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証券化不動産の鑑定評価の歪み

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証券化不動産の鑑定評価の歪み
証券化不動産の鑑定評価の歪み∗
−投資価値と市場価値−
清水千弘†
April 27, 2012
Abstract
証券化不動産における鑑定評価においては,
「鑑定誤差問題」,
「情報ラグ問題」,
「平滑化
問題」,そして,
「依頼人干渉問題」といった問題が指摘されている。それでは,不動産投資
市場において不動産の価値はどのように決定されるべきであろうか。このような疑問に答
えるために,本稿では,J-REIT 市場で入手可能な不動産鑑定評価額と収益情報を用いてヘ
ドニック関数を推計し,そのマイクロストラクチャを明らかにしたうえで,その原因を探っ
た。得られた結論としては,証券化不動産の不動産鑑定評価で利用されている現在価値法
において採用されるリスクプレミアムは,価格の上昇局面と下落局面では非対称になって
おり,とりわけ価格の下落局面において粘着性が高いことがわかった。また,J-REIT の投
資法人の企業価値に基づき計算されるリスクプレミアムと比較すると,強い平滑化効果が
発生しており,市場の変動に対して緩やかにしか適応できていないことが示された。
Key Words : ヘドニック・アプローチ; 割引率; 不均一性; トービンの q; リスクプレミ
アム; Shiller’s Test
JEL Classification : E3; G19
1
はじめに:証券化不動産鑑定評価を取り巻く技術的課題
証券化不動産市場の急速な発展は,不動産鑑定評価実務に対してある種の構造変化をもたら
した。
そのようななかで,証券化不動産の鑑定評価を取り巻き,鑑定評価の構造的な問題を表現す
るさまざまな言葉が登場してきた。不動産鑑定評価額は,市場実態から乖離しているのではな
いかといった「鑑定誤差問題 (valuation error problem)」,市場の転換点をとらえきれていな
いのではないかといった「情報ラグ問題 (lagging problem)」,市場の変動幅 (リスク量) を過
少にしかとらえることができないのではないかといった「平滑化問題 (smoothing problem)」,
そして,依頼人からの干渉によって不動産評価額を修正しているのではないかといった「依頼
人干渉問題 (Client influence problem)」といった問題である (清水 (2010b))。
実は,このようなさまざまな批判は日本特有の問題ではなく,米国・英国など,不動産証券
化市場がいち早く成長した国々において多くの研究が蓄積されるなかで出てきた問題である。
∗ 本稿は,東京海上不動産投資顧問マーケットレポート「不動産投資とキャップレート」および W. Diewert,Shimizu,
Nishimura and Watanabe(2012), “Commercial Property Price Indexes for Tokyo,”を要約したものである。本
稿の執筆において,Erwin Diewert 氏,西村清彦氏,渡辺努氏,加藤稔氏には多くの示唆をいただいた。また,日本
経済新聞社,IPD 社からデータの提供を受けた。西岡敏郎氏,土井敏郎氏,川村康人氏には,データの整備に協力を
いただいた。ここに記して御礼を申し上げます。
† 麗澤大学経済学部,ブリティッシュコロンビア大学経済学部 教授
1
そして,それは,不動産投資指数,特に商業用不動産価格指数の精度や正確度を検証する研究
が実施されるなかで,登場してきた論点である (清水 (2010a),Shimizu et al (2012a)。
また,日本において,これらの問題がフォーカスされる原因としては,単なる技術的な問題
といったことにとどまらず,制度的な要因も加わる。
その要因の一つとしては,不動産鑑定評価の定義がいまだ不明瞭であるといった問題であ
る。日本の不動産鑑定評価額は,
「正常価格」を求めることとなっているが,その定義に関して
は,いまだ議論の対象にされている (清水 (2011a))。また,証券化不動産の鑑定評価額は,
「正
常価格」か「特定価格」1 かといったような議論もされた経緯を考えれば,証券化不動産の鑑
定評価額に関する定義が曖昧になっている可能性が高い。
さらには,情報インフラが未完備であるといった要因が加わっている。証券化不動産の大部
分のシェアを商業不動産が占めるにも関わらず2 ,商業不動産市場における情報インフラの整
備が遅れていることから,不動産鑑定士が利用できる情報が限定されてしまう。そのために,
不動産鑑定士以外の市場参加者 (これが発注者になるケースが多いが) との間に,情報ギャッ
プが生まれることが少なくない。このような場合には,情報がリアルタイムに入手できないこ
とから問題 (清水 (2011b)) が生じるだけでなく,
「依頼人干渉問題 (Client influence problem)」
が発生しやすい環境になってしまっているといえよう。
以上のような問題を抱えるなかで,2000 年代に入ってからは,我が国において証券化不動産
市場が急速に拡大した。証券化不動産市場の急速な成長のなかでは,
「ファンドバブル」と揶揄
されたような不動産バブルを生み出し,その生成が金融システムの脆弱性と結びついていたた
めに,その崩壊は経済システムに対して甚大な影響をもたらすこととなった (清水 (2011b))。
その責任の一端を不動産鑑定士が担ってしまっていたことは否定できないであろう。
それでは,不動産鑑定士は,証券化不動産市場とどのように向き合っていけばいいのであ
ろうか。実は,不動産鑑定士は,証券化不動産市場が誕生するまで,
「市場」と向き合ってこ
なかったといっても過言ではない。多くの業務が公的部門からのものであり,常に情報優位性
を持ち,専門的な優位性が自然発生するなかで業務を遂行することができた。この専門性は,
不動産鑑定士ごとに差別化されたものではなく,公的部門の発注者と不動産鑑定士の間に存在
する情報優位性に裏付けられた専門的優位性が存在していたのにすぎない。そのため,情報優
位性が失われていくなかでは資格以外での差別化を図ることが困難となってきた。そうした場
