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許容濃度の暫定値の提案理由 - 産業衛生学雑誌

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許容濃度の暫定値の提案理由 - 産業衛生学雑誌
産衛誌 55 巻,2013
209
いられている.残りは,ポリエステルなどの重合触媒,
許容濃度の暫定値の提案理由
(2013 年度)
ガラスの清澄剤,顔料等に用いられている(製品評価技
術基盤機構,2006)4).
平成 25 年 5 月 14 日
日本産業衛生学会
許容濃度等に関する委員会
3.吸収・分布・代謝・排泄
3.1. ヒト
原子炉修理作業中の事故で
125
Sb- アンチモン酸化物の
エアロゾル粒子に曝露された 7 人の労働者の肺中残存が
5)
調べられた .粒径はおよそ 5 µ m,曝露濃度は不明で
アンチモンおよびアンチモン化合物
(スチビンを除く)
Sb
[CAS No.7440-36-0]
3
0.1 mg/m (Sb として)
三酸化アンチモン(三酸化二アンチモン)
Sb2O3
[CAS No.1309-64-4]
発がん分類 第 2 群 B
はじめに
ある.ホールボディーカウンターで肺から γ 線が検出さ
れたが,肝臓及びその他の器官からは検出されなかっ
た.曝露 180 日後の肺に曝露直後の肺胞沈着量の 51%
以上が残存していた.肺からの消失の半減期は,非喫煙
者では 600 ∼ 1,100 日であり,喫煙者では 1,700 ∼ 3,700
日であった.
鉛蓄電池製造に携わった労働者 21 人(鋳造部門 7 人,
組立部門 14 人)の血液中と尿中のアンチモン濃度が測
定された.鋳造部門では三酸化二アンチモンに,組立部
門では三酸化二アンチモンと水素化アンチモンに曝露さ
れた.血液と尿は就業開始時と終了時,休み明けの開
1)
許容濃度の提案理由書(1991) が出された以降,ア
ンチモン及びその化合物についての初期リスク評価書が
2)
製品評価技術基盤機構(2008) から,有害性評価書改
3)
訂版(2013) が厚生労働省化学物質のリスク評価検討
会から出され,多くの新しい知見が報告されている.こ
こでは,1991 年以降の知見を加味して,許容濃度の妥
当性を評価する.
1.化学物質
対象とする化学物質を表 1 に示す.なお,スチビン
(SbH3)は,不快臭のある毒性の強い化合物であるが,
ここでは取り扱わない.
2.用途
最終消費される形態で最も多いのは三酸化二アンチ
モンである.その 80%以上が各種プラスチック,ゴム,
繊維などの耐防火安全性強化のための難燃助剤として用
始時の 3 回採集された.作業部門の空気中アンチモン
濃度の中央値(範囲)は,鋳造部門では 4.5(1.18-6.6)
µ gSb/m3,組立部門では 12.4(0.6-41.5)µ gSb/m3 であっ
た.終了時の血中濃度の中央値(範囲)は,鋳造労働者
と組立部門ではそれぞれ 2.6(0.5-3.4),10.1(0.5-17.9)
µ gSb/l,終了時の尿中濃度の中央値(範囲)は,それ
ぞれ 3.9(2.8-5.6),15.2(3.5-23.4) µ gSb/g クレアチニ
ンであった.尿中排泄の半減期は両者とも 4 日間であっ
た 6).
五酸化アンチモンとアンチモン酸ナトリウムを製造す
る工場労働者 22 名の 1 ないし 2 回の作業前後の尿中アン
チモン濃度差と個人曝露量を測定したところ,対数変換
3
で相関が高く(n = 35,r = 0.86)
,気中濃度 500 µ gSb/m
に対し,作業終了時の尿中排泄量の差は 35 µ gSb/g ク
レアチニンであった 6).
動物用三硫化二アンチモンの粉末(用量不明)を自ら
飲んだ女性が 1 時間以内に病院に搬送され,胃洗浄なら
表 1. 対象化学物質
化学物質
化学式
金属アンチモン
三酸化二アンチモン
五酸化二アンチモン
三硫化二アンチモン
三塩化アンチモン
五塩化アンチモン
五フッ化アンチモン
酒石酸アンチモンカリウム
Sb
Sb2O3
Sb2O5
Sb2S3
SbCl3
SbCl5
SbF5
C4H4KO7Sb・(1/2)H2O(混合物)
C8H4K2O12Sb2・3H2O(立体異性体)
CAS 登録番号
7440-36-0
1309-64-4
1314-60-9
1345-04-6
10025-91-9
7647-18-9
7783-70-3
16039-64-8
28300-74-5
産衛誌 55 巻,2013
210
びに,利尿剤とジメルカプロールが処方された.何ら
雌雄の F344 ラットに酒石酸アンチモンカリウム 0,
臨床症状もなく,臨床検査結果も異常が見られず,6 日
0.15,0.3,0.65,1.25,2.5 mg/ml(0,16,28,59,94,
目に退院した.胃液中の最高濃度が約 16 gSb/l,血液
168 mg/kg/ 日相当)を 14 日間飲水投与した試験で,
中の最高濃度が約 5 µ gSb/l で,胆汁から最高濃度とし
投与による体重,飲水量に影響はみられなかった 10).
て約 14 mgSb/l が排泄され,尿からは最高濃度として
雌雄の SD ラットに酒石酸アンチモンカリウム 0,0.5,
約 600 µ gSb/l が排泄された.服用後 100 時間では,胆
5,50,500 ppm(雄:0,0.06,0.56,5.6,42.2 mg/kg/
汁と胃液からは Sb は検出されなかったが,血中と尿
日, 雌:0,0.06,0.64,6.1,45.7 mg/kg/ 日 相 当 ) を
中濃度は 1 週間後でも正常値(血中> 0.1 µ g/dl;尿中
13 週間飲水投与した試験で,5 ppm 以上の雄に脾洞の
7)
> 1 µ g/g cre)よりもまだ高値であった .
うっ血,雌に血清中グルコース濃度減少,50 ppm 以上
3.2. 動物
の雌に胸腺相対重量減少,甲状腺ホルモン結合比上昇,
雄の SD ラットを用いてⅢ価アンチモンの胆汁中排出
500 ppm の雌雄に飲水量減少,体重増加抑制,腎臓相
におけるグルタチオン(GSH)の関与が調べられた.そ
対重量減少,血清中クレアチニン値,ALP 活性の減少,
の結果,体内に吸収されたアンチモンは肝臓内でグルタ
雄に血尿,肝硬変,雌に肝臓における細胞核大小不同,
チオンと結合し,肝臓から胆汁中に排出され,腸肝循環
血清中コレステロール及び総タンパク質量の減少がみら
されるとともに,腎臓から尿に排泄された 7).
れている 11).
4.1.3. 腹腔内投与
雌雄の B6C3F1 マウスに酒石酸アンチモンカリウム
4.動物への影響
4.1. 亜急性毒性
0,1.5,3,6,12,24 mg/kg/ 日 を 3 日 / 週 で 13 週 間
4.1.1. 吸入曝露
腹腔内投与した試験で,投与による影響はみられなかっ
雌雄の F344 ラットに三酸化二アンチモン 0,0.21,
3
0.90,4.11,19.60 mgSb/m (空気動力学的粒径の中央
た 10).
雌雄の F344 ラットに酒石酸アンチモンカリウム 0,
値は 3.05 ± 0.21 µ m)を 6 時間 / 日,5 日間 / 週,13 週
1.5,3,6,12,24 mg/kg/ 日を 3 日 / 週で 13 週間腹腔
間吸入曝露し,その後 27 週間の観察期間を設けた試験
内投与した試験で,1.5 mg/kg/ 日以上の群で雄に肝臓
3
で,雌雄の 4.11 mgSb/m 以上の群に肺の絶対及び相対
の相対重量の増加,雌に肝臓の絶対及び相対重量の増
重量増加,肺胞マクロファージ増加,19.60 mgSb/m
3
加,6 mg/kg/ 日以上の群で雄にアルカリホスファター
群に間質性肺炎,外来性微粒子を含む肺胞マクロファー
ゼ(ALP)活性の増加がみられた.12 mg/kg/ 日以上
3
ジの増加,雄の 19.60 mgSb/m 群に体重増加抑制がみ
の群で雌雄にソルビトールデヒドロゲナーゼ活性の増
られた.また,曝露終了後の観察期間 27 週間後に,雌
加,雄に体重増加抑制,アラニンアミノトランスフェ
3
雄の 0.21 mgSb/m 以上の群に肺胞マクロファージ及び
ラーゼ(ALT)活性の増加,24 mg/kg/ 日の群で雌に
外来性微粒子を含む肺胞マクロファージの増加,雌の
体重増加抑制,ALT 活性の増加がみられた
3
3
4.11 mgSb/m 以上の群及び雄の 19.60 mgSb/m 群に外
10)
.
4.2. 生殖発生毒性
来性微粒子を含むマクロファージの増加が肺の血管周囲
雄の CD-1 マウス及び Wistar ラットに三酸化二アン
/ 細気管支周囲に凝集したリンパ球集団にみられた.ま
チモン 0,12,1,200 mg/kg/日(0,10,1,000 mgSb/kg/日
た,ばく露濃度の増加とともに,三酸化二アンチモンの
相当)をマウスには 5 日 / 週,ラットには 3 日 / 週で 4 週
肺からの半減期が増大し,肺の粒子クリアランス機能が
間強制経口投与し,精巣への影響を調べた試験で,すべ
8)
ばく露濃度の増加とともに低下することが示された .
4.1.2. 経口投与
雌雄の Wistar ラットに三酸化二アンチモン 0,1,000,
5,000,20,000 ppm を 90 日 間 混 餌 投 与 し た 試 験 で,
ての投与群に精巣の影響はみられなかった 13).
雌 SD ラットに三酸化二アンチモンを,Sb2O3 として
0,2.6,4.4,6.3 mg/m3 エアロゾル(Sb2O3 の空気力学
的粒径は 1.59-1.82 µ m)を,妊娠 0 日から妊娠 19 日まで,
20,000 ppm 群の雌雄(それぞれ 1,879,1,686 mg/kg/ 日
1 日 6 時間鼻部吸入曝露し,妊娠 20 日に帝王切開して,
相当)の肝重量のわずかな増加,雌にアスパラギン酸ア
児動物を取り出した.母動物には,死亡や体重増加の抑
ミノトランスフェラーゼ(AST)活性の増加がみられ
制はみられず,赤血球数にも曝露の影響は認められな
たが,病理組織学的検査では特に肝臓における変化がみ
かった.母動物の肺重量の増加と急性肺炎は 2.6 mg/m
られていない 9).
群から認められたが,体重と摂餌量には変化はなかっ
雌雄の B6C3F1 マウスに酒石酸アンチモンカリウム
3
た.胎児体重,頭臀距離,性比,外表,内臓,骨格検査
0,0.3,0.65,1.25,2.5,5.0 mg/ml(0,59,98,174,
で異常は認められなかった 14).
273,407 mg/kg/ 日相当)を 14 日間飲水投与した試験で,
4.3. 遺伝毒性
投与による体重,飲水量に影響はみられなかった
10)
.
ネズミチフス菌を用いた in vitro 復帰突然変異試験
産衛誌 55 巻,2013
211
では,三酸化二アンチモン,三塩化アンチモン,五酸化
し,皮膚炎を罹患した労働者 3 人の症例報告がある.ア
二アンチモン,五塩化アンチモン及び酒石酸アンチモン
ンチモン鋳塊を破砕して,るつぼで断片を溶融する作業
カリウムは,S9 の添加の有無にかかわらず,陰性であっ
に 3 年間従事した 28 歳の労働者が前腕,胴,額に小胞
た
10,16,17)
.マウスリンパ腫細胞を用いた遺伝子突然変
異試験でも三酸化二アンチモンは陰性であった 16).
状の丘疹や膿疱の発疹を生じた.作業場の空気中アンチ
3
モン濃度は 8 時間 - 時間加重平均として 0.39 mgSb/m
ヒト末梢血リンパ球を用いた染色体異常試験では,三
16)
と測定され,尿中から 53.2 µ gSb/l のアンチモンが検出
.小核
された.非曝露の人の尿中濃度は 1.0 µ gSb/l 以下であっ
試験では,三塩化アンチモンは,チャイニーズハムス
た.同一の作業に従事した 33 歳の労働者では,腕に小
ター卵巣線維芽細胞(CHO 細胞),チャイニーズハムス
胞状の丘疹や膿疱,躯幹に乾燥した湿疹様斑点がみられ
ター肺線維芽細胞(V79 細胞)及びヒト末梢血リンパ球
た.31 歳のもう 1 人には,前腕に紅斑状の丘疹,脚と
で,陽性を示した 19-21).
背に丘疹が認められた.3 人ともアンチモン関連作業か
酸化二アンチモンは,S9 添加で陽性を示した
ヒト末梢血リンパ球及び V79 細胞を用いた姉妹染色
ら離れた後皮膚炎は完治した.金属アンチモンは溶融過
分体交換(SCE)試験で,三酸化二アンチモン及び三塩
程で蒸発し,空気中で凝固する際に酸化されて,三酸化
化アンチモンは陽性を示したが,V79 細胞 SCE 試験で
二アンチモンのフュームを生ずることが知られているこ
五酸化二アンチモン及び五塩化アンチモンは陰性を示し
とから,患者は作業中に金属アンチモンの粉じんや三酸
た
17,21)
.
化二アンチモンのフュームに曝露されたと,著者らは推
コメットアッセイで三塩化アンチモンは陽性を示し
21)
た
.枯草菌を用いた DNA 修復試験(rec assay)で
も三酸化二アンチモン,三塩化アンチモン,五酸化二
定している 29).
陶磁器製造の 5 工場でエナメル装飾作業に従事した労
働者 190 人(女性 119 人,男性 71 人:皮膚炎患者 22 人,
17,22)
皮膚炎既往症者 44 人,健常者 124 人)と,92 人のボラ
ネズミチフス菌や大腸菌を用いた DNA 修復試験(umu
ンティアを対象に,皮膚感作性が調べられた.皮膚炎患
試験,SOS 修復試験)では三塩化アンチモンにおいて,
者は全員手に皮膚炎を発症し,そのうちの 5 人には前腕
陰性であった 3,24).
にも皮膚炎が認められた.労働者の 48 人がパッチテス
アンチモン及び五塩化アンチモンは陽性を示した
.
in vivo 染色体異常試験では,三酸化二アンチモン
ト陽性を示し,うち 6 人が重複して陽性を示し,対照群
の単回経口投与マウス骨髄細胞で陰性,21 日間反復投
はすべて陰性であった.28 人が硫化ニッケルに,2 人が
与で陽性,三塩化アンチモンの単回投与で陽性であっ
三酸化二アンチモン粉末に陽性を示した.皮膚感作性物
た 25-27).in vivo 小核試験では,三酸化二アンチモン単
質であると結論するには,今後の研究が必要であると,
回,反復投与マウス骨髄細胞とも陰性であった
16)
.in
vivo 不定期 DNA 合成試験では三酸化二アンチモン単回
投与ラット肝細胞で陰性であった
16)
.
4.4. 発がん性
著者らは結論している 30).
5.2. 遺伝毒性
自動車の座席の難燃加工に従事し,三酸化二アンチ
モンに職業曝露した男性労働者 23 人(平均年齢:41.7
雌雄の F344 ラットに三酸化二アンチモン 0,0.06,
歳)のリンパ球に対する遺伝毒性が調べられた.対照群
0.51,4.5 mg/m3(0,0.05,0.43,3.76 mgSb/m3 相 当 )
として年齢,喫煙習慣で調整マッチした非曝露の労働
( 粒 径:0.63 µ m: 評 価 書 推 算 ) を 6 時 間 / 日,5 日 間
者 23 人が選ばれた.曝露群は,高曝露群 17 人と低曝露
/ 週,12 ヶ月間吸入曝露した試験で,曝露に関連する腫
群 6 人に分けられ,空気中平均アンチモン濃度はそれぞ
瘍発生は認めていない.しかし,肺からのクリアランス
3
れ 0.12 ± 0.11(n = 26),0.052 ± 0.038 µ gSb/m (n =
3
3
は 4.5 mg/m (3.76 mgSb/m 相当)群で 80%に低下し
8)
15)であった.リンパ球の姉妹染色分体交換試験と小核
た .
試験結果はすべての群で陰性であったが,酸化的 DNA
4.5. 皮膚感作性
損傷を検出する酵素処理コメットアッセイ(DNA 中の
モルモットに対する三酸化二アンチモンのビューラー
酸化された塩基 8-OHdG を認識して特異的に除去する
法による皮膚感作性試験で,濃度不明の三酸化二アンチ
グリコシラーゼ,ホルムアミド - ピリミジン - グリコシ
モンを剪毛した背部に閉塞適用して感作し,その 2 週間
ラーゼを用いて DNA を処理して,酸化塩基の部位に生
後に 10%(w/v)水溶液で惹起した結果,陰性であっ
じた DNA 鎖切断を検出する方法)では,陽性の頻度は
たと報告がある
28)
.
対照群で 3/23,高曝露群で 11/17,低曝露群で 1/6 であ
り,高曝露群は有意に高い陽性を示した.これらの結果
5.ヒトへの影響
は,酸化的ストレスを引き起こして DNA に酸化的損傷
5.1. 刺激性・感作性
を起こしていることを示しているが,アンチモンと遺伝
ろう付け棒製造工場でアンチモンの溶融工程に従事
毒性との関連についてはさらに研究する必要があると,
産衛誌 55 巻,2013
212
著者らは考察している 31).しかし,Cavallo らの論文 31)
後は,突然死の症例は見られなくなった.しかし,数年
は曝露濃度が,極めて低く,この濃度で遺伝毒性が発現
後に心電図を再検査された 56 名中 12 名に異常が残存し
するとなると重大な知見であるが,交絡因子,再現性な
ていた.
」と「心臓毒性については,Brieger らの報告を
ど検討が必要である.
見る限り,重要視すべきと考えられる」とし,0.1 mg/m
5.3. 発がん性
が提案されている.
3
英国北東部のアンチモン製錬工場で 1961 年初に勤務
ろう付け棒製造工場でアンチモンの溶融作業に従事し
していた男性労働者 1,420 人を対象に発がんに関する
た労働者 3 名に皮膚炎が発症し,その作業場の空気中アン
1961 から 1992 年までの間の前向きコホート研究が行わ
チモン濃度が 8 時間-時間加重平均として 0.39 mgSb/m
3
29)
れた.この期間中にアンチモン製造及び保守部門の労働
と推定している
ことから,許容濃度はその値より低
者は金属アンチモン,三酸化二アンチモン,金属ヒ素,
いことが望まれる.
三酸化ヒ素,二酸化硫黄,芳香族多環炭化水素などに曝
三酸化二アンチモンに職業曝露した男性労働者のリ
露されたが,各曝露量についての定量的なデータはな
ンパ球における酸化的 DNA 損傷を検出する酵素処理
かった.1992 年末までに 357 人が死亡し,29 人が移動
3
コメットアッセイでは,0.12 µ gSb/m 群で陽性を示し
した.アンチモン部門では,全がん死亡は,期待値 54.7
た 31) が,曝露濃度が極めて低く他の要因が考えられ,
人に対し観察値 69 人(有意水準 p = 0.07)で,肺がん
採用できない.
死亡は,期待値 23.9 人に対し観察値 37 人(p = 0.016)
雌雄の F344 ラットを用いた三酸化二アンチモンの
と有意な増加がみられた.保守管理部門では,全がん死
1 年間吸入曝露試験により,肺クリアランス機能低下
亡は期待値 18.2 人に対し観察値 34 人(p = 0.002),肺
が 4.5 mg/m (3.76 mgSb/m 相 当 ) 群 で 認 め ら れ,
3
3
3
3
がんによる死亡は期待値 8.1 人に対し観察値 15 人(p =
0.51 mg/m (0.43 mgSb/m 相当)群で認められていな
0.038),その他の腫瘍による死亡は期待値 8.4 人に対し
い 8).
観察値 18 人(p = 0.006)と増加がみられたが,ジルコ
ン部門及び事務・管理部門では腫瘍による死亡率の増加
以 上 を 総 合 す れ ば,1991 年 に 提 案 さ れ た 許 容 濃 度
0.1 mg/m3 は妥当なものと考えられる.
は認められなかった.しかし,多くの化学物質に曝露さ
発がん性については,1991 年の提案理由書において
れているために,化学物質を特定できなかった.喫煙に
は,「ヒトにおける肺癌の過剰発生は,少なくとも,イ
関するデータはない
32)
.ヒ素による肺がんは良く知ら
れており,交絡因子としてヒ素が排除できていない.
米国テキサス州アンチモン製錬工場で 1937 から 1971
ギリスのアンチモン製造工場で 1961 年以前に就業した
者に認められている.肺癌の原因が,アンチモン鉱石
中に存在する砒素であったという可能性が否定できな
32)
においても同様であ
年までの間に 3 ヶ月以上雇用されたヒスパニック男性労
い」としている.その後の研究
働者 928 人を対象に追跡調査が行われた.対照に用いた
る.米国アンチモン製錬工場でのコホート研究
テキサス州のヒスパニック住民の肺がん死亡率と比較す
おいても交絡因子の影響は無視できない.また,1991
ると,肺がんで死亡した労働者の死亡率は高く,標準
年の提案理由書においては,「動物種および感受性に
死亡比(SMR)は 1.39(90% CI: 1.01-1.88)であった.
差があるものの,発がん性のある疑いは高いと考えら
しかし,交絡変数が多く,また,適切な対照群が得られ
れる.」としている.許容濃度等委員会は 1991 年に,
ていないために,結論をくだせないと著者らは考察して
IARC が IARC Monographs on the Evaluation of the
いる 33).
Carcinogenic Risk of Chemicals to Humans. Suppl 7,
5.4. 生殖毒性
Vol.43-50 に発表した発がん物質分類を基本的に妥当な
新たな情報は見当たらなかった.
33)
に
ものと判断し,三酸化アンチモン(三酸化二アンチモン)
を第 2 群 B に分類している.その他のアンチモン化合
物については発がん分類を行っていない.以上の発がん
6.許容濃度の提案
1991 年の提案理由書においては,Brieger ら
36)
の報
3
告を引用し「硫化アンチモン(Ⅲ)
(0.6 ∼ 5.5 mgSb/m )
に 8 ヶ月から 2 年にわたって曝露された労働者 125 名の
中から,6 名の突然死と 2 名の慢性心疾患による死亡が
分類は妥当と考える.
生殖毒性については,1991 年の提案理由書以降,有
害性を示す報告はない.
皮膚感作性については,アンチモンの溶融工程の従事
29)
,陶磁器製造業で装飾作業
見られた.心電図検査では,75 名中 37 名の異常(ほと
者 3 人に皮膚炎がみられ
んどが T 波の異常)が認められた.この工場では,フェ
に従事者で皮膚炎が多発し,うち 2 人が三酸化二アンチ
ノール樹脂に硫化アンチモン(Ⅲ)を混合してグライン
モンのバッチテストで陽性を示している
ダーの研盤磨を製造していたが,アンチモン導入以前に
が感作性によるものか否か,ヒトでの疫学的証拠に乏し
は,このような死亡例はなく,アンチモンの使用の中止
く,また実験動物でも明らかな証拠はないことから,感
30)
が,皮膚炎
産衛誌 55 巻,2013
作性分類には該当しない.
7.他の国の基準
International Agency for Research on Cancer
34)
(IARC; 1989)
は,三酸化二アンチモンをグループ
2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある物質),
三硫化二アンチモンをグループ 3(ヒトに対する発がん
性について分類できない物質)にしている.
ACGIH35) は, 三 酸 化 二 ア ン チ モ ン に つ い て TLVTWA の 設 定 は な し で, 発 が ん の お そ れ の あ る も の
(A2),アンチモンとその化合物を TLV-TWA 0.5 mg/
m3,発がんのおそれのあるもの(A2)としている.
文 献
1)許容濃度等に関する委員会.アンチモンおよびアンチモン
化合物 許容濃度暫定値(1991)の提案理由書.産業医学
1991; 33: 299-305.
2)製品評価技術基盤機構.アンチモン及びその化合物 化学
物質の初期リスク評価書 Ver.1.0 No.132 2008; p1-72.
3)厚生労働省平成 24 年度化学物質のリスク評価検討会.有
害性評価書平成 24 年度改訂版 アンチモン及びその化合
物 2013. 2; p1-31.
4)製品評価技術基盤機構.化学物質のリスク評価及びリスク
評価手法の開発プロジェクト /1465 平成 17 年度研究報告
書.2006.
5)Garg SP, Singh IS, Sharma RC. Long term lung retention studies of 125Sb aerosols in humans. Health Phys
2003; 84: 457-68.
6)Kentner M, Leinemann M, Schaller KH, Weltle D,
Lehnert G. External and internal antimony exposure
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鉛および鉛化合物(アルキル鉛化合物を除く)
Pb
[CAS No.7439-92-1]
生物学的許容値 15 µ g/100 ml 血液
1.物理化学的性質
表 1. 鉛の物理化学的性質
原子番号 82
原子量 207.2
融点 327.5℃
沸点 1,749℃
比重 11.34(20℃)
硬度 1.5
蒸気圧 186 Pa(1,273 K)
出典 ICSC.
炭素族元素の 1 つである鉛は青灰色または銀灰色を呈
しており,4 種の安定な自然同位元素(質量数 204, 206,
207, 208)があり,主に硫化物である方鉛鉱として産出
する.鉛の化合物には 2 価と 4 価があり,2 価の化合物
(第一鉛化合物)の方が安定で,第一鉛化合物が酸化さ
れると 4 価の第二鉛化合物が得られる.無機の鉛塩,硫
化鉛,及び鉛の酸化物は水に対する溶解度が低いが,硝
酸塩と塩酸鉛塩は例外的に易溶性である.鉛の有機酸塩
のうち酢酸鉛は易溶性であるが,シュウ酸鉛は不溶性で
ある.
2.主な用途
鉛は低融点で柔らかく加工しやすいこと,また高比重
で水中でも腐食されにくく採鉱・精錬も簡単であること
から,古代より陶磁器の釉薬,料理器具,塗料,化粧品,
水道管用などに幅広く用いられてきた.国内でも昭和の
後半まで水道配管やガソリンのオクタン価改質剤として
使用されてきたが,徐々に無鉛化が勧められ,現代では
鉛蓄電池の電極,合金,光学レンズやクリスタルガラス
の鉛ガラス,車錆止顔料(鉛丹,亜鉛化鉛,クロム酸鉛),
銃弾,防音・制振シート,放射線遮断材,美術工芸品な
どに用いられている.現在の年間の鉛生産量は 402 万 t
(2009 年)となっている.
3.吸収・分布・排泄
職業性曝露の際には,無機鉛は経気道および経口・消
化管により吸収されるが,特に呼吸器からの吸入が重
視される.空気中鉛の成人肺内沈着率は 30 ∼ 50%であ
り 1),肺胞に達した鉛粒子の 40 ∼ 50%が吸収される 2).
塩化鉛と水酸化鉛(粒径 0.25 µ m)の沈着率は各々 23%
3)
と 26%であり ,また酸化鉛では粒径 0.04 µ m で 45%,
産衛誌 55 巻,2013
215
0.09 µ m で 30%とされる 4).吸収されなかった鉛はいず
発がん性を示す限定的な証拠があると評価している
れも気道粘膜細胞の繊毛運動あるいはマクロファージの
4)生殖毒性
捕捉等により肺外に排出される.経口的に摂取された鉛
15)
.
労働者の鉛中毒として,男性では生殖能力の低下が,
は約 10%が吸収されるが,絶食状態やカルシウム,セ
女性では受胎能力の低下や流産率の上昇などが古くから
レン,亜鉛等の栄養素不足の場合に吸収率が高くなる.
報告されている.IPCS は,鉛が男女いずれに対しても
吸収された鉛は,血液および肝・腎臓等の軟部組織へ
生殖毒性を有することについて定性的な証拠はあるが,
速やかに取り込まれた後,骨組織に緩慢に再分布され
女性では用量 - 反応関係を推定するためのデータは不十
る.骨はヒトの生涯期間の大部分を通じて鉛を蓄積し,
分であると指摘した 1).
鉛の内生的な曝露源となり,鉛作業からの離脱後であっ
ても骨中鉛濃度を測定することにより過去の鉛曝露状況
を推定できる.鉛は主に腎と消化管から排泄され,汗,
5.ヒトにおける用量 - 反応関係
ある有害物質の影響が臨界臓器に現れ始める濃度を臨
脱落毛,落屑皮膚へも若干の鉛が排出される.血中鉛の
界濃度(あるいは閾値)と呼び,この値以下であれば曝
半減期は約 28 ∼ 36 日であり,ヒトの骨中鉛の生物学的
露影響は通常現れないと考えられている.この臨界濃度
5)
半減期は約 7 年といわれている .
の推定に,最小毒性量(LOAEL)や無毒性量(NOAEL)
がこれまで用いられてきた.しかしながら,これらは比
較集団間の標本数に左右されやすく,標本数が小さいと
4.ヒトにおける毒性情報
ヒトの鉛曝露には,鉛を取り扱う産業現場で鉛粒子を
高めに算出されるという問題が指摘されている.また,
肺から吸収する場合と鉛含有物を経口的に消化管から吸
今日の一般人の血中鉛濃度は 5 µ g/100 ml 未満である
収する場合がある.いずれの場合でも,鉛曝露量が多く
が,1980 年代までの鉛研究における対照群の平均血中
なると,造血系(ヘム合成系デルタアミノレブリン酸脱
鉛濃度は 10 ∼ 30 µ g/100 ml とかなり高値であり,この
水酵素抑制,貧血等),神経系(末梢神経障害,脳症等),
ことが曝露・非曝露群間の有意差を認めなかった理由の
6)
16)
消化器系(疝痛等),腎臓(腎症等)の障害が起こる .
1 つとして示唆されている
この他,高血圧を含む心血管系影響も報告されている.
研究も数多く存在するものの,ヒトへの健康影響(用量
1)急性毒性
- 反応関係)を扱った膨大な研究報告がある.そこで,
1)
IPCS によると ,急性中毒の明らかな症状として,感
.鉛に関しては,動物実験
比較的新しい疫学研究で提示された LOAEL/NOAEL
情鈍麻,落着きのなさ,怒りっぽい,注意力散漫,頭
を整理し,次に,上述の問題を解消する方法と期待され,
痛, 筋 肉 の 震 え, 腹 部 痙 攣,腎 障 害, 幻 覚, 記 憶 喪
かつ環境保健領域で多用されている“ベンチマークドー
失 など が あり,脳 障 害 は 血 中 鉛 濃 度 が 成 人 で 100 ∼
ス(Benchmark dose, BMD)法”による臨界濃度を集
200 µ g/100 ml,小児で 80 ∼ 100 µ g/100 ml で起こると
約する.
し,ATSDR は鉛中毒による急性脳障害では死亡のリス
1)最小毒性量による研究
7)
クがあると述べている .
2)慢性毒性
①造血系への影響
鉛作業者 191 名を血中鉛濃度(2.5 ∼ 115.4 µ g/100 ml)
鉛の慢性影響は,通常,継続的な鉛曝露を受けている
人に見られ,造血系や神経系障害が特徴的であるが,臨
で 11 分 割 し, デ ル タ ア ミ ノ レ ブ リ ン 酸 脱 水 酵 素
(ALAD)活性,血漿中デルタアミノレブリン酸(ALA),
17)
床所見はしばしば明らかでない.筋骨格系やその他の非
尿中 ALA の用量 - 反応関係を調べた研究によると
特異的な自覚症状も多い.高尿酸血症をみるが,貧血,
ALAD 活性は,血中鉛 2.5 ∼ 4.9(平均 3.8) µ g/100 ml
疝痛,腎糸球体障害は重くない.遅発症状は痛風,慢性
の対照群と比べ,血中鉛 5.0 ∼ 9.9(平均 6.9)µ g/100 ml
腎障害,脳障害を特徴とし,高濃度曝露のあと年余の後
より高い群で有意な低下が認められた.同様に,血漿中
発症する.しばしば,急性中毒が発症したことが既往症
ALA 濃度と尿中 ALA 濃度は各々 5.0 ∼ 9.9 µ g/100 ml
8)
,
として認められる .
