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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた

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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた
桂かすが
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた
︻Nコード︼
N5981BN
︻作者名︼
桂かすが
︻あらすじ︼
ニートの山野マサル︵23︶は、ハロワに行って面白そうな求
人を見つける。︻剣と魔法のファンタジー世界でテストプレイ。長
期間、泊り込みのできる方。月給25万+歩合給︼ すぐに面接に行き、契約書にサインをする。だがその勤務先は異
世界だったのだ。契約により強制的に異世界送りにされ、生き抜く
ためのチートを貰ったマサルだったが、衝撃の事実を告げられる。
﹁この世界は20年で滅亡します﹂︱︱ただのニートに世界の破滅
1
は回避できるのか!? ◆書籍⑧巻4月25日発売です◆
2
プロローグ 就職活動をしていたと思ったら異世界にいた
ラズグラドワールド。それは天界より見降ろしし諸神のための箱
庭。故にそこは箱庭世界ラズグラドワールドと呼ばれていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
この世界、せっかくいい感じに仕上がってるのに、滅亡させるの
もったいないなあ。また勇者でも作るか?でも勇者も適性あるやつ
探すの結構面倒だしなあ。そうだ、今回は適当なやつに能力を与え
て放り込んでみるか。どんな能力がいいかな。このゲームの設定な
んかいいな。こんな感じ?なんか適当だな。うん、テストもそいつ
にやらせることにしよう。ハロワに求人を出してっと。お、もう誰
か来たか。普段着?履歴書もない?いいよ、近いから直接来てよ。
これでよし。だめだったらまた考えよう。最悪、滅亡してもやり
直せばいい⋮⋮
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
おれの名前は山野マサル、23才。ニートをやっている。おれは
今ハローワークで求人票を眺めている。家でごろごろしていたかっ
たのだが、いい加減お金が底を尽きそうだったので就職口を探して
いたのだ。特に必死に探してるわけではない。探したけど仕事みつ
3
からなかったというと、親もそんなにうるさく言ってこないのだ。
そこでハロワに行ってみつけたのがこれである。
﹃剣と魔法のファンタジー、箱庭世界ラズグラドワールドのテスト
プレイ。長期間、泊り込みのできる方。月給25万+歩合給﹄
その場ですぐに面接が決まり、歩いていける場所だったのでその
まま向かった。普段着である。履歴書もない。それでもいいからす
ぐ来て欲しい。
このあたりで怪しむべきであったがニートの山野はいい仕事がみ
つかりそうだとのんきに構えていた。給料が出たらまずは欲しかっ
たあれとあれを⋮⋮などと妄想してるうちに面接会場に到着、スー
ツ姿のダンディなおじさんに迎えられた。
﹁連絡のあった山野マサルさんですね。よくいらっしゃいました。
わたしは担当の伊藤と申します﹂
﹁はい、山野です。このような格好ですいませんが、よろしくお願
いします。それでテストプレイとありましたがどのようなことをす
るんでしょう﹂
﹁RPGとかはおやりになります?﹂
﹁はい、大好物です﹂
﹁それなら話ははやい。今回新しいスキルシステムを導入すること
になりまして、そのテストをお願いしたいのです﹂
4
話しながら歩き、応接間らしき場所に通される。
﹁ラズグラドワールドは剣と魔法があり、魔物がいてそれを倒す冒
険者がいる、極めて普通のファンタジー世界となってまして、あ、
こちら必要事項の記入をお願いします﹂
1枚の紙に住所や名前、アンケートみたいなもの、もう1枚は契
約書かな?ペンをもらい順番に記入していく。
﹁テストは長期を予定しているのですが⋮⋮﹂
﹁はい、わたくしフリーですので全然問題ありません﹂
﹁それはよかった。それが書けましたらさっそくラズグラドワール
ドを体験してもらいましょうか﹂
﹁え、もう今日からいきなりですか?﹂
﹁ええ、できれば早いほうが。あ、書けました?はいはい、必要事
項は全部埋まってますね。では場所を移動しましょうか﹂
そうしておれはラズグラドワールドに降り立った。
﹁え?え?﹂
周りは草原。いままでビルの一室の応接間にいたはずだ。
﹁ではチュートリアルを行いましょう﹂
5
どこからか伊藤さんの声がする。姿は見えない。
﹁ちょ、ちょっと待ってください、ここはどこですか!?﹂
﹁どこってラズグラドワールドですよ。とりあえずメニューを開い
てもらえますか﹂
丁寧な口調だが、その言葉にはどこか威厳があり従ってしまう。
メニューと考えると目の前にメニュー画面が開いた。名前にレベル
に職業、スキルやアイテム欄が並ぶオーソドックスなものだ。
﹁アイテムを選択してください。ショートソードがありますね?そ
れを選択して装備してみてください﹂
肉体強化Lv2を入れてあ
言われるがままにショートソードを選択すると手の中に剣が現れ
る。
﹁サービスで初期スキルに剣術Lv2
ります﹂
なるほど、スキル欄にはその2つがある。
﹁ではまっすぐ進んでください。野ウサギが出てくるので倒してみ
てください﹂
言われるままにすすむと少しサイズのでかいウサギが現れる。そ
して襲い掛かってきた。
﹁あー、落ち着いて落ち着いて。弱い動物ですから一撃で倒せます
6
よ﹂
ウサギの突進にあわせて剣を振るとウサギは血しぶきを上げて倒
れた。
﹁ウサギのほうに手を向けて収納と考えてください﹂
言われた通りにするとウサギの死体が消えた。
﹁アイテム欄を見てください。ウサギの肉と毛皮が追加されてます
ね。では最初のクエストです。野ウサギを5匹倒してください。い
ま1匹倒したのであと4匹ですね﹂
そうか、ゲームだよなこれ。ウサギがやけにリアルだったし踏み
しめる土の感触とか風が本物としか思えないけど、引き篭もってい
るうちにとうとうVRMMOが開発されたのか⋮⋮
︵いえ、現実ですよこれ︶と、頭に直接ひびく。
ちょっとおおおおおおおお、なに人の心読んでんの!しかもテレ
パシーとか!!
﹁いいですか、ここは地球ではありません。異世界です。リアルで
す。死んだら死にます。戻る方法は私しか知りません。テストプレ
イの期間は20年です。20年生き延びるか、特定イベントをクリ
アすることで日本に戻れます。ちなみに私はこの世界の管理官で、
神様みたいなものと思っていただければ﹂
伊藤神とやり取りした結果、次のことがわかった。
7
・契約したからには最後までやってもらう。拒否権はない。
・クリア条件を満たしたら、元の時間に元の年齢で戻してくれる。
給料もこっちですごした時間だけ払う。こちらで活躍すればするだ
けボーナスも出る。
・この世界は放置しておけば20年以内に滅亡する予定なので、町
に引き篭もるのはおススメしない。
・あくまでスキルテストをしてもらうだけなので世界を救うだとか
考えないで自由に過ごしてもらってかまわない。
﹁ちくしょう、こうなったらやってやる!20年なんとしても生き
延びてやる!!﹂
﹁実は結構わくわくしてるでしょう?あの求人は適性のある人のみ
引っかかるようになってるんですよ。まあ慣れればこちらの生活も
気に入ると思いますよ。ではチュートリアルの続きをやってしまい
ましょう。野ウサギをあと4匹です﹂
1時間ほどかけて野ウサギを4匹倒し、レベルアップをした。
山野マサル ヒューマン ニート
24/12+12↓34/17+17
レベル0↓1
HP
MP 20/20↓20/35
力 3+3↓5+5
体力 4+4↓5+5
敏捷 2↓4
器用 8↓11
8
魔力 15↓17
スキル 0P↓10P
剣術Lv2 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
アイテム 0ゴルド
野ウサギの肉×5 野ウサギの毛皮×5
﹁おめでとうございます。クエストをクリアしたので初期装備品と
2000ゴルドをプレゼントです。ではチュートリアルのラストで
す。スキルのところを選んでください﹂
メニューのスキルを選ぶと別のウィンドウが開き、スキルリスト
が大量に表示された。
﹁スキルポイントを自由に割り振って好きなスキルを取得してくだ
さい。あとスキル振りを失敗したときのためにスキルリセットを用
意したので何度でもやり直し可能です﹂
︻スキルリセット︼ 毎月1回だけスキルをリセットしてポイン
トに戻すことができる
﹁スキルを色々テストしてもらわないといけませんからね。じゃあ
何か選んでみましょうか。生活魔法なんかがおススメですよ﹂
︻生活魔法︼必要1P 生活に便利な魔法セット。着火、水供給、
浄化魔法、ライト。
﹁こちらにはトイレットペーパーがありません。技術レベルは中世
9
くらいですから﹂
︻浄化魔法︼体や物の汚れを落とす。
トイレ用か⋮⋮
﹁剣に血糊がついてますね。浄化魔法を使ってみてください﹂
どうやら魔法は考えるだけで発動するようだ。楽でいいな。剣に
ついた血糊があっという間に消えてなくなった。
﹁以上でチュートリアルは終了です。町はこの先すぐのところにあ
りますので、まずは町に行って冒険者ギルドに入るといいですよ。
では健闘を祈ります﹂
そういい残すと伊藤神の気配が消えたのがわかった。
﹁就職活動をしていたと思ったら異世界にいた。何を言ってるのか
わからないと思うが俺にもよくわからない⋮⋮﹂
10
プロローグ 就職活動をしていたと思ったら異世界にいた︵後書
き︶
異世界トリップものがすきで自分でも書いてみました。テンプレ満
載どこかで見たネタも多いとは思いますが生暖かく見守ってもらえ
るとありがたいです。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
11
1話 明日から本気を出す ︻地図ラフ画像︼
とりあえずアイテムを確認する。
アイテム 2000ゴルド
野ウサギの肉×5 野ウサギの毛皮×5
︻キャンプセット︼ 普通の服 ブーツ ナイフ 初心者ポーショ
ン×10
今の服装はグレーのパーカーにジーンズ、靴はサンダルだ。アイ
テムから服とブーツを取り出して着替える。服は少しごわごわする
が丈夫な布でできている。ブーツはごく普通の皮のブーツのようで
こちらもサイズはぴったりだった。普通の服と書いてあったのでた
ぶんこれで町でも目立たないだろう。キャンプセットに水筒があっ
たので水魔法で補充しのどの渇きをうるおす。ようやく落ち着いて
きた。
﹁とりあえず町だ。ウサギですら襲い掛かってくるようなところに
長居はできん﹂
歩いて30分ほど、遠くに壁が見えてきた。どうやら町は城壁に
囲まれているようだ。近寄ると左手のほうに門らしきものが見えた
のでそちらに向かう。さらに近づくと道があって、門には槍を持っ
た兵士が2人立っていた。掘りの深い顔立ち、どうみても外国人だ
な。
﹁身分証を﹂
12
スキルにあったラズグラドワールド標準語の効果で言葉は理解で
きた。
﹁どうした、身分証は持ってないのか?ならこっちだ﹂
兵士の一人に門の横の建物に連れて行かれる。
﹁字は書けるか?これに名前と出身を書いてくれ﹂とノートを差し
出された。
文字も読めるし、書けそうな気がしたのでペンをもらって名前を
書いてみる。どうやら自動でこちらの文字に変換して指が動いてく
れるようだ。出身はどうしよう⋮⋮とりあえず日本の実家のある地
名を書いておく。
﹁ヤマノマサルか。ふむ?聞いたことのない地名だな﹂
﹁ええ、田舎のほうなんで、へへへ﹂
どうやらそれで納得してもらえたようだ。ちょろいな。
﹁ここへは何をしにきた?﹂
﹁ええと、冒険者ギルドに行こうかと﹂
﹁田舎から冒険者になりにきたのか﹂
じろじろと無遠慮に眺める兵士。
﹁町への入場料が10ゴルドだ。ギルドで身分証を発行してもらえ
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れば身分証を見せればタダになる。一応聞くが犯罪歴はないな?﹂
﹁はい、ありません﹂
メニューを開いて10ゴルドと考えると手のひらに硬貨が収まっ
ていた。銅貨のようだ。10枚あるから銅貨1枚が1ゴルドか。兵
士に数えながら手渡す。
﹁よし、シオリイの町に歓迎する。ギルドの場所は門を抜けてまっ
すぐいけばわかる。腰の剣は町では抜くなよ。武器や魔法を使った
喧嘩は町では禁止だ﹂
町中はそこそこにぎわっていた。門の近くには露店が並んでいて
食べ物やよくわからないものを売っていた。
﹁よう、そこの兄ちゃん買ってかないか?ウサギ肉が焼きたてでう
まいぞ。1本1ゴルドだ﹂
そういえば今日は家を出てから何も食べていない。1ゴルドをア
イテムから出して串を1本もらう。いい匂いだ。塩味でやわらかい
肉が口いっぱいに広がる。気に入ったので5本追加で買って歩きな
がら食べる。言葉も通じるし食べ物も悪くない。串1本1ゴルドで
100円として2000ゴルドで20万円。当面の生活は大丈夫そ
うだな。
歩きながら食べ終わる頃に大きな立派な建物が見えた。看板には
シオリイ商業ギルドと書いてある。さらにその隣に冒険者ギルドと
書いた建物があった。武器を持った柄の悪い連中が出入りしている。
入り口で入ろうかと迷っていると、ごついのに睨まれたので思わず
回れ右してしまった⋮⋮。冒険者ギルドは明日にしよう、うん。ま
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ずは宿だな。いいんだよ、明日から本気だすから!
道を戻って串焼きを買った屋台のおっちゃんにいい宿がないか聞
いてみると竜の息吹亭という冒険者ご用達の宿を教えてもらった。
一泊朝食付きで20ゴルド。昼と夜は食堂があるのでそこで金を出
して食うのだが、美味くて安い料理を出してくれるんだそうだ。
店はほどなく見つかった。この町、区画整理が行き届いているの
か道がまっすぐ整備されていて初めてでも迷子にはなりそうにない
親切設計だ。宿は二階建てで店内は結構広い。カウンターとテーブ
ル席で50人くらいは座れるだろうか。5人ほど、まばらに客が座
っている。店にはいると貫禄のあるおばちゃんに出迎えられた。
﹁いらっしゃーい。あいてるとこに座っとくれ﹂
﹁宿を取りたいんですが﹂
﹁あんたー、宿のほうのお客さんだよ﹂
奥からはげたひょろっとしたおっさんが出てきた。
﹁一泊20ゴルドで朝食はつきます。昼と夜は食堂がありますので
そちらで注文を﹂
聞いていた通りの内容なので一泊を頼み二階の部屋に案内しても
らう。ベッドが一つだけある小さい部屋だが掃除は行き届いている
ようで安心した。シーツもきちんと洗濯されてるようだ。鍵はない
がうちからカンヌキが掛けられるタイプで安心できる。ブーツを脱
ぎ、ベッドに寝転がりメニューを開く。
15
山野マサル ヒューマン ニート
34/17+17
レベル1
HP
MP 25/35
力 5+5
体力 5+5
敏捷 4
器用 11
魔力 17
スキル 9P
剣術Lv2 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法
HPとMPが回復してるな。時間経過で回復するんだろうか。こ
のあたりも調べておかないと。だが最優先はスキルだ。
︻剣術Lv2︼剣を扱うスキル。一般兵なみの剣術。
︻肉体強化Lv2︼力と体力、HPに+100%の補正。
サービスでつけてもらっただけあって2つともかなり使えるスキ
ルだ。9Pしかない現状、方向性は2つ考えられる。いまある剣術
と肉体強化をあげるか、ステータスの高い魔力を生かして魔法を覚
えるかだ。剣術を2から4に2段階あげると7P。魔法なら火魔法
が5Pにレベルを2にあげて計7Pになる。魔法を覚えるにしても
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問題は消費MPだがちょっと調べてみるか。
生活魔法の3つのうち火と水は部屋では使えないので浄化魔法で
テストをする。現在のMPは25。とりあえず体に浄化をかけてみ
る。うん、なんとなくすっきりした気がする。汗くささがなくなっ
たようだ。MPは22に減っていた。歯を磨いてないことを思い出
して口の中を浄化してみる。一瞬で口の中がすっきりした。これは
便利だな。歯がつるつるになってる。MPは21になっていた。浄
化の面積によって変わるんだろうか。
この部屋全体を浄化できるかな?体の5倍として15くらいMP
使えばなんとかなるか?浄化を部屋全体にかける。そこそこ綺麗な
部屋だったが、土足で入るため床はそこそこ汚れていたのがピカピ
カになっていた。そのまま寝転がっても大丈夫なくらいだ。MPは
ちょうど15消費して残り6に。消費MPの調節も簡単にできるみ
たいだな。指定がなければ自動で必要量が消費されて指定があれば
それに従う感じだろうか。
残りMP6で着ている服に浄化をかけてみる。使った瞬間ヒザが
がくりと落ち、床に倒れこみそのまま意識を
失った。
床で目を覚ますと夕方のようだった。床を浄化しといたのは不幸
中の幸いだった。MPは3回復している。MPを使い切るとやばい。
魔法はもうちょっとMP増えるまで覚えるのはやめておこう。
剣術に7P振って残り2P何かないか探すと時計1Pというスキ
ルがあったので入れてみると、日付と時間がメニューに表示された。
それによると今は613年9月11日17時08分。日本だと夏の
終わり頃か。すごしやすい気温で気候的には秋っぽい気がする。
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︻時計︼日付と時間をメニューに表示する。目覚まし機能付き。
︻剣術Lv4︼剣を扱うスキル。一流の剣士相当。
アイテムから銅貨を1枚取り出す。天井に向かって指ではじく。
剣を抜いて銅貨を斬りつけ鞘に収める。いわゆる居合いだ。床に落
ちた銅貨は見事にまっぷたつになっていた。その技量はまさしく一
流と呼ぶにふさわしい。
﹁すげえ。剣道なんかしたことのないおれがレベル1でこれかよ﹂
剣術レベル5へは10Pか。次のレベルは剣術に極振りだな!な
んだか希望がわいてきたよ!
18
1話 明日から本気を出す ︻地図ラフ画像︼︵後書き︶
※イメージ画像です。雑であるとかそういうことを思ってはいけま
せん
<i70191|8209>
19
2話 魔眼はハーレムの夢を暴く ︻画像ティリカ︼
夕食を一階の食堂でとる事にする。日替わり定食にお酒をつけて
8ゴルド。定食は謎肉のステーキに野菜たっぷりのスープにパン。
お酒はワインだった。肉がなんの肉かはおばちゃん達が忙しそうに
してて聞けなかったがなかなかボリュームもあってうまかった。安
くて美味いという話は間違いなかったようだ。
部屋に戻ってメニューを開いてみると︻クエスト︼という項目が
点滅していた。
︻報告日誌を書こう!︼
その日あったことや考えたことを日誌に書こう。専用ノートに書
YES/NO
けば自動的に神様に報告される。報酬スキルポイント 10P
クエストを受けますか?
即YESを選ぶとノートと筆記具がアイテム欄に出たので出して
今日あったことやスキルに関して考察したことを10分ほどかけて
書いた。練習がてらこちらの言語で書いてみたがほとんど日本語と
変わらないくらい使いこなせるみたいだ。書き終わったのでアイテ
ムに収納すると
︻報告日誌を書こう!︼クリア! 日誌はなるべく毎日書こう︵推奨︶日誌は神様が目を通します。
要望などがあれば書くといいことがあるかも!
に表示が変わってスキルポイント10増えていた。まあ月給25万
の仕事だと思えばこれくらいはやってもいいな。序盤のスキルポイ
20
ントの支給は助かるし。さて何を取ろうか。
スキル 11P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計
剣術を取ろうと思ってたけど、せっかく異世界に来たんだし、魔
法も使ってみたい。魔法を見てみると、火水土風、回復魔法などが
5P、空間魔法、精霊魔法、召喚魔法、闇魔法、光魔法などが10
Pとなっていた。10Pの魔法には心惹かれるものがあるが、ここ
は地道に5Pの魔法だろうな。火水土風のどれか1系統を取ってみ
ようか。火魔法が攻撃力がありそうに見えたのでさくっと選択。1
0P消費してレベル3まであげる。
︻火魔法Lv3︼火矢 火球 火槍 火壁 小爆発
あたりが暗くなってきたので布団にもぐりこむ。部屋には明かり
になるようなものはなかったし疲れてもいたのでさっさと寝た。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日、朝食を取ったあとギルドに向かう。冒険者ギルド周辺には
昨日より多くの強そうなごつい人たちがたむろしていた。なるべく
目を合さないようにして中に入る。こっちは身長160cm、体重
50kgのちびのもやしである。絡まれたりしたらワンパンチでや
られるのは確実である。しかも剣やら槍やら装備しててすげー怖い。
21
怒らせたら死ぬ。
中にもそこそこ人は多かったが幸い皆忙しいらしく、こちらのこ
とをほとんど気にも留めてないようだ。なんとか受付カウンターに
たどり着き地味っぽいおっちゃんに声をかける。他にもあいてる受
付の人はいたが女性やらごつい兄ちゃんばっかで一番話しかけやす
そうだったからだ。
冒険者になりたいと伝えると馬鹿にした風もなく、丁寧に対応し
てくれた。うむ、このおっちゃん選んで正解だったな。面接がある
とのことで奥に案内された。昨日の伊藤神との面接直後こちらに送
り込まれたのを思い出して嫌な顔をしたのを見たのか、
﹁冒険者ギルドで身分証を発行するのにちゃんとした人かどうかの
簡単な審査があるのですよ。何、犯罪者だとかじゃない限り心配あ
りません。ではここで少しお待ちください﹂
そういうとおっちゃんは受付のほうに戻っていった。ほどなく禿
で凶悪な面をした中年の男が中学生くらいのかわいい女の子を従え
てやってきた。
﹁ようこそ冒険者ギルドへ、若人よ!名前は?﹂
禿がでかい声で聞いてきた。目の前に来るとでかくて威圧感が半
端じゃない。
﹁ま、マサル。山野マサルです﹂
﹁マサルか。おれは副ギルド長のドレウィン。こっちは3級真偽官
のティリカだ。まあそうびびるな、ちょっと話を聞くだけだ、がは
22
はははは﹂
﹁3級真偽官?﹂わからない言葉が出てきた。
﹁ん?真偽官を知らんのか。どこの田舎から来たんだ﹂
﹁はあ、日本の○Xってとこですけど⋮⋮﹂
﹁ふむ、聞いたことないな。まあいい﹂
いいのかよ!
﹁真偽官ってのは嘘を見抜く魔眼持ちのことだ。今から質問するか
ら正直に答えろよ、坊主﹂
﹁心を読むんですか!?﹂
﹁心は読めない。本当のことを言ってるかどうかがわかるだけ﹂
女の子が初めてしゃべったよ。声もかわいいな。改めてじっくり
見ると美少女だ。ショートカットがよく似合ってる。色が白くて体
が細い。中学生くらいかと思ったが下手したら小学生くらいかもし
れん。目の色が赤と青でオッドアイになってる。これが魔眼だろう
か。
﹁あんまり見つめるな、ティリカは恥ずかしがりやだからな!﹂
﹁あ、すいません﹂
すぐに目をそらす。この禿見た目怖いからできればティリカちゃ
23
んを眺めていたかったがそうもいかないようだ。
﹁うむ。では質問だ。犯罪歴はないか?どこかの国のスパイじゃな
いな?誰かに恨みをかってないか?殺したいほど憎いやつはいない
か?﹂
犯罪もしたことないしスパイでもない、恨みもかった覚えはない
し殺したいほど憎いやつもいないと答える。ちらちらティリカちゃ
んを見てるとぼーっとした顔でこちらを見ているのみ。あれで魔眼
が発動してるのだろうか。
﹁なんで冒険者になりたいなんて思った?﹂
﹁お金を稼ぎたかったのと生き延びるために自分を鍛えたかったん
です﹂
﹁それなら普通に働いたほうが安全だぞ、坊主﹂
﹁楽で稼げる仕事があればそっちのほうがいいですが、冒険者が手
っ取りばやそうだったので﹂
﹁そうだな、そんないい仕事があればおれにも紹介してもらいたい
もんだな、がはははは。それで稼いでそのあとはどうするんだ?﹂
﹁そうですね、どっかに家でも買ってのんびりしたいですねー﹂
﹁若さがねーな、若さが。もっと他に望みはないのか?一番やりた
いことはなんだ?一国一城の主になりたいとか英雄になりたいとか﹂
﹁あー、えーとですね⋮⋮﹂
24
﹁んん、正直に言っちまいな。どうせ嘘はばれるんだしよ﹂
﹁は⋮⋮﹂
﹁は?﹂
﹁その、ハーレムを⋮⋮﹂
﹁わははははー。そうかそうか。若いな!坊主。わははははは﹂
あ、ティリカちゃんが蔑んだ目でこっち見てる。でも異世界だも
の、少しくらいはっちゃけったっていいだろ!
﹁この国ってそういうのありなんでしょうか?﹂
﹁おう、甲斐性さえありゃ何人女を囲っても問題ねーぜ!一夫一婦
制なんていってるのは教会の坊さんくらいだな!おれも嫁さんは2
人だしよ。よし、面接はこんなもんでいいだろ。身分証は発行して
やる。身元はギルドで保証してやるから面倒は起こすなよ?﹂
﹁ええ。でもこんなんでいいんですか?もっと身元とか経歴とか聞
いたり﹂
﹁ああ、過去のことは関係ないぜ。冒険者なんてのはろくでもない
のばっかりだ。過去に多少悪さをしてても指名手配とかじゃなけれ
ば問題ない。あとはギルドのルールさえ守ってくれればおまえも冒
険者ギルドの一員だ!﹂
そのあと受付のおっちゃんのところでギルドカードの発行をして
もらい、色々な説明を1時間ばかり受けた。カードの発行に100
ゴルド。名前を書いて、血をとってカードにつければ登録完了。カ
ードには名前とランクFとしか書いてない。ひもをつけて首からつ
25
るす。ルールはギルド員どうし喧嘩するなとか法律守れとか常識的
なものばかりだった。あとは依頼のシステムとかギルドランク。ラ
ンクはSがトップであとはABCDEF。もちろん俺は最下級のF
ランクスタートだった。依頼をこなす事で階級を上げていく。うん、
よくあるシステムだな。テンプレテンプレ。最後にもう1回、禿と
ティリカちゃんのところに連れて行かれた。
﹁ギルドルールをなるべく守ることを誓いますか?﹂とティリカち
ゃん。
﹁はい、誓います。でもなるべくでいいんですか?﹂
﹁うむ。絶対誓うと言わせると半分くらいのやつは審査にひっかか
るのだ!全部のルールを完璧に守るなんて普通の人間には無理だか
らな!無理のない範囲で守ればいい、いいな?﹂
﹁はい﹂
﹁あとは何かトラブルがあったら一人で解決しようとせずにギルド
に相談しろ﹂
﹁わかりました。結構親切なんですね﹂
﹁おまえらに任せとくとトラブルが拡大するばかりだからな!あと
坊主は初心者講習会を受けておけ。次は何日後だ?﹂
﹁3日後ですね﹂と受付のおっちゃん。
運転免許でやるようなやつかな?
26
﹁無料で一週間かけて冒険者としての訓練をみっちりやってもらえ
るすばらしいシステムだ﹂
﹁一週間!?﹂
﹁そうだ。まあ一週間じゃ全然足りんがないよりましだ。強制じゃ
ないがなるべくなら受けておけ﹂
﹁考えときます⋮⋮﹂
実戦にでてレベル上げしてポイント振れば訓練なんか必要ないし。
無駄な時間をすごす必要はないだろう。
27
2話 魔眼はハーレムの夢を暴く ︻画像ティリカ︼︵後書き︶
ティリカちゃん 正装バージョンです
<i71202|8209>
知り合いの絵師さんからのいただきものです
28
3話 死闘!襲い掛かる野獣
壁に貼ってある依頼をチェックする。この頃になるとギルド内も
だいぶ人が減っている。もうみんな依頼を受けて出かけたんだろう。
野ウサギの肉×5の収集という依頼があったので受付に持って行く。
これなら既に持ってるし万一失敗しても大丈夫というチキンな理由
だ。
﹁ウサギですか。野ウサギは素早いし捕まえるの大変ですよ?﹂と
受付のおっちゃんが忠告してくれた。
﹁でもあいつら向かってくるから、あとは剣でさくっと切れば終わ
りなんで楽でしたよ﹂
なんかおっちゃん困った顔してる。
﹁野ウサギは格下の相手だと襲ってくることがあるんですよね⋮⋮
子供とかよく襲われるんですよ﹂
つまり俺は野ウサギより格下に見られてたってこと?簡単に捕獲
できるのは楽ではあるが、複雑な気持ちである。
﹁気をつけてくださいね。町からあんまり離れるとゴブリンとかモ
ンスターが出ますから。あとは夜は絶対ダメです。危険なのがいま
すから﹂
おっちゃんは急に心配になってきたようだ。
29
﹁大丈夫ですって。これでも魔法も得意なんですよ﹂とおっちゃん
を振り切って出発することにした。おっちゃん、剣術Lv4︵一流
剣士︶に火魔法Lv3︵ベテランメイジ︶なんて言っても信じない
だろうしな。
さて町の外に出る前にまだやることがある。さすがに装備がショ
ートソードと布の服だけでは不安なので装備を整えないと。お金は
まだ1866ゴルド残ってる。おっちゃんに武器と防具の店は聞き
出してある。ぶっちゃけ冒険者ギルドの2軒隣にある。冒険に必要
な店はだいたいギルド周辺に集まってる。便利である。しかも冒険
者ギルドの至近にあるので良心的な商売をしてくれるという。初心
者や田舎者だからといってぼったくられたりはしない素敵仕様であ
る。
店内に入るとところ狭しと武器や防具が並べられている。きょろ
きょろ眺めていると店員が寄ってきた。
﹁本日は何をお求めでしょうか、お客様﹂
異世界なのに接客が行き届いてるな。こういう店はぶっきらぼう
なドワーフが出てくるもんじゃないだろうか。異世界情緒がないに
もほどがある。
﹁ええと、武器と防具を一式そろえたいなーと・・・﹂
﹁失礼ですが、初心者の方でしょうか。戦士でしたらそうですね。
こちらの皮の防具一式なんてどうでしょう。セットで大変お求め安
くなっております。こちらの盾なんかもつけていただけると防御は
安心でございますよ。あ、腰の武器を拝見しても。ふむふむ、これ
はなかなかいい品でございますね。これならメイン武器としては十
30
分でございますよ。しかし予備の武器もお持ちになると安心です。
こちらの剣などいかがでしょうか。ちょっと振ってみていただけま
すか?よろしいようですね。あとは弓や槍などいかがですか?あ、
いりませんか﹂
あっという間に一式そろえられ試着させられてしまった。盾はサ
イズが小さめだが腕に装着できるので左手がフリーになるタイプ。
剣は細身のアイアンソードで力のない俺でも楽々振れる。皮の鎧も
サイズぴったりのを揃えてもらった。この店員なかなかできるな!
剣と盾、皮装備一式で450ゴルド。値段もリーズナブルである。
もうちょっと防御力の高い装備を見せてもらったが、金属製鎧は総
じて重い。皮の鎧も上等なものになると予算オーバーになるのでベ
ストチョイスではなかろうか。
お金を払い、このまま着ていきますのでーと言って店を出た。あ
とは食料品だな。近くの商店で調味料やら保存食、果物なんかを買
いあさりアイテムにぽんぽんいれていく。重いのでつい他の人の前
でアイテムに放り込んでしまったがみんな気にした風がない。お金
を払うときも普通にアイテムから直接取り出して、何もないところ
からお金があらわれたように見えたはずだが、アイテムボックスっ
て別に珍しくもないんだろうか?
装備−450ゴルド 食品−150ゴルド 残1266ゴルド
東門から町をでる。今回はギルドカードがあるので見せるだけで
通してくれた。町の外に出ると道を外れて人のいないところまで歩
く。野ウサギ狩りの前にまだすることがある。習得した火魔法の練
習である。はやく試してみたくてうずうずしてたんだが町中で火を
ぶっ放すわけにもいかない。MPは23となっている。一日で全回
復するくらいだろうか。これはかなり節約して使わないとまずいか
31
もしれない。とりあえずメニューでスキルをチェック。
︻火魔法Lv3︼火矢 火球 火槍 火壁 小爆発
並びからすると火矢が一番弱い魔法だろう。右手には剣を持って
るから左手を前に出して︻火矢︼と念ずると魔法が発動したのがわ
かった。手の前に火矢が浮いている。近くにある岩目掛けて発射す
るときっちり命中した。速度もそこそこあるようだ。火矢でMP3
消費。残りMP20。火矢であと6発、おそらく他の魔法はもっと
消費が多いだろうから節約して使わないといけないな。しかし魔法
は楽である。詠唱もなしに考えるだけで発動するのは簡単すぎて拍
子抜けする。みんなこうなのか、それともスキルの恩恵なのか。ま
あ修行しなきゃ使えませんとかになったら困るから助かるんだけど。
魔法のテスト後、歩くこと10分。野ウサギに遭遇した。そして
襲ってきやがったので剣でさっくり倒した。昨日はちょっと罪悪感
を感じたものだが、こちらを格下認定して襲ってくるとわかったか
らには容赦しない。絶対にだ!
その後も立て続けに野ウサギはあらわれたのですべて一撃で屠る。
野ウサギの集落でもあるんだろうか。10匹目を倒したところでレ
ベルアップした。ステータスをチェックしたいが野ウサギを警戒し
てるので後回しだ。
11匹目を倒したところで腕が重くなってきた。12匹目、13
匹目と連続であらわれたのを倒したところで体力が尽きた。腕が上
がらない。足ががくがくする。なんだこれ。まるでフルマラソンを
走ったあとのようだ。
アイテムに初心者用ポーションがあるのを思い出したので取り出
32
したところでやつがまたあらわれた。そして当然襲ってくる。あせ
ってポーションを飲もうとしたところに頭突きを足に食らった。衝
撃でポーションを落とす。膝をついたところでやつは再度突っ込ん
できた。今度は顔めがけて。とっさに剣を前に突き出すとやつはぎ
ゅーっと鳴くと剣に貫かれて息絶えた。
野ウサギの刺さった剣を落とし肩で息をする。やばい、倒れそう
だ。ポーションをアイテムからもう1本出して飲む。体力が少し戻
ってきたのがわかった。野ウサギをアイテムに収納し、落とした剣
とポーションを拾って立ち上がる。2本目のポーションを飲むが体
力が回復した感じがしない。たぶん、あと2,3回剣を振るえばま
た倒れる。くそ、急いでここを離れないと、またやつが来る。ゆっ
くり来た道を戻る。倒しながらここまで来たから同じ道を戻ればや
つらがあらわれる確率は低いはず。
物音を立てないようにゆっくりと草原を進む。だが無情にもやつ
はあらわれこちらに気がついた。突っ込んでくるのを横にかわして
避ける。くそ、やるしかないのか。もう一度突っ込んでくるやつに
剣を振るい倒す。1回剣を振るだけで体力が半分ほどなくなるのが
わかる。足がふらつく。倒した野ウサギは放置して初心者ポーショ
ンを飲む。しかしやはり効果はでない。くそ、欠陥品かこれ!?
再び町にむかって歩き出す。出るなよ、出るなよと祈るが数分後
またやつが出てきた。そして襲い掛かってくる。なんとかかわす。
どうする、おそらくあと1回剣を振るえば体力は尽きる。そうだ、
魔法だ!︻火矢︼とっさに唱えて放つ。しかし外れる。もう1発︻
火矢︼今度は命中し、やつは倒れる。必死に町に向かうが、やつら
は次々に襲ってくる。ついに町の門が見えた。安心したところにや
つはあらわれ、俺は最後のMPを振り絞り野ウサギを倒して意識を
失った。
33
4話 野ウサギと死闘を繰り広げた男
気がつくと知らない天井だった。うん、定番だからね。言っとか
ないと。
﹁お、坊主、気がついたか﹂
﹁はg⋮⋮ドレウィンさん﹂
﹁おい、いま禿って言いかけなかったか?﹂
﹁いえ、そんなこと思ってもいませんよ﹂
﹁ギルティ︵有罪︶﹂
魔眼持ち少女は容赦なく判定する。
﹁いいか、おれは少し後退してるが禿じゃない!わかったか?﹂
指を突きつけられて脅されたのでぶんぶんと首を縦に振る。
﹁微妙なお年頃。あまり頭のことには触れないほうがいい﹂
いや、ティリカちゃん、あんたが言うな。
﹁それでどうしたんだ。町の近くで倒れてたところを見つけて運び
込まれたって話だが﹂
34
親切な人が倒れたおれを発見して冒険者ギルドまで運んで来てく
れたらしい。
﹁魔獣が襲い掛かってきて、死闘の末、相打ちに⋮⋮﹂
うん、嘘はいってない。ティリカちゃんも反応してない。
﹁魔獣ってこれか?﹂と、ドレウィンが焼け焦げた野ウサギを見せ
る。
﹁お前の近くに落ちてたから一緒に拾ってきてくれたんだよ﹂
﹁最初は調子よかったんだけど、戦ってるうちに体力が消耗してき
て、それでもやつらは襲ってきて、おれも必死で戦ったんだけど町
が見えたあたりでMPも尽きて⋮⋮﹂
﹁それで最後は野ウサギと相打ちか?どんな魔獣と戦ってたんだお
めーは﹂
おれは答えない。野ウサギと戦って殺されかけましたなんて言え
るか?
﹁ギルドカードを見せてみろ﹂
ひょいとギルドカードを奪われた。
﹁ギルドカードには討伐した獣やモンスターを記録する機能がある
んだ。説明されなかったか?﹂
確かに聞いたような気がする。討伐依頼でも倒しさえすればカー
35
ドに記録されるので死体を持ち帰るなんて面倒なことはしなくてす
む便利な機能だ。
﹁ひのふの⋮⋮野ウサギばかり21匹か。一日でこの数はすげーが、
まじか⋮⋮野ウサギに殺されかけたとか冗談だろう?﹂
﹁やつらは恐ろしい敵だった⋮⋮﹂
まじで怖かった。もう死ぬかと思った。
﹁ほんとうか?﹂とドレウィンはティリカを振り返る。
﹁嘘は言ってない﹂
﹁ぷっ。うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、ひー﹂
ドレウィンは大笑いしている。くそ、悔しくて涙が出てきた。テ
ィリカはそれをぼーっと眺めている。数分後ようやく笑い終わった
ドレウィン。
﹁あー、こんなに笑わせてもらったのは久しぶりだぜ。がはははは
は。ああ、お前を拾ってきてくれたやつにはちゃんと礼を言っとけ
よ。あと3日後の初心者講習おめーは絶対来いよ。拒否は許さん﹂
おれは大人しく肯くしかなかった。その日はそのまま宿に戻って
さめざめと泣いて寝た。
翌日、ギルドに行くと野ウサギと死闘を繰り広げたあげく相打ち
になった男としてすっかり有名になっていた。依頼の報告をしてす
ぐに宿に戻って布団をかぶって不貞寝した。ちなみに噂を広めたの
は俺を拾ったやつらしい。ドレウィンとティリカは黙っててくれた
36
みたいだ。命の恩人め⋮⋮ありがとう、だが許すまじ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
後日、おれを拾った人にお礼を言いにいった。
﹁いや、だって冒険者を倒すほど強いモンスターが出たなら報告し
ないとダメでしょ?だから倒れてた君のギルドカードを見せてもら
ったんだけど。ほら、倒れてた状況とか説明しないといけないから
全部しゃべっちゃったんだよね。それが広まっちゃったらしくて。
正直すまんかった﹂
倒れた原因は剣術Lv4だった。体力が人並み以下なのに一流剣
士の動きをするからあっという間にスタミナが尽きたのだ。ポーシ
ョンが効かなかったのは連続で飲んだから効果がでなかったから。
最低でも30分は間隔をあけないとだめなのだそうだ。
日誌はちゃんと書いたら返事が来てた。
﹃予想外に面白かったのでボーナスあげます。伊藤﹄
ボーナスは魔力の指輪というマジックアイテムだった。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギと死闘を繰り広げた男
54/27+27
レベル1>2
HP
MP 52/52
37
力 7+7
体力 7+7
敏捷 5
器用 14
魔力 22
スキル 11P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv3
アイテム
1266ゴルド+野ウサギの肉報酬︵1匹20ゴルド×15︶30
0ゴルド−宿3日分と食事代90ゴルド
=1476ゴルド
野ウサギの毛皮×18 野ウサギの肉×3 他省略
38
5話 初心者講習会
おれは今、20kgの荷物を担いで走っている。いや無理やり走ら
されている。止まることは許されない。鬼軍曹が後ろから棒を持っ
て追いかけてくるからだ。
﹁そこの野ウサギ野郎!ちんたら走るな!そんなんだから貴様は野
ウサギごときと相打ちなのだ!!走れ!走れ!くそ野郎ども!!﹂
初心者講習はばっくれるつもりだった。もうこのままお金がなく
なるまで宿に篭っていようと思っていた。あんな生き恥をさらして
のうのうと生きていけるほど、おれは図太くはできていない。講習
当日の朝も朝食もとらずにぐずぐず寝ていると突然扉をぶち破りド
レウィンが部屋に突入してきて訓練場まで連行されたのだ。
﹁強制だと言ったろう、がはは﹂
副ギルド長なのに暇なのかこいつは!?
﹁なんで宿を知ってるんだよ!﹂
﹁2日ほどギルドに顔を出さんかっただろ?こりゃー初心者講習も
こねーかと思ったんで調べさせた。ああ、宿のことは心配するな。
ちゃんと説明しといたから。扉もあとで直しておいてやるよ﹂
39
訓練場には既に5人の候補生が待っていた。男4人に女1人。こ
れから地獄を共にする仲間たちだ。だがそのときは暗く沈んだおれ
をのぞいては、雑談をしつつのんびりムードだった。
軍曹も最初は愛想がよかった。
﹁諸君、この初心者講習によく来てくれた。わたしがこれから一週
間諸君の面倒を見る、元Aランク冒険者ヴォークト軍曹である。諸
君らはまだひよっこではあるが、この一週間の訓練を通して冒険者
のなんたるかを学び、立派な冒険者として巣立って行ってくれる事
を望む。では、まずはこの装備を首につけてくれ﹂
元Aランクというあたりですげー、Aランクかよなどとざわめい
た以外はみんな静かに希望に満ち溢れた顔で話を聞いていた。おれ
以外。軍曹は一人一人に首輪を装着していった。
﹁これはこれからの諸君の訓練を手助けするための装備である﹂
みな怪訝そうな顔をしていたが、大人しく首輪をつけていった。
最後におれに首輪をつけ終わった瞬間ヴォークト軍曹はニヤリと笑
い、一週間の地獄が始まった。
﹁聞けえ、くそ虫ども!!!﹂
軍曹が大音声で怒鳴る。
﹁貴様らには一週間、ここで生活してもらう!その首輪は隷属の首
輪。外れるのは一週間後だ!貴様らに残された道はここでひたすら
訓練に励むことだけである﹂
40
とたんに候補生たちが騒ぎ始める。
﹁隷属の首輪を勝手につけるなんて許されるはずがない!﹂
隷属の首輪とは人を奴隷化するためのマジックアイテムである。
外そうとするが、当然自分で外すことはできない。
﹁黙れ!くそ虫めが!話しかけられたとき以外は口を開くな!口で
くそをたれる前と後にサーをつけろ!!そこのくそ虫、何か言いた
いことがあるなら言ってみろ!﹂
﹁サー!これは犯罪行為です、サー!﹂
﹁見ろ!くそ虫ども。これは国王陛下と総ギルド長殿の連名の許可
状である。この訓練場内に限り隷属の首輪の使用は許可されておる。
さあ、無駄話は終わりだ。そこの荷物を背負え!﹂
首輪の効果か、体が勝手に動いて荷物を背負う。重い。
﹁返事はイエス、サー!だ。くそ虫ども!!﹂
﹁﹁﹁サー、イエス、サー!﹂﹂﹂
﹁声が小さい!!!﹂
﹁﹁﹁サー!イエス!サー!!!﹂﹂﹂
﹁よし、背負ったな。トラックを全力で駆け足!走れ!!﹂
﹁﹁﹁サー、イエス!サー!!!﹂﹂﹂
41
地獄の始まりだった。つぶれるまでしごかれ、限界にきたら回復
魔法をかけられ、またしごかれた。3日間はひたすら荷物を背負っ
て走らされた。4日目からは戦闘訓練が始まった。
﹁ふざけるな、それで殺せるか!気合を入れろ!!﹂
﹁﹁﹁サー、イエス!サー!!!﹂﹂﹂
﹁貴様らは厳しい俺を嫌うだろう。だが憎めばそれだけ学ぶ。おれ
は厳しいが公平だ。男も女も、ヒューマンもエルフも獣人もドワー
フもオークもゴブリンもすべて平等に価値がない!俺の使命は役立
たずのくそ虫どもを冒険者に仕立て上げることだ。わかったか、く
そ虫ども!﹂
﹁﹁﹁サー、イエス!サー!!!﹂﹂﹂
日が昇って、落ちるまで休むことは許されなかった。治癒術師が
常に待機しており倒れたものには回復魔法をかけて復帰させられた。
日が落ちると6人は泥のように眠った。
ある時、神が言った。
﹁集まれ!くそ虫ども!!﹂
おれたちは即座に集合し、整列した。神の言葉に全力でもって応
じねばならない。
42
﹁いま、このときを持って諸君らの訓練を終了する。本日から貴様
らは一人前の冒険者である。貴様らがくたばるその日まで、どこに
いようと貴様らは冒険者だ。多くのものは冒険の途中で倒れ二度と
戻らないだろう。だが心に刻んでおけ。この訓練を成し遂げた今、
恐れるものは何もない。胸を張って言え。我々は冒険者であると!﹂
軍曹は一人一人の首輪を外し、抱きしめ声をかけていった。おれ
たちは呆然とし、ただ立ち尽くしていた。本当に終わったのか?周
りを見回すと多くの先輩冒険者たちが見に来ていた。あるものは拍
手し、あるものは涙を流し、あるものは﹁よくやった、よくやった﹂
と声をかけてくれた。
最後におれの首輪を外し、軍曹がおれを抱きしめながらいった。
﹁よくやった。おれは貴様を誇りに思う。貴様はもう野ウサギでは
ない。一人前の冒険者だ。何を呆然としておる。貴様は今からそれ
を証明しに行くのだ﹂
﹁はい、軍曹どの⋮⋮﹂
おれは涙を流しながら答えた。そうだ。おれはやつらに復讐せね
ばならないのだ。
その日と次の日は治療のため訓練場に留まった。治療術師が注意
深くおれたちを診察、治療し、異常のないことが確認された。おれ
と仲間たちは2日間色々と話し合った。時には軍曹どのも交え、時
には他の冒険者たちも様子を見に来てくださった。この訓練メニュ
ーはそのまま冒険者にすると死ぬ確率が高いと思われる初心者に半
強制的に施されるもので、実際にこの訓練を卒業した冒険者の死亡
率は半分以下に下がった。ただひたすらに苛め抜くような訓練メニ
43
ューは注意深くコントロールされたものだった。6人の訓練生は全
員、次の日には訓練場から解放された。
なおこの一週間についての日誌は日本語にて記す。色々と倫理上
の問題もあるので、この訓練場内部でのことは極秘である。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギと死闘を繰り広げた男
84/42+42
レベル2
HP
MP 62/62
力 18+18
体力 20+20
敏捷 11
器用 16
魔力 25
スキル 11P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv3 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
︻体力回復強化︼HPとスタミナ回復の速度が上がる。治療やポー
ションの効果が上がる。
44
︻根性︼HP0になってもHP1で踏みとどまる。一日一度。
45
5話 初心者講習会︵後書き︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
46
6話 リベンジオブラビット前編
5人の仲間とは再会を約束して別れた。3人はもともと別の町が
拠点でそちらに戻るという。2人はパーティに入らないかと誘って
くれたがおれはやることがあると言って断った。訓練場を出るとド
レウィンが待っていた。
﹁俺を恨んでいるか?﹂
﹁いえ、感謝してますよ。おれの腐った性根を叩きなおしてくれた﹂
﹁そうか。そう言ってくれると心を鬼にしてお前を初心者講習会に
連れて行った甲斐があったってものだ﹂
連行するとき笑いながら連れて行かれた気がするが感謝してるの
は本当なので言わないでおこう。
ギルドホールに行くと何人かがこっちを見て笑った。﹁あれが野
ウサギの⋮⋮﹂などと聞こえてくる。心に刺さるがぐっとこらえ、
依頼を探し、見つけた。
︻野ウサギの肉×5の収集︼
依頼を受付のおっちゃんのところまで持っていく。
﹁これ⋮⋮お願いします﹂
﹁行くのかね﹂
47
﹁ええ。今度は⋮⋮負けません﹂
スキルポイントは余ってるが使わないことにした。以前と同じ条
件じゃないと負けた気がするからだ。油断しなければ勝てる。そう
いう思いがあった。以前と同じスキル、以前と同じ装備で勝負をす
る。皮の鎧は少々ぼろぼろになっているが。
東門から町の外へ。門番の兵士にも﹁今度は野ウサギに負けて帰
ってくるなよー﹂と言われそそくさと門を出る。くそう、どこまで
噂広がってるんだよ。
ゆっくりとやつらの領域に近づいていく。油断なく剣を構え、歩
を進める。出た。そして襲い掛かってくる。十分引き付けて軽く剣
を振るい仕留める。以前のようにがむしゃらに剣を振ったりはしな
い。自然体だ。野ウサギは解体せずにそのままアイテムに収納する。
ゆっくりと進み、やつらを仕留めて行く。10匹、20匹。体力は
万全だ。50匹を超えたところでレベルが上がった。まだだ。まだ
やれる。だがとたんにやつらが出てこなくなった。全滅した?まさ
かな。ゆっくりと変わらないペースで歩く。いた。前方に野ウサギ
だ。やつはこちらに気がつき⋮⋮逃げ出した。アイテムから水筒を
取り出し水を飲む。
﹁そうか、おれはやつらに勝ったのか⋮⋮﹂
なんとなくもやもやした感じだがそう思うことにした。狩った野
ウサギは57匹。もう十分だろう。町に帰ることにしよう。その時
もう1匹野ウサギが視界に入った。こっちには気がついていない。
気配を殺して観察する。やつらは気配に敏感だ。近寄って剣で倒す
のはおそらく無理だろう。そこで魔法の準備をする。︻火矢︼魔法
48
が発動、火矢が発射され野ウサギに向かい、そしてかわされ、やつ
はそのまま逃げていった。
また野ウサギを探す。数分後、いた。慎重に火矢を放つ。が、ま
たかわされる。くそ、あいつら魔法を感知するのか?さらに草原を
うろついて野ウサギを探す。あんなに大量に襲い掛かってきた野ウ
サギがこっちが探すとなるとなかなか見つからない。
30分ほどたった頃やっと野ウサギが見つかった。今度は︻火球︼
を試すことにする。火矢も火球も要領は同じだ。︻火球︼発動。火
の玉が野ウサギに向かっていく。やつは寸前で気がつき回避を試し
みるが火球が命中する。やった!
そして野ウサギは死体も残さず消し飛んだ⋮⋮
火槍や小爆発は火球よりレベルが上だし威力もさらにありそうな
ので、火壁を試してみた。野ウサギは黒こげになり炭のようになっ
た。食えそうなところは一切れも残っていない。もう打つ手はない。
確かに今日は57匹もの野ウサギを狩った。だがそれは草を刈るよ
うな単純作業だった。レベルが上がり、やつらの本来の動きを取り
戻したとたんこの体たらく。ここからが本当の勝負だ。
そう、やつらとの戦いはこれからだ!やる気が出てきた。幸いポ
イントは21Pもある。やつらに有効なスキルを取得するのだ。訓
練を通してスキルポイントを消費しなくても通常の修練でスキルを
習得できるのもわかっている。弓でも習ってみるのもいいかもしれ
ない。
そんなことを考えていると町の門に到着した。
49
﹁おお、野ウサギ君。野ウサギは取れたかね﹂
兵士がニヤニヤ笑いながら聞いてくる。おれのあだ名、野ウサギ
かよ。
﹁57匹だ﹂
﹁は?﹂
﹁57匹取れたと言っている﹂
﹁嘘だろ。おまえが外に出て3,4時間しかたってねーのに、そん
なに取れるわけねーだろ﹂
アイテムを操作して兵士の目の前に57匹の野ウサギをすべて出
してやる。兵士は口をぱくぱくさせている。おれは再び野ウサギを
収納してギルドに向かった。
受付のおっちゃんに声をかける。
﹁早かったね。依頼は無事完了したかい?﹂
﹁ええ、かなりの収穫でしたよ﹂
おっちゃんと素材受け取り用のカウンターに移動して野ウサギを
全部ぶちまける。
﹁こ、これはすごいね、一体何匹いるんだい﹂
﹁57匹です﹂
50
周りがこちらに注目してざわめく。﹁野ウサギの﹂﹁野ウサギが
⋮⋮﹂などと聞こえてくるが笑い声は出ない。ふふふ、驚いてるな。
﹁野ウサギハンターだ﹂ 誰かがそうつぶやいた。
﹁野ウサギハンター!﹂﹁野ウサギハンター!!﹂﹁野ウサギハン
ター!!!﹂
ギルドホールが盛り上がる。この瞬間、おれの称号は︻野ウサギ
ハンター︼へと切り替わった。
あとで知ったことだが、野ウサギは非常にめんどくさい獣だ。低
レベルでは捕まえるのは困難。高レベルなら狩れるが、そんな高レ
ベルの冒険者が報酬の安い野ウサギなどは積極的に狙わない。普通
はどうするのかというと罠を使う。だが罠だとかかるのは日に数匹。
1日で57匹はちょっとした偉業である。野ウサギに負けて帰って
きた初心者冒険者がみごとにリベンジを果たしてきたのだ。ギルド
にいた冒険者たちはただ素直にその偉業をたたえるのであった。
51
6話 リベンジオブラビット前編︵後書き︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
52
7話 リベンジオブラビット後編
翌日、おれはギルドの訓練場に来ていた。ヴォークト軍曹どのの
薫陶のもと、弓と投げナイフでの投擲術の練習中だ。当初は弓のみ
の練習だったのだが弓は結構音がする。飛距離は減るが投げナイフ
ならほぼ無音で攻撃できるので両方習得することにしたのだ。
﹁なるほど、貴様の戦いはまだ終わってないのだな。その意気やよ
し﹂
﹁それで対野ウサギ用に新しいスキルを取得したのです﹂
﹁ほう、どんなスキルだね﹂
﹁軍曹どの、あれは?﹂と軍曹どのの後ろを指差す。軍曹どのが振
り返った瞬間、気配を殺し無音で軍曹どののサイドに回りこみ、ナ
イフをわき腹めがけて突き刺そうとする。が、寸前で腕を取られ、
止められる。
﹁驚いたな。このわたしの懐を取るとは﹂
﹁いえ、軍曹どのこそさすがであります。完全に不意をついたはず
なのに止められるとは﹂
﹁気配を殺してからの無音移動か。いいスキルだ。並のものなら止
められないだろう﹂
﹁ええ、これでやつらを今度こそ殲滅してきます﹂
53
結局その日は終日、投げナイフの訓練に費やした。弓は︻隠密︼
︻忍び足︼との相性がいまいちだとわかったので投擲一本にしぼっ
たのだ。おかげで暗くなる頃までには投擲術はレベル2まであがっ
ていた。
新しく追加したスキルは
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv2 忍び足Lv2 気配
察知Lv2 これで残っていた21Pはすべて消費した。気配察知で敵を探索
し、隠密、忍び足で接近。投げナイフで仕留める。すばらしい勝利
の方程式である。
次の日、さっそく草原に出かける。依頼はなかったが、依頼のな
い素材でも需要のあるものならお隣の商業ギルドで買い取りをして
くれる。まあ野ウサギ57匹の報酬で3000ゴルドくらいにお金
が増えたからしばらく稼ぐ必要はないだが。
門でいつもの兵士が声をかけてきた。
﹁よう、野ウサギ、今日も野ウサギ狩りか?がんばれよ!﹂
激励してもらった。呼び名はすっかり野ウサギで定着してしまっ
てるし⋮⋮
さて、草原にでたわけだがさすがに先日に狩ったあたりでは獲物
は減ってるだろうから違う方向に向かう。気配察知を使いながら移
動していく。鳥や小さなねずみがひっかかるが野ウサギはまだみつ
54
からない。慣れてないのかレベルが低いのか、生き物の気配と方角
くらいはわかるんだが、種類とか正確な位置とかがいまいちわから
ない。それでも昨日まではわからなかったねずみや鳥をみつけられ
たので野ウサギも問題ないだろう。
隠密と忍び足でしばらく歩くとようやく獲物が見えた。野ウサギ
だ。投げナイフを手に取るとゆっくりと接近する。確実に当てられ
る距離⋮⋮ここだ!ナイフを投擲。やつはナイフに気がつくことも
なく絶命していた。
夢中になって狩っていると2時間くらいたっていた。野ウサギは
すでに30匹。なかなかのペースである。気がつくと森の近くまで
来ていた。休憩しながら考える。森の中にはもっと大型の獲物、鹿
や猪、熊なんかがいるらしい。だがモンスターも出るから危険も多
い。
どうしようか考えていると森から何か出てきた。草原に伏せて気
配を殺して様子を窺う。あれがオークか。背は低いががっしりした
体格。豚のような顔。ぼろぼろの布をまとって手には棍棒を持って
いる。だんだん距離が近くなってくる。オークは無警戒にこちらへ
と歩いてくる。殺れるか?まだナイフは届かないだろうが、魔法な
らおそらく届く。
オークに向かって左手をかざし︻火槍︼発動。火矢は魔法を唱え
るとほぼノータイムで発動するが、火球や火槍は発動に時間がかか
る。火の槍が形成される。オークはこちらに気がついたようだが、
もう遅い。火槍を発射する。火矢よりもかなり速度が速い。オーク
が避ける間もなく胴体に命中し、オークは倒れる。
﹁さすがおれ。余裕じゃないか﹂
55
人型モンスターを倒すのに何か嫌悪感でもあるかと思ったが特に
そんなこともなかった。野ウサギを狩るのと何も変わらない。
死体を回収しようとすると、森からさらにオークが数匹でてきた。
こちらの姿に気がついて棍棒を振りかざして襲ってきた。まだ距離
はあるので落ち着いて︻火槍︼を発動する。接近されるまで2匹倒
せた。残り2匹。腰からショートソードを引き抜き構える。ぐおお
おおおお、と雄叫びをあげるオーク。相手は2匹だが、1対多の訓
練は初心者講習でやっている。動きも軍曹どのに比べると全然遅い。
余裕でかわしてショートソードで切りつけ1匹目を倒す。それをみ
て最後の1匹が逃げ出した。背中を見せたオークに投げナイフを投
擲。背中に突き刺さり倒れたオークに近寄り剣でとどめを刺す。そ
してレベルがあがった。
死体を回収したあと、もうオークはいないようなのでその場で警
戒、隠密を発動し、ステータスをチェックをする。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
154/77+77
レベル4
HP
MP 52/112
力 25+25
体力 26+26
敏捷 15
器用 20
56
魔力 36
スキル 10P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv3 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv2 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
比較対象がないのでよくわからないが、初期に比べればずいぶん
成長した。この世界、レベルとかステータスが存在しないようなの
である。軍曹どのにHPやステータスのことを聞いたら変な顔をさ
れた。スキルはあるがレベルがついてたりはしない。鑑定スキルは
あったが人は対象外だった。自分の体力やMPは経験で把握しろと
教えられた。
しかしまだレベル4か。RPGなら始まりの町周辺で雑魚をひの
きの棒で狩っているレベルだが、剣術や火魔法のおかげでオーク程
度なら何匹いても負ける気はしない。今後のレベルアップのことも
考えると森へ入ってもっと強敵を相手にするべきか。スキルリスト
を眺めながら強化方向を考える。候補は次の3つ。
剣術4>5 10P
隠密、忍び足、気配察知を2>3 3P×3
回復魔法5P
ポーションの値段を調べたら1本100ゴルドもした。初心者ポ
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ーションはあと7本残っているが今後のことを考えると回復魔法を
取っておきたい。生産系スキルでポーションを作るという手もある
が、道具や設備が結構な値段だったのでとりあえずは却下した。回
復魔法、どっかで習えないかな。帰って誰かに聞いてみるか。スキ
ル振りは保留にしておこう。
道々、野ウサギを倒しながら町に戻った。本日の収穫は35匹で
ある。
﹁今日はどうだった?﹂と、いつもの門の兵士が聞いて来た。
﹁35匹だ﹂
﹁ヒュー、さすが野ウサギハンターだぜ!もう野ウサギ君なんて呼
べねーな。これからは野ウサギさんと呼ばせてもらうか﹂
いや、普通に名前で呼んでくださいよ。門を通るときギルドカー
ド見せてるんだから名前知ってるでしょうに⋮⋮
﹁あと森の近くでオークに遭遇したんですが﹂と、ギルドカードを
見せながら言う。
﹁ほう、5匹を一人でやったのか、さすがだな。オークは滅多に草
原のほうには出てこないんだが。これは注意が必要かもしれんな。
ギルドのほうにも報告しておいてくれ﹂
先に冒険ギルドの隣の商業ギルドに寄って野ウサギとオークを引
き取ってもらう。オークの死体はいい値段になった。野ウサギが肉
と毛皮を合わせて1匹25ゴルド。オークは1匹200ゴルドであ
る。買い取られたオークは解体され、肉屋に卸され、ご家庭の食卓
58
などに並ぶ。おれの泊まってる宿でも何度か出たことがある。案外
美味だったよ。
続いて受付のおっちゃんにギルドカードを見せに行く。おっちゃ
んのとこは大抵すいている。基本受付の人は女性、しかも美人さん
が多いのでみんなそっちに行く。何人かいる男性受付もイケメンが
多い。きっと別の需要があるんだろう。美人は遠くから眺めるくら
いならいいが話すのは苦手だ。
おっちゃんにギルドカードを見せてオークのことを話す。
﹁ふむ、じゃあ副ギルド長に報告しておくよ。あと今回の討伐でギ
ルドランクがEにあがったよ。おめでとう﹂
オークの討伐報酬ももらう。1匹50ゴルド。オークは常時討伐
依頼が出ているので倒しさえすればカードのチェックだけで報酬が
もらえる。オークを売った分とあわせて1匹250ゴルド。今日だ
けで稼ぎは約2000ゴルド、手持ちは5000ゴルド近くまで増
えている。皮の防具も訓練でぼろぼろだし、そろそろ装備をもうち
ょっといいものに替えてもいいかもしれんな。
59
7話 リベンジオブラビット後編︵後書き︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
60
8話 教えて!アンジェラ先生 ︻画像アンジェラ︼
﹁そろそろパーティを組むことを考えたらどうかな﹂とおっちゃん
が言ってくる。
﹁森のほうに行くならソロはつらくなってくるよ。ほら、講習で一
緒だった子らとか、他にも君とパーティを組みたいって人もいるし﹂
少し前まで野ウサギと馬鹿にされていたのに、ここのところ急に
人気が出たのには理由がある。魔法使いだからである。魔法使いは
レア職である。基本的に誰でも魔力は持ってはいるが、実用的な量
をもっている人は少ない。MPは使い切れば気絶する。修行して覚
えたところで、数発の火矢でMP切れを起こし気絶するようなスキ
ルははっきりいって無駄である。弓や投擲のほうが同じことを効率
よくできる。魔法を低レベルから使いこなせる人材は貴重なのであ
る。
もう一点はアイテムボックスだ。アイテムボックスは空間魔法の
一種で、便利なので覚える冒険者はそれなりにいるが、収容量など
に問題があるそうである。野ウサギのときに堂々とやったのは正直
失敗だった。野ウサギの数より、あれだけの量を収納していたこと
のほうが目立ったみたいだ。実力のわからない魔法使いとしてより
も︵ソロで誰にも魔法使ってるところを見せたことがないせいもあ
るが︶荷物持ちとして期待されてるのが学生時代いじめられていた
トラウマを刺激して嫌な気分になる。
﹁考えておきますよ﹂
61
それに冒険者たちは怖い。見た目が。体育会系である。軍隊であ
る。訓練を一緒にしていた2人なら平気だが、あの2人のパーティ
他にもメンバーいるんだよね。はっきりいって知らない人と冒険に
でて何時間も一緒にいるのは恐怖である。
﹁ところで回復魔法を教えてくれるところとかありませんか?﹂
いずれ回復魔法は取っておくべきだが、今のところ優先度は低い。
手持ちのポイントが少ないのもあって、他の狩りに使えるようなス
キルにポイントを使いたかったのだ。習って取得できるならそれに
こしたことはない。
﹁それなら神殿だね。寄付をすれば教えてくれるよ。回復魔法の習
得は難しいらしいけど、君ならきっと大丈夫だ﹂
昼ごはんを適当に済ませたあと神殿に向かう。この世界の一日は
朝日が昇ってからスタートするから午前中が結構長い。朝食を食べ
てギルドで依頼を確認し、森の近くまで狩りをして帰ってもまだ昼
前である。その分夜が早いんだが慣れるまで朝がきつかった。宿の
朝食何度か食べ逃したり。
神殿というとパルテノン神殿を思い浮かべるがここは普通の建物
だった。ただ石造の像がいっぱい建っている。ここの神様だろうか。
男性神に女神、武器を持ったのやら祈った格好のやら色々である。
何人か人がいたが、お祈りをしてたり、よくわからない作業をして
いた。中央に建ってるでかい像の顔が伊藤さんに似ている気がする。
神様って言ってたし本人かもしれないな。眺めていると神父らしき
人が声をかけてきた。
﹁諸神の神殿へようこそ、冒険者の方。何か御用ですかな?﹂
62
﹁はい、ここで回復魔法を教えていただけると聞いて﹂
﹁そうですか、では担当のところへ案内いたしましょう﹂
一度神殿を出て隣の建物に向かう。ロビーには怪我人や具合の悪
そうな人が座っていた。ここは病院か。神父さんに連れられさらに
奥へ入っていく。
﹁こちらがシスターアンジェラです。ではアンジェラ、よろしくお
願いしますよ﹂
そう言って神父さんは去っていった。シスターアンジェラは金髪
で長い髪をしたクール美人でたぶん20歳くらいだろうか。背はお
れと変わらないくらい、160cmほど。白を基調とした質素な服
に身をつつみ、でかい胸を装備していた。メイド服を着せたらとて
も似合うだろう。頭に神父さんとおそろいの丸い平べったい帽子を
かぶっている。たぶんこれがここの職員?のトレードマークなんだ
な。
﹁や、山野マサルです。よ、よろしくお願いします﹂
シスターに見つめられ顔が赤くなるのがわかった。女性と話すの
は久しぶりである。前世では母親かコンビニ店員、こちらに来てか
らも食堂のおばちゃんか初心者講習に一人いた子とくらいとしかま
ともに会話していない。女性が嫌いではないが、リアル女性はすご
く苦手なのである。突然シスターが近寄ってきて体をぺたぺたと触
ってきた。胸があたりそうだ。顔も近いよ!
﹁あ、あの、な、なにを﹂
63
満足したのか、離れてくれた。
﹁魔力は強いようね。魔法はどの程度使えるの?﹂
﹁火魔法をそこそこ使えます。あとは浄化とかライトとか﹂
﹁一番威力のある魔法を見せてみなさい。君の魔法の実力が知りた
い﹂
庭に案内された。
﹁広さは余裕ありますけど、音とかでかいですし地面に穴があきま
すよ。ここでぶっ放して大丈夫ですかね﹂
庭は広そうだったけど、小爆破の魔法は音もすごいし小さいクレ
ーターができる。ちょっと心配になって聞いてみた。
﹁大丈夫。どーんといってみな!﹂
MPは70あった。これなら十分だろう。手のひらを前に突き出
して︻小爆破︼を開始する。レベル3の呪文だけあって小爆破はた
めに少々時間がかかる。発射準備が完了する。庭の中央に向けて発
射。ボンっという音と共に衝撃と砂が飛んでくる。庭には深さ1m
くらいの結構深い穴ができていた。何人かびっくりして様子を見に
来たがアンジェラが追い返してた。
﹁なかなかやるじゃないか。これなら回復魔法の習得も問題ないね﹂
﹁そうなんですか?﹂
64
﹁魔力があるってことはそれだけ練習も沢山できるってことだから
ね。魔力が高ければ大抵の魔法は習得できる﹂
アンジェラに近くにある、もう1個の建物に案内される。なんか
子供が沢山いて、アンジェラに突撃して抱きついてた。う、うらや
ましくなんかないんだからね!大きな食堂らしいところで話をした。
子供たちは遠くからちらちら様子を見ているが邪魔をしたりしない。
しつけがいきとどいてるな。
﹁いまいくらゴルド持ってる?﹂
﹁はあ、5000くらいですが﹂
つい正直に答えてしまう。
﹁結構溜め込んでるじゃないか。見ての通り、うちの神殿は孤児院
もやっていてね、寄付と治療院のあがりで運営しているのよ。つま
り子供たちがちゃんと食事できるかどうか、マサルの寄付次第って
わけ﹂
そう来たか。
﹁それでいくら寄付してくれるのかな?﹂
﹁せ⋮⋮1000くらい⋮⋮﹂
はぁ∼。思いっきりため息をつかれた。
﹁最近は孤児も増えてね。ほら、あそこの子をみてごらん。あの子
65
は最近両親をモンスターに食い殺されてね。たまにはおいしいもの
を食べさせてやりたいじゃないか。服もあんなのじゃなくてもっと
いいものを着せてやりたいじゃないか﹂
なんか小さな女の子がこっちをうるうるした目で見つめてる⋮⋮
﹁2⋮⋮﹂
アンジェラに睨まれた。
﹁3000⋮⋮﹂
﹁500ね!まあこれくらいで勘弁しておいてあげる。みんなー、
今日はこの兄ちゃんがいっぱい寄付してくれたからごちそうだよー﹂
わーーーっと周りから歓声があがった。みんな飛び上がって喜ん
でるし、まあいいかって気分になった。3500ゴルドで日本円に
して35万。自動車教習よりは少し高いくらい。これで魔法が覚え
られるんだから、そんなに高いとは言えないのかもしれん。アイテ
ムから3500を取り出し渡す。金貨3枚と銀貨5枚。金貨が10
00ゴルド、銀貨が100ゴルドである。
﹁ほう、アイテムボックスも使えるのか。なかなか優秀だね﹂
アイテムボックスに野ウサギの肉×3が残っていたのでついでに
渡す。ウサギといっても普通にペットショップにいるのより一回り
以上でかい。中型犬くらいはサイズがあり、肉もかなりな量がある。
これをとったのはだいぶ前だったが、アイテムボックスに入れてお
くと腐ったりしないので本当に便利だ。
66
﹁野ウサギの肉です。みなさんで食べてください﹂
﹁気がきくね。おーい、こっちにおいで。お客さまがお土産を持っ
てきてくれたよ!﹂
兄ちゃんからお客さまに昇格したようだ。子供たちがわらわらと
こっちに来る。10人以上いる。多い。
﹁ほらみんな、野ウサギの肉だよ。お兄ちゃんにお礼をいいなさい﹂
﹁﹁﹁﹁お兄ちゃん、ありがとー﹂﹂﹂﹂
声を合わせてお礼を言う。ほんとよくしつけられてるなー。
﹁ねえねえ、これ兄ちゃんが取ってきたの?﹂
子供たちがこっちにも集まってきた。
﹁そうだよー﹂
﹁ねえねえ、ドラゴン倒せる?ドラゴン!﹂
﹁んー、ドラゴンはまだ見たことないなー。でもこの前オークなら
倒したぞー﹂
﹁オークすげー!オーク!﹂
子供たちが尊敬のまなざしで見てくる。いやー、最近野ウサギに
殺されかけたり、訓練で死に掛けたりろくなことなかったけど、和
むなー。
67
﹁兄ちゃん剣士か?おれ冒険者になりたいんだよ!剣教えてくれよ、
剣!﹂
﹁もっと大きくなったらなー﹂
﹁馬鹿かおめー、この兄ちゃん魔法使いだぞ!さっきでかい音した
だろ。んで庭に穴があいたのこの兄ちゃんがやったんだぞ﹂
﹁すげー、魔法使いすげー!﹂
ははははは、いいぞいいぞ、もっとおれを尊敬しろ、子供たち!
﹁はいはい、そろそろ勉強の時間だよ。ほら、この肉冷蔵庫にしま
ってきて。今日の晩はこの肉を使いなさい﹂と、大きい子供に指示
を出していく。
﹁冷蔵庫なんかあるの?﹂
中世だと思っていたがそんな文明の利器があるのか。
﹁うん?わたしは回復魔法のほかに水魔法が使えてね。自前で氷が
作れるからね﹂
ああ、なるほど。魔法か。水魔法って地味そうな感じだったけど
氷魔法も含まれてるのか。夏とか結構よさそうだな。
﹁よし、じゃあ回復魔法を教えるよ。みたことはある?﹂
﹁ええ、みたことくらいは⋮⋮﹂
68
初心者講習のときに何度も回復魔法を掛けられたが正直あんまり
覚えてない。なんせかけてもらうのは倒れたあとだったしな!
﹁とりあえずどんなものかみてもらおうかな。治療院に行くよ﹂
治療院のロビーを抜けて奥の部屋に入る。そこでは年配の神父と
尼さんがお茶を飲んで休憩していた。
﹁あら?その子が生徒さん?﹂
﹁そう。あ、あたしらもお茶ちょうだい。ほら座って座って﹂
お茶が出されたので飲む。ロビーには患者が待ってるようだった
が、こんなにのんびりしてていんだろうか。紅茶かな?結構おいし
い。砂糖が2,3個欲しいところだけど。
﹁このお茶は少しだけど魔力を回復してくれるお茶でね。こうやっ
てお茶を飲んで魔力を回復しながら治療をしてるんだよ﹂
﹁そうなのよー、魔力のやりくりが大変でねえ。わたしたちは午後
の担当なんだけど、もうかつかつよー﹂と年配の尼さんのほうがの
たまう。
﹁わたしとさっき案内してくれた神父さまが午前担当。人手が足り
なくて困ってるんだよね﹂
﹁そうなのよー。ねえ、あなた。魔法を覚えたらここで働かない?
冒険者をやるより安全でいいわよー。なんなら時々アルバイトに来
るだけでも﹂
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﹁こらこら、勝手にスカウトしない。こいつはわたしが預かった生
徒なんだからね﹂
﹁あらあら、アンちゃんこの子気にいっちゃったのかしらー。うふ
ふふふ﹂
﹁もう、そういうのいいから!ほら、こいつに回復魔法を見学させ
てやってよ﹂
﹁アンちゃん⋮⋮﹂
真っ赤になってる。色が白いと赤くなるとよくわかるなー。いて
っ、叩かれた。
﹁アンジェラさんか先生と呼べ。年下でしょ!﹂
﹁アンちゃんいくつ?おれ23歳だけど﹂
﹁え、うそ⋮⋮15、6くらいかと思ってた﹂
ただでさえ東洋人は幼く見えるっていうし、おれ童顔だし背も低
いしね。でも15はないと思う。
﹁アンちゃんはやめろ。わたしは20だ。せめてアンジェラにして
欲しい﹂
﹁はい、アンジェラ先生﹂
﹁じゃあ治療を再開しましょうかー﹂
70
治療室?に移動して患者を呼ぶ。
﹁しっかり見ておきなさいよ﹂
男の人は病気のようだ。神父さんのほうが様子を見て、回復魔法
をかけていく。1分ほどあとには元気になった男性がお礼をいって
出て行った。
﹁わかった?﹂
﹁手をかざしただけに見えたけど⋮⋮﹂
﹁魔力の流れを見るんだ。目で見るんじゃない、こう、なんていう
か、心?で感じ取るんだよ﹂
あ、この人教師向いてない。感覚で覚えるタイプの人だ。
﹁そうね。目に魔力を集中してみるといいわよ。慣れてくるとぼん
やりと魔力の流れがわかるようになるわー﹂
なるほど。そういえばスキルに魔力感知ってあった気がする。次
の患者が入ってくる。添え木を外すと、手がぷらぷらしている。骨
折か。患者は青い顔して脂汗をながしている。神父さんが手をそえ
て回復魔法をかけていく。少しすると患者の人が自力で腕を動かし
ている。どうやら治ったようだ。
﹁まだ治ったばかりだから2,3日はあんまり動かさないように﹂
うーん、魔力の流れか。よくわからん。目に魔力を集中しようと
71
してるんだけどうまくいかない。3人目、今度は尼さんのほうに交
代するようだ。患者の足の包帯を外していくと怪我の具合が見えて
きた。かなりひどい。ヒザが血でぐちゅぐちゅになっている。尼さ
んが手をかざすと傷がゆっくりと消えていき、少しのあとを残して
消えた。次も怪我のようだ。腕がすっぱり切れていてまだ血が出て
いる。
﹁ほら、あなたこっちにきてちょうだい。はい、ここに座って。手
を出して。魔力を集中して。そうそう、いいわよ。もっと集中して
ー。はい、回復魔法。あらー、やっぱダメねー﹂
うーん、魔力の集中は結構うまくいってた気がするんだが、最後
回復魔法をかけようとしたあたりで魔力が抜けていく感じがした。
これが失敗か⋮⋮。MPを確認するときっちり減っていた。
﹁当たり前よ。そんなにすぐに使えるようになってたまるか﹂とア
ンジェラ先生。
尼さんが目の前で回復魔法をかけていく。傷がすーっと消えてい
く。すごいな回復魔法。
﹁いけそうな気がしたのよー﹂
﹁よし、見学はもうこれくらいでいいだろう。続きはこっちでやろ
う﹂
治療室を出て別の小部屋に移動し、向かい合って椅子に座る。綺
麗な女の子と個室で2人きりとかどきどきするな。まあすぐ隣が治
療室なんだけど。
72
﹁さて、これから本格的に回復魔法を教えるわけだが、2週間くら
いかけてゆっくりやるか、2,3日でがんばって覚えるかどっちが
いい?﹂
﹁じゃあ2,3日のほうで﹂
﹁うん。マサルならそう言ってくれると思ったよ。魔力はどの程度
残ってる?﹂
MPを確認すると42あった。数字言ってもわからんよな、きっ
と。
﹁さっきの爆破を1回とあとは小さい魔法何回かくらいですね﹂
﹁十分ね。手を出して﹂
アンジェラ先生が手を出して言ったのでぽんと手をおく。お手の
体勢だ。
﹁逆よ。手のひらを上に﹂
言われるままに手をひっくり返す。手をにぎにぎされて、アンジ
ェラ先生の手はあったかくて気持ちいいなりー。なんてことを考え
てたので、手をナイフで刺されるまで反応が遅れた。
﹁んぎゃああああーー﹂
﹁こら、うるさい。そんなに深く刺してない。冒険者ならこれくら
い我慢しなさい﹂
73
﹁いきなり何をっ!﹂
﹁回復魔法の練習よ。今から回復魔法をかける。よく見てなさいよ﹂
アンジェラ先生が手をかざすと痛みが徐々に消え、傷が消えた。
﹁どう?魔力の流れが見えた?ふむ、まだ足りないようね﹂
手はがっちりホールドされている。くそ、この女意外と力が強い
ぞ!?
﹁こら動かない。動くと手元がくるって余計に痛いよ?﹂とナイフ
を構えながらアンジェラがいうので抵抗をやめる。そこに容赦なく
ナイフがささる。今度は覚悟してたので声は出さない。
﹁よしよし、よく我慢したね。ではもう一度回復魔法をかける。よ
く見ておきなさい﹂
くそ、集中だ、集中しろ、おれ。すべての力を魔力を感じること
に結集するんだ。
﹁どう?﹂
﹁うーん、何か感じられたような⋮⋮気がしないでもない﹂
嘘じゃない。魔力が感じられたような気がした。たぶん。
﹁まあいいか。今度は指をだして。大丈夫、今度は指先にちょっぴ
り傷をつけるだけだから。痛くしない。先っちょだけだって﹂
74
いやいや指を出すと指先をちくりとやられた。
﹁今度は自分で回復魔法をかけてみなさい﹂
指先に魔力を集中して⋮⋮回復魔法発動!⋮⋮しなかった。
﹁魔力は発動してるようね。お茶をいれてくるから一人で練習して
て﹂
何度もやったけどうまくいかない。何が悪いんだろうか。スキル
で覚えた魔法はあんなに簡単だったのになー。
アンジェラがお茶を持って戻ってきたのでいただく。
﹁まあ一日でとか天才でもないと無理だよ。わたしは半年かかった
からね﹂
﹁半年!?﹂
﹁半年でも早いほうだよ。でも回復魔法を使えるようになったあと、
水魔法を使えるようになったのは結構すぐだった﹂
弓とか投擲は1日で覚えたのに、魔法ってそんなに手間がかかる
のか。それともおれの成長速度がチートなのか。
﹁そもそも火魔法を使えるんだろう?魔力の流れもよく見えないと
か、どうやって魔法を覚えたの?﹂
﹁えーと、なんとなく?﹂
75
スキルで覚えました。訓練とかまったくしてません。
﹁そんなのでよくやっていけるね﹂と呆れられた。
﹁魔力はどのくらい残ってる?﹂
﹁あと5、6回分くらいですかねー﹂
残りMP20でヒール︵失敗︶の消費量は3だ。
﹁さすが冒険者、自分の魔力はきっちり把握してるんだね。指を見
せて。うん、もう傷がふさがりかけてるね。手を開いて﹂
﹁あの、ぐさっとやる必要あるんですかね、先生。指先にちょっぴ
りやれば﹂
﹁痛くなければ覚えない。短期コースを選んだのは君だよ。さあ、
大人しく手を開いて。手首あたりにぶっすりやってもいいんだよ?
さぞかし血がいっぱいでるだろうね﹂
大人しく手をひらく。容赦なくナイフがささる。くそ、やっぱ痛
い。
﹁集中して。大事なのはイメージよ。傷が治る、傷のないもとの健
康な体に戻ったことをイメージするんだ﹂
その日は魔力が切れるまで一度も成功しなかった。
﹁ほら、お土産﹂と帰りに小さい袋を渡される。
76
﹁魔力の回復するお茶だよ。お茶にするか、そのまま食べてもいい。
食べたほうが効果は高いよ﹂
試しにそのまま食ってみたらすごくまずかった。そりゃお茶の葉
だからね!
77
8話 教えて!アンジェラ先生 ︻画像アンジェラ︼︵後書き︶
アンジェラ
<i72914|8209>
知り合いの絵師さんからのいただきものです
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
78
9話 戦闘で死んだら労災は降りますか?
寝る前に魔力の指輪をもらっていたのを思い出しつけてみる。何
もついてない、飾り気のないリングだが、銀か白金だろうか、きれ
いな指輪だった。鑑定がないので効果がわからなかったが、つける
と最大MPが倍になった。さすが神様がくれたアイテムだ。つけた
まま寝て起きると魔力が全回復していた。どうやらMP+100%
と魔力回復アップの効果のようだ。こっちにきて初めて、ちょっと
だけ伊藤神に感謝した。
朝一でギルドに向かう。アンジェラ先生からは午前中は治療があ
るから午後から来い。午前中は好きにしろと言われてたので何か依
頼を探すことにした。ギルドに入り、まっすぐ受付のおっちゃんの
ところに行く。常時隠密を発動するようになってから、声をかけら
れることが減ってきた。受付カウンターも個別のブースになってて
一度はいれば後ろ姿しか見えなくなってる。おっちゃんに無事回復
魔法を教えてもらえることになったことを報告する。
﹁それはよかった。それで今日も回復魔法の?ふむ、午前中だけで
できる依頼か。じゃあ昨日の森を調査してきてくれないかな。森の
中には入らなくていいよ。草原と森の境界あたりを調べて危険なの
がいないか見てくるだけでいい。いいかい?森の中には入らないよ
うにね。何か出てきたら戦おうとは思わないですぐ逃げるんだよ﹂
見てくるだけで100ゴルドか。おいしいな。ついでに狩りもし
ていけばいいし。依頼を受けて即出発する。おれに気がついて声を
かけてくるやつもいるが、急いでますのでと言って素早くかわし町
の外へ向かう。
79
今日はいつもの門番の兵士がいなかった。休暇なのだろうか。特
に何もなく町の外へ出る。気配を探りながら草原を移動する。隠密
と忍び足は使ってるが今日は目的地があるので少しペースを早める
が途中で見つけた野ウサギはきっちりしとめていく。昨日のオーク
のいたあたりにつくまでに8匹狩れた。
ゆっくりと森に近寄るが特に何もいない。森の中には小動物のも
のらしき気配はするが姿は見えない。これで調査完了して帰るのも
なんだろうと思ったので森の境界にそって移動していく。森に近い
あたりだと野ウサギも出ないようだ。しばらく進むと何かいた。ゆ
っくり近寄っていく。人型だが小さいな。草に隠れて見えづらいが
10匹くらいはいそうだ。ゴブリンかな?身長は1mほど。オーク
より弱いが数が多い。群れで行動する。死体は食べられるが骨っぽ
くてまずいから売り物にはならない。討伐報酬はあったが安かった
気がする。
ちょうど固まってるから爆破で殲滅できそうだ。︻小爆破︼をゴ
ブリンの集団に撃ち込む。ゴブリンたちは吹き飛んで、倒れなかっ
たやつも混乱してまだこちらに気がついてない。︻火矢︼で1匹ず
つ仕留めていく。残り3匹くらいなのにまだ逃げる様子はない。頭
が悪いんだろうか。
ようやくこちらに気がついて襲い掛かってきたが時はすでに遅し。
剣を抜く必要もなく︻火矢︼だけでゴブリンは全滅した。念のため
に1匹1匹とどめを刺してまわる。2匹ほどまだ息があった。やっ
といてよかった。
こういうときゲームだと雑魚でもお金を少しくらい持ってるもん
なんだが、こいつは何も持ってなかった。オークはぼろを着て棍棒
80
を持っていたが、こいつらは素手で服すらきてない。一応食べられ
るそうなので状態がよさそうなのを5匹ほど回収。ギルドカードを
見ると12匹討伐になっていた。
休憩してそろそろ切り上げて町に帰ろうかと考えていると、森か
らがさがさばきばき、騒々しい音がこっちに接近してきた。気配察
知の範囲より遠い。音はまっすぐこっちにむかっている。すばやく
立ち上がり森から離れ草むらに伏せて気配を絶つ。
﹁ブヒー﹂
馬鹿でかい猪が出てきた。2本の立派な牙と黒い剛毛、サイズは
小型トラックくらいあるだろうか。ふごふご言いながらゴブリンの
死体を漁り始めた。
﹁うわあ、頭からぼりぼりいってるよ⋮⋮﹂
オーク肉やら食うのは慣れたが、さすがにそのままかじるのは少
々グロテスク。
2匹目を食べ始めたのを見ながらゆっくりと後ずさる。ここは撤
退の一手だ。
パキッ。
枯れ木を踏んでしまう。こっちを見る大猪。あ、目があった。や
べえ。大猪が突っ込んできた。
︻火槍︼を発射。命中するが毛皮が焦げたくらいでダメージを受
81
けた様子はない。もう魔法を撃つ余裕はない。剣を構え必死に避け
る。でかいだけあって方向転換はあまり素早くないようだ。
︻小爆破︼の詠唱にかかる。猪はゆっくり方向転換をするとこっ
ちに突撃してきた。やばい、詠唱が間に合わん。詠唱を中断して突
進をかわそうとするが、避けきれず吹き飛ばされる。とっさに大猪
の体に剣をつきたてるのに成功したが、刺さったまま持っていかれ
てしまった。
立ち上がり、アイテムから鉄の剣を出すが、こんなか細い剣じゃ
どうにもなりそうにない。
くそ、どうする?威力のある魔法は詠唱時間がかかりすぎる。火
槍程度じゃ倒せない。あの突進をかわし続けて剣でダメージを与え
て⋮⋮せめて動きを止める魔法でもあれば。
いや、足止めならいけるんじゃないか?︻火槍︼を詠唱する。大
猪はこちらに向かって突進を始めている。狙うのは足だ。発射!火
槍は大猪の前足に命中する。大猪は体勢を崩しておれのすぐ手前で
止まった。
すばやく距離を取る。大猪は立ち上がりこちらに向かおうとする
が足のダメージのせいで歩くような速度しか出ない。再び︻火槍︼
を大猪に撃ち込む。もう1本の前足も奪い大猪は完全に身動きが取
れなくなった。
ゆっくりと︻小爆破︼の詠唱をする。ぶぎーぶぎーと怒りの叫び
を上げる大猪の頭に、小爆破をぶつける。頭がはじけとび大猪が倒
れ、レベルが一つあがった。
82
周りを見回しもう何もでないことを確認し、大猪をそのままアイ
テムに収納。急いで森から離れ町にむかう。
今回は危なかった。一つ間違えたら死んでた。怪我したり死んだ
りしたら労災は降りるんだろうか。果たしておれは正社員なのかパ
ートなのか。日誌で伊藤神に聞いたら答えてくれるだろうか。
その日の日誌に質問を書き込んでおくと、次の日には返事が来てい
た。
﹃20年の期間従業員という扱いになります。怪我は保障しません。
日本に戻るときに治しますから。死んだ場合、労災を認定し遺族に
6000万円を支給します︵月給25万円×20年分︶。受け取る
遺族を指定しておいてください。伊藤﹄
受け取りは母親にしておいた。
83
10話 風呂上りの金髪美人と小部屋で2人きりで
町に戻るともうお昼頃だった。まずはギルドに報告に行く。
受付のおっちゃんに怒られた。
﹁探るだけでいいって言ったのに。無茶したらダメだよ﹂
﹁向こうが襲い掛かってくるんですよね⋮⋮﹂
﹁そりゃそうだけど。魔法使いなんだからさ。空を飛んだりできな
いのかい?﹂
﹁箒とかで?﹂
﹁箒?箒は知らないけど、レヴィテーションとかわりと誰でも使え
る魔法だと思うけど﹂
そんなのがあるのか。
﹁いやー、覚える機会がなくって。回復魔法覚えたら次はそこらへ
んも考えてみますよ﹂
ゴブリンの討伐報酬だけもらう。1匹10ゴルドで12匹120
ゴルド。日本円で1万2千円。1日の稼ぎにしたら十分か。大猪は
かなりの値段で売れるそうなのであとで商業ギルドだな。
84
屋台で昼食を買い、歩きながら食べる。パンに何かの肉を挟んだ
サンドイッチ。何の肉かは聞かないようにしてる。美味しければい
いじゃない⋮⋮
治療院に顔を出すとアンジェラは孤児院のほうだというのでそち
らへ行く。アンジェラは子供たちと昼食が終わって、後片付けの最
中のようだった。
﹁ちょっと待ってて。もうすぐ終わるから﹂
子供たちにまとわりつかれながら庭に出る。
﹁なあなあ、今日は野ウサギの肉ないのか?あれすっごいおいしか
った!﹂
﹁野ウサギ野ウサギ!﹂
﹁おう、野ウサギも狩ったぞー。でも今日はもっとすごいのがある
ぞ﹂
﹁なになに!﹂
﹁よしよし、今見せてやる。少し離れてろよ﹂
アイテムから大猪を取り出す。
とたんにあたりは阿鼻叫喚となった。大騒ぎする男の子たち、泣
き出す小さい子、逃げ出す子。へたり込んでお漏らしする子までい
た。
85
あ、やばい。子供には刺激が強すぎたか。
﹁すげーすげー、何これ!でっけえええええええ﹂
﹁これ兄ちゃんが倒したのか!?兄ちゃんが倒したのか!?﹂
やはり子供たちは素直でいい。
﹁うむ。手強い相手だった。こいつは大猪。森にいるモンスターだ﹂
﹁何の騒ぎ⋮⋮何これ?﹂
アンジェラが出てきた。
﹁大猪。今日の獲物﹂
﹁これが大猪⋮⋮はじめて見たよ。いや、あんた本当に腕のいい冒
険者なんだね﹂
そういうと周りを見て惨状に気がついたようだ。てきぱきと指示
をだし、泣いてる子やお漏らしした子を回収していく。手際がいい。
子供たちも指示には大人しく言うことをきいて動いていく。
﹁ごめん、子供にはちょっと刺激が強すぎたみたいだ﹂
﹁まあいいよ。どうせ大きくなったら嫌でも目にするんだ。早いう
ちに現実を見せとくのも悪くないだろう。けど、お詫びをしたいと
いうならやぶさかではないよ。大猪の肉っておいしいらしいね?﹂
﹁あー、解体したら持ってくるよ﹂
86
最初から一部お土産にするつもりだったしね。大猪をアイテムに
収納する。
﹁楽しみにしてるよ。とりあえずは今からお風呂にしようか。汚れ
ちゃった子供もいるし。マサル、湯沸しする魔力は残ってる?﹂
MP残量は180ほど。朝、宿でいれてもらった魔力回復のお茶
をちょくちょく飲んだせいか、結構残ってる。
﹁余裕あるよ﹂
﹁じゃあ頼もうかな。マサルも入って行くでしょ?﹂
孤児院とは独立した建物になっている風呂はそこそこ大きく、浴
槽は10人くらいなら一度に入れそうだ。近くに井戸があって人力
で水をいれ、薪で沸かす。子供たちがすでにせっせと水を運んでい
るので手伝う。
﹁風呂って久しぶりだな﹂というとアンジェラに嫌な顔をされた。
﹁浄化でちゃんときれいにしてるって﹂
﹁それはだめだろう。浄化って表面の汚れをとるだけで、お風呂で
洗うほどはきれいにならないんだよ⋮⋮これだから冒険者って﹂
﹁浄化で十分かと思ってた﹂
﹁そりゃ旅とかの間とかはそれでもいいけどね。やっぱりきちんと
お湯で洗わないと﹂
87
こっちに飛ばされてからもう2週間くらいか?時計で確認すると
9月26日。初日が確か11日だったから16日目か。そう考える
となんかかゆくなってきた。
そろそろ水が溜まってきたのでお湯を沸かすことにする。コップ
の水を火魔法で温めたことはあるのでたぶん大丈夫だろう。水の量
は結構多いからMP10くらいだろうか。水に魔力を送り込む。
お風呂から湯気がもわっと湧き出す。指を入れてみると、
﹁あっちいい。熱くしすぎた。水!水!﹂
こめる魔力が多すぎたようだ。子供といっしょに何往復か水を運
んでようやく適温になった。
﹁いいみたいだね。じゃあ先に入っちゃってよ。はい、これ﹂と石
鹸を渡される。
﹁しっかり洗って来るんだよ﹂
おかあさんかよ、アンジェラ先生。
﹁シスター!おれたちも石鹸使ってもいい?﹂
﹁うーん、いいけど大事に使うんだよ?﹂
﹁やったああ!﹂
﹁ここらじゃ石鹸って高いの?﹂
88
﹁そこそこね。買えないくらいじゃないんだけど、毎回子供たちに
使わせるとあっという間になくなって、使う量も馬鹿にならないの
よ﹂
石鹸ってどうやって作るんだっけ。廃油に草木の灰を混ぜる?あ
とは香料か?でも普通に売ってるみたいだし、作れても意味ないか。
脱衣所で男の子10人ほどと素っ裸になりお風呂に入る。お湯を
かぶりまずは体を洗う。日本製の石鹸ほどは泡だたないが、ちゃん
ときれいにはなるようだ。子供たちは特にこちらを気にすることも
なく、年長組が年少の子の面倒を見て洗い終えた子から湯船につか
っていく。おれも体を洗い終えたので泡を流してから一緒に入る。
お風呂はやっぱり気持ちいいな。これからは定期的にはいることに
しよう。
混雑中の脱衣所を抜け庭にでると、水筒のお茶で喉を潤す。ここ
はイチゴ牛乳が欲しいとこだが、こっちにはないのかなー。なんか
異世界って甘味があんまりないんだよね。砂糖が高いらしく、お菓
子は普通に食事するより値段が高い。あー、チョコが食べたい。
庭で涼んでいると子供たちがやってきた。
﹁兄ちゃん!剣教えてくれよ、剣!おれ冒険者になりたいんだよ!﹂
スキル振りが使えればこんな子供でも戦えるようになるんだろう
けど、剣を教えるのってどうやるんだろう。軍曹どのの訓練はほと
んど実戦形式だったし、子供には無理だろうな。子供たちに向かっ
てメニュー開けと考えるがやっぱり出ない。
89
﹁シスターアンジェラに回復魔法か水魔法を教えてもらわないのか
?﹂
﹁シスターは10才になるまでダメっていうんだよ。それにシスタ
ーじゃ剣は教えられないし﹂
きいてみると10才までは家事や勉強のみで、魔法や剣を習うの
は禁止されてるらしい。10才から訓練して14才になると孤児院
を出て行く。冒険者になる子は結構多いそうだ。
14才でもう独り立ちか。異世界はなかなか厳しいな。冒険者の
他には兵士になったり商業ギルドや職人ギルドにいって見習いにな
ったり。魔法の才能があれば回復魔法を習ってここに残ることもあ
るそうだ。農業はと聞くと、ここら辺の土地は高いし、田舎に行く
のは嫌だと不人気だった。この町は王都ほどじゃないけど、結構栄
えた都会らしい。
子供たちと話してるとアンジェラがお風呂から出てきた。湯上り
で髪がぬれて色っぽさ倍増だ。
﹁さあ、今日も特訓を始めようか﹂
治療院の一室に移動する。小部屋に風呂上りの金髪美人と2人き
りでいるのに、一向にエロい雰囲気にならないのはこの美人がナイ
フを手に持ってるからだろう。今からこいつでぶすっとやられると
思うと、すごく嫌な気分になる。
﹁ほんとうはこんなことはやりたくないんだけど﹂
などと言いつつ容赦なくナイフをおれの手に突き刺す。絶対に嘘
だ。かけらもためらわないし。
90
﹁昨日の復習からね。まずわたしが回復魔法をかけるから、よく見
てなさい﹂
目の前のおっぱいは努めてみないようにして、手のひらの傷に気
持ちを集中する。昨日から魔法を使うたびに魔力の流れに注意する
ようになって、なんとなく魔力が感じられるようになった気がする。
﹁なんとなく魔力が見えたような気がする﹂
﹁じゃあもう一度だ﹂と手のひらにナイフが刺さる。
﹁子供たちの様子を見てくるからそのまま練習してて﹂
大事なのはイメージ。水をお湯に変えたように、傷を治すのもで
きるはずだ。魔力を傷に集中するだけじゃなく、傷を治すイメージ
を心がける。失敗。
アンジェラ先生の回復魔法を思い出しながら、手のひらに魔力を
集中して⋮⋮失敗。
うーん、火魔法とかは簡単なのになあ。
試しに︻着火︼を使ってみる。消す。︻浄化︼、︻ライト︼と魔
力の流れを感じながら使ってみる。
︻火矢︼矢を発動させてそれを維持する。消す。原理は同じはず
だ。使えない道理はない。
再び手のひらに魔力を集中させる。︻ヒール︼。治れ!その瞬間、
91
︻ヒール︼が発動したのがわかった。傷が治る。
メニューを確認してみると、魔力感知Lv1と回復魔法Lv1が
増えていた。
︻魔力感知Lv1︼魔力の流れを感じることができる。
︻回復魔法Lv1︼ヒール︵小︶
呼びに行こうとするとアンジェラが戻ってきた。
どうだと手を見せる。
﹁おお、成功したのね!おめでとう!君ならやれると思ってたよ﹂
肩をばんばん叩きながら祝福してくれた。
﹁じゃあ次の訓練ね。まだ魔力はあるね?これから治療院の手伝い
をしてもらう﹂
残量は160ほど。十分にある。
﹁あらー、もう魔法覚えたの?﹂と尼さん。
﹁うん、怪我とか骨折はこっちにまわして﹂
﹁助かるわあ。今日も患者が多くて大変だったのよー﹂
患者が運ばれてくる。足を骨折しているようだ。
92
﹁普通の怪我も骨折もやることは同じよ。やってみて﹂
︻ヒール︵小︶︼発動。アンジェラが患者の足をむにむに触る。
患者がうめく。
﹁もう1回。うん。もう1回。うん、これでいい﹂
3回︻ヒール︵小︶︼をかけてようやく治ったようだ。
﹁本当に優秀だな。普通は一度成功しても慣れるまでは何度も失敗
するもんなんだが﹂
これもチートなんだろうな。回復魔法Lv1がついたからヒール
は無条件で発動する。
﹁火魔法にはそこそこ自信がありますからね﹂
それで納得してくれたようだ。次々に患者が送られてくる。傷の
具合によって何度ヒールを掛ければいいかわかってきた。続けて1
0人ほど診たところで怪我の患者は終わったようだ。
病気の治療をする尼さんを見ながらきいて見た。
﹁病気とかはヒールじゃ無理なんですか?﹂
﹁病気と解毒はヒールとは少し違うんだよ。解毒は毒を消さないと
だめだし、病気はヒールで効果もある場合もあるけど、病気に合わ
せた治療が必要なの﹂
次の患者は父親らしき人に抱えられた子供だった。
93
﹁風邪をこじらせちゃってるわねー。マサルちゃん、ヒールをお願
いできるかしら﹂
︻ヒール︼をかける。子供は少し楽になったようだ。
﹁普通のヒールだと風邪には効果がないけど、体力を回復させるこ
とができる﹂
尼さんがさらにヒールをかけている。子供の顔色がよくなってき
た。
﹁あとは何日か寝てればよくなると思うわー。お大事にねー﹂
父親が礼をいい、子供を連れて出て行った。
﹁病気と毒を治すのは体内の毒を浄化する感じかしらねー。結構難
しいのよ?﹂
風邪を治す魔法か。現代社会でも風邪の根本的治療法はないのに
さすがは魔法だ。
﹁よくわからない病気にはとりあえずヒールをかけておくといい。
体力さえ戻れば大抵持ち直すから。それでだめなら運が悪かったと
諦めるしかない﹂
﹁上級レベルの治癒術師ならどんな病気でも治せるんだけど、ここ
じゃ無理ねえ﹂
﹁腕のいいのは王都に行くか、前線のほうに引き抜かれていくから
94
ね﹂
回復魔法の需要は高そうだ。もし世界の破滅なんてなかったら回
復魔法を最高まであげて、治療師で食っていけそうなんだけどなあ。
その後、もう何人かの治療を手伝って、その日の治療は終わった。
﹁今日は本当にたすかったわー。ねえ、うちの専属にならない?今
ならアンちゃんをつけてもいいわよー﹂
﹁な、何を言ってるのよ!ほら、行こう﹂
手をつかまれて外に連れ出された。
﹁まったくあの人は⋮⋮。何かと色恋に結び付けたがる。すまなか
ったね、マサルも迷惑だったでしょ﹂
正直ちょっとくらっと来た。口はちょっと悪いけど美人だし子供
の面倒見とか、すごく性格よさそう。金髪だし元ヤンの保母さんっ
て感じ。結婚したら良妻賢母になりそうだよな。
﹁迷惑なんて全然。アンジェラさんのほうが迷惑なんじゃ?美人だ
しもてるでしょ﹂
﹁いや、わたしはその⋮⋮﹂
2人で歩いてると子供たちが気がついて走り寄って、とたんに騒
がしくなった。
なんとなくわかった。こんな環境じゃ、愛だの恋だの育たないよ
95
な。
﹁明日は最後の訓練をする。朝から来てくれ。魔力が尽きるまで治
療してもらう﹂
﹁たぶん尽きないと思うよ。今日も余裕だったし﹂
﹁そうか。楽しみにしておくよ﹂と、アンジェラがニヤリと笑う。
いまの最大MPは296。1時間に24くらい回復するし、さら
にお茶も飲めばそうそう魔力切れなんか起きないと思うんだが。
その考えが甘いとわかるのは次の日の朝だった。
96
11話 空を自由に飛びたいな
まだ午後半ばだったが宿に戻り、メニューの確認をする。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクE
208/104+104
レベル5
HP
MP 56/148+148
力 28+28
体力 29+29
敏捷 18
器用 22
魔力 41
スキル 20P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv3 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv2 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv1
97
スキルリストから、レヴィテーションが使えそうな魔法を探して
みるがよくわからない。空間魔法だろうか?転送とか便利だろうけ
ど、一つの町をうろうろしてる現状だとそんなに役に立ちそうにな
い。戦闘から逃げるのに使えるかもしれないけど、使える魔法って
いうのは大抵詠唱も長いんだよな。やっぱ誰かに聞いてみるべきか。
いくつか使えそうなスキルをピックアップする。
高速詠唱、MP消費減少、魔力増強、MP回復力アップがどれも
5P。合せれば強力そうだが、現状そこまでスキルポイントの余裕
はない。高速詠唱だけ取ってもいいが、レベル1でどの程度かわか
らんのが不安だ。10%程度短縮しても今日の戦闘だと役にたたん
よな。
火魔法を伸ばすのも違う気がする。火力は足りてるのだ。足りな
いのは防御力だ。大猪にも小爆破があれば火力は十分だった。問題
はそこに至るまでの過程なんだが⋮⋮
隠密も戦闘が始まったあとだと意味をなさない。防御なら土魔法
がそれっぽい。レベル4まで取って14P。回避を4まで取ってみ
るか。だがこれもつかってみないとわからない。
剣術レベル5であれに勝てるだろうか?弓をあげるのも考えたが
矢が数本刺さったくらいで大猪が止まるとは思えなかった。
一人で考えてると煮詰まってきたな。やっぱ誰かに相談するか。
誰かって言っても軍曹どのか受付のおっちゃんくらいなものなんだ
が。
宿を出てギルドに向かう。訓練場に行くが軍曹どのはおられなく、
98
ギルドにいると言う。ギルドのほうに顔を出すと、軍曹どのと副ギ
ルド長が何やら話しあっていた。
﹁おお、マサル。いいところに来たな﹂と、禿。後ろにティリカち
ゃんもぼんやり立っていた。
﹁なんでしょう。おれ、軍曹どのに相談があるんですが﹂
﹁それはあとで聞こう。まずはこちらの話を聞いてくれ﹂と、軍曹
どの。
﹁3日後に森の奥へ調査隊を出すことにしてな。おまえ、それに同
行しろ﹂
﹁わたしがその隊長をすることになってな。貴様にも是非ついて来
てもらいたい﹂
﹁そうそう。おまえ荷物持ちをしろ﹂
言い方ってもんがあるだろうよ、この禿。
﹁補給品を担当してくれれば道中がずいぶん楽になる。行程は行き
に2日、帰りに2日、調査に1日の合計5日間を予定している﹂
﹁お前も知ってると思うが森がこのところ騒がしい。普段みないよ
うなのも奥のほうから出てきていてな。一度調べてみようってこと
になった。なあに、おまえは後ろからついて行くだけでいい。戦闘
に関してはBクラスの手練を用意したからな!﹂
﹁そろそろ貴様も草原は卒業して森を経験するのもよかろう。護衛
99
付きで体験できることなど滅多にないぞ﹂
﹁はあ、軍曹どのがそう言われるのでしたら﹂
﹁そうかそうか!じゃあ出発は3日後の早朝になる。補給品の用意
があるから、おまえは明後日の午後にギルドに顔だしてくれ。報酬
などの詳しいことは受付で聞いてくれ﹂
﹁わかりました﹂
﹁受けてくれて感謝する。で、相談事というのは?﹂
﹁今日、草原と森の境界あたりで猪と戦闘になったんですが⋮⋮﹂
大猪との戦闘と、今日考えたことを説明する。
﹁そりゃおめー、ソロじゃ限界だってことだよ。一人でなんでもか
んでもできるもんじゃねー﹂
﹁そうだな。だが土魔法という着眼点は悪くない。攻防のバランス
の取れた魔法系統だ。土魔法は無理だが、レヴィテーションを見せ
てやろう。多少なら使える。訓練場に行こう。ではドレウィンどの、
これにて失礼する﹂
﹁レヴィテーションは物を持ち上げる魔法だ﹂といいながら、近く
にある木剣を魔法で取り寄せる。
﹁わたしは本職の魔法使いではないから、体を浮かせるところまで
は無理だが、この程度のことはできる﹂
100
そういうと膝を落としジャンプした。5mくらい。2階の屋根く
らい高さに飛びあがり、軽く着地する。さらにこちらに飛んで肩に
乗った。重さはほとんど感じられない。肩をとんっと蹴り地面に降
りる。
﹁持続時間は短いし連続使用もできないが、なかなか面白い動きが
できるだろう?﹂
いまの軍曹どのの動きを頭の中で反芻する。置いてある木剣にむ
けて魔力を発するが、いきなり上手く行くわけもなく、ぴくりとも
動かない。
﹁物を魔力で掴む感覚だ﹂
掴む⋮⋮掴む。
﹁最初はもっと軽いもので試すといい。コインとかな﹂
そういうと銅貨が目の前に浮かんで止まった。集中すると魔力の
流れが感じられる。銅貨にゆっくりと魔力を伸ばし、掴む。魔力が
押し返されるような感覚がし、銅貨がぽとりと落下する。拾い上げ
て手のひらに乗せて魔力でぐっと圧力をかける。徐々に魔力を強め
るとふいに銅貨が飛び上がった。落ちてくる銅貨を軍曹どのが掴ん
だ。
﹁もう習得したか。さすがに本職のメイジは違うな﹂
アイテムから銅貨を1枚取り出し、今の感覚を忘れないうちにも
う一度試す。今度はすぐに浮いた。空中に留まるようにコントロー
ルする。
101
メニューを確認する。
︻コモン魔法︼レヴィテーション
スキルリストにはなかったがどういうことだろうか。ポイントを
消費するまでもない魔法ってことか?見たあとすぐに習得できたし。
レベル表示がないのも謎だ。
﹁ありがとうございます、軍曹どの。とても参考になりました﹂
︻レヴィテーション︼発動。体を浮かす。使う魔力量が増えるくら
いですぐに体が浮く。そのまま体を持ち上げる。2mくらいの高さ
で止まり、アイテムからナイフを取り出し投げる。空中でバランス
を崩し、落ちそうになる。ナイフは見事に外れた。今度はバランス
も考えながら投げる。的の近くに当たる。
あまりうまくないな。空中だと力があまりかけられないから投擲
に威力がでない。つぎに︻火矢︼を詠唱しようとして、落っこちた。
﹁魔法を2つ別々に使うことはできない。2つ同時ならできるが﹂
﹁どういうことでしょうか?﹂
﹁あくまでも本職じゃないものの知識として聞け。さっきやったよ
うにレヴィテーション中に別の魔法を使おうとするのは無理だ。だ
が、たとえば風と火を合成して火嵐の魔法のように使うことはでき
る。火矢にしても火を作り、それを飛ばす2つの魔法を合成してる
とも言える﹂
102
﹁2つ別々に使うのは不可能ってことですか?﹂
﹁わからん。少なくとも使える魔法使いは知らない。伝説レベルの
話だ。知りたければ本でも調べるといい。そろそろ暗くなってきた
な。話は終わろう﹂
﹁はっ。ご教授ありがとうございます。このあと一緒にお酒などい
かがでしょうか。おごります﹂
﹁うむ、近くに美味い酒をだす店がある。飲みながら森のことを色
々話してやろう﹂
103
12話 理想と現実
飲みすぎた。起きると二日酔いだった。︻ヒール︼をかけてみる。
違うな、これじゃ治らない。
なんて言ってたっけ。体内の毒素を消すのか。体内に残っている
アルコール分をとばす。魔力を体内に巡らせ︻ヒール︼を発動。う
む。痛みが消えた。
やっと頭がすっきりしてきた。アイテムから水を取り出し飲む。
今日の予定を考える。まず治療院にいって訓練。終わったら商業ギ
ルドに行って大猪を売る。売ったお金で防具を新調する。結構忙し
い。2日後には調査隊も控えているし、日本にいた頃には考えられ
ない忙しさだ。あの漫画の続きはどうなっただろうか。もう2週分
読んでない。あのアニメも途中だ。ネットもしたい。某掲示板に書
き込みしたい⋮⋮ああ、いかん。考えると鬱になってきた。やめや
め。アンジェラさんに会いに行こう。
治療院につくと人だかりができていた。何かあったんだろうか。
裏口に回り中に入るとアンジェラたちが待っていた。
﹁遅いよマサル﹂
﹁外、人がいっぱいでしたが何かあったんですか?﹂
﹁あれね。マサルのために特別に集めた練習台たち。存分に回復魔
法をかけてやって欲しい﹂
104
改めて様子を見る。待合室はすでに人でいっぱいで、外にまで行
列が続いてる。
﹁昨日のうちに子供たちに宣伝してもらってね。魔力切れるまでの
先着順で無料って言ったら来るわ来るわ﹂
﹁ほんとびっくりしたわー。さすがにこんなには無理よねえ。少し
帰ってもらおうか?﹂
﹁いえ、やります。少し待ってください。覚悟を決めますので⋮⋮﹂
スキルリストを開く。まずはMP消費量減少を取る。レベル1で
10%、レベル2にして20%で7P消費。MP回復力アップレベ
ル1で50%、レベル2で100%の増加。これで7Pで残り6P。
あれ?回復魔法知らない間に2になってたな?いつのまに⋮⋮。
とりあえず回復魔法を3にあげる。残り3をさらにMP消費量減少
にいれる。これで使い切った。
︻MP消費量減少Lv3︼MPの消費量を30%減らす。
︻MP回復力アップLv2︼MPの回復力を100%増加。
︻回復魔法Lv3︼ヒール︵小︶ ヒール 解毒 リジェネーショ
ン 病気治癒
総力戦だ!出し惜しみはしない。
﹁準備できました。順番に通してください﹂
まず入ったのは腰の曲がったしわくちゃのお婆さんだった。
105
﹁腰が痛くてのう。朝一から並んどったんじゃ。ただで治してくれ
るちゅうて、ありがたやありがたや﹂
どうすんのこれ⋮⋮病気じゃなくて老化現象だろ、これ。
わからないときはまず︻ヒール︼ついでに︻解毒︼と︻病気治癒︼
もかけておく。
﹁おおおおおおお、腰が!腰が治ったわあああ。ありがたやありが
たや﹂
腰を伸ばしてまっすぐ出て行った。アンジェラにお茶を渡された
ので飲む。
﹁あんな感じでよかったの?﹂
﹁いいんじゃない?すごく喜んでたじゃない。それよりも﹂
序盤はジジババ連中らしい。連れ立って暗いうちからやってきて
先頭を確保してたんだそうだ。
MPをチェックする。いまので9消費だが、すでに2ほど回復し
てるようだ。計算では2分で1MP回復の計算だが、お茶の効果だ
ろうか。思ったより早い。
次のじじばばが入ってくる。同じように︻ヒール︼︻解毒︼︻病
気治癒︼かけると﹁体が軽い!﹂といって喜んで出て行った。どん
どん人を入れていく。残りMP230。思ったより減るペースが早
い。
106
アンジェラからお茶を渡される。飲もうとして気がついた。なん
かどろりとしてるけど。
﹁何これ?﹂
﹁マギ茶︵魔法回復のお茶︶の濃縮液よ。さあ、ぐっと飲んで!﹂
思い切って飲む。どろりとして苦い。とんでもなくまずい。急い
でお茶で流し込む。
﹁すっげえまずい⋮⋮﹂
﹁でもよく効くでしょ。どうしてもってときの最終兵器なんだよ﹂
﹁MPポーションは?﹂
﹁あれは高いからね⋮⋮。ほら次の患者が待ってるよ﹂
ジジババが減らない。心を無にして回復魔法をかけていく。濃縮
マギ茶を飲む。
﹁あれ?次は?﹂
患者の波が途絶えた。待合室をのぞくと誰もいない。終わった?
いや、そんなはずはない。
﹁なんか人がどんどん増えちゃってね。道にもあふれてどうしよう
もなくなったから、神殿のほうに移ってもらったんだよ。あそこの
ホールは広いから﹂
107
神殿は人であふれてた。ホールの一番奥。でかい中央の神像の前
に机やら台やらがセットしてあった。みんなから丸見えである。あ
そこで治療すんのか?くらくらしてきた。
﹁ちょっと無理。あんなに人がいっぱい⋮⋮﹂
﹁そうねえ。ついたてでも立てましょうか?﹂
尼さんが準備してくると言ってどっかにいった。
﹁おれ目立つの苦手なんだよ!もう吐きそうになってきたよ!﹂
﹁あ、ちょっと待ってね。いいものがあるよ﹂
アンジェラも取ってくる!と言ってどこかに行った。おれは神殿
ホールの脇で一人震えていた。
急にメニューが開く。
︻緊急クエスト 全力で治療せよ!︼
YES/NO
力の限り治療せよ!撤退は許されない。報酬スキルポイント10
クエストを受けますか?
尼さんがついたてを準備している。アンジェラも戻ってきた。
﹁ほら、これ﹂
108
帽子と仮面、ゆったりとした白いローブ。アンジェラにつけても
らう。
﹁うんうん、帽子とロープは司祭様のだけどなかなか似合ってるじ
ゃない。仮面もしておけば中が誰だがわからないよ。ほら、あっち
も準備できたみたいだよ﹂
クエストが点滅している。NOを選択した。力の限りやっても無
理なものは無理だ!
嫌がるおれを神父とアンジェラは、連行されるグレイのようにつ
いたての向こうに連れて行った。あああ、アンジェラのおっぱいが
あたってるよ!ちょっと嬉しい!
﹁さあそろそろ人をいれるからね。がんばりなさい﹂
最初の患者が入ってくる。指に包帯を巻いている。単なる骨折だ
ったのでさくっと︻ヒール︼をかける。次の患者は喉が痛いという。
口をあけて喉をみてみれば扁桃腺が腫れている。風邪のひきはじめ
か?ヒールと病気治癒をかける。合間合間にお茶を飲む。残りMP
150。
患者が次々にやってくるのを淡々とヒールをかけていく。おおむ
ね軽症か、持病の類だ。持病などヒール一発で治るはずもないんだ
が、症状は軽くなるみたいなのでそれで満足して帰っていく。包丁
で指をきったというおばちゃんが来たときはイラっときたが、黙っ
てヒール︵小︶をかけて帰ってもらった。
﹁小さな怪我でも回復魔法かけてもらうとなったら、それなりにお
金がかかるからね。普段は自然治癒で治すような人がいっぱい来て
109
るんだよ﹂
かすり傷ごときで貴重なMPを消費させられるほうはたまらんが。
﹁何事も経験だよ、経験﹂
数人、何事もなく治療したあと男の人に抱っこされた小さな子供
がやってきた。えらく具合が悪そうだ。診察台に寝かせて様子を見
る。
﹁ここ数日、咳がひどくてだんだん⋮⋮﹂
何故こんなになるまで放って置いたのかは聞かなかった。父親も
子供もずいぶんと貧しい身なりをしていたからだ。子供は痩せこけ
ている。栄養状態も悪いんだろう。ヒールと病気治癒をかけ、アイ
テムから野ウサギの肉を取り出し、包んで渡す。
﹁他の人には秘密ですよ?お子さんに食べさせてあげてください﹂
男の人はぺこぺこ頭を下げて出て行った。
﹁なあ⋮⋮﹂
﹁言いたいこともわかるよ。でも全員救うことなんて神様でもなけ
れば無理なんだよ。うちはかなり格安でやってるんだけど、それで
も治療を受けるお金はないって人はたくさんいる。あんたが気に病
むことはないよ﹂
﹁じゃあ、せめて具合の悪そうな人は優先して連れて来るようにし
てくれ﹂
110
﹁わかった﹂
そこからは具合の悪い人が何人も運ばれてきた。自力で歩けない
ような人ばかりだ。状態のひどい場合、ヒールを何度もかけないと
いけないし、それでも治らないほど重篤な人もいた。無理ですと告
げてもこちらを責めるようなことはなかった。最後に治癒士様に回
復魔法をかけていただいてよかったと喜ぶ始末だ。何度回復魔法を
かけても、まったく具合のよくならない患者とか相手をさせられる
こっちが災難である。医者でもなんでもない、魔法を覚えたての素
人にやらせるようなことじゃないだろう⋮⋮
濃縮マギ茶も我慢して飲んだがみるみるMPが減っていく。アン
ジェラや神父さんたちも協力してくれたが焼け石に水だ。
ついにMPが尽きた。
﹁魔力が切れた﹂
神殿ホールの入り口は閉鎖して人はもういれないようにしてあっ
たが、まだ半分以上人が残ってる。
﹁具合の悪い人だけ残してあとは帰してくれないか。その人たちだ
けは休憩してからみるよ﹂
﹁別に無理してみる必要はないんだよ?みんなには魔力が尽きたら
終わりだってちゃんと言ってあるからね﹂
﹁大丈夫。無理はしてないよ﹂
111
来る人来る人、みるからに貧乏で、痩せこけて、すがるような目
でこちらを見てくるのだ。それを追い返せるほどおれの心臓は強く
ない。
ホールにいた人たちは特に不満を口にすることなく解散していっ
た。もとより無料での治療など奇跡のようなもの。途中からは具合
の悪い人が優先されたのを見ていたが、ここにいるもののほとんど
は似たような境遇のものたちばかり。明日は我が身である。
食欲はなかったので野菜の入ったスープだけで食事を済ませた。
﹁なあ、なんであんなのがたくさんいるんだ?﹂
﹁そりゃあ貧乏でお金がないから治療を受けられないんだよ﹂
﹁治療してやったらダメなのか?﹂
﹁だめだね。治癒術師は数が足りない。あそこにいる人を全部治し
たとしても、別のところの病人が困るだけさ。マサルもうちがかつ
かつでやっているのを見てるでしょ。無理して魔力を使い切るまで
やると確実に寿命が縮むよ﹂
﹁もっと回復魔法の使い手を増やせばいいんじゃないか?﹂
﹁魔法使い自体数が少ないし、そのなかで回復魔法の適性があるの
はもっと少ないんだよ。ヒールくらいなら使える人はそこそこいる
けど、上位の回復魔法までとなるとね﹂
レベル4、5まで回復魔法をあげたらもっと救える人が増えたん
だろうか。
112
﹁増やす努力はしているよ。だけど優秀なのは前線に送られるんだ。
こんな平和な町よりもよっぽど必要だからね﹂
﹁前線?﹂
﹁ここだとゴルバス砦が近い。あそこが抜かれたらここも危ないか
ら、人が欲しいって言われたら断れないし﹂
どこかと戦っているのか。
﹁そんなにやばいの?﹂
﹁心配することはないよ。あそこはがっちがちの要塞だからね。モ
ンスター風情には落とせないよ﹂
伊藤神の言ったことが思い出される。20年以内にこの世界は滅
亡する。その要塞も落ちるってことだろう。この町も全然安全じゃ
ない。伊藤神は好きにしろと言ったが、こんな前線に配置するとか
やらせる気まんまんじゃねーか⋮⋮伊藤神め。
濃縮マギ茶はMP回復にとてもよく効く。苦くてまずいけど。し
かもどろりとしているのだ。喉越しは最悪である。
﹁子供たちに作ってもらってるからどんどん飲んで﹂
ありがたいことである。まずいけど。まずいけど!
だがそうでもしないとMPがかつかつである。
113
休憩後の治療も困難を極めた。そんな今にも死にそうな子供とか
連れてくんなっつーの!MPを使い果たしても助けられればそれで
もいい。だが2人ほどは匙を投げるしかなかった。アンジェラたち
も黙って首を振る。泣きそうである。たぶん泣いていた。仮面をし
ていてよかった⋮⋮
午後なかばくらいでようやくホールの患者はいなくなった。
ふらふらになりながら宿に戻って、その日は泥のように眠った。
翌朝、メニューで確認すると、魔力とMPが少しだけ上がってた。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクE
208/104+104
レベル5
HP
MP 302/151+151
力 28+28
体力 29+29
敏捷 18
器用 22
魔力 43
114
スキル 0P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv3 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv2 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 コモン魔法 MP消費量減少L
v3
MP回復力アップLv2
115
12話 理想と現実︵後書き︶
12話の別ルートを番外編で書いてあります 活動報告からどうぞ
116
13話 大猪の値段は1匹405万円
翌日、寝ていたかったがそういうわけにもいかない。明日には調
査隊が出発するため、準備も色々とある。まずは商業ギルドに向か
い、大猪の売却だ。
受付で大猪を売りたいというと奥の個室に通された。アイテムか
ら大猪を取り出す。
﹁おおおおお、これは!﹂
﹁こんな立派なのは久しぶりに見ますな﹂
﹁それに損傷も少ない。いい毛皮が取れますぞ﹂
﹁牙が一本折れてるのが残念ですな﹂﹁頭が吹き飛んでるのは減点
ですぞ。脳みそがうま・・﹂
などと3人で大猪の状態をチェックしていく。
﹁これを全部売ってくださるということでよろしいですか?﹂
﹁ええと、肉を自分用に少し欲しいです。あとは売るということで﹂
﹁かしこまりました。では解体後、査定を行いますので少しお待ち
ください﹂
﹁見学しててもいいですか?﹂
解体は見たことがないので一度見学したかったのだ。
﹁もちろんですとも﹂
117
大猪を横倒しにし、腹を裂く。内臓を取り出す。数人がかりで皮
を剥いでいく。大男たちが力をこめ、全身血だらけになりながら進
めていく。実際の作業を見てみて、アイテム収納がどれだけチート
かよくわかった。
30分ほどかけて作業が終わった。肩の部分の肉と、後ろ足の骨
付き肉をもらった。肩が20kgくらい、足が50kgはあるだろ
うか。それでもほんの一部分である。
レバー
肝の部分がおいしいというので生のまま味見をしてみた。塩のみ
振りかける。うまい!気にいったので肝も半分もらう。アイテムに
いれておけば新鮮なままなので、大事に食べることにしよう。
毛皮も少しもらっておいた。火槍が当たって焼け焦げてる部分で
ある。マントにすれば暖かいし、この毛皮、魔法も防いでくれるそ
うだ。なめすのに時間がかかるから引渡しは後日になる。
毛皮のサイズと肉の重さを量って金額が査定された。相場も知ら
ないのでそのままサインしてお金をもらう。40500ゴルドにな
った。日本円で405万円である。
内訳は、肉が約1500kg 100gが卸し値で150円 ち
なみに販売価格は300円ほど。これで225万円。毛皮も高級品
で、切り取ってもらった焦げた部分だけでも10万円はするそうで、
これに牙やら骨、脂肪などつかえる部分もあわせて180万円。合
計405万円である。
かなりな収入ではあるが、普通このクラスの獲物はソロではやら
118
ない。5人でやったとして、一人81万円。怪我人や死人も出ると
なるとそれなりに妥当な報酬ではないだろうか。
いきなり金持ちになった。ゴルドを確認すると42109ゴルド。
贅沢しなければ30ゴルドで1日暮らせるから1400日は過ごせ
る計算である。4年近く引き篭もれるよ、やったね!
次は買い物である。懐が暖かいのでいい装備が買えそうだ。ギル
ド2軒隣のいつものお店に向かう。そしていつもの店員さんが出迎
えてくれる。
﹁これはこれはようこそいらっしゃいました、山野様。本日はどの
ようなご用件で﹂
弓や投げナイフもここで買ったし、何度か冷やかしに見にきてる
からすっかり常連さんだ。
﹁剣と防具を新しくしたい。ちょっと臨時収入があったんでね﹂
﹁それはそれは。ではこちらのブロードソードなどいかがでしょう﹂
と手渡される。
以前も持たせてもらって重くて扱えなかったんだが、今回は難な
く片手で振れる。刀身は1m近く。幅広で丈夫そうだし、切れ味も
よさそうだ。
﹁悪くないな。これいくら?﹂
119
﹁1500ゴルドとなっております﹂
15万か。結構安いな。まあいままでの買い物をみたら、臨時収
入があったって言っても、見せられるのはこんなもんなんだろうな。
﹁もっといいものがみたい﹂
﹁ではこちらなどいかがでしょうか﹂
同じようなサイズの剣を渡される。刀身は黒く光っておりとても
美しい。
﹁黒鉄鋼製となっておりまして価格は5000ゴルドでございます﹂
50万か。手頃な値段だな。びゅんびゅん振ってみる。さっきの
より重くずっしりとしているが、手になじむ。いいなこれ。これな
ら大猪でも相手にできそうな気がする。
﹁いいな。これをもらう。次は防具を見せてくれ﹂
﹁これなどいかがでしょうか﹂と金属製の鎧を見せられる。
店員さんに手伝ってもらってつけてみるが、歩くたびにがちゃが
ちゃ音がする。
﹁重さは問題ないが、こんなにうるさいんじゃダメだ﹂
﹁こちらなどいかがでしょうか。トロールの皮を2枚張り合わせた
もので、防御力は申し分ございません﹂
120
赤黒い皮の防具を渡される。2枚あわせてあるだけあって少し重
いが、金属製のものほどではない。
テスト用のトロール皮の的で試してみると、投げナイフ程度だと
刃が通らない。かなり頑丈なようだ。
他にもいくつか見せてもらったが結局これに決めた。合うサイズ
のものがなかったのである。皮ならある程度調整がきくが、他のも
のだとサイズ調整で数日かかるとのことだった。
ヘルムは防御力重視の地味なのを選んでおいた。盾も同サイズの
防御力の高いものに替えておく。ついでに槍も仕入れておいた。せ
っかくスキル持ってるんだからね。
合計9500ゴルド。お金はあるんだからもっといいものを買っ
てもよかったけど、根が貧乏性なんだろう。ニート生活長かったし。
全部身につけて、調整してもらう。黒鉄鋼のブロードソードは、
腰だと邪魔になったので背中に担ぐことにした。腰のショートソー
ドはそのままにしておいた。少し重くなったが移動にはなんの問題
もなさそうだ。会計を済ませ、買ったものをアイテムに収納する。
普段は腰の剣だけで、普通の服を着ている。防具をつけるのは外に
でるときだけである。
続いて商店をいくつか巡って買い物をしていく。︻キャンプセッ
ト︼はテントに寝袋。食器に鍋に、コップに水筒と最低限しか入っ
てない。他にもそろえる必要があるだろう。毛布に雨具︵皮製のポ
ンチョのようなもの︶、着替えをいくつか。調理器具もフライパン
と大きめの鍋など仕入れておく。それに食料。肉に野菜に果物に乾
121
燥パスタ。調味料。パン。持ち帰りの弁当などを買って、そのまま
アイテムに入れておく。完全保存、いつでも買ったときのままのほ
っかほかのお弁当である。アイテム収納便利すぎる。
必要なものは揃ったし、まだ午前中だったが、冒険者ギルドに行
く。
物資はもう揃えられていた。水の樽いくつかに、山盛りの食料品
である。
﹁食料はともかく、水はこんなにいりますかね?魔法で作れますよ﹂
﹁アイテムボックスに入らねーか?﹂と、ドレウィン。今日はティ
リカちゃんいっしょじゃないのかよ。
﹁いえ、余裕はありますけど﹂
﹁何があるか、わからんからな。魔力を温存しときたいから、でき
るだけ持って行きたい﹂
水と食料をアイテムに収納していく。アイテムには100種類、
各99個まで入る。サイズは関係ないし、同種はまとめられる。ご
つい水樽×5でも1個、拾った小石でも1個の扱いだが、たとえば
箱にまとめておけば、食料の詰まった木箱×10と1個の扱いにな
るので収納量には困らない。現状、半分も使ってないので余裕はた
っぷりである。
﹁おお全部入ったか。無理だったら担いでいかないとと思ってたと
ころだ!﹂
122
﹁まだまだ余裕ありますよ﹂
実際、食料と水で2枠しか取ってない。
﹁がはは、頼もしいな!じゃあ明日はがんばれよ!森の中ではヴォ
ークト軍曹と離れないようにしとけ。やつについていけば安心だか
らな!﹂
肩をばんばんと叩き、そういい残すと禿はどっかにいった。
ギルドを出る。今日はギルド内でも誰にも声をかけられていない。
装備を変えたせいかと思ったが隠密のレベルが3にあがっていた。
やはり常時使いまくっていたせいだろうか。外を歩くときはもちろ
ん、食堂での食事中も必ず発動する。夕食時など油断すると酔っ払
いに絡まれるから必須だ。
道の端のほうをゆっくりと歩く。町中では忍び足も使わない。道
の端もあまり端じゃないところを何気なく歩く。町中で忍び足を使
って、道の端ばかり選んでこそこそ歩くのはただの変な人である。
普通に、一般人ですよーという顔で周囲に溶け込むのがこつである。
治療院は昨日の騒ぎが嘘のようにいつもどおりだった。孤児院を
のぞくと尼さんが食堂で子供たちに授業をしていた。そう言えば、
アンジェラは午前は治療院担当だっけ。尼さんと交代でやってるん
だな。尼さんが黒板とチョークに文字を書いている。子供たちは大
人しく授業を聞いている。邪魔をしないようこっそり離れ、治療院
の裏手から中にはいる。
ちょうど休憩中のアンジェラがいた。
123
﹁よかった。元気そうだね﹂
﹁一晩寝たらすっきりした﹂
﹁そう。昨日はひどい顔してたからね﹂
﹁この前の大猪の肉を持ってきたよ。孤児院行ったら授業してたか
らこっちに来た﹂
﹁そろそろお昼の準備を始めるはずだから、少し待ってから行くと
いいよ﹂
﹁じゃあこっち手伝おうか?﹂
﹁そいつは助かるよ﹂
アンジェラについて診察室に行くと神父さんが一人で治療中だっ
た。
﹁マサルが手伝ってくれるって。司祭様は今日はもうあがってくだ
さい﹂
﹁そうですか。ではそうさせてもらいますかね。では山野殿頼みま
したぞ﹂
﹁お任せください﹂
﹁司祭様って言ってたけど、あの人偉いの?﹂
124
﹁うん。ここの院長。一番偉い人だよ﹂
話してると次の患者が入ってきた。軽い怪我だったのでヒールを
一回かけて治療完了。
﹁昨日のあれ、顔隠してたから大丈夫だよね?﹂
﹁大丈夫、大丈夫。修行中の旅の神父さまって説明しといた﹂
なんか適当だな。そんなんで大丈夫なのか。次の患者が担架で運
ばれてきた。ぎっくり腰だそうだ。これもヒールをかけて終わり。
﹁2,3日は大人しくしとくように。お大事に﹂
﹁今日も無料でやれとか言ってくるやつとかいないの?﹂
﹁神殿に喧嘩うるような人はいないよ。司祭様とか元神殿騎士です
ごく強いし﹂
﹁普通のおじさんにしか見えない﹂
﹁もう引退してずいぶんらしいからね。シスターマチルダに聞いた
んだけど、昔は鬼のように恐ろしかったらしいよ﹂
マチルダってあの尼さんのほうか。名前が初めて判明したな。次
の患者が入ってくる。子供か。病気かな?うんうん唸っている。ヒ
ールと病気治癒をかける。少し楽になったようだが、まだまだ苦し
そうだ。昨日のことを思い出して嫌な汗をかく。もう一度、ヒール
と病気治癒。今度は大丈夫なようだ。子供の呼吸が静かになった。
125
﹁手際がいいね。とても2,3日前に回復魔法を覚えたとは思えな
いよ﹂
﹁先生がよかったから﹂
﹁いやいや、2日しか教えてないから。もう私と腕はそんなに変わ
らないんじゃない?ほんと、うちの専属になって欲しいくらいだよ﹂
﹁専属になったらアンちゃんついてくる?﹂
﹁な、あ、あれはシスターマチルダの冗談だ!真に受けるな。あと
アンちゃん言うな﹂
﹁ごめんなさい。アンジェラ先生﹂
リア充っぽい空気だったんで思わず言ってしまったが、こんな美
人が相手してくれるわけないよなー。
﹁う、うん。わかればいいよ﹂
次の患者が入ってきた。今度はお婆さんか。なんかアンジェラち
ゃんに具合の悪さを説明してるが、割と元気そうに見えたので﹁回
復魔法かけますねー﹂と言ってヒール︵小︶をかけると満足して出
ていった。
﹁いまので終わりだって。片付けてから行くから、先に孤児院のほ
うに行っててくれる?手伝ってくれたお礼にお昼食べていきなよ﹂
孤児院に行くと子供たちがまとわりついてきた。子供たちを掻き
126
分けてシスターマチルダのところへ向かう。シスターは大きい子た
ち数人を指揮して料理をしていた。40人分である。大変そうだ。
﹁あらー、マサルちゃんいらっしゃい。アンちゃんなら治療院のほ
うよ?﹂
﹁こんにちは、シスターマチルダ。いまアンジェラさんのお手伝い
をしてたんです。それで終わったから先にこっちのほうに。アンジ
ェラさんもあっちを片付けたらすぐ来るそうです﹂
﹁あらあら。悪いわねー。ちょっとうるさいけど自由にしててちょ
うだい﹂
うるさいなんてとんでもない。子供たちはシスターと話しだすと
すぐ、邪魔しないように離れてくれている。訓練されすぎ。
﹁それでこの前大猪を取ってきたんですが、解体できたのでお肉の
おすそ分けを持ってきました﹂
机の上に木箱にはいった大猪の肉20kgをどんと置く。
﹁あらー、すごいわねー。子供たちが喜ぶわー。ほら、あなたたち。
お兄さんにお礼を言いなさい﹂
子供たちがわらわらと集まってくる。
﹁﹁﹁おにーさん、ありがとー﹂﹂﹂
練習でもしてるんだろうか。前回同様きっちりハモってる。
127
﹁冷蔵庫にしまってきてくれるかしら?大丈夫?もてる?﹂
子供たちが何人か集まってわいわい言いながら運ぶ。
﹁いい子たちですね。礼儀正しいし﹂
﹁そうなのよー。みんなかわいいでしょー﹂
そんなことを話してるとアンジェラちゃんがやってきた。
﹁いまね。マサルちゃんがね。こーんな大きなお肉をくれたのよ﹂
こーんな、と両手を広げるシスター。
﹁いやいや、そんなに大きくはないから﹂
﹁あら?見たかったわね。もう冷蔵庫?﹂と、言うと行ってしまっ
た。
見ていると着々と食事の準備が整えられていく。子供もさらに増
えてきたようだ。
アンジェラちゃんが戻ってきた。
﹁ありがとうマサル。あれだけあれば数日はもつわ。シスターマチ
ルダ。ついでに氷の補充をしておきました。今日はマサルのおかげ
で魔力に余裕があったんで﹂
﹁そうそう。明日から5日ほど町を離れることになりまして。ギル
ドの依頼で森に行くことになったんです﹂
128
﹁あらー。森って危ないわよー。マサルちゃんで大丈夫なのかしら
ー﹂
﹁20人くらいのパーティを組むそうです。隊長は元Aクラスのヴ
ォークト軍曹で、Bクラスの人たちも参加するそうです。おれは荷
物持ちでして、後ろからついていくだけでいいと﹂ ﹁そうか、でも気をつけろよ。あそこの森はモンスターの棲家だか
らな。強いやつの側を離れないようにするんだぞ?﹂
なんでみんな、強いやつの側にくっついてろって言うのか。
﹁アンジェラさん、おれの魔法見せたことあるよね?﹂
﹁魔法の腕がいいのはわかってるけど、おまえ強そうに見えなくて
不安なんだよ⋮⋮﹂
そりゃあ、ギルドにいる冒険者連中に比べたら見た目よわっちい
もんなあ。
﹁ヴォークト軍曹は護衛付きの森見学ツアーだって言ってましたか
ら。きっと危ないことなんてないですよ﹂
昼食の準備ができた。神父さんズにシスターとアンジェラちゃん。
子供たちが約40人。小さくはない食堂がいっぱいである。司祭様
が上座に座る以外はみんなばらばらである。自由に座っていいと言
われたので適当に座ると、アンジェラちゃんは離れたところに座っ
てしまった。献立はスープとパンという質素なものである。適当に
子供たちの相手をしてると、すっと静まり返った。司祭様が手をあ
129
げている。
﹁本日もささやかなる食事をこうやって共に囲めることを主に感謝
いたしましょう。またそこにおられるわれらが友、山野マサルは明
日から森に行くそうです。皆で彼の安全を祈ろうではありませんか﹂
そういうと目を閉じる。周りをみるとみんな同じようにしている。
お祈りは数秒で終わり、
﹁ではいただきましょう﹂
﹁﹁﹁﹁いただきます﹂﹂﹂﹂
食事は普通だった。小さな子供もいるので静かにとはいかなかっ
たが、みんなお行儀よく食べていた。スープは肉と野菜がたっぷり
入っていておいしかった。パンもそこそこのサイズだったので腹8
分目くらいにはなった。
昼食が終われば子供たちはアンジェラが担当である。シスターマ
チルダたちは治療院に行き、司祭様もどこかに行ってしまった。
片付けも終わってアンジェラといっしょにお茶をもらっている。
﹁それでこのあと時間があったら水魔法を見せてもらいたいんだけ
ど﹂
﹁見せるだけでいいの?﹂
﹁うん、簡単なのは使えるんだよ﹂と、空のコップに魔法で水を作
っていれてみせる。
130
﹁森に行く前に少しでも使える魔法増やしときたいなと﹂
庭に出てきた。子供たちもわいわい言いながらついて来る。
おれはアイテムから盾をだして構える。子供たちは退避して離れ
たところから見ている。
﹁今から見せるのはウォーターボール︵水球︶という攻撃魔法ね﹂
そういうと手の前に水の塊を作りこちらに撃ちだす。バシンッ。
かなりな衝撃が腕にきた。
﹁今のは威力もサイズも控えめにしたけど、結構威力あるでしょ?
使い手が本気でやれば大きな木でもへし折れるらしいよ﹂
火矢を水でやる感じか?魔力を集める。水を形成して誰もいない
壁にむかって発射する。
水は壁に当たる前に四散してしまった⋮⋮
﹁ダメダメ。もっと水をぎゅっと固めなきゃ。でもやり方はだいた
いそんな感じであってるよ﹂
魔力を集める。もっと水をぎゅっと固める。今度はちゃんと壁ま
で飛んだが、ぱちゃっと音がしたくらいだった。子猫でも倒せそう
にない。
﹁うんうん。上手いじゃないか。その分ならすぐにできるようにな
るよ。じゃあ次いくよ。今度はウォーターウィップ︵水鞭︶﹂
131
そういうと井戸から汲んできたバケツの水から、手のひらに水を
吸い上げると鞭のようにびゅんびゅん振り回した。そして地面に叩
きつける。
﹁水はなくてもいいけど、ある水を使ったほうが魔力が楽だし、利
用できる水があれば水魔法はかなり有利に戦えるよ﹂
井戸からもう1回水を汲んで試してみる。水を魔力で持ち上げ鞭
状にして振り⋮⋮あ、ちぎれた。もう一度やる。今度はちぎれはし
なかったがうまく動かせない。
﹁初めてにしては悪くない。最後は氷を作る魔法ね﹂
そういうとバケツから水を吸出し、氷にしてこちらに撃ちだした。
カッと盾にぶつかり砕ける。
﹁氷を作るのはちょっと手間取るかもしれないから、最初はウォー
ターボールをがんばって覚えるといいよ﹂
氷はレベル2くらいってことだろうか。試しにバケツの水を凍ら
せようとしたがもちろんできなかった。
﹁ありがとうございます、アンジェラ先生。とても勉強になりまし
た﹂
﹁ん、まあマサルならすぐにわたしくらいに使いこなせると思うよ。
じゃあわたしは仕事があるから、気をつけてね﹂
﹁うん、戻ったらまた顔を出すよ。お土産楽しみにしててね﹂
132
アンジェラちゃんはお土産と聞いてニッコリ笑って、手を振って
孤児院の建物に入っていった。やっぱかわいいなー。あの笑顔のた
めならがんばれるわ。
﹁じゃあ、子供たち。おれは明日から森で戦ってくるが、おまえら
もシスターアンジェラに面倒をかけないようにするんだぞ﹂
﹁ばいばいー、お兄ちゃん!﹂﹁お土産おねがいねー﹂﹁肉!肉!﹂
などの子供の声に手を振って、おれは孤児院をあとにした。
その日は水魔法のスキルは手に入らなかった。水球をちゃんと使
えなければだめってことだろう。
133
13話 大猪の値段は1匹405万円︵後書き︶
大猪の値段の計算
アフリカ象の重さが5000∼7000kg 牛1頭700kg
から取れる肉が約半分の350kg
大猪を4000kgと仮定。肉が1500kgは取れるだろうと
計算してみた。
売値100g300円は適当。オーク肉よりはレアで美味いだろ
うと考え高め。オーク肉は100g100円以下の庶民の味です。
売値300円が150円で中抜きがひどいように見えますが、冒険
者は無税です。その分、商業ギルドが税金を負担しているので利益
は冒険者5割、ギルド2割、税金3割と見てみるとそれほど儲けて
るわけでもないのです。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です
134
14話 男子達のくだらない話
翌朝、ギルドに向かう。受付のおっちゃんに大部屋に案内された。
かなり早めの時間のはずだが、すでに副ギルド長に軍曹どの、5人
ほどの冒険者たちがいた。
中の2人がこちらに気がついて寄ってきた。初心者講習会を一緒
にうけた、クルックとシルバーだ。クルックは軽装備の戦士で剣と
弓を装備。背は170くらい。細身で愛嬌のある顔をしている。シ
ルバーは身長180くらいのがっしりとした体格で、装備も金属製
プレートにでかい盾、剣を持っている。顔はイケメンであるが、脳
ミソにも筋肉が詰まってる。
﹁マサル!おまえもこの依頼受けたのか?﹂とクルック。
﹁ああ、荷物持ちで呼ばれたんだ﹂
﹁紹介するよ、うちのパーティー、アリブールのリーダー、剛剣の
ラザードさん。Cランクだよ﹂
ごついゴリラを紹介される。身長は180のシルバーよりさらに
高い。大きな剣を背中に担ぎ、腕の筋肉がすごいことになっている。
金属の胴プレートはたくさんの傷がきざまれ、年季が入ってること
がうかがえる。手を差し出してきたので握手をする。痛い。力入れ
すぎだ、手が砕けるよ!見た目もゴリラなら力もまさしくゴリラだ。
たぶんそんな力をいれたつもりもないんだろう。
﹁噂はきいてるよ、野ウサギハンターなんだって?﹂
135
やめてくれ。それはもう歴史に封印したい事柄なんだよ。
﹁へー、この子が﹂
﹁こっちがリーズさんでこっちがモーラルさん。みんなアリブール
村の出身なんだ﹂
それでパーティ名もアリブールか。リーズさんは女剣士。クルッ
クとシルバーの中間くらいの背格好だろうか。なかなかの美人だと
は思うが、女豹って感じで少々怖い。モーラルさんは槍を持った猫
耳獣人の男性だ。無口で紹介されても少し頭を下げるのみ。
クルックとシルバーと情報交換をする。2人はこの一週間ほど、
近場の依頼を何件かこなしたそうだ。森にも行って、何度か実戦を
経験したらしい。話すのはほとんどクルックだ。シルバーは時々相
槌をうつくらい。話すのはクルック担当だと思ってるんだろう。お
れも最近の話をしてやる。特に野ウサギ狩りのことを知りたがった
ので詳細に教えてやった。あとは回復魔法を覚えたこと。
﹁おれ、マサルは剣士だと思ってた。魔法も使えたんだな﹂と珍し
くシルバーが発言する。
﹁うんうん。模擬戦とか2人掛かりじゃないと相手にならなかった
もんな。剣も強くて魔法も使えるって反則だよな﹂と、クルック。
まあチートだし。
﹁ほう、そんなに腕がたつのか。一度手合わせしてみたいな﹂と、
ラザードさん。やめてください、死んでしまいます。階級がミニマ
136
ム級とへヴィー級くらい違うのに、何考えてるんだ。
﹁いやー、あんときはみんな体がぼろぼろでしたからね。万全でや
ればそんなに実力の差はないと思いますよ?﹂
﹁そうか?﹂と、クルックが首をかしげている。そうなんだよ!そ
ういうことにしとけって!
気がつくと他のパーティーも到着してて、何事かとこちらを見に
来る。おれを指差し﹁野ウサギ、野ウサギ﹂と和気藹々である。お
れは作り笑いをしてぷるぷるしているしかない。クルックとシルバ
ーも一緒になって笑っている。友達がいのないやつらめ。
﹁おう、揃ったようだな!みなこっちにこい﹂と、ドレウィン。
おお、助かった!みなぞろぞろと副ギルド長と軍曹どのの前に集
まる。
﹁私が今回の調査隊のリーダーを務める、元Aランクのヴォークト
軍曹だ。聞いての通り、森の奥で何かあり、普段はこちらには出な
いようなモンスターが草原まであふれてきている。我々の目的はそ
の調査および、原因の排除である。現在、森の状態は非常に不安定
で、力尽くによる強行突破を図る。第一の目的地はここ。湖周辺で
ある。その後は状況により柔軟に対処する。行程は行きに2日、調
査に1日、帰りに2日である﹂
﹁原因については何もわかっていないんでしょうか﹂
﹁不明だ。ドラゴンクラスの大型種ではないかという推測はあるが、
確証はない。戦力としてはBランクパーティーの暁の戦斧、Cラン
137
クパーティ3つに集まってもらった。ではまず、暁の戦斧から⋮⋮﹂
各パーティーの紹介が始まる。Bランクの暁の戦斧が主戦力。リ
ーダーは斧持ちだ。女戦士にドワーフらしきのに、黒いローブにフ
ードを被ったメイジ風の小さいのもいる。Cランクがゴリラ率いる
アリブール、ヘルヴォーンというパーティーは弓主体のようだ。最
後のパーティーが斥候担当の宵闇の翼。うん、宵闇の翼はねーな。
だが本人たちは真剣だし、周りも特に反応はない。普通に紹介が進
んでいく。ヘルなんちゃらとか剛剣、鮮血のなんてのもいたし、こ
っちでは普通の感覚なんだろうか。
﹁最後が、おい、こっちにこい﹂
何故前に呼びやがりますか、軍曹どの。みなの前に連れて行かれ
る。注目が集まる。
﹁今回、補給品の輸送を担当してもらうマサルだ。自己紹介しろ﹂
﹁えーと、Eランクで荷物持ち担当のマサル、野ウサギハンターで
す﹂
どっと笑いが起きる。おお、やけくそでいってみたが、結構受け
たな。こういうときは変にこそこそするより開き直ったほうがいい。
﹁火魔法と回復魔法をそこそこ、あと水魔法で飲み水を作れます﹂
自己紹介が終われば質問タイムだ。
﹁補給品はどの程度用意してあるんだ?﹂
138
軍曹どのに指示されて、補給品を全て出す。食料の詰まった箱1
0個に水樽が5個。何人かが箱を開けて中身をチェックしていく。
﹁5日分、十分に用意してある。さらにアイテムボックスには余裕
があるから、天幕などもこちらで用意しておいた。その他の輸送に
関しては個別に交渉してくれ﹂
天幕ってテントか。部屋の隅に積んであったのをアイテムに収納
していく。パーティーリーダー達がこちらに話しかけてくる。内心
びびりつつも、戦利品の輸送の約束をした。報酬は戦利品の1割。
先着順で持ちきれなくなるまでと話がまとまった。
持ち切れなくなった場合はどうするのかと尋ねたら、金目のとこ
ろだけ切り取って担いで持って帰るんだそうだ。一応自前のアイテ
ムボックスはあるのだが、最低限の必需品をいれればそれほど余裕
もなく、馬車や荷車が活躍するということだ。今回は森なので全行
程徒歩である。簡易の荷車のようなのも持ってるそうだが、あてに
はできない。
おれはアリブールのパーティーに入ることになった。ゴリラは頼
もしいし、クルックとシルバーがいれば、話し相手にも困らないだ
ろう。こいつらがいなければきっとぼっちだったな!
ギルドを出ると馬車が用意されていた。街道をある程度馬車で進
んで、そこから森に入るそうである。3台の馬車に分乗して出発す
る。クルックと話してると、おれが森が初めてと知ったゴリラはお
れを教育してやろうと決めたようだ。色々話かけてくる。やれ筋肉
が足りないの、戦での心得がどうだの。逃げ場のない馬車の上。お
れは大人しくふんふん聞いている他ない。
139
おれの武器と防具の品評会まで始まった。背中の黒鉄鋼のブロー
ドソードをむしられ、
﹁ほう、いい剣じゃないか。使いこなせるのか?﹂﹁いやいや、若
い頃からいい武器に親しむというのは大事で⋮⋮﹂﹁達人は武器を
選ばんものだ。武器に頼って戦うようじゃ⋮⋮﹂と他の人たちまで
加わってきた。
結構なお値段がしただけあって、ブロードソードはやはりいい品
なようだ。50万円だもんな。みなの評価が高い。おれもゴリラの
大剣を見せてもらった。刀身は150cmほど。重い。おれの力で
は振り回すなど無理そうだ。最近ちょっとは剣術に自信がついてき
たんだが、体の作りが違う。どうあがいても体力方面では勝てそう
にない。
2時間ほどで目的地についた。馬車から降りると、遠くに森が見
えていた。体をほぐすとすぐに出発となった。斥候担当の宵闇の翼
を先頭に、暁の戦斧、アリブール、ヘルヴォーンと続く。みな無駄
話をやめて真剣な顔をしている。森につくと一本の細い道があって、
それを辿って行く。おれはゴリラにくっついてきょろきょろしなが
ら歩いていた。気配察知を使うが小動物らしきものの反応が時々す
るだけで、他には何もない。危険危険と聞いていたが、少し拍子抜
けした。
ふいにラザードが止まる。背中の大剣に手をかけている。声をか
けようとすると手で制された。すぐに前の暁が動き始めたので行軍
を再開する。
﹁今のは?﹂と、聞いてみる。
﹁前のほうで戦闘があったようだな。すぐに終わったみたいだが﹂
140
進むとすぐにわかった。宵闇の翼の一人が獲物を手に待っていた。
でかい蜘蛛だ。足を伸ばすとおれの身長くらいはありそうだ。言わ
れるままにアイテムに収納すると、宵闇の人はさっさと先に走って
いった。
﹁今のは大蜘蛛だな。たいして強くはないが、不意をうたれると結
構やばいモンスターだ。かまれると麻痺して体が動かなくなり、糸
でぐるぐる巻きにされて餌にされる。いい死に方じゃねーな﹂
確かにぞっとしない。
﹁蜘蛛の糸は高級素材だし、足も悪くない味だ﹂
食うのか⋮⋮。昆虫はおいしいっていうが、なるべくなら避けた
い食材だな。
しばらくしてまた隊列が止まる。今度は暁の戦斧が進むが、ラザ
ードは止まったままだ。問いかけると、
﹁少し手強いのが出たらしいな。何、暁に任しとけば心配ない﹂
先に進むと今度は人型モンスターの死体が待っていた。オークよ
りもでかくて赤い。角はないが赤鬼みたいだな。片足がちぎれかけ
てる。体は傷でぼろぼろだ。アイテムに収納する。
﹁トロールだな。あんまりでかくないし、子供かもしれん。だがや
つらは力がすごいからな。あまり接近しないほうがいい。こいつも
足を先につぶしてそれから倒したみたいだな﹂
2mはあった気がするがあれでも子供なのか。
141
そんなことが数度あった。その度にアイテムに収納する。オーク
を8匹、熊に、オオトカゲ。ゴブリンはその場に放置された。小休
止を2回はさみ、昼食を摂ることになった。
ちょっとした広場になっているところで、食料の木箱からパンと
干し肉、果物を支給。水樽も出して各人が水の補給をしていた。
﹁ここから先はさらに道が悪くなる。しっかり休憩しておけよ﹂
﹁なんか全然戦闘がなくて退屈ですよね﹂
﹁危険がなくて結構なことじゃねーか。このまま最後までなーんも
ないほうがいい﹂
﹁獲物を全部、前のパーティーに取られて報酬が減るんじゃないで
すか?﹂
﹁ああ。取り決めがあってな。倒したパーティーが6割。お前が1
割。他のパーティーも1割ずつもらえることになってる。歩いてる
だけで報酬が湧いてくるなんて滅多にないぞ?﹂
お金より経験値が欲しいんだけどなあ。どうにかして前に出れな
いだろうか。
午後も似たような感じだった。獲物はほとんどがオークで、あと
は狼が5匹、ハーピーが1匹。クロウラーというでかい緑色の芋虫
も倒されていたが、これをどうするのかは怖くて訊けなかった。ち
なみに狼もハーピーも食材だそうだ。芋虫はさすがに食う勇気はな
い。
142
午後遅く、野営地に到着する。天幕をだしてキャンプを設営。夕
食はオークが饗されることとなった。新鮮なオークが手際よく捌か
れていく様子はグロそのものだったが、焼かれた肉はいい匂いがし
たのでありがたく頂いた。
クルックとシルバーと同じ天幕で寝ていると好きな人はいるか?
みたいな話がはじまってしまった。高校生の修学旅行かよ!シルバ
ーが珍しく饒舌に同パーティーの女戦士リーズさんへの思いを語っ
ていた。
﹁でもリーズさん、ラザードさんのことが好きじゃん﹂
クルック容赦ないな。落ち込むシルバー。今度はクルックが話し
だす。初心者講習を一緒に受けた女の子が結構いいなーと思ってた
んだそうだが、あの子遠くにいっちゃったからね。最近は新しい恋
をみつけたそうだ。通ってる食堂のウエイトレスさんで笑顔がかわ
いいんだそうだ。
﹁ポニーテールの子?でもあの子、コックの人と仲良くしてるの見
たことあるよ﹂
仕返しとばかりにシルバーが暴露する。おまえらほんとに友達か
?まあ目がないのを早めに知らせるのも、友達を思ってこそかもし
れんが。
﹁おまえはどうなんだ?﹂﹁そうだ、お前のも話せ﹂
うーむ。二次元への思いなら一晩中でも語ってやれるんだが、ど
143
うしたもんか。こっちにできた女性の知り合いと言えば、ティリカ
ちゃんとアンジェラちゃんくらい。もうアンジェラちゃんのことで
いいか。でも確かにかわいいなとは思うが、恋とかじゃないと思う
んだよな。
﹁神殿のシスターでな⋮⋮﹂
いかにかわいいか。いかに子供思いで親切な女性か、少しばかり
盛りながら話す。ナイフで手を刺したりとかそういう話はもちろん
しない。
﹁それはもう告白すべきでは﹂﹁うんうん﹂
﹁あのな、おまえら。よく聞け。少し仲良くしてもらった、笑いか
けてもらったくらいで、告白なんてしようものなら、ひどい目にあ
うのが必然なんだよ。親切にしたのは生徒だったから。笑いかけて
くれたのはお土産を毎回持っていったから。おれのことはなんとも
思っちゃいない。一月もすればすぐ忘れるさ。もし告白なんてして
みろ。マサルくんのことは嫌いじゃないけど、そういうのはちょっ
ととか。マサルくんのことは好きだけどいいお友達でいましょうね
って返事が100%返ってくる。間違いない。そしてなんだかぎく
しゃくした関係になって、友達ですらいられなくなるんだよ!﹂
﹁そ、そうか﹂
学生時代のトラウマが蘇ってくる。二次元にはまったのはあのあ
とだったな。
﹁おれが村に居たころ﹂とクルックが話し出す。なんだ、話を変え
るのか。賢明だな。
144
﹁近所のおじさんが冒険者を引退して帰ってきてさ。お嫁さんを連
れて帰ってきたんだよ﹂
ほうほう。それでそれで。
﹁おじさんよりずいぶん年下のかわいい人でさ、夫婦仲もよくて、
子供も生まれてそれはそれは幸せそうだった。あとで知ったんだけ
ど、そのお嫁さん、奴隷だったんだよ。冒険者で儲けたお金で買っ
てきたんだって﹂
﹁そういうのありなのか!?﹂﹁それってクルックの隣に住んでた
!?﹂
﹁うちの村では珍しかったけど、普通にあるみたいだよ。ほら、何
年も冒険者やってると、知り合いの女の子なんかみんな結婚しちゃ
うし、年を取ったり、怪我したりでなかなか結婚できないから﹂
おれもシルバーも興味津々である。
﹁それでさ。見に行ってみたんだよ。奴隷商﹂
﹁いつのまに!?﹂と、シルバー。
俺たちはクルックから詳しい話を根掘り葉掘り聞きだした。
﹁おれが見たのはだいたい4,5万ゴルドくらいだった。がんばっ
たら貯められない値段じゃないよね﹂
メニューを確認する。
145
﹁おれいま3万くらいある⋮⋮﹂ 正確には31979ゴルド。
くそ、武器防具で1万ゴルドも無駄遣いするんじゃなかった!
﹁何!?﹂﹁なんでそんなに持ってるんだ!﹂
﹁いやいや、待ちたまえ諸君。愛する女性をそのような、物のよう
に売買するのはよろしくない﹂
﹁うーん﹂﹁それはそうだが⋮⋮﹂
﹁だがね。大きい家を買ったとしよう、いや借りるでもいいかな。
一人じゃ掃除するのもきつい。お手伝いさんが欲しいよな。それで
奴隷を買うという選択肢もあるかもしれない。いやいや、けしてや
ましい気持ちはないよ?手はだしたりはしないさ。でも、一つ屋根
の下で暮らすんだ。つい恋に落ちちゃうこともあるかもしれない。
うん、それなら仕方ないよな﹂
﹁うんうん﹂﹁すごくありうる話だ!﹂
﹁諸君、おれは帰ったら大きな家を借りよう。きっとだ!﹂
﹁な、なんだと!﹂﹁貴様、裏切るのか!!﹂
騒いでたら軍曹どのに怒られた。
﹁貴様ら、明日も早いのだ。早く寝ろ﹂
146
14話 男子達のくだらない話︵後書き︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です
147
15話 できる魔法使いにも悩みはある ︻画像エリザベス︼
翌日もほぼ同じような展開だった。戦闘はあるものの、すべて前
のパーティーで処理されて、こちらは平和なものだ。だが、昼前に
少しトラブルがあったようだ。軍曹どのがみなを集める。
﹁この先にオークの集団が見つかった。見えた範囲だけでも約30。
多ければその倍はいると考えられる﹂
﹁我々の目的は調査だ。回避するべきではないか?﹂
﹁いや、放置して後背をつかれればまずい。殲滅しておくべきだ﹂
﹁ついでだ。やっちまおうぜ。たかがオーク、50が100だとし
てもこの戦力なら問題ないだろう?﹂
ラザードさんの意見であっさり殲滅することに決まった。
﹁やつらは現在停止中だ。休憩してるのか、何かを待ってるのかわ
からんが、奇襲するのには悪くない位置だ。まず魔法使い2人で先
制をしてもらう。その後、弓で数を減らす。さらに一部隊を背後に
回し、こちらに注意が向いてるすきに強襲する。余裕があれば、残
った部隊も突撃だ﹂
おれと暁の戦斧の魔法使いで先制。アリブールとヘルヴォーンで
弓攻撃。暁と宵闇で後ろから奇襲だ。
148
黒ローブがやってきた。暁の戦斧の魔法使いだ。手に小さい杖を
持っている。こちらの正面にやってきてフードを脱ぐ。女の子だっ
た。高校生くらいだろうか。背はおれより少し小さい、体形はロー
ブでわからない。金髪がローブの中に伸びており、顔は整って美人
だ。アンジェラと同じ金髪でも、こっちはかわいい系だな。目がぱ
っちり大きい。でもなぜかおれをぎっと睨んでる。
﹁私はエリザベス。風メイジよ!いい?絶対に私の足をひっぱらな
いでよね!わかった!?﹂
﹁あ、はい﹂
この子は何をこんなにけんか腰なんだろう。
﹁あの、何をそんなに怒ってますか?﹂
﹁あなた!誇り高いメイジなのに、荷物持ちなんて言ってへらへら
笑ってるなんて!同じメイジとして許せないわ!!恥を知りなさい、
恥を!﹂
﹁はあ、ごめんなさい﹂
﹁もう!もういいわ!﹂
そういうと、ずんずん行ってしまった。慌てて追いかける。
﹁でも荷物持ちで雇われたのはほんとだしなー﹂
﹁そんなもの、メイジの仕事じゃないわ!私が本当のメイジっても
のを見せてあげる。ついてらっしゃい!﹂
149
言われなくても行く方向同じだし、同じ任務割り振られてるし。
すぐに軍曹どのがいる攻撃地点につく。谷のようになっていて、
下をのぞくとオークがいっぱいいた。
﹁奇襲部隊もそろそろ配置についた頃だ。魔法使い2人の攻撃を合
図に攻撃を開始する。では2人とも頼んだぞ﹂
﹁あなたはあっちのほうを狙いなさい。わたしはあっちをやるわ。
いい?タイミングはわたしに合わせるのよ﹂と、エリザベスが小声
で指示を出す。
攻撃する場所を確認し、うなずく。
エリザベスが詠唱を開始したのでこちらも︻小爆破︼の詠唱を開
始する。エリザベスが聞こえないような小さな声でぶつぶつ言って
る。何か呪文でも唱えてるんだろうか?おれの場合は魔力の集中だ
けで特に何もしてないが、他は違うんだろうか。
﹁ウィンドストーム﹂と、エリザベスが小さく声を発する。おれも
それに合わせて小爆破を発動した。
突然の攻撃にオークたちは混乱している。続けて弓の攻撃が始ま
ってばたばたとオークが倒れていく。だがすぐに反撃が始まった。
散発的ではあるが、オークからも矢が飛んできたのだ。一本の矢が
すぐ手前に突き刺さる。すばやく木の陰に退避した。エリザベスは
と見るとすでに隠れている。
矢の飛んでくる方向を探す。いた。︻小爆破︼を詠唱する。弓を
150
撃ってるオークを狙い、発動。数匹まとめてオークが吹っ飛び、レ
ベルアップした。ステータスのチェックは後回し。向かってくるオ
ークがいたので︻火槍︼で始末する。
﹁攻撃停止!﹂と軍曹どのから号令がかかる。奇襲部隊の攻撃が始
まったようだ。
シルバーがこっちにやってきた。
﹁クルックが足に矢を食らった。みてやってくれないか?﹂と、シ
ルバー。
クルックは脂汗を浮かべている。太ももに矢が刺さってる。クル
ックは弓担当で隠れるわけにはいかなかったし、シルバーほど重装
備じゃない。この程度で済んでよかったと言うべきだろう。
﹁シルバー、矢を引っこ抜いてくれ。すぐに回復魔法をかける。ク
ルックちょっと我慢しとけよ﹂
シルバーが矢を抜くのにあわせて、︻ヒール︼をかけてやる。少
し血が吹き出たがすぐに傷はふさがった。
﹁おい、おまえら。ここで待ってろ。おれたちは残りのオークを殲
滅してくる﹂と、ラザードさん。
その場にはおれとシルバーとクルック、軍曹どのとエリザベスの
みになった。
﹁軍曹どの、もう終わりでしょうか?﹂
151
先ほどまでしていた戦闘音がなくなっていた。
﹁そうだな。あとは逃げ出したやつくらいだ。しばらくここで待機
するぞ。あたりを警戒はしておけ﹂
クルックとシルバーはあたりを警戒している。おれがステータス
を見ながら、スキル振りを検討していると、エリザベスが話しかけ
てきた。
﹁あなた、なかなかやるじゃない。名前はなんて言ったっけ?﹂
﹁マサル。そういえば、さっき魔法うつのに何かぶつぶつ言ってた
けど、あれ呪文か何か?﹂
﹁そうよ。きちんと呪文で詠唱するのが正式なのよ﹂
﹁へー、おれの知り合いはやってなかったけどな﹂
アンジェラやシスターマチルダたちも特に何も言ってなかったし。
﹁そいつらは素人ね。ちゃんと呪文を詠唱して最後に呪文名を叫ぶ
と、威力が2割増しになるのよ!﹂
杖をこちらにつきつけ、ポーズをつけてエリザベスがいう。
﹁2割増しはわからんが、撃つ前に呪文名を言うのは間違っていな
い。パーティーで戦う場合、後方の魔法使いがどの呪文を使うか、
前衛に知らせねばならないからな﹂と、軍曹どの。
なるほどなー。無言で詠唱して、どかんじゃ、前衛はびびるだろ
152
う。エリザベスはドヤ顔をしている。
﹁どうやら散っていた部隊が戻ってきたようだ。我々も下に降りよ
う﹂
谷底に降りると、指示に従ってオークの死体を収納していく。ば
らばら死体になっていたのはおれの倒したやつだろう。損傷の激し
いのは価値も低いので放置していく。
﹁適当にアイテムにいれていってますけど、誰が倒したとかどうす
るんです?﹂
分配で揉めないのかな、これ。
﹁あとでギルドカードを照らし合わせて分配を決める。損傷して持
って帰れない素材もあるし、細かいことはやっていられないからな﹂
と、軍曹どの。
なるほど。おれのぶっ飛ばした死体のことですね、わかります。
他は大抵、矢や剣で倒されてるもんな。エリザベスのやったのさえ、
形がわからなくなるほどじゃない。火魔法、火力はあるけど、こう
いうとき不便だな。
ギルドカードをチェックするとオークを9匹倒していた。1匹は
火槍でそれほど損傷してないから、8匹はほぼ無価値になった計算
だ。オークの死体は1匹200ゴルドで引き取ってもらえるから、
結構痛いな。
全部収納するとオークは41匹だった。昨日の分をいれると62
匹。1匹80kgくらいとしても5000kg近くある計算だ。相
153
変わらずアイテムボックスチートすぎる。暁の人に全部入ったって
言ったらすこし驚いてた。
2人ほど軽い怪我をしていたので治療して、簡単な食事をしたあ
と出発となった。
予定より遅れるかと思ったら、特に急ぐこともなく、日が落ちる
前に2日目の野営地に到着。この程度のトラブルは織り込み済みで
行程は立てているんだそうだ。手際よくキャンプを設営し、食事を
済ませる。明日はここをベースにして、湖周辺の調査となる。
夕食後、焚き火に当たりながら水球をふよふよ浮かせて水魔法の
練習をしてると、シルバーが何やってんだと訊いてきた。
﹁魔法の練習﹂
ふーんといいながらつつこうとしたので、
﹁よせ!触ったら死ぬぞ!?﹂というと、びびって後ずさった。ゆ
っくりと水球を近づけるとさらに後ずさる。もちろんただの水であ
る。
﹁こら、やめろって!﹂
逃げ出したので水球で追いかけてみる。あ、こけた。そのまま水
球をぶつけてやる。シルバーは頭から水をかぶって、呆然としてい
る。
﹁残念だがおまえは死ぬ。風邪をひいてな!﹂
154
やっと冗談だと分かって怒り出した。
﹁あははははは。すまない。ごめんってば。ほら、いまのですりむ
いただろ?回復魔法かけてやるから﹂
シルバーと楽しくたわむれていると、エリザベスがやってきた。
﹁ちょっと話があるのよ。できれば2人切りでね﹂
そういうと、シルバーのほうをちらりと見る。シルバーは察して
すぐにどこかへ行ってくれた。
﹁それでなんの御用でしょう、エリザベスさん﹂
﹁うん、その⋮⋮ね﹂
なんだかもじもじして言いにくそうだ。これはあれか?モテ期っ
てやつか!?今日のおれの戦いぶりを見てほれちゃったのか?
﹁その⋮⋮アイテムボックスの魔法があるでしょう?わたし、空間
魔法が苦手でね。そりゃあ普通の人よりは沢山入るんだけど、うち
のパーティーくらいになると戦利品もすごくて、すぐにいっぱいに
なっちゃうのよ。マサル、すごく得意そうじゃない?何かこつとか
練習法とかあるのかしら?﹂
ですよねー。ほれるとかないわー。30秒前のおれをしばき倒し
てやりたい。
﹁うーん、なんとなく最初からこんな感じなんで、こつとかわから
155
ないなあ﹂
チートですから、説明のしようもない。
﹁そう⋮⋮﹂と、しょんぼりしている。力になってやりたいが、こ
ればっかりはなあ。
﹁ほら、まだ若いんだからさ、使ってるうちに上手くなるって﹂
﹁やっぱり地道にやっていくしかないのね。わかったわ﹂
そういうとふらふらと自分のテントのほうに歩いていった。人生
勝ち組みたいな顔をして、誇り高いメイジも色々悩みがあるんだな。
おれの悩みといえば、火力のありすぎる火魔法の運用だ。今日み
たいに獲物ごと爆破していたら、報酬的にきつい。スキルリセット
を使えば火魔法を他に振り替えもできるんだけど、よく考えたら、
明日急に、火魔法が使えなくなりました。土魔法がマックスレベル
ですとか、怪しいことこの上ない。リセットでMP消費量減少やM
P回復力アップを削ってもいいんだが、それよりもレベルアップ狙
ったほうが早そうな気がする。明日も戦闘参加できないかなあ。
クルックとシルバーは、夜のはじめのほうの見張り担当だったの
で、その日は一人で寝た。オークに矢を射られたのがちょっと怖か
ったので、寝る前に火魔法のレベルを一段階あげておいた。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
156
ギルドランクE
264/132+132
レベル6
HP
MP 398/199+199
力 32+32
体力 33+33
敏捷 21
器用 26
魔力 50
スキル 6P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4
盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 コモン魔法 MP消費量減少L
v3
MP回復力アップLv2
︻火魔法Lv4︼火矢 火球 火槍 火壁 小爆発 火嵐 大爆発
157
15話 できる魔法使いにも悩みはある ︻画像エリザベス︼︵
後書き︶
エリザベスさんは釘宮ボイスで。
<i72915|8209>
知り合いの絵師さんからのいただきものです
>>呪文名を叫ぶと、威力が2割増しになるのよ!
そういう魔法の流派があるって感じで
アンジェラも普通になしでやってたし、軍曹どのも2割増しはわか
らんがと言っております。
次回、明日公開予定
16話 人は知らず知らずのうちに死亡フラグをたてる
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
158
16話 人は知らず知らずのうちに死亡フラグをたてる
荷物持ちは今日はお留守番である。アリブールの面々と軍曹どの
も残っていて、キャンプ地周辺の警戒にあたっている。
﹁これで何も出てこなかったらどうするんです?﹂と、軍曹どのに
訊いてみた。
﹁そのときは、帰りに別ルートを通って調査範囲を広げる予定だ。
それでも何もなければしばらく様子を見て、異変が収まらないよう
なら再度調査をすることになるだろうな﹂
退屈である。散歩でもしようと思ったが、じっとしてろと言われ、
シルバーとクルックに話しかけたら邪魔するなと言われる。魔法の
練習をしてたら﹁何が起こるかわからん。魔力は節約しろ﹂と軍曹
どの。本かゲーム機が欲しい。本屋はあるようなので、帰ったら一
度見に行ってみよう。
木に向かって投げナイフの練習をしていると、2時間ほどで宵闇
の翼が戻ってきた。深刻そうな顔をしている。
﹁軍曹どの、ドラゴンだ﹂
軍曹どのといっしょに報告を聞く。湖の反対側に巣を作っている。
たぶんまだ若いドラゴンだ。サイズはそれほどでもない。翼があっ
た。飛竜種だろう。
﹁小さいんですか?﹂と、訊いてみた。
159
﹁ああ、ドラゴンにしては。それでも10m以上はあったがな﹂
10m。ちょっと想像がつかない。うちの実家の2階建てが5m
くらい?その倍か。博物館で見たティラノサウルスが10mくらい
だっけ。かなり巨大で驚いた記憶があるぞ。それが飛ぶのか⋮⋮
﹁ここから町まで飛べば半日ほどの距離だ。放置はできんな﹂と軍
曹どの。
﹁倒すんで?﹂とラザードさん。
﹁暁の戦斧を待とう。判断はそれからだ﹂
ほどなく、全てのパーティーが戻ってきた。状況を説明する。
﹁ドラゴンはやっかいだぞ。戻って応援を呼ぶべきだ﹂
﹁翼を落とせばただの火を噴くでかいトカゲだ。問題ない﹂
﹁どうやって翼を落とすんだよ!﹂
﹁わたしがやるわ!﹂とエリザベス。元気いっぱいである。なんで
あそこまで強気なんだろう。
暁の戦斧とアリブールが倒す派で、宵闇の翼とヘルヴォーンが撤
退派である。結局、軍曹どのの鶴の一声で倒すことに決まった。
暁の戦斧が前衛、アリブールが補助。ヘルヴォーンは隙をみて弓
160
で攻撃。宵闇の翼は後方で待機して、もし作戦が失敗したら町に戻
り知らせる。おれは参加しても留守番でもどっちでもいいと言われ
た。どうしようか。経験値も欲しいが命も大事だ。
﹁マサルも参加しなさい。わたしの最強魔法を見せてあげるわ!﹂
﹁参加してくれるなら報酬を弾もう。ドラゴン討伐は危険も大きい
が、成功すれば莫大な報酬が手にはいるぞ﹂と、軍曹どの。
報酬か。報酬はとても欲しい。昨日のうちにざっと計算してみた
んだが、このまま帰ると報酬は3000ほど。たぶん4000はい
かないだろう。ハーレム計画第一歩のためにはだいぶ足りない。
﹁それにドラゴンを討伐したとなれば冒険者として箔がつく。暁の
戦斧はドラゴン討伐の経験があるそうだ。これは分のいい賭けだぞ﹂
とラザードさん。
クルックとシルバーも参加するようだ。火魔法レベル4の大爆破
も試したいし、上手くすれば経験値が大量に手に入るかもしれない。
﹁参加します﹂
決して報酬に目がくらんだわけじゃない。これは冒険者として当
然の行動だ。
軍曹どのから紙とペンを渡された。
﹁遺書を書いておけ。2通だ。一つは自分で、もう一つは宵闇の翼
に預けておく﹂
161
見ると、みんな何やら書き込み中だ。
﹁死んだとき、残ったアイテムやお金をどうするのか。死んだのを
知らせて欲しい人がいるなら、その連絡先もだ。これは危険な任務
の前にやる通常のことだ。そんなに不安そうな顔をするな﹂
紙を手にして考える。実家には連絡は無理だし、アイテムとお金
は孤児院に寄付しとくか。そう言えば死んだらアイテムボックスっ
てどうなるんだろう。
エリザベスに聞いてみると、その場で中身をぶちまけるわね、と
のこと。なるほど。オークの死体×62や持ってる食料が全部、そ
の場にぶちまけられるわけだ。きっとすごい光景だろうな。
遺書を書いて一枚を軍曹どのに預け、もう一枚はアイテムボック
スに入れておく。ふと思いついて日誌を取り出す。実家宛にも遺書
を書いておこう。きっと死んだら伊藤神が届けてくれるだろう。時
間があまりないので簡単に書いて、あとでまたきちんと書きなおせ
ばいい。﹁先立つ不幸をお許しください。事情により、もう二度と
会うこともできませんが、PCの中身はみないで、HDDを破壊し
てから処分してください。お願いします﹂と。これでよし。エロい
本は母親にはすっかりばれているので、HDDだけ処分すれば大丈
夫。父ならきっとわかってくれるはず。あああ、黒歴史ノートを忘
れていた。﹁押入れのダンボールのノートは見ないで焼き捨ててく
ださい。絶対にお願いします﹂うん、これで安心だ。
戦闘はまず、暁の戦斧の攻撃から始まった。魔法の届く距離くら
162
いに近寄ると、絶対に気づかれるらしいので奇襲はまず無理。正面
から攻撃をする。
ドラゴンは岩山に開いた浅い洞窟で寝ており、こちらが近づくと、
かなり遠い距離で気がついて起きだした。今はまだ浅い洞窟だが、
少しずつ掘り進んで立派な巣にするんだそうだ。
のそりとドラゴンは巨体を洞窟からあらわす。でかい。茶色い体
躯に4本の足、大きな翼、面構えも凶悪だ。弓を撃つが、歯牙にも
かけない。体を起こし、2本足で立ち上がると首を暁の部隊のほう
へ向ける。ブレスの態勢だ。暁の人たちがすばやく散開する。フル
プレートの巨大な盾を持った戦士が、ドラゴンの正面で盾を構える。
ブレスが放たれる。盾の人はなんとか耐えたようだ。
﹁いまよ!﹂とエリザベスの合図でドラゴンのサイドのほうから飛
び出す。一度ブレスを撃つと次までは時間がかかる。このすきに魔
法で攻撃するのだ。アリブールの面々に守られ、ドラゴンに近づく。
ドラゴンが翼を広げて飛ぼうとしている。暁も走りよるがまだ距離
がある。
﹁食らいなさい!メガサンダー!!﹂
エリザベスの魔法が炸裂する。ズガンッというでかい音とともに、
太い雷がドラゴンを襲う。最強魔法と言うだけはある。すごい迫力
だ。ドラゴンの頭からは煙があがっている。ドラゴンは一瞬ぐらり
とよろめき、倒れかける。だが態勢を立て直し、とどめを刺さんと
走りよる暁のメンバーから逃れ飛び立った。
﹁嘘、仕留め損ねた!?﹂
163
おれの︻大爆破︼は詠唱中だ。くそ、一度くらい試しておくんだ
った。詠唱が長すぎる!ドラゴンはどんどん上空にあがっていく。
急がないと届かない。ようやく詠唱が完了し、魔法発動!だが、そ
れも遅かったようだ。ドラゴンの手前で爆発が起こり、やつは悠々
と上空に逃れた。
﹁失敗だ。このまま逃げるか?﹂と、ラザードさん。
﹁いや、ダメージはある。その証拠にやつは上空に留まったままだ。
作戦は続行する﹂と、軍曹どの。
ドラゴンはかなり上空でホバリングをしながら、こちらを窺って
いる。逃げるつもりはないようだ。おれたちは森の中に隠れた。エ
リザベスがはぁはぁと肩で息をしている。ポーションを取り出し飲
んで少し楽になったようだ。魔力切れか。アイテムから濃縮マギ茶
を出して渡してやる。
﹁何これ。どろりとしてるんですけど﹂
﹁濃縮マギ茶。苦いけど効くぞ﹂
エリザベスがぐっと飲む。すぐに水を渡してやる。おれも濃縮マ
ギ茶を飲んでおく。
﹁うええ、ひどい味ね。でもありがとう﹂
﹁で、どうするの?﹂
﹁降りてきたところを攻撃するしかないわね。さっきのはもう撃て
ないけど、なんとかするしかないわ﹂
164
﹁撤退は?﹂
﹁怒り狂ったドラゴンが追いかけてくるわよ。うまく逃げ切れても、
町まで追いかけてきたら、ひどい被害がでるわ。ここで止めなきゃ﹂
大爆破は詠唱が長すぎてだめだ。小爆破を翼にぶつけるしかない。
森の外では暁の戦斧たちが陣形を整えてドラゴンと対峙している。
彼らにはまた囮になってもらうことになる。
数分後、ついにドラゴンが急降下してきた。︻小爆破︼の詠唱を
開始する。だが、はやい。落下速度を利用してものすごいスピード
で、暁の戦斧目指して突っ込んできた。また盾の人を残して散る暁
の人たち。ドラゴンはブレスを吹きつつその上を掠めるように飛び
去る。すれ違いざま、ドラゴンの尾が振られ、盾の人が吹き飛ぶ。
盾の人は数メートル転がり倒れるが、よろよろと起き上がった。盾
の人すげー!
ふたたび上空に滞空するドラゴンを見ると、腹に槍がささってい
る。あのすれ違いざまに攻撃したのか。だが、ドラゴンの巨体にそ
の程度では焼け石に水だ。
﹁だめだ。速すぎて魔法が合わせられない﹂
魔法が発動してもあの速度だ、当てる自信はない。
﹁そうね。こうしましょう。わたしがマサルを抱えて飛ぶから、あ
なた魔法で翼をつぶしなさい﹂
﹁ええ!?レヴィテーションなんかで飛んだらいい的だぞ﹂
165
レヴィテーションで上空には上がれるだろうが、速度が出ない。
せいぜい歩くスピードくらいだ。
﹁違うわ。風魔法のフライよ。レヴィテーションよりもスピードが
出るの。大丈夫。今死ぬか、あとで死ぬかの違いよ。失敗したらど
っち道全滅よ﹂
報酬に釣られて受けるんじゃなかった。おれのハーレム計画もこ
こで終了か。ああ、この前の﹁帰ったらおれ、大きい家を借りるん
だ﹂とかまんま死亡フラグじゃん⋮⋮。逃げ場を探したが、思いつ
かなかった。この女の子がやるって言ってるのに、怖いから逃げま
すとはとてもじゃないが言えない。周りではすでにやることで話が
進んでいる。
軍曹どのに手伝ってもらってエリザベスをロープでおれの背中に
結びつける。軍曹どのは何も言わずにおれの手をぐっと握り離れて
いった。映画とかなら﹁安心しろ、骨は拾ってやる﹂ってところだ
ろうか。いや、軍曹どのなら﹁心配するな、おれもあとから逝く﹂
かもしれんな⋮⋮
﹁いい、次にドラゴンが降りてきたときがチャンスよ。ドラゴンが
通過したあとを追いかけて飛ぶから、すぐに詠唱を開始しなさい﹂
後ろから抱きついたエリザベスが耳元でささやく。おっぱいが背
中に当たってるはずだが、鎧ごしでよくわからない。残念だ。美少
女に抱きつかれておっぱいを押し付けられ、普段なら最高のシチュ
エーション。だが、おれは今から死地に赴くのだ。おっぱいの感触
を楽しんでいる余裕はない。
166
メニューを開く。スキルリセット。MP消費量減少Lv3、MP
回復力アップLv2を消す。ポイントが23Pになった。高速詠唱
のレベルを上げていく。高速詠唱Lv4で残り9P。足りない。レ
ベル5にはあと10Pいる。忍び足を消し、高速詠唱をレベル5に
する。
﹁来たわ!﹂
スキル操作がぎりぎり間に合った。
ドラゴンが通過するのに合せて、エリザベスがフライを発動する。
︻小爆破︼の詠唱はすでに開始している。効果があるかどうかわか
らないが、隠密も使っておく。森から飛び出し、ドラゴンの後を追
う。レヴィテーションよりはかなり速いが、ドラゴンにはどんどん
引き離される。まだ詠唱は終わらない。詠唱が間に合わなかったら
死ぬ。魔法を外しても死ぬ。ついに詠唱が終わった。だが、ドラゴ
ンはまだ高速飛行している。短時間なら魔法は維持できる。チャン
スは一度きり。
上空にあがったドラゴンがくるりとこちらに向いた。今だ!止ま
った的だ、狙いは過たず、ドラゴンの片翼を奪い取る。
怒り狂って叫びをあげたドラゴンは、残った翼を必死に羽ばたか
せ、落下しながらもこちらに向かってきた。エリザベスが距離を取
ろうとするが、ドラゴンは落下速度を加えながらこちらに突っ込ん
でくる。だが折れた翼では届かない。ドラゴンは下方に過ぎ去り、
逃げ切れた、そう思った瞬間、ドラゴンの口が開けられブレスが火
を吹いた。
やばい、水!水!!とっさに大量の水を生成する。ブレスと水が
167
ぶつかり、至近距離で爆発が起こり吹き飛ばされる。一瞬意識が遠
のくが、落下してるのに気がつき、必死にレヴィテーションを発動
する。エリザベスがずるりとずり落ちそうになる。エリザベス、気
を失ったのか。ロープできっちり縛ってあるから落ちはしないと思
うが、エリザベスの腕をしっかりと掴む。
地上はと見ると、ドラゴンとみんなが戦っている。エリザベスに
呼びかけるが、返事がない。仕方がない、どこかに降りよう。
ドラゴンとの戦闘を避けて地上に降りる。ロープをナイフで切り、
エリザベスを地面に寝かせる。エリザベスは鼻血をだして気を失っ
ている。︻ヒール︼念のためもう一発︻ヒール︼。エリザベスがう
うーんと唸って目を開いた。
﹁大丈夫か!?エリザベス!﹂
﹁あんたの⋮⋮﹂
﹁え?﹂
﹁あんたの頭が顔に当たったのよ!鼻の骨が折れるかと思ったわ!﹂
吹っ飛ばされたとき、後頭部が当たったのか。ヘルムかぶってる
もんな。そりゃ痛かっただろう。すでにヒールかけたあとだから、
ほんとに折れてたかもしれん。
﹁ご、ごめん﹂
﹁いいわ。ドラゴンは!?﹂と、立ち上がる。
168
﹁ああああ、そうだ!まだみんな戦ってる!助けないと!﹂
ドラゴンの戦闘を振り返る。何人もがドラゴンに接近して戦って
おり、うかつに魔法をぶっぱなすわけにもいかない。
﹁ど、どうしよう﹂
﹁大丈夫よ、見てなさい。もうすぐ終わるわ﹂
よく見ると、ドラゴンはすでに傷だらけ。そのまま見ていると、
ラザードさんが首に大剣を打ち込んだ。ドラゴンは叫びをあげると
倒れ、最後は暁の戦斧のリーダーの人が頭にとどめを刺し、ドラゴ
ンは動かなくなった。メニューを開くと、レベルが3つもあがって
いた。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼ドラゴンスレイヤー new!
野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクE
224/241+241
レベル6>9
HP
MP 258/368+368
力 43+43
体力 45+45
敏捷 29
器用 35
魔力 69
169
スキル 36P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 気配察知Lv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 コモン魔法 高速詠唱Lv5
︻高速詠唱Lv5︼詠唱を50%短縮する。
170
16話 人は知らず知らずのうちに死亡フラグをたてる︵後書き
︶
次回、明日公開予定
17話 倒したあとはおいしくいただきます
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です
171
17話 倒したあとはおいしくいただきます
みなでドラゴンの側に集まる。改めて近くで見るとでかい。この
人たち、よくこんなのを肉弾戦で倒したな。
﹁よくやったぞ、マサル!﹂﹁すごいよ、マサルさん!﹂﹁エリザ
ベスもよくがんばったな﹂
合流したおれたち2人をみんなで歓迎してくれる。
﹁ふふふん。わたしの考えた作戦のおかげね!﹂
エリザベスはふんぞりかえっている。だが、そもそもあの自称、
最強魔法で落とせていれば、ここまで苦労しなかったんじゃなかろ
うか。確かに強力な魔法だったけどさ。おれも最初の一撃外しちゃ
ったから人のことは言えないけど。
おれ的には一番の殊勲者はあの盾の人だと思う。このドラゴンの
攻撃を3度も正面から受けるとか、半端じゃない。盾の人はと探す
と、いた。ドラゴンをぺたぺたと触っている。全身鎧で顔もわから
ないが、立って動いてるから元気なのか?だが、左手の大盾は変形
し、鎧は煤で真っ黒だ。
﹁あの、傷は大丈夫ですか?﹂
﹁ああ、ポーションは飲んだし、回復魔法も自分で少し使えるから、
歩けるくらいには回復したよ。もう1戦やれって言われたらなんと
かできるかな﹂
172
いやいや、無理しないで!
﹁魔力に余裕があるから、回復魔法かけますよ﹂
﹁お、そうか?助かるよ。正直立ってるだけでも結構つらくってな
ー﹂
やっぱりやせ我慢か。︻ヒール︼︻ヒール︼︻ヒール︼これくら
いで大丈夫だろうか?ついでに浄化もかけて鎧をきれいにする。煤
が取れて見えた鎧もところどころへこんでぼろぼろだった。
﹁おお、だいぶよくなった。鎧もきれいにしてくれてありがとう﹂
まだ完治してないのかよ!あわてて︻ヒール︼︻ヒール︼︻ヒー
ル︼追加で3回かける。
﹁うん、もう大丈夫だ。ありがとう。やっぱり治癒術師がいるとい
いね﹂
﹁わたしだって魔力が残っていればそれくらいできるわよ﹂と、エ
リザベス。
﹁エリザベスは2人も抱えてフライを使ってたから仕方ないよ。お
れとかほら、上のほうで一発撃っただけで、魔力あんまり使ってな
かったし﹂と、フォローしておく。
﹁そうよね!ドラゴンを倒せたのもわたしのおかげなんだから!﹂
すぐに機嫌のよくなるエリザベス。ちょろい。
173
﹁ほかにも、怪我してる人いたらなおしますよー﹂
数人怪我人はいたが、盾の人ほど重傷者はいなかったので、さく
さく治療していく。死人がでなかったのは奇跡的だな。あの最後の
ブレス、まともに食らっていたら果たして生き延びられただろうか。
たぶんブレスで死ななくても気を失って墜落死してたな。
﹁軍曹どの、ブレスは連続で吐けないと聞いたのですが、最後のあ
れは⋮⋮﹂
﹁うむ、そうだな。たぶん、かなり無理をして撃ったんだろう。あ
のブレスはだいぶ弱かった気がする。それに、あのあとは一度もブ
レスを吐かなかった。地面に落ちたダメージのせいの可能性もある
が﹂
なるほど。最後っ屁ってやつか。本当に死ななくてよかった⋮⋮。
今更ながらいかにぎりぎりの生還だったか理解できて、震えてきた。
﹁それと、このドラゴン。もしかして上位種かもしれないな﹂
﹁きっとそうよ!わたしのメガサンダーを食らって耐えるなんてあ
りえないわ!﹂
サンダー系の魔法には電撃による麻痺効果もある。本来なら短時
間、確実に行動が止まるはずなのだ。
﹁上位種というのは?﹂
﹁文字通り、通常のドラゴンの上位にあたる種だ。より強く、賢明
174
で、狡猾だ。わたしはそう多くのドラゴンと戦ったことがあるわけ
ではないが﹂
﹁そうだな。可能性はある。我々がこのサイズでこれほど手こずる
はずもない﹂と、これは暁の戦斧のリーダーだ。名前は忘れた。た
しか鮮血のって通り名だった。20人も一気に覚えられないし。盾
の人の名前はあとでエリザベスに訊いてみよう。
﹁帰ってからギルドで調べてもらわないとな。マサル、こいつを運
べるか?﹂
うん、とうなずいてドラゴンを収納する。どんなにでかくても1
枠で収まる。相変わらずチートだ。このサイズが入るなら家とか運
べるかな?そこらへんのでかい木はどうだろう。収納。だめか。地
面に根が生えてるからかな。家も無理そうだ。さすがにそこまでチ
ートじゃないか。エリザベスがこちらをじーっと見てる。なんだろ
う。また機嫌が悪くなったのか?
﹁やっぱりずるいわ。ねえ、それどうやってやってるのよ。ケチケ
チしないでわたしにも教えなさいよ!﹂
むう。本職の魔法使いが見るとやはり違和感があるのか?ここは
うまくごまかさないと。
﹁地道にやるんじゃなかったのか?﹂
﹁うぐ。地道にもやるわよ!でもなにかヒントでもちょうだいよ!﹂
﹁うーん、前にも言ったけど、普通にやってるだけで特に何にもし
てないんだけどなー。そういう才能?向き不向きがあるんだよ。ほ
175
ら、おれもエリザベスみたいなすごいサンダーとか使えないし。あ
れはすごかったな!あんなの見たの初めてだよ。おれのほうが風魔
法を教えてもらいたいくらいだ﹂
﹁う、そ、そう?それほど言うなら教えてあげてもいいけど﹂
適当に言ってみたが相変わらずちょろいな。なんか風魔法を習う
流れになってしまったが、まあいいか。水も練習中だし、風もこれ
で覚えられたらあとは土でコンプリートだ!
﹁ぜひ!お願いします。エリザベス先生。いや、師匠!﹂
﹁いいわ。たっぷり教えてあげる!わたしは厳しいわよ!﹂
﹁はい、師匠!﹂
エリザベスはご機嫌だ。にっこにこしている。おれも気分がよく
なった。美少女に色々教えてもらえる。しかも無料で!きっとアン
ジェラみたいにナイフで迫ったりはしないだろう。勢いだけで決ま
ったが、これはいい具合に話がまとまったな!
宵闇の翼の人たちもやってきた。
﹁巣と周辺を見てきましたけど、何もありませんね﹂
﹁お宝期待してたんだがなあ﹂
ドラゴンは巣に宝物を溜め込む習性があるらしい。
176
﹁作ったばかりの巣だ。これから集めるところだったんだろう﹂
お宝ってどんなのか聞いてみた。
﹁そりゃあ、金銀宝石がざっくざくだよ。あいつら光物が大好きだ
からな。すごいのになると国が買えるほど溜め込んでるらしいぜ。
いやー残念だな﹂
キャンプへの帰り、エリザベスがぺらぺらと風魔法について講釈
をたれるのを聞く。さすがは本職の魔法使いだけあって、役に立ち
そうな知識も披露してくれる。だが、キャンプ地に着く頃にはなん
だが元気がなくなってきた。ちょっと足元が怪しい。
﹁ああ、体力が切れたんだな。今日はでかい魔法もつかったもんな﹂
と、暁の戦斧のリーダーの人が話しかけてきた。斧を装備した鮮血
のなんちゃらさんだ。
﹁ほら、エリー。ちゃんと歩きな。それともおぶっていくか?﹂
﹁ナーニアがいい⋮⋮﹂
はいはいといいつつ、女戦士の人がエリザベスをひょいっとお姫
様抱っこするとスタスタ歩いていった。あの女の人はナーニアって
いうのか。
﹁君は元気だね。エリザベスは魔法を使いすぎるといつもああでね﹂
﹁おれも魔力使い切ったらあんな感じですよ。すっごい疲れるんで
177
すよね。今日は割と魔力に余裕あったんで﹂
﹁それにしても、今日はマサル君のおかげでずいぶん助かったよ。
礼をいっておく﹂
﹁いやいや、魔法一発当てただけですから﹂
﹁でもあれのおかげで地面に落ちて、もうふらふらだったからね。
楽に倒せたよ﹂
﹁あれもだめだったらどうするつもりだったんですか?﹂
﹁そうだね。降りてくるたびに翼を攻撃してなんとか叩き落すって
ところかな﹂
﹁無茶じゃないですかね﹂
盾の人が死んじゃうよ!
﹁倒せないとは思わないけど、何人か死んだだろうね。だからね、
今日は本当にありがとう。エリザベスが助かったのは君のおかげだ
よ﹂
﹁いえ、そんなことは。エリザベスの考えた作戦、そのままやった
だけですし﹂
﹁まあ感謝してることはわかってよ。それはそうとマサル君、ソロ
なんだって?どこかのパーティーに入る予定はないのかい?アリブ
ールとは親しくしてるみたいだけど﹂
178
﹁いまんとこ予定はないですねー﹂
﹁じゃあうちなんかどうだい?エリザベスも気にいったみたいだし。
ちょうど魔法使いを探しているところでね﹂
暁の戦斧に入ればどれほど報酬が稼げるか。Bランクともなれば
有名人。もてもてである。と暁のリーダーの人は力説する。もう数
回、大きな依頼をこなしたらAランク昇格もあるかもしれないそう
だ。
でも暁の受ける依頼って、きっと今日みたいなのだよな。毎回こ
んなのやってたらそのうち死ぬ。エリザベスも躊躇なくドラゴンに
突っ込んでいったし、この人たち、命が惜しくはないんだろうか。
やはり命を大事にの方針は守るべきだろう。
﹁おれにはちょっと荷が重いですかね。今日だって死にそうな目に
あったし、当分は危険な依頼はやりたくないなと﹂
﹁そうかい?気が変わったらいつでも知らせてよ。マサル君ならや
っていけると私は思ってるよ﹂
キャンプにつくと、ラザードさんに呼ばれた。
﹁マサル、ドラゴンだしてくれよ﹂
何するんです?と聞きながら開けた場所にドラゴンを出す。
﹁もちろんドラゴンステーキだ!ドラゴンを倒したらやっぱりこれ
179
がないとな!﹂
﹁いやいや、ドラゴンの肉はやはりシチューが絶品で﹂
﹁食べるの初めてなんですよ、楽しみだなあ﹂
わいわい言いながらドラゴンの一部を切り取っていく。ドラゴン
ステーキか。某ゲームだと定番だったな。ちょっと楽しみだ。どん
な味がするんだろう。
﹁味もさることながら、強いモンスターの肉を食べると、その強さ
を体に取り入れられるという説があってな。ドラゴンの肉は最高級
品だな﹂と軍曹どのが解説してくれる。
﹁実際のところはわからんが、信じている人も多い﹂
ステータスを見ればわかるだろう。食べたあと確認してみよう。
料理が開始され、誰かが酒を出してきた。殴り合い寸前まで議論
が白熱した結果、ドラゴン肉はステーキとシチュー両方作ることに
したようだ。まだ危険な森の中だと思うんだけど、酒盛りとかして
ていいのか。
﹁ドラゴンの巣があったからな。この近くにはめぼしいのはもうお
らんだろう。午前中の調査でも何もいなかった。それに宵闇の翼が
見張りをかって出てくれてな﹂
多少はめを外すのはかまわんだろうと、軍曹どの。そういえば宵
闇の姿が見えない。なるほど、ドラゴン戦でいいとこがなかった分、
働いてるのか。そういうことならと、アイテムからお酒を取り出し
振舞う。軍曹どのにもお酒をすすめるが、丁重に断られた。まだ任
務中だということなのだろう。さすがだ。
180
ドラゴンステーキが焼けるのを待っていると、最初に焼けた肉を
差し出された。少し離れたところではエリザベスも肉をもらってる。
殊勲者の魔法使い2人に最初にってことだろうか。美味しそうな匂
いがする。エリザベスを見ると幸せそうな顔をして食べていた。そ
れを確認しておれも食べる。塩と何かのスパイスで軽く味付けされ
た、ドラゴンの肉はとても美味しかった。鶏肉に近いだろうか。や
わらかくてジューシー、滋味あふれる味は、いままで経験のしたこ
とのない味だ。最高級地鶏とか神戸牛とかって食べたことないけど、
こんな感じなのかな。
その夜はステーキもシチューもたっぷりと堪能して酒を飲んで寝
た。ステータスを見たが、ドラゴンステーキで特にステータスがあ
がるってこともなかった。
181
17話 倒したあとはおいしくいただきます︵後書き︶
次回、明日公開予定
18話 魔王と勇者と
至高vs究極 ドラゴン肉料理対決!なんてのもちょっと考えた。
182
18話 魔王と勇者と
あくる日、町への帰途についた。おれは暁の戦斧のパーティーに
混じって歩いている。出発前にエリザベスに捕獲されたのだ。弟子
なんだから師匠の側についてなさい!とのこと。軍曹どののお許し
を得て、エリザベスの後ろを歩いてるわけだが、やはりすることは
ないわけで。経験値ゲットのチャンスだぜ!と思ったんだが、行き
と同じルートゆえ、すでにモンスターは駆逐済み。出ても先行して
いる宵闇の翼が倒してしまう。暇だったが、行軍中はわきまえてエ
リザベスもあまり話しかけてこない。休憩中は何かと面倒をみよう
としてくるが。弟子ができたのがよっぽど嬉しいようだ。
彼女はすでに4年ほど冒険者をしているベテランらしい。14で
冒険者になって今は17才。すでにかなりの修羅場もくぐっている
んだろう。ドラゴン戦のときもかけらもびびってなかったもんなー。
目標はSランク冒険者になることらしい。Sランクってすごいの?
って聞くと馬鹿じゃないの!って言われた。曰く、英雄。莫大な富
と名誉。貴族になり領地をもらえたり、国に仕えて出世したり。人
々のあこがれである。冒険者となったからには目指さないでなんと
するのか。でも危険なお仕事なんでしょう?って思ったが口には出
さなかった。また怒られそうだ。
おれのいまの優先順位は、
1、20年生き延びる
2、ハーレムを作る
3、世界の破滅の回避、である。
世界が破滅すれば生き延びることもハーレムもないんじゃないか
183
と思うだろうが、おれはなんとかなると思ってる。チートを駆使す
れば一人生き延びることくらいできると思うんだ。いざとなったら
何もかも見捨てて逃げればいい。とりあえずはいかに安全を確保し
つつ、スキルポイントを稼ぐかだ。どこかにメタルな足の速いモン
スターが出てくるような狩場はないだろうか。とにかく、当分はド
ラゴン討伐なんて物騒な仕事はごめんこうむりたい。そう切に願う。
昼の休憩に投げナイフの練習をしていると、エリザベスが面白い
ものを見せてあげると言ってきた。
﹁このナイフ、つぶしてもいいわよね?﹂
投げナイフは20本ある。エリザベスは木にむかってナイフを構
え、魔力をこめ、投げた。投擲術持ちのおれからすれば、下手で見
れたものではなかったが、木には命中し、そして刃の根元までめり
込んだ。
﹁!?﹂
驚いたおれを見てエリザベスは満足げだ。木にささったナイフを
引っこ抜いて見せる。刃がぼろぼろになっていた。
﹁いまのが風の魔法剣よ。見てのとおり、普通の武器でやるとあっ
というに壊れるわ。けど接近戦の弱いメイジの切り札になるわよ﹂
おれは剣術Lv4があるから接近戦も得意なんだが、今のは確か
に使えそうだ。
﹁火魔法でもできるかな?﹂
184
﹁いけると思うわよ。投げないでやってみなさい。そのほうが正式
だから﹂
刃のかけたナイフに魔力をこめていく。火をまとわせ、切る!木
はバターのようにすっぱり切れ、あとに焦げた切り口が残っていた。
刃はさらにぼろぼろになったが、これはいい。使える!
﹁雑ね。そんなに魔力をこめたら、普通の剣のサイズだとあっとい
う間に魔力が切れるわよ﹂
今度は慎重に、魔力を入れすぎないように。ナイフを振るう。パ
キッと音がしてナイフが折れた。3回振っただけでこれか。
﹁魔法剣に使える金属はミスリルやヒヒロイカネ、オリハルコンな
んかが有名ね。でもすごく高いわよ。小さいナイフでも1万以上は
するんじゃないかしら。やるなら使い捨ての武器を用意することね﹂
魔法剣か、なんて中二テイストあふるる技なんだ!ぜひ、使いこ
なせるように練習してみよう。
﹁さすが師匠。すばらしい魔法です﹂
エリザベスはそうでしょうそうでしょうとドヤ顔である。
野営地には特に何事もなく到着。夕食後はエリザベス師匠の魔法
の講義である。何故かクルックとシルバーも混ざっている。魔法を
教えてもらいたいようだ。エリザベスも別にいいと言うので一緒に
185
風魔法を教えてもらう。風魔法も他の系統と変わらない。要はイメ
ージだ。すぐに風魔法は使えるようになった。団扇であおいだほう
が早いくらいのそよ風だが、とりあえずは成功だ。
﹁うははは。見よ、これが風魔法だ!﹂
うんうん唸っているクルックとシルバーにそよ風を当ててやる。
決して苦労している友人を馬鹿にしてるわけではない、風魔法を見
せてやろうという親切心なのだ。
﹁ほら、マサルも人のこと言えないでしょう。そんな威力じゃ羽虫
も殺せないわよ﹂
確かに。水魔法もそうだったが、使える段階から実用レベルにす
るのが大変なんだよな。
﹁フライを覚えたいんですけど﹂と、希望を述べてみる。
﹁あれは少しレベルが高いわね。最初はエアハンマーを覚えなさい﹂
水球の風版みたいなやつか。エリザベスに実演してもらう。的は
自分の体だ。木にあててもらったが、風が目に見えないのでいまい
ちよくわからない。そういったら体で試すといいと言い出した。
﹁いいか?絶対に手加減してくれよ?ほんとに頼んだからな﹂
﹁大丈夫よ、任せなさい﹂
エリザベスはニヤニヤしており、とても説得力がない。魔法を詠
唱しはじめる。
186
﹁エアハンマー!﹂
腹にずっしりとした衝撃が来る。ぐっとうめいて思わずひざを突
く。鎧の上からでも痛いよ、ほんとに手加減したのかよ!この世界
の女はなぜ魔法を教えるのに、いちいちおれの体を痛めつけるのか。
︻ヒール︵小︶︼を念のためかけておく。
﹁本気でやったらそんなもんじゃないわよ。吹っ飛んでアバラもば
きばきね﹂
これは思ったより凶悪な魔法だ。見えないので避けようがない。
﹁魔法を防ぐにはどうすればいい?﹂
﹁詠唱中につぶすか、避けるか、防御魔法ね。ルヴェンみたいに盾
を持って重装備で耐えるって手もあるわ﹂
ルヴェンっていうのは盾の人のことだ。鉄壁のルヴェン。格好い
いよな!
﹁避けられるの?エアハンマーとか見えないんだけど﹂
﹁わたしは無理だけど、避けられるみたいよ。魔力や動作を見て、
予測するらしいんだけど。うちのリーダーあたりだとひょいひょい
かわすわね﹂
﹁防御魔法というのは?﹂
﹁そうね。ちょっと火魔法の弱いので攻撃してみなさい﹂
187
エリザベスはこちらに杖を突き出し構えている。魔力が発動して
るのはなんとなく感じられた。︻火矢︼をぶつけてみると、エリザ
ベスの手前で何かに阻まれた。
﹁エアシールドよ。ちょっとした攻撃ならこれで防げるわね。あの
ドラゴンのブレスくらいになると防げるか怪しくなってくるけど﹂
﹁火魔法で⋮⋮﹂﹁無理ね﹂
あっさり否定された。
﹁火魔法は攻撃に特化しているから、防御ってのは聞いたことはな
いわね。せいぜいファイヤーウォールくらいじゃない?﹂
あれは壁って名前ついてるけど、何かを防げるってもんじゃない
からなあ。
﹁防御なら土魔法ね。ストーンウォールなら防御力は高いわよ﹂
これもエリザベスが実演してくれる。エリザベスの詠唱によって
高さ1mくらいの土壁ができあがった。
﹁土はあまり得意じゃないからこの程度ね。がんばればもっとしっ
かりしたのも作れるけど﹂
土魔法か。やっぱり魔法は全種類コンプリートだな。
﹁でも、あまり浮気をするのはおすすめしないわね。わたしは4系
統とも使えるけど、上級まで使えるのは風のみね。色々やってると
188
器用貧乏になるわよ﹂
﹁他の系統は知らないか?精霊とか召喚、光に闇﹂
空間魔法は聞かないでおこう。きっと薮蛇だ。
﹁精霊はエルフが使う魔法よ。わたしはわからないわ。召喚と闇も
よくわかっていない魔法ね。記録に少し残っているくらいかしら。
光は勇者が使ってた魔法系統で、魔族やアンデットに効果があるら
しいわね。神殿の神官なら何か知ってるんじゃないかしら﹂
いま何か不穏な単語が出てきたぞ。勇者に魔族。魔王とかも、も
しかしているのか?世界の破滅を救うため、魔王を倒せとか嫌過ぎ
る。
﹁あの、勇者と魔族っていうのは⋮⋮﹂
﹁昔話よ。魔王がいて、勇者が倒した。何百年前の話ね。もう魔王
はいないし、魔族も魔境からは出てこないわ。勇者の活躍は物語に
なっていてね。面白いわよ。小さい頃何度も読んだわ﹂
よかった、魔王はいなかったんだ。でも復活とかしてないだろう
な?不安になってきた。
﹁魔王はもういないのか?﹂
﹁うーん。勇者の物語の大部分は実話だと証明されてるんだけど、
魔王のくだりは魔境での出来事で、勇者と仲間しか知らないのよね。
だから他の人は誰も見たことがないの。そのせいで魔王の存在を疑
問視する人もいるわね。わたしは信じてるけど﹂
189
えらく詳しいですね。
﹁わたし、勇者にあこがれて冒険者になったのよ!勇者の仲間の魔
法使いは風メイジでね。わたしも話のような冒険がしてみたいわ。
魔王、また出てこないかしら﹂
物騒なこと言うな!その日はこのあたりで講義がお開きとなった。
それにしても精霊とか召喚、光、闇あたりはレアなのか。そのう
ち取ろうと思ってたんだけど、これは考えないとな。有用でも目立
ちたくはない。ポイント消費も大きそうだし、先に四属性魔法だな。
36Pもあるし、土だけでもとっちゃうかな。でも昨日みたいなこ
ともあるし、ある程度ポイントも残しておきたい。スキルリセット
は一ヶ月使えないし。
メニューを開いてスキルを確認する。
スキル 36P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
190
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 気配察知Lv2
魔力感知Lv1 コモン魔法 回復魔法Lv3
高速詠唱Lv5
スキルリセットは暗転している。使えないってことだろう。剣術
を5にするには10P。剣術と肉体強化にポイントを振るのも手っ
取り早そうだが、今日のドラゴン戦をみて、前衛をしようだなんて
とても思えない。ここは後衛方面に進むべきだろう。
火魔法5は20P。敏捷アップなんかどうだろうな。動きが速く
なれば回避もうまくなりそうだ。忍び足も取り直しておきたい。あ
とは土魔法か。レベル3までなら10Pで取れる。毎度のことなが
ら迷うな。うん、これは帰ってからまた考えよう。明日できること
は明日やればいいのだ。
191
18話 魔王と勇者と︵後書き︶
次回、明日公開予定
19話 かわいい神官ちゃんの祈り
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
192
19話 かわいい神官ちゃんの祈り
翌日、森を抜け、街道を歩き、町へと無事たどり着いた。すでに
午後半ばということで、本日は簡単な報告のみで、明日また集合と
いうことになった。おれと軍曹どのはドラゴンの件で居残りだ。
﹁聞いたぞ。大活躍だったみたいだな!﹂と、ドレウィン。今日
はティリカちゃんも一緒だ。
﹁死ぬかと思いましたよ﹂
﹁ドラゴンとやってその程度ですんだのは幸運だぞ!なかなかい
い経験になっただろう?﹂
まあ参加すると決めたのは自分だし、文句も言えない。
﹁そうですね。でも当分はごめんですよ﹂
﹁しばらくはゆっくりして報酬で楽しむといい。色々とな!﹂
そうですね。色々と。
ギルドの裏手から出て大きい倉庫に案内される。冷蔵倉庫か。
冷え冷えだな。他にも数人みたことのない人が同行している。
﹁ここでいい。ドラゴンを見せてくれ﹂
アイテムからドラゴンを取り出す。
193
﹁おお、なかなか立派なドラゴンじゃないか。これならいい値段
で売れるぞ!﹂
同行していた人たちがドラゴンに群がる。
﹁こいつはここで調べたあと、解体されてセリにかけられる。告
知してからだから数日後だな。ドラゴンの素材の分の報酬はそのあ
とになる。その他の報酬については明日だな。討伐報酬に関しては
受付でギルドカードを見せればいつでも渡す﹂
﹁お土産用にドラゴンの肉をわけて欲しいんですが﹂
﹁そうだな。おまえには一割の権利と、討伐分の分け前がある。
100kgくらいでいいか?﹂
100kgはちと多い。半分くらいにしておこうか。
﹁じゃあ50kg分くらいでお願いします﹂
肉が切り分けられるのを待っていると、﹁肉﹂と、ティリカちゃ
んがつぶやく。
﹁ん?﹂
﹁ドラゴンの肉﹂と、こっちをみながらさらにつぶやく。
﹁えっと、肉が食べたい?﹂
こくりとうなずく。
194
﹁あー、それじゃあ今度料理するときに招待するね。それでいい
?﹂
﹁いい。楽しみにしてる﹂
ティリカちゃんとお食事会だ。宿は使えないし、これはますま
す家を手に入れねばならない理由が増えたな。
﹁よかったなあ、ティリカ!たっぷりご馳走してもらうといい!﹂
うなずくティリカちゃん。食いしん坊キャラだったのか、この
子。
肉を受け取り、ギルドを後にする。肉は二等分して陶器製の容器
にいれてもらった。この異世界、当然ビニールやプラスチックなん
かはない。食べ物をいれるのは木箱か陶器、あとは植物で編んだ籠
や、大きな葉っぱなどである。弁当なんかは葉っぱで包むことが多
い。紙はあるものの、それなりに値段がするので包装紙には使った
りしない。それで特に不便は感じないし、ほっとけば土に返るもの
ばかりなので、進んだエコ社会と言えるんではないだろうか。
孤児院に向かう。このくらいだと夕食の準備してるくらいかな。
ドラゴン倒したっていったら子供たち驚くだろうな!現物を見せて
やりたかったが仕方ない。鱗も1枚もらってきたし、それで我慢し
てもらおう。
孤児院につくと、やはり夕食の準備中だった。子供たちに目ざ
195
とくみつけられ、囲まれる。
﹁兄ちゃん、おかえり!﹂﹁ねえ、お土産は!お土産!﹂﹁肉!
肉!﹂﹁剣かっこいい!剣みせて!﹂﹁肉!肉!﹂
そういえば町中だといつも腰の剣のみで、フル装備でここに来
るのは初めてだな。
﹁よしよし、少し離れてろよー﹂と、背中の剣を抜いて見せてや
る。
﹁すっげー!黒い剣!﹂﹁カッコイイ!﹂
好評である。きれいなもんだろ?これ、一度も実戦で使ったこ
とがないんだぜ?騒いでるとアンジェラが出てきた。
﹁ただいまー。無事かえってきたよ﹂
﹁マサル!﹂
アンジェラちゃんは走り寄って抱きついてくるってこともなく、
普通に挨拶されただけだった。中に案内される。
﹁それで調査隊はどうだったの?﹂
食堂のテーブルにつき話をする。
﹁行きと帰りはすごく退屈だった。BランクとCランクのパーティ
ーが先行しててね。モンスターはその人たちが全部倒しちゃうんだ。
まさしく護衛付きの森林ツアーだったね。1回だけオークの集団が
196
いたけど、魔法を2、3発うっておしまい。楽なもんだよ﹂
﹁そう。危ないことがなくてよかったよ﹂
﹁ほんとそうよねー。アンちゃんなんか、マサルちゃんのこと心配
して、毎日お祈りしてたのよー﹂と、シスターマチルダがやってき
て言う。
﹁な!?し、心配なんか⋮⋮その⋮⋮﹂
アンジェラちゃんが真っ赤になってる。そうか、きっとドラゴン
戦での死亡フラグが折れたのは、このかわいい神官ちゃんのおかげ
だったんだな。アンジェラちゃんのお祈りなら、それはそれは霊験
あらたかだろう。ちょっとじーんときた。なんていい子なんだ。
こんなにかわいいアンジェラちゃん。さぞかしもてるんだろうと
思い、別の日にシスターマチルダに聞いてみると、﹁そりゃーもて
るわよー。ファンは多いわね﹂とのこと。神官で白衣の天使で保母
さんで美人。なんで男の影がないのか。下心満載で近づく野郎には
もれなく、元神殿騎士で鬼のように強い司祭様の鉄槌が下される。
おれはというと、背も低く、童顔だったので子供だと思われてたよ
うで、そのうちにここの人や子供に気に入られたと。治療院の手伝
いも何度かしたこともあるし。閑話休題。
﹁そっか。心配してくれてたんだね。これはちゃんとお礼をしない
と﹂
197
﹁はいこれ、お土産﹂と、ドラゴンの肉を机に置く。25kg分だ。
﹁そんなに気を使わなくてもよかったのに。これ、何のお肉?﹂
﹁ドラゴン﹂
﹁ふぁっ!?﹂
肉をつつこうとして固まるアンジェラちゃん。
﹁ドラゴンの肉。いやードラゴンは手強かったね﹂
﹁ほんとうに?でも危ないことはないって。ああ、そうか。他の人
が倒してくれたんだね?﹂
へー、これがドラゴンの肉かあ、と言いながらためつすがめつ肉
を見る。
﹁いやいや、大活躍だったですよ?おれの火魔法が炸裂!地面に墜
落するドラゴン。落下でダメージくらったドラゴンを倒すのは楽勝
だったね﹂
倒したのおれじゃないけど。
﹁でもいいの?こんなにもらって。ドラゴンの肉って超高級品だよ﹂
﹁いいのいいの。まだ自分の分もとってあるから。大活躍だったか
らね。分け前もいっぱいもらえるんだ﹂
198
﹁そう。どうやって食べようこれ。ドラゴンの肉なんて料理したこ
とないよ﹂
﹁そのままステーキで焼くかシチューがいいって。倒した日にみん
なで食べたんだけど、どっちも絶品だったよ﹂
﹁ステーキにシチューか⋮⋮あ、みんな!お兄ちゃんがお土産持っ
てきてくれたよ!ドラゴンのお肉だ!﹂
ああ、あれは忘れずにやるんだね。子供達があつまってきてお礼
を言う。
﹁﹁﹁おにいちゃん、ありがとー﹂﹂﹂
うん。やはりこれがないとな。
そのあとは夕食をお呼ばれし、食後、中庭にでて子供達に大自
慢大会である。
﹁その時、風メイジとともにおれは空に飛びたち、ドラゴンを追い
かけた。逃げるドラゴン、追いかけるおれ達2人。ついに詠唱が完
了し、エクスプロージョンがドラゴンの翼に炸裂した!翼をもがれ
落下するドラゴン。だがやつは最後にこちらに向けてブレスを吐い
た。おれはとっさに⋮⋮﹂
子供達はきらきらした目で話を聞いている。うむ、楽しいぞ。ち
ょっと話は盛ったがそれくらいいいだろう?
199
﹁そしてこれがドラゴンの鱗だ﹂と、子供達に見せる。
﹁うおおおおおおお﹂﹁ドラゴン!すげー!﹂﹁すげー!にいちゃ
ん!にいちゃん!﹂
うははははは。いいぞ、子供達。もっとおれを称えるがいい!ア
ンジェラも感心した顔で話を聞いている。これでちょっとは見直し
ただろう。どうも弱そうに思われてるからな。まあチート取ったら
この子供達と変わらんくらいなんだろうけど。
気分よく、いつもの宿に戻って明日のことを考える。報酬をもら
ったらまずは家探しだな。異世界にも不動産屋ってあるんだろうか。
なにげに、一人暮らしは初めてだ。宿は一人暮らしって感じじゃな
いしな。家事は苦手だが、料理はそれなりにできる。庭のある家が
いいな。家庭菜園とか作ってみたい。そしてメイドさん!奴隷商の
場所は聞き出してある。いかん。わくわくが止まらない!色々妄想
にふけっているうちにいつの間にか寝ていた。
200
19話 かわいい神官ちゃんの祈り︵後書き︶
次回、明日公開予定
20話 ドラゴン討伐の報酬
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
アンジェラちゃんの口調が安定しない。
キャラを立てるために、ちょっとはすっ葉な感じにしたんだけど
油断したらかわいい女の子っぽい感じに引きずられる⋮⋮
活動報告のほうに試作の短編を載せてみました。
201
20話 ドラゴン討伐の報酬
翌日、ギルド。大部屋に全員が集合してまずは戦利品の分配であ
る。ドレウィンとティリカちゃんも立ち会っている。アイテムから
順番に獲物を出し、確認していく。だいたいの獲物は宵闇か暁が倒
しているので、手間がかかったのはオークくらいだ。ギルドカード
を照会して、配分を決めていく。分配された獲物はどんどん運び出
され換金されていくんだろう。
次はドラゴンの分配会議である。誰がどのくらい活躍したか?配
分をどうするか、決めなければいけない。とりあえず輸送分で一割
は確定しているし、戦闘面でも活躍したことだし、これは期待して
もいいだろう。
まずはドラゴンとの戦闘について詳細に語られる。何人もの証言
により、事細かに記録されていく。次はその記録を元に、分配会議
だ。やはり活躍した順はおれとエリザベス、暁、アリブール、ヘル
ヴォーンの順だ。どの部分がどの程度の比率なのか?激論が戦わさ
れる。おれは気配を殺して黙って聞いていた。退屈だ。もう適当で
いいので帰ってもいいだろうか。家を探しに行きたい。だが、真剣
に議論している冒険者たちにそんなことは言えるはずもなく、踊る
会議を眺めるのみ。ティリカちゃんも会議室の端のほうで、無表情
で会議を聞いている。こういう会議、あとで揉めるといけないので
真偽官は歓迎される。嘘とか言うとすぐばれちゃうからね。
ようやく各人の満足の行く結果がでたようだ。それを元に、報酬
202
を計算していく。まずは依頼報酬200ゴルド×5日分で1000。
荷物の輸送報酬の1割が、3280。ドラゴン討伐参加に対する報
酬が2000。オークの討伐報酬が50×9匹で450と素材で1
200。で、最後にドラゴン討伐成功の報酬で30000。合計3
7930ゴルド。これにさらに後日、ドラゴンを売った値段が加算
される。
命がけではあったが、魔法一発当てただけで3万ゴルドである。
思ったよりいい報酬に喜んでいたら、これくらいが妥当なんだそう
だ。
もし町にあのドラゴンがやってきたら?被害は10人や20人じ
ゃ済まないだろう。建物の被害がどれほどになるか予想もできない。
事前に察知できて退治できたのは運がよかった。むしろ報酬は安い
ほうだ。あのドラゴンがどこかで暴れて賞金がかけられるとかにな
ると、報酬はもっと上がるだろう。
37930ゴルドである。資金はほぼ倍。じゃらじゃらとコイン
を受け取り、アイテムに投入し金額を確認する。69879ゴルド。
クルックによると奴隷の値段は4,5万くらい。余裕で買える!買
えるよ!!家は賃貸ならそんなにかからないだろう。ドラゴンの売
却のほうも期待できそうだし、いっそ一人と言わず二人でも⋮⋮
受付のおっちゃんに不動産屋のことを聞くと、商業ギルドのほう
で紹介してくれると言う。そちらへ行こうとすると、エリザベスに
捕まった。
﹁ちょっと、マサル。お待ちなさい!﹂
203
目敏いな。隠密発動してるのに見つかるとは。ちなみに町に戻っ
てから忍び足は取り直してある。ないとなんか不安だったから。
﹁暇ならついてきなさい。魔法の特訓をするわよ!﹂
練習ではない。特訓である。なにやら不吉な響きだ。
﹁このあとは家を見に行こうかと⋮⋮﹂
﹁家?買うの?借りるのね。いいわね。わたしもついて行くわ﹂
﹁わたしもよろしいですか?マサル殿﹂
エリザベスの後ろに女の人が立っていた。顔を見て思い出す。暁
の女戦士の人だ。たしか名前はナーニア。普段着だったから一瞬わ
からなかった。肩くらいまであるウエーブした赤みがかった髪。ズ
ボンをはいた男装っぽい服装だが、背が高くモデル体型で、出ると
ころが出ているのでとても女性的だ。腰に剣をさし、実に精悍な印
象だ。顔も洋画のヒロインでもできそうな美人で、さぞかし女性に
もてそうだ。お姉さま!って呼ばれるタイプだな。
﹁ええ、構いませんよ﹂
これはきっとデートってやつだよな。彼女いない歴=年齢のおれ
に訪れたモテ期に違いない。伊藤神よ、ありがとう。今日は日誌に
感謝の言葉を書いておこう。
お隣の商業ギルドで不動産屋の場所を尋ねる。わりと近くだ。商
業ギルドを出ると、突然エリザベスが言った。
204
﹁マサル、あなたちょっと服が野暮ったいわよ﹂
効果はばつぐんだ!おれのハートは大ダメージを受けた。
﹁ね、ナーニアもそう思うわよね?﹂と、ナーニアさんにも同意を
求める。この女、自分は黒いローブにフードのくせして、なんてこ
とを言いやがる。エリザベスは町中でもフードをすっぽり被ったま
まだ。怪しいことこの上ない。
﹁え、ええ⋮⋮ちょっとその、安っぽいかなと思わないでもありま
せん﹂
ナーニアさんが困りながら返答している。言葉は選んでいるがお
おむね同意のようだ。スタイリッシュなナーニアさんに言われて、
泣きたくなった。たしかにこの服は安い。こっちにきて最初に古着
屋で買って以来、使ってる服だ。
﹁そんな貧乏臭い格好で家を探しにいったら舐められるわよ!さき
に服を買いましょう。お金はたっぷりあるでしょ﹂
エリザベスのその黒ローブはどうなんだよ!
﹁これはいいのよ。伝統ある魔法使いの服なんだから!﹂
そんな格好の人、町でも見たことないですが?
﹁勇者の仲間の魔法使いがこの格好だったの。挿絵でみたから間違
いないわ!﹂
205
黒ローブにはなみなみならぬこだわりがあるらしい。値段がどう
の、材質がどうの、魔法がかかっていて防御力もいい。ステキでし
ょ?
﹁はい、素敵ですよ。エリー﹂
ナーニアさん、甘やかしすぎじゃないですか⋮⋮
服屋に連れて行かれて、あーだこーだと試着させられる。色々と
疲れたおれはされるがままに服を着て、購入した。エリザベスは満
足そうにしている。
﹁うん、悪くないわね。お金持ちのお坊ちゃんに見えなくもないわ
よ﹂
﹁はい。お似合いかと。上品な感じになりましたよ﹂
わたしが選んだんだもの、当然よ!とエリザベス。黒ローブに言
われても説得力のかけらもないが、ナーニアさんが言うならそうな
んだろう。500ゴルド近く散財したが、たしかに着心地はいい。
﹁髪もどうにかしたいけど、とりあえずはいいわ。さあ、行きまし
ょう!﹂
エリザベスを先頭に不動産屋にのりこむ。おれの家を探しに行く
んだけどなー、とこっそり心の中だけで思う。なんかご老公の御付
きの人みたいな感じだ。
206
不動産屋はモルト商会とだけ看板が出ていた。日本の不動産屋の
ようにぺたぺたと物件情報が貼り付けてあるわけでもなく、店構え
だけでは何の店かもわからない。そもそも商会と看板がなければ店
であることすらわからないだろう。
﹁これはこれはお客さま。本日はどのようなご用件でしょう﹂
商会にはいるとすぐに、初老の紳士な人が出迎えてくれた。わた
くし、モルト商会番頭のバウンスと申しますと名乗る。
﹁家よ、家を借りたいの﹂と、エリザベス。
﹁さようですか。どのような家をお探しでしょうか﹂
﹁そうね。大きい家がいいわ。広い庭がついてるやつ﹂
いやいや、ちょっと待ちなさいよエリザベスさん。
﹁いえ、そんなに広くないのがいいです。むしろ小さいのが﹂
バウンスさんはちらりとこちらを見るとごそごそと資料を探し、
﹁こちらなどいかがでしょう﹂と、エリザベスに提示する。こんな
黒ローブをしててもエリザベスが本体で、おれが御付きに見えるの
か⋮⋮
提示された物件を一緒に覗き込む。でかい。みるからに豪邸であ
る。部屋がなんだかいっぱい描いてある。どう見ても一人暮らしに
207
紹介する物件じゃない。
﹁ふうん。ちょっと庭が小さい気もするけど、屋敷のほうは悪くな
いわね﹂
さすがにこれは無理だ。
﹁いえ、もっと小さいのでお願いします。おれが、一人で住む予定
なんです﹂
おれが、と強調していう。
次に見せてくれたのは普通の物件だった。庭付き一戸建て。二階
建てで3LDKってところだろうか。家族向けの物件のようだがお
風呂もあるし、庭も広め。悪くない。
﹁これじゃ小さいわよ﹂
エリザベスは基準がおかしい。この子のことは聞かなくていいか
らと、他の物件も見せてもらう。
2つ目に見せてもらった物件と他にも候補があがり、3軒ほど実
際に見せてもらうことになった。案内には若い人がついた。
﹁もっと広い家がいいのに。あれじゃあパーティーも開けないわよ﹂
と、エリザベスは不満みたいだ。いや、パーティーなんか開きませ
んから。
﹁ねえ。前から思ってたんだけど、エリザベスっていいとこのお嬢
さん?﹂と、ナーニアさんにこそっと訊いてみた。お嬢さんなのは
208
見るからになんだけど、なんかこう、浮世離れしてるところがある
な。思ってたより、お金持ちの家なのかもしれない。
﹁ええ、まあ⋮⋮。ですがいまはただの冒険者ですし、お嬢様の家
のことはあまり⋮⋮﹂
﹁いえ、すいません。余計な詮索でしたね﹂
お嬢様って言っちゃってるし、どこかの名家のお嬢様と護衛の人
って感じだろうか。
3軒とも見て回り、豪邸の次に見せてもらった家に決めた。庭付
き風呂付一戸建て二階建ての3LDKである。値段も月900ゴル
ドとお手頃だ。この異世界、庶民のお風呂は銭湯である。家につい
てるほうが少ない。庭もそこそこの広さがあったし、家具も揃って
いて、すぐに住めそうだ。庭は雑草だらけだったし、部屋も掃除が
必須だったが。井戸も共用のものがすぐ近くにあり、いま住んでい
る宿も近いから外食にも困らない。
商会に戻り、契約を交わす。契約は明日からだが今日から使
っても構わないとのこと。3か月分の家賃を払い、鍵をもらう。敷
金礼金といったシステムはないようだ。家を壊したり、ひどく汚し
た場合は出て行くときに請求される。夜逃げ対策とかどうするんだ
ろうね?
昼も近いので3人でお食事処で昼食をとる。
209
﹁とりあえず布団がいる。あとは掃除だな﹂
掃除と聞いて目をそらすエリザベス。どうやら手伝ってくれる気
はなさそうだ。
﹁人を雇えばどうでしょう。ギルドに雑用の依頼を出せばいいんじ
ゃないでしょうか﹂
なるほど。自分でやる必要はないな。アンジェラが孤児院の子供
達のバイトを探してると言ってた気がする。聞いてみようかな。家
の掃除くらいなら手頃だろう。
﹁このあとはどうする?知り合いのところに掃除の手伝いを頼みに
いくつもりだけど﹂
﹁そうね。魔法の練習してる時間はなさそうだし、今日は帰るわ﹂
﹁掃除のてつだ⋮⋮﹂﹁用事があるのよ!﹂
よっぽど嫌らしい。そういうと、さっさと逃げていった。ナーニ
アさんに手を振って別れを告げる。エリザベスたちは一週間くらい
は休暇だそうだ。家も割れてるし、きっとまた来るだろう。一応エ
リザベスの泊まってる宿も聞いてあるし。
孤児院につく。子供達に囲まれつつ、アンジェラを探す。ちょう
ど昼が終わったくらいなようだ。
210
﹁あら?今日はどうしたの﹂と、アンジェラちゃん。
﹁いい服を着てるじゃないか。うん、似合ってるよ﹂
女性が選んだ服だし、女性受けはいいんだろうか。高い服っての
はわかるが、似合ってるかどうかは自分ではわからんし。
﹁ええと、家を借りたんだけど⋮⋮﹂と、事情を説明する。
﹁なんだ、それくらいならタダで手伝うよ﹂
﹁いや、悪いよ。お金は今回の報酬で結構あるからさ。ちゃんとバ
イト代ははずむよ﹂
﹁そうだね。じゃあこれくらいで⋮⋮﹂と、数字を出される。
﹁安すぎない?﹂
﹁子供の仕事だもの。これくらいが相場だよ﹂
﹁これくらいは出すよ﹂
﹁じゃあ、これくらいを子供達に渡して、あとは孤児院に寄付って
ことにしよう。あんまり子供達にお金を持たすのもよくないからね﹂
子供の人件費やっすいなあ。5ゴルドで半日仕事してもらえるそ
うだ。500円だよ、500円。子供の小遣いだよ。いや子供なん
だけどさ。10人ほど雇って、部屋の掃除と庭の草むしりをしても
らう。道具はここにあるのを持ち出し。報酬は一人5ゴルド+孤児
院に100ゴルド。
211
準備をして子供達を引き連れて我が家に向かう。家につくとアン
ジェラが子供達にてきぱきと指示をだし、作業分担を決めていく。
おれは子供達3人と庭で草むしりをすることにした。じゃあとアン
ジェラは家の中の担当となった。
実家の庭の草むしりはおれの役目だったし、慣れたものだ。道具
はなかったので素手でぶちぶち引き抜いていく。ステータスが上が
った効果だろうか。明らかに力は増しているし、この程度じゃ全然
疲れない。子供達の倍以上のペースで雑草を処理していく。とはい
え、広い庭なので時間はかかる。子供達にも無理はさせないように、
休みながらゆっくりと作業を進めていった。
夕方になる頃には庭はきれいになり、家の中もピカピカになって
いた。さっきまでの埃まみれが嘘のよう。いい仕事だ。それを見な
がらふと、浄化を使えばよかったじゃないかと気がついた。かなり
広いとはいえ、おれのMP量なら余裕だろう。まあ庭の草むしりは
魔法じゃ無理そうだし、お金をもらって喜ぶ子供達を見て、まあい
いかと思い直した。
アンジェラが子供達を連れて帰っていったので家に一人になった。
布団を買わないとダメだけど、まだ店はあいているだろうか。この
町の店が閉まる時間はかなりはやい。明日でいいか。そろそろ晩御
飯の時間だし、竜の息吹亭で食事にしようか。女将さんにも宿を引
き払うことを知らせないとだめだし。
その日はベッドの上で寝袋に包まって寝た。宿のせんべい布団も
硬かったが、直接木のベッドの上で寝るのはとても硬かった。明日
は実家で使ってたみたいな、ふかふかの布団を買いに行こう。そう
心に誓った。
212
20話 ドラゴン討伐の報酬︵後書き︶
マサルは盲目の少女と運命の出会いを果たす
﹁どうか私をお買い上げください。ご主人さま﹂
次回、明日公開予定
21話 サティ
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
恐ろしく強い魔族にふるぼっこにされるマサル
止めがさされようとしたとき、さっそうとあらわれる軍曹どの
﹁だめです、軍曹どの。そいつは恐ろしく強いです!﹂
﹁ほう、今度の人間はなかなか楽しませてくれるじゃないか。
果たしてどれだけもつかな?﹂
﹁マサル、おまえは逃げろ!﹂
﹁ほらほら、どうした?余所見してる暇なんかあるのか﹂
﹁くっ⋮⋮強い。だが足止めくらいなら⋮⋮﹂
﹁さあ、マサル、こっちだ!軍曹どのの思いを無駄にするな!﹂
﹁軍曹どの、軍曹どのおおおおおお﹂
って夢を見た
213
21話 サティ ︻画像サティ︼
久しぶりに朝寝坊をした。いつもは夜明け頃に宿の娘さんが、朝
食のために起こしにくる。一人目を覚まし、食堂兼台所で朝食をと
る。朝食は以前に買ってあったお弁当だ。ここのところずっと宿の
食堂で食べていたから、一人飯はすごく寂しい。
商店街をみて回ると、寝具は家具店で扱っていた。高級なのを見
せてもらったら目が飛び出るほど高い。大鷲の羽毛を使った最高級
の羽毛布団。ブルラムという大型の野生羊の毛を使った敷き布団。
毛布やシーツもあわせると、大猪の報酬が全部飛ぶくらいする。諦
めてほどほどの値段のを購入。それでもセットで1000ゴルドく
らいはして、寝心地のよさそうなのが買えた。
さて、本日のメインイベントである。クルックに聞いたとおり、
町のはずれのほうにある一軒の店にやってきた。不動産屋と同じで
ブローアル商会と看板が出ているだけの普通の建物である。
入り口を前にして、緊張してきた。このまま入っていいんだろう
か。もっとクルックに詳しく聞いておけばよかった。それともあい
つに頼んでついてきてもらおうか?扉の前でうろうろする。挙動不
審である。営業妨害でもある。幸い他の客は来てなかったが。
扉が急に開いて、中年の禿げたおじさんが顔をのぞかせた。
214
﹁どうぞ、こちらへ﹂と、にこにこ顔で中に案内された。
﹁あ、あのここは奴隷を⋮⋮﹂
﹁そうですとも。うちは奴隷商でして。お兄さんが購入を?家事や
らせたい?はいはい。もちろん女性ですよね。うちはかわいい子が
揃ってますよ。何か特別なご希望はおありで?ない?わかりました。
ささ、こちらで少しお待ちください﹂
手馴れたものである。入り口でためらうような根性なしは多いの
だろう。言うだけ言うと、禿のおじさんはお茶を出してから出て行
った。ソファーに座り、お茶を飲みながら気持ちを落ち着ける。よ
し、潜入は成功した。ミッションはこれからだ。そわそわしながら
待っていると、禿の人が戻ってきた。
﹁ではこちらへ﹂と、部屋の外へと案内される。
﹁いやー、お兄さん運がいいですよ。いまちょうど綺麗どころばか
り揃ってましてね。きっと気に入るのがいると思いますよ。ご予算
はいかほどで?ほうほう。4,5万ですか。ご心配なく。うちは極
めて正直な商売を心がけておりましてね。適正価格で手に入れられ
ますよ﹂
廊下を抜け一番奥の部屋へと入る。部屋に入るとそこには女性が
ずらりと並んでいた。数えてみると8人。女性たちはこっちをじっ
と見ている。女性はみな貫頭衣というのだろうか。病院で患者が着
るような、白く薄い服を着ている。ぴらぴらである。体型がすごく
よく分かる。服は膝上あたりまでしかない。素足に裸足である。ち
ょっと透けてませんか?しかもサイドにはスリットがあり、おっぱ
215
いがこぼれているのが見えた。あ、やばい。
﹁ささ、こちらにお座りください﹂と、椅子を勧められる。もう立
てない。男の子ならわかるよね?椅子の前にはちゃんと机が置いて
あり、おれの下半身はしっかり隠れている。禿の人、分かってるな
⋮⋮。女性達を前にして面接官のような状況である。
﹁右から年齢順に並べてあります。どうです?気に入ったのはいま
すかな?じっくり見ていってください﹂
少し距離があり、女性たちには会話は聞こえないはずだが、何故
か小声でこそこそと話す2人。ざっと目を通す。猫耳が2人いる。
幼女は1人だけで、あとは妙齢の女性達である。8人ともかなりレ
ベルが高い。どの子を選んでも満足できることは間違いないだろう。
この世界、すごく美形率高い気がする。
﹁あの、この子たちは全員⋮⋮﹂
﹁一番右の子だけは経験がありますが、他の子はみな初物ですよ。
保障します﹂
ナニを致すことが前提ということなのだろう。一番右はむっちり
とした色気のあるおねーさんである。確かに少し年齢はいってそう
だが、十分にありである。だが一番左の幼女はどうなんだろう。ど
うみても無理な年齢である。
﹁ナニをするのはさすがに無理ですが、特殊な趣味の方もおります
からね。そうじゃなくても、小さい頃から色々教育して育てたり、
養子や弟子にほしいという方もおりますので﹂
216
なるほど、光源氏計画か。とりあえず一番左の幼女だけはやめて
おこう。問題がありすぎる。禿の人は一人一人説明していく。一番
右のおねーさんは経験豊富で床上手。家事もばっちりこなす。その
次の子は背が高く、筋肉もがっしりしている。戦闘経験があり、護
衛もこなせる。3番目の子は猫耳である。獣人は身体能力が高い。
これも仕込めば戦えるし、力仕事もこなせるおススメ商品である。
4番目の子に目を奪われる。さっきからすごく気になっていた子
である。8人全員、それなりにかわいい子ばかりだったが、この子
は飛びぬけてかわいい。さらさらの長い黒髪に、清楚な顔立ち。肌
が透き通るように白く、スタイルも抜群にいい。
﹁この子はですね。家事はもちろん、読み書きに教養、礼儀作法ま
でばっちり仕込まれてましてね。どこに出しても恥ずかしくない、
当店の一押しですよ。その分お高くなってますが﹂
値段を聞くと完全に予算オーバーどころか、全額使っても半分に
もならなかった。4、5万って言ったのに何故わざわざ見せるのか。
﹁借金してでも買いたいという方もいるんで、一応は全員見せるこ
とになってまして。どうです?近くでじっくりご覧になりますか?﹂
やめておこう。じっくり見たらきっと我慢できなくなる⋮⋮。5
番目の子、6番目の子は極めて普通で4番目の子をみたあとじゃ色
あせて見える。ちょっと地味だったけど、かわいかったし値段も手
頃だったんだが。やはり戦えるという2番目の子か3番目の子がい
いだろうか。3番の猫耳の子はドラゴンのお金が入ればたぶん買え
そう。2番目の子なら十分買える。最後の7番目の子も猫耳獣人だ
った。顔立ちはかわいい。手足がすらりと伸びている。細いな。少
し小さい気もするが、ぎりぎりセーフだ。たぶん。
217
値段を聞いて驚いた。一番安い。猫耳は普通よりお高いはずなの
に。
﹁この子は少々問題がありましてね。目が悪いのですよ。うっすら
とは見えてるんですけど、歩けばこける。仕事をさせれば失敗する。
家の中ではものにぶつかる。力はそこそこ強いんですが、それ以外
が全くでしてね﹂
回復魔法とかで治らないんだろうか。あとは眼鏡とか?
﹁治癒術師にも見せたんですがね。そこいらの術師では手に負えな
くて。高位の術師様ならもしかして治せるかもしれませんが、治る
かどうかもわからないのに大金は出せないですし﹂
眼鏡は知らないらしい。異世界にはないんだろうか。
﹁ほら、見た目はいいですし、きっと尽くしますよ?わたしもね、
できればお兄さんみたいなやさしい人に買ってもらいたいんでさあ。
このまま売れ残ったりしたらどうなると思います?﹂
どうなるんだろう?
﹁娼館で慰みものになるか、鉱山送りですね。鉱山って知ってます
か?そりゃあもうひどいところでして、光りもささない狭い穴に入
り込んで、人力で穴を掘って鉱石を採ってくるんですよ。毒ガスや
水、時には鉱山が崩れたり。あそこに送られたらもう⋮⋮﹂
218
もちろんただのセールストークである。力仕事ができるなら農家
などでもやっていけるし、鉱山にしても言うほどひどいものでもな
い。すぐに鉱山送りになんかにもしない。娼館行きはありうるが、
マサルのようなのが買っていく可能性は十分ある。不良在庫である
のは確かではあるし、マサルに買って欲しいという部分は本当だろ
うが。
﹁こっちにおいで﹂と、猫耳少女を呼び寄せる。
﹁この子は可哀想な子でしてね。目が悪くて役に立たないってんで、
実の親に売られちゃって。ほら、この方にご挨拶して﹂
﹁あの、がんばりますから、どうか私をお買い上げください。ご主
人さま﹂
猫耳少女にうるうるした目で訴えかけられる。こんな子が鉱山送
りに?
﹁あの、回復魔法を試してみても?﹂
﹁へ?お兄さん治癒術士で?そりゃ全然構いませんが、お金は払え
ませんよ?﹂
﹁いいですよ。その代わり治っても値上げとかしないでくださいね。
こっちにおいで。君、名前は?﹂
﹁サティ、です﹂
219
﹁じゃあサティ、今から回復魔法をかけてあげるから、じっとして
てね﹂
﹁はい﹂
目のあたりに手をあてて、魔力を集中する。︻ヒール︼︻ヒール︼
︻ヒール︼さらに、︻病気治癒︼に︻解毒︼もかけてみる。
﹁はい、目をあけてみて?どう?﹂
ふるふると首を振る猫耳少女。だめか。アンジェラたちに相談し
てみるか。それかガラスがあるんだからレンズも作れるはず。回復
魔法のレベルをあげてみてもいい。回復魔法はレベル3。スキルポ
イントは29Pもあるから4にあげて4P。レベル5はたぶん20
Pだが、十分足りる。まあヒールで治るかは賭けなんだけども。
考え込んでいると声をかけられた。
﹁お気に入りになりましたか?この子、お買い上げいただけます?﹂
はっと、気がつく。完全に連れて帰る気分になってるわ⋮⋮。も
う買うしかない。
﹁買います⋮⋮﹂
ついに人身売買に手を染めてしまった。禿の人がサティを置いて、
他の子たちを部屋から連れ出していく。あの4番目の子は惜しかっ
たな。直球どストライクで、お金さえあれば。
振り返ると猫耳少女が同じ位置でじっとこっちを見ていた。いや、
220
うん。君もかわいいよ。黒髪のショートヘアーはさらさらで、頭に
ついた猫耳が時折ぴくぴく動いており、尻尾を左右にふりふりして
いる。近くでよく見ると顔もなかなかの美少女だ。まだ少し幼い感
じがするが、数年立てば立派な美女に成長しそうだ。今ならゴスロ
リ服なんか着せたら似合うだろうか。
﹁サティ、うちに来ることになったけど、大丈夫?﹂
﹁はい、よろしくお願いします。ご主人さま。なんでもしますので
お申し付けください﹂
ペコリと頭を下げる。ご主人さまか。ご主人さま⋮⋮。マスター、
主さま。お兄ちゃん?ないな。ない。普通に名前でいいか。
﹁おれは山野マサル。マサルって呼ぶといいよ﹂
﹁はい、マサル様﹂
﹁少しは見えるんだよね?﹂
﹁はい。遠くはぼんやりしか見えないんですが、近くなら見えます﹂
そういいつつ、ぐーっと顔を近づけてくる。近いよ、近い。鼻が
ぶつかりそうな距離まで顔を近づけてくる。当たりそうになる前に
ぱっと離れてくれた。
﹁あ、すいません。あのくらい近いとなんとか見えるんです﹂
ごくりと喉をならす。それにしてもこの服。薄いし、きわどい。
サティが動くたびに色々ちらちら見えて目の毒だ。そして気がつく。
221
ちょっと細いとは思ったががりがりじゃないか?あまり食べさせて
もらえてないのか。不憫な。
禿の人が戻ってきた。
﹁ええと、ではお名前を。あと身分証はお持ちですか?﹂
﹁山野マサル。ギルドカードでいい?﹂
ギルドカードを渡すとちらっと見るとすぐに返してくれた。お金
は今お持ちで?と聞かれ、はいと答える。
﹁では35000ゴルド、お願いします﹂
アイテムから金貨を取り出し渡す。禿の人は一枚一枚丁寧に数え
ていく。
﹁はい、これで結構です。では奴隷紋の認証をいたしましょう。少
し血を出してくれますか。主人の血を紋章につけることで持ち主の
認定をします﹂
サティが手を出す。手の甲の側、手首の上あたりに模様が刺青の
ように書いてある。禿の人から針を受け取り指に刺す。出てきた血
をいわれたようにサティの手首にたらす。一瞬奴隷紋が光った。
そしてメニューが突然開いた。おれのじゃない。サティのだ⋮⋮
﹁はい、これでこの子はマサル様のものです﹂
222
﹁あ、ああ。そうだ、サティに何か服はないですか?靴もないし、
このまま連れて帰るのはちょっと﹂
これを、とすでに用意してあった服とサンダルをもらう。サティ
に渡すと服をごそごそとして頭からかぶり、体をすっぽり覆った。
ローブか。白いし、てるてる坊主みたいだな。サンダルも履いてこ
れで外でも一応は問題ない。
そのあとは奴隷について教えてもらった。奴隷紋がある限り、逃
げることはできないし、主人に攻撃することは絶対にできない。そ
して命令をすることはできるが、本当に嫌がるような命令は聞かな
いことがある。あまり強く縛ると命令を聞くだけのゴーレムのよう
になって、無感情になるので支配は緩めである。夜のお仕事は基本
的な仕事の範囲。断られることはない。存分にどうぞ。奴隷の持ち
主は主人ではあるが、国家の財産でもある。むやみに傷つけること
は禁止されている。2,3発殴るくらいは大丈夫。あまりひどいと
奴隷自身が訴え出ることもできる。奴隷の口は縛られていない。自
由に話すことができる。訴えられると、奴隷を取り上げられたり、
罰金を取られたりすることもある。殺しても同様。もし飽きたら捨
てないで、奴隷商に持ってきてね。買い取ります。
説明を聞きながら、おれはちらちらとサティのほうを見ていた。
禿の人は何か誤解しただろうが、かまうものか。サティの前にはメ
ニューが開いた状態、つまり、HPやMP、ステータス、スキルな
んかが表示されていたのだ。
サティ 獣人 奴隷
223
レベル3
HP 18/18
MP 5/5
力 12
体力 5
敏捷 2
器用 1
魔力 3
忠誠心 50
スキル 15P
視力低下 聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 頑丈
224
21話 サティ ︻画像サティ︼︵後書き︶
ついにハーレム計画始動!はたしてマサルはハーレムを築けるのか?
次回、明日更新予定
22話 パンツはいてない
<i73531|8209>
知り合いの絵師さんからのいただきものです
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
4番目ちゃんは再度見に来たときには既にマサルの手の届かないと
ころに⋮⋮
もし借金してでも買おうとなったら
持ってそうな人で誰が貸してくれるだろうか
一番金持ってそうなのは暁の戦斧。加入を条件に借りる
しかし、忙しい冒険の生活が始まり、4番ちゃんとはゆっくりす
ることができなくなったのだ⋮⋮
225
それにあまりレベルの高い奴隷を買っても扱いきれないのじゃない
だろうか。
﹁ご主人様、掃除をするのでそこどいてください﹂
﹁ほら、ごろごろしてないで稼いできてくださいよ﹂
﹁あ、外にでるときゴミを持っていって下さいね﹂
こんな感じ。これはこれでありなんだろうけどw
226
22話 パンツはいてない
商会を出たとたん、サティがぺしゃんとこけた。
﹁だ、大丈夫か?﹂
﹁いつも、転ぶので。大丈夫です﹂
しょっちゅう転ぶから、頑丈なんてスキルがついてるのか。少し
歩くとまたこけた。︻ヒール︼をかけた後、仕方ないので手をつな
いで引っ張ってやってる。ちょっとだけうれし恥ずかしい。
﹁マサル様は、治癒術師なんですか?﹂
﹁そうだな。回復魔法も使えるが、他のも使える。魔法使いだな﹂
﹁すごいです。獣人は魔法が使えないので﹂
魔力3じゃ無理だろうなあ。
家に戻る途中、古着屋に寄った。サティの服を適当に選んで買っ
ていく。サティは棚にぶつかって倒しそうになったので、入り口の
あたりに立たせてある。あと下着か。さっきちらっと見たけどパン
ツはいてなかったように見えた。女性店員を捕まえておそるおそる
聞いてみる。
227
﹁あの⋮⋮あの子の下着が欲しいんですが﹂と入り口のサティを指
しながら言うと、すぐに持ってきてくれた。かぼちゃパンツか。5
枚ほどもらい、服とまとめて会計をする。
サティを連れて、家に入る。
﹁ここがおれの家。今日からサティの家でもある﹂
﹁はい﹂
サティを椅子に座らせる。さて、メニューを調べないと。操作は
できるみたいだ。スキルリストも同じようだ。サティには見えてな
いのか?メニューを閉じたり開いたりしてみるが、反応はまったく
ない。スキルリストを調べていると、
﹁あの﹂
﹁ん?﹂
﹁何かお仕事はないですか?なんでもやります﹂
﹁とりあえずすることはないな。そのまま座ってて。ああ、ちょっ
とお腹がすいてきたな﹂
アイテムから弁当を2個取り出し、1個渡す。
﹁はい、どうぞ。食べていいよ﹂
228
﹁ありがとうございます﹂
スキルリストを見ながら弁当を食べようとすると、サティが動か
ないのに気がついた。お弁当は持ったままである。
﹁どうした?お腹がすいてないか?﹂
﹁いえ、奴隷の分際でマサル様と一緒に食事を摂るなんて、とんで
もないです。でもここに座ってろと言われたのでどうしようかと﹂
﹁いいよ、ここで食べな。この家には食堂はここしかない。食事は
2人で一緒に摂る。いや、違うな。食事は好きなときに好きな場所
で摂っていい。おれの前でも、おれがいないところでも。でも一緒
に出された食事は一緒に食べること。同じテーブルでね。さあ、食
べて食べて﹂
﹁はい。わかりました﹂
サティが弁当を食べ始めた。おいしいです、おいしいですと言い
ながらがつがつと食べている。
﹁奴隷商であまり食事はもらってなかったの?﹂
﹁はい。朝と夜の2回だけで。食事もパンと具のないスープだけで
した﹂
﹁それはひどいな﹂
﹁いえ、あそこにいた時は、部屋でほとんど動かなかったので十分
でした。村にいたときのほうがもっとひどかったです﹂
229
一日2回のパンと具のないスープの食事よりひどいってどんなの
だ。木の根とかかじってたんだろうか。サティはもう弁当を食べ終
わったようだ。弁当に残った細かい食べ物も取ろうとスプーンでつ
ついている。もう1個弁当をだして渡してやる。
﹁いいんですか?﹂
﹁いいから食べなさい。もし足りなければもっとあげるから﹂
サティが2個目のお弁当に取り掛かるのを見ながらメニューを再
び確認する。やはり奴隷か忠誠心のどっちかだな。こういうシステ
ム的なことは、伊藤神に聞いてもまず答えてくれない。確かめるに
はもう一人奴隷を買うくらいしかないが、とりあえずはサティの目
をどうにかしないと。
サティ 獣人 奴隷
レベル3
HP 18/18
MP 5/5
力 12
体力 5
敏捷 2
器用 1
魔力 3
230
忠誠心 50
スキル 15P
視力低下 聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 頑丈
︻視力低下︼敏捷と器用にマイナス補正
︻頑丈︼肉体へのダメージをカット。HP回復力アップ
視力低下のマイナス補正による、敏捷と器用の数値はひどいもの
だ。魔眼で何か使えそうなのはないかな。千里眼、未来視?うーん、
違うな。敏捷アップと器用アップも意味ないか。心眼。
︻心眼︼心の眼で敵の攻撃を見切る。回避大幅アップ。
ちょっと違うか。暗視、鷹の目。
︻鷹の目︼視力にプラス補正。
これだ!まさしく探してたものだ。5Pだし取ってみよう。
2個目のお弁当も完食したようだ。まだ食い足りなさそうにして
いたので、野ウサギの肉の串焼きを2本渡してやる。よく食うな。
お腹壊さないだろうな?
﹁お腹いっぱいになったか?﹂
231
﹁はい。でもあとお弁当1個くらいなら食べられます﹂
あれでまだ腹8分目か。持ち帰りの弁当はサイズが小さめとは言
え、そこらの冒険者並みに食べるな。このペースで食われるとエン
ゲル係数が跳ね上がりそうだ。自炊も考えないと。
﹁とりあえずは我慢しておけ。あまり一度に食いすぎると体に悪い。
晩にまた食わせてやるから﹂
﹁はい。美味しかったです﹂
﹁では、今から目の治療をする﹂
﹁また回復魔法でしょうか?﹂
﹁そうだ。でもさっきのと違うやつだ。目を閉じて﹂
メニューを開いて、︻鷹の目︼を取得する。さてどうだろうか。
﹁目を開いていいよ﹂
サティがぱっちり目をあける。数秒はなんともなかったが、不意
に目を見開いた。
﹁あ⋮⋮あ⋮あああ﹂﹁目を閉じて!﹂
目の治療した人って確か、部屋を暗くして少しずつ慣らすんだっ
け。窓を閉じて、部屋を暗くする。窓は木なので閉じれば光を通さ
ないが、昼間なのですきまからの光でかろうじて部屋の中は見える。
232
﹁ゆっくり深呼吸しろ。吸って、吐いて、吸って、吐いて。落ち着
いた?﹂
こくりとうなずくサティ。
﹁目を閉じたまま、下を向いて。そうだ。ゆっくり目を開くんだ。
自分の手が見えるか?﹂
﹁見えます。ちゃんと見えます!﹂
﹁よし、じゃあ次はゆっくり顔をあげてみろ﹂
﹁見えます。マサル様の顔が見えます!わたしの目、治ったんです
か?﹂
﹁そうだ。治った﹂
厳密に言うと鷹の目と相殺しただけなんだが、説明も無理だしそ
ういうことにしておこう。
﹁わ、わたし⋮⋮ずっとこのまま目が見えなくて⋮⋮ずっと、うう
う﹂
サティがぽろぽろと涙を流しだした。
﹁落ち着け。ほら、大丈夫だから﹂
何が大丈夫だかよくわからんが、とりあえず大丈夫と言っておく。
泣いてる子とかどうしていいかわからん。
233
﹁ううううう⋮⋮こ、鉱山に⋮⋮死ぬんだって、うええええええん﹂
それであんなに必死だったのか。あの禿の人、こんな子脅したら
だめだろう。
﹁ああ、もう大丈夫だから。ずっとうちにいていいから。な?﹂
﹁わたし、わたし・・ちびだし、何にも⋮⋮家でも⋮⋮怒られてば
っかりで⋮⋮、売られたあとも⋮⋮ずっと誰にも⋮⋮買ってもらえ
なくて⋮⋮だから、だから⋮⋮嬉しくて⋮⋮﹂
サティはぐすんぐすんと泣きながら、ぽつぽつと話す。なんだか、
苦労してきたんだな⋮⋮
﹁それだけでも⋮⋮なのに、目まで⋮⋮あ、ありが⋮⋮ありがとう
ございます⋮⋮﹂
﹁うん、うん。わかったから。ほら、これを食え﹂と、野ウサギ肉
の串焼きを差し出す。受けとったサティはくすんくすんと泣きなが
ら、もちゃもちゃと食べだした。餌付け成功だ。だんだん落ち着い
てきたみたいだ。
﹁もうこれからは、普通に仕事でも遊びでもなんでもできるんだか
らな?ほら、目が治ったら何がしたかった?何かしたいこととかあ
るだろ?﹂
サティは食べるのをやめて、こちらを驚いたような顔で見つめた。
顔は涙でぐちゃぐちゃになってる。
234
﹁なんでも?﹂
﹁そう、なんでもいいよ﹂
手に残った串焼きに視線を落としたサティが話し出した。
﹁あ、あの。わたし、料理とか⋮⋮、ずっとしてみたくて、で、で
もだめだって⋮⋮家の手伝いも、壊すからってやらせてもらえなく
て⋮⋮それで、それで⋮⋮﹂
いかん、また泣き出した。
﹁そうか、料理か!料理だな。じゃあ夕飯からさっそく手伝っても
らおうかな!﹂
﹁は、はい。がんばります。お手伝いします!﹂
﹁ほら、まだ肉残ってるだろ。食え食え﹂
サティが残りを食べてるのを見ながら、どうしようかと思う。料
理するって言っても、たぶん全くの未経験だよな。初心者って何か
らやるんだっけ?おれの最初はカップラーメンだった気がする。お
湯をわかして3分。簡単でいいな。こっちにはカップラーメンとか
ないし。ああ、お湯を沸かしてもらうか。お茶でもいれてもらおう。
いきなり包丁とか怖いし。
﹁じゃあお湯を沸かしてもらおうかな。お茶が飲みたい﹂
235
ええと、鍋がこれで、薪は少しだけ、前の人が残していったのが
あったな。水は魔法でも出せるけど、今後も考えて井戸だな。水が
めとかないな。この大鍋でいいか。サティに大鍋を持たせる。色々
買い物がいるな。生活用品が圧倒的に足りない。
﹁もてるか?大丈夫か?﹂
﹁はい。持てます!﹂
﹁じゃあ井戸に水を汲みに行くぞ。ついてこい﹂
外に行こうとして、はたと気がつく。サティの格好が奴隷商から
連れてきたままだ。パンツもはいてない。着替えさせないと。
﹁ちょっと待った。先に服を着替えよう。ほら、さっき帰りに服屋
で買っただろ﹂
サティに大鍋を置かせて、服とパンツを机の上に出して広げる。
これでいいか、とワンピースタイプの服を選んで、パンツと一緒に
渡そうと振り返る。
﹁!?﹂
サティはすでにすっぽんぽんだった。一瞬がん見して固まったあ
と、目をそらし服を渡す。やっぱりパンツはいてなかった。
﹁ほら、これを着なさい。あと、女の子は人前で裸になってはいけ
ません﹂
﹁はい。でもここにはマサル様しかいません﹂と、服を着ながらサ
236
ティが言う。
﹁おれがいてもいけません。恥ずかしいでしょ﹂
﹁あ、あの⋮⋮わたし、ちびでやせてるから、お気に召しませんで
したか?その、男の人は裸を見せると喜ぶと聞いたんですが⋮⋮﹂
サティは涙目になっている。誰だ、そんな知識教えたのは。
﹁いやいや、見せなくていいから﹂
﹁そうですよね。わたしの裸なんて見たくないですよね⋮⋮﹂
﹁いや、ちょっと待って。違うから、見たいから﹂
いやいや、見たいんじゃないぞ。見たいけど。なんて言えばいい?
﹁その、あれだ。子供は人前で服を脱ぐよな?でも大人は人前では
服を脱がないだろう?そう!大人なら、お風呂とか、好きな人の前
以外じゃ脱がないもんなんだよ!大人になるなら裸は見せちゃいけ
ないものなんだ﹂
﹁えっと。わたしはマサル様のことが好きなので脱いでもいい?﹂
くっそ、考えろおれ。今こそアニメや漫画で得た知識を総動員す
るんだ!見たいといえば、即裸になりそうだ。見たくないといえば
きっと泣く。見たいといいつつ、脱衣を阻止するんだ!
﹁サティの裸は見てみたい。あっ、あっ、脱がなくていい。そう。
見せろって言うまで見せなくていい。見せてって言った時以外は見
237
えないところで裸になるように﹂
サティはちょっと悲しそうな顔だ。
﹁いや、見たいから。そのうちたっぷり見せてもらうから!ほら、
今から料理だろう?外に水を汲みにいかなきゃ﹂
﹁そうでした、料理です!﹂
サティに大鍋を持たせて外にでる。現実にこういう状況になると、
なんと無様にうろたえることか。唐突すぎるんだよ。
﹁はい、ここが井戸ね。水を汲んでー﹂
平静を装って指示を出す。サティは一生懸命井戸から水の入った
桶をひっぱりだしている。ざばー。大鍋に水がはいる。
﹁よし、じゃあ帰ろうか。重くない?持てるか?﹂
﹁大丈夫です﹂
ひょいっと持って歩いていく。両手がふさがっているサティの代
わりに扉をあけてやり、中にはいる。サティが小鍋に水を移し、か
まどにかける。薪をいれてと。
﹁火って普通の人はどうやってつけるの?﹂
﹁火打石でつけます﹂
なるほど。今日は魔法でつけるかと考えていると、サティがしゃ
238
がんでごそごそしている。
﹁ありました!﹂
はい、と見せてくれる。前の住人が残してくれたのか。
﹁火はつけられる?﹂
﹁やってみます﹂
座ってかちゃかちゃやり始める。お湯を沸かすだけでめんどくさ
いぞ。魔法なら10秒もかからんのに。やはり外食メインにするべ
きか⋮⋮?ほどなくついたようだ。手際いいな。以前みたTVだと、
火おこしに30分は最低かかってた。火種から薪に火がうつり、ぱ
ちぱちと火があがりだす。サティは真剣な目で鍋の水を見ている。
見ていても湯はできんのだけど、じっと見てしまう気持ちはわかる。
そーっと指を突っ込もうとしてたので止めた。
﹁温度は指ではかったらだめ。沸騰したら、泡がぽこぽこ出てくる
から。見てなさい﹂
﹁あ、泡がでてきましたよ!泡が!﹂
かまどは結構火力が強い。というかお湯を少し沸かすだけなのに、
薪を投入しすぎたようだ。すぐにお湯は沸いた。
﹁よし、じゃあ鍋をこっちに。お茶の葉をいれよう﹂
鍋敷きはないし、直接でいいか。小鍋はすすがついていて、テー
ブルが少し汚れそうだ。あとで浄化しとこう。いや、サティに任せ
239
ればいいのか。仕事したがってたし。
マギ茶を布に一つまみ出し、巾着のように紐でしばってお湯に投
入する。簡易のティーパックだ。サティはそれをじっと見てる。で
きたマギ茶をサティにいれてもらい飲む。うん、うまい。最初は変
な味だと思ったけど、慣れれば日本で飲んでたお茶と変わらんね。
サティにも一口飲ませたら微妙な顔をしていた。
﹁これはマギ茶って言ってね。魔法使いの魔力をほんの少し回復し
てくれるお茶なんだ﹂
余ったお茶を水筒にいれながら説明する。お湯を沸かすだけ。と
ても料理とは言えないが、あとは具材を切り刻めればスープくらい
は作れるだろう。
﹁じゃあ、あと片付けてくれる?﹂
﹁は、はい﹂
サティが鍋とコップを流しに持って行く。もちろん水道などつい
てない。サティは大鍋から水を汲んで、手であらっていく。ええと、
スポンジはないだろうから、たわしとかか?あとは流しに置く、桶
かなにかもいるな。雑巾、布巾、洗剤ってあるのか?油物作ったら
ないと困るな。揚げ物用の鍋とか、道具。キッチンペーパーはさす
がにないか。ここの人はどうやってるんだろう。そういえば、から
揚げとかとんかつとか食堂で出てきたことがないな。そういう調理
法が存在しないんだろうか。ドラゴンの肉でから揚げとか美味しそ
うなのに。洗い物も終わったようだ。とりあえず買い物に行くか。
240
22話 パンツはいてない︵後書き︶
異世界の現実は少女を否応なく戦いの渦に巻き込む
次回、明日公開予定
23話 サティ、冒険者見習いになる
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
241
23話 サティ、冒険者見習いになる
﹁買い物にいくよ。ついてきて﹂
サティを連れて家をでる。目がよくなったんだから大丈夫かと思
ったが、そうでもなかった。転ぶことはなかったが、きょろきょろ
して、あっちにふらふらこっちにふらふら。危なっかしいことこの
上ない。仕方ないのでまた手をつなぐ。奴隷ってこんなに手がかか
るもんなんだっけ?
﹁面白い?﹂
﹁はい、面白いです。それになんだか不思議な感じがします。匂い
や音は一緒なのに、違うところに来たみたいです﹂
商店街につく。まずはサティ用の買い物籠でも手に入れるか。雑
貨屋にあるかな。籠を売ってる店はすぐに見つかった。ついでに桶
や鍋、水がめなんかも置いてある。買い物籠に、台所用の桶。お風
呂用のもいるな。水がめは1個は生活用、もう1個が飲み水用にし
て、鍋とフライパンも何個か買っとくか。お、石鹸もある。何種類
かあるな。店の人に聞いてみると、生活用とお風呂用の2種類あっ
たので両方揃える。おたまに菜ばし?これは?麺棒かな。まな板、
何かよくわからないもので出来たスポンジっぽいもの?鍋敷き。食
器もあるな。陶器や金属製、木製のもある。スプーンやフォーク、
ナイフ。コップ。箒やブラシもある。目につくはしから手にとって
サティに渡し、店主のところへ持っていかせる。商品は山積みにな
242
っていたが、店主に包むように言って、買い忘れがないようにもう
一周店内を見て回った。だいたいのものは揃うもんなんだな。異世
界も侮れん。もっと不便かと思ったが、一部をのぞいてそんなに変
わらない気がする。まあ魔法とかで代用してる面もあるんだけど。
会計をして、サティに買い物籠だけ持たせてあとはアイテムにぽ
いぽいと入れていく。ええと、あとは包丁にタオル、雑巾とかか。
薪も忘れちゃいかんな。包丁のあった店で鍬もあったので家庭菜園
用に購入しておく。種ってどこで売ってるんだろう?花屋みたいな
店はなかったし、八百屋でもないよな。農協みたいなのがどっかに
あるんだろうか?薪も購入。割る前のでかい木のもあったので買う。
さっきの店にもどって斧も購入する。薪割りとかちょっとやってみ
たかったんだ。
サティに何か欲しいものはないかと聞くと首を振る。まあ家事し
たことないなら、わからんか。あとは食材を買っていこう。
野ウサギの肉が結構残ってるから、野菜だな。野菜は日本でも見
たことがあるようなのが揃ってた。小麦粉にパン、パスタ。油。こ
れはラードかな。油高いな。それで揚げ物とかないのかね。少々値
段はするが、から揚げを食いたいので多めに買う。調味料やソース、
お酢に砂糖。砂糖も高価だったが1kgほど買っておく。味噌や醤
油はないし、米もないのが残念だ。豆はあったし、納豆くらいなら
作れるだろうか?卵も高い。小さいのからダチョウの卵みたいなの
まで何種類かあったので全種類買っておく。お酒もちょっと買って
おくか。ドラゴン倒したあとに全部飲んじゃったしな。サティに持
てるだけ持たせて、あとはアイテムボックスにいれておく。全部ア
イテムにいれてもよかったんだけど、空の買い物籠が寂しそうだっ
たので、色々持たせる。サティもさすがに買い物中はきょろきょろ
しないで真剣についてきている。
243
氷を売っているところに、冷蔵庫も売っていた。冷蔵庫の上部に
氷をセットするだけの簡単仕様だ。大きめの氷をいれておけば3,
4日はもつらしい。購入。これで肉とかいれておけるだろう。
﹁疲れただろ。荷物もとうか?﹂
アイテムボックスにいれるだけだけど。
大丈夫ですと、首をふる。明らかに荷物が重そうだ。ちょっと休
憩するか。竜の息吹亭が近いし。
食堂は昼頃で結構な込み具合だった。顔見知りの店員に果物のジ
ュースを2人分注文する。少しすると、女将さんがジュースを運ん
できてくれた。
﹁新居はどう、マサルちゃん﹂
﹁ええ、ぼちぼちですよ﹂と適当に答えておく。入居したの昨日だ
し、答えようもない。
﹁それで、その子は?﹂
忙しい中、わざわざ女将さん自ら持ってきたのは、それか。
﹁ええと、家事とかをやってもらおうと﹂
﹁あら、奴隷ね。買っちゃったの?かわいいじゃない﹂と、にやり
244
と笑う。
女将さんは大事にしてあげるのよー、と言って仕事に戻っていっ
た。なんだか恥ずかしい。でも特に非難するようなこともなかった
し、奴隷を買うとか普通なんだろうか。にやにやしてたのもそうい
うことなんだろうな。しかし、腕の紋章を見れば奴隷ってすぐわか
るのは問題か?サティには長袖の服を着てもらおうか。
ふとサティを見ると、ジュースも飲まずにこちらを見ている。
待ってたのか。
﹁ん。飲んでいいよ﹂
そういうとコクコクと飲みだした。おれも飲む。桃かマンゴーに
近い果物だろうか。果肉がごろごろと入ってて、氷もいれてあり、
甘くて冷えてて美味しい。サティもおいしいですと言いながら、味
わうように飲んでいる。
﹁ここはおれが前に世話になってたところでね。二階が宿屋になっ
てるんだよ。ここの料理がおいしくてね。今度は食事に来てみよう﹂
﹁はい﹂と、サティ。もう全部飲んだようだ。氷を口のなかで転が
している。
﹁ジュース気に入った?これも飲む?﹂と、半分ほど残ったジュー
スを差し出すと、ぱああと笑顔になりすごく喜んでいる。うん、い
っぱい食って、早く成長してもらわないとな。
245
家に帰り、買った品物をサティと協力して配置していく。水がめ
には魔法で水をいれておいた。何往復もするの面倒だったし。冷蔵
庫や買って来たものをすべて配置すると、サティに宣言する。
﹁今日からこの家はサティが管理すること。任せたからね﹂
﹁はい。任せてください!がんばります!﹂
すごく不安だが、やる気だけはあるみたいだし、まあなんとかな
るだろう。なるよね?
昼を過ぎたばかりで夕食の仕込みをするにも早いし、することが
ない。働きたくはないし、こういうとき日本でならPCを立ち上げ
るんだが。ネットが恋しいな。サティは真剣な顔をして買ってきた
品物を一個ずつ確認しているようだ。あ、包丁を手に取った。慎重
な手つきだったが、指で刃を触っている。怖い。止めたかったがぐ
っとこらえる。包丁使うなら指を切るくらいは絶対するものだし、
ヒールですぐに治る。どうやら無事、包丁の確認作業が終わったよ
うだ。次にかかっている。
魔法の試射をしに町の外へでも行ってみるか。せっかく覚えた火
魔法レベル4も、不発が一発のみであれ以来一回も使ってない。ち
ゃんと練習はしておかないとな。
﹁サティ。町の外に魔法の練習に行くんだけど、留守番するか、一
緒にくるかどっちがいい?﹂
﹁行きます﹂
246
﹁ちょっと危ないかもしれないよ?﹂
町のすぐ外なら野ウサギくらいしか出ないけど。
﹁大丈夫です。行きます﹂
一人で留守番させるのもちょっと心配だし、いいかと思い準備を
する。鎧を着て、剣を背中にかつぐ。サティも着替えさせた。野外
でさすがにスカートはないかと思ったので長袖長ズボン。ちゃんと
別室で着替えるようにといいつけたよ!
