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児童養護施設における動的描画法の研究

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児童養護施設における動的描画法の研究
児童養護施設における動的描画法の研究
―施設環境および職員-児童間の差異に着目して―
心理教育実践専修
2512009
大沢脩太
【問題・目的】
児童養護施設の子どもの適応を考える上で,職員,子ども間や集団のアセスメントの重
要性が説かれるようになってきているが(瀧内,2013),子どもたちの視点を通した関係
性や施設での生活の様子を捉える研究やアセスメントの方法は,未だに少ないように思わ
れる。そのため,学校現場の中で教師や友達との関係性のアセスメントに用いられる動的
学校画(Kinetic School Drawing;以下 KSD とする)に倣い,児童養護施設に入所する
子どもたちに動的描画法を実施し,その描画の特徴や施設環境適応感との関連,そして,
現場の支援者である職員の役に立つよう,その活用の方法について検討した。
【研究 1】
目的
児童養護施設に入所する子どもたちに動的描画法を実施し,その特徴をまとめることを
目的とする。その際,性別,学校種別,施設別で特徴に違いが見られるか明らかにする。
方法
2013 年 4 月~2014 年 1 月にかけて,3 ヶ所の児童養護施設の入所児童,計 111 名を調
査対象とし,男女別に 3~7 名のグループを編成して集団で実施した。A4 版ケント紙,消
しゴム,2B,B,HB の鉛筆をそれぞれ用意し,
「あなたが施設で何かしているところを描
いてください。そこには,先生(職員)1 人と施設の友達 2 人以上を必ず入れて描いてく
ださい」と教示した。描画を描き終えた後に,その描画の内容に関する自由記述式の質問
紙を配布し,回答してもらった。描画の評定は,日比(1986)や Knoff & Prout(1985)
の動的家族画(Kinetic Family Drawing;以下 KFD とする),KSD の基準を参考に,①
象徴,②様式,③自己像の座標,④人物像の大きさ,⑤人物像間の距離,⑥人物像の顔の
向き,⑦人物像の行為,⑧人物像の省略・抹消,⑨他人の描写について行われた(評定は,
臨床心理学を専門とする教員 1 名と,大学院生 3 名が立ち会いのもと行われた)。
結果
各評定項目について全体的な記述統計を実施した。その後で,性別,学校種別,施設別
に出現率に違いが見られるか確認するために Fisher の正確確率検定を実施した。その結果,
①象徴,⑦人物像の行為,⑧人物像の抹消・省略の中の項目において性別,学校種別,施
設別に出現率の違いが有意であった。また,②様式の人物下線,友達への人物下線が施設
別に出現率の違いが有意であった(p <.05)。
考察
児童養護施設における動的描画法では,評定項目によって性別や学校種別,施設別に出
現率の違いが見られたものと,そうでないものが確認された。特に,これらの影響を受け
やすい項目に象徴や人物像の行為が該当したことから,子どもたちの捉えるそれぞれの児
童養護施設の構造や,その中での体験が描画の中に反映されていたと考えられる。また,
本研究では,各評定項目の臨床的な意味の妥当性を検討したわけではないため,その解釈
について説明することはできないが,今後,児童養護施設の中でこの動的描画法を用いる
際には,発達段階や性別,そして各施設が持つ独自の風土や文化による影響を受けること
を前提とした上で,それぞれがどのような意味を表すのか考えていく必要がある。
【研究 2】
目的
児童養護施設に入所する子どもたちが,職員や友達との関係性を良好なものとして捉え
ているかどうかについて,施設環境への適応感を指標に取り上げ,先行研究の見解から,
それらを反映すると予想される描画の特徴と関連が見られるか明らかにしていく。また,
先行研究の見解の妥当性を示すため,親密性欲求についても取り上げ,関連を検討する。
方法
描画は,研究 1 で得られたものを使用した。評定についても,同様に研究 1 のものを使
用した。ただし,人物像の大きさは mm 単位で計測し,その上位 25%を人物像大群,下位
25%を小群とした。また,久保(2000)を参考に,描画の中の自己像に他者との交流が見
られるかを新たに評定した。全体,職員,友達のそれぞれについて見られたものを交流,
見られなかったものを非交流とした。象徴は,共通する特徴を基に,①自然類,②家具類,
③家電類,④遊具類,⑤読み書き類,⑥食事類の 6 つに分けて,関連があるかを見た。