合には,競争入札の対象とされ,業界全体の収益力の低下と社会的信頼の低下がもたらされる
なかで,不動産鑑定業界そのもののの持続性が危ぶまれるようなこととなってしまったので
ある。
本稿では,証券化不動産市場を対象として,不動産鑑定評価のあり方を問うことを目的とす
る。また,ここでは特に技術的な問題にフォーカスし,制度的な問題は別稿に譲るものとし
たい。
とりわけ,
「鑑定誤差問題 (valuation error problem)」,
「情報ラグ問題 (lagging problem)」,
「平滑化問題 (smoothing problem)」の三つの問題が発生する背景と,それを解決していくた
めの可能性を提示したい。
1 特定価格とは「市場性を有する不動産について,法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で,正常価
格の前提となる市場条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格」であるとされる。
2 日本全体の J-REIT による不動産投資額に占めるオフィス投資の規模は 4.6 兆円であり,全体の 48.8% を占め
る。また,IPD 社の推計によれば,米国では 34.3%(投資規模は 392 億 US ドル),英国は 29.5%(投資規模は 548 億
US ドル),フランスは 52.1%(投資規模は 740 億 US ドル),ドイツは 44.8%(投資規模は 273 億 US ドル),オース
トラリアでは 43.5%(投資規模は 491 億 US ドル) となっている (2012 年 3 月段階)。
2
2
不動産鑑定評価とデータ
2.1
商業不動産価格指数の種類と課題
前述のように,
「鑑定誤差問題 (valuation error problem)」「
,情報ラグ問題 (lagging problem)」,
「平滑化問題 (smoothing problem)」といった問題は,商業不動産投資指数の精度や正確度を
取り巻く研究のなかで用いられるようになってきた言葉である。そこで,本稿での一連の分析
は,商業不動産価格指数の構築という視点と併せて進めていきたい。
ここで,商業不動産価格指数の情報源と推計方法に注目すると,日本の市街地価格指数,公
示地価,および米国の NCRIEF と英国に本社を置く IPD 社の指数は,不動産鑑定評価額指数
(Appraisal Based Property Price Indexes) である。日本の市街地価格指数,公示地価は建物
価格が含まれない土地価格だけの不動産鑑定評価額指数であり,他方,IPD および NCRIEF
の指数は,建物価格をも含む不動産鑑定評価額指数である。これらに対して,ドイツの不動
産価格指数および Moody’s/REAL Commercial Property Price Index (CPPI),および MIT
商業不動産価格指数 (TBI) は,取引価格不動産価格指数 (Transaction Based Property Price
Indexes) である。
次に,推計方法の違いを見る。不動産価格指数を推計する場合には,品質調整を行う必要が
ある。不動産は個別性が強く,指数理論の前提となる財の同質性を仮定することができないた
めである。
不動産鑑定評価によって作成される指数は,原則として同じ不動産の定点調査となっている
ために,単純な平均値 (または加重平均) によって指数が推計される。取引価格を用いる場合
には,ドイツ不動産価格指数は品質調整が行われることがなく単純な平均値として作成され
ているのに対して,Moody’s/REAL Commercial Property Price Index (CPPI) はリピート
セールス価格法によって,MIT 商業不動産価格指数 (TBI) はヘドニック価格法によって,品
質調整が行われた指数となっている3 。
しかし,それぞれの指数においては,品質調整といった意味では問題が残る。不動産鑑定評
価を用いる NCRIEF または IPD 社の指数は,指数作成の背後にあるデータが追時的に変化し
ているといった問題である。これらの指数は,不動産投資市場の投資価値の変化を捕捉するこ
とを目的としていることから,投資市場を母集団として,価格指数を推計している。そのため
に,ある物件が売却され,投資対象から外れた場合には指数の対象から外れ,新しく投資対象
となった場合には,その指数の対象に入る。つまり,指数作成の対象となる不動産が逐次変化
する。この場合には,投資価値を測定する目的の場合には問題がないものの,品質調整済の価
格の変化を捉えることを目的とした場合には,指数に対してバイアスが発生していることと
なる。
また,取引価格を用いる場合において,リピートセールス価格法を適用しようとすれば,そ
の前提には十分な取引が存在している必要がある。しかし,商業不動産価格指数を推計しよう
とした場合には,多くの国で十分な取引価格データを収集することが困難なことが多い。ま
た,リピートセールス価格法には,築年減価問題 (Depreciation Problem) または修繕投資問
題 (Renovation Problem) といった問題にも直面する (Diewert(2007),Shimizu,Nishimura and
Watanabe(2010))。
この問題は,不動産鑑定評価を用いる NCRIEF 指数,IPD 指数にも等しく発生する。不動
3 推計方法の詳細は,http://mit.edu/cre/research/credl/rca/MIT-wp-r2.pdf
3
から見ることができる。
産鑑定評価額は,その時々の価格が調査されているために,築年が経過すれば,その経過に応
じて価格が低く評価されるし,追加的な資本的支出が行われれば,その投資に応じて高い価格
で評価される。つまり,減価償却や資本的支出の増減も加味されている。
一方,ヘドニック価格法を推計しようとすれば,多くの不動産価格に関する属性データを収
集しなければならない。一般に,商業不動産の取引価格を収集しようとすれば,登記簿情報に基
づき収集されることが多い。登記簿情報には,価格・住所・面積・取引日しか掲載されていないこ