群以上および 15.0 ∼ 19.9(平均 17.4) µ g/100 ml 群以
3)発がん性
上 で 有 意 な 上 昇 が 観 察 さ れ た. こ れ よ り,ALAD 活
主として鉛蓄電池,鉛製錬所,あるいはこれらの鉛作
業から引退した労働者(男性)を対象に疫学調査が行
われ,肺癌
9-13)
,全癌 10),胃癌 9,12),腎癌 14)の発生率
性 と 血 漿 中 ALA に 対 す る LOAEL は 6.9 µ g/100 ml,
尿 中 ALA に 対 す る LOAEL は 17.4 µ g/100 ml, そ の
NOAEL は 10.1 ∼ 14.9(平均 11.2) µ g/100 ml と推定さ
や標準化死亡比の上昇あるいは過剰死亡が報告されてい
れた.
る.しかしながら,これらの研究の中には他の発癌物質
②神経系への影響
(特に,肺癌における砒素)との混合曝露も報告されて
いる
11,13)
.これらを踏まえ,IARC は鉛のヒトに対する
鉛作業者に関する過去の神経系影響に関する横断研
究 102 論文をレビューした Araki らの総説によると
18)
,
産衛誌 55 巻,2013
216
事象関連電位(P300),身体重心動揺,心電図 RR 間隔
ず 2.5 ∼ 3.8,3.9 ∼ 5.9,6.0 ∼ 56.0 µ g/100 ml のいずれ
変動への悪影響とともに,末梢神経伝導速度の低下は平
の群も慢性腎症の Odds 比(OR)は有意に高かった.
均血中鉛濃度が 30 ∼ 40 µ g/100 ml で見られると報告し
一方,高血圧症のない集団 10,398 名では血中鉛 0.7 ∼
ている.さらに,短潜時体性感覚誘発電位,視覚誘発電
1.6 µ g/100 ml を対照群としたが,1.7 ∼ 2.8,2.9 ∼ 4.6,4.7
位,聴性脳幹誘発電位の各潜時に及ぼす影響も平均血中
∼ 52.9 µ g/100 ml 群の OR はいずれも有意でなかった.
鉛濃度が 40 ∼ 50 µ g/100 ml の鉛作業者で観察されたと
これらの高血圧群と非高血圧群の年齢,人種,血中鉛濃
している.また,ドイツの研究者は職業性鉛曝露によ
度(各々 4.21 ± 0.14 と 3.30 ± 0.10 µ g/100 ml)および
る神経行動学的影響に関するメタ分析を行い,神経行動
慢性腎症有病率(各々 10.0%と 1.1%)は有意に異なっ
障害が現れ始める血中鉛濃度は 37 ∼ 52 µ g/100 ml と報
ていたことから別々の集団と考えられる.そのうえ,高
告している
19,20)
7)
や ATSDR
.国際的なレビュー機関である IPCS1)
も,鉛作業者の末梢神経伝導速度の低下
血圧症の影響を取り除くと有意な OR が得られなかった
ことからリスク評価の研究に加えるには問題がある.
や知覚運動機能障害の閾値レベルは血中鉛濃度で 30 ∼
Menke らは血中鉛濃度 0.05 ∼ 10 µ g/100 ml(幾何平
40 µ g/100 ml と推定している.このため,ACGIH21)は
均値 2.58 µ g/100 ml)の米国一般成人 13,946 名を 12 年
鉛の生物学的曝露指標を 30 µ g/100 ml としている.な
間追跡した
お,これらの数値は LOAEL を用いて推定された値であ
高値群(> 3.63 µ g/100 ml)のその後の全死亡リスクが
り,鉛作業者群と対照群の間で有意差が認められた論文
1.25 倍(95%信頼区間 1.04 ∼ 1.51),心血管系死亡リス
における鉛作業者群の集団平均値(血中鉛)が最も小さ
クが 1.55 倍(同 1.08 ∼ 2.24)であると報告した.しか
かった値である.
しながら,重要な交絡因子(睡眠時間など)の影響を調
26)
.研究当初の血中鉛濃度で 3 群に分け,
多くの研究が鉛作業者群と対照群との 2 群間比較で
整していないことに加え,これまでに知られている生物
ある中,鉛濃度別に検討した報告もある.Teruya らは
学的曝露指標値(BEI,30 µ g/100 ml)を超える集団が
鉛作業者 132 名の心電図 RR 間隔時間を計測し,血中
全く含まれていない解析結果であるとの指摘がある 27).
鉛 20 ∼ 29 µ g/100 ml 群,30 ∼ 39 µ g/100 ml 群,40
⑤生殖毒性
∼ 49 µ g/100 ml 群,50 ∼ 76 µ g/100 ml 群 の 深 呼 吸 時
Vigeh ら は 妊 娠 37 週 未 満 の 早 期 出 産 し た イ ラ ン
心拍変動係数が血中鉛 5 ∼ 19 µ g/100 ml の対照群と比
人 妊 婦 の 妊 娠 前 期(first trimester) の 血 中 鉛 濃 度
べて有意に低下していることを報告した.これより,
(4.52 ± 1.63 µ g/100 ml) が 妊 娠 37 週 以 上 の 満 期 産 妊
22)
LOAEL は 20 ∼ 29 µ g/100 ml と推定された .
婦(3.72 ± 1.63 µ g/100 ml) と 比 べ て 有 意 に 高 い こ と
③腎への影響
を報告した
28)
.その上,全妊婦の血中鉛濃度が増加
Verschoor らは血中鉛 8.3 ∼ 97.6 µ g/100 ml の鉛作業
するに伴い在胎週数は有意に短縮した.研究に適用さ
者 155 名と年齢ほかの交絡因子をマッチした対照群 126
れた対象妊婦の除外基準には鉛作業者や肥満者(BMI
23)
> 30)などが含まれており,このため血中鉛濃度は
名(3.1 ∼ 18.8 µ g/100 ml)に腎機能検査を行った
.
蛋白尿や腎障害を表す症状に有意差は見られなかった
1 ∼ 20.5 µ g/100 ml と低かった.
が,鉛作業者の N- アセチル -β -D- グルコサミニダーゼ
2)ベンチマークドース法による研究
(NAG)レベルは対照群と比べ有意に高く,かつ血中鉛
LOAEL/NOAEL の算出に絡む問題に対処するため
29)
濃度の増加に伴い高くなった.これらの結果より,血中
に,BMD 法が 1980 年代に開発された
鉛 60 µ g/100 ml 以下の曝露で腎尿細管機能に影響が現
LOAEL(NOAEL)法の考え方を延長した BMD 法と,
れること,また糸球体よりも尿細管の腎指標に変化が現
健康影響を 2 値変量として扱う多重ロジスティック回帰
れやすいと記した.
モデルに近似した Hybrid 法の 2 つの方法がある
鉛曝露者を含む対象 278 名の腎機能を検討した Lin
& Tai-Yi の研究によると
24)
,尿中総蛋白は血中鉛 0 ∼
20.9 µ g/100 ml の対照群と比べ,41.0 ∼ 60.9 µ g/100 ml
群以上で,また尿中 β 2- ミクログロブリンと尿中 NAG
.この方法には,
27)
.欧
州食品安全機関(EFSA)や米国環境保護庁(EPA)は
前者を推奨しており
30,31)
,後者は米国科学アカデミー
(NAS)によって推奨された 32).
EFSA/EPA が推奨する BMD 法は,従来の動物実験
は 21.0 ∼ 40.9 µ g/100 ml 群以上で有意に高くなること
で NOAEL や LOAEL を算出する方法と同じデータを
を示した.
用いる.手順は,① 3 以上の異なる用量群から得られ
④循環器系への影響
る健康影響指標の値(平均値±標準偏差,あるいは発症
Muntner らは血中鉛と慢性腎症(米国の慢性腎臓病の
25)
率)に有意な量 - 反応関係が存在することを確認し,②
.高
その量 - 反応関係に最も適合する数理曲線モデルを選択
血圧症集団 4,813 名では,血中鉛濃度 0.7 ∼ 2.4 µ g/100 ml
する.③数理曲線モデル上の非曝露群(曝露量= 0)の
を対照群とすると,交絡因子の調整の有無にかかわら
影響指標値を読み取り,④曝露によって生じると考えら
診断定義に準拠)の関係を米国一般人で検討した
産衛誌 55 巻,2013
217
れる過剰増加率(Benchmark response, BMR)を α %
として,非曝露群の影響指標値に加える.⑤加算後の値
い.すなわち,NOEL(LOEL)であっても,NOAEL
(LOAEL)とは言えない.
(100 + α ,%)に相当する用量(曝露量)を当該数理
ヘモグロビン,ヘマトクリット,赤血球数の低下と
曲線モデルから読み取り,その用量を Benchmark dose
して定義される貧血も鉛曝露により起こる.血中鉛濃
(BMDα )と定義する.さらに,⑥当該数理曲線モデル
度 が 1 ∼ 115 µ g/100 ml で あ る 鉛 作 業 者 388 名 で 解
の 95%信頼曲線から算出される BMDα 値の 95%信頼下
限値を Benchmark dose level(BMDLα )とする
27,30)
.
上述したように,LOAEL(NOAEL)は非曝露群と各々
の曝露量群との影響指標値の有意差検定から導出され
る.これに対し,BMD 法は全てのデータに適合する数
理曲線モデルを決定し,また非曝露群の影響指標値を,
当該研究で得られた非曝露群の数値(平均値±標準偏
差,あるいは発症率)ではなく,選択されたモデルから
算出される値(切片)を用いて導出される.
非曝露集団における健康影響指標の正常限界値(ある
いは異常限界値)を異常確率 P0 で決めるが,有害物質
濃度とその影響指標の間に用量依存関係が認められるな
らば,曝露量が高くなるにつれて異常者割合(異常確率)
も増加する.Hybrid 法は,ある一定の BMR を α %と
する時,その異常確率が P0 から P0 + α となる時の曝露
量を BMD,その 95%信頼下限値を BMDL と定義する.
多重ロジスティック回帰モデルを用いる場合には,曝露
量を分割してダミー変数に置換し,健康影響に対する各
曝露量群の OR を算出することによって有意性を判断す
る 33).
EFSA/EPA 推奨の BMD 法と Hybrid 法の相違点は,
BMR の増加を前者は選択された数理曲線モデル上の
健康影響指標値に,また後者は健康影響の異常者割合
にあてはめていることである.いずれの方法も,対象
者数が多い場合,BMDL は NOAEL と,また BMD は
LOAEL とほぼ等しくなると考えられ
30,33)
,臨界濃度
とみなすことができる.それゆえ,鉛の臨界濃度の推定
を,LOAEL/NOAEL だ け で な く,BMD/Hybrid 法 や
Hockey-stick 回帰モデル
34)
を用いて検討することが望
まれる.
①造血系への影響
血 中 鉛 濃 度 の 増 加 に 伴 い, ヘ ム 代 謝 経 路 に あ る
ALAD 活性が抑制される.これにより ALA からポル
ホビリノーゲンへの代謝が抑制され,血漿,赤血球,尿
中の ALA が増加する.このような変化が起こる臨界
濃度を Hybrid 法で算出すると,鉛作業者 154 名(血
中 鉛 濃 度 2.1 ∼ 40 µ g/100 ml) の ALAD 活 性 の 抑 制
が 始 ま る 血 中 鉛 の BMDL( カ ッ コ 内 は BMD) は 2.3
(2.7) µ g/100 ml であり,血漿中および血液中 ALA が
増加し始める BMDL は各々 2.9(3.3) µ g/100 ml と 3.5
35)
(4.2) µ g/100 ml と算出された .なお,血中鉛濃度
5 µ g/100 ml 未満の ALAD 活性の抑制は生理的な反応
であり,これを“有害影響”とみなす十分な根拠はな
析 し た BMDL(BMD) は ヘ モ グ ロ ビ ン で 19.5(28.7)
µ g/100 ml,ヘマトクリットで 29.6(44.2) µ g/100 ml,
36)
赤血球数で 19.4(29.0)µ g/100 ml であった .
②神経系への影響
多くの研究者によって鉛作業者の末梢神経伝導速度
1,7,18)
,その量 - 影響関係
の低下が報告されているが
を図示した論文は少ない.Araki & Honma は血中鉛
が 2 ∼ 73 µ g/100 ml である鉛作業者 38 名の正中およ
び後脛骨神経の最大運動神経伝導速度を測定し,鉛濃
37)
度との間に有意な負の相関があることを報告した .
これらの量 - 影響関係図をスキャナーを用いて個々の
38)
数値を読み取り,Hybrid 法で BMD を算出すると ,
BMDL05(BMD05)は正中神経で 7.5(11.6)µ g/100 ml,
後脛骨神経で 8.2(13.1) µ g/100 ml であった.同様に,
39)
か ら 対 象 者 112 名 の 血 中 鉛
Seppäläinen ら の 論 文
と正中神経の運動神経伝導速度を読み取ると,BMDL
38)
(BMD)は 8.4(12.0)µ g/100 ml であった .
Benchmark dose 法と異なる Hockey-stick 回帰モデ
ルを用いて,Chuang らは鉛蓄電池工場で働く労働者
217 名から,振動感覚閾値を用いた知覚神経障害の評価
40)
を行った .この方法によると,血中鉛濃度の閾値は
31 µ g/100 ml(BMD 相当)と推定された.
認知・注意機能を反映すると考えられる事象関連電
41)
位の P300 潜時が鉛作業者で測定された .血中鉛濃度
12 ∼ 59 µ g/100 ml の砲金作業者 22 名の P300 潜時は 8
∼ 18 µ g/100 ml の対照者群 14 名と比べ有意に延長して
いた.このデータから,年齢,血漿亜鉛濃度,喫煙習
慣,飲酒量を調整して BMDL(BMD)を算出すると,6.1
38)
(11.3) µ g/100 ml であった .Hirata らも血中鉛濃度
33 ∼ 106 µ g/100 ml の鉛作業者 14 名の P300 潜時を測
定し,対照群 19 名との比較で同様の有意な延長を認め
たが 42),対象者数が少なく BMDL を算出できなかった.
鉛作業者の平衡機能は対照群と比べ低下しているこ
43-48)
.Iwata ら は 血 中 鉛 が 6 ∼
とが報告されている
89 µ g/100 ml の 鉛 作 業 者 121 名 に お い て 身 体 重 心 動
揺を検査し,血中鉛濃度の増加に伴い身体重心動揺が
49)
大きくなることを見出した .この量 - 影響関係から
BMDL(BMD)を算出すると,12.1 ∼ 16.9(平均 14.3)
µ g/100 ml(18.3 ∼ 30.7 µ g/100 ml)であった.
血中鉛濃度 21 ∼ 86 µ g/100 ml の鉛作業者の血清プロ
ラクチン濃度は対照群と比べ有意に高く,鉛は神経内
50)
分泌にも影響を及ぼす .この視床下部ドーパミン系
を反映する血清プロラクチンの異常が現れ始める血中
産衛誌 55 巻,2013
218
鉛濃度(BMDL 相当)は 11.2 µ g/100 ml(BMD 相当値
21.7 µ g/100 ml)と推定された
51)
.また,下垂体ホル
モンである FSH,LH,TSH なども血中鉛濃度が 30 ∼
7)
40 µ g/100 ml 以上の鉛作業者で異常値を示している .
鉛の自律神経機能影響に関して,曝露者群と非曝露者
群を比較した 3 研究で有意差が観察されている
22,52,53)
が,有意差の見られなかったとする報告もある 54).こ
逆性を有することが示唆されている
58, 59)
.また,神経
行動学的検査における認知機能は,過去の職業性鉛曝
露により進行性に低下するという報告
可逆性があるとする報告
62)
60, 61)
もあるが,
もあり,今後の研究が待
たれる.一方神経系影響のどれを選択するかに関して,
各々の重症度に優劣つけ難い.そこで,神経行動学的
検査成績を除く全ての神経系に及ぼす血中鉛の BMDL
のうち,中国のガラス細工作業に従事する女性労働者
および BMD の標本数加重平均値を算出すると,各々
36 名(血中鉛濃度,25.8 ∼ 79.3 µ g/100 ml)と紡績工
10.7 µ g/100 ml および 17.5 µ g/100 ml であった 38).
の 女 性 労 働 者 15 名(4.7 ∼ 8.6 µ g/100 ml) で は 心 電
図 RR 間隔変動の交感・副交感神経機能がいずれもガ
ラス細工労働者で低下していた
53)
.これらの集団か
6.提案
鉛作業者の健康影響評価において,鉛の生物学的許
ら BMDL(BMD)を推定すると,10.3 ∼ 15.4(15.2 ∼
容値を変更するに足る新たな証拠が幾つか提出された.
38)
27.8)µ g/100 ml であった .
従来の LOAEL に基づく臨界濃度や大規模コホートの
③腎機能への影響
群間発症頻度の相対リスクから算出した臨界濃度,加
鉛による腎障害の生物学的曝露限界を調べるため
えて BMD/Hybrid 法の適用による血中鉛の臨界濃度
に,平均血中鉛濃度 42.2 µ g/100 ml の鉛作業者 135 名
(BMDL)も考慮した.特に,後者の方法を用いた鉛
と平均血中鉛濃度 11.9 µ g/100 ml の非曝露集団 143 名
影響に関する一連の結果より,臨界臓器は神経系と考
の 尿 中 の 総 蛋 白,β 2- ミ ク ロ グ ロ ブ リ ン お よ び NAG
えられ,神経系に影響を及ぼす血中鉛の BMDL および
.この研究から算出された腎障
BMD は各々 10.7 µ g/100 ml と 17.5 µ g/100 ml と推定さ
害 を 起 こ す 血 中 鉛 の BMDL(BMD) は, 順 に,40.2
れた.これらの値は鉛作業者データから直接算出された
(58.9) µ g/100 ml,26.7(32.1) µ g/100 ml,25.3(29.9)
ものであり,したがって,BMD ないし BMDL は鉛作
µ g/100 ml であった.
④生殖毒性
血中鉛濃度が 4.6 ∼ 64.5 µ g/100 ml である鉛作業者 362
名と血中鉛濃度が 19.8 µ g/100 ml 未満の対照作業者 141
名の精液量と精子濃度が測定され,血中鉛 50 µ g/100 ml
以上である作業者群の精子濃度(中央値)は血中鉛
10 µ g/100 ml 以下の作業者群と比べ 49%も低下してい
た 55).このデータに最小二乗回帰法で算出した閾値は
44 µ g/100 ml(BMD 相当)であった.
⑤循環器系への影響
Nash らは 40 ∼ 59 歳女性 2,165 名を血中鉛濃度(平
均 2.9 µ g/100 ml,0.5 ∼ 31.1 µ g/100 ml)で 4 群に分け,
56)
血圧への影響を検討した .各種交絡因子の影響を調
整しても,鉛最高値群(4.0 ∼ 31.1 µ g/100 ml)の拡張
期高血圧(> 90 mmHg)の発症頻度が最低値群(0.5
∼ 1.6 µ g/100 ml)と比べ 3.4 倍(Odds 比,95%信頼区
間 1.3 ∼ 8.7)高かった.収縮期高血圧(> 140 mmHg)
の頻度では統計的有意性は認められなかった.この研究
を含む,成人の血中鉛と血圧を取扱った 4 つの研究を
EFSA は選定し,BMR = 1%を用いて成人の収縮期血
圧に及ぼす血中鉛の平均 BMDL01 を 3.6 µ g/100 ml と算
57)
出した .しかしながら,この BMDL01 算出に当たっ
ては多くの疑問が投げかけられている 27).
3)臨界濃度の推定
以上より,鉛の臨界臓器は神経系と考えられる.末
梢神経伝導速度や視覚誘発電位潜時は鉛曝露に対し可
業者の生物学的許容値にそのまま反映されるべきであ
活性が測定された
24)
る.
一方,BMD/Hybrid 法で算出される BMD は臨界濃
度の点推定値であるのに対し,BMDL は BMD の区間
推定値(95%信頼下限値)であり,点推定の算出に絡む
不確実性を考慮した値とみなされる.すなわち,BMDL
は,研究対象の標本数が大きいと BMD に限りなく近づ
き,また標本数が小さいと BMD とかなり解離した小さ
い数値になる.安全性をより重要視する立場では BMD
よ り も BMDL を 用 い る こ と が 推 奨 さ れ る も の の
30)
,
BMD/Hybrid 法 で 推 定 さ れ る 真 の 臨 界 濃 度 は BMDL
と BMD の間にあると考えられる
63)
.今回の神経系影
響に関する各々の論文の標本数は概して小さく,かつ
BMDL と BMD の差が大きいことを勘案し,両数値の
間にある 15 µ g/100 ml を生物学的許容値として提案す
る.
7.他国における許容濃度
3
ACGIH は 鉛 の TLV-TWA と し て 0.05 mg/m ,BEI
21)
と し て 30 µ g/100 ml を 勧 告 し て い る が ,「 血 中 鉛
10 µ g/100 ml 以上の女性が出産した場合,その子ども
の認知機能が障害される可能性がある」との注意書を付
している.また,ICOH の神経毒性学・精神,心理生理
学および金属毒性学に関する合同科学委員会は「産業
労働者においては,血中鉛基準を世界中の国々におい
て即刻 30 µ g/100 ml とすべきである.さらに数年先に
産衛誌 55 巻,2013
219
は,この基準を 20 µ g/100 ml に下げるよう考慮すべき
である」とする Brescia 宣言を行ったが
64)
,後者の値
に関する明確な根拠は提示していない.一方 Collegium
Ramazzini は,前述した Menke ら
26)
や Muntner ら 25)
の論文を引用し,労働者の血中鉛濃度を 10 µ g/100 ml
を超えないレベルに徐々に下げるよう勧告している 65).
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221
トルエン
C6H5CH3
[CAS No.108-88-3]
3
許容濃度 50 ppm(188 mg/m )
1.はじめに
American Conference of Governmental Industrial
Hygienists(ACGIH)は 2007 年の TLV Documentation
1)
(理由書 )でトルエンに対する TLV(日本産業衛生
学 会 の 許 容 濃 度 に 相 当 す る ) を 従 来 の 50 ppm か ら
20 ppm に改訂した.その理由書では主として色覚異常
の発生に注目し,その防止のために 20 ppm に改訂する
とともに,懸念されているトルエンの生殖毒性もこの改
訂により防止し得るとの期待が述べられている.当時の
トルエン曝露に伴う色覚異常に関する諸総説にはなお情
報の不足が指南されていた.その後数年を経て新たな論
文はほぼ出尽くした観があるので,2005 年以降の文献
を新たに検索入手し 20 ppm への改訂の必要性について
トルエン曝露作業者で懸念される色覚異常およびトルエ
ンなど有機溶剤乱用者ですでに明らかにされている生殖
毒性に焦点を置いて許容濃度改訂の必要性・可能性につ
いて検討した.
2.色覚異常
色覚異常のうち赤緑色覚異常は先天的な異常で日本人
での頻度は成書によれば男子 5%,女子 0.2%程度とさ
れている.これに対してスチレンなどの有機溶剤曝露で
は青黄色覚異常の頻度が高まるとされており,トルエン
の場合にも青黄色覚異常頻度上昇の有無と上昇をもたら
すトルエン曝露程度が検討の中心となる.
この点についての原著論文と総説を要約して表 1 に示
す 2-21).
色覚異常の検出には近年は Lanthoney テストが主流
を占めている.表より明らかなように色覚異常を記述
している文献にはしばしば気中トルエン濃度の記載がな
く,色覚異常頻度とトルエン曝露濃度とが記述されてい
て許容濃度の検討に活用し得る文献は少ない.また,ト
ルエン単独曝露(あるいはそれに近い暴露)の例も限ら
れている.
ACGIH ではこれらの条件を満たす文献のうち特に
Campagna et al. の論文に 16) 注目して 20 ppm を提案
1)
する主な根拠としている .この論文によれば高曝露群
(36 ppm)では低曝露群(8.5 ppm)・非曝露群に比して
色覚異常の指標である Colour Confusion Index(CCI,
22)
正常者では 1,異常者では 1 より大きい値となる) は
高値を示している.しかしこの論文では Type III(青黄
色覚異常)の頻度が非曝露群でも 21%と高く,かつ低
1998
1999
2000
2000 (総説)
Zavalić et al.12)
Muttray et al.13)
Cavalleri et al.14)
Gobba15)
2004 (総説)
Paramei et al.20)
Lanthony
CCI: Colour Confision Index22, 23).色覚正常者では 1,色覚異常者では 1 以上の値をとる.
Schäper et al.
2004
2004 (総説)
Lomax et al.19)
高曝露群 26 ppm(過去 21 年間 43 ppm),
低曝露群 3 ppm
2003 (総説)
21)
2002 (総説)
Gobba and
Cavalleri18)
高曝露群 36 ppm,低曝露群 8.5 ppm
Lanthony
Lanthony
尿中トルエン 63.3 µ g/l(Paramei et al. 2004
の記述によれば 41 ppm)
印刷工 高曝露群 93 名,低曝露群 69 名 4 年間の追跡調査で色覚に影響ナシ.色覚に年齢の影響アリ,
飲酒・喫煙の影響ナシ.
総説.トルエンについては結論ナシ.
各種溶剤に関する総説.トルエン 300-350 ppm × 30 分,50-150 ppm × 8 時間曝露では色覚に有意な
変化ナシ.長期間反復曝露で色覚に持続性変化が起こるかはなお不明と結論.
有機溶剤その他に関する総説.トルエンに関しては先の総説と重複する点が多い.
トルエンなど有機溶剤に関する総説.トルエンの作用は slight としている.
高曝露群 72 名,低曝露群 34 名,非曝露群 19 名.CCI 1.23(1.00-1.81)
,1.19(1.00-1.72)
,1.08(1.00-1.36)
.
3 群間で有意差アリ(p < 0.05; Wilcoxon 検定)
.Type III の頻度 43%,44%,21%.
トルエンなどの溶剤と水銀(いずれも神経毒)に関しての総説.トルエンに関しての記述は少い.
ゴム製造工(rubber worker)33 名,対照群(16 名)の比較によれば CCI 1.29 vs. 1.10 には有意差
(p < 0.01)アリ
グラビア印刷工(8 名)と金属加工作業者(8 名)との比較では有意差ナシ.
Lanthony,
Farnsworth
高曝露群 66-250 ppm
血中トルエン濃度 3.61-7.37 mg/l
非曝露群(男女混合 n = 83 type III 26.5%)に比して高濃度曝露群(男女混合 n = 32 トルエン 156
ppm)での type III(50.0%)は有意(p < 0.01)に増加していた.低濃度曝露群(男女混合 n = 41 ト
ルエン 35 ppm)での type III(31.7%)増加は有意でなかった(p > 0.05)
.
1998b と同じデータ.新たに検討された高濃度曝露群(トルエン 66-250 ppm)でのアルコール調整
CCI は気中トルエン濃度と有意(p < 0.01)に相関した.
Lanthony
高曝露群(混合溶剤中のトルエン 156 ppm,
低曝露群トルエン 35 ppm
印刷工(男子 n = 45)の CCI(平均 1.1)は対照群(n = 53)の CCI(平均 1.0)に比して高い傾向に
あるが,有意差はナシ.
アルコール摂取量 250 g/ 週(池田注:日本酒 1.4 合 / 日に相当)曝露非飲酒群(n = 52:CCI 1.25)
対非曝露非飲酒群(n = 56: CCI 1.20)
(p > 0.10)曝露+飲酒群(n = 52:CCI 1.40)対非曝露非飲酒
群(n = 56: CCI 1.20)(p < 0.01)変化は i 飲酒で強化される.
CCI 曝露群(n = 24) 1.2 対照群 1.0(p < 0.01)
グラビア印刷工 59 作業前(月曜朝)と作業後(金曜夕)で変化ナシ
曝露群:男子 63 +女子 111 対 対照群:男子 48 +女子 72 青黄色覚異常例ナシ
変動曝露と定常曝露いずれでも色彩テスト成績に変化ナシ
印刷工 30 名対象群 43 名の比較.印刷工(3 群)の野うち B 群では約 38%(数値記載ナシ)に青黄色
覚異常を,C 群では約 60%に青黄色覚異常,約 17%に混合型の色覚異常を,D 群では約 36%に青黄
色覚異常,約 36%に混合型の色覚異常を認めた.A 群(対照群)では約 38%に青黄色覚異常を認めた
(Mergler et al. による).
色彩の判断力は曝露後一時低下下.低下の程度は印刷工(男子 n = 43)と対照(n = 43)の間で差
がなかった.
主要所見
Lanthony
Lanthony
Lanthony
トルエン 120 ppm
Iregren et al.17)
Campagna et al.
2001
1998
Zavalić et al.11)
16)
1998
トルエン+キシレン曝露濃度不明
混合溶剤,Σ= 0.34 トルエン濃度不明
Zavalić et al.10)
Muttray et al.
1997
Lanthony,
Farnsworth, その他
トルエン曝露濃度不明 血中トルエン
< 0.22-7.37 mg/l
Lanthony
Lanthony
トルエン主体(90%)
,トルエン GM 46 ppm
Valic et al.9)
1992
Nakatsuka et al.6)
独自の方法
実験的曝露 最高 300 ppm 平均 100 ppm の
変動曝露と 100 ppm 定常的曝露 30 分 / 日×
14 回
1997
1990
Bælum et al.5)
Lanthony
Muttray et al.8)
1989
Braun et al.4)
独自の方法
テスト方法
Staddard solvent ほか混合溶剤.溶剤濃度記
載ナシ(Braun et al. による)
1995
1988
Mergler et al.3)
実験的曝露 100 ppm × 6.5 時間
7)
1985
発表年 曝露
Bælum et al.2)
研究者
表 1. 従業員を対象に行われた色覚異常研究
222
産衛誌 55 巻,2013
産衛誌 55 巻,2013
223
曝露群でも 44%と高曝露群の 43%とほぼ同様に高いこ
とが 20 ppm を閾値の考える論旨と合わない.Schäper
3.生殖発生毒性
初期の動物実験
24,25)
ではラット・マウス・ウサギで
et al. の研究は 4 年間の追跡調査の結果に基づく所見で
流産および胎児の成長遅延・骨格形成遅延などの生殖毒
あって,高曝露群(最近 26 ppm,過去 21 年間の平均は
性が検出されているが,表 2 に例示するように母動物に
43 ppm)でもトルエン曝露に伴う色覚異常は検出されな
対する毒性が検出されるほどの高濃度曝露である.
21)
.因みに Nakatsuka et al. はトルエ
かったとしている
ヒトの場合にもトルエン乱用者のように(おそらく数
6)
ン 43 ppm 曝露の集団で青黄色覚異常の上昇を認めず ,
千 ppm 以上の)高濃度曝露時に生殖毒性が検出されて
Zavalić et al. もトルエン 120 ppm 曝露群で有意な上昇
いる
を認めていない
10)
.Zavalić et al. は別の論文
11)
で上昇
を認めているが,その検討に用いた群でのトルエン濃度
40,42)
.これらの所見はしかしいずれも数十 ppm レ
ベルでの職業性曝露に演繹することはできない.
26)
職業的曝露に伴う生殖毒性について Axelsson et al.
以降十数報の論文
は 156 ppm と高い事例である.
従って現在までに得られた所見からは,現行 50 ppm
の許容濃度を改訂する必要性は確認出来なかった.
30)
et al.