門でひっかかった。サティをつれて出ようとしたんだが、身分証
がない。
﹁おお、ドラゴンスレイヤーじゃないか。今日も野ウサギ狩りか?﹂
野ウサギからドラゴンスレイヤーに昇格である。昇格したのはい
いが、やっぱり恥ずかしい。いい加減名前で呼んでくれませんかね
⋮⋮
﹁いやいや、ほんのちょっと手伝っただけなんで、ドラゴンスレイ
ヤーなんて。それで今日は町の外で魔法の練習をしようと思いまし
て。この子はパーティーメンバー予定の冒険者見習いです﹂
エッチな気持ちで買った奴隷、なんて言えないので、そういうこ
とにしておいた。本人も冒険者という響きにご満悦だ。きっとやり
たいことリストにあるんだろう。
247
﹁ほう、獣人か。成長すればいい戦力になるぞ﹂
で、身分証がないのが発覚。出るときはいいが、入るときにお金
を取られる。それで一旦冒険者ギルドに向かうことになった。
受付のおっちゃんに、サティをギルドに入れたいと伝えると、以
前と同じように副ギルド長とティリカちゃんのところへ案内された。
﹁おお、マサルじゃないか!今日はどうしたんだ。なに?その子を
ギルドに入れるのか。ほほう、奴隷か。昨日報酬をもらったばかり
なのに、素早いじゃないか!﹂
がははははと肩をばんばん叩かれた。こんな反応ばっかだ。審査
はすぐに済んだ。型どおりの質問に、やりたいこと。
﹁冒険者にもなりたかったんです!あと料理とか他にもやりたいこ
とはいっぱいあって。あとあとマサル様にいっぱいご奉仕して喜ん
でいただきたいです!﹂
﹁わはははは。マサル、愛されてるな!大事にするんだぞ!﹂
その後はギルドの説明、100ゴルド払ってカードの発行。小さ
い子が冒険者になるのは珍しくないのかと聞くと、10才くらいか
ら冒険者になるような子もいるそうだ。奴隷の報酬はすべて主人が
受け取る。カードには奴隷、持ち主としておれの名前が書いてある。
ランクはもちろんF。ちなみにおれのランクはEのままだ。ドラゴ
ン討伐を手伝ったくらいじゃランクはあがらないらしい。最後にテ
248
ィリカちゃんに宣誓。
﹁これでわたしも冒険者なんですね!﹂と、首に紐でぶら下げたギ
ルドカードを見ている。
﹁そうだな。でもしばらくは訓練をして、もっと強くなってからだ。
当分は冒険者見習いだな﹂
﹁はい、がんばります!﹂
せっかく冒険者になったんだし、と装備を揃えることにした。い
つもの店で店員さんに見繕ってもらう。皮の防具に小さい盾、ショ
ートソードに皮のブーツとおれの最初の装備と同じものだ。うん、
かわいいかわいい。お尻には尻尾の穴を、皮のヘルムには切れ目を
その場で入れてもらって、耳がぴこぴこと飛び出ている。戦う冒険
者には全く見えないが、似合ってはいる。店員さんも装備を着ては
しゃぐサティを微笑ましそうにみている。
再び、門である。
﹁装備買ってもらったのかお嬢ちゃん。もう立派な冒険者だな﹂と、
サティのギルドカードを見ていう。あ、カードに奴隷って書いてあ
るぞ?そしておれのほうをみながら、
﹁さすがドラゴンスレイヤーともなると、儲けてるんだなあ。おれ
も冒険者になろうかね﹂
249
﹁やめとけやめとけ。冒険者なんていくら命があっても足らんぞ﹂
﹁それもそうか﹂
やっぱりそういう認識なんだな。おれはそれ以上冷かされる前に、
サティを連れてさっさと門を抜けた。
門を出て、街道を離れ、町の壁が見えなくなるくらいまで進む。
ここらでいいか。
まずは︻火嵐︼を試してみる。詠唱開始。高速詠唱で半分になっ
てるはずなんだが長いな。実戦で使うのはなかなかに厳しそうだ。
ようやく詠唱完了して発動する。
ゴウ!という音ともに火柱がいくつも上がり、草原を暴れまわっ
ていく。あまりの威力におれは呆然としていた。火が収まったとき
には、25mプール分くらいの草原が焼け野原になっていた。幸い
にも延焼はしていないようだ。これは過剰すぎる。森で使ったら森
林火災が起こるぞ。
﹁すごい!すごいです、マサル様!﹂
サティは無邪気に喜んでいる。そうだな。おれもすげえと思った
わ。こんな魔法どこで使うんだろうか。オークの集団に使ったらま
とめて消し炭になるな。
気を取り直して、今度は︻大爆破︼を詠唱する。やはり長い。詠
250
唱が完了し、発動する。できるだけ遠くを狙って撃った。
ドーンという音とともに衝撃波と吹き飛ばされた砂や小石がこち
らまで飛んでくる。サティを心配してみてみると、目をぐしぐしし
ていた。耳がぺったり倒れ、しっぽが逆立ってふくらんでいる。音
もすごかったものな。
﹁大丈夫か!?﹂
﹁はい、目に砂が入っただけです﹂
爆心地を見に行くと、サティがすっぽり埋まるくらいの大穴が開
いていた。穴をのぞきこみながら、サティはすごいすごいと喜んで
いる。やはり火力が過剰すぎる。対ドラゴン戦くらいじゃないと使
い道がなさそうだ。レベル4でこんなのなら、5ってどれだけすご
いんだろうか。使い勝手を考えると単純にレベルを上げればいいっ
てものじゃないな。
さて、次である。弓を取り出す。大きい岩があったので的に見立
てる。矢を番え構える。矢に魔力をこめ、火魔法を発動させる。
あちぃ。矢を放つ。矢はへろへろと岩と違う方向に飛んで落ちた。
指をやけどした。弓もすこしこげている。矢は木の部分が燃えて折
れていた。火の魔法矢ができるはずだったんだが。矢を鉄にして、
弓が焼けないように補強すればいけそうだが、指はやけどする。篭
手をつけたら弓の扱いができなくなるし、魔法の発動にも支障がで
る。うん、この魔法は失敗だ。
251
もう一つだけ試したいことがあった。的にしていた大岩を収納す
る。入らない。地面から一度ひっぱりあげないと。レヴィテーショ
ンを大岩にかける。でかいだけあってなかなか持ち上がらない。魔
力をつぎ込みようやくぼこっという音とともに持ち上がった。収納
する。今度はちゃんと入った。
ドラゴン戦のあと考え付いたんだが、最後のブレスをくらったと
き、熊とかトロールをアイテムから取り出して、盾にすればよかっ
たんじゃないか。
アイテムから出す。収納する。またアイテムから出して収納する。
サティは何をやっているのかよくわからないようだ。きょとんとし
た顔で見ている。
メニューを開いて、アイテム欄からアイテムを選択し、取り出す。
少し手間がかかるな。緊急時には無理そうだ。ドラゴンのブレスも
これだと間に合わなかっただろう。だが、盾にはよさそうだ。敵と
の射線上にごつい大岩を出せば、敵の攻撃はばっちり防げるだろう。
大岩ガードと名付けよう。
次にレヴィテーションで5mくらいの高さまで上がる。メニュー
から大岩を選び、取り出す。大岩は重力に従って落下する。ドスン。
もしここに敵がいたら?レヴィテーション中は魔法が使えない欠点
を補うすごい技じゃないだろうか。それに今は1個だが、大岩を9
9個取り出したらどうなるだろうか。うむ。これはメテオ︵物理︶
と名付けるか。
おれはすごい技を手に入れた!と、ご機嫌で町に戻ると、門番の
252
兵士に怒られた。
﹁ここまで爆発音が響いてきたぞ。もっと遠くでやれ﹂
ごめんなさい。
﹁じゃあ夕飯の支度をしようか。お湯を沸かしてくれる?﹂
﹁はい!﹂
サティは張り切って準備をしていたが、さすがにちょっと疲れて
いる感じだ。今日は目を治したり、色々連れまわしたりしたしな。
お湯を火にかけたら今度は具材を準備する。包丁の使い方を少し
実演してからサティにやらせる。野ウサギの肉と、切るだけでいい
野菜。皮むきはまだ難易度が高い。ピラーとかはなかったし。危な
っかしい手つきで切っていくサティ。
具材を鍋に投入し、塩で味付け。2人で味見をしながら塩を少し
ずつ足していく。これであとは煮えたら完成。もう1品、野ウサギ
の肉をフライパンで焼く。野菜をちぎってサラダを作り、パンを出
す。
パンにサラダ、スープ、野ウサギ肉のステーキ。簡単だったが立
派な夕食メニューの完成だ。サラダにドレッシングかマヨネーズが
欲しいところだが。次はマヨネーズを試作してみよう。
サティは案外器用に料理をこなした。言ったことはすぐに覚える
253
し、頭がいいのかな。この調子ならすぐに料理も任せられそうだ。
﹁よくやった。すごいぞ、サティ﹂
﹁は、はい!﹂
頭をなでて褒めてやる。サティは感無量のようだ。こんな美味し
そうな食事を自分で作れた!しかもこれを今から食べるのである。
﹁じゃあ食べるか。食べる前はこうやって手を合わせて。そう。そ
していただきますだ﹂
食事が終るとサティは完全におねむな状態だった。やるというの
で食事の片づけを任せたがふらふらだ。お風呂にも入りたかったが
今日はもういいか。家に戻ったときに浄化はかけてあるし。
サティを二階の部屋につれていってはたと気がついた。布団が一
組しかない。サティはブーツだけ脱がせて、布団に放り込むとすぐ
に寝てしまった。ベッドはかなり広い。一緒に寝るか?しばし悩ん
だあと、おれは寝袋を出して床で寝た。
寝る前に確認すると料理Lv1がついていた。おれのほうに。サ
ティに料理スキルがつくのはいつになるんだろうか。
254
サティ 獣人 奴隷
レベル3
HP 18/18
MP 5/5
力 12
体力 6
敏捷 11
器用 7
魔力 3
忠誠心 85
スキル 10P
視力低下 聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 頑丈 鷹の目
体力が+1、敏捷と器用が上昇︵もとの数値に戻った︶ 忠誠心
が50から85に。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼ドラゴンスレイヤー
野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
255
ギルドランクE
482/241+241
レベル9
HP
MP 736/368+368
力 43+43
体力 45+45
敏捷 29
器用 35
魔力 69
スキル 29P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
魔力感知Lv1 コモン魔法 回復魔法Lv3 高速詠唱Lv5
料理Lv1
256
23話 サティ、冒険者見習いになる︵後書き︶
マサルはついにその本能を解き放つのか?
次回、明日更新予定
24話 おまわりさん、こっちです!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
﹁サティ、にゃあって言ってみて﹂
﹁にゃ、にゃあ?﹂
おうふ、すごい破壊力だ!鼻血がでてきた⋮⋮
﹁語尾ににゃーをつけて﹂
﹁はいにゃー、マサル様。これでいいですかにゃー﹂
なんて遊んでいたらエリザベスがいて蔑んだ目で見られた。
orz
なんかサティって猫より犬だなって思ったり
待てはするし、よく懐くし、命令にも忠実
うん。犬だわ。犬耳っ娘
257
24話 おまわりさん、こっちです!
目を覚ますと、生き物の気配を察知した。目の前に。ぱっと目を
あけるとサティがくっついて寝ていた。布団もかけてある。寝袋か
ら這い出てサティを揺り起こす。
﹁あの、夜中に目が覚めて、マサル様が床で寝ていたので、ベッド
に運ぼうかと思ったんですが重くて﹂
主人を床で寝かせて奴隷がベッドだなんて、とんでもないことだ。
それで布団をかけて一緒に床で寝たそうである。
﹁今日はサティの布団を買いに行こうな﹂
﹁ベッドは大きいですし、わたしはマサル様と一緒のほうが﹂
聞けば奴隷商では、あの一番年齢の上だった色っぽいおねーさん
と一緒に寝ていたそうで。一人で寝るのは寂しいのか。
﹁色々教えてくれてすごく親切にしてくれたんです﹂
裸で喜ぶとか教えたのあいつか!余計な知識を⋮⋮
とりあえず朝食を済ませる。サティには昨日と同じスープを作ら
せた。それにパンだけつける。ちょっと味付けが塩からかったが、
まあ及第点だろう。塩味が濃くてパンがすすむ。
258
朝食後、お風呂に入ることにした。昨日入るつもりだったし、今
日はお客様を招待してあるのだ。身奇麗にしておきたい。昨日サテ
ィのギルドカードを作ったとき、ティリカちゃんに催促されたのだ。
﹁肉﹂と。それでお昼にティリカちゃんを招待して、ドラゴン肉を
ご馳走することとなった。
この家の浴槽は広い。大人2人はゆったり入れる。家を借りるの
を決めた理由の一つでもある。その分、お湯をいれるのも大変なん
だが、魔法を使えば、はい、一分でお風呂の用意が完了。便利であ
る。温度調節もうまくなって、ちょうどいい湯加減だ。
お風呂をいれるときに大量の水を出したら、少しかぶってしまっ
たので先に入ることにした。お湯を頭からかけて、頭をごしごし洗
っていると、扉ががらりと開いた。目が開けられなくてみれないが、
入ってくるのはもちろん一人しかいない。サティには先に入るとし
か言ってない。待ってろとも入ってくるなとも言うのを忘れてた。
まさか突入してくるとは思わないだろ。
﹁マサル様、お背中をお流ししますね﹂
﹁いや、ちょっと待って!﹂
頭を泡だらけにしたまま手を動かすと、なにやらやわらかい感触
が。サティが﹁きゃっ﹂と声をあげる。
259
﹁ご、ごめん﹂
今の感触は⋮⋮
﹁あ、先に頭ですね。じっとしててくださいね﹂
サティに頭を押さえられ、わしわしと洗われる。やばい、これど
うするんだ。出て行けとか言ったら絶対泣くぞ。
﹁あの、サティさん。お風呂は一人でゆっくりとですね⋮⋮﹂
﹁だめです。ご主人様のお背中を流すのも奴隷の大事な仕事なんで
す。絶対におろそかにしてはいけないっておねーさんが言ってまし
た﹂
またあの人か!
﹁頭、気持ちよくないですか?わたし、おねーさんと洗いっこして
上手だって褒められたんですよ﹂
﹁いえ、気持ちいいです⋮⋮﹂
洗いっこ⋮⋮ちょっと想像してしまった。
﹁はい、流しますねー﹂
頭についた石鹸を洗い流される。幸い、サティは後ろに移動した
ようだ。
﹁じゃあ次は背中を洗いますね﹂
260
こしこしと背中を洗われる。説得しないとこのままでは色々とや
ばい。
﹁あのですね。裸を見せるのは淑女としてはしたないんじゃないで
しょうか﹂
﹁お風呂は脱ぐってマサル様が言われました。それにわたしは奴隷
だから淑女じゃないです﹂
背中を終って腕を取られて洗われていく。とても気持ちいい。お
ねーさんが上手だというのもわかる。たしかにこういうシチュエー
ションはあこがれていたが、なんていうか、唐突すぎるんだよ。あ、
両手も終った。
﹁前も洗いますから、こちらをむいていただけますか?﹂
いやいや、まずい。それだけはまずい。
﹁いや!前はいいから!自分で洗うから!ほら、先にお湯につかっ
ておきなさい﹂
﹁そうですか?﹂と、少し残念そうにサティがお湯に入る。よっし、
回避した!とりあえず急いで前を洗う。お湯で泡を流す。ちらりと
見ると、サティは湯船につかってこっちをじっと見ていた。ボク狙
われているの?きっとご奉仕のタイミングを窺っているんだろう。
どうしようかためらっていたら﹁こちらへどうぞ﹂と腕を引っ張っ
て立ち上がりかけたので、慌てて湯船に入ってしまった。
サティに背中を向けて湯船につかる。久しぶりのお風呂は気持ち
261
いいな。孤児院のときは子供がいっぱいいてゆっくりできなかった
しなー。いやー風呂っていいわーなどと現実逃避をしていると、背
中にぴとっとサティがくっついてきた。
﹁あの⋮⋮わたし、一生懸命がんばってみたんですけど、何かいけ
なかったですか?﹂
サティは当惑していた。何のとりえもない、目の悪いわたしを買
ってくれたのだ。当然そういうことなんだろうと、ことあるごとに
アピールしているのだが、この反応である。おねーさんの言うとお
りやってみたけど、何か間違っていたんだろうか。せっかく買って
もらえたのに、またあそこに戻されるんだろうか。もうあそこは嫌
だ。初物のままなら高く売り戻すことができる。だから必ずご主人
様の寵愛を受けるようにとおねーさんは言っていた。手を出したあ
となら、売るにしても価値は下がるし、情もわくだろうから。だか
らがんばりなさい。お風呂だって男の人の裸を見るのは、ほんとは
恥ずかしかったんだけど、思い切ってみたのだ。背中をむけている
ご主人様を見て、悲しくなってきた。もしかしてまた売られちゃう
んだろうか。
サティがくすんくすんと泣き出した。
﹁いやいや、いけなくはないよ。サティはがんばってるよ!﹂
﹁でも!わたし昨日だって、先に寝ちゃって、マサル様を床に寝か
しちゃって。料理もうまくできないし、マサル様はすごい魔法使い
262
だから、わたしなんかいらないんじゃないかって⋮⋮﹂
﹁いらなくなんかない。じゃなかったらわざわざ買わないし、サテ
ィのことは大好きだし、欲しいって思ってるよ﹂
﹁ほんとうですか?﹂
﹁うん、ほんとほんと﹂
﹁じゃあわたしのこともらってくれますか?﹂
﹁えっと、じゃあ夜にね?それでいい?﹂
﹁はい!﹂
言っちゃったよ。でもほんとうにいいんだろうか。サティはすご
く喜んでるけど。おまわりさんこっちです!って通報されたりしな
いよね?
﹁あの、じゃあ、洗いっこを⋮⋮﹂
﹁あ、先にあがるから。サティはゆっくり洗ってからあがるんだよ﹂
みんなすまん。童貞にはこれ以上無理だ。おれはサティを置いて
風呂から素早く離脱した。
263
24話 おまわりさん、こっちです!︵後書き︶
次回、明日公開予定
25話 マヨネーズを作ろう
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
264
25話 マヨネーズを作ろう
お風呂からあがり、気持ちを落ち着かせる儀式を終えると賢者タ
イムが発動していた。サティは言われたとおりゆっくり洗ってきた
んだろう。少し時間がたってからお風呂からあがってきた。
目が合うと、サティの顔が赤くなった。さすがに恥ずかしかった
のだろう。
﹁あ、あの、がんばりますのでよろしくお願いします﹂と、頭を下
げる。
﹁ああ、うん。こちらこそ⋮⋮﹂
しばらく2人で無言でたたずむ。なんでこんな展開になっちゃっ
たんだろう。買った次の日に手を出すとか、クルックとシルバーに
顔向けできない。予定では時間をかけて恋を育んでいくはずだった
のに。考えてると突然サティに声をかけられた。
﹁あ、あの!﹂
﹁は、はい!﹂
﹁今から何をしましょうか?﹂
えっと、なんだっけ。そうだ!ティリカちゃんが来るんだった。
準備しないと。それと布団はやっぱり買っておこう。あとはマヨネ
ーズ、時間かかるかもしれないから先に作っておくか。とりあえず
265
後のことは後に考えることにして、目先のことに集中することにす
る。
﹁今からお昼ご飯の準備をします﹂
卵と酢と油を用意する。卵は何の卵かわからないが、鶏卵くらい
のがあったから、割って黄身と白身を分離した。酢も何の酢かわか
らないが、ちゃんと酢の味がしたし、油もなんの油かわからないが、
油は油だろう。まずは卵1個だけで試作だ。
サティに説明しながら混ぜ合わせていく。まずは酢と黄身。そこ
に油を少しずつ加えていく。混ぜるのは途中からサティに代わって
もらった。
指でとって味見をする。うん。マヨネーズだ。サティにも味見を
させると、おいしいと喜んでいた。でもなんか違う。なにか足りな
い。ああ、調味料か。塩と砂糖、あとはスパイス。レモン汁?レモ
ンはないしまあいいか。調味料を少しずつ入れ、サティが混ぜ合わ
せる。味見をする。うん、マヨネーズだ。間違いない。
合いそうな野菜を選んでマヨネーズをつけて食べてみる。うん、
美味しい。一口食べて、サティに残りを全部あげた。
﹁美味しいです!こんなの食べたことがありません﹂
﹁これはマヨネーズという調味料だよ﹂
﹁まよねーず⋮⋮﹂
266
サティはマヨネーズを野菜で綺麗にぬぐって食べていた。
よし、じゃあ量産するか。分量とかメモするのに、紙とペンが欲
しいな。布団のついでに買いに行っとくか。ふと気がついて訊いて
みる。
﹁サティ、読み書きはできる?﹂
ふるふると首を振るサティ。これはそのうち教えないとだめだな。
今日のところは日誌を取り出し、マヨネーズのレシピを書き込んで
いく。大匙小さじでかなり目分量だ。重さを量るやつどっかに売っ
てなかったかな。レシピを確認する。こんなものかな。あとはやり
ながら調節するしかない。
卵を割って黄身と白身に分離していく。白身はあとでスープにで
も入れよう。サティにも卵を割らせる。2個失敗して涙目になって
いたが、これも回収してあとで卵焼きだな。ああ、ゴミ箱がない⋮
⋮。卵の殻はとりあえず流しにおいておけばいいか。
﹁サティ、昨日の弁当の入れ物とかどうした?﹂
﹁かまどで燃やしました﹂
なるほど。
﹁ゴミってどうやって処分する?﹂
﹁えっと、埋めるか燃やすかだと思います﹂
267
ゴミってあんまりでないしそれでいいのかなあ。まあとりあえず
はマヨネーズだ。
サティに指示を出しながら、材料を加えていく。そして最後の攪
拌作業。油を加える行程はひたすら混ぜる。ハンドミキサーがあれ
ば楽なんだけど、人力でやるとなるとかなり重労働だ。
﹁サティ、味見はしてもいいけど、ちょっとだけだぞ。昼にたっぷ
り食べさせてあげるから。じゃあがんばってくれ。おれは買い物に
行ってくる﹂
﹁はい。行ってらっしゃいませ﹂
まずは家具店へ行って布団を購入。2部屋の分と、予備で3組。
手頃な値段のを買っておく。紙を売ってる店があったので、ノート
になってるものをペンとインクとセットで2組買った。サティとお
れの分だ。ついでに隣の店に本屋があったのでのぞいてみた。
奥にしわくちゃのお婆さんが座っていて、本を手に取ろうとする
と、﹁立ち読みはお断りだよ!﹂と怒られた。
﹁子供に字を教えるときに使うような本はないですかね﹂
﹁そうだね。これなんかどうだい。安くしておくよ﹂
絵本のようでだいぶ擦り切れていたが、中を見る分には問題がな
さそうだったの買うことにした。中は手書きっぽかった。絵も文字
も全部手書きか?印刷技術はないんだろうか。
268
﹁あと勇者の話ってありませんか?﹂
﹁それならこいつだね﹂
勇者の物語、全10巻。超大作だな。こっちも中古で装丁がかな
りぼろくなっていて、補修のあとも見られる。だが、ちゃんと全部
読めるとお婆さんが保証するので買った。2つで600も取られた。
中古なのに本って高いな。全部手書きならそれくらいはするのか?
もっとゆっくり見ていきたかったが、サティが待ってるのでまた今
度来よう。
市場もついでに見て回ると、馬乳を発見した。あまり飲む人もい
ないそうで、チーズはないかと聞いたら、馬乳を仕入れたところな
らあるかもしれないと。これは是非買いにいかねば。トマトは購入
済みなのでこれでピザが作れるぞ!
雑貨屋で重さを量る天秤を見つけたが、高いうえに料理には向か
なさそうだったので諦めてゴミ箱と、何点か雑貨を購入して帰宅し
た。サティはマヨネーズを完成させてぐったりと机につっぷしてい
た。
﹁ご苦労さん。疲れただろう。どれどれ⋮⋮﹂
味見をしてみると、なかなかいい出来だ。これなら店でも出せる
だろう。
﹁うん、美味しくできてる。えらいぞ、サティ﹂
269
きちんと褒めて、頭をなでなでする。サティはえへへへと喜んで
いた。
一旦冷蔵庫にいれておこうとして、ラップがないのに気がついた。
ラップとかアルミホイルとかないと不便だなあ。とりあえずそのま
まいれておく。
まずはゆで卵。ゆで卵とたまねぎを刻んでマヨネーズをあえて、
調味料で味をととのえると、タルタルソースが完成。サティに味見
をさせたらすごく気にいったようだ。もっと欲しそうにしていたが、
冷蔵庫に仕舞う。
サティにはスープの準備をしてもらう。ドラゴン肉と野菜のスー
プ。調味料は塩とスパイスを少し。その間に、から揚げの仕込をす
る。肉を一口大に切って、調味料をもみこみしばらく放置。あとは
小麦粉をつけてあげるだけ。パンを半分くらい切り取って、細かく
刻んで生パン粉を作る。カツ用の肉も切って、スパイスで下味をつ
ける。これもあとは衣をつけてあげれば完成と。
サラダにパン、スープ、から揚げのタルタルソース和え。ドラゴ
ンカツ。うん、なかなかに豪華だ。こちらの料理、ソースやスパイ
スが揃ってるから悪くないんだが、日本ほど料理のバリエーション
はない。そのうちラーメンやカレーも再現してみたいな。
デザートも作っとくか。馬乳が手に入ったから、プリンが作れる。
馬乳と卵、砂糖を混ぜてコップにいれて、お湯で10分ほどゆでる。
カラメルは今日はめんどうなのでなし。できたら冷蔵庫に冷やして
おく。アイスも作れるかね。作ったことはないけど、今度試してみ
よう。
270
まだお昼までは時間があったのでサティに卵焼きを作らせてみた。
さきほど割るのを失敗した卵に塩とスパイス、砂糖と馬乳を加える。
フライパンに油をひいて、焼く。最初はスクランブルエッグでいい
か。完成したのを2人で仲良く試食する。
﹁おいひいです﹂と、はふはふ食べるサティ。砂糖が甘くていい感
じだな。卵焼きにはケチャップが欲しいから、今度作ってみるか。
なんか、色々やってると足りないものばかり増えてくるな。
﹁マサル様はすごいです!こんなに色々料理ができて!﹂
ニート時代は暇に任せて色々作ってたから料理はそこそこ得意だ。
うちの母親、和食専門で、から揚げとかの洋食は食べたければ自分
で作るしかなかったんだよな。外食?お金使いたくなかったし。
﹁サティもだいぶ料理ができるようになってきたじゃないか。もう
スープなら作れるし、卵焼きもできるだろ﹂
﹁マサル様が教えてくれたおか⋮⋮﹂
サティが急に言葉をとめて、扉のほうへ顔を向けた。
﹁扉のところに、誰か来ました。2人です﹂
すぐに、どんどんと扉が叩かれた。聴覚探知Lv3か。すごい
地獄耳だな。
271
﹁おーい、マサルー!いるかー﹂と、この声は副ギルド長だ。
出ようとするサティを引き止めて﹁はーい、今行きますよ﹂と扉
を開ける。
副ギルド長に隠れるようにしてティリカちゃんが立っていた。
﹁おう。今日はティリカを招待してくれて、ありがとうよ﹂と、禿
がにっかり笑う。
﹁早いですね。昼にはまだ少しあるのに﹂
﹁ティリカがずいぶん楽しみにしててなあ。せっつくんで早めにき
ちまったよ﹂
﹁あ、中へどうぞ﹂
﹁ほら、ティリカ﹂
﹁おじゃまします﹂と、小さい声でつぶやいて中に入る。
﹁あー、副ギルド長もどうです?料理は多めに用意してありますよ﹂
ごつい禿を家に招くのはちょっと嫌だったが、社交辞令的に誘っ
てみる。
﹁いやいや、邪魔しちゃ悪いからな。それに仕事もあるし、あまり
長時間はあけられん﹂
この人、ぶらぶらしてるだけであんまり仕事してるの見たことな
272
いけど、まじめに仕事してたのか。
﹁そんなことよりティリカをよろしく頼むぞ﹂と、顔を近づけ小声
になって言う。
﹁あいつ、友達が少なくてな。今日だってすごく喜んでたんだ。あ
と、帰るときはおまえがきちんとギルドまで送ってきてくれ。なん
なら今日は泊まっていかせてもいいぞ﹂と、ニヤニヤ。何考えてん
だこのおっさん。
﹁それとこれ、お土産だ﹂と、お酒を渡された。20年物の上等な
品らしい。
﹁お酒ありがとうございます。泊まりはともかく、ちゃんと送って
いきます﹂
﹁よしよし。じゃあな、ティリカ、楽しんでこいよ!﹂
そういうと、副ギルド長は帰っていった。
ティリカちゃんは食堂の椅子に座り、サティにお茶を出してもら
ってこくこくと飲んでいた。
﹁もうちょっと待っててね。そろそろ作り始めるから﹂
﹁今日は。ありがとう﹂と、ティリカちゃん。
﹁うん。口に合うかどうかわからないけど、楽しんでいってね﹂
﹁ん。楽しみ﹂
273
油をいれた鍋を火にかけ、スープももう一つのほうにかけ、薪を
追加する。サティにから揚げに小麦粉をつける作業を任せて、カツ
の衣を作る。小麦粉をまぶし、溶き卵につけて、最後にパン粉をつ
ける。から揚げもカツも多めに用意してある。余ったらアイテムボ
ックスに保存しておけばいいし。
手をべとべとにしながら作業をしていると、またサティが﹁誰か
来ました﹂と言ってきた。エリザベスかな?そろそろ来てもおかし
くないし、アンジェラにもいつでも遊びに来てねと言ってある。
手が小麦粉とかでべとべとなので洗っていると、サティが、2人
が扉の前で何かしゃべっていますと言う。エリザベスとナーニアさ
んだな、きっと。クルックとシルバーにはまだ教えてないし。
手をきれいにして、扉に向かう。扉をあけると、アンジェラとエ
リザベスが立っていた。
﹁﹁マサル!﹂﹂
274
25話 マヨネーズを作ろう︵後書き︶
ついに集ったハーレムメンバーたち。サティでいっぱいいっぱいな
マサルは4人の愛を受け止められるのか?
マサルのハーレム道は始まったばかりだ!マサルの勇気が世界を救
うと信じて⋮⋮!
次回、明日公開予定
26話 水と風と我関せずな人たち
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
料理パートいかがだったでしょうか。くどいかなーと思ったんです
がやってみたかったんです。今後は家事はサティに丸投げの予定な
のでそのあたりの描写は減るはずです
食材やなんやかんやが地球そのまま。
すいません、オリジナル設定考えるのがめんどくさかったんです。
地球と似た世界だから地球と同じものがあってもいいよね!
そんな風にスルーしていただければと。
275
26話 水と風と我関せずな人たち
﹁あ、えっと⋮⋮ようこそ?﹂
おれはアンジェラとエリザベスが2人並んでいるのを見て呆然と
していた。なんでこの組み合わせ?
﹁ちょっと、マサル!この女はなんなのよ!﹂と、エリザベス。
﹁この女って何よ!へんな黒いローブを着て!﹂と、これはアンジ
ェラ。
なんでこの2人、こんなに険悪なムードなんだ!?
﹁ええっと、まあまあ。2人とも落ち着いて。こちらが、森の調査
のときに世話になった、Bランクパーティ暁の戦斧のエリザベスさ
ん。で、こちらが、神殿の神官で色々お世話になっているアンジェ
ラさん﹂
﹁Bランク⋮⋮﹂﹁神官⋮⋮﹂と、2人は睨みあっている。
﹁あ、あの。とりあえず中に入ったらどうかな⋮⋮﹂
2人を中に通す。
﹁む。あの子たちはなに?﹂
﹁2人とも見たことのない子だね。なんで家にいるの?﹂
276
2人はティリカとサティを見て、また聞いてきた。
﹁ええと、この子はギルドの職員のティリカちゃん。それで、こっ
ちはサティ。家事とかやってもらってる⋮⋮﹂
﹁マサル様の奴隷のサティです!﹂と、頭を下げる。どこに出して
も恥ずかしくなさそうな満面の笑顔で宣言するサティ。
﹁奴隷!?買っちゃったの!?﹂と、アンジェラ。
﹁ふうん﹂と、こちらはエリザベス。
アンジェラは何か言いたそうだったが、エリザベスは気にしてな
いような感じだ。
﹁それで、2人とも今日はどうしたの?﹂と、2人にも椅子をすす
めながら聞く。
﹁マサルがちゃんとやってるか見にきたのよ﹂
﹁そろそろ修行をはじめるわよ、マサル!﹂
﹁あ、うん。とりあえずお昼にするから2人ともどうかな?﹂
﹁いただくわ﹂﹁じゃあお言葉に甘えて﹂
サティとティリカにも2人を紹介する。ティリカちゃんは特に何
もいうこともなく、ぼーっと聞いている。サティに2人のお茶を用
意してもらう。
277
ああ、油がまずい。目を離した隙に温度が。ちょっと火から外す。
スープはいい感じに温まってきている。油の火加減の調節が難しい
な。薪を減らして様子を見よう。サティに指示をして、パンとサラ
ダを用意してもらう。油に少しパン粉をいれ、温度を確かめる。い
いかな。から揚げを投入する。あげている間に、カツの残りに衣を
つける。お皿を用意して、並べていく。くそ、ちょっと足りないか
?こんなに客が来る予定じゃなかったし、今度また追加することに
して、こっちの器で代用して⋮⋮パンとサラダは用意できたか。ス
ープが煮えたのでテーブルに運ぶ。から揚げもどんどんあげていく。
油の鍋、もっと大きいのにするんだったな。人数いたらあげるの大
変だ。から揚げをもり、冷蔵庫からタルタルソースを出して添える。
﹁じゃあそろそろ食べ始めていいよ。サティも一緒に食べなさい﹂
﹁あのマサル様は?﹂
﹁揚げ物を見ないとだめだからね﹂
揚げ物は揚げたてこそ至高!できたものからすぐ食べないと味が
落ちる。
﹁はいはい。座って。今日のメニューはパンにサラダにスープ。サ
ラダにはそのマヨネーズをつけてね。から揚げにはタルタルソース
で。どれもドラゴンの肉を使ってるから絶品だよ!さあ、冷めない
うちに食べて食べて﹂
﹁あら、おいしいわね。これ﹂﹁なにこれ!おいしい﹂﹁マサル様、
278
おいしいです!﹂﹁⋮⋮﹂
カツも順次あげて、切り分けてテーブルに運ぶ。
﹁これはドラゴン肉をつかったカツだよ。ソースをかけて食べてね﹂
﹁これもいいわね﹂﹁さくさくして美味しい!﹂﹁おいしいです!
おいしいです!﹂﹁⋮⋮﹂
好評のようだ。ティリカちゃんは黙って食べてるけど、ガツガツ
食べてるようなので大丈夫かな。
ようやく、カツも揚げ終えたのでおれもテーブルにつく。から揚
げもドラゴンカツもまさに絶品。材料がいいと、こうも違うのか。
実家だと安い輸入肉とか使ってたしなあ。
大皿のから揚げがみるみる減っていく。多めに作ったつもりだっ
たけど、足りなかったか。あ、最後の1個でアンジェラとエリザベ
スがにらみ合ってる。
﹁譲りなさいよ﹂﹁いやよ、わたしが狙ってたのよ﹂
ひょい、ぱく。
﹁﹁あ!?﹂﹂
横からティリカちゃんが掻っ攫っていった。エリザベスが涙目に
なっている。そんなに食べたかったのか。
﹁ほらほら。まだドラゴンカツとスープはあるから﹂
279
多めに作っておいてよかった。スープも夕食分に手を抜こうと思
ってかなりたっぷりあったんだが、もう底がつきそうだ。サティは
遠慮して食べているようだ。いつもの食いっぷりが見えない。
﹁サティ、もっと食べろ。このスープおまえが作ったんだからな﹂
と、スープの残りを皿にいれてやる。
﹁ありがとうございます、マサル様﹂
それをじっと見る、女性3人組。見るとトンカツももうない。
﹁ええっと。足りないならもっと作ろうか?﹂
﹁いえ、もういいわ。なかなかいい腕をしてるじゃないマサル﹂
﹁うん、もうお腹いっぱいかな。マサル料理上手だね。びっくりし
たよ﹂
﹁美味しかった﹂
3時のおやつの予定だったが、プリンもう出しちゃうか。冷蔵庫
からプリンを取り出す。
﹁食後のデザート。プリンっていう名前。甘いよ﹂
一人一個ずつ渡していく。プリンは6個。人数は5人。テーブル
の上に余る1個のプリン。すぐに冷蔵庫に片付けるなりすればよか
ったんだが、おれはプリンの出来を確かめたくて、すぐにプリンに
取り掛かってしまった。
280
うん、プリンだな。ちょっと癖のある馬乳と謎卵だったけど、ち
ゃんとプリンになってる。今度はちゃんとカラメルをつけよう。異
世界でもやれば作れるもんだな。油とか砂糖は高いけど、野菜とか
調味料は地球と変わらんし、食うのには困らんな。あとは米が手に
入ればいうことがないんだが。
その頃、テーブルでは女達のバトルが始まっていた。
﹁これは高貴なるメイジのわたしにこそふさわしいわ!﹂
﹁何が高貴よ。高貴というなら神官こそ高貴だわ﹂
そーっと手をのばすティリカちゃんも、さすがに2人に睨まれて
手を引っ込めた。状況は拮抗し、3人はこちらを見る。おれに裁定
しろってことか!?
おれはプリンをがっ掴むと、一気にかきこんだ。うむ。うまい。
3人のほうを見ないようにして、サティに指示をする。
﹁サティ、これの作り方は見ていたな?教えるから同じのを作れ﹂
﹁あ、はい。わかりました﹂
これでよし。3人もまた食べられるとわかって安心したようだ。
でもなんでこの人たち、こんなに食いしん坊なの⋮⋮とりあえず、
後片付けよりプリンを先に作らせよう。
281
ダチョウ︵仮︶の卵があったので割ってみる。大きさは両手で持
っても余るくらい。2kg以上は確実にあるな。殻がかたいので、
慎重に包丁の背でかんかんと割りはがしていく。ようやく出てくる
黄身と白身。馬乳足りるかな。また補充してこなきゃいかんな。鍋
に卵と馬乳、砂糖を投入して、サティががしがしかき混ぜる。量が
かなりあったので、半分をバケツプリン風に鍋にいれて、残りをさ
っきプリンをいれていた容器を洗っていれる。
かまどの火はすでに消えかけており、手間を省くため魔法で水を
沸騰させプリンをゆでる。10分待てばダチョウ︵仮︶プリンが完
成だ。今度はカラメルもサティに指示して作らせた。
後ろで作業をワクテカしながら見守る女性達。
﹁10分お湯でゆでたあと、2時間冷やせば完成です﹂
﹁2時間!?﹂
ああ、すぐ食べれると思ってたんですね。残念です。
その後、バケツプリンのほうが時間がかかりそうだったので、ア
ンジェラに氷魔法で冷やすのを少し協力してもらった。
サティにあとは任せてテーブルに座る。後片付けをしようとした
ら、わたしの仕事ですと主張されて、座らされた。
﹁それにしてもいつの間に奴隷なんか買ったんだい?家の手伝いな
らうちの子たち貸したのに﹂
282
﹁あら、奴隷の一人くらい持つものよ﹂
﹁買ったのは昨日だよ。エリザベスのとこも奴隷はいたのか?﹂
﹁そうね、うちは何人も使っていたわよ﹂
﹁へー、うちのほうじゃ奴隷とかいなかったから、珍しくて見にい
ったらつい﹂
﹁ギルティ﹂
ぼそっとティリカちゃんに言われ、びくっとなる。すいません、
嘘です⋮⋮幸い2人にはなんのことかわからなかったようだ。
﹁ついって﹂
﹁だって、買わなきゃ娼館か鉱山送りになるって言うから⋮⋮﹂
﹁馬鹿ねえ。そんなの売り文句に決まってるじゃない。マサル、う
まく乗せられたのよ。見た目もいいし、よく働くみたいだからすぐ
にでも売れたわよ﹂
﹁サティはちょっと事情があってね﹂と、声をひそめて言う。
﹁目が悪かったんだ﹂
﹁そんな風にみえないわね﹂
﹁治したから﹂
283
﹁えっ、目の治療ができたのかい?結構高位の術師じゃないと無理
なのに﹂
﹁それが、完全に治せたわけじゃなくってね。アンジェラに相談し
ようと思ってたんだけど﹂
﹁うーん、うちじゃ無理だね。王都とかにいる高位の人を頼らない
と﹂
とりあえず問題ないし、この件は保留にしとくか。
﹁アンジェラ、今日は孤児院はいいの?﹂
﹁ええ、別にわたしがいなくても回るんだよ。午後は時々休みをも
らってるの﹂
だから今日はゆっくりできるわよ、とアンジェラ。
﹁エリザベスは今日はナーニアさん一緒じゃないんだ?﹂
﹁別にずっと一緒にいるわけじゃないし、今日は別行動ね﹂
意外だな。ナーニアさん、エリザベスにべったりして甘やかして
るかと思ったのに。
﹁そんなことより!風魔法の修行をするわよ!﹂
﹁マサルは水魔法の練習すんだよ。わたしのほうが先に教えていた
んだからね﹂
284
え?なんで2人でそんなに睨みあってんの?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ことは冒頭に戻る。これは地獄耳のサティさんから、後日聞きだ
した実話である。
2人がばったり玄関で出会ったとき、まずエリザベスが仕掛けた。
このときすでにけんか腰だったそうだ。きっとアンジェラの胸に嫉
妬したんだろう。エリザベス小さそうだから。常時ローブに隠して
いても、これだけ長時間一緒にいれば、さほどのサイズがないこと
くらいはわかる。
﹁ちょっと、あなた。マサルの知り合い?﹂
﹁そうだけど⋮⋮あなたは?﹂
﹁わたしはマサルの魔法の師匠よ!﹂と、ふんぞりかえるエリザベ
ス。いや、見たわけじゃないけど。きっとそんな感じだったはず。
﹁わたしもマサルに回復魔法と水魔法を教えてるわよ?﹂
2つも!?負けた?胸だけじゃなく、魔法でも!?いや、まだ負
けたと決まったわけではない。そう思ったか思わなかったかは想像
でしかないが。
﹁あなた、もう帰ってもいいわよ。わたしがマサルに風魔法を教え
285
るから﹂
これにはカチンと来たであろうアンジェラ。ここでおれが扉を開
けて登場したと言うわけである。
この2人は食いしん坊キャラと言う訳ではない。本来ならもっと
淑女な行動をする。なのに今日の惨状はライバル心が暴走した結果
だろう。料理が本気で気に入ったということもあるんだろうけど。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁わたしが教えるのよ!﹂﹁わたしよ!﹂
﹁﹁どっちに教えてもらうのよ!﹂﹂
睨み合う2人がこちらに矛先を向けた。アンジェラとは正直いっ
て、魔法を教えてもらう約束はなかったけど、顔をつぶすわけにも
いかない。
﹁えっと、両方?﹂
2人にすっごい睨まれた⋮⋮両方覚えるつもりなのに。
﹁どっちが魔法を教えられるか勝負よ!﹂﹁受けてたつわ!﹂
﹁行くわよ!﹂と、エリザベスに手を掴まれる。
﹁あ、ちょっと。ちょっと待って。ティリカちゃん、帰るなら送っ
286
ていくけど﹂
よし、ここで帰るって言うんだ、ティリカちゃん!そしてそのま
ま逃げよう。なんか怖い。
﹁待ってる﹂
ですよねー。プリンができるの待たないといけませんよね⋮⋮最
後の望みを絶たれたおれは連行されていく。
﹁あー、サティ。ティリカちゃんの相手をしててあげてね﹂﹁はい、
マサル様﹂
287
26話 水と風と我関せずな人たち︵後書き︶
地獄のフタがついに開いてしまう
軍曹どの、助けてください⋮⋮
次回、明日公開予定
27話 ブートキャンプ再び
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
ちょっとプロローグを改訂してみました。世界の滅亡が迫っている
感じを出したかったんですが、どうでしょうか。本当は他にも書き
直したいところがいっぱいあるんですが、現在は話を進めることに
注力中であります。
288
27話 ブートキャンプ再び
軍曹どの、おれはいま、家の庭で、2人の鬼教官にしごかれてる
わけでして。お願いです。助けてください。
まず、2人のどちらが先に教えるかで揉めた。じゃんけんでよう
やく決まる。
そして、言うとおりに魔法を撃っていく。当然そんなにすぐには
上手くいかない。罵倒が飛んでくる。なんでできないの!ちゃんと
いうとおりにやりなさいよ!
魔法を一発撃つと教官が交代する。魔法を撃つ。怒られる。罵倒
される。交互に来るのである。そんなプレッシャーのなか、上手く
行くはずもなく、最初はそれほど厳しくなかった鬼教官2人も、ど
んどんヒートアップしていく。
ああ、軍曹どの。思えば軍曹どのの訓練がどんなにやさしかった
ことか。この2人は鬼です⋮⋮
初心者講習会は少しくらいは休憩できた。だが、おれの魔力が膨
大なのをいい事に、2人は容赦なく攻め立ててくる。もうやめてく
ださい。泣いてる子もいるんですよ!
2時間後、プリンができたと呼びに来たサティによってようやく
解放された。一時的に。おれはぐったりと地面に座り込んでいた。
289
﹁あの、大丈夫ですか。マサル様?﹂
ああ、サティ。君だけだよ、おれのことをこんなに心配してくれ
るのは。
サティに連れられ、家に戻る。サティに指示をしてプリンを出し、
カラメルをかける。
﹁あら?さっきのと違うのね。この黒いのは何かしら﹂﹁カラメル
っていうの?﹂﹁おいしいです!﹂﹁⋮⋮﹂
このプリンを食べ終えたときが終わりだ。ポイントを使おうか?
だが、ポイントを使って﹁いやー、師匠たちのおかげで魔法を覚え
られました!﹂なんて言った日にはティリカちゃんから﹁ギルティ﹂
の声を食らうだろう。それにスキルのことが知られる可能性がある
のは色々とまずい。
﹁美味しかったわ﹂﹁ありがとう﹂と口々に礼をいい、食べ終え
て庭に行こうと立ち上がる2人を止める。まだだ。まだ持ち弾はつ
きてない!バケツプリンを取り出す。見ている前で巨大なバケツプ
リンを大皿に取り出し、カラメルをかける。おー、と歓声があがる。
さあ、食うがいい!これを食いきるのは時間がかかるだろう。どう
せならどちらかが食いすぎで倒れてくれないものか。
だが現実は非情である。死刑執行の時間が引き延ばされただけ
だった。
290
﹁あの、ティリカちゃん。ギルドには戻らなくていいの?﹂
﹁いい。サティと遊ぶ﹂
どうやら年少組の2人は仲良くなっていたようだ。何故この2人
はこれができないのか。何故人は争うのか。
この2人がもし子供の手を引っ張りあう母親だったら。子供が
泣いても引くのをやめず、腕がひっこぬけるだろう。この戦いに果
たして勝者がいるのだろうか。少なくともそれはおれじゃない⋮⋮
数時間後、夕飯の準備があるからとサティが呼びにきて、やっと
開放された。ぐったりとしたおれを見て、2人はようやく状況に気
がついたようだ。
﹁あ、あの、ちょっとやりすぎちゃったかも﹂﹁そ、そうね。ちょ
っと厳しすぎたかもしれないわね﹂
ああ、もっと前に気がついて欲しかったよ⋮⋮
夕食はサティにぶん投げた。だってつらかったんだもん。後ろで
の指示はしたけどね。そしてなぜかティリカちゃんが、あまり手伝
いになっていない手伝いをしていた。2人で料理をしながらきゃっ
きゃしている。主にサティが。ティリカちゃんはまじめな顔をして
そんなに楽しそうにも見えないんだけど、自主的にやってるんだか
らきっと楽しいんだろうな。
291
夕食のメニューはパンにサラダに、トマト風味のスープ。ステー
キ。そしてリクエストがあったから揚げである。もちろんドラゴン
肉をふんだんに使っている。スープは昼のにトマトを加えたくらい
で同じだし、昼とラインナップがかぶりまくってるが、みなの評判
はすごくよかった。疲れてるところに、新しいレシピ考えるのはき
つかったんだよ!
昼間より大量に作って、さすがにこれなら余るだろうと思ったが、
そんなこともなかった。そういえば、昼はサティが食い足りなさそ
うにしていたな。山のように積んだから揚げは全て食べつくされて
しまった。太るよ、君たち⋮⋮
夕食準備中ちょっと嫌味を言ってみた。どうしてあの2人みたい
に仲良くできないのか。見習うといい。さすがに悪いと思ったのか、
しきりに謝ってくる2人。
﹁ごめん、つい熱が入っちゃって。怒ってない?そう?ほんとにご
めんね﹂
﹁ちょっと、やりすぎかなーと思ったけど、あれはマサルのために
厳しくしたんであって⋮⋮その、悪かったと、ちょっとは⋮⋮﹂
反省してるようなので、許すことにした。美人と美少女がしおら
しい感じで上目遣いで謝罪してくるのだ。いやいや、もういいよ。
もうあんなことはしないでね?とどさくさにまぎれて肩とかをぽん
ぽん叩きながらにっこりと許すと、2人ともほっと安心して笑顔に
なった。うん、こういうのがいいんだよ。もう鬼教官とかはこりご
292
りだ。
夕食後、ティリカちゃんにギルドに戻るかと聞くと、泊まってい
くという。
﹁ドレウィンは泊まっていってもいいって言った。今日はサティと
一緒にねる﹂
﹁うん、じゃあ泊まっていくといい。サティ、ちゃんと面倒を見て
あげるんだぞ﹂
﹁はい、マサル様!﹂
すっかり仲良しだな。サティも嬉しそうだ。よし、これで今日の
危機は回避されたんじゃないか?さすがに人が泊まってるのに、い
たしたいとは言わないだろう。ついでにアンジェラとエリザベスに
も泊まって行く?と聞いてみた。本当に、つい聞いてみただけなん
だ。2人とも泊まるって言い出すとは思わないじゃないか。
マサルは社交辞令的に言ってみたのだが、この世界、ホテルや宿
がどこにでもあるわけでもなく、田舎などに行けば誰かの家に泊め
てもらうのはごく普通の行為である。ましてや2人は魔法の師匠。
ちょうど職人の親方と弟子くらいの関係くらいだろうか。マサルな
どはさっさと回復魔法を覚えたが、普通は半年や1年は指導をする
ことになるのである。師匠の権力は絶大なのだ。指導が容赦なく厳
しかったのもそのあたりも関係している。
293
それに普通は無償で魔法を教えてくれるなんてほとんどない。ア
ンジェラに回復魔法を教えてもらったときみたいにお金を払うか、
弟子入りするのが通常である。ちなみにアンジェラに払った350
0ゴルドもずいぶん安いほうだった。普通のところでお金を出して
習おうとするなら日本で大学に入るくらいのお金は必要になってく
るだろう。
﹁そうね。ここの食事は宿より美味しかったし、朝も出してくれる
んでしょう?わたしは泊まって行くことにするわ﹂
それに依頼の間はマサルとはずっと一緒だったしね、とわざわざ
付け加える。もちろん別のテントだったし、一緒に寝たような事実
は全くない。そしてアンジェラのほうを見て、あんたは帰りなさい
と言いたげに見る。食事中は和気藹々としていたから仲直りしたの
かと思ったが、気のせいだったようだ。
﹁わ、わたしも。わたしも泊まるわよ!﹂
なにかそういうことになってしまった。どういう状況なんだ、こ
れ?
アンジェラは一度戻ってお泊りの用意をするようだ。エリザベス
は着替えとかも持ってきているという。ティリカちゃんはサティの
を貸せばいいか。
お風呂を新しくいれて、みんなで入ることにした。まずはティリ
カちゃんとサティ。次にエリザベス。エリザベスが入ってるうちに
294
アンジェラが帰ってきたので、アンジェラに次にはいってもらった。
最後におれが入る。もちろん、サティにはティリカちゃんの面倒を
見ておけ。今日は一人で入りたい気分だと言って一人ではいったよ。
でもあの4人の残り湯⋮⋮ちょっと興奮したのは仕方ないよね!
おれが風呂に入ってるうちにナーニアさんが来た。
扉がコンコンと叩かれる。
﹁こんばんわ。ナーニアです。エリーこっちにきてませんか?﹂
﹁誰か来た?お客?﹂
サティが玄関に行こうとしたが、立ち止まって言う。
﹁はい。ナーニアという方が、エリーこっちにきてませんかって言
ってます﹂
﹁あら、じゃあわたしね﹂と、エリザベスが玄関に行く。
﹁え、今日は泊まっていくんですか?エリーだけで?﹂
男性と2人切りで?危なくないだろうか。
﹁ほら、あの子たちも一緒よ﹂と、奥をのぞかせてもらう。少し挨
295
拶をする。女の子が3人。なるほどお泊り会みたいなものだろうか。
大きい子もいたし、これなら問題ないか。
﹁ナーニアも泊まっていく?﹂
﹁いえ、邪魔をしては悪いですし﹂と、ナーニアさんは帰っていっ
たそうだ。
そして、風呂からあがってくつろいでいると、ドレウィンもやっ
てきた。
﹁なんかサティと仲良くなったみたいで。今日はサティと一緒に寝
るんだって言ってますよ﹂
﹁そうかそうか。んじゃよろしく頼むわ。明日は朝から仕事がある
から、ギルドに必ず送ってきてくれよ。そんなに朝早くはなくても
いいから。ティリカ、朝は弱いからな﹂
﹁はい。ちゃんと送っていきます﹂と、約束するとドレウィンも帰
っていった。
居間でお風呂上りにドレウィンが持ってきたお酒を出してみた。
20年物の上等なやつだ。ティリカとサティには果物を。お酒はま
だ早いからね。
何故かおれは、ソファーでアンジェラとエリザベスの2人に挟ま
れて座っている。しかもぴったりくっついて。風呂上りで部屋着の
296
2人は大層色っぽい。さすがにエリザベスも黒ローブは脱いで普通
の服だ。初めて見る、ローブ以外の服装はとてもかわいくて新鮮だ。
アンジェラも無駄に成長した胸をこれでもかと見せつけてくる。い
や、別にほんとうに見せつけてきてるわけじゃないんだけどね。で
も隣にあるだけですごく気になるんだよ!
3人で座ってお酒をのみながら取りとめのない話をした。今日の
料理のこととか、森の調査のこととか。ティリカちゃんとサティは
2人で仲良く果物を食べている。
﹁こうして見ると姉妹みたいね﹂﹁そうね、名前も似てるし﹂
それを聞いて、﹁わたしがおねーちゃん﹂と、ティリカちゃんが
言う。
﹁わたしのほうがおねーちゃんじゃないですか?﹂
うん。サティのが少し大きいね。
﹁じゃあわたしが妹でいい、おねーちゃん﹂﹁なあにティリカちゃ
ん﹂﹁おねーちゃん﹂﹁ティリカちゃん﹂﹁おねーちゃん﹂﹁ティ
リカちゃん!﹂﹁おねーちゃん﹂
いつまでやるの、それ?
部屋割りは少し揉めたが、大部屋がおれ、小部屋2個がアンジェ
297
ラとエリザベス。居間の床に布団を敷いて、ティリカちゃんとサテ
ィが寝ることになった。2人にベッドを譲るといったのだが、サテ
ィが頑として断り、ティリカちゃんはサティと寝れればどこでもい
いと。サティはおれと一緒に寝るといったが却下した。もれなくテ
ィリカちゃんもついてきちゃうし。エリザベスとアンジェラが一緒
に寝て、ティリカとサティにもベッドでいいのではと提案してみた
ら、すごい勢いで反対された。君ら、いい加減仲良くしなさいよ。
日誌を書いたあと、ベッドで本を読んでいると、サティがティリ
カちゃんを連れてやってきた。
﹁あの、マサル様、お話が⋮⋮﹂
﹁うん、どうしたの?﹂
ベッドに3人で腰掛ける。
﹁わたしの目、まだ治ってないんですか?﹂
﹁え?どうして?﹂
鷹の目じゃ不十分だったのか?
﹁昼間にマサル様たちが話してるのを聞いて⋮⋮﹂
ああ、あれを聞かれてたのか。かなり小さい声でしゃべってたの
に、ほんとに耳がいいな。
298
﹁それに気を抜くと、視界がぼやっとするんです。以前みたいに﹂
なるほど。鷹の目は常時発動ってわけじゃないのか。任意発動な
ら気を抜けば効果が消えるよな。
﹁わたしの目、また見えなくなっちゃうんでしょうか?﹂
﹁いやいや、大丈夫だよ。確かに目は治ってないんだけど、魔法み
たいなもので目が見えるようにしてあるんだよ。ちょっと説明が難
しかったんで治ったって言ったけど。効果が切れることはないから、
ずっと目は見えるよ。大丈夫﹂
﹁本当に?ありがとうございます、マサル様!﹂
そう言ってきゅっと抱きついてきた。抱きしめて頭をなでてやる。
うん、ほんとにかわいいな、サティは。目のことは絶対になんとか
してやろう。回復魔法を4か5にあげればきっと治るさ。
﹁マサル﹂と、ティリカちゃん。
﹁ん?﹂
﹁マサルはいい人。おねーちゃんを助けてくれてありがとう﹂
それを聞いて、サティはおれから離れ、ティリカちゃんをぎゅっ
と抱きしめた。
﹁うん﹂
うん、ティリカちゃんもいい子だな。
299
この2人、おれが鬼教官達にいじめられてる間に、お互いの不幸
な境遇について語りあっていたんだという。それであっという間に
仲良くなったと。ティリカちゃんの不幸については聞けなかったけ
ど。
﹁あの、今日はやっぱり一緒に寝てもいいですか?﹂
目をうるうるさせて訊いてくる。ここまで来て追い出すなんて鬼
畜なことができるはずもない。
﹁一緒に寝るだけだよ。寝るだけだからね﹂
﹁はい!﹂
ティリカちゃんはというと。サティがいればどこでもいいそうだ。
本当に仲がいいね。
おれ達3人はサティを挟んで川の字で寝た。サティがぴったりく
っついてきたので、なかなか寝付けなかった。
やっと寝れるか?と思った頃、次のイベントがやってきた。
﹁マサル?入るわよ﹂と、返事も待たずにエリザベスが入ってきた。
300
こちらを見て固まる。
﹁なんで一緒に寝てるの?﹂
﹁いや、なんでと言われましても﹂
サティとティリカちゃんはぐっすりと寝ている。
そこにさらにアンジェラが来た。
﹁扉が開く音がしたんで見にきたら。エリザベス、抜け駆けする気
だったわね!?﹂
エリザベスはおろおろしてる。
﹁明日の午前中はわたしが見れないから、午後からだって決めたじ
ゃないか!﹂
説明台詞ありがとう。ていうか、あれをまだやるつもりなのか。
そしてエリザベス、抜け駆けして、夜中におれに魔法を仕込もうと
してたのか。勝つためには手段を選ばんな。
確かに午前中はしないと約束した。だが午後からと約束したわけ
じゃない。夜中なら?うん、これなら約束を破ったことにはならな
いわ。そう考えてきたのだが、さすがに気まずい。
﹁いや、あの⋮⋮そのね。違うのよ﹂
﹁何が違うのよ﹂
301
﹁あの⋮⋮そう。わたしもマサルと一緒に寝に来たのよ!﹂と、お
れのほうを指さしながら言う。それを見て、アンジェラもようやく
3人が一緒に寝ているのに気がついた。こっちを見て、何かいいそ
うになったが、とりあえずはエリザベスを攻撃することに決めたよ
うだ。
﹁あのベッドに4人もきついわよ﹂
﹁寝れるわよ。待ってなさい﹂と、部屋を出て、ベッドをレヴィテ
ーションで運んで持ってきやがった。そして2つのベッドをくっつ
ける。
﹁これで大丈夫よ!さあ、わたしはマサルと寝るんだから、アンジ
ェラはもう出て行きなさいよ﹂
力技で抜け駆けの事実をうやむやにしようとするエリザベス。お
れの意思を無視して事態は進む。あの、一言くらいおれにあっても
いいんじゃないですか。
﹁わ、わたしも⋮⋮。その⋮⋮﹂
アンジェラがもじもじしながら言う。
﹁その、何よ?﹂と、仁王立ちし腕を組みながら、用がないなら出
て行きなさいといいたげなエリザベス。
﹁わたしも一緒に寝るわ!﹂
302
どうしてこうなった。どうしてこうなった?
5人で寝ることになった。あの騒ぎでもサティとティリカちゃん
の2人はぐっすりだ。エリザベスはおれの横。アンジェラはサティ
とティリカちゃんを挟んだ向こうになった。さすがにエリザベスは
くっついてはこないが、肩はあたっている。横を向けばエリザベス
の顔が近くにあって、向こうもこっちが気になるのか、時々目があ
ってしまう。アンジェラをサティの頭越しに見ると、そっちは完全
にこっちに顔を向けて寝ている。おれは目を瞑り、心を無にして寝
るしかなかった⋮⋮
303
27話 ブートキャンプ再び︵後書き︶
マサルは魔法の特訓中、究極の火魔法を生み出してしまう
この呪文は使っちゃだめだ⋮⋮封印しよう
だが、その火魔法を町の兵士に目撃されてしまう⋮⋮
どうなるマサル!?
次回、明日公開予定
28話 豪火
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
マサルが餌付けする予定だったティリカちゃんが
何故かサティとひっついていた
あるぇ?これがNTRってやつ?
マサルは美味しいご飯作ってくれるから好き!
ってなる予定だったのに⋮⋮
304
28話 豪火
一番早くに目が覚めたのはサティだった。マサル様が目の前で寝
ているので安心する。だがふと見るとエリザベスがいる。反対側に
はアンジェラだ。なんなんだろう?サティはとりあえずマサルを起
こすことにした。
﹁マサル様、マサル様﹂
小さな声で呼びかけながら体をゆする。
﹁ん⋮⋮んん﹂
﹁マサル様、朝です﹂
﹁ん⋮⋮ああ、サティ。おはよう﹂
マサルが体を起こした。
﹁おはようございます、マサル様。それでこれは一体⋮⋮?﹂
ベッドまで持ち込んである。いつの間に?
﹁えっと。夜中にエリザベスとアンジェラがやってきて、一緒に寝
たいって﹂と、小声で話す。
サティはちょっと考えてから、
305
﹁エリザベス様とアンジェラ様もマサル様のことが好きなんでしょ
うか?﹂
﹁この2人がおれのことを好き?いや、そんなことは⋮⋮な⋮⋮い
⋮⋮?﹂
一緒のベッドで寝る結果になったのは、エリザベスが抜け駆けを
ごまかそうとしたからで、アンジェラもそれに釣られただけだ。お
酒も少し入ってたし。だけど、昨日の行動を見ると、もしかして好
意があるんじゃないか、そう思えないふしもない。
ごまかすためにしても、好きでもない男のベッドに入ろうだなん
て思わないものだが、そこまではマサルの頭が回らない。
﹁そうなのかな?どう思う?﹂
﹁一緒に寝たいっていうのは好きだからです。ティリカちゃんもそ
うでしたし﹂
そうなのか?
いや、待て。ここで調子に乗るとまたあれだ。お友達でいましょ
うコースになる。ここは慎重に事態を見極めないと。そんなことを
考えてると、アンジェラが起きだした。ぱっと目を覚まして、起き
上がる。
﹁おはよう、アンジェラ﹂
306
﹁あ⋮⋮マサル⋮⋮。お、おはよう。あ、あの。顔を洗ってくる!﹂
ばたばたとベッドから出て行く。その騒ぎでエリザベスも目を覚
ます。
﹁んん⋮⋮なによ⋮⋮うるさいわね⋮⋮﹂
寝返りをうとうとして、手をこちらのほうにもぞもぞと動かして
きた。あ、ちょっと、そこは!急いでエリザベスを叩き起こす。
﹁エリザベス、エリザベス!朝だ、起きろ﹂
﹁んー、もうちょっと⋮⋮ナーニア⋮⋮﹂
﹁ほら、おれはナーニアじゃないぞ。起きろ﹂
エリザベスが目を覚ました。まだぼんやりした顔をして、目が覚
めきってはいないようだ。こちらの顔を見てぼーっとしている。
﹁おはよう、エリザベス﹂﹁おはようございます、エリザベス様﹂
エリザベスは伸びをして、ふぁああああと大きいあくびをし﹁お
はよう﹂と言うと、もそもそと布団から這い出て部屋の外に出て行
った。
﹁あー、おれたちも起きるか。ティリカちゃんも起こしておいてく
れ﹂
﹁はい、マサル様﹂
307
ちょっと寝不足だった。女の子と寝るんだからもうちょっとこう、
きゃっきゃうふふな展開があってもいいんじゃないだろうか。なに、
あの緊張感。寝返りもうてないから体も痛いし、今日はもうゆっく
りしたい⋮⋮
朝食は最後のマヨネーズを使って卵サンドを作ってみた。あとは
定番のスープとサラダ。マヨネーズまたサティに作ってもらわない
とな。
朝食中、アンジェラはかなり気恥ずかしそうにしており、こちら
をちらちら見ては目をそらしている。同衾って言っても5人もいた
んだし、間に2人挟まって接触はまったくなかったんだが、それで
も恥ずかしいのだろうか。なんかいつものアンジェラとイメージが
違う。こうかわいさが3割増し?ナイフを手に刺したり、魔法を厳
しく教えたりしなかったら、この子も文句のつけようないほどかわ
いい子なんだけどね。この感じをぜひ維持してもらいたい。
エリザベスはあんまり気にしてないようだ。サンドイッチを美味
しそうに頬張っている。既に部屋着を着替えて黒ローブだ。昨日の
部屋着、可愛かったんだけどな。強気な性格さえ無視すれば、頭を
なでなでしたいくらい可愛いんだけどな。人の服装けなすくらいな
ら黒ローブなんとかすればいいのに。
朝食を食べるとアンジェラがすぐに出かけて行った。
308
﹁いい?わたしが戻ってくるまで絶対に、マサルに魔法を教えちゃ
だめだからね!﹂
﹁ティリカちゃんをギルドに送っていくけど、エリザベスはどうす
る?﹂
﹁そうね。わたし午前中は魔法の修行をしたいのだけれど﹂
﹁いや、アンジェラに怒られるだろう﹂
﹁違うわ!わたしのよ。ドラゴンのとき、いまいち活躍できなかっ
たじゃない?新呪文を開発しようと思ってるのよ﹂
﹁へー、どんなの?﹂
﹁風の上位呪文よ。ウィンドストームを更に強力にするの﹂
エリザベスも努力してるんだな。
﹁それでマサルもついてこない?一人で町の外に出たらナーニアが
怒るのよ﹂
﹁いいよ。じゃあとりあえずティリカちゃんを送っていくか﹂
町の外に行くので、おれとサティは装備を整える。サティが嬉し
そうにティリカちゃんに装備を見せていた。エリザベスはもちろん
黒ローブを装備済みでいつでも出発できる。
309
﹁それで指をやけどしちゃってさー﹂
﹁あはははは。馬鹿なことを考えるわね。でもそれじゃだめよ。距
離が離れると魔法の効果が切れちゃうから﹂
最初の発想からだめだったのか。ナイフのときも的のすぐ近くで
投げてたもんな。それならそうと教えてくれたらいいのに。
﹁忘れてたのよ。魔法を通す高価な金属ならたぶん距離は伸びるは
ずだけど、そんなのを使い捨ての矢にはできないしね。あとはそう
ね。風魔法なら、矢の初速を加速するのに使えるわ﹂
便利だな風魔法。飛べるしシールドもあるし、風と雷の2系統使
えるし。
﹁そうよ。風魔法こそ魔法系統の中で最強なのよ!﹂
最強かどうかはわからんけど、攻防のバランスがよさそうな系統
ではあるな。
ギルドにつき、ホールを抜け、奥のほうの部屋へと行く。ドレウ
ィンの執務室のようなところだ。
﹁おお、マサル。ありがとうな。ティリカ、楽しかったか?そうか。
よかったな﹂
310
﹁おねーちゃん、マサルありがとう。楽しかった﹂
﹁おねーちゃん?﹂
﹁うん、妹にしてもらった﹂
﹁わははははは。そりゃよかったな!いや、しかし妹か。ああ、す
まん。笑って悪かったな﹂
﹁ティリカちゃん、またいつでも、その⋮⋮﹂と、サティがこちら
を見る。遊びに来てねって言いたかったのだろうが、さすがに奴隷
の身分で言うのをためらわれたのだろう。
﹁そうだな。またいつでも遊びに来るといい。サティの妹なら、あ
の家はティリカの家も同然だ﹂
﹁うん。またいく﹂と、こくりとうなずくティリカちゃん。
別れを告げ、ギルドホールを抜けようとしたところで、チンピラ
冒険者に絡まれた。ふわふわと歩いていたサティが冒険者にぶつか
ってしまったのだ。
﹁いてーなあ、このチビ。なんだあ?かわいい格好して。それで冒
険者かあ?﹂
やばい。典型的なチンピラだ。すごい顔でこっちを威嚇してきて
る。
311
﹁げひゃひゃひゃ、よく似合ってるじゃねーかよ。いっぱしの冒険
者だなあ、おい﹂
確かにサティは子供が冒険者の格好をして遊んでるようにしか見
えない。すごく勇気を出して助けようとしたところ、すいませんす
いませんと謝った後、サティは特に臆することもなく、
﹁あ、似合ってます?ほんとうですか!﹂と、嬉しそうだ。きっと
かわいいとか似合ってるって部分が嬉しくて他のことがどうでもよ
くなったんだろう。
﹁ん、ああ。まあ似合ってる⋮⋮けど﹂
予想外な反応に毒気を抜かれるチンピラたち。見た目悪人で泣か
そうって感じでサティを威嚇してたもんな。喜ばれるとは思わなか
ったろう。
騒ぎを聞きつけて他の冒険者達もやってきた。
﹁なんだ、おまえら。こんな子供達をいじめて﹂
サティも小さいが、おれとエリザベスも小さい。冒険者どもはど
いつもこいつもでかいもんな。ちなみにエリザベスは難を避けるよ
うにすぐにおれの後ろに隠れた。
﹁荒事は苦手なのよ。ギルドで魔法をぶっ放すわけにもいかないで
しょ?﹂とのことである。エリザベスはその強気な性格が災いして
312
何度かトラブルを起こし、最近は大人しくしてることを覚えたのだ
そうだ。ギルドで魔法をぶっ放そうものなら、たちまち捕まって説
教をくらい、罰金を取られる。経験者は語る。こいつらにはムカッ
と来たが、わたしが出て行くと、確実にトラブルが拡大する。何度
も経験があるからわかる。
﹁いえ、いじめられてなんかいませんよ。この人たち、似合ってる
って褒めてくれたんです﹂
なんてポジティブなんだ。
幼少の頃より、この役立たず!無駄飯食らい!邪魔なんだよ!と
いじめられてきたサティにとって、この程度いじめでもなんでもな
い。ちょっとどすの利いた声で話かけられただけだ。さらに、今ま
で目が悪かったサティには人の表情が理解しにくい。威嚇されてる
とわからないのである。
﹁エエソウデスネ、ニアッテマスヨ?﹂と、チンピラ。
﹁ああ、確かにかわいいな。似合ってる﹂﹁かわいいかわいい﹂と、
集まった冒険者達は口々にサティを褒める。喜ぶサティ。
﹁ありがとうございます!わたし、昨日冒険者になったばかりのサ
ティです。みなさんよろしくお願いしますね﹂と、満面の笑顔でぺ
こりと頭を下げる。
﹁サティちゃんって言うのか!﹂﹁礼儀正しいな﹂﹁かわいいかわ
いい﹂
313
大人気である。サティ神経図太いなー。もっと小動物みたいな感
じかと思ったのに。
冒険者の一人が気配を殺していたおれに気がついた。
﹁お。野ウサギハンターじゃねーか。おめーら、こいつはドラゴン
スレイヤーだぞ﹂
﹁え、こんなガキが?﹂
﹁優秀な火メイジだそうだぜ。怒らせたらおめーらごとき消し炭に
されちまうぞ?﹂
いやいや、消し炭とかどんだけ凶悪なんだ、おれ。出来ないこと
もないけど。チンピラ2人はドラゴンスレイヤーと聞いてちょっと
びびったようだ。ちなみに別に討伐に参加した全員がドラゴンスレ
イヤーの称号を名乗れるってわけじゃない。クルックやシルバー、
あまり活躍しなかった人たちは名乗ることはない。
冒険者の集まる酒場などがあって、そういう情報はやり取りされ
ている。調査隊がドラゴンを討伐して帰ってきたという情報は、も
ちろん即座に噂になった。マサルは酒はあまり飲まないし、ごつい
冒険者が集う場所などにはなるべく近寄らないようにしているので
情報には疎い。
﹁え、あの⋮⋮﹂
314
﹁ああ、いやいや。うちのサティがぶつかっちゃって、すいません﹂
﹁あ、ああ、うん。全然なんともないよ﹂
﹁ほら、サティ行くぞ﹂と、サティを引っ張ってギルドを後にする。
ギルドを離れ、ほーっと息を吐く。おれ一人のときは隠密で気配
を殺しつつ行動して、ああいうのには全く絡まれなかったけど、や
っぱいるもんなんだな。ちょっと注意しようかとも思ったが、ご機
嫌なサティを見てやめておいた。まあ自分で事態を収拾したし。サ
ティは案外大物かもしれん。
エリザベスはさっきのことで、何か思うところでもあったんだろ
う。なにやらぶつぶつ言っている。
﹁わたしだって、ああいうかわいい感じにすればきっと⋮⋮﹂
エリザベスはまず、その黒ローブを何とかしような、とは思った
けど言わないでおいた。
町の外にでる。
﹁で、どうするの?﹂
﹁それを考えてるのよ﹂と、エリザベス。
315
﹁本当はメガサンダーをもっと強力にしたいんだけど、魔力が足り
なくて﹂
だから風系を強化しようと。
メガサンダー撃った後、ぜぇぜぇ言ってたものな。
﹁魔力を増やす方法はないの?﹂
﹁地道な修練か、あとは魔境の奥に超魔力水が出る泉があって、そ
れを飲めば魔力が増えるって言われてるわ﹂
超魔力水ってうさんくさいな。
﹁勇者の仲間の風メイジがそうやってパワーアップしたのよ!﹂
物語の知識かよ!しかも何百年前の話だろ!
﹁どっちも今できることじゃないな﹂
ちょっと考えてみる。威力を増やすんじゃなく、数を増やしてみ
ればどうだろう。
︻火壁︼をまず見せる。
﹁ファイアーウォールね。これがどうかしたの?﹂
﹁うん、一本だとこの程度。だけど、複数にしてみればどうか﹂
そして、︻火嵐︼を詠唱。発動。ゴウッと火柱が数本あがる。火
316
柱があたりを焼け野原に変えていく。火壁はただ燃えるだけで、こ
っちは火柱が回転しつつ動きまわるので、だいぶ違うがまあいいだ
ろう。
﹁ふおおおおお﹂
驚いてる驚いてる。おれも最初見たときは驚いた。
﹁すごいの持ってるじゃない。ちょっと驚いたわ。でもなんでこの
前のときには使わなかったの﹂
﹁森でこんなの使ったら森林火災になっちゃうだろ﹂
﹁それもそうね。でも複数か⋮⋮﹂
腕を組み考えるエリザベス。
﹁そうね、こんな感じかしら﹂
詠唱をしていく。今回は呪文はないようだ。
﹁サンダー!!﹂
メガサンダーよりずいぶん細いが、雷が2本、草原に落下した。
﹁いけそうね﹂
﹁サンダー格好いいなー。おれも覚えたい﹂
そうでしょう、そうでしょうとエリザベスはドヤ顔である。
317
﹁これを10本くらい全身に撃ち込めば、あのドラゴンも止まった
かしら﹂
あの時は頭に直撃だったから。体に当てれば止まったかもしれな
い。
﹁20くらい撃てばばっちりじゃないか﹂
﹁20って⋮⋮まあこの呪文はサンダーレインと名づけましょう﹂
レインってもまだ2本だけどなー、とエリザベスにマギ茶を差し
出しながら思う。
﹁あら、ありがとう。気が利くわね﹂
ふと、増やすのじゃなくて一本にしてみたらどうだろうと思った。
火嵐の火柱を一本にまとめる。
﹁おれもちょっと試したいことがある﹂
火嵐の魔力をそのままに、一点に集中する。うむ、イメージはそ
んな感じか。初めての呪文だし、威力も高いので慎重に頭の中でイ
メージを固める。
詠唱開始。魔力を込めていく。イメージ。イメージ。詠唱完了。
発動する。
ドウン!という音と共に、巨大な火柱が天高く立ち上る。20m
か、もっと高いかもしれない。そして数秒、火柱は持続すると、す
318
っと消えていった。なんか思ってたよりでかいぞ!?
﹁なんだかあれね。使い道の狭そうな呪文ね﹂
おれもそう思う。ドラゴンにぶつけるなら大爆破でもいいわけで、
存在意義を問われる呪文だな。まあ派手なので威嚇くらいには使え
るだろうが。素人が考えても新呪文なんてそう簡単にできないもん
だな。この呪文はとりあえず︻豪火︼と名付けておこうか。
﹁特訓を続けるわよ!﹂
そして調子こいたエリザベスが、サンダーを7本にまで増やした
ところでぶっ倒れた。
﹁しっかりしろ!ほら濃縮マギ茶だ!﹂
﹁うっ、ぶほっ、げふぉっ、げふぉっ﹂
しまった、急に飲ませたんで咳き込んだ!?しっかりしろ、死ぬ
な、エリザベース!
﹁死なないわよ!﹂
ぽかりと殴られた。
町に帰ると、門番の兵士に怒られた。
319
﹁火柱がここまで見えてたぞ。魔法の練習するならもっと遠くでし
ろと言っただろう﹂
ごめんなさい。
320
28話 豪火︵後書き︶
マサルは嫌がるサティに行為を強要する
﹁美味しいもの、食べたいだろう?﹂
﹁食べたいです⋮⋮﹂
﹁だったらわかるな?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
ついにサティは毒牙にかかるのか!?
次回、明日公開予定
29話 騎士とお姫様の物語
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
さらっと新呪文成功させてくるあたりエリザベスさんは天才魔法使
いです。そして主人公もかなりチート。普通はこんなにあっさり新
呪文とか使えません。
321
29話 騎士とお姫様の物語
帰りに商店街で食材を購入して帰る。昨日はあいつらに食い尽く
されてかなり消耗したことだし。卵に砂糖に、馬乳。他にも色々買
い込む。食器類も増やしておく。
サティにお小遣いを渡し、好きなものを買っていいと言うとすご
く喜んで商店街を見てまわった。このあとたっぷり労働してもらう
ことになるからな。報酬の先渡しだ。
サティは甘いパンのようなものに、果物をいくつか買っていた。
この匂い、この前飲んだジュースか。よっぽど気に入ったんだな。
その場で1個味見してみると、美味しかったので大量に買っておい
た。
帰りに服屋にも寄った。サティの服が古着で買ったものだけだっ
たので、追加したかったのだ。メイド服とか売ってないだろうか。
きっと似合うと思う。それにエリザベスからも、同じ服なのを見咎
められた。ここ数日、町ですごして普段着でいる時間が長くなって
いる。毎度毎度、黒ローブのお前が言うなとは思うんだが、言って
ることは妥当だと思ったので、自分の分の服も購入することにした。
サティとエリザベスは2人であーだこーだと服を選び中である。
まあエリザベスはセンスは悪くないみたいだから、任せとけば間違
いないだろう。おれはと言うと、すでに数着購入済みですることも
ない。暇そうにしていると、エリザベスに髪を切ってきなさいと、
数軒隣の床屋へと送り出された。確かに少し前髪が邪魔になってき
てる。
322
床屋は丸椅子が置いてるだけの簡素な店で、髭で角刈りな渋めの
おっちゃんが出迎えてくれた。
椅子に座り、﹁短く﹂とだけ告げると、ちゃきちゃき切っていっ
てくれる。おっちゃんは黙々と髪を切る。やはり散髪はこうじゃな
いとな。ぺらぺらしゃべりかけてくるようなところはとても苦手だ。
日本にいた時通っていたところも、﹁いつもの﹂というだけで手早
く切ってくれてとても楽だった。ほどなく終わり、頭がさっぱりす
る。手鏡を見せてもらい、少しうなずく。それで終わりだ。髪の毛
を払ってもらい、お金を払い店を出る。うん、いい店だな。次もま
たここでやってもらおう。
服屋に行くと、ようやく選び終わったようで、両手に服を乗せら
れる。なんかぴらぴらのフリルがついたのもあるぞ。サティに着て
もらうのが楽しみになってきた。数も多く、値段もそれなりにした
が。
帰ったらマヨネーズ作りである。エリザベスは今日もから揚げを
ご所望だ。もちろんタルタルソースもつけて。いつになったら宿に
帰るのだろうか。いて当然という顔をして、我が物顔で我が家に居
座っている。部屋ではさすがにフードはしてないものの、ずっと黒
ローブだし、せめてもうちょっと普通の格好をしてくれれば、家の
中も華やいですごく歓迎できる気分になると思うんだが。
﹁さて、サティよ﹂
323
﹁はい?マサル様﹂
﹁マヨネーズ作りだ﹂
﹁!﹂
﹁マヨネーズ。食べたいだろう?﹂
﹁食べたいです⋮⋮﹂
﹁だったらわかるな?﹂
﹁はい⋮⋮マサル様﹂
﹁なあに大丈夫だ。2人でやろう。協力すればすぐに出来るさ﹂
﹁はい!マサル様!﹂
大きなボールにいっぱいのマヨネーズを作るのはとても重労働だ。
混ぜる混ぜる、ひたすらかき混ぜる。油を少しずつ加えてしっかり
混ぜないと油が分離してちゃんとしたマヨネーズができないのだ。
サティと交代でがしがしと混ぜていく。エリザベスにもやらせてみ
たんだが、即座に放り出した。
ようやく大量のマヨネーズが完成した。これで何日持つだろうか。
昨日より作ったとは言え、こいつらはよく食う。毎回この作業はや
ってられないな。どこかに頼んで作ってもらうか?あ、子供達にや
らせるか!アンジェラに頼んでみよう。子供を動員して大量生産を
して、あとはアイテムにしまっておけばいい。うん、実にいい考え
324
だ。
ちょっと暇になった。昼までには時間があるし、どこか行きたい
ところがあるわけでもない。エリザベスは居間のソファーでうつら
うつらしている。魔力切れで眠くなったんだろう。サティは二階の
掃除中だ。
昨日買ってきた本を取り出す。勇者の物語のほうは最初の部分を
読んでみたが、なんか文章が古風でとっつきにくい感じだった。何
百年前の話なんで仕方ないんだろう。もう1冊の絵本のほうを開く。
ある若い騎士がお姫様と恋に落ちる。だが身分違いだとして城を
追われてしまう。失意の騎士は放浪の旅に出て、モンスターの罠に
かかっている人々に出会う。機転を利かし、罠を打ち破り、モンス
ターを退治する。助けた中の一人はこの地方の領主だった。騎士を
気にいった領主は彼を自分の跡取りにし、騎士はお姫様を迎えに行
き、結ばれる。めでたしめでたし。
10分で読み終わっちゃったよ。まあ絵本だし仕方ないんだけど。
絵本を置いて、勇者の物語を読んでいるとサティが二階から降り
てきた。
﹁掃除終った?﹂
﹁はい﹂
325
﹁じゃあこっちに来て﹂と、椅子に座らせる。はい、これと絵本を
渡す。
﹁サティのために本を買ってきたんだ。読み書きを習ってみないか
?﹂
﹁習いたいです!﹂
本を手に持って、目をキラキラさせている。料理を教えたとき並
の食いつきようだな。とりあえずは読み聞かせでもしてみようか。
椅子を2つ並べてくっついて座る。教科書を忘れて女の子に見せ
てもらった小学生の頃を思い出すな。あの頃は普通にそういうイベ
ントがあったんだよ。当時はあまり気にもとめなかったが、今なら
どれだけ貴重なイベントだったかわかる。
絵本を開いて、文章を指差しながらゆっくりと読みすすめていく。
サティは真剣な顔をして聞いている。身を乗り出し気味でぐいぐい
体を押し付けてくる。うん、これは勉強を教えてるだけ。やましい
気持ちはないのだ。別にすぐそばにあるサティの髪の匂いをくんか
くんかなんかしてない。普通に呼吸しているだけだよ?でもなんで
こんなにいい匂いがするんだろうな。同じ石鹸使ってるはずなのに
⋮⋮
読み終わって、サティははぁーとため息をついている。
﹁面白かった?﹂
﹁はい、あの、お姫様が素敵でした﹂と、最後の結婚式の絵を見な
326
がら言う。うん、お姫様は絵師の人も力いれたんだろうな。すごく
きれいにかけている。
﹁じゃあその本はサティにあげるから。読み書きの勉強はゆっくり
とやっていこう﹂
﹁はい、ありがとうございます。マサル様!﹂
しかし問題があった。文字は読めるし、単語も問題ない。しかし
文字の並びがわからないのだ。50音のあいうえおやアルファベッ
トのABCDEFGと言ったあれだ。数字なら間違いなく順番は同
じだが、50音とかあいうえおの他に、いろはなんてのもあるから
な。そういう情報はスキルに含まれていないんだろう。普段はなく
ても困らない情報だったが、サティに教えようとして発覚した。サ
ティの前で醜態を晒すわけにもいかない。おれはサティに料理の準
備を任せると、ぐーすか寝ているエリザベスを起こしにいった。
﹁あんた、そんなことも知らないの?﹂と馬鹿にされた。
﹁うん、読み書きは我流で覚えてね。サティに教えようと思ったん
だけど知らないのに気がついたんだ﹂
エリザベスにノートとペンを渡し、書いていってもらう。ふんふ
ん、そういう並び順か。エリザベス字がきれいだな。すぐに書き終
わってノートを返してもらう。
﹁ありがとう。助かったよ﹂
327
﹁どういたしまして。ところで今日はプリンはあるのかしら?﹂
﹁うん、ちゃんと作った。今のお礼に2個食べていいよ﹂
﹁あら、悪いわね﹂と、エリザベスはにっこり笑った。
お昼のメニューは、パンにスープ、から揚げ、それにパスタとソ
ースで焼きそばっぽい何かを作った。ちょっとソースの味が違うが
焼きそばと言い張れないこともない。次はお好み焼きでも試してみ
るか。
食後にアンジェラがやってきたのでみんなでプリンを食べる。
﹁ええ、いいわよ。明日の午後に子供達をつれて来てあげる。何人
くらいがいい?5人ね。わかった﹂
これでマヨネーズは大丈夫だな。量産用に食材もたっぷり仕入れ
ておこう。
プリンを食べ終わったあと、エリザベスがアンジェラのほうを見
て突然言う。
﹁今日の昼もから揚げだったわよ。野ウサギの肉でね。美味しかっ
たわあ﹂
﹁!?﹂
328
悔しがるアンジェラを見て、ふふふふんと嬉しそうなエリザベス。
おれがアンジェラに依頼してるのを聞いて、また対抗心が出てきた
んだろうか。相変わらず仲が悪いな、こいつら。
﹁晩も作るからさ。アンジェラも食べていくでしょ﹂
﹁う、うん。ならお呼ばれしようかな﹂
﹁でも2日連続で抜けてきて大丈夫なの?﹂
﹁うん、頼んだらなんか、司祭様が行ってきなさいって﹂
実はアンジェラちゃんに春が来た!と神殿メンバーは応援態勢で
ある。マサルはなかなかに優秀なメイジで有望物件だ。うまくいく
ように応援しよう。ついでにマサルが神殿に来てくれないものか。
マサル殿に魔法を教えに?ぜひ行ってきなさい。彼には色々お世話
になってるでしょう。二つ返事である。
ちょっと神官にしては生臭いと思うが、これには理由がある。こ
の世界の宗教はすこし地球のとは趣が違う。いるかいないか、わか
らない神に祈るのではない。本当に神がいて、神託が下る。数千年
前の聖人の残した教義みたいな、年月とともにあやふやになるよう
な不安定なものではない。神の神託に従って、モンスターと戦い、
人々を助けるのが存在理由である。だから教義のようなものはある
が、現場は実際的で融通がきくのだ。清貧を重んずるようなところ
があって、一夫一婦が望ましいとされるが、別に守らなければ破門
というわけでもないのだ。ないのだ!
329
﹁じゃあやるわよ!﹂
﹁ほんとにやるの?昨日みたいなのは嫌だよ﹂
﹁大丈夫だって。優しくするから﹂
﹁そうそう、安心して任せておきなさい﹂
逃げるわけにもいかないから大人しくついていく。今日も昨日み
たいだったら即ポイントを使おう。ティリカちゃんもいないことだ
し。
だが、2人は優しかった。昨日のはなんだったの。ねえ。あんな
に厳しくする必要があったの?馬鹿なの?死ぬの?と思ったほどで
ある。
﹁そう。こんな感じでね。魔力をしっかり集中して。うん、上手い
じゃない﹂
﹁ちゃんと呪文は叫ばないとダメよ。威力が2割増しになるんだか
ら﹂
﹁はっ。まだそんなこと言ってるの?そんなの言ってるの一部の人
たちだけじゃない。マサル、別に呪文は口にだす必要はないの。要
は魔力をどれだけ集中させるかなんだから﹂
﹁そんなことないわ!これは証明された理論なのよ!マサル、ちゃ
んと呪文は口に出すのよ﹂
330
どうやら2割増しうんぬんはエリザベスの習った独自の流派のよ
うである。おれとしてはアンジェラの理論を押したい。叫んで2割
ってのいうは、気合をいれて2割増しで魔力をぶちこんでいるって
ことなのだろう。そういう意味ではエリザベスも間違ってはいない
が。
2人は喧嘩ばかりだがおれに対しては優しくなった。時々エリザ
ベスが暴言を吐きそうになるが、アンジェラに嫌味を言われるので
よく抑えている。
そして午後も半ば、ウォーターボールの魔法が成功した。ちゃん
と水魔法Lv1がついている。
﹁わたしの勝ちね!﹂
﹁うぐっ﹂
﹁まあ水魔法のほうが先に習ってたしねえ﹂
﹁そ、そうよ!そんなのずるいわ!今日中に風魔法も覚えたら勝負
は引き分けよ!﹂
﹁何言ってんのよ⋮⋮﹂と、アンジェラはあきれ顔である。
さすがに夜中に出し抜こうとしたり、往生際も悪い。
﹁今日中に覚えたら引き分けよ!﹂と、必死である。そこまで勝負
にこだわる必要はあるんだろうか。おれ、覚えられたらそれでいい
331
んだけど⋮⋮
﹁はいはい、夕食までに覚えられたら引き分けでいいわよ﹂
アンジェラは微妙に条件を厳しくしてきた。
﹁わ、わかったわ。それでいい。マサル、急ぐわよ!なんとしても
夕食までに覚えなさい!﹂
﹁あらあら。あんまり厳しくしちゃだめよ?優しくするって言った
じゃないか﹂
﹁わかってるわよ!さあ、やりましょうかマサル﹂
ちょっと笑顔が引きつってますよ、エリザベスさん。
﹁あの、そろそろ夕食の⋮⋮﹂﹁延長よ!夕食は少し待ってなさい﹂
3度にわたる延長で夕食は日没後まで遅らされ、おれはなんとか
風魔法を習得した。
エリザベスは大喜びで、おれは燃え尽きていた。
332
29話 騎士とお姫様の物語︵後書き︶
﹁ほら、抱きついてもいいわよ﹂
深夜、マサルを誘惑するエリザベス
マサルはエリザベスをそっと抱きしめる
次回、明日公開予定
30話 嵐の夜に
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
333
30話 嵐の夜に
家に入ると知らない間にティリカちゃんがきていた。台所に立っ
て、アンジェラとサティが料理をしてるのを手伝っている。
﹁マサルのほど、美味しいのは作れないけど⋮⋮﹂
アンジェラちゃんの手料理ってだけでも美味しいよ!実際美味し
いし。
﹁いやいや。すごく美味しいよ。料理上手だね。教えてもらいたい
くらいだよ﹂
﹁そうですよ。アンジェラ様、色々教えてくれたんですよ﹂
さすが保母さん、教えるのはうまいみたいだ。でも料理をちゃん
と習わせるのはいいかもしれないな。おれのって所詮我流だし、メ
ニューが偏ってる。こっちの現地料理作れないもんな。
サティの料理指導を頼んでみると、
﹁でもマサル、自分でも教えられるんじゃないの﹂
﹁おれの料理変わってるだろ?こっちの料理って全然知らないんだ
よね﹂
﹁そうね。そういうことなら夕食の時に教えに来ようか﹂
334
アンジェラちゃんマジ天使。ぐうの音も出ないほど聖女!これか
らしばらくはアンジェラちゃんの手料理が食べられるな!
﹁もうあれよね。アンジェラより短い期間で教えたんだから、わた
しの勝ちって言ってもいいんじゃないかしら﹂
夕食のから揚げをぱくつきながら、エリザベスがそんなことを言
い出した。泣きをいれて引き分けにしてもらったの、もう忘れちゃ
ったのか。さすがにアンジェラも馬鹿らしくなったのか、はいはい
そうねと聞いている。
﹁引き分けでいいだろ。2人のおかげで水と風はマスターできたし、
感謝してるよ﹂
地獄のようなシゴキもあったけど。次は土を覚えてみたいけど、
また教えると言い出したら困るし。いや、いいんだろうか。今日く
らい優しくやってくれるならいいかもしれないぞ。うん、ちょっと
考えてみよう。ポイント使ってもいいし、どっちでもいいな。
﹁でもこの短期間に2系統も覚えるなんて、さすが私の弟子ね。な
かなか優秀だわ﹂
﹁そうね。それに使っても使っても魔力切れしないのはうらやまし
いよ﹂
魔力の指輪でMPは倍にブーストしてあるからね。
﹁いやいや、先生の教え方がよかったんだよ﹂
335
当然よ!とエリザベス。ブレないね。
夕食後はみんなでお風呂にはいる。昨日と同じ順番で入っていき、
最後におれ。さすがに今日もサティは一緒にはいるとだだはこねな
いが、ちょっと残念ではあるな、とサティに洗ってもらったのを思
い出す。でもどうせならアンジェラちゃんのあの豊満なお胸で⋮⋮
あ、興奮してきちゃった。処理、処理⋮⋮
お風呂上り、またお酒を少しだけ飲んで雑談タイム。お風呂上り
のアンジェラとエリザベスを両脇にはべらせ、実に優雅である。も
うこれはハーレムと言っていいのではないだろうか。あとはここに
ティリカちゃんを膝に座らせ、サティには後ろから抱きついてもら
おうか。おお、完璧な布陣じゃないか!これぞハーレムだな!
だが、所詮は妄想。2人はおれを挟んで口論中である。魔法の指
導方針について見解の相違があるらしい。もうそんなことどうでも
いいじゃないですか。仲良くしてください⋮⋮
アンジェラは連泊はさすがに厳しいのか帰っていった。ティリカ
ちゃんとエリザベスは当然お泊りである。エリザベスは小部屋のほ
うで、サティとティリカちゃんはおれの部屋についてきた。うん、
一緒に寝るんだね。いいよいいよ。ベッドも増設してみんなでゆっ
たり寝れるしね。おれはサティの体温を心地よく感じながら眠りに
落ちた。
336
夜中に何かがごそごそしてるので目が覚めた。エリザベスがベッ
ドにもぐりこもうとしている。
﹁なにしてんの?﹂
﹁い、一緒に寝てあげてもいいわよ﹂
意味がわからん。ついにおれに惚れちゃったんだろうか。そう思
ったその時、雷が鳴った。
﹁ひっ﹂と、布団をかぶるエリザベス。いつの間にか雨が降ってい
て、雷も断続的に鳴っている。そうか、雷が怖いのか。
﹁こ、怖くなんかないわよ。マサルやサティが怖がってないか見に
来てあげたのよ﹂
実に説得力のない言い訳である。
﹁でもエリザベス、自分でサンダー撃てるのに雷怖いの?﹂
﹁自分で撃つのと、撃たれるのは違うのよ⋮⋮﹂
なるほど、ごもっとも。
雷が鳴るたびにびくっとして涙目になってるエリザベスを見て可
哀相になってきた。それにいい加減眠い。もう寝たい。
﹁あー雷怖いなー怖い。誰か一緒に寝てくれないかなー﹂
337
﹁そ、そうね、一緒に寝てあげてもいいわ。ほら、怖かったら抱き
ついてもいいわよ﹂
エリザベスがぷるぷるしながら抱きついてくる。うん、ドラゴン
戦のときは鎧越しだったからわからなかったけど、小ぶりだけど胸
はしっかりあるな。気持ちいい。
﹁いつも雷のときはどうしてんの?﹂
﹁ナーニアが⋮⋮あの子も怖がりだから﹂
やはりナーニアさんが面倒みてるんだな。いつもの強気な姿では
想像もつかない、怯えてるエリザベスはとても可愛い。守ってやり
たくなる。ナーニアさんが甘やかす気持ちもわかるな。そんなこと
を考えながら、エリザベスと抱き合いつつ、再びおれは眠りに落ち
た。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌朝、雨は既にあがっていた。エリザベスはすでにベッドにはお
らず、居間のソファーに黒ローブで座っていた。おはようというと、
おはようとだけ返してぷいっと横を向く。昨日のことは触れないほ
うがいいみたいだな。
338
朝食後にナーニアさんがやってきた。中に入ってもらい、お茶を
だす。
﹁昨日は大丈夫だったのですか、エリー﹂
雷でずいぶん心配したらしい。
﹁大丈夫よ。わたしだっていつまでも子供じゃないわ﹂
全然大丈夫じゃなかっただろ⋮⋮
﹁ほんとうですか?﹂
﹁ほんとよ!﹂
﹁昨日はサティたちと一緒に寝たものな﹂と、台所のサティとティ
リカちゃんを見ながらフォローをする。サティだけじゃなくておれ
も一緒だったけど。
﹁そ、そうよ。だから大丈夫だったのよ﹂
ちょっと疑わしげだったが、それで納得したようだ。
﹁そうですか。それよりも。いい加減こっちに戻ってきませんか。
いつまでもお邪魔していたらマサル殿にもご迷惑でしょう﹂
﹁あー、部屋は余ってますから平気ですよ﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
339
﹁家主がいいって言ってるんだからいいのよ。それに弟子の家は師
匠の家同然なんだから﹂
そこまでは言わないと思うけど。
﹁本当に、全然構わないんですよ。エリザベスには滞在中、魔法の
指導をしてもらってまして、ずいぶん勉強させてもらってますから﹂
サティのこともある。ティリカちゃんがいるうちはいいが、彼女
は昼間はお仕事だし、サティと2人きりはあまりよろしくない。そ
のうち手をだすつもりはあるが、もうちょっとゆっくりとやってい
きたいのだ。エリザベスにはぜひ、防波堤になってもらいたい。
﹁わたしのことより、ナーニア。自分のことはどうなのよ。オルバ
との仲はちょっとは進んだの?﹂
オルバって暁の戦斧のリーダーの人か。強くてイケメン。さぞか
し女子にもてそうな人だ。
﹁オ、オルバ殿のことは⋮⋮﹂
﹁そうやって、うじうじしてると誰かに取られちゃうわよ。人気あ
るんだから﹂
﹁で、でも⋮⋮﹂
﹁あっちもきっとナーニアのこと好きよ。ちらちら目で追ってるし、
モーションもかけてきてるじゃない。ナーニアが告白すれば一発よ
!﹂
340
﹁そうでしょうか。でもわたしのようなものでは、オルバ殿と釣り
合いが⋮⋮﹂
突如始まってしまったガールズトーク。こんなときどんな顔をし
ていいかわからないよ⋮⋮
﹁ナーニアはかわいいし、どこに出したって恥ずかしくないわ。ほ
ら、自信をお持ちなさい。とにかく!あと数日はここで世話になる
から、なんとかしてきなさい。ナーニアもいつまでもわたしにべっ
たりじゃいけないわよ﹂
世話をされてる側なのに、なんという上から目線。だが、そこら
で話はまとまったようだ。エリーをお願いしますというと、ナーニ
アさんは帰っていった。
﹁オルバもね。ナーニアがわたしにべったりだから、手を出しかね
てるとこがあったのよ。いい機会だわ﹂
美男美女でお似合いだし、上手くいくといいな。
﹁けっして、ここの食事が美味しいから帰りたくなくて言ってるん
じゃないわよ?﹂
台無しだよ!
341
ナーニアさんが帰ったあとは、ティリカちゃんを送り届けるため
にギルドに。
﹁いやー、連日悪いなあ。ティリカ迷惑かけてないか?﹂
エリザベスとサティとティリカちゃんには少し遊んでいてもらい、
副ギルド長に呼ばれて2人で話をする。
﹁いえいえ。もういっそうちで暮らしたらいいって思うくらいです
よ。サティの家事の手伝いもやってくれてましてね。サティもティ
リカちゃんがいて嬉しそうです﹂
﹁うーん、それもちょっとなあ。なあ、なんでティリカがギルド内
で暮らしてるんだと思う?﹂
なんででしょう?
﹁危ないんだよ。色々と﹂
﹁危ない?﹂
﹁そう。おまえわかってなさそうだから、そろそろ事情を教えとい
たほうがいいと思ってな﹂
﹁事情ですか﹂
﹁この町って平和だよな。それは主にティリカのおかげでな。あの
魔眼でもって犯罪とか汚職を根こそぎ摘発したんだよ。だから方々
で恨みを買っている﹂
342
異世界に飛ばされた当初、右も左もわからないマサルがふらふら
してても無事だったのはこの町が特別平和だったせいである。王都
あたりは別として、他の町だと治安はもっと悪いし、騙されるか襲
われるかして身包みはがされてた可能性もある。
普通は真偽官がいてもそこまではしない。既得権益などもあり無
茶をすると反発もすさまじいからだ。だがこの町は王の直轄地で実
際の運営を冒険者ギルドと商業ギルドが共同で行っている。治安の
悪さに業を煮やした両トップが治安回復のために真偽官に要請。そ
れに乗っかった副ギルド長たちがかなり強引にやらかしたらしい。
﹁じゃあうちなんかで泊まったら危ないんじゃないですか!?﹂
﹁大丈夫だ。見えないとこに護衛を配置してある﹂
全然わからんかった。
﹁おまえに見破られるような素人は使わんよ﹂
﹁じゃあもう、うちにも来ないほうがいいんですかね?﹂
﹁それもなあ。ティリカは普段滅多にわがままを言わないから、な
るべく希望は通してやりたいし、どうしたもんかと。いっそマサル
がここに住むか?部屋を用意してやるぞ﹂
﹁こんなとこじゃハーレム作れないじゃないですか﹂
いくらティリカちゃんのためとは言え、夢は捨てられない。それ
にこの禿に見守られて生活するなんて嫌だ。
343
﹁違いない。まあ当分は護衛をつけるしティリカも多少なら戦える
から、おまえのほうも気をつけておいてくれ﹂
﹁わかりました﹂
ティリカちゃんが戦闘?想像できないな。
しかしティリカちゃんの事情、思ったよりも重いな。命を狙われ
てるとか。当分先にするつもりだったが、サティの訓練を早めるか。
何かあったとき、戦えるようにしておいたほうがいい。
外に出てエリザベスの魔法の特訓の見学をする。といっても魔力
の関係上、一発で打ち止めだが。今日は雷が10本まで増えた。
﹁もうちょっとなら増やせるわね。でもとりあえずこれで完成でい
いわ﹂
﹁じゃあ戻ろうか。おれはこのあともう一度ギルドに行って、軍曹
どのに相談があるんだけど。エリザベスどうする?﹂
﹁相談って?﹂
﹁うん、サティもそろそろ戦う訓練を始めさせようと思ってね﹂
﹁へー。まあ獣人だし、いいかもね。それじゃあわたしは一度宿の
ほうに顔出すわ。ナーニアの様子を見てくる。昼までには帰るわ﹂
344
門を通ったところでエリザベスと別れ、ギルドに向かう。歩きな
がらティリカちゃんの事情について、サティに簡単に話しておいた。
サティはショックを受けたみたいだ。ティリカちゃんのことはサテ
ィのほうが詳しいはずだが、さすがに命を狙われてるとは言えなか
ったんだろう。
﹁それでさっきも聞いてたと思うが、戦えるようになって欲しかっ
たんだ﹂
﹁わかりました。ティリカちゃんを守れるくらい強くなります﹂
その意気だ。ついでにおれも守れるくらいになってくれると、と
ても嬉しいのだが。
軍曹どのは他の冒険者に稽古をつけているところだった。訓練場
は冒険者に開放されており、指導も無料で受けられる。初心者講習
会が無料だったように、ギルドは育成に力をいれている。多少コス
トがかかっても、稼げる冒険者になってくれればギルドの儲けも莫
大になる。強くなったあと、国家や色々な組織に引き抜かれること
が多々あるが、そういうときは移籍金が支払われることになる。損
はないのだ。
軍曹どのに一言挨拶だけし、弓の的があるところへと行く。
﹁サティには弓と剣を覚えてもらおうと思っている﹂と弓を一本渡
す。
345
﹁ではまず見本を見せるから、その通りにやってみるように﹂
﹁はい﹂
弓術Lv1ではあるが、的の周辺に矢を集めることくらいはでき
る。キリキリと弓を絞り、矢を放つ。距離を近くしたおかげか、な
んとか的には当たった。
﹁ではやってみろ﹂
サティは、んー、と必死に弓を引き、放つ。﹁あっ﹂と声を出し
て、こっちを涙目で見た。顔に当たっちゃったのか。矢はもちろん
まともに飛んでない。
﹁ああ、ほらほら。︻ヒール︼これで大丈夫だ﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁じゃあもう一度やってみよう﹂
今度はサティの後ろについて、手を添えて一緒に弓を引いてやる。
うん、ちょっとエロい体勢だな。誰もいないところだったら、その
まま抱きついて頭の匂いをくんかくんかしたくなってたところだ。
危ない危ない。
的は大きく外れたものの今度はきちんと飛んだ。何度かやってい
るうちに、とりあえず飛ばすことはできるようになった。
おれも自分の弓を出しサティを見ながら練習をしていると、軍曹
どのがやってきた。
346
﹁サティ。この方はここの教官をしておられる、ヴォークト軍曹ど
のだ。ご挨拶をしろ﹂
﹁サティです。マサル様の奴隷をしてます﹂と、ぺこりと頭をさげ
る。
﹁それでですね⋮⋮﹂と事情を話す。軍曹どのはギルドの幹部だか
ら、もちろんティリカちゃんを知っている。最近サティと仲がよく
なって、いざという時のために戦闘を教えたいと説明した。おれで
は弓はへたくそだし、剣は奴隷では主人に向けられないから稽古は
つけづらい。
﹁弓はいま見せてもらったし、次は剣を見せてもらおうか﹂と、サ
ティに木剣を渡す。
﹁さあ、握りはこうで。そう。こう構える。ではかかってくるがい
い﹂
サティが不安そうにこっちを見る。
﹁軍曹どのはおれの何倍も強い。倒す気で戦え。戦わないとティリ
カちゃんを守れないぞ﹂
それで覚悟を決めたようだ。軍曹どのに打ちかかっていく。動き
はむちゃくちゃだったが、案外動きは素早い。かわされてもはじか
れても、必死につっかかっていく。肩で息をしだしてようやく軍曹
どのがとめた。
﹁獣人だけあって、身体能力は高いな。これならすぐにものになる
347
だろう。サムソン!こっちに来てくれ﹂
サムソンというのは教官の一人で引退した冒険者だ。つるっぱげ
で筋肉がムキムキ。いまでも十分冒険者でやっていけそうだが、家
庭ができたのでこうやって教官をしている。
﹁今のを見ていたな?この子に弓と剣を教えてやってくれ﹂
﹁はっ。ヴォークト殿。サティと言ったな。ついてこい。稽古をつ
けてやろう﹂
﹁サティ、がんばってこいよ。サムソンさん、よろしくお願いしま
す﹂
﹁ではマサル。貴様にも久々に稽古をつけてやろう﹂
軍曹どのは強い。流れるように華麗な剣術で、まだまだ本気を出
している様子ではないのに、いまだに一本も取れない。それに回復
魔法を使えるのをいいことに、容赦なく攻撃を当ててくる。
剣術レベル4で一流の腕を持ってるはずなのに何故ここまで差が
あるのか。軍曹どのがお強いのはもちろん、剣術レベル4の性能を
使いこなせていないのだろう。いわば格闘ゲームの初心者のような
ものと言えばわかるだろうか。キャラのスペック上は同一でも熟練
者とは天と地ほどの実力差がでる。雑魚を蹴散らすくらいなら力技
で十分なのではあるが。
時々、自分でもおっ!?というようないい動きができるときがあ
348
る。だが再現できないし、何故そのような動きができたのかもよく
理解できない。格闘ゲームでレバーをがちゃがちゃやっていた初心
者が、たまたまコンボを出してしまったような感じだろうか。経験
や体を動かす技術が圧倒的に足りないのだ。レベルアップでステー
タスがあがって、力もスピードもあがっているのだが、それに振り
回されている感もある。運動などろくにしたことのない元ニートだ。
慣れるには地道に修練を重ねるしかないだろう。最初に剣を握って
からまだ1ヶ月もたっていないことだし。
魔法のほうは少し感じが違う。銃に弾をこめて撃つと言えば近い
だろうか。的さえしっかり狙えば、あとは引金を引くだけ。弾数に
制限があったり、撃つのに時間がかかったりはするが、使いこなす
のは難しくなかった。
お昼であがるまでに、おれはぼこぼこにされ3度地面に伏した。
剣術を5にあげて身体能力アップ系のスキルを取ったとしても、軍
曹どのには全くかなう気がしない。それにそうやって勝ってもたぶ
ん嬉しくないだろう。当分は近接戦闘系の強化はしないでおこうと
決めた。
サティのほうもたくさんかすり傷をつけており、ふらふらしてい
た。自分とサティに浄化とヒールをかけ、ティリカちゃんのところ
に寄ってから家路についた。
﹁訓練はどうだった?﹂
サティと手をつないで歩きながら話す。
349
﹁はい。怖くて痛かったです﹂
﹁そうだな﹂
﹁でも強くなりたいです﹂
﹁うん﹂
うん。強くなりたいな。
軍曹どのに認められるくらいに。
サティを守れるくらいに。
350
30話 嵐の夜に︵後書き︶
エロゲー的展開にこれなんてエロゲ?とマサルは思う
作者もそう思う
次回、明日公開予定
31話 それなんてエロゲ?
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
軍曹どのの剣術のイメージはハガレンのキングブラッドレイ。ち
ょーつよいです
格げーというと数日くらいでうまくなりそうなイメージですが、
実際の体を動かすとなると上達にとんでもなく時間がかかるでしょ
うね
悟空の体を乗っ取ったギニュー隊長なイメージかな
あれを元の孫空レベルまで戦闘力を引き上げるのは
下手したら年単位の修行がいるんじゃないでしょうか
なかなか話が進まない
日常パートを乗り切ればイベント発生して話が動く予定です
もうちょっとお付き合いを⋮⋮
351
31話 それなんてエロゲ?
家に帰るとエリザベスは居間で昼寝をしていた。そのまま寝かせ
ておき、お昼の準備を2人でする。ヒールで体力も少しは回復する
とはいえ、さすがにきつい。手抜き気味で手早く準備を済ませ、エ
リザベスを起こして昼食を取る。
食べながら訓練のことをエリザベスに話す。ふうん、と剣とか弓
にはあまり興味がなさげだ。
﹁そっちはどうだったんだ?﹂
﹁全然だめね。もう意識しちゃって目もあわせられない感じ﹂
ナーニアさん⋮⋮
﹁だからオルバのほうに発破をかけておいたわ。きっと今頃野獣の
ようにナーニアに襲い掛かってるでしょうね﹂
フフフとエリザベスが笑う。おいいいい、何をしたんだよ!いい
のかそれ!?
﹁いいのよ。わたし公認なんだし。ナーニアもいい加減微妙なお年
頃だし、早いほうがいいのよ﹂
相思相愛ならいいのかな⋮⋮?
352
﹁ナーニアもね。ずっとわたしについてきてくれて。それはすごく
助かってるんだけど、そろそろ自分の人生も考えていい頃だわ⋮⋮﹂
オルバにならナーニアを任せても構わないわ。そう言ってエリザ
ベスは寂しそうに笑った。
お昼過ぎにアンジェラが子供達を連れてやってきた。まずは多め
に作っておいたから揚げを、タルタルソースをつけて振舞う。アイ
テムボックスに入れておいたから、まだあっつあつだ。子供達はお
いしいおいしいと言いながらあっという間に平らげる。
﹁さて、諸君に今から作ってもらうのはこのマヨネーズという調味
料である。いま食べたタルタルソースにも使われている﹂
子供たちに完成品のマヨネーズを見せ、まず卵1個分で作り方を
見せながら説明していく。
﹁これで完成だ﹂
完成したマヨネーズを野菜スティックで味見をしてもらう。瞬く
間にマヨネーズは食い尽くされた。
﹁調味料を混ぜるのはこちらでやるから、最後の油を加えて攪拌す
るところを担当してもらいたい﹂
はい!元気に返事をする子供達。上手にできたらお土産に少し分
けてあげようというと歓声があがった。喜んでいられるのも今のう
353
ちだよ⋮⋮
道具や材料は午前中、ギルドに行く前に買ってきてある。まずは
アンジェラと料理の得意な子供達に手伝ってもらい、卵を割り黄身
を取り出していく。大きなボール5つ分の黄身を混ぜてもらいなが
ら、サティと2人で調味料を加えていく。ようやく油を加える手前
まで進み、攪拌を子供に託す。
サティと2人で指導をしながら作業をすすめる。子供達は数分で
この作業の過酷さに気がついたようだ。混ぜても混ぜても一向に終
らない攪拌作業に顔がゆがむ。こまめに休憩を取るように指示をし、
監督はサティとアンジェラに任せておれは居間に退避した。
ソファーのエリザベスの隣に腰掛ける。エリザベスはまたうつら
うつらしていたが、目を覚ました。
﹁そういえば。明日の午前中にドラゴンのセリをやるって言ってた
わよ﹂
﹁へー。暇があったら見に行こうかな﹂
すっかり忘れてた。報酬、いくらくらいになるかな。これは楽し
みになってきた。
セリは商業ギルドのほうでやるらしい。
生活費で結構使っちゃったし、ドラゴンの報酬があればもう一人
くらい奴隷が買えるかもしれない。いや、買わないけどね?正直、
354
今の状況に混乱気味で落ち着くまでは追加とか考えられそうにない。
どうせあの4番の子は買えないだろうし⋮⋮でもスタイルではアン
ジェラも負けてないし、サティもエリザベスも可愛いしな。あ、テ
ィリカちゃんも可愛いよ。
﹁エリザベスは報酬が入ったらどうするの?﹂
エリザベスなら何かですぐ散財しそうだ。そしてナーニアさんに
怒られる。
﹁実家に送金するのよ。ちょっと経営が苦しくてね﹂
なんか意外だな。お金持ちじゃなかったのか。いや、お金持ちだ
けど、家が傾いてるのかな?実家のことは、あまり話したくはなさ
そうだったので、その件にはそれ以上突っ込まなかった。
﹁マサルのほうこそ、実家とかどうなってるの?﹂
﹁うちは普通の家庭でね。両親はちゃんと暮らしてるから心配する
必要はないんだ。それに遠いから手紙すら届かないし﹂
うまくいったら元に戻れるし、死んでも遺書とお金が届くだろう。
かーちゃん、元気にしてるかな⋮⋮
﹁そう、マサルも苦労してるのね﹂
家族と離れて冒険者をしてるという部分が自分と同じで琴線に触
れたのか、ちょっとやさしい表情をしている。
﹁こっちの生活は波乱万丈で面白いよ。それに今はエリザベスもい
355
てくれるし寂しくない﹂
﹁ば、馬鹿ね!し、師匠なんだもの、一緒にいるのは当たり前よ!﹂
うん、こういう反応をするから面白いんだ。エリザベスはとても
扱いやすいね。ちょっと実家のことを思い出してしんみりしたけど、
だいぶ気分がよくなった。
マヨネーズ作りの方を見に行くと、子供達は死んだ魚のような目
をしてもくもくとマヨネーズをかき混ぜていた。3分の2ってとこ
か。ちょっと休憩をいれよう。
﹁はいはい、休憩するよー﹂
冷蔵庫からプリンを取り出す。プリンも消費が激しいのでサティ
に頼んで常時ストックを作ってある。エリザベスも呼んで、みんな
でプリンを食べて休憩を取る。初めて食べる味に子供達は大喜びだ。
野菜や肉と違って、卵も砂糖も馬乳も全部高いんだよな。孤児院で
作るのは経済的に難しいだろう。
甘いものを食べて元気の出た子供達は作業を再開する。後年、こ
の子供達の中の一人がマヨネーズで商売を興し、大商人にのし上が
っていくのだが、それはまた別のお話。
ともかく。ようやくボール5個分の大量のマヨネーズが完成した。
子供達は疲れてぐったりしている。ちょっと色をつけておいた報酬
を受け取る手にも元気がない。またそのうち呼んで作ってもらおう
と思ってるのに、来てくれるだろうか⋮⋮
356
アンジェラは夕食の時にまた来ると言って、マヨネーズをボール
1個まるごとお土産に持ち、子供達と帰っていった。
午後はサティのお勉強タイムである。
お皿に砂を入れ、棒で字の練習をする。まずは文字を一通り教え
て、それから絵本を開いて単語を少しずつ教えていく。エリザベス
も見に来て勇者の物語があるのを見つけると読み始めた。7巻を読
んでいる。
サティが書き取りの練習をしているのを見ながら、ちょっと文章
が古風で読みにくいと言ってみた。
﹁そうね。これはかなり昔に書かれた本だし、今風の文章で改訂さ
れたのもあるわよ。でもわたしはこっちのほうが好きね。風情があ
るじゃない﹂
そういうもんか。
﹁わたし、7巻が一番好きなの。風メイジがね⋮⋮﹂
あ、ネタばれすんな!
﹁あら、そうね。ごめんなさい。今どこを読んでるの?最初?2巻
あたりからもっと面白くなってくるわよ﹂
ほー。がんばって読んでみるか。でも不思議な感じだ。神様が神
357
託をして魔王討伐を命じるとか、まるっきりファンタジーの物語な
のに実話って言うんだぜ。まあここがファンタジーな世界ではある
んだけど。神託を出した神様ってやっぱり伊藤神なのかなあ。
サティも勇者の物語に興味がでたみたいなので、切りのいいとこ
ろで絵本は終了して、また椅子をくっつけて勇者の物語を最初から
読み聞かせている。エリザベスも本を読むのをやめてそれを聞いて
いる。まったりとした時間が過ぎていく。
疲れてきたので勉強を打ち切る。あんまり詰め込んでもよくない
しね。居間に移動し、サティに練習がてら剥いてもらった果物をか
じる。かなりがたがたな形になったが、指を切らなかっただけよし。
皮剥きって手元がすごく怖いんだよな⋮⋮
ソファーにエリザベスとサティを両側にはべらせて座る。エリザ
ベスは微妙な距離を取っているが、サティはぴったりくっついて来
ている。果物をはい、と手渡してくれるサティ。せっかくだからあ
ーんして欲しいところだが、こっちにはそんな文化はないんだろう
か。エリザベスはまた眠そうにしている。そういえば昨日は雷であ
んまり眠れなかったんだろうな。
いつのまにかエリザベスは、おれの肩にこてんと首を預けてスー
スー寝息を立てていた。サティは家事をしに台所のほうにいった。
どうせすることもないので、エリザベスに肩を貸しながらぼーっと
考え事をする。
サティを買ってから数日、怒涛の展開すぎないだろうか。全裸を
みたり、お風呂でラッキーイベントでそのあと背中を流してもらっ
358
て。女の子がおれを巡って争いをしたり、2日連続ベッドで一緒に
寝たり、肩を並べてぴったりくっついて本を読んだり。手料理をふ
るまってもらい、今またこうやって女の子がおれの肩にもたれかか
って寝ている。こんな話を聞かされたらそれなんてエロゲ?って絶
対言う。日本では年齢=彼女いない歴でゲームやアニメばかりで2
次元にはまっていたおれだが、リアルの女の子ってこんなにやわら
かくていい匂いがするんだな。
時計を見る。10月10日。こっちにきたのが9月11日だった
からちょうど1ヶ月か。異世界にきた当初はひどい目にあったりも
したが、ようやく報われた感がある。最初はなんとなく漠然とハー
レムだって思ってたが、なんか具体的になってきた気がする。これ
ぞ異世界でチートでハーレムだな!伊藤神、異世界につれてきてあ
りがとう。今夜の日誌にはたっぷりとお礼を綴っておこう。
いつの間にか寝てしまっていた。サティに起こされる。エリザベ
スも一緒に起こす。アンジェラとティリカちゃんがきていたが、気
をきかせて2人をそのまま寝かせてくれたのだ。夕食は美味しそう
なのが完成していた。から揚げもちゃんとついている。サティが一
人で作ったらしい。よしよし、数日でずいぶん成長したな。えらい
ぞー。なでなで。
﹁えへへ。ありがとうございます﹂
午前中の訓練で疲れているはずなのにサティはよく働く。家事も
丸投げで料理もだいぶ任せられるようになってすごく楽になった。
359
食事中、サティが読み書きの勉強をしてると言うとアンジェラが、
﹁じゃあうちにある本を持ってきてあげようか?本っていっても子
供達が書き写したやつなんだけど。買うと高いだろう?﹂
写本か。ここって著作権とかどうなってるんだろうな。勇者の物
語みたいに何百年前のなら関係なさそうだけど。
﹁うん、高いね。じゃあお願いしようかな﹂
﹁明日にでも持ってくるよ﹂
﹁ありがとうございます、アンジェラ様!﹂
﹁わたしもおねーちゃんに本を持ってくる﹂
﹁ありがとう、ティリカちゃん。嬉しい!﹂
相変わらずティリカちゃんに愛されてるな。
食事が終るとお風呂である。最近はこの時間が一番好きだな。女
の子たちの風呂上りをたっぷり鑑賞できる。もちろんじろじろは見
てないよ。ちらちらとは見てるけど。座る位置はもう定番になって
いて、アンジェラは自然に隣に座ってくる。ふわっと石鹸のいい香
りがする。豊満なお胸が服の下からはちきれんばかりだ。眼福。
サティは風呂からあがるとティリカちゃんに絵本を読んでもらっ
360
ていた。
﹁ティリカちゃんに読んでもらってるのか。よかったなサティ﹂
﹁はい﹂
﹁わたしがおねーちゃんに字を教える﹂と、こちらを睨むティリカ
ちゃん。いや、いつものぽーっとした目で全然にらんでないんだけ
ど、なんかそんな感じがした。しばし睨み合う2人。サティはおろ
おろしている。
﹁じゃあ2人で教えるか。そうすればきっとすぐ本も読めるように
なるよ﹂
﹁そ、そうですね﹂
﹁うん。それでいい﹂
納得してくれたようだ。
エリザベスと入れ替えでお風呂に入る。お湯をかぶり頭を洗う。
そして扉が開く。もちろん入ってくるのは一人しかいない。前も頭
を洗ってるときだったな。これ絶対タイミング狙ってやってるぞ!
﹁マサル様、頭洗いますねー﹂
なすがままである。
361
﹁あの⋮⋮ティリカちゃんは?﹂
﹁行ってくるといいって﹂
防波堤になってねええええええええ。すすめてどうするよ!
﹁アンとエリーは?﹂
﹁あの、お2人はその、お話を﹂
また何か口論してるのか、あいつら。ううう、もういいか。気持
ちいいし。気持ちいいし!
さすがに前を洗ってもらうほど吹っ切れなかったので自分で洗い、
2人で湯船に浸かる。背中を向けるのもどうかと思ったので横を向
き、なるべくサティのほうを見ないようにする。サティはぴったり
くっついてくる。裸で!この子は隙あらばくっつこうとする。寝る
ときとか。歩くときでも手をつないでくるし。我慢しないと。お風
呂の外には3人も女性がいる。手を出すのは論外だ。ちらりと横を
見ると目が合い、にっこりと微笑むサティ。
いかん、もう限界だ。のぼせそう。湯船からあがる。サティもも
ちろんついてくる。サティのほうを見ないようにして、体もろくに
拭かず、服をきて居間に撤退する。ソファーにいかず、テーブルの
ほうに座る。下半身がおっきしてるもの。テーブルで隠さないと。
サティも水をぽたぽたしながら追いかけてきた。
﹁マサル様、きちんと拭かないと!﹂
サティに捕まり頭を拭いてもらう。
362
﹁あら、あなたたち。一緒にはいってたの?﹂と、エリザベス。
﹁ああ、うん。背中とかをね。流してもらってて⋮⋮﹂
﹁わたし頭とか体を洗うの得意なんですよ!﹂
﹁おねーちゃんは洗うのとっても上手﹂
﹁へえ、いいわね。次はわたしもお願いしようかしら?﹂
いつもはナーニアに頭を洗ってもらってるらしい。
﹁はい!アンジェラ様もどうですか?﹂
﹁え、ええ。そうね⋮⋮﹂
なんかもう明日からも当然のように、一緒にお風呂に入る流れに
なってないかこれ?
その夜はもちろんサティとティリカちゃんと一緒に寝た。さすが
にエリザベスは来なかった。
363
31話 それなんてエロゲ?︵後書き︶
クルックが立ち上がりスラっと腰の剣を抜く。
﹁よし、死ね﹂
﹁リア充爆発しろ﹂
シルバーも剣を抜き、盾を構えた。
こいつら実剣を抜きやがった!?腰の剣を抜いたら戦争だろうがっ。
次回、明日公開予定
32話 男子達のとてもくだらない戦い
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
アンとエリーがしてた話はこんなのだったかもしれない
2人でこそこそと話す。だがもちろん地獄耳のサティには筒抜けで
ある。
﹁あんたマサルのことが好きなの?﹂
﹁う、嫌いじゃないけども⋮⋮﹂
﹁じゃあわたしが取っちゃってもいいわよね?﹂
﹁え、だめ!だめよ。わたしのほうが先につばをつけてたんだから﹂
﹁先とか後とか関係ないわよ。じゃあマサルのことが好きなのね?﹂
364
﹁う、うん。その、ちょっとだけ⋮⋮﹂
﹁じゃあやっぱりわたしがもらうわ。わたしはマサルのこと大好き
だもの﹂
﹁わ、わたしも大好きだよ!だから取っちゃだめ﹂
﹁ふうん。まあいいわ。じゃあ勝負ね!﹂
そりゃサティがいい辛かったはずだよ!
という妄想
好感度は結構あがってるはずだけど、まだそこまで行ってませんよね
365
32話 男子達のとてもくだらない戦い
翌日。ドラゴンのセリは午前中の半ばくらいだったので訓練場で
暇をつぶすことにした。エリザベスは暁の戦斧のところに行った。
ナーニアさんが気になるのだろう。サティをサムソンさんに預け、
軍曹どのもお忙しそうなので、訓練場の端のほうで投げナイフの練
習をしていた。
そこにクルックとシルバーがやってきた。2人を見るのはずいぶ
ん久しぶりな気がする。3人で邪魔にならないように隅っこに座っ
て頭を付き合わせる。
﹁マサルもドラゴンのセリを見に来たのか?﹂とクルック。
﹁もちろん。いくらくらいになるのかな﹂
﹁楽しみだな!﹂と、これもクルック。セリの価格は報酬に直結す
る。気になって仕方ないんだろう。
﹁それよりもさ、これ見てくれよ﹂
ほう。鎧を新調したのか。オークの矢を足に食らったのが堪えた
のだろう。今度のは皮メインながら矢を通さない高性能なやつであ
る。シルバーのほうも盾を見せてくれた。どっかで見たと思ったら、
暁の盾の人が持ってたやつだ。
﹁同じのは高くて買えなかったけど、同じデザインのを買ったんだ﹂
366
廉価版か。確かにあのときの盾の人はすごかったもんな。同じ盾
職としてはあこがれるだろう。
﹁それでマサルは報酬で何か買ったのか?家を借りたのは聞いたぞ﹂
﹁ああ、うん﹂
奴隷を買ったことはまだ漏れてないらしい。さてどうしようか。
﹁お金はもう十分になったよな?あれ、見に行ってないのか?﹂
あれとはもちろん奴隷のことである。
﹁ああ、うん。見にいったよ﹂
﹁それで?買わなかったのか?﹂
﹁ああ、うん。買っちゃった⋮⋮かなあ﹂
がたっとクルックが立ち上がる。
﹁な、なんだと!この裏切り者が!﹂
﹁こ、こら。声がでかい。みんな見てるじゃないか﹂
第一裏切るもなにもこいつらとは何の約束もしてない。
﹁そ、それで、もうやっちゃったのか?﹂と、クルックが声をひそ
めていう。
367
﹁それはまだ﹂
クルックはそれを聞いて少し落ちついたようだ。
﹁そう。そうだよな。でもいいなあ。添い寝してもらったり、お風
呂で背中を流してもらったりしてるんじゃないのか?﹂と、冗談め
かしていう。
無言で目をそらす。思いっきりやってもらってます。
﹁な!?おまえ、まさか!﹂
その時、最悪のタイミングでサティが声をかけてきた。たぶん休
憩時間なんだろう。
﹁マサル様ーーー!﹂
こちらに手を振るサティ。仕方なく手を振り返す。
﹁お、おまえ。まさか、今の子が⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮あの子﹂
もうだめだ。
クルックが立ち上がりスラっと腰の剣を抜く。
﹁よし、死ね﹂
﹁手伝う﹂
368
シルバーも剣を抜き、盾を構えた。こいつら実剣を抜きやがった
!?訓練場とは言え、腰の剣を抜いたら戦争だろうがっ。
じりじりと距離をつめてくる2人。2人とも本気で殺る気だ!講
習会のときのことを忘れたのか。2人がかりだからっておれに勝て
ると思うなよ!やってやらあ!!
背中の剣を抜く。くそっ。初めて斬るのが友だとはなんと因果な
黒剣だ。
﹁貴様はいい友だったが、友情を裏切るのが悪いのだよ!﹂と、ク
ルック。
何事かと人が集まってきた。
﹁引く気はないのか?2人がかりとておれには勝てないぞ?﹂
﹁ふん。おれ達も成長したさ。講習会の借りもまとめて返してやる
!﹂
﹁ほう。吹くじゃないか。その意気に免じて火魔法は使わないでや
ろう。使えば貴様らなど一撃で消し炭だからな﹂
﹁後悔するなよ!﹂
﹁おおっ!ほたえてないでさっさとかかって来いやーーーー﹂
周りはすっかり盛り上がってる。﹁やれー﹂﹁やっちまえー﹂な
どの声援があがる。
369
2人が同時に仕掛けてきた。2人一度にかかれば勝機があると思
ったか!
バックステップで素早く距離を取り、隠密+忍び足を使いサイ
ドステップでクルックのサイドに回りこむ。シルバーはこちらを一
瞬見失ったようだ。だがクルックはこちらに向き、剣を振るう。お
れはそれをフルパワーで打ち払う。レベルアップと肉体強化でパワ
ーはクルックをはるかに凌駕している。剣を流されてバランスを崩
すクルック。そこを接近し、首筋に手刀を叩き込む。倒れるクルッ
ク。よし、これであとはシルバーのみだ。
シルバーは重装備でがちがちに固めており、何度か斬りつけるが、
致命傷にはならない。やっかいだな。だがやりようはある。
正面から思い切り打ちかかる。もちろん盾で止められたがパワー
はこちらが上。つばぜり合いでシルバーが盾を維持しようと踏ん張
ったところに足に蹴りをいれる。バランスを崩したところに︻エア
ハンマー︼をぶち込んだ。
吹き飛ぶシルバー。金属プレート越しとはいえ、まともに食らえ
ば衝撃はすさまじいだろう。
﹁く⋮⋮魔法は使わないはずじゃあ⋮⋮﹂
﹁ふん。使わないのは火魔法といったはずだ﹂
﹁卑怯な⋮⋮がくっ﹂
370
﹁悪は滅びた!おれの勝利だ!!﹂
剣を差し上げ、勝利の雄たけびをあげる。おおおおおおっと周り
が盛り上がる。
サティが人垣からひょこっと顔を出した。
﹁マサル様、この人たち悪なんですか?﹂
しまった、友達だった!?クルック!シルバー!?死ぬなあああ
あ。今ヒールをかけてやるからな!
﹁こんなおれ達に回復魔法をかけてくれるのか⋮⋮おまえを殺そう
としたのに﹂
﹁何を言ってる!おれたち友達じゃないか!さあ、︻ヒール︼︻ヒ
ール︼﹂
﹁おれ達は激情に駆られてなんてことをしてしまったんだ⋮⋮﹂
﹁わかってる。悔しかったんだよな。おれ、おまえ達の気持ちも考
えずに正直に答えちまったんだ。悪いのはおれだ﹂
﹁マサル⋮⋮﹂
﹁クルック、シルバー。もういい。もういいんだ。おれ達は友達だ。
それでいいだろう?﹂
﹁﹁マサル!!﹂﹂
371
がしっと抱き合うおれ達を見て拍手を送る観客達。
﹁うむ。いい戦いだった﹂と、軍曹どの。
﹁だが、喧嘩で剣を抜くのは感心せんな。おまえら、こい。説教だ
!﹂
3人で軍曹どのにたんまり怒られた。解放されたとき、すでにド
ラゴンのセリは終っていた。
ドラゴンの素材の分配は38000ゴルドほどになった。1サテ
ィ分と少しくらいだな。資金は合計で66000ゴルドほどに増え
た。特に使い道もないし、当分働かなくていいな。ちなみにドラゴ
ンはやはり上位種だったらしく、セリは盛況だったそうである。
クルックとシルバーとの友情を再確認したおれは、2人を家に
招待することにした。2人はドラゴンの報酬をもらってご機嫌であ
る。
ティリカちゃんのところに寄って行くと、午前中で仕事が終った
のでついて来るという。
クルックとシルバーはなんで真偽官の人が、と不思議がってたが、
372
サティの友達だというとわかったようなわからないような顔をして
いた。どうも一般の人には魔眼というのは、少々恐れられていて近
寄りがたい存在なようだ。おれからするとちょっと高性能な嘘発見
器くらいにしか思えないんだが。それにかわいいは正義だと思うん
だ。
ちなみにアンジェラとエリザベスにも既にティリカちゃんのこと
は話してある。命を狙われてるっぽい人の側にいるのに、黙ってる
のもどうかと思ったのだ。アンジェラもエリザベスも戦闘力には不
足してないので、そんなのが来たらぶっ飛ばしてくれるそうだ。頼
もしい。
おれは今、手をつないで前を歩いているサティとティリカちゃん
の後をついて歩きながら、こそこそとクルックとシルバーに奴隷商
の話をしている。
﹁それで大きい部屋にいったら8人もいてさ﹂
﹁ええ!?おれが行ったとき4人だったぞ﹂
奴隷商のおっちゃん。おれが運がいい、綺麗どころが揃ってるっ
て言ってたの本当だったのか。
﹁それでみんな薄い服を着ててさ。ちらちら見えるわけよ﹂
クルックはうんうんとうなずいていて、シルバーはうらやましそ
うにしている。前を歩いてるサティの耳がぴくぴく動いている。距
離もあって、結構小さい声で話してるんだけど、あれきっと聞こえ
373
てるよなあ。
﹁それで一人目が、むっちりした色気のある⋮⋮﹂
4番目の子の説明にかかろうとしたときに家についた。
﹁おー、いい家じゃないか﹂
﹁借りてるだけだけどな。ほら、庭も結構広いんだぜ﹂
﹁この家でサティちゃんと2人きり⋮⋮﹂
ああ、うん。2人じゃないんだけど。火に油を注ぎそうなので黙
っていたほうがいいな。
﹁ああ、ほらほら。お昼ご馳走してやるから。中に入ろう﹂
中に入るとエリザベスはともかく、アンジェラまでいた。サティ
とティリカちゃんも既に中に入ってて、女性4人が出迎えてくれれ
る。
﹁遅かったじゃない。お腹がすいたわ﹂
﹁おかえりなさい。ほら、昨日言ってた本を持ってきたんだよ﹂
続けて入ってきたクルックとシルバーが女の子達を見て、少し固
まる。
374
﹁おい、なんでエリザベスさんがいるんだよ。それにもう一人の綺
麗な人は?﹂と、クルックが小声で聞いてくる。
﹁あー、うん。みんなを紹介しとこうか。こいつらは友達のクルッ
クでシルバー﹂とまず2人を紹介する。
﹁お昼を食わせてやろうと思ってつれて来た。で、こっちは神殿の
神官でアンジェラさん。ほら、前に話したことがあるだろ?﹂
エリザベスは面識があるので割愛。クルックはああ、あのとうな
ずいている。
﹁ええっと。2人は居間で待っててくれるか。準備するから﹂と、
クルックとシルバーを居間に案内し、台所兼食堂に戻る。
﹁よし、じゃあお昼の準備をするか﹂
﹁こっちはサティとティリカでやるからお友達と話してきたら?﹂
と、アンジェラ。
﹁そう?じゃあ任そうかな。あ、この肉使ってね﹂と、アイテムか
ら野ウサギの肉を一塊取り出す。
﹁あいつら食いそうだから多めにお願いします﹂
エリザベスは手伝う気はなさそうだが、食堂にいるそうだ。
﹁男の子同士で話してきなさいよ。わたしはこっちにいるから﹂
375
居間に戻って3人でテーブルを囲む。すぐにクルックが話かけて
きた。
﹁なんで女の子ばっかり4人もいるんだよ﹂
﹁ええと。サティはいいよな。んでティリカちゃんはサティの友達
でよく遊びに来るんだ。エリザベスには魔法を教えてもらってるの
は知ってるだろ?あとアンジェラはサティに料理を教えにきてもら
ってるんだ﹂
﹁爆発しろ﹂と、シルバーがぼそっという。クルックがうなずく。
﹁いやいや、なんでだよ。いる理由はいま説明したろ?﹂
確かに全部説明しちゃうと爆発しろって言われてもおかしくない
が。
﹁おれ達が来なければ、マサル、男一人であの綺麗どころに囲まれ
て食事だったろ﹂
﹁そんなの許されざる﹂
傍から見れば確かにうらやましい状況だな。しかし別にサティ以
外とは特に何にもないわけで。いや、少しはある気もするけど。
﹁別に食事を一緒にしたからって何にもないから。ほら、今日はア
ンジェラの手料理が食えるんだぞ。神官の手料理を食べる機会なん
か滅多にないぞ。感謝しろ﹂
376
﹁それもそうだな。それよりも!さっきの話の続きを⋮⋮﹂
奴隷商の話の続きですね、うん。4番目の子の話からだったな。
﹁それで4番目の子がな、これがまた美人で⋮⋮﹂
奴隷商の話を終えて、サティのことも話した。目が悪く、小さい
頃からいじめられてきたあげくに、親に売られ奴隷にされた。奴隷
商でもなかなか売れずに、娼館か鉱山送りにされそうなところを買
い取って目の治療をしたと。
﹁おれはおまえのこと誤解していたよ⋮⋮﹂
﹁ああ、なかなか出来ることじゃない﹂
﹁そうだろうそうだろう。決して邪な気持ちで買ったわけじゃない
んだよ。あくまでも同情して買ったんだ﹂
﹁添い寝とか背中流してもらうとか、マジでぶっ殺そうと思ったけ
ど、そういう話ならまあ仕方がないな⋮⋮﹂
﹁それにおまえらも今回ので結構収入があっただろ?もうすぐ買え
るんじゃないのか?﹂
﹁二人合わせても足りないよ﹂
﹁なんなら貸してやろうか﹂
377
﹁﹁!?﹂﹂
﹁いや、借金してまでは⋮⋮﹂﹁おれは普通に恋愛をして⋮⋮﹂
2人ともそこまでは思い切れないようだ。まあ普通なら奴隷を買
ってお嫁さんにするとか最終手段だよなあ。奴隷にはちょっぴり興
味があるけど、やっぱり普通の恋愛がしたい。それが男の子ですよ
ねー。
それに最近好きな人ができたんだ、とシルバー。おお、リーズさ
んを諦めて新しい恋を見つけたのか。
﹁ナーニアさんがいいなって﹂と、シルバーが言う。
何も言えなくなった。どうしてこいつらはそう無理目な子ばかり
狙うのか。確かにナーニアさん素敵だし、ごく最近までフリーだっ
たけどさ。
﹁ああ、ナーニアさん格好いいし強いし美人でいいよな。おれとし
てはもうちょっとこう、優しい感じ?アンジェラさんみたいな感じ
がいいんだけどな﹂
﹁アンジェラはだめだぞ﹂
クルックなんぞにアンジェラはもったいない!
﹁ああ、分かってるって。そんなに睨むなよ﹂
シルバーには言っとくべきか⋮⋮
378
﹁なあ、シルバー。ナーニアさんな。その、好きな人がいてな。ほ
ら、暁のリーダーのオルバさんっているだろ﹂
﹁え、誰とも付き合ってないって聞いたのに⋮⋮﹂と、シルバーは
呆然としている。
付き合ってなくても好きな人くらいいるだろうに。そこはもう一
歩踏み込んで好きな人はいないのかも調べるべきだったな⋮⋮それ
に今頃はもうお付き合いしてるかもしれないし。
どうなったのか気になるな。あとでエリザベスに聞いておこう。
ちなみにオルバがナーニアを好きなことは周りのものならなんと
なく知ってたが、ナーニアのほうはそういうそぶりを全く見せてな
かったので、知ってるのはエリザベスくらいだったのである。調査
不足とシルバーを責めるのは酷であろう。
﹁ほ、ほら。今度一緒に奴隷商見に行こう。な?見たいって言って
ただろ。つきあってやるから!﹂とクルック。
2人でシルバーを慰めているうちにサティが食事の準備ができた
と呼びにきた。
しょんぼりしていたシルバーはおいしい食事で少しは元気がでた
ようだ。クルックはしきりにアンジェラに料理上手ですねなどと話
しかけてる。分かってるといいつつ、こいつは⋮⋮もうアンジェラ
のいるときには絶対に呼ばないようにしよう。
379
特に何事もなく、食事は穏やかに終わり、クルックとシルバーは
帰っていった。デザートも食べていけと言ったが、午後からも訓練
があるからと。空気を読んで遠慮したのかね。アンジェラとエリザ
ベス、いつもの3割増しくらいお淑やかだったもんな。
帰り際玄関で2人を見送る。
﹁弱者はしっかり訓練に励んでこい。暇なときならまた相手をして
やってもいいぞ﹂
﹁今日はちょっと油断していただけだ!そのうち地べたに這いつく
ばらせてやる!﹂
﹁はっはっは。やりたきゃもう一人くらい連れてくるんだな。3対
1なら勝負になるかもしれないぞ。あ、ラザードさんとかは禁止な
!﹂
﹁わかった。ラザードさんにはマサルがやりたがってたって言っと
いてやるよ!じゃあなっ!﹂
そういうとクルックは素早く逃げていった。シルバーもご馳走様
と言って歩いていく。
﹁あ、待てこら!それはしゃれにならんぞ!﹂
やべえ。まじでラザードさん来たらどうしよう。ドラゴン戦のと
きの人間離れした動きを思い出す。
真っ二つにされちゃうよ!
380
32話 男子達のとてもくだらない戦い︵後書き︶
サティにお風呂でたっぷり洗われてしまう、エリザベスとアンジェラ
﹁気持ちよかった﹂﹁サティいいわね。わたしに譲らない?﹂
ティリカちゃんだけでなく2人までサティに寝取られそうな勢いだ!
次回、明日公開予定
33話 ファーストキス
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
ちょっと気になった意見 >>唐揚げは片栗粉じゃないですか
唐揚げをうちでは小麦粉で作ってます
鶏肉を牛乳に卵1個いれたものに少し漬け込み
︵30分∼前日から仕込めばなおよし︶
それに小麦粉+塩、コショウ、オールスパイスを混ぜた粉に付け揚
げます
するとあら不思議。なんちゃってケン○ッキーの出来上がりです
美味しいですよ。弱点は時間が経つとちょっとべちゃっとすること
でしょうか
381
33話 ファーストキス
食後のプリンを食べながら、アンジェラの持ってきた本を見せて
もらった。本と言ってもただのノートだ。中を見ると目次などもち
ゃんと書いてあり、手書きながら綺麗な字で読みやすそうだ。さす
がに挿絵のたぐいはついてないけど。
タイトルを見てみると、﹃ドラゴンと魔法使い﹄﹃ヒューマンに
なりたかったゴーレム﹄﹃森のエルフと黒い騎士﹄﹃火吹き山のド
ラゴン﹄﹃エルフ姫﹄地球の童話にもありそうなタイトルだ。ドラ
ゴンとエルフが人気なのか。そう言えばエルフっているらしいんだ
けど、見たことないなー。珍しいんだろうか。
﹁ありがとうアンジェラ﹂
﹁うん。返すのはいつでもいいからね。同じのはあるから﹂
﹁これ、ティリカちゃんが貸してくれたんですよ﹂と、サティに2
冊の本を渡される。立派な装丁の高そうな本だ。タイトルは﹃ガレ
イ帝国記﹄﹃リシュラ王国の成立﹄ってどうみても字を習ってる子
供に読ます本じゃないだろう。
﹁面白い﹂と、ティリカちゃん。
﹁お、おう。ありがとうな﹂
ぱらぱらと見てみるとやっぱりお隣の帝国とこの国の歴史を綴っ
たものだった。まあ歴史の勉強もしといたほうがいいし、読み聞か
382
せくらいはやっとくか。
アンジェラはまた後でと帰っていき、サティとティリカちゃんは
童話のノートで読み書きの勉強をしている。おれはエリザベスと居
間に移動して、ナーニアさんのことを聞いてみた。
﹁上手くいったわよ﹂
でもなんか不満そうな顔だな。
﹁聞いてよ!オルバが告白してナーニアがOKしたところまではい
いのよ﹂
うん、確かにいいだろう。それ以外何があるんだ?
﹁問題はそのあとよ!手を握ってチューして終わりだったのよ!﹂
﹁いや、最初だしそんなもんじゃないのか﹂
告白していきなり最後まで行くほうが問題ありそうだが。
﹁時間がないのよ。もうすぐこの町を出るんだから。そしたらそん
な暇なくなるのよ﹂
﹁もうすぐ休暇終わりだっけ。休暇が終ったらどうするの?﹂
﹁休暇は明日までね。明後日からゴルバス砦にむかって、そのあと
は魔境よ﹂
383
﹁魔境ってすごく危険って聞いたぞ﹂
﹁そうよ。だから急いだほうがいいんじゃない。いつ死ぬかもわか
らないのよ﹂
死ぬかもってそんなにやばいのか⋮⋮
﹁魔境って言っても色々でね、予定しているところはそれほど危険
はないはずなんだけど、何が起こるかわからないのが魔境よ﹂
ドラゴンにも怯まなかったエリザベスが言うんだ。よっぽどなん
だろうな。心配だ。
﹁それなのにチューだけなんて⋮⋮発破のかけかたが足りなかった
かしら?﹂
﹁女の子がチューチュー言うな。はしたないぞ。それにエリザベス
はどうなんだよ。経験あるのか?﹂
﹁そ、そんなのないわよ。マサルこそどうなのよ﹂
﹁ないぞ﹂
なんだ、ただの耳年増か、と赤くなったエリザベスを見る。やわ
らかそうな唇だな。キスしたら気持ちよさそうだ。なんて考えてる
と、エリザベスと目があった。なんとなく黙って見つめあう。顔が
近い。なんだ?あんまりチューチュー言ってたから変なこと考えて
どきどきする⋮⋮。エリザベスが口を開く。
384
﹁た、試しにチューしてみ⋮⋮﹂﹁マサル様!大変です!﹂
うわっ、サティか。びっくりした。いや待て、いまエリザベスな
んていった?
﹁どうした、サティ?﹂
﹁プリンを作ろうと思ったんですが、薪がもうありません!﹂
薪ならアイテムに細かく切る前のがあったな。今から切らないと。
﹁じゃあ今から薪を作るよ。ちょっと待っててくれ﹂
庭に出て、丸い木と斧を出す。なんか台がないとちょっとやり辛
いな。まあ地面でいいか。斧で木を力任せにがしがし切っていく。
パワーがあがったから面白いように切れるが、やっぱり面倒くさい
な。こういう時は子供達だな!森で木でも切ってきて子供たちに薪
を作ってもらうか。
それにしても。さっきエリザベスは何を言いかけたんだろう。試
しにチューしてみない?うーん。でもそれ以外考えられないよな。
しかし、チューか。エリザベスがおれのことを好きなんてあるん
だろうか。タダ飯を食べに来てるだけと思ったが、もしかしておれ
のことを⋮⋮いや、ダメだぞ。ここでおれのこと好きなの?なんて
聞いた日にはエリザベスに馬鹿にされてしまう可能性がある。それ
だけならいいけど、ドン引きされてもう来ないとか言われたらダメ
ージでかいぞ。
居間に戻る。エリザベスはこっちを見るとぷいっと横を向いた。
385
﹁あの、さっき言いかけたのは⋮⋮﹂
﹁冗談よ﹂と、横を向きながらいう。
そうか。そうだよな。変なこと聞かなくてよかった。恥かくとこ
ろだった。
﹁わたしも料理、覚えてみようかしら﹂
ふいにエリザベスがつぶやいた。
﹁そうだな。家事の一つもできないと、いつまでもナーニアさんに
心配かけてばかりになるぞ。試しに今日、アンジェラに少し教えて
もらえばどうだ。ティリカちゃんも少しはできるようになってきた
みたいだぞ﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
それからエリザベスに魔境での依頼のことを教えてもらった。依
頼は新規の開拓村を作るにあたって、その警備と周辺のモンスター
の排除である。開拓村は魔境への足がかりとして頑丈な砦が作られ
る。開拓村ができたら軍や冒険者の拠点となり、人族の領域を押し
広げるのだ。任務は数ヶ月にも渡る。ある程度交代でゴルバス砦に
は戻ってくるが、基本的にはずっと魔境で生活することになる。で
も高レベルのパーティーがいくつも参加するし、この前のドラゴン
戦ほどの危険はないはずよ、と。
﹁ねえ、マサル﹂
386
﹁うん?﹂
﹁一緒に来ない?﹂
﹁サティを放ってはおけないよ。一緒に連れてくわけにもいかない
だろ﹂
真剣な顔をして聞くエリザベスを見て、もしサティがいなかった
らついていっちゃったかもしれないな、とそう思った。でももし本
気で行こうと思ったなら、サティをアンジェラかティリカちゃんに
預けたりやりようはあった。結局のところ、話に聞いた魔境が恐ろ
しかったのだ。
﹁そうよね﹂と、さみしそうなエリザベス。
﹁魔境から帰ったら⋮⋮︵さっきの続きをしましょうか︶﹂
﹁ん?﹂
小さな声で何を言ったのか聞こえなかった。
﹁ううん。なんでもないわ。魔境から帰ったらまたプリンを食べさ
せてちょうだい﹂
﹁いいよ。たっぷりご馳走する﹂
387
夕食はエリザベスも手伝い、鍋をひっくり返して大騒ぎだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
おれはいま、そわそわとお風呂の順番を待っている。ティリカち
ゃんは既にお風呂からあがり、いまはアンジェラがサティに洗われ
ているはずだ。昨日は洗われちゃったんだけど、あっちから来るの
とこっちから行くのでは気分がずいぶん違う。裸のサティが待って
ると思うと、すごく緊張するのだ。
アンジェラが出てきて、入れ替えにエリザベスが入っていく。お
れはこの次か!?
ソファーに座ったアンジェラがいつもより赤い顔をしている気が
する。ちょっと聞いてみた。
﹁気持ちよかった?﹂
﹁かなり﹂
﹁そうか﹂
﹁マサル、あんたまさか全身は洗ってもらってないよね?﹂
﹁頭と背中だけだ﹂
388
﹁そう。ならいいのよ﹂
エリザベスも出てきた。ほっこりとした顔をしている。
﹁サティ、いいわね。あの子わたしに譲る気はない?﹂
﹁いやいや、あげないよ!﹂
﹁そう。まあいいわ。はやく行ってあげなさい。サティ待ってるわ
よ﹂
サティ、2人にどんな洗い方をしたんだ⋮⋮
おそるおそるお風呂に入るとサティはバスタオルを体に巻いて待
っていた。ほっとする。いいぞ、サティ。やればできるじゃないか!
﹁アンジェラ様がマサル様のときはこれをしておけって﹂
なるほど。さすがはアンジェラ。常識人だ。
﹁いいんじゃないか。似合ってるよ、うん。これからはそうすると
いいよ﹂
﹁はい﹂と、ちょっと残念そう。そんなに裸をおれに見せたいのか。
おれもそろそろ我慢の限界だし、2人切りになったら見せてもらお
うかな?
389
昨日と同じように洗ってもらい、一緒に湯船に浸かる。今日は前
も洗うとは言わなかったな。それもアンジェラだろうか。本当に助
かる。おれじゃ説得しきれないし。
今日は落ち着いて湯船からあがり、ちゃんと体を拭く。もちろん
手早くだ。サティがついてきてるからね。拭くのを手伝ってくれよ
うとしたが、そこは固辞した。だって、サティ素っ裸なんだぜ⋮⋮
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日。おれは朝からプリンを作っている。大量にだ。冷やすため
の氷も買って来て臨時の冷蔵庫も作ってある。
﹁プリンとから揚げを作ってちょうだい。もちろんタルタルソース
もね。お金はいくらでも出すわ﹂
﹁どれくらい?﹂
﹁最低でも2か月分くらい欲しいわ。あっちでいつでも食べられる
ようにね﹂
予想外に多いぞ!?そりゃアイテムボックスなら保存は思いのま
まだけど、2か月分ってどれくらいだ。60日で2食として120
個?から揚げをエリザベスが食べる量で考えると⋮⋮300g×1
20で36kgのから揚げか。これは大変なことになりそうだ。
390
作っては冷やし、作っては冷やす。すぐに冷蔵庫は満杯になり、
臨時の冷蔵庫も埋まっていく。
容器は大量に買ってきたし、馬乳は店で売ってる分で足りなかっ
たので、卸し元の牧場を探して買い取ってきた。
﹁そうね。一日2個⋮⋮いやそれだと。一日1個で⋮⋮﹂
エリザベスは大量に完成したプリンを見て満足気だった。ニマニ
マしてプリンを眺めている。
午後からのから揚げ作りはアンジェラも手伝ってくれた。手持ち
の野ウサギの肉だけでは足りず、ドラゴンの肉と大猪の肉も半分く
らい差し出さされた。マヨネーズも全部使い、タルタルソースを大
量生産する。またマヨ作りしないと⋮⋮ごめんよ、子供達。恨むな
らエリザベスを恨め。
作った端からエリザベスのアイテムボックスに入れていく。途中
で入りきれなくなったのか、色んな雑貨や服なんかを出してさらに
から揚げを投入していく。2か月分といっても1人分。食材自体は
思ったより少なくすんだ感じだが、問題は容器だ。プリンなど1個
ずつ陶器製の容器に入ってるからすごい重量になっている。
﹁服とか道具、持って行かなくていいの?﹂
﹁持てる分は担いで持っていく。それに服はなくても困らないわ﹂
いやいや、から揚げもなくても平気だろう?
391
﹁だめよ!なかったら困るわ﹂
どんだけから揚げ好きなんだよ⋮⋮
午後遅くにようやく全ての作業が終わり、エリザベスは荷物を背
負い袋にいれて重さを確かめたりしている。背負い袋はぱんぱんだ
ったが、それでも結構な荷物があとに残された。
﹁そんな重そうなの背負ってて大丈夫なの?﹂
﹁基本的に馬車で移動するから。あとこの荷物、預かっておいてね﹂
﹁うん。いいけど、なくても困らないの?﹂
﹁あっちでは定期便がでる予定だし、いざとなったら体一つあれば
いいのよ。魔法使いなんだから﹂
そんなにから揚げが大事なんですね。プリンはともかく、から揚
げくらいなら魔境でも作れそうだし、次戻ってきたら作り方を覚え
てもらおう。
﹁考えておくわ。料理って簡単そうに見えて案外難しいのね﹂
いや、あんなに派手に鍋をひっくり返したり、お皿割ったりする
のエリザベスだけだよ!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
392
翌朝、家の前で全員でエリザベスを見送った。サティとティリカ
ちゃん。アンジェラも来ている。
﹁じゃあね、あんたたち。わたしがいなくてもちゃんとやるのよ?﹂
いや、それはこっちの台詞だろう。
﹁お気をつけて、エリザベス様﹂
﹁依頼。がんばって﹂
﹁本当に気をつけるんだよ?危なくなったらフライとかで逃げたら
いいんだからね﹂
最後におれが一枚の紙を渡す。
﹁プリンやから揚げの作り方を詳しく書いておいた。向こうで材料
が手に入るかわからないけど、作れそうならナーニアさんにでも作
ってもらうといい﹂
﹁ありがとう、マサル﹂
エリザベスはそういっておれをぎゅっと抱きしめた。そして離れ
際、ちょんと口をつけるだけのキスをした。
﹁ファーストキスよ。光栄に思いなさい﹂と、耳元でささやく。
393
おれが驚いて固まっているうちにエリザベスはさっさと歩いて去
っていった。
394
33話 ファーストキス︵後書き︶
4番の子を奴隷商に見に行くマサル
﹁あの子はもう売れちまいましてね﹂
じゃああのおねーさんでも⋮⋮
次回、明日公開予定
34話 間違えないでね
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
魔境にいるエリザベス。マサルのもとに魔境の前進基地がモンスタ
ーの大軍団に襲われたとの急報がはいる。助けに走るマサル。だが
少しの差で間に合わない。
﹁ああ、マサル⋮⋮マサルなの。来てくれたのね﹂
﹁しっかりしろ、エリザベス。今ヒールをかけてやるからな!﹂
﹁もういいの。わたしは助からないわ。自分の体だもの。わかるわ﹂
﹁絶対に助けてやる!エリザベス﹂
﹁お願い、マサル⋮⋮世界を⋮⋮世界を救って⋮⋮﹂
﹁ああ、わかった。世界を救うよ⋮⋮エリザベス⋮⋮だから死なな
いでくれ⋮⋮﹂
﹁ありがとう、マサル。あとサティと仲良くするのよ?﹂
﹁うん、うん。わかったからもうしゃべるな⋮⋮﹂
﹁アンジェラ⋮⋮マサルをよろしくね。こいつ頼りないところがあ
るから⋮⋮﹂
395
﹁わかった。マサルのことは任せなさい﹂
﹁ああ、マサル。もう目が見えないわ。マサル、マサル⋮⋮大好き
よ⋮⋮﹂
﹁エリザベス⋮⋮?エリザベーーーース!!!!﹂
という妄想。自分で書いててちょっとうるっときた。
エリザベスさんには今後も活躍してもらいますし 、ハッピーエン
ドが好きなのでこういう鬱展開はありません。
﹁魔境から帰ったらまたプリンを食べさせてちょうだい﹂が死亡フ
ラグっぽかったので書いてみた。
※世界を救う予定は今のところありません。
396
34話 間違えないでね
﹁エリザベスがいなくなってさみしい?﹂
玄関前で、エリザベスの行ったほうを見ていると、そうアンジェ
ラが聞いてきた。
﹁ちょっとね。一人だったら死にそうな気分になってたかも﹂
そしてすぐ側に立っているサティの顔をみて笑いかける。うん、
サティがいるからね。
﹁アンジェラこそずいぶん心配してたじゃないか。喧嘩ばかりして
たから仲が悪いのかと思ってたよ﹂
﹁別に嫌いじゃないのよ。ちょっと突っかかってくるから言い返し
てるだけ﹂
そういうものか。それにしても最後のあれ。やっぱりそういうこ
となんだろうか。ファーストキスって言ってたし。でも異文化だし、
どの程度の意味があるのか。恋愛感なんかは話してるとそう違いは
ないと思ったが、キスがどうのこうのってのは話に出たことがない。
サティとティリカちゃんは朝食の後片付けに先に中にはいった。
ちょっと聞いてみるか?
﹁こんなこと聞いていいのか、よくわからないんだけど。ほら、お
れって遠くの国の出身だろ?風習って色々あるし、エリザベスがそ
397
の、最後に⋮⋮﹂
﹁キス?﹂
ほんの一瞬だったし、死角で見えなかったかもって思ってたがば
っちり見られてたか。
﹁そう。あれってどの程度の好意でするものなんだろうか。うちの
ほうじゃかなり好きじゃないとしないんだけど、こっちは気軽にす
るものなのか?﹂
ファーストキスとは言ってたけど、イタリア人みたいに挨拶かわ
りにチューチューする国もあるし。いやあれは頬だっけ?
﹁気軽になんかしないわよ。エリーはちゃんとマサルのこと好きだ
よ。わかってあげないとかわいそうじゃない﹂
この前も冗談とか言ってたし、軽い気持ちでするのかと思ったけ
ど、日本とそんなに変わらないんだな。てことはあれ?冗談って言
ったのも⋮⋮
﹁うん、ごめん。好意を持ってくれてるのはわかってたんだけど、
友達としてとか弟子としてとかかもしれないしって﹂
﹁そうね。あの子ちょっと素直じゃないところもあるしね﹂
﹁昔ね、ちょっといい雰囲気になった子に告白したことがあったん
だ。でも結果は惨敗でね。友達として好きだけど、そういうことじ
ゃないって。そのあとはぎくしゃくしちゃって疎遠になっちゃって
さ。それが2回もあったんだ⋮⋮﹂
398
好意を寄せてくれるそぶりがあっても、それが友情なのか、ただ
の愛想なのか。それとも本当に愛情なのか。よくわからない。
﹁そう⋮⋮﹂
﹁それからそういうの怖くなっちゃって﹂
﹁安心しなさい。エリーもサティもちゃんとマサルのことが好きだ
から﹂
サティは誤解のしようもないけど、まさかエリザベスがな⋮⋮
﹁わたしも﹂
﹁ん?﹂
﹁マサルを好きだから。間違えないでね﹂
そういうとおれを置いて、アンジェラはさっさと家に入っていっ
た。
しばらく気持ちを落ち着かせてから家に入ると、アンジェラがま
た後で来ると言って入れ違いに出て行った。ちょっと顔をあわすの
は恥ずかしかったからありがたい。
399
﹁じゃあ準備してティリカちゃんをギルドに送っていくか﹂
﹁はい﹂
まずティリカちゃんを送って、サティを訓練場に預けて。野ウサ
ギの肉がなくなっちゃったから、草原で狩り。それと薪用の木を切
る。今日の予定はこんなもんか。アンジェラのことは後でゆっくり
考えよう。ちょっと混乱してる。
ギルドに着き、ティリカちゃんを副ギルド長のところに連れて行
く。
﹁いやー、毎日すまんなあ。何かお礼でもしたいところだが、なに
か希望はあるか?またあの酒もってきてやろうか。知り合いの蔵で
作ってるやつでな。なかなか手に入らんのだよ﹂
ドレウィンはギルドでは上司部下ではあるが、家族のいないティ
リカちゃんの保護者代わりでもある。
﹁ああ、それはいいですね。あのお酒美味しかったですよ。でもそ
んなに気にしないでも。サティは喜んでますし、ティリカちゃんそ
んなに食べないですしね﹂
大食いのサティに比べてティリカちゃんの食べる量は普通だ。
﹁それにギルドには世話になってますから﹂
実際、訓練場で無料で鍛えてくれるのはとてもありがたい。
400
﹁そうかそうか。まあ酒は今度もらってきてやるよ﹂
﹁はい。サティ、訓練場に行くぞ﹂
﹁はい、マサル様。ティリカちゃんまたね﹂
﹁ばいばい。おねーちゃん﹂
訓練場に行くとサムソンさんは若い冒険者の相手をしていた。声
をかけるとそいつを置いて、すぐにこちらに来た。
﹁よくきたな。今日もたっぷり鍛えてやろう﹂
﹁はい。教官どの!﹂
﹁あの。あっちはほっておいていいんですか?放置されてどうして
いいかわからないって顔してますよ﹂
教官の数は限られているので指導は基本先着順だ。誰もあいてな
ければ自主練習でもして待つことになる。
﹁やつは一人前の冒険者だ。半人前のサティちゃんを鍛えるほうが
大事に決まってる!だがそうだな。マサル、おまえ相手をしてやれ﹂
﹁少しだけですよ。このあと用事もあるんですから﹂
﹁おい貴様。こいつに相手をしてもらえ﹂と、冒険者のほうに押し
401
出される。
木剣を取り、冒険者の前へ行く。先ほどサムソンさんとやってい
るのを見た感じでは、クルックと同程度か少し強いくらいだろうか。
相手をするのに問題はなさそうだ。
﹁ではお相手します﹂と、構える。
この世界の冒険者はみな背が高いし、体格がいい。じゃあみんな
そうなのかと言うとそうでもない。そこらへんを歩いている人や、
店で働いてる人なんかは小さい人も普通にいる。きっと体格もよく
て運動が得意なやつが冒険者になるんだろう。
﹁おいチビ、お前あの子の連れか?横入りしやがって。どうせなら
あの子を連れてこい。おれがたっぷりと可愛がってやるよ﹂
こいつも結構でかい。160cmのおれと比べて頭一つ高いし、
体格もいい。背も小さく、体も細いおれじゃタックル一つで吹き飛
びそうに見えるだろう。ずいぶん馬鹿にしたような口調だ。
だがちょっとむかっと来たぞ。おれがチビなのは本当だが、サテ
ィに目をつけたのは許せない。横入りも別にこっちが無理してやっ
たわけじゃない。教育的指導が必要だな。
﹁まあまあ。回復魔法も使えますから、本気でかかってきてもいい
ですよ。それともチビが怖いですか?﹂
﹁なあにおぉ。くそチビ、逃げるなよ。ぼっこぼこにしてやるよ!﹂
あ、やべ。ちょっと怖い。暁のオルバさんやラザードさんに比べ
402
たら全然迫力にかけるから余裕こいてたら、やっぱり怖いわ。そう
言えばクルックや教官とかを除いて、他の人とやるの初めてだっけ。
おれがちょっとびびったのが分かったのだろう。ニヤニヤしなが
ら近づいてくる。
そいつが上段に振りかぶり打ちかかってくる。それを盾で受け、
カウンターで軽く胴を打ってやる。防具の上からだが、少しは痛い
だろう。
よし、やっぱりそれほど強くないぞ。怖がって損した。
一本いれられて怒ったのだろう。顔を真っ赤にして襲い掛かって
くる。
だが、頭に血がのぼって動きが雑になっている。相手の攻撃を受
け流しながら、ほらほら足元がお留守ですよ?と蹴りを足にいれて
すっころばせてやった。
﹁ジェンド!冷静に動きを見ろ。マサルはもっと本気でやれ!﹂
遊んでたらサムソンさんから指導が入った。ジェンドと呼ばれた
冒険者も立ち上がり今度は慎重に距離を取っている。
本気か。寸止めなんて器用な真似はできないが、木剣だし、防具
も着てるからそう酷いことにはならないだろう。教官達は本気でや
っても余裕で相手をしてくるし、クルック達とはどこか手加減をし
ていた。日本では喧嘩なんかしたことがない。相手を怪我させるの
が怖いし、静かに殺気を向けてくるこいつはもっと怖い。だがこれ
は訓練だ。それにサティにちょっかいを出そうとしたこいつにお仕
403
置きも必要だ。やるしかない。
ジェンドはカウンターでやられたので今度は待ちの作戦のようだ。
だからこちらから打ち込んでやる。1合、2合、3合。うわ、こい
つ思ったより強いぞ!?クルックと同程度とかとんでもない。
だが小兵のおれを非力と侮ったのだろう。相手の木剣を盾で力任
せに打ち払い、側頭部に容赦なく剣を打ち込む。ヘルムの上からだ
ったが、どっと地面に倒れうめいた。
やばい、頭にまともにいれちまった!?︻ヒール︼︻ヒール︼
﹁おい、大丈夫か?﹂
ジェンドは頭を振って立ち上がった。
﹁くっそ。もう一本だ!﹂
すごい目で睨みつけてくる。そんなに睨まれると怖ええよ。やる
んじゃなかった。一発いれて倒してスッとしたし、もうやりたくな
かったがこいつはやる気まんまんだ。
﹁ああ、だがこのあと用事がある。あと一回だけな﹂と、平静を装
って告げた。
少しヒヤッとする場面もあったが、3発ほどいいのを入れるとジ
ェンドは倒れた。倒れてゲホッゲホッと咳き込んでいる。最後の胴
でアバラが折れたかもしれない。
404
﹁ほら、いま回復してやるから︻ヒール︼︻ヒール︼﹂
ヒールをかけてようやく呼吸も落ち着いてきたようだ。
﹁すまない。マサルと言ったか。おまえ強いな。チビって馬鹿にし
て悪かったよ﹂
﹁いや、こっちこそ教官取っちゃって。お互い様ってことで﹂
ちょっと心が痛む。おれの強さは所詮チートスキルの借り物だ。
この人はきっと血の滲むような努力をしてきたんだろう。おれの本
来の強さなど、クルックどころかサティにすら勝てないかもしれな
い。強いって言われるとほんとに申し訳ない気分になる。
﹁そうか。また今度相手をしてくれないか?﹂
なんだ。普通に話せばいい感じの人だな。顔は怖いけど。
﹁ああ。機会があればな。じゃあおれはそろそろ行かないと﹂
サティに声をかけて訓練場をあとにする。さて、このあとは草原
に行くんだが、少し寄るところがある。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
405
おれはまた奴隷商に来ている。今度は普通に扉をくぐる。前と同
じ禿の人が出迎えてくれた。そういえば名前すら聞いてないな。
﹁おや。お兄さん。あの子はうまくやってますか?もしかして返品
とかじゃ⋮⋮﹂
﹁いえいえ。よく働いてくれますよ。今日は別の件でして﹂
﹁そうですか。よく働いてくれますか。そいつはよかった﹂
きっと変な想像をしてるのだろう。だが面倒くさかったのでその
ままにしておく。
﹁じゃあまたお買い上げに?新しい子が入ってますよ﹂
﹁あ、いえいえ。この前の一番右の年上のおねーさんいましたよね。
あの子まだ残ってますか?﹂
もし残っていたら買い取ってもいいかもしれない。お金はあるし。
正直ここに来るのもずいぶん迷ったのだ。だがサティと話してる
とちょくちょくおねーさんの話が出てくる。ずいぶん面倒を見ても
らったらしい。
﹁また会いたい?﹂と聞くとサティは首を振った。
406
﹁もし誰かに買われたらわたしのことは忘れてご主人様にしっかり
ご奉仕しないさい、わたしもそうするからって。だからいいんです﹂
そうか。おねーさん男前だな。でもサティ、ちょっとうるうるし
ている。やっぱり会いたいんだろうな。
﹁あー、あの子ね。ちょっと前に売れちゃって﹂
しまった。もっと早くに来るべきだったか。でもお金が入ったの
2日前だし、エリザベスがいるとついてくるって言いだしかねなか
ったんだよな。
﹁そうですか。どこに売られたんですかね﹂
﹁それはお客様の個人情報になりますのでちょっと﹂
﹁ああ、いやいや。うちの子がね。仲がよかったみたいなんですよ。
それでどうしてるかって心配してて﹂
﹁そういうことでしたら。どこの方かは教えられませんが、さるお
金持ちにメイドとして買われましてね。その方の悪い評判は聞いた
ことはありませんから、よくしてもらってると思いますよ﹂
﹁そうですか﹂
うん、それを聞いたらサティも喜ぶだろう。
407
﹁あー、あとですね。一番高かった子。あの子は⋮⋮﹂
﹁あの子も売れちまいまして﹂
むう。ちょっと残念だな。まあ買い取るお金も足りないんだけど。
﹁今日も見ていきますか?準備してきますよ﹂
﹁あ、いいですいいです。このあと用事があって。教えてくれてあ
りがとうございました。では!﹂
そう言って店を後にした。危ない危ない。迂闊に見たりしたらま
た買ってしまうかもしれない。
おれは子猫がいたら拾って帰ってきちゃうタイプなんだよ⋮⋮
408
34話 間違えないでね︵後書き︶
﹁そうだな。あの姿からはあまり戦士という風には見えないが、
獣人には生まれつき戦う本能があると言う。
実戦ともなれば立派に戦ってくれるはずだ﹂
﹁そういうものでしょうか﹂
﹁ああやって必死に訓練しておるのだ。主人のお前が信じてやらな
くてどうする﹂
次回、明日公開予定
35話 サティ育成計画
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
409
35話 サティ育成計画
門を抜け、草原に出た。投げナイフを用意し、野ウサギを探しな
がらゆっくりと進む。数匹狩ったところで森が見えてきた。
森から何も出てこないことを確認し、慎重に近づく。オークくら
いなら経験値の足しに出てきてもらってもいいんだけど、変なのが
出てきたら怖い。木を切ったらさっさと離れよう。
適当な木を選び、黒剣で切り払う。刃は止まることなく木を切断
する。バキバキバキ、ズズーンとでかい音が静寂な森に響き、木は
倒れた。
なんかすごい音が出たぞ!?モンスターがおびき寄せられて来る
前に急がないと。木を収納し、同じようにあと2本切る。
収納し、森から何もこないことを確認すると走って森から距離を
取った。
帰りはゆっくりと野うさぎを狩って帰り、今日の収穫は26匹に
なった。
冒険者ギルドの依頼をチェックして、野うさぎ肉の納品があった
ので受けて依頼をこなす。ついでに商業ギルドに行って、毛皮を売
410
る。
ちなみに受付のおっちゃんに商業ギルドのほうに素材を売ったら、
冒険者ギルドは儲からないんじゃないかと聞いてみたら、冒険者の
売る素材の利益は冒険者ギルドにも入る仕組みなのだそうだ。面倒
な業務は商業ギルドに丸投げで利益も入る。商業ギルドは素材が大
量に手に入り嬉しい。実にwinwinな関係だ。
﹁マサル様ですね。大猪の毛皮のマントが出来上がっておりますが﹂
おお、すっかり忘れてた。
大猪の毛皮はきれいになめされておりふかふかだ。魔法でつけた
焦げ目も目立たなくなってる。これから寒くなるそうだし、暖かそ
うでいいな。サティにも何か買ってやるかな。もこもこの毛皮のコ
ートなんか似合いそうだ。
ギルドを出て、孤児院へ向かう。この時間ならアンジェラは治療
院のはずだ。
﹁あらー。アンちゃんなら治療院のほうよ?﹂と、シスターマチル
ダが出迎えてくれた。
﹁いえ、今日はお仕事を頼みたくて﹂
庭に出て切ってきた木を3本とも出す。
411
﹁あらあら。大きな木ね。これを薪に?いいわよ。でも乾燥させる
のに半年から1年くらいかかるかしら?﹂
半年から1年!?乾燥させないといけないのは知ってたけど、半
年以上とは。せいぜい1,2ヶ月くらいだと思ってた。
﹁代わりにうちにある薪を持っていく?﹂
﹁それも悪いですし﹂
要は乾燥させればいいんだな。お湯を沸かすか何かを燃やすしか
用途のない火魔法が珍しく出番じゃないか?
﹁ちょっと火魔法で乾燥できないか試してみます﹂
50cmほど端のほうを切り取り、火魔法をかけてみる。ゆっく
り、お湯を沸かす感じで。
木からシューシューと湯気があがってきた。おお、良い感じじゃ
ないか。そう油断したら魔力をいれすぎたらしい。木がボッと燃え
上がった。慌てて魔法で水をぶっかける。
もう一度木を切り取って試す。しばらくして木から湯気がでなく
なった。木を斧で切って確かめる。まだ少し熱がある木片をマチル
ダさんに見せる。
﹁どうですかね?﹂
﹁あらあら。いいんじゃないかしら。これなら薪に使えそうだわ﹂
412
いけそうだな。見ていた子供たちにも手伝ってもらって、木の枝
を払っていく。丸裸になった木に火魔法をかけていく。だがサイズ
がでかくなると魔力消費も格段に跳ね上がる。1時間くらいかけて
3本を全部乾燥させた頃にはMPが底をつきかけていた。
これはきつい。普通の人だと1本の乾燥すら厳しいだろう。薪の
乾燥業はできそうにないな。
﹁終わり⋮⋮ました﹂
だるい。魔力を空にするのって久しぶりだ。今日はもう何もした
くない。寝よう。
薪は1本分を孤児院に渡して、2本分を出来次第、順次持ってき
てもらうことになった。
﹁それじゃあお願いします﹂と、帰ろうとしたらシスターマチルダ
に引き止められた。
﹁アンちゃんの顔を見て行かないの?﹂
﹁ええ⋮⋮夕方にまた会えますから﹂
ちょっと口ごもったのにぴんと来たのか食いついてきた。
﹁あらあら。何かあったのかしら?仲良くしなきゃだめよ﹂
﹁ええっとですね⋮⋮﹂
413
仲良くしてるっていうか、仲良くしすぎっていうか。好きって言
われて顔を合わすのが恥ずかしい。なんて言おうか。
﹁あのですね﹂と、誰にも聞こえないように、声をひそめる。子供
たちがいっぱいいるしね。
﹁誰にも言わないでくださいよ?さっきアンジェラがおれのことを
好きって。それで顔を合わせづらくって﹂
﹁あらー﹂
腕を掴まれ、庭の隅に連れて行かれる。子供たちがしっしっと追
い払われた。
﹁それでどうするの?﹂
﹁それがどうしたらいいのか。サティのこともありますし﹂
﹁あら、獣人の子ね。可愛いらしいじゃない。今度連れて来なさい
よ﹂
﹁ええ﹂
﹁でもそうね。女の子の2人や3人囲うのは男の甲斐性じゃないか
しら﹂
いや、あんたのとこの宗教、一夫一婦制推奨じゃないのかよ!
﹁そんなの建前よ、建前﹂
414
この異世界、死亡率は高い。そして男性はモンスターと戦い死亡
しやすいから、女性の比率が多くなる。女性ももちろん兵士や冒険
者になるんだが、やはり男性のほうが多い。それで一夫多妻も容認
されて多産が喜ばれる。神殿のほうもそこらへんの現実はきっちり
理解しているので特にうるさくは言わない。
じゃあなんで奴隷を嫁に買って帰ったり、もてないクルックやシ
ルバーがいるのかというと、やはりイケメンや金持ちが複数持って
いっちゃうからだ。もてないやつというのは日本でもこっちでもや
はり同じようにいるのである。
﹁つまりサティの存在を踏まえた上で、アンジェラは告白してきた
と?﹂
﹁そおね。まあ特に珍しいことでもないから、気にしないんじゃな
いかしら。アンちゃんがその子を嫌ってるとかじゃないんでしょう
?﹂
﹁仲はいいですね﹂
﹁だったら大丈夫よ!どーんといっちゃいなさい﹂
何をいくんだよ。
415
シスターマチルダは別に無責任に言ってるわけではない。モンス
ターの闊歩する危険な異世界。ましてやマサルはいつ死ぬやもしれ
ない冒険者稼業である。行ける時に行ってしまわないと、今後どう
なるかわからないのである。
﹁それでマサルちゃんのほうはどうなの?アンちゃんのこと好きな
の?﹂
﹁好きなんですけど⋮⋮﹂
﹁けど?﹂
﹁アンジェラっておれのどこが好きになったんでしょうね?﹂
そこがよくわからない。エリザベスほど食い意地が張ってるわけ
じゃないし、あとはお土産持って行ったりドラゴン倒したって自慢
したくらい?でもあれもよく聞けば魔法一発しか撃ってないってわ
かるしな。チビだし特にイケメンでもないし、職業は不安定な冒険
者。魔法使いって点がこの世界では結構プラスにはなるらしいが、
本人も魔法使いだし、それだけでは惚れる要素とは考えづらい。こ
の23年間、こんなにもてたのは初だ。ほんとうに謎すぎる。
﹁そーね。母性本能をくすぐったんじゃないかしら。ほら、森に行
った時とか。ほんとうにすごーく心配してたのよ。仕事も手に付か
ない感じで、お皿を割ったのなんか初めてみたわ﹂
母性本能か。おれが小さいのがよかったんだろうか。年下趣味?
最初のとき15くらいって言われたもんな。
416
﹁とにかくね。アンちゃんはしっかりしてるから、好きって言った
んならその通りなの。だから気持ちに応えてあげなきゃ﹂
気持ちに答える?どうやって?キスするのか?想像すると顔が赤
くなる。
﹁普通に好きって言ってあげればいいのよ﹂
そうか。そうだよな。そっちのほうが先だ。過程を飛ばしすぎた。
﹁ありがとうございます、シスターマチルダ。気持ちがずいぶん楽
になりました﹂
﹁そお?ならよかったわー﹂
﹁あと、今の話。絶対内緒ですからね﹂
わかってるわよーと笑うシスター。ほんとかよ⋮⋮
ギルドの訓練場に行き、サティの邪魔にならないように見つから
ない位置で待つ。サティ、始めたばっかなのにずいぶん動きがよく
なってるな。そろそろ、ポイント使ってみようか。いきなり上げる
と怪しいから1レベルずつだな。レベル3になれば剣も弓も実戦で
使えるだろう。
考え事をしていると軍曹どのがやってきた。
417
﹁なんだ?疲れた顔をしているな﹂
﹁ええ、ちょっと魔力を使い過ぎちゃって﹂と、薪を作ったことを
説明する。
﹁ふむ﹂と、少し考えて続ける。
﹁それはもっと細かく切るか、切れ目でもいれれば良かったんじゃ
ないか?﹂
でかい木のままだと湯気の出口がどこにもない。それで余計に魔
力を消費する。
﹁さすが軍曹どの⋮⋮﹂
思いつきもしなかった。次はその通りにしよう。
﹁それでサティはどうですか?﹂
﹁筋がいい。運動神経も悪くない。一ヶ月ほどみっちりやれば実戦
に出していいな﹂
一ヶ月か。やっぱりさっさとポイントを振ろう。それでポイント
を稼いでさらに強化する。サティにはおれやラザードさんを超える
戦士になってもらおう。サティがオークに突っ込んで無双してる場
面を想像して少しくすっとした。ちょっとコミカルな光景だな。
おれが笑ったのを見て軍曹どのが不審そうな顔をしたので説明し
418
た。
﹁そうだな。あの姿からはあまり戦士という風には見えないが、獣
人には生まれつき戦う本能があると言う。実戦ともなれば立派に戦
ってくれるはずだ﹂
﹁そういうものでしょうか﹂
﹁ああやって必死に訓練しておるのだ。主人のお前が信じてやらな
くてどうする﹂
﹁そうですね。サティは頑張ってると思います﹂
サティの訓練が終了し、ティリカちゃんの顔を見てから家路につ
く。
﹁今日は外で食べようか。ほら、この前ジュース飲んだところ﹂
今日は料理とかしたくないからね。サティも訓練でお疲れだろう。
﹁はい﹂
﹁好きなの頼んでいいぞー。ジュースも飲み放題だ﹂
﹁いいんですか?﹂
﹁うん、サティは訓練がんばってるからね﹂
419
﹁ありがとうございます、マサル様!﹂
竜の息吹亭はまだお昼には少し早かったので空いていた。適当に
座って、サティに壁に貼ってあるメニューを読んでやる。字は少し
は読めるようにはなってきてるが、まだちゃんとは読めない。
サティは目をきらきらさせながらどれにしようか迷っている。
店員が注文を取りに来た。
﹁日替わり定食にこのステーキで。サティ、決まったか?﹂
﹁はい。あの⋮⋮これとこれを﹂
﹁もっと頼んでもいいぞ?﹂
﹁じゃああれも⋮⋮﹂
﹁もういいのか?﹂
﹁⋮⋮じゃああれもお願いします﹂
まあこんなもんでいいか。ここは結構ボリュームがあるからな。
さすがのサティも残すだろう。
﹁あと果物のジュースをこの子に2つ、おれに1つでお願いします﹂
料理を待ちながらキョロキョロしているサティを見る。サティは
420
ちょっとふっくらした気がする。毎日たんまり食べさせて運動して
るからな。まだまだ細いけど、以前ほどガリガリな感じはしない。
料理が運ばれてくる。さすがプロの味である。アンジェラも料理
は上手いが、あっちは家庭料理という感じでまた趣が違う。特にこ
のステーキ。ただ肉を焼いただけなのに、なぜこんなに美味しいの
か。焼き方か、下処理に何か秘密があるんだろうか。
サティにも一切れ食わせてやると、おいひいです!と顔を輝かせ
ている。
そのうちサティをここに弟子入りさせてみようか?おっちゃん教
えてくれるかな⋮⋮
サティは完食した。でもちょっと苦しそうだ。
﹁無理して食べなくてもよかったのに﹂
﹁でもあんなに美味しいのに残すなんて⋮⋮﹂
﹁お土産に包んでもらえばよかっただろう﹂
﹁!?﹂
そういう発想はなかったようだ。
﹁また時々行こうな﹂
421
﹁はい、マサル様!﹂
家に戻ると居間に行き、サティを隣に座らせる。
﹁さっき奴隷商に行ってきた﹂
﹁!!!﹂
サティは驚いて、泣きそうな顔をしている。やはりこのあたりの
話題はまだデリケートだな。
﹁いやいや、サティのことじゃないよ。ほら、サティが仲のよかっ
たおねーさんがいただろ?﹂
﹁はい﹂
サティはほっとした顔だ。でもまた不安そうな顔になる。
﹁あの⋮⋮おねーさんが何か?﹂
﹁うん、お金持ちのお屋敷にね、メイドとして行ったらしい。買っ
ていった人はいい人だから大事にしてもらえるだろうって﹂
﹁ほんとですか!?わたし、ずっと気になってて⋮⋮でもおねーさ
んが﹂
うん、うん。よかったな。
422
﹁どこに行ったのかは教えてもらえなかったけど、きっと元気でや
ってるよ﹂
﹁わざわざ聞いてきてくれたんですね。ありがとうございます、マ
サル様﹂
﹁うん。ちょっと寄り道して聞きに行っただけだから﹂
さて、次は目の治療だ。まずメニューを開いて回復魔法をレベル
4に上げる。
︻回復魔法Lv4︼ヒール︵小︶ ヒール 解毒 リジェネーショ
ン 病気治癒 エリアヒール エクストラヒール
エクストラヒール。これが使えそうだな。これでだめだったらレ
ベル5に上げよう。
ぎゅっと抱きついているサティを引き剥がす。
﹁さて。今日は目の治癒をもう一度試してみよう。窓を閉めて部屋
を暗くしてきてくれないか﹂
ソファーに戻ってきたサティの目を閉じさせる。
︻エクストラヒール︼詠唱開始。さすがレベル4詠唱長いな。火
嵐とかと同程度か。魔力もぐんぐん集中して、こんなのサティにぶ
ちこんでいいのかちょっと不安になってくる。いきなりじゃなくて
どっかで試すべきだったか?詠唱が完了した。ちょっとためらった
423
が発動した。
ポウと暗闇に光が灯る。そしてサティの目に灯った光はすぐに消
えた。
﹁よし、ゆっくり目を開けろ。ゆっくりだぞ﹂
ゆっくり目を開くサティ。こっちを少し見てすぐにぎゅっと目を
瞑った。
﹁どうした!?﹂
やばい、なんか失敗したか!?
﹁いえ、目は見えるんですが急に視界が⋮⋮﹂
サティは目をぱちぱちしている。そしてこちらをじっと見る。
﹁もう大丈夫です。前みたいに力をいれて見るとすごく近く見える
んです。それで驚いちゃって﹂
そうか。鷹の目の効果か。目は無事治ったみたいだな。ほーっと
息を吐く。
﹁今度こそ本当に治ったはずだ。今日は慣れるまであまり動き回ら
ないようにしておけよ。夕方にアンジェラが来るまで何もしなくて
いい﹂
﹁はい、マサル様。あの⋮⋮﹂
424
﹁どうした?﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁うん。いいんだ。サティにはこれからもいっぱい働いてもらわな
いとだからな﹂
﹁はい、マサル様!がんばります!﹂
プリンを取ってきて暗い居間で2人で食べる。食べながらサティ
の訓練の話とかを聞いた。結構びしびし鍛えられてるらしい。
あそこの教官は基本スパルタだからな。まあ冒険者も自分の命が
かかってるんで誰も文句も言わずにやってるんだけど。話を聞きな
がら、サティのスキルを確認する。
スキル 10P
聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 頑丈 鷹の目
料理Lv1 家事Lv1
剣術Lv1 弓術Lv1 回避Lv1 盾Lv1
4つもスキルが増えてるな。とりあえず剣術と弓術を1個ずつあ
げておくか。あとは様子を見て3にあげたら実戦だな。
425
構想としては基本、距離を取って魔法と弓で仕留める。それで倒
しきれなかったらおれが前衛でなんとかすると。レヴィテーション
も使えるし危なそうなら逃げることは難しくないだろう。
スキル 25P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4 盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知
Lv2
魔力感知Lv1 コモン魔法 回復魔法Lv4 高速詠唱Lv5
料理Lv2 水魔法Lv1 風魔法Lv1
﹁サティ、目はどうだ?﹂
﹁はい。すごくいいです。調節も分かって来ました﹂
よし、これで回復魔法は取る必要はない。風と水を上げておこう。
︻水魔法Lv3︼水球 水鞭 氷弾 水壁 氷雪
426
︻風魔法Lv3︼風弾 風刃 風壁 雷 風嵐 飛翔
残り15Pもある。土を3まであげても10だし取っておこうか。
残り5Pで気配察知レベル3と回避レベル2ってところかな。全部
使って大丈夫かな。スキルリセットも当分無理そうだし、今月は危
ないところには極力近寄らないようにしておこう。
スキル 0P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワール
ド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4 盾Lv2 回避Lv2 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化
根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知
Lv3
魔力感知Lv1 コモン魔法 回復魔法Lv4 高速詠唱Lv5
料理Lv2 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv3
︻土魔法Lv3︼土弾 土壁 硬化 ゴーレム作成 岩弾
427
なんかスキルがごちゃごちゃしてて見難くなってきた。日誌に改
善要求だしとくか。
428
35話 サティ育成計画︵後書き︶
﹁朝からだけでこんなに?野うさぎハンターとは聞いてましたが、
これほどとは⋮⋮﹂
﹁急所をナイフで一撃。若いのにいい腕をしている。それに短時間
でこの数。加えてマサル殿は回復魔法や攻撃魔法もかなり使えると
か?﹂
野うさぎ相手に無双する主人公。カッコイイ!
次回、明日公開予定
36話 神殿騎士団
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
誤字脱字訂正、ご意見ご感想、ストーリー評価、文章評価、拍手等
ありがとうございます。
いつも感想や評価を励みにしてがんばって書いております。
本編は2章が41話で終わり、現在3章43話くらいまで執筆中です
そろそろニート君にも動いてもらうので今しばらくお付き合いのほ
どを
拙い文章ですが、今後共よろしくお願いします
429
36話 神殿騎士団
午後はサティの読み書きを見てやりながら過ごした。いつものよ
うに椅子を並べて、この前アンジェラにもらった童話を読んでやる。
エルフやらドラゴンやらモンスターは出てくるが日本の昔話みたい
な雰囲気がして懐かしい。昔はアニメでよく見たものだ。
﹁森から⋮⋮エルフが⋮⋮あ⋮⋮あ?﹂
﹁現れて、誰何した﹂
﹁あらわれて⋮⋮すいかした﹂
サティの教育は順調に進んでいる。料理も既に一人で簡単なもの
なら作れるし、文字も簡単なものなら読めるようになった。やはり
やる気の問題だろうか。習得がすごく早い。この分なら1ヶ月もあ
れば読み書きは問題がなくなりそうだ。そろそろ算数でも教えてみ
るか?
いつも通り夕方にティリカちゃんがやってきて、続いてアンジェ
ラも来た。
アンジェラは料理中などにこちらをちらちら見るが、さすがにサ
ティとティリカちゃんがいる中で好きだのなんだのは無理なのだろ
う。おれも無理だ。どっかで2人きりにならないと。学校なら校舎
裏か屋上に呼び出すところだが。
430
食後、サティとティリカちゃんがお風呂に入ってる間を狙おうと
したら、アンジェラも一緒に入っていった。3人がキャッキャウフ
フしてるのを想像してちょっと悶々とした。
お風呂からあがると今日はもう帰ると言う。玄関まで送っていく。
さすがにアンジェラもこのまま帰るのはどうかと思ったのだろう。
﹁あの、朝のことなんだけど﹂
﹁う、うん﹂
﹁その、マサルのことは好きなんだけど、マサルの気持ちも考えて
なかったなって⋮⋮﹂
﹁あー、うん。おれもアンジェラのことは好きだよ。ただちょっと
急でびっくりしたというか﹂
﹁そ、そう?そうだよね。急だったよね﹂
﹁だからもっとゆっくりでいいんじゃないかと思うんだ﹂
﹁うん﹂
﹁だから今まで通り普通にしてくれると嬉しいな﹂
﹁そうだね。マサルがそういうならそうするよ﹂
そういうとパタパタとアンジェラは帰っていった。
431
今のでいいよな?ちゃんと好きって言ったし。なんか最後のほう
はいいお友達でいましょうみたいな雰囲気になっちゃった気がする
けど。
ちなみに風呂あがりの女の子を一人で帰すのはどうかとマサルは
最初思ったのだが、アンジェラは魔法だけでなく、メイスを使った
戦闘もできる。目立たないように小さめのメイスも持ち歩いていた
りもする。治安もいいし地元民でもある。ましてや神官に手をだそ
うという命知らずはまずいない。
何がそんなに恐ろしいのかというと、神殿騎士団の存在である。
どこの国家にも属さず、強大な戦力を誇る神殿騎士団は国家規模の
戦闘力を有している。そして日夜、モンスターと戦い民を守ってい
るので尊敬もされている。神殿の関係者というだけで、犯罪者でも
びびるのである。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌朝、朝食を食べているとアンジェラが来た。
﹁どうしたの?ああ、スープとパンならまだあるよ。食べていきな
よ﹂
﹁ありがとう。それでね、今日神殿騎士団がうちに逗留することに
なったんだよ﹂
432
﹁へー?﹂
﹁ほら、エリーと同じ任務だよ﹂
なるほど。魔境に開拓村を作るやつか。
﹁マサル、昨日野うさぎいっぱい狩ったって言ったよね。ちょっと
分けてくれないか﹂
﹁そういうことなら、ある分全部あげるよ。お金はいらない﹂
どうせ一日で穫れる量だし、また狩りにいけばいい。
﹁ええ?そりゃ安く売ってもらおうとは思ってたけどただは悪いよ﹂
ギルドで売った価格が市場では倍くらいになる。それを知ってい
るから直接売ってもらおうとアンジェラは考えたのである。半額で
売ったとしてもマサルには損はない。
﹁寄付だよ、寄付。それにエリザベスと同じ所に行くんだろ?﹂
﹁うん﹂
﹁暁の戦斧の関係者から寄付だって言えば、ちょっとは向こうでエ
リザベスのことを気にしてもらえるんじゃないか?﹂
アンジェラも喜ぶ。エリザベスのことも助けになるかもしれない。
一石二鳥じゃないか?
﹁そうだね。そういうことなら﹂
433
食後準備を整えて、ギルドに行く前に孤児院に向かった。
﹁あらー、その子がサティちゃん?可愛いじゃない。それでこっち
がティリカちゃんね﹂と、シスターマチルダが出迎えてくれた。
サティたちはシスターに任せておいて、食堂に行く。器を準備し
てもらって野うさぎの肉を積み上げていく。
﹁マサル殿、ご寄付ありがとうございます。これだけあれば足りる
かもしれません﹂と、司祭様。
足りるかも?野うさぎの肉、かなり多いんだけど。
﹁何人くらい来るんですか?﹂
﹁100人ほどと聞いております﹂
100人!?そりゃ大変だ。アンジェラが肉の買い出しに来るは
ずだわ。
聞けば今回の開拓村、神殿もかなり本腰をいれて協力をしている
そうである。最初に1個拠点を作り、そこを足がかりに最終的に5
個の開拓村を作る。そうして5つの村とゴルバス砦の間を安全地帯
とする。計画自体も壮大である。
﹁騎士団の人たちはどのくらいに来るんですか?﹂
434
﹁昼くらいだと﹂
100人分の昼食と夕食分か。これは足りないな。追加で狩って
こよう。
﹁わかりました。今から追加で狩ってきます。同じくらいの分量は
取ってこれると思います﹂
﹁わざわざすいません、マサル殿﹂
﹁いえ、神殿には常々感謝しておりますから﹂
主にアンジェラに、だけど。
訓練場にサティを預けて草原を探索する。100人分だ。ちょっ
と本気でやってみようか。
3時間ほど草原を駆けまわり野うさぎを狩る。気配察知を3にあ
げておいたのが功を奏した。このまま続ければ最高記録を更新しそ
うな勢いである。途中森の近くではぐれオークも1匹しとめた。だ
が、あまり時間もかけられないし、これでもう十分だろう。
神殿に戻ると、既に騎士団が到着していた。揃いの鎧を着込んだ
騎士たちが、中庭や神殿ホールでたむろしている。中庭ではどこか
らか机や椅子が運び込まれており、食堂では昼食の準備で何人もが
忙しく働いている。アンジェラもそこに混じって働いていた。
435
気配を殺して食堂まで行くと、司祭様が騎士団の人となにやら
話しあっていた。
﹁おお、マサル殿。早かったですな。こちらは神殿騎士団金剛隊の
隊長テシアン殿です﹂
紹介され、握手をかわした。テシアンさんはちょっとヒゲを生や
した壮年の厳つい顔をした、いかにも歴戦といった感じの人だ。
﹁今マサル殿の話をしておりましてね。野うさぎの肉を沢山寄付し
てくれたとか。いやー、うちの連中は大食らいでね。あまりこちら
に迷惑をかけるわけにもいかんし、助かりますな﹂
﹁いえ、魔境に行く騎士団の方々の助けに少しでもなればと﹂
﹁殊勝なことです。マサル殿のご厚意と神に感謝いたしましょう。
聞けば冒険者のご友人も今回の作戦に参加されてるとか?﹂
﹁はい、暁の戦斧というパーティーの魔法使いでエリザベスと言っ
て、わたしの魔法の師匠なのです﹂
﹁師匠どのですか。覚えておいて気をつけておきましょう﹂
まあ覚えてもらって何が変わるわけでもないとは思うが、少しで
も恩を売っておけば何か助かることもあるかもしれないし。こんな
強そうな人がエリザベスの盾に少しでもなってくれれば、ちょっと
は安心できそうだ。
﹁ありがとうございます。それでは今狩ってきた分を出しますね﹂
436
食堂の机はすでに食事の準備が始まっていたので食材庫に移動す
る。食材庫は冷蔵庫も設置してあるが、部屋自体がひんやりと氷で
冷やされていた。
食材庫の床に野うさぎを三十数匹どさどさと出す。さすがにアイ
テムボックスでの解体はしなかった。こんな短時間で数を狩って、
解体までしたとなると怪しさは半端じゃないだろう。それに解体し
ないほうがいいこともある。解体すると毛皮と肉だけになるのだが、
内臓や脳みそなんかも食べられる。
﹁朝からだけでこんなに?野うさぎハンターとは聞いてましたが、
これほどとは⋮⋮﹂と、司祭様。
﹁解体は悪いですが、そちらのほうでお願いします﹂
﹁もちろんですとも。うちの隊員にやらせましょう。いや、新鮮な
野うさぎか。楽しみですな﹂
隊長の人はそういって、野うさぎの1匹を持ち上げ見ていた。
﹁急所をナイフで一撃。若いのにいい腕をしている。それに短時間
でこの数。加えてマサル殿は回復魔法や攻撃魔法もかなり使えると
か?﹂
﹁ええ、まあ﹂
﹁どうですかな、神殿騎士団に入ってみませんかな?とりあえずの
お試しでも構いませんよ﹂
437
うちは給料は安いですが、神に仕えて戦う立派な仕事です。神殿
騎士団に勤めてるともなれば箔もつきます。怪我や老後で引退して
もばっちり面倒をみますよ、うんぬんかんぬん。
﹁冒険者稼業が性にあってまして。それに当分はこの町を拠点にす
るつもりなので。お誘いは嬉しいですが、すいません﹂
﹁そうですか。いや有望そうな若者がいたらつい、スカウトする癖
がありましてな。まあ困ったことがあればわたしを訪ねてきてくだ
さい。できることがあればお助けしますよ﹂
そして頼ったら神殿騎士に入れられてしまうんですね。怖い怖い。
﹁あと解体したあとの毛皮はどうしますかな?﹂
﹁うーん。孤児院のほうでいりますか?﹂
今日はオークを1匹仕留めたから金銭的には特に持って帰る必要
もない。
﹁そうですね。冬に備えて毛皮があればありがたいですが﹂
﹁ではそのように﹂
﹁ありがとうございます、マサル殿﹂
食堂を抜けるときにアンジェラと目があったので軽く手を振って
庭にでた。アンジェラは今日はさすがにうちには来ない。
438
隊長の人と司祭様に挨拶して行こうとしたら、隊長の人に引き止
められた。
﹁少しお待ちを。マサル殿。おい貴様ら、起立して注目!﹂
一斉に騎士団の人たちが立ちあがりこっちを見る。一体何が起こ
るんだ!?
﹁冒険者のマサル殿が大量の野うさぎの肉を寄付してくださった。
感謝の言葉を﹂
﹁﹁﹁ありがとうございます、マサル殿!﹂﹂﹂
バッと揃った声で、礼もタイミングがきっちり合っていた。あれ
か、子供たちがやっていたのはこれが元か。
恥ずかしいのでどーもどーもと言いながらそそくさと神殿を後に
する。
ギルドに寄ってオークの報酬を受け取ってから、訓練所にサティ
を迎えに行くと、サティが教官3人に囲まれていた。
﹁あの、サティがなにか⋮⋮?﹂
サムソンさんに声をかけてみる。
﹁おお、マサル。この子は天才だな!この短期間でこんなに上達す
439
るとは。いい剣士になるぞ﹂
﹁いやいや、サティちゃんはアーチャーが似合っておる。一流のア
ーチャーになれますぞ﹂
﹁ここはバランスよく育ててですな﹂﹁いや特化したほうが⋮⋮﹂
などと議論が始まる。サティが困った顔をしている。
レベル2にしただけでこれか。おれがレベル4で練習してたとき
はこんなこと一度もなかったのに。何この扱いの差。そりゃサティ
は可愛いけどさ。
でもどうしよう?適当にレベル3にあげるつもりだったが、少し
危ないか?それとも天才だってことで押し通そうか。
﹁ええと、サティには剣と弓両方やらせようと思ってまして﹂
﹁そうだろうそうだろう。バランス型が一番なのだ﹂と、一人の教
官が言う。
﹁まあ主人がそういうならその方向で鍛えてみよう﹂と、もう一人
の教官。
﹁よし、じゃあマサル。ちゃんと毎日連れてくるんだぞ?﹂と、サ
ムソンさん。
﹁はあ。まあ仕事もあるんでなるべくってことで。じゃあサティ、
帰ろう﹂
サティに浄化とヒールをかけてやりながら言う。
440
﹁ありがとうございます、マサル様。ではサムソン教官どの、マッ
クス教官どの、ニコライ教官どの、失礼しますね﹂
﹁またなーサティちゃん﹂と、教官たちに手を振ってもらい訓練場
を後にした。教官たち、サティにかかりっきりでいいのか。他の冒
険者困るだろうに⋮⋮
ティリカちゃんに挨拶をしてギルドを出る。ティリカちゃんはち
ょくちょく訓練場にサティを見に来て、休憩時間にお話とかをして
いるらしい。相変わらず仲がいい。
﹁今日もあそこでご飯にしようか﹂
野うさぎ狩りで体力使ったし楽がしたい。竜の息吹亭にしよう。
﹁はい、マサル様。それでその、今日アンジェラ様来られないんで
すよね﹂
﹁うん、朝にもそう言ってたね。さっきも見に行ったんだけど、騎
士団の人がいっぱいきててね。すごく忙しそうだった﹂
﹁それでティリカちゃんも今日は来ないって⋮⋮﹂
ふーん。ん?んんん?なんですと?ていうことは今夜は2人きり?
﹁あの、ティリカちゃんはなんて?﹂
441
﹁チャンスだって⋮⋮﹂
やっぱりかあああああああああああ。
﹁あの、マサル様、前にお風呂で約束してくれましたよね。でもな
かなか機会がなくて、その﹂
﹁ああ、うん。いいんだ﹂
そろそろ覚悟を決めるか。いろいろ我慢が限界になっていること
でもあるし。サティの手をぎゅっと握りながら考えた。
﹁うん。約束だからね。約束﹂
﹁は、はい﹂
その日の昼食はいつもと同じ日替わり定食を頼んだが、味がよく
わからなかった。
442
36話 神殿騎士団︵後書き︶
続く!
今回はさすがに邪魔は入らない⋮⋮といいなあ
馬牧場がモンスターの襲撃を受けたとの報が入る
﹁マサル様、馬牧場って⋮⋮﹂
﹁ああ、馬乳卸してるとこだな﹂
﹁た、大変じゃないですか!プリンが食べられなくなりますよ!
助けにいきましょうよ!﹂
次回、明日公開予定
37話 馬牧場の戦い
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
443
37話 馬牧場の戦い
帰ってからラフな格好に着替えると、サティもこの前エリザベス
と買った服に着替えてきていた。
肩のあたりが剥き出しのワンピースで、ひらひらしたレースとか
もついててとても可愛くて似合っている。心臓がどくどくしてきた。
いつも通り読み書きの勉強をするが、落ち着かない。サティもそ
わそわして集中できないようだ。それにいつもより少し離れて座っ
て、体が触れるたびにぴくっぴくっと反応する。
これはだめだな。今日はもうやめておこう。
﹁サティ、プリン取ってきて。休憩にしよう﹂
﹁は、はい。すいません﹂
サティも集中できてないのが自分でわかっていたのだろう。しょ
んぼりしてプリンを取りに行った。
さてどうしよう。夜には時間があるし、どこかに遊びに行こうに
もこの町には娯楽があまりない。王都のほうにいけば劇場とかがあ
るらしいが。冒険者なら酒場にでも繰り出すところだろうが、生憎
とそういう趣味もない。最近は暇なときは本を読んでるんだけど、
今日は集中できそうにないしなあ。
お風呂でも入るか。毎日お風呂に入るようにしてから、浄化して
444
も汗とかが気になるようになってきた。やっぱり清潔なほうがいい
しね。
﹁お風呂でも入ろうか?﹂
今日こそサティに全身洗ってもらってもいいんではなかろうか。
アンジェラとエリザベスもやってもらって好評だったみたいだし、
ぜひ体験したい。
浴槽にお湯を張り脱衣所に戻るとサティはすでに服を脱いで全裸
状態だった。よし、落ち着けおれ。これから致すんだし許容範囲内
だ。
サティの裸身をじっくり鑑賞させてもらう。やはり以前と比べて
ふっくらとしているように見える。まだまだ細いけど、運動もさせ
てるおかげか引き締まった体にすべすべの肌。とても綺麗だ。胸も
思ったよりある。小さいけど。
﹁あの、変じゃないでしょうか・・・﹂
あ、じーっと見過ぎたか。
﹁ああ、うん。綺麗だよ﹂
今すぐ襲いかかりたいくらいだ。
﹁じゃあ入ろうか﹂
445
サティの全身洗いは絶品だった。エリザベスが欲しいと言った気
持ちがわかる。でもおれのだからね?そしてお返しに洗い返してあ
げた。
2人で浴槽に浸かる。サティを後ろから抱っこした状態だ。
﹁ずっと⋮⋮ずっとマサル様といっしょにいたいです﹂
腕をぎゅっと掴んで不意にサティが言った。
ずっとか。20年経って日本に帰るとして、サティのことどうし
ようか⋮⋮日本に連れて帰る?伊藤神が許すだろうか。こちらに残
る?だめだ。やっぱり帰りたい。帰れると思うからこそ耐えられて
いるんだ。もしこのまま異世界で骨を埋めることが確定したら、耐
え切れないかもしれない。
﹁あの⋮⋮だめですか?﹂
おれが黙ったままでいるとサティが言う。
﹁そう⋮⋮そうだな。今からいうことは誰にも内緒だよ?﹂
﹁はい﹂
﹁おれの故郷はとても遠くでね。転移魔法みたいなのでここに送り
込まれたんだ。だから今は帰れないんだけど、20年経ったら迎え
にきてくれるって約束なんだ﹂
446
﹁20年⋮⋮﹂
﹁そう。だから少なくとも20年はサティの側にいられるよ。でも
その先のことはわからない。故郷に帰るかもしれないし、ここに残
りたいって思うかもしれない﹂
﹁私も一緒に⋮⋮﹂
﹁わからないんだ。その転移魔法がどういうものか。でも連れてい
けるなら絶対一緒に連れて行くよ。約束する﹂
﹁はい、マサル様﹂
サティはそれで満足したようだ。力を抜いて体をもたれかからせ
てきた。
20年か。20年生き延びないと。でも世界の破滅ってなんなん
だろう。魔王でも復活するのだろうか。司祭様にでも聞いたら何か
わかるだろうか。
お風呂からあがって部屋に移動した。サティは買った時のあのぴ
らっぴらの貫頭衣を着ていた。
﹁これ、マサル様に最初に会った時のです﹂
奴隷商でサティを見た時のことがフラッシュバックする。半ば騙
されて買ったみたいなものだったけど、今はすごく感謝してる。
447
﹁うん、懐かしいね。あの時サティに会えてほんとうによかったっ
て思うよ﹂
﹁マサル様⋮⋮﹂
そのあとは2人でしっぽりと楽しんだ。サティはちょっと痛がっ
たけど、回復魔法って便利だね。あとおねーさん、一体サティに何
を教えたんだ。ありがとうございます。
﹁そろそろ夕食の用意を﹂と、サティがベッドから体を起こして言
った。
﹁今日はお弁当にしようか﹂と、アイテムから出す。
最初にサティに出したお弁当を出してやる。こっちも懐かしいだ
ろう?
﹁これって⋮⋮﹂
サティの前に2個並べてやる。
﹁野うさぎの串焼きもあるぞ﹂
﹁あ、ありがとうごじゃいます⋮⋮﹂
サティはぐずぐずと泣きながらおいしいです、おいしいですと言
448
い食べていった。
食べたあと?もちろん再開したさ。
その日は夜遅くまで楽しみ、ぐっすりと昼前まで眠った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
スキルには精力絶倫とか性技なんてのもある。今のところ取らな
いけどね。あんまり強くするとサティが耐えられそうにない。
その他にも例えば魅了とか精神支配系のスキルもあってポイント
消費はでかいものの取ることはできる。だがこっちではそういうも
のを禁止する法がある。隷属紋での支配とかと同列で無許可でやる
と重犯罪である。逮捕なのである。
例えば魅了でハーレムなんか作ったとしても、ティリカちゃんの
ようなのに探られたら、はいギルティ。おまわりさんこの人です!
ってなる。自分の力でなんとかするしかない。異世界も案外厳しい
ものである。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
449
翌朝は寝坊した。もう昼も近かったので、ギルドにはそれほど人
はいなかった。
ギルドホールを抜けて訓練場に行こうとすると、男が一人息せき
切って駆け込んできた。
﹁た、大変だ!西門の馬牧場がハーピーの集団に襲われている!助
けてくれ!﹂
﹁落ち着け。ハーピーはどれくらいいた?﹂
﹁わからん。20か30くらいはいた。今、門の兵士が戦ってる﹂
﹁マサル様、馬牧場って⋮⋮﹂
﹁ああ、馬乳卸してるとこだな﹂
﹁た、大変じゃないですか!助けにいきましょうよ!﹂
そりゃ馬乳がなかったらプリンが食べられなくなるけど、ちょっ
と必死すぎません?
﹁冒険者の諸君!﹂と、副ギルド長が声を張り上げる。
﹁討伐報酬は倍だ!すぐに救援に向かってくれ!﹂
450
おおおう!と冒険者達が声をあげる。
﹁よし、サティ。絶対おれから離れるなよ?﹂
﹁はい、マサル様﹂
ハーピーくらいなら数がいたとしても、そんなに危ないことには
ならないだろう。サティに経験値を稼がせるチャンスだ。
2人で他の冒険者の後を追って走りながらサティのメニューを開
き、弓と剣をレベル3に上げる。これでサティのポイントはなくな
った。
くそっ、昨日覚えた魔法の練習もしとくんだった。もう今日のと
ころは火魔法使うしかないな。
カーンカーンカーンとどこから鐘の音が響く。避難をする町の住
人とすれ違い、西門を抜ける。西門を抜けて森のほうへ少しいけば、
町の外壁沿いに馬牧場がある。
牧場は木の柵で囲われているが、空からのモンスターにはもちろ
ん関係ない。馬が既に数頭やられていて、ハーピーにたかられてい
る。厩舎のほうを見ると大量のハーピーが内部に侵入しようとして
おり、数人の兵士が正面の扉を背に戦っていた。ハーピーは2,3
0どころじゃなく、数がわからないほどだ。救援に向かおうにも近
寄れそうにない。
﹁うおおおおおおおおおおお!﹂
451
先頭の冒険者が雄叫びを上げた。こっちに引きつけようって腹か。
﹁サティ、こっちに﹂
サティの手を引き、木の影に隠れる。厩舎には魔法は届きそうに
ない。冒険者に気がついたハーピーが一部、冒険者の方へと向かっ
ていく。アイテムから大岩を出し、盾にする。
﹁ここから狙えるか?﹂
﹁やってみます﹂
﹁戦っている冒険者に当たらないように、上のほうのやつを狙うん
だ﹂
﹁はい﹂
サティはきりきりと弓を引き絞り、そして放つ。矢は上空にいた
ハーピーの1匹に命中し、地面に落下する。じたばたともがくハー
ピーを剣をもった冒険者がとどめを刺す。
﹁いいぞ、サティ。その調子だ。どんどん撃て﹂
﹁はい﹂
よし、おれもやるぞ。︻火槍︼詠唱!岩の後ろに隠れながら魔法
を放つ。
サティの矢とおれの魔法でハーピーがぽとぽとと落下していく。
452
こっちに向かってくるやつがいても飛んでくる途中で撃ち落とす。
厩舎のほうにいた大量のハーピーが冒険者を手強いとみてどんど
んとこっちにやってきた。
数匹こっちにも流れてきた。だが、俺達が援護してくれてると気
がついた冒険者達が数人、盾になるようにハーピーとの間に割り込
んでくれる。
冒険者達は必死に戦ったが劣勢だった。ハーピーの数が多すぎる。
何人かは既にやられてた。ぽつぽつと増援の冒険者も来てくれてる
が全然足りない。
やばいな。このままだとこっちまでやられるぞ⋮⋮何かないか?
サティのメニューを開く。2つレベルが上がっていた。弓をレベ
ル4にして、アイテムから追加の矢を渡す。
でかい火魔法を使うか?でも爆発や火嵐じゃ冒険者を巻き込みそ
うだ。
そうだ!ちょうどいいのがある。
︻豪火︼詠唱開始︱︱
﹁今からでかい火魔法を使う!﹂と、冒険者達に告げる。︱︱長い
詠唱が終わった。
﹁ヘル!ファイアー!!﹂と叫び、魔法を解き放つ。狙いは厩舎と
冒険者達の間だ。
453
ドウンッと30mにもなろうという巨大な火柱が立ち上る。2,
3匹のハーピーがそれに巻き込まれ燃え尽きた。
それを見たハーピー達が浮き足立つ。よし、びびれびびれ。多く
のハーピーたちは警戒して距離を取った。だが逃げる気はないらし
い。
しかしとりあえずは一息つけた。今ので逃げてくれれば楽だった
んだが。危険だが仕方ない。やつらに魔法をぶち込んでやる。
﹁サティはここにいろ﹂
そう言い残して、俺たちを守ってくれている冒険者のほうに近寄
る。︻大爆発︼詠唱開始︱︱
不意に1匹のハーピーが大きな叫びを上げ、周りのハーピーが一
斉にこちらに向かってきた。
﹁!?﹂
なんだ?魔法の詠唱を察知されたのか?やばい、詠唱全然終わっ
てないぞ!?
近くの冒険者が守ろうと動いてくれるが、数が圧倒的に足りない。
半数ほどのハーピーがこっちにきた。背中の剣を抜き構える。おれ
の後ろにはサティがいるんだ!守らないと!
454
最初にかかって来た1匹のハーピーを剣で切り払った。だが、次
に数匹が一気にかかってきた。さらに1匹を切って捨てるが他のハ
ーピー達の攻撃を食らう。小さな盾で身を守ろうとしたが、ハーピ
ーの手数が多い。足の爪で何度も蹴りつけられる。防具の上からだ
が、恐ろしい衝撃だ。ハーピーに囲まれてまともに剣も振れない。
よろめいたところに1匹のハーピーに抱きつかれ倒れてしまった。
﹁どけっ、こいつっ!こいつっ!﹂
ハーピーの口が大きく開かれ、おれの首に噛み付こうとしている。
﹁マサル様!!﹂
サティの矢でおれにのしかかっていたハーピーが倒れた。だが起
き上がろうとしたところを別のハーピーの体当たりを食らって吹き
飛ばされた。意識が遠くなる⋮⋮
地面に倒れ、起き上がろうとするが体に力が入らない。全身が痛
い。息が苦しい。ハーピーが数匹こちらを狙って向かってくるのが
見える。
もうダメなのか⋮⋮くそっ。やっと脱童貞したばっかなのに、こ
んなところで死んじまうのか⋮⋮サティ!?
飛び出してきたサティがショートソードを構え、ハーピーとの間
に立ち塞がる。
﹁だめだサティ⋮⋮逃げろ⋮⋮﹂
455
かすれたような声しかでない。だがそれが聞こえているはずのサ
ティは動こうとしない。数匹のハーピーが襲いかかって来た。必死
に戦うサティ。ハーピー達は容赦なくサティの体を削っていく。
回復魔法を使おうとするが、意識が朦朧として魔力が集中できな
い。体中が痛く、起き上がることもできない。メニューを開きアイ
テムを取り出そうとするが、うまく操作できない。ポーション⋮⋮
ポーションはどこだ⋮⋮
そしてとうとう、サティが倒れた。
﹁サティ⋮⋮サティ!﹂
﹁う、う⋮⋮マサル様⋮⋮﹂
もうダメか⋮⋮そう思った時、冒険者達から歓声があがった。
なんだ?おれとサティを襲おうとしたハーピーもおれ達を放置し
てどこかへ行ってしまう。
﹁神殿騎士団だ!神殿騎士団が来てくれたぞーーー!﹂
牧場の入口を見れば、神殿騎士団が隊伍を組んで、鬨の声を上げ
ながら突入してきた。
ハーピーたちが新たな敵に向かっていく。だが重装備の神殿騎士
456
団はそれをものともせず牧場の中央に進出し、陣を作る。
剣で槍で弓で魔法で、ハーピーたちを蹴散らしていく。
助かったのか⋮⋮
﹁マサル様!マサル様!!﹂
サティが倒れたおれを引きずって、岩の後ろまで連れて行ってく
れた。
﹁サティ﹂
﹁ごめんなさい。ごめんなさい。ここにいろって言われたのに。わ
たし弓でがんばって撃ったんだけど数が多くて、それで、それで﹂
﹁泣くな。大丈夫だ、サティ。よくやってくれた﹂
やっとアイテムから初心者用ポーションを取り出せて飲む。
ようやく頭がはっきりしてきた。痛い。呼吸が苦しい。アバラで
も折れてそうだ。
自分とサティに回復魔法をかける。
﹁サティ、痛いところはもうないか?﹂
﹁はい、大丈夫です﹂
見ればもうハーピーの数はずいぶん減らされており、全てのハー
457
ピーが倒されるのも時間の問題のように見えた。冒険者達の増援も
続々とやって来ている。
神殿騎士団つええな。命拾いした⋮⋮
体の痛みがもうないのを確認して立ち上がる。戦況はこちらが圧
倒的だ。おれ達が戦う必要はないだろう。もう今日は危険は懲り懲
りだ。
﹁サティ、ついてこい。もしこっちに来るハーピーがいたら撃ち落
せ﹂
﹁はい!﹂
サティのメニューを確認した。また2つレベルがあがっている。
弓をレベル5にした。
自分のを確認するとこれも1つレベルアップしている。
警戒しつつ、牧場の入口のほうへと向かう。そこには人が集まっ
てきており、何人もの冒険者が倒れ呻いている。
さっきまで俺たちをガードしてくれていた冒険者達もいた。ここ
に退避していたらしい。
﹁回復魔法が使えます。治療を﹂
﹁助かる!こいつを、こいつを助けてやってくれ﹂
458
見れば肩からお腹にかけて切り裂かれ血だらけだ。間に合うか?
︻エクストラヒール︼詠唱開始︱︱
﹁もう少しがんばれ!いま治癒術士が治してくれるからな﹂
詠唱が長い。先にヒールしておくべきだったか?だが、この傷。
生半可なヒールじゃ何回やっても足りるか。
︱︱詠唱完了。エクストラヒールを発動する。みるみる傷が塞が
っていく。苦しそうな冒険者の顔が楽になっていく。
﹁すげえ⋮⋮これだけの傷を一発で⋮⋮﹂
﹁次を﹂
﹁あ、ああ﹂
もう一人、重傷者がいたのでそれもエクストラヒールで治す。あ
とはそれほど酷いのはいなかったので順番にヒールで治していった。
壁にもたれるように2人、倒れてるのがいたのでそっちへ向かお
うとすると止められた。
﹁そいつらはもう⋮⋮﹂
2人も死んだのか。もし神殿騎士団が間に合わなかったらおれと
サティもきっと。そう血だらけでボロ雑巾にようになって死んでい
る冒険者2人を見て思った。
459
牧場のほうはと見ると残り少ないハーピーが冒険者と神殿騎士団
に駆逐されていっている。戦闘は続いているが、大半のハーピーが
逃げ出しにかかっていた。
﹁おい、あんた。治癒術士なのか?こっちにきてくれ。厩舎のほう
に重傷者がいるんだ!﹂
﹁わかった。急ごう﹂
厩舎を守っていた兵士達は満身創痍だった。2人の冒険者がヒー
ルをかけていた。
﹁治癒術士を連れてきたぞ﹂
﹁おお、助かった。俺たちじゃこれだけの傷は治せないんだ﹂
もちろんポーションも使い切っている。
こちらも3人ほど傷が深いのがいた。幸い、怪我をしたものは屋
内に退避できたので死人は出なかったらしい。
順番に治療していく。終わった頃に神殿騎士団の一隊がやってき
た。
﹁怪我人はいるか?我々が治療しよう﹂
460
﹁ああ、ありがとう。だがこの治癒術士殿が全部やってくれたんだ﹂
﹁そうか。む、マサル殿ではないか﹂
﹁ああ、テシアンさんでしたか。面を被っていたんでわかりません
でした﹂
﹁ここはマサル殿がやってくれたと言うなら他を見てこよう。では
失礼する、マサル殿﹂
そう言って立ち去ろうとする。
﹁テシアンさん!﹂
テシアンさんが立ち止まってこちらを見る。
﹁ありがとうございます。命を拾いました﹂と、頭を下げる。
テシアンさんは手を振ると歩いていった。
﹁あんたも。ありがとう、助かった﹂と、兵士達に礼を言われる。
﹁いえ。お互い生き延びられてほんとうによかったですね﹂
﹁ああ、そうだな。本当にそうだ。神殿騎士団さまさまだ﹂
最初のハーピーはほんの数匹だったらしい。牧場主達が応戦し追
い払い、兵士達に知らせた。続いて数十匹。さらに追加でどんどん
461
とやってきた。
軍曹どのの話では、あのドラゴンに森から追い立てられたのが、
こちらまで流れてきたのではないかということだった。
ハーピーの襲撃は狙いすましたように冒険者が一番少ない昼時だ
った。もし朝か夕方ならもっと多くの冒険者が動員されこれほどの
苦戦はなかっただろう。
後日聞いた話では、その日は4人の冒険者が命を落としていた。
462
37話 馬牧場の戦い︵後書き︶
ハーピーにフルボッコにされたショックでマサルは引き篭もる
﹁マサル殿は立派な力をお持ちです。何も無理して戦う必要もない
のですよ。このように治療をして人々に感謝されるのも素晴らしい
生活だと思いませんか?﹂
もし世界の破滅という前提がなければそれも良かっただろう。アン
ジェラと一緒に治療院で働き、毎日を平和に暮らす。そんな生活も。
次回、明日公開予定
38話 勇者の物語と平和な生活
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
﹁ヘル!ファイアー!!﹂
豪火の魔法の掛け声。その場のノリで適当に考えた。
463
38話 勇者の物語と平和な生活
神殿騎士団はあの次の日、魔境に向かっていった。あの時、神殿
騎士団は既に出発していたのだが、町の鐘が鳴るのを聞いて急遽引
き返したのだ。ほんとうにギリギリのタイミングだった。
そして数日間おれは引き篭もった。一度だけギルドに報酬をもら
いに顔を出した以外は、ティリカちゃんを送ったときもギルド前で
引き返した。
朝と昼はほとんど勇者の物語を読んで過ごした。それに飽きると
サティを捕まえていちゃいちゃした。サティの勉強ももちろん見て
る。でも訓練のほうはお休みだ。サティも怪我をしたし少しは休ん
だほうがいい。そう言い訳をした。
庭で新魔法の試し撃ちも少しやった。あの時この魔法があれば、
もっと何かできただろうか?
夕方にアンジェラとティリカちゃんがやってきていつものように
食事をしてお風呂に入る。もちろんサティとは必ず一緒に入って洗
いっこをする。
アンジェラにはただ休んでるとだけ言ってある。怪我をして回復
魔法をかけて治ったとしても、失った血は戻らないし、再生した組
織が体になじむまではあまり運動はしないほうがいいのだ。
アンジェラは心配はしているものの、それで納得はしてくれたみ
たいだ。
464
本当のところは恐ろしかったのだ。今までも危ないことはあった。
だが今回は完全に死ぬと思った。サティを道連れにして。
エリザベスがお薦めするだけあって7巻はとても面白かった。特
に風メイジが勇者を身を挺してかばい、そのあと勇者が敵を倒すシ
ーンとか涙が出た。
世界の破滅ってなんだろう。魔王が復活するのか?それともあの
ハーピーのようなのが押し寄せるんだろうか。ここは平和な町だと
聞いてたのにこのざまだ。魔境にいるエリザベスは無事だろうか。
死んだ4人の冒険者のこととか、暇になるとそんなことをぐるぐる
と考える。
さらに2日後、勇者の物語をようやく読み終わった。そして思う。
おれは勇者にはなれそうにない。勇者は傷つき倒れても何度も何度
も立ち上がり戦った。仲間が傷つき倒れても、大事な人を失っても
それでも怯まなかった。仲間のうち2人が失われ、故郷の国がずた
ずたに引き裂かれてどんな気持ちだったろうか。この本にはあまり
勇者の心情は描かれてはいない。
どれも過酷な戦いばかりだった。おれなら3巻あたりできっと逃
げ出したはずだ。
勇者は魔王を倒したあとはお姫さまと結婚して領地をもらい、ほ
とんどをそこで過ごした。戦にも政治にも滅多に関わらず、後年の
勇者はずいぶん平和に暮らしたようだ。それを読んでおれはホッと
465
した。
寝ていると時々ハーピーに襲われた場面や死んだ冒険者の夢を見
る。そして飛び起きてサティとティリカちゃんが寝ているのを見て
安心する。これがPTSDってやつだろうか。日本でなら病院に行
くところだが、こっちで医者といえば神殿の治療院だし、アンジェ
ラにはあまり情けない姿は見せたくない。一度司祭様に相談してみ
ようか?元神殿騎士団って言ってたし、こういうことに経験がある
かもしれない。
その日は久しぶりにティリカちゃんを送っていったあと、サティ
を訓練場に預けた。弓をレベル5に上げちゃったのをどうしようか
とは思ったが、なるようになるだろう。サティは天才。それでいい
じゃないか。
軍曹どのとも顔を合わせたくなかったので逃げるようにギルドを
後にした。親しい人にはおれが怖がっていることを知られたくはな
い。アンジェラには薄々ばれてるかもしれない。軍曹どのは会って
話せばきっと見破るだろう。
神殿の治療院に顔を出す。アンジェラと司祭様が治療にあたって
いた。
﹁あら、マサル。どうしたの?﹂
466
﹁やあ、アンジェラ。司祭様に少し質問があるのですが﹂
﹁いいですよ。どのようなことでしょうか?﹂
﹁ちょっと長くなりそうなので、できれば2人きりでお願いできま
せんか。治療のお手伝いをしますから﹂
﹁そういうことでしたら。アンジェラ、患者さんをどんどん連れて
きてください﹂
﹁はい、司祭様﹂
患者が次々に案内されてくる。それをてきぱきと回復魔法をかけ
ていく。一人、重い病気にかかってる人がいたのでエクストラヒー
ルをかけた。30分ほどで待合室の患者は全て治療をし終わった。
﹁素晴らしい治癒術ですね。もはや我々では足元にも及ばないでし
ょう﹂
﹁そうだね。マサルは才能があるよ﹂
そりゃチートでもらったスキルだしね。褒められてもあまり心が
踊らない。ええ、そうかもしれませんね、などと生返事をしておく。
﹁ではアンジェラ、あとは任せましたよ。マサル殿、こちらへ﹂
奥の小部屋に案内された。
﹁それで質問とはどのようなことでしょうか﹂
467
何から聞こうか。とりあえず魔王とか世界の破滅に関して聞いて
みようか。自分のことはそのあとでいい。ちょっと話しずらいし。
勇者の物語を読んだことを話し、魔王と世界の破滅のことを聞く。
ハーピーが襲ってきたのは何かの兆候ではないのかと。
﹁なるほど、魔王の復活に世界の破滅ですか。ですが勇者に魔王が
倒されて以来、新しい魔王が誕生したという話は聞いたことがあり
ません。世界の破滅に関してもここ数年は魔境との境界は非常に安
定してます。開拓村を作る計画はご存知でしょう?成功すれば王国
の領土は広がるでしょう。もうかつてのように国土を蹂躙されるよ
うなことはありませんよ。心配いりません。それに今回のことです
が、この程度のことはよくあることなのです。たとえ神殿騎士団が
いなくても、多少の被害は出たでしょうが必ず撃退できたでしょう﹂
司祭様が言うならきっとそうなのだろう。魔王は復活していない。
少し安心した。少なくとも勇者のように魔王と戦うはめにはならな
いだろう。現時点では。
﹁あまり役には立てませんでしたが、このような回答でよかったで
すか?﹂
﹁いえ、十分です。心が軽くなりました。それでもう一つ相談があ
るのです﹂
﹁はい。遠慮無くおっしゃってください﹂
﹁怖いのです。ハーピーが。夢で襲ってくるのを見て夜中に目が覚
めるんです﹂
468
﹁なるほど⋮⋮若い兵士がよくかかる心の病ですね﹂
司祭様はちょっと考えてから続ける。
﹁それに関してはわたしにできることはありません。自分で恐怖と
向き合うしかないのです。恐れずに事態と正面から向きあえば時間
が克服してくれるでしょう﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
﹁力になれなくて申し訳ない。ただ、ほとんどの人はいずれ回復し
ています。怖がることは別に恥ずべきことではありません。きっと
マサル殿も克服できますよ﹂
ありきたりの回答だと思ったが、司祭様が言うと説得力があった。
﹁はい。ありがとうございます、司祭様﹂
﹁そうだ。このあとまだ時間がありますか?﹂
﹁ええ、午前中は大丈夫ですが﹂
﹁実は信者の方でね。目の悪い方がおられるのです。ですが、高位
の術士にかかるようなお金は⋮⋮﹂
﹁ああ、なるほど。構いませんよ。治療費はいりません。その人は
どちらに?﹂
回復の魔法をかけるくらいなんの手間もかからない。この世界の
人はなんでこの程度で大金取るんだろうと思わなくはないが、きっ
469
とこのレベルの回復魔法を使える人材が少ないんだろうな。
﹁すぐ近所です。案内します﹂
アンジェラに声をかけて神殿を出る。そして数分ほど歩いたとこ
ろにある家を訪ねた。ここの一家のあるじが去年くらいから目を悪
くして、ほどなく失明したのだそうだ。原因はわかっていない。
﹁ジーナさん、わたしです﹂
﹁ああ、司祭様。このようなむさ苦しいところにわざわざ。なんの
御用でしょうか﹂
若い女性が出迎えてくれた。
﹁お父上はおられますかな?実は腕のいい治癒術士殿を連れてきた
のです﹂
﹁まあ!すぐに父を連れてきますわ。ここで座ってお待ちください﹂
ジーナと呼ばれた女性に手を引かれて中年の男性がやってきた。
ジーナさんの年齢からしておそらく35かいっても40くらいだろ
う。
﹁これはこれは司祭様、目が見えぬゆえの無作法はお許しください。
それで今日は?﹂
﹁治癒術士殿をお連れしたのです。目の治療を試していただきまし
470
ょう。こちらが治癒術士のマサル殿です﹂
﹁ですがご存知の通り、うちには金がありませんじゃ。治してもら
っても治療代は⋮⋮﹂
﹁大丈夫です。今回は通常の治療費だけで結構ですので。ね?マサ
ル殿﹂
﹁ええ。それに治せるとも限りませんから﹂
治療のために部屋を暗くしてもらう。サティと違って完全な失明
状態からだが、これでいけるだろうか?ドラマとかでは包帯を巻い
て少しずつ解いていっていたが、何か違う気もするし。とりあえず
光が漏れてるところも何箇所か塞いで部屋はかなり薄暗くなった。
﹁では治療を開始します。目を閉じていてください﹂
︻エクストラヒール︼詠唱開始︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱発動。
ヒールは問題なく発動した。まあ魔法に関しては問題なんか起こ
ったことがないんだけど。
﹁では机を見ながらゆっくり目を開いてもらえますか?ゆっくりで
すよ﹂
﹁お、おおお⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですか?それでは慣れてきたらゆっくり周りを見てくださ
い﹂
471
﹁見えますじゃ⋮⋮目が⋮⋮わしの目が⋮⋮﹂
﹁お父さん!﹂
ジーナさんが男性に抱きつく。
﹁おお、司祭様、マサル様、なんとお礼を言っていいか﹂
﹁ありがとうございます、ありがとうございます﹂
﹁もう一生目が見えないものと思っておりましたのに﹂
﹁さすがマサル殿です。素晴らしい腕ですね﹂
﹁いえ、大したことは﹂
23年生きてきて人に感謝されたことなどほとんどない。それが
こうして感謝されて頭をぺこぺこ下げられる。感謝されるだけのこ
とをやったのはわかってるが、これってチートなんだよ。おれは元
はなんの取り柄もないニートなんだ。神様にたまたま能力をもらっ
ただけなんだ。感謝されてしかるべき人間なんかじゃない⋮⋮
考えこんでいると、ジーナさんが奥からやってきてテーブルにじ
ゃらじゃらとコインを置いた。銀貨が数枚。ほかは銅貨などだ。
﹁あの、少ないですがお礼です。それとこれも﹂と、綺麗な指輪を
差し出す。
指輪を受け取って見る。小さな宝石が嵌った綺麗な指輪だ。
472
﹁母の形見なんです。うちにはそれくらいしか値打ちのあるものが
なくって⋮⋮﹂
えええええええ!?そんな重いもの受け取れないよ!
﹁いやいやいや。お返ししますよ!ほら、最初に言ったとおり通常
の治療費だけでいいですから!司祭様、治療費分だけもらってくだ
さい﹂
﹁そんな!それではなんとお礼をしていいものか﹂
﹁いやいや本当にいいんです。お金が欲しくてやったんじゃないで
すから﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
﹁ほらほら、お二人とも。マサル殿が困っておられますよ。謝礼は
これだけで結構ですから﹂と、司祭様がコインを何枚か手に取りお
れに渡す。
﹁そうですか⋮⋮そうだ!ジーナ。おまえマサル様のところにいく
といい。マサル様、この子はよく働くとても気立てのいい子ですじ
ゃ。メイドでも妾でもいい。好きに使ってやってくだされ。な、ジ
ーナ?﹂
﹁そんな⋮⋮お父さん。マサル様にご迷惑じゃ⋮⋮﹂と、ジーナさ
んもなんだか満更でもない感じで、こちらをちらちら見ながらもじ
もじしている。
﹁いえ、本当にいいですから!どうしてもお礼をしたいなら孤児院
473
になにかしてあげてください。さ、司祭様。このあとも治療があり
ますよね?行きましょう!﹂
そういって司祭様を引っ張って家をでる。
﹁はっはっは。もらってあげればよかったのに﹂
何を無責任なことを言ってんですか。ちょっと惜しいとは思うけ
ど。ジーナさんはエプロンが似合い髪を後ろでしばった町娘って感
じで、地味めだけど結構可愛かったし。
﹁司祭様はご結婚は?﹂と、ふと聞いてみる。
﹁妻がおりましてね。この町で暮らしてますよ﹂
初めて聞いた。
﹁以前は孤児院を手伝ってもらっていたんですが、体を悪くしまし
てね﹂
﹁え、大丈夫なんですか?﹂
﹁ええ、腰を少しだけなので。もう平気なんですが、今は家で孫の
面倒を見てまして﹂
孫か。司祭様結構年寄りだもんな。
﹁アンジェラに料理を教えたのもうちのでしてね。今度うちで食事
474
でもいかがですかな?素人ながらなかなかおいしいものを作ってく
れますよ﹂
﹁はい、機会があれば﹂
司祭様は毎日家に戻って寝ていて、孤児院は主にアンジェラにシ
スターマチルダと相方の人がやっているんだそうだ。
﹁マサル殿は立派な力をお持ちです。何も無理して戦う必要もない
のですよ。このように治療をして人々に感謝されるのも、素晴らし
い生活だとは思いませんか?﹂
﹁そうですね﹂
もし世界の破滅という前提がなければそれも良かっただろう。ア
ンジェラと一緒に治療院で働き、毎日を平和に暮らす。そんな生活
も。
﹁おかえりなさい、司祭様、マサル﹂
﹁長々と留守にしてすいませんでした﹂
﹁いえ。患者さんは一人来ただけだったので﹂
﹁じゃあ、アンジェラ。またね。司祭様もありがとうございました﹂
﹁こちらこそ助かりました。それと先ほどのこと、考えておいてく
ださいよ。いつでも歓迎しますから﹂
475
まだ時間があったので久しぶりに草原に行くことにした。引き篭
っているうちに野うさぎの肉はもちろん、大猪の肉も使い切った。
ドラゴンの肉はまだあるけど、これはとっておきにしておきたい。
門を通るときにいつもの門番の兵士に呼び止められた。
﹁マサル。ちょっと話がある﹂
おお。なんだ?いつもは野うさぎとかドラゴンスレイヤーとか言
うのに初めて名前を呼ばれた。
門の兵士詰所に連れて行かれる。
﹁ハーピーが攻めてきた時、うちの兵士を治してくれたそうだな。
礼を言おうと思っていたんだがおまえが中々捕まらんでな﹂
﹁ええ、ちょっと怪我したんで家でごろごろしてたんですよ。傷は
大したことはなかったんですが﹂
﹁そうか。じゃあとにかく礼を言う。ありがとう。うちの連中もみ
んな感謝してるよ。あの治療が間に合わなければ誰か死んでたかも
しれん﹂
﹁いえ、神殿騎士団の人も治療に来てましたし、そんなに大したこ
とは⋮⋮﹂
﹁神殿騎士団が来る前にでかい火魔法で牽制したのもおまえだろ?
476
あの練習していた魔法だな。あれでずいぶん時間が稼げたって言っ
てたぞ。謙遜するな。おまえは何人もの命を確実に救ったんだ﹂
そうか。そうだな。命を落とした4人の冒険者のことばかり考え
ていたが、確かに命を救われた誰かがいたんだ。
﹁おい、何を泣いてんだよ?おれ何かまずいこと言ったか?﹂
あれ?おれ泣いてる?
﹁いえ、おれがもっと⋮⋮もっと上手くやれれば死ぬ人もいなかっ
たんじゃないかってずっと思ってて。でも救われた人もいるんだっ
て言ってもらえて⋮⋮﹂
いかん。こんなとこで泣くなんて。詰所で2人しかいなくてよか
った。
﹁もっと上手くやれとか、おまえにそんなこと言う奴はいないさ。
一人でできることなんかたかが知れてるんだ。おまえには兵士一同
感謝しているんだ。もう一度礼をいう。マサル、ありがとう﹂
﹁いえ。モンスターと戦うのが冒険者の仕事でしょう?やれること
をやっただけです﹂
﹁そうだな。だが恩は恩だ。何かあれば言ってくれ。いつでもおれ
たちが味方をしよう﹂
その日は5匹だけ野うさぎを狩ってすぐに町に戻った。そんな気
477
分じゃなかったし。
478
38話 勇者の物語と平和な生活︵後書き︶
﹁サティちゃんは天才だな!いや100年に一度の天才に違いない
!﹂
教官たち大絶賛である
その場の勢いでレベル5にしたのはやりすぎたか⋮⋮?
次回、明日公開予定
39話 大は小を兼ねたり兼ねなかったり
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
﹁ハーピー戦のとき魔法を使おうとしたら1匹のハーピーが急に叫
んでそのあと群れごとこっちに襲ってきたんですが、あれは指揮官
か何かだったのでしょうか?﹂
﹁そうだな。ああいう大きい群れになると必ず上位種が混じってい
る。エリートハーピー、ロードハーピー、ハーピークィーン。呼び
方は色々あるがな。そいつがそうだったのだろう﹂
﹁なるほど﹂
みたいな会話をどっかにいれようと思ったけど
いい場所がなかったのでここに書いておこう
※ジーナさんはちょい役です。今後の出演予定はありません。
479
39話 大は小を兼ねたり兼ねなかったり
ギルドの訓練場に行くとまたサティが教官に囲まれていた。今度
は5人に増えてる。軍曹どのまでいた。
﹁おお、マサルじゃないか!この子は天才だな!いや100年に一
度の天才に違いない!﹂
またこのパターンか。預ける前、サティに手を抜くようにと言う
ことも考えたんだが、サティにそんなごまかしができそうに思えな
かったので成り行きに任せることにしたのだ。まあ天才ってことで
いいよね。
﹁実戦を経て一皮剥けたに違いない。獣人とは言え、ここまでの上
達ぶり。素晴らしい才能だ﹂
﹁へー、そうなんだ。すごいなサティ﹂
べた褒めである。さすがは弓術レベル5だな。
﹁はい、マサル様!﹂と、サティは素直に喜んでいる。
﹁だが道具がいただけんな。弓もだが、剣も防具ももっといいもの
を買ったほうがいい。わしの使ってた剣をあげたいところだが、サ
イズがさすがになあ﹂
﹁ふふふ。そう思っておれは弓を用意しておいたぞ。ほれ、これだ﹂
480
﹁な!?﹂﹁貴様抜け駆けか!﹂﹁ずるいぞ!﹂などと教官が言い
合ってる。
渡された弓を見る。弓のことはよくわからないが見事な細工が施
された高そうな品だ。サティに渡す。
﹁こんなよさそうなものをもらってもいいんですか?﹂
﹁もちろんだとも。おれはもう引退しとるからな。サティちゃんほ
どの使い手に使われるならその弓も本望だろう﹂
﹁よかったな、サティ﹂
﹁はい。ありがとうございます、教官どの!﹂
﹁ええと、このあと訓練は?まだお昼までには結構時間があります
が﹂
﹁もちろん続ける。今はちょうど休憩だったんだ﹂
﹁ではマサル、時間があるなら少し話がある﹂
﹁はい、軍曹どの。じゃあサティ、もうちょっとがんばれよ﹂
﹁はい、マサル様﹂
﹁それで話というのは⋮⋮﹂
481
﹁うむ。ここのところギルドに顔を出さなかったな?ハーピーのと
きに貴様が傷を治した冒険者が礼を言いたいと来ていたぞ﹂
﹁そうですか﹂
壁に寝かせてあった死んだ冒険者がフラッシュバックする。だが
司祭様や門番の兵士の言葉も思い出した。
﹁︱︱軍曹どの﹂
﹁なんだ?﹂
﹁自分は怖かったんです。あの戦いで4人が死んだと聞きました。
神殿騎士団が来なければ自分とサティもその中に入ってたんじゃな
いかと。もっと上手くやれば誰も死ななかったんじゃないかと⋮⋮﹂
﹁貴様とサティの戦いぶりはあそこでわしも見ておったぞ。新人冒
険者にしては十分な働きだった﹂
﹁ですが、もっと何かできたのではないかとそればかり考えるので
す﹂
﹁自惚れるな!貴様など多少の魔法は使えてもひよっこにすぎん。
そういうことはわしから1本でも取ってからほざくのだな﹂
﹁軍曹どの⋮⋮﹂
﹁死んだ冒険者もそれだけの覚悟はしていたはずだ。でなければあ
のハーピーの群れを見て逃げ出しただろう。貴様もあれを見て戦う
ことを選択したのだろう?﹂
482
﹁はい﹂
﹁貴様の働きは十分なものだった。最善ではなかったかもしれんが、
全力を尽くした結果だ。怖かった?最後まで逃げずに戦ったのだ。
それで十分ではないか。それに多少怖がりのほうが冒険者として長
生きできるというものだぞ﹂
﹁はい、軍曹どの﹂
﹁報酬を取りに来たときはひどい顔をしておったが、少しはましな
顔つきになっておる。一週間寝て暮らして少しは気分が晴れたか?﹂
﹁はい。話を聞いてもらい楽になりました﹂
﹁よし。それで礼を言いたいという冒険者のことだが﹂
﹁そうですね。毎朝ギルドには来ているのでそのときにでも﹂
﹁わかった。伝えておこう﹂
﹁軍曹どの?﹂
﹁なんだ?﹂
﹁1本お相手願えませんか?﹂
﹁いいだろう。もんでやる﹂
483
ハーピーに襲われたとき、もっと戦えたのではないかと思うのだ。
あの時は魔法を中断させられて少し焦りすぎた。冷静に戦っていれ
ば騎士団が来るまでもたすこともできたはずだ。そしてサティが傷
つくこともなかった。スキルに頼らない、経験のようなものがもっ
と必要だ。
そして軍曹どのにはやはりぼこぼこにされた。回復魔法を使える
からって本当に容赦がない。
帰りにサティの装備を買って帰った。防具はおれと同じもの。剣
も選ばせたらおれと同じ黒鉄鋼で作った少し細い剣を選んだ。防具
はサイズの調整と耳と尻尾穴の加工に数日かかるそうだ。これでハ
ーピー戦の報酬がほとんどなくなった。
そのあとは久しぶりに竜の息吹亭で昼を食べて帰った。
家に帰り、サティに本を読ませながらスキルのチェックをした。
スキル 6P
頑丈 鷹の目 料理Lv1 家事Lv1 聴覚探知Lv3 嗅覚探知Lv2 剣術Lv3 弓術Lv5 回避Lv2 盾Lv1
484
今後は森に入ることを想定すれば探知系のスキルは必要だろう。
剣術と迷ったが、聴覚探知をレベル4に。残った2で盾をレベル2
にしておいた。回避はいつの間にかあがっていた。料理は結構でき
るようになったはずだけど、いつになったら2になるんだろうな?
できればポイントは使いたくない。
スキル 0P
頑丈 鷹の目 料理Lv1 家事Lv1 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv2
剣術Lv3 弓術Lv5 回避Lv2 盾Lv2
続けておれのスキルだ。
スキル 10P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv3
盾Lv2 回避Lv2 槍術Lv1 格闘術Lv1 弓術Lv1 投擲術Lv2 剣術Lv4
485
魔力感知Lv1 コモン魔法 生活魔法 高速詠唱Lv5
回復魔法Lv4 火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土
魔法Lv3
まず盾と回避をレベル3にあげた。ハーピー戦の場合、剣術は4
あればおそらく十分だった。足りないのは防御能力だろう。
残った4Pで気配察知をレベル4にした。サティの聴覚探知Lv
4と組み合わせれば森でもモンスターに先手を取られることはない
だろう。
スキル 0P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 槍術Lv1 格闘術Lv1 弓術Lv1 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 コモン魔法 生活魔法 高速詠唱Lv5
回復魔法Lv4 火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土
魔法Lv3
︻水魔法Lv3︼水球 水鞭 氷弾 水壁 氷雪
︻風魔法Lv3︼風弾 風刃 風壁 雷 風嵐 飛翔
︻土魔法Lv3︼土弾 土壁 硬化 ゴーレム作成 岩弾
486
家でごろごろしてる間に庭で魔法も試した。さすがに氷雪や雷、
風嵐は無理だったので、今日草原に行ったときに試し撃ちをした。
やはり面白いのは土魔法だった。土弾と岩弾は見たままで石や岩
を打ち出す地味な魔法だったが、土壁は利用法が多そうだ。イメー
ジと魔力によりかなりの自由度があった。
硬化は物質を固くする魔法でかなり長期間効果が続くようだ。試
しに木の枝にかけたら鉄のように硬くなった。自分の体にもちょっ
とかけてみたがこれは無理みたいだ。生命体は適用範囲外ってこと
なのだろう。
ゴーレムは1mくらいの小さいゴーレムが出てきて、簡単な命令
なら聞いてくれる。簡易の盾にしたり敵に突撃させたりこれも利用
法は多そうだ。もっと大きくできないかと思ったが無理だった。で
きるのは複数匹出すことと、ゴーレムを維持できる時間を変化させ
ることくらいだった。
夕方、いつものようにアンジェラとティリカちゃんが来て一緒に
食事をする。最近はティリカちゃんも慣れたもので、簡単な料理が
できるようになり包丁もちゃんと使える。アンジェラの教え方がい
いのかな。とにかく料理はほとんどしなくていいのはとても楽だ。
今度新作料理に挑戦してみようかな。
487
マヨネーズは引き篭っていたときにまた子供たちにやってもらっ
た。メンバーは一部替わっていた。やっぱりあれはきつかったんだ
ろうな。風魔法でなんとか撹拌できないものかとやってみたが、び
ちゃびちゃにマヨネーズが飛び散って、サティにもかかってちょっ
と嫌な顔をされた。サティのあんな顔初めて見た。とりあえず謝っ
て一緒に掃除をし、浄化でなんとか食堂は綺麗になった。
もちろんそのあとは一緒にお風呂に入った。綺麗にしないとだめ
だしね?
ミキサーみたいなのを作れればいいのだが、生憎と工作は苦手だ
った。プラモくらいしか作ったことがない。当分は子供たちに働い
てもらうことになるだろう。
﹁あの、今日司祭様と⋮⋮その﹂
なんだか今日はアンジェラがそわそわしてたのはそれか。気にな
っていたんだろうな。ちょっと話しておくか。軍曹どのにも聞いて
もらったことだし。
﹁ほらハーピーと戦った時に怪我したって言ったろ﹂
﹁うん﹂
だけど死にかけたとは言ってない。回復魔法ですぐ治る程度の怪
我をしただけと言ってある。嘘じゃないからティリカちゃんも反応
しない。サティにも2人に心配をかけないように黙っておくように
言ってあった。
488
﹁あの時のことがやっぱり怖くてね。死んだ人もいただろ。それで
司祭様なら元神殿騎士団でそういうのにも詳しいかと思って相談に
のってもらったんだ。アンジェラに怖いですって泣きつくわけにも
いかないしね?﹂
ちなみにサティはあんまり気にしてないみたいだ。結果的に2人
とも助かったのだからそれでいいと。やっぱりサティは大物かもし
れない。
﹁そう。わたしなら別にいいのに。慰めてあげても﹂
慰める⋮⋮その大きいお胸で?ぜひお願いしたい。サティは可愛
いけど胸が物足りないもの。
﹁軍曹どのも言ってたけど、おれ酷い顔をしてたって?﹂
﹁うん。顔色も悪かったし、すごく元気がなかった﹂
﹁そうか、心配かけたみたいだね。でももう大丈夫﹂
﹁うん。今日はすっきりした顔してる。元気も出たみたいでよかっ
たよ﹂
いつものようにお風呂に入ったあと、アンジェラが今日は泊まり
たいと言い出した。
﹁孤児院じゃ子供たちが多くて騒がしいんだよ。ここは静かだし﹂
489
﹁そういうことならいくらでも。部屋は空いてるしね﹂
アンジェラのぴったりとくっついてのお願いが聞けない訳がない。
最近元気がないのを心配したんだろうか、サティ並にべたべたして
くるようになった。ちょっと胸が当たってる。わざと当ててるんだ
ろうか?そう思わないでもない。だって好きって言われたしね。
日誌を書いてベッドでティリカちゃんに貸してもらってる歴史の
本を読む。いつもならサティとティリカちゃんがベッドに居る頃な
のに遅いななどと思っていると、アンジェラが部屋に来た。
﹁あの、ちょっと話があって﹂
アンジェラとベッドに並んで座る。なんか顔が真っ赤だ。
﹁顔が赤いよ?熱でもあるんじゃないか?﹂
そういって、おでこをさわろうとしたら﹁ひゃっ﹂とかわいい声
をあげられた。
﹁あ、ごめん﹂と、手を引っ込める。
﹁あ、うん。いいんだよ。それでそのね。前に好きって言ってくれ
ただろう?あれはまだ有効なのかなって⋮⋮﹂
ああ、なるほど。最近サティにかかりきりでちょっと放置気味だ
ったかもしれん。でもサティに手を出しながらアンジェラに粉をか
490
けるとかすっごく後ろめたくてさ⋮⋮シスターマチルダはあんなこ
と言ってたけど実際にそういう状況になるとね。
﹁今でも好きだよ﹂
﹁じゃあ⋮⋮﹂とアンジェラが顔を近寄せてきた。
これはチューしろってことだな?だけどちょっと待て。サティと
ティリカちゃんはどこだ?
﹁あの。サティとティリカちゃんは⋮⋮?﹂
アンジェラがふいっと目を逸らして言う。
﹁実はあっちの部屋で眠ってもらってるんだよ。今日はもうこっち
には来ないよ﹂
﹁えっと。それはサティのお許しが出たと?﹂
﹁うん。相談したらこういうことになって⋮⋮﹂
サティ、主人を売ったのか!?いや、でかしたというべきか?
﹁アンジェラはいいの?その、サティと2人もって﹂
﹁うん。シスターマチルダにも聞いたんだけどそういうものだって。
それにサティとなら⋮⋮﹂
ああ、うん。お風呂で毎日仲良くしてるものね。
491
﹁あの、まさか、サティに色々とその⋮⋮﹂
﹁うん、ごめんね。全部聞いちゃった﹂
うおおおおおお。あの子は!これはお仕置きしないと!だがとり
あえず目の前のアンジェラちゃんだ。
﹁ほう。例えばどんなことを?﹂
﹁初めての時のこととか⋮⋮あの⋮⋮﹂
赤くなっておろおろしているアンジェラを見てもう辛抱が堪らな
くなった。
﹁アンジェラ﹂と、肩を抱いて顔を近づける。口を軽くつける。
﹁それでサティに話を聞いて我慢できなくなっちゃったの?﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
アンジェラも20だもんね。欲求不満が色々溜まるのはわかる。
わかりすぎる。これは解消して差し上げねば。
アンジェラのお胸は立派でとてもいいものだった。いいものだっ
た。
492
39話 大は小を兼ねたり兼ねなかったり︵後書き︶
実戦経験を経て、森デビューをするサティとマサル
だがオークや大蜘蛛が容赦なく2人に襲いかかる
果たして2人は生き延びることができるのか⋮⋮
次回、明日公開予定
40話 森へ
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
サティにお仕置きをしたのか。それは作者にもわからない。
493
40話 森へ
数日は特にすることもなかったので訓練と勉強と、あとアンジェ
ラが午後からやってきたり、泊まって行ったり。3人でちょっとい
ちゃついてみたり。
3人でいいのか?と思ったが別にいいらしい。いや、こっちはと
てもいいんですが。いいのかなあ。
そこんところサティにも聞いてみたんだが、自分は奴隷だからア
ンジェラ様の次でいいのですと可愛いことを言ってくれた。可愛い
なもう!
アンジェラも前にもましてサティと仲がいい。ティリカちゃんと
並べて3人姉妹みたいだ。でもティリカちゃんはどう考えてるんだ
ろうな。まさかティリカちゃんにまで全部話してないよな?ティリ
カちゃんがいるときは2人とも自重してるし、ティリカちゃんはあ
んまり話さないし、感情も表にださないからわからない。
ちなみにサティには外の人には家のことを話さないようにとしっ
かり言ってある。まあアンジェラやティリカちゃんに関しては仕方
ない。もう半分家族みたいなもんだから。
ようやくサティの鎧ができたので取りに行く。サティの準備はこ
れで万全だと思う。教官たちにも弓ではそこら辺のやつじゃ誰も敵
わないとお墨付きももらっている。いよいよ森デビューをする時が
494
来たのだ。
念の為に遺書もしたためてティリカちゃんに託してある。もしお
れが死んでサティが残ってもティリカちゃんと副ギルド長に任せれ
ば安心だと思う。サティは解放されて自由になる。もう既にどこで
でもやっていけるだけの戦闘力はあるから、生活には困らないだろ
う。まあおれが死んだらサティも一緒に死にそうな感じがひしひし
とするんだけど。あの時も逃げろって言ったのに逃げなかったしな
⋮⋮
﹁もしおれが死んだら﹂
﹁助けます﹂
﹁いや、死んでたとしたら﹂
﹁助けるんです!﹂
﹁サティが一人で逃げたほうがいいっていう状況がね﹂
﹁一緒に逃げましょう!﹂
あまり言うとサティが涙目になってきたので諦めた。
奴隷なのに逃げろって命令を拒否するくらいだから、心底嫌なん
だろうな。愛されてるな、おれ。なるべくそういう状況にならない
ようにがんばろう。サティのためにも。
本当なら森なんか行かずに野うさぎでも狩って生活したいところ
だが、世界の破滅が難物だ。どうやっても戦闘力を手に入れなけれ
495
ばならない。なんだって伊藤神はもっと安全な世界に送ってくれな
かったんだろうか。今日はそのあたりの苦情を書いてみるか。
門を抜けるときいつもの門番の兵士と少し話す。
﹁ほう。今日は2人で森へ行くのか。ふむ。3,4時間ね。まあお
まえなら大丈夫とは思うが気をつけろよ。もし戻りが遅かったら救
助隊を出してやるよ﹂
﹁いやいや。危険には近寄らないようにしますから﹂
﹁そうだな。だが森では何が起こるかわからん。ドラゴンが突然住
み着いたりな。何かおかしいと思ったらすぐに戻るんだぞ。森は最
初の慣れないうちが一番危ない﹂
﹁ええ。まだまだ死ぬ気はないし大丈夫ですよ。用心に用心を重ね
ます﹂
﹁お嬢ちゃんもこいつをしっかり見ててやれよ。どうにも不安だ﹂
アンジェラも言ってたが、おれってそんなに頼りなく見えるんだ
ろうか。そしてサティにお守りを頼むのか。ちょっと腑に落ちない
ものがある。
﹁はい、お任せください!﹂
サティはこっちの思いにも気が付かず元気に答えている。
496
﹁よし。じゃあ行くか、サティ﹂
森の入口でまずは周辺の安全を確認する。隊列はサティが前、お
れが後ろ。
サティの聴覚探知のほうが探知範囲が広いからだ。おれの気配察
知は範囲が狭い分、精密だ。あまり音を立てない小動物や昆虫系の
でも取りこぼさない。
サティの探知を逃れるようなのに危険なのはほとんどいない。毒
を持ってたりするのもいるが、そういうのは大抵群れないし。危険
なのは大型種やオークの集団など。そういう危険さえ回避すれば、
森もそれほど危なくはないとおれは考えている。
もし危険そうなのがいたらすばやく逃げる。もし敵が追ってくる
ようならサティを抱えてフライで逃げる。倒せそうな敵ならサティ
の弓で狙撃。接近されるようならおれの魔法も使う。状況によって
攻撃してもいいし、土壁などで防御してもいい。当面の目標はサテ
ィの強化だ。サティのレベルを上げて生存確率をあげる。
一通り、作戦を確認した。
﹁よし。サティ頼むぞ﹂
﹁はい﹂
サティはがさがさと森に踏み入っていく。それほど大きな音では
ないが、静かな森では少々響く気がする。サティにも隠密と忍び足
497
をとらせるべきだな。2人で音もなく近づいて奇襲する。中々よさ
そうなプランだ。
しばらくは何もなかった。鳥や小動物なんか探知に引っかかるも
のの、森の浅い位置はモンスターは少ない。今日はもう戻るか?そ
んなことを考え始めた頃、サティが急に立ち止まった。
﹁何かいます。1匹だけ﹂
﹁大きさはわかるか?﹂
﹁音からするとそれほど大きくはないみたいです﹂
﹁よし、近づいてみよう。もし当てられるならいつでも撃て﹂
﹁はい﹂
少し進むと気配察知にも引っかかった。サイズはたぶんオークく
らい。トロールではないだろう。
この気配察知、理屈はわからないがどうも生命力のようなものを
感知しているらしい。小さい生物は気配も小さいし、大きいものは
気配も大きい。だからサイズがだいたいではあるが把握できる。
サティが止まって弓を構えた。構えた方向を見たが、敵の姿は見
えない。サティが弓を放つ。お?なんか倒れたのが見えたぞ。
﹁命中しました﹂
498
﹁用心しながら見に行くぞ﹂
﹁はい﹂
やはりオークだった。矢が頭に刺さって死んでいる。
﹁よくやったサティ﹂
オークはおいしい獲物だ。肉は単価が安いがサイズがあるので高
く売れる。
サティの頭をぽんぽんしてやる。ほんとうはなでなでしたいが、
ヘルムを被ってるからね。
しかし本当に腕がいいな。おれの目じゃ倒れるまでいるのがわか
らなかったくらいだし、この距離で急所に命中とか半端ない。魔法
より射程が長いし戦闘がずいぶん楽になりそうだ。
﹁よし、引き返そう。ただ来た道を戻るんじゃなくて、街道のほう
に抜けてみよう﹂
帰り道も獲物が見つかるならそれに越したことはない。
今度はおれの気配察知が先に反応した。
﹁サティ。あっちのほうに何かいる。オークの半分くらいのサイズ
だ﹂
499
サティはおれが指をさした方を見て、耳をぴくぴく鼻をくんくん
しているがわからないようだ。
先頭を入れ替えてゆっくり近寄る。
﹁いました。大きい蜘蛛です﹂
鷹の目効果か。見つけるのが早い。おれも取ってみようかな。 ﹁やれるか?﹂
﹁はい﹂
弓を放つ。ドサッ、がさがさっと音がした。だがまだ動いている
音がする。サティが第二射を放つ。ようやく森は静寂を取り戻した。
剣を構えて慎重に確認にいく。蜘蛛は毒が怖い。
大蜘蛛は矢を2本受けて息絶えていた。矢と死体をアイテムに収
納する。
﹁偉いぞ、サティ﹂
これなら数匹程度なら相手できそうな気がしてきた。森も言うほ
ど危険じゃないな。広範囲の探知と遠距離攻撃での奇襲は効果抜群
のようだ。
500
そのあとは街道に出るまで何にも出会わなかった。それにたった
2匹じゃレベルも上がらなかったみたいだ。
﹁へえ、オークに大蜘蛛か﹂
サティのギルドカードを門番の兵士に見せてやった。
﹁遠距離から弓で急所を一撃ですよ。ちょっとびびって損しました﹂
﹁まあ油断はするなよ?森って本当に危ないんだから。あと夜は絶
対戻れ﹂
夜はおれも怖い。探知能力があるとは言え、見えなくなるし。そ
のうち暗視も取らなきゃなあ。
﹁お嬢ちゃんもハーピーのときも活躍したらしいし、もう冒険者見
習いじゃないな﹂
そういえば見習いとかそんなこと言ってたな。
﹁そうだな。サティはもう立派な冒険者でおれのパーティーメンバ
ーだ﹂
﹁ほんとですか!うれしいです!﹂
サティは大喜びだ。実際もうおれよりも強いんじゃないか?って
思う。火力はおれのほうが上だが、戦ったら負けそうだ。神様にも
らったチートって本当にすげーな。
501
ギルドで報酬をもらって商店街に向かった。ティリカちゃんは仕
事で不在だった。
﹁サティ、今日の報酬だ﹂と、銀貨を数枚渡す。
﹁え、でもこんなに⋮⋮﹂
今までも買い食いする程度のお小遣いは渡していたが、ここまで
の大金は初めてだ。と言っても銀貨数枚なんだけど。
﹁サティが稼いだ金だ。ハーピーのときのは装備買っちゃって使え
なかったしな。好きに使っていいぞ﹂
言わば初任給みたいなものだし、今日は特別だ。
サティはちょっと考えると服屋に入っていった。服か。無難なと
こだな。あれだけあれば2,3着はいいのが買えるだろう。
後をついていくと服の間を抜けて奥に入っていく。布?どうやら
裁縫道具がお目当てのようだ。
サティがちらりと心配そうにこっちを見るから、うんうんとうな
ずいてやる。好きに使っていいんじゃよ。
布とひと通りの裁縫道具を買い込んでサティは満足気だ。自作の
服か。セーラー服とか作ってくれないかな。サティにすごく似合う
と思う。
502
﹁サティ、服とかの作り方は知ってるの?﹂
ぴたっと立ち止まるサティ。こちらを困ったような顔で見る。
﹁知りませんでした。どうしましょう⋮⋮?マサル様は知ってます
か?﹂
﹁奇遇だな。おれも知らないぞ﹂
サティが泣きそうだ。
﹁そうだ!アンジェラだ。アンジェラに聞いてみよう﹂
﹁そうですね!アンジェラ様ならきっと知ってますよ!﹂
昼前なのでアンジェラは治療院は終わって昼食の準備をしていた。
﹁ごめん、裁縫苦手なんだよ⋮⋮﹂
露骨にがっかりするサティ。
﹁あああ、ほら、シスターマチルダが得意だから!シスターマチル
ダに教えてもらおう﹂
ついでにお昼をご馳走になった。お土産に今日帰り道に獲ってき
た野うさぎを3匹差し出す。
503
シスターマチルダには午後から少し教えてもらえることになった。
今日のところはその間、おれが治療院の手伝いをする。
次からは午前に来れば教えてくれるということとなった。
サティは家に帰るとさっそく裁縫の練習だ。教本みたいなのを借
りてそれを見ながらちくちくと何かを縫っている。集中してるから
今日はお相手してもらえそうにないな⋮⋮本でも読んでおこう。テ
ィリカちゃんに借りた歴史の本があったな。
だいたい300年ほど前、この王国、元々は帝国の一部で王国の
祖である辺境伯が反乱して独立したんだそうだ。魔境に接していて
色々不満が溜まっていたらしい。で、魔境で鍛えた精強な兵士達と、
獣人やエルフなどの亜人を味方につけて帝国と互角の戦いをし、独
立を勝ち取った。当時帝国では亜人の地位は低く、そこを上手くつ
いたのだ。その後は多少ごたついたものの、帝国とは和解。帝国と
しては北の国境が魔境と接しなくなるのはメリットが大きいと考え
た。今では魔境の産物が帝国に輸出され、帝国からは食物や生産品
が輸入される。王家同士も何度も婚姻を重ね、今では親戚同士とな
り帝国との関係は非常に良好である。
読み終わる頃にはティリカちゃんとアンジェラがやってきて夕食。
いつものお風呂タイム。
風呂あがり、サティとティリカちゃんは食堂に行って裁縫の続き
504
である。ティリカちゃんまで一緒になってやってる。まあ趣味を持
つのはいいことですし。
さっきお風呂で可愛がったから満足なんだけど、ちょっとさみし
かったのでアンジェラと居間のソファーでいちゃいちゃしてやった。
アンジェラまた泊まっていかないかなー。
そんなことを考えてたら﹁明日泊まってもいい?﹂だって。もち
ろんですとも!
森へ行く日。訓練の日。交互にする。どちらの日も朝一にシスタ
ーマチルダに1時間ほど裁縫を習う。その時間おれは暇なのでアン
ジェラのところに行って治療のお手伝いをする。アンジェラは時々
うちにお泊りしていくから、それくらいはやっておかないとね。
どちらも午前で終わり、午後は休息する。おれは訓練は3回に1
回くらいにして家で本を読んだりしてたけど。訓練場で軍曹どのに
相手をしてもらうと、毎回ぼっこぼこにされてすごくつらいんだぜ。
森へは一日置きで出動してるから訓練はほどほどでいいと思うんだ。
これでも日本でニート生活を送っていた頃と比べれば大した進歩だ
と思う。人間無理はいけないのだ。
森も特に危ないことはなく、実に順調である。敵はほとんどサテ
ィの弓で始末し、経験値を稼がせた。トロールなどは弓くらいじゃ
平気で突っ込んでくるが、土魔法で足止めして余裕でした。
サティの3レベルアップ分のポイントは隠密と忍び足につぎ込ん
で、レベル2ずつにしたのでますます安全度は上がった。弓の腕も
505
あがって3連射なんて技も使いこなす。全く頼りになる子である。
おれがやることと言えば、行き帰りに野うさぎを狩ることくらい
だったんだが、それすら隠密を覚えたサティがこなすようになった。
なんかおれいらない子?
こうしてしばらくの間は平穏に時間が過ぎていった︱︱
506
40話 森へ︵後書き︶
心の傷を癒したマサルはほんの束の間の日常を楽しむ
次回、明日公開予定
第二章最終話 41話 平穏なる日常
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
507
41話 平穏なる日常
サティは裁縫に夢中である。さすがに覚えた日に、おれを放置し
て没頭してたようなことはなくなったが、暇になるとちくちくやっ
ている。小さい巾着袋や手提げ袋、エプロンなんかも自作している。
おれもシャツのようなものを献上してもらった。使う道具や布も時
々買ってやる。
サティの稼ぎは優秀だ。裁縫道具や食費、かなりお高いおれの本
なんかを買っても少しずつお金が溜まっていく。経験値を稼がせる
ために獲物を譲ってるって面もあるんだけど。まじめにもう一人奴
隷を買ってこようかとも思うが、いまの満ち足りた生活を崩したく
もない。それはそのうち考えよう。
ある日、サティの裁縫スキルがレベル2になっていた。もう一人
前と言っていいレベルだ。
ちなみにレベルであるが
レベル1 初心者を脱したくらいのレベル。基本的なことはできる。
レベル2 一般レベル。武道でいうと段位を持つくらい。家庭の主
婦レベルの調理技術。
レベル3 ベテラン。武道だと2,3段以上で指導員ができる。調
理なら店を持てるレベル。
レベル4 一流。全国大会なんかでもいいところを目指せる。調理
なら☆がもらえるレベル。
508
レベル5 超がつく一流。
こんな感じだろうか。3なら時間があればいけるが、4あたりは
非常に厳しい。5など論外である。才能があって、努力したとして
もたどり着けるとは限らない、そんな境地である。
ある日、サティの弓の腕をほめてやるとこんなことを言い出した。
﹁あの、変なことを言うようですけど、この弓の腕も剣の腕もマサ
ル様がくれたように思うんです。目を治してもらったり、この不思
議なよく見える目をくれたみたいに。弓の腕もそうじゃないかって
⋮⋮﹂
ギフト
うわ。するどいな。まあ確かにこれは神様からの贈り物だもんな。
間違ってはいない。
その時は特に否定もしなかった。ただ誰にも言ってはいけないよ
と釘だけ刺した。
﹁はい。誰にも言ってません。アンジェラ様にもティリカちゃんに
も﹂
そういってサティは真剣な顔でうなずいた。
509
それはさておき。裁縫がレベル2になったことだし、サティにセ
ーラー服のデザインを書いて見せてお願いしてみた。2人で相談し
ながら色や使う布、細かいデザインなんかを詰めていく。スカート
はもっと短く!見えちゃうくらいで!上もおへそがちょっと見えち
ゃうくらいがいい!
ちょっと難色を示されたが、家の中でだけ着るものと言ったら納
得してくれた。ひゃっほーい。
上手くできたら全員分作ってもらおう。そしたら次は何を作って
もらおうかな。夢がひろがりんぐ!!!もういっそ裁縫にポイント
を使ってしまおうかと思ってしまうほどである。
試作品を着たサティを見て、おれはサティを寝室に連れて行った。
うん、もうしんぼうたまらんかったんだ。
次の日はサティを休みにして改良をしてもらった。そしてついに
理想のセーラー服が完成した。おれは涙を流したね。理想のセーラ
ーを猫耳が着てるんだぞ。これほど嬉しいことはないじゃないか!
そしておれはまたサティを寝室に連れて行って楽しんだ。うーん、
次はこのかぼちゃパンツの改良だな⋮⋮
おれも別に何もしてなかったわけじゃない。そう、カレーとラー
メン、ピザの再現だ。
結論から言うとカレーは失敗でラーメンはうまくいった。ピザは
そこそこってところだろうか。
510
カレーはスパイスがよくわからなかったので、匂いの強そうなそ
れっぽいスパイスを混ぜあわせてみたのだが、なにやら得体の知れ
ないものが出来上がった。そしてサティが逃げた。鼻のいいサティ
にはきつかったんだろう⋮⋮謎の物質は土魔法で庭に深く穴を掘っ
て永遠に封印された。
ラーメンに関しては楽だった。TV番組などでよく作り方の紹介
などを見ていたので、それを思い出しつつやってみたら中々本格的
な鳥ガラスープのラーメンができあがった。
よくわからない異世界の鳥をばらしてしっかりと洗って鍋に投入。
野菜も何種類か。あとはアクを取りながらひたすら煮込む。3時間
ほども煮込んだらちゃんとしたスープになっていた。あとは塩とス
パイスを足せばラーメンスープだ。ただラーメンの麺がパスタにな
った。ラーメンの麺ってかん水を使うらしいんだけど、かん水って
なんだ?あの黄色っぽい麺はどうやって作っているのか謎だ。
ラーメンは好評だった。野菜や肉、ゆで卵をトッピングして、麺
がパスタで違和感を感じてるのはおれ一人。まあ美味しかったんだ
けどね。
プリンも少し改良した。バニラエッセンスはさすがに入手できな
かったが、ブランデーを入れることを思い出したのだ。副ギルド長
にもらったお酒を少しいれると味がよくなった。
そしてピザだ。ピザ生地は問題がなかった。この世界でも液状の
パン酵母があったので分けてもらった。トマトソースも作った。た
だチーズがなかったんだ。
馬牧場でチーズも作ってないかと尋ねに行ったのだが出てきたの
511
はヨーグルトだった。チーズって羊の胃から取れる何か?が必要な
んだっけ。記憶が曖昧だ。そんな訳でピザはチーズなしになった。
マヨネーズをかけてみたらかなり美味しかったからいいんだけどね。
しかしヨーグルトは収穫だった。デザートが1種類増えた。おれ
は砂糖なしでも結構好きなんだが、みんなはちょっと苦手な感じで
砂糖とマンゴーっぽい果物をいれてやったら喜んで食べていた。
次は馬乳と砂糖でアイスっぽいものを作ってみようか。
こうやって食生活も少しずつ改善している。だがあとは米が欲し
い。米が。
たぶんだが、米もどこかにあると思う。この世界、地球に似すぎ
ている。地球にある動植物と大体同じ物があり、八百屋などに行っ
てもせいぜい異国風だなってくらいしか違和感がない。きっとそう
いう世界だからこそ伊藤神はおれを地球から送り込んだんだろう。
月もあるし、太陽も地球で見るのと同じ。星の配置は見たこと無
いものだが、南半球だったらわからないし。この惑星を宇宙から見
て、地球そっくりでもおれは驚かない。そうだとしたらたぶんここ
は南米かアフリカ大陸だと思う。地図を何個か見つけたがこの国の
ある大陸ですら不完全でよくわからなかった。
確かめている時間はない。世界の破滅が近いんだから。
食事メニューを増やす余裕は無理やりでも作るんだけどね!