質問紙は研究 1 の調査のときに配布し,回答してもらった。使用尺度は,施設環境適応
感尺度(丸山,2012)と,親密性欲求尺度(Lynch & Cicchetti,1998)であった。
1.施設環境適応感尺度(丸山,2012):〈被承認〉,〈未来展望〉の 2 因子があり,各 8 項
目 5 件法。
2.親密性欲求尺度(Lynch & Cicchetti,1998):職員,友達のそれぞれを対象にどれく
らい親密さを求めているか測定した。各 7 項目 4 件法。
結果
各尺度の因子を,平均値を基準に高群,低群に 2 分した。そして,高群,低群における
描画の評定項目の出現率に違いが見られるか確認するため Fisher の正確確率検定,もしく
はχ2 検定を実施した。その結果,職員への親密性欲求と職員像の大きさとの関連が有意
(p <.05)
,友達への親密性欲求と人物像間の距離との関連が有意傾向であった(p <.10)。
また,〈被承認〉因子と人物像間の交流・非交流との関連が有意傾向(χ2 =3.33,df =1,
p <.10),友達像との交流・非交流との関連が有意であった( χ2 =4.73,df =1,p <.05)。
〈未来展望〉因子と象徴の遊具類との関連が有意傾向であった(p <.10)
。
考察
職員像の大きさと職員への親密性欲求との関連が示された。残差分析の残差の数値を確
認したところ,職員への親密性欲求が低い子どもが職員像を大きく描く傾向にある。これ
は,求めても得られない関心から,人物像を大きく描くこともあるという解釈の二面性か
ら生じた結果であると考えられる。また,適応感の高い子どもは他者と交流している場面,
特に友達と交流している場面を描く傾向にあることが明らかにされた。人物像間の距離は,
それほど親密性を抱かない相手とは,距離を置いて描くことが示されたと言える。他者と
の交流,特に一緒に施設で生活する友達との交流は,自分が施設の中で受け入れられてい
る感じを反映し,遊具は遊びという交流場面を象徴する表現であると考えられる。しかし,
これら以外の項目との関連は認められなかった。親密性欲求に関しては尺度の妥当性の問
題もあるが,その他に,これらの評定項目が単に 1 つの意味を有しているのではなく,相
反する 2 つの意味を含んでいる可能性があることも要因として考えられる。今後も描画の
特徴の意味について,その妥当性を検討する必要があるだろう。
【研究 3】
目的
児童養護施設に入所している子どもたちに実施した動的描画法を,その支援に役立てる
ための活用の方法について考えていくことにする。支援のポイントとして,職員に子ども
たちの捉える施設での生活や職員,友達との関係性を知ってもらうために,子どもたちの
描いた動的描画法を職員に提示する方法に焦点を当てる。
方法
調査協力者は,調査者が 1 年間定期的に訪問し,かかわりを持っていた児童養護施設の
男子寮職員 4 名(男性 3 名,女性 1 名)であった。2014 年 1 月に,事前に作成したフィ
ードバックセッションのプログラムをもとに個別に実施した(Figure1)。時間は 1 人 30
~40 分ほどであった。
PDI
調
査
の
説
明
職
員
へ
の
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実 的
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画
法
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り
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い
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付
け
足
し
・
修
正
職
員
の
描
画
へ
の
Figure 1.フィードバックセッションの流れ
1.はじめに職員への動的描画法と,その内容に関する Post Drawing Inquiry(以下 PDI
とする)を実施し,職員の視点を通した施設の生活場面や子どもたちの様子について具体
化した。
2.次に,事前に許可を得た男子児童の描画 4 枚を職員に提示し,それを見ての感想や考
えたことについてインタビューを行った。このとき,職員の中で形成された子どもに関す
るバイアスのかかった情報による影響を防ぐため,はじめは子どもの名前を明かさずに提
示した。その後,子どもの名前を提示し,その上で改めてインタビューを実施した。
3.最後に,職員に「もし自分の描いた絵の中に付け足したい,もしくは描き直したいと
ころがあったら描いてみてください」と教示した。これは,子どもの描画を提示すること