26-42)
が発表(表 3)されていて,Ng
や Plenge-Bönig et al.36)のようにその可能性を
示唆する報告もあるが,曝露関連情報は一般に乏しく,
表 2. 生殖毒性動物実験の例
研究者
発表年
主要所見
Hudak et al.24)
1978
マウス 133,399 ppm のトルエンに 24 時間 / 日×妊娠 6-13 日,ラットを 399 ppm のトルエンに 24
時間 / 日×妊娠 1-8 日および妊娠 9-14 日 連続曝露した実験では胎児には生長遅延と骨格異常の増加
が,母動物には死亡・体重増加抑制などの毒性が観察された.
Ungáry et al.25)
1985
New Zealand 白色ウサギを 263 ppm のトルエンに 24 時間 / 日×妊娠 6-15 日 連続曝露した実験では
自然流産が増加した.此の曝露条件では母ウサギの体重増加が抑制されていた.マウスを同じ条件で
妊娠 6-15 日 連続曝露した実験では胎児の生長・骨格形成の遅延が観察された.母マウスでの毒性所
見の有無については記載されていない.
表 3. 従業員を対象にした生殖毒性研究
研究者
発表年 曝露関連情報
主要所見
1984
曝露情報ナシ
女性研究室勤務者では流産率が増加[RR = 1.31(0.89-1.91)].交代制勤務ではさ
らに増加[RR = 3.2(1.36-7.47)].
1987
曝露濃度不明,他の化学物
質曝露情報不明
妊娠 12 週まで< 30 時間 / 週勤務し奇形(主として尿路奇形)を伴う子供を出産
した母親 301 例(症例群)と,同様に勤務し正常児を出産した母親 301 例(対照群)
を比較した研究では症例群に芳香族溶剤ことにトルエン曝露を受けていた事例が
多かった.
1989
曝露濃度不明
流産 OR 父親のトルエン曝露 1.5(0.9-2.5) 母親の溶剤曝露 1.4(0.6-3.0)
1990
トルエン曝露濃度不明
トルエン曝露群 n = 15 と年齢を対応(許容幅 2.5 歳)させた 3 倍の対照群(n =
20)の比較では OR = 1.6(0.7-3.8),p = 0.25
Ng et al.
1992
88(50-150) 対 (0-25)ppm
Taskinen et al.31)
1994
曝露濃度不明
Lindbohm
1995 (総説)
総説.父親のトルエン曝露と母親の流産,母親のトルエン曝露と流産の考察:
suggestive と結論
Sallmén et al.32)
1995
溶剤曝露を受けている女子労働者(n = 235)では受胎率低下[Incidence density
ratio 0.41(0.27-0.62)].
26)
Axelsson et al.
27)
McDonald et al.
28)
Taskinen et al.
29)
Lindbohm et al.
30)
33)
Jones and Balster
混合溶剤,濃度不明
妊娠 100 例当たりの流産率 高濃度曝露 対 低濃度曝露 12.4 対 2.9 OR = 4.80
(1.01-22.86)
溶剤曝露のある女性研究室勤務者(n = 206)では対照(n = 329)に比べて流産
増加[OR = 4.7(1.4-15.9)].
1998 (総説)
総説.産業労働者の混合溶剤曝露例,意図的吸入者(溶剤不明)例を要約
Sallmén et al.
1998
混合溶剤,濃度不明
夫が溶剤曝露を受けている夫婦(n = 282)では結婚後の妻の妊娠時期が遅延
Plenge-Bönig and
Karmaus35)
1999
<10 - <50(過去,200)ppm
溶剤曝露を受けている女子労働者(n = 231)受胎率低下[FR 0.47(0.29-0.97)
男子労働者(n = 300)では低下なし.
Bukowski
2001 (総説)
総説.諸論文での報告対象の偏りを指摘し“hypothesis generating”と要約.
Polifka et al.36)
2002 (総説)
総 説.1.こ と に 文 献 検 索 の 方 法 に つ い て の 総 説,2.McDonald et al. 1987,
Taskinen et al. 1994 の紹介,3.トルエン乱用者(女性)ではアルコール乱用者
と類似した生殖毒性が観察されることの指摘.
Hooiveld et al.37)
2006
塗装工(男子 n = 398)では大工(男子 n = 302)に比して先天異常児出生の OR
上昇[OR = 6.2(1.4-27.9)].流産は増加せず.
34)
38)
Bowen and Hannigan
39)
曝露濃度不明
2006 (総説)
トルエンその他各種溶剤に
曝露された.濃度記述ナシ
Testud et al.
2010
Hannigan and Bowen40)
2010 (総説)
FR, OR, RR:( )内はいずれも 95%信頼区間.
トルエン乱用者に見られる生殖毒性についての総説.動物モデルの重要性を強調.
溶剤曝露群 206 例と対照群 206 例の比較.流産頻度・妊娠期間・胎児出生時体重
いずれも有意差ナシ.
総説.トルエンその他の溶剤の乱用者に見られる生殖毒性についての総説.
産衛誌 55 巻,2013
224
これらの論文に基いて閾値を考察することは出来ないと
判断した.
4.結語
色覚異常に関して現在の許容濃度 50 ppm の変更を必
要とする根拠を見いだせなかった.生殖毒性に関しても
新たな許容濃度を提案出来る根拠を見出し得なかった.
従って当面現在の許容濃度(50 ppm)を維持すること
43)
とする.因みに DFG(ドイツ)の MAK 値(2011)
は 50 ppm のまま変更されていない.
文 献
1)American Conference of Governmental Industrial
Hygienists. TLVs® abd BEI® with 7th Edition
Documentation CD-ROM, ACGIH, Cincinnati, OH, 2011
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225
ヘキサクロロブタジエン
Cl2C=C2Cl2=CCl2
[CAS No.87-68-3]
3
許容濃度 0.01 ppm(0.12 mg/m )(皮)
1.別名
Hexachloro-1,3-butadiene, 1,3-hexachlorobutadiene,
1,1,2,3,4,4-hexachloro-1,3-,butadiene, perchlorobutadiene
2.物理化学的性質
1-3)
沸点 212 ∼ 215℃.融点−18 ∼−21℃.密度 1.55 ∼
1.68 g/cm3(20℃).分子量 260.76.水にはわずかに溶
けるのみであるが(水溶解度 2 ∼ 5 mg/l),エーテル(ジ
エチルエーテル)およびアルコール(エタノール)とは
混和し得る.常温および常圧においては非引火性,不
燃性(発火温度 610℃)の無色透明の液体である.多
少揮発性があり(蒸気圧は 100℃で 22 mmHg,20℃で
0.15 mmHg),ほのかなテレビン油のような匂いがある.
3.用途
1-3)
様々な有機物質の溶媒,殺虫剤,ジャイロスコープの
流体,熱伝達物質,水圧機械装置の作動液,ゴム化合物
を含む化学物質中間体,燻蒸剤として,また塩素プラン
トの塩素含有ガスの再生利用に使用されてきた.EPA
の報告(1982)によれば,年間 2,800 万ポンド(1,270
万トン)のヘキサクロロブタジエンが,テトラクロロエ
チレンなどの有機塩素化合物の合成の際の廃棄物として
生成され焼却等により処理されており,その一般環境の
汚染が指摘されている.
4.吸収,体内分布,代謝,排出 3,
4)
吸入や経口摂取,あるいは経皮的に体内に吸収され
る.ラット,マウスでは主に肝臓,腎臓,脂肪組織に分
布する.代謝にあたっては,まず肝で S- グルタチオン
抱合されて 1-(glutathione-S-yl)-1,2,3,4,4-pentachloro-1,3butadiene(GPB)となり,胆汁へ排出される.GPB の
一部は,そのままあるいは 1-(cystein-S-yl)-pentachloro1,3-butadiene(CPB) な い し 1-(N-acetylcystein-S-yl)
-pentachloro-1,3-butadiene(ACPB) と し て 腸 管 よ り
再吸収される.これらの化合物が,腎において cystein
conjugate β -lyase により代謝されて反応性の硫黄代謝
物(trichlorovinyl-chlorothioketene) と な る. こ れ が,
おそらく下記に述べる腎毒性の原因であると推定されて
いる.
産衛誌 55 巻,2013
226
以上で認められた.これより,NOAEL は雄で 10 ppm
5.実験動物における毒性
1)急性毒性
4, 5)
3)
(食事量から摂取は 1.8 mg/kg/day と換算)とされた .
単回の経口投与試験において,主要な標的臓器は腎
雌については 1 ppm(同 0.2 mg/kg/day)でも腎の変
臓であり,肝臓には弱い影響が認められた.LD50 は
化が推定され,NOAEL が求められなかったとされた.
200-580 mg/kg と の 報 告 が あ る. 離 乳 し た ば か り の
4)
Kociba ら(1977) によれば,雌雄のラットに 0, 0.2,
生 後 21-22 日 の ラ ッ ト で は LD50 は 雄 65 mg/kg, 雌
2, 20 mg/kg/day を約二年間混餌投与した長期投与毒
46 mg/kg であり,若いラットに対しては成獣よりも強
性試験において,高用量群(20 mg/kg/day)で腎尿細
い毒性を示した.急性中毒死は通常腎毒性の結果と考え
管の腺腫および腺癌を含む多様な影響が認められた.ま
られている.
た,中用量群(2 mg/kg/day)以上では腎尿細管の過形
2)亜慢性毒性
成が認められた.しかし,低用量群(0.2 mg/kg/day)
マウスにおいて 87-116 mg/kg,成獣ラットにおいて
反復投与毒性試験においても,主な標的臓器は腎臓で
あった.用量依存性の影響として腎臓の相対重量の低
下,尿細管上皮の変性などが認められた 3).
3)慢性毒性・発がん性
では影響が認められなかった.
9)
Van Duuren ら(1979) の研究では,アセトンに溶
解したヘキサクロロブタジエン 6.0 mg をマウスに長期
Gage(1970)6)はラットにおいて短期間の反復吸入曝
経皮投与して剖検したところ,皮膚,肝臓,胃,腎臓の
露を行った.曝露濃度と曝露期間は 5, 10, 25 ppm では
腫瘍の増加は認められなかった.ヘキサクロロブタジエ
6 時間× 15 回,100 ppm では 6 時間× 12 回,250 ppm
ン経皮投与 14 日後にプロモーターを経皮投与した場合
では 4 時間× 2 回であった.25 ppm 以上の群において
も,乳頭腫の有意な増加は認められなかった.
は,呼吸困難や腎近位尿細管の変性や肥大,腎臓上皮の
4)生殖毒性 4,
7, 10)
変性等が認められた.100 ppm 以上では体重減少,眼・
生殖毒性試験として 2 件のラット混餌投与試験が行
鼻への刺激が生じた.250 ppm では副腎皮質の変性も
われ,用量はそれぞれ 0, 7.5, 75 mg/kg/day(食餌摂取
認められた.10 ppm では雌の体重増加の遅れのみが認
量 10 g/day,体重 0.2 kg とした場合)および 0, 0.2, 2,
められ,5 ppm では影響は認められなかった.なお,
20 mg/kg/day で あ っ た.7.5 お よ び 20 mg/kg/day で
3
濃度 1 ppm の空気 1 m 中に存在するヘキサクロロブタ
−6
ジエンの体積 V は= 1 × 10
m3 = 1 × 10−3 リットル
出生児および新生児の体重低下が認められた.75 mg/
kg/day では着床が認められなかった.これらの用量で
であり,この報告の実験条件 20℃,1 気圧の場合,その
は母ラットにも毒性が認められた.
質量 w(g)は,気体方程式 PV = w / M × RT(P:
5)催奇形性 3,
気圧 1 atm,M:分子量 260.76,R:気体定数 0.0821,T:
11, 12)
2 件の催奇形性試験が行われた.妊娠後 6 ∼ 20 日の間,
0
絶対温度 293.15 K)を用いて,0.010834476 g となるの
3
母ラットに 0, 21, 53, 107, 160 mg/m を吸入曝露した
3
で,1 ppm ≒ 10.83 mg/m と計算される.
ところ,最高濃度群(15 ppm)において胎児の出生時
7)
Harleman と Seinen(1979) によれば,投与量 0, 0.4,
体重が減少したが,催奇形性は認められなかった.妊娠
1.0, 2.5, 6.3, 15.6 mg/kg/day のラット 13 週間混餌投与
後 1 ∼ 15 日の間,母ラットに 10 mg/kg/day を腹腔内
試験において,腎近位尿細管の変性が見られる最低用
投与したところ,胎児の心臓発育の遅れ,尿管の拡張等
量は雄 6.3 mg/kg/day, 雌 2.5 mg/kg/day であり,した
が認められたが,著しい奇形はなかった.
がって NOAEL は雄 2.5 mg/kg/day, 雌 1.0 mg/kg/day
6)遺伝毒性 2,
であった.
3)
通常のラットやハムスターの肝 S9 を用いた Ames 試
8)
Schwetz ら(1974) によれば,ヘキサクロロブタジ
験では陰性だが,グルタチオン抱合生成物が生じやすい
エンを 0.3-30 ppm(重量比)含有する食餌をウズラに
特別な条件下では遺伝子突然変異を誘発する.チャイ
90 日間投与したところ,何も有害影響は認められなかっ
ニーズ・ハムスター卵巣細胞において,ヘキサクロロブ
た.NOEL は 5-6 mg/kg/day より大きいとしている.
タジエンは姉妹染色分体交換を誘発した.ショウジョウ
2)
米 国 の National Toxicology Program(1991) は
バエにおいて伴性劣性致死性突然変異の誘発はなかっ
B6C3F1 マウスにおける 2 週間および 13 週間の混餌投
た.
与試験を行った.2 週間の試験では,食餌中濃度は 0,
7)刺激性・腐食性
30, 100, 300, 1000, 3000 ppm(重量比)であり,高用
WHO(1994)3) によれば,動物データに基づくと,
量の群では死亡,腎尿細管細胞の壊死,ほかに肝細胞の
ヘキサクロロブタジエンの気体は粘膜を刺激し,液体は
壊死等多様な影響が認められた.13 週間の試験では食
腐食性があるとしている.
餌中濃度は 0, 1, 3, 10, 30, 100 ppm で,腎尿細管細胞
の再生像が,雄では 30 ppm 以上で,また雌では 1 ppm
産衛誌 55 巻,2013
227
象とする疫学データの蓄積が期待される.
6.ヒトにおける影響
3)
WHO(1994) によれば,ヘキサクロロブタジエン
を燻蒸剤として使用していた農作業者の間で疾患が 2 件
9.諸外国の許容濃度等
報告されているが,この作業者らは他の物質にも曝露
ACGIH5) は,上記の Kociba ら(1977)4) のラット長
されていた.また,ヘキサクロロブタジエンの製造に従
期投与毒性試験の結果から,NOAEL を 0.2 mg/kg/day
事していた作業者らの末梢血液のリンパ球中の染色体異
3
とし,これを 8-hour TWA 1.4 mg/m (約 0.13 ppm)
常頻度の増加が認められ,この作業者らは 1.6-12.2 mg/
に換算し,さらに,これに基づきヘキサクロロブタジエ
3
m (注:0.15-1.13 ppm)の濃度に曝露されていたと報
3
ン の TLV-TWA 値 を 0.02 ppm(0.21 mg/m ) と 1980
告されている(いずれも詳細が不明).
年に提案した(算出法の詳細は記載がない).同様に,
13)
Staples ら(2003) によれば,産業廃棄物処分場の
米国 NIOSH は REL(TWA)値を 0.02 ppm(0.24 mg/
すぐ近くで,ヘキサクロロブタジエンが室内で検出さ
m3)とした 16).諸外国の職業曝露の許容濃度(TWA
れ,平均濃度が 0.6 ppb(UK Committee on Toxicity
値)は,オーストラリア,ベルギー,デンマーク,アイ
の定める一般基準)を超える住居の住民のうち 70 名に
ルランド,オランダ,スイスで 0.02 ppm であり,チェ
ついて,これらの住民の自宅からの避難(約 10 ヶ月)
3
コ ス ロ バ キ ア は TWA 値 を 0.25 mg/m ,STEL 値 を
の前後で,近位尿細管障害マーカー(尿中 α -glutathione
0.5 mg/m3,ロシアは STEL 値を 0.005 mg/m3 と定めて
‒S-transferase α GST ほか)や遠位尿細管障害マーカー
いる 16).
(尿中 π GST)の有意な改善を認めた.この近位尿細管
な お, 一 般 人 口 向 け の 基 準 値 で あ る が,ATSDR
障害の所見は動物実験(上記)と同様であるが,遠位尿
(1994) は米国 National Toxicology Program(1991)
細管障害の所見は一致しない.
1)
2)
によるマウスにおける 13 週間反復投与試験の LOAEL
0.2 mg/kg/day に基づき,不確実性係数 1000(種間外
挿に伴い 10,LOAEL の使用に伴い 10,ヒトの種内の
7.発がん性
ヒトにおける発がん性について参照できるデータはな
感受性のばらつきを考慮して 10)として MRL(最小リ
い.世界の各機関による発がん性評価は次のとおりであ
スクレベル:特定の期間曝露されてもがん以外の有害
る.IARC 発がん性評価では Group 3[発がん性の評価
影響を与える実質的なリスクがないであろうヒトに対
14)
ができない物質] ,US EPA 発がん性評価では C[動
する一日曝露量の推定値)を 0.0002 mg/kg/day と算出
物実験で発がん性を証明する限られたデータがある物
3)
している.一方,WHO(1994) は同じマウスの 13 週
15)
質] ,ACGIH 発がん性評価では A3[動物実験で発が
5)
ん性が認められた物質] と分類されている.
間反復投与試験データ
2)
について,0.2 mg/kg/day は
LOAEL でなく NOAEL であるとし,また,別のラット
におけるがん原性試験の NOAEL 0.2 mg/kg/day も勘
案して,毒性が体重比の 0.25 乗に比例するというモデ
8.提案
経口試験で定めることができた NOAEL は,上記の
4)
ルに従い,動物における NOAEL を[{(0.03 または 0.4)
Kociba ら(1977) の 0.2 mg/kg/day が 最 も 低 い. 不
÷ 70}の 0.25 乗 ] 倍 し て, ヒ ト に お け る NOAEL を
確実係数(ラット→ヒト)を 10 とした上で,成人体重
0.03-0.05 mg/kg/day と外挿している.
60 キロに換算すると 1.2 mg/day となる.吸気からの
3
吸収率を 100%,作業時間内呼吸量 10 m として,呼吸
によりこの値に達するに必要な気中濃度は,1.2/10 =
0.12 mg/m3 ≒ 0.01 ppm と な る. 一 方,Gage(1970)6)
の吸入試験のデータでは,NOAEL が 5 ppm となるの
で,同じ不確実係数であれば,ヒトでは 0.5 ppm となる.
従って,許容濃度(TWA 値)0.01 ppm を提案する.
2)
ただし,米国の National Toxicology Program(1991)
で は, 雌 マ ウ ス で 0.2 mg/kg/day で も 腎 尿 細 管 の 再
生像が観察されていること,また 0.6 ppb 超でもヒト
の腎機能影響が推定されていることから
13)
,許容濃度
(TWA 値)をさらに低くするべきか,今後検討が必要
である.また,経皮吸収が無視できないため「皮」を付
す.なお,ヒトにおける知見がないため発がん性および
感作性を考慮することができなかった.今後,ヒトを対
文 献
1)US Agency for Toxic Substances and Disease Registry.
Toxicological Profile for Hexachlorobutadiene, 1994.
2)US National Toxicology Program. NTP report on the
toxicity studies of hexachloro-1,3-butadiene in B6C3F1
Mice (Feed Studies) (CAS No.87-68-3), NTP TOX1 NIH
Publication No.91-3120, 1991.
3)WHO. Hexachlorobutadiene, Environmental Health
Criteria 156, 1994.
4)Kociba RJ, Schwetz BA, Keyes DG, et al. Chronic toxicity and reproduction studies of hexachlorobutadiene
in rats. Environ Health Perspect 1977; 21: 49-53.
5)ACGIH. Hexachlorobutadiene, Documentation of the
Threshold Limit Values and Biological Exposure
Indices, 7th Ed. 2001.
6)Gage JC. The subacute inhalation toxicity of 109 indus-
産衛誌 55 巻,2013
228
trial chemicals. Br J Ind Med 1970; 27: 1-18.
7)Harleman JH, Seinen W. Short-term toxicity and reproduction studies in rats with hexachloro-(1,3)-butadiene.
Toxicol Appl Pharmacol 1979; 47: 1-14.
8)Schwetz BA, Norris JM, Kociba RJ, Keeler PA, Cornier
RF, Gehring PJ. Reproduction study in Japanese quail
fed hexachlorobutadiene for 90 days. Toxicol Appl
Pharmacol 1974; 30: 255-65.
9)Van Duuren BL, Goldschmidt BM, Loewengart G, et
al. Carcinogenicity of halogenated olefinic and aliphatic
hydrocarbons in mice. J Natl Cancer Inst 1979; 63:
1433-9.
10)Schwetz BA, Smith FA, Humiston CG, Quast JF,
Kociba RJ. Results of a reproduction study in rats
fed diets containing hexachlorobutadiene. Toxicol Appl
Pharmacol 1977; 42: 387-8.
11)Hardin BD, Bond GP, Sikov MR, Andrew FD, Beliles
RP, Niemeier RW. Testing of selected workplace chemicals for teratogenic potential. Scand J Work Environ
Health 1981; 7 (Suppl 4): 66-75.
12)Saillenfait AM, Bonnet P, Guenier JP, de Ceaurriz J.
Inhalation teratology study on hexachloro-1,3-butadiene
in rats. Toxicol Lett 1989; 47: 235-40.
13)Staples B, Howse ML, Mason H, Bell GM. Land contamination and urinary abnormalities: cause for concern? Occup Environ Med 2003; 60: 463-7.
14)IARC. Hexachlorobutadiene. IARC Monogr Eval
Carcinog Risks Hum 1999; 73: 277-94.
15)US EPA. Hexachlorobutadiene (CASRN 87-68-3), IRIS
Summary (on-line) 1991.
16)ACGIH. OEV List, TLVs and Other Occupational
Exposure Values - 2000 (CD-ROM)
インジウム化合物(無機,難溶性)
In
[CAS NO.7440-74-6]
発がん物質分類 第 2 群 A
1.物理化学的性質
インジウムリン InP(CAS
No.22398-80-7)は,分子
量 145.79(インジウム 78.75%,リン 21.25%),金属様
の外観を持つもろい塊であり,酸に僅かに溶ける
酸化インジウム In2O3(CAS
1, 2)
.
No.1312-43-2)は,分子
量 277.63(インジウム 82.71%,酸素 17.29%),白色か
1)
ら淡黄色の粉末であり,水に不溶である .インジウ
ム・スズ酸化物(ITO)(CAS
No.50926-11-9)は,酸
化インジウムと酸化スズを約 9:1(最も多い),95:
5 あるいは 80:20 の割合で混合して焼結したものであ
る.黄色,黄緑色,灰黄色,灰色あるいは青色の固体あ
3)
るいは粉末であり,水に不溶である .インジウムヒ素
InAs(CAS
No.1303-11-3)は,分子量 189.74(インジ
ウム 60.51%,ヒ素 39.49%),金属様の外観を持ち,酸
に不溶である 1,
2)
.
2.使用用途と職業性曝露
インジウムリンは半導体,注入型レーザー,太陽電池,
4)
発光ダイオード(LED)等の製造に使用される .イン
ジウムリンの職業性曝露は,電子回路の工場において,
インジウムリンの結晶やインゴット,ウェーハの製造,
研磨や切断作業,部品製造,清掃作業に従事する労働者
におきる 5).
ITO は導電性があり透明度が高いため,ガラスやプ
ラスチックの表面に蒸着してタッチパネル,テレビやコ
ンピュータ,携帯電話の薄型ディスプレイ,ソーラーパ
3)
ネル等の製造に使用される .酸化インジウムは ITO
6)
製造の材料として使用される .ITO の製造・加工工
場では ITO や酸化インジウムに曝露される可能性があ
り,特に蒸着に使用する ITO ターゲット材の研磨・切
断工程で ITO の粉塵に曝露される可能性が高い.また,
蒸着工場では蒸着装置の清掃や ITO ターゲット材の再
加工の作業で ITO の粉塵に曝露される可能性がある.
また,インジウムは希少金属であるため,使用済みの
ITO ターゲット材などをリサイクルして使用している.
インジウムのリサイクル工場でもインジウム粉塵への曝
露が起こり,特に粉砕・加熱工程で高い曝露があること
が報告されている 7).
インジウムヒ素は半導体の材料 1)に使用される.
3.吸収・分布・排泄
ITO 製造工場で ITO の粉塵に曝露した労働者の肺に
産衛誌 55 巻,2013
229
粒子状の ITO が存在することが,分析型走査電子顕微
鏡による観察で確認されている
8, 9)
.インジウムリン粒
指標である KL-6 値や SP-D 値,SP-A 値の上昇を示す調
査報告があり
8, 15-20)
,ITO や酸化インジウムの曝露によ
子,ITO 研削粉および酸化インジウム粒子の吸入曝露
り,間質性肺炎を主体とした肺疾患が発生することが明
実験でも,ラットとマウスの肺に光学顕微鏡観察で粒子
らかにされている.また,米国でも ITO 製造工場の労
の存在が観察され,また,化学分析により肺にインジウ
9)
働者に肺胞蛋白症が発生したとする症例報告がある .
ムが検出されており,肺にそれらの粒子が沈着するこ
とが報告されている
4, 10-12)
.肺に沈着したインジウム
リンの半減期については,米国の National Toxicology
5.動物実験における発がん性に関する情報
イ ン ジ ウ ム リ ン の 粒 子 と ITO の 研 削 粉 に つ い て,
Program(NTP)のインジウムリン粒子の吸入曝露実
GLP 基準に従って実施されたラットとマウスを用いた
験でラットでは 262 ∼ 291 日,マウスでは 144 ∼ 163 日
吸入曝露による発がん性試験の報告があり 4,
4)
と報告されている .また,ITO については,ラットに
ウムリン
4)
はラットとマウスで,ITO
11)
11)
,インジ
はラットで発
ITO 研削粉を 13 週間吸入曝露した後,吸入を止めて 26
がん性が示されている.また,インジウムリン,ITO,
週間飼育したラットの肺のインジウム量を測定した結
インジウムヒ素の粒子はハムスターに気管内投与し長期
果,曝露中止時の 40%が残存していたと報告されてい
間観察した実験の報告があり
る
10)
.また,インジウムリン粒子の吸入曝露実験
4)
で
22-24)
,ITO23) のみで肺腺
腫の発生を認めている.
は 22 週間曝露した後 83 週間飼育したラット,21 週間
NTP4) は,雌雄各 50 匹のラット(F344 系)にイン
曝露した後 84 週間飼育したマウス,ITO 研削粉の吸入
ジウムリンの粒子を 0(対照群),0.03,0.1 および 0.3 mg/
曝露実験
11)
では 26 週間曝露した後 78 週間飼育したラッ
3
m (インジウムリンの濃度として)の濃度で 6 時間/日,
トの肺を光学顕微鏡で観察した結果,ほとんど全ての動
3
5 日/週,全身吸入曝露した.0.03 mg/m 群は,2 年
物に粒子の沈着が確認されている.従って,肺に沈着し
3
間(105 週間)曝露し,解剖した.0.1 と 0.3 mg/m 群
たこれらの粒子は粒子の状態で長く肺に滞留すると考え
は 13 週間の曝露で肺に強い傷害(慢性炎症,肺胞蛋白
られる.
症等)が発生したため,22 週間曝露した後,残りの期
肺から他の臓器・組織への移行については,インジウ
間は曝露をやめて飼育した.吸入チャンバー内で測定し
ムリン粒子,ITO 研削粉および酸化インジウム粒子の
たインジウムリンの粒子径(空気力学的質量中位径)は,
吸入曝露実験において縦隔リンパ節等の肺外リンパ節に
各濃度群とも 1.2 µ m であった.試験の結果,肺に細気
4, 10-2)
,肺に沈着した粒子
管支−肺胞上皮腺腫と細気管支−肺胞上皮癌の発生増加
がリンパ経路を通って肺外リンパ節に移行すると考えら
が雌雄とも認められ,雄には扁平上皮癌の発生もみられ
れる.リンパ経路を通しての移行については,インジウ
た(表 1).これらの肺の良性と悪性腫瘍の発生増加を
粒子の沈着が観察されており
ムリン粒子の腹腔内注射による報告もある
13)
.その他
もとに,雌雄のラットにおいてインジウムリンは発がん
の臓器については,ITO 研削粉を 26 週間吸入曝露した
性を示す明らかな証拠があると NTP は評価している.
ラットの臓器組織の化学分析の結果,脾臓,腎臓,肝臓,
また,副腎の褐色細胞種(雌雄)の発生増加,単核細胞
骨髄,膵臓,精巣,精巣上体,卵巣,血液にインジウム
白血病(雌雄),皮膚の線維腫(雄),乳腺の腺癌(雌)
が検出されたが,その濃度は肺の 1%未満であると報告
の僅かな発生増加がみられ,これらの腫瘍の発生増加も
されている
11)
.
曝露による影響であろうと NTP は考察している.腫瘍
難溶性インジウム化合物に曝露されると血液(血清)
以外の病変については,肺に異型過形成,慢性炎症,間
中のインジウム濃度が上昇することが,ITO 製造・加
質の線維化,肺胞蛋白症等が雌雄の全ての曝露群で発生
工工場,インジウムのリサイクル工場,酸化インジウム
増加している.
製造工場の労働者の症例報告や調査によって報告されて
8, 14-20)
NTP4) は,雌雄各 50 匹のマウス(B6C3F1 系)にイ
.日本産業衛生学会ではインジウムおよび
ン ジ ウ ム リ ン の 粒 子 を 0( 対 照 群 ),0.03,0.1 お よ び
インジウム化合物の生物学的許容値として,血清インジ
0.3 mg/m3(インジウムリンの濃度として)の濃度で 6
いる
ウム濃度 3 µ g/l を勧告している
21)
.
時間/日,5 日/週,全身吸入曝露した.0.03 mg/m
3
群は,2 年間(105 週間)曝露し,解剖した.0.1 と 0.3 mg/
4.ヒトへの影響
難溶性インジウム化合物の発がん性に関する疫学研究
の報告はない.
m3 群は 13 週間の曝露で肺に強い傷害(慢性炎症,肺胞
蛋白症等)が発生したため,21 週間曝露した後,残り
の期間は曝露をやめて飼育した.吸入チャンバー内で測
しかし,日本では ITO の製造・加工工場,インジウ
定したインジウムリンの粒子径(空気力学的質量中位
ムのリサイクル工場,酸化インジウム製造工場の労働者
3
3
径)は,0.03 と 0.1 mg/m 群 1.2 µ m,0.3 mg/m 群 1.3 µ m
における間質性肺炎や線維症の症例報告や間質性肺炎の
であった.試験の結果,肺の細気管支−肺胞上皮腺腫の
産衛誌 55 巻,2013
230
発生増加が雌に,細気管支−肺胞上皮癌の発生増加が雌
果,腫瘍の発生はみられなかった.腫瘍以外の病変につ
雄に認められた(表 2).また,肝臓腫瘍の発生増加が
いては,肺に炎症,間質の線維化,細気管支−肺胞上皮
雌雄に認められた(表 3).NTP は,雄マウスについて
の過形成,肺胞蛋白症様の病変がみられている.
