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ホテルマン袴田純一の戦い (第1回)

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ホテルマン袴田純一の戦い (第1回)
ホテルマン袴田純一の戦い (第1回)
20世紀も終わろうとしている1999年の11月15日(月)、袴田純一(ホテル運営会社 株式会社ジャパ
ン・ホテル・マネジメントより派遣されているハンプトン・ホテル・ヤマトの総支配人 45歳)は、池上妙子
(ハンプトン・ホテル・ヤマトのホテル経営会社
株式会社ハンプトン・ホテルの代表取締役社長 40
歳)からの電話を受けた
「袴田さん、大変な事態になりました」
池上妙子はいつになくあわてた様子で電話をしてきた。
「さっき電話でH銀行副頭取が、突然、銀行は自力での再建を断念しました、と言ってこられたのよ」
「何ですって? 副頭取が電話でH銀行が何ですって? 再建を断念した? とおっしゃったんですか?」
「そうなのよ、私、突然そんなこと言われても、一体どうゆうことなのか判らないのよ」
「副頭取が何ておっしゃったかもう一度言ってくれませんか?」
「佐伯副頭取はかなり慌てて、いつもの副頭取じゃないみたいでしたわ。でも私、副頭取が何ておっしゃ
ったかは覚えていますよ、確か副頭取は
『池上社長ですね、私H銀行の佐伯です。突然のことですが実は、銀行の資金を調達するコール市場で
の資金調達が困難となり、資金繰りに重大な支障をきたす事態に陥りました。まことに遺憾なことですが
当行は自力での再建を断念いたしました。本当にご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。今後の
処理は改めて当行の山本部長をホテルにお伺いさせますのでそのときは宜しくお願いいたします』
佐伯副頭取は挨拶もそこそこに早口でそれだけ言うと電話を切ってしまったの」
「その電話は佐伯副頭取に間違いありませんでしたか?」
「ええ、間違いありません、佐伯副頭取の声に間違いありませんでした。ご自分でH銀行の佐伯と名乗っ
ていましたもの。ただ、W大ラグビー部出身の佐伯副頭取にしては、いつもの体育会系の元気は全然あ
りませんでしたわ」
「そうですか、ご本人からですか、でもこちらから、再度電話を入れて、内容確認してみましょう」
「袴田さん、私もこれは何か大変な事態だ、ぐらいは分っていますわ。でも、具体的に一体どうなっている
のか俄かに理解できませんでしたの。だって、H銀行はこの地方ではナンバーワン銀行なんですよ、そ
んな銀行に限ってまさかのことがあるわけがないですもの。だから、私も直ぐにH銀行に電話を入れてみ
ましたの、でも電話は全て『現在、回線が混雑して使えません』とアナウンスが流れているの。銀行に大
変な事態が起きたことには間違いないみたいですわ。ともかく私、何はともあれ、あなたに連絡しておか
なくちゃと電話したのよ。ねえ、絶対大丈夫よね、でも、H銀行がなくなったら私の会社はどうなるの?
袴田さん、私一体どうしたら良いのかしら?」
ハンプトン・ホテル・ヤマトのメインバンクであるN県最大大手のH銀行副頭取の佐伯房雄から、まさかと
思われる、俄かには信じられない衝撃的な電話を受けた池上社長は、日ごろの毅然とした様子とは打っ
て変わり慌てふためいていた。
袴田自身も決して落ち着いていたわけではない。表面は極力平静を装っていたが内心は大揺れしてい
た。彼の心の中は・・・・・・・池上社長は恐怖心から銀行が破綻したと言葉では言わなかったが、これは
銀行が破綻したことなのだ。副頭取自身から連絡があったのだから間違いない、そうなると池上社長の
会社は間違いなく危ない。しかし、そんなことが現実に起こるのだろうか? そんなはずはない、自分は
何も話を副頭取から直接聞いたわけではないのだから、池上社長の早とちりかもしれない。もしそうなら、
自分は池上社長のうっかり勘違いを聴かされたのだ。その可能性もありえる。しかし、ひょっとしたら本当
に銀行が・・・・・・
池上社長からの衝撃的な電話の後、袴田はしばらくその場で受話器をつかんだまま呆然と立ちすくんだ。
そして、頭の中では事実を否定する材料を探そうと必死に思考回路を働かせた。集積された情報から都
合の良い材料を勝手に選び出し結論を誘導した。無理して出した結論は自分自身にも納得いかないとこ
ろが出てくる。そうなると、その結論は砂の城のようにあっけなく崩れた。こんなことを何回も頭の中で繰
り返している内に袴田はだんだん考える自信を失ってきた。そして、その内自分が、解決しない思考に振
り回され事実の認識を意識的に遠ざけるような心理状態に陥っていることに気付いた。
袴田は、ここで「自分がうろたえてどうする」と自分に言い聞かせ、「もっとしっかりしろ袴田純一! お前
は総支配人だろう! お前の後ろには250人の従業員がいるんだぞ!」と自分自身に喝を入れた。
ここはまず、銀行で一体何が起こったか、その内容を自分自身で確認することが先決だと思い直し、袴
田は池上社長からの電話が何かの間違えであったらと、祈る思いを込めて電話機に手を伸ばした。H銀
行のハンプトン・ホテル・ヤマト担当部長山本仙吉の携帯電話は既に総支配人室の電話には短縮登録
されている。まさに電話に手をかけプッシュボタンを押そうとした瞬間、袴田はテレビから流れる臨時ニュ