512
ハーピーのとき怪我を治した冒険者達とも会った。
一通りお礼を言われ、そのあとは朝っぱらからみんなで飲みにい
った。死んだ冒険者のことを聞かされる。うん、うん。いいやつだ
ったんだな。田舎から出てきてがんばって。そんなこと聞かされて
どうしろっていうんだよ!くそっ。次はハーピーごとき瞬殺してく
れるわ!そう泣きながら俺たちは酒場で気勢を上げた。酒場の人に
したらいい迷惑だったろうが、客が少なかったので見逃してくれた
んだろう。
訓練場ではサティが大人気になっていた。相変わらず教官は複数
ついてるが、訓練に来ている冒険者達もサティの周りに多くなった。
おれは対人は嫌いなので教官くらいとしかやらないが、サティは積
極的にやっている。小さな子にやられたり、互角だったりして悔し
いのだろう。対戦の順番待ちができていた。
見てると大体7,8割くらいは勝っている。たまに負けて傷がつ
いてもすぐに回復魔法をかけてもらっていた。
だが恐ろしいのはこのあとだ。サティを迎えに行くと、もちろん
サティはおれにうれしそうに駆け寄って来る。そしてみんながおれ
を一斉に見る。ただ普通に見てるだけの人もいるが、中の何人かは
明らかに殺意がある。実際に対戦を申し込まれたこともある。もち
ろん断った。実剣でやろうとか物騒なことを言う奴もいるんだよ。
やってられん。
513
そうやって冒険者達からはなんとか逃げていたのだが、あるとき
クルックとシルバーがやってきた。
少し警戒する。一人で大人の階段を登ったなどと知れたらこの前
のリベンジが始まりそうだ。逃げようかと思ったが余計怪しいので、
大人しく2人がやってくるのを待った。
﹁よ、よう﹂
﹁マサル!聞いたぞ﹂と、クルック。
やばい。どっかからばれたのか!?
﹁な、なにをだね﹂
﹁ハーピーのとき活躍したそうじゃないか﹂
ああ、そっちかよ。ホッとした。
﹁んー、まあな。ちょうどそん時いたんだよ。お前らは何してたん
だよ﹂
﹁依頼で出てた﹂
﹁良かったな。結構やばかったんだぞ﹂
﹁聞いてる。死んだ人、ちょっと訓練場で話とかしたことあるんだ
514
よな⋮⋮﹂
ちょっとしんみりする。
﹁俺たちは死なないようにしないとな﹂
﹁まあうちはラザードさんがいるし、あの人がいればドラゴンでも
倒しちゃうから﹂
﹁あれでなんでCランクなの?﹂
﹁仕事選ぶっていうか。仕事あんまりしなかったらしい﹂
﹁でも今見てると結構やってるみたいだけど﹂
﹁そう。リーズさんなんだよ。なんか結構前から付き合ってたみた
いでさ﹂
シルバーがちょっと動揺してる。まだ吹っ切れてないのか。
﹁それで頑張ってんのか⋮⋮依頼内容はどうなんだ?報酬がいいか
らって危険なの選んでたらやばいだろ﹂
﹁リーズさんを危険に晒すわけないだろ。ドラゴンで報酬も結構あ
ったし、護衛とか軽い任務ばっかりだよ﹂
﹁ほう。それであんまり見ないんだな﹂
﹁それだよ!﹂
515
﹁それ?﹂
﹁ラザードさん、マサルに会いたがってたぞ﹂
﹁おまえ!まさか⋮⋮﹂
﹁いやいや。あれはさすがに冗談だ。でも俺たちが戦った話がな⋮
⋮﹂
﹁⋮⋮今日は来てないよな?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁おれは逃げるぞ!﹂
そういって身を翻そうとしたとき、声がした。
﹁ほう。何から逃げるんだ?﹂
﹁えーと﹂
あんただよ!ラザードさん⋮⋮
﹁ずっと会いたいと思ってたんだが、中々タイミングが悪くてな﹂
いや、おれは会いたくなかったです。まじで。
﹁用件はわかってるな?﹂
516
﹁一緒にお酒でも⋮⋮﹂
﹁それもいいが男同士ならやっぱりこれだろ﹂と、背中の剣に手を
かける。
﹁クルックとシルバーとはやったそうじゃないか。おれもぜひお相
手願いたいな﹂
思わずクルックとシルバーに視線を送るが2人して首を振られた。
くそっ。それでも友達か!?
﹁いやー、おれなんかラザードさんの相手にならないですよ。ほん
と﹂
その背中のでかい剣なんかで斬られたら死んでしまいます!
﹁あ、あの。用事があるので﹂
﹁クルックとシルバーは1分ほどで叩きのめしたそうじゃないか。
なに、時間は取らせんよ﹂
﹁いたたたた。お腹が﹂
﹁おまえ回復魔法使えるだろ?それともなんだ。おれとやりたくな
いとでもいうんじゃねーだろうな?﹂
ラザードさんが剣呑な雰囲気を纏い始める。こえええええええ。
なんでこの人こんなに殺気出してんの!?
517
﹁木剣⋮⋮木剣で!﹂
﹁いいだろう﹂
﹁魔法は⋮⋮?﹂
﹁いいぜ﹂
よし!それなら勝ち目もあるぞ。エアハンマーを開幕でぶち込ん
でジ・エンドだ。
準備をするふりをして木剣に硬化をかける。そして始まる前にゴ
ーレム作成を詠唱する。開始と同時にゴーレムを四体だし足止めを
し、エアハンマーだ。開幕サンダーも考えたんだが、さすがに怒り
そうなのでやめておいた。
﹁いつでも来な﹂と、剣を構えるラザードさん。おれの木剣と同じ
のを持ち、盾すら持ってない。
ちょっと舐めすぎじゃないか?魔法使いの怖さ、思い知らせてや
ろう!
﹁メイクゴーレム!﹂
1mほどのサイズの四体のゴーレムが大地より生まれ、襲いかか
る。おれも後から追いラザードさんに接近する。
ゴーレムがラザードさんの足に取り付いた。ラザードさんは気に
518
する風もなく、こっちを見てる。ちょっと嫌な予感がしたが、作戦
通りエアハンマーを放つ。
命中する、そう思った時、ラザードさんはひょいっと剣を振るい
エアハンマーを切り裂いた。見えたわけじゃないが確かに切り裂い
たんだ。
続いてゴーレムが一体、二体と剣で薙ぎ払われる。ちょっと待て。
木剣だぞ!ゴーレムって木の剣でどうにかできるほどやわらなくな
いぞ!?
薙ぎ払われたゴーレムはぐずぐずと砂になった。ダメージくらっ
たゴーレムはああなるのか。
﹁こんなもんか?せっかく先手をやったのに﹂
はっ!?見てる場合じゃない。素早くサイドに回りこむ。まだゴ
ーレムは二体足に取り付いている。
エアハンマーを撃つと同時に斜め後ろから斬りかかる。
ラザードさんはゴーレムの一匹を蹴り飛ばすと、またエアハンマ
ーを切り裂く。だがそこがチャンスだ。
一気に間合いをつめ剣を振るう。肩のあたりに当たるかと思った
その時、ラザードさんのほうから間合いをつめられ、肩の防具で受
けられた。木剣は柄に近い部分があたり、ダメージは少ない。
ラザードさんがニヤっと笑った。やばい!?左から木剣が飛んで
くる。ぎりぎり盾でガードするが、あまりの威力に腕がもげそうに
519
なり、体勢も崩れる。なんて力だ。
慌てて距離を取る。最後のゴーレムも倒され消えた。
ラザードさんは追撃する様子もなく余裕の表情だ。くそ、エアハ
ンマー防ぐとかあり得ない。どうする?まともにやったら勝てない
ぞ⋮⋮
こうなったら相手が余裕こいてるうちにでかい魔法をぶち込んで
やる。
︻サンダー︼詠唱開始︱︱その時ラザードさんが動いた。
くっ。一撃を木剣で受ける。かなり力を入れないと木剣が吹き飛
ばされそうだ。速さは軍曹どのほどじゃないから見える。だが、一
撃一撃の重さが段違いだ。まともに受けるたび衝撃が体中に響く。
逃げようとしてもうまく距離をつめられ回避すらできない。
気がつくと壁際まで追い詰められていた。
﹁いいぞいいぞ。魔法使いにしておくのはもったいない動きだ﹂
じりじりと間合いをつめられる。
魔法を詠唱︱︱発動と同時に距離をつめ斬りかかる。狙いは足だ。
土壁が足の下から盛り上がりラザードさんがバランスを崩す。これ
で決める!
バランスを崩したかに見えたラザードさんはひょいっとジャンプ
520
をして剣をかわし、そしておれの体に衝撃が走り︱︱
気がついたら地面に倒れていた。気絶していたらしい。ぐっ。痛
てえ。これ絶対折れてるよ!
﹁すまんすまん。最後のあれでちょっと慌てて、つい本気だしちま
った﹂
︻ヒール︼︻ヒール︼︻ヒール︼︻ヒール︼
ふう。やっと落ち着いた。木剣でほんとよかった⋮⋮実剣だった
ら真っ二つだよ。
﹁ひどいですよ、ラザードさん。死ぬかと思いました﹂
﹁悪い悪い。だがなかなか楽しかったぞ。またやろうな﹂
いえ、もう結構です⋮⋮
﹁しかしちょっと物足りんな。おい、クルック、シルバー相手して
やる!﹂
﹁﹁ええ!?﹂﹂
はっ。いい気味だ。おまえらも死んでこい。
﹁心配するな。死なない限りおれの回復魔法で治してやる﹂
521
﹁おお、よかったな!思う存分できるぞ。さあ、用意しろ!﹂
情け容赦なく剣を振るうラザードさんに、ボロボロにされていく
2人を見てちょっと心が痛んだ。いい気味だなんて思ってごめんな
さい。
だが2人を治療してもう終わりかと思ったその時。
﹁よし次は3人だ!﹂
3人がかりでもぼろぼろに負けた。ラザードさん強すぎだろう。
だけどシルバーはちょっと頼りになると思った。盾役がいるとい
いな。
522
41話 平穏なる日常︵後書き︶
非情なる異世界はついにその牙を見せ始める
世界の破滅とは一体なんなのか?
﹁使徒という存在を知ってますか?﹂
﹁使徒⋮⋮昔話の勇者様が使徒なんですよね?﹂
次回、明後日公開予定
第三章 42話 神々の使徒
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
一日お休みで活動報告のほうに短編の続きを1本投下します
目次の下部にもリンクを貼ってあります おまけ② です
本編のパラレルとなっております
523
42話 神々の使徒
突然司祭様に部屋に呼ばれた。改まって何か話があるという。
﹁座ってください、シスターアンジェラ﹂
﹁はい。それで何のお話でしょうか、司祭様﹂
﹁マサル殿のことです﹂
﹁はい﹂
最近ちょっとマサルのとこに入り浸りすぎたか?司祭様に怒られ
るかな・・・
﹁マサル殿は最近どんな様子ですかな?﹂
どうやら怒られるという感じじゃない。ちょっと安心して最近の
ことを色々話す。
﹁なるほどなるほど。仲良くやっているようですね﹂
なんだろう?そんな話なら治療の空き時間にでも聞けばいくらで
も答えるのに。こちらの疑問が顔に出たのだろう。
﹁話はここからです。今から話すことは内密にお願いしますよ﹂
﹁はい、司祭様﹂
524
﹁使徒という存在を知ってますか?﹂
﹁使徒⋮⋮勇者様が使徒なんですよね?﹂
いきなり話が飛んだな。司祭様の意図がよくわからない。
﹁そうです。ですがそれ以外にも使徒は存在しました。諸神は時折
こっそりとご自分の使徒を、我々を助けたり、見守ったりするため
に遣わすことがあるのです﹂
初めて聞く話だ。神殿の上層部のみに伝わるような話なんだろう
か。
﹁それでマサル殿のことなんですが﹂
またマサルの話?使徒の話はどこへ?
﹁使徒かもしれません﹂
﹁えええ!?﹂
﹁声が大きいですよ﹂
﹁す、すいません﹂
マサルが使徒?
﹁今の段階では可能性があるという程度です。ただ、使徒は高い能
力、変わった力や特殊な知識を持っていることが多いそうです。心
525
あたりがありませんか?﹂
そういえば魔法の上達ぶりはちょっと異常だし、見たことのない
料理を知ってたりする。
﹁それに少々こちらの知識に疎いところがありますよね。勇者様な
どは異世界から召喚されたと伝わっています﹂
﹁ではマサルに聞いて・・・﹂
﹁いえいえ、待ってください。まだ可能性があるというだけですし、
使徒など滅多に遣わされることはありませんから、可能性は極わず
かだと思います。私もあまり本気でそんなことを考えてるわけでも
ありませんし。それに本当に使徒だとしても隠してるのなら、何か
しらの理由があるはずです。しばらくは見守っていてください﹂
﹁はい、司祭様﹂
﹁ですがもし彼が使徒であったら、陰となり日向となり全力で支援
をしなければなりません。それこそが我が諸神の神殿の役目なので
すから﹂
﹁はい﹂
﹁まあ普通の人だったとしても、彼はいい青年ですし、魔力も高い。
縁を作っておくのは悪くないでしょう。アンジェラ。彼とは仲良く
しておきなさい。好意は持っているのでしょう?﹂
﹁あ、あの・・・好意っていうか・・・﹂
526
﹁いいんですよ。アンジェラも恋の一つもしておいたほうがよろし
いのです。こちらの業務は負担にならないようにしますから、なる
べく彼の様子を見ておいてください。ですがあくまでも使徒と疑っ
ていることをばれないように、普通に接してください﹂
﹁はい、司祭様﹂
﹁神殿公認ですから、好きなだけ仲良くなってもいいですよ。もし
それでマサル殿が神殿入りをしてくれるなら大変結構なことだと思
います﹂
﹁は、はい﹂
﹁ああ、勧誘などはしないでくださいね。彼が自発的にというなら
大歓迎ですが﹂
﹁わかりました﹂
﹁ではお話は終わりです﹂
﹁あ、あの。司祭様。このことは上のほうには⋮⋮﹂
﹁もちろん知らせていません。こんなことを報告しようものならひ
どい騒ぎになりますよ。あくまでも可能性が極わずかにあるという
程度なのです。アンジェラもこのことは神殿の他の人間にも言わな
いように﹂
﹁はい、司祭様﹂
以前マサルがやった神殿ホールでの無料治療。あれが少し噂にな
527
って治療をした人物に関して問い合わせが来たりしているのだ。も
ちろんそれには知らぬ存ぜぬで通している。その上、使徒の可能性
があるということになったら、司祭様の言うとおりひどい騒ぎにな
るだろう。
それにしてもマサルが使徒?全然そんな風には見えない。それに
可能性は極わずかとおっしゃってたし、きっと司祭様の勘違いだろ
う。でも神殿公認で堂々とマサルのところにいけるのはとてもいい。
司祭様も仲良くしろって言ってたし、今日も早めに様子を見にいっ
てみようか。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
午後からマサルのところに遊びに行くと何か料理を作っていた。
﹁アンジェラ。いまラーメン作ってるんだ﹂
﹁ああ、この前の。あれは美味しかったね﹂
変な響きの名前の料理だけど、味はともかくスープにパスタをい
れる料理とかは普通にある。
マサルはサティにあれこれ指示をするとこっちに来て座った。
﹁今日は早いね。どうしたの?﹂
528
﹁うん。孤児院のほうが最近は手がかからなくてね。今日も泊まっ
ていってもいい?﹂
そう聞くとマサルがすごく嬉しそうな顔をしていいよって言って
くれた。
これが使徒?ただのエッチな男の子じゃない。嬉しそうな顔には
ちょっときゅんと来たけど。やっぱり司祭様の勘違いだろう。それ
に使徒だったりしたらもうこんな風に会えなくなる?ありそうだ。
私みたいな下っ端神官は近寄れもしないかもしれない。
そしてこんな料理も食べられなくなるかも。そんなのだめだ。使
徒疑惑はしばらく放置しよう。どうせ違うんだし。変わったところ
はあるけど、普通の人。それでいい。司祭様も普通に接しろって言
ってたし。ティリカに協力してもらえばたぶん本当のことはわかる
だろう。だけどもし本当にマサルが使徒で、それを隠してるのなら
暴いちゃいけない。
夕方、サティとティリカをまじえて夕食の準備をする。といって
も今日はラーメンがあるので上にのせる具を作るくらいだ。サティ
は物覚えがよく手際もいい。ティリカはじっくりと確実にやるタイ
プだ。どちらもいい生徒である。そろそろ教えるのも卒業かもしれ
ない。そしたらどんな口実でここに来ればいいのか?もうしばらく
は教える振りでもしておこうか⋮⋮ちょっとサティに相談してみよ
う。サティにはマサルのことで色々と話す。マサルとのことも協力
してくれてとてもいい子だ。奴隷なのを気にして遠慮してるみたい
だけど、マサルはベタ惚れだし、私もこの子は大好きだ。このまま
ずっと3人で、いやティリカもいれて4人か。エリーは⋮⋮いない
529
からまあいいか。でもこんなことになって怒るかな。抜け駆けする
なってちらりと言われたんだよね。でもこうなっちゃったんだし仕
方ない。孤児院で育った私には初めての家庭のようなところだ。居
心地がいい。マサルと家族に⋮⋮そうなったらエリーも入れてやら
ないでもない。
お風呂ではサティに洗ってもらうのが癖になった。孤児院じゃ自
分でなんでもできるようにって小さい子供以外は洗ってもらったり
はしない。さすがに全身は初日以来やってもらってはないが、気持
ちいい。マサルは毎日やってもらってるみたいだ。これはしっかり
と聞いておかないといけないかもしれない。いや、それよりも一緒
にお風呂に⋮⋮一緒に⋮⋮無理だ。恥ずかしい。
ティリカと一緒にお風呂からあがるとマサルが嬉しそうに、いそ
いそとお風呂に入っていった。やはりこれは本人に聞いて確かめな
いと。
お風呂からあがってソファーでゆっくりとくつろぐ。ちょっと胸
を押し付けるとすごくだらしない顔をする。やっぱりこんなのが使
徒だとか勇者だとかは間違いだ。司祭様にはそう言っておこう。い
や、黙っていたほうがこっちに来る口実になるかな。
行為を終えた後、マサルの故郷について聞いた。学校に通ったり
して裕福な家庭だったみたいだけどすごく普通だ。特に変なところ
もない。お返しに自分の話もした。孤児だった話は司祭様達は知っ
ているが、他の誰にもほとんどしたことがない。でもマサルにはち
530
ゃんと聞いて貰いたい、そう思ったんだ。
話している途中でマサルがぴくっとして視線を泳がせた。
﹁どうしたの?﹂と、聞くと胸を触ってきた。話の途中なのに。エ
ッチなんだから、もう。
﹁⋮⋮もう1回する?﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
アンジェラが故郷の話を聞いてきたのでうまくごまかしながら話
をする。話すところを間違えなければ案外異世界だとかはわからな
いものだ。
そしてアンジェラの身の上話も聞いていると突然メニューが開い
て、びくっとしてしまった。アンジェラがどうしたのと聞いてくる。
ごまかそうと思ってとっさに胸を掴んでしまった。だって目の前に
あるんだもの。
﹁⋮⋮もう1回する?﹂
致しましょう!メニューのことは後で考えよう⋮⋮
531
ちなみにだが、避妊はちゃんとやっている。粉状の薬があって、
茶さじ一杯お湯に溶かして飲めば1週間くらい妊娠は絶対しないそ
うである。副作用も全くない安全な薬らしい。女性冒険者必須の品
で普通にポーションとか売っている店で置いてある。兵士や冒険者
やってるのに妊娠したら困るからね。さすが異世界。変なところで
便利である。
終わったあと、アンジェラが寝たのでメニューを確認する。レベ
ル4、神官。ステータスはやっぱり魔力が高いしMPもそこそこあ
るな。スキルは家事系に水魔法に回復魔法、棍棒術。スキルポイン
トは20。そして忠誠心が50。やはり忠誠心か。おそらく50を
超えるとメニューが開けるようになると。
しかしこれはどうしたもんか?サティみたいにパーティーにいれ
るわけでもないし。水とか回復魔法をこっそりあげちゃう?うーん。
やっぱりだめだな。サティも気がついたんだ。1個でもレベルを上
げると変化がすごい。アンジェラが気が付かないとは限らない。ス
キルに関しては保留しておこう。
でも忠誠心っておれが好かれてるってことだよな。すごく嬉しい。
世界の破滅なんか忘れてずっとこうしていられればいいのに。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
532
平穏な日々は続いた。森の攻略は順調に進み、おれは1レベルア
ップ。サティはさらに3つレベルがあがった。おれがレベル11で
サティがレベル10だ。サティのスキルはこんな感じになった。
スキル 1P
頑丈 鷹の目 肉体強化Lv1
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv4 弓術Lv5 回避Lv3 盾Lv2
隠密、嗅覚探知、回避を3に。剣術も4にした。そして肉体強化
を取っておいた。これで遠距離でも接近戦でもそうそう遅れを取る
ことはないだろう。訓練場でも負けなしになってきて、さらに目立
つようになったのはまあ仕方がない⋮⋮
前回使ってから30日すぎ、スキルリセットも復活したので前か
ら考えていたことも試した。
ポイントを使用しないで覚えた、槍と弓をリセットしてみたんだ。
ポイントはその分ちゃんと増えた。だけどそのあと槍と弓を使おう
として愕然とする。使い方を全く覚えてない。リセットしたから忘
れたんだ⋮⋮いらないスキルで試してよかった。料理法とか忘れち
ゃったら酷いことになるところだった。それともレシピの類は覚え
ていられただろうか?危険すぎて試せない。今後リセットするスキ
ルは慎重に選ばないとダメだろう。
とりあえずリセットの仕様は危険過ぎると日誌に書いておいた。
533
すると珍しく返信が来た。リセットはおれだけの特殊スキルだし、
多少の不具合は容認して欲しい。またリセットで忘れた知識はスキ
ルを再取得することで思い出すはずだ、多分と。
多分かよ!やっぱり危険すぎて試せない。そんなにうまい話はな
いってことだな。地道にやっていくしかない。とりあえず槍はいい
として弓は使いたかったので槍の分のポイントもつぎ込んでレベル
3にしておいた。ポイントは10残っていたけどちょっと保留だ。
当分スキルリセットは使えないし、何かのときのために残しておき
たい。
ちなみにリセットはサティのスキルには使えなかった。
そしてエリザベスが出立して1ヶ月も過ぎ、冬も近くなり少し肌
寒くなってきた頃、その何かは起こった︱︱
534
42話 神々の使徒︵後書き︶
﹁聞け!冒険者の諸君!先ほど、転移術士より急報が入った。現在、
ゴルバス砦はモンスターの大集団に包囲されており、我々はこれの
救援にあたる。これは緊急依頼である!﹂
ゴルバス砦!?それってエリザベスが⋮⋮
次回、明日公開予定
43話 ゴルバス砦の危機
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
司祭様が怪しいと思ったのは魔王だの世界の破滅だの聞きに行った
あたりでしょうね
でもあくまで可能性。司祭様もたぶん違うだろうとは思ってるはず
です
535
43話 ゴルバス砦の危機 ︻地図ラフ画像︼
その日、サティと一緒に訓練場で修練に励んでいると、急に招集
がかかった。皆、ギルドホールに集まるようにと。嫌な予感がする。
またハーピーのような襲撃だろうか?
ギルドホールには沢山の冒険者が集まっていてざわざわしている。
おれはサティを連れて受付のおっちゃんのところに行った。
﹁何があるんです?﹂
﹁もうすぐ発表があると思うけど、ギルドの緊急依頼が発令される
んだ﹂
﹁緊急依頼?﹂
﹁そう。Dランク以上は何か理由でもない限り強制になるから、マ
サル君も参加になるだろうね。ほら、そろそろ始まるよ﹂
今のランクはおれがDでサティがEだ。しかし強制か。ますます
嫌な感じだ⋮⋮
副ギルド長がティリカちゃんを伴って出てきた。ギルドホールが
しんと静まりかえる。
﹁聞け!冒険者の諸君!先ほど、転移術士より急報が入った。現在、
ゴルバス砦はモンスターの大集団に包囲されており、我々はこれの
救援にあたる。これは緊急依頼である!﹂
536
ゴルバス砦!?それってエリザベスが⋮⋮さーっと顔から血の気
が引く。
﹁知っての通り、ここから砦までは急げば2日。砦が落ちれば次は
この町が危険だ。王都にも知らせが走り、今頃は軍の準備がされて
いるだろう。我々の役目は軍が来るまでの間、なんとしても砦を守
ることである。第一陣の出発は3時間後。詳細はギルド職員に尋ね
て欲しい。以上だ!﹂
﹁砦が⋮⋮﹂﹁何年ぶりだ?﹂﹁だがあの砦がそう簡単に⋮⋮﹂﹁
家族を避難⋮⋮﹂
周りが一斉にばたばたと動き始めた。おれはどうすればいいんだ
?受付のおっちゃんに⋮⋮
﹁マサル君、マサル君﹂
﹁あ、はい﹂
﹁副ギルド長が呼んでるから行ってくれるかい﹂
﹁わかりました﹂
副ギルド長とティリカちゃんのところへ行くと軍曹どのもいた。
サティがティリカちゃんところへ行き、2人でぼしょぼしょと話し
始めた。
537
﹁おお、マサル。よく来てくれた﹂
﹁はい﹂
﹁念の為に聞いておくが、おまえ緊急依頼には参加するよな?﹂
﹁拒否はできるんですか?﹂
﹁できる。ただしギルドから除名されたり罰則は重いぞ﹂
﹁もちろん参加します﹂
エリザベスを助けにいかないと⋮⋮
﹁よし。では今回も貴様には物資の輸送を頼みたい﹂と、軍曹どの。
﹁物資ですか。でも転移術士なら空間魔法を使えますよね?アイテ
ムボックスにいれて運べばいいのでは?﹂
﹁そう簡単にはいかんのだ。転移の際には重量で魔力消費が増える。
それはアイテムボックスの中身も除外されない。転移をするときに
はアイテムボックスを空にして、服も軽装にする。自分以外を運べ
る転移術士は滅多におらんのだよ﹂
空間魔法は取ろうと思っていたけど、荷物も運べない、サティも
連れていけないとなるとちょっと考えないとな。それともおれの魔
力とスキルレベルでいけるようになるんだろうか。エリザベスがた
ぶん詳しそうだけど、空間魔法の話題は鬼門で出来なかったしな。
538
倉庫に案内されるとそこには武器とか防具が山積みだった。そし
て沢山の矢。
﹁これとこれと。それとこれも。まだいけるか?じゃあこれと⋮⋮﹂
言われるままに物資を収納していく。
﹁前から思ってたけど、おまえのアイテムボックスすごいな⋮⋮こ
んなに入るのみたことないぞ﹂
﹁あー、さすがにそろそろ限界ですかね﹂
まだアイテムボックスは半分ほど埋まったあたりだ。ティリカち
ゃんはサティと一緒でこっちを見てない。
﹁まあいい。これだけ運んでもらえれば馬車に空きができて冒険者
を乗せられる。助かったぜ﹂
次はおれのほうの準備を急がないと。時間はあまりない。ティリ
カちゃんと話をしていたサティを呼ぶ。
﹁サティ!﹂
﹁はい、マサル様﹂
﹁サティは⋮⋮﹂﹁嫌です。一緒に行きます﹂
539
残れと言う前に即答された。
﹁サティはEランクだ。緊急依頼に参加する義務はないぞ﹂
﹁どこだろうと付いていきます。それに砦が落ちたらここも危ない
んですよね?危険は変わりません﹂
正直いまのサティは魔法を除けばおれよりも強い。だが戦力には
なるが危険には晒したくない。孤児院かティリカちゃんに預けよう
と思っていたんだが。
﹁危険だぞ﹂
﹁わかってます。でもわたしも冒険者なんです。覚悟はできてます﹂
ハーピー戦を経験してでの言葉だ。本気だろう。
﹁わかった。一緒に行こう﹂
﹁はい!マサル様!﹂
ギルドを出て商店街に行くといつもの倍以上の人で賑わっており、
既に物資の買い占めが始まっていた。だがなじみの店で砦に行くと
言うと、残っていた商品を売ってもらえた。備蓄している食料も十
分にあるしこれで2人分くらいなら当分は大丈夫だろう。
﹁がんばっておくれよ。そして怪我しないようにね﹂
540
﹁はい。戻ってきてまた買い物に来ますよ﹂
そう、八百屋のおばちゃんに別れを告げる。
孤児院もなにかばたばたしていた。疎開でもするんだろうか。食
堂にシスターマチルダがいた。
﹁ああ、マサルちゃん!マサルちゃんも砦に行くのね﹂
﹁はい、それで留守の間、家のことを見てもらえないかと﹂
﹁わかったわ。任せておいてね。ああ、ちょっとまってね。アンち
ゃーん。アンジェラちゃーん﹂
待ってるとアンジェラが出てきた。
﹁マサル!あなたも行くのね?﹂
﹁うん、それでお別れを言っておこうかと﹂
﹁わたしも司祭様と一緒に行くのよ﹂
﹁えええ!?大丈夫なの?﹂
﹁神殿の仕事よ。大丈夫だとか大丈夫じゃないとか関係ないよ。そ
れに後方で治療だから砦が落ちない限り危険はないし﹂
﹁そうか。そうだな﹂
541
おれが頑張ればいいんだ。
﹁それよりもマサルのほうが心配だよ。サティ、こいつをちゃんと
守ってやってね?﹂
﹁はい、アンジェラ様﹂
むう。なんでおれの周りの人はサティのほうにおれのお守りを頼
むのか。普通は逆だろ⋮⋮
﹁じゃあね。わたしも準備があるし。また向こうで会いましょう﹂
アンジェラは第二陣の出発だ。向こうでの再会を約束してその場
は別れた。
家に戻り、まずは冷蔵庫の中身を全部収納する。調理器具も持っ
て行っとくか。それと何がいるだろうか。テントがあれば2人くら
い寝れる。そうだ、最近寒いから布団も一式持っていっておこう。
家の戸締りをしていく。
﹁マサル様。お隣さんにも声をかけてきますね﹂
サティはいつの間にか近所の人と知り合いになってたみたいだ。
準備に漏れはないかな?テントと食料があってサティもいる。装
備も万全だ。いや、矢が足りるか?十分にあると思ったが長期の防
542
衛戦ともなれば足りなくなるかもしれん。サティ用にもっとあった
ほうがいいだろう。
ギルド横の武具店は混雑していた。まあそうだよな。ちょっと出
遅れたか。どうしようか考えていると、いつもの店員さんがこちら
を見つけて寄ってきた。
﹁砦に行かれるので?﹂
﹁ええ、それで矢が残ってないかと﹂
﹁お待ちください﹂
そういうと奥に行って、一山の矢を運んできてくれた。
﹁お客さまが来るかと思ったので取っておいたのです﹂
なんて良い人だ。
﹁ありがとうございます﹂
﹁いえ。我々残るものにはこれくらいしかできませんから。あなた
も﹂と、サティに声をかける。
﹁しっかり主人を守るのですよ﹂
﹁はい!﹂
これはあれか。おれが頼りないとかそういう問題じゃなくて、奴
隷が主人を守るのが当たり前ってことなのか?じゃなければ会う人
543
会う人サティにこんな声かけないよな。うん。決しておれが頼りな
く見えるからとかそういうことじゃない。そうだよね?
ギルドの前には大量の馬車が用意されていた。うろうろしている
と軍曹どのがいたので声をかける。
﹁おお、マサル。貴様はおれと一緒だ﹂と、先頭から2台目の馬車
に乗せられた。
ほどなく出発。道には町の人達が出てきて、がんばれ!しっかり
!などと馬車の列に声をかける。門を通るとき、門番の兵士もおれ
をみつけて手を振ってくれた。
街道を馬車に揺られて進んでいく。なんかどんどん不安が膨らむ。
﹁あの、軍曹どの⋮⋮砦は大丈夫なのでしょうか﹂
﹁大丈夫だ。と言いたいところだが、わからんな﹂
エリザベス⋮⋮
﹁砦には行ったことあるか?ないか。あそこは砦自体の城壁の他に
2層の外郭が備わっておる。ちょっとやそっとでは落ちんのだが⋮
⋮﹂
だが?なんだ?
544
﹁この話はここだけの話にしろよ。おまえらもだ﹂と、周りで聞い
てた冒険者にも釘を刺す。
﹁最後の情報では敵に地竜が最低でも2匹混じっていたらしい﹂
﹁地竜って⋮⋮﹂
﹁森で見た奴の地上版だな。飛びこそしないが、紛うことなき大型
種だ。うまく止めないと城壁を食い破られる危険は大きい。不安を
煽りたくはないが、到着したら砦が落ちていたということもありう
るのだ﹂
押し黙る冒険者達。
﹁だが、まあ。あそこには凄腕が揃っておる。そうそう落ちはしな
い。あまり今から心配しても仕方がない。今のうちにしっかり休ん
でおけ﹂
﹁あの、軍曹どの﹂
﹁なんだ?﹂
﹁開拓村は大丈夫でしょうか﹂
軍曹どのは首を横に振る。
﹁わからん。うまく逃げ延びてくれればいいのだが⋮⋮﹂
エリザベス⋮⋮
545
馬車に揺られながらメニューを開く。残り10P。リセットは先
週使ったばかりだ。
スキルの選択肢は2つ考えた。火魔法レベル5に10P。
MP消費量減少、魔力増強、MP回復力アップのどれか2個。ま
たは1個に10P振る。
少し考えて魔力増強、MP回復力アップに振った。火魔法レベル
5はどんな魔法があるのかわからない。練習をする暇なんか取れな
いだろうし。
スキル 0P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv1 MP回復力ア
ップLv1
コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv3
546
これで長期戦でもMP切れを起こしにくくなる。あとはその場で
経験値を稼いでどれに振るか考えればいいだろう。おれはそれで満
足してサティと一緒に毛布にくるまって寝た。
馬車は夜通し走って砦への道を進んだ。そして夜が明ける。
小休止で朝ごはんを食べていると軍曹どのがおかしいと言い出し
た。
﹁昨日はあれだけすれ違っていた避難民が途絶えた。砦で何かあっ
たのかもしれん﹂
ちなみにすれ違う避難民に砦のことを聞いてみたのだが、かなり
初期に逃げ出したようで新しい情報はなかった。
﹁何かとは⋮⋮﹂
﹁敵を撃退したのか︱︱もしくは逃げ出せないくらいに包囲された
のか﹂
その情報は馬車の列が進みだしてからまもなくもたらされた。一
隊の避難民が砦のほうからやってきたのだ。避難民は着の身着のま
まで怪我をしているものも多かった。
﹁おい、何があった!?﹂
547
﹁第二城壁まで突破された⋮⋮それでモンスターが砦の最後の城壁
の周りにまで溢れかえったんだ﹂
話を聞きながら、何人かの冒険者と一緒に怪我をした避難民に治
療を施す。
﹁それ以上詳しいことはわからん。モンスターに追われて必死に逃
げてきたんだ。逃げ遅れたやつはもう⋮⋮﹂
﹁このまま進む。だが斥候をだそう﹂と、軍曹どのが宣言する。
﹁近づけるだけ近づいて様子を見る﹂
その後もぱらぱらと逃げてきた人とすれ違う。どの人もみんなひ
どい格好をしている。その度に少しだけ止まって治療をする。新し
い情報はほとんどない。
斥候部隊に助けられた人もいた。少数だが避難民を追ってこちら
のほうまで流れてきたモンスターもいるらしい。
午後遅く、斥候部隊が戻ってきた。
﹁敵を押し戻して第二城壁は既に修復されている。だが、突破して
きたモンスターが周辺をうろついていて、砦側には対処する戦力を
割けない。我々でどうにかするしかないだろう﹂
レヴィテーションを使える冒険者が危険をおかして砦内部まで飛
548
んできたらしい。
﹁こっち側にいる敵はどの程度だ?﹂
﹁多いがばらけている。突破だけなら容易だ。殲滅もできるだろう
が、時間はかかるだろう﹂
﹁突破しよう。殲滅するなら一度砦に入ってからすればいい。砦の
ほうに話はついてるな?﹂
﹁ああ、おれたちが来たら門を開けてくれる手筈になっている﹂
馬車の列が速度を上げる。走りながら弓と魔法で敵を倒しつつ砦
を目指す。もし対処しきれない数が来たら冒険者を臨機応変に投入
し戦う。
﹁見えました。オークです﹂
サティが言う。当然おれの目ではまだ見えない。鷹の目、おれも
欲しいな。
﹁動いてる馬車から狙えるか?﹂
﹁わかりませんがやってみます﹂
少しすると接近してきたオークが数匹おれにも見えた。サティが
弓を構える。放つ。
549
見ているとオークの1匹が転んだ。どうやら命中したらしい。お
おお、と冒険者達から歓声があがる。動いている馬車からの遠距離
射撃、他の人には当てるのは不可能だろう。
﹁いいぞ、どんどんいけ﹂
﹁はい﹂
左側はサティに任せて、冒険者に位置を変わってもらって右側に
移動する。右側には敵はまだ見えない。
先頭の馬車がペースを落とした。どうやら前から敵が来ているら
しい。おれは少し考えて、フライで先頭の馬車に乗り移った。冒険
者達は驚いたようだったが、魔法使いだというと馬車の前に押し出
してくれた。弓を撃っている人の脇から身を乗り出す。
またオークか。︻火槍︼詠唱︱︱発動!矢をかいくぐって接近し
つつあったオークを倒す。魔法は揺れていても照準は難しくない。
それでとりあえずは進路上の敵を全部排除できた。死体は放置して
いく。ちょっともったいないけど仕方ない。
その後、時々出てくる敵を倒しながら進むと砦が見えてきた。ど
うやら無事到着できそうだ⋮⋮
550
43話 ゴルバス砦の危機 ︻地図ラフ画像︼︵後書き︶
ナーニアさんがぐすぐすと泣いていた
﹁エリーは⋮⋮ずっとマサル殿に会いたがっていて⋮⋮﹂
﹁わたしの⋮⋮わたしのせいで⋮⋮﹂
次回、明日公開予定
44話 終わる暁
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
とてもざっくりしたゴルバス砦の概略図︵画像はイメージです︶
<i71114|8209>
とうとう来ました。累計ランキング99位ですよ!
これもひとえに拙作を読んでくださっている読者様方のおかげです。
沢山のお気に入り登録、評価、ほんとうにありがとうございました。
551
44話 終わる暁
砦の前にはかなりの数のオーク達がたむろしていた。だが城壁か
らは距離を置いてうろうろしているだけだ。おそらく矢の届かない
距離から威嚇でもしているんだろう。
オークがこちらに気がついて叫び声を上げた。だが、砦の方でも
既に気がついていたようだ。城門が開いて、部隊が出てきた。
挟撃の形になって矢や魔法を使うとあちらの部隊にも当たりそう
だ。冒険者達が一斉に馬車から降りて突撃している。ここはもう彼
らに任せておけば余裕だろう。おれはサティの様子を見に後ろの馬
車に飛び移った。
﹁サティ、大丈夫だったか?﹂
﹁はい。沢山倒しました﹂
メニューを開いてみる。1つレベルが上がっていた。自分のも見
てみると1つレベルが上がっている。
魔力増強をレベル3、MP回復力アップをレベル3に上げる。こ
れで使えるポイントはなくなった。サティの分は迷ったけど肉体強
化を3まで上げて5Pを消費した。
スキル 0P
552
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv3 MP回復力ア
ップLv3
コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv3
スキル 1P
頑丈 鷹の目 肉体強化Lv3
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv4 弓術Lv5 回避Lv3 盾Lv2
スキルを触っているうちに戦闘は終了したようだ。そして馬車の
列はゆっくりとゴルバス砦に入っていった。
ゴルバス砦は砦とは名がついているが、実際のところ要塞都市と
でも呼ぼうか。城壁こそものものしいものの、内部は普通の町並み
だ。ただ、魔境への防衛と出撃の拠点となっているため冒険者や軍
のための施設は非常に多い。俺たちはそういった軍の施設の庭か訓
練場のようになっている開けた場所に案内された。
553
馬車から降りた冒険者達が集まる。軍曹どのは一人の兵士と何や
ら協議している。少しすると話が終わった。
﹁聞け!日没まで2時間ほどある。その時間を使って砦周辺の敵を
できるだけ殲滅する!﹂
おーーーーっと声を上げる冒険者。
明日か明後日には第二陣も到着する。その安全を確保しておかな
ければならない。
簡易の部隊が組まれていく。おれもどこかにいれてもらおうと思
ったら軍曹どのに呼ばれた。
﹁おまえはこっちだ。まずは物資を出してもらわないとな﹂
そうだった。物資を抱えたままだったな。軍曹どのとサティと共
に、兵士に案内されて物資の集積場に行く。指示された場所にどん
どん物資を吐き出していく。
﹁これを全部一人で⋮⋮﹂
﹁ああ、うちの隠し玉でな。スカウトはしないでくれよ﹂
﹁分かってる、ヴォークト殿。それよりも空間魔法が得意なら転移
は使えないか?﹂
﹁残念ですが﹂
﹁そうか⋮⋮一人でも転移術士が増えれば連絡も楽になるんだがな。
554
いや、すまない。物資を運んでくれてありがとう。これで少しは楽
ができそうだ﹂
﹁あ、あの。聞きたいことが!開拓村はどうなりましたか?﹂
﹁壊滅した﹂
﹁!?﹂
足元がふらついて、サティに支えられた。
﹁開拓村にいた人たちは!?暁の戦斧というパーティーを知りませ
んか?﹂
﹁襲撃の時になんとか脱出してきたが半分近く死んだと聞く。生き
残りは防衛に当たっているはずだ。暁というのは知らないな﹂
そうだ、神殿騎士団だ!神殿騎士団なら一緒に居たから知ってる
はずだ!
﹁神殿騎士団はどこにいるか知りませんか!?﹂
﹁神殿騎士団なら神殿の屯所にいる。場所は⋮⋮﹂
﹁神殿の場所ならわしがわかる。案内しよう﹂と、軍曹どの。
﹁神殿には元々行くつもりだった。貴様には治療を担当してもらお
うと思っているのだ﹂
﹁はい﹂
555
答えながらも気もそぞろだ。エリザベス、エリザベス。無事でい
てくれよ⋮⋮
﹁だが、暁の戦斧の居場所ならギルドのほうでも把握してるかもし
れんな。どうする?どちらから先に行ってもいいぞ﹂
う⋮⋮確かにそうだ。どっちが確実だ?いや一緒に居た人のほう
が把握してるかも。
﹁神殿に行きましょう。それでわからなければギルドへ﹂
﹁わかった﹂
軍曹どのを先頭にして駆け足で神殿に向かう。おれが焦っている
のをわかっておられるのだ。
ほどなく神殿についた。神殿は魔境側の城門近くにあり、シオリ
イの町にあった神殿と作りは同じですぐにわかった。
神殿の内部は怪我人だらけだった。治療院の待合室になっている
ようだ。すまん。治してあげたいがまずはエリザベスだ⋮⋮
神官らしき人が怪我人の世話をしていたので声をかける。
﹁あの。ここに金剛隊の方はいませんか?﹂
﹁金剛隊でしたら城壁の防衛に当たっておられますよ﹂
556
くそっ。はずれだったか。
﹁でも怪我をしておられる方達なら何人か残ってますが﹂
﹁あの、その人達に会えますか!?﹂
﹁失礼ですが、あなたは⋮⋮﹂
﹁ああ、すいません。シオリイの町で冒険者をやっているマサルと
言います。金剛隊の方には一度命を助けてもらって。今度の話を聞
いて心配になって﹂
司祭様の名前を出そうかと思ったが、この人が知ってるとは限ら
ないし勝手に名前を出すのもどうかと思ったのでそういうことにし
ておいた。
﹁そういうことでしたら。ご案内しましょう﹂
神殿を裏から出てるとすぐに他の建物があった。
﹁ここが神殿騎士団の宿舎でして。少々お待ちを﹂
常駐してる騎士団とは別に金剛隊には専用の宿舎が割り当てられ
てるらしい。ちょっと入り口で待たされたが、すぐに誰かをともな
って出てきた。
﹁おお、マサル殿のことは覚えてるよ。あの時は野うさぎの肉をあ
557
りがとう﹂
隊員の人はおれのことを覚えていてくれたようだ。こっちは全然
覚えてないんだけど。だって100人もいたし。
﹁はい。それで開拓村が壊滅したと聞いて⋮⋮﹂
騎士団の人の顔が曇る。
﹁あれは酷い戦いだった。開拓村からはなんとか脱出できたんだが、
砦に入る前に敵の大集団とかち合ってな⋮⋮﹂
﹁あの!暁の戦斧を知りませんか?﹂
﹁そうか、確か師匠の人がいるんだったな。暁の戦斧もちゃんと一
緒に脱出できたはずだ。ただその時は混乱してたからよくはわから
ん。隊長なら何か知っているかもしれないが﹂
﹁そうですか。金剛隊の方達は大丈夫だったんですか?﹂
﹁半分やられた﹂
﹁それは⋮⋮﹂
言葉に詰まる。こんなときなんて言ったらいいんだ⋮⋮
﹁いや、いいんだ。俺たちは殿を務めていたしな。犠牲も覚悟の上
だ﹂
あのハーピーを楽々蹴散らした金剛隊が半数もやられる戦い。ち
558
ょっと想像できない⋮⋮
﹁すいません。暁の戦斧メンバーが心配なので探しに行きます。ま
た来ます﹂
﹁ああ、師匠の人が無事だといいな﹂
次はテシアンさんを探しに行くか?いや、ギルドが先だな。
﹁ギルドに行きましょう﹂
﹁わかった﹂
また軍曹どのに案内をしてもらう。ギルドも魔境側の城壁に程近
い神殿のすぐ近くにあった。
ギルドに入ると職員らしき人がやってきた。
﹁おお、ヴォークト教官。よく来てくれました。先ほど連絡があり
まして、冒険者達は周辺の掃討にあたっているとか?﹂
﹁うむ。ここも中々大変だったようだな。明日以降も増援が続々と
来る予定だ﹂
﹁ありがたい!一時はもうだめかと⋮⋮﹂
559
﹁それで今、暁の戦斧というパーティーを探しているのだが﹂
﹁ちょっとお待ちを﹂
そういうと職員の人は他の人と少し話、すぐに戻ってきた。
﹁暁の戦斧はここの隣にあるギルドの宿舎にいます。2階の4号室
と5号室ですね。男性のほうが4号室です﹂
さすが、軍曹どの!ギルド幹部なだけはある。おれだったらそう
簡単に情報が聞き出せなかっただろう。住んでるところなんか普通
はこんなにあっさりと教えてはもらえない。
﹁聞いたな?マサル。わしはもう少しここで用がある。そっちの用
が終わったらここに戻ってこい﹂
﹁はい、軍曹どの!﹂
ダッシュでギルドを出て、建物を回りこむ。あった!ここだ!
扉を開けて中を見る。ホールになっていて冒険者が何人か駄弁っ
ている。階段は⋮⋮あった!冒険者達はこっちを見てるが気にしな
い。エリザベス!!
階段を一段飛ばしで上がっていく。5号室、5号室。あった。
逸る心を抑えてノックをする。
560
ガチャリと扉を開けてナーニアさんが顔を出した。ナーニアさん
は泣きはらした顔をしている。それを見て心臓の鼓動が跳ね上がる。
まさかエリザベスに何か⋮⋮
﹁マサル殿⋮⋮﹂
﹁あ、あの⋮⋮エリザベスは⋮⋮﹂
扉を開いてすっと部屋へと通してくれる。ナーニアさんはぐすぐ
すと泣いている。
ベッドにはエリザベスが寝ていた。
いつもの黒いローブを着て。お腹の上で両手を組んで。青い顔を
して。まるで死んだように︱︱
おい。おい。
冗談だろ?
﹁エリーは⋮⋮ずっとマサル殿に会いたがって⋮⋮﹂ よろよろとエリザベスに近寄る。
﹁エリザベス⋮⋮﹂
﹁エリザベス様?﹂
確かめるのが怖い。ナーニアさんを振り返ると椅子に座って泣い
ていた。
561
﹁わたしの⋮⋮わたしのせいで⋮⋮﹂
机に顔を伏せ、そう泣きながらつぶやいている。
遅かったのか?くそっ!話を聞いた時にすぐにフライでも使って
飛んでくればよかったんだ!!
さっさと空間魔法でも覚えていつでも迎えにいけるようにすれば
よかったんだ!!!
﹁エリザベス⋮⋮エリザベーーース!!﹂
562
563
﹁なによ、うるさいわね?あら、マサルじゃないの。やっぱり来た
のね﹂
むくっと起き上がってエリザベスが言った。
呆然とする。え?死んで?え?どういうこと?
﹁ナーニア、また泣いてるの?大丈夫よ。オルバは許してくれるわ﹂
﹁あ、あ、いけませんエリー。魔法の使いすぎなんですから寝てな
いと﹂
魔法の使いすぎ?
﹁私の心配はいいのよ。マサル。マギ茶持ってる?あの濃いやつ﹂
﹁ああ、あるけど⋮⋮﹂と、アイテムから出して渡す。
濃縮マギ茶をぐっと飲むエリザベス。
﹁効くわね。相変わらずまっずいけど﹂
564
エリザベスはなんだか元気そうだ。濃縮マギ茶を飲んだせいか顔
色も心なし良くなっている。とりあえずほっとした。
﹁あの、ナーニアさんはなんで⋮⋮﹂と、泣いてるナーニアさんを
見ながら小声で聞く。
﹁撤退する時にね。オルバがナーニアをかばって足を⋮⋮﹂
膝のあたりで足を切る仕草をする。オルバさんの足が切断?
﹁それでわたしのせいだってずっと泣いてるの﹂
それでわたしのせいって⋮⋮エリザベスが会いたかったというの
も言葉通りの意味か。なんと紛らわしい。だが怒るに怒れない。
﹁他の人は?﹂
﹁オルバ以外は無事よ。ルヴェンが結構酷い傷だったけどしばらく
休養すれば治るわ﹂
﹁それでオルバさんの傷の具合は?﹂
首を振るエリザベス。
﹁怪我はもう平気だけど、冒険者は廃業ね﹂
﹁わたしの⋮⋮わたしのおおお﹂と、ナーニアさんがまた泣きだし
た。
﹁ほら、ナーニア大丈夫よ。オルバは許してくれたでしょう?ナー
565
ニアの好きな男はそんなに心の狭い男じゃないわよ﹂
エリザベスはナーニアさんのところへ行って慰めている。
﹁でも⋮⋮でも⋮⋮﹂
どうしようと思っていると、エリザベスにしっしっと追い払われ
たので廊下に出た。
とりあえずエリザベスが無事で良かった。マジで良かった。ほん
とうに良かったよ。あれは心臓に悪かった。ふと、おれを見ている
サティに気がついて、ぎゅっと抱きしめる。
﹁エリザベスが無事でよかったな。ほんとに良かった﹂
﹁はい﹂
しばらくそうやっていると落ち着いたので隣の部屋を尋ねること
にした。
ノックをすると、暁のメンバーのタークスさんが出てきた。ター
クスさんは暁の戦斧の斥候的ポジションの人だ。あまり話す機会が
なかったのでどんな人かはよくは知らない。
﹁マサルか。入ってくれ﹂
中ではベッドに並んでオルバさんとルヴェンさんが寝ていた。
566
﹁おお、マサルじゃないか!じゃあシオリイの町からの応援が着い
たんだな﹂と、オルバさん。
﹁はい。第一陣で来たんです。他の人達は今頃砦周辺の掃討にあた
っています﹂
﹁そうか。これで持ち直すな﹂
﹁あの、傷のほうは⋮⋮﹂
﹁まだ動けないが寝てれば平気だ﹂
﹁来たばかりで魔力は十分ありますから治療しますよ﹂
﹁助かる。治療院は一杯でな。エリザベスは城壁の防衛に回ってそ
んな余裕はないし﹂
ルヴェンの方から頼むと言われたのでそちらの方にまわる。
﹁ああ、マサルすまんな⋮⋮ゴホッゴホッ。この程度で倒れるとは
俺もまだまだだ﹂と言って体を起こそうとする。
いやいやいや、無理しないで!寝ててください。あんた咳き込ん
でるじゃないですか。体中包帯だらけですよ!重傷です!重傷なん
です!今!今すぐ治しますから!︻エクストラヒール︼!!
﹁おー、やはりいい腕だな。ありがとう、マサル﹂
ルヴェンさんが起き上がって礼を言う。
567
﹁いえ。じゃあ次はオルバさんを﹂
足を見せてもらう。傷はふさがっているが、右足の膝から下がな
い。アンジェラは欠損した部位は治らないと言っていた。だがエク
ストラヒールで治らないだろうか?
︻エクストラヒール︼詠唱開始︱︱︱︱︱︱発動。
﹁ありがとう、傷が治った﹂
だが足は治らない。
﹁もう一度やってみましょう﹂
魔力をさっきの倍込める。︻エクストラヒール︼発動!だが足は
そのままだ。
﹁もう一度⋮⋮﹂
﹁もういいんだ、マサル。魔力を無駄に使うな。こうなったらもう、
もとに戻すことは誰にもできないんだ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁何。悪いことばかりじゃない。金は十分に稼いだし、引退して故
郷で農場でもやろうと思ってるんだ。もしナーニアも来てくれるな
ら一緒にな。Aランクになれなかったのは残念だが、命があるだけ
マシだ。この足も義足でも作ってもらえれば、すぐに歩けるように
なるだろうしな﹂
568
﹁暁の戦斧は?﹂
エリザベスはどうなる?
﹁そうだな⋮⋮ルヴェンかタークス。リーダーをやってみるか?﹂
﹁いや。そうなったらおれはオルバと一緒に村に帰るよ﹂と、ター
クスさん。
﹁おまえにはいつも付きあわせてばかりだな﹂
﹁ふん。子供の時からの腐れ縁ってやつだ。だが、今までの冒険者
の生活も悪くなかった。決しておまえに付き合うだけでやってきた
んじゃないさ﹂
﹁ルヴェンは?﹂
﹁おれは。ほんとはおれは魔法使いになりたかったんだ。もし暁が
このまま解散するなら魔法を習いに行くよ﹂と、ルヴェンさん。
﹁へえ。初めて聞いたな﹂
﹁誰にも言ってない夢だから。子供の頃適性検査を受けたんだけど
丸っきり才能がないって言われた。だけど、エリザベスに教えても
らって小ヒールだけは覚えられた。もう一度夢に挑戦したい﹂
﹁そうか。魔法使い、なれるといいな﹂
569
その後、少しだけ話をして部屋を出て、エリザベスに声をかけて
ギルドに戻った。エリザベスはまだナーニアさんを慰めていた。話
をしていきたかったが、軍曹どのをもうずいぶんと待たせている。
暁は無事とは言えなかったけど、とにかく生きて再会はできたん
だ。半数死んだという金剛隊に比べると運がいいのだろう、そう思
った。
570
44話 終わる暁︵後書き︶
正体を隠し、見返りも求めず民衆を治療してまわる謎の旅の神官!
果たしてその正体とは!?
次回、明日公開予定
45話 謎の仮面神官
目もいい、耳もいいサティはすぐに気がついた。
エリザベスが呼吸をしているのを。
指摘する暇はなかったんだけどね
﹁あの時なんで布団もかぶらず寝てたの?﹂
﹁あのローブ、冬は暖かくて夏は涼しい優れものなのよ。他にもね
⋮⋮﹂
エリザベスによるローブの説明がひたすら続く
これにてエリザベスさんの死亡フラグの処理は終了です
やきもきした方、申し訳ありませんでした
本編2話にティリカちゃん画像を追加しました
571
45話 謎の仮面神官
冒険者ギルドに戻ると軍曹どのが待っていた。ホールの隅にある
テーブルにつく。
﹁さきほども言ったとおり、貴様には神殿で治療にあたってもらい
たい﹂
﹁あの、できればおれ防衛のほうに回りたいんですけど﹂
経験値が欲しい。回復魔法レベル5があれば、オルバさんの足を
治せる魔法が出てくるかもしれない。
﹁治癒術士が全く足りておらんのだ。神殿の有様はみただろう?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
そう言われると反論できない。神殿は怪我人であふれていた。い
や、あそこをさっさと片付ければ防衛のほうに回してもらえるかも
しれない。
﹁もうひとつ。サティを借りたい﹂
﹁サティを?﹂
﹁そうだ。サティの弓の腕があれば防衛戦でずいぶんと役立つだろ
う﹂
572
サティがおれから離れて敵の前に立つ?サティを見る。サティも
こっちをじっと見ている。
﹁もちろん、主人の貴様の意向が優先されるが﹂
おれが決めるのか⋮⋮なんとなくサティはずっと一緒にいるもの
と思っていた。
﹁あの、危険は⋮⋮﹂
﹁もちろんある。だが、情勢は予断をゆるさん。今はかき集められ
るだけの戦力が必要なのだ﹂
そういえばエリザベスは酷い顔色をしていた。限界まで魔力を絞
り出したんだろう。
﹁サティはわしについていてもらう。絶対守れるとは言えんが危険
なときは優先して逃がすことを約束しよう﹂
軍曹どのがついていれば安心⋮⋮安心?いやそれでも心配だ。
﹁今日のところは2人で治療院に行ってくれ。夜はやつらもあまり
攻めてこない。明日の朝迎えに行くからそれまでに考えておいてく
れ﹂
﹁はい、軍曹どの﹂
軍曹どのと別れ、神殿への道をサティと手をつないで歩く。
573
﹁マサル様。わたし行きます﹂
﹁サティ⋮⋮﹂
﹁わたし、ずっとずっと役立たずだ、無駄飯食らいだって言われ続
けてて。みなさんの役に立てるのが嬉しいんです。マサル様のお手
伝いができるのが嬉しいんです﹂
こっちの世界の人は奴隷を半ば物のように扱っているかもしれな
い。だがおれは日本人だ。そこまでは割り切れない。サティをいつ
までもおれに縛り付けておくわけにもいかないだろう。
﹁だから。だから⋮⋮﹂
﹁わかった。だが軍曹どのから離れるなよ?﹂
﹁はい﹂
﹁危なそうになったり怪我をしたらすぐに逃げるんだぞ﹂
﹁はい﹂
﹁それから毎日絶対おれのところに戻ってこい﹂
﹁はい﹂
﹁それから⋮⋮絶対に死ぬな。ずっとおれと一緒にいるんだろう?﹂
﹁はい、マサル様!ずっとずっと一緒です!﹂
574
神殿に入ると先ほどの神官の人がいたので声をかけた。
﹁おや、先ほどの。今度はどうしましたか?﹂
﹁はい。冒険者ギルドから治癒術士として派遣されてきました、マ
サルです﹂
﹁おお!助かります。見ての通り、治療をすべき患者は多いのに我
々の魔力はもう限界なのです﹂
﹁時間が惜しいです。すぐに治療にかかりましょう﹂
﹁あの。わたしも何か⋮⋮﹂
﹁サティは朝から防衛に参加するだろ?休んでおくといい﹂
しゅんとするサティ。うーん。ほんとうに休んでいたほうがいい
と思うんだが。
﹁でしたら治療のお手伝いをお願いできますかな?怪我をしている
方をきれいに清めたり、水や食事の用意をしていただければ助かり
ますよ﹂
﹁それくらいなら。じゃあサティ、明日のことも考えて体力は残し
ておけよ﹂
﹁はい!﹂
575
他の神官の手伝いに行ったサティを見送り、改めて神殿のホール
を見渡す。ホールには沢山の人が床にそのまま寝転がされており、
みな酷い怪我をおって動けない。これを全部か。エリアヒール。使
った事はないけど試してみるか。
﹁ではまずはこちらのほうの方からお願いできますかな?﹂
﹁いえ、エリアヒールを使います﹂
﹁上位の⋮⋮ちょっと。ちょっとお待ちください。他のところにい
る患者さんも集めて参ります﹂
待っているとぞろぞろと兵士や冒険者達が入ってきた。支えられ
ているのもいるが、大抵はちゃんと自分で歩いている。比較的軽傷
の人は別のところにいたのか。なんか多いぞ?それは神官の人も思
ったのだろう。
﹁あの、多くなりましたが大丈夫でしょうか﹂
﹁あー、とにかくやってみましょう。だめでしたら個別にやるって
ことで﹂
これうまくいかなかったら怒られないかな?エリアヒール使った
ことないんだよね。
﹁その⋮⋮これだけの数はさすがに初めてなんで失敗しても怒らな
いでくださいね﹂
576
﹁ええ、はい。もちろんですとも。わたしもちょっと人数が多いか
なと思っていたところなんです﹂
話がわかる神官さんだ。よし、そういうことならやってみるか。
神殿のホールは人でいっぱいでざわついている。こちらに注目し
てる人はいない。今のうちにやってしまおう。
範囲はこのホール。強さは⋮⋮結構重傷者もいるから強めにして
おくか。︻エリアヒール︼詠唱開始︱︱
うーん、やっぱ詠唱長いな。それになんだか体の周りが光ってる
ような⋮⋮
何人かがこちらに気がついたようだ。はやくはやく。︱︱詠唱が
完了した。発動!
一瞬ホール全体が光に包まれる。成功したかな?お、手前の怪我
の酷かった人も起き上がってる。うまくいったみたいだ。
﹁治ってる⋮⋮﹂﹁何が⋮⋮﹂﹁神官様の治癒術?﹂﹁傷が消えて
る!﹂
おれは既に神官さんの後ろに隠れている。魔法の詠唱をしている
仕草はなるべく見せないようにしたし、そもそも剣を背負って普通
の冒険者の格好をしている。近くにいて見てた人でも中々わからな
いだろう。
﹁あの、目立つの嫌いなんでこのまま知らんぷりでお願いします。
577
あと適当に誤魔化しておいてくれません?﹂
﹁ええっと。ゴホンゴホン。ああ∼。そのですね。そう!神の奇跡
により皆様の傷は治りました!我々には神の加護があるのです。さ
あ、治った人は再び戦いに赴いてください。それが神の望みなので
す﹂
﹁おお∼﹂﹁奇跡が!﹂﹁神の加護⋮⋮﹂﹁戦える!また戦えるぞ﹂
﹁神官様!神官様!﹂﹁神よ!﹂﹁ありがとうございますありがと
うございます﹂
なんかみんな神官様に注目している。おれも一緒になって、神官
様すごい!とエールを送ってみた。アンジェラにやらされた時みた
いに目立つのはごめんだ。あの時は神官服にマスクもしてたし。今
度もあれでやってみるか?
﹁あの、なんかわたしがやったみたいになってるんですが、手柄を
横取りしたみたいな⋮⋮﹂
そう小声でぼそぼそと言ってきた。
﹁いいんですいいんです。目立つのは嫌いだって言ったでしょう。
あんまり注目されると緊張して魔法がうまく使えなくなるかもしれ
ません。このままでお願いします﹂
﹁はあ。ほんとにいいのかな⋮⋮﹂
﹁とりあえずちょっと疲れたので休憩させてもらえませんか?﹂
でかい魔法を使ったからだろうか。MPはまだ少し残ってるのに
578
少しだるい。それとも馬車に2日ほど揺られたからかな。あんまり
寝れてなかったし。
﹁ああ!これは気が付きませんで。こちらへどうぞ﹂
サティはと見ると何かお手伝いをしている。とりあえずサティは
そのままにしておいて、神官さんについていき部屋に案内された。
お茶を出される。マギ茶だ。うん、おいしい。
﹁それにしてもなんと素晴らしい治癒術でしょうか。大神殿でもあ
そこまでの使い手は何人もおりませんよ﹂
何人かはいるんだ⋮⋮だったらその人が来ればいいのに。
﹁ここは危険地帯ですから。王都にでもいれば引く手あまたですし、
こんなところに来たがる物好きは多くは⋮⋮﹂
それはそうだな。おれもエリザベスのことがなければ来たくなか
った。
﹁よし、少し休んで楽になりました。治療をしましょう﹂
お茶を飲んで一服すると少し元気が出てきた。
﹁もういいのですか?あれほどの魔力を使って⋮⋮﹂
﹁ええ、まだそこそこは魔力は残ってます。それよりも神官服を借
りられませんか?この格好で治療と言うのはちょっと﹂
剣を背負った冒険者よりも神官服を着ていたほうが治療される方
579
も安心感があるだろう。
﹁そうですね。それでしたら私のをお使いください。体格も同じよ
うですから﹂
﹁ありがとうございます。あとマスクとかないですかね?以前もシ
オリイの町で治療するときにマスクして顔隠してやったことあるん
ですが﹂
﹁ああああああ。あの!あれはマサル様でしたか!噂になっていた
んですよ!旅の神官とだけで誰も正体を知らなかったんですよ!﹂
うわあ、やっべー。そんなことになってるのか⋮⋮でも神殿の人
たち、ちゃんと秘密にしててくれたんだな。
﹁あの、すいません。そのことはご内密にお願いします。さっきも
言いましたが目立つのだめなんです﹂
﹁もちろんです。誰も正体を知らない旅の神官が無償で民衆を治療
する。いやーロマンですなー。いやいや、わかっておりますとも!
誰にもいいません!﹂
ほんと頼みますよ⋮⋮
白いローブの神官服を受け取り、ちょっと考えて防具はそのまま
で武器だけ収納して、上から着る。いつでも戦えるようにしておい
たほうがいいだろう。
﹁その服は差し上げますのでそのままお持ちください﹂
580
﹁いいんですか?﹂
﹁はい、マサル様に使っていただけるとは光栄ですよ!﹂
﹁あの、普通にお願いします。おれのほうが年下ですし、マサルっ
て呼び捨てでも﹂
﹁そうですか?じゃあマサル殿と﹂
﹁はあ。もうそれくらいでいいです﹂
﹁ああ、私はダニーロと申します。どうぞダニーロと呼び捨てを﹂
﹁ええと、ダニーロさんですね﹂
﹁ダニーロです﹂
﹁ダニーロ殿で⋮⋮﹂
﹁呼び捨てでいいのに﹂と、言いながらマスクを渡される。目の部
分だけのマスクで顔が半分くらい隠れるタイプだ。
﹁あの。なんで神殿にマスクが常備してあるんです?﹂
あっちの神殿でもすぐに出てきたし。そういう趣味の人が多いん
だろうか。
﹁儀式用なのですよ。そのマスクは神のご尊顔を模しておりまして
ね﹂
581
なるほどな。神事で使う能面みたいなもんか。マスクを装着して
神官帽子も被る。
﹁うんうん。お似合いですよ。正体を隠した神官!いいですなあ。
私もやってみたいですよ﹂
ダニーロ殿はすごくうきうきしている。この砦、今落ちそうにな
ってんですよね?この人わかってんのか⋮⋮
﹁では治療室でやっていただきましょうか。先ほどのでだいぶ治療
が進みましたので﹂
治療室の作りは似たような感じだ。ダニーロ殿についてもらって
治療にあたった。
軽傷のものは他の神官さんに任せて重い傷の人を送り込んでもら
った。ホールでまとめて治したので、それを見て他の治癒術士さん
達もがんばってくれてるらしい。だがそれでも追加の怪我人はどん
どんやってくる。今も城壁では戦闘が行われてるんだよな。それを
想像してちょっと恐ろしくなる。
兵士や冒険者を治療をしながら前線の様子を聞く。敵はオークが
メインでゴブリン、トロール、ハーピー、オーガ、リザードマンそ
の他聞いたこともないようなモンスターも混じっているそうである。
なんでそんな混成集団が?と聞くとそういうものじゃないのか?
582
と言われた。聞いたのが下っ端の兵士や冒険者達だったからだろう
か?それともそういう認識が普通なのだろうか。
ともかく前線は厳しい戦いを強いられている。序盤の攻防で多く
の人命が失われ、城壁は応急処置をしたもののいつまた破られるか
わからない。やつらも夜は目が見えないのか暗くなると一息つける
が、朝になればまた激戦が始まる。
敵の数が多い。多すぎる。城壁上から矢や魔法で攻撃するものの
一向に減る様子がない。魔力は尽きる。矢も心もとなくなる。モン
スターははしごや櫓を使い城壁を乗り越えようとし、時には敵の矢
や魔法、飛んできたハーピーなどの空のモンスターにやられ、こち
らは数を減らしていく。
だがここを放棄するわけにはいかない。砦を抜かれるとあとには
広大な王国領が広がっている。あとは好き放題に蹂躙されるだろう。
冒険者の到着はいいニュースではあったが、状況はいまだに好転し
ない。王国軍の到着まであと数日。なんとしてでも耐えなければな
らない⋮⋮
こうして仮面をして治療に当たってるわけなんだが、患者のほう
は特に気にならないらしい。祭りや儀式になると多くの神官が仮面
を付けるので特に違和感はないようだ。これで冒険者や兵士達に顔
が売れるのは防げるだろう。最近サティがすごく目立っていて、お
れ自身は余計に目立ちたくない。
だが治療をしていると、ちらちらと他の神官さんや治癒術士が見
にやってくる。時には二言三言言葉をかわす。特になんでもない話
583
である。調子はどうですか?お名前はなんというのですか?
﹁あれが⋮⋮﹂﹁旅の⋮⋮﹂﹁本当だったんだ⋮⋮﹂﹁上位の治
癒術を⋮⋮﹂などの話が漏れ聞こえたりする。
﹁あの。旅の神官って話、黙っててくれてるんですよね?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁違うんです!こっちからは絶対に言ってませんから!ただ腕のい
い、顔を隠した神官っていうと誰でもあの話を思い浮かべるようで
して。ここはシオリイの町から近いですからね。それで聞かれて、
嘘をつくわけにもいかないし、その、誤魔化しきれなくて⋮⋮﹂
﹁言っちゃったんです?﹂
﹁言ってませんよ!でも黙ってても、言えないって答えても否定で
きないとなると結局⋮⋮﹂
なるほど。これはダニーロ殿を責めるのも悪いだろう。
﹁あの。せめてあの人達に口止めをお願いできませんか?もうシオ
リイの町のことはばらしちゃっても構いませんから﹂
﹁わかりました。きっちり言い含めておきますよ!﹂と、なんだか
嬉しそうな様子でいそいそと治療室を出て行った。
冒険者や兵士に顔が売れるのはこれで防げたんだけど、今度は神
584
官達の間で話題になるとか。どっちがよかったんだろうか。
結局、人数が少なくて口止めができる分、こっちのがマシじゃな
いかと思い、おれは考えるのをやめ治療を続けた。
しばらくするとダニーロ殿が戻ってきた。
﹁口止めしてきました。外部には漏れることはないでしょう﹂
ん?外部には?
﹁その。さすがに完全に緘口令を敷くのは難しくって⋮⋮でもマサ
ル殿の名前が出ることは絶対にないとお約束します﹂
その程度なら仕方ないか。こうやって仮面して治療してたらどう
やったって目立つものな。もっとこう、目立たない方法はないもの
か。箱にでも入って手だけだして治療する?だめだ。今度は箱に入
って治療する変な治癒術士として有名になりそうだ。
整形してみるとかどうだろう。何かそういう、姿を変える魔法く
らいならこのファンタジー世界でならありそうなものだが。今度エ
リザベスに聞いてみよう。
﹁正体を隠し、見返りも求めずただひたすらに治療をする謎の旅の
神官!その正体は誰にも知られず、旅を続けるのです﹂
おいちょっと待て。あんた、なんと説明して口止めしたんだ?
585
﹁今言ったみたいなことですけど﹂
﹁あの、おれとかちんけな治癒術士に過ぎないんで。旅なんかして
ませんし、ここにもギルドから派遣されて報酬もちゃんとあるんで
すよ?﹂
﹁またまた。あれほどの治癒術には滅多にお目にかかれませんよ。
それに顔を隠し正体を隠して一切名声を求めないとはなんと徳のあ
る方でしょうか。マサル殿は素晴らしい方ですよ!﹂
﹁あ、名前を出すのは﹂
﹁あ、申し訳ありません。神官殿﹂
なんかもうだめだ。目立ちたくないって思ってやったのに、余計
に目立つことになった気がする。せめてここの人達の口が固いこと
を祈ろう⋮⋮
586
45話 謎の仮面神官︵後書き︶
﹁我が諸神の神殿の役割はご存知ですかな?﹂
﹁神への信仰をするため?﹂
﹁それはほんの一部でしかありません。もちろん、この箱庭世界ラ
ズグラドワールドを作られた神への信仰は大事なことですが、もっ
と大事なことはこの世界を存続、発展させることなのです﹂
次回、明日公開予定
46話 諸神の神殿
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
587
46話 諸神の神殿
魔力も尽き、今日の治療を終了した。だるい。早く寝たい。この
魔力切れのときの倦怠感はなんとも言えず嫌なものだ。
神殿の奥にある部屋に案内されると既にサティが待っていた。お
れの家の寝室より更に大きく、立派な装飾品や家具が並ぶ豪華な部
屋だった。
﹁あの、こんなにいい部屋じゃなくても、寝れさえすれば。テント
も持ってきてますし、庭とかでも⋮⋮﹂
﹁そんな!マサル殿のために一番いい部屋を用意したのです。ご遠
慮なくお使いください。お湯も既に用意しておりますし、食事もま
もなく運ばれますから﹂
ではごゆっくり、とダニーロ殿は部屋を出て行った。
日本に居た時でもこんなところには泊まったことがないな。しか
もルームサービス付き。
ぼふっとベッドに倒れ込む。うん、ふかふかで気持ちいい。
﹁お疲れ様です。マサル様﹂
サティが側にやってきて言う。
﹁サティは疲れてないか?﹂
588
﹁はい、平気です。マサル様に声をかけようと思ったんですけど、
治療でお忙しそうだったので﹂
そうかと言い、サティを抱きしめる。サティの頭を撫でて耳をも
ふもふしたが鎧越しで気持ちよさ半減だ。
億劫だが立ち上がりサティに神官服と鎧を脱がせてもらう。甲斐
甲斐しく世話をしてくれるサティを見ながら幸福感に浸る。疲れた
ときにムラムラすることがあるけど、魔力切れでもなるんだな。馬
車での移動中は何にもできなかったし、ここは一つ⋮⋮
いいタイミングで扉がノックされた。大いそぎで服を着替えてか
らサティに出てもらう。食事を持ってきてくれたみたいだ。
ダニーロ殿と女性の神官が配膳をしてくれる。なんか女神官のほ
うがこっちをすごくちらちら見てるんだけど。そして配膳が終わる
と﹁あの、ファンなんです!応援してますからがんばってください﹂
と言って部屋を出て行った。ファンって?何だいまのは。
残ったダニーロ殿に尋ねる。
﹁あの。いまのファンとかは一体⋮⋮﹂
﹁そのですね。冒険者だとか兵士と違って治癒術士って裏方で地味
でしょう?仮面をした旅の神官の話題は我々治癒術士業界で久しぶ
りの、なんていうんですか?ヒーロー。そう、ヒーローの登場だっ
たのです。正体がわからないものですからほうぼうに問い合わせが
いっていたようで、かなり有名になっているようですよ﹂
589
マジか⋮⋮
﹁あの、有名ってどれくらい⋮⋮﹂
﹁たぶん王国の神殿関係者ならほぼ知っているかと﹂
それに話を聞いてみると、尾ひれもついてるようだ。どんな瀕死
の患者でも治せるとか、ホールいっぱいの患者を半日もかからず全
部治したとか。その後、名前も名乗らず、お礼も一切受け取らずさ
っそうと去っていっただとか。
実際のところ、瀕死の患者は治せなかったし、ホールの患者は半
分くらいは帰ってもらったはずだ。確かにお礼も報酬も受け取らな
かったが、そのあとは魔力切れでふらふらになりながら家に歩いて
帰っただけだ。
名前とかがバレてないのは本当に幸いだった。司祭様達がちゃん
と秘密にしてくれてたんだな。
﹁あの!あの!絶対におれのことは黙っててくださいよ!ほんとに
!まじで!﹂
﹁わかってます。わかってますとも。正体は誰にも秘密です﹂
そう言ってダニーロ殿も出て行った。
﹁とりあえず食うか⋮⋮﹂
590
﹁はい﹂
食事はちゃんと2人分用意されており、なかなか美味しかった。
お風呂は家のよりは狭かったが豪華な作りで浴槽もサティと2人
でならゆったりと入れた。いつもと気分が変わってちょっと燃えた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
早朝、夜も明ける前に、軍曹どのがやってきてサティを持ってい
かれてしまった。
寝ぼけてぼーっと見送った。寝不足で疲れていたんだろう。それ
にこんないい部屋にいると戦争中だって実感がわかない。目が覚め
てきてようやくサティがいないことに不安がいっぱいになった。つ
いて行きたい。どこかで抜けだして見に行けるかな。うん、MP切
れのときでも狙って行ってみよう。
夜明けを待って、治療院をのぞくとすでに治療が始まっていた。
夜のうちにも負傷者が出たのだろう。ダニーロ殿がいたので声をか
ける。
591
﹁わたしも神官服に着替えてきて手伝いましょう﹂
今の格好は普段着だ。念のため剣は背負っている。おれを見て治
癒術士とは誰も思わないだろう。
﹁いえ、マサル殿は昨日は夜まで治療していて魔力がまだ回復して
いないでしょう?﹂
MPはもうちょっとで半分ってとこか。
﹁それに司教様がお話をしたいとのことですので、朝食をご一緒に
どうでしょうか﹂
司教って司祭よりも偉い人だっけ?そんな気がする。
﹁わかりました﹂
まあ魔力がまだ戻りきってないし焦っても仕方ない。
﹁では後ほどご案内しますのでゆっくりしていてください﹂
サティを探しに行ったりとかはだめだろうなあ。部屋に戻って本
でも読んでるか。
﹁部屋に戻ってもう少し休んでおきます﹂
部屋で本を読んでいるとダニーロ殿が年配の人を伴ってやってき
た。さらに後ろから食事のワゴンが運ばれてきた。
592
﹁マサル殿、こちらがフランコ司教様です﹂
﹁よろしく、マサル殿。お話は聞いておりますよ。昨日は挨拶がで
きなくて申し訳ない。魔力の使いすぎで倒れておりましてな。いや、
この歳で魔力切れはきついきつい﹂
わかる。わかるよ。フランコ司教様。
﹁よろしくお願いします。司教様﹂
﹁ささ。まずは食べましょう。お腹が膨れないと元気も出ませんか
らな﹂
3人でテーブルを囲む。おっさん2人と食べる食事は実に味気な
い。最近はずっとサティと一緒だったからなあ。サティ大丈夫かな
⋮⋮
﹁それでどういう経緯で旅の神官などと言うことに?﹂
やっぱりこの人もそれか。なんてめんどくさいことになったんだ。
﹁ええとですね。おれは元々火系統の魔法使いでして。回復魔法を
覚えようと神殿を訪ねたのですよ﹂
﹁ほうほう。治癒術士かと思ったら火メイジですか。多才ですな﹂
﹁それで回復魔法を覚えることはできたんですが、練習しようって
ことで無料で治療するって近所で宣伝をしたんですよ。魔力が多か
593
ったんで普段治療院に来るくらいの人数じゃ魔力を使い切れなくて﹂
﹁なるほどなるほど﹂
﹁そしたら来るわ来るわ。神殿のホールがいっぱいになるくらい人
が来ましてね。おれ目立つの嫌いなんで変装の用意をしてもらいま
して、それが神官服と仮面だったんです﹂
それから治療の時の話も詳しく再現する。尾ひれがついたままの
話を信じていられるのは嫌だからね。
﹁それで旅の神官ってことで誤魔化してくれることになったんです
が、すいません。勝手に神官ってことにしちゃって﹂
﹁いやいや、いいのですよ。あの事は神殿の名を高めてくれました
から。むしろこちらが礼を言うべきことですよ﹂
﹁礼なんて。言ったとおり治癒術の訓練の一環でやったことですし﹂
﹁いっそ本当に神官になってみるというのはどうですかな。わたし
の権限で助祭にならすぐにでもして差し上げられますよ﹂
またスカウトか。神官なんて柄じゃないな。まだ神殿騎士団のが
ましだ。
﹁お誘いは嬉しいですが冒険者が性にあってまして﹂
﹁冒険者は続けられてもよいのですよ。神官の中にも冒険者として
活動しているものもおりましてな。神官になったからと言って神殿
に縛られることは全然ないのですよ﹂
594
冒険者を続けられるのはいいとしても利点がないな。神殿に出入
りするだけならこうやってできるんだし。
﹁我が諸神の神殿の役割はご存知ですかな?﹂
﹁神への信仰をするため?﹂
﹁それはほんの一部でしかありません。もちろん、この箱庭世界ラ
ズグラドワールドを作られた神への信仰は大事なことですが、もっ
と大事なことはこの世界を存続、発展させることなのです﹂
箱庭世界ラズグラドワールド。久しぶりに聞く言葉だ。そもそも
あの求人を見てこんなことになったんだよなあ。あの時ハロワに行
ったのがもう何年も前の話だった感じがする。実際には2ヶ月も経
ってないんだけど。日本のことを思い出すと、ただのニートだった
のになんでこんなことになっちゃってんだろうと思う。
﹁神々が世界を作られた時、神は神殿にこの世界を見守り、影から
支える役割を命じられました﹂
﹁影からですか?﹂
﹁そうです。あくまでも影からそっとです。ですから世俗的な権力
や政治にはかかわらないようにして、騎士団や治療院、孤児院とい
った形で世界を裏から支えているのです。いや、支えてるというの
はおこがましいですな。ほんの少しの手助けといったところですか。
ですからね。神殿に属し、神に仕えるというのは色々な形があるの
です。マサル殿のされたことも立派に神の御心にそうことなんです
よ﹂
595
神の御心か。伊藤神は何を考えておれを送り込んだんだろうな。
テストプレイと言いながら世界の破滅の近い世界に放り込み、しか
も別に好きにしていいという。世界を救いたいのかそうじゃないの
かいまいちよくわからない。そういう質問には一切答えてくれない
し。
しかしこの神殿、地球の宗教とは随分と違うな。本物の神様がい
るからだろうか。日本にいた頃は宗教と言えば冠婚葬祭とかクリス
マスの他にはあまり関わりもなかったが、こういう神殿だったら信
者になるのも悪くない。
﹁それに﹂と、続ける。
﹁神殿は大陸中どこにでもありましてな。神官になっておけばメリ
ットは多いですよ﹂
テシアンさんに騎士団にスカウトされたのと同じようなことが繰
り返される。うん、その話なら前にも聞いたわー。1ヶ月くらい前
にも聞いたわー。
おれがちょっと退屈そうにしてるのがわかったんだろう。
﹁いや、長々とすいませんでしたな。神官になる話はまた今度しま
しょう﹂
神殿の話は面白かったけど、勧誘の話はもういいです⋮⋮この世
界はどこも人手不足なんだろうか。それとも魔法使いの需要が高い
だけなのかな。
596
﹁しかしロベルトめ。こんな面白い話を黙っているとは。今度会っ
たらきっちり話をしませんとな﹂
確か司祭様の名前がロベルトだった気がする。
﹁司祭様をご存知なのですか?﹂
﹁シオリイの町はここと同じ教区ですからな。ロベルトは部下にあ
たります﹂
司祭様の上司か。おれのせいで怒られるとか司祭様に悪すぎるぞ。
﹁あの。司祭様には世話になってますし、口止めを頼んだのはおれ
なんで、あまりそういうことは﹂ ﹁そうですな。あれは義理堅い男です。約束したというなら死んで
も口を割らないでしょう。詰問するのはやめておきましょう﹂
﹁そういえば司祭様も第二陣で来ると言ってました。今日か明日に
は来るんじゃないですかね﹂
﹁ほう。ご存知ですかな?ロベルトは昔はですな⋮⋮﹂
興味深い、司祭様の昔の話を聞いていると扉が乱暴に開けられた。
﹁なんですか、騒がしい﹂
なんだろう。話がいいところだったのに。
﹁司教様!負傷者がたくさん来ました!総出で対応してるんですが、
597
手が足りません!﹂
サティ!?心臓が飛び出しそうになる。すぐに手元のマギ茶を飲
み干し、ベッドに置いてあった神官服を頭から被り、仮面と帽子を
つける。
﹁行きましょう!負傷者が多いようでしたらまたエリアヒールを使
います﹂
くそっ。サティは大丈夫なのか?軍曹どの。軍曹どのが付いてる
んだ。そうそう遅れは取らない。取らないはずだ。
神殿ホールは阿鼻叫喚といった表現がぴったりという有様だった。
呻く人、痛い痛いと泣く人、神官に掴みかかり治療を要求する人。
しかもどんどん追加の怪我人が運ばれてくる。おい。あそこの人と
か、既に⋮⋮それを見てしばし呆然とする。
﹁神官殿﹂
﹁え?あ、ああ⋮⋮﹂
ダニーロ殿に声をかけられてはっとする。治療しないと。ここに
はサティはいない。無事なはずだ。大丈夫だ。軍曹どのがついてい
る。まず目の前のこれをなんとかしないと。
﹁エリアヒールをやります。なるべくホールに怪我人を集めてくだ
さい﹂
﹁わかりました﹂
598
MPを確認する。さっきからあまり回復していない。エリアヒー
ルを使えばほぼ空になりそうだ。
アイテムから濃縮マギ茶を出して飲む。相変わらずまずい。でも
確かに効く感じがする。
ダニーロ殿がやってきた。
﹁神官殿、お願いします﹂
︻エリアヒール︼詠唱開始︱︱︱︱目の前で呻いている人を見て
心が乱される。だめだ。集中しろ。集中だ。
︱︱詠唱完了。発動!ホールが一瞬光に包まれ、ざわめきも止ま
る。魔力が一気に抜けちょっとふらつく。
﹁大丈夫ですか?﹂
ダニーロ殿が心配そうに支えてくれる。他の神官の人たちも周り
に集まってきている。
﹁ええ。まだもう少し魔力はありますから。ですがあとはお任せし
てもいいですか?少し休憩を取らないと⋮⋮﹂
MPは残り1割もない。
﹁もちろんですとも!さあ旅の神官殿がここまでやってくれたので
す。あとは我々でなんとかしましょう!﹂
エリアヒールで全て治ったわけじゃない。軽傷くらいなら完治す
599
るが、重傷者ならとりあえずは動けるくらいになるだろうか。感覚
的には普通のヒールとエクストラヒールの中間くらいの威力だろう。
もっともこめる魔力を増やせばエリアにエクストラヒールをかけら
れるだろうけど、満タン状態でもMPが持たないかもしれない。
﹁いやあ、さすがですな。旅の神官殿。さっ、あとは我々に任せて
休憩を﹂
﹁ありがとうございます。司教様﹂
自室に戻り、神官服を脱ぐ。防具を身につけ、剣を背負う。
よし、サティ。今行くから待ってろよ!
600
46話 諸神の神殿︵後書き︶
﹁軍曹どの、すごかったんですよ!飛んできたワイバーンをこう、
一撃でばさーっと﹂
サティが身振り手振りをまじえて説明してくれる。軍曹どのの実戦
とかおれもぜひ見たかったな。
次回、明日公開予定
47話 マサルの戦場
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
601
47話 マサルの戦場
見つからないように隠密を発動しながら裏口からこっそりと抜け
出す。幸い、みな怪我人の対応にかかりきりなのか誰にも会わずに
神殿を出た。
神殿を出ると城壁はすぐ近くだ。城壁の門を通り一人怪我人が運
ばれてきた。それを見送りつつ、門番らしき兵士がいたので声をか
ける。
﹁一体何があった?﹂
﹁大規模攻勢だ。だがなんとか押し返した。第二はまだ無事だ﹂
それを聞いてちょっとほっとする。だがサティはどこだ?くそっ。
軍曹どのに聞いておくんだった。
門を抜けて城壁に向かおうとすると、また一人重傷者らしき人が
担架で運ばれてきた。
﹁がんばれ。もう少しがんばれ。すぐに治療院に連れて行ってやる
からな!﹂
﹁そこの担架待って!﹂
担架で運んでいる人の方の肩を掴む。
﹁なんだおまえは!邪魔をするな!﹂
602
﹁治癒術士です。治します﹂
怒鳴られてちょっとびびったがここは引かない。運ばれてる人が
なんかすごい怪我してるんだ。
﹁おお、頼む。おい、いま治してもらうからな!気をしっかり持て
!﹂
急がないとやばそうだ。︻エクストラヒール︼詠唱開始︱︱ M
Pが心もとない。これをうてば残りあと2発ってところか?
︱︱詠唱完了。発動。
﹁すごい。治ってる!あんた助かったよ!﹂
﹁いえ、それよりも人を探してるのです。ギルドの教官をしている
ヴォークトどのと獣人で弓の上手い小さい子を見ませんでしたか?﹂
﹁すまないが知らないな﹂
その時、ドーンという音が響いた。びくっとする。
﹁いまのは味方の魔法⋮⋮?﹂
﹁わからん。モンスターにも魔法使いが混じっているんだ﹂
魔法?弓を撃ってるのは見たことあるが魔法まで撃ってくるのか
!?サティ!!
603
﹁急ぎます。じゃあ!﹂
第二城壁を見ると一部が崩れている場所がある。城壁の上には木
の橋が渡してあり即席の通路になっているようだ。だが、下からだ
と上の状況が見えない。時々城壁を越えて矢が飛んでくる。
城壁に昇る階段を見つけ近寄ると、また怪我人が運び降ろされて
きた。
﹁治癒術士です!﹂と、いい見に行く。なんかこの人焦げてるぞ!
?さっきの爆発音か!︻エクストラヒール︼詠唱開始︱︱
体中が黒焦げでぴくりとも動かない。わずかにひゅーひゅー呼吸
をしているのでかろうじて生きているのが分かる。なんだか呼吸が
弱くなってる気が⋮⋮やばい!?もうちょっとだ、がんばれ。まだ
死ぬには早いぞ!!
︻エクストラヒール︼発動!倒れた人の呼吸が楽になったのがわ
かった。ちょっと呻き声をあげている。エクストラヒールで完治し
ないとかどんだけやばかったんだ⋮⋮
﹁よかった!もうだめかと﹂
﹁間に合ってよかったです。悪いんですが、魔力がもうほとんどあ
りません。あとは治療院でお願いします﹂
そう言いながらMPポーションを飲む。3本だけ買ってあったう
ちの1本だ。なにせMPポーションは高い。高い上におれのMP量
からすると回復量が雀の涙という使えなさ。性能の高い高級品には
とても手が出ないし。
604
﹁ああ、ここまでやってくれれば十分だ。おい、急ごう﹂
﹁あ、ちょっと待って﹂
サティと軍曹どののことを聞いてみる。
﹁それなら知っている。すごく弓の腕がよかったので覚えている。
第二の右翼側、崩れたところからちょっと行ったところにいたはず
だ﹂
確定情報だ! ﹁ありがとう!探しに行きます﹂
﹁ああ、気をつけてな!落ち着いたとは言え攻撃は続いている﹂
おれを気遣う声を背に駆け出す。階段があった。駆け上る。城壁
上は案外広い通路になっている。5,6人なら並んでゆったり歩け
そうなくらいだ。
左右を見渡す。何人もの兵士や騎士が時々弓を構えて撃っている。
時々、下からも弓が飛んできてカンッと盾で防がれた音がする。第
一城壁の上の方にはハーピーらしきものが飛び、こちらを窺ってい
るようだ。
まずは左の城壁が崩れた方を見に行く。いない。すぐに引き返す。
上がってきた階段を過ぎ、少し歩くと、いた!
軍曹どの、その側にはサティもいて、エリザベスとタークスさん
605
もいた。よかった、全員無事だ。エリザベス以外は弓を手に持って
いる。エリザベスは壁を背に足を投げ出して座ってプリンを食べて
いた。戦闘中に何やってんだ⋮⋮
あとで聞いたら、エリザベスとタークスさんは、朝の早い段階で
軍曹どのとサティを見つけて合流したんだそうだ。
﹁軍曹どの!﹂
﹁マサル。貴様治療院はどうした?﹂
﹁魔力切れです。心配なのでこちらの様子を見に﹂
﹁マサル様!﹂
﹁サティ、怪我はしなかったか?﹂
﹁はい。軍曹どのが守ってくれました。それにエリザベス様も﹂
時々飛んでくる矢を避けるためにエリザベスの横に滑りこむ。
﹁戦闘中に何やってんだ﹂と、プリンを食べおわったエリザベスに
聞いてみた。
﹁仕方ないじゃない。魔力が切れたんだから。じっと座ってるくら
いしかすることがないのよ﹂
それもそうか。治療院の人だって魔力切れたら、お茶でも飲んで
休憩してたしな。
606
そう言うとエリザベスは今度はから揚げを取り出してむしゃむし
ゃやりだした。一気に緊張感が⋮⋮
﹁それよりも。あの濃いお茶もっとない?﹂
そう食べながら聞いてきたので水筒ごと渡してやった。
﹁それごとあげるよ﹂
﹁あら。悪いわね。まずいけど効くのよねこれ﹂
﹁ナーニアさんは?﹂
﹁置いてきたわ。あんな状態じゃ戦えないもの。今頃オルバにプロ
ポーズされてるかもね﹂
そうか。オルバさん故郷に帰るのにナーニアさんを誘うんだな。
エリザベスは魔力切れしてるから戻ってもいいんだけど、邪魔した
ら悪いからここに残っているんだそうだ。ちょっと待てば魔法の一
発くらいは撃てるし、と。
サティがエリザベスのから揚げをちらちら見ていたので、弁当を
出して軍曹どの達にも配る。サティには2個渡した。
﹁ふむ。ちょうどいい。敵の攻撃も収まったし休んでおくか﹂
﹁怪我人はいませんか?あと何回かならヒールが使えます﹂
﹁重傷者はだいたい運び出されたはずだ。このあたりはもう大丈夫
だ﹂
607
﹁何があったんです?﹂
﹁最初のうちは敵も大人しかったのだがな。先ほど急に来おった。
空のモンスターと下からの波状攻撃だ。特に空からのに中型のワイ
バーンが混じっておってな。撃退に時間がかかった﹂
それであの惨状か⋮⋮
﹁軍曹どの、すごかったんですよ!飛んできたワイバーンをこう、
一撃でばさーっと﹂
サティが身振り手振りをまじえて説明してくれる。むう。軍曹ど
のの実戦とかおれもぜひ見たかったな。
﹁エリザベス様も魔法で何匹も落としてすごかったです!﹂
﹁ふふん。あんなの余裕よ。わたしを倒したければドラゴンでも連
れてくるのね!﹂
魔力切れで座り込みながらいっても実に迫力がないな。でもよか
った。やはり軍曹どのは頼りになる。それにエリザベスもいるし。
﹁あの。おれも弓は使えます。魔力が回復するまでの間ここで﹂
﹁ならん。治癒術士は全く足りておらんのだ。万一貴様が負傷でも
すると、数十人の怪我人が復帰できなくなる。気持ちはわかるが、
治療院が貴様の戦場だ。用が済んだら戻れ﹂
少しでも経験値が欲しかったが、軍曹どのにそう言われれば引き
608
下がるしかない。治療院もあまり抜けるわけにもいかない。みなの
無事も確かめられたし。声をかけて戻ろうとするとサティに引き止
められた。
﹁マサル様、矢をください﹂
﹁うむ。少々手持ちが心配だ﹂
とりあえずアイテムに入ってた矢を全部出す。
﹁半分でいい。あとは持って帰ってくれ﹂
﹁はい。じゃあな、サティ。エリザベスも気をつけてな。軍曹どの
とタークスさんもお気をつけて﹂
神殿へ戻る途中、サティのメニューチェックを忘れていたのに気
がついた。戻るか⋮⋮?でも今後の育成方針も考えないとだし、戻
ってからゆっくりやるほうがいいか。
ばれないようにこっそり自室に戻り神官服に着替え、神殿ホール
の様子を見に行く。ホールはだいぶ落ち着いたようだ。ダニーロ殿
がいたので声をかける。
﹁お手伝いしましょうか﹂
﹁いえ。旅の神官殿はお休みを。今は我々で対応できますから﹂
609
エリアヒール分の魔力を温存して欲しいらしい。司教様もエリア
ヒールは使えるのだが、おれのほうが効果が高く、しかも司教様は
使うと魔力切れでぶっ倒れる。あまり使わせるわけにもいかない。
おれのMPは午後くらいになればとりあえず最低限のエリアヒール
は使えるくらいに増えるだろうか。
ホールの隅で隠密を発動しながら目立たないように治療の様子を
眺める。
近くで治療を受けている人を見る。あの人は片手がない。ワイバ
ーンにでも食われたんだろうか。オルバさんの足はどうしても治せ
ないのか?20Pあれば回復魔法をレベル5にできるのに。もどか
しい。こっそり城壁に行くか?だめだ。軍曹どのの言いつけをやぶ
るようなことはできない。いっそ事情を話すか⋮⋮
神により送り込まれて能力を授けられた。サティにもそれを分け
与えた。そんなことを言えばどうなるだろうか。勇者の物語でも勇
者が勇者の認定を受けたとたん、大騒ぎになり逃げることもできず
にその後はひたすら戦いの日々だった。ゾッとする。絶対に無理だ。
やはりこのことはバレちゃいけない。
軍曹どののことは尊敬している。だがこの状況でおれ個人の感情
をどれくらい斟酌してくれるだろうか。わからない。だがまだ20
年の期限がある。こちらに来てからたった2ヶ月ほどしか経ってな
い。急ぐ必要はまだないはずだ。くそ。なんてクソッタレな世界に
送り込んでくれたんだ、伊藤神のやつ⋮⋮
610
怪我をしている人たちを見てるとどんどんと気分が暗くなってい
く。
そうだ。金剛隊を見に行くか。エリザベスがちゃんと見つかった
って報告しないとな。
一旦部屋に戻って神官服を脱ぐ。神官服はローブで下には普段着
なのですぐ着替えられて楽である。背中に剣を背負う。でもちょっ
と面倒臭いな。こうぱっと姿が変えられないものか。魔法があるん
だから変身魔法くらいあってもいいものだと思うんだが。
ダニーロ殿を捕まえて金剛隊を尋ねることを伝えて、神殿騎士団
の宿舎を尋ねると前と同じ人が出てきてくれた。
﹁おお、マサル殿。師匠殿は見つかりましたかな?﹂
﹁おかげさまで。怪我は負ったようですがみな無事でした﹂
﹁それはよかった。それとテシアン隊長が会いたがってましたよ﹂
﹁いま治療院の手伝いをしてるんですよ。宿舎も神殿なのでいつで
も来てもらえれば﹂
﹁それはいいですな。伝えておきましょう﹂
アイテムからお酒を取り出し騎士団の人に渡す。怪我の療養中で
611
はあるが、傷自体は既に完治しているので多少のお酒は問題ない。
﹁悪いですな。補給が途絶えてから酒の値段もあがって中々手に入
らないんですよ﹂
安いお酒で喜んでもらって何より。
﹁そうだ。一緒にどうですか?宿舎に篭っていると暇でして。運動
はあまりしないように言われてますし﹂
少しくらいならいいか?どの道おれもMPが回復するまで身動き
が取れない。それにちょっと飲みたい気分だ。
中に入ると他に4人の人がいて口々に紹介された。リビングのソ
ファーに座りお酒をそそぎ軽く乾杯をする。さすがに乾杯とは言わ
ないが、ここでは神殿らしく神への感謝の言葉を短く言い、杯を軽
くぶつける。つまみもアイテムから出した。お弁当と野うさぎ肉の
串焼きだ。このあたりは結構な量を常備してある。
とりあえずはハーピーの時の礼を言う。今までちゃんと言う機会
がなかった。彼らはそれが我々の仕事ですから礼など必要ないと言
う。だが命拾いをしたのは確かだ。神殿騎士団が間に合わなかった
らと思うとゾッとする。
﹁マサル殿が助かったのも、きっと神の思し召しですよ﹂
﹁我らが向かっている時の火柱、マサル殿が放ったとか。町からで
もはっきり見えましたよ。治癒術に加えて火魔法まで使えるとはう
らやましい。我々も魔法が使えればここですることもなくじっとし
てなくてもよいのに﹂
612
﹁しかりしかり。騎士団は魔法の訓練にもっと本腰を入れるべきで
すな﹂
﹁いや、それよりも剣や弓の腕を磨いたほうが﹂
﹁睡眠時間を削ってでも両方やればいいのだよ﹂
﹁しかし通常業務に支障がでてはだな⋮⋮﹂
取り留めもない話をしているうちに開拓村の話になった。おれは
騎士団の人たちが話すのを時々相槌をうちながら大人しく聞いてい
た。
﹁最初は退屈な任務だと思ったんだ。やることと言ったら砦の建設
の手伝いくらいで、周囲の警戒は冒険者任せだったしな。冒険者が
肉を持って帰ってくるから食べ放題なのはよかったし、みんな楽な
任務でいいなって話してた﹂
﹁最初の一報は単にモンスターの集団がいたというだけだった。砦
に近いところではあまり見ないが、魔境では珍しくもない。警戒態
勢を取って偵察してみるとゴルバス砦の方に向かっているのがわか
った。しかも軍団規模だ。この時点で撤退も検討されたが、まだ戻
ってきていない冒険者もいるし、進路は開拓村からはそれていた。
ゴルバス砦に急使を送ってしばらく様子を見ることにしたんだ﹂
﹁だがあの時すぐに逃げるべきだった。後知恵だがな﹂
613
﹁あれほどの規模だとは誰にもわからんよ。あの軍団もただの先発
隊だったんだ﹂
﹁しばらくすると最後の冒険者も戻って報告もいくつも入った。予
想よりもモンスターの集団が大規模なのがわかって撤退を決定した
のはこの時だな﹂
﹁撤退準備中に襲撃が始まった。冒険者に先鋒を任せ我らは殿を受
け持った。だがその時はまだ楽観ムードだったな。高ランクの冒険
者も多数いたし、騎士団も国軍も精鋭ぞろいだった。オークの集団
なら突破は難しくはないだろうと。実際開拓村への襲撃は簡単に蹴
散らした﹂
﹁我々は敵主力を避けるようにして砦へ向かった。そのおかげで開
拓村を出たあとの敵は数えるほどだった。だが砦近くで敵の主力と
ぶつかってしまった﹂
﹁そこからは大混乱だな﹂
﹁砦側からも出撃してもらって助けてもらい、ようやくたどり着け
たのは半数程度だ﹂
﹁だが、それでも半数が生き残れたのは運がよかった。そのあとに
地竜の襲撃だ。巻き込まれていたら全滅もあっただろう。地竜の攻
撃で第一が落ち第二まで突破された。俺はその時は怪我で寝ていた
からそのあたりは聞いた話だがな﹂
﹁生き残った冒険者や隊長たちは即座に防衛にあたり、さらに何人
もが命を落とした。俺はその時に怪我をしたんで地竜の攻撃を見た
が、あれは凄まじかった⋮⋮﹂
614
敵の矢と魔法で援護された地竜2頭を止めることはできずあっと
いう間に第一は落とされた。第一と第二の間でなんとか1頭は仕留
めたが第二も突破された。その後、最後の地竜も倒したが、既に多
くのモンスターが砦周辺を囲んでおり、一体どうやってあそこから
第二を取り戻したのかよくわからない。翌日には第二をある程度修
復し、それ以上の敵の侵入を防いだ。
俺たち冒険者が到着したのはその翌日だった。
﹁今回の開拓村の建設。これが引き金になったんじゃないのか?﹂
﹁いや、だがここ10年は大規模な侵攻はなかった。たまたまその
時期だったんだ﹂
﹁そうだな。10年なかったといって少々油断をしすぎた。魔境へ
の備えは常に怠るべきじゃない﹂
﹁だからこその開拓村の建設だろう?﹂
﹁だがそれだけの労力があればこの砦をさらに⋮⋮﹂
﹁上層部にもなにか考えが⋮⋮﹂
話を聞きながら考えこむ。魔境からの大規模な侵攻。これは昔か
ら数年ごとに何度も何度もあるらしい。王国も時には国境を突破さ
れ大きな被害を受けたという。かつてはそれで滅んだ国も。
﹁あと数日。国軍が到着するまでの辛抱だ。それに帝国軍も今頃国
境に戦力を集めているはずだ﹂
615
帝国とは同盟関係にある。もし国軍の手に負えないような事態に
なれば即座に国境を超え、王国の支援にあたるだろう。
﹁手に負えない事態って⋮⋮﹂
騎士団の人は少し考えてこう言った。
﹁︱︱この砦が落ちた時、だな﹂
616
47話 マサルの戦場︵後書き︶
﹁あの。昨日から急に力が強くなった気がするんですけど⋮⋮﹂
なりましたね。肉体強化を3にあげちゃいました。まあ普通気づく
よね。
次回、明日公開予定
48話 サティ育成計画その2
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
617
48話 サティ育成計画その2
ダニーロ殿がお昼の準備ができたと呼びに来たので金剛隊の面々
と別れを告げる。お酒を飲んでいたことについては特に問題もなか
ったようだ。
﹁お酒は魔力の回復を助けるともいいますからね。過ぎなければ大
丈夫ですよ﹂
のんべえ
きっと飲兵衛の言い訳だな。酒が飲める理由ならいくらでも考え
る。実際にお酒でリラックスできて魔力回復が早まるかもとか言わ
れているがわかったもんじゃない。
お昼は一人で自室で食べたいといい、準備してもらった。お酒と
つまみでお腹は減ってなかったので、一応断ったんだがすでに作っ
てあると言われたので、部屋で一人になってから全部別の容器に移
してアイテムに収納しておいた。あとでサティに食べさせてやろう。
その後はすることもないので部屋でごろごろする。本を読む気分
にもなれない。魔力増強とMP回復力アップは両方3レベルで合わ
せてあるから、MPが増えた分も回復量も増えて、結局のところゼ
ロから完全回復には24時間近くかかるのは一緒だ。お茶での回復
ブーストは微々たるもの。色々やっても2時間で1割程度が限度だ。
次は消費MPが減るスキルを取ってみようか。いや、先に回復魔法
だった。5にするのに20P取っておかないと。
618
サティのほうが問題だな。やり直しは効かないし、どうしたもの
か。まず剣を上げるだろ。あとは肉体強化あげて、次は敏捷か器用
さか?どんなスーパーソルジャーになるんだこれ⋮⋮あとは回避と
か心眼、暗視ってところか。隠密や忍び足、探知なんかもあげたい
な。魔法は⋮⋮無理か。レベルあがっても全然MPが伸びないんだ
よ。その分他が伸びてるから仕方ないのか。
どれから上げていいものか悩む。いっそ本人に話して決めさせる
か。うん、それもありだな。どうせ半分ばれてるし、サティなら絶
対に喋らないだろう。サティに会いたい。でも用もないのに見に行
ったら軍曹どの怒るだろうな。
部屋でごろごろしていると来客があった。金剛隊のテシアン隊長
だ。ひとしきり挨拶をかわし、ハーピーの時の礼を改めて言う。答
えは騎士団の人たちと同じようなものだった。神の思し召し。仕事
だから。プロって感じでいいな、この人達。
﹁いい部屋ですな﹂
﹁ええ、おれみたいなのはもったいないですよ﹂
﹁謙遜をなさるな。高ランクの魔法使いともなればこの程度の待遇
は当たり前ですぞ。慣れることですな﹂
﹁そういうものですか﹂
﹁ところで﹂と、ちらっとベッドを見る。
619
﹁その神官服は?神殿に入る気になりましたかな?﹂
﹁ええと。ここで治療するのに神官服のほうがいいかと思って借り
たんです﹂
﹁ほう。じゃあそこの仮面も?﹂
﹁あまり目立ちたくなかったもので顔を隠そうかと⋮⋮﹂
ああ、かーちゃんが服を脱いだらそのままにしてはいけないって
言ってたの守っていれば⋮⋮ごめんよ、かーちゃん。だめな息子で。
﹁そういえば。仮面を被った旅の神官の話を聞いたことがあります
な。たしかそれもシオリイの町だったとか﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ロベルト司祭は知らないとおっしゃってましたが、マサル殿は何
かご存知で?﹂
テシアン隊長、わかってて言ってるだろう⋮⋮
﹁あの、このことは黙っててくださいね﹂と、前置きをして司教様
にした話を繰り返す。
﹁なるほど、司教様が下にも置かない扱いをするはずですな﹂
﹁ええ、でも正直困ってるんですよ。おれ普通の冒険者なのに﹂
﹁まあ話というのは尾ひれがつくもので仕方がないものです。それ
620
にここでの仕事はそれに見合うものだと思いますよ、マサル殿﹂
﹁おれ元々は火メイジなんですけどね。防衛にまわしてくれって言
ったら断られました。弓も扱えますから魔力切れの間だけでもって
頼んだんですが﹂
﹁それは仕方がないことですよ。司教様より腕がいいとなると、失
う危険を冒すわけにはいきませんからな。もし砦が危険となったら、
司教様と並んで最優先で我々が保護しますのでそのおつもりで﹂
これはなんかまずい流れじゃないか?このまま戦闘に出られなく
なったりしたら経験値が一切稼げなくなるぞ。そう考えて気がつい
た。もしかして高レベルの治癒術士の不足ってそれが原因なんじゃ
ないだろうか。
ある程度治癒術士としての腕があがると保護されて戦いに出なく
なり経験値を稼がなくなる。レベルも上がらず魔力もあがらないか
ら、それ以上回復魔法のレベルがあがらない。修練によって回復魔
法の腕があがっても司教様のように魔力不足で倒れてしまう。
治癒術士として経験値を稼ぐのが難しいというのもある。戦闘に
参加しないと回復だけでは全く経験値が入らないのだ。これはサテ
ィと一緒に試して確認してある。止めはさす必要はない。それはド
ラゴンの時でわかっている。だが純粋な治癒術士となるとただ攻撃
を加えるだけでも難易度は高くなるだろう。
でもだからと言ってどうしようもないのか。回復魔法の使い手に
攻撃魔法も覚えさせ、戦闘に参加させる?貴重な治癒術士を危険に
晒すわけにもいかない。だが経験値を稼がないと高レベルのヒーラ
ーは生まれない。
621
﹁治癒術士で戦うのってやっぱり珍しいですか?﹂
﹁そうですな。神殿では神官には護身用の戦闘術は教えますが、実
戦ともなるとね。治癒術士が半端な攻撃魔法を覚えた所で、攻撃を
考えるなら前衛を五人か十人ばかり揃えたほうが早いし強い。それ
よりも傷ついた前衛を治す魔力を温存してもらうほうが効率がいい
のですよ﹂
なるほど。たしかにおれが一人いるよりサティみたいなのが二人
いたほうがずっと役に立ちそうだ。しかしレベル4でも保護対象。
もしレベル5の回復魔法が使えるとなるとどうなるだろう。
﹁ともかく。おれのことはご内密にお願いします﹂
﹁冒険者なのに名声を求めないとは珍しいですな﹂
﹁ええ、少しのお金と家。それに家族がいれば十分じゃないですか﹂
﹁マサル殿は冒険者というより神殿向きの考えをなさるようだ。こ
れはますます神殿に入ることを考慮して欲しいところですな﹂
神殿入りはなんだか危険なルートな気がする。距離を置いたほう
がいいな。
﹁当分は冒険者のままでいようと思います。自由なのが好きなんで
すよ﹂
622
テシアン隊長が出て行って、ごろごろしてるうちに寝ていたらし
い。今日は早起きで寝不足だったからそのせいだろう。ダニーロ殿
に起こされた。
﹁夕食の準備をそろそろしようと思いますがいかがしますかな?﹂
﹁あー、食材とかも持ってきてますし自分でやりますよ。こんない
い待遇なんだか悪いですよ﹂
﹁だめですよ!司教様にはしっかりお世話をするように申しつかっ
ております。それにマサル殿はここで一番の治癒術の使い手。余計
なことに労力を使うことはありません﹂
やっぱりだめか。サティと2人で自炊してるほうが気楽でいいん
だけどな。
﹁えーと。じゃあ仲間がまだ城壁の防衛で出ているので帰ってきた
からお願いできますか?﹂
サティとエリザベスは大丈夫かな⋮⋮ダニーロ殿は今のところ怪
我人も少ないって言ってたけど。
﹁それと司教様がまたお食事を一緒にどうかとのことですが﹂
﹁ええと。夕食はサティと取りたいので。また朝食でどうですか?﹂
﹁わかりました。お伝えしましょう﹂
623
しばらくするとサティが帰ってきた。エリザベスも連れて。軍曹
どのとタークスさんは2人を神殿まで送ってギルドの宿舎に戻って
いったらしい。
﹁あら。広くていい部屋じゃない。ここにサティと2人?じゃあ私
も泊まっていってもいいかしら?﹂
ナーニアさんとオルバさんを2人きりにしたいらしい。エリザベ
スなら泊まるのは大歓迎だし、おれもあの2人にはうまくいって欲
しい。
﹁別にいいよ。ベッドも2個あるしね﹂
﹁じゃあ戻ってこっちに泊まるって言ってくるわ﹂
そういって出て行った。
おれも部屋をでてダニーロ殿を見つけ、話をする。
﹁マサル殿の師匠殿ですか。もちろん構いませんよ。よろしければ
もう一部屋ご用意しましょうか?﹂
﹁いえ、一緒の部屋でも。師匠は宿舎があるんですが、今日は久し
ぶり会ったのでゆっくり話をしようと﹂
﹁そうですか。ならベッドをもう1つ運び込みましょう﹂
﹁ありがとうございます。あと悪いんですが食事も3人分でお願い
します﹂
624
﹁食事は大丈夫ですよ。なにせ肉だけなら腐るほどありますからな
!﹂
ああ。それもそうだ。まさに肉なら腐るほど向こうからやってく
るものな。肉料理が多いのはそういうことだったのか。
城壁に行った時、巨大なドラゴンの死体を見なかったのもすでに
回収済みだったからだそうだ。凍らせて保存しておいて戦後に売り、
砦の補修費などに当てる。転んでもただでは起きないな。
すぐに部屋にベッドが運び込まれ、食事の準備がされた。
料理が用意されて、サティと2人でエリザベスを少し待った。サ
ティはちょっと食い意地が張っているが待てはちゃんとできる。き
っと食事を前にしても、おれが待てと命令すれば餓死寸前まで我慢
するんじゃないだろうか。頂きますを言うまで絶対に手をつけない
し、料理の時も味見以外はつまみ食いもしない。実にいい子である。
先に食べようかどうしようかと迷っているとエリザベスが戻って
きた。
﹁また肉料理なのね⋮⋮﹂
もちろんパンやスープは付いているがメインは肉、肉、肉。野菜
は申し訳程度だ。魔境に行って以来、開拓村でも肉料理ばっかりだ
ったらしい。まあ現地調達してたらそうなるよな。でもあんた、か
ら揚げはぱくぱく食べてただろう。
625
﹁から揚げは別なのよ!﹂
そうですか。
﹁それでナーニアさんはどうなの?﹂
食事をしながら話をする。
﹁そうね。マサルが傷を治してくれたから、オルバも動き回れるよ
うになってナーニアを慰めてね。だいぶ元気にはなったわ。でも⋮
⋮﹂
プロポーズに関しては承諾してないと。
﹁なんで?相思相愛なんだろ?﹂
﹁わたしがいるからよ。ほんとに馬鹿よ。好きな男よりわたしを取
ろうだなんて。昔のことにこだわるのはわたし一人でいいのに⋮⋮﹂
昔のことを聞いていいものかと思っていると、エリザベスのほう
が話を打ち切った。
﹁しめっぽい話はもういいわ。食事を続けましょう。オルバが説得
中だし、きっとそのうち折れるわよ。それよりも、サティ。あとで
背中を流してちょうだい﹂
﹁はい、エリザベス様﹂
﹁ギルドの宿舎ってお風呂もないのよ!おかげでここ何日か体を拭
くだけでとっても気持ち悪いわ。お風呂屋も逃げちゃって営業して
626
ないし﹂
浄化の魔力すら節約しているらしい。中々に苦労してるんだな。
ちょっとほろりとした。
食後、お風呂の準備をする。神殿の人にはお風呂はいらないと言
ってある。この部屋には火を起こす場所がない。もちろん給湯設備
なんて便利なものはない。ではどうするかというと人海戦術でお湯
を運んでくるんだ。それはさすがに悪いと断った。
井戸へ行き、水瓶にいっぱいの水を汲む。それを昨日の浄化済み
の残り湯に投入。火魔法で沸かし直す。少し魔力は使ってしまった
が、明日の朝にはあふれる予定なので大丈夫だろう。
﹁エリザベスお風呂沸いたよ︱﹂
返事がないな。見るとベッドでぐーすか寝ていやがる。いや仕方
ないのか。魔力を限界まで使っているからな。
﹁おい、エリザベス。お風呂は入らないのか?﹂と、揺すって聞い
てやる。
﹁ん⋮⋮はいる⋮⋮サティ手伝って⋮⋮﹂
そういうとその場で脱ぎ始めた。黒ローブをもそもそ脱いでさら
に脱ごうと。
﹁サティ、エリザベスを連れて行ってくれ!﹂
627
﹁はい、マサル様﹂
このまま見学していたかったが、あとでばれたら恐ろしい。エリ
ザベスのパンチはぽかぽかという効果音がぴったりというくらいな
威力しかないが、エアハンマーの痛みはまだ覚えてる。
5分ほどでエリザベスが出てきた。全裸で。
﹁エリザベス様、まだです!﹂
こちらも裸で出てきたサティを振りきって、スタスタと歩いて布
団に潜り込んだ。そんなに眠かったのか。サティと目が会う。
﹁ちゃんと洗えた?﹂
﹁はい。でも洗い終わったとたんに出て行かれて。なんとか拭くと
ころまではできたんですが。眠いって言われてそのまま⋮⋮﹂
﹁布団をめくってサティの服を着せてやってくれ﹂
﹁はい、マサル様﹂
見てるわけにもいかないのでとりあえずお風呂に入る。脱衣所に
はサティとエリザベスの服が脱ぎ散らかしてある。いつものサティ
ならこんなことはしないんだが、エリザベスが手がかかったんだろ
うな。
やっぱり胸はちっちゃかったな。サティよりはあったけど。あと
はよく見れなかったのは残念だ。そのうち見せてくれるかな。ファ
628
ーストキスをもらえたんだし期待してもいいんではなかろうか。
湯船につかっているとサティが入ってきた。
﹁ご苦労サティ﹂
﹁はい﹂
いつも通り洗いっこをして、その後サティを抱っこして湯船にま
たつかる。するとサティがこんなことを言い出した。
﹁あの。昨日から急に力が強くなった気がするんですけど⋮⋮﹂
なりましたね。肉体強化を3にあげちゃいました。まあ気がつく
よね。
しかしどうなんだろう。人道的に。本人の同意もなく勝手に強化
して戦わすとか、どっかの悪の秘密組織みたいだ。
﹁サティはおれが怖くない?その、勝手に力をあげたり弓を使える
ようにしたりして﹂
﹁全然怖くないです!﹂
﹁よかった。ちょっと心配してたんだ。そのせいで軍曹どのに連れ
て行かれて防衛につくことになっただろ﹂
﹁戦うのは怖いですけど、そんなに怖くありません。軍曹どのやエ
629
リザベス様もついててくれますから。それよりも昔みたいに役立た
ずって言われてた時のほうがずっとずっと辛かったです。今は沢山
の人にいっぱい褒めてもらえますし、それは全部マサル様のおかげ
なんです﹂
﹁そうか。じゃあもっと褒めてもらえるようにがんばろうな﹂
﹁はい﹂
メニューを開く。また忠誠心あがってるな。85になってからは
上がりは悪くなったけど、時々あがってる。この分だと100は近
い。サティのレベルは3つあがっていた。さてどうしようか。
スキル 16P
頑丈 鷹の目 肉体強化Lv3
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv4 弓術Lv5 回避Lv3 盾Lv2
﹁じゃあもっと力が貰えるとしたら、サティはどんな風に強くなり
たい?﹂
﹁あの。マサル様やエリザベス様みたいに魔法を⋮⋮﹂
すまん。それだけは無理なんだ⋮⋮魔力が低すぎるんだよ。
630
﹁他にない?剣術をもっと強くしたいとか、夜目が効くようにした
いとか。あとは回避力をあげたり、敏捷性をあげたり。それとも耳
と鼻をもっとよくしてみる?﹂
サティはちょっと考えると、軍曹どのみたいになりたいと言った。
軍曹どのはラザードさんみたいな力押しタイプじゃなくて、スピ
ード重視の華麗な剣術を使う。それだと剣術5に敏捷に器用に回避
に心眼?サティは体重が軽くてパワーは不足気味だから速度や回避
をあげることを考えたほうがいいのか。
﹁じゃあ剣術を上げてみようか。あとは心眼っていう回避があがる
スキルがある﹂
敏捷よりも先に回避系を上げたほうがたぶんいい。矢とかびゅん
びゅん飛んできてたし。
﹁はい。でもそんなに簡単にできるんですか?﹂
﹁サティが敵を倒すだろ?その敵の強さと数に応じて強化できるん
だ﹂
﹁じゃあ明日もいっぱい倒してきます!﹂
﹁うん。でも危ないことはなるべくしないようにな﹂
﹁はい﹂
剣術を5にして、心眼を取る。
631
スキル 1P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv3
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv3 盾Lv2
ついに剣術もスペックだけなら人類最高クラスになっちゃったな。
おれもこっち方面を強化してたら今頃軍曹どのくらい強くなれたん
だろうか?でも前衛で戦うとかゾッとしないもんなあ。やっぱり後
ろに隠れてちくちく魔法撃ってるほうがいいわ。
﹁よし。あげたよ。剣術と敵の攻撃からの回避があがった﹂
﹁⋮⋮よくわかりません﹂
そう手を上げたりわきわきしながら言った。
﹁上げたからってすぐ使えるわけじゃないんだ。目も慣れるまでち
ょっとかかっただろ?﹂
﹁そうですね﹂
﹁前にも言ったけど、このことは絶対に内緒にね。バレたらおれ、
神殿の人に連れて行かれちゃうかもしれん﹂
﹁はい、絶対に内緒にします﹂
632
﹁のぼせそうだ。そろそろ出ようか﹂
﹁はい。あの、マサル様。ありがとうございます。これからももっ
ともっとがんばりますね﹂
﹁うん、頼りにしてるぞサティ﹂
﹁はい!﹂
うん。この子はほんとに頼りになるようになった。もうサティを
勇者にしてしまえばいいんじゃないか、そう思うくらいだ。そんな
ことはしないけどね。
お風呂から上がった後はサティにその日のことを聞きながら眠り
についた。
633
48話 サティ育成計画その2︵後書き︶
﹁それには代償が必要だったのです。その呪文は術者の命を削った
のですよ。くだんの神官はわずか一ヶ月で命を落としました。それ
以来その呪文は禁呪に指定され、語ることすら禁じられたのです﹂
次回、明日公開予定
49話 禁呪
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
634
49話 禁呪
翌日。また早朝にサティが連れて行かれる。朝食はどうするのか
と思ったらギルドのほうから炊き出しが朝昼晩と用意されてるらし
い。もちろん肉料理である。
エリザベスもサティと一緒に起きて出て行った。ナーニアさんを
見に行ってからサティと軍曹どのに合流するんだそうだ。おれも行
きたい。
治療院を見に行くと、待合室は人がいっぱいでホールのほうまで
人が溢れていた。神官の人に手伝いを申し出る。
﹁昨日一日休ませてもらったおかげで、魔力はほぼ回復してますか
ら﹂
今は普段着で仮面もしてないが普通の治療だしまあいいだろう。
昨日の攻勢以来、敵の攻撃は散発的で怪我人も少ないんだそうだ。
このまま何事も無ければいいんだが。
待合室の患者を半分くらいに減らしたところで、ダニーロ殿がや
ってきて朝食へと向かう。
﹁魔力はエリアヒール2回分くらい溜まってますよ。さっきの治療
も軽傷者ばかりだったのでほとんど減ってません﹂
本当は3回くらいはいけそうだが少なめに言っておく。
635
﹁さすがはマサル殿ですな。夜番のものがずいぶん助かったと申し
ておりましたよ﹂
﹁朝食後も治療に回りましょう﹂
﹁そうですね。それもいいかもしれません﹂
またおっさん2人と朝食だ。だけどこの司教様、結構お話が面白
い。神殿の話をいくつかしてもらって朝食中は退屈しなかった。そ
して食後気になっていたことを尋ねる。
﹁さらに上位の魔法ですか。そうですね。それは奇跡の光と呼ばれ
ております。神殿全体でも使えるのは数人でしてな。周囲の人のあ
らゆる傷を癒し、また自分の魔力を相手に分け与える魔法です﹂
エリアヒールの全回復プラス魔力の譲渡か。結構使えそうだな。
﹁あの。その魔法で例えば足が失った人を治したりは⋮⋮﹂
司教様が急に厳しい顔つきになる。
﹁いけません。いけませんぞ、マサル殿。それは禁呪です﹂
禁呪?足を治すのが?
﹁ダニーロも聞いておきなさい。そして今から言うことは他言は無
用に。マサル殿もいいですね?﹂
636
﹁はい﹂
﹁失った手足を癒す。通常の回復魔法では治らない怪我や病気を癒
すこと。それには代償が必要なのです﹂
﹁代償ですか﹂
﹁かつてとても優秀な神官がおりました。彼もそういった手足を失
った人たちを癒せないかと考え、新しい回復魔法を考案したのです﹂
﹁それが禁呪だと?﹂
﹁そうです。ですがそれには代償が必要だったのです。その呪文は
術者の命を削ったのですよ。件の神官はわずか一ヶ月で命を落とし
ました。それ以来その呪文は禁呪に指定され、語ることすら禁じら
れたのです﹂
オルバさんの足を治すことはできる。ただし、命を削って。
﹁いけませんぞ、マサル殿。絶対にダメです。この話は普通の治癒
術士にはしません。単にできないと言えば済む話なのです。ですが
マサル殿ほどの術士ならその呪文を再発見するかもしれません。だ
からこそこうやってきちんとお話をしているのです。その呪文は禁
呪なのです。神殿の名においてそのことは試そうとしてはいけませ
ん。考えてもいけません﹂
これは聞かなかったことにしておこう。禁呪に指定されたわけが
わかる。自分の命か、治療か。これは重い問題だ。とてもじゃない
がおれの手にはおえない。
637
治療をできると知ってナーニアさんやオルバさんがそれを我慢出
来るだろうか。たとえ命を削るのだとしても。一人だけなら死ぬこ
ともないだろう。きっと削る命もほんの少しだ。だが、他の人は?
オルバさんだけ治すのか?きっと要求はとどまらないだろう。使え
る以上必ず使ってしまう。使わされてしまう。これはまさに禁呪と
呼ぶにふさわしい呪文だ⋮⋮
﹁聞かなかったことにしておきます﹂
﹁それがいいでしょう。マサル殿はとても優秀だ。ですが神ならぬ
人の身ではどこかに限界があるのです。それを踏み越えてはなりま
せん。一時の感情に流されて命を失えば、マサル殿が将来救うはず
の命まで危うくすることになるのです﹂
﹁わかりました﹂
頭ではわかっていても心が納得していない。いま食べた朝食を吐
き戻しそうだ。オルバさんの足を治せるのに知らないふりをするの
か?いや、そんな呪文は知らないんだ。だがそれはやろうとしない
だけじゃないのか?それは禁呪だ。司教様もだめだと言った。だが
おまえは日本人だろう?そんなルールは無視してしまえばいい。だ
が命を削ってまでやるのか?泣いているナーニアさんを見ただろう
?少しの命を削るくらいなんでもないではないか。だが、だが、だ
が⋮⋮
﹁あまり思い悩んではいけません。いいですね?今の話は忘れるの
です。考えてもいけません。これは神殿の公式見解なのです。全て
の神官、治癒術士が守るべき掟なのです。マサル殿も例外ではあり
ません﹂
638
﹁はい、司教様﹂
﹁例えお身内に不幸があったとしても、決してこの話は思い出して
はいけません。もしこの話が広まればどうなりますか?命を削ると
分かっていても治癒術士に治療を要求する人が沢山でてくるでしょ
う。これはマサル殿一人の問題ではないのです﹂
﹁はい、司教様﹂
ほんとうにここは、なんてクソッタレな世界なんだろう。
食後は仮面をかぶり治療にあたった。こうやって働いているほう
が気が紛れる。ダニーロ殿と2人で交代で治療するので魔力の消費
はそれほどでもない。
しばらくするとばたばたと怪我人が運び込まれてきた。また大規
模攻勢だ。サティやエリザベスが混じってるんじゃないかと気が気
じゃない。ホールに患者を集めてエリアヒールをかける。
敵の攻勢は昨日に比べればまだましだったらしい。モンスター側
も消耗しているんだろう。だがこちらもそれ以上だ。怪我から復帰
して安静が必要な人も駆り出されていると聞く。次の攻勢は耐えら
れるかもしれない。だが、その次は?またその次は?王国軍主力部
隊の到着は4日後。それまで毎日こんな光景を目にしなければなら
ないんだろうか。
639
昼前くらいにシオリイの町からの増援第二陣が到着した。周辺領
主からの援軍も徐々に集まってきている。だがそれほど多くはない。
どうやら他の魔境との国境でもモンスターの動きが活発化している
らしい。そちらの防衛もおろそかにはできない。
エリアヒールを終えて部屋で休んでいるとアンジェラがやってき
た。司祭様はすぐに治療のほうに回った。アンジェラは道中に少し
魔力を消耗したので先におれのところに来たのだそうだ。
﹁ずいぶんいい部屋をもらってるんだね﹂
﹁それがその⋮⋮﹂
シオリイの町での仮面をつけた治療のことがばれた経緯を話す。
ちなみにエリザベスの無事は一番最初に伝えてある。
﹁ごめんね。噂になってるって教えとくべきだったかも。でもそこ
まで話が広がってるなんて思わなくて﹂
﹁うん、別にいいんだ。こっちの人たちも秘密にしてくれるって約
束してくれたし﹂
でももうなんだか、そんなことはどうでもいい気分だ。
﹁ちょっと大丈夫?顔色悪いけど﹂
﹁うん。治しても治しても怪我人が来るものだから。気が滅入っち
ゃって﹂
禁呪のこと、アンジェラは知らないんだろうな。
640
それを聞くとアンジェラはおれをぎゅっと抱きしめてくれた。う
ん。やっぱりアンジェラの抱き心地はすごくいい。この胸に包まれ
ている感じが。さっきまで悩んでいたのが嘘のように気分が落ち着
いてきた。
﹁そうだね。でもみんな多かれ少なかれそう感じてるんだ。マサル
ももうちょっと強くならないとね﹂
﹁うん。アンジェラが側にいてくれたら元気がでるよ。ここで治療
してるとサティもエリザベスもいないから余計に寂しくなるんだよ﹂
日本で引き篭もっていた頃はぼっちでも全然平気だったのにな。
でもあの時は暇になるとネットしてたからなあ。
﹁そうだ。泊まるとこは決まってるの?﹂
﹁まだ﹂
﹁この部屋広いからここに滞在しなよ。ベッドも余ってるし、エリ
ザベスも泊まりに来てるし﹂
﹁またあの子は⋮⋮﹂
﹁ほら、オルバさんとナーニアさん。あの2人の邪魔しないように
だって。それにここはお風呂があるから﹂
﹁お風呂はいいわね。ここに来るまで浄化も使ってないから汗臭く
なっちゃったよ﹂
641
﹁そう?別にいい匂いだけど﹂
アンジェラに顔を近づけてくんかくんかする。うん、確かにちょ
っと汗の匂いがするけど、これはこれでいい匂いだ。そして頭をは
たかれた。
﹁お風呂使わせてね。残り湯でいいよ。体を拭ければいいから﹂
アンジェラが体を拭いて出てくるとちょうどエリザベスが戻って
きた。
﹁エリザベス!﹂
アンジェラが駆け寄りエリザベスを抱きしめる。
﹁ちょ、な、なによ!﹂
﹁心配したのよ﹂
﹁そ、そう⋮⋮﹂
﹁マサルに話は聞いてたけど、ちゃんと無事な顔を見れてよかった
わ﹂
そう言ってエリザベスを解放する。
﹁当たり前よ!オークの集団ごときじゃわたしを倒すには力不足よ
!﹂
642
それに、と続ける。
﹁あそこで死んだりしたらプリンとから揚げがアイテムボックスか
ら一気に放出されて、プリンとから揚げまみれの死に様なんて末代
までの恥よ、恥﹂
﹁あはははは。そりゃ確かに笑えない死に様だわ﹂
確かに酷い有様だろう。エリザベスが倒れてた瞬間放出される大
量のプリンとから揚げ。シュールだ。
﹁まあ私が死ぬはずなんて万に一つもないんだけどね﹂
﹁そうね。エリザベスは結構しぶとそうだ﹂
﹁しぶといってなんか嫌な言い方ね﹂
﹁あら。褒めてるのよ﹂
﹁そう?まあいいわ﹂
﹁それで?今日は戻るの早かったね﹂
﹁ええ。今日はナーニアが出てきててね。魔力が切れたから戻って
休めって﹂
﹁へえ。ナーニアさん復活したんだ?﹂
﹁昨日一日オルバが慰めてたから﹂
643
﹁それで話は進展したの?﹂
﹁保留よ、保留。暁の解散も含めてね。とりあえずここを乗り切っ
てから改めて話をしようってことになったのよ﹂
﹁オルバさんあの怪我なのに避難とかしないの?﹂
﹁いざって時は戦うって、ルヴェンと2人で木の義足を作ってるわ﹂
﹁怪我人駆り出すほど危ないの?﹂
そこからエリザベスと2人でここ数日の状況を話す。
﹁⋮⋮思ってたより危ないのね﹂
ダニーロ殿がやってきたので3人分の昼食の準備を頼んだ。アン
ジェラを回復魔法の師匠と紹介をするとダニーロ殿は感銘を受けた
ようだ。おれの師匠だからさぞかしすごいんだろうとか、そんなこ
とを考えているんだろうな。
そのあとは3人で昼を食べた。アンジェラは肉たっぷりの料理に
喜んでたけど、これがこれから毎食続くんだよ。おれはまだそんな
に気にならないけど。
午後からはアンジェラと司祭様と一緒に普通の格好で治療にかか
644
った。エリザベスはお昼寝だ。だけど仕事はちょっと暇だった。司
教様がエリアヒールで一気に患者を治したのだ。そしてやっぱりぶ
っ倒れた。あまり限界まで魔力を使うと寿命が縮むって言うけど大
丈夫なんだろうか。
そして今日は運ばれてくる怪我人が昨日よりは少ない。ここ2日
ほどと同じく、朝の攻勢で終わりなんだろうか。そうだといいんだ
が。
午後半ば。司祭様とアンジェラの魔力が切れたので部屋に引き上
げた。司祭様は騎士団の宿舎に泊まるそうだ。部屋に戻るとエリザ
ベスはまだ寝ていたのでアンジェラに道中の話を聞いた。アンジェ
ラは馬車だったそうだが、大半は徒歩でかなりな強行軍ではあった
が、それでも3日近くかかった。それに加えてモンスターの襲撃も
あったそうである。おそらく砦周辺の掃討をしたので散り散りにな
ったモンスター達だろう。
そして多少の怪我人が出たのだが、その冒険者どもはアンジェラ
にばかり治療を依頼したそうである。うん、死ねばよかったのに、
そいつら。
﹁エリアヒールって。もうそんなに回復魔法上達したの?すごいじ
ゃない﹂
どうやったらそんなに早く上達できるのか。それはスキルをポイ
ントで取得するからですよ。でもここは一つさっき立てた仮説を話
してみるか。
645
﹁思うに、戦闘経験じゃないだろうか﹂
﹁戦闘経験?﹂
﹁戦うことにより経験を積み、魔法の習得が加速されるんだ。治癒
術士が一定のレベルで頭打ちになってしまうのは、そういった経験
を積まないからだと仮説を立ててみたんだ﹂
﹁うーん。確かに司祭様も最初はほとんど使えなかったけど、引退
する頃には中級クラスの治癒術士になったって言ってた﹂
でも、とアンジェラは続ける。
﹁それが本当だとしても、治癒術士は貴重なんだ。私が冒険者にな
りたいと言っても、許してもらえるかどうか﹂
冒険者は死亡率が高い。例え仮説が立証されたとしても、命をか
ける治癒術士はどれだけいるだろうか?他の人にはステータスが見
えないから証明しようもないし。
﹁アンジェラも冒険者にはなりたくない?﹂
﹁そうだね。考えたこともなかったけど、マサルの話を聞いている
とちょっと楽しそうだ﹂
﹁でも危ないよ﹂
﹁ここに居たって危ないだろう?それにマサルに務まるんだし何と
かなるよ﹂
646
﹁じゃあ経験を積んで能力が伸びるとしたらどんなのがいい?今あ
る魔法を伸ばす?何か新しいのを覚える?﹂
﹁そうだね。やっぱり回復魔法をもっと使えるようになりたいね。
あとは魔力がもっと欲しい﹂
話をしながらアンジェラのメニューを開く。
20P
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 水魔法Lv2
上げるとすれば回復魔法に4P、魔力増強かMP回復力アップ、
MP消費量減少あたりか。MP消費量減少を4まで取ると14Pで
残り2Pか。魔力増強とMP回復力アップはセットで取らないと効
率が悪いからこっちのほうがいいかもな。ふと疑問に思って尋ねて
みる。
﹁浄化魔法は使えるよね?レヴィテーションとか火をつけたり明か
りを出したりは?﹂
﹁浄化と火は出せるよ。でも他は使えない。あまり必要ないからね﹂
ふーむ。ここらへんどういう扱いになってるんだろうな。思えば
家事とか剣術とかもすごくざっくりした分類だし、ちょっとスキル
647
システムに穴がありすぎじゃないだろうか。これは日誌に書いてお
かねば。
﹁それがどうしたの?﹂
﹁うん。レヴィテーションくらい覚えておけば何かあったとき逃げ
たりするの便利だよ﹂
﹁でもなかなか練習する余裕がなくてね。普段は治療して余った魔
力で氷作って。でもいま仕込んでる子が2人いてね。その子達が使
えるようになれば楽になるんだけどね﹂
回復魔法の方を上げるのはだめだな。いまの魔力でエリアヒール
なんかすれば確実にぶっ倒れる。それに魔法のレベルを上げたら、
そのレベルで使える魔法の知識も一緒に覚えるんだ。
MP消費量減少くらいならばれないだろうか?いや、だめか。い
きなり使える魔力の量が倍近くになったら不審に思うだろうな。そ
れをおれとは結びつけたりはしないだろうけど。いや、するか?さ
っきあんな質問しちゃったものな。せっかくポイントあるのにもっ
たいない。どうにかばれずにスキルに振る方法がないものか。
さっきの話はしなきゃよかった。何も言わずにポイント振ってお
けば、不審に思っても何かの拍子にコツでも覚えたとでもなんとで
も誤魔化せたんじゃないか。
﹁そういえば。サティも弓の腕とかすごいんだってね?買った時は
目が悪くて戦闘なんかしたこともなかったんだろう?﹂
﹁獣人だしね。教官は100年に一人の天才だってベタ褒めだよ﹂
648
﹁ふーん﹂
それでアンジェラは納得してくれたみたいだ。でもなんだ、今の
質問。思わずばれたのかと思ったじゃないか⋮⋮
649
49話 禁呪︵後書き︶
﹁マサル、エリザベス!起きなさい。敵襲だよ!﹂
砦内部に敵が侵入!?
﹁まさか城壁が落ちたのか?﹂
次回、明日公開予定
50話 夜襲
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
650
50話 夜襲
サティが戻ってきて夕食になった。今日も朝の襲撃以外は特に攻
勢もなかったそうだ。レベルは2つあがっていた。またあとで割り
振らないとな。
﹁この面子が揃うのは久しぶりね﹂と、エリザベス。
﹁ティリカちゃんがいれば完璧だったのにな、サティ﹂
﹁でもここは危ないですから﹂
実際ここはとても危ない。空を飛ぶモンスターは時々町にまで侵
入してくる。とはいえ、残っているのは兵士や冒険者ばかりなので
1匹や2匹紛れ込んでもすぐに撃退されるんだけど。
夕食後、アンジェラエリザベスおれの順番でお風呂に入り、おれ
がサティと湯船に使っていると何やらエリザベスの騒いでいる声が
聞こえた。おれの耳じゃ何を言ってるのかまでは聞こえない。
﹁今の何?﹂
﹁あの⋮⋮アンジェラ様がマサル様とそういう関係になられたのに
お怒りを⋮⋮﹂
なぜこの世界の女性は行為に及んだことまでぺらぺらしゃべるん
651
だろうか。そういう文化?サティもおねーさんにずいぶん事細かに
教育されたようだし。
﹁あとはなんて?﹂
﹁声が小さいのでそれくらいしか﹂
エリザベス怒ってるかな?ファーストキスをあげた相手が、ライ
バル視してる相手に寝取られとかそりゃ怒るだろうな⋮⋮このまま
お風呂に篭っていたい。
ぐずぐずと長風呂していると扉がゆっくりと開いた。
﹁マサル。話があるわ。早くあがってらっしゃい﹂
﹁何か怒ってません?﹂
﹁別に。怒ってなんかないわよ﹂
嘘だ。笑顔が引きつってるぞ。
﹁とにかくさっさと出て来なさいね﹂
そういうとエリザベスは戻っていった。
﹁体がふやけそうだ。出ようか?﹂
服を着て、エリザベスと距離をおいていると、こっちに来て座り
652
なさいと言われたのでエリザベスの前で正座してみた。こっちには
正座がないのか、エリザベスがちょっと変な顔をしてたけど、おれ
が神妙な顔をしているので続けることにしたようだ。サティとアン
ジェラは少し離れたところから様子を見ている。助けは期待できな
さそうだ。
﹁ただいまアンジェラと話し合った結果、私が正妻と言うことにな
りました﹂
﹁ええええええええええええ﹂
なんか色々すっ飛ばしすぎじゃないか!?
﹁別にそんなに早いってわけじゃないわ。貴族なんか会ったことも
ないのと結婚するのよ。それともサティとアンに手を出しておいて、
責任は取らないって言うの?﹂
﹁せ、責任はその、ちゃんと取るよ?﹂
﹁⋮⋮ならそれはいいわ。で?マサルは私のことが好きなのよね?﹂
﹁はい﹂
﹁サティとアンとじゃどっちが好き?﹂
﹁2人と同じくらいで⋮⋮﹂
﹁まあいいわ。それくらいで許してあげる﹂
おお!ついに3人目のハーレムメンバーが!
653
﹁ちょ、何嬉しそうな顔をしてるのよ!﹂
﹁だって。エリザベスおれのお嫁さんになってくれるんだよね?す
ごく嬉しいよ!﹂
﹁よ、嫁って⋮⋮ま、まあそうなんだけど⋮⋮﹂
エリザベスは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
﹁とにかく!暁の解散はもう間違いないわ。でもナーニアはまだ抵
抗しているのよ。それでね。私がマサルのパーティーに入ることで
ナーニアを安心させる作戦なのよ﹂
﹁え?これって作戦なの?嫁って嘘なの?﹂
﹁う、嘘じゃないわよ。マサルが私でもいいって言うなら⋮⋮﹂
﹁いい!いいよ!エリザベスがいい!﹂
﹁その⋮⋮私はアンみたいにスタイルはよくないし、サティみたい
に可愛げがあるわけじゃないわ。それでもいいの?﹂
﹁うん。エリザベスはすごく可愛いよ。エリザベスにお嫁さんにな
って欲しい﹂
﹁じゃあ仕方ないわね。お嫁さんになってあげる。光栄に思いなさ
いよ﹂
﹁エリザベスこそおれみたいなのでいいの?﹂
654
﹁そうね。正直ちょっと頼りないところはあるけど、魔法の腕はい
いし、顔も悪くないわよ。それに美味しいものを作ってくれるしね﹂
なんか評価が微妙じゃないか?から揚げか?から揚げで惚れたの
か?
﹁それだけ?﹂
﹁ド、ドラゴンとやった時はちょっとかっこよかったわよ。最後の
ブレスを水で防いだのはいい判断だったわ。それに、その。雷の時
とか⋮⋮﹂
そうか。ドラゴンの時のことはあんまり言わなかったから、頭を
ぶつけて気絶させたの怒ってるのかと思ってた。あれで好感度アッ
プか。おれもあれでエリザベスはカッコイイって思ったもんな。
2人でなんとなく顔を赤くして見つめ合ってると。
﹁そろそろいいかな?﹂と、アンジェラに声をかけられた。
サティとアンジェラいるの忘れてた⋮⋮今の全部見てたんだよな
⋮⋮うっわー、恥ずかしい。恥ずかしいよ!
﹁あ、あ、あ、あんた達!今見たことは忘れなさい!!﹂
﹁いやいや。忘れるなんてもったいない。いいもの見せてもらった
よ。さすがは正妻だわ。ちょっとあの甘々な雰囲気は真似できない
わー。ね、サティ﹂
655
﹁はい。素晴らしかったです!﹂
アンジェラはニヤニヤして、サティは目をキラキラさせている。
見てる2人はさぞかし楽しかったろうよ⋮⋮あ、エリザベスがちょ
っと涙目になってる。
﹁ああ、ごめんって。ほらほら。めでたい場面なんだから泣かない
の。正妻になったんだろ?﹂
﹁そ、そうよ。正妻なんだからもうちょっと敬いなさいよ﹂
﹁はいはい。エリーは偉いよ。何しろ正妻なんだしね﹂
﹁あー、でもアンジェラはいいの?その、側室?愛人?なんていう
のかわからないけど﹂
﹁側室かなあ。まあそんなに大層なものでもないし、妾でも別にい
いよ。サティは奴隷だし、私は親が普通の農夫で孤児だったしね。
貴族出のエリーが筆頭になるのは当然でしょう﹂
﹁でも3人とも上下とかなしに仲良くね﹂
﹁別に正妻だからって妾や奴隷をいじめたりはしないわよ。外向け
にそういう風に決めただけよ﹂
﹁そうそう。サティも私らに遠慮する必要はないんだからね。3人
で仲良くわけ合えばいいんだから﹂
おれ、分けられちゃうのか。3等分に?
656
﹁でも⋮⋮﹂
﹁サティもおれの大事な嫁だよ。奴隷なのが嫌だったら町に戻った
ら解放してもらおうか﹂
﹁それはいいかもしれないね。そうしたら4人で結婚式でもしよう
か﹂
﹁そうね。結婚式は派手なのがいいわ!﹂
﹁いや、お金がそんなにないぞ。エリザベスも実家に送金しててそ
んなに持ってないだろ﹂
いっぱい人集めて派手な結婚式とか無理だ!
﹁そうね。浪費するのもよくないし⋮⋮﹂
﹁神殿でやればいいよ。ホールは大きいし、孤児院の子らで手伝い
をすれば格安だよ。仲人も神官も全部揃うしね﹂
﹁そうね。そうしましょう﹂
なんかおれを置いてけぼりにして話が⋮⋮
﹁サティも結婚式やりたい?﹂
﹁はい。でもあの。そんなのいいんでしょうか。わたしは別に奴隷
のままでも﹂
﹁解放されたらどっかに行っちゃう?﹂
657
﹁行きません!絶対にどこにも行きませんから!﹂
﹁だよね。なら奴隷じゃなくなってもずっと一緒だろ﹂
﹁はい!﹂
﹁サティ、おれと結婚してくれる?﹂
あ、泣いた。泣かしちゃった。
﹁わ、わたし、マサル様とずっと一緒に⋮⋮いられるだけでいいっ
て⋮⋮なのに⋮⋮結婚とか。う、嬉しくて⋮⋮﹂
サティを抱いて背中をぽんぽんと叩いてやる。まあサティが喜ぶ
なら結婚式も悪くないか。
﹁よしよし。ずっと一緒にいような﹂
﹁なんかサティに全部持っていかれちゃったね﹂
﹁まあいいわ。泣かしたマサルが悪いんだし﹂
べ、別におれは悪くないぞ。ないよな?
その夜はエリザベスと寝ることになった。
﹁なんならお風呂場にでも移動してようか?それか別の部屋用意し
658
てもらって2人きりにしてあげようか?﹂
﹁べ、別に何もしないわよ!一緒に寝るだけ。そういうのは帰って
からよ!﹂
確かにいまの状況でそういうのもちょっとどうかと思う。とても
とても残念だけど。
でもこうやって嫁予定の女の子と同衾するのも異様に興奮する。
1回目はそんな余裕なかったし、2回目はぶるぶる震えてた。
隣にはアンジェラとサティが空のベッドを一つ挟んで2人で寝て
いるわけだが、このまままったく手を出さないでもいいものだろう
か。
﹁もう寝た?﹂と、小声で聞いてみる。
エリザベスがごそごそと体をこちらに向けて目があった。エリザ
ベスってすごく綺麗な整った顔をしてるんだよな。さすが貴族出と
いうだけあって、気品があるっていうか。
こちらも体の向きをエリザベスのほうに変えると顔が至近距離に
来てしまった。ちょっと手を動かすと、胸の前あたりにエリザベス
の手が見つかったのでそっと握ってみる。
﹁な、なにを⋮⋮﹂
﹁何にもしないよ﹂
特に振り払う様子もなく、そのまま手は握られたままだ。ん?ち
659
ょっとエリザベスの鼻息が荒くなってるような。目も潤んでる。あ
の雷の日みたいだ。
さらに顔を近づけて、軽く口付けをしすぐに離す。
﹁も、もうちょっとだけならいいわよ﹂
お許しがでたぞ!今度はもうちょっと強く唇を押し付ける。何度
も。そして舌を差し入れて⋮⋮
これ以上できないのが残念だったけど、エリザベスが眠りそうに
なったので諦めた。昼間あれだけ寝たのに、普通キスしてる最中に
寝るか?だけど目の前で口から少しよだれを垂らし、くーくー寝息
を立てているエリザベスを見て、まあいいかと思い、おれも眠りに
ついた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ゆっさゆっさと体を揺すられたので目が覚めた。どこからかカー
ンカーンと鐘の音がする。
﹁マサル様、マサル様起きてください﹂
﹁マサル、エリザベス!起きなさい。敵襲だよ!﹂
敵襲!?ガバっと体を起こす。
660
﹁おい、エリザベス!敵だ、起きろ!﹂
この鐘の音、ハーピーの時のと同じだ。あれが敵襲の合図だった
のか。
﹁明かりをつける﹂
暗くてうまく防具が付けられない。ライトを使おうとしてアンジ
ェラに止められた。
﹁だめ。明かりを見て敵が来るかもしれない﹂
この部屋にはガラス窓がある。カーテンもあるが、ライトの魔法
だと光が漏れるのは確実だろう。やっぱり暗視を取っておくんだっ
た。だけどアンジェラがろうそくをつけて、机の下においてくれた。
これなら外に光が漏れないだろう。
ろうそくのか細い明かりを頼りに装備を整える。エリザベスもよ
うやく目を覚ましたようだ。
﹁まさか城壁が落ちたのか?﹂
﹁だったらもっと早くにここにも知らせが来るはず。城壁はそう短
時間で落とせないよ﹂と、アンジェラ。
﹁空を何かが飛ぶ音がかすかにしました﹂と、サティ。
空からの奇襲か。城壁を無視して一気に町を襲う。町が混乱して
いる隙に城壁を⋮⋮
661
ようやくおれの準備も終わった。最後に起きたエリザベスはとっ
くに準備完了している。ローブを頭からかぶって杖を持てば終わり。
簡単なものである。
﹁よし、様子を見に行こう﹂
外に出ようとするとダニーロ殿が駆け込んできた。
﹁状況は?﹂
﹁わかりません。砦が寝静まった頃に空からの奇襲です。混乱して
なにがどうなっているのやら。とりあえず神殿のホールにお集まり
ください。騎士団が守りを固めてます﹂
ろうそくを吹き消し、ダニーロ殿についてホールに向かう。そこ
には沢山の神官や怪我人、騎士団の人でごった返していた。
﹁オルバやナーニアは無事かしら﹂
﹁あそこは冒険者がいっぱい泊まってるんだろ?軍曹どのもあそこ
だし、きっとここと同じくらい安全だよ﹂
小声で話していると、ホールの入口のほうから大声で知らせが入
った。
﹁城壁から連絡があった!攻撃を受けているがまだ第二は無事だ!﹂
ひとまずはこれで安心だ。だがこのままここで待っていてもいい
のか?
662
﹁どうする?どうしたらいい?﹂
﹁待ちましょう。こういう時は勝手に動いてはだめなのよ﹂と、エ
リザベス。
さらに待っていると知らせが入る。
﹁現在、砦内部の掃討を冒険者が総出で行なっている!我ら騎士団
はこれより城壁の救援におもむく!金剛隊はここで引き続き護衛に
当ってくれ!﹂
﹁エリザベスどうしよう?﹂
﹁騎士団についていきましょう。冒険者の動きはここじゃよくわか
らないし、城壁の守りに付くほうがいいわ﹂
﹁わかった。アンジェラはここで待っていてくれ﹂
﹁わ、わたしも行くわ﹂
﹁だめよ。そんな服で。最低限矢を防げる装備じゃないと死ににい
くようなものよ﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
﹁騎士団が出発するわよ。さあ行きましょう。アン、大丈夫よ。マ
サルの面倒はちゃんと見るから﹂
﹁わかった。気をつけてね﹂
663
﹁行くわよ。騎士団から遅れないようにね﹂
エリザベスについてホールから出た騎士団の最後尾に付く。騎士
団の人はちらりとこちらを見るだけで気にしないことに決めたよう
だ。騎士団の上にはいくつものライトが上げられ進路を照らしてい
る。サティは弓を手に持ち、おれも剣を手にして後に続く。
門を抜けた所で前方の騎士団から警告が走った。
﹁空から来るぞ!退避ーーー!﹂
地面に伏せる。すぐにおれの探知にもかかった。ワイバーンか?
ドラゴンほどは大きくはないがそれでも5mくらいはある。
急降下してきたワイバーンは騎士団の隊列に突っ込み、2人ほど
を吹き飛ばしてまた上空に上がっていく。
﹁当たりましたがだめです。大きくて矢じゃ効果が⋮⋮﹂
﹁サンダーで撃ち落とすわよ﹂
エリザベスが詠唱を開始する。続けておれも︻サンダー︼詠唱開
始︱︱
ワイバーンが再び降りてくる。間に合う。あのドラゴンよりは全
然遅い︱︱詠唱完了!
﹁サンダー!!﹂
こちらに向かいつつあったワイバーンにサンダーが命中し、槍と
664
盾を構え隊列を組んでいた騎士団の真ん前に落下する。地面のワイ
バーンに騎士団が殺到してとどめを刺す。レベルが1つあがった。
﹁助かった。魔法使い殿﹂
数人の騎士団の人がこちらにやって来る。
﹁魔法使い殿、こっちだ。ついてきてくれ﹂
騎士団に護衛されながら城壁へと進む。どうやら役に立ったので
部隊に組み入れてもらえたようだ。周りは騎士団に囲まれているが、
時々空から矢が降ってきて怖い。
﹁あんたいつのまにサンダー覚えたのよ﹂
﹁エリザベスがいない間にがんばって練習してんだよ﹂
してないけど。練習で1回うった以外じゃいまので初めてだし。
﹁メガサンダーまで使えるとかはないわよね?﹂
﹁さすがにそれは⋮⋮﹂
いまポイントが入ったから取れないことはないが。
騎士団が第二城壁の前で止まった。あの崩れているところだ。前
に見た時よりは修復が進んでいるようだ。
﹁どうしたんです?﹂
665
﹁見ろ、あそこを﹂と、指をさされた崩れた城壁を見る。今、何か。
敵が登ってきてるのか!?
﹁あそこが抜かれそうだ。もしそうなったらここで食い止める﹂
﹁土魔法で修復できないんですか?﹂
﹁やってはいるが、やる側から破壊されるんだ。やるなら一気にや
らないとだめだが、そんな土メイジはここには⋮⋮﹂
﹁土メイジってレアなの?﹂と、エリザベスに尋ねる。
﹁そこそこいるわよ。でも土木工事専門でやっているようなのはこ
んな前線に用もないのに来ないわよ。開拓村にもいなかったし。お
かげで時々土木工事もやらされたわ﹂
10年安定していたって話だし、ここで工事をするような案件は
ないだろうな。それに治癒術士と同じだ。後方支援を選んだような
安全志向のメイジがこんな危険地帯にやって来ることはないだろう。
おれの魔法でいけるか?土魔法レベル3あるし、土壁の魔法を応
用すれば。念の為にレベル4に上げておくか。
スキル 6P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
666
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv3 MP回復力ア
ップLv3
コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
︻土魔法Lv4︼土弾 土壁 硬化 ゴーレム作成 岩弾 錬成 大ゴーレム作成
大ゴーレムはいいとして錬成?いや、試している時間はないな。
﹁おれがやってみます﹂
土壁の要領で城壁の形に土壁を作り、持ち上げて設置。そのあと
は硬化をかければいいな。
﹁下がってください。下がって。ここらへんの地面を掘ります!﹂
︻土壁︼詠唱開始︱︱なるべく、硬く、硬く作るんだ。くそ、魔
力の消費がきついぞ。徐々に、巨大な土壁が形成されていく。地面
の穴が広がり、土壁が成長していく。ようやく崩壊した城壁サイズ
の土壁が完成した。今度はこれを持ち上げて設置しないと。
︻レヴィテーション︼詠唱︱︱重い。だが持ち上がらないことは
ない。ゆっくりと巨大な土壁が上昇していく。その時ふっと重さが
減じた。
﹁手伝うわ﹂
667
﹁うん、ありがとう﹂
巨大な土壁がとうとう城壁の高さに到達し、慎重に位置を合わせ
ていく。魔力ががりがり減っていくのがわかる。そして今まさに城
壁を乗り越えんとしていたモンスターごと押しつぶし、土壁と城壁
が合わさった。
﹁やったぞ!﹂
騎士団から歓声があがった。ずいぶん不恰好だが、とりあえずは
穴は塞いだ。上部の通路の連結も問題なさそうだ。
補修した城壁に︻硬化︼をかけていく。
﹁素晴らしい!これほどの穴を一気に塞ぐとは!﹂
﹁硬化もかけておきました。1日くらいならもつはずです﹂
魔力を一気に使ったせいで頭がくらくらする。魔力は残り1割く
らいか。MPポーションを取り出して飲む。さらに濃縮マギ茶も飲
んでおく。
﹁上にあがるわよ、マサル。魔力は大丈夫?﹂
﹁大丈夫まだ余裕はある﹂
﹁そう。じゃあ急ぎましょう﹂
﹁魔法使い殿、こちらです﹂と、騎士団の人の案内で城壁の階段を
登った。そしてライトの魔法と沢山のかがり火に照らされ目にした
668
ものは、雲霞のごとく押し寄せるモンスターの群れだった。
669
50話 夜襲︵後書き︶
眼下に広がるモンスターの群れ群れ群れ。一体何匹いるんだ?1万
や2万じゃきかないだろう。明かりに照らされた部分全てにモンス
ターが蠢いてこちらを目指し進んでくる。
次回、明日公開予定
51話 防衛戦
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
670
51話 防衛戦
﹁こ、これ⋮⋮﹂
眼下に広がるモンスターの群れ群れ群れ。一体何匹いるんだ?1
万や2万じゃきかないだろう。明かりに照らされた部分全てにモン
スターが蠢いてこちらを目指し進んでくる。
﹁ちょっとすごいわね。最初の以外じゃ今までで一番の数じゃない
かしら﹂
おれが呆然としていると、エリザベスがなんてこともないように
言う。
第一と第二城壁の間がぎっしりとモンスターで埋め尽くされてい
る。第一城壁の一部は見るも無残に破壊されており、そこからも続
々とモンスターが侵入している。既に多くのモンスターが城壁に取
り付き、はしごをかけて登ろうと試みている。幸いにも空を飛ぶモ
ンスターは少ない。きっと砦のほうの襲撃に参加しているんだろう。
防衛側は奮戦しているが敵からも矢や魔法が時々飛んでくる。モ
ンスターは倒しても倒しても減る様子はない。これはちょっとやば
いんじゃないだろうか?怪我人の治療にまわるか?それよりも敵を
減らすほうが⋮⋮
サティは既に城壁の壁から少し顔を出しながら、矢を射ち始めて
いた。アイテムから矢を出してサティの側においてやる。
671
エリザベスも詠唱を始めていた。おお?いつもは声が小さくて聞
き取れない呪文詠唱がすぐ横にいたからか聞き取れた。
﹁天地に吹き荒び流るる風よ
破壊を与え、時に再生を施す汝の力を我は招かん
求むるは暴れ斬り裂く疾風の渦、天高くまで伸びる螺旋を以て我が
敵を打ち砕け
ウィンドストーム!!﹂
竜巻が巻き起こり、モンスター達を吹き飛ばし切り刻んでいく。
なんだ、格好いいじゃないか。恥ずかしがっていたからどんなの
かと思えば。よし、おれもやるか。
︻火嵐︼詠唱開始︱︱おれとエリザベスの前には数人の騎士団がが
っちりと固めていて安心して詠唱ができる。
﹁ファイヤーストーム!!﹂
敵の一番濃そうなところにぶち込んでやった。大量のモンスター
が火に巻かれて倒れていく。レベルが2つあがった。あと1発で打
ち止めか。土壁がなかったら撃ち放題だったのに。惜しいことをし
た。
﹁ちょっとずるくない?﹂
﹁ん?﹂
﹁これだけの火魔法を使えて回復魔法も空間魔法も。サンダーも使
ったし。それに何よ、さっきの土魔法。もしかして水も初級以上使
672
えるんじゃないでしょうね?﹂
﹁ええっと。水も中級クラスかなあ﹂
﹁町にいた頃は火と回復のみだったじゃない!どんなずる使ったの
よ!教えなさいよ!﹂
さすがに大きい声は出してないが、顔を近づけて詰問してくる。
実際ずるして能力覚えたし、言い訳のしようもない。サティと一緒
で天才ってことで押し通すか?
﹁ほら、そんな場合じゃないだろ?敵が⋮⋮﹂
﹁まあいいわ。あとできっちり教えてもらうからね﹂
どうするんだこれ?ここを生きて帰れてもピンチじゃね⋮⋮
しかしどうしようか。あと1発は撃ってもぶっ倒れないくらいに
は魔力残っているが、フライで逃げるくらいの魔力は温存しておい
たほうがいいか?
それに。実は大岩をこつこつと集めて99個にしてあるのだ。
﹁ちょっと見てもらえますか?﹂
そう騎士団の人に言って、アイテムから岩を出して投下する。落
下した結果は見ない。城壁から顔を出すのは怖いし。
﹁おお、すごいですな。今のも土魔法ですか?﹂
673
﹁空間魔法なんですよ。アイテムボックスに大岩を入れてありまし
てね﹂
おれだとどこに投下していいかよくわからない。それを騎士団の
人に指示してもらおうと思ったのだ。
﹁残り98発ですか。わかりました。指示を出します﹂
よしよし。これで経験値を稼げるぞ。稼げるよな?投擲で倒すの
と同じだし。まあいいか。経験値はともかく敵は倒さないと。
騎士団の人の後ろを頭を下げてこそこそと付いて行く。フルアー
マーいいな。おれも買ってアイテムボックスに入れておこうかな。
いや、大盾があればいいのか。ギルドか騎士団に在庫がないか聞い
てみるか。
ここ、と指示されたところに大岩を投下していく。どうやら敵の
はしごを狙っているらしい。たまに狙いが外れたのか少し位置をず
らして2発目を投下したりする。30発ほど投下したところで砦の
右端のほうまで来てしまった。レベルは1つ上がっている。
﹁一度降りて左翼側に行きましょう。走っても大丈夫ですか?﹂
﹁ええ、全力を出してもらっても構いませんよ﹂
だが騎士団の人を甘く見てた。がしゃがしゃ音をさせながら、す
ごい勢いで走っていく。なんでフルアーマーなのにそんなに速いの
よ!追いつくだけで必死である。砦の左端につく頃には息も絶え絶
えだった。
674
﹁いや、魔法使い殿は足が速いですね。ついてこれるとは思いませ
んでしたよ﹂
﹁はぁはぁはぁ、よ、余裕っすよ、はぁはぁ。行きましょう。はぁ
はぁ。息が。切れてても。問題ありません﹂
階段を登り城壁上に移動し、また岩を投下していく。中腰になっ
て歩くのも結構きつい。
﹁そこをあけてくれ。魔法使い殿がはしごを破壊してくださる﹂
﹁頼む。いい加減きついのだ﹂
熱湯や矢では敵は落とせてもはしごは破壊できない。投下用の丸
太なども用意してあったが、とうの昔に底をついている。
﹁ここです。このあたり。なるべく城壁近くにお願いします﹂
アイテムから大岩を選択し、指示された位置に投下する。位置は
手の届く範囲から1mくらいなら調節できる。
﹁やったぞ!はしごがぶっ壊れた!﹂
﹁命中しました。次に行きましょう﹂
順番にはしごを破壊していき中央の城門に到達する。ちょっと覗
いてみると城門にも多くのモンスターが取り付いていた。
675
﹁門が破壊されたりはしないんですかね?﹂
﹁大丈夫です。門は一番頑丈ですから。攻城兵器なんかは魔法使い
殿のお仲間に破壊してもらってますし﹂
砦の下部もかなり頑丈にできており、オークごときじゃ傷も付け
られないという。穴掘り対策も地下まで城壁基部が続いており、万
一掘り進まれても地下を探知できる魔法使いがいて、事前にわかる
のだそうだ。堀もあるのだが、既に機能していない。敵の死体で完
全に埋まってしまっている。
もう少し進むと投石器なんかも置いてあった。でも2台しかない。
もっとあれば攻撃が楽になるんじゃないだろうか。そう聞いてみた
らほとんどが第一に置いてあり、第二にあった分も襲撃で真っ先に
狙われて破壊されたという。
さらに進むと、おれが修復した城壁に来た。どうやらちゃんと機
能しているようだ。
﹁魔法使い殿が直した部分、なかなか頑丈にできてますね﹂
﹁うーん。でも元がただの土壁ですからね。硬化が切れたらまたか
け直すか、何か考えないと﹂
﹁硬化なら使えるものが何人かいるはずです。上に知らせておきま
す﹂
それなら大丈夫か。でも切れる頃にまた様子を見に来ないとな。
﹁もし切れたら教えて下さい。普段は神殿にいますから﹂
676
﹁魔法使い殿も神殿の関係者で?﹂
﹁冒険者ギルドから治癒術士として派遣されてます。今日はこんな
ことになったんで騎士団についてきたんです﹂
﹁そういえばお名前もまだ伺ってませんでしたね。わたしは神殿騎
士団青竜隊副隊長のモルテンです﹂
﹁冒険者のマサルです﹂と、今更ながらの握手をかわす。
﹁あ、ここらあたりでお願いします﹂
モルテンさんが指さしたあたりに大岩を投下。
﹁⋮⋮命中です。しかし多才ですね。火魔法に土魔法に空間魔法。
特にこんな空間魔法の使い方は初めて見ました﹂
﹁あー、おれの空間魔法はちょっと特殊なんで。できればあまり広
めないでくれると﹂
こちらの空間魔法は重量で制限がかかるらしい。こんな大岩を何
個もいれるなんて普通はやらないんだろう。
﹁なるほど。魔法使いの秘技というやつですね。わかりました﹂
順調にはしごを破壊していき、サティとエリザベスのいる場所に
戻る。
677
﹁80使いましたね。あと18個です﹂
﹁ふむ。温存して⋮⋮いや、どこかで弾を補充すれば⋮⋮しかしこ
れくらいの大岩となると砦の外にでないと﹂
とりあえずモルテンさんは置いておいてサティとエリザベスに声
をかける。
﹁どんな感じ?﹂
﹁矢がなくなりそうです﹂
﹁敵は全然減らないわね。でもマサルがはしごを潰して回ってるか
ら上まであがってくるのは減ったみたいよ﹂
サティに矢を出してやる。
﹁これで手持ちの矢は最後だ。軍曹どのに頼んで補充しないとな﹂
サティのレベルをみるとまた1つあがってる。ポイントは16P
か。おれのはさらに1つあがって46P。
スキル 16P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv3
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv3 盾Lv2
678
とりあえず回避をレベル4に振って残り12P。あとはちょっと
保留しておこう。次はおれのだ。
スキル 46P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv3 MP回復力ア
ップLv3
コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
とにかくMPが足りない。魔力増強とMP回復力アップを5にし
て18Pで、MP消費量減少を5まであげて24P。合計42Pか。
消費MPが半分になればあと2発は火嵐が撃てるな。これで2つく
らいはまたあがるだろう。一気にポイントを振る。残り4P。
最後のMPポーションを使い、濃縮マギ茶も一口飲む。エリザベ
スはと見るとまた壁際に座ってプリンを食べていた。
﹁魔力切れちゃったの?﹂
﹁あと1発くらいね。マサルは?﹂
679
﹁あと2発かな﹂
壁からこっそりと顔だし、モンスターが多そうな部分に当たりを
つける。︻火嵐︼詠唱開始︱︱発動!
﹁ファイヤーストーム!!﹂
大量のモンスターが荒れ狂う炎の柱に巻かれ焼きつくされていく。
2つレベルがあがった。あと2発は撃てるな。1発分は温存してお
こう。もう一発。︻火嵐︼︱︱発動!さらにレベルが1つあがる。
これで34Pか。もう一発撃つか?ふと横を見るとエリザベスも
おれの火魔法が発動するのをじっと見ていた。
﹁火魔法もこういう時にはいいわね﹂
﹁森じゃ全然使い道がなかったけどね。このあとどうする?もう魔
力もないし、サティの矢も切れそうだ﹂
﹁そうね。そろそろ夜も明けそうだし、明るくなったらあたりの様
子を見て考えましょう﹂
夜明けは近いはずだがまだ空は闇が濃い。しかし城壁はライトの
魔法とかがり火がたかれある程度明るく照らされている。
﹁お弁当食べようか。サティ!休憩にしよう﹂
ふとモルテンさんと目があう。
680
﹁すいません。魔力が切れたらすることがないもので⋮⋮﹂
﹁いえいえ、わかっておりますよ。ここは我らに任せてゆっくりし
ておいてください﹂
サティとエリザベスにも弁当を渡して、マギ茶の水筒も出す。弁
当も残り少ないな。もうちょっと買っておくんだったか。神殿の厨
房に頼んで何か作ってもらおうか。食材はあることだし。
﹁それで?どうやってこんなに短期間で魔法を覚えられたの?﹂
﹁うん。思うんだが。おれは天才なんじゃないかと﹂
﹁ふざけてるのかしら?﹂
﹁いやいや、大まじめに。なんかこう、ふっとした拍子に魔法を覚
えたりするんだよね﹂
﹁そんなんじゃよくわからないわよ。もっと詳しく!﹂
﹁そういえば、さっきの呪文詠唱。格好良かったね?天地に吹き荒
び流るる風よ∼だっけ。恥ずかしいっていうからどんなのかと思っ
たら﹂
﹁あ、あんた聞いてたの!?﹂
﹁うん、普通の声で言ってたから全部聞こえたよ。ああいうのって
教えてもらうの?﹂
﹁⋮⋮のよ﹂
681
﹁え?﹂
﹁自分で作るのよ!﹂
﹁まじで?でも悪くないじゃないか﹂
﹁私のはね。比較的大丈夫なの。でも他の人のはちょっと⋮⋮﹂
﹁なんでそんなに嫌がってるのに使ってるんだよ﹂
﹁そういう風に習ったから詠唱がないと集中がしにくいのよ﹂
﹁別に大丈夫だと思うけどな﹂
﹁私の師匠の世代でね、呪文詠唱派がすごく増えたことがあるのよ。
私の師匠の師匠に当たるくらいの人かしら。すごく高名な魔法使い
でね。みんな真似したのよ。でもオリジナルの詠唱なんてそんなに
考えられないじゃない?だから酷いのもいっぱいあってね。それが
魔法使い以外に馬鹿にされて一気にすたれたの⋮⋮それ以来、詠唱
は恥ずかしいって風潮になっちゃって﹂
﹁ふうん﹂
﹁私がそれを知ったのは冒険者になったあとよ。あの時はすごく恥
ずかしかったわ⋮⋮﹂
﹁風の他にどんなのがあるの?聞かせてよ﹂
﹁ぜっっったいに嫌よ!!!﹂
682
そんなに嫌がらなくてもいいのに。どんなトラウマがあったんだ
ろうな。
﹁ほら。夜明けよ⋮⋮﹂
あ、話をそらした。まあおれも露骨に話をそらしたわけだが。相
変わらずエリザベスはちょろい。
﹁サティ、街の様子は見えるか?﹂
矢が飛んでこない階段のあたりまで下がって街の様子をうかがう。
﹁飛んでいるのは見えません﹂
﹁どう思う?﹂
﹁そうね。待ってればあっちから防衛の応援に来るんじゃないかし
ら。もう少し待ってみましょう﹂
残りの岩も放出しとくか。またレベルがあがるかもしれないし。
魔力は怪我人が出ただろうし温存しておこう。
﹁じゃあもうちょっと、はしご潰しをやってくる﹂
﹁わかったわ。サティ、ここで待ってましょう﹂
﹁はい﹂
モルテンさんを捕まえると再びはしご潰しにかかる。二周目とも
683
なると防衛部隊も、ここだここだと誘導してくれる。30分もかか
らずに大岩を使い果たし、レベルはあがらなかった。
﹁岩もなくなったし、魔力も少ないのでそろそろ神殿に戻ろうと思
うのですが﹂
﹁でしたら護衛を付けましょう﹂
MPは残っているが気だるい。魔力の使い過ぎか、寝不足か。ど
っちにしろ休息が欲しい。矢がびゅんびゅん飛んでくる城壁にいる
と気が休まらないのだ。
大岩の投下を終え、サティとエリザベスのところに戻ると軍曹ど
のがやってきていた。
﹁マサル、魔力は残っているか?治療院に怪我人が多い﹂
やっぱりか⋮⋮しかし、ここで防衛に参加したのは意義があった。
スキルを取って大幅にパワーアップできた。時間あたりのMP回復
量は200を超えている。
﹁大丈夫です。余裕をもってやってます。急いで戻ります﹂
﹁頼んだぞ﹂
﹁マサル様、私は残ろうと思うのですが﹂
﹁そうだな。軍曹どのと一緒なら問題ないだろう。軍曹どの、砦の
ほうはどうなってますか?﹂
684
﹁もう敵は殲滅できたはずだ﹂
﹁そうですか。サティ、腹が減ったらこれを食え﹂と、弁当を2個
渡す。
﹁ありがとうございます、マサル様﹂
﹁気をつけるんだぞ。では軍曹どの、サティをお願いします。行こ
う、エリザベス﹂
モルテンさんに護衛されて神殿に戻るとホールは沢山の怪我人で
ごった返していた。
エリアヒール分の魔力は戻った。部屋に戻って、神官服と仮面を
用意してステータスをチェックする。砦に来る前、1000程度だ
ったMPはレベルアップと魔力増強で5000を超えていた。でも
ちょっとこれは上がりすぎだろう⋮⋮
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
野ウサギハンター
︻称号︼ドラゴンスレイヤー
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクD
レベル18
685
HP 804/402+402
MP 491/1199+4196
力 71+71
体力 74+74
敏捷 50
器用 66
魔力 135
スキル 34P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
686
51話 防衛戦︵後書き︶
エリザベスが指輪を見て考え込んでる。
﹁貰ったって言ってたわね。どこから手に入れたの?﹂
野うさぎ狩って神様にもらった。そんなことはもちろん言えない。
勇者の物語では、勇者だとばれた勇者の末路は魔王との命をかけた
死闘。そんなのはまっぴらごめんだ。
次回、明日公開予定
52話 エリザベスと魔力の指輪
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
スキル取得のポイントについて
剣術など 5>2>3>4>10p
魔法 5>2>3>4>20p
強化系 5>2>3>4>5p
鷹の目など5p
魔法レベル5の取得が少々お高く設定
なのでなかなか取れなかった
687
52話 エリザベスと魔力の指輪
大量のMPは回復アップも相まってみるみる回復していく。きち
んと計算してみたら、毎時224MPが回復する計算になった。こ
れなら魔法が使い放題だ。治療院が片付いたら、また城壁の防衛の
ほうに顔をだしてみようか。修復した城壁も気になることだし。
仮面をつけて部屋を出ようとするとエリザベスはもう寝ていた。
来る途中も少し眠そうにしてたものな。それでふと思いついた。い
まつけてる魔力の指輪、エリザベスに渡したらどうだろう。これを
外してもMPが1000減る程度だ。5000が4000になって
もあんまり変わらない。魔法を覚えたのをこいつのせいにしてもい
いな。神様からもらった指輪だし、きっとご利益があるだろう。
神殿ホールはまた怪我人でいっぱいだ。ダニーロ殿がすぐにこっ
ちを見つけてやってきた。
﹁ああ!無事でよかったです。シスターアンジェラに聞いたら城壁
に行ったと聞いたので心配しておりましたよ﹂
﹁すいません。でもどうしても必要だったもので。それよりも、エ
リアヒールをかけますので怪我人を集めてもらえますか?﹂
﹁はい、すぐに﹂
﹁あ、シスターアンジェラはいまどこに?﹂
﹁それなら治療室か隣の休憩室にいるはずです﹂
688
治療室の隣を覗くと、アンジェラと司祭様がお茶を飲んで休憩し
ていた。
﹁あ、マ⋮⋮じゃなくて﹂
﹁旅の神官﹂
﹁そうそう。旅の神官。それで大丈夫だったの?﹂
﹁うん。エリザベスは部屋で寝た。サティはまだ城壁だけど軍曹ど
のがついてるから﹂
﹁そう。あっちは厳しいの?﹂
﹁わからない。峠は超えたと思うけど、まだまだすごい数だ﹂
城壁で守られて有利だとしてもモンスターの数は圧倒的だった。
こちらが1人に対して10や20じゃきかない数がいた。モンスタ
ーは次から次へと湧いて出てくるのにこちらは徐々に数を減らして
いく。王国軍が来るという時間まであと3日。果たしてもつんだろ
うか。
アンジェラと話していると、ダニーロ殿に呼ばれ、エリアヒール
をかける。これで治癒術士達も一息つけるはずだ。
﹁2時間後くらいにまたエリアヒールが使えるようになります。そ
れまで部屋で休んでいますね﹂
﹁朝食はどうしますか?﹂
689
﹁さっき食べたので。アンジェラはどうする?﹂
﹁まだしばらく司祭様とこっちにいるよ。2時間はそっちに戻らな
いからゆっくりするといいよ﹂
そう言ってニヤニヤと笑う。
﹁いやいや。エリザベス爆睡してるから。何にもないから﹂
﹁そお?﹂
﹁そうだよ。じゃあまたあとでね﹂
2時間ごときで何をしろというのだ。それにエリザベスは寝起き
悪いし。
だが珍しくエリザベスが起きており、見てるとふらふらしながら
トイレに歩いて行った。戻ってきたエリザベスに熱いマギ茶を手渡
す。
﹁あら、ありがとう﹂
そう言ってテーブルにつき、お茶をちびちびと飲む。
﹁治療はもういいの?﹂
﹁うん、2時間ほど休憩﹂
﹁じゃあじっくり話ができるわね。さっきの話の続きをしましょう
690
か﹂
まだ忘れてなかったか。
﹁詠唱教えてくれるの?﹂
﹁違うわよ!マサルの魔法の習得速度が異常って話よ。会った時と
か別に使えるのを隠してたわけじゃないんでしょう?﹂
﹁まさか。あの時はほんとに風も水も土も覚えてなかった。それに
ティリカちゃんがいたから嘘はつけないよ﹂
﹁それもそうね。それで?﹂
はめていた指輪を外し、エリザベスに手渡す。
﹁この指輪がどうかしたの?﹂
そう言って指輪をじっくりと眺める。
﹁それ、エリザベスに貸すよ﹂
﹁普通、ここはくれるところじゃないの?それにちょっと地味ね﹂
﹁それ魔力の指輪って言って魔力量と回復速度があがる指輪なんだ。
おれは魔力も多いしそれほど必要がないんでエリザベスにどうかな
って﹂
﹁へえ。魔力が上がる魔道具ってすごく高いのよ。よくそんなの持
ってたわね﹂
691
﹁貰い物なんだ。だから貸すだけね﹂
﹁そういうことならありがたく借りておくわ﹂
エリザベスが指輪を薬指にはめる。
﹁うーん、さすがにつけただけじゃよくわからないわね。効果はど
れくらいなの?﹂
﹁魔力が10割増えて、回復量も同じだけ増える﹂
﹁え?よく聞こえなかったわ。10割って言ってたように聞こえた
けど⋮⋮﹂
﹁10割って言ったよ。魔力量が倍になるんだよ﹂
﹁嘘でしょう?そんなの聞いたこともないわ⋮⋮﹂
﹁ティリカちゃんの前で誓ってもいいよ。それにこのままつけて明
日試せばわかるだろう?﹂
﹁そうね﹂
そう言って、エリザベスはじっくりと指輪を見る。
アーティファクト
﹁本当に倍だとしたら、伝説級の魔道具じゃない⋮⋮﹂
﹁そんなにすごいの?﹂
692
﹁すごいなんてもんじゃないわよ!こんなの持ってるって知れたら
命を狙われるわよ!﹂
そう言うと、急にあたりをキョロキョロと見渡した。
﹁これ持ってるの他に誰か知ってる?﹂と、小声で言う。
﹁エリザベス以外知らないかな。アンジェラとサティも知らないし﹂
﹁今後これのことは一切口に出しちゃだめよ。いいわね﹂
﹁うん﹂
よく考えたらエリザベスにだけ指輪を贈って2人に何もないって
いうのはすごくまずい気がしてきた。絶対に口外しないようにしよ
う。
﹁でも呆れたわね。価値も知らないで持ってるなんて﹂
﹁どれくらいで売れるかな?﹂
﹁売れないわよ﹂
﹁ええー﹂
﹁値段なんかつけられないの。いいこと?私が知ってる魔力が増え
る魔道具で一番すごいのが、帝国王室に伝わる魔力の腕輪ね。5割
は増えるって聞いたわ。それでも王家の家宝で代々の王に受け継が
れるようなものよ。値段なんてつけられるものじゃないわ。それよ
りすごいとなると⋮⋮﹂
693
さすがに神様がくれた指輪だ。性能が飛び抜けてる。
﹁ねえ。本当にこれ借りてもいいの?﹂
﹁エリザベス、うちのパーティーに入ってくれるんだろう?だった
らおれがつけてるより戦力アップになると思ったんだけど﹂
﹁そうね。そういうことなら﹂
エリザベスは指輪を見て考え込んでる。
﹁貰ったって言ってたわね。どこから手に入れたの?﹂
野うさぎ狩って神様にもらった。そんなことはもちろん言えない。
勇者の物語では、勇者だとばれた勇者の末路は魔王との命をかけた
死闘。そんなのはまっぴらごめんだ。
﹁えーと。そのことはいずれ話すってことで、今はちょっと﹂
﹁いいわ。これだけの指輪だもの。軽々しく話せないのはわかるわ。
いずれってことにしておいてあげる﹂
よしよし、うまく誤魔化せたな。
﹁それで魔法の方は?﹂
誤魔化せてなかったよ!
﹁ええと。その指輪﹂
694
﹁この指輪が?﹂
﹁魔力が倍になるだろ?つまり魔法の練習も倍できるわけだ﹂
練習なんかほとんどしてないけど。
﹁それにそれを付けてると魔法の習得が早くなる気がする。こっち
のほうは確証はないけど﹂
いまぱっと思いついた理由だけど。
﹁そうね。倍の魔力があればきっと⋮⋮それに伝説級の魔道具だも
の。何か追加効果があってもおかしくないわね⋮⋮﹂
今度こそ誤魔化せそうだ!
﹁それでも1ヶ月で中級魔法3つって言うのは⋮⋮ほんとにマサル
が天才ってことなのかしら?﹂
﹁うん、きっとそうなんだよ﹂
﹁とりあえず寝直すわ。マサルも一緒に寝る?﹂
﹁え?いいの。じゃあ一緒に寝ようかな﹂
﹁こんな素敵なエンゲージリングをくれたんだもの。ちょっとくら
いはサービスしなきゃね﹂
﹁いやいや、あげてないから。貸すだけだから﹂
695
﹁ずっと借りてれば一緒よね。それに夫婦になるんだから、夫のも
のは妻のものでもあるのよ﹂
鎧を脱いでエリザベスの横に入り込む。
﹁じゃあその妻は夫に何をサービスしてくれるの?﹂
﹁そうね。こんなのはどうかしら﹂
そう言って、エリザベスが顔を近寄せてきた。たっぷりと口づけ
をかわす。
﹁昨日は途中で寝ちゃうんだものな﹂
﹁仕方ないじゃない。魔力を使い切るとすっごく眠いのよ﹂
そう言うとあくびをして目をつむった。
﹁え?もう寝ちゃうの?﹂
﹁サービスは今ので終わりよ。寝てる間に変なことしちゃだめだか
らね﹂
そう言うと速攻でくーくーと寝息を立て始めた。
はぁ∼。おれもちょっと寝ておこう。かなり眠くなってきたし。
おやすみエリザベス。そう呟いておでこにキスをし、幸せそうに
寝ているエリザベスの顔を見ながら眠りについた。
696
目を覚ますとアンジェラがいた。
﹁おはよう、マサル﹂
うわ。お昼過ぎてるじゃないか。時計を確認して驚いた。
﹁治療院の方はどうなってる?﹂
﹁マサルが部屋に行ってすぐくらいに、他の町から冒険者の応援が
たくさん来たんだ。治癒術士も3人も来たんだよ﹂
ほっと胸をなでおろす。おれたちが来た時も砦の人たちはこんな
気持だったんだろうか。王国軍が来るまであと3日。今日と明日と
明後日。なんとか耐えきれればいいんだ。
﹁お昼にしようか。もらってくるからエリーを起こしておいてよ﹂
﹁わかった﹂
アンジェラが運んできてくれた昼食を3人で食べる。エリザベス
が時々手元を見てニマニマする。おい、それ秘密じゃないのかよ。
すごい不審なんだけど。
案の定アンジェラから突っ込みが入った。
697
﹁どうしたのその指輪。今までしてなかったよね﹂
さっそくばれたじゃないか!そして助けを求めるようにこっちを
見るエリザベス。それを見てアンジェラがこちらに矛先を向ける。
﹁そういえば同じような指輪をマサルがしてたわね﹂
考えてみればおれがしていた指輪をエリザベスがしていたら、そ
の点は隠し様がないな。
﹁ああ、うん。それ魔力の指輪って言ってね。エリザベス、パーテ
ィーに入ることになっただろ。それで少しでも戦力増強になればっ
て﹂
﹁そうなのよ。エンゲージリングとかそういうのじゃないのよ?そ
れに借りてるだけなの﹂
﹁ちょっと高価な品らしいから持ってるのは誰にも言わないでね﹂
﹁そうね。魔道具だったら持ってるとか言わないほうがいいね﹂
﹁そうそう。やたらと言うわけにもいかないし。そのうち言おうと
思ってたのよ﹂
﹁でも指輪か。いいわね﹂
﹁あー、町に戻ったらきっとね﹂
﹁魔道具なんて贅沢は言わないよ。安いのでいいからね﹂
698
﹁うん、約束する﹂
サティにも買ってやろう。でもどういうのがいいんだろう。あと
で既婚者の司祭様にでも聞いてみるか。
昼食後、ベッドで寝転び、本を読むふりをしてステータスをチェ
ックする。
スキル 34P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv2 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv4
火魔法Lv4 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
最大MPはまだ4000以上ある。回復速度は24時間で満タン
として174毎時で十分な数値だろう。高速詠唱やMP回復力アッ
プなど、魔法関連のスキルはあらかた最高レベルまで取った。魔力
感知は⋮⋮どうなんだろう?上げる意味がわからない。探知系みた
699
いに遠くから魔法使いの動きがわかるとか?うん、いらなさそう。
今日あげるのはいままで延ばし延ばしにしてきた回復魔法か火魔
法だ。どちらも最高レベルの5にあげるのに20P。あと1つレベ
ルが上ってれば両方取れたんだが。
どっちがいいだろう。レベル5の火魔法はどんなのだろう。メテ
オ?それとも火嵐のもっと巨大なのとか。目立つだろうな⋮⋮絶対
目立つわ。
じゃあ回復魔法レベル5ならどうだろう。神殿にばれたらやばそ
うだな。こっそり運用すればばれないか?でもオルバさんの足は治
らないんだし緊急でもないしなあ。
空間魔法はどうだろう。エリザベスに聞いてみるか?見るとエリ
ザベスはアンジェラと何やら話している。
﹁エリザベス!空間魔法って最初に覚えるのはアイテムボックスで
合ってる?﹂
﹁そうよ。マサルも覚えてるじゃない﹂
﹁次は?﹂
﹁短距離転移ね。その次が長距離の転移よ。なに?今度は空間魔法
を覚えるの?﹂
﹁うーん。どうしようかと思ってね﹂
﹁でも転移術はすごく難しいって聞くわよ﹂
700
ポイントつぎ込めば一発なんだけど、10P使ってアイテムボッ
クスでした、じゃなあ。レベル2へのポイントもわかってないし。
できればリセットがあるときにしたいところだ。転移まで覚えたと
ころで飛べるのが一人だったりしたら意味がないというのもある。
覚える魔法が不明というのは本当に不便だ。
うん。考えるの飽きた。回復でいいや。火魔法はもう1回抜けだ
解毒
リジェネーシ
してモンスターを殲滅しよう。それでレベルがあがるはずだし。
ヒール
病気治癒 エリアヒール エクストラヒール 奇跡の光
︻回復魔法Lv5︼ ヒール︵小︶
ョン
これで残りは14P。レベル5は司教様が言ってた通りの魔法だ
った。
翌日早朝、サティと一緒に抜け出して城壁の防衛に少しだけ参加
した。レベルが1つあがったので引き上げて神殿の治療に専念する。
敵の攻勢が激しくなると怪我人は相変わらず多いが、もはやMP量
は問題ない。治癒術士の増援も来たおかげで魔力は余り気味だ。ど
うせならせっかく覚えたメテオとフレアをぶっ放したい。
サティのレベルはさらに2つあがった。そろそろレベルの上がり
が鈍化してるんだろうか。ギルドカードでの確認ではそこそこの数
を倒してるはずなんだが。とにかくポイントを振り分けて敏捷をレ
ベル4、肉体強化も4にあげておいた。ステータスも順調にのびて
力や体力は完全に抜かれている。しかし魔力の7ってなんですか。
でもMPは25まで増えたから生活魔法くらいなら覚えさせるのも
701
いいかもしれない。魔法使いたがってたし。
スキル 4P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4 敏捷増加Lv4
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
3日間、激しい攻防が断続的に続いた。こちらの戦力は毎日減っ
たが、増援もそこそこ到着している。Sランクパーティーがやって
来て派手に活躍しているらしい。エリザベスが私の見せ場を取られ
た!とぶーすか文句を言っていた。エリザベスは指輪で魔力が増え
て絶好調だ。
そして、3日後の昼。ついに待ち望んだ王国軍の兵士達がやって
きた。
702
52話 エリザベスと魔力の指輪︵後書き︶
﹁エリー⋮⋮ですが私は父に誓ったのです。生涯エリーを守ると﹂
﹁その役目はマサルが引き継ぐわ。ナーニアはオルバと仲良くやっ
てなさい﹂
﹁だめです。マサル殿では無理です!﹂
そこを断言するのか。ナーニアさん結構ひどいな。
次回、明後日公開予定
53話 説得
明日は異世界からスレ立てのほうを4話まで更新します。改題して
投稿しました。①②は活動報告にある分とほぼ同じです。
︻30前で︼ハロワに行ったら異世界送りにされました︻魔法使い
になった︼
活動報告のほうに設定資料の暫定板を設置しました。目次にもリン
クがあります。作品を読む時の参考になればと思います。また設定
にミスや間違いなどがあればご指摘ください。
。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です
703
53話 説得
王国軍が到着した翌日、おれたちはギルドホールで軍曹どのと話
をしていた。ホールには沢山の冒険者達も集まってきている。
﹁おれたちはお役御免ですか?﹂
すでに大量の国軍兵士が城壁を固めており、冒険者達は全員引き
上げて休息している。おれもいい加減うちに帰りたい。
﹁まだだ。志願者のみだが反攻作戦に参加する。明日第一を取り戻
し、さらに敵を追撃、殲滅するのだ﹂
おお、敵が沢山倒せるかも!
﹁マサル、貴様には城壁の修復作業の手伝いをやって欲しい。危険
な前線に出るよりはいいだろう?﹂
そうきたか⋮⋮
﹁しかしですね。おれの攻撃魔法の腕はご存知でしょう?攻撃に参
加したほうが役に立つと思うのですが﹂
治療院の方はすでに問題がない。王国軍は自前の治癒術士をたく
さん帯同している。
﹁それがだな、砦の司令官のほうから貴様を名指ししてきたのだ。
ギルドとしてこれは断りづらい。戦いたい気持ちはわかるが、ここ
704
は涙をのんでもらいたい﹂
第二を修復したのがいけなかったのか。しかしあれを放置してお
くと第二がもたなかった可能性が高い。目撃者も多くて口止めする
ってわけにはいかなかったしなあ。
﹁マサルの分までモンスターを倒してきてあげるから。マサルは後
方でゆっくりしてなさいな。ね、サティ﹂
﹁マサル様が残るなら私も⋮⋮﹂
﹁いや、サティはエリザベスについていてくれ。軍曹どのも一緒な
んですよね?﹂
﹁もちろんきっちり面倒をみよう﹂
サティには少しでも経験値を稼いで来てもらったほうがいいし、
エリザベスも心配だ。今回は暁の戦斧自体は不参加だそうだし。
ここのギルドの責任者から説明が始まった。ほとんどは軍曹どの
から聞いた話ばかりだった。多くの冒険者達は反攻作戦に加わるら
しい。おれももうちょっと経験値を稼いでおきたかったんだけどな
あ。
とにかく今日は一日休みだ。修復作業も明日以降、第一を取り戻
して安全を確保してからになる。
﹁今日はどうしようか?﹂
705
﹁ナーニアと話をするわ。マサルとサティもついてきてちょうだい。
それとアンジェラも呼んできましょうか﹂
これはあれかな?ナーニアさんにお嬢さんをぼくに下さいってや
る場面なのかな?それともオルバさんがエリザベスにナーニアさん
をぼくにくださいってやるんだろうか。
神殿はそこそこの人で賑わっていた。余裕ができたので放置して
いた軽傷の人の治療も始めているのだ。アンジェラも司祭様ととも
に治療にあたっていた。
﹁アンジェラちょっと抜けられない?エリザベスが話があるって﹂
﹁昨日も話したでしょう?ナーニアに話をしに行くのよ﹂
﹁司祭様⋮⋮﹂
﹁いいですよ、いってらっしゃい。もう魔力はそんなに残ってない
でしょう?﹂
﹁ありがとうございます、司祭様﹂
﹁それで話は進んでるの?﹂
歩きながら話をする。
﹁⋮⋮まったくなのよ﹂
706
﹁えー。でもオルバさんのことは好きなんだろ?それとも足のこと
が⋮⋮﹂
﹁むしろ足のことはプラスね。そのことがなかったら考慮すらしな
かった可能性があるわ﹂
﹁そんなにか⋮⋮﹂
﹁そうなのよ。ナーニアの父親の最後の言葉なの。絶対に私を守り
通せって﹂
死んだ父親の遺言か。ナーニアさん律儀そうだしな。
﹁どうにかできるの?﹂
﹁するのよ。マサルが﹂
おれか!?おれが説得するのかよ。
﹁私の旦那になるんだから、これからはマサルがナーニアの代わり
になるのよ。ナーニアはもういらないの。お役御免なの。さっさと
オルバと田舎にでも引っ込めばいいのよ﹂
﹁エリザベスはそれでいいの?﹂
エリザベスが立ち止まってこちらを睨みつけた。
﹁いいわけないじゃない!小さい頃からずっと一緒だったのよ!い
なくなるって思っただけで泣きそうになるわよ!﹂
707
言ってるうちにエリザベスがぽろぽろと涙を流し始めた。しまっ
た。失言だった。
﹁エリザベス⋮⋮﹂
﹁でも私とずっと一緒にいたらナーニアの幸せはどうなるの?もう
ナーニアには恩を返しきれないほど尽くしてもらったわ⋮⋮﹂
﹁やろうよ、マサル!私達に任せときなさい。しっかり説得してあ
げるから﹂
﹁そうだな。ナーニアさんには幸せになってもらわないとな﹂
足をなくしたことを考慮してもなお、オルバさんは優良物件だ。
お金は大きめの農場を買い、仕事をさせる奴隷を買っても余裕があ
るくらい溜め込んでるし、今でもオーク数匹を余裕でブチ殺すくら
いの戦闘力はある。きっとナーニアさんを幸せにできるだろう。そ
れになにより、危険な冒険者稼業を続けるよりはずっといい。
﹁そう⋮⋮そうよ。ナーニアはオルバと結婚して⋮⋮田舎で⋮⋮子
供でも産んで⋮⋮うっうっ⋮⋮ナーニア、ナーニアァ⋮⋮﹂
ぐすんぐすんと泣くエリザベスをアンジェラが抱きしめた。
﹁大丈夫よ。これからは私達がいつも一緒なんだから﹂
﹁そ、そうだよ。町に戻ってみんなであの家で暮らせばさみしくな
んかないさ。な、サティ﹂
﹁はい。私がエリザベス様をお世話します!﹂
708
﹁あ、ありがとう⋮⋮みんな﹂
アンジェラに慰められようやくエリザベスが落ち着いてきた。さ
すがはアンジェラの抱擁力だ。おれだけじゃオロオロしていただけ
だろう。
﹁ちょっと取り乱したわ。少し休憩してから行きましょう﹂
﹁そうだね。目が真っ赤だよ。そんなの見せたらナーニアさんも安
心できないよ﹂
﹁マサルがあんなこと言うからじゃない⋮⋮﹂
﹁う⋮⋮悪かった﹂
たった一言でマジ泣きするとは思わないじゃないか。ちょっと不
用意だったかもしれないけど。
﹁さあ行くわよ!聞き分けのないナーニアを今度こそ説得するのよ
!﹂
ようやく復活したエリザベスは意気揚々と先頭を歩く。うん、い
つも通りのエリザベスだ。
宿舎に着き、部屋をノックする。
﹁ナーニアいる?私よ﹂
709
すぐに扉が開いて中に通される。
﹁エリー、別にノックなんかいらないのに。ここは2人の部屋なん
だし﹂
﹁そういうわけにも⋮⋮オルバは?﹂
﹁隣です。それでみなさんお揃いでどうしたんです?ええっと、そ
ちらの方がアンジェラさん?﹂
﹁そうです。よろしくお願いしますね、ナーニアさん﹂
﹁はい。私のことはナーニアとお呼びください﹂
﹁では私のことはアンジェラかアンと﹂
女性同士の挨拶が済み、改めてテーブルを囲む。椅子は4個だっ
たのでサティはおれの後ろに立った。
﹁ナーニアに話があります﹂
﹁あの話なら⋮⋮﹂
﹁今日は違う話よ﹂
﹁なんでしょう?﹂
マサル、あなたが言いなさいよ、と小声で催促される。仕方ない。
ここは一つ、男らしいところを見せるか。
710
﹁ええと。この度、わたくし山野マサルはエリザベスと結婚するこ
とになりましたのをナーニアさんにご報告をと思った次第でありま
す﹂
﹁ええっ。でも⋮⋮マサル殿とは前から仲はよかったけど⋮⋮エリ
ーはその。ほんとなの?﹂
﹁本当よ。町に戻ったら結婚式をするの。パーティーも暁は抜けて
マサルのに入るわ﹂
﹁じゃあ私もマサル殿のパーティーに⋮⋮﹂
﹁だめよ。マサルとの生活にナーニアはいらないの。邪魔なのよ。
オルバと一緒に田舎に行くといいわ﹂
﹁でも!﹂
﹁でももだってもないの。私はマサルと幸せになるんだから。身の
回りの世話もサティがやってくれるわ。もうナーニアは必要ないの
よ﹂
﹁エリー⋮⋮ですが私は父に誓ったのです。生涯エリーを守ると﹂
﹁その役目はマサルが引き継ぐわ。ナーニアはオルバと仲良くやっ
てなさい﹂
﹁だめです。マサル殿では無理です!﹂
そこを断言するのか。ナーニアさん結構ひどいな。
711
﹁こう見えてもマサルは強いのよ﹂
﹁私よりも?﹂
﹁もちろんよ!﹂
なんか雲行きが怪しくなってきてないか。ナーニアさんがおれを
じっと見る。いや睨んでる⋮⋮
﹁ではマサル殿。私と勝負しましょう。私が勝てばマサル殿のパー
ティーに入れてもらいます﹂
﹁いいわよ。でもナーニアが負けたらオルバと一緒に田舎で農場を
やるのよ﹂
﹁それでいいです﹂
いや、よくないですよ!全然よくないですよ!説得するだけだっ
たはずなのに、なんでガチで決闘することになってるのよ!
﹁木剣でいいですかね⋮⋮﹂
﹁真剣以外では認めません。もちろん魔法でもなんでも使っていい
ですよ﹂
﹁おい、ナーニアさんってどれくらい強いんだ?﹂と、小声でエリ
ザベスに聞く。
﹁オルバよりは弱いわよ﹂
712
﹁それじゃわからないよ﹂
﹁オルバからたまに1本取るくらい?﹂
﹁おい、それってかなり強くないか?﹂
﹁そりゃナーニアは強いわよ﹂
﹁負けたらどうするんだよ﹂
﹁勝ちなさい。私と結婚したくないの?﹂
﹁そりゃしたいけど﹂
﹁なら勝てばいいのよ。もし負けたらまた違う作戦を考えましょう﹂
負けたらサティを出してみるか。サティならきっとどうにかして
くれるはず。よし、その線でいってみよう。守るのはおれでなくて
もいいはずだ。サティも同じパーティーメンバーなんだから。まあ
それはさすがに情けなくて言い出せないから負けた時の奥の手にす
るが。
﹁よし、やるだけやってみる﹂
顔を上げてナーニアさんを見る。
﹁相談は終わりましたか?﹂
﹁ええ。やりましょう﹂
713
﹁ギルドの裏に訓練場があります。そこへ行きましょう﹂
﹁少し準備が必要です。1時間後でお願いします﹂
﹁わかりました﹂
まずはオルバさんを味方につける。すぐに隣の部屋に行き、状況
を説明する。
﹁わかった。ナーニアの癖とかを教えよう﹂
﹁義足はどんな具合なの?﹂
﹁多少は歩けるな。まあ剣を教えるくらい問題はない﹂
オルバさんは杖も持っているが、杖なしで器用に部屋を歩いてみ
せた。
﹁時間がない。歩きながら説明しよう。ナーニアの剣は︱︱﹂
ナーニアさんは騎士の剣を使うらしい。つまり盾とプレートメイ
ルでがちがちに防御を固め、正統派の剣を振るう。ただし、ナーニ
アさんの鎧はハーフプレートで軽めにしてあり、速度もある。盾も
さほどのサイズではない。暁に入ってルヴェンさんという強力な盾
役がいたので攻撃力を上げる方向に変化したという。
﹁盾の使い方は上手い。おれが仕込んだからな﹂と、ルヴェンさん。
714
何してくれるんですか。
﹁エアハンマーは⋮⋮?﹂
﹁避ける﹂
﹁私が一緒に避けれるようになるまで練習したのよ!﹂
エリザベスもか!自慢げに言うことはなかろう。いまの状況わか
ってるのか?
﹁盾はどんなの使ってますか?サンダーとか通りますかね?﹂
﹁盾は雷撃を通さないようにしてある。エリザベスが多用するから
防御のためにな﹂
あかん。切り札にしようと思ってた雷の属性剣が⋮⋮雷神剣で盾
をぶっ叩けばそれで終わりだと思ったのに。
戦闘中に使えるのはおそらくレベル2まで。3を詠唱はさすがに
許してくれないだろう。何か。何かないだろうか。やはり雷神剣に
頼るか?盾以外の部分に当てられれば麻痺させられる。剣を1本潰
して練習した結果。雷の属性剣はレベル2相当の詠唱時間なのはわ
かってる。
もうレヴィテーションで飛んで空から好き放題攻撃しようか。で
も弓か投げナイフくらいしか使えないしな。岩はもう残ってないし。
食い物大量に投下して驚いた隙に攻撃とか⋮⋮きっとそんな勝ち方
認めてくれないよなあ。
715
おっと、とりあえず肉体強化を3にあげておこう。これで残りは
1Pになった。魔法系統を重点的にあげたのは間違いだったとは思
わないけど、やはりポイントは余裕をもたせたほうがよかったな⋮⋮
戦法を検討してるうちに訓練場についた。
﹁まずおれが相手をしよう﹂と、ルヴェンさん。
﹁もう怪我はいいんですか?﹂
﹁ああ、5日も休んだからな。まだ本調子ではないが大丈夫だ。本
気でかかって来い﹂
時間がない。お言葉に甘えて本気でやらせてもらおう。どうせフ
ルプレートだし。
だが本気で打ち込むが全て盾で防御される。数合打ち合ったあと
オルバさんに止められた。
﹁だいたいわかった。ナーニアとはいい勝負はできるだろう。だが
おそらく剣では勝てない﹂
﹁つまり打ち合えるくらいには接戦できるんですね?﹂
﹁そう考えても大丈夫だ﹂
﹁それならあとは魔法でカバーします﹂
﹁それしかないだろうな﹂
716
﹁ちょっと装備を追加してきます。あとルヴェンさん、その盾貸し
てくれませんか﹂
﹁ああ、いいが﹂
食べ物頭から降らせたら怒るだろうけど、盾とかなら平気だろう。
奇襲くらいにはなると思うんだ。
よし、急がないと。ギルドの資材置き場なら色々あるかな⋮⋮く
そっ。2時間くらいもらうんだった。
ちょうどいいタイミングで軍曹どのがギルド職員の人と話し合っ
ていたのを見つけた。
﹁軍曹どの!緊急事態です。資材置き場に案内してもらえませんか
?﹂
﹁どうした?﹂
﹁実は⋮⋮﹂
決闘をすることになった経緯を手早く説明をする。
﹁いいだろう。オルバとナーニアのことはある程度聞いておる。わ
しも協力してやろう。資材置場はこっちだ﹂
投下用のレンガ、金属板、剣を10振り。よし、物資はこれくら
いでいい。次は金属板を⋮⋮
717
﹁準備は済みました。訓練場に戻ります﹂
訓練場に戻る。まだ30分ほどはある。
﹁準備は済みました﹂
そうオルバさんに報告する。
﹁では続きだ﹂
30分かけて、ナーニアさんの剣の癖や動き、ちょっとしたフェ
イントを教えてもらう。付け焼刃だがないよりはましだろう。
そしてナーニアさんが訓練場に現れた。こちらを見てすっと目を
細める。
﹁そうですか。オルバもそちらの味方ですか。わかりました。もう
遠慮はしません﹂
﹁いや、その⋮⋮しかしだな。ナーニアを愛してるからこそだな﹂
﹁もういいです。マサル殿を斬って捨てれば、これからもずっとエ
リーと一緒にいられるんです。覚悟してください﹂
うえええええええ。なんで斬って捨てるとかなってるの!いやだ
よ、そんなの!!
718
﹁マサル、がんばってくれ。おれの幸せは君にかかっているんだ﹂
﹁そうよ。ここでナーニアを倒さないとみんなが幸せになれないの
よ!﹂
﹁さあ、構えて下さい﹂
﹁わしが立ち会い人をしよう﹂
ちょ、ちょっと待ってくださいよ!まだ、まだ心の準備が!
﹁3分!3分タイム!!﹂
みんなに呆れた目で見られた⋮⋮
719
53話 説得︵後書き︶
﹁もうやめません?おれが強いのは今でのわかったでしょう?﹂
﹁少しはやるようだが、この程度ではエリーは任せられない。エリ
ーが欲しければ私を倒すのだな﹂
﹁さあ、無駄話は終わりだ。死ね!﹂
次回、明日公開予定
54話 決闘
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です
720
54話 決闘
結局3分待ってもらった。そしておれは今ナーニアさんと対峙し
ている。剣と盾を構え、殺気をたぎらせているナーニアさん。怖い。
殺す気だよ、この人⋮⋮
﹁双方構え﹂
距離は10mほど。一瞬とはいかないがすぐに詰められる距離だ。
おれは詠唱をこっそり開始し、ブーツを調べる振りをして足の鉄板
に魔法を発動する。よし、成功した。
実はさっき靴裏に鉄板を仕込んだのだ。仕込みには土魔法の錬成
を使った。そして雷の属性剣をその鉄板に発動する。名付けて雷神
脚。効果は10分はもつように魔力を込めた。ナーニアさんの足鎧
は金属製だ。これで足をふむか蹴りをいれればびりびりとなる寸法
だ。ブーツの靴底は厚いからおれが感電する心配は無い。また訓練
場は土のグラウンドだから足音でばれる可能性も低いだろう。
おれも剣を構え、準備ができたとうなずく。訓練場には暇な冒険
者がたくさんいて、何事かと様子を見に集まってきている。
﹁始め!﹂
まずは小手調べ。エアハンマーだ。不可視の魔法攻撃はわかって
いても避けられるものじゃない。10回外しても11回目に当たれ
ばそれでいいのだ。
721
あ、避けた。そして見物人がふっ飛ばされた。
﹁おい、あいつ魔法使いだ!距離取れ、距離!﹂
一気に人の輪が広がった。盾を構える人もいる。
﹁無駄ですよ。見えなくても当たりはしません﹂
だが、連打すればどうかな?
警戒しながらゆっくりと接近してくるナーニアさんにエアハンマ
ーを連打する。詠唱短縮50%は伊達じゃないのだ。まさに息をつ
かせぬ連打。時々吹っ飛ぶ人が目にはいるけど気にしない。
5発目でついに捉えた。盾で受け止められたが足が止まる。ここ
だ!
次を撃ったタイミングで斬りかかる。剣で受け止められる。︻エ
アハンマー︼発動!
だがそれも盾で受け流されたが、むこうも無理な体勢でエアハン
マーを受けたせいでバランスを崩し、追撃はこない。バックステッ
プで距離を取る。
﹁もうやめません?おれが強いのは今でのわかったでしょう?﹂
﹁少しはやるようだが、この程度ではエリーは任せられない。エリ
ーが欲しければ私を倒すのだな﹂
なんでエリーが欲しければって話になってるの!?
722
﹁さあ、無駄話は終わりだ。死ね!﹂
怒りで我を忘れてるよ、この人!
そういうとナーニアさんは襲い掛かってくる。エア⋮⋮だめだ。
はやい。盾と剣で必死で受け流すがじりじりと後退させられる。雷
神脚どころかエアハンマーすら撃つ余裕がない。
一撃二撃三撃と攻撃が体をかすめる。革鎧の上からかすめる程度
ではあるがダメージは入る。痛い。これアザとかできてるぞ。やば
いやばい。軍曹どのよりは動きが遅いからなんとか追えている。だ
が明らかにあちらのほうが力量は上だ。このままではジリ貧だ。仕
切りなおしだ!
アイテムから建築用のレンガをまとめてナーニアさんの上に放出
する。これで怯めば⋮⋮怯まない⋮⋮!?そのまま攻撃続行してき
た。
どかどかとレンガが降る中、予想外の展開にうろたえたおれに隙
ができた。脇腹を剣で貫かれる。だが、最後のレンガがナーニアさ
んの頭に直撃し、一瞬ふらつく。レヴィテーション!
痛みをこらえ空に離脱する。くそ、いてえ。ナーニアさんまさか
飛べないよな?
﹁貴様!卑怯だぞ、降りてこい!﹂
飛べないみたいだ。傷を確認する。鎧の上からで傷の深さはよく
わからないが、血がどくどくと出ている。早く治療しないといけな
723
いが、レヴィテーション中は他の魔法は使えない。服のポケットに
入れてあるポーションを使う。まだ痛みがおさまらない。次のポー
ションは30分は待たないと効果がでない。不便な仕様だ。
さらにレヴィテーションで上昇する。すでにナーニアさんや見物
人達は豆粒のようにしか見えない。︻ヒール︼詠唱開始︱︱落ちな
がら詠唱を続ける︱︱ヒール発動。レヴィテーションを再び使い落
下を止める。ようやく痛みが止まった。
しかしどうするんだこれ。剣で負けてる以上、どうにかして雷神
脚を打ち込まないとだめなんだが、そんな隙もない。なんとかつば
ぜり合いに持ち込んで⋮⋮そんなことを考えながら降りて行く。
あれ?なんか弓を構えて⋮⋮うわっ。矢が飛んできた。矢はかな
り下方を飛び去っていく。第二射の構えをとるナーニアさん。やば
いぞ、レヴィテーションじゃ速さが足りない。避けきれない。レヴ
ィテーションを切って落下しはじめたおれの頭上ぎりぎりを矢がか
すめる。︻フライ︼発動!
高速のフライで矢を回避する。こちらの動きが素早くなったので
弓は諦めたようだ。それを見ておれも地上に降りる。
﹁マサル殿もそろそろ諦めたらどうだ?﹂
そう言いながらゆっくり間合いを詰めてくる。
﹁今のうちに降参すれば痛い目に遭わずに済むぞ﹂
降参したい。とてもしたい。さっきの脇はとても痛かった。だけ
ど⋮⋮
724
ちらりと見物人のほうに目をやる。アンジェラにエリザベス、サ
ティが見てる。あまり無様なところは見せられない。
おれの目線の先をナーニアさんも見る。
﹁そういう選択肢がないのはそちらも同じでしょう?﹂
話しながらリジェネーションを発動する。ナーニアさんがぴくり
と反応するが攻撃魔法じゃなさそうだとわかり話を続ける。リジェ
ネーションは短時間ではあるが常時小ヒールくらいの効果が発動し
続ける魔法だ。これで少々攻撃を食らってもダメージは回復できる。
﹁そうだな。後腐れがないようにきっちりと決着をつけてやろう。
少々痛くするが恨むなよ﹂
今までの動きじゃだめだ。さっき教えてもらったフェイントを思
い出す。そしてラザードさんとの模擬戦だ。あの一撃一撃が必殺の
重い攻撃。肉体強化Lv3でパワーは大幅に上がっているはずだ。
ナーニアさんが体格のいいシルバーよりパワーがあると言うことは
あるまい。
エアハンマーを撃ち、間合いを詰め、上段に力任せの一撃を打ち
込む。だががっちりと盾で受け止められ、反撃を食らう。足をわず
かに斬られたがすぐに痛みは引いていく。
違う。ラザードさんの動きはこんなんじゃない。もっと強く。も
っと素早く!魔法も盾も使わず両手で剣を振るう。反撃を何度も食
らうが致命傷だけは避けるようにして踏み込んでいく。
725
おれの半ば捨て身のフルパワーの攻撃に徐々に打ち合いは互角に
なっていく。なんだ?なんで互角に⋮⋮スタミナか!ここ数日、ナ
ーニアさんは防衛に出ていたはずだ。体力は消耗しているだろう。
だが既にこちらもリジェネーションが切れた。もう何箇所に攻撃
を食らったのかもわからない。体中が痛む。痛む体を鞭打って攻撃
を続行する。呼吸も苦しくなってきた。あとどれくらい動けるか⋮⋮
そしてとうとうチャンスがやってきた。おれの攻撃を盾で受けた
ナーニアさんが、片手で支えきれずに剣を持ったほうの手と両手で
支えたのだ。ぎりぎりと力を加えていき︱︱足を一歩踏み出し、ナ
ーニアさんの足を踏みつけた。
バチッ、バチバチッ。通ったぞ!ナーニアさんの体がビクッと震
え、力が抜ける。
そこにエアハンマーを発動する。電撃の麻痺で力が入らないナー
ニアさんはエアハンマーをまともにくらい、なすすべもなく吹き飛
んだ。
倒れたナーニアさんが立ち上がろうともがいている。
﹁おれの⋮⋮勝ちです﹂
呼吸が苦しい。そして力を抜くと、体中の痛みが一気に襲いかか
ってきた。痛みで泣きそうだ。
﹁ま、まだだ。まだ⋮⋮﹂
﹁勝者マサル!﹂
726
だが軍曹どのの判定が告げられる。
﹁マサル!あああ、こんなに怪我だらけで!今治してあげるからね﹂
サティとアンジェラが駆け寄ってきた。エリザベスはナーニアさ
んのほうに行った。自分とアンジェラのヒールで全快したおれもそ
ちらのほうに行く。
﹁マサル殿、今の攻撃は?足から雷撃を食らったようだったが﹂
﹁これです﹂と、ブーツの裏を見せる。
﹁この金属板に雷の属性剣を仕込んだんです。すいません、騙し討
ちみたいなことをして⋮⋮﹂
﹁いや⋮⋮私の負けだ。雷撃がなくても最後の攻撃⋮⋮私では勝て
たかどうか﹂
そう言ってよろよろと立ち上がり、エリザベスの前に跪いた。
﹁エリザベス様。私は騎士の誓いを守れなかった。亡き父になんと
詫びればいいのか⋮⋮﹂
﹁いいのよ、もう。冒険に出てから4年間。何度も命を助けてもら
ったわ。ウォルトもよくやったって褒めてくれるわよ﹂
﹁ですが!ずっとエリーを守ると誓ったのに!﹂
﹁これからはマサルが守ってくれるわ﹂
727
ナーニアさんが泣きそうな顔で、エリザベスの斜め後ろに立つお
れを見上げた。そしてまたエリザベスに視線を戻す。
﹁私が⋮⋮私が弱いからもういらないのですか?﹂
﹁違うわ。マサルが勝ったのもギリギリだったじゃない。私のナー
ニアが弱いはずがないわよ。ねえ、ナーニア。私達、小さい頃から
ずっと一緒だったわね﹂
﹁はい。小さい頃のエリーはそれはもう可愛かった。お付きにして
もらった時は本当に嬉しかったですよ﹂
﹁私もナーニアみたいな格好いい専属の騎士がいて嬉しかったわ。
ずっと一緒にいられればいい。今でもそう思ってる﹂
﹁なら!﹂
﹁でもオルバはどうするの?オルバは放っておいておばあちゃんに
なるまで私に付いているの?﹂
﹁私はそれでも⋮⋮﹂
﹁だめよ。それじゃだめ。私はナーニアに幸せになって欲しいの。
オルバのことが好きなんでしょう?﹂
﹁エリーのためなら諦めます。諦められます﹂
﹁こんなこと言ってるわよ、オルバ﹂
728
﹁ナーニア⋮⋮愛してる。君も愛してると言ってくれたじゃないか
?﹂
﹁わ、私も愛してます。ですが⋮⋮﹂
﹁オルバは冒険者を廃業したわ。ナーニアも騎士はもう廃業にしな
さい﹂
﹁私は⋮⋮私は⋮⋮﹂
あるじ
﹁主として最後の命令よ。ナーニアの護衛任務は、今この時を以っ
て完了とします。今後はオルバに尽くしなさい。私にしてくれたよ
うに﹂
﹁エリー⋮⋮エリザベス様⋮⋮﹂
﹁別に永遠のお別れってわけじゃないわ。時々会いに行くから、ね。
私はマサルと幸せになるわ。だからナーニアも﹂
﹁あ、ありがとうございます、エリザベス様⋮⋮﹂
﹁ほら、そんなに泣かないの。綺麗な顔が台無しよ﹂
﹁エリーも泣いてるじゃないですか﹂
﹁もう。私はいいのよ。さっ、立って﹂
エリザベスがナーニアの手を取って立ち上がらせる。
﹁ほら﹂と、そう言い。ナーニアさんをオルバさんのほうへ押し出
729
す。
﹁オルバ、ナーニアをちゃんと幸せにしないと許さないわよ﹂
﹁ああ。おれは騎士じゃないが、おれの斧にかけて誓おう。ナーニ
アを必ず幸せにする﹂
そう言いオルバさんはナーニアさんの肩を抱く。
﹁オルバ⋮⋮﹂
﹁だから、おれについてきてくれるか、ナーニア?﹂
﹁はい。私などでよければ⋮⋮﹂
﹁おめでとう!﹂﹁おめでとう!﹂﹁おめでとう!﹂
周りから一斉に祝福の言葉と歓声、拍手が沸き起こる。ああ、う
ん。見物人がそのまま居て全部見てたものな。
オルバさんはありがとう、ありがとうと周りの祝福に応えている。
ナーニアさんはオルバさんの肩に顔を伏せて恥ずかしそうにしてい
る。いやー、なんか丸く収まってよかったよかった。痛い目にあっ
たかいがあったと言うものだよ。
﹁いやー、いいもん見れたなあ﹂﹁うんうん﹂﹁だが決闘も中々の
ものだった﹂
﹁そうだな。あれほどの戦い。そうそう見れないな﹂﹁あれって野
うさぎハンターだろ﹂
730
﹁なんだそれ?﹂﹁野うさぎ専門のハンター﹂﹁なのにあんなに戦
えるのか?﹂
﹁神殿で神官に混じって治療してるのも見たぞ﹂﹁おれは上級の火
魔法を撃ってるの見たけど﹂
﹁第二の壊れた城壁を一人で修復してた﹂﹁土魔法で岩を出して、
はしごを破壊して回ってたよ﹂
次々に証言が飛び出てくる。
あるぇ∼?なんでおれの話になってんの?
﹁最後のは雷の属性剣って言ってたな。それにエアハンマーとかフ
ライも使ってたし﹂
﹁ほぼ全属性を使いこなせるってことか?あの剣の腕に加えて?﹂
﹁そうなるな。だがマサルなんて聞いたこともない名前だ﹂
﹁ドラゴン討伐で功績があったと聞いているが﹂
おれの前で、ちらちらおれを見ながら、おれの話が続けられる。
ちょっともうやめてくれませんかね⋮⋮
思わず隠密を発動するがこの距離では無意味だった。一人の冒険
者が質問をしてきた。
﹁失礼だが、マサル殿のランクは?﹂
731
﹁その⋮⋮Dですが﹂
﹁Dって!?今の戦いぶりじゃBでもおかしくないぞ﹂
﹁ナーニアはBランクよ。だからマサルもBでもおかしくないわね﹂
﹁もちろん、今回の功績でのランクアップは確実だ﹂と、軍曹どの。
いっつもこうだ。やらかしてから後悔する。目立たないようにし
ようって決めたのに。だが他にどうしようがあったんだろうか。治
療も、火魔法も、土魔法もこの決闘も。全部避けては通れないもの
だった。それともどうにかうまく立ちまわれる方法があったのだろ
うか。おれにはわからない。
その辺りでおれのことを話していた冒険者達も納得したようだ。
徐々に見物人も散っていく。
﹁マサル。よくやったわ﹂
﹁うん。エリザベスとナーニアさんのためにちょっと頑張ってみた
よ﹂
﹁マサル様、すごく格好よかったです!﹂
﹁そうかそうか﹂
﹁いや、本当にすごかったよマサル。見直した﹂
﹁うむ。特に最後のほうの攻撃は素晴らしかったぞ。貴様は訓練で
732
はわしの動きを真似ようとしていたが、あのような動きのほうが向
いているのかもしれんな﹂
﹁でも防御無視で攻撃食らいまくってましたからね。やっぱり軍曹
どのみたいに華麗に避けるほうがいいですよ﹂
﹁ふむ。まあマサルはまだ若い。色々な方向を模索するといいだろ
う﹂
﹁はい、軍曹どの﹂
オルバさんとナーニアさんもこっちに来た。
﹁マサル、本当に、本当にありがとう﹂
そう言ってぐっと手を握られた。
﹁マサル殿。エリザベス様を何卒お願いいたします﹂
﹁ええ。任せておいて下さい﹂
﹁あと、その。決闘中に色々と、その﹂
ああ。死ね!とか言ってましたね。あと殺す気でかかってきたり。
脇腹を刺されたり切り刻まれたのは本気で痛かったけど、決闘なん
だから仕方がない。本気で痛かったけど!
﹁大丈夫です。ちょっと気が高ぶったら誰でも多少の行き過ぎはあ
りますよ。全然気にしてません﹂
733
だがここは男らしくなんでもないことのように水に流すのだ。お
れもびりびりにしてエアハンマーでぶっ飛ばしたしな。
﹁そうですか﹂と、ほっとした表情になった。そしてエリザベスと
向き合う。
﹁エリー。本当に、本当に父は許してくれるでしょうか?﹂
﹁バカね。娘の幸せを願わない親がいるものですか。子供が出来た
ら墓参りでもしてあげなさい。きっと大喜びするわよ﹂
﹁はい﹂
﹁ほら、また泣いて。本当に泣き虫なんだから﹂と、ナーニアを抱
きしめる。
﹁エリー、エリー。本当は別れたくない。ずっと一緒にいたいです﹂
﹁私もよ。でも次からはオルバにそう言ってあげなさい。私はもう
ナーニアの2番目でいいのよ﹂
﹁エリー⋮⋮﹂
﹁ナーニア⋮⋮今まで私を守ってくれてありがとう。ずっと一緒に
いてくれてありがとう。父が倒れた時も冒険者になった時も、ナー
ニアだけはずっと⋮⋮ずっと側にいてくれたわね。感謝してもしき
れないわ。本当に、本当にありがとう⋮⋮﹂
そう言って、2人はしばらく抱き合っていた。
734
54話 決闘︵後書き︶
﹁でました!できましたよ、マサル様!﹂
﹁よしよし、サティはすごいな﹂
サティは頭の上の自分の魔法で出したライトを見上げて顔を輝かせ
ている。
﹁あ、はい。でもすごいです!うちの村じゃ誰も使える人がいなか
ったのに﹂
次回、明日公開予定
55話 暴露
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です
735
55話 暴露
その日はエリザベスはナーニアさんと一緒にギルド宿舎に戻って
いった。2人水入らずで過ごすのだろう。おれはというと、傷は治
したものの、結構な血を流したので少しふらふらしていた。
﹁3日は安静ね﹂と、アンジェラの診断が下る。
明日は第一城壁奪還で、順調にいって修復作業は明後日くらいの
予定だ。さっき聞いた話によると敵はまだまだいるものの、全体的
に引き気味で第二に対する攻撃もほとんどないんだそうだ。王国軍
兵士を見て諦めたんだろうとのもっぱらの噂だ。
おれが部屋でゆっくりしていると、サティとアンジェラがとても
甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。治療の仕事もお役御免だし、怪
我の療養という名目で何もしなくていいのはとても楽だ。アンジェ
ラは治療の仕事で時々出て行くが、サティの仕事も第一を取り戻し
たあとなので数日休養だ。
サティのレベルは18になった。スキルもいい感じに上がってき
ている。ステータスも順調に伸びていた。魔力以外は。
スキル 4P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4 敏捷増加Lv4
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2
736
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2
﹁サティ、体の調子はどう?﹂
アンジェラのいない時に聞いてみた。
﹁いきなり体の動くスピードが上がってすごくいいです﹂
敏捷をいきなり4まであげたしな。
﹁そろそろ魔法を覚えてみる?攻撃魔法は無理でも浄化とか着火く
らいなら使えるようになれるよ﹂
﹁本当ですか!覚えたいです!﹂
生活魔法に1P割り振る。これで着火、水供給、浄化魔法、ライ
トが使える。
﹁いいか。サティの魔力量は少ない。魔力を限界まで使うとぶっ倒
れるから注意しろ﹂
﹁はい﹂
﹁じゃあライトを頭の上に出してみろ。使い方は浮かぶはずだ﹂
﹁はい!﹂
737
サティはちょっと考えると手を上にあげて、魔力を集めた。おれ
には魔力感知があるので魔力の流れがある程度わかる。そしてライ
トがともった。
﹁でました!できましたよ、マサル様!﹂
﹁よしよし、サティはすごいな﹂
サティは頭の上のライトを見上げて顔を輝かせている。
﹁あんまり見ると目が痛くなるぞ﹂
﹁あ、はい。でもすごいです!うちの村じゃ誰も使える人がいなか
ったのに﹂
きっと他の獣人もサティみたいな魔力量なんだろうな。
﹁あまり人には見せないようにね﹂
﹁はい、これもあの⋮⋮マサル様のお力なんですよね?﹂
﹁うん、そんな感じ。まあ人から聞かれたらがんばって覚えたって
言っておくといい﹂
ティリカちゃんは⋮⋮あとで考えるか。でもサティのことならき
っと黙っててくれるだろう。
﹁はい﹂
﹁じゃあ他のも試してみるか﹂
738
お風呂場に移動して、水と着火と浄化を試した。そしてやっぱり
ぶっ倒れた。みんな通る道なんだよ、きっと。
倒れたサティをベッドに運んで寝かせているとアンジェラが戻っ
てきた。
﹁どうしたの?﹂
﹁サティに魔法を教えてたんだけど、魔力切れで倒れたんだ﹂
﹁獣人に魔法が使えるわけがないじゃない﹂
おれもそう思ってたけどレベルが上がってきて多少は魔力値とM
Pが増えたんだ。
﹁そうなの?﹂
﹁あれ?でも魔力切れで倒れたってことは⋮⋮﹂
﹁あー、うん。浄化くらいならいけたかな﹂
﹁でもいつの間に練習してたの?サティはそんなこと全然言ってな
かったけど﹂
﹁いまさっきかなあ⋮⋮﹂
アンジェラ相手に嘘をつくのもためらわれた。
739
﹁⋮⋮今さっき教えてもう覚えたの?﹂
﹁そうなるかなあ﹂
﹁私も。私も何かマサルに教えてもらえる?﹂
﹁あー、うん。できるんじゃないかな﹂
もうどうにでもなーれ。
﹁どうやって教えるの?﹂
アンジェラのスキルを確認する。
20P
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 水魔法Lv2
﹁前言ってたよね。どんな能力を伸ばしたいかって話﹂
﹁そうだね。魔力を増やして、回復魔法を覚えたいって言ったかな﹂
﹁今すぐできるとしたらやって欲しい?﹂
﹁できるの?﹂
﹁誰にも言わない?﹂
740
﹁言わない﹂
﹁できる﹂
﹁⋮⋮本当に?﹂
﹁うん。できるんだ。サティにもそうやって魔法を教えた﹂
﹁それなら私も教えて欲しい﹂
アンジェラのメニューを操作し、回復魔法をレベル4に上げる。
﹁上位の回復魔法を使えるようにしたよ。もう使い方がわかるはず﹂
﹁本当だ。でもこれ⋮⋮﹂
﹁次は魔力と回復量を増やしてみよう﹂
﹁う、うん﹂
魔力増強とMP回復力アップをレベル2にする。これで残り2P
になった。
2P
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2 MP回復力アップLv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4 水魔法Lv2
﹁これで魔力の量が倍になった。それに合わせて回復量も上げたか
741
らゼロから満タンになる時間は一緒だよ﹂
﹁何にも変わってないような⋮⋮﹂
﹁それはそうだよ。そこら辺は使ってみないと﹂
﹁ねえ。これは一体どういうことなの?﹂
どうしよう。なんとなく流れでやっちゃったけど。
﹁あ、別に責めたりしてるわけじゃないよ。魔法を覚えたことはす
ごく感謝してるし。ただ、どうしてこういうことができるのかって﹂
﹁本当に、本当に誰にも言わないでね﹂
どこまで話していいものか。
﹁わかった。誰にも言わない﹂
でもアンジェラなら信じられる。忠誠の数値はちょこちょこ上が
ってるし、ここまでやったんだし全部ぶっちゃけたほうが楽な気が
する。黙っていてくれと頼んだしきっと誰にも言わないだろう。
﹁神様にもらったんだ。スキルをなんでも覚えられる力を﹂
アンジェラが口をぽかんと開けてこちらを見ている。うん、まあ
そうだよな。神様とかねーわ。もうちょいなんか考えればよかった
か⋮⋮だがアンジェラが口を開いた。
﹁マサルは⋮⋮マサルは勇者様なの?﹂
742
﹁違う!絶対に違うよ!おれが魔王と戦えると思う?﹂
﹁強いことは強いと思うけど、そこまでとは思わない。でも神様に
もらった力って﹂
﹁神様がこの力をくれた時、別に何もしなくてもいい。好きにする
といいって言ったんだ。だから別に勇者じゃないよ﹂
﹁使徒⋮⋮使徒なんだね、マサルは﹂
﹁使徒って?﹂
﹁司祭様が言ってたよ。神様が時々この世界に自分の使徒を送り込
むんだって。勇者様みたいに魔王と戦う役目を持った使徒もいれば、
ただ見守るためだけに来る使徒もいるって﹂
﹁へー。勇者は知ってたけど他にも居たんだ﹂
﹁うん。この話はあんまり知られてないみたい。神殿のみで伝わっ
ている話だよ。私も最近まで知らなかった﹂
﹁でも本当に誰にも言わないでね。貸した勇者の物語は読んだだろ
?﹂
﹁うん。もしこのことがバレたらああいうことになるんだろうね﹂
﹁なりそうだろ﹂
﹁でもどうしよう⋮⋮司祭様が﹂
743
﹁司祭様がどうしたの?﹂
﹁マサルが使徒かもしれないって﹂
﹁ええええええ!?﹂
﹁どうしよう。司祭様ってすごく勘がするどいの。それに使徒って
疑ってるから、もし何か聞かれたら黙ってても絶対に勘付かれるよ﹂
アンジェラの顔が目に見えて青ざめていく。
﹁それに司祭様にマサルが使徒かもしれないから様子を見ておくよ
うにって頼まれてるんだよ。それを口実にマサルの家に入り浸って
も全然怒られないから、都合がいいくらいに思ってたんだ。本当に
使徒だなんて思わないよ⋮⋮﹂
アンジェラが泣きそうな顔をしている。
﹁もしばれたらすごくまずいよね⋮⋮どうしよう。このまま一緒に
逃げる?神殿に使徒なんてばれたら大変なことになるよ⋮⋮﹂
アンジェラの慌てようを見ておれはかえって落ち着いた。逃げた
ら余計に怪しいだろう。
﹁様子を見ておくようにって言われたのはいつ頃から?﹂
﹁マサルが司祭様に相談した何日かあとくらいだった﹂
ということはアンジェラとお付き合いし始めたあとだな。あれか
744
!司祭様に色々話を聞きに行った時の。魔王とか世界の破滅とか色
々聞いたのがまずかったのか。やばいぞ、どうしよう。
﹁司祭様はなんて言ってた?﹂
﹁使徒かもしれないけど可能性は低いって。でも一応見ておけって。
あとは使徒なのを隠してるなら何か理由があるはずだから見守るだ
けにしろって。だけど本当に使徒だったら、影となり日向となり全
力で支援をしなければならないって﹂
﹁全力で⋮⋮﹂
﹁マサルは勇者様みたいに異世界から来たの?﹂
﹁え?でも勇者が異世界の人ってどこにも書いてなかったよね?﹂
﹁うん。これは神殿に伝わっている話なんだ﹂
そうか。勇者も異世界から召喚、いや連れて来られたのか。
﹁おれもこことは違う世界から来たんだよ﹂
﹁勇者じゃないんだよね?じゃあどうしてこの世界に来たの?﹂
﹁仕事を探してたんだ。そしたら給料の良さそうなのを見つけてね。
契約書にサインをしたら、この世界に連れて来られて、おれの持っ
てるこの能力を神様に与えられてテストをしてくれって﹂
﹁マサルの能力って?人に能力を与える力?﹂
745
﹁それもあるけど、自分の能力も戦闘した分だけ上げられるんだ﹂
﹁それであの魔法の習得速度⋮⋮﹂
﹁アンジェラも戦闘をして経験を積めばもっと色々覚えられるよ﹂
﹁本当に?今覚えたこの魔法だけでもすごいのに﹂
﹁サティもそうだよ﹂
﹁そうか。サティもそうなんだね。サティはこのことは?﹂
﹁能力を上げられるのは知ってるけど神様とか異世界のことは教え
てない﹂
﹁そう。このことを知ってるのは私だけなんだね﹂
﹁やっぱり司祭様には黙っておけない?﹂
﹁だって司祭様なんだよ。司祭様に嘘なんてつけないし、他のこと
なら黙ってても無理に聞くような人じゃないけど、こんな大事な話
隠し通せないし、黙っててもきっとばれる⋮⋮﹂
気持ちはわかる。あの人に嘘とかすごい心が痛む。
﹁ちゃんと話して黙っててもらえないかな?﹂
﹁わからない。黙っててくれそうな気もするけど、こんなこと上に
報告せずに済ませられるかどうか⋮⋮﹂
746
﹁じゃあアンジェラがなんとか誤魔化せない?﹂
﹁ほんとにごめんね。たぶん無理だよ。司祭様に隠し事とか誤魔化
しきれたことがないんだよ。やっぱりどこかに逃げたほうが⋮⋮﹂
﹁いや、逃げたら余計に怪しいだろ﹂
﹁そ、そうだよね﹂
しかし困ったぞ。まさか使徒って疑われてるとは思わなかった。
それさえなければ黙っていれば済む話だったのに。
﹁もし何か理由があって隠してるなら見守るだけでいいって言って
たんだよね﹂
﹁うん﹂
﹁おれは本当に勇者じゃないんだ。この能力を使って色々調べてく
れって言われただけだから、騒ぎになるのはとても困る。そう言え
ば黙っててくれるんじゃないか?﹂
﹁そう。そうだね。いいかもしれない﹂
ようやくアンジェラも落ち着きを取り戻してきたようだ。
﹁その方向で行こう。これは本当のことだし。逃避行とか無理だよ﹂
﹁うん、わかった。サティやエリザベスにこのことは?﹂
﹁サティはそのうち考えよう。ティリカちゃんがいるからあんまり
747
話すとそっちにばれるかもしれない。エリザベスはどうしようか。
こんなの隠してるってばれたらすごく怒らないかな?﹂
﹁怒るね。なんで私だけ話してくれなかったの!って﹂
うっわー。いますごく想像できた。
﹁エリザベスには折を見ておれから話すってことで⋮⋮﹂
﹁うん。そうしたほうがいい。それで?マサルにはどんな能力があ
るの?﹂
﹁そうだね。まずは︱︱﹂
スキルの取得方法からレベルアップによるポイントの取得、おれ
の今持ってるスキル、サティの持っているスキルまで順番に説明し
ていく。
﹁呆れた。レベル5って。よくそんなのでばれなかったね﹂
﹁サティは天才ってことで大丈夫だったよ﹂
﹁うーん。まあ普通はそうなのかなあ﹂
﹁普通はそうなんだよ。司祭様、よく気がついたね﹂
﹁鋭いんだよ。昔から隠し事ができた試しがないよ﹂
鋭すぎるよ。どこから使徒だって思う要素があったんだろう。
748
﹁そうだね。まずは魔法の習得速度。それに変わった料理の知識に、
こちらの常識をあんまり知らないことかな﹂
﹁もっと注意しないとなあ。エリザベスも魔法の習得速度は突っ込
んできたし﹂
﹁なんて誤魔化したの?﹂
﹁あの指輪だよ。あれ神様からもらったすごい指輪でね﹂
指輪の説明をする。
﹁なるほど。それであんなにニヤニヤしてたんだね。いいなあ﹂
﹁アンジェラの上げた能力、指輪と同じじゃないか。しかももっと
上げられるんだよ﹂
﹁それもそうだね。でもエリザベスの能力は上げないの?﹂
﹁まだ上げられないんだ。人の能力を上げるにはもっと仲良くなら
ないといけないんだ﹂
﹁仲良くって⋮⋮つまり⋮⋮﹂
﹁うん。そういうことなのかな﹂
﹁じゃあしばらくは黙っていたほうがいいんだね。それとも明日あ
たりやっとく?﹂
﹁いやいやいや。しばらくは黙っておこうよ﹂
749
﹁そう?エリーと話したけどすごく興味津々だったよ﹂
﹁あの。女の子同士ってそういう話ってよくするんですかね⋮⋮﹂
﹁普通はあんまり詳しくはしないよ。でもほら。私達はマサルを共
有することになるから。ね?﹂
よかった。外部でまで話が及んでるわけじゃないんだ。
﹁そんな恥ずかしいこと他の人に話せないよ。それよりも。ちょっ
と考えたんだけど﹂
﹁うん?﹂
﹁私もパーティーに入れないかな?エリザベスが入るって決めた時
から考えてたんだけどね﹂
﹁神殿は大丈夫なの?﹂
﹁司祭様に話せば大丈夫だと思う。それに前にも言ったと思うけど、
2人ほど見習いがいるんだよ。その子達にがんばってもらえれば私
の抜けた穴は埋まると思う﹂
戦力が増えるのは有難いな。でもなんかバランス悪いような。魔
法戦士に魔法使い、弓術士に僧侶か。一応おれとサティは前衛だけ
ど、盾役はできないしなあ。アンジェラも水魔法は使えるからレベ
ルを上げて敵に近づかれる前に殲滅すればいいのか。遠距離オンリ
ーの超火力パーティーか。いいかもしれない。
750
﹁わかった。歓迎するよ﹂
﹁ありがとう。じゃあこのことは町に帰ってからだね。あと本当に
ごめんね。がんばって誤魔化してみるけど、もしばれたら精一杯司
祭様を説得するから﹂
﹁ああ、別にいいんだよ。きっとなんとかなるよ﹂
それからしばらく日本からこっちに来てアンジェラに会うまでの
話やパーティーのことや、これからの育成計画なんかについて色々
と話した。
でも世界の破滅に関しては言えなかった。この件はおれが使徒だ
ったなんてことが吹き飛ぶくらいの情報だ。もしばれたら黙ってい
たことをアンジェラは怒るだろうか?エリザベスはきっと怒るだろ
うな。でも言えるわけがない。あなたの住む世界は20年以内に破
滅しますよ、なんて。それとも話しておいたほうがよかったのだろ
うか。アンジェラもエリザベスもおれより頭がいい。何かおれが思
いつかないようなことを考えてくれるかもしれない。でもこのこと
は保留にしよう。まだ20年。20年あるんだ⋮⋮
だがあとから思うと、この考えは少々甘いものだったと言わざる
を得なかった。世界の破滅までは20年。だがしかし、その序章は
既に始まっていたのだった。
751
55話 暴露︵後書き︶
﹁これは魔王の復活ね!﹂
エリザベス、すごく嬉しそうだな。
﹁魔王が復活するということはどこかに勇者も生まれてきてるはず
よ。マサル、今回の件が終わったら探しに行きましょう!そして勇
者とともに魔王を倒すのよ!﹂
次回、明日公開予定
56話 破滅への序章
。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です
752
56話 破滅への序章
2日間の完全休暇を経ておれは仕事に復帰した。短時間の戦闘を
経て第一城壁は取り戻されて、国軍は今は第一の外で布陣して警戒
している。モンスターどもは国軍がひとあてするとさっさと逃げ散
ったという。この分だと追撃任務も楽なものになりそうだという話
だ。
とりあえず第一は取り戻したものの、そのままではまだ修復作業
はできない。積み上がったモンスターの死体をまずはどうにかしな
いと、すでに酷い臭いが漂ってきている。冬が近くて助かった。こ
れが夏だったら⋮⋮
モンスターの死体は兵士の皆さんがせっせと運んで巨大なキャン
プファイヤーに放り込んで焼却していっている。
おれはというと、投下された大岩を浄化をかけながら回収してい
た。割れたのも多かったがそれでも半分ほどは取り戻せた。こいつ
らはまた次も活躍してくれることだろう。頼もしいやつらだ。
大岩を回収して巨大なキャンプファイヤーにあたって暖まってい
るとモルテンさんが呼びにあらわれた。
﹁マサル殿。そろそろ作業を開始するとのことです﹂
第一城壁に開けられた大穴のところに連れて行かれる。城壁は1
mくらいの高さまで切り崩され、魔境の雄大な自然と陣を作る国軍
の兵士達の姿がよく見える。あれが魔境か。初めて見たがこっちの
753
景色とさほど変わらないね。
﹁マサル殿には堀の拡張と合わせてまずは穴を塞いでもらいたいの
ですよ﹂
堀は今でもかなり深い。幅は十数m、深さも五メートルはあるだ
ろうか。だが穴の開いた部分の堀は土で埋められ歩いて通れるくら
いになっていた。魔物たちがやったのだろう。
とりあえずは堀を埋めた土を使って土壁を形成する。形は大雑把
でいい。他の土メイジも来ていて細かい部分はそちら任せである。
今更だとは思うが、これ以上目立たないように土壁は1mX2mく
らいのサイズに抑えてちまちまと城壁を塞いでいく。ある程度やる
と疲れた振りをして休憩を取る。
第一の内側に大きな天幕が用意してあって、マギ茶を入れてもら
いくつろぐ。サティを連れてきたらよかった。大変に暇だ。今日は
サティは留守番してもらって、今頃はアンジェラと一緒に料理でも
作っているはずだ。ついててもらってもサティには仕事はないし、
女連れだときっとすごく目立っただろうから涙を飲んで置いてきた。
﹁さすがですな。作業が捗ります﹂
王国軍に同行してきた土メイジもそこそこ仕事はできるらしいの
だが、やはり魔力量の問題がある。これほどの大規模工事となると
数日がかりのところを既に3分の1ほど済ませてしまった。こんな
面倒くさいだけの作業は適当に終わらせたいものだ。
モルテンさんの話によると、おれが大雑把に盛った土壁を基礎に
して、表面に石や硬く焼いたレンガを配置していき城壁を完成させ
754
るそうである。今頃おれが修復した第二もそうやって仕上げがなさ
れているはずだ。
いつまでもイケメンの副隊長の顔を見ていても仕方がないので土
木工事に戻る。先ほど補修した部分は他の土メイジの人たちがなら
して平らになっていた。そこにまた土壁を作ってはレヴィテーショ
ンで持ち上げ埋め込んでいく。
土の部分が終わったのでモルテンさんの指示に従ってさらに堀を
深く掘り進めていく。できれば倍の10mくらいにはしたいとのこ
とだ。もしかしておれがやるの?とは聞けなかった。お願いします
と言われたら断り切れないかもしれない。
城壁を半分と少し修復したあたりで魔力切れを宣言する。本当は
全然余裕があるんだけど、あまり力のあるところを見せるともっと
働かされそうだし程々でいい。どの道、表面の処理はそれほど進ん
でいないので基礎部分だけ先行しても意味はないんだ。もうモンス
ターの脅威はないはずだし。
だが、戻ろうとしたところで騒ぎが起こった。国軍の指揮官のい
る陣に伝令が駆け込み、慌ただしく人が出入りしはじめる。
﹁何かあったんですかね?﹂
見る限り魔境は平和だ。砦のほうで何かあったんだろうか?
﹁聞いてきましょう﹂と、モルテンさんが陣幕の方に歩いて行く。
程なくモルテンさんが戻ってきた。厳しい顔をしている。
755
﹁わかりました。ヒラギスの国境の砦がモンスターに落とされたと
連絡が来たんです﹂
﹁ヒラギス?﹂
﹁ええ。王国の東南。帝国の東方にある小国の一つなんですが、魔
境に接しています﹂
ヒラギスの砦もここと遜色のない防御力を誇る立派な砦があるそ
うである。だがそこは既に落ちて、ヒラギスの国土はモンスターに
蹂躙されている。ヒラギスの国も帝国とは対魔境では協定があり、
有事には救援に向かうはずだった。
だが今回の王国の危機に帝国は東方の防衛の多くを北方の王国側
に回してしまった。10年ぶりの危機に帝国も判断を誤ったのだ。
ヒラギスへの救援は後手にまわった。ヒラギスを救うべく帝国は軍
の移動を急いでいるが、恐らくは間に合わないだろう⋮⋮
ちょっと嫌な想像をしてしまった。今回のここの襲撃は単なる陽
動だったのではないだろうか。
﹁陽動ですか。思い当たるフシがないでもないですが。確かに国軍
が来たからと言ってあっさりと引きすぎている。ですが今回のこの
襲撃もかなり大規模なものでした。城壁が2つとも抜かれるなど、
ここ十数年なかったことです。﹂
2つの襲撃に特に関連などはないかもしれない。だけど20年で
こちらの世界を侵略するほど遠大な計画があるとするなら、これほ
どの戦力を捨て駒に国一つを蹂躙するという戦略もあり得るかもし
れない。
756
﹁そもそもこの攻撃を指揮しているのは何者なんです?﹂
﹁わかりません。敵の総大将らしきものを捕らえたという記録は一
切ないのです。オークキングとも魔族が指揮しているのだとも色々
と憶測はされていますが﹂
魔族という単語に背筋が冷たいものが流れるのを感じる。もし魔
王が人知れず復活していたとしたら⋮⋮
﹁とにかく我々のやることには変わりはありません。王国からヒラ
ギスは遠いですから多少の警戒をするぐらいしかすることはないで
しょう﹂
だが王国の危機は去ったとして帝国軍は動くだろう。上層部はそ
のあたりの情報を得るために大わらわである。帝国軍の動きに魔境
側の動き。今まで以上に綿密な調査が必要だ。それにもしヒラギス
が落ちるともなれば遠方とは言え、大陸有数の国家の一つである王
国もなにがしかの対応や援助を求められる。上の人間はさぞかし頭
が痛いことだろう。
騎士団の護衛に付き添われ、神殿の部屋に帰ると久しぶりにエリ
ザベスが戻ってきていた。部屋に全員勢揃いをする。
﹁ナーニアさんはもういいの?﹂
﹁もうたっぷり話はしたわ。そろそろオルバに返さないとね﹂
757
﹁それよりもヒラギスのことは聞いた?﹂
﹁ヒラギスがどうかしたの?﹂と、アンジェラ。
﹁魔境側の砦が落ちたってさっき連絡が来てたんだ﹂
﹁ヒラギスってどこですか?﹂と、サティ。
﹁王国の東南、帝国の東にある小国って言ってたな﹂
﹁それでヒラギスは大丈夫なの?﹂
﹁あまり大丈夫じゃないみたいだ﹂
モルテンさんに聞いた帝国軍の動きを説明する。だがさすがに間
に合わないかもとは言えなかった。
﹁司祭様と少し話をしてくる﹂
ヒラギスにももちろん神殿はあるのだろう。アンジェラは仲間の
神官が心配なのかな。
﹁お昼は?﹂
﹁準備はもう終わってる。間に合うように戻ってくるよ﹂
そういうと部屋を出て行った。
﹁じゃあ私はお昼の準備を手伝ってきますね﹂と、サティも出て行
った。
758
エリザベスは相変わらず働かない。とりあえずエリザベスに陽動
かもしれないって考えを披露してみた。
﹁これは魔王の復活ね!﹂
やっぱりそっちに考えるか。
﹁そこまで考えるのはどうなんだ?もう何百年も魔王なんていなか
ったんだろ。それに今回のはたまたまタイミングが悪かっただけか
もしれないし﹂
﹁こんなの魔族が裏にいるに決まってるわよ。いよいよ魔王がよみ
がえり再び世界は危機に陥るのよ﹂
エリザベス、すごく嬉しそうだな。ちょっと不謹慎じゃなかろう
か。
﹁魔王が復活するということはどこかに勇者も生まれてきてるはず
よ。マサル、今回の件が終わったら探しに行きましょう!そして勇
者とともに魔王を倒すのよ!﹂
エリザベスさん。目の前のおれがたぶん勇者候補です⋮⋮いや。
もしかして他にも勇者が召喚とかされてたりするのかもしれないぞ。
﹁勇者ってどんなのだよ﹂
勇者の物語の勇者は結構なイケメンだったようだ。魔法剣士だっ
たが、おれと違いどっちかというと剣重視の戦闘スタイルだった。
でも別に特に勇者っぽい印があったわけじゃない。神殿に神託が降
759
りて勇者が捜索されみつかったという話だ。
﹁わかんない﹂
﹁はいはい、終了終了。魔王はいないし、勇者もいない。もっと現
実を見ようぜ﹂
﹁わかってるわよ、それくらい。マサルは夢がないわね﹂
﹁だいたい、魔境に行って魔王を倒すとか俺みたいなのは序盤で死
んじゃうよ。勇者に回想でいいやつだったって思われる役だよ﹂
エリザベスはそれを聞くとくすっと笑った。
﹁そうね。勇者探しはやめておくわ。アンやサティもいることだし、
あまり危険なことはできないわね﹂
おれはいいのかよ。
﹁マサルは強いじゃない。ナーニアに勝ったんだから﹂
話しているうちにサティが昼食を持ってきて、アンジェラも戻っ
てきた。みなで食卓を囲む。今日の料理はサティとアンジェラの手
料理でプリンも久しぶりに付いている。
﹁から揚げもいいけど、アンの手料理も美味しいわね。久しぶりに
まともな料理を食べた気分だわ﹂
760
﹁ありがとう。でもエリーもお嫁さんになるんだから料理の一つく
らいできないとね﹂
﹁うっ。か、帰ったらやってみるわよ⋮⋮﹂
﹁みっちり仕込んであげるよ﹂
﹁料理が自分でできるとから揚げとかプリンも好きなだけ自分で作
れるよ﹂
﹁そうね。それはいいかもしれないわ。アン、帰ったらよろしくね﹂
やはり食い意地の張った人間にはこれが一番効果がある。おれも
最初は自分で食べてみたいって作り始めたから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
それから3日間が過ぎた。暦は12月に入りずいぶんと寒くなっ
てきた。スキルリセットはあと一週間くらいで使えるようになる予
定だ。
第一城壁の修復も無事終わり、おれは土魔法でひたすら第一城壁
の前の堀を掘り返す作業をやっている。掘り返した土は運ばれて建
設予定の第三城壁の基礎にするんだそうだ。
討伐隊のほうは全くの空振り状態だった。あれほどいたモンスタ
ーがほとんどいなくなっているのだ。調査は続けられるが討伐は近
日打ち切られる予定だ。サティやエリザベスのいる部隊も少数の雑
761
魚ばかりでひたすら行軍ばかりだったそうだ。
そして次の日。シオリイの町の冒険者達と共に俺たちは帰還の途
についた。堀の拡張工事はまだ途中でずいぶんと慰留されたが断っ
た。司教様からも再度、神殿入りの話をされた。治癒術士や土木作
業員の仕事は安全でいいのだが、もっと経験値を稼がないといけな
い。今後そういう依頼はなるべく断ることになるだろう。
行きはサティと2人だったが帰りはアンジェラとエリザベスも一
緒で馬車の雰囲気は華やいでいる。他の冒険者の視線はとても痛い
けど。
﹁ティリカちゃんは元気にしてるでしょうか﹂
﹁ちょっとは寂しがってるだろうけど元気にしてるさ。あそこは安
全なんだし、何事もなく過ごしてるよ﹂
﹁そうですね。早く会いたいです﹂
﹁私達が戻って一緒に住むとしてティリカはどうするの?﹂
﹁別にいいんじゃないか。ティリカちゃん大人しいし、サティの妹
にしたんだから家族ってことで﹂
﹁そうね。マサルがいいならそれでいいよ﹂
762
﹁でも5人だとちょっと手狭じゃないかしら。もっと大きいところ
に引っ越さない?﹂
﹁おれは十分だと思うけど﹂
﹁私もあれくらいでちょうどいいと思う﹂
﹁生活してみて具合が悪いようなら考えようよ﹂
﹁そうね。それでいいわ﹂
帰りは何事もなく過ぎ、徒歩をまじえての隊列だったので3日後
の日没近く、ようやくシオリイの町に到着した。
しかし町に戻ってほっと一息ついた俺たちを待っていたのは、ヒ
ラギスの首都が陥落したという知らせだった。
帰還した冒険者達は町の人達に歓迎されたものの、それ以上にヒ
ラギスの陥落は衝撃のニュースだった。長い歴史の中では魔境に侵
食された国は珍しくない。とは言え、近年安定していた魔境との境
界が侵されたのは、遠方の国とは言え人々の不安を煽った。
﹁もはやヒラギスの滅亡は回避できそうにない。帝国はヒラギスの
放棄を決定し、国境線を固めた﹂
帰還した冒険者達と混じっておれたちもギルドホールでその知ら
763
せを聞いていた。
ただでさえここ10年何もなかったせいで削減された兵力の一部
を北方の王国側に回しちゃったので、残った戦力では国境を防衛す
るくらいしかできなかった。大急ぎで兵力を集めた時には既にヒラ
ギスの国土は蹂躙されており、一地方方面軍程度ではどうしようも
なかったと。
﹁ゴルバス砦の情勢も落ち着いたとは言え、今後魔境方面の依頼は
増えるだろう。各員協力のほどをお願いする﹂
そう副ギルド長が締めて話は終わった。依頼の報酬やランクアッ
プは明日以降になる。今日のところはティリカちゃんに会って家に
帰ろう。
冒険者の間をぬってサティと共にギルドの奥へと副ギルド長とテ
ィリカちゃんを追いかける。
﹁ティリカちゃん!﹂
サティの呼びかけに振り向いて、ティリカちゃんがサティに駆け
寄り抱きついた。
﹁おねーちゃん、助けて﹂
764
56話 破滅への序章︵後書き︶
﹁あの。ティリカちゃん?﹂
﹁洗ってあげる。大丈夫、おねーちゃんに色々聞いた。任せておく
といい﹂
﹁エリザベス様も2人でやったんですよ!﹂
それでエリザベスがちょっとふらふらしてたのか⋮⋮
次回、明日公開予定
57話 ティリカの望みは
。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です
765
57話 ティリカの望みは
おれとサティは副ギルド長の執務室に通されてソファーに落ち着
く。
﹁一体どうしたんです?﹂
ティリカちゃんはさっきからサティにぎゅっと抱きついたままだ。
﹁それがな。ティリカに結婚話が持ち上がってるんだわ﹂
﹁結婚って。ティリカちゃん、サティより年下でしょう?﹂
﹁んー。それなんだがなあ﹂と、ティリカちゃんの方へ目をやる。
ティリカちゃんはそれを見てこくりと頷いた。
﹁つまりだな。ティリカは今20歳なんだ﹂
﹁20歳!?﹂
﹁ええええー﹂と、これはサティだ。
﹁もうすぐ21﹂と、ティリカちゃんが言う。
マジか⋮⋮21だとアンジェラより一つ年上になるんだけど。
﹁ティリカちゃんのほうがおねーちゃん?﹂
766
﹁今まで通りサティがおねーちゃんでいい﹂
﹁歳相応に見えないのには理由がある。魔眼のせいだ﹂
この真偽を判定する魔眼は人工的に埋め込んだもので、その際に
何かしらの障害が発生する場合が多い。ティリカちゃんの場合は魔
眼を埋め込んだ時点で体の成長がほとんどなくなってしまった。
﹁20なら結婚って話があってもおかしくはないですけど、どこの
誰が?﹂
砦に行く前にはそんな話は全く出ていなかった。あっちに行って
る間に何かあったのだろうか。
﹁真偽院だよ。前々から跡継ぎを作れって話は来てたんだけどな。
いよいよ本腰をいれて相手を送り込んで来たんだよ﹂
魔眼持ちになれる素質をもつものは極めて貴重だ。その性質は子
供にも受け継がれる可能性も多いので、真偽官の義務の一つに子孫
を作ることも入っている。
﹁相手はどんな?﹂
﹁魔法使いで貴族の三男坊でな。少々軟弱ではあるが、お相手とし
ては悪くない。あっちもティリカを気に入ったみたいだ﹂
﹁ティリカちゃんのほうは?﹂
﹁絶対に嫌だと﹂
767
結婚すればおそらくは王都に行くことになる。そしてここには別
の真偽官が派遣されることになるだろう。ティリカちゃんはそれは
嫌だと絶対拒否の構えだ。
﹁マサル﹂と、ティリカちゃん。
﹁うん?﹂
﹁結婚しよう﹂
﹁え?﹂
﹁マサルの家の子になれば全部解決する。おねーちゃんとも一緒に
居られる。マサルも魔法使いだからマサルとの子を産めばいい﹂
﹁とまあこういうわけなんだわ﹂
いくらそれがティリカちゃんの望みでも、そんなこと急に言われ
ても困るんだが。
﹁あの。おれこのあと、サティとアンジェラとエリザベスと結婚す
る予定があるんですが⋮⋮﹂
﹁おお!3人も娶るのか。そいつは豪儀だな!そのついでにティリ
カももらってやってくれよ。なに、3人が4人でも大して変わらん
さ。ティリカは小さいから場所も取らんしな!﹂
﹁ついでって。動物の子じゃないんですから﹂
﹁マサルは私のこと嫌い?﹂
768
﹁いや、そりゃ好きだけど﹂
﹁私もマサルのことは結構好き﹂
結構好きか。なんだか微妙な評価な気がしないでもない。
﹁あの。マサル様。私からもお願いします﹂
サティは賛成か。
﹁ちょ、ちょっと考えさせて⋮⋮﹂
﹁ああ。今すぐ決めろって話でもない。おまえの嫁さん達ともよく
話し合って結論を出してくれ﹂
そしていつものようにティリカちゃんはうちにお泊りに来る。
家は2週間以上あけたことになるんだが、きちんと掃除が行き届
いていた。シスターマチルダにお礼を言っておかないとな。家に入
ると既にエリザベスが待っていた。アンジェラは司祭様と共に神殿
の方に戻っている。
﹁あら。ティリカじゃない。今日も泊まりに来たの?﹂
﹁そう。これからずっと泊まる﹂
﹁ずっと?﹂
769
こくりとうなずくティリカちゃん。
﹁そう﹂
それでエリザベスは特に疑問に思わなかったようだ。よく考えれ
ば今までも毎日泊まっていたし。
﹁それよりもお腹が空いたわ﹂
﹁ああ、そうだな。食事にしようか﹂
もう日も暮れて外は真っ暗だ。食堂はエリザベスがつけたのかラ
イトの明かりで照らされている。油を使ったランプやロウソクもあ
るんだがやはり魔法のライトが一番明るい。
ラーメンのスープストックがあったのでまずはパスタを茹でる。
水は魔法で出して、火魔法で一気に沸騰させた。その間に薪を燃や
して野菜炒めを作る。スープも火魔法で温めておいて味付けをする。
鳥ガラスープの塩ラーメンだ。
茹であがったパスタをスープに投入。野菜炒めをたっぷり乗せて
長崎チャンポン風にした。お箸はない。フォークで食べる。所要時
間わずか10分。やっぱり魔法は便利だ。
アイテムボックスに常時いっぱいいれてあるパンも出す。ラーメ
ンにパンってどうなの?って最初は思ったがこっちの人は普通みた
いだ。お代わりが欲しいサティなんかは替え玉を追加して、さらに
パンもいくつか食べていた。相変わらずよく食べる。太らないか心
配だ。これはあとできちんと調べておかないといけないな。
770
食事が終わったらいつものように楽しいお風呂タイムだ。
だったんだがエリザベスが出たあとに入るとサティとティリカち
ゃんの2人が待っていた。ちゃんとバスタオルを体に巻いていたの
が救いだ。
﹁あの。ティリカちゃん?﹂
﹁洗ってあげる。大丈夫、おねーちゃんに色々聞いた。任せておく
といい﹂
﹁エリザベス様も2人でやったんですよ!﹂
それでエリザベスがちょっとふらふらしてたのか。てっきりもう
眠いのかと思った。
﹁まだ結婚も決まってないのに、ちょっとこういうのは早いんじゃ
ないかなー﹂
﹁マサルは私に洗ってもらいたくない?﹂
嘘を言ってもどうせばれるんだよな⋮⋮
﹁あ、洗ってもらいたいです﹂
そりゃ洗ってもらいたいさ!でもね、ちょっと恥ずかしいんです
よ。
771
﹁じゃあ問題ない。私が前をやるからおねーちゃんは後ろで﹂
そうしてたっぷりと2人がかりで洗われてしまった。ティリカち
ゃんは20才。アンジェラと同い年。だから大丈夫だ。合意の上だ
し問題ない。最後の一線は越えてないし!
湯船に3人でつかる。両側にサティとティリカちゃん。もちろん
裸だが賢者たる俺は動じないのだ。
﹁あれは気持ちよかったらでると聞いた﹂
﹁あ、うん。そうだね。気持ちよかったよ﹂
﹁じゃあ結婚してくれる?﹂
そういってぴっとりと体を寄せておれの顔をじっと見る。さっき
のあれはえらく積極的だったけど、誘惑でもしようとしてたのか。
﹁おれとしては異存はないんだけど、エリザベスとアンジェラに聞
かないと﹂
﹁お二人ならきっと賛成してくれますよ﹂
﹁そうだな。お風呂からあがったらまずはエリザベスに話してみる
か﹂
こちらからは手は出してないとは言え、あそこまでやってもらっ
たし、きちんと責任とらないとな。
772
居間の暖炉は赤々と燃えていて、部屋はぽかぽかと暖まっている。
エリザベスは暖炉の正面でソファーに座ってぼーっとしていた。お
れがエリザベスの右側に、左にティリカちゃんとサティが座った。
ここにアンジェラが加わるとなると手狭だな。もう1個ソファーを
買うか、大きいのを買うかしないといけないかな。それとも前後に
ぎこぎこ揺れる椅子とかが風情があっていいだろうか。今度家具屋
さん見に行ってみよう。
だがまずはエリザベスにあのことを話しておかないと。デリケー
トな問題だ。今回は慎重に行くぞ。
﹁エリザベスさん、少しお話が﹂
﹁どうしたの?﹂
﹁ティリカちゃんのことです﹂
﹁マサルと結婚したい﹂
ちょっと待て!もっと順をおって言おうと思ったのに!
﹁どういうことなの、マサル﹂
ちょっと声が怒ってますね。
﹁説明する。説明するから!﹂
﹁そうね。納得の行く説明をしたほうがいいわよ﹂
773
﹁実はティリカちゃんに結婚の話が来てましてね⋮⋮﹂
今日聞いた事情を説明する。
﹁魔眼持ちの義務ねえ。でもティリカくらいの年ならそんなに急ぐ
必要ないじゃない。そりゃ早い子はもうこれくらいでも結婚するけ
ど﹂
﹁それがですね⋮⋮﹂と、エリザベス越しにティリカちゃんを見る。
﹁私は20歳。立派な成人﹂
﹁えええええ!?﹂
﹁魔眼の弊害で成長が止まったらしいんだ﹂
﹁本当なの?﹂
﹁本当﹂
﹁20⋮⋮20歳ね。それなら真偽院がじれるのもわかるわね。相
手はどんな男なの?﹂
首をかしげるティリカちゃん。
﹁こっちに来てるんでしょ?見てないの?﹂
﹁見た。けど覚えてない﹂
774
結婚相手候補なのに顔も覚えてもらえないのか。不憫な⋮⋮
﹁どこかの貴族の三男坊なんでしょ?ティリカがマサルと結婚した
いって言ってもこじれるかもしれないわね。明日にでも副ギルド長
に詳しい話を聞きにいきましょう﹂
﹁ええっと。それは結婚に賛成ってことでいいのかな?﹂
﹁色々言いたいことはあるけど、ティリカならまあいいわ。マサル
はもうそのつもりなんでしょ?﹂
﹁うん﹂
﹁それに相手がいるのに押し付けられる結婚なんて絶対にだめよ!﹂
﹁エリー、ありがとう﹂
﹁いいのよ。明日アンが戻ってきたらみんなで話をしましょう﹂
﹁アンジェラも賛成してくれるかな?﹂
﹁大丈夫じゃない?アンは優しいから。きっと全部うまく行くわよ、
ティリカ。私達に任せておきなさい﹂
頼もしい!頼もしいよ、エリザベス!
﹁ふふふん。当たり前じゃない!﹂
775
翌朝、朝食前にアンジェラがやってきた。呼びに行こうと思って
たのでちょうどよかった。
﹁パーティーに入る件、問題ないよ。暇な時は治療院の手伝いくら
いはしにいくけど、孤児院は私なしでなんとかしてもらえることに
なった﹂
﹁今日からこっちに住むの?﹂
﹁うん。私物は全部持ってきたし﹂
引越しにしては少ないが何やら大きなバッグを2個持ってきてい
る。荷物を置いて落ち着いたので話をすることにした。
﹁ええと、その。ティリカちゃんのことで話があるんだ﹂
私達に任せろ!と大口を叩いたエリザベスは寝起きが悪いのでま
だおねむだ。食堂のテーブルについてうつらうつらしている。ここ
はおれがやらないと。
﹁ティリカがどうかしたの?﹂
﹁ティリカちゃんに結婚の話が来てたんだよ﹂
今回は途中で口を出さないように言ってある。
﹁誰と!?﹂
真偽院から話が来た経緯を伝える。この話を聞いたり言ったりす
776
るのも、もう三度目だな。
﹁相手は貴族か。それでどうするの?ティリカは嫌だって言うんで
しょ﹂
﹁マサルと結婚する﹂
ああ、またこの子は先に言う。一番の当事者だからいいんだけど
さ。
﹁でもティリカはまだ若いんだし婚約だけとかでもいいんじゃない﹂
﹁20歳﹂
もうティリカちゃんも面倒くさくなったのだろうか。説明が雑だ。
﹁20歳?﹂
案の定伝わってない。
﹁ええとですね。魔眼が⋮⋮﹂
3度目となる説明を行う。
﹁20歳⋮⋮もうすぐ21で私より上か⋮⋮﹂
﹁私は別にいいわよ。あとはアン次第ね﹂と、すっかり目を覚まし
たエリザベスが言う。
﹁え、もうそこまで話が進んでるの?﹂
777
﹁うん。昨日のうちになんだけど⋮⋮﹂
﹁即決じゃないか⋮⋮あー、いいよ。私も賛成する﹂
﹁ありがとう、アン﹂
﹁はいはい。歓迎するわよ。それでこのあとどうするの?﹂
﹁副ギルド長に話をしにいくんだけど。その前にご飯食べようか﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁そうかそうか!マサルならそう言ってくれると思ってたよ!よか
ったな、ティリカ﹂
﹁うん﹂
﹁それで、相手の男はどんなのなの?﹂と、エリザベス。
﹁ジョージ・バイロン。バイロン伯爵家の三男でな。土魔法を使う
魔法剣士だ。そこそこできるぞ﹂
﹁武門の名門じゃない。それでそいつはあっさりと諦めてくれるの
かしら?﹂
778
﹁だめだな。本人がティリカを気に入った上に面子ってもんがある
からな﹂
﹁そんなのギルドの力でもどうにでもしなさいよ﹂
﹁最終的にはそうするつもりだが、その前にそちらで説得をして欲
しい﹂
説得か。ナーニアさんの時は説得するつもりで決闘になったけど
⋮⋮
﹁わかったわ。マサル、説得するわよ﹂
﹁決闘だ!﹂
ですよねー。武門って聞いた時点でもうすでに予想はできた。そ
のジョージ・バイロンはイケメンで背も高い。こちらの基準からす
るとちょっと細い感じもするが、日本でならさぞかしもてただろう
という風貌だ。いかにも貴族という感じの上等そうな服に身を包み、
魔法使い風のローブ。腰に剣をさしている。従者も2人、側に控え
ている。
そして決闘をするべく、ギルドの訓練場に来ているわけだ。
﹁貴様のようなどこの馬ともしれない平民にティリカ嬢はふさわし
くない。大人しく引いたほうが身のためだぞ﹂
まあ平民だし、どこの馬ともしれないのはその通りなんだけど、
779
ここで引くわけにもいかないし。
﹁マサル!そんなのに負けるんじゃないわよ!﹂
﹁そうよ、ティリカのためにがんばんなさい!﹂
﹁マサル様ファイトー﹂
﹁⋮⋮君の後ろから何やら声援を送っている女性方はどなたかね?﹂
﹁ええっと。3人ともおれの嫁ですが⋮⋮﹂
ジョージはブチッという音が聞こえそうなくらい憤怒の表情にな
った。
﹁き、貴様⋮⋮3人もいてまだティリカ嬢を娶ろうというのかね﹂
ジョージの声はちょっと震えている。
﹁本人達の希望なんで⋮⋮すいません﹂
﹁ティリカ嬢!このような浮気性の男でいいのですか!?私なら生
涯あなた一人を愛すると誓いましょう﹂
﹁おまえはいらない。マサルがいい﹂
きっぱりと言うティリカちゃん。ちょっとジョージが哀れになっ
てきたな。
﹁そうか。やはり貴様が諸悪の根源なのだな。どうやってティリカ
780
嬢をたぶらかしたのか知らんが、ここで死んでもらおう!﹂
たぶらかしたのは主にサティなんですよ。ぜひそう説明したいと
ころだったが、ジョージは魔法の詠唱を始めていた。おれはとっさ
に後ろに飛び下がり警戒する。
﹁そう警戒する必要はない。まずは私の魔法を見せてやるだけだ。
さあ、生まれいでよ、我がゴーレムよ!﹂
そうジョージが言うと、訓練場の土からごりごりと音をさせつつ、
巨大なゴーレムが3体生まれでた。一体一体が3mくらいはある。
﹁ふふふ。どうかね?私はこれを最大4体出せる。今のうちに土下
座をすれば許してやらないでもないよ﹂
3体しか出さないのは、4体出せば倒れるからですね。わかりま
す。
﹁4体出さないのか?﹂
﹁き、貴様ごときは3体で十分だ!手加減してやってるんだよ!﹂
やっぱりか。でも3体でも結構すごいな。ゴルバス砦に行く前の
おれじゃ苦戦は必至だったろう。
﹁さあ、さっさと負けを認めたまえ。貴様の火魔法では我がゴーレ
ムに傷ひとつつけられんぞ﹂
そりゃ、あらかじめゴーレム出してればこっちの詠唱なんか妨害
し放題だろうさ。低ランクのじゃ表面を焦がすくらいしかできそう
781
にないし。
だがおれのことを調べたんだろうけど、情報が古いな。火魔法を
使ってもいいがここは同じ土魔法で相手をしてやろう。
﹁おれも土魔法が使えるんだ。どうせならゴーレム同士の勝負をつ
けないか?﹂
そうすれば怪我をする心配はない。
﹁ほう。土魔法が使えるという情報はなかったが。まあいいだろう。
貴様のゴーレムを見せてみたまえ﹂
﹁確認するが決闘はゴーレム同士の勝負で決着をつけるということ
でいいんだな?﹂
﹁いいだろう。バイロン家の名にかけて誓おう﹂
さて。大ゴーレム作成は一度しか試してないがだいたいの使い方
はつかんである。レベル2のゴーレム作成ではいじれなかったサイ
ズが魔力次第で大きくできる。そのための魔力ならたっぷりとある。
︻大ゴーレム作成︼発動︱︱作成は1体。魔力は多めに込めてお
こう。
ずっ。ずずずっ。なんだ?地面が⋮⋮やばい。ゴーレムがでかす
ぎたのか!?