は肺の悪性腫瘍および肝臓の良性と悪性腫瘍の発生増加
Tanaka ら
23)
は,雄のハムスターに ITO の粒子(粒
をもとに,雌マウスについては肺の良性と悪性腫瘍の発
子数中位径 0.95 µ m)を 0(対照群),3 および 6 mg/kg
生増加をもとに,インジウムリンは発がん性を示す明ら
の用量で 2 回/週,8 週間,気管内投与し,投与終了後
かな証拠があると評価している.また,雌マウスの肝腫
78 週まで経時的に解剖検査を行った.その結果,6 mg/
瘍の発生増加も曝露による影響であろうと NTP は考察
kg の用量で,肺の腺腫の発生が 40 週目の解剖で 8 例中
している.腫瘍以外の病変については,肺に肺胞蛋白症
1 匹,78 週目の解剖で 7 例中 2 匹にみられた(対照群に
と慢性炎症,胸膜の線維化と中皮細胞の過形成等が発生
発生はない).腫瘍以外の病変については,肺に細気管
増加している.
支−肺胞上皮の過形成,炎症,肺胞腔の拡張やコレステ
Nagano ら
11)
は,雌雄各 50 匹のラット(F344 系)に
3
ITO の研削粉を 0(対照群)
,0.01,0.03 および 0.1 mg/m
(ITO の濃度として)の濃度で 6 時間/日,5 日/週,全
3
リンクレフトの出現,間質の線維増殖等がみられてい
る.
Tanaka ら
24)
は,雄のハムスター 30 匹にインジウ
身吸入曝露した.0.01 と 0.03 mg/m 群は,2 年間(104
ムヒ素の粒子(粒子数中位径 3.9 µ m)を 0(対照群),
3
週間)曝露し,解剖した.0.1 mg/m 群は 26 週間曝露
1.27 mg/ 匹の用量で 1 回/週,15 週間,気管内投与し
で肺に強い傷害(肺胞蛋白症等)が発生したため,26 週
た後,生涯にわたって観察した.その結果,腫瘍の発生
間曝露した後,残りの期間は曝露をやめて飼育した.試
増加は認められなかった.腫瘍以外の病変については,
験に使用した ITO 研削粉は,ITO の板(酸化インジウ
肺胞蛋白症様の病変,細気管支−肺胞上皮の過形成,肺
ム 90.06%,酸化スズ 9.74%)を研磨して作製した.吸入
炎,肺気腫等の発生がみられている.
チャンバー内で測定した ITO 研削粉の粒子径(空気力学
3
3
Yamazaki ら
22)
は, 雄 の ハ ム ス タ ー に イ ン ジ ウ ム
的 質 量 中 位 径 )は,0.01 mg/m 群 1.8µ m,0.03 mg/m
ヒ素の粒子(粒子数中位径 1.58 µ m)を 0(対照群),
群 1.9 µ m,0.1 mg/m3 群 2.4 µ m であった.試験の結果,
4 mg/kg の用量で 2 回/週,8 週間,気管内投与し,投
肺の細気管支 - 肺胞上皮腺腫と細気管支 - 肺胞上皮癌の
与終了後 88 週まで経時的に解剖検査を行った.その結
発生増加が雌雄とも認められ,また,自然発生が稀な腫
果,腫瘍の発生はみられなかった.腫瘍以外の病変につ
瘍である腺扁平上皮癌が雌雄に,扁平上皮癌が雌に少数
いては,肺に炎症,間質の線維化,細気管支−肺胞上皮
例であるが発生した(表 4).また,肺の前腫瘍性病変
の過形成,肺胞蛋白症様の病変等がみられている.
である細気管支 - 肺胞上皮過形成の発生増加が雌雄とも
認められた.腫瘍以外の病変については,肺に線維化,
6.その他の情報(遺伝毒性,発がんメカニズム等)
炎症性細胞浸潤,肺胞蛋白症,胸膜の線維増生による肥
難溶性インジウム化合物の遺伝毒性については,イ
厚等が全ての曝露群で雌雄とも多くの動物に発生してい
ンジウムリン粒子の in vivo,ITO 粒子の in vivo と in
る.
vitro での小核試験の報告があり 4,
Nagano ら
11)
は, 雌 雄 各 50 匹 の マ ウ ス(B6C3F1
系)に ITO の研削粉を 0(対照群),0.01,0.03 および
3
0.1 mg/m (ITO の濃度として)の濃度で 6 時間/日,
5 日/週,2 年間(104 週間),全身吸入曝露した.試験
25)
,ITO 粒子は気管
内投与による in vivo 試験でラットのⅡ型肺胞上皮細胞
に小核の誘発が報告されている 25).
NTP4)は,インジウムリン粒子を 14 週間吸入曝露し
た雌雄のマウス(B6C3F1 系)の末梢血について小核の
に使用した ITO 研削粉は,上記のラットの試験と同様
出現頻度を調べた.その結果,小核を有する多染赤血球
であり,粒子径(空気力学的質量中位径)は吸入チャン
数が雄で増加した.しかし,雌では小核の増加が認めら
3
3
バー内で 0.01 mg/m 群 1.8 µ m,0.03 mg/m 群 2.1 µ m,
れないことから,インジウムリンに遺伝毒性があるとは
3
0.1 mg/m 群 2.4 µ m であった.試験の結果,腫瘍の明
確な発生増加はいずれの臓器にも認められなかった.腫
言えないと NTP は結論している.
Lison ら
25)
は,ITO の粒子(質量中位径 7 µ m)の小
瘍以外の病変については,雌雄とも肺に肺胞蛋白症が全
核誘発性を in vivo と in vitro 試験で調べた.in vivo
ての曝露群,炎症細胞浸潤と胸膜の線維増生による肥厚
試験では,ITO 粒子を雌ラット(Wistar 系)に 0(対
3
等が 0.03 と 0.1 mg/m 群で発生増加している.
Yamazaki ら
22)
は, 雄 の ハ ム ス タ ー に イ ン ジ ウ ム
照群),0.5 mg/ 匹(肺に炎症が起こらない用量)およ
び 2 mg/ 匹(肺に明瞭な炎症が起きる用量)の用量で 1
リンの粒子(粒子数中位径 1.06 µ m)を 0(対照群),
回気管内投与し,Ⅱ型肺胞上皮細胞における小核誘発を
3 mg/kg の用量で 2 回/週,8 週間,気管内投与し,投
調べた.その結果,肺に明瞭な炎症が起きる用量である
与終了後 88 週まで経時的に解剖検査を行った.その結
2 mg/ 匹群に有意な小核の出現頻度の増加を認めた.こ
産衛誌 55 巻,2013
231
表 1. インジウムリンのラットを用いた吸入曝露による 2 年間発がん性試験における肺腫瘍の発生匹数 4)
雄
曝露濃度(mg/m3)
検査動物数
細気管支−肺胞上皮腺腫
細気管支−肺胞上皮癌
細気管支−肺胞上皮腺腫+細気管支−肺胞上皮癌
扁平上皮癌
0
50
6
1
7
0
0.03
雌
0.1
50
13
10**
22**
0
a)
50
27**
8*
30**
0
a)
0
50
30**
16**
35**
4
50
0
1
1
0
0.3
0.03
0.1
50
7**
3
10**
0
a)
50
5*
1
6
0
0.3
a)
50
19**
11**
26**
0
a)22 週間曝露.
対照群と比較して,*:p≤0.05 で有意な増加,**:p≤0.01 で有意な増加(Poly-3 テスト).
表 2. インジウムリンのマウスを用いた吸入曝露による 2 年間発がん性試験における肺腫瘍の発生匹数 4)
雄
曝露濃度(mg/m3)
検査動物数
細気管支−肺胞上皮腺腫
細気管支−肺胞上皮癌
細気管支−肺胞上皮腺腫+細気管支−肺胞上皮癌
0
50
13
6
18
雌
a)
0.03
0.1
50
9
15**
23
50
7
22**
24
0.3
a)
50
13
13*
21
a)
0
0.03
0.1
50
3
1
4
50
6
6*
11*
50
10*
5
15**
0.3
a)
50
7
7*
14**
a)21 週間曝露.
対照群と比較して,*:p≤0.05 で有意な増加,**:p≤0.01 で有意な増加(Poly-3 テスト).
表 3. インジウムリンのマウスを用いた吸入曝露による 2 年間発がん性試験における肝臓腫瘍の発生匹数 4)
雄
曝露濃度(mg/m3)
検査動物数
肝細胞腺腫
肝細胞癌
肝芽種
肝細胞腺腫+肝細胞癌+肝芽種
0
50
17
11
0
26
雌
a)
0.03
0.1
50
24*
22*
1
40**
50
23
23**
0
37*
0.3
a)
50
32**
16
0
39**
0
50
12
6
0
18
a)
0.03
0.1
0.3
50
14
17**
0
28**
50
18
8
0
24
50
14
10
1
23
a)
a)21 週間曝露.
対照群と比較して,*:p≤0.05 で有意な増加,**:p≤0.01 で有意な増加(Poly-3 テスト).
表 4. ITO 研削粉のラットを用いた吸入曝露による 2 年間発がん性試験における肺腫瘍の発生匹数 11)
雄
3
曝露濃度(mg/m )
検査動物数
細気管支−肺胞上皮腺腫
細気管支−肺胞上皮癌
腺扁平上皮癌
扁平上皮癌
肺の悪性腫瘍 b)
肺の全ての腫瘍 c)
雌
a)
0
0.01
0.03
0.1
49
3
0
0
0
0
3
50
5
4
1
0
5*
10*
50
10*
5*
0
0
5*
15**
50
12*
5*
0
0
5*
16**
a)
0
0.01
0.03
0.1
50
1
0
0
0
0
1
49
5
1
1
1
3
8*
50
6
9**
0
0
9**
14**
49
7*
5*
0
1
6*
13**
a)26 週間曝露.
b)細気管支−肺胞上皮癌,腺扁平上皮癌または扁平上皮癌を持つ動物数.
c)肺の悪性腫瘍または細気管支−肺胞上皮腺腫を持つ動物数.
対照群と比較して,*:p≤0.05 で有意な増加,**:p≤0.01 で有意な増加(Fisher’s exact テスト).
れに対し,in vitro の試験では,F344 系ラットのⅡ型
な遺伝毒性メカニズムによるものと Lison らは考察して
肺胞上皮細胞に由来する株化細胞の培養液に ITO の粒
いる.
子を添加して培養したが,小核の出現頻度の増加が認め
なお,水溶性のインジウム化合物である三塩化イン
られなかった.この結果から,ITO 粒子の気管内投与
ジウムは,腹腔内注射によるマウスの骨髄を用いた in
によるⅡ型肺胞上皮細胞の小核誘発は,炎症性細胞と活
vivo 試験と CHL/IU 細胞を用いた in vitro 試験で小核
性酸素種(reactive oxygen species)を介する二次的
誘発が報告されている 26).
産衛誌 55 巻,2013
232
難溶性インジウム化合物による肺病変や発がんのメ
カニズムについて,インジウムリン粒子
27)
と ITO 粒
子 25)に関する実験報告がある.
Gottschling ら
27)
また,動物実験での腫瘍の発生増加が極めて低濃度ある
いは短期間の曝露で起きていること,また,ヒトの職業
性曝露でも動物と共通して肺疾患の発生が多く報告され
4)
は,NTP のインジウムリン粒子の
吸入曝露による 2 年間の発がん性試験とその 13 週間途
ていることから,難溶性インジウム化合物の発がん物質
分類を第 2 群 A とすることを提案する.
中解剖動物の雌ラットの肺組織を用いて,酸化的ストレ
スの指標であるinducible nitric oxide synthase(i-NOS)
,
cyclooxygenase-2(COX-2)
,glutathione-S-transferase
Pi(GST-Pi)および 8-hydroxydeoxyguanosine(8-OHdG)
8.諸機関における情報
日本産業衛生学会の許容濃度等の勧告
21)
では,イン
ジウムおよびインジウム化合物の生物学的許容値とし
の免疫組織化学染色を行い,インジウムリン曝露による
て,血清インジウム濃度 3 µ g/l(試料採取時期:特定せ
肺病変の発生への炎症に関連した酸化的ストレスの関
ず)としている.
与の有無について調べた.その結果,13 週間途中解剖
国際がん研究機関(International Agency for Research
動物では炎症の病巣部に i-NOS と COX-2 の発現増加が
on Cancer:IARC)の発がん性分類
5)
では,NTP によ
あり,2 年間の発がん性試験の動物では腫瘍以外の病変
るインジウムリンの発がん性試験の結果をもとに,イン
(炎症,異型過形成等)および腫瘍の両者の病巣部にこ
ジウムリンについてグループ 2A(ヒトに対して多分発
れら全ての酸化的ストレスの指標の発現増加が認められ
がん性がある物質)に分類している.IARC は,分類の
た.この結果から,インジウムリン粒子の吸入曝露によ
根拠として,ヒトにおける発がん性のデータはないが,
り酸化的ストレスを伴う肺の炎症が起こり,その結果と
動物実験で悪性の肺腫瘍の非常に高率な発生増加がラッ
して異型性過形成や腫瘍が発生したと Gottschling らは
トとマウスの雌雄,副腎の褐色細胞腫の発生増加がラッ
考察している.
トの雌雄,肝臓腫瘍の発生増加がマウスの雌雄にみら
Lison ら
25)
は,ITO 粒子の肺の上皮細胞と肺胞マク
ロファージに対する細胞毒性を in vitro 試験で調べた.
ラットのⅡ型肺胞上皮細胞に由来する株化細胞とラット
れ,かつ,これらの腫瘍の発生増加が極めて低濃度,短
期間の曝露で起きたことから,総合評価を 2A とした.
厚生労働省
28)
は,ITO 研削粉の吸入曝露による発が
の気管支肺胞洗浄液中の肺胞マクロファージに由来する
ん性試験の結果をもとに,インジウム・スズ酸化物等の
株化細胞を ITO 粒子(質量中位径 7 µ m)を添加した培
取扱い作業による健康障害防止対策の徹底について通達
養液で培養し,LDH の放出を指標にして細胞毒性を調
し,「インジウム・スズ酸化物等の取扱い作業による健
べた結果,肺胞マクロファージの株化細胞にのみ強い細
康障害防止に関する技術指針」の中で,インジウム及び
胞毒性がみられた.この結果から,ITO 粒子は肺の上
その化合物のうち,ITO の製造,使用,回収等の過程
皮細胞よりもマクロファージに強い細胞毒性を起こすと
で製造し,または取り扱う,ITO,金属インジウム,水
25)
は,酸化イ
酸化インジウム,酸化インジウム,塩化インジウム等で
ンジウム(質量中位径 6 µ m 以下),酸化スズ(質量中
あって吸入性粉塵であるものを対象として,取扱い作業
位径 0.7 µ m),および酸化インジウムと酸化スズの混合
における当面の作業環境の改善の目標とすべき濃度基準
物(焼結しない)について細胞毒性を in vitro 試験で
は,吸入性粉塵として 0.01 mg/m (インジウムとして),
調べた結果,酸化スズは細胞毒性を示さないこと,酸化
また,目標濃度以下となった作業場についても,曝露
インジウム,酸化インジウムと酸化スズの混合物は肺胞
が許容される濃度 3 × 10
マクロファージの株化細胞に細胞毒性を示すがその程度
ては,作業環境を改善するため必要な措置を継続的に講
は ITO に比較して弱いことから,焼結して ITO とする
じ,できる限り空気中のインジウムの濃度を低減させる
ことによって細胞毒性が増強すると報告している.
ことが望ましいとしている.
Lison らは結論している.また,Lison ら
3
−4
mg/m3 を超える場合にあっ
ACGIH)29) は, 発 が ん 性 分 類 を 行 っ て い な い が,
7.発がん性分類の提案
難溶性インジウム化合物の発がん性に関する疫学研究
からの証拠はない.しかし,動物実験では,インジウム
リンについては吸入曝露により悪性を含む肺腫瘍の発生
増加がラットとマウスの雌雄,肝臓腫瘍の発生増加がマ
ウスの雌雄に認められ,また,ITO についても吸入曝
露により悪性を含む肺腫瘍の発生増加がラットの雌雄に
認められている.従って,難溶性インジウム化合物の動
物実験からの発がん性の証拠は十分であると判断する.
TLV(Threshold Limit Value)を TWA として 0.1 mg/
m3(インジウムとして)と勧告している.
文 献
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産衛誌 55 巻,2013
234
2)
(ICR)マウスに 5 g/kg を単回経口投与した .投与 2
二酸化チタンナノ粒子
TiO2
[CAS No.13463-67-7]
3
許容濃度 0.3 mg/m
週後の雌マウスにおいて,Ti は主に,肝臓,腎臓,脾
臓および肺に蓄積し,3 群の比較では,80 nm TiO2 投
与群では肝臓で最も高く,25 nm TiO2 および 155 nm
TiO2 投与群では脾臓で最も高かった.
van Ravenzwaay ら
3)
は, ナ ノ TiO2( 一 次 粒 径:
2
20-33 nm,比表面積:48.6 m /g)または顔料グレード
1.物理化学的性質・用途・同義語
TiO2(粒子サイズ中央値:200 nm)を各々 88 mg/m3,
名 称:酸化チタン(IV)
274 mg/m3 の重量濃度にて雄性 Wistar ラットに 5 日間
別 名:二酸化チタン,チタニア
化 学 式:TiO2
連続鼻部吸入曝露を行い,組織内の Ti を測定した.両
酸化チタンには,アナターゼ(Anatase;鋭錐石),
む脳において Ti が検出されなかったが,縦隔リンパ節
分 子 量:79.9
サイズの TiO2 とも,肝臓,腎臓,脾臓および嗅球を含
4)
は,ナノ TiO2(平
ルチル(Rutile;金紅石),ブルカイト(Brookite;板チ
では,Ti が検出された.Wang ら
タン石)の 3 種の結晶形態がある.このうち,工業的に
2
均 1 次粒径:71 nm,比表面積:23 m /g)またはファ
利用されているのはルチルとアナターゼで,ブルカイト
2
イン TiO2(平均 1 次粒径:155 nm,比表面積:10 m /g)
は工業面の利用はない.
の 500 µ g/ 匹を雌 CD-1 マウスに,隔日に,15 回鼻腔内
外観としては,無色∼白色の結晶性粉末であり,密
3
度は 3.9 ∼ 4.3 g/cm ,沸点
2,500 ∼ 3,000℃,融点は
1,855℃,難溶性の粒子である.
注入,脳組織における ICP-MS により Ti レベルを測定
した.Ti レベルは海馬で最も高く,次いで嗅球で高く,
小脳および大脳皮質で検出された.
対 象 と し た 二 酸 化 チ タ ン ナ ノ 粒 子 は,1 次 粒 径 が
1-100 nm までの二酸化チタン粒子である.
3.人の健康影響
1)致死量
二酸化チタンナノ粒子の致死量に関する報告はない.
2.体内動態
作業環境・作業状況から考えて,労働者は主に経気道
2)症例報告
的に曝露される.よって,気管内注入試験や吸入ばく露
皮膚刺激性に関する症例報告があり,著明な影響は認
試験による肺内保持や臓器移行に関する報告を以下に示
めなかった 5).3 種類の二酸化チタンナノ粒子(T805(平
す.
均一次粒子径:20 nm),Eusolex T-2000(一次粒子の
ナノ粒子の肺内保持量は,従来のミクロン粒子と著
明な差がないことが報告されている.Ferin ら
1)
は,
F344 ラットに,平均 1 次粒径が 21 nm と 250 nm の二
3
3
平均サイズ:10-15 nm,二次凝集体サイズ:100 nm),
Tioveil AQ-10P(サイズ:100 nm))を 4%含有したエ
2
2
マルジョン 4 mg/cm (TiO2 として 160 µ g/cm )をボ
2
6,7)
酸化チタンを各々 23.5 ± 3.2 mg/m ,23.0 ± 4.1 mg/m
ランティアの前腕 11.3 cm に 6 時間塗布した
の濃度で,12 週間にわたり吸入曝露し,肺内沈着量を
の粒子サイズ,形状および表面修飾は皮膚吸収に影響
測定し,両者に著明な差異を認めなかった.排泄に関し
を及ぼさなかった.微粉末化 TiO2 は角質層の最も外
ては,難溶性の粒子であるため,血中には溶出しにく
.TiO2
側面に沈着し,角質層の深部では観察されなかった.
い.よって,肺胞でマクロファージに貪食後,大半は
二酸化チタンナノ粒子(T805(平均直径:約 20 nm)
mucociliary escalator にて気道から排泄され,一部は,
2
3 % 含 む 水 / 油 エ マ ル ジ ョ ン 2 mg/cm (TiO2 と し て
リンパ管からリンパ節へと移動する.排泄は,ミクロン
60 µ g/ cm2)を,3 人の健康な女性ボランティアの上腕
粒子と比較してナノ粒子では遅延することが報告されて
2
部 11.3 cm に 5 時間塗布した.TiO2 は皮膚を通過せず,
いる.Ferin ら
1)
は,上記の 2 種類のサイズの異なる二
酸化チタン吸入曝露試験において,二酸化チタンのクリ
アランスを計測し,21 nm の粒子の肺内の半減期は 501
角質層の最外側に蓄積した.
生殖毒性,遺伝毒性,発がん性に関する報告はない.
3)疫学調査
日と,250 nm の粒子の半減期の 174 日に比べ,ほぼ 3
二酸化チタンナノ粒子の臓器毒性,生殖毒性,遺伝毒
倍に遅延した.よって,肺内滞留性は,ナノ粒子がミク
性,発がん性,刺激性,感作性などに関する報告はない.
ロン粒子より高いことが伺える.
他臓器への移行に関しては,肝臓,腎臓,脾臓,脳な
どに沈着したことが報告されている.サイズの異なる 2
種類のナノ TiO2(一次粒径:25 nm または 80 nm)ま
たはファイン TiO2(一次粒径:155 nm)を,雌雄 CD-1
4.動物における毒性情報
1)致死量
経口試験にて LD50 が 5,000 mg/kg 体重以上であり,
5)
著明な急性毒性は認められていない .吸入曝露試験や
産衛誌 55 巻,2013
235
皮膚曝露試験での報告はない.また,皮膚や眼への刺激
5)
性は認められなかった .
(2)皮膚毒性
Adachi ら
14)
は,10%ナノ TiO2(アナターゼ型,比
2
表面積:236 m /g,一次粒子径:26.4 ± 9.5 nm)を含
2)急性毒性実験
(1)肺毒性
むエマルジョン(凝集径:391.6 ± 222 nm)をヘアレス
気管内注入試験では,粒径を比較した報告が多く,ナ
2
ラットに 0.4 mg/cm (TiO2)の用量で 4 時間塗布し,
ノ粒子のように粒径が小さくなると,炎症や線維化能が
24,72,168 時間後に Ti 粒子と形態的観察を行った.
亢進した.
Ti 粒子は,角質層上層や毛包漏斗部角質層には認めら
8)
は, 一 次 粒 径 20 nm( 比 表 面 積
れたが,生細胞領域には観察されなかった.皮膚の病理
50 m2/g)および 250 nm(比表面積 6.5 m2/g)のアナ
学的所見においては,形態的変化は認められず,さらに
ターゼ型 TiO2 粒子を雄性 F344 ラットに 500 µ g/ 匹を
免疫染色によるアポトーシス細胞の増加も認められな
Oberdörster ら
気管内注入し 24 時間後に肺内炎症を検討した.20 nm
注入群では,BALF 中の総細胞数,マクロファージ数,
好中球割合はいずれも対照群と比較して有意に高く,
かった.
(3)遺伝毒性
代表的な試験である細菌を用いた復帰突然変異試験,
250 nm 注入群と比べてより重度の炎症反応を引き起こ
染色体異常試験,小核試験を含め多くの試験が行われてい
した.
るが,複数の遺伝毒性を有する報告が認められた(表 1)
.
Renwick ら
9)
は, 一 次 粒 径 29 nm の TiO2 粒 子 お
細菌を用いた復帰突然変異試験(エイムス試験)に関
よ び 一 次 粒 径 250 nm の TiO2 粒 子 を Wistar 系 雄 性
しては,ネズミチフス菌(TA97 株,TA98 株,TA100
ラットに,500 µ g/ 匹を気管内注入し,24 時間後の炎
株,TA102 株,TA1535 株,TA1537 株,) 大 腸 菌
症 反 応 を 調 べ た.BALF 中 の 好 中 球 比 率,γ -glutamyl
(WP2urvA 株)を用いて,UV/vis 照射または S9 の有
15,16)
transpeptidase(γ -GTP)活性,タンパク濃度,LDH 濃
無にかかわらず陰性であった
度は,粒径 29 nm 注入群のみ,有意な増加が認められ
告は,二酸化チタンの中で炎症誘発能が強い P25 を用
た.
いた試験であった.ほ乳類培養細胞を用いた染色体異
Sager ら
10)
は,雄性 F344 ラットに,一次粒径 21 nm
.3 報告のうち 2 報
常試験では,チャニーズ・ハムスター肺線維芽細胞と
の TiO2 ナノ粒子(P25)1.04 mg/ 匹を気管内注入し,
チャニーズ・ハムスター卵巣細胞を用いた 3 報告のう
炎症能を検討した.BALF 中の好中球数,LDH,アル
ち,2 報告では陰性であったが,1 報告では,UV/vis 照
ブ ミ ン 濃 度, お よ び サ イ ト カ イ ン(TNF-α ,MIP-2,
射により陽性(照射なしでは陰性)となった
IL-2β など)濃度の有意な増加が持続した.また,粒径
delta 遺伝子や hprt 遺伝子の遺伝子突然変異性試験で
1 µ m の TiO2 粒子(ルチル型)を,TiO2 ナノ粒子と同
は,陽性および陰性の結果が認められた.これらの染色
等の表面積用量を気管内注入し,肺の炎症反応を比較し
体異常試験と同等と考えられるマウスリンフォーマ TK
た結果,TiO2 ナノ粒子(P25)の方がより低い用量(重
試験では,陰性であった
量)で大きな変化が見られた.
.gpt
15,16)
.ヒトのリンパ球を用い
た試験も含む in vitro の小核試験や姉妹染色分体交換試
は,ナノ粒子を含む粒径の異なる 4
験では陽性の結果が多く認められた 15,16,17).in vivo の
種類の TiO2 粒子(P25,一次粒径 300 nm のルチル型
遺伝毒性試験において小核試験は,1 報告のみで,P25
ロッド形状をしたアナターゼ型 TiO2 粒子(nano rod),
球にて陽性が認められた 18,19).
dot))をラットに 1 および 5 mg/kg 気管内注入をして,
所見を示したことから遺伝毒性を有すると考える.但
3 ヶ月間の観察期間で炎症を検討し,P25 のみで持続性
し,この遺伝毒性は,核内に直接的に作用するのではな
炎症を示したが,他の 3 種類の粒子では,軽微または一
く,二酸化チタンによるフリーラジカル産生による二次
過性の炎症であった.
的な反応と考えられる.これは,二酸化チタンは,難溶
Warheit ら
11,12)
15,16)
TiO2 粒 子(R-100), 径 20-35 nm, 長 さ 92-233 nm の
一 次 粒 径 5.8-6.1 nm の ア ナ タ ー ゼ 型 TiO2 粒 子(nano
13)
総量 500 mg/kg を飲水投与した成熟雄マウス末梢赤血
以上の結果から in vivo 試験を含め複数の試験で陽性
は,一次粒径の違いが肺に及ぼす影
性であり,核内ではなく細胞質に局在すること,フリー
響を検討するために,3 種類のアナターゼ型 TiO2 粒子
ラジカルは細胞質内のミトコンドリアの障害により産生
ラットに気管内注入し,肺の炎症を検討した.いずれの
下に示す.
Kobayashi ら
(一次粒径 5,23,および 154 nm)5 mg/kg を雄性 SD
TiO2 粒子でも,注入後 1 週間あるいは 1 ヶ月時点まで
されることからである.フリーラジカル産生の報告は以
ナノサイズの二酸化チタン曝露によるマウス脳ミクロ
で回復する一過性の炎症反応であり,一次粒径の違いに
グリアへの障害性について in vitro で検討し,二酸化
よる反応の差異は認められなかった.
チタンナノ粒子(P25)曝露により,早期かつ持続性の
活性酸素種の増加が検出された 17).
産衛誌 55 巻,2013
236
表 1. 二酸化チタンナノ粒子の遺伝毒性
試験方法
In vitro
使用細胞種・動物種
復帰突然変異試験
P25:TA98 株,TA100 株,TA102 株
染色体異常試験
結果
15, 16)
−
P25:TA98 株,TA100 株,TA1535 株,TA1537 株,大腸菌 WP2urvA 株 15, 16)
−
二酸化チタン(直径< 40 nm)
:TA97 株 15, 16)
−
P25:CHL/IU 細胞
P25:CHO 細胞
15, 16)
UV/vis 照射(−)
UV/vis 照射(+)
15, 16)
−
8 種のナノサイズ TiO2:CHO-WBL 細胞
15, 16)
−
TiO2(Standard solution, Merck)CHO-K1 細胞 15, 16)
姉妹染色分体交換試験
TiO2(20 nm):CHO-K1 細胞
+
15, 16)
+
15, 16)
マウスリンフォーマ TK 試験
P25:マウス・リンパ腫細胞(L5178Y)
−
遺伝子突然変異性試験
1)TiO2 5 nm
gpt 遺伝子座位(欠失を含む) 2)TiO2 40 nm
3)TiO2 −320 mesh
15, 16)
gpt delta トランスジェニック・マウス由来の初代培養胚線維芽細胞(MEF)
遺伝子突然変異性試験
hprt 遺伝子座位
TiO2(6.57 nm,比表面積:148 m2/g)
:ヒト B 細胞リンパ芽球様株化細胞
15, 16)
(WIL2-NS)
小核試験
−
TiO2(Standard solution, Merk)
15, 16)
CHO-K1 細胞
+
TiO2(アルドリッチ社製 20 nm)
15, 16)
CHO-K1 細胞
+
二酸化チタン(アナターゼ:10 nm,20 nm)
15, 16)
ヒト気管支上皮細胞(BEAS-2B)細胞
+
ナノサイズルチル型,
ナノサイズアナターゼ型,
微小粒子ルチル型
ヒト気管支上皮細胞(BEAS 2B)15, 16)
−
+
−
15, 16)
+
15, 16)
ヒト lymphblastoid 細胞(WIL2-NS)
+
15, 16)
ヒト肺上皮細胞(A549)
+
ナノ粒子(アナターゼ)
15, 16)
ヒト lung diploid fibroblast cell[IMR-90]
,ヒト bronchial epithelial cell[BEAS-2B]
二酸化チタン(アナターゼ:10 nm,20 nm)
ヒト気管支上皮細胞(BEAS-2B)15, 16)
酸化的 DNA 損傷試験
(コメットアッセイ)
In vivo
酸化的 DNA 損傷試験
+
P25,UV-TITAN M160(170 nm)
ラット肝上皮細胞 15, 16)
P25:成人女性の末梢血リンパ球
酸化的 DNA 損傷試験
−
+
−
P25 0.15-1.2 mg 気管内投与後 90 日のラット肺
いずれも−
+
15, 16)
小核試験
P25:総量 500 mg/kg を 5 日間飲水投与した成熟雄マウス末梢赤血球
遺伝子欠失試験
P25:胎児期 Pun マウス 22)
−
15, 16)
+
+
−:陰性 +:陽性 ?:どちらとも言えない.
ミ ク ロ ン(Tioxide Europe 社 製 ) 及 び ナ ノ 粒 子
素の上昇は認められなかった 20).
(Degussa 社製)の二酸化チタンを用いて,ヒト肺胞上
二 酸 化 チ タ ン と し て P25 粒 子 を 用 い て 貪 食 細 胞 株
皮由来細胞(A549)にて酸化ストレスの早期の指標と
(RAW 264.7)にて活性酸素種産生の検討を行い,P25
して glutathione(GSH)を検討し,いずれの粒子の場
粒子(0.5 mg/l)は,非生物的(無細胞下)条件下では
合も GSH が低下したことを示した
18)
.
二酸化チタンナノ粒子(10-100 µ g/ml)を線維芽細
胞(NIH3T3 細胞,ヒト fibroblast HFW 細胞)に加え,
活性酸素種産生をもたらした
19)
.