とから,建物特性を含む不動産の属性 (Characteristics) を収集しようとすると,かなりの時間
と費用がかかることが予想される。そのようななかで,Shimizu and Nishimura(2006),(2007),
Shimizu, Nishimura and Watanabe(2012) では,商業用不動産の取引額から建物価格を控除
し,土地価格だけに限定したうえでヘドニック価格法を推計している。この場合においては,
建物に関する属性を収集する必要がなくなることから,土地に関する属性だけで品質調整を
すればよい。しかし,この場合においては,建物価格をどのように除去するのかといった問題
に直面することになる。
MIT 商業不動産価格指数 (TBI) は,NCRIEF のデータを用いてヘドニック価格法で推計し
ている。NCRIEF のデータセットでは,不動産鑑定評価に関する詳細データが含まれている。
不動産鑑定評価データには,不動産に関する属性 (位置,大きさ,建物年齢,交通利便性など)
が整備されることから,ヘドニック法を適用するための十分な情報が含まれているのである。
このことは,日本の不動産情報整備政策に関しても多くの示唆を与える。MIT 商業不動産
価格指数 (TBI) がヘドニック法で価格指数を推計することができるのは,不動産に関する属
性情報の整備が不動産鑑定士によって実施されているためである。仮に登記簿情報に基づく取
引事例を用いてヘドニック法で価格指数を推計しようとすれば,不動産を取り巻く属性情報の
整備を実施しなければならないといった問題に直面するのである。このような属性情報の整備
に関しては,どの国においても誰の責任でどのように実施するのかといったことに関する取決
めはなされていない。逆に言えば,不動産の価格に関する情報が自由にアクセスできる国にお
いては,民間企業によって不動産の属性情報が調査されている場合もあるのである。
取引事例を取り巻き,多くの議論が展開されている日本において,この問題は極めて重要な
問題であろう。
2.2
商業不動産の鑑定評価を取り巻く諸外国の研究動向
商業不動産価格指数の推計を取り巻く問題の多くは,住宅地価格指数の推計問題と共通する
点が多い。その論点の多くは,Diewert(2007) や住宅価格指数ハンドブック (RRPI(Residential
Property Price) Handbook) のなかで整理されている。
しかし,住宅価格指数の推計に関する研究が推計手法に重点が置かれていたことに対して,
商業不動産価格指数に関する研究は,指数を作成するための情報選択の問題に重点が置かれて
いる4 。住宅市場との相違点として,商業不動産市場の特性は大きく二つに整理される。第一
が,商業不動産市場の取引量は住宅と比較すると,極めて市場が薄い (thin market である),
ということである。第二に,住宅が比較的均一 (homogeneous) な市場であるのに対して,商
4 商業不動産価格指数の推計を取り巻く問題は,Geltner and Pollakowski(2007) で網羅的な整理がなされてい
る。また,住宅価格指数の推計における情報選択を取り巻く問題は,Shimizu,Nishimura and Watanabe (2011) が
ある。ここでは,募集価格と取引価格との関係が焦点となった。商業不動産を取り巻く情報ソースの問題は,不動産
鑑定額と取引価格との選択問題となっている。
4
業不動産市場は不均一性 (heterogeneous) が強いということである。
そして,このような不動産価格指数推計上の商業不動産市場の特性 (問題) ゆえに,不動産
鑑定評価額に基づく指数が中心となってきたのである5 。不動産鑑定評価額は,市場で取引さ
れた価格ではなく,不動産鑑定士によって決められた価格であるために,市場実態から乖離す
ることがある。そのために,その不動産鑑定評価額の精度・正確度を取り巻き,さまざまな議
論が展開されてきた。
具体的には,不動産鑑定評価額に基づく指数が,市場の転換点を的確にとらえることがで
きているかどうか (実際はラグが存在しているといった問題が指摘されている。これは「情
報ラグ問題 (lagging problem)」と呼ばれている),不動産鑑定評価額は市場価格から乖離し
ているのではないか (実際は市場の変動期では大きく乖離してしまう。これは「鑑定誤差問題
(valuation error problem)」と呼ばれている),市場の変動幅 (リスク量) を的確にとらえてい
るのかどうか (市場の変化が平滑化されてしまっていることが報告されている。これは「平滑
化問題 (smoothing problem)」と呼ばれている),といった点が論点とされてきた。
たとえば,Geltner,Graff and Young (1994) では,米国の代表的な不動産鑑定評価額指数
である NCREIF 指数のバイアスの構造を明らかにしている。また,Geltner and Goetzmann
(2000) では,取引価格を指数を推計し,NCREIF 指数の誤差やスムージングの大きさを明ら
かにしている。この問題は,NCREIF 指数だけの問題ではなく,IPD を含む不動産鑑定評価
額指数を作成しているすべての指数にかかわる問題である。
また,Nishimura and Shimizu (2003), Shimizu and Nishimura (2006),(2007), Shimizu et
al. (2012) では,日本のバブル期を対象として,商業不動産および住宅の取引価格指数と鑑定
評価額指数のヘドニック価格指数を推計し,両者の相違を統計的に明らかにしている。この推
計結果を見ると,とりわけ不動産価格が大きく上昇するバブル期においては,不動産鑑定評価
額指数が十分に取引価格の上昇に追いつくことができず,また,下落期においても下落の速度
に追いつくことができなかった実態が明らかにされた。商業不動産価格においては,バブル期
の不動産価格の上昇速度が速かったために,バブルピーク時で不動産鑑定評価額は取引価格の
60% までしか追いつくことができていなかったことが示された。また,バブル崩壊期には逆
に下落の速度に追いつくことができず,20% 程度高止まりしていたことが示された。
このような情報ラグ問題 (lagging problem),不動産鑑定誤差問題 (valuation error problem)