によって生じた職員の視点の変化が描画を介してどのように表れるか,視覚的に確認する
ために実施した。
結果・考察
調査協力者 4 名のフィードバックセッション時の様子を事例化してまとめ,インタビュ
ーで得られた回答内容については,子どもの名前を提示する前と後の 2 段階に分けて,KJ
法によるラベル分類を実施した(KJ 法は,臨床心理学を専攻している大学院生 2 名の立
会いのもと実施した)
。職員の描画は,それぞれが施設の日常の場面を描いていたが,そこ
に登場する人物像の表情がいずれも描かれていなかった。PDI の内容を参照すると,職員
が施設の日常の中にあって目まぐるしく移り変わる子どもたちの表情を捉えることの困難
さがうかがえ,それが描画の中に反映されたと考えられる。
KJ 法によるラベル分類について,
子どもの名前を提示する前は,
「場面に関する気づき」,
「描画の特徴に関する気づき」,
「表情への気づき」,「子どもの捉える職員像に関する気づ
き」など,主に描画の中の特徴で気づいたことを取り上げ,それについて考えた内容を語
ることが多く見られた。一方で,子どもの名前を提示した後では,
「描画の解釈」,
「表情へ
の気づき・関心」,
「普段の様子の振り返り」など,子どもの普段の様子に関する情報をも
とに描画の内容を解釈しようとする姿勢がうかがえた。
また,セッションの最後に教示された描画の付け足し・修正では,3 名の職員がいずれ
も人物像の顔に表情を付け加えた。この様子から,本セッションを通して,みんなが笑顔
で生活する様子が職員や子どもたちにとっての理想であることを改めて認識し,自分たち
の日頃のかかわりについて振り返ることができたと考えられる。
【総合考察】
研究 1 では,児童養護施設の子どもたちの描画の特徴を各評定項目でまとめた。その結
果,性別や発達段階,施設別によって違いが見られたものに象徴や人物像の行為などがあ
げられ,子どもたちから見た施設内の処遇の様子や施設独自の風土が描画の中に反映され
ていると考えられた。研究 3 では,職員に子どもたちの描画を提示し,自由に見てもらう
フィードバックセッションを実施した。そこでは,普段子どもたちと身近に接しているか
らこそ気づいたことや,職員も予想しなかった様子をそれぞれが考えることで,これまで
の支援やかかわりについて振り返る機会を提供することができたと言えるだろう。このこ
とから,動的描画法は子どもたちの捉える施設という世界をありのままに表現することを
可能にし,職員が子どもたちに対する認識を改めるような気づきを生じさせ,現場での支
援に関する重要な情報を示すものであると考えられる。
しかし,子どもたちへの PDI を簡略化して実施したために,描画の評定を適切に行うこ
とができなかった可能性がある。今後の課題としては,PDI をしっかりと行い,子どもの
捉える施設という世界の詳細を取り上げた上で,現場での支援に活かしていく必要がある
だろう。
引用文献
日比裕康(1986).動的家族描画法(K‐F‐D) ―家族画による人格理解― ナカニシヤ出版
Knoff, H. M., & Prout, H. T.(1985).Kinetic Drawing system for family and school : A handbook. Los
Angeles, CA : Western Psychological Services.(ノフ,H.M.
・プラウト,H.T. 加藤孝正・神
戸 誠(訳)(2000).学校画・家族画ハンドブック 金剛出版 Pp.17-67.)
久保 恵(2000).対人恐怖心性と認知的・投影的親子関係像 ―内的ワーキングモデルの観点からの検
討― 教育心理学研究,48,182-191.
Lynch,M., & Cicchetti,D.(1997).Childoren's relationships with adults and ppers : An examination of
elementary and junior high school students. Journal of School Psychology,35,81-89.
丸山英恵(2012).施設風土を手がかりとした心理的支援は施設環境への適応を促すか―児童養護施設職
員と子どもたちのイメージを用いて― 秋田大学臨床心理相談研究,11,35-46.
瀧内愛有美(2013).児童養護施設における処遇職員と子どもの認知枠組の差異に関する検討 ―施設環
境適応感に着目して― 秋田大学臨床心理相談研究,12,15-26.
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