二 酸 化 チ タ ン ナ ノ 粒 子( 粒 径 15 nm, 比 表 面 積
210 m2/g)が気管支上皮細胞(16HBE14o- 細胞,正常
自然に活性酸素種を産生するのに対し,RAW 264.7 細
胞の存在下では活性酸素種を産生しなかった 21).
(4)生殖毒性
有害性評価として有用な報告は認められなかった.
3)長期毒性実験
(1)肺への影響
ヒト気管支上皮細胞)に加え,フリーラジカルの産生能
亜急性から亜慢性の吸入曝露試験では,高濃度の場
を検討し,活性酸素種の産生は認められたが,過酸化水
合,肺の炎症を認めたことが報告されているが,二酸化
産衛誌 55 巻,2013
237
たラットおよびマウスでは,肺内のクリアランスが遅延
し,TiO2 粒子の overload が起きていることが示された.
3
3
一方,0.5 mg/m ,2 mg/m の濃度では,クリアランス
の遅延はなく肺炎症はほとんどないことが認められた
(表 2).
Morimoto ら
24)
は,ラットに二酸化チタンナノ粒子
5
3
(一次粒子 35 nm,ルチル型)を 2.8 × 10 個 /cm の平
均粒子個数濃度で 4 週間(6 時間 / 日,5 日 / 週),吸入
曝露を行い,肺内沈着量や肺病理学的所見の検討を行っ
た.二酸化チタンの半減期は 2.5 ヶ月,肺組織における
炎症反応,BALF 中の総細胞数や好中球の増加を認め
なかった.
図 1. 難溶性低毒性化学物質の用量(表面積)と腫瘍発生率 32)
図 1 は長期吸入曝露試験における肺腫瘍の発生率と難溶性低毒
性化学物質の表面積用量との関連を示している.表面積用量を
用いると一定の用量から急に肺腫瘍の発生率が上昇している.
低毒性の物質でも過剰投与すると肺腫瘍の発生率が増加するこ
とを示している.
(2)発がん性
長期の吸入曝露試験や気管内注入試験では,ラットに
おいて有意な腫瘍発生増加が認められている.
Heinrich ら
25)
は,二酸化チタンナノ粒子(P25)を
雌 Wistar ラットに 24 ヶ月間(18 時間 / 日,5 日 / 週)
3
チタンナノ粒子特有の影響というよりは,overload に
全身吸入曝露(平均重量濃度:10 mg/m )し,6 ヶ月
よる影響と考えられる(図 1).高濃度でなければ,炎
間の観察期間後,肺腫瘍発生を検討した.18 ヶ月後に
症は認められないか,認められても一過性であることか
最初の肺腫瘍発生がみられ,扁平上皮癌 3/100(非曝露
ら,炎症能は強くないことが考えられる.
群 0/217),腺腫 4/100(非曝露群 0/217),腺癌 13/100(非
Bermudez ら
23)
は,TiO2 ナノ粒子(P25)を用いて,
曝露群 1/217)で,腫瘍発生ラット数は 19/100 であり,
雌性 F344 ラット,雌性 B3C3F1 マウスおよびハムスター
非曝露群(1/217)より有意に高かった.同様に P25 を
3
に 0.5,2,および 10 mg/m の重量濃度で,13 週間(6
雌性 NMRI マウスに 13.5 ヶ月間全身吸入曝露(平均重
時間 / 日,5 日 / 週)の吸入曝露を行い,曝露終了後 4,
3
量濃度:10.4 mg/m )し,9.5 ヶ月間の観察期間の後,
13,26,および 52 週間(ハムスターでは 49 週)後に肺
肺腫瘍を検討した.TiO2 曝露マウスで観察された肺腫
3
の反応を測定した.10 mg/m の気中濃度に曝露した群
瘍は,腺腫(11.3%)と腺癌(2.5%)であり,腺腫と腺
では,BALF 中の総細胞数,その分画である好中球数,
癌を合わせた発生率は 13.8%と非曝露群のマウスでの発
マクロファージ数,リンパ球数,LDH やタンパク濃度
生率(30%)より低かった.
3
の有意な増加が認められたが,0.5,2 mg/m の気中濃
Thyssen ら
26)
は,8 週 齢 の 雌 雄 各 50 匹 の SD ラ ッ
3
度に曝露した群ではほとんど影響が認められなかった.
ト に 15.95 mg/m の TiO2 粒 子( 一 次 粒 子 径:99.9 %
3
なお,10 mg/m の曝露では,TiO2 粒子を吸入曝露し
が 0.5 µ m 以下)を 12 週間(6 時間 / 日,5 日 / 週)吸
表 2. 13 週間吸入曝露試験による BALF 所見 23)
Lactate Dehydrogenase (LDH) and Total Protein Concentrations in BAL Fluid from Mice, Rats, and Hamsters
Mice
Rats
Weeks postexposure
LDH (U/L)
Control
0.5 mg/m3
2 mg/m3
10 mg/m3
Protein (µ g/ml)
Control
0.5 mg/m3
2 mg/m3
10 mg/m3
Hamsters
Weeks postexposure
Week postexposure
0
4
13
26
52
0
4
13
26
52
0
4
13
26
49
53
42
38
87
38
46
48
103*
37
41
45
120*
35
60
45
63
28
45
35
72
24
26
29
122*
29
32
36
112*
29
29
26
83*
34
27
25
50
30
28
25
33
26
26
27
24
25
27
26
27
26
29
28
22
18
21
20
17
6
11
14
9
92
92
67
257*
91
82
85
256*
69
80
89
274*
68
97
92
169*
115
129
98
206*
83
111
104
236*
79
80
102
223*
88
81
90
133
97
98
100
138
125
116
89
149
95
106
86
118
100
91
104
113
102
94
155
134
142
138
132
143
145
119
191
143
*Significantly different from concurrent control, p<0.05.
産衛誌 55 巻,2013
238
入曝露し,実験開始後 140 週に腫瘍誘発性を検討した.
3
物曝露試験では,10 mg/m の長期吸入ばく露により,
140 週後の死亡率は雄で 88%,雌で 90%であった.気
ラットでは肺腫瘍の発生が増加したがマウスでは増加し
道に腺腫および扁平上皮乳頭腫が雄の各 1 例の気道に中
なかったことから,ラットにおける発がんは overload
等度から重篤な炎症を伴って観察され,細気管支肺胞腺
により慢性炎症から上皮化生を由来するラット特有のも
腫が雌 1 例に観察された.生存率および腫瘍発生率に
のであると考えられるので,採用しない
TiO2 曝露による影響は認められず,TiO2 の発がん性を
3
らの亜慢性試験(13 週間)において,2 mg/m の曝露
示す所見も示されなかった.
気 管 内 注 入 試 験 で は,Pott ら
27)
は,8-9 週 令 の 雌
性 Wistar ラ ッ ト に 2 種 類 の TiO2 粒 子(P25,AL23;
平均一次粒子径 200 nm 以下,アナターゼ,比表面積
2
30)
.Bermudez
濃度は,overload ではないこと,肺にほとんど影響も
30)
ないことから NOAEL と考えた.Workshop report
に基づいて種差の不確実係数を 3 としたこと,さらに曝
露期間が短いことによる不確実係数を 2 とする
31)
と,
9.9 m /g)を複数回気管内注入し,肺腫瘍の発生率を
3
ヒトに影響を及ばさない曝露濃度は,0.33 mg/m と推
検 討 し た.5 mg/ 匹 の P25 を 3 回,5 mg/ 匹 を 6 回,
定される.
10 mg/ 匹を 6 回注入し,良性・悪性を含めた肺腫瘍発
以上の疫学的研究や動物曝露研究から,総合的に判断
3
生率は 52.4%,67.4%,69.6%であった.AL23 に関して
して,二酸化チタンナノ粒子の許容濃度は,0.3 mg/m
も,10 mg/ 匹 を 6 回,20 mg/ 匹 を 6 回 注 入 し, 肺 腫
と設定する.
瘍発生率は 29.5%,63.6%であった.
以上の発がん性試験は,大量の曝露を行っていること
から,肺腫瘍の発生は,overload による反応と思われ
(3)皮膚毒性
28)
他国における許容濃度は,いずれも動物ばく露試験か
ら算出している
る(図 1).
Wu ら
6.各国における許容濃度
32,33)
.NIOSH は,ラットの発がん性試
験から過剰肺腫瘍リスクを算出し REL として 0.3 mg/
は,ナノ TiO2(アナターゼ型,粒子サイ
2
ズ:5 nm,比表面積:200 m /g,)およびナノ TiO2(ル
2
m3 を提案している.EC では DNEL として 0.017 mg/
m3,日本においては NEDO プロジェクトで許容曝露
チル型,粒子サイズ:60 nm,比表面積:40 m /g)を
3
濃度(PL:時限)0.6 mg/m を提案しており,いずれ
1.2 mg/ 匹,4 週齢の雄ブタの耳介背側に連続 30 日間塗
も Bermudez らの亜慢性曝露試験から算定している.
布し,最終塗布の 24 時間後に Ti 粒子と組織学的検討を
Dupont は,自社のナノ材料と Bermudez らの亜慢性曝
行った.TiO2 は角質層,顆粒層および有棘細胞層から
露試験結果を考慮して,1 mg/m3 を提案している.
検出され,より深部の基底細胞層からは 5 nm TiO2 塗
布後のみに検出されたが,真皮からは検出されなかっ
た.皮膚刺激性は認められなかった.さらに,7-8 週齢
の BALB/c ヘアレスマウス(6 匹 / 群)の背部皮膚に,
粒子サイズが 10 nm から 90 nm までの 5 種類 TiO2 を,
1.2 mg/ 匹 / 日を連続 60 日間塗布し,Ti 粒子と組織学
的検討を行った.90 nm 未満の TiO2 はマウスの皮膚を
通過して,全身に移行すること示した.
Sadrieh ら
29)
は,3 種類の二酸化チタン(T-Lite SF
( 直 径:20-30 nm, 長 さ:50-150 nm,P25,CR-50(1
次粒子径 300-500 nm))を雌ミニブタに 1 日 4 回,週 5
日,22 日間塗布し Ti 粒子と組織学的検討を行った.い
ずれの TiO2 塗布後にもリンパ節および肝臓における Ti
レベルの上昇は認められず,Ti は表皮で多く,角質層
および上部毛包腔に観察され,T-Lite SF で顕著であっ
た.いずれの TiO2 処置でも刺激性や皮膚細胞の構造異
常所見は認められなかった.これらのことから,ナノサ
イズおよび顔料グレードの TiO2 とも健常なミニブタの
表皮を通過しないことが示された.
5.許容濃度(生物学的許容値)の提案
二酸化チタンナノ粒子に関する疫学的報告はない.動
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産衛誌 55 巻,2013
240
代 謝 さ れ,N-acetyl-S-(2-hydroxypropyl)-L-cystein,
1,2- ジクロロプロパン
ClCH2CHClCH3
[CAS No.78-87-5]
3
許容濃度 1 ppm(4.6 mg/m )
発がん分類 第 2 群 A
感作性物質(皮膚第 2 群)
N-acetyl-S-(2-oxopropyl)-L-cystein,N-acetyl-S(1-carboxyethyl)-L-cystein と し て 尿 中 に 排 泄 さ れ る
が 8),それらの割合はそれぞれ 10.2,14.5,1.8%だった 5).
5.動物実験
1)急性毒性
LD50 はラットで 1.9 ml/kg だった 9).LC50 はマウス
10)
11)
の 10 時間曝露で 720 ppm ,4 時間曝露で 1,500 ppm ,
1.別名
プロピレンジクロライド,2 塩化プロピレン,塩化プ
ラットは 8 時間曝露で 3,000 ppm だった
12)
.単回経皮
9)
曝露による LD50 はウサギで 8.75 ml/kg だった .ラッ
ロピレン,1,2-DCP
ト に 5 日 間,0,10,25,50,100,250,500 mg/kg 経
口曝露し,肝臓における病理組織学的変化を検証したと
2.物理・化学的性質
1,2- ジ ク ロ ロ プ ロ パ ン は, 常 温 で ク ロ ロ ホ ル ム 臭
ころ,10 mg/kg 以上の群で異型核分裂と結節を伴う過
1)
の あ る 無 色 透 明 の 液 体 で あ る . 分 子 量 112.99, 沸
形成が 5/5,壊死が 1/5 ∼ 3/5,100 mg/kg 以上の群で
点 95-6 ℃, 融 点 −100 ℃, 比 重 1.159(25 ℃), 蒸 気 圧
脂肪変性が 3/5 ∼ 5/5 認められた
66.2 hPa(25℃),わずかに水に溶け,多くの有機溶剤
ロプロパンを 1 回投与した直後,肝臓の GSH が,50,
に混和する
2, 3)
.
13)
.また,1,2- ジクロ
100,250 mg/kg で,42,57,67%低かった.しかし曝
露 12 時間後にはベースライン値と変わりなく,5 日後
も同様だった.
3.用途
テトラクロロエチレン,トリクロロエチレン,四塩化
2)亜急性毒性
炭素の原料,金属の洗浄溶剤,印刷インキの除去,石
Bruckner ら
14)
は,6 ∼ 8 匹 の 雄 の Sprague-Dawley
油精製用触媒の活性剤,等として使われている他,土
ラットを 1 群とし,0,100,250,500,1,000 mg/kg を
壌薫蒸剤の D-D 剤の一成分であることが知られている.
10 日間連続経口投与し,1,5,10 日に剖検を行った.
本邦の製造数量及び輸入数量を合計すると 2009 年度で
用量依存的に体重増加が抑制され,1 日で 500,1,000 mg/
1,929 トン
4)
だった.
kg 投与群で中枢神経抑制が認められ,その後症状は遷
延し,500 mg/kg 以上の群では 5 日目から溶血性貧血
がみられた.肝臓の病理組織学的所見は,1,000 mg/kg
4.吸収・代謝・排泄
1,2- ジクロロプロパンは,消化管及び肺から速やかに
5)
14
投与群の 5 日,10 日投与後に肝炎の所見,中心小葉性
ほとんど完全に吸収される . C でラベルされた 1,2-
の肝細胞壊死と炎症性細胞浸潤,線維芽細胞の過形成が
ジクロロプロパンを経口投与された雌雄ラットでは,投
認められたが,10 日目は 5 日目より軽度だった.
与後 1 日,4 日後までに尿中に雄で 48.5,51.1%,雌で
CD1 ラットにおける 1,2- ジクロロプロパン 1,000 ppm
51.9,54.4%排泄され,糞中にはそれぞれ雄で 0.7,6.9%,
の 単 回 経 気 道 曝 露 で は,GOT,Ornithine Carbamoyl
雌で 0.7,4.9%排泄した.4 日迄に尿・糞中に排泄した
Transferase(OCT) が 曝 露 当 日,1,2 日 後,GPT が
ものと 4 日目の消化管,皮膚,その他の臓器中に残留
曝露後 1,2 日後に対照群より上昇していた
していたものを合わせると,雄 64.3%,雌 64.4%だっ
モットにおける皮膚感作性試験では,陽性だった
15)
.モル
16)
.
13)
は,1 日 1 回,週 5 日,4 週間,Wistar ラッ
た.雌では,呼気中に二酸化炭素として 19.3%,何ら
Trevison ら
6)
14
かの揮発物として 23.1%が排泄された .同様に C で
トに 0,10,25,50,100,250,500 mg/kg 強制経口曝
ラベルされた 1,2- ジクロロプロパン 5,50,100 ppm を
露したところ,病理組織学的に肝臓において 10 mg/kg
ラットに 6 時間経気道曝露した結果,曝露後 48 時間以
以上の群で異型核分裂と結節を伴う過形成が 5/5,壊死
内に排泄されたのは,尿中に 54.5 ∼ 64.8%,呼気中に
が 1/5 ∼ 2/5,50 mg/kg 以上の群で脂肪変性が 1/5 ∼
16.4 ∼ 23.1%,糞中に 7.0 ∼ 7.5%,皮膚その他の臓器
5/5 認められた.肝臓の GSH は,50 mg/kg 以上の群で
5)
に 7.9 ∼ 10.0%だった .1,2- ジクロロプロパンを 55,
有意に上昇していた.GST 活性も 50 mg/kg 以上の群
110 mg/kg,ウィスターラットに経口投与し,血中の半
で GSH と平行して有意に上昇し,250 mg/kg 以上の群
減期を評価したところ,それぞれ 3.1,5.0 時間だった.
でチトクローム P-450 活性が有意に減少した.4 週間後
220,440 mg/kg 投与では,半減期は 4.3,13.6 時間,最
の GSH,GST 活性の増加は,早期の GSH の消耗によ
7)
高血中濃度に達したのは投与後 1 ∼ 2 時間だった .1,2-
る肝細胞の修復機構が働いた可能性があり,肝細胞の過
ジクロロプロパンは酸化及びグルタチオン抱合を受けて
形成の進展を意味している,と著者等は結論づけてい
産衛誌 55 巻,2013
241
る.Bruckner ら 14)は,雄の Sprague-Dawley ラットに
500 mg/kg の 1,2- ジクロロプロパンを 13 週間経口投与
0,100,250,500,750 mg/kg を 週 5 日 間,13 週 間 経
した結果,ラットは雌雄共に 1,000 mg/kg 投与群で全
口投与したところ,500,750 mg/kg 群では,それぞれ
て,500 mg/kg 群 で は 雄 の み 5/10 死 亡 し た. 体 重 増
13 週,10 日までに半数が死亡した他,水,食餌摂取量
加は対照群と比して 500 mg/kg 群で,雄 16%,雌 8%
の減少といった中枢神経抑制が認められた.体重増加抑
増加が抑制されていた.肝臓の病理組織学的所見は,
制は 100 mg/kg 以上の群で認められた他,100 mg/kg
1,000 mg/kg 群で,雄 5/10,雌 2/10 で中心小葉性にうっ
以上の群で溶血性貧血,500 mg/kg 以上の群で肝臓の
血が認められ,雌 2/10 で肝臓の脂肪変性と中心小葉
門脈周囲の空胞化,繊維増多を伴う肝炎が認められ,更
性の壊死が認められた.マウスでは,雄は 60 mg/kg,
に脾臓にはヘモジデリン沈着,副腎では髄質に空胞化,
雌 は 500 mg/kg で 1 匹 ず つ 死 亡 し た の み だ っ た. 体
皮質はリピドーシス,そして精子の減少,変性した精
重 増 加 は 雄 で 30,500 mg/kg 群 で 4,5 %, 雌 の 250,
原細胞の増加,精巣の変性も認められた.脾臓におけ
500 mg/kg 群で 3,4%増加が抑制されていた.病理組
る 100 mg/kg 以上の群での病理組織学的変化は軽度か
織学的変化は見られなかった.
ら重度で,重症度は用量に依存していた.100 mg/kg
F344 ラットに 13 週間 125,250,500,1,000,2,000 ppm
以上の群で,12 週目の血清ビリルビン濃度が上昇し,
の 1,2- ジクロロプロパンに経気道曝露した結果,体重
250 mg/kg 以 上 の 群 で OCT 活 性 が 上 昇 し た. ま た
増加は 1,000,2,000 ppm 群で雌雄とも抑制され,食餌
250 mg/kg 以上の群で,相対肝重量の増加が見られた.
摂取は雌雄とも 2,000 ppm 群で抑制されていた.血液
1 日 7 時間,週 5 日間,ラット,モルモット,ウサギ,
学的所見では,1,000 ppm 以上の群で赤血球,ヘモグロ
イ ヌ に 0,1,000 ppm,1,500 ppm,2,200 ppm の 1,2- ジ
ビン,ヘマトクリット値(雌
クロロプロパンを,計 100 回以上経気道曝露したとこ
下,血小板(雌
2,000 ppm 群のみ)の低
ろ,1,000 ppm 曝露では,ラットは 7 回,モルモットは
加が認められた.また,雌は 1,000 ppm 以上の群,雄は
22 回,イヌは 24 回で死亡した動物が生じた.1,500 ppm
2,000 ppm 群で γ -GTP,総ビリルビン値の増加が認めら
2,000 ppm 群のみ),網状赤血球の増
曝露では,曝露 35 回までは死亡する動物は無かった.
れた.病理組織学的所見として,125 ppm 以上の曝露
2,200 ppm 曝露では,8 回以下でラット,モルモット,
群において,雌雄共に鼻腔内の呼吸上皮の過形成,嗅上
ウサギは全て死亡した.また,12 回以下の 1,000 ppm,
皮の萎縮が認められ,雄のみで 1,000 ppm 以上で呼吸上
2,200 ppm 曝露で死亡した動物の病理組織学的所見で
皮の炎症が認められた.2,000 ppm 群では雌雄共に肝小
は,肝臓,腎臓,それらと数は少ないものの心臓の脂
葉中心性の腫脹が認められた.また,脾臓においてヘモ
肪変性,肝臓において壊死がみられた.12 回より多く
ジデリン沈着,髄外造血,骨髄において造血亢進といっ
曝露を受けて死亡した動物でも,頻度,程度はより少
た,溶血の代償と考えられる病理変化が 1,000 ppm 以上
なく,低いものの,同様の所見が見られた
17)
.また,
400 ppm の 1,2- ジクロロプロパンにラット,モルモッ
ト(幼獣,成獣),イヌを 7 時間/日,5 日/週,計 128
の群で認められた 20).
3)慢性毒性,発がん性
19)
NTP
は,雄の Fisher344 ラットに 0,62,125 mg/
∼ 140 回経気道曝露したところ,ラットでは対照群と比
kg,雌に 0,125,250 mg/kg を 5 日 / 週で 103 週間強
して体重増加抑制が認められたが,モルモット,イヌで
制経口投与した結果,雄ラットでは投与量に関連した
は認めなかった.また,肝臓,腎臓を始めとした臓器に
変化は見られなかった.雌ラットでは,250 mg/kg 投
病理組織学的変化は認められなかった 18).
与群で 36/50 が死亡し,病理組織学的に肝細胞の明細
19)
は, 雌 雄 の Fisher344 ラ ッ ト,B6C3F1 マ ウ
胞変化及び壊死やヘモジデリン沈着を認めた.また,雌
スに 14 日間 0,125,250,500,1,000,2,000 mg/kg 経
NTP
雄の B6C3F1 マウスに 0,125,250 mg/kg を 5 日 / 週
口投与したが,ラットでは,雌雄共に 2,000 mg/kg 群
で 103 週間経口投与したが,非腫瘍性の変化では,雄
は曝露期間中に全て死亡したが,腎臓髄質が肉眼所見
マウスで病理組織学的に巨大肝細胞の出現が,対照群
で赤かった.また 1,000 mg/kg 群では最終体重がコン
(3/50) と 比 し て 125(5/49),250 mg/kg 群(15/50)
トロールと比して 14%少なかった.マウスでは雄が
で増加し,限局性の壊死の所見は,対照群(2/50)と
1,000 mg/kg 以上の群で全て,500 mg/kg で 3/5 が死亡,
比して 125(5/49),250 mg/kg 群(10/50)で増加した
雌では 2,000 mg/kg 群で全て,1,000 mg/kg 群で 4/5 が
が,雌マウスでは同様の所見は無かった.腫瘍性病変で
死 亡 し た.2,000 mg/kg 群 で は 全 例, 雄 の 500 mg/kg
は,肝細胞腺腫と肝細胞がんを合わせた腫瘍は,雄マウ
群の死亡例,雌の 1,000 mg/kg 群の 3/5 の死亡例で腎
ス で 250 mg/kg 群(33/50), 雌 マ ウ ス で 125(8/50),
臓髄質が肉眼所見で赤かった.また,雌雄各 10 匹を 1
250 mg/kg 群(9/50)で対照群(2/50)と比して有意
群として,Fisher344 ラットに 0,60,125,250,500,
に増加した.
1,000 mg/kg,B6C3F1 マウスに 0,30,60,125,250,
Nitschke ら
21)
は, 雌 雄 の B6C3F1 マ ウ ス,F344
産衛誌 55 巻,2013
242
ラットに,6 時間 / 日,5 日 / 週,13 週間,0,15,50,
150 mg/kg 群でみられ,ウサギでは更に 150 mg/kg 群
150 ppm の 1,2- ジクロロプロパンを経気道曝露した結
で,赤血球,ヘモグロビン,ヘマトクリット値が減少,
果,マウスでは,最高濃度でも血液学,生化学,病理学
網状赤血球が増加し,溶血性の変化がみられた.一方胎
的所見は認められなかった.ラットでは,体重増加が
児では催奇形性は見られなかったが,ラット,ウサギの
50 ppm 以上の群で抑制され,病理組織学的に鼻腔の嗅
それぞれ 125,150 mg/kg 群で,胎児の頭骨の骨化の遅
上皮の障害が 50 ppm 以上の群で認められた.同研究に
延の発生が有意に多かったが,これは母胎の体重抑制
おいては,ウサギにも 0,150,500,1,000 ppm の 1,2-
が影響しているものと著者達は結論づけている.NOEL
ジクロロプロパンを同じプロトコールの期間曝露した
はラットで 30 mg/kg,ウサギで 50 mg/kg だった.
結果,溶血性の変化を雄で 150 ppm 群でわずかに認め,
Sekiguchi ら
23)
は,6 ∼ 9 匹 の F344 ラ ッ ト に,0,
それ以上の群では雌雄共に認めた.病理学的には鼻腔の
50,100,200 ppm の 1,2- ジクロロプロパンを 21 日間
微細な所見が雄のみ 1,000 ppm 群で認められた.以上
に 18 日(5 日,6 日,6 日,1 日曝露の間 1 日ずつ,計
から,著者等は本研究における no-observed-effect level
3 日非曝露)曝露した結果,母胎の体重は曝露濃度の増
(NOEL)は 15 ppm であるとした.
Umeda ら
20)
は,雌雄の F344 ラット 1 群 50 匹に 0,
80,200,500 ppm の 1,2- ジ ク ロ ロ プ ロ パ ン を 6 時 間
加により減少したが,対照群と比して有意でなかった.
しかし 100 ppm 以上の群で,全発情回数に占める発情
周期の遅延(6 日以上)割合が有意に増加した.また
/ 日,5 日 / 週,104 週間経気道曝露させた結果,体重
200 ppm 群で対照群と比して有意に排卵回数が減少し
増加は用量に依存して抑制された.血液学的所見では,
た.
500 ppm 群の雌ラットで赤血球数が若干減少した.生
5)遺伝毒性・変異原性
化学的所見では AST,ALT,γ -GTP 等の肝機能指標の
Aspergillus nidulans を用いた体細胞分離誘導に関す
24)
うち,γ -GTP が有意に増加したが,肝臓の病理組織学的
る 1,2- ジクロロプロパンの影響に関する研究
所見の増加は伴わなかった.500 ppm 群で雌雄共に鼻
半数化の誘導,有糸分裂不分離,有糸分裂乗換は認めら
腔の乳頭腫の発症が増加した.雄では鼻腔神経上皮腫が
れなかった.
3 例に見られた.乳頭腫,鼻腔神経上皮腫を合わせた鼻
では,
胚細胞への注入と Drosophila melanogaster への気中
腔内腫瘍は用量依存的に増加していた.また,鼻腔では,
曝露による伴性劣性致死試験を行った結果,結果は陰性
移行上皮の過形成,扁平上皮の過形成といった前腫瘍性
であった 25).
病変,扁平上皮化性,呼吸上皮の炎症,嗅上皮の萎縮性
Sprague-Dawley ラットへの 1,2- ジクロロプロパン含
変化といった非腫瘍性病変,が雌雄とも 80 ppm 以上の
有飲料水の 14 週間の曝露による再生/優性致死試験の
群で増加し,用量依存的に増加した.今回の研究から
結果,突然変異誘発性は認められなかった 26).
LOAEL は 80 ppm だった.以上の研究成果から,著者
等は benchmark concentration lower confidence limit
Priston ら
27)
は 1,2- ジクロロプロパンの染色体障害性
をラットの肝細胞(RL4)を用いて調べた結果,染色分
associated with 10% risk over background(BMCL10)
体型ギャップ,染色分体型・染色体型異常の頻度がわず
の算出を行った結果,腫瘍病変では 234 ppm,前腫瘍
かに上昇したが,それは細胞毒性がある場合のみであっ
病変では 11.5 ppm だった.著者等は,腫瘍性病変,前
た.
腫瘍性病変の BMCL10 を用いて,曝露時間による補正,
一方で,チャイニーズハムスターの卵巣細胞を用いた
実験動物の被験物質摂取量をヒト相当摂取量(human
実験 28)で,染色体異常試験,姉妹染色分体交換(SCE)
equivalent dose: HED)に換算,すなわち鼻腔表面積
といった試験は陽性だった.また,チャイニーズハムス
及び呼吸量についてラットとヒトでの比(Regional gas
ター V79 細胞を用いた SCE 試験では,SCE 頻度は用量
dose ratio for the thoracic region: RGDR(ET))に
依存的に上昇した
よ る 補 正, を 行 い, 腫 瘍 性 病 変 で は 生 涯 過 剰 発生率
試験の結果も陽性であった.
−3
10
29)
.De Lorenzo ら 30) による Ames
に相当する値に変換し,前腫瘍性病変では不確実
係数 5 で除し,それぞれ 0.35 ppm,0.34 ppm を職業性
6.ヒトへの影響
曝露限界値として算出,提案している.
1)急性影響・慢性影響(発がん性を除く)
4)生殖発生毒性
Kirk ら
22)
は,1,2- ジクロロプロパンの生殖発生毒
Larcan ら
31)
は,1,2- ジクロロプロパンを含む洗浄剤
を誤飲した 46 歳男性の症例を報告している.症例は誤
性 を 評 価 す る た め, 雌 ラ ッ ト の 妊 娠 6 ∼ 15 日 に 0,
飲後 2 時間以内に瞳孔散大,筋緊張性亢進を伴う深昏睡
10,30,125 mg/kg を, 雌 ウ サ ギ の 妊 娠 7 ∼ 19 日 に
状態となったため,人工呼吸管理を行い,強制利尿を
0,15,50,150 mg/kg を経口曝露した.その結果,母
行った.その結果 24 時間後には意識が回復した.しか
胎ではラット,ウサギで体重増加抑制がそれぞれ 125,
しその後振戦せん妄,心不全,肝不全を来たし,36 時
産衛誌 55 巻,2013
243
間後に死亡した.病理組織学的に肝細胞壊死を確認し,
であり,初期に呼吸器系の刺激症状等が無かったことか
また,ガスクロマトグラフィにて 1,2- ジクロロプロパン
ら,著者等は,今回の中毒は,経気道曝露によるものよ
を確認した.
り,経皮曝露によるのではないか,とし,症状はトルエ
Perbellini ら
32)
は 1,2- ジクロロプロパンによる急性中
毒で播種性血管内凝固症候群(DIC)に陥った 2 症例を
報告しているが,これらの症例は肝機能,腎機能に加え,
中枢神経系への影響が認められた.
33)
ンによるものと考えにくく,1,2- ジクロロプロパンが主
原因である,と考察している.