﹁みんな離れて!﹂
782
みんなも異変に気がついたようだ。おれの声に合わせて大慌てで
距離をとる。
広範囲にわたって地面がボコッ、ボコッとうごめく。ジョージも
青ざめた顔で自身のゴーレムと共におれから距離をとった。同じ土
メイジだけあって、今何が起こってるのかわかっているのだろう。
そして詠唱が完了し、巨大ゴーレムが地響きを立てつつゆっくり
と地面から立ち上がる。10?いや20mくらいはあるぞ⋮⋮
﹁な、なんだそれはっ!﹂
ジョージの声で我に返る。決闘するんだったな。もう戦いになり
そうもないけど。
﹁何ってゴーレムだろう。さあ始めようか﹂
﹁み、見掛け倒しだ!そうに違いないっ。行け!ゴーレム達!﹂
3体のゴーレムがおれの巨大ゴーレムに襲いかかる。こいつらも
3mはあってかなりでかいんだが、サイズが違いすぎる。巨大ゴー
レムの足に殴りかかるんだが表面が削れる程度でまるで効果がでて
いない。
﹁はっはっは!どうだ!やっぱり見掛け倒しなんだろう!でかいだ
けで一歩も動けない木偶の坊だ!﹂
いやいや。さっき普通に立ち上がったでしょうに。
﹁踏み潰せ﹂
783
巨大ゴーレムに命令を下す。頭の中で考えればいいので、別に声
をだす必要はないんだがなんとなく気分だ。
巨大ゴーレムはゆっくりと足を上げ、ズシンッという音と共にゴ
ーレムを一体踏み潰す。それを見て2体が後退する。更に一歩踏み
出しもう一体も踏み潰す。最後の1匹はちょこまかと逃げまわった
が、ゴーレムをしゃがませて、手のひらで押し潰し戦いは終わった。
﹁馬鹿な⋮⋮こんな馬鹿な﹂
おれもそう思う。巨大なゴーレムが小さなゴーレムを踏みつぶし
てまわるのは、見ていても何か非現実な光景だった。
しかし、困ったな。訓練場に大穴開けちまった。このゴーレムを
土に戻したら元に戻るだろうか?軍曹どのにまた説教くらったら嫌
だなあ。穴を見ながらそんなことを考えていると、アンジェラから
声がかかった。
﹁マサル、危ない!﹂
﹁え?﹂
ジョージか!?
ジョージが剣を振りかぶって襲い掛かってくる。とっさに左腕を
上げ盾で防御しようとするが、盾のない部分を打ち据えられる。ジ
ョージはそれ以上追撃せずに下がったが、左腕がだらりと下がる。
肘のあたりを打たれ痛みで動かすことができない。
784
﹁ククク。バイロン家のボクが平民などに負けるわけがないんだ﹂
﹁おまえっ!﹂
﹁さあ、剣を抜く時間をやろう。構えろ、平民!﹂
左腕は使い物にならない。骨までいってるかもしれない。革鎧が
なければすっぱり切り落とされていただろう。
ジョージから距離を取り、背中の剣をゆっくりと抜く。相手は魔
法使いだ。ヒールを詠唱すれば気がついて即攻撃を加えてくるだろ
う。くそ。左腕がいてえ。
見物人から野次が飛ぶ。だがジョージは聞く気はないようだ。
﹁恥ずかしくないのか?ゴーレムで決着がついただろう﹂
﹁黙れ黙れっ!あんなもの!何か不正をしたに決まってる!貴様み
たいなゴミクズにあんな、あんな!﹂
片手で剣を構え、左腕の痛みをこらえ深呼吸する。こいつの剣の
腕は大したことはない。でなかったら初撃で腕を落とされるか死ぬ
かしていただろう。
﹁マサル!今すぐ治療を!﹂
﹁来るな。すぐにケリをつける﹂
﹁いい心がけだ。それに免じて苦しまずに殺してやろう﹂
785
そう言ってジョージは構えをとる。剣は刺突剣というのだろうか。
細く、突きに特化したタイプだ。左腕が無事なのもそのせいもあっ
たんだろう。
だがどうしてこっちの人はすぐ死ねだの殺すだの言うのかね。も
っと平和に生きたい⋮⋮
﹁ゆくぞ!﹂
おれの左腕を殺して既に勝ったつもりなんだろう。勝ち誇った顔
をして、ジョージが剣を構え突っ込んでくる。そして突きを繰り出
す。うん、遅いわ。全然遅い。余裕で避け、剣の柄でカウンターを
ジョージの顔に打ち込んだ。
殴り飛ばされ倒れたジョージはぴくりとも動かない。ちょっとや
りすぎたか?死んでないよな⋮⋮?ジョージの2人の従者が駆け寄
る。
﹁マサル、大丈夫?今治すからね﹂
﹁何よあいつ!貴族の風上にも置けないわね﹂
アンジェラのヒールで腕の痛みがひいていく。
﹁よくやってくれた、マサル。今回の件は全部上のほうに報告して
おこう。決闘の取り決めをやぶったんだ。もうこれ以上何か言って
くることはないだろう﹂
ジョージは治療を受け気絶したまま運びだされていく。どうやら
死んではいないようだ。
786
﹁マサル、ありがとう﹂
﹁うん﹂
﹁マサル様、すごかったです!格好よかったです﹂
﹁そうね、これだけの巨大なゴーレムなかなか見れないわよ﹂
﹁それと盛り上がってるところ済まないが⋮⋮﹂と、副ギルド長が
大穴のほうを指さす。
あー、うん、直します。直しますよ。
787
57話 ティリカの望みは︵後書き︶
﹁さあ、行くわよ﹂と、アンジェラ。
﹁え、もう?﹂
アンとエリーに両脇をつかまえられる。
﹁こ、心の準備を⋮⋮﹂
﹁諦めなさい、マサル。もう始めるわよ﹂
﹁往生際が悪い﹂と、ティリカが言う。
﹁人間誰しも苦手なものというのが⋮⋮﹂
次回、明日公開予定
58話 開放と
。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です
788
58話 解放と
巨大ゴーレムを土に返し、砦で培った土木工事技術によって華麗
に訓練場を直したあと、砦の戦いでの報酬をもらおうと思ったのだ
が、おまえはややこしいから後にしてくれと追い出された。エリザ
ベスはすぐにもらって実家のほうに送金してたし、サティの分も問
題なかった。
ちなみに送金は冒険者ギルドがギルド員のために責任を持ってや
ってくれる。ギルドの支部から支部へと情報を送り、必要があるな
らそこからさらにお届けをする。もちろんその場合は多少の経費は
かかるが確実に届けてくれるという。エリザベスの場合、領地に小
さい支部があるので手数料もいらないのだそうだ。
ギルドを出たあとは隣の武具店に来ている。ティリカちゃんはお
仕事だ。
連日の戦いで革鎧にかなりダメージが出たせいだ。主にナーニア
さんに付けられたものなんだけど。修復してもよかったのだが、こ
の機会にもっと防御力がいいものに変えてしまおうと思っている。
今の革鎧をベースに胴をプレートメイルに替えて、あとは腕と足
の要所も鉄で補強する。ナーニアさんが付けていたハーフプレート
メイルのような感じだろうか。
サティとアンジェラのもお揃いで購入。アンジェラはちょっと重
いって言ってたけど強化前提だし大丈夫だ。体形に合わせて仕上げ
るため、完成まで数日かかることとなった。
789
﹁ちょっとアンジェラとエリザベスは先に帰っててくれる?﹂
﹁そうだね、ほら。エリー行こう﹂
﹁ちょっと。2人でどこ行くのよ﹂
﹁いいからいいから。来なさいよ﹂
﹁わかったわよ。そんなに引っ張らないでも﹂
アンジェラに引っ張られるエリザベスを見送る。
﹁お土産なんか買ってくるよー。んじゃサティ、行こうか﹂
サティの手を握って歩く。
﹁はい。でも本当にいいんですか?私はこのままでもいいんですけ
ど﹂
﹁でも別に何も変わらないだろう?﹂
﹁んー﹂
サティはちょっと考えているようだ。
﹁アンジェラとエリザベスとティリカちゃんと同じになるだけだよ。
そのほうがいいだろ?﹂
790
﹁そうですね。みんな一緒なんですよね!﹂
﹁そうそう。呼び方も変えないとなー。マサルって呼んでみな?﹂
﹁マ、マサル⋮⋮﹂
サティはそういうと真っ赤になってうつむいた。なんかいいな。
ちょっとグッと来たぞ。
﹁マサル君、マサルさん。マー君?﹂
﹁マサル君、マサルさん、マー君?﹂
﹁どれがいい?﹂
﹁やっぱりマサル様で﹂
﹁そう?﹂
﹁はい﹂
﹁あ、ついたよ﹂
サティを買った奴隷商の前で立ち止まる。サティはこちらを不安
げな顔で見上げた。
﹁あの⋮⋮私が奴隷じゃなくなったら⋮⋮20年たったら連れて行
ってくれるって約束はどうなりますか?﹂
791
奴隷だから連れて行ってくれるのかもしれない。そんな感じで不
安なのだろうか。
﹁別に何も変わらないよ。でもそうだね。みんなと結婚するんだし、
もう帰らなくてもいいかもしれない。うん、約束するよ。サティを
置いてどこにも行かない。これでいい?﹂
﹁はい、マサル様。約束です﹂
今でも日本には未練はある。でもこっちで骨を埋めるのも悪くな
いかもしれない。嫁が4人だもんな。たぶんおれの人生で今が絶頂
だろう。痛い目や恐ろしい目に何度もあったけど、あえて言おう。
我が生涯に一片の悔いなしと!
いや、まだエリザベスとティリカちゃんとはやることやってない
な。ちゃんとやってからにしよう。
ぐっと拳を握って決意したおれをサティは首をかしげてみていた。
はっ。いかんいかん。今日はサティの解放に来たんだった。
﹁よし、入るぞ﹂
扉に向かおうとするとあっちから開いた。ちょっと店の前で時間
をかけすぎたようだ。いつもの中年の禿げたおっさんだ。
﹁おや、あなたは。それに君はえーっと﹂
﹁サティです﹂
792
﹁そうそう。サティだ。うまくやってるかい?﹂
﹁はい。よくしてもらってます﹂
﹁そうかい。さあ、中へどうぞ。それで今日はどんな御用で?﹂
﹁実はこの子を解放しようと思って﹂
﹁なるほど。お客さんタイミングがいい。ちょうど紋章師の先生が
来てましてね。すぐに呼んできましょう﹂
そういうと部屋を出て行った。そういえば紋章師とかそういうの
考えてなかったな。解放するぞ!ってやって来てできる人がいませ
んでした。明日来て下さいとかなったらとんだ笑いものになるとこ
だった。
ほどなく禿のおっさんは灰色のローブを来た、陰気臭そうな男を
連れて戻ってきた。
﹁奴隷紋の解除だな。料金は800ゴルドだ。いいかね?﹂
﹁はい﹂
高いか安いかはさっぱりわからないが、お金はたっぷりある。ア
イテムから銀貨を8枚取り出し渡す。
﹁腕を出しなさい﹂と、サティに命令をする。
﹁ふむ。私がやったものだな。これならすぐに解除できる。解放は
別室でやらせてもらう。術を見せるわけにはいかんからな﹂
793
簡単に解除はできないようになってるとは言え、施術を見れば魔
法使いなら再現できる可能性はあるという。奴隷紋を刻む、解除す
る技術は資格のないものが覚えるのは危険だ。勝手に奴隷を作った
り解放されては社会が混乱する。
﹁すぐに済む﹂
そういうとサティを連れて部屋を出た。
﹁大丈夫ですよ。うちとは長い付き合いでしてね。安心して任せら
れる方ですよ﹂
おれの不安が顔に出ていたのだろう。
﹁そうですね。大人しく待ってます﹂
出されたお茶を一口飲んで思い出した。
﹁そうだ。あの、前にも聞いた年上のおねーさん、連絡つかないで
すかね?﹂
サティと結婚することを話すと快く連絡することを約束してくれ
る。そのあたりのことを話しているうちにサティ達が戻ってきた。
﹁これでこいつは自由人だ﹂と、紋章師が言う。
﹁おめでとう、サティちゃん。結婚もするし、いい人に買ってもら
ってよかったね﹂
794
﹁はい﹂
﹁結婚するのか。では私からも祝福させてもらおう﹂
﹁ありがとうございます﹂
サティの手を取る。奴隷紋は刺青みたいなものに見えたのに綺麗
に取れるもんだな。紋章があったあとは全くなにもない。
﹁じゃあ行こっか。日取りが決まったら連絡しますね。では﹂
﹁お幸せに﹂
帰りの道々、サティと手をつなぎ歩きながら考える。こっちの人
は苗字がないことが多いけど、サティが山野を名乗るとすればサテ
ィ・ヤマノになるのか。どっかの日系人みたいだな。アンジェラ・
ヤマノ、エリザベス・ヤマノ、ティリカ・ヤマノ。うーん。どれも
似合わん。鳳凰院とかもっと派手な苗字だったらよかったのにな。
サティ・鳳凰院。うん。良い感じだ?鳳凰院サティ。鳳凰院エリザ
ベス。これならなんとなく合うな。今度相談してみよう。
そんなことを考えながら黙って歩く。2人きりのときはサティは
あまり話さない。おれも口が達者なほうじゃないから助かってる。
ちらりとサティのほうを見ると目があい、サティはにっこりと笑う。
おれも釣られて笑い、握った手に少し力を込める。
﹁私⋮⋮﹂
795
﹁うん?﹂
﹁もう奴隷じゃないから﹂
﹁うん﹂
﹁マサル⋮⋮マサル様のこと、好きでもいいんですよね?﹂
最近はなかったが、サティはたまにこういう時がある。自分の立
場が不安なのだろう。まあこういう反応も愛おしいんだけどね。
﹁うん。おれもサティのこと好きだよ﹂
﹁私も。私も大好きです﹂
﹁うん﹂
その後は黙って歩いた。ふんわりと幸せな気分にひたる。サティ
に今幸せかどうか聞くのは無粋だろうな。この子はいつも楽しそう
にしている。これからもこんな日々がずっと続けばいいのに。
市場に寄って色々と食料品を購入していく。少し遠回りをして、
馬牧場にも寄って馬乳ヨーグルトも手に入れておいた。エリザベス
は食べたことがないからきっと喜ぶだろう。
家に戻り、サティの腕をみんなに披露する。アンジェラはもちろ
ん、エリザベスも我がことのように喜んでくれた。その日の夕食は
大事に取ってあったドラゴンのお肉を使ってご馳走にした。そうい
796
えばティリカが最初に来たのはこのドラゴン肉のおかげだったな。
感慨深い。
結婚式は一週間後に、オルバさんナーニアさんと合同でやること
になった。こじんまりとした式がよかったんだが、なんだかどんど
ん規模が大きくなっていく気がする。もちろんおれの力弱い主張は
4人にあっさり却下された。ティリカでさえ、結婚式はすごく楽し
みなようだ。
ただ一つだけ、ウェディングドレスのデザインだけは通させても
らった。こっちでは花嫁衣装は特に決まってないらしく、好き勝手
に着飾るんだそうだが、おれが下手なりにイラストで描いたのを見
せたら気に入ってくれたようだ。4人分、おそろいで仕立屋さんに
発注した。時間がなかったのであまりひらひらしたのは付けられな
かったが、シンプルで清楚な感じに仕上がったと思う。ナーニアさ
んも相談して同じようなのを作った。
︻マサルによるウェディングドレスデザイン︼
<i72497|8209>
婚約指輪は既婚者の司祭様や副ギルド長に訊いたが役に立たなか
った。受付のおっちゃんに聞いたところ、いいお店を紹介してもら
い、ミスリル銀を使ったお揃いの指輪を5個誂えた。
結婚式の費用、家にいれる家具、指輪やドレス。砦で得た報酬が
すべてなくなり、手持ち資金まで減る有様だ。オークならあほみた
いな数を倒したのだが、いかんせんあいつらは討伐報酬より肉が高
い。時々は回収できたのだが、それも結婚式の招待客に振る舞う食
797
事として全て提供してしまった。砦の防衛自体の報酬は安かった。
緊急依頼に関しては半ばボランティアということなのだろう。放置
しておけば国が滅びかねないのだ。みなわかって命をかけていた。
結婚式までの7日間で初夜は済ませた。部屋割りは悩んだのだが、
エリーとアンがそれぞれ一部屋。サティとティリカとおれで大部屋
を使い、おれが順番に4日ごとに泊ってまわるってことになった。
体が持つだろうか。絶倫というスキルがあるのだが、取るかどうか
悩ましい。
指輪を探しに行った以外、結婚式の段取りは全部アンとエリーに
任せっきりでおれは他のことで時間を潰していた。サティとティリ
カもこれに関しては役に立たず。ティリカは半日は仕事をしていた
が、サティは家事のみであとはおれの暇つぶしなどに付き合ってく
れていた。
ティリカは師匠が結婚式に来るらしい。エリーは実家が帝国の南
方なので手紙が届くだけでも時間がかかるそうだ。そのうち挨拶に
行くことを約束した。奴隷のおねーさんは連絡がつき、来てくれる
ことになった。サティの家族は王国内にいるらしいが、もちろん呼
ぶ予定はない。元の家族のことを話すと悲しそうな顔をするのでそ
れからは一切話すことはなかった。
結婚式当日。4人の花嫁が揃うのを見て、おれはこの後のことを
一時忘れて感動に打ち震えていた。 ﹁みんな⋮⋮綺麗だ﹂
798
既に衣装合わせでは何度か見ているが、きちんと着て揃っている
と壮観の一言に尽きる。
﹁ありがとう、マサル﹂と、一番近くにいたエリザベスが言う。
﹁さあ、行くわよ﹂と、アンジェラ。
﹁え、もう?﹂
アンとエリーに両脇をつかまえられる。
﹁こ、心の準備を⋮⋮﹂
﹁諦めなさい、マサル。もう始めるわよ﹂
﹁往生際が悪い﹂と、ティリカが言う。
﹁人間誰しも苦手なものというのが⋮⋮﹂
今いるのは神殿ホールの袖の部分。ホールは参列者で鈴なり状態
になっている。出て行けば皆が否応なしに注目するだろう。これな
ら治療の時のほうがいくらかましだ。
﹁ちょっと。何気配消してるのよ。普通にしてなさい。普通に﹂
隠密を発動させていたらエリーに怒られた。
2人に両脇をかかえられ、サティとティリカが後に続きホールに
出る。わっと歓声があがる。
799
そこから先はひたすらアンとエリーの指示に従って周りを見ない
ようにした。まあ結婚式で新郎なんか所詮おまけみたいなもの。み
んな新婦さんを見に来ているんだろうし。
幸いだったのはこちらの結婚式の進行が簡素だったことだ。舞台
役者みたいに5人揃って皆に一礼するのはどうかと思ったが、指輪
交換もキスもなし。司祭様が結婚するにあたってなんたらかんたら、
神に感謝してなんたらかんたら。内容は覚えていないけどそんな感
じだった。そして神の前で愛を誓う。最後に司祭様が正式に結婚を
認め、また歓声があがる。
式は終わりだが次はお披露目や挨拶がある。神殿の中庭に立食パ
ーティー形式の用意がしてあって、俺たちはひな壇みたいな一段高
くしたところに座らされ、ひたすらやってくる人と挨拶をかわすの
だ。
おれの知り合いは少ないはずなのだが、花嫁に挨拶するついでに
おれにも声をかけていく。こっちは名前を知らないのに相手は知っ
ている。とりあえずありがとう、ありがとうございますと繰り返す
のみ。いい加減逃げたいがアンとエリーの監視がきつい。トイレの
中にまで孤児院の子が逃げないようにとついてきた。
永遠とも思われる数時間が終わり、おれは解放された。孤児院の
食堂にぐったりと突っ伏せる。
﹁お疲れ様、マサル﹂
﹁情けないわね、これくらいで﹂
﹁苦手なんだ、こういうの﹂
800
人の結婚式でもなんか苦手だった。荘厳な、きちんとしないとい
けない雰囲気がだめなんだろうか。ましてや主役をやれとか胃に来
る。きまくった。もうだめだ。
﹁大丈夫ですか、マサル様?﹂
﹁家に帰って休も、マサル。私も疲れた﹂
そうだな。我が家に帰ろう。みんなで一緒に。
801
58話 解放と︵後書き︶
エリザベスが続けて言う
﹁でも冒険者になって現実ってものがだいぶわかってきたの。いま
さらうちの元の領地を返せなんて言えないし、無理な話だわ。新し
い領地もだいぶ順調になってきたしね。でもあの豚領主はいつか殺
す﹂
そうか。無事ぶっ殺せるといいな、豚領主。
次回、明日公開予定
59話 司祭様とアンジェラ、ティリカの師匠、エリザベスの事情
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
自作のドレスデザイン載せてみたんですがどうでしょうか?
よく読むなろう小説でこういうシンプルな挿絵がよくあったんで
ちょっと真似してみたんですが。
802
59話 司祭様とアンジェラ、ティリカの師匠、エリザベスの事
情
結婚式までの7日間、おれは別にごろごろしてたわけじゃない。
まずはウェディングドレスのデザイン画を描き、仕立屋に持って
いった。これでおれの役目はすぐに終わった。デザイン画を見せて
説明すると、その場で似たような服を探し女性陣に着せ、簡単に打
ち合わせするだけだった。貴族のパーティー衣装に似たようなのが
あったらしい。あとは女性陣の採寸などだったので、おれは抜けだ
して指輪を探しに行った。場所は既に聞いてある。
指輪のデザインも相談済みでエリーの持ってる魔力の指輪のよう
な、簡素なものにした。材質だけ少々値段のはるミスリル製。だい
たいの事が決まったので、色んなサイズの鉄の指輪をもらって仕立
屋にいる女性陣の指のサイズを確かめた。品物は見てのお楽しみっ
てことで。
おれの衣装?エリーに選んでもらったのを少し裾直しとかだけし
て終了。わりとどうでもいいよね。
次の日はオルバさんの義足を作ってみた。こちらの義足を見せて
もらったがただの木を足に装着しただけの簡素なものだった。日本
にいるときTVで見た、パラリンピック選手の付けていたような、
バネのついたものができないかと試行錯誤してみたのだ。これには
土魔法の錬成が役に立った。
803
錬成は物質を変形、変質させる魔法だ。変質はかなり難しいが、
変形ならイメージ次第でなんとかなる感じだ。ちなみに鉄を金にし
たりは無理だった。変質はせいぜい土を石に変えたりする程度。も
っと熟練したら色々できるらしいが初心者にはそのあたりが精一杯
だった。
以前司祭様と家を訪ねて目を治した人、フリオさんが鍛冶屋さん
だったので鉄とか作業場を融通してもらった。結婚するというとジ
ーナさんと式に来てくれることになった。ジーナさんが色々と大変
でしょう?お手伝いしますよ、と言ってくれたがこれは断った。た
だでさえ、4人の嫁が家にいて色々ややこしいのにこれ以上人を増
やしたくなかった。いや、楽しいし、すごく幸せなんだけど気遣い
も4倍と言った感じなんだ。ちなみに今日は一人だ。サティには家
のことを任せてある。
鍛冶屋さんの工房を借り、最初は変形で板バネを作ってみたのだ
が耐久度に問題があった。鉄の問題だろうと思い、変質を使って硬
くしてみたんだがこれも上手くいかない。品質が安定しないのだ。
強度の上がった部分と上がらない部分がまだらに交じり合い、元の
ほうがましという有様だ。職人さんの作業を魔法で再現するのは無
理そうだ。
日本で見た義足はなんの材質だったんだろう?黒っぽいからカー
ボン?それともプラスチックか?どっちにしろこちらでは手に入り
そうにない。カーボンなら炭だろうと、変質を使ってみたが、ただ
の固い板ができてしまった。しかも強度も弱くぽっきり折れる。使
い道はなさそうだ。プラスチックは石油かな?だけどカーボンの失
敗を見るとこれも望み薄だ。
油圧式もサスペンションも少しだけ考えたが構造を全く知らなか
804
った。
最後に本命、スプリング。つまり丸いくるくると巻いたバネだ。
スプリングが最後になったのはフリオさんに丸く細い鉄の棒を作っ
てもらっていたからだ。何度かの失敗の末、やっと1個のスプリン
グが完成した。丸く巻いていくのが難しかったんだが、適度な太さ
の木の棒に巻いていくことを思いついて、そこからはスムーズに進
んだ。出来上がったスプリングをフリオさんに手伝ってもらい義足
に組み込む。
足をはめ込む部分はオルバさんに付けてもらって調整しないとだ
めだけど、体重をかけてみたところ悪くない感触だった。
さっそく完成品第一号をオルバさんのところへ持っていく。宿は
以前と別の少しグレードの落ちるところに移っていた。節約しよう
ということなんだろう。とは言え、ランク的には普通のところだっ
たが。
布をクッションにして、足にとりあえず合わせ、皮のベルトで足
に縛り付ける。オルバさんがナーニアさんの手を借りて立ち上がり、
足の感触を確かめる。
﹁すごいな、このスプリングというのは。このまま走っても大丈夫
そうだ﹂
﹁あー、あんまり負荷はまだかけないで下さい。まだ試作品なんで﹂
﹁もうちょっと高さを上げれば、そのままでもいいと思うがな﹂
﹁強度が心配なんですよ。走ってぽっきりいったら困るでしょう﹂
805
﹁注意することにしよう。それに暇になるからレヴィテーションと
か魔法を習ってもいいかもな﹂
﹁そうですね。ヒールとかも自分でできればずいぶん楽になると思
いますよ﹂
オルバさんほどの冒険者なら魔力はそこそこあるだろうし、時間
がかかるにしても習得は問題ないはずだ。ヒールがあれば足との接
合部分が痛んだりしても、すぐに治せて便利だろう。
﹁これはこのままもらってもいいのかい?﹂
﹁はい。高さの調整とかはどうします?﹂
﹁それはこっちでやろう。前の義足を使えば足にも馴染みやすい﹂
オルバさんの足の長さを確認し、以前の義足の接合部分の型を土
魔法を使い粘土で取る。
﹁では明日また試作品を作ってもってきます﹂
﹁おれがそっちに行こう。どこでやっているんだ?﹂
﹁西門の南の方にある鍛冶屋で、名前は⋮⋮﹂
翌日、材質や太さ、長さを変えながら何個もスプリングを試作し
た。長さと太さは研究の余地があるが、材質は黒鉄鋼がいいんじゃ
806
ないかと言うことになった。高級な剣によく使われるだけあって、
硬度も粘りも申し分がない。
黒鉄鋼で作った試作品、そこそこ使えそうな品も全部オルバさん
に引き渡して義足作成は一旦の終了を見た。
オルバさんはいいものを作ってもらったとずいぶん喜んでいたが、
おれはあまり素直に喜べなかった。あの禁呪を開発できれば治せる
可能性はあるのだ。司教様は考えるなと言ったが、オルバさんを目
にすると考えざるを得ない。この義足が少しは罪滅ぼしになればい
いんだが。
次の日はサティを連れて街の外で巨大ゴーレムのテストを行った。
決闘で使った20m級のゴーレム。でかすぎて強度が足りないよう
に見えたのだ。あの時は崩壊するようなことはなかったが、実は結
構やばかったんじゃないかと思う。ジョージも案外そのあたりを見
抜いていたのかもしれない。
試しに同サイズの20mの巨大ゴーレムを作って色々と動かして
みたのだが、足がミシミシいって怖い。結局魔法を解くまで崩壊は
しなかったが、戦闘となるとどうなんだろうか?どちらにしろこれ
が限界サイズのようだ。実戦はもう1サイズ落として複数作るのが
正解なんだろうな。
メテオとフレアのテストもやった。念の為に1時間は街から離れ
た場所でぶっ放す。メテオは広範囲殲滅魔法。フレアは単体用の超
高熱ファイヤーボールだ。どちらも最高レベルの火魔法にふさわし
い威力だった。フレアはともかく、メテオを第一城壁と第二城壁の
807
間で使ったらやばいことになっただろう。試さなくて本当によかっ
た。
帰りにサティと一緒に野うさぎを狩って戻ると、門番にまた魔法
の練習か?と声をかけられた。門のところまでメテオかフレアの音
が聞こえたらしい。さすがにそんなに大規模な魔法だとは思わなか
ったようで特に注意はされなかった。
結婚式にはクルックやシルバーも呼びたかったんだが不在だった。
詳しい話は守秘義務とやらで教えてもらえなかったが、護衛任務で
遠方に行っているらしい。そういえばゴルバス砦でもいなかったな。
でもまあまた嫉妬に狂ってややこしいことにならなくてよかった
かもしれない。
それから街に戻ってすぐくらいに、アンが司祭様に結婚式の主催
を頼みに行ったのだが、使徒の件が速攻でバレた。以下、アンに聞
いた話だ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁お話とはなんでしょう。シスターアンジェラ﹂
﹁実はこの度、マサルと結婚することになりまして、司祭様にご報
808
告をと﹂
﹁おお、そこまで話が進んでいたのですか。めでたいですね。祝福
をさせてもらいましょう﹂
﹁ありがとうございます。それで結婚式で神殿を使いたいのですが﹂
﹁もちろん。もちろんですとも。主催もやらせてもらいますよ。ほ
う?アンジェラの他に2人もですか。ああ、一緒にいたあの子達で
すね﹂
この時点ではティリカはまだ人数に入ってなかった。
﹁最近は神殿でもね、実情にそぐわないと、一夫一婦制の教義はな
くすべきじゃないかとの声もあるのですよ﹂
神殿も色々あるようだ。とりあえずはあっさりと司祭様に認めて
もらって何よりだ。
﹁それともう一つお願いがあるんです﹂
﹁なんでしょう?﹂
﹁冒険者になってマサルのパーティーに入ろうと思うのです﹂
﹁⋮⋮あの話はどうなりましたか。結局マサル殿は?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁まさか!?本当に?﹂
809
どう話すか迷っているうちに、誤魔化す暇もなく即座にばれたら
しい。司祭様すごいな。
﹁あの!司祭様、このことは!﹂
司祭様はアンジェラを見て考え込む。
﹁すいません、司祭様。この孤児院に来て以来、司祭様はとてもよ
くしてくれました。両親のことはあまり覚えていませんが、父がい
れば司祭様のような人がいいって勝手に思ってました。でも⋮⋮﹂
﹁ええ。私もアンジェラを娘のように思ってますよ。家内もそうで
す。結婚の話を聞けばさぞかし喜ぶでしょう﹂
﹁司祭様に嘘はつきたくありません。でもマサルに迷惑もかけたく
ないんです⋮⋮﹂
﹁わかってます。もうこれ以上は聞きますまい。このことは私の胸
にしまっておきましょう。それがマサル殿のためになるんですね?﹂
﹁はい。ごめんなさい、司祭様⋮⋮﹂
﹁いいのですよ。これから結婚しようと言うのです。私より、神殿
より、マサル殿を大事にしてください﹂
﹁はい、司祭様﹂
﹁そんなに泣きそうな顔をしないで下さい。それよりも最近の話を
聞かせてもらえますか?砦ではあまり話せませんでしたし﹂
810
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ その後、使徒の件をさけて普通の話をして、パーティー加入のこ
とも認めてもらったと。
暇ができたら、司祭様とは一度きちんと話をしないといけないよ
うだ。
ティリカの師匠も結婚式前日にやってきた。真偽院の一級真偽官。
結構偉い人らしい。我が家に招いて、ティリカと3人で話をするこ
とになった。
ティリカの事情も結構重い。これは結婚式に呼ぶ人を考えたとき
に聞いた話だ。
﹁元両親はいる。けど呼ばなくていい。師匠だけ呼ぶ﹂
﹁元?﹂
﹁子供の時に売られて、親子の縁は切った﹂
811
ティリカの家は貧乏で、魔法の才能を見出されたことで真偽院に
売られちゃったんだそうだ。奴隷でこそないが、売られたことには
変わりない。
﹁両親はいないものと思えと教えられた。師匠が親代わり。こっち
に来てからはドレウィンが面倒を見てくれてる﹂
真偽官に求められる高い道徳性に肉親の情が邪魔になる。彼らは
他のあらゆるものを捨てて真実に仕える徒なのだ。
﹁結婚はいいんだ?﹂
﹁早く子供産めってうるさく言ってくる﹂
﹁マサル様とティリカちゃんの子供ならきっと可愛いですよ!﹂
﹁⋮⋮産もうかな﹂
いやいや、そんな理由で早まっちゃダメだってば!
﹁冒険者稼業もあるから当面はなしでね﹂
﹁わかった﹂
それで今、目の前にいる師匠の人は年配で厳しい風貌をした少し
怖そうな人だった。
812
﹁あの、おれは⋮⋮﹂と、挨拶をしようとすると手で制された。
﹁この男でいいのかね?﹂
﹁いい﹂
師匠の人の質問に、そう言ってティリカは軽くうなずく。
﹁もっといいのを用意できるが?﹂
もっといいのってなんだよ⋮⋮
﹁いらない﹂
﹁そうか﹂
次はこちらに向き直り質問を発する。
﹁おまえはティリカでいいのかね?﹂
﹁いいですけど﹂
﹁ティリカを守れるのかね?﹂
﹁できうる範囲で全力を尽くしますよ﹂
﹁まあよかろう。ティリカ、私はしばらくこの街に留まる予定だ。
何かあれば来るといい﹂
﹁わかった、師匠﹂
813
そういうと、挨拶もせずに家から出て行った。おれは戸惑いつつ
それをただ見送る。
﹁もう終わり?これだけなの?﹂
﹁マサルの本心は師匠に知れた。私もわかっている。それで十分﹂
師匠の人の名前も聞いてない。二言三言の簡単なやり取り。これ
が心を読めるということなんだろうか。
ともあれ、無事にティリカの師匠に結婚を認めてもらえたようで
ホッとした。
エリーの事情も聞けた。
エリザベスの実家は帝国の中堅クラスの貴族だった。魔境には接
してはいないが近くではあり、かなりの兵力を保持していた。そし
て近くの魔境と接する砦の警備を任される。
小規模の魔物の襲撃があった。小規模と言っても砦を落とすには
十分な数だ。だがエリザベスの父親は何故か兵を引いてしまった。
そして砦は落とされる。たまたま近くに来ていた騎士団とエリザベ
スの実家と隣接する領地の私兵団と協力し奪還をするが、砦を突破
した魔物たちが帝国内に侵入し、しばらくの間、周辺はひどい有様
だったらしい。
エリザベスの父親とナーニアさんの父親は砦の奪還時に討ち死に。
814
その時はナーニアさんも一緒にいたらしい。当主はエリザベスの兄
がついだものの、元の領地は取り上げられ小さな領地に転封された。
﹁はめられたのよ。あの豚領主め!﹂
砦に来た騎士団に近くの国境が破られそうだ、救援に向かってく
れと連絡を受ける。砦の防衛は騎士団が受け持つと。だが砦は空に
された。騎士団の団長はそんな連絡はした覚えはないという。エリ
ザベスの父親や腹心達は死んだ。話を証明する者が下級兵士だけで
は簡単に握りつぶされる。他に証明する者と言えば騎士団と豚領主
の私兵団しかいない。
魔物の襲撃に合わせての騎士団と豚領主の私兵団の動きはタイミ
ングが良すぎる。
﹁どうにかして魔物の動きを掴むか、誘導するかしたのよ。でもそ
の方法がわからない。証明のしようもない。騙されたと言っても騎
士団と豚領主が結託してる以上、私達にどうしようもなかったの。
家が取り潰されなかっただけましね﹂
移された領地は開拓地だった。つまり元魔境だ。領地経営はそれ
はもう厳しいものだったらしい。それでエリザベスとナーニアさん
は得た報酬を全て領地に送っていた。
﹁ナーニアの分のお金はそのうち返さないといけないわね。マサル
も協力してね﹂
﹁うん、いいけど﹂ ﹁それでナーニアと冒険者になってね。Sランクになって有名にな
815
って、あの豚領主をぶっ殺して領地も取り戻してやるって﹂
冒険者になって1年くらいでオルバさんに会って、暁の戦斧に加
入する。
﹁でも冒険者になって現実ってものがだいぶわかってきたの。いま
さらうちの元の領地を返せなんて言えないし、無理な話だわ。新し
い領地もだいぶ順調になってきたしね。でもあの豚領主はいつか殺
す﹂
そうか。無事ぶっ殺せるといいな、豚領主。
そして結婚式前日までに、エリーもティリカもメニューが開いた。
夜にたっぷりと仲良くしたかいがあったというものだ。
816
59話 司祭様とアンジェラ、ティリカの師匠、エリザベスの事
情︵後書き︶
﹁伝説級ですらなくて、神器なのね、これ⋮⋮どうやって手に入れ
たの?﹂
え?それ聞いちゃうの?あんまり言いたくない黒歴史なんだけど
﹁野うさぎ狩ったらくれたんだけど⋮⋮﹂
﹁はあ?﹂
﹁野うさぎってあれ?相打ちになってギルドに運ばれて来たってい
う﹂と、アンジェラ。
﹁ああ、うん。その話だよ﹂
﹁野うさぎ?相打ち?﹂
おれが説明するの?説明するんですね⋮⋮
次回、明日公開予定
60話 野うさぎな神器
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
本編とは全く関係ないですが、短編1本を書いてみました。
1200文字ほどの短い童話みたいなものです。
817
60話 野うさぎな神器
結婚式当日、神殿の中の部屋でそわそわと式が始まるのを待って
いる、奴隷のときサティと仲の良かったおねーさんが来たというの
で部屋に通した。何故かあの時の4番の一番値段が高かった子と一
緒に。お付きか護衛らしき人も2名ついていた。
﹁サティ!﹂
﹁セルマさん!﹂
2人が駆け寄って抱き合う。それを4番の子と一緒に眺める。4
番の子は上品そうなドレスを来てすごく綺麗だ。まあうちの嫁達に
は敵わないが。
サティとセルマさんは部屋の隅のほうへ言って話している。おれ
たちも椅子に座ってお茶を出す。お付きの人はお茶も断ってそのま
ま立っていた。
﹁ええっと?﹂
とりあえずサティがセルマさんと話していて暇なので4番の子に
声をかける。
﹁アデリアよ。セルマの付き添いで来たの﹂
﹁お二人は同じ所に?﹂
818
﹁ええ。うちは大きい商いをしていてね。セルマが内向きのことを
やって私が店を手伝っているのよ﹂
そういえば教養とか完璧って言ってたな。でも貴族に貰われたっ
て言ってたような。
﹁馬鹿正直に個人情報教える訳ないでしょう。頭悪いわね﹂
馬鹿でごめんなさい。この子無理して買おうとか思わなくてほん
とによかったわ⋮⋮
﹁でもいいわねえ。私もこんなに頑張ってるのに解放なんて話はと
んと出ないわよ﹂
﹁4人で結婚するのに、一人だけ奴隷っていうのもかわいそうでし
たから﹂
﹁4人!?3人も一気に嫁を取るの?﹂
﹁いえ、嫁が4人です﹂
﹁はー。見た目は頼りない感じなのにどこがいいのかしら?魔法使
いとは聞いてるけど優秀なの?それともお金持ちなの?﹂
﹁魔法はそこそこですかねー。お金は冒険者で稼いだ分だけなんで、
そんなにでも。ほんとに自分でもなんで4人も嫁に来ることになっ
たのかよくわかんないんですよ﹂
﹁なんかぼんやりしてるわね﹂
819
﹁すいません、ぼんやりで。セルマさんとアデリアさんは生活はど
んな感じです?﹂
﹁可愛がってもらってるわよ。奥様が体調を崩されていてね。私は
その代わりもしているの。セルマは家事の他に奥様の子供の乳母役
ね。まだ2歳の子供だけどよくなついてるわ﹂
この子を夜に好き放題してるのかなあ。いいなと思う反面、おれ
だとすごく尻に敷かれそうだ。たぶんエリーより性格きついんじゃ
ないだろうか。無理してまで買わなくてほんとうによかった。
サティとセルマさんの話が終わったようだ。セルマさんに結婚お
めでとうやら一通りの挨拶を受ける。サティがセルマさんの場所を
聞いてきたのでまたいつでも会いにいけるだろう。
﹁そうね。別に遊びに来てもいいんじゃないかしら。旦那様も奥様
もあまりうるさい方ではないし﹂
﹁ありがとうございます、アデリアさん。おねーさん、きっとまた
会いに行きますね﹂
﹁うん。じゃあ私達は参列者のほうに行くね﹂
2人とお付きの人をサティと見送る。
﹁よかったな、会えて﹂
﹁はい、元気そうでよかったです﹂
820
そして結婚式はおれの精神をガリガリ削った以外はつつがなく終
わり、その翌日。夕食前にクルックとシルバーが家を訪ねてきた。
2人を居間に通す。おれの嫁ーズは遠慮してくれて、夕食の準備
をしてくれている。最近はエリーもたまに手伝っている。料理の腕
はお察し下さい。気長に行こう。気長にね。
﹁えらく久しぶりだな、元気にしてたか?﹂
﹁はい、結婚の話を聞いたときは驚きましたが、マサルさんもおか
わりないようで﹂と、クルック。
﹁マサルさんってなんだよ?﹂
﹁いえ。4人も一気に結婚とかもうタメ口はきけません。マサルさ
ん、いや。マサル兄貴と呼ばせて下さい﹂
シルバーもうんうんと頷いている。
﹁いや、おまえら何言ってんの。おれ達友達だろう?この前友情を
確認したじゃないか﹂
﹁友達だなんて、そんな。恐れ多いですよ﹂
シルバーもうんうんと頷いている。
﹁おい、やめろよ。おれはお前らの友達のただのマサルだよ。マサ
ルちゃんって呼んでくれてもいいんだぞ﹂
821
﹁いや、マサルちゃんはないわ﹂
﹁うん、ないな﹂と、シルバー。
﹁そうか。おれも言っててないわって思ったわ﹂
﹁まあ冗談は置いといて。結婚おめでとう。おれの心の中の魔物は
お前を殺せとささやいているけど、今日のところは祝福させてもら
うよ﹂
﹁おめでとう、マサル﹂
﹁ああ、なんか引っかかる言い方だったがありがとう、2人とも。
それにしてもずいぶん長いこと街から離れてたんだな﹂
﹁うん。ちょうど長期の護衛任務が入ってね。帝国の首都まで行っ
てきたんだよ﹂
﹁ほー、いいな。おれ帝国は行ったことないんだよ﹂
王国首都すら行ったことない。というかむしろこの街と砦しか行
ったことがなかった。
﹁それがそうよくもないんだよ﹂
﹁なんで?楽な護衛任務だろ。こっちがどんだけ苦労したと思って
るんだ﹂
﹁楽すぎたんだ﹂
822
﹁いいことじゃないか﹂
﹁ゴルバス砦と緊急依頼のことを聞いたのは出発した翌日でさ﹂
﹁タイミングいいんだか、悪いんだかわからんな﹂
でもたぶんタイミングがいいんだろうな。ハーピーのときといい、
こいつらには危険を避ける特殊能力みたいなものがあるのかもしれ
ん。一度奴隷紋をつけてスキルを調べてみたいものだ。
﹁タイミングが悪いんだよ。ラザードさんがすっげえ機嫌悪くして
さあ﹂
﹁なんで?﹂
﹁ゴルバス砦の救援に行きたかったんだよ。でも護衛任務を放り出
す訳にもいかないだろ?﹂
﹁だなあ﹂
﹁それでも放り出して行きかねなかったから、全員で必死に説得し
たよ。依頼を故意に放棄するとなると違約金がすごいことになるか
らな。代役を立てようにも冒険者はみんな砦のほうに行っちゃった
し、リーダーで一番強いラザードさんが抜けるわけにもいかないし﹂
﹁それで不機嫌だったのか﹂
﹁それだけじゃない。軍が動くだろ。おれたちが通るルートって王
国軍も帝国軍も使うルートなんだよ﹂
823
﹁へー﹂
﹁王国軍が砦に向かうの見て、落ち着いてたのがまた不機嫌になっ
てさ。その上、軍が通ったすぐあとだから魔物の1匹も出ない﹂
﹁そりゃ暇そうだな﹂
﹁ひまひまだよ。夜ですら、なんにも出ないんだぜ?で、雇い主の
商人が言うわけだ。こりゃ護衛とかいらなかったな!って﹂
﹁うっわー﹂
﹁リーズさんがいなければあの商人の首は飛んでたね。あいつは自
分が生死の境にいたことは気がついてなかったけど﹂
﹁こえー﹂
﹁おれたちが怖かったよ!﹂
シルバーもうんうんと頷いている。
﹁そうか。おまえらもそれなりに苦労してきたんだな﹂
﹁そっちはどうだったんだ?おれたち、今日帰ってきたばっかりで
砦のことは人伝にしか聞いてないんだよ﹂
﹁ああ、あの日はな⋮⋮﹂
出発した日のことから始まって、騎士団の人に聞いた開拓村のこ
と、砦の様子などを詳しく話してやる。王国軍の兵士が来る前あた
824
りの話で夕食の準備ができたとサティが呼びに来た。
夕食を取りながら話を続ける。エリーも時々補足をしてくれた。
エリーは開拓村にいたし、ずっと防衛についてたからおれより色々
詳しい。
夕食後、2人はすぐにお暇した。
﹁新婚を邪魔しちゃ悪いからな﹂
﹁そっか。もっと話したかったけどな﹂
﹁それなら明日の午前中にギルドの訓練場に来いよ。そこで話そう
ぜ﹂
﹁⋮⋮話すだけだよな?﹂
﹁もちろんだよ。訓練の名を借りてマサルを亡き者にしようなんて
これっぽっちも考えてないよ﹂
﹁おい﹂
﹁冗談だ。まあ半分くらいは﹂
﹁⋮⋮まあいい。ちょうど体がなまってるって思ってたところだ。
相手してやってもいいぞ﹂
﹁ほう。じゃあ明日な﹂
﹁おう、ラザードさんは呼ぶなよ﹂
825
﹁絶対呼ばないよ!!﹂
翌日、2人を木剣でぼこぼこにしてやったのは言うまでもない。
さて。
避けて通れない問題がある。スキルの件、使徒の件だ。居間でア
ンと善後策を協議していると、さっきまでサティと一緒に裁縫をし
てたはずだけど飽きたのだろうか、ふらりとティリカがやってきた。
ティリカは最近はサティだけじゃなく、おれやエリーやアンにも懐
くようになってきた。
﹁どうしたの?﹂
急に話をやめたおれたちを見て、ティリカが問う。これはちょっ
とやばいんじゃないかと思ったが、なんでもないよと、アンが答え
てしまった。
﹁それは嘘。何をしていたの?﹂
おれとアンは顔を見合わせる。
﹁ふふふ。ついにおれの秘密を話す時が来たようだな!﹂
﹁何言ってるのよ⋮⋮﹂
﹁マサルの秘密?﹂
826
﹁そう。おれの秘密。エリーとサティも呼んできてくれる?みんな
に話すよ﹂
﹁わかった。呼んでくる﹂
﹁ごめんね、ぽろっと言っちゃって﹂
﹁まあどっち道そろそろ話そうってことになってたじゃないか﹂
﹁ううー。司祭様にもあっさりばれちゃったし、私は本当にだめだ﹂
﹁いや、本当に仕方ないって。アンが悪いんじゃないよ﹂
おれの情報統制のゆるさと口の軽さは実証済みだ。隠していても
遠からずばれただろう。司祭様やティリカみたいな隠し事をあっさ
り暴いちゃう人がいるのが悪い。
﹁でも⋮⋮﹂
﹁はいはい。もうみんな来るから切り替えようね。エリーがちょっ
と怖いからアンには援護して欲しいし﹂
﹁そうね。わかった﹂
居間は暖炉の火で暖かい。ソファーは2つ、暖炉を囲むように置
いてあり、全員が座っても余裕があるようにしてある。
827
すぐにサティが来た。そしてティリカに手を引かれて2階からエ
リーが降りてきた。昼寝をしていたらしい。眠そうだ。チャンスじ
ゃないか?エリーがおねむのうちにやってしまおう。
﹁みんなに重大な発表があります﹂
﹁ふぁー。突然何よ。重大発表って﹂
﹁おれが遠くの国の出身って話したことあると思うけど、実は異世
界から来ました﹂
﹁ふうん?﹂
あれ?なんか反応が鈍いな。ここはあれだろ。なんだってー!?
ってやるところじゃないのか?
﹁遠くの異国の出身なんでしょ。それは前にも聞いたわよ﹂
これはもしかして伝わってないのか?
﹁異国じゃなくて、異世界なんだけど﹂
﹁異世界ってどこにあるんですか、マサル様﹂
﹁え?﹂
どこだろう?おれ神様に連れてこられただけだし。
﹁アンはわかるよね?異世界﹂
828
﹁それは⋮⋮どこか遠くの世界?﹂
完全に伝わってないよ、これ!天動説がまかり通ってるような中
世レベルの文明度で、異世界ってどうやって説明するんだ?
﹁ええっとですね。この星じゃない別の世界がありましてね﹂
﹁星?空の星が何の関係があるの?﹂
あかん。これはあかん。地動説から説明するの?惑星の運行とか
を説明できたとしても、異世界って他の惑星ですらないし。平行世
界理論とか言ったらもっと伝わらない気がするぞ⋮⋮
﹁じゃあこんな想像をしてみてくれ。もし魔物も魔法もない、そん
な世界があったらどうだろうって﹂
﹁魔物がいないのは平和そうでいいけど、魔法がないと色々どうす
るの?文明が崩壊しちゃうわよ﹂
﹁うちの世界は別に魔法なくても平気だったけど﹂
﹁何言ってるのよ。マサルは魔法が使えるじゃない﹂
ああ言えばこう言う。エリーは調子出てきたみたいだ。
﹁そういう世界があるんだ。異世界。魔法もない。魔物もいない。
おれの故郷。おっけー?﹂
﹁ああ、うん。どこかにそういう世界があってそこがマサルの故郷
なのね。わかったわ﹂
829
あかん。まだちょっと遠くの国くらいにしか思われてない。
﹁異世界ねえ。ティリカはどう思う?﹂
﹁嘘は言ってない﹂
﹁そう。じゃあそういうことなんでしょうね。指輪の話が聞けるの
かと思ったのに。話はそれだけなの?﹂
それだ!異世界にこだわりすぎて忘れてた。本題は使徒ってこと
なんだ。
﹁あ、まだあります。続きがあるのでもうちょっと﹂
﹁あら?指輪の話?﹂
﹁うん。あれって神様からもらったんだ﹂
﹁神様?神様ってあの神様?﹂
﹁どの神様か知らないけどあの神様だよ。伊藤神っておれは呼んで
るけど﹂
﹁イトーウースラ様のことかな?それって主神様だよ﹂と、アンジ
ェラ。
アンジェラにはバレた時のことを考えてスキル関係の話はしたが、
神様関連のことはまだあまり教えてない。
830
﹁わからない。名前が伊藤って聞いただけだし。でも神殿の神像に
顔は似てたような気がする﹂
﹁どうなの、ティリカ?﹂
﹁嘘は言ってない﹂
﹁伝説級ですらなくて、神器なのね、これ⋮⋮どうやって手に入れ
たの?﹂
え?それ聞いちゃうの?あんまり言いたくない黒歴史なんだけど。
﹁野うさぎ狩ったらくれたんだけど⋮⋮﹂
﹁はあ?﹂
﹁野うさぎってあれ?相打ちになってギルドに運ばれて来たってい
う﹂と、アンジェラ。
﹁ああ、うん。その話だよ﹂
﹁野うさぎ?相打ち?﹂
おれが説明するの?説明するんですね⋮⋮
﹁こっち来てすぐくらいのときに野うさぎを狩りに行ったんだよ﹂
﹁ほんとに野うさぎ好きねえ﹂
草原行くと狩って帰ってくるからな。我が家の食卓には野うさぎ
831
肉が毎日乗る。
﹁それで調子よく狩ってたら、体力が尽きちゃって。ついでに魔力
も限界まで使っちゃって﹂
﹁魔力切れで倒れたの?﹂
﹁うん。野うさぎもちゃんと倒したんだけど、おれも倒れちゃって。
街道近くだったから通りがかった人が街まで運んでくれてね﹂
﹁⋮⋮相打ち?野うさぎと?﹂
エリーが呆れてる⋮⋮アンは知ってたみたいだけど。
﹁そう言えなくもないかなあ﹂
﹁はぁ∼。野うさぎってたまに呼ばれているのって、そういう意味
だったの⋮⋮﹂
ため息つかれちゃったよ。おれも言いたくなかったんだよ!
﹁それで野ウサギと死闘を繰り広げた男として有名になり、おれは
宿屋に数日引き篭もったんだ﹂
﹁マサルカッコ悪い﹂
﹁違うぞ!おれはそのあと野うさぎを狩りまくって名実ともに野う
さぎハンターになったんだ!もう野うさぎなんかに負けたりはしな
い!﹂
832
﹁当たり前でしょう!野うさぎに負けたとか聞いたことないわよ!
恥ずかしいったらないわ﹂
﹁ご、ごめんなさい﹂
﹁それで?指輪とどう繋がるの?﹂
﹁ええっとね。毎日の出来事とかを日誌に書いて神様に報告してる
んだよ。野うさぎのこともちゃんと書いたらね。面白かったからっ
てご褒美くれたんだ。それがその指輪﹂
﹁⋮⋮それって哀れに思われただけじゃないの?﹂
うっ。言われてみればそうかもしれない。
﹁神器⋮⋮野うさぎで神器ね。なんか一気に有り難みが薄れたわ﹂
﹁すいません。あほな理由で⋮⋮﹂
﹁だ、大丈夫ですよ!マサル様は強いし格好いいです!﹂
ありがとう。サティだけはいつでもおれの味方だよ。
833
60話 野うさぎな神器︵後書き︶
﹁では本邦初公開、短距離転移魔法よ!﹂
おー、ぱちぱち。みんなで拍手をしてやる。
ほんのりとから揚げの匂いがする中、エリーが魔法の詠唱を始める。
﹁転移!﹂
そして姿がふっと消え、部屋の端にあらわれた。
﹁どうよ!﹂
﹁すごいです、エリザベス様!﹂
次回明日公開予定
61話 加護
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
総合4万ポイント、累計55位!ほんとうに沢山の応援ありがとう
ございます。
あと日間ランキングに5本同時ランクインしました。
案山子の話のほうは、ちゃんと本編の合間でやっていますのでそん
なに影響はない、はずです⋮⋮
834
61話 加護
﹁神様ね。本当なの、ティリカ?﹂
エリーがティリカに尋ねる。そこはおれに直接聞こうよ。
﹁嘘は言ってない﹂
﹁そう。でもそもそもどうして神様に日誌を書いて報告してるのよ
?﹂
﹁仕事を探してたんだよ。それで就職斡旋所みたいなところがあっ
て⋮⋮﹂
ハロワに行って仕事を見つけてギルドに入るあたりまでの話をす
る。
﹁⋮⋮ずるいわ﹂
﹁あー、うん。そうだね﹂
﹁アイテムボックスも空間魔法じゃなくて、神様にもらった能力な
のね。そんなのずるい!私にも寄越しなさいよ!﹂
﹁いいよ。おれの使ってるアイテムボックスは無理だけど、空間魔
法なら﹂
﹁え?いいの?ほんとうに?﹂
835
﹁うん。今日はそのあたりの話もあるんだ﹂
メニューを確認する。ティリカのレベルは4、エリザベスが15。
実はエリザベスのレベルが低すぎるんじゃないかと日誌で神様に
確認してみたんだ。4年間冒険者生活をしてたにしては低すぎる。
そして珍しく解答がきた。
おれの経験値やステータスの上昇には伊藤神の加護によりブース
トがかかっていたのだ。つまり通常の冒険者だと4年間Bランクの
パーティーでがちがちと魔物とやりあったとしてもレベル15。な
かなか厳しい世界だ。
﹁実はサティとアンには既に能力は分け与えてある。神様は加護っ
て呼んでいたな﹂
﹁サティは⋮⋮まあいいとして、アンにもあげて私に今までないっ
てどういうことよ?﹂
﹁ほら、あれなのよ。親愛度っていうか、愛情度。わかるでしょう
?ある程度仲良くないと能力が分けられないみたいなのよ﹂
忠誠って言い方がなんか嫌だったので親愛度とか愛情度みたいな
感じで説明してある。
﹁そうそう。結婚式前くらいには加護が分けられるくらいになって
たんだけど、ごたごたしてたから今まで待ってたんだ。ゆっくり話
がしたかったからね﹂
836
﹁私ももらえるの?﹂
﹁うん。もちろんティリカにもあげるよ﹂
おれとサティ、アンの現在のスキルを紙に書いて見せてみる。
マサル スキル 1P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
サティ スキル 3P
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4 敏捷増加Lv4
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2
837
アンジェラ スキル 2P
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2 MP回復力アップLv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4 水魔法Lv2
ポイントやスキルについてざっくりと説明していく。エリザベス
が使えるのは75P。ティリカが20Pだ。
﹁空間魔法よ!﹂
まあそうだろうね。
﹁一度取るともう戻せないから慎重に考えてね﹂
﹁マサルの持ってるスキルリセットはどうなの?﹂
﹁これはおれ専用みたいなんだ。サティには使えなかった﹂
﹁ふうん。でもやっぱり空間魔法ね!﹂
エリザベス 75P
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv1
回復魔法Lv1 空間魔法Lv1
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv4 土魔法Lv2
838
エリザベスのスキルをチェックする。回復魔法に加え全属性使え
るとかやっぱりすごいんだな。高速詠唱なんかもあるし。75Pも
あればすごい魔法使いに成長させることができそうだ。
﹁じゃあ取るよー。はい取った﹂
空間魔法をとりあえず2段階上げた。消費10Pで残り65P。
1から2で4P、2から3で6Pだ。属性魔法とかの倍ってことだ
ろう。10、4、6、8、40になるのかな。でも40だとちょっ
ときついな。
﹁え?もう?これだけ?﹂
﹁もう新しい空間魔法を覚えてるはずだよ﹂
︻空間魔法︼①アイテムボックス作成 ②短距離転移 ③長距離転移
﹁これ⋮⋮これなのね﹂
突然エリザベスが立ち上がって詠唱を始める。
﹁あ、おい。やめろ!﹂
とっさにエリーを引っ張って座らせる。
﹁ちょっと!転移を使ってみようと思ったのに何するのよ﹂
﹁だめだろ。アイテムボックスの中身出してからじゃないと﹂
839
﹁あ⋮⋮﹂
﹁たぶん気絶してたぞ﹂
転移の時には重さで魔力消費が増える。それはアイテムボックス
内の物もカウントされる。アイテムボックスに物を満載した状態で
転移を発動しようものなら、魔力を使いきって気絶した上に魔法が
発動しませんでしたってことになるだろう。
﹁そう。そうね。ごめんなさい。ちょっと浮かれてたみたい。あり
がとう、マサル﹂
部屋に戻ってアイテムを出してくる。そう言ってエリーが居間か
ら出て行った。
﹁私は召喚魔法がいい﹂
なんでそんなレア魔法選ぶかな。
﹁そんなレア魔法使ってたらきっとすごく目立つよ?﹂
﹁平気。召喚魔法を使ってみたい﹂
うーむ。まあ本人の希望だし仕方ないか。これが騒ぎにならない
といいんだけど。
ティリカ 20P
840
料理Lv1
魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv3
実にシンプルだ。料理も最近覚えたものだろうし、魔眼を除けば
水魔法のみ。レベル3は結構すごいんだろうけど。
﹁じゃあ召喚をとりあえずレベル1にするね。はい、上げたよ﹂
これで10Pを消費。残り10P。
﹁⋮⋮覚えたみたい﹂
試してもらおうと思ったら、エリーが部屋から戻ってきた。
﹁マサル!から揚げを預かってちょうだい。冷めちゃうわ﹂
﹁ああ、そうだね。冷めると美味しくなくなるもんね﹂
エリーのから揚げ好きはもうどうしようもないレベルだ。揚げポ
テトやらカツやらフライやら天ぷらやら他にも色々と揚げ物を提供
してみたのだが、これが一番気に入ったようだ。エリーのアイテム
ボックスには常にから揚げが入っている。太らないか本当に心配だ
よ。
エリーがぽんぽん出してくるから揚げをこちらのアイテムボック
スに収納していく。結構入ってるな。こっちに戻ってから追加した
んだろうか。
﹁では本邦初公開、短距離転移魔法よ!﹂
841
おー、ぱちぱち。みんなで拍手をしてやる。
ほんのりとから揚げの匂いがする中、エリーが魔法の詠唱を始め
る。
﹁転移!﹂
そして姿がふっと消え、部屋の端にあらわれた。
﹁どうよ!﹂
﹁すごいです、エリザベス様!﹂
﹁でもアイテムボックス空にしないといけないから、普段の冒険だ
と使えなくないか?﹂
﹁そ、そんなことないわ!きっとこの子にも使い道があるはずよ!
それにアイテムボックスは大きくなったみたいだし、長距離転移も
あるしね﹂
﹁長距離のほうはどんな感じ?﹂
﹁そうね。飛べるのは登録をした3箇所までね。これは現地まで行
って登録しないとだめみたい。登録できる箇所はレベルが上がるか
練習すれば増やせるんじゃないかしら﹂
3箇所か。思ったより不便な感じだな。それに現地まで行かない
とだめっていうのがなんとも。
842
﹁魔力の消費もきついから、そうぽんぽんとは使えないわね﹂
3箇所は、まずはこの家。そしてエリーの実家とナーニアさんと
オルバさんの行く予定の村にしようと言うことになった。早いうち
に両方を訪ねてみるつもりだ。
﹁私が急に来たら驚くでしょうね、ナーニア。ふふふふふ﹂
くすくす笑っているエリーを見ているとティリカに袖を引っ張ら
れた。
﹁マサル様!見てくださいよ、これ。可愛いですよ!﹂
ティリカの手のひらに白いねずみが乗っている。はつかねずみだ
ろうか。
﹁召喚した﹂
みんなでティリカを囲んでねずみを鑑賞する。
﹁かわいいじゃない﹂
﹁そうね。でもこの小さいので何ができるの?﹂
﹁簡単なお使いならできる﹂
ティリカがそういうとねずみが手のひらから飛び出して居間から
出て行った。
﹁視覚や聴覚も共有している﹂
843
﹁偵察とかに便利そうだな﹂
ほどなくねずみが小さいスプーンをくわえて戻ってきた。
﹁ティリカちゃん、すごいすごい!﹂
サティがねずみからスプーンを受け取って喜んでいる。サティに
褒められてティリカもほんのり嬉しそうだ。無表情のようにみえて、
表情がわずかに変化するのが最近ようやくわかってきた。
﹁この子は魔力でできた精霊のようなもの。実体があるように見え
るけど﹂
ふっと手のひらのねずみが消える。そしてまた出てくる。
﹁こうやって出し入れ自由﹂
﹁他のは召喚できないの?﹂
﹁一度に呼べるのは一匹。でも時間はかかるけど他のに変えること
もできる﹂
ねずみはサティの手に渡り、エリーとアンの3人に可愛がられて
いる。
﹁いまのポイントであと2段階あがるけどどうする?﹂
﹁あげたい﹂
844
﹁じゃあ召喚魔法をあげるよ。はい、上がった﹂
ティリカがこくりとうなずいた。これでティリカのポイントは使
いきった。
﹁試してみる﹂
ねずみがティリカのところに戻ってきて消える。
﹁次は何を呼ぶんだ?﹂
﹁どうしよう?犬とか狸くらいのサイズならいけそう﹂
﹁タカとかどうだい?﹂と、アンが言う。
飛べる奴がいたら空からの偵察に便利だろうな。
﹁やってみる﹂
ティリカが詠唱を開始する。
﹁タカ、タカ、来い。かわいいやつ﹂
いいのか。そんな詠唱で。
だが詠唱は無事完成し、ティリカの前の床に光とともにタカがあ
らわれた。ぴいとひと鳴きし、ばさっと翼を広げた。つぶらな瞳と
頭をくりくりと動かす仕草がかわいい。
﹁かわいいですよ!名前、名前を付けましょうよ!﹂
845
﹁もしかしてねずみにも名前付けたの?﹂
﹁はい!ぱにゃって言うんですよ﹂
よくわからんセンスだな⋮⋮
﹁ホークなんてどうだ?﹂と、とりあえず適当に言ってみる。ホー
クは英語でそのまま発音した。
﹁ほーくですか﹂
﹁ほーく。ほーく。こっちおいで﹂
ティリカはどうやら気に入ったようだ。手を差し伸べてほーくを
手に止まらせようとする。
﹁痛い﹂
ほーくはすぐに離れて、謝るようにぴぃぴぃと鳴いた。
﹁あー、血が出てるね。ほら、︻ヒール︼﹂
﹁爪が鋭いから、乗せる場所は皮とかつけないとだめだよ﹂
﹁わかった。ほーく、ここに﹂
そう、椅子の背を示す。ほーくは素直にばさばさと羽を動かし椅
子の背に飛び乗った。
846
みんなでほーくを囲む。
﹁結構かわいいわね。触っても噛まないかしら?﹂
﹁大丈夫。安全﹂
﹁ふわふわですよ!﹂
﹁そうね。羽毛のいい手触りだわ﹂
おれも触らせてもらったが確かにふわふわでいい感触だ。
﹁マサル。大変﹂
﹁ん?ティリカどうしたの?﹂
﹁レベル3を試す魔力が足りなくなった。どうしよう?﹂
ティリカが悲しげな目でこっちを見る。
﹁ああ、よしよし。いま魔力の補充をしてやるから﹂
﹁ちょっと待って。いま聞き捨てならないことを言ったわね。魔力
の補充?﹂
﹁魔力の補充だよ。回復魔法のレベル5でできるんだ。アンは知っ
てるよね?﹂
﹁知らないよ﹂
847
﹁でもこれ、砦の司教様に教えてもらったんんだけど﹂
﹁うーん。私クラスの神官だとそんなに情報を教えてもらうわけじ
ゃないからね﹂
﹁そういうものなのか。まあとにかく回復魔法で魔力も回復できる
んだ﹂
ティリカに向き直る。
﹁じゃあやるよ﹂
﹁うん﹂
︻奇跡の光︼詠唱開始︱︱回復魔法はいらない。範囲も切って、魔
力の補充だけ。初めて使うがこんな感じかな。
奇跡の光が発動し、ティリカがぼんやりとした光に一瞬包まれる。
メニューを確認するとMPはちゃんと満タンになっていた。
﹁これで魔力が最大まで回復してるよ﹂
﹁ありがとう、マサル。大好き﹂
﹁お、おう。これくらいならいつでも﹂
﹁ちょっと。私の時はしてくれなかったじゃない。どういうことよ
?﹂
﹁あー、砦の時はまだ覚えてなかったんだよ。王国軍が来る直前く
848
らい?そのくらいだともう必要なくなってただろ﹂
﹁あら。そうね。疑って悪かったわね﹂
﹁それにおれが大好きなエリーを助けないわけがないだろう!エリ
ーのためなら全魔力でも差し出すよ!﹂
実は今日はエリーの日なのだ。こうやって機嫌を取っておくとサ
ービスがよくなる。いや、言ってることはもちろん本心なんだけど
ね。
﹁そ、そう?もちろんそうよね。信じていたわ﹂
﹁それにその前に指輪を渡したろ﹂と、そう言って手を取り握る。
﹁うん。大事な指輪を譲ってくれたんだものね﹂
あ、こいつすっかりもらったつもりでいやがるぞ。まあいいんだ
けど。
おれとエリーがいちゃついてる間に召喚が終わったようだ。グル
ルルルと声がして、目の前のエリーがおれの後ろの何かを見て顔色
を変えた。振り向くとそこにはでかい、白い虎がいた。
﹁お、大きいわね﹂
﹁お、おう﹂
それほど大きくもない居間に巨大な虎がいるというのは得も言わ
れぬ恐怖感がある。ティリカの召喚獣だとわかっていても恐ろしい。
849
﹁だ、大丈夫なの?﹂と、アン。
﹁大丈夫。おいで﹂
ティリカの呼びかけに従って白虎が近寄り、ティリカに頭を擦り
付ける。
﹁この子も触り心地いいですよ!﹂
﹁名前、どうしよう﹂
﹁虎だしタイガーかな﹂と、少し投げやりに言う。
﹁たいが。たいが﹂
あっさり決まったようだ。日本の人が聞いたら呆れるだろうな。
虎にたいが。鷹にほーく。こっちの人だと異世界の言語が新鮮に聞
こえるんだろうか。
アンとエリーも恐る恐る触りに行く。おれも触らせてもらったが
こいつもなかなかの触り心地だ。もっと剛毛かと思ったが意外と毛
並みがいい。
﹁これだけ大きければ乗れるわね﹂
﹁乗る﹂
それを聞いて白虎に抱きついていたティリカが虎の背にまたがっ
た。
850
﹁行け﹂
たいががゆっくりと居間を周回する。
﹁ティリカちゃん、私も!私も!﹂
結局、全員乗せてもらった。いやー、この虎いいわ。
﹁それで何の話をしていたっけ?﹂
たいがいじりに満足したおれたちは居間のソファーにまったりと
座り直す。たいがはティリカの横に寝そべっている。出しっぱなし
でも特に魔力の消費とかはないらしい。
﹁マサルが勇者だって話でしょ﹂
﹁いやいや、違うから。使徒だって言ったでしょ﹂
﹁勇者だって使徒だったんでしょ。似たようなものじゃない﹂
﹁エリー、無理強いはだめだよ﹂
﹁だってもったいないじゃない。これだけの能力があるのよ。世の
為人の為にって思わないの?﹂
﹁そりゃちょっとは思うけど、勇者は無理だって。おれが魔境に行
って魔王を倒せると思うか?﹂
851
﹁⋮⋮思わない﹂
エリーだって勇者の物語は読んでいるのだ。勇者がどれほど厳し
い戦いをくぐり抜けたのかよくわかっている。
﹁だろう?第一、別に好きにすればいいって神様は言ったんだ﹂
﹁だったら勇者になるのもありよね。名乗りでたら確実に勇者認定
されるわよ﹂
﹁頼むからやめてよね?﹂
﹁わかってるわよ。マサルの胃に穴が開いちゃうものね﹂
﹁開くどころじゃないよ。死ぬよ!﹂
﹁はいはい。みんなこのことは絶対に秘密にね﹂
﹁あっさり司祭様にばらしちゃったのは誰かしら?﹂
﹁うっ。でも司祭様黙っててくれるって言ってくれたし⋮⋮﹂
﹁エリーもアンをいじめない。身内みたいな人なんだし、いつかば
れるのは仕方ないだろ。もともと使徒だって疑われてたんだし﹂
﹁まあマサルがいいって言うならいいわ。でもそうね。本当に魔王
が復活でもしたらどうするの?﹂
﹁そうだね。その時はできるだけのことをするよ。勇者はやっぱり
852
柄じゃないから名乗りたくはないけど。それに案外他のところに本
物の勇者が生まれたりするかもよ﹂
今まで世界の破滅のことはなるべく考えないようにしてきた。だ
がそろそろ正面から向き合うべきときが来たのかもしれない。家族
が出来た今、逃げるという選択肢はもはや断たれた。みんなは絶対
に守らなければいけない。そう心のなかで決意した。
853
61話 加護︵後書き︶
﹁さっき言ってた特記事項第三項ってなんなの?﹂
隣を歩くティリカに尋ねる
﹁第三項とは世界の趨勢に関わる事態にあった際の規定﹂
そりゃ、大きく出たなって師匠の人が言うはずだよ
﹁おれが使徒ってだけじゃ世界の趨勢うんぬんは言い過ぎだと思う
んだけど﹂
﹁マサルのその能力。なぜ神がそんな力をマサルに与えた?﹂
﹁そりゃテストをするためだろ﹂
﹁なぜテストの必要が?﹂
﹁なんでだろう⋮⋮﹂
次回、明日公開予定
第三章最終話 62話 家族
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
854
62話 家族
エリーのスキル振りは少し保留にした。65Pはあるものの、空
間魔法を極めようと思えば48P必要な可能性がある。じっくり考
えたいとのことだ。
だがティリカがこんなことを言い出した。
﹁私もマサルのパーティーに入る﹂
﹁仕事はどうするの?﹂と、アン。
﹁辞める﹂
﹁辞めるって。そんなに簡単にできるの?﹂
﹁師匠がまだ街にいるから頼んでくる﹂
﹁でも急にどうして?﹂
そう聞いてみた。みんなで冒険に行くのが羨ましくなっちゃった
のだろうか。それとも召喚獣を試してみたいとか。
﹁マサルが使徒だから﹂
﹁おれが使徒だとパーティーに入るの?﹂
ティリカはこくりとうなずいた。
855
﹁昔。勇者があらわれたとき、一人の真偽官が勇者と知り合った﹂
その真偽官は勇者の仲間になる機会もあった。だけどその真偽官
は魔王討伐の旅にはついていかなかった。なぜ同行しなかったのか
理由は残されていないが、後年それを後悔した真偽官は、もしまた
勇者があらわれたときは必ず助けとなるように、できれば真偽官が
同行するようにと掟を定めた。それは今でも連綿と受け継がれてい
るという。
﹁おれ勇者じゃないんだけど﹂
﹁可能性があるってだけでも十分よ。ね、ティリカ﹂
﹁十分。もし後日、この機会を逃したとみんなに知れたら、きっと
怒られる﹂
﹁でも使徒ってばらしちゃ困るよ﹂
﹁大丈夫。うまくやれる﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そうしておれはティリカとともに、ティリカの怖い師匠と対面し
てるわけだ。場所は普通の宿屋の一室だ。結構偉い人と聞いたけど、
質素なところに泊まってるんだな。
856
﹁師匠、頼みがある﹂
席につくといきなりティリカが切り出す。
﹁何かね﹂
﹁この街での真偽官の任務を解除して欲しい﹂
﹁何故かね﹂
﹁マサルのパーティーに入る﹂
﹁何故?理由なき任務放棄は多額の賠償金が発生する。それはわか
っているのかね?﹂
﹁これは特記事項第三項にあたると考えられる。補填は本部がする
べき﹂
特記事項第三項ってなんだろう?気になるけど、ティリカには基
本的に黙っていろって言われているし。
﹁ほほう!第三項とは大きく出たな。根拠はあるのかね?﹂
﹁言えないし、今は言うべき時ではない﹂
言うべきことはそれで十分らしい。もしこれ以上追及するような
ら、真偽院という組織自体が疑心暗鬼で崩壊するだろう。身内同士
で腹のうちは探らないという不文律があるのだ。うちの中でも最初
にそういう話はして、ちゃんと言いたくないと言えばティリカはそ
857
れ以上追及するようなことはない。アンと相談していたときも、言
いたくないと言えば済んだ話だったのだ。
﹁理由も言えないのに私にそれを本部に持って帰れと?﹂
﹁第三項を本部に知らせるのはまずい。このことは師匠のところで
留めて欲しい﹂
﹁その男のせいかね?﹂
﹁それは言えない﹂
﹁情に流されたのじゃないのかね?﹂
﹁少しはそれもある。だけどこれは真偽官としての務めを果たすた
めにやること﹂
﹁義務を果たすためだと?﹂
﹁今のところは可能性が少しある、という程度。だけど後日、それ
が間違いだったとの判断がなされればこの命を断ってもいい﹂
﹁よかろう。好きにするがいい。本部に人員補充の連絡をいれよう。
その間の代役はわしが務めることにする﹂
﹁ありがとう、師匠﹂
﹁だが、そこのおまえ。おまえにはティリカに命を賭けさせるほど
の何かがあるのかね?﹂
858
﹁たぶんあるんだと思います。おれはそれでティリカの命を賭ける
なんてとんでもないとは思いますが﹂
﹁ティリカは自分の命を賭けると言った。おまえは自分の命を賭け
られるのかね?﹂
﹁賭けますよ﹂
そうだ。家族を守るためなら命を賭けてもいい。
﹁いいだろう。ティリカ、常に真偽官の本分を忘れないように。し
っかりと務めを果たせ﹂
﹁わかった。行こう、マサル﹂
それで話は終わった。そういえばまたこの人の名前聞けなかった
な。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
おれたちはいま冒険者ギルドに向かっている。今回の件を副ギル
ド長に報告に行かなければならない。
﹁さっき言ってた特記事項第三項ってなんなの?﹂
﹁第三項とは世界の趨勢に関わる事態にあった際の規定﹂
859
そりゃ、大きく出たなって師匠の人が言うはずだよ。
﹁おれが使徒ってだけじゃ世界の趨勢うんぬんは言い過ぎだと思う
んだけど﹂
﹁マサルのその能力。なぜ神がそんな力をマサルに与えた?﹂
﹁そりゃテストをするためだろ﹂
﹁なぜテストの必要が?﹂
﹁なんでだろう⋮⋮﹂
﹁それはいつか、その力が必要になる事態が起こると神が考えてる
からに他ならないと私は考える﹂
世界の破滅か。やはり神はおれにそれをどうにかさせたいのだろ
うか。
﹁魔王でも復活しておれが勇者になるかもしれないってこと?﹂
﹁わからない。でも何かがあってもマサルが勇者になることはない。
その力で勇者を作ればいい﹂
なるほど。おれも少しそれは考えてた。どっちかって言うとおれ
とかよりサティのほうが勇者に向いてるんじゃないと思うんだ。ま
あサティにそんなことは絶対にさせないけど。
﹁私の魔眼は旅の役に立つ。召喚魔法も覚えた。私がマサルを守っ
860
てあげる。それにサティもアンもエリーもいる。何が起こってもき
っと大丈夫﹂
﹁うん。ありがとう、ティリカ﹂
そう言ってティリカの頭をぐりぐりと撫でた。そうだ。おれ一人
でやる必要はないんだ。今はまだこの生活を壊したくないから黙っ
ているけど、世界の破滅のことはそのうちちゃんと話そう。
世界の破滅は20年後だ。あとほんの少しくらい、安穏とした生
活を楽しんでも罰はあたらないだろう。
ギルドに到着し、副ギルド長の執務室を訪ねる。副ギルド長はち
ょうど在席で仕事もしていなかったようだ。
﹁おお、マサルとティリカじゃねーか。今日は休みだろう。おれの
顔を見にでも来てくれたのか!﹂
そういって副ギルド長が豪快に笑う。
﹁今日は仕事を辞めるのを言いに来た﹂
﹁お、おう?もう子供でも出来たのか⋮⋮?﹂
相変わらず説明不足のティリカも問題だが、副ギルド長の発想も
おかしい。こんな短期間で子供が出来たのがわかるわけがなかろう。
避妊もちゃんとしてるし。
861
﹁ええっとですね。今回ティリカがうちのパーティーに入ることに
なりまして﹂
﹁ふむむ。それは構わんが、ここの仕事はどうするんだ、ティリカ
?﹂
﹁師匠が説明しに来ると思う。代役を用意する﹂
﹁そうかあ。マサルのパーティーもこれで5人か?パーティーの名
前はなんて言うんだ?﹂
﹁え?名前⋮⋮なんだろう?﹂と、ティリカを見る。
﹁知らない﹂
そうだよね。何にも考えてなかったよ。 ﹁登録しとかないとだめだから決めておけよ﹂
﹁あ、はい﹂
﹁それにしても寂しくなるな。マサル、ちゃんと面倒みてやってく
れよ﹂
﹁ええ。でもこの街を拠点にしてますからね。いつでも顔を見れま
すよ﹂
﹁ドレウィンには世話になった。ありがとう﹂
﹁いいんだ。こっちこそ。最初にやらせたあれとか大変だった。も
862
う流石に手出ししてくるやつはいないと思うが、マサル、本当に気
をつけてくれよ。ギルドの仕事を辞めるとなると、もう護衛をつけ
るわけにはいかんからな﹂
ティリカがこっちにきた当初、街にはびこる犯罪者やら汚職やら
を魔眼を使って徹底的に摘発したらしい。それで恨んでいるやつら
が相当数いるのだそうだ。結構前の話だから、いまだにどうこうし
てくるやつはもういないみたいだけど、油断はできない。
﹁大丈夫です。対策は考えてありますから﹂
今は召喚獣のたいががいるし、ティリカ自身も魔法が使えるから、
多少強いくらいの刺客では相手にはならないだろう。もちろんティ
リカを一人にするつもりはないが。
﹁そうか。何かあったら言ってくれ。力になるぞ﹂
その瞬間。ティリカがたいがを呼び出した。
﹁な、なななん﹂
狭い執務室に突然あらわれた大きな虎に、副ギルド長がうろたえ
る。
﹁落ち着いて。私の護衛。名前はたいが﹂
﹁護衛?この虎が?今どこから出てきた?﹂
﹁おい、見せちゃって大丈夫なのか?﹂と、小声でティリカに尋ね
る。
863
﹁大丈夫。ドレウィンは信用できる。ドレウィン、この事は誰にも
話さないように﹂
﹁ん、ああ。わかった﹂
﹁くれぐれもお願いしますよ﹂
﹁それで。今のこれは魔法か?﹂
﹁ええ、そのようなものです。普段は隠しておいて、いつでも呼び
出せるんです﹂
﹁ほー。強そうなやつだなあ﹂
﹁強いしかわいい﹂
﹁うむ。そうだな。こんなのが護衛についてたら安心だ。しかしこ
れは⋮⋮ビーストテイマー?⋮⋮いや、召喚か?﹂
﹁秘密﹂
﹁そうか。秘密だな。わかった﹂
そんな感じでティリカは無事うちのパーティーに入ることになっ
た。そして翌日から師匠の人がギルドに来て威圧感を存分に振りま
いたおかげで、冒険者からはティリカ復帰の嘆願が多く出されたそ
うである。
864
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
もう一件難題が残っている。司祭様に話をしないといけない。今
のところ黙っていてくれてるみたいだけど、そのあたりのことをキ
チッとしておきたいのだ。
前日にアンジェラを通して2人で会いに行くのは言ってあり、神
殿に着くとすぐに司祭様に出迎えられ、小部屋に通された。アンジ
ェラと並んで座り、司祭様と向き合う。
﹁お話があるということですが﹂
﹁はい。まずは先日の結婚式のお礼を。神殿を使わせてもらい、主
催もやっていただきありがとうございます﹂
﹁いいのですよ。シスターアンジェラは娘のようなものですから。
それにマサル殿には何度も治療院を手伝ってもらってますからね。
この程度ではとても釣合いません﹂
さてここからが本題だ。
﹁それでその。アンジェラからある程度伝わっていると思うのです
が⋮⋮﹂
﹁そのことに関しては私の胸の内におさめてあります。ご心配なく﹂
﹁はい。ですがきちんと話をしておこうと思いまして﹂
865
﹁話していただけるとあれば喜んで聞きましょう﹂
﹁今から話すことはご内密にお願いします﹂
﹁もちろんですとも。どこにも話すことはありませんよ﹂
﹁俺が使徒だと言うことはお気付きかと思います﹂
﹁ええ。薄々は﹂
﹁話の始まりは仕事を探していて⋮⋮﹂
みんなにした話を繰り返す。もちろん世界の破滅の話はしないで
街に入ったあたりくらいまでだ。
﹁なるほど。能力のテストですか﹂
﹁ええ。別に魔王を倒せとかそんな話は全くないんです。だから使
徒ってばれて自由に動けないと困るなと。それにおれが目立つのだ
めって知ってますよね﹂
﹁お話はわかりました。このことは絶対に漏らしません。それにし
ても、シスターアンジェラ﹂
﹁あ、はい﹂
﹁最近急に治癒術の腕が上達したのはもしかして?﹂
やっぱり鋭いな。砦に行っている時におれに教えてもらってコツ
866
を掴んだ、みたいな誤魔化しはしてみたが、やっぱり無理だったか。
﹁この能力でアンジェラの魔法も強化したんですよ。加護を与える
っていうんですか﹂
﹁その加護は誰にでも与えられるのですか?﹂
﹁いえ。親愛度っていうか、信頼度のようなものが一定以上になら
ないと﹂
﹁ああ、なるほど。そういうことですか。ではマサル殿の家の他の
方も?﹂
﹁はい。全員加護を受けてます﹂
﹁いや、しかし。なんという素晴らしい力でしょうか。まさに神の
御加護ですね﹂
﹁くれぐれも内密にお願いします﹂
﹁ええ、ええ。もちろんですとも。使徒様の頼みなのです。絶対に
守りましょう。ただですね⋮⋮﹂
司祭様は先程までの笑顔を急に曇らせた。
﹁仮面の旅の神官の話が、また再燃してましてね﹂
﹁ええ!?﹂
﹁砦では目撃者が多かったでしょう?たまにここにも探るような問
867
い合わせが来るのですよ。もちろん知らぬ存ぜぬで通しております
が﹂
﹁だ、大丈夫なんですかね?﹂
﹁砦にいる司教様も秘密保持には協力的ですし、マサル殿の名前は
出ておりません。問い合わせをする者もはっきりとは特定はできて
いないようです。ただ単にこの街が怪しいくらいの考えかもしれま
せんし﹂
そっちもバレたら困る。バレたらどうなるのか。どうなるんだろ
う?
﹁もしバレたらどうなりますかね?﹂
﹁興味を持っているのは神殿の神官達ですし、大騒ぎをするような
ことはないでしょう。ですが上の方の人間も興味を持っていますか
ら、冒険者ギルド経由で呼び出しがかかるかもしれませんね﹂
それくらいなら、まあ平気か?おれは別に平気じゃないが、使徒
の話がバレなければ問題はなさそうだ。
﹁まあそちらの方はなるようにしかなりませんね。今まで通りの対
応でお願いします﹂
﹁しかし羨ましいですな。好きな能力を上げられるとは。シスター
アンジェラはどのような能力を?﹂
﹁回復魔法を一段階。それと魔力を増やして、魔力の回復速度も上
げました。魔力は倍くらいになってると思います﹂
868
﹁それはすごい。それでその信頼度というのはマサル殿とシスター
アンジェラ双方のなのですか?﹂
﹁いえ。アンジェラの側だけでいけます﹂
﹁つまり、私の方の信頼度が上がれば、私にも加護がつく可能性が
あると?﹂
﹁たぶん﹂
﹁おお。夢が広がりますなあ。その時は是非に﹂
﹁ええ、いいですよ﹂
まあ問題はあるまい。
﹁ありがとうございます、マサル殿。あ、このあと食事にでも?う
ちのほうへいかがですかな?﹂
﹁あー、今日は食事が用意してあるので﹂
﹁おお、これはすいません。新婚でしたな。邪魔しては悪い﹂
﹁すいません。機会があればぜひ﹂
司祭様は気を悪くした様子もまったくなく、にこにこしていた。
﹁加護。加護ですか⋮⋮私にも⋮⋮ふふふ﹂
869
﹁あー、じゃあおれはこれで。アン、行こう﹂
﹁う、うん。司祭様、失礼します﹂
﹁ああ、はい。またいつでも遊びに来てくださいね。歓迎します﹂
﹁あんな司祭様見たことないよ﹂
神殿から出て、アンジェラがそう言った。よっぽど加護がもらえ
るかもしれないってのが嬉しかったんだろうなあ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
パーティー名決めは紛糾したが、サムライということになった。
エリーが黒衣の円卓がいいとか言い出したけど、黒衣はエリーだけ
だろってことで、みんなで却下した。
﹁おれの故郷の誇り高き戦士、騎士階級の呼び名だ。普段は内政に
励み、戦となれば命を捨てて戦う。他国からの侵略者もサムライを
見て恐れおののいたという﹂
﹁まあマサルがリーダーなんだし、いいんじゃない﹂
﹁そうね。悪くない言葉の響きだよ﹂
870
﹁サムライですね!いい名前です﹂
ティリカはどうでもいいと言う風にたいがにもたれかかってぼん
やりとやり取りを見ていた。
パーティー名も決まった。発注した装備も受け取った。次はみん
なのレベル上げだ。エリーはいいとして、アンとティリカはレベル
に不安がある。持ちスキルも少ない。強化は必須だ。
そうそう、名前と言えばおれの新しい名前も決まった。マサル・
ヤマノス。山野を少しもじった。いいと思わないか?これからはお
れ達の一家はヤマノス家と名乗っていくことになる。
おれとサティ。それにアンとエリーとティリカを加えて、おれ達
の新しい生活。冒険が始まった。
20年後の世界の破滅は恐ろしい。だが、みんなと一緒ならきっ
となんとかなる。絶対にどうにかしてみせるさ。
871
62話 家族︵後書き︶
次回、第四章、第一話タイトル未定、更新日未定。
明日は20時に掲示板ネタのほうを投下予定です。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
﹁おれたちは世界一の穴掘りチームだ。こんな隕石くらいなんでも
ないさ﹂
﹁マサル行っちゃうの?﹂
﹁ああ。宇宙に行ってあの隕石をぶっ壊してくる﹂
﹁マサル様⋮⋮﹂
﹁マサル、ちゃんと戻ってきてね﹂
﹁おう、必ず戻る﹂
﹁戻ってこないと承知しないんだから!﹂
﹁わかってるさ。おれがかわいい嫁たちを放おっておくわけがない
だろう?﹂
箱庭世界に迫り来る巨大隕石を破壊すべく、マサルは宇宙へと旅立つ
次回、公開未定
99話 そしてアルマゲドンへ ︵嘘です。巨大隕石が落ちて来る
872
展開はありません︶
4章が始まる前に少し今後のプロットを考える時間と書きための時
間が取りたいと思います。いや、大まかなプロットはちゃんと最後
までできてるんですよ。
ただ、もうちょっと話を詰めておきたいなと。
再開は1週間後くらいの予定です。たぶん。
23日には投下。できたらいいな。
873
63話 晴天に霹靂
うちのパーティーだが、パーティー名サムライといいつつ、遠距
離砲撃に特化している。構成は魔法使い寄りの魔法剣士、剣も使え
るメインは弓の戦士、回復魔法と攻撃魔法の使える神官、魔法使い、
それに攻撃魔法と召喚魔法を使える魔眼持ち。
火力は豊富にあるけどなんかバランス悪いね。とりあえず戦闘時
にはゴーレムを出して前衛にすることにした。普段はおれとサティ
が前と後ろを固めることになるだろう。いざって時は白虎さんもい
ることだし。
休暇中の話し合いで、エリザベスは魔境に行こうと主張したが、
おれはまずはこの街周辺で地道にやったほうがいいと反論した。
こういう時に成否を決めるのはアンジェラになる。サティはおれ
の意見には絶対賛成する。そしてティリカはサティの意見におおむ
ね賛同するから、この2名をいれて多数決をすると、常におれの意
見が通るという事態になるのだ。サティとティリカはもっと自己主
張してもいいと思うんだが、決まったことに従うというスタンスだ。
それで自然とおれ、アン、エリーで決めるってことになる。
﹁うちの火力なら魔境でも問題なくやっていけるわ。ちゃっちゃと
レベルをあげて新しいスキルを取るのよ﹂
﹁レベル上げならこの周辺で出来るだろ?慣れないアンとティリカ
がいるんだから最初は慎重にやったほうがいい﹂
874
﹁魔境なら稼ぎも全然違うわよ。結婚式とかでだいぶお金が目減り
したでしょ﹂
﹁お金より命が大事だよ﹂
﹁魔境はちょっと怖いかな。しばらくはこっちでやろうよ﹂
最後のアンの一言で話は決まった。いずれ魔境には行くことには
なるだろうが、今はまだ早い。
今のランクは、おれとサティがC、エリーがB、アンとティリカ
がE。アンとティリカは冒険者以前の実績が認められてEランクで
のスタートとなる。筆頭がBとはいえ実績は皆無。パーティーとし
ての評価はCランク相当だろうというのが、軍曹殿の評価だった。
実際うちのパーティーの全能力を開示すれば、Cなんてものじゃな
いのは確定的だけど、エリーはSランクを目指すって息巻いていて、
落ち着かせるのに苦労した。おれのことがあるからあまり目立つわ
けにもいかないのだ。
エリーは結局空間魔法レベル5は諦めた。スキルは最終的にこん
な感じになった。
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv2 MP消費量減少Lv2
魔力増強Lv4 MP回復力アップLv4
回復魔法Lv1 空間魔法Lv4
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv5 土魔法Lv2
へきれき
︻風魔法Lv5︼①風弾 ②風刃 風壁 ③雷 風嵐 飛翔 ④豪
雷 烈風刃 ⑤荒天 霹靂
︻空間魔法︼①アイテムボックス作成 ②短距離転移 ③長距離転
875
移 ④転送魔法陣作成
空間魔法も結構レアだとは言え、転移術士はそれなりにいる。ま
あバレても平気だろう。ただ、転送魔法陣は隠しておこうというこ
とになった。このレベルになると、国家管理されるレベルで知られ
ると厄介なことになる可能性がある。
転送魔法陣ならパーティーごと転送できる。転移ポイントは長距
離転移と同じ登録した地点。レベルがあがったことにより4箇所で
きるようになった。現地に行かないと転送地点を登録できないので、
今のところはこの家しか飛ぶことはできない。
魔法陣をテストしたところ、やはりアイテムボックスの中身ごと
は無理なようだ。ただし、おれのアイテムボックスは除く。
﹁ずるいわ!﹂
はい、そうですね。ごめんなさい。でもおれが悪いんじゃないん
です。そんなに睨まないで下さい。
おれのアイテムボックスは特別製なようで、転移に影響を及ぼさ
ないようだ。自然、みんなの荷物を持つことになる。枠は100な
んだが、袋か箱に入れてしまえば1個の扱いなので、それほど圧迫
もしない。本当に便利である。恩恵を受けているんだから、エリー
さんはそんなに睨まないでいただきたい。
風のレベル4,5の試射もした。烈風刃はウィンドストームの強
化版と言っていいだろう。強力ではあったが理解できる範疇だった。
だがレベル5の2種はまさに天変地異。威力も消費する魔力も破格
のものだった。念の為に火魔法レベル5を試した場所よりもさらに
876
1時間ばかり距離を取ったのだが、それでも街から見えたらしい。
門番の兵士におれ達のいたほうの天候が悪化して見えたそうで、大
丈夫だったかと心配された。
そんな感じで結婚式から一週間が過ぎ、発注していた防具も揃い、
おれ達のパーティーは始動した。
早朝から冒険者ギルドで依頼を物色していると副ギルド長がやっ
てきて頼みがあると話しかけてきた。どうやら以前に街を襲撃した
ハーピーがわずかに生き残って、北方の森の街に近い場所に巣を作
っているらしく、それをちょっと偵察して、ついでに潰してきてく
れないかという。
依頼を出さないのかと尋ねたが、それほどの被害があるわけじゃ
ないとのこと。さすがにあれだけやられては街を再び襲撃しようと
は思わないのだろう。だが、巣を作って繁殖されては後々面倒にな
る。
それにハーピーは樹上に巣を作るので、通常の冒険者の弓だけで
は潰すのは厳しい。依頼を出しても受けるパーティーがいるかどう
かと言う話だ。その点、おれ達なら遠距離攻撃はお手のものだ。そ
れにもちろんあの時の借りを返したかったというのもある。今のパ
ーティー、スキルなら万が一にも遅れは取らないだろう。
﹁そうね。依頼報酬はいらないから、討伐報酬を倍にしてちょうだ
い﹂
﹁おいおい、倍はないだろう﹂
877
﹁あら。街への襲撃の時は倍出したって聞いたわよ﹂
﹁そりゃあ緊急事態だったからな﹂
﹁その時の生き残りなんでしょう?だったら同じ報酬でもいいはず
よ﹂
﹁うーむ。じゃあこうしよう。巣を全滅させてくれれば倍だそう。
一匹でも逃せば通常の討伐報酬のみだ﹂
﹁それでいいわ﹂
判定は真偽官がいればごまかしようがない。そしてエリーはとて
も頼りになるな!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁どうだ?﹂
﹁ん。今のところは何も見えない﹂
おれ達はいま、街の北方にある森に分け入っている。先行偵察は
ティリカの召喚獣である鷹のほーくが担当だ。周辺を警戒しつつ、
森の細い道を進む。既に半日以上は歩き、今は午後の半ばくらいだ。
冒険者だったエリーはともかく、ティリカもアンも文句ひとつ言わ
878
ずついて来ている。道中はここまでオークに1匹だけ遭遇した以外
は平和なものだった。そいつはのこのこと近づいてきたところをア
ンとティリカの魔法の餌食となり、アイテムボックスに収納されて
いる。
そしてティリカが突然立ち止まって告げる。
﹁ハーピーがいた。ほーくが追いかけられてる﹂
﹁こっちまで逃げてらっしゃい。迎え撃つわよ﹂と、エリーが言う。
﹁ハーピーは3匹。ほーくのほうが速度が速い﹂
﹁あまり速度を上げてハーピーを振り切らないようにするのよ﹂
﹁わかった。誘導する﹂
こちらも準備を始める。少し森の中を引き返し、多少なりともス
ペースのある場所に陣取る。
﹁メイクゴーレム!﹂
3mクラスのゴーレムを3体作成。盾代わりにして待ち構える。
一体のゴーレムの後ろにティリカとサティ。もう一体のゴーレムの
後ろにおれとエリーとアンが立ち、最後の一体を後方に配置する。
﹁いい?アンとティリカはいけると思ったらどんどん撃ちなさい。
撃ち漏らしは私達でフォローするわ。サティも分かってるわね?﹂
﹁はい。ギリギリまで引きつけて、羽を狙います﹂
879
アンとティリカには経験値を稼いでもらわないといけない。
﹁来ます﹂と、サティが言う。
続けておれの気配察知にもハーピーとほーくの反応が来た。
﹁アン、詠唱を﹂
使うのはレベル2の氷弾だ。少々詠唱時間が必要なのでタイミン
グを見て合図をする。
﹁う、うん﹂
剣を構えて、ゴーレムをいつでも動かせるようにする。多少の自
律行動も可能だが、やはり直接操作をするほうが確実だ。
バサバサッと音がして、ほーくが木々の上から森の中の細い道に
飛び出してきて、低空飛行でこちらに突っ込んでくる。続けてハー
ピー達が視界に飛び込んできた。
ほーくがゴーレムの間をすり抜ける。ハーピーはこちらを発見し
て即座に逃げることにしたようだ。上方に方向転換しようとする。
だが、もう遅い。こちらに突っ込んできた勢いはそう簡単には殺せ
ない。飛行速度が遅くなり、さらに方向転換のために無様に全身を
晒すことになった。
﹁アイスショット!﹂
アンジェラの氷弾がハーピーの胴体に突き刺さり、ハーピーは落
880
下する。ティリカのほうも首尾よく一匹を倒し、もう一匹はサティ
の矢で羽を射抜かれて地面でもがいている。
ティリカが地面に落ちたハーピーに手際よく止めをさしていく。
﹁まだ生きてるよ﹂
アンジェラが撃ち落としたハーピーは瀕死なものの、まだわずか
に動いている。きちんと止めをさしておかないと経験値にはならな
い。ここは心を鬼にしてやってもらわないと。
アンジェラはゆっくりとハーピに近づくと、メイスを構え、頭に
容赦のない一撃を食らわした。殺すのをちょっとくらいためらうか
と思ったがそうでもないようだ。そういえば最初に会った時、笑顔
で手のひらナイフでぶっすりやられたものな。Sの気があるのかも
しれん。
ハーピーの死体をアイテムボックスに収納する。
﹁初戦にしては上出来よ。特にティリカ。よくやったわ﹂
エリーがそう言って、ティリカの肩にとまっているほーくの頭を
くりくりとなでる。ティリカの召喚魔法、思ったより役に立つ。
﹁それでどうする?巣が近いみたいだけど﹂
﹁もう一度偵察をしましょう。巣の規模を確認しないといけないわ﹂
﹁おれが行こう。コソコソするのは得意技だ。ここはひとつ、おれ
に任せておいてもらおうか﹂
881
﹁そんなこと自慢気に言わないでちょうだい。でも任せるわ﹂
ティリカにねずみのぱにゃを出してもらい、肩に乗せる。召喚獣
はティリカと感覚がつながっているから、これで連絡がつく。あと
は状況に応じて臨機応変にやろうと言うことになった。
﹁気をつけてね﹂と、アンジェラ。
﹁ああ、行ってくる。サティ、みんなの護衛、任せたぞ﹂
﹁はい、マサル様﹂
ゴーレムも置いていくが、作成者がいないと案山子よりましとい
う程度にしか動かない。まあ盾か囮くらいにはなるだろう。
ティリカに教えてもらった方向にゆっくりと進んでいく。さっき
まで歩いていた獣道のようなところと違い、完全に道がない。木々
の間隔は広めで歩くのにはさほど苦労しないが、それでも多少の物
音はする。忍び足のレベルは2。もうちょっとレベルを上げておく
べきかもしれないな。
ほどなく巣は見つかった。樹上にいくつか、木や枝で作った、い
かにも鳥の巣といった感じのものがいくつかみえる。気配察知によ
ると、ハーピーはざっと20匹近くいる。樹上の巣はある程度固ま
っているものの、範囲はそれなりに広く、全てを殲滅するとなると
やっかいそうだ。偵察結果をねずみを通して報告する。
一通り聞き終えるとねずみは肩から降りて、来た道を少し戻って
こちらを振り向く。戻って来いってことか。
882
再びねずみを拾い肩に乗せて、慎重にみんなのところへと戻る。
﹁そろそろ日が落ちるわ。あいつらは夜目が効かないから全部巣に
戻ってくるはずよ。そこを一撃で仕留めましょう﹂
﹁一撃って、おれかエリーがやるの?﹂
﹁私ね。森で火魔法は危ないわよ﹂
﹁風のレベル5も結構危ないと思うけど﹂
﹁雷なら範囲を調整すれば大丈夫よ。それとも他に何かいい案でも
あるの?﹂
アンとサティのほうを見るが首を振られる。おれも特に案がある
わけでもないが、レベル5魔法で一掃しようとか乱暴すぎると思う
んだ。
﹁決まりね!さあ、時間がないから移動しましょう。暗くなると面
倒だわ﹂
エリーはすごく嬉しそうだ。だがまあ最強魔法を実戦でぶっ放し
たい気持ちはすごくわかる。
ゴーレムを土に返し、おれを先頭にエリーが続く。他の3人は距
離を取ってついて来ている。ハーピーに見つかってはまずい。隠密
も忍び足も持ってないエリーが心配だったが、さすがに冒険者生活
883
が長いだけあって物音をほとんど立てずについて来た。
見つかることもなく、無事に偵察ポイントに到着する。
﹁ここだ。あのあたり。見えるか?﹂
﹁わかるわ﹂
﹁あのあたりが巣の中心部で、端があそこと、あそこあたりだな﹂
巣の配置を説明していく。エリーの顔をちらりと見ると、神妙に
聞いている振りをして、ニヤついている。
﹁おい、頼むぞ。あれすごい広範囲なんだから、下手したらこっち
まで巻き込まれるんだぞ﹂
﹁わかってるわよ。でもそうね。もっと後退しましょうか﹂
本気だ。本気でぶっ放すつもりだ、こいつ!練習の時に最小の威
力でやらせたのがきっと不満だったんだ。
﹁威力を抑えて敵を逃しては元も子もないわ。よし、ここでいいわ
ね﹂
エリーは杖を構え仁王立ちをする。おれはアイテムボックスから
大盾を出して隠れる。雷だからこちらまで届いた場合、木の影では
かえって危険だ。盾には防電の処理が施してある。エリーの黒ロー
ブはもちろん防電仕様だ。
エリーの詠唱が進むにしたがって、夕闇が迫る森の上空に暗雲が
884
集まっていく。
それに気がついたハーピーが数匹、巣から出てくる。だがすでに
へきれき
呪文は最終段階だ。ハーピーの巣の上空に巨大な雷雲が形成され、
時折漏れだした雷が光って見える。風系雷撃最強呪文︻霹靂︼が発
動しようとしているのを、おれは魅入られたように見ていた。練習
の時とは桁違いのでかさだ。やっぱり全力でやるつもりだ!
﹁来たれ、来たれ。全てを貫く最強の雷撃、神なる雷よ、天より轟
き敵を打ち砕け!テラサンダー!!﹂
その瞬間、視界が閃光で染まり轟音が響き渡る。
目がああああああ、耳がああああああああああ。
予想以上の威力だ。耳が痛い。盾の影でうずくまっていると、目
はようやくうっすらと見えてきた。
﹁マサル様!﹂
後方からサティ達がやってきた。耳がキーンと鳴っていて声がよ
く聞き取れない。自分に︻ヒール︼をかけると、ようやく耳が聞こ
えるようになった。エリーはと見てみると、倒れていてアンが介抱
していた。盾を放り出して慌ててエリーに駆け寄る。
﹁ふふふ。どう?私の最強呪文は⋮⋮﹂
どうやらただの魔力切れのようだ。やり切った、満足気な顔をし
ている。
885
﹁確かにすごかったけど、やり過ぎだ﹂
﹁魔力が足りないわ。魔力を分けてちょうだい、マサル﹂
﹁はいはい﹂
だが、その前にハーピーはどうなっただろう。あれで生き残りが
いるとは思えないが、確認はしないと。
﹁ほーくで偵察をした。生き残りはいない﹂
﹁はい。探知できる限りではハーピーは全滅してると思います﹂
﹁当然よ。全魔力をつぎ込んだんだから﹂
アンに支えられて立ち上がったエリーが言う。
﹁全力でやるならやると言って欲しい﹂
﹁まあまあ。依頼は無事完了したんだし、いいじゃないか﹂と、ア
ンが擁護する。
﹁エリザベス様すごかったです!﹂
﹁悪かったわよ。でも一度全力でやってみたかったのよ。今日のは
手頃な相手だったしね。次からはちゃんと抑えるわ﹂
奇跡の光でエリーの魔力をチャージしてやる。
﹁いいわね。この魔法。安心して全力を出せるわ。ありがとうね、
886
マサル﹂
﹁次からはちゃんと加減してよね。毎回ぶっ倒れられても心臓に悪
いぞ﹂
﹁ごめんってば。ほら、ハーピーを回収しましょう﹂
あたりは暗くなり始めている。早くしないと夜になってしまう。
何匹か落ちてるのを回収したあとは、木の上の巣をエリーと2人
でレヴィテーションを使い覗いて回る。黒焦げになってるかと思っ
たが死体の状態は良好だ。これならいい値段で売れるだろう。木も
雷で火がつくとかそういうこともない。自然の雷と何か性質が違う
んだろうか?
﹁じゃあゲートを開くわ。集まってちょうだい﹂
エリーが転送魔法陣を発動し、おれ達は家に帰還した。転送地点
はおれの部屋に設定してある。ギルドへの報告は明日でいいだろう。
今日のところはご飯を食べてお風呂に入ってぐっすりと寝よう。
887
63話 晴天に霹靂︵後書き︶
次回、未定
タイトル未定
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
次回は2、3日後くらいの予定です。予定です。
マサル スキル 1P レベル19
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv3 忍び足Lv2 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
サティ スキル 3P レベル18
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4 敏捷増加Lv4
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2
888
アンジェラ 2p レベル4
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2 MP回復力アップLv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4 水魔法Lv2
ティリカ 5P レベル5
料理Lv1
魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv3 召喚魔法Lv3
エリザベス 5p レベル16
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv2 MP消費量減少Lv2
魔力増強Lv4 MP回復力アップLv4
回復魔法Lv1 空間魔法Lv4
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv5 土魔法Lv2
889
64話 秘密基地
﹁一日の稼ぎとしては悪く無いわね﹂と、エリー。
翌日の朝、おれ達は居間に集まってお金のことを相談中だ。既に
ギルドに行って報酬は受取済みだ。昨日の今日で依頼が完了したの
を見て副ギルド長は驚いていた。だがギルドカードとティリカを前
にしての証言には疑う余地はない。きっちり倍額の討伐報酬を受け
取った。
﹁悪くないどころじゃないよ。冒険者って儲かるんだね﹂
神官さんは極貧だからなあ。鎧を買った時も値段に結構驚かれた。
騎士団の鎧とかもっと高いと思うんだが。
﹁これくらいなら普通かな。ハーピーは1匹1匹はそんなに報酬よ
くないしね﹂
オーク1匹に、ハーピーが28匹。ハーピーの討伐報酬が倍にな
って確かにそこそこの収入ではあるが、人数で割るとなるとそれほ
どでもない。
﹁生活費を除いて5等分でいいわね。生活費も1人分にして6等分
かしら﹂
﹁そんなもんでいいんじゃないか﹂
﹁あの。私はそんなにいりません。必要ないですし﹂と、サティが
890
言う。
﹁私もお金なら貯金があるし、そんなにいらないかな。今回はあん
まり役に立ってなかったし﹂と、アンも言う。
ティリカはそのやりとりをぼーっと見ていた。たいが用に寝転が
れるサイズの大きめのカーペットが設置してあり、サティとティリ
カはたいがを背もたれにして一緒に座っている。
﹁だめよ。こういうのはきちんとしないと。使わないなら貯金でも
しておきなさい。ギルドに預けておけばなくす心配もないから﹂
﹁そうそう。最初から大活躍なんて誰にもできないし。サティもア
ンもちゃんともらっとくといいよ﹂
﹁さすが、野うさぎと相打ちになったマサルが言うと説得力がある
わね﹂
﹁そんなこと言ってもいいのか?いまエリーのから揚げがどこに入
ってるかよく考えてみる事だ﹂
﹁なっ!?から揚げを盾にするなんて!﹂
﹁ククク。このから揚げが惜しければ⋮⋮﹂
﹁惜しければ、どうなのかしら?﹂
﹁いつでも出しますよ?﹂
﹁そう。それでいいのよ。いい子ね﹂
891
﹁はい。生意気言ってすいません﹂
エリーが持っている杖がパチパチと電撃をまとっている。レベル
5になって何やら雷撃の使用方法に開眼したようだ。かなり自在に
雷を操る。
﹁お金はいいとして、修行のことよ。森でも街から近いと物足りな
いわ﹂
エリーはとりあえずは機嫌を直して、話を続行することにしたよ
うだ。
﹁とはいっても、この森。敵のレベルがほどよいんだけどな﹂
ドラゴンが出てきたとしても今なら倒せるとは思うが、あまり危
険は冒したくない。
﹁街から近いからいけないのよ。もっと奥地にいけばいいわ﹂
﹁そうか。ゲートがあるものな﹂
﹁そう思って昨日のハーピーの場所に転送ポイントを登録しておい
たのよ﹂
﹁おおー﹂
﹁でもあんまり奥のほうに行っても大丈夫なの?﹂と、アン。
﹁そうね。たまにオークの集落とかがあったりもするんだけど、う
892
ちの偵察能力だと不意を打たれることはないわ。ね、ティリカ﹂
﹁ほーくは何も見落とさない﹂
﹁そうだな。それに危ないって思えばゲートで逃げればいいし、夜
は家に帰れるしな﹂
﹁ほんと便利よね、空間魔法。マサルさまさまだわ﹂
そういっておれを見てにっこりと微笑むエリー。かわいいな。
﹁アンもティリカも早く新しい魔法覚えたいでしょ﹂
今回の遠征でエリーとティリカは1つレベルがあがった。そのこ
とに関しても話し合わないといけない。
﹁ポイントは貯めておくわ。空間魔法を上げきるのよ﹂
﹁レベル5の空間魔法って何なんだろうな?﹂
﹁わからないわ。でもきっと物凄いのよ!﹂
﹁そうだな。すっごい魔法が出ればいいんだけど﹂
空間魔法レベル5で日本への転移ができないだろうかと、ちらっ
と考える。その程度で帰還可能なんてあり得なさそうだが、日本と
自由に行き来出来ればいいだろうなと思わないでもない。でも今の
タイミングで戻ったりすると3ヶ月行方不明ってことになるんだろ
うか。やはり戻るとしても伊藤神に任せたほうが無難そうだ。
893
日本への帰還に関しては既に日誌で問い合わせてある。その時に
なれば残留か帰還かを選択させてくれるそうだ。だが、回答があっ
たのはその一点のみだった。嫁達を連れていけるかどうかは未回答。
できるともできないとも言わないのは希望があるということだろう
か。残る方に心は傾いてはいるけれど、日本への未練もそんなに簡
単には断ち切れない。
﹁ティリカはどうする?﹂
﹁召喚魔法を取る﹂
召喚魔法を4にあげるには8Pいる。こっちも保留か。
﹁話はこれで終わりね。今日は一日ゆっくりして、明日また森へ行
きましょう﹂
﹁じゃあ今日はエリーの料理修行をしようか﹂
アンがにっこりと笑って言う。
﹁え?あ、今日は休みを⋮⋮﹂
﹁だめよ。そろそろ本格的にやりましょうね。料理もせめてレベル
1にはなってもらわないと﹂
﹁しょ、食材を無駄にするのはいけないと思うのよ﹂
﹁大丈夫。エリーの失敗の理由がだいたい見えてきたわ。私に任せ
れば大丈夫よ﹂
894
エリーはアンに腕を掴まれ、台所へと強制連行される。サティと
ティリカもそれにくっついて行ってしまった。さて、おれはどうし
ようか。嫁たちが和気あいあいと料理をしてるのを眺めてもきっと
楽しいんだろうけど。
居間で一人になって、明日からの予定をゆっくりと考える。昨日
はハーピー以外の魔物がやけに少なかった。きっとあのあたりは街
を襲撃した大規模なハーピー集団の通過したあとだったんだろう。
さらに奥地に進めば魔物は多くなるはずだ。毎日転送で街を出て半
日くらい森に篭ればいい感じにレベルが上がっていくだろう。
そこでふと気がついた。門を通らず街の外にいって討伐をしまく
る。ちょっと不審ではないだろうか。門を通過するときはカードを
チェックされるとはいえ、記録はいちいち取らない。だから多少辻
褄が合わない程度なら大丈夫だろうが、おれは門番とは仲がいい。
そこまで考えて慌てて台所へと向かう。
﹁おい、大変だ!﹂
﹁どうしたの?﹂
アンがきょとんとした顔でこちらを見ていう。他の3人もこちら
に注目する。
﹁おれ達、門から出たのに門を通らず戻っちまった。転送魔法陣の
ことがばれるぞ!﹂
あの門番の兵士はおれのことをかなり気にかけている。数日消息
がしれないとなると、本当に捜索隊を編成しかねない。
895
﹁ちょっとそれはまずいわね﹂
包丁の練習をしていたエリーもこっちに来た。
﹁どうしよう?一度レヴィテーションか何かで外に出て戻るか?﹂
﹁下策ね。既にギルドには報告をしてるから、調べられたら余計に
おかしなことになっちゃうわよ﹂
﹁転送魔法陣はばれたらちょっとまずいんだよな?﹂
﹁そうね。国からスカウトが来るかもしれないわね。私は帝国の貴
族だからそっちから話が来ると断れるかどうか﹂
みんなで考えこむ。長距離転移くらいなら使い手はそこそこいる
が、転送魔法陣の使い手ともなると極々少数となる。その少数も国
家や組織に囲われて実数は不明という状態だ。いずれは隠しきれな
くなるだろうが、今すぐというのはどう考えてもまずい。
﹁こうしましょう。マサル、東門に顔を出して来なさい。西門から
戻ったことにしておけばいいわ﹂
﹁それで大丈夫かな?﹂
﹁疑う理由もないし、きっと大丈夫よ﹂
﹁わかった。ちょっと出かけてくるよ﹂
幸い、門を出たのは昨日の朝だ。まだ心配するような時間は経っ
ていない。普通に門に寄って挨拶しとけば平気だろう。
896
﹁ぱにゃ、連れて行く?﹂
二手に別れる場合、召喚獣を連れているととても便利なことは証
明済みだ。こちらからしか詳細なことは伝えられないが、ティリカ
側からでも、はいかいいえくらいは動きで示すことができるように
してある。街中では必要もないだろうが念のためだ。携帯電話的な
ものはこの異世界にはないからね。
﹁行ってらっしゃいませ、マサル様﹂
﹁気をつけてね﹂
ねずみを上着のポケットにいれ、皆に見送られて家を出る。
家の外に出るとかなり寒い。日付は12月21日。こちらに来て
から3ヶ月と10日になる。一年の気候を聞いてみると日本と大差
はないようだ。暦が日本と全く同じなのはなんでだろうと思ったけ
ど、伊藤神みたいなのがいるんだから、きっとどっかから輸入した
んだろう。正確な暦があると便利だから。
大通りに出て、何気ない風を装って門に近づく。ちょうどいつも
の門番がいた。すぐにこっちに気がついたようだ。
﹁マサルじゃないか。いつの間に戻ってたんだ﹂
﹁昨日のうちにあっちから﹂と、西門のほうを見る。そちらの方に
は家もある。嘘は言ってない。
﹁ああ、そうか。それで新しいパーティはどんな具合だ?﹂
897
﹁街を襲ったハーピーがいましたよね。あれの残党の巣を見つけて
殲滅しておきました﹂
﹁ほう。それはいい仕事をしたな﹂
﹁ええ。おれもかなりやられましたからね﹂
﹁しかし、日帰りの距離に巣か。あの規模の集団だし、他にもある
かもしれんな﹂
考えてみれば、あの巣1個で終わりってことはないのかもしれな
い。周辺をそれほど探索したわけでもないし。
﹁それもそうですね。もう一度そっち方面を探してみます﹂
﹁ああ、頼む。こんなことは俺達がやるべきことなんだろうけどな﹂
﹁報酬はきっちりもらってますし﹂
﹁そうだな。嫁が4人だ。がっつり儲けないとな﹂
﹁はい。じゃあ帰還の報告に来ただけなんで、戻りますね﹂
﹁おう。嫁さん達にもよろしくな!﹂
これでよし。ついでに買い物でもしておこうかね。本も全部読ん
じゃったしそろそろ新しいのが欲しいところだ。
﹁ミッションは無事終了した。買い物に行ってから帰ろうと思うけ
898
ど﹂
ポケットのねずみにそう話しかける。するとねずみが首を振った。
﹁帰って来いってこと?﹂
今度はねずみがちゅーと鳴く。
﹁わかった。すぐに戻るよ﹂
何かあったんだろうか。ちょっと小走りで家へと急ぐ。でも何か
あったんならもっと早くに合図が来るはずだよな。
家に戻ると、皆が食堂のテーブルに揃っていた。
﹁おかえりなさい、マサル。あれから転送魔法陣のことで話し合っ
てたんだよ﹂と、アンが言う。
話はこんな具合だ。直接ここから森へ飛び狩りをすると、街から
出た形跡が全くないのにどうやって狩ったんだということになる。
じゃあ転送地点を街の外に設定して、門から出て門から帰っても
よろしくない。森の奥での獲物は、どう考えても日帰りの距離で狩
れる獲物じゃないからだ。もし大量の魔物が街から日帰りの距離で
狩れるとすると、またギルドから調査団が派遣されるくらいの事態
になる。
﹁だからって、家に帰れるのに危険な森で野宿っていうのもないと
899
思うのよ﹂
そうアンジェラが言う。森での野宿はとても危険だ。それで命を
落とす冒険者も多い。
﹁一晩中警戒とかすっごく体力を消耗するのよ。あんまりやりたく
はないわね﹂
エリーも賛同だ。
﹁遅めに戻って家で寝るだけってのはどうだろう﹂
要は家にいるのがばれなきゃいいのではないだろうか。
﹁それで確実にばれないってならいいけど、ばれたときに誤魔化す
のが大変そうだよ﹂
﹁だから大きい家にしようって言ったのよ。家が大きいならばれる
危険も少ないわよ﹂
﹁それもどうだろう。根本的な解決になってないし、今はそんなに
お金がないよ﹂
結婚式で大分使っちゃったし、ナーニアさんに返すお金のことも
ある。
﹁留守番を置いておけばどうだろう?無人で人がいたら変だけど、
一人でも残っていたらお風呂とか料理とかこっそりやればたぶんば
れないわよね﹂
900
﹁誰が残るのよ?﹂
﹁実際に残す必要はないんだよ。残るって設定にしておけば、別に
昼間家にいなくても変じゃないよ﹂
﹁それもそうね﹂
﹁野宿はどうかな?土魔法で地下室でも作って入り口はたいがに警
戒してもらえばいいし﹂
﹁それも悪く無いわね。でも毎回それじゃ大変よ?﹂
魔力的には大丈夫かもしれないけど、確かに面倒そうではあるな。
﹁それならいっそこの家に地下室を掘るっていうのはどうだい?﹂
﹁地下室ってじめじめしない?﹂
﹁どうだろう。でも狩りの間だけだし野宿よりましじゃない?﹂
﹁それなりに手間をかければちゃんとした部屋になると思う﹂
﹁でもそれも解決になってないわね。ねえ。ばらしちゃだめなの?﹂
﹁だめよ。転移術士なんてやり始めたらSランクになれないわ﹂
﹁それに芋づる式におれの力がばれるかもしれない﹂
空間魔法が苦手だったエリーが、いきなり転送魔法陣まで使いこ
901
なすようになったのだ。どうやって?という話になってもおかしく
ない。
﹁ずっと隠しておくの?﹂
﹁理想はSランクだけど、Aランクになるまでね。冒険者として名
を上げれば、そういう誘いも跳ね除けられると思うの﹂
要は転移術を使ってるより冒険者として戦うほうが有用だと示せ
ればいいのだ。実績さえあればそのあたりはクリアできるだろうと
のエリーの考えだ。
﹁どこか人里離れたところに拠点を作るとかはどうかしら?帝国の
西の辺境に賢者様が塔を建てて住んでるって話があるのよ﹂
塔か。土魔法で作れそうではあるが、ここは地震とかってどうな
ってるんだろう。日本みたいに多かったら危ないぞ。
﹁ここって地震とか来ないのかな?﹂
﹁地震?ああ、あれね。この辺りじゃないわね﹂
それならなんとかなりそうか?塔を建てて、周りを塀で囲って、
内装も考えて。でもかなり時間がかかりそうだな。
﹁他の街で泊まるっていうのは?﹂
﹁それも微妙ね。ずっと街に泊まっていたのにすごい量の獲物を持
ち込んだ記録が残るのよ?﹂
902
やはりばれないためには野宿が一番ってことになるのか。せっか
く覚えた転送なのにもったいない。お金が必要ないならいっそギル
ドカードをアイテムボックスにいれて狩りをすればいいんだけどな。
獲物は保存しておいて、どこか足のつかなさそうな所で放出すれば
いいし。
﹁とりあえず地下室掘ってみようか﹂
とりあえず地下室の出来を見て決めようということになった。狩
りに出るのはそれまで保留にする。
﹁ここらへんでいいんじゃないかしら﹂
居間はフローリングになっていて、その隅の部分を2m四方ほど
引っぺがすと土があらわになった。
土魔法を使い慎重に土を掘り起こす。出た土は錬成で大岩に変え
てアイテムボックスに収納しておく。体がすっぽり入るくらい下に
掘ったら、今度は斜め下に掘り進んで行く。壁が崩れないように硬
く錬成し、足元には階段を作っていく。3mほど掘り進んだところ
で、平行に切り替える。
土はちょっと湿っぽい。この街はすぐ近くに川が流れているし、
堀り進んでいけば井戸もでる。あまり深くは掘らないほうがよさそ
うである。
ライトの魔法で照らしつつ、がしがしと地下室を拡張していく。
うちのメンバーはみんな背が低いので高さは気にする必要はない。
903
160cmのおれが手を上げて届かないくらいにしておいた。
夜までかけて、居間と同サイズくらいの広間を一つ、他に小部屋
を三つ、トイレ用の部屋を一つ作った。地下室は家の真下と庭で収
まるように位置を調整してある。少し道路にはみ出てる気がしない
でもないが、まあいいだろう。あとはどこかに通風口をつければ問
題はないはずだ。壁は特に念入りに錬成して大理石とまではいかな
いが、コンクリートよりも手触りをよく仕上げてある。崩落が怖か
ったので天井も含めてがっちり強化もしてある。
﹁あら。思ったよりいいじゃない﹂
作業が地下に移ってから一度も見に来なかったエリーが、完成し
たと聞いて見に来た。
﹁そうだろう、そうだろう。結構苦労したんだぞ﹂
それでも作業は朝からやって夜には終わった。建築のけの字も知
らないニートがこんなに立派な地下室を作れてしまう。魔法ってほ
んとに便利だな。
﹁これなら狩りの間くらいなら住んでも問題なさそうだわ﹂
﹁明日はここにいれるベッドとか買いに行かないとな﹂
﹁それよりもマサル、泥だらけよ。お風呂を入れておいたから入っ
て来なさいな﹂
いつもはおれがお風呂を入れるんだが、気を使ってやっておいて
くれたみたいだ。エリー、やさしいな。
904
﹁一緒に入る?﹂
﹁え、うん。いいわよ。よく働いたご褒美に洗ってあげる﹂
おお!言ってみるものだ。
翌日は家具を買い込んだり、みんなの要望を聞きながら構造を微
調整をしたり。居間から地下室の入り口も偽装して、普段はソファ
ーの下に隠してある。広さが2mあった堀り口もほとんど塞いでハ
シゴで降りるだけの狭さにした。非常時にはここも土魔法で塞いで
しまえばみつかる心配も減るだろう。どんな非常時だかはわからな
いが。
狩りは結局みんなでってことになった。狩り期間中は完全に地下
室のみにしておけば、まずバレることはないだろうという結論だ。
歩いて門から出て、転送魔法陣で森へ行く。あとは日中狩りをしな
がらゴルバス砦を目指し、夜は地下室に帰還して眠ることになる。
この家に住むのもそろそろ3ヶ月。契約更新をして家賃も半年分
払っておいた。秘密基地も作ったことだし、まだしばらくはこの家
でお世話になることになりそうだ。
905
64話 秘密基地︵後書き︶
21話にこっそり画像投下
次回、4/29あたり予定
タイトル未定
秘密基地を作り上げ、後方の安全を確保した主人公達は
森の奥深くへと踏み込む
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
現在使用可能な魔法リスト︵不完全版︶
︻火魔法︼①火矢 ②火球 火槍 ③火壁 小爆発 ④火嵐 大爆
発 ⑤フレア メテオ
︻水魔法︼①水球 ②水鞭 氷弾 ③水壁 氷雪
へきれき
︻風魔法︼①風弾 ②風刃 風壁 ③雷 風嵐 飛翔 ④豪雷 烈
風刃 ⑤荒天 霹靂
︻土魔法︼①土弾 ②土壁 硬化 ③ゴーレム作成 岩弾 ④錬成
大ゴーレム作成
︻回復魔法︼①ヒール︵小︶ ②ヒール 解毒 ③リジェネーショ
ン 病気治癒 ④エリアヒール エクストラヒール ⑤奇跡の光
︻空間魔法︼①アイテムボックス作成 ②短距離転移 ③長距離転
移 ④転送魔法陣作成
︻召喚魔法︼レベル①召喚 レベル②召喚 レベル③召喚
906
65話 とある年のクリスマスイブ
本日は12月24日。毎年物悲しい気分になる日だが、今年のお
れはちょっと違う。4人も嫁がいるのだ。日本でこんなことを言っ
たら、ああ、二次元の嫁ね。おれもいっぱいいるよ?なんて返され
るだろう。まあ、嫁と一緒にいるのが危険な森で警戒態勢中だって
いうのが減点だが。
転送魔法陣を作動させる際に一番危険なのが転送先の状況がわか
らないということだ。転送してみたら、目の前にドラゴンがいまし
た、なんてことにもなりかねない、緊張の一瞬だ。
﹁周辺には何もいない﹂
ここは先日のハーピーの巣があった地点のすぐ近くだ。転送後即
座に気配察知を発動し、何もいないのを確認する。
﹁私の探知にも何もかかりません﹂
サティの言葉で構えていた剣をおろし、緊張を解く。ティリカが
ほーくを放ち、周辺の警戒にはいる。
﹁マサル、魔力を分けてちょうだい﹂
転送には大量の魔力を消費する。剣でも戦えるおれと違って、エ
リーは魔力切れが切実な問題になるので優先して回すことにしてい
るのだ。
907
奇跡の光で魔力をチャージしてやると、エリーは満足気に礼を言
った。
﹁ありがとう、マサル。まずは進行方向を決めましょうか﹂
みんなでレヴィテーションして森の上に出る。使えないサティだ
けはおれが抱えてるが、他は全員使える。ただアンは覚えたてで不
安なのかエリーに掴まっていた。ちょっとぷるぷるしている。
﹁家で決めた通りゴルバス砦に向かうんだけど、まずはあっちの山
脈の方へと向かいましょう。山が近くなったら方向転換して砦の方
へ向かう﹂
そう言って、エリーが山脈が連なる方向を指差す。太陽の方向か
ら見てほぼ北側だろう。そっち方面は見渡す限りの山で既に山頂付
近は雪に覆われている。この辺りはそれほど雪が降る地方ではない
が、それでも雪が降りだすと山脈近くはかなり降り積もり、森での
行動も制限される。それまでになるべく経験値を稼いでおこうとい
う計画だ。
北方の山脈を越えた先は魔境となっていて、魔物はそこからやっ
てくるのだと言われている。麓には広大な森が広がっている。
周辺の地形をだいたい確認できたので、地面へと降りる。地形と
言っても森しか見えないわけだが。
﹁ハーピーはどうする?﹂
﹁見つかればやればいいわ。あいつら行動範囲が広いから、近場に
巣があるとは限らないしね﹂
908
﹁この周辺にはいない﹂と、ティリカが報告をする。
﹁よし、じゃあ出発するか。頼むぞ、サティ﹂
﹁はい、お任せ下さい!﹂
隊列はサティ、ティリカ、エリー、アン、おれの順である。サテ
ィが先頭なのは聴覚探知で振り向かずに後方の様子が見えて手間が
省けるからだ。サティに聞いてみると、音だけで位置や動きがはっ
きりわかるそうだ。
前回と違い、そこそこ早いペースで進んでいく。今回は一匹残さ
ず殲滅しろなんて無茶ぶりはないので見敵必殺の方針だ。
30分ほどして、サティが立ち止まった。右手のほうを窺ってい
る。
﹁遠いですけど。何かいます﹂と、森の一方向を指差す。
﹁数は1ですが、そこそこ大きいと思います﹂
﹁1匹か。ドラゴンサイズじゃないよな?﹂
﹁そんなには大きくないと思います﹂
﹁ほーくを向かわせた﹂
ほどなく偵察結果がもたらされた。熊だ。
909
﹁よし。やろうか﹂
ただの熊とは言え、過酷な異世界を生き抜いてただけあって地球
の熊よりもでかくて凶暴だ。一度こちらで見た熊は、日本の動物園
で見たことがあるのより倍近くはありそうだった。
ちなみに熊の分類は魔物になる。動物と魔物、どう分けるのか聞
いたら人を襲うかどうかで決めるらしい。じゃあ野うさぎは魔物か
?と聞くと、ああ、うん。そうかも。と曖昧な返事だった。釈然と
しない。野うさぎは絶対に魔物だと思うんだが。
数分、移動をするとサティが熊を確認した。その場で3m級のゴ
ーレムを1体生成する。
﹁サティ、ぎりぎりの距離で弓を撃て。当てる必要はない、こっち
におびき寄せるんだ﹂
﹁はい﹂
ああいうやつは攻撃を食らっても大抵は逃げない。人間ごとき数
匹集まっても餌が増えたくらいに考えてるんだろう。
ゴーレムを木々の間に潜ませ、その周りで待ち伏せをする。ほー
くも戻ってきてたいがと交代をし、そのたいがはティリカの脇で伏
せの体勢だ。
サティがざざっとこちらに飛び込んできた。サティはとんでもな
い速度で走ることができる。一度本気の走りを見せてもらったが、
同じ人間か?って思ったほどだ。スキルの敏捷ブーストに加えて獣
人としての運動性能が高いんだろう。
910
﹁きます!﹂
かなり距離はあるが、でかい熊がすごい勢いでこちらに走ってき
ている。ガサガサバキバキと森の中をまっすぐ突っ切ってこちらに
向かっている。ちょっと怖い。でも大丈夫だ、万一こっちまでこら
れてもゴーレムで受け止めればいいと自分にいい聞かせる。いつで
もゴーレムを動かせるようにして待ち構える。
﹁サンダー!﹂
ある程度引きつけたところにエリーのサンダーが炸裂し、大熊が
走ってきた勢いのまま地面に突っ込み倒れた。軽めにと言ってある
ので麻痺のみでダメージはそれほどないはずだ。
そこにアンとティリカの氷弾が突き刺さる。2発くらっても大熊
はまだもがいている。
﹁まだ生きてる。もう一発だ﹂
更にもう一発ずつの氷弾が突き刺さり大熊は息絶えた。3m超の
体躯を持ちかなりタフそうではあるが、身動きできないところで頭
部に4発もの氷弾を食らえばひとたまりもない。
﹁サンダーからの連携攻撃は鉄壁だな﹂
﹁そうよ。これで失敗したのなんて、あのドラゴンの時くらいかし
ら﹂
死んだ大熊を収納し、みんなのメニューを確認してみる。
911
﹁ティリカとアンのレベルが一つずつ上がってるね﹂
﹁召喚をあげる﹂
﹁ここでやるの?﹂
﹁お願いする﹂
メニューを開き、召喚をあげる。
ティリカ 2P レベル6
料理Lv1
魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv3 召喚魔法Lv3↓Lv4
﹁上げたよ﹂
﹁⋮⋮﹂
ティリカがうつむいて黙りこむ。
﹁ん?どうしたの。今すぐ何か召喚してみる?﹂
﹁危険だからやめておく﹂
﹁危険って?﹂
912
﹁次のレベルは契約の儀式が必要になる。具体的には戦って倒さな
ければ主人として認められない﹂
﹁それって一対一でか?﹂
﹁みんなで倒せばいい。召喚士自体はそれほど強くないから﹂
確かにな。召喚士に単独で戦えって言われてもたいがどころか、
ほーくにすら苦戦しそうだ。
﹁それならなんとかなるかなあ﹂
﹁大丈夫よ!出てきたところを魔法で集中攻撃すればドラゴンでも
イチコロだわ﹂
﹁うーん、まあそうかな。じゃあどこか広場でもみつけたらやって
みる?﹂
﹁街の近くのほうがよくない?何かあったら怖いよ﹂
そうアンジェラが提案する。
﹁森の近くでやれば人目にもつかないかな。ホークにぐるっと周辺
を偵察してもらえばいいし﹂
﹁そうね。狩りを中断して戻りましょう。早く新しい召喚獣を見て
みたいわ﹂
﹁私も新しい魔法覚えて練習したいな﹂
913
﹁アンは水魔法でいいの?これならレベル4まで上げられるよ﹂
﹁うん、それでいい﹂
アンジェラは7Pある。水魔法を3、4にしてちょうどポイント
を使いきることになる。
アンジェラ 0P レベル5
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2 MP回復力アップLv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4 水魔法Lv2↓Lv4
︻水魔法Lv4︼①水球 ②水鞭 氷弾 ③水壁 氷雪 ④氷竜 水竜
﹁水魔法レベル4まであげたよ﹂
﹁うん、うん。ありがとう﹂
﹁じゃあ戻りましょうか。ここの転送ポイントの設定はしたし、ゲ
ートを開くわよ?街の外のでいいわよね﹂
今のところ、家の地下室と街から少し離れた草原の2箇所と狩場
に転送ポイントを設定してある。
﹁ちょっと待って。やっぱり今日はだめだ。やるなら魔力を万全に
してやりたい。アンも魔法の練習してからのほうがいいだろ﹂
914
転送を使ったら当然おれが補充をすることになる。魔力は万全に
してやりたい。
﹁それもそうね。今日は戻ってゆっくりしましょうか﹂
﹁それがいい。熊も結構いい値段になるんだろ?﹂
獲物が1匹というのはちょっと残念だが、あれだけ図体がでかい
んだ。きっと肉もいっぱい取れるだろう。
﹁肝が薬の原料になるらしいわ。肉もいっぱい取れるし悪くない味
よ﹂
﹁ほう。じゃあ売る時少しもらっておくか﹂
﹁熊肉、楽しみ﹂
﹁うちのほうじゃ熊鍋っていうスープ料理が定番なんだ。今日はそ
れにしようか﹂
こう寒いと鍋が恋しい。和風出汁がないのが残念だが、ラーメン
のスープストックでも使ってみるか。きっと美味しいだろう。
﹁マサル様の料理は久しぶりです﹂と、サティが嬉しそうに言う。
最近家事とか任せっきりだったしなあ。
﹁よしよし。今日はおれに任せろー﹂
﹁楽しみだわ。マサルの料理ははずれがないものね﹂
915
うん、カレー以外はね。あれだけはいつかまた挑戦せねばなるま
いと密かに心に決めているのだ。
﹁じゃあゲートお願い﹂
みんなで集まり、1箇所に固まりしゃがみ込む。街の外の転送地
点は草原の草が高い地点に設定しており、しゃがんでいれば転送で
出現しても見えないはずだ。
転送が発動し、草原に場面が切り替わる。転送時には反動のよう
なものは何もない。目でもつぶっていれば魔力感知以外ではいつ転
送したのかもわからないくらいだ。
﹁周りには何もいないようです﹂
﹁こっちも探知に反応はない。立ち上がってもいいよ﹂
ここは街からも街道からもかなり離れた位置になる。移動が面倒
だがばれるよりはいいだろうとこのあたりになった。
﹁じゃあアンの魔法の練習にもうちょっと森のほうに行くか。大規
模な魔法だと結構街のほうまで音とか届いちゃうからね﹂
練習と言ってもスキルで覚えた魔法は失敗することはない。威力
とか範囲を確かめる試射といったところだ。
少し歩いて十分街から離れただろうという場所でやることにした。
レベル3の2種はティリカので見たことがある。水壁はそのまま
水で壁を作る防御魔法だ。水で壁ってどうなんだろうと最初は思っ
916
たが、壁の中で水が渦巻いており、矢くらいなら余裕で防ぐ。
氷雪のほうはエリーの使うウィンドストームの氷版といったとこ
ろだろうか。氷を含んだ嵐が発生し、敵を切り刻む。
氷竜と水竜も文字通り、氷と水で竜を形作る。作った竜は自在に
動き敵を攻撃する。大きさも調節でき、持続時間もなかなかのもの
だ。単発で即ぶっ放す火や風魔法に比べ、威力は落ちそうだが応用
はききそうだ。実際の威力を見るために10m級ゴーレムを作って
的にしてみたところ、水竜の攻撃をくらいあっさりと破壊されてし
まった。ゴーレムが弱いのか、水竜が強いのかいまいち判別がしか
ねるところだが、とりあえずの威力は確認することはできた。
﹁いいものが見れたわね。水魔法もなかなか悪くないわ﹂
﹁すこし怖いわよ。森で少し狩りをしただけでこんな魔法覚えると
か、ちょっと異常ね。やっぱりマサルのことはどうしたって隠して
おかないと﹂
﹁おれの力が怖い?﹂
ちょっと心配になって聞いてみる。
﹁マサルの力は怖くないよ。神様の加護だもの。怖いのは私がこん
な魔法を使えるってことかな﹂
﹁大丈夫よ。すぐに慣れるわ。大魔法をぶっ放すのは気持ちいいの
よ﹂
﹁そうね。ちょっと楽しかったのは否定しないわ﹂
917
﹁エリーみたいに何度も限界まで魔力使って倒れるとか、アンはや
らないでね?﹂
﹁失礼ね!マサルの前ではそんなの2回くらいじゃない!﹂
おれの前ではってことは、他でやってたのか⋮⋮ナーニアさんの
苦労がしのばれる。
﹁そういうのはエリーに任せておくよ﹂
﹁私だってもうやらないわよ。たぶん﹂
断言できないあたり自分でも自覚があるんだろう。
﹁はいはい。じゃあ街に戻ろうか。おれは野うさぎ狩りながら行く
から先に戻っててくれる?﹂
﹁わかった。私はちょっと神殿に寄ってから帰るよ。お昼はマサル
が作るの?﹂
﹁熊鍋は夜にしよう。昼はお願い﹂
﹁私はマサル様に付いていきますね﹂
﹁私も﹂と、サティとティリカが付いてくることになった。
﹁じゃあエリーは私と一緒に戻ってお昼を作ろうか﹂
﹁が、がんばるわ﹂
918
アンによると、エリーの料理スキル習得にはまだ当分かかるそう
だ。
2人と別れ、草原を前にする。ここに来るまでも野うさぎの気配
を時々感知してそわそわしていたのだ。
﹁じゃあいつもみたいに左右に別れてやるか。ティリカは少し離れ
てついてきてね﹂
﹁はい﹂
﹁わかった﹂
その後サティと2人で10匹ほど狩り、満足して街へと戻った。
家に戻ると、アンとエリーもちょうど戻ったところだったようだ。
﹁治療院が忙しくてね。手伝ってきたんだよ﹂
﹁私もちょっと手伝ったのよ﹂
﹁用事は大丈夫だったのか?﹂
﹁ちょっと挨拶しておこうって思っただけだったしね。じゃあ料理
始めようか。行くよ、エリー﹂
919
﹁もうすぐ料理スキルがレベル1になりそうな気がするわ。終わっ
たらチェックしてね、マサル﹂
そうか。それは気のせいだと思うが、言わないでおこう。そして
アンの監督のもと、普通に食べられる料理が出てきたことだけはエ
リーの名誉のために言っておく。今日のところは料理レベル1はま
だついてなかったが、その日は思ったより近そうだ。エリーはやれ
ば出来る子だ。
午後はエリー先生の空間魔法講座になった。アイテムボックスは
使えると便利だろうと、ポイントを使わずに習得しようということ
になったのだ。生徒はアンとティリカとサティ。おれは遠慮した。
魔法の習得でろくな目にあったことがない。今回もきっとひどい目
にあう。そんな気がしたのだ。
﹁おれは熊をギルドに売ってくるよ。みんながんばってな﹂
﹁任せておきなさい。バリバリ教えるわよ!﹂
辞退して正解だとその瞬間思ったよ。
熊を売り払ってちょっと買い物をして戻ると、アンがぐったりし
てサティが寝込んでいた。ティリカはケロッとした様子でソファー
で寝ているサティを見ていた。魔力切れだろうな。
おれはそれを見て、黙って魔力を補充してやった。何があったの
かはあえて聞くまい。
その日の夜の熊鍋は結構好評だった。そういえば今日クリスマス
920
イブだったな。ケーキでも作ろうかとちょっと思ったけど、美少女
4人と鍋を囲む、そんなクリスマスも素晴らしいものだった。
921
65話 とある年のクリスマスイブ︵後書き︶
次回投稿 5/2の予定です
前話にも書きましたがサティの絵も頂きました
21話に載せてあります
ティリカはレベル4召喚を試しみる
あらわれる強大なモンスター
﹁汝が召喚主か?我が主足るや証明をしてみせよ!﹂
果たして無事倒して従えることはできるのか
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
922
66話 召喚魔法レベル4
翌日。昼過ぎには魔力を万全にしたおれ達は森の近くまで来てい
た。周囲には誰もいないのは確認済みだ。
﹁準備はいいか?﹂
おれの言葉に皆がうなずく。
ティリカが召喚の詠唱を開始した。続けてアンジェラが氷竜の詠
唱を開始する。召喚と氷竜の詠唱がほぼ同時に完了した。アンジェ
ラの上に氷竜が生まれ、そして目の前にレベル4の召喚獣であるド
ラゴンが姿をあらわした。体長7,8mといったところだろうか。
森で倒したドラゴンよりはだいぶんと小ぶりだが、砦でみたワイバ
ーンよりは大きかった。赤い体躯に大きな翼を持ちいかにも空を飛
びそうだ。凶暴そうな面構えに長い尻尾もある。
召喚するドラゴンに関してはある程度の情報があった。スキルを
覚えた時に得られたらしい。もちろん、何か違うものを選ぶことも
できたが、ティリカがそのまま選ぶことにした。ドラゴン召喚とか
やっぱりロマンだよね。
﹁汝が召喚主か?我が主たるや証明をし⋮⋮﹂
ドラゴンはその赤い瞳で足元のティリカをしっかりと見据え、話
し始めた。
おお、このドラゴン喋れるのか。すごいなー。
923
﹁そう。時間が惜しい。準備はできている﹂
ティリカがドラゴンを見上げながらそう言う。
﹁ちょっと待つがよい。これは⋮⋮汝の仲間なのか?﹂
そう言ってドラゴンは周りを見回す。ドラゴンを囲む様に10m
級のゴーレムが5体。いつでも襲い掛かれるようにドラゴンの頭上
をゆっくりと周回する氷竜。エリーは戦闘が始まったら即、詠唱を
始める手筈となっている。サティはティリカの横に護衛としてつき、
剣と盾を構えている。
﹁そう。ここにいるのは私の家族でパーティーメンバーだけ。問題
はないはず。さあ、やろう﹂
﹁⋮⋮我は誇り高きドラゴン族!どれほど強大な敵だろうと簡単に
負けはしないぞっ!!﹂
ドラゴンがゴウッと吠える。森の近くまで来ておいてよかったよ。
街の近くでやったら大騒ぎになっただろうな。
ティリカがドラゴンから距離を取り、少しうなずくと戦闘が始ま
った。ドラゴンはそれを律儀に待ってくれていた。
ドラゴンはゴーレムの後ろに退避したティリカを、ゴーレムの間
を抜けて追おうとした。頭上には氷竜がいる。悪くない判断だろう。
だがそれをゴーレム5体がかりで一気に襲い、押さえつけた。押
さえつけるまでに正面に回った1体の片腕が噛みちぎられた。5体
924
で無理やり押さえこんではいたが、暴れるドラゴンを押さえるのは
かなりきつい。ゴーレム1体1体はドラゴンよりもサイズが大きい
うえに、ゴーレムのパワーは決して貧弱なものではない。だがゴー
レムを注意深く操作しないと、弾き飛ばされそうだ。4体なら押さ
えきれなかった可能性がある。3体なら絶対に無理だっただろう。
﹁もうお前に勝ち目はない!降伏しろ!﹂
ゴーレムを操作しながらドラゴンに呼びかける。ゴーレムだけで
いけるだろうとの最初の予想を覆す、ドラゴンの想定以上のパワー
に少し焦っていた。氷竜はおれの合図でいつでも攻撃をする手筈に
なっているし、もしブレスを吐く素振りでも見せれば即攻撃できる
が、話が通じるならもう勝ち目はないとわかるはずだ。
そしてドラゴンはグルルルと一声唸ると力を抜いた。
﹁うむ。汝は我が主たるに十分な力を示した。今後は汝の召喚に従
って我が力を振るうことを誓おう。だからこのゴーレムをどけて欲
しい﹂
押さえつけていたゴーレムの力を抜き、起き上がらせる。エリー
は詠唱してた呪文が不発に終わってちょっと残念そうだ。ドラゴン
はゆっくりと体を起こし、ティリカに歩み寄ると頭を垂れた。
﹁名前は?﹂
﹁我は既に肉体を持たない存在。名前は汝が決めるがよい﹂
ティリカがこっちを見る。またおれが考えるのですか。竜、ドラ
ゴン、ドラゴ?ドラゴで良さそうだな。
925
﹁ドラゴというのはどうだろう﹂
﹁どらご。いい名前。おまえの名前は今からどらご﹂
﹁承知した。我が小さき主人よ。我が名はドラゴ。今後ともよろし
く頼む﹂
そういうとドラゴンはゆらっと崩れるように消滅した。
﹁マサル、魔力を。ちょっときつい﹂
﹁ああ、気が付かなかった。すぐに補充しよう﹂
ドラゴンが消えたのは魔力の限界だったらしい。召喚レベル4で
の消費に加えて、さすがにあのサイズとなると維持に使う魔力が大
きいのだろう。
﹁次にレベルがあがったら魔力を増やそうな﹂
奇跡の光を詠唱しながらティリカに言う。
﹁うん。そうする﹂
魔力のチャージが終わってゴーレムを土に返し、帰ろうかと言う
とティリカが突然こんなことを言い出した。
﹁師匠に見せる﹂
﹁え?﹂
926
﹁どらごを師匠に見せる﹂
﹁大丈夫なのか?﹂
﹁秘密は漏れることはない。見せたい﹂
自慢したいのか。気持ちはわかるが。
﹁それもあるが、今後のこともある。どらごを見せれば仕事を放棄
した件も納得してもらえる。師匠は真偽院でもかなりの高位者。積
極的に協力してもらえれば何かしらの役に立つはず﹂
確かにドラゴン召喚はインパクト抜群だろうな。世界の趨勢うん
ぬんという話にも信憑性が出そうだ。
﹁師匠さんってまだこっちに居たっけ?﹂
﹁年内は居ると言っていた﹂
﹁ここまで連れてくるのも大変だよ﹂
アンがもっともな指摘をする。確かに森の近くまで往復とか面倒
くさい。
﹁街の近くでいいじゃない。マサルが大きい土壁作って見えないよ
うにすればいいわ﹂
エリーが即座にいい案を出してくれたのでそれで行こうというこ
とになった。
927
﹁ねえ。そんなことより、どらご。乗って飛べたりするのかしら?﹂
﹁できる﹂
﹁﹁﹁おおー﹂﹂﹂
これはテンションあがる!ドラゴンに乗って飛ぶとかまさにファ
ンタジーだな!
﹁ちょっと、乗ってみましょうよ!乗りたいわ!﹂
﹁いやいや、待てってば。こんな街に近いところでドラゴンで飛ぶ
とかやばいだろう﹂
﹁そうよ、エリー。あんまりわがまま言わないの﹂
﹁ゲートで昨日の狩場にいけばいいわ。帰りのゲート地点はここよ
り街に近いし歩かずに済むわよ﹂
﹁いい考え。行こう、マサル﹂
﹁私も!私も乗ってみたいです、マサル様!﹂
﹁そうだな。今日はもう予定もないし、行くか﹂
さっそくエリーが転送を作動させて、昨日の狩場に移動する。も
ちろん警戒は怠らず、問題がないのを確認してティリカの召喚術を
行う。
928
﹁いでよ、どらご﹂
ティリカの詠唱に従ってドラゴンが実体化していく。たいがあた
りだと瞬時に出現したが、やはりでかいと手間がかかるのだろう。
ティリカのMPを確認するとごっそりと減っていた。召喚完了後も
徐々に減っていってるし、このペースだと30分ももたない感じだ。
魔力の底上げは必須だな。とりあえずは奇跡の光で補充をしてやる。
﹁お呼びか、我が主よ﹂
﹁背中に乗せて飛んで欲しい﹂
﹁お安いご用だ﹂
そういうとどらごはぺったりと体を伏せた。だが伏せてもらって
も登るのは大変な高さだ。2m以上はあるだろうか。大岩を1個だ
して足場にするとサティがひょいひょいとジャンプして登った。そ
しておれが大岩からどうやって登ろうかと考えていると、他の3人
がレヴィテーションでふわりとどらごの背に飛び乗った。
﹁ほら、マサルも早く乗りなさいよ﹂
エリーがドラゴンの上から顔を出して言う。自分が飛べるのとか
ともすれば忘れそうになる。
﹁いま行くよ﹂
大岩を収納してレヴィテーションでどらごの背中の皆の側に移動
をする。背中は広く、鱗でごつごつとしているものの、鱗はそれほ
ど硬くもなく感触は悪くない。背中の中央部にはたてがみのような
929
ものが走っており、それに掴まればいいのだろうか。だが風でも吹
けば簡単に滑り落ちそうだ。
﹁これ落ちないかな?﹂
﹁少し待つが良い﹂
どらごがぐるりと首を巡らせ、顔をこちらに向けてそう言う。顔
のアップこええな。あんまり近づけないで欲しい。食われそうな気
分になる。
どらごが顔を前に戻すと、背中がぼこぼこと動きだし、鱗がくぼ
んで左右に3つずつの座席が出来上がった。器用なことをするなあ。
硬めの皮の椅子のようですわり心地も悪くないし、前の座席の背に
掴まれば多少乱暴な飛行でも落ちることはなさそうだ。器用ってレ
ベルじゃないぞ。
﹁我の肉体は魔力で形成されておる。だからこのようなことも可能
だ﹂
﹁もっと違う形にもなれるってこと?﹂
﹁それは無理だ。ドラゴン以外のものにはなれない。こうやって多
少、体の表面を変えられるくらいだ。だが、我が主の魔力次第でも
っと大きく強くはなれるだろう﹂
今もティリカのMPをどんどん吸ってるんだが、これ以上でかく
なるとか無理だな。
﹁どらご、飛んで﹂
930
皆が座席に落ち着いたのを確認したのを見てティリカがそう言う
と、グルルと鳴いてどらごが翼をばっさばっさと羽ばたかせ、ふい
に上昇した。そしてそのままどんどんと高く上がっていく。ジェッ
トコースターに乗った気分だ。あっという間に森の木々の上に出て
ホバリングをした。しかし、体の大きさに比べて翼が小さく見える
し、飛べるほど必死に動かしてるようには見えない。魔力感知をし
てみると、やはり魔力の動きがある。レヴィテーションでも補助的
に発動しているんだろう。そして、ティリカのMPを見てみると減
りが加速していた。供給源はティリカのようだ。これは乗り物にし
て移動するのは無理がありそうだ。まあこんなので街に乗り付ける
とかそもそも無理なんだけど。
﹁とりあえず、この周辺をぐるっと飛んでちょうだい﹂
エリーの指示でどらごが動いた。昔のプロペラ機ってこんな感じ
だったんだろうか。左右は翼で視界が悪いものの、前後は眺めがい
い。そして数分間飛んでもらって元の地点に降り、すぐにどらごを
消した。
﹁なかなかの乗り心地ね。これなら長距離の移動に使えそうだわ﹂
﹁でも使い所がね。街に乗り込むわけにもいかないでしょう﹂
﹁長時間は無理だよ。召喚するだけで魔力をかなり使うし、姿を維
持するのにも、飛ぶのにもティリカの魔力を使うんだ。乗り物代わ
りは無理だな﹂
﹁あら、残念ね﹂
931
﹁魔力は増やす﹂
﹁じゃあがんばって狩りをしないといけないわね﹂
﹁そうだな。明日からがんばろうか﹂
今日のところはもう魔力が心もとない。転送魔法陣に使う魔力を
考えるとあまり余裕はない。
﹁帰りましょうか。マサル、魔力を分けてちょうだい﹂
エリーに魔力を補充してやる。この後は土魔法も使わないといけ
ない。久しぶりに魔力が底を尽きそうだ。
とりあえずは街に帰還して、ティリカの師匠に会いに行くことに
なった。エリーとアンは先に戻った。また料理の修行をやるらしい。
サティとティリカと一緒に冒険者ギルドに行くと師匠の人はちょう
ど時間があるようだった。
﹁見せたいものがある。街の外に来て欲しい﹂
﹁いいだろう﹂
黙って街の外まで歩いて行く。この師弟、しゃべったりしないん
だろうか。沈黙が重い。
さすがに城壁の近くはまずいので、門を出てさらに10分ほど歩
く。
932
﹁ここでいいかな﹂
土魔法で土壁を3方向を囲うように形成する。どらごを隠さない
といけないからかなりのサイズだ。とうとう魔力が底をついた。多
少は残してあるから倒れはしないがだるい。今日はもう何もしたく
ない。
﹁仰々しいな。それで見せたいものとは何かね?﹂
﹁これを﹂と、ねずみを手のひらに乗せて見せる。まずはそれから
見せるのね。
﹁ふむ?どこから取り出したのかは見えなかったが。新しい芸かね
?﹂
師匠の人の手のひらにねずみのぱにょが乗り移る。師匠の人はそ
れをじっと見て、なでたりしている。
﹁順番に見せる。次はこれ﹂
そういうとねずみのぱにょを消してほーくを出す。
﹁確かに少し面白い芸ではあるが、こんなことのために街の外にま
で出てこんな壁を作ったのかね?﹂
時間の無駄だと言いたげだ。師匠の人、きっついなー。でもやっ
ぱりほーくは撫でるんだな。案外動物好きなのか?
﹁見せたいものはあと2つある﹂
933
ほーくが消えて、師匠の人の目の前にたいががあらわれた。
﹁ほう。今度のは少々強そうだな﹂
虎が目の前に突然あらわれても全然動揺した様子がない。胆力が
あるのだろうか。それともティリカを信頼してるってことなのか。
﹁これはたいが。強くてかわいい。護衛をしてくれる﹂
たいがは師匠の人の側に行くと行儀よく座り、師匠の人がなでな
でするに任せている。今ためらいなく手を伸ばしたな。普通ちょっ
とはびびるもんなんだが。ほう、これは、などと言いながら座り込
んでじっくり撫でている。
﹁乗って走れる。師匠も乗る?﹂
﹁お願いしよう﹂
重々しくうなずいた師匠の人は、立ち上がったたいがをそろっと
またいで乗り込む。そして師匠を乗せて走り出すたいが。あっとい
う間に草原の向こうのほうに消えた。結構本気で走ってるな。虎程
度なら大丈夫だとは思うが、誰かに見られなきゃいいんだけど。
﹁師匠は動物好き。屋敷で何匹も馬や犬を飼っている。それよりも、
大変﹂
うん、なんとなく言いたいことはわかるよ。
﹁魔力が足りない﹂
934
ですよね。おれも足りないんだが⋮⋮師匠に見せると言っている
ティリカに恥をかかすわけにもいかない。待ってる間に少しは魔力
が回復はしているし。
収納から取り出し、2人で仲良く濃縮マギ茶を飲む。
﹁まずい﹂
我慢しなさい。おれもまずい。MPポーションを2本出し、ティ
リカに1本渡し、もう1本を飲みほす。
﹁じゃあ師匠の人が戻る前に魔力を補充しておくか﹂
深呼吸して、奇跡の光の詠唱を始める。魔力を使い切ったとて必
ずしも気絶するわけではない。要は耐えればいいのだ。心の準備を
しておけば耐えられるとはエリーの談だ。
そして奇跡の光が発動し、魔力が完全になくなるのを感じる。ふ
らついたのをサティに支えてもらう。顔から血の気がひいて、気が
遠くなったが、なんとか気絶だけは回避できた。
﹁すまない、マサル。無理をさせた﹂
﹁いや、いいんだ。ティリカのためだし﹂
少しするとたいがが戻ってきた。おれは草むらに座り込んでサテ
ィとマギ茶を飲んでいた。ふらついているところを見せるわけにも
いかない。
﹁馬とは違う、なかなかいい乗り心地だった﹂
935
﹁そう。では最後のを見せる。言うまでもないが、すべて秘密﹂
﹁うむ﹂
たいがを消し、ティリカがドラゴンの召喚を始める。
﹁いでよ、どらご﹂
そしてティリカの前に巨大なドラゴンが現れる。
﹁お、おお、これは⋮⋮﹂
さすがの師匠の人もドラゴンを見上げて少々うろたえ気味だ。
﹁どらご。こちらは私の師匠。挨拶を﹂
﹁我が名はドラゴ。誇り高きドラゴンにして、ティリカ様のしもべ
である。よろしく、師匠殿﹂
﹁おお、これはご丁寧に⋮⋮﹂
﹁驚いた?﹂
﹁驚いた。驚いたとも。これがそうなのかね?﹂
﹁そう。これが私の得た力﹂
﹁ドラゴンを従えるとは。確かに仕事を放棄するだけの価値はある﹂
936
﹁だがこれは一部分に過ぎない﹂
﹁触ってもいいかね?﹂
ティリカがこくりとうなずくと師匠の人は恐る恐るどらごに近寄
り鱗に触れた。
﹁これがただの一部だと言うのか⋮⋮﹂
﹁魔力が不足してあまり長くは出せない。そろそろ消す﹂
そういうとティリカはどらごを消した。
﹁どういうことなのかは⋮⋮﹂
﹁今はまだ話せない﹂
﹁そうか﹂
そう言うと、師匠の人はちらりとおれのほうを見る。
﹁いいだろう。今までは正直半信半疑だったが、これで納得した。
必要なら真偽院を挙げて支援もしよう﹂
﹁ありがとう、師匠﹂
﹁そこのおまえ。マサルと言ったな﹂
﹁あ、はい﹂
937
﹁困ったことがあったら私を頼るがいい。私の名は一級真偽官、ク
レメンス・オーグレンだ﹂
そういうと、ポケットから小さい記章のようなものを取り出し、
おれに手渡した。何回か会ってるけど、初めて自己紹介されたな。
﹁真偽官は大きい組織になら大抵いる。どこの真偽官でもそれを見
せて私の名前を出せば、何かしらの協力は得られるだろう。だが濫
用はするなよ?﹂
﹁わかりました。ありがとうございます﹂
﹁ではティリカ。いつか話を聞かせてくれるのを楽しみにしている
ぞ﹂
そういうと、師匠の人は街の方へとさっさと歩いていった。
﹁ティリカ、これなんだ?﹂
﹁真偽官の身分証のようなもの。魔眼を見れば真偽官であるのはわ
かるから滅多に出すことはないが、私も持ってる﹂
そう言うと、色違いのものを出して見せてくれた。
﹁師匠のはミスリル製。私のは銅﹂
﹁ふうん。身分証なんだろ。もらっちゃっていいのかな?﹂
﹁わからないけど、平気だと思う﹂
938
﹁そうなのか?まあおれ達も街に戻ろうか﹂
記章は何かの役に立つかもしれないから、大事に仕舞っておこう。
﹁お腹がすいた。また熊鍋が食べたい﹂
﹁そうだな。昼はアンとエリーが何か作ってるだろうけど、夜はま
た作ろうか﹂
家に戻るとお昼ご飯の準備ができていた。
﹁がんばって作ったのよ!スキルをチェックしてみて。そろそろ料
理スキルがついてるんじゃないかしら?﹂
エリーの料理スキルをチェックしたがいまだに0のままだった。
﹁おかしいわね。コツのようなものを掴んだ気がしたんだけど⋮⋮﹂
それは全くの気のせいだったようだ。アンがそれを聞いて苦笑し
ていた。
その日の午後と、翌日をまるまる休みにあて、おれ達は改めて森
での狩りを再開することにした。一度魔力を空にしてしまうと、回
復にほぼ24時間かかる。
そして休みの2日間、ティリカのサービスがやけによかったのを
939
付け加えておく。無理して魔力を放出したかいがあったと言うもの
だ。
940
66話 召喚魔法レベル4︵後書き︶
次回投稿は5/5の予定です
森での狩りが順調すぎてこんなことを言い出すエリザベスさん
﹁今日は小物ばっかりで飽きたから、次はもっと大物がいいわね﹂
おい、馬鹿やめろ、そんなこといったら本当に出てくるんだぞ!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
941
67話 ハーピー戦、再び
森での狩りは順調だ。森の奥地ともなると魔物とのエンカウント
率も入り口付近とは比べ物にならないくらい高い。とはいえ、おれ
とサティの探知スキルとほーくの偵察で奇襲を受ける可能性はない。
常に先手をうてるという利点は非常に大きい。先手さえ取れれば遠
距離から魔法をぶっ放せばよいのだ。
﹁ほーくもそうだけど、探知スキルはちょっと反則ね。こんな楽な
狩りはしたことがないわ﹂
オーク3匹を手早く片付け終わって休憩中にエリーがそう言う。
﹁みんな探知スキル持ってないのかな?﹂
﹁タークスも目と耳がよかったけど、サティとマサルのはレベルが
違うわね。タークスのはきっと1か2くらいだったんじゃないかし
ら﹂
タークスっていうのはエリーの元パーティーメンバーで斥候担当
だった人だ。かなりの凄腕と聞いていたが、そんなものなのだろう
か。
﹁森が危ないのは視界がきかない事なの。今のオークみたいに大音
を立ててくれればいいんだけど、じっと潜まれたら真横を通っても
気が付かないことがあるわ。気がついたら魔物の巣のど真ん中にい
たとかで壊滅したパーティーの話も聞いたことがあるわよ﹂
942
思えば危険だ危険だって言われていた森も、今まで特にそんなこ
とが全くなかったのは、探知スキルのおかげだったのか。探知がな
かったら確かに危ないところもあっただろうな。特に蛇とか昆虫系
が危ない。サティの目にも耳にもなかなかかからないのだ。
驚いたことに2mのカマキリとかいるんだぜ。カマキリの鎌は硬
度がすごくあって、時には鉄も切り裂くのだとか。そんなのに不意
打ちされたらフルプレートの騎士でも危ないだろう。その大カマキ
リは隠れてるところをおれの探知で見つけて、さくっとアンとティ
リカの氷弾の犠牲となったが。
﹁休憩は十分ね。マサルの魔力はどのくらい残ってる?﹂
﹁半分以上だな﹂
おれの役目は魔力タンクで、その魔力を目安に狩りの続行を決め
ていっている。
﹁私もそんなに減ってないからまだ大丈夫ね。さあ、出発しましょ
う。今日は小物ばっかりで飽きたから、次はもっと大物がいいわね﹂
息を吐くようにフラグを立てるエリーさんである。そんなことを
言うと大物が出てくるんだ。きっと手に負えないくらいの⋮⋮
まずいのを我慢して濃縮マギ茶をこっそり飲んでおく。用心して
おくに越したことはない。
﹁じゃあ行こうか﹂
943
そして出発して1時間ほど、何にも出会わなかった。もちろん小
さい鳥や小動物は気配察知にかかる。だが、大型の草食動物や魔物
は皆無だった。このパターンは覚えがある。何かの巣が近くて、そ
れ以外の魔物が駆逐されたのだ。
﹁何かいるわね﹂
エリーがそうつぶやく。
﹁やばそうなのだったらすぐにゲートで逃げるぞ?﹂
﹁マサルは本当に心配性ね。いざとなったらどらごもいるんだし平
気よ、平気﹂
﹁だったらいいんだけどね﹂
一度の失敗で全てが終わる時だってあるのだ。ハーピーの時にそ
れは思い知らされた。
﹁ハーピーの巣が見えた﹂
そのすぐ後、ティリカの報告がもたらされる。
﹁規模はわかるか?﹂
﹁見つからないようにすぐに離脱した﹂
﹁それでいい。ほーくを戻してくれ。おれが偵察してくるよ﹂
944
﹁マサル様、私が行きます﹂
﹁いや、おれが行こう。ハーピーの巣ならおれの気配察知のほうが
数を見やすい。サティは待機しててくれ﹂
2人の隠密、忍び足のスキルは同等で、サティは身体能力、おれ
は魔法とどっちが偵察に向いているということもない。だからなる
べくおれが行くことにしているのだ。嫁を危険に晒すことはなるべ
く避けたい。
﹁はい﹂
﹁気をつけてね、マサル﹂
﹁うん、行ってくる﹂
いい加減おれもそろそろレベルを上げるべきだな。スキルリセッ
トを使ってもいいんだが、現状のスキルで削れそうなところはほと
んどないし、スキルリセットは温存しておきたい。森じゃなかった
ら巣ごとメテオで消し飛ばすんだけどなあ。
そんなことを考えながらゆっくり進んで行くと、巣が見えてきた。
気配がやけに多い。20、30、40、50⋮⋮どうも気配察知の
範囲外にもいそうだ。さらに近寄って偵察するか?とりあえずはね
ずみのぱにょに報告を入れる。ちょっと待つとぱにょが首を振った。
戻れって合図だ。
そろそろと慎重に戻る。50匹超の集団に見つかるとさすがにや
ばい。死ねる。
945
無事みんなのもとに帰りつき作戦会議が始まる。
﹁また私の魔法で殲滅すればいいわ。範囲を広げれば多少漏れても
問題ないわよ﹂
﹁偵察しきれなかったのが気になるんだが﹂
﹁でも大規模な巣なら放っておくわけにもいかないよ。倒せるなら
倒しておくべきだ﹂
アンの言うことにも一理ある。うちのパーティーなら倍の100
だとしても倒せるはずだとは思う。
﹁サティとティリカはどう思う?﹂
﹁私も倒したほうがいいと思います﹂
﹁判断がつかない﹂
﹁賛成3ね﹂
これはもう怖いなんて言ってられないか。
﹁作戦は前と同じにするのか?﹂
﹁基本的にはそうね。でも範囲魔法を撃ったあとは撃ち漏らしがあ
るのを前提に動きましょう﹂
946
会議をした結果、巣の全滅を目指すために夕方を待つことにした。
ハーピーは夜には巣に戻って寝る習性がある。あと3時間ほどで日
が落ちるから、2時間待つことにした。
森に潜んで待っている間も、頭上や近くを何匹ものハーピーが通
り過ぎ巣のほうに飛んでいく。その度に見つからないかとびくびく
する。街の襲撃の時のハーピーを思い出す。あの時は明らかに魔力
を感知して襲ってきた。もし頭上を通り過ぎる一体が上位種だった
ら?待ってる時間が辛い。
﹁怖い?﹂
そうアンが顔を寄せ小声で聞いてきた。別に普通に話したって近
くにハーピーはいないんだが、自然に小声になる。
﹁すごく怖い。前にハーピーにやられたのを思い出す﹂
﹁でもあの時よりずいぶん強くなったよね﹂
そうだろうか。スキルは多少は増えたけど全然そんな気がしない。
今もこうやってびくびくしている。レベル5の火魔法を覚えていた
って今の状況だと役に立たないし、森での狩りはレーダー係と魔力
タンクでほとんど戦ってない。
﹁エリーみたいに魔法をぶっ放すのが強さじゃないでしょう?マサ
ルのおかげでみんな魔力を気にしないで戦えるし、そもそも私の力
だってマサルにもらったものだしね﹂
﹁そういうものかな?もっとこう華々しく活躍してみたいんだけど﹂
947
﹁勇者様みたいに?﹂
﹁それはちょっと嫌だな。うん、地味なままでいいわ。派手なのは
エリーに任せておくよ﹂
﹁そうそう。パーティーなんだし、みんなで強くなればいいのよ。
私なんて本職は治癒術士なのに、ここのところ使ってないから錆び
付きそうだよ﹂
﹁今日は水魔法で大活躍じゃないか﹂
﹁それもなんか違うなって思うのよ。ほら、マサルと同じじゃない。
理想のイメージがあって、それは治癒魔法を使ってる姿なのよね﹂
﹁冒険者になったのを後悔してる?﹂
﹁ううん。私の小さい時の夢はね、神殿騎士団に入ることだったん
だ。司祭様のお話を聞いてね。憧れてたの﹂
﹁へえ。なんで入らなかったの?﹂
﹁女は滅多に入れて貰えないのよ。それに戦闘の才能があんまりな
かったし、魔法の適性があったから﹂
この世界の冒険者はどいつもこいつも体格がいい。女性としては
並くらいの体格のアンジェラだと前衛でやっていくのは厳しいだろ
う。
﹁レベルが上がったらそっち方面上げてみる?﹂
948
﹁やめておく。向き不向きってものがあるし﹂
適性って大事だよな。サティが魔法を使いたがっても、どうしよ
うもなく前衛向きなように、おれも本質は治癒術だったり土木工事
だったりするんだろうか。でもそんなのじゃ世界は救えそうにない
し。
ふとサティのほうを見るとこっちをじっと見ていた。ティリカと
エリーはたいがにもたれて昼寝していて、サティは2人に挟まれて
いる格好だ。暢気なものだとは思うが、休める時に休むのも大事な
のだそうだ。おれは休めそうにないのでアンと一緒に見張りをかっ
てでた。
﹁サティはどう?上げたい方向性とかないの?魔法使いたがってた
けど﹂
﹁んー。魔法はやっぱり無理そうです﹂
3回くらい気絶してたものな。
﹁今のままで皆さんのお役に立てますし、魔法は使えるだけで満足
です﹂
ティリカがもぞもぞしたのを見て、そこで黙りこむ。ちょっと声
が大きかったか?それからの時間はなんとなく黙って過ごした。た
まに頭上のほうを過ぎ去るハーピーにもそれほどビクつくことはな
くなった。しかし、多いな。通り過ぎたのだけで10は超えてるぞ。
こっち側だけでこれなら巣のハーピーは100じゃきかないかもし
れん。
949
時間になり、エリーとティリカを揺り起こす。
﹁思ったよりハーピーが多い。待機してた間、頭上を通ったのだけ
で10匹以上だ﹂
﹁だからって作戦は変更しないわ。どんな作戦でも危険は付き物よ﹂
﹁どらごを出す魔力は温存する﹂
ティリカの魔力は今日一日の狩りで上がった分で増やしてある。
﹁うだうだ言ってても仕方がないわ。予定通りやるわよ﹂
﹁わかった﹂
エリーとたいがとともにハーピーの巣へと慎重に近寄っていき、
巣の見える位置に到達する。200mほど後方に3人は待機してお
り、3m級のゴーレムも4体作っておいた。このくらいの距離なら
ゴーレムに簡単な指示が出せるのは調査済みだ。
エリーが木陰で魔法の詠唱を始める。別に仁王立ちにならなくて
も視線が通れば問題はないのだ。その横ではたいがが護衛として控
えている。
詠唱が進み雷雲が上空に発生するにつれ、にわかに巣が騒がしく
なった。何匹ものハーピーが巣から飛び出してくる。遠目でわかり
950
にくかったが、そのうちの1匹が確かにこっちを見て鳴いた。そし
てハーピーが一斉にこっちに向かってくる。
﹁詠唱がばれた。合流してくれ﹂
たいがにそう告げ、ゴーレムをこちらへと移動を開始させる。も
はや隠れてる意味はない。飛び立ちこちらに向かうハーピーがます
ます増えている。
エリーを守るように剣と耐電仕様の大盾を構え、ハーピーを待ち
構える。詠唱完了はまだか!?
最初の1匹を火槍で撃ち落とした。ハーピーの飛行速度が速く2
匹目は魔法が間に合わない。剣で迎え撃とうとすると、そいつは矢
を食らって地面に落ちた。サティだ。さらに低空で接近する3匹目
を体をかわしつつ切り捨てる。
ついにエリーの詠唱が完了した。
﹁来たれ、来たれ。全てを貫く最強の雷撃、神なる雷よ、天より轟
き敵を打ち砕け!テラサンダー!!﹂
閃光と、轟音が響き渡る。今回はちゃんと盾の影に隠れて目を塞
いだ。耳はもう仕方ない。
盾から顔を上げて状況を確認しようとした瞬間、盾に衝撃を食ら
い背中から地面に倒れ込んだ。腕がしびれて盾を取り落とす。起き
上がろうとしたところにハーピーが襲いかかってきた。ちくしょう、
またこのパターンかよ!
951
だが今度は冷静に対処をする。剣は持ったままだし、防具も強化
してある。なんとか上半身を起こして剣でガードをする。3匹か。
面倒な。ガードするだけで立ち上がることもできない。
そのうちの1匹が血しぶきを上げて倒れた。
﹁マサル!﹂
エリーの声だ。1匹が倒れ、それに他のハーピーが気を取られた
隙を見て立ち上がることができた。エリーはとちらりと見ると木を
背にしており、その前にたいがが陣取り、ハーピーを寄せ付けない。
あれなら大丈夫そうだと、目の前の2匹、いや4匹に増えたハーピ
ーに向き直る。
また1匹のハーピーが矢を食らって地面に落ちる。サティが無事
ならあっちも大丈夫だろう。とりあえず目の前のハーピーをなんと
かしないと。ある程度の攻撃はよけるか剣で受けるかできるが、上
から攻撃してくる上に手数が多い。それに連携して途切れなく攻撃
してくるのもやっかいだ。
怪我を治す間もなく体に傷が増えていく。ジリ貧じゃないか。他
のメンバーもおそらく手一杯だ。ゴーレムはゆっくりとこっちに歩
いてきているはずだ。操作できれば速度を早められるのに。更に2
匹切り倒したが、ハーピーの数は減っていない。どうにかしないと
と思うが、目の前のハーピーが邪魔すぎて自分の身を守るので精一
杯だ。
その時、頭上を氷竜が飛びすぎ、多くのハーピーを巻き込み消滅
をする。周辺にハーピーのいない空白地帯が生まれた。
952
﹁エリー!﹂
エリーが駆け寄って来る。ゴーレムはと見るとすでにかなり近寄
って来ていて、サティの姿も見れた。
﹁合流するぞ﹂
走りながらそう言う。進路上のハーピーはサティの矢によってば
たばたと落下していっている。エリーを先行させてあとに続く。た
いがが殿を受け持ってくれるようだ。
50mほどの距離を走り、ゴーレムの間に飛び込む。
﹁エリー、マサル!よかった、無事だったんだね﹂
﹁大丈夫だ。ティリカ、頼む﹂
﹁わかってる﹂
ゴーレムを囲むように配置し直す。
﹁ちょっとの間、ハーピーを近寄らせないようにしてくれ。エリー
もこっちに﹂
奇跡の光を詠唱する。すでにティリカはどらごの召喚を始めてい
る。ゴーレムを操作する余裕はないからとりあえず腕をぶんぶんと
振らせておく。牽制くらいにはなるだろう。
どらごの召喚が完了し続いて奇跡の光も発動して、エリーとティ
リカの魔力がチャージされた。
953
﹁ハーピーを蹴散らせ、どらご﹂
﹁承知した﹂
どらごはそう言うと、ハーピーの巣の方にぐるっと体の向きを変
える。
﹁ブレスで森を燃やすなよ!﹂
﹁ハーピーは逃げていっておるが。追うか?﹂
だがすぐにどらごが首をこちらに巡らせて聞いてきた。
﹁あ、そう?じゃあちょっと周辺警戒しててね﹂
まあそりゃそうだよな。ただでさえ巣が壊滅してるのに、さらに
ドラゴンを見て戦意を喪失したんだろう。
﹁怪我してるじゃない。いま治すからね﹂
アンがヒールをかけてくれる。防具を強化しておいてよかったよ。
それほどひどい傷はない。
﹁アンの魔力もだいぶ少ないね。補充するよ﹂
まだまだ魔力には余裕がある。ゴーレムを4体しか出してないし、
魔法を使う暇もなかった。
﹁みんなも怪我はない?﹂
954
皆はアンの問いかけに口々に大丈夫と答える。怪我したのおれだ
けか。全くひどい目にあった。
﹁急いでハーピーを回収しましょう。日が落ちそうだわ﹂
どらごを引き連れてエリーと2人でハーピーの死体を回収して回
る。その数実に152体。見た感じ、100体くらいをエリーの範
囲魔法で倒したことになるのだろうか。逃げたのもかなりいるから、
下手したら200近くいたことになる。
﹁152ね。なかなか儲かったじゃない。ちょっと危なかったけど﹂
﹁うん。儲かったね。ひどい目にあったけど﹂
フラグについて言及したかったけど我慢した。別にエリーのせい
でハーピーが湧いてでたわけじゃない。これで責めたら理不尽すぎ
るだろう。でも本当に大物が出てくるとは侮れない。だからちょっ
とだけ言ってみた。
﹁言ったとおり大物が出てきてよかったね﹂
﹁べ、別に私が言ったから出てきた訳じゃないわよ?﹂
本人もちょっとは気にしていたようだ。おれもそうではないと思
いたい。
955
67話 ハーピー戦、再び︵後書き︶
次回投稿は5/8予定です
﹁うちに足りないのは前衛だと思うのよ。それも盾職ね﹂と、エリ
ーが言った
﹁おれもそう思う。戦いながらだとゴーレムすら操作できない﹂
﹁ギルドに行ってメンバー募集をするか、奴隷でも買ってきて仕込
むか﹂
﹁また奴隷買うの?女の子の?﹂
うん。男の奴隸はちょっと嫌だと思うんだ
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
短編をまた書いてみました。現代物です。
16000字ほどの短いお話ですのでよろしけば一読お願いします
︻安価︼JKだけど学校でいじめにあってます
956
68話 森と地下室の一週間
﹁うちに足りないのは前衛だと思うのよ。それも盾職ね﹂と、エリ
ーが言った。
今はハーピー戦を終えて家の地下室に帰還したあと。簡単な食事
と身繕いをして、一番広い部屋に集まっている。
﹁おれもそう思う。戦いながらだとゴーレムすら操作できない﹂
別に狙って作ったわけではないから仕方がないが、そもそも全員
が遠距離と言うのがおかしい。ゴーレムでカバーできるかと思った
が少々無理があったし、どらごをほいほい出すのも支障がある。
﹁マサルが自由に動けないのは問題があるわ。うちの一番の戦力だ
もの﹂
エリーが続けて言う。
﹁ルヴェンさんって魔法学校に行ったんだっけ?﹂
ルヴェンさんはエリーの元パーティーメンバーで盾持ちの戦士だ。
ドラゴンの体当たりでふっ飛ばされても、ブレスを食らっても立ち
上がる頑強な盾職である。
﹁そうよ。王都の魔法学校ね。入学は春になるんだけど、試験もあ
るから勉強してると思うわよ。ルヴェンが入ってくれれば最高だけ
ど、魔法を習いたがってるのを邪魔するのもね﹂
957
﹁ギルドに行ってメンバー募集をするか、奴隷を買ってきて仕込む
か﹂
しかし加護のことを考えると好きに強化のできる奴隸のほうがい
いよな。秘密保持も楽そうだし。
﹁また奴隷買うの?女の子の?﹂
奴隸という言葉にアンが食いついた。
﹁でもほら。男の奴隷買ったとしてここに住まわせるのもちょっと
嫌だろ?﹂
別に女の子の奴隸を買ったって手を出そうってわけじゃない。こ
のメンバーの中に男を入れるのが嫌なんだ。
﹁それはそうだけど。だったら女の子に盾役やらせるの?﹂
それもどうなんだろう。でも奴隸屋で戦闘向けって触れ込みの獣
人の女の子もいたしなあ。
﹁どっちにしろ知らない人を家に入れるのはちょっと嫌﹂
アンの言うことはもっともだ。第一もうスペースがない。
﹁庭に小屋でも建てる?それか引っ越すか﹂
﹁あの、前衛なら私が﹂
958
サティが手をあげてそう言う。
﹁だめよ。体重が軽すぎるわ。それにかわいいサティに盾なんてさ
せられないわよ﹂
うんうんと全員で同意する。毎食かなり食わせてるはずなんだが、
サティは一向に太る様子がない。いったいスレンダーな体型のどこ
にあの量の食事が入るのだろうといつも思う。
﹁当分は森で狩りだし、その間にゆっくり考えようか﹂
おれがそういうと会議はお開きとなった。今日はたくさん戦闘が
あったので疲れて眠い。
寝室で2人きりになると、ぽつりとエリーが言った。
﹁今日はごめんね。私がもっといい作戦を考えられたらいいんだけ
ど﹂
おれが怪我をしたのを気にしてたのか。
﹁別にどうってことはないよ。今日のはかすり傷だったし、アンも
動いて大丈夫って言ってたろ﹂
ちょっとひどい目にあったとは思うけど、それは別にエリーのせ
いじゃない。おれを含めて誰もあれよりいい作戦を提示できなかっ
たし、作戦の決行を決めたエリーを止めはしなかった。不安はあっ
たものの、ハーピーの巣は殲滅しておくべきだとおれも考えたのだ。
959
﹁エリーがパーティーを引っ張ってくれて助かってるよ。おれはリ
ーダーってことになってるけど、名前だけだし﹂
﹁ちょっと頼りないけど、私はマサルがリーダーだって思ってるわ
よ﹂
﹁そう?﹂
﹁そうよ。今の力だってマサルにもらったものだもの。ナーニアの
ことだって、マサルがいなかったらどうしたらいいかきっとわから
なかったわ﹂
ナーニアさんのことだ。きっとエリーを放ってはおかなかっただ
ろう。そしたらオルバさんは捨てられちゃう運命か。可哀想に。
﹁わかってるのよ。前のパーティーでもやり過ぎるなってよく言わ
れたし。抑えようとはしてるのよ?﹂
これで押さえ気味って暁時代はどんだけ大暴れしてたんだろう。
でも今のエリーはたまに暴走気味になるとは言え、問題を起こすわ
けでもない。
﹁エリーは今くらいでいいと思うよ。やり過ぎたらおれが後ろでフ
ォローするし﹂
エリーの強気な性格は欠点ではあるけど、それで助かってる面も
多い。何より凛々しいエリーはとてもかわいい。
﹁うん。ありがとう、マサル﹂
960
そう言うとおれの腕の中に身を寄せた。エリーはベッドの中では
とてもしおらしくなる。夜はまだ長い。エリーの体を抱き寄せてま
さぐると、エリーはぴくぴくと反応した。
﹁マサルはもうちょっと、ムードってものを考えたほうがいいと思
うわ﹂
エリーが顔をあげてそう言う。ムード。ムードってどんなのだろ
う?
﹁エリー、愛してる﹂
とたんエリーが顔を赤くした。どうやら正解だったみたいだ。
﹁私もよ﹂
エリーはとてもかわいい。それだけは間違いない。
翌日の狩りは午前中の獲物がとても少なかった。昨日のハーピー
の勢力圏内ということなのだろう。それで歩くペースを上げたのだ
が、それがまずかった。午後になってティリカの足取りが重くなる。
休憩してティリカの周りに集まり、アンが小ヒールをかける。ヒー
ルでも多少の体力回復が見込めるのだ。
﹁まだ歩ける﹂
そうティリカは言うが、見るからに疲労している。
961
強がるティリカから聞きだしたのは、ほーくの偵察の負担だった。
元々体力がそれほどない上に、ほーくからの視覚情報をチェックし
ながらの移動はひどく体力を消耗するものだったのだ。
﹁ほーくを引っ込める?たいがに乗って移動すればいいし﹂
﹁それはダメ。偵察は重要﹂
アンの提案をティリカは即座に否定する。確かにハーピーみたい
なのだと発見が遅れることはあるだろうが⋮⋮
﹁おれが背負って行こうか?﹂
今のスキルで強化した体力でなら、ティリカを背負ったまま富士
山でも登山できる自信はある。富士山って登ったことないけど。
﹁それならゴーレムでいいんじゃないかしら﹂
おお、それはいい考えだ。さっそくその場で2mほどのゴーレム
を作成する。どうやってティリカを運ぼうか?肩車?お姫様抱っこ
か?
色々相談して背負子のようなものを作ることにした。背もたれの
ついた椅子の足を取ったようなイメージだ。土くれとそこら辺に生
えてる木を切り取って錬成を使って形を作っていく。強度が不安だ
ったので、少々重くなってしまったが、ゴーレムが持つのだし平気
だろう。肘掛けも付け、座るところに座布団代わりの毛布を敷いた
ら完成だ。
962
﹁あら。結構いいじゃない﹂
ティリカが居心地良さそうにゴーレムの背中に収まるのをみて、
エリーがそう言った。
﹁交代で乗る?﹂と、ティリカが問う。
﹁2人乗りを作ればいいわ﹂
エリーが期待するような目でこちらを見る。もちろんそれはおれ
が作るんですよね。
だがまあ錬成を使えば日曜大工も粘土で団子を作るような簡単さ
だ。材質同士を融合させてしまえば釘も使わない。木で簡単に枠を
作って、間を土で埋めて錬成すれば完成だ。
二人乗りの座席をゴーレムの背中にセットし、二人が乗り込む。
座席が重くなって心配だったが、二人を背負ってゴーレムはなんな
く歩いて行く。
﹁これは楽でいいわね﹂
好評なようで作ったかいがあると言うものだ。
﹁アンも乗ってみる?﹂
外した一人用の座席が余っている。前にでもセットすれば三人乗
れそうだ。
﹁よっぽど疲れたらお願いすることにする﹂
963
﹁サティも乗りたかったらいいなよ﹂
﹁はい、マサル様﹂
まあ、実際問題サティよりおれのほうが先にヘタれるんだろうけ
ど。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
移動速度の問題を解決したあとの、森での狩りは順調だった。魔
物を利するはずの森の木々は障害にはならず、夜行性の魔物がうご
めく夜も家へと帰還する。
大型のトロールなどが複数でたところで近寄る前に魔法の餌食に
なる。どらごすら出す機会がなかったほどだ。あのハーピーのよう
な大集団には遭遇しなかったし、魔法の運用や連携にも慣れた。も
う一度あのハーピー達が来ても対処できるだろうとおれ達は自信を
つけていった。
﹁盾職がいるかもって思ったけど、そんなこともなかったな。もう
このままでいいんじゃないか?﹂
﹁そうね。みんなのスキルも上がったし、無理に募集する必要もな
いわね﹂
964
一週間の狩りで皆のレベルは一気にあがった。おれも1つレベル
があがっている。
スキル 0P レベル20
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv3↓4 忍び足Lv2↓4 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
まずはおれ。隠密と忍び足をレベル4にした。ハーピーのときか
なり怖かったんだよな。真っ先に隠密と忍び足をあげると決めてい
た。剣もあげたかったが、次でいい。
サティ 0P レベル20
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv4↓5 敏捷増加Lv4↓5
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 回避Lv4 盾Lv2↓3
強化系はレベル1ごとに50%ステータスがあがる。つまりレベ
ル5で+250%、実に3.5倍になる計算だ。見た目は可愛らし
いサティだが、基礎ステータスの伸びもよく、そのパワーとスピー
ドはもはやおれでは全く相手にならない。
965
アンジェラ 1P レベル16
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1
魔力増強Lv2↓5 MP回復力アップLv2↓5 MP消費量減
少Lv0↓3
魔力感知Lv1 回復魔法Lv4↓5 水魔法Lv4
アンジェラは魔力を増やす方向で、回復魔法を5にした。
ティリカ 15P レベル17
料理Lv1
魔力増強Lv0↓5 MP回復力アップLv0↓5
魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv3↓4 召喚魔法Lv4
ティリカも魔力を増やし、水魔法を4にしたくらい。あとは召喚
魔法をあげるために保留。
エリザベス 30p レベル21
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv2 MP消費量減少Lv2
魔力増強Lv4 MP回復力アップLv4
回復魔法Lv1 空間魔法Lv4
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv5 土魔法Lv2
エリーは完全に保留。40P貯めて空間魔法を取る予定だ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
966
﹁たぶんゴルバス砦まであと2日ってところね﹂
森の上空に出て、エリーの指差す方を見る。先のほうの森が途切
れて草原になっているのが見える。その向こうには山脈があり、麓
がゴルバス砦ということらしい。
﹁一週間の地下室生活は長かったな﹂
地面に降下しながらそう言う。
﹁ええ。森も地下室も当分見たくないわ﹂
努力はしたんだ。地下室の2度の拡張にお風呂の増設。それなり
に快適にはなったと思う。だが、所詮は地下室である。引きこもり
慣れてるおれでも多少は息苦しく感じるのだ。慣れないエリーが昨
日あたりはちょっとイライラしていたのだ。おれは邪魔の入らない
密室で、取っ替え引っ替えいちゃいちゃできてかなり満足だったん
だけど。
﹁昼間のうちに草原に出れるようなら、一気に砦まで進んじゃう?﹂
夜間の移動ではあるが、草原でなら危険度も少ない。少々強行軍
にはなるが、ゴーレムでも移動もできるし問題はないだろう。
﹁そうしましょう。砦でいい部屋を借りてゆっくりしたいわ。急げ
ばきっと間に合うはずよ﹂
だがエリーの願いは叶えられなかった。午前中のうちにティリカ
967
がオークの集落を見つけたのだ。
﹁砦に近いわね。あの時のオークかもしれないわ﹂
ゴルバス砦の第二城壁が食い破られた時、こちら側に多数の魔物
が溢れだした。シオリイの町の冒険者がかなり駆除はしたはずだが、
逃げ散ったものがどれほど居たのかは全くの不明だ。
﹁何にせよ殲滅だな。ちょっと偵察してくる﹂
隠密と忍び足のレベルを上げてから偵察もずいぶん楽になった。
もう何も怖くない。そんな気分だ。油断はするつもりはないけれど。
オークの集落はティリカの情報通りに森の開けた部分に作られて
いた。風が吹いたら倒れそうな粗末な小屋がいくつも建てられてい
る。オークは建物の中にいたり、そこら辺で何かの作業をしていた
り、ただぶらぶらとしているだけだったりと様々だ。数は40とい
うところだろうか。これなら殲滅は楽そうだ。ぱにゃ経由でティリ
カに報告をいれると、来た道を戻る。
﹁じゃあいつもどおりの作戦で行きましょうか﹂
いつもどおりのとは敵に近寄って、あとは魔法で力押しを行う作
戦だ。いい加減に思うだろうが、魔法をぶっ放したあとの結果はそ
の時にならないとわからない。臨機応変で行くしかないのだ。
皆で揃って集落の近くまでこそこそと近寄る。この辺りの動きも
皆だいぶん慣れてきた。そろそろ誰かに隠密とか忍び足がついても
おかしくないと思うんだが、取得条件が厳しいんだろうか。
968
どうやら見つからずに集落が見える位置まで来れたようだ。エリ
ーの指示で魔法と攻撃する位置を決めていく。
﹁行くわよ﹂
エリーがまず風魔法レベル4の詠唱を開始する。少し遅れてティ
リカとアンが水魔法レベル3の詠唱をし、最後に詠唱短縮持ちのお
れが風魔法レベル3の詠唱をする。範囲の火魔法は封印中だ。使っ
たら全てが焼失してしまう。
発動はほぼ同時。4つの範囲魔法が発動し、風と氷の嵐が一体と
なり荒れ狂う。魔法を撃った直後に大岩をいくつか出して防御にし
ている。もし敵がこちらを見つけて反撃しようとしても時間は稼げ
る。
だが魔法が収まった時、集落は消滅しており、動くものは何もい
なかった。気配察知では生死はわからない。死んだ直後ならほぼ同
じ反応が出るのだ。
たいががまずは先行して偵察に入る。召喚獣はやられても消滅す
るのみで、再度召喚すれば復活する。
﹁生き残りにも止めを刺した。オークは全滅した﹂
しばらくするとティリカがそう報告する。
﹁じゃあさっさと死体を回収して急ぎましょう。今度こそ、砦に向
かうわよ!﹂
だが現実は非情だ。エリーの望みはまたも叶えられない。
969
﹁誰かこっちに来ます﹂
サティがそう告げたのだ。
970
68話 森と地下室の一週間︵後書き︶
次回更新は5/11の予定です。
オーク集落を瞬時に壊滅させたマサル達
だが、それを影から見ていたものが⋮⋮
目撃者がいることで転送魔法陣を封じられる一行
﹁今日は野営だな﹂
﹁地下室よりいいわ﹂
夜の森の脅威が襲いかかる!⋮⋮かも
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
︻根性︼HP0になってもHP1で踏みとどまる。一日一度
︻体力回復強化︼HPとスタミナ回復の速度が上がる。治療やポー
ションの効果が上がる
︻肉体強化︼力と体力がレベル1ごとに+50%
︻敏捷増加︼敏捷がレベル1ごとに+50%
︻魔力増強︼MP量がレベル1ごとに+50%
︻MP回復力アップ︼MP回復量がレベル1ごとに+50%
︻MP消費量減少︼魔法のMP消費量がレベル1ごとに︱10%
︻高速詠唱︼詠唱速度がレベル1ごとに10%短縮
︻頑丈︼肉体へのダメージをカット。HP回復力アップ
︻心眼︼心の眼で敵の攻撃を見切る。回避大幅アップ
971
︻鷹の目︼視力にプラス補正
972
69話 vsオークキング
オーク集落の残骸から出発しようとすると、サティが人の気配が
近づいてくると言う。こんなところまでやって来る人間と言ったら
冒険者くらいだろう。たいがを消し少し待つと、おーいと遠くから
声がかかった。見ると数人の冒険者が歩いてくる。
﹁やっぱり冒険者ね。獲物がかち合ったのかもしれないわ﹂
警戒はしつつ、武器は下ろして冒険者を待つ。向こうも武器は持
っているものの構えてはいない。数mの距離をおいて相対する。数
は4人。皆若い。駆け出しの冒険者だろうか。ちょっと装備がくた
びれている。男が三人に女の子が一人。そのうち一人が進みでた。
﹁これは君たちが?すごい音がしたんで確認しに来たんだよ﹂
﹁そうよ。もしかしてあなた達もオークを狙っていたのかしら?﹂
﹁たまたま見つけてね。どうしようか相談してたところだったんだ。
見ての通りうちは4人だ。とてもじゃないがオークの集落なんて相
手にはできないよ﹂ ﹁そう。ならよかったわ。用件はそれだけかしら?﹂
﹁あー、自己紹介がまだだったね。おれはパーティーカグールのリ
ーダー、アルビンだ﹂
そう言ってギルドカードを見せる。Dランクか。
973
﹁サムライのリーダーマサルです﹂
こちらも同じようにいつも首からかけているカードを見せる。お
れの今のランクはCだ。アルビンはちょっと感銘を受けたようだ。
たぶんおれを見て年下だと思って、ランクが自分より上だとは思わ
なかったのだろう。あのラザードさんですらCランクなのだ。ラン
クごとの差というのはかなり大きい。
﹁それで少し話があるんだけど。君たちはこの後ゴルバス砦へ?﹂
﹁そのつもりよ﹂
﹁よかったら一緒に行ってもいいだろうか。その、思ったより少々
敵が多くてね﹂
なるほど。見れば4人ともえらく疲れた様子をしている。
話によると、ここまではなんとか敵を撃退しつつ来たものの疲労
が大きい。そこにオークの集落を見つけ、引き返してギルドに報告
をいれようと相談していたところに、轟音がして見に来てみればお
れ達がいたということだ。
﹁ちょっと相談するわ﹂
エリーがそう言って、冒険者達と距離を取る。
﹁どうする?足手まといが居たんじゃ今日中に砦とか無理だぞ﹂
頭をつき合わせて相談を始める。
974
﹁だからって放っては置けないでしょ。連れてかえってあげましょ
うよ﹂
アンがそう主張する。
﹁そうすると野営ってことになるけど﹂
﹁地下室よりはいいわ。それにいずれこういうことは起こることだ
し、練習だって思えばいいのよ﹂
一番反対するかと思えたエリーも賛成に回った。そんなに地下室
で寝るのが嫌なのか。
﹁こういう時は冒険者同士助け合うものなのよ。いつこっちが助け
られる側になるかわからないんだから﹂
なるほど。助け合いは大事だな。異世界はもっと殺伐としてると
思ってたが案外そうでもないらしい。
﹁じゃあ2日間くらいならいいか。ティリカはどう思う?﹂
﹁嘘は言ってない﹂
ティリカはエリーよろしく、茶色いローブを着ており、フードを
すっぽりとかぶっている。注意して見ないと魔眼持ちだとはわから
ないだろう。
﹁一応怪しいところがないか注意しておいてくれ﹂
975
﹁わかった﹂
﹁では砦まで一緒に戻りましょうか﹂
﹁本当かい!助かるよ﹂
おれがそう言うとアルビンはほっとした顔をした。そんなに辛け
ればやばいと思った時点で引き返せばいいのにと思う。
﹁ええ、困ったときはお互い様ですから﹂
近くに荷物を置いてあるという。とりあえずそれを取りに行くこ
とにした。アイテムボックスは使えないそうで、荷物は最小限に抑
えてはいるが、獲物が結構な量である。持てるのかと思うほどだっ
たが、四人で分担して全部背負って見せた。これじゃ移動も疲れる
だろうな。
見かねてエリーが獲物を自分のアイテムボックスにいれることを
提案すると、たいそう喜ばれた。
﹁やっぱりアイテムボックスがあると違うね。僕もそのうち覚えよ
うとは思ってるんだけど、空間魔法は難しいって言うしなかなかね。
有能な魔法使いがいて羨ましいよ﹂
エリーは褒められてドヤ顔である。うちのパーティーだと全員魔
法が使えるし、アイテムボックスはおれの方が優秀だしで、最近は
こういうのがなかったからよっぽど嬉しかったんだろう。ずいぶん
とご機嫌である。
976
﹁君たちは砦の防衛で見たことがある。第二城壁にいたよね?﹂
歩きながらアルビンが話しかけてくる。エリーとサティを見かけ
ていて覚えていたらしい。この二人は可愛いし目立つからな。おれ
?地味だし城壁に居た時は気配を殺してたから覚えてないのも無理
はない。装備もあの時とは違っているし。多分はしごを潰して回っ
たメイジと言えばわかるんだろうけど、わざわざ言う必要もないし
な。
彼らは王国軍が到着した後も残って、周辺の魔物の討伐をやって
いたそうである。それで近場の魔物が減ってきたので森に足を伸ば
してみたのだが、思いのほか魔物が多かった。
﹁森は危険だと聞いてはいたけれど、僕達の予想以上でね。特に夜
がきつかった。何度も襲撃があって寝る暇もない。森を抜けてきた
君達はすごいよ﹂
彼らはDランク。駆け出しとは言えないレベルだ。夜がきついと
は言いつつ、ほとんど無傷で切り抜けているあたりはそこそこ有能
なのだろう。そのあたりの苦労話を相槌を打ちながら聞いてやる。
おれは家に戻って寝るからその辺りの話は興味深い。
やはり進むか引き返すかは揉めたそうだが、結局は進むことにし
たそうだ。Dランクともなれば森の攻略くらいできてしかるべきと
いう考えだ。命よりも面子が大事なのかと思ったが、多少の寝不足
を堪えれば予定を完遂できると計算したらしい。
977
それにしてもこいつはよく喋る。行軍中だっていうのがわかって
るんだろうか。
いまの隊形はサティを先頭にうちのパーティーが前、こいつのパ
ーティーが殿軍を務めている。彼らが後方を警戒してくれているの
だが、探知があるからさほど意味はない。
そしてたいがやほーくはもちろん、ゴーレムも出さずに全員歩き
である。ゴーレムくらいいいだろうと思ったが、冒険者としての尊
厳に関わるとエリーは考えたようである。要はゴーレムに運ばれて
行くのは格好悪いと。ほーくの偵察に関してはもうすぐ森を抜ける
ことだし、彼らが来た道を引き返せば大丈夫だろうとの判断だ。召
喚獣は色々と説明が面倒だし、見せないで済むならそれにこしたこ
とはない。
﹁集落を破壊したのは魔法だよね?跡形もなくなっていたけど﹂
﹁うん。まあそうだよ﹂
﹁ああ、すまない。詮索するつもりはなかったんだ。ただ、大規模
魔法ってあまり見る機会がなくてね﹂
﹁その辺りのことは、ほら、わかるだろ?見たことも言わないでい
て欲しいな﹂
魔法使いはパーティーでの戦力の中核である場合が多い。その情
報を秘匿するのはごく普通の行為だ。特にうちは色々とやばい。こ
の程度の情報なら問題ないとはいえ、広まらないに越したことはな
い。
978
﹁ああ、もちろんだよ。世話になるんだし、迷惑をかけるような真
似はしないよ﹂
しばらくそんな感じで雑談しながら進む。ペースは彼らの疲労も
考えてゆっくり目だ。そして砦のその後も色々聞けた。第三城壁の
建造は順調に進んでいるそうだが、範囲が広いために完成するのは
大分と先になりそうだ。魔境は落ち着いており、王国軍は徐々に撤
退を始めている。住民はほぼ戻ってきており、城壁建造の人員が増
えたくらいで、砦はおおむね襲撃前の状態を取り戻しつつある。
ぽつぽつと雑談をしていると先頭のサティが立ち止まった。隊列
もそれに合わせて停止をする。サティが耳をぴくぴくさせて前方を
伺っている。
﹁何かこっちに来ます。たくさんです。オークだと思います﹂
﹁あの集落のオークかな﹂
﹁こっちに向かっているならそうでしょうね。数はわかる?﹂
﹁二十か三十か。もっとかもしれません。多くてわかりません﹂
エリーの問いかけにサティがそう答える。
﹁三十!?急いで逃げないと!﹂
三十と聞いて、アルビンが焦って言う。他の三人も慌てて周囲を
警戒しだした。
979
﹁まだ距離があるから平気だよ﹂
おれの探知にはかからないからまだ結構な距離がある。
﹁そうなのかい?﹂
﹁サティは耳がいいからかなり遠方から敵を発見出来るんだ﹂
それを聞いてほっとした様子だ。
﹁でも三十もいるって、どうするんだい?﹂
﹁倒すのよ。当たり前じゃない﹂
﹁そうだな。この辺りに潜んで不意を打つ。うちのパーティーが魔
法で奇襲攻撃するから、撃ち漏らしがいたら対処をお願いしたい﹂
﹁本当にやるのかい?﹂
﹁オークの集落を見ただろう?大丈夫だ﹂
﹁わ、わかった﹂
エリーはやる気だし、ろくに相談もしないで戦うことを決めたが、
オークなら数がいたところで問題ない。
﹁ティリカ、頼むぞ﹂
それだけで言いたいことは伝わり、ティリカがこくりとうなずく。
980
いざとなればどらごを出して蹴散らせばいいのだ。
まずは三m級のゴーレムを四体出す。今のところ、これ以上の数
はうまく操作ができない。ならもっとでかくしてもいいのだが、こ
こは狭い森の中。これ以上のサイズだと行動が制限される。
﹁どうする?オークの数がかなり多い。おれ達だけでもやれるから
今のうちに退避してもいいけど﹂
どっちかというと、逃げてくれたほうが楽に戦えるんじゃないか
と思って聞いてみる。それにオークの集団と戦うのに、今日会った
ばかりの人を付き合わせるわけにもいかない。まともに考えたらこ
の人数で三十を相手にするのはきついだろう。
﹁オークの数が多いんだろう?少しでも戦力はあったほうがいい﹂
ちょっと悲壮な顔でアルビンがそう言う。さすがに逃げてくれと
も言えないし、そのまま手伝ってもらうことにする。
﹁わかった。オークに接近されたらゴーレムを盾に戦ってくれ﹂
準備をしているうちにおれの探知にも敵がかかる。ちょっとまず
いかもしれない。数が多い上に、隊列が伸びている。偵察という概
念がないのだろうか、集団から先行しているようなのがいないのが
幸いだ。
﹁エリー、五十以上はいそうだ。それに隊列が縦に伸びてて一撃で
殲滅とはいきそうにない﹂
﹁五十以上ね。でもオークだけなら問題はないはずよ。先手を打っ
981
て減らせるだけ減らせばあとはどうにでもなるわよね?﹂
﹁うん、そう思う﹂
﹁出し惜しみはなしで行きましょう。オーク集落を破壊した魔法で
いいわね?﹂
エリーのレベル4に他の三人がレベル3の範囲魔法を使う。風と
水系統だ。相変わらず火魔法の出番はない。
魔物の動きを探知で観察し、潜伏地点を決める。敵がそのままま
っすぐ進めば隊列を横から突けるはずだ。
藪にじっと身を隠し、魔物の到来を待つ。
﹁もうすぐ見えるはずだ﹂
横に控えて戦闘の準備をしているアルビンが緊張した面持ちでう
なずいた。アルビンと仲間たちは五十以上と聞いてもこちらの作戦
を一通り聞くと一緒に戦うことに決めた。集落を破壊した魔法を使
うので勝算は十分あるというこちらの言葉を信じたのだろう。
オークの集団がやって来るのが見える。改めて数えてみると七十
ほどだった。巣に居たのが留守番でこちらが本隊ということなのだ
ろう。数が多いのでガサガサと騒がしい。だがどうやら予想通りの
位置を通過するようだ。そしてこちらに気づく様子は全くない。
じりじりとしながら攻撃開始の合図を待つ。オークの隊列はおれ
達の前に横っ腹を晒しているが、やはり少々隊列が長い。戦闘は覚
悟しないとだめだろう。
982
エリーが手を上げ、そしてさっと下げた。詠唱開始の合図だ。順
次詠唱を開始し、四人の魔法が一斉に炸裂する。森に轟音が響き渡
り、風と氷の嵐が巻き起こり、木々が倒れる。
やはり視界に入るだけでも数匹、生き残っている。森の木で威力
が殺されたせいもあるのだろう。すかさず生き残りに魔法を打ち込
む。サティやアルビンのパーティーからも矢が飛びばたばたとオー
クが倒れていく。
ようやく生き残りがこちらに気がついた。吠え声を上げ、突っ込
んでこようとしてくる。集団の最後方部分のオークが魔法の範囲か
ら外れ、かなり生き残っていたのだ。しゃがませて隠してあったゴ
ーレムを立ち上がらせる。だがそれも必要なさそうだ。エリーの風
魔法がオークのど真ん中に炸裂した。
終わったか?そう思って周りを見回すと一匹のオークが、斧を構
えてこちらに接近してくるのが見えた。近い。いつの間に接近され
たんだ!?ゴーレムをオークの進路を塞ぐように移動させる。アル
ビンは既に気がついていてゴーレムに続いた。
ゴーレムがオークと接触をする。ゴーレムでオークを殴ろうとす
るがかわされ、斧で胴を攻撃される。しかし生命のないゴーレムだ。
その程度では怯まず、もう片方の手で殴ろうとするがそれもあっさ
りかわされる。今までみたオークと明らかに違う俊敏さだ。そして
オークが斧を上段に振りかぶり、ゴーレムを袈裟懸けに切り裂いた。
ダメージを受けてゴーレムがただの土くれに崩れ去る。
だがゴーレムの稼いだわずかな時間で十分だった。オークの肩に
矢が刺さり、さらに魔法が命中する。
983
﹁やったか!?﹂
しかしオークは気にした様子もなく斧を振るい、オークを倒そう
と近寄ったアルビンが吹き飛ばされた。オークは次に近いおれに向
き直ると襲いかかってくる。瞬時に彼我の距離を詰められる。やば
い、こいつ上位種だ!
他のオークよりも格段に大きい体に、それに見合う巨大な斧。装
備も兜をかぶり、プレートアーマーを上半身に着込んでいる。体に
は数本、矢が刺さっているがものともせず斧を振りかぶる。
﹁エアハンマー!﹂
隙だらけの胴体に風弾を打ち込む。オークは一瞬ぐらりとよろめ
いたが、そのまま斧を振り下ろした。おれはそれをすんでのところ
でかわし、剣を横薙ぎに払う。オークの腕を切り裂くが、腰が引け
ており浅い。オークはそのまま一歩踏み込んで、カウンター気味に
巨大な拳を突き出した。オークのリーチが長い上に、剣を振るった
直後で回避が間に合わない。
とっさに盾で防いだものの、吹き飛ばされ後ろの木にたたきつけ
られる。意識が飛びそうになるのをこらえて立ち上がる。目の前に
巨大なオークがいる。そいつは斧を振りかぶる。避けようにも体が
思うように動かない。やばい。あのでかい斧を食らったら死ぬ⋮⋮
そう思った次の瞬間。オークが首から血を吹き出し、どうっと倒れ
た。
﹁マサル様!﹂
984
倒れたオークの向こうにサティが剣を構えて立っていた。
﹁サティか。助かった⋮⋮﹂
倒れそうになったところをサティの手で支えられる。
﹁敵は?﹂
﹁何匹かは逃げられましたが、こいつで最後です﹂
倒れたオークを見ると綺麗に首が切り落とされている。ゴーレム、
あんまり役に立たなかったな。時間稼ぎくらいにはなったが、それ
だけだ。ゴーレムを動かすくらいなら、魔法を詠唱したほうがよか
ったんじゃないだろうか。レベル3の爆破でも食らわせればこいつ
もさすがに即死だろう。だけどその場合、ゴーレムで稼いだ時間が
なくなるのか⋮⋮
﹁マサル、大丈夫?﹂
エリーもこちらに来た。そういえばぶつけた背中や腕とかが痛い。
あ、アルビン!アルビンは大丈夫か!?
見るとアンがアルビンに付いている。アルビンは上半身を起こし
ていた。どうやら無事のようだ。よかった。死んだかと思った。ア
ンがこちらを見たので、大丈夫だと手を振っておく。
﹁ほら、ヒールかけてあげる﹂
エリーのヒールをもらい、ようやく頭がはっきりしてきた。疲れ
がどっと押し寄せ、その場で座り込む。
985
﹁こいつ、上位種だな﹂
﹁オークキングかしらね﹂
﹁えらく強かった。ゴーレムが三秒で倒されたぞ﹂
﹁やっぱりゴーレムだけじゃ問題あるのかしら⋮⋮﹂
そうかもしれない。ゴーレムはパワーはあるが、スピードがない。
オークキングの速度に全く対応しきれてなかった。
﹁とりあえず回収するか﹂
﹁私がやっておくからマサルはそのまま休んでなさい﹂
﹁うん﹂
サティが側について心配そうに見ている。
﹁ありがとう、サティ。命拾いをしたよ。他の皆は怪我はしてない
?﹂
﹁はい。マサル様以外は大丈夫です﹂
そうか。なんか毎回おれだけ負傷しているような気がする。嫁の
誰かが怪我をするよりはいいんだが、ちょっと戦闘スタイルを見な
おしてみたほうがいいかもしれないな。
986
69話 vsオークキング︵後書き︶
次回投稿は5/14の予定です。
次回、夜の森で︵仮︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
987
70話 野営
﹁今のオーク、本当なら僕達だけで遭遇してたかもしれないのか﹂
アルビンがゴーレムの背中で揺られながら話しかけてくる。怪我
はアンに治してもらったものの、結構な重傷でしばらくは安静が必
要なので、ゴーレムで輸送しているのだ。
﹁そうかもしれない﹂
そう答える。ルートからするとかなりの確率でかち合っただろう。
アルビンはそのことに思い当たったのか青い顔をしている。オーク
キングに七十体の配下。四人ではひとたまりもない。
あのオークキングを含む集団が集落に戻ってからなら、もっと楽
に倒せたんじゃないだろうかと少し考えたのだ。だが、そうすると
こいつらは死んでたかもしれない。オークの移動速度は、足の早い
人間ならなんとか逃げ切れる速度だという。ただし、荷物も何もな
い状態で平地での話だ。
﹁ランクがあがって浮かれてたんだな。僕達に森はまだ早かったよ
うだよ。生きてそれがわかっただけでも運がいいさ。それに報酬も
悪くないし、ゴーレムの移動は楽だしね﹂
元はEランクだったのが、砦の防衛戦でDに上がったばかりだと
いう。ちなみにオークの報酬はカードに記録された討伐分を除いて
七:三で分配することにした。
988
兎にも角にも、少し口が重くなったアルビンとその仲間たちと共
に行軍は続いた。魔物はその後しばらくは出て来なかった。大きな
巣がある周辺はどこもそんな感じだ。倒したオークがおそらく通っ
てきたルートだということもあるのだろう。
丁度良さげな広場を見つけたので昼食がてらの休憩を取ることに
する。彼らのメニューはパンに干し肉という質素なものだ。こちら
もそれに合わせてパンと兎の串焼きにして、作りおきのスープを魔
法で暖めて提供する。
﹁ありがとう。魔法が使えると便利でいいね﹂
アルビンがアイテムボックスから色々取り出すおれを見て言う。
魔法がないと荷物は重いし、食料や水も自前ってことになるのか。
それで旅とか無理じゃないだろうか。水とか必要分全てを持ち歩く
わけにもいかないし、どうやって確保するんだろう。
﹁ところで、聞こうと聞こうと思ってたんだけど。女性ばかりだね﹂
周辺警戒のために少し離れて座ったおれの側に来て、アルビンが
声をひそめて聞いてきた。別に中央で嫁と一緒に食事をしながらで
も周辺の探知はできるのだが、警戒する振りだけでもしておかない
といけない。
﹁そっちも女性が一人いるよね﹂
﹁うん。妹なんだ。他の二人も同郷でね﹂
989
そういうパーティー多いんだろうか。今のところオルバさんとラ
ザードさんくらいのところしか出身とかは聞いたことはないが、両
方同じ村の出身で構成されてたし。
﹁ある程度の年齢になると、村の自警団に入って戦闘の訓練をする
んだ。自分の村くらいは自分で守らないとね。それでその時の仲間
でそのまま冒険者になったんだ﹂
なるほど。冒険者になる前からある程度気心が知れてるとやりや
すいだろうな。
それでそっちは?とアルビンが話を蒸し返してくる。
﹁四人ともおれの嫁なんだよ﹂
これを言うのはちょっと恥ずかしい。
﹁四人全員?﹂
サティ達のほうを振り向いてそう言う。多重婚が認められてると
は言え、嫁を四人引き連れたパーティーというのは珍しいのだろう。
﹁そう。四人共﹂
﹁そりゃすごい。どういう馴れ初めなんだい?﹂
﹁まあ色々だよ。ちょっと話すには時間がないな﹂
﹁失礼だけど年は?﹂
990
﹁23﹂
﹁僕は21だ。年下だとばかり思ってた。ランクも上だし、タメ口
は失礼だったかな?﹂
うん、年下だと思ってるのはわかってた。背も低いし童顔だしな。
﹁そんなに違わないし、変に構えられてもやりにくいよ﹂
﹁そうかい?じゃあこのままで﹂
﹁それはそうと妹さん、あの二人に付いてるけどあっちに行かなく
ていいの?﹂
アルビンの妹さんは他の二人と昼食を食べたあと、仲良さげに会
話をしているようだ。
﹁よくはない。だけど邪魔すると怒られるんだ⋮⋮﹂
﹁そ、そうか。大変なんだな﹂
どっちと付き合ってるんだろう?両方か?女性の逆ハーレムとい
うのもありなんだろうか。興味はあったが、アルビンにそれを聞く
のはさすがにためらわれた。
午後からの移動では3回魔物と遭遇したが、どれも単独か少数で
問題なく倒した。そして日没が近くなり適当な場所で野営の準備を
開始し、このパーティーでの初めての森の夜を迎えることとなった。
991
﹁ここらへんでどう?﹂
﹁そうね、いいんじゃないかしら﹂
サイズは5人で寝れるくらいで、形はかまくらでいいか。地下に
部屋を作って篭れば安全だと提案してみたが、エリーに却下された。
普通の野営にも慣れておいたほうがいいとの意見だ。
イメージを作り詠唱を開始する。詠唱に従って土壁が半球状に徐
々に形成され、ドームが完成する。入り口は這って入れるくらいの
サイズ。壁もとりあえずはそれほど分厚くはしてない。
エリーとティリカがごそごそと中に入る。
﹁どう?﹂
中を覗いて声をかける。
﹁ちょっと狭いけどこれでいいわ﹂
承認してもらったので、改めてかまくらに硬化を念入りにかける。
これで多少の攻撃では破壊することはできないはずだ。
﹁アルビンのところも同じのでいいか?﹂
﹁うん。何から何まで悪いね﹂
﹁いいっていいって。魔力は余ってるから気にするな﹂
992
一緒にオークキングに殺されそうになった仲だしな!大怪我させ
てしまった罪悪感も少しある。下手したら本当に死んでたかもしれ
なかったんだ。
もう一つのかまくらをたき火を挟んで九十度の位置に作る。出来
には満足してくれたようだ。季節は冬。既に一月に入っている。粗
末な土の家とはいえ、屋根と壁があるのはとてもありがたいのだ。
アンとサティ、それにアルビンの妹さんが仲良く食事の準備をす
る。メニューはパンにスープに焼いたオーク肉。最近は魔物の肉も
気にならなくなってきた。食べ慣れてみると結構いけるものだ。夕
食をおえて、見張りの相談をした結果、双方二人ずつ立てることに
なった。
﹁おれとサティは確定だな。あとは見張りに立たなくていいのが一
人﹂
﹁ティリカが休むといいわ﹂
﹁そうね。ティリカは休んでおきなさい﹂
一応この中でおれにつぐ年長者なティリカだが、何故かみんなに
年下扱いされている。体力がないのを心配しているのか、見た目で
つい最年少扱いをしてしまうのかはよくわからないが、庇護欲がか
きたてられるのは確かだ。
﹁私もやる﹂
ティリカの強い主張で、木切れでくじを作り引いた結果、アンが
お休みすることになった。最初の見張りはサティとティリカだ。
993
﹁じゃあ気をつけてな。何かあったらすぐに起こすんだぞ﹂
﹁はい、お休みなさい。マサル様﹂
﹁居眠りしないようにね、ティリカ﹂
﹁しない!﹂
エリーの言葉にティリカが珍しく憤慨して言う。
﹁冗談よ。じゃあ先に休ませてもらうわね﹂
ちょっと心配ではあるが、サティがいるなら平気だろう。念の為
に5m級のゴーレムを二体配置してあり、周辺は魔法のライトで明
るく照らしてある。夜の魔物はたき火くらいなら無視して襲って来
るものの、明るいところは苦手だ。寄ってくる確率は減るはずだ。
たいがを出して周辺を見回らせるのも考えたんだが、見られると面
倒だ。いざという時に取っておけば十分だろうということになった。
﹁なあ、昼間のオークキングだっけ?あいつえらく強かったんだけ
ど﹂
かまくらに引きこもり、毛布をかぶって寝ながら話す。装備を付
けたままなので寒くはないが、寝苦しい。
﹁そりゃキングだしね。一対一はきついわよ。小回りがきく分、ド
ラゴン並にやっかいな魔物かもしれないわね﹂
994
あんな風に懐に入られれば、迂闊に大魔法を撃つわけにもいかな
い。レベル2程度の魔法ならダメージはあるものの鎧と頑強な肉体
で防ぎ、無視して突っ込んでくる。スピードもパワーも人間離れし
ているし、肉を切らせて骨を断つような技術も持っている。ある程
度、能力を把握した今でも、もう一度やって勝てるかどうかはかな
り怪しい。
﹁あの人結構危なかったのよ。ヒールが遅れてたら死んでたかもし
れない﹂
アルビン⋮⋮やっぱり瀕死の重傷だったか。まともに食らったよ
うに見えたものな。
﹁あんなのがごろごろいるの?﹂
﹁そんなわけないでしょ。心配しないでも滅多に会うことはないわ
よ﹂
エリーが言うとフラグにしか聞こえない。おれはもう一度あのク
ラスに会うこともあるだろうと、覚悟を決めた。対策を練っておか
ねば。
﹁ほら、さっさと寝るわよ。私達はこのあと見張りがあるんだから
ね﹂
﹁わかった。お休み、2人とも﹂
寝る前にメニューをチェックすると、レベルが1つ上がっていた
ので剣術を5にしておいた。それで少しは安心して眠ることができ
995
た。
スキル 0P レベル21
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv4 忍び足Lv4 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4↓5
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁マサル、みんな。起きて﹂
ティリカにゆさゆさ揺すぶられて目が覚めた。
﹁おねーちゃんが何か来るって言ってる﹂
﹁わかった﹂
996
防具は着たまま寝ているので、横に置いてあった剣だけ背中にか
けるとすぐに外に這い出した。
かまくらの外はライトの魔法で昼のように明るい。探知を発動す
ると、五つほどの反応が捉えられた。距離はまだかなりある。
﹁なんだと思う?﹂
サティに尋ねるが、わかりませんと首を振る。アルビンもかまく
らから出てきた。
﹁何かいるんだって?﹂
﹁うん。何匹かあっちのほうからゆっくり近寄って来てるみたいだ﹂
﹁できれば来ないほうがいいんだけど﹂
アルビンが不安そうに森の奥をじっと見ながら言う。
﹁ゴーレムを動かして脅してみようか?﹂
あくびをしつつかまくらから出てきたエリーに聞いてみる。
﹁そうね。相手が複数なら追い払いましょう﹂
仁王立ちさせたゴーレムを魔物を探知したほうへと歩かせる。5
mはちょっと大きかっただろうか。木々の間を抜けるのも大変だ。
ばきばきと木の枝をへし折りながら進む。だが、それがよかったの
だろうか。五つの反応はすぐに遠ざかって行った。もう少しだけ、
ゴーレムを奥に進めてからまた騒々しい音を立てながら引き返す。
997
﹁どこかへ行ったみたいだ﹂
﹁そうか。複数だし森狼だったのかもしれないね﹂
森狼とは夜行性で集団で狩りをする、体格はでかいものは三mに
もなるという強力な魔物だ。夜にしか出ないものの、闇に潜んで静
かに接近し獲物に襲いかかるそうである。恐ろしい。
前に調査で森に行った時、夜の警戒とかどんな具合だったんだろ
う。もっとよく見ておけばよかったと、今更ながらに悔やまれる。
魔物が完全に探知外になったのを確認してたき火に集まる。
﹁ちょっと早いけど交代しようか。サティとティリカは休んできな
よ﹂
サティはまだ元気そうだが、ティリカがかなり眠そうだ。
﹁はい。ティリカちゃん、行こう﹂
サティとティリカがかまくらに入るのを見送って、周辺を少し見
てまわる。探知にかかるのは小動物のみだ。危険はないだろう。た
き火に戻ってそう報告をする。
﹁それはどうやってわかるんだい?﹂
アルビンが聞いてきた。うん、もっともな疑問だな。おれには獣
人みたいに耳もないし、確信持って言われても信用ならんだろう。
998
﹁気配のようなものかなあ﹂
﹁気配⋮⋮?﹂
﹁そう、気配。えーと。ちょっと待ってね﹂
周辺の気配を探ると、かまくらの裏のほうの森の中になにか小さ
いのがいて、少しずつ動いてる。気配を殺してゆっくりと接近して
いく。蛇だ。ナイフを取り出して、投擲。首のあたりに命中して蛇
は動かなくなる。
始末した蛇を持っていってアルビンに見せてやると、ちょっと驚
いていた。
﹁本当にわかるんだな﹂
アルビンによるとこの蛇は食べられると言う。毒は持ってないの
で見つけたら捕まえて食べることもあるのだそうだ。捌き方など知
らないのでアルビンに渡すときれいにさばいて塩をふって火にかけ
てくれた。
蛇なんかって思ったけど、こっちに来てから色々食べてるし、と
りあえずかじってみる。骨っぽく歯ごたえがあったけど、よく焼け
て香ばしくそう悪くない味だ。エリーも切り分けられたそれを、特
に文句も言わずにかじっている。
﹁ごちそうさま。たまには悪くないわ﹂
﹁そうだね。食べられないこともない﹂
999
﹁旅の間は贅沢言っちゃだめよ、マサル。いつでも食料があるとは
限らないんだから﹂
﹁そういうことがあったの?﹂
﹁特にないわよ?心構えの問題ね﹂
ないのかよ!そりゃアイテムボックスがあるものな。滅多なこと
ではそんな目には合わないだろう。
﹁ん。何か来たよ。一匹だけだけど大きいね﹂
エリーにツッコミを入れようかと考えていると探知に何かがかか
る。
﹁一匹だけなら狩ってみましょうか﹂
﹁うん、ちょっと行ってくるよ。アルビン!﹂
たき火から離れて周辺を警戒してるアルビンに声をかける。朝ま
ではまだかなり時間はあるけど、退屈だけはしないで済みそうだ。
その後、朝まで三回の襲撃があった。うち一回は逃げてしまった
が、二匹を仕留めた。黒いヒョウのようなやつに、でかい蛾だ。蛾
は火魔法で焼き尽くしてしまって、エリーに怒られた。羽根が何か
の素材になるんだそうだ。
だが聞いて欲しい。1m以上のサイズの蛾がこっちに向かって飛
1000
んでくるんだぞ?火矢で落としたあともばたばたと暴れるんだぞ?
思わず焼き尽くしたとしても仕方あるまい。
黒いヒョウは上手く隠れながら忍び寄って来ていたが、気配探知
の敵ではなく、隠密で背後を取ってあっさりと始末した。黒いつや
つやの毛皮が大人気なんだそうだ。ご多分にもれず、地球の黒ヒョ
ウより二回りほどサイズがでかく、夜の森でこんなのに奇襲された
ら死者続出だろう。アルビンもこいつを見て青い顔をしていた。や
はりかなり危険な魔物だそうだ。
薄ぼんやりと空が明るくなるのを見上げながら、アルビンがつぶ
やいた。
﹁なあ、見張りとか僕達いらなかったんじゃないのか?﹂
﹁うん、でもまあ、人数居たほうが何かあった時にね?﹂
﹁でも全然役に立ってないよね⋮⋮﹂
﹁私だって何にもしてないわよ。マサルが全部やっちゃうんだもの。
だから気にしない方がいいわよ?﹂
﹁忍び寄って倒すとか得意技だしね。夜のハンターとか言っちゃっ
てちゃんちゃらおかしいわー﹂
夜のハンターは黒ヒョウの二つ名だ。それだけ恐れられているん
だろうが、正直おれの敵ではない。
﹁本当にね。マサルがどこを目指してるのかよくわからないわ。暗
殺者にでもなるつもりなの?﹂
1001
﹁おれはメイジのつもりなんだけど⋮⋮﹂
﹁それよ、それ。魔法使いのつもりでいるからオークキングなんか
に遅れを取るのよ﹂
﹁えー。あいつすごく強かったんだけど。アルビンもそう思うよな
?﹂
﹁一人で倒すのはちょっと無理じゃないか⋮⋮﹂
﹁考えても見なさい。今まで怪我をしたのはどんな状況だった?接
近された時でしょう。つまり魔法より近接戦闘能力を伸ばすべきな
のよ。サティを見なさい。一度も怪我なんかしてないし、不意打ち
とは言えオークキングを一撃よ。マサルが目指すのはその方向ね﹂
あまり考えないようにしていたが、やはりそっちに話が行くのか。
前衛怖いんだけどなあ。
﹁おれほんとに前衛でやっていく自信ないんだよ。正直に言うと怖
い。後ろで魔法を撃っていたい﹂
﹁オークが怖いの?﹂
﹁オークくらい怖くはないな﹂
オークとかただの雑魚だ。
﹁じゃあハーピーかしら?﹂
1002
﹁あれも思ったほどじゃないな﹂
ハーピーは数頼みだし、前回は結構うまく対処できていたと思う。
﹁じゃあオークキング?﹂
﹁ちょっとは怖いけど、次に会ったら倒すよ﹂
剣術をレベル5にしたし、次は大丈夫のはずだ。
﹁じゃあ何が怖いのよ?﹂
おや?思ったより怖くないぞ?一体何が怖かったんだっけ⋮⋮?
﹁オークだ。オークが最初怖かったんだ。それで魔法使いでやって
行こうと⋮⋮﹂
そうだよ。最初に森の方に行った時、複数のオークが迫ってくる
のを見て前衛は無理だと思ったんだ。だが今の戦闘能力からすると
五、六匹のオークくらいなら物の数ではないと思う。
﹁オークくらい何匹いても平気でしょう?﹂
﹁それもそうだな。よく考えてみるとそんなに怖くない。ドラゴン
とかの前に立つのは御免被るけど﹂
﹁ドラゴンはみんなでやればいいのよ。楽勝でしょ?﹂
﹁そうだな。楽勝だ﹂
1003
どらごも表情はよくわからなかったが、初召喚の時はきっと半泣
きだっただろう。うちのパーティーの攻撃力は圧倒的だ。
﹁ドラゴンが楽勝なのかい?﹂
﹁うむ。あんなのただの火を吹くでかいトカゲだ。問題ない﹂
そうだ。前衛でも問題ないんだ。魔法でどうこうする方法を考え
るより、前衛としての能力を鍛えたほうがいい。
﹁エリーは頭がいいな﹂
﹁な、何言ってるのよ。そんなの当たり前じゃない!﹂
今までのように自分の身を守るための剣術ではない。敵を倒すた
めの剣術を習得するのだ。
最近修行をサボっていたし、町に戻ったら軍曹殿にじっくり相手
をしてもらうことにしよう。
﹁とりあえずお腹が空いたわ。みんなを起こして朝食にしましょう
よ﹂
﹁そうだな。蛇だけしか食ってなかったし、お腹がすいた﹂
﹁蛇、食べたの?﹂
ティリカがいつの間にか起きて側に来て立っていた。
﹁うん。でもあんまり美味しくなかったよ?﹂
1004
﹁ずるい。私も食べたい﹂
﹁はいはい。マサル、あとで取ってきてあげなさいよ﹂
﹁じゃあ移動中居たら取っておくね﹂
﹁蛇楽しみ﹂
楽しみにするほどのものなのだろうか?そう思いながらアイテム
ボックスから食材を出し、朝食の準備を始めた。
1005
70話 野営︵後書き︶
次回投稿は5/17の予定です。
予定なのです。
﹁レベルが足りないわ。もう一周やるわよ!﹂
﹁マジか⋮⋮﹂
転送で町に帰る案は却下され、もう一度森を踏破して戻ることに⋮⋮
71話 新たなる盾︵仮︶
71話は今から書くので内容は変更の可能性が大です。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1006
71話 もう一周!
昼前には森を抜け、一行は草原で早めの昼食を取っていた。この
あとは草原をひたすら進めば、ゆっくり歩いても日没までには砦に
つくそうである。
﹁蛇美味しい?﹂
香ばしく焼けた蛇肉をかじっているティリカに聞いてみる。
﹁⋮⋮うん﹂
返事までの微妙な間。まあそうだよね。まずくはないけど、特に
美味しいかって言われるとそうでもない。
﹁もう蛇は取って来ないでね。ティリカももう満足したでしょ﹂
普通の焼いたオーク肉を食べながらエリーが言う。
﹁うん。ありがとうマサル﹂
﹁どういたしまして﹂
おれとしては蛇なんかより野うさぎが気になるんだが。さっきも
野うさぎらしき反応があったんだ。
﹁野うさぎなんかは食べたくない?﹂
1007
﹁アイテムボックスにいっぱいあるでしょう﹂
﹁そうだよね⋮⋮﹂
移動中にちょっと離脱して狩りでもって考えたけど、おれが見て
ないとゴーレムの移動速度が落ちちゃうんだ。どうにかできないか
と思ったが、ゴーレムの作成原理が全くの不明だ。魔法でプログラ
ミング的なことをやってるみたいなんだけど、何がどう作用してる
のかさっぱりわからない。エリーも教えてもらった通りやってるだ
けで、詳細は知らないという。
﹁ゴーレムでもっと色々できればいいんだけどなあ﹂
そしたら、自動で移動させて、その間に野うさぎ狩りもできるの
に。
﹁ゴーレムは役に立つ﹂
そう、ティリカが言う。ティリカの決闘の時とかどらご召喚の時
とかは結構活躍してたしな。
﹁確かにな。あんまり高望みもよくないか﹂
﹁そうよ。だから野うさぎに気を散らさないで、ゴーレムの操作に
集中しておきなさい。今日はなるべく早く砦に着きたいわ﹂
くっそ。釘をさされたか。もう1週間以上野うさぎ狩りをしてい
ない。森とか地下室にいると気にならないが、草原で目の前に野う
さぎらしき反応があるとすごく気になるのだ。
1008
﹁なんか悪いね。僕が歩こうか?﹂
そんなに表情に出ていたのだろうか。アルビンに気を使われた。
﹁いやいや。アルビンは安静だし、今日もゴーレムで移動しなよ﹂
﹁そうだよ。大怪我したあとは無茶はしないほうがいいよ。今もそ
んなに体調はよくないでしょ?ほんとは昨日の見張りもやらないほ
うがよかったのよ﹂
﹁楽させてもらってるから見張りくらいはやらないとね。それに見
張り中もほとんど動いてないから﹂
﹁とにかく一週間くらいは安静よ。いいわね?﹂
﹁はい、アンジェラさん﹂
﹁じゃあそろそろ出発しましょう。さっさと砦に戻って休養するの
よ!﹂
エリーの掛け声でみんなが出発準備を始める。おれもアイテムボ
ックスに色々しまい込みながら、ふと気がついた。今の休憩中にと
っとと行っておけばよかったんじゃないのか!?
﹁どんだけ野うさぎ狩り好きなのよ⋮⋮だいたい寝不足でしょうに。
草原もまだ安全ってわけじゃないのよ。自重しなさい﹂
次の休憩中に野うさぎ狩りに行ってもいいか聞いたら、エリーに
怒られた。
1009
休憩を短めに、移動も急いだので日が高いうちにゴルバス砦にた
どり着く。早く着きたいのはみんな一緒だったのだ。
門の前でゴーレムを土に返し、アルビン達とともに門を抜ける。
辺境の砦なので、通行人は少ない。アルビンは門番と顔見知りらし
く、おれたちもカードを少し見るだけですぐに通してくれた。
とりあえずはギルドに行ってアルビン達の分の獲物を売り払う。
おれたちの分は一旦保留だ。何せ分量が物凄いんだ。アイテムボッ
クスには倒した獲物がぎっしりで、カードにもすごい数の記録があ
る。ちょっとした騒ぎになるのは間違いない。
﹁君達はこの後の予定は?﹂
アルビン達の獲物の引渡しも終わりギルドホールでアルビンが尋
ねてきた。
﹁まだ決めてないんだ。今日はもちろん宿を取るけどね﹂
砦に着く前に相談する予定だったのだが、アルビン達と合流して
できなくなった。聞かれたら都合の悪い話もあるし、そのあたりは
今日か明日にゆっくりやることになるだろう。
﹁そうか。僕らはギルドの宿舎にいるから、時間があったら訪ねて
きて欲しい。お酒くらいならおごるから﹂
アルビンが安静なのでしばらくは休養せざるを得ない。それにオ
ークの報酬で今回の狩りの稼ぎはそこそこな額にはなったし、今後
1010
のことなどもじっくり相談するのだとか。おれたちと二日ほど過ご
して思うところがあったというが、うちはあまり参考にしないほう
がいいと思うんだけどなあ。どう考えてもうちは特殊なパーティー
だ。
﹁じゃあ、元気でな、アルビン。時間があったらそっちに顔を出す
よ﹂
アルビンと別れ、冒険者ギルドを出たあとはエリーのすすめる宿
屋に部屋を取った。辺境の砦なので高級というわけではないが、五
人でゆったりと泊まれるほど広く、お風呂もついている。ギルド運
営の宿舎はお風呂はないし、部屋も小さく壁も薄い。お金のない冒
険者にはとてもありがたい施設なんだが、今のうちのパーティーに
は向かないだろう。
﹁今日はゆっくり休むとして、明日からはどうするんだ?﹂
﹁さすがに明日出発ってわけにもいかないわね。とりあえず明日も
一日休みでいいと思うのだけど﹂
こういうときに真っ先に意見を言うのはエリーである。そして大
体は真っ当な意見を述べてくれる。
﹁それはいいけど、今回の獲物とか討伐報酬はどうするの?﹂
﹁ここじゃ売れないわね。買取拒否される可能性もあるわ﹂
砦では肉は供給過多だし、辺境だから売れるところに持っていく
1011
のも大変なのである。いまアイテムボックスに入ってる分全部売る
というのは無理があるだろう。
﹁じゃあ町に戻ってからってことか﹂
﹁いっそ王都まで持っていってもいいわね。ちょっとは高く売れる
わよ?﹂
﹁でもおれのアイテムボックスも容量の限界があるよ﹂
実は先日、アイテムボックスに大岩を大量に収集していたんだが、
突然何も入らなくなった。かなり焦ったが、理由はすぐに判明した。
容量の限界だ。数ではない。重さで制限がかかったようなのである。
なんとなく無制限に入るものと考えていたが、単に限界がでかかっ
ただけだったのだ。
その時は泣く泣く大岩を半分くらい捨ててきた。でも無駄にする
のが悔しかったから遺跡風に意味ありげな配置にしておいた。大岩
が五〇個積み重なった塔を中心にストーンヘンジっぽい感じに。地
面にがっつり埋めて錬成しておいたから台風ごときじゃびくともし
ないだろう。森の中にぽつんとある謎の遺跡。ロマンだな!
﹁まだ全然余裕でしょうに﹂
﹁でも大岩が⋮⋮﹂
﹁そんなのポイしちゃいなさい、ポイ。大岩を出せばいくらでも入
るでしょ﹂
﹁だめだよ、そんなの!大岩はすっごく役に立つのに!﹂
1012
盾にしてもよし、爆撃してもよし。攻防兼ね備えた高性能な質量
兵器なのだ。それを捨てるなんてとんでもない!
﹁別に全部捨てろって言ってるわけじゃないわ。必要ならまたそこ
ら辺の土を掘って作ればいいでしょ?﹂
﹁そうなんだけどさ﹂
実際問題、大岩×99が重すぎるのだ。一セット放出するだけで、
モンスターなど入れ放題なんだが、せっかく作った大岩がもったい
ないじゃないか。ちゃんと規格を統一してサイズも形もばっちり揃
えてあるんだぞ!
﹁野うさぎとか大岩とか、どうしてマサルは変なものにこだわるの
かしら⋮⋮﹂
エリーにため息をつかれた。でもどっちにも愛着があるんだよ!
ちゃんと理由もあるんだよ!この2つに関してなら一時間でも語れ
るけども、引かれそうな気がしたのでぐっと我慢した。
﹁獲物とかでアイテムボックスがいっぱいになったら、大岩は捨て
るよ﹂
﹁当たり前じゃない!﹂
エリーに怒られた。
今度伊藤神に日誌で相談してみるかな。ポイント消費でアイテム
ボックスの容量アップとかいいかもしれない。そしたら大岩をもっ
1013
と増やせるな。どうせだったらもっと巨大な岩石とかもいいかもし
れない。超高空から隕石大の巨大岩石を投下すれば町の一つも消し
飛ぶんじゃなかろうか。これはすごくいいアイデアだな!魔王がい
て、魔王城の位置でも判明したら是非ぶちかましてやろう。現状の
アイテムボックスの容量じゃ無理だけど。
﹁魔王城に探知スキル持ちがいたらどうするの?空で何にもできな
いまま好き放題にされるわよ。それに無事投下できても、レヴィテ
ーションで受け止めるか、魔法で落下点を逸らせばいいのよ。ただ
の岩の塊で魔王を倒そうとか甘い。甘すぎるわ!﹂
﹁エリー、エリー、話がそれてるよ。今は明日以降どうするかって
話でしょ﹂
なおも魔王の強さについて語ろうとしていたエリーをアンが止め
た。
﹁そうね。そうだったわ。ええっと?﹂
そう言ってエリーが首を傾げておれ達を見る。
﹁ゲートでぱぱっと家に帰ろう﹂
﹁私もそれがいいな﹂
おれがすかさず主張し、アンが賛成に回った。ここのところ働き
過ぎだと思う。がっつり休むべきだと思うんだ。それに軍曹殿に剣
の修業をつけてもらいたくもあるし、町に帰りたい。
﹁ゲートはダメよ。普通に時間をかけて帰らないと不自然でしょう。
1014
それよりも森をもう一周するわよ!砦から町まで別ルートで森を帰
りましょう﹂
﹁私もそれがいい。レベルアップをもっとしたい﹂
エリーとティリカは経験値がもっと欲しいようだ。珍しく二対二
に意見がわかれた。
﹁ゲートがダメなら町行きの馬車でも捕まえればいいだろ﹂
町は砦から王都の行くための中継地点でもあるし、馬車を捕まえ
るのには困らないはずだ。
﹁サティはどっちがいいと思う?﹂
唯一意見を表明していないサティに聞いてみる。
﹁ええと⋮⋮﹂
おれとティリカどっちの意見を取るべきか迷ってるようだ。ちょ
っとオロオロしている。
﹁森に出てもどうせ毎日家に帰るじゃない。パーティーの戦力をも
っと強化するべきだわ。お金もこれくらいじゃ全然足りないし﹂
﹁一度家でゆっくりするべきじゃない?魔法の修行とかもしたいし、
エリー、あなた料理の練習さぼってるでしょ﹂
﹁唐揚げとプリンはもう作れるわよ﹂
1015
﹁それだけじゃない﹂
そう。まさにそれだけなのだ。そして料理スキルは0のままであ
る。とりあえず本人の希望を聞いて練習してみたらこんな事態にな
った。そしてこの二つを作れるようになったとたん、エリーが満足
してしまったのである。それ以来、料理の練習は滞りがちだ。
﹁それは、ほら。地下室じゃ料理とかできないじゃない?﹂
﹁地下室でも包丁の練習くらいできるわよ。じゃあそうね。エリー
が料理の修行をきちんとするっていうなら、帰りも森を通ってもい
いわ﹂
﹁わ、わかったわよ。料理の修行もがんばるわ⋮⋮﹂
﹁マサルもそれでいい?﹂
﹁うん、問題ないよ。おれも経験値は稼ぐべきだとは思ってるし﹂
肉体強化系のスキルを取っておけば戦闘も楽になるはずだ。もっ
と休みを取りたいが仕方がない。
﹁決まりね。さあ、家に帰ったらみっちりやるわよ、エリー。いい
わね?﹂
﹁うー。わかったわよ⋮⋮﹂
何がそんなに嫌なんだろうか。プリンと唐揚げはちゃんと作れる
ようになったのに。
1016
﹁じゃあ夕食を頼んで来るよ。マサルはお風呂を入れておいて﹂
﹁りょうかーい﹂
﹁人間向き不向きがあると思うのよ。だいたい料理は私以外全員で
きるんだし、必要ないじゃない﹂
アンが出て行った途端、エリーがぶつくさ言い始める。だが異世
界でも家庭で料理を作るのは女性の仕事であるとの認識らしく、必
要ないから覚えなくていいというエリーの発言も弱々しい。
﹁往生際が悪いぞ﹂
﹁エリザベス様、私も手伝いますからがんばりましょう!﹂
﹁たいが、出してもいい?﹂
ティリカは手伝う気はないらしい。
﹁うーん、入り口の扉から見えない位置でならいいんじゃないかな
?ベッドの陰とか﹂
﹁わかった﹂
ティリカがベッドの横でたいがを出したので、それを入り口のほ
うに行って確認する。
﹁そこなら見えないし大丈夫だな﹂
消すのは一瞬で済むし、ばれる心配もないだろう。ティリカは床
1017
に座り、たいがにもたれかかる。エリーもとことこと歩いて行って
たいがに抱きついた。
﹁よし、がんばるわ。料理スキルがレベル1になればいいのよ。そ
れでアンを納得させるわ﹂
たいがに抱きつき顔をうずめてもふもふしながらそんなことを言
うエリー。
﹁私もレベル1﹂
ティリカがそう言う。
﹁そうよ。ティリカにできて私にできないわけがない。できる。で
きるわよ﹂
﹁そうだな。できるといいな﹂
というか、普通できるものなのだ。レベル1くらいは。
とりあえずお風呂を入れて、部屋に戻るとアンが丁度戻ってきた。
﹁すぐに持ってくるって。部屋で食べましょう﹂
﹁お腹がすごく空きました﹂
﹁多めに注文しておいたから、たっぷり食べてもいいわよ﹂
﹁はい!﹂
1018
注文すれば料理が出てくるシステムはとても楽である。エリーの
料理がしたくない気持ちってこのへんにあるのじゃないだろうか。
貴族だし、冒険者になってからも全くやってなかったから料理をす
ること自体に心理的抵抗でもあるのかもしれない。その割には唐揚
げとプリン作りはさっさと習得したのだが。
﹁エリー、実を言うと唐揚げの作り方には別の方法がある。味も違
う﹂
もちろん唐揚げのレシピなどいっぱいある。ただおれの好みの問
題で一種類しか教えてなかっただけなのだ。
﹁どういうこと!?﹂
たいがに抱きついていたエリーががばっと体を起こした。
﹁教えて欲しいか?﹂
﹁ええ!﹂
﹁料理のレベルを1にあげるのだ。そうしたら伝授すると約束しよ
う﹂
﹁やるわ!やってやるわ!料理スキルをレベル1にして新しい唐揚
げを作るのよ!﹂
やはり好物で釣るのが一番だな。それともエリーがちょろすぎる
のだろうか?とにかく、とりあえずはエリーの機嫌も直って、やる
気も出してくれたのでとても結構なことだと思うことにしておいた。
1019
1020
71話 もう一周!︵後書き︶
次回投稿は5/20の予定です。
次回予告
なし!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
私事ですが、自宅のプチリフォーム中にて、
そちらに体力と時間を吸い取られる事態に
次回もなんとか投稿時間だけは守れるようにがんばります⋮⋮
1021
72話 牛がどこまでも追いかけてくる件
翌日は前日の夜間の見張りの疲れもあって、午前中は寝て過ごし
た。前日の夕食をたっぷり摂ったとはいえ、さすがに昼頃にはお腹
が空き、昼食をみんなで食べる。アンとサティとティリカは午前中
は散歩に行ってたらしい。エリーはおれと一緒に惰眠を貪っていた。
﹁何か面白いものでもあった?﹂
戻ってきた三人に聞いてみる。
﹁城壁はすっかり直ってました。それに工事中の第三城壁も見て来
ました﹂
﹁城壁に登って魔境を見てきたんだけど、別に何も見えなかったよ﹂
﹁屋台で食べてきたけど、普通の味だった﹂
とりあえずは、各人それぞれに楽しんで来たのだろう。
﹁午後からどうする?﹂
昼食をおえて、まったりしつつ雑談に入る。
﹁見たいものは見たし、部屋にいるかな。神殿も挨拶に行ったし。
マサルも後で行って来なさい。司教様が会いたがってたよ﹂
﹁わかった﹂
1022
神殿はややこしいことになる可能性もあったけど、こそこそして
見つかったほうが色々勘ぐられるんじゃないかと、普通にすること
にしたのだ。どうせ一日だけの滞在だし、問題もないだろうと思う。
﹁私も部屋にいるわ。サティ、お風呂に入りましょう﹂
﹁はい、エリザベス様﹂
﹁おれは草原に行ってくる﹂
みんなでお風呂もちょっと惜しいが、それはまたいつでも出来る。
防衛戦の時も草原は通り過ぎただけだったし、この辺りで野うさぎ
狩りはやったことがなかった。せっかく野うさぎが豊富そうないい
草原なのに、もったいない。
﹁私もマサルについてく﹂
ティリカがたいがをなでながら言う。
﹁また蛇でも捕まえるか?﹂
﹁このあたりの草原にはグレートバッファローがたまに出ると聞い
た﹂
ティリカ曰く、美味しい肉が取れるのだがとてもレアで入手困難
なのだそうだ。だからぜひ食べてみたいと。
﹁へえ、いいじゃない。見つけたら絶対に仕留めてきなさいよ﹂
1023
グレートって言うからにはサイズはでかそうだし、食いごたえが
ありそうだな。よし、久しぶりに牛の焼肉でも食うとするか!
﹁よーし、任せとけ﹂
﹁気をつけて行ってきなさいよ。討伐はだいぶ進んでるみたいけど、
魔境が近いんだからね﹂
アンが心配そうに言う。
﹁ティリカが一緒だし大丈夫だよ﹂
﹁マサルは私がちゃんと守る﹂
﹁そうだね。じゃあ狩りがんばってね﹂
それで野うさぎを狩りつつご機嫌で草原を闊歩してたわけなんだ
が、一時間ほども過ぎた頃、ティリカから報告が来た。
﹁いた﹂
偵察に出ていたほーくがグレートバッファローを見つけたようだ。
結構距離があるので、のんびりと歩きながらほーくの帰還を待つ。
たいがに切り替えてから乗って移動をするのだ。二人乗りくらいな
ら、本気を出したたいがはかなりの速度で走れる。
戻ってきたほーくを戻し、たいがを召喚する。
1024
うおおおおおおおお、思ったよりはええ!? 本気のたいがの速
さは想像以上だった。地面に近いからか、実際の速度以上に早く感
じる。ティリカはたいがの首に捕まっており、おれはその腰に手を
回しくっついて、たいがの背中の毛を千切れんばかりに握りしめて
いた。落ちたら確実に大惨事だ。
﹁いそげ、たいが﹂
ティリカがたいがにはっぱをかける。いや、そんなに急がなくて
もいいんですよ?人生のんびりとですね⋮⋮と、そんなことをがく
がくと舌を噛み切りそうになりながら言ってみた。
﹁かなり遠い。急ごう﹂
だが速度を緩める気はないらしい。そしていつ終わるともしれな
い、ジェットコースター状態に耐え、グレートバッファローの群れ
が遠くに見える位置についた時、おれは息も絶え絶えに倒れ込んだ。
﹁おれはもうだめだ。ティリカ、あとは任せた⋮⋮﹂
おれは地面に寝転がり、ティリカにそう告げた。
﹁そう?じゃあどらごで⋮⋮﹂
﹁あ、すいません。おれがやります。やらせていただきます﹂
おれの探知では草原だと視覚以下の範囲しかカバーできない。こ
こまで誰にも会わなかったとはいえ、どらごの大きさだと知らずに
誰かに見られていてもおかしくない。
1025
改めて、グレートバッファローの群れをよく見る。数は三十か四
十くらいだろうか。かなり広範囲に散らばって草を食んでいる。そ
してやはりでかい。普通の牛の倍くらいはあり、立派な角が装備さ
れているのもいる。そいつらが雄なんだろう。
ティリカによると、グレートバッファローは温厚な草食動物では
あるが、攻撃されるとあのデカイ体を生かして突進攻撃をしてくる
そうである。それも群れごと。
メテオを使えば群れをまとめて殲滅できるが肉片すら残らないの
では意味はない。それ以外の手持ちの魔法じゃ半端に怒らせて群れ
全体の攻撃を食らいそうだ。飛んで逃げればいいのだが、かなり足
が早いらしく、間に合わないってこともないだろうが、ちょっと危
険な気もする。
﹁レヴィテーションで上から攻撃すればいいか﹂
ティリカがこくりとうなずく。牛は空を飛べないし楽勝だ。どっ
ちかを抱えて飛んで魔法でもよかったのだが、たまには弓を活用し
てみたい。せっかくスキルがあるんだ。
弓を出し装備する。使うのは久しぶりだが、弓のレベルは3だ。
今回は上からの狙い撃ちだし、ぶっつけ本番でも問題はないだろう。
ティリカと二人で上空からゆっくりと牛の群れに近づく。近くに
行くほどそのでかさに恐怖心が募る。あそこに落ちたら即死だな。
魔法の制御はばっちりだから落ちたりはしないんだが、もっと遠く
からどうにかできる方法はなかったのかと少し考える。ゴーレムが
使えればよかったんだが、ゴーレムは遅い。逃げられたら追いつけ
ないだろう。
1026
﹁どれを狙おうか?﹂
群れの上空に着いたのでティリカに尋ねる。牛達はこちらには全
く気がついていない。
﹁あれ。あれが美味しそう﹂
﹁あれって、あれか?﹂
ティリカの指差す方にいたのは、群れから少し外れたところにい
た、ひときわ大きいグレートバッファローだった。立派な角に、盛
り上がった肩や足の筋肉。強そうではあるが、どこが美味そうなの
かさっぱりわからない。ティリカおまえ、一番大きいの選んだだけ
だろう。確かにでかくて食いごたえはありそうだが、ティリカは普
通の分量しか食べないし、あのでかいのだと何ヶ月分になるんだろ
うな。
﹁一匹でいいの?﹂
量が欲しいなら何匹か狩ればいいと思うんだが。
﹁これは魔物じゃないから取り過ぎも良くない﹂
動物愛護なんて概念が異世界にあるのだろうか。もしかして野う
さぎの狩りすぎとか、どこかから怒られたりはしないよな?
﹁怒らせないようにすれば人は襲わないし、魔物を駆逐してくれる
こともある﹂
1027
益獣ってことなのか。草原をうろつくオークとかを勝手に減らし
てくれるなら、それは確かに助かるな。野うさぎは益獣じゃないか
ら、狩り尽くしでもしない限り大丈夫だ。安心した。
狙った牛にゆっくりと接近していく。やがて距離が十mほどにな
ったので、弓を引き絞り狙い撃った。
この距離だ。狙った通り急所であろう頭に命中し、そして跳ね返
された。あれぇ?
﹁頭は固い﹂
頭は牛のメインウェポンだ。矢が刺さるようなやわらかさじゃ、
この過酷な異世界では生き抜けないのだろう。
ならばと、こちらに気づいて騒ぎ始めた牛達を無視して、最初の
目標の背中に次々に矢を突き刺していく。獲物は逃げようとするが
集まり始めた他の牛が邪魔で思うように逃げられない。そこに更に
矢を撃ち込んでいく。
矢を撃ちこむこと十数発。ついにグレートバッファローは倒れた。
矢くらいじゃ効かないかもと思ったが、近距離からの撃ち下ろしで
ぶっすり深く刺さったのがよかったのだろう。念の為に横倒しにな
ってむき出しになった脇腹にも、二、三発撃ちこんでおく。これで
確実に仕留めただろう。下では倒れた牛の周りで、他の牛達が大騒
ぎをしている。
案外手間取ったが、弓も使えないこともない。今日みたいに二人
組で戦える時ばかりじゃないし、やはり弓スキルは残しておいたほ
うが良さそうだ。
1028
﹁おれがティリカを抱えるから、レヴィテーションで牛を引っ張り
あげてくれるか?﹂
﹁わかった﹂
眼下で殺気立ってる牛達に向かって徐々に降下していく。時々立
ち上がって威嚇してくる牛もいる。あいつらジャンプしてこないだ
ろうな?何せ図体がでかい。あのぶんぶん振っている角が当たれば、
おれ達などひとまたまりもないだろう。
ティリカが倒れたグレートバッファローを魔法で確保した。怒り
の鳴き声を上げる牛の群れから死体を引っ張りあげ、そしてアイテ
ムボックスに収納した。
﹁依頼完了。帰ろうか﹂
﹁うん。早く食べよう﹂
だが、レヴィテーションで牛達から遠ざかろうとするが、当然追
いかけてくる。逃がす気はないらしい。
﹁ティリカ、フライを使うぞ。ちょっと抱えててくれ﹂
ティリカに体を支えてもらってフライを詠唱する。詠唱完了後、
ティリカを抱えて牛の群れを引き離すべく、飛行を開始する。
牛達の群れは地響きを立てて追いかけてくる。それも早い。フラ
イでも引き離せない。
1029
﹁おい、どうする?﹂
﹁どうしよう?﹂
﹁ぶっ飛ばしたらダメなんだよな﹂
グレートバッファローの狩り自体は別に禁じられてると言うわけ
ではないが、乱獲は褒められた行為ではないという。
このまま砦まで逃げると怒った牛の群れも追いかけてくる。今は
第三城壁の工事の真っ最中だ。もし工事現場にこいつらが突っ込ん
だら酷いことになるだろう。
かなりの高空に一度上がってから、見失ってくれるのを期待して
飛んでみたが無駄だった。進路を変えてみたりもしたんだが、正確
に追随してくる。
﹁もう倒しちゃわない?﹂
﹁だめ。カードの記録に残る﹂
カードを外して始末すればいいと思ったんだが、それはティリカ
的にはNG行為らしい。真偽官として嘘はつかないという義務に抵
触でもするんだろうか。まあそれにしたって、罪もない草食動物に
こっちから手を出して怒らせたのに、群れごと皆殺しとか人として
どうかと思う。
火魔法で牛を傷つけないように威嚇で放ってみたがだめだったし、
ゴーレムは空中では作れない。傷つけないという縛りが思ったより
もかなりきつい。
1030
﹁どらごを出す﹂
ティリカがそう言う。おれももうそれくらいしか思いつかない。
どらごを召喚して、牛を傷つけないようになんとか威嚇して追い返
してもらおう。だめならどらごに乗って逃げればいい。高空を飛べ
ばたぶん見られても平気だろう。
ティリカを抱えてどらごを召喚してもらう。周辺は一応ぐるっと
見たし、近くに人はいないはずだ。
召喚されたどらごは一瞬落下したが、すぐに翼を羽ばたかせて空
中に留まった。
﹁どらご、下の群れを追い払って。でも傷つけちゃだめ﹂
﹁承知した﹂
下の牛達はいつしか静かになっていた。先ほどまでの大騒ぎが嘘
のようだ。だが、まだ逃げたわけではない。戦おうか、逃げようか
迷っている感じだ。
どらごは悠然と牛達に向かって下降していき、そしておもむろに
咆哮をあげた。草原にどらごの吠え声が響き渡る。
それで牛達はパニックに陥り、我先にと逃げ出していった。
﹁ありがとう、どらご。戻って﹂
どらごは軽くうなずくとすぐに消滅した。
1031
おれ達はグレートバッファローの群れが完全に見えなくなったの
を確認して、地上に降りた。
﹁ひどい目にあったな。他の人はどうやって捕まえてるんだ?﹂
﹁わからない。そんなことより早く帰ろう、マサル﹂
﹁そうだな。苦労して取ったんだし食べるの楽しみだな!﹂
後日判明したことだが、群れに手を出すのは大馬鹿のすることで、
普通はなんとかして一匹だけ罠にかけるか、はぐれたのを狙うのだ
そうだ。
帰って宿で調理してもらったんだが、味は普通だった。うん。こ
れは肉だな。普通の牛肉だ。美味しいと聞いていたので、おれはち
ょっとがっかりしたが、ティリカは満足したようだった。珍しけれ
ばなんでもいいんだろうか。
その捕獲難易度ゆえレアなのだが、このあたりでは肉は有り余っ
ており、美味しいことは美味しいが特別美味というわけでもないの
で狙うものもいない。そんな面倒臭い獲物なのだ。おれももう二度
と狩ろうとは思わない。肉がレアな理由がよく分かると言うもので
ある。
そして砦の城門まで戻ったのだが、ちょっとしたことがあった。
﹁おい、お前達。草原で狩りをしていたのか?﹂
1032
門を通る時、兵士にそう声をかけられた。
﹁ええ、まあそうですけど﹂
﹁少し前にドラゴンを見たって駆け込んできたやつがいてな。すぐ
にどこかへ消えたらしいが、何か見てないか?﹂
﹁え、いやあ。おれ達この近辺で野うさぎ狩ってただけなんで⋮⋮﹂
﹁グレートバッファローがいた﹂
﹁ほう。こんな近場で珍しいな。あいつらは温厚だが近寄らないよ
うに注意しろよ、嬢ちゃん﹂
﹁知ってる。怒らせたら追いかけてくる﹂
そう言って、ティリカが兵士にうなずいた。どこまでも追いかけ
てくるのは実体験済みだ。言われなくても、もう二度と近寄りたく
はない。
﹁よし、じゃあ通っていいぞ﹂
幸い、カードはちらりと確認されただけで、討伐情報までは確認
されなかった。
しかし誰かに見られてたのか。どらごの咆哮も、かなりの音量だ
ったしなあ。今回はどらごを見られただけで、おれ達のことは知ら
れずに済んだようなので助かった。
1033
グレートバッファローの肉で夕食を済ませると、サティを連れて
神殿に少し顔を出し、その後はアルビンを尋ねて近くの酒場で軽く
飲んだ。おれ達が明日にはもう出発すると聞くとずいぶんと驚いた
ようだ。
﹁それくらいタフじゃないとランクが上がらないのかなあ﹂
﹁前も言ったけど、うちを参考にしないほうがいいと思うぞ。色々
と特殊だしな﹂
アルビン達との二日間はうちのパーティーの特殊性について、色
々と考えさせられた。どらごを見られた件もあるし、これからは今
以上に注意しないといけないだろう。
1034
72話 牛がどこまでも追いかけてくる件︵後書き︶
次回投稿は5/23の予定です。予定です。予定なのです。
リアル都合で間に合わない可能性。
次回、経験値をさらに稼ぐべく森へともう一度突入する一行
アイテムボックスに大量に放り込まれていく獲物たち
果たして、マサルは大岩を捨てずに済むのだろうか?
助けて、伊藤神!アイテムボックスの容量が足りないよ!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
1035
73話 家に帰るまでが冒険です
翌日は宿屋でゆっくりと朝食を取ってから出発をした。特に急ぐ
行程でもない。
もう一日休もうという話もあった。牛に追いかけられた話をした
ら、アンに怒られたのだ。
﹁今日は休養日だっていうのに、何をしてるのよ。どらごまで出し
たって﹂
﹁楽勝だと思ったんだよ。ごめんなさい﹂
﹁ごめんなさい﹂
ティリカと一緒に神妙に謝っておく。たかが牛と舐めすぎてどら
ごを出す事態になったのはおれのミスだ。
﹁もう一日休んでいく?﹂
﹁ちょっと疲れたけど、おれは平気だよ﹂
﹁私も大丈夫。予定通り、明日出発でいい﹂
﹁そう?きついならちゃんとそう言うのよ﹂
いざとなったらゴーレムに乗っていけるし、夜は自宅の地下室で
ゆっくりと休める。何かとんでもないトラブルでも起こらない限り
1036
大丈夫だろう。
砦から出る時、門のところで兵士から注意が入った。
﹁昨日の午後、ドラゴンの目撃情報があった。もし何か見かけたら
連絡をして欲しい﹂
﹁ええ、わかったわ。さ、行きましょう、みんな﹂
見つかったら騒ぎになるだろうとは思っていたが、予想以上だ。
いくつもの調査隊が周辺を探索しているし、中には出発を見合わせ
ているグループもあるという。正直すまんかった。
﹁どうするのよ。大騒ぎじゃない﹂
草原を森の方へと歩きながらアンが言う。
﹁やってしまったことは仕方ないでしょう。知らんぷりして放って
おけば、そのうち沈静化するわよ﹂
﹁ごめんなさい﹂
﹁ごめんなさい﹂
とりあえずティリカと二人で謝っておく。ここで謝罪したところ
で、迷惑をかけられた人に届くわけもないのだが、ちゃんと反省は
しておこうと思う。
1037
﹁とりあえず、当分どらごの召喚はしないほうがいいわね﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
﹁そのうちAランクにでも上がれば堂々と公表すればいいわよ﹂
﹁それって大丈夫なの?﹂
﹁大丈夫とは言い切れないけど、冒険者としての実績があればなん
とでもなるわ﹂
どの道どらごを使いたいなら、いつまでも存在を隠し通せるもの
でもない。その公表のタイミングがAランクということなのだ。こ
の異世界ではAランクともなれば英雄クラスである。冒険者ギルド
も手厚く保護してくれるし、その影響力も大きい。名も無き冒険者
ならともかく、高名なパーティーが召喚魔法などというレアな魔法
を使っていたとしても、そういうものかと納得もされようし、国家
や他の機関が横槍をいれて来てもはねのけられるだろうという算段
である。
冒険者の仕事というのは魔物と戦うこと。この一言に尽きる。戦
闘力があれば全てが許される。現に最近も国が一つ滅んでいる。そ
れほどこの世界では、魔物の存在が脅威なのだ。
﹁おれの時もAランクなら仕事を断っても大丈夫だった?﹂
防衛戦の時の治療や壁修理とかは別に渋々やったわけでもないが、
できれば前線で戦いたかった。思いっきり経験値稼ぐチャンスだっ
たのにな。
1038
﹁もちろんよ。ランクが上がれば仕事なんて選び放題だもの。気に
入らない依頼なんて断ればいいのよ﹂
﹁今回の大量討伐でランクは上がるよな?﹂
現時点ではエリーがBランク。おれとサティがC、アンとティリ
カがEである。
﹁そうね。今の時点で足りなくても、帰りの行程でたっぷり狩れば
十分足りるわ﹂
ただし、エリーは既にBランク。雑魚をいくら狩ってもAランク
になるのは厳しいという。もっと大物を狙わないとだめなのだそう
で、それで魔境に行きたがっていたのだ。
﹁よく考えると別に急ぐ必要もなかったわ。私だけAランクになっ
ても仕方がないし。うちはAどころかSになれる力があるんだから、
ゆっくりやればいいのよ﹂
その割にはたった一日の休みで森に再突入しようとか、ちょっと
過酷だと思うんだ。
﹁そのくらいは余裕でしょ。無理だとは言わさないわよ!﹂
確かにまだまだ余裕はある。だがもう少し休みたいと思うのだ。
いっそおれの日本での生活っぷりを説明してやりたい。日がな一日
TVを見て、ネットして、たまにコンビニにいって漫画雑誌を買っ
て。
﹁もういつ雪が降ってもおかしくないのよ。雪が降り積もった中で
1039
狩りなんかしたくないでしょ?﹂
﹁冬はお休みなのか?﹂
﹁そうよ。ゆっくりできるわよ﹂
﹁それはいいな!ぜひゆっくり休もう﹂
﹁休みだからってだらだら過ごすわけじゃないの。剣の修行をした
り魔法を習ったり、色々あるでしょ﹂
﹁エリーの料理修行もみっちりできるわね﹂
﹁⋮⋮だらだら過ごすのも悪くないんじゃないかしら﹂
そういいつつ、おれに助けを求めるように視線を送るエリー。だ
らだら過ごしたい気持ちは一緒だが、エリーの料理修行は約束だか
らな。ちゃんとやっておくべきだと思うぞ?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
砦から町への行程は、特筆すべきことは何もなかった。出てくる
のは雑魚ばかり。そこそこの数は狩れたものの、エリーは不満なよ
うだ。おれとしてはアイテムボックスに余裕ができてよかったのだ
が。もし行きと同じレベルの巣に出会ったりすれば、あっという間
に容量オーバーでまた大岩を捨てるはめになったかもしれない。
1040
伊藤神にアイテムボックス容量増加のお願いもしてみたのだが、
返事はなかった。確かに大岩をたくさん保存したいから増やして欲
しいでは、ちょっと理由としてはアホらしいだろう。だがこの件に
関しては粘り強く交渉を続けたいと思う。
﹁ルートを間違ったかしらね﹂
﹁山岳に近いルートだと行きと被るしなあ﹂
﹁私はこれくらいで十分だと思うけど。ハーピーとかオーク軍団と
か何度も嫌よ﹂
おれも今回は怪我をしてないし、ほどほどに経験値は稼げたから
いいとは思う。
﹁あと一つレベルが上がらないのよ⋮⋮﹂
だがエリーの空間魔法レベル5を取るにはあと5ポイント。つま
りレベル一個分足りないのだ。
﹁ティリカとアンのレベルを重点的に上げるのはみんなで決めたこ
とだろ﹂
ティリカとアンのレベルが低かったので、雑魚が出てきた時は優
先して倒してもらっていたのだが、そうするとエリーの出番が全く
回ってこない。行程は一週間もあるからと楽観視していたら、結局
最後まで雑魚ばかりで、もうまもなく森を抜けて町に到着の予定で
ある。
1041
﹁レベルも20を超えると上がりが悪くなる感じだしなあ。地道に
やっていくしかないな﹂
﹁もう一周⋮⋮﹂
﹁しない﹂
﹁しないよ。大体エリー。料理のレベルがさっぱり上がらないじゃ
ない。町に戻ったらみっちり練習するんだからね﹂
﹁ちゃんと練習したわ!﹂
﹁包丁の練習ばかりだったじゃない。切るのだけ上手になっちゃっ
てどうするのよ﹂
そうなのだ。地下室では火は使えないので包丁の使い方をメイン
にしてみたら、切り方ばかりメキメキと上達しちゃったのだ。肉や
野菜はもちろん、リンゴなんかも器用にむける。包丁使いだけなら
間違いなくレベル1に達しているだろう。
ついでに暇つぶしがてら投げナイフを教えてみたら、昨日ついに
レベル1になった。なんでこう、素直に料理を覚えようとしないん
だろうか。
﹁だいたいエリーはね⋮⋮﹂
﹁何か来ます﹂
前方を歩くサティが突然警戒態勢を取った。
1042
﹁数は二つですけど、片方が追われてるような⋮⋮人のような気が
します﹂
﹁どっちの方角?魔物に襲われてるなら急いで助けにいかないと!﹂
話を反らす気が満々なのが丸わかりだが、確かに急いだほうがよ
さそうだ。
﹁ほーくは?﹂
﹁向かわせている﹂
ティリカがゴーレムの座席から降りて言った。
﹁もし冒険者が追われていたら、逃げきれるように魔物を牽制して
くれ。サティ、先行するぞ﹂
﹁はい、マサル様﹂
剣を抜いてサティが森の奥へと走りだすのについていく。ここは
草原も近い。初心者の冒険者が無理をして入り込んだか、パーティ
ーが壊滅したのか。
﹁やっぱり片方は人間です﹂
サティが走りながら言う。
﹁探知にもかかった。まだ距離に余裕はある﹂
冒険者と魔物の距離は安定している。これなら間に合いそうだ。
1043
その時、森に魔物の吠え声が響いた。ゴガァァァァァ。まだ遠い
はずだがおれの耳にもはっきりと届く。この声は聞いたことがある。
オーガだ。
﹁オーガか﹂
サティも同意する。
﹁群れも来てます。かなり距離は遠いですが、冒険者を追ってきて
るみたいです﹂
﹁急いだほうがいいな﹂
その時ほーくが頭上を通り過ぎる。
﹁ほーく!﹂
大声で呼ぶとほーくが木々の間を器用にぬって飛び、引き返して
きた。
﹁オーガの群れが遅れて追ってきてる。冒険者を助けたらすぐに引
き返すから、そっちは先に森の外へ出ておいてくれ﹂
肩に止まったほーくにそう告げる。草原が近いし、群れとは広い
ところで戦ったほうがいい。
﹁ほーくはそのまま冒険者の方を頼む﹂
ほーくはピィーとひと鳴きすると、また飛び立ち冒険者のいる方
1044
向へと向かう。
﹁見えました!﹂
﹁おれが正面に回る。サティは隠れて横に回れ!﹂
おれの言葉にサティは素早く姿を消した。目では追えないが探知
で動きは把握できる。サティはこちらの動きに合わせて斜め前方を
移動していた。打ち合わせはしてないが、こちらの動きに合わせて
くれるはずだ。
おれの目にもこちらに逃げてくる冒険者が見えた。その後ろには
巨大なオーガが迫ってきている。オーガの頭上にはほーくが飛んで
いるが、オーガはまるで気にした様子もなく、冒険者を追いかけて
いた。冒険者は既にふらふらであるが、オーガにしてもそれほど動
きは素早くない。
オーガの特徴はなんといっても、身にまとっている分厚い鎧のよ
うな皮だ。矢や低レベルの魔法はもちろん、剣や槍ですら生半可で
ははじき返される。サイズはオークよりはでかいが、トロールほど
ではない。頭には牛のような二本の角があり、長い腕には人間を軽
く捻り潰せるパワーがある。ただし体が重いせいか足は遅い。でな
ければこの冒険者は既に死んでいただろう。
﹁こっちだ!﹂
冒険者が顔を上げこちらに気づいた。なんだ、男か。そいつは荷
物はもちろん、手に武器すら持ってなかった。逃げる途中でなくし
たのだろうか。どの道、初心者が武器を持っていた所でオーガと一
対一ではまず勝てないだろう。武器も荷物も全て捨てて逃げたのは
1045
いい判断かもしれない。
﹁た、助け⋮⋮﹂
﹁そのままこっちに来いっ﹂
足を止め、火矢の詠唱をする。冒険者がすれ違うのを待ち、オー
ガの顔面に向けて火矢を放った。大きい魔法ならオーガを仕留める
のは簡単だが、この冒険者を巻き込むわけにもいかない。
﹁こっちだ、化け物!﹂
火矢は命中したが、オーガにダメージはほとんどない。ただの挑
発にしかならないし、思った通りオーガはこちらに注意を向けた。
まずは逃げている冒険者からオーガの注意をそらさねばならない。
腕を振り上げたオーガがおれの方へと迫ってくる。まともに食ら
っては吹き飛ばされて終わりだろう。だが、ここは森の中だ。でか
い木を選び盾にする。オーガは足を止め、おれを捕まえるために木
を回りこもうとし、苦痛の叫び声をあげた。こっそり後ろに近寄っ
ていたサティが、オーガの背中に剣を突き刺したのだ。サティの細
い剣では斬りつけてオーガにダメージを与えるのは少々きついが、
刺突となれば十分に頑丈な鎧を貫ける。
だが一箇所突き刺した程度ではオーガを怒らせるだけだった。オ
ーガはおれから注意をそらし、後ろを振り向くが、サティはすでに
距離をとっている。おれは気配を消すとオーガの背後に素早く忍び
寄り、一気に剣を振り下ろした。剣には炎をまとわせてある。火の
魔法剣の切れ味の前ではオーガの鎧の如き皮膚も、ただの粘土を切
るようなものだ。
1046
背中を切り裂かれたオーガはおびただしい鮮血を吹き上げ、悲鳴
を上げる間もなく絶命する。役目を終えた剣はぽっきりと根本から
へし折れた。通常の剣で魔法剣を使うと金属が耐え切れないのだ。
﹁安物はやっぱりダメだな﹂
折れた剣をその場で投げ捨てる。オーガの報酬で十分に元が取れ
るとはいえ、毎回これじゃもったいない。そろそろ魔法剣に耐えら
れる上等な剣が欲しいところだ。
﹁た、助かった⋮⋮﹂
﹁まだ助かってない。オーガの集団がお前を追ってきてるぞ﹂
へたり込み、息も絶え絶えな冒険者にそう告げる。
﹁そ、そんな⋮⋮もう一歩も⋮⋮﹂
死んだオーガをアイテムボックスに収納すると、冒険者にヒール
をかけてやる。ヒールは多少ではあるが、体力回復の効果もあるの
だ。
﹁立て。走れ。もうすぐ草原だ。そこまで逃げれば助けてやる﹂
﹁わ、わかった﹂
冒険者は立ち上がり再び走りだす。オーガの集団がかなり接近し
てきている。急がないと追いつかれそうだ。
1047
﹁ほら、もっと急げ。草原までいけばおれの仲間が待機してる。そ
こまでがんばれ。オーガに追いつかれたら死ぬぞ﹂
冒険者を後ろから叱咤して走らせる。こいつを抱えてフライで飛
べば早いのだが、まだ余裕のあるうちは男なんぞ抱えたくはない。
ようやく森が開け草原が見えた。後方にはオーガの集団もしっか
りとついて来ている。数は十ほどであるが、危険な相手だ。町も近
いし、ここで確実に殲滅する必要がある。もし運良くうちのパーテ
ィーがいなければ町をオーガの集団が襲ったかもしれない。
草原に飛び出すと、冒険者を追い抜き、サティと共にみなの待っ
ているところへと全力で走る。すぐにオーガを迎え撃つ準備をしな
ければならない。
﹁ちょ、置いてかないで⋮⋮﹂
﹁急いだほうがいいぞ。ほら﹂
そう言って、森を指さすとオーガが数匹、森の中から湧き出すの
が見えた。それを見て冒険者は最後の力を振り絞るがごとく、走る
速度を早めたのだった。
ちょっと冷たい対応だとは自分でも思うが、男を助けるとか楽し
くないから仕方ないよね?