やスムージング問題 (smoothing probrem) が発生するメカニズムを解明しようとする研究も
多く実施されてきた。
例えば,そのマイクロストラクチャを明らかにしようした研究としては,Quan and Quigley
(1991),Clayton et al (2001) があげられる。それらによると,不動産鑑定士が入手する情報の
ラグや情報選択の方法,意思決定を行うまでのラグ構造の存在によって,不動産鑑定評価額は
スムージングされる構造的な問題を持つことが示された6 。
また,投資用不動産の不動産鑑定評価においては,依頼人からの干渉問題といった制度的な
要因が加わってくる。この問題は,不動産鑑定の誤差問題やスムージング問題とは異なる性質
5 住宅価格指数の推計においても,SPAR(Sale Price Appraisal Ratio method) においては,不動産鑑定額を用
いて指数が推計される。しかし,取引価格と併用されることから,不動産鑑定額の精度・正確度またはその特性に関
しては大きな議論の対象とはなってこなかった。
6 この問題は,Shimizu et al(2012) でも整理された。不動産鑑定士が価格決定を行う際の取引事例 (comparables)
の選択において,大きく過去の実態から乖離してしまう事例は異常値とみなしてしまう可能性が高い。そのために,
市場の変動から乖離したら,ラグを持ってしまう。この問題は,消費者物価指数の作成における調査員の店舗選定,
商品選定または,特売の扱いなどといった問題と等しくなる。
5
のものである。具体的には,不動産鑑定評価の依頼人が投資パフォーマンスを維持しようと
するために,不動産鑑定士に対して価格を上方へと誘導するといった問題である (Crosby et
al,(2003), Crosby, Lizieri and McAllister (2009))。このような不動産鑑定評価技術や制度的
な要因が内在することが原因となって,不動産鑑定評価額は市場実態から乖離してしまうので
ある。
そのようななかで,株式市場で決定される不動産株または不動産投資信託の投資口の価格 (株
価) などの情報を用いることで,不動産価格の変動の構造やスムージングのレベルを明らかに
していこうといった試みもなされてきた (Fisher, Geltner and Webb (1994),Geltner (1997))。
さらには,実際の取引価格を用いた商業不動産価格指数を作成する試みもなされてきた。取
引価格を用いて品質調整済不動産価格指数を推計する方法としては,ヘドニック価格法とリ
ピートセールス価格法が最も代表的な推計手法となる。ヘドニック価格法を用いて価格指数を
推計しようとした場合には,多くの不動産に関する属性情報が必要となる。とりわけ商業不動
産は不均一性 (heterogeneity) が強いために,住宅などと比較してもより多くの変数が必要と
なる7 。Fisher, et al (2003),Fisher, Geltner, and Pollakowski (2007) では,NCRIEF の取引
価格データを用いてヘドニック法により取引価格指数の推計をしている。NCREIF のデータ
ベースには,不動産鑑定価格の関するデータも含まれているために,不動産の属性に関する情
報が整備されているためである。Geltner and Goetzmann (2000) では,取引価格を用いたリ
ピートセールス価格法によって取引価格指数を提案している。
このような手法を用いて取引価格指数を推計しようとした場合には,商業不動産市場が取引
が薄い市場 (thin market) であるために,適用できる手法の問題と併せて,空間的な集計単位
(一国全体か,地域別に指数の推計が可能か) の問題と推計頻度 (年次か,四半期かまたは月次
指数ができるのか) の問題が大きな論点となっている (Bokhari and Geltner (2010))。
3
証券化不動産の価格決定構造
3.1
理論的枠組み
不動産価格は,伝統的な経済理論に基づけば,不動産から発生する収益の割引現在価値とし
て決定することができる。このような経済理論に基づけば,不動産価格の推計においては,大
きく二つの方法があることがわかる。
第一の方法は,市場で取引されている不動産価格情報を用いて推計する方法である。このよ
うな方法に基づき,不動産価格を推計しようとする試みが,取引事例比較法となる。
第二の方法は,不動産から発生する収益の割引現在価値として求める方法である。このよう
な価値は,ファンダメンタル価値と呼ばれ,資本理論の基本式に基づくものであり,収益還元
法となる。
ここで,Vvt は,生産されてから v 年が経過した t 期の最初の資産価格であり,yvt はそれに
対応した収益であるとする。また,この資産の生涯時間 (life time) を m 年と仮定する。そし
て,生産後 v 年が経過した資産の t 期の終わりに支払う経費支出を Ovt ,rt は t 期待名目利子
率 (i.e., 他の代替資産との裁定の結果決定される期待利子率) である。ここで,期待値は t 期
7 Ekeland,Heckman and Nesheim (2004) が指摘するように,ヘドニック関数の推計において,説明変数が不足
する場合には,過少定式化バイアス (Omitted variables bias) と呼ばれる指数推計上の問題が発生する。
6
の最初に決定されるものと考える。このような仮定の下では,t 期の資産価格は次のように定
式化できる (Diewert and Nakamura(2009), Jorgenson(1963),LeRoy and Porter (1981))。
Vvt =
−
t+1
t+m−v−1
yv+1
ym−1
yvt
+
+
.
.
.
+
t+m−v−1
1 + rt
(1 + rt )(1 + rt+1 )
Πi=t
(1 + ri )
(1)
t+1
t+m−v−1
Ov+1
Om−1
Ovt
−
−
.
.
.
−
1 + rt
(1 + rt )(1 + rt+1 )
Πt+m−v−1
(1 + ri )
i=t
つまり,資産価格は,将来に発生する収益の割引現在価値となる。
3.2
証券化不動産の収益構造は推計できるのか?