35)
Grzywa と Rudzki
は,2 例の皮膚炎の報告をして
いる.1 例目は,47 歳の女性で,アレルギー性疾患の
は,1,2- ジクロロプロパンを含む染み抜
家族歴は無く,6 年間,ポリプロピレン,ポリスチレン
き剤により,1980 ∼ 1983 年に発症したと考えられる 3
等を使ったプラスチック製造工場で働いていた.3 剤の
例の中毒事例を報告している.1 例目は 28 歳の男性で,
エアロゾールに曝露していたが 1,2- ジクロロプロパン
1980 年 4 月に誤って染み抜き剤を飲んだ数時間後に入
はそれぞれ 7.4,11.0,12.7%,メチルシリコンオイルは
院した.入院時はヘモグロビン,ヘマトクリット,肝・
8.5,5.4,3.6%含まれており,使用後数ヶ月が経過して
腎機能,凝固系は正常だった.入院後 2 日で腎不全,肝
右手に皮膚炎を発症した.症状は直ぐに消失したが,数
機能障害,軽度の DIC を来した.その後強制的に利尿
年間で発症を繰り返した.1980 年 2 月に使用を止めた
し,4 日後に腎不全,肝機能障害は改善したが,溶血性
が,症状は改善せず,左手,右足にも新たに皮膚炎を発
貧血となり,7 日後に死亡した.2 例目は 20 歳の女性
症した.パッチテストでは 1,2- ジクロロプロパンに強陽
で,1982 年 2 月に嘔吐,腹痛,広範囲のうっ血,血尿,
性であった.しかし他の作業者 21 名には同様の症状は
子宮出血により入院した.入院時に肝機能障害はあった
認められなかった.2 例目は,55 歳の女性で,1967 年
が,その後症状は軽快し,1 週間で退院した.1982 年
からベークライトの自動車部品を製造する工場で働き始
11 月に再び嘔吐,腹痛,発熱,浮腫,乏尿性無尿,鼻
めた.1,2- ジクロロプロパンが 7.4%,メチルシリコン
出血,血尿,子宮出血,結膜の出血で入院した.重度の
オイル 8.5%含まれるエアロゾールを 4 ヶ月に渡り 1 日
腎機能障害,肝機能障害,溶血性貧血,DIC を併発し
200 ∼ 600 g 使用した.1971 年に足背部に皮膚炎を発症
ていた.溶血性尿毒症候群であり,血液透析を行い,3
し,その後報告に至るまで継続,夏期に症状が悪化した.
週間後に腎臓,肝臓,凝固系の機能は回復した.当該
時々頸部に皮膚炎を発症し,1 度だけ腕時計をした部位
患者は 1982 年 1 月から就寝前に 1,2- ジクロロプロパン
に発症したが,期間を通じて手には殆ど発症していな
が 98%,トリクロロエチレン,ジクロロメタン合わせ
かった.1980 年 5 月になって手にも皮膚炎が発症した
て 2%を含有する染み抜き剤を使用,吸入曝露していた.
が,配置転換後皮膚炎は消失した.1,2- ジクロロプロパ
入院後は使用していなかったが,退院後 11 月から使用
ンのパッチテストの結果,軽度であるが陽性であった.
し始めていた.3 例目は腹痛を訴え,入院した 55 歳の
同じ工場で働いていた他の 39 名に同様の症状を発症し
女性である.慢性膜性増殖性糸球体腎炎により 1980 年
た者はいなかった.
Pozzi ら
3 月より週 3 回透析治療を受けている.入院時は重篤な
Baruffini ら
36)
は,生産工場で働く塗装工あるいは金
肝不全を呈し,更に溶血性貧血,軽度の DIC だった.
属工 10 例の皮膚炎を報告している.どの作業者も 1,2-
輸血は行わず,血液透析を継続したところ,患者の症状
ジクロロプロパンを 10 ∼ 40%含有した混合溶剤を使用
は急速に回復し,入院 1 週間後には肝機能,DIC は改
しており,手の甲,指に痒みを伴う紅斑,浮腫,小疱の
善した.症例は当該入院 3 日前に 1,2- ジクロロプロパン
症状を来した.全員パッチテストは陽性だった.溶剤を
を 60%,残りにアセトン,イソブチルアルコール,n-
混和した後の手洗い習慣,保護衣の着用,が間欠的,不
ブチルアセテートを含有する洗剤 2L で,6 時間の床掃
十分であることが皮膚炎を引き起こした,と著者は結論
除を行っていたことから,筆者は 1,2- ジクロロプロパン
づけている.
が原因である,と結論づけた.
2)発がん性
Fiaccadori ら
34)
は,46 歳男性で,1,2- ジクロロプロ
Kumagai ら
37)
は,オフセット校正印刷会社で 1,2- ジ
パンの経皮曝露が主原因であると考えられる症例を報
クロロプロパンの他,ジクロロメタンなどを含む洗浄剤
告している.症例は乏尿,嘔気,黄疸が出現した為に来
に曝露された従業員(元従業員を含む)に発生した胆管
院,高カリウム血症,乳酸アシドーシス,乏尿性の急性
がんについて報告している.著者らは,同社の従業員名
腎不全となった.血液透析を続けたところ 20 時間で乏
簿および元従業員らの情報を基に,1991 年から 2006 年
尿を脱し,48 時間で凝固系は正常となり,7 日後に退院,
までの間に大阪の校正部門に 1 年間以上勤務したと考え
14 日後に腎機能,肝機能は完全に改善した.症例は 1,2-
られる男性 62 人を特定して 1991 年 1 月から 2011 年 12
ジクロロプロパン(35 ∼ 40%),トルエン(33 ∼ 38%)
月まで観察し,少なくとも 11 人の肝内・肝外胆管がん
を含有する塗料を塗っていたが,屋外で換気の良い場所
患者の発症を確認し,その内 6 人の死亡を確認している.
産衛誌 55 巻,2013
244
診断時年齢は 25 ∼ 45 歳であり,1,2- ジクロロプロパン
物実験における限られたエビデンスである,として A4
への曝露期間は 7 ∼ 17 年,初回曝露から診断までの期
(ヒトに対し発がん性物質として分類できない物質)と
間は 7 ∼ 20 年であった.このうち 10 名はジクロロメ
している.モルモットにおける皮膚感作性試験陽性の報
タンにも曝露し,曝露期間は 1 ∼ 13 年であった.生死
告 16)やヒトの皮膚感作性があるとする報告 35,
不明の者については 2011 年まで生存していると仮定し,
SEN マークを付することが妥当であるとしている.
国際疾病分類第 10 版(ICD-10)の C22.1(肝内胆管がん)
2)IARC39,
36)
から,
40)
と C24.0(肝外胆管がん)を合わせた標準化死亡比を算
NTP(US NTP 1986) の B6C3F1 マ ウ ス に お け る
出し 2900(95%信頼区間:1,100-6,400)を示している.
肝細胞腫瘍の発生は用量依存的であるとしている一方,
38)
が実施した再現実験
ラットのデータからは発がん性を示唆する結論を得られ
の結果を基に,1,2- ジクロロプロパン曝露濃度を 100 ∼
なかった(inconclusive).このことから,グループ 3(ヒ
670 ppm,ジクロロメタン曝露濃度を 80 ∼ 540 ppm と
トに対する発がん性については分類できない物質)に分
推定している.著者らは,インクに含まれる顔料などが
類している.
発がん性を持っている可能性を排除できないが,当該会
3)ドイツ DFG
また,労働安全衛生総合研究所
41)
社ではインクの使用量が少ないため,その可能性は低い
NTP19)の成果から,発がん性が明白であると結論づ
だろうと考察し,原因として 1,2- ジクロロプロパンおよ
けられないと判断し,発がん性を IIIB,ヒトの発がん性
びジクロロメタンが疑われると述べている.
物質として証拠は不十分であり,現行の許容濃度との関
係も不明な物質,とした.Skin notation は十分な根拠
がないとして付していない.
7.許容濃度の提案
Umeda らの報告
20)
による前腫瘍性病変,非腫瘍性
病変における LOAEL80 ppm から,NOAEL への変換
の為 1/10,種差を勘案して 1/10 として安全を見込むと
0.8 ppm となる.以上より許容濃度として 1 ppm を提
案する.
また,Umeda らの報告
20)
による吸入曝露による鼻腔
19)
内において腫瘍の発生と,NTP
による経口曝露によ
る肝臓への腫瘍の発生,1,2- ジクロロプロパンの他,ジ
クロロメタン等も含む洗浄剤に曝露されたヒトでの胆管
がんの報告があることから,発がん性を考慮する必要が
あると考えられる.遺伝毒性・細胞毒性に関しても,研
究報告には陰性の報告もあるが,Ames 試験,SCE 試
験に陽性の結果も見られ,陽性と判断が可能であると考
えられる.2 つの動物実験は曝露経路,発がん部位,動
物種が異なること,ヒトで十分でないものの,発がんの
可能性を示唆する報告であることから,発がん分類第 2
群 A を提案する.
動物実験,ヒトの症例報告で,皮膚への感作性が示唆
されることから,皮膚感作性物質第 2 群を提案する.
8.他主要機関の設定した規制値
1)米国産業衛生専門家会議(ACGIH: American Con2)
ference of Governmental Industrial Hygienists)
TLV-TWA として 10 ppm を勧告している.この勧
告値は,ラットにおける 13 週間の経気道曝露実験
21)
において,NOEL が 15 ppm であったことに依っている.
また,マウス,ウサギでは 150 ppm 以下で有意な所見
を認めなかったこともそれを支持する理由としてあげて
いる.発がん性は,NTP
19)
の行った 103 週間の曝露に
よる F344 ラットと B6C3F1 マウスの実験結果から,動
文 献
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246
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オフセット印刷工程
発がん分類 第 1 群
大阪労働局管内の印刷事業場で校正印刷業務等に従事
した労働者等から,使用した有機溶剤等の化学物質が原
因で胆管がんが発症したとの労災請求がなされた.熊谷
ら 1) は第 85 回日本産業衛生学会で発表するとともに,
2)
3)
その後の調査結果を報告した .圓藤ら は,厚生労
働科学特別研究を実施し,また,厚生労働省では専門家
が参集され検討がなされ,2013 年 3 月に「胆管がんの
労災認定に関する検討会(座長 : 櫻井治彦)」報告書
4)
が出された(以下「厚生労働省報告書」).
Kumagai ら
2)
は,オフセット校正印刷会社で 1,2- ジ
クロロプロパンの他,ジクロロメタンなどを含む洗浄剤
に曝露された従業員(元従業員を含む)に発生した胆管
がんについて報告している.著者らは,同社の従業員名
簿および元従業員らの情報を基に,1991 年から 2006 年
までの間に大阪の校正印刷部門に 1 年間以上勤務したと
考えられる男性 62 人を特定して,1991 年 1 月から 2011
年 12 月まで観察し,少なくとも 11 人の肝内・肝外胆管
がん患者の発症を確認し,その内 6 人の死亡を確認し
ている.診断時年齢は 25 ∼ 45 歳であり,1,2- ジクロロ
プロパンへの曝露期間は 7 ∼ 17 年,初回曝露から診断
までの期間は 7 ∼ 20 年であった.このうち 10 名はジ
クロロメタンにも曝露し,曝露期間は 1 ∼ 13 年であっ
た.生死不明の者については 2011 年まで生存している
と 仮 定 し, 国 際 疾 病 分 類 第 10 版(The International
Classification of Diseases 10th revision:ICD-10) の
C22.1(肝内胆管がん)と C24.0(肝外胆管がん)を合わ
せた標準化死亡比(SMR)を算出し 2,900(95%信頼区
間:1,100-6,400)を示している.また,労働安全衛生総
合研究所が実施した再現実験の結果を基に,1,2- ジクロ
ロプロパン曝露濃度を 100 ∼ 670 ppm,ジクロロメタ
5)
ン曝露濃度を 80 ∼ 540 ppm と推定している .著者ら
は,インクに含まれる顔料などが発がん性を持ってい
る可能性があるが,当該会社ではインクの使用量が少な
いため,その可能性は低いだろうと考察し,原因として
1,2- ジクロロプロパンおよびジクロロメタンが疑われる
と述べている.
圓藤ら
3)
は,当該企業の創業以来の社員名簿を用い
て,元従業員および現従業員の 326 人を観察集団とし
ている.そのうち生年月日が不明な者(10 人),入社年
月日と退職年月日のいずれかが不明な者(16 人),入社
年月日が 2012 年 9 月以降の者(2 人),それぞれ重複あ
りの計 22 人を除外している.部門別では,大阪の校正
印刷部門に所属するもの(他の部門に移った者,東京
産衛誌 55 巻,2013
247
あるいは名古屋へ転勤した者も含む)は男性 80 人,女
パンおよびジクロロメタンが最も蓋然性の高い原因物
性 21 である.観察部位は ICD-10 に基づき,肝内胆管
質として疑われた.16 症例のうち,1,2- ジクロロプロパ
がん(C22.1)と肝外胆管がん(C24.0)を対象としてい
ン単独曝露が 5 症例(曝露期間:3 年 8 ヶ月∼ 7 年 5 ヶ
る.人年の観察開始は 1985 年,観察終了は 2012 年とし
月,平均 5 年 9 ヶ月,潜伏期間:7 年 5 ヶ月∼ 13 年 3 ヶ
た.ただし,観察対象の生存確認が不十分であるため,
月,平均 11 年 5 ヶ月),ジクロロメタンと 1,2- ジクロロ
胆管がんの死亡例が報告されていない対象は生存してい
プロパンの混合曝露が 11 症例(曝露期間:4 年 11 ヶ月
ると仮定した.したがって,観察人年は,罹患の場合は
∼ 13 年 2 ヶ月,平均 8 年 10 ヶ月,潜伏期間:5 年 7 ヶ
入社年から(1)罹患年,か,
(2)追跡終了年(2012 年),
月∼ 19 年 10 ヶ月,平均 13 年 5 ヶ月)だった.曝露濃
のいずれか,死亡の場合は(1)死亡年,か,(2)追跡
度は,独立行政法人労働安全衛生総合研究所による模擬
終了年(2012 年)のいずれかとした.全国罹患率推計
実験結果から,1,2- ジクロロプロパンは,使用期間(お
値および死亡率は,先行研究(胆管がんの罹患と死亡の
おむね 15 年)を通して 150 ppm を超え,ジクロロメタ
年次推移)で算出した肝内胆管がんと肝外胆管がんの罹
ンは,特定の作業場所における環境濃度や洗浄作業時に
患率および死亡率を使用した.すなわち,宮城,山形,
おいて概ね 3 年間は 400 ppm を超えていた,と推測さ
福井,長崎の 4 県の地域がん登録データを基に全国が
5)
れた .これらの結果から,この検討会は,1,2- ジクロ
ん罹患モニタリング集計(The Monitoring of Cancer
ロプロパンに長期間,高濃度曝露したことが原因で発症
Incidence in Japan:MCIJ)を参考とした方法で算出
した蓋然性が極めて高いと判断し,ジクロロメタンにつ
した 3 年移動平均の全国罹患率推計値(1985-2007 年)
いては,胆管がん発症に影響を及ぼした可能性が考えら
と,人口動態統計を基に算出した全国死亡率(1985-2011
れるが,1,2- ジクロロプロパンとの混合曝露であること
年)である.なお,2008-2012 年の罹患率については地
による影響の度合いは不明であること,また,高濃度曝
域がん登録のデータがないため 2007 年の数値を使用し,
露が推測される期間が限定的であることから,発症原因
2012 年の死亡率については人口動態統計が確定してい
として推定するには至らなかった,と結論している.
ないため 2011 年の数値を使用した.以上の罹患率およ
び死亡率を用いて,標準化罹患比(SIR)および SMR
作業内容
を算出した.95%信頼区間は Fisher’s exact test によ
熊谷
6)
によると,当該事業場の校正印刷作業場には,
り算出した.その結果,胆管がんに発症した者はいず
1991 ∼ 2006 年までにオフセット平台単色校正印刷機が
れも校正印刷部門の男性の元・現従業員で,女性で発
7 台あった.印刷の手順は次の通りである.版に水を塗
症した者はいない.また東京支社(2002 年稼働),東京
布し,次いで版にインキを付ける.これにより親油性の
第二工場(2005 年稼働)および名古屋支店(2007 年稼
部分のみにインキが付く.そして版の上を,ブランケッ
働)でも同様の業務を行っているが,大阪工場から転勤
トと呼ばれるゴム製のロールを転がして,インキをブラ
した者を除いて,発症した者はいない.一方,残りの営
ンケットに転写し,最後にそれをさらに紙に転写する.
業,事務部門,DTP・画像処理部門に所属したまたは
当該事業場では,赤,青,黒,黄の順に印刷していたが,
所属している者には発症していない.大阪の校正印刷部
1 色印刷するごとに溶剤でインキを落とし,インキを変
門に属した元・現従業員に限ると,SMR は 634(95%
えて印刷を繰り返す.印刷枚数は印刷物 1 種類当たり 8
信 頼 区 間:256-1,311),SIR は 1,226(95 % 信 頼 区 間:
∼ 20 枚と極端に少なく,1 種類のみであれば,4 色刷る
714-1,963)であったとしている.
のに 20 ∼ 40 分間程度,印刷物 5 種類をまとめてであれ
2)
の報告した事業場で胆
ば,1 時間∼ 2 時間程度であった.これら全ての印刷に
管がんを発症した従業員 16 名から労災請求がなされた
おいて,色変えのたびに洗浄していた.印刷物をまとめ
ことから,「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外
て印刷した場合は,インキロールの洗浄は最後に 1 回で
に関する検討会」を設置し,労働者が従事した業務と胆
済むが,ブランケットの洗浄は印刷物が変わる度に行わ
管がん発症との間の因果関係について専門的な見地から
なければならないため,1 種類ごとの印刷と回数は変わ
4)
検討を行った .16 症例(平成 24 年 12 月末日時点で 7
らない.1990 年代は校正印刷作業場全体では 1 日(2 交
症例死亡)はすべてオフセット校正印刷に従事した男性
代 16 時間)に 300 ∼ 800 回程度の洗浄を行っていた.
厚生労働省は,Kumagai ら
で,発症時年齢は 25 歳∼ 45 歳(平均 36 歳),7 例の死
UV 校正印刷の場合は,校正印刷機のインキロールを
亡時年齢は 27 ∼ 46(平均 37 歳),SIR は 1,225.4(95%
UV 印刷用のものに交換し,UV 印刷用のインキを用い
信頼区間 700.2 ∼ 1,989.6)だった.使用化学物質の種類
て印刷する.そして,一色印刷するごとに UV 照射装
と量と使用期間の調査,診療録の検討,既存文献調査,
置を通してインキを硬化させる.そしてインキを洗浄剤
および,代謝経路・生成中間代謝物・代謝酵素の局在等
で洗浄し,色を変更してその操作を繰り返す.表面のつ
による発がんメカニズムの検討から,1,2- ジクロロプロ
や出しが必要な場合(全体の 1/10 程度)には,印刷後,
産衛誌 55 巻,2013
248
つや出し剤をコーティングした.また,インキにつや出
ロパン 40-50%,ジクロロメタン 40-50%,ミネラルス
し剤を混ぜて使用する時もあった.つや出し剤はインキ
ピリッツ 1-10%だった.1997/98 年にブランケット洗浄
と比較すると粘度が低く,インキロールに巻くために高
剤を変更するため,いくつかの洗浄剤を試している.長
速で回転させる時に,それが飛び散ることもあり,機材
いものでも数ヶ月使用,短いものは 1 日使用で洗浄剤
やメガネに付着することがあった.
を変更した.そして 1997/98 年から 2006 年まで使用し
校正印刷作業場に隣接して前室があり,版の製作や紙
た溶剤 B の成分は,1,2- ジクロロプロパン 98%である.
の準備などが行われていた.版の製作では,フィルム
2006 年以降は,3 種類の溶剤があり,いずれもエタノー
と PS 版をガラス板に挟み紫外線を当てて焼き付けるが,
ル,シクロヘキサン,メチルシクロヘキサン,プロピレ
ガラス板の汚れをふき取るための洗浄剤が使用された.
ングリコールモノメチルエーテル,炭化水素類などの混
合物である.
化学物質
熊谷
6)
版製作時に使用するガラス板の洗浄には,1996 年ま
によると,使用した化学物質は次のとおりで
ある.
ではトリクロロエチレンを使用した.使用量は 1 日 1 ∼
2 l 程度であった.1996 年暮れに,担当していた従業員
インキは,通常のオフセット印刷用インキ,またはオ
が劇症肝炎を発症したこともあり,トリクロロエチレン
フセット校正印刷用インキを使用した.SDS には,顔
の使用を中止し,ガラスクリーナー(成分不明)に変更
料,合成樹脂,乾性油,高沸点石油系溶剤などと記載さ
した.また,現像では現像液などの化学物質も使用した.
れ,顔料としては,黒はカーボンブラック,青は銅フタ
ロシアニンと記載されているが,赤と黄は物質名が記載
されていない.特別な色が必要な時は 2 色のインキを混
胆管がんの労災申請状況
厚生労働省は,胆管がんの労災請求が 2012 年 2 月 12
合し練って使用した.また,ビニルなどへの印刷時には,
日までに,印刷事業場では大阪の事業場 16 件を含む 62
乾燥促進のためドライヤーを混ぜることもあった.
件が請求し,印刷業以外では 9 件が請求していることを
つや出し剤としては,2 種類の使用が確認された.
SDS には合成樹脂類,鉱油,植物油,助剤,顔料と記
明らかにしている.大阪の事業場以外での,作業内容,
使用化学物質等については明らかにされていない.
され,物質名は記載されていない.
湿し水には水道水を使用し,スポンジにつけて版面を
拭いていた.オフセット印刷でよく使用されるイソプロ
ピルアルコールなどは混ぜていない.
通常の油性校正印刷用のインキロール洗浄剤には,
結論
厚生労働省報告書
4)
は,胆管がんはジクロロメタン
又は 1,2- ジクロロプロパンに長期間,高濃度ばく露する
ことにより発症しうると医学的に推定できるとした.ま
1980 年代から現在まで,灯油およびロール洗浄剤を使
た,当該企業の校正印刷部門の元・現従業員における胆
用している.ロールワイパーは灯油と水を界面活性剤で
管がんは,1,2- ジクロロプロパンに長期間,高濃度曝露
混合したものである.1980 年代には,灯油とともにト
したことが原因で発症した蓋然性が極めて高いが,胆管
ルエンを使用したこともあった.2006 年以降開始した
がん発症との関係について十分解明されているとは言い
UV 校正印刷用のインキロール洗浄剤には,グリコール
難い,としている.一方,Kumagai ら
エーテル類,グリコール類,あるいは芳香族炭化水素類
部門の元・現従業員における胆管がんの SMR が極めて
を混合したものを使用している.1990 年代の使用量は,
高いことから,インキに含まれる顔料や合成樹脂が発
1 日(2 交代 16 時間)に灯油 2 缶程度,ロール洗浄剤 2
がん性を有する可能性もあるが,高濃度ばく露のあった
缶程度である.
1,2- ジクロロプロパンおよびジクロロメタンが原因とし
ブランケット洗浄剤の使用状況は年代によって異な
2)
は同校正印刷
てもっとも疑われる,と述べている.また圓藤ら
3)
は,
り, 次 の 通 り で あ る. 旧 社 屋(1991 年 3 月 以 前 ) で
同校正印刷部門に属した元・現従業員を対象にした後ろ
は,1985 年ごろから 1988 年ごろまでは,溶剤 A(1,2-
向きコホートで極めて高い SMR および SIR を示したこ
ジクロロプロパン 50-60%(重量%),ジクロロメタン
とから,校正印刷業務において何らかの有害因子にばく
15-20%,1,1,1- トリクロロエタン 15-20%)あるいはホ
露したことが発症原因としたが,原因物質は特定してい
ワイトガソリンと 1,1,1- トリクロロエタン 95%の溶剤
ない.一方,診療録から胆管がんの既存の危険因子等の
を 1:1 で混合したものを使用した.1989 年以降はすべて
背景は認められない.
溶剤 A を使用した.現社屋(1991 年 4 月以降)では,
以上のことから,同校正印刷部門での作業のヒト胆管
1991 年から 1997/98 年まで溶剤 A を使用した.成分は
での発がん性は明らかであり,その原因は塩素系有機溶
1991 年から 1992/93 年までは,それ以前と同じだった
剤等を使用するオフセット印刷工程の中にあると考えら
が,1992/93 年から 1997/98 年までは,1,2- ジクロロプ
れることから,「オフセット印刷工程」に対して発がん
産衛誌 55 巻,2013
249
分類の第 1 群を提案する.
感作性物質表の提案理由
文 献
1)熊谷信二,車谷典男,オフセット校正印刷労働者に多発し
ている肝内・肝外胆管癌.産業衛生学雑誌 2013; 臨時増
刊号 : 297.
2)Kumagai S, Kurumatani N, Arimoto A, Ichihara G.
Cholangiocarcinoma among offset colour proof-printing
workers exposed to 1,2-dichloropropane and/or dichloromethane. Occup Environ Med 2013; 70: 508-10.
3)圓藤吟史.印刷労働者にみられる胆管癌発症の疫学的解明
と原因追究.厚生労働科学特別研究事業.2013.3
4)胆管がんの労災認定に関する検討会(座長:櫻井治彦).
化学物質ばく露と胆管がん発症との因果関係について∼大
阪の印刷事業場の症例からの検討∼ 2013.3. 胆管がんの労
災認定に関する検討会報告書.
5)災害報告書 A-2012-02.大阪府の印刷工場における疾病
災害.独立行政法人労働安全衛生総合研究所.
6)熊谷信二.オフセット校正印刷会社における肝内・肝外
胆管癌に関する調査.2012.9.http://toppy.health.uoeh-u.
ac.jp/kumagai/tankangan.pdf
表Ⅳに追加する物質につき,以下に物質ごとにその文
献と根拠を記している.
1.エチル水銀チオサリチル酸ナトリウム(チメロサール)
皮膚第 1 群
エチル水銀チオサリチル酸ナトリウムは 1930 年代よ
り使用され,ワクチン,化粧品,局所外用薬剤の防腐剤
1)
あるいはカビ防止剤として用いられている .パッチテ
ストの陽性率は,チメロサールの使用が広がるとともに
高くなっている.北米接触皮膚炎グループのまとめで
は,19 歳以上の成人 9,670 名中 10%,18 歳以下 391 名
中 15.4%,内 5 歳以下 25%がパッチテスト陽性であっ
た 2).7 歳と 16 歳の 9,320 名の子どもに対するアレル
ギー調査の結果 12.6%に湿疹が見られた.内 229 名に
10 種のパッチテストを試行した.7 歳ではニッケルが最
も高率で 30.2%,次いでチメロサール 10.4%,16 歳で
3)
はチメロサールが 27.8%と最も高率であった .ポーラ
ンドの 223 名の看護師の調査ではチメロサールは 32 名
(14.3%)が陽性で,塩化ベンザルコニウム,硫酸ニッ
4)
ケル,ホルムアルデヒドに次いで 4 番目に高かった .
チメロサールが職業性接触皮膚炎の原因であることを明
確に示した症例報告は多くない.手袋せずにワクチン接
種業務に従事し手に湿疹が生じパッチテストでチメロ
サールに陽性で,ビニール手袋を着用したら症状が消失
1)
した例 ,8 年前に肝炎ワクチン接種で感作されたこと
が疑われその後ワクチン接種業務で手の湿疹を生じパッ
チテストでチメロサールが陽性であった例
5)
がある.
モルモットを用いた Buhler test では刺激性の強さから
低濃度での検査となり,陽性反応が出なかった 6).
文 献
1)Y a s k y A S , E y a l A , K a p p e l A , S t o d w n i k D .
Occupational contact dermatitis in a nurse due to thimerosal. Isr Med Assoc J 2011; 13: 254-5
2)Zug KA, McGinley-Smith D, Warshaw EM, et al.
Contact allergy in children referred for patch testing; North American Contact Dermatitis Group Data,
2001-2004. Arch Dermatol 2008; 144: 1329-36.
3)CzarnobilskaE, Obtulowicz K, Dyga W, Wsolek-Wnek K,
Spiewak R. Contact hypersensitivity and allergic contact dermatitis among school children and teenagers
with eczema. Contact Dermatitis 2009; 60: 264-9.
4)Kiec-Swierczynska M, Krecisz B. Occupational skin diseases among the nurses in the region of Lodz. Int J
Occup Med Environ Health 2000; 13: 179-84.
5)Kiec-Swierczynska M, Krecisz B, Swierczynska-Machula
D. Occupational allergic contact dermatitis due to thi-
産衛誌 55 巻,2013
250
merosal. Contact Dermatitis 2003; 48: 337-8.
6)Botham P, Urtizberea M, Wiemann C, et al. A comparative study of the sensitivity of the 3-induction and
9-induction Buhler test procedures for assessig skin
sensitization potential. Food Chem Toxicol 2005; 43:
65-75.
1)
リレンジアミンの陽性率は 12/87(13.8%)であった .
ポリウレタンシルク製造工場
2)
成のためにエポキシ樹脂に曝露
や趣味でモデルカー作
3)
し紅斑が生じ,何れ
もパッチテストで m- キシリレンジアミンが陽性の症例
報告がある.
文 献
2.エピクロロヒドリン
皮膚第 1 群
ビスフェノール A を原料としたエポキシレジンはビ
スフェノール A とエピクロロヒドリンの縮合反応に
よってできる.疫学調査としてエポキシレジンの工場
で男性作業者 228 名中 26 名に作業関連の皮疹があり,
内 19 名にパッチテストを施行した.エポキシレジン
で 10/228 名(4.4%)・エピクロロヒドリンで 8/228 名
1)
2)
(3.5%)が陽性と確認できた .製薬工場 ,エポキシ
レジン工場 3,
1)Geier J, Lessmann H, Hillen U, et al. An attempt to
improve diagnostics of contact allergy due to epoxy
resin systems. First results of the multicentre study
EPOX 2002. Contact Dermatitis 2004; 51: 263-72.
2)Richter G, Kadner H. Allergic contact eczema caused
by m-xylylene-diamine in the polyurethane silk production. Derm Beruf Umwelt 1990; 38: 117-20 (in German).
3)鈴木真理,松永佳世子,早川律子.エポキシ樹脂による
アレルギー性接触皮膚炎の 2 例.皮膚 1981; 28 (Sup2):
225-9.
4)
,室内プール浴槽製造工場 5)でのパッチ
テストを行なった症例報告もある.モルモットを用いた
Guinea pig maximization test(GPMT)で陽性の報告
6)
もある .
文 献
1)Prens EP, de Jong G, van Joost Th. Sensitization to
epichlorohydrin and epoxy system components. Contact
Dermatitis 1986; 15: 85-90.
2)Rebandel P, Rudzki E. Dermatitis caused by epichlorohydrin, oxprenolol hydrochloride and propranolol
hydrochloride. Contact Dermatitis 1990; 23: 199.
3)van Joost Th, Roesyanto ID, Satyawan I. Occupational
sensitization to epichlorohydrin (ECH) and bisphenol-A
during the manufacture of epoxy resin. Contact
Dermatitis 1990; 22: 125-6.
4)van Joost Th. Occupational sensitization to epichlorohydrin and epoxy resin. Contact Dermatitis 1988; 19:
278-80.
5)Beck MH, King CM. Allergic contact dermatitis to epichlorohydrin in a solvent cement. Contact Dermatitis
1983; 9: 315.
6)Thorgeirsson A, Fregert S. Allergenicity of epoxy
resins in the guinea pig. Acta Derm Venerol 1977; 57:
253-6.
3.m- キシリレンジアミン
皮膚第 1 群
エポキシレジンに対する接触アレルギーが疑われる患
者とエポキシ樹脂にパッチテスト陽性の患者に対してエ
ポキシ樹脂とその硬化剤のパッチテストを行なったドイ
ツの皮膚科情報ネットワーク(IVDK)の報告がある.
ビスフェノール A と F を原料とした 2 種のエポキシ樹
脂の陽性率は 55.2%,43.7%で,硬化剤である m- キシ
4.N,N’,N’’- トリス(β - ハイドロキシエチル)- ヘキサ
ヒドロ -1,3,5- トリアジン
皮膚第 1 群
N,N’,N’’- トリス(β - ハイドロキシエチル)- ヘキサヒ
ドロ -1,3,5- トリアジンは殺菌剤である.1990-1994 年に
24 の皮膚科を受診した患者 28,349 名を調査したドイツ
の皮膚科情報ネットワーク(IVDK)による報告では,
1)
1,772 名中 17 名(1.0%)が陽性となっている .デンマー
クの拠点病院を中心にした大規模な取り組みとして工業
用バイオサイドについてパッチテストを行なった.671
2)
名中 2 名(0.3%)がパッチテスト陽性となった .イ
3)
スラエルにおける色素沈着性接触皮膚炎患者の報告 ,
4)
ポーランドにおける化粧品によると思われる報告 ,冷
却オイルによる職業曝露による症例
5)
等の報告がある.