1048
73話 家に帰るまでが冒険です︵後書き︶
次回投稿は5/26の予定です
﹁おれを弟子にしてください!﹂
男を弟子とかそんなのやだよ
﹁前衛で盾代わりに使えないかしら?﹂
﹁でもなあ。弱そうだぞ﹂
次回はこんな感じになる予定。
でも今から書くからあくまで予定です!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。
1049
74話 名もなき冒険者
最初のオーガを倒すのに時間を取り過ぎたかもしれない。オーガ
集団はかなり接近していた。しかも面倒なことに、完全にばらばら
になってこちらに向かってきている。範囲魔法で一網打尽とはいか
ないようだ。
アン、エリー、ティリカ達と合流し、ほんの僅か逡巡したのち、
土魔法の詠唱を開始した。
﹁土魔法でタワーを作る。集まってくれ!﹂
冒険者の男もようやく追いついてきて、おれの横でへたり込んだ。
土魔法の発動に従って足元の地面がグングン盛り上がっていく。
ちょっとグラグラするが、オーガが近づいてきている。急がないと。
﹁攻撃魔法の詠唱を始めてくれ。近寄って来るまでになるべく倒し
ておこう﹂
全員を乗せた、長方形型の土台が盛り上がるにつれて周囲の地面
の土が吸い取られて凹んでいく。五mほども上がった所で一旦止め
て周りを確認する。土の塔自体の高さは五mほどだが、塔に使った
土の分が周りから削り取られてちょうどいい堀になっている。深さ
は三mほどだろうか。合計すれば結構な高さになった。
オーガに飛行能力でもない限り、上には届かないだろう。登って
こようとしたら大岩でも投下してやればいい。完璧だ。
1050
アースタワーが完成した直後、オーガ達がこちらに追いついた。
だが、堀の手前で躊躇している。数は既に五匹にまで減っていた。
毎度思うのだが、何故半数もやられてこいつらは逃げないのだろう
か。実に不思議だ。知能はそこそこありそうな感じなのに。
﹁揺らすから一発外しちゃったじゃない﹂
﹁あんまりゆっくりやるとオーガが来そうだったからさ﹂
﹁そうね。でもよくやったわ。これなら一方的に攻撃できるわね!﹂
﹁こおりの竜よ、敵を貫け。アイスオブドラゴン﹂
﹁ウォーターストリーム!﹂
エリーがオーガを見下ろして余裕ぶっこいてるうちに、アンとテ
ィリカの魔法が発動し、敵が残り一匹になった。
﹁ああ!? 私の獲物も残しておきなさいよ!﹂
﹁わかった、わかった。早くやってくれ﹂
さすがにオーガも最後の一匹となっては逃げ出そうとするが、そ
こにサティの矢が膝にささる。それも二本三本と。あれじゃもう走
れないだろう。あとはエリーが仕留めるだけだ。サティは要所要所
でいい仕事をしてくれる。
エリーの詠唱が終わるのを待っていると、逃げようとしていたオ
ーガがこちらを振り向いた。逃げるのを諦めたのか?
1051
﹁あ、石⋮⋮﹂
冒険者が言う。石? あ! オーガがこぶし大の石を手に持って
る。そして振りかぶって⋮⋮第一投、投げた!?
とっさに仁王立ちしているエリーを引きずり倒すと、石が頭のす
ぐそばをかすめていった。さすがにオーガのパワー。150kmと
か出てそうだ。
﹁な、な、な﹂
﹁伏せろ、伏せろ!﹂
オーガが第二投目を準備してる。いかん、急いで詠唱を。
オーガの第二投目がドガンッという轟音を発してアースタワーの
上部に命中した。伏せたおれ達を狙ったのだろう。まともに命中し
たら、体が吹き飛びそうだ。サティが弓で攻撃を続けていて、矢が
何本か体にささってはいるが、硬い皮に阻まれてどれも致命傷には
なっていない。
そしてオーガが第三投目を投げようとした時、おれの詠唱が完了
した。
﹁エクスプロージョン!﹂﹁アイスストーム!﹂﹁アイスストーム
!﹂
おれとアンとティリカ、三人の魔法がほぼ同時に発動し、爆破と
氷の嵐が消えたあとにはオーガの体はかけらも残っていなかった。
1052
素材がもったいないが、まあ仕方ないだろう。
﹁すげえ! あんたら、なんだこれ!﹂
全てのオーガが倒され安心したのか、冒険者が騒ぎ始めた。
﹁落ち着け。お前一人か? 仲間は?﹂
慌ただしくて聞くのを忘れてたが、たぶん一人だろう。一人であ
って欲しい。もし仲間がいたなら手遅れだ。
﹁え、ああ。一人っす﹂
﹁一人で森で何をしてたんだ?﹂
﹁狩りをですね⋮⋮﹂
﹁おれには狩られてたように見えたが﹂
﹁それがその⋮⋮﹂
要約すると、路銀が尽きそうだったので、一発逆転を狙おうと森
に単独で潜ってみた。そしてオーガにばったり出くわして、武器も
荷物も何もかも捨てて逃げ出したと。
話の間におれとこいつ以外はレヴィテーションで下に降りている。
﹁おれ達が運良くいてよかったな﹂
﹁なんとか逃げられたっすよ!﹂
1053
﹁町までか?﹂
﹁はい﹂
﹁オーガの集団を連れて?﹂
﹁ええっと⋮⋮すんません、兄貴﹂
ようやく、自分が何をしようとしていたか理解したようだ。あの
ままオーガが町に到達すれば、どれほどの被害がでただろうか。城
門には兵士が詰めているとはいえ、オーガ十匹をどうにかできるほ
どの戦力ではない。街道にもそこそこ通行がある。
シュンとしているこいつを改めてみると、若い。体格がいいから
大人かと思ったら、日本でいうと高校生くらいな感じだ。そしてイ
ケメン。いや美形だな。背は少々高いがヒョロっとしてるし、女装
させたら似合いそうだ。
﹁おれはマサルだ。お前、名前は?﹂
﹁ウィルフレッドっす、マサル兄貴。ウィルって呼んでください!﹂
名前まで格好いい。以前のおれなら嫉妬の炎に焼かれていたかも
しれない。イケメンのウィルフレッド。きっと小さい頃からもてた
んだろうな。
﹁よし、ウィル。武器とか荷物はどうする?森に置いてきたんだろ
?﹂
1054
﹁それがどこをどう逃げたのかわからなくて。それに剣も荷物も安
物っすから、危険な森に取りに戻ることもないかなーと思うんす﹂
死にそうな目にあって、たかが装備を取り戻すのに森に戻る気に
なれないんだろうな。おれとしても安物の装備品を探しに森へ戻る
のは御免こうむりたい。
﹁わかった。なら町まで送ろう﹂
﹁ちょ、ちょっと待って下さい。兄貴! おれを弟子にしてくださ
い﹂
﹁剣を教えてもらいたいならギルドの訓練場で鍛えてくれるだろ?﹂
﹁そっちじゃないっす。魔法を、魔法を教えて下さい!﹂
そこにエリーがレヴィテーションでふわりと降り立った。
﹁回収終わったわよ。どうしたのマサル?﹂
﹁ああ、こいつがね﹂
﹁おれを弟子にしてください、姐さん!﹂
そういって、土下座を始めるウィル。土下座はどこでも土下座な
んだなあ。
﹁はあ?弟子なんか取るわけないでしょう﹂
うちは秘密保持がただでさえ大変なのに、弟子なんか取れるわけ
1055
がないよな。
﹁おれこんな土魔法の使い方みたことないっすよ!﹂
そりゃ魔力消費がきついから普通の魔法使いはできないだろう。
この土のタワーは単に魔力を大量消費しただけの力技だ。
﹁それに他のお三方も! 高レベルの魔法を連発して、さぞかし高
名な魔法使いかとお見受けしました! おれに魔法を教えて下さい
!﹂
﹁普通にどこかの学校でも入って来なさいよ﹂
エリーがうんざりした顔でそう言う。
﹁それが無理だったんですよ。でもどうしても! おれ何でもしま
すから! お願いします!﹂
﹁普通のとこで無理ならおれ達でも無理だろ?﹂
﹁あそこの獣人の子、レヴィテーション使ってましたよね? 獣人
が魔法使うなんてみたことないっすよ!﹂
なんて目ざといんだ、こいつ。一瞬しか使ってないはずなのに。
サティはここ二週間ほどの地下室生活で余暇の時間をほとんど魔
法の練習に費やした。魔力はもちろんおれが補給したわけだが、何
度も気絶したりしたものだ。そのかいあってか、先日レヴィテーシ
ョンを見事に習得。魔力が低いから体を持ち上げるのも無理だが、
五mから飛び降りる程度ならふんわりと着地できる。レヴィテーシ
1056
ョンの発動は一瞬のはずだが、それをしっかり見ていたのだろう。
﹁別に魔法使えなくても冒険者でやっていけるだろ?素直に剣でも
鍛えとけよ﹂
﹁だめなんすよ⋮⋮うちの家族、全員魔法使えるんすけどね。家族
にも教えてもらったし、家庭教師もついたけど、全く﹂
﹁へー。あんた貴族?﹂
﹁ええ、まあ。そこら辺は家出してきちゃったんで勘弁してくださ
い、姐さん﹂
いつの間にか見に来ていた、ティリカにちらりと目線を送る。テ
ィリカは軽く頷いた。嘘は言ってないみたいだな。
﹁諦めろ。ちゃんとした教師についてだめだったんだろ?﹂
﹁おれの家族も家庭教師も兄貴達ほどの魔法使いじゃなかったっす
! 全員その若さでこの魔法の腕! 何かすごい練習法でもあるん
じゃないっすか!?﹂
なんだかデジャブを感じる展開だなあ。
﹁な、ないわよ、そんなもの!さあ、いい加減町へ急ぐわよ﹂
そういうと、エリーはタワーからさっさと飛び降りた。エリーさ
んうろたえ過ぎだよ⋮⋮すっげえ怪しいわ。
﹁とりあえず帰るか。はやく家でゆっくりしたい﹂
1057
﹁あ、兄貴、弟子にしてもらう話は⋮⋮﹂
﹁今度な、今度。ゴルバス砦から移動してきたんだ。すっごい疲れ
てるんだよ﹂
実際問題特に疲れてるってこともないんだが、いつまでもこいつ
の話を聞いてると精神的に疲れてくる。
﹁あ、はい。すんません、兄貴﹂
レヴィテーションを使ってゆっくりとタワーから飛び降りた。テ
ィリカとサティも続いて降りてくる。
改めてじっくり見るとでかいタワーになったな。堀もでかいし、
あとは上部に城壁みたいに塀をつけるといいかな。乗る場所が平ら
な台だけなのはまずかった。あとは中身を中空にしたら魔力消費が
減らせないだろうか。元がただの土なので強度の問題があるけど、
かなりしっかり固めてあるから多少中抜きをしても平気なはずだ。
﹁兄貴∼﹂
﹁どうした?﹂
というか兄貴ってやめて欲しいのだが。
﹁降りれないっす﹂
確かに五mもあるし、壁面は取っ掛かりもないし普通の人だと降
りれなさそうだ。サティはぽんっと飛び降りてたけど。
1058
﹁飛び降りろ﹂
﹁無茶っすよ∼﹂
﹁みんなは先に戻ってる?おれもうちょっとこのタワーを改良した
い﹂
みんなを振り向いてそう言う。
﹁そうね。投石くらいは防げないと困るわね﹂
﹁うん。もっと城壁みたいにしようかと思ってね﹂
﹁じゃあ私は先に戻ってるわ﹂
﹁私はマサル様と残ります﹂
﹁私もおねーちゃんと残る﹂
﹁じゃあエリー、一緒に戻りましょうか。だいぶ放置してたから家
の中を掃除しないとね﹂
﹁え、私もマサルと⋮⋮﹂
﹁さあ、行くわよ!﹂
エリーはアンに腕をつかまれるとずるずると引きずられて行った。
ちなみに周辺の草原と町まではほーくで安全を確認してある。二人
でも大丈夫だろう。
1059
﹁あの、兄貴?﹂
﹁ああ、ちょっと待ってろ﹂
とりあえずウィルを降ろしてやらないとな。
土魔法を発動し、タワーを変形させていき階段を形成する。こん
なもんか。でも階段も結構な魔力を消費するな。やっぱり縄梯子を
用意しておいたほうがいいな。
﹁いやー、すごいっすね、兄貴。全然魔力切れした様子もないし﹂
できた階段からのこのことウィルが降りてきた。
﹁その兄貴ってなんだよ。普通にマサルさんって呼べ﹂
﹁そんな! マサル兄貴は命の恩人っすから!﹂
﹁ていうか、お前貴族じゃないの? 何その喋り方﹂
﹁いやあ、冒険者になるのに舐められちゃいけないって思いまして
ね。勉強したんすよ﹂
方向性が明らかに間違ってる。そんなこと考えてる暇があったら、
剣の修業をするなり、森の危険性を教えてもらうなりすりゃいいの
に。やっぱりこいつは貴族のボンボンだわ。世の中舐めてる。おれ
も日本人らしく平和ボケしてると思うけど、こいつはもっと酷い。
おれより酷いと思うよね?
1060
﹁そーかそーか。おれはもうちょいここにいるから、勝手に町に戻
ってもいいぞ。もう用もないだろ﹂
﹁おれも待ってるっすよ。何するんすか?﹂
﹁このタワーだがな。即席で作ったから石投げられたり結構危なか
っただろ?ちょっと改造して使い勝手を良くしようかとな﹂
﹁そうっすね。降りるのも階段ないと不便っすよ﹂
﹁いや、階段はねーだろ。敵が登ってきたらどうすんだ﹂
﹁それもそうっすね。でも降りたり登ったりしたくなったらどうす
るんで?﹂
﹁うちは全員飛べるから問題ない﹂
サティでもレヴィテーションとジャンプを組み合わせればここく
らいなら飛び乗れる。
﹁ええっ? おれは飛んだりできないっすよ!?﹂
﹁お前は関係ないだろう。名前も知らない行きずりの冒険者﹂
誰か他の人がいるときは縄梯子でも使えばいいな。今度手に入れ
ておこう。
﹁ウィルっす、兄貴。覚えてください!﹂
こいつの相手をしてても話が進まないので、放置して階段を登る。
1061
とりあえずは体を隠せる壁を作らないとな。
土魔法を発動させて、壁で頂上の周囲を囲っていく。その分高さ
は減ったが、今のところ関係ない。壁の高さはおれの胸のあたりく
らいにしてみた。
﹁城壁ならデコボコがありましたよ、マサル様﹂
﹁そういえば砦はそんな感じだったな﹂
サティの助言にしたがって、お城の城壁にあるようなデコボコを
つけていく。
﹁これなら身を隠すのも狙うのもやりやすいな。強度はどうだろう。
サティ、試してみてくれ﹂
﹁はい﹂
サティが剣を抜いて、城壁を切りつける。そして城壁は見事に切
り裂かれた。うん、人選を間違えた。おれかサティがやったら石の
城壁ですらすっぱり切れそうだ。ティリカは無理だし、この名も知
らない冒険者に協力してもらうか。
﹁そこの、名前も知らない人。ちょっと手伝ってもらえるかな?﹂
﹁ウィルっす、兄貴⋮⋮﹂
﹁ほら、この剣をやるから城壁を攻撃してみろ﹂
﹁もらっちゃっていいんすか!?﹂
1062
﹁お前も丸腰では危ないだろう。安物の剣だから気にしないで持っ
ておけ﹂
﹁さすが兄貴! 一生ついていきます!﹂
﹁そういうのはいいから、城壁を攻撃してみてくれ。全力でな。剣
の予備はまだあるから、ぶっ壊す勢いでいいぞ﹂
今まで土壁の強度テストとかしたことなかったしな。この機会に
色々やっておこう。
﹁任せといてください!﹂
ウィルが剣を構え、城壁をがしがしと攻撃しだす。固めたとは言
え、元はただの土だし結構削れるな。それよりも、ウィルの剣の腕
が思ったよりもいい感じだ。貴族と言うだけあって、ちゃんとした
人に習ったんだろうな。
﹁はぁはぁ、こんなもんでどうっすかね﹂
﹁ちょっと強度的に不安があるな﹂
この部分だけ作る時は硬めにするか、硬化をかけておくかするか。
厚さはちゃんとあるから、すぐ壊されるほどは弱くはないし。
そのあとはタワーを改造したり、形をみんな︵ウィルを含む︶で
検討してみたり、色んな魔法で攻撃して強度を確かめたりし、最後
におれとティリカの魔法で派手にぶっ壊して家路についた。それに
しても、この名前も知らない冒険者はいつまでついてくるつもりな
1063
んだろうか。
1064
74話 名もなき冒険者︵後書き︶
次回更新は5/29の予定です。
次回、ブートキャンプ再び︵仮︶
﹁ウィル君。初心者講習会というのが開催されるんだが参加してみ
ないかね?﹂
﹁はあ。初心者講習会っすか?﹂
﹁そうだ。明日からなんだが、今日はうちに泊めてやるから参加す
るといい﹂
﹁ほんとっすか!? 一文なしでどうしようかって思ってたんすよ
! します。参加するっす!﹂
﹁そうかそうか。しっかり学んで来いよ﹂
﹁はい、兄貴!﹂
これでよし。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1065
75話 拾ったら責任をもって最後まで面倒をみましょう
﹁ところで、そこの名前も知らない人はどこまでついてくるつもり
だ?﹂
ここはまだ草原。町に向かって歩いているところである。
﹁やだなあ、兄貴。弟子にしてくれるまでに決まってるじゃないっ
すか。あと俺の名前はウィルっす﹂
﹁魔法は家庭教師とかにダメ出し食らったんだろ?﹂
﹁家庭教師はやればできる、がんばれって言ってくれたっす﹂
金もらって教えてる貴族の子弟に諦めろとは言えないよなあ。だ
からおれが言ってやろう。
﹁諦めろ。無理なものは無理だ﹂
﹁サティさんは獣人なのに魔法が使えるんすよね? 誰に習ったん
すか?﹂
﹁マサル様です﹂
﹁やっぱり! 兄貴はすごいっす。俺にもぜひご教授ください!﹂
﹁別に魔法とか使えなくても大丈夫だろ?ほとんどの人は使えない
んだ﹂
1066
魔法使いの人口は大体十人に一人だと言われている。九割が使え
ないんだから、気に病む必要なんかどこにもないと思うんだが。
﹁そりゃあね。家族は別に使えなくてもいいよって言ってくれるん
すよ。でも一族みんな魔法使える中でおれだけ使えないって、どれ
だけ肩身が狭いかわかります?この悲しさ﹂
なんか聞いてていたたまれなくなってきた。おれも実家では肩身
が狭かったんだよな。そりゃうちも家族は優しかったさ。でも時々
ちくりと言われるんだよね。働かないで食べるご飯は美味しい?っ
て。
﹁あー、うん、そうだな。わからないでもない。でもな、必死で覚
えた所でサティみたいにちょっとしたレヴィテーションとかライト
くらいなもんだぞ?﹂
﹁それでもいいんすよ! 使えるってことが大事なんす。サティさ
んならわかりますよね?﹂
﹁魔法が使えるようになってすごく嬉しかったですよ﹂
﹁でしょ! でしょ! だからね、兄貴。お願いしますよう﹂
﹁だめなもんはだめだ。大体、冒険者やりながら教えるとか無理だ
から﹂
﹁パーティーの端っこにでも入れてもらえれば、雑用でもなんでも
なんでもやるっすよ!﹂
1067
﹁雑用は私のお仕事ですよ﹂
﹁え、じゃあ荷物持ちとか﹂
﹁お前さっき倒したオーガ、何匹持って帰れる?﹂
﹁ぜ、前衛をやるっすよ! これでも腕にはそこそこ自信あるんす
よ﹂
﹁じゃあ腕を見てやろう。サティ、ちょっと相手をしてやってくれ﹂
サティみたいな小さい子にボッコボコにされればさすがに諦める
だろう。
﹁はい、マサル様﹂
これを使えと、アイテムボックスから木剣を二本出して渡してや
る。
﹁サティに勝てたら考えてやる。木剣だし、おれは回復魔法も使え
るから遠慮はいらんぞ﹂
﹁サティさん大丈夫なんすか?﹂
﹁構わんから本気でやれ。な、サティ?﹂
﹁訓練場でいつもやってますから。本気でお願いします、ウィルさ
ん﹂
﹁わかったっす﹂
1068
木剣を構えて対峙する二人。ちなみに今の場所は町の壁がかすか
に見える位置である。遊んでいても危険はまずないだろう。
﹁はじめ!﹂
ウィルがまずは軽く打ちかかる。やはりというか、手加減をして
いる。サティはそれを余裕でかわすと木剣をウィルの首筋につきつ
けた。
﹁本気でとお願いしましたよ﹂
訓練場でもサティは最初は大抵手加減をされる。普通はこんな小
さい子に本気で打ち掛かれない。それでこんなやり取りが何度も繰
り返されたのだ。
﹁わ、わかったっす﹂
ウィルは今度はかなり強く攻撃を加えるが、二発三発と軽くいな
されサティの一撃を胴に食らった。
﹁それで本気なんですか?﹂
ここらでやっと目の前の少女が尋常な相手でないことに気がつく
のだ。だが気がついたところでどうにかなるというものでもない。
サティの腕はもはや軍曹殿以外には負けなしだ。そしてそのサティ
に勝てる軍曹殿が恐ろしい。あの人、一体どれだけ強いんだろうか。
ウィルも今度は本気で、必死にサティに打ち掛かるが全くといっ
ていいほど相手にはなってない。サティは受けに徹しているが、ウ
1069
ィルの攻撃がかする気配もない。
だがウィルの剣の腕は思ったよりも悪くない。力があるし、基本
もきっちりとできている。これならオークの相手くらいならできる
だろう。
﹁サティ。もういいぞ﹂
見るべきものは見たのでサティにそう告げる。その瞬間、サティ
がウィルの木剣を跳ね上げて、ウィルを打ち倒した。
﹁大丈夫か?﹂
起き上がってサティに打たれた部分をさすっているウィルにヒー
ルをかけてやる。
﹁ありがとうっす、兄貴。でも、あの、サティさんってすごく強く
ないっすか?﹂
﹁お前じゃ百回やっても勝てないだろうな﹂
﹁マサル様はもっと強いですよ!﹂
サティがそう主張する。だがそれはどうなんだろう? 剣術は同
じレベル5だけど、全く勝てる気はしない。魔法を使えばなんとか
なるかもしれないけど。
﹁マジっすか⋮⋮﹂
﹁大体な、うちはBランクのパーティーだぞ?さっきのオーガみた
1070
いなのを相手にするんだ。お前じゃ無理だ﹂
Bランクはエリーだけだけど、今回おれとサティもBには上がり
そうだし間違いでもないだろう。
﹁そんなあ﹂
涙目になっているウィルがちょっと可哀想だが、実際問題うちの
パーティーの前衛稼業は過酷だ。おれですら何度も怪我を負い、時
には死の危険にさらされた。うちのメイジの高火力をかいくぐって
きた魔物を相手にするのだ。ウィルの腕では生き延びられないだろ
う。
奴隸にして加護を与えるという方法もないではない。だがそれが
機密情報だという点を除いても、貴族のボンボンであるこいつを奴
隸にするというのは無理がある。こいつの親にばれたら絶対にトラ
ブルになるだろう。
﹁さあ、もう町が目の前だ。帰るぞ﹂
そしてそのまま無一文なウィルを見捨てるわけにもいかず連れて
きたんだが、正直どうしたものか。拾った以上、飼うつもりはない
にしろ身の振り方が決まるまでくらいは面倒は見ないと寝覚めが悪
い。
﹁お金貸してください、兄貴。あとで絶対返しますから﹂
﹁いいけど、返すあてはあるのかよ?﹂
1071
﹁なんとか稼いでみるっす。だめだったら、実家を頼ろうかと﹂
﹁稼ごうとして森に突っ込んで死にかけたんだろ? それに実家っ
てどこにあるんだよ?﹂
近所だったら即追い返そう。それがこいつのためだ。
﹁帝国のほうっす﹂
帝国だと遠いな。追い返すのはちょっと無理そうだ。
﹁家出してきたのにどうにかなるのか? だいたい家出とか家族が
探してるんじゃないのか?﹂
﹁おれの家、兄弟が多くて俺は末っ子なんすよ。だから家を継ぐと
かは関係ないし、わりと自由にやらせてもらってたんす。家を出る
ときも仲のいい兄にちゃんと話してから来ましたから﹂
こいつを探しにきた家族とトラブルとかそんなことはなさそうだ。
金を貸すのは別に構わないが、それでどうにかなりそうもない。
お金が尽きたらまたタカリに来そうな気がするし、無謀なことをさ
れて死なれでもしたら気分がよろしくない。初心者向けの金稼ぎと
かおれは全然知らないしな。うん、こういうときは偉い人に相談だ。
具体的には軍曹殿がいい。
町の東門を通る時、いつもの門番の兵士に声をかけられた。
﹁マサル! 森を通ってゴルバス砦まで行ってきたんだって? い
1072
ま嫁さん達に聞いたよ。戦果はどうだったんだ?﹂
﹁ええっとですね。またハーピーの巣とオークの巣がありましたよ。
他はまあぼちぼちですね﹂
﹁ほう。もちろんそいつらは倒してきたんだろ?﹂
﹁もちろんです。一匹たりとも逃がしてません﹂
﹁そうかそうか。ちょっと前まで野うさぎばっかり狩ってたのに立
派になったもんだ。やっぱり嫁さんもらうと違うのかね?﹂
﹁そりゃね。がんばろうって気にもなりますよ﹂
﹁違いない。美人さんばっかだもんな。おっと、疲れてるだろうと
ころ引き止めて悪かったな。通ってくれ﹂
﹁ちょっと冒険者ギルドに寄って行こう。軍曹殿に挨拶しておきた
い﹂
﹁じゃあ私もドレウィンに会ってくる﹂
﹁あの、兄貴。嫁ってのは?﹂
﹁ああ。嫁だよ。四人とも﹂
﹁四人ともっすか!? さすが兄貴っす! うちの親父でも三人だ
ったっすよ﹂
1073
それでも三人か。こいつの家ってどれくらいのとこなんだろうな。
﹁お前の実家ってどの程度の貴族なんだ?﹂
﹁ええっとですね。結構大きくて由緒もあるようなとこですよ。だ
からですね、お金を貸してもらえたら絶対に返すっす﹂
﹁まあそのことは後でな。とりあえず、おれは人と会うからお前は
そのあたりでぶらぶらしてろ﹂
冒険者ギルドについたのでウィルをギルドホールに置いて、まず
は受付のおっちゃんに挨拶に行く。
一通り挨拶をかわし、換金はまた後日だがギルドカードの討伐記
録を見せ、大雑把に戦闘報告をする。ティリカはサティと一緒にド
レウィンを探しに行った。
﹁ハーピーにオークの巣か。あとで位置も詳しく教えてもらえるか
い﹂
﹁はい。ところで軍曹殿に話があるんですが﹂
﹁そうそう。そのことでね。マサル君に頼みがあるんだよ。実は明
日から初心者講習会があってね。ちょっと治癒術士が足りないんだ
よ。遠征から戻ってきたばかりで悪いんだけど頼めないかな? そ
んなにきつい仕事でもないし﹂
﹁ということは軍曹殿はそれにかかりっきりってことですよね﹂
1074
﹁そうなるね﹂
初心者講習会は一週間もある。軍曹殿に鍛え直してもらおうと思
ったのに、なんとタイミングの悪い。
﹁期間が長いですし、返事はみんなと相談してからでいいですか?
たぶん大丈夫だとは思いますけど﹂
﹁もちろんだよ。返事は明日でいいからお願いするよ。ああ、ヴォ
ークト殿なら訓練場だと思うよ﹂
訓練場に行くとすぐに軍曹殿が見つかった。
﹁おお、マサル。無事に戻ったか﹂
﹁はい、軍曹殿。それで明日からアレがあるとか。いま治癒術士を
依頼されました。受けるかどうかは家族会議をしてからになります
が﹂
﹁うむ。マサルが参加してくれるなら治癒術士のやり繰りが楽にな
る﹂
﹁それでですね。おれも軍曹殿に頼みがあるのですが﹂
﹁なんだ。言ってみろ﹂
﹁剣をじっくりと鍛え直したいのです﹂
1075
﹁ふむ。それならば毎日、初心者講習会が終わったあとに指導をし
てやってもよい﹂
﹁よろしいので?アレの指導はかなりきついと思いますが﹂
﹁なに、声を張り上げておるだけだ。それほどきつくもない﹂
﹁そういうことなら、ぜひお願いします。治癒術士の方もお任せく
ださい﹂
﹁わかった。みっちりと鍛えてやろう﹂
おっと、大事なことを忘れていた。
﹁実はですね⋮⋮﹂
ウィルを森で拾ってきたことを話す。
﹁ちょうどいいからアレにどうかって思うんですが﹂
このタイミングの初心者講習会はまさしく天啓。ウィルのために
用意されたようなものじゃないかって気がするほどだ。
﹁いいだろう。そいつも連れてくるがいい﹂
可哀想だが、これはウィルのためだ。ためなんだ。
﹁兄貴。用事は済んだんで?﹂
1076
﹁うん。それでな、ウィル。ギルド主催の初心者講習会というのが
開催されるんだが、参加してみないかね?﹂
﹁はあ。初心者講習会っすか?﹂
ウィルがよくわからないと言った顔をしている。
﹁そうだ。明日からなんだが、今日はうちに泊めてやるから参加す
るといい﹂
﹁ほんとっすか!? します。参加するっす!﹂
﹁そうかそうか。しっかり学んで来いよ﹂
﹁はい、兄貴!﹂
これでよし。こいつが初心者講習会を生き延びた暁には、きっと
立派な冒険者になっていることだろう。
﹁初心者講習会って何をやるんすか?﹂
家への道すがらウィルがそんなことを聞いてくる。
﹁そうだなあ。期間は一週間。初心者に冒険者のノウハウをみっち
りと教えてくれるんだよ。しかも費用はギルド持ちだ。その間の食
事も宿泊も全部な﹂
1077
﹁へー、太っ腹っすねえ。でも一週間もあるんすか﹂
﹁学ぶべきことは多いぞ。おれも参加したが一週間でも足りないく
らいだった。今でもその時の指導教官に時々教えを請いに行ってる
ほどだ﹂
﹁兄貴も参加したんすか。魔法も教えてもらえるんすかね?﹂
﹁残念だが魔法はやらんな﹂
ウィルはちょっとがっかりしたようだが、おれも参加したという
ことでやる気が出たようだ。
﹁おれもいつか兄貴みたいに、オーガを一撃で倒したりできるっす
かね?﹂
﹁いつかはな。とりあえず目の前の初心者講習会をしっかりこなし
てからだ﹂
希望を持つことは大事だし、こいつはまだ若いんだから将来どん
な剣豪にならんとも限らんしな。
﹁がんばるっすよ!﹂
﹁おう、がんばれ﹂
ウィル君には是非とも、死ぬほどにがんばって欲しいものだ。
1078
家に帰ると、中はすっかり綺麗になっていた。ウィルは一旦庭に
ステイさせてある。
﹁よく考えたら掃除なんて必要ないのよ。魔力が余ってるんだし、
一気に浄化してやったわ!﹂
﹁掃除くらいできたほうがいいわよ。いつでも魔力があるって限ら
ないんだし﹂
そうアンが苦言を呈する。おれも部屋の掃除とかは浄化で済ます
からこの件に関しては口を出せない。便利な魔法が使えるならそれ
でいいと思うんだ。
﹁平気よ。全員魔力切れなんて状況絶対にあり得ないわ﹂
﹁まあいいけど。みんな戻ったことだし、ご飯の用意をしましょう
か。マサル、材料をお願い﹂
﹁ウィルも連れてきたんで、その分も頼む﹂
アイテムボックスから食材を出しながら言う。
﹁何、マサル。あいつ連れて来ちゃったの?どっかに捨てて来なさ
いよ﹂
﹁無一文なんだし、そういうわけにもいかないだろ?今日だけだか
ら﹂
﹁いやよそんなの。久しぶりに上の部屋でゆっくりできるのに﹂
1079
﹁じゃあ、庭ならいい?食事だけ食べさせてやってよ﹂
﹁それならまあいいわ﹂
ウィルには庭に土魔法で小屋を作ってやることにしよう。
﹁あと明日からの話なんだけど﹂
初心者講習会で治癒術士のバイトすることを説明していく。
﹁休みの予定だし、別にいいわよ。でもなんで治癒術士が足りない
って話になるの?﹂
﹁みんなは知らないのか⋮⋮これはここだけの話にして欲しいんだ
けど、初心者講習会というのは駆け出し冒険者をひたすら鍛えるっ
ていう企画なんだよ。倒れるまで訓練して、回復魔法をかけてまた
訓練する﹂
初心者講習会の模様をさらに詳細に語っていく。隷属の首輪に関
してはさすがに伏せた。
﹁うわあ。マサルもそれやったんだ﹂
﹁うん。初心者講習会なんて名前がついてるのは、酷い内容を隠す
ためでね。みんなも黙っててね。広まっちゃうと初心者の冒険者に
警戒されちゃうから﹂
﹁そう。そういうことなら一晩庭を貸すくらいならいいわよ。明日
からはギルドの方で面倒を見てくれるのよね?﹂
1080
﹁向こうで泊まりこみだね。というか、監禁されて外には出れない﹂
隷属の首輪をつけるから逃げたりはできないんだけど。
話がついたので庭に出て、大人しく待っていたウィルに声をかけ
る。
﹁悪かったな、長いこと待たせて﹂
﹁いえ、平気っすよ﹂
﹁もうすぐ夕食できるから食わせてやる。それから泊りは庭な﹂
﹁え?庭ってなんもないっすよ⋮⋮?﹂
ウィルが庭をぐるっと見渡して不安そうに言う。季節は冬である。
野宿はきついだろう。
﹁今から作るんだ。おれの土魔法は見ただろう?お前専用の立派な
離れを作ってやろう﹂
気分は犬小屋作りなんだが、ものは言い様である。案の定、ウィ
ルは感激しているようだ。
配置やサイズの考えがまとまったので土魔法を発動させる。地下
室は深めに作ってあるので多少は土を削っても大丈夫だが、あとで
補充をしておいたほうがいいだろう。
1081
すぐに六畳ほどのサイズの小屋が完成する。扱う土の量が少ない
ので見た目よりは簡単にできた。
﹁あっという間にすごいっすねえ﹂
﹁丈夫に作ったから雨や風程度ではびくともしないはずだ。窓もな
いが、寒いよりはいいだろう。入り口も小さめにしておいた。あと
はベッドだな﹂
中に入って、ベッドも形成する。そこにアイテムボックスに大量
に入っている野うさぎの毛皮をひいてやり、毛布をかける。あとは
入り口を塞げば完成だ。犬小屋にしては立派だな、うん。
﹁おれのためにありがとうっす、兄貴!﹂
﹁おう。気にするな﹂
明日にはこいつの首には立派な首輪が付けられるのだ。ちょっと
くらい優しくしてやろうという気にもなる。
﹁さあ、そろそろご飯もできてる頃だ。今日は色々あって疲れただ
ろ。たっぷり食って明日に備えて休むといい﹂
﹁はい、兄貴!﹂
1082
75話 拾ったら責任をもって最後まで面倒をみましょう︵後書
き︶
次回は6/1の予定です
ブートキャンプに突入するウィル君。
﹁兄貴!なんスカこれええええええええ﹂
﹁治癒術士殿に掴みかかるとはどういうつもりだ、貴様! 罰とし
て荷物増量だ!﹂
﹁うわあああああああああああああ﹂
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1083
76話 ブートキャンプ
夕食を食べたあとはウィルを庭に追い出して、居間にて家族会議
である。今すぐと言うわけではないが、今後の予定を決めなければ
ならない。
﹁私は王都かナーニアのところがいいわ﹂
おれも他のメンバーも特に行きたいところがなかったし、転移ポ
イントを増やすべきだと思うので異論はなかったのだが、提案した
エリーが迷っていたのだ。王都までは五日、ナーニアさんのいる村
までは大体二週間はかかるらしい。王都に行って獲物を売り払えば
ここで売るよりは多少値段がよくなる。だが多少程度だし、王都を
優先する理由も特にない。
﹁別にどっちでもいいんじゃないか?高く売れるって言ってもほん
の少しなんだろう?﹂
﹁そうなんだけど、今回は量が量なのよ。かなり差がでるわ﹂
﹁いっそフライで飛んでいく?﹂
フライで王都まで一気に飛んで行けばいいのだ。
﹁それはやめておいたほうがいいわよ﹂
﹁どうして?馬よりずっと早いだろ。休みながら行けば魔力も大丈
夫だろうし﹂
1084
空の魔物に襲われるとかか?確かに飛行中は無防備ではあるが、
探知もあるし事前に迎撃準備をすれば問題はないだろうと思う。
﹁フライの継続時間は個人差があるけど五分か十分くらいが限度ね。
それ以上だと頭痛がしてくるの。酷いのよ?﹂
あまりの痛さに魔力のコントロールが維持できなくなる程だとい
う。
﹁マジか⋮⋮﹂
レヴィテーションもフライよりは長時間使えるらしいが、これも
同様だ。要は魔力の連続使用がまずいらしい。牛に追いかけられた
時どれくらい飛んでいたっけ?魔法を使う時はティリカに支えても
らってたけど、十分は超えてたような気もしないでもない。
﹁習う時に教えてもらうんだけど、大抵の人は先に魔力が尽きちゃ
うから関係ないのよね﹂
つまり人間は宇宙に到達できないと言うことか⋮⋮宇宙服みたい
なのを作っていつかやろうと思ってたのに。残念だ。とても残念だ。
﹁やっぱり王都にしましょうか。あんまりわがまま言っちゃダメよ
ね。ナーニアのところはそのあとでゆっくり行けばいいし﹂
おれが宇宙に行けないことにショックを受けているうちにエリー
が心を決めたようだ。
﹁お金くらい別にいいのに﹂
1085
どうせこれからもいくらでも稼げる。
﹁そんなのダメよ! お金は大事なんだから!﹂
﹁そうね。よく言ったわ、エリー。今回は王都にしましょう﹂
その時だ。メニューが勝手に開いてクエストのところが点滅しだ
した。久しぶりだな、これ。
恐る恐るクエスト欄を開いてみる。
︻クエスト ナーニアさんを助けよう︼
慣れない農場生活で苦労しているナーニアさんを助けてあげよう。
特に急ぐ必要はないが王都に寄り道はしないほうがいい。
YES/NO
報酬 パーティー全員にスキルポイント5
クエストを受けますか?
すっごい怪しいんだが。王都に行くと決まりかけた途端、このク
エストだ。つまり王都に行くなと言うことか?それともナーニアさ
んのほうに何かあるってことなんだろうか。でも王都に寄り道する
なと念を押してるところを見ると、どうも王都には行かせたくない
ような感じだ。
﹁どうしたの? マサルは王都行きは反対なの?﹂
アンがそう問いかけてくる。
1086
﹁ええっと︱︱﹂
話すかどうかちょっと迷ったが、クエストのことをみんなに説明
する。
﹁急いで行かなきゃ!﹂
エリーが立ち上がって言う。エリーが知れば当然そうなるよな。
﹁まあ待てって。急ぐ必要はないって言っただろ。指示は三点だ。
ナーニアさんを助ける。急ぐな。王都に寄り道はするな。どれも絶
対に何か意味がある。クエストを受けるなら指示は守ったほうがい
い﹂
前回の神殿のクエスト。あれを受けなかったのはもしかしてまず
かったのかなあ。特に不具合が発生してる気はしないが、ちょっと
心配になってきた。今回のクエストも含めて伊藤神に日誌で聞いて
みるか。
﹁もちろん受けるわよね?﹂
﹁当然よ。神様の出すクエストなのよ。断るなんてあり得ないよ﹂
エリーとアンがプレッシャーをかけてくる。すいません。前の時、
断りました⋮⋮
﹁ちょっと保留にしていいかな?急ぐ必要はないみたいだし、確認
したいこともある﹂
﹁マサルがそう言うなら﹂
1087
﹁とりあえず先にお風呂入っててくれる?﹂
居間のテーブルに移動して、日誌を開く。アンとエリーがついて
来て両脇から覗きこむ。サティとティリカは先にお風呂に行った。
﹁ねえ、なんて書いてあるのよ?﹂
﹁秘密﹂
日誌は少し前に二冊目になっており、それ以来全部日本語で書い
ている。世界の滅亡に関する考察も時々するし、今は前回の神殿の
クエストのこともある。読まれるわけにいかないのだ。
﹁だめよ、エリー。無理に聞いちゃ。神託なんだから﹂
その割にはアンもばっちり日誌を見てる。異言語で書かれた神様
宛の日誌である。アンは何やら高尚なことが書いてあるのを期待し
てる節があるのだが、内容のほとんどはおれの個人日記だ。読み聞
かせたらきっとがっかりするだろう。
質問を書き連ねて日誌をアイテムボックスにしまい込む。クエス
トを発行中なんだから確実に監視はしてるはずだ。もし答えてくれ
るなら少し待てばいいだろうか。その間、お風呂に入っておくか。
﹁やっぱお風呂に入るよ。二人も一緒に来る?﹂
来ないそうだ。残念である。全員で入るとすっごく狭いけど、そ
れがいいんだけどなあ。どうも他のみんなには不評のようだ。お風
呂場の拡張もそのうち検討してみるか。
1088
﹁二人はクエストのことはどう思う?﹂
たっぷり洗ってもらって満足したあと、湯船にサティとティリカ
の三人で浸かりながら聞いてみる。
﹁マサル様が思うようにすればいいと思います﹂
﹁私もそう思う。選択権があるというのが重要な気がする。本当に
何かをやらせたければそういう神託にすればいい﹂
﹁そうだよなー。強制ってわけじゃないんだよな﹂
今回はYES以外あり得ない気もするが、それにしたってモヤモ
ヤする。さて、お風呂からあがったら回答は来ているだろうか。
来ていた。
﹃前回も今回も、どちらを選んでも問題はない。ただし、今回のク
エストを受けるなら日程は守るべきである﹄
ティリカが横に来て日誌を覗き込んでいた。サティはお風呂係な
ので、まだお風呂にいてアンとエリーの面倒を見ている。
﹁どっち選んでも問題はないって﹂
1089
日程を守れっていうのは休暇のことだろうな。エリーあたりがす
ぐに行きたがるだろうけど、それじゃ神様的に都合が悪いんだろう。
行こうと思えばどらごで飛んでいけるのだ。それをせずに馬車でも
乗り継いで普通に行けってことだな。
﹁クエストの是非は置いておいても5ポイントは魅力的﹂
そうだね。もうちょっとで召喚レベル5がとれるもんね。
お風呂から上がったみんなで再び会議をした結果、クエストは受
けるべきだということになった。やはりエリーはすぐにでも行きた
そうだったが、日誌の回答を盾に日程通りにすることに決めたのだ
った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日早朝、みんなで連れ立って冒険者ギルドにやってきた。他の
みんなには先に行っておいてもらって、おれは訓練場にウィルを確
実に送り届けるのだ。
﹁それじゃあしっかりやれよ、ウィル﹂
﹁はい、兄貴。がんばるっすよ!﹂
小屋の寝心地は良かったらしく、朝食もいいものを食わせてやっ
たのでウィルはごきげんだ。だがこれから起こる惨状を考えると、
ウィルの笑顔が少し哀れだ。
今回の参加者はウィルをいれて10人だそうで、前回の六人より
1090
だいぶ増えてる。冬に入っているので休みついでにということらし
い。それで治癒術士も多めに確保したいとのことだった。おれは午
後の後半担当。午後になるにつれて彼らは消耗していき、一番治癒
術士の負担が大きい時間帯だ。だが、おれにしてみれば一日全部を
担当しても余裕があるくらいなので問題はないし、軍曹殿との訓練
も控えているので都合もいい。
いい笑顔で手を振るウィルを訓練場に残して、みんなと合流する。
今日は森を往復した分の報酬の受け取りをするのだ。場所はギルド
の倉庫。副ギルド長に新しい真偽官、商業ギルドから来た人が五人
ほど、立ち会いと報酬の査定のために来ている。既にエリーが先日
のオーガを放出しており、検分が始まっている。ズタズタにして回
収できなかった最後の一体を除いてちょうど十体だ。
アイテムボックスの容量は恐らくもうギリギリだ。エリーが持っ
ていたオーガが入ったかどうかも怪しい。これが終わったら大岩も
少し整理しようと思う。よく考えたらアイテムボックスに全部入れ
ておく必要もないのだ。庭のウィル小屋の横か、それか地下のほう
にでも大岩専用庫でも作って保管しておけばいい。いや、むしろ獲
物をそっちに一時保管しておけばいいのか?うん。そっちのほうが
いいな。氷で冷やしておけば保存は大丈夫だろうし、地下室を拡張
して倉庫を作っておこう。
﹁順番に出していけばいいんですかね?﹂
副ギルド長のところへ行き確認をする。横には新しい真偽官らし
き若い男の人が控えている。ちらりと見たがやはりオッドアイだ。
﹁おう。頼むわ﹂
1091
まずはハーピーから順番に放出していく。一気に出すと積み重な
るから一匹ずつになるので少し面倒だ。なにせハーピーだけで二百
匹以上いるのだ。倉庫は結構広いけど、スペースは足りるだろうか、
少し心配だ。
続けてオーク。こいつもかなり多い。巣の大集団以外にもちょく
ちょく小さな集団を発見し、その度に狩っていたのだ。森で出会う
獲物で一番多いのがこいつらだ。
﹁こうして見ると壮観ね!﹂
﹁多すぎないかこれ⋮⋮?二週間分ほどだよな﹂
﹁見つけた端から狩ってますからね﹂
大量のオークを出し終わり、次の獲物を出していく。大熊、大猪、
トロール、ゴブリン、ホブゴブリン、リザードマン、森狼、黒ヒョ
ウ、マンティスや蜘蛛、アリなどの昆虫類が十種類ほど。昆虫と言
ってもどいつもメートルクラスの大物ばかりだ。でかいアリがいっ
ぱい出てきたときは正直びびった。弱かったからよかったけど。
大こうもり、ラミア、サイクロプス、ケンタウロス、コカトリス、
虎にヒョウ、でかい猿かゴリラみたいなの。大蛇、巨大ミミズにモ
グラなんてのもいた。おれとサティの探知とほーくの探索にかかっ
たのを、片っ端から狩っていたらこんなカオスなことになってしま
ったのだ。うちのパーティーの探知範囲はかなり広大だ。全部で五
十種類くらい。森にいた魔物をほぼ網羅したんじゃないだろうか。
すでに商業ギルドの人は応援を呼びに走っているし、案の定スペ
ースが足りなくなったので、一旦オークとハーピーをアイテムボッ
1092
クスに入れ直している。
﹁よくもまあ、これだけ狩ったもんだな﹂
倉庫中に並べられた多種多様な獲物を見て、副ギルド長が呆れた
ようにおれに言った。
﹁あれも出しなさいよ、マサル﹂
﹁いいの?王都に持っていって高く売ろうって話だったけど﹂
﹁見せるだけならいいわ。こっちでも納得の行く値段だったら売っ
てもいいし﹂
﹁ほう。まだ何かあるのか?﹂
﹁これなんですけどね﹂
アイテムボックスから出したのは上位種のハーピーとオークだ。
明らかに他のよりサイズがでかいから、上位種なのはひと目見れば
わかる。こいつらは種類的にはオークとハーピーと変わらないし、
討伐した時のカードの記載が同じなのだ。だから討伐報酬も同じな
のだが、素材、つまりお肉がそりゃあもうお高く売れる。
﹁どうかしら。ハーピーのほうは魔法でやったからあまり状態がよ
くないけど、オークは首を一刀両断よ﹂
集まってきた商業ギルドの人達にエリーが説明する。
﹁王都に持っていくつもりだけど、値段次第ではここで売ってもい
1093
いわよ?﹂
もちろんさっさと売り払いたいというのが本音であるが、そのま
まずっとアイテムボックスに入れておいてもいいのだ。とりあえず
この交渉はエリーにお任せでいいだろう。
﹁オークとハーピーはどうしましょうかね﹂
﹁空いてる倉庫があるからそこにしよう。冷蔵用の氷を頼めるか?﹂
﹁いいですよ。氷はサービスにしときます﹂
﹁そうかそうか!倉庫はこっちだ﹂
上位種のオークとハーピーはいい値段で売れたようだ。ナーニア
さんのことで朝からずっと心配顔だったエリーの機嫌がよくなって
いる。
﹁念の為に確認しておくが、あれはここ二週間で狩ったものなんだ
よな?﹂
獲物は全部出し終えたので、査定は商業ギルドのほうに任せて、
今度は討伐報酬の確認作業である。
﹁もちろんよ﹂
﹁オークとハーピーは巣があったということでいいにしても、他の
数がちょっと多すぎる。また森で何かあったのか?﹂
1094
﹁違うわよ。うちが狩りに出ればあれくらいになるのよ﹂
エリーさん全然説明にもなってないよ。
﹁つまり索敵能力なんです。広範囲を偵察しつつ移動すれば、あの
程度になるんじゃないですかね﹂
﹁理屈はわかるが、その索敵をどうやっているんだ?﹂
どの程度まで話していいものだろうか。
﹁サティの索敵能力とおれの魔法ですね﹂
獣人の耳と鼻がいいのはよく知られた事実だ。サティほどのは多
分滅多にいるもんじゃないだろうけど。
おれの魔法に関してはアースソナーという土魔法がある。土魔法
で周辺の状況を探知するのだが、地下室作りとかで色々試してるう
ちに使えるようになった。まだ精度はいい加減なものではあるが、
地下を掘ったりする時に便利である。気配察知の説明をするよりは
わかりやすいだろう。
﹁もちろんそれだけでもありませんが、全部は話す必要もないでし
ょう?﹂
﹁森で魔物が活発化してるとかそういうことじゃないんだな?﹂
﹁それは保証します。見た範囲では異変はありません﹂
1095
ハーピーはドラゴンの時の残党だし、オークは砦から流れてきた
魔物だ。その他に何か異常があるという兆候は感じられなかった。
﹁わかった。じゃあ覚えている限りでいいから魔物の出現位置を教
えてくれ﹂
その後は全員のギルドカードを参照しながら、魔物の位置を思い
出しつつあーだこーだと割と好き勝手に発言をしていく。
﹁報告はこれで全部だな。報酬に関しては少し量が多いから今すぐ
ってわけにもいかん。素材の査定とランクアップに関しても考査が
必要だしな。明後日またギルドに来てくれ。その時にまとめて処理
しよう。それでいいか?﹂
﹁ランクは上がるんでしょうね?﹂
﹁ああ、間違いない。だがAランクは無理だぞ﹂
﹁わかってるわよ。すぐに大物を狩って持ってきてあげるわ﹂
﹁わはははは。楽しみにしてるぞ!﹂
午後からはいよいよ初心者講習会のお手伝いである。ウィルは果
たして生存しているだろうか。おれのおぼろげな記憶によると、初
日が一番つらい。それはもう死ぬほどつらい。
1096
現在の訓練場はがっちりと閉鎖されており、入場はギルドの事務
所の方を通らなければならない。こちらの扉も施錠されており、見
張りがついている。治癒術士であることを告げると、カードをきち
んと確認してからやっと通してくれた。厳重である。
扉をくぐり訓練場に入ると、総勢十人の新人が重い荷物を担いで
黙々とグラウンドを周回していた。扉の近くに二人、魔法使い風の
ローブを羽織った男性が二人、座って待機していた。
﹁おや、君は?﹂
﹁午後の後半担当の治癒術士です﹂
まだ全然早い時間だが、暇だから昼食を食べてすぐ来ちゃったの
だ。
﹁ほう、ずいぶん早く来たんだね。まだ当分僕らがやっておくから
見学しておくといいよ﹂
﹁はい﹂
椅子を借りて隣に座る。あ、見てるうちに一人倒れた。軍曹殿の
合図で治癒術士の一人が駆け寄っていく。倒れたのはウィルじゃな
いようだ。意外とがんばるな、ウィル。
ウィルが走っているのを眺めていると、ウィルが顔をこちらに向
けふと目があった。
﹁兄貴!なんスカこれええええええええ﹂
1097
ウィルがトラックを外れておれの方へと駆け寄ってくる。おお、
まだまだ元気そうだな。
﹁治癒術士殿に掴みかかるとはどういうつもりだ、貴様! 罰とし
て荷物増量だ!﹂
即座に軍曹殿の罵声が飛ぶ。
﹁サー、イエス、サー!うわあああああああああああああ﹂
ウィルが泣きながら重りの置いてあるところに駆けていく。今の
はおれのせいじゃないぞ、ウィル。そんな恨めしそうな目で見るな。
﹁知り合いかい?﹂
﹁そんなとこです﹂
﹁無事生き残れるといいねえ﹂
﹁ほんとですね﹂
ウィル君の地獄は始まったばかりだ。あと一週間、がんばって生
き延びて欲しい。 1098
76話 ブートキャンプ︵後書き︶
次回は6/4の予定です
一週間後、ブートキャンプを生き残ったウィルはすっかり逞しく。
一緒に訓練を乗り切った仲間と仲良くなり、パーティーも組むこと
に。
﹁済まなかったな、ウィル。こんな仕打ちをして。恨んでくれても
いいんだぞ﹂
そして今後はおれの周りをちょろちょろしないで欲しい。
﹁兄貴、俺、俺⋮⋮感謝してるんすよ﹂
﹁お、おう。そうか⋮⋮﹂
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1099
77話 それぞれの特訓
日が落ち初日のブートキャンプが終了し、訓練生達が宿舎へとふ
らふらと歩いて行く。ウィルがおれの前で立ち止まって涙目でこち
らを見た。
﹁兄貴⋮⋮﹂
気持ちはわかる。言いたいこともわかる。だが、ここは心を鬼に
しないと。
﹁おれもやったんだ。お前もやれるさ﹂
実際のところ、記憶にあるほど訓練は酷いシゴキと言うわけでも
なかった。やってるほうはそうは思えないだろうが、きちんとペー
ス配分は考えられているし、休ませるところは休ませている。現に
ぶっ倒れる訓練生はそれほど多くない。おれが何度も倒れたのは、
おれ個人の体力のなさ故だろう。
もっとも初日はひたすら荷物を持って走らされるし、限界に達し
て倒れたあとも回復魔法をかけられて訓練は続行されるので、精神
の方はゴリゴリと削られるわけなのだが。
﹁兄貴ぃ⋮⋮﹂
﹁ほら、他のはみんな行ったぞ。お前も早く宿舎に行って休め﹂
﹁はい⋮⋮﹂
1100
トボトボと歩いて行くウィルを見送る。
﹁やつはやっていけますかね?﹂
近くに来た軍曹殿に尋ねてみる。まあ首輪を付けてる以上、やる
しか選択肢はないんだが。
﹁歩いて宿舎に向かっているだけ、貴様よりずっとマシだな﹂
﹁それもそうですね﹂
確かあの時はシルバーに肩を借りて、宿舎まで連れて行ってもら
ったんだ。
﹁その貴様が強くなったものだ﹂
﹁軍曹殿のお陰です﹂
﹁貴様には才能があるようだ。サティもそうだが短期間でずいぶん
と強くなった﹂
﹁まだ足りません﹂
﹁そうだな。一週間、たっぷりと鍛えてやろう﹂
訓練場をライトの魔法が明るく照らす。軍曹殿は皮の鎧で、おれ
は普段から使っているハーフプレートを装備した。剣は刃引きはし
1101
てあるが鉄の剣で、もう片手には盾を持っている。
﹁好きにかかって来るがいい﹂
前回軍曹殿と立ち会ってから剣術は4から5へとレベルは上がっ
ている。だが、レベル5のサティが勝てないのだ。本気でやらない
とまずい。木剣の時でもボコボコにされたのに、刃引きとはいえ鉄
の剣である。まともに貰えば痛いなんてもんじゃないだろう。
一気に踏み込み本気で打ち込む。もちろんこれは受け流される。
続けて二撃三撃と打ち込んでいくが、全て剣か盾でいなされる。だ
が大事なのは連続で攻撃して隙を与えないことだ。
こちらからの一方的な攻撃が続いていくが、有効打が一発もない。
それに驚いたことに軍曹殿がほとんど開始位置から動いていないの
だ。一体どうやれば防御を崩せるかよくわからない。
呼吸を整えようと、距離を取ろうとすると軍曹殿がスッとこちら
に距離を詰めてきた。やばい。そう思った瞬間、肩にいいのをもら
っていた。肩部分は鉄のプレートだが、衝撃はある。それにこれが
実剣で軍曹殿の腕ならプレートごと切り裂かれてもおかしくない攻
撃だ。まずは一回死亡だ。
攻撃はそれで終わらない。軍曹殿の追撃がくる。今度はこちらが
防御に専念する番だ。だが、軍曹殿のように全て防ぐと言うわけに
はいかない。攻撃をもらったとしても、せめて致命傷にはならない
ように、防御の硬いプレートの部分で受けるようにするくらいが精
一杯だ。
やはり強い。実戦なら1分と立たずに倒されていただろう。
1102
数分後、頭にいいのをもらったおれは無様にぶっ倒れていた。ヘ
ルムの上からだが、気絶しそうになった。痛い。回復魔法は使えな
い。使用には軍曹殿の許可がいるのだ。痛みをこらえるのもまた訓
練だと。
﹁立て。敵は待ってはくれんぞ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
ふらふらになりながらも立ち上がり剣を構える。すぐに軍曹殿の
攻撃が飛んできた。剣で、盾で必死に防御をする。容赦のない攻撃
が降り注ぎ、また胴のプレートのない部分に一撃もらって膝をつい
てしまう。
﹁どうした、早く立たんか!﹂
いつもより厳しくないか、これ。ブートキャンプのノリでそのま
まやってるんじゃ⋮⋮
立ち上がったところにまた攻撃が来たので、相打ち気味にカウン
ターで打ち込む。有効打にはならなかったものの、初めて軍曹殿の
体にかすった。もちろんおれも軍曹殿の攻撃をきっちり食らってい
る。それでも軍曹殿が一旦距離を取ってくれた。
助かった。油断なく軍曹殿を睨みながら呼吸を整える。回復魔法
禁止がきつい。頭や脇腹の痛みが永遠に続きそうな気がして絶望的
な気分になる。くそっ。サティはもうちょっとまともに勝負になっ
てるように見えたのに。おれの基本スペックが低すぎるんだろうか。
同じレベルなのにこの格差は一体何だ。
1103
﹁どうやったら軍曹殿みたいに強くなれますか?﹂
﹁40年修行を積むんだな﹂
﹁40年ですか⋮⋮﹂
その頃には世界は滅んでいるだろうか。それとも救われているの
だろうか。どっちにしろそれでは間に合わない。
﹁もっとも貴様ならあと10年もあれば追いつくと思っているぞ。
さあ、休憩は終わりだ﹂
ばれたか。会話を振って休憩してたんだが、お見通しだったよう
だ。だが体中の痛みはともかく、呼吸は整ってきた。
﹁体も温まった頃だろう?そろそろ本気で行くぞ﹂
宣言通り、軍曹殿の殺気が膨れ上がっていくのを感じる。ちょ、
やめてください、死んでしまいます!
﹁今日はここまで。回復魔法を使ってもいいぞ﹂
最終的に致命傷らしき攻撃は八回食らった。つまり八回死亡だ。
ボロボロにされながらも戦い続けたが、軍曹殿の最後の攻撃で訓練
場に倒れ、もはや身動きもできない。
﹁あ、ありがとうございました﹂
1104
体中が痛くて特定はできないが、肋骨がどこか折れてるような気
がする。痛みで魔力の集中もろくにできないので小ヒールを何とか
詠唱する。数回かけたところで痛みがだいぶましになったので、起
き上がってエクストラヒールで一気に回復させた。明日はアンに付
き添いを頼もうかとも考えたが、痛みの中で回復魔法を使うのもま
た訓練だと思い直した。
﹁お疲れ様でした。軍曹殿も回復魔法をどうぞ﹂
﹁すまんな﹂
軍曹殿にもエクストラヒールをかける。回復魔法は便利である。
スタミナ自体はほとんど回復しないものの、かけておけば翌日に筋
肉痛なんてこともないし、どんなにハードな訓練でも故障知らずで
ある。だからこその無茶なブートキャンプであり、この剣術の訓練
なのだ。
﹁軍曹殿って世間で言うとどれくらい強いんですかね?﹂
歩きながら疑問に思ったことを軍曹殿に尋ねてみる。この訓練場
だと軍曹殿は最強だが、世間一般でいうとどの程度の強さなんだろ
うか。もしこのクラスの人間がゴロゴロいるようだと、やっていく
自信がなくなる。
﹁わしは足を故障しておるし年だ。若い頃はそこそこ強かったが、
もはや全盛期には遠く及ばん﹂
いや、故障とか年とか言われても、おれ全然敵わないんですけど。
レベル5ってスキルの最高レベルじゃなかったのか?一体軍曹殿の
1105
全盛期ってどんだけすごかったんだろう。
﹁ヴォークト殿の若い頃の話か?﹂
ギルドホールに出たところで、座っていたサムソン教官から声が
かかった。サティも同じテーブルにいる。待っててくれたのか。
﹁お疲れ様です、マサル様﹂
﹁え?ずっと待ってたの?﹂
昼過ぎに一緒に来てサブグラウンドのほうで訓練を少しやったあ
と、ずっとここで待っていたそうである。そしてギルドホールで待
っているサティに悪い虫が付かないように、サムソン教官がガード
しててくれたらしい。いい人である。とりあえず休憩がてらテーブ
ルにつく。
﹁サティちゃん人妻になったのに相変わらずの人気でな。ちょろち
ょろと男が寄ってくるのだ﹂
人妻になって人気が落ちるどころか、猫耳少女に幼妻要素が加わ
って一部に更に人気がでるような気もする。
﹁うっとおしいのはぶっ飛ばしてもいいんだぞ、サティ﹂
﹁そうだ、遠慮はいらん﹂
﹁ほどほどなら構わんぞ﹂
サムソン教官どころか軍曹殿も賛成だ。
1106
﹁あの⋮⋮でも⋮⋮﹂
サティは戦闘モードに入ってしまえば容赦がないんだけど、普段
はとても大人しく遠慮がちだ。
﹁そういえばサティはまだ格闘術は覚えてなかったな﹂
﹁何?そりゃいかん。護身用に今度教えよう﹂
﹁ここで待ってるくらいなら、その時間で教えてもらうといい﹂
﹁はい。お願いします、教官殿﹂
﹁それで軍曹殿の若い頃のお話ですが﹂
﹁おお、そうだった。ヴォークト殿は今も強いが若い頃はまさに最
強だった﹂
﹁サムソン、最強は言いすぎだ。せいぜい十人あげた中に入るかど
うかというところだ﹂
﹁いやいや、五指には確実に入っておりましたぞ﹂
﹁それってこの国の中でですか?﹂
﹁何を言っておる。もちろん世界でだ。特に剣術でなら二位か三位
を争っておったぞ﹂
世界!?世界ランキングすか。それに剣術が二位か三位って、な
1107
にそれ怖い。
﹁あの時期限定で言えば三位は間違いないだろうな﹂
﹁何を言いますか。一度あやつに勝ってるではありませんか﹂
﹁一度だけな。それにわしは引退したが、やつはそのあとずっと活
躍しておった。勝ったとはとても言えんよ﹂
﹁ですから純粋な剣術の腕を考えればですな﹂
﹁つまり軍曹殿より確実に強い剣士は当時は一人しかいなかったっ
てことです?﹂
﹁そうだ。わしの師匠でまだご存命だ。そのうちマサルも訪ねてみ
るといい。わしの紹介なら指導もしてもらえよう﹂
﹁おお、それは大変な名誉だぞ、マサル。剣聖の指導など普通は受
けられん﹂
﹁はあ﹂
正直、軍曹殿の訓練で死にそうになってるのに、それ以上とか恐
ろしい。
﹁それよりも五指とか十人中とかそこら辺はどうなんです?﹂
﹁魔法使いが相手だと勝ち負けが決めづらいのだ。直接戦うと言う
わけにも行くまい?それに魔法剣士ともなれば更に強さの判定はや
っかいになる﹂
1108
確かに魔法使いと剣士の勝負は条件によって勝敗が簡単にひっく
り返る。それで評価がまちまちになるのか。この世界は武闘大会み
たいなのはないのかな。うーん、魔法使いはやっぱりダメだ。おれ
みたいなのが本気でやると会場ごと破壊し尽くしそうだ。
﹁剣士向けのなら春に王都である。マサルも出たらどうだ。賞金も
いいし、名前も売れるぞ﹂
﹁あー、そういうのはいいです。観客がいっぱいの前でやるんです
よね。無理です﹂
きっとローマのコロッセオみたいな闘技場でやるんだろう。完全
に見世物だ。緊張して実力の半分も出せない自信がある。
﹁相変わらず目立つのは駄目なのだな。貴様はもっと自信を持って
いいと思うが﹂
自信か。かなり強くはなったが全部スキルのお陰だものな。初心
者講習会ですら肉体強化ありでやったし、本当に自力で何かをした
かと言われれば疑問に思う。
﹁ひっそりと生きられれば一番いいんですけどね﹂
今回の収入だけで二、三年はのんびりできるくらいになるんだろ
うけどなあ。特訓なんかやめて引きこもってのんびり暮らしたい。
﹁そう言いながらも強さを求めるか﹂
﹁強くなければ死んでしまいます。嫁も守らないといけません﹂
1109
結婚した時点で逃げるのは諦めた。
﹁よく言った。明日からも一層しごいてやろう﹂
ああ、明日もまた死んだな。これならウィルと一緒に初心者講習
会にでも参加したほうがまだ楽だったかもしれん⋮⋮
﹁ん?どうした、サティ﹂
明日を思って絶望的な気分になっていると、隣に座ったサティが
おれをつついてくる。
﹁お腹がすいた?そろそろ帰るか﹂
サティがコクコクとうなずく。もう日が落ちてずいぶん時間が立
つ。普段なら食事を済ませてお風呂に入っている時間だ。食べたい
盛りのサティにはきつかろう。
家に帰って嫁の手料理を食べさせてもらおう。そしてこの傷つい
た心を癒してもらうのだ。そして今日はアンの日だったな。うん、
想像しただけで癒されてきた。
家で待っていたのはエリーの手料理だった。
﹁今から作るの?エリーが?先に食べててくれたらいいのに﹂
今日は遅くなるから先に食べてていいよって、ちゃんと言ってあ
1110
ったのだ。
﹁そろそろ出来そうな気がするのよ。任せておいて﹂
﹁あとはメインを作るだけなのよ﹂
不安そうにアンが言う。そのメインをエリーが作ると言うことか。
エリーのメニューを開いて確認するが、いまだに料理スキルは出現
していない。
﹁みんなは座って待ってて。手順はもう完璧に覚えたから大丈夫よ﹂
料理をするエリーをアンがじっと見つめる。どうやら今日のメイ
ンはパスタのようだ。これならゆで時間さえ間違えなければ、そう
変な料理にはなるまい。
﹁アンは見ちゃだめよ。一人でやらなきゃ意味がないでしょ?﹂
﹁そう?ちゃんと教えた通りにやるのよ?わからなかったらすぐに
聞くのよ?﹂
﹁わかってるってば。これくらい楽勝よ﹂
うん、なんだかダメそうだ。
だが意外にも出来た料理は、盛り付けも綺麗にされておりまとも
に見えた。パスタのトマトソースかけといったところだろうか。
﹁さあ召し上がれ﹂
1111
だがしかし。一口食べたとたん、口の中に広がる酸味、甘み。そ
して刻んだハーブが絶妙のアクセントに。さらにガリッと硬い物を
噛んだ時の強烈な辛さ。挽く前の胡椒の実をそのまま投入したのか。
うん、胡椒をよければ食べられないことはないな。
﹁ねえエリー、味見した?﹂
﹁⋮⋮してない﹂
﹁言った通り作った?﹂
﹁そのままじゃ面白くなかったから、オリジナリティを出そうかと﹂
﹁美味しい?﹂
﹁食べられないこともないわ﹂
﹁珍味﹂
確かに変わった味だ。
﹁大丈夫ですよ、ちゃんと食べられます﹂
確かにパスタはまともだし、味付けがおかしいだけで食えなくも
ない。
﹁黒いのはよけておけよ。そのまま食うのはさすがに体に悪そうだ﹂
﹁あれほど言った通りに作りなさいって言ったでしょう!﹂
1112
﹁だってだって⋮⋮﹂
やはりエリーを野放しにしたのは失敗だったようだ。
﹁まあまあ。初心者なんだから失敗はあるって。次がんばればいい
よ﹂
おれもやったなあ。ご飯にコーラ入れてみたり。ご飯美味しい。
コーラ美味しい。混ぜればもっと美味しい。それは小学生の時だっ
たけど。それに比べればまだ食べられるだけマシな感じだ。
﹁マサル⋮⋮﹂
エリーがおれの擁護に嬉しそうにこちらを見る。
﹁だから、自分の分は全部食おうな?﹂
エリーは一口食べてからお箸が進んでないようだ。
﹁⋮⋮食べなきゃだめかしら?﹂
﹁ダメに決まってるでしょう!﹂
おれ達はがんばって一皿全部完食した。幸いにもパスタの残りは
ソースをかける前で、アンが美味しく調理してくれたことを付け加
えておこう。エリーオリジナルソースは当然ながら破棄された。
1113
77話 それぞれの特訓︵後書き︶
次回は6/7頃、投下予定です
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
進まないシナリオ、勝手に動くキャラクター達
そしてウソ予告
やはり、書く前に予告だけとか無理だったのだ!
書いてるうちにあれも書きたい、これも書きたいと⋮⋮
ごめんなさい、見捨てないでください。
1114
78話 ブートキャンプ完結編
翌日。ウィルのブートキャンプ二日目も無事終了し、おれの特訓
の開始である。アイテムボックスから防具を出して装着していると
ウィルが寄ってきた。
﹁兄貴なにしてるんすか?﹂
ウィルは憔悴した顔をしているものの、動き回れるくらいの元気
は残っているようだ。おれは二日目とか死にそうになってたのに。
﹁剣の訓練だよ。これから軍曹殿に稽古を付けてもらう﹂
今日は昨日みたいな惨状にはならないはずだ。何故なら回避を3
から4に上げ、心眼を取ってあるのだ。いきなり回避力が上がって
軍曹殿に不審がられる可能性もあるが、こちらも命がかかっている。
なりふり構ってはいられないのだ。
﹁見てってもいいっすか?﹂
﹁お前このあと飯だろ? 食わないと体力戻らないぞ﹂
﹁構わん。わしの方から言っておこう。マサルは準備しておけ﹂
﹁サー! ありがとうございます、サー!﹂
ウィルは軍曹殿に声かけられ直立不動である。実によく躾けられ
ている。隷属の首輪の効果なんだけど。
1115
﹁軍曹殿ってお強いんすか? 結構お年を召しておられるっすけど﹂
軍曹殿が宿舎に歩いて行ったのを見送りながらウィルが尋ねてき
た。
﹁強いなんてもんじゃねーぞ。若い頃は剣士で世界二位だったらし
い﹂
装備を身につけながら話をする。
﹁二位!?﹂
﹁何でも剣聖の弟子だとか。引退して全盛期より弱くなったって言
ってたけど、おれじゃ相手にもならん﹂
﹁剣聖ってあの剣聖っすか?﹂
﹁剣聖って何人もいるのか?﹂
﹁いないっすよ。剣聖と言ったらバルナバーシュ・ヘイダただ一人
っすよ﹂
﹁まあ剣聖はどうでもいい。まずは目の前の軍曹殿をどうにかしな
いと死ぬ﹂
果たして心眼程度で元世界二位がどうにかなるのか?不安すぎる。
﹁訓練すよね?﹂
1116
﹁訓練だが?﹂
﹁死ぬんすか?﹂
﹁気を抜くと死ぬ。死なないでも死にそうなくらい痛い﹂
このまま逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、実力をつけて行か
ないと今後の命に関わるし、自分から志願したことだ。今更断るこ
ともできない。
﹁がんばってください、兄貴⋮⋮﹂
応援がこいつだけだっていうのが物悲しい。サティは今日も外で
待っているのだが、関係者以外は基本的に立ち入り禁止だ。
﹁準備は出来たか?﹂
ウィルの相手をしている間に軍曹殿が戻ってきた。
﹁はい。よろしくお願いします﹂
軍曹殿の攻撃は熾烈を極めた。殺す気かという勢いで攻撃を加え
てくる。ギンッギンッと人気のない訓練場に剣戟音が響き渡る。
心眼と回避アップは効果があったようで、なんとか軍曹殿の攻撃
を剣でしのげている。どうやら今日は死なずに済みそうだ。
﹁昨日の今日で腕を上げたな。驚いたぞ﹂
1117
一旦距離を置いて軍曹殿が言う。
﹁昨日みたいな目に合うのはごめんですから﹂
﹁ならばもう少し本気を出そう。これではいい訓練にならん﹂
今日もおれが死ぬのは確定なようだ。
﹁あの、兄貴⋮⋮大丈夫っすか?﹂
グラウンドでボロ雑巾のようになって倒れたおれに、ウィルが心
配そうに声をかける。
﹁大丈夫だ。一見まともに食らったように見えただろうが﹂
﹁急所を外してるんすね!?﹂
﹁軍曹殿が手加減してくれてるのだ﹂
何度も死にそうな攻撃を食らっているうちにわかったのだが、攻
撃の当たる瞬間、力を抜かれている。それがなければ一撃で立ち上
がれなくなっただろう。実力差は歴然としている。心眼も回避も多
少の時間稼ぎになる程度だった。
ヒールを何度もかけて立ち上がる。プレートも軍曹殿の攻撃を大
量に受け止めて、ベコベコになってきた。これは新しいのを発注し
ないとまずいな。
1118
﹁その防具もそろそろ替えどきだな﹂
おれがハーフプレートアーマーの凹みを調べているのを見て軍曹
殿が言った。
﹁そうですね。新しいのを注文しようと思います﹂
﹁ならば明日からは防具なしで訓練だ。どうも貴様は防具に頼りす
ぎるところがある。悪い癖だ﹂
﹁その、できればもうちょっと痛くない訓練ってないんですかね?﹂
手加減されているとはいえ、鉄の剣で何度もブチのめされるのだ。
そりゃあ痛い。すごく痛い。何度も意識が飛びそうになる。だが気
絶はしないし、立ち上がれもする。軍曹殿がそこら辺を絶妙に加減
しているのだろう。恐ろしい。
﹁これが一番効率がいいのだ。すぐにまた出かけるのだろう?時間
があるまい﹂
半年なり一年なりじっくりと訓練ができるなら、また違う方法も
ある。だが一週間では実戦的にならざるを得ないということだ。し
かし防具なしと言うのはちょっとやりすぎじゃないだろうか。
﹁心配するな。回復魔法で治せる以上のダメージは与えんように加
減はしておる﹂
ぶたれると痛いのですよ、軍曹殿。傷は治るとはいえトラウマに
なりそうです。
1119
﹁痛くなければ覚えない﹂
アンもそんなこと言ってたな。この世界の格言か何かか?
﹁剣聖の言葉っすよ、兄貴﹂
マジか⋮⋮紹介してもらうって話だけど、これは行かないほうが
良さそうだ。
﹁ウィル。貴様も明日から剣の訓練だ。覚悟しておけ﹂
﹁サー、イエス、サー!﹂
お互い頑張ろうな、ウィル⋮⋮
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三日目。訓練生達はボロボロになりながら必死に剣を振るってい
た。そして治癒術士の人が疲れた顔をしていた。
﹁少し早いですけど交代しましょうか﹂
﹁悪いね。なんだか、怪我人が多くて﹂
そんなことを話してるあいだにまた一人倒れ、軍曹殿から合図が
かかる。
1120
﹁行って来ます﹂
﹁頼むよ﹂
倒れた訓練生はぜぇはぁしてるが、怪我はかすり傷なようだ。ヒ
ール一発で十分だろう。
﹁さあ、回復しただろう。立て!﹂
﹁サー!イエス、サー!﹂
訓練生が無事立ち上がったのを見届けて、待機場所に戻る。
﹁ヴォークト教官いつにもまして気合入ってるね。人数も多いし大
変だよ﹂
そんなに今から気合を入れなくても全然いいのに。今日は防具も
なしだ。せめて木剣にしてくれないだろうか。してくれないだろう
なあ。痛くなければ覚えない、だものな。
訓練終了後、おれの特訓の見学者が増えていた。初心者講習会の
参加者が全部残っている。
﹁昨日のことを話したら皆も見たいって言うんすよ。軍曹殿の許可
は取ってあるっす﹂
宿舎に閉じ込められて、こいつらも暇なんだろうか。おれの時は
ぐったりしてそんな余裕なかったけどなあ。
1121
﹁見ても楽しいもんだとは思わないけどな﹂
おれが軍曹殿に何度も何度も倒されるだけのイベントだ。そんな
ものは自分達でも何度も体験済みだろう。
﹁人の戦いを見るのもまた訓練の一環だ﹂
﹁そういうことなら構いませんが﹂
軍曹殿が剣を手に歩いてくる。こっちに集中しないと今日も死ぬ。
防具がないのだ。今日こそ死ぬ。
﹁準備はいいか?﹂
﹁はい﹂
心の準備は全く出来てはいない。だが待てと言っても待ってはく
れるわけでもない。覚悟を決めて剣を構える。最低限ということで
頭の防具だけは認めてもらったが、防具なしが非常に心もとない。
﹁臆したか?だがじっとしていても事態はよくはならんぞ﹂
もっともな意見だ。それに見学している訓練生のことも少し意識
する。びびっているのは確かだが、やつらにそう思われるのは沽券
にかかわる。
隠密と忍び足を発動し、素早く軍曹殿の右手に回りこんで斬りつ
ける。普通のやつはこれをやられると一瞬消えて見えるらしい。も
ちろん軍曹殿には意味がない。単に正面から攻撃するのが怖かった
1122
のだ。
足を止めないように、ひたすら動きながら攻撃をする。軍曹殿は
足が悪い。ヒットアンドアウェイならば対応も難しいはずだ。
だが、全然そんなことはなかった。こちらの動きに合わせて的確
に距離を詰めてくる。徐々に攻撃をする余裕がなくなり、防戦一方
になる。考えてみれば悪いのは片足だし、その悪い方の足も歩く程
度なら何の問題もない。全速力で逃げるならともかく、数歩分くら
いなら余裕で追撃が可能なのだ。
そしてついにむき出しの肩に一撃を食らってしまう。余りの痛み
に膝をつく。やばい。これは折れてる。
﹁回復魔法は使っても良いことにしよう。さあ、回復して立て﹂
軍曹殿の許可が降りるが痛みで集中ができない。魔力が集まらな
い。顔から血の気が引き、冬にもかかわらず嫌な汗がだらだらと流
れてくる。
﹁どうした。強くなりたいのではなかったのか。立て!﹂
人事だと思って簡単に言う。だが回復しないことにはこの痛みか
ら逃れられない。深呼吸をして意識を魔力に集中する。小ヒール発
動。小ヒール発動。小ヒール発動。
ヒールを覚えてから使う機会がないと思っていた小ヒールだが、
意外なところで役に立つ。馬鹿にしてごめんなさい。さらにヒール
を重ねて傷を癒す。肩をぐるりと動かす。痛みは消えたようだ。
1123
立ち上がって再び軍曹殿と相対するわけだが、打開策が見つから
ない。
﹁どうしても勝てないときはどうすればいいのでしょう﹂
﹁逃げることもできないなら戦うしかなかろう。諦めずにあがけば
奇跡が起こるかもしれんぞ﹂
今の状況には役に立ちそうにない意見だ。諦めよう。あくまでこ
れは訓練だ。死ぬわけじゃない。訓練の範疇は超えてるような気は
するが、これは訓練なんだ。痛みも幻想。すぐに治る。よし、大丈
夫。いける。
軍曹殿の終了の合図までに合計四度、グラウンドに転がることに
なった。防具ってマジで偉大だと思う。作った人に感謝しよう。回
復魔法をかけたあと、立ち上がる気力もなくなったので座り込みな
がらそう考える。
﹁だ、大丈夫っすか、兄貴?﹂
﹁おおむね大丈夫だ。今はちょっと休憩しているだけだ﹂
今日はもうゴーレムでも作って乗って帰るかな。ああ、でも魔法
を使う気力もわかないわ。
﹁辛いのなら訓練は今日で終わってもいいぞ?﹂
﹁⋮⋮いえ、最後までお願いします﹂
1124
魅力的な提案だが、ここで終わりますと言えるような空気でもな
いだろう。おれの返答に軍曹殿は真面目な顔でうなずいているし、
ウィルや訓練生は神妙な顔をしている。
﹁よくぞ言った。あと三日間、きっちりと鍛えてやろう﹂
宣言通り残り三日間、軍曹殿は容赦なくおれを鍛えた。マジで容
赦がなかった。野うさぎやらハーピーやらに何度か殺されかけたが、
それと比べても一番辛い経験だった。
相変わらず軍曹殿には敵わないままではあるが、痛みをこらえな
がらの小ヒールだけは得意になった。
この数日でサティは格闘術をレベル2に上げたし、エリーがよう
やく料理スキルを取得した。
初心者講習会最終日、ウィルは首輪が外れたのを泣いて喜んだ。
ウィルはおれの弟子になるのは一旦諦めて、一緒に訓練を受けた仲
間とパーティーを組むそうである。
おれ達は明日にはこの町を出発して、オルバさんとナーニアさん
の住む村へと向かう。商人の馬車に便乗しての二週間の行程である。
1125
78話 ブートキャンプ完結編︵後書き︶
次回は6/10頃、投下予定です
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1126
79話 出発前のお話
おれが軍曹殿に絞られてぐったりしてる間も嫁達はちゃんと動い
ていたようで、ナーニアさんの村へと向かう商隊を見つけてきてく
れていた。今日はその顔合わせに冒険者ギルドにやってきている。
﹁ほら、しっかり歩きなさいよ﹂
ふらふらしてたらアンに怒られた。誰だか知らんが、なぜ朝一で
呼び出すのか。昼くらいなら復活してるんだが、今はまだどうにも
力が出ない。
﹁特訓のダメージが抜けきってないんだよー。あと五時間は寝かせ
て欲しい﹂
日が落ちてから軍曹殿の特訓。そのあとはご飯を食べて、きちん
とお風呂に入って、更に嫁の相手も欠かさない。そうすると寝るの
がかなり遅い時間になるのだ。体力も消耗しているし、睡眠不足が
すごくつらい。
﹁リーダー不在じゃ契約ができないのよ。だいたい昨日のうちにち
ゃんと言ってあったでしょ。帰ったらまた寝かせてあげるから、今
はしっかり歩きなさい﹂
そうだっけ? 聞いたような気がしないでもないけど、馬車の手
配は任せっきりでいいと思ってたしなあ。
﹁だいたいなんで契約とかいるんだよ。乗せてってもらうだけだろ
1127
?﹂
﹁交渉したのよ。運賃タダの代わりに護衛もするってね﹂
﹁また夜警とかするの? あれ次の日眠いんだけど﹂
﹁夜警はなしね。働くのは敵が来た時だけってことにしておいたわ。
それならいいでしょ?﹂
﹁それならいい﹂
それならいい。だからもう帰ってもいいだろうか。マジで眠いん
だけど。
冒険者ギルドの二階の会議室に行くと、既に数名の人が待ってい
た。
﹁やばい、マジで眠い。寝そう﹂
エリーに顔を近寄せてこっそりと言ってみる。
﹁がんばって起きてなさい。話は私がやるから、マサルはうんうん
うなずいてなさい﹂
﹁わかった。手短に頼む﹂
椅子に落ち着くとまた眠りそうになるのを必死でこらえる。たま
にエリーが蹴ってくるのでそれに合わせてうんうんとうなずいてお
く。
1128
正面のひげ面のおっさんがおれに向かって何か言っている。これ
もとりあえずうなずいておけばいいのかね。
﹁それでは訓練場へ行こうか﹂
訓練場?何の話だろう。軍曹殿との特訓にはまだまだ時間がある
し。
﹁ほら、立って。ほんとにもう。大丈夫なの?﹂
エリーに腕を引っ張られ立ち上がる。
﹁眠い。もう帰ってもいいか?﹂
﹁もしかして適当にうなずいたの?﹂
﹁うんうんうなずいとけって言ったのエリーじゃないか﹂
﹁ファビオさんがマサルの腕を見たいって﹂
﹁ふーん?﹂
﹁今から戦うのよ?﹂
﹁誰が?﹂
﹁マサルが﹂
﹁誰と?﹂
1129
﹁ファビオさんと﹂
﹁ファビオって誰?﹂
﹁マサルの正面に座ってたでしょう﹂
﹁ああ、あのひげの﹂
﹁そうよ。大丈夫なの?﹂
﹁眠い﹂
﹁いい加減目を覚ましなさい!﹂
頭をぱしんと叩かれた。とにかく眠いものは眠いのだ。
メインのグラウンドは現在閉鎖中だ。なので、サブグラウンドに
はそこそこ冒険者が集まっており、おのおの訓練をしていた。すで
にひげ面は木剣を持ってウォームアップをしている。ひげ面はおれ
より頭ひとつ分くらいは高い。がっしりとした体格に相応の筋肉も
ついている。
見た目は強そうだが、剣を振る様子を見ると中級クラスっていう
ところだろうか。最近、大雑把にではあるが、強いか弱いかくらい
は見分けがつくようになった。うまく言えないが、強い人は動作が
違うのだ。
サティが木剣を渡してくれたので受け取る。軍曹殿と鉄の剣でや
っているので木剣がとても軽く思える。こいつもまともに食らった
らシャレではすまない威力があるんだが。
1130
ひげ面がニヤニヤして剣を構えている。なんかむかつくひげだな。
要はこいつが喧嘩を売ってきたんだな。たぶんそういうことなんだ
ろう。きっと俺に嫁が四人もいるのに嫉妬したんだ。
﹁防具はいらないのか?﹂
そうひげ面が聞いてくる。そう言えば服は普段着だし、盾も出し
てないな。防具はつけるの面倒だしいいや。盾だけ出しておこう。
﹁これでいい﹂
盾を出すと無造作にひげ面に歩き寄る。
﹁どうした? やらんのか?﹂
手を伸ばせば届きそうな距離に歩き寄って、ひげ面にそう聞いて
やる。あくびをしながら。挑発したんじゃないぞ。本当に眠いんだ。
﹁行くぞ﹂
おれをギッと睨んだひげ面が打ち掛かって来るのを、ひょいっと
かわす。心眼も回避も問題なく仕事してるな。なんで軍曹殿の攻撃
は避けられないんだろうと、ひげの攻撃をかわしながら考える。ま
ともに食らえば一撃で終わりそうなかなり鋭い攻撃ではあるが、動
きを読むのは難しくない。
﹁くそっ。ちょこまかと逃げてばかりっ﹂
そうだな。そろそろこっちも攻撃しないと終わりそうにない。一
1131
歩踏み込み、ひげの攻撃を盾で受けるとカウンターでひげのヘルム
をコツンと叩いてやる。明日から同行するんだし、怪我させるわけ
にはいかんしな。
だが、ひげは更に攻撃を続行してくる。おい、ひげ。実戦なら今
のでお前死んでるぞ?大人しく負けを認めとけ。
仕方ないので、再びひげの攻撃をかわしながら肩、胴にも同じよ
うに軽い攻撃を当ててやる。普通の冒険者ってこんなもんなんだよ
な。軍曹殿が異常に強すぎるんだ。
だが、ひげは余計に興奮したようだ。顔を真っ赤にして更に突っ
かかってきた。往生際の悪いことだ。
いい加減ひげ面を拝むのも飽きてきたし、かわしざま首に強めの
攻撃を当ててやる。倒れるほどじゃないが、息はつまっただろう。
さすがにこれでひげの動きが止まった。
﹁今のでお前は四回死んだぞ。次はほんとに死んでみるか?﹂
顔を近づけてドスの利いた声で告げてやる。
﹁ま、まいった﹂
ひげが顔を青くしてやっと負けを認めた。まいったじゃねーよ。
最初の一発で分かれ。このひげが。
﹁もう帰ってもいい?﹂
振り返り、後ろのエリーに聞いてみる。立ち会いが終わってまた
1132
眠気が襲ってきた。
﹁いいわよ、帰りましょう。それではファビオさん、明日からよろ
しくお願いするわね﹂
二度寝から起きると昼過ぎくらいだった。食堂に行くとエリーと
アンが居て食事の準備をしてくれる。
﹁それにしたって今朝のはなかったよ﹂
﹁ほんとにね﹂
アンの発言にエリーも同意する。
﹁今朝って?﹂
﹁ファビオさんよ。あのあと一応謝っておいたけど﹂
アンがそう言う。ファビオって、あれか。あのひげか。
﹁全然話聞いてなかったんだけど、なんで勝負することになったの
?﹂
そうアンに聞いてみた。半分寝てたからなんでそういうことにな
ったのか、全然覚えてない。
﹁マサルの態度が悪いから怒ったんでしょうが。半分寝ながらろく
に話も聞かないから﹂
1133
あれ?喧嘩売られたのかと思ってたんだけど、もしかしておれが
悪いの⋮⋮?
﹁マサルが悪いね﹂
﹁マサルが悪いわよ﹂
うわー、やべえ。明日会ったらちゃんと謝っとこう。
﹁そうしなさい。ところでそのパスタ。味はどうかしら?﹂
﹁美味しいよ?﹂
嫁の作ってくれた料理は基本的になんでも美味しい。今週、たま
に出てきたエリーの失敗作も最初のほど酷くはなくて、味は微妙だ
がちゃんと食べられるものだった。
﹁私が一人で作ったのよ﹂
改めて味を確認してみる。トマトソースのパスタなんだが、普通
の味付けで普通に美味しい。これをエリーが作ったと言うのか。
﹁すごく美味しいよ、これ!﹂
﹁そうでしょうそうでしょう﹂
メニューを見ると料理スキルLv1がついてるし。ついにやった
んだな!
1134
﹁苦労したわよ。言うこと聞かないから﹂
エリーは相変わらずオリジナル料理を作ろうとするらしい。だが
どうも聞いてみると、食べたことのある高級料理を再現しようとし
ていたようだ。アンは家庭料理がメインだし、俺はもちろん日本の
料理しか作れないから教えることはできない。
それで高級料理を作ろうとすると、自分の感性に従ったオリジナ
リティあふれる作品になると言うわけだ。やりたいことはわかるが
無謀すぎる。
﹁さあ、マサル。約束通り、新しい唐揚げのレシピを伝授してもら
うわよ!﹂
そう言えばそんなことも言ってたな。
﹁わかった。じゃあ試しに作ってみるか。今までの唐揚げレシピと
違うところはだな⋮⋮﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
午後からは初心者講習会の最終日である。ウィルの首輪が外され
る場面は、自分の時のことを思い出してちょっと涙が出た。
一週間のブートキャンプを生き残ったウィルは、すっかり逞しく
精悍な感じになった。激しい訓練でやせ細っただけの気もするが。
﹁済まなかったな、ウィル。こんな仕打ちをして。恨んでくれても
1135
いいんだぞ﹂
そして今後は俺の周りをちょろちょろしないで欲しい。
﹁兄貴、俺、俺⋮⋮感謝してるんすよ﹂
﹁お、おう。そうか?﹂
﹁俺、兄貴のこと全然わかってなかったっすよ。剣も強くて魔法も
すごいのに、その上あんな死にそうな訓練するなんて。俺、自分が
どんだけ甘いかよくわかったっす﹂
やっと終わって安心してるのに、あまり思い出させるな。思い出
すだけでちょっと嫌な汗が出るんだ。
﹁俺、もっと強くなるっすよ! そしたら今度こそ兄貴の弟子にし
て欲しいっす!﹂
それはまだ諦めてないのかよ。
﹁とりあえず、俺は明日の朝から遠征に出る。当分家には戻らんか
らな﹂
﹁え? じゃあ俺はどうするんすか?﹂
やっぱりタカるつもりだったか。
﹁庭の小屋なら自由に使ってもいい。あとこれをやる。大事に使え
よ﹂
1136
金貨を一枚渡してやる。日本円にして十万円くらいだ。
﹁がんばって稼いで絶対に返すっすよ!﹂
﹁そいつは餞別だ。返さなくてもいいぞ﹂
厳しい訓練によく耐えていたしな。これくらいはくれてやっても
いいと思う。
﹁兄貴⋮⋮﹂
ウィルはジーンとしてるようだが、金貨一枚くらいは端金だ。今
回の往復での収益は金貨三百枚ほどになった。日本円で約3000
万円。俺個人の分け前も金貨五十枚ほどもらった。それで魔法剣に
耐えられる武器を買おうかと思ったんだが、残念ながら金貨五十枚
では足りなかった。今のところお金の使い道がないのだ。
﹁ほら、お前の仲間が待ってるぞ、行ってこい﹂
訓練生が離れたところからこちらも見ていた。俺がそちらを見た
のに気がついて、頭を下げてくる。
﹁じゃあ兄貴、お気をつけて﹂
﹁おう。お前は死なないようにな﹂
仲間も出来たようだし、今度はそう無謀なことはしないだろう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
1137
翌日、待ち合わせ場所である商業ギルド横のちょっとした広場に
行くと、商隊が既に待機していた。どうやら俺達のパーティーが最
後らしい。馬車は二頭立てで全部で五台。縦列に並んでいる。最後
尾の馬車の横にはまだ結構な荷物が積んであった。今から積み込む
んだろうか。
﹁そこに積んであるのはマサルが持つのよ。一台うち専用にしても
らう代わりにアイテムボックスで荷物を運ぶの。ゆっくりできる方
がいいでしょ?﹂
なるほど、確かにそうだ。けど、どう見ても馬車一台分以上ある
んだけど。
﹁これとこれは仕事の依頼分よ。ちょっとしたお小遣い稼ぎね﹂
商隊の持ち主である、ノーマンさん立ち会いの元、一箱ずつ確認
しながらアイテムボックスに収納していく。この荷物は終点である、
ガーランド砦まで持っていけばいいらしい。
﹁いやあ、今回はBランクのパーティーが来てくださって本当に安
心ですな。道中よろしく頼みますよ﹂
砦までは約二週間。移動は王国内で決まった街道を通るのではあ
るが、辺境に近づくに従って危険は大きくなる。だが予算の都合も
あるから単純に護衛を増やすと言うわけにもいかない。そこにBラ
ンクのパーティーが無料で随行してくれると言うのだから、ノーマ
ンさんはホクホクだろう。
1138
出発前に謝罪を済まそうと周辺を見渡すが、ファビオさんの姿が
見えない。もうすぐ出発だし、いないはずはないんだが。
先頭の馬車のほうにぶらぶら歩いて行くと、数人が雑談をしてい
て、その中にファビオさんがいた。声をかけようと近寄ると、ファ
ビオさんが突然忙しそうにスタスタと歩いて俺から離れていく。だ
けど今たしかに俺のほうを見た。もしかして避けられてるのか。他
のパーティーメンバーらしき人も俺と目を合わそうとしない。
﹁謝りに行ったらなんか避けられたんだけど。もう謝らなくてもい
いか?﹂
仕方ないので戻ってエリー達に報告する。
﹁そんなわけにいかないでしょ。二週間一緒に旅するのよ。ギクシ
ャクしてたら困るでしょ。ちゃんと謝って来なさい﹂
﹁へーい﹂
出発までにそんなに時間もないし、さっさと捕獲する必要がある。
普通に近寄れば逃げられるし、ここは隠密だな。位置は気配察知で
捕捉している。
まっすぐ近づけばさすがに気がつかれる恐れがあるので、隠密を
発動しつつレヴィテーションで馬車の上に浮かび上がる。上方から
ファビオさんを確認し、後方に静かに降り立つ。都合のいい事に他
の人から少し離れて一人だ。
ポンとファビオさんの肩を叩く。
1139
﹁ひぃ﹂
振り返ったファビオさんが、俺を見て引きつった小さな悲鳴をあ
げた。いかん。謝りに来たのに驚かせてしまったようだ。でもこう
でもしないとまた逃げられたら困るしな。とりあえずさっさと謝罪
を済ませてしまおう。
﹁あー、昨日はなんかすいませんでした。首、大丈夫でした?﹂
﹁あ、いや。全然平気だよ﹂
﹁そうですか? まだ痛むようでしたら治癒魔法も使えますし、治
しますよ﹂
そう言って手を伸ばすとファビオさんが一歩後ずさった。
﹁いいんだ。神官の人が治してくれたから﹂
アンがやってくれたのか。それにしてもなんでこの人は俺を怯え
たような目で見るんだろう。立ち会いもすごく手加減したはずだよ
な。
﹁昨日は寝不足でね。ちょっと態度が悪かったかなって﹂
﹁いやいや、こちらこそ試すような真似をして本当に悪かった。お
願いだからもう許して欲しい﹂
あれ? 悪いのは俺じゃなかったっけ?
﹁あ、うん? じゃあそういうことで。これから二週間ほどお願い
1140
しますね﹂
なんか違う気もするが、とりあえずこれで大丈夫だろうか。
見ると馬車の周辺が慌ただしくなって来た。そろそろ出発するみ
たいだ。アンがこっちに来いと手を振っていた。
﹁出発するみたいですね﹂
﹁そ、そうだね。急がないと!﹂
そう言うと、ファビオさんは馬車の方へとそそくさと歩いて行っ
た。本当になんなんだろう、あれ?
後日判明したことだが、絡んできた冒険者を火魔法で焼き尽くそ
うとしただとか、嫁に手を出そうとした貴族を巨大ゴーレムで踏み
潰そうとしただとか、そんな感じの俺の噂をファビオさんはどこか
から聞いていたようだ。どこの暴れん坊だよ、それ!
1141
79話 出発前のお話︵後書き︶
次回の更新日は未定です。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
1142
80話 旅路①
旅の初日は雑談をしたり、土魔法の練習をしたりしていた。
2日目、土魔法がホコリっぽいと苦情を言われる。
﹁やるなら屋根にでも登ってやりなさいよ﹂
土魔法の練習は必要ではあるんだが、しょせんは暇つぶしである。
そこまでしてやりたくもない。
﹁やだよ。寒いし寂しいよ﹂
サティを膝に抱えながらエリーに言い返す。寒いのでサティを抱
っこして毛布をかぶって暖をとっているんだが、俺もサティもフル
装備である。イチャイチャしようにも鎧がガチャガチャして、色気
がないことこのうえない。
それに馬車は俺達専用と言っても御者の人はいるわけで、あまり
好き勝手をするというわけにもいかない。エリーはアンとティリカ
相手に魔法を教えたりしているので、俺ほど暇をしているわけでも
ない。
仕方ないのでサティと一緒に馬車の外の風景を眺めたりしている
のだ。
﹁旅はもっと危険だと思ってたんだけどなー﹂
1143
森よりは危険は少ないだろうと思ったが、これはちょっと退屈す
ぎる。時折すれ違う馬車や旅人以外には、本当に何にも出てこない
のだ。
目の前にはのどかな田園風景が広がっている。初日は何もない平
原を進んでいたのが、二日目あたりから村や畑が増えてきた。この
時期は麦を育てているところが多いらしい。
﹁そりゃ安全な道を選んで移動するし、そういう場所には人が住ん
で、さらに安全になっていくの。シオリイの町とかゴルバス砦のほ
うが特殊なのよ﹂
だが魔境側からいくつかの町で隔てられ、シオリイの町などに比
べれば圧倒的に危険は少ないとは言え、魔物の侵入は常にある。畑
はむき出しであるが、通り過ぎる町や村はどれも柵や壁で囲まれて
おり、入り口にはもれなく門番が目を光らせている。みかける農夫
が武器を持ち歩いてたりもする。
﹁心配しないでもすぐに危険地帯に入るわよ。今のうちにのんびり
しておきなさい﹂
初日は普通に町で泊まった。今日と明日もちゃんとした宿に泊ま
れるらしい。しかも費用は商隊の商人さん持ちで交渉済みだ。
﹁すぐっていつだよー﹂
﹁四日目くらいね。そこから先は野宿もあるわよ﹂
それはそれで嫌なものがあるな。やっぱり退屈のほうがましなの
だろうか。
1144
﹁退屈なら本を読みましょう!﹂
サティ。それは最悪の選択だ。ここらへんの道は石で舗装されて
いるのだが、快適には程遠く、馬車はガタガタと揺れている。タイ
ヤは木製。ゴムはないようだ。幸い俺を含めて車酔いにかかるもの
はいなかったが、さすがに本はきついだろう。
﹁酔うぞ?﹂
サティはよくわかってないようだ。首を傾げている。ゴルバス砦
に行った時は片道二日だったし、行きも帰りも人でぎっしりでそん
な余裕もなかったからなあ。
﹁どうかしら? 私は平気なんだけど﹂
﹁平気﹂
﹁俺は絶対無理﹂
﹁私もだめかな。馬車酔いって回復魔法の効果があんまりないのよ
ね﹂
二日酔いは治ったけど、こっちは三半規管の揺れとかだしなあ。
﹁読んでみる?﹂
アイテムボックスから本を取り出して、サティに渡す。最近はも
う一人で読めるようになっている。平気かどうかは、とりあえず試
してみればわかるだろう。
1145
﹁はい!﹂
三〇分後、サティはぐったりとしていた。やはり本はきつかった
ようだ。
﹁気持ち⋮⋮悪いです⋮⋮﹂
﹁もう一回ヒールかけてあげるから、もうちょっとがんばりなさい﹂
﹁鎧ももう脱いでいいわよ。もうすぐ次の町だし﹂
﹁おねーちゃん、脱がしてあげる﹂
﹁すいません、ご迷惑をかけて⋮⋮﹂
ヒールを何度かかけてやったんだが、やはりあまり効いてない。
吐かないのがせめてもの救いだ。
﹁もうすぐ次の町なんですよね? どれくらいですか?﹂
御者の人に聞いてみる。この人は商隊でも最年長のご老人で、さ
すがにこの年齢では女の子には興味がないようで、そういう理由で
うちの馬車につけられたんだろう。
﹁そうさな。あと三〇分くらいじゃよ﹂
それくらいならいけるか。
1146
﹁町まで近いから俺がサティを連れて行くよ。ほらサティ、馬車か
ら降りるぞ﹂
﹁それがいいかもね。この辺りだと危険はそうそうないだろうし﹂
﹁私も降りる﹂
﹁ティリカはそのまま乗ってて。フライでいくから﹂
﹁マサル、私も! 私も!﹂
二人くらいなら別に平気か。
﹁サティが前でティリカが後ろな。落ちないようにしろよー﹂
落ちたところで二人ともレヴィテーションは使えるから大丈夫だ
ろうけど。
﹁じゃあ先に行ってる﹂
﹁ロボスさんに一言言ってから行きなさいよ﹂
ロボスさんは商隊のオーナーで、先頭の馬車にいるはずだ。
︻フライ︼を発動させ、馬車の後部から飛び立つ。くるりと反転
して、馬車の先頭に並び、先に行って町の入口で待ってる旨を伝え
ると、速度をあげながらゆっくりと上昇した。ロボスさん、変な顔
してたな。女の子二人くっつけて飛んできて、何事かと思ったんだ
ろう。
1147
﹁サティ、気分はどうだ?﹂
﹁風が気持ちいいです﹂
前方を見ると、町が小さく見えている。俺から見ると、町という
より村なんだが、町というなら町なんだろう。やはり周囲は壁で覆
われており、周辺には畑が広がっている。
フライは速くて楽でいいな。魔力の消費はきついけど、俺なら関
係ないし。長時間使えないのが本当に残念だ。
﹁ずっと飛んで行けたらいいのに﹂
サティがポツリと言う。ティリカも聞こえたんだろう。
﹁どらごが使えたら﹂
﹁それはやめとこう﹂
また大騒ぎになったら困る。
﹁さっきはすごく気持ち悪かったです﹂
﹁そうだなー﹂
﹁明日は走って行ってもいいですか?﹂
いや、だめだろう。そりゃサティなら余裕でついてこれそうだけ
ど。
1148
﹁やめときなさい。本を読まなきゃ平気なんだし﹂
﹁そうでしょうか⋮⋮﹂
﹁普通にしてれば馬車酔いなんてしないから﹂
﹁はい⋮⋮﹂
﹁また気分が悪くなったらこうやって運んでやるよ﹂
﹁はい!﹂
﹁私も!﹂
﹁はいはい。ティリカもね﹂
それでサティの気分は良くなったみたいだ。声に元気が出てきた。
そろそろ町に近づいてきたので、下にゆっくりと降りていく。
勝手に中に入ろうとすると多分怒られる。怒られるくらいならい
いけど、弓とか持ってるだろうしな。現に門番の一人が、こちらに
気がついてじっと見ている。手を軽く振るとあっちも振り返した。
まさかいきなり矢を撃ってくるようなことはあるまいが、友好的な
態度を示しておいて損はない。
﹁降りるぞ﹂
﹁はい。なんだかお腹が空いてきました﹂
1149
﹁町に入ったらどこか店に入ろうか。それか何か作る?﹂
﹁ラーメン﹂
﹁私もラーメンがいいです﹂
あのパスタを使った偽ラーメンか。宿についたら厨房か庭でも借
りて、久しぶりに作ってみるかな。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三日目も似たような感じですごく暇だった。
﹁今日は気分が悪くなりません﹂
サティが俺にそう報告してくれる。
﹁よかったじゃないか?﹂
今日の抱きまくらはティリカで、サティは俺の正面に座っている。
サティがこっちをチラチラ見てる。
﹁また飛びたい?﹂
ティリカがそう言う。
ああ、そうか。気分が悪くなったらって話だったものな。
1150
﹁偵察。偵察に行くか、サティ。フライで﹂
﹁はい、行きましょう!﹂
サティがぱぁと顔をほころばせる。
﹁ティリカは⋮⋮﹂
﹁待ってる﹂
ほんの五分の空の散歩だが、サティは大満足なようだった。ティ
リカもそのあと、同じように連れ出してあげた。エリーは自分で飛
べるし、アンは興味なさげだ。アンはちょっと高所恐怖症の気があ
るのかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
四日目。街道は森の中に入り、今までの田園風景とはがらりと様
相を変えていた。
そして馬車が八台に増えている。うちは相変わらず最後尾である。
﹁なんで馬車増えてるの?﹂
﹁同じ方向に行くんでしょ﹂
﹁なんかうちが護衛してるみたいな配置なんだけど﹂
1151
﹁みたいじゃなくて、してるの。何かあったらついでに守るのよ﹂
護衛料とかはもらってないのに、仕事を増やされたようで気分が
あまりよろしくない。今朝から警戒のために気配察知を常時発動し
ているのだ。
﹁助け合いは大事なのよ。それにいざって時は戦力にもなるし﹂
不満が顔に出たんだろう。エリーがそう説明してくれる。確かに、
商人の人たちもきちんと武装している。中には冒険者上がりの人も
いて、何かあれば十分に戦力に数えられるだろう。
しかし隊列が長くなるのはよろしくない。前方に対する気配察知
の感知範囲が短くなる。サティにしてもがたがたうるさい馬車の中
では、聴覚探知が半減していてあまり頼れない。
﹁サティ、偵察に行くか﹂
﹁はい、マサル様﹂
昨日までと違って、今度は本当に偵察だ。サティもそれがわかっ
て真剣な顔をしている。
﹁大丈夫だとは思うけど、気をつけてね﹂
アンが心配そうに言う。残す方も多少心配ではあるが、最近はア
ンも棍棒術を上げて近接戦も戦えるし、ティリカの召喚もある。レ
ーダー係にサティを置いていくのも考えたが、危険があるとすれば
進路方向だろう。
1152
サティを抱えて、先頭の馬車の屋根に飛び移り、先のほうの様子
を見に行く旨を伝える。
﹁この先広場があって、そこが休憩地点だ。そこまで見てきてもら
えるか?﹂
﹁わかりました。何もなかったらそのまま広場で待機しておきます
が、それでいいですか?﹂
彼らも戻って報告しろとまでは言わない。一般的にフライはかな
りの魔力を消費するのだ。
ほんの数分でそれらしき場所にたどり着く。馬車で1時間だとし
ても、フライならあっという間だ。
﹁何にもいなかったな﹂
﹁はい﹂
まだ町から出てそんなに経っていない。危険があると言ってもま
だまだ先なんだろう。
﹁待ってる間暇だな﹂
それで待ってる間の暇つぶしに剣の練習をすることにした。実剣
でだ。サティは強い。軍曹殿よりは弱いんだが、俺よりも一段くら
いは確実に上なのでそこそこ本気で打ち込んでも大丈夫なのだ。し
かもサティは絶対に俺に攻撃を当てないので安心だ。それでも本物
の剣でやるので緊張感が違うのだが。
1153
静かな森に剣戟の音だけが響き渡る。
﹁馬車、来ましたよ﹂
しばらく経って、サティが戦いながら言う。
﹁もうちょっとやろう﹂
馬車の接近は気配察知で感知はしていたが、いい汗をかいて楽し
くなってきたのだ。
だが、広場の手前で馬車が止まった。止まったまま動き出す様子
がない。何かトラブルだろうか?
練習を切り上げて馬車を見に行こうとすると、数人が馬車から離
れてこちらへと向かってきた。すぐにファビオさん達の姿が見えた。
﹁戦ってる音がしたんですが、何かありましたか?﹂
ファビオさんは中年で俺より年上なんだが、俺に対しては完全に
敬語だ。旅の間にちゃんと誤解は解いたはずなんだが。
﹁あ⋮⋮すいません。待ってる間暇なんで剣の練習を⋮⋮﹂
そりゃ進行方向で剣の音がギンギンしてたら警戒するよな。説明
するとファビオさん達はほっとした様子で馬車のほうに戻っていっ
た。
1154
馬車に戻るとエリーに怒られた。
﹁実剣で練習とか何考えてるのよ﹂
﹁いい時間潰しになると思ったんだよ⋮⋮﹂
サティも俺の横で耳をぺたんとしている。
﹁まあまあ、落ち着いてエリー。でも何かあったのかって心配した
のよ﹂
﹁ごめんなさい﹂
﹁ごめんなさい﹂
それでも先行しての偵察は有用なので続けることにした。商隊の
人も喜んでいることだし、俺も退屈せずにすむ。とは言え今回の件
で、連絡手段をある程度考えておかないとまずそうだと思い、ロボ
スさん達と相談してみた。
もし安全が確保されてるなら休憩地点で狼煙を上げる。危険があ
るなら戻って報告するか、派手な魔法か戦闘音で知らせると、こん
な感じになった。結構適当な気もするが、軍隊じゃないんだし、こ
の程度でも十分なんだろう。召喚獣を使った連絡が一番確実なんだ
けど、召喚のことは当分秘密だと決めてあるし。
しかし、改めて偵察に出るが、特に何も見つからない。森の奥の
ほうに行けば魔物もいるらしいが、街道沿いの魔物は排除済みとい
うことなんだろう。
1155
昼からの偵察のお供はティリカに交代である。これは真面目な偵
察であって、別に空の散歩をしているわけじゃないんだが、実質そ
んな感じなので羨ましくなったようだ。それともたんに馬車に乗り
っぱなしなのに飽きたのかもしれない。
だが昼をすぎて、気配察知に引っかかるものがあった。反応は街
道沿いに一。大きさから言うと、オークか人間だ。ほとんど動いて
いない。見つからないように森の近くまで高度を下げてゆっくり接
近してみると、さらに六つの反応があった。やはり街道沿いに留ま
ったまま動く様子はない。
﹁なんだと思う?﹂
ティリカの意見を聞いてみる。
﹁盗賊﹂
﹁たった七人で?﹂
﹁小規模な商隊や、徒歩の旅人を襲うには十分な数﹂
﹁どうしよう?﹂
馬車がここに来るまでは、まだ30分以上余裕がある。
﹁捕まえるか、殺す﹂
殺すのか⋮⋮捕まえるほうがいいな。魔物を殺すのは平気だけど、
悪人だとしても人を殺すのはさすがに躊躇する。
1156
﹁捕まえたらどこかに突き出すの?﹂
﹁そう。それで調べたあと、奴隷にする。売ったお金は捕まえた人
が半分もらえる。賞金がかかっていることもある﹂
奴隷とな。それなら半分だとしても結構いい収入になるんじゃな
いだろうか。
﹁離れている一人か一匹、まずは何か確認してみよう﹂
ティリカもうなずいて賛同する。戻って報告するにしても、まず
は何がいるか確認しておいたほうがいいだろう。
盗賊と疑わしき反応から十分に離れたところで森に降り立つ。テ
ィリカにはたいがを出してもらって距離を取って続いてもらう。こ
いつが魔物だったら話は簡単なんだけどな。魔法で吹き飛ばしてし
まえばいい。
視認できる距離まで近寄るとやはり人間だった。3mくらいの木
の上の大きい枝に座って街道をぼんやり眺めている。腰に剣、肩に
弓をかけている。皮防具らしきものはつけているが、ボロボロで薄
汚れていて、冒険者ギルドなら立入禁止を食らいそうな不潔さだ。
盗賊ってことで間違いないような気がする。街道を監視なんて一
般人はやらないだろうし、どこかの組織だとしたら、こんなに小汚
い人間は使わないはずだ。
戻ってティリカに報告をする。
1157
﹁捕まえて尋問するのがいい﹂
仲間は結構離れたところにいるようだし、捕獲は難しくないだろ
う。サンダーで撃ち落せば地面はやわらかいし、最悪骨折くらいで
済みそうだ。
もう一度隠密で忍び寄る。
念の為に、土魔法で地面を掘り返して柔らかくする。静かにやっ
ているとはいえばれないか心配だったが、上のやつは暢気にあくび
なんかしている。ちょっとイラっとした。
弱めに魔力を込めたサンダーを撃ち込んでやると、そいつは声も
上げずにぽとりと落下した。威力の調節はうまくいったようで、目
を見開いてあうあう言っている。しびれて動けないし、喋れないん
だろう。
﹁大人しくしてろ。口を開くな。面倒かけるようならこの場で殺す
ぞ?﹂
ショートソードを突きつけて脅すと静かになった。 もしこいつが罪のない人間だったらどうしようとは思ったが、ど
うみても見た目からして犯罪者だ。まあ違ったらその時はその時だ。
出してあったローブで捕縛しようとして、ひどい匂いに気がつい
た。こいつどんだけ風呂とか入ってないんだ⋮⋮? 浄化をかけて
やると多少きれいな感じになったので、改めてロープで縛り上げる。
念の為に足を土魔法でがっちりと固めると、レヴィテーションで持
ち上げてティリカのいるところへと向かった。
1158
80話 旅路①︵後書き︶
次回の更新日は未定です。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想などもお待ちしております。
1159
81話 旅路②︵前書き︶
前回のあらすじ
・久しぶりのクエスト ナーニアさんを助けよう
・商隊に便乗してナーニアさんの住む村へと出発
・旅4日目。偵察で怪しい奴を発見。捕獲してみた
1160
81話 旅路②
こいつを捕まえるのに思ったより手間取ってしまった。残りの六
人は動かないし気がついた様子はないが、急がないと馬車が追いつ
いてきてしまう。
﹁勢いで捕まえちゃったけど大丈夫かな?﹂
ティリカに顔を寄せて小さな声で聞く。
﹁あんなところでコソコソしてたら殺されても文句は言えない。間
違ってたら謝ればいい﹂
土下座したら許してくれるだろうか。
﹁私が尋問をする。こいつに回復魔法を﹂
﹁静かにしていろよ﹂
とりあえずはこいつが盗賊だと仮定して行動するしかないのでシ
ョートソードを首に当てて脅しておく。他の盗賊︵仮︶とは相当距
離を取ったので少々騒いでも大丈夫なはずだが、一応念を押してか
ら地面に転がしてある盗賊︵仮︶に︻ヒール︼をかけてやる。
本当にこいつが盗賊じゃなかったらどうしよう?すっげー怒られ
るんじゃないだろうか。顔隠しとけばよかったなあ。
﹁質問に答えろ。お前は盗賊か?﹂
1161
ティリカは地面に膝をつき手に持ったナイフで盗賊の顔をぺしぺ
し叩いている。盗賊の背後に回り込んでいるので盗賊からはティリ
カは見えない。真偽官の判定って顔を見ないでも大丈夫らしい。
﹁ち、違う。ただの狩人だ。こんなことをしてただで済むと思うな
よ! 領主に訴えてやるからな!﹂
ちょ、どうするんだよ、これ!? だが、ティリカは振り返って
首を振った。嘘をついてるのか。よかった。まじでよかった。
﹁人を殺したことはあるか?﹂
黙りこむ盗賊。
﹁答えろ﹂
ティリカがナイフをぐっと押し付けた。
﹁あるわけないだろう﹂
ようやく答えた盗賊にまたティリカが首を振る。人も殺したこと
があると。
﹁この先にいるのも盗賊だな?﹂
﹁ち、違う。そんなやつら知らない﹂
やつらって複数形だな。これは俺でも嘘だとわかる。
﹁手頃な旅人がいれば襲うつもりだったのか?﹂
1162
﹁俺はただの狩人だ! 旅人を襲ったりしない!﹂
﹁何人殺した? 一人か? 五人か? 一〇人か?﹂
﹁違う、違う。一人も殺してない!﹂
盗賊は汗をびっしょりかいて、見るからに焦っていた。
﹁嘘つきめ。こいつは盗賊で人殺し。少なくとも五人は殺している﹂
立ち上がったティリカが俺に向き直ってそう報告をする。そうか。
このクズは五人は殺してるのか。
﹁どうする? 一度合流したほうがいいか?﹂
ティリカがこくりとうなずいた。
﹁おい、いい加減縄を解け!﹂
﹁うるさい。黙らないと殺すぞ?﹂
盗賊の腹に軽く蹴りをいれてやる。最早遠慮する必要はない。別
に殺すつもりもないが、多少痛めつけるくらいはいいだろう。
﹁つ、罪もない狩人にこんなことをして⋮⋮﹂
なおも言い募ろうとするそいつにティリカが顔を近づけた。
﹁私の目にかけて。お前は盗賊で人殺しだ﹂
1163
そう言ってティリカは被っていたフードを脱いだ。
﹁し、真偽官!? 真偽官がなんでこんなところに⋮⋮﹂
﹁黙れ。今すぐ殺してもいいんだぞ﹂
ティリカは手に持ったナイフを盗賊に突きつける。ティリカさん
恐ろしいです。本気でやる気なのがもっと恐ろしいです。ティリカ
は完全に怒った時の表情をしている。
﹁お前黙っとけ。殺されるぞ﹂
真偽官がやると言ったらやる。なにせ嘘はつかないんだから。盗
賊もそれはわかったのだろう。すっかり静かになった。
﹁ティリカも落ち着け。さっさと馬車と合流しようぜ﹂
﹁うん﹂
大人しくなった盗賊の口を布でしばり、少し考えてから、腕を含
めて腰から下を土魔法で固めた。これで何もできまい。
ティリカを背中に背負って、盗賊を掴んで︻フライ︼を発動して
馬車の方へと向かう。街道沿いを全力で飛ばすとすぐに馬車が見え
た。馬車の前に着地し、手を振って馬車を止める。
﹁盗賊だ! この先で待ち伏せしている﹂
御者台に座ったファビオさんにそう告げる。
1164
﹁!?﹂
﹁こいつはその一味。尋問した﹂
地面に転がした盗賊を指さす。
﹁どうします?﹂
馬車から降りてきたファビオさんが尋ねる。
﹁相手は六人だよ﹂
﹁少ないですな﹂
﹁どうしたの?﹂
エリーとアン、サティが後方からやってきた。改めて詳しい説明
をする。
﹁倒しましょう﹂
どうする? と俺が聞くとエリーが即断した。うちの規模の商隊
なら見逃されるだろうが、放置はできない。こっちが気がついてい
ることはまだ知られてないはずだから、奇襲をかければ簡単に殲滅
できる。だがそれには急がないといけない。こいつを捕獲してるの
がばれるのは時間の問題だろう。森の奥に逃げ込まれでもすると厄
介だ。
手早く作戦を固める。相手は六人。こちらはその倍はいるし、魔
1165
法使いもいる。
素知らぬ顔で盗賊の前を通り、俺の魔法で奇襲。魔法が着弾した
あと、ファビオさんのところと俺とサティが突入して、残りを捕獲
か始末するという計画だ。魔法で無力化できるか降伏してきた場合
は捕獲するが、抵抗してきた場合は遠慮なくやる。
盗賊に魔法使いがいないことは追加で尋問して確認した。ボスが
少々強いと言う話だが、やばいようなら俺が相手をするということ
になった。サティもついてるし、二人がかりで勝てない相手とかち
ょっと想像もできない。
﹁盗賊の強いっていうのもたかがしれてますよ。そんなに強いなら
盗賊なんてしなくても、兵士なり冒険者なりやればいいんですから
ね﹂
ファビオさんは盗賊の強さに関してはあまり心配してないようだ。
﹁遠慮はいらないわ。魔物だと思いなさい。いつもと一緒よ﹂
準備を整える少しの時間にエリーにどの程度やってもいいのかと
聞いてみたのだ。答え、皆殺しおっけー。
﹁いいこと。ここで確実に始末しておかないと、罪もない旅人が被
害を被るのよ﹂
それはわかる。理解できるが、自分でやるとなるとな。町に常駐
する兵士とかに知らせて任せるとかはだめなんだろうか。だめなん
だろうな。こうしてる間にも誰かが襲われるかもしれない。逃げら
1166
れるかもしれない。
﹁マサルがやらないなら私がやるわよ?﹂
﹁私がやる﹂
﹁いや、俺がやろう﹂
エリーとティリカがそう言ってくれるが、森に隠れる盗賊の正確
な位置は、俺の探知じゃないとわからない。二人に任せると、確実
に倒すためにでかい魔法をぶっ放すだろう。盗賊は間違いなく皆殺
しだ。
﹁殺さないで捕まえられるならその方が﹂
アンも皆殺しはあまり気乗りがしないようだ。
最後列の俺達の馬車を先頭に持ってきて、冒険者達全員で乗り込
みすぐに出発した。
馬車は容赦なく進んでいく。考える時間はあまりないし、他人が
いる中で相談もできない。もうやるしかない流れだ。不安そうな顔
をしてても仕方がない。覚悟を決めよう。
火魔法はだめだ。森が多少燃えるのは消火でもすればいいが、火
力がありすぎて生け捕りは無理そうだ。風魔法がいい。丸焼けにす
るよりはエアカッターで切り刻んだほうがまだましだ。殺さないよ
うに、なおかつ反撃を食らわない程度に痛めつけないといけない。
いや、手加減してもいいものなのか? もし生き残りがいて反撃
を食らったら⋮⋮
1167
それにこの位置。俺のいるのは先頭の馬車の御者台の盗賊がいる
側である。反撃を食らうとしたら真っ先に食らう。盗賊も弓くらい
は持っているだろう。とりあえず大きめの盾に交換してみたが、あ
からさまに警戒態勢を取って盗賊に疑いを持たすわけにもいかない。
考えているうちに盗賊が探知範囲に入った。皆に準備をするよう
に知らせる。もう考える時間もない。
魔物だと思え。オークみたいなもんだ。人を襲うのはどっちも同
じ。殺らないと殺られる。
﹁詠唱を開始する﹂
ウィンドストーム
周りにそう宣言し、︻風嵐︼の詠唱を開始する。
盗賊は馬車に気がついたか? 少しだけ動きがあった。だがそれ
だけだ。馬車は近づきつつあるが、盗賊どもは一網打尽にしてくだ
さいとばかりに一塊になっている。
不意に不安が頭をもたげる。あれは本当に盗賊だろうか? ティリカが尋問したのだ。間違いはない。
この魔法を放てばあいつらは確実に傷つくだろう。それどころか
レベル3の魔法だ。オークの集落を攻撃した時よりは威力は抑えた
が、人が死ぬには十分な威力がある。
詠唱が完了した。
﹁ウィンドストーム﹂
1168
森に潜んでいる盗賊達に向けて魔法が放たれた。荒れ狂う風が木
々を何本かなぎ倒した。やばい。この魔法ってこんなに威力があっ
たっけ!?
馬車が止まり、剣を手にした冒険者達が俺を見る。いかん。おた
ついてる場合じゃない。俺が先頭で行くんだった。
御者台から降りるとサティが既に馬車の後方で待機していた。サ
ティにうなずいて、森に踏み込む。左右にわかれて急襲するのだ。
気配察知で確認すると、盗賊のうち四人は動かない。一人がゆっく
りと移動している。最後の一人が結構な速度で離脱しようとしてい
る。どうやら皆殺しはせずにすんだらしい。
森に入ると四人が血だらけで転がって呻いていた。一人が森の奥
に逃げようとしていたが、魔法のダメージがあるのかよろよろとし
ている。それほど距離もなかったのでエアハンマーをぶつけて倒す。
﹁ここは任せます。あと一人、逃げたのを追います﹂
ファビオさん達にそう告げる。転がってる五人は任せてももう大
丈夫だろう。
﹁サティ。逃げたやつを追いかけてくれ。俺は空から行く﹂
﹁はい﹂
︻フライ︼を発動して森の上にでて、全力で飛行する。すぐに逃
げている盗賊に追いついた。少し先行したあたりで停止して、アイ
1169
テムボックスから大岩を五個、盗賊の進行方向に投下した。
ドドドスンッ。大岩の落下に続いて、背中の剣を抜いて俺も降下
する。
﹁⋮⋮っが、あ、ああああッ!﹂
盗賊の叫び声があがった。目の前に落ちてきた大岩でたたらを踏
んで止まった盗賊に、矢がさくさくっと刺さる。あっという間に四
本の矢が突き刺さり、盗賊は倒れた。サティ、容赦ねーな。
﹁マサル様﹂
弓を手にしたサティが追いついてきた。
﹁うん、よくやった﹂
倒れた盗賊は苦痛に呻いている。土魔法で手足をがっちり固め、
腰の剣を取り上げる。
﹁ぐっ⋮⋮うぅ⋮⋮なんでこんなことに⋮⋮﹂
倒れた盗賊が痛みに震えながらつぶやいた。
﹁なんでだろうなあ。俺もよくわからんわ﹂
なんで俺は異世界で盗賊を捕まえたりしてるんだろう? 魔物を
狩ったりするのはそういうものかと思ったが、人間を狩るのは想定
外だ。
1170
﹁今から矢を抜いて治療してやるからおとなしくしとけよー﹂
ほっといたら出血多量で死にそうだ。だがすでに意識がないのか
反応がなかった。四本も矢が刺さってんだものな。そりゃ気絶する
ほど痛いだろう。
サティに指示して、刺さった矢を抜いていってもらう。刺さって
いるのは肩に一本と足三本だけど、よく見るとそれ以外に傷が大量
に付いている。ウィンドストームでもかなりダメージをくらったよ
うだ。
︻ヒール︼︻ヒール︼これくらいでいいか? 完治してないけど
死ななきゃいいだろう。ついでに︻浄化︼もかけておく。どいつも
こいつも不衛生すぎる。
大岩を回収して、土で固めた盗賊をレヴィテーションで持ち上げ
る。
﹁戻るか﹂
﹁はい、マサル様﹂
サティを先頭に森を歩いていると、目を覚ました盗賊が話しかけ
てきた。
﹁なあ、あんた﹂
﹁ん?﹂
﹁俺はあいつらの仲間じゃないんだよ﹂
1171
﹁そうか﹂
﹁あいつらに捕まってたんだ﹂
ばっちり剣を装備してたのに?
﹁だから解放してくれないか?﹂
するわけないだろう。
﹁村に戻ったら病気の母親が待っているんだ﹂
知らんがな。
﹁なあ﹂
足を止めて、盗賊に向き直る。
﹁逃がしてくれるのか!?﹂
﹁なんで盗賊なんかになったの?﹂
﹁⋮⋮不作だったんだ﹂
﹁ふーん﹂
盗賊なのはもう否定しないんだな。
﹁雨が全然降らなくて作物は全滅。借金をしたけど、次の年も不作
1172
で家も土地も取られた﹂
﹁大変だったんだな﹂
事情はなんとなくわかったが⋮⋮
﹁そうなんだよ! だから頼むよ。これを外してくれよ﹂
だとしても盗賊になって旅人を襲っていいわけじゃないだろう。
﹁わかった﹂
﹁じゃあ!﹂
﹁悪事を働いてないなら、真偽官の前で釈明すればいい。悪くない
なら平気だろ?﹂
﹁そうだ! お宝の場所を教える! 今まで貯めこんできたお宝が
あるんだよ。あんただけに教えるから!﹂
そんなお宝があったら、盗賊なんて続けなくていいだろうに。
﹁もう諦めたら?﹂
﹁絶対いやだっ! 離せよっ! 解放しろおおおおおおお﹂
拘束から逃れようと空中でびちびちと暴れ出す。だが土魔法の拘
束はがっちりと作ってある。人間の力で破壊はまず無理だ。
﹁ちょっとうるさいぞ。黙らんとこうだ﹂
1173
レヴィテーションで高い高ーい。五メートルくらい持ち上げて円
を描くように回してやると盗賊は静かになった。
﹁何かありましたか? 騒がしかったですが﹂
遊んでいるうちにファビオさんともう一人が様子を見に来た。
﹁うるさいんでちょっとね﹂
そう言って上空で大人しくなった盗賊を指さす。
﹁そっちは?﹂
﹁全員縛り上げて馬車の方に運んであります﹂
﹁じゃあ戻りましょうか﹂
相手をしてるうちに同情心も失せた。
馬車に戻るとエリーやノーマンさん達が集まって何やら協議をし
ていた。盗賊は縛られ固めて街道脇に置いておかれ、見張りに剣を
突きつけられて大人しくしていた。上空を運んでいた盗賊もそこに
追加しておく。怪我をした盗賊はアンが治療してくれたようだ。
﹁それでどうするの? この後﹂
﹁マサルを待っていたのよ﹂
1174
エリーに説明された選択肢は二つだ。今朝出てきた町へ引き返し
て盗賊を引き渡す。そこがここから一番近いが丸一日潰れてしまう。
二つ目はこのまま盗賊どもを輸送して、次の村へと行く。ただし
次の村への到着は明日の午後だし、大きめの町となると更にその先
になる。今日のところは野宿の予定なんだが、盗賊を七人も連れて
野宿をするのは危険をともなうし、峠を超えることもあり荷物が増
えるのも困る。
﹁運ぶのはいいけど、あいつらどこに乗せるの? そんな場所ない
よね?﹂
エリーが一台の馬車を指さす。
﹁もう一個、馬車の荷物を引き受ければいいでしょ﹂
それもそうだ。アイテムボックスの余裕はある。
﹁それでマサルにどうするか決めてもらおうと思って﹂
﹁え? 俺が決めるの?﹂
﹁そうよ。うちのリーダーなんだから﹂
エリーはこのまま進むのが希望だ。なるべく早くナーニアさんの
ところへと行きたいらしい。商隊主のノーマンさんは引き返すのを
希望したが、俺の判断に任すという。ただし、どっちにしても盗賊
の身柄に関しては責任を持って欲しいとの要望だ。
1175
﹁進もう﹂
クエストのことがあるし予定を変えるのはよろしくない気がする。
囚人輸送には不安があるが、土魔法でがっつり固めておけば逃げ出
したりも出来ないだろう。
﹁ではそのようにしましょう﹂
俺の決定をあっさりとノーマンさんが追認する。
エリーによるとBランクにはそれだけの重みがあるという。冒険
者ギルドのランク制度に対する世間一般の信頼度が高いのだ。
Bランクの絶対条件は大型種の討伐である。つまりドラゴンくら
いなら討伐可能であると認められないと承認はされないし、ドラゴ
ンが現れでもした時は当然討伐を期待される。それを聞いたときは
愕然としたものだ。
﹁どらごの時も余裕だったじゃない﹂
﹁そりゃあそうだけど、いつでも上手くいくとは限らないだろう⋮
⋮﹂
死ぬにはたった一度の失敗で十分なのだ。
とはいえドラゴンが現れたとしても、突撃して倒して来いとかの
無茶はさすがに言われないらしい。町にでも襲撃があればまた話は
別だが。
森の調査の時も4パーティー合同だったし、Bランクの暁の戦斧
が居たにしても、一旦町へ戻ってさらに戦力を増強してドラゴンを
倒すという選択肢もあったのだ。
1176
だがBランクとCランクの間には歴然とした差があるのは確かだ。
普通の冒険者の多くはドラゴンを倒すことのできる実力を付けるも
こともなく、引退するか道半ばで倒れていく。
というかドラゴンを倒せますよっていう方がおかしいんだよな。
オルバさんやラザードさんがドラゴンに突っ込んでいった光景を
思い出す。メイジならともかく、戦士はあれくらいのことが出来な
いとBランクになれないってことなのだろう。そりゃあBランクす
げー!ってなるだろうさ。
実際のところ俺達がやったドラゴンは上位種であって、Bランク
の暁の戦斧は通常のドラゴンなら何度もあっさりと倒してきたとい
うのだ。
じゃあAとかSって一体どんな戦闘力があればなれるんだろうか
⋮⋮
サティによると、軍曹殿は5mはあるワイバーンを一撃で切り裂
いたという。怪我で引退をしてこれだ。一体、全盛期はどれほどの
戦闘力があったのだろうか。そしてその軍曹殿でもAランクだった
のだ。
Sランクを目指すのはいいが、それには相応の働きを期待される。
もうBランクくらいでいいんじゃないかなあ。そんなことはエリー
が絶対納得しないんだろうけど⋮⋮
1177
81話 旅路②︵後書き︶
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想、文章ストーリー評価なども大歓迎です。
1178
82話 旅路③
ティリカさん監修の尋問の結果、盗賊の拠点には案の定お宝はな
いことが判明した。金目のものは概ね身につけており、身ぐるみ剥
いで出発と相成った。盗賊の装備や金目のものは後ほどノーマンさ
んに査定してもらい、俺達とファビオさんのところで分配すること
になった。
そして確認した結果、全員有罪だった。尋問結果は事細かに記録
して、あとで盗賊を警察だか軍だか知らないが引き渡す時の証拠に
する。真偽官が認定した以上、証言は事実に相違ない。
護送車には馬車の一台をあてた。荷物は全部俺のアイテムボック
スに。馬車は土魔法で強化して頑丈な牢獄にした。盗賊どもを詰め
込んで、蓋をすれば出来上がり。空気穴があるだけで、扉すらない
完全な牢獄である。
盗賊たちは静かなものだ。騒いだり面倒を起こしたら殺すってい
う脅しがきいているんだろう。いや、脅しじゃないな。本当にやる
ぞ、なんて念を押す必要もない。実際にやるし、それが許されてい
る社会なのだ。恐ろしいわー。
﹁もし俺が皆殺しにしろって言ったら﹂
﹁皆殺し﹂
ティリカに聞いてみたらそう言ってうなずかれた。何故か選択権
が俺にある。誰も異論は唱えないようだ。俺が見つけて、俺が倒し
1179
て、俺が捕獲したから、俺が責任をひっかぶるのが当然とでも思っ
ているんだろうか? 別に俺一人でやったわけじゃないのに。
真偽官がいるからとかは関係ない。それは事態を簡単にしただけ
で、例えばファビオさんのパーティーだけで同じ状況に遭遇して、
同じように捕まえたとしたら、やはり生殺与奪権はファビオさんが
握ることになる。
その時はどうしますっていう質問をしてみたが、やはり俺と同じ
ような対応をするだろうと。殺伐とした異世界人でも、むやみな人
殺しは嫌なものらしい。少し安心した。
﹁ただ、連れていけない状況なら︱︱﹂
今みたいに馬車が使える時ばかりじゃない。もし安全に町なり村
なりに連れて行く方策がないなら、もう殺すしかない。処刑である。
現場の権限が強すぎじゃないだろうか。
異世界のリアルに嫌な気分になりつつも、嫁に慰めてもらうわけ
にもいかない今の状況である。現在位置は、囚人護送車の御者台。
偵察は中止。一応、偵察もどうするか聞いみてみたが囚人を見張っ
ててくれと。
自分で選択した以上きっちりと囚人の面倒は見なくてはならない。
すぐ後ろにはうちの馬車がいるし、土魔法で作った牢獄はさらに硬
化で固めてあり脱獄は不可能だとは思うんだが、だからと言って商
隊の人たった一人に監視を任せるわけもいかない。
それに人間が七人もいるのだ。面倒事はやってくる。
﹁魔法使いの旦那! 魔法使いの旦那!﹂
1180
盗賊が必死な声で呼びかけてくる。
﹁トイレだ。頼む、漏らしそうだ!﹂
トイレだ水だ食事だと、何かと世話も必要だ。別に閉じ込めっぱ
なしでもいいんだが、そうすると二日後にはこいつらは酷い有様に
なっているだろうし、もう面倒だと放棄してしまえば、じゃあ殺し
ましょうかという話になりかねない。
結局トイレは馬車内にトイレ用のツボを増設。縄などは仕方ない
ので解いてやった。食事もパンを朝晩だけ分けてやり、飲み水も水
瓶を作って飲めるようにした。
全部外から魔法でやるから、危険も何もない。囚人達も大人しい
ものだ。
街道は峠にさしかかり、道は山間部を縫うように抜け結構な勾配
があったりするものの、整備もされており進むには困らなかった。
そして特に何事もなく馬車の列は進み、本日の野営地に到着する。
街道脇にある、ちょっとした広場で小川がすぐ近くを流れている。
護送車は馬を外して、上から土魔法で更に覆いをかぶせた。馬車
の牢獄を破れるとは思えないが念のためだ。
だがこれで夜の間の監視を緩くしても問題なかろうということに
なった。もっとも監視をゆるくといっても設置場所は野営地のど真
ん中である。商隊は20人以上の集団であるし、俺達はもちろん囚
人たちのすぐ隣に土魔法で即席の小屋を立てての就寝である。
﹁今日はお疲れ様。マサル﹂と、アンが布団に潜り込んだ俺を労っ
てくれる。
1181
俺が土魔法で囚人を閉じ込めたり、自分たちが泊まる用の小屋を
作ったのを見てた商隊の人達に、同じのを作ってあげてたのだ。も
ちろん﹁作ってくれ﹂なんて要求してくるわけじゃない。いいです
なー、素晴らしいですなーなどと、羨ましそうに小屋を褒めるのだ。
魔力は余ってたし、じゃあ作りましょうかとなる。この季節、夜の
冷え込みが厳しいのだ。特にここは山間部である。彼らとて野営用
の装備はきちんと持っているのだが、簡単な天幕では夜の寒さを防
ぎきれない。
それで野営地には20人ほどが泊まれるよう、かなりしっかりし
た大きな家が建つことになった。商隊の人で大工が得意な人がいて、
そこら辺の木から立派な扉も作ったので、見た目はもう普通の石造
りの家だ。内部も部屋割りしてあるし、暖炉も作ったり寒さを防ぐ
ため壁も分厚く頑丈に作ったので数年は余裕でもつんじゃないだろ
うか。
﹁旅ってほんとに面倒だな。帰りは俺達だけで帰ろうな。適当にゲ
ート使ってさ﹂
﹁そうね、それがいい﹂
﹁行きも本当ならこんなに手間をかける必要もなかったのに。ナー
ニアが心配だわ﹂
﹁私はのんびりした旅も結構楽しいです﹂
盗賊団絡みで疲れたんだろうか、ティリカはすでにサティの横で
ぐっすりと眠り込んでいた。
嫁達と俺だけで自由気ままに生きたいわ。なんでこんなとこで囚
1182
人の世話したり家建てたりしてんだろうね、まったく。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日、旅五日目午後も半ばくらい。峠を何事も無く抜けて宿泊予
定の村に到着したわけだが、やはり盗賊団の受け取りは拒否された。
小さな村である。捕まえた盗賊の処理をしろって言われても確か
に困るよなあ。
村長さんによると、この村から一日の距離にある町にはこの周辺
一帯の領主がいるので、こういう案件はそこで処理するんだそうだ。
どうしてもここでというなら処刑しましょうかってなりかけたので、
慌てて町に連れて行くことを約束する。こええってば⋮⋮
﹁何かお困りのことはありませんか?﹂
俺の用事が終われば次はアンジェラさんの営業活動である。神官
として町に行けば神殿を訪ね、神殿もない村ならこうやって布教と
いう名のボランティア活動を行うのだ。もちろんやることは治療で
ある。
重病人などはいないが、具合の悪いものは何人かいるそうで、村
長宅で治療をすることになった。
それと今年は雨が少ないそうだ。捕まえた盗賊もそんなことを言
っていた。それで水不足がなんとかならないだろうかって話なんだ
が、神官って雨乞いとかもできるんだろうか?
﹁違うわよ。井戸を掘るの﹂
なるほど。それなら土魔法だな。
1183
ということは俺か!?
﹁お願いマサル﹂
そうアンにかわいくお願いされれば否応もない。無償の奉仕活動
ではあるが、大事な嫁のお願いである。ほいほいやってしまうのだ。
井戸掘りは土魔法なら簡単なものだ。場所を決めて土魔法でごそ
っと土を引っこ抜くだけの単純作業である。深く掘る必要があった
としても手間は変わらない。
水脈が豊富なのか村長さんの指定がよかったのか三箇所の井戸を
掘り、全ての場所できちんと水が出た。
水が出たのを確認したら周りの壁をきっちりと固め、あとは囲い
やら屋根やら作ればどこから見ても立派な井戸の完成である。
井戸を掘ったあと、村の壁の外にある農業用水をためてある溜め
池も見せてもらう。溜め池は水位が下がって底が見えているような
状態だ。
細い小川を引き込んであったんだが、それが今年は水量がほとん
どないそうである。井戸水を使って騙し騙しやってきたのだが、そ
れも限度がある。このままでは作物が枯れてしまうかもしれない。
﹁井戸を掘るのもいいけど、直接魔法で水だしちゃだめなの?﹂と、
思いついたことを言ってみる。
﹁そんなの魔力がいくらあっても⋮⋮﹂
﹁魔力なら大量にあるよね?﹂
アンがはっとした顔をしてこちらを見る。
1184
魔力で出す水ってどこから湧いてくるんだかよくわからないんだ
が、MP消費はそれほどでもないし、本気を出せばかなりの量が出
せるんじゃないだろうか。うちは四人もメイジがいて全員スキルで
魔力量は増強してあるし、四人ともに水魔法は問題なく扱える。
そして早めに宿に入ってもすることもないので、全員ぞろぞろと
ついて来ている。
﹁じゃあみんな、お願いできるかな?﹂
﹁それくらいいいわよ﹂
﹁手伝う﹂
さっそく溜め池に向けて水を放出する。四人で一斉でともなると
かなりの量だ。
この大量の水はどこから出てくるんだろう? 空気中の水分にし
ては多すぎるし、空気を元素変換でもしているのか、水自体を召喚
でもしているんだろうか。本当に魔法って謎である。
干上がりかけていた溜め池の水位がみるみるうちに上がっていき、
村人達から﹁おおおおおおー﹂とどよめきが起こる。
水位が七、八割程度に戻ったところでみんなの魔力が切れた。だ
が村人達は大喜びである。新しい井戸3つとこの溜め池の水で当座
はしのげるだろう。雨が降らないと根本的な解決にはならないが、
それはもう雨乞いでもしてもらうしかない。
終わったあとは村長の家に招かれて歓迎会である。宿に篭って嫁
とのんびりといちゃつきたいところであるが、下にも置かない歓待
ぶりで断れる空気ではない。それに治療のほうがこれからなのだ。
1185
村長の家の一室に移動し、やってくる村人達の治療を進める。こ
ういった神殿がないような村には定期的に神官がやってくるらしく、
村人も手慣れた感じで順番に治療を受けていく。
ボランティアなのでもちろん無償だ。だが治療を受けた村人達は
丁寧に神と神殿、そしてアンジェラに感謝の言葉を述べ、時にはう
ちの畑で取れたものですと、野菜などの作物を置いていく。
魔力は残り少なかったが、幸いひどい病気や怪我の人はいなかっ
た。寒い季節なので風邪の人や、お年を召した方々で具合の悪い方
が数人いたくらいだ。俺とアンとエリーの三人で交代で治療してい
れば、自然回復分くらいで魔力は十分に事足りた。
治療に受けに来た人は十人ほどで、30分と経たずに治療は完了
した。
終わったあとは宴会である。村長宅のなかなかに広い食堂ではす
っかり準備が整っており、村人達で賑わっていた。俺達は上座で主
賓である。だが隠密で気配を殺していればみなスルーしてくれる。
本当に使えるスキルである。色々出された料理やお酒をサティやテ
ィリカと一緒に味わっていれば、村人への対応はアンと何故かエリ
ーがやってくれている。
﹁情報収集よ﹂とのことである。本当に優秀な嫁で助かる。
話題はやはり日照りと盗賊のこと。
日照りのほうは春になれば雪解け水で川の水量が増えてなんとか
なるのだが、このままでは水不足で作物が枯れるのも覚悟していた
のだという。今回の井戸掘りと水の補充は本当に何度もお礼を言わ
れた。
盗賊の方は寝耳に水だったようだ。
盗賊が近辺に出没するとなると非常に面倒な事態だ。7人程度と
1186
いうなら軍や領主が動いてくれるかどうかもわからない。
村総出で山狩りにでもなると、命がけのミッションである。助っ
人の冒険者などを雇うにしても貧乏な村では負担がきつい。
それを事前に見つけて狩っておきました。無償です。そりゃああ
りがたいことだろう。
俺はでしゃばるつもりは皆無なので、アンや神殿の功績ってこと
にしておいた。神様の株も上がりまくりである。
だけどこの力は神様からもらったものだし、おおむね間違ってい
ないのだろうと思う。
宴会は早めに切り上げさせてもらった。水出しや治療では無理を
せず魔力を残してはいたが、やはり使いすぎると疲労感はある。魔
法使いのそこら辺の事情は一般にも知られているので、すぐに解放
してくれて部屋に案内された。
村長宅の一室で、宿にはすでにこちらに泊まると連絡をやったと
いう。
エリーはすでにふらふらしていた。俺も酒が入ったし、ナニもせ
ずにさっさと寝た。人の家だしな⋮⋮
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
旅6日目。峠は抜けたのでまた平地で田園風景がちらほら見えて
きた。交代しようかって話もあったが、相変わらず俺が囚人護送車
の面倒を見てる。何かあった時に一番対応力があるのは俺だし、土
魔法を扱えるのは俺とエリーだけだ。そしてエリーさんはこういう
雑用が大っ嫌いである。
﹁どうしても。どうしても! っていうならやるけど﹂
1187
﹁いえ、俺がやります⋮⋮﹂
すっごくイヤイヤこう言われては俺がやる他はない。サティやテ
ィリカは付き合うと言ってくれるが、御者席には三人乗ればぎゅう
ぎゅうである。長旅であるし、無理をすることもない。
夕刻には大きな町に到着した。シオリイの町並に立派な壁に囲ま
れており、周辺は耕作地が広がっている。
町の入り口で商隊と別れ、門番の兵士に捕まえた盗賊を見せて事
情を説明する。交渉はファビオさんがやってくれた。長く冒険者を
やっているので、こういったことも何度も経験しているという。
﹁よくやってくれた。調査ののち、規定の報酬を払おう﹂
だがしかし。いきなり盗賊捕まえました。奴隷として売り払いた
いですなどと言っても、調査や確認などで急いでも丸一日は待たね
ばならないのだが、そこはそれ。うちには真偽官さんがいらっしゃ
る。
﹁その必要はない。こいつらは私が尋問済み﹂
そう言って、ティリカさんが出て行けば即完了である。
﹁三級真偽官ティリカ・ヤマノス。任務のためにこのパーティーに
同行している﹂
﹁真偽官殿ですか!?﹂
片方が赤目の人間なんて他にはいないし、ギルドカードにもちゃ
1188
んと真偽官と記載してある。カード偽造やなりすましは誰も心配す
る様子もない。
こんなにあっさり信じて大丈夫なんだろうかと思うが、真偽官み
たいなのがいれば良からぬことを考えても、見つかった瞬間芋づる
式に摘発なんだろう。そういった詐欺行為は全く割に合わないとい
うことか。
ティリカのお陰で扱いは格段によくなり、尋問の記録も取ってあ
ることだし、簡単な確認のみですんなりとこちらの言い分は通る。
そしてすぐに盗賊どもを売っぱらったお金は手に入ったんだが、
これが思ったより少なかった。
﹁人を殺したことのある盗賊とか購入したい?﹂とエリー。
買いたくないな。それで買っていくのは肉体労働系で鉱山、軍み
たいなところが主らしい。
とにかくようやく盗賊の監視から解放されてほっと一息である。
盗賊の持ち物やらの分と合わせて金貨50枚ほどが分配後のうちの
パーティーの分け前である。討伐から輸送まで含めて三日間の仕事
で500万円は十分な報酬だろう。
まあここから更にパーティー内で分配するんだが。
旅の間、生活費はそれほどかかってないとはいえもうちょい収入
が欲しいものだ。
道中にオーク軍団でも出ないものだろうか。
1189
82話 旅路③︵後書き︶
次回更新は来週末くらい予定です
>>道中にオーク軍団でも
ぴこーん!
1190
83話 旅路④︵前書き︶
後書きで重大発表的な何かがあります。
1191
83話 旅路④
﹁また馬車の数が増えてるな﹂
このあたりから結構危険になってくるのよ、とエリーさん。
魔境が近くなってくる上に、人里が極端に少なくなる。要するに
辺境である。街道はうっそうとした深い森の中を通っており見通し
も悪い。
旅は7日目。
町から出発した商隊の馬車の数はほぼ倍になっている。他の商隊
と合流したのだ。
その分ちゃんと護衛も増えてるので負担が増えるとかはないはず
なのだが、今日からうちの馬車が先頭である。
魔物でも出れば真っ先に戦えってことだろうか。
﹁緊急時以外働かなくていいって話だったのに、色々やらされてる
気がする﹂
﹁何かあったらどうせ私達がやることになるのよ。だったら最初か
らやるほうが早いでしょ﹂
エリーの言うことももっともである。
出現頻度の多いオーク程度でも普通のパーティーだと命がけとま
ではいかないが、毎回無傷でとはいかない相手である。ましてやこ
の辺りは危険地帯。商隊がまるごと、痕跡も残さずに消えたなんて
話もあるくらいだ。強いパーティがいるなら前衛はお任せしたいだ
ろう。俺も他人にお任せできるならお任せしたい。
1192
﹁経験値は必要﹂
﹁そうよ。あとちょっとなんだからね!﹂
ティリカとエリーはやる気満々である。
ティリカはまだいくつかレベルアップが必要なのだが、エリーは
次のレベルで空間魔法レベル5が習得できるという状態のまま、こ
こまでの行程で出たのは盗賊のみ。野宿の夜は魔物らしき気配をち
らほら感じたものの、襲ってくることもなかった。
俺も経験値は欲しい。お金も稼ぎたい。だが旅ももう一週間。こ
こ数日の盗賊の相手やらもあって疲れが貯まってきた気がするのだ。
だが俺が何かと休みたがるのはアンあたりにはお見通しである。
﹁︻ヒール︼。さあ今日もがんばろうか!﹂
ですよねー。昨夜はあんなに元気いっぱいだったのに、疲れたで
すは通らないとは思った。いや、ちょっと夜に張り切りすぎたのが
いけないんだけどね。臨時収入もあったことだし、いつもより上等
の宿に泊まってみんなとゆっくりしてきたのだ。色々と。
出発前の協議の結果、今までのような偵察はやめておこうという
ことになった。適当な思いつきで始めたことではあるし、危険地帯
で戦力を分断するのはやはりよろしくない。それに偵察なら俺とサ
ティで馬車上からでも余裕をもって行える。加えてティリカにほー
くをこっそり出してもらって偵察範囲を大幅に広げてみると、結構
な頻度で獲物をみつけることができた。
1193
進路上の魔物は皆殺しである。進路を外れていても出向いて行っ
て皆殺しである。
幸いにして再び盗賊が出てくることはなかった。この辺りは魔物
が多く出るのだ。盗賊もこんなところじゃ危険すぎて仕事をしてい
られないのだろう。
当初は新規に合流したパーティーにちょっと舐められてる雰囲気
があった。Bランクとはいえ、見た目はまるっきり駆け出しのパー
ティーである。
Bランク? ドラゴンの討伐を一回? 20人の合同パーティー
で魔法を一発撃っただけ? こんな具合に少々こちらの実力を疑っ
ている様子だ。
ドラゴンを討伐するほどの実力があればどこかで評判も聞こうも
のだが全くの無名。ランクもあがりたて。高校生くらいにしか見え
ないリーダーの俺に、あとは女の子が四人。本当に戦力としてあて
になるのか不安になろうものである。
俺は別に気にしなかった。どうせ証明しようと思ったら何か見せ
ろとか戦えってなるのだ。むしろ弱いと思って余りあてにしてくれ
ないほうが嬉しい。
ランク詐欺というものがある。実力に見合わない上位のランクを
持っている冒険者がまれにだがいるのである。パーティーで戦う以
上、強い仲間がいれば引っ張られてランクが上がることもあるのだ。
もちろんギルド側もそれを防ぐべく個人ごとの審査はきっちりや
るのだが、完全に防げるとは言い難い。真偽官が常駐しているのも
シオリイの町のように大手の冒険者ギルドのみなのである。
対外的にはランクにはそのランクに見合う実力があるとされてい
るが、身内の冒険者はそういった事情はよくわかっている。ランク
1194
詐欺は滅多にないこととはいえ、魔物が出れば共に戦うことになる
のだ。ドラゴンを倒せるという触れ込みで来た奴が役立たずだった
りすると命に関わる。強さの確認を可能ならばしておきたい。
出発前日にファビオさんが喧嘩をふっかけてきたのもそんな感じ
だったのだろうと、ランク詐欺に関してエリーに説明してもらった。
町を出発した日の午後にさっそくオークの集落をみつけ、殲滅し
てほくほくして戻ってきた時のことである。休憩地点で合流してオ
ーク集落の位置やら数をノーマンさんに説明していると、他の護衛
パーティーのリーダーがちょっと難癖をつけてきたのだ。
﹁それは本当なのだろうか﹂
あまり長時間商隊から離脱もできないので狩りは手早く済ませた。
俺のフライで3人を抱えて現場に突入しつつ詠唱し魔法をぶっ放す
新戦法だ。気付く間もなくオークは壊滅した。
高度な偵察能力と空戦能力、高火力が合わさって初めて可能とな
る荒業である。
街道からは距離があって危険はないとの判断で商隊は止まりもし
なかったし、ちょっと魔物がいるので倒してきますとだけ言ってす
ぐに戻ってきたのだ。オークを80匹ほど始末してきましたと言っ
ても信じられないのもまあ仕方ないだろう。
﹁本当﹂
ティリカがちょっとムッとして言う。ティリカが真偽官だという
のは初日から商隊にいる人はさすがに知っているが、普段は隠して
いる。一般人には色々恐れられたり誤解されたりする職業なのだ。
1195
﹁街から近いしね。見つけて倒せてよかったよ﹂と、アンジェラ。
﹁だがこのような位置にオークの集落があるなどとは⋮⋮﹂
この人は出発してきた町をベースに活動してるらしい。町の近く
にオークの集団が集落を作っていたとなると、心穏やかというわけ
にはいかないんだろう。
﹁ああもう。マサル、見せて上げなさい﹂
﹁あー、うん﹂
10匹だったとか過少申告するべきだったかな。でも嘘つくとテ
ィリカが怒るし。
ちょっと広い場所に移動して、オーク50数体を一気に放出する。
強力な範囲魔法で殲滅したので損傷が酷い死体が多く、結構な数
をその場で土に埋めてきたので倒した数よりは少々少ない。だがそ
れでも五十体ほどは残り、ずたずたに引き裂かれたオークが山とな
っている。かなりグロい光景だ。
﹁カードの記録も見ます?﹂
﹁必要ない。いえ、必要ないです。大丈夫です﹂
必要ないようだ。さっさとオークの山を回収するが、すでに注目
の的である。商隊中の人が見に来ている。あんまり目立ちたくない
のに⋮⋮
1196
﹁でもこれ驚くようなものか? レベル3か4使える魔法使いなら
これくらいできるよな﹂
おとなしく引き下がった冒険者を見ながらエリーに尋ねてみる。
﹁うちだって四人掛かりでしょ。それにレベル4って簡単にいうけ
ど、そこまでのレベルになると中々いないのよ?﹂
﹁そういうもんか﹂
それにしてもあっさり信じたな。俺だったらちょっとは疑ってか
かるんだけど。今狩ってきたとは限らないじゃないか。
﹁マサルだってごつい冒険者は怖いって言ってたでしょ﹂
﹁うん﹂
もう怖いってほどじゃないが、それでも苦手なのは変わらないな。
﹁あっちだって魔法使いが怖いのよ。私達には一瞬で集落を殲滅す
る力があるのよ。その辺りをマサルはもっと自覚したほうがいいわ﹂
確かに死体の山を短時間で築けるような人物に疑わしい!とか恐
ろしすぎて言えないな。納得だ。
ともかくそんな感じで商隊の人たちは道中の狩りにとても協力的
になったのである。ちょっと怖がられるのと引き換えに。
1197
昼間はがっつり狩りをしても、夜は夜で仕事はある。野営地作り
である。家作りとも言う。
野営の度の家作りも毎回やらされ、しかも全員分である。真冬の
夜の寒さはかなり厳しい。うちとノーマンさんの商隊の分だけって
わけにもいかない。
やることといえば同じ形の建物をいくつか作るだけである。一度
作り方を覚えれば手間はほとんどかからない。普通は魔力が問題と
なるんだが、その魔力は大量にあるのだ。
それで野営地には立派な一軒家が何個も建つのだが、これが全部
無償である。
だがさすがに全員分を作るとなると面倒になってくる。これはお
金を取るべきではないだろうか。
﹁一泊するだけなのにそんなにお金は取れないよ?﹂
そうアンに言われた。
石造りの家は普通に生活できるくらいにがっしりと作ったが、今
のところ必要なのは一泊だけである。ベッドも一応作ってあるが寝
具すらないのだ。
2000円か、ぼったくっても5000円ってところだろうか。
その程度全員から取った所でお小遣いくらいの収入にもならない。
いや、俺一人でもらっておけばお小遣い程度にはなるのか?
﹁セコい真似はやめてよね、もう⋮⋮﹂
エリーに呆れられたので、感謝の気持ちだけ受け取って終わりと
いうことになった。まあ道中の魔物狩りはそこそこな収入になりそ
うではあるし、ガツガツする必要もないか。
1198
他の土魔法使いはどうしてるんだろう。旅行の度にこの程度のも
のを作っていれば俺が余計な面倒を被らなくても済むのに。
﹁普通の土魔法使いは小さいのを作るだけで魔力が尽きちゃうわよ。
こんなの何個も作れるほうがおかしいの﹂
そう言えばティリカの婚約者候補だった、なんとかという貴族も
結構な土魔法の使い手だったというが、たった3体ほどのゴーレム
で魔力が切れてたな。
たとえ作れるとしても、危険のある旅のさなかだ。家作りで魔力
を消耗などできないのが一般的なメイジってことなのだろう。
この、マサルが野営の度に作ってまわった宿泊施設は今後大いに
活用され、旅人達に感謝されるのであるが、今のところ本人たちは
あずかり知らぬことである。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
順調に狩りをしつつ辺境地帯を問題なく通過し、いくつかの村を
経由して、再び商隊の規模は出発当初より少し大きいくらいになっ
た。残りの行程はあと2日ほどである。
とある村を通過しようとした時、武装した村人達に止められた。
大量の魔物がこの先の峠に出たというのだ。完全武装の村人が何人
も街道に出てきている。
1199
﹁イナゴだ!﹂
イナゴと聞いていやーな気分になる。虫が特に苦手っていうわけ
じゃないんだが、この世界の虫系の魔物ってでかいんだ⋮⋮
話を聞いてみると案の定でかい。最大で3mくらいになる個体も
いるそうで、そんなのが大量に移動しつつ、進路の何もかもを食い
散らかすという。好き嫌いはない。動物だろうが、植物だろうが、
人間だろうがなんでも食う。
見つけた村人によると恐ろしいほどの数がいたそうである。だが
正確な規模などはわからない。
成長したイナゴは単体でもオークと同等以上の強さがあるという。
普通の村人では偵察に行くだけで自殺行為だ。
村の中では避難準備で大わらわである。もしイナゴがこちらに来
れば逃げ出すしかない。幸いにしてイナゴは進路上に食べるものが
あればそこで止まるので、移動速度はさほどでもない。それにイナ
ゴは気まぐれだ。どちらに向かうか誰にもわからない。村に来るか
もしれないし、反対側に行くかもしれない。
だが、峠の向こう側にはナーニアさんのいる村があるのだ︱︱
﹁何年もかけて農場を広げてきたのに﹂
﹁急げ!急げ! イナゴが来る前に逃げるんだ!﹂
﹁うわーん、うわーん﹂
﹁イナゴがこっちに来たら村は︱︱﹂
﹁なんでこんなことに⋮⋮﹂
泣く子供、意気消沈して荷造りを急ぐ村人達。
この村にも頑丈な壁があるが、羽を持つ巨大イナゴにとっては何
の障害にもならない。
1200
峠を抜ければガーランド砦があり、もちろん軍が常駐しているの
ではあるが、峠を超えて知らせるのは不可能だ。距離も砦までは約
2日もかかる。反対側の我々がやってきた方面の町はさらに遠方で
ある。
視線は当然俺達に集まる。言わずもがな、討伐できないか? と
いうことである。
だがそれは口にはされなかった。相手は軍が相手をしなければい
けないような規模の魔物の群れだ。いくらBランクのパーティーと
はいえ、単独ではどう考えても荷が重い。
﹁どうしようか﹂
﹁どうってやるしかないじゃない﹂
別にやるしかないってこともないと思うが。砦にいる軍に通報し
てきてもらうというのはどうだろうか。俺達ならフライで峠は飛び
越せる。
﹁イナゴの規模はわからないけど、戦えば軍にもひどい被害が出る
でしょうね。それでも殲滅できるかどうか﹂
軍にもメイジくらいいるだろうが、辺境の砦である。戦力がどれ
ほど期待できるかもわからない。それに出動してくれるとしても、
ここに来るまで片道2日はかかる。向こうに知らせる時間や、戦闘
準備も考えれば3日か4日は確実にかかるだろう。
結局、俺らでやるのが早いし確実なのだ。
﹁とりあえず見に行ってみます﹂
1201
﹁いくらBランクと言っても⋮⋮﹂
その村人は懐疑的だった。イナゴの大群は五人くらいでどうこう
できるようなものではない。下手に刺激して、こちらに引き寄せで
もされたら困るということをやんわりと伝えられた。それよりも村
人の避難の護衛をしてくれないかとお願いされた。
﹁大丈夫よ。私達に任せておきなさい!﹂
エリーさんはいつも自信満々である。だがそれを見て村人は余計
に不安そうな様子を見せる。
﹁あー、まあ大丈夫ですよ。四人もメイジがいるんで火力だけは高
いですから﹂
ちょっと多いくらいのイナゴなら問題ないだろう。
﹁うちはいずれSランクになるパーティーよ。イナゴくらい楽勝で
殲滅してあげるわ!﹂
エリーの見立てによると、うちは火力だけならどのSランクパー
ティーにも引けを取らないそうだ。
だがうちはただでさえランク詐欺っぽい見た目なのだ。Sランク
とか言うから余計に村人さんが引いてるじゃないですか、エリーさ
ん⋮⋮
1202
83話 旅路④︵後書き︶
アニメ化が決定しました。
嘘です。
ハロワに行ってきました。
これも嘘です。
働きたくないでござる。
ストックが貯まったのでしばらくは毎日投稿ができます。
大嘘です。
書籍化決定しました。
多分本当です。
書籍化によるダイジェストや削除はありません。
1203
詳しくは割烹で。
1204
84話 旅路⑤
商隊と護衛も村人達と一緒に避難することになった。行くのは俺
達だけだ。
ファビオさんもイナゴと戦うと言ってくれたが、俺達だけのほう
が色々とやりやすい。
現地へは全員で歩くことにした。規模や位置はほーくの偵察でだ
いたいのところは判明したし、イナゴも飛ぶのだ。空も安全とはい
えないし、フライやレヴィテーションで魔法の使い手が減るのも困
る。
﹁イナゴも食べるんだよね⋮⋮?﹂
﹁一度食べたことあるけど味はそこそこね﹂と、アンが言う。
﹁食べたことない﹂
アンの言葉にティリカは興味津々のようだ。
﹁はいはい。倒したら何匹か取っておいて味見してみような﹂
虫は高タンパクだと言うしイナゴくらいなら味見してもいいかも
しれん。
﹁イナゴってどうやって料理するんですか?﹂などとサティがアン
に聞いている。
1205
﹁イナゴの大群なんて何十年に一度なのよ。タイミングがいいわね﹂
エリーがぽつりと言う。
﹁タイミング?﹂
﹁神様のクエストよ﹂
なるほど。これか。これがクエストなのか。
﹁きっとナーニアのいる方に行くのよ﹂
﹁ありそうだな﹂
﹁もし遅れていればナーニアのいる村は壊滅ね。早くてもこんなに
タイミングよく遭遇できなかっただろうし、被害がどれくらい出た
かわからないわ﹂
メニューを開いてクエストを確認する。
︻クエスト ナーニアさんを助けよう︼
慣れない農場生活で苦労しているナーニアさんを助けてあげよう。
特に急ぐ必要はないが王都に寄り道はしないほうがいい。
報酬 パーティー全員にスキルポイント5
苦労してるナーニアさんを助けてあげようか。普通にイナゴって
書けばいいのに。
あ、でもそんなことが書いてあったらエリーが大暴走してそうだ。
この程度の表現でよかったのかもしれない。
1206
﹁やるぞ﹂
いまいちやる気がなかったが、クエストというなら確実に遂行し
なければならんだろう。
﹁ええ、もちろんよ!﹂
見てろよ、伊藤神。イナゴくらいさくっと殲滅してやるよ!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁マサル様⋮⋮﹂
サティが不安そうに俺を見やる。イナゴの姿はまだ見えないが、
すでに俺にも聞こえるくらいの騒音が聞こえてきている。
︱︱バキバキ、ボリボリ、ギチギチギチ、ヴヴヴヴヴ。
近寄るにつれて、だんだんと音は大きくなっていく。
さっき気合をいれたばっかりだが、やっぱり怖い。ちょっと逃げ
たくなってきた。
峠のカーブを曲がり視界がひらけた先では、山が一面のイナゴに
覆われていた。ティリカの報告を聞いてはいたが、数えきれないほ
どの巨大なイナゴがうごめいている様は、実際に見るとかなり怖気
を振るう光景だ。
﹁うわあ⋮⋮﹂
気配察知の範囲外まで、かなりの範囲に渡って巨大なイナゴが食
1207
事中だった。小さい木や下生えはもうほとんど残っていないように
見える。大木に何匹ものイナゴが取り付いて、葉っぱを貪り食って
いる。イナゴは緑色をしていて、サイズはまちまちだ。小さいのは
子猫くらいのサイズだろうか。かなり大きいのもちらほらと混じっ
ている。
﹁これは本気でやらないとまずいんじゃないかしら⋮⋮﹂
﹁あ、ああ。そうだな﹂
俺が火魔法で本気を出すと死体が消し飛んでお金になる素材が残
らなくなるんだが、そんなことも言ってられそうにもない規模だ。
ちなみにイナゴに討伐報酬はない。小さなイナゴでも1匹とカウ
ントされるのだ。いちいち支払っていたらギルドは破産してしまう。
だが倒した後は食材としてそこそこの値段で売れるので、普通はそ
れでも問題はない。
﹁本当なら依頼でも出してもらってそれなりの報酬が貰えるのよ﹂
報酬は期待できそうもないのでエリーは不満そうだ。
まずは俺が最大火力で撃ち込んで、残ったイナゴを他のみんなで
殲滅しようという作戦である。
いつものように合同魔法でやる案もあったのだが、敵の数が多す
ぎる。ここは確実に最大火力で殲滅したい。俺が火魔法で吹き飛ば
した分はお金にならないが、まあ仕方ないだろう。
﹁神様の出したクエストなんだし、無償でもいいじゃないか﹂
﹁そりゃあアンはそれでいいでしょうけど、私はお金が必要なのよ﹂
1208
﹁だから私のお金も上げるって言ってるのに⋮⋮﹂
﹁ナーニアへの借金を返すのにアンから借金してちゃ一緒じゃない
の﹂
﹁家族になったんだし、別に返さなくてもいいのに﹂
﹁そういうわけにもいかないわ﹂
﹁はいはい。防壁も出来たしそろそろやるぞ﹂
全力のメテオを撃つ予定なのだが、どれくらいの威力になるか分
からない。一応十分な距離は取ってあるが危険も考えて土魔法で頑
丈な半地下式のトーチカを作っていたのだ。それにこれなら万一、
イナゴがこちらに来ても篭もればやり過ごせもするだろう。
全員でトーチカに潜り込んだあと、後ろの出入り口は大岩で塞い
でおく。これで正面に開けた小さな窓以外からは外部は見えなくな
るが、ほーくが偵察中だし気配察知で動きもわかる。問題ないだろ
う。
﹁ちょっと狭いわね﹂
﹁少しの間だ。我慢⋮⋮﹂
ティリカと顔を見合わせる。
﹁イナゴが動いた﹂と、ティリカ。
1209
︻メテオ︼詠唱開始︱︱
﹁ヤバイぞ。やっぱりナーニアさんの村のある方向だ﹂
喋りながらも魔力を集中していく。できるだけ範囲を広げるんだ。
確実に殲滅しないといけない。
﹁ほーくも退避させた﹂
膨大な魔力が俺を中心に収束していく。
体が熱を帯びていくようだ。
集中しないと魔力が抑えきれない。今までに扱ったことのない、
巨大な魔力が体内から絞り出されようとしていた。
もはや外部の様子に構っている余裕はない。魔力の制御に集中し
ないと暴走してしまいそうだ。
チートスキルで詠唱の成功率が100%だという認識は改めない
といけないようだ。これは気を抜くと失敗する。
暴走したら絶対にやばい。危険な、今まで体験したことのないレ
ベルで魔力が集まっている。
全力だからって魔力を込めすぎた。だがもうやり直しもできない。
中断しても普通なら魔力が霧散するだけなのだが、これだけの濃
密な魔力だ。何が起こるかわからない。
高速詠唱Lv5で詠唱時間が半分になっているはずだが、詠唱が
いつまでも終わらない。
歯を食いしばり、魔力の制御に集中する。
トーチカの中は濃密な、物理的に触れられそうなほどの密度の魔
力が渦巻いている。
もうすぐ。
もうちょっとのはずだ。
だが魔力の制御もそろそろ限界に達しようとしていた。
1210
もうこれ以上魔力を抑えていられそうにない⋮⋮
あと少しで詠唱が︱︱
長い長い詠唱が、ついに終わりメテオが発動した。
不意に魔力が体から抜け、あまりの脱力感に膝をつく。
意識が遠のきそうになるのをこらえて、小窓から外を見る。
先ほどまでの雲ひとつない晴天が薄暗くなっていた。
空を埋め尽くすような無数の隕石が赤熱しつつ、高空からイナゴ
の群れ目掛けて落下していく。
薄暗かった空が今度は赤く光り輝く。
﹁ウィンドウォール﹂
予定通り、エリーが風の壁をトーチカの前面に展開する。
﹁落下するぞ。耳を塞げ!﹂
本当はトーチカに伏せたほうがいいのだろうが、黙示録的な光景
に目が離せない。
轟音を上げつつ落下した大量の隕石群は、ほぼ同時に地面に着弾
した。
刹那、大爆発が起こり大地が激しく振動する。
トーチカに音と衝撃が到達し、耳を塞いでいるにも関わらず頭の
中を轟音が突き抜ける。
巻き上がった粉塵が太陽を遮り、あたりが再び薄暗くなる。
闇と静寂があたりを支配する。
耳がキーンと鳴っている。
1211
やり過ぎた。
どう見てもやりすぎだよ、これ⋮⋮
サティが耳を塞いだまましゃがみこんで、目をつぶってぶるぶる
と震えている。
アンとティリカがそれを心配そうに介抱にかかっている。
エリーが俺に何か言っているが、耳がよく聞こえない。
なんだこれ? なんだこれ?
試し撃ちした時は、こんなとんでもない威力じゃなかったぞ? そりゃその時は抑えて撃ったけど。
まだ少々薄暗いが辺りはようやく明るさを取り戻しつつある。
大岩を収納して、外に出る。
山は削り取られ地面には多数のクレーターが出来上がり、そして
どこもかしこも燃えていた。煙と粉塵で見通すことはできないが、
これで生き残れるような生命体は存在しないだろう。気配察知にも
全く反応はない。
四人も続けてトーチカから出てきて、一緒にメテオの着弾点を見
やる。かつて存在した木々や生命は根こそぎ消滅し、燃えている。
まるで地獄のような光景だ。
﹁お、思ったより威力があったわね﹂
ようやく耳が治ってきて、エリーの声が聞こえた。
返す言葉もない。魔力切れでその元気もない。
1212
﹁な、なにこれ⋮⋮﹂
アンもメテオの惨状を見て呆然としている。
﹁ほーくがショックで墜落した﹂
ティリカがぼそりと言った。幸いほーくは無事復帰して帰還中ら
しい。
サティはティリカに抱きついてまだ涙目だ。耳がいいだけにダメ
ージが大きかったのだろうか。アンが見ていたので多分もう大丈夫
だと思うが。
﹁とりあえず火を消さないとな﹂
﹁そうね。マサルはサティと休んでなさい。私達で空から水をかけ
てみるわ﹂
﹁うん、頼む。俺はもう魔力がない﹂
﹁きついなら魔力の補充しようか?﹂
アンがそう言ってくれるが、火を消すのを優先して欲しい。急が
ないと森林火災が起きそうだ。
﹁大丈夫。火を消すのに魔力を使ってくれ。イナゴも生き残りがい
るかもしれない﹂
アイテムボックスからMPポーションを取り出して飲み、さらに
濃縮マギ茶も飲んでおく。それでちょっと楽になった。
ティリカとアンを抱えて飛び立つエリーを見送る。
1213
とりあえず消火はなんとかなるとして、地形が変わっちゃったの
はどうしよう⋮⋮
地面はぼこぼこになっている。街道も消し飛んでしまっている。
土魔法でなんとか直してごまかせないかな。無理だろうなあ。
メニューを見るとレベル4も上がっていた。
あれ? HPが半分ほど減ってる⋮⋮耳鳴りがしたくらいで肉体
的ダメージは負ってないはずだが、もしかしてHPまで魔力に変換
してぶっ放したのか???
﹁ん? サティどうした﹂
座り込んでメニューを調べていると、サティが横に座って俺をじ
っと見ていた。目が合う。
﹁マサル様はやっぱりすごいです﹂
﹁うん、メテオはすごかったなー﹂
予想以上だわ。あれの半分もあればどんな敵でも吹き飛ばせそう
だ。
もともとMP消費量減少Lv5で魔力消費は半分になってるし、
半分でも全力なんだよな。いや、MP量増加もあるし、更に3分の
1くらいか? 本来の魔力の6倍で撃ったのだ。メテオの威力が過剰になっても
おかしくないし、あの制御の困難さもうなずける。
もし制御に失敗してたらどうなっていただろうか。これだけの破
壊力の魔法が暴走するのだ。俺も、周りもただでは済むまい⋮⋮
やはり全力のメテオの使用は控えたほうがいい。いや、他の魔法
にしても全魔力を込めるのは危険だな。半分くらいに制限しておく
1214
のが安全だろう。
順調に消火は進んでいるようで、火災現場からは蒸気が立ち上っ
ている。
魔力切れの疲労感もあり、ぼんやりとそれを眺める。イナゴはさ
すがに全滅してるかな。
そうだ、クエスト。
メニューを開いてクエストを確認するが、クエストの状態に変化
はない。
クエストのクリア条件はイナゴじゃない⋮⋮? まさかこれで殲
滅しきれてないとか? ナーニアさんのところまで行かないといけ
ないのかな? それともまさか本当にナーニアさんが普通に困って
いて、イナゴは偶然遭遇しただけ? 一応日誌で問い合わせておくか。どうせ返事は来ないんだろうけ
ど。
しばらくすると三人が戻ってきた。
﹁大雑把に水をかけただけだけど、大体の火は消えたと思うよ﹂
﹁見た範囲ではイナゴは全滅してたわね﹂
﹁たいがに周辺を見て回らせている﹂
ティリカの召喚は本当に役に立つ。本来なら自分たちで見て回ら
なければいけないところだ。その分ティリカに負担がかかるんだろ
うと思ったんだけど、たいがは簡単な指示でもかなり独自に動いて
くれるらしい。俺のゴーレムとは大違いだ。
1215
﹁それと原型が残ってたのを少し回収してきたわよ﹂
﹁いい感じに焼けてた﹂
こんがり焼けてそうだ。塩でもふりかけてあとで試食してみるか。
とりあえずイナゴはもういいとして、村人と商隊にもう大丈夫っ
て知らせないといけないな。あとは地形が変わったのはもうどうし
ようもないとしても、街道は修復しないと馬車が先に進めない。
﹁アン、魔力分けてくれる? 街道を直すよ﹂
﹁いいけど今日はもう休んだほうがいいんじゃない? 道を直すの
なんて明日でもいいのよ﹂
だが誰かに見られる前にこの惨状をなんとかしたいのだ。
アンに残った魔力を譲渡してもらう。減っていたHPも余波で回
復した。
現場は予想以上に穴だらけだった。穴は俺の身長ほども深さがあ
り、広さも4,5mはあるだろうか。それが見渡すかぎり続いてい
る。
焼け焦げた臭いが鼻につく。木の燃えかすやイナゴの残骸らしき
ものがそこかしこに落ちている。先ほどの消火で地面は濡れ、湯気
が立ち昇っている。
以前テストでメテオした時はここまでの大きな穴は出来なかった。
範囲だけを広げたつもりが威力も上がってしまったんだろうか。暇
を見つけてもう2,3回、試射でもしておくべきか。
本当はもっと色々検証してみるべきなんだろうが、他にも優先す
1216
べきことが何かと多い。
ゆっくりした休みが欲しい。もっと嫁とイチャイチャする時間が
欲しい。
世界の破滅に関しても情報収集がいるし、生き残るための自己強
化もかかせない。
充実してる感はとてもあるんだけど、日本にいた時の100倍く
らい働いてるわ⋮⋮
1217
84話 旅路⑤︵後書き︶
書籍化決定した当作品ですが、発売日なども決まりどうやら本当に
本になるそうです。
思いつきで始めたお話が出版とかわけがわかりませんよね!
10/25発売 イラスト:さめだ小判
盾の勇者や詰みかけ転生領主、ネトオクさんと同じMFブックス様
よりとなります。
ネット予約も既に開始してるようなのでよろしくおねがいします。
1218
85話 旅路⑥
ボコボコになった街道を修復し、余った魔力で街道の周りだけで
も土を掘り起こし埋めてならしておいた。焼け焦げた臭いはしばら
く消えそうにないが、直した部分の見た目はそれほど酷くもなくな
った気がする。
﹁道を直すのはいいけど、穴を塞ぐのなんて魔力の無駄使いじゃな
い﹂
エリーは待ってて退屈してきたらしい。
だがこんな穴だらけの地形。どう見ても変だ。そこそこ人通りの
ある街道である。気になった人が調べれば、俺達がここでイナゴを
討伐したのはすぐに判明するだろう。それはあまり嬉しくない事態
だ。
頑張って直したおかげで黒いのがそこかしこに見えているが、大
穴さえなければ単なる火魔法で森が燃えただけといって通りそうだ。
それに思ってたよりメテオで壊滅した範囲は狭かった。歩けばす
ぐに境界が見えてくる程度だ。どこまでも続く感じに見えたのは砂
埃や湯気で視界が遮られていたせいだろう。それでも球場やサッカ
ーグラウンドが数個くらいは入りそうな規模ではあったが。
アンからもらった魔力もほぼ使い果たした頃、ファビオさんが様
子を見にやってきた。
﹁これは一体⋮⋮?﹂
1219
この周辺のみ忽然と森が消滅していた。新しく作った街道はキレ
イだし、街道の両脇の土地は耕したばかりのような状態だ。そして
漂う焼け焦げた臭い。ちょっと目をやれば直し切れなかった大きな
穴がいくつもある。
さぞかし不思議な光景だろう。
ファビオさんは避難部隊の殿を務めており、メテオの発動がかろ
うじて見えたらしい。だが遠すぎて何が起こったのはよくわからな
かったので、確かめるために偵察に来たのだ。
﹁イナゴは全滅したわよ﹂
エリーがドヤ顔で宣言する。
﹁本当ですか!? すぐ皆に知らせないと﹂
ファビオさんはもう一度周囲をぐるりと見渡すと、峠を走って降
りていった。下の方に馬がつないであるそうだ。
﹁なんと思ったんだろうな、あれは﹂
﹁別に説明する必要もないわ。大事なのはイナゴを殲滅したってこ
となのよ﹂
メテオの発動は見られてないし大丈夫か?でもやっぱり穴は塞ご
う。
﹁相変わらず隠したがるのね﹂
﹁使徒ってバレたら困る﹂
1220
﹁高位の魔法が使えるからって使徒だってことにはならないわよ﹂
そうだろうか? さすがにこのメテオの尋常じゃない威力が広まったらまずい気が
ひしひしとする。
それに薄々感じていたことが今日確信に変わった。
魔王が出てきてもたぶん倒せるわ。チート魔法強すぎる。
もし使徒だとバレたら真偽官みたいなのがいる以上、色々聞かれ
たら二十年後の世界の破滅もたぶん隠し通せない。
そこにこのメテオの火力。勇者に祭り上げられるのは間違いない。
何かあれば先頭に立って戦わされる。
だが火力があるからといって、そんなに簡単には行かない。
オークキングみたいなのに接近されれば、あっさりとやられるこ
ともある。後ろから矢を射られれば気がつく間もなく絶命するだろ
う。
火力に対して防御力が絶望的になさすぎる。
それは軍曹殿との特訓で何度も実感した。多少鍛えたりレベルが
上がったからといって、剣や矢や魔法の直撃に生身の肉体は耐えら
れない。
人間はナイフのひと刺しで簡単に死ぬ。
進んで戦いの渦中に出れば、いくつ命があってもきっと足りない。
この世界では死んでも蘇生魔法なんて便利なものはないのだ。
﹁でもエリー以外に高レベルの魔法使いって見たことがないんだけ
ど﹂
もしかしてこのクラスの魔法を使えるメイジが何人もいるんだろ
うか?
1221
﹁貴族にはメイジが多いわね。あとは騎士団や国軍にもそれなりに
いいメイジが揃ってるわ。冒険者にも名のあるメイジは沢山いるの
よ?﹂
砦の防衛戦でも俺が気が付かなかっただけで多くのメイジが活躍
していたが、メイジは魔力が尽きたらすぐに休憩に入り稼働時間が
極めて短い。ほとんど神殿に篭って治療をしていた俺が知らないの
も無理はない。
貴族には今まで接点がほとんどなかった。
それに冒険者になるメイジの数自体も減っているそうである。
ここ10年ほどは大規模な襲撃はなかったし、それ以前にしても
ここしばらくは国が滅ぶような大規模な攻勢はなかった。
魔法の平和利用が増え、前線に出るメイジは少なくなった。魔境
は魔境で相変わらず危険なのだが、人族の領域内に関しては普通の
冒険者でも事足りる状況だった。
魔物をぶっとばしているより、土魔法で家や城壁でも作っている
方が儲かるような期間が長く続いてしまったのだ。年寄りは引退し、
新卒のメイジは民間企業に就職してしまう。
収入が不安定で危険な冒険者稼業よりも、安全で儲かる仕事のほ
うがそりゃいいだろう。よくわかる。
そして戦闘経験がなければ高位のメイジはなかなか育たない。
それはそれで良いこともある。魔法の民間利用が増えれば経済は
うるおうのだ。
魔境に近い地域を見れば魔物の被害はあるにはあるのだが、王国
や帝国は広大で強大だ。辺境が多少荒らされようが、国家全体にと
っては何ほどのこともないのだという。
異世界の住人たちの考える平和というのは日本のそれよりも随分
とデンジャラスなようだ。
1222
みんなで雑談しつつ待っているうちにたいがの偵察が一通り終わ
って戻ってきた。数匹はぐれたイナゴを仕留めた他は何もいなかっ
たそうだ。イナゴは全滅したと判断してもよさそうだ。
のんびりと歩いて村に戻ると、村にはすでに人が戻ってきていた。
村人たちには大変感謝され、謝礼をと言ってくれたがそれは断っ
た。
イナゴは簡単に殲滅できたことだし、大した魔物じゃなかった。
報酬をもらうほどじゃないと村人には説明しておいた。
それに旅をしてきてわかったのだが、雨不足で今年はどこも不作
だった。報酬をもらっても大した額は期待できそうもないし、それ
ですら村にとっては死活問題になりかねない。
ご多分に漏れず、この村もやはり厳しい経済状況だった。お金を
出されても非常に受け取りづらい。
お金に困っているエリーでさえ特に異は唱えなかった。
だからって若い女性を差し出されても困るんですけど。
しかも差し出された女性はイヤイヤってこともなく、なんだか嬉
しそうだ。
﹁有能な魔法使いに嫁げば生活は安泰だしね。それに強い魔力って
子供に受け継がれる事が多いのよ﹂
アンがそう説明してくれる。
子作りお願いしますってことですか? こんな状況じゃなきゃ大
変嬉しい申し出であるが、嫁がめっちゃ睨んでる。コワイ。
1223
﹁はいはい。私らがちゃんと断っとくからマサルは引っ込んでなさ
い﹂
まあこれ以上増えても身がもたない。可愛い娘だったからちょっ
と勿体ない気もするけど。あ、すいません。ティリカさん、そんな
に睨まないでください。
村人の勧めで、今日は村で宿泊することになった。今から峠を越
えるのも時間的に厳しいし、護衛の主力である俺達の魔力が心もと
ない。
そして村では宴会が催されたのだが、今日は二度も魔力を振り絞
ったのでかなりつらい。同じく魔力切れのアンと共に用意された部
屋へ早々に引っ込んだ。
アンと同じベッドで寝ると当然ムラムラとするんだが、宿屋なら
ともかく泊めてもらった村長宅である。一戦するわけにもいかない
のがもどかしい。いや、こっそりとやれば⋮⋮
﹁ダメに決まってるじゃない﹂
だめだった。アンはこういうところ厳しい。
﹁向こうに着いたらしばらくゆっくりしような﹂
﹁そうね。家には戻ろうと思えば転移ですぐだし﹂
できれば一ヶ月くらいは休暇が欲しいところだな。大きなイベン
トもきっとこれで終わりだろうし、あとはナーニアさんの手助けを
しながらのんびりとできるだろう。
今日のところはアンの柔らかい体を抱いて寝るだけで我慢するし
かない。
1224
宴会のメインディッシュはエリーの提供した焼きイナゴだったそ
うである。
村の料理自慢が調理を張り切ったらしく、ティリカによるとなか
なかの味だったそうだ。
朝食にも出されたので俺も少し食ってみたが、味はともかく見た
目がね⋮⋮やっぱり虫はダメだ。食べ物に見えない。
出発前に残りの穴ぼこはちゃんと塞いでおいた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
二日後。ついに目的地のガーランド砦に到着した。
ゴルバス砦よりは少し小規模らしいのだが、それでも内部に町が
まるまる一式収まる巨大な砦だ。
砦の商業ギルドで預かっていた荷物を放出し、ノーマンさんやフ
ァビオさん達と別れを告げる。彼らは何日か滞在した後、来た道を
また引き返していく。
俺達はこの砦にある冒険者ギルドに寄って、道中の狩りの獲物や
討伐報酬を精算してからナーニアさんに会いに行く予定だ。
すごく気が進まなかったけど、イナゴのことを含めて周辺地域の
魔物の把握は冒険者ギルドにとって死活問題なのだ。報告しないわ
けにもいかない。
﹁イナゴですか!?﹂
1225
﹁でも俺の魔法一発で全滅するくらいの規模でしたし⋮⋮﹂
驚いたギルド職員の人に一応そう説明しておく。それで安心した
のかほっとしたような顔をしている。
﹁イナゴの群れともなれば軍やギルドが総出で当たらないといけな
いところでしたからね。小規模でよかったですよ﹂
﹁ああ、うん。そうですね﹂
﹁ではカードの提示をお願いします﹂
﹁あ、はい﹂
魔物の確認や討伐報酬のため、カードは見せないわけにいかない。
先に四人のカードをチェックしていってもらう。
ティリカのカードを見て、ティリカをまじまじと見た以外は順調
にチェックは進んだ。やはり真偽官がパーティーにいるというのは
珍しいのだろう。
﹁さすがBランクですね。旅の間にこれだけ狩るとは素晴らしい戦
果ですよ﹂
最後に俺のカードをそっと差し出す。
カードには討伐した魔物の情報が全て記録されており、一画面に
二十匹が表示される。それより古い分は画面をスクロールさせて閲
覧できるようになっている。チェックした後は、ギルドに設置して
ある特殊な魔道具で確認済みのマークを入れる。
カードをチェックしていくギルド職員の、愛想の良かった顔がだ
1226
んだんと険しくなってきた。手を止めて俺を見る。
﹁あの⋮⋮何匹くらい倒したのですか?﹂
﹁その⋮⋮多すぎてわかりません⋮⋮﹂
討伐報酬もない、それほど強くもない数だけの魔物だ。わざわざ
数える必要もないだろうし、簡単にチェックしてスルーしてくれな
いかと思ったがどうやら望み薄なようだ。
ギルド職員の人はカードのチェックを再開する。
数分後、ようやくカウントし終わったようだ。
﹁これを一発で⋮⋮?﹂
﹁ええ、まあ﹂
﹁ちょっとお待ちください。上のものを呼んできますから﹂
ギルド職員は俺達を置いて、俺のカードを持ったまま慌てて奥へ
と入っていった。
﹁隠そうと思って隠せるものでもないのよ。諦めなさいな﹂
﹁小さいイナゴだったってことにできないかな?﹂
﹁それは嘘﹂
﹁ですよね﹂
1227
﹁こういう報告はちゃんとしないとダメだよ﹂
﹁ですよね⋮⋮﹂
しばらくして、ここのギルド長という壮年のオッサンが出てきた。
がっしりとした体付きは、たぶん冒険者上がりなんだろう。
大人しく聞かれるままにイナゴの規模とか倒した状況を説明して
いく。ただしメテオのことはぼかした。単に広範囲の火魔法とだけ
言っておく。ギルド長は知りたがったが、詳細を教えたところで誰
にも真似できるものでもない。
﹁これは全部本当のことなんですね?﹂
報告が完了したあと、ギルド長にそう念を押される。俺達みたい
な若造相手にとても丁寧な対応だ。もっとどこかの副ギルド長みた
く、乱雑な扱いのほうが気が楽なんだが。
﹁報告に嘘はない﹂
ティリカがわずかに怒気を含ませた声で言う。
﹁も、もちろんそうですよね﹂
カードに記録された討伐数はどうみても大規模なイナゴの群れで
ある。本来なら甚大な災害になるところだった。魔法の一発で倒し
たという話が、そう簡単に信じられないのも無理はない。
続いて報酬を出そうという話になった。
本来ならイナゴの討伐は素材の売却で十分な利益になる。それが
俺達の場合、ほとんど無報酬だった。
1228
それでは報われないだろうと、ギルド長の裁量で報奨金を出すこ
とになった。
だがそれでは困ったことになる。討伐を行われたこと自体を隠す
のは不可能であるが、詳しいことはあまり広めたくはない。しかし
報酬を出すことになれば詳細な事実を公表しないわけにもいかない。
討伐者の名前も出せない、討伐内容も詳しく公表できないではギ
ルドのお金は出せない。それではギルド長が横領を疑われてしまう。
﹁報奨金はいりません﹂
勿体無いがここは諦めよう。
別にお金をもらって多少話が広まったとしても何も起こらないか
もしれないが、今のところは目立つことは極力慎むべきだと思う。
お金に困っているのはエリーのみだし。
﹁ちょっと! 報奨金まで断っちゃってどうするのよ!﹂
ギルドを出たとたん、エリーが噛み付いてきた。さっきからすっ
ごく睨んでたもんな。
﹁まあ落ち着け。俺にいい考えがあるんだ﹂
﹁何よ? お金を稼ぐいい方法でもあるの?﹂
﹁いや、お金を稼ぐ方法じゃないよ。つまりだな︱︱﹂
別にお金で返す必要はない。労働で払えばいいのだ。
農業のことは詳しくはないが、土魔法に関してはエキスパートで
ある。旅の途中で家や井戸作りなんかも覚えた。
1229
﹁俺の土魔法があれば立派な農園が作れそうだと思わないか?﹂
家や畑や水路。壁もいるかな? 城壁作りもやったことあるし、
砦並の立派なのでも作ろうと思えば作れるな。
﹁それはいい考えね! ナーニアには立派な農園をプレゼントしま
しょう!﹂
いや、プレゼントじゃなくて借金返済をだな⋮⋮そう思ったが嬉
しそうなエリーを前にとてもじゃないが言い出せなかった。
まあそのあたりは旦那のオルバさんに相談すればいいか。
1230
85話 旅路⑥︵後書き︶
>>大きなイベントもきっとこれで終わりだろうし、
ぴこーん!
前回のフラグはイナゴ襲来でした。
次々回くらい!
更なる敵がマサル以外に襲いかかり、それに巻き込まれる!!
かもしれない。
次回はたぶん魔法で農地開墾のお話です︵予定︶
1231
86話 農地開拓魔法
ナーニアさんのいるラルガノという村はガーランド砦周辺に点在
する村の一つで、砦から徒歩で2,3時間くらいの距離にある。
ギルドを後にし、そのまま砦の外にでてフライを発動する。エリ
ーがアンを抱えて、俺がサティとティリカを前後にひっつけた状態
だ。
エリーは一度、村には来たことがあったので迷いなく見つけるこ
とができた。
壁に囲まれた小さな村だ。周辺は耕作地になっていて、空からは
時々作業している人が見て取れた。
あっと思った時はもうエリーが門の近くに着地をしていた。仕方
ないので後を追って横に降り立つ。
いきなり空から降り立った五人の人間。門番はたった一人。奇襲
といっても過言ではない状況だ。
﹁な、何者だ!?﹂
驚き固まっていた門番が我に返り声をあげた。
﹁怪しいものじゃないわ﹂
だが黒ローブで顔も隠している人間が言ってもまったく説得力が
ない。
案の定、門番はその一言で余計に警戒したようだ。門脇にある警
報用の鐘に手をかけた。何かあればすぐに鳴らせる体勢だ。
1232
﹁あんたはちょっと黙ってなさい⋮⋮﹂
乱暴な着地から回復したアンがエリーを押しのけて前に出た。ま
だちょっとふらついている。
フライの魔法は動きにかなり融通がきく。考えるだけで機動を制
御できるので急加速に急停止、急旋回もお手の物だ。
ただしあまり急激な動きをすると飛行中に意識を失い大惨事、な
どということもあるようだ。飛ぶ時は限界をよく考えて安全運転を
心がけるべきである。そう教えてくれたのはエリーなんだが、一番
飛行が荒っぽい。本人はそれで平気なんだろうが、同乗者のアンは
たまったものじゃないだろう。
﹁私は神官です﹂
見目も麗しいアンが名乗ると、門番の人もほっとした様子だ。神
官なら小さな村を訪問しても不審な点はないし、どこでも好意的に
受け入れられる。こういった接触はアンに一任しておくのが安心だ。
決して俺が人見知りをするとか、門番の見た目がちょっと怖そうだ
とかそんな理由じゃない。適材適所ってやつだ。
﹁これはこれは神官様。よくいらっしゃいました。村へは何用でし
ょうか﹂
念の為にカードも確認し神官とわかったとたん、門番の人も実に
丁重な対応である。
﹁人を訪ねてきたのです。オルバとナーニアという方がこの村にい
ると思うのですが﹂
1233
タークスさんもこの村のはずだが、それはまあいいだろう。クエ
ストの目的はナーニアさんだ。
﹁わたしは元パーティーメンバーよ。会いに来たの﹂
エリーが横から口を出す。
﹁では暁の戦斧の!﹂
負傷引退で里帰りしたとはいえ、Bランクのドラゴンスレイヤー。
村では英雄、有名人である。
﹁彼らはどちらに?﹂
﹁今は村の外に出てますよ。あちらのほうへ進んだ、森との境界あ
たりです﹂
歩けば30分くらいのところらしい。距離にして2kmってとこ
ろだろうか。
﹁ありがとうございます。そちらに行ってみます﹂
門番の人に見送られ、再びフライで飛び立つ。
全力でぶっ飛ばすエリーの後から追いかけて飛ぶと、ほどなく森
が見えてきた。
﹁いました。あそこです﹂
サティの指差す方に進路をむける。数人が森の中で作業をしてい
るようだ。エリーも気がついて進路を変えてきた。今度はちゃんと
1234
ゆるやかな旋回をしている。アンに怒られでもしたんだろう。
森の手前で着地する。すぐにエリーも追いついて着地し、アンを
置いて森の方へと駆け出した。
ナーニアさんらしき人が見える。エリーもそれを目ざとくみつけ
たんだろう。まっすぐそちらへと向かっている。
ナーニアさんと感動の再会を繰り広げているエリーは放っておい
て、オルバさんに挨拶をする。
﹁お久しぶりです、オルバさん﹂
オルバさんとナーニアさんの他にも数人の若者が手伝って、森の
木を切り倒しては運び出しているようだ。森の端には十数本の木が
積み上げてある。 詳しい話を聞いてみると、こっちに戻って農業を始めると決めた
のはいいが、使われてなかったり売りに出されている農地がどこに
もない。近隣の村まで足を伸ばせばあったそうなのだが、やはり生
まれ育った村がいい。
結局、村の近くの森を切り開く許可をもらって、昨日から開墾を
始めているそうである。
森を切り開くのは重労働だが、すぐ隣には農地があり、水路が既
にひいてある。村からの距離もほどほどだ。
人手も村の若者が数人協力してくれることになった。幾ばくかの
報酬に加えて、剣術などを教える師匠になったそうだ。
一本一本森の木を切り倒し、根っこを掘り返し引き抜いていく。
1235
切った木は運びだして木材として活用する。それに小さい木や雑草、
石や岩がごろごろしている。なるべく平坦な場所を選んであるが、
それでもきちんと均さないと農地にはならない。
とりあえず春までに少しでも農地を作って、あとは数年がかりで
広げる予定だそうだ。
この危険な異世界では居住場所は壁の中に限定される。別段、外
で暮らしてもすぐに死亡とかそこまでの危険度はないが、一年二年
と暮らしていれば魔物の襲撃は一回や二回じゃ済まされない。
たまに壁の外に住もうと思いつくやつがいても長続きすることは
まずない。
結局寄り集まって壁を作り、いざという時はまとまって戦える戦
力がないと長期に渡っては生き抜いていけない。
たとえばどこかに農地を作るのにいい場所があったとしても、そ
う簡単には開発することもできない。まずは安全な居住地の建設が
必要だからだ。それゆえ村の所在地から遠くなるといくらでも土地
が余っている。
﹁それでマサル君たちはどうしてここまで? エリーがわがまま言
ったんじゃないといいんだけど﹂
神様の発行したクエストをクリアするためなんだが、そんなこと
を言えるわけもなし。
﹁エリーのわがままです﹂
神様のクエストにしろエリーのゲート用のポイント設定にしろ、
エリー絡みではあるんだがなかなか説明もしづらい。そもそもの最
初はエリーがナーニアさんの様子を見に行きたがったことなんだし、
下手に言い訳するよりもいいだろう。エリーはまだナーニアさんと
1236
いちゃついてるから聞かれてない。大丈夫だ。
﹁あー、なんだか済まないね⋮⋮﹂
もう俺の嫁なんだし責任を感じる必要もないと思うんだが、四年
も面倒を見てきたせいで少し負い目があるようだ。
﹁まあ半分くらいはそうなんですけど他にも理由はありますし﹂
﹁エルフでも見に来たのかい?﹂
﹁ああ、そうです。それもあります。色々見て回ろうと﹂
そう、エルフなのだ。ガーランド砦は魔境に接してはいるんだが、
魔境との間にエルフの森が隣接している。森はエルフの独立領にな
っていて多くのエルフが住み、一般人は立ち入り禁止なのだが商取
引はあるし、砦のほうにもちょくちょくエルフがやってくるという。
﹁エルフ! 見たいです!﹂
﹁しばらくこっちにいるし見れたらいいな、サティ﹂
﹁はい!﹂
﹁エルフの森へ行く商隊の、護衛任務とか受けてみたらいいんじゃ
ないかな。エリーがBランクだし受けられると思うよ﹂
エルフの森へ行けるっていうんで人気のある依頼らしい。それを
ランクが高いと優先して回してもらえるとか。
1237
﹁あ、俺もこの前Bになったんですよ﹂
﹁最初会った時Eランクだったよね⋮⋮?﹂
ドラゴン討伐でDになって、ゴルバス砦でC、その後の森の往復
修行でBだったかな。考えてみると中々のハイペースだ。
﹁結婚式の時はもうCでした。あの後、エリーに連れられてがっつ
り狩りを﹂
﹁あまり無茶なことをしてなきゃいいんだけど﹂
﹁魔境に行こうって最初は言われましたよ。さすがにそれは止めま
したけど﹂
﹁ほ、本当にすまないね。メイジだしちょっとくらい攻撃的なほう
がいいかと思って、わりと甘やかしてたところがあるから。なんな
ら僕の方から色々注意をしておこうか?﹂
﹁いえ、エリーには助かってますよ。うちのパーティーで唯一の経
験者ですし﹂
まあちょっとやり過ぎなところもあるんだが、なにせまだ17才
なのだ。あまり色々要求するのも酷ってものだろう。本来ならリー
ダーで年長の俺ががんばらないといけないところを任せているのだ。
これ以上言ったらバチが当たるというものだ。
﹁上手くやれてるんならそれでいいんだけど﹂
その時、エリーがいきなり割り込んできた。
1238
﹁マサル、オルバ! 話してないでやるわよ!﹂
﹁何を?﹂
﹁開墾よ!﹂
今日はもう午後も遅いんだが魔力はフライでしか使ってないので
余裕があるし、明日から本格的に手伝うにしてもどんな作業か確認
しておこうということになった。
﹁魔法で焼き払いましょう。一瞬よ﹂
そりゃメテオを使えば森は消滅するけど、土地も穴だらけになる
な。単純に燃やしてもいいけど、森林火災になるのも怖い。
﹁切った木は回収して使うんだよ、エリー。すぐ隣には農地もある﹂
オルバさんがそうたしなめる。
当然だがエリーの案は却下して地道に切っていくことにした。俺
やサティくらいの腕になると、剣でさっくりと木を切り倒せる。も
ちろんオルバさんや、ナーニアさんもその程度はできる。
とりあえず手伝いの若者の使っていた斧を借りて木を切り倒して
いく。彼らは今日は一日働いたので休憩だ。エリー、アン、ティリ
カの回収班がレヴィテーションで切った木を回収する。
俺が根っこを引っこ抜いていく。土魔法で土を掘り起こせば根っ
この処理も楽々だ。
大きな木だけじゃなくて、低木や雑草、岩や倒木、色々と邪魔な
1239
オブジェクトがあるので全部取り除かなければならない。
思えば日本にいた頃TVで見た農地作りは、休耕地の復活で一か
らの開拓は見たことがなかった。重機もなしに人力でやるとなると、
これは考えていたより手間がかかりそうだ。
邪魔な木やでかい岩もアイテムボックスで回収して、農場予定地
の脇に積み上げておく。
雑用嫌いなエリーもナーニアさんのためだ。ずいぶんと熱心にや
っている。
一時間ほどかけて木を切り回収してそこそこ広い農場予定地を確
保した。すでに夕日が沈みかけている。ライトの魔法で照らして夜
間も続行してもいいんだが、初日にそこまで無理することもないだ
ろう。
それでも昨日と今日の作業で彼らが切り開いた森の数倍の面積が
新たに追加された。
﹁さすがに魔法使いがこれだけ揃うと作業が早いね﹂
オルバさんはそう言うが、まだ大きな木や岩を排除しただけであ
る。本当なら次は雑草や細かい石やなんやかんやを処理していくん
だが、ちょっと面倒になってきた。時間も日没間近でさほど残って
いない。
ここから残りの作業を土魔法で一気にできないだろうか?
﹁土魔法でこう、グワーッて感じで一気にだな﹂
﹁うーん。成功するかどうかわからないけど、試す価値はあるのか
な。土と雑草が混ざって終わりなような気もするけど﹂
1240
アンは少々懐疑的なようだ。
﹁やってみましょう!﹂
エリーは仕事が減りそうだと大賛成である。
﹁ま、試すだけ試してみよう。どうせ今日の作業はもうできないし﹂
みんなを退避させる。
地面をアースソナーで探る。土中の浅い位置にでかい岩が一個あ
った。土魔法で引き抜き、アイテムボックスに入れておく。天然物
の頑丈そうでいい形をした岩だ。取っておいてもいいかもしれない。
農場予定地を見渡し、膝をついて両手を地面につけてイメージを
練り上げる。この雑草だらけの場所を農業に適した土地に変化させ
なければならない。
土を掘り起こす。落ち葉や雑草を切り刻む。水も必要だ。細かい
石とかはいらない。細かく粉砕しよう。
大事なのはイメージ。たくさん作物が取れる柔らかい土、豊かな
土壌。
初めての魔法だ。慎重にイメージを固め、魔力を集中︱︱
土魔法が発動した。
軽い振動が起こり、土が盛り上がる。残っていた低木や雑草があ
っという間に土に飲み込まれ、残ったのは50mプール二枚分ほど
の面積の一面の茶色い土だった。雑草などはどこにもない。綺麗に
消滅していた。
みんなで新たに誕生した農地に入って検分をする。柔らかく水を
含んで湿った土は、すぐに種をまいても大丈夫そうだ。土がちょっ
と熱をもっていて、少し湯気があがっている。
1241
魔力の消費もさほどではない。この分なら一日やれば広大な農場
が確保できそうだ。
﹁なかなかいいじゃない。さすが私の旦那ね!﹂
エリーはご満悦だ。ナーニアさんにいいところを見せられて嬉し
いのだろう。
﹁あとは壁も作らないとな。まあ明日にしよう明日﹂
﹁いやいや、待ちなさい。こんな土魔法みたことない。どうやって
やったのよ!?﹂
アンの言うことももっともではある。俺もどうやったのか具体的
に聞かれてもわからない。だが空中から水とか岩がでてきたり傷が
一瞬で治るのだ。この程度不思議でも何でもない。魔法なんてそん
なものだろ?
﹁そう⋮⋮なのかな? 土魔法で農地を作るのなんて、やってるの
はみたことないし⋮⋮﹂
﹁土だけじゃないな。風と水も使ってると思う﹂
土が温かかったし、火も発動していたかもしれない。じゃないと
草木がこれほど綺麗には消えないだろう。土魔法の錬金では草木は
分解できないし、風で切り刻むだけとも思えない。
だが考えてみればメテオだって火だけじゃなくて、明らかに土魔
法も混じっている。ファイアーストームなんか火と風だろうし、お
湯は水と火の複合だろう。どの魔法もどうやってやっているのか聞
かれてもわからないんだ。
1242
今回の農地開拓魔法、3種か4種の混合で通常よりは制御が難し
かった気はするが、全力メテオに比べればなんでもない。規模を広
げて一気にやっても平気だろう。
ていうか、これってもしかして木を切る行程もいらないんじゃな
いだろうか。今回は木材も利用するからそれは出来ないけど、木や
石がそのままの状態からやっても魔力消費が増えるだけな気がする。
﹁しかし悪いね。こんなに手伝わせて﹂
﹁なに言ってるのよ、オルバ。ナーニアのためよ。明日からもっと
農場を広げるんだからね!﹂
主に俺がやることになるんだが。
﹁エリー⋮⋮﹂
ナーニアさんがうるうるしている。借金の話を思い出したが、今
ここでお金の話を持ち出すのはきっと無粋なんだろうなあ。後でい
いか。
あ、クエストがあった。
クリアしてる! 5ポイントゲットだぜ!
ポイントの使い道を相談しないといけないな。エリーもやっと4
0ポイント。空間魔法を覚えられる。俺もイナゴの分はまだ手つか
ずだし。
﹁とりあえず村に戻ろうか。狭い家だけど招待するよ﹂
1243
86話 農地開拓魔法︵後書き︶
次回
ついに空間魔法レベル5の全貌が明かされる!?かもしれない
本格的な農場作りがスタート
の2本でお送りします。たぶん
CM
MFブックス様の公式サイトにて表紙が公開されました
http://mfbooks.jp/comingsoon/
ニートだけどハロワ︵略 ①巻 10月25日発売
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1244
87話 スキル取得会議
村に帰り、オルバさん宅に招待された。石造りの平屋一階建ては
二人で暮らすには十分な広さだ。さすがに俺たち五人が入ると少々
手狭だが、二週間旅をしてきたので特に気にもならない。
ナーニアさんお手製の夕食をもらって、寝室に案内される。部屋
にベッドは一個しかないが、アイテムボックスから自前のを出して
並べた。それで小さい部屋はいっぱいになった。
﹁悪いね。こんな部屋しか用意できなくて﹂
﹁野宿に比べたらぜんぜん天国ですよ﹂
野宿といっても土魔法で家を作っていたので普通に快適だったん
だが、狭い部屋で嫁と身を寄せ合って寝るのも悪くない。
オルバさんが部屋を出て行ったのを確認して狭いベッドの上に寄
り集まり会議を始める。ティリカを抱っこして右手にはサティがく
っつき、エリーとアンは隣のベッドで俺と向き合っている。
﹁先ほどめでたくクエスト完遂となりました﹂
﹁﹁﹁おー﹂﹂﹂
﹁ついにポイントが貯まったのね!﹂
そう。あと一つ、レベルがあがればよかったエリーなんだがなぜ
1245
だかレベルがあがらない。いや、それはギルドカードの討伐記録を
見れば一目瞭然なんだが、獲物がエリーを避けて通っているかのご
とく、獲物を倒せない。
オーク集落の殲滅ですら魔法の着弾地点にたまたまオークがいな
かったらしく、戦果はゼロ。旅の間の狩りもレーダー持ちの俺とサ
ティが主に狩って、もちろんエリーも努力はしたんだが思うように
戦果があがらない。
旅で移動しながらの短時間の狩りである。森での修行中のように
エリーのために獲物を回すとか悠長なこともやっている余裕もなく、
イナゴには期待したようだがそれも俺がすべて殲滅してしまった。
エリーはさすがにこの件で他人を責めるのは筋違いだと、徐々に
不機嫌になりつつもクエストで確実にポイントが入るのを心の支え
にここまで来たのである。
﹁まずはエリーからかな﹂
﹁お願い﹂
短剣術Lv2
エリザベス 0p レベル22
料理Lv1 投擲術Lv1
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv2 MP消費量減少Lv2
魔力増強Lv4 MP回復力アップLv4
回復魔法Lv1 空間魔法Lv4↓5
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv5 土魔法Lv2
︻空間魔法︼①アイテムボックス作成 ②短距離転移 ③長距離転
移 ④転送魔法陣作成 ⑤空間把握 空間操作
1246
メニューを操作して空間魔法をレベル5にあげる。これでエリー
のポイントは使いきった。
ちなみに短剣術は自力取得だ。投擲術を覚えた時にナイフが気に
入ったらしい。俺とサティで鍛えてみたらなんだかメキメキ上達し
てしまった。料理でも包丁の扱いだけはすごく手慣れた感じになっ
てしまっている。
﹁よし、あげたぞ。言っとくがここで使うなよ?﹂
﹁わかってるわよ﹂
エリーのメニューから空間魔法レベル5を確認する。空間操作に
空間把握ね。レベル5というより、レベル1か2あたりで出てきそ
うな基本的な感じがする魔法だな。
まあ超破壊的な魔法でエリーが試したい! とか言い出す心配が
なくてよかったというべきか。
﹁これ⋮⋮どうやって使うのかしら?﹂
﹁空間把握は偵察用じゃないか? ちょっと試してみろよ﹂
﹁そうね﹂
眉をしかめて集中するエリー。
﹁あっちの部屋にオルバとナーニアがいるわね﹂
俺もそちらに注意を向ける。気配察知だと詳細はわからないが、
二人の反応が非常に密接にくっついて、少々激しい運動をしている
ようだ。うん、アレだな。
1247
﹁⋮⋮﹂
﹁あまり覗くのも失礼だと思うが﹂
﹁え、あ、そうね﹂
エリーの顔がほんのり赤くなり、瞳もうるませている。なにせレ
ベル5の魔法だ。かなりの精度で色々﹃見える﹄んだろう。
そしてモジモジしているエリーを見て俺も少し変な気分になって
きた。ティリカをぎゅっと抱きしめるがもちろん物足りない。砦で
宿を取るか、家に転移で戻ったほうがよかったかもしれないな。
ハーレムを作ったはずなんだが、全員一緒は拒否されるのだ。こ
こでティリカにいたずらでもしようものなら絶対に怒られる。
サティとティリカは平気で一緒なんだが、エリーとアンにそれは
ちょっとおかしいと言われた。確かに行為を人に見られるのが恥ず
かしいのは理解できるがちょっとさみしい。
だが現状でも十二分に幸せだし、アンにしろエリーにしろ二人き
りの時はすごくサービスがいいのだ。
そこら辺の知識は全部サティからである。そのサティの知識は年
上のあのおねーさんからの情報で、ありがたいことに実に充実して
いる。
サティが俺との行為を他の3人に全部お話しちゃった件は許した。
なにせそのサティの話でアンやエリーがその気になったのは確かだ。
俺もちょっと聞いてみたんだが、サティ視点の俺の話っていうの
は聞いてて恥ずかしくなるレベルで、どこのイケメンだよそれ!?
と思ったものである。
アンに言わせると、買ってすぐ、野獣のようにサティに襲いかか
らなかったのもポイントが高かったようだ。たとえ奴隷が普通に買
える異世界でも、金で女性を手に入れて好き勝手するのが下種な行
1248
為なのは変わりはないらしい。ただのヘタレなのも時にはプラスに
なるものだ。
﹁次はわたし、わたし﹂
膝の上のティリカがそう催促してくる。
エリーの空間魔法のテストはとりあえずおいておいて、ティリカ
のメニューを開く。ティリカもちょうど40P。召喚レベル5が取
れる。
ティリカ 0P レベル21
料理Lv1
魔力感知Lv1 魔力増強Lv5 MP回復力アップLv5
魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv4 召喚魔法Lv4↓5
﹁召喚あげたよ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁どうした?﹂
﹁やはり契約が必要﹂
まあそれはわかっていたことだが、問題は何と契約して戦うこと
になるんだろうってことなんだが⋮⋮
﹁わからない。自分で見つけて来いってことらしい。どうしよう?﹂
1249
﹁う、うーん?﹂
俺も他のみんなもいいアイデアはないようだ。ティリカはちょっ
としょんぼりしている。
探すにしろ、どこで見つけろっていうんだろうか。ドラゴン以上
の召喚獣ってちょっと想像もつかない。一応日誌でお伺いを立てて
おくか。どうせ答えてくれないんだろうけど。
﹁そのことはあとで考えましょう﹂
そうアンが提案する。
﹁そうだな。次はサティの分をやろうか﹂
﹁はい﹂
サティ 0P レベル23
頑丈 鷹の目 心眼 肉体強化Lv5 敏捷増加Lv5
魔力感知Lv0↓3
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
回避Lv4↓5 盾Lv3
隠密Lv3 忍び足Lv2 聴覚探知Lv4 嗅覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 格闘術Lv2
今回は回避レベル5をあげた。戦闘力に関しての強化はもう十分
だろうし、あとは補完するスキルなんだが、これが悩ましい。回避
や探知などはレベル5に10Pいるのだ。
以前のレベルアップ時にサティと相談しつつ取ったのは魔力感知
だった。もし敵に魔法使いがいたら? 実際、ゴルバス砦の攻防戦
では敵に魔法使いがいたのだ。気がついた時には魔法を撃たれてい
1250
盾Lv0↓3
た、では回避も防御できない。魔力感知で事前に発動を察知できれ
ば妨害するなり、逃げるなりできるだろう。
アンジェラ 3P レベル21
肉体強化Lv0↓3
家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv1↓4
魔力増強Lv5 MP回復力アップLv5 MP消費量減少Lv3
↓4
魔力感知Lv1 回復魔法Lv5 水魔法Lv4
アンは魔法方面は回復魔法もあるし水魔法で攻撃力も十分だって
ことで、近接戦闘力をあげてみた。
盾はポイント節約のために道中暇をみつけて訓練し、レベル1に
あげてからレベル3までポイントを使ってあげた。
本人に言わせるといまいち活躍できてないし地味なんじゃってい
うが、魔法や武器、回復はもちろん、家事や交渉ごとまでマルチに
こなすうちの大黒柱だ。色物揃いのうちのパーティーの唯一の良心
なのだ。そのままでいてほしい。
最後に俺の分である。レベルは27。イナゴのレベル4アップと
道中の狩りで大量のポイントがある。
肉体強化、回避、魔力感知、土魔法をレベル5に。
スキル 2P レベル27
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 肉体強化Lv3↓5 料理Lv2
隠密Lv4 忍び足Lv4 気配察知Lv4 心眼
1251
盾Lv3 回避Lv4↓5 格闘術Lv1 弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv5
魔力感知Lv1↓5 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復
力アップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4↓5
精霊とか光魔法取らないのって話もしたんだが、本当に目立ちた
くないんだよ。ただでさえ魔力多すぎで派手なのに、この上みたこ
とないような魔法バンバン使い出したらどうなることか。地味に生
きたい。それに気が変わればスキルリセットでいつでも修正できる。
あとはやはり魔力感知である。いまいち使い道のなさそうだった
このスキル、実はかなり重要なんじゃないだろうか。
以前にハーピーとやった時も明らかに敵は魔法を感知して、こち
らの詠唱を妨害にかかってきていたし。
これで全員分のスキル振りが終わった。議題は次である。
﹁家を作ろう﹂
当分こちらにいるなら拠点が必要だ。色々とゆっくりできる部屋
が欲しい。
この村に宿屋はない。家を借りてもいいんだが、農場作りで作業
が多くなるなら現地のほうが都合はいいし、人がいないところに拠
点を作ればゲートの行き来がこっそりしやすくなる。
村の外に拠点を作って普段は無人にしておくのは常識的に考えれ
ばとても危険だが、うちの偵察と戦闘能力を考えれば問題もない。
ゲート地点を地下にでも作って安全を確保しておけば、家に侵入者
があっても排除は容易だ。
1252
﹁そうね。せっかくだから立派なのがいいわ﹂
ああ、パーティーが開けるくらいのな。
﹁でも勝手に建てていいものかな?﹂
﹁別に誰の土地でもないわよ﹂
貴族出であるエリーによれば、利用されてない土地も厳密に言え
ば領主の土地でありひいては国の領土ではあるのだが、税さえ納め
れば開拓を進めるのに何の問題もないそうだ。
税金逃れには厳しい処罰があるのだが、住民は壁の中に固まって
暮らしていて管理がしやすいし、真偽官が隠し農地などの存在を不
可能にする。
だがそれは支配する側にも言える。税金はきちんと規定の量が集
められ、好き勝手に重税を課すことなどできないのだ。
ここからはティリカの話だ。
とはいえ悪政を誅するのも簡単ではない。貴族には特権があり、
真偽官が出向いて行ってただ質問するというわけにはいかないらし
い。証拠をきちんと用意し、なおかつ告発者の地位が低い場合は自
らの命を賭けねばならない。
﹁昔の真偽官がやりすぎた﹂
不都合のある話なので一般には伝わっていないし、あまり広めて
欲しくないと前置きをした上で話をしてくれた。
大昔、王国がまだ帝国領だった頃。真偽官が張り切りすぎて帝国
で粛清の嵐が吹き荒れたそうである。
結果どうなったか? 帝国の内政はボロボロ。粛清された貴族た
1253
ちが結束して反乱。真偽院は壊滅。帝国はかろうじて反乱を鎮圧し
たが被害は甚大で多くの人命が失われた。
それ以来、為政者に対しての真偽官の運用は非常に注意深く、か
つ柔軟に行われている。広大な領土を守り管理するのにはキレイ事
だけでは済まされないのだ。効率よく領地が運営されているなら多
少のことは問題視されない。
﹁その動乱で魔眼を生む奥義も失われた﹂
その後は大変だったそうだ。ほとんどの真偽官が殺され、魔眼を
生み出す技術も一緒に失われた。
幸いにして当時粛清の片棒を担いだ皇帝も存命で、その支援でか
ろうじて真偽院は命脈を保った。運用を間違ったにしろ、真偽官の
能力は非常に有用だ。
だがなんとか再現した魔眼作りの技術は不完全だった。
低い成功率。成功しても障害が発生する。頭痛、失明、成長阻害
などの様々な身体異常。魔眼が適合せずに死ぬことすら多かったと
いう。
長年の研究で死ぬようなことは減ったものの、いまだティリカの
ような障害が頻繁に発生するのだ。
﹁我らのうかつな行動のせいで多くの人命が失われた。それは真偽
官となった者が背負うべき罪。教訓﹂
魔眼も元は神によってもたらされたものだという。それを当時の
真偽官のミスで失いかけた。だから魔眼による痛みも苦しみも受け
入れなければならないと。
ティリカにしても成長が阻害されている他に、あまり力を使うと
軽い頭痛が発生するそうである。
1254
﹁わたしのはまだ軽いほう﹂
﹁盗賊尋問したとき、もしかして頭痛になったりしてた?﹂
﹁少し﹂
道中で捕まえた盗賊を尋問した時、早めに寝たのはたんに疲れた
のだろうと思っていたのだが⋮⋮
﹁辛かったら我慢しないで言おうな﹂
そう言って膝に抱えているティリカをぎゅっと抱きしめる。
﹁うん。わかった﹂
﹁やっぱりポイント貯めて魔眼取ってみる?﹂
スキルにある真偽の魔眼。これを使えばティリカの体も正常にな
るかと思ったんだが、以前にいらないと言われている。治った理由
が真偽院にバレそうだってのもあったし、かなりポイントを食うか
ら召喚を優先したいっていう理由で納得したんだが。
﹁私だけそのような恩恵を受けるわけにはいかない﹂
﹁でも罪って言っても昔の話だよな⋮⋮?﹂
﹁真偽官となった時に全て受け入れた﹂
﹁力には責任がともなうのよ﹂
1255
これはエリーだ。ティリカもうなづいている。
ノブレス・オブリージュ、高貴なるものの義務ってやつか⋮⋮
﹁我らは世界の調和を保つもの。誇りあるお仕事。後悔はない﹂
﹁神官も真偽官も神に仕えるとても重要な仕事なの。マサルも使徒
なんだからもっとしっかりしないと﹂
アンの矛先がこちらに向いてしまった。
この世界は神様が実在して、ダイレクトに色々と介入してくるの
だ。そりゃみんなが信心深くなるのはわかる。
でも俺、よその世界の人間でこっちの神様に義理とかないし、半
ば騙されて連れて来られて報酬もらえるからやってるだけだからな
あ。なんて思っても言えない空気だ。
﹁前向きに善処します⋮⋮﹂
何の話をしていたかわからなくなった。
﹁そういえばシオリイの町でかなり大規模な粛清をやったらしいが、
それはいいのか?﹂
﹁本部の許可は取った。貴族は対象外だったし、たまの綱紀粛正は
必要﹂
見せしめか。自業自得とはいえ、標的にされたシオリイの町の犯
罪者もちょっと哀れだな⋮⋮
1256
87話 スキル取得会議︵後書き︶
次回
農場作りパート2
アマゾンでも表紙が公開されました
﹁ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた﹂
でレッツ検索!︵長い︶
10月25日発売です
サティさん、表紙には出てないですが
帯にて出演予定です
1257
88話 農園開拓と家作り
翌日。農地予定地に行く前に村長宅に寄った。
好きに開拓していいと言われているものの、オルバさんが当初想
定していたより大規模になりそうだし、進捗状況はきちんと伝えて
おいたほうがいい。
だが村長さんはお出かけ済み。農地予定地を早朝から見に行った
らしい。
農地予定地に着いてみると2,30人くらいの人が集まっていた。
昨日作った農地の周りでは小さな子供から、老齢の方までわいわい
集まって雑談している。
﹁人手増やしたんですか?﹂
オルバさんにそう尋ねる。
﹁まさか。畑が使えそうだから、昨日のうちに何か植える作物がな
いかって頼んでただけなんだけど﹂
﹁どうせ見学しに来たんでしょ﹂
そうエリーが断言する。 魔法で農場作るのを見に来たのか。
﹁あれ半分くらいうちの親戚だ⋮⋮﹂
集団を見て、オルバさんがそうつぶやく。
1258
ああ、そういう。田舎の農村だもんな。ご両親はすでに亡くなっ
ているそうだが、親族は村にはいっぱいだそうな。
﹁オルバ! なかなかいいのが出来たじゃないか﹂
﹁村長。わざわざ見に来たんですか﹂
白髪ひげ面のちょっとお腹がでっぷりとした老人がどしどしと歩
いてきた。
﹁この時期は暇じゃからのう。おお、そちらが魔法使い殿ですかな
! ワシはラルガノ村の村長をしております、バハラタといいます﹂
﹁どうも﹂
ぐっと握手をかわす。
﹁聞いてると思うんですが、マサル君やエリーが手伝ってくれるん
で思ったより農地が広く出来そうです﹂
オルバさんが村長に説明をする。
すでにオルバさんとは借金に関する簡単な協議は行っている。エ
リーがナーニアさんにたっぷり借りている分、仕事をする約束だ。
ただ金額に関してはひどく曖昧だ。4年に渡ってのことでだし、
ナーニアさんにしてもエリーにしてもお金に関しては大雑把だ。適
当に使って残った分を送金。オルバさんは稼いでパーティーで分配
した額はだいたい把握はしていたものの、2人のお金の詳細な使途
までは知るはずもない。
結局冬の間休暇がてら逗留して、農場作りを支援することで借金
返済にあてようということになった。
1259
﹁おお、構わん構わん。どんどんやってくれ!﹂
たくさんの村人が興味深げに村長と話をしている俺たちを見てい
る。
昨日魔法使ってるの見せたのは失敗だったかなあ。でも作業手伝
ってくれてる人に、あとは俺たちがやるからもう帰っていいよ? なんて言えないし、そんなにまずそうな魔法は使ってないから口止
めするほどのことじゃないかと思ったんだが。
﹁皆の衆! やるぞ!﹂
村長が村の衆に声をかけると20人ほどの人が、森の木を切り倒
しはじめた。
﹁村長、別に人手をだしてもらわなくても﹂
﹁いいからいいから。ちょうど薪が不足しておったんじゃ。ついで
じゃよ﹂
﹁ギルティ﹂
俺の後ろにいたティリカがぼそっとつぶやく。だよなー。
森での作業のほうへ行った村長を見送る。
﹁どうします?﹂
﹁この辺り、農地が余ってないって話はちょっとしたよね﹂
話を聞いてみると、この辺りの農地不足っていうのは一部の人に
1260
とっては結構な死活問題なようだ。
近場で開墾しやすそうなところはあらかた開墾し終えている。人
口は増えるが、受け継ぐ農地は少ない。
開墾するにしても、畑を作って終わりと言うわけにもいかない。
魔物に対する防備や水路の整備も必要だ。オルバさんのように2年
や3年収穫がなくても経済的には問題がないならともかく、個人や
一家族でやるにはなかなか手に余る大事業である。
受け継ぐべき土地がないものは、小作人として半ば奴隷のような
生活を送るか町へ出るしかない。
だが町へ出たところで、農村育ちの田舎者がそう簡単にいい仕事
にありつけるわけでもない。
その日暮らしでいいならいくらでも仕事はあるのだが、稼ごうと
思えば兵士や冒険者が定番だ。命がけの仕事である。
それならば地元にいて畑を耕して暮らしたいという人間は多い。
俺としては赤の他人の事情などは知ったことではないんだが、今
後この村で暮らしていこうというオルバさんとナーニアさんは無下
にはできないだろう。
それに彼らにしても別にそういうことをこちらに言ってきている
わけでもない。
﹁魔法使いに仕事を依頼するとなると報酬は高額になるんだ﹂
なるほど。旅の間みたいにまたタダ働きさせられるのかと思って
警戒しちゃったよ。
アンの布教活動に付き合って、困ってる人を助けるのも時々なら
別にいいんだけどね。
﹁私だって何でもかんでも無料奉仕ってわけじゃないわよ。治療院
はきちんとお金は取ってるし、孤児院の経営って大変なのよ?﹂
1261
﹁だよね。回復魔法覚えるのにがっつりお金取られたし﹂
﹁あれでも格安なの﹂
2日間で3500ゴルド︵日本円で約35万円︶も取られたんだ
が、通常は1ヶ月くらいを想定しているし、魔法使いは大抵お金を
持っている。
ちなみに教えるのは魔法が使えるのが最低条件だ。魔法が使えな
い人間に回復魔法を教えるなんてことは、短期間で片手間で出来る
ようなことではない。もっとちゃんとした教育機関なり、師匠なり
を探すことになるそうな。
﹁あれ? 長い方でも2週間って言われた気がするんだけど﹂
﹁1ヶ月って言って1ヶ月で切っちゃうと感じ悪いじゃない? 2
週間って言って1ヶ月教えてダメなら諦めてくれるのよ﹂
結構ひどいな!
だが魔法には向き不向きがあり、魔力があるからって覚えられる
ものでもないそうな。
﹁わりとなんでも使えるエリーって実はすごいんだな﹂
﹁そうよ? わかったらもっと尊敬しなさ⋮⋮いや、いいわ⋮⋮﹂
だ、大丈夫だ、俺のはチートだから! エリーはすごい魔法使い
だから!
オルバさんが手伝いに行ったあと、ちょっとおだてたらすぐに機
嫌が治った。やっぱりチョロい。
1262
﹁そうよ! 私は空間魔法を極めた究極のメイジなのよ!﹂
うん。すごいすごい。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 20人以上で作業を進めているだけあって、俺たちが話し込んで
る間にかなりの数の木が切り倒されていた。とりあえず切るだけ切
ってその場に転がしてある。そのせいもあってずいぶんとペースが
早い。
倒れてくる木に注意を払いつつ、切った木を回収してまわる。歩
き回りながらアースソナーで周辺を探り、邪魔なものがないか確認
していく。細かいものは大丈夫だが、大きな岩などはさすがに魔法
で一気にやる時に邪魔になる。
作業をしている村人たちの間を縫うように歩いても、気配を殺し
ておけば彼らは気がつくこともない。
丁度切ったところで倒れてくる木を回収したら、突然消える木に
ビクッとされた。すまん。
村長の人の、休憩するぞーという声でみなが戻ってくる。
俺たちももちろんがんばって手伝ったので、二時間ほどの作業で
森が大きく切り開かれた。しかしまだ大木を切ったのみで雑草や低
木だらけで、場所によっては分け入るのにも苦労するくらいだ。だ
がもちろん問題はない。
全員退避したのを確認して、もう一度アースソナーで周辺をさぐ
1263
る。邪魔なものはもうなさそうだ。
俺の場合、注目されると集中が乱れるので今回は隠密を発動しっ
ぱなしだ。村人たちは誰も俺の動きに気がついていない。
範囲はたぶん昨日の倍くらい。
昨日のを思い出しながら魔法を発動︱︱
はい、上手に出来ました!
いきなり森の跡地が消滅し、柔らかい土が現出する。雑談してい
た村人たちが徐々に気がついてポカンとした表情を浮かべ、そして
色めき立った。
﹁話を聞いた時は半信半疑じゃったが、こりゃあ⋮⋮﹂
おっかなびっくり村人たちが出来立ての農地に入っていって土を
調べたりしている。
﹁次はどうしますかね﹂
村人と一緒に農地を見に来たオルバさんに声をかける。
﹁水路をひかないといけないんだけど、農場が広くなるから新しく
作らないといけないかもしれないね。ちょっと村長と相談しないと﹂
元からある水路から引っ張ってくる予定だったそうだが、農場の
規模が大きくなればそれでは足りなくなる。元の水路を拡張するか、
近くの川から新規に引いてこないといけないようだ。
﹁じゃあ壁でも作りますか﹂
1264
壁くらいならとりあえず作ってあとでいくらでも修正がきく。
農地の境界でオルバさんと相談しながら壁の高さを調整する。
普通の農地だと壁や柵を作るとしてもせいぜい1m程度なんだが、
それはあくまでコストの問題だ。高く頑丈ならそれに越したことは
ない。
結局3mくらいの壁を作ってみた。村の周囲の壁と変わらない高
さだ。
エリーと手分けして壁を作り上げていくのを村人が見学について
回ってくる。土魔法で壁がぽこぽこ生まれるのが珍しいのだろうか。
さすがにこう近くで見られると隠密も効果がないが、大部分がエ
リーの方へ行ったのでほんの数人だったし、邪魔をしないようにと
いうのか遠巻きにしていてくれたのであまり気にしないですんだ。
﹁わたしも土魔法覚えようかな﹂
アンが出来上がった壁を見ながらそう言う。
﹁空間魔法は?﹂
﹁難しいね﹂
﹁難しい﹂
アンに続いてティリカもそう言う。空間魔法の習得は難航してい
るようだ。
﹁新しい魔法を覚えるって大変なのよ? 特に空間魔法は難易度が
高いし﹂
1265
そのあたりがレベル1のポイントが高い理由なのかね。
黙々と壁を作っていき、エリーのほうと合流して壁が完成した。
一応2箇所で壁は開けてある。門はあとで誰かに作ってもらえばい
いだろう。
﹁いい感じのができたわね!﹂
﹁そのまま家を建てて住めそうじゃのう﹂
家か。俺らの家はどこにつくろうかな。あんまり農地に近くても
騒がしそうだし、ちょっと森の方に行ってみるか。
一応村長さんに家を建てていいか確認を取ると、やはり好きなと
ころに建てても問題はないようだ。
﹁このあたりの魔物とかはどうなんですか?﹂
オルバさんに聞いてみる。
﹁砦は近いし周辺に村は多いから駆除はするんだけど、魔境が近い
分結構流れこんでくるんだよね﹂
基本的には弱い魔物しかいないが、ときおり魔境方面から強いの
が紛れ込んだりするから油断はできないらしい。
微妙な⋮⋮やっぱ森は怖いから近場にしとくか。
オルバさんたちと村人たちに森の伐採は任せて、俺たちは家を建
てる場所の選定にかかることにした。
とはいえ近場に決めたし、今日中に作りたいのでそう選択肢もな
い。
1266
サティを抱えてレヴィテーションで飛び上がり、周辺の地形を確
認する。
﹁あ、あそこなんかどうですか、マサル様﹂
サティの指差す先は森の中でそこだけ小高い丘になっている。距
離はここからたぶん1kmもない。農地から近からず遠からずとい
ったところだ。
﹁そうね。いいんじゃないかしら﹂
エリー、アン、ティリカも続いで上がってきた。
エリーは小高い丘ってところがポイントが高いようだ。あの丘に
高い建物を作ればさぞかし見晴らしのいい家ができそうだし。
﹁とりあえず見に行ってみましょう﹂
アンがまっとうな意見を述べる。
そのままレヴィテーションで移動する。
丘に降り立って周囲をさぐる。小動物はちらほらいるが、魔物は
いないようだ。
だけどここに家を構えるなら安全確保はしておいたほうがいいだ
ろうな。暇な時に周囲の魔物を狩り尽くしておこう。
アースソナーで地下を探ってみれば、水脈もあった。水の供給も
問題なさそうだ。
﹁とりあえず邪魔な木を切っていくか﹂
1267
﹁はい﹂
俺とサティでがしがし伐採をしていく。斧は専門ではないが、剣
術レベル5と肉体強化のパワーをもってすれば楽な仕事だ。
あっという間に丘が禿げ上がった。
さて、どんな家を作ろうか。このまま普通に建ててもいいが、せ
っかく高い位置にあるんだから見晴らしのいい家がいいな。塔かビ
ル、三階建てにお城⋮⋮城だ! 和風の城を建てよう。うん、すごくいい考えだな。天守閣も作ろ
うか。作りも城を参考に石垣とかを作れば防備もいい感じになりそ
うだ。
﹁お城︵和風︶を建てようと思います﹂
﹁お城ね。いいわね!﹂
エリーはたぶん洋風の、塔とかついたお城を想像してるんだろう
な。だが残念。完成するのは日本の城だ!ちょっとワクワクしてき
たぞ。
﹁お城? そんなに大きいの建てちゃったら管理が大変じゃない?﹂
我が家の主婦のアンは掃除の手間や管理が心配なのだろう。
﹁サイズは住むのに手頃なくらいにしておくよ。でも魔物とかも出
るみたいだし、町の外に住むんなら頑丈なのを建てたほうが安心だ
ろ?﹂
﹁それもそうね﹂
1268
まずは城の土台部分だ。普通に城を建てるなら、石を組んで石垣
を作っていくんだろうが、土魔法ならもっと簡単だ。
土魔法ならなんでもできる。そう思っていた時期が俺にもありま
した。だが現実は厳しい。
石垣はなんかつるっとした感じの壁になった。まあそれは仕方が
ない。防犯上、石垣だととっかかりから侵入されてしまうかもしれ
ないし。
城の壁も白い漆喰などないから茶色っぽい普通の土の色だ。大理
石とか白っぽい石でもあればよかったんだが、適当に選んだ場所の
土だしね。仕方がない。
屋根も城なら瓦なんだけど、一個一個瓦を作るのも面倒だし、普
通の斜めの屋根になった。材質も壁と同じだし茶色い。
形もなんだか日本の城とは似ても似つかないまっすぐなビルのよ
うな造形だ。城だと一層ごとに瓦の屋根がついてるんだが、実際に
作るとなると面倒で省略した。
時間をあまりかけるわけにもいかない。今日中に作らないと、ま
たオルバさんの家で泊まりになってしまう。
かろうじて天守閣だけはそれっぽく作った。屋根にシャチホコも
つけてやった。これも茶色で地味な色になっちゃったけど。
金貨や銀貨もあるから潰して上からメッキもできるが、素人が作
ったかろうじてシャチホコに見える程度の作品に貴金属を使う気に
はならなかった。
土台部分が5m。その上に3層の居住区があり、屋上には天守閣。
地下室はあとで作る予定だ。
1269
結果どういうことになったか?
高い建物がいいというエリーの要望と城っぽくしようという俺の
思惑と、アンの掃除が大変だから手頃なサイズがいいという希望に
より、完成した我が家は城というより縦に細長い、塔かビルのよう
だ。そしてその屋上に天守閣というより茶室風のペントハウスが乗
っかっている。
なんだこれ? どうしてこうなった⋮⋮
なお、嫁たちにはシャチホコ以外は好評だったようである。
1270
88話 農園開拓と家作り︵後書き︶
次回
農園作りその3と家作り後半戦
砦に買い物>イベント発生
ニトロワ1巻発売まで3週間となりました!
10月25日全国書店様やネットにて販売予定
予約したよーって報告が多数寄せられ非常に感謝です。
1271
89話 農園開拓と家作り その2
屋上の天守閣︵仮︶を仕上げたあと、一旦下に降りて建物の出来
を確認する。
当初の予定とはまったく違ったものが完成したが、そんなことは
おくびにも出さずに披露する。
日本の城は世界遺産にも認定されるような建造物だ。それを再現
しようなどとその場の思いつきで出来るものじゃなかった。
城を作るという考えは一旦こっそりと封印して、計画を練り直し
だ。諦めたわけじゃないぞ!
﹁悪くないわね。上からの景色もよかったし﹂
﹁入り口はどこですか、マサル様﹂
﹁屋上﹂
下から一層ずつ積み上げる感じで作ったんだが入り口はわざと作
らなかった。周囲に壁を作ってからにしないと何かに侵入されるの
が怖い。内部にもまだ扉はついてないのだ。ちゃんとした扉を作る
のは壁を組むのより手間がかかる。
入り口が屋上だけなら空を飛べでもしない限り侵入はできないだ
ろう。
サティはどうだろう。塔の高さは十数メートルはある。レヴィテ
ーションは使えるが、さすがにこの高さはきついか? ﹁サティ、屋上に登れる?﹂
1272
﹁はいっ!﹂
一応試してみたらさすがに1回のジャンプでは無理だったが、建
物にあるわずかなとっかかりに指をかけて、そのまま一気に屋上ま
で登ってしまった。
いけそうだとは思ったが、目の前で見せられるとサティのジャン
プ力は圧巻だなー。
﹁すごいぞ、サティ!﹂
屋上にいるサティに下から声をかける。
﹁次は降りてみますね!﹂
﹁いやいや、まてまてまて!﹂
続いて飛び降りようとしたので焦って止めた。大丈夫だとは思う
けど、さすがに怖いよ!
屋上にレヴィテーションであがってサティを捕まえる。
﹁降りる方もたぶん大丈夫ですよ?﹂
たぶんって自分でも言っちゃってるし。
﹁降りる時はほら、俺が抱えてやるからな?﹂
それでサティは飛び降りないとニコニコで約束してくれた。
明日はちゃんとした入り口を作ろう。
1273
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ とりあえず寝室とお風呂場まわりの内装だけは済ませた。寝具は
旅の装備があるから今日から寝るのに問題はない。
こちらに滞在するのは冬の間だけの予定でその後どうするかは決
まってないが、最低限の家具や調理器具は揃えておいたほうがいい
だろうということになった。
砦は商業も盛んで色んな店が揃っているそうだし、明日見に行く
ことにした。
﹁え? もう家を建てたの? 今日からそっちに住む?﹂
戻ってオルバさんに報告をする。
﹁そうよ。マサルがすごいのを建ててくれたの!﹂
エリーがナーニアさんに俺が作った塔の自慢をしていた。
﹁魔力は大丈夫なのかい?﹂
﹁そうですね⋮⋮休み休みやれば問題ないと思います﹂
さすがにでかい建物だったので魔力はごっそり減っていた。だけ
どまだまだ余裕はあるし、なくなったらなくなったでアンに補充し
てもらえばいい。
俺が家を建てていた間も順調に伐採は進んでいたようだ。村人た
ちはちょうどまた休憩中でお昼の準備をしている。
そういうことならと、アイテムボックスに貯めこんであるオーク
1274
肉を提供した。
別に彼らとてタダ働きってわけじゃない。切った木は自分たちで
使う薪になる。面倒な輸送は俺たちがやるので、働いた分損はない
のだ。
とはいえ、手伝ってもらってるのは確かなのでお昼の食材の提供
くらいはして感謝は示しておいてもいいだろう。
オーク肉の大量提供は好評だったようである。
﹁うちは別に貧しい村ってわけじゃないけど、今年は不作でね﹂
雨不足はここでも深刻なようだ。ただ、この近くの川はそこそこ
水量が豊富で、干ばつでも凶作というほどの被害はないそうだ。
昼食後の作業が始まった。
俺も木こりに回ろうとしたんだが、オルバさんに休んでていいと
言われた。
休んでいたほうが魔力の回復が早いって話は何度も聞いたが実際
のところはどうなんだろう。
﹁どうなの?﹂
﹁そりゃ休んでたほうが回復は早いに決まってるわよ﹂
エリーに聞いてみると、リラックス状態のほうが魔力の回復が早
い、という説があるそうである。あくまでも説だ。諸説あって確定
されたわけでもないらしい。
こっちの人は魔力を数値化できないし、確かめるすべは個々の体
感でしかない。
まあ楽できるにこしたことはないので、この件はあまり追及しな
いほうがいい気がする。
1275
﹁暇だな﹂
﹁⋮⋮﹂
ティリカがこくりとうなづく。
サティとアン、エリーは伐採の手伝いだが、ティリカは俺と居残
りだ。
だが実はティリカはそれほど暇じゃない。仕事中である。
ほーくで周辺の偵察をやってもらっているのだ。魔物がいるなら
早いうちに駆除しなければならない。
俺一人、することもないので思いついて井戸を作ってみる。
早目に作っておかないと、掘ってすぐは水が濁って使えないのだ。
建物もあったほうがいいかな。野外で食事もたまには楽しいが、
なにせ真冬である。寒い。
厨房と食堂でいいから、そんなに複雑な建物はいらないけど、人
がたくさん入れるように大きめがいいな。
場所は井戸も食堂も、午前中に壁を作った内側に作った。勝手に
作っちゃったけど、邪魔なら壊せばいいだろう。
魔力も自然回復分くらいでまかなえた。魔力を節約するには壁を
薄くすればいい。使う土の量が少なければ魔力も少量で済む。今日
建てた塔のほうは自分が住むので、おもいっきり頑丈に、壁を分厚
く作ってある。
﹁まだ寒い﹂
ティリカがつぶやく。新しくできた食堂に入ったが、そもそも作
ったばかりだ。気温は外と変わりない。
1276
﹁はいはい。火をつけような﹂
壁際にかまどを土魔法で作る。3つもあればいいか。
アイテムボックスから薪を取り出してかまどに火をつける。お湯
を沸かしてマギ茶を入れる。あったまるな。
﹁どんな感じ?﹂
﹁近くにはいない﹂
ほーくの空からの偵察は森だと小物は発見しづらいが、少なくと
も群れや大物がいないというのは朗報だ。
周辺の魔物掃除は楽にできそうだ。いや、たいがにでもやっても
らえればそれすらも⋮⋮
でもたいがにやらせると獲物の回収が難しいし経験値も入らない
な。
ティリカと一緒に火にあたりながらぼーっと考え事をしていると、
扉を開けてオルバさんとアンやエリーやサティが入ってきた。
﹁これいつの間に⋮⋮﹂
オルバさんが驚いている。オルバさんには家作るの見せたのは初
めてだっけ。
かまどどころか、机から椅子から完備である。孤児院を参考に作
ったから40人くらいは座れる規模だ。
﹁寒かったんで休憩所も兼ねて作ってみました﹂
﹁気が利くじゃない﹂
1277
エリーはさっそくかまどの火にあたっている。
﹁そろそろまた農地を作って欲しいんだけど、魔力は大丈夫かな?﹂
﹁ええ。休んでたんで回復してますよ﹂
﹁え? これ今作ったんだよね﹂
﹁え、ああ。これくらいならあんまり魔力はいらないんですよ﹂
﹁ああ、そうなんだ⋮⋮結構立派な建物だからずいぶん魔力を使っ
たんじゃないかと思ったんだけど﹂
﹁ちょっと手を抜いて壁は薄くなってますし、机とかあまり丈夫じ
ゃないかもしれません﹂
﹁ああ、そうなんだ⋮⋮﹂
机はただの長方形の箱だし、椅子も横長の固定式のベンチタイプ
だ。土を簡単に固めただけで強化もしてないし、魔力も手間もほと
んどかかっていない。
﹁じゃ、行きますか﹂
﹁いってらっしゃい。私たちは休憩してるわね﹂
エリーがこちらも見ずにそう言った。
みんなでかまどの前に集まって火にあたっている。付いてきてく
れるつもりは全くないようだ。
1278
うん。いままで働いていたもんね。俺の魔法も何度もみてるしも
う見飽きたよね。外は寒いよね。
﹁わかった。行ってくる﹂
サティはついてきてくれた。サティだけはいつでも俺の味方だ⋮⋮
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ その日の仕事はそれで終えて、我が家︵塔︶に帰還である。
だいたい俺の能力は把握したので、村長さんとオルバさんは改め
て開発計画を練るそうだ。
なんだか俺の魔力が思ったより強力なので、村長さんはずいぶん
とやる気である。
オルバさんはさすがに悪いと思ってるようだが、エリーはいけい
けであるし、アンも別にやってあげればいいじゃないと賛成だ。
だがまあ依頼の分、オルバさんの部分だけしっかりやればいいか
ら、あとは適当に休み休みやればいい。伐採は村人でやってくれる
約束をしたし、農地作りも壁作りも魔法があれば楽なものだ。
まあそっちは適当でいい。世の中にはもっと重要な事がある。
休暇だよ、休暇!
待ちに待ったハネムーンだよ!
この塔なら邪魔も入らない。
明日は砦で買い物して、家具を揃えよう。
塔の内装もぼちぼちやって、家の周囲の壁や地下室も。
やることは多いが、基本的に全部魔法で済ませればそれほど手間
でもない。魔法バンザイである。
1279
まずは念入りに作ったお風呂である。シオリイの町の借家の倍く
らいのサイズのを作った。五人で入っても楽々である。残念ながら
今日はサティとティリカだけであるが、別に残念でもなかった。
道中、一緒にお風呂がほぼ皆無だったのでずいぶんと久しぶりだ。
いやー、楽しいね!
ちょっと最近殺伐としすぎてた。道中ずっと狩りながら移動した
り、メテオぶっ放したり。
サティとティリカに全身を洗ってもらい、お返しに洗い返してあ
げる。
﹁お風呂はキモチイイな!﹂
﹁はい、マサル様﹂
サティを抱っこしてゆっくりと湯船につかる。ティリカはサティ
が抱っこしている。三人で手足を伸ばしてはいってもゆったりであ
る。
これだよ、これ。こういうのが欲しかったんだよ!
交代でお風呂に入ったあとは簡単に食事をして、日はまだ落ちて
もいないが、サティとティリカを連れて寝室に直行である。
今日はサティとティリカの日のようだ。四人で決めているらしい
のだが、順番に回してるのかと思えば連続したり前後したりしてる
しよくわからない。なんだかハーレムというより俺が四人にシェア
されてるような気がしないでもないが、まあこれもきっとハーレム
なんだろう。
1280
ティリカとサティとたっぷり遊んだ後、休んでいると来客が来た。
来客っていってもアンとエリーしかいないわけだが、夜に邪魔しに
くるのは珍しい。
﹁ちょっといいかしら。その⋮⋮マサルに話があるんだけど⋮⋮﹂
扉をあけてやるとモジモジしながらエリーがそう言う。
ああ、なるほど。空間魔法で覗いてたな? それで我慢できなく
なっちゃったのか。
﹁汗かいたしお風呂入るよ。いっしょにどう?﹂
だが、紳士な俺はやさしく受け止めるのである。
満足してぐったりしているサティとティリカの了解を取ってから
エリーとお風呂に向かう。
二回戦スタートだ! 体力も時間もまだまだたっぷりある。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 朝食を食べたあとは砦で買い物である。今日は開墾のほうは昼か
らでいいってことになっている。ある程度伐採を進めてもらってか
ら一気にやったほうが効率がいい。
砦へはフライでいける距離だった。そう何度も行くこともないか
ら、ゲートポイントを作るまでもなさそうだ。
砦に到着し、家具や食材を買い込んでいく。なかなかに商店が充
実していて、安くていい物が揃う。
1281
この砦。砦とは名がついているが、実体は商業都市に近い。
魔境が近いのだが、直接魔境と接する部分にはエルフの森があり、
エルフが魔物を全て処理してくれる。そういう盟約があるのだ。盟
約は相互防衛的なものなのだが、今のところは一方的に人間側が恩
恵を受けている。まあ魔境に近いのはエルフ側なのでこれは仕方の
ないことなのだろう。
もちろんエルフに防衛を任せているからといって、魔境に近いこ
とは変わりないので相応の戦力は有している。
だがそれより重要なのはエルフとの商取引である。エルフが作る
霊薬やポーション、様々な工芸品はとても人気が高い。
﹁どうです? お嬢さん方。こちらの品は全部エルフお手製ですよ
!﹂
とあるお店で店員に見せてもらったケースには十点ほどのアクセ
サリーが並んでおり、素人目にも美しいものばかりだ。
エルフの寿命は人間の数倍ある。当然職人も人間の数倍の年月、
修行研鑽を積むのだ。創りだす工芸品はどれも素晴らしい物になる
だろうことは想像に難くない。
そして相応に値段も高い。みんなはちょっと物欲しそうにしてい
たが、手が出そうにない。
エルフ自体も観光資源となっている。この国のエルフはほとんど
がこの森で暮らし、滅多に外に出てこない。唯一の例外がこの砦で
ある。エルフたちは時々お買い物や食事にでてくるそうなのだ。
そのエルフを見ようと物好きが砦にやってきて、何日も滞在して
いく。
だが今日のところはエルフの姿は見れないようだ。
1282
サティがせめてエルフの森を見たいというのでみんなで行くこと
にした。
砦のエルフの森側を見に行くが、一般人は立ち入り禁止なので門
は閉まっている。時々エルフがやってきたり、商人が品物を運ぶ時
だけ開放するそうである。
がっかりしていたら門の警備兵に声かけられた。森を見たいとい
う人は多いそうで、普通に砦の上にのぼって見学くらいはできるそ
うだ。
警備兵の人は他にも色々教えてくれた。
エルフさんが来てもお触りはもちろん、話しかけるのも禁止。そ
っと遠くから見守るだけ。じろじろ見るのもいけません。そっと見
るだけにしましょう。
男女共に見目麗しく、いつまでも若々しいエルフさんたちである。
ちょっかいを出す人間は後を絶たなかったそうだ。
だいたいの場合はメイジで高い戦闘力を有するエルフさんに叩き
のめされて終わりだが、時には実力者同士の戦闘に発展することも
あり、俺たちのようにエルフの森を見に来た冒険者には注意喚起を
しているそうである。
トラブルが起こってエルフさんが砦に気軽に来れないようになり
でもすれば、エルフ好きにとっては大変な損失である。絶対遵守す
るように約束させられた。警備兵さん、エルフ好きなのか⋮⋮
その他にも胸にコンプレックスがあるので、胸の大きい人間はな
るべくエルフさんに姿を見られないようにすることや、木登りが得
意な所、耳を舐めると甘い味がするというどこまでが本当か冗談か
よくわからない噂まで。
サティはエルフの話に大喜びだ。
警備兵の人も暇なんだろうな。何せ門は滅多に開かないし、魔物
も来ない。きっと俺たちみたいな観光客の相手も仕事の内なんだろ
1283
う。
警備兵さんのエルフ語りから解放されて、砦の城壁に登る。上に
いるのは俺たちだけのようだ。
ただの森だな。門からは道が伸びているが、どこまでも森が続く
のみ。
エルフの里まではずいぶんと距離があり、肉眼ではもちろん見え
ない。
最初に気がついたのは俺だった。
レベル5にあげてある魔力感知に反応があったのだ。エルフの森
のほうからでかい魔力反応がこちらに向かってくる。
続いてサティが気がついた。フライで人が飛んでくると。それも
たくさん。
これはエルフさんだろう。きっと集団で遊びにきたに違いない。
実に運がいい。
そう思ってわくわくして待ち構える。
間もなくエルフが門の前に到着した。50人ほどもいるだろうか。
さすがにエルフというべきか、この人数をフライで抱えて、しかも
スピードもかなりなものだった。
魔力感知で見ると、エルフたちから巨大な魔力が立ち上っている
のを感じる。エルフってすごいんだな、なんて思っていたら、エル
フの澄んだ声があたりに響き渡った。
﹁開門! 開門せよ! 魔境から魔物が侵入した! 戦に備えよ!
!﹂
1284
メニューが勝手に開く。
クエストが点滅している。
︻クエスト エルフたちを助けよ!︼
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
YES/NO
報酬 パーティー全員にスキルポイント10
クエストを受けますか?
俺の楽しい休暇がなくなっていく⋮⋮
1285
89話 農園開拓と家作り その2︵後書き︶
次回 エルフの里防衛戦①
﹂
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1286
90話 エルフの里防衛戦① ︻画像リリ様︼
﹁開門! 開門せよ! 魔境から魔物が侵入した! 戦に備えよ!
!﹂
エルフの突然の宣告に砦の内部が騒然とする。
伝令が走り、大きな門がゆっくりと開かれていく。
カーンカーンカーンと鐘が三度鳴らされた。
﹁もしエルフの里が落ちたらどうなる?﹂
門が開くのを待っているエルフを見ながら、エリーにそう尋ねて
みる。
﹁次は当然この砦ね。そしてここも落ちるわ﹂
エルフは魔法を得意とする種族である。すべてのエルフが魔法を
使いこなし、人の数倍の魔力を有する。里自体もかなり強力な要塞
になっているそうだ。
そこが落ちる戦力が攻めてくるとなると、この砦など鎧袖一触だ
ろうと。
﹁魔物が攻めてきたから警戒しておけってことでしょ。エルフが負
けるなんてあり得ないわね﹂
エルフの里の人口はわからないが、千人単位のメイジがいて強大
な要塞に篭っているのだ。ゴルバス砦に攻めこんで来た戦力を十倍
したって落とせない。そうエリーは断言する。
1287
だがちょっとまずくないか? クエストには陥落しそうって書い
てあるんですけど⋮⋮
いつまでもエルフを眺めていても仕方がない。クエストが出たこ
とを告げようとみんなに向き直った時、サティが﹁あっ﹂と小さな
声をあげた。
一人のエルフが俺の目の前の砦の壁の上に降り立っていた。突然
の出現に驚いてリアクションすら取れない。フライか。
年の頃はエリーと同じくらいだろうか。綺麗な金髪をツインテー
ルにしている。色素が抜けたような白い肌。長い耳。服や体を包む
コート、装飾品も見るからに上等そうなものを身につけている。そ
して翼。実体じゃない。魔力の翼だ。
その翼は見てるうちにすぐに消えた。
﹁おヌシ⋮⋮何者じゃ?﹂
バレた!? と一瞬思ったが、バレていたらこんな質問しないと
思い直す。
この緊急事態にいきなり目の前に現れて何でこんなこと質問をし
てるんだろう、このエルフさんは。
エルフさんには巨大な魔力がまとわりついていた。エルフ全体の
魔力だと思ったのはこのエルフさん個人の魔力だったようだ。
それに体の周囲に魔力をまとっている人間など見たことない。魔
力とは普通、体内にあるもので使う時だけ放出するものだ。エルフ
だけの特徴か、それとも他にもこんな感じのメイジがいて最近魔力
感知を上げたから見えるようになっただけなのだろうか?
﹁ただの冒険者ですけど⋮⋮あの、エルフの里の状況はどうなんで
しょうか?﹂
1288
目の前のエルフさんは不審で不穏だが、まずはエルフの里の状況
を確認しないといけない。
﹁エルフの里は落ちるじゃろう。すまんが魔物はここで食い止めて
もらわねばならん﹂
ダメだこれ⋮⋮やはり俺の休暇は取り消し確定なようだ。いや、
すばやい一撃で敵を撃退すれば⋮⋮
﹁落ちるってそんな!? エルフが負けるんなんて﹂
エリーが驚きの声をあげた。
﹁妾もそう思っておった。だが時間の問題じゃろう﹂
﹁一体何があったんですか?﹂
アンが冷静に尋ねる。
﹁アンチマジックメタルを知っておるか?﹂
﹁エフィルバルト鉱ね。あれは使い物にならないって聞いたけど⋮
⋮﹂
エリーは知っているようだ。アンチマジックメタルという名前か
らなんとなく推察はできるが。
﹁わしらもそういう認識じゃった﹂
1289
エルフの少女が詳しく説明してくれた。
アンチマジックメタル。名前の通り、魔法を阻害する金属である。
数百年前、発見された当初は対魔法戦術に革命を起こすかと思われ
たが、結局のところ使い物にはならなかった。
まずは金属として非常に柔らかいことが特徴で、剣や盾、鎧とし
て使うのには不向きである。
柔らかいことを考慮せずにアンチマジックメタルで鎧を作ったと
しても、魔法を阻害する効果が弱く初級の魔法すら半減するのが精
一杯。それくらいなら普通の盾や鎧でも十分事足りる。その上採掘
量が少なく、一般にはほとんど出回っていない。
現在では加工がしやすく色が美しいので貴金属として装飾品など
に使われているくらいだ。
ランドキングトータス
﹁やつら、全長100mにもならんとする陸王亀に、体全体を覆う
アンチマジックメタルの装甲をつけおったのじゃ﹂
大量に集めた効果か、それとも何か特殊な加工でも施してあるの
か。エルフの攻撃魔法は陸王亀のまとうアンチマジックメタルの前
にすべて霧散した。
陸王亀に対して物理攻撃の効果は薄いし、魔法以外の攻撃手段を
エルフはほとんど用意していなかった。
﹁なんとか止めようと無駄な攻撃を繰り返したのが悪かった﹂
魔力切れである。一度魔力が底をついてしまえば、人の数倍の魔
力をもつエルフの魔力回復は相応に時間がかかった。
﹁とりあえず落とし穴を作って時間稼ぎをしたんじゃがな﹂
巨大とはいえ、亀の一匹にたかが数万の魔物の軍勢。何ほどのこ
1290
ともなかろうと、砦に伝令すら飛ばさなかった。
エルフの里の戦力を以ってすれば問題なく殲滅できたはずなのだ。
だが魔力の切れたエルフには陸王亀どころか、オークを主力とす
る魔物の軍勢に対してももはや手立てはない。
そしてエルフの魔力切れを見計らったように、これまでの数倍の
魔物の軍勢が攻めてきた。
魔物がエルフの里を迂回すれば今日中か、明日には砦に到達する。
陸王亀が来るまでには時間がたっぷりある。落とし穴で時間は稼
いだし、まずはエルフの里を落とそうとするだろう。それに背中に
余計な荷物を背負っているため、移動速度が極めて遅い。
﹁陸王亀を倒す方法はある﹂
魔法攻撃の一点突破だ。アンチマジックの効果以上の魔法を集中
してぶつけてやればよい。
﹁最後の攻撃でほんのわずかであるが装甲にダメージが通ったのじ
ゃ﹂
だが判明したところですでに魔力は枯渇しているし、陸王亀は元
々防御に優れた生物だ。装甲をどうにかできても、その甲羅は魔法
にすら高い耐性を示す。
100mという最大級の陸王亀である。普通に倒すだけでも難敵
だ。
里はすでに完全に魔物に包囲をされている。エルフたちの魔力が
回復する前に、里は陥落するだろう。
﹁せめて一部の者だけでもと、脱出してきたのじゃ﹂
だが疑問がある。何故このエルフはこの緊急事態に、俺たちのよ
1291
うなどこにでもいそうな冒険者にここまで詳しく説明をしているの
だろう。
話の受け答えはエリーが主にやっているんだが、このエルフはこ
とあるごとに俺の方をチラチラと見るのだ。
心当たりはありすぎるが、このエルフとは完全な初対面で俺を怪
しむ理由はないはずだが⋮⋮
﹁姫様!﹂
階段のほうから二人の騎士が駆け足でこちらへとやってきた。二
人ともエルフだ。
﹁おお、ティトスにパトス。首尾はどうじゃ﹂
﹁冒険者ギルドは緊急依頼を発令してくれるそうです。国軍は周辺
に知らせを飛ばし、できうる限りの動員をかけると﹂
﹁今日の宿を確保です﹂
ティトス、パトスと呼ばれた、重装備の騎士エルフがそう答える。
双子か姉妹だろうか。とてもよく似ている。
﹁ご苦労。里には救援はいらんとちゃんと伝えたか?﹂
﹁はっ、砦の防備を固めるようにと申し伝えました﹂
﹁そんな!﹂
﹁ここまで手遅れになったのはエルフ自身の慢心によるものじゃ。
今から軍を編成し、救援を出してもいたずらに被害が拡大するだけ
1292
じゃろう﹂
盟約によればエルフは砦に救援を要請することはできる。だが、
エルフの高いプライドがそれを許さなかった。
﹁姫様、そのものたちは?﹂
片方の騎士が胡散臭げな視線をこちらに向ける。
﹁冒険者じゃ﹂
﹁冒険者ならギルドに行くがいい。緊急依頼が間もなく発令される﹂
﹁こやつらは妾の護衛に雇おうと思っておる。そのための状況説明
はもう済ませた﹂
色々と説明してくれると思ったら⋮⋮
﹁冒険者を護衛に雇っていかがなさるので?﹂
﹁里に戻る﹂
しかも戦闘中の里に戻るとか言ってるし。クエストを受けるなら
むしろ都合はいいんだけど、こっちの意思を確認くらいはしたほう
がいいと思うんだ。
﹁それは!?﹂
﹁戻るだけなら問題はなかろう。危うくなったらまた逃げてくれば
よい﹂
1293
﹁魔力がもうないでしょう? それに危険です、姫様﹂
俺も危険だと思います。でもクエストがある以上行かないとダメ
なんだろうなあ。
このままクエストを見なかったことにしたいが、そんなことがバ
レたら殺される。主にアンに。
それにエルフを見捨てるのもきっと寝覚めが悪い。
クエストの発行をまだ知らされていない俺の嫁たちは、どうして
いいのか判断がつかないようで、騎士と姫様の言い合いを眺めるの
み。
﹁このまま⋮⋮このまま里が落ちるのを黙って見ていられるか! 父上も母上も兄上も全員戦っているのだぞ!﹂
﹁よく言ったわ! わたしたちが助けてあげる!﹂
エリーが景気よく姫様に向かって宣言をした。
﹁おお、やってくれるか!﹂
あー、もう。勝手にそんなことを⋮⋮父親を魔物に殺されたエリ
ーの気持ちはわかるし、どっち道戦うのは確定だし俺は別にいいん
だけど。
だけど他のメンバーを見ても反対はないようだ。みんなわかって
るんだろうか。話を聞く限り、ゴルバス砦の時より状況が悪い気が
するんだが。
﹁しかし冒険者を数人連れて戻ったところで⋮⋮﹂
1294
﹁ティトスにはわからんか。こやつの魔力を﹂
俺を指差すエルフの姫様。
なるほど、魔力か。確かに魔力だけなら人の数倍はある。やっぱ
り使徒だってバレたわけじゃないんだな。
﹁確かに普通の人間にしては大きな魔力ですが﹂
﹁こやつの魔力に反応して妾の精霊が騒いでおる﹂
ティトスと呼ばれたエルフがじろじろと俺を見る。
﹁とりあえずギルドに行く? 緊急依頼がでるんでしょう?﹂
アンが常識的な発言をする。
だがそれじゃダメだな。もうすでに落ちそうになっているんだ。
クエストにも急行せよって書いてある。
もし里を救いたいなら緊急依頼が出てから他の冒険者と一緒に、
なんて悠長なことは言ってる暇はない。
﹁みんなちょっとこっちへ。あ、スイマセン。相談したいのでお姫
様は待っててもらえますか?﹂
﹁お、おう﹂
みんなを連れて話を聞かれないくらい離れた位置に行き、集まっ
て顔を突き合わせる。
1295
﹁今さっき、エルフの里を救えっていうクエストが出た﹂
﹁なんですって!﹂
エリーが驚きの声をあげる。
﹁声が大きい。文面は︱︱﹂
︻クエスト エルフたちを助けよ!︼
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
報酬 パーティー全員にスキルポイント10
﹁どうする?﹂
﹁いいわね、10ポイント﹂
エリーはもう最初からやる気だ。クエストなど関係なしに里を救
うため、戦うつもりだったのだろう。
﹁神様の出したクエストなのよ﹂
直接神様から下される依頼だ。アンには断るという選択肢はない。
﹁エルフのお姫様を助けてあげましょうよ!﹂
ティリカもコクコクとうなずいている。サティはエルフでお姫様
ってところが気に入ったのだろうか。珍しく自己主張している。
1296
﹁失敗したらゲートで逃げればいいしな。あまり無理をしない方向
で⋮⋮﹂
エルフのメイジ集団が対処できなかったアンチマジックメタルだ。
絶対に無理だとは思わないが、俺に倒せるかどうかまったくの未知
数だ。
だがどっちみち緊急依頼が出るなら、防衛戦には参加させられる
だろう。姫様と一緒に行っても危険度は余り変わらない気がするし。
﹁何を弱気な。でもいいわ。いざって時のゲートは準備しておく﹂
クエストをもう一度確認して、YESを選択する。
﹁クエストを受けたぞ﹂
こうなったら覚悟を決めよう。一刻も早くクエストを終わらせて
休暇の続きを楽しむのだ。
﹁いいか。安全第一で、全員怪我がないようにするんだ﹂
﹁もちろんよ。華麗にエルフの里を救って伝説になるのよ!﹂
﹁いや、そういうのはいいから﹂
伝説とかマジでやめて欲しい。今回もなるべく目立たないように
したい。使徒だってばれそうな危険は犯せない。
﹁Bランクのうちは目立たないようにしようって決めただろ﹂
﹁このクエストを成功させればAランクは確実よ。問題ないわ﹂
1297
﹁いや、そうかもしれないけど⋮⋮﹂
﹁だいたいね、陸王亀を倒してエルフの里を救って。目立たないで
いるってできるわけないでしょ?﹂
﹁う⋮⋮﹂
なかなか痛いところを突いてくる。
﹁じゃ、じゃあ、目立たないように倒せばいいだろ。それにAラン
クも確実じゃないし!﹂
﹁いーえ、確実よ。エルフでも倒せなかった超大型種の討伐よ? まず間違いなくランクアップの申請は通るわね。それに報酬はどう
するの? イナゴの時みたいにまたタダ働きとかイヤよ﹂
﹁ほ、報酬ならクエスト報酬があるだろ⋮⋮﹂
﹁そうね、神様の依頼なんだし。この上報酬とか要求したら罰があ
たるわね﹂
アンが同調してくれる。 ﹁うーん、報酬はそれでいいわ。マサルのおかげで借金は返せそう
だし﹂
エリーの英雄願望は理解できるし叶えてやりたいが、こっちとし
ても派手なことをして使徒のことがばれるのは困るし、冬の休みも
減らしたくない。
1298
この辺りは今年は特に雪が少ない上に温暖な地域で雪がほとんど
見れないが、今頃シオリイの町や王都、帝国方面は雪が積もってい
るだろうということだ。
雪で身動きがとれないし、魔物の動きもほとんどなくなる。冒険
者はこの季節、みんな休暇を取るのだ。俺も休みが欲しい。
今回の件、クエストを無事クリアしたとしても、うまく立ち回ら
ないと冬休みが壊滅的被害を被りそうな感じがひしひしとするのだ。
﹁でも緊急依頼が出るのよね?﹂
﹁そう言ってたな﹂
﹁ここで姫様に付いて行って、こっそり陸王亀を倒せたとしても、
どこに行ってたの?ってなるわよ? 緊急依頼からの逃亡は重罪よ
!﹂
いや重罪じゃねーし。罰金かギルドからの除名くらいなんだが⋮⋮
﹁ギルドにはちゃんと報告上げて口止めを頼めばいいじゃないか﹂
﹁じゃあこうしましょう。姫様たちには軽く口止めをして、あとは
成り行きに任せましょう。それで目立っちゃったらもうどうしよう
もないでしょ?﹂
大事なのはクエストを成功させ、エルフの里を救うことだと、ア
ンはそう主張する。
﹁それくらいならまあ⋮⋮﹂
なるべく目立たないように倒して素早く離脱しよう。
1299
﹁それならいいわ。どう考えても派手になると思うし﹂
エルフの姫様のところに戻ると何やら口論をしていた。
﹁お前らも姫様に言ってやってくれ。せっかく脱出してきたという
のに﹂
﹁跡継ぎは弟に任せればいい! だいたい継承権から言えば兄上が
優先して脱出するべきじゃったのじゃ!﹂
﹁大勢を抱えて脱出なんて姫様しかできなかったから仕方がないで
しょう。だいたい魔力も切れたのにどうやって戻るんです? 走る
んですか? 姫様、体力ないですよね﹂
﹁半日も休めば魔力は回復するわ!﹂
﹁魔力回復薬、使いますか?﹂
エリーが姫様にそう提案をする。緊急事態用に常に数本、備蓄し
てあるのだ。
﹁妾の魔力はまだあるのじゃ。じゃが精霊の魔力が尽きておる。精
霊は薬とか飲めんからな﹂
姫様の周りにたゆたっている魔力。これが精霊なのか。
1300
フライは長距離の移動手段には向かない魔法だ。人数がふえると
速度も航続距離もがくっと落ちる。一人で飛んだとしても途中で頭
痛が起こり力尽きるし、魔力量の少ないメイジだと、魔力切れ状態
で危険な森に放り出されるなんてことになりかねない。
だが姫様の説明によると、精霊魔法ならその弱点がない。魔法的
存在である精霊なら魔力の連続使用による頭痛なんて問題は起きな
い。魔力量も人間の比じゃないし、精霊の魔力を使い果たしても使
い手の魔力は温存される。
便利そうだな、精霊魔法。二系統の魔力タンクがある感じか。
﹁最上位の回復魔法でも使えれば精霊の魔力も回復できるのじゃが
⋮⋮ここの神殿におらんかの?﹂
エルフの姫がアンにそう尋ねた。
﹁わたしが使えます。回復しましょう﹂
﹁おお! まことか、神官殿!﹂
﹁ちょ、待ってください! 姫様、戻ってどうするというのです?