商業不動産価格の推計方法としては,数式 (1) の左辺に該当する不動産価格から推計する方
法と,右辺のように収益 (y) と割引率 (r) から推計するといった方法がある8 。具体的には,直
接に Vvt を用いて不動産価格を推計する方法と,不動産から発生する収益である家賃 (y) を推
計したうえで割引率 (r) によって割引現在価値として価格へと変換する方法が考えられる。
本稿では,不動産価格 (V ) を用いて商業不動産価格指数を推計するとともに,不動産価格
(V ),不動産収益 (y) と収益/価格比率 (以下,割引率 (r) とする) との関係を明示的に推計す
るとともに,新しい現在価値価格を求めることを提案する9 。
不動産価格または収益を用いて価格指数を推計するためには,不動産が持つ属性 (X) によっ
てその価格や収益が変化するために,品質調整を行うことが必要となる。都心までの時間や周
辺の商業集積や公園などの施設の整備状況などの地域的なアメニティの違いによって家賃や価
格が異なることは,どの国においても共通にみられる現象である。また,同じ場所にあったと
しても,建築後年数や大きさが異なれば家賃や価格が異なる。
そこで,このような属性の格差が家賃や価格を変化させることを前提として,価格,収益,
割引率の三つのパラメータを推計するためのモデルを設定する。
t 期における不動産 i から発生する経費控除済みの収益 (yit ) とそれに対応した不動産価格
(Vit ),そして,その物件の j 個の属性ベクトル Xijt = (Xi1t , . . . , XiJt ) と時間効果を吸収す
る「時間ダミー」を (Dt :t = 1 . . . , T ) とすると,不動産収益および不動産価格は,数式 (2),
(3) のように表すことができる。
ln yit = α0 +
∑
αj Xij +
∑
J
ln Vit = β0 +
∑
ν t Dt + ν1i
(2)
T
βj ln Xij +
J
∑
ξ t Dt + ν2i
(3)
T
8 不動産鑑定評価実務においては,不動産価格の決定においては,取引価格から類推して価格決定を行う方法と
(取引事例比較法),不動産から発生する収益を割引率によって割ることで求める方法 (収益還元法) によって求めるこ
ととされている。
9 商業不動産の鑑定評価は,数式 1 の右辺に基づき収益還元法によって決定されることが一般的である。その理由
としては,左辺に基づく取引事例比較法では正確な鑑定評価額を導くことが困難であるといった経験に基づくもので
ある。この実務上での経験は重要であり,不動産価格指数を推計するうえでも参考にしなければならない。そうした
場合には,不動産鑑定額の決定メカニズムを正しく理解する必要がある。そのため,不動産価格 (V ),収益 (y) と割
引率 (r) との関係を明らかにし,y および r を推計したうえで,それに対応した現在価値を推計するが重要になる。
7
また,純収益 (yit ) を不動産の価格 (Vit ) へと変換する割引率 (rit ) は,次のように表すこと
ができる。
ln(yit /V it ) = (α0 − β0 ) +
∑
(αj − βj )Xij +
∑
(ν t − ξ t )Dt +(ν1i − ν2i )
J
ln rit = (α0 − β0 ) +
∑
(4)
T
(αj − βj )Xij +
J
∑
(ν t − ξ t )Dt + εi
(5)
T
αjt = ∂ ln yit /∂Xij
(6)
βjt = ∂ ln pit /∂Xij
(αj − βj ) =
∂ ln yit
∂ ln pit
−
∂xij
∂xij
(7)
つまり,数式 (2) で推計される ν t は品質調整済家賃指数となり,数式 (3) で推計される ξ t
が品質調整済不動産価格指数となる。
また,不動産から発生する収益を価格へと変換する割引率 (r ) も,不動産の属性によって変
化するとともに (αj − βj ),その品質調整済みの時間的な変化は,(ν t − ξ t ) として推計できる
ことがわかる。
4
収益還元法における不動産価格の決定構造
4.1
割引現在価値モデルによる推計
不動産価格 (V ),その構成要素となっている不動産収益 (y),不動産収益を不動産価格へと
変換する割引率 (r ) との関係を実証的に解明してみよう。
まず,数式 (2),(3),(5) に基づき,不動産鑑定評価額 (V A ),その評価の前提となった不動
産収益 (y A ),そして,その割引率 (r A : 収益/価格比率) を観察することができるデータセッ
トを用いて,不動産収益関数,不動産価格関数,そして,割引率関数の推定を行った。推定結
果を表 1 に整理したとおりである。
推計された結果を見ると,数式 (5) で示したように,割引率関数 (Model.(r A ) で推計された
回帰係数は,不動産収益関数によって推計された回帰係数 (α) と不動産価格関数によって推
計された回帰係数 (β) の差分 (α − β) として推計されていることがわかる。つまり,不動産の
属性 (X) に応じて,不動産価格,不動産収益,そして割引率が変化していくことが理解でき
よう。
例えば,建築後年数 (A) が 1 年増加すると,不動産収益モデル (Model.y A ) では収益が 0.006,
不動産価格モデル (Model.V A3 ) では価格が 0.009 低下する。その結果として,割引率モデル
(Model.r A ) では,一年増加することによって割引率が 0.003(-0.006-(-0.009) 増加する。
このように推計されたモデルによって,品質調整済価格指数,品質調整済収益指数,そし
て,その割引率指数を得ることができる。推計された指数を図 1 に示した。
8
Table 1: ヘドニック関数推定結果:価格,収益,割引率
定数項
2
S : 建物面積 (m )
A : 建築後年数(年)
H : 建物階数(階)
Model.y A
Model.V A3
α: Coef std err
β: Coef std err
11.057
0.006
-0.006
-0.001
0.130
0.003
0.001
0.002
***
13.614
0.002
-0.009
0.006
*
***
0.117
0.003
0.001
0.002
Model.r A
***
***
***
Coef
std err
-2.557
0.005
0.003
-0.007
0.078
0.002
0.001
0.001
0.014
0.003
***
TS : 最寄駅までの距離: (分)
-0.004
0.005
-0.018
0.004
***
TT : 都心までの時間 (分)
-0.015
-0.023
0.005
***
**
***
***
-2.557
0.005
0.003
-0.007
***
***
0.006
α-β
0.014
***
0.008
0.003
0.008
LD k (k=0,… ,K)
Yes:Census
Yes:Census
Yes:Census
-
TD q (q=0,… ,Q)
Yes
Yes
Yes
-
0.773
4,926
0.889
4,926
0.672
4,926
*P<.01, **P<.0.05, ***<.0.01
Note: The dependent variable in each case is the log of the price.