いずれもパッチテスト陽性であった.
文 献
1)Schnuch A, Geier J, Uter W, Frosch PJ. Patch testing
with preservatives, antimicrobials and industrial biocides. Results from a multicentre study. Br J Dermatol
1998; 138: 467-76.
2)Andersen KE, Veien. NK. Biocide patch tests. Contact
Dermatitis 1985; 12: 99-103.
3)Trattner A, Hodak E, David M. Screening patch tests
for pigmented contact dermatitis in Israel. Contact
Dermatitis 1999; 40: 155-7.
4)Kiec-Swierczynska M, Krecisz B, Swierczynska-Machula
D. Contact allergy to preservatives contained in cosmetics. Med Pr 2006; 57: 245-9 (in Polish).
5)van Ketel WG, Kisch LS. The problem of the sensitizing capacity of some Grotans used as bacteriocides in
cooling oils. Derm Beruf Umwelt 1983; 31: 118-21 (in
German).
産衛誌 55 巻,2013
251
5.トリプロピレングリコール・ジアクリレート
反応があるとする毛染め剤や化粧品による接触皮膚炎
皮膚第 1 群
の報告がある
2-4)
.毛染め剤にアレルギーのある 511 名
テレビ受信機製造でアクリル接着剤に 4 年間曝露する
の患者にパッチテストをし,99 名(19.4%)がトルエン
81 名の作業者の調査で 2 名がトリプロピレングリコー
4)
-2,5- ジアミンに陽性であった .175 名の毛染め剤にア
ル・ジアクリレート(TPGDA)にパッチテスト陽性で
レルギーのある患者では 48 名(27%)が TDA に陽性
1)
あった .アクリレート類に曝露した患者の 15 年にわ
たるパッチテスト結果では 186 名中 5 名が TPGDA に
2)
陽性であった .トリプロピレングリコール・ジアクリ
レートは繰り返しの皮膚曝露によって全身性症状を呈す
3)
4)
ることが報告されている .紫外線硬化塗料 ,シルク
スクリーン印刷製造 5),紫外線硬化インク 6)によるパッ
チテストが陽性となった複数の症例報告がある.
文 献
1)Kiec-Swierczynska M, Krecisz B, SwierczynskaMachura D, Zaremba J. An epidemic of occupational
contact dermatitis from an acrylic glue. Contact
Dermatitis 2005; 52: 121-5.
2)Tucker SC, Beck MH. A 15-year study of patch testing to (meth)acrylates. Contact Dermatitis 1999; 40:
278-9.
3)Mortensen B, Nordic chemical group. Health effects
of selected chemicals 1. Tripropylene glycol diacryate.
Nord 1992; 6: 123-32.
4)Jolanski R, Kanerva L, Estlander T. Occupational allergic contact dermatitis caused by epoxy diacrylate in
ultraviolet-light-cured paint, and bisphenol A in dental
composite resin. Contact Dermatitis 1995; 33: 94-9.
5)Goossens A, Coninx D, Rommens K, Verhamme B.
Occupational dermatitis in a silk-screen maker. Contact
Dermatitis 1998; 39: 40-1.
6)Whitefeld M, Freeman S. Allergic contact dermatitis to
ultra violet cured inks. Australas J Dermatol 1991; 32:
65-8.
6.トルエンジアミン*
皮膚第 2 群
トルエンジアミン(TDA)は,大多数がトルエンジ
イソシアネート(TDI)生成の原料として工業界にて用
1)
いられる .極めて少量が染色剤であるパラフェニレン
2)
ジアミン(PPD)と共存的に毛染め剤に用いられる .
トルエンジアミンは,トルエン -2,4- ジアミンとトルエ
ン -2,5- ジアミンの混合物として用いられる場合も多い.
TDA は TDI が水分と接する状況で反応性に生成され,
体内吸収後に代謝され尿中排泄されることから生物学的
モニタリングの指標ともなる.TDI 曝露があると,同
時に TDA も体内に存在するため,生じた感作が TDA
によるものかは判断が難しい.マウスを用いた局所リ
ンパ節試験(LLNA)では,TDA の皮膚感作性は弱く
1)
TDI との抗原交差反応を否定している .PPD と交差
であった 5).
文 献
1)Vanoirbeck JA, De Vooght V, Synhaeve N, Nemery B,
Hoet HM. Is toluene diamine a senstizer and is there
cross-reactivity between toluene diamine and toluene
diisocyanate? Toxicol Sci 2009; 109: 256-64.
2)Sosted H, Rastogi SC, Thomsen JS. Allergic contact
dermatiis from toluene-2,5-diamine in a cream dye for
eyerashes and eyebrows-qualitative exposure assessment. Contact Dermatitis 2007; 57: 195-6.
3)Bregnhoj A, Menne T. Primary sensitization to toluene-2,5-diamine giving rise to early positive patch
reaction to p-phenylenediamine and late to toluene-2,5diamine. Contact Dermatitis 2008; 59: 189-90.
4)Winhoven SM, Rutter KJ, Beck MH. Toluene-2,5diamine may be an isolated allergy in individuals
sensitized by permanent hair dye. Contact Dermatitis
2007; 57: 193.
5)Basketter DA, English J. Cross-reactions among hair
dye allergens. Cutan Ocul Toxicol 2009; 28: 104-6.
産衛誌 55 巻,2013
252
したところ,曝露による有意な影響(OR = 20.8,95%
生殖毒性物質の分類提案理由
日本産業衛生学会は,許容濃度等の勧告(2013 年度)
CI = 2.1-199)が示された.別途実施された曝露濃度測
定では,滅菌消毒作業者の個人曝露濃度について平均値
で 1.03 ppm,検出限界以下(0.1 ppm)であったケース
において,生殖毒性を定義するとともに,生殖毒性物質
を除いた平均値では 5.85 ppm といった結果が示されて
を第 1 群(ヒトに対して生殖毒性を示すことが知られて
いる.
いる物質),第 2 群(ヒトに対しておそらく生殖毒性を
示すと判断される物質),第 3 群(ヒトに対する生殖毒
性の疑いがある物質)に分類する判定基準を定め,分類
一方,動物実験では,生殖細胞変異原性・次世代影響
を示す報告が多数存在する.
Ribeiro4) らはマウスにエチレンオキシド 200,400,
判定した物質について,その結果(表Ⅴ)を示すことと
600 ppm の 6 時間 1 回曝露の実験で精巣細胞(第一精
なった.本稿では,生殖毒性に関して分類判定され,新
母細胞)と骨髄細胞に染色体異常の生じることを認め,
たに同表に掲載することとした物質について,その提案
200,400 ppm,6 時間 / 日,5 日 / 週,2 週間曝露で精
理由を示した.
巣細胞(第一精母細胞)と骨髄細胞に染色体異常を認め
ている.Generoso ら
5)
はマウスの受精時あるいは受精
卵の初期前核期にエチレンオキシドを曝露し,胎児の死
エチレンオキシド
C2H4O
[CAS No.75-21-8]
生殖毒性:第 1 群
疫学研究では曝露歴のある医療関係業務従事者の調査
亡率と奇形児の出産率が増加することを認めた.この実
験では,雌マウスに曝露を行い,胚・胎児への影響を調
べているが,曝露の時期(交配前・交配後,胚発生段
階)により感受性や生じる影響が異なることが示され
ている.Rutledge ら
6)
は雌マウスを交配の 1 時間また
は 6 時間後に曝露し,胚死亡や生存胎児における胎児水
7)
で,曝露による流産頻度の上昇を示唆した複数の報告が
腫・眼欠損等を報告している.また,Generoso ら
存在する.
は,雄マウスに 165,204,250,300 ppm で 8.5 週間に
1)
で
は,フィンランドの全病院を対象に,
わたり反復曝露を行った結果,優性致死突然変異や転
滅菌消毒業務従事者の調査(質問紙)を報告している.
座といった染色体異常の誘発が示された.優性致死は
妊娠中にエチレンオキシドの曝露を受けた作業者(82
204 ppm 以上の濃度で,また転座はすべての濃度で有
例)の流産率は 16.1%となり,妊娠中に曝露を受けな
意な増加が認められた.Mori ら
Hemminki ら
8)
は 13 週間の吸入曝
かった作業者(1,068 例)の 7.8%より有意に高くなった
露で雄性生殖細胞への影響を調べ,50 ppm 以上の濃度
(p < 0.01).流産頻度上昇と曝露の関連は,他の薬剤(グ
で異常精子(頭部奇形)の増加が,250 ppm で精巣上
ルタールアルデヒド・ホルムアルデヒド)では認められ
体重量の減少・精子数減少・異常精子(頭部未熟)の増
なかった.なお,論文にはフィンランドの病院におけ
加を認めた.
るエチレンオキシドの濃度として平均値で 0.1-0.5 ppm,
以上のように,疫学調査で流産の増加という報告が複
ピーク値は 250 ppm との情報が記載されているが,こ
数存在するとともに,動物実験では生殖細胞変異原性
の濃度については,調査票郵送時より数十年前に当該
(優性致死)等,明確な影響が認められることから,本
業務に従事していた者も含まれており,調査対象者の
物質は生殖毒性第 1 群に相当すると判断する.実験動物
曝露状況に直接対応するものではないとの指摘もある.
で影響が認められたとする曝露濃度は,発がん性を考
Rowland ら
2)
は,カリフォルニア州の歯科助手を対象
とした質問紙調査(解析対象となった妊娠女性労働者
慮して設定された現行の日本産業衛生学会の許容濃度
9)
と比較して高い濃度である.
1,320 名)を報告している.エチレンオキシドに曝露歴
のあるものは 32 名で,曝露歴のない対照群と比較した
許容濃度等
結果,相対危険度 2.5(95% CI = 1.0-6.3)で流産の増
日本産業衛生学会:1 ppm(1.8 mg/m3)(1990 年)
加が示され,同物質は生殖毒性を示す可能性ありと結論
ACGIH:1 ppm(1.8 mg/m3)(1984 年)
している.Gresie-Brusin ら
3)
は,南アフリカの病院で
滅菌消毒業務に従事する者を対象に調査を行った.解析
対象となったのは 98 例で,エチレンオキシドによる滅
菌消毒作業従事者(高曝露:19 例)と滅菌消毒装置設
置場所に出入りするものの滅菌消毒作業には従事して
いない者(低曝露:79 例)に分けて流産について比較
文 献
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253
エチレングリコールモノメチルエーテル
(2- メトキシエタノール,メチルセロソルブ,
EGME)
CH3OCH2CH2OH
[CAS No.109-86-4]
生殖毒性:第 1 群
エチレングリコールモノメチルエーテル(EGME)は
ヒトの症例報告および疫学研究により曝露作業者にお
ける生殖・発生への影響が確認されている.EGME の
作業環境濃度が 4-20 ppm で TWA が 5.4-8.5 ppm の男
性労働者では,対照群との比較で精子数の減少は見ら
1)
れていないが,精巣の萎縮傾向が見られており ,ま
た TWA で 0-5.6 ppm(平均 0.8 ppm)曝露の作業者で
2)
乏精子症の発生増加傾向が報告されている .但し,前
者においては,他のエチレングリコールエーテルや有
機アミン化合物等の混合曝露があり,後者においては
エチレングリコールモノエチルエーテルの曝露があっ
た.EGME に平均 4.6 年曝露されている 28 名の女性労
働者からの 41 出産児中,妊娠中に EGME に曝露してい
た 6 出産児に精神遅滞,奇形および染色体構造異常が見
られたが,妊娠中の曝露がない女性の 35 出産児にはそ
3)
れらの異常はなかった .しかしながら,曝露濃度に関
する情報は記述されていない.エチレングリコール類の
混合曝露労働者における後ろ向きコホート研究では,高
濃度群の女性労働者に自然流産と低妊孕率の有意なリス
ク上昇,および男性労働者では有意ではないが低妊孕率
4)
のリスク上昇が報告されている .先天奇形の症例対照
研究では,グリコールエーテル曝露に関連するオッズ比
の有意な上昇が,神経管欠損(OR = 1.94,95% CI =
1.16-3.24),口唇裂(OR = 2.03,95% CI = 1.11-3.73),
および重複先天異常(OR = 2.00,95% CI = 1.24-3.23)
で認められた 5).
動物においては,精巣萎縮と受精能低下,胎児毒性,
催奇形性が報告されている.吸入曝露による精巣萎縮は,
ラットに対する 300 ppm × 6 時間 / 日× 5 日 / 週× 13
週間蒸気曝露,およびウサギに対する 30 ppm × 6 時間
/ 日× 5 日 / 週× 13 週間蒸気曝露において確認されてい
る 6).妊娠 6-17 日のラットを 6 時間 / 日曝露させた実験
では死産と胎児死亡を指標として LOAEL が 100 ppm
7)
と報告されている .雌雄のラットを 6 時間 / 日× 5
日 / 週× 13 週間曝露した実験では,300 ppm 曝露で雄
ラットの受精能低下がみられ NOAEL は 100 ppm であっ
た 8).
経 口 投 与 で は, マ ウ ス に 妊 娠 7-14 日 に 1,000 mg/
kg/ 日またはその 1/2-1/32 量を反復経口投与した場合,
31.25 mg/kg およびそれ以上の投与量では骨格異常の発
産衛誌 55 巻,2013
254
生増加が,125 mg/kg およびそれ以上の投与量では胎
児の低体重が,また 250 mg/kg およびそれ以上の投与
9)
量では 1 腹当りの生児数の減少が認められた .
ラットの妊娠 7-15 日に 7 時間 / 日曝露した実験にお
いて,200 ppm 群では 100%の胚が吸収され,100 ppm
群 で は 53 % の 胚 が 吸 収 さ れ た.50 ppm 群 お よ び
100 ppm 群において,胎児毒性および骨格奇形や心奇形
等の奇形頻度の上昇がみられた
10)
.ウサギ(妊娠 6-18
日)およびラット(妊娠 6-15 日)に 3, 10, 50 ppm を,
マウス(妊娠 6-15 日)に 10 および 50 ppm を,それぞ
れ 6 時間 / 日反復曝露した.50 ppm に曝露したラット
およびマウスでは胎児毒性は認められたが催奇形性は認
められなかったのに対し,ウサギでは 50 ppm 曝露で胎
児毒性,催奇形性ともに顕著であった.10 ppm 群では
3 種の動物のいずれも影響がみられなかった
11)
.しかし,
ウサギのみ,10 ppm 曝露により有意な胸骨骨化遅延が
認められた
11)
.妊娠ラットを 25 ppm に反復曝露した
場合,母動物には毒性を認めなかったが,生児に行動学
的変化および神経化学的変化が観測されたことが報告さ
れている 12).
日本産業衛生学会
13)
では,ヒトにおける生殖毒性で
はなく,動物実験結果から妊婦における安全レベルを加
味して許容濃度を算出しているが,ヒトの症例報告およ
び疫学研究によって男性性器への悪影響,女性労働者に
おける流産,催奇形性などの影響が報告され,動物でも
同様の結果が確認されている事から,生殖毒性第 1 群に
分類する.
許容濃度等
日本産業衛生学会:0.1 ppm(0.31 mg/m3)(2009 年)
3
ACGIH:0.1 ppm(0.31 mg/m )(2006 年)
3
(エチレングリコールモノメ
DFG:1 ppm(3.2 mg/m )
チルエーテルアセテートとの合計濃度)
NIOSH:0.1 ppm(0.31 mg/m3)
OSHA:25 ppm(80 mg/m3)
文 献
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ノメチルエーテル.産業衛生学雑誌 2009; 51: 124-6.
産衛誌 55 巻,2013
255
容易に吸収され,その後速やかにエチレングリコールモ
エチレングリコールモノメチルエーテル
アセテート
メチルセロソルブアセテート,
2- メトキシエチルアセテート,EGMEA)
CH3OCH2CH2OCOCH3
[CAS No.110-49-6]
生殖毒性:第 1 群
ヒトにおいては後ろ向きコホート 1),症例対照研究 2),
ノメチルエーテル(EGME)および酢酸に加水分解され
ることから,EGME と同様の生体内運命を示すと考え
られるので,EGMEA を第 1 群とする.
許容濃度等
日本産業衛生学会:0.1 ppm(0.48 mg/m3)(2009 年)
ACGIH:0.1 ppm(0.5 mg/m3)(2006 年)
3
DFG:1 ppm(4.9 mg/m )(エチレングリコールモノ
メチルエーテルとの合計濃度)
および先天異常の出産例が報告されている.ジエチレン
NIOSH:0.1 ppm(0.5 mg/m3)
グリコールジメチルエーテルやエチレングリコールモノ
OSHA:25 ppm(120 mg/m3)
エチルエーテルアセテート(EEA)等の混合曝露を受
けている半導体工場作業者のコホート研究では,感光性
樹脂の加工作業のみに従事する高濃度群の女性作業者に
おいて,自然流産と低妊孕率の相対危険度が 2.9(95%
CI:1.2-7.0)および 4.9(95% CI:1.6-13.3)と有意に
増加していたが,男性作業者の妻においてはその傾向は
1)
有意ではなかった .先天奇形の症例対照研究では,グ
リコールエーテル曝露に関連するオッズ比の有意な上
昇が,神経管欠損(OR = 1.94,95% CI = 1.16-3.24),
口唇裂(OR = 2.03,95% CI = 1.11-3.73),および重
複先天異常(OR = 2.00,95% CI = 1.24-3.23)で認め
2)
られた .エチレングリコールモノメチルエーテルアセ
テート(EGMEA)を 1 日平均 1-2 l 用いて,洗浄作業
を最低 4 時間 / 日,15 歳から従事していた女性(奇形
の家族歴なし)が 22 歳時の初妊娠で,尿道下裂,尿道索,
小陰茎および二分陰嚢の男子,更に 25 歳時に尿道下裂,
および二分陰嚢の男子を出産し,奇形の家族歴がないこ
3)
とから EGMEA が原因と報告されている .
動物においては,精巣毒性,胎児毒性および催奇形性
が報告されている.胃カニューレを用いて EGMEA を
マウスに 62.5,125,250,500,1,000,2,000 mg/kg/ 日
× 5 日 / 週× 5 週間(計 25 回)反復経口投与を行った
実 験 で は 62.5,125,250 mg/kg 群 で は 明 ら か で な い
が,500 mg/kg 群では精巣重量が,また 1,000 および
2,000 mg/kg 群では精巣重量と末梢白血球数が,いずれ
も有意(p < 0.01)にかつ投与量に比例して低下するこ
と,精巣重量の低下に対応して病理組織学的にも精細管
4)
萎縮が顕著となることが明らかにされている .ICR マ
ウスの妊娠 6-13 日に 0,1,225 mg/kg を経口投与した
試験で母動物の体重に影響は見られなかったが,すべて
の母動物の子宮内に吸収胚がみられている 5).
EGMEA 曝露による奇形児の出産が 1 例報告され,疫
学調査として EEA 等のグリコールエーテル類の混合曝
露であるが後ろ向きコホート調査および症例対照研究が
あり,動物では精巣毒性,胎児毒性および催奇形性が明
白である.EGMEA は,肺,皮膚および消化器官から
文 献
1)Correa A, Gray RH, Cohen R, et al. Ethylene glycol
ethers and risks of spontaneous abortion and subfertility. Am J Epidemiol 1996; 143: 707-17.
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産衛誌 55 巻,2013
256
験により明らかに生殖毒性が見られているので,第 1 群
カドミウムおよびカドミウム化合物
Cd
[CAS No.7440-43-9]
生殖毒性:第 1 群
とする.
許容濃度等
日本産業衛生学会:0.05 mg/m3(1976 年)
ACGIH:0.01 mg/m3(1993 年)
カドミウム(Cd)は,多くの様々な生殖組織と生殖
の各段階において毒性を示す.ヒトにおける報告には,
母親の尿中 Cd 濃度と出生児の低体重とが相関する
1, 2)
ことが報告されているが,男性労働者における疫学調査
では,ホルモンや雄性生殖器への影響は見られていな
い 3).動物においては,雌雄生殖器毒性 3,
4)
,胎児毒性
5)
および催奇形性が報告されている .
神通川領域の 57 名の妊婦において,尿中 Cd 濃度と
初乳中 Cd 濃度との関係を調べた結果,尿中 Cd 濃度が
2 µ g/g・Cr 以上の妊婦 12 名では,2 µ g/g・Cr 未満の
妊婦 45 名に比べ,妊娠期間が有意に短縮し,低体重児
1)
の出産率が有意に高くなっていた .バングラデシュの
1,616 名の妊婦の尿中 Cd 濃度と女児の出生体重とは有
意に負の相関を示し,尿中 Cd 濃度が 1 µ g/l 増加すると
45 g の体重減少となったが,男児ではそれは認められ
2)
6)
なかった .Lin によると 289 対の母子を対象とした
出産から 3 歳までの前向きコホート研究の結果,母体血
中 Cd 濃度(中央値:1.05 µ g/l)と出生児の頭囲とは逆
相関し,臍帯血中濃度(中央値:0.31 µ g/l)の上昇は 3
歳における身長,体重および頭囲全てを有意に低下させ
ていた.東京の妊婦 78 名について 10 種の尿中金属濃度
と出生児の体重および頭囲との関連を見た結果,Cd 濃
度と体重(r =−0.271,p < 0.05)および Sn 濃度と頭
囲(r =−0.269,p < 0.05)とに有意な負の相関が得ら
7)
れた .
ベルギーの精錬所で Cd 曝露を受けている男性労働者
83 名の受精能を非曝露労働者と比較した結果,尿中 Cd
濃 度 は 6.94 ± 4.56 µ g/g・Cr 対 0.71 ± 0.52 µ g/g・Cr
と有意に高かったが,曝露の前後においても出生率に有
意差は見られなかった 8).
数種の実験動物において,妊娠後期の大量投与では胎
盤の損傷と胎児死亡が見られ,妊娠初期の投与では脳ヘ
ルニア,水頭症,口唇裂,口蓋裂,小眼球症,小顎症等
の催奇性が報告されている 5).カドミウム 4 mg/kg を 1,
3,6 ヶ月投与されたマウスでは,精巣重量が有意に低
下し,組織の構造変化が起こっており,0.5 mg/kg/day
の CdCl2 を 6 ヶ月間皮下投与されたマウスでは,精嚢が
小さく分泌活性も低くなり,テストステロン活性の低下
と一致していた 5).
9)
10)
日本産業衛生学会の提案理由書 ,ACGIH に生殖
毒性に関する記載がない.ヒトにおいては男性では陰性
報告であるが,女性では複数の疫学報告があり,動物実
文 献
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産衛誌 55 巻,2013
257
年間のトルエン吸引を行っていた母親から産まれた男
トルエン
C6H5CH3
[CAS No.108-88-3]
生殖毒性:第 1 群
児,同様の吸引を続けた母親から産まれた別の男児,妊
娠期間中も含めた 4 年間のトルエン吸引を続けた母親か
ら産まれた女児の 3 例の症例を報告している.この 3 例
では小頭症や眼瞼裂の狭小化,窪んだ眼,小顎症といっ
た頭蓋顔面奇形,短指症などを認めたと報告している.
トルエンは曝露作業者における生殖・発生への影響が
症例報告および疫学研究によって報告されている.
Ng ら
1)
Goodwin5)は妊娠中もトルエン吸引を行っていた 5 人の
女性から産まれた児に子宮内胎児発育遅延,胎児アル
は 平 均 88 ppm(50-150 ppm) の 高 濃 度
コール症候群などを伴った例があったと報告している.
6)
は 10 年間トルエン吸引を行った 28 歳の男
トルエンに曝露された既婚女性 55 名(妊娠回数 105
Suzuki ら
回)の流産を調査した.対照は同工場の低濃度曝露者
性に,剖検にて精巣萎縮や精子形成の異常を認めたと報
(0-25 ppm)31 名(妊娠回数 68 回)と地域の非曝露者
190 名(妊娠回数 444 回)とした.流産率は高濃度曝露
告している.
動物実験においては,Ono ら
7)
は,雌雄の Sprague-
者が 12.4%で低濃度曝露者 2.9%および非曝露者 4.5%に
Dawley ラットに 600 ppm もしくは 2,000 ppm のトルエ
比して有意に高率であった.また,曝露者の就業後の
ンを 1 日 6 時間曝露することによりその妊孕性への影響
流産率は 12.6%で,就業前の 2.9%に対しても有意に高
を調べた.雌ラットは交配 14 日前から妊娠 7 日目まで,
率(p = 0.02)であったと報告している.Svensson ら
2)
雄ラットは交配期間を含め 90 日間曝露された.雄ラッ
はトルエンに曝露されていた 2 つの工場の 47 名(A 社
トへの曝露はペアリングの 60 日前より開始され,精巣
28 名:平均勤続年数 18.4 年,B 社 19 名:平均勤続年数
および生殖能に対する毒性が調べられた.2,000 ppm に
14.5 年)のグラビア印刷労働者(平均年齢 44.4 歳)と
曝露された雌ラットでは曝露 20 日目から流涎,流涙な
対照者(平均年齢 43.5 歳)の血清のホルモンを測定し
どがみられたものの,交配行動や妊孕性,胎児死亡率な
て比較した.その結果,曝露労働者と対照者において各
どは特に差を認めなかった.一方,90 日間 2,000 ppm
ホルモンに明らかな差は認められなかったものの,40
のトルエンに曝露された雄ラットでは,精巣上体重量の
歳未満の曝露労働者(14 名)で LH と FSH が低下して
減少や精子数の減少を認めたと報告している.Roberts
いたが,累積曝露量(ppm ×年)とは関係が認められ
ら 8) は Sprague-Dawley ラットを用いた 2 世代試験を
なかったと報告している.
行っている.親世代(F0)および第 1 世代(F1)に対し,
また,大量曝露(吸引)による症例報告も複数ある.
3)
交 配 前 80 日 間 お よ び 交 配 後 15 日 に わ た り,0,100,
は 2 例の症例を報告している.1 例目は,トル
500,2,000 ppm(0,375,1,875,7,500 mg/m3)のトル
エンを 7 年間吸引し,また妊娠中も吸引を頻回に繰り返
エンを 1 日 6 時間,週 7 日間全身吸入曝露させた.曝露
していた 22 歳の母親(飲酒歴は無し)から,妊娠 35 週
は雌雄どちらのラットにも曝露させたもの,雄ラットの
で産まれた白人の女児についての報告である.この女
み,雌ラットのみの群に分けられた.妊娠ラットは妊娠
児の出生時は体重 2,360 g(50 パーセンタイル),身長
1-20 日目および授乳 5-21 日目に曝露された.第 2 世代
46 cm(50 パーセンタイル),前後径周囲 30.5 cm(25
を生むように選ばれた F1 ラットは離乳後(授乳 21 日
パーセンタイル)であった.その後,発達遅滞を認め,
目)すぐに 80 日間曝露され,100 日齢以降に交配に供
3 歳 2 ヶ月の時点で IQ は 86 であり,身長 91 cm(10 パー
された.第 2 世代の児ラットはトルエンへの吸入曝露は
センタイル),体重 13.3 kg(10 パーセンタイル)であっ
されていない.その結果,トルエンの曝露は妊孕性や繁
た.なお,その病因を調べるため様々な検査をされた
殖能力,授乳期間の児ラットの行動には特に影響が見ら
が,明らかなものは認められなかった.2 例目はトルエ
れなかった.しかし,雌雄どちらにも 2,000 ppm 曝露し
ン吸引歴 10 年,妊娠期間中もほぼ毎日トルエンを吸引
たラット,および雌ラットにのみ 2,000 ppm の曝露を
していた,28 歳の女性から生まれた白人の女児につい
行ったグループでは,胎児の体重減少や骨格変異が認め
ての報告である.出生時の体重が 2,550 g(10 パーセン
られた.Gospe らは
Hersh
9)
Sprague-Dawley ラットにトルエ
タイル未満),身長 48 cm(25 パーセンタイルよりやや
ン(520 mg/kg)をコーンオイルに混ぜて妊娠 6-19 日
上),前後径周囲 47 cm(5 パーセンタイル),言葉の発
目に経口投与した.この実験では,胎児奇形は認められ
達遅延を認め,20 ヶ月のころは身長 80.5 cm(25 パー
なかったものの,胎児の体重および胎盤重量の減少が見
センタイル),体重 8.2 kg(5 パーセンタイル未満,8 ヶ
られたと報告している.
月児の 50 パーセンタイル),前後径周囲が 43.2 cm(5
パーセンタイル未満,7 ヶ月児の 50 パーセンタイル)
であった.また Hersh ら
4)
は,妊娠期間中も含めた 5
以上,ヒトに関しては女性労働者の妊孕性の低下が見
られており,大量吸引の症例としても様々な報告がなさ
れている.さらに動物実験においても精子数の減少や精
産衛誌 55 巻,2013
258
巣上体重量の減少,胎児体重減少,骨格変異などが認め
られていることから,トルエンは明らかにヒトおよび動
物で生殖毒性を持つと判断し,生殖毒性第 1 群に分類す
る.
許容濃度
3
日本産業衛生学会: 50 ppm(188 mg/m )(1994 年)
3
ACGIH:20 ppm(75 mg/m )(2007 年)
文 献
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鉛および鉛化合物
Pb
[CAS No.7439-92-1]
生殖毒性:第 1 群
鉛の生殖・発生毒性についてはヒトで十分な証拠が
存在する.米国 NTP は低レベル鉛曝露による健康影
1)
響についてレビュー文書を 2012 年に公表したが ,生
殖・発生影響に関する記載では,女性の曝露について
< 5 µ g/dl の母体血中鉛(PbB)レベルで胎児の成長遅
延や出生体重の低下との関連を示す十分な証拠があると
し,また男性については PbB レベル ≥ 15 µ g/dl で精子・
精液への有害影響との関連を示す,さらに ≥ 20 µ g/dl
で配偶者の妊娠までの期間の延長との関連を示す十分な
証拠があると総括している.
男 性 で の 影 響 に つ い て,NTP は 1975-2011 年 に 公
表 さ れ た 32 報 の 論 文 を 取 り 上 げ て, そ の う ち 以 下
の 2 報 を 含 む 22 報 で 影 響 が 認 め ら れ た と し て い る.
Lancranjan らは蓄電池工場に勤める 100 名の男性(鉛
への平均曝露年数 8.5 年(1-23 年))の PbB を測定し,
高 PbB 群(23 名,PbB 濃度 74.50 ± 26 µ g/100 ml),中
等度 PbB 群(42 名,PbB 濃度 52.80 ± 21 µ g/100 ml),
低 PbB 群(35 名,PbB 濃度 41 ± 12 µ g/100 ml)に分け,
そして生理学的 PbB 濃度群として同じ工場の異なる建
物で仕事をしている男性 50 名(平均勤続年数 6 年(1-27
年),PbB 濃度 23 ± 14 µ g/100 ml),それに対照群 50
名に関し,精子の状態等を調べた.その結果,高 PbB
群および中等度 PbB 群においては,コントロール群と
比べ精子無力症,精子減少,精子の奇形のそれぞれの割
合が有意に高かった(p < 0.01).また,低 PbB 群では
精子無力症,精子減少が有意に認められた(p < 0.01)
ものの,精子の奇形には有意差はなかった.生理学的
PbB 濃度群においては,いずれも有意差は認められな
かった.これらの結果により,鉛の曝露は妊孕性の低下
を招いているものと考えられる.しかしながら,17- ケ
トステロイドの測定を行ったところ,いずれの群におい
ても有意差は認めなかった.これより,この妊孕性の低
下は,鉛が視床下部−下垂体系に影響を及ぼしているの
ではなく,直接,生殖腺に影響を及ぼしている結果と
2)
結論付けている .Alexander らは鉛製錬所の男性労働
者を対象とした横断的研究において,119 名から血液と
3)
精液の両方の試料を入手し解析を行った .PbB 濃度
を< 15,15-24,25-39 >,40 µ g/dl を基準に群分けし
て解析した結果,各群の精子数(幾何平均値)は 186,
153,137 および 89 million cells と血中濃度に応じ減少
することが示された(傾向について p < 0.05).また血
中濃度が< 15 µ g/dl の労働者と比較して ≥ 40 µ g/dl の
産衛誌 55 巻,2013
259
12)
労働者では,正常精子濃度以下となるリスク(OR = 8.2,
に関する報告が数多く挙げられている.Bellinger ら
95% CI = 1.2-57.9)が高いことが示された.一方,精
は,249 例の出生児の胎盤から採取した臍帯血をもとに,
子の運動性および形状と鉛曝露との間の関連は示され
低曝露群(< 3 µ g/dl),中程度曝露群(6-7 µ g/dl),高
なかった.Lin ら
4)
による後ろ向きコホート研究では,
PbB が少なくとも 1 回以上,25 µ g/dl 以上を示した重
曝露群(≥ 10 µ g/dl)に分け,出生後 6 ヶ月,12 ヶ月,
18 ヶ月,24 ヶ月で Mental Development Index of the
金属工場の男性労働者 4,256 名と 5,148 名の対照群を調
Bayley Scales of Infant Development を用い,その発
べたところ,鉛に曝露されていた群においては,出生
育を前向きコホート研究として検査した.その結果,臍
率が低い結果となった(標準化出生比 0.88,95% CI =
帯血の鉛濃度が高かった高曝露群は,他の 2 群より,い
0.81-0.95).さらに PbB 濃度および曝露期間で解析した
ずれの年代においてもそのスコアが低く,特に 12 ヶ月,
ところ,特に 5 年以上曝露されている群において出生率
18 ヶ月,24 ヶ月では有意に低かったが,出生後の子供
が低くなった(標準化出生比 0.43,95% CI = 0.31-0.59).
の鉛の血中濃度とは無関係であったことから Bellinger
また 5 年以上曝露されている群は,5 年以下の曝露群と
らは,出生前に鉛に曝露された胎児は,出生後数年間の
比べても妊孕率の低下が見られた(RR = 0.3,95% CI
検査で,発達遅滞を認めているとしている.
= 0.23-0.61)ことから鉛に長期間曝露されると妊孕率
以上から鉛(およびその化合物)はヒトにおいて生
が低下する可能性が示されている.さらには Apostoli
殖 毒 性 を 有 す る と 考 え ら れ, 生 殖 毒 性 第 1 群 に 分 類
ら 5) によるレビューによると,精子数の減少,テスト
する.なお,日本産業衛生学会の許容濃度は 1982 年
ステロンの低下など,様々な報告がされている.
3
13)
に 0.1 mg/m に定められ ,生物学的許容値(血液)
女性での影響については,Panova は鉛工場で働く女
性は,排卵異常(おもに排卵周期と黄体異常によるもの)
は 1994 年に 40 µ g/100 ml と定められたが,2013 年に
15 µ g/100 ml が提案された(暫定値).
が対照群と比べ高率に認められたと報告している.尿中
ALA 濃度と無排卵月経周期との間に関連がある,すな
許容濃度等
わち尿中 ALA 濃度が 8-10 mg/l から影響が見られてい
日本産業衛生学会:0.1 mg/m3(1982 年)
6)
る .また台湾の男女鉛曝露作業者における PbB 濃度
ACGIH:0.05 mg/m3(1995 年)
と低体重児,子宮内発育遅延児(SGA)および早産との
日本産業衛生学会生物学的許容値(血液):
関連についての疫学調査では,女性の PbB 濃度と出生
40 µ g/100 ml(1994 年),15 µ g/100 ml(2013 年暫定)
時体重は有意な逆相関であったが,男女とも PbB 濃度
は早産とは関連しなかった.母体 PbB 濃度が 20 µ g/dl
以上では SGA のリスクが有意に高かった(RR = 2.15;
95% CI = 1.15-3.83)だけではなく,有意な量―反応関
係(p < 0.01)もみられ,10 µ g/dl 以上で低体重児およ
7)
び早産リスクが高くなるといえた .
NTP は母体 PbB と胎児の成長遅延や出生体重の低下
との関連については複数の前向き研究と 1 件の大規模
後ろ向き研究の十分な証拠があると報告している.前
向き研究では,妊娠 34-38 週の母体の PbB 濃度(平均
2.5 µ g/dl,n = 53)と出生体重の低下との関連が報告
8)
されている .Jelliffe-Pawlowski らは PbB が 10 µ g/dl
以上の女性は 10 µ g/dl 未満の女性に比べ早産の危険性
が 3 倍高く(aOR = 3.2; 95% CI = 1.2-7.4),成長遅延
のリスクは 4 倍高い(aOR = 4.2; 95% CI = 1.3-13.9)
9)
と報告している .妊娠中または出産時の母体 PbB 濃
度が 9.9 µ g/dl 以下(平均 2.1 µ g/dl)である 43,288 対の
母子を対象とした大規模後ろ向き研究では,PbB 濃度
が出生体重の低下と関連し,1 µ g/dl の PbB 増加による
出生時体重の低下は低濃度のほうが高濃度よりも顕著
であったが,早産や SGA のリスク上昇は見られなかっ
た 10).
また,Bellinger
11)
によるレビューでも鉛と生殖毒性
文 献
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二硫化炭素
CS2
[CAS No.75-15-0]
生殖毒性:第 1 群
ヒトにおける疫学研究では,女性曝露作業者における
月経,妊娠への影響が報告されている.一方,男性曝露
作業者では二硫化炭素による生殖毒性は報告されていな
い.
Cai ら
1)
は,中国女性のビスコースレーヨン作業者
3
,1 年以上の曝露)
183 名(37(冬季)−56 mg/m (夏季)
を非曝露作業者 197 名と比較したところ,月経異常(曝
,妊娠中毒症(曝
露:非曝露,41.6%:20.9%,p < 0.001)
露 : 非曝露,12.7%:3.6%,p < 0.05)の発症頻度が有意
に高値であった.曝露者の臍帯血(3 名中 1 名)
,乳汁(13
名)
,10 名の授乳中の乳児の 5 名の尿からは二硫化炭素
(5 µ g/100 ml,2.8-18.6 µ g/100 ml,1.6-7.1 µ g/100 ml)
が検出され,経胎盤・経乳汁移行が確認されている.
Zhou ら
2)
の後ろ向きコホート研究の報告では,二硫化
炭素に曝露されている 265 名の中国女性のビスコース
3
レーヨン作業者(1.7-14.8 mg/m ,1-15 年の曝露)と
291 名の非曝露者と比較したところ,妊娠中毒症,自然
流産,死産,早産,分娩遅延,先天異常の頻度には有意
差が認められなかったが,月経異常の頻度が有意に上昇
していた(曝露:非曝露,35.9%:18.2%,p < 0.01).
Meyer ら
3)
の報告では,ビスコースレーヨン男性
作 業 者 計 86 名( 慢 性 曝 露 12 ヶ 月 以 上 ), 高 曝 露 群
(> 10 ppm)18 名,中曝露群(2-10 ppm)27 名,低曝
露群(< 2 ppm)22 名,その他(測定値なし)19 名を
非曝露者 89 名と比較したところ,それぞれの群におい
て,精子数,精液量,精子の形態異常の頻度に有意差
は認められなかった.Vanhoorne ら
4)
の報告では 112
名のビスコースレーヨン男性作業者の子どもの数,先
天異常を有する子どもの数を 79 名の非曝露作業者と比
較し,43 名のビスコースレーヨン男性作業者(9.6 ppm
(30 mg/m3),曝露中央値:4.5 年)の精子パラメーター,
乏精子症,精子無力症,無精子症の人の割合を 35 名
の非曝露作業者と比較したところ有意差はなかった.
Takebayashi ら
5)
の後ろ向きコホート研究の報告では,
日本のビスコースレーヨン製造工場男性作業者計 392 名
(調査時の曝露作業者:259 名,過去に曝露されていた
作業者:133 名)の血中 LH,FSH,およびテストステ
ロン濃度について 352 名の非曝露者と比較したところ有
意な変化は認められなかった.Le ら
6)
の報告では,9
名の健常者から得られた精液を用いたハムスターテスト
において,0,1,5,10 µ mol/l の二硫化炭素に曝露し
たのち,精子染色体 203 組の核型分析を行なった結果,
産衛誌 55 巻,2013
261
10 µ mol/l 群では対照群と比較して染色体の数的異常お
許容濃度
よび構造異常(染色体切断)の有意な増加が観察された.
日本産業衛生学会:10 ppm(31 mg/m3)(1974 年)
動物実験では,発生毒性および成熟ラットの精子数へ
DFG:5 ppm(16 mg/m3)
の影響が報告されている.
Lehotzky ら
7)
は,CFY ラ ッ ト を 用 い た 実 験 で 0,
3
3.15,221,631 ppm(0,10,700,2,000 mg/m )
の
用量で妊娠 7-15 日× 6 時間 / 日で吸入曝露したとこ
ろ,700 mg/m3 ま で は 母 動 物 に は 影 響 が な か っ た が
2,000 mg/m3 で は 33 % の 母 動 物 が 震 戦 お よ び 筋 力 低
下を示し死亡した.児動物においては,700 あるいは
2,000 mg/m3 の群において,それぞれ 35%,50%の死
亡率が認められ,生存個体においても眼瞼開裂日の遅
3
延(0,10 mg/m :14 日
齢,700,2,000 mg/m3:17
日齢),過剰興奮,21 日齢での正向反射遅延が認めら
れた.Tabacova ら
8)
は,Wistar ラットを用いた実験
3
で 0,16,32,64 ppm(0,50,100,200 mg/m ) を
妊 娠 期 間 中,8 時 間 / 日 で 吸 入 曝 露 し 児 動 物(F1 お
よび F2)を同一曝露群内で交配後,検索したところ,
100,200 mg/m3 の F1 では早期の胚性致死の増加,胎
児重量の減少,水頭症および内反足の有意な増加が認
められ,その影響は F2 においても観察された.また
200 mg/m3 の F1 では尾の奇形,全身性の浮腫および小
顎症の有意な増加がみられた.Saillenfait ら
9)
は,SD
ラットを用いた実験で 0,100,200,400,800 ppm(0,
317,634,1,268,2,536 mg/m3) の 用 量 で 妊 娠 6-20 日
× 6 時間 / 日で吸入曝露したところ母動物の体重増
3
加 抑 制(1,268 お よ び 2,536 mg/m ), 胎 児 の 体 重減少
3
(1,268 および 2,536 mg/m )に有意差が認められ,また
軽微であるが胸骨の未骨化の有意な増加が観察された
(2,536 mg/m3).Tepe ら 10) は,80-90 日 齢 の 雄 性 LE
ラットに 10 週間吸入曝露(5 時間 / 日× 5 日 / 週,0,
350,600 ppm)した結果,600 ppm 群において,精巣
重量,精巣上体重量,精嚢重量,前立腺重量,血漿ホル
モン(LH,FSH およびテストステロン)値を対照群と
比べたところ有意差は認められなかったが,体重,射出
精子数および精巣上体尾部の精子数の有意な減少および
交尾行動(初回マウントまでの時間,初回マウントから
射精までの時間)への明らかな影響が観察された.
これらの報告により,二硫化炭素はヒトの男性では生
殖毒性は認められていないが,女性では月経,妊娠への
明らかな影響が報告されており,経胎盤,経乳汁移行が
観察されている.動物実験においては母体毒性がみられ
ない曝露濃度においても児動物の死亡率増加や重量減
少,奇形などの影響が認められることから明らかな生殖
毒性があるものと考えられる.よって二硫化炭素を生殖
毒性第 1 群と分類する.
ACGIH:1 ppm(3.13 mg/m3)(2006 年)
NIOSH:1 ppm(3 mg/m3)
文 献
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産衛誌 55 巻,2013
262
CI:1.04-1.25),新生児死亡は 1.17(1.03-1.32)であっ
た 6).Rahman らによる 1,578 対のバングラデシュ母子
ヒ素およびヒ素化合物
As
[CAS No.7440-38-2]
生殖毒性:第 1 群
を対象とした前向きコホート研究では,妊娠 8-30 週に
おける尿中濃度(6-978 µ g/l)と出生児の大きさとには
量―反応関係が見られなかったが,100 µ g/l 未満の低濃
度においては,尿中濃度と出生児体重,頭囲および胸囲
ヒ素は容易に胎盤に移行することがヒトおよび動物で
7)
との間に逆相関が得られた .von Ehrenstein らによ
1)
明らかになっており ,ヒトにおける多くの疫学報告と
るインドの 202 名の既婚女性を面接調査した研究では,
複数の動物実験報告がある.
妊娠中は 95.9%,新生児の 1 年間は 96.7%について飲料
Nordström らによれば,スウェーデン北部 Rönnskär
水中のヒ素濃度値が得られており,出生前の平均濃度は
の銅製錬所の女性労働者から生まれた子の先天性奇形
101.7 µ g/l であった.妊娠中のヒ素濃度が 200 µ g/l 以上
の発生率を調査したところ,妊娠中に勤務していた場合
では 50 µ g/l 未満に比べ交絡因子を調整したオッズ比は
は 17/291(5.8%)と,妊娠中に勤務していなかった場
8)
6.07(95% CI:1.54-24.0,p = 0.01)であった .
合の 22/1,000(2.2%)に比べ有意に増加していた(p <
0.005).多発奇形の発生率では,妊娠中に勤務していた
動物実験では,雌雄生殖器毒性および発生・発達毒性
に関する報告がある 9).
場合は 5/253(1.98%)でスウェーデン北部地域での発
ラットとマウスにおいては,ヒ素による卵巣のステロ
生率 110/24,018(0.46%)に比べ 4 倍と有意に増加して
イド産生の抑制,発情間期の延長,卵巣の濾胞性および
2)
いた(p < 0.005) .また,製錬所労働者および製錬所
子宮細胞の変性が報告されており,さらに,卵細胞にお
に近い 2 地域に住む女性から生まれた子の平均出生時
ける減数分裂異常の増加や卵割と着床前成熟の減退が
体重は,Umeå 地域および製錬所から遠い 2 地域で生ま
9)
起こった .雄マウスに 3 価の無機ヒ素濃度が 4,10,
3)
れた子に比べて有意に低かった .しかし,これらの報
20,40 mg/l の飲水を 35 日間投与した実験では,精巣,
告はヒ素曝露量の評価ならびに出産年齢,鉛曝露など交
精巣上体,精嚢および腹部前立腺のヒ素濃度は投与量の
絡因子の調整がなされていない.Ihrig らは,ヒ素系殺
増加とともに上昇していたが,その影響は低濃度群では
虫剤の製造工場と死産との関係を調査するため,米国
見られず,40 mg/l 群でのみ異常精子の増加に伴う精子
テキサス州の病院で症例対照研究(119 症例:267 対照
数の減少と運動性の低下が見られ
例)を行った.工場から排出されるヒ素の大気中濃度
の飲水を 365 日間投与した実験でも,同様の影響が見
は EPA の Fugitive Dust Model を用いて算出し,なし
られた
3
3
3
(0 ng/m ), 低( < 10 ng/m ), 中(10-100 ng/m ),
3
10)
,さらに,4 mg/l
11)
.妊娠した CFLP マウスに三酸化二ヒ素を 0,
0.26,2.9,28.5 mgAs/m3 の 濃 度 で 妊 娠 9-12 日 ま で 4
高(> 100 ng/m )に分類した.ヒ素濃度上昇に伴って
時間 / 日,吸入曝露し,妊娠 18 日に帝王切開した実験
死産の有病率オッズ比は上昇し,高濃度群では 4.0(95%
3
3
で は,0.26 mgAs/m 群 お よ び 2.9 mgAs/m 群 に 胎 児
CI:1.2-13.7)と有意なリスク増加が認められた.ただ
体重の低値(それぞれ 3.7%,9.9%)のみがみられたが,
し,高濃度群のヒ素濃度は算出値よりもっと高かった可
28.5 mgAs/m3 群では発生毒性(胎児体重の低値,胸骨
4)
能性があると著者らは考えている .
ヒ素汚染飲料水の経口曝露による生殖毒性が,バン
グラデシュ,インド,チリから報告されているが,曝
露量が明白なデータのみ採用した.Ahmad らによるバ
ングラデシュの報告では,96 名の曝露群(≥ 0.1 mg/l)
および四肢の骨化遅延)がみられた
12)
が,催奇性は見
られなかった.催奇性は妊娠早期における静注または腹
腔内投与で起こっている 9).
ヒトにおける多くの疫学報告があり,動物実験により
明らかに生殖毒性が見られているので,第 1 群とする.
に お け る 流 産・ 死 産・ 早 産 の 発 生 率 が, 非 曝 露 群
(< 0.02 mg/l)96 名と比較してそれぞれ 2.66,2.00 お
よび 2.35 倍高かった(p < 0.05).両群の年齢,結婚年齢,
許容濃度
−3
日本産業衛生学会:過剰発がん生涯リスクレベル 10
3
社会的地位および教育歴に差はなかった.また,曝露群
3 µ g/m (ヒ素として)(2000 年)
においては,飲水歴が 15 年以上になるとそれらの出産
ACGIH:0.01 mg/m3(ヒ素として)(1993 年)
5)
異常が有意に増加していた .Rahman らによるバング
ラデシュの女性 29,134 名を対象とした前向きコホート
研究では,妊娠中に摂取した飲料水中のヒ素濃度の上昇
によるリスクが胎児死亡は増加傾向で新生児死亡は有意
な量―反応関係が得られた.ヒ素濃度が 50 µ g/l 以上で
は 50 µ g/l 未満に比べ胎児死亡の相対危険度は 1.14(95%
文 献
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263
フタル酸ジ -2- エチルヘキシル
C24H38O4
[CAS No.117-81-7]
生殖毒性:第 1 群
フタル酸ビス(2- エチルヘキシル)(DEHP)のヒト
での生殖次世代影響に関して,DEHP 曝露とエンドポ
イントとの関連「あり」および「なし」の報告が,多く
のエンドポイントで両方とも存在する.しかし,げっ歯
類における実験で影響が確認されているエンドポイント
のうち,妊娠中の曝露と出生児の肛門生殖突起間距離
(AGD)の短縮との関係については,比較的一貫した結
果が得られている.Swan ら
1)
と Suzuki ら 2)は,妊娠
中の母親の尿中 DEHP 代謝物濃度と男子出生児の AGD
との間に負の相関がみられたと報告し,また,Huang
ら 3) は,男児では関連が確認できなかったが女児で羊
水中のフタル酸モノ(2- エチルヘキシル)(MEHP)と
AGD との間に負の相関を認めたと報告している.また,
神経行動発達への曝露の影響は,複数の前向きコホー
ト研究の結果から示唆されている.米国では Swan ら
4)
が母親の妊娠中の尿中 DEHP 代謝物増加と 3-6 歳の男
児の男の子らしい遊びのスコア低下との間の有意な関連
を,Yolton ら
5)
は妊娠 26 週の尿中代謝物濃度と生後 5
週齢時点での男児の各種反射異常頻度との正の相関を,
Engel ら
6)
は母親の妊娠時の代謝物の合計濃度上昇と 5
日齢の新生児における方向感覚および注意力のスコアと
の間の有意な負の相関を,4-9 歳児では低分子量代謝物
7)
4 種の合計と問題行動や実行機能の低下との関連を ,
さらに 7-9 歳児では低分子量代謝物合計と社会性欠失を
示すトータルスコアとの有意な関連
韓国では,Kim ら
9)
8)
を報告している.
が妊娠中の母親の尿中代謝物濃度
と生後 6 ヶ月における男児の精神発達指標との有意な負
の相関を報告している.
動物実験では雌性生殖影響についての報告は限定的で
あるが,雄での生殖次世代影響については多くの報告が
あり,DEHP がセルトリ細胞の空胞化等の精細管形態
異常,血中性ホルモンの撹乱や生児数の減少等を引き起
こすことは明らかである 10).
雄性生殖毒性は,曝露時期により影響が異なる.妊
娠 12-21 日まで DEHP 100 mg/kg を投与したラットか
ら生まれた雄の児では,21,35 日齢で血清テストステ
ロンおよび黄体形成ホルモン(LH)濃度の低下,21 日
齢でライディッヒ細胞におけるテストステロン産生量の
減少が見られている
11)
.一方,生後 21 日齢から 28 日
間投与した雄ラットでは,10 mg/kg 群で血清 LH およ
び血清テストステロン濃度の上昇とライディッヒ細胞で
のテストステロン産生量の増加が見られている.なお,
産衛誌 55 巻,2013
264
62 日齢から 28 日間投与した場合は,これらの影響は観
察されていない
11)
.また,0,10,100 mg/kg の DEHP
を 21 日 齢 か ら 28,70,100 日 間 投 与 し た 場 合,70 日
間の両投与群ならびに 100 日間投与の 100 mg/kg 群で
血清 LH とテストステロン濃度の上昇が確認されてい
る 12).一方,ライディッヒ細胞のテストステロン産生
量は 100 日間 10 mg/kg 投与以外の群で減少していた.
100 日間 100 mg/kg 投与群ではライディッヒ細胞数の増
加とトリチウムチミジン取り込み増加が見られ,DEHP
はライディッヒ細胞の過形成を促すこと,長期的に血中
の LH やテストステロン濃度とライディッヒ細胞中のア
ロマターゼ活性を上昇させることを報告している
12)
.
DEHP の毒性には種差があると考えられている.サ
ルの一種マーモセットに DEHP0,100,500,2,500 mg/
kg を 13 週間経口投与した結果,精巣重量,病理所見,
精巣中の亜鉛濃度,血中ホルモン濃度に影響は見られな
かった.また,ペルオキシゾームの増殖も見られなかっ
13)
た
.65 週間投与後,臓器重量,雄の性腺や二次生殖
器の鏡検所見,ライディッヒ細胞,セルトリ細胞,精原
細胞の電子顕微鏡所見,精子頭部数,精巣の亜鉛濃度,
グルタチオン濃度,3β - ヒドロキシステロイド脱水素酵
素などに影響は見られなかった
14)
.一方,雌のマーモ
セットでは DEHP500,2,500 mg/kg の投与により,52,
65 週では血清 17β - エストラジオールが上昇し,65 週で
は卵巣,子宮重量が増加する 15).
以上より,ヒトの疫学調査報告において妊娠中の曝露
と AGD の短縮との負の相関および神経行動発達への曝
露の影響が示されており,動物においても精巣毒性や児
への影響を示すデータが十分存在しており,DEHP を
第 1 群に分類する.
妊娠期および授乳期の母動物を介した DEHP 曝露に
よる,雄児の生殖器系への影響は比較的低用量からみ
られる.ラットで妊娠 7 日から出産後 16 日まで曝露し
た実験で観察される AGD 短縮,乳頭遺残数の増加,生
殖器官の重量減少にもとづく NOAEL 3 mg/kg/day
16)
は,現行の許容濃度の算出根拠として採用されている
60 mg/kg/day(イヌ)−65 mg/kg/day(ラット)の
二十分の一程度である.
許容濃度
日本産業衛生学会:5 mg/m3(1995 年)
ACGIH:5 mg/m3(1996 年)
DFG:10 mg/m3
NIOSH:5 mg/m3
文 献
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産衛誌 55 巻,2013
265
2- ブロモプロパンの標的細胞が精祖細胞である可能性
6)
が報告されている .雌ラットに 2- ブロモプロパン 0,
2-ブロモプロパン
CH3CHBrCH3
[CAS No.75-26-3]
生殖毒性:第 1 群
100,300,1,000 ppm/8 時間 / 日の濃度で 9 週間吸入曝
露した実験
7, 8)
では,300 ppm 以上で性周期の乱れが
観察され,100 ppm 以上の曝露群の卵巣で各発達段階の
卵胞数の減少,閉鎖卵胞および嚢胞状卵胞の増加,黄体
ヒトにおける症例集積研究で卵巣毒性と精巣毒性が報
数の減少がみられた.3,000 ppm/8 時間 / 日,1 回曝露
告され,動物実験でも卵巣と精巣の障害が証明されてい
後には始原卵胞が最も早く減少し,卵細胞のアポトーシ
る.
8)
スが増加していた .マウスに 2- ブロモプロパン 300,
2- ブロモプロパンがフッ化炭素樹脂の溶剤として使
600,900,1,800 mg/kg を妊娠第 0 日に腹腔内投与し妊
9)
では,いずれの用量でも母
用された電子部品工場の女性労働者 25 名中 16 名に月経
娠第 3 日に解剖した実験
停止,男性労働者 8 名中 6 名に精子数減少ないし無精子
体毒性は見られず,用量依存的に胚あたりの小核数およ
1)
症が認められ ,実際の曝露濃度に関するデータはない
び小核を有する胚割合の有意な上昇が 900 mg/kg 以上
が,職場を再現して環境濃度を測定した結果は 12.4 ±
の投与群でみられた.ラットに 2- ブロモプロパン 250,
3.1 ppm(9.2-19.6 ppm)であり,曝露された可能性の
500,1,000 mg/kg を妊娠 6-19 日に投与した実験
ある浸漬槽のフード中の濃度は,106 ppm,4,101 ppm,
は,母体毒性のみられない 500 mg/kg でも胎児体重の
2)
3)
4,360 ppm であった .2 年後の追跡調査 では,月経
低下と骨形成の遅延が認められた.
が停止した女性 16 名のうち回復したのは 1 名のみで,
10)
で
ヒトの疫学調査では,曝露濃度が必ずしも明らかで
他の 1 名は無月経のまま妊娠し健康な子供を出産したと
ないものの卵巣毒性,精巣毒性が明白であり,動物実
報告されている.また,卵巣生検を実施した 4 名の所見
験の所見も一致するとともに胎児毒性もみられる.生
は,卵巣皮質の巣状またはび漫性の線維化,各種発達段
殖機能の障害は精粗細胞と卵巣の始原卵胞が標的と考え
階の卵胞の消失,始原卵胞の不規則な萎縮と卵細胞お
られ,重篤な中毒では回復が困難である.以上より,2-
3)
よび顆粒細胞の消失であった .2- ブロモプロパン製造
ブロモプロパンを第 1 群に分類する.現行の許容濃度
4)
では,女性 14 名中曝露をほとんど
1 ppm は,ラットの卵巣毒性の最小毒性量(LOAEL)
受けない会計係 3 名の月経は順調,曝露者 11 名(7.2 ±
100 ppm から動物からヒトへの外挿の不確実係数= 10,
3.7 ppm(2.9-16.2 ppm)) 中 3 名 は 閉 経( い ず れ も 46
亜急性曝露から慢性曝露への外挿および最小毒性量か
歳以上),2 名は不順(37,43 歳),6 名は順調(40 歳 1 名,
ら最大無毒性量(NOAEL)への外挿の不確実係数= 10
30 歳代 2 名,20 歳代 3 名)で,順調な曝露作業者の曝
を考慮し,また,6.5 ppm 前後の曝露を受けた労働者で
露濃度は 6.5 ± 1.7 ppm(4.1-8.6 ppm)だった.男性 11
は卵巣機能や精巣機能の明らかな障害は認められなかっ
名中,調査時は曝露作業に従事していなかったが過去に
たが,造血機能が軽度に抑制されている可能性があるこ
かなりの曝露を受けたと推定される技術員で,精子数
とを念頭に置いて設定されている.
工場での横断研究
6
6
の減少(10.8 × 10 /ml,正常範囲> 24 × 10 /ml)と運
動精子率の低下(7.4%,正常範囲> 50%)がみられた.
許容濃度
調査時の曝露濃度は 11 名中 6 名が検出限界以下で,測
日本産業衛生学会:1 ppm(5 mg/m3)(1999 年)
定できた 4 名は 2.2 ± 2.4 ppm(0.8-5.8 ppm)であった.
動物実験では精巣毒性,卵巣毒性,着床前胚における
小核誘導,胎児毒性が報告されている.雄ラットに 2ブロモプロパン 0,300,1,000,3,000 ppm/8 時間 / 日
を 9 週間(3,000 ppm 群は 9-10 日曝露で瀕死状態になっ
たので曝露を中止し,9 週間後の時点で他群と同時に解
剖している)吸入曝露した実験
5)
では,300 ppm 以上
の群で精細管萎縮がみられるとともに体重当たり精巣
重量,精子数,運動精子率が濃度依存的に著しく減少
し,3,000 ppm,9-10 日曝露群では曝露中止後も回復は
認められなかった.1,000 ppm 以上の曝露群では精細管
中の精子形成細胞が完全に消失し,精巣上体尾部で運動
精子は全く認められなかった.また,2- ブロモプロパン
1,355 mg/kg を 5 回 / 週,2 週間皮下注射した実験では,
文 献
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ポリ塩化ビフェニル類(PCB)
C12H(10-n)Cln
[CAS No.42%塩素化 PCB 53469-21-9,
54%塩素化 PCB 11097-69-1]
生殖毒性:第 1 群
疫学研究では児の発育への影響について複数の報告
が,また,妊娠の成立への影響や精液質低下に関する報
告が存在する.
ヨーロッパ 12 ヶ国の 15 の出生コホート参加者 7,990
人のメタ解析の結果,臍帯血の PCB-153 が 1 µ g/l 上昇
すると,出生時体重が 150 g(95% CI:−250-−50 g)
1)
減少することが明らかになっている .アメリカにお
いても,妊娠中の PCB 曝露量が集団の 10 パーセンタ
イル値から 90 パーセンタイル値まで増加すると男児の
出生時体重が 290 g(95% CI:−504-−76 g),頭囲が
6.7 mm(95% CI:−13.3-−0.1 mm)減少すると報告
されている.女児ではこれらの減少は有意ではないが妊
娠期間の短縮が見られ,また,5 歳時点の身長が有意に
2)
高い結果であった .344 人の子供を対象にしたスペイ
ンの出生コホートでは,6 歳半時点の過体重に関して,
臍帯血中 PCB 濃度の第 1 三分位値以下を基準としたと
き,第 2 三分位値以上の相対危険度が 1.70(95% CI =
3)
1.09-2.64)で,この影響は女児の方が強かった .体外
受精・顕微授精経験者 765 人の女性の着床失敗のオッズ
比は,血清 PCB-153 濃度,総 PCB 濃度の第 1 四分位値
以下を基準としたとき,第 4 四分位値以上でそれぞれ
1.99(95% CI = 1.16-3.40),1.70(95% CI = 1.02-2.85)
4)
であった .血清中 PCB 濃度と精液指標との関連に関
しては,不妊治療中の男性パートナー 212 人の横断研究
において,PCB-138 濃度の第 1 三分位値以下を基準と
したとき,精子運動性低下および精子形態異常のオッズ
比は量反応的に増加し第 2 三分位値以上でそれぞれ 2.35
(95% CI = 1.11-4.99)
,2.53(95% CI = 1.06-6.03)であっ
た 5).
動物においては,いくつかの同族体や PCB 混合物の
妊娠中および授乳期間中の投与による,児の成長の抑
制 6-9),生殖器系の発達の抑制 9-11),児の血清中テスト
ステロン濃度の減少
7)
8, 9)
やサイロキシン濃度 6,
少,聴力低下 ,自発運動量の低下
12)
7)
の減
等が多数報告さ
れている.
以上のように,ヒトの疫学調査報告において PCB に
よる精子毒性,妊娠成立への悪影響,児の発育への影響
が明確であり,動物においても児の発育・発達への毒性
を示すデータが十分存在しており,本物質を第 1 群に分
類する.
産衛誌 55 巻,2013
267
許容濃度
3
日本産業衛生学会:0.01 mg/m (2006 年)
文 献
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