具体的に何か計画でもおありですか?﹂
﹁こやつらならなんとかできないじゃろうかって思ったのじゃ⋮⋮﹂
ティトスと呼ばれた騎士にそう言われ、姫様は急に自信がなくな
ってきたようだ。
﹁なんとかって! そんなはずないでしょう! いくらSランクの
冒険者でもこの人数では死ににいくようなものです!﹂
1301
Sランク? 俺たちのことか?
﹁あの⋮⋮俺らBランクなんですけど⋮⋮﹂
﹁え? そうなのか?﹂
姫様がきょとんした表情でこちらを見る。
﹁何がSランクですか! 適当なこと言って!﹂
﹁こやつからすごい魔力を感じたのじゃ⋮⋮それに奇跡の光も⋮⋮﹂
どうやら姫様は俺の魔力を見てSランクと勝手に考え、ティトス
に吹聴したようだ。
﹁あなた方も! Bランクごときで軽々しく助けるなどと、できも
しないことを言わないでください!﹂
Sランクならもしや、ということがあるかもしれない。Sランク
冒険者は時に戦局をひっくり返すだけの力があるのだ。だがBラン
クである。メイジ揃いのエルフから見れば、ごろごろしているレベ
ルなのだろう。
﹁できるしやるわよ!﹂
ティトスのもの言いにかちんときたのだろうエリーが言い返す。
﹁ほ、ほら。こやつらもそう言っておる﹂
﹁お願いです。姫様を焚き付けないでください。王や王妃方は里と
1302
運命を共にするつもりです。この上姫様まで失っては⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ。危なくなったらゲートで逃げてくるから。そうだ、つ
いでにエルフの王様たちも助けてくればいいじゃない﹂
﹁ゲートまで使えるのか? 聞いたか、ティトス。父上や母上を救
いに行くのじゃ! 妾の目には狂いはなかったわ!﹂
勝手にSランクって思い込んでノープランで声をかけてきたけど、
確かに俺らを選んだのには間違いない。伊藤神のお導きでもあった
のだろうか。
﹁ほ、本当ですか⋮⋮?﹂
﹁ええ﹂
﹁わたしの目に誓って真実﹂
そう言ってティリカが普段外出中は目深に被っているフードを外
す。
﹁あ、真偽官⋮⋮本当に⋮⋮﹂
﹁だから任せなさい﹂
﹁本当に、本当に王を救えるのですか?﹂
エリーの言葉にティトスさんは縋るような視線を向けた。
﹁いいえ! 救うのはエルフの里全てよ! 陸王亀はマサルが倒し
1303
てくれるわ!﹂
俺かよ! いやまあ俺がやるんだろうけど。
1304
90話 エルフの里防衛戦① ︻画像リリ様︼︵後書き︶
次回 防衛戦②
今回登場の新キャラ リリアーネ様
<i87523|8209>
※画像はイメージです。今は冬なのでコートとか着てます。
書籍化記念にいつもの絵師様に書いてもらいました。
いよいよ次週、10月25日!
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた ①巻発売で
す!
予約でもいいですが、当日でも大きい書店ならだいたい置いてると
思います。
買ってね! CM終わり。
1305
91話 エルフの里防衛戦②︵前書き︶
︻クエスト エルフたちを助けよ!︼
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
1306
91話 エルフの里防衛戦②
﹁妾が今更こんなことを言うのもなんじゃが、本当にいいのか? 危険じゃぞ﹂
アンの奇跡の光で精霊の魔力をチャージしてもらった姫様が改め
てそう言った。
本当に今更だな。でもクエストを受けてから、逃げたり失敗した
らどうなるんだろう。冒険者なら依頼の失敗は罰則金だが。
今日の日誌で尋ね⋮⋮いや、やめておこう。じゃあ失敗したら罰
ゲームね! とか変な設定を追加をしかねない。伊藤神はそういう
思いつきで行動するやつだ。間違いない。
﹁危険は覚悟の上です。それにゲート魔法もあります﹂
アンがそう答える。そのゲート担当は騎士エルフのティトスさん
のほうに、くれぐれも姫様とできれば王族方を連れて帰ってきてく
れと念入りに頼まれている。もう里は助からないとでも思っている
ようだ。よっぽど状況は悪いらしい。
﹁さっきは行く行かないで揉めておったのじゃないのか?﹂
﹁尻込みする者などうちのパーティには居ません﹂
アンが力強く姫様に断言する。アンはどちらかといえば戦闘は嫌
うのに、今回は神様のクエストってことですごくやる気を出してい
る。
1307
﹁さすがは冒険者、命知らずなのじゃ﹂
全くだ。冒険者は戦うのが仕事で俺も自らそれを選んだとはいえ、
四人も戦うのが当然だと思っているようだ。
色々と手札はあるし、用心さえすればさほど危険はないはずでは
あるが、もうちょっと真剣に危険に関して考えてもいいと思ってい
るのは俺だけなんだろうか。
だがそのあたり、あまり突っ込むと俺がまるで臆病者みたいだ。
実際臆病なんだけど、普通の日本人なんだしそれは仕方がないと思
うんだ。
﹁それで行く前にお願いがあるんですが﹂
とりあえず俺たちの魔法については秘密にしてくれるように頼ん
でみる。
﹁ゲートが使えるとなると色々面倒じゃろうしのう。うちにも一人
欲しいものじゃ﹂
ヒューマン
姫様によると空間魔法は人間が開発したもので、エルフにはアイ
テムボックス程度で転移までとなると使い手が一人もいないそうだ。
﹁ええ、まあそんな感じです﹂
ゲートに関しては本気でこのまま秘匿しておいたほうがいいんじ
ゃないだろうかって考えている。なにせ転移ポイントさえ設定すれ
ばどこでも侵入し放題なのだ。便利なだけではなく極めて危険だと
権力者が制限を加えるのも当然のことだろう。
﹁ではな。ティトス、パトス。もし妾が戻らなかったらエミリオに
1308
仕え、助けてやってくれ﹂
姫様がお付きの騎士二人に簡単に別れを告げる。魔力は補充した
し、ゆっくり話している時間はない。
﹁姫様⋮⋮﹂
﹁姫様、お達者で﹂
二人とも泣き出しそうな顔をしている。
余計な人数は連れては行けない。フライにしても人数分速度が落
ちるし、魔力も消費する。ゲートにも人数制限がある。この騎士二
人を連れて行けば、その分脱出の時に連れていける人数が減ってし
まうのだ。
エルフの姫が魔法を発動させた。姫様の背中に魔力の翼が展開さ
れる。体が風にやさしく包まれ、ふわりと浮かぶ。
これが精霊版フライか。わざわざ抱える必要もないんだな。
﹁俺の名前はマサル﹂
そういえば自己紹介もしてなかったと思い、目があったついでに
自己紹介してみる。
﹁妾もまだ名乗っておらんかったな。我が名はリリアーネ・ドーラ・
ベティコート。リリと呼ぶことを許すぞ!﹂
そう言うとリリ様はフライを発動させた。
1309
飛び立ったあと、口々に自己紹介する。風切り音はするが、風自
体の保護があるので大きめの声でなら普通に話すのに問題はない。
﹁作戦を考えたほうがいいわね﹂
エリーが提案をする。
さすがにいつもの、魔法をぶっ放してから臨機応変に行動する作
戦ではまずいだろう。
﹁そうじゃの﹂
里への突入は簡単にできるそうだ。高空から一気にいけば地上の
魔物は問題にならないし、風精霊版フライの速度なら空の魔物も振
りきれる。脱出は連れている人数が多くて速度が落ちて結構危ない
場面があったそうだが。
﹁まずはマサルが陸王亀を倒すでしょ。その後は残った魔力で雑魚
の殲滅ね﹂
うん、いつもの作戦と変わらん。一応、脱出用の魔力は残すこと
だけは決めた。
﹁もうちょっとこう、なにか⋮⋮﹂
リリ様の言いたいこともわかるが、敵味方の戦力がわからないし、
仮に把握していても戦略など立てる能力などはない。リリ様にして
も軍務にもついていない、ただの王族である。敵味方の具体的な数
字を把握しているわけでもない。
敵の数も不明。陸王亀を倒せるかも不明。とりあえずいつものご
1310
とく、魔法をぶっ放してみて様子を見るしかないという結論に落ち
着いた。
﹁ほ、本当に大丈夫かの?﹂
リリ様は不安でいっぱいになってきたようだ。俺だって不安なの
に、俺らの力を見たこともないリリ様はもっと不安だろう。
﹁マサルが本気出せばいけるでしょ﹂
﹁全力を出すのはちょっと怖いんだけど⋮⋮七割くらいでいいんじ
ゃないか?﹂
メテオをぶっ放した時よりMP量は増えてるのだ。全魔力を出し
て制御しきれる自信がない。あれから練習する暇もなかったのだ。
七割程度なら恐らく問題はないだろう。もっとも都合よく七割と
か都合よく調整できるかどうかも不明なんだが。
﹁そこは本気を出そうよ!﹂
﹁魔力の制御に不安があるんですよ。魔法の発動を失敗したら大変
ですよ?﹂
﹁あー、うん⋮⋮まあ失敗されても困るしのう⋮⋮﹂
リリ様もそんな話を戦闘の直前にされても困るだろうが、本当の
ことなんだから仕方ない。
1311
﹁それにしても精霊魔法って便利ですね。俺たちでも覚えられます
か?﹂
話題そらしにリリ様に話しかけてみる。
﹁人間が覚えたという話は聞いたことがないのう。それに精霊魔法
を覚えると他の系統が使えなくなるからこれはこれで不便じゃぞ?﹂
例えば風精霊を従えるリリ様は水を出したり火をつけたりくらい
はできるが、初級の攻撃魔法すら他の系統は使えない。案外不便で
ある。習得は諦めたほうが良さそうだ。
﹁それよりもマサルは何ができるのじゃ?﹂
アンは神官。エリーは空間魔法。ティリカは真偽官。サティは獣
人で弓と剣を持っているから役割は明確だ。
俺はというと魔力感知があれば莫大な魔力があるのがわかるもの
の、格好は剣を担いだ冒険者だし、そこら辺まだ全然説明してなか
ったな。
﹁俺は魔法剣士です。魔法は火と土が得意ですね﹂
﹁そんな説明じゃダメよ、マサル。リリ様、マサルは火魔法を極め
てます。火力だけならSランクにも引けを取りません。必ずや陸王
亀を倒してくれます﹂
エリーの信頼が重い。今回使う予定の火魔法フレアは、練習でも
最小魔力でしか撃ったことがないのだ。俺のその不安が顔に出たの
だろう。
1312
﹁大丈夫よ、マサルならやれるって﹂
﹁そうですよ! マサル様なら余裕ですよ!﹂
﹁マサル、がんばれ﹂
﹁うん、そうだな。やれるだけやってみよう﹂
嫁たちの応援で俺はやる気がでてきた。
﹁ほ、ほんとに大丈夫かの⋮⋮?﹂
だがそれでリリ様は余計に不安が増大したようだ。
うん、なんかごめんね。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
広大な森の向こうに戦場が見えてきた。遥か地上ではところどこ
ろで炎があがり、白く高い城壁、そして白亜の城が見えた。その巨
大な城を中心に、塔や建造物がところどころに立ち、林や農場らし
き緑も多い。
エルフが数千人住むというだけあって大きい。シオリイの町の十
数倍はあろうかという面積である。
陸王亀が城壁のすぐ側にいるのが見えた。100mあると言って
もエルフの里全体からすればずいぶん小さく見える。それより更に
小さい魔物の軍勢はいるのかいないのか俺の目ではよくわからない。
空をとぶ魔物が低空に多数飛び回っている。まだこちらに気づいた
様子はない。
1313
行き掛けの駄賃に大岩メテオをやろうかと思ったが、無駄弾にな
りそうだから諦めた。巨大な陸王亀にはたぶん効果がないだろう。
もしフレアが失敗したら、メテオ︵物理︶を試してみてもいいかも
しれない。
城の真上に到達し、リリ様は容赦なく垂直降下に移った。ひぅと
小さい悲鳴をあげたのはアンだろう。俺もちょっときゅっとなった。
だが戦場を突っ切るのだ。速度を落としてくださいなどと言えは
しない。空を飛ぶ魔物もかなりの数が戦場にいるのだ。
さすがに里の上空までは魔物の侵入は許してないようで、リリ様
も速度をゆるめてくれて、ゆっくりとした速度で城の屋上らしき場
所に着地した。
走り出すリリ様に続いて城の中に入る。無人だ。
﹁城壁のほうに行っておるのか⋮⋮わしらもゆくぞ!﹂
再びリリ様のフライにより運ばれる。城壁のほうまで来るとさす
がに散発的に戦闘音が聞こえた。爆発音は攻撃魔法だろうか。
ちょっと魔力探知でさぐってみると、城壁の塔になっているあた
りに大量の魔力が感じられた。リリ様がまっすぐその塔のベランダ
らしき場所に降り立ち部屋に入ると、そこはエルフたちでぎっしり
だった。
﹁リリ様!﹂﹁リリアーネ様だ﹂﹁姫様がお戻りに!?﹂
リリ様がエルフたちの呼びかけに答えながら人込みをかき分けて
進む。俺たちも来いというので仕方なくついていく。エルフさんた
ちの視線が痛い。なんだこの人間は? って思ってるのがありあり
だよ。
1314
﹁リリアーネ!﹂
﹁父上!﹂
父上と呼びかけられたのは、部屋の奥のテーブルに座り多くのエ
ルフに囲まれてるイケメンのまだ若いエルフだ。というか、ここま
で見たエルフの人たち、噂通り全員見た目が若い。
﹁なぜ戻ってきた?﹂
﹁妾も戦います!﹂
﹁エミリオはどうした?﹂
﹁エミリオは無事砦に届けました。砦では今頃防戦の準備をしてい
るでしょう。妾に命じられた仕事はこれで終わりです。陸王亀はど
うなりましたか?﹂
空からはちらっと見ただけで詳しい状況はわからなかった。
エルフ王に従って窓のある方へとぞろぞろと移動する。
﹁見よ﹂
窓から外を見ると、でかい亀が上半身だけ地面から生やしてじっ
としていた。
﹁思いの外時間が稼げたようじゃ。やつめ、途中まで登ったところ
で疲れて休憩しておる﹂
1315
﹁父上﹂
﹁ふむ。隣の部屋へ。詳しい報告を聞こう﹂
﹁はい。そなたらも来い﹂
隣室に移動する。王と、王妃。リリ様と俺たちだけになった。
﹁兄上は?﹂
﹁南門防衛の指揮を取っておる。それで?﹂
﹁冒険者を連れてまいりました。役に立ちます﹂
﹁我ら、エルフの里を救うため、微力を尽くしましょう﹂
代表してエリーが進み出て、エルフ王に軽く頭を下げる。こうい
う偉い人のお相手はエリーの役目だ。
﹁助力感謝する、冒険者たちよ。そなたらからは強い魔力を感じる。
さぞや助けとなるだろう。よくぞこの死地に参じてくれた﹂
﹁そのことですが、父上。この者はゲートを使えます。万一の時は
脱出を﹂
﹁いらぬ﹂
﹁父上!﹂
﹁リリアーネよ。万一の時はアルスを連れて逃げよ﹂
1316
﹁父上⋮⋮﹂
﹁ワシは逃げん。この里で200年暮らしたのだ。里が落ちる時は
ワシも運命を共にしよう﹂
﹁エルフの民はどうします!﹂
エリオン
﹁アルスは王を継ぐにふさわしく育った。いよいよとなれば、エル
フの民の脱出は義弟が指揮を執ることになっておる﹂
﹁諦めるのはまだ早いです、父上!﹂
﹁そうじゃな。だが状況は悪い。陸王亀を倒すための魔力を貯めよ
うとしておるのだが、魔物どもの攻勢が厳しい﹂
﹁こ、この者が陸王亀を倒してくれます⋮⋮﹂
自信なげにリリ様が俺を指さした。
﹁ええと。その、なるべく努力します﹂
弱気なご指名を受けた俺も自信なげにそう答える。断言などでき
ようはずもないのだ。
﹁はっはっはっ。できることなら頼む! ふっ、うわーっはっはっ
はっは、げほっげほっごほっごほっ﹂
よっぽどツボに入ったのか、笑いすぎて咳き込んでるよ⋮⋮
1317
﹁父上!﹂
﹁あ、あなたしっかり!?﹂
﹁うう、すまん、げほっげほっ﹂
王様がふぅとため息をつく。かなり疲労が貯まっているのか、魔
力の使い過ぎか。顔色が悪い。
﹁しばらく休む。何か動きがあったら起こしてくれ﹂
﹁はい、あなた﹂
王様はベッドに入るとすぐに寝息を立てた。
﹁母上。母上だけでも⋮⋮﹂
﹁いいえ。わたくしもこの方と里と、運命を共にしましょう﹂
﹁母上⋮⋮﹂
その時、寝ているエルフ王のまとった魔力がこちらに滲み出し、
壁に近い位置で姫様たちのやりとりを見ている俺の前で人型を取っ
た。
エルフ王の精霊か。女性形で淡いブルー。水っぽい感じだな。
︵里を⋮⋮王をお救いください⋮⋮加護を持ちし者よ︶
精霊の声にならない声が頭に届く。これは確実に俺向けに言って
るな⋮⋮
1318
﹁わかった﹂
俺が精霊に向かって小さくつぶやいてうなずくと、すぐにまた精
霊はエルフ王の元に戻っていった。
﹁今のは何じゃ⋮⋮?﹂
リリ様がぽかんとした顔でこっちを見て尋ねた。
﹁精霊の声が聞こえたんだけど﹂
リリ様には聞こえてなかったようだ。助かった。加護って言って
たし知られたら色々ややこしい。
﹁精霊はなんと?﹂
﹁里と王を救ってくれと﹂
﹁わたくしにも精霊の声は聞こえませんでした。それに精霊が独自
に何かの意思を示すことなど滅多にないことです﹂
王妃が驚いた顔でそう言った。
﹁ねえ、何があったの?﹂
エリーが小さな声で尋ねてくる。
﹁精霊が人型になって話しかけてきた﹂
1319
﹁精霊が見えたの?﹂
と、アンも聞いてくる。
﹁うん﹂
﹁わたしも見たい﹂
と、ティリカ。
﹁わたしはぼんやりとだけど見えました﹂
そうサティが言う。
魔力感知が高いと見えるのかな。俺がレベル5で、確かサティが
レベル3だし。レベル3でもぼんやりと見える程度だと普通の人は
まずお目にかかれないのかもしれないな。
﹁冒険者よ。名はなんと?﹂
﹁マサルです﹂
﹁マサルよ。わたくしからもお願いします。どうか、どうか里をお
救いください﹂
﹁わかりました、俺にお任せください。全力を尽くしましょう!﹂
みんなの前でそう宣言をする。
王と王妃の覚悟を見て、弱気な気持ちは吹き飛んだ。
確かに魔力の制御には不安があるが、七割なんてちんけなことは
言わずに俺の全魔力で陸王亀を倒してやろう!
1320
その時、メニューが開いた。クエストが点滅している。
︻クエスト 陸王亀を倒せ!︼
陸王亀は7割程度の魔力で十分倒せる。
YES/NO
全力を出すと魔法が暴走する危険があるのでおすすめしない。
報酬 ???
クエストを受けますか?
あ、うん。そうですか。
1321
91話 エルフの里防衛戦②︵後書き︶
次回、エルフの里防衛戦③
﹁ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた﹂①巻
ついに本日発売です!
1322
92話 エルフの里防衛戦③︵前書き︶
︻クエスト 陸王亀を倒せ!︼
陸王亀は7割程度の魔力で十分倒せる。
YES/NO
全力を出すと魔法が暴走する危険がある。
報酬 ???
クエストを受けますか?
1323
92話 エルフの里防衛戦③
新規に発行されたクエストを見て、盛り上がった俺のテンション
は音を立ててしぼんだ。ぽちっとYESを選択しておく。
ていうか報酬???ってなんだよ⋮⋮急いでクエスト用意したか
ら報酬考えてなかったな。
﹁大丈夫よ、マサルならできるって﹂
ちょっと沈んだ俺の表情を見て、また不安になったのかと心配し
たのだろう。アンが声をかけてくれた。
だが、違うんだ。全力を出そうとするのに水を差されてテンショ
ンが下がっちゃったんだよ⋮⋮
﹁うん、俺に任せろ。陸王亀は間違いなく俺が倒す﹂
何の気負いもなく、静かな声でみんなに告げる。これまでは俺の
魔法が通用するか不安だったが、伊藤神が倒せると言うのだ。
だが逆に考えるとあのまま全力フレアを撃っていたら、失敗して
酷い目にあってた可能性が高いのか⋮⋮伊藤神が介入してくるくら
いだ。致命的だったのかもしれない。
回復魔法を失敗した時のように、魔力だけを消費して何も起こら
ないのならいいのだが、攻撃魔法の失敗の場合暴発が恐ろしい。も
し敵に向けた魔法が至近距離で発動してしまいでもすればどうなる
だろうか。
全力なら前回のメテオ以上の魔力である。俺を含め、周辺は消滅。
城壁には大穴が空き、エルフの里は陸王亀を待つまでもなく陥落。
単に失敗するだけのことならやり直しもきくし、クエストを発行
1324
してまで止めないだろう。想像してみてゾッとする。
﹁そ、そうか。やってくれるか!﹂
切り替えよう。今回は確実に勝てる。安牌だ。それで終わったら
新しく作った家にさっさと帰ろう。そうしよう。
﹁リリ様、どこか陸王亀が見えて誰もいない、静かな場所に案内し
てもらえますか?﹂
﹁わかったのじゃ。では母上、行ってまいります﹂
王妃様に見送られ部屋を出ると、数人のエルフが待っていた。
﹁父上はお休み中だ。何か動きがあるまでしばらく休ませて差し上
げろ﹂
﹁はっ、リリ様﹂
﹁こっちじゃ。付いて参れ﹂
リリ様の先導に従ってついて行こうとすると、他のエルフもぞろ
ぞろと付いてくる。
﹁あの、リリ様﹂
﹁そうじゃな。貴様ら、護衛はこの者達がやってくれる。父上の側
についておれ﹂
﹁ですが、リリ様!﹂
1325
声をあげた美人のエルフさんがちらりと俺を見る。どこの馬の骨
とも知れぬ人間が、お姫様の側にいるのが気に入らないのだろう。
﹁こやつらは有能な冒険者じゃ。問題ない﹂
﹁わかりました。ですがこちら側は敵の動きが少ないとはいえ、陸
王亀がいつ動くやもしれません。十分にお気をつけてください﹂
﹁わかっておる。行くぞ﹂
エルフたちを置いて、塔を出て通路を伝い階段をいくつか下ると
城壁の上に出る。防衛のためか何人ものエルフが歩哨に立っており、
外を見れば相変わらずじっとしている陸王亀が見えた。
陸王亀の上空にはハーピーが飛び回っており、後方には大量の魔
物の軍勢が陣取っているようだ。陸王亀の進路にそって森がなぎ倒
されており、無数の魔物がそこに待機をしている。それに森の中も
よくみればちらちらと何かが動いているのが見える。探知をしてみ
るとぎっしりと魔物がいる。陸王亀の進軍に合わせて攻めこんで来
るんだろうか。
﹁大きいわね﹂
﹁おっきい﹂
﹁ほんとにね﹂
城壁の上を歩きながらアンとティリカ、エリーが感想を述べる。
実際、この距離でじっくり見ると馬鹿でかい。
陸王亀は全身に、かすかに青みがかった銀色の鎧を着込んでいた。
あれがアンチマジックメタル、エフィルバルト鉱か。今は上半身し
か見えないが、頭も足も、隙間なく覆われているようだ。
1326
﹁⋮⋮マサル、マサル﹂
﹁ん? どうしたティリカ﹂
﹁あれ、欲しい﹂
最後尾をサティと一緒に歩いていた俺に、ティリカが近寄ってき
て小声で言う。
﹁あれって陸王亀?﹂
コクコクうなずくティリカ。欲しいって言われましても⋮⋮
﹁召喚獣にする﹂
﹁そんなことできるの?﹂
﹁できる。マサルが倒せば、わたしが召喚魔法で従える﹂
ほほう。あのおっきいのを召喚獣にか。いいかもしれんな!
﹁任せとけ。俺がばっちり倒してやるよ﹂
﹁ティリカちゃんすごいね!﹂
話を聞いていたサティの言葉にティリカはご満悦のようだ。
1327
﹁ここでいいじゃろう﹂
少し城壁を歩いた先にあった塔の屋上に上がる。そこにも何人も
のエルフたちが警戒をしていたが、リリ様の命令でしばらくは俺た
ちだけにしてくれた。
城壁からは一段高く他からも視界が遮られ、しかも陸王亀がよく
見えている。
﹁あっ﹂
サティが声を上げた。
陸王亀がもぞもぞと動き出している。どうやら休憩は終わりみた
いだ。前足を動かして体を穴から引っ張り上げようともがいている。
﹁急いだほうがいいかな?﹂
﹁まだ時間はかかると思うぞ﹂
リリ様のいうとおり、まだ亀の下半身は穴の中だ。あれだけの巨
体と全身を覆う装甲を引っ張り上げるのは大変だし時間もかかるん
だろう。
﹁しかしのう。本当にやれるのか?﹂
﹁任せておいてください。俺のフレアならアンチマジックメタルの
装甲も撃ち抜けますよ﹂
﹁フレア⋮⋮?﹂
﹁フレアです﹂
1328
﹁あの、言いにくいのじゃが我らにもフレアの使い手はおってな⋮
⋮ダメじゃったのじゃ﹂
﹁あ、そうなんですか﹂
そりゃ何百年も生きてれば最高レベルの魔法を習得するエルフも
いるか。
﹁まあまあ、リリ様。ダメ元で試してみればいいじゃないですか﹂
アンがそう言って援護してくれるがリリ様は懐疑的なようだ。
﹁それはそうじゃが。どうせだったら我らと共同でやったほうがよ
くないかの?﹂
﹁じゃあ一発試してみてダメだったらってことで﹂
今回のミッションも目立たず騒がず素早く終わらせるのだ。さっ
さとやってしまおう。
﹁うむ。それならばまあ⋮⋮﹂
リリ様も納得してくれそうなのでそろそろやるか、そう考えたと
き大きな魔力の反応を感じた。エルフ王のいる塔のほうだ。
﹁リリ様、あれを﹂
お隣の塔のすぐ外に五つの火球が形成されていく。
1329
﹁あれはフレアじゃ! しかも五連じゃぞ!﹂
﹁マサル様、陸王亀が﹂
サティの声で亀の方を見ると、頭と前足を体の中に引っ込めよう
としていた。そして完全に首が収納されるとうまい具合にアンチマ
ジックメタルの鎧がフタになっている。
﹁もうマサルの出番はないようじゃぞ。これで陸王亀は終わりじゃ
!﹂
そうなればクエストはどうなるんだろう? ただ単に失敗扱いに
なるだけか。それで報酬がもらえなくなるのは残念だが、手間が省
けるのはいい。エルフさんも余所者に倒されるより自分でやれるほ
うがいいだろう。
フレアの火球が徐々に形成されていく。高レベルの魔法の詠唱は
時間がかかる。俺が高速詠唱をつけて半分にしても長く感じるのに、
高速詠唱を持ってない普通のメイジだと長時間魔法の制御をするの
はとても大変だろう。
敵の方はと見るが特に動きはない。それだけ防御に絶大な信頼を
置いているのか、それとも詠唱妨害をする手段がないのか?
そのまま見ているとフレアに続いて他の魔法も発動していた。五
つのフレアの周辺にはたくさんの小さな火球が生まれ︱︱
五つのフレアと無数のファイヤーボールが一斉に発射された!
カッ! 命中した火魔法群により閃光が走り目がくらむ。そして
爆発音。
﹁やったか!?﹂
1330
リリ様、それ失敗フラグだ⋮⋮
眩んだ目が回復してみると、やっぱり陸王亀は健在だった。だけ
ど背中の装甲の一部は焼け焦げ、確実に削れている。あれだけやっ
てこの程度か⋮⋮
﹁ば、ばかな⋮⋮﹂
方向性は間違ってないはずだ。でも火力が足りなかったか。
そのまま見てると陸王亀の背中に魔物がいっぱい湧いて攻撃の命
中した部分に群がっている。
﹁修理してるみたいです﹂と、サティ。
そりゃそうだ。修理くらいするよな。
﹁やるぞ﹂
どうせなら修理が終わる前にやってしまおう。ダメージのある部
分を攻撃すれば、より確実に倒せる。
ちらりと横を見るとティリカがこっくりとうなずいた。召喚魔法
の手順はわからんが、任せておけばきっと勝手にやるんだろう。相
談しようにもリリ様がいては自由にできない。
七割の魔力のフレア。メテオの時のことを思い出す。あれよりち
ょっと弱いくらいだな。目標は焼け焦げた部分。
︻フレア︼詠唱開始︱︱
﹁無駄じゃ⋮⋮五人の最高の火メイジと数十人の火魔法の使い手の
同期攻撃さえ無理だったのじゃ。たった一人で何ほどのことができ
1331
ようか⋮⋮﹂
ぼそぼそと力なくリリ様がつぶやく。言い返そうかと思ったが詠
唱が始まっている。こっちに集中しないと。
フレアの魔法は、火球の魔法の最終形態だ。詠唱に従って、俺の
斜め上前方に巨大な、高温の火球が形成されていく。
成功の保証があるとはいえ、このレベルの魔法を使うのはまだ二
度目。慎重に魔力を集中していく。
俺の膨大な魔力を吸収した火球はエルフたちの使ったそれより更
に巨大に、高温になっていく。全身に熱波が当たる。真夏の日差し
のようだ。
陸王亀が身じろぎをし、再び甲羅の中に首を引っ込める。
だが無駄だ。俺の七割フレアの前にはアンチマジックメタルも、
甲羅も防御の用をなさない。はず。
歯を食いしばり、いよいよ膨大になっていく魔力を維持する。
詠唱中に敵が攻撃をしてこないかと心配だったが、先ほどと同じ
ように亀が動いた以外の動きは、修理をしていた魔物がこちらに気
がついたのか慌てて退避をしようとしているくらいだ。
魔法が完成に近づくのを感じる。相変わらず制御は困難で全精力
を注力する必要があったが、今はメテオの時の経験がある。間もな
く詠唱は終わるはずだ⋮⋮
︱︱そして思った通りのタイミングで詠唱が完了した。
﹁フレア﹂
火球が発射される。頭上の熱がふいに消え、また冬の寒さが周囲
に戻る。
高速で飛翔するフレアが陸王亀の、焼け焦げた装甲の部分に命中
1332
する。 カッとまばゆく閃光が走るが今度はちゃんと手で覆って目を守る。
遅れて先ほどの数倍はしようかという爆音と衝撃波が城壁まで届い
た。
見ると陸王亀の上半身がごっそりと大きく消し飛んでおり、体液
らしきものが吹き出ていた。そしてゆっくりと巨体が落とし穴にず
り落ちていく。
﹁お、おお⋮⋮ほんとうにやりおった⋮⋮﹂
メニューを開いて確認する。うん、大丈夫だ。クエストはクリア
になっている。レベルは2アップか。思ったより少ないがきっと陸
王亀自体はそんなに強い魔物でもないんだろう。
張り詰めていた息をゆっくりと吐く。ごっそりと魔力が減ったの
で、ちょっと気だるい。
﹁ああっ﹂
﹁ど、どうしたティリカ﹂
ティリカが涙目でこっちを見る。
﹁魔法が妨害されて失敗⋮⋮﹂
あー、なるほど。召喚魔法がアンチマジックメタルで阻害された
のか? ありそうな話だ。
﹁マサル⋮⋮なんとかして﹂
﹁ええっと。今からあのアンチマジックメタルの鎧をひっぺがしに
1333
いけば間に合う?﹂
ティリカがふるふると首を振る。
﹁ごめん、じゃあ無理じゃないかな﹂
﹁う、うう⋮⋮﹂
﹁ど、どうしたのじゃ?﹂
陸王亀のほうを見ていたリリ様が、後ろで騒いでるのに気がつい
て聞いてきた。
﹁ええと。大丈夫です。こっちの事情ですから﹂
アンとエリーにはサティが何か話している。事情の説明でもして
いるんだろう。
﹁そうか? それならまあいいんじゃが﹂
さて⋮⋮これで家に帰れればいいんだが。
﹁見て﹂
アンの言葉に陸王亀の居た方を見る。
まあやっぱりそうなるよな。陸王亀を倒したら、諦めて撤退して
くれないかとちょっと期待してたんだが。
眼下では幾万とも知れない魔物の軍勢が、こちらに向かって進軍
を始めていた。
1334
もうひとつのクエスト。︻エルフの里を救え︼はいまだ未クリア
の状態だ。
今この瞬間も、エルフの里は大量の魔物によって幾重にも包囲さ
れ、攻撃を加えられている。
陸王亀を倒してほっと一息ついている場合じゃない。きっと本当
の戦いはこれからなんだ⋮⋮
1335
92話 エルフの里防衛戦③︵後書き︶
次回 エルフの里防衛戦④
戦いは続く︱︱
﹁フレア⋮⋮?﹂
﹁フレアです﹂
リリ様とのやり取りでイオナズンのコピペを思い出して話にいれよ
うかと思ったけど無理そうだったのでやめておいた。
﹁当社でそのフレアはどんな役にたちますか?﹂
﹁敵単体に大ダメージを与えられます﹂
﹁ふざけないでください。敵に大ダメージって何なんですか﹂
﹁あれあれ? 怒らせていいんですか? 使いますよ、フレア﹂
﹁いいですよ、使って下さい。フレアとやらを。それで満足したら
帰って下さい﹂
﹁フレア! 運が良かったな。里を苦しめていた陸王亀は倒した﹂
﹁素敵、抱いて!﹂
やっぱりだめそうだ。
と、頭の悪いSSは置いておいて。
①巻好評発売中のニトロワですが、
1336
②巻の発売が決定しました!
12月25日発売です。
そろそろネットでは予約の受付も開始していると思われます。
﹁ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた﹂②巻も引
き続きよろしくお願いします!
1337
93話 エルフの里防衛戦④︵前書き︶
︻クエスト エルフたちを助けよ!︼
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
報酬 パーティー全員にスキルポイント10
1338
93話 エルフの里防衛戦④
﹁ここからはわたしたちの出番ね! マサルはしばらく休んでなさ
い﹂
﹁ゲートの魔力は残しておけよ?﹂
そう言いながらアイテムボックスから大きな盾と、矢の入った箱
を取り出す。矢は以前の反省を踏まえてかなり大量に確保してある。
﹁よくやってくれた、マサルよ。あとは妾たちエルフの役目じゃ。
そなたらは安全なところででも待機しているがよい﹂
﹁我々も最後まで戦います、リリ様﹂
アンがリリ様に言う。
﹁じゃが⋮⋮﹂
俺は魔力切れ。エリーはゲート担当だし、神官と真偽官に戦闘さ
せるなどもっての外。ここに来るまで時間がなくてほとんど何の説
明もしてないし、そんな感じに思ってそうだな。
だがうちが一番得意なのはこういう雑魚殲滅なのだ。
﹁そうですよ。俺もまだ魔力は残ってますし﹂
エルフの里を救うクエストは続行中だ。エルフの里はまだ救われ
てない。陸王亀を倒しても依然として危険な状況なんだろう。
1339
﹁敵はもう目の前です。議論している時間はありません﹂
アンが更にそう言った後、エルフが十数人駆け込んできた。
﹁リリ様! 敵が向かってきております。ここも危険です!﹂
指揮官らしき革装備で固めた女性エルフがリリ様の元に駆け寄り
言う。他のエルフ兵は城壁につき、弓を構えた。素手や杖らしきも
のを持っているのは魔法使いだろう。
﹁どこに居ても危険は同じじゃ。妾も戦う﹂
﹁ですが⋮⋮せめて王の居られる塔に移動してはどうでしょうか?﹂
﹁妾には頼りになる護衛もついておる。貴様らは防衛に専念するが
いい﹂
﹁護衛ですか。陸王亀を倒した魔力。ここからのように感じました
が⋮⋮﹂
そう言ってエリーたちの方を見る。俺はと言えばリリ様の横で目
立たないように大人しくしているし、リリ様は風メイジだ。候補と
しては一番メイジ然としているエリーだろう。
﹁それに関しては秘密じゃ﹂
﹁秘密ですか⋮⋮﹂
そのエルフさんは視線を俺に移す。
1340
魔法に長けたエルフが見れば俺がメイジでそれなりの魔力量を持
っているのはわかってしまう。魔法が未発動の状態ならば見えるの
は僅かに漏れ出る魔力のみだが、それでも俺くらい魔力量が多いと
相対的に漏れ出る魔力も多い。
まあ多少疑われるくらいはどうということもない。目的は秘密厳
守ではなくて、目立たないことなのだ。俺やエリーかもしれないと
は思ってもリリ様が秘密だと言った以上、それ以上の追求もないだ
ろう。
それに考えてみれば隠してもたぶん無駄だ。ここで火魔法を使う
のって俺だけだし。高レベルの火魔法でもぶっ放せばさっきのフレ
アを誰が撃ったのかはほぼ確定的だ。状況を鑑みるに、魔力を温存
して乗り切れるとは思えないし。
﹁わかりました。ですがやはりここからは退避してもらいませんと﹂
このエルフさんがどのような地位にあるにせよ、自分の持ち場で
王族が負傷でもすれば責任問題だろうことは容易に想像できる。い
くらリリ様に戦闘力があろうと、保護対象を守りながら戦うことの
デメリットが大きいのは間違いない。
とはいえ、護衛ということになっている俺たちまで退避させられ
ると少々困る。
﹁そろそろ敵が来ますよ﹂
俺はそう言って敵を指し示した。
地上では魔物がゆっくりと接近してきている。軍勢の先頭は陸王
亀のいた地点に差し掛かろうとしており、魔法も届く距離だ。ハー
ピーたち、空の魔物はまだ様子見のようで、最初の位置からほとん
ど動いていない。
1341
﹁でしたらここにいる間は指示にしたがってもらいますよ、リリ様﹂
﹁もちろんじゃとも﹂
﹁聞いたか、貴様ら! リリ様が我らと共に戦ってくださる。一同
奮戦せよ!!﹂
﹁﹁おおおっ!﹂﹂
すでに配置についているエルフたちが指揮官の言葉に声をあげる。
﹁諸君らはリリ様の護衛ということだが⋮⋮﹂
﹁もちろん戦うわよ﹂
エリーがそう答える。
﹁ならばこの場所は頼むとしよう﹂
﹁それと最初の攻撃をわたしたちに任せて欲しいのだけど。範囲魔
法を撃ちこむわ﹂
﹁⋮⋮よかろう﹂
﹁矢が来ます! 各員注意!﹂
一人のエルフの警告のあと、敵側から矢の雨が降りそそぎ、俺た
ちのいる塔にも何本か飛んでくる。
敵の進軍は一旦止まっていた。まずは遠距離攻撃で小手調べって
ことなのだろうか。城壁側からも弓や魔法で応射が行われている。
1342
﹁そ、そろそろ攻撃する?﹂
﹁もっと引きつけてからにしましょう﹂
アンの不安そうな言葉にエリーが答える。
魔法が届く距離ではあるが、少々遠い。攻撃魔法には最適な距離、
範囲がある。近いと危険だし、遠いともちろん届かない。届いても
限界に近い距離だと魔力の消費が増えるし、威力も落ちる。それは
魔力消費の大きい範囲魔法だとその傾向が特に顕著に現れる。
﹁俺も参加しようか?﹂
敵の数が多い。火力が足りないかもしれない。
﹁長期戦になるだろうし出番は十分にあるわよ。魔力は温存してお
きなさい﹂
﹁それもそうか﹂
やっぱり長期戦になるか。見えている範囲を全滅させたところで
敵全体からすればほんの一部だろう。余力は残しておいたほうがい
い。
﹁来ます!﹂
エルフ兵の警告。一定のラインで停止していた敵が一気に移動を
開始した。大量の魔物による全力疾走だ。ドドドドと地響きが城壁
の上まで届く。
1343
﹁やるわよ! いつもみたいにタイミングを合わせなさい﹂
エリー、アン、ティリカが詠唱を開始する。
詠唱が終わり、3人の範囲魔法が放たれ、大量の魔物が吹き飛ぶ。
だが⋮⋮
﹁もう一度よ!﹂
敵の波が途切れない。魔法で倒された仲間を気にする風もなく、
魔物は突撃してくる。
二射、三射、四射。エリーたちの範囲魔法で大量の魔物が倒され
ていく。だが敵の終わりは見えない。左右の、城壁の他の場所でも
同様の状況だ。
一方的な殲滅ではあるが、それも魔力を大量消費してのものだ。
一度減った魔力の回復には相応の時間がかかる。エルフたちは陸王
亀を倒すのに、ここまででかなりの魔力を消耗してしまっている。
圧倒的な数の敵を倒しきる前に、エルフたちの、そして俺たちの
魔力が切れれば、その時は魔物の侵攻を食い止めるのは困難となる
だろう。
﹁敵がバラけて来たわね﹂
四射目を撃ったところでエリーが言った。魔物は戦略を変更して
きたようだ。
狭い谷間に作られたゴルバス砦と違い、平地に立つエルフの里は
戦場が広い。敵は範囲魔法対策として、最初の突撃よりもお互いの
距離を十分に取って接近してくる。
﹁どの道手前で詰まるんだから、それを待って攻撃したらどうだ?﹂
1344
敵の突撃が散発的になってきて余裕がでてきたのでエリーに尋ね
てみる。範囲魔法は中止してエルフ兵たちが個別迎撃中。俺たちの
パーティは一旦休憩をエルフの指揮官に命じられていた。
里の壁は50mほどの高さがある上に、なみなみと水をたたえた
堀がぐるりと取り巻いている。幅は20mほどもあろうか。多少の
接近を許したところで問題はないだろう。
﹁ダメよ。敵に土メイジが混じっていたらどうするの?﹂
それはまずそうだ。土メイジじゃなくても水メイジなら水堀を無
効化できる。
魔物にもごく少数だがメイジがいるという。幸運なことにごくご
く少数だ。でなければとうの昔に全ての砦が陥落し、人族は全滅し
ているだろう。
だがたった一匹のメイジがいれば突破口になりうる。城壁の防衛
力に任せて魔物を取り付かせるのは危険な行為だ。
例えばゴルバス砦なら一箇所穴が開けられたとしても多数の戦士
でもって押し返せばいい。だが魔法を主力とするエルフは接近され
れば脆い。その上防衛範囲が広く、兵力が分散している。それは魔
法で十二分に補えているのだが、そこが弱点にもなりうるのだ。
では地下から攻められたらどうか? それに対しての対応は難し
くない。アースソナーもあるし、魔力感知持ちが注意をしておけば
不意打ちもない。
発動状態の魔力は感知が容易だ。長々と地下を掘り進んで来たと
ころを待ち構え、出てきたところを倒してもいいし、地下にいるう
ちに土魔法で埋めてやってもいい。
だが正面からの全面攻勢時に城壁に穴をあけられると、一気に突
破される危険が高まる。
魔物側のメイジは空の魔物や大型種と並んでもっとも警戒すべき
敵なのだ。
1345
﹁つまり敵のメイジを発見して排除すればいいのか﹂
サティの矢が接近してきた魔物を駆逐していくのを見守りながら
尋ねる。
敵の矢はこの辺りには飛んでこなくなっている。敵の矢が届くと
いうことは、こちらからの矢も届くということだ。つまり敵の弓兵
はサティのいい的である。サティの矢が届く範囲にはもはや敵弓兵
は存在しない。さすがにこの短時間で全滅したとは思えないから後
退したのだろう。
﹁発見できればね﹂
魔力の感知にも限度がある。使用中ならかなりの距離からでも感
知できるものの、未発動状態で距離が離れると感知はとたんに困難
になる。特に少ない魔力しか持たないメイジだと、非メイジともほ
とんど区別がつかない。獣人のサティでも魔力が多少なりともあっ
たように、魔物も少ないながらも全ての個体が魔力は持っているの
だ。というより、全ての生き物は魔力を持っている。その量が少な
く、使い方を知らないだけなのだ。
﹁事前に発見できればいいのか⋮⋮﹂
だが俺の魔力感知はレベル5だ。敵の集団を注意深く見ていく⋮
⋮いた。かなり遠い位置に、一匹明らかに魔力が強いのが混じって
いる。
魔法で攻撃するには少々遠いな。それに届いたとしても的が小さ
すぎる上に、そいつを守るようにたくさんの魔物が周囲を固めてい
た。
1346
﹁サティ、あそこ。あのあたりにメイジがいるのがわかるか?﹂
見つけた敵の位置をサティに指し示す。サティの魔力感知はレベ
ル3だ。位置さえ教えてやれば⋮⋮
﹁見つけました。やってみます﹂
そう言うとサティは、無造作に弓を引き、放った︱︱
﹁倒しました﹂
あっさりとサティがそう言う。
敵の魔力が消滅している。もう一度周辺を見直すが、見える範囲
にメイジの反応は感じられない。
﹁よくやった、サティ﹂
﹁お主ら⋮⋮ちょっとすごいのう。これで本当にBランクなのか?﹂
今まで黙って見ていたリリ様が言う。
﹁冒険者には最近なったんですよ﹂
﹁なるほどのう。では妾がSランクと言ったのもあながち間違いで
はないのじゃな﹂
﹁そうですね﹂
﹁秘密にしてくれと言ったのはゲートだけかと思ったがこういうこ
とか。自由な冒険者にしておくには大きすぎる力じゃ﹂
1347
他のエルフは少し離れた位置にいるから、声を大きくしなければ
聞かれる心配はない。
有能なメイジともなれば色々と引き合いも多い。俺が冒険者にな
ったばかりのソロの頃も色々と誘いはあったし、神殿騎士団からの
スカウトも受けた。今のところそれくらいで済んでいるが、これ以
上派手にやらかすとさらに面倒臭い話になるかもしれない。
﹁そんなところです。あまり派手にやって行動に制限がかかるのが
嫌なんです﹂
リリ様がこの説明で納得してくれればやりやすい。先ほども秘密
にしてくれたし、これで俺たちの活躍を派手に喧伝することもない
だろう。
今はまだ冒険者としての経験が足りない。魔法も十分に使いこな
せてない。剣も未熟だ。表舞台に立つのは時期尚早だ。
世界の破滅に関しても目の前の魔物の大軍をみれば現実味を帯び
ては来るが、まだまだ情報が不足している。むやみに魔物を倒した
ところで世界を救えるとは思えない。
どうみても敵は組織だって行動をしている。指揮のもとに、計画
的に攻撃を加えてきている。
大規模攻勢の背後には魔族がいる。そういう噂だ。だが魔族を倒
すどころか、その目で見たものもいないようなのだ。魔王を倒した
という勇者を除いて。それも大昔の話だ。
﹁ねえ、リリ様。今回の攻撃。一体何者が仕掛けてきていると思い
ますか?﹂
エルフの王族のリリ様なら何か知ってはいないだろうか。聞くな
ら敵の攻撃が下火になっている今のうちだ。
1348
﹁⋮⋮魔族じゃろうよ﹂
リリ様がしぶい顔をしてそういう。
﹁魔族ですか? それは何者なんでしょう﹂
﹁魔族は魔族じゃ。それ以上は知らん﹂
﹁リリ様は嘘をついている﹂
いつの間にか話を聞いていたティリカがそう言った。
﹁し、真偽官はずるいのじゃ⋮⋮﹂
﹁みだりな魔眼の行使は褒められた行為ではないが、この情報は重
要だと考える﹂
﹁リリ様は何をご存知で?﹂
ティリカの言うとおり、見過ごしてしまうには重要な情報だ。
﹁⋮⋮これは誰にも言うでないぞ?﹂
﹁はい。約束します﹂
﹁我らはやつらのことをダークエルフと呼んでおる。魔王に与し、
闇に堕ちたエルフじゃ﹂
﹁魔王は死んだのでは?﹂
1349
﹁じゃがそれでその配下の魔族や魔物が全滅したわけではない。そ
してダークエルフも生き残っておる﹂
敬虔なる神の信徒たるエルフからの造反者だ。同族として許しが
たい。恥である。エルフの全力を挙げ、見つけ次第、追い詰め、狩
っていった。だがそれでも恐らくは少数のダークエルフが生き残り、
今も裏で魔物を操っているだろうと。
﹁ダークエルフというからには肌が黒いんですか?﹂
リリ様やエルフたちは一様に透き通るような白い肌をしている。
﹁そうじゃ。肌が浅黒く、銀髪じゃ﹂
﹁じゃあ見分けるのは簡単そうですね﹂
﹁そう簡単でもないのじゃ。髪の色も肌の色も、偽装は難しくない﹂
一時的に肌や髪の色を変える薬品があるという。特徴のある耳も
帽子でも被って隠せばエルフであることすらわからない。
﹁変装されたらお手上げじゃないですか⋮⋮﹂
エルフだと思ったらダークエルフで不意打ちを食らう。ちょっと
恐ろしいな。
﹁もう一点、確実に見分ける方法がある﹂
リリ様が憮然とした表情でそう言う。
1350
﹁それは?﹂
﹁やつらは胸がでかい﹂
﹁は?﹂
﹁やつらは胸がでかいのじゃ⋮⋮﹂
﹁えーと﹂
思い返すに、ここまでで胸が大きなエルフは見たことがないな。
それに砦で聞いた、エルフは大きな胸にコンプレックスがあるとい
ううわさ話。胸の大きな人間がいるとダークエルフじゃないかと確
かめでもしたのだろうか。
﹁ダークエルフどもはな。胸をでかくするのと引き換えに魔族に堕
ちおったのじゃ!﹂
えー? なんだよそれ⋮⋮
1351
93話 エルフの里防衛戦④︵後書き︶
次回 防衛戦⑤です。
CM﹁ニトロワ②巻、12月25日発売 予約受付中デス﹂
1352
94話 エルフの里防衛戦⑤
﹁も、もちろんそれだけというワケでもないのじゃ﹂
俺が呆れ顔をしたのに気がついたリリ様が、続いて説明してくれ
る。
ダークエルフの一族はエルフの権力闘争にやぶれた一族だ。遡れ
ば今のエルフの王族とも血縁関係がある。
数百年前の当時は王国の成立前。エルフの里もなく、帝国のとあ
る場所に小さな領地を構えるのみだったそうである。放浪するエル
フも多く、ダークエルフの一族も旧エルフ領を出て行った。どのよ
うな権力闘争があったのかはリリ様も詳しくは知らなかったが、そ
れはどこにでもあるような普通の政治闘争だったそうで、血なまぐ
さい面はなかったとリリ様は強調する。
追い出したわけではない。ダークエルフは自ら領地を出たのだ。
今も昔もエルフの数はそう多くはないので、エルフ同士争うことが
あっても、死者が出るほど激しくなることはほとんどない。
しばらくすると彼らは帰還した。すっかり変わり果てた姿となっ
て。黒い肌に銀髪。そして強化された肉体。
エルフは魔力が強い反面、肉体的には人族の中でも最弱である。
それが人間どころか、獣人やドワーフ並みの力を得て戻ってきた。
それにともなって、何故か女性エルフはみな胸が大きくなっていた。
彼らは新しい神に宗旨替えすれば、素晴らしい肉体に、魔物に脅
かされることのない広大な領地、地上の楽園が得られると約束した。
約束は本当であったが、なんのことはない、新しい神とは邪神で
あって、魔物を配下として従えているだけなのだったが、当時はま
だ魔王の存在が知られる前。長寿であるエルフは知恵があり、安定
1353
志向だ。軽々に信奉する神を裏切るようなものはほとんどいなかっ
たが、それでも少なからぬ若いエルフが新天地を求めてダークエル
フについて行ってしまった。
そしてその後の魔王軍による本格的侵攻。
そこからは極めて血なまぐさい、物理的な闘争だ。
エルフは一族の総力を挙げ、死力を尽くし、ダークエルフを狩っ
た。密かにだ。こんなことが公になれば色々と不名誉だ。
魔王も魔族も、勇者の証言のみで存在すら疑われるほど表には出
てこなかった。そのお蔭もあってダークエルフの一件は一般には知
られることはなかった。
知った者も、エルフが刺し違えてでもダークエルフを倒し、多く
が散っていったのを知り、見れば口をつぐんだ。
今では魔族は魔族であり、謎に包まれている。そういうことにな
っている。
﹁エルフの男は魔王側にはつかなかったんですか?﹂
﹁元々我らの男性は数が少ない。それもあってかあっちについたの
はほとんどが女性じゃったようじゃ﹂
それで胸につられて裏切ったのだろうという話になったらしい。
﹁胸か地上の楽園か。真相はわからんが愚かなことじゃ。この里こ
そ、エルフにとっての真の楽園じゃというのに⋮⋮﹂
里の中心部の、美しい白亜の城を見ながらリリ様がつぶやく。
﹁こんなことを話したのも、そなたらが陸王亀を倒し、里を助けて
くれたからじゃ。努々、漏らすでないぞ?﹂
1354
リリ様も救ったとは言わない。まだ戦いは継続しているのだ。
﹁許せませんね。神様を裏切って邪神につくなんて﹂
アンからすればそうだろうな。
﹁全くじゃ。じゃがもし見つけてもあまり近寄らんほうがよいぞ。
恐ろしく強い。やるならさっきみたいに遠距離から不意打ちじゃな﹂
今もなお、エルフは魔族を狩るべく追手を放っているのだが、何
度も返り討ちにあっているそうである。もうちょっと具体的な話も
聞きたかったが、基本、裏でやっている活動でリリ様もそれ以上は
知らないという。
﹁お任せください。必ずや見つけだして倒して見せます。ね、マサ
ル?﹂
﹁ああ、うん。もし見つければね﹂
﹁やつらも狙われてるのはわかっておるからの。滅多なことでは見
つからんよ﹂
そいつを倒して敵が引いてくれるなら、俺とサティが隠密をしつ
つ⋮⋮いや、だめか。いくら隠密が高レベルといっても、これだけ
の数の敵がいるのだ。効力がどこまであるのやら。それに敵にも探
知持ちがいるかもしれない。
城壁の外に出て、どこにいるかもわからない敵を探すなんてかな
り自殺行為だな。ただでさえ強いって話だし、倒したところでこの
大量の敵が撤退するかは不明だ。
1355
リリ様の話を聞いているうちにあたりが騒がしくなってきた。敵
はと見ると相変わらず距離を取って様子見なようだが、先ほどから
伝令らしきエルフが何人も隊長さんのところへと来てなにやら報告
している。そしてこっちにやってきた。
﹁リリ様。南門付近が敵の猛攻を受けておりまして、増援をくれな
いかと⋮⋮﹂
そう言いつつ、俺たちのほうを見る。
俺たちに行って欲しいようだが、リリ様は王族だし、俺たちは護
衛の冒険者だ。命令などできようはずもない。
﹁妾はかまわんが⋮⋮エリー、どうじゃ?﹂
エリーにまず聞くあたり、エリーがリーダーとでも思ってそうだ。
一見するとそう見えるのはよくわかるが。
﹁そうですね。魔力はまだ余裕がありますし。マサル、どうする?﹂
﹁そうだな⋮⋮﹂
ここで敵を待ちかまえていても意味はなさそうだ。敵が多い場所
に移動できるならそのほうがいい。少々危険ではあるが。 ﹁そなたらはもう十分働いてくれた。これ以上戦えとは妾からは要
求もできぬ﹂
﹁戦います。我々はリリ様の護衛ですから。救援に行きましょう﹂
1356
﹁おおっ。よう言ってくれた!﹂
想定してたより状況は厳しいが、なんとかクエストをクリアして、
リリ様を連れて逃げるような羽目にはならないようにしないと。
﹁では⋮⋮﹂
リリ様が精霊魔法を展開しようとしたところに、新たなエルフが
走りこんできた。
﹁こちらにおられましたか、リリ様! 王が探しておいでです﹂
たぶん陸王亀を倒した件だろう。王様には倒しますって宣言だけ
して、特に口止めしてなかったっけ⋮⋮
﹁父上には南門の救援に向かうと伝えよ﹂
﹁リリ様!?﹂
﹁よし、そなたらゆくぞ﹂
リリ様の周りに全員集まると、リリ様がフライを発動した。そし
て一旦、城壁の内側に下降すると地上に近い部分を高速で飛行する。
早くていいのだが、これって敵に魔力探知持ちがいたら丸見えだ
よな。それに魔力は節約したほうがいいんじゃないだろうか。そん
なことをリリ様に言ってみる。
﹁探知に関しては諦めるしかないの。時間的余裕がない。それと言
わんかったか? 精霊は攻撃魔法が苦手なのじゃ。使えないことは
ないのじゃがの。すごく嫌がる﹂
1357
あるじ
主がよっぽどの危機にでもならないと攻撃魔法は使ってくれない
し、それも威力が低い。陸王亀でも精霊魔法は余り役に立たなかっ
たそうである。ただ、防御面は優秀だし、落とし穴も精霊の力で巨
大なのを掘った。それに戦闘以外の用途も多いし、攻撃魔法は自分
の魔力で賄えばいいのだ。
話してるうちに南門のある戦場に到着した。城壁に降り立つと、
危ないというだけあって、矢が飛び交っている。こちらにも飛んで
来るが、それは精霊の風の盾が防ぎ止めてくれている。
矢に注意しつつ眼下を確認する。
﹁うわっ、城壁に取り付かれてるじゃないですか!?﹂
城壁の外は敵だらけ。堀を越えて、すでに沢山のオークが壁に取
り付き、梯子や縄で城壁を攻略しようとしている。落ち着いて対処
しようにも敵の矢が激しく降り注いでおり、俺たちの近くにも何本
も着弾している。
エルフたちの怒号が飛び交う。俺たちにかまう余裕もないようだ。
魔力がもうないのか、みな弓で応戦している。怪我人も多い。
幸いまだ侵入はされていないようだ。空の魔物もまだ遠くに待機
している。
﹁急ぎましょう。まずは敵の集団を殲滅しないと!﹂
﹁エリー、俺がやろう﹂
︻メテオ︼を詠唱開始︱︱
顔を出すと矢が飛んでくるので壁に張り付いたままだ。狙いはつ
けなくてもいい。ほとんど見渡す限り敵だ。範囲も広く設定する。
1358
まずは敵の弓兵の排除だ。
︱︱︱︱詠唱が完了した。普通のメテオなら制御にも何の問題も
ない。
﹁メテオ!﹂
壁に隠れたまま、適当な狙いでメテオをぶっ放す。
敵のはるか上空に多数の隕石が生成される。
それは赤熱しつつ、ゆっくりと降下を始める。
普通の威力のメテオではあるが、範囲を広くしたために、残った
魔力の半分以上がなくなった。しばらくは撃てないだろう。
落下する隕石は空を飛んでいた魔物も多数巻き込む。どうやら攻
める機会をうかがって後方待機をしていたようだ。
そして着弾。轟音。
矢の雨がやみ、戦場に一瞬の静寂が訪れる。
壁から顔を出して戦果を確認する。
メテオにより森の木は広範囲でなぎ倒され、もうもうと煙があが
り、所々火の手があがっている。
﹁お、おお⋮⋮マサルはすごいのう﹂
﹁驚いている暇はありませんよ。残っている敵を排除しないと﹂
壁と、壁の近くの敵は丸々残っている。堀には簡易の橋がかけら
れているようで、そこからまだ敵が城壁に渡ってきている。
﹁わたしたちもやるわよ!﹂
エリーにアン、ティリカが攻撃魔法の準備をする。
サティはすでに残敵の掃討にはいっていた。エルフたちも驚きか
1359
ら冷めて反撃を開始している。敵の矢さえ来なければここは高さが
五十mはある安全な城壁の上だ。
そしてみなと交代で俺はまた休憩である。メニューをチェックす
ると今のでレベルが2つあがっている。残りのポイントは42P。
弓術をレベル3から5に上げ、更に鷹の目も取る。これ残り23
P。
アイテムボックスから自分の弓を取り出す。
﹁マサルは弓も扱えるのか﹂
﹁ええ﹂
もともとレベル3あったとはいえ、実戦ではあまり使ったことが
ない。ちょっと練習が必要だろうな。
弓を手にサティの横につき、鷹の目を発動して戦場を見渡す。
俺の視力はごく普通に1.2ほど。それが、ちょっと注意を向け
るとその部分だけ詳細にくっきりと見えるのだ。双眼鏡ともずいぶ
ん感じが違う。全体をみつつ、細部も見える。視覚の急激な変化に
ちょっと頭がくらっとする。
それだけじゃない。リアルなオークの面や、戦場に折り重なる死
体もはっきりと見えてしまう。
敵で魔物だとはいえ、大量の死体はおぞけをふるうものだ。だい
ぶ慣れたとはいえ気分のいいものじゃない。
だが戦場の光景に怯んでいる場合でもない。メテオの焼け野原を
越え、新たに進軍してくるオークが見える。矢も再び散発的にだが
飛んでくる。
鷹の目で弓を撃っているオークをみつけ、弓を構え、放つ。
外れた。ずいぶん手前に矢が落ちた。鷹の目と弓を一気にあげた
ので調節が難しい。
1360
もう一度、放つ。今度はオークの頭を越えて飛んでいった。
もう一発。今度は顔面に突き刺さりオークは倒れた。
今ので感じは掴めた。止まっている的ならほぼ狙える。だが慎重
に狙って撃つ必要があるな。
隣にいるサティはさくさく撃ってるんだが、同じようにはできそ
うもない。俺の使っているのが安物の弓というのもあるのだろうが、
同じレベル5でも経験の差は大きいようだ。
サティとともに敵の弓兵を殲滅していく。メイジがいないか魔力
感知もしてみるが、今のところ反応はない。
エルフの弓兵も腕は悪くない。ただ遠距離になるとさすがに命中
率が落ちるようだ。使っている弓の種類もあるのだろう。大方のエ
ルフが使っているのは俺やサティの使っているのより小型の弓だ。
オークの弓兵はパワーがあり、エルフの矢が届くか届かないかぎ
りぎりの距離から撃っているにもかかわらず、城壁の上までびゅん
びゅん飛ばしてくる。だが狙っている様子はない。数で押す感じだ。
だがそれもサティの狙撃で見る間に減っていっている。
﹁このあたりの敵はだいたい片づいたわね﹂
俺が10匹ほど倒したあたりでエリーがそう言ってきた。壁に取
り付いたオークや、堀に渡された橋みたいなものを破壊し終えたら
しい。再開した敵の矢もほとんど止まっている。
だが鷹の目で確認すると、門付近は落ち着いたものの、さらに向
こう側には相変わらず敵があふれている。
一体どれほどの魔物が戦場にいるのだろうか⋮⋮
﹁魔力の残りはどうじゃ?﹂
﹁メテオはしばらく休憩しないと無理ですね﹂
1361
﹁もう一戦くらいならいけます﹂
エリーがそう言う。みんなの魔力をチェックすると残り3割って
ところだろうか。そろそろ転移分の魔力は温存してもらわないと。
﹁マジックポーションはもっておらんのか?﹂
﹁ありますが、効果が・・・﹂
手持ちの魔力回復薬では飲んだところで気休めレベルだ。
﹁我らのをもらってきてやろう。ちょっと待っておれ﹂
リリ様はそういうと、手近にいるエルフに声をかけ、一緒にどこ
かに行ってしまった。
﹁エルフ製のポーションならかなり回復するわよ﹂
エリーがそう言う。エルフ産のポーションはエルフの里の特産品
の一つで大層効果があるそうだ。でも高い。魔力回復薬は総じて値
段が高く、その中でもエルフ産ポーションは最高級品。良い物だと
一本で家が買えるくらいはするそうだ。
﹁これじゃ﹂
戻ってきたリリ様にポーションをもらい飲む。
﹁あまりいいものがなかったんじゃが、とりあえずはそれで我慢し
てくれ﹂
1362
それでも俺が買って持っているポーションの10倍くらいの回復
量があった。少し魔力が回復したので弱めのメテオならあと一発は
撃てそうだ。
だがたった一発。エリーたちもあと一戦すれば魔力は底をつくだ
ろう。
南門の正面の敵は殲滅したが、その更に向こうの敵はまだまだ健
在。メテオで破壊した奥からも敵が進軍してきている。
敵が多すぎる。
このクエスト、本当にクリアできるのか・・・?
1363
94話 エルフの里防衛戦⑤︵後書き︶
次回 防衛戦⑥
Amazon様にて、②巻の表紙公開しました!
12月25日発売予定です。
1364
95話 エルフの里防衛戦⑥
リリ様と現地指揮官らしきエルフに先導されて、南門の城壁の
上の通路を少し歩くと、そこは再び激戦区となる。
矢に注意しつつ、壁伝いに移動したのだが、これが注目の的であ
る。
﹁今のメテオを⋮⋮﹂﹁陸王亀が﹂﹁リリ様﹂﹁あの人間が?﹂﹁
何にしろ助かった﹂
どうやらすっかり話が広まっている。メテオで殲滅した地点から、
こちらのほうへと沢山のエルフたちが応援のために移動してきてい
るし、伝令も何人も走り回ってた。
戦闘中である。いちいち口封じをして回る余裕もないし、目立ち
たくないから黙ってろとかとても犯罪者くさい。
そもそも傍からみると、目立ちたくない理由っていうのが薄いん
だよな。加護のことを隠しちゃうと、目立つのが嫌いというだけで
はどうにも怪しい。
﹁ほらね?﹂と、エリー。
わかってるよ。派手な魔法を使って目立つのはもう仕方ない。こ
こに及んで手加減などできようはずもないのだ。
しかしどらごはどうしたものか。まだ余裕はあるのだが、この調
子だといつ必要になるかわからない。リリ様にだけでも説明してお
くべきか?
だが、戦場でいきなりドラゴンが現れても余計に混乱しそうな気
もする。同じ理由でたいがも見せられない。出したとたん、エルフ
1365
に集中砲火を食らいそうだ。
﹁ここです。お願いします﹂
この辺りで一番敵が多い地点である。今からメテオを再びぶっ放
すのだ。
︻メテオ︼詠唱開始︱︱
今回は威力も範囲も魔力がぎりぎりなので最低限だ。
だが敵の方も先ほどのメテオで主力はほぼ掃討し終えている。問
題ないだろう。
それでもレベル5である。詠唱には時間がかかる。ちらりと周り
をみると思い切り注目されている。
﹁メテオ!﹂
再び城壁の外に多数の隕石が降り注ぎ、焼け野原の完成だ。
魔力をぎりぎりまで使ったのでだるい。だが弓と矢をアイテムボ
ックスから取り出し、みんなとともに残敵の掃討を開始する。
﹁お主は休んでおってもいいのじゃぞ?﹂
﹁少しでも敵を減らします﹂
状況は悪い。俺の魔力は底をついたが、体力はまだまだ残ってい
る。魔力切れでだるいとは言っていられない。オークの一匹でも人
は死ぬのだ。倒せる時に倒しておいたほうがいい。
既に攻撃を開始しているサティの横について、目に付いた敵から
撃ち減らしていく。
劣勢だったエルフも形勢が逆転して活気づいている。敵は変わら
1366
ず進軍してきているがそれもまばらだ。
無限に沸き出すかと思えた魔物もようやく底がついたのだろうか。
﹁敵の数が少ないですね﹂
しばらく攻撃を続けて敵の数が減ってたきたので手を休めて、リ
リ様に聞いてみる。俺が弓を撃っている間もリリ様のところには報
告か伝令のようなものが何度も来ていた。たぶん何か聞いているだ
ろう。
﹁状況は西門が一番厳しいようじゃ﹂
西っていうと砦方面だな。砦の戦力に対応するため、主力がそち
らにいるのだろうか。
ここはもう大丈夫そうだ。魔力はもうないが西に移動してみるか
? 休憩していれば少しは回復するし。
﹁どう思う?﹂
大体の掃討が終わって戻ってきたエリーたちにも西門のことを話
す。
﹁どっちにしろ、しばらくは休憩ね。もう魔力もないわ。食事にし
ましょう﹂
言われてみるとお腹が空いてるな。朝食って以来、マギ茶は飲ん
でいるが何も食べてない。だがずいぶん長時間戦っていたように感
じるが、メニューの時計を見ると、まだ昼過ぎくらいだ。
﹁リリ様、どこか落ち着ける場所に。サティ、移動するぞ!﹂
1367
﹁はい!﹂
一人攻撃を続けていたサティを呼び戻す。
﹁ご苦労様、サティ。疲れてないか?﹂
﹁まだまだいけます﹂
サティは元気だな。弓を引くのもすごく力がいるのだ。俺など今
の短時間ですでに腕が疲れてきている。
﹁まあ無理はするなよ。何か食べよう﹂
﹁はい、お腹が空きました﹂
﹁何か食べるものを用意させるかの?﹂
﹁いえ、手持ちのがありますから﹂
忙しそうなエルフたちの手を煩わせることもない。
リリ様に先導してもらって、南門の物見の塔へと移動する。中は
小部屋になっていて、エルフたちが思い思いに休憩していたり、傷
の治療をうけていたりしている。
その場の指揮官らしきエルフにリリ様が声をかけて、一室を用意
してもらう。全員が座れる大きめのテーブルがあった。ゆっくり食
事ができそうだ。
アイテムボックスからパンやスープ、唐揚げ、焼きたての肉、果
物をぽんぽん出して並べていく。
1368
﹁次はいつ食べられるかわからないわよ。しっかり食べておきなさ
い。リリ様もご遠慮なくどうぞ﹂
食事をしつつ、今後の行動方針を相談する。
﹁今、ポーションの調達を頼んでおる﹂
昨日から続いている戦闘でマジックポーションは品薄である。備
蓄はもちろんしているのだが、里の全てのエルフが一斉に消費する
のだ。かといって、薬には消費期限というものがあるので、必要以
上に作っておくというわけにもいかない。これほどの激戦になろう
とは予想できようはずもないのだ。
﹁とっておきがまだあるはずなのじゃ﹂
エルフの霊薬と呼ばれるポーションがあるという。材料は希少。
作れる者もほんの数人。魔力を全回復してくれるそうだ。
﹁じゃあそれを待って西門に行きましょう﹂
エリーがそう言い、みんな賛成をする。魔力が回復さえすれば、
きっと勝ち目も見えてくるだろう。
食事が終わった頃、小部屋の扉が叩かれ、エルフが入ってきた。
﹁おお、待っておったぞ﹂
﹁はい。手に入れるのに苦労しましたが、陸王亀の倒し手が使うの
であればと﹂
ああ、うん。もう仕方ないよな。
1369
﹁四本か。ちょうど人数分あるの。ご苦労じゃった。外の状況はど
うじゃ?﹂
﹁南門はもう大丈夫です。ですが、西門から救援要請が何度も﹂
﹁それほど厳しいのか?﹂
﹁今のところ守り切れておりますが、やはり魔力が⋮⋮﹂
エルフから霊薬の小瓶を受け取り飲み干す。魔力をチェックする
と4割ほど魔力が戻っていた。みんなも満タンまで魔力が戻ってき
ている。
﹁すごいわね。もっと手に入らないかしら﹂
﹁保管してあった霊薬はそれが最後です﹂
持ってきたエルフがそう告げる。
﹁もしまだ残っていても、一回飲めば一日は再使用はできん。意味
がないぞ﹂
同様に他のマジックポーションももう使えない。一般に信じられ
ている理論によれば、通常使える魔力の他に潜在的な魔力を人は持
っていて、ポーションはそれを引き出していると言われている。そ
れ故、一度引き出せば回復を待たねばならないし、効果のあるポー
ションほど、再使用時間が長くなる。
﹁でもこれ、全回復してませんよ?﹂
1370
﹁そんなはずは⋮⋮﹂
リリ様がちらっと薬を持ってきたエルフをみる。
﹁間違いなく霊薬です!﹂
瓶のラベルにも確かに霊薬と書いてある。
﹁私たちはちゃんと回復してるみたいです﹂
アンがそういうとエリーとティリカもうなずく。
﹁全回復じゃなくて、一定魔力を回復する薬だったってことか﹂
﹁いや、そんな話は⋮⋮じゃが陸王亀を一撃で倒したほどの魔力⋮
⋮﹂
今回のレベルアップでさらに魔力増えたしな。これが本当に全回
復する薬なら助かったんだが。
﹁薬の効果に対する説明を書き換えんといかんの⋮⋮﹂
﹁いや、そこまでしないでも⋮⋮ほら、俺みたいなのはたぶん他に
はいませんし、あんまり大事には﹂
﹁そうじゃったな。お前もこの件は秘密にしておくのじゃ﹂
﹁はっ﹂
1371
それで用が済んだと薬を持ってきてくれたエルフが退出して、再
び俺たちだけになった。
デザートにプリンを出す。さっきの霊薬が少し苦かったので口直
しだ。それにもうちょっと話したいこともある。
﹁これは美味いのう﹂
﹁よかったらまだありますよ﹂
勧めてみたら3個も持って行かれた。みんなもちゃっかり2個と
か食ってる。いつもは食いすぎないようにって1個ずつと決めてあ
るんだが、まあ今日くらいいいか。
﹁それでリリ様、召喚魔法というのをご存じですか?﹂
みんなには食事をしながら相談してある。どらごを出すべきかど
うか。リリ様の前で内緒話も怪しいから堂々と話し合ってみたんだ
が、どらごという単語だけではリリ様には何のことか、全くわから
なかっただろう。
結果は全員賛成。出し惜しみすべきでないと。俺もそう思う。
﹁⋮⋮召喚魔法? 知らんな﹂
﹁簡単にいうと動物や魔物を魔法で召喚して、使役する魔法です。
ティリカ﹂
ティリカがうなずくと、ほーくが机の上に現出した。
﹁面白い魔法じゃの。これがさっき話していたどらごか?﹂
1372
まあこの程度じゃ驚かないか。
﹁こいつはほーくという名前です。たいがを﹂
ティリカがほーくを消して、たいがを呼び出す。
﹁!?﹂
声を上げこそしなかったが、巨大な虎がすぐ側にあらわれて、さ
すがにひどく驚いたようだ。
﹁こ、これが召喚魔法か⋮⋮﹂
﹁ええ。いざという時はこいつに出てきてもらいますので﹂
リリ様はティリカに大丈夫と保証されて、おっかなびっくりたい
がに触れる。
﹁ふかふかじゃのう⋮⋮それに強そうじゃ﹂
﹁とても強い。背中にも乗れる﹂
ティリカが誇らしげにいう。だが本題はここからだ。
﹁それであと、どらごというのがいるんです。戦力になると思うの
ですが⋮⋮﹂
﹁ほほう。どんなのじゃ?﹂
﹁ドラゴン﹂
1373
ティリカが言う。
﹁ドラゴン? ドラゴンを呼び出して使役できるのか?﹂
﹁ええ。10m以上ある立派なやつです﹂
﹁⋮⋮確かに戦力にはなるじゃろうな﹂
﹁使っても大丈夫ですかね?﹂
﹁きちんと通達を出せば⋮⋮たぶん大丈夫じゃろう。敵にドラゴン
がいるということも聞いておらん。しかしそのような魔法があるの
か⋮⋮﹂
﹁ええ。あまりおおっぴらにはしたくないんですが、もうそんなこ
とを言っている余裕もないですし﹂
﹁ではドラゴンが味方だとだけ知らせておけば、使い手に関しては
ごまかせるかもしれんの﹂
﹁お願いします﹂
誤魔化せるのはもう望み薄だとは思うが、一応伏せておいてもら
ったほうがいい。
﹁しかし色々でてくるのう。もう他にはないのか?﹂
﹁召喚魔法が最後の切り札ですよ。なるべくなら隠しておきたかっ
たんですが﹂
1374
﹁確かにドラゴンを呼び出せるなどと前代未聞じゃな﹂
公開すればそれはそれはセンセーショナルなことだろう。
﹁そなたらは、その⋮⋮変わっておるの﹂
リリ様には色々見せすぎてしまっている。ゲートに奇跡の光、フ
レアにメテオ。この辺りまではたぶん許容範囲だっただろう。
だがここに更に召喚魔法だ。これほどの魔法の使い手が一堂に会
して、全くの無名。Bランクなのだ。
あまり考えずに雇って連れてきてみた相手が化け物じみた力を持
っていたことに、リリ様もようやく疑問がわいたのだろう。だがこ
こまでの働きを考えると、強く追求することもできない。ちょっと
はこちらからフォローしておくべきだな。
俺たち一人ひとりの経歴は別に極秘でもなんでもないのだ。もし
何者か? と調査されれば、少し前は極普通のメイジであり、神官
であり、冒険者だったことはすぐに調べがつく。それはかなりまず
い。
次はどうやって短時間にこれほどの力を手に入れたのかという話
になってくる。適当な言い訳もできない。真偽官の存在がうかつな
嘘は許さないのだ。
﹁我々はエルフの里を救うためにここまで来たんです﹂
伊藤神からのクエスト発行が主な理由であるが、命を危険に晒し
ているのだ。少しくらい格好つけてもいいだろう?
﹁それだけです。他には何も必要ありません﹂
1375
そういえばリリ様とは金銭交渉とかも全くしてないな。まあ全て
が終わってから言えば多少の報酬はくれるだろう。里が滅びたらそ
れどころじゃないし、このタイミングで言うのも感じが悪い。
﹁それは間違いなく真実﹂
ティリカが太鼓判を押してくれる。
﹁真偽官がいうのじゃ。その通りなのじゃろう。少し疑ってすまん
かった﹂
しかし真偽官だからといって、身内の証言をここまで簡単に信じ
ていいのだろうか。
後日聞いてみると、真偽官の証言は本当に重いようだった。真偽
官の偽証による罪は魔眼の破壊で贖われる。それは真偽官同士で時
折確認し合うそうで、誤魔化すのは不可能だ。厳しいが、日常生活
レベルの話はさすがに関係がない。真偽官として断言したことに対
して責任が生じるのだ。
こうやって断言したことが嘘だったら、真偽官としての身分は、
その魔眼ごと剥奪される。どうやって魔眼を無効化するかは恐ろし
くて聞けなかった⋮⋮
﹁そなたらの崇高なる献身には感謝の言葉もない。この恩にはエル
フの王族たる、リリアーネ・ドーラ・ベティコートが絶対に報いる
ことを約束しよう!﹂
うあー。いざって時は逃げるつもりなのに、そんな大袈裟に言わ
れてもちょっと困るんですが⋮⋮
1376
95話 エルフの里防衛戦⑥︵後書き︶
次回 防衛戦⑦
ニトロワ①巻
好評発売中につき増刷が決定しました!
たぶん②巻と一緒にということになるのかな
②巻は12月25日発売です。
1377
96話 エルフの里防衛戦⑦
話し合いも終わってちょっと一息。
朝から砦に買い物に出てきて、そのまま戦争に突入である。魔力
も一度使いきったし、こうやって座っていると疲労がどっと押し寄
せてくる。
特にサティなどずっと弓を撃ちっぱなしだ。大丈夫と本人は言う
ものの、疲れてないわけがない。
できればもう布団にでも寝転がってのんびりしたいところだ。つ
いでに嫁といちゃつければもっといい。昨日はアンとはやってない
し、しばらくご無沙汰だ。旅の間はわりと禁欲的な生活をしていて、
やっと家も作って落ち着けると思った矢先のこの騒ぎである。
新居に帰ったらアンにはたっぷり相手をしてもらおう。絶対にだ。
﹁姫様! 敵の総攻撃ですっ。西門が!﹂
エルフの伝令が部屋に報告に駆け込んできた。そのためには、ま
ずはここを乗りきらねばならない。
﹁救援にゆくぞ!﹂
リリ様のフライで西門方面へと飛ぶと、ちょっとやばいことにな
っていた。西門を中心にハーピーの集団が城壁に攻撃を加えてきて
いる。
西門からかなり離れた城壁の上に降り立つ。すぐさま弓を取り出
し、こちらを発見し襲ってきたハーピーの一団を迎撃する。
西門を中心に雷鳴や、炎がきらめく。エルフの魔法による激しい
反撃が行われ、今のところはハーピーを寄せ付けてはいないが、敵
1378
は城壁全域に渡って攻勢をかけてきている。防御の手が薄い、俺た
ちのいる方へも大量のハーピーが流れてきた。ハーピーに当たるか
らだろうか。幸いにも矢は飛んできていない。
﹁わたしがやるわ! 風よ、風よ! 来たれ、我の元へ!﹂
エリーが詠唱を開始した。風の範囲魔法を撃つ気だ。
﹁全力でやるわよ﹂
詠唱しながらエリーがそう告げる。
エルフたちも反撃はしているが、多すぎる敵の数に追い込まれつ
つある。大規模な範囲攻撃で一気に形勢逆転をはかるという判断は
悪くない。全力でやるというからには、魔力を使い切る気かもしれ
ないが、俺とアンから補充はできるのだ。
巨大な魔力の集中を感知したのか、ハーピーの集団がこちらへと
向かってくる。
弓で素早く動く敵を狙うのはまだ難しい。だが、落ち着け。大丈
夫だ。一匹ずつ慎重に狙いをつけていく。外しても焦らない。
サティもすごい勢いでハーピーを撃ち落としている。アンもティ
リカも、元からいるエルフ兵も、ハーピーを寄せ付けまいと攻撃を
加えている。ハーピーは俺たちに近寄ることもできずに撃ち落とさ
れていく。
ハーピーにサティと共に倒された記憶が少しよぎるが、大丈夫。
もうあんなことは二度と起こさない。
﹁唸れっ! テラストーム!!﹂
エリーの詠唱が完了し、風の最上位魔法が発動した。
広範囲を覆う嵐が戦場に、一気に現出した。渦巻く風が大地を、
1379
木々を、魔物を切り裂き、低空にいたハーピーも巻き込んでいく。
城壁にも余波の暴風が押し寄せ、伏せることを余儀なくされる。
呪文の発動が少々城壁に近いが、絶妙な距離でもある。城壁付近
を飛んでいたハーピーも一瞬吹き荒れた強風によって大混乱に陥っ
ていた。
﹁エリー!?﹂
魔法を発動し終えたエリーが、がっくりと膝を落としている。
﹁だ、大丈夫よ。でもちょっと魔力を使いすぎたわ﹂
エリーのMPをチェックするとほぼ使いきっていた。すぐに補充
しないと。
﹁わたしが﹂と、アンが魔力の補充を買って出てくれたので任せる。
﹁おい、まずいぞ。城壁が突破されておる!﹂
弓を構えて、残敵を掃討しようとしたところでリリ様から声がか
かった。
ここからそう遠くない位置から大量のオークが城壁内に侵入して
きている。身を乗り出して確認すると、城壁にはオークどころかト
ロールでも悠々と通れそうな大穴が開いており、そこから大量の魔
物が湧き出ていた。
土魔法か。敵のメイジは⋮⋮いない。いや、どこかにいるはずだ。
⋮⋮だめだ、探知でもみつからない。悠長に探している余裕はない。
先に穴だ。
現場は乱戦だ。空と地上と両方からの攻撃を受け、エルフと魔物
が入り乱れ、魔法が放てるような状況ではない。
1380
エリーの魔法で魔物の数が減り、敵側も混乱していると思われる
のがわずかな救いだ。
﹁穴を塞ぐ!﹂
あそこまで行って土魔法で穴を⋮⋮いや、ダメだ。俺とサティは
いいとして、リリ様や他のメンバーを乱戦の現場に連れて行くのか?
かといって置いていくのも⋮⋮いっそ、サティも置いて俺だけで
⋮⋮
﹁妾も戦う。温存しておったから魔力もだいぶ回復しておる。護衛
に関しては心配するな。精霊の加護で守りも万全じゃ﹂
俺が迷ったのがわかったのだろう。
﹁ですが﹂
正直に言ってしまえば、リリ様はどうでもいい。いや、どうでも
いいってことは全くないんだが、一番心配なのは俺の嫁なのだ。
﹁里に戻った時から、死ぬ覚悟はできておる。もはや命を惜しんで
おる状況ではないのじゃ﹂
﹁マサル、わたしたちのことは心配しないでいいわよ。自分の身は
自分で守れるから﹂
﹁どらごはいつでも出せる﹂
アンとティリカの言葉で決意が固まった。いざというときはどら
ごになんとかしてもらおう。
1381
﹁わかった。俺が先頭で突っ込む。サティ、ティリカ。みんなのこ
とは任せたぞ﹂
﹁はいっ﹂
サティが気合をいれて返事をし、ティリカも真剣な顔でうなずい
た。
ゴーレムを出そうかと思ったが、あれは動きが鈍いし操作に気を
取られる。背中の剣を抜き、盾をアイテムボックスから取り出す。
サティにも追加で矢の束を出してやる。弓で魔力を温存したかった
が、慣れない戦闘スタイルでのミスが怖い。
もう一度、穴の開いたあたりを確認した。エルフの魔法が何度も
穴の周辺を吹き飛ばしているが、それを圧倒する速度で魔物が穴か
ら湧き出、里に侵入してきている。その上にやっかいなのが空から
来るハーピーだ。侵入を防ぐべくエルフたちが集まってきていたが、
その対処だけでも手一杯で、穴をどうにかする戦力を集めることが
できないでいる。
集まったエルフも徐々に押され、里の内部に後退している。壁が
あるからこそ守りきれていたのだ。遠距離攻撃主体のエルフとて、
近接戦闘の技術は決しておろそかにはしてはいない。だが体力的に
劣るエルフでは魔物とのパワー差はいかんともしがたく、そしてエ
ルフ兵は少数だ。魔力が尽きた今、接近戦となり消耗戦に持ち込ま
れれば、あっという間に戦線は崩壊してしまうだろう。
﹁行くぞ!﹂
火矢を連続で放ち前進する。城壁の周辺にいるハーピーを排除し
つつ、穴の開いた場所の真上に到達した。
そして、穴に向けて大岩を大量に投下した。50mの高さから落
1382
下した十数個の大岩は、跳ね、壊れ、思うように穴を塞がない。さ
らに追加してみると穴の一部は塞がったが、この方法では完全に塞
ぐのは無理そうだ。だが穴の出口は岩が積み重なり、通行の邪魔と
なって魔物の侵攻が多少は遅くはなった。
﹁俺だけで降りる。援護を頼む。ハーピーを寄せ付けないでくれ﹂
上は上で危険はあるが、ハーピーにだけ注意すれば、あとは高い
城壁がみんなを守ってくれるだろう。乱戦となっている下よりはず
いぶんと安全であるはずだ。それは俺にも当て嵌まる。下は乱戦と
はいえ、ハーピーさえ城壁ラインで食い止めれば、あとはオーク主
体の魔物たちだ。対処は難しくない。
﹁ウィンドストーム!﹂
風の刃が吹き荒れ、大岩の周辺の魔物を切り裂いていく。それを
確認してから城壁から飛び降り、レヴィテーションで着地する。即
座にアイテムボックスから大岩を大量に出し、穴を塞ぐように積み
上げた。
隠密は使っていたが、それでさすがに気が付かれた。近くにいた
オークが襲いかかってくる。後ろでは大岩を動かそうとしているよ
うで、がんがんと岩を叩く音がする、
数匹のオークを切り倒し、大岩に向き直る。大岩に直接触れ、土
魔法を発動させる。錬成で大岩を一塊にして、穴を完全に塞いだ。
さらに硬化をかけておく。これで相手にメイジでもいない限り、ま
ず突破は不可能だろう。
城壁でサティたちが活躍してくれているようで、俺の周辺にハー
ピーは皆無になっている。城壁を背に、火矢をがんがん撃ち、オー
クを減らしていく。魔力があがったせいか、最近は火矢の一撃でオ
1383
ークが倒れていく。レベル1の魔法なら連射もできるし、多少の数
のオークなら範囲魔法を使うより確実に殲滅ができる。侵入した魔
物の多くはそのまま里の内部へ向かったようで、穴の周辺にいたオ
ークはほどなく殲滅することができた。
そこかしこに死体がごろごろと転がっており、それは魔物だけで
はなくたくさんのエルフも混じっている。一体どれほどのエルフが
今回の戦闘で倒されたのだろうか。
断続的に激しい音がし、戦闘が続いているのがわかる。エルフを
助けに、里の内部に入るべきだろうか? だがみんなと長時間離れ
るのも不安がある。魔力はたっぷりある。侵入された魔物はエルフ
たちに任せて、外の魔物にメテオでも撃つほうが効率がいいかもし
れない。
ほんの少しの迷いが選択肢をなくした。数匹のオークが建物の影
から現れこちらに向かってくる。その姿を確認してぎくりとした。
後方にいる一匹。裸同然のオークが多い中での金属鎧を装備した姿。
そして、一回りも二回りも大きい体躯。間違いなくオークキングだ。
手に持つ巨大な棍棒はすでに血塗られて、返り血を全身に浴びて
いるのが、距離はあるが鷹の目ではっきりと見えてしまう。そして
そいつに続いて更に大量のオークがこちらへと向かってきた。
まだ距離はあるし、逃げるのは簡単だ。だが近くには城壁に登る
ための階段もある。雑魚はともかく、オークキングを野放しにする
のは危険すぎる。
レヴィテーションで浮かび上がる。こちらが手の届かない距離に
いればオークキングは手を出せない。ハーピーが怖いが、今のとこ
ろ近くにはいない。サティたちはしっかりと仕事をしているようだ。
壁に沿って10mほど上昇する。オークたちはその間に、塞いだ
穴のところに集まってきた。穴を再び開けようとしているようだが、
大岩は壁と一体化しているし、硬化で金属並みの硬さになっている。
オークキングでも破壊は無理なはずだ。
1384
やつらが集まったところを見計らって頭上に、1セット99個の
大岩を一気に投下した。その中心にはオークキングがいる。
オークキングが顔をあげて大量に落下してくる大岩に気がついた
がもう遅い。轟音を発して半数ほどのオークがオークキングととも
に大岩に潰された。
地面に降り立ち、生き残って混乱中の十匹ほどのオークを火矢で
順番に始末していく。
オークを掃討しおえ、投下した大岩を回収しようとしたところで
突然、目の前の大岩がぼこっとひっくり返された。
大岩で潰れたと思っていたオークキングが飛び出し、俺に襲いか
かってきた。
やばい、油断した。オークキングは傷だらけで片腕をぷらぷらさ
せていたが、まだ手には巨大な棍棒を持っていて、俺めがけて振り
下ろして来るのを必死でかわす。
不意打ちに近かったが、怪我のためか動きが鈍くなんとかかわせ
た。だが、パワーは健在だ。かするだけでも俺など吹き飛ぶかひき
肉だ。二撃三撃とかわしている間に黒剣に魔力を集め、火の魔法剣
を発動させた。
オークキングの一撃を更にかわし、懐に潜り込むと下から袈裟懸
けに、金属鎧ごとバターのように切り裂いた。
ドウッとオークキングが倒れる。
﹁あー、びびった⋮⋮﹂
もういないだろうな? 倒れたオークキングが完全に絶命してい
るのを確認して、周りを見渡す。
大岩に潰されたオークで生き残っているのはさすがにもういない
ようだし、見える範囲にも魔物はいないようだ。頭上にもハーピー
は見えない。そろそろ戻ったほうがいいだろう。剣にまとわせてい
1385
た炎を消す。剣を確認すると少し刃こぼれしてしまっているが、オ
ークキング相手に無傷で切り抜けたのだ。この程度は致し方あるま
い。
まだ熱を持った黒剣を背中の鞘に収め、大岩やオークを回収して
いく。特にオークキングはいい値段になるのだ。倒れたエルフは⋮
⋮見なかったことにしておく。息があるのを確認する気も起きない
くらい、完全に死亡している者ばかりだ。蘇生魔法のようなものが
ない以上、死んだ者に対してできることは何もない。アイテムボッ
クスに同じように回収するわけにもいかないし、どう扱っていいや
らわからない。
大岩とオークの回収が終わった頃に、エルフの一団が里の内部の
通路から出てきた。どうやら中のほうも終わったらしい。
﹁お前が穴を塞いでくれたのか?﹂
﹁応急処置だが、土魔法でしっかりと強化してある。もう突破はさ
れないはずだ﹂
それだけ告げてレヴィテーションを発動し、彼らに手を振り城壁
の上に向かった。
いい加減、上がどうなっているか心配になってきた。
1386
96話 エルフの里防衛戦⑦︵後書き︶
次回 防衛戦⑧ 明日更新予定
防衛戦⑨ 明後日更新予定です
3話連続で防衛戦終了まで!
1387
97話 エルフの里防衛戦⑧︵前書き︶
3日連続更新、2話目です。
1388
97話 エルフの里防衛戦⑧
﹁マサル様っ﹂
城壁に戻るとサティが駆け寄って来た。
﹁すまん。オークを始末するのにちょっと手間取った。こっちはど
うだ?﹂
﹁この辺りはもう大丈夫よ。だけどまだ⋮⋮﹂
そういいつつ、エリーが西門の方を見やる。
﹁わかっている。行こう﹂
西門付近は激戦が続いている。急がないとまた犠牲者が増えるだ
ろう。
再び弓を装備し、城壁を進んでいく。多少のハーピーはサティに
任せれば確実に仕留めてくれる。数が多ければアンかティリカが魔
法を放つ。もちろん俺も攻撃に加わっている。エリーは当分温存だ。
ゲート分を残しておいてもらわないといけない。
それに護衛が増えた。リリ様は王族なのに戦場をふらふら移動し
て、その護衛を俺たち任せだったのがおかしかったのだ。そう考え
ただろう、この付近の指揮官らしきエルフに与えられたのがとりあ
えず五名。護衛のはずだが、リリ様はナチュラルに指示を出して、
直属の部下として戦闘や伝令にこき使う気のようだ。
戦場を切り拓きながら進み、西門の左右にある塔の屋上に登る。
ここのエルフはハーピーの猛攻で一時撤退している。エルフもいな
1389
いので当然ハーピーもわざわざ無人の塔にはやってこない。
あっさり塔を再制圧すると、付近に飛ぶハーピーの掃討は他に任
せて戦場を確認する。この辺りはエリーの魔法の効果範囲外で、地
上は相変わらず敵だらけ。そのうえハーピーが城壁に波状攻撃を加
えてきていて、地上の敵はほとんど放置に近い。
塔の屋上は、ハーピーの死体がごろごろと転がっていた。邪魔な
ので適当にアイテムボックスに仕舞っておく。これもあとで売ろう。
﹁状況は悪いようね﹂
隣で一緒に見ていたエリーがそう言った。
この塔がそうだったように、城壁の一部は大量のハーピーによっ
て制圧されつつあった。このままでは穴を開けるまでもなく、城壁
を乗り越えて突破されてしまう。
﹁俺がメテオを使う﹂
︻メテオ︼詠唱開始︱︱
地上の敵を一気に殲滅すべく、効果範囲を広げる。これで魔力が
なくなるが、一刻を争う状況だ。
﹁メテオ!﹂
メテオが発動し、戦場が轟音と炎に包まれた。
だが魔物の数は確実に減ったものの、焼け野原を越え、新たな魔
物が進軍を続けている。何度目かの範囲魔法だ。敵もそれくらいは
想定して戦力をばらけさせているんだろう。
﹁いま伝令が戻ってきた。ドラゴンを出してもたぶん大丈夫じゃ﹂
1390
安全な場所で座り込んでいる俺にリリ様がそう伝えてきた。本日
二度目の魔力切れだ。思ったより疲労がきつく、そのまま寝てしま
いそうだ。
﹁どらごを出す。いい?﹂
ティリカが俺に、首をかしげてそう問いかける。
敵の攻勢が弱くなりエルフが落ち着いているだろう今が、タイミ
ング的には悪くないかもしれない。
﹁よし、呼ぼう﹂
俺の言葉でティリカが即座に召喚魔法の詠唱を始めた。詠唱が完
了すると、巨大な茶色いドラゴンが瞬時に塔の前に現れる。
﹁こ、これが召喚魔法なのか⋮⋮﹂
味方であるとわかっていても、凶暴な面構えの巨大なドラゴンが
突然目の前に現れるのだ。エルフたちは皆一様に驚き息を飲んで見
つめるのみ。
精霊魔法も不思議な感じだが、召喚はそれ以上に謎だな。明らか
に実態がある、巨大なドラゴンはどこから来るんだろうか。今度、
普段どこで何をしているか聞いてみるのも面白いかもしれない。
﹁主よ。なんなりとご命令を﹂
﹁蹂躙せよ﹂
ティリカがそれだけ告げるとどらごは着地し、地上の魔物を踏み、
ブレスを吐き、薙ぎ払っていった。
1391
通達はちゃんと届いていたようで、城壁側のエルフからはどらご
に対しての攻撃はない。
さすがの大型種である。雑魚のオークやハーピーなど物の数では
なく、眼前の魔物が蹴散らされていく。どらごにはこのまま暴れて
もらって時間を稼いでもらおう。
リリ様によると、陸王亀を倒した時点で砦には知らせが行ったは
ずだという。ただ、それで救援が来るとしても軍の編成には時間は
かかるし、それから移動するとなると、編成に一日、移動に一日。
最速でも明日までは耐えねばならない計算だ。もし救援が来るのだ
としても。一度救援は断ってるからな⋮⋮
西門付近はもう突破される心配はなさそうだが、それでも敵はし
つこく攻撃を加えてきている。だがエルフ側には余力はない。敵は
俺やエリーの範囲魔法で当初ほどの勢いはないが、どこから湧いて
くるのか圧倒的な数を誇っている。
﹁マサルが塞いだ穴の他に、もう一箇所突破されていたようじゃ。
そちらもすでに塞いだのじゃが⋮⋮﹂
恐らく被害が甚大なのだろう。
状況は悪いが、メテオで戦況はリセットできた。魔力はほぼなく
なったが、まだどらごもいるし十分戦える。日が落ちれば一息つけ
るだろうか? オークやハーピーは夜目がきかない。特にハーピー
は夜には弱いはずだ。
﹁あ、ああああ!? どらごが!﹂
俺の横で一緒に座っていたティリカが突然叫んだ。なんだ!?
立ち上がりどらごを探す。敵のかなり奥深くまで突入して暴れて
いたようだ。そのどらごの体躯がかしいだ。魔力の反応!? 魔法
1392
を食らったのか。
続いてもう一発。二発目の魔法でどらごが倒れ、ふっと消滅して
しまった。敵側のメイジか!?
﹁どらごは!?﹂
﹁大丈夫⋮⋮だけど、しばらくは召喚できない﹂
ダメージを負って消滅したところで死ぬようなことはないが、さ
すがに傷を癒やす時間が必要ということらしい。恐らく一日は再召
喚はできないと。
明らかな運用ミスだ。巨大で強いといっても所詮はただの一匹。
援護も何もない状態であれば、俺が敵だとしたら倒すのは難しくな
い。もっと城壁近くで戦わせるべきだった。そうしたら例え敵のメ
イジが動いても事前に察知できたかもしれないし、二発目に対応し
て敵メイジを発見、排除できたかもしれない。
だが悔やんでも遅い。最後の切り札もなくなってしまった。
﹁ガーランド砦に戻りましょう、リリ様﹂
潮時だ。俺もアンもティリカもほとんど魔力が残っていない。
まだ誰も傷ついていない、余裕のあるうちに脱出したほうがいい。
もし防衛しきれず乱戦になったら︱︱さきほどの無残に倒れたエ
ルフたちを思い返す。魔力を失ったメイジなど、簡単に魔物に蹂躙
されてしまうのだ。
魔物は依然として圧倒的な数を誇り、エルフの里を包囲している。
エルフの魔力も人数も先細りだ。強力な城壁も、守るための戦力が
なければただの高い壁でしかない。勝てる要素はもうないと、判断
せざるを得ない。
1393
せめてどらごがもう少し時間を稼いでくれればなんとかなったの
かもしれないが。
﹁じゃ、じゃが⋮⋮﹂
﹁ダメよ! まだ戦える! こんなの全然窮地でもなんでもないわ
!﹂
エリーがそう主張する。
﹁魔力がもうない﹂
﹁少しずつでも回復してるわよ。それにマサルもサティもまだ弓で
! わたしもいざとなったら剣で戦うわ﹂
これ以上は無理だ。魔力もないのに、また敵の総攻撃がくればど
うなる? どらごももう出せない。これ以上この場に留まれば、い
つかは誰かが傷つく。誰かが倒れる。そうなってからでは遅いのだ。
﹁魔力のない俺たちがいたところで、どれだけ戦力になるんだ? 一度砦に戻ろう。それで魔力の回復を待つんだ﹂
俺やサティがいくら頑張ったところで千や万の単位の敵を相手に
するには到底力が及ばない。
﹁砦に戻って援軍を呼ぼう。エリーもティトスさんにリリ様を無事
に連れて戻ると約束しただろう?﹂
﹁それはそうだけど⋮⋮逃げるのはいつでもできるわ。こうやって
話しているうちにも魔力は回復してきているでしょ?﹂
1394
﹁微々たるものだ﹂
一時間くらいすれば、弱いメテオなら撃てるだろうか。だが戦場
は広大だ。魔法の一発では戦局が変わらない。現にエリーと俺の最
大級ともいえる殲滅魔法でも一時的に時間を稼げた程度だ。
﹁エルフの戦力はもうギリギリよ。見てみなさい。まともに戦える
人がどれだけいる? ここでわたしたちが抜けたら⋮⋮﹂
俺たちとリリ様の護衛を除くと塔の屋上にいるエルフは10人に
も満たない。怪我こそ回復魔法で治してはいるが、もうぼろぼろだ。
俺たちが逃げたあと、もしここにハーピーの集中攻撃が加えられて
耐えきれるとはとても思えない。ここだけじゃない。どこも似たよ
うなものだ。だからこそさっさと逃げようって言っているのだ。俺
たちがここで、30分なり1時間、時間を稼いでそれでどうなるん
だ?
俺はまだこんなところで死にたくはない。嫁の誰一人として死な
せたくはないし、怪我もさせたくはない。そう思うのがいけないこ
となのだろうか?
﹁いや、いいのじゃ。お主らはよくやってくれた。ここで離脱して
も誰も責めはせんよ﹂
じゃが、とリリ様は続けた。
﹁妾は残る。二度も逃げ出すことなどできぬ﹂
﹁リリ様、これは一時的な撤退です。エルフもいよいよとなったら、
里を放棄して脱出するんでしょう?﹂
1395
冷静に考えてみて、そのような状況でどれほどの数のエルフが生
き残れるだろうか。だがそれに同情して共に戦ったところで、たか
が数人で何が変わる? 俺たちは普通よりはちょっと力はあるが、
お金のために働くただの冒険者にすぎないんだ。
冒険者は命をかけて戦うものだとされているが、それにも限度が
ある。絶望的な状況では逃げるのも判断のうちだ。それで依頼を失
敗しても妥当だと判断されれば、咎められるということは全くない。
俺とサティならまだまだ戦えるにしても、残りの、魔力を失った
メイジなどただの足手まといだ。
だが、アンとエリーは撤退の提案には不服なようだ。
俺が無理を通せば、みんなも最終的には賛成してくれるかもしれ
ない。だがエリーは確実に不機嫌になるだろうな。アンは俺がクエ
ストを放棄しても許してくれるだろうか? これで嫌われて愛想を
尽かされるまではいかないにしろ、失望はするだろうな。ティリカ
はよくわからない。悲しそうな顔をしているが、どらごが倒れたの
が悲しいだけなのかもしれない。サティはどんな時でも俺の味方を
してくれるだろう。
何故こんな、生きるか死ぬかみたいな状況になってんだろう。ハ
ロワでちょっと給料の良さそうな仕事を見つけて応募しただけなの
に。
冒険者になんかなるんじゃなかった。俺はなぜ冒険者なんか選ん
だんだ? 生き残るための戦闘力を上げる必要はあったにせよ、別
に商人になったって、鍛冶屋になったってよかっただろう。
伊藤神にさらわれて野ウサギと戦って。そのあと、冒険者ギルド
に入るといいって勧められた気がするぞ。クエストでここまで誘導
するやり方といい、全部あいつのせいか⋮⋮
そのおかげでみんなと出会えたのは感謝してもいいが、それをこ
1396
んなところで終わらせたくはない。みんなとずっと⋮⋮ずっと? ずっとこの世界で暮らす? それでいいのだろうか? 顔をあげて
みんなを見渡す。
嫁を捨てて生き延びて、日本に戻って暮らす? 大金はもらえる
し、安全な世界だ。それで幸せになれる? サティもアンもエリー
もティリカもいないのに? だめだ。それは絶対にだめだ。
﹁マサル﹂
しばしの沈黙のあと、エリーが声をかけてきた。
﹁マサルが戦いを嫌っているのは知っている。だけど、もう少しだ
け。あともう少しだけ戦ってちょうだい。お願い、マサル﹂
﹁わたしからもお願い。マサルが異国の人間であまり信仰心を持っ
てないのはわかってる。でもお願い。わたしのためにあと少しだけ
でいい。戦って﹂
﹁マサルは里を救うと言った。わたしはそれを信じた。マサルは自
分のことを過小評価している。マサルなら里を救えるってわたしは
信じている﹂
﹁俺は︱︱﹂
こんなところで死にたくはない。無茶して死ぬくらいなら、卑怯
者でもなんでも生き延びられればそれでいいのに。だけど⋮⋮
﹁ここで死ぬかもしれないんだぞ?﹂
﹁オルバは足を失ってもナーニアを守ったわ。あの時に比べれば、
1397
まだまだなんてことはないわよ﹂
エリーは修羅場を何度もくぐっているだけあって、危険度の判定
がゆるい。だがみんなもまだ、逃げるには時期尚早だと考えている
ようだ。
﹁里を救うのは⋮⋮わたしの命をかけてもやる価値のあることよ﹂
俺にとってはただのクエストの一つにすぎないんだが、神官のア
ンにとっての神託はそれほど重いのだろうか。
俺は命をかけてまで戦いたくない。安全なところでぬくぬくとし
ていたいのだ。そもそも今回は冬の休暇のはずだっただろうに。
﹁逃げられるうちに逃げたほうがいいと思うんだけど、どうしても
まだやるの?﹂
﹁もちろんよ!﹂
﹁俺はもう家に帰って寝たい。ごろごろしたい﹂
最後にもう一度だけそう主張してみる。ここまでの戦果を考えれ
ば、これで引き上げたところで誰に恥じることもないはずだ。
﹁戦いが終わったらゆっくりすればいいじゃない。ほら、たっぷり
サービスするから。ね?﹂
俺がもう折れかけているのがアンにはわかったのかもしれない。
更に押してきた。
﹁なんでも?﹂
1398
﹁う⋮⋮な、なんでもするわよ﹂
﹁アンが体で払ってくれるっていうなら、もうちょっとがんばって
もいい。約束だからな!﹂
クエストや、エルフの里のために命をかけるのは御免こうむるが、
嫁のためなら多少は危険を冒してもいい。
﹁危なくなったらすぐに逃げるからな?﹂
﹁大丈夫よ。引き際は見誤らないわ﹂
でもエリーさんの基準ってかなりぎりぎりな気がするんですが⋮
⋮
1399
97話 エルフの里防衛戦⑧︵後書き︶
次回、防衛戦終局 明日更新予定
1400
98話 エルフの里防衛戦⑨︵前書き︶
3日連続更新3日目です
1401
98話 エルフの里防衛戦⑨
そこからはひたすらの塔の防衛だ。他のところに応援はいらない
のかと思ったが、俺たちをここに固定して、その分他に戦力を回す
作戦なようだ。とにかく、何がなんでもこの地点は死守して欲しい。
そう、オブラートに包んで言われた。俺たちは指揮系統にはないし、
あくまでお願いだ。
二時間。俺たちは踏みとどまって戦った。もっと長時間戦ってい
た気がするが、時間を確認するとまだたった二時間。ようやくおや
つの時間だ。さすがに余裕がないのか、空気を読んだのか、プリン
を出せとはエリーも言わなかった。
敵は俺たちの場所が手強いと見たのか、かなりの戦力を向けてき
ていたが、サティの獅子奮迅の働きでなんとかしのげていた。危険
な場面は何度もあったが、まだ一人として傷ついていない。
だが俺の魔力は再びのメテオでまた空になり、弓は撃ち過ぎで弦
が切れてしまった。俺が使ってたのは安物だったし、酷使に耐え切
れなかったのだろう。幸い、近くで戦っていたエルフが同じくらい
のサイズのを貸してくれた。エルフの弓は白っぽい木材で作られて
おり、しなやかで強靭。サティのほど飾りっけはないから高級品で
もなさそうだったが、ずいぶんと使いやすかった。
ティリカはたいがを地上に放って、そのたいがも先ほどダメージ
を食らったようなので一旦引っ込めた。またあとで働いてもらうつ
もりだ。
唯一がんばっているサティももう体力の限界を越え、気力だけで
一発一発を放っているような状態だ。
1402
いまはメテオで殲滅したばかりで少しは余裕はあるが⋮⋮
﹁敵、減らないな﹂
エリーにそう声をかけてみる。そろそろ逃げ出す気になってくれ
ないだろうかと、ほんの少し期待して。
だが俺ですら、今俺たちがここを離れたら戦線が崩壊しかねない
ことは理解できるので、逃げたくてもそんなことはとても口には出
せない。いよいよとなって逃げるにしても、ほんとうにギリギリの
タイミングになってしまいそうだ。
﹁ハーピーはだいぶ減ったわよ﹂
﹁サティが活躍したからな﹂
それに矢がほとんど飛んでこなくなった。恐らく敵は矢が切れた
のだ。普通だと矢は持ち運ばなければならない。防衛側ほど多量に
は用意できないだろう。
だが、矢だけあっても機械じゃないのだ。延々と撃ち続けること
もできない。エルフは魔力だけでなく、体力もとっくに限界にきて
いる。
何か打開策はないものだろうか。いっそアンやエリーにも弓術を
取ってもらうか? でもレベルがあがってポイントはあるが、弓手
が3人増えたところで戦力としては微妙か。ちょっとみんなで相談
して、増えた分のポイントで何かスキルを︱︱
﹁マサル様っ﹂
サティの叫びで思考は中断され、その指差すほうを見ると、遠方
に巨大なドラゴンが二頭、森から姿を現した。陸王亀ほどではない
1403
が、どらごの倍近くはありそうだ。
二頭は並んで悠々とこちらに歩いてくる。そして、周辺には多数
の魔物が付き従っている。今までほとんど見かけなかった、トロー
ルやオーガも多数まじっている。ここまで温存していたのか。
﹁こっちの魔力が完全に切れるのを待ってたのか﹂
﹁いよいよあっちも戦力がなくなったのかもしれないわよ?﹂
どっちにしろ、敵は今まで隠していた大型種を投入して一気に攻
めようというのだろう。
﹁わたしの最後の魔力を使えば一頭は⋮⋮﹂
﹁ダメだ!﹂
﹁でも﹂
﹁もうよい。いよいよとなったらお主らだけでもゲートで逃げよ。
兄上も最後まで戦うと言っておる。砦にはすでに救援を求めた。す
ぐに助けが来るじゃろう﹂
助けがそんなにすぐ来るはずもないのだ。救援が来るにはどんな
に早くても明日の午後以降になる。その頃には里はドラゴンに完全
に蹂躙されているだろう。
﹁リリ様も逃げましょう﹂
﹁切り札があるのはやつらだけではない。妾にもある。精霊魔法じ
ゃ﹂
1404
﹁でもそれは⋮⋮﹂
精霊魔法は攻撃に向かないんじゃなかったか?
﹁主が倒れれば、精霊は暴走する﹂
つまり突っ込んでいって自爆しようっていうのか。
﹁ドラゴン一頭を倒す対価じゃ。妾の命など、安いものじゃろう?﹂
もちろん里には精霊魔法の使い手は何人もいるが、自爆技を使う
にしても魔力があってのことだ。魔力を使い果たした精霊が暴走し
たところで、大したダメージを与えられるわけもない。精霊の魔力
は人のそれより膨大なだけあって、回復にも一週間以上かかる。王
族で、俺たちががっつり護衛していてこそ、リリ様の魔力の温存が
可能だったのだ。他の精霊魔法使いにそのような余裕はなさそうだ。
フライで脱出用に温存してるのかと思ったら⋮⋮
﹁俺が一頭やります。だからそれはほんとうに最後の手段にしてく
ださい﹂
ドラゴンの周囲に魔物は多いが、隠密でなんとか気が付かれずに
接近できれば、魔法剣で首を落として倒せるかもしれない。そのあ
とどうなるかは考えたくもないが。
あとの一頭はエルフたちになんとかしてもらうしかない。
﹁サティは残れ。みんなの護衛だ。絶対にみんなを守れ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
1405
﹁大丈夫。俺一人ならフライでも使えばなんとか逃げられる。エリ
ー、あとのことは頼んだ。もしまずいことになったら絶対に逃げる
んだぞ?﹂
もし失敗して俺が死んでも、あとのことはエリーがなんとかして
くれるだろう。
隠密と忍び足が戦場でどれくらい効果があるだろうか。つい勢い
で言っちゃったけどやめとけばよかったな。
徐々にドラゴンが近づいてきた。城壁まで到達する時間を考える
と魔力の回復は期待できそうもない。
剣に魔力を込めて準備しようとして気がついた。ドラゴンのさら
に後方になにか⋮⋮
﹁あ⋮⋮﹂
サティも気がついたようだ。一頭,二頭,三頭。同じようなドラ
ゴンが里に向かって進んできている。
﹁あー、リリ様。後ろからもう三頭、ドラゴンが来ています﹂
全部で五頭。無理だなこれ。逃げよう。
﹁エリー、いつでもゲートが出せるように﹂
﹁⋮⋮わかったわ﹂
最初のドラゴンのうちの一頭はまっすぐここに向かってきている。
そいつをなんとか倒しても、あまり意味は無いだろうな。ここに至
ってやっとエリーも諦めたようだ。リリ様はどうしよう。説得する
1406
時間はない。無理やりにでも連れていったほうがいいのだろうか。
﹁マサル様、あれを﹂
またサティの指差す方を見る。後から来たほうのドラゴン? ど
こか動きがおかしい。魔力反応? 何かと戦って⋮⋮一頭倒れた!?
﹁冒険者ですよ!﹂
俺の鷹の目だとそこまで詳細は見えないのは慣れか、元の目の性
能の違いでもあるのだろうか。サティには戦う冒険者の姿が見えた
ようだ。
﹁きっと救援がきたのよ!﹂
エリーはそう言ったが、救援は早くても明日ってことじゃなかっ
たのか?
﹁間違いなく救援よ。わたしたちが出発したすぐあとに強行軍で来
れば、今くらいについてもおかしくないわ﹂
少数の冒険者であれば、馬を調達するなり、全力で走るなりすれ
ばこの短時間での到達は難しくはない。
あ、二頭目も倒れた。三頭目と戦っている人がちらちらと見える。
二頭を倒した早さを見れば、三頭目も問題なく倒してくれそうだ
が、問題は目の前の二頭のドラゴンだ。救援の冒険者は間に合うま
い。敵はドラゴンだけではない。間には多数の魔物もいるのだ。そ
れを突破してここに来るまでに、最初の二頭のドラゴンに城壁を食
い破られるかもしれない。
エルフの里の城壁はかなりの分厚さを誇るが、大型のドラゴンに
1407
対してどれくらい耐えられるか。破壊されなくても乗り越えられで
もして内部に突入されればどんな悲惨な事態になるかわからない。
﹁一頭は俺がやる!﹂
﹁マサル! わたしもっ﹂
エリーが温存している魔力があればもう一頭は倒せるかもしれな
い。だが、それで敵の戦力が終わらなかったら? だが魔力を温存
して突破されては⋮⋮
﹁エリー、やれ!﹂
アンの魔力も合わせれば一時間もあればゲート分の魔力は回復す
るはずだ。俺が無事戻れれば、その分も合わせてさらに時間短縮は
できる。
救援にきたのは間違いなく高ランクの冒険者だ。彼らが里に到達
するまでもたせられれば、きっとなんとかなる。そう信じるしかな
い。
剣に風の魔力を込め、塔から飛び降りる。火の魔法剣は派手で目
立つし、風でも切れ味はほとんど同じだ。
そのままレヴィテーションで堀を越え、オークの死体のそばに隠
密で身を潜める。
だが迫り来る大型のドラゴンを見て、一瞬で後悔した。魔法剣で
オークキングをあっさり倒せたからって調子に乗りすぎた。20m
はある大型の生物が全力で走ってくるのだ。高速道路を走る大型ト
ラックや線路を通過する電車の迫力を数倍に増した感じだ。いくら
魔法剣の切れ味がよくても正面からなど絶対に無理だ。
地響きをたて更に速度をあげて、まっすぐこちらに突っ込んでく
1408
るドラゴンを見て俺は死を覚悟した。倒すなんてとんでもない。き
っと踏み潰されて死ぬ。
俺のメテオで出来た穴ぼこも、小型の魔物にはいい感じの障害と
なっていたんだが、大型のドラゴンにとっては何ほどのこともなく
走り抜けて迫ってくる。
中級の攻撃魔法を一回使えるくらいの魔力は戻っている。だがあ
の勢いがそんなもので止まるか⋮⋮?
土魔法だ! 手持ちの全ての魔力を込め、メテオで出来た穴も利
用し深い穴を掘った。そしてドラゴンの進路から飛び退く。
突っ込んで来たドラゴンの右の前足が、突然できた穴にすっぽり
と嵌まり、その勢いのままにつんのめり、くるりと回転しつつ、堀
を飛び越え、そのまま背中から城壁へ、轟音を発して激突した。大
型種の全力の激突に城壁は揺れ、びしびしとヒビが走る。だが城壁
は持ちこたえ、ドラゴンは堀に落ち、盛大に水しぶきをあげた。
堀からの大量の水に押し流されそうになったのを堪えて顔あげる
と、目の前に背中から堀にすっぽり嵌って、抜けだそうともがくド
ラゴンが見えた。
手にはまだ剣を持ち、風の魔法剣はかかったままだ。ドラゴンに
随伴していた魔物も、ドラゴンの全速力についてこれず、はるか後
方。ドラゴンはこちらには気がついてもいない。
頭のほうへと素早く回り込み、堀に飛び込み、首の付け根あたり
を狙い深く切り裂いた。俺はそのまま深い水堀にドボンと沈む。
重い鎧のせいで一気に水底に沈み、そしてドラゴンが暴れた余波
の水流に翻弄される。
やばい、後先考えなさすぎた。水は濁って何も見えないし、水流
に転がされて、どちらが上か下かもわからなくなった。もう息が⋮
⋮溺れ⋮⋮
その時、ぐいっと腕を取られ、空中に引っ張りあげられた。
1409
﹁マサル様っ、マサル様っ!﹂
﹁がはっ、げほっげほっ⋮⋮サティ⋮⋮だ、大丈夫だ﹂
ちょっと水を飲んだくらいで奇跡的に無傷だ。いや、これ大丈夫
か? すっごい汚い、死体が浮いてる堀の泥水飲んじゃったぞ。い
やいや、そんなことよりドラゴンは⋮⋮
﹁トドメをさしておきました。エリザベス様が行けっておっしゃっ
てそれで﹂
ドラゴンの首は千切れかけ、血を吹き出し、堀の水を赤く染めて
いた。もうぴくりとも動いていない。
﹁ああ、助かったサティ﹂
エリーもいい判断だ。
他の敵は⋮⋮!? やばい、だいぶ迫ってきてる。
﹁サティ、逃げるぞ﹂
その前に。倒したドラゴンをアイテムボックスに回収しておく。
死体が堀を埋めた状態で、そこを敵が渡ってきても面倒だしな。
そしてサティを抱えて、みんなの待つ塔の上に戻る。
﹁マサル、無茶をして!﹂
アンが心配して駆け寄ってきた。
1410
﹁でもなかなかやるじゃない。ぎりぎりまで引きつけてから穴を作
って引っ掛けるなんて。その後の手際がちょっと悪かったけど﹂
と、エリーが冷静に評価する。まああれは作戦じゃなくて、とっ
さの思いつきだったんだけどな。ドラゴンが穴にちょうどはまった
のも、かなり運がよかった。
ちなみにエリーのほうは、ここから風魔法で一撃で、俺の方を観
戦する余裕まであったようである。同じ一匹を倒すのに、これが戦
士とメイジの格差か⋮⋮もう二度と大型種に接近戦など挑むまい。
﹁ああもう、泥だらけじゃない。︻浄化︼﹂
﹁ありがとう、アン。サティを寄越してくれたんだな、エリー。助
かったよ﹂
﹁ほっといても飛び降りそうだったしね﹂
だがあんまり悠長に話してる場合じゃないな。
﹁状況は?﹂
﹁見よ。冒険者たちの突入で敵は大混乱じゃ﹂
五頭のドラゴンは全て倒れ、冒険者の一団が魔物を殲滅しつつ、
里へと進軍してきている。
どうやら一息つけそうだ。魔力の残りは⋮⋮穴作るのに使ってま
た底尽きかけてるな⋮⋮今のでまたレベルもあがったし、スキルポ
イントがまた増えてるな。結構ポイントたまってきたし、なにかス
キルを︱︱
スキルリストを開けようとした時、ぽこっと10P、ポイントが
1411
増加した。なんだ⋮⋮?
﹁クエストがクリアになってる!﹂
﹁クエスト?﹂
突然の俺の叫びに、リリ様がきょとんとした顔で聞き返す。しま
った。少し口が滑ったが、クエストだけじゃ何のことかわかるまい。
たぶん大丈夫だろう。
﹁やったんですよ! 俺たちが勝ったんです! ほら!﹂
残っていた魔物は散り散りに、算を乱して逃げはじめていた。
﹁お、おお⋮⋮﹂
﹁つ、疲れた⋮⋮﹂
俺はその場に崩れ落ちた。もう無理。
﹁マサルッ﹂
その俺をアンがぎゅっと抱きしめてくれた。鎧越しなのが残念だ
が⋮⋮いや、もう戦闘も終わったし、脱げばいいのか。
﹁帰ろう﹂
抱きついているアンに言う。そうだよ。帰ってアンに、がんばっ
たご褒美をもらおう。よし、ちょっと元気が出てきたぞ。
1412
﹁え、うん。そうね﹂
﹁エリー、ゲートを頼む。帰ろう﹂
﹁ええ!? でも⋮⋮﹂
エリーも驚いたような顔をして言う。
﹁リリ様。俺たち疲れたんでもう帰りますね。ほら、戦場も落ち着
いてきたようですし﹂
見れば数十人の冒険者が西門の前に集まりつつあり、跳ね橋式の
鉄製の巨大な門が開かれようとしていた。西門付近の掃討は早くも
終わったらしい。
﹁ああ、しまった。魔力の回復待ちか﹂
﹁そうだけど。でもほんとにすぐに帰るの?﹂
﹁もうクエストは終わったし、やることもないだろ﹂
﹁でもほら、エルフの里を救ったんだし色々とあるじゃない﹂
﹁そ、そうじゃ。きちんと礼をせねばならん。盛大な式典とか⋮⋮﹂
式典。そういうのってすごく面倒くさそうなんだけど。大体こん
な戦闘のあとで、すぐにできるものでもないだろう。
﹁いや、礼とかはほんとうにいいです﹂
1413
﹁いいってことはないでしょ!﹂
﹁だってこれ。すごい量になってるぜ?﹂
と、エリーにギルドカードを示す。記録された討伐数はどれくら
いだろうか。数えるのも面倒だ。討伐報酬は相当な額になっている
だろう。これ、ちゃんと支払ってもらえるのかね?
﹁あ、エリーの倒したドラゴンも持って帰ろう。俺が倒したのもあ
るから、どっちか一頭売ればいいよ。いいですよね、リリ様﹂
﹁え、ああ。それは全然構わんのじゃが﹂
﹁よし、サティ。ついて来い﹂
﹁はいっ﹂
サティを抱いて、城壁の外へとふんわりと着地する。もう城壁の
近くには魔物はいないはずだが、サティを連れてきたのは一応の用
心のためだ。
エリーの倒したドラゴンのところへは直接向かわず、ぐるっと戦
場を遠回りする。道々、大量に転がっている魔物の死体から状態の
よいのを回収していき、最後にドラゴンのところへ。
ドラゴンは全身をズタズタに切り裂かれて絶命していた。風魔法
で切り裂いたのか。全身ボロボロであんまり高く売れそうにないな。
こっちは食う用にするか。回収。
﹁それにしても疲れたな﹂
1414
﹁はい。お腹が空きました﹂
﹁いまのドラゴン。あとで料理して食おうな﹂
﹁はいっ﹂
サティが嬉しそうに返事をした。
そういえば、疲れただけで今回無傷だな。最後は溺れかけたけど、
結局かすり傷一つ付いてない。他のみんなも怪我とか全くしてない
はずだ。
﹁サティは怪我とかしなかったか?﹂
﹁はい、大丈夫です。あ、でもこれ﹂
と、手のひらを見せてくれた。豆ができて潰れている。すぐに︻
ヒール︼をかけてやる。
これだけの激戦で、唯一の負傷がサティの血豆一つか。
﹁うん、サティは今日はよく頑張ったな。特に最後はほんとうに助
かった﹂
﹁わたし、役に立ちましたか?﹂
﹁大活躍だったじゃないか﹂
﹁でも、みんなはすごい魔法で⋮⋮﹂
どうなんだろう? 範囲魔法は派手だったけど、敵はばらけてて
思ったより数は稼げなかったし、下手したらサティのほうが討伐数
1415
が多いんじゃないだろうか。
﹁サティがみんなをしっかり守ってたから、みんな安心して魔法を
撃てたんだ。今回一番よく働いたのはサティだよ、間違いなく﹂
それでサティも納得してくれたようだ。ほんとうにずっと弓を撃
ちっぱなしだったもんな。
そして後日、討伐数をカウントしたら︵ギルド職員の人が︶、驚
いたことにサティの討伐数が俺の次に多かった。
みんなの所に戻るとリリ様が満面の笑みで出迎えてくれた。
﹁マサルの言うとおりじゃった。魔物どもは全て逃げ出しておるそ
うじゃ﹂
﹁じゃあもう大丈夫ですね。ドラゴンの死体も回収しましたし、家
に帰ります﹂
﹁しかしじゃな。礼もせずにというのは﹂
﹁エルフも今回の戦いで色々大変でしょう? 俺たちは本当にいい
ですから、その分復興に役立ててください﹂
﹁マサル、よく言ったわ。リリ様、我々は本当に何もいらないので
す。こうやって里を救えたのもきっと神のお導きですよ﹂
﹁そうじゃな、アンジェラ殿。そなたらと引きあわせてくれた神に、
感謝するとしよう﹂
1416
まあお礼はアンにしてもらえるし、金銭面でもドラゴンが二頭も
いれば何の問題もないからな。いや、ドラゴン二頭も持って行って
大丈夫か? メテオで城壁の外をかなり破壊しちゃったし、復興に
資金がいるなら⋮⋮
﹁あ、やっぱりドラゴンは一頭置いていきますか? 俺たちそんな
にたくさんいりませんし、なんなら二頭とも置いていっても⋮⋮﹂
﹁いい、いい。いいから持っていくのじゃ!﹂
そうやって話していると、リリ様のお付の騎士のティトスさんが
駆け込んできた。あの冒険者たちと一緒に戻ってきて、リリ様の居
場所を聞いてすっ飛んで来たらしい。
﹁おお、貴様ら! よくやってくれた。リリ様を最後まで守ってく
れたのだな﹂
﹁あの冒険者たちはティトスさんが?﹂
﹁うむ。姫様が冒険者を雇うのなら私たちもと思ってな。募集をか
けてみたら一〇〇名近く集まってくれたのだ。Sランクパーティも
二組もいるのだぞ﹂
ほほう。それであのドラゴンの瞬殺か。
﹁報酬は確約できん。命の保障もできんと言うのに喜んで付き従っ
てくれたのだ。エルフのためなら命は惜しまない、と皆言ってくれ
てな﹂
1417
ああ⋮⋮あれか。エルフ好きの冒険者。エルフ関連の依頼は人気
があるとかそういう話だったものな。
﹁貴様らにも感謝する﹂
﹁ええ。じゃあリリ様の護衛はお任せしますね。俺たちはこれで砦
に戻ります﹂
﹁お、おい。ほんとうに礼は良いのか? せっかくじゃし今日は王
宮に泊まっても﹂
もう日暮れが近い。普通なら泊まりのところだが、ゲートですぐ
帰れるしな。
﹁里は復旧とかでこの後も色々大変でしょう? 落ち着いた頃に様
子を見にきますよ﹂
王宮でお泊りとかになったら、絶対にアンがやらせてくれない。
ここはやっぱり自宅に戻らないと。
﹁姫様、帰るというのですから無理に引き止めることもないでしょ
う。貴様ら、この礼は後日必ず。さっ、リリ様。我らを救ってくれ
た冒険者たちにお声を。是非姫様にお会いしたいと言うのです﹂
﹁あ、俺たちのことは内密でお願いしますよ﹂
﹁わかっている。ゲートのことだな。行きますよ、姫様﹂
﹁わかったわかった。おい、マサル、絶対また来るのじゃぞ!﹂
1418
リリ様はティトスに引きずられて行ってしまった。ゲートのこと
だけじゃないんだけど、まあリリ様はわかってるだろうし大丈夫か。
﹁そろそろ魔力回復した?﹂
﹁もうちょっとね﹂
﹁んじゃ俺が補充するから帰ろう。なんでもしてくれるって言って
くれたアンにご褒美もらわないとな!﹂
﹁えっと⋮⋮なんでもするって言ったけど、お手柔らかにね?﹂
だがなんということだろうか。塔の小部屋でこっそりゲートを使
い、新居に帰宅した俺たちだったのだが、装備を脱いでベッドに横
になったとたん、そのまま朝までぐっすり寝てしまったのだった。
1419
98話 エルフの里防衛戦⑨︵後書き︶
次回 防衛戦、後始末回︵タイトル未定︶
ニトロワ②巻、いよいよ12月25日発売です。
①巻は場所によっては品薄だったようですし、
あらかじめ予約しておくと幸せになれるかもしれません。
1巻同様ストーリーの変更はあまりありませんが、そこそこ改訂。
今回も書きおろしが丸々一話ついております。
挿絵ももちろんさめだ小判氏に素晴らしいものを描いてもらってま
すよ!
1420
99話 何でもしてくれるって言ったよね!
エルフの里を救い、新居に無事戻った翌日。俺は衰弱して寝込ん
でいた。
朝目を覚ますと、ひどい嘔吐、下痢に発熱。どうやら、昨日のド
ラゴンを倒した時に飲んだ泥水にやられたらしい。真冬に水に飛び
込んだのもいけなかったのかもしれない。
もちろんすぐに回復魔法で治療はしたが、昨日一日中酷使した体
に追加のダメージをくらって俺はすっかり衰弱し、体力が回復する
まで安静をアンに言い渡された。もちろんご褒美もお預けである。
甲斐甲斐しくお世話はしてもらったものの、その日はひたすら寝て
過ごした。
さらに翌日、一晩寝たらまだ疲労は抜けきってはいないものの、
大分楽になってきた。
エリーたちが砦に出かけて聞いてきた話では、軍は予定通り昨日
出発したようだ。用意した全軍ではないが半数くらいを派遣して、
この機会にエルフに恩を売っておこうということらしい。もちろん
純粋にエルフさんを助けるんだ!という兵士も多数居たようだが。
かなりの数の魔物がエルフの里周辺の森へと散らばったので討伐
する必要があるし、戦場の後始末にも人手は多いほうがいい。里の
内部はそれほど荒れてはいないはずだが、城壁の外は俺がぼっこぼ
こにしちゃったからね。あれもそのままってわけにいかないだろう
なあ。
里とは伝令が行き交っているらしく、そちらの状況もぽつぽつ入
ってきていて、冒険者たちはエルフの里で大歓迎されているようだ。
俺たちのことはというと、今のところは全く話題になっていない。
きっとリリ様がうまく秘密にしてくれているんだろう。
1421
﹁わたしたちがすっごく頑張ったのに!﹂
エリーさんはずいぶんお怒りだが、そういう約束だったし、目立
ってもきっとろくな事にならない。
報酬は討伐報酬が大量にもらえるはずだし、ドラゴンが二頭。適
当に拾った魔物の死体もかなりの数がある。陸王亀も回収すればよ
かったかと思ったが、肉はあんまり美味しくないらしい。甲羅は色
々活用できるらしいが。
﹁陸王亀、食べてみたい﹂
肉は不味いらしいのに、相変わらずティリカは物好きな。
﹁俺が倒した陸王亀、まだ残ってるかな?﹂
まあ残ってなくても陸王亀は魔境にいるそうだし、そのうち探索
しに行ってもいいな。
﹁それでいい﹂
ティリカはこれでいいとして、ぶーたれてるエリーだ。アンはク
エストクリアで満足のようだし、サティは文句一つ言わない。
﹁これでたぶんAランクになれるんだろ? それでいいじゃないか﹂
﹁よくないわよ! こんな機会二度とないかもしれないのに﹂
﹁きっとまたあるよ﹂
1422
この半年の間に発行されたクエストはたった4つだが、最近のペ
ースを見れば今後も何かと押し付けられる可能性は高い。
﹁ほんとにそう思う?﹂
﹁たぶんね。だからね、急いで英雄になんかなる必要はないんだ。
今回はあの冒険者たちに譲ってやろうよ。実際助けられたんだしさ﹂
とりあえずエリーはそれで落ち着いたようだった。
20年後とはいえ、世界の破滅が近づいているのだ。今回もただ
の序章にすぎないのだろう。今後いくらでも機会はあるはずだ。そ
う考えると気が重いが。
そろそろその辺りもみんなに話すべきかとも思うのだが、まだし
ばらくはのんびり暮らしていたい。ここは彼女らの住む世界で、そ
こが破滅すると知れば、こんな平穏な生活は望めないだろう。
いっそみんなでどこかに移住できないかな。地下を掘って大規模
なシェルターを作るとか。今の魔力なら時間をかければ地下に町で
も作れそうな気がする。
﹁絶対にイヤ﹂
﹁そんなのできるわけないじゃない﹂
﹁マサル、もっと真面目に考えよう﹂
結構まじめに言ってるのに⋮⋮サティ以外に即座に却下された。
﹁でも今回の戦い、かなりやばかったと思うんだが⋮⋮﹂
﹁結果的にはわたしの判断のほうが正しかったじゃない。マサルの
1423
判断が間違ってたとは言わないけど﹂
軍曹殿も臆病なくらいが冒険者として長生きできるって言ってた
しな。
﹁でもあれくらいで逃げ出そうっていうのはちょっと臆病すぎない
かしら?﹂
エリーにダメ出しされた。
俺だってあの時、城壁を突破されたエルフの惨状を見てなかった
ら、撤退とかもうちょっと我慢しただろうさ。たぶん。
判断の分かれ目は城壁があるからまだいけると考えたエリーと、
城壁を突破されたら終わると考えた俺の差だろう。俺が特別臆病っ
てわけじゃないはずだと、そんな感じで説明してみた。
﹁それであんなに逃げたがってたのね⋮⋮﹂
エリーにも一応理解はしてもらえたようだ。 俺が臆病なのは間違いないけど、多少は言い訳しておかないとね。
あまり嫁にはかっこ悪いとは思われたくはないのだ。
﹁俺とサティはいいんだよ。色々スキルもあるし、乱戦でも簡単に
はやられないから﹂
﹁冒険者になった時点で覚悟はできてるわ﹂
アンはそう言うが⋮⋮
﹁マサルはできてない?﹂
1424
ティリカが質問を投げかけてくる。覚悟か⋮⋮できてないわけじ
ゃないと思うんだ。そこそこは。
﹁ある程度は覚悟もある。最後はドラゴンを倒しに行っただろ?﹂
あれはその場の勢いで突撃してしまった面はあるにしろ、評価は
してくれてもいいと思うんだ。
﹁ある程度ね。まあいいわ﹂と、エリー。
﹁俺が心配なのはお前らなの﹂
﹁それはちょっと過保護じゃないかな? わたしたちだってオーク
くらい魔法なしでも余裕で倒せるわよ﹂
アンは棍棒術がレベル4にしてあるから、雑魚相手ならそこそこ
戦えるだろうが、オークキングみたいな大物が恐ろしい。
﹁それはやってみないと⋮⋮﹂
もうちょっと実戦経験が必要だな。戦闘系のスキルは上げただけ
じゃ、使いこなすのには時間はかかるし、やはり防御面に不安が残
る。再度盾役の導入を検討してもいいのだが、半端なやつじゃ務ま
らないだろうし。
その辺りはスキル振りも含めて俺がちゃんと回復してからまた相
談するということになった。
﹁とりあえず寒いうちはゆっくりしようよ。春になってから色々動
けばいいよ﹂
1425
﹁マサル⋮⋮ついに勇者として立つ気になったのね!﹂
﹁いやいや、それはないから﹂
﹁えー。やりましょうよ。勇者!﹂
﹁断る﹂
それだけは絶対に嫌だ。
﹁そういえば﹂
陸王亀を倒したクエスト、報酬考えないとな。
﹁え? なにそれ聞いてない!﹂と、アンが声をあげた。
﹁いや、陸王亀を倒す直前に出てさ。すぐ倒したし、そのあとはバ
タバタしてたし。だいたいリリ様もいたのに話せないだろ?﹂
﹁それはそうだけど⋮⋮﹂
﹁報酬が貰えるの? 何が貰えるのかしら?﹂と、エリーが食いつ
いた。
﹁報酬は決まってないんだ。たぶんこっちの希望を聞いてくれるん
じゃないかな。何が欲しい?﹂
﹁マサルが一人でやったんだし、マサルが決めなさいよ﹂
﹁そうね。それがいいわ﹂
1426
何がいいだろう。魔法剣の使える武器とか?
﹁それならお金で買えるわよ?﹂と、エリー。確かにそうだ。かな
り高額だったが、今の資金なら買えるだろう。
お金で買えないものね。ポイントは今は十分あるし⋮⋮アイテム
ボックスを拡張してもらえないかな。あとは魔力の指輪とかはどう
だろう。
﹁いいわね。指輪はマサルが自分で使うの?﹂
エリーの発言で緊張感が走る。アンがそわそわしている。ティリ
カがじーっとこっちを見ている。俺もちょっと欲しいし⋮⋮どうし
よう?
﹁み、三つ貰えないかな?﹂
言ってみるものだ。魔力の指輪を三個くれって日誌に書いたらす
ぐに魔力の指輪が三個、納品されてた。
﹁あー、サティのだけないけど⋮⋮﹂
﹁わたしは何もいらないです。マサル様にはもういっぱい頂いてま
すから﹂
健気すぎて心が痛い。体力が回復したらたっぷり可愛がってやろ
う。
1427
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
勇者はありえないとしても、世界を救うか否かは本当に難題だ。
その辺りのことを日誌で伊藤神に問い合わせたのだが、最初の契約
の通り、自由にやればいいと。
契約内容に関しては、なにせ半年も前のことであまり細かいこと
は覚えてなかったが、最初の日誌にきちんと記録が残してあった。
えらいぞ、昔の俺。冒険者ギルドに言われるまま入っちゃったのは
マイナスだけど。
・契約したからには最後までやってもらう。拒否権はない。
・クリア条件を満たしたら、元の時間に元の年齢で戻してくれる。
給料もこっちですごした時間だけ払う。こちらで活躍すればするだ
けボーナスも出る。
・この世界は放置しておけば20年以内に滅亡する予定なので、町
に引き篭もるのはおススメしない。
・あくまでスキルテストをしてもらうだけなので世界を救うだとか
考えないで自由に過ごしてもらってかまわない。
他はいいとして、クリア条件がはっきりとしていなかったので、
問い合わせたところ明確な回答があった。
・20年間生き延びる
・世界の破滅を回避する
日本に帰還できる条件はどちらかということらしい。
だが世界の破滅とは何か? それに関しては答えてくれる気はな
いようだ。魔族や邪神に関して神様なら当然何か知っているだろう
が、相変わらず情報はもらえない。自分で探るしかないようだ。
1428
今回の件で、戦う覚悟はある程度固まった。何せ嫁の世界の危機
なのだ。とはいえ、命がけでどこまで戦えるか、日本に帰るのはも
う諦めるのか。そもそも個人で出来ることなのだろうか?
いくら考えても結論はでない。情報も足りないし、覚悟も足りな
い。
考えこんでいる俺を見て、みんなはそっとしておいてくれた。安
静三日目ともなると、ほとんど疲れも取れていたのだが、じっくり
考える時間があるのはありがたかった。
結局、半年後を目処にみんなに全てを話そうと決めた。俺一人で
決めていい問題でもないし、今すぐ話す踏ん切りもつかない。
その時までにじっくり考え、覚悟を決められればと思う。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
安静三日目の夜。回復したとお墨付きをもらった俺は、アンにご
褒美の履行を迫ってみた。
﹁何でもいうことを聞いてあげたじゃない? 寝込んでる間ずっと﹂
﹁違うだろ! そういうんじゃないだろう!﹂
﹁え、ちょっと。落ち着いて、ね?﹂
﹁いーや。許さない﹂
三日間、我慢したのだ!
﹁わ、わかったから。言うこと聞くから落ち着こう?﹂
1429
﹁じゃあなんでもしてくれる?﹂
﹁きょ、今日だけね?﹂
その日、数時間、色々してもらった。病み上がりで体力が尽きた
のが残念でならない。
﹁でもそんなに悪くなかっただろ?﹂
別に乱暴にしたとかいうわけじゃないのだ。ちょっと変わったプ
レイってだけで。いや、変わってるというと変態みたいだが、日本
ならたぶん普通のプレイだよ、うん。この世界じゃ普及してないだ
けで。
﹁あれはもうイヤよ。でもあれとかは結構⋮⋮﹂
ほうほう。じゃああれはエリーたちにも試してみようか。サティ
は言えばなんでもやってくれるので、かえってどこまでやっていい
のかわからなくて、やり辛かったのだ。ティリカも大抵セットだし。
﹁他にもああいうやり方もあるんだけど﹂
﹁んー、そうね。たまになら⋮⋮﹂
夜の楽しみが増えました。
1430
99話 何でもしてくれるって言ったよね!︵後書き︶
次回 ギルドに報告とか
ニトロワ②巻、12月25日発売予定でしたが
祭日の関係か、某Amazonさんでは21日発売になってました。
前回のことも考えればそのあたりに他の書店様にも並ぶんじゃない
だろうかと思われます。ってそれもう明日だ!?
1431
100話 戦果の確認
俺が寝込んでいた間に雪が降り数センチほど積もっていたが、開
拓作業はほとんど中断もなく続けられていたようだ。エルフの里の
戦いは、もちろん緊急事態として近隣の村々にも伝えられたが、朝
に知らせがはいってその日のうちに収束というスピード解決で、あ
まり深刻な事態とは思われなかったようだ。もちろんエルフ側も自
分たちの被害をわざわざ喧伝したりしなかったせいではあるが。
多少の雪も作業を妨げるほどでもなく、今日も沢山の村人が集ま
ってすでに働いていた。この辺りは比較的温暖で積もったところで
大抵は数日で溶けてしまうので気にするほどのことでもないそうだ。
みんなは木を切る作業の手伝いに行ってしまった。俺は木を倒し
終わったエリアを農地に変える仕事だ。この三日で森がかなり開け
てきている。
﹁それにしても作業してる人、また増えてないです?﹂
作業を監督しているオルバさんを見つけそう聞いてみた。
﹁それなんだけどね。近くの村からも人が来ちゃって。今日はその
ことも相談したかったんだよ﹂
どうもエルフの里の危機の時に色々と情報が行き交い、この農地
開拓の話も近隣の村々で噂になっているらしい。
それで当初より希望者が増えたのだがどうしようと。
﹁別に構いませんよ。がんがんいきましょう﹂
1432
最初は適当にやればいいくらいに考えていたのだが、エルフの里
での戦闘で考えが変わった。こんなに楽な仕事はない。むしろ農地
開拓をメインで進めることで当面は戦闘から離れ平和に暮らせるん
じゃなかろうか。
死にかけてみると平和の有り難みが本当によくわかるのだ。
作った農地は売るか貸すかということになる。ただし水路もまだ
作ってないし柵や壁もない。希望者もそれを見てからということに
なるだろう。そして価格は未定であるが、その収入は俺のものにな
るという。
オルバさんに話を聞きながらぽんぽんと荒れ地を農地に変換して
いく。不純物をそのままにすると多少魔力の消費が多くなるが、そ
れも誤差だ。
農地作成は十ヶ所ほどで一時間とかからず終わった。農地になっ
たところは雪も溶けてほかほかと湯気が立っている。
﹁あとは水路と壁ですね﹂
﹁どっちも今の時点じゃ農地の全体的な広さがわからないから、あ
る程度決まってからってことになりそうだよ﹂
﹁壁をとりあえず作ってしまいましょうか。あとでいくらでも修正
はできますし﹂
壁は大事だ。立派な壁があれば魔物の脅威も半減する。さすがに
エルフの里クラスはきついだろうが、砦や町くらいのは必要だろう。
﹁ちょっと下がっててください﹂
1433
先日作った農地の壁は失敗だった。あんなもの、魔物の大軍がく
れば簡単に蹂躙されてしまうだろう。
本気で魔力を込める。イメージは大型のドラゴンの突進にもせめ
て一撃は耐えられるような頑丈な城壁に深い堀。
発動!
魔力が放出され、ズズッっと目の前の大地が凹み、壁がせり上が
っていく。
高さ20m、幅も同じくらいの立派な壁。堀も壁が高い分、かな
りの深さになった。ちょっと危ないかな⋮⋮深さを半分くらいにし
て、幅を広くしたほうがいいかもしれない。あとは上に登るための
階段もいるな。
﹁こんなもので十分でしょう﹂
﹁いやいや、ちょっと待って。砦じゃないんだから! 第一こんな
大きいのを一々作ってたら魔力が足りなくなるだろ!?﹂
﹁魔力は余裕です。それに魔物が大軍で来たらこれくらいないと防
げませんよ?﹂
﹁それはそうだけど﹂
﹁いや、これでも大型種がきたら危ないかも⋮⋮もっと高く、分厚
くしてみます?﹂
﹁マサル君、君は一体何と戦うつもりなんだ⋮⋮﹂
そりゃ魔物だろう。オルバさんは何を言ってるんだろうか。
﹁マサル!﹂
1434
エリーやアンが壁を回り込んでやってきた。村人たちもぞろぞろ
とついてきている。壁ができたのを仕事の手を休めて見に来たよう
だ。
﹁どう? 壁はこんなもんで大丈夫かな?﹂
そうエリーに聞いてみる。
﹁なかなか立派ね。でも農地の壁にするには過剰じゃないかしら?﹂
﹁そうか? でもこれくらいないとドラゴンが来たら一発で突破さ
れてしまうぞ?﹂
﹁ドラゴンなんて滅多に来ないわよ﹂
だが村人たちには案外好評のようだ。すごい!などと言って喜ん
でいる。
﹁維持や管理も必要なのよ? あんまり大きいとそれはそれで大変
なの﹂
維持管理か。そういうことは考えてなかったな。
結局、農地の壁は5mもあれば十分だろうということに決められ
てしまった。せめて簡単に破られないように分厚く頑丈にはしてお
いた。高さはないが壁より城壁に近い感じだ。
﹁うん。これくらいあれば十分すぎるわ﹂
とりあえず作成してみた壁を見てエリーがそう評する。村人も特
1435
に不満もなさそうだ。まあ現地の人がそれでいいなら、俺も文句は
ないんだけど。
俺たちに関しては本日の作業はこれで終了ということになった。
この後は砦の冒険者ギルドに行く予定だ。そろそろエルフの里の戦
闘に関して報告しないといけない。
ギルドにつくと、すぐに奥の部屋へと通された。前に相手をして
くれたギルド職員に、ここのギルド長。そして︱︱
﹁久し振りだね、ティリカ。仕事はちゃんとやってる?﹂
ひょろっとして冒険者には見えないがメイジであるのだろう、魔
力を感じる。年の頃は俺と同じくらいだろうか。地味な格好はして
いるが、赤い目を持つ青年。真偽官か。
﹁もちろんきちんとやっている。あなたこそ真偽官としての義務は
果たしている?﹂
﹁この上なく、きっちりとね﹂
﹁知り合い?﹂
﹁兄弟子だよ。師匠のところで二年くらい一緒に修行したかな?﹂
ティリカに聞いたのにそいつが答えた。
﹁それにしても、ティリカはこんなところで何をやってるの? 師
1436
匠から何か仕事でもいいつかった?﹂
﹁冒険者﹂
﹁面白い?﹂
その真偽官はそれを聞いて驚いたような顔をして尋ねた。
﹁楽しい﹂
﹁真偽官殿。雑談はそれくらいで﹂
﹁ああ、すまない。じゃあティリカ、あとで話そう﹂
ティリカがこくりとうなずいた。
﹁単刀直入に言うと、君たちが緊急依頼に応じなかった疑いがかか
ってましてね﹂
そうギルド職員が話を切りだした。普通なら今回はたった一日だ
け発動された緊急依頼である。タイミングが悪ければ召集に応じら
れないこともあるだろう。だがこのギルド職員、俺たちが戦力にな
るだろうと探していたのだそうだ。
村に滞在しているのはギルドにも教えてある。そして当日、買い
物に砦に訪れていたのはすぐに判明した。次の日俺は寝込んでいた
が、他のみんなは普通に砦にでかけたり、村に顔を出していたりし
ている。
なぜ緊急依頼に応じなかったのかという話になったようだ。
﹁ただ今回は本当に期間が短いですし、事情があれば特に問題にし
1437
ようということもないのです﹂
﹁あの日はエルフの里で戦っていたわ。カードに討伐記録もあるわ
よ﹂
﹁嘘は言ってませんね﹂
﹁わたしがいるのに﹂
嘘という単語に反応して、ティリカがイラッとした感じでつぶや
く。
﹁ティリカを侮辱するつもりはないよ。これもお仕事だからね﹂
﹁ならいい﹂
﹁エルフの里の救援に向かった冒険者のグループにはいなかったと
聞いていますが?﹂
﹁あの日鐘が鳴った時、ちょうどエルフの森側の門のところにいま
してね︱︱﹂
その場で雇われてエルフの里で、護衛として戦ったことを伝える。
﹁ではとりあえずカードを見せてもらえますかな﹂
ギルド長にうながされ、全員がギルドカードを差し出し、机に並
べる。
﹁見なさい。これとこれを﹂ 1438
そう言って、エリーが自分とサティのカードを押し出す。
﹁ドラゴン!?﹂
この二枚にはドラゴンの討伐記録が、最後に倒したからすぐ見え
る位置にされている。
﹁ギルド長、冒険者たちからはドラゴンは五頭いて、二頭はエルフ
が倒したと報告があがっております﹂
﹁その二頭は私たちがやったのよ。中々の大物だったわ﹂
﹁もっと詳しく話を聞かせてもらえますかな?﹂
どこまで話したものかと考えながら、適当に省略しつつ、リリ様
に雇われて里に飛び、防衛に参加して、ちょっとした活躍をして、
最後はあの冒険者たちの救援が来たので家に帰り、俺が病気で倒れ
数日寝込んでいたことを簡単に話した。
﹁で、討伐報酬をもらいたいんですが﹂
﹁それとランクアップもしてもらうわよ!﹂
﹁ではまずはカードのチェックをさせてください﹂
恒例のカードチェックである。前に対応した職員はさすがに気合
を入れた顔で臨んだが、またみるみるうちに表情が厳しくなってい
く。
1439
﹁こりゃすごい! どうやってやったんだい、ティリカ﹂
﹁勝手に見るな﹂
﹁いやすまない。でもこれって一日分の戦果? ティリカってこん
なに倒せるほど強かったっけ?﹂
﹁成長した﹂
﹁成長、ね﹂
﹁これは全て君たちが倒したのに間違いないかね?﹂
全部のカードにざっくりと目を通したギルド長が質問してきた。
﹁間違いない。カード記録の偽造は不可能﹂と、ティリカが答える。
﹁エルフの里で、一日の間に倒したと?﹂
﹁せいぜい半日ってところね﹂と、エリー。
﹁討伐記録のこの陸王亀は、エルフから報告があった100m級の
やつかね?﹂
討伐記録の一番最初にあるのに、目ざといな⋮⋮
﹁その100m級のやつです﹂
仕方なく答える。
1440
﹁⋮⋮つまり﹂
﹁エルフの姫の精霊魔法で里に飛んだ私たちは、まずはエルフが倒
せなかった100mクラスの陸王亀を華麗に討伐。そのあとは襲い
かかる魔物どもを範囲魔法で殲滅して、ついにはドラゴンをも倒し、
エルフの里を救ったのよ。ま、あとから来た冒険者なんかおまけね
! エルフを救ったのは我々なのよ!﹂
ぶっちゃけやがった。まあ報告に来た以上、どうしようもないん
だけど。
﹁ちょっとした偉業だね、すごいよティリカ﹂
さらに二人、ギルド職員が呼ばれた。まずは討伐数を出さねば、
きちんとした記録に残せない。
俺たちはそれを見てないといけない。退席はできない。他人が悪
用できないように、カードは本人から離すと機能を失う。有効半径
は10mくらいで、それ以上離れると討伐記録の閲覧もできなくな
る。
﹁暇だな﹂
﹁そうね﹂
隣で暇そうにしているアンに声をかける。俺以外のカードは1時
間ほどでカウントが終わった。あとは俺の分だけ。ティリカの知り
合いの真偽官はソファーで居眠りをしていた。サティとティリカと
エリーもうつらうつらしている。俺はここ数日寝てばっかりだった
ので全く眠くない。
雑談するにしても狭い部屋だ。丸聞こえなので無難な話しかでき
1441
ないし、すぐにネタも尽きる。本でも持ってくればよかった。でも
アイテムボックスにいれてあった荷物はほとんど新居に出しちゃっ
てるんだよなあ。
﹁マサル殿は一体どれくらいの数の討伐をやったのですかな?﹂
そうギルド長が尋ねてくるが答えようもない。他のみんなよりは
確実に多いだろうが実数など数えられる状況でもなかった。
﹁では先に戦闘の詳細を聞きましょう﹂
いつ終わるともしれないカウントを待っていても時間の無駄だ。
居眠りしているやつらを起こして聞き取り調査を開始した。
結局は最初から、微に入り細に入り説明することになった。もち
ろん伏せるところは伏せたがエリーが率先して戦闘状況や戦果を報
告してくれている。俺たちはそれに多少補足する程度だ。
﹁で、もう大丈夫だろうと、護衛の任を解除してもらって家に帰っ
たわけです。そのあと堀で溺れた時に飲んだ泥水にあたって、三日
ほど寝込んじゃって。ギルドに報告が遅れたのはそのせいです﹂
報告が終わった頃、ようやく俺の分のカウントも終了した。
討伐数の総計は8万ほどだった。俺が約5万で他の四人で合計3
万ほど。
案外少ないと見るべきか、思ったより多いと見るべきか。敵の魔
物は無限に湧いて出てくるように見えたのに、倒した数は思ったよ
り少ない気がする。
だが恐るべきはサティの討伐数だ。自分の討伐数を上回られてい
るのを見てエリーが愕然としていた。
1442
﹁なんで私のほうが少ないの⋮⋮? ええと、戦闘時間が⋮⋮一時
間に千体!?⋮⋮いやでも⋮⋮計算するとそれくらいは⋮⋮﹂
﹁敵は範囲魔法に備えて分散してたから、そういうこともあるんじ
ゃないか? それにエリーが休んでた間もサティはずっと戦ってた
ものな﹂
﹁そ、そうかしら⋮⋮? カードの記録が間違ってるはずもないし
⋮⋮﹂
エリーはサティに討伐数で負けているのにどうにも納得できない
ようだ。サティがちょっと困った顔をしている。
﹁エリーってば、同じパーティで優劣を競っても仕方ないじゃない﹂
﹁⋮⋮それもそうね。サティはずっとみんなを守ってくれてたんだ
し。ごめんね、サティ﹂
アンに言われてようやくサティを困らせているのに気がついたよ
うだ。
﹁それよりも! ランクアップはもちろんするんでしょうね?﹂
あ、話を逸しやがった。
﹁それは問題はないでしょう。ですが審査には時間が必要です﹂
﹁構わないわ。冬の間はこっちにいるつもりだから﹂
﹁それで報酬なのですが⋮⋮なにぶん緊急依頼中の討伐なので﹂
1443
﹁あ⋮⋮﹂
そういえばそうだった。緊急依頼中の報酬はすごく安いのだ。今
回、緊急依頼を受けずに直接エルフの里に飛んだのですっかり忘れ
てた。
討伐数からざっくり計算してみたところ、約700万ゴルド、日
本円で7億円ほどになるらしいのだが、緊急依頼中は拘束期間や働
き、ランクなどによって考査される。
以前に俺が後方の治療に回されたように、配置によっては討伐の
機会すらないこともあるのだ。もちろん戦果というのも重要な要素
なのではあるが基本は固定給+ボーナスという感じになる。
前の緊急依頼の時も報酬あんまり高くなかったしなあ。これは期
待しないほうがよさそうだ。
﹁まあそれは仕方ないわね。でもこれだけの働きをしたのよ。十分
考慮して欲しいわ﹂
﹁も、もちろんですとも﹂
ドラゴンを持って帰ってきて助かったな。まあお金に関しては困
ってないからいいんだけど、ちょっと残念だ。
﹁あとですね、出来ればこの件は内密にしておいて欲しいんですが
⋮⋮﹂
せっかくエルフのほうで伏せててくれてるみたいだし、今回はこ
のまま目立たないままのほうがいい。
﹁もちろんギルドメンバーの情報を外部に喧伝したりはしませんが、
1444
審査でギルド内部では話は通さないわけにはいきませんよ?﹂
﹁それくらいなら﹂
イナゴの時は報酬も何もいらないということでここだけの話にし
てもらえたが、今回はランクアップの審査があることだし。
﹁これだけの働きをして秘密にするんだ? どうして?﹂
そう真偽官の青年が聞いてきた。
﹁目立ちたくないって言うか⋮⋮﹂
﹁ふうん。裏で何か悪いことしてるわけじゃないよね?﹂
﹁もちろんです﹂
﹁ティリカが一緒ならそんなこともないか。あ、ギルド長、もう上
がってもいい?﹂
﹁はい、真偽官殿﹂
﹁食事に行こうよ、ティリカ。近くに美味しいところがあるんだよ。
ちょっとゲテモノだけど、味は悪くないんだ﹂
﹁行く﹂
﹁パーティの皆さんもね。ティリカの話を聞きたいな﹂
﹁ええ、まあ構いませんが﹂
1445
ゲテモノって時点で嫌な予感バリバリだったが、ここで行かない
とか言えるような空気でもない。長時間拘束されて俺もみんなもい
い加減お腹が空いていたし、ティリカはゲテモノ料理に興味津々だ。
そしてギルドを出て少し歩いた場所にあったお店はやっぱり虫料
理だった。こっちの人も虫っていうとゲテモノ扱いなんだなあ⋮⋮
1446
100話 戦果の確認︵後書き︶
次回 戦いの報酬② たぶんリリ様が再登場
1447
101話 好奇心、猫を殺す
店はギルドを出てすぐ、広い通りから細い路地に入ったところに
あった。そして目に飛び込む巨大虫料理の数々。だが助かったこと
にエビや貝料理も混じっていた。
あまり見ないと思ったらエビや貝も虫料理と同じカテゴリーなの
か。エビはごついハサミがついておりロブスターかザリガニの親戚
のようだった。そしてこの異世界で見る他の動物同様、かなり巨大
で食いごたえがありそうだ。
﹁ティリカ、この人大丈夫なの?﹂
真偽官のマルティンが店員と話してる隙にこっそりと聞いてみた。
なし崩しに一緒に食事をすることになったが、相手は真偽官。は
っきり言って危険極まりない。適当な口実をつけて回避しようにも
嘘は即座にばれる。
実際問題お腹はすごく空いてるし、今日はギルドに報告したら午
後はのんびりする予定だったのだ。
﹁真偽官は嘘をつかないし、基本的に信用できる。バレても口止め
しておけばたぶん大丈夫﹂
﹁たぶん⋮⋮﹂
﹁マルティンはちょっと⋮⋮軽いところがある﹂
ほんとに大丈夫か、それ?
だがここで無理に逃げても疑惑は深まるだろう。ティリカにして
1448
も今後、知り合いの真偽官との付き合いを全部シャットアウトする
というわけにもいかないだろうし。
普通ならうちはただの高レベルなメイジパーティで終わるんだが、
知り合いというのがやっかいだ。サティの成長は天才ってことで周
りを納得させた。俺も以前はそんな説明でエリーをごまかしたもの
の、こいつは真偽官だしティリカの古い知り合いだ。うかつな説明
はできそうにない。
結局は教えられない、秘密であるということで押し通すしかなさ
そうな気がする。とにかく、ゲートや召喚魔法はまだしも、使徒だ
の加護だのだけは絶対にバレてはいけない。
﹁それで、この人たちにはどのくらいまで話しても大丈夫なのかな
?﹂
個室に案内されて飲み物が運ばれ注文をし店員が部屋を出て行っ
たあと、マルティンはそう切り出した。
あっちにしても真偽官同士の会話をどれくらいやってもいいのか、
確認しておきたいのだろう。
﹁わたしに話すように話してくれて構わない。ここでした話はここ
だけの話にする﹂
﹁ずいぶん信頼してるんだね。で、マサルさんが勇者なの?﹂
﹁ぶほっ﹂
俺に向かって突然そんなことを言いだしたので、思わず水を吹き
出してしまった。
﹁やっぱり君が勇者なのか﹂
1449
﹁ち、違いますよ!﹂
﹁他の子も違う? 神官もいるしそういうことかもと思ったんだけ
ど⋮⋮じゃあなんでティリカが冒険者なんかやってるんだ?﹂
そもそも真偽官という職業は高給で安定、人に多大な尊敬をされ
る仕事だ。その上儀式によって目を埋め込まれ、真偽官となったも
のは生涯真偽官として生きることになる。おいそれと冒険者になど
なっていいものではないのだ。
それが冒険者としてパーティにいる。神官もいる。戦果も信じが
たい規模だ。勇者ではないかという考えに至るのはおかしくもない
のかもしれない。
エルフの里では全力を出さざるを得なかったもんなあ。砦のほう
まで話が伝わってなくて本当に助かった。
﹁マサルは勇者候補﹂と、ティリカが答える。
﹁戦果を見れば、ティリカが入れ込むのもわかるけど⋮⋮自称勇者
や候補なんてごろごろいるじゃないか﹂
魔王が倒されて数百年。それ以来真の勇者は一度も現れてはいな
いが、自称や候補みたいなのは後を絶たない。
﹁俺は自称でも候補でもありませんけどね﹂
﹁こんなこと言ってるよ、ティリカ﹂
﹁可能性があるならそれで十分﹂
1450
﹁勇者が現れたら絶対に支援しろって昔から伝わってるけど、本人
にはその気がないみたいじゃないか?﹂
﹁別にそれでも構わない﹂
﹁よくそれで師匠が納得したものだ﹂
話してるうちに料理が運ばれてきた。ほとんどの料理は店頭に並
べてあったのを盛り付けているだけなので時間はかからないようだ。
俺のお目当ての巨大エビは適当に切り分けられているが一匹まるご
とで、ハサミを伸ばせば全長1メートルはありそうだ。
エビの尾にはぷりっぷりの身がぎっしり詰まっており、軽く塩茹
でされ、たんぱくなあっさりとした味だった。テーブルに並ぶ虫料
理をあまり見ないようにしてエビをぱくつく。美味しい。
マルティンもこれ以上の追及は一旦諦めて、料理を楽しむことに
決めたようだ。
﹁虫嫌いのマサルが珍しいね﹂
﹁エビはうちのほうでも結構食べてたから。アンもどう? 美味し
いぞ﹂
﹁それなら少しだけ⋮⋮﹂
アンはエビは初めてらしい。まあ見たことがなければ真っ赤でハ
サミとか刺があってすごく毒々しい感じだものな。ティリカはもち
ろん試食済みで、結構気に入ったようだ。ハサミの部分を不器用に
スプーンでほじって食べている。エリーもサティも特に嫌がること
もなく、虫料理を堪能しているようだ。
1451
﹁市場でも見たことないけど、どこで取れるんだろう?﹂
こんなにでかくて派手な食材、売ってれば見逃すはずもないし。
﹁ああ、それね。どこかの沼地にいるそうだけど、かなり僻地らし
くてね。滅多に市場にも流れてこないそうだよ。ここの店主に聞け
ばわかるんじゃないか?﹂
いいことを聞いた。こいつでエビフライを作ったらきっと美味い
だろう。タルタルソースをつけてだな。あと天丼⋮⋮は米がないか。
ただの天ぷらだな。米、どっかに生えてないかなあ。
そういえばここの市場はまだ見てないし、今度聞き込みでもして
みるか。長生きなエルフたちに尋ねてみてもいいかもしれない。
俺が無言でエビを味わっている間に、ティリカとマルティンの間
でぽつぽつと情報交換がされている。主に二人の師匠や、俺の知ら
ない人の最近の消息に関してだ。ほとんどマルティンが喋ってるよ
うだったが。
﹁それでどういういきさつで冒険者になったんだ?﹂
﹁また結婚させられそうになった﹂
﹁いい加減諦めればいいのに﹂
﹁ロクなのがいない﹂
﹁僕だって候補だったんだよ?﹂
﹁⋮⋮やっぱりロクなのがいない﹂
1452
﹁あれ? マサルさんが勇者候補だからって話じゃないのか?﹂
﹁結婚した﹂
﹁うん? 結婚からは逃げたんじゃないの?﹂
﹁マサルと結婚した﹂
﹁驚いたな⋮⋮あの選り好みの激しいティリカが⋮⋮そうすると、
結婚したから旦那のマサルさんに付いてきたと? でもそれだと勇
者候補だって話はどこで入ってくるんだ?﹂
﹁結婚したあと。マサルが勇者候補じゃないかと考えたから一緒に
冒険者をすることにした﹂
﹁何故勇者候補だと? 確かに聞いた限りじゃ魔力は絶大なものを
持っているようだけど、それだけじゃ理由として弱いし、本人は違
うって言ってるじゃないか﹂
﹁話せない﹂
﹁秘密はもちろん守るよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ちょっと待った⋮⋮勇者候補だって話は真偽院にはもうしてある
のか?﹂
﹁秘密﹂
1453
﹁本当に、よくそれで師匠が納得したね?﹂
﹁師匠には特記事項第三項と説明した。真偽院は適当にごまかして
くれてるはず﹂
特記事項第三項は世界の趨勢に関わる事態では、真偽官が個人の
判断で動いていいとかそんな感じだったはずだ。
﹁それはまた⋮⋮でも君たちがいなければエルフの里は落ちて、こ
こも戦場になっていた可能性が高いのか﹂
﹁そう。わたしの判断は間違っていないと思う。マサルが勇者じゃ
ないとしても、それに劣らない働きをしている﹂
﹁それにティリカもすごい戦果だったな? でもティリカの魔法の
腕はいいところ中級レベルだったはずだけど﹂
﹁⋮⋮成長した﹂
﹁それはさっきも聞いたな。どうやって?﹂
﹁秘密﹂
﹁秘密が多いね﹂
﹁秘密を無理に追求するのはよくない﹂
﹁わかったよ。そう睨むな、これ以上は聞かないから。秘密にする
必要があるってティリカの判断なんだな?﹂
1454
﹁そう﹂
﹁まあティリカがそう判断したなら信用するけど⋮⋮ところでアン
ジェラさん、神殿のほうでは変わった話はないですか? 例えば神
託が出たとか﹂
﹁えーと、その⋮⋮﹂
突然話を振られてアンは言い淀んでしまった。目が泳いでるよ⋮⋮
﹁おや? ただ話題を変えただけだったんだけど﹂
﹁ですからその、極秘の情報でして﹂
﹁神託の内容は? いつ、どこであったんです?﹂
﹁マルティン、いけない﹂
﹁これがティリカの秘密なのか! あれ? でも神託があったのな
ら本物の勇者じゃないのか?﹂
﹁違いますってば﹂
﹁神託は勇者に関することではない?﹂
﹁マルティン!﹂
﹁しかしこれはかなり重大な話じゃないか? なのに真偽院は把握
してない?﹂
1455
﹁してない﹂
﹁神殿だけで情報を握っているのか﹂
﹁神殿も知らない﹂
﹁⋮⋮そもそも誰が神託を受けた?﹂
﹁言えない﹂
﹁そうか、君か。マサルさん﹂
いやいやいや、なんでわかるんだ?
﹁なんでわかるのかって? 僕は人の秘密を暴くのが得意でね。こ
こまでの話からすると、鍵は勇者候補であるマサルさんだ。勇者で
はないが、勇者候補。しかも神託があったという﹂
どうしよう、これ⋮⋮?
﹁取引しよう! 秘密にしておくから洗いざらい聞かせてくれるか
な?﹂
真偽官が恐れられる理由がわかった。もう二度と真偽官とは食事
なんかしないぞ⋮⋮
1456
﹁でも俺はね、平和に暮らしたいんですよ。できれば農業でもして
暮らしたいくらいですね﹂
大体のところを語り終え、そう話を結んだ。神託や加護の話も全
部ばれたが、秘密にしてくれるならまあ問題ないだろう。
﹁つまらないね、せっかく力をもらったのに。宝の持ち腐れだよ﹂
﹁そうですよね! 絶対もったいないわよ、マサル﹂と、エリー。
﹁さすがに農家になるのはちょっと⋮⋮﹂
﹁真面目にやろう、マサル﹂
﹁わたしは農業はちょっとやってみたいです﹂
あれぇ? 平穏無事な生活は評判悪いな⋮⋮俺もそんなの無理だ
とは思うが。
﹁しかし加護か。うらやましいね。僕には無理そうだけど﹂
こいつからの忠誠が50を超えるなんてありそうにない話だ。
﹁本当に秘密にしておいてくださいよ?﹂
﹁そうだねえ。でも上のほうには報告しておかないと本当にまずく
はないか、ティリカ?﹂
﹁マサルが嫌がる﹂
1457
﹁これは俺個人が受けた神託です。そんな必要はこれっぽっちもあ
りませんよ﹂
﹁そうだろうか? エルフの里の神託。とても個人的といって収ま
る範疇ではないと思うよ﹂
﹁洗いざらい話したら秘密にしてくれるって言いましたよね?﹂
﹁言ったよ。でもマサルさん、まだ話してないことがあるよね?﹂
﹁それは俺個人の問題なんで﹂
残る話は二十年経ったら戻ることと世界の破滅くらい。そこら辺
はもちろん回避して話したんだが、何か隠しているとこいつは確信
しているようだ。
﹁それは聞いてみないと判断しようがないなあ﹂
マルティンはそういって嬉しそうな顔をしていやがる。
こいつ⋮⋮いい加減腹が立ってきた。
﹁それに最初にティリカがここだけの話だと言ったはずじゃ?﹂
﹁ティリカはそう言ったけど、僕は了承した覚えはないよ。ほら、
全部話してくれたら悪いようにはしないからさ﹂
世界の破滅とか言えるかよ!
﹁マサルさんも色々バックアップとかあるほうが楽ができるんじゃ
1458
ないか? 真偽院と神殿の総力をあげてさ。もちろん僕も全面的に
協力するよ!﹂
協力するというなら今ここで腹を切って死んで欲しい。
いや待てよ? よく考えるとなんで唯々諾々とこいつの言いなり
になってるんだろう。筋肉はないし武装もしてない。魔力は二流。
よし、ぶっ飛ばそう。
﹁正当防衛って考え方はここにもあるのかな?﹂
﹁うん? そりゃ殺されそうになったら反撃しても大抵は罪にもな
らないよ﹂
﹁それはよかった﹂
全部暴露されてしまうと、平穏な生活ができなくなるだろう。こ
っそりやっているはずの今でさえ、エルフの里で一回死にかけたの
だ。これ以上のことを要求されれば、俺が死ぬ確率は格段に上昇す
るはずだ。許しがたい。
魔力をゆっくりと込める。室内で火魔法はまずいな。ここの床は
石だし、土魔法で一気にこう、ぐしゃっと潰す感じがいいかな。
﹁何を⋮⋮?﹂
﹁正当防衛ですよ。あ、みんな。危ないから俺の後ろに下がってて
ね﹂
﹁ちょ、ちょっと、マサル!?﹂と、アンが移動しながら俺に焦っ
た声をかける。
1459
﹁いいから見てて﹂
狭い室内では魔力が危険なほどに高まっている。魔法が発動すれ
ばこの建物くらいなら余裕で吹き飛ぶであろう魔力を込めた。
それを発動前で止める。まずは交渉だ。
﹁今の状況ね、正当防衛にあたると思うんですよ。マルティンさん
が俺の秘密をバラすと俺、死んじゃう気がしますし﹂
﹁そ、そんな理屈は通らないぞ﹂
﹁おっと。騒いだり動いたりしないほうがいいですよ。魔法がいま
にも暴走しそうだ﹂
普通なら発動直前の魔法の維持は、初級魔法くらいしかできない。
制御が難しいのと、止めてる間に魔力がダダ漏れになるのだ。だが
土魔法の制御に関しては慣れたものだし、魔力がいくら漏れようと
足りなくなったりはしない。
言ってから暴走とか嘘だとすぐバレると気がついたが、まあどっ
ちでも同じことだ。多少とも魔力を感知できるものなら、目の前で
今にも発動しそうになっている魔法の威力はよくわかるだろう。
﹁さすがに真偽官に手をだすのは不味いんじゃないかしら?﹂と、
後ろのエリーが言う。
﹁どう思う、ティリカ?﹂
﹁人の秘密を無理に追求するのはよくないと言ったのに。一度マル
ティンは痛い目を見たほうがいい﹂
1460
許可が出た。さすがに殺すのはまずいだろうが、脅して痛めつけ
るくらいは仕方ないだろう。
﹁ぼ、僕に手を出すと真偽院が黙ってないよ!﹂
﹁正当防衛を主張します﹂
﹁そんな無茶が通るわけがないだろ! 僕が一般人だったとしても、
この状況で手を出したらマサルさんが悪いに決まってるよ!﹂
﹁それですよ。例えばマルティンさんがどこかの王族相手に無理に
秘密を聞き出そうとしたら殺されても文句は言えないですよね? でも俺が冒険者でマルティンさんが真偽官だから手を出すとまずい
と、そんな感じなんですよね?﹂
真偽院は超国家的組織だ。国家から民間まで、あらゆる組織がそ
の恩恵を受けている。敵に回せば小国くらいなら即座に消滅させら
れるくらいの権力があり、真偽官は平民出であっても貴族と変わら
ない地位と特権が与えられている。冒険者が理由もなく真偽官に手
を出せば、どの程度かわからないが、きっと重罪だろう。
﹁そ、そうだよ。わかってるじゃないか﹂
﹁でも俺は神託を受けた勇者ですから。ティリカ、真偽院はどっち
の肩をもつと思う?﹂
﹁もちろん勇者﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
1461
﹁勇者を脅した罪は重いですよ﹂
﹁脅すつもりじゃ⋮⋮﹂
あれが脅しではないと申すか。ナチュラルにやってるなら、なお
質が悪いな。
﹁俺も殺すつもりはないですが、ついやりすぎてしまうかもしれま
せんね。俺の力はさっき十分に聞かせてあげたでしょう?﹂
﹁真偽院は勇者のためなら一人くらいの犠牲は許容するはず﹂
犠牲って⋮⋮俺はもちろん脅してるだけなんだが、ティリカは真
剣に殺してもいいとか思ってそうで怖い。
﹁わ、悪かった⋮⋮﹂
﹁悪かった?﹂
魔力をほんの少し放出してやる。それだけで建物が一瞬ぐらっと
揺れ、ギシギシと音がした。床にビシッとヒビが入る。これはあと
でちゃんと直しておかないとな。
﹁おっと、思わず魔法を発動しそうになっちゃったぞ﹂
﹁す、すいませんでした﹂
﹁どうも本心から謝ってるように見えないな? 本当に俺に対して
済まないって思ってます?﹂
1462
椅子にどっかりと偉そうに足を組んで座り、マルティンを睨む。
﹁思って⋮⋮ます﹂
﹁ギルティ﹂
﹁へー、魔法で脅されて嫌々ってことかな? 俺も本当はこんなこ
とは嫌なんですけどね。でも自分の身を守るためなら人殺しもため
らいませんよ?﹂
もちろんただの脅しではあるが、これは偽りなき本心でもある。
それは真偽官になら伝わるだろう。
﹁は、反省してます! この件に関しては絶対口外しません﹂
﹁誠意が足りない、マルティン﹂
容赦のないティリカの言葉にマルティンは、椅子から降り床に膝
をつくと頭を床につけ、綺麗な土下座をした。手は前に投げ出す感
じで日本の土下座のフォームとは多少違うが、確かに土下座だ。
﹁すいません。調子に乗りすぎました。この件に関しては絶対に秘
密を守りますので、何卒命だけはお助けください⋮⋮﹂
﹁どう、ティリカ?﹂
﹁嘘はついてない﹂
維持していた魔力を発動しないように、慎重に放出してやる。
だがその時である。危なくないようにと人のいない壁の方に魔力
1463
を流したのだが、制御が少し甘かったようだ。壁の一部が破壊され
ガラガラと崩壊してしまう。さっきの魔力の放出でちょっと脆くな
っていたのかもしれない。
崩れた壁の向こうには、何事かと一斉にこちらを見る店員と、満
席の店の客。
そうして一心不乱に土下座をしたままの真偽官と、偉そうに座っ
ている俺の姿は、多くの人が目撃するところとなったのだった。
俺は黙って部屋の壁を修復すると、もう一度マルティンに秘密を
口外しないことを念押しして、土下座から解放してやった。
どうも話を聞くと手柄を立てて中央、王都に戻りたかったらしい。
マルティンは俺の秘密を簡単に暴いたみたいに頭が切れ優秀では
あるのだが、まあいつもこんな感じなんで、辺境に飛ばされたのだ
そうだ。それで俺を利用して中央に戻ろうと画策したと。
勇者を見つけたとなれば確かに大手柄だが、見つけたのはティリ
カだろうに。それに肝心の勇者に喧嘩を売ってどうしようと言うの
だろう。きっとそういう部分がダメで左遷なんか食らうんだろうな。
まあ結果として満員の店内の全ての人に見事な土下座を披露する
ことになったのだから、悪いことは出来ないものだ。
公衆の面前で、真偽官が冒険者に土下座をするなどと前代未聞で
ある。この件が公になればマルティンの評判はどうしようもなく落
ちるだろう。
だが壁はすぐに修復して見られたのはごく短時間のことではある
し、何が起こっているかは外部からはわからなかった可能性はある。
マルティンはこの世の終わりみたいな顔をしているが。
﹁ほら、元気出せよ。何か言われたら椅子から転げ落ちたってこと
にしておけばいいからさ﹂
1464
あまり恨まれてもかなわないのでフォローも一応やっておく。
﹁あ、ありがとうございます⋮⋮﹂
マルティンは俺に礼を言うと、泣きそうな顔で逃げるように店を
出て行った。
﹁嫌な事件だったね⋮⋮﹂
﹁何言ってんのよ。やったのマサルじゃない﹂
土下座大公開はさすがに想定外です。
1465
102話 臆病者の勇者
少し買い物してから帰宅。もうすっかりここが自宅って感じだな。
シオリイの町の家も愛着があるけど、あっちは借家だし。
﹁マルティンはもうあれで大丈夫なのかな?﹂
居間に落ち着いてそうティリカに聞いてみる。約束させたし、テ
ィリカが嘘をついてないと確認したとはいえ心配だ。あいつが一言
漏らせばここまでなんとか情報を守ってきたのが全て終わるのだ。
﹁真偽官は誓ったことは絶対に破らない﹂
﹁誓わなかったら?﹂
﹁⋮⋮なるべく破らない﹂
案外適当な部分があるんだな。
ティリカによると公式的な場所や立場では真偽官は絶対に嘘をつ
いたりはしないことになっているし信用しても大丈夫だが、プライ
ベートまでとなると完璧に守っているというわけでもないし、守れ
るものでもないそうだ。そこまで完璧さを求めることはほとんどの
人間にとっては過大すぎる要求だ。
﹁土下座の一件が上にバレたらマルティンは破滅。言えるわけがな
い﹂ ﹁嘘とか真偽院でバレるんじゃないの?﹂
1466
﹁バレないと思う。もしどこかから情報が漏れても証言を断固拒否
すればいい。プライベートな場だったし、当事者が認めない以上、
あれは単に床に座っていただけ﹂
﹁なるほど。俺もそんな感じにすればよかったのか﹂
﹁そう﹂
黙っていてくれる保証があるなら、ある程度話しちゃっても大丈
夫と思っていたが、いっそ全面拒否するのもアリなんだな。まあ真
偽官以外じゃ、そもそもこんな心配いらないんだけど。
﹁それよりも! やっと勇者の自覚がでてきたのね。いいことだわ﹂
俺とティリカの話が終わったと見てエリーがまたぞろ勇者の話を
持ち出してきた。どうしても勇者に未練があるようだ。
﹁勇者とかやらないし。だいたい魔王もいないのに勇者だけ居ても
仕方ないだろう?﹂
﹁それはそうだけど。魔王が出たとか神託はないの?﹂
﹁ないね。少なくとも俺は聞いてないよ﹂
そのあたりのことは伊藤神の担当だろう。勇者が必要なら伊藤神
が用意するなり、俺にそういうクエストでも発行すればいいのだ。
受けるかどうかは別として。
それをしないってことは現状で十分だと伊藤神が判断しているの
だろうと考えるしかない。
1467
﹁私はマサルがまだ言ってないことがあるって話が気になるなー﹂
アンが遠慮がちに聞いてくる。無理矢理に聞こうってことでもな
い感じだが⋮⋮マルティンめ、余計なことを!
﹁あー、うんそうだね。これはサティにしか言ってないんだけど、
神様との契約で二〇年後に故郷に返してくれる約束だったんだ﹂
こっちの話なら大丈夫だろう。これでごまかしておこう。
﹁マサルの故郷って日本って国だっけ? ちょっと遠いみたいだけ
ど、それまでに転移を覚えればいいじゃない﹂
エリーがあっさりとした口調でそんなことを言う。いまだに異世
界というのをちょっと遠い異国くらいに考えているようだ。
だが自力での帰還は今まで考えたことがなかったが⋮⋮異世界と
日本と、転移でいけるんだろうか。可能性はあるな。
まあもっとも転移の仕様じゃ一度戻って座標を取得しないといけ
ないから無理だろうし、一時帰国ができればいいなとは確かに思う
が、もはやどうしても帰りたいということもない。
それに気軽に往復されても神様も困るだろうな。文化や技術交流
をしたければもっと大々的に召喚というか、俺みたいに雇って連れ
てくればいいんだし。
﹁結婚する前の話だよ。今はもう、みんなを置いて故郷に帰るなん
てあり得ないし。な、サティ﹂
﹁はい、マサル様﹂
1468
﹁当たり前よ。勝手に帰ったりしたら捕まえに行って絶対に連れ戻
すわよ!﹂
エリーなら本当にやりそうだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
後日、マルティンが謝罪に来た。マルティンもあの状況ですぐに
逃げちゃったので、後で色々と心配になっていたようだ。
先日の行き違いについて改めて謝罪があり、今後も良いお付き合
いをと友好的に話し合う。向こうも無用なトラブルを抱えたくない
のは一緒のようだ。
一通りの話が済んだ後、マルティンが勇者の話を持ち出してきた。
ただし、昔の物語の勇者の話だ。
﹁その様子じゃティリカは知らなかったのか。物語にはない、本当
の勇者の話﹂
﹁知らない﹂
﹁よくそれでマサルさんについて行こうって思ったね。まあいい。
僕が知ってることを話そう﹂
勇者は剣の腕がよくて魔法も使え当代最強の強さを誇っていた。
だがとんだ臆病者だったという。
命を惜しむ、戦いから逃げようとする。実際逃げ出したって逸話
もある。神託で選ばれた勇者だったけど、決して自ら望んだものじ
ゃなかったようだ。
1469
お話ではもちろんそんなことは全く書いてない。イケメンで勇敢。
命をかけて戦った。でも勇者を知ってる人が物語をみたらあまりの
美化に笑っただろうね。
我らがご先祖様の真偽官、もちろん血なんか繋がってないけど︱
︱ご先祖様は魔法の腕もよくて、初期のパーティメンバーでしばら
くは勇者と共に戦っていた。
ある時、魔王を倒しに魔境へ行くという話になった。
ご先祖様は残って戦うことを選んだ。魔物の攻勢で状況はよろし
くなかったこともあるし、臆病者の勇者に愛想をつかしたというの
もあるようだ。
勇者が魔境へと旅立つ。当時の最高の戦力が抜けて、悪かった戦
況が更に悪化していく。残ったご先祖様の名誉のために言っておく
と、ご先祖様はとても勇敢に戦ったそうだよ。
魔王軍は圧倒的だったそうだ。だからこそ乾坤一擲の策として直
接魔王を倒しに行くことにしたんだろうね。
そしていよいよ魔物の軍勢が帝都ファリアスに迫ろうとした時、
突如魔物の進軍が止まる。魔境へと引いていく魔物たち。
そこへひょっこりと勇者とその仲間たちが魔王討伐成功の報告と
ともに戻ってきた。沸き立つ人族連合軍。そのあたりからはお話と
一緒だね。お姫様と結婚して領地をもらって平和な余生を過ごした。
勇者を信じきれなかったこと、魔王討伐に同行しなかったことを
死ぬまで後悔していたご先祖様は、後進の真偽官たちに、新たなる
勇者を見つけたら何があろうと支援するようにと伝えたんだよ。
﹁臆病者だったからこそ、魔境の奥深くへと分け入り、ついには魔
王を倒した勇者が本当にすごいと思ったものさ。だからね、勇者た
ることを全く望んでいないマサルさんが、本当に勇者かもしれない
と少し思ったんだ﹂
まだ言うか、こいつは。
1470
﹁最後に一つだけ聞きたいんだけど、魔王は本当に生まれてないの
か?﹂
﹁少なくとも俺は聞いてないよ﹂
﹁そうか⋮⋮でも勇者じゃないとしても、最大限の協力は約束させ
て欲しい。僕はあまり戦いには向かないからそっち方面は勘弁だけ
どね﹂
勇者のことをもっと詳しく知りたければ師匠に聞くか、真偽院本
部の資料を当たるといい。最後にそう言ってマルティンは去ってい
った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
午後からは休んでもよかったんだが、ここのところの戦闘やら病
気やらのせいで、家作りが全然進んでない。内装もまだ不完全だし、
玄関すら設置してないし、なにより防御力が足りていない。
我が家は頑丈な石造りでそれなりの防御力はあるが、これだけで
安心できるものでもない。強固な、強固な要塞が必要だ。
エルフの里が最終的に守り切れたのも、あの巨大な城壁があった
ればこそ。
家造りとあって一家総出での作業だ。だが家造りといっても農地
作りとやることは同じく、まずは森を切り開かねばならない。
我が家の建っている、小高い丘の周囲の木をがしがし切り倒して
いく。丘を囲うように城壁を築く計画だ。
1471
俺は普通に斧で切っていく。武器にもなるかなりゴツイ斧で、肉
体強化と剣術レベル5の効果で一振りか二振りで木は倒れていく。
アンも肉体強化を取ったし、ここ数日やっている作業なので問題
なくこなしていく。
ティリカはさすがに体力がなくてガテン系の作業は無理なのだが、
たいがを出して、大木は無理だが一抱えくらいまでの木ならその前
足でばきばきとへし折っていく。
まあこの辺りは村人もこないし、誰か来れば俺かサティが気がつ
くので召喚も大丈夫だろう。
エリーは伐採ついでに空間魔法の練習中だ。発動に少々時間はか
かっているが、どんなにでかい木でも一撃で切断している。実戦で
使えれば便利そうだが、射程と発動時間に問題があって、エアカッ
ターのほうが射程も長いし詠唱も短いしで使い勝手が悪いらしい。
ただ発動しさえすれば恐らくはなんでも切断する強力な魔法では
ある。
そしてサティだ。本気を出していいと言ったら、かなりな速度で
森を走りながら、そのままスピードを落とさずにスパスパと手に持
った剣で木を切り倒していく。サティの進路に沿って木がざざざざ
っと折り重なって倒れていき、もうもうと雪が舞い上がる。まるで
巨大な何かが森の中を突進して木をなぎ倒しているかのような光景
だ。
一人で俺たち四人以上の作業量を軽々こなしている。もうこれサ
ティ一人でいいんじゃないかなあ。
って思ってたらサティが一周して戻ってきた。
サティが俺の前に到達したのに遅れて、木がドミノのようにバキ
バキとこちらまで倒れてくる、ちょっと不思議な感じのする光景を
手を休めて眺める。
1472
サティは汗をかき、かなり息を切らせていた。俺が本気でやれっ
て言ったからかなり気合をいれてやっていたようだ。
﹁すごいぞ、サティ﹂
﹁おねーちゃんすごい﹂
﹁えへへへ﹂
普段は目立たないようにと、なるべく本気を出さないようにって
注意しておいて本当によかったわ。
﹁まだ大丈夫か? ならもう一周だ!﹂
﹁はい、マサル様!﹂
サティの邪魔にならないように、俺たちは別の場所でやったほう
がよさそうだ。
﹁みんなはこの辺りを広場にしてもらえるか? 俺は切った木を回
収してくる﹂
回収は俺の役目だ。木は切ったそのままだと枝葉がついたままな
ので、俺のアイテムボックスの自動解体機能が活躍する。回収する
だけで綺麗になった丸太が完成の手間いらずだ。
広場を土魔法で整地して、出来た丸太を積み上げていく。ここは
あとで倉庫でも立てておけばいいだろう。
伐採はサティに任せておけばよさそうだから、次は本番の城壁作
りである。
作るのは農地でやってダメ出しされた二〇メートルクラスの城壁。
もっとでかいやつを作ってもよかったがまた文句が出そうだし、で
1473
きれば今日中明日中には完成させたい。
一度作成したものなら再現は難しくない。
周辺に転がっている木を回収して、土魔法を発動させ城壁を作成
する。高さ二〇メートル、幅は五メートルほど。上部はちゃんと通
路になっていて、砦やエルフの里にあるのと同じような形状だ。
壁に土を持って行かれた分で幅一〇メートルほどの堀もできてい
る。
﹁どう?﹂
﹁いいんじゃない?﹂
﹁そうね、ちょっと大きすぎる気もするけど⋮⋮﹂
手を休めて見ていたアンとエリーに聞いてみるとそんな返事が返
って来た。俺と同じく、二人共まだエルフの里の戦いの記憶が生々
しいのだろう。アンはちょっと微妙な顔をしていたが特に反対もし
なかった。
﹁じゃあこんな感じでやっていく﹂
二つ目も作成。継ぎ目、接合部分がかなり不自然に見える。防御
力には問題がなさそうだが、あとで修正がいるだろう。続けて三つ
目四つ目と順調に作り上げていく。
途中でアンに魔力の補充をしてもらい、その魔力も残り少なくな
った夕刻頃には、丘を囲むように三分の二くらいの城壁が完成して
いた。
魔力を使い切ると後できついので残りは明日だ。朝から作業をす
るなら魔力を使い切るメリットはないし。
伐採のほうもサティががんばったおかげで、城壁の周辺はすっき
りと見通しがよくなっている。
1474
サティと城壁の上に乗って周辺を見渡す。他のメンバーは夕食の
準備に先に戻ってもらった。
我が家のタワーは小高い丘の上だし、二〇メートルの城壁から見
てもまだ高い位置に建っている。見晴らしも問題なさそうだ。
城壁には階段も必要だし、今は空いてるところから入り放題だが
やっぱり入り口がない。家の玄関も早急に作らないとな⋮⋮
だがまあ一日分の仕事としては十分すぎるだろう。
﹁今日はいっぱい働いたなー。サティは疲れてないか?﹂
ヒールをかけてやりながら聞く。ヒールで回復する体力は微量だ
が、かけておけば翌日に筋肉痛などが残らない。
﹁はい。全然平気です﹂
いくらなんでもあれだけ動いて全然ってこともないだろう。
﹁ほんとに?﹂
﹁⋮⋮ちょっとだけ疲れました﹂
それでもちょっとか。まあでも、がんばったサティを労ってやる
べきだよな。
﹁今日、エルフの作った石鹸っていうの買ってみたんだ。ふわふわ
に泡立つそうだよ﹂
値段が普通の石鹸の十倍くらいしたうえに、品薄で一個しか買え
なかった逸品である。普通に売ってる石鹸でも汚れ落ちには不満は
ないが、いまひとつ泡立ちがよろしくない。
1475
﹁ふわふわ⋮⋮﹂
お風呂マスターのサティも興味津々のようだ。
﹁ご飯が終わったら一緒にお風呂に入ろうな﹂
エルフ製の石鹸はふわっふわの泡々でした。お風呂って楽しいな
!
1476
102話 臆病者の勇者︵後書き︶
つ、次くらいにリリ様でるし!たぶん⋮⋮
この件に関してはマルティンが悪い︵断言︶
︻宣伝︼
ニトロワ③巻、3月25日発売決定と相成りました。ネット予約な
ども開始してる頃だと思われます。
今回も大幅なストーリー変更はないものの、大量の加筆でえらい時
間がかかりました。ウェブ版のみでももちろん楽しめますが、書籍
のほうを入手して挿絵付きで楽しんで見るのも大変にオススメです!
1477
103話 領主になろう
翌日の朝食後、残りの部分を塞いで、細部の修正はまだまだ必要
ではあるが一応は城壁を完成させた。
今日は休養日にする予定で、みんなはお留守番。俺も城壁を一周
完成させたらすぐ戻るつもりなので一人で出て来ている。
サティは昨日砦で買ってきた布で裁縫をやっていて、ティリカは
それのお手伝い。エリーとアンは昨日の伐採仕事が疲れたのかゴロ
ゴロしていた。
それでなくても外は雪も積もっていて寒い。暖かい室内に居てい
いと言われれば否応もないだろう。
俺はといえば火魔法の応用で、服や装備にちょっと熱を加えてや
れば、真冬であろうと常時ほかほかである。
城壁の上から周囲を見渡す。
サイズは小中学校くらいならすっぽり入るくらいだろうか。城壁
はもっと高くしてもよかったんだが、これ以上高くすると森からに
ょっきり顔を出してすごく目立ちそうだ。まあ塔が結構どこからで
も見えてしまうけど、あれは見て驚くようなサイズじゃないし。
それとも塔自体を偽装でもしておいたほうが良かっただろうか。
城壁を作っちゃったんで今更だが。
エルフの里の戦いの恐怖心から、勢いだけで立派な城壁を作って
しまったが、こうやって作ったものを確認してみるとちょっと大袈
裟すぎたかと思わないでもない。もともとこの場所で定住しようと
かそんなことは全然なく、主目的は冒険時の帰還用ベース兼別荘と
いった所だったはずだ。
周辺は森が広がるばかりで町までは文字通りひとっ飛びではある
1478
が、永住することを考慮するにはかなり人寂しい。
初めて手に入れた自宅、持ち家であり感慨深いものはあるが、こ
れはあくまでも秘密基地。どうせ住むなら嫁のためにもちゃんとし
た住宅地の立地のいい家に住みたい。
引き篭もるのは好きだが、世捨て人みたいな生活はしたくはない
のだ。まあ転移があればここをベースにしていくらでも遠方の町と
行き来はできるだろうけど。
作業の方はきっちり完成させようとするならまだまだやることは
あるが、別荘地と考えるならもうこれくらいで十二分すぎるだろう。
冒険に出て不在が多くなりそうなこともあるし、入り口は防犯の観
点からもないほうが安全かもしれない。
決して城壁作りに飽きたわけじゃない。あくまで必要かそうでな
いか、熟慮した結果である。そう結論付けてそろそろ戻ろうかと思
ったところに、オルバさんとナーニアさんが森を抜けてやってきた。
ナーニアさんがエリーに会いにでも来たのだろうか。城壁を降り
て出迎える。
﹁いつの間にこんなものを﹂
城壁を見上げながらオルバさんが言う。
﹁ぼちぼち作ってたんですよ﹂
この二人には魔法のことはエリーから伝わってるし、秘密も守っ
てくれるので話しても大丈夫だが、さすがに昨日今日で作ったとは
言いにくい。
﹁この前見た時は何にもなかったような⋮⋮﹂
1479
オルバさんの発言は聞かなかったことにする。
全体を見たいと言うので城壁の上に二人を抱いて連れて飛び上が
った。
﹁完全に砦じゃないか﹂
防御力を重視したらこうなりました。やり過ぎたかなとちょっと
反省している。
﹁マサル殿の力はエリーからよく聞いてましたが、これ程とは⋮⋮﹂
﹁壁で囲っただけで入り口もないし、まだまだ未完成なんですけど
ね﹂
改めて考えても入り口はやっぱり不要なように思えてくる。なく
ても我が家のメンバーに関しては不便などかけらもないし、ないほ
うが安全性が高い。俺はまだ見てないが、このあたりでも魔物はち
ょくちょく現れるらしいし。
そもそもここは森のど真ん中で道すら通じてないから、入り口と
か意味がないんじゃないだろうか。
﹁作っておかないと、訪問者が来たら困るんじゃないかな?﹂
﹁来るのなんてオルバさんたちくらいのものでしょう?﹂
だったら小さい入り口を一つだけ作っておくかな。ヒモで引っ張
ったら、家のほうに付けた鐘がカランカランってなる感じの呼び鈴
でも付けて。いや、呼び鈴で出迎えたらいいからやっぱり入り口は
いらないか。
1480
﹁そのことなんだけどね。マサル、領主にならないか?﹂
﹁は? 領主とか別になりません⋮⋮けど?﹂
突然出てきた耳慣れない単語に少しキョドってしまった。領主?
俺が領主になる? 学級委員みたいなノリでなれるものなのか?
そりゃ領主なんかやるとしたら門もない家では困るだろうけど。
﹁ほら、思ったより農地が広くなりそうだろう? 希望者も増えて、
うちの村じゃ収まりきらなくなりそうでね。それでなくても農地ま
では結構な距離があるし﹂
﹁はあ﹂
﹁それで昨日見本に作ってくれた城壁を見て、いっそ農地の近くに
村を作ってもいいんじゃないかって村長と話してたんだよ﹂
なるほど。村を新しく作ってそこの村長にならないかってことか。
領主になって、村の運営とか内政をするのか。俺が? いや、エ
リーならできそうか。
﹁領主ってそんなに簡単になれるものなんですか?﹂
﹁一番難しいのは村や農地を作ることなんだけど、マサルはあっさ
り作っただろう?﹂
うーむ。興味がないわけじゃないが、世界の破滅に備えて冒険者
はやめられないしなあ。それに転移で兼業ができたとしても、領主
とか厄介事も多くなる気がする。
1481
﹁とりあえずみんなと相談ですかね﹂
俺の一存で決められることでもないし、エリーならこういうこと
には詳しいだろう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁領主、いいじゃない!﹂
二人を連れて塔に戻り全員で食堂のテーブルに付き、もう一度さ
っきの話を繰り返してもらうと、エリーが即座に賛成した。領主に
なるという案がいたく気に入ったようだ。
﹁冒険者はどうするんだよ﹂
﹁代官を置けばいいわ。あの村長だってそうでしょう?﹂
領主に変わって村を管理したり、税金を徴収したりという役割を
代行してくれるのが代官なのだそうだ。
﹁そもそも領主になる利点がわからない﹂
﹁貴族になれるわよ?﹂
貴族? 領主よりもっと面倒な話になってきた気がする。
﹁別にならなくてもよくないか?﹂
1482
﹁なんでよ!﹂
﹁いや、こっちがなんでだよ? 別に貴族とかになる必要ないだろ
う?﹂
確かに領地を持って税とか取れるなら収入は安定するだろうが、
それに付随して色々面倒が増える気がする、とちょっとお怒りなエ
リーさんに説明してみる。第一、俺は貴族って柄じゃないしな。
﹁お金なら冒険者は続行するんだし、それで稼げばいいだろう?﹂
このまま二〇年後に滅ぶ可能性があるのだ。領地とかますます重
荷に思えてきた。もちろんどうにかしようって気はあるんだけど、
どうにもならないかもしれないし。
﹁じゃあ貴族は保留でいいわ。どの道すぐにって話でもないし﹂
領主になったからって即、貴族というわけでもないようだ。
貴族になるには国に認められるなんらかの功績がいる。この場合、
新規の開拓地ということになるのだが、まずは開拓を成功させ軌道
に乗せる必要がある。そして何年も安定して税を納められるように
なって初めて功績となる。
﹁でも領主の話は受けてもらうわよ﹂
﹁えー﹂
﹁考えてもみなさい。マサルがこつこつ作った開拓地を、顔も知ら
ないおっさんに礼のひとつもなく、横からかっさらわれるのよ?﹂
1483
俺がいらないと言うことになると、作った村や農地はここの領主
の物ということになる。もちろん俺の地主としての権利がどうこう
されることはないのだが、税収などは全てそっちに流れるわけだ。
﹁む⋮⋮それは確かに嫌だな﹂
﹁でしょう? 領主もやってみてどうしてもダメだったら、それか
ら誰かに売るなり譲るなりすればいいのよ﹂
﹁そうそう。とりあえずはそういう心積りだけしておいてもらえば
それで十分だよ。決めるのは後でいい﹂
エリーとオルバさんはそう言うが俺だけで決めることでもないだ
ろうし、ここまで黙って話を聞いていた他のメンバーにも話を聞い
てみるべきだな。
﹁みんなはどう思う?﹂
﹁そうね⋮⋮わたしは賛成かな。もし子供ができたら安定したいい
暮らしをさせたいし﹂
子供か。子供のことを考えると貴族なり領地なり、あったほうが
そりゃいいだろうなあ。親が冒険者ってより百倍いい。
﹁サティとティリカは?﹂
﹁わたしはマサル様と一緒なら﹂
﹁わたしも﹂
1484
賛成2、放棄2、それに俺の保留1か。
﹁面倒が嫌なら代官はオルバにやってもらいましょう。わたしたち
はこのまま冒険者を続ければいいわ﹂
﹁それは構わないよ。村の運営はある程度わかるし﹂
﹁私も領地経営なら少しわかります。ですからマサル殿、今回の話、
ぜひともお受けください﹂
ナーニアさんがとても真剣な表情でそう言ってくる。えらく乗り
気だな?
﹁もう一度エリーにお仕えできるチャンスなんです。今度こそ父に
した約束を果たせます!﹂
ぐっと身を乗り出してナーニアさんが力説する。
ナーニアさんが亡き父親とした、エリーに仕え守るという誓いを
再び果たす時が来たと。
反論しづれえ。いや、面倒だなってだけで反論があるほど嫌だっ
ていうわけじゃないし、それもオルバさんが負担してくれるなら⋮⋮
﹁それにほら、ここに住むなら家の周りに町を作っちゃいましょう
よ。そしたらここもすっごく安全になるわよ?﹂
この家の周りに町か⋮⋮城下町だな。確かにそうなったら安全だ
し、便利そうだ。
今のこの状態、いくら丈夫な城壁を作ったとしても所詮はただの
壁。守る人間がいるといないとじゃ格段の差がある。
1485
﹁オルバとナーニアの家も隣に建てましょう。そしたらずっと一緒
に暮らせるわ﹂
﹁エリー⋮⋮﹂
結局どこに居て、何をするにしても世界ごと破滅するなら結果は
一緒だし、もし救うことができるなら受けておいたほうがお得だろ
うか。
少なくとも十九年は猶予があるんだし、それだけあればどうにか
できるだろうか⋮⋮まあ無理って時は諦めよう。世界の破滅なんて
個人でどうこうできる範囲を超えている。
﹁冒険者は当分は続ける。面倒な仕事は悪いけど、オルバさんに任
せる。それでいいなら賛成する﹂
﹁それは大丈夫。代官ともなれば僕のほうにも利益は大きいし、そ
れに⋮⋮﹂
と、いちゃいちゃしてるエリーとナーニアさんを見る。嫁の意向
には逆らえないのはどっちも一緒か。
﹁あとはここの領主に話を通さないといけないんだけど﹂
農地だけならともかく、村を新たに作って独立するとなると人が
流出してしまう。基本的に王国内での人の移動は違法でもなんでも
ないのだが、自分のところの領民が減るとなれば、それは面白くな
いだろう。
﹁それは村を新しく作りますからお願いしますって挨拶しにいけば
済む話なんです?﹂
1486
﹁会って話してみないことにはわからないね﹂
﹁交渉よ、交渉。話してダメだったら、何か贈るか、力で脅すかす
ればいいわ﹂
﹁力で脅すっていうのはさすがに問題があるけど、力を見せるのは
いいかもしれないよ。隣の領主が強い戦力を持っていて味方になる
なら、大抵の人は歓迎するだろうし﹂
﹁そうだわ、あの地竜を贈り物にしましょう﹂
手持ちのドラゴンを贈るのか。確かに贈り物でなおかつ、力を示
すには格好の素材だが⋮⋮
﹁首だけでいいわよ。全部はさすがに勿体ないわ﹂
俺が渋い顔をしたのを見て、エリーがそう付け足す。
﹁首だけでも十分に価値は高い。いいアイデアだ﹂
﹁それでゴネるようなら、マサルが目の前でメテオでもぶっ放して
やればいいわ﹂
そんなことしたら戦争になるわ!
結局、後日ご挨拶に伺おうって話になった。どうなるかはその時
の交渉次第である。
﹁じゃあさっそく今日から町作りね!﹂
1487
あれ? 俺の冬の長期休暇は? それに今日はゆっくりしようと
思ってたんですが⋮⋮
﹁諦めなさい﹂
もちろんそんなものは却下された。
1488
103話 領主になろう︵後書き︶
CM
﹁ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた③﹂
3月25日発売予定です!
3巻改稿作業も概ね終わったのでそろそろ本編進めるほうに注力し
ます。
1489
104話 光魔法と馬召喚
﹁領主はまあいいとして、貴族ってよくわからなくて怖いんだけど﹂
オルバさんナーニアさんを送っていったエリーを見送ってそう切
り出してみる。実際、エリーの実家は陰謀らしきもので没落したの
だ。貴族の権謀術数に巻き込まれるなんて本当に御免蒙りたい。
﹁うーん。わたしもそういうのは縁がないからわからないかなあ﹂
﹁ティリカはどう?﹂
﹁貴族は大きい家に住んでいて贅沢をしている﹂
﹁ああ、うん。そうだね﹂
子供みたいな意見をありがとう。
﹁結局のところ違いはそれくらい。全部同じ人間﹂
と思ったら案外深い意見だ。生まれが違うだけで、人間には違い
ないって現代的な考え方だな。
﹁どちらかというとマサルのほうが人間離れしている﹂
﹁そうそう。使徒のマサルに比べたら貴族だなんだって言っても普
通の人間だよ﹂
1490
サティですらコクコクと頷いていた。
﹁お、おう﹂
確かにちょっと人間離れしてきた気がしないでもないが、たまた
まチートを貰って異世界に飛ばされただけのただのニート。家も普
通の中流家庭だ。先祖は農家だったらしい。貴族なんてのには縁も
ゆかりもないのだ。
使徒だとか貴族だとか肩書なんか全くもって不要だと思うし、嫁
と毎日いちゃつきながらたまにちょっとだけ働いて。そんな生き方
がしたいのだが、うちの嫁たちはみんな勤勉で、もっとゆっくりし
たいという俺の主張は概ね不評だ。
ほどなくエリーが戻ってきた。
﹁おかえり﹂
﹁ただいま。オルバが家を建ててくれって言ってたわ。ほら、あの
農地に作った壁で囲ったところ。あそこに仮設の村を作りたいんだ
って﹂
﹁了解﹂
だが先に家族会議の続きだ。今話したことをエリーにも伝える。
エリーにも貴族になることに対するメリットデメリットをもうちょ
っとちゃんと聞いておきたい。
﹁権謀術数とかそんなのないわよ。滅多には﹂
﹁やっぱりあるんだ⋮⋮﹂
1491
﹁そりゃ中央にいけば何かとあるかもしれないけど、一ケ村持ちの
田舎貴族が中央に行く機会なんて一生に一度、叙任の時くらいかし
ら。マサルが心配するようなことは全くないわよ﹂
確かに最下級の貴族なんてその程度か。
それに中央にしたところで真偽官が目を光らせているのだ。明白
な犯罪行為は即没落フラグである。逆に言えば犯罪未満の権力闘争
はそれなりに行われているようなのだが。
﹁うちなんか開拓に必死でご近所付き合いすらほとんどなかったわ
ね。生活も伯爵だった時に比べると質素なものだったわ。今のほう
が食事とかは全然豪華よ﹂
﹁じゃあ農地と町作りだけすれば、あとはオルバさん任せでもいい
ってこと?﹂
﹁貴族にはもう一つ大事な役目があるわよ﹂
﹁なんでしょう?﹂
お家繁栄のための子作りとか?
﹁村や領民の防衛。マサルの得意分野よね﹂
ですよね! 変なこと口走らなくてよかった。
確かにそれなら楽勝だ。でかい壁を建てて、あとは周辺の雑魚を
掃討すればいい。
魔境が近いとはいえ、間にはエルフの里と砦がある。危険は低い
だろう。
1492
﹁つまるところ領民の生命財産の保障ができるなら、あとは適当で
もなんとかなるのよ。簡単でしょ?﹂
領主としての役目はそこまで。あとは領民の自助努力の範疇とい
うことだろうか。
貴族としてのお付き合いもいらない。面倒な雑事はオルバさん任
せ。それくらいならまあなんとか許容範囲かなあ。
﹁冒険者あがりで貴族になるっていうのは結構あることなの。だか
らさほど目立ったり注目されたりってこともないはずよ﹂
引退した高ランクの冒険者が、辺境の開拓団を率いるというのは
よくあることだという。お金はある。引退してすぐなら十分な実力
もある。冒険者として辺境で戦った実績もある。
うまくすれば領主で貴族だ。第二の人生の選択肢として人気があ
るらしい。
もっとも脱サラして喫茶店やラーメン屋を開店するほど簡単な話
ではないようだ。俺みたいに自前で建物から農地まで作れるならと
もかく、普通にやるとなると資金も人員も、いくら高ランクの冒険
者といえど個人で賄える範囲を超える。
大抵はどこかの貴族なり大きな商人なりの支援を受けてというこ
とになるようだ。
で、そういうトップダウンな処理をするなら問題はないのだが、
今回は突発的な話で現地領主の事前の承認が取れていない。建前と
して開拓は自由とはいえ、無視していいはずもない。
﹁そもそもなんで開拓しなかったんだろう? 村からも近いし、そ
んなに危険なわけでもない。農地が欲しい人も結構いっぱいいるよ
うだし﹂
1493
﹁面倒だからじゃない? ここの領主はエルフとの交易で儲けてる
から、わざわざ新しい農地を増やす必要もないのよね。羨ましいこ
とだわ﹂
なるほど。別に産業は農業に限らなくてもいいんだな。鉱山とか
見つけられれば儲かりそうだ。
﹁じゃあ案外あっさり認めてくれるかもしれないのかな?﹂
﹁わからないわね。正直に言うけど、思いっきりゴネられる可能性
もあるわ﹂
﹁もしどうしてもダメって言われたら?﹂
﹁今からそんな心配しても仕方ないわ!﹂
いつものノープランかよ! いや、確かにエリーに言っても仕方
がないことではあるが。
﹁まあダメだったらダメだったでいいや。農地や家を売りに出した
ら十分に儲かるしな﹂
先ほどやるとは宣言したが、ここの領主が反対するなら俺にはど
うしようもない。まさか力ずくというわけにもいかないだろうし。
﹁えー、そこはがんばりましょうよ、ね?﹂
﹁でもなあ。当分ここに住むつもりだし、無茶なゴリ押しなんかし
て領主に睨まれたりしたら困るだろ? 俺たちなら引っ越せば済む
1494
話だけど、オルバさんとかずっとここに住むんだぞ﹂
﹁それはそうだけど⋮⋮﹂
﹁まあ今からそんな心配してもほんと仕方ないな﹂
﹁そうね。交渉は私に任せておきなさい。ばっちり丸め込んでやる
わ!﹂
﹁他のみんなもそんな感じでいいか?﹂
﹁そうね。なれればいいけど無理してまでは﹂
アンの意見にサティとティリカも賛成のようで頷いている。
﹁ということですが﹂
﹁仕方がないわね⋮⋮ナーニアには悪いけどダメならすっぱり諦め
るわ。どうせSランクになったらこんな話はいくらでも向こうから
やってくるし、少しくらい待ってもらいましょう﹂
﹁そうなんだ?﹂
﹁そうよ。勇者だって領地をもらってたでしょう?﹂
﹁あれは魔王を倒したからだろう﹂
﹁大きい領地ならともかく、小さい村を貰えるくらいの働きならそ
のうちできるでしょ﹂
1495
﹁まあな﹂
そのうち神様が何か言ってくるのは間違いない。俺としても嫁の
ためにこの世界の滅亡はなんとか阻止したいし。
﹁じゃあそういうことでいいわ﹂
﹁他に何か意見は? ないなら先にスキルを取っちまおう。これか
ら忙しくなりそうだし﹂
こっちに戻ってからやるつもりが、俺が倒れたせいで先延ばしに
なっていたのだ。どうせ休暇中だし、ゆっくり考えればいいと思っ
ていたが、状況が変わってしまった。
各人ともかなり大量にスキルポイントが貯まっていて、この数日
でちょこちょこと相談はしていたのでそれに基づいてさくさく割り
振っていく。
サティはエルフの里の防衛戦で+レベル14とクエストクリアの
報酬でポイントが80。ステータスももりもり上がっている。魔力
も多少上がってた。
戦闘力はもう十分な感じなので補助的スキルをメインに割り振っ
ていく。
暗視 5P 体力回復強化 5P 器用増加Lv0↓5 24P
魔力感知Lv3↓5 14P
4P
隠密Lv3↓4 4P 忍び足Lv2↓4 7P 聴覚探知Lv
4↓5 10P 格闘術Lv2↓4 7P 盾Lv3↓4
サティ レベル37 スキル 0P
1496
頑丈 鷹の目 心眼 暗視new! 体力回復強化new!
肉体強化Lv5 敏捷増加Lv5 器用増加Lv0↓5 魔力
感知Lv3↓5
料理Lv2 家事Lv2 裁縫Lv2 生活魔法
隠密Lv3↓4 忍び足Lv2↓4 聴覚探知Lv4↓5 嗅
覚探知Lv3
剣術Lv5 弓術Lv5 格闘術Lv2↓4 回避Lv5 盾
Lv3↓4
ティリカは+レベル10と報酬分で60P。魔法系と体力の強化
をする。
MP消費量減少Lv0↓5 24P 魔力感知Lv1↓4 9P
肉体強化Lv0↓2 7P 水魔法Lv4↓5 20P
ティリカ レベル31 スキル 0P
肉体強化Lv0↓2 料理Lv1 魔力感知Lv1↓4 魔力増強Lv5 MP回復力アップLv
5 MP消費量減少Lv0↓5 魔眼︵真偽︶ 水魔法Lv4↓5
召喚魔法Lv5
アンは+レベル11と報酬分で65P。魔法系の強化をする。
水魔法Lv4↓5 20P 魔力感知Lv1↓3 5P 高速詠
唱Lv0↓5 24P MP消費量減少Lv3↓5 14P
アンジェラ レベル33 スキル 2P
肉体強化Lv3 家事Lv2 料理Lv3 棍棒術Lv4 盾Lv3 魔力感知Lv1↓3 1497
高速詠唱Lv0↓5 魔力増強Lv5 MP回復力アップLv
5 MP消費量減少Lv3↓5 回復魔法Lv5 水魔法Lv4↓5
エリーは+レベル13と報酬分で75P。これも魔法系の強化。
魔力感知Lv1↓5 19P 高速詠唱Lv2↓5 17P M
P消費量減少Lv2↓5 17P
魔力増強Lv4↓5 5P MP回復力アップLv4↓5 5P
土魔法Lv2↓4 7P
短剣術Lv2
エリザベス レベル35 スキル 5P
料理Lv1 投擲術Lv1
魔力感知Lv1↓5 高速詠唱Lv2↓5 MP消費量減少L
v2↓5
魔力増強Lv4↓5 MP回復力アップLv4↓5
回復魔法Lv1 空間魔法Lv5
火魔法Lv1 水魔法Lv1 風魔法Lv5 土魔法Lv2↓4
さて、人の分は言うがままにやっていればいいのだが、問題は自
分の分である。
マサル レベル43 スキル 153P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 鷹の目 肉体強化Lv5 料理Lv2
隠密Lv4 忍び足Lv4 気配察知Lv4 心眼
盾Lv3 回避Lv5 格闘術Lv1 弓術Lv5 投擲術Lv2 剣術Lv5
魔力感知Lv5 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復
1498
力アップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv5
︻光魔法︼ ①閃光 聖矢 ②隠蔽 防御障壁 ③聖槍 鼓舞 ④
光剣 魔法障壁 ⑤核融合 加護
とりあえず光魔法を取ってみた。あくまでとりあえずだ。
これが勇者専用魔法のようで、使えるのがバレたとたん勇者だと
なし崩し的に認定される恐れがある。有用でも隠しておく必要があ
るならリセットをして空間魔法でも覚えておいたほうがいい。
ちなみに生産系は取らないことにした。習得にそれなりにポイン
トが取られるし、何より仕事が増えそうだ。
戦闘系のみの現状ですら、何かと雑用をやらされるのだ。この上、
本職の生産スキルなんて取った日には、仕事量が激増するのは目に
見えている。
塔の横に作った、ちょっとした庭に出て覚えたての光魔法を試す。
閃光はそのまま光の目眩まし。
聖矢は対アンデッド用の光の魔法矢。通常攻撃の威力は火矢の半
分もない。それにアンデッドは狩られて今はもうほとんど残ってい
ないそうだし、普通の魔法でも十分にダメージを与えられるらしい。
隠蔽は光学迷彩で姿が見えなくなる。便利そうだが、視覚のみな
ので探知系を持っていれば無効である。
防御障壁は味方全部にかける防御魔法なのだが、普通に攻撃は通
りダメージを1割か2割カットする感じだろうか。微妙。
聖槍は聖矢の強化版。やはり通常の威力は弱い。使えない。
鼓舞は物理系のステータス強化が全員にかかる。うちだと俺とサ
ティだけなんで、やっぱり微妙な気がする。
1499
光剣はライトセイバーだな。属性剣と同じく、普通の剣だとすぐ
にぼろぼろになる。
魔法障壁も防御障壁と同じく、多少のダメージ軽減をするだけの
ようだ。障壁といいつつ普通に魔法は食らう。
加護はどうやらHPとMPが常時少しずつ回復するようだ。便利
ではあるがレベル5の割にはちょっとしょぼい。
核融合は⋮⋮試さなくてもだいたい分かるよね。というか、怖く
て家の近くじゃ試せないし、フレアと被ってる。
結論。便利そうだが微妙な魔法も多く、無理して覚えるほどじゃ
ない。
問題はパーティメンバーにかけられる系統の魔法が、光のエフェ
クトと共に発動して派手派手しく、光剣も明らかに他の属性剣とは
見た目が違うことだ。こっそりとは使えそうにもない。
﹁ということになりました﹂
小一時間、魔法のテストに付き合ってくれたみんなに告げる。
﹁前衛が多いパーティならかなり使えそうだわ﹂
エリーがそう評した。つまりうちみたいな遠距離火力パーティに
はマッチしないってことになる。やっぱりリセットでいいな。
それとポイントがまだ余ってたので闇魔法も試そうかと思ったん
だが、光魔法を取った時点で取れなくなった。どちらか片方という
ことらしい。まあ魔族の使う魔法だとか、光魔法以上にバレたら危
険極まりないから取る予定もないんだけど。
とりあえずスキルリセットを発動する。これで光魔法の情報は俺
の頭からさっぱりと消去された。使い方を覚えていれば魔法は使え
1500
てしまうから、スキルリセットによって記憶からなくなるのは理に
かなっているが、さっきまで確かに覚えていたことが消え去る。光
魔法みたいな覚えたての魔法ですらあまり使いたくない。
光魔法の情報はノートに詳しくメモっておいた。これはあとでま
たチェックすることにしてポイントの割り振りを考える。
しかしどうしたものか。空間魔法はレベル4で十分な気がするし、
それだとかなりポイントが余る。召喚も取ってみようか。
空間と召喚をレベル4ずつとして28Pの56P。暗視5P、頑
丈5P、隠密と忍び足をレベル5にして20P。敏捷と器用、盾、
気配察知。
悩ましいがいざとなったらリセットもあるし、いつまでも考えて
いても仕方がない。
暗視 5P 頑丈 5P 隠密Lv4↓5 10P 忍び足Lv
4↓5 10P
敏捷増加Lv0↓5 19P 器用増加Lv0↓5 19P 気配察知Lv4↓5 10P 盾Lv3↓5 14P 格闘術Lv1↓3 5P 空間魔法Lv
0↓4 28P 召喚魔法Lv0↓4 28P
マサル レベル43 スキル 0P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 鷹の目 暗視new! 頑丈new!
肉体強化Lv5 敏捷増加Lv0↓5 器用増加Lv0↓5 料理Lv2
隠密Lv4↓5 忍び足Lv4↓5 気配察知Lv4↓5 心眼
盾Lv3↓5 回避Lv5 格闘術Lv1↓3 弓術Lv5 投擲術Lv2 剣術Lv5
魔力感知Lv5 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復
1501
力アップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5 空間魔法Lv0↓4 召喚魔法Lv0↓4
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv5
召喚魔法レベル4でドラゴンを呼び出して二頭立て!と思ったが
どうやらドラゴンのストックが種切れらしい。俺の分はどうにか自
力で手に入れる必要がある。ポイントをちょっと無駄にしてしまっ
たかもしれない。その代わりレベル3以下の召喚には選択肢がそれ
なりにありそうだ。
﹁馬にしようと思う﹂
レベル1と2はティリカと同じコンセプトでいいが、問題はレベ
ル3だ。ホワイトタイガーみたいに通常使用に制限がかかるのは面
白くない。
馬なら普通に飼われているし、不自然なところは全くない。呼び
出せばいつでも出てくる。世話もいらない。便利そうだ。
﹁マサル、乗馬はできないでしょ?﹂ ﹁うん。エリー教えてよ﹂
﹁私も乗馬はやってみたいな﹂
アンも興味はあるようだ。
﹁じゃあ呼び出したら暇を見てみんなで練習しようか!﹂
1502
召喚でなら虎やドラゴンにだって乗れるのだ。練習すれば馬くら
いすぐに乗りこなせるようになるだろう。
﹁馬! 召喚!﹂
召喚魔法は初だが、当然のように失敗などもなく、あっさりと馬
が召喚された⋮⋮?
ズンッという効果音とともに、召喚した馬が一歩を踏み出す。巨
大な蹄により深くめり込む地面。
﹁ね、ねえ。馬にしては大きくない?﹂
後ろで見ていたアンがそう言う。
﹁お、おお⋮⋮﹂
目の前の、見上げるような巨大な馬がブルルンと返事をするよう
にいなないた。
この異世界でもよく見る、馬車を引いたりしている馬の倍以上は
確実にある巨大な体躯。ただよう王者の風格。その巨大な蹄でトロ
ールくらいなら吹き飛ばしそうだ。
召喚したのはただ馬のはずだが、どうみても普通の馬じゃない。
毛色が栗毛じゃなく、黒かったら即座に黒⃝号と名付けていたとこ
ろだ。
﹁こいつ、外で乗り回しても大丈夫かな?﹂
エリーにそう聞いてみる。もしかしたら異世界の馬ってこんなの
だろうか? 俺は普通の荷馬しか見たことないし。
1503
﹁きっと大騒ぎよ﹂
ですよねー。
1504
104話 光魔法と馬召喚︵後書き︶
メモ
魔法系統 5>2>3>4>20P
レア魔法系統 10>4>6>8>40
戦闘・探知系統︵高速詠唱・魔力消費減少もこのカテゴリ︶ 5>
2>3>4>10P
身体強化・魔法強化系 5>2>3>4>5P
言い訳。
もっと早くにリリ様が出てきて報酬うんぬんの話になるはずが
途中でプロット変更が入り⋮⋮
タイトルどうしよう? まあこのままでいいか!
ってことであんまり気にしないでいただけると助かります。
絶賛予約受付中の③巻の表紙、ご覧になったでしょうか。
マサル君が、普段の5割増しイケメンに!
※画像はイメージです
1505
105話 仮設村の建設︵前書き︶
前回のあらすじ
・領主にならないか?
・召喚ででかい馬が出てきた
1506
105話 仮設村の建設
﹁これはちょっとどうなんだろう⋮⋮﹂
こんなのが街道の向こうから走ってきたら、俺なら即座に戦闘態
勢に入る。
普通の馬を呼び出すつもりだったのだ。普通に移動手段として使
いたかっただけなのだ。
なのになぜ黒○号が出てくるのだろう。うぬぅ、解せぬ。
﹁でもかっこいいですよ!﹂
﹁かわいい﹂
サティとティリカは召喚した巨大馬が気に入ったようで、恐れげ
もなく触りに行っている。
確かにカッコイイが、そういう問題ではないのだ。
﹁召喚獣は主の魔力で成長する。これがマサルの今の魔力に相応し
い召喚獣﹂
黒⃝号︵仮︶をぺたぺたと触りながら、ティリカが解説してくれ
た。
俺か!? 俺の魔力が強大すぎるせいか!
﹁確か帝国のどこかでかなり大型の馬が育成されてたはずだけど⋮
⋮﹂
1507
エリーの補足が入る。日本でも北海道に重量級の馬が居たはずだ。
なんかで見た覚えがある。
﹁そういう馬の種類がいるってことなら誤魔化せるか?﹂
﹁無理じゃない?﹂
ですよね。見るからにどこぞの世紀末覇者専用の馬だしな。まと
ったオーラが普通の馬と違いすぎる。
﹁小さく召喚しなおせばいい。召喚獣は普通の生き物とは違う。マ
サルにならできるはず﹂
考えこんでいる俺にティリカがそう教えてくれた。
なるほど。召喚する時にちょっと気合を入れすぎたせいかもしれ
ない。魔力によって成長するなら逆に小さくするのもコントロール
ができるはずということか。
﹁戻れ﹂
もう一度。落ち着いて、先ほどの黒⃝号をもっと普通の馬になる
ようにイメージをして︱︱召喚!
召喚魔法の発動に応じて、今度こそ普通の馬が呼び出された。別
の馬ではない。毛色も同じ栗毛だし、さっきと同じ馬なのは召喚主
として感覚でわかった。
まだ普通の馬よりも一回りも二回りも大きいが、たぶん目立つほ
どでもないはずだ。頑丈そうな蹄はそのまま引き継ぎ、よく走りそ
うだ。精悍で艶のある毛並みに、張りのある筋肉。G1も確実に狙
えそうな逸材だ。気に入った!
1508
﹁いい馬だ。お前の名前は黒⋮⋮いや、松風。マツカゼにしよう。
よろしくな、マツカゼ!﹂
マツカゼが嬉しそうにいなないた。
﹁鞍がいるな。町で売ってるかな? 買いに行こうぜ!﹂
頭を下げたマツカゼの額をなでてやりながら言う。
こいつを日本に連れて帰りたいなあ。競馬に出したら勝ちまくる
ぞ。名前はヤマノマツカゼってところだろうか。
﹁鞍は革製品を扱っているお店にある。でも鞍がなくても乗れる﹂
ティリカのその言葉を真に受けて試してみたら、歩き出したマツ
カゼからすぐに落っこちた。
自転車みたいなもんだろうと思ったら、歩き出したらすごく動く
のだ。バランス取りが難しい。素直に鞍を買ってからのほうがよさ
そうだ。
交代したティリカは鞍なしでも上手に乗りこなしている。楽しそ
うだ。俺の召喚獣なのに⋮⋮
もっと遊んでいたかったが今日は仕事がある。いや、今日もだろ
うか。休んで倒れてた時以外、なんか連日仕事をしてないか?
冬の休暇って話は一体どこに行ったのだろうか。せめて今日の仕
事は早めに済ませて午後はゆっくりしよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
1509
とりあえず今日のところは、仮設村を作るだけでいいようだ。
肝心の領主の承認がないことには計画も立てられないし、本格的
な農作業は春を待ってからとなるから、さほど急ぐ必要もないのだ。
エリーのフライで仮設村の中に直接降り立つ。
仮設村には誰もいなかった。戻ってこないうちにちゃっちゃとや
ってしまおう。
﹁どれくらい作ればいいんだ?﹂
﹁二,三〇人分の建物と、あとは井戸をもう一個か二個、それとト
イレね。お風呂も付けたほうがいいかしら﹂
あくまで仮設なので雨露がしのげ、雑魚寝ができるスペースがあ
ればいいようだ。
旅の間に作った大きめの建物を長屋風にくっつけて建てればいい
かな。新しい建物の構造を考えるのは面倒だ。
門に近い、以前作った建物の横に位置を定める。
イメージ、イメージ。同じ建物を五個。くっつける感じで︱︱
詠唱に従って手前の地面が削れ、新たな建物が盛り上がり、すぐ
に横長の建物が完成した。
一軒一軒がそこそこのサイズなので雑魚寝でいいなら一つで二〇
人でも詰め込めそうだ。
ただし内部は一部屋のみで、壁と屋根があるだけ。床も土のまま。
本当に上っ面だけである。
続いて床を石に錬成し、暖炉をそれぞれの部屋に設置して一応は
完成となる。扉も窓も開けっ放しで付いていない。
扉や窓は細工に時間がかかって面倒な上に、石製の扉というのは
1510
重くて一般家庭向きではないのだ。扉は大工さん任せのほうがいい
ものができる。
﹁上出来ね。足りなければ後でもう一棟追加すればいいわ﹂
家としては未完成にも程があるが、エリーさんのお褒めの言葉が
出たのでたぶんこれでいいのだろう。
続けてトイレを二個、井戸を一箇所、さらにお風呂場も脱衣所と
ともに隣接した場所に併設する。
お湯を沸かす部分もバーベキュー用の鉄板を埋め込んで、下のカ
マドで薪を燃やせばいいように作っておいた。俺は魔法で全部やれ
るので、普通の火で沸かす風呂釜を作るのは初めてだったのだが、
アンに見てもらい、大丈夫だとのお墨付きをもらった。
﹁こんなもん?﹂
﹁こんなものね。悪く無いわ﹂
最後に建物周りの地面を平らにならし、石畳の道を門までまっす
ぐ伸ばす。
ここまで三〇分ほど。実に素早く、いい仕事だ。
﹁マサルがいると便利でいいわねー﹂
﹁何を言ってる。エリーも土魔法あげたから出来るだろ﹂
気がつけばエリーは見学だけで何一つ働いてない。土魔法のレベ
ルはさっき上げたばっかりだから、すぐに俺みたいに作れるとは思
えないが、手伝う素振りくらい見せたっていいと思うんだ。
もしエリーが家造りとかも出来るようになれば、俺の負担がだい
1511
ぶ減って助かるんだが。
﹁そうね。ちょっと試してみようかしら﹂
﹁じゃあ小さな家から作ってみようか﹂
俺が作った長屋から少し離れたところに移動をする。
﹁じゃあやるわよ﹂
エリーの詠唱に従って、地面が盛り上がっていき⋮⋮いきなり屋
根がドサっと崩落した。
驚いたエリーの詠唱が止まる。
見てみると屋根の形成に失敗した他に、壁が三面しかない。
﹁まあ最初だし仕方ないよな﹂
エリーはおかしいわね、などとブツブツ言っている。失敗に納得
がいかないようだ。
﹁いいか、イメージだ。完成した家をしっかりと頭の中でイメージ
するんだ﹂
﹁家⋮⋮家ね。わかったわ!﹂
本当にわかったのだろうか? 自信ありげなエリーを見るとひど
く不安だ。
エリーの再びの詠唱で、先ほどより地面が大きく広範囲に⋮⋮い
や、十倍くらいないか、これ⋮⋮そしてやっぱり崩壊した。
目の前には数百年前の廃墟といった風情の石造りの建物の残骸。
1512
どうみても小さい家のサイズじゃない。
﹁何をイメージしたんだ﹂
﹁昔住んでた屋敷なんだけど⋮⋮いきなりは少し無理だったかしら﹂
少し無理どころじゃない。
﹁小さいのからな、小さいの。大きいのは小さい家が出来てからだ﹂
三つ目の作品は屋根はなんとかもったが、壁がやっぱり一面なか
った。扉のつもりか?
四つ目にしてようやくまともな箱が出来た。箱だ。入り口もない、
屋根もまっ平らで、大雪が来たら重みで即潰れそうだ。
しかも調べてみると壁が薄い。試しに力を入れてみると簡単に崩
れ、穴が開いてしまった。欠陥住宅である。子豚の作ったワラの家
でももうちょっと丈夫だ。
﹁何がいけないのかしら?﹂
ほんとに何がいけないんだろう。俺は普通にできるのだが⋮⋮い
やそうでもないか? 最初からってわけでもないな。
ゴルバス砦の防衛戦からこっち、土壁の魔法はかなり活用してき
た。俺にしたところでいきなり家を建設したわけじゃない。コツコ
ツとやってきた実績があるのだ。
感覚、イメージでやってきているのであまり系統立てて考えたこ
とはないが、家を作るのにもただ土壁の形を変えて組み合わせれば
いいというものではない。最終形の明確なイメージ、家としての十
分な強度、作成時の形成順序。考えるべきことは案外多そうだ。
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﹁土壁以外作ったことは?﹂
﹁ないわね﹂
図画工作、日曜大工の類をやったことがあるかも聞いてみたら、
やはり全然やったことがないみたいだった。貴族だものな。
﹁単なる練習不足、修練不足だな。もっと簡単なのからやったほう
がよさそうだ﹂
﹁練習⋮⋮いま空間魔法の練習で一杯一杯なのよね﹂
﹁ま、地道にやるしかないよ﹂
現実は厳しい。まあ普通の壁なら作れるから、多少の分担はして
もらえるだろう。
そして初歩的な土壁の強度アップ版を何個かエリーに練習させて
いるうちに、オルバさんが村人たちを引き連れて戻ってきた。ちょ
うど昼時である。
村人たちは新しく出来た建物を検分している。オルバさんも家を
少し見てから、こちらへとやってきた。
﹁ええっと、これは?﹂
エリー作成の謎のオブジェを見てオルバさんがそう尋ねる。戻っ
てきたら、あっちの新しい家はいいとして、この謎の廃墟や土壁だ。
意味がわからないだろう。
だがエリーがぷいっと顔をそむける。自分で説明したくはないら
しい。
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﹁ほら、どんな家がいいかなと練習をですね。あと、強度を調べる
のに壊してみたり﹂
﹁なるほど﹂
適当に誤魔化せた。とりあえずこの失敗作群は処理しておこう。
これ以上人目に晒すのはエリーのストレスになる。
幸い村人たちは興味深げに見ているが、こちらへとやってくる様
子はない。たぶん前に俺が、見られたり騒がれたりするのが苦手と
言ったのを守ってくれているのだろう。
地面に手をつき、土魔法を発動させる。元は土から作った建物で
あるし、何度もやってる農地作りと要領は同じだ。さほど魔力も消
費せずに、エリーの作品は土に還った。
﹁家の方はどうですかね? 扉とかはまだないですけど﹂
﹁いい出来だ。扉はこっちで作ろう﹂
じゃあ今日の仕事はこれで終了だな。この後は砦に行って、食事
をして買い物を⋮⋮
周りを見渡してアンがいないと思ったら、村人のほうからこっち
に来いと手を振っている。
﹁お昼はここで皆さんと食べましょう。食材をお願い﹂
まだ未定ではあるが、俺の作る村に住むかもしれないのだ。今か
ら交流しておこうということだろう。肉ならエルフの里で回収して
きたのがまだまだあるし。
おにく
食材を大盤振る舞いし、アンの指揮のもと一家総出で調理をする。
1515
エリーも包丁か火魔法係なら十分に役に立ち、珍しく真面目に手伝
いをしている。
メニューは肉肉肉、それにパンと野菜が少しである。偏ってるが
力仕事だからこんなメニューのほうがいいだろう。
しばらくの間、村人たちに恐縮されつつ料理を提供していると、
俺に客がやってきたという。料理を止めて外にでると、馬を連れた
立派な装備の騎士が三人に村長さん。なんだろう? 俺、ここのと
ころは何にもしてないよな?
﹁おお、マサル殿。こちらは⋮⋮﹂
﹁クライトン伯爵領軍副長ジェラス・ベスターだ。お前が冒険者の
マサル・ヤマノスか?﹂
村長の紹介を遮って、真ん中の騎士が名乗りを上げる。クライト
ン領とはもちろんここのことだ。とすれば用件はもちろん、村を新
しく作る話だろう。表情からするとあまり歓迎されてない気がする
が⋮⋮
俺がしぶしぶ名乗ると不躾な視線でじっくりと観察された。きっ
と大して強そうじゃないなとか思ってるんだろう。
﹁ふむ⋮⋮領主パーク・クライトン伯爵様がお呼びである。明日、
明け二つに領館に来るように﹂
たっぷり俺を眺めて満足したのか、そう告げる。
明け二つとは日の出から数えて四時間後くらい。午前10時くら
いになるだろうか。
﹁はい﹂
1516
﹁詳しい話は村長に聞くがいい﹂
それだけ告げると馬に乗り、仮設村から去っていった。
﹁今朝の話のあと、ご領主様に早めに話を通しておこうってエリー
と話してね。村長に行ってきてもらったんだよ﹂
﹁それでですな。直接話がしたいと、ご領主様の仰せでしてな。急
な話じゃが﹂
﹁こういうことは早めに済ませておくほうがいいわ。ね、マサル﹂
皆が口々に説明をしてくれた。
急な話だが早めに決着をつけておいたほうがいいのは確かだ。根
本的なことが決まらないことには開拓計画が進められない。
﹁とりあえず食事でもしながら、詳しい話を聞かせてもらえますか
?﹂
アンも調理が一段落したようで、みんなの分の食事を新しい家屋
のほうに運び、土魔法で石のテーブルを作って囲む。
﹁それで領主の人はどんな具合なんでしょう﹂
﹁それがですな⋮⋮﹂
村長によると新規の村作りはここの領主の気には入らなかったよ
うだ。どこの馬の骨ともわからん冒険者の開拓事業など認めること
はできんと、大層お怒りなのだという。
一部の成功した者を除けば、冒険者というのは社会的に底辺であ
る。素行が悪い者も多い。そんなのがいきなり隣に家どころか領地
を作ろうというのだ。当然歓迎はされないだろう、そうエリーが説
1517
明してくれる。
確かに冒険者には柄の悪いのが多い。そんなのが隣に引っ越して
くるとか嫌すぎるな。
﹁でもすんなり行くとは思ってなかったけど、そこまで怒るのはち
ょっと予想外ね。何か冒険者に嫌な思い出でもあるのかしら?﹂
贈り物でもして友好的に接すれば、なんとかなるだろうという想
定だったのだが⋮⋮
﹁諦めよう﹂
﹁諦めるのが早いわよ!﹂
もちろん諦めるなんて許されるはずもなく、その夜ベッドの中で、
精一杯の努力をするとアンに約束させられた。
正直エリーだけならほんとに諦めてもよかったんだが、今回はア
ンも乗り気なのだ。俺は貴族なんか余計な重荷になるだけだと思う
のだが、アンやエリーがそれで幸せになると言うのなら協力するの
に否応もない。
願わくば明日の交渉が平穏無事に終わることを祈るばかりである。
1518
106話 伯爵との交渉
翌朝、まずは砦に寄り、Aランク審査が終わってないかの確認の
ためにギルドへと立ち寄る。
Aランクともなれば交渉でもハッタリが効く。だが審査はまだ続
行中のようだ。
﹁昨日、クライトン伯爵様からあなた方のパーティに関して問い合
わせがありましたよ。そのうち仕事の依頼が行くかもしれません﹂
ランク審査のことを尋ねた後、応対してくれたいつものギルド職
員がそう知らせてくれた。
﹁私たちの情報をペラペラしゃべってないでしょうね?﹂
﹁もちろんです。調べればわかる程度と、あとは非常に戦闘力が高
く優秀だと教えておきました。でも土魔法に興味があるみたいでし
たよ。依頼は建設関係かもしれませんね﹂
具体的な仕事の依頼があるならともかく、いくら領主の問い合わ
せでも必要以上の情報を提供することはないようだ。特に俺たちは
情報を秘匿するようにお願いしてあるし。
﹁この後会うし、下調べでしょうね﹂
﹁直接の依頼ですか? なるべくならギルドを通してもらいたいの
ですが﹂
1519
﹁別件よ。実は︱︱﹂
エリーが開拓事業のことと、今日領主とそのことで話し合いに行
くことを簡単に説明する。
﹁まさか引退は考えてませんよね?﹂
﹁しないわ。当面は代官を置くことになるわね﹂
﹁それならいいのですが﹂
﹁まあ今日の領主との交渉次第ね。開拓の規模は小さいから冒険者
ギルドとはあまり関係のない話だけど、ちゃんと決まったらまた教
えるわ。行きましょう、みんな﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁大きいなー﹂
空から見て素直な感想を述べる。
領主の住む町、ミヤガはこの地方最大の都市である。シオリイの
町など比較にならない広大な土地にそれを囲う長大な壁。内部の建
物もゆったりとした配置で道幅も広い。
中心部にある立派な建物が領主の館だろう。大きい庭もついてお
り、鷹の目でよく見てみると、そこにはたくさんの人が集まってい
るようだ。祭りか集会でもあるのだろうか。
﹁なにマサル、大きい町を見たことがないの? 王都や帝国の都市
1520
はもっと大きいわよ?﹂
異世界にしてはってことなんだが、それは黙っているのが平和と
いうものだろう。もっとも壁に囲まれた城塞都市なんて日本にはな
いし、なかなかに大きいと思ったのはまったくの本音だ。
﹁領主の館の場所もわかったし、そろそろ降りて町に入ろう﹂
大都市だけあって、門周辺の警備も厳重だ。武装した兵士が数十
人詰めている。あまり空から近寄って警戒されるのも嬉しくないの
でかなり手前で着地する。
壁の外にある農地も広大だ。冬季で作物は少ないようだが、何か
の作業をしている人がちらほら見える。
人の行き交う街道を少し歩き、門に到達すると、兵士が集まって
きてあっという間に取り囲まれた。
﹁伯爵様がお待ちだ。案内しよう﹂
昨日仮設村まで知らせを持ってきた来た騎士の一人だ。俺たちを
待ち構えていたらしい。
門に居た沢山の兵士も大都市だからってわけでもなかったようだ。
ミヤガの町のメインストリートを完全武装の兵士たちに囲まれ、丁
重に護送される。
﹁これは脅しにかかってるわね。きっと威圧して、交渉を有利にし
ようって腹よ。びびっちゃだめよ、マサル﹂
エリーが小声で俺にささやく。
今日の装備はよそ行き用のただの服である。剣も町に入る前に仕
舞っておいたのだが、これなら完全装備で来ればよかった。兵士は
1521
二〇人程度とはいえ、こちらは丸腰で防具もなく、至近距離でみっ
ちり囲まれている。
彼らは特に敵意を示しているわけではないし丁寧ではあるが、明
らかに警戒されている。通りにはお店も多いのに覗くこともできな
い。
﹁平気平気﹂
まあでもたかが二〇人だ。この程度で今更びびったりもしない。
一人メイジがいるのが気になるが、隊長を含め兵士の練度はそこら
辺の冒険者とそう変わりないようで、何人いたところで俺とサティ
の敵ではない。不意打ちでも食らわなければ対処は余裕だろう。
それに今日はただの話し合いのはずだし、あちらさんも実力行使
は考えてはいないだろう。エリーの言うとおり、話し合いの前にち
ょっと圧力をかけておこうって腹なのだ。狡っ辛い。
その程度だと思っていたのだが領主の屋敷に到着し門を抜け見た
ものは、整列した完全武装の兵士の軍団。地上からだと数は不明だ
が、千以下ということはなさそうだ。
空から見て人が集まっていたように見えたのはこれか⋮⋮
﹁これって﹂ ﹁エルフの里に救援に向かった部隊が昨日帰還したのだ﹂
兵士の一人が教えてくれた。
緊急の呼び出しはこれを見せつけるためか。確かに普通の冒険者
なら、これを見て領主に逆らおうなどと思わないだろう。Bランク
程度の冒険者を脅すには十分な数だ。
だが俺たちの相手をするには足りない。千ではなく万単位を用意
1522
するべきだ。もしくは軍曹殿のように一騎当千の戦士を。
エルフの里の防衛戦の時のことを思えばこの程度、どうというこ
ともない。
しかしそれはそれとして、整然と居並ぶ兵士の前を盛大な注目を
浴びつつ領主の前まで連れて行かれるのは、気分がいいものではな
い。ある意味効果はバツグンである。
領主がいたのは、練兵場の一角に建てられた百名程度が座れそう
なスタンドの中央にあるボックス席、貴賓席だろうか。豪奢な服を
着、偉そうに一人だけ座ってる中年男性が領主だろう。高い席から
威圧するようにこちらを見下ろし、隣に立った男と何やら話をして
いる。
スタンドの階段をのぼり、貴賓席に案内され、領主の前に立つ。
交渉はもしかしてここでやるのか⋮⋮
高い位置にある壇上からは兵士たちがよく見え、兵士からもこち
らがよく見える。注目度は抜群である。
﹁貴様がマサル・ヤマノスか。Bランク冒険者。魔法剣士。土魔法
が得意だそうだな﹂
低く、威圧するような声色。いかつい顔に整えられた顎ひげ。が
っしりとした体つき。腰には剣を佩いている。一言で言えば武人だ
ろうか。
﹁は、はい。本日は話し合いの席を設けていただきありがとうござ
います、クライトン伯爵﹂
挨拶をすれば俺の役目はとりあえず終了である。本日の話し合い
はエリー主導でやってくれることになっている。
1523
﹁まずは伯爵に友好の印として贈り物を。マサル、あれを出して頂
戴﹂
貴賓席からすぐ下はグラウンドになっており、下にいる兵士に移
動してもらえればこの場から直接出せそうだ。
﹁すいません、大きいのでスペースを空けてもらえますか? もっ
とです。もっと下がってください﹂
兵士たちからは何事だろうかと余計に注目を浴びる。だが巨大な
ドラゴンを出すのだ。間違って押し潰しでもしたら怪我どころでは
済まない。
﹁首だけなんてケチくさいのはなしにしましょう。全部よ﹂
エリーのささやきに俺も頷く。
今のこの状況で首だけというのもないだろう。相手の圧倒的ホー
ムで初っ端から押されている交渉を少しでも有利にする必要がある。
別にこちらは押されているつもりもないが、あちらは完璧に優位に
立っていると思っているはずだ。まあ武力的なことは置いておいて、
こちらのほうが立場が弱いことには違いないんだが。
ようやくドラゴンを出せるだけのスペースが出来、エリーに頷い
た。
﹁我々が先日狩った獲物ですわ。なかなかの大物ですので、伯爵と
部下の方々でご賞味いただければと﹂
﹁贈り物が獲物とは冒険者らしいが、殊勝な心掛け⋮⋮だ⋮⋮﹂
1524
少し出す位置が高かったようで、ズゥンと地響きを立てて出現し
た全長二〇メートルほどもあるドラゴンを見て伯爵の言葉が止まっ
た。でかいので壇上から見ても顔が真正面である。グラウンドの兵
士からはざわめき声が上がる。
ズタボロの死体とはいえ巨大なドラゴンが突然出現したのだ。驚
くだろう。掴みはバッチリである。
﹁これだけあればすべての兵士の方々に提供しても十分足りますで
しょう?﹂
﹁地竜⋮⋮なんという巨大な﹂
エリーさんがドヤ顔である。自分で倒した獲物だものな。
﹁だがそれ以上に、これだけのものを収めてのける空間魔法とは⋮
⋮冒険者ギルドが優秀だと言ったのは本当のようだな﹂
椅子を指し示される。伯爵の正面に一つ。テーブルを挟んで差向
いである。俺にそこに座れというのだろうか。たった一人で? だ
が伯爵側も座っているのは伯爵一人。他は後ろで控えて立っている。
﹁贈り物、しかと受け取った。後ほど皆で楽しませてもらうことに
しよう﹂
座った俺に話しだす。ドラゴンでは多少驚いたくらいで動揺もな
いようだが、対応には改善が見られるようだ。最初の脅すような感
じが消え、少なくとも交渉に足る相手だと認識されたのだろう。
伯爵の位置からは俺の背後の、全身をズタズタに切り裂かれて絶
命している巨大なドラゴンが嫌でも目に入る。目障りでも解体する
1525
かメイジを何人も連れてこないと動かすこともできない。
とはいえ伯爵も数千の軍を率いているのだ。地竜一匹討伐できる
くらいでは、客観的に見ても戦力の優位性が覆るというわけでもな
い。
﹁それで開拓の件なのですが﹂
﹁単刀直入に言おう。開拓した土地は私が買い取ろう。もちろん相
応の値段でだ﹂
﹁えーと⋮⋮﹂
単刀直入にすぎる。でも売らないって言ったほうがいいんだよな。
売るって言ったら楽に終われそうな気がするが。
﹁売るつもりはありません﹂
言い淀んだ俺を見て、後ろに立ったエリーがすかさず割り込む。
﹁では開拓を許すわけにはいかんな﹂
﹁伯爵の許可は必要ありません﹂
俺の頭越しに議論が始まる。もっと友好的にいかないものなのか。
贈り物も奮発したのに。
﹁我が領地、我が領民だ。私の許しもなく開拓など﹂
その許しを今日はもらいに来たのだが、最初から許すつもりもな
さそうな気がすごくするぞ⋮⋮
1526
﹁土地は未開拓地で誰のものでもありませんし、王国内での住民の
移動は自由です﹂
だが伯爵の言うことにも一理ある。土地は伯爵の領地の庭先だし、
移住してくるのもすべて伯爵のところの領民である。
﹁私には領民を守る義務がある。大事な領民を危険な開拓事業に参
加させるわけにはいかん﹂
﹁開拓地はクライトン領のすぐ隣。危険は同じですわ﹂
﹁実力はあるようだが、冒険者を続けるそうではないか。それで領
民を守れるとでも?﹂
痛いところを突いてくる。その辺りの事情は村長さんが話したの
だろうが、転移魔法まではあの人知らないしなあ。
﹁父祖の世代よりこの地は我らクライトン一族が守り治めておるの
だ。どこの馬の骨とも知れん冒険者風情が我が領地をかすめ取ろう
などと、許せるものか!﹂
結局のところ怪しい冒険者というのが気に入らないってことなん
だろうね。馬の骨なのはその通りなんだし、どうしたものか。
これ無理じゃないか? マルティンみたいに力で脅すってわけに
もいかんだろう。 ﹁ですがそのような理由で開拓を差し止めることはできませんわよ
?﹂
1527
﹁⋮⋮そうだな。止めることはできん﹂
開拓は王国の法で認められている。
﹁だが領民に危険な開拓計画に加担しないよう通達を出すことはで
きる。私には領民を守る義務があるのでな﹂
﹁それは!?﹂
領主が禁ずるのだ。それでも参加するという村人がどれほどいる
だろうか。やっぱり無理そうだな⋮⋮
﹁売るのが嫌というのなら、貴様らを騎士として取り立ててやろう。
我が配下としてだが領地は得られるし、いずれは独立した領主にし
てやってもよい。いい話であろう?﹂
﹁話になりませんわ﹂
﹁話にならないのはそちらのほうだ。そもそも冒険者がなんの後ろ
盾もなく、開拓を進めること自体が間違っておるのだ﹂
﹁開拓は王国で許されております﹂
﹁開拓を進めたところで、もし何かあったらどうするのだ? 保障
は誰がする? 後ろ盾はいるのか?﹂
事故った時の保障。安心保険。冒険者ギルドはそんなのはやって
くれないだろうな。
エリーの実家は貴族だが、領地は帝国。それも王国の反対側だそ
うだし、むしろこっちがお金を送って支援をしてるくらいだ。後ろ
1528
盾なんて無理だろう。
俺たちなら一つの村程度、何があっても守れるし後ろ盾など必要
はないんだが、要は伯爵が認められる保証人を立てろってことだろ
う。一介の冒険者に無理難題をいいやがる。
﹁保障は諸神の神殿がします!﹂
俺がエリーと顔を見合わせていると、ここまで黙っていたアンが
そう宣言した。
神殿が後ろ盾になってくれるなら強力ではあるが、知り合いの神
殿関係者は遠方で、こちらの人とはまだ全然交流はない。支援や後
ろ盾などしてもらえるのだろうか?
﹁ほう? 今回の開拓事業は神殿の肝いりでしたか、神官殿﹂
もちろん神殿は今のところは全く関知していないし、伯爵もそれ
はわかっているようだ。
﹁これから話を⋮⋮その、急な話ですし﹂
﹁それで公式の支援が得られるのですかな? 要請すれば騎士団が
動くほどの?﹂
﹁今のところはまだどこまでの支援かは⋮⋮﹂
﹁話になりませんな﹂
アンは頑張った。あとで慰めてやろう。
﹁では真偽院が後ろ盾となる﹂
1529
今度は後ろで大人しくしていたティリカが俺の横に来て言った。
一応ティリカの師匠さんからは何かあった時の協力は約束しても
らっているがどの程度だろうか?
話によるとここら辺には真偽院自体がなく、マルティンのように
単身赴任者がいるのみのようだが。
﹁馬の骨が不満なら真偽院が保証しよう。後ろ盾にもなろう。マサ
ルは私、三級真偽官ティリカ・ヤマノスの正式な配偶者である﹂
﹁真偽官⋮⋮い、いや真偽院が後ろ盾になると言っても、真偽院に
は実働戦力があるまい﹂
真偽官の出現にはさすがに動揺しているようだ。アンに関しては
服装からして神官風なのだが、ティリカは目さえちゃんと見られな
ければ真偽官とはわからない。村でもティリカが真偽官だというの
はまだ知られてない。
﹁ない﹂
﹁確かに真偽院の身元保証ともなれば信用できるだろう。だがここ
は辺境、頼りになるのは力のみなのだよ﹂
力、ね。そもそもだ。俺たちがいなければこの領地は、今頃どん
なことになっていただろうな。
イナゴに荒らされ、エルフの里を落とした魔物には蹂躙され、た
とえ守りきれたとしても甚大な被害が出ただろう。
知らぬとはいえ、頼れるのは力のみ! なんて言ってドヤ顔をし
ている伯爵にぶちまけてやったらさぞかし気持ちいいだろうな。
いや、イナゴの出た村って伯爵の領地だったっけ? こっち方面
1530
に向かったというのも憶測だった気がするな。
﹁力ならそこのドラゴン程度ならいくらでも討伐できる実力があり
ますわ。それに加えて真偽院の支援。神殿との交渉はこれからです
が、何がしかの支援を受けられる公算はあります。それでもご不満
ですか?﹂
﹁だが肝心の貴様らが不在ではどうにもなるまい? それとも冒険
者を引退して村の運営に専念するかね?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
エリーも言い返す言葉が出ないようだ。
冒険者を続けるのは絶対条件なんだし、どうしたものか。
﹁冒険者を続けたまま代官をおいて領主になろうなどと、虫が良す
ぎるのだ﹂
転移魔法があるからそこはクリアできるんだが、ゲートのことは
まだ秘匿したい。だが手札を伏せたまま交渉しようというのは伯爵
の言うとおり虫が良すぎるのだろうか。
ここで議論が煮詰まった。
先ほどの通達の脅しにしても、真偽官に突かれればボロが出る。
代官を置くことにしても通常の範囲内のことで問題視されるほどで
もない。武力が足りないというが、小さな村一つを守るだけなら自
警団レベルの戦力があれば事足りるから、俺たちが常駐する必要も
ない。
どれも伯爵が開拓を差し止めるための理由としては弱すぎるのだ。
だがこちらとしても伯爵が認めないまま開拓を進めるのは問題が
1531
ある。
いよいよ面倒くさくなってきたな⋮⋮諦め⋮⋮いや、今日のとこ
ろは出なおして対応策を⋮⋮
﹁マサル様﹂
双方が次の手を考えている最中、サティが声をかけてきた。
なんだ? まさか次はサティの出番か? でもサティに後ろ盾の
あてとかないはずだよな?
﹁何か来ます﹂
探知を全開︱︱魔力反応がすごい勢いでこちら向かってきている
!?
立ち上がり、サティの指差す方を確認する。空からだ。この魔力
は⋮⋮
﹁空からの侵入者だ! 総員侵入者に備えよ!!﹂
伯爵の後ろにいた武官も気がついて大音声で警告を発する。兵士
が集まり、立ち上がった伯爵を守るように囲む。
﹁いやちょっと待って。あれって﹂
﹁来るぞ、伯爵をお守りしろ! 構え、弓!!﹂
﹁待って!﹂
だが一冒険者のか細い叫びなど誰も聞きやしない。指揮官の命令
でしか動かないのは行き届いてるってことなんだろうが。
1532
そして完全武装の兵士が剣や槍を構え、弓で狙う中、俺が出した
ドラゴンの頭の上にエルフの王女リリ様他二名のエルフが降り立っ
た。
﹁なに故、里に来ないのじゃ!﹂
間髪おかずに俺のほうを指さしてリリ様が言う。俺が里に行かな
いんでわざわざこんなところまで探しに来たのか。
﹁ここ数日忙しくてですね⋮⋮﹂
﹁リリアーネ様!? 私のほうは何の要請も受けておりませんが﹂
俺と共に伯爵もリリ様に返答をする。兵士たちはエルフと気がつ
いた時点で暴発することもなく戦闘態勢は解除してくれた。
﹁クライトン伯爵か。貴様は呼んではおらん﹂
﹁は?﹂
いきなり人の家にやってきて挨拶もせず、お前なんぞ呼んでおら
んというのは意味がわからんだろうし、失礼すぎるな。リリ様、伯
爵を怒らせに来たのか? これ以上状況をこじらせるのはやめて欲
しいのだが。
﹁姫様、まずは伯爵にご挨拶をされるべきでは?﹂
お付の騎士の一人、ティトスさんがリリ様に声をかける。ナイス
フォローだ。
1533
﹁おお。それもそうじゃな。あー、クライトン伯爵。此度の救援、
大変に感謝しておる。後日、そのことに関しては正式に使者が訪れ
るであろう﹂
﹁はっ、エルフ族への救援は盟約なれば、当然にございます﹂
リリ様は人間界でもかなり偉いようだ。ずいぶんと尊大な態度な
のだが、伯爵が自然に頭を垂れている。
﹁しかし戦には間に合わず、多くのエルフの命が失われました。な
んと詫びればよいのか﹂
﹁気にするな。救援は我らのほうで断ったのじゃ﹂
﹁しかし冒険者は使ったというではないですか!﹂
なんとなくわかってきたぞ。つまりエルフが救援を断って砦で防
衛を固めるように通達をしたところに、冒険者が里に救援におもむ
いて救ってしまった。伯爵が軍を動かしてやったのは戦後処理のみ。
手柄は全部冒険者が持っていってしまった。そこに冒険者が村を作
る話が持ち込まれた。
ただの八つ当たりのような気がしないでもないが、俺たちも当事
者であるし微妙なところだ。
﹁ああ、うむ。当初は里を放棄する腹づもりだったのじゃが、思い
の外冒険者が有能での⋮⋮﹂
﹁なるほど。そこの冒険者がそうなのですか﹂
伯爵が苦々しげにこちらを見る。
1534
﹁そういうことじゃ。このドラゴンもその時のものじゃな﹂
そう言ってドラゴンの頭をたしたしと何度か蹴りつけると、よう
やく本来の用件を思い出したのか俺に顔を向ける。
﹁おお、そうじゃった。マサル! 里に行くぞ!﹂
﹁いや、いまちょっと取り込んでましてね﹂
﹁クライトン伯爵に用があるなら早く済ませよ﹂
﹁お待ちください、姫様。マサル様、これはどのような会合なので
しょう?﹂
ティトスさんが助け舟を出してくれる。気が利く。
﹁ええっとですね⋮⋮﹂
ここまでの会談の流れを説明する。
﹁開拓の後ろ盾か。いいじゃろう。妾が後ろ盾になろうぞ!﹂
﹁いや、しかしですな﹂
これに伯爵が難色を示す。王女という地位はあっても、リリ様は
何かの役職を持ってるわけでもないし、部下もこの二名のみである。
﹁なんじゃ? 妾の保証では足りんか? ならば父上の許可を正式
に得、エルフ族を挙げての支援を約束しよう﹂
1535
﹁それでしたら開拓は認めますが、エルフ族を挙げてなどと王が許
すのでしょうか? エルフはこれまで外部との接触は最小限でしか
してこなかったではないですか﹂
﹁そうじゃな。もし父上の許可が得られなかったら、開拓の話はな
しでよいし、クライトン伯爵がかねてから願い出ておった交易量の
増加も進言してやろう。こちらは約束はできんが交易の管轄は兄上
じゃ。妾が願えば多少の融通は利かせてくれよう﹂
﹁⋮⋮その条件ならば飲みましょう﹂
﹁こっちもそれでいいわ。マサルもいいわね?﹂
少し考えた伯爵がリリ様の案に同意し、エリーも賛同した。
かなり勝手に決められたが、エルフは間違いなく支援をしてくれ
るだろう。伯爵もエルフの後ろ盾ならさすがに認めざるを得ないし、
もしダメでも交易の増加という利得が得られ損はない。
﹁ああ、うん﹂
伯爵と合意を得られたのはいいが、エルフ族を挙げての支援とな?
開拓は小さな村一つの予定なんですけど⋮⋮
1536
106話 伯爵との交渉︵後書き︶
更新予定です
次話 107話 戦いの報酬
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1537
107話 戦いの報酬
﹁クライトン伯爵に頼みがあるのなら、最初から妾に話を通せばよ
かったのじゃ。いくらでも口を利いてやったのにのう﹂
ここはミヤガの町を出て少し移動した人気のない森の中である。
これからリリ様の要望通り、エルフの里へと向かうことになる。開
拓支援の話もあるし、里を救ってくれたお礼もしたいという。
伯爵をほっぽって来たのだが、こちらもエルフの支援次第という
ことになるので、再度訪ねることを約してお暇してきた。
クライトン伯爵はエルフ族との交易を一手に引き受けていて、エ
ルフには頭が上がらない。エルフにしてみれば商売相手を伯爵に限
定しているのはそのほうが楽であるにすぎないからであって、他に
も商売がしたい相手はいくらでもいるのだ。そうティトスさんが説
明してくれる。
その上、相互防衛を謳う盟約はエルフの里が魔境に近いという立
地があるとはいえ、魔物の相手をしているのはほとんどエルフであ
り、クライトン伯爵領は長年に渡り一方的に恩恵を受けている。
経済的にも軍事的にも首根っこを抑えられているのである。
もちろん伯爵としてもその立場に安穏としているわけではない。
交易で儲けた資金で通常必要とするよりも大規模な軍を組織し、砦
の防備も整え、時には魔境にまで遠征もし、常に備えは怠らない。
それが今回は珍しくエルフに恩を売るチャンスだったのに冒険者
が全部持っていってしまったのである。
もっとも俺たちや他の冒険者がいなければ、伯爵の軍の出動がス
ムーズに進んだところで間に合わずに里自体が消滅していただろう
1538
し、そのことで恨まれる謂れはまったくないのだが。
﹁では開拓に支援はいらぬというのか?﹂
ゲートでエルフの里に移動する前にまずはちょっとした話し合い
である。開拓支援の話くらいは王様に話を通す前にきちんとやって
おいたほうがいい。じゃないとこのままなし崩しにエルフが全面支
援にやってきそうだ。
﹁ええ。作るのは小さい村ですし、全部自前で出来ますから﹂
エルフの後ろ盾があるという体裁だけで十分だ。
﹁では王国と結んでいるような相互防衛協定はいかがでしょうか?
ゲートですぐに戻れるとはいえ、不在中は村のことが何かと心配
でしょう?﹂
ティトスさんがアイデアを提供してくれた。この人は本当に優秀
だな。この前の戦いでも冒険者を引き連れてきて里を救ったし。
﹁それはいいかもしれないわね﹂
エリーは賛成のようだ。
伯爵が言っていた通り、普段はオルバさんとナーニアさんがいて
通常程度の魔物なら大丈夫とはいえ、まったく心配がないわけでは
ない。転移魔法があるにしても、戻れない日もあるだろう。
エルフがそれをカバーしてくれるというのならずいぶんと助かる
し、相互というならエルフ側にも利もある。違った意味での不安は
あるが、安全には変えられない。
1539
﹁そうだな﹂
まあ当分は俺たちが常駐するから、エルフは保険としてその間に
何か考えておけばいいか。
﹁ではそのあたりを含めて父上に諮ろう﹂
﹁それと先ほどマサル様たちの居場所を聞くために冒険者ギルドに
立ち寄ったのですが﹂
と、ティトスさん。
ああ、それで俺たちのいる場所がピンポイントでわかったのか。
情報の秘匿はどうなってるんだと思ったが、ギルドにはリリ様の
ことも含めて話してあるし、教えてもいいと判断したんだろうか。
確かに教えても問題はないんだが。
﹁おお、そうじゃそうじゃ。聞けば緊急依頼のしきたりとやらで報
酬もろくに出ないそうではないか! 妾のほうできちんと全額支払
うように取り計らっておいたぞ﹂
もちろん支払いは全額エルフ持ちである。冒険者への報酬の他に、
ギルド自体にも謝礼として結構な額が贈られるそうだ。ギルドがあ
っさり俺たちの居場所を漏らしたのも無理もない。
だが討伐報酬がもらえるというのは朗報である。たしか700万
ゴルド、7億円くらいだったはず。それだけあれば一生働く必要が
ないな!
まあお金で世界平和は買えたりしないから、隠居ってわけにはい
かないだろうが、お金に困らないというのはとてもいいことである。
﹁ありがとうございます、リリ様﹂
1540
とりあえず礼は言っておこう。
﹁これは当然の報酬じゃ。礼には及ばんし、エルフ族からの礼はま
た別に用意しておる。なのにじゃ。ずっと待っておったのになんで
来ないのじゃ! ゲートで一瞬であろう!﹂
たぶん無意識に後回しにしていたんだろうな。行くのがどうにも
面倒だった。式典とか言うんだもん。
﹁戻ってすぐ病気になったんですよ。ドラゴンを殺った時に水堀に
落ちたでしょう? あれがまずかったみたいで。病気が治った後も
領地を作る話があったり、ちょっと忙しくって﹂
﹁そういうことなら仕方がないがの﹂
﹁ではリリ様、エルフの里へのゲートを出しますね﹂
﹁うむ。エリザベスよ、頼む﹂
エリーのゲートが発動するとそこはもう、エルフの里の城のバル
コニーである。前回同様人気はない。俺もここを登録しておこうか
な。今のところ塔しかゲートポイントの登録はしてないし。
﹁ここは王族の居住区に繋がっておるからの。パトスは父上に知ら
せを。皆はこっちじゃ﹂
だからと言って警備もないのはどうかと思うが、普通はゲートで
の侵入などは想定しないのだろう。
1541
﹁はい、姫様﹂
お付のもう一人の騎士が知らせに走る。
﹁式典の準備に時間が必要じゃ。まずは妾の部屋へ行こう﹂
ああ、式典はやっぱやるのね。
リリ様に先導され、城の廊下を歩く。前に来た時はあまり見る余
裕はなかったが、エルフの王族の居住エリア。豪華で美麗である。
装飾に関してはあまり興味がないが、壁や床の石が気になる。白
くて硬度が高そうだが、大理石でもないし色は真珠に近い。どこで
取れるかあとで聞いてみようか。白い壁と、あとは黒い瓦があれば
日本風の城の建設が捗る。夢は諦めない。
廊下を少し進んだ先にある豪華な客室に案内され、大きなテーブ
ルに皆でつく。
﹁さてと、式典の前にやっておくことがある。ティトス﹂
﹁はい。皆様、先日の無礼のほど、この場でお詫びしたく思います﹂
ティトスさんがこちらに向いて片膝をつき、頭を深々と下げる。
﹁ええっと? 何かありましたっけ?﹂
無礼? 心当たりがない。
﹁大恩ある方々に対し、礼もせず追い立てるように⋮⋮﹂
﹁マサルたちは気にせんだろうと妾は言ったんじゃが、父上がお冠
1542
でのう。待っておってもマサルは一向に顔を出さんし﹂
﹁あれは疲れてたから早く帰りたかったんで、特にどうという話で
もないんですけど﹂
礼もせず追い返されるように帰したから気を悪くして顔を見せな
いのでは?という話が出て問題視されたそうだ。
確かに多少は追い払われた感もなくはないが、こっちが帰るって
主張してたんだから何の問題があるわけでもない。むしろこれはゲ
ートで一瞬で来れるのに、一週間近く来なかった俺たちのほうが悪
いな。
﹁ほれ、こう言うとるではないか?﹂
﹁いえ。里を救っていただいた恩人に対しての無礼。この場で斬り
捨てられても文句はいえません﹂
﹁私たち全然気にしてませんから。ね、マサル﹂
アンもフォローする。斬り捨てるなんて大袈裟な物言いにみんな
も引いている。
﹁そうそう。斬り捨てるとかちょっと大袈裟すぎですよ﹂
﹁⋮⋮ではせめて私よりの謝罪の印。お受け取りください﹂
そういうとティトスさんがどこからか取り出した首輪を自分の首
につける。ペットプレイ⋮⋮?
﹁ここに血を一滴いただければ、私はマサル様の奴隷となります。
1543
いかようにもご自由にお扱いください﹂
隷属の首輪か。
﹁いや、ほんとにその、そんな大それたことでもないんで⋮⋮﹂
鎧に隠れて全身はわからないが、エルフのご多分に漏れず、ティ
トスさんは美しい顔だちとスラリとした体つきをしている。大変に
魅力的な申し出ではあるが、奴隷はやりすぎだ。大変魅力的な申し
出ではあるが。
﹁遠慮せずに受け取ってもいいんじゃぞ? エルフの寿命は長い。
マサルが死ぬまでの5,60年ばかり、奴隷として仕えたところで
何ほどでもない。一人で足りぬなら、奴隷はさすがに無理じゃが、
あと何人かつけてもよい。それだけの恩を我らは受けておるのじゃ﹂
ティトスさん優秀そうだし、戦力にもなりそうだ。
﹁なんならエルフの里に大きな館も建てよう。村の開拓などやめて
そこに住めばよい。身分が欲しければ、位を与えて王族に準じる者
として遇しようぞ﹂
エルフのハーレムに豪邸に身分。実に魅力的な提案であるのだろ
うが、さほど興味も湧いてこない。
立ち上がり、跪いたままのティトスさんのところへと行き、首輪
を外す。
﹁謝罪の気持ちは十分伝わりました。エルフの奴隷など必要ありま
せんし、家や身分が欲しければ自分で手に入れます﹂
1544
だいたい嫁の目の前で新しい女にほいほいと手を出すとか自殺行
為である。もしかしたら怒らないかもしれないが、そんな賭けに出
るつもりはない。ここで迷ったり物欲しそうにするのもきっと危険
だ。浮気は絶対ダメ。
﹁では何が望みじゃ? 金か? ならば里にある財貨を好きなだけ
持って行くがいい。名誉か? それならばエルフの里を救った英雄
として後世まで讃えよう﹂
﹁お金はギルドからもらえるので十分ですし、名誉も必要ありませ
ん﹂
そんなにお金があっても使い道がないし、世界が救えなければ二
〇年後には全部消滅するのだ。
英雄に祭り上げられるのも、もちろん御免こうむる。地位や名誉
などの余計なしがらみは必要ない。開拓の話はエリーやアンが喜ぶ
からやっているだけだ。
破滅が約束された世界で望むべくもないが、切実に平和が欲しい。
嫁とのんびりといちゃつける平和な世界と時間が。
﹁欲しいのは平和な世界ですかね。皆とのんびりと幸せに暮らせる
平穏な居場所﹂
﹁ならばエルフの里に住めばよかろう? あらゆる便宜を提供する
ぞ﹂
それじゃダメだ。世界が破滅するとき、ここだけが逃れられるな
んてことはないだろう。
﹁エルフの里だけが平和でも、それはきっとダメなんですよ﹂
1545
100%ダメだな。
﹁あー、勝手に断っちゃったけど⋮⋮﹂
みんなの意見も聞いておかないと。
奴隷はともかく、お金とか家は俺が勝手に断るのはまずかったか
もしれない。
﹁マサルがそう決めたのなら構わないわ﹂
お金のことでエリーが文句を言うかと思ったが、特に不満もない
ようだ。まあ今回ギルドからの報酬がたっぷりあるしな。
﹁ええ、礼など必要ありません﹂
里を救ったのは神託、クエストだったし、神官で信心深いアンは
それで十分なのだろう。
﹁私も﹂
﹁必要な物は自分で手に入れる﹂
サティもティリカもあまり何かを欲しいとか言わないし。いや、
ティリカは食い物だけは欲しがるな。
﹁言ったじゃろ? マサルたちはそんな物は欲しがらんと。さすが
に全部断るとは思わんかったが﹂
﹁はい、姫様のおっしゃるとおりでした﹂
1546
﹁じゃがまだ取っておきがある。これじゃ﹂
リリ様が腕に嵌めていた高価そうな腕輪を外して机の上に置いた。
﹁これは魔力の腕輪という魔道具でエルフの至宝じゃ。なんと魔力
アーティファクト
が五割増しに増える。これと同程度の魔道具は帝国王室に伝わるの
みという、世界でも最も強力な魔道具の一つ。我らの差し出せる最
高の品じゃ﹂
五割か。俺たちの付けている魔力の指輪よりも性能は落ちるが、
効果が重複するなら使えそうだ。
﹁進呈したいところじゃが、先祖伝来の品なのでな。形だけ付与と
いうことにして、マサルが冒険者を引退する時にでも可能ならば返
還して欲しい﹂
紛失しても文句は言わないという。要は貸しただけだという体裁
が大事らしい。
腕につけてメニューのチェック⋮⋮ダメだ。MPは増えてない。
同じ効果の魔道具は重複しないらしい。
腕輪を外して机に置き、首を振る。
﹁確かに素晴らしい品ですが、エルフの至宝なんでしょう? 受け
取れません﹂
﹁付与という体裁が不満なら、構わん。持って行って好きにしても
よい﹂
﹁姫様!?﹂
1547
﹁よいのじゃ。マサルほどの魔法使いが持つのがふさわしい品じゃ。
父上も許してくれよう﹂
貰っても使い道ないんですけど⋮⋮
ふと気が付くとサティが物欲しそうにじぃっと見ている。この腕
輪が欲しいのか。MPの少なさはサティの悩みだものな。でもさす
がにエルフの至宝を魔法をロクに使えないサティが付けてたらまず
いだろう。諦めろ。
﹁いえ、やはり必要ありません﹂
﹁ふうむ。これもいらぬか。じゃが困ったのう。何か謝礼はせねば、
皆は納得すまい﹂
俺の欲しいもの。嫁といちゃつく時間。
みんなはどうだろうな⋮⋮あ、ティリカの食い物。
﹁そういえば俺が倒した陸王亀はどうなりましたか?﹂
アンチマジックシ
ティリカが陸王亀の肉を食べたことがないって欲しがってたな。
ェル
﹁あー、そのことじゃが、我らが回収に行った時はエフィルバルト
鉱はすべて持ち去られていての﹂
ああ、価値のある金属らしいがそっちはどうでもいいんだ。
﹁そっちはいいです。陸王亀の本体は? 肉をちょっと食用に分け
て欲しいんですが﹂
1548
﹁肉? そんなものでいいのか? あまり旨くはないという話じゃ
ぞ﹂
﹁ええ。でも食べたことがないんですよ﹂
﹁陸王亀の肉でしたら、どこかに保管してあるはずです。探してお
届けします﹂
﹁甲羅のほうは今使っておってな﹂
﹁甲羅は食べられませんよね?﹂
﹁食べぬな﹂
なら必要ない。
﹁甲羅は今、対アンチマジックメタル用の武器を作っていて、その
威力を試す的に使っているのです﹂
﹁ドワーフの技術者を招聘して巨大バリスタを作っておる。完成す
ればアンチマジックメタルごと陸王亀の甲羅を貫くはずじゃ﹂
魔法が効かないから物理攻撃か。エフィルバルト鉱が持ち去られ
たのならまた同じ戦法で来るかもしれないしな。
﹁詳細は知らんが、発射機構に魔法を組み込んでおってすごい威力
になるそうじゃ﹂
﹁へえ、後で見せてもらってもいいですか?﹂
1549
﹁まだ未完成でよければあとで見せよう﹂
﹁マサル様、他に何か必要な物はないのでしょうか?﹂
﹁そうじゃ。陸王亀もマサルが倒した物だし、むしろ勝手に処分し
てこっちが申し訳ないくらいなのじゃが﹂
そうは言ってもなあ。リリ様のお陰でギルドから報酬はたっぷり
出るし、開拓の後ろ盾に相互防衛協定も付けてくれるならそれでも
う十分なんだけど。
﹁マサル様、せっけん⋮⋮﹂
サティがためらいがちに言ってきた。エルフの石鹸のこと忘れて
た。
﹁エルフ製の石鹸、砦じゃ品切れで売ってないんですよ。ちょっと
分けてくれません?﹂
一個しか手に入らなかったのに、ふわっふわで気持ちいいからつ
い使い過ぎちゃうんだよな。ミヤガの町でも売ってないか探そうと
思ってたのに、店に寄る暇なんて全然なかったし。
﹁今は石鹸を作れる錬金術師も総出でポーションを作っておって、
交易用のは生産しておらんはずじゃし、里にある在庫を回そう。じ
ゃが、そんなものでいいのか?﹂
﹁あれは素晴らしいものですよ。な、サティ﹂
﹁はい!﹂
1550
﹁ならば好きなだけ持って行くがいい。無くなったらいつでも提供
しよう﹂
﹁ありがとうございます、リリ様!﹂
ポーションの話が出たのでついでポーション類も貰えることにな
った。MPポーションはありがたい。
﹁せっかくじゃし謝礼に用意した品を見ぬか? 石鹸とポーション
以外にも欲しい物があるかもしれんじゃろう?﹂
﹁冒険者の方々には好評でしたし、マサル様たちも気に入る品があ
るかもしれません﹂
﹁そうですね。そういうことなら﹂
案内された先にあったのは宝物庫だろうか。美術品、武器、宝石
や装飾品、立派な家具などが教室二つ分くらいの大きさの部屋いっ
ぱいに詰め込んであった。
扉を開いた瞬間、おおーと皆で声をあげる。手前にある机の上に
並べてある宝石や装飾品だけで一財産だな。砦の店で売っていたエ
ルフ産の装飾品の一つ一つには、家でも買えそうな値段が付いてい
た。たぶんここにあるのも同じようなものだろう。
﹁これ、宝物庫ですか?﹂
﹁まさか。ここにあるのはマサルたちに贈るための品だけじゃ。宝
物庫にはもっとあるぞ? ここにあるので足りんならそっちも見る
かの?﹂
1551
﹁いや宝物庫はいいですが、これが全部?﹂
﹁そうじゃ。マサルたちの欲しい物がわからんかったから、みなで
色々用意したのじゃ﹂
﹁いやでもこんなに⋮⋮﹂
﹁ほとんどの物はエルフの手作りなのです。里を救った英雄にと皆
が持ち寄りました﹂
﹁マサルたちが居らねば里が消えておったのじゃからな。この程度
ではとても感謝には足りぬが、せめてものみなの気持ちじゃ。ぜひ
とも受け取って欲しい﹂
手作りというが、長寿であるエルフの職人が長年に渡って研鑽し
た腕を振るった作品はどれも最高級品とされ、高額で取引されてい
る。
でも手作り品の贈り物だ。断るのは失礼だろうな。
しかしもらったとして置くところはどうしよう。地下室とかを増
設するにしても、こんな高価そうな品々を大量に置いておくのは少
々怖い。この世界は貸し金庫とかないよな?