推計された指数を見ると,不動産価格の 2004 年第三四半期から 2008 年第三四半期にかけ
ての上昇は,不動産収益上昇と割引率が低下によって発生していたことがわかる。その後の不
動産価格の下落は,収益の低下と割引率の上昇によってもたらされている。その様子を注意深
く見ると,不動産収益の下落はゆっくりとしか発生していないため,その下落は割引率の増加
が大きく寄与していたことがわかる。
4.2
割引率 (discount rate) とリスクプレミアム (risk premium)
現在価値モデルにおいては,収益 (y) と割引率 (r ) から価値が決定されるが,その決定にお
いては割引率が大きな影響をもたらすことが知られている。収益の計算においては,実績値が
明確であるために,どのような主体が計算しても大きくぶれることはない10 。そうした時に,
不動産鑑定評価額または取引価格の違いは割引率によってもたらされることとなる。
現在価値モデルで利用される割引率は,不動産,株,債券と比較考量し,その裁定のなかで
決定される。
そうであれば,不動産の割引率は株式市場の変化と一定の関係を持つべきではあるが,図 1
からも明らかなようにゆっくりとしか動いていない。
また,金融市場のなかで,最も効率的な市場の一つが株式市場であるといわれているが,そ
うであれば株式市場の情報を不動産価格の決定のなかに織り込む可能性を模索することは意
義のあることだと考えられる。例えば,Geltner(1997) においては,不動産株または REIT の
公開されている株価の変化を利用することの可能性を模索している。
本稿では,株式市場において公開されている REIT としての投資口価格 (株式価格:share
10 現在,または過去の収益は確率変数ではなく,確定変数である。日本の不動産鑑定評価基準においては,収益ま
たは費用の計算における明確な定義が示されている (別表 3)。
9
1.6
VA3: Model.V A3
2001.2nd qu art er= 1
1.4
1.2
YA: Model.yA
1
rA: Model.rA
0.8
2001q2
2001q3
2001q4
2002q1
2002q2
2002q3
2002q4
2003q1
2003q2
2003q3
2003q4
2004q1
2004q2
2004q3
2004q4
2005q1
2005q2
2005q3
2005q4
2006q1
2006q2
2006q3
2006q4
2007q1
2007q2
2007q3
2007q4
2008q1
2008q2
2008q3
2008q4
2009q1
2009q2
2009q3
2009q4
2010q1
2010q2
2010q3
2010q4
0.6
Figure 1: 不動産鑑定価格,家賃,割引率指数の動向
price) および,その投資法人のトービンの q(Tobin’s q ) に注目する。トービンの q とは,株
∑
式市場で評価された企業の価値 (EV : Enterprize Value) を資本の再取得価格 ( Vit ) で割っ
た値となる11 。J-REIT の投資法人においては,すべての設備が不動産とほぼ一致することか
ら,投資法人全体の不動産の価値は,株価合計と負債合計との合計に対応できる。そうする
と,トービンの q が 1 になる状態とは,投資口の株価と負債の合計が,不動産の価値の合計と
一致したときである。
そうすると,一連の分析で推計してきた不動産収益 (y it ) を,不動産鑑定評価額 (VAit ) で割
ることで求められた割引率 (r A ) と,企業価値 (EV : Enterprize Value)12 で割ることによって
求めることができる割引率 (r M )13 といった二つ性質をもった割引率を求めることができる14 。
このように求められた割引率は,Gordon(1959) に基づけば,
r =i+ρ−δ
(8)
として分解できる。i は安全資産の投資利回りであり,ρ は不動産投資に対するリスクプレ
ミアム,δ は不動産収益 (y) の期待成長率を意味する。
11 細かなコストは無視すれば,今,この企業が解散して所有者がすべて入れ替わると仮定したとき株式市場が評価
する企業の株価総額と債務の総額から構成される企業価値と,現在その企業が所有している資本を買い換えるための
すべての費用の総額との比率となる (Tobin (1969)。Hayashi and Inoue (1991) では,日本の企業データを用いて
不動産の時価を明示的に取り入れて,Tobin’s Q を測定している。
12 ここでは,投資対象をオフィスだけに特化している日本ビルファンド投資法人,ジャパンリアルエステイト投資
法人,グローバル・ワン投資法人,野村不動産オフィスファンド投資法人の 4 つの投資法人に限定し,不動産収益 y
と企業価値 (EV ) から計測される割引率 r M を計算した。ここで 4 つの投資法人に限定している理由としては,オ
フィスだけに特化しているということと合わせて,運用主体の母体が三井不動産,三菱地所,野村不動産,明治生命
と信用力の高い企業であることから,運用主体の信用力が低いことによってもたらされる不動産市場の収益・リスク
要因以外による株価の変動を除外することを目的としたものである。また,これらの投資法人は東京圏を中心に投資
をしていることから,本研究の分析対象地域とほぼ一致するためである。
13 不動産投資実務では,インプライド・キャップレートと呼ばれている。
14 これは,事後的に割引率を再現しているだけであり,現実の市場では,前述のように不動産の投資利回りと株式
または債券などの別の市場との裁定の結果決定されるものであることに注意が必要である。
10
7
6.5
Rent / Price rat io : %
6
rA2: Madel.rA
5.5
5
4.5
4
rM: NOI/Enterprise ratio
3.5
3
2003q1
2003q2
2003q3
2003q4
2004q1
2004q2
2004q3
2004q4
2005q1
2005q2
2005q3
2005q4
2006q1
2006q2
2006q3
2006q4
2007q1
2007q2
2007q3
2007q4
2008q1
2008q2
2008q3
2008q4
2009q1
2009q2
2009q3
2009q4
2010q1
2010q2
2010q3
2010q4
2.5
Figure 2: リスクプレミアムの変化
ここで,不動産収益は市場で決定された家賃に基づき計算されており,そして,その期待成
長率 (δ) は,不動産鑑定評価額を決定する不動産鑑定士,不動産実物市場での取引主体,およ
び株式市場に参加している市場参加者が共通に認識しているものであると仮定する (この仮定
は決して強くないと考えるが)。その場合,不動産鑑定士が設定する割引率 (r A ),取引主体が
想定した割引率 (r T ) および株式市場の参加者の考えた割引率 (r M ) の三つの相違は,それぞ
れが想定したリスクプレミアム (ρ) の違いとなる。
このような仮定のもとで,割引率 (r A ),割引率 (r T ) および割引率 (r M ) を設定した主体の