ースに目を奪われた。
「本日、N県最大大手の地銀H銀行が経営破たんしました。H銀行の財務状態は以前から悪化が噂され
ていましたが、やはり不動産担保融資の焦げ付きが深刻な状態に陥り、そうした不良債権の処理問題
が、進んでいたB銀行との合併の弊害となり合併問題も解消になりました。H銀行は、その後やむなく自
力での再建を続けておりましたが、金融市場での信用を失い、ついに短期金融市場からの金融調達が
急速に困難となり資金繰りに重大な支障をきたす事態に陥り、このたび自力での再建を断念した
と、・・・・(中略)H銀行はN県と県内全市町村の公金を扱う指定金融機関で、預金量の県内シェアは4
0%、貸し出しの県内シェアは45%と、まさに県民の懐を預かるN県と共に歩んできた歴史ある地銀。今
後信用不安が広がらないよう・・・・・・・」
袴田は、今度は脳天をぶち割られたような強力なショックを受けた。そして次の瞬間、身震いするような
恐怖が彼を襲った。
(ここで一言)
この時点では袴田総支配人のホテルはまだ破綻はしていませんが、その前段階のメインバンクの突然
の破綻がこのような形で伝わってきたわけです。あなたがこのホテルの総支配人ならどう受け止めます
か?仮想ホテルの総支配人袴田純一は、ホテル経営会社の女性社長池上妙子からの電話には驚きま
したが、にわかに全てを信じたくない気持ちで、まだ一抹の望みがあるかもしれないと自分を落ち着かせ
る努力をしていました。しかし、テレビから流れるニュースで事実を確認すると、強烈なショックを受けまし
た。
仮想物語では説明がありませんでしたが、池上社長や袴田総支配人が慌てたり大きなショックを受けた
のにはメインバンクだと言う以外にも理由がありました。実は、このホテルのオーナーはA社ですが実質
上はH銀行だったのです。その上、池上社長のホテル経営会社はH銀行の子会社だったからです。7年
前にH銀行の出資先の建設会社(A社はこの建設会社の子会社だった)が倒産し、H銀行はA社をホテ
ルごと引き取り、さらに別の子会社にホテルを経営・運営させていたのです。ホテルは銀行からの出向
社員がマネジメントを担当していました。しかし、ホテルの専門家でない彼らにはホテルの業績を上げる
ことは到底困難でした。そこで、地元の老舗旅館の長女で米国コーネル大学ホテル経営学科出身の池
上妙子を社長に迎え、経営の建て直しを図ることにしたのです。だが、池上社長はあまり身体が丈夫で
はなく、職場に出る機会を医者から制限されていたためホテルの立て直しが思うように進捗せず気に病
んでいました。日ごろから持論でホテルは現場だと主張していた池上社長は、考えに考えて、ついにこの
問題を解決する妙案を思いつきました。それはホテルを所有・経営・運営に分離させることです。これら
が一緒だとお手盛りでホテルを動かすことになり、利益を生み出す効率的経営にも支障をきたすと確信
し、所有は従来どおりA社が、経営は池上社長の株式会社ハンプトン・ホテルが、運営はホテル運営の
専門会社 株式会社ホテル・マネジメント・ジャパンに任せることにしたのです。袴田純一はこのホテル運
営会社から派遣された総支配人だったのです。袴田総支配人は自分の運営会社が直ぐにどうなるとい
うことより、H銀行が破綻となれば、その子会社の池上社長のホテル経営会社やホテル所有のA社も連
鎖倒産は免れない、そうなると250人の従業員は全員職を失うことになる。これが一番のショックだった
のです。
《話をバーチャルの世界に戻します》
一体この事態を後どう対処すればいいのだろうか? 袴田は頭を抱えた。普通なら運営会社の本部に
直ぐにでも連絡しなければならないのだが、実はこの運営会社自体、袴田とパートナーの尾崎貞明(現
在カナダのバンフで日本人所有のリゾートホテルの総支配人として赴任している 45歳)の2人で経営し
ている会社で、東京の本部はあることはあるのだが、そこでは部下の社員が5名で夫々営業や予約、広
報の仕事をしているだけで、袴田の相談の相手になる者はいない。
袴田と尾崎は共にA県の大型都市開発で建設される大型ホテルの開業プロジェクトに参加し、完成後の
3つのホテルを全て黒字にさせ、その見事な手腕はたちまち業界に知れ渡ることになった。A県のプロジ
ェクトの契約が終了した際、これも何かの縁と、気の合った2人でホテル運営会社を設立させることにし
た。そして、A県のプロジェクトに参加している頃から熱心に声をかけられていた、カナダのリゾートホテ
ルとH銀行のホテルに、運営会社設立の初仕事として夫々自らが乗り込むことにした。2人は2~3年は
運営受託先で自らが総支配人をやり、その後は、そこで育った若い優秀な30歳代のホテルマンを総支
配人に昇格させることにした。そして、自分達は本部に戻り、10年以内に20のホテルを運営する日本を
代表するようなホテル運営会社を作ろうと、大きな夢をもっていたのである。
袴田は、このプロジェクトに参加しわずか1年でもう自分達の夢は終わるのかと思うと、いたたまれない
気持ちになった。果して今の段階で事態をカナダの尾崎に知らせるべきかどうか? 袴田は悩んだ。
そのとき、総支配人室を激しくノックする音と、電話がけたたましくなった。
(次号に続く)
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