﹁このままここに保管しておいてはどうでしょうか?﹂
﹁そうじゃな。好きな時に必要な分だけ持って行くとよい。責任を
持って預かっておこう﹂
至れり尽くせりだな。
エリーやアンのほうを見ると、貰っとけ! と全力で目で訴えか
1552
けていた。
﹁それならばありがたく頂いておきます﹂
﹁贈り物を受け取らないというのは失礼に当たるわよね﹂
﹁そうそう。エルフの皆さんの手作りの品なのですから﹂
二人共すっごい嬉しそうだ。さっそく宝石や装飾品の机のところ
へと行ってチェックしている。
﹁サティとティリカも欲しい物があったら遠慮するなよ? ここの
は全部貰っていいんだから﹂
﹁あの、あれを﹂
サティが部屋の隅を指さすと、そこには布を巻いた物がいくつか
置いてあった。裁縫用か。もらっとけもらっとけ。
﹁布か。服が作りたければ城の仕立屋を連れてくるぞ﹂
﹁服はサティが自分で作るんで﹂
﹁ふうむ。素材のほうがよいなら、我らの狩人が魔境で狩ってきた
ものが色々とあるはずじゃ。欲しい物があれば改めて用意しよう﹂
素材かあ。何か⋮⋮
﹁馬具を作れる職人さんって居ますかね?﹂
1553
マツカゼの馬具は普通に手に入れればいいのだが、マツカゼ︵大︶
の馬具が問題だったのだ。普通の人においそれとマツカゼ︵大︶を
見せる訳にもいかないが、ここのエルフにならもうドラゴンも見ら
れてるしたぶん平気だろう。
マツカゼ︵大︶のほうなら全員乗っても大丈夫そうだし、それ用
の馬具があったらいいなと思っていたのだ。
﹁それでしたら作れる者がいるはずです。職人を探しておきましょ
う﹂
﹁ありがとうございます、ティトスさん﹂
﹁馬具など簡単に手に入るだろうに。本当に欲がないのう﹂
そうでもないと思うが、今ここで説明することもないだろう。
それに俺が欲しかったハーレムはもう手に入ったし、あとはその
維持ができればそれで十分なんだ。
そのハーレムメンバーのエリーとアンは二人で仲良く宝の山の探
索をしている。
ティリカも特に欲しい物がなさそうでサティと一緒に布のチェッ
クだ。まあティリカも欲しい物があればいつでも言えばいいし。
俺もちょっと見ておくか。武器もあるし、家具を何個か持って帰
ってもいいかもしれない。特にあの天蓋付きのキングサイズのベッ
ドとか良さそうだ。
1554
107話 戦いの報酬︵後書き︶
次回 108話 精霊の歌 5/1更新予定です
1555
108話 精霊の歌
家具と武器を適当に調べていると、城内に沢山の人が集まりつつ
あるのに探知で気がついた。きっと式典に参加するエルフたちなの
だろう。
﹁あの、リリ様。式典って必要なんですかね? お礼ももう十分頂
きましたし、俺たちのことがあまり広まったりするのも困るんです
が﹂
贈り物のチェックをしているのを待っていてくれたリリ様のとこ
ろへと行き、声をかけた。
﹁すまぬが戦勝式典はやってもらわないと困る。皆が礼を言いたが
っておるのじゃ。個別にするよりはいいじゃろ?﹂
確かに個別にやるよりは一気にやるほうがまだマシではあるが。
﹁情報に関しては箝口令を出しておるから、マサルたちのことがエ
ルフから外部に漏れることはないじゃろう﹂
それなら少しくらいは我慢するか。式典中はエリーの後ろにでも
隠れて気配を殺していよう。
﹁じゃが式典の前にマサルに聞きたいことがある。クエストとはな
んじゃ?﹂
クエスト。探求、任務。この場合なら任務が近いだろうか。普通
1556
に意味は通じるようだが、こちらではあまり使わない言葉らしい。
里での戦闘が終わってクエストをクリアしたと、ぽろっと漏らし
たのをしっかり覚えていたのか。バタバタした中でもう忘れてるか
と思ったし、よしんば覚えていても特にどうということもないかと
考えていたのだが。
﹁ギルドの仕事とか、だった気がするなあ⋮⋮﹂
﹁冒険者ギルドに知らせが行ったのは妾たちが砦についた後。マサ
ルたちが新しく依頼を受ける暇はなかったはずじゃ。それになぜあ
のタイミングでクリアしたと言った? よくよく考えてみれば、あ
の時点では正面の敵の敗走はわかったかもしれぬが、全体の戦闘の
終結まではわかるはずもない。単なる一時的な後退かもしれぬでは
ないか? それを状況から判断したにしてはひどく確信があるよう
に見えたぞ﹂
確かにちょっと変なタイミングだったかもしれない。
﹁それにクエストじゃ。冒険者ギルドで聞いたが、ギルドは通常で
は依頼といい、クエストという言い方はせんそうじゃ。誰がそなた
らにクエストとやらを依頼した? その内容はなんじゃ?﹂
全部教えて黙っておいてもらうか、黙秘権を行使するか⋮⋮
だがこの尋問、どういう意図があるのだろうか。
﹁そなたらの見せた力、どれも尋常ではなかった。話に聞くかつて
の勇者でもこれほど派手な力は持っていなかったというぞ﹂
勇者。やっぱりのその言葉が出てくるのか。
1557
﹁あのですね、リリ様﹂
どうしたものか。みんなと相談したところで情報の扱いを決める
のは結局俺の役目だし。
構わずリリ様は続ける。
﹁魔境の様子がきな臭いと古老がいうのじゃ。もしや魔王が復活し
たのかもしれぬと﹂
﹁魔物が大規模に攻め込んできたのは私が生まれてからも何度もあ
りました。ですが今回は陸王亀のこともあります。魔物が再び、魔
王の元に糾合されたのかもしれないと里でも一番の年寄りが言って
いるのを最初は馬鹿なことをと思ったのですが、姫様の話を聞くと
あながちそうとも言い切れなく⋮⋮﹂
ティトスさんがもうちょっと詳しく説明してくれた。
魔王。本当に魔王が誕生したのだろうか。
サティとティリカがこちらの様子がおかしいのに気がついたのか
やってきた。
﹁数百年前。かつて、魔王が生まれし時、神が勇者を遣わし、魔王
を打ち破った﹂
﹁魔王が復活したと?﹂
いかん。ちょっと胃がきゅーんってなってきた。気分が悪い。
アンとエリーも何事かと戻ってきた。
﹁わからぬ。じゃがマサルが勇者ならば、魔王が復活したと考える
のが妥当じゃろうと、妾は思ったのじゃ﹂
1558
﹁それじゃ順序が逆でしょう。それに俺は勇者じゃありませんよ。
な、ティリカ﹂
﹁この目に誓ってマサルは勇者ではない﹂
よし、ナイスフォローだ、ティリカ。真偽官の太鼓判ならリリ様
も疑わないだろう。
﹁ちょっと普通より力があるくらいで勇者っていうのは短絡的じゃ
ないでしょうか。それになんで俺限定なんです? 他のみんなも力
は見劣りしないでしょう?﹂
ドラゴンを呼べるティリカや、勇者大好きエリーなんかが勇者候
補としてオススメだ。
﹁クエストのことを言ったのはマサルじゃし、重要な決断はすべて
マサルがしておったではないか﹂
あの全力を出しきらねばいけなかった状況下で、そこまで気を回
す余裕なんてなかったな。それに今日も俺が全部決めてたわ。
﹁マサルの力を見れば勇者じゃないかって考えるのはわかりますけ
ど、それは間違いですわ、リリ様﹂
戻ってきたエリーもそう言ってフォローしてくれる。
﹁じゃが普通の冒険者が何一つ報酬も求めず、命をかけるのか? 他の冒険者は報酬をやると言うと大喜びで受け取っておったぞ。そ
れになぜ力を隠したがる? 神官と真偽官が一緒なのも、嫁じゃと
1559
言うがいかにも怪しい﹂
﹁俺、途中で逃げようとしたじゃないですか。それを踏みとどまっ
たのは説得されたからですよ。報酬をいらないと言ったのはギルド
から貰える分と持ち帰ったドラゴン二頭で十分だったからですし、
力を見せないのはこんな面倒事に巻き込まれないためですよ。二人
が嫁なのはたまたまです﹂
報酬か。里の戦闘では経験値が物凄く手に入ったからな。それに
クエストのクリア報酬もあったし、ドラゴンも手に入ったし、何よ
りさっさと家に戻りたかった。
それに普通の冒険者も無償で命をかけそうな気がするぞ? ティ
トスさんに雇われた冒険者とか。
﹁そうか⋮⋮勇者ならば魔族側に情報が漏れては危険なのじゃろう
と思って、みなにしっかりと口止めをしたのじゃが﹂
﹁口止めはいいとして、勇者のことは他の人には?﹂
﹁勇者に関する話はティトスとパトス以外には言っておらん。大事
じゃからまずは確認と思っての﹂
ならそっちは大丈夫か。だがもし魔族がいたとして、俺が勇者じ
ゃないにしても使徒だってバレたら。それでなくてもこの前の戦い
では派手にやったし、目を付けられてもおかしくない。
﹁俺が魔族に目を付けられる可能性ってあるんですかね?﹂
﹁そのことも話そうと思っておったのじゃ。だいぶ派手にやったか
らのう。エルフから情報が漏れる心配はないが、戦場で見られてお
1560
るかもしれんし、注意はしたほうがよい﹂
見られただろうか? 大規模な魔法は城壁に隠れながら撃ってい
たし、見える範囲の敵はほぼ殲滅できていたはずだ。普通に戦って
いた部分では目を付けられる理由はあまりないだろう。エルフにし
てもフレアクラスの使い手が何人もいるのだ。
﹁魔族って本当にいるんですか?﹂
﹁いる。エルフ族の裏切り者のことは話したな? かなり昔じゃが
実際に戦ったエルフもおるそうじゃ。それにやつらは肌が黒くて胸
が大きいエルフというだけで見た目は普通に人族に紛れるし、時折
人族の領域にも侵入してくるらしいのじゃ﹂
防衛戦のあと、魔族の話を色々調べたんだそうだ。
﹁それってまずくないですか?﹂
﹁わからぬ。魔族に関しては本当に情報が少ないのじゃ。我らが裏
切り者を見つけたら即殺し合いで生きて捕獲など一度もなかったそ
うじゃ。しかし本当に違うのか? もし勇者ならば仲間に入れても
らおうと思っておったのに﹂
なるほど。エリーと同じ、勇者の仲間になりたい派だったか。
﹁王女が冒険者なんて許されるはずがないでしょう?﹂
自分のことを棚に上げてエリーがそう言う。
﹁もしマサル様が本当に勇者で、勇者足りえる人物であれば、姫様
1561
を託せると思ったのです﹂
﹁マサルはティトスも、他のすべての報酬も跳ねのけた。これはき
っと間違いなかろうと思ったのじゃ。それにマサルには命を救われ
ておるからな。命の恩には命をもって報いねばならぬ﹂
今日の序盤の報酬を片っ端から断ったのもまずかったのか。普通
の人ならきっと大喜びなんだろうが、俺にとってはいらないものと
か貰えないものばっかり出してくるんだものな。
命を助けたのは最後のドラゴンの時のことか。そりゃ自爆攻撃し
ようとしてたら止めるだろうさ。
﹁勇者なれば、王も同行を許さざるを得なかったでしょう﹂
﹁俺は勇者じゃありませんけどね﹂
﹁それではマサル様、クエストのことはどうなのでしょう?﹂
あー、そうだね。ティトスさんはとてもいいところに気がつくね!
﹁そうじゃ! そもそもそのことが疑問じゃったのじゃ!﹂
クエストはどこから受けたのだろう。謎の組織からの指令が直接
脳内に。それともただの俺の妄想ってことならどうだろう。中二病
ごっこをしてましたとか。
﹁クエストはですね⋮⋮﹂
今考える。考えてるから。
1562
﹁クエストとはなんじゃ?﹂
﹁ええっとですね﹂
そうだ。クエストは依頼の俺の地方の方言ってことにして、戦闘
が終結したのがわかったのは俺の探知スキルのせいにしよう。でも
ちょっと苦しいか⋮⋮? 嘘をつくのはティリカ嫌がるし、探知ス
キルを見せてみろって言われてもそこまでの範囲はもちろんないし。
もう知らねーって適当に言っとくか。俺は勇者じゃないし、クエ
ストは極秘事項。何も言うつもりはないと。それでいいな。
疑惑は晴れないだろうが、別に悪いことをしているわけじゃない
のだ。追求される謂れもないだろう。
俺がそう考えたあたりでパトスさんが俺たちを呼びにやってきた。
﹁姫様。式典の用意が整いました。マサル様たちを案内せよと王の
仰せです﹂
﹁式典ですね! 皆さん待ってるんでしょう? 急ぎましょう!﹂
式典が終わったら適当に誤魔化して一旦逃げよう。開拓の話は後
回しでいいや。たぶん認めてもらえるだろうし。
黙っててくれるなら話してもいいかとも思うのだが、パーティに
入りたがるとなると話は別だ。エルフの王女とか面倒の種になると
しか思えない。
﹁まあよい。じゃが、後で絶対に話してもらうぞ?﹂
いっそ式典もばっくれちゃうかなあ。別に俺一人いなくても、四
人も残っていれば大丈夫だよな?
あっちの窓から⋮⋮いや、転移魔法を試してみようかな。
1563
挙動不審な俺をエリーが見ているのに気がついた。目が合う。こ
れは逃走経路を探していたのがバレたな⋮⋮
﹁マサル、またなの?﹂
またとはいうが、実際に逃げたことは一度もないだろ!
﹁いやあ、なんていうか気分がすぐれないんだよね﹂
﹁アン、反対側を﹂
そう言ってエリーに片方の腕を掴まれ、アンにもう反対側を抑え
られた。
﹁気分が悪いならヒールかけよっか?﹂
精神的なものですので⋮⋮
﹁大丈夫なのか?﹂
リリ様が心配して聞いてくる。
﹁マサルは式典とかそういう目立つ場が本当に苦手なんです﹂
﹁今逃げようとしてましたわ。油断も隙もない﹂
﹁待ってようかとちょっと思っただけだよ!﹂
できれば家に先に帰って。
1564
﹁済まぬがもう少し付き合って欲しい﹂
﹁もちろんですわ。さ、マサル。行くわよ!﹂
﹁はい⋮⋮﹂
しっかりと二人に腕を抱えられ、城の廊下をリリ様たちから少し
遅れて進む。ぎゅっと体も押し付けられて、普段であるなら大変に
気持ちのいいシチュエーションなのだが、この先のことを思うとあ
まりうれしくない。
﹁それにしても、ティトスさんは惜しかったんじゃない、マサル?﹂
エリーが顔を近寄せてきて、そんなことを言う。リリ様たちとは
距離があるし話が聞かれることもないだろう。
﹁ちょっと粗相をしたくらいで奴隷とかダメだろう﹂
﹁それはそうなんだけど、ハーレムを増やすチャンスだったじゃな
い? 戦力にもなりそうな人だし﹂
﹁ハーレム増やしていいの!?﹂
﹁ダメとは言わないわよ。この前の戦いはかなり厳しかったし﹂
いまの五人でも火力は圧倒的だし、十分やっていけると思ってい
たのだが、それでもこの前の戦いでは不足だったのだ。
﹁アンはどう思う?﹂
1565
﹁私もパーティメンバーを増やすのは必要だと思う。前もそんな話
はあったでしょう﹂
マジか。もらっておけばよかったのか⋮⋮今から欲しいって言っ
てもいいかな? でも無理やり奴隷にして愛がないのも嫌だしなあ。
﹁戦力目当てで奴隷にするのもね﹂
﹁でも一〇人くらい奴隷を増やせば手っ取り早いわよね﹂
考えたこともあるんだが、何の能力もない奴隷たちが突然比類な
き戦闘集団に変貌する。それはどう考えてもかなり怪しい。まあこ
れはどうしても戦力が欲しい時の最終手段だろうな。
﹁それがかわいい女の子ばっかりで、俺が手を出しても?﹂
﹁ちゃんと面倒を見るならいいわよ﹂
﹁必要なら仕方ないしね。加護のことも考えると四人で終わるとは
最初から思ってないし、男はマサルが嫌でしょ﹂
アンが加護の部分をことさら小声で言った。
男はかなり嫌だな。選り好みできない状況なら仕方がないが、出
来るなら全力で回避したい。
﹁本当に大丈夫? 怒らない?﹂
﹁思うところはあるけど、命がかかってるのよ﹂
﹁マサルが私たちを大事にしてくれるのはわかってるしね﹂
1566
﹁サティとティリカはどうかな?﹂
﹁大丈夫じゃないかな? 四人でこの話はしたことがあるし﹂
そうアンが答える。
うーむ。でも先の話だな。今はまだ新婚生活を楽しみたいし、四
人で満足なんだよね。世界の破滅も当分先だし。
﹁今回はいいや。別に急ぐこともないよ﹂
これは歩きながらできる話でもないし、またあとでゆっくり相談
しよう。
廊下を巡り、階段を二階分降りるとそこは玄関ホールだろうか。
外へと開放された扉と反対側には巨大な扉。扉の脇には衛兵も立っ
ている。
そして扉の向こうには多数の人の気配。
﹁魔力がすごいわね﹂
﹁里中のエルフと精霊が集まってきておるからの﹂
それにしてはなんだろうこれ。魔力がざわめいている? 魔法を
使うときに魔力を集めているのとも違う感じだ。大量の魔法使いが
いるからか、それともこれが精霊の本来の魔力なんだろうか。
ティトスパトスの両名により、大きな扉が開けられる。
1567
巨大なホールにぎっしりとひしめく大量のエルフ。中央だけ通路
が開けられ、その先にはエルフ王たちが立っているのが見えた。
ざわめいていた室内が一瞬にして静かになり、こちらに注目が集
まる。
ここを歩いて王の前まで行くのか⋮⋮
それにしてもホールに満ちる魔力が心持ち高まっているように感
じるのは気のせいか?
リリ様を先頭にホールに足を踏み入れる。腕は離してもらってい
るが、さすがにもう逃げられない。気配を全力で殺すのが精一杯の
抵抗である。
徐々に高まる魔力に反して静まり返るホールを歩く。精霊らしき
ものがたくさん見えるが、多すぎて混じりあい、個々の姿はよくわ
からない。
そしてやはり段々とホール内の魔力が強くなっている。
﹁音が⋮⋮?﹂
サティがつぶやく。そう、たしかに何かの音が聞える。なにかの
音楽⋮⋮歌のような⋮⋮
ホールの中央付近で、先頭のリリ様がついに立ち止まった。
﹁歌?﹂
エリーも周りを見渡して言う。
﹁歌⋮⋮精霊の歌じゃ。妾の精霊も歌っておる﹂
魔力が一定のリズムで脈動して歌みたいに⋮⋮?
ホールのエルフも目を見開いて俺たちのほうを見ていた。ホール
1568
中の精霊がどんどんとこちらへと集まってきている。
﹁精霊の歌⋮⋮一度だけ聞いたことがあります。リリ様が生まれた
時、たくさんの精霊が集い、祝福の歌を歌ったのです﹂
ティトスさんがそう言い、パトスさんも続けて言う。
﹁でも姫様の誕生した時でもこれほどたくさんの精霊じゃなかった
です﹂
ホールに魔力が充満し、淡い光が満ちる。魔力が高まるがそれは
危険や不安を感じさせるものではなく、そこからは精霊の喜びの感
情が伝わってくる。
﹁妾は初めてじゃ。これが精霊の歌か⋮⋮﹂
オーケストラの演奏にも似た、壮大な交響曲にも似た、だが楽器
でもない、声でもない、魔力により紡がれた歌が、ホールに集った
すべての人間の頭に直接響き渡る。
歌が始まった当初のざわめきも途絶え、静謐な、無音のホールに
は複雑で美しい精霊の歌だけが聞こえた。
精霊の感情だけでなく、思いも直に伝わってくる。
ありがとう、ありがとう! 里を救ってくれてありがとう!
それはまるで無垢な子供のような純粋な思いだった。
俺たちを囲んだ精霊の直接的な感謝の気持ちに心が震える。
俺たちも、ホールに集ったすべてのエルフも、精霊の歌を全身で
浴びるように感じ、聞き入った。
やがて精霊の祝福の歌は絶頂に達し、ゆるやかに弱まり、歌も止
まった。
1569
そして最後に精霊の声が響き渡る。
︵神の加護を受けし者達に感謝を捧ぐ︱︱︶
﹁やはりそうなのじゃな!﹂
リリ様が振り向いて嬉しそうに俺に言う。
今の言葉、リリ様にも聞こえたのか。もしかしてホール中のエル
フにも⋮⋮
精霊の歌に聞き入り静まり返っていたホールにざわめきが戻って
くる。
エルフたちが互いに顔を見合わせ、今見た、感じた光景を一斉に
しゃべりあい、それは俺たちにも漏れ聞こえてきた。
﹁これほどの精霊の歌が生きているうちに聞けるとは﹂
﹁最後に精霊の声が⋮⋮﹂
﹁神の加護と?﹂
﹁神の加護を受けし者達としかとこの耳で﹂
﹁神に遣わされし英雄?﹂
﹁勇者⋮⋮﹂
﹁勇者だ﹂
﹁神の加護を受けし勇者!﹂
﹁あの力、只者ではないと﹂
﹁勇者がエルフ族の元に降臨なされた!﹂
ああああああ、どうするのこれ!?
近くにいたエルフの一人が跪くと、それに釣られて連鎖的にホー
ルにいたすべてのエルフが片膝をついていく。
もはや立っているのは俺たちとリリ様、王様と王妃、あとの二人
1570
は王子だろうか。
すべてのエルフが跪く中、王様たちがゆっくりとこちらへと歩い
てくる。
﹁エルフの里を救った勇者よ! 神の加護を受けし者よ! エルフ
から永遠の感謝を捧げよう!﹂
そう言って王たちまでもが膝をつき頭を垂れた。
やっぱ逃げればよかった。
1571
108話 精霊の歌︵後書き︶
次回、未定
やらかしてくれた精霊の話とか、リリ様の話
﹁妾は勇者と共にゆくぞ!﹂
﹁なんと! リリ様が勇者様のパーティに!?﹂
﹁だが断る﹂
﹁!?﹂
﹁あっさり断られたショックでリリ様が膝をついた!?﹂
こんな感じなったりならなかったり。
書き溜めゼロです!
1572
109話 英雄譚の始まり
静まり返ったホールの中。すべてのエルフが跪くことで、何一つ
視界を遮るものもなくなり、突っ立ったままの俺たちに完全に視線
が集中している。
エルフたちが跪くのはわかる。里を救ったことにはそれだけの価
値があるのだろう。
だけど王様まで跪いて頭を下げるのはやり過ぎじゃないだろうか。
イメージとしては俺たちが跪いて、王様によくやったって言われる
ほうだったんだが。
あ⋮⋮これ俺たちが何か言うの? みんな跪いたまま何かを待ち、
立ち上がる様子もない。
というか俺たちじゃなくて、俺なのか。この状況で俺に何か言え
っていうの!?
エリーが俺を見る。俺は首を振る。
﹁無理。頼む。もう加護のことはバレたからしょうがない﹂
俺の小声の訴えでエリーは軽く深呼吸し、エルフが注視する中、
話し始めた。
﹁皆様の感謝、しかと受け取りました。王と、そしてエルフの皆様
お立ちくださいませ﹂
エリーさんはこういう時にほんとに頼りになる!
エリーの言葉で王やエルフたちが立ち上がる。リリ様は普通に立
ったままだったな。
1573
﹁ただ、一つだけは言っておかねばならないことがあります。我々
は精霊の言葉の通り、神の加護は受けておりますが勇者ではないの
です﹂
﹁なんと! 勇者ではないとすれば一体?﹂
王様の言葉にエリーがちょっと詰まった。おい、しっかりしろ!
まだ俺が勇者になることに未練があるのか!?
﹁勇者とは魔王を討つべく神に遣わされし者。長き歴史の中、英雄
と呼ばれし者は数多あれど、勇者は唯一人のみ。未だ魔王の存在は
示唆されてはいないし、我らの役目は別にある﹂
すぐにティリカが引き継ぎ、冷静に告げた。
﹁その役目とは?﹂
なんだろうか?
﹁それはこの場で語るべきことではない。皆も! 我らが神の加護
を受けていることは誰にも言わないように。我らの役目に支障が出
る﹂
いいよー、いいよー。ティリカさんもその調子だ。
加護だけは認めたが勇者ではないと断言。さらに口止めもした。
口止めに関してはこれだけの人に知られたのだ。もうなるように
しかならないだろう。
﹁我々が里を救ったのも神の思し召しでしょう。神に感謝の祈りを
捧げましょう﹂
1574
アンがそう締めくくり祈ると、エルフたちもその場で手を組み祈
りを捧げた。
これで終わりかな? なんとか乗り切れたような気がするが⋮⋮
﹁そなたたちのために色々な謝礼の品が用意してあるのだが﹂
﹁それならばすでに見てもらっております、父上﹂
王様とリリ様の言葉を受けて、エリーがエルフに貰った品へのお
礼を、時間がなくて一部しか見れなかったのですがと前置きをしつ
つ、個別の品をあげて述べていく。
先ほど念入りにチェックをしたのも無駄ではなかったようだ。好
意的に解釈するならこうなるのも見越していたのかもしれない。
﹁その他の物や提案に関しては、必要ないと﹂
﹁ふうむ。皆が持ち寄った品に満足してもらったのは良いが、それ
だけというのも⋮⋮﹂
高級品ばかりで量も多く価値としては大した物だが、それもエル
フ各人が持ち寄った手作り品がほとんどだ。
それ以外の品が、結果として王家が提案した報酬ばかりだったの
には他意はないのだが、さすがに頭を下げて終わりというわけにも
いかないのだろう。
﹁我らエルフが貴方がた英雄に報いるにはどうすれば良いのだろう
か?﹂
リリ様が先ほども申し出たように、望みのものがあれば何でも言
1575
うといいってことなんだろうが、貰うもんはもう貰ってある。あと
は開拓支援の話くらいだが、それはここでやるのには相応しくない
だろう。
俺が必要ない、そう言おうとした機先を制しリリ様が前に進み出
た。
﹁ならば妾が! 彼らのパーティに入り、その役目とやらのために
力を貸そうぞ!﹂
﹁おお、リリ様が!﹂
﹁エルフでも屈指の風の精霊魔法の使い手のリリ様ならば!﹂
﹁ついにリリ様が働く気に!﹂
﹁あ、そういうのはいいです。パーティメンバーは間に合ってるの
で﹂
この場面で俺に注目が集まるのは好ましくはないが、ここできっ
ぱりと断っておかないと後々面倒だ。とりあえずは眼前のリリ様だ
けを相手にしておけば、周りの目は無視できて割合平気である。
﹁なんと! リリ様があっさり断られたぞ﹂
﹁ああ! リリ様が泣きそうだ!﹂
﹁おいたわしや、リリ様!﹂
﹁な、何故じゃ。そなたらには敵わんが、妾も魔法には自信がある。
きっと役に立つぞ!?﹂
そういう問題ではないのだ。役に立つだけでいいなら、適当に拾
ってきた子に加護を付けたほうが早い。
エルフの王女が冒険者になるなど、戦力以前に面倒事にしかなら
1576
ない。どう考えてもデメリットのほうが多い。
﹁ええとですね。我らの役目はそれはもう危険なのです。それにリ
リ様が自分で言ったように、リリ様では力が足りません﹂
﹁じゃ、じゃが⋮⋮﹂
﹁リリ様、報酬はもう十分に頂いております。それで十分です﹂
たくさんのエルフの前であっさり断られ涙目のリリ様はかわいそ
うだが、こんなところで持ち出すほうが悪いのだ。
﹁贈り物に満足してもらったようだが、我らの感謝はそれだけでは
到底表せないほどだ。里にいるすべてのエルフは、その数百年に及
ぶ長き生涯に渡って、窮地に陥った時、そなたらが救いに現れてく
れたことを記憶に留めることだろう。今後どのようなことがあろう
とも、そなたたちは我らの恩人であり、友であるのを忘れないでほ
しい﹂
こんなことは絶対に口に出せるような雰囲気ではないが、正直さ
っさと忘れてくれたほうが都合がいいのに。ほんとにこれってどう
したもんか⋮⋮
﹁王よ、ありがとうございます。エルフの友誼、しかと心に留めま
しょう﹂
そんな俺の思いをよそに、王の言葉を受けてエリーがちゃんと返
答をしてくれる。
﹁あの、王様。くれぐれも我々のことはせめて外部には内密でお願
1577
いします。騒ぎになると色々とまずいんで﹂
ティリカも言ったが、ここはもう一度念を押しておこうと思い俺
も言っておくことにする。
﹁あいわかった。皆もよいな! この方たちのことは今後一切外部
に漏らしてはならん!﹂
その言葉を最後にして、やっと祝勝会は終わるのだろうか。こち
らへと、元気のなくなったリリ様に変わってティトスさんに玉座の
方へと誘導される。玉座の裏手に部屋があって、この後はそちらで
王様とお話をということのようだ。
だがそのまま退場とはならずに、玉座のある数段高い位置へと連
れて行かれ、ホールにぎっしりのエルフたちと向き合う形で並ばさ
れた。王様たちエルフは脇のほうに控えている。
舞台とかの終わりにあるカーテンコールみたいなアレか。何か挨
拶しろってことだろうか。
まあ戦勝を祝うための集まりだ。一番の功労者が挨拶もなしにそ
のまま退場していいはずもない。二度しか会ったことのない王様が、
俺がこんなシチュエーションを嫌ってるなどと知るはずもないし。
というか何から何まで急なんだよ。もっと事前に段取りを説明な
りしてほしかったが、たぶん一週間も顔を出さなかった俺が悪いん
だろうな⋮⋮
エリーの後ろにでも隠れていたいが、俺をど真ん中に左手にエリ
ーとアン、右手にサティとティリカの配置である。
エリーは注目を浴び誇らしげで、アンは平然としている。サティ
はちょっと緊張している様子だが、ティリカはいつもどおりの表情
だ。
1578
壇上で聞こえないがエルフたちがこっちを見て何か言ってるよう
だ。
こうやって俺たちの功績を盛大に讃えようというのだろうが、俺
からしたら見世物と変わらない気がするのだ。嬉しくない。ほんと
に逃げればよかった。
﹁サティ、みんながなんて言ってるか聞こえる?﹂
﹁はい、マサル様のことが多いです。陸王亀を倒したこととか、メ
テオを何発も撃ったのとか。あと最後のドラゴンを剣一本で倒した
こととか⋮⋮わたしのことも少し⋮⋮エリザベス様の風魔法のこと
とか、ティリカちゃんの召喚の話も﹂
聴覚探知も便利だな。俺も次に取ってみようか。
サティと話してるうちに王様の演説が始まった。俺たちの戦果を
臨場感たっぷりにかなり詳細に述べていく。リリ様に雇われてエル
フの里に降り立ち、王様との短い謁見。そのあとの陸王亀討伐から
始まって、ずいぶん正確に把握されているようだ。
まあ別に隠してたわけじゃないし、リリ様もずっと一緒にいたし
な。ゲートや奇跡の光に関しては約束通り伏せてくれている。
こうして聞いてみるとエルフの防衛線は各方面で本当にぎりぎり
だったようだ。陸王亀を自力で排除できたとしても遠からず落ちて
いた可能性が高い。
そこへリリ様に率いられて颯爽と現れ、大規模範囲魔法で魔物を
駆逐していった神の加護を受けし英雄。
改めてエルフ側からの視点からみると俺たち本当に大活躍だった
な。
﹁城壁を突破したキングオークを含む軍団をたった一人で殲滅して
のけ︱︱﹂
1579
そんなこともあったな。倒したと思ったオークキングが出てきた
時は結構びびらされた。
﹁魔力が切れたあとも弓を持ち、その弓が壊れてもエルフの弓に持
ち替え戦線を支え︱︱﹂
そういえば矢の補充もしないと。それに安物の弓がぶっ壊れた時
にエルフに借りた弓も持ち主がいたら返したほうがいいかな。
﹁伝説の召喚魔法によりドラゴンを呼び出し︱︱﹂
どらごはあっさり倒されちゃったな。あれから呼び出してないけ
どもう大丈夫だろうか。今度呼び出して運用ミスって倒されたこと
を謝っておこう。
﹁リリが言った。精霊を暴走させ身をもって大型土竜の突進を止め
ると。そこにマサル殿が、剣一本で城壁の下に降り立ち︱︱﹂
あれは結構がんばったな。一番やばかった場面だ。そのあと堀に
落ちて風邪引いちゃうし。
﹁その時の折れし剣が︱︱﹂
ドラゴンを倒した時に折れて堀に落っことした剣をわざわざ回収
してきてくれたらしい。脇から出てきたエルフが捧げ持ってきてく
れたのを受け取ったが、これをどうしろっていうのだろう。記念品
ってところか?
五〇万円ほどした結構いい剣だったが、魔法剣にしたせいでボロ
ボロで根元付近でぽっきりと折れている。
1580
修理などもう出来そうもないが、まあドラゴンと相打ちなら武器
としても本望だろう。
﹁そうして彼らは報酬はいらぬ、自らで倒したドラゴンを持ち帰れ
ばそれで十分だと言い残し︱︱﹂
ようやく王様の話が終わった。固唾を飲んで王様の話に引き込ま
れていたエルフが我にかえると拍手が始まり、ホールは歓声と万雷
の拍手に包まれた。感動したのか涙を流しているエルフもたくさん
いた。
こうして聞いてみるとちょっとした英雄譚みたいに聞こえないこ
ともないな。
﹁最後にもう一度、エルフすべての最大の感謝を捧げよう。それと
彼らのことはくれぐれもエルフだけの秘密じゃ。皆の者、ゆめゆめ
エルフ以外に漏らすことはないように﹂
ようやく拍手も収まり、王様がそう締めて今度こそ式典は終わっ
た。
俺は疲労困憊だったのだがそのまま解散、帰宅とはもちろんいか
ずに王様たちとの面談である。ホールの奥にある個室に通され、大
きなテーブルを囲む。
メンバーは王に王妃。リリ様に、席についたあとの二人はリリ様
の兄弟だろう。
ティトスさんや、王様側のお付のエルフたちは壁際に立って待機
している。
1581
﹁戦場での話を聞いて只者ではないと思ったが、まさか神の加護を
受けておるとはな﹂
それだよ。みんな精霊の言葉をかけらを疑ってもないようだが、
精霊ってそもそもなんだろうな。
どっから俺たちのことが漏れた? 最初に王に会った時から王の
精霊が加護のことを言っていたが。
﹁精霊とは神がエルフに下された恩寵なのだ﹂
王の説明によると、遠い過去にこの地に下り立ったエルフのご先
祖様は魔力には秀でてはいるものの、魔法の使用法は今ほど発達し
てはおらず、他の種族に比べて肉体的にも虚弱で、寿命が長いくら
いしかとりえがなかった。
それを哀れに思った神がエルフに精霊との絆を与えたのだという。
精霊はそのままではどこにでもいるあやふやで微小な魔法的存在
であるが、エルフとの絆を得ることで長い年月を経て成長し多少の
知能も得る。
精霊を伴侶としたエルフは精霊に守られ、精霊と一体となって生
きる。
だが一番肝心の情報漏洩に関しては彼らもよくわからないようだ
った。
ただ長年の経験上、精霊が告げることに間違いはないと。
﹁妾が生まれた時も精霊が祝福に集まり、将来妾が何か事を成すだ
ろうと告げたそうじゃ。今回の出会いこそがそうなのかと⋮⋮﹂
将来、世界の危機に何か役割を果たす可能性はあるな。今回、俺
と縁が出来たわけだし。だけど神様からの指示はあれから特にない
し、パーティにもいれるつもりもない。
1582
﹁神の使徒であるという情報が問題になるというのはよくわかる。
この件に関しては万全の緘口令を敷くから安心をしてほしい﹂
精霊に関しては話すどころか、独自の行動を示すことは滅多にな
いし、精霊使いの意志や指示は汲んでくれるのでまず心配はないだ
ろうとのことだ。
精霊の問題が片付いたら次は実務関連である。しょんぼりしてい
るリリ様は放っておいて、ティトスさんがテキパキと俺たちとのリ
リ様の会談の様子を、的確に要点を絞って伝えていく。とてもわか
りやすい。
﹁持ち寄った贈り物は受け取って貰ったようだが、それでも働きに
は釣り合わぬように思えるな。リリの申し出たもろもろは本当にい
らぬのだろうか?﹂
大規模な開拓の支援。エルフの宝物である魔力の腕輪。エルフの
里での居住地や使徒に相応しい地位や報酬。エルフのメイド部隊。
ティトスさんも。
一部は魅力的な報酬ではあるが、今更撤回するほど欲しいってわ
けでもないし、あの宝物庫の山だけでも莫大な価値だし、ギルドか
らの報酬も十分にある。
﹁やはりどれも必要はありません﹂
﹁ならば妾が!﹂
まだ諦めてないのか。
﹁この前の戦いでは魔力がほとんどなかった故、見せられなんだが、
1583
妾の力はあんなものじゃないのじゃ! パーティに加えればきっと
役に立つはずなのじゃ!﹂
﹁リリよ、我儘を言うでない。マサル殿も困っておられるではない
か﹂
﹁ですが父上。妾も成人してそろそろ外の世界を知ってもいい、王
都に修行に行けと何度も仰ってたではないですか。これはいい機会
だと思うのです﹂
リリ様成人してたのか⋮⋮いや、そもそもエルフの年齢ってよく
わからないんだが。目の前の王様にしても二〇〇歳は超えてるらし
いが、二〇代にしか見えないし。
﹁珍しくリリがやる気を⋮⋮ふうむ。マサル殿、どうですかな、お
試しということで短期間でも?﹂
そういえばリリ様何にも仕事とか役職はないって言ってたな。成
人してるのに。もしかしてリリ様ニートか!?
まあお姫様が仕事をしてなくても不都合はないのだろうが、ニー
トが珍しくやる気を出したのだ。
王様はいい案かもしれないと思ったようだが、押し付けられても
困る。
他のみんなはどう思ってんだろうと見ると、このあたりの判断は
俺任せなようだ。まあ加護のことも考えるとそうせざるを得ないん
だろうが⋮⋮
﹁いくつか問題があります。まずは先ほども言ったとおり、我らの
役目はとても危険です。エルフの姫を危険に晒すわけにもいきませ
ん﹂
1584
今回の一連のクエストのことを思えば、今後も神様が無理難題を
押し付けてくる可能性は大きい。
シオリイの町に送り込んだのもゴルバス砦の戦闘に参加させるた
めだろうし、王都に行こうとしたところにナーニアさんを助けろな
んていうクエストでこちらに誘導したのもエルフの里を救わせるた
めだろう。
こんな状況下で足手まといとまでは言わないが、気を使ったり手
間がかかったりするような人をパーティに入れる余裕などない。
というか危険以前に普段からそんな気を使いたくない。なるべく
気楽に、地味に生きたいのだ。
﹁危険は覚悟の上じゃ。マサルたちがおらねばこの前の戦いで死ん
でおったかもしれぬのじゃ。死は恐れぬ﹂
そもそも俺らがいなかったら、里にとんぼ返りはできなかったよ
うに思うのだが。
﹁二つ目は、リリ様なら知っていると思いますが、うちは後衛ばか
りです。もしパーティに誰かをいれるとしても必要なのは前衛。そ
れも盾役なのですよ﹂
﹁妾が精霊使いなのを忘れておらぬか? 精霊魔法は守りに特化し
ておる。盾役ももちろんこなせるぞ?﹂
リリ様がドヤ顔だ。
﹁では試してみましょうか。サティ﹂
﹁はい!﹂
1585
アイテムボックスからサティの剣を出して渡す。
そして大テーブルの脇で、リリ様と剣を構えたサティが相対する。
﹁サティの剣を防げたらってことで﹂
サティには特に指示も出してはいないが、言わずとも俺の意図は
汲んでくれるだろう。盾などぶちぬいてやれ!
﹁ふふん。そのような細い剣で妾の精霊の盾が貫けるものか﹂
そう言ってリリ様が風の盾を展開させた。
精霊魔法はほぼ無詠唱に近い速度で発動する。防御力次第では盾
役として確かに悪くないかもしれない。
だがリリ様、サティを完全に舐めていらっしゃる。それがどんな
に危険なことかも知らずに。
﹁行きますね﹂
サティが一歩踏み出し、剣を上段から振るう。かなりの剣速であ
ったが、それはリリ様の頭上で風の盾に阻まれ寸前で止まった。
﹁ど、どうじゃ。無理じゃろう﹂
思ったよりも剣が近くに迫ってきたのでびびったのだろう。ちょ
っと青い顔をしている。
剣がせまった時、目をつむっていたし実戦経験はあまりなさそう
だ。
サティはすっと剣を引き、同じ位置に下がる。そしてもう一度構
1586
えた。先ほどとは違う、突きの構え。
﹁もう一度です﹂
お、サティがちょっと本気だ。止められたのが不本意だったらし
い。
リリ様か精霊のどちらかはわからないが、サティの意図を察した
のだろう。正面に魔力を、風の盾を集中させた。
﹁今のは少々油断しておったのじゃ。今度は近寄れもせぬぞ!﹂
更に魔力が増大し、風の盾が分厚く濃密になる。
リリ様の準備が出来るのを待ち、サティが前に踏み出しすばやい
突きを繰り出した。
そしてサティの剣はあっさりと風の盾を切り裂き、貫いた。
﹁ひっ﹂
リリ様の声が漏れる。サティの剣はリリ様の首筋にピタリと当て
られていた。サティがゆっくりと剣を引くのをリリ様が喉をごくり
とならして見送る。
﹁最初の攻撃を防いだのはなかなかのものですが、やはり少々力が
足りないようですね﹂
﹁うううう⋮⋮﹂
リリ様は完全に涙目である。
だがそこでティトスさんからの横槍が入る。
1587
﹁あの、もしかしてサティ様はものすごい達人ではないのでしょう
か。私ではリリ様の盾は絶対に貫けません﹂
おお、さすがティトスさんだ。いいところに気がつくね!
﹁そ、そうじゃ。サティは弓の腕も達人級であった。剣もそうなの
じゃとしたら参考にならん。普通の攻撃ならすべて防げるのじゃ!﹂
最初の攻撃は防いだし、十分に強力なのは間違いない。リリ様が
自信を持つだけのことはある。
だが俺たちが想定する敵のレベルは、ドラゴンやオークキングの
一撃なのだ。今くらいの防御力では防げるかどうか非常に怪しい。
加護が付けられるならともかく、いまのままでは盾役を務めるには
少々厳しいだろう。
﹁だいたいですね、うちのパーティはご覧の通り全員俺の嫁です。
家族で組んでるパーティなんです。今後も他人をパーティに入れる
予定はありません﹂
テストとかやっといてなんだが、結局はそういう話に落ち着くこ
とになる。
﹁家族⋮⋮﹂
他人をいれるつもりはないと言われてリリ様もようやく諦めたよ
うだ。
とりあえずこの後はどうしたものか。昼食もまだだし疲れたし、
そろそろ家に戻りたいのだが⋮⋮
﹁パーティの準備をしておりますので、是非ご出席ください﹂とテ
1588
ィトスさん。
ですよねー。出来うる限りの歓待をするつもりなのだろう。
﹁ええ、もちろん出席させていただきますわ。ね、マサル﹂
まあいいか。きっとごちそうとかも出るだろうし、目立たないよ
うにして食べてよう。
とりあえずは準備が出来るまではまだ時間があるので、もうちょ
っとここで歓談ということのようだ。
お茶や軽食が運ばれてきた。
﹁そうじゃ!﹂
お? リリ様どうしましたか?
突然立ち上がったリリ様が、先ほどとは打って変わった明るい表
情になっている。
﹁父上! 妾はマサルのところへ嫁に行きます!﹂
﹁﹁﹁えぇ!?﹂﹂﹂
1589
109話 英雄譚の始まり︵後書き︶
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1590
110話 リリアーネ・ドーラ・ベティコート
リリ様こと、リリアーネ・ドーラ・ベティコートは、正統なるエ
ルフ王家現国王の第二子、第一王女として生まれ、王位継承権第二
位を持つ、どこに出しても恥ずかしくない見目麗しき姫君である。
御年三〇歳。エルフ的にはお年ごろな年齢だ。
エルフの寿命は人よりも長く成長も緩やかで、数え三〇で成人と
して扱われるようになる。
リリ様も昨年成人と相成ったものの、今現在は無為徒食の日々を
送る、いわゆるニートと呼ばれる存在である。
むろんなりたくてニートとなったわけではない。リリ様にも言い
分はある。
話はリリ様の出生時まで遡る。
リリ様生誕のおり、沢山の精霊があつまり祝福の歌で誕生を祝っ
た。王家といえども精霊の祝福を受けて生まれるなど滅多にあるこ
とではなく、大変に名誉なことである。現に、二人いるリリ様の兄
弟は祝福は受けていない。
またその時にリリ様が将来、特別なことを為すだろうと精霊の言
葉を賜り、後年の精霊との契約の儀では、格別に強力な風精霊を伴
侶と成した。
精霊は神の恩寵としてエルフに下された。それを伴侶とするエル
フは、全住民が魔法使いであるエルフの中でも飛び抜けて強力な魔
法の使い手となる。
その精霊使いたちの中にあってもリリ様は強力な精霊魔法使いで
あった。
1591
増長する要素は多数あったが、両親の教育の賜物か、少々我儘で
はあったが、素直で正義感が強い子へと育った。
だが自分が少々特別な存在であると考えたとしても誰もリリ様を
責められないだろう。実際生まれた時から特別扱いで、周りもそう
言って育てたのだ。
三〇で成人を迎えるエルフであるが、未成年だとて普通は怠惰に
過ごしているわけでもない。通常施される教育とは別に、一〇を過
ぎた頃にはお手伝いを始め、二〇くらいになると将来を見据え、本
格的な就活や訓練、学習を始める。
職業の中で一番多いのはやはり兵士や狩人であろう。魔境に近い
エルフの里では日常的に魔物の脅威に対抗せねばならない。危険で
あるが、尊敬もされ大変にやりがいのある職業である。
次に多いのは生産、職人系のお仕事である。
閉鎖されたエルフの里では自給自足が基本である。武器防具から
日常品まで、ありとあらゆる種類の職人が存在する。
その長い生涯を物づくりに打ち込んだエルフの生産品は、例えた
だの鍋であってももはや芸術品と呼んで差し支えのないレベルに達
し、里の外に持ち出せば高額で飛ぶように売れ、外貨獲得に一役を
買っている。
ただしすべてが丁寧な手作業で行われるので生産量はエルフの里
での消費を超えるものでもなく、里の外に製品が出まわることも少
なくレアリティに拍車がかかっている状況で、職人の需要も大きい。
その他様々な職があるのだが、リリ様が食堂経営や農作業をする
わけでもないのでここでは割愛する。
1592
リリ様の立場であれば、王族として里の運営に参画することも可
能であったのだが、書類仕事は苦手なようで、残る選択肢は生産系
か戦闘系である。
リリ様は戦闘系を選んだ。当然である。若手の中では最強の精霊
魔法の使い手なのだ。
だがここで問題が発生する。能力があるとはいえ、未成年の姫様
を危険な戦闘においそれと参加させるわけにもいかない。将来何か
事を成すとの精霊の予言をもらった特別な姫君なのだ。
危険な任務には参加を許されない。参加できたとしても簡単な任
務。それもお客様、お姫様扱いである。
つまらないが、現場に負担をかけていることも理解できるので無
茶も言えない。
昨年の成人後も、成人になったからといって急に危険な場所に行
くのを許されるはずもなかった。
かといって他の書類仕事だったり、職人仕事だったりもやる気は
起きないし、外部との交流がほとんどないエルフの里では姫として
の役目が求められる場面も滅多にない。
勢い普段は怠惰な生活を送ることになる。
この時点でニート化しつつあったのだが、魔法に関しては本当に
優秀なのもあって周りも強くは言えない。
ニートはエルフの里では大きな問題である。
危険な魔境の側であるとはいえ、里を囲む強固な防壁が完成して
以降、里の中だけを見れば極めて安全。
輸出も安定しており、エルフは非常に裕福で、誰もが食うに困る
ことはない。
1593
エルフは長い寿命と引き換えに子供の出生率は低く、生まれた子
供は大事に大事に育てられる。
いくら働く必要があると、大人が言ったところで実感はないだろ
う。
若年層のニート化は大きな社会問題となった。
色々対策は練られたが、最終的に考えだされたのが外の世界での
修行である。三〇を過ぎても仕事の決まらないニートは一〇年間、
外部へと修行の旅に出ねばならない。
里の人口が減少することにはなるが、このまま手をこまねいてい
てもニートが増える一方なだけである。数百年生きるエルフである。
ニートの社会的な負担は莫大になるだろう。
エルフたちは心を鬼にしてニートを里から送り出した。
修行とはいえ、その実態はさほど危険でも過酷でもない。一部の
アグレッシブなエルフは冒険者となったり、放浪の旅に出たりする
のだが、大抵のニートは外部に居住するエルフを頼り、普通の仕事
を仕込まれ、働くことのなんたるかを学ぶ。受け入れる側もわかっ
ているので、厳しく指導にあたる程度である。
幾人ものニートが旅の半ばで倒れたり、また外部が気に入り永住
したりするが、多くのニートは一〇年を過ぎると居心地のよい里に、
立派な働き手となって戻ってきた。
また長く外部に居住するエルフにしても、五〇年一〇〇年と過ぎ
るうちに結局は里に戻ることが多い。寿命の短い他種族と混じり同
じ時間を生きるのは様々な困難を伴うのだ。
もちろんリリ様にもその準備はしてあった。王家からニートを排
出するわけにもいかない。
1594
王都に駐在する、王国との防衛協定の一環として提供しているエ
ルフの魔導師部隊への参加である。
一応はリリ様が希望する戦闘職ではあるのだが、儀式的意味合い
が強い部隊だ。要はエルフと王国の仲が上手くいっているというパ
フォーマンス、お飾りなのだ。
総員がメイジの部隊である。運用すれば強力なのであろうが、王
国としても小なりとはいえ同盟国から預かる戦力をおいそれと傷つ
けるわけにもいかない。それよりも見目麗しきエルフを親衛隊とし
て侍らすほうが色々と有用である。
実戦はほぼないと思ってよいだろう。王都に行けば魔法使いとし
てではなく、エルフの姫としての役割が多くなろうというのは容易
に想像できた。
正直まったく気が乗らない。このままニートをしていたほうがは
るかにマシである。
家出も含め強引な手段も考えないわけではないのだが、別にエル
フの里や周りのエルフが嫌いなわけじゃない。
エルフの寿命は長い。成人したからとてすぐに身の振り方を決め
ることもない。周りも急かさない。
だがぼちぼち周りの視線が気になりだす中、いい加減に諦めて王
都に行くか、それとも何か別の案を考えだすか? ニートな生活を
送りつつじっくりと検討している最中、エルフの里が危機に陥り、
リリ様は俺たちと出会い、里を救うこととなる。
リリ様にとっては、これこそがついに巡りあった特別な役割、運
命であったのだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
1595
﹁妾はパーティに入れる。マサルは嫁が増える。双方ハッピーじゃ
ろう?﹂
リリ様はいいアイデアを思いついたとばかりに大変嬉しそうだ。
﹁家族なら良いということなのであろう? すでに四人もいるのじ
ゃ。もう一人くらい増やしても不都合はあるまい﹂
﹁いやいやいや、パーティに入りたいからって、そんなのダメに決
まってるでしょう?﹂
確かに一人くらい増やしてもいいかなと、さっきも考えたし、み
んなも肯定的な意見だった。
エルフの里の防衛戦で皆のレベルはかなり上がったものの、さら
なる戦力増強のためにパーティの人員を増やすことは、今後何かあ
った時のために必要だろう。
それが女性でハーレムの一員となるのは加護を考えると致し方が
ない話だ。男は嫌だし。
だが愛がないのはいけない。だからこそティトスさんももったい
ないと思いつつ断ったのだ。
﹁妾はマサルのことが好きじゃぞ? でなければこんなことを言い
出したりはせぬ﹂
そうなのか? ティリカのほうをちらっと見ると、どうやらパー
ティに入りたくて嘘をついてるわけでもなさそうだ。
ええっと⋮⋮好きならいいのかな? 嫁にもらっても? ハーレ
ムに入れてエロいことをしても?
少々心は惹かれるが、そんな簡単な話でもないな。
1596
﹁だいたい俺とリリ様、今日で会うのは二回目ですよ?﹂
﹁人を好きになるのに時間や回数など関係ないのじゃ!﹂
その理屈はわからないでもないが、だからっていきなり結婚とい
うのはどうなんだ。
いやでも、ティトスさんみたいに奴隷として差し出されるならと
もかく、好きだから貰ってくれというのを断るのも女性に対して失
礼にあたる懸念も⋮⋮
﹁か、軽い気持ちで嫁になるとか言うもんじゃないですよ、リリ様﹂
﹁妾は真剣じゃぞ!﹂
真剣だと真剣な顔で言われて少し心が揺れ動いたが、至って真剣
なのが間違いないにしても、こんなのは明らかに今の今思いついた
話だろうに。
俺の置かれている状況がもうちょっと気楽であるなら、リリ様が
もっと普通の立場のエルフならと思わないでもないのだが。
リリ様が勇敢であるのは一日戦場で見てわかっているし、冒険者
になりたいというからには危険であることもある程度理解もしてい
るのだろうが、俺の嫁になるということは、確実に世界の破滅と関
わることになるのだ。
みんなに関してはもうどうしようもない。すでに巻き込んでしま
ったし、みんながいないと俺が死ぬ。
今回の一連のクエストを考えると、伊藤神は俺たちを積極的に危
機に介入させたい意向だろう。出来ればそんなことは御免被りたい
が、俺たちがクエストの指示に従ってタイミングよく現れていなけ
れば、どんな悲惨な事態に陥っていたかと想像するだに恐ろしいも
1597
のがある。
伊藤神はクエストに関して受けても受けなくてもよいとは明言し
たが、受けないという選択肢を取ることは今後難しいだろう。
そう考えると、今後ハーレムを増強するにしても人選はよくよく
考える必要があるな。
命をかける覚悟のある人だけ? いや、お留守番しててもらって
もいいのか。全員連れ回す必要もないものな。戦闘向きじゃなかっ
たり、戦う覚悟がなかったりするなら後方支援という手もある。
でもリリ様は前線希望なんだろうな。留守番をしててくれるとは
到底思えない。事情を全部説明しても喜んでついてきそうだ。
﹁ごめんなさい、リリ様﹂
危険であることを考慮しないとしても、エルフの姫を嫁に貰うと
いうのはハードルが高い。
里を救った英雄だ、神託の勇者だとか言っても、俺みたいな冒険
者とエルフの姫様で釣り合うとも思えない。例え俺とリリ様が好き
あっていたとしても周りがそれを許すのだろうか。
俺としても余分な厄介事は抱え込みたくない。目の前にご両親が
いるのだ。
ちらっと見た王様は口を開こうとはしないものの、難しい顔をし
ている。娘さんの暴走を止める気はないんだろうか?
俺のお断りの言葉でリリ様の顔が歪んだ。
﹁そ、そんなに妾と結婚したくないのか⋮⋮?﹂
リリ様が突然涙をぽろぽろと流しだした。
1598
﹁あ、いや、決してそういうわけじゃ﹂
﹁た、確かに出会ってから日は浅いが、妾は此度の戦いでマサルの
勇姿をつぶさに見ておった。魔法で、剣で、戦う姿はまさしく英雄
だと思ったのじゃ⋮⋮﹂
先ほど王様の語った俺の活躍はかなりカッコよく脚色されていた
が、考えてみればそのあたりの話の情報源はほとんどリリ様だろう
し、リリ様から見れば俺がまるで英雄のように見えたのだろうか。
﹁出会ったのは偶然かもしれぬ。じゃがマサルが陸王亀を倒したの
を見て妾は確信したのじゃ。これは運命の出会いだと!﹂
それは吊り橋効果ってやつじゃないだろうか。陸王亀を倒したフ
レアは衝撃的だったろうし。
﹁ドラゴンが現れた時、妾は死ぬ覚悟じゃった。マサルにしてもす
でに魔力も尽きておったろうに、巨大なドラゴンに剣のみで立ち向
かい倒してのけたのを見て、妾は⋮⋮妾は⋮⋮﹂
これは⋮⋮結構本気なのか? だとしたら軽い気持ちとか言った
のは悪かったかもしれない。
﹁リリがいいというのなら、祝福いたしますよ。もちろんマサル殿
次第ですが﹂
ここまで黙ってやりとりを見ていた王妃様がそう言った。
ヒューマン
﹁人間とエルフ族が添い遂げるのは、今でこそエルフの里は外部と
の交流が少なく珍しいですが、昔から普通にあったことです﹂
1599
そういやサティも獣人で種族は違うけど、特に誰にも何も言われ
たことがなかったな。異種族間の結婚は普通なんだろうか。 エルフの姫様なんて高嶺の花に手を出そうなんてかけらも考えて
なかったが、それが許されるとなると⋮⋮
成人はしているらしい。両親が目の前にいて反対もしない。王様
は何も言わないが、パーティに入ること自体は賛成していた。
リリ様と会うのは今日で二回目であるが、一日戦場でいっしょに
戦ったのだ。その能力、精霊魔法はうちのパーティで非常に有用だ
ろう。性格や相性もたぶん問題ない。みんなで一日過ごして上手く
やっていたと思う。
生活能力はなさそうだが、リリ様が家事をする必要も、稼ぐ必要
もない。
何より見目麗しいエルフの姫である。お持ち帰りしてあんなこと
やこんなことをしてもいいのか?
ちょっと頭の中で服を脱がせて妄想を⋮⋮悪くない。いい、とて
もいい。それを本人がおっけーと言うのだ。
ぐすぐすと泣いてるリリ様を見ていると、気持ちとしてはとても
お持ち帰りしたいんだが⋮⋮
俺がここで了承すれば⋮⋮いや、みんなにも聞かないと。
泣いてるリリ様はとりあえず放置して、相談をするべくみんなと
部屋の隅へと移動して顔を突き合わせる。
﹁どう思う?﹂
エリーはリリ様の気持ちはわかる。パーティに入れてあげればい
い。何より戦力の増強は急務であるという。
1600
アンはリリ様はいい子だし、家に迎えても上手くやっていけそう
だと。
サティはエルフのお姫様に求婚された、仲間になるかもと、とて
も喜んでいる。
ティリカはただ歓迎すると。サティが喜んでるようだし、それで
いいんだろうか。
﹁あとはマサル次第ね﹂
エリーが最後にそう告げる。
ここまで反対意見が一つもないとなると、もうここで返事してお
持ち帰りしても⋮⋮
いや待て。一時の欲望やお姫様の涙に流されてはいけない。冷静
に、冷静に考えるんだ。クールになれ。
サティとアンは婚前交渉しちゃったから選択肢もなかったし、エ
リーとティリカもその流れでまとめて嫁にしたが、リリ様に関して
はここで断っても問題ないはずだ。嫁にしてもなんら問題はないみ
たいだが。
ええと、何かデメリットが⋮⋮
そう。エルフの姫、王女ってことだな。
パーティに入って冒険者になるとして、ただのエルフならともか
く、エルフの王女となるといろいろ問題が起こりそうだ。
だが逆に言えば、そこさえクリアしてしまえば、ハーレム入りに
せよ冒険者として危険な目に合うにしろ、あとはリリ様本人の問題
に過ぎなくなる。
身分を隠して⋮⋮いや、冒険者としてパーティに入るなら王女の
身分を捨ててもらう。でなければ共に戦うことはできない。
1601
俺たちがテーブルへと戻るとリリ様は泣きはらした目をしていた
ものの、もう落ち着いたようだ。不安げな様子で俺の発言を待ち構
えている。
﹁もし⋮⋮もしリリ様が王女としての身分を捨ててでも。そう言う
のなら﹂
それくらいの覚悟があるのなら。
﹁妾の王女としての身分は不要だと?﹂
﹁ええ﹂
﹁先ほど試したように力も足りぬ﹂
﹁俺の負っている役目というのは本当に危険なんです。力が足りな
ければ生き残れないでしょう。リリ様にその覚悟がありますか?﹂
﹁ある! マサルのためならばこの身をいつでも捧げようぞ! 王
女の身分もいらぬ!﹂
﹁うちは冒険者だし、裕福でもないし、色々と大変ですよ?﹂
﹁構わぬ!﹂
﹁リリ様にそこまでの覚悟があるなら⋮⋮﹂
﹁待て﹂
俺がリリ様に答えようとすると、王様から横槍が入った。
1602
﹁マサル殿﹂
﹁あ、はい﹂
﹁もしリリを連れて行くというのなら、いままで約束した報酬も、
エルフの友誼もすべてなかったことにしてもらおう﹂
﹁父上!?﹂
王様⋮⋮娘がかわいいからって手のひら返しはええな。
だが俺としては、リリ様が貰えるのなら、他はまあ捨てても問題
ないな。お金も物も、手に入れようと思えばどうとでも手に入れら
れる。
エルフの友誼に関しては王様がここで何を言おうが、敵対とまで
はいかないだろう。
﹁リリ様が王女として身分を捨てようとまで言ってくれたのです。
報酬はすべてお返ししましょう﹂
そもそもまだ何にも貰ってない気もするが。
まだドラゴンも一匹残っているし、開拓のほうがまたこじれるか
もしれんが、それはなんとかしよう。
ごめんな、みんな。でもリリ様と引き換えなら、今回の報酬全部
合わせても、お釣りが来ると思うんだ。
みんなへの埋め合わせはがんばって何か考えよう。
﹁マサル⋮⋮﹂
即答した俺に王様は黙りこみ、リリ様は喜びの表情を浮かべてい
1603
る。
注目が俺に集まっている。俺の判断、言葉待ちの状況なんだろう。
ここはちゃんとしたプロポーズが必要な気がする。じゃあ結婚し
ましょうかとか、リリ様貰って帰りますねーじゃダメだろうな。
かと言って普通のプロポーズや愛の言葉も違う気がする。リリ様
の望みは俺たちと共に戦うことだろうし、俺としてもここで愛を誓
うのも、嘘とまでは言わないが真実味にかける。
この場面にふさわしい、何かカッコいい、感動的なセリフを⋮⋮
﹁ここに集いたる人々を前に、我に加護を与えし神に厳かに誓おう。
我ら生まれし時も、場所も、種族も違えども、家族となり、共に助
け合い、共に困難に立ち向かい、共にあらゆる艱難辛苦と戦うと﹂
ゆっくりと立ち上がり、みんなを、アン、エリー、サティ、ティ
リカを見回しながら話しだす。
参考にしたのは三国志の桃園の誓いだ。我ら三人生まれし時と場
所は違えども、兄弟の契を結び、死す時を同じくすることを願う。
ただ俺は寿命で死にたいし、エルフのリリ様はすごい長生きだろ
うから冒頭部分だけ。
﹁高貴なるエルフの姫君よ。汝も我ら家族の一員となりて、共に助
け合い、共に戦わんことを誓い、互いへの忠誠を約束できますか?﹂
﹁⋮⋮約束しよう。我、リリアーネ・ドーラ・ベティコートは、汝
らの盾となりて、共に戦い、助け合うことを、神と精霊に誓おう﹂
ぶっつけで考えたセリフだったが、周りの反応を見るに悪くなか
ったらしい。
話の展開が早過ぎるとちょっと思ったが、もはやこういう運命な
1604
のだろう。
すぐに後悔するかもしれないが、リリ様を欲しいと思っちゃった
のだ。
﹁歓迎します、リリ様﹂
﹁よ、よろしくなのじゃ﹂
思いついて俺のつけている魔力の指輪を外して、リリ様の手を取
り薬指にはめてあげる。
﹁この指輪は誓いの印です﹂
指輪をはめた直後、リリ様のメニューが開いた。
おお⋮⋮この時点で忠誠値が五〇超えか。
やることをやる前にメニューが開くのはサティに続いて二人目だ。
この指輪か、それとも頑張ってカッコいいセリフを考えたのがよか
ったのだろうか。
﹁二人の婚姻、認めよう﹂
﹁父上!﹂
﹁マサル殿、試すようなことを言って済まなかった﹂
ああ、そういう。王女ともなれば地位や財産目当てに来るやつと
か多いんだろうな。俺も体目当てな気がして、ご両親の前だとさす
がにきまりが悪いのだが⋮⋮
﹁マサル殿、もしリリが気に入らなかったり我儘を言うようでした
1605
ら、いつでも追い出してくださって結構ですからね?﹂
﹁母上ぇ⋮⋮﹂
軽い冗談かとこの時は思ったが、今回の結婚はリリ様の修行も兼
ねており、ダメならガチで追い出していいとエルフの修行の話を聞
いて知ったのは、このすぐ後である。
1606
111話 エルフ王との会食︵前書き︶
これまでのあらすじ
・開拓の許可を現地領主に貰いに行く
・リリ様が乱入してエルフの里へ
・エルフに大歓迎される
・リリ様との結婚を即決する
1607
111話 エルフ王との会食
双方とも少々混乱状態である。状況を一度整理する必要がある。
それで食事をしながらお話を、ということになった。
準備を待つ時間は気を利かせて、王様たちは別室に移動してくれ
たのだが、リリ様は当然のようにこっちに残っている。
王様がリリも来いと、それとなく言ってくれたのだが、俺たちと
話があるからと、あえなく追い払われた。
﹁今日から、と言いたいところじゃが、多少の準備もある。明日か
ら世話になろうと思う﹂
﹁それは構わないんだけど、そんなにすぐ出てこれるの?﹂
たぶん王様たちもそのあたりを相談したかったんだと思うんだ。
﹁大丈夫じゃ。修行だからの﹂
修行に出るのは前々から決まっておりある程度の準備は出来てい
るし、修行で里を出る場合、派手な壮行会などはしないのが通例だ。
この異世界、庶民は俺がやったみたいな結婚式はそうそうやらな
いし、エルフもやるかどうかは個人の好みと経済状態に左右される
感じで、そのあたりは日本とさほど変わりないのだが、さすがに王
女ともなると大々的にイベントを取り行う必要がある。しかし修行
目的で里を出るということにしておけばそれも回避できる。
もちろんリリ様が望めば別であるが、冒険者になるのが優先で、
そのようなイベントには興味がないようだ。
ティトスさん曰く、結婚式をちゃんとするとなると最低でも一週
1608
間。できれば一ヶ月くらい準備期間がいるとのことである。
いくら冬の休暇中だからって、そんなに足止めされるのは絶対に
御免被りたい。
﹁ところで姫様の滞在されるお屋敷の広さはどの程度なのでしょう
か?﹂
リリ様との話が一段落ついたあたりでティトスさんがそう尋ねて
きた。
今から出立の準備をするのに、荷物がそれなりに多いので部屋の
サイズを確認しておきたいようだ。
﹁この部屋の四分の一くらい?﹂
塔の個室は一〇畳くらいのスペースを取ってある。シオリイの町
の賃貸暮らしよりはずいぶんと余裕を見て作ったつもりだったが、
エルフの城の各部屋に比べると当然ながらひどく狭い。
﹁⋮⋮姫様、持っていくものはかなり減らさねばなりません﹂
﹁よきに計らえ。冒険者になるのじゃ。本来なら身一つでも構わん
ところじゃ﹂
冒険者と言いながら準備を付き人にお任せはどうなんだろう?
というか、この子、戦闘力は問題ないのだろうが、冒険者として
やっていけるのか? まさかティトスさんを連れ歩くつもりじゃあ
るまいな?
﹁とりあえず壁を取っ払って二部屋分確保しましょうか。それで足
りなければ考えればいいわ﹂
1609
そうアンが提案してくれる。
現在の塔の部屋割りは、一階が空きスペース。二階が居間と食堂、
そしてお風呂。三階が俺とサティとティリカの個室。四階がアンと
エリーで、空き室が二部屋。あとは屋上の茶室である。 一階は後日玄関を作成して、応接間と客室的なものを作ろうと思
っていたのだが、こうなってくると先に二軒目を作ったほうがいい
かもしれない。
今の塔は領主の館というより、要塞や城にあるような防御力重視
の建造物である。客を招くのにはあまり相応しくない気がするし、
部屋数も少なすぎる。
旅の間に泊まった村長宅でも、集会所を兼ねていたりしてもうち
ょっと広かった。
﹁それよりもこのあとの話はどうするのよ?﹂
家のことを俺が考えているうちに、ティトスさんは準備のため退
席し、エリーがそう聞いてきた。
エルフさんたちにどこまで話すか? ってことだろう。
会食までもういくらも時間がないから、早急に態度を決めねばな
らない。
相談しようにもまだリリ様が側にいる。密談したいから席を外せ
とも言いがたいし、どうせリリ様にはすぐに話す予定でもある。
﹁全部かな﹂
詳細は不明にせよ、加護があるのは知れ渡っているし、リリ様に
も加護はついた。
ここで黙っていてもいずれわかることだ。
変に隠してバレて気まずくなるくらいなら、全部ぶち撒けて秘密
1610
にしてもらったほうがいい。
﹁それならそれでいいけど、この後の会食は失礼のないようにね、
マサル。これから長い付き合いになるんだから﹂
薄々わかってはいたけれど、リリ様もらってハイサヨナラってわ
けにもいかないんだろうなー。
日本の常識で考えればすごい玉の輿なんだろうけど、こっちでは
親戚関係ってどういう扱いなんだろう?
エリーやアンに聞いた感じではそう違わないとは思ったが、エル
フで王族となるとまた違うのかもしれないし。
﹁全部とはなんの話じゃ?﹂
案の定、リリ様がよくわからないという顔で話しかけてきた。
﹁あー、クエストの話です﹂
﹁ほほう。やっと教えてもらえるのじゃな!﹂
﹁ただ、ちょっと漏れたらヤバイ話もあるんで、教えるのは最低限
の人だけで、秘密厳守もお願いしたいんだけど﹂
﹁エルフは信義を重んずる。秘密と約束すれば絶対に漏れないじゃ
ろう。きちんと言い含めておこう﹂
﹁それはいいとしてエルフって︱︱﹂
リリ様から色々聞き出してみた結果、玉の輿は玉の輿だし、親子
や婚姻に関してもそう違いはなく、日本での常識を適用しても問題
1611
なさそうな感じだった。
だが婚約者の父親への正しい挨拶なんて、自慢じゃないが俺が知
るはずもない。
ドラマで見たそういうシチュエーションはたいてい父親がゴネて
たな。
というかさっきも王様が真っ先にいちゃもんつけてたわ。わー。
なんだか胃がきりきりしてたぞー。
ほどなくお食事会の準備が整った。時間は午後も半ばで、かなり
お腹は減っているのであるが、ゆっくり食べる余裕など全くない。
豪華な食事が用意されていたのだが、手を付けてみても味がほとん
どわからないくらい緊張している。
普段なら面倒な交渉事はエリーかアンにお任せなのであるが、本
日のターゲットは俺である。
王様、エルドレード・ドーラ・ベティコート殿のお隣に座らせて
いただく。特等席である。拒否権はたぶんないし、助けも期待でき
ない。
最初は嫁たちとの馴れ初めや、冒険者としての最近の活動などの
当たりさわりのない話だ。
突っ込んだ話をしようにも、王様のほうもちょっと距離を測りか
ねているようだ。
ちちうえ
俺としても対応に困る。呼び名一つとってもエルドレード殿と名
前で呼ぶの馴れ馴れしいし、義父というのも早い気がするし、結局
そのまま王様ということで落ち着いた。
隣にはサティが座っているが俺と王様の話に割って入れるはずも
なく、とりあえず俺のほうを気にしつつも、大人しく目の前の豪華
1612
な食事を平らげることにしたようだ。ティリカも食事が気に入った
のか、黙々と料理を口に運んでは、じっくりと味わって食べている。
エリーとアンは王妃様とリリ様と何やら楽しげに談笑していた。
どうやらピンチなのは俺だけのようだ。
里を救った英雄として、下にも置かない扱いには変わりはないが、
心理的に完全に立場が逆転してしまっている。
リリ様の証言通り、異世界のエルフでも親子関係、親戚関係とい
うのにはそうそう変わりはないようで、ファンタジーな異世界でエ
ルフの王様との会食だというのに、やっているのは婚約者の父親へ
のご挨拶である。
仕事は? 収入は? 将来の計画は?
未来の義父からの質問だ。別に王様と仲良くしたいわけではない
が、今後の良好な関係を期待するなら、正直に丁寧に答えるしかな
い。
そして王様も食事はそっちのけで話しかけてくるものだから、俺
も当然のように食事には手を付けられない。
ひどくね、これ?って思っても、異論を唱えられるような場面で
はなかった。
今の俺は婚約者の父親に気に入られようと必死な好青年である。
目の前の強大な敵にとにかく集中するしかない。
王様は話の中でも俺の能力、それも魔法関連にはひどく興味を惹
かれたようで、かなり詳しく質問を投げかけてきた。
火、土、回復魔法は極めている。水と風は中級。空間魔法に召喚
魔法に、エルフの霊薬でも回復しきれないほどの魔力に、剣と弓も
上級レベル。
探知系や隠密に関しては聞かれていないので黙っていたのだが、
それでも里での戦闘で見せたよりもはるかに強力で多彩な魔法使い
であったことに、王様たちはとても感銘を受けたようだ。
1613
エルフの方々からの評価が高まったのは良いのだが、なにやら俺
一人が話している状態になって注目が集まっている。
﹁それほどの力⋮⋮一体どうやって?﹂
ここまで上手く回避していたのだが、質問がついに核心に入って
しまった。
どっからどう話したものか。やっぱり最初からのが色々と質問も
省けるだろうな。
﹁まず俺の生まれですが、日本という国です﹂
﹁ニホン? 誰か知っておるか?﹂
王様の言葉に他のエルフも首を振る。
﹁かなり遠方らしいです。俺も神様に連れて来られたんで、どこに
あるのかと言われても説明は無理です﹂
どこかわからないが遠くにある国。それ以上の説明は難易度が高
い。異世界の話をすると更にややこしいことになるだろうし。
﹁なんと。では神はなんのためにマサル殿をこの地へと?﹂
そこが俺にも判別しがたい。最初の話だと勇者をやらせたい感じ
でもなかったし、今回みたいに勇者まがいの指令を出したりするし。
﹁神の意図に関しては測りかねます。俺は単に仕事を探してたんで
すよ。できればもっと普通の仕事でよかったんですが﹂
1614
ゲームのテスターだと思ったらガチのデスゲームに参加させられ
た。考えれば結構ひどい話だ。
﹁マサル殿ほどの力があれば仕事など選び放題でしょう?﹂
と王妃様。
﹁ああ⋮⋮なんというか、俺の故郷はとても平和でして。魔法や剣
はあまり役に立たない国だったんですよ﹂
﹁だがそれほどの力を腐らせておくとは見る目のない﹂
﹁それに力を得たのは加護を貰ってこっちに来てからですし﹂
そこからは何度もした話だ。ハロワに行って、神様に連れてこら
れて、冒険者ギルドへ。野ウサギ狩りの話はしないでいいだろう。
重要じゃない。些事だ。
いくつかの戦いを経て、加護の力により新しい魔法やスキルを得
ていく。ついでに嫁も。
クエスト
王都に向かおうとしたところで神託が下され、二週間の旅を経て
この地へ。
砦でリリ様たちと遭遇。そしてまた神託が入る。エルフの里を救
えと。
そこからは先程の英雄譚の通りだ。
﹁神託⋮⋮クエストとは神託のことじゃったのか!﹂
﹁本当に神が我らを救うために貴方がたを遣わされたのですね⋮⋮﹂
1615
﹁加護に神託、そしてその力。確かにすべてが露見してしまえば、
勇者じゃないというのも通るまい﹂
通ってもらっては困るからこうやって必死に口止めして秘密を守
ろうとしているのだが、今のところ上手くいっているとは言いがた
い。こうやってぽろぽろと漏れていって、いつか大事になりそうで
今から食欲がなくなる。
すでに大事になっている気もしないでもないが、まだセーフだと
思いたい。エルフ外部には話は漏れてはいないようだし。
﹁この話は、神殿も真偽院もほんの一部の人しか知りません。です
からほんと秘密厳守でお願いします﹂
﹁心得ておる﹂
俺自身への追及はそこら辺で一旦は満足したようで、今回作る領
地の話や今後の冒険者としての活動に関して話が移った。
とりあえず春まではこちらに滞在するし、春から先の予定は決ま
ってないのだが、改めてゲートの話をしていつでも戻れると説明す
るとかなり安堵したようだ。
なんのかんの言ってもぽっと出の俺たちに娘を託すのは心配があ
ったのだろう。
俺の作る予定の領地へのエルフ側の協力は、冒険者としてあちこ
ち飛び回っている間、エルフから戦力を少し寄越してもらい、こち
らもエルフの里でまた何かあれば協力を惜しまないということで同
意した。
﹁対アンチマジックメタルの兵器の試作品はもう完成しておる。再
度やつらが来てもマサル殿の手を煩わすことはあるまいが﹂
1616
王様は楽観的なようだが、世界の滅びを予言されている俺として
は悲観的にならざるを得ない。
これは彼らにとって無関係なことでもない。警告を発しないのは
フェアじゃないだろうな。
﹁はっきりしたことは言えませんが⋮⋮今回の危機のようなことが
今後もあるかもしれません﹂
俺の言葉にテーブルが静まり返る。
﹁ヒラギスが滅んだのは聞き及んでおる。エルフの里もマサル殿た
ちの助けがなければ滅んでおった可能性が高い。今後もこのような
危機が続くと?﹂
﹁わかりません。神は答えてくれませんし。もしかしたらすぐには
⋮⋮五年や一〇年は何もないかもしれません。ですが何が起こって
も大丈夫なように備えておいたほうがいいと思います﹂
実際のところわかってるのは二〇年という期限だけで、何が起こ
るかは神のみぞ知るだ。魔王か魔境からの大規模攻勢が第一候補な
のは間違いないと思ってはいるが、何の確信も証拠もないのだ。
もしかしたら魔物以外の地底人や宇宙人が攻めてくるのかもしれ
ないし、この世界のマッドサイエンティストみたいなのが今頃惑星
破壊爆弾を開発しつつあるのかもしれない。
﹁里の防備はもちろん強化するつもりであったが⋮⋮さらなる増強
も考えよう﹂
その後は他愛もない雑談で昼食会は終わり、結局俺はろくにご飯
1617
が食べられなかった。
エルフ料理はちょっと変わってて美味しかった、とはティリカさ
んの談である。
﹁さっきの話はどういうことなの?﹂
また俺たちだけになったところでエリーに絡まれた。まあ気にな
るだろうな。
﹁俺も確信があるわけじゃ⋮⋮﹂
﹁何かあるなら正直に言ったほうがいいんじゃない?﹂
﹁俺のスキル、色々説明したと思うけど、生産系もあっただろう?﹂
﹁そうね﹂
﹁それにこっちで暮らすだけなら店でも開いて料理でもすれば、命
の危険もないし繁盛すると思わないか?﹂
﹁それも楽しそうね﹂と、アンが同意してくれる。
﹁でも最初に神様に警告されたんだよ。いや、忠告かな。町でじっ
としてないほうがいいと。それは危険だと﹂
﹁それにしては五年一〇年って言ってたし、もうちょっと具体的な
話に思えたけど﹂
1618
﹁俺の戻る期限が二〇年なのは話したな? つまりその期間に何か
あるんじゃないだろう⋮⋮でも具体的には何が起こるかはわからな
いんだ﹂
俺の発言にエリーはちらりとティリカに目をやったが、ティリカ
は無反応だ。ちょっと危ない発言かと思ったが大丈夫なようだ。
まあバレたらバレた時のことだ。どうせそのうち話すべきことだ
し。
この世界の破滅をもたらす何か。
その何かが具体的にわからない限り警告の発しようもない。
たとえば俺の警告が見当違いだった場合、そのこと自体が破滅を
加速するかもしれない。
通常の魔境に対する備えであるなら、俺が言わなくとも十二分に
しているはずだ。
もし大規模に警告を発する必要があるなら、神様が俺か、他の誰
かにそう指示をすればいいだけの話なのだ。
それをしないのはまだ時期尚早ってことなのだろう。
﹁まあ何かあれば、また神様が何か言ってくるんじゃないか? 今
回もそうだったし﹂
それでみんなは一応は納得してくれたようだった。
1619
111話 エルフ王との会食︵後書き︶
次回、112話パーティ
近日更新
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1620
112話 エルフの夜会
義父︵予定︶との会食をクリアし、最難関は終わったと思いきや、
本日の最終イベントがまだ用意されていた。
パーティー。夜会である。
たぶん嫌だとゴネれば欠席も出来るんだろうが、主賓として出席
して欲しいと丁重にお願いされたら断れるはずもない。
そもそも嫌がってるのって俺だけだ。
無駄な抵抗は早々に諦めて、パーティーに備えて身だしなみを整
えることになった。
俺もちょっと髪が伸びてきたので、エリーに切ってこいと言われ
てエルフの理容師さんにカットしてもらい、お風呂でさっぱりして
きた。
お風呂は久しぶりに一人である。エルフさんたちが部屋に頻繁に
出入りするし、俺が髪を切っている間にみんなは入浴を終わらせて
しまったようだ。
今はみんな、衝立ての向こう側で髪のセットやメイクをしてもら
っているようだ。ちょっと覗いたらエルフさんに睨まれた。俺、旦
那なのに⋮⋮
みんなの衣装はエルフの方で全部用意してくれた。
俺も別の部屋へ連れて行かれたくさんの衣装を見せられて、無難
そうなスーツに近い衣装を選んでおいた。
赤とか黄色などの色んな原色の衣装が普通に用意してあったのは
衝撃的だった。パーティー衣装というよりステージ衣装である。そ
れも漫才とかそんな系統の。
スマートでイケメンなエルフたちなら似合うかもしれないが、俺
1621
だとお笑い方面なのは確定的である。 俺が衣装を着つけてもらって部屋に戻って待っていると、一番最
初にメイクが終わったエリーが出てきて披露してくれた。
﹁どうかしら?﹂
肩がヒモだけでほぼむき出しの大人っぽい黒いドレスでスカート
は足首近くまでの長さ。いつもより気合を入れて巻いた髪にメイク
もばっちりして、香水の香りもする。
きらびやかなネックレスや髪飾りなどの装飾品は今日貰ったやつ
から持ってきたらしい。
﹁おお、すごい似合ってる!﹂
﹁でしょう? ってあんまり触っちゃだめよ!﹂
抱き寄せて髪の匂いをくんくんしたら怒られた。
ちょっとだけなら触ってもいいのかなーとも思ったが、他の人も
いるこんなところで欲情してもどうしようもないのでほどほどにし
ておく。
﹁そのドレスって借りたの? 貰ったの?﹂
ぜひ持ち帰りたい。部屋でも着てもらいたい。
普段と違う服でナニをヤルのも非常に捗るのだ。
﹁持って帰って家でも着て見せて欲しいなー﹂
﹁マサルはほんとしょうがないわね。ちゃんと貰っておいてあげる
1622
わよ﹂
俺の要望は正しく伝わったようだ。
しかしエリーもしょうがないといいつつ、ほんのり顔を赤くして
嬉しそうである。
こんなのが見れるなら、パーティーも嫌なことばかりじゃないな。
﹁マサルも似合ってるわよ。頭もさっぱりしたし﹂
﹁そ、そう?﹂
﹁そうそう。マサルもちゃんとしてればいい感じなんだから﹂
エリーと軽くいちゃついていると、サティとティリカも着替え終
わって出てきた。
﹁二人ともかわいいかわいい﹂
二人は白を基調としたひらひらの多いカワイイ感じの淡いピンク
とブルーの色違いのお揃いのドレスで、頭にもドレスに合わせた色
のリボンを付けてもらっている。
﹁サティ、回ってみて。くるっと﹂
サティは俺の要望に応えてくるくると回り、スカートがふわっと
翻る。このアクションは何度かやってもらったことがあるのでサテ
ィも慣れたものだ。ティリカもそれを見て同じように回ってくれた。
あのスカート中の下着はどうなっているんだろう? 下着もエル
フ製のを用意してもらったのだろうか?
見る権利はあれども、見ていい状況でもない。非常に残念である。
1623
﹁アンは?﹂
三人の衣装を心ゆくまで鑑賞し終わってもアンがまだ出てこない。
﹁アンジェラ様は服の用意が遅れていて﹂
﹁胸が大きくて服が入らない﹂
﹁それで仕立て直すのに手間取ってるのよね﹂
エルフはみんな細いから、あの大きな胸が入る衣装がないのか。
みんなの話を聞いてアンの様子を見に行こうか迷っているうちに、
エルフが服を抱えて部屋に入ってきた。胸の仕立てが終わったのだ
ろう。
ほどなくアンが出てきた。髪をアップに結いあげて、肩どころか
背中もかなりむき出しである。胸も強調してあるし、ちょっとエロ
すぎじゃないだろうか?
﹁か、かなりきわどい気がするんだけど、大丈夫かな?﹂
本人も慣れないドレスに慣れない髪型でかなり不安なようだ。
﹁夜会ならそのくらいなら普通ね。よく似あってるわよ、アン﹂
﹁うん、すごく似合ってる﹂
他のやつに見せるのがもったいない。いますぐあの胸に顔を埋め
たい。
もうパーティなんてどうでもいいから、みんなをこのまま連れて
家に帰りたい。
だが準備が完了したからには、アンにちょっとしたスキンシップ
1624
を試し見る暇もなく、すぐにパーティー会場に移動だ。もうすでに
パーティーは始まっていて俺たちの出待ちだそうである。
まあいい。あのおっぱいは俺のものだし、パーティーが終わって
からゆっくり色々とやればいい。
会場は小さめのホールで、そこにエルフが一〇〇人ほどだろうか。
思ったよりも全然少ない人数で、先の謁見の間での戦勝会と違って
人の配置もゆったりしている。
衣装は俺が見せられた通り、かなり色とりどりでカラフルに会場
を彩っていた。
音楽が流れているし、ダンスも出来そうだ。まさか踊れって言わ
れないよな?
俺たちが王様に導かれてホールにはいると拍手が巻き起こる。
立食パーティ形式ではあるが、会場に入ったとたん取り囲まれて
今度も食事をする余裕などまったくない。
リリ様は最初に軽く挨拶しに来たきりで、離れたところでエルフ
たちに取り囲まれ、ちやほやされてご機嫌な様子だ。
リリ様の衣装もパーティー仕様でなかなか素敵だったが、人がい
っぱいの会場ではじっくり鑑賞する時間も余裕もない。
それに婚約も修行でのパーティ入りも発表しないそうだから、あ
まりベタベタも出来ない。
まだしばらくはこっちにいるつもりなので修行の公式発表は春に
なってからという話になっている。嫁になる話も当分伏せておく予
定だ。
俺はなるべく目立たないようにエリーの側にくっついて、エリー
のフォローに助けられ、適当にやり過ごしていた。
1625
入れ替わり立ち代わりエルフたちがやってきて、話をしていくの
をお酒の力も借りつつ適当に相手をしていく。
幸い主役はリリ様も含めた俺たち全員で、特に俺がターゲットと
いうわけでもなく、プレッシャーも分散している。
それでも王様の親戚がたや重鎮などの里の偉い人たちをたくさん
紹介されるが、ただでさえ名前を覚えるのは苦手なのにアルコール
も入っている。たぶんエリーが覚えていてくれるだろう。
アンはやってくるエルフを相手に神がどーたらと神官らしい話を
している。
サティとティリカは一緒にいて、二人でうまくエルフの相手をし
ているようだ。
音楽は流れているが、挨拶に忙しくダンスがないのが救いだろう
か。
エリーにちらっと聞いたらエルフの作法は知らないが、ダンスは
普通の夜会ならあるそうだ。
踊れなどと言われたら今度こそ逃げるしかない。
しばらくしてリリ様が落ち着いた雰囲気の女性のエルフを連れて
やってきた。
﹁マサル、戦闘中に借りた弓の話があったじゃろう?﹂
おお、そうだった。あの借りた弓、持ち主に返さないとな。
このエルフさんに見覚えはないが、持ち主だろうか?
アイテムボックスから弓を取り出す。汚れは落とし綺麗に磨いた
が、ところどころ傷も付き、長年手入れされ使い込まれたであろう
ことがひと目でわかる弓である。
俺の使っていた弓は最初に買った初心者向けの物で戦闘中にぶっ
壊れ、現地で渡されたこの弓を魔力の切れた戦闘の終盤はずっと使
1626
っていたのだ。
﹁弓を貸していただき、本当に助かりました。これは持ち主にお返
しします﹂
リリ様が頷いたので連れられたエルフに弓を手渡す。
﹁これは⋮⋮息子が成人した折に、私が贈った弓です﹂
そういいながらそのエルフは受け取った弓をじっくりと確かめて
いた。
息子⋮⋮本人が健在であれば愛用の弓を戦場で他人に貸すわけも
ない。
﹁その⋮⋮息子さんは⋮⋮﹂
治癒術がある以上、重傷であったとしても生きていれば、すでに
治療は済ませて自分でここに取りに来ることができるだろう。
﹁勇敢に戦い、倒れたと聞き及んでおります﹂
﹁使い込まれたいい弓です。きっと素晴らしい使い手だったのでし
ょう﹂
﹁はい。この弓は⋮⋮もしよろしければマサル様がこのままお使い
ください﹂
﹁それでいいのですか?﹂
﹁これはエルフでも最高の職人が作った良い弓です。飾ったり眠ら
1627
せておくのではなく、ふさわしい使い手が持つべきです。息子もき
っとそれを望むでしょう﹂
エルフから手渡される弓を恭しく受け取る。
﹁よく手に馴染む、いい弓です。先の戦闘でも多くの敵を倒してく
れました。今後もきっと俺の助けとなってくれるでしょう。ありが
たく使わせて頂きます﹂
﹁それを聞けば息子も安らかに眠れましょう﹂
あまり考えないようにしていたのだが、きっと今回もたくさん死
んだのだろう。
和やかなパーティーだったし、エルフは被害についてもほとんど
語らなかったし、語られても困る。
俺はとても心の弱い人間だ。シオリイの町でのハーピー襲撃の時
も、ゴルバス砦の防衛戦でも、目の前の死にはひどく動揺させられ
た。
今回も何も考えなかったわけではない。目先の事にかまけて目を
逸らしていただけだ。
そっちに意識が向きそうになればみんなのことを考えて、ちょっ
かいを出しに行けばいい。それ以上に楽しいことなんて、大事なこ
となんて世の中にないのだ。
不謹慎かもしれないし、不誠実かもしれない。無責任だと非難さ
れるかもしれない。だがそうでもしないとこの死多き世界では生き
てはいけないだろう⋮⋮
あとでリリ様に聞いたところによると、死者はすでに丁重に送り
出したそうだ。そりゃもう一週間も経ってるものな。
1628
個人的な話は別として、公式にはもう終わったこと。魔境との戦
闘が常態化しているエルフにとって、今回は特別に規模が大きかっ
たにせよ、さほど珍しくもないことだったのだろう。
﹁マサル様に精霊の祝福と加護があらんことを﹂
そのエルフも泣き言や恨み事ひとつ言うこともなく、俺の前から
静かに立ち去るのみだった。
﹁疲れたでしょう、マサル? なんだったら先に休んでる?﹂
弓を手に考え込んでいる俺にアンがそう声をかけてくれた。
挨拶の波は今は途切れている。エルフも今のやり取りを見て空気
を読んでくれたのだろう。
﹁そうだな。疲れたけど⋮⋮こうやって挨拶を交わすのもきっとす
ごく重要なことなんだろうな。俺も最後までちゃんと付き合うよ﹂
先ほどのエルフのように、ほんの少しの会話が死者への手向けに
なるのなら、生き残った者への慰めとなるなら、それはとても意味
のあることだろう。
﹁それならば続けよう。マサルたちに挨拶したいという者は大勢お
るからの﹂
﹁お願いします、リリ様﹂
そうして挨拶の人の流れが再開された。今度は偉いさん方じゃな
くて、最前線で戦闘に参加したエルフたちだ。
俺たちの参戦で命を拾った者も多いのだろう。
1629
今度は俺も心を入れ替えて、真面目に受け答えをしていく。
もちろんやる気を出したからって、こういったやりとりが急にう
まくなるはずもなく、言葉も少なめに、自分でも不器用なものだと
思ったが、エルフたちはそれで満足なようだった。
そして人の流れはいつまでも続いた⋮⋮
いつまでも? 会場のキャパからするととっくに終わってる頃だ
と思ったのが、探知で探ってみると交代で入ってきているようだ。
リリ様によると一般入場が自由な大きな第二会場があって、そこ
から順番にやってくるという。
﹁あっちで軽く挨拶だけしてもらう予定じゃったが、会って話した
いという者が多くての。マサルが最後まで相手をすると言ってくれ
て助かった﹂
その日のパーティーはかなり夜半まで続いた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
この日はそのまま王宮にお泊りである。
帰るのは一瞬で手間でもないんだが、俺だけじゃなくみんなも疲
れていたので、家に戻って家事やなんやかやをするのも億劫だ。ど
うせすぐに戻ってくるんだし、エルフの城は上げ膳据え膳ですごく
楽なのだ。
﹁今日は最後までよくがんばったわ、マサル﹂
1630
アンジェラさんからお褒めの言葉をいただいた。ご褒美も欲しい
ところだが、五人一緒ではそれも望めない。
今日の我が家はベッド二つに分散していて、サティはエリーに取
られ、ティリカもそっちに付いて行った。すぐ横なんだけど。
お隣は服を脱いでラフな格好に着替えると、布団に潜り込んです
ぐに寝てしまったらしい。日の出から活動して、さすがに限界だっ
たのだろう。
﹁俺もそう思う﹂
だがこれだけがんばってご褒美の一つもないというのは、本当に
どういうことなのだろうか?
隣の魅惑のボディは肌着一枚で、手を伸ばせばすぐに届く位置に
あるのにお触りを拒否している。
家でなら多少のスキンシップも許されるのだが、みんながいる+
よそでお泊りとダブルなのでガードが硬いことが予想される。
たぶん強引に迫れば多少は許してくれるだろうが、あくまで多少
だろうし、目先の欲望に目が眩んでアンの機嫌を損ねるのはよろし
くない。
ここは正攻法だな。
﹁がんばったご褒美﹂
小声でそう言いながら、体をアンのほうに向ける。
﹁そうね。マサルはよく頑張った。えらいえらい﹂
アンも体ごとこちらに向けて、手を伸ばして頭を優しくなでてく
れた。
そういうことじゃないんだが、これはこれで気持ちがよく、すぐ
1631
に眠くなってきた。
どの道ちょっとしたスキンシップ以上は無理だろうし、疲れて眠
気も限界だ。
そしてお酒も結構入ってたこともあって、頭を撫でられたまま、
気持よく眠りに落ちた。
サティに起こされると、みんなすでに起きていて、すぐにリリ様
や王様たちとともに朝食になった。俺が最後なのはそういう習慣だ。
ぎりぎりまで寝ていたいじゃないか?
朝食のメニューはパンにスープにサラダにステーキ。どうやらエ
ルフは朝からがっつりなようだ。それとも単に大規模戦闘後の肉の
過剰供給のせいだろうか。
どっちにしろ俺たちも昨日のパーティーではろくに食えなくて、
パーティーが終わってからすぐに寝たのでありがたくいただく。
﹁今日の予定は? そろそろ戻らないとあっちでオルバさんも心配
してると思うんだが﹂
﹁一日くらい連絡しなくても平気だけど、早めに戻って報告したほ
うがいいわね﹂
エリーがそう答える。あとは領主にエルフとの交渉がまとまった
報告もいるな。
﹁妾のほうはもう里を出る準備はできておるが、マサルたちのほう
でやり残したことがあるじゃろう?﹂
宝物庫から持ち帰りたい家具とか装備を見繕って、召喚馬の鞍を
1632
注文して、あとは対陸王亀用に作った兵器を見学⋮⋮は今度でもい
いか。
﹁リリ様、持って行くものとかは?﹂
﹁とりあえずはカバン一つ分でよい。ゲートで移動するのにも荷物
が増えてはきついじゃろう? 必要なものはあとで送らせればよい
しの﹂
俺のアイテムボックスが特別製なの教えてなかった。
どうせすぐバレるし教えておこうか。
﹁アイテムボックスに入れて全部運べますよ? 倒したドラゴンも
ゲートで持って帰れましたし﹂
﹁ゲートでもあまり物資は運べないと聞いておりますが﹂
そう王妃様も疑問を口に出してきた。
﹁これも極秘でお願いしたいんですが、俺のアイテムボックスは転
移系魔法に影響を与えないようなんです。大型のドラゴンでもその
まま転移できますよ﹂
﹁ほほう。それは便利じゃな!﹂
﹁ドラゴンサイズの物資をゲートで自由に⋮⋮﹂
王様はすぐにその意味に思い至ったようだ。
この世界での転移魔法は通常、情報のやりとりをメインに使われ
ているのだが、俺のアイテムボックスと転移があれば流通に革命が
1633
起こせる。
﹁今のところ運び屋をやる予定はありませんし、このアイテムボッ
クスも神の加護の恩恵で他に使える人もいません。ほんとに内密に
お願いしますね?﹂
﹁心得ておる﹂
﹁もちろんエルフに何かあれば、この力を使って協力するのに吝か
ではありませんが﹂
﹁それもこっそりとバレないようにだな?﹂
よくよく考えてみれば俺の特殊アイテムボックスは、召喚や上位
の空間魔法よりもレアリティが高い。その利用価値を思えば、バレ
た場合の影響がもしかしたら一番大きいかもしれない。
﹁いつか⋮⋮またそなたらの力を借りる時があるやもしれんな。リ
リよ、しっかりとマサル殿たちを支えるのだぞ?﹂
﹁もちろんですとも、父上。ではマサル、出立の準備じゃ!﹂
リリ様が元気よく立ち上がり宣言した。
1634
113話 出立の準備
朝食後は一家で集まって今日の予定の確認である。
もちろんリリ様も参加だ。出立の準備はもういいらしい。何かや
っている風には見えなかったから、相変わらずティトスさんあたり
にお任せなのだろうか。
だがそのあたりの事情に関しては一旦脇に置いておくことにする。
とにかくエルフの里での用事を早く終わらせて、このアウェイの地
から我が家に帰りたいのだ。
﹁戻ったら家を作ろうと思うんだが﹂
リリ様のこともあるが、領主になるなら今の塔ではどうしたって
手狭だ。
﹁そうね。今度はもっと豪邸にしましょう﹂
﹁うーん。それは仕方ないんだけど今の家もやっと住み心地が良く
なってきたのに﹂
﹁そんなにすぐには出来ないし、当分は今のままだな﹂
ただ家を建てるだけなら土魔法があれば実に簡単だ。問題は内装
である。
土魔法で作っただけでは家というより倉庫かただの箱で、雨露が
しのげればいい旅ならともかく、快適な住環境を実現するには、一
からやるとなるとかなりの手間暇がかかる。
誰が手間をかけるかというと、俺かアンである。
1635
土魔法でやる作業以外にも、必要な家具を一つ買うだけのことで
も、例えばベッド。サイズや耐久性、使い心地、マットの種類や布
団やシーツ。他の家具との調和も考えないといけない。
予算も考慮する必要がある。工場での大量生産品などないこの世
界では、安い物は本当に品質が悪いし、だからって高級品を選ぶと
馬鹿高い。
サティやティリカじゃ手に余るし、エリーは一番いい品を指さし
て、これがいい!とか言って買ってきそうだ。任せられない。
だがアンは我が家で一番忙しい。家事全般をサティとともにやっ
ているし、冒険者をやるための訓練や神官としての活動もある。塔
のほうですらまだまだ未完成だし、これ以上負担をかけるわけにも
いかない。
﹁大体の要領は分かったし、家具とかは貰ったのがあるだろう? 新しい家は俺がやっとくよ﹂
塔を作ったことで経験を積んだし、エルフに貰った家具もある。
予算も潤沢だ。急いで作る必要もない。
また仕事が増えたが今後何年も暮らすことになりそうだし、ちょ
っと気合をいれて作ってみることにしよう。
家作りは俺に一任。もちろん手伝えるところは手伝って貰うつも
りだが。
あとはオルバさんや伯爵に報告に行ったり、冒険者ギルドへと行
ったりと一人メンバーが増えたとてやることはこれまでとそう違い
はない。
﹁冒険にはいつ行くのじゃ? クエストはもうないのか?﹂
1636
﹁クエストなんて滅多にないですよ? それに冒険者稼業は冬の間
はお休みです﹂
まあ俺の冬休みはどこ行った状態なのだが。領地関連の作業が一
段落ついたら暇になると思いたい。
﹁なんじゃと⋮⋮楽しみにしておったのに⋮⋮﹂
休みじゃないにしてもいきなり冒険はない。スキルを取って修行
してからだな。
﹁休みと言っても仕事はありますし、修行もするんですよ﹂
﹁そうじゃな。修行は大事じゃな﹂
仕事は大事じゃないのだろうか。
﹁修行の一環で魔物の討伐はやってもらおうと思ってます﹂
ちょっとがっかりしてるようなのでそう付け加えておく。
﹁そうか! 修行は得意じゃ任せておけ!﹂
修行が得意とか意味がわからんが、そう言うなら軍曹殿のブート
キャンプはどうだろうな。リリ様が前衛をやるなら、あれは戦士の
修行としては最強だと思うんだ。
でもエルフの姫に隷属の首輪はまずいか⋮⋮手っ取り早くていい
考えかと少し思ったが無理そうだな。
1637
大雑把に今日の予定を決めてから、まずは俺たち専用の宝物庫へ
と移動した。
現時点で何が必要かわからなかったので、家具類は全部回収して
おく。
自給自足に近い生活を送っているだけあって、その他の必要そう
な物もだいたい揃っていた。
食器や調理器具。細々した日用雑貨。
質のいいタオルの詰め合わせがあったのは収穫だった。
小物は全部適当な箱や袋にひとまとめにして詰めこむ。そうすれ
ばアイテムボックス内では1個という扱いで、枠をあまり圧迫しな
い。いい加減な仕様というかフレキシビリティーにあふれていると
いうか。
あんまり厳密に判定されても困るから文句はないのだが。
部屋のほとんどのスペースを埋めていた家具や小物群がアイテム
ボックスの中へと消えてずいぶんとすっきりした。
続いて武具も見て回る。弓などはさすがの品揃いだったが、剣や
槍が少ない。
剣はどれも品質はいいのだが装飾重視の軽めの剣が多かった。エ
ルフの体力に合わせてあるのだろう。
数少ない大型の剣の中から一本、前の剣に近い物がみつかったの
で自分用に貰っておくことにする。少々装飾過多だが剣自体の切れ
味は良さそうだし、握りやバランスも申し分ない。
金目の物を大量に家に置くことがネックだったのだが、もう遠慮
しても意味がないし、家具だけ全部持って帰って他のを置いて行く
のも武具職人の人に悪いだろう。
武器類も根こそぎ頂いていくことにする。
短剣に槍、斧もあった。斧は木こり用に使えそうだ。少々勿体な
1638
い気もするが。
﹁リリ様、ミスリル銀やオリハルコン製の武器はないんですか?﹂
﹁魔法金属は我らはほとんど使わんから作っておらんな﹂
聞けば魔法に耐えうる金属の加工はドワーフの独占技術なのだそ
うだ。
当座はさっき見つけた剣でいいとして、魔法剣が使える剣は探し
にいかないとだめだな。
俺が槍を見ている間、サティは弓をチェックしていた。
アンは良さげな盾を見つけたようだ。メイスはなかった。エルフ
は鈍器は使わないんだろう。
エリーは欲しいものに既に目星をつけていたようで、すぐに杖を
選んで手にしていた。
ティリカは魔法使い用のローブを手の空いたエリーに選んでもら
っている。
﹁ティリカ、これを使いなさい。かなりいいローブだわ﹂
エリーが魔法使い用のローブを見つけてきた。
ティリカのは安物なので、いいのがあるなら取替だな。
﹁わたしはこの杖﹂
そう言って、地味な杖を見せてくれた。今使ってるのとそんなに
変わらん気がするが、特殊な素材が使われておりかなり良い品だそ
うだ。
魔法を使うときに杖を愛用しているのはエリーだけである。
1639
エリー曰く、魔力の集中がしやすくなるんだそうだ。何か利点は
あるんだろう。
﹁サティ、いい弓があったか?﹂
真剣な顔で弓をチェックしているサティに聞くとふるふると首を
振る。
﹁もっと強い弓が⋮⋮﹂
今使っている教官に貰った弓もいい品で不満もないんだが、今回
みたいな拠点防衛で使う用にもっと強い弓が欲しいそうな。
﹁ならあとで弓の店も見に行くとするかの﹂
﹁そういえば、リリ様の装備は?﹂
﹁妾は弓も剣も使えんしいらんじゃろう?﹂
そう言うリリ様の今の装備は上等ではあるが、防御力の低そうな
ただの服だ。
﹁冒険者になるなら防具は必須ですよ﹂
﹁精霊が守ってくれる﹂
﹁盾役をするならあったほうがいいんじゃないですか? サティに
ぶち抜かれてたでしょうに﹂
﹁む、むう﹂
1640
防具の中にフルプレートメイルが何点かあり、中の一番小さいサ
イズのものがリリ様に合いそうだ。盾役をするなら防御重視だ。
﹁これなんかどうです?﹂
鋼鉄製だろうか。銀色に輝く美しいフォルムの全身鎧である。
サティと協力して、リリ様に鎧を装着していき、ツインテールも
ほどいてヘルムもすっぽり被せ、適当な盾を持たせれば完成である。
サイズは多少調整が必要だが、使用感を確かめるくらいなら問題
はなさそうだ。
﹁お、重い﹂
問題は重すぎて身動きすらままならないことか⋮⋮
補助しつつなんとか動いてもらったのだが、すぐにヘルムの内側
からこもった呼吸音がぜぇぜぇと聞こえてきた。
ちゃんとしたフルプレートアーマーは非常に重い。盾込みだと五
〇kgくらいはいくかもしれない。
全く鍛えてない人だと身動きもままならないし、倒れれば起き上
がることすらできなくなる。
﹁一応持って帰りましょうか﹂
リリ様が脱いだ鎧を箱に放り込んでおく。肉体強化にポイントを
振れば重い鎧も何とかなるかもしれないし。
﹁持って行っても使えんと思うがのう﹂
戦闘スタイルをどう設定するにせよ、防具は絶対に必要だ。最低
1641
限、革装備くらいはしておいてもらわないと。
何にせよ防具も全部回収する。
武器や防具を用意してもらった箱に詰め込み終わると、あとはエ
リーとアンが見ている装飾品コーナーである。
﹁ど、どうしようかしら? こんなにいっぱい﹂
アンが俺が見に来たのに気がついて聞いてきた。
確かにテーブルの上にぎっしり並べられた宝飾品は四人で分配し
たとしても多すぎる。全員で付けられるだけ付けても余裕で余りそ
うだ。
﹁とりあえず全部持って帰っとけばいいんじゃないか?﹂
他のも丸ごと持っていくんだし、これも貰っていけばいいと思う
んだが。
﹁ダメよ! そんなに贅沢しちゃ!﹂
必要な物資はともかく、贅沢品をもらうのには葛藤があるようだ。
エリーならともかく、宝石をジャラジャラつけてる神官とかいた
ら確かに嫌だが。
﹁じゃあ欲しいのだけ選んで持って帰る?﹂
﹁そうね⋮⋮どれにしよう⋮⋮﹂
﹁これとかどうかしら?﹂
1642
俺の意見をいれて、エリーとアンが即座に選定に入った。
一個一個確認しては二人であーだこーだと言い合っている。長く
なりそうだ。
そんなに欲しければ全部持って帰ればいいのに。
サティのはこれが似合いそうだと俺が渡したネックレスで満足し
たようで、ティリカも色違いでお揃いを選んだ。アンとエリーはま
だまだかかりそうである。
﹁俺たち、他行ってるからゆっくり選ぶといいよ﹂
付き合っていられない。二人は置いて行くことにした。ティリカ
の召喚獣のねずみを連絡用に預けて行く。
﹁じゃあ次は弓と馬具じゃな﹂
ティトスさんが護衛につき、城の外へと向かう。
城は外から見ると巨大で地上からだと全貌がわからないくらいで、
白い石材か何かで統一されていて、非常に美しい。城の周辺は建物
がいくつか立ち並び、エルフが行き来している。正面は広場になっ
ていて、あとは木と畑が広がる田園風景で、町じゃなくて里という
呼び名が相応しい眺めだ。
家は森や畑の合間に散して建てられていて人口密度は低そうだ。
﹁職人街はあっちじゃ﹂
そう言ってリリ様が指差す方向には、農地と林が広がるばかりで
里の外壁くらいしか見えない。
どうするのかと思ったらリリ様がフライを発動してひとっ飛びで
ある。
1643
エルフの住宅は壁に沿って多く建てられているようで、職人街も
壁の近くに設置されていた。
町並みはこれまで見た異世界の町とそう違いはない石造りだが、
道がどれも細い。
馬車を使うことがほとんどないそうなので、道を広くする意味が
ないのだという。
それにエルフの里はそれなりに広大だとはいえ、農地も含めると
そうそう土地に余裕がない。普通だと壁の外に農地を作って壁の中
が居住区となるのだが、魔境に近いここだとそれも無理なんだそう
だ。
というか外に農地がなくてよかったよ。それらしいものがなかっ
たからがんがん範囲魔法ぶっ放してたけど、普通の町なら農地が壊
滅してるところだったわ。
農地があったとしたら当然魔物が踏み荒らしただろうけど、俺の
メテオの方が確実に被害が甚大だったろう。
そんなことを話したり考えたりしてるうちに弓のお店に到着した。
弓の専門店というか、工房だな。完成品の展示とともに、作りか
けの弓や道具類、素材などが所狭しと置いてある。
﹁おお、これはこれはリリ様に英雄殿! ささ、ゆっくりと見てい
ってください﹂
工房主のエルフに大歓迎された。
さっそくサティの希望を説明する。
﹁サティ様の体格に合うのであれば、こちらの弓が一番強度があり
ますが﹂
1644
だがサティは引いてみて気に入らないようだ。
工房主が一回り大きい弓を出してきたが、それもダメだという。
もっと強いのをと。
﹁ではこれがうちにある一番強い弓です﹂
そういってサティの身長の倍はあろうかという馬鹿でかい弓を持
ち出してきた。
﹁こいつはさっきの弓の五倍以上の張りがあります。人力では絶対
に引けません﹂
なんでそんな弓置いてるんだよ⋮⋮
工房主がニヤリと笑いながらサティに弓を手渡す。
﹁アサルトリザードの角のいいのが入ったので試しに作ってみたの
です⋮⋮がっ!?﹂
サティがその大弓をゆっくりとギリギリと引いていくのを見て、
工房主が驚きの声を上げた。
だがほんの少し引けただけか。
うーうー言いながら必死に力を込めているが、サティでもそれ以
上引くのは無理なようだ。
﹁魔法⋮⋮は発動してない。そもそも獣人に魔法が使えるはずが⋮
⋮﹂
魔法? もしかしてレヴィテーションを使うのか。
﹁サティ、レヴィテーションだ﹂
1645
﹁はい﹂
もう一度構え直し、サティがレヴィテーションを発動させ、弓が
一気に引き絞られた。
エルフは全員メイジだそうだし、機械式にするよりも使い勝手は
いいのかもしれない。
﹁使えないこともないですが、魔法の調節が難しいです﹂
弦を戻してサティが言う。
サティのメニューをチェックしてみると、ごっそりとMPが減っ
ている。撃てて三発ってところか。
実際作ってみたはいいが、扱いの難しさと重さが不評で使い手が
いないという。
専用の鋼鉄の矢も加えれば、持ち運びも困難になる。そして拠点
で使うなら手に持つ弓に拘る必要もないし、攻撃魔法もある。
俺も貸してもらって試してみるが、俺の力だとぴくりともしない。
レヴィテーションを発動してみるが、引くだけでも加減が難しい。
その上敵に狙いを定めるのは相当な熟練がいりそうだ。
﹁強さは︱︱サイズを︱︱﹂
俺が角弓で遊んでいるいる間にサティと工房主が弓の仕様を相談
していた。
﹁この強度で︱︱サイズがこれくらいとなると︱︱材質を︱︱﹂
﹁あの、おいくらですか?﹂
1646
相談がまとまり、サティがおそるおそる値段を尋ねる。エルフの
弓の特注品を作るのだ。それなりの値段だろう。
﹁お金なんて頂けません! ご希望でしたら一〇でも一〇〇でも無
料でお作りしますよ!﹂
﹁お金のことは気にするな。必要ならすべて我らが負担する﹂
ちなみにエルフ製の弓の値段であるが、特注品は別として案外普
通の値段だ。もちろん高級品なりの値段はするが、外で買うのと変
わりがない。
﹁エルフしか買えんし、外で勝手に売るのは禁止されておる。生産
力が高くないから、あまり持ち出されては里での物資が足りなくな
るのじゃ﹂
﹁じゃあ俺の貰ったのも売ったりしたらまずいです?﹂
﹁それは好きにして構わんぞ。あくまで転売目的での購入を禁止し
ておるだけじゃからの﹂
なるほど。外に持ち出せば転売で簡単にボロ儲けできそうだ。
それでエルフの使う品まで持ち出されては困るだろう。
﹁この弓もぜひお持ちください! 専用の矢もつけますので!﹂
工房を出る時、さっきの大弓を押し付けられた。
名をアサルトリザードの角弓という。
まあサティは喜んで受け取っていたし、そのうち役に立つことも
1647
あるかもしれない。アイテムボックスに仕舞っておけば邪魔になら
ないだろうし。
次は馬具屋である。といっても馬具の店ではなくて、革細工の工
房のようだ。革の防具なども並べてあり、むしろ防具がメインだろ
うか。
﹁店主! 馬具が欲しい﹂
﹁はっ、リリ様﹂
工房の裏にある庭に回って、秘密厳守を約束させてからマツカゼ
を召喚して見せる。
﹁ほほう。いい馬ですな﹂
目の前で馬が現れて驚いたようだが、召喚に関してはスルーして
仕事に集中することにしたようだ。
手早く採寸をして在庫にあった鞍を持ってきて調整を始めた。
マツカゼに関しては普通サイズなので、それで対応できた。
調整が終わった鞍などをアイテムボックスに仕舞い、マツカゼも
消し、マツカゼ︵大︶を召喚し直す。
﹁召喚魔法というのも便利そうですな⋮⋮ああっ!?﹂
馬というのにも巨大すぎるマツカゼ︵大︶を見て腰を抜かさんば
かりに驚いている。
やっぱりこれが普通の反応か⋮⋮
1648
﹁魔物⋮⋮いや⋮⋮馬、ですな。これは馬で馬具を⋮⋮このサイズ
となると⋮⋮﹂
﹁普通の鞍に、それと五⋮⋮六人くらい乗れる感じの鞍が作れませ
んかね﹂
リリ様が加わって六人になったんだった。
﹁これだけの巨体なら⋮⋮複数人用の通常の鞍と、輿のようなもの
もあるといいかもしれませんな﹂
なるほど。象に乗っけるやつみたいな感じか。いいかもしれない。
鞍は急げば今日中にでも作れないこともないが、輿も含めて三日
は欲しいという。
それで四、五日後に一度見に来て、微調整することになった。
で、こっちの用件が終わって、エリーとアンはどうだろうとティ
リカに聞いてみると、まだ選んでいた。
﹁回収!﹂
﹁﹁ああっ!?﹂﹂
城の宝物庫に戻ってもまだ決めてなかったので、全部回収してお
いた。
あとはリリ様の荷物を回収すれば、エルフの里でやることは終わ
り、出立の準備は完了。ようやく家に戻れる。
1649
114話 城塞建造魔法
リリ様の自室に荷物を回収に行くと、大きな山が三つできていた。
﹁ちょっと多いですね⋮⋮﹂
思ってたよりずっと多い。
一〇畳ほどの個室に入るか入らないかぎりぎりといったところだ
ろうか。山積みになってる分、解いたら二部屋使ってもきついかも
しれん⋮⋮
﹁がんばりました﹂
パトスさんの姿が見えないと思ったら、ずっとこのリリ様の荷物
の準備をしていたらしい。少々疲れた顔をしている。
リリ様の出立は急だったし、徹夜の作業だったのかもしれない。
﹁本来行くはずだった王都でしたら、ある程度の家具も揃っていた
のでこれほどの荷物はいらないのですが⋮⋮これでもかなり減らし
たのです。アイテムボックスに入るでしょうか? 無理なようでし
たらこちらで輸送いたしますが﹂
﹁運ぶのは平気ですが、部屋に入るのかと﹂
﹁それは⋮⋮﹂
ティトスさんが改めて荷物を見て考え込んだ。
1650
﹁よし! パトス、半分に減らすのじゃ﹂
﹁ええっ!? 姫様、無理ですよぅ。これでも本当に必要なものし
か!﹂
﹁じゃがいきなり迷惑をかけるわけにもいくまい? 此度は修行も
兼ねておるのじゃ﹂
﹁い、今からまた選別を⋮⋮これ一晩かかったのに⋮⋮﹂
﹁パトス、やるのです。私も手伝いますから﹂
﹁父上に挨拶が終われば出発じゃ。三〇分でやれ。出来ねば手ぶら
でよい﹂
﹁﹁!?﹂﹂
﹁くっ⋮⋮急ぎますよパトス。とりあえず必要最低限な分を選別⋮
⋮いえ、先に一旦荷ほどきをせねば⋮⋮﹂
崩れ落ちるパトスさんに、悲壮な決意で荷物に山に手をかけるテ
ィトスさんの姿。
それをただ見守るリリ様。
﹁せっかく用意してもらったんですし、全部持って行きましょう﹂
二人が可哀想だし、下手したら出立が遅れそうだ。
﹁む、そうか? それならばよいが﹂
1651
﹁よろしいのですか、マサル様?﹂
﹁ほんとに必要なものは持ってきてもらったほうがこちらとしても
助かりますし、スペースにもまだ余裕がありますから﹂
入りきらない分はどこか⋮⋮屋上の茶室がいいか。あそこが結構
広いし。
リリ様の気が変わらないうちに回収回収。
﹁お世話になりました﹂
最後に王様たちに別れの挨拶をして帰還である。
お世話になったと言ってみたものの、今回は何の世話になったの
やらよくわからない。
お土産がたくさんなのは確かだが。
﹁リリをよろしく頼みますぞ﹂
﹁はい、お任せください﹂
で、リリ様も一通りの挨拶が済んで、エリーがゲートを発動しよ
うとしたらティトスさんパトスさんもちゃっかり乗り込んできた。
﹁ええっと、ティトスさんとパトスさんも⋮⋮?﹂
﹁我らのことはお気になさらずに。姫様のお暮らしになる場所を確
認して報告せよと王に頼まれております。それに荷ほどきも我々で
やらないと⋮⋮﹂
1652
確かにリリ様ではあの大荷物をどうにかできそうにない。
それにお姫様の扱いに関してはまだ不明瞭な部分が多い。冒険者
としての修行ならお付の人は拒絶すべきだろうが、嫁としてなら姫
様として付き人の存在は必要だろう。
そのあたりの判断はまだまだ保留だ。
﹁父上が心配するのもわかるがこれは修行じゃ。冒険には連れて行
かぬぞ?﹂
﹁もちろんです。姫様が落ちついたのを確認し次第、里に戻ります﹂
﹁ならばよい。待たせたの、ゲートを頼む﹂
王様たちに見送られながらゲートが発動した。
ゲートの到着地点は塔の最下層、一階の何もない部屋。
入り口は上にしかないからたぶん一番安全だ。
問題は昼間から真っ暗なことである。セキュリティも考えて出入
口をきっちりと封鎖してあり、まったく光が差さない。
説明するのを忘れていた。ゲートなんて身内でしか使わんからな
⋮⋮
﹁な、なんじゃ!? 目がっ!﹂
﹁姫様!?﹂
エルフ組が軽くパニックを起こした。隣のリリ様がぎゅっと体を
押し付けてくる。
おお、役得。
﹁ライト﹂
1653
アンがさくっと明かりを点けてくれた。
﹁お⋮⋮なんじゃ、暗かっただけか﹂
﹁今みたいにゲートは転送先の状況がわかりません。だからほら、
ここは日もささない奥まった部屋になってるんですよ。出入口から
は遠いし、きっちりと封鎖もしてるんで、転送地点としてはかなり
安全です﹂
﹁なるほどのう﹂
そう言って周りを見渡して、やっと俺に抱きついているのに気が
ついたようだ。
あ、顔が赤くなった。色が白いとわかりやすい。
すっと体を離したので手を差し出すと、きゅっと握ってくれた。
﹁部屋に案内しましょう﹂
﹁う、うむ﹂
考えてみればリリ様とまともに触れ合ったのって初めてじゃない
だろうか。
こういう初々しい反応をされると、ゆっくりやってもいいかって
気がするが、どうしたものか⋮⋮
﹁じゃあ私はオルバに報告してくるわね﹂
1654
エリーはサティを護衛に連れて二人で出かけて行った。
他はリリ様に割り当てる部屋の確認である。
四階のエリーとアンの部屋の廊下を挟んで向かいの二部屋。共に
一〇畳ほどのスペースだ。
荷物を出す前に、まずは部屋の壁を取っ払う必要がある。
壁に手を付けて、土魔法を発動!
建物と分離した壁を、倒れる前にすばやくアイテムボックスに収
納する。
﹁おおー﹂
端から見るとまるで消えたようにしか見えないだろう。いや、実
際消えたんだが。
土魔法と空間魔法の合わせ技は魔法に慣れ親しんだ異世界人にと
ってもちょっとした驚きだったようだ。
あとは壁を切り取った部分を土魔法で綺麗に整えて、部屋全体に
浄化をかければ完成。
三分かからずリフォーム完成である。
広くなった部屋にリリ様の荷物を放出する。
リリ様のほうはこれでいいとして、俺はこれから一仕事をしなけ
ればいけない。
城作りのリベンジだ。今度こそ立派な城に仕立てよう。
まずは塔の横のスペースの木を伐採して整地する必要がある。
山頂とその周辺の木を刈り取って均せば、かなりのスペースが出
来るだろう。
1655
さっそく入手したエルフ謹製の斧で木を切り倒していく。
切れ味がいい。スパッと刃が木に入り込む。
とはいえその程度では木こりは楽にはならない。かなりきつい肉
体労働である。
サティのやってた剣でスパスパやるやつも結局のところ、サティ
が息を荒げるほど全力を出す必要があるし、労力という点ではゆっ
くり切っても変わりがない。
三本くらい切ったところで、魔法でやればいいと思いついた。
何を馬鹿正直に体を使ってるんだろう。
エリーみたいに魔法でやればいいのだ。
ゴーレムに斧を持たせるのを真っ先に考えつくが、解決法として
単純すぎる。もっと魔法らしい方法がいい。
まずは土魔法で木の根っこを掘り返してみた。
しかし思ったより根が深く張っている。下手したら隣の木と絡ま
り合ってる。
引き抜こうと思ったらかなり掘らないといけないし、余計に手間
がかかりそうだ。
召喚はマツカゼ︵大︶に力づくで折らせると切り口が汚くなるか
らダメだな。木は後で利用する。
火はもちろんダメ。水も使えそうなのはない。
風のエアカッター。あまり使ったことのない魔法だが、カッター
というからには切れるだろう。
実際上位のウィンドストームは木をなぎ倒していたし。
﹁エアカッター!﹂
ザシュッという音と共に木に裂け目ができた。
1656
近場にある一番大きな、一抱えくらいの太さのある木に試してみ
たが、一発でとはいかない。
というか斧の一撃とあまり変わらない。レベル2なのにちょっと
しょっぱい。
カッターをもっと細くして切れ味をよくして︱︱︻エアカッター︼
発動!
切れる深さが余計に減った⋮⋮
じゃあそのままにして魔力を多く、集中して︱︱︻エアカッター
︵強︶︼発動!
切れ幅は増したが、ちょっと込める魔力に対して切れる部分が少
ないな。
さらに込める魔力を増強してみる。
目当ての木は綺麗に切断されたが、その向こう側の木もついでに
被害を被っていた。
威力がなければ切断できないし、威力が大きすぎればそのまま飛
んでいってしまう。木ごとにきっちりと威力の調整とかはできそう
もない。
一人でやるならいいけど、こういう作業は誰かしら一緒にやるか
ら誤射が怖い。日常作業に使うには少々威力が高すぎる。
発射方向を地面に向ければ危険度は減るだろうか。
だが数をこなすのにも強化型だと消費魔力も馬鹿にならんな。
木こりが出来そうな、木こり専用の召喚獣⋮⋮カマキリ型の魔物
とか?
だがもちろん手元にはいないし、木こりをするために召喚獣を探
し求めるなどと、そもそも楽がしたいのに本末転倒すぎる。
うーん、いいアイデアが思い浮かばんな。とりあえずゴーレム出
してやらせておくか。
1657
三メートル級のゴーレムを召喚して、古い方の斧を持たせる。
パワーだけはあるから、木こりくらい楽勝だろう。
﹁いけ、ゴーレム!﹂
と言っても勝手には動かない。こっちでコントロールしないと微
妙な作業はやってくれない。
斧を振りかぶらせて、エアカッターの実験台にした木に思いっき
り打ちつけた。
ベキッといい音がして斧の柄が折れた。力を込めすぎた⋮⋮
ゴーレムにやらせるなら専用の装備がいるな。人間用ではヤワす
ぎる。
鍛冶屋で頼んで巨大斧を作ってもらおうか。
ゴーレム用の装備はいいかもな。
いや、自作でいいのか。また土魔法の出番だ。
土を集め、ゴーレムに見合うサイズの巨大な石斧を形成する。
ゴーレムの手は人の手を模してあり、きちんと動きはするが、器
用さはゼロだ。握りもゴーレムの手に合わせた形状にしてすっぽ抜
けたりしないように試行錯誤して調整する。
形はそれっぽいものが出来たが材質はただの石。簡単には壊れな
いように硬化魔法で念入りに固めておく。
斧の強度を確かめながら木を切ってみるといい感じだ。自分で切
るのとそうペースは変わらないが、休む必要がない分効率がいい。
そして俺は監督していればいいから楽だ。
それにゴーレムに武器を持たせるのはいいアイデアだな。斧は片
手で扱えるから盾を持たせれば、オークキングあたりにも少しは対
抗できるかもしれない。
1658
木こりは一旦中断して、盾も土魔法で作って持たせてみる。
いいかもしれん。問題は武器を作るのに魔力はいいとして、結構
時間を食う点だな。
それに俺が操作しないとまともに動かないのと、動作が遅いのは
どうしようもない。
実用になるかどうかは使い方次第だろうな。攻城戦や敵を待ち受
ける戦闘で大型ゴーレムに武器を持たせれば、戦術の幅が広がるか
もしれない。
やはり武器は鍛冶屋に依頼するか? だがそうすると運用するゴーレムの数やサイズに柔軟性を持たせ
ようとすれば必要な数が︱︱
﹁あら、ゴーレム?﹂
ゴーレムの武器を使った戦闘法を考えたり試したりしてるうちに
エリーとサティが戻ってきた。
﹁うん。土魔法でゴーレム用の武器を作ってみた﹂
練習して動かし方も慣れてきた。もうちょっと慣れれば実戦でも
いけそうだ。
﹁すごく強そうです!﹂
三メートル級のゴーレムが巨大な盾と斧を構え、振るう姿は実に
迫力がある。
1659
﹁使えそうなの?﹂
﹁状況次第でってところだな﹂
結局のところただぶん殴るのよりは多少は攻撃力があがる程度だ
し、防御力は増すにしろ、そのために準備に時間はかかる。魔力も
余計に消費する。操作の手間もかかるから一体のみの操作になる。
普通の土メイジならそこまで手間をかけるなら、その分ゴーレム
の数を揃えたほうが楽だし戦力は充実するかもしれない。
﹁それで家作りはどうなったのかしら?﹂
忘れてた。木こりしてたんだった。
﹁⋮⋮家を作るのにまずはこの辺の木を切ろうと思ったんだ。でも
一人でやるのはめんど⋮⋮効率が悪かったんでゴーレムを使えばい
いんじゃないかと思って斧を持たせたら普通の斧じゃゴーレムのパ
ワーに耐え切れなくて武器を土魔法で作ったんだけど盾も作って持
たせたらゴーレムが強化できるんじゃないかと思って色々試してた﹂
﹁つまり全然進んでないのね?﹂
﹁左様でございます⋮⋮﹂
﹁手伝うわ。ちゃっちゃとやってしまいましょう﹂
﹁はい、エリザベス様﹂ やはり一人でやろうというのがそもそもの間違いだったのだ。
1660
人数がいると早いな。特にサティ。
切り開かれ整地された山頂部分を前に家のサイズと間取りを改め
て考える。
一階は玄関ホール、居間と応接間。それに食堂と調理場。
二階は書斎とか客間。
三階は俺たちの生活スペース。
それと地下室。ここは建物を作る際に使う土の分で勝手にできる
穴の有効活用である。他から土を持ってきてもいいが、めんどくさ
い。倉庫にでもすればいいだろう。
イメージを固める。かなりの大きさだが、城壁作りで大型の建造
物の作成にも慣れてきた。一気にいけるはずだ。
その代わりに形状をイメージしやすいように単純な箱状、内部の
間取りも簡単に分けるだけにする。入り口も窓も何にもないが、細
かいところはあとでやればいい。
﹁おお、すっきりしたのう﹂
荷解きが終わったらしく塔からみんなが飛び降りてきた。四階建
ての屋上からである。
エルフ組も魔法使えるから平然としているが、ちょっと問題だな。
こっちを建てたらいい加減に玄関くらい作っとくか⋮⋮
大雑把に考えた間取りを説明して、特に異論もないようなので作
成に取り掛かることにした。
みんなを離れた場所に退避させ、跪いて両手を地面につける。
1661
必要となる膨大な魔力の集中を開始する。
土魔法のイメージに沿って魔力が大地に充満する。
魔力の発動にともなって大地が鳴動し始めた。
イメージと魔力の集中。今回はとりわけイメージが大事だ。
全員見に来ているのだ。失敗は出来ない。
いや気を散らしてはいけない。集中集中。
︱︱気がつけば陸王亀を倒した時に匹敵するほどの魔力が消費さ
れようとしていた。
ヤバイ。これ以上はヤバイ。
冬なのに冷や汗が流れ落ちる。
想定より魔力消費が大きい。一旦中止するか?
攻撃魔法じゃないから、ここで魔力を逃してもたぶん、目の前の
地面がどうにかなる程度のはずだ。
ギリギリまで制御を︱︱
魔力の集中がなんとか完了した。地面の微振動が静まる。
危ないところだった。なんで俺はこんなところでピンチになって
んだろう?
しかし無事詠唱は完了した。仕上げは派手だ!
ビルドフォートレス
﹁城塞建造!﹂
適当に考えた呪文名を合図に、轟音を発し地面が一気にせり上が
った。土煙が舞い上がる。
土煙が収まったあとには、巨大な箱が出現していた。
土が茶色かったし、のっぺりしてるから見た目はダンボール箱の
ようだ。
壁に手をつけてアースソナーで構造をチェック︱︱強度や壁の厚
さも完全にイメージ通り。
1662
たぶん壁の強度を高めるのに思ったより魔力を使ってしまったの
だろう。やはりぶっつけ本番の魔法は危険だな⋮⋮
﹁どうかね、諸君。我が土魔法の威力は!﹂
だが冷や汗をかいたことはおくびにも出さず、見学者たちにさら
っと披露しておく。
﹁マサル様、すごいです!﹂
そうだろうそうだろう。
﹁妾の言った通りじゃろう、ティトスよ﹂
﹁はい、本当に凄まじいとしか言いようがありません﹂
何がどう言った通りなのかは知らんが、感心してくれるのはいい
ことだ。
﹁これはもう住めるのか?﹂
﹁見ての通り入り口もまだだしね。ここから内装を整えるのが大変
で﹂
﹁それならば内装は我らエルフにお任せください。すぐに職人を手
配いたしましょう﹂
どうしようか。自分である程度やろうと思っていたが、派手に作
ってみせたことで面目は保てた。もうここから人にぶん投げても俺
の威厳は損なわれないだろう。
1663
﹁ならお願いしようかな﹂
でも入り口だけは作っておこう。
1664
115話 パーティと竜のお返し
﹁あそこの広間はそのままでもパーティに使えるわね﹂
未完成の屋敷の内部を見て回っている時、エリーがそんなことを
言い出した。リリ様もうんうんと頷いている。
パーティか⋮⋮
ホームパーティくらいなら別にいいんだが。クルックやシルバー
を連れてきて色々見せてやったらビビるだろうな。楽しそうだ。
でもエリーの言うパーティはエルフのところでやったのみたいな
のだろうなあ。
﹁パーティなんてやだよ﹂
ここはきっぱりと言っておかないと。
家ってのは、こう、家族だけでゆっくり寛げる、そんなスペース
じゃなきゃいけないんだ。
誰にも邪魔されず、思う存分イチャイチャするための安息の地な
のだ。
それを招待されるだけでもきついのに、自宅で主催とか難易度が
高すぎる。
かつての栄華を取り戻すべく冒険者になったエリーの気持ちはわ
からないでもないが、まだ領地も領民も存在しないし、貴族になれ
たとしても数年後、それも最下級の準男爵からである。
いずれはやらないととは思うが、少々気が早い。
﹁えー、やりましょうよー﹂
1665
﹁まだ色々と忙しいだろ? 開拓はこれからだし、春になったら帝
国のエリーの実家も行くし﹂
忙しいのは本当だが、正直に言うと暇はそこそこある。開拓にし
ても半日も動けばその日の作業は終わるし、冒険者稼業にしても一
日働いて一日休む程度のゆったりとしたスケジュールだ。
遠方に行ったところで戻ってくるのは転移で一瞬だし、一日二日
パーティで潰れたところで俺の余暇が減る程度の問題だ。
それが一番の、最大の問題なのだが。
少し前なら予算面を理由に却下もできたのだが、エルフがスポン
サーになってくれたお陰で資金は潤沢である。今後も継続して稼げ
るだろうし、お金は言い訳にできそうもない。
会場も俺自ら整備してしまった。
﹁でも村がある程度できたら、一回くらいは近所にご挨拶しないと
いけないわよ?﹂
近所と軽い感じに言ってるが、周辺の領主とか偉い人なんだろう
な。 面倒だから引っ越し蕎麦で簡単に済ませちゃダメだろうか。挨拶
すればそれでいいなら別にパーティに拘ることもないだろうし。
﹁俺の国の風習に引越し蕎麦というのがあるんだよ﹂
﹁ヒッコシソバ?﹂
﹁うちみたいに新しく移り住んできた人が、ご近所さんに蕎麦って
いう料理を振る舞って挨拶をするんだ﹂
﹁へー、ソバってどんな料理?﹂
1666
そうアンが聞いてきた。
﹁パスタの一種だな。たまに作るラーメンあるだろ。あれに近い﹂
﹁ソバっていうのがいくら珍しい料理でも、それで挨拶っていうの
はどうなのかしら⋮⋮﹂
﹁まあ待て。話はここからだ。さすがに蕎麦程度で挨拶じゃ貴族や
お偉いさんには馬鹿にされそうだが、伯爵のところにドラゴンを贈
ったろ。他のところも適当に魔境あたりですんごい獲物狩って贈ろ
うぜ、冒険者らしく!﹂
どうせリリ様のレベルアップをするのに狩りに出るのだ。獲物は
いくらでも手に入るだろう。
﹁冒険者すぎるわよ! 裏であの家は冒険者上がりだから礼儀も知
らない、ガサツだ!なんて陰口叩かれちゃうわよ!﹂
ダメらしい。いいアイデアだと思ったんだが。
﹁こういうのは最初が肝心なの。ちゃんとしないと後々尾を引くの
よ?﹂
後々か⋮⋮永住するならご近所付き合いも大切ではあるが、どう
なんだろう。
前提として世界の破滅を考えると世間体なんて投げ捨ててしまえ
ばいいんだが、それでも二〇年弱はここで暮らす可能性もあるし、
世界の滅亡を回避できるなら、永住どころか子孫まで暮らすかもし
れない。色々ときちんと進めたほうがいいんだろうか?
1667
﹁パーティには女の子も沢山来るわよ﹂
ほほう? 俺の興味のあるほうにアプローチを変えてきたな。
﹁パーティは婚活も兼ねてるのよね。だから着飾った年頃の娘がい
っぱいよ﹂
﹁俺妻帯者だし婚活関係ないじゃん⋮⋮﹂
ちょっと面白そうとは思ったが、当然保護者同伴だろう。嫁が五
人もいる冒険者がちょっかいかけて許されるはずもない。
﹁いいじゃない、パーティくらい。やる時はわたしたちに任せてお
けばいいんだし﹂
﹁それもそうだな。エリーに全部、完璧に任せるよ﹂
まあエリーがやりたいのなら俺も何が何でも嫌ってほどじゃない
し、お任せでいいならエリーの好きにやればいい。
パーティ自体は別に嫌じゃないんだ。主役や主催をやるのがダメ
なんだ。隅っこで酒と料理でも楽しんでていいのなら、それなりに
楽しめる。
﹁え、そう? でもちょっとくらい手伝ってくれても﹂
﹁任せるよ!﹂
﹁⋮⋮いいわ。このことは後でゆっくり話し合いましょう。ね?﹂
1668
体を寄せて耳に囁きかけられる。
﹁ん、んー、どうしようかなあ﹂
嫁にして連日好き放題はしているんだが、いまだに耐性がない。
ここまであからさまな色仕掛けでもソワソワしてしまう。
かわいいかわいいエリーさんが誘惑してくるのだ。顔がニヤけて
しまうのを我慢が出来ない。押しつけられた体がやわらかい。
﹁ちょっとくらいならマサルのお願い、聞いてあげてもいいのよ?﹂
⋮⋮譲歩の余地はあるな。
何をお願いしてみようか?
パーティのことはともかくとして、今日すべきことは多い。
いますぐエリーを寝室に連れ込んで報酬の前払いを要求したいと
ころだが、まずはティトスさんをエルフの里に送り届けねばならな
い。
パトスさんの姿は見えない。気配察知で見ると、リリ様の部屋で
作業中のようだ。あれだけの大荷物だ。狭い部屋に配置するのは相
当に難儀なことだろう。
ティトスさんだけを連れて、ゲートを発動しエルフの城のテラス
に出た。
迎えは準備に時間がかかり昼前くらいということで、家にとんぼ
返りをする。
次は伯爵にエルフの援助が得られたとの報告だ。
この後冒険者ギルドにも立ち寄るのでパトスさんは置いて残り全
1669
員、リリ様のフライで移動する。
町の門はスルーして直接領主の館に降り立った。
他の町でやると衛兵にとっ捕まって確実に怒られるが、ここだと
リリ様で顔パスである。いきなり敷地に降り立って多少は警戒され
たが、エルフがいるとわかるとすぐに歓迎され、すぐさま伯爵へと
使いを出してくれた。
庭の一角ではドラゴンの解体作業が行われていた。簡易のカマド
が作られ、順番に調理されて兵士たちに供されているようだ。
俺たちに気がついた兵士が笑顔で手を振ってくれた。ドラゴン肉
はどこでも大好評だ。
今度はちゃんと館の中の豪華な応接間らしき一室に案内されて、
お茶も出してもらえた。
﹁パークス伯爵、父上は開拓の支援を約束してくれたぞ﹂
﹁それは大変結構なことです。こちらも開拓の許可を出しましょう﹂
よし、これでここでの用は済んだな。こいつにもう用はない。用
済みだ。
﹁ありがとうございます、伯爵。では失礼します﹂
素早く帰ろうとしたのに伯爵に引き止められた。
﹁あー、待ち給え待ち給え。開拓ともなれば色々大変だろう? 私
のほうでも何がしかの支援をしようと考えているのだが﹂
﹁自力で全部やる予定ですので﹂
1670
﹁いやしかしだ⋮⋮﹂
﹁土魔法で大抵のことはできますし、村の規模はそんなに大きくし
ないつもりなんで、あんまり人手もいらないんですよ。でもお申し
出には感謝致します﹂
﹁そうか﹂
伯爵は俺の言葉にちょっと渋い顔をしている。
せっかくの申し出を断ったから機嫌を損ねたか? でも伯爵の支
援とかマジでいらんしなあ。
﹁ドラゴン、解体して食べ始めてるようですね。兵士の方たちも喜
んでるようで贈ったかいがありましたわ﹂
俺と伯爵の会話が止まってしまったので、エリーがフォローをし
てくれたようだ。
﹁ああ、皆喜んでおる。もし困ったことがあったらいつでもここを
訪ねたまえ﹂
困ったことか。世界が滅びそうで困ってるって言ったら相談くら
いはのってもらえるのかな?
無理だろうな。そんなこと言われたら伯爵のほうが困るだろう。
頼りにならんやつだ、まったく。
﹁我らが支援するからの。伯爵の出る幕はないぞ?﹂
そうだそうだ。お前はやっぱりいらん。
1671
﹁それは⋮⋮エルフはどの程度の支援を考えているのでしょう?﹂
﹁もちろんありとあらゆる面でじゃ。資金でも人員でも、無制限の
全面的支援じゃな﹂
﹁いや、小さな村を一個作るだけだから⋮⋮﹂
油断をするとすぐに大規模にしたがる。
﹁遠慮はいらんのにのう。まあよい、次は冒険者ギルドじゃな? 行くぞ、皆の者﹂
伯爵の館を出てすぐにフライを発動し砦へと向かったのだが、移
動中にエリーが顔を近くに寄せて話しかけてきた。
﹁マサルのところは、あれかしら。贈り物にお返しとかしないのか
しら?﹂
﹁そりゃするよ? 場合によっては三倍返しだな﹂
﹁三倍って酷いわね。それでお返しをしなかったら?﹂
﹁後ろ指さされるね﹂
﹁わかってるじゃない。伯爵困ってたわよ?﹂
さっきのは怒ってたんじゃなくて困ってたのか。
1672
﹁つまりドラゴンのお返しが必要で、それで手伝いを申し出たと﹂
そして俺がきっぱりと断った。
﹁あのサイズのドラゴンに相当するお返しって難しいわよね﹂
伯爵からすれば贈り物のお返しに手っ取り早く開拓支援をしよう
としたのに、それを断られた上に、エリーにドラゴンのことを念を
押されて、お返しちゃんとしろよって釘を刺された形か。
しかもリリ様にはエルフが手伝うから出る幕がないと宣言もされ
たので、開拓に手を出せばエルフの面目を潰すことになりかねない。
﹁わかってんなら言えよ⋮⋮﹂
﹁貸しを作っておきたかったのよ﹂
エリーはパーティ用の人脈が欲しかったらしい。
新参の小領主がパーティの呼びかけをしたところでどれだけ応じ
てくれるだろうか。
エルフは半鎖国状態だから人脈はないし、もちろん俺たちもコネ
も伝手もなんにもない。
﹁あのドラゴンは私のだったんだし、それくらいはいいわよね?﹂
そもそも開拓権を制限なんかしてないで、ドラゴンを受け取った
時に素直に認めてれば対価として十分だったのに、ごねてエルフの
後援なんていう条件つけるのが悪いし、人脈を頼む以前に何か返礼
をくれるなら、それはそれで何が来るか楽しみね!ということのよ
うだ。
1673
このあたりの主だった特産品といえばエルフと魔境の産物である。
エルフ産の品は俺たちはエルフの無制限の支援を受けている。言
えばなんでも手に入る。
魔境産の品に関しても、ドラゴンを狩って来る冒険者に贈るのに、
あの大型のドラゴンと同等の獲物がそうそう手に入るだろうか?
﹁お金で返すのは?﹂
﹁こっちがお金に困っているとか要求したとかならともかく、お金
で返すのは品がないわね﹂
まあそうだなあ。
もっとも俺たちが冒険者のままであったら、お金で解決してもい
いし、それこそありがとうの一言で済ませてしまっても問題はさほ
どなかったという。所詮相手は冒険者だ。
だが伯爵の必死の抵抗にもかかわらず、領主になることがほぼ確
定した上に、エルフのバックがついた。
エルフの後援など完全に藪蛇である。伯爵が言わなければ俺も要
請しなかっただろう。
交渉がおおっぴらに行われたのもまずかった。ドラゴンは兵士へ
と言ったのをみんな聞いている。伯爵の一存で突き返すのも部下に
対して面子が立たない。
﹁めんどくさいなー﹂
﹁そうよ、面倒くさいの。まあ貴族だからってみんな面子面子言っ
てるわけじゃないけど、あの伯爵は体面を大事にするタイプみたい
ね﹂
1674
﹁もうちょっとこう、どうにかならんかったのか。敵を作るような
ことはしたくないんだけど﹂
﹁何言ってるの。最初から敵意むき出しだったのはあっちじゃない﹂
﹁そりゃそうだけど﹂
﹁さっきの申し出にしても、受けるのはマサルが嫌でしょ﹂
﹁まあそうだな﹂
大規模に魔法を使ってるところはなるべく隠しておきたい。
完成した後でなら見られてもいくらでもごまかしが効く。
﹁大丈夫よ。今日は随分としおらしい感じだったでしょう? エル
フがついてる限り、変なちょっかいはかけてこないわよ﹂
エリーが言うとフラグに聞こえて怖い。
﹁やっぱり多少は仲良くしたほうがいいのかね﹂
﹁そりゃあエルフを除けばこの周辺で一番の権力者よ。仲良くして
おけば色々と捗るわよ﹂
用済みだと思ったが、懐柔して味方につけたほうがいいのだろう
か。
世界の破滅の進行過程では何が起こるかわかっていない。助かる
ために何が必要となるかは不明だし、手に入る限りのコネや武力は
確保しておいてもいいかもしれない。
スペック的にはエルフの下位互換で、あまり友好的でもない伯爵
1675
はいらない子だと思ったが、王国側へのコネや数千人規模の部隊は
いざという時に有用かもしれない。
どちらにせよ、今の段階で切り捨てるのは早計なのだろうか。
﹁パークス伯爵はもっとわたしたちに感謝するべきだわ。面子なん
て気にしていられるほど平和なのも、わたしたちの働きのお陰なん
だもの﹂
﹁教えてもないのに無茶言うな﹂
教えることもできないし。
エルフまでとは言わないが、もうちょっと友好的になってもらわ
ないと情報公開なんかとてもじゃないと出来ないから、仲良くなろ
うとすれば普通の手段で地道にやっていくしかない。
面倒くさい。
﹁もし⋮⋮貴族だなんだっていうのが、どうしてもマサルが合いそ
うもないのなら、最悪全部なかったことにしちゃってもいいのよ?﹂
﹁いいの?﹂
﹁小さい領地だし、無理に拘ることもないのよね。わたしの今の力
なら宮廷魔術師にだってなれちゃうし、領地を持ってちまちまやる
よりたぶん手っ取り早いのよ﹂
それはそうだろう。ゲートを使える極大の風メイジ。どこの国で
も喉から手が出るほど欲しいだろう。
クエスト
﹁そんなことするつもりもないけどね。一番優先すべきはマサルの
使命なんだし、わたしのことはその次くらいでいいのよ﹂
1676
次に設定するあたりちゃっかりしてる。
しかも誤解があるな。使命ってなんだよ。神様にたまにもらうク
エストはただのお仕事で、優先すべきは俺の幸せなんだけど。
俺は俺自身の幸せのために異世界くんだりまで来て、命がけの冒
険者をやっているのだ。断じて騙して連れてきた神様のためじゃな
い。
もっともそのためには世界の破滅をどうにかしないといけないの
が厄介なところだ。
そのサポートくらいはしてもいいんだが、矢面には絶対立ちたく
ない。
﹁まあ神託はいつ、どんなのが来るかわからないし、俺たちは自分
らで出来ることをやってればいいと思うよ﹂
﹁そう?﹂
﹁そうそう﹂
まずは俺自身と嫁たち、家族全員の幸せを叶える。それが最優先
事項だ。
なるべくなら神様には当分でいいから俺たちをそっとしておいて
欲しい。
1677
116話 報酬7億円と城作り
砦の少し手前で地上に降り立ち、人気のないところで飛行中にエ
リーとした話をみんなにもしておく。
まだ具体的には何も決まってないにせよ、伯爵への対応はある程
度周知しておく必要がある。
最悪、領地は諦めるという話も異論はないようだ。
大事なのは神託だと、アンジェラさんは真剣な面持ちで言い、
ティリカやリリ様あたりもその通りだと同意する。
俺はソウデスネと神妙な顔をして頷くしかない。
神様がリアルに存在して恩恵を授けてくれる世界である。神様の
存在は非常に重い。ガチである。真剣である。
俺も結構な恩恵を受けているので文句は多少あっても、軽く見た
り茶化したりすることもないんだが温度差がきつい。
もっと緩くやっていきたい⋮⋮ 話は適当に切り上げて砦にはちゃんと歩いて、門から入場する。
ここもリリ様の顔パスでいけそうな気もするが、危険を冒すわけ
にもいかない。
町中ではリリ様にもフードを目深にかぶってもらえればエルフだ
とはまず気付かれない。
もっとも門では顔を見せないわけにもいかないし、リリ様が名乗
った時はさすがにざわめいたが、特に騒ぎもなく通過を許してもら
えた。
1678
冒険者ギルドの受付に行くと顔見知りの職員がおり、すぐに奥へ
と案内される。
まずは開拓が領主にも認められ、正式にスタートすることを伝え
る。
当座のところは冒険者ギルドは無関係だが、村が発足した後、村
人が冒険者になるかもしれないし村から何か依頼を出すかもしれな
い。
ギルドとして表立った支援はしないが、有償の依頼という形なら
協力は惜しまないと約束された。
村建設に人手が必要であれば、ギルドに依頼を出せばいい。肉体
労働者の日雇い派遣である。
冒険者も狩りばっかりしてるわけでもなく、時には肉体労働にも
手を出す。特に新人で実力も装備もないとなると、いきなりの魔物
狩りは無謀。危険のないバイトをして糊口をしのぎつつ、ギルドで
訓練をしたり装備を整えたりとなる。
そういった仕事の口を提供してくれるなら大歓迎だということの
ようだ。
﹁リリアーネ様からお聞きになったと思いますが、エルフから資金
援助がありまして、先日の緊急依頼時の討伐報酬が満額出ることに
なりました﹂
次はお金の話である。
前回聞いた時は満額出れば約700万ゴルド、日本円で7億円ほ
どという話だった。
﹁討伐記録から再度計算した結果、724万5052ゴルドの報酬
となります﹂
1ゴルド100円として、7億2450万5200円? 宝くじ
1679
に当たったくらいの金額だ。
日本に戻った時の基本給が6000万円なんだけど、稼ぎを考え
れば絶対こっちに残ったほうがお得だよなあ。万一戻ることになっ
たら金貨か宝石にでも替えて持って帰れないだろうか。
ダメ元でこっちで稼いだお金も査定にいれるように、日記でお願
いしておこう。
日本にいたら生涯年収でもこんな額にならないだろうなあ。まあ
こっから分配するから減るんだけど。
六等分だと1.2億円か。分配してもなかなかの額だな。節約す
れば一生暮らせないこともない。
半日ほど働いて日当1.2億円。異世界パネェわ。
エルフからの貰い物も換金すれば結構な金額になるし、終わって
みれば今回の報酬はなかなかのものになるな。
﹁これは口座を作ったほうがいいかしら。問題ないわよね?﹂
﹁そうですね、簡単な審査はさせていただきますが問題ないと思い
ます﹂
﹁口座? 今も普通に預けてるだろ﹂
今サティとかが預けているのはギルドの口座じゃないのだろうか。
﹁あれはただの預かりサービスね。口座なしでギルドに預けるとそ
このギルド支部でしか下ろせないのよ。他で下ろそうとすると送金
手続きに時間がかかって面倒なの。口座を作っておけばどこでもす
ぐに下ろせるわよ﹂
﹁商業ギルドとも提携しておりまして、そちらでもお金を引き出せ
ますのでとても便利ですよ﹂
1680
ギルド職員の人が色々と説明してくれた。
口座を開くにはそれなりの信用が必要で、維持手数料が取られる。
利子は付かない。
利点は冒険者ギルドと商業ギルドならどこでも下ろせるというこ
とと、保証があること。
例えばこのギルド支部に預けて、この支部が魔物の被害とかで壊
滅して記録が消えたりしたら預金は諦めるしかない。滅多にあるこ
とではないが、今回は実際危なかった。
別にアイテムボックスに入れて持ち歩いてもいいのだが、口座を
作って通帳か何かで管理するのが普通の人なのだろうし、隠し持っ
てるより口座に残高があるほうが、資産として信用に繋がる。
村を運営したり、貴族をやったりするのに現金の裏付けが確実に
あるというのは大きい。
で、信用問題の審査といえば真偽官、マルティン氏の登場である。
﹁預金口座の審査? はいはい、じゃあ手早くやっちゃおうか﹂
とりあえずは俺の口座を作って全部入れておこうということで審
査は俺のみで、マルティンの容赦のない尋問がその場で始まった。
口座を作ろうと思った動機は?
口座を作ってどうするつもりなのか?
不正をするつもりではないのか?
過去に犯罪を犯したことはないか?
犯罪組織と繋がりがないか? または繋がりがありそうな人と交
流はないか?
家族や親しい人で借金をしてる人はいないか?
口座作成はどうしても必要なのか?
1681
質問に少しでもちゃんと答えられないと、更に質問が重ねられた。
特に厳しく突っ込まれたのが過去の犯罪行為だ。
幸い警察に捕まるような犯罪はしたことがないが、軽犯罪はどう
だろうか。
立ち小便やポイ捨て、自転車二人乗り。スクーターでの駐車違反
にスピード違反のような交通違反は犯罪に該当するだろうか?
拾ったお金︵五百円︶を着服したのはヤバイかもしれん。
ちょっとでも俺が考えこむと、マルティンが追及してきて暴露す
ることになる。全部バラされた。ひどい。
幸いどれもこれもこっちでは軽犯罪にすら該当しないようだ。
立ち小便やポイ捨ては場所によるが、普通の町中ではみんな平気
でやるようだ。
乗り物に二人で乗ったからってなんだというのか。
町中での馬車の駐車やスピードの出しすぎは、これも場所によっ
ては怒られるがそれだけだ。
お金は落としたほうが悪い。
どっちにしろ遠方の国の何年も前の話だし、口座を不正利用する
ような件とは関係ない。まったくの聞かれ損である。
﹁色々と立ち入った質問しちゃって悪いね。でも審査はきちんとや
らないと、口座で不正があると認可した僕の責任問題になりかねな
いんだよね。あ、審査は合格だよ﹂
絶対これ、嫌がらせも入ってるだろう⋮⋮
﹁い、いや、本当にね? 背後関係のあまりはっきりしない冒険者
の申請は厳しくやることになってるんだよ。マサル君だけ特に厳し
くしたってわけじゃ、本当にないんだよ﹂
1682
俺の不機嫌を察し、マルティンが更に言い訳してきた。
﹁それは本当。でも少しやりすぎ﹂
﹁各真偽官の裁量の範囲内だよ、ティリカ。そ、それよりほら、王
女様の冒険者登録もしないと﹂
確かにこれは仕事だろうし、余人がいるここでは何もできないが、
後で覚えてろよ?
ともあれ口座は今日のところは申請のみで、後日通帳を貰いに来
ることになった。
見本に見せてもらった通帳は装丁こそ豪華であるが普通の紙製の
手帳で、やろうと思えば偽造もできそうなのだが、預金の引き出し
などはギルドカードと一緒に行う。ギルドカードは謎のチートテク
ノロジー製なので偽造は出来ない。通帳とハンコで引き出せてしま
う日本より部分的にであるがセキュリティは高そうだ。
続いてリリ様の冒険者登録が行われ、審査はごくごく簡単に終わ
った。
さすがにマルティンもエルフの王族相手に失礼な質問をしないだ
けの良識はあるようだ。
リリ様は下から二番めのEランクスタート。
エルフ、魔法使い、リリアーネ。
冒険者は名前のみの登録が通例だ。もちろんフルネームを登録し
ても問題はないが、リリ様は問題があるだろう。
職業欄は半ば自己申告に近いので、例えば俺なら剣士でも魔法使
いでも選択次第だ。
種族欄はさすがに偽ることは無理らしい。まあエルフが珍しいと
言っても一々騒がれるほどレアでもなさそうなのでそこは大丈夫だ
1683
ろう。
冒険者カードを受け取り喜んでいるリリ様は置いておいて、俺た
ちのランク申請である。
俺とエリーのAランク昇格はまだまだかかりそうだが、アンとテ
ィリカとサティはBランクが確定となった。
Aランクに関しては判定するのは王都のギルド本部なので、連絡
待ちとなる。
まあ上がったところで何が変わるわけでもないから急ぐこともな
い。
﹁近々魔境へ狩りに行こうと思ってるんだけど、ここらへんではど
ういう扱いなのかしら?﹂
ランクの次は、魔境狩りの話である。この近場でいい狩場という
と魔境になる。
そこら辺にも普通に魔物はいるのだが、もう俺たちには物足りな
いだろう。
﹁魔境に関してはエルフの受け持ちなので、こちらでは依頼も討伐
報酬も出してません。ですがレアな素材が多いので、もし手に入っ
たら是非ともお持ち帰りください﹂
基本的に討伐報酬は、自領土の安全確保をしてもらっている国や
領主からの補助金で賄われている。
そうすると領土外や魔境での狩りには討伐報酬が出ないというこ
とになるのだが、エリーがやった魔境の開拓みたいなのだとちゃん
と出るし、調査や素材回収の依頼が出たりもする。
だがここだとエルフが一手にやってるので依頼すら出てないよう
だ。
1684
﹁大量に持ち帰ってもらえるなら本当に助かるのですが。何でした
らギルドから依頼を出しましょうか?﹂
ここらの魔境産素材はエルフと、たまに遠征に出る領主軍が握っ
ていて、素材の上前をハネるのが商売の冒険者ギルドにとって、あ
まり嬉しくない状況である。
冒険者が魔境に出ようにも、エルフの森は基本立ち入り禁止だし、
森を迂回するとなると山岳地帯を通るしかなく現実的ではない。
﹁それはやめておくわ。まだどういう予定になるかわからないから﹂
依頼料が出るならお得ではあるだろうが、依頼で狩った獲物は提
供する義務も生じるので良し悪しである。
物によっては都会に持っていくほうが値段がいいし、俺たちなら
輸送の問題もない。
外での用事はこれで終了。次は屋敷造りの続きをする。
家に戻るともう昼も近かったので、ティトスさんを迎えにエルフ
の里へ転移。
転移でエルフの城のテラスに出るとティトスさんが待機しており、
階下に案内された。
城を出て広場に出ると二〇人ほどのエルフと山積みの資材。
大工・建築担当のエルフさん方は、作業のしやすいラフで地味な
作業着風の服装なんだが、みんな細身でガテン系っぽさが全くなく、
まるでどこかのモデルが集合しているかのようだ。作業着がかえっ
て様になっている。
とりまとめ役として紹介された親方エルフさんも、大工というよ
1685
りアトリエで作業する美人画家といった風情である。
日本に連れて行けば、美人すぎる建築家としてあっという間に大
人気になりそうだ。
ゲートで一度に運べるのは一〇人程度。魔力量を操作すればもっ
と大人数もいけるはずだが、まだそこまでは試していない。
資材を収納し、ゲートで三往復。女性多目の職人さんたちに息が
かかるほどの距離でぴっちりと囲まれての転移は、家族以外の女性
と滅多に触れ合う機会がない俺にとって、レアでかなり幸せな体験
である。
自身も魔法使いのエルフたちにしてもゲートでの初めての転移に
は興味津々で、丁寧に転移について解説しつつ発動させたにもかか
わらず驚き感動してもらえ、大変に気分がいい。
気持よく全員運び終わるとティトスさんとエルフの親方の指揮の
元、さっそく作業が始まった。手伝おうと思ったが俺は必要なさそ
うだ。
皆さん土木や建築を生業とするエルフで、土魔法が専門分野。素
人が手を出さないほうが良さげである。
俺やみんなは時々希望要望を聞かれるくらい。楽だし俺が作るよ
りはるかに上等そうな階段や扉や窓などの内装が、人海戦術でもっ
てさくさくと出来上がっていく。
外壁も白くしたいと予め頼んであって、白い漆喰らしきものを持
ってきて、ペタペタと塗りこんでくれた。
内装は完全に異世界風になりそうなんだが、外見はなんとか城っ
ぽい雰囲気に出来そうだ。
畳があればいいんだけどなあ。せめて板の間にしてもらおうか?
広間を板の間にして、それっぽく飾れば和風の剣道場っぽく見え
るかもしれない。
1686
だがその前に屋根部分の仕上げである。
屋上、つまり四階部分にもう一層、天守閣を作る。
親方を伴って屋上に上り、天守閣のイメージを話す。馴染みのな
いデザインだが、隣の塔には完成見本があるから、作るのに特に問
題もないと断言してくれた。
屋上に重量物を配置するので強度的に心配だったが、親方は全然
大丈夫だと太鼓判を押してくれる。
ならば天守閣は二層にしてみよう。
敷地の外の適当なところから土を採取し、その土で天守閣二層の
壁と屋根部分を形成する。
屋敷部分より少し小さいサイズの天守閣二層目。それより更に小
さい一層目。
ポイントは屋根の形状だ。普通に屋根を組んでしまうと、前回や
った茶室風にしか見えない。
天守閣の特徴を記憶から掘り起こしたところ、屋根の三角部分が、
二層目三層目にも飾り的についている。
天守閣一層目二層目、さらに屋敷三階部分の外回りにも屋根を設
置。見かけ以外の意味は特にないが、雨の時のひさし代わりにはな
るだろう。
そして出来上がったところに、これも土魔法で作った黒い屋根瓦
を積んでいく。
半数の一〇人ほどが応援に来てくれて、あまり指示はしてなかっ
たのだが、さすがは本職。隣の茶室を参考に、ほとんど本物のよう
な出来栄えの天守閣の外装を、二時間ほどで作り上げてしまった。
瓦作りは俺も手伝ったので時間短縮できたせいもあるが。
天守閣の内装は我儘を言って全面板張りで、バルコニーや最上層
への階段も木製でと注文しておく。
レヴィテーションで空から外観の確認しつつ、修正点や見落とし
1687
がないか親方エルフさんとぐるりと見て回った。
﹁美しいですが、変わった形状ですね?﹂
﹁俺の地方にある領主の館なんです。まあ見た目だけ真似た感じな
んで、どういう意味があるのかは俺もわかりませんけど﹂
内装はまだであるし、細部を見ればそれなりに違和感はあるが、
遠目にみれば完全にお城に見える。
違和感はエルフさんのセンスのせいか、俺の説明不足、記憶不足
のどれだかは判然としないが、日本の城にしたって一つ一つの形状
が結構違うんだし、気にすることもないな。
屋敷を大きめに作ったお陰でどっしりとした重量感があるし、壁
の白と屋根の黒のコントラストが素晴らしい。
﹁とてもいい出来です。ありがとうございます﹂
﹁まだ途中ですし、お礼は完成してからでも。それで屋敷のほうの
目処が立ったので城壁の門と屋敷までの通路の相談を︱︱﹂
実際手をつけてみると、やるべきことは思ったよりも多い。
プロが20人がかりでも一日で終わらない。俺一人でやったら1
ヶ月どころの話じゃ済まなかったかもしれない。
もちろん俺がやるとなると、途中で飽きた可能性が非常に大きい。
住めるレベルになったらだいたい満足し、良く言えば野趣あふれる、
悪く言えば手抜きで雑な屋敷が完成しただろう。
手伝いお願いしてほんとよかったわ。
1688
117話 家族会議
屋敷の方はそのまま進めてもらうとして、外回りも考える必要が
ある。門や庭、屋敷への通路なんかも、ちゃんとしたお屋敷を目指
すなら作らないといけない。
門も入り口も何もない、飛ぶかゲートで移動するから問題ないよ
ねってわけにもいかないのである。
エルフさんたちは明日も昼からの出勤で、俺がそれまでに道や門
の基礎をあらかじめ作っておくことになった。魔力の消費がきつい
部分を俺がやっておけば後の工程が捗る。昼出勤なのは魔力の回復
待ちだ。
ちなみにこの親方、見た目は20代にしか見えなく、制服でも着
せたら女子高校生で通りそうな外見なのに、御年120歳だそうで
ある。
これでも親方衆の中では若手の方なそうなのだが、この仕事10
0年はやってますので腕は確かです!って言われてしまった。
冗談か本気かよくわかららない。
親方エルフさんと門構えの相談をしていると、お昼ごはんが出来
たとサティが呼びに来た。すでにおやつの時間くらいになってしま
っていたが、みんなも屋敷作りの見学をしていたので結構遅くなっ
てしまった。
必要な相談はだいたいまとまってたので、また後ほどと食事に向
かう。
サティと一緒にちゃんと一階から塔に入る。やっぱり入り口は下
にあったほうが、至極当然のことであるのだが楽でいい。
﹁お腹も空いたことだし、まずは食べようか﹂
1689
﹁今日の糧を与え給うた神に感謝致します。いただきます﹂
﹁﹁いただきます﹂﹂
俺が席につくと、アンの簡単な食前の祈りを合図に食事を始めた。
本日のメニューはドラゴンステーキにオークのカツ、野ウサギの
唐揚げ、具だくさんのスープにサラダにパン。唐揚げにタルタルソ
ース、サラダにはマヨネーズ。どれも山盛りで部屋中に揚げ物のい
い匂いが充満していた。
時間も遅かったし弁当か簡単なもので済ませてもよかったのだが、
今日はリリ様を歓迎するため、あえて定番メニューだ。
﹁それはオーク肉のカツ。そのまま食べるかそこのソースを付けて。
これは野ウサギの唐揚げで︱︱﹂
アンの説明を受け、食べ始めたみんなに倣ってリリ様も目の前の
料理に手を伸ばしぱくついている。戦場でも一度提供して普通に食
べていたが、特に好き嫌いもないようで、美味しそうに食べている。
ここまで見た感じエルフもエルフの王族も、調味料や調理法に多
少レパートリーがある程度で食べるものはそう違いはないようだし、
食事のマナーに関してもあまりうるさくはないみたいだ。
あとで聞いた話によると、食料の一部は輸入に頼っており、エル
フの食生活も俺たちとそう違いはないようだ。むしろ砦のほうが色
々種類があって、たまに買い食いに出てくるとのこと。
我が家の食卓はちょっと変わってるので、今後のことを考えると
気に入ってもらって本当によかった。食生活が合わないとなると面
倒が増える。
﹁食べながらだけど、改めて我が家に歓迎するよ、リリアーネ様﹂
1690
食卓が落ち着いたのを見計らって話を切り出した。
﹁うむ、ありがとう﹂
﹁それでいつまでも敬語と様付けもアレなんで、ここらで切り替え
ていこうと思うんだけど⋮⋮﹂
このままお姫様扱いもそれはそれで悪くないんだが、冒険に出て
共に戦うことを考えるともっと気軽に話し合えるようになっておい
たほうがいいだろう。
﹁それは妾も気になっておった。此度は修行も兼ねておるのじゃ。
もっと砕けた感じで良い﹂
﹁そうね。リリアーネ、それかリリって呼んだほうがいいのかな?﹂
﹁リリアとかどうかしら?﹂
﹁それいいな。リリア、リリア﹂
エリーの出した案がなかなかにかわいい響きだ。それに普段呼ば
れているリリという略称とも多少なりとも違っているのは都合がい
い。
﹁うむ、それでよい。気安くリリアと呼んで、なんでも言い付けて
欲しい﹂
﹁まあうちはみんな平等で、助け合う感じでやっていってるんだ。
得意不得意があるから、できることから少しずつやっていけばいい
1691
よ﹂
﹁正直、そなたらに比べ妾の力は劣っておる。どれほどの力になれ
るかわからんが⋮⋮﹂
家事的な意味も含まれてるんだが、リリ様はそっち方面はまった
く考えてなさそうだ。まあそこら辺の分担や仕込みはアンが考える
だろう。
﹁じゃあリリ様⋮⋮リリアのスキルどうするか考えないとな﹂
俺の担当はこっちである。
﹁それはちょっと気が早いんじゃないかしら?﹂
﹁レベル8で40ポイントあるからとりあえずいくつか振っちゃっ
てもいいと思うが﹂
﹁え?﹂
エリーを含めみんながびっくりした顔をしている。
﹁あれ? リリアに加護が付いたの言って⋮⋮なかったっけ⋮⋮?﹂
﹁聞いてないわよ!﹂
指輪を渡した時に加護がついて、そのあとすぐ会食になって⋮⋮
後でゆっくり話そうと思ってたら、パーティとかも始まって⋮⋮そ
のまま寝て⋮⋮
1692
﹁言うのすっかり忘れてた!?﹂
﹁言い忘れるとか、どういうことなのかしら﹂
﹁ほんとよ⋮⋮すごく大事なことなのに﹂
﹁ほら、魔力の指輪をリリアに渡しただろ。あの時に加護がついた
んだよ。そのあとは王様との食事会とかパーティでバタバタしてて
⋮⋮申し訳ない﹂
加護の詳細に関しては王様たちもあまり突っ込んで聞いて来なか
ったから、説明をほとんどしてなかった。たぶん秘密にしろしろう
るさかったんで気を使ったんだろう。
﹁なるほど、あの時ね﹂
﹁マサル様のプロポーズ、カッコ良かったです!﹂
思い返すとかなり恥ずかしいが、確かに効果はあったし、サティ
には好評だったようだ。まあサティはだいたいいつも俺を褒めてく
れるんだが。
﹁妾にも加護が? 何にも変わってる気はせんが﹂
﹁まずは加護のことを説明しておこうか。スキルというのがあって
︱︱﹂
食事をしながらみんなで、代わる代わるスキルシステムについて
解説していくのを、リリ様改めリリアは食べるのも忘れて聞き入り
質問をしていく。
1693
﹁なんとまあ﹂
解説も質問も終わり、プリンが供された頃、ノートにメモされて
いる俺のスキルリストを見てリリアがそう呟いた。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
︻称号︼エルフの里を救いし英雄
旅の仮面神官
ドラゴンスレイヤー
野ウサギハンター
[3850+9625︵魔力増強
[452+1130︵肉体強化+25
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクB
レベル43
HP 1582/1582
0%︶]
MP 13475/13475
+250%︶]
体力 332
[71+177︵敏捷増加+250%︶]
[95+237︵肉体強化+250%︶]
[98+245︵肉体強化+250%︶]
敏捷 248
[99+247︵器用増加+250%︶] 力 343
器用 346
魔力 253 スキル 0P
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計 体力回復強化 根性 鷹の目 暗視 頑丈
肉体強化Lv5 敏捷増加Lv5 器用増加Lv5 料理Lv2
1694
隠密Lv5 忍び足Lv5 気配察知Lv5 心眼
盾Lv5 回避Lv5 格闘術Lv3 弓術Lv5 投擲術Lv2 剣術Lv5
魔力感知Lv5 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力ア
ップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5 空間魔法Lv4 召喚魔法Lv4
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv5
リリアーネ・ドーラ・ベティコート エルフ 精霊魔法使い
︻称号︼精霊の祝福を受けしエルフの姫君
[206+206︵魔力の指輪+100%︶]
ギルドランクE
レベル8
HP 11
MP 412
力 3
体力 4
敏捷 5
器用 11
魔力 41
スキル 40P
魔力感知Lv2
精霊魔法Lv2 風魔法Lv4
リリアのもメニュー見ながら書き写していく。ちなみにリリアの
忠誠値は51。忠誠値は非公開だ。愛情に差があるのを見せるのは
1695
色々と問題がある。
その数値を俺のと比べればその差は一目瞭然。
エリート街道を歩んで来たであろうリリアーネ様には、この格差
はショッキングかもしれない。
﹁妾の30倍の魔力量⋮⋮ずば抜けておるとは思っておったが⋮⋮﹂
魔力の指輪でリリアの魔力は倍になってるから実質六〇倍か。
リリアも防衛戦で後半は戦っていたはずだが、案外レベルが低い。
加護の有り無しでの効率差か、討伐数の差か。ギルドカードもなし
で討伐数がわからないし、どの程度変わってくるのか確かめる方法
はないのだが。
それでも初期の俺どころかエリーやアンよりも優秀なMP量に魔
力値ではある。鍛え上げればさぞかし強力な魔法使いになるだろう。
うん、またしても後衛である。
やはり前衛メンバーのスカウトも考えないとダメだろうな。
﹁こんな⋮⋮これほどの⋮⋮﹂
﹁あー、リリアさん?﹂
﹁これが妾の旦那か! なんと素晴らしい力じゃ!﹂
リリアのメニューを開いていたのだが、いきなり忠誠が4も上が
った。
本当に嬉しいらしい。
まあ凹んだわけじゃなくて大変結構だ。
﹁加護というのはこれ程の力をもたらすのか!﹂
1696
﹁さっきも説明したと思うけど、全部神様にもらった力で元の俺自
身はぜんぜん弱いんだけどね﹂
そこら辺は強調しとかないと多少尊敬されるくらいならいいが、
家でまで英雄扱いされても困る。等身大の俺を見て欲しい。
﹁何を言っておる。そんなことを言えばそもそも精霊も神が下され
たものであるし、遡れば魔法も、それどころかこの世界そのもので
すら神の作りたもうたものじゃ﹂
﹁わたしの魔眼もそう﹂
﹁別にただ座っていて加護が手に入ったわけではあるまい?﹂
﹁んー、まあそうだな。運が悪ければどこで死んでもおかしくなか
った﹂
思い返せば野ウサギに始まって、大イノシシにドラゴンにハーピ
ーにオークキング。そして今回のエルフの里の戦い。生命の危機は
何度もあった。
軍曹殿の修行もきつかった。
なるべく危険は回避しようとしてるはずなのに、こっちに来てか
らわずか半年足らずで、死にそうになったのが6回。ほぼ毎月であ
る。酷いものだ。
﹁そうじゃろう。大事なのはその力で何を為すかということじゃ﹂
俺はなるべくなら自分の安全と幸福のためだけに活用したいと思
ってるので、何を為すかと言われればとても辛いんだが。
1697
﹁ま、まあそれは置いといて、リリアのスキルはどうしようか﹂
﹁うむ。精霊魔法は上げるとして、あとは⋮⋮魔力値の横の数値は
どういう意味じゃ?﹂
﹁ああ、魔力量は魔力の指輪で二倍になってるんだよ﹂
パーセント
%記号はこちらでは馴染みがないらしい。
﹁二倍⋮⋮?﹂
﹁指輪のことも当然説明してないのよね?﹂
﹁昨日今日と忙しかったから仕方ないじゃないか⋮⋮﹂
面倒なことは後回しにしようとしてたのは認めよう。アウェイの
地からなるべく早く撤退したかった。
MP
﹁魔力量は元の数値が206で魔力の指輪で倍になってるってこと
だよ﹂
﹁これか! この指輪﹂
﹁魔力の指輪。魔力量と魔力の回復速度を倍にする効果。クエスト
のご褒美に貰ったんだ﹂
﹁神様に直接授かった本物の神器よ。すごいでしょう!﹂
何故かエリーが誇らしげである。エリーがリリアに見せている野
1698
うさぎ産の指輪、元は俺ので貸すだけだって言ったのも、もうなか
ったことになってんだろうなあ。俺も今更返せとか言わないけどさ。
﹁神器⋮⋮そうか。エルフの至宝が必要ないわけじゃ﹂
﹁一応つけて確認してみたんだけど、指輪と効果が重複しないみた
いで﹂
﹁ふむ。じゃがこの指輪、妾が取ってしまったから後で腕輪も貰っ
てこようかの? 魔力は多いほうがよいじゃろう?﹂
それもそうだな。腕輪の50%増加があればメテオの数発分には
なる。
まあ指輪のことはいいとして、スキルである。急ぐ必要はないが、
考えておいてもらわないと。落ち着いたらなるべく早く狩りにでた
いし。
﹁やはり盾役は必要じゃ。妾がやろう﹂
﹁いやまあ、そういう話だったけど、本当にやるの? このスキル
とステータスなら素直に後衛にまわったほうがいいと思うんだけど﹂
﹁精霊魔法は防御が得意であるし、防御に回ったとて攻撃力が減じ
るわけでもない。攻防一体なのが精霊魔法使いの最大の強みなのじ
ゃ﹂
確かに同時に魔法が使えるのは便利だろう。防御魔法を使いつつ、
攻撃魔法。フライを使いつつ、攻撃魔法。単純に二倍とはいえない
戦闘力の強化になる。
それでもサティに防御を抜かれたように、防御力には不安が残る。
1699
﹁見てもわかる通り、妾の精霊魔法はレベル2じゃ。まだまだ未熟、
伸び代はある﹂
それでまずは精霊魔法のレベルを上げてみて再度サティと対決し
てみることになった。
食事の後片付けをして、居間に移動する。
﹁神に祈ろう。この者リリアに我が持つ加護の一端を分け与えんこ
とを。望みしは精霊の力︱︱さあリリア、目を閉じて︱︱﹂
俺の前に跪いたリリアの頭の上にそっと手を乗せ、メニューを操
作した。
ポイント
﹁代償を支払い、今ここにリリアの精霊の力を強化せん﹂
﹁お、おお⋮⋮わかる、わかるぞ! 精霊の力が漲っておる!﹂
こんなことをしているのにも、ちゃんとした訳がある。忠誠値ア
ップのためだ。儀式っぽく演出することで、簡単操作のスキル取得
にもありがたみが増そうというもの。
案の定、忠誠がまた3ポイントも上昇した。素晴らしい効果だ。
﹁﹁おめでとう! おめでとう!﹂﹂
その後はみんなで祝福である。
﹁おお、ありがとう!﹂
こうやって仲間との絆も深めることもできる。実に効率がいい。
1700
まあ毎回こんなことをして上げるのも面倒くさいが、最初くらい
はいいだろう。
﹁秘密にしたがる訳じゃ。このような力が明るみでれば⋮⋮どれほ
どの騒ぎになるのか﹂
わかっていただけて嬉しい。
﹁しかしじゃ。なぜもっと人を増やさん? 秘密保持のためか?﹂
﹁ほいほい増やせるなら楽なんだけどね。加護を与えるにも条件が
あるんだ﹂
奴隷に関しては保留だ。よくよく考えればサティが俺の奴隷にな
った瞬間加護がついたからって、奴隷化が加護の条件と考えるのは
早計だった。テストが必要だ。
﹁愛よ。マサルを心から愛してないと加護は授からないの﹂
と、アン。そうストレートに言われると恥ずかしい。
﹁うん、まあ、俺に対しての信頼っていうか親愛度っていうか、そ
ういうのが一定以上じゃないと加護が付かないんだよ﹂
﹁それであの時⋮⋮確かに妾はあの時あの瞬間、マサルに心からの
忠誠を誓った。それまでもかなりの好意があったはずじゃがそれで
は足らんかったということか⋮⋮恐らく人生を、命を預けるに足る
ほどの信頼が必要なのじゃな﹂
サティは俺のモノになった瞬間、とても嬉しかったという。
1701
みんなの加護がついたのは初めての後だった。
﹁そうよ。わたしたちはみんな自らマサルを選んだからこそ、ここ
にいるの。逆じゃないのよ?﹂
サティには選択権はなかったが、それでも最初から信頼を、好意
を示してくれた。
﹁これほどの力の持ち主となればいくらでも⋮⋮いや、違うのか。
スキルで能力を伸ばした。元は普通の人間⋮⋮﹂
﹁そうそう。最初に会った頃はちょっと優秀なくらいのどこにでも
いるレベルのメイジだったわね﹂
出会った頃はエリーと同格くらいだったのかな。
﹁えー? わたしはかなり優秀だと思ったけど。回復魔法は二日で
覚えたし、水も風もすぐに習得したじゃない﹂
﹁マサル様は最初からすごかったですよ﹂
﹁野うさぎに⋮⋮﹂
ティリカ、それはいけない。
﹁いつまでもこうやってても話が進まないし! 精霊魔法がどれく
らい強くなったのか調べてみよう﹂
そしてかなり広いスペースがある屋上の茶室に移動してのテスト
の結果、サティの剣を見事に防いで見せた。
1702
﹁どうじゃ!﹂
﹁かなり堅くなってます。風の盾を抜くのは難しいと思います﹂
﹁そうじゃろう⋮⋮って難しい!?﹂
﹁はい。盾を切り裂いたあと、修復するのにタイムラグがあるので、
連続で攻撃すれば⋮⋮﹂
﹁例えば俺たちみんなで一斉に魔法を撃てば、盾は消える?﹂
﹁耐え切れないと思います﹂
十分に強くなったがそれでもまだ不安があるな。広範囲に展開で
きる風の精霊の盾は優秀だが、風な分、どうしても強度が足りない。
﹁むう⋮⋮では鎧を着て大きな盾を持てばどうじゃ?﹂
それならなんとかなるか? 盾が修復するまでの短い時間耐えら
れればいいし。
体力にも不安があるが、肉体強化を取ってレベルを上げれば重く
てふらつくこともなくなるだろう。冒険者をする上で肉体強化は無
駄にはならないだろうし。
完璧ではないにせよ、盾役は十分にこなせるし、うちのパーティ
に必要なのも確かだ。本人の希望でもある。
暫定で盾役をやってもらうことがとりあえず決まった。
これで本日予定していたお仕事は、大工エルフさんたちを里に送
り届けて終了。あとは夜のお楽しみタイムである。
1703
1704
117話 家族会議︵後書き︶
︻お知らせ︼
﹁ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた⑤﹂
12月25日発売が決定しました。
ネット予約なども開始しておりますのでよろしくお願いします。
1705
118話 リリア
いつものごとくサティとお風呂に入り、その後は一人自室に戻る。
寝る前に日誌を書かなければならない。昨日できなかったので書く
ことが多い。
みんなは順番にお風呂に入って居間でまったりしている。あっち
に混じっていちゃつくのも楽しいのだが、今日はダメだ。
しばらくして部屋の扉がノックされた。
﹁リリアじゃ。入っても良いか?﹂
﹁どうぞ⋮⋮っ!?﹂
振り返り、入ってきたリリアを見て固まる。
薄い、肌が半分透けて見える白いネグリジェである。部屋は火魔
法で適度に暖めてあるので薄着でも大丈夫だ。
すぐにでもベッドに連れ込みたいところだが、ぐっと我慢だ。常
々エリーからムードが足りないと注意されている。
﹁何をしておるのじゃ?﹂
リリアが俺の横にやってきて手元を覗きこむ。
﹁⋮⋮読めぬ﹂
﹁俺の生まれたところの言葉なんだ。これは神様に報告するための
日誌﹂
1706
﹁ほほう﹂
近寄るとふわっと石鹸の香りがする。おんなじ石鹸を使ってるは
ずなのに、なんでこんなにいい匂いなんだろうね⋮⋮
﹁も、もうちょっとで書き終わるから少し待っててね﹂
むしろ俺が待ちきれない。でも日誌は大事な仕事だし、あんまり
さぼるわけにもいかない。
﹁見ていても良いか?﹂
﹁うん、いいけど﹂
リリアが椅子に座る。机は大きめで椅子も三脚揃えてある。
﹁変わった文字だのう。なんと書いてあるのじゃ?﹂
﹁昨日と今日の出来事だよ﹂
﹁妾のことも?﹂
﹁もちろん﹂
ほぼ日記みたいになっちゃってるし。
﹁それが神に伝わっておるのか?﹂
﹁たぶんちゃんと見てるんじゃないかなあ。たまーにだけど返事が
来るし。えーと、ほらこれ﹂
1707
日誌を書き終えたのでノートのページをめくり、シオリイの町を
出発する前に来た返事を見せてやる。
﹁おお、なんと美しく神々しい⋮⋮﹂
神々しい。そう思えばそう見えないこともない。
丁寧に書いてはいるものの、俺の字はあまり綺麗じゃない。道具
もインクに羽ペンでいまいち慣れてないし。
それと比べると神様からの返事は、美しくて完璧だ。まるで印刷
したみたいに。どう見ても手書きじゃない。たぶん明朝体とかだな。
じっくりと神様からの返事を見ているリリアを間近で観察する。
リリアのネグリジェ、大事なところが見えそうで見えない。それ
でいて体のラインはうっすら見せるようになっていて、とてもいい
仕事をしている。
リリアが顔を上げ、目が合った。
﹁夜伽に来たのじゃったな。旦那を放っておいてはいかんかった﹂
いきなり夜伽ってことになったけど、それで大丈夫
お陰で素敵な衣装をじっくり鑑賞できました。
﹁ええっと、
なのかな⋮⋮?﹂
ここまで嫁にもらう的な話よりもパーティに入るような話ばっか
りだったし、忠誠は高いし好意は示してもらったものの、やること
をやるとなると、今一度意思の確認はしておいたほうがいいと思う
のだ。
ヒューマン
﹁人間はどうかしらんが、エルフにとっては結婚した以上、子作り
1708
は義務じゃからの。母上からもきつく言われておる﹂
子供か。去就がはっきりするまではって思ってたけど、さすがに
この期に及んで日本に帰るって選択肢もないな。未練がないわけじ
ゃないけど。
﹁冒険者を続けるのに、みんなには避妊してもらってるんだけど⋮
⋮﹂
﹁避妊は絶対にせんぞ? エルフにとっては生命に対する冒涜じゃ﹂
避妊はエルフ的にはNGか。妊娠しちゃったら冒険者の続行は難
しいけど、今のところリリアは戦力には数えてないし、問題ないと
言えば問題ないのかね。
エルフはただでさえ出来づらい上に混血だと滅多に出来ないらし
いから、出来た時は出来た時でいいか。その辺りはまたみんなで相
談しよう。
﹁では姫君、あちらへ﹂
﹁う、うむ﹂
リリアが設置したばかりのキングサイズベッドに潜り込む。
﹁明かり消すね﹂
ムードを少しでも出すために、天井付近に設置した︻ライト︼を
消して、間接照明に切り替える。こっちもライトの魔法なのだが、
紙で囲って蓋をして、明かりがぼんやりと漏れる程度に調節してあ
る。
1709
布団に顔だけ出しているリリアの横にお邪魔する。
緊張する。よく考えれば出会った時と昨日と今日で、一緒に過ご
すのは3日目である。これでいいのだろうか? ﹁リリアは⋮⋮子供が欲しいんだ?﹂
トークしよう、トーク。場合によってはすぐに手を出すこともな
いし。
﹁そうじゃな。これまでは相手もおらんかったし、あまり考えたこ
ともなかったが、欲しい﹂
﹁あー、そういう婚約者? みたいな相手はいなんだ?﹂
王族なんだし、居てもおかしくないと思うんだが。
﹁手近に釣り合う相手がおらんかったのじゃ。まあ100歳くらい
までにどうにかすればいいと思っておったしの﹂
エルフは気が長いな。ゆっくりすぎるわ。
釣り合うとは家柄だけじゃなく、能力的なモノが大きかったらし
い。この世界全体に言えることだが、エルフにもかなり能力主義的
な風潮があるようだ。
だからこそ俺みたいな氏素性の定かではない人間でも、リリアだ
けでなくみんなからも恋愛対象、結婚対象として考慮に入れてもら
えたのだ。
そのまま息がかかるくらいの距離に顔を寄せあって色々と話した。
リリアの生まれた時の話やエルフの里での戦いの前の話、俺もこっ
ちにきてからの話、特にみんなとの出会いあたりに絞って話した。
1710
結構な時間話し込み、一定の相互理解が得られたように思える。
俺はリリアのような美しいエルフさんを新たな伴侶に迎えられ、
大変に嬉しく思っているし、リリアのほうも突然に降って湧いた話
であるが、いまのこの状況にとても満足しているようだ。
﹁わかっておるのか? マサルはエルフが100年200年かけね
ば辿りつけぬ境地に、それどころかエルフがその長い生涯かけて修
行してもなお、わずかな者しかたどり着けぬ高みに妾を導いてくれ
たのじゃ。しかもまだ序の口なのだろう? 素晴らしい恩恵じゃ﹂
そっち方面の感謝が大きいのは仕方がない。だが俺自身に関して
も、子供が欲しいと思う程度には好いてはくれているようだ。
それで話が途切れたタイミングを見計らい、そろそろ子作りをと
提案してみたのだが。
﹁実際のところ、子供はどうやって作るのじゃ?﹂
そんなことも知らずに子作りだ避妊だ言ってたのかよ!
﹁精霊が運んでくると聞いておるが、さすがに違うじゃろう?﹂
コウノトリとかキャベツ畑レベルの話がこっちでもあるんだなあ。
ヒューマン
﹁昔ティトスたちに聞いたことがあるが、まだ早いと言われたし、
母上からは人間だとやり方が違うかもしれんからマサルに聞けと言
われておる﹂
学校みたいなのは当然あって通っていたそうなのだが、保健体育
はなかったし、常時護衛付きの姫様相手にそんな話をしようという
勇者はいなかったようだ。
1711
子供が出来るからには基本は同じだと
思うんだが。
リリアも一応同じ布団で同衾して何かしらやる、その程度の知識
はあるようだ。
﹁とりあえずいつもやってる感じでやってみようか?﹂
そういうことになった。
キスは軽め。いきなりの舌入れはNG。服の上から軽いボディタ
ッチをしつつ、反応を探る。
くすぐったがりなのか敏感なのか。触る度に小さく声を上げてい
る。興奮してきた。
︱︱中略︱︱
﹁そんなものを!? 冗談じゃろう⋮⋮?﹂
双方生まれたままの姿を晒したところで、そんなものと言われて
しまった。ちょっと傷つく。王族ともなるとパパとお風呂もないよ
うだ。
﹁エミリオのはもっと⋮⋮﹂
ああ、弟君ね。
﹁成長するとこんな感じに﹂
とりあえずここからの手順も解説すると、子作りに必要とあらば
当然やるというので、先に進むことにしたのだが。
﹁い、痛い﹂
1712
精霊の盾が発動して吹き飛ばされ、ベッドから転げ落ちた。風に
軽く押されたくらいだったので、驚いただけでダメージはない。
﹁す、すまぬ。精霊が勝手に反応して﹂
﹁うん、平気。大丈夫﹂
﹁しかし⋮⋮こんなの無理じゃろう?﹂
かなり念入りに、丁寧にやったし、準備が足りなかったというこ
ともないだろう。
﹁どうしたって最初はちょっと痛いんだよ。でもすぐにヒールで治
療するから痛みは大したことがないって話なんだけど⋮⋮﹂
﹁すごく痛かったのじゃ﹂
さてどうしたものか。このままでは生殺しである。
もう一度たっぷり準備しなおして再挑戦か? だがまた同じこと
になりそうな気もする。
こちらとしても、さあやるぞって時に吹き飛ばされるのは精神的
なダメージがでかい。
急ぐこともないし、後日にするかなあ。
サティ起きてるかな。ティリカと一緒みたいだが。いや、いくら
俺が中途半端だからってここでリリアを置いてあっちに行くのはヒ
ドイな。汗もかいたし、お風呂にでも一緒に入るか。初お風呂だ。
やらかしてちょっと凹んでいるリリアの頭を撫でて慰めつつ、こ
の後どうしようかと考えているうちに思いついた。
1713
﹁じゃあ一度やってるところを実演して見せればいい?﹂ ハーレム計画推進のチャンスである。
﹁ふむう⋮⋮﹂
﹁みんな普通にやってるんだし、大丈夫大丈夫﹂
知識がないのが幸いしたのか、それでなんとなく同意してくれ、
さっそくサティを呼ぶことにした。パンパンと軽く手を叩く。サテ
ィ召喚の合図である。家の中ならこれでサティが飛んでくる。すで
に寝ているなら、ぐっすりなので安眠を邪魔することもない。
まだ起きていたようでティリカと一緒にすぐに部屋にやってきた。
キングサイズのベッドに招待して状況を説明すると、サティの逡
巡をついて、ティリカがわたしがやると志願してくれた。
﹁じゃあ俺とティリカがやってみせるから、サティはリリアのお相
手を。色々教えてあげてくれ﹂
﹁はい、マサル様﹂
サティは嬉しそうにおずおずとリリアの横に移動する。だがちょ
っと遠慮がちだな。お相手といってもどうしていいのかわからなく
て、なかなか手をだしかねているようだ。
﹁いつも三人でやってるみたいな感じでいいぞ。あ、リリアは初め
てだから優しくな﹂
﹁は、はい﹂
1714
女の子同士の絡みも乙なものである。
さて、あっちはいいとしてこっちだ。 ﹁悪いね、こんなことお願いして﹂
いくら普段からサティと三人やってるからって、他の子にもやっ
てるとこ見せてなんて、嫌われても仕方がない。
﹁いい。子作りは大事﹂
ティリカも子作りは真偽院からのお達しがあるからな。
﹁半年は待ってくれって言ったけど、もし欲しいなら⋮⋮﹂
リリアだけ特別って訳にもいかないだろう。
﹁気にしないで、マサルの思う通りにすればいい﹂
ティリカは俺なんかにはもったいないくらいのいい娘だ。まあそ
れを言えば全員が全員、高嶺の花なんだけど。
サティか? サティは俺が育てた。そして育て中。うちでは最年
少だし、あと2,3年もすれば戦闘力を置いといても立派な高嶺の
花に成長するだろう。
﹁ティリカみたいな可愛くていい娘たちと出会えて、俺は運がいい﹂
﹁わたしは⋮⋮わたしたちのほうがマサルと出会えて運が良かった
と思っている﹂
1715
⋮⋮二人で見つめ合ってほっこりしてる場合じゃないな。
﹁ええっと、じゃあ始めるか﹂
﹁今日はどんな風にする?﹂
﹁普通でいいな﹂
﹁わかった﹂
結局のところサティとティリカを召喚したのは正解だったようだ。
初めてを三人で攻めて耐え切れるはずもなし。
たっぷり時間をかけて一人ずつお相手をして、最後はみんなでお
風呂に入って、とても楽しかったです。
なおリリアのほうの感触も悪くなかった模様。忠誠値がまた少し
上昇していた。
1716
119話 加護と新しいメイドさん
屋敷づくりは順調に進み、予定通り3日目には仕上がった。それ
も家財道具込みで、即入居可でのお引き渡しである。
俺が持ち帰った家具は俺たちの生活するスペースに入れられ、も
ちろんそれだけじゃ大きな屋敷にはまったく足りないので、エルフ
の里から追加された家具が屋敷中隈なく豪勢に配置された。もちろ
んエルフ側の好意なので支払いなど気にしなくていいとのことであ
る。
まあ払えって言われても、市場で見たエルフ産製品の価格を考え
ると、この前の報酬を全部使っても足りないかもしれない。
実際どれくらいかは概算でも怖くて計算はしなかった。
屋敷が終わったら次は外回りである。こちらは敷地がそれなりに
広いのでもうちょっと時間がかかる。
しかしそれで話は終わらなくて、村作りのほうもお手伝いを申し
出てくれた。最初は自分一人でやるとは言っていたが、引き続きで
そのままという話なら断る理由もない。それにこの道100年の親
方の申し出である。素人の俺がやるとはとてもいえない。趣味の日
曜大工じゃない、みんなが住む村なのだ。
そういうことで屋敷の残りの作業と村作りは並行してやっている。
それに伴ってガテン系エルフさんの増員もした。
手伝いと称してはいるが、当然ながら俺は親方の指示にて穴や壁
や家を作っていくだけである。
指示に従っていればいいので楽ではある。屋敷と同じく細かいと
ころはプロの皆さんがやってくれ、仕上がりも万全だ。
村をまるごと作るのだ。小さい村だし俺一人でやればいいとの当
1717
初の計画はずいぶんと無謀だったようだ。作業が想像してたのより
大量で多岐にわたり、しかも複雑だ。
もっとも村の規模もなんだか50人程度の住民じゃ済まないサイ
ズになってるようなのだが⋮⋮
まあ村のほうは俺が領主とはいえ、オルバさんたち住人の意見を
重視した結果だし、なるようにしかならないので置いておいて、家
の中のことである。
さすがに屋敷がでかくなって、今の面子ではまともにやろうと思
えば負担がとんでもないことになる。豪華な屋敷は、維持にもそれ
なりの手間が必要である。
なし崩しにティトスパトスの両名は居座ることが確定したのだが、
元々このエルフたちはリリアの護衛がメインで、身の回りの世話も
するのだが家事は担当外。パトスさんは家事全般そこそこ出来て手
伝ってくれているのだが、たった一人では当然足りない。
人を増やす必要がある。当然奴隷だ。
エルフから人材派遣のオファーもあったのだが、一旦保留にして
おいた。
奴隷化による加護のテストをしなければならない。
生き残るための戦力増強は最優先事項である。もし奴隷化が加護
の条件なら話は簡単になる。
﹁まずはどう見ても俺に懐きそうにない感じの娘を購入してみて、
様子を見ようと思ってる﹂
加護が付かなければ屋敷で普通に働いてもらえばいい。
もし加護が付くようなら冒険者としてパーティに入ってもいいし、
そのまま家事のエキスパートになってもらってもいい。
一人目次第で二人目を考える。
1718
加護が付くなら戦力重視で選ぶ。奴隷化で加護が付かないなら、
俺に簡単に惚れてくれそうな人材をどうにか見つけないといけない。
難易度高い。
ここ数日何度か里に行っていて、エルフの中には今のところ加護
が付いた人材はいないようだが、俺たちに恩義を感じている者が多
数いるので、そちらを当たってみてもいいかもしれない。
で、本日は朝からこの地方最大の都市、ミヤガの奴隷商に一人で
やってきている。
仲間になるかもしれない人材の選定である。みんな来たがったが、
加護のことがあるので俺だけでやらないと意味がない。
﹁本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?﹂
今日は服装にも気を使っているので応対も丁寧である。これ見よ
がしにつけているエルフの装飾品一個でも、奴隷を何人か買えてし
まうのだ。
﹁うむ。見た目が悪くない女性で、家事が出来ることが条件だ。問
題があってもいいから値が張らないのが見たい﹂
﹁そういうことでしたらいい娘がおりますよ。歳は15で容姿も極
上。家事ももちろんこなせます﹂
ですが男性恐怖症なんですと奴隷商は言う。 元々は男性がちょっと苦手という程度だったらしい。見た目がい
いからすぐに買われていったのだが、無理矢理手篭めにされそうに
なり暴れたところ、たまたま主人の急所を直撃。治癒術師が必要な
くらいの大惨事で、即座に返品されてきたそうである。
もちろんそういうことも含めて本人も納得して買われたのだが、
1719
男性恐怖症が本人が思っていた以上に重かったのか、買っていった
やつがよっぽどアレで嫌だったのか。前の購入者についてはぼやか
された。たぶん両方なんだろう。
それで完全に男性がダメになり、家事は問題ないが夜のほうは諦
めてくれということである。
説明後、部屋に連れて来られたのはなかなかの美少女である。奴
隷用の薄い貫頭衣に大きな胸が目の毒だ。襲いかかりたくなる気持
ちもわかる。
こちらではあまりみない東洋系の顔立ちに黒い髪。ちょっとおど
おどした感じがまたそそる。
仕事もこなせ、若く見た目もよかったから仕入れ値もそれなりで、
出戻りで問題を抱えたとはいえ、赤字覚悟でもなければそうそう値
段も下げられなく、売れなくて困っていたそうな。客としても同じ
くらいの値段で条件のいいのはいくらでもいるから、問題児を買う
理由もない。
﹁スタイルはいいな﹂
そう言って手をのばすと、ひっと言って一歩後退してしまった。
重症だな。
﹁お客様それは﹂
奴隷商の人に窘められた。
﹁ちょっと試しただけだ。おいお前! うちは広いし仕事はキツイ
ぞ?﹂
﹁は、はい。体力には自信があります、旦那さま﹂
1720
おや。結構前向きだな。サティの時みたいに売れ残ったら鉱山送
りとでも言われてるのかね。娼婦なんかにはなれそうもないし。
このまま買ったら普通に感謝されかねない。不本意であるが、少
し虐めてみるか。
﹁本当か? 口先だけならいくらでも言えるからな。前の主人に怪
我をさせて出戻ったんだろう?﹂
この程度の俺のセリフに涙目になってぷるぷるしている。メンタ
ルは余り強くないようだ。
﹁家事能力に関しては私めが保証いたします﹂
﹁ふうん。じゃあ体を見せてみろ。脱げ﹂
視線をいやらしく体に這わせながら言う。これなら確実に嫌われ
るだろう。もちろんこれは演技である。
案の定、さらに涙目になって脱ぐのを躊躇している。
﹁お客様⋮⋮﹂
実際のところ服はペラペラで脇やら足やらむき出しで、わざわざ
脱がす意味はほとんどない。
﹁わかったわかった。脱ぐのはいい。それでこいつはいくらだ?﹂
﹁○○ゴルドです﹂
サティより高い。
1721
﹁なに? それはちょっと高くないか?﹂
﹁ですが見た目も良いですし、仕事はできますので﹂
﹁出戻りで中古なんだろう? それに手を出せんなら見た目なんぞ
意味がないだろう。もう少し︱︱﹂
本人の前での値引き交渉。さぞかし気分が悪かろう。我ながら下
種だなあ。
俺としても普通に購入して仲良くしたいところだが、それでは目
的にそぐわないし、どうせこの娘には手は出せない。
結局それほど値引きはできなかったが、予算は問題ないし購入す
ることにした。仕事はちゃんとするようだし、見た目がいいのが気
に入った。触れないにしてもメイド服を着せて眺めるくらいはでき
るだろう。
﹁ま、その値段でよかろう。おい、お前。名前は?﹂
﹁ル、ルフトナです﹂
﹁よしルフトナ。与える仕事は大きい屋敷の家事全般だ。さっきも
言ったが広いからきつい。覚悟しておけよ?﹂
﹁よ、よろしくお願いします﹂
もちろん買われることが決まっても、全然嬉しそうじゃない。今
にも泣き出しそうだ。必要に迫られてやってみたが、金輪際こんな
ことはしたくないな。帰ったらやさしくしてやろう。
1722
すでに奴隷を購入したことがあるのは知らせてあるので、説明な
どは大幅に省略。もし上手くやっていけそうにないなら買い戻しを
するのも、サティの時に言われたのと同じである。
ギルドカードを見せお金を支払い、身柄の譲渡となった。
﹁ではここに血を一滴﹂
針を受け取り親指に。ルフトナの腕の奴隷紋に血を垂らす。ルフ
トナはすっかり諦めたような表情だ。夜の仕事はないなどと言った
所で、これはただの口約束。さっきの行いを見ていれば信用など皆
無だろう。俺も男性恐怖症が改善するならそのうち手を出せないだ
ろうかと、ちょっとは考えたのが正直なところだ。
加護は⋮⋮つかないか。
まあ当然だな。こんな嫌われた状態で加護がついたとしても、ス
キルなんか怖くて与えられない。
とにかく嫌われる演技はこれで終了である。
これを着てと用意してあった靴と服、下着や分厚いコートも含め
て一式、出して与える。サティを買った時と違い真冬だし、きちん
とした服が必要だ。少しでも好感度を戻すためのいい人キャンペー
ンでもある。
﹁俺は嫁がいるから君に手を出すつもりはないから安心していいし、
家に男は俺だけだから嫁について仕事をすれば問題ないだろう﹂
﹁は、はい。ご主人さま﹂
﹁家は広いから大変だろうけど、まあぼちぼちやってくれたらいい
から﹂
1723
俺の豹変に戸惑っているようだが、多少は安心したようだ。
だが連れて帰ろうとして気がついた。行きはフライだったのだが、
抱いて飛ぶのは無理そうだ。
いきなりゲートを見せるのも怖いし歩けばいいか。2,3時間く
らいだしな。
町を出て馬車が通りすぎるのを見て、マツカゼを出して俺はフラ
イでいいと気がついたが後の祭り。突然馬を調達してくるのも不自
然だ。
まあポツポツと話しながら歩くのも悪くない。ルフトナの事情も
聞けたし多少なりとも好感度を取り戻せただろう。
ルフトナはよくある、家が貧乏で売られたパターンだ。
貧乏と一言で言ってもこの世界だと生死に関わるレベルである。
家族揃って餓死するかどうかの瀬戸際で、止むに止まれず子供を売
る。
ルフトナの場合、家だけでなく同じ村に住む一族揃って仲良く共
倒れしそうな勢いだった。農家が生業で不作だとそんなこともある。
それで代表として売られてしまった。
まあ売られるほうも必ずしも不幸になるとは限らない。奴隷を買
えるくらい裕福な人間に貰われるから、少なくとも飢える心配はし
ないで済む。
﹁うちに来れば毎日お腹いっぱい食べられるよ﹂
奴隷商では食事はきちんと貰えるものの、あまりいいものは食べ
させてもらえないので、道中街道脇で休憩して餌付けもしてみるこ
とにした。常備してあるお弁当に果物だ。
﹁ご主人さまは魔法使いですか?﹂
1724
何もないところから現れたお弁当を見てルフトナは驚いたようだ。
さっきも服とかをアイテムボックスから出したのだがその時は気が
付かなかったらしい。
﹁うん。魔法使いで冒険者﹂
ほら、とギルドカードを出して、離れて座っているルフトナに見
えるように示す。なるべくなら離れていたいらしい。
﹁すごい、Bランク⋮⋮﹂
ルフトナの食事を眺めながら、我が家の事情も話す。一家全員冒
険者で最近家を建てた。冒険者稼業もあるので家事が回らなくてう
んうんかんぬん。
ルフトナを見ているとサティを思い出すな。歳も境遇も似てるし
サティなら仲良くできるだろう。
そんなこんなで相変わらず1m以内には絶対に近寄ろうともしな
いのだが、普通に話してくれるくらいにはなった。
そして歩くことしばし、村予定地に到着である。
途中ショートカットのため森を突っ切ったりそこそこ強行軍だっ
たのだが、速度を落とさなくてもちゃんとついてくるあたり体力が
あるのは本当なようだ。村が稼働し始めたらミヤガ方面への道を作
る計画なのだが、今のところメイン街道と村を繋げて人目を引くの
も嬉しくない。
﹁ここ⋮⋮ですか?﹂
疑問符が付くのも無理はない。今はまだ午前中で作業のエルフさ
1725
んも来ていない。
壁は真っ先に作ったのだが、門番はもちろん中にも人っ子ひとり
いないゴーストタウンである。伐採もまだ途中。作りかけの建物が
いくつか。
村人には農地のほうの伐採をやってもらってる。農地のほうが面
積が広いし、春までに確実に開拓を終わらせないと作物が作れない。
毎日見ていると気がつかないが、客観的に見ればちょっとしたホ
ラーの舞台だろうか? 夜に怖いのは間違いないのだが。
﹁新しい村でね。建設中なんだ。今は無人だけど昼くらいから作業
が始まるんだよ﹂
﹁はあ﹂
﹁あれが俺の家﹂
村の大通りを歩いているうちに見えてきた、丘の上の屋敷と塔を
指さす。
﹁ご主人さまは領主さまのご一族の方ですか?﹂
﹁俺が当主だよ。まあ見ての通り開拓し始めたばかりの村で、領民
もいないし領主なんて名乗れたもんじゃないけどね﹂ 村を抜け門の通用口から入り、家への階段を登る。
﹁おかえりなさい、マサル様!﹂
登り切る前にサティが迎えに出てきてくれた。サティに遅れてリ
リアが走ってきて飛びついてきた。
1726
﹁遅かったのじゃ!﹂
首にかじりついてそう言う。リリアはアレ以来、何かとベタベタ
するようになった。いい傾向である。
﹁うん、歩いて帰ってきたんだ。あとで説明するよ。ほら、この娘
が新しいメイドさん。名前はルフトナ﹂
﹁ほほう。嫁候補にはせんかったのか?﹂
リリアがルフトナを見ながら小声でささやく。
﹁ダメダメ。それも後で説明するよ。寒いし中に入ろう﹂
﹁おおそうじゃな。ルフトナとやら、我が家へようこそ。さっ、遠
慮せずに入ると良いぞ﹂
﹁エルフ!?﹂
その後も驚きの連続だったようだ。豪華な屋敷。紹介されたエル
フを含む5人の嫁。ティトスパトスは⋮⋮改めて考えるとどういう
位置づけなんだろう? なんとなく居着いて色々と働いてくれてる
のだが。
﹁私はティトスで、こちらがパトス。リリア様個人の付き人ですが、
家の中のことも手伝っております﹂
おお、そうだったのか。率先して仕事を手伝ってくれてるけど、
変わらずリリア個人の付き人ってことなのね。
1727
ちなみにティトスパトスは今は呼び捨てである。結構な年上のは
ずだが、主君リリアが呼び捨てて、自分らがさん付けはないだろう
と。
こうして新しいメイド、ルフトナちゃんを我が家に迎えたわけだ
が、この後は完全に俺の手から離れることになる。
第一印象の最悪さは簡単には払拭できなかったらしく俺のことは
ひどく苦手なままのようで、アンからはなるべく接触は控えるよう
にと通達された。
アフターフォローは女の子たちでやってくれるという。なんで買
う時あんなことやったんだって、加護の話抜きでは上手い言い訳も
なかなかできないし、俺が出向くよりいいだろう。
屋敷は広いから避けようと思えば滅多に出会うこともないし、俺
のほうは探知でいくらでも回避もできる。ちゃんと働いててくれれ
ばそれで文句はないから、無用な負担をかける気はない。
たまに遠くから見かけるくらいで、ルフトナちゃんは俺の見えな
いところで毎日元気に働いているという話だ。
ただ一つ、俺選定によるメイド服姿を滅多に拝めないことだけが
残念である。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ルフトナを迎えた翌日の夕方。エリーのゲートでこっそりシオリ
イの町に戻った。こちらにも加護が付きそうな人材が2名ほどいる
ので一度確認する必要がある。
ウィルに加護がついてたらどうしようかと思ったが、俺が地下室
に帰還した時は在宅で、メニューが開かないところをみると加護は
付いてないようだ。まあ付き合い自体は短いしな。
1728
というかまだ庭で犬小屋生活してんのか。というか無事に生きて
ることを喜ぶべきか。
とりあえずやつは無視でいいだろう。見つかると色々面倒くさそ
うだし。
エリーには先に帰ってもらってこっそりと家から抜け出す。司祭
様はこの時間はまだ神殿にいるはずだ。
本当なら軍曹殿にも会って最近の話を聞いてもらいたいところだ
が、教えた時の軍曹殿の反応が読めない。判断がつかない。味方に
なってくれれば心強いと思うが当分は保留だな。
すでにこれだけ沢山に知られているのに軍曹殿に黙ってるっての
が気になるのだが。
夕闇が迫る中、フードで顔を隠し気配を薄くしておけば、知り合
いがいてもまず気が付かないだろう。神殿の中はさすがに知り合い
だらけだから外で気配を殺して待つ。アンに聞いた勤務パターンが
変わってなければ、そのうち司祭様が出てくるはずだ。
﹁司祭様、お久しぶりです﹂
すっかり暗くなった頃、仕事を終えて出てきた司祭様に声をかけ
る。これ、まるでストーカーみたいだな。
﹁お、おお! マサル殿!﹂
﹁あ、今日はこっそりこっちに来てるのでお静かに﹂
内密で話があると言うと、近くの個室のある食堂に案内してくれ
た。
1729
﹁アンジェラは元気にやっておりますか?﹂
﹁ええ、もちろんです。そのことも含めて近況報告がてら、ちょっ
と話は長くなるんですが、まずは︱︱﹂
最初のクエストは無事終わったこと。このクエストに関してはア
ンが教えていた。
向こうに着いて一時的に住むための家を森の中に建てたこと。
そしてエルフの里の戦い。
﹁その話は聞き及んでおります。ですがその日のうちに戦いは終わ
ったとか﹂
転移での情報伝達があるので、ニュースが伝わるのは割合早い。
﹁戦いは本当にぎりぎりだったんです。エルフの里の救援をせよと
いうクエストが出まして︱︱﹂
陸王亀。陥落しそうなエルフの里。厳しい戦い。そして最後は救
援の冒険者の急襲で魔物が撤退。
その後、領主にならないかという話が出て、今はそのための開拓
を進めていること。
﹁おお、それは素晴らしいお話ですね﹂
﹁ここまでは近況報告で、今からする話に司祭様のご意見が聞きた
いと思いまして、今日は来たんです﹂
リリアの加護。新しいメイドさんに加護がつかなかったこと。ウ
ィルと司祭様に加護が付いてないかの確認。
1730
﹁なるほど、加護の条件ですか⋮⋮﹂
﹁はい。それでどうすれば加護持ちを増やせるだろうかと﹂
正直、奴隷がダメなら手詰まりである。空から落ちてきたり、タ
イミングよく盗賊に襲われている妙齢の女性などそうそういないの
だ。魔物に襲われているのを助けてみればウィルみたいな冒険者だ
し。
﹁奴隷を買うのは間違ってないと思います。奴隷化と親愛度は密接
な関係があると思うんですよ﹂
﹁つまり意地悪しないで普通に買えば、加護がつくと?﹂
﹁そこまで簡単でもないとは思いますが⋮⋮奴隷化というのはその
奴隷が主人に好意を持った状態であれば、結婚と非常に近しい心理
状態だと思うのです﹂
一生この人に尽くすという心理状態。ある種の依存。確かにサテ
ィは奴隷だった時も今も態度は変わってない。
﹁そうだとすれば私には加護は無理でしょうね。私の心の忠誠は神
と神殿、そして妻に向いております。どれほどマサル殿に敬意をも
っても、それだけに依存することはできそうもありません﹂
﹁恋愛感情が重要だとすれば、男には加護が無理だと?﹂
﹁ハードルは高くなるでしょうが、私のようにしがらみが多くなく
て、ウィル君のように大きな恩など受ければあるいは﹂
1731
やっぱりウィルは条件に合うのか⋮⋮
女性なら恋愛状態から肉体関係を結んでしまえば手っ取り早い。
男性なら相当に恩や敬意がなければ難しいだろう。
そして両性どちらにせよ若いほうがいい。余計なしがらみがない
から。
たとえば孤児院の子供をじっくりと可愛がってみれば加護が付く
かもしれない。
うん、まるで洗脳するみたいだな。それならここはいっそ新興宗
教でも起こして⋮⋮いや、使徒だってぶちまければいいのか。そし
て俺個人に信仰を集める。神託と俺の持つ絶大な力、それに加護の
実例は大変な説得力があるだろう。
エルフの時は功績を俺たち全員の手柄として分散した。もし俺が
もっと目立つように行動していたら、リリア以外のエルフの誰かに
も加護が生じただろうか? 今更後の祭であるが。
まあこの案はにっちもさっちもいかなかった時の最終手段だな。
﹁ありがとうございます、司祭様。色々と考えがまとまりました﹂
﹁マサル殿のお役に立てたようなら幸いです﹂
どうにかして俺に惚れる女性を捕まえる。
サティのように好意を持ってくれそうな奴隷を見つけて買う。
小さい頃から俺を尊敬するように仕込む。
ウィル。
使徒だとおおっぴらに宣伝する。
加護持ちを増やす案はこの5つくらいか。中でもやはり奴隷が手
っ取り早い。
1732
そしてウィルも。忘れかけてた矢先に存在感を増す。なんて面倒
なやつなんだ。
ちなみにイナゴの時に差し出された女性も条件に合うんじゃない
かと戻ってからみんなに聞いてみたんだが、何か下心でもあったの
か覚悟がなかったのか。真偽官のティリカを見るとあっさり退散し
てしまったそうである。まああれは直接助けたわけじゃないからね。
1733
120話 冬来たりなば春遠からじ ︻地図︼
俺、山野マサル︵23︶の朝は早い。
夜明け過ぎにはサティに起こされる。大抵は一家の中で一番遅く
起きるのは気にしないで頂きたい。早起きなのは確かなのだ。
サティとティリカ、アンは俺が起きる頃にはすでに家事や朝食作
りなどに取りかかっている。エリーやリリアのときは一緒に遅くま
で寝ていることもある。
サティが来た時、俺一人なら布団に引っ張りこんで朝のスキンシ
ップを取ったりもする。あくまでちょっとしたお触り程度。朝から
あまり時間をかけたり盛り上がっても処理に困る。アンに怒られる。
アンもたまに起こしに来て相手をしてくれることもある。二人っ
きりなら結構大胆だ。
休みにした日はそのまま布団で遅くまでまったりすることもある。
もちろん誰かと一緒にだ。それは一日の中で二番目くらいに幸せな
ひと時だ。
屋敷には大食堂と小食堂があって、小さいほうは3階の家族の生
活スペースに調理場とセットで設置されており、普段はそこで料理
が作られる。というか大食堂の出番はまだない。
家事の大部分はルフトナちゃんが引き受けてくれたのだが、料理
は自分たちでやっている。
俺が身支度を整えて食堂に行くとすっかり準備が整っており、朝
食を摂る。
本日のメニューは穀物や野菜、肉が豊富に入ったごった煮スープ
にサラダ、パン、果物。朝食のメニューは凝ったものは出ないが量
は豊富である。
1734
食べながらその日の予定の確認をする。
﹁村の方は予定通り進んでるわね﹂
エリーはオルバさんたちと村作りプロジェクトを担当している。
建設作業は俺とエルフさんとでやっているのだが、移住希望者の面
談や受け入れ作業がなかなか厄介な仕事のようだ。
普通に家や農地を購入できるだけの資金を持っている人は大丈夫
だ。希望を聞いて、あいてる場所を宛てがえばいい。自力で生活で
きるだろう。しかし移住希望者にはお金を持ってない人間も多い。
返済計画を立てさせたり、中には農業が初めてなんて人間もいる。
村を軌道に乗せるためには適切に面倒を見るか、あるいはこの段階
でお断りしなければならない。
商業施設も最低限必要だ。宿、食堂、雑貨屋。住人数から適切な
規模と数を配置する必要がある。
住民の予測数が変動すれば、それに基づいて建設計画の微調整も
しなければならない。
本来なら準備だけでも数年かかるようなプロジェクトを、春まで
になんとか形にしてしまおうとエリーは毎日忙しい。
俺も村作りを前倒しで進めるよう要請されている。
もっともこれに関してはエリーに責はない。本来なら小規模な村
の予定で余裕をもって春には間に合うはずだったのが、俺がちょっ
と張り切りすぎたのと、エルフの支援が噂になって移住希望者が急
増したのだ。
上質な農地。立派な壁のある村。建設にはエルフも関わっている
という。そして精霊の泉。
村作りの当初、水が問題となった。今農地を作ってる辺りは大丈
夫なのだが、村予定地の俺の家周辺は土地が少し高い位置にある。
1735
水を引くにしても土地を低く削るか、水車などで無理矢理揚水する
か。それとも井戸だけにするか。いっそ村の予定地を移動してしま
うか。
なければないなりに井戸だけでも暮らせるのだが、どうせなら快
適な方がいい。
助け舟はリリアから出された。
﹁里にいる水精霊にお願いすればよかろう。マサルの願いなら叶え
てくれるはずじゃ﹂
エルフの里の水源はすべて水精霊だそうである。精霊はたくさん
いるから、お願いすれば一体くらいは来てくれるだろうと。
で、さっそくエルフの里へ行き王様の許可をもらい、水精霊の集
まっている泉で呼びかけてみたところ、ワラワラと精霊が寄ってき
た。周囲が急に湿っぽくなる。
﹁もてもてじゃのう﹂
﹁これどうすんの?﹂
﹁どれか一体選べば良い﹂
選べと言われても、魔力の大きさくらいしか違いがわからないが
⋮⋮
それならと、集まった中で一際強い魔力を感じた精霊を指差して
みた。
間違いだった。それとも大正解だったと言おうか。きっと何も考
えずに選ぶ前に、少しでも相談すればよかったんだな。
俺の選択に反応し、即座に泉の水がこんもりと数メートルほど盛
1736
り上がり、選んだ水精霊がその巨大な全貌を現した。
リリアや王様の精霊なんて比較にならないほどの巨大さと魔力。
﹁え、なに? でかくないか?﹂
﹁お、おお⋮⋮なんと。これはもしや泉でも最古参の精霊ではない
か?﹂
何事かと付いて来たエルフたちも騒然としている。力のある精霊
は普段は泉の奥に潜んでいて、滅多に姿を見せないらしい。
﹁そんなの連れて行っちゃって大丈夫なの⋮⋮?﹂
﹁う、うむ。水精霊はたくさんいるから里の水に関しては大丈夫じ
ゃが、これ一体で里の水全部を供給できるほどの精霊じゃぞ﹂
﹁交換は⋮⋮﹂
﹁選んで承認された以上ダメじゃ。精霊を怒らすわけにもいかん﹂
直接精霊に包まれ、その嬉
巨大な水精霊はふわふわと漂ってきて俺に纏わりついた。水分で
体がびっしょりだ。だが寒くはない。
しそうな感情が伝わってくる。
いきなり大物が出てきてちょっとビビったが、別に悪いことでも
ないのか。
さっきみたいに普段は大人しくしてて目立ちもしないし、外敵に
対する防御も担ってくれるという。将来、もし村が巨大な都市にな
っても水には困らない。
精霊の作り出す清浄な水は、錬金術師がお金を出して買い求める
1737
ような高品質な水である。それが村や農地へと流されることとなっ
た。
エルフのことも泉のこともいずれバレるだろうと思って口止めも
しなかったのだが、考えていたより情報の拡散が早かったらしい。
まあ移住はただの引っ越しではない。終の棲家を選ぶのだ。情報
収集は熱心にもなるだろう。
こうして屋敷の横には精霊の泉が湧くようになり、その結果とし
て大幅に仕事が増えた。
﹁私は午後からお仕事﹂
﹁私とサティでティリカに付いて行くから、またマツカゼをお願い
ね﹂
ティリカは真偽官の仕事をパートタイムで始めた。周辺の村々へ
の出張真偽院である。
ミヤガの町の真偽官の依頼で、仕事の詳細は極秘。サティは護衛。
アンは護衛と神官のお仕事もついでにやるようだ。
ただの定期的な調査で危険はないとのことだが、もし後ろ暗いの
が紛れ込んでいればティリカが危険に晒される。それは職業上常に
ある危険で、護衛兼案内を真偽院でも用意してくれているのだが、
それだけだともちろん不安なのでこちらでも護衛を付けることにな
った。
俺は午後から村作りがある。だがマツカゼを付けておけば離れて
いても状況はわかる。移動も便利だし、本気で走ればそこら辺の魔
物からなら簡単に逃げられるだろう。
召喚獣は魔力供給の関係で、主からあまり距離が離れると長時間
の維持は無理なのだが、高レベル召喚師のティリカは人の召喚獣で
1738
も維持くらいなら問題ないようだ。俺はまだ出来ない。
ティリカは真偽院の協力を公式に取り付けた。もっとも真偽院に
は実働部隊はないから形式だけのことではあるが、それでも並の勢
力では名前を出すだけで脅しにはなる。
神殿も協力的だ。小なりとはいえ神官が領主の妻となるのだ。今
のところ神殿側にはメリットはないが、長期的視野に立てば積極的
に支援をする見返りは大きい。
まあどちらの勢力にしても今のところ具体的な協力は必要がない。
もし何かあった時のためのちょっとした保険だ。
﹁午前中は予定通り訓練だな﹂
午後は各自の用事をこなすのだが、午前中はだいたいみんなで行
動する。訓練、狩り、お休みの3日でローテーションを組んでいる。
加護持ちが簡単には増やせないとわかった以上、現メンバーの戦
力強化は喫緊の課題だ。
﹁うむ。今日こそ盾スキルを取得するのじゃ!﹂
訓練場はお屋敷の四階天守閣下層の、通称道場だ。槍をぶん回す
のでもなければ十分な高さと広さがある。
道場は板の間で剣術道場風に武器置き場などを配置。俺が神棚を
作って伊藤神の小さい像も手に入れて祭った。雰囲気作りのためだ
が、日本人なりに神さまへの敬意も多少はある。
﹁わはははは! 見よこのパワー! この技のキレ!﹂
﹁はい。素晴らしいです、リリア様﹂
1739
ティトスが相手をしながらリリアを褒め称える。
実際のところは盾も剣も、まだレベル1にも達していない。
あんまり甘やかすのもどうなの?と聞いてみたところ、当分は褒
めて伸ばす方針とのことである。リリアは魔法以外の訓練はあまり
やってこなかったようで、まずは体を動かすことに慣れさせようと
いうことらしい。
体力的に貧弱で当初は物理盾に批判的だったのが、レベルアップ
と肉体強化スキル取得により得たパワーに気をよくしたのか、リリ
アはずいぶん熱心に体力強化や近接戦闘の訓練に取り組んでいる。
剣と盾を持ちフルプレートアーマーを身に纏う姿は、ちょっとち
んまいが完全に盾役のスタイルだ。
リリアには特に仕事もないのでフルタイムで訓練をやっている。
前衛の訓練だけじゃなく魔法と精霊、そして家事。覚えるべきこと
は多い。
オルバさんやナーニアさんも訓練日にはやってくるようになった。
騎士エルフの二人もかなり強い。
特にティトスだ。道場ではサティと俺の次に腕がよく、とてもい
い練習相手になった。それどころかパトスと組んで二対一でやると
まったく勝てない。サティは何度か勝った。おかしい。俺も軍曹殿
との訓練でかなり強くなってるはずなのに⋮⋮
だが俺もサティに勝つ方法を考え出した。魔法ありでだが。
それを暇な時間を見つけて試すことにした。道場に二人だけで行
く。
﹁サティ、一本魔法ありで勝負しよう。もし俺に勝てたら何でも言
うことを聞くぞ﹂
俺が勝ったら何でも⋮⋮はいいか。サティは普段から何でも言う
1740
ことを聞いてくれる。
﹁やります!﹂
木剣に防具あり。軽くでも有効打が出れば勝ち。
﹁でも道場でですか?﹂
﹁うん。道場が壊れるような魔法は使わないから﹂
相対する。開始の合図を出しても、サティは警戒したのかすぐに
は近づいてはこない。
魔力を発動させる。それにサティが反応して動いた。
剣でのフェイント。サティがわずかに躊躇する。その一瞬の隙︱︱
︻隠密︼&︻短距離転移︼発動!
瞬時にサティの後ろに出現し、振り返りざま肩口に一本いれるこ
とに成功した。
﹁あ⋮⋮転移﹂
﹁そう。転移剣とでも名付けようかな。すごいだろ?﹂
﹁はい、すごいです! あ、でもなんでもが⋮⋮﹂
負けてしょんぼりしている。もしや勝って何かお願いするつもり
じゃったか。まあ普段ガチでやると俺は全然勝ててないしな。
﹁何をお願いするつもりだったの?﹂
﹁あの、二人でお買い物とか⋮⋮﹂
1741
二人っきりでデートっぽいことがしたかったのか。最近いつもみ
んなでだもんな。
﹁じゃあ俺が勝ったし、今度の休みはサティにお弁当作ってもらっ
て二人で出かけて、買い物の荷物持ちでもやってもらおうかな﹂
﹁は、はい、やります!﹂
だがこの転移剣。初見殺しなだけだったようだ。それともすぐに
対応するサティがすごいのだろうか?
習熟のため色々試すうちに勝率は徐々に下がり、最終的には三本
に一本勝てる程度に落ち着いた。
﹁来るとわかっていれば対応もできます﹂
とのことである。逆に言えば、この技を知っていても意表をつけ
ばそれなりに効果があるということだ。たとえば土とか水で煙幕を
張ってからとか、乱戦で使うとか。もちろん初見なら間違いなく必
殺だろう。
サティとも話して色々と使えそうな戦法を考案した。魔物相手に
ならこんな技はそうそう必要ないだろうが、手札は多いほうがいい。
﹁やっぱりマサル様はすごいです﹂
そうだろうそうだろ。
﹁結構汗かいたな。一緒にお風呂に入ろうか﹂
﹁はい!﹂
1742
俺の訓練と強化も順調だ。終わったあとはちょっとしたお楽しみ
もあるから訓練にも張り合いが出る。
アンは地道に訓練に励んでいる。アンに一番必要なのは実戦であ
る。だが普段の狩りは魔法ばかりで出番がない。
それではと魔物役にたいがを抜擢した。味方だと頼もしく可愛い
やつなんだが、敵に回ると恐ろしい。巨体から繰り出されるパワー
にネコ科の素早さ。戦力的にはオークキングに匹敵するんじゃない
だろうか?
実剣ならどうにかなるんだろうが、木剣ごときでは手がつけられ
ない。
俺たちもお相手をしてもらった。魔物を想定しての盾のいい修練
になった。
いい修練とはすなわち痛みを伴う訓練である。ぶちのめされる、
吹き飛ばされる。たいがはとても強い⋮⋮
エリーとティリカは戦闘訓練をすることもあれば、俺たちの訓練
の傍らで魔法の練習をしていることもある。
エリーは短剣。ティリカはムチをどこかから調達してきて練習し
ている。ビーストテイマーがよく使う武器だそうだ。たいがならご
まかす効果はあるだろうか?
奴隷も増えた。
ルフトナちゃんだけじゃもちろん奴隷化の効果がはっきりしない。
サティに加護がついたのは果たして奇跡だったのか?
1743
再び同じ奴隷商にやってきた。
﹁これはこれは。ルフトナは上手くやっておりましょうか?﹂
﹁うむ。妻にまかせているのだが、よく働いてくれると言っている﹂
﹁それは良うございました﹂
﹁今日は追加がほしい。条件は︱︱﹂
かわいくて夜の仕事も積極的なこと。もちろん家事スキルは必須
だ。
今回は五人、まとめて連れてきてくれた。どの娘も見た目は極上
だ。
それぞれと話をしてみて、一番積極的な娘を選んでみた。
﹁夜の仕事もがんばります! わたしは尽くすタイプですよ!﹂ 笑顔でそんなことを力説してくれる。
名前はタマラちゃん。イケそうだ。値段もかなりなものだった。
さすがにその場では加護は付かない。家に帰ってからゆっくり⋮
⋮そう思っていたのだが。
﹁ごめんなさい。演技でした! ほんとはすっごいイヤ。故郷の村
に恋人がいたんです﹂
真偽官を前にしてあっさりゲロった。確かに他に好きな人がいる
かどうかは聞かなかったけどさあ⋮⋮
恋人くんは貧乏農家の三男坊でタマラちゃんの1つ年下。甲斐性
1744
なし、発言力なし。恋人が売られるのも指を咥えてみてるしかなか
った。死ぬ覚悟でもなければ、駆け落ちができるような甘い世界じ
ゃないのだ。
故郷の村はそう遠くなかったので、出向いてこの恋人くんにも話
を聞いてみることにした。タマラには未練がある。タマラと同じと
ころで仕事を紹介するというとホイホイ村を出てきたので、家で庭
師として働かすことにした。タマラはもちろん家の中でメイドだ。
後日、アン主催で屋敷にて結婚の儀を行い、タマラとそいつは夫
婦になった。
給金はちゃんと出すし、お金が貯まったらタマラを買い戻させる
ことを決めた。二人は幸せそうである。感謝もされた。よく働いて
くれている。だが加護は付かない。
﹁これはこれは。タマラの具合はいかがでしょうか?﹂ ﹁うむ。なかなかの働き者だ。よくやってくれている﹂
﹁それは良うございました﹂
﹁今日も追加がほしい。条件は︱︱﹂ 三度目の正直である。これでダメなら一旦諦めよう。今日はティ
リカも連れてきている。
だが実際問題そんなにチョロいのなんてそうはいない。何人か候
補を連れてきてもらって個別に本音を聞いてみると、奴隷になった
のは悲しいし、初めて会うような人に抱かれるなんてまっぴらゴメ
ン。生きるために仕方なし。サティみたいに都合よく俺の治せる障
害持ちもいない。
1745
お金持ちで領主だと言うと食いついた娘もいたが、それで果たし
て加護が付くのだろうか?
しかし一人だけ、可能性のありそうな獣人の娘がいた。恋人など
もいない。俺に対して特に悪感情もない。戦士志望でもし納得でき
るくらい俺が強いなら喜んで嫁ぐと。
シラーちゃん18歳。長身でスレンダーな体型の、眼光鋭いケモ
ミミの美人さんである。
﹁俺はいまBランク。ランクアップの審査中でもうすぐAになる予
定だ﹂
シラーちゃんは買われることに同意した。夜のほうは俺の強さを
見てからということになった。
今度こそイケそうだ。値段もかなりな︱︱
︱︱中略︱︱
︱︱シラーはサティにすっかり心を奪われてしまった。小さくて
可愛いのにあの強さだ。俺より強いし、俺も大好きである。
俺に関しては確かに強かったから嫁になってもいいとのことであ
る。魔法の強さにはあまり興味がないようだ。本気を出して見せる
ことも教えることも支障がある。
嫁になってもいいというのは大変に嬉しい申し出だが、どの程度
好きか確認してみると、サティへの好意が10としたら俺は3、い
や2くらいかなとの正直な返答である。
こんな状態で嫁に迎えて加護は付くだろうか?
シラーは約束だからと体を差し出そうとしたが、奴隷化で加護が
付いてない、付く可能性も微妙な状態では躊躇われる。加護の可能
性があればこそ、奴隷購入も手を出すこともみんな受け入れてくれ
1746
たのだ。
たっぷり可愛がればもしかすれば懐いてくれるかもしれないが、
今のところは拒否もない変わりにやる気もないのが困るところだ。
とりあえずシラーの夜のお仕事は保留にした。奴隷相手にそんな
遠慮はおかしいと本人にも言われたが、仕事が出来る奴隷が欲しか
ったのであって、夜のほうはおまけにすぎないと言うとそれで納得
したようだった。まあ嫁が五人もいるしね?
シラーの扱いは時間をかけて仲良くなってから考えればいいだろ
う。もしかして俺に惚れてくれるかもしれないし。
シラーの剣の腕はレベル2か3くらいだろうか。そこそこ使えそ
うなので鍛えながら警備主任をやってもらうことにした。要は門番
である。
戦えるならなんで奴隷にと思ったが、決闘に負けたからという。
詳しくは教えてもらえなかった。弱い獣人などに価値はない。強く
なりたいとだけシラーは語った。
それには全く同意で出来れば加護を与えてやりたいところだが、
ならばこそ加護のことは隠しておいたほうが良さそうだ。ただ力の
ためだけに加護を求めれば、余計に加護から遠のくだろう。
使徒であることは信仰心があればプラスに働きそうだが、シラー
はそんなタイプじゃなさそうだ。
難しい。
﹁運命力が足りぬのじゃ。加護がついたのは出会うべくして出会っ
たものばかり。適当に買って加護をつけようなどと、ちゃんちゃら
おかしいということじゃな﹂
その通りかもしれない。何かフラグを建てるイベントが必要なん
1747
だな。
﹁ティトスもどうじゃ。加護が付けば素晴らしく強くなれるぞ?﹂
﹁リリア様にお子ができれば考えてもいいです。私の子供と乳兄弟
にしたいですね﹂
﹁ふうむ。パトスはダメじゃが、ティトスはそこそこマサルのこと
が好きじゃと思ったがの﹂
﹁そこそこですね。ですが話を聞く限り、加護はたぶん無理でしょ
う﹂
ティトスは姫様大好きだからなあ。でも子供ができれば考えても
いいのか。いい話を聞けた。
﹁ま、奴隷の線はこれで当分なしだな﹂
諦めたわけじゃないが三連敗となると戦略を変えざるを得ない。
まもなく村への移住第一陣がやってきてさらに忙しくなるというこ
ともある。
暖かくなればまずは王都へと向かい、帝国、そしてエリーの実家
へ行き、ご家族に挨拶する予定である。村作りはまだまだ終わりそ
うもないが、それはあくまでも二の次だ。
その春は、もう間もなくやってくる。
1748
120話 冬来たりなば春遠からじ ︻地図︼︵後書き︶
長かったエルフ編もあと一話で終了。
その次は王都方面へと出発になります。
<i133023|8209>
位置関係の参考に
マサルの村の周辺図は12月25日発売の5巻につく予定です
1749
121話 予兆
﹁マサルのアイテムボックスはずるい﹂
一戦終えて部屋備え付けのお風呂で汗を流し、タオルをアイテム
ボックスから取り出したところで、突然エリーが言い出した。ずい
ぶんと懐かしいセリフだ。
﹁なんだよ、今更⋮⋮﹂
体を拭きあって再び二人で布団に潜り込む。
﹁いま見てて気がついたんだけど、やっぱり普通のアイテムボック
スとは違うわね﹂
﹁そりゃそうだ﹂
﹁ちょっと何か出してみて﹂
プリンを取り出して差し出してみる。これで機嫌を直せ。
﹁違うわよ! マサルがアイテムボックスを使うときの魔力の流れ
を見たかったの!﹂
そう言いながらもプリンはしっかりと受け取り、食べ始める。カ
ロリー消費して小腹が減ったのだろう。食べ終わったらもう一回ど
うだろうか?
とりあえず要望に答えてアイテムボックスの出し入れをしてみせ
1750
る。
﹁魔力の流れも違うし、場所も違うのよね。なんて言うのか、もっ
と遠い?﹂
自分のアイテムボックスも使ってみながらそんなことを言う。
﹁その違いがわかれば、マサルのアイテムボックスも再現できるん
じゃないかしら?﹂
﹁ふーん。再現できれば確かにすごいだろうけど﹂
空間魔法のレベル5の二つの魔法。空間把握と空間操作の使用法
はもっと柔軟なんじゃないだろうか。もっと発展性があるんじゃな
いだろうかとエリーは練習していて考えたという。
﹁つまりね、今の状態は火魔法で言えば火が出せるだけという段階
なの。魔法を覚えて魔力の操作を覚えただけなのよ﹂
レベル5の魔法がこんなにしょぼくていいはずがない! エリー
はそう断言する。
﹁空間を切るってすごいと思うけどな﹂
﹁⋮⋮その空間ってそもそも何なのかしら?﹂
難しい質問だ。俺のいた世界でも空間とは何かという問いに、明
確な解答はなかったように思う。でも考え方みたいなのは説明でき
るだろうか。
1751
﹁そうだな。俺の理解してる範囲でよければ説明してみるが﹂
﹁それでいいわ﹂
﹁まずは一次元というものを考える。一つの線だけだから一次元﹂
ノートを取り出し、線を引いてみせる。
﹁これが一次元。二次元はこう。線と違って縦と横がある﹂
最初の線に追加して四角を描く。
﹁ふんふん﹂
﹁そしてこの二次元が積み重なって三次元になる。縦と横と高さで
三つの次元。これが三次元空間だ﹂
アイテムボックスからタオルの詰まった四角い木箱を取り出して
見せてやる。
﹁うん、わかるわ﹂
﹁そしてここに時間が加わる。過去から未来へと進む時間の流れが
四次元目となる。これが俺たちの生きている四次元の世界だな﹂
﹁なんとなく⋮⋮わかるかしら?﹂
﹁じゃあ二次元に話を戻そう。たとえばこの紙の上、二次元に暮ら
す人がいたとする。ちょっと想像してみてくれ﹂
1752
四角の中に○を描く。
﹁この丸い二次元人には俺たちは見えない。世界の外にいるからだ。
だがこうやって指を置いてみると、俺たちの一部が見える。そして
指を上げて違う地点に移動すると、二次元人にとってはまるで転移
したように見えるわけだ﹂
﹁み⋮⋮見えるかしら。うん、そう見えるわね。つまりこれは転移
魔法ね?﹂
﹁そう。俺たちのいる四次元に対しての五次元があって、空間魔法
はそれを操作してるんじゃないかと思うんだ﹂
二次元人の書いてあるノートを破く。
﹁いま空間を切り裂いた。二次元人には切れたという事実は見える
が、本当は何が起こってるか理解できない。なぜなら二次元人には
自分が住んでるノートの外の世界も俺たちのことも見えないからだ﹂
﹁私たちも空間を理解することはできない⋮⋮?﹂
﹁真に理解することはできないだろうけど、考えることはできる。
それを操作することも魔法で出来る﹂
﹁⋮⋮﹂
エリーはしばらく考えた末に、ベッドに身を起こし盛んに魔力を
操作しだした。空間を切ってるわけじゃなさそうだ。
それよりも裸で真剣な顔のエリーを見てるとムラムラするんだが。
1753
﹁それは?﹂
﹁空間を掴んでるの﹂
なるほどわからん。魔力で何かしてるのはわかるが、俺には空間
自体を感じる力はない。
﹁マサル、もう一回アイテムボックスを使ってみて﹂
要望通りにアイテムボックスから物を取り出す。
﹁⋮⋮ちょっとわかってきたわ。ありがとう、マサル﹂
﹁どういたしまして﹂
この話は物理学とかそんな話じゃ全然なくて、アニメとか漫画で
得た知識だ。宇宙船がワープする時の理論がこんな感じなんだよな。
だから正直俺の解説がどこまで正解なのかまったく自信がないの
だが、それをここで言ってもエリーが混乱するだけだろう。伊藤神
なら本当のところを知ってるだろうか? どうせ聞いても返事はな
いのだろうけど。
﹁もし空間が何かを理解できたら是非とも俺に教えてくれ﹂
﹁ええ。でもマサルは意外なことを知ってるわね? 他にもどんな
面白そうなことを知ってるのかしら?﹂
﹁ん、そうだなあ。この世界のモノは原子という小さい物質から︱
︱﹂
1754
がんばって説明したのだが、エリーのやつ途中で寝やがった。
体力を消耗して風呂を浴びて布団でほっこりして、もう限界だっ
たのだろう。
ここのところの狩りはリリアのレベル上げも兼ね、ヤマノス村︵
仮︶周辺地域の討伐をしている。だが虱潰しにやるとなると、三日
ごとで半日だけの狩りでは範囲が広くてなかなか進まない。片付い
たら魔境へ行こうと思っていたのに当分は無理そうだ。
獲物や魔物は冬季なのでそう多くない。伯爵が定期的に掃討もし
ているらしい。
一旦中止して魔境にとも思ったがティトスに反対された。魔境は
かなり危なくて、エルフも森の外までは滅多に遠征しないらしい。
まあリリアの練度にまだ不安があるから、そうゴリゴリやる必要も
ないのだろうか。
そして領主がAランクの冒険者で周辺の討伐にも熱心だという話
もどこからか広まり、また移住希望が増えたとエリーが喜んでいた。
もし無制限に受け入れれば、すぐにでも町と呼べる規模になるん
じゃないだろうか⋮⋮
マツカゼ
この狩りで俺にも召喚獣が増えた。レベル3だけ馬を召喚して他
は保留にしてたのだが、狩りで倒した獲物を召喚獣に仕立ててみた
のだ。
レベル1が手のひらに乗るくらいの小型のフクロウ。偵察と連絡
用。ティリカと召喚獣を交換すれば双方向で連絡を取り合える。名
前はフク。フクロウの英語名がわからなかった。
レベル2が黒豹。たいがよりも一回り小さく、能力的にも下位互
換な感じだろうか。名前はクロ。黒いし。
二匹とも俺自ら殺したのだが、特に問題なく使役できている。殺
1755
した上で奴隷化とかかなり申し訳ない感じがするのだが、弱肉強食
が異世界の習い。気にすることはないとティリカは言う。
二匹とも夜に強いので一日交代で屋敷内の夜警を担当してもらっ
ている。寝てても勝手に見まわってくれて、敵や不審者が来ると連
絡が来る。そういう仕組みであるが、今のところは警報は皆無であ
る。近場の討伐はしてるし、村人の移住も始まった。高い壁と警備
担当のシラーとエルフさんたちが我が家をしっかり守っている。
村が稼働を始めてすぐ、エルフ側から警備担当として一部隊が派
遣されてきた。その人たちは我が家の敷地の中、壁際に住居を作っ
て住んでもらっている。
オルバさんたちもこっちに越してきた。これは敷地の外、門の近
くに立派な邸宅を建ててあげた。村長だしね。
村での俺の仕事はだいぶ少なくなった。魔力消費の多い作業はだ
いたい終わったので、あとは時々の農地作成くらい。村の方はエル
フさんが引き受けてくれているのだ。ありがたい。
村が小さいとは、もはやどうあっても言えなくなってきた。村の
外壁は短期間に二度拡張をした。アンの要望で将来神殿を作るため
の場所を確保した。冒険者ギルドと商業ギルドも支部を作ることを
打診してきた。伯爵も一度挨拶に来た。部下はちょくちょく見に来
ていたのだが、本人の目でも確かめたかったようだ。
だけど来るなら来ると、連絡くらい寄越すべきだろう。
ちょうど俺のゲートに便乗して遊びに来てたエルフ王の一行とか
ち合ってしまった。伯爵を屋敷に招かないわけにはいかないし、王
様にすぐに帰れとも言えない。
伯爵が来たと言うと王様は一緒に会おうと言ってきた。出来れば
隠れるというか、伯爵の見えないところに居てほしかったのだが、
まあ事情はわかってるし変なことも言うまい⋮⋮
1756
出迎えた伯爵は村の様子を見に来てやったと上から目線である。
まあどっからみても伯爵のほうが上だしいいんだが。そしてお茶で
もいかがかと、王様の待つ応接間に案内した。
案内しながらも村や農地の作りがどうとか、こんな規模の村が維
持ができるのとか、実に小うるさい。時々立ち止まってはエルフの
持ってきた家具や装飾品をチェックしていたが、それについては何
も言わなかった。姫様に相応しいようにエルフさん達が選び抜いた
最高級品だ。一回行った伯爵の家より確実に豪華である。羨ましか
ろう?
そして王様を見た時の顔も見ものだった。エルフが関わってるの
は知っていただろうが、まさか王様がいるとは思わないだろう。
お茶会が始まってすぐ、伯爵は王様の機嫌を損ねた。伯爵が娘婿
を下に見ているのが気にいらなかったようだ。それでちょっとした
圧力をかけてくれた。脅しってほどじゃなかったが、伯爵は冷や汗
をかいていた。そこを俺がとりなす。まあまあここはそれくらいで。
ふむ、マサル殿がそういうのなら。
何この茶番と思ったが、伯爵は助かったという顔だ。その後は少
しだけ当たり障りない話をして帰っていった。
これで伯爵は当分ここには来ないだろうし、ちょっかいもかけて
こないだろう。お義父さんありがとうございます。
我が家の新しいメンツは落ち着くところに落ち着いた。
タマラは新婚生活が楽しく幸せそうだ。
ルフトナは俺が無害だと確信できたのか、近くには絶対に来ない
ものの、普通に姿は見せるようになった。タマラやシラーとは仲良
くやってるようだ。俺のことは嫁からフォローされていたのだが、
同期の奴隷からの話だとすんなりと信じられたらしい。
1757
シラーは俺自ら鍛えている。軍曹式スパルタ訓練である。
そのせいか最初の頃はサティに目を奪われていたのだが、俺も案
外強いようだと評価を見なおしたようだ。まあサティと比べて弱く
見えたのは仕方がない。
シラーはクロを気に入ったようだ。家人は最初はたいがやクロに
ビビッたが、すぐに慣れた。でかくても猫は猫。甘える姿はとても
可愛いのだ。
見回りと称してクロとシラーで敷地の中だけだが散歩をしたり、
夜間の警備をしたりする。
召喚獣だということはエルフたちは知っているが、他の者には俺
たちの変わったペットということになっている。
今日もシラーはクロを借りにやって来る。
﹁主殿、クロを貸してくれ﹂
敬語が苦手だそうなので、口調は普段のままで許している。俺も
そのほうがいい。
﹁うん、すぐにそっちにやるから玄関で待ってろ﹂
﹁ありがとう!﹂
そして警備や見回りをしながらクロに向かって何かと話すのだ。
普段はキリリとしたシラーだが、クロと一緒だと油断した姿を見せ
る。奴隷になった境遇だ。不幸だと感じてないわけがないのだが、
それは普段はまったく見せずクロにだけ本音を話す。俺への愚痴や
ちょっとだけ好意的な感想。サティさんは強くてカッコイイな。全
部俺に筒抜けである。すぐに感覚を遮断して聞かないようにすれば
よかったんだが、気になるじゃないか⋮⋮
もはや全部聞いてましたとはシラーには言えない。ほんとどうし
1758
ようか?
みんなに相談してみたのだが、俺とシラーの間のこと。自分で解
決しろと言われてしまった。加護のことも関わってくるとなると、
みんなも手を出しかねるのだろう。
俺はどうしたいか? そのうち手を出したい。シラーは美人だし
いい娘だ。まだ短期間だが面倒を見て鍛えてやって、愛着がわかな
いわけがない。
シラーも満更じゃないようだし、焦らないでじっくり攻略しよう
と思う。
砦のギルドの訓練場にも一度だけ顔を出してみた。もちろんミヤ
ガにも冒険者ギルドはあるのだが、あそこは領軍が強いので冒険者
の出番は少なく、規模は砦のほうが大きくなっている。
サティが一度どんな様子か見たいと言ったので、獲物を納品した
後、付き合うことにしたのだ。
腕のいい教官がいれば教えを乞うのもいいかもしれない。
サティと俺だけである。リリアは騒ぎになりそうでまずい。エリ
ーは興味がないし忙しいので帰った。ティリカとアンはお仕事関係
でミヤガに行った。
この時期、俺たちのことを知ってる者はさほど多くなかった。狩
りの報告のため何度も足を運んでいるが、やりとりは全部個室。冒
険者が立ち上げた新しい村の領主と俺のことは、まだ結びついてい
なかったようだ。
﹁野ウサギじゃないか!﹂
訓練場に来るなり声をかけられた。
1759
﹁お、おお?﹂
久しぶりの野ウサギ呼びに狼狽えてしまう。
声をかけられたほうを見るとどこかで見た顔。たぶんシオリイの
町の冒険者だ。なんでこんなところでばったり会うのか。
﹁あー、お久しぶりです、ええと﹂
﹁パルガだ。俺もお前の名前は知らんしお互い様だな﹂
﹁そですね。俺はマサル、こっちはサティ﹂
今後は野ウサギはなしにしていただきたい。
﹁ほう。やっとパーティを組んだのか?﹂
サティを知らないとなると、かなり前にシオリイの町を離れたん
だな。俺が異世界に来てすぐ、野ウサギと死闘をしていた、まだ全
然雑魚だった頃か。
﹁あー、パーティメンバー兼嫁ですね﹂
﹁嫁か、そいつはいいな。で、今日は訓練か? いつこっちにきた
?﹂
﹁ええ。ちょっと前に商隊の護衛で来まして、冬の間はこっちでゆ
っくりと﹂
話してるうちにパルガの知り合いが何人か集まってきた。
1760
パルガがこいつは野ウサギってアダ名で、魔法も使えるなかなか
腕のいい、なんて説明している。
野ウサギの話はマジでやめてくれませんか⋮⋮
シオリイの町では俺の実力はだいぶ知られて、野ウサギ呼ばわり
もほとんどなくなっているはずだ。それをこんな場所で呼び覚ます
とは。
﹁教官に紹介してやろう。今のランクはDあたりか?﹂
﹁Bランクで先日審査してもらって⋮⋮﹂
﹁もうBか! 魔法使いだとランクアップが恐ろしく早いな﹂
﹁え、いや﹂
Aになったと言う前に教官を呼びに行ってしまった。まあいいか。
低めに考えておいてもらったほうがいい。
すぐにパルガにここで一番の教官だという人を紹介される。さす
がにギルド教官だけあって腕が立ちそうだ。立ち居振る舞いに隙が
ない。
﹁マグシルだ。シオリイから来たらしいな。ヴォークト殿は息災か
な?﹂
俺たちのことは教官にも伝わってないようだ。
﹁元気も元気。ここに来る前もたっぷりお相手してもらいましたよ﹂
﹁それはよかった。シオリイもゴルバス砦で魔物の大きな動きがあ
1761
ったそうだが﹂
﹁はい。俺も参加しました。主に裏方ですが﹂
もしよければあとで詳しい話を聞きたいという。
﹁マサルはエルフの里の戦いは知ってるか?﹂
知っているというか参加しました。
﹁ええ﹂
﹁俺はそれに参加してな。ほら、これ﹂
と綺麗な装飾のついた剣を見せてくれる。エルフ製か。というこ
とはあの救援隊に参加してたのか。それなら感謝しないとな。
﹁おおー﹂
家に帰ればたくさんあるが、一応驚いておく。
﹁そのことも後で聞かせてやってもいいぞ!﹂
そのあたりの話もティトスから何度も聞いてるよ。
でも冒険者視点の話なら、ちょっと興味はあるな。
﹁よし、とりあえず貴様らの実力を見てやろう。どちらからだ?﹂
﹁じゃあサティからやるか﹂
1762
﹁はい!﹂
サティはマグシル教官を圧倒した。
まあそうだよな。軍曹殿レベルの教官がそうそういてはたまらな
い。
そしてそれを見た冒険者が挑戦者として名乗りを上げ︱︱
シオリイの町と大体同じ展開だな。こんなことになるんじゃない
かと思っていたが。
サティは華麗な動きで挑戦者を次々と下していく。サティは一種
独特の舞うような美しい動きを見せるようになった。俺は力任せに
がしがしやるタイプだ。シラーもサティに惚れるだろうさ。
いまは冬季休暇中なので、訓練に来ている冒険者は多く、対戦待
ちの行列が出来た。見物人も多い。
俺はほったらかしだが、静かなほうがいい。
﹁お前の嫁すっげえなあ⋮⋮﹂
﹁ええ、最強ですよ。それよりもほら、エルフの里の話を﹂
﹁お、そうだな。まずはどこから話そうか﹂
しばらくパルガの話を聞いているうちに、サティが戻ってきた。
対戦希望者を全員倒してきたようだ。とても満足気な顔をしている。
﹁楽しかったか?﹂
﹁はい、すごく!﹂
いい汗をかけたようだ。
1763
﹁それにしてもサティちゃんはつええな。驚いたよ﹂
﹁ありがとうございます。でもマサル様はもっと強いですよ!﹂
パルガの言葉に答えて、サティが力強く宣言する。大勢がいる前
で。
﹁なん⋮⋮だと⋮⋮!?﹂
﹁この娘より強いって一体﹂
﹁手合わせを﹂
﹁おいやめとけ、死ぬぞ!?﹂
俺はもうここには来ないぞ。絶対だ。
サティの気は済んだようなので、すぐにマグシル教官とパルガと
その知り合い何人かとで食事に行くことにした。
そこでゴルバス砦の防衛戦の話や、俺がAランクになったことな
んかも話した。
﹁Aってマジかよ。あの時はまだ登録したばかりの新人だったろう
? いくら魔法使いでも﹂
﹁運がよかったんですよ。立て続けに大きな戦いに巻き込まれて﹂
悪かったというべきかもしれない。それともリリアが言うように、
運命なのだろうか。
﹁それにしたって⋮⋮﹂
1764
パルガは驚いていたが、教官はAランクの審査があった話くらい
は聞いていたようだ。
別に隠してるわけじゃないし、今日は目立ってしまったのですぐ
にバレるだろうと領主の話なんかもその場で話した。
そしてエルフの里の戦いに俺が参加していたことも。礼はちゃん
と言わないとな。
﹁別ルートでエルフの里に先乗りしてたのはマサルだったか。ティ
トスさんが何かそんなことを言ってたが、詳しいことは聞けなかっ
たんだ﹂
うまくごまかしてくれていたようだ。
﹁あの時の救援はほんと助かりましたよ﹂
﹁ま、気にするな。エルフから礼はたっぷりもらったからな。それ
よりも先週、殺しがあった話は知ってるか?﹂
﹁なんですそれ?﹂
﹁俺と一緒にエルフの救援に行ったSランクの火メイジが殺された
んだ。真偽官も出てきて犯人を探したんだが捕まらなくてな﹂
外だと犯罪はそれなりにあるが、町中で殺しまでとは珍しい。大
抵はすぐに捕まり、真偽官が罪を暴き出す。
﹁それで最後に一緒にいたのが、色が黒くて胸の大きいえらい美人
だったらしくて、そいつが︱︱﹂
話に聞いたダークエルフの特徴。殺された火メイジ。
1765
魔族が意趣返しに来たのか⋮⋮あり得る。
﹁髪の色? そこまではわからんな﹂
髪は簡単に染められるから確認できてもどのみち意味がないか。
パルガの話を聞きながら考えを巡らす。俺はここまで目立たない
ようにしてきた。魔法も火魔法を使えることは隠してないが、ここ
らへんでは土メイジとして知られている。調べても俺は候補から外
れるだろう。
エルフの里の戦いに参加した火メイジが、俺と間違えられて狙わ
れ殺された。
俺にも危険が及ぶだろうか? 犠牲者が一人だけということは狙
いは陸王亀を倒し、メテオで戦場を荒らした俺個人だろう。死んだ
火メイジには悪いがこれで終わりの可能性が高い。そもそも狙いが
俺だという確証もない。
エルフには注意喚起をしておこう。もうどうしようもなく手遅れ
だろうが、天敵のエルフに感づかれたとなると、件のダークエルフ
も再びこの地に戻ろうとはしないだろう。マルティンにも話を聞く
べきだな。
ここでした話は問題ないはず。単なる護衛として戦ったというだ
けで、具体的な活躍の話はほとんどしていない。エルフにもらった
弓も見せたりもした。ダークエルフに知られたところで、他の10
0人はいる救援の冒険者と区別は付かないだろう。
﹁ナイフで一刺しだったそうだぜ。Sランクと言っても死ぬときは
あっけないもんだなあ、ほんと﹂
そう。死ぬときは実にあっけないものなのだ。
やはり王都へは予定通り出発しよう。念のため、しばらくはこの
1766
地を離れたほうがいい。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ﹁例の火メイジは始末したぞ﹂
魔物にそう告げると、グッ、グッグググゥというくぐもった唸り
声で返事があった。
間違いないのかだって? 王種とはいえ、この私に物を頼んでお
いてこの態度!
だが怒りは押し殺して答えた。
﹁確実とは言えん。怪しまれたから確かめる前に殺してしまったか
らな。それもこれも貴様らが詳しい特徴を伝えんからだ。見つけ出
すのにえらく手間がかかった﹂
再び唸り声。
﹁人族は区別がつかない? まあいい。Sランクの火メイジなんて
間違えるほど何人もいないだろうさ﹂
ハーピーがあそこまで落とされなければ、こいつらのあやふやな
証言に頼らずとも済んだのだ。どいつもこいつも仲間がやられたか
らと簡単に突っ込みおって。お陰で偵察も報告も断片的だ。
放置しておけば今後我らにとって大きな災いになるとしつこく言
うから、あの人間の火メイジを危険を犯し手間をかけて始末してみ
たが、こいつが騒ぐ程度の魔法、エルフなら使える者はいくらでも
ヒューマン
いるのだ。陸王亀を倒したのも、戦場を幾度も焼き払ったメテオも、
すべてがたった一人の人間の仕業だったなどと、荒唐無稽にもほど
1767
がある。
だがまあその話の真偽はもはやどうでもいい。そいつが死んだ今
となっては、我らに災いをもたらすことなど金輪際ないのだから。
短い唸り声。
﹁そもそもこの失態はイナゴを使った後方撹乱が失敗したせいだ。
陸王亀の実用テストは上手くいったし、あそこで冒険者が来なけれ
ばエルフは倒せていたのだ!﹂
イナゴに関してはただの責任転嫁だ。敗因はエルフの戦力の読み
違え。やつらも安穏と年月を過ごしたわけではないということなの
だろう。
しかしイナゴの方も少し調べてみたが全く騒ぎにも噂にもなって
いなかったのはどういうことなのか。間違いなく大規模な群れを人
族の村の近くに誘導できたと報告があった。もっと監視を続けさせ
るべきだった? だが元々効果のほどは疑問だったし、結局その通
りの使えない策だったということか。確かめるにも余計な監視や調
査をするのに使える手駒が少なすぎる。
抗議するような唸り。
﹁わかったわかった。望み通り、貴様らを焼きつくした火メイジは
始末した。氏族の生き残りも保護してやる。二〇年もすればまた戦
える数が揃うだろう?﹂
氏族の八割をすり潰されたのは哀れだが同情はできない。成功す
ればそれに見合うだけの対価はあったし、どうせまたすぐに増える
のだ。
大きく一声唸ると、その通常より巨大なオークキング、王種、オ
1768
ークロードとも呼ばれる魔物は、火傷で醜く爛れた体を起こした。
﹁ふうん。ま、復讐がしたいなら勝手にしな。私は警戒されるだろ
うし、こっち方面での仕事はもう終わりだ﹂
この辺りにはエルフが多すぎる。これ以上見つかる危険は冒せな
い。他の場所での仕事も山積みだ。アンチマジックシェルのテスト
を兼ねていたとはいえ、私的な復讐にいつまでも拘泥してはいられ
ない。
魔物が立ち去るのを見送った後、静かに呟く。
﹁だが待っていろ﹂
ダークエルフ
エルフどもには必ず我が一族の死に対する報いを受けてもらう。
その時は今回使った田舎氏族など足元にも及ばない、強大な列強氏
族をもって相手をしてやろう。
せいぜい今のうちに余生を楽しんでおくがいい。終わりはもうす
ぐだ︱︱
▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ 1769
122話 シオリイの町への帰還
村での仕事は山積みであったが、大きなトラブルもなく住民は暮
らし始め、農地には種が蒔かれた。あとはオルバさんが村長として
受け持ってくれるし、エルフの支援もある。
エルフはエルフで多少問題となったが、メリットも大きかった。
村への移住が始まり、利便性を考えて街道からの道を整備したと
ころ、見物人が押し寄せた。たまにしかエルフを見ることができな
い砦と違って、警備担当のエルフは生で確実に見られるし、エルフ
の作った変わった建物︵俺の城︶や、精霊の泉から流れだすエルフ
の美味しい水がタダで飲める清流もある。
どこの町でもある入場料は小さな村で取ることなどまずないのだ
が、さすがに人が多すぎると入場制限のためにお金を徴収すること
にした。
冒険者ギルドは俺の村には用はないはずだから有料。商売に来る
商業ギルド員からはお金を取らないことにした。
ちょっと高めに設定したので、もったいないからと数日滞在する
泊まりの客も多くなり、宿や食堂が足りなくなり急遽増設した。
そして商人も増えた。めっちゃ増えた。ギルド員本人と二人まで
の助手を認めたところ、商売をするという名目で入村料を浮かそう
というのだろう。観光目当ての普段行商などしないような商人も何
かしら商品は持ってきて、ついでとはいえそこは商人、きちんと商
売をしていく。商業ギルド員であるのが条件だから、人数も一般客
に比べて少ないし入村料の取りっぱぐれも気にするほどでもない。
商売をしてくれるならと場所を用意したところ、数日でちょっと
した規模の青空市が出来上がり、それがさらに客寄せになる。普通
に商売希望の商人も増える。移住希望も増える。
1770
村を大きめに作っておいてよかったとこの時はマジで思った。
とにかくエルフのお陰で村の収支は出発時点でも、入村料だけで
大幅なプラスになった。開設したばかりの村ではあり得ない話であ
る。
﹁色々心配だけど毎日戻れるし、まあ大丈夫だろう﹂
基本的にゲートで戻って家で寝る予定である。公式にはいないこ
とになっているので姿は見せられないし、居残り組にもそのあたり
は徹底して秘匿してもらう。ゲートは当分極秘だ。
なるべく目立つようなことは避けるべきだとエリーも同意した。
俺が伝えたダークエルフの暗躍らしき話は衝撃的だったのだ。 特にどらご召喚あたりは絶対バレちゃいけない。
﹁ではみんな、留守は頼んだ﹂
玄関ホールには家人やエルフ部隊、オルバナーニアさんらが勢揃
いしているが、一緒に行くのはもちろんパーティメンバーのみ。他
はお留守番である。
﹁はい、お気をつけて﹂
ティトスパトスは留守番に抵抗したのだが、これは修行の旅だと
リリアが突っ張った。ただし王都に着いたらみんなも王都へ連れて
行く予定である。王都ではお祭りが始まるからね。
﹁﹁いってらっしゃいませ﹂﹂
﹁よし、出発!﹂
1771
︻ゲート︼が発動し、シオリイの町の我が家の地下室に到着。こ
の間実にゼロ秒。リリアの最初の旅はこれにて終了である。
シオリイには二日間滞在して、三日目に王都へと出発する。王都
へはリリアのフライでひとっ飛び。おそらく二日あれば王都に着き、
そうするとちょうどお祭りの前日に到着することになる。お祭りは
一〇日間もあるんだそうだ。
﹁さすがに埃っぽい。まずは掃除だね﹂
アンの指揮のもと、まずは全員で掃除だ。とはいえ基本的には浄
化をかけて終わりだ。長居するならきちんとした掃除も必要だが、
今回は二日間だし寝るのも村の屋敷だ。簡単に済ませる。
俺も担当の風呂とトイレを浄化して、二日分の食品や生活雑貨、
みんなの荷物を適当に出して五分もかからずお仕事は終わりだ。
庭を探ると反応がある。こんな時間にいるとはウィルは今日は休
みか。
ウィルに声をかけてくると言って庭に出た。
﹁兄貴! 戻ってきたんすか!﹂
﹁二日間だけな。すぐに王都のお祭りに行くんだよ﹂
﹁はー、いいっすねえ﹂
﹁お前は今日は休みか?﹂
﹁それがね、メンバーの一人が怪我しちゃって。ちょうどいいから
しばらく休暇にしようってことになったんすよ。それであいつら俺
を置いて王都に行ったんす﹂
1772
﹁お前も一緒に行きゃいいじゃん﹂
﹁お金が⋮⋮﹂
そりゃ馬車だ宿だと何かと金はかかるだろうな。俺がやった金は
さすがにもう残ってないだろう。
聞いてみると装備を揃えつつ生活費くらいは稼げているが、なか
なか貯金まではできないという。前回の討伐依頼はベテランパーテ
ィと合同で危険も少なめで報酬もよかったのだが、怪我人が出て治
療費のために儲けが目減り。うまくいかないものである。
まあ真面目にやってるようで結構なことだ。
﹁お祭りなんかどうでもいいんすよ。俺は帝国ででかい祭りをいつ
も見てましたしね。いまさら王都の祭りなんか見ても﹂
﹁お前、今のこと仲間に言ったのか?﹂
﹁はい﹂
人の国の最大のお祭を馬鹿にするとか。でもその程度で置いて行
かれるとか、あまり仲間と上手くやれてないのか、本当に金がなく
て節約したのか。
﹁ちょっとその、ケンカを⋮⋮﹂
怪我をした件で何やら言い合いになったようだ。
﹁ま、留守番してる間、修行にでも励め﹂
時間が経てば頭も冷えるだろう。
1773
﹁俺も王都につれてってくださいよー﹂
リリアのフライは六人乗り。お前の席はない。
﹁ダメ。家族旅行なの﹂
﹁そんなー﹂
﹁それよりもいつまでもうちの庭で暮らしてないで、ちゃんと稼い
で自立しろよ?﹂
﹁うう⋮⋮がんばるっす﹂
﹁ん、お前ちょっと汚いな。風呂⋮⋮いや、そもそもトイレとかど
うしてるんだ?﹂
庭には井戸があるのみ。風呂はもちろんトイレもない。
﹁お風呂は濡れタオルで体を拭いて、トイレは大きいほうはお隣さ
んとこで﹂
お隣さんに迷惑を⋮⋮いや、いまなんて言った? 大きい方は?
じゃあ小さい方はそこら辺で⋮⋮
﹁ウィル、今日から家の風呂とトイレを使っていい。王都に行った
後は台所もな。ただし必要な時だけ使うようにして、あと綺麗に使
えよ? 二階には絶対行くな。寝るのは今まで通りここだ﹂
ゲートはこいつがいない時を狙えばいい。普段は冒険やってるだ
1774
ろうし、夜は庭だし。
加護の可能性もある人材だ。みんなも反対はしないだろう。
﹁マジっすか! ありがとうっす、兄貴!﹂
﹁ちゃんと稼いで普通の宿は探すんだぞ﹂
﹁もちろんっすよ! あれ? でもそれじゃ、兄貴は当分戻ってこ
ないんすか?﹂
当分どころじゃないな。
﹁今からする話はしばらく内密にな﹂
話すのは知り合いのみにして一応口止めをしておくことにしてい
る。調べれば簡単にわかるようなことだ。下手に隠し立てしてもそ
れはそれで怪しい。情報が拡散して余計な注目を集めなければそれ
でいい。
﹁もちろんっすよ﹂
﹁あっちで村をひとつ作ってな。領主をすることになった﹂
﹁え、村を作った? あっちに行ってまだ3ヶ月くらいっすよね?﹂
移動時間も考えると2ヶ月くらいかね。
﹁土魔法で家とか農地作るの手伝ってたら、そのままそこに村を作
ることになってな。まあこじんまりとした村だよ﹂
1775
﹁やっぱり兄貴はすごいっすね!﹂
﹁それでだ。ここの家賃は先払いしてあるが、それが終われば契約
の打ち切りも考えないといけない﹂
本当はゲート用に当分の間は維持するつもりであるが、あまり甘
やかしてはいけない。
﹁じゃあ王都に行ったあとは、兄貴はその村に戻るんすか?﹂
﹁次は帝国だな。一度エリーの実家に挨拶に行かないと﹂
﹁エリー姐さんの実家ってどのあたりなんすか?﹂
﹁確かビスコス地方とか言ってた﹂
﹁うっわ。帝国のあっちの端じゃないですか。とんでもなく遠いっ
すよ﹂
まあ距離はさほど問題じゃない。片道だし飛んでいくし。
﹁へー? 俺帝国の地理とかあんまり知らないんだよ﹂
帝国どころかこっちの地理は王国の一部のみだな。地図をそろそ
ろ手に入れるべきだろうかね。以前見つけた地図は本より高い上に
えらく大雑把だったんで必要ないと買わなかったのだ。
﹁えっとですね、王国がこうで、帝国が⋮⋮﹂
言いながらウィルは地面に大きな地図を書いてくれる。貴族のぼ
1776
んぼんだけあって教養はあるんだな。
﹁あら、なかなか正確な地図じゃない﹂
エリーも掃除を終わらせたのか適当に逃げてきたのか。庭に出て
きた。
﹁ちーす、エリー姐さん。いまエリー姐さんの実家の位置を説明し
てたんす﹂
エリーも参加して地図の残りの部分も完成させていく。主要な町
や街道も網羅したかなり立派な地図だ。
﹁なかなかいい出来ね。みんなにも見せましょう﹂
エリーがみんなを呼んで戻ってきて、実家の場所や、行くための
ルートなどの説明をしていく。
﹁そういえばウィルの実家ってどこなのかしら?﹂
﹁帝都の辺りっす﹂
﹁確か古い家って言ってたわね。法衣貴族?﹂
法衣貴族というのはざっくり言うと領地を持たず、官僚とかをや
っている貴族階級だ。
﹁いや、あの、領地も⋮⋮﹂
﹁帝都近くの領地持ちって⋮⋮あんた、家名は?﹂
1777
﹁それはちょっと﹂
﹁なんだ、言えないようなとこなのか?﹂
﹁ええまあ﹂
王子様か大貴族ってところだろうか? ありがちだな。それとも
大穴でマフィアとかのヤバイ家とか。
﹁お前が何者でも変わりはないさ。だから言ってみろ﹂
面白そうだ。口を割らせてみよう。
﹁言っても黙っててくれるっすか?﹂
﹁もちろん、俺もここにいるみんなも誰にも言ったりはしないさ。
な、ティリカ﹂
ティリカがうなずく。
﹁⋮⋮ガレイっす﹂
﹁ふーん?﹂
もちろん聞いたところで俺にはさっぱりだ。なんか魚の名前みた
いだな。
﹁え、それだけっすか? 反応薄いっすね。もっとこう⋮⋮﹂
1778
﹁そのガレイというのは、大きい家なのか?﹂
﹁ええ!? まさか知らないってんじゃ﹂
そんなこと言われてもなあ。
﹁エリー、知ってる?﹂
﹁ええ、知らないわけがないわ。ガレイってただのガレイかしら?﹂
エリーは心当たりがあるようだ。
﹁ただのガレイっす﹂
﹁結局どういうことなんだ?﹂
﹁マサル、帝国の名前は?﹂
﹁うーん?﹂
﹁ガレイ帝国よ﹂
﹁おお!﹂
ウィル、王子様だったのか。すげーな。
﹁帝国でガレイを名乗っていいのは直系の王族のみなのよ。勝手に
名乗ったりしたらそれはもう大変なことに﹂
﹁へー﹂
1779
﹁マジっすか、兄貴﹂
﹁いやだって、みんな帝国帝国言うじゃん。ガレイ帝国とか普段聞
かないよ?﹂
﹁それにしたって⋮⋮﹂
あ、なんか馬鹿だと思われてる。よりにもよってウィルに!