リスクプレミアム (ρ) を計算した結果が図 2 である15 。
ここで,不動産鑑定士が設定したリスクプレミアムと (ρA ) と株式市場で形成されたリスク
プレミアム (ρM ) を比較すると,(ρM ) が 2003 年からリーマンショックが発生する 2008 年ま
で大きく下回っている。両者が乖離する理由としては,トービンの q が 1 でない状態になって
いることを意味する。つまり,r M が r A を下回っている時期は,株式市場で決定された企業
価値が,不動産鑑定評価額よりも高い評価がなされていたことを意味する。このことは,リス
クプレミアム (ρM ) が低く設定されていたことを意味する。
一方,企業価値で見た r M は,価格の下落局面でリスクプレミアム (ρM ) が一気に上昇する
ことで,2007 年第二四半期以降で大きく上昇した。このことは,不動産鑑定評価における不
動産の価格下落速度は企業価値で見た価格下落速度よりも遅いことを意味する。このような
変動の相違は,ρM のボラティリティが ρA より大きく上回っていたためであることがわかる。
それでは,株式市場で発生していたリスク量の変化を不動産市場にも反映させるべきなので
あろうか。
株式市場を対象として行われた先行研究においては,配当などの収益から決定される現在価
15 安全資産の利回り i は日本国債 10 年の利回りを用いた。また,不動産収益 (y) の期待成長率 (δ) は完全予見が
できていたことを仮定して,将来の 2 年間 (8 四半期) の幾何平均でみた平均変動率を用いた。そのため,2009 年第
二四半期以降は 8 期間分のデータを取得できなくなる。ここでは,2009 年第二四半期以降は,2009 年第一四半期と
同じ期待成長率 (δ) を設定している。
11
値と株式市場で決定される価格やリスク量は,必ずしも一致せず,株式市場で決定される価格
のボラティリティがより大きくなることが知られているのである (LeRoy and Porter(1981),
Shiller(1981))16 。
このような先行研究を踏まえると,株式市場で決定される ρM を不動産市場に反映させた場
合,不動産価格の変動が過剰に反応してしまう。一方で,不動産鑑定価格の割引率ではリスク
量 (ρA ) が過少にしか変動しない。この結果,現在価値モデルによって推計する不動産価格指
数の割引率の選択においては,株式市場での変化を上限として,これらのリスク量を使い分け
ていくまたは修正していくことが必要になることがわかる。
4.3 「投資家から見た」市場価値 (Market Value Evaluated by Investors)
と「潜在」市場価値(Market Value ,“Potential”)
オフィス家賃の粘着性
今までの一連の分析で利用してきた不動産収益は,実際の支払い家賃
(paying rent) であった。しかし支払い家賃 (paying rent) は,過去において契約が行われてい
ることが多いために,その時々の市場家賃から乖離してしまい,加えて強い粘着性を持つこと
が知られている。従って,現在の市場での等価家賃 (Equivalent Rent) を用いた「潜在」市場
価値 (Diewert and Nakamura,(2009) は,REIT 市場で実現されている投資家から見た REIT
の企業価値と大きく異なる可能性がある。
そこで,実際の成約家賃データを用いてヘドニック関数により市場家賃の推計を行った結果
を表 2 に示す17 。
推計された品質調整オフィス市場家賃指数と,表 2 で推計された不動産鑑定評価における
収益指数を比較したものが図 3 である。両指標を比較すると,全体としてのトレンドは同じ
であるものの,2001 年から 2003 年までの家賃の下落幅,またはその後に 2008 年第三四半期
までのオフィス家賃の上昇率,そして,リーマンショック後のオフィス家賃の下落幅のいず
れの期間においても,市場家賃は不動産鑑定評価で用いられた家賃と比較して大きく変動し
ていることがわかる。つまり,オフィス市場においても,不動産鑑定評価によって用いられ
ている収益指標においては継続家賃の影響等を受けて強い粘着性が存在していることがわか
る。この結果は,住宅市場を対象とした研究と整合的であるといえる (Shimizu,Nishimura and
Watanabe,(2010a))。
潜在市場価値 (割引現在価値) 指数の推計
ここで,推計された収益,割引率を用いて割引現
在価値としてみた価格指数を推計してみよう。まず,現在価値 PV M,M は,市場家賃 (Y M )
を企業価値を用いて推計された割引率 r M によって求めた (Y M /r M )。PV M,A は,収益だけ
を市場家賃 y M として,それを不動産鑑定評価によって用いられている割引率 r A を用いて推
計した (y M /r A )。図 4 に,PV M,M ,PV M,A および不動産鑑定評価額指数 V A を比較した。
2003 年の第一四半期を出発点として,ミニバブルといわれた 2007 年まではいずれの指標も
上昇をしている。2003 年第一四半期から 2007 年第一四半期までの幾何平均で見た平均変動
率は,PV M,M で 5.9% ,PV M,A で 3.2% ,不動産鑑定評価額をベースとした取引価格指数
16 収益から求められた割引現在価値のボラティリティと株式市場で決定されるボラティリティを比較したときに,
理論的には割引現在価値として決定されるボラティリティのほうが大きくなる。しかし,実際には株式市場で決定さ
れる価格のボラティリティが大きくなることが知られている (Shiller(1981))。
17 市場家賃に関しては,大手仲介会社から提供を受けた。同データは,実際に成約した成約家賃である。
12
Table 2: Estimation result of Hedonic equation:Market office rent
Model.y M
Constant
2
S : Floor space (m )
A : Age of Building(years)
H : Number of stories(stories)
TS : Time to the nearest station:
(mimutes)
TT : Travel Time to Central
Business District (minutes)
Coef
std err
9.854
0.000
-0.007
0.013
0.091
0.000
0.000
0.002
-0.018
0.002
-0.001
0.001
***
***
***
***
***
Yes:Census
LD k (k=0,… ,K)
Yes
TD q (q=0,… ,Q)
Adjusted R-square= 0.556
Number of Observations= 3,985
*P<.01, **P<.0.05, ***<.0.01
Note: The dependent variable in each case is the log of the price.
1.3
YM: Market Rent
YA: Model.yA
1.1
1
0.9
0.8
2001q2
2001q3
2001q4
2002q1
2002q2
2002q3
2002q4
2003q1
2003q2
2003q3
2003q4
2004q1
2004q2
2004q3
2004q4
2005q1
2005q2
2005q3
2005q4
2006q1
2006q2
2006q3
2006q4
2007q1
2007q2
2007q3
2007q4
2008q1
2008q2
2008q3
2008q4
2009q1
2009q2
2009q3
2009q4
2010q1
2010q2
2010q3
2010q4
2001.2nd qu art er= 1
1.2
Figure 3: 市場家賃と支払い家賃の推移
13
2.6
PV(M,M): YM / rM
2.4
2003.1nd qu art er= 1
2.2
2
1.8
PV(M,A): YM / rA2
1.6
1.4
1.2
1
VA: Appraisal Value
2003q1
2003q2
2003q3
2003q4
2004q1
2004q2
2004q3
2004q4
2005q1
2005q2
2005q3
2005q4
2006q1
2006q2
2006q3
2006q4
2007q1
2007q2
2007q3
2007q4
2008q1
2008q2
2008q3
2008q4
2009q1
2009q2
2009q3
2009q4
2010q1
2010q2
2010q3
2010q4
0.8
Figure 4: 現在価値の推移
V A で 2.0% であった。PV M,M は V A の約 3 倍,PV M,A は V A の約 1.5 倍の伸び率である
ことがわかる。
ここで,ピークアウトするタイミングに注目すれば,PV M,M が 2007 年第一四半期である
のに対して,PV M,A では 2008 年第一四半期と 1 年のラグあり,V M 3 では 2008 年第三四半
期と 1.5 年のラグを持って動いていたことが分かった。
つまり,証券化不動産の鑑定価格は,リスクプレミアムの設定において粘着性を持つこと
で,価格の変化が平滑化されていたり,ラグを持っていたりすることを示している。
5
結論:証券化不動産の鑑定評価と不動産投資指数
証券化市場における不動産鑑定評価は,市場実態から乖離しているのではないかという疑問
が出され,不動産鑑定評価額の歪みを明らかにするとともに,それを修正するための多くの研
究が行われてきた。
この問題を我が国の不動産鑑定評価制度と照らせば,不動産鑑定評価において利用可能な
情報インフラの貧弱さをも含む技術的な問題,基礎研究を怠ってきた専門的能力の不足問題,
また制度疲労によってもたらされた問題,によって生み出されていることがわかる。
本稿の一連の分析は,不動産投資指数の作成実務と不動産鑑定評価実務の二つ分野に対し
て,次の示唆を与える。
まず,不動産投資指数作成実務においては,不動産鑑定評価に基づく情報の数をいくら増や
したとしても,市場の実態や投資家の認識との間に存在しているギャップを埋めることができ
ないといったことである。例えば,J-REIT 市場以外での私募市場での情報が収集できたとし
ても,その指数作成上でのばらつきが増加するだけであり市場において発生している変化を
的確にとらえられるわけではない。ばらつきがないということであれば,コストの増加だけが
発生しただけということになる。
14
また,情報量の増加によってその頻度を高めることも無意味である。四半期を月次にしたか
らと言って,緩やかにしか変化させることができない不動産鑑定評価額の構造から考えれば,
情報生産コストが増加するだけであり,そのコストの増加に見合った情報価値を見いだすこと
はできない。この問題は,Bokhari and Geltner (2010) でも整理されているように,高頻度で
指数を推計しようとすれば,情報生産コストの増加だけでなく,その信頼性を落とすことにな
る。それを不動産鑑定評価を用いて同じ精度で公表しようとすれば,単なる平滑化をなぞるだ
けであり,新しい情報価値はまったくないのである。
続いて,不動産評価実務である。投資価値か市場価値かといった混乱は,証券化市場におい
て不動産鑑定評価書で示される不動産鑑定額がどのような価格を示しているのかといったこと
に対する理解が十分に浸透していないことを意味する。不動産鑑定評価額の定義がどのよう
になっているのかを明確に宣言し,広く理解を深めていくべき問題である。
「特定価格」や「正常価格」といった不動産鑑定評価の世界の定義や概念は,一般の市場の
なかで簡単に受け入れられるものではない。このような混乱もまた,不動産鑑定評価制度に対
して信頼度を低下させている要素の一つであると真摯に受け止めれば,しっかりとした説明責
任を果たしていくことが重要であることがわかる。
ここでいう「説明責任」とは,説明を実施したのかどうかということではない。すべての市
場参加者に対して理解をしてもらったかということなのである。証券化不動産の鑑定評価基準
が定められてから,市場に根付かせるための十分な努力がなされてきたのであろうか。そし
て,専門性を向上させるための努力が継続されてきたのであろうか。他の市場参加者よりも高
い専門性を具備して初めて専門家であるが,その専門家で居続けるための研究開発を含む努
力はしてきたのだろうか。
また,市場からの指摘は,不動産鑑定評価の価格概念の理解不足や誤解によってもたらされ
ることも少なくなかった。このことは,説明責任が果たされていれば生じることがない問題で
あるが,市場に対して理解をさせるだけの努力がなされてきたのであろうか。
証券化不動産の鑑定評価は,不動産鑑定士が初めて市場と真剣に向き合う機会が与えられた
ものであったといってもいいであろう。ここで要求されたさまざまな制度改正や手続きの導入
は,決して証券化不動産の鑑定評価といった問題のなかで生じた特別な問題ではない。本来で
あれば,あらゆる不動産鑑定評価のなかで実施されるべき問題を再確認したことにすぎない。
不動産鑑定士の社会的信頼の回復と今後具備すべき専門性,研究開発のヒントの多くが,こ
れら問題のなかに集約されているものと考える。
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[30] 清水千弘 (2012a)「不動産市場情報と不動産鑑定価格」 ,不動産鑑定,2012.2 月**
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[31] 清水千弘 (2012b)「事業価値はどのように測定すべきか? -資産価値とユーザーコスト- 」
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[35] Shimizu,C, K.G.Nishimura and T.Watanabe (2010b), “House Prices in Tokyo - A Comparison of Repeat-sales and Hedonic measures-,” Journal of Economics and Statistics,
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