思います.
⃝大西 ありがとうございました.
⃝二木 はい,ありがとうございました.西條先
生,どうも,大変有益な講演を頂戴いたしまして,
われわれ学士会でも大変勉強させていただきまし
た.また,先生,いろいろご研究をされて,いろい
ろと教えていただく事があればと思います.どうぞ
よろしくお願いいたします.どうもありがとうござ
いました.
⃝西條 どうもありがとうございました.
⃝二木 それでは,大変,司会の不手際で,せっか
くのディスカッションの時間がちょっと無くなってし
まったんですけれども,今日はそれぞれの先生方に
大変有益なお話を聞かせていただきました.前半の
先生方,みなさん学内の先生でいらっしゃいますの
で,また,学内でぜひつかまえて,いろいろ議論を
したり,今日はいくつか共同研究のご提案もござい
ましたので,そういうところで,今日をきっかけに
して,ご縁を進めていただければというふうに思い
ます.
今日,改めて,ご講演いただきました先生方にお
礼を申し上げまして,このシンポジウムを閉じさせ
ていただきたいと思います.どうも先生方,ありが
とうございました.
⃝司会 ありがとうございました.それではここ
で,本日のシンポジストの先生の方々に感謝の気持
ちを込めまして,小出先生より記念の盾を贈呈させ
ていただきます.小出先生,よろしくお願い申し上
げます.
(盾贈呈)
⃝司会 ありがとうございました.それでは最後
594
に,昭和大学学士会副会長の久光正先生より,閉会
のご挨拶を頂戴いたします.久光先生,よろしくお
願いいたします.
⃝久光 本日は,ずいぶん遅くまで,多数お残りい
ただき,昭和大学の学士会講演会をお聞きいただき
ましてありがとうございます.最初にお話がありま
したように,昭和大学学士会として,4 つの学部と
富士吉田教育部,みんなが一緒になって,1 つの学
会として進めていこうという,新しい一歩を踏み出
した,その最初の講演会でございます.従いまし
て,各学部の先生から共通のテーマでお話をいただ
くという形にいたしました.非常に有益なお話が多
く,これをきっかけとして今後,是非,共同研究を
進めていただきたいと思います.本日はありがとう
ございました.
⃝司会 ありがとうございました.それでは以上を
もちまして,第 23 回昭和大学学士会シンポジウム
を閉会いたしたいと思います.みなさまどうもあり
がとうございました.
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