﹁俺は遠方の国の生まれなの。こっちにきたのは最近なんだよ。お
前だって日本の首都が東京って言われてもわかんないだろ?﹂
﹁ニホンとかトウキョーってとこは確かに知らないっすけど﹂
﹁はいはい、いいから。私たちはマサルがたまたま知らなかっただ
けだってわかってるから﹂
﹁いやいや、そこは大事なところだろう? いいかウィル。これで
も俺は︱︱﹂
﹁話が進まないからマサルは黙ってなさい!﹂
﹁アッハイ﹂
エリーに怒られた。ウィルが王子だとかのありがちすぎる展開よ
りも、俺の尊厳のほうがはるかに重要なのに。
﹁それにしても、よく許して貰えたわね﹂
1780
家出だが、一応お兄さんには話をして出てきたようだ。その後も
連れ戻す動きとかもないようだし、黙認されているということだろ
うか。捜索中とかだったらちょっと嫌だな。
﹁あんまり継承権も高くなかったんすよ﹂
﹁どのくらいなの?﹂
﹁第八王子で、えーっと、確か二〇番目くらいかと﹂
﹁王位とかほぼ関係ないじゃないか。本人も冒険者志望だし﹂
そこまで下だとそこら辺の貴族とそう変わらないくらいだろう。
リリアなんか継承権は第二位だ。
﹁そうなんすよ!﹂
﹁今のこいつはただの貧乏な駆け出し冒険者。実家のことは気にし
てやるな﹂
身分を隠す苦労はよくわかる。それが俺たちを信頼して打ち明け
たんだ。いきなり手のひら返しは可哀想だろう。
﹁兄貴ぃ⋮⋮﹂
それにこいつが王子だとわかって態度を変えるのも癪に障る。ち
やほやなんて絶対したくない。
﹁ウィルはウィル。今までどおりそれでいい﹂
1781
ウィルは現王の孫で父は継承権第一位の皇太子なのだそうだ。そ
りゃバレたらまずそうだ。ウィルのことを知れば良からぬことを企
むやつはいくらでもいるだろう。
だからこのことはもちろん秘密にして、普通に接することに決め
た。いままで通りのぞんざいな扱いでいい。それでも本人は十分喜
んでるし。
﹁マサル、マサル。ウィルを手懐けておきなさい。使えるわ﹂
エリーに離れたところに引っ張られ、小声で言われる。
﹁何に使うんだよ﹂
﹁王家へのパイプよ﹂
﹁うーん。本人嫌がるんじゃないか?﹂
﹁それは後で考えましょう。今のところ特に何かにってわけでもな
いし、とりあえずマサルのことが好きみたいだし、加護も付くかも
しれないんでしょう? やさしくしておきなさい﹂
利用する気満々だな。
﹁実家のこと、どうこうさせる気か?﹂
﹁まさか。そっちは今更よ。まあちょっとは考えないでもないけど、
それよりも私たちのことよ。何かあった時に保険は多いほうがいい
と思うの﹂
確かに帝国で何かトラブルでもあった時、ウィルがいれば色々捗
1782
りそうだが。
﹁私だって家出してきたのよ? 無理強いして何かやらせようなん
て考えてないわよ﹂
﹁まあ使えるうんぬんは置いといて、やさしくしてやるくらいなら
いいけど﹂
どのみちウィルとは、今日明日過ぎれば当分会うこともないだろ
うし、加護のこともある。
﹁この人は新しい⋮⋮うわ、エルフ!?﹂
ウィルはリリアのことに、俺がエリーと密談してる間にようやく
気がついたらしい。
﹁あ、その娘はリリア。俺の新しい嫁ね﹂
﹁妾はエルフ王家が第一王女、継承権第二位。リリアーネ・ドーラ・
ベティコート・ヤマノスじゃ!﹂
﹁エルフの王女!? 兄貴はやっぱりぱねえっす!﹂
ほんとに王子か、こいつ?
あとリリアは本名をほいほい名乗るのはやめるよう注意しておこ
う。たぶん今回は王子のウィルに対抗したかったんだろうけど。
とりあえず優しくする一環でウィルは風呂にぶちこんで、俺たち
はお出かけだ。色々挨拶回りをしないといけない。
1783
道々、エリーに帝国のことを教えてもらう。歴史は一度本で読ん
だが、流し読みだったし現在の情勢はよく知らなかった。
人族国家で二番目に古い、今現在で最強の国家。国力は王国の数
十倍。兵力も相応。魔法大学に高等大学院に帝国劇場。学問や文化
も発展している世界の中心。
ガレイ王家は真偽官の乱と、勇者が撃退した魔族の侵攻以外では
大きな危機もなく国を安定して治めてきた、強力で優秀で由緒正し
き家系だ。
領土的野心もなく、周辺の国家との関係も良好だ。
いくら第八王子で継承権が低いと言っても、この世界最大の国家
の王子には変わりなく、そこら辺の領主など吹き飛ばせるくらいの
権力を持とうと思えば持てるのである。
ガレイ帝国は版図も力も巨大なようだ。地球で言うとアメリカか
ロシアみたいな位置付けだろうか。
﹁ほほう。森で魔物に襲われてるのを間一髪助けたのが、帝国の王
子だったとは。それは全くの偶然かのう?﹂
そんな言い方だと俺とウィルの出会いがまるで運命だったみたい
じゃないか。
﹁運命じゃな!﹂
﹁そうよ、運命ね。たぶん縁を切ろうとしても切れないわよ?﹂
﹁マジかよ⋮⋮﹂
﹁落ち着いたら希望通り、魔法を教えてもいいわね。マサルが﹂
﹁えー?﹂
1784
アレ
﹁加護のこともあるし、マサルがやるべきでしょう?﹂
アレ
﹁あいつに加護とか別にいいんじゃないかなー﹂
加護が付いたとしても、スキルなんか与えて強くしたらすごく調
子に乗りそうだ。
アレ
﹁ウィルの実家の話は別としても、加護持ちは増やしたほうがいい
でしょうに﹂
奴隷作戦が失敗した以上、俺に好感をもってくれる人材は貴重な
のは間違いない。それが男だとしても。
﹁まあそれはゆっくり考えよう。今は忙しい﹂
困ったときは保留でいい。すぐに解決する必要のない問題は先送
りする。後で考える。
まずは神殿に挨拶だ。
着いたとたん、アンが孤児たちにもみくちゃにされている。
リリアも目ざとくみつかり、囲まれてしまった。リリアはこんな
ことには慣れているのか﹁これこれ、触ってはならぬ。見るだけじ
ゃ!﹂などと適当に相手をしている。
俺も負けじとお土産を積み上げる。もちろん食料、魔物の肉であ
る。食い気の子供はこっちに来た。
﹁シスターアンジェラ! シスターアンジェラー!﹂
1785
﹁エルフだ! エルフがいる!﹂
﹁すげー! 肉! 肉がいっぱい!﹂
大歓迎すぎてカオスである。
とりあえず落ち着かせて俺の独演会を開催することになった。大
人の話はあとで、まずは興奮状態の子供に俺への尊敬心を植え付け
る作戦だ。
話はまあ、創作半分ホントの事半分だ。
旅では商隊に襲いかかる盗賊や魔物をばったばったとなぎ倒し、
着いた先ではドラゴンに襲われているエルフを助けたり。
﹁その功績で俺はAランクに昇格した﹂
そう言ってギルドカードを見せてやる。
﹁﹁うおおおお、すげー!﹂﹂
子供とはいえ現地人。Aランクのすごさは俺なんかよりもよくわ
かるようだ。
そして、と庭に誘導する。
﹁はい、すごいのが出てくるから、小さい子たちは離れててねー﹂
子供を退避させてからドラゴンの首だけ出す。俺とサティが倒し
た、首が千切れかけてたやつだ。
﹁﹁わあああああああああああ!?﹂﹂
注意しても何人か腰を抜かしたり泣きだしたのがいたのはまあ仕
方ないだろう。この地竜、首だけでも小さい家くらいあるもんな。
1786
﹁これ本当に兄ちゃんがやったの!?﹂
﹁おお、前に見せた黒い剣でばっさりな。いやー、こいつは実に手
ごわかった。あの剣も折られたし、さすがの俺も死を覚悟したね。
でもエルフを救うため、勇気を振り絞って立ち向かったんだ﹂
﹁すんげー! すんげー!﹂
そのうちこの誰かに加護が付くのだろうか? できれば可愛い娘
がいいが、当たり前の話であるが、どうも男の子の方に受けがいい
ようである。
その後は大人の真面目な話だ。アンが拠点を移し、この町へはそ
うそう来れなくなることを説明する。
﹁どこにいようとも私たちは神殿で繋がった仲間、家族です。シス
ターアンジェラ、神官として家族の一員として、新たな地でも変わ
らずがんばってください﹂
﹁はい、シスターマチルダ﹂
冒険者ギルドにも顔を出したが軍曹殿は不在。王都へ行ったとい
う。クルックとシルバーも王都だそうだ。二人からは俺宛に王都で
の取る宿の伝言があった。それならあっちで会えるだろう。
副ギルド長にも会って詳しい話をする。Aランク審査の問い合わ
せは当然こっちにも来てて、昇格を祝ってもらった。
あとは結婚式にも来てもらったサティの奴隷仲間のところにも、
1787
俺とサティで行った。場所は聞いていたが初めて行くので、あんま
り大人数でもと思ったのだ。
そこはかなり大きい商店だった。食料品から雑貨まで、手広くや
ってるらしい。 領主になってあっちに腰を落ち着けるという話をすると、サティ
に色々教えてくれたお姉さん、セルマさんは素直に喜んでくれて、
四番の娘、アデリアは驚き、村のことを色々と訊いてきた。
﹁なるほど、エルフの森の近くね。もしかしてエルフの作った品っ
て手に入らない?﹂
﹁手に入らないこともないと思いますが⋮⋮﹂
エルフ産の品々の貿易は伯爵が独占してるし、それでなくても今
のエルフは大変な時期だから輸出は滞っている。
﹁領主って言っても出来たばかりじゃ伝手もないか。村には何か特
産品とかはないの?﹂
﹁美味しい水くらいですかね﹂
﹁⋮⋮聞いて悪かったわ。もし必要な物資があればうちに来なさい。
ツケとかは無理だけど、値段は勉強してあげる﹂
﹁ありがとうござます﹂
リリアを置いてきて正解だった。エルフの現物がいると知ったら
思いっきり食いついてきそうだ。
1788
夜はウィルにも飯を食わせてやって、ウィルの最近の話を聞いて、
こっちも話をして。誰にも言うなと言っておけばウィルは漏らさな
いだろうし、エルフの里の話は大幅に省いたが、他はわりと詳しい
ところまで話してやった。
﹁やっぱり兄貴はすげーなあ﹂
昼間に帝国の名前知らなかった事件で落とした株も、これでまた
上がっただろう。
﹁俺のこともちっとも驚かないし、兄貴はほんと大物っすよね﹂
まあ話としてはありきたりだからな。もっとこいつが王子っぽか
ったら対応も変わったのだろうが。
﹁俺の生まれは遠方の国でな。そこでは王政は廃止されて、市民選
出の議会で国が運営されてたんだ。だから王族だなんだって言われ
てもピンとこないんだよ﹂
お姫様は素晴らしいと思うが、王子様なんてわりとどうでもいい
し。
﹁確か東方国家群にそんな制度の国が⋮⋮﹂
﹁もちろん元王族、元貴族みたいな名家は残ってるけど、大事なの
は本人の能力、実力なんだよ﹂
﹁良さそうな国っすね﹂
1789
﹁うん。いい国だよ﹂
そう言えば最近は、あまり日本のことを思い出さなくなってきた
な。忙しいからか、それともこっちに慣れてきたのか。まあ嫁も増
えたし家も建てた。しかもメイド付きだ。日本に戻ってもこれ以上
の幸せは望めないだろうしな。
﹁まあここでの生活も悪くないよ﹂
世界の破滅という特大の地雷を考慮にいれなければ。
﹁そうっすね。辛いこともあるけど、今は家に居た頃よりずっと生
きてるって感じがするっすよ﹂
こいつも死にかけたり、死にそうな特訓したりしたからな。あれ
で生きてる実感わかないやつなんかいないだろう。
﹁でも装備を揃えるだけでひーひー言ってる俺なんかと違って、兄
貴は自分の腕でのしあがって村まで作って⋮⋮﹂
本当に俺の腕だけならよかったんだけどな。みんなは加護があっ
てもそれは俺の働きだと言うけれど、事情を知らない人間に改めて
言われると少し心苦しい。
こいつも加護があれば俺みたいに、俺以上に上手くやれるのかも
しれない。身分はあるし基礎スペックも俺より高そうだし、まだま
だ若いし。
ちょっと考えただけでも、俺ってすげーなんてとてもじゃないが
調子に乗れない。
﹁ん。それはまあ、みんなにはいつも助けられてるし、自分の腕だ
1790
とはなかなかね﹂
﹁そんなもんすかね?﹂
﹁そうだぞ。ウィルも仲間は大事にしろよ? 信頼できる仲間こそ、
この厳しい世界で一番大事な宝物なんだ﹂
﹁はい、兄貴﹂
お酒が入ったうえでの、上から目線の説教はなかなか楽しいもの
だ。
その日はウィルを庭に追い出して、ちゃんと村の屋敷に戻ってか
ら寝た。
邪魔される心配のない広い部屋に広いベッド。愛する嫁たち。
ここが俺の家。新しい故郷だ。
翌日は早めにシオリイの町に戻って、朝食もこっちでとった。そ
の後はウィルの剣の腕を見てやったり、リリアを連れて町を回った
り。
午後には久しぶりに野ウサギ狩りもした。村のある辺りは森が多
く、野ウサギの豊富な草原ってないんだよなー。
そして何故かというか、やっぱりというか。いつの間にかウィル
も王都へとついて来ることになっていた。
リリアとちょいちょい話をしてたし、エリーの差金もあるのだろ
う。
しかしこいつとの運命ね。
もし本当に運命なんてものがあるとすれば、俺がこいつを助けた
だけで話が終わるはずもない。
エリーは利用することを考えているようだが、俺たちがあいつの
1791
事情に巻き込まれることもありうるのだ。
帝国は今のところ平和だって話だが⋮⋮
1792
122話 シオリイの町への帰還︵後書き︶
︻せんでん︼
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1793
123話 王都アルムスとミスリル銀の短剣
ウィルのことは気にしないことにした。加護もひっくるめてなる
ようにしかならないだろう。エリーは必要だと考えているようだし、
リリアもウィルと友誼を結んでおくことは益になるかもしれないと
思っているようだ。
﹁加護がなくとも10年後50年後、帝国で大きな力を持つやもし
れんしの﹂ もし加護を得れば確実に帝国で大きな力を持てるだろうな。
50年後はともかく、20年後までに起こる何かで助けになる可
能性もある。男は嫌だと思ってたが、加護がついたからって別にパ
ーティに入れる必要もないんだよな。こいつはこいつでパーティを
組んでるんだし。
﹁風よ!﹂
町の外へ出てリリアが︻フライ︼を発動させる。俺の召喚馬で馬
車という案もあったが、速度が段違いだし、フライを使う魔法使い
程度ならそう珍しくもないはずだ。
﹁おおおー、これが精霊魔法っすか!﹂
全員をふんわりと風に包み、飛行を開始したフライにウィルは興
奮気味だ。
帝国にはあまりエルフはいないらしい。
1794
﹁我らはかつて帝国では亜人とも呼ばれ迫害があっての﹂
亜人と呼ばれ蔑まれたエルフ獣人ドワーフは、当時帝国の地方領
に過ぎなかった王国の独立戦争に協力した。その功績でエルフは辺
境であるが領地を認められ、今の繁栄がある。
﹁今はそんな話はぜんぜん聞かないっすけど⋮⋮﹂
﹁我らは長命じゃ。ひどかった時期を実際に覚えている者もおる﹂
そのせいでエルフは帝国にはあまり寄り付かず、国同士の交流も
ない。地理的に王国を間に挟み、必要が特にないということもある
が。
﹁なんかすんません﹂
﹁ま、古い世代の話で我らやウィルには関係のないことじゃ﹂
退屈なんで雑談しながら飛ぶ。一応警戒はするが、街道沿いに治
安のいい王都方面へと向かうので危険は少ない。
街道もきちんと整備されているので、休憩や泊まる場所などにも
事欠かない。
夜を避ければ護衛なしでも、高確率で生きて王都にたどり着ける
そうである。
﹁なあ、思ったんだけど﹂と、エリーに休憩中話してみる。 ﹁これって俺とリリアだけで行って、あとでゲートで迎えに行った
ほうが楽じゃないか?﹂
1795
そうなるとウィルは連れていけなくなるが。
﹁何かあった時に揃ってたほうがいいでしょ﹂
それもそうか。今回は完璧旅行気分だったわ。ここは危険な異世
界。どこにいようと危険はあるんだと忘れないようにしないと。
﹁それに旅はみんなでやったほうが楽しかろう?﹂
リリアも旅行気分なようだ。そしてそれにみんなもうなずく。
みんなも旅行気分だったようだ。まあちょっとした魔物程度でど
うにかなるわけじゃないからなあ。一応油断だけはしないようにし
ておこう⋮⋮
急げばその日のうちに王都に着きそうだったが、たまには外泊も
よかろうと予定通り途中で一泊することにした。
しかしこの時期王都への人出は多く、宿はどこも満杯。ろくな部
屋が取れなかった。ウィルは馬小屋にワラのベッドである。意地悪
じゃなくて、ほんとに部屋がなかったのだ。
俺たちも一部屋のみで、シングルベッドが二つ。狭くてボロい部
屋にリリアは大喜びである。
﹁これぞ冒険者の生活というやつじゃな!﹂
だけど夕食を宿で一番安い定食にしてやったら微妙な顔をしてい
た。
ウィル
薄いスープに固いパン。申し訳程度に肉と野菜が入った穀物のリ
ゾット。量は十分だが美味しくもなく特にまずくもない。王子は大
人しく食っていた。食えるだけマシっすよと、王子様もなかなか苦
1796
リリア
労をされているようだ。姫も見習って残さずちゃんと食え。
まあそんな感じで旅をそれなりに満喫しつつ、街道の人通りも増
え、あれはなんだ!と空を指さされることも増えながら、二日目の
昼前にはリシュラ王国最大の都市、王都アルムスに到着したのだっ
た。
今まで見たどこよりも広大な町に立派な城壁。内部にも幾層にも
壁があるのは何度か増設して成長したのだろう。郊外には広い広い
農地。大きな門には入場待ちの長い列ができている。
もちろん普通に門から歩いて入る。三〇分ほども並ぶと順番が来
て、チェックはカードを見るだけで、入場料を徴収するとすぐに通
してくれた。俺のAランクのカードを見ても特に反応もなく慣れた
ものである。エルフも別に珍しくもないようだ。ただ、ティリカだ
けはどこでもガン見されるのは変わらない。
門を入ってすぐのところは広場になっている。たくさんの人に屋
台に露店。大道芸人や吟遊詩人なんかもいた。なるほどお祭りだ。
王都が初めてのサティはキョロキョロとしている。リリアも初め
てだがこっちは落ち着いたものだ。他は来たことがあるらしい。俺
ももちろん初めてだが、何度か行ったことのあるどこぞの同人誌祭
りや都会の喧騒に比べれば人混みもかわいいものだ。
とりあえずサティが迷子にならないようにしっかりと手を繋いで
おく。
﹁エルフの屋敷はどっちだ?﹂
王都での滞在はエルフ邸、元々リリアが修行に来る予定だった所
にお邪魔する予定だ。
﹁こっちの中心部のほうの、王宮もある貴族街ね﹂
1797
その貴族街だが、見物がてらかなりな距離を歩いて到着してみる
と通常エリアとは壁で分けられ、入り口には警備もいた。
俺たちみたいなのは紹介状とか事前の申し入れがないと入り口で
ボディチェックされ、用件を根掘り葉掘り聞かれ、中の住人に連絡
が行き、その許可がないと入れない。厳重である。
が、今回は別にそんな面倒なことにはならなかった。エルフの屋
敷に行きたいと言うと、すぐに通行の許可が下りた。
﹁エルフから連絡は受けております。エルフ一名に獣人一名。女性
五名に男性二名? 連絡を受けた数よりも一人多いようですが⋮⋮
増えた? 祭り見物ですか。まあ問題ないでしょう。エルフ邸まで
は案内をお付けします﹂
宿泊のお願いを手紙で知らせておいたので、手配してくれていた
のだろう。実にスムーズである。一人増えたのも祭り見物だとよく
ある話のようだ。
武器は装備したままで平気らしい。案内という名の監視も付くよ
うだしさほど警戒厳重というわけでもなく、単に一般人の立ち入り
を制限しているだけのようだ。
貴族街は一般区画とは趣の違う、豪勢な邸宅の立ち並ぶ風情のあ
る地域だった。綺麗な石畳の道。出歩いている人も少なく、その少
ない人も上品な身なり。通りにあるお店も高級そうで洒落た感じ。
開放したら観光客が押しかけそうだ。
エルフ邸は貴族街の中でも広い敷地を持つ結構な豪邸だった。門
を叩くと即座にエルフが出迎えてくれ、屋敷へと案内される。
﹁ようこそいらっしゃいました!﹂
1798
玄関では三〇名ほどのエルフが出てきて勢揃いして歓迎された。
﹁遠路はるばる、お疲れ様でした。お部屋へ案内致します。まずは
旅の埃をお落としください﹂
遠路ではあるが、はるばるでもないな。一泊二日の空の旅。日帰
りで森に狩りで出るほうがよっぽど疲れる。まあそのあたりの事情
はここのエルフさんは知る由もないが。
﹁うむ。じゃが此度は修行のために里から出てきておる。過剰な扱
いは不要じゃ﹂
﹁もちろん心得ております﹂
部屋はスイートルームを割り当てられた。寝室、居間、付き人な
どが泊まれるもう一部屋がセットになった、賓客用の豪勢な部屋で
ある。
決して贅沢ではなく、大人数がまとめて泊まれる部屋がここしか
なかったと、そういう名目のようだ。
﹁ああ、こいつは別に部屋を割り当ててやってください。なければ
馬小屋でも庭でもいいですから﹂
一緒に部屋に入ろうとしたウィルの部屋をお願いする。
﹁え、あ、はい。泊まれれば贅沢は言わないっす⋮⋮﹂
今までどおり王子様扱いはしないと明言してある。有言実行だ。
﹁こちらは護衛の方でしょうか?﹂
1799
なんだろう? 友達じゃないし、弟子でもない。知り合いで済ま
すにも命を助けたり世話とかもして大きく関わってるし。こいつは
何者なんだろう?
﹁マサルの友人で、一緒に王都見物に来た普通の冒険者じゃ。適当
な部屋を宛てがってやってくれ﹂
﹁はっ、リリ様﹂
なるほど。傍から見れば友人枠か。まあそのへんが無難だな。
部屋に落ち着いたあとは王都のエルフたちと会議である。滞在す
るにあたっての注意事項、確認事項が結構ある。手紙では機密保持
に不安があるので、リリアがこちらを訪ねるとしか教えていない。
王都には祭りが終わるまで滞在する。ここのところ村作りで忙し
かったから久しぶりのまとまった休暇だ。
リリアは修行の旅だから過度な接待は必要ない。ただ、さすがに
普通のエルフ扱いは厳しいと、王家の傍流、分家の子女ということ
にしておこうということになった。
そして里の危機と俺たちの働き。リリアは結婚して修行の旅の途
中に立ち寄ったこと。ゲート魔法。
﹁ゲートが使えるんですか!?﹂
﹁うむ。妾たちの滞在中、里帰りを希望する者は申し出るが良い﹂
一時帰国だけでなく、人員の一部入れ替えもこの機会に里と協議
してやるそうだ。
1800
﹁それは非常にありがたいお申し出です﹂
﹁それと里の戦いに関連して魔族の動きがある﹂
神の加護のこと。魔族によると思われる、Sランク火メイジの暗
殺。神託は王様たちだけだが、加護はエルフの大多数が知っている
話だ。
﹁なるほど。秘密保持に関しては万全に致しましょう。もし王都に
いる間にそれらしい情報があれば、ご自分では決して動かず、必ず
こちらにお知らせください﹂
ここのエルフさんたちは王都との防衛協力の一環として来ている
精鋭魔導部隊で、魔族の探索と狩りも仕事の一部だそうだ。
﹁あのウィルという冒険者は?﹂
﹁あいつはごく普通の冒険者でこの件にはまったく関わってません。
ゲートも知りません。ほんとに遊びに来ただけでなんで最低限の面
倒だけで放置でいいですよ﹂
﹁わかりました。そのように﹂
まずは昼食。エルフの歓待を受ける。
そして午後からはさっそく王都に繰り出す。王都での用事がいく
つかある。
まずは鍛冶屋だ。首都だけあってドワーフの腕のいい鍛冶師がい
るらしい。剣を作って貰うとなると時間がかかるので最初に見に行
こうと考えたのだ。
1801
俺にはサティとリリアが同行した。アンとティリカ、エリーは別
件、神殿や真偽院回りだそうである。ウィルはそっちに護衛兼雑用
係として付けた。
﹁何かあったら体を張って守るんだぞ?﹂
﹁お任せくださいっす!﹂
まあ嫁のが一〇〇倍強いんだけど、男手があるといらぬちょっか
いは減るだろう。無事役目を果たしたらお小遣いをやることにしよ
う。
さて、そのドワーフの鍛冶屋である。名をグアラム鍛冶工房。詳
しい場所は聞いていたのですぐに見つけることができた。小さい工
房で店舗がなく、武器が無造作に並べてあるだけで商売をしている
様子はない。注文販売のみ。オルバさんの紹介だ。魔法剣用の剣も
普通に買うより安く製作してくれるという。
工房にはこの王都の人出にも関わらず客がいなかった。常連と紹
介者の注文だけで、客を取らなくてもやっていけるということなの
だろう。
ドワーフは人間族に一番近い種族だ。多少人間より背が低く、横
に大きく、力が強い。多少である。特徴的なヒゲを剃って普通に人
間に混じってれば、町中で見てもほとんどわからない。
だがこの鍛冶師は典型的なドワーフの容姿だった。立派なヒゲに
ずんぐりした体形。盛り上がった筋肉。
﹁ほう、オルバの紹介か。あいつは元気にしとるかね?﹂
﹁足をやられて冒険者は引退しました。今は故郷に帰って小さい村
の代官、村長をやってますよ﹂
1802
続いて用件。魔法剣が欲しいことを伝える。
﹁ふむ。それじゃあ背中の剣を振ってみせろ﹂
腕が見たいんだろう。言われるままに剣を抜き数度振るう。
﹁オルバの紹介だけはあるな。その剣はエルフのか。見せてみろ⋮
⋮うむ。線は細いがいい剣だ﹂
エルフとドワーフが仲が悪いとかは、この世界じゃないようだ。
エルフの里でもドワーフの技術者が防衛設備を作るのに協力してた
し。
﹁これに魔力を込めてみろ。全力でな﹂
次にミスリル銀の短剣を渡された。
﹁全力ですか⋮⋮?﹂
﹁おう。全力じゃねーと力量がわからんだろう?﹂
むう。魔法剣の全力とかやったことないけどどうなるんだ?
とりあえず徐々に魔力を込める感じにしてみるか。ヤバそうなら
止めればいいし。
短剣に魔力を込めていく。ゆっくりと。
短剣に炎が宿り、徐々に込める魔力に従って熱を上げていく。ミ
スった。火にするんじゃなかった。熱い。
だが我慢して魔力を注いでいく。
1803
﹁お、おい、まだ全力じゃねーのか?﹂
一割も行ってないぞ。でもそろそろ熱がヤバイ。めっちゃ熱い。
﹁やめ! そこまででいい!﹂
魔力を込めるのを止めて、魔法剣の発動を消す。
﹁あっつぅ﹂
赤熱している短剣を大急ぎで床に置いて、手のひらを確認する。
ちょっと火傷したか? ︻ヒール︼
﹁こりゃあ⋮⋮﹂
まだ熱い短剣を拾いチェックしたグアラム氏が呟く。
﹁ミスリル銀じゃ耐えられんな。それに柄もこの材質じゃ⋮⋮今の
で全力か?﹂
﹁あー、半分も行ってないです﹂
一割以下だが、それでもメテオが撃てるくらいの魔力だ。
﹁むう。これはワシじゃ手に負えんな。見ろ﹂
ミスリル銀の短剣は少し曲がり、先端も丸まっている。溶けたか。
﹁お前の魔力にミスリル銀では耐えきれん。剣の腕もいいから強度
1804
も足りん。強度も魔法耐性も最上級のオリハルコンが必要だな。柄
も特別製が必要だ﹂
﹁普通に魔法剣が使えるくらいのでいいんですけど﹂
﹁ダメだ﹂
﹁そこをなんとか﹂
﹁使ってるうちに折れるような剣、渡すことはできん﹂
﹁なんじゃ、腕がいいと聞いてきたのに﹂
まったくだ。
﹁生意気な口を聞くな、そこのエルフ! 専門が違うんだ。特殊な
金属の加工には特殊な技術と素材がいる。ワシが扱えるのはミスリ
ル銀だけって話だ﹂
﹁だからといってやりもせずに諦めるはどうなのじゃ。我らがこの
忙しいなか︱︱﹂
でも魔力を込めすぎるとあんな感じになるのか。風とかならどう
なるんだろう。
やりあってるエルフとドワーフは放っておいて、机に置かれたミ
スリル銀の短剣を拾い、魔力を込めてみる。
ふむ。風だと余計に魔力を込めてもそんなに変化はないな。もう
ちょっと︱︱
﹁あっ﹂
1805
ヒビが入ったと思ったら、ビギンッと嫌な感じの金属音がして柄
だけを残して砕けてしまった。
エルフとドワーフが口論をやめ、驚いた顔でこっちを見てる。
﹁折れるような剣はダメですね﹂
﹁それ、弁償な﹂
ですよね。
結局魔法金属を専門にしているドワーフを紹介してもらえること
になった。ただし帝国のほうまで行かないといけない。当分は普通
の剣で我慢するしかないようだ。
﹁せめて剣の腕が並ならワシの打ったのでも悪くなかったんだが、
そっちもいいときた。まあ普通の剣が良ければいつでも来な。どん
な剣でも打ってやるよ﹂
ちなみに王都の他の鍛冶屋にも魔法金属を扱えるものはいない。
魔法金属の加工はドワーフの秘術らしい。
もちろん王都なら探せば売ってる剣もあるだろうが、俺の壊した
ミスリル銀の短剣以上のものはそうそうないと言う。別に最低限使
えればいいんだが、現状普通の剣を使い潰せばいいし、無理に探し
て買う必要もない。
﹁もしかしたらそろそろ移動しとるかもしれんが⋮⋮まあ行けばわ
かるだろ﹂
﹁移動って?﹂
1806
﹁鉱石が取れる場所じゃないと意味がないからな。鉱山が枯れたら
次の場所を探して移動するのよ﹂
もう三〇年以上戻ってないから、もしかするとすでにと。その時
は頑張って探してくれと。
﹁まあ別に隠れ住んどるわけじゃないから、近隣の住人に聞けばわ
かろう﹂
パーティ資金
高い金を取られて得られたのは情報のみか。これ俺のお小遣いか
らでいいって言って出てきちゃったけど、エリーに言って経費で落
とせないだろうか?
1807
124話 剣闘士大会申し込み
﹁よし。気を取り直して軍曹殿を探しに行くか﹂
﹁はい、マサル様﹂
﹁とんだ無駄足じゃったの﹂
無駄ってこともなかったが、壊したミスリル銀の短剣のお金がな
あ。原価でいいって言ってくれたがそれでも痛い。なんであんなに
高いんだろう。
金属の再利用も魔力であそこまで砕けてしまうと変質してしまっ
て無理なんだそうだ。厳しい。
﹁希少金属は掘るのは大変じゃからのう﹂
﹁掘るの?﹂
﹁そりゃ掘るじゃろう﹂
﹁人力で? 魔法で?﹂
﹁どっちもじゃな。マサルなら魔法で簡単に掘れるかの?﹂
﹁アースソナーで鉱石も探せるかな?﹂
ミスリル銀が掘れれば大儲けができるんじゃないだろうか? ん
ー、でも俺が簡単に出来るなら他の土メイジも当然出来るよなあ。
1808
それに鉱山開発とか村作り並に手間暇がかかりそうだが、魔法でど
の程度楽が出来るんだろうか?
リリアはこの件に関しては詳しくはわからないようだ。土魔法関
連ならあの親方エルフが詳しいだろうかね。こんどエルフの里に戻
ったら聞いてみようか。
﹁鉱山は⋮⋮危ないですよ﹂
黙って話を聞いていたサティがボソッと呟いた。奴隷商に売れな
い奴隷は鉱山送りになってすぐに死ぬって脅されたのをまだ引きず
ってるのか。
﹁そうだな。危ないことはしないほうがいい。そういうのは専門家
に任せて、ほしいものがあれば買えばいいんだものな﹂
﹁はい。わたし、がんばって稼ぎますね!﹂
サティは素敵だな。世界の破滅とかがなかったらヒモ生活もよか
ったかもしれん。
次の用事は王都の冒険者ギルドである。そこはシオリイの町より
多少大きい程度だろうか。併設されている商業ギルドも似たり寄っ
たり。ミヤガと同じく、大きい町は軍の力が強く、冒険者の出番が
少ないということなのだろう。 だが集まっている冒険者は、祭り期間中ということもあるのかさ
すがに多く、人混みをかき分けて受付で聞いてみると、軍曹殿はす
ぐに見つかった。ギルドの訓練場で指導中だという。
﹁軍曹殿!﹂
1809
﹁おお、マサルではないか。王都に来てるということは、剣闘士大
会に参加する気になったのか?﹂
指導中だったようだが、俺が呼びかけると中断してこっちに来て
くださった。
﹁え、ああ。前にも言いましたがそういうのはちょっと。サティは
どうだ? 出てみるか?﹂
﹁いいんですか?﹂
﹁試しに出てみろ。俺たちのパーティの代表だ﹂
﹁はい!﹂
﹁もったいないな。貴様も出ればいいところまでいけるはずだが﹂
﹁まあ剣だけだとサティにはどうやっても勝てませんし。軍曹殿は
王都へはどうして?﹂
﹁毎年、大会出場者への指導をしておるのだ﹂
なるほど。他のギルドでも軍曹殿ほどの手練はいないしな。とい
うか優勝したいなら軍曹殿が出れば手っ取り早そうな気がするが、
そういうことじゃないんだろうな。
﹁俺は帝国方面に行くんで、ついでにお祭も楽しもうと思いまして。
祭りの間はこっちにいる予定です。泊まっているのは︱︱﹂
人に聞かれないように訓練場の隅で。リリアを紹介して、簡単に
1810
状況を説明しておく。もちろん内緒でだ。
﹁貴様はすぐに大きな活躍をするだろうと思っておったが⋮⋮﹂
Aランクになったのは伝わっていたが、さすがにあっちに行って
いくらも経たずに領主になって、エルフの王女を娶っていたのは予
想以上だろう。
軍曹殿もお忙しいだろうし宿泊場所を聞いて、また来ることを約
束し、次は剣闘士大会の受付に行くことにした。剣闘士大会は闘技
場で行われ、祭りの三日目から予選が二日間。休息日を一日挟んで、
本戦が二日間で開催される。
闘技場は地球でも見るような石造りで円形の巨大なスタジアムだ
った。
﹁Aランクは予選免除みたいですよ、マサル様﹂
闘技場の看板に貼りだされている剣闘士大会のルールや募集要項
を一生懸命読んで、サティが報告してくれた。
でもメイジのAランクは想定してないだろうし、俺はどっちかっ
ていうとメイジ寄りだから当てはまらんな。出ない。無理。
剣闘士大会はもちろん魔法は禁止。ただし治癒術、自己回復だけ
は認められている。
武器は刃引きしてあれば槍でも弓でも盾でも何を使ってもいい。
防具は革まで。頭防具は金属製も可。支給品が基本だが、自分のを
持ち込んでもいい。
気絶やギブアップ、審判によるダメージ判定により勝敗が決めら
れる。
細かいレギュレーションは他にもあったが、だいたいこんな感じ
だ。
1811
かなり血生臭い大会のようだが、腕のいい治癒術師が控えている
ので事故は滅多にない、とそう書いてある。滅多にって怖ええな!
﹁サティ、ほんとにでるの? 危なそうだぞ﹂
﹁出たいです﹂
﹁ならいいけど﹂
﹁参加資格はないのかや? ならば妾も﹂
﹁リリアはダメ。せめてシラーとまともにやれるくらいにはならな
いと。だいたい魔法は禁止だぞ?﹂
ピンチになったら精霊防御が自動発動して反則負けだな。訓練し
ててたまにあるんだ。
リリアの戦闘スキルは今のところ盾術レベル1のみ。剣術もレベ
ル1を自力ゲットすべく修行中だ。なかなか修行は捗らないが、エ
ルフたちは気が長く、二ヶ月くらいほんの短期間だと思っているよ
うだ。
﹁むう。面白そうじゃのに﹂
元からか、近接戦闘が楽しいのか。ちょっと脳筋化してきたかも
しれない。
﹁ま、俺たちはサティを応援しようぜ﹂
サティが受付で参加者名簿に必要事項を書き込む。自分の名前く
らいならもう楽々かける。成長した。
1812
﹁シオリイの町の冒険者ギルド所属Bランクですね。あとは経歴や
アピールポイントがあれば﹂
﹁けいれき⋮⋮あぴーる⋮⋮?﹂
﹁ええっと、サティは大会出場は初です。アピールポイントは剣と
弓が得意なオールラウンダーってところですかね﹂
﹁⋮⋮初出場、剣と弓が得意なオールラウンダー、と。ありがとう
ございます。予選の組み合わせはここと闘技場入場ゲート付近に当
日朝に貼りだされますので、ご自分でご確認ください。あとですね、
優勝者や試合ごとの勝者を予想する投票券もありますので、よけれ
ば買っていくといいですよ﹂
﹁それは自分のを買っても?﹂
﹁もちろんです。自信のある方はそうしてますよ﹂
ほう。サティに賭ければ大儲けできるかもしれんな。
投票券は予選の突破者の予想。本戦では試合ごとの勝者。優勝者
予想と何種類かあるようだ。まあ全部サティに賭けておけばいいだ
ろう。
﹁サティ、目指すは優勝だぞ﹂
﹁はい、お任せください!﹂
お小遣いくらいは確実に取り戻せるな!
剣闘士大会はこれでよし。あとはクルックとシルバーを探さない
1813
と。
泊まっている宿の名前と大雑把な位置しか聞いてなかったので、
屋台で買い食いしながらお店の人に聞いていると、身なりのあまり
よろしくない子供に声をかけられた。
﹁兄ちゃんたち宿をさがしてるのか?﹂
﹁ああ。雨燕のツバサ亭って知ってるか?﹂
﹁知ってるぞ! こっちだ﹂
変なところに連れて行かれてヤバイことにならないかとちょっと
思ったが、今の俺にケンカを売って勝てるやつなんているはずもな
かった。
子供の案内に従ってしばらく歩くと、すぐに宿屋は見つかった。
はい、と手を出す子供。案内賃か。とりあえず銅貨を一枚渡して
100円
やると﹁ありがとう!﹂と去っていった。もっと要求されるかと思
ったが、銅貨1枚でいいのか。相変わらず子供の手間賃は安いなー。
宿で聞いみるとクルックとシルバーは部屋にいた。部屋を教えて
もらい、扉を叩く。
﹁おーい、俺だ、マサルだ﹂
﹁マサル! ずいぶんと久しぶりだな!﹂
すぐにクルックが出てきた。
ほんと久しぶりにこいつらの顔を見た気がする。
﹁サティちゃんも。ええと、そっちの娘は﹂
1814
﹁ゆっくり紹介してやるよ﹂
ニヤリとする。
ベッドが二つあるだけの狭い部屋に入り、各自ベッドに座る。
﹁マサルのことだ。もう何があっても驚かねーよ﹂
うんうんうなずくシルバー。
﹁その娘はきっと新しい嫁とかなんだろ?﹂
﹁ほう、さすがはマサルの友人だけあるの﹂
リリアがパサリとフードを外す。
﹁エルフ!?﹂
﹁妾はエルフ王家が第一王女、リリアーネ・ドーラ・ベティコート・
ヤマノスじゃ﹂
﹁王女!?﹂
﹁クルックの言うとおり、俺の新しい嫁だ﹂
﹁マジか!?﹂
﹁あとAランクになった﹂
﹁嘘だろ!?﹂
1815
﹁それと村の領主になった。数年後には貴族だな﹂
﹁貴族!?﹂
クルックは驚きのあまりあんぐりと口を開けている。
﹁結婚おめでとう﹂
シルバーがぼそっと言葉を発した。
﹁ありがとう、シルバー﹂
﹁どういう⋮⋮あれなんだ?﹂
﹁簡単にいうと俺があっちに行った時、エルフの里が魔物に攻めら
れてて、それを助けたんだ﹂
また同じ話の繰り返し。だけどいちいち驚いてくれるから、こい
つらに話すのが一番楽しいな。
﹁さすがにもうマサルって呼び捨てにもできねーな⋮⋮﹂
﹁おいおい、やめろよ。たとえ俺がAランクになっても、領主で貴
族になっても、五人の嫁にメイド付きの豪邸を持っていたとしても、
俺たちの友情は永遠だろ?﹂
﹁くっそう! やはりあの時どうにかして始末しておくべきだった
!﹂
﹁はっはっは、いつでも相手になるぞ。もっとも俺はあの時の三倍
1816
は強くなってるけどな﹂
﹁三倍って⋮⋮あ、もしかして剣闘士大会に出るのか?﹂
﹁いや、俺は出ない。サティは出るけど﹂
﹁サティちゃんも強いもんな﹂
﹁サティに賭けたら大儲けできるぞ﹂
﹁おお!?﹂
食いついてきた。
﹁サティちゃん、優勝できると思うか?﹂
どうだろう。今のところ軍曹殿以外でサティより強い剣士ってみ
たことはないが、大きな大会となると⋮⋮
﹁俺はできると思ってるけど、心配なら軍曹殿もこっちに来てるし、
大会のレベルとか他の参加者のこととか聞いてみるか﹂
﹁ラザードさんも出るんだぜ﹂
﹁ほほう﹂
だが残念だがラザードさんではもはやサティには勝てないだろう。
ん⋮⋮いや⋮⋮どうだろう? サティとは直接やったことはなかっ
たな。俺が以前戦った時もさほど本気じゃなかったはずだし、実力
は測りきれん。Cランクとはいえ、ドラゴン討伐経験もあり、もう
1817
すこし功績があれば確実にBランクになれる実力がある。
﹁この大会、賞金がいいから本気で勝ちに行くって﹂
リーズさんとの引退後の生活のためか。
怖ええな。俺もかなり強くなったはずだが、全然勝てる気がしな
い。
﹁お前らは出ないのか?﹂
﹁ムリムリ。予選の初戦で負けちまうよ。予選に通るだけで結構な
賞金が出るからな。出場者のレベルが高いんだよ﹂
むう。サティが優勝できるか心配になってきたな。
俺のお小遣いはサティにかかってるというのに。
﹁よし、サティ。大会が始まるまで特訓しよう﹂
大会まで今日をいれて三日。みっちりと訓練をする。特訓の疲れ
は予選中に取ってもらう。特訓の疲労程度で予選を勝ち抜けないな
ら、本戦もどのみち無理だ。
三日間でサティをできうる限り鍛えあげる。お祭りを楽しむのは
大会が終わってからでいい。
﹁はい、がんばります!﹂
﹁そういうことでもう帰るわ。祭りの期間中は貴族街にあるエルフ
邸に泊まってるから、いつでも遊びに来てくれ﹂
貴族街への入場も、来客の名前だけ入り口に知らせておけば、ギ
1818
ルドカードみたいな身分証があればすぐに通してくれるそうだ。
﹁うむ。マサルの友人であれば歓迎してやろう﹂
﹁貴族街にエルフの屋敷か! 楽しみだな!﹂
帰りにもう一度ギルドに立ち寄って軍曹殿にも頼んでみよう。ず
っとは無理だろうが、1,2時間お相手をしてもらえるだけでも、
サティの経験値に確実になる。あとはうちの武闘派総出だな。
エルフにも頼むか。エルフの里にはまだ見ぬ使い手がいるかもし
れんし、ティトスクラスの剣士が数人でもいればずいぶんと助かる。
ゴーレムも使ってみるか。装備を付けたゴーレムファイター。防
御力はあるし、ぶっ壊しても構わないし。
ギルドに寄って、軍曹殿にサティの訓練をお願いすると二つ返事
で引き受けてくれた。
﹁サティは優勝候補と言えるだけの実力はあるが、対人戦の経験が
不足しておるな。明日は対人で役立つ技をいくつか教えてやろう﹂
ラザードさんの実力に関しては技術的には俺なら五分。サティな
ら少し上だろうとの予測だが、これも対人戦の経験不足を考えると
勝つのは容易ではないだろうということだった。
まあ俺は出ないし関係のない話だ。サティにがんばってもらおう。
エルフ邸の部屋に戻るとみんな既に戻っていたので、まずは剣闘士
大会に出ることを報告する。
﹁それで予選が始まるまで特訓しようと思ってるんだ﹂
1819
﹁優勝を目指します!﹂
﹁この大会は結構レベルが高いけど、サティなら優勝できるかもし
れないわね﹂
﹁オルバさんは出たことないのかな?﹂
﹁私と会うだいぶ前に出て、本戦の一回戦で負けたって聞いたこと
があるわ。その後は魔物狩り専門でAランクを目指してたから、そ
っちは興味がなくなったみたい﹂
結構若い頃だったらしいとはいえ、オルバさんで一回戦負けか。
﹁そうそう。ルヴェンに会ったわよ。特訓するならルヴェンにも頼
みましょうか﹂
元エリーのパーティ暁の戦斧の盾役。今は王都の魔法学校に入っ
て魔法使いになるべく学んでいるはずだ。
﹁魔法学校はそろそろ始まってるんだろ?﹂
﹁私はルヴェンの魔法の師匠よ? それくらいの頼みは聞いてくれ
るわ。たぶん休みくらい取れるでしょう﹂
よしよし。いいかんじだ。軍曹殿は明日の午前、稽古をつけにこ
こに来てくれることになっている。午後からはどうしようか。
ここの庭にも訓練スペースはあるが少々小さい。うちの屋敷のほ
うが広いし、エルフが来てくれるならあっちのほうが良さそうだ。
ウィルはお小遣いでもやって追っ払っとくかね。
1820
﹁ウィル、今日の護衛、ちゃんとやってたみたいだし少しだが報酬
を出そう。聞いたとおり、俺たちこれから特訓で忙しくなるから、
お前は仲間に会ってきたらどうだ? なんなら仲間のところで宿を
取るならそのお金を出してやろう。ケンカしたんなら仲直りが必要
だろ﹂
﹁俺も特訓手伝うっすよ、兄貴!﹂
﹁あー、それは⋮⋮﹂
﹁そりゃ俺じゃ手伝えることはほとんどないかもしれないっすけど、
見るだけでも修行になるって教官殿が﹂
今日はこっちでやるか? それとももう面倒くさいし、こいつに
もゲートは教えとくか? 何度も往復するつもりなら、こいつに秘
密にしたままでは追い出しでもしない限りやり辛い。
ゲートくらいならこいつが帝国の王子なのに比べたら、大した秘
密じゃないだろう。
﹁ウィル、密談があるからちょっとだけ外しててくれ﹂
﹁あ、はい﹂
ウィルが廊下へ出たのを確認して相談を始める。
﹁あいつにもゲートのことを教えようと思うんだが﹂
﹁そうね。何度も使うなら秘密にしておくのは大変だろうし﹂
アンはすぐに同意した。
1821
﹁マサルがいいならそれでいいわよ。今はエルフがバックについて
るし、バレたところでそう大事にならないんじゃないかしら﹂
元々Aランクになったら公表はするつもりだったし、要は個人が
ゲートを使えるというのが問題なのであって、国家が転移術師を雇
用しているということなら、よそは簡単には口出しは出来ない。帝
国やギルドがゲートのことを知って何かを言ってきても、エルフの
ために働いていると言えばそれ以上はないはずだ。
﹁ウィルは大丈夫じゃろう。マサルにはしっかり懐いておるからの﹂
﹁正直だし信用できる﹂
リリアとティリカも異論はないようなのでウィルを呼び戻す。
﹁今から話すことは絶対外に漏らすなよ?﹂
﹁もちろん兄貴が漏らすなっていうなら絶対に漏らしませんけど、
なんすか?﹂
﹁今から村に戻ることにした﹂
﹁え? 兄貴の村ってすごく遠いっすよね? いくらリリア姐さん
のフライが速いっていっても﹂
﹁戻るのは一瞬だ。俺はゲートが使えるからな﹂
﹁マジっすか﹂
1822
﹁漏れたらまずいのはわかるな?﹂
﹁そりゃすっごいマズイっすよ﹂
﹁そんなにまずいか?﹂
﹁兄貴はフリーの冒険者だけど⋮⋮エルフとは?﹂
﹁雇われてるわけじゃないが、協力はしている﹂
﹁それでも黙っていたほうがいいっすね。トラブルのもとになるっ
すよ﹂
﹁エリーはAランクなら別に平気だろうって言ってたが﹂
﹁冒険者ギルドは保護してくれるでしょうね。ギルドはこのことを
?﹂
﹁知らん﹂
﹁知れば保護もするでしょうけど、絶対に利用もされるっすよ﹂
やっぱそうだよな。
﹁昔はね、転移術師を奴隷紋で縛ったり、敵に利用されないように
暗殺したりってあったみたいなんすよ﹂
﹁マジか﹂
﹁まあ今は国際情勢も安定してるんで、そこまではないでしょうが
1823
⋮⋮﹂
思ったよりあぶねーな!
﹁でもほら、帝国の王子様よりかは珍しくもないだろ?﹂
﹁俺の命でゲート使いが交換できるなら、うちの祖父は喜んでやる
っすよ﹂
﹁マジか﹂
﹁それくらいじゃないとでかい帝国なんて運営できないっすからね﹂
﹁私もゲートを使えるの。誰にも言っちゃダメよ?﹂
﹁二人も!?﹂
﹁我らは才能ある集団なんじゃよ。みな運命に導かれて集まったの
じゃ﹂
﹁はあ、運命っすか?﹂
反応が悪い。やっぱりこっちでも運命だなんだって、女の子のほ
うが好きなんだな。
﹁妾はそなたもそうではないかと思っておる﹂
﹁俺も!?﹂
﹁マサルのような特別な力の持ち主に、エルフの王女が、帝国の王
1824
子がたまたま出会う。とても偶然とは思えぬ﹂
﹁それはまあ﹂
﹁妾は生まれた時、精霊の祝福を得て、将来何か事を成すとの予言
を賜った。我らの力があれば、世界とて救うことが可能なのじゃ﹂
ギクリとしたが、二〇年後のことをリリアが知るはずもない。ハ
ッタリで言ってるだけだ。というかこの話の流れは⋮⋮
﹁俺も⋮⋮?﹂
﹁そうじゃ。我らはマサルに見出された。そなたもじゃ﹂
リリアめ。一気に忠誠をあげようって腹か。だが悪くないタイミ
ングかもしれん。
リリアと目が合ったのでこのままいけとうなずく。
﹁わかるじゃろう、ウィル?﹂
﹁俺、兄貴に救われた時、兄貴が神様みたいに見えたっすよ。兄貴
についていけば何か変わるんじゃないかと。そのとおり、初心者講
習会で俺は変われました﹂
﹁その程度は序の口じゃ。マサルを信じよ﹂
﹁信じてるっす。軍曹殿もよく言っておられました。兄貴やサティ
さんは特別だって﹂
﹁わたしは普通の、何の取り柄もない獣人でした。でもマサル様に
1825
見出されて、才能を得たんです﹂
﹁魔法も?﹂
﹁魔法も剣も、すべてマサル様から頂いた力です﹂
﹁俺も⋮⋮俺も、魔法が?﹂
﹁マサルを心から信じよ。さすれば望みは叶うじゃろう﹂
しかしなんだこれ。新興宗教の集会みたいになってきたぞ。
﹁信じるっす! でも俺が魔法なんて⋮⋮﹂
﹁ウィル﹂
﹁はい、兄貴﹂
立ち上がり、ウィルの前に立つ。
﹁力が、魔力がほしいか?﹂
﹁ほしいっす⋮⋮﹂
大事なのは演出だ。
﹁俺は、俺を心から信じたものに、力を与えることができる。獣人
であるサティに魔法を授けたように﹂
︻奇跡の光︼詠唱開始︱︱
1826
部屋が魔力の淡い光に包まれる。初めて見るものにはすこぶる神
秘的だろう。
﹁これは⋮⋮﹂
﹁俺を心から信じれば、信じることが出来れば力を与えよう﹂
﹁妾は信じた。そして力を得た﹂
﹁わたしもマサル様を信じて力を、魔法を貰いました﹂
﹁わたしもよ。ゲートを、望んでいた空間魔法を﹂
﹁私も大きな力、世界を変えるほどの力を得た﹂
そこまではどうなんだ、ティリカよ。
﹁私もマサルから、大神官に匹敵するほどの力を授かった。これは
神の加護。マサルを通した神の恩寵なの﹂
﹁神の⋮⋮恩寵?﹂
﹁ウィルよ、そなたはどうするのじゃ? どうしたいのじゃ?﹂
光に照らされた美しいエルフの静かな、優しい問いかけ。
﹁お、俺は、俺も兄貴を信じるっす!﹂
﹁マサルのためなら命を賭けてもいいほどにか? 我らは皆、その
覚悟があるぞ?﹂
1827
﹁俺も! 兄貴のためなら命を捨てます!﹂
﹁よくぞ申したぞ、ウィルよ!﹂
魔力を更に高める。部屋が俺を中心に眩い光に包まれる。
メニューが開いた。マジかよ。
﹁ならば力を授けよう﹂
︻奇跡の光︼が発動し、弾ける光。
メニューを操作し生活魔法と魔力感知を取る。
﹁あ⋮⋮あ、ああああああああ!? 感じる、感じるっすよ!﹂
﹁そうだ。それが魔力だ。お前に魔法を操る力が、いま備わったん
だ﹂
﹁あ、ああ⋮⋮兄貴ぃ⋮⋮﹂
﹁使ってみろ。ライトの魔法が今なら使えるはずだ﹂
﹁は、はい﹂
ウィルの︻ライト︼が発動した。
﹁ほ、ほんとに⋮⋮俺が魔法を⋮⋮うっ⋮⋮﹂
﹁うん。よかったな、ウィル﹂
1828
感極まって泣きだしたウィルの肩をぽんぽんと叩いてやる。
﹁後もうひと押しじゃと思っておったよ﹂
リリアがウィルに聞こえない小さな声で呟いた。
もしかしてウィルとちょこちょこ話してたのは、それを確認して
たのか⋮⋮
1829
125話 サティの特訓
﹁でも兄貴、これは一体⋮⋮?﹂
呆然と自分の出したライトを見つめていたウィルだったが、やっ
と我に返ったようだ。突然何かのイベントが発生したかと思ったら、
魔法が使えるようになっていた。さぞかし訳がわからないだろう。
﹁使徒って聞いたことあるか?﹂
﹁神が遣わした⋮⋮って!?﹂
﹁マサルは使徒、それも主神イトーウースラ様のよ﹂
アンが誇らしげに言う。
これは以前アンに頼まれて、日誌で確認してある。返事をもらえ
たと知って、本当に主神だとわかってアンはえらく興奮していた。
俺への忠誠も少しあがった。
﹁マジモンじゃないすか⋮⋮あ、勇者? さっき世界を救うって﹂
勇者。定番だな。やはりかつて魔王を救って世界を救ったという
ネームバリューはすごいのだろう。
﹁ただの使徒だよ。勇者じゃない。今は魔王もいないようだし、世
界の危機もない。ゆえに勇者もいない﹂
﹁でも世界を救う力があるんすか?﹂
1830
﹁あるんだろうな﹂
認めたくはないが。
﹁兄貴すげえっす!﹂
﹁そなたもその力の一端を授かったであろうが﹂
﹁あ、これ⋮⋮神の恩寵って﹂
﹁とりあえず順番に話してやる﹂
さっさとサティの特訓に移りたいところだが、こいつのことは適
当では済まされなくなってきた。戦力になってくれればいいんだが、
こいつはこいつでパーティを組んでるし、めんどくさそうな背景も
ある。リリアに乗っといてなんだが、どうしたものだろうか? ﹁俺は神様に加護を与えられてこっちに連れて来られた。生まれは
遥か遠く、帝国の名前すら誰も知る者がいないようなところだ﹂
﹁ああ、それで﹂
﹁そうだ。この加護というのは、お前にやったみたいに望む力を分
け与えることだ。もちろん条件があって、さっき何度も言ったよう
に俺に対する信頼がないとダメで、簡単には加護持ちは増やせない﹂
しかしそれでも半年で六人だ。悪くないペースじゃないだろうか。
﹁その⋮⋮勇者じゃないとしたら、この力は何のために?﹂
1831
﹁神様はテストと言っていた。この加護を実際使ってみて、どんな
感じかを定期的に報告をしている。それにたまに神託があって仕事
もする﹂
﹁その神託によってエルフの里は救われたのじゃ﹂
﹁まあ今は神託もないし、やることは特にない。自由行動中だ﹂
﹁いずれまた神託があるってことっすか?﹂
﹁たぶんな﹂
﹁俺もその時は⋮⋮﹂
﹁そのことなんだが⋮⋮お前にやれる加護はそれで終わりじゃない
し、鍛えればもっと強くなれるだろうが、今のお前はちょっとした
魔法を覚えただけで、強くなったわけでも偉くなったわけでもなん
でもない。そのうち何か頼むこともあるだろうが、今のところは加
護とかは気にせず自由にやっていればいい﹂
﹁その時は任せてくださいっす!﹂
﹁ただな⋮⋮俺はこの半年で六回死にかけた。危険なんだよ﹂
その半分くらいは俺の不注意や力不足のせいな気もするが、危険
なのは変わりないし、今後もっと危険になる可能性があるのだ。
﹁半年で六回⋮⋮﹂
1832
﹁お前、もう魔法も覚えたし、堂々と実家に帰れるだろ? なんな
ら使える魔法をもっと増やしてやってもいい。俺たちに関わって、
わざわざ危険な目に合うこともないんだぞ? それに俺の手伝いを
するにしてもパーティはどうするんだ?﹂
﹁あー、そうっすね⋮⋮﹂
﹁もっと詳しい話は暇な時にしてやるから、しばらくは覚えた魔法
の練習でもしてろ﹂
﹁はい、兄貴﹂
﹁わかってると思うが、こんな話が漏れたら大変なことになる。ゲ
ートはそのうちどこかからバレるのは仕方がないが、加護のことは
絶対バレないようにしておけよ。魔法は俺が教えたことにしておけ
ばいいが、教えた方法は秘伝の方法で極秘な﹂
﹁わかったっす﹂
﹁今はサティの特訓が優先だ。リリア、部隊長さんを呼んで来てく
れるか?﹂
まずは剣闘士大会のことを話して協力を仰ごう。その後は村に戻
ってエルフの里へ行って。また村に戻って。忙しくなりそうだ。
王都のエルフさんにも剣術が達者な人が三人いたのでお借りする
ことになった。あとは里に送り届けた人が里の達人を集めて、明日
来てくれることに。
1833
俺。ティトスパトス。エルフの三人。アン、リリア、シラー、ウ
ィル。オルバナーニアさん。それに俺のバトルゴーレム。村の警備
のエルフさんにも近接戦闘が得意な人がいたので参加してもらう。
場所はゴーレムを出すので、屋敷の外壁沿いに広めのグラウンド
を造成してやることにした。
俺たちは木剣に防具を完全装備。サティのほうは木剣に剣闘士大
会で使う予定の、一番最初に買った革装備だ。オルバさんに見ても
らったが、レギュレーションにも違反しないだろうということだ。
連戦。一撃もらったら交代する。俺とゴーレム以外は組になって
もらって複数で当たってもらう。
本番仕様の刃引きした鉄剣だと、食らった時のダメージが大きい。
回復魔法があるとはいえ、肉体的ダメージにより気力もごりごり削
られて、長時間戦うのは非常にきつくなる。それで続行不能になる
よりかは、木剣で連戦してとにかく対人の経験値を積んでもらう計
画だ。
﹁まずは俺からやろう﹂
剣と盾を構える。本番を想定して本気でやる。いつものサティと
の練習も別に手を抜いてるわけじゃないが、本気度にもレベルがあ
る。覚悟の差とでもいおうか。
傷つかないように、傷つけないようにやる練習。本気で相手を倒
しにかかる。殺しにかかる。死ぬ気で、死力を振り絞る。
今回はサティを倒すつもりでやる。軍曹殿や魔物相手以外では滅
多に出したことのない本気だ。
俺の殺気にサティがかすかに怯えた表情を見せる。かわいいサテ
ィ相手に本気を出すなんて俺も非常に心苦しいのだが、サティのレ
ベルだと俺が本気でかからないといい練習にならない。
1834
﹁いくぞ﹂
正面から踏み込み、全力で打ち込む。小細工はいらない。どうせ
小手先の技も全部知られているのだ。
躱される。それは想定内。剣を横なぎに払う。受けられる。その
まま押そうとするが、するりと逃げられる。追撃。追撃。やはりそ
う簡単には仕留められない。というか反撃が来ない。
間を取る。
﹁サティ、ちゃんと反撃しろよ。俺は防具着てるし当たっても平気
だから﹂
﹁はい。でも⋮⋮マサル様は強いです﹂
普段と違う俺の殺気に戸惑っているだけだろう。軍曹殿との特訓
もサティは一回も見てないしな。
﹁剣闘士大会には俺レベルの相手がごろごろ出てくる。そいつらは
本気でサティを倒しにかかってくるんだ。俺程度で手こずっていた
ら優勝できないぞ﹂
﹁はい﹂
再び構え、今度も俺から仕掛ける。一撃、二撃。サティからの反
撃。だが木剣だ。多少の無茶は出来る。食らったところでダメージ
は少ない。
サティの攻撃をギリギリのところで盾で受け、隙を狙う。躱され
る。素早い。
サティの反撃。剣で、盾で受ける。剣で受け流す。再び強引に剣
をねじ込む。受けられる。一旦距離を置こうとしたところで追撃を
1835
受ける。カンカンカン。防戦一方。一度劣勢に回ると中々反撃に移
れない。だが軍曹殿とやった時ほど絶望的でもない。受けに徹すれ
ばそうそうやられはしない。サティも攻めあぐねているようだ。
胴を狙った一撃を力で打ち払う。双方の剣が流れる。距離を詰め、
シールドバッシュ。体ごと盾をぶつける。反応が遅れたサティはま
ともにくらいよろめき︱︱カン。太腿あたりに軽い一撃を食らって
しまった。
攻撃に気がいって足がお留守だったようだ。
﹁ふう、交代。次お願いします﹂
サティはやっぱ強いな。盾術、回避、心眼と防御はかなり使えて
いるが、攻撃との連携が弱いのだろうか。久しぶりのがっつりとし
た修行タイムだ。ちょっとその辺りを意識してやってみよう。
俺が考えてるうちに、みんなも順当にやられていく。ダメージを
受けた人は治療し、次に備える。そして3メートルクラスのバトル
ゴーレム。サティはこの時だけ鉄剣に持ち替える。
﹁ゴーレムだ。遠慮はいらんぞ﹂
﹁はい!﹂
ゴーレムはパワーがあるが動きは遅い。ゴーレムサイズに合わせ
た大きい土剣を振るうがサティを全然捉えられない。土の剣と盾は
硬化で強化してあるから保っているが、ゴーレムのボディのほうは
ガッガッガッと面白いように削られていく。なんて脆い。
剣もだが、盾が使いこなせてない。ゴーレムに最適の動きも考え
ないと⋮⋮あ、やられた。
ついにダメージが臨界を超えぐずぐずと崩れ落ち、土となるゴー
レム。
1836
﹁二セット目行くか﹂
そろそろ夕日が沈もうとしているので、ライトの明かりを出す。
あと二セットくらいやれば今日はもういいか。夜は夜でやりたいこ
ともあるし。
﹁いくぞ、サティ!﹂
二戦目もがんばったのだが、一戦目よりほんの少し長生き出来た
だけだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
大食堂での修行参加者全員との夕食も終わり、次は屋敷の居間で
回復魔法の修行である。大会では回復魔法の使用が認められている。
使わない手はない。
俺でも二日で習得できたのだ。サティにもきっと出来る。
﹁集中して、イメージするの﹂
指導役はもちろんアンジェラ先生である。俺にやったのと大体同
じ方式だ。指にちょっぴり傷をつけて自分で治療する。
サティの魔力感知は高いから、俺の時より難易度は高くないとは
思うんだが、うんうん唸って魔力を消費するばかり。ま、初日だし
な。
予選まで二日。本戦までは五日ある。なんとかなるだろう。
1837
﹁ちょっとウィルと話してくる﹂
ウィルと昼間の話の続きだ。ポイントもまだ余ってるし、育成の
方向性とか今後どうするのとか、相談しておかないといけない。
居間のある三階からウィルのいる二階の客間へと階段を降り部屋
を訪ねると、ウィルは床で寝ていた。
﹁やると思った﹂
魔力切れの気絶である。警告はしておいたし、本人も家族がみん
な魔法使いだから当然知識として持っていたのだが、やはり使って
みないと限界はわからないものだ。
魔力をチャージしてやれば目を覚ますかもしれないが、ベッドに
運んで寝かしておいてやった。話は明日にしよう。俺も今日は色々
動きまわって疲れた。
居間に戻り、サティにがんばれよと一声かけて自室へ。机に向か
い日誌を書く。今日は書くことが多い。
書いてるとエリーが部屋に来た。ネグリジェ姿に即座にムラムラ
するが、もうちょっと我慢だ。
﹁今日のことを書いてるの?﹂
後ろから抱きついて、顔をくっつけてきて日誌を覗きこむ。
﹁うん﹂
書く手を止めずに答える。
﹁今日はよくやったわ。あんなに上手く行くとはね﹂
1838
﹁俺も驚いた﹂
﹁あの演出とかセリフとか中々よかったわよ﹂
﹁そう? 俺はリリアに乗っかっただけだけどな。リリアはさすが
エルフの王族だわ。あの神秘的な雰囲気﹂
﹁これがウィルね﹂
日本語で書いてあるのだが、名前のところを突然指さして言う。
﹁あの、日本語の解読とかやめてもらえませんかね⋮⋮﹂
﹁日本語って文字の種類が多くて名前くらいしかわかんないわよ。
でもまあ、マサルが嫌がるならやめておくわ﹂
エリーは頭がいいから、真面目にやられたらすぐに解読されそう
な気がするな。日誌って基本その日の出来事だし、解読のヒントに
は事欠かない。
﹁ケチケチせずにマサルが教えてくれればいいんだけどね?﹂
﹁これってほぼ俺の日記なの。恥ずかしいだろう﹂
﹁別に恥ずかしがるような仲じゃないでしょう﹂
﹁ほう、そうなのか? 本当に恥ずかしくない?﹂
﹁何を今更言ってるのかしら﹂
1839
﹁じゃあ試してみよっか﹂
﹁ええ、いいわよ﹂
まだまだ試してないことがあるんだよな! ちょっとアレかなと
遠慮してたのだが、リクエストされたとあらば致し方無い。
﹁あの、やっぱりこれ恥ずかしいんだけれど⋮⋮﹂
﹁まあまあ。最後までやってみようよ﹂
﹁あ、ちょ、ちょっと!﹂
俺は別に恥ずかしくないし! とても楽しいし!
エリーと二戦ほど終えてお風呂から上がると、サティとアンが部
屋に戻るところなようだ。結構遅くまでがんばってたんだな。
﹁エリーもう寝る?﹂
すでに布団に潜り込んでおり、返事がない。今日のちょっと変わ
ったプレイで疲れたのだろうか。サティのところに行ってくると言
い置いて、部屋を出る。
真向かいのサティの部屋の扉を軽く叩くと、すぐに扉が開いた。
﹁お疲れ、サティ。回復魔法はどうだった?﹂
1840
﹁上手くいきません⋮⋮﹂
﹁まあ初日だからな。人によっては1ヶ月でも無理だったりするこ
ともあるみたいだし、今回ダメでも覚えといたら役に立つから無駄
にはならないだろう﹂
﹁はい﹂
話してるとほんとに疲れてみえたので、明日からも大変なサティ
を労うために、ベッドに寝かしてマッサージをしてやることにした。
エロいのじゃなくて服を着たままでのごくごく普通のやつ。素人の
見よう見真似の揉みほぐしであるが、気持ちよさそうだ。
﹁サティは強いな﹂
この小さな体のどこに、あんなパワーが秘められているのだろう
か。しっかりとした筋肉がついて会った時のガリガリな感じはなく
なったが、細いのは相変わらずだし。ステータスはずいぶんと上が
っているが、俺の実感として数値上昇分の力がそのまま出てるとも
思えないし、よくわからん。
﹁ん、マサル様も強いですよ﹂
いやいや、今日も三回とも負けたじゃん。
﹁えっと、マサル様は強い時とあんまり強くない時があって、強い
時はほんとうに強いです﹂
強さにムラがあるってことか。今日は結構本気出したんだけどな。
1841
追い詰められないと真の力が発揮されないんだろうか。
﹁だからずっと強いままなら剣だけでも私と互角で、魔法も使えば
絶対敵わないです﹂
さすがに剣で互角はいつものサティの過大評価だろう。元の素質
とか普段からの練習量とかに差があるし。
でも強さにムラがあるのはたぶんその通りなんだろうな。明日つ
いでに軍曹殿にその辺を聞いてみよう。
﹁わたし⋮⋮がんばりますね⋮⋮だから⋮⋮﹂
マッサージしてるうちに眠くなってきたようだ。回復魔法の練習
で、魔力を何度も使い果たしては補充して疲れたのだろう。
﹁ま、無理しない程度にほどほどでいいさ﹂
寝てしまったサティに布団をかけてやって、俺も隣に潜り込みつ
ぶやく。
今回は別に勝てなくたって死ぬわけじゃない。ただのお祭なんだ
し。
1842
12/25発売︼
125話 サティの特訓︵後書き︶
︻⑤巻
1843
126話 サティの特訓その2
村の自宅で朝食を終え、皆で王都に移動してほどなく軍曹殿が訪
問され、エルフ屋敷の庭の一角にある、小さい訓練場にてさっそく
指導をしてもらうことになった。
サティの練習台部隊にはお祭り初日ということもあって、午前中
は自由行動にした。それに昨日の三セットをやってみた感じ、一日
中サティの相手をするのは体力的に厳しそうだ。最大限協力しても
らうにしても、足腰が立たなくなるまで働かすわけにもいかないだ
ろう。それでも半分くらいは王都見物に行かずに居残って訓練を見
に来ている。物好きだな。
﹁まずは久しぶりに二人の腕を見せてみろ﹂
ついでに俺の腕も見ておこうというのだろう。サティのお相手に
指名されてしまった。軍曹殿が来るまで少し準備運動でもと、フル
装備の準備してたのは失敗だった。決して軍曹殿の訓練が嫌だと言
うわけではない。ただ、本格的にやるならそれなりの覚悟が必要だ。
出来れば今回はサティの訓練だけにしておいて欲しい。
サティと相対する。そろそろ一本くらい取りたいとは思うが、転
移剣があっさり防がれたようにサティは対応能力が極めて高い。不
意打ちや小手先の技は一度見せてしまえば二度目からは効果も薄く、
もう正攻法で攻めていくしかなくなる。
気合を入れる。勝てないにしても無様を見せるわけにはいかない。
万一修練不足とでも思われて、またあの特訓を組まれるわけにいか
ないのだ。
一気に踏み込む。昨日はまだまだノリが足りてなかった。サティ
1844
の言う、あまり強くない時だったのだろう。
思いだせ、軍曹殿との地獄の特訓を! 今こそ俺の真の力が覚醒
する時!!
攻撃に意識を全振りだ。防御は無視。防御系スキルの作動か本能
で躱すに任せる。それだけやってどうにか相打ちできるかどうかだ
が、木剣相手にフル防具である。相打ちならダメージはサティのほ
うがでかいのだ。
剣に力を乗せる。だが力任せでない、細かくコンパクトな振り。
でなければ素早いサティが捉えきれない。
数合、剣を交える。サティとは実力差がそれほど大きくはないは
ずだ。時々は一本が取れるし、サティにしてもこちらの攻撃を楽々
捌いているということもない。
だが一手、いつも打ち負ける。プレートの上から軽い一撃をもら
った。
﹁サティ、もっと力を乗せて攻撃するように。大会ではその程度の
ダメージで進行は止まらん﹂
攻撃の手を休めた俺たちに軍曹殿が言う。
﹁は、はい﹂
﹁私が止めるまで続行だ﹂
呼吸を整える。
多少のダメージを食らっていいともなればまたやり様はある。ち
ょっと訓練がハードになってきた気がするが、まだ許容範囲内だ。
再び打ち合い。
﹁やめ。サティ﹂
1845
すぐに制止がかかった。
﹁はい、軍曹殿﹂
﹁もっと足を使え。この訓練場を全面使う感覚だ﹂
﹁はい﹂
再開。サティがフットワークを使い出す。ただでさえ素早いサテ
ィが余計に捉えづらくなる。
﹁もっと素早く! 体勢を低く! 左右に体を振れ!﹂
更に軍曹殿のアドバイスが飛び、みるみるうちに動きが改善され
ていく。
剣が︱︱当たらない!?
空振った剣に、ほんの僅か体が泳ぐ。ガッ。肩口に大きな衝撃。
完全にバランスを崩す。
﹁やめ! サティ﹂
﹁は、はい﹂
軍曹殿に呼ばれ、更に色々と助言を貰っている。
今のは結構効いたな。鎧の金属部分じゃなかったら骨までいって
たかもしれん。
﹁いいか、マサル?﹂
1846
﹁はい、いけます﹂
再び相対する。サティがちょっと涙目だな。思えば練習とはいえ、
まともに攻撃を、有効打を貰ったのは初めてだ。それを気にしてる
のか。
﹁サティ、今くらいのだと全然ダメージはない。もっと強く当てる
んだ。じゃないと大会を勝ち抜けないぞ﹂ ﹁はい、マサル様﹂
真剣な表情でサティが頷く。
再開。低く体勢をとったサティが即座にまっすぐ突っ込んできた。
ヤバイ、守りを︱︱頭に衝撃。尻もちをつく。
正面のサティに備えたところに上段に攻撃を食らったのか⋮⋮ま
ったく見えなかった。恐らくいま軍曹殿に教えてもらった技なのだ
ろう。
﹁今のはよかった。その調子だ﹂
手を引いて立ち上がらせて貰い、サティに言う。
頭は少し痛むが、ヒールをかけるほどでもない。
﹁フル装備だからな。この程度じゃダメージにはならん﹂
再び念を押しておく。
実際、軍曹殿との防具なしでの訓練に比べれば、全然大したこと
もない。
﹁サティ!﹂
1847
軍曹殿に呼ばれて、再び指導を受けている。
俺もちょっと考えないと、このままではサティにフルボッコにさ
れてしまう。
サティみたいにフットワークを使うか?
下策だな。劣化な動きしか出来ないだろうし、俄仕込みじゃ余計
にボロボロになりそうだ。
足をしっかりと地につけて、サティの動きに惑わされないように
しないと。
感覚を研ぎ澄ます。目だけに頼ってはダメだ。
両手の力を抜く。
なんとしてもサティの攻撃を防ぐ。これ以上攻撃を食らってはサ
ティが泣く。
どんな動きをしたところで、剣は一本。その届く範囲に入らねば
攻撃は当たらない。それを見極める。理屈ではそのはずだ⋮⋮
再開。サティは今度もフットワークを使うが、大きく緩急をつけ
て来た。お?と、思ったが何か変な動きだ。無理にやろうとして動
きが不自然になっているのか。まあサティとて、なんでもかんでも
いきなり出来るものでもないのだろう。
しかしチャンスである。この隙に︱︱
軍曹殿の終わりの宣言が告げられ、二時間ほどのみっちりとした
訓練が終わった。サティはまだ余裕がありそうだが、俺が体力の限
界である。
あれから俺の攻撃をまともに食らい、サティはガタガタになった。
付け焼き刃の戦闘スタイルでやられるほど俺も弱くはない。だが最
後の方は動きも良くなってきて、また互角くらいにはなってきた。
明日にはもう勝てなくなるかもしれない。
1848
﹁明日も同じ時間で良いか?﹂
﹁それはもちろん大丈夫ですが、あまりこっちにかまけていてギル
ドのほうはいいのですか?﹂
﹁構わん。ギルドとしても優勝が狙える者に注力するのは当然のこ
とだ﹂
サティは冒険者ギルドの代表も務めることになるみたいだ。
﹁そういうことでしたら、明日もお願いします﹂
﹁うむ。ところでやはり貴様は出んか? いい経験になるぞ﹂
﹁こういうのはちょっと⋮⋮﹂
剣の道を極めたいわけじゃないからこうやって訓練すれば十分だ
し、強さを測りたいならサティが出るからある程度わかる。賞金や
名声も必要ない。出る理由がないのだ。
それにあのでかい、プロ野球の公式戦が出来そうなサイズの闘技
場。観客は万単位だろう。絶対無理だわ。
﹁ここ数年、ギルドから優勝者が出ておらん﹂
それでギルドは勝てそうな選手には出場を薦めているそうな。
﹁サティが出るなら俺が出ても意味がなさそうですが﹂
﹁相性というものがある。サティと比べて貴様の実力がさほど見劣
りするとは思わん﹂
1849
﹁そういえばサティが俺の力にムラがあって、実力さえ出せれば自
分とそう違いはないと言ってましたが⋮⋮﹂
﹁確かに貴様はムラが大きい﹂
﹁大きいですか﹂
﹁人は普段、その持てる力の半分も出しておらん。それを安定して
使えるようにするのが訓練であり経験なのだ﹂
だから大会はいい経験になるぞと軍曹殿は言う。
まあなんと言われようと出ませんけどね。
強くなることは必須事項であるが、剣でそれを実現するのは茨の
道だ。レベルアップが望めない以上は訓練で伸ばすしかなく、それ
にかかる労力は魔法に比べて桁違いだ。とても辛い。痛い。それで
いて魔法より地味だ。
﹁強くなる道はいくつもあります﹂
転移剣は軍曹殿に通用するだろうか? そのうち試してみたいも
のだ。空間魔法が得意なのは知られているし、短距離転移くらいな
ら見せてもたぶん平気だろう。
﹁貴様がそれほど有能な魔法使いでなければ剣で大成する道も⋮⋮
いや、言っても仕方がない話ではあるな﹂
軍曹殿の評価に心が痛い。今回もチートでずいぶんとスペックア
ップしてるしな。だけどこっち方面の強化はもう頭打ちなんですよ
⋮⋮
1850
﹁剣の道はサティに任せますよ。もちろん俺も修行は怠るつもりは
ありませんが﹂
その後は長居は無用と軍曹殿はギルドへと戻っていった。大会ま
で指導で忙しいのだろう。
﹁俺は少し休憩させてもらうが、サティはどうする?﹂
﹁もっと続けたいです。やっと動きがわかってきました﹂
﹁じゃあ村に戻るか﹂
とりあえずこの場にいる者を拾って村に戻った。残りはエリーが
輸送してくれる。今回のイベントにエリーは、パーティと我が家の
名声を高めると非常に協力的である。王都で留守番もしてくれて、
来客時などは呼びに来てくれる手筈だ。
村ではエルフの部隊が既にスタンバイ済みだった。
サティがエルフたちを蹴散らしていくのをシラーと一緒に見学す
る。エルフさんが結構な人数を揃えてくれたのでしばらくはサティ
も忙しいだろう。何人かティトス並の使い手もいるようで、一周す
るのにも時間がかかりそうだ。それに怪我人が出るたびにサティも
手を止めて、休憩も兼ねて治療を見る。
﹁主殿は本当に強いのだな。これ程とは思わなかった﹂
シラーは田舎村の出身である。奴隷となるまで村から出たことも
なく、比較対象はほぼ村人のみ。こちらに来て鍛えてやってはいる
が、俺の強さがいまいち推し量れなかったのだろう。
それが昨日今日とサティとガチでやりあったり、外部から招聘し
1851
た部隊を蹴散らしてるのを見てようやく頭に染み渡ったということ
か。
﹁惚れた?﹂
﹁主殿がお望みなら私はいつでも⋮⋮﹂
ちょっと恥ずかしそうにいうシラーちゃんにはとてもそそられる
が、まだ好感度が足りない気がするな。決定打というか、フラグが
足りてない。リリア風に言うなら運命的な何かが。
﹁ああ、一周目が終わったみたいだな。行ってくる﹂
シラーの頭をぽんと叩いてサティのところへと向かう。今のとこ
ろイエスともノーとも返事が出来ない。加護が付く前の好感度を測
る方法でもあればいいのにな。
昼前にクルックとシルバーが来訪した。きっとご飯を狙ってきた
のだろう。祭りの間中エルフ屋敷の食事は姫様を歓待するために普
段以上に豪華である。
初めて入る貴族街にエルフ屋敷。そして豪華なランチに終始ごき
げんな二人だった。
﹁俺たちはいい友達を持ったな!﹂
クルックの言葉にうんうんと同意するシルバー。
そして食事を楽しむとすぐに帰るという。修行の邪魔をする気は
1852
毛頭ないようだ。ただ一つ、置き土産をしていった。
﹁ラザードさんが会いたがってたぜ﹂
﹁それって⋮⋮﹂
あの人が俺に用があるとかバトル方面以外に思いつかない。
﹁ああ。大会に出ないならちょっと手合わせをしてみたいそうだ﹂
﹁優勝を目指してるならサティのライバルだからな。無理だって言
っといてくれ﹂
﹁無理なら大会後でもいいって﹂
﹁マジか﹂
軍曹殿によれば俺との実力は伯仲してるらしい。ガチでやるのは
はっきり言って怖い。
﹁そうだな⋮⋮お前らまた遊びに来てもいいぞ。だから上手いこと
断ってくれ﹂
﹁上手いことって言われてもなー﹂
﹁この前倒したドラゴンの肉も出そう﹂
﹁よし、任せろ!﹂
だがこのことは失敗だった。シラーちゃんが呆れた顔で見ている
1853
のに気がついた。手合わせから逃げるのは戦士として失格というこ
となのだろう。
他のみんなは俺のことをよくわかっているのでそんなもんだろう
という感じだ。ある意味信頼されている。
﹁ラザードさんとの決着はいずれ付ける。だがそれは今じゃない﹂
﹁え、それ伝えちゃってもいいの?﹂
﹁も、もちろんだとも。今は俺も修行中だ。時期が来ればこちらか
ら出向く﹂
﹁命知らずだな⋮⋮だが間違いなく伝えよう﹂
シラーちゃんの好感度が下がるよりマシだ。剣の実力は伯仲して
いるという。魔法を使えば勝機は十分にあるはずだ。それに祭りが
終われば帝国に行くし、当分会うこともあるまい。
大会で本気のラザードさんの戦いも見れるだろうし、対策を考え
る時間はたっぷりある。
﹁主殿、先程のラザードという方はそんなに強いのか?﹂
二人が帰るとすぐにシラーが聞いてきた。シラーちゃんは自宅警
備がお仕事なので、外に出ると途端に暇になり、大抵は俺かサティ
にくっついている。
﹁剣の腕は俺と互角くらいだそうだ。昔は全然敵わなかったんだが﹂
﹁なぜすぐに決着を付けない?﹂
1854
﹁互角じゃダメだ。やるからには勝たないとな﹂
﹁うん、そうだな。負けるのはダメだ﹂
それで納得してくれたようだ。
午後からはルヴェンさんも来てくれた。エリーに連れられて村に。
ゲートがバレても大丈夫なくらい信用はあるらしい。
オルバさんやナーニアさん、いつの間にか混じっていたタークス
さんとの再会を喜ぶのもつかの間、さっそくサティのお相手をして
もらった。
Aランク間近だった現役Bランクの重装戦士である。さすがにサ
ティに勝てるということもなかったが、防御力重視の重装甲は、サ
ティの鋭い攻撃であっても木剣ごときではびくともしない。
それではと試しに俺と組んであたってみるとサティを圧倒した。
圧倒である。
このルヴェンさん、フォローする動きが非常に上手い。俺はルヴ
ェンさんから距離を置かないようにして戦うだけで、要所要所でサ
ティへの妨害が入る。サティがルヴェンさんを相手にしようにも俺
がそれを許すはずもない。
もし俺たちも革防具なら小さい有効打を積み上げて勝つ目もあっ
たかもしれない。だが本番形式だと有効打でも戦闘可能とみなされ
れば試合は続行である。サティは俺たちから致命傷の判定が出そう
な打撃を取ることができなかった。
何度か俺たちが勝って次に交代となった。数周目の戦闘でサティ
は戦術を変えてきた。はっきりと小さい有効打を積み重ねてくる。
ヒットアンドアウェイを繰り返す負けない戦法。
1855
一見上手く回っているようでも俺たちのは付け焼き刃の連携だ。
何度も戦ってるうちに何がしかの弱点を見出したのだろう。サティ
のフットワーク戦術も厳しい訓練の中、洗練されてきたようだ。
捉えられない。決着が付かなくなってきた。俺もルヴェンさんも
スタミナが切れて動きが悪くなる。軽装のサティは元気である。
戦いの最中生じる小さな綻び。もちろんそれはムラのある俺の方
だ。
夕闇迫る頃、ついに一本いいのをもらってしまった。
翌日。午前中の軍曹殿の指導。
その後の体力の限界まで繰り返される長時間の訓練。スタミナの
少ないエルフさんは人員を増やして対応していた。
回復魔法は間に合わなかったものの、短い期間で非常に密度の濃
い修行をこなした。
サティに叩きのめされ、あるいは体力を使い果たし死屍累々とな
った我が家の訓練場で、サティだけはただの一度も膝すらつくこと
もなく最後まで訓練をやり通し、剣闘士大会予選の日を迎えた。
1856
126話 サティの特訓その2︵後書き︶
5巻発売中。よろしくお願いします。
1857
127話 剣闘士大会予選、初日
体がとても重い。三日間、限界まで修行に付き合って失った体力
は、一晩寝た程度では回復しない。俺でこれならずっと戦っていた
サティはもっと辛いだろう。
﹁サティは大丈夫か?﹂
﹁万全ではありませんけど、平気です﹂
朝一でウォーミングアップに付き合ったが動きに別状はないよう
だったし、予選は問題あるまい。
初日は三戦勝てば勝ち抜けである。二回負ければ敗退。一回だけ
なら負けても予選初日は通過できる。それに本戦と違って予選は倒
れるまでということもない。有効打があれば審判による判定勝ちと
いうルールである。参加者が多く、あまり一つの試合に時間はかけ
られないということらしい。
予選開始まではまだ時間があり闘技場周辺は人がまばらだったが、
組み合わせを見るために沢山の人が闘技場外にある掲示板には詰め
かけていた。もちろんほとんどが参加者たちであろう、むさくてで
かい野郎どもばかり。
しかしそんなところにわざわざ割り込む必要もない。鷹の目があ
るし。
﹁ありました、あそこ﹂
﹁あれか、777番。いい数字だな﹂
1858
こっちでは縁起がいいとかそういう話もないようなのだが、とて
も覚えやすい数字だ。
777番で第十六試合場。このあとは受付でゼッケンをもらう。
試合が始まるまでに支給の装備を借りるか、持ち込み装備の確認を
する。
勝者を予想する投票券は今日の戦いで実力を見極めてオッズを決
め、明日からの発売となる。そうするとサティで大穴を狙うのは無
理そう。残念だ。
一旦みんなのところへと戻り、サティの番号と試合場所を告げ、
皆の激励を受けて会場へと向かう。行くのは俺とアン、サティの三
人だ。
俺とアンは神殿からの治癒術師のボランティアで会場入り。他の
みんなは王都のエルフさんが確保してくれたチケットで観戦となる。
大会は神殿も全面協力しているのだが、ただでさえ治癒術師が足
りない所に祭りで王都に人が流入するので通常業務も普段より増え
る。周辺地域からの応援も頼むが、祭り期間は人が足りたことがな
いという状況で、ボランティアも大歓迎ということらしい。
サティがゼッケンやら装備やらのチェックを終え、会場に入るの
を確認してから俺とアンも別ルートで会場に入り、今日のお仕事の
簡単な説明を受ける。神官服を着てしれっと紛れ込んでるのでまさ
か仲間じゃないとは思われてないだろう。ちゃんと上の方の人に話
は通してるけど。
基本は各会場にいる審判の指示に従って目の前の怪我人を治して
いればいいようだ。
俺は外部からのお手伝いということで、フリーで手の足りないと
ころの補助にしてもらった。サティのところへ行けないなら手伝っ
た意味がない。
1859
アンと別れてサティのいる場所を探す。
目当ての第十六試合会場は闘技場の中程の一画に設置されていた。
ロープも何もない、地面に線が引かれただけのプロレスやボクシン
グのリングより少し広いくらいのスペースである。
一つの会場で約五〇人ほど。徐々に試合場の周りに選手が集まっ
てきて待機している。
俺も大人しく待機しておくことにした。
サティの試合予定の場所には一人の中年の神官の男性が居たので
挨拶をして、アイテムボックスから椅子を出して隣に座る。
﹁おや? ここの担当は私のはずですが﹂
﹁俺は予備の人員なんで、どこかで人手が足りなくなったり大怪我
の人がいたら応援に行くことになってるんです﹂
﹁なるほど。私はヘイゼル村出身のケアリスと申します﹂
﹁マサルです。シオリイの町から来ました。冒険者です﹂
﹁冒険者ですか?﹂
嫁が神官で神殿には世話になっててよくお手伝いもするので、仕
事着として神官服も頂いたと説明すると特に疑問もないようだった。
俺も冒険者ギルドから派遣されたこともあるし、別に珍しい話でも
ないのだろうか。
しかしである。
﹁シオリイの町といえば仮面の神官の話を何かご存知ではないです
か?﹂
1860
﹁あー、噂程度には⋮⋮﹂
話を聞いてみるとまたちょっと尾ひれがついていたので軽く訂正
しておく。
﹁俺が聞いた話だとそこまでじゃなかったようですよ。実際のとこ
ろは︱︱﹂
﹁はー。まあ現実はそんなもんなんですかね﹂
野ウサギにせよ仮面神官にせよ、この世界では七五日で噂が終息
するってことがないのだろうか。まさか帝国まで噂がいってないだ
ろうな⋮⋮?
ついでに初めてだと言って色々と教えてもらう。
思ったよりも現場はきついようだ。予選といえども死人が出るこ
ともあり油断できないらしい。
﹁即死されてしまいますと治療もね⋮⋮﹂
何件か死亡例を教えてもらった。武器で貫かれたり、首の骨が折
られたり。実体験を詳細に語られると非常にグロい。
上位者ともなれば武器一本で大型のドラゴンを討伐してのける力
の持ち主がいる世界である。人間の体など脆いものだろう。
もちろんこれは試合であり、お祭りであるから、故意に対戦相手
を殺したりしないようにと注意はあるのだが、本気で戦うのだ。エ
キサイトして加減が出来ないこともあるという。
サティが心配になってきた。大丈夫とは思うが万一ということも
ある。潜り込んでおいてよかった⋮⋮
神官さんとだべってるうちに試合が始まった。
1861
サティの出番は中盤くらいだろうか。ちょうど俺とは反対側に他
の選手に混じって地面にちょこんと座り、時折ちらちらとこちらを
見る以外は誰とも話さずに、体力を少しでも回復させるためにじっ
としている。
試合は話通り激しいものだった。実力差があればあっさり判定が
下り終わるのだが、互角だと審判も判定が付けにくくなる。革防具
に鉄剣で、双方相手を殺しにかかる勢いで戦うのだ。骨が折れ、血
しぶきが舞う。怪我人続出である。
だがレベル的にはそんなに強いのもいないようだ。さすがにクル
ックたちでは勝てそうもないレベルではあるが俺やサティの敵では
ない。
しかしのんびり見てるわけにもいかなくなった。軽傷者は交互に、
重傷者は二人がかりで素早く治療していく。
隣の試合場からも応援を頼まれ、かなり忙しい。
そして戻ってくるとちょうどサティの出番。
﹁今度はえらく小さい娘ですな﹂
﹁でも相手もひょろっとしてあまり強そうには見えませんね﹂
相手選手の776番は背中しか見えない。サティも今いる場所だ
と隠れて半分くらいしか姿が見えなかった。
﹁ええ。どちらも怪我がなければいいんですが﹂
思ったよりずっと怪我人が多い。みんなガチで戦っている。死者
が出てないのが不思議なくらいだ。
もっと試合がよく見える位置に移動しようとしたところで試合開
1862
始の合図が告げられ、直後に勝負ありの声が告げられた。一瞬で決
まったようだ。
まあサティなら余裕だな。
﹁勝者、776番!﹂
776番⋮⋮776番!?
サティが青ざめた顔でリングから出てこちらに歩いてきた。
﹁負けてしまいました⋮⋮﹂
マジか。
﹁怪我は?﹂
﹁治療の必要のない程度です﹂
﹁まだ試合はあるし、一応ヒールをかけておこう。それで何があっ
た?﹂
﹁開始の合図の後に、気がついた時には一撃もらってました﹂
﹁お知り合いですか?﹂
﹁ええ。パーティを組んでるんです﹂
﹁この大会はレベルが高いですからね。あまり気を落とさずに﹂
サティがいきなり負けるとかレベルが高すぎだろう!?
すぐに776番の二戦目が開始された。
1863
開始の合図とともに776番はスルっと相手選手に近寄り、そし
て相手は反応する間もなく、剣を首につきつけられていた。確かに
妙な動きだが、不意を打たれるような早さでもない。しかし相手選
手は何が起こったかわからないのかきょとんとしている。
﹁勝者、776番﹂
再び776番の勝利が告げられた。
776番がこちらを振り向いて見た。目が合う。背筋がぞわっと
した。ヤバイ。強そうに見えないとかとんでもない。30歳くらい
だろうか。柔和そうな顔をしている。しかし立ち居振る舞いには隙
がない。
三戦目。今度は普通の動き。だが一撃であっさりと相手を下して
いた。それも寸止めで、対戦相手をまるで相手にしていない。
一見してさほど強そうにも見えない。が、弱そうにも見えない。
強さが計れない。
試合が終わった776番がこちらへと歩いてきた。
﹁お嬢ちゃん、怪我はなかったか? 当てるつもりはなかったんだ
けど、思いの外動きがよくてね﹂
﹁それは大丈夫ですが⋮⋮﹂
﹁何で負けたかわからない?﹂
﹁はい﹂
なぜサティは反応できなかった? さっきの試合相手もだ。どこ
かでそんな話を聞いたことが⋮⋮
1864
﹁無拍子打ち﹂
﹁ほう?﹂
﹁予備動作をなくした攻撃で相手の不意をつくっていう感じの﹂
﹁神官さん大正解だ! いやあ、神官にしとくのは惜しいね﹂
漫画とかだけの話だと思ったが、実在したのか。
﹁そんなに簡単に種明かししてもいいんですか?﹂
﹁奇策の類だよ。何度も通用するものじゃない﹂
つまり種明かしをしたところで普通に戦っても勝てる自信がある
のだろう。実際あっさりと勝っているしな。
﹁そう睨まない睨まない。お嬢ちゃんは強いから、予選は大丈夫だ
よ。もし明日も勝ち残ってたら本戦で会おう﹂
そういって776番は立ち去った。
﹁体調さえ万全なら⋮⋮﹂
悔しそうにサティが言う。俺はああいう底の見えない相手とはや
りたくないな。
﹁世界は広いな﹂
やっぱり出なくてよかった。きっとあんなのがゴロゴロいるんだ。
1865
二時間後くらいに再びサティの出番が回ってきて、サティは残り
三戦、無難に相手を下して終わった。やはりサティは普通の選手と
は格が違う。スピードが段違いだ。
776番はたまたま強い相手だったのだろう。問題はその強い相
手がどれだけいるのか?
﹁サティはどうする? みんなと合流しておくか?﹂
﹁ここで一緒にいます﹂
サティの試合が終わったとて、俺は帰るわけにはいかない。ここ
の試合会場は進行が早いようだが、場所によっては長引く試合があ
ったりしてまだまだ試合は残っている。
見学がてらサティも付き合ってくれたが、予選の後半ともなると
残っているのは一敗して三連勝勝ち抜けができなった者ばかり。サ
ティのライバルになりそうな相手は見当たらなかった。
そして午後遅く、全ての試合が消化され、一次予選が終わった。
サティを待たせて神官たちが集まっている会場の一画に俺も紛れ
込む。アンは⋮⋮いた。
﹁本日はお勤めご苦労様でした。皆様のお陰を持ちまして、初日は
一人の死者も出すこともなくつつがなく終了致しました。明日から
は試合数が減りますので、特に指示がなければ応援の方々はこれに
て大会での業務は終了となります。明日からの試合を観戦をしたい
方はこちらで特等席を確保しておりますので︱︱﹂
特に何も言われてないので俺の出番は今日だけのようだ。まあ思
ったより時間も取られて面倒だったので、そのほうがいいのだが。
1866
お偉いさんらしき人の話を聞きながらアンに近づき声をかける。
﹁ああ、マサル。お疲れ様。サティはどうだった?﹂
神官の輪から外れてサティのところへと移動しながら話をする。
﹁一敗はしたけど予選は通過した。もちろん怪我とかは一切してな
いよ﹂
﹁負けたの!?﹂
﹁それが一人強いのがいてさ。不意打ちみたいな感じで﹂
﹁やっぱりそう簡単にはいかないんだね﹂
サティがこっちを見つけて駆け寄ってきた。
﹁アンはこのあとは何か?﹂
﹁私も今日でお仕舞いだから特に何もないわね﹂
﹁じゃあ帰るか。今日もエルフさんが豪華夕食を用意してくれてる
し﹂
みんなは既に帰宅してるはずだ。用事もないならまっすぐに帰っ
たほうがいいだろう。いや、ギルドにちょっと寄って、軍曹殿に今
日の報告とかもしておかないとな。聞きたいこともあるし。
そんなことを考えながら闘技場の出口に向かおうとすると、アン
ジェラ! と声がかかった。見ると神官の女性がこっちへと歩いて
くる。小柄でふわっとしたくすんだ色の金髪の天然パーマで、つぶ
1867
らな瞳の可愛らしい女性である。
﹁知り合い?﹂
﹁ローザ・ベルトラーミ。神学校時代の同期﹂
﹁お久しぶりね、アンジェラ。そちらの方は?﹂
﹁これはマサル、私の旦那。こっちはサティ。大会参加者で同じく
マサルの妻よ﹂
﹁あら? 冒険者と結婚したと聞きましたけど⋮⋮﹂
﹁マサルは回復魔法も得意でね。今日はお手伝いに来てもらったの﹂
﹁ふうん⋮⋮冒険者生活はどんな感じ?﹂
﹁まあ色々よ﹂
確かに色々としか言いようがないな。
﹁その辺り、ゆっくり話が聞きたいわ。このあとどこかでお食事で
もどうかしら?﹂
﹁ええっと﹂
そう言いながらアンが俺を見る。
﹁夕食に誘ったら? それかどこか二人で行ってきてもいいけど﹂
1868
﹁じゃあそうね、私の泊まってるお屋敷で夕食の用意がしてあるの
よ。よかったら一緒にどうかな?﹂
﹁旦那さんのお許しが出るならお邪魔しようかしら﹂
﹁どうぞどうぞ。一人増えるくらい何の問題もないですし﹂
﹁そういうことでしたらお願いしますわ。そのお屋敷というのは⋮
⋮﹂
﹁見てからのお楽しみってことで、ね?﹂
アンも友人をちょっと驚かせたいようだ。
﹁まあよろしいですわ。私の方は最近は︱︱﹂
そこからは近況報告という名の自慢話だろうか。同期の中では出
世頭で王都の神殿で若いながら管理職らしき仕事をバリバリとこな
しているらしい。
あとは他の同期の行方だとか、俺が聞いても仕方のない話。男の
話は皆無だった。神学校のクラスは男女別だったらしいし、ローザ
ちゃんも仕事にかまけて浮いた話はないようだ。
﹁それで今度大神殿に出向することになりましたのよ﹂
﹁すごいじゃない!﹂
大神殿というのはミスリル神国にある神殿の総本山。つまり本社
に栄転、エリートコースだ。王国に戻ればいずれは司教や大神官へ
も登り詰めることが可能である、ということらしい。
1869
﹁アンジェラも王都に残れば私みたいに出世もあったのに、シオリ
イなんて田舎に引っ込むなんてもったいないわ﹂
アンも同期では優秀だったようだ。
﹁いまはアッパス地方に住んでるのよ﹂
﹁アッパスって、辺境も辺境ではないですか!﹂
﹁どこだって住めば都よ?﹂
﹁それにしたって⋮⋮冒険者なら別にどこででも生活はできるでし
ょうに﹂
﹁色々と偶発的な事情がね﹂
﹁ほんとに冒険者で大丈夫なの? アンジェラ、苦労してない?﹂
﹁それなりに危険はあるけど、うちのパーティは稼ぎもいいのよ?
ほらこれ﹂
そう言って自分の冒険者カードを取り出して見せる。
﹁Bランク!?﹂
﹁マサルはAランクよ﹂
﹁すごいのね⋮⋮ちょっと旦那さん、いいかしら? さっきから気
になってましたの﹂
1870
そういって俺の方へとローザちゃんが手を伸ばした。
いいわよ、とアンの許可が降りると、俺の肩に手を載せる。どう
やら魔力を見たかったようだ。
﹁!?﹂
ローザちゃんはビクッと手を離し、今度は恐る恐るもう一度肩に
手を置いた。
﹁驚いた?﹂
﹁す、すごいのね﹂
﹁エルフでもここまでの魔力持ちはいないのよ﹂
﹁いくらなんでもそれは言いすぎじゃないかしらね﹂
﹁アッバスにはエルフの里があるのは知ってるでしょう? 何人も
エルフに会ったけど︱︱﹂
二人の話を聞きつつ、途中冒険者ギルドに立ち寄り、今日の報告
を簡単にしてから軍曹殿も夕食に招待する。軍曹殿は一度宿に戻っ
て身支度を整えてから来られるそうだ。まあ貴族街のお屋敷の食事
に、革防具のままというわけにもいくまい。
そして貴族街のエルフ屋敷へと到着する。このエルフ屋敷、エル
フの魔導師部隊に加えて、使用人や王都に立ち寄ったエルフの立ち
寄り場所、大使館のような機能もあるので、貴族街の屋敷の中でも
かなり大きく立派である。
1871
﹁エルフ屋敷⋮⋮エルフに伝が?﹂
﹁まあね﹂
いつものように使用人や警備のエルフさんが勢揃いして丁重にお
出迎えしてくれる。
﹁嫁の一人がエルフでして。あ、お客さんが二人増えるんですが、
大丈夫ですか?﹂
﹁二名様ですね、かしこまりました。あと三〇分ほどで準備が出来
るかと思います﹂
丁寧に頭を下げるエルフさんたちを背に居間へと移動する。
﹁ちょっとアンジェラ、まるで賓客扱いじゃないですか!﹂
﹁賓客よ。これは黙ってて欲しいんだけど、娶ったのってエルフの
王族なの。すぐに紹介するわ﹂
﹁冒険者ってランクがあがるとすごいんですのね⋮⋮﹂
﹁ランクもこの屋敷も単なる結果よ。結構命がけで頑張ったんだか
らね﹂
ローザちゃん、ここまでちょっと田舎暮らし、冒険者生活を哀れ
んでた風だったのが、予想外に豪勢な生活環境なのを見てさすがに
感銘を受けたようだ。
﹁え、領地!?﹂
1872
﹁そう。マサルは土魔法が得意で︱︱﹂
居間に落ち着いて家族の紹介が終わったら今度はアンのターンで
ある。
領地にエルフの王族との縁。領地には神殿を作る計画もある。そ
っちはほぼ確定だが、エルフ領にも神殿が進出したいという話もあ
るらしい。
エルフとは同じ神を信仰する者同士であるが、その形態はずいぶ
んと違う。エルフは神殿などは建てずに、精霊を通して神を信仰し
ているので、これまでエルフの里には神殿が建てられたことはない。
﹁もしエルフ領に神殿を建てられるなら、近年稀に見る大きな功績
よ﹂
﹁まあアンがどうしてもと言うなら検討しないでもないがの。ご老
人方がどういう反応を示すか⋮⋮﹂
エルフのご老人方は長生きしてるだけあって、大変頑固なそうな。
実務であれば介入もしてこないのだが、こと信仰ともなれば話は別
だ。エルフにも神官にも相当する人物はいるというし。
それに神殿の必要性という話もある。神殿の業務は信仰に関わる
部分を除けば大きく分けて三つある。
神殿騎士団による武力。治療院。孤児院経営。どれもエルフでは
十二分に足り、必要のない分野だ。
まあとりあえず話を持ち込むにせよ、彼らは急ぐ必要のない案件
はじっくりと時間をかけて検討する傾向がある。すぐに何かが決ま
るということもないだろう。
﹁検討してもらえるってだけでもすごいわ、アンジェラ!﹂
1873
﹁それで王都にいる間にラフォーレ神官長様と面談するお話もあっ
て﹂
﹁ええ!? 私だってご挨拶くらいしかしたことがないのに﹂
王都の神官長は王国神殿の総元締めである。
何やら話が大事になっているが、神官の家族構成を神殿に正直に
報告しないわけにもいかない。さほど秘密な話でもないし、もし黙
っててバレては信用問題だ。まあ仮面神官の時みたいに、彼らは結
束が硬く口も硬い。内密にとお願いすれば外部に漏れることはそう
はないはずだ。
ほんとにあまり大事にならなきゃいいんだけど。
おしゃべりをしているうちに軍曹殿も来られて、食事が始まる。
アンのほうではアンの学生時代の話とかをしているようだが、こ
っちはこっちで軍曹殿と話がある。
﹁その技なら知っておる。後で対応の仕方を教えよう﹂
﹁は、ありがとうございます﹂
あの無拍子打ち。習得が難しい上に魔物には効果がない。だから
冒険者ギルドで教えることもないんだそうだ。
﹁本格的に学びたいなら、やはりビエルスに行くのが良いと思うの
だがな。祭りが終われば帝国に行くのだろう?﹂
﹁ええ、まあそうなんですけどね﹂
1874
ビエルス、別名を冒険者の安息の地。そして剣士の修練場とも呼
ばれる町である。軍曹殿の師匠、剣聖がいる場所だ。
﹁おお、剣の聖地じゃな。ぜひとも行ってみたいぞ!﹂
﹁私も行ってみたいです﹂
俺は気が進まないが、サティには必要だろうな。このまま強くな
っていけば修行相手がいなくなってしまう。
﹁わかりました。機会を見て一度訪ねてみることにします﹂
﹁それがいい。きっと実りある経験になるだろう﹂
どうかそれが痛い経験とはなりませんように⋮⋮
1875
128話 サティ、修得する
夕食の後はエルフ屋敷の訓練場で、軍曹殿に無拍子打ちの対処法
を習うことになった。俺も一緒に指導を受ける流れなのはいつもの
ことだが、何かすごい技を習うらしいと、みんなもぞろぞろと見学
に来た。
しかし見に来たところで、連日の修行は派手な立ち回りをサティ
が見せてくれて見世物としてもそこそこ面白いものだったろうが、
今回は地味どころか何をやってるのかすらわからないはずだ。
さりとていくら主人扱いされてるとはいえ、ここはエルフさんの
屋敷。見たいと言われればつまらないから見ても仕方ないですよな
んてなかなか言えない。
まあ毎度のことだが、人が多いのを嫌がるのって俺だけだしな⋮⋮
木剣と革鎧の軽装備を準備し、軍曹殿の前にサティと共に並ぶ。
﹁一番簡単なのはある程度距離を置いて相対することだ﹂
実に簡単である。今日の予選はリングが狭すぎた。無拍子打ちは
相手の隙をついて一瞬で間合いをつめる必要があるから、距離があ
れば使えない。そして明日からはリングが広くなる。
距離をある程度取り、こちらのタイミングで仕掛ければ基本的に
は食らわないという。
しかしさすがにこれだけでは有効な対処法とは言えない。
﹁慣れろ。見極めろ﹂
1876
いきなり難易度が跳ね上がった。たいがいな無茶ぶりである。
愚痴ってても仕方ないので、まずは俺を相手に実演してもらうこ
ととなった。
剣と盾をきっちりと構えて軍曹殿に相対する。
二度は見たし、どういう種類の技かはわかっている。そう簡単に
食らうとも思えないが⋮⋮そんなことを考えてる最中、不意に軍曹
殿が動いたと思ったら、トンッと木剣が俺の肩に触れていた。
﹁お、おお⋮⋮?﹂
何が起きたのかよく理解できない。目の前の軍曹殿から一瞬足り
とも注意は逸らさなかったはずだ。
油断とか不意打ちとかそういう話じゃない。来るのがわかってい
て、防げなかった。実際食らってみると狐につままれたような気分
だ。
というか当然のように使ってみせるあたり、軍曹殿も底知れない。
﹁何度もやって見せれば動きに慣れて防げるようになるはずだ。必
要とあらば夜通しでも付き合おう﹂
どうやらこれといって具体的な対抗策があるわけでもなさそうだ。
﹁いえ、そんなに時間は必要ないです。もうわかりました﹂
一回で何かを掴んだのか、サティがそう言って俺と交代した。え
らく自信ありげだな。
二人が相対する。双方ともゆったりとした、これから戦うとも思
えないくらいの力を抜いた構え。しかしサティは真剣な表情でずい
ぶんと集中しているのはわかる。集中したところでどうにかなるも
のかと思うんだが。
1877
軍曹殿が動いた︱︱カンッと音がし、サティの剣が軍曹殿の木剣
を跳ね上げる。
ふうと一息吐き、サティが緊張を解いた。
﹁すげーな、サティ⋮⋮﹂
﹁はい!﹂と嬉しそうにこちらに振り向く。
﹁一度見せただけで防いでみせるとは、さすがだな﹂
いやほんとだよ。
﹁どうやったんだ、サティ?﹂
﹁耳で動きを聞くんです﹂
そう言って耳をぴくぴく動かした。
聴覚探知か⋮⋮俺も探知スキルなら持っている。種類は違うが試
してみる価値はあるな。
﹁俺ももう一度お願いします﹂
気配察知を全開にし、相対する。レベルを上げて精度は上がって
るとはいえ、本来は広範囲を探知するためのスキルだ。上手く行く
かどうか。これでだめなら俺も聴覚探知を取ってみようか。
眼前の軍曹殿の気配が揺らいだ。
来る。中段、胴だ︱︱︱︱ぎりぎり、盾で木剣を止めた。
軍曹殿が驚いた顔をしている。なんでサティの時には見せなかっ
た驚いた顔なんですかね⋮⋮
1878
﹁マサル様もすごいです!﹂
サティが我が事のように喜び、パチパチと手を叩いてくれる。
サティと違ってかなり際どかったけどな。
﹁二人共これほどあっさりと防いでみせるとは⋮⋮驚いた、実に驚
いたぞ﹂
スキルのお陰です。サティはなくてもそのうち防いでしまってい
ただろうが、俺は気配察知がなければまず無理だろう。
しかし気配察知も案外近接戦闘で使えるのか。注意が分散してし
まうから戦闘中はあまり使わないようにしてたんだが。
﹁あの、我々にはどういうことかさっぱりわからないのですが﹂
サティの修行に付き合ってくれてたエルフの一人が、手を上げて
そう言う。
まあそうだろうな。端から見れば、何気ない一撃を繰り出す軍曹
殿。それを普通に防いだ俺たち。食らったことがなければ、何が起
こっているのか理解しがたいだろう。
﹁希望するものにはやってみせよう﹂
﹁はっ、お願いします!﹂
アンやエリー、リリアやシラーも含めて、二〇人近くが希望をし
て列を作った。軍曹殿は俺とサティにしっかりと見ているようにと
いい置き、一人ずつ無拍子打ちを仕掛けていく。
もちろん誰一人として防げず、驚いたり呆然としたりしている。
納得できなくて二度目をやってもらっているのもいたが、同じこと
1879
だ。そう簡単にどうにかなるものでもない。
それをじっくりと見ていたが決まった型のようなものはないよう
だ。間合いと足の動きにある程度共通点があるくらいだろうか。
﹁わかる?﹂
﹁なんとなくやれそうな気がします﹂
サティが言うと本当にやれそうだな。
そんなことを話してるうちに番狂わせが起こった。もう一度だけ
とリリアが試し、防いで見せたのだ。
エルフさんたちから歓声があがる。リリア自身はやっぱり反応で
きなかったようだが、精霊のオートガードが発動した。大会ならも
ちろん反則負けである。
しかし大会というシチュエーションに拘らなければ対処法は色々
考えられるな。魔法やスキルで潰せるし、一対一じゃなくてもいい。
そもそも俺たちが人間相手に戦うことなんてまずないだろうから、
思ったより脅威でもなさそうだ。
﹁今日はここまでとしよう﹂
最後に俺とサティが何回かやってもらい、確実に防げるのを確認
して指導は終わりとなった。まあ俺は結構怪しかったが、メインは
サティだしいいだろう。
﹁ありがとうございました、軍曹殿。助かりました﹂
﹁ありがとうございました、軍曹殿!﹂
﹁これも仕事のうちだ。食事も馳走になったことだしな﹂
1880
﹁食事くらいでよければいつでもお越しください。歓迎します﹂
俺んちじゃないが、これくらいはよかろう。自分たちの食べる分
以上の食材は提供してるし。
﹁では次は優勝の祝いで来るとしよう﹂
﹁はい、お任せください!﹂
サティが元気よく答える。
軍曹殿は期待しているぞ、と満足気に頷くと帰っていった。
﹁俺たちはもうちょっとやっとくか?﹂
軍曹殿を見送ってから、再び訓練場に戻ってサティに聞いてみる。
俺も気配察知を活用した戦闘法を少し試しておきたい。
﹁はい。だいぶ疲労も取れましたし、もっと体を動かしたいです﹂
サティが今日やったのは四戦。負けたのも含めてどれもほとんど
瞬殺。食後の指導も極めて軽かった。普段の練習よりも軽いな。サ
ティは物足りないのだろう。
﹁おし。じゃあ一汗だけかくか﹂
どうせ家に帰るし道場に行くか。ゲートは⋮⋮ここではダメか。
アンのお友達がいる。面倒だしここでいいか。
﹁皆さんお疲れ様でした。後は俺とサティだけで練習するので、適
1881
当に解散でお願いします。エリー、あとは任せた。先に戻っててい
いよ﹂
﹁わかったわ﹂
エリーに一声だけかけるとサティに向き直る。
﹁んじゃやろうか﹂
サティが頷く。今からやるのはいつもの練習だ。特に打ち合わせ
も必要ない。
構えて打ち掛かる。俺から仕掛けるのがいつもの始め方だ。サテ
ィが躱し、受け、反撃をしてくる。落ち着いて受ける。普段の練習
だとサティは絶対に当ててはこない。
思えばここ数日ガチガチとやって余裕がなかった。サティとの痛
くない剣の練習は楽しい。手を抜ける相手ではないが、俺がミスっ
ても寸止めしてくれるので安全安心である。
サティはここ数日の特訓の成果を取り入れ派手に動いてるが、ず
っと特訓に付き合ってるのでそれも想定の範囲内。問題なく受け、
躱す。
俺のほうも気配察知を発動しつつ剣を振るう。無拍子打ちを防ぐ
のには役に立ったが、通常の戦闘だとどうにも視覚と感覚がかぶる
感じがして邪魔である。それに体の動きはトレースできるが、武器
の動きは結局視覚頼りになってしまう。あまりうまくない。
ひとしきり汗をかき、息も上がってきたところで休憩し、サティ
に聞いてみる。
﹁聴覚探知の使い勝手はどうだ?﹂
﹁そうですね。動きを大きくすると相手から目を離す場面も増えま
1882
すが、それをカバーできる感じでしょうか⋮⋮﹂
武器の動きも見なくてもわかるという。ただし乱戦になると精度
が途端に落ちる。今のところは。
サティにしても近接戦闘に積極的に取り入れた経験はなく、慣れ
ればもっと使えるようになるだろうと。
俺も聴覚探知取ってみるか? 今のところポイントに余裕はない
が、余っているスキルを削れば取れないこともない。例えば召喚レ
ベル4は今のところ全く使ってない。
考えてもわからんな。リセット。召喚レベル4を3に下げる。聴
覚探知をレベル2へ。
聴覚探知を作動させてみる。
﹁ねえ、アンジェラの旦那さんって、魔法使いじゃ⋮⋮﹂
おお、離れた場所の雑談が、えらくクリアに聞こえるな。
﹁ふふーん。剣もすごいでしょう?﹂
﹁大会は毎年見てますけど、間違いなく本戦で戦えるレベルですわ。
これであの魔力⋮⋮魔法の実力も?﹂
﹁マサルはどっちかって言うと、魔法のほうが本業ね。エルフ以上
って言ったでしょ﹂
﹁アンジェラ様の言うとおり、マサル様の魔法は我らエルフを遥か
に︱︱﹂
盗み聞きは面白いけど本題じゃない。
剣を振る。体を動かす。足を踏む。確かに音は聞こえる。ただし
それだけである。音と動きのイメージが結びつかない。レベルが2
だからとかじゃなく、これもまた経験で習得する事柄なんだろう。
無駄とは言わないが、すぐに使えるものでもないな。しばらく練
1883
習が必要だ。
﹁サティ、一汗かいたしそろそろ終わっとくか?﹂
回復魔法の練習もあるだろうし、明日のことも考えるとあんまり
遅くまでやってるわけにもいかない。
﹁あの、今日はわたしの日なので、出来ればもっと練習を﹂
そういえばローテーション的にはそんな感じだったか。
﹁ならもっとやっとくか﹂
聴覚探知を発動しつつ、サティに構えを向ける。
しかしこの聴覚探知、発動してると木剣のカンカン当たる音がす
っごい頭に響くんだけど。サティはレベル5とかでどうやってるん
だろうか。あとで聞いとかないとな。 もうしばらくやって、俺がギブアップした。体力の限界である。
アンのお友達のローザちゃんは途中で帰っていたらしく、最後ま
で付き合ってくれたアンやシラーと共に村の屋敷にゲートで戻った。
俺とサティは俺の部屋へと直行である。回復魔法の練習はあとで
俺が見ることにした。日記も後回し。
﹁お風呂は⋮⋮﹂
﹁いいっていいって﹂
﹁よ、鎧を脱がないと﹂
1884
﹁大丈夫大丈夫﹂
俺もね。明日も試合あるんだし、体力をここで消耗するのはどう
かと思ったんだけどね。サティのほうから上目遣いでお願いされた
らもう我慢とかできないわけですよ。
サティをベッドに押し倒して、革鎧を丁寧にひんむいて、まださ
っきの戦闘で上気したままの体をじっくりと︱︱
お風呂で汗などを洗い流しながら聴覚探知のことを教えてもらう。
ある程度指向性をもたせたり、聞こえる音の選別はできるそうだ。
サティもよくわからないようだが、耳で音を拾うだけというわけ
ではないようだ。きっと何がしかの魔法的な要素もあるんだろう。
でなければ感度を上げた途端、鼓膜にダメージを食らいかねない。
しかし思いつきで取得してみたが、無拍子打ち対策などの戦闘で
はすぐに有効というわけにはいきそうにもない。それでも全く使い
道のなかった召喚レベル4よりはいいだろうし、しばらく使ってみ
て様子を見てみることにした。盗み聞きとか便利だし。
お風呂から上がり、寝る前に少し回復魔法の練習もしておくこと
にした。
パジャマでベッドの上に座って向き合い、ここまでの練習の具合
を再確認する。
﹁わたしには素質がないのかも⋮⋮﹂
﹁まだ始めて三日目くらいだろ?﹂
普通でも一ヶ月くらいはかかるそうだしな。
とりあえずアンとの練習と同じようにやって見せてもらう。
自分でぷすりと人差し指の先にナイフで傷をつけ、うんうん唸っ
1885
て魔力を発動させる。もちろん失敗である。
﹁力が入りすぎてるな。深呼吸してもっとゆったりと構えて。そう
そう。それでイメージする。傷が治る。治って、元の指に戻るイメ
ージ﹂
﹁イメージ⋮⋮イメージ﹂
ふしゅーと魔力が無駄に消えていく。小さな傷はもう血が止まり、
ほっといても自然治癒しそうだ。
しかしこれ、何度も指を傷つけるやり方って他に何かないものか。
サティの指を何度も刺すとか見てて気持ちいいものじゃないな。ウ
ィルあたりを修行と称して適当にぶちのめして⋮⋮さすがにそれは
ひどいか。
ああ、俺のでやればいいのか。
﹁サティ、ナイフを﹂
はいと、素直にナイフを渡してくれる。受け取ったナイフを自分
の手のひらに押し当てて、ぐっと力を込める。ためらうと怖くなる
ので一気にぶすりとやる。痛い。
﹁あ、ああっ!?﹂
サティが小さく叫び声を上げた。
手のひらに付けた傷から血がじわりとにじみ出てくる。少し痛い
な。軍曹殿に何度もぶちのめされたりして耐性がそれなりに出来た
とはいえ、痛いものは痛い。
﹁サティ。いま俺の傷を治せるのはサティだけだ。このまま放置す
1886
れば、俺は血を流しすぎて死ぬ﹂
というシチュエーションである。
こういう風に言えばサティは必死になるだろう。
﹁えええっ!?﹂
﹁落ち着いて。治癒魔法だ。サティの魔力は残り少ない。何度も失
敗できないぞ。集中しろ﹂
﹁は、はい﹂
ちょっと深く傷をつけすぎたか? なんか血がどくどく出てるん
ですが⋮⋮
手のひらから血が溢れる落ちそうになるのをタオルで受け止める。
タオルがみるみるうちに赤く染まっていく。
﹁ヒール﹂
失敗した。
﹁ヒール!﹂
また失敗。
サティは涙目になって唇を噛んでいる。
﹁大丈夫だ。神様の加護が付いてるんだ。絶対に習得できる。力を
抜いて。ほんの少しの魔力を集めるだけでいいから﹂
血は相変わらず流れっぱなしでタオルの赤い染みがだんだんとで
1887
かくなってきている。
もしかして血管でも切っちゃったか? ちょっと不安になってき
たぞ。サティがんばれ!
﹁はい⋮⋮イメージ。治るイメージ。絶対に⋮⋮﹂
失敗。
失敗。
失敗。
サティのMPがそろそろ尽きそうだ。これでダメなら奇跡の光で
魔力のチャージと傷を治して、今日は終わりだな。いけると思った
んだが。
﹁サティ、次で最後だ﹂
﹁あ、魔力が⋮⋮﹂
自分でも魔力が底を尽きかけているのがわかったのだろう。
﹁お願い、お願い。できなきゃマサル様が死んじゃう。血が、こん
なに﹂
普段なら絶対に聞き取れないようなか細い呟きが、聴覚探知によ
り聞こえてくる。
うん。この程度じゃ別に死んだりしないから。でも死ぬとか言っ
て少し追い詰め過ぎたか?
﹁ヒール!﹂
サティの手に魔力が集まり︱︱
1888
︻ヒール︵小︶︼が発動した。
確かに発動した。痛みも消えている。
﹁いけ⋮⋮た?﹂
サティも手応えを感じたのだろう。
タオルでぐいっと血を拭うと傷はきれいになくなっていた。
﹁うん、成功だ。よくやった、サティ﹂
そう言って頭をぽんぽんと叩いてやる。
スキルもちゃんとレベル1がついてるな。これでもう失敗もない
だろう。
﹁よ、よかった。血がいっぱいで⋮⋮どうしようって⋮⋮﹂
安心したのか泣きだしてしまった。
﹁ほらほら、泣かない。これからはさ、俺が怪我してもサティが治
せるようになったんだし﹂
試合で使える奥の手も出来た。ヒール︵小︶だと効果はさほど期
待できないし、獣人が魔法を使うのは騒ぎになるかもしれないから
おいそれとは見せられないが、打てる手は多いほうがいい。
﹁もうこんなことはしないでください﹂
濡れタオルで俺の手のひらの血を拭いながらサティが言う。
﹁うん。ごめんな、サティ﹂
1889
まさかこんなに血が出るとは思わなかった。サティはさぞかし心
臓に悪かっただろう。
﹁でも俺はサティなら出来るって信じてたよ﹂
そう言ってぎゅっとサティを抱きしめる。
﹁今日はよくがんばった、サティ﹂
﹁はい、マサル様。明日の予選もがんばりますね﹂
﹁まあそっちはほどほどにがんばればいいよ﹂
﹁そうですか?﹂
﹁軍曹殿とか今日のあいつみたいに、世の中には強い奴がまだまだ
いっぱいいそうだし、俺たちって剣を覚えてまだ半年くらいだよ。
たまに負けるのも仕方ないさ﹂
俺がこっちにきて七ヶ月。サティを買って六ヶ月くらい。
﹁半年⋮⋮まだ半年なんですね﹂
﹁うん﹂
﹁二〇年経っても⋮⋮﹂
﹁二〇年経っても、﹂
1890
世界の終わりが来ようとも。
﹁何十年でも、ずっとサティの側にいる。約束だ﹂
時間はまだたっぷりある。なんとかなるだろう。きっと。
1891
129話 剣闘士大会予選二日目、謁見
﹁昨夜、サティが回復魔法を習得いたしました﹂
朝食の席でみんなに報告をする。自宅食堂で、今いるのは家族だ
けである。
﹁おねーちゃんすごい﹂
﹁でもまだ小ヒールだけですし﹂
﹁それでも前衛が治癒魔法を使えるっていうのはとても大きいアド
バンテージよ。最低限のヒールでも折れた骨を繋いだり、出血を止
めたりくらいはできるしね﹂
﹁練習始めてまだ四日目だよね。マサルと一緒なら習得加速の加護
でも付くのかな?﹂
﹁加護は知らんけど、俺の手をナイフでこう﹂
﹁﹁﹁ああ﹂﹂﹂
説明しようとして、手をナイフで切る仕草をした時点でハモられ
た。
それはともかく今は目の前の剣闘士大会である。
1892
予選二日目は八人でのミニトーナメントで、三戦勝ち抜いて本戦
出場となる。
サティなら大丈夫だとは思うが、相手は予選を通過した猛者ぞろ
い。そして昨日と違い、ここからは一度の負けも許されない。
今日もサティと共に組み合わせを見に闘技場外の掲示板を見に来
た。
サティは第三組。人数調整のため、七人の組もあるようだが、サ
ティの組はフルの八人。
オッズは8倍。一敗したのが響いたのと、1.5倍のやつがいた。
こいつが予選通過確実だと見られてるようだ。他の選手も軒並みオ
ッズが大きい。
776番も探してみた。同会場の通過者は別々に振り分けられる
ので同じ組になることはなく、第一組にいた。名前はアーマンド。
オッズは4.2倍。三勝で抜けた割りにはパッとしない。理由はす
ぐにわかった。同じ組に1.1倍がいる。名前はフランチェスカ・
ストリンガー。フルネームを名乗ってるってことは貴族だろうか。
﹁フランチェスカ様ですか? 昨年の優勝者ですよ﹂
エルフの隊長さんが詳しかった。毎年予選からチェックしている
そうである。
フランチェスカ・ストリンガー。近衛騎士団所属。公爵令嬢。王
位継承権こそないが現国王の姪に当たる。昨年、弱冠十五歳で大会
優勝。幼い頃から剣の才を示し、天禀、剣聖を継ぐ者などの二つ名
を持つ。
﹁今年も優勝候補でしょうね。サティ様の最大の障害になると思い
ます。予選なら1.1倍でも手堅い賭けですがそれじゃ面白くない
ですし、私は買いませんけど﹂
1893
﹁そういう人って予選免除じゃなかったの?﹂
Aランクだったり、実績があったりすると予選は免除で本戦から
になるはずだ。
﹁それもそうですね?﹂
サティの受付のついでに聞いてみてすぐに判明した。ギリギリに
なって申し込んだので、初日はさすがに免除されたが今日の予選か
らの参加になってしまったようだ。同じ組になったやつは不運なこ
とだ。
﹁まあまずは予選だ﹂
﹁そうですね。サティ様が8倍とは美味しすぎますよ!﹂
隊長さん、今年はサティに全張りするそうだ。俺もそうしよう。
サティを送り出してエルフさんに案内されたのは最前列のえらく
良さ気な席だった。ゆったりしたボックススペースに上等な椅子や
机も備えつけてある。
﹁我らは大会に協力しておりますので、良い席が貰えるのです﹂
雨が降れば水精霊で雨雲をどかす。たまに出場する弓使いの時は
風精霊で会場を囲んで矢を通さない。普通のメイジには真似の出来
1894
ない芸当だ。
この席の真上には貴賓席もあり、何かあれば護衛に早変わりもす
る。エルフさんは王国政府にずいぶんと信頼されているようだ。
﹁私は先々代の王の頃より、この王都で勤めてまして、現王陛下に
も幼い頃よりずいぶんと可愛がってもらってるんですよ﹂
先々代って⋮⋮毎度のことながら、エルフの年齢が読めない。で
も若そうに見えても隊長格なら一〇〇歳以下ってことはないんだろ
うな。
﹁アルブレヒト王なら妾も知っておる。里に来たのは二〇年くらい
前じゃったか?﹂
﹁はい、リリア様。そのくらいになりますね﹂
ティトスが答える。
王子時代に物見遊山の旅がてら、エルフの里にも一ヶ月ほど滞在
したらしい。このエルフの隊長さんはその時も護衛として付き従っ
て、王様とはずいぶんと親交が深いようだ。
﹁あらいいじゃない。王都にいる間にご挨拶しましょうよ﹂
エリーがとんでもないことを言い出した。
﹁やめとこうぜ⋮⋮﹂
挨拶したところで何かメリットがあるわけでもなく、面倒なだけ
だろう。
1895
﹁ふむ。マサルがそう言うなら。もともと妾としても会うつもりは
なかったしの﹂
﹁貴族位を貰うなら、どうせそのうち会わなきゃならないわよ?﹂
﹁それが今である必要は断じてないな﹂
貴族になるのも確定事項でもないし。
﹁しかしマサル様。フランチェスカ様が出られるなら、王も観戦に
お見えになると思いますよ?﹂
隊長さんがそう言う。その場合の席はここの真上である。
王様は末の妹とその娘で姪のフランチェスカ様を大層可愛がって
いて、試合は必ず見に来るという話だ。
﹁それならばさすがに挨拶せぬわけにもいかんじゃろうな﹂
王宮を訪ねるとかならともかく、この距離で挨拶もしないとなる
と、かなり失礼だろうな⋮⋮
あー、なんかお腹が痛くなってきた。
﹁ああ、王がお見えのようです。今日はずいぶんと早いですね﹂
上のほうががやがやしてると思ったら、王様御一行が到着したよ
うだ。貴賓席からひょいっと騎士らしき人がこちらへと顔を覗かせ、
手を振る。隊長さんが手を振り返す。顔見知りか。
早い理由はすぐに判明した。件のフランチェスカ様。第一組の初
戦、一番最初の試合らしい。
1896
﹁お腹が痛い。トイレに⋮⋮﹂
﹁逃さないわよ﹂
エリーに捕まった。
﹁︻ヒール︼。これでしばらく大丈夫でしょ﹂
アンの魔法で胃の痛みがすーっと消える。
﹁パウラ、先触れを﹂
﹁はい、リリア様﹂
パウラ
隊長さんの指示で、エルフの一人が王のいる貴賓席へと知らせに
向かう。
﹁では参ろうかの。なに、軽く挨拶をするだけじゃ﹂
﹁王は温厚な方です。心配するようなことはありませんよ﹂
﹁いつもどおり、マサルは頷くくらいでいいから。あと頭はちゃん
と下げるのよ?﹂
﹁どうしても嫌じゃと言うなら待っておっても構わんが﹂
どうしても⋮⋮どうしてもというほどでは確かにない。挨拶だけ
というなら何が何でも嫌だと言うのも我が儘すぎる。
覚悟を決めよう。
1897
﹁わかった﹂
たぶんすぐに済むだろう。
ふと暢気にこちらを見てるウィルが目に入った。
﹁ウィル、お前も来るか? 一緒に紹介してやろう﹂
﹁俺は平凡な冒険者で王様にお目通りをする理由もないっすから、
兄貴たちだけでどうぞ﹂
ちょっと考えたが王子なのをバラしでもしない限り、こいつを連
れて行く理由は思い浮かばない。道連れというわけにもいかないよ
うだ。
階段をほんの少し登るともうそこは王の御座所である。絶対王政
の最高権力者。気に入らぬ。こやつの首を刎ねろと命令すれば、た
ぶん通ってしまう地位の持ち主。
実際のところはそんな無法はそうそうないようだし、温厚な人物
ということだからさほど心配もないようだが、怒らせないようにし
たほうがいいのは確実だ。
さすがに王専用の貴賓席。エルフに用意されたボックスの五倍ほ
どのスペースがあり、結構な数の人が集っている。
﹁おお、パウラ! ここ数日は姿を見せなんだな?﹂
﹁はい。里より客人が来ておりまして。ご紹介致します﹂
まずは旧知の仲のリリアーネ様からご挨拶である。
1898
﹁これは⋮⋮リリアーネ王女か?﹂
﹁久しいの、アルブレヒト王子﹂
﹁その呼び名懐かしい。そう、二〇年ぶりか? リリアーネ殿は変
わらぬな﹂
二〇年前ならリリアは一〇歳くらいだろうか。その頃からあんま
り成長してないのか。
﹁そなたは老けたのう﹂
リリアの失礼な言葉に笑った王は40くらいだろうか。見た目は
普通の中年のおじさんである。服装も品は良いが特にきらびやかと
いうこともなく、そこらで歩いてても見分けがつかないくらいだ。
﹁これでも人間としては歳相応だぞ。それで後ろの方々はどなたか
な?﹂
﹁我が夫と家族じゃ﹂
つつかれたので仕方なく前に出て跪き、頭を下げる。みんなも俺
に続いて跪いた。リリアは立ったままである。
﹁マサル・ヤマノス。冒険者をしております﹂
エルフに関しては臣下ではないので頭を下げるのは当然として、
膝までつくかは場合によりけりなようだが、俺たちはこの国で暮ら
している臣民である。礼はきちんとしないとまずい。
1899
﹁人間、それも冒険者とな。ヤマノス⋮⋮聞かぬ家名だ﹂
﹁恐れながら私はただの平民です、王よ﹂
﹁平民の冒険者でありながら、エルフの姫を娶るか。これはロマン
スの香りがするな﹂
﹁うむ。妾が乞うて嫁にしてもらったのじゃ﹂
﹁それは是非とも詳しく聞かせてもらわねばな!﹂
下に戻ることも許されず、王の隣に席が用意されて座らされた。
俺とリリア以外は別テーブルである。
軽く挨拶するだけって言ったじゃないですか!
頷いてればいいって言ったじゃないですか!
だが心の中で文句を言ってもどうしようもない。試合が始まるま
で、話す時間はたっぷりあるようだ。
というか、今日一日ここにいろってことなんですかね⋮⋮?
王の周辺の偉いさん方と、俺の家族が紹介しあう。
王の側は、王の末の王子様に、例のフランチェスカ様の両親の公
爵夫妻にお子様方。あとは大臣のような偉い人が何人か。周囲には
護衛の騎士がたくさん配備もされている。
次にリリアの近況報告。王はエルフの里の戦いの被害はかなり正
確に把握しているようだったが、実際のところどれほど際どい戦い
だったかを知って驚いていた。
そしてリリアが俺との馴れ初めを話そうとしたところで、闘技場
で歓声が上がった。どうやら試合が始まるみたいだ。
﹁予選第一組、第一試合!﹂
1900
試合会場は貴賓席の真ん前。本日は四つの試合会場が闘技場にき
ちんと作られている。土のグラウンドに新たに作られた高さ20セ
ンチほどの石舞台。広さは昨日のリングの一〇倍以上はあるだろう
か。無拍子打ちを避けるには十分な広さだ。
また歓声があがる。二人の剣士が試合場へと上がった。
小さい少女がフランチェスカ様だろう。もう一人はごつい野郎だ。
標準サイズのソードとバックラーを持ち、革鎧もごく普通のもの
で、兜は脇に持っている。細い手足。身長もサティより少し高いく
らいで普通の女の子並。艶やかな長い黒髪。意志の強そうな緑の瞳
の美少女。
雰囲気はある。しかしさほど強そうにも見えない。ゴリラのよう
な体躯でかなり大きめの両手剣を持つ、対戦相手のほうが強そうだ。
あんなので殴られたら刃引きとか関係ないな。一発で骨がばっきば
きになって死にそうだ。
フランチェスカが兜を身につける。兜の装着具合を確認し、剣を
軽く一振り二振りして審判に頷くと、始め!と開始の合図がかかっ
た。
会場が静まり返る。一歩、二歩。フランチェスカが間を詰めた。
対戦相手が一歩下がる。
なんだ、気圧されてるのか? こんな半分の体重もないように少
女相手に。
不意にフランチェスカが腰を落とし、相手に向かって飛んだ。早
い。
だが距離は十分にある。対戦相手は余裕を持ってその大剣を振り
回し、フランチェスカの軌跡に合わせ剣を繰り出した。
当たる。そう思った瞬間、ふわりと大剣を避け、舞うような動き
で相手の懐に飛び込む。
1901
二人が交錯し︱︱フランチェスカがくるりと半回転すると、対戦
相手は膝を折り地面に倒れこんだ。
勝負は一瞬だったが、でかいほうもそう弱くはなかったな。大剣
の剣速もなかなかのものだったし、飛び込まれて剣が間に合わない
と判断して、至近距離から鋭いローキックを出していた。しかしそ
れも躱されて、首筋に一撃食らって終わり。
ローキックの回避と致命傷となる剣戟を一連の、優雅にさえ感じ
る動きでやってみせた。確かに弱冠16歳でこれほどとは天賦の才
能を感じさせる、天禀と呼ぶに相応しい剣士だ。
果たしてサティとどっちが強いだろうか。 早さが互角でも、パワーとスタミナはサティだろう。あの体格で
はさほど力はあるまい。サティも小柄だがステータスとスキルブー
ストで半端ない力を持っている。
﹁サティとどちらが強いじゃろうな﹂
﹁やってみないとわからんな﹂
﹁それほど強いのかね?﹂
やべ。王様いるの忘れてナチュラルにリリアに返事してたわ。
﹁ええ。サティはそりゃあもう強いですよ﹂
﹁ほう。出番はいつだ?﹂
﹁三組の第二試合です。間もなく始まると思います﹂
王様が後ろに控えている従者の人に聞くと、即座に返事が帰って
1902
きた。フランチェスカ様の試合が終わった後は、他の会場でも試合
が始まっている。サティがいるのは第三試合会場のはず。ここから
だとちょうど闘技場の反対側だ。少し遠くて見づらいな。俺は鷹の
目があるから関係ないけど。
サティは⋮⋮いた。
﹁あそこの小さい、ええそうです。あの獣人です﹂
王様にも指を差して教える。
﹁本当に小さいな﹂
それで強いのかと言いたげだ。まあサティの強さは見ないとわか
らんだろう。ほぼ100%、侮られる。
前の試合はすぐに終わり、サティの順番が回ってきた。相手は槍
使い。
そういえば槍相手の練習なんてやってたっけ? ちょっとまずく
ないか⋮⋮?
サティが石舞台に上る前にこちらを見た。目があったのでなんと
なく頷いてやる。サティは前を向き、試合場に上がった。
開始の合図。槍持ちは威嚇するように槍を正面に長く突き出して
小刻みに動かしている。槍は長さは3mほどだろうか。木の柄に鉄
の穂先が付いている。丸めてあるようだがまともに突かれれば腹に
穴くらいは空けられそうだ。ぶっちゃけ剣にしろ槍にしろ、刃がな
いというだけで危険度が全然減ってない気がする。昨日も重傷者か
なり出てたし。
サティが動いた。スッと槍の間合いに入り、動きに反応した槍使
いの突きを軽く払ってすぐに下がる。しかしそれを追って槍使いが
1903
前に出た。連続で突きを放つ。サティは後退しつつうまく躱しさば
いているが、槍の間合いと小刻みな突きで防戦一方になっている。
でもまだ本気の動きじゃないな。相手に合わせているような⋮⋮
サティが動いた。突きを躱し一気に前に踏み出す。槍使いは槍を
横薙ぎに払うが、間合いを詰めたサティの盾に止められ︱︱槍使い
は動きを止めると膝をついた。肩を抑えている。
﹁何がどうなった?﹂
﹁最後、肩に一撃入ってますね﹂
王には見えなかったようだ。俺は鷹の目で詳細も見えるけど、こ
こからだとちょっと遠いしな。
革防具の上からだが、あのスピードで食らえば完全に骨は砕けて
戦闘はもう無理そうだ。
すぐに勝者が告げられ、神官の治療が行われた。
﹁なかなかに強いな。これで賭け率8倍か﹂
あ。賭けるの忘れてた⋮⋮
1904
130話 剣闘士大会予選二日目、招聘
サティは無事一回戦を勝ち抜いて、俺は王様とのお話の再開であ
る。サティの対戦相手になりそうな相手を見たかったが、王様は他
の試合よりも俺やリリアとの話のほうに興味があるようだ。
﹁それでどこまで話を聞いたかな?﹂
﹁里を脱出してマサルと出会ったあたりじゃな﹂
話は脚色した、色々と問題のありそうな部分を省いた外向けのス
トーリーである。最近こういう機会が増えたのですり合わせはちゃ
んとやってある。それでもかなり派手な活躍だが、それはAランク
ってことで不自然に聞こえない程度だと思う。
しかし俺はほとんどしゃべってないんだが、これ俺いらなくね?
本当ならサティの活躍を見ながら嫁とエルフさんたちに囲まれて
キャッキャウフフしてるはずなのに、なんでこんなおっちゃんの相
手をしてるんだろう。お陰でサティに賭けるのも忘れて大損である。
とりあえず非公式の場なので堅苦しくする必要はないと言われた
のが救いだろうか。リリアなど言われる前からタメ口だったけど。
﹁父上、フランチェスカ姉様の出番ですよ﹂
同席の末の王子様の発言で話はまた中断された。この王子様、1
0歳くらいだろうか。リリアの話より試合が気になるようである。
俺もそうしたい。
フランチェスカの二試合目は最初に劣らず瞬殺だった。正面から
1905
打ち合って、カンカンドカッ。3発で終了した。これなら一戦目の
やつのが強そうだったな。
サティのほうの会場はさっきから同じ奴らがしのぎを削り、死闘
を繰り広げている。どちらもそれなりにダメージは負っているが決
着とまではいかず、サティの次の試合までには時間がありそうだ。
﹁まるで相手になっておらんのう﹂
﹁相手が弱すぎるな﹂
ここに出ているからにはそんなに弱いはずはないんだが、実力に
差がありすぎる。
続いて776番アーマンドの試合だった。予選二日目は一日目と
同じゼッケンをつけている。
﹁あいつだ。サティが予選で負けた相手﹂
この試合の勝者がフランチェスカと決勝を争うことになるとあっ
て、観戦を続行する。
こちらも決着はわずか数合であっさりとついた。どうやらそのま
ま決勝を行うようだ。
負けた選手と入れ替わりにフランチェスカが登場する。歓声があ
がる。フランチェスカはなかなかの人気者のようだ。
﹁この相手は強いのかね?﹂
﹁まったくの無名で初出場の選手ですね﹂
隊長さんも知らない相手のようだ。
1906
﹁しかしサティを倒したのじゃ。強いのじゃろう﹂
﹁どちらもここまで実力を見せてないのでなんとも言えないけど、
どっちが勝ってもおかしくないな﹂
アーマンド
口には出せないが、776番のほうが強そうな感じがする。どっ
ちかと戦えと言われれば俺はフランチェスカを選ぶ。そのほうが勝
ち目がありそうだ。
﹁フランチェスカ姉様が負けるわけがない!﹂
王子様はそう言うが、俺もサティが負けるとは思わなかった。
﹁ステファン、結果はすぐにわかる﹂
ステファン王子をたしなめた王様の言葉が合図かのように、試合
の開始が告げられた。
しかしすぐには剣を交えずに、何か言葉をかわしている。聴覚探
知で聞き取ろうとしたが、調整する前に戦闘が始まってしまった。
これは慣れが必要だな⋮⋮
先手はフランチェスカだ。開始位置から一直線にアーマンドの懐
に飛び込み、そのまま流れるように剣を打ち込む。それは受け流さ
れ、そのまま離れまた向かい合う。
その距離は⋮⋮フランチェスカが突然とんっと一歩飛び下がった。
アーマンドが構えていた剣を下げてニヤっと楽しそうに笑った。
﹁何だ?﹂
王様がフランチェスカの動きに疑問を呈した。
1907
無拍子打ちをやろうとしたが、フランチェスカが何かを察知して
下がった、ということだろう。
﹁アーマンドが何かしようとして、フランチェスカ様がそれを嫌っ
て距離を取ったみたいですね﹂
今度はアーマンドが剣を下段に下げたままゆっくりと歩を進め、
止まった。双方の剣が届く、完全な間合いの範囲内だ。しかしフラ
ンチェスカも剣を構えたまま微動だしない。
突然アーマンドが剣を跳ね上げた。
﹁ああっ!?﹂
当たった、そう思った王子様が驚きの声をあげたが紙一重で躱し
ている。
続いてフランチェスカの反撃。これもアーマンドに回避された。
位置を入れ替えつつ、付かず離れず双方剣を繰り出すがどちらもこ
とごとく回避している。
だが数回の応酬の後、アーマンドの剣がフランチェスカの持つ盾
に止められた。どうやらアーマンドのほうが一枚上手だったようだ。
フランチェスカがまた下がって距離を取った。
﹁どちらもすごいのう。目が追いつかぬ﹂
確かにすごい。俺にはあんな回避の仕方は出来ない。しかし俺で
も対応は出来るレベルだ。二人ともまだ遊んでいる。相手の力を測
り合っている。
それでも実力は概ね見えてきた。これで前大会優勝者ならサティ
にも十分勝ち目がある。
1908
﹁リリア、ちゃんと見とけ。動くぞ﹂
アーマンドは変わらず飄々とした風だが、フランチェスカの気合
の入れようが明らかに変わった。まるで闘気が立ち上るようだ。
フランチェスカが動き、一気に距離を詰めた。
ギンッ、ギンッとこれまでと違う激しい剣戟音が響き渡る。フラ
ンチェスカの攻勢が激しいがアーマンドもきっちりと反撃をして一
歩も引いてない。
互角、というには余裕に差がある。年齢、経験の差か。フランチ
ェスカの攻撃はアーマンドに上手くいなされている。
アーマンドの攻撃がフランチェスカにほんの僅かだがかすった。
もちろんその程度ではフランチェスカは怯まず攻撃を続行している
が、アーマンドには一歩及ばない。
アーマンドには歳相応の手練の安定感がある。フランチェスカに
奥の手でもない限り、このまま勝負は決まりそうだ。
そう思った矢先。流れが変わった。フランチェスカが押している?
アーマンドの動きに何か違和感が⋮⋮まただ。妙な動き。
盾で受けたほうがいい場面でも剣で受けるか躱すかしているよう
に⋮⋮
思えばここまで一度も左手に持つ盾を使っていない。そして対戦
相手であるフランチェスカはそれに気がついた。
左手の故障か? しかし何の理由があろうとフランチェスカは見
逃す気はなさそうだ。弱点に容赦なく攻撃を加えている。卑怯だと
は思わない。俺だってそうする。アーマンドは強い。
ここぞと攻勢をかけたフランチェスカに、アーマンドは防戦一方
になっている。片手が使えないとわかれば攻略は難しくない。罠の
可能性もあると思うが、普通にやってもどうせ負けそうなのだ。
ついにフランチェスカの剣先がアーマンドの肩を切り裂いた。
浅い。そう見えたがアーマンドが膝をつき、手を上げる。ギブア
1909
ップしたようだ。見た目よりダメージが大きかったのか⋮⋮
﹁勝負あり!﹂
フランチェスカがひどく驚いた顔をしている。まさかこれで勝負
が決まるとは思わなかったようだ。
何か喋ってる。再度聴覚探知を調整してみた。
﹁何か揉めているようだな﹂
王様が誰に聞くでもなくそう発言した。
﹁どうもアーマンドが手抜きをしたって怒ってるみたいですよ。も
う一度ちゃんと戦えと。アーマンドは勝負はついたって言ってるよ
うですが﹂
途中からしか聞けなかったが、たぶん盾を一切使ってない件だろ
う。それにあの程度のダメージなら戦闘不能には程遠い。ギブアッ
プが早過ぎる。
審判が仲裁に入っているが、フランチェスカは納得しないようだ。
﹁どうにも埒が明かないようだな。おい、二人をここへ﹂
﹁はっ!﹂
王様の命令で騎士が試合場へと駆け出した。
で、二人が王の面前へと引き出されてきた。ついでにティリカも
要請されて王の後ろにそっと控える。
﹁何を揉めておったのだ?﹂
1910
﹁叔父上! この男、手を抜いていたのです!﹂
﹁手を抜くなんてとんでもない﹂
﹁戯言を!﹂
﹁ふむ。アーマンドだったか。試合で手を抜いたのかね?﹂
﹁もちろん全力です、アルブレヒト王﹂
その言葉にティリカは反応しない。やはり左手は怪我か?
﹁片手で戦って全力などと!﹂
﹁確かに右手のみで戦ったが、それでも本気でやったのには間違い
ない。俺の負けだよ﹂
﹁納得できるか! やり直しを要求する!﹂
そう言ってフランチェスカがアーマンドに剣を突きつけた。
﹁俺が本来のスタイルで戦えば君では勝てない。それがわからない
ほど鈍いわけじゃないだろう?﹂
﹁くっ⋮⋮﹂
フランチェスカが押し黙る。ハンデとして片手を封じたのなら、
まともにやれば勝てないのは誰の目にも明らかだ。
1911
﹁本来のスタイルって?﹂
そう聞いてみる。
﹁二刀だよ、神官君﹂
二刀流! 無拍子に二刀流と、アーマンドは多芸だな。
﹁二刀使い⋮⋮帝国のアーマンド・ムジカ?﹂
パウラ
二刀ということで何か思い出したのか、隊長さんが話に割り込ん
だ。
﹁最近は大会とかには全く出てないのに、よく覚えてたね﹂
﹁10年ほど前の帝国の大会で優勝してましたよね。二刀使いで珍
しかったので覚えてました﹂
﹁帝国の!?﹂
フランチェスカは帝国の大会優勝者と聞いて、驚きの声をあげた。
﹁俺が本気を出して他所の国の大会を荒らすのは本意じゃない。だ
からハンデをつけて戦った﹂
帝国の大会はこの世界で最大で、世界各地から最強を目指す剣士
が集まる。そこでの優勝者なら、王国の大会を地方大会という権利
がある。しかも優勝したのが10年ほど前。いまは30か35歳く
らいだろうか。一番脂の乗った年齢だ。
1912
﹁もっとも、ハンデを付けて優勝してしまうならそれは仕方がない
と思ってたけどね﹂
﹁じゃあそもそも何しに大会にでたんです?﹂
疑問に思ったことを聞いてみる。ハンデをつけてまで、なぜ大会
に出てきた?
﹁スカウトだよ。噂の剣聖を継ぐ者の二つ名持ちがどれほどか、直
接見てこいって師匠に言われてね﹂
フランチェスカが大会に出るだろうと自分も登録したのだが、ぎ
りぎりになって今年は出ないことが判明。直接会おうにも相手は公
爵令嬢。王国には伝手がないし、屋敷に手紙を投げ入れてみたのだ
という。
﹁強者に会いたくば大会に出よってね。出てきてくれてよかったよ﹂
﹁そのような回りくどいことをせずとも、正面から堂々と訪ねれば
よかったのだ﹂
﹁公爵令嬢に手合わせを申し込むなんて、下手したら牢屋行きだろ
う?﹂
そこまでは行かなくても面倒なことになるかもしれないのは容易
に想像がつくな。なにせ国王はこの姪っ子をとても可愛がっている
のだ。
まあ怪しい手紙を投げ込むのもどうかと思うが。
﹁それで? 私は強者殿のお眼鏡にかなったのか?﹂
1913
﹁その若さにしてその才。我が師バルナバーシュ・ヘイダはフラン
チェスカ・ストリンガー殿の訪問を歓迎するでしょう。もちろんあ
なたにその気があればですが﹂
アーマンドはそれまでの砕けた口調とは違う、真面目な声でそう
告げた。
剣聖バルナバーシュ・ヘイダ。軍曹殿の師匠。俺もなんか紹介し
ようとか言われてた気がするな⋮⋮
フランチェスカはその名を聞いても驚いた様子もなかった。ここ
までの話である程度予想はつけていたのだろう。
﹁もちろんある。しかしその前に、アーマンド・ムジカ。万全のあ
なたと戦いたい﹂
﹁もし優勝できたら、改めて全力でお相手をしよう﹂
﹁私はこの一年で更に強くなった。もはや王国内でめぼしい相手は
いない﹂
﹁そう簡単にいくといいけど﹂
アーマンドが会場のほうへと目をやった。サティの二回戦だ。危
うく見逃すところだった。
﹁おお、サティの試合じゃな。皆の者、まずは観戦しようぞ﹂
すぐに試合が始まった。サティの相手は大柄な獣人の剣士だ。ご
つい腕をしてパワーがありそうだ。
サティがまず仕掛けた。相手の獣人はサティの攻撃をなんなく凌
1914
いだ。そして反撃。破壊力のありそうな剣戟を嫌ってサティが距離
を取ったのに合わせて、追撃をかけた。スピードもあるようだ。
すぐにサティが舞台端にまで追い詰められた。立ち止まったサテ
ィにチャンスとばかりに獣人が突っ込んだ。しかし舞台のぎりぎり
端を使ってサティは獣人の脇をすり抜けた。しかも抜ける時に獣人
の足に打撃を加えている。
サティのほうへとかろうじて向き直った獣人に、サティが剣を突
き放ち、獣人は崩れ落ちた。
そのまま獣人は立ち上がれず、勝利が告げられた。治癒術師が獣
人に駆け寄る。やはり予選レベルではサティの敵ではない。
﹁相手の脇をすり抜けた時に、足に一撃加えてますね。それで一瞬
対応が遅れてまともに突きを食らったんでしょう﹂
王様やリリアが説明を欲しそうだったので解説してやる。
﹁ここも続けて決勝をやるようじゃな﹂
﹁相手は神殿騎士ですね。去年は本戦で二回勝っています﹂
﹁一度戦ったことがあるが、あれは面倒な相手だぞ。多少のダメー
ジなら治癒魔法ですぐに回復される﹂
隊長さんの説明にフランチェスカが補足をした。
オッズが1.5倍のブロック最有力選手だ。冒険者ではあまり見
ない、屈めば体がすっぽりと隠れそうな大きな盾を装備している。
一見防御力重視ではあるが、盾自体の攻撃力も馬鹿にならない。盾
も鉄の塊なのだ。正面からぶつけられれば吹き飛ばされるし、角も
当たれば刃引きの剣と変わらない攻撃力がある。
1915
﹁私の敵ではないが、サティというのか? あの小兵で相手をする
のは辛かろう﹂
試合開始の合図が告げられる中、フランチェスカがそう締めくく
った。
サティでは攻撃力が足りないとでも思っているのだろうか。確か
に相手は体格もいいから、あの盾を前面に押し出されれば、サティ
では懐に入りでもしないと少々リーチが足りないかもしれない。余
計な心配だと思うが。
開始直後、この試合もサティから仕掛けた。大きな盾の正面に突
っ込み身を屈めると、体勢を低くしたままスルッと盾を周り込み、
一撃。
相手は盾を取り落とし、膝をついた。そこにサティが剣を突きつ
ける。
神殿騎士は苦痛に満ちた表情で手を上げ、ギブアップを表明した。
一瞬会場がしんとしたあと、どよめきが走る。
﹁おお?﹂
リリアはまた何があったのかわからなかったようだ。
﹁今のはフェイントだな。盾の陰に隠れて相手の視界から消える。
右に出るぞとフェイントを仕掛けて、左に回って一撃﹂
説明してみると簡単だが、盾で完全に隠れるほどの小さな体に隠
密と忍び足。圧倒的なスピードで放たれる一撃。すべての条件が噛
み合ってのことだ。もし神殿騎士が普段から装備している金属製の
鎧なら話は違っただろうが。
1916
サティがこちらを見ているので手を振って呼び寄せる。
サティは一旦係員に呼び止められたが、少し話すとこちらにやっ
てきたので、貴賓席の階段あたりで出迎えた。
﹁よくやった、サティ﹂
﹁はい!﹂
一家みんなで出迎えてサティを褒めて、サティは嬉しそうだ。
とりあえずこれでサティの試合は終わったが、このまま他の試合
も見ておいたほうがいいだろうな。手強い選手がいるかもしれない
し。
﹁皆で昼食でもどうかね?﹂
王様はさすがに一日観戦というわけにもいかず引き上げるようで、
俺たちを王宮へと誘ってきた。まあリリアの話が全然途中だしな。
みんなが俺を見る。判断は任すということだろう。出来れば行き
たくないが、断るにしても角が立たないようにどうにか考えないと
⋮⋮
﹁叔父上、一日休みがあるとはいえ試合はこれからが本番です。遊
んでる暇はありませんよ﹂
返事を迷っている俺を察してくれたのか、フランチェスカ様から
助け舟が入った。
﹁む、そうだな。無理にとは言わんが⋮⋮﹂
1917
﹁俺はサティに付き合うからリリアは行ってきたら?﹂
話だけなら俺はいなくても平気だろう。
﹁そうじゃな﹂
エリーとアンも王宮へと同行することになった。ティリカはこっ
ちに残って、王様御一行を見送る。
﹁あ、そう言えば事務所に来てくれって言ってました﹂
ゼッケンを返却するのと、本戦出場者に対して詳しい経歴の聞き
取りやインタビューみたいなのをやるらしい。
﹁サティと言ったな。一緒に行こうか﹂
フランチェスカ様は今更経歴も何もないが、自分でゼッケンを返
しに行くようだ。
﹁あ、はい﹂
﹁俺も付き合うよ﹂
﹁わたしも﹂
俺とティリカは部外者なんだがフランチェスカ様のご威光か、堂
々と会場に入っても止めようとするものはいなかった。
歩きながらサティがちらちらとフランチェスカを見る。ライバル
になりそうなので気になるのだろうか?
1918
﹁私の顔に何かついてるか?﹂
﹁あ、あの。フランチェスカ様はお姫様ですよね?﹂
﹁母上は王女だったが父上と結婚するとき、王位継承権を持ったま
まだと色々とややこしいから放棄したという話だ。だから私は姫と
は言えないだろうな﹂
サティは神妙に聞いているがちょっとがっかりしたのが俺にはわ
かった。
﹁本戦で当たれば国王の姪だからといって遠慮する必要はないぞ?
去年こそ優勝したが、それまでは何度も負けていたからな。手加
減は無用だ﹂
﹁はい、フランチェスカ様﹂
サティは戦闘じゃ容赦はしないし、純粋にお姫様に興味があった
のだろうな。サティが希望するなら王都滞在中に王宮に行く機会も
あるだろう。今日のはどうせちょっとした昼食会だし。
そのまま特に何を話すこともなく、スタスタと足早に歩くフラン
チェスカ様にくっついて、闘技場の座席の下部にある事務所に迷う
ことなくやってきた。
﹁ではな、サティ。本戦で戦えるのを楽しみにしているぞ﹂
フランチェスカ様はそう言うとゼッケンを事務所の人に渡し、二
言三言言葉を交わすとさっさと去っていった。
﹁777番、サティ様ですね。本戦出場おめでとうございます。そ
1919
れで色々とお話を聞きたいのですが⋮⋮﹂
そして俺の方を見て、こいつは誰だろうという表情だ。
﹁俺のことはお気になさらずに。サティの旦那です﹂
﹁妹です﹂
﹁はあ﹂
とりあえず名前や出身地。経歴などの再確認をされた。
とはいえ追加で話すことは多くない。魔法が使えたり、剣を覚え
て半年だったりみたいな話はあまり広めたくない。
﹁大会出場経験もなし。目立った功績はドラゴン討伐くらい。その
前は何を?﹂
﹁えっと﹂
﹁田舎の村で家の手伝いをしてて、町に出てきて冒険者になって剣
術とかを習ったんです﹂
サティが口ごもったので俺が答えておく。奴隷に売られたことを
わざわざ言うこともない。
﹁最後に本戦に向ける意気込みなどをお聞かせ頂ければ﹂
﹁優勝を目指してます﹂
﹁はい。質問はこれで終わりです。ありがとうございました。組み
1920
合わせは明後日の朝貼りだされますので、早めに会場にお越しくだ
さい﹂
もとのエルフさんの取ってくれた席に戻ると、エルフさんは数人
残っているのみで、大部分は帰ったかリリアについて行ったようだ。
そしてウィルとアーマンドが仲良く座っていた。
﹁おかえりっす、兄貴。それとサティさん、本戦出場おめでとうご
ざいます﹂
﹁ありがとうございます、ウィルさん﹂
スペースは余裕あるが、わざわざ二人と離れたところに座るのも
感じが悪いし、そのまま近くに座るとアーマンドがさっそく話しか
けてきた。
﹁待ってたよ。ちょっと話がしたくてね﹂
﹁それはいいですけど、俺たちがいない間に強そうな相手は出てま
せんでしたか?﹂
﹁今のところめぼしいのは見つからないね﹂
やはり昨年優勝のフランチェスカ以上の相手はそうそういないよ
うだ。
﹁それでだね。お嬢ちゃんの腕をもう一度見せて貰いたいんだが﹂
1921
サティにもアーマンドの話を簡単にしておく。
剣聖への紹介は軍曹殿経由でいいから、こいつの腕試しは必要な
いんだが、無拍子打ちの対処が上手くいくかどうか、試しておいた
ほうがいいし、本戦前のいい練習相手になるだろう。
そういうことで立ち会いは予選が終わってから屋敷ですることに
なった。
﹁アーマンドさんは、剣聖の弟子なんですよね?﹂
試合の進行を見ながら気になっていたことを聞くことにした。
﹁そうだよ﹂
﹁剣聖の修行はやっぱりきついですか?﹂
﹁鬼だね。何度も死を覚悟したことがあるよ﹂
ああ、やっぱりな⋮⋮
﹁もういい年なんで、直接の指導は滅多にやらないけどね﹂
そもそも何故スカウトなんてしているのか。アーマンドを含め弟
子には実力者が多くいるものの、剣聖の名を継ぐに相応しい者が、
剣聖自身が納得するだけの資質を持つものが見つからないという。
﹁あの方は化け物なんだよ。それ故に剣聖と呼ばれ、この数十年間
誰一人として後継に足る剣士が現れなかった﹂
アーマンドをして化け物と言わしめる世界最強の剣士。
1922
﹁まあ後継だなんだって話は抜きにして、師匠に稽古をつけてもら
うのは得難い経験だよ﹂
サティが問いかけるようにこっちを見た。行きたいのだろう。
﹁俺はいいけど、サティは会ってくるといいよ﹂
﹁マサル様も一緒に稽古をつけてもらいましょうよ﹂
﹁でも俺は剣士を目指してるわけじゃないしな﹂
﹁神官君も腕に覚えがあるならテストしてあげようか?﹂
﹁俺は結構です﹂
﹁マサル様も一緒じゃなきゃダメです。一緒に強くならないと!﹂
﹁いやだからね、弟子は簡単には取らないよ?﹂
﹁アーマンドさんは黙っててください﹂
﹁あ、はい﹂
﹁軍曹殿がもし修行をする時があれば、首に縄をつけてでもマサル
様も一緒にって﹂
サティが珍しく強情だと思ったら軍曹殿の指示か。もちろん言っ
ていたように一緒に強くなりたいというのもあるのだろうが。
﹁だ、ダメですか⋮⋮?﹂
1923
すっごい嫌だけど、修行はしたほうがいいのは確かだ。サティは
泣きそうだし、軍曹殿にも剣の聖地ビエルスには行くって約束して
あるしな⋮⋮
﹁わかった。一緒に訪ねてみよう﹂
もしかしたらそれほどきつい修行じゃないかもしれないし、そも
そもサティはともかく俺の指導なんかしてもらえないかもしれない
し。
﹁はい、一緒にがんばりましょう!﹂
まあサティが喜んでるし今はそれでいいか。きつくても修行で死
ぬわけじゃないし、覚悟を決めよう。
﹁話はまとまったかい?﹂
﹁ああ、すいません﹂
﹁ふふふ。それじゃあ二人仲良く師匠の修行を受けたくば、まずは
この俺を倒してからにしてもらおうかな!﹂
この人ノリノリだな。
﹁神官君もやりそうな感じだし、腕は見てみたかったんだよね﹂
﹁マサル様はわたしより強いです!﹂
﹁ほほう﹂
1924
﹁剣はサティさんのが少しだけ強いっすけど、兄貴には魔法があり
ますからね﹂
﹁魔法込みで100メートルの距離からやらせてもらえるならやっ
てもいいんだけどなー﹂
﹁ちなみに魔法はどの程度⋮⋮?﹂
﹁Aランクのメイジですからね。地形が変わります﹂
﹁マサル様の魔法はほんとうにすごいんですよ!﹂
﹁それで剣もお嬢ちゃんより少し劣る程度?﹂
﹁マサル様は剣でもわたしに劣りません!﹂
﹁それは⋮⋮まじめに剣の腕を見せてもらってもいいかな?﹂
﹁まあ軽くでいいなら﹂
﹁乗り気じゃないね? お嬢ちゃんと一緒に剣聖に会いたいんだろ
う?﹂
﹁ええっと、実をいうともう別口で紹介するって言われてまして﹂
﹁いやそう簡単に紹介なんかは⋮⋮﹂
アーマンドは訝しげだが軍曹殿が適当なことをいうとも思えない。
1925
﹁ヴォークトという名のギルドで教官をされている方なんですが﹂
﹁ヴォークト⋮⋮会ったことはないけど名前だけは。なるほど。王
国で教官をしていたのか﹂
﹁ちょうど王都にいますよ。冒険者ギルドを訪ねれば会えると思い
ます﹂
﹁うん。そういうことなら問題ないだろう﹂
そうか。問題ないのか。とても残念だ。
軍曹殿はアーマンドより上の世代で最強を争っていた一人で、怪
我さえなければと今でも話題に上る人物だという。
﹁鬼のシゴキ、存分に受けてくるといい﹂
アーマンドはとても嬉しそうだ。
﹁そんなにきついんですか?﹂
﹁大丈夫。師匠の修行がトラウマになったやつは多いが、死人は出
てないはずだ⋮⋮たぶん﹂
たぶんかよ⋮⋮
1926
131話 剣闘士大会予選二日目、試し
予選はあまり見るべき点がなかった。
本当に強いのは予選免除で本戦から出てくるようで、予選に出た
ところでオッズの関係で強者同士はなるべく潰し合わないように組
み合わせが作られ、本気の戦いはそうそう見ることはできない。
実力の伯仲した中堅ファイター同士のガチの戦いはそれなりに血
沸き肉踊るものではあったが、収穫といえば大会の平均的レベルが
知れたことだろうか。
やはりサティは飛び抜けて強い。そこそこ強そうなのは何人かい
たものの、ここまで見た中でライバルになりそうなのはフランチェ
スカくらいだった。
﹁マサル様、ラザードさんです﹂
みんなも戻ってこないしいい加減退屈しだした頃、サティが会場
を指差した。予選も終盤付近までどこに隠れてたのかと思ったが、
控室みたいなのがあったらしい。
﹁知り合い?﹂
﹁依頼で組んだことが、あっ﹂
アーマンドに答えてる間に対戦相手が吹き飛んでいた。同じよう
に吹き飛ばされた時の記憶が鮮明に蘇り、ちょっと嫌な気分になる。
幸い命には別状ないようで、治療を受けて無事立ち上がっていた。
ほどよく手加減はしているんだろう。
パワータイプだけど腕もいいんだよな。普通の冒険者が両手で振
1927
るうような剣を片手で軽々と扱い、小技も使える。察知能力が高い
のか勘もいい。
こうしてみると剣士としての一つの理想型ではある。恵まれた体
格に鍛え上げられた筋肉。高い技術に豊富な経験。ドラゴンに突っ
込む勇猛果敢さも持ち合わせている。
ラザードさんは二戦目、三戦目も危なげなく勝ち上がった。ほと
んど実力は見せないままだ。
﹁サティ、がんばれよ﹂
﹁はい!﹂
ラザードさんの相手はサティに任せた。優勝を目指すなら当たる
可能性は低くはないだろう。
今となっては勝てなくもないなとは思いはするが、やっぱり怖い
ものは怖い。俺が出るんじゃなくて本当によかった。
ラザードさんの試合が終わり、全体の試合消化も進んで会場にい
る選手も観客もだいぶまばらになった頃、みんながやっと戻ってき
た。
みんなご機嫌に酔っている。
﹁美味しいお酒でねー。マサルの分もお土産に一本貰ってきたよー﹂
そう言って、アンがお酒を見せてくれた。俺はお固い王宮など、
いいお酒が飲めてもノーサンキューだが、みんなは楽しんできたよ
うで大変結構だ。ついでに料理もお持ち帰りしてきてくれたので、
机に広げて留守番組でつつきながら話を聞いた。
リリアの話が長引いたが、王宮訪問は問題なく終わったらしい。
料理やお酒は美味しいし、王宮の見学もさせてもらい、エリーは王
1928
様に領地開拓の話を少しして、軌道に乗った際には正式にご挨拶を
する約束をしたようだ。
﹁まだ先の話だけれど、その時はスムーズにいく方がいいでしょ?﹂
領地の承認や叙任はパークス伯爵に仲介を頼むことになりそうだ
ったのだが、直接のコネ、それも王様直通なら伯爵に借りを作るこ
ともない。エルフ経由という案もあったのだが、そうするとちょっ
と大事になりかねないのが悩ましいところだったのだ。今でもちょ
っと大事になっている気がしないでもないが、エルフ王家からより、
王様にこっそりとならセーフだろう。そう思いたい。
うちの事情が特殊すぎて、もはやどういう選択肢が正解なのか判
断できないのが現状だ。だが少なくともこちらに隔意のある伯爵よ
りも、好意的な王様に話を持っていったほうがいいのは間違いがな
い。
どっちにしろこの話は数年後。それまでには状況は更に変化して
いるだろう。
とりあえずのところはエリーが満足そうならそれでいい。ここの
ところは割合平穏に物事が進んでいるし、嫁が幸せなら俺も幸せと
いうものである。
予選も全試合が終了したので皆でエルフ屋敷に戻り、予定通りサ
ティとアーマンドの立ち会いを行うことにした。
条件は同じ方がいいだろうと、アーマンドは予選と同じように盾
を持ち、手加減をするスタイルのようだ。
エルフ屋敷の訓練場で、俺たちやエルフが見守る中、二人が相対
する。リベンジとあってサティはずいぶんと気合が入っている。あ
れで結構負けず嫌いだしな。
1929
﹁始め!﹂
俺の開始の合図でサティが一歩二歩三歩、ゆっくりと歩を進める
と立ち止まった。開始位置は遠めに取っていたのだが、今は完全に
無拍子打ちの距離だ。
﹁いいね。それでこそ剣士というもの﹂
そう言うとアーマンドがするりと動いた︱︱ギンッ。サティはア
ーマンドの剣を完全に防いだ。そこで双方の動きが一旦止まった。
改めて見ても軍曹殿の見せてくれた無拍子打ちと、そう変わらな
い。あれなら俺も防げそうだ。
アーマンドが嬉しそうに笑って、攻撃を再開した。振るわれた剣
をサティがギリギリで躱す。そして反撃。アーマンドがそれを躱し
た。今度はフランチェスカとの試合の再現するようだ。
だがこっちはフランチェスカのほうが動きは少し上だったか、す
ぐに躱しきれずにサティが飛び退いてしまった。
経験の差だろうか。あの距離で足を止めたまま相手の剣を躱すに
は、先読みが必須になってくる。サティには対人の経験が少ない。
仕切りなおしてサティが仕掛けた。今度はステップワークを存分
に使っている。
力量は⋮⋮アーマンドのほうが少し上か? いや、これはアーマ
ンドが左を使えないことを知らないと想定してやってるのか。
練習だし、弱点を突いて勝っても仕方がないし、負けてもどうな
るものでもないとはいえ、堂々たる戦い方だ。
とはいえサティは攻めあぐねていた。足をフルに使って上手くヒ
ットアンドアウェイを仕掛け、アーマンドの攻撃をよく躱している
が明らかに劣勢だ。
1930
しかし終局はまもなく訪れた。サティの連撃をアーマンドが捌き
きれず、体勢が崩れたところをサティは見逃さず一撃を加え、立ち
会いは終わった。
狙って弱点をつかないとはいえ、たまたまそこに攻撃がいってし
まえば仕方ない。サティもそこまで余裕はないのだ。
﹁お疲れ、サティ。アーマンドさん、怪我は?﹂
﹁大丈夫。寸止めしてもらったしね﹂
﹁サティはお眼鏡にかないましたか?﹂
﹁思った以上だ﹂
それで本日のイベントは終了。お風呂で汗を流してご飯でもと思
ったら、今度は俺を指名してきた。
﹁俺はテストとか別にいらないんですが﹂
﹁まあまあ、そう言わずに。お嬢ちゃんたちも旦那が戦うところ見
たいよね?﹂
返事はないがサティは見たそうな顔だ。
全くもってやりたくはないが、ここで逃げるのも男らしくない。
﹁ほらほら、女の子もやってほしそうだよ﹂
﹁まあいいですけど﹂
1931
俺は弱点を見ないふりとか紳士な対応はしない。たぶん勝てるだ
ろう。そう思って、革装備をつけて相対してみると、アーマンドが
二刀を持っていた。マジかよ。
﹁いくら万全じゃないと言っても一日二回も負けてはね。そろそろ
強いところも見せておいたほうがいいと思って﹂
左様ですか。
でも予選から見てる限りでは、無用に相手にダメージを与えるよ
うなことはしないだろう。
﹁ほんっと、マジで加減お願いしますよ!?﹂
一応しっかりと念を押しておくことにする。
﹁わかってるって。これはあくまで腕試しだよ﹂
﹁マサル、本気で﹂
それなら適当にお相手すればと思っていたら、ティリカに釘を刺
された。やる気のなさが顔に出てしまっていたようだ。
﹁⋮⋮わかった、本気だな。魔法は使ってもいいんでしたっけ?﹂
﹁もちろんダメだよ﹂
ダメかあ。まあ仕方ない。やれるだけやってみよう。
こいつの強さは軍曹殿クラスだろう。殺す気でやらないとダメだ。
いや、まずは俺も無拍子打ちに対応できるか試してみないとな。
1932
﹁警告しておく。二刀からのこの技を防ぐのは更に難しいから﹂
え、なにそれ? そんなの聞いてませんが。すぐに距離を取ろう
としたところに、アーマンドが動いた。二刀が左右から迫る。完全
にばらばらの動きでタイミングも︱︱
﹁まさか両方防ぐとはね﹂
片方を盾で受け、もう片方をなんとか剣で受け流せた。
しまった。ここで食らっておけば終わったのに。いや、ティリカ
に本気でやるって約束したもんな。真剣にやろう。
﹁追撃されてたら終わってましたよ﹂
﹁それじゃ君の力が見れないからね﹂
そのまま剣を引いてくれたので、俺も距離を取る。ここからが問
題だ。二刀なんかもちろん相手をしたことはないから対応法がわか
らない。
アーマンドは動かない。今度は俺からやれってことか。
あまり考えても仕方ない。ここまで積み上げた経験とスキル群が
いい働きをしてくれると信じるしかない。
目の前のこいつはオークだ。二刀を持ったレアオーク。倒さない
と死ぬ。よし、この設定でいこう。
小手先の技は無用。ステータスは俺のほうが確実に上回っている
はずだ。
踏み込み真正面から仕掛ける。限界までスピードとパワーを乗せ
た上段からの一撃。まともに当たれば死にかねないような斬撃をア
ーマンドに食らわせる。
1933
躱された。それは想定済み。そのまま踏込ん︱︱ってあぶね!?
左の剣が別の生き物のように飛んでくるのを剣で受け流す。同時
に右の剣が突き出されるのを盾で止め、受け流した左の剣がまた︱
︱ヤバイヤバイ。後手に回って何も︱︱
必死に、無様に地面を転がって剣を躱し、距離を取った。アーマ
ンドは俺が立ち上がるまで待っててくれる。
息が荒い。嫌な汗がでる。
じり、じりと我知らず下がってしまう。どうすればいい? ⋮⋮
どうしようもないな。力量差がありすぎる。
﹃諦めずにあがけば奇跡が起こるかもしれん﹄
軍曹殿の言葉を思い出す。覚悟を決める。これで死ぬことはない。
踏み込む。躱される。また二刀の同時攻撃。今度は落ち着いて受
けて︱︱ここだ。
魔力の発動。魔法によるフェイント。使うつもりはないが、魔力
を感知できればこれは無視できまい︱︱
結果、俺の剣はアーマンドの剣に阻まれ、アーマンドのもう一本
の剣が俺の首に突きつけられていた。残念。山野マサルは死んでし
まった!
﹁君はなかなか恐ろしいね﹂
魔法を使ったとしても、よくて骨を切らせて肉を断つといったと
ころだろうか。アーマンドの剣は俺の首を切り裂き、俺の魔法は命
中したとしても致命傷とまではいかなかっただろう。
﹁アーマンドさんこそ﹂
1934
﹁今の、魔法アリならどうなってたかな?﹂
﹁俺が致命傷で、アーマンドさんは一時的に行動不能ってところで
すかね﹂
火魔法だったらもしかしたら相打ちまでもっていけたかもしれな
いが、今のはエアハンマーだったしな。
﹁最初から魔法アリなら?﹂
十分な距離さえあえば、軍曹殿でも倒す自信はある。転移剣や召
喚なんて奥の手もある。
﹁俺が勝つでしょう﹂
﹁もう一度やってみよう。今度は魔法もアリで﹂
殺してもいいなら負ける気はないが、試合となると⋮⋮
﹁やめときましょう。剣じゃ敵いませんし、俺の魔法は人相手に使
うには強力すぎますから﹂
こんな強い相手、一回やれば俺はもう十分だ。
﹁それよりもサティの相手を二刀でもう一度お願いします﹂
格上の相手とやる機会は滅多にない。サティのいい経験になるだ
ろう。
1935
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ﹁ほう。あの二人と立ち会ったのか﹂
﹁お嬢ちゃんとも改めてね﹂
﹁二人とも面白いだろう?﹂
﹁お嬢ちゃんのほうが師匠は喜ぶでしょう﹂
あの年齢であの剣技。体も小さいからまだまだ大きな成長が見込
める。
﹁そうだろうな。サティはな、剣を覚えてまだ半年なのだ﹂
﹁半年!? それは、よっぽど念入りに鍛えられたんですね、ヴォ
ークト殿﹂
﹁私は最低限の指導しかしておらん。サティは勝手に強くなったの
だよ﹂
詳しく話を聞くと、初めて冒険者ギルドに来た時、剣の握り方、
弓の持ち方から習った。それからマサルと冒険者稼業をしつつ、一、
二ヶ月ほどでそのギルド支部で敵う者がいないほどとなったという。
﹁弓もですか﹂
1936
﹁そちらは最近は見てはおらんが、剣に劣らぬ腕だという﹂
見たところ、サティとフランチェスカにほとんど実力差はない。
しかしフランチェスカは三つの頃から剣を握っていたという。それ
以来一〇年以上、剣の道に明け暮れていたはずだ。それが半年。冒
険者ランクもすでにB。あの腕は実戦で鍛え上げたのか。
﹁だが本当に面白いのはマサルのほうだよ﹂
﹁しかしやる気がないでしょう?﹂
﹁うむ。それに魔法の腕もよくて多大な戦果を上げておる。自主的
にやるなら別だが、ギルドとしても長期間抜けられると困るから、
修行の押し付けもできん﹂
魔法使いでありながらあの剣の腕は非凡ではあるが、やる気のな
さは致命的だ。もう少し若ければよかったのだが、23歳であの体
格ではこれ以上の成長は見込めないだろうし、剣士としての伸びし
ろがどれほどあるか。
﹁マサルがギルドに来たのは八ヶ月前だ﹂
﹁まさかマサルも剣を持ったことがなかったとか?﹂
﹁最初から剣と魔法が多少使えるようだった。といっても狩りに出
た初日に野ウサギに負けて戻って来おった。その程度の力しか持ち
あわせておらんかったのだ﹂
﹁それは⋮⋮﹂
1937
野ウサギは凶暴ではあるが、武器さえあれば子供でも勝てなくは
ない相手だ。それがわずか八ヶ月であそこまで? 剣を握って半年
というサティに比べれば驚きは少ないが、それでも破格の成長速度
だろう。
﹁問題はマサルにやる気がないという点だ。サティは暇があれば修
練はしておるのだが、マサルは努力が嫌いなようでな。もちろん冒
険者である以上、強くなりたいという熱意はある。短期間ではある
が特訓を施したこともある。しかし普段はあまり真面目に修練をし
ておらん。それにも関わらずあの成長速度だ。あいつだけはどうに
も理解しがたい﹂
﹁成長速度はお嬢ちゃんもでしょう?﹂
﹁成長したのは魔法もなのだ。野ウサギに負ける程度の戦闘力しか
持っておらんかったのだぞ? それが今、魔法の腕がどの程度か聞
いているかね?﹂
﹁地形が変わるほどだとか﹂
俺と剣を交えた上で魔法もアリなら勝てると豪語してみせたのは、
決してハッタリではないだろう。
﹁サティは強くなる。無事成長すれば剣士として大いに名を上げる
だろう﹂
﹁それは間違いないでしょうね﹂
﹁しかしマサルはそれ以上だな。あいつは歴史に名を残す冒険者と
なるだろう﹂
1938
そういえばあのパーティの構成は、剣士に魔法使いに精霊使い。
それに神官に真偽官まで。それではまるで︱︱
﹁勇者のように?﹂
伝説の勇者は魔法剣士だったな。
﹁いつかマサルが勇者の名乗りを上げたとしても私は驚かんよ﹂
面白い。師匠はこの話をきっと気に入るだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 1939
132話 参戦
﹁今日は自由行動にしよう﹂
家族のみでエルフ屋敷の居間に集まり、本日の予定を話し合う。
今日は剣闘士大会予選も終わり、本戦前の休養日である。王都での
日程はまだまだあるが、チャンスがある時に積極的に休んでいかな
いと、やるべきことはいくらでも降って湧いてくるのが俺の異世界
生活の日常である。
本当は完全休養日にしたいところであるが、たぶんサティは練習
希望だな。
﹁サティはどうする? 練習しても休みにしてもどっちでもいいけ
ど﹂
﹁少しやっておきたいです﹂
昨日は二刀のアーマンドにずいぶんやられたもんな。記憶が鮮明
なうちに復習しておきたいのだろう。
﹁じゃあ午前中付き合うよ。午後からは遊びに行こう﹂
あんまりやって明日に差し支えても困る。
﹁そう言えばタマラがお礼を言いたいって﹂
そうエリーが言ってきた。
最近購入した三人の奴隷のうちの一人、タマラちゃんは人妻であ
1940
る。買ったところに好きな男がいると判明したので、もったいない
がそいつとくっつけてやったのだ。それで新婚だってことで、王都
にハネムーンがてら旦那と共に連れてきている。もちろん俺からの
男
プレゼントってことで、どうにか加護が付かないかとの実験も兼ね
ている。
ちなみに男嫌いのルフトナちゃんは王都に一日だけいて、人が多
すぎで気持ち悪くなったそうで、エルフの居残り組とともに屋敷で
お留守番をしている。
﹁楽しんでるようでなによりだな。あとで様子を見に行ってみるよ﹂
きっと何の邪魔も入らずに王都を満喫してるんだろう。自分で手
配しておいてだが、実に羨ましい。
今日は観光に出かける予定だったが、早めに引き上げようかな。
どうせ王都にはいつでも来れる。こんな混雑してる時期にわざわざ
観光に繰り出すこともない。
祭りは結構楽しみにしていたのだが、ここ数日のイベントであま
り楽しむような気分じゃなくなってしまっている。
それに結局のところ祭り自体じゃなくて、祭りをダシにみんなと
遊びたかっただけな気がするな。
お祭り後半はゆっくりできるだろうか? 大会に出るサティと王
様絡みで何かあるだろうが俺主体の話でもないし、サティが優勝し
たところで案外何もないかもしれないし、王様も昨日ので満足して
もうちょっかいをかけてこないかもしれない。
ポジティブに考えよう。ここのところ神様も大人しいし、それな
りに忙しいとはいえ、命の危険に関わることは皆無だ。きっとサテ
ィの強化も王様とのコネもプラスになるだろう。
そう考えると今回の、サティの大会参加決定からの一連のイベン
トも悪くないかもしれない。
1941
それで午後はどうしようか。本屋を探そうかな。王都ならでかい
本屋がきっとあるだろう。それから適当に屋台で買い食いでもして。
お祭りとか観光は関係なしに、普通のデートでいいな。疲れたら早
めに引き上げて︱︱などとだらだらとみんなで話していると、エル
フさんから来客を告げられた。
﹁マサル様に客人が来ております。剣闘士大会の運営事務局の方だ
そうです﹂
﹁俺? サティじゃなくて?﹂
﹁はい。マサル様に用があるそうです﹂
なんだろう。初日に神官として潜り込んだ件か? でもあれは普
通に治療しただけだし。
﹁えっと、怒ってる感じでした?﹂
﹁何か依頼があるようでしたが﹂
冒険者としての依頼ならギルドを通すはずだ。やはり治療の件だ
ろうか。俺の力を見込んで仕事をとか? うーん。やっぱり普通に
治療してただけだし、そんな話は⋮⋮いや、仮面神官の件⋮⋮これ
も違うか。それなら神殿からだろうし、剣闘士大会の運営じゃない
よなあ。
考えててもわからんし、怒られるとかじゃないなら話を聞きに行
くか。
でもみんなで行こう。不安だ。嫌な予感がする。
客間で待っていたのは二人の男性。気になったのはガタイがいい
1942
ほうで、隙がなく魔力も感じる。三〇歳くらいだろうか。仕立ての
いい上等そうな服を着ていて、貴族だろうか。腕はかなり立ちそう
だが、丸腰だし護衛という感じでもなさそうだ。
﹁マサル・ヤマノス様ですね。おめでとうございます。あなたの剣
闘士大会への出場が認められました﹂
﹁は?﹂
弱そうな中年男性の方がそんなことを言い出した。たぶんこちら
が運営の人だろう。
﹁マサル、いつの間に申し込んでたの?﹂
そうエリーが聞いてくるが、もちろん出場の申し込みなんかした
覚えはない。
﹁申し込んでないし﹂
﹁つまりですね。ぜひ明日の剣闘士大会本戦に出場していただきた
いと⋮⋮﹂
﹁出たかったら最初から申し込みますよ。そもそもなんでそんな話
が?﹂
アーマンドか軍曹殿。それか王様あたりの差し金だろうか。
﹁私から説明しよう﹂
もう一人のごついほうがやっと口を開いた。
1943
﹁はあ﹂
﹁マサル殿にやられた甥の仇討ちのためだ。私の名はグスタフ・バ
イロン。ジョージの叔父にあたる﹂
﹁ジョージ⋮⋮?﹂
誰だっけ? 甥の仇とか言われてもまったく心当たりがないんだ
が。
﹁ちょっと待て。名前を聞いてもわからないのか?﹂
﹁いや⋮⋮すいません﹂
﹁マサル、マサル﹂
後ろからティリカがくいくいと服を引っ張る。
﹁わたしの婚約者候補の、ゴーレムで決闘した﹂
﹁あ、あー!﹂
あいつかあ。
﹁あの、もしかして⋮⋮甥っ子さん死にました?﹂
まさかあの時の怪我が元で、とかじゃないよな?
﹁至極元気だ﹂
1944
﹁じゃあ仇討ちって言われても﹂
﹁貴様のお陰でジョージに縁談がまったくなくなってしまって、す
っかり塞ぎこんでいるのだ﹂
自業自得じゃねーか⋮⋮
﹁大会の会場でジョージが貴様を見つけてな。ちょっと痛めつけて
やってくれと泣きつかれた﹂
﹁うちに喧嘩を売ろうとはいい度胸じゃの!﹂
グスタフの言葉にリリアが即座に反応した。
﹁待った、エルフ殿。私はそれを諌めたのだ。これ以上問題を起こ
したくない﹂
あの件は冒険者ギルドと真偽院から苦情がいっているはずだ。も
う一度問題を起こせば、ジョージの身だけでなく、バイロン家の責
任問題にも発展しかねない。
冒険者ギルドはどう動くかわからないが、真偽院は怒らせるとと
ても怖い。
﹁それで剣闘士大会の話は?﹂
﹁つまりだな、貴様に決闘を申し込む。剣闘士大会の舞台でな﹂
﹁やですよ。そもそも組み合わせがそう都合よくならないでしょう
?﹂
1945
それに関しては大丈夫だと、運営の人が言う。このグスタフ氏の
持つシード権をかけて予備予選という形で本戦前に試合を行う。そ
れに勝ったほうが本戦出場という形にするそうだ。
少々変則的であるがまだ組み合わせの発表前だし、特に問題もな
いらしい。
﹁こっちも引くに引けんのだ﹂
ジョージ君はバイロン家の末っ子で、そこそこ才能があったせい
もあって、両親祖父母には大層可愛がられているそうな。
で、ジョージ君。ティリカとの婚約の騒動のことで、色々とある
ことないことを家族に吹き込んでいたようだ。俺が卑怯な手段でジ
ョージをハメて、ティリカを奪ったとかなんとか。
それでバイロン家の王都屋敷で襲撃計画が立てられていて、グス
タフは実行隊長に任命されそうになった。
グスタフは一族といえども分家筋。本家当主は領地にいて王都不
在。連絡してもすぐには動けない。
﹁そこで穏便に事を運ぶための剣闘士大会だ﹂
﹁大会で公開処刑をと?﹂
ぶっちゃけてみたら頷かれた。
﹁真偽官殿の前で取り繕っても仕方がないから言うが、大勢の前で
倒してみせるということで話をつけたのだ。もちろん貴様にもある
程度花を持たせるつもりだ。Aランクでジョージを一撃で倒せるく
らいの腕はあるのだろう? 正々堂々と戦い、その腕を証明して見
せれば皆も納得しよう﹂
1946
んん? ちょっと今のは聞き捨てならないな。俺が負けるの前提
か?
勝手に襲撃計画を立てて、それを防ぐために、闘技場に出てぶち
のめされろと?
俺が無様に負ければそれでよし。まともに戦えるくらい強くても、
それはそれでジョージの虚言は否定できると。
﹁むろんタダでとは言わん。決闘を受けてくれれば、金貨百枚を依
頼料として払おう﹂
金貨百枚だと一千万円相当か。迷惑料や口止め料を含むのだろう。
破格の値段なんだろうが、今となってはちょっとさみしい金額だな。
﹁ずいぶんと勝手な言い草ですね﹂
﹁決闘を受けてくれるだけでいいのだ。簡単なことだろう?﹂
まさか冒険者を生業にしている俺が、大会に出たがらないとは思
いもしないんだろう。
多少負傷した程度なら、魔法で簡単に治癒できるのだ。しかも金
貨百枚を払い、手加減もしてくれるという。実に簡単な依頼なのは
確かだ。
﹁真偽院から警告を発してもらう﹂
俺が返事をしないでいるとティリカが口を挟んできた。
﹁そもそも真偽院が、恋人のいるティリカ嬢を婚約者として紹介し
てしまったのが発端であろう? 今回の件に関しては真偽院には口
1947
を出さないでいただきたい﹂
﹁正確には婚約者候補。私は同意した覚えはない﹂
﹁それはそちら側の言い分だ。こちらは婚約者として紹介されて、
あのようなことになったのだ。ジョージの対応に不都合があったの
は認めるが、恥をかかされたのはこちらのほうだ﹂
まあジョージのほうから見れば、決闘で負けて婚約者を盗られた
ってのも一面の真実なんだろう。わからないでもない。
﹁私としてはジョージが負けたことで既に終わった話だとは思うの
だが、ジョージと周りが納得しておらんし、この上真偽院が出張っ
てきて話がこじれてみろ。今ならジョージと貴様だけの問題だが、
そこまでいってしまえばバイロン家は貴様を公式に敵として認定す
るだろう。悪いことは言わん。私と戦え。それで終わる問題だ﹂
俺を決闘に引っ張りだすと約束してここに来たのだろう。もしす
ごすごと帰ればグスタフは面目を潰すし、ジョージとその周りが納
得しない。
﹁マサル様は我が屋敷の客人です。バイロン家はエルフを敵にまわ
すことになりますよ?﹂ エルフの隊長さんに、そうはっきりと告げられてグスタフは困惑
した表情だ。
﹁バイロン家としてはエルフと事を構える気は毛頭⋮⋮﹂
﹁エルフ屋敷の中でそのような話が通じるとでも?﹂
1948
﹁だからこそ、こうやって公明正大に決闘の申し入れをしている﹂
ああ、一応エルフに気を使ってるんだ。俺がそこらの安宿にでも
泊まってたらどうなってたんだろうな。
﹁マサルに指一本触れてみよ。エルフは貴様らを許さんぞ﹂と、リ
リア。
﹁エルフからバイロン家に正式に抗議をしましょう﹂
リリアの言葉を受けて、部隊長さんもそんなことを言い出した。
﹁今回の件はそこまでのことでは⋮⋮﹂
﹁我らの客人に手を出すと言い出したのはそちらですよ﹂
なにやらエルフが過剰に反応して、大問題に発展しつつあるな。
これはちょっとまずそうだ。穏便に事を終わらせられるなら、決闘
だけなら受けてもいいか?
﹁決闘すればいいなら、どこか他でやればいいでしょう?﹂
とりあえず代案だ。決闘はいいとして大会には出たくない。
﹁それではすべての者が納得はせんし、何か⋮⋮事故が起こるかも
しれん﹂
事故。つまりこっそり決闘をした場合、バイロン家が何かやって
くるかもしれんのか? 真偽官がいてそんなことができるとも思え
1949
んが⋮⋮いや起こってからじゃ遅いのか。そうじゃなくても普通の
事故でどちらかが死ぬか不具にでもなれば、非公式の場の戦いでは
⋮⋮大勢の観衆がいてルールのきっちりしてる大会のほうが安全な
のか。
それに大会は刃引きの武器使用だし、ちゃんとした決闘となると、
ジョージとやったみたいに真剣でってことに?
﹁公衆の面前で負けるのが嫌なのかね?﹂
負けるんじゃなくて公衆の面前が怖いんだよ。
﹁負けるとは思ってませんよ﹂
﹁ならば正々堂々と戦って、私に勝ってみせればよいではないか﹂
ここで大観衆の前が怖いとはとても言えんな。絶対に馬鹿にされ
る。
﹁マサル、もうよい。こやつの家がどれほどかは知らんが、喧嘩を
売ってくるならもろとも叩き潰してくれよう﹂
﹁エルフと事を構えるつもりは!?﹂
﹁我らが王と親しくしているのはご存知でしょう? 王はさぞかし
この話を興味深くお聞きになるでしょうね﹂
﹁それでジョージのやったことが、これ以上広まったらどうなるか
しら﹂と、これはエリーだ。
﹁そこまでされてはバイロン家は⋮⋮もはや引くことは出来なくな
1950
りますぞ?﹂
﹁面白い。やると言うならとことん付き合ってやろうぞ!﹂と、リ
リア。
ああ、もう。これは俺が大会に出れば済む話だ。
﹁はいはい。双方そこまで﹂
注目を集めるためにパンパンと手を叩く。
﹁今回の件は俺の個人的な話でエルフは関係ない。そうですね?﹂
﹁その通りだ﹂
俺の言葉でグスタフはほっとした表情を浮かべた。
﹁決闘は受けましょう。それで話が終わるんですね?﹂
俺だっていつまでも大舞台が怖いとも言ってられない。弱点を克
服したほうがいいとは思っているのだ。
目立つと使徒とバレる危険があるのはまた別の問題。Aランクに
なって強さを見せる機会はこれから多くなるだろう。どのみちサテ
ィは出るんだし、名前が売れるのは確定事項だ。
俺が出ないとバイロン家は納得しそうにないし、俺にちょっかい
があればエルフが戦争を始めかねない勢いだった。素直に俺が大会
に出るのが一番デメリットは少なそうだ⋮⋮
﹁武門の誇りにかけて約束する﹂
1951
﹁じゃがよいのか、マサル?﹂
あんまりよろしくないが、戦争になるよりかはマシだ。いやそも
そもだ。この件で一番悪いジョージのことがどうなってるんだ?
﹁当のジョージは締めあげてくれるんでしょうね?﹂
﹁ああ、うむ⋮⋮﹂
俺の質問に歯切れが悪い。ジョージは放置かよ。
﹁本当のことを﹂と、ティリカ。
﹁マサル殿はかなり強いのだろう? 決闘が終われば、まわりの者
もジョージの言ったことが虚言だとわかるはずだ。それでジョージ
に反省が即されないようなら⋮⋮﹂
私
﹁真偽官の前に立ってもらう﹂
﹁仕方あるまい﹂
﹁それだけ?﹂
﹁それで十分﹂
そうティリカが言ったので信用することにした。
俺もやられたことがあるが、真偽官の尋問って洗いざらい喋らさ
れて気持ちのいいものじゃないしな。きっとティリカがジョージを
酷い目に合わせてくれるんだろう。
それ以上の処分は難しいようだ。結局のところジョージのしたこ
1952
とは俺に対する襲撃未遂と、バイロン家中で俺の評判を散々に貶め
たことくらい。
襲撃はただの未遂で、俺はただの平民だし罪にもならない。バイ
ロン家の中のことも手をだしようがない。
グスタフも俺に個人的な決闘を申し込みにきただけであって、脅
しじみたことがあってエルフが過剰反応したにせよ、何ら問題のな
い行動だ。その決闘自体も剣闘士大会という、クリティカルに俺が
嫌がるシチュエーションなだけで、刃引きの剣を使った実に穏当で
公正なものである。
すっきりしない。ジョージは放置だし、俺が大会に出たところで
何一ついいこともない。
これでジョージを殴りに行ったら俺が悪いんだろうなあ。ああ、
金貨百枚があった。
﹁試合だが格好さえつけば適当なところで放棄してもらっていい。
それで金貨百枚だ。悪くはなかろう?﹂
まただよ。俺がやられるほうで、自分が負けるとは露ほども思っ
てないんだな。
勝った場合の増額を交渉してみるか。倍⋮⋮いや一〇倍だな。一
億円だ。
﹁正直それっぽっちじゃ少ないですね﹂
﹁む、だが⋮⋮﹂
﹁こうしましょう。依頼料は負けた場合はなしでいい。その代わり
勝った時は一〇倍にしてもらいます﹂
1953
勝てば一億。しかも自信満々のこいつの鼻もへし折れる。そこそ
こやりそうだが、見た感じ、ラザードさんより強いということはあ
るまい。
﹁金貨千枚だな、いいだろう。ただし手加減はできんぞ?﹂
グスタフは大して悩みもせずに決断した。俺を侮っているのか、
価格設定にまだ余裕があるのか。
﹁結構。全力で叩き潰してあげますよ。それよりも金貨千枚。ちゃ
んと用意できるんでしょうね?﹂
﹁試合前までに必ず用意しよう。しかし負けたら報酬なしで本当に
いいのか?﹂
﹁勝負が決まった後に文句を言われては困るので教えておきましょ
うか。冒険者ギルドの教官の話では、俺の実力は十分に優勝を狙え
るくらいはあるそうですよ﹂
﹁ほう、ならばこちらも教えておこう。私は五年前に出た時、準優
勝している。今回は一度たりとも負けるつもりはない﹂
マジか。やけに自信満々だと思えば⋮⋮
﹁明日の対戦、楽しみにしておきますよ﹂
余裕を装ってそう言ってはみたものの、どうしよう。これで負け
たら赤っ恥だしタダ働きだわ。
1954
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁すまない、マサル﹂ ﹁別にティリカが悪いんじゃないよ﹂
悪いとしたら真偽院か。あとジョージ。
﹁あの、わたしが出たいと言ったから⋮⋮﹂
もちろんサティのせいでもない。
﹁それよりも大会、大丈夫なの?﹂
アンが心配そうに聞いてくる。
﹁まあ平気だろう﹂
強がりではあるが、剣闘士大会に関しては二日間観戦して雰囲気
はわかっている。もっと闘技場での見世物的な物かと思ったが、案
外ストイックな感じだった。
客も大人しく見てたし、試合に集中すればたぶんどうにかなるだ
ろう。
明日の本戦は二試合同時進行で、言うほど注目も集まらないだろ
う。と思う。思いたい。
Aランクになった以上、多少目立つだろうというのは想定済みで
ある。必要以上にこそこそしても、後ろ暗いことや隠していること
があるのかと勘繰られかねない。実際そういうこともあったし、い
ま考えても剣闘士大会を回避する妙案は浮かばない。
1955
﹁とりあえずサティ。ちょっと練習しておくか﹂
その日の午後は念のためにお出かけは中止。エルフ屋敷でまった
りと過ごした。
明日のことを考えると胃が痛いが、みんなが俺を気遣ってちやほ
やしてくれるのは悪くなかった。
1956
132話 参戦︵後書き︶
⑥巻、4月24日発売となっております!
1957
133話 本戦予備予選、対グスタフ戦
闘技場はぎっしりと人で埋め尽くされていた。
グラウンドも二面の試合会場を残して観覧席にされており、予選
の時とは比べ物にならないほどの人出である。
﹁これより予選の最終試合。特別試合を行います! この試合の勝
者が本戦出場を︱︱﹂
司会の人が舞台に立ち観客席に向かって、会場中に届きそうな大
きく響く声で解説をしている。
解説では俺とグスタフの選手紹介のみで、決闘がどうのという事
情は省かれている。
サティを連れて係員に誘導されて舞台前に行くと、そこだけ人払
いがされており、グスタフや真偽官の正装をしたティリカ。それに
他の二名の真偽官、他には運営の人たちだろうか。今回の件の関係
者のみなんだろう。
﹁まずは約束の報酬だ﹂と、グスタフ。
鍵のかかった上等そうな宝箱が用意されており、開けると中には
ぎっしりと金貨が入っている。数に関しては箱に付いていた商業ギ
ルドの人が、確かに千枚用意したと保証してくれる。しかし千枚と
いってもそんなに多く見えないんだな。
﹁では試合前に今回の決闘の取り決めを確認する﹂と真偽官の一人
が言った。
1958
﹁バイロン家、ヤマノス家を代表し、双方正々堂々と全力で戦い、
いかなる結果になろうとも今後両家は遺恨を残さないこと。双方誓
うか?﹂
﹁誓う﹂﹁誓おう﹂
続いてティリカがしゃべりだした。
﹁この試合でマサルの実力が証明された場合、ジョージ・バイロン
にはしかるべき処分を下し、バイロン家内において貶められたマサ
ルの名誉を回復してもらう﹂
﹁約束しよう﹂
もはやジョージとかどうでもいいわ⋮⋮
﹁双方準備はいいかね?﹂
そう真偽官に質問をされたので、頷く。心の準備はまったくでき
ていないが、装備の準備はすっかり整っている。
﹁それでは本日の第一試合の選手にご登場願いましょう!﹂
客席から歓声が上がる。本日最初の試合だ。客も注目してるし、
出場選手もすべてこちらの会場に集まってきている。予想以上の注
目度だ。
キリキリと胃が痛む。これなら普通に出場申し込みしたほうがま
しだったかもしれない。
﹁マサル様⋮⋮﹂
1959
付いてくれているサティが心配そうに俺を声をかけた。
﹁大丈夫。大丈夫だ﹂
ゆっくりと深呼吸してみるが、心臓が早鐘のように打っている。
かつてないほどの緊張感だ。
大丈夫だと自分に言い聞かす。装備は使い慣れた物だし、やるこ
ともここ数日散々やった修行の延長だ。恐れることはない。勝った
ら一億円。一億円。何に使おうか。エッロエロの奴隷でも買ってみ
ようか⋮⋮
変なことを考えていたら舞台に登る階段で派手に転んだ。ほんの
四段ほどの短い階段である。どっと笑い声が巻き起こった。
﹁ありゃダメだな!﹂うるさいよ。客席や観戦している選手たちの
声は全部聞こえてるんだよ。
﹁また来年がんばれよー﹂金輪際出ねーよ!
﹁ひょろっちいな。魔法剣士のAランクらしいが魔法が強いタイプ
か﹂その通りだよ。
﹁あの様子じゃ期待はまったくできんが、本調子でも相手がグスタ
フではどっちにしろ分が悪い。賭けはグスタフが鉄板だな﹂大損す
るといい⋮⋮
舞台の開始位置へと立った。
﹁あまり無様な戦いをされても困るのだぞ﹂
そうグスタフから声がかかった。
﹁だ、大丈夫だ﹂
1960
声が震えたのには我ながら情けなくなるが、こいつは軍曹殿より
弱い。しかも審判付きのただの試合。びびる要素は何もない。集中。
試合に集中しないと。
構えて、と審判が手を上げた。その声に機械的に構えた。
﹁始め!﹂
もう始まってしまった。開始位置はまだ剣が届かない距離だが、
グスタフは⋮⋮動かない。 グスタフは片手剣に手で持つタイプの中型の盾を装備している。
俺は腕に装着するタイプの小型のバックラーだが、剣が大きい。重
いが間合いは少し長い。
﹁先手をやろう。かかってくるがいい﹂
こいつは余裕だな。俺は余裕がない。たくさんの観客が嫌でも目
に入り、声もしっかりと聞こえて落ち着かない。練習でずっと使っ
ていた剣だが昨日より重く感じる。試合が始まればなんとかなるだ
ろうと思ってたんだが⋮⋮
一歩二歩と近づき、間合いに入った。この上はこいつを手早く倒
して終わらせるしかない。
踏み込む。剣を振るう。一合、二合と打ち合う。体はしっかりと
動いている。ちゃんと戦える。いける。
そう思ったのが油断だったのか。フェイントに簡単にひっかかっ
た。剣が流れ無防備に︱︱回避は︱︱失敗した。突きの一撃を肩に
食らった。
1961
﹁なるほど。この腕ならジョージでは相手にならんだろう﹂
まずい、利き腕のほうだ。このままじゃ剣が満足に振れない。回
復を⋮⋮
﹁待ってやろう﹂
素直にありがたい。︻ヒール︼詠唱︱︱痛みが引いていく。
グスタフ強い。ちょっとヤバイぞ。
思案する間も与えられず、すぐにグスタフが動いた。受ける。躱
す。受ける受ける。フェイントだ︱︱かすった。ヤバイ。ヤバイ。
また一撃もらった。いいように弄ばれている。
距離を取ろうと足を使うが、簡単に逃がしてもくれない。ナーニ
ア戦のようにジリ貧だが、グスタフはナーニアさんより強いし、ス
タミナも切れそうにない。
このまま為す術もなく切り刻まれて負けてしまうのか。
脇にまた一撃。激痛が走る。だが今度は待ってもくれない。
﹁マサル様!﹂
雑音の中でサティの声がよく聞こえる。
くそっ、こんなやつサティより全然弱いのに⋮⋮またフェイント。
今度はちゃんと躱せた。そうだ。こいつはサティより弱い。動きも
ちゃんと見える。落ち着いていれば躱せる。
逃げまわるのを辞め、足を止めた。
防御に専念する。冷静に攻撃を見極めて、受け、回避する。
こいつはサティより弱い。軍曹殿やアーマンドよりも弱い。攻撃
にさほど圧力を感じない。
回避直後反撃に転じる。一撃、二撃。盾使いが上手い。防御が硬
1962
い。魔法が使えればこんなやつ一発なんだが。
打ち合い、一瞬の鍔迫り合い。動きが止まった︱︱︻ヒール︵小︶
︼︱︱グスタフは妨害しようと打ちかかってくるがもう詠唱は終わ
っている。痛みが軽くなった。
一旦距離を取って相対する。油断できる相手ではないが、恐れる
ほどでもない。多少のダメージならこうして回復できる。だが⋮⋮
﹁調子がでてきたではないか﹂
﹁手加減してもらってますからね﹂
話しながらもう一度︻ヒール︼。
俺が回復しても、焦った様子はまったくない。まだ様子見で本気
じゃないんだろう。
呼吸を整えたグスタフが構えをわずかに変えた。盾を少し前に出
し、動いた。
躱す、受ける。俺も反撃を試みる。だが、盾がほんの少し前に出
ただけで、防御はさらに硬く、攻撃にも厚みが加わった。
やはり盾使いが巧みだ。俺は回避も受けもギリギリのところだが、
グスタフは安定して俺の攻撃を防いでいる。なんとかして防御を突
き崩さないといけない。
サティの声援がずっと聞こえている。サティの声に耳を傾けてい
ると落ちつけた。大勢の観客も気にならなくなってきた。グスタフ
が強すぎてそんな余裕もなかったのもあるだろう。
落ち着いて見ると剣速もパワーも俺のほうが上回っているようだ。
だが攻撃はすべて防がれている。
1963
どうしたものか? こういう時は魔法かアイテムボックスを使う
のが俺の常套手段なんだが、ここでは使えない。正攻法は硬い防御
で防がれるし、時折混ぜられるフェイントと突きがやっかいだ。
膠着状態になった。スキルの回避と心眼がいい仕事をしてくれて
いる。
打ち合い離れ、また打ち合い離れてを何度も繰り返す。どちらも
一撃すら相手に与えられない。
﹁強い。強いな﹂
一旦離れた時にグスタフが言った。それはこっちのセリフだ。
﹁まだ若いのにその腕。魔法の才能まである。実戦なら私では勝て
んだろう﹂
その魔法がここで使えればいいんだけどな。
﹁だが剣まで負けてやるわけにはいかん!﹂
グスタフがかかってきた。何か仕掛けてくるかと思ったがこれま
でと同じ流れが繰り返された。だが明らかに気合が違っている。そ
れに俺もすでに一杯一杯で全力で戦っている。余裕がない。グスタ
フは攻防ともに高レベルで安定してるから手を抜けるところがどこ
にもない。強引に、力任せに攻撃を加えようとしても受け流される
し、隙が出来てしまう。グスタフが何か仕掛けようとしているのが
わかっても、うかつに動けない。中盤から被弾がないのが奇跡的だ。
何度も何度も打ち合いが繰り返される。今度は中断なしでとこと
こんやるようだ。俺のスタミナ切れを待つつもりか? 確かに見た
目は小さくて体力はなさそうだが、スキルの恩恵でそうそうスタミ
1964
ナ切れは起こさない、はずだ。
グスタフがついに動いた。初めて盾を使った攻撃、シールドバッ
シュを仕掛けてきた。
いつの間にかグスタフの盾が体近くに引かれていて、踏み込むと
同時に突き出された。盾をぶつけるだけの技だが、硬い盾をまとも
に食らうとダメージはあるし、受けても相手を弾き飛ばす効果があ
る。
だが体格に劣っていてもパワーは負けていない。こちらもしっか
りと踏ん張って盾で受けてしまえば︱︱シールドバッシュを受けた
次の瞬間、ゴツっと左肩に衝撃。突きをまともに食らっていた。
ヤバイ。骨も逝ったかも⋮⋮左腕がだらりと下る。激痛で動かせ
ない。
グスタフがここぞと攻撃を仕掛けてきた。剣一本で受け、回避す
る。
︻ヒール︵小︶︼詠唱︱︱回避、詠唱完了。また︻ヒール︵小︶︼
詠唱︱︱完了。
まだ回復しきれてない。もう一度は⋮⋮シールドバッシュが来る。
二回の回復魔法で左腕はなんとか動いた。痛む左腕のバックラー
でシールドバッシュを受けて、続けての突きが顔面に迫るのをかろ
うじて回避する。いや、頬と耳のあたりが裂けたような感触。躱し
きれてない。
盾の面の攻撃と、突きの点での連続攻撃がやっかいだ。盾に隠れ
て突きの出処がぎりぎりまでわからない。
またシールドバッシュ。回避するにはシールドバッシュ自体を避
けないと⋮⋮後方に下がりかろうじてシールドバッシュを避けた。
だがいつの間にか舞台の角に追い詰められている。
追撃の突きが⋮⋮来ない。もう一度シールドバッシュを仕掛けて
1965
来た。舞台から落ちても失格だ。
シールドバッシュをがっちりと受けた。突きは躱せない。左腕に
突きを食らう。構わず右手の剣を振るった。右腕が無事なら戦闘は
続行できる。
相打ちで剣を初めてグスタフの腰の辺りに当てた。手打ちで振っ
たので威力は弱くなったが、それでもグスタフがよろめき、その隙
に角から脱出出来た。
︻ヒール︵小︶︼詠唱。少し左腕が動く。もう一度︻ヒール︵小︶
︼︱︱グスタフが態勢を整えて迫ってきた。攻撃を回避する。また
攻撃、回避。小刻みな攻撃で回復する隙が作れない。
またシールドバッシュ。痛む左腕を無理やり動かして受ける。
ここだ! シールドバッシュでグスタフも盾での防御を放棄して
いる。相打ちなら、致命傷さえ避ければ回復のある俺に分がある。
俺の剣がグスタフの左肩に、グスタフの剣が横薙ぎに俺の胴に当
たった。俺の剣のほうがわずかに先に届き、しっかりとした手応え
もあった。グスタフが膝をついた。
だが俺も倒れこそしないものの、呼吸が困難なほどの激痛で回復
のための魔力の集中も出来ない。立っているのでやっとだ。
回復魔法に気を取られている隙に、膝をついたグスタフが立ち上
がるのを許してしまった。もう動かせないのか、左手は下がったま
ま。手放した盾がらんと転がった。この様子では俺が回復魔法を使
えれば、グスタフにはもう勝ち目はない。
﹁お、おおおおおおおおおおぉ!﹂
立ち上がったグスタフが雄叫びを上げて剣を振り上げた。
回復する暇を与えないつもりだ。俺も痛みを堪えて剣を構えた。
1966
体を動かす度に脇に激痛が走る。
振り下ろされるグスタフの剣は直線的で避けるのは難しくなかっ
た。グスタフの動きはダメージのせいで見る影もなかった。ほとん
ど破れかぶれの攻撃だったのだろう。
躱しざま、無防備な胴に剣をぶち込んだ。グスタフはゆっくりと
膝をつき、そのまま倒れた。
立ち上がりそうならもう一発、と構えたところで審判の﹁勝負あ
り!﹂との声がかかった。
ドッと歓声が上がる。
勝ちを喜ぶ余裕もなく、いまの動きのせいで更に激痛が走る。脂
汗を流しながらなんとか魔力を集めようとしていると、神官が駆け
よってきてくれた。助かった。
﹁ヒール︱︱ヒール︱︱﹂
一回ごとに痛みが引いていく。やはり回復魔法は偉大だ。自然治
癒なら俺もグスタフも担架で運ばれて入院コースだ。いやそもそも
最初のダメージで俺の勝ち目はほぼ消えていた。
回復魔法が使える人間が大会で有利すぎやしないかと後日聞いて
みたところ、実戦で使いこなせるほどの使い手が増えるなら大変に
結構なことだ。本当は魔法も有りにしたかったようだと、俺を大会
に誘った運営の人にお答えいただいた。
回復魔法の使い手ってどこでも足りてないからなあ⋮⋮
数回ヒールをもらって自分でもかけて、完全に痛みが消えた。グ
スタフもようやく体を起こしている。
敗者にかける言葉はない。というかもう顔も見たくない。サティ
のいるところに向かって歩いていき、舞台を降りると会場中から盛
1967
大な拍手で迎えられた。
﹁マサル様っ!﹂
降りたところでサティに抱きしめられた。涙目になっている。俺
がダメージを食らいまくってたのでヒヤヒヤしてたのだろう。ずい
ぶんと無様な姿を見せてしまった。
だがサティは見たことがないが、この程度なら軍曹殿の訓練で何
度ももらっている。そのお陰で今日は立っていられたし、反撃も出
来た。経験というのは大事である。
﹁全然大丈夫だ。傷も大したことなかったし﹂
そう言ってサティを慰めてやる。
﹁ほう。そいつはよかった﹂
﹁ラ、ラザードさん﹂
唐突に現れたラザードさんにびくっとする。
﹁これほど強くなっていたとは驚いたぞ﹂
ラザードさんが同じブロックだった。あと二回勝てば今日の決勝
で当たる予定だ。
朝に組み合わせを聞いたとき、できれば適当に敗退してしまいと
思ったが、ラザードさんとはいずれ雌雄を決するとシラーちゃんと
した約束もある。これで途中で負けて対戦自体が流れれば興醒めだ
ろう。シラーちゃんの忠誠を上げたいなら勝ち進むしかない。
1968
﹁マサル、お前は驚くほど短時間で強くなった。俺が勝てるのはこ
れが最後だろう。全力でやらせてもらうぞ﹂
﹁お、俺も負けるつもりはありませんよ。でもあと二回勝たないと
対戦は⋮⋮﹂
﹁優勝候補はお前が倒しちまった。俺たちの組に目ぼしい相手はも
ういねえ﹂
ラザードさんが言うならそうなのだろう。
﹁戦えるのが実に楽しみだ!﹂
ラザードさんはニヤリと肉食獣の笑みを浮かべると、背を向けて
立ち去った。
見上げるような体躯。盛り上がった筋肉。俺のより数段巨大な剣。
ラザードさんはドラゴンにも平気で突っ込んで倒していた。俺も
やったが、魔法剣でだ。剣のみで同じことはできそうもない。
あれと戦わなきゃいけないのか⋮⋮
1969
133話 本戦予備予選、対グスタフ戦︵後書き︶
次回 31日21時更新予定です。
1970
134話 本戦、一、二回戦
﹁マサル!﹂
みんなのところに戻ると、アンにぎゅっと抱きしめらた。ついで
にリリアも後ろから抱きついてきた。これこれ、これだよ。がんば
ったかいがあったというものだ。
﹁もうっ、無茶をして!﹂
もっとスマートに勝ちたかったが、そんな贅沢を言える相手でも
なかったし。
﹁あいつ、本当に強かったしね﹂
今から考えれば相打ちを選ばないでも他にやりようがあったかも
しれないと思う。スピードもパワーも俺のほうが上だったのだ。だ
がぶっつけ本番では作戦を練る余裕もない。
﹁よくがんばったわ!﹂とエリーにも褒めてもらった。
﹁マサル様、これどうしましょう?﹂
サティが金貨の詰まった宝箱を運んできてくれた。
﹁ちょっとした量ね。マサル、何に使うの?﹂とエリー。
使い道かあ。
1971
﹁これが金貨千枚⋮⋮﹂と、シラーちゃんも目を丸くして宝箱を覗
き込んでいる。
うちはそこそこ裕福だから、現金でも資産でも金貨千枚分くらい
なら余裕で持ってはいるが、基本的に報酬はギルドに預けているし、
これほどのまとまったお金を見る機会は初めてだ。
大量の金貨にはロマンを感じる。しかもこれは俺のお小遣い。自
由に使ってもいいのだ。
とはいえ王都での衣食住は全部エルフ持ちだし、新規の奴隷もシ
ラーちゃんにかまけている現在、追加もよろしくない。領地経営も
順調でお金がかからない。みんなにプレゼントをと思っても、最近
エルフに大量に贈り物をもらっている。あれと同等かそれ以上の物
はそうそう手に入らない。
エリーも最近はお金お金と言わなくなった。エルフの里防衛戦の
エリーの取り分は全部実家に送っていたし、さらにこの後俺たちが
実家に戻って魔法で開拓の手伝いをすれば、エリーの実家も大いに
発展するだろう。
自分で要求しといてなんだが、お金は当座必要ない。まあ持って
ればそのうち役に立つだろう。
﹁とりあえずほしい物もないし、貯金だな﹂
オリハルコン製の魔法剣がいくらするかわからないし、取ってお
いたほうがいいだろう。
それから今の対戦で自分に賭けて普段のお小遣い程度は儲かった。
五倍の払い戻しで金貨一枚賭けて、金貨四枚四十万円の儲け。俺と
サティのブロック優勝予想にも金貨を一枚ずつ賭けてある。サティ
はそこそこ、俺は大穴である。
1972
賭けには一回金貨一枚という上限がある。俺やサティに大金を賭
ければ大儲けなのだが、そんなことをすると大会運営が傾いてしま
う。投票券の販売時に何かのチェックが入るわけでもないが、上限
以上の賭けは犯罪にカテゴライズされるので、みんな普通に守って
いるようだ。真偽官に聞かれるとばれちゃうからね。
﹁ウィルも儲けたか?﹂
﹁ばっちりっす!﹂
エルフの皆さんも俺に賭けて儲けていたようだ。よかった。負け
なくてほんとによかった⋮⋮
﹁でもブロック優勝は確約できんぞ。確実に儲けたいならサティだ
な﹂
ブロックの勝者予想はもう閉め切ってるから今更言っても遅いん
だが、朝の組み合わせを見る前に別れたから教える機会がなかった。
﹁ラザードって人、そんなに強いんすか?﹂
﹁駆け出しの頃、魔法も有りでやってぼっこぼこにされたよ﹂
﹁マジすか!?﹂
﹁まあ俺も腕を上げたから負けるつもりはないが⋮⋮﹂
見栄でそうは言ったみたが、勝てるイメージがまったくない。軍
曹殿は互角だと言っていたが、パワーは勝てそうにないし、リーチ
も負けている。スピードなら勝てるだろうか? でもラザードさん
1973
の本気はドラゴン戦で遠目で見たきりでどれほどかは不明だ。不安
しかない。
話しているうちに試合は始まっていて、ティリカもようやく戻っ
てきた。ジョージの処分に関して、グスタフに改めて釘を指してき
たそうである。グスタフは軍でジョージの性根を鍛え直す方針らし
い。
﹁ジョージは国軍の辺境部隊に、一兵卒として送り出されることに
なりそう﹂
辺境とはすなわち魔境近くである。そこでの一兵卒なら貴族のボ
ンボンには厳しい環境だろうが、あいつはそこそこ有能な土メイジ
だ。便利に重用されそうで、処分として考えると微妙である気もす
るが、俺たちに迷惑のかからない遠くに行ってくれるなら、もうそ
れで十分だ。
サティの順番が回ってきた。対戦相手も予選を抜けてきて弱いは
ずがないのだが、あっという間の完勝だった。
フランチェスカも順当に勝ち上がった。
俺のブロックの試合が始まって、ラザードさんの出番が来た。俺
もその二戦あとなので、準備をして会場に降りる。
本戦の出場枠は六十四名。8ブロック八人ずつのトーナメントに
分けられて、三連戦を勝ち抜いた一名のみが、明日の本戦決勝へと
駒を進めることができる。俺の組み分けは七組。第二舞台での十一
試合目。
組み合わせは抽選らしい。作為はない。八分の一の偶然だ。
ラザードさんの相手は⋮⋮ダメだ。まともに打ち合えてはいるが、
1974
完全にパワー負けしている。すぐに試合は終わった。全然参考にな
らん。
一試合はさんで俺の試合だ。緊張してきた。胃がきゅんきゅんな
ってる。
﹁サティ、また応援しててくれよな。小さい声でも聞こえるから﹂
聴覚探知は便利だ。その気になれば試合中でも普通に会話もでき
そうだ。
前の試合が終わった。試合の時間は短い場合が多い。刃引きとは
いえ、一発でも食らえば一気に勝負が決まり、一分もかからず終わ
る。
みんなは俺みたいな高い回避力は持ち合わせていないようだし、
相手の隙をついての回復魔法も難しい。
そこら辺をうまく生かせれば勝機はあるだろう。
サティの声を聴きながら慎重に舞台を上がる。最初と違ってもう
一方でも試合をやっていて注目は分散されているし、続けざまに試
合があるから、特別な盛り上がりもない。サティの声に集中してい
れば、緊張はだいぶマシな感じだ。
俺の相手はさほど強くないという情報だが油断はできない。どこ
に二刀で剣聖の弟子みたいなのが潜んでいてもおかしくないのだ。
開始線に立つ。よし、今度は大丈夫だ。気合いも乗っている。
﹁始め!﹂
合図がかかった。相手は動かず、守る構えのようだ。慎重に歩を
進め︱︱軽いフェイント。右と見せかけて、左に素早くステップ。
もちろん隠密や忍び足も使っている。俺のよく使うコンビネーショ
ンの一つだ。
1975
俺の一撃がきれいに入った。対戦相手がうずくまる。
あれ? もう終わり? 今のはほんの小手調べなんだけど⋮⋮
﹁勝負あり!﹂
終わったみたいだ。こんなものか。この程度なのか。釈然としな
い気持ちで舞台を降りる。
すぐに始まった次の試合をサティとともに観戦する。勝ったほう
と俺が対戦することになる。
試合は泥仕合っぽい様相を呈してきた。双方小さくないダメージ
を与えあって、ヘロヘロになりながら、必死の形相で戦っている。
がんばってはいるんだが、正直どっちが来ても弱そうだ。いや、
確かに予選で見てきた選手たちよりは腕が立つんだが⋮⋮本戦とい
ってもこんなものなのか?
﹁サティの組もこれくらいのレベル?﹂
﹁あんまり強い人はいないみたいです﹂
今日は出場選手も少ないから、ここからでもサティの側の舞台も
よく見えている。サティの組は問題ないようだ。俺が負けてもみん
なは儲けられるだろう。
ようやく決着がついた。治療を終えた勝者が嬉しそうに手を振っ
て、観客の拍手に応えつつ舞台から降りてきた。
俺も拍手をしてたら、そいつと目があった。嬉しそうな顔が一瞬
で曇り、目をそらされた。痛い目にあって勝利を喜んでいたら、次
の相手が軍曹殿だった時のような気持ちだろうか。よくわかる。
だが俺も同情してる場合じゃない。ラザード戦でどんな目に合う
かわかったものじゃないのだ。せめて苦しまないように退場させて
やろう。
1976
ほんとうは俺も今すぐにでも退場したいところだが、サティのこ
ともある。自分が出たいと言い出したのが原因で俺が出場すること
になって無理してるんじゃないかと、非常に気にしているのだ。弱
音は吐けないし、そんなそぶりも見せられない。
一回戦の試合がすべて消化された。二回戦は対戦オッズの確定待
ちを兼ねた休憩を挟む。ウィルに見てこさせたら、俺もサティも倍
率が最低ランクになっていて、賭けても儲けがほとんどなかった。
二回戦。サティもラザードさんの試合も何の波乱もなく終わった。
そして俺の二回戦。三戦目ともなるとさすがにオタオタしなくな
ってきた。対戦相手は⋮⋮決死の表情をしている。きっと軍曹殿と
相対してるときの俺はこんな表情をしているのだろう。
何か仕掛けてくるだろうと思ってたら、開始の合図で突っ込んで
きた。剣を振り下ろし、そのままぶつかってきた。体格の劣る俺を
吹き飛ばしてどうにかしようと思ったのだろう。
剣は受け流し、ぶちかましはがっちりと受け止めてやった。止め
られたのが予想外だったのか、押し返したところでバランスを崩し
たので、剣の柄でこめかみのあたりを強打する。ヘルムの上からだ
が、脳震盪くらいは起こす。そして相手が膝をついたところで、肩
にトンっと剣を置いた。
﹁まいった⋮⋮﹂
三戦目もあっさりと終わった。グスタフ戦がなんだったのかとい
う楽勝さだ。
舞台から降りたところでラザードさんがこちらを見ているのが目
に入った。戦勝気分が一瞬で吹き飛ぶ。会釈だけして、サティとみ
んなのところへと戻った。
1977
ブロック決勝前は食事休憩も兼ねた長めの休憩があった。
俺も消化のいいスープと果物で食事を取っていると、土魔法で舞
台の作り変えが行われていた。二つの舞台を繋いで一つにしている。
決勝は一試合ずつ行われるようだ。
ついにラザード戦である。ガチンコだ。思えば訓練にしても、実
戦にしても、気絶させられたのはラザードさんの時、一度きりだ。
あの頃より経験は積んできたし、回避スキルも充実している。
エアハンマーは避けるし、ゴーレムを木剣で切り裂く。回復魔法
はよっぽど上手く使わないと潰されるだろう。
問題は俺のパワーでどの程度対抗できるかだ。あまり差があると、
先のラザードさんの対戦者みたいに打ち合いにもならない。
スピードで勝てるかというと、それも疑問符がつく。経験も負け
ている。
﹁サティならラザードさんとどう戦う?﹂
﹁足で引っ掻き回します。相手の攻撃を貰わないように、少しずつ
削っていきます。あの人の剣は重いですし、回避はできそうです﹂
大剣を片手でぶん回すから剣速は比較的遅い。あくまでも比較的
だが⋮⋮
﹁マサル様なら剣は避けることができると思います﹂
ただし、他の攻撃も注意しないといけない。ラザードさんは素手
でも強い。蹴りも飛んで来るし、組み付かれると、それこそパワー
で圧倒されてどうしようもなくなるだろう。
結局のところ考えても仕方がない。あの人の本気の実力がわから
ないから、実戦で探るしかない。実にリスキーだ。もう家に帰りた
1978
い⋮⋮
決勝が始まった。サティの試合がすぐなので、降りて近くで観戦
することにした。
初戦はフランチェスカ様だ。盛大な歓声が巻き起こる。王族で美
人だし、戦い方にも華も実力もある。人気は高い。
相手は獣人か。身体能力は高いが、速さが足りてない。あっとい
う間に追いつめられて負けていた。
﹁サティ、がんばってこい﹂
﹁はい!﹂
サティの相手は、ドワーフの戦士だ。がっちりとした横幅のある
体格だが、サティと背は変わりないくらいだ。ハルバードという、
槍に斧をつけたような長い両手武器を持っている。
長い武器はやっかいだが⋮⋮サティに懐に入られて、短い攻防の
あと、あっさりと倒された。
柄のほうで攻撃しようとしたようだが、サティにがっちり掴まれ
て完全に動きを止められた。そこを剣で一撃である。やはりパワー
は大事だ。
次の試合はやたらでかいのが勝っていた。トロールかってほどで
かい。時代はパワーか。
四、五、六組と試合は進み、とうとう俺の番がやってきた。 舞台に登る。もはや観客がどうとか言っている場合ではない。
刃引きの剣とて当たりどころが悪ければ死ぬこともあるのだ。
﹁始め!﹂の声でラザードさんがニヤリと笑った。
1979
﹁さあ、楽しもうか!﹂
それは楽しませてもらおうかの間違いじゃないんですかね⋮⋮
1980
135話 本戦一日目決勝、対ラザード戦
本戦一日目の、俺の最後の試合が始まった。
なぜ俺は長々とこんなに辛いイベントにお付き合いしているのか。
それもこれも加護のためである。ウィルは大喜びだし、ただでさえ
高かったエルフからの評価がうなぎ登り。もちろんシラーちゃんか
らもだ。
見返りは大きい。そう思っていたんだが⋮⋮
迫り来る大剣を必死で避ける。普通なら両手で扱うタイプの大型
剣なのだが、ラザードさんは片手で軽々と振るっている。重く、ス
ピードが乗った一撃は当たればただでは済みそうもない。軍曹殿か
らもサティからも感じたことのない、純粋な暴力。
魔物相手なら魔法で倒すなり逃げるなりできるのだが、ここでは
制限された状態で戦うしかない。
死の危険をこれまでになく強く感じる。いや、当たったら普通に
死ぬだろう、これ!?
俺もいつもの隠密忍び足を使ったフェイントで仕掛けた。それだ
けじゃなく剣も変則的な動きで⋮⋮回避された。攻撃を続けるがす
べて回避される。盾か剣で受けられる。
くそっ。防御も上手い。
反撃が飛んでくるのを回避する。足を使ったヒットアンドアウェ
イを繰り返すが、動きを完全に見切られている。大きな体で器用に
ひょいひょいと避けている。
足を止めた。いつかは打ち合わなければならない。
まともに剣で受け止めた。ガキンッという鉄同士の当たる音が響
1981
き渡る。衝撃はかなりのものだったが、両手を使って止めることが
できた。
そのまま鍔迫り合いになった。ぐっと押し込んでやると、ラザー
ドさんも対抗してきた。
﹁それで、全力、です⋮⋮か?﹂
俺の煽りに応えて押す力が増してくる。そうだ、本気の力を見せ
てみろ。
息がかかりそうなほどの至近距離で顔を突き合わせ、剣と剣で全
力で押し合う。
鍔競り合いは拮抗していた。力に差はない!
﹁俺が⋮⋮力で⋮⋮押し切れんとは、な﹂
しかし俺のほうが限界に近くなってきて、じりじりと押し込まれ
だした。体格差で上から押さえつけられる分、俺のほうが不利だ。
ぐいっと剣を横に流して、飛び離れる。追撃はこない。ラザード
さんも顔を赤くして息を整えている。
力に差がないなら技とスピードの勝負に持ち込める。あっちのほ
うが剣もリーチも長い。勝機があるとしたら接近戦だ。
ゆっくりと歩き寄り⋮⋮間合いに入った。
仕掛けた。小刻みな連続攻撃を加える。反撃も来るが、無理に避
けずに盾の受けと、剣での受け流しで防御をする。強打だが防げな
いほどではない。
一撃の威力は恐ろしいが、しっかりと受けきれているし、あっち
が一撃を繰り出すごとに、俺は二、三発は攻撃が出せている。押し
ている。
1982
思えばラザードさんとやったのはかなり前、ゴルバス砦に行く前
くらいだったか。スキルも増えたし、修行も重ねている。恐れるほ
どのことはなかったのかもしれない。
確かに強い。一撃もらえば即座に試合が終わるほどの攻撃力もあ
る。だがサティの言ったように冷静に見れば回避もできる。こちら
の攻撃も通用してないけど。
一旦距離を置いて、息を整える。そして︻リジェネーション︼詠
唱︱︱勝つためにはもう一歩踏み込むしかない。
グスタフもそうだったが、とにかく防御が硬い。そうでなければ
この危険な世界で、戦士として長年生き残れないのだろう。やっか
いだ。
俺が魔法を使ってもラザードさんは微動だにしない。待ってくれ
ているようだ。
詠唱が完了した。これで多少のダメージは許容できる。
剣を両手に持ち替える。防御を捨てる覚悟を決めた。
踏み込み全力で打ち込む。力を乗せた一撃は剣で受けられるが、
反撃はこない。
攻撃に全振りした俺の攻撃にラザードさんは防戦一方だ。が、き
っちりと防がれてもいる。
早めに決着をつけないとリジェネーションが切れてしまうが⋮⋮
次の攻撃を躊躇った。ラザードさんが構えを変えている。両手に持
ち替えていた。それだけで雰囲気ががらりと変わった。
膨らむ殺気に気圧されて、踏み込めなくなった。
来た。だが大振りだ。一撃目を回避する。返す刀の二撃目を剣で
受けた。一際大きな剣戟音が会場に響き渡る。手が痺れる。
三撃目。再び剣と剣がぶつかる。
もう一度⋮⋮だが、あちらのほうの動作が速い!? 剣の返しが
1983
間に合わない。ギリギリで回避する。
ラザードさんの攻撃が再び来るのを剣で受け止める。受け切れな
い。完全に押されている。
再び全力での打ち合い。だが、ラザードさんのほうが一歩動きが
速い。二撃目以降で劣勢になる。それに打ち負けている。
パワーが互角なはずなのにこの攻撃力の差は、武器とリーチの差
の他にやはり技術の差か。大振りに見えて剣の動きに無駄がない。
両手での攻撃は更に速く重い。腕につけた小型のバックラーでは
受け止める気にはなれない。剣で受けるか、回避するしかない。
攻撃を凌いでいるうちに、ラザードさんの動きが突然変わった。
ステップを使い出した。いや⋮⋮距離を取って助走をつけている。
勢いがついて剣速がさらに上がっている。
見たことのある、ドラゴンを倒した時の動きだ。
大型種を倒すための技。ドラゴンの首を取るための必殺の一撃。
それがヒットアンドアウェイで襲い掛かってくる。当たれば即死し
そうだ。が、やはり大振りには違いない。
回避し、出来た隙に反撃を⋮⋮予測されていた。盾で防がれ、片
手に持ち替えられた剣の一撃をもらった。
脇が裂け血が吹き出す。刃は丸くしてあるはずだが、加速した剣
の先端が革鎧ごと肉を削ったようだ。悠長に確認してる間はなかっ
た。更なる追撃を剣で受け止める。傷は浅い。ちゃんと動ける。リ
ジェネーションの回復で痛みが引いていっている。
また助走のためのに距離が離れるのを、今度は追撃をかける。あ
んな危険な大振りを何度も許すわけにはいかない。
俺が両手で振るう攻撃は防がれる。あっちは片手と両手を流れる
ように使い分けている。俺はそんな器用な真似は出来ない。隙を見
て、距離を取られ、勢いをつけた必殺の一撃が繰り出された。
1984
バキンとそれまでと違う激突音がして、剣がフッと軽くなった。
﹁あ⋮⋮﹂
何度目か、全力の一撃同士のぶつかりあいで、剣が根元のあたり
でぽっきりと折れていた。
慣れた剣がいいと大会にも持ちだしたのだが、思えば王都に来る
前から使っていたし、ここ数日酷使し続けだった。
ラザードさんの剣は回避できたが、突然のことで体勢が崩れた。
あ、これ死んだ。完璧隙だらけだ!?
追撃は⋮⋮こなかった。ラザードさんは動きを止めて、剣は下げ
て距離を取っている。助かった。このタイミングで攻撃されていた
らモロに食らっていただろう。
しかしこれはもう試合は続行できないな。勝ち目はない。ギブア
ップしても不可抗力だろう。
﹁ラザードさん、これは俺の負けで ﹁審判、武器を交換だ!﹂﹂ 俺の言葉はラザードさんの大声で遮られた。
え、俺の負けでいいんだけど。
﹁すぐに替えの武器を用意します﹂と、審判の人。
﹁お祭りだからな。こんなことで決着がついたらお前も納得できん
だろ?﹂
一番納得しそうにないのはご本人だろう⋮⋮
しかしどうしたものか。このままでは本当に勝ち目がない。いつ
1985
かあの攻撃を食らって終わる。
剣の補充を待つ間、ラザードさんの動きを反芻する。そもそも俺
の両手剣持ちはラザードさんの真似だったんだが、本物とはずいぶ
んと動きに差があるようだ。足の運びを含めた全体の、体の流れ。
俺にもできるだろうか?
剣が運ばれてきた。選ぶ振りをして時間を稼ぐ。今日は俺のあと
に一試合あるだけだ。まあ構わんだろう。
ちょうどいい剣を見つけて、持って握りを確かめる。振ってみる。
せかされる様子もなかったので、じっくりと時間をかけた。
元々俺の両手使いはラザードさんが源流だ。それに試合場を広く
使ったステップ使いは軍曹殿からサティに重点的に教えられていた
ことだ。俺もそれをずっと聞いていたし、実験台にもされていた。
できる。
﹁お待たせしました﹂
﹁ずいぶん時間をかけたな。何か面白いものを見せてくれるのか?
それともただの休憩か?﹂
今からあなたの真似をしますとも言えないので黙って構えた。い
つもよりほんの少し腰を落とし剣を後ろに引く、ラザードさんとほ
ぼおなじ構え。
﹁ほう﹂
勝てる見込みも薄いが、他にアイデアもない。最悪、失敗して一
撃貰って終わるだろう。
俺の準備ができたとみて、始めの合図がかかった。だがラザード
さんは動かず話しかけてきた。
1986
﹁回復魔法は使わんのか?﹂
気が進まない。勝てる望みがなければ一発で負けるところを延命
して、いたずらに苦痛が増えるだけな気がするんだが⋮⋮
︻リジェネーション︼詠唱。しかし待ってくれるなら仕方がない。
手抜きなんかしたら逆鱗に触れそうだ。
先手をくれるようなので助走をして⋮⋮剣を振り下ろす。あっさ
り躱される。だがここからだ。なるべく勢いを殺さないような体捌
きで次の攻撃に繋げる。これも躱された。
距離を取る。しっくりこない。もう一度⋮⋮もダメだ。三度目は
ラザードさんも動いた。反撃⋮⋮躱し切れない。かすっただけだ。
痛みはリジェネーションの効果ですぐに消えていく。
再び離れる。と、今度はラザードさんが遠い。構えて、俺と同時
に助走をつけて迫ってくる。舞台中央で真正面から剣が激突する。
手が痺れるのも構わず次の攻撃動作に⋮⋮ダメだ。遅い。防戦。
一旦離れてもう一度。今度は打ち合えたが、攻撃を食らうのを恐
れて踏み込みが甘い。全然ダメだ。もっと速度とパワーを乗せない
と。
開始戦の倍以上の距離を取ってまた相対する。リジェネーション
をかけ直す。握る力を込める。スピードも⋮⋮もっとサティのよう
に鋭く速く。
走る。十分にスピードと力が乗った攻撃は、タイミングが変わっ
たせいか打点がずれた。初めてラザードさんの剣が流れ体勢がわず
かに崩れた。
俺の次の攻撃が初めてかすった。ほんとうに先端がかすったのみ
で、ダメージはなさそうだ。
だが俺も食らっている。かなりの激痛。リーチの分、深く削られ
1987
たのか。しかし戦闘に支障はない。すぐに回復した。
今のはいい感じだった。もっとスピードを上げて、剣速が早くな
ったから攻撃のタイミングを遅らせる。
また中央で激突する。数合打ち合って離れる。もう一度。いける。
互角に打ち合えている。もっと、もっとスピードとパワーを⋮⋮
だが互角では⋮⋮さっきの攻撃、なんで当たった? 打点がずれ
ていた⋮⋮剣速に分があるから、こちらの有利な位置で打ち合えれ
ば⋮⋮
ほぼ同時に剣を繰り出し⋮⋮初めて打ち勝った。こちらの剣速が
一番乗ったところでラザードさんの剣を潰した。有利な体勢からの
二撃目は⋮⋮相打ちになった。だが近すぎてどちらもスピードが乗
ってない。革の鎧でダメージは半減している。回復するまでもない
程度だ。
再びの助走からの打ち合い。今度はラザードさんがタイミングを
ずらしてきた。だが俺のほうが動きは速い。修正して対応して⋮⋮
また相打ち。いや、盾で防がれた。俺のダメージも軽い。すぐに回
復する。
もっとだ。もっと速く。もっと踏み込まないと。
踏み込みすぎた。回避、間に合わない。受け⋮⋮受け損ねた。回
避するか受けるか、迷った剣は力も勢いもなく、ラザードさんの豪
剣を受け止めきれず、そのまま肩に衝撃が走る。ダメージは⋮⋮致
命傷は回避している。骨が折れてる感触もあったし、受けたほうの
腕は動かせないし、死にそうなほどの痛みだが、戦闘は続行できる。
そして激痛は追撃を躱しているうちに完治する。
ラザードさんの一撃を凌ぐごとに、体は元に戻っていく。
﹁いまので仕留めきれんのか⋮⋮﹂
1988
さすがに驚いているようだが、俺の回復魔法はちょっと性能がぶ
っ壊れている。回復量も詠唱速度も、本職の神官でも足元にも及ば
ないレベルだし、スキルの恩恵でほとんど失敗もない。
それにリジェネーション中は痛みも軽くなっている気がする。普
通なら脂汗を流しつつ、痛みに耐えるだけで動けもしなくなるんだ
が、ダメージを食らった直後の最大の痛みは即座に修復され軽くな
っていく。最初の苦痛さえ耐え切ればなんとかなるのだ。
﹁でも丁度回復魔法も切れました﹂
しかし頼みの綱のリジェネーションも切れてしまった。もう悠長
な詠唱はさせてもらえないだろう。
﹁いいぜ、待ってやる﹂
︻リジェネーション︼詠唱。
﹁ほんとに物好きですね﹂
俺の傷は完治し、ラザードさんの傷はそのまま。今のところダメ
ージは小さそうだが、積み重なれば⋮⋮それに多少のスタミナ回復
もある。
﹁万全の相手を真正面から叩き潰す。それが楽しいんじゃねーか。
本当なら魔法も有りでやりたかったところだ﹂
魔法有りならどうだったろう。開始距離がさほどないから大きい
魔法は使えない。初級の攻撃魔法でも俺のは強力だが、それだけで
決められるとも思えない。それになんでも有りなら真剣だろう。一
1989
手対応を間違えれば真っ二つになってそうだ。
やはりここでやるほうがマシかもしれない。
詠唱が完了した。ぐっと腰を落として仕掛けた。
パワーは互角。スピードは上回っている。だが付け焼き刃の動き
では⋮⋮攻め切れない。
何度目かの攻防、一瞬ラザードさんの体が流れた。バランスを崩
して隙が⋮⋮迷うことなく剣を⋮⋮あ⋮⋮罠だ。
バランスを崩しながらもラザードさんは攻撃モーションに移って
いた。誘われた。
回避はもう無理だ。盾でなら防げる可能性はあったかもしれない
が、そのまま剣を振り下ろす。迷ってはダメだ。
俺の上段がラザードさんの肩を。ラザードさんの剣が俺の胴を。
間に合え。
︱︱吹き飛ばされて舞台の上を転がっていた。体がぴくりともし
ない。意識が⋮⋮
﹁マサル様っ!!﹂
サティの必死の声で意識が引き戻った。そうだ、ここで俺が倒れ
たら、ハーピー戦の二の舞いじゃないか。もうあんなことは⋮⋮
顔を上げたところで俺の顔を覗き込んでいる審判と目があった。
﹁回復、魔法﹂
そう審判に向かって一言発するだけで咳込んだ。口の中に血の味
がいっぱいする。上半身を持ち上げ⋮⋮剣は、あった。剣を掴む。
ラザードさんは⋮⋮膝をついた状態から立ち上がろうとしていた。
1990
俺の攻撃もちゃんと当たっていたようだ。あとは俺の回復が⋮⋮
回復が止まっている。リジェネーションが切れていた。
魔力。魔力を⋮⋮︻ヒール︵小︶︼︱︱発動した。体を起こした
ところにラザードさんの剣が振り下ろされた。剣を頭上に持ち上げ
なんとか受ける。
無防備な腹に前蹴りをもろに食らった。また吹き飛ばされ転がり
倒れる。
倒れたまま、︻ヒール︵小︶︼発動。まだ動ける。剣も手放して
いない。
︻ヒール︵小︶︼発動。立ち上がった。目の前にはラザードさん
がいる。
﹁信じられねえ。さっきのは完璧な手応えだった﹂ ︻ヒール︵小︶
︼
そう言いながら攻撃して来た。根性や頑丈なんてスキルも持って
たな。今まで効果を実感したことはないが、耐え切れたのはきっと
のそのお陰だろう。
受ける。また蹴りが来るが回避。不意打ちでもなければそうは食
らわない。︻ヒール︵小︶︼
防戦しつつ、︻ヒール︵小︶︼を繰り返す。
ゆっくりと深呼吸をする。どこも痛くない。ラザードさんは息も
荒いし脂汗を流してる。ダメージを受けた肩は相当痛むはずだ。
﹁俺の傷は治りました。もうラザードさんに勝ち目はありませんよ
?﹂
ギブアップしてくれねーかなあ。してくれないだろうなあ。
1991
﹁片手を潰したくらいで勝てるつもりとは、俺も安くみられたもん
だ﹂
簡単に勝たしてくれそうにないからやりたくないんだよ。
﹁ま、甘く見たのはどうやら俺のほうだったようだが⋮⋮﹂
ラザードさんがずいっと歩を進めた。ダメージを抱えていてはそ
う長くは戦えない。短期決戦がご希望か。
片手が動かない相手だ。安全に勝つこともできないこともないが
⋮⋮散々甘く見てくれたお礼だ。正面から受けて立とう︱︱
1992
136話 本戦決勝トーナメント第一試合、対フランチェスカ戦
片手が使えない手負いの相手とようやく互角。
俺が弱いのか、ラザードさんが強かったのか。双方ダメージを与
え合う展開は、回復魔法持ちに圧倒的に優位なはずだったのだが︱︱
最後に立っていたのはラザードさんのほうだった。傷を癒やし、
ゆっくりと立ち上がる。試合は終了した。もう焦って回復する必要
もない。
やっと終わってくれた。それが正直な感想だ。
勝負はラザードさんのギブアップで決着した。前半の焼き直しの
ような相打ちで、右腕まで破壊されてはさすがに戦闘不可能と判断
してくれたようだ。
勝つには勝ったが、賭けのある試合でこのざまでは八百長を疑わ
れないのだろうか? 俺は大穴なのだ。
﹁こんな勝ちじゃ納得できねーって顔だな? 安心しろ、間違いな
くお前の勝ちだ。誰も文句は言わん。胸を張るがいい﹂
俺が一人で心配しすぎか。これは血反吐を吐いてまで戦ってよう
やく勝ち取った勝利なのだ。たぶんあれは今大会でも屈指の大怪我
だろう。
﹁どうしても納得がいかねーなら、再試合してもいいんだぜ? な、
審判﹂
﹁はい。傷を治してからの再試合は前例がありますよ。もちろん双
方が合意した上でのことですが⋮⋮﹂
1993
思いっきり首を振る。そんなの絶対やりたくない。
﹁ま、もうお腹いっぱいだわな。次はお前がもっと強くなってから
相手をしてもらうことにしよう。その時を楽しみにしているぞ!﹂
剣聖のところでの修行の予定はあるが、俺にどれくらいの伸びし
ろがあるだろうか? レベルがあがってステータスが伸びればスピ
ードとパワーは上がるだろうが、レベルもステータスも最近は伸び
が悪い。また大きな戦いでもあってがっつり経験値を稼ぎでもしな
いと、大幅な強化は望み薄だ。ご期待には添えないかもしれない。
しかし魔法有りでならいい戦いもできるはずだ。むしろ実戦を考
えると魔法との連携を強化するほうが実用的だ。
火魔法で消し炭にするわけにもいかないから、強化して連射機能
も向上したエアハンマーと大型ゴーレムを使えば、ラザードさんを
満足させる戦いは十分にできるだろう。やらないけど。
ラザードさんの治療が終わり、舞台を降りる俺たちに盛大な拍手
が送られた。これはどちらへの拍手だろうか? 俺への罵声でもあ
ったらと、観客の声は恐ろしくて聞く気にはなれなかった。
勝っちゃったから明日もあるし、このあと決勝トーナメントの抽
選会もある。
散々痛い目にあったし長時間全力で戦って疲れたし、もう家に戻
って布団をひっかぶって眠りたいところだ。だが得るものも多かっ
た。剣技はもちろん、実戦での回復魔法の運用、特にリジェネーシ
ョンの威力も知れた。どうやったって試すわけにもいかない、貴重
な実戦データだ。
軍曹殿の言うとおり、大会出場はいい経験になった。記憶が鮮明
なうちに少し練習しておきたいところなんだが⋮⋮
1994
﹁本当は大会も棄権して、最低でも三日くらい安静にしたほうがい
いんだけど﹂と、戻ったところでアンに言われた。
血を吐いたし、内臓もかなり傷ついてたはずだ。家族だけの時な
ら喜んで棄権しただろうが、今はなかなかそうもいかない。周囲の
期待が重くて辛い。
まあ傷自体は問題なく完治しているのだ。短時間の試合くらいな
ら大丈夫だろう。実際のところ今はただの病み上がりのような状態
で、無理をしたところで回復は遅れるだろうが、命に別状があるわ
けではないというのが俺の理解だ。
﹁兄貴! すげえ儲かったっすよ!﹂
ウィルがコインをちゃらちゃら言わせながら興奮して話しかけて
きた。こいつは王子様なのに実に庶民的だな。これくらい小銭だろ
うに。
﹁よかったな。俺も自分に賭けて大儲けだったよ﹂
もちろんサティにも賭けてあったし、みんなも同じようにしてい
たようだ。
だが問題は明日だ。俺の体調はよろしくないだろうし、サティと
当たるかもしれない。サティと上手く決勝で当たるクジを上手く引
いて、優勝候補のフランチェスカはサティに相手をしてもらおう。
それで俺とサティで優勝準優勝だ。
最終試合が終わってほどなくして抽選が始まった。選手紹介をさ
れて一人一人舞台に上がり、全員の紹介が終わってから棒状のクジ
を順番に引いていくようだ。選手紹介するなんて聞いてない⋮⋮
サティは紹介されて、大きな声援を受けて嬉しそうだ。俺は完璧
1995
に嫌々であるが、そんな素振りも見せずに心を無にして俺の紹介が
過ぎ去るのを待つ。
初参加ながら優勝候補の一人を撃破。強力な回復魔法を武器に先
ほどの試合でも熱戦をうんたらかんたら。
クジ引きが始まってフランチェスカは二番を引いていた。サティ
は四番。この二人が当たるのは準決勝か。
俺がクジを引く番が回ってきた。引く順は今日のトーナメントの
組番号順で、俺は八人中七番目でクジはあと二枚。残っているのは
フランチェスカと当たる一番と、五番。頼む、一番だけは⋮⋮
﹁マサル選手、一番です!﹂
終わった。明日は第一試合でフランチェスカ。それに勝ってもサ
ティ。
まあ初戦で当たらないだけマシだが、明日はサティにだけ賭けよ
う。いやしかし第一試合? しかもフランチェスカ? 棄権しちゃ
ダメだろうか。ダメだろうなあ。
安静ということで馬車を仕立ててもらってエルフ屋敷へと戻った。
サティが俺の世話をすると強硬に主張するので、お任せで着替えや
ご飯、お風呂をもらって居間でくつろいでいると、試合後別行動し
ていたティリカたちが帰ってきた。
﹁ジョージの処遇に関して、真偽院から手を回しておいた﹂と、テ
ィリカが俺のところへと来て報告してくれた。
ジョージの処分はバイロン家に任せると手ぬるいことになりかね
ない。真偽院は軍にも顔が利く。間違いなく辺境にある実戦的でバ
イロン家の権力の及ばない部隊に、見習いとして放り込まれる手は
1996
ずになったという。
ガチの最前線の部隊で、貴族の子弟として扱われることもなく、
最低でも二年、勤めあげてもらう。
この世界で厳しいというのなら、シャレにならんくらい厳しいは
ずだ。それに魔境はここのところきな臭い。二年も居れば何が起こ
るかはわからない。ジョージョの冥福を祈ろう⋮⋮
さて、ジョージのことはもうどうでもいい。サティのことである。
俺と当たりそうだと少々憂鬱な様子だ。練習じゃ毎日のようにやっ
ているんだが、試合となるとかなりガチンコになる。こつんと当て
て終わりと言うわけにはいかないのは今日の試合を見ても明らかだ
し、俺もサティをぶっ叩きたくはないが⋮⋮
﹁遠慮無く、容赦もなく、全力でやるんだ﹂
そう言って聞かせたところでサティのテンションはだだ下がりで
ある。
ちょっと思いついてノートを切り取り、さらさらと書き込む。
﹁俺に勝ったら⋮⋮じゃないな。優勝したらこれをご褒美にやろう﹂
﹁マサルいちにちどくせん券?﹂
﹁そうだ。俺を一日独占して好きにしていい﹂
﹁好きにって、なんでもお願いしてもいいんですか?﹂
﹁もちろんなんでもいいぞ﹂
まあサティのわがままなんてかわいいものだし、それすらも普段
1997
は滅多に言わないし。
﹁がんばります!﹂
よしよし。ちょっとは気合が入ってきたようだ。
サティにはもっともっと強くなって貰わないといけない。何が来
ても負けないように。俺が倒れたとしても生き延びられるように。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
試合は昼からだったのだが、ごろごろと寝ていたらあっという間
に時間が来た。
やはり体調がすぐれない。動くのには問題ないが、全体的に気怠
いし眠い。
闘技場に着いてからサティ相手に少し手合わせをしてみるが、す
ぐに疲れる感じだ。スタミナが体の回復に吸い取られているんだろ
うか。軽く動く分には平気だが、全力でどれくらい動けるかがわか
らない。
だがそれ以上に気持ちが、テンションが上がらない。闘技場には
立錐の余地もないほどの観客が詰めかけて、試合の開始をまだかま
だかと待ち構えている。こういう雰囲気にも少しは慣れたと思った
のだが、まったくの気のせいだったようである。
俺の出番は真っ先になのに、緊張してきて試合に意識が集中しな
い。それに勝ったところで次はサティだ。どうしようもなくやる気
が出ない。
とうとう試合開始が告げられた。会場がわっと盛り上がる。声援
1998
はほとんどが相手選手、姫騎士フランチェスカへの物だ。
優勝候補筆頭。天禀、剣聖を継ぐ者と通り名も派手だ。その美貌
は際立っていて、地味な革装備だが雰囲気がとても華やかだ。
フランチェスカに続いて俺も舞台へと上がる。やばい、なんかど
んどん緊張してきた。慎重に一歩ずつ階段を登らないとまた転びそ
うだ。昨日転んだことを思い出してさらに緊張が増す。
深呼吸、深呼吸。ふー、よし。ちょっと落ち着いて来た。
フランチェスカと目があった。ふっと鼻で笑われた。傍目からみ
てもがっちがちなんだろう。
だが試合は待ってくれない。開始線に立つ。構える。もうか! 早いよ!
﹁始め!﹂
フランチェスカは開始の合図でいきなり襲いかかってきた。剣で
受けた。軽い。が、速い。そのまま二撃、三撃⋮⋮あ、やば。攻撃
が鎧をかすった。剣をぶん回して距離を取らせたが、すぐに追撃が
来る。速いとは思っていたが、速い。
それに動きもずいぶんとサティとは違う。アーマンドとの試合で
全力で戦っているのは見ていたが、見るのとやるのでは大違いだ。
対応が⋮⋮また食らった。まずい。今度は盾を扱う左肘だ。上手く
バックラーの防御をすり抜けられた。腕は動くが、動かすたびにか
なり痛む。回復したいが素早い攻撃で回復魔法を許してもらえない。
軽いから剣で受けるのは問題ない、そう思ったが、軽いんじゃな
い。軽くしている。剣を押し込まずに回転を早くしている。
軽いが速く、威力は申し分ない。急所に貰えばそれだけで終わり
かねない。
だが徐々に速さにも動きにも慣れてきた。攻撃が軽いならやりよ
うはある。相打ち覚悟の攻撃⋮⋮は飛び下がって躱された。しかし
1999
それで、ほんの少しの間ができた。魔力を集めて︱︱︻ヒール︵小︶
︼︱︱完了。
﹁わかってはいたが実にやっかいだな。だが⋮⋮﹂
もう回復はさせてくれないってことだろう。ここまで攻撃が速い
と俺でも回復魔法の使用が困難だ。今更遅いがサティ相手に練習し
ておけばよかったな。
距離を取って息を整える。リジェネーションは当然使わせてくれ
ないだろうな。そのための開始直後の飛び込みだろう。できればヒ
ールをもう一発使いたいところだが、魔力を感知したら即座に襲い
かかってきそうだ。休憩を優先する。
しかしそう長くは休憩もさせてもらえないようだ。それにそろそ
ろ本気を出して来そう⋮⋮来た。動きが鋭い。踏み込んだ攻撃でこ
ちらを仕留めにかかってきた。
だが十分に戦える。サティ相手の戦闘法で応用が効く。動きが素
早くなかなか捉えきれないが、それなら⋮⋮動きを予測して攻撃を
置く。失敗すればこちらが窮地に立たされるが、上手くハマれば相
手の動きを阻害して⋮⋮捉えた! 力とスピードの乗った一撃は剣で受けられるが、そのままフラン
チェスカを吹き飛ばす。体勢が崩れたところを、そう思ったが、ど
うやら吹き飛ばされたのではなく、力に逆らわず飛んだようだ。隙
がない。
しかし︱︱︻ヒール︵小︶︼︱︱こちらに余裕が出来た。
序盤がもたつくのは毎度のことだし、これなら今回も勝てそうじ
ゃないか? 体が重いのもいい感じに力が抜けて、剣がよく振り切
れている気がするし。
問題はどいつもこいつも回避力が高すぎて、俺の攻撃がほとんど
2000
通用してないってことだ。
フランチェスカも回避に長け、俺の剣もキレイに受け流されるか
ら、パワーがあるというアドバンテージも活かしきれない。
地道にやって隙を見つけるしかない。
だが思ったよりも昨日のダメージによる俺の疲労は大きかったよ
うだ。ぎりぎりの戦いは容赦なく体力を削っていく。息が切れるの
が早い。どこかで息をつきたいが、フランチェスカが止まらない。
先に隙が出来たのは俺の方だった。フランチェスカの動きについ
ていこうとして、足を少し滑らせた。隙というほどの隙ではなかっ
たはずだが、それをフランチェスカは見逃さなかった。
胴を薙ぐ攻撃が来る。盾で問題なく防御を⋮⋮攻撃が来ない。右
手にあるはずの剣がない。
気がついた時には頭にもろに攻撃を食らっていた。左に持ち替え
た剣での死角からの攻撃だった。頭は頑丈な鉄のヘルムであるが、
衝撃で脳震盪を起こし完全に動きが止まった。
そうなるともう為す術もなかった。追撃の三連打をまともに食ら
って、俺はキレイに意識を手放していた。
後から聞くと倒れる俺に、更に追加で二発も攻撃を加えていたら
しい。回復させないように完全に止めを刺したいのはわかるが、ほ
んとうに容赦無い。
そしてそのことでサティがひどく怒っていた。
2001
137話 サティの戦い
痛い。
とんでもなく痛い。体中。
気が付くと舞台の石畳に顔を押し付け、うつ伏せで倒れていた。
そして全身の激痛。
意識が飛んでいたようだ。
即座に︻ヒール︵小︶︼を詠唱︱︱意識がもうろうとし激痛が走
る中、無事に発動し、少し楽になった。
︻ヒール︵小︶︼詠唱。探知で見るとフランチェスカは少し離れ
た位置にいて動いてない。剣は手にある。
︻ヒール︵小︶︼︱︱よし、いける。三度の回復魔法は最速で詠
唱出来た。
痛みを堪え素早く立ち上がり、剣を構える。回復は不十分だが、
あまり寝ていては負けを宣告されかねない。
だが立ち上がってみると、フランチェスカは構えもしてない。
﹁続きだ。構えろ﹂
そう言いながら更に︻ヒール︵小︶︼を詠唱するが、やはり戦闘
を開始しようとする気配がない。
なんでそんなにやる気なさげなんだ?
﹁いや⋮⋮﹂
フランチェスカが何か言いかけた時、﹁マサル様!﹂とサティの
声がかかった。
2002
あれ? サティが舞台の上に? その隣にいるのは治療担当の神
官。
﹁もしかして⋮⋮試合、もう終わってました?﹂
﹁うん。勝敗はすでについた﹂
審判もその通りだと頷いた。
なんてことだ。痛みを堪えてがんばって立ち上がったのに。いや、
がんばりすぎた? もうちょっと寝てたらサティと神官がやってき
て、こんな恥ずかしい行動を取ることもなかった。
がくっと力が抜ける。ダメージはまだ残っていて体の節々が痛む
し、今度は疲労が襲いかかってきた。
神官の治療の申し出を断って、︻リジェネーション︼を詠唱。リ
ジェネーションで体の痛みがすうっと消えていく。
﹁もう大丈夫﹂
サティがほっとした表情になった。回復具合からするとダメージ
は昨日ほどじゃなかったはずだが、気絶してしまったんで心配した
んだろう。
﹁それは良かった。少々やりすぎかと思ったが、そうでもなかった
ようだな﹂
﹁やりすぎですよ! それになんで蹴ったんですか!﹂
フランチェスカの発言にサティが噛み付いた。俺、蹴られたの?
﹁ほんとに気絶したかどうか確認は必要だった。それに蹴ったんじ
2003
ゃない。軽くつついただけだ﹂
﹁全然軽くなんてなかったですよ!﹂
フランチェスカが履いてるのは戦闘用のがっしりとした硬そうな
革のブーツ。軽くでも蹴られたら痛そうだ。
﹁それに倒れるマサル様に追撃までして! 気絶したのなんてその
時点でわかってたでしょう!?﹂
気絶したんだし審判が止めろと思ったが、昨日の戦闘での復活を
見て、止めるべきか迷ったんだろう。こういうのも自業自得という
のだろうか?
﹁だがこうやって立ち上がったのを見ると、もう二、三発⋮⋮﹂
﹁っ!?﹂
フランチェスカの言葉にサティが顔を真っ赤にしている。しかし
俺のために怒ってくれているのは構わないが、こんなところで喧嘩
を始めないでほしい。
﹁落ち着け、サティ。ダメージも昨日に比べれば大したことなかっ
たし、もういいじゃないか﹂
蹴られたって言われても覚えてないし。
﹁⋮⋮そうですよね。あれだけやってもこの程度です。全然大した
ことなかったみたいですね﹂
2004
﹁ほう、負けた分際で言うじゃないか﹂
俺が言ってんじゃないですよ?
﹁マサル様が本気を出せば、あなたなんてけちょんけちょんですよ
!﹂
﹁サティ、もうそれくらいで。そろそろ次の試合を始めたいみたい
だよ﹂
次はサティの出番だ。
﹁あ、はい。すぐに終わらせます﹂
それで舞台からフランチェスカと一緒に降りたんだが。
﹁今日は本気じゃなかったのか?﹂
本調子でなかったのは言い訳にすぎないよな。
﹁まあ本気は本気でしたけど⋮⋮﹂
今日くらいの開始位置なら、間合いを詰められる前に初級魔法の
詠唱は終わるだろう。
﹁けど、なんだ?﹂
聞きとがめたフランチェスカの声がきつくなった。しまった、余
計なことは言うべきじゃなかったか。
2005
﹁攻撃魔法が使えれば﹂
負ける気はしない、とは口には出さなかったが、フランチェスカ
の目がすうっと細められた。
﹁ああ、試合が始まりますよ﹂
話を逸らそうと思ったのだが、サティが一瞬で終わらせてしまっ
た。勝敗が告げられるとすぐに小走りで舞台を降りてくる。そして
当然会話には聞き耳を立てていて、続きを始めた。
﹁本気を出せばマサル様はわたしより強いんです﹂
そのサティの発言を、﹁口ではなんとでも言えるさ﹂と、フラン
チェスカは軽く鼻で笑った。
﹁だがそれを証明したいなら改めて手合わせしてやってもいい﹂
してやってもいいと上から目線で言いながら、ずいぶんと戦って
みたそうな感じだ。
しかし魔法込みではあんまりやりたくねーな。攻撃魔法は威力が
ありすぎて試合向きじゃない。エアハンマーですら、今の俺が本気
でぶっ放せば岩が砕けるのだ。人間相手に使っていい魔法じゃない。
﹁私がフランチェスカ様に勝てばそれで証明は十分なはずです﹂
﹁ふーん。それでもし勝てなかったら?﹂
フランチェスカが俺のほうを見て、サティも俺の方を申し訳なさ
そう顔で見た。
2006
進んでやりたくもないが、ここで俺が逃げればサティが恥をかい
てしまう。
﹁その時は俺が相手を﹂
それで話が終わったと、満足そうにフランチェスカは舞台の反対
側に行ってしまった。
﹁あの、ごめんなさい。わたしどうしても許せなくて⋮⋮﹂
﹁サティが勝てばそれでいい﹂
﹁はい!﹂
まあ勝っても負けても、たかが試合だ。結果がどうなるにせよ、
いい経験になるだろう。
しかしこうも剣が通用しない相手が多いと、そろそろ対人向けの
魔法と剣を組み合わせた戦いを模索するべきかもしれない。
帰ったらウィル相手に実験してみるか? 戦士寄りでスキル振り
をすれば手頃な練習相手になりそうだ。
次の試合が始まった。一回戦は残り二試合。
今日は決勝だけあってエルフ席は人で満杯だったから、そのまま
舞台脇でサティの応援をすることにした。サティが椅子をどこかか
ら調達してきてくれた。
試合を観戦しながら、俺の試合の最後に何があったのかを教えて
もらった。
2007
俺が倒れこんだところに更なる追撃。完全に意識をなくしたとこ
ろにまともに食らったものだから、まるで人形か何かのように舞台
に叩きつけられ、かなり心臓に悪い光景だったようだ。
第三試合が終わった。
ギガント
そして一回戦最後の試合。ラザードさんよりも更に頭一つ分でか
い、巨人の通り名を持ち、人間離れした体躯を持つギガント・ボル
ゾーラ。れっきとした人族で優勝候補の一人だ。
巨体の上に、技巧にも長け動きもなかなか素早かった。パワーも
公式発表では今大会ナンバーワン。昨年、フランチェスカは勝つに
は勝ったが、倒すのに恐ろしく手間取ったという話だ。
決勝は恐らくこいつだろう。
一回戦の全四試合が終わった。長かった剣闘士大会も残すは準決
勝と決勝を残すのみ。
舞台脇の特等席でサティが軽く体を動かすのを見守る。
気合は入っているが、無駄な気負いはない。落ち着いている。俺
とは大違いだ。
審判から声がかかった。フランチェスカが舞台に上がり、大きな
歓声が上がる。
﹁行ってきます、マサル様﹂
試合が始まった。
サティが仕掛けた。最初から全力で様子見するつもりはないらし
い。だがフランチェスカもサティの攻撃をしっかりと凌いで、舞台
中央でめまぐるしい攻防が繰り広げられた。
2008
双方パッと飛び退って距離を取る。即座にまた飛び込んで、体を
入れ替えつつ、何度も何度も剣が交わされる。
戦闘スタイルが近いだけあって攻防がよく噛み合い、激しい打ち
合いになっている。ここまではどちらが有利とも見えないが、パワ
ーのあるサティに分があるはずだ。
何度目か。離れて相対したとき、サティがふっと体から力を抜い
た。
何をやるかはすぐにわかった。無拍子打ちをやるにはいい距離と
タイミングだ。
何気ない一歩と、軽く振るわれる剣は⋮⋮フランチェスカが大き
く飛び退って距離を取り、寸でのところで躱された。
﹁お前の嫁さんもやるようだが、フランチェスカ様のほうが一手上
手だな﹂
不意に話しかけられた。ボルゾーラだ。間近で見るとほんとにで
けーな。これでフットワークも軽いんだから反則だ。
﹁サティもまだまだこんなもんじゃないですよ﹂
奥の手に回復魔法はあるし、サティのパワーを知ればきっと驚く
だろう。
サティは俺みたいに強さにブレはないが、特訓の成果が出たのか、
怒りのせいか、今日は動きのキレがいい。
俺の言葉通り、サティが徐々に押し出した。パワー差が表に出て
きたのだろう。
だが二人の攻撃が交錯し、どちらからともなく一旦距離を取った。
相打ちのように見えたが、かすったかどうか微妙な程度、どちら
2009
にせよ双方目に見えるほどのダメージはないようだ。
﹁な?﹂と、ボルゾーラは俺にニヤリと笑いかけた。
えらくフランチェスカを推すと思ったら、王国軍の所属だという。
﹁いずれ我らを率いるお方だ。そこいらの冒険者とはモノが違う﹂
フランチェスカは指揮能力に関しても大器の片鱗を見せているら
しい。剣があの腕で血筋も美貌も特級品。先日少し話した感じ、性
格も良さそうだったし、その上頭までいいのか。まるで欠点がない。
カリスマだな。
それと比べればサティは俺と一緒でどこかの馬の骨だ。評価は実
力で覆すしかないだろう。
﹁ほれみろ﹂
こいつの話を聞いているうちにサティが劣勢になっていた。フェ
イントか何かか? 絶妙に攻撃のタイミングを外されている。えら
く攻撃がしづらそうだ。
﹁なんだ?﹂
スタミナ切れでももちろんないし、ダメージを食らった様子も皆
無なのに、サティの動きが急に悪くなっている。
﹁お前もやっていただろう? 相手の動きを予測して潰す。それを
もっと高度なレベルでやっているんだ﹂
これが微妙な動き過ぎて、やられているほうはすぐにはわからな
2010
い。俺もボルゾーラの解説がなかったら、気が付かなかっただろう。
親切だな、こいつ。
﹁動きは素早いが、冒険者らしいまっすぐな剣は実に読み易い﹂
読めたからってサティの相手をするのは恐ろしく難しいはずなの
だが⋮⋮
魔物相手では技よりもスピードとパワーが重視される。サティは
対人もこなしてきてはいるが、あのレベルの攻防となるとどうして
も経験不足ということなのだろう。
紙一重で躱せていたのが、回避しきれなくなってきていた。まだ
どれも革鎧をかすめる程度だが、ちょっとまずいかもしれん。
均衡が崩れる時はすぐにやってきた。組み合った時、突然サティ
の膝ががくんと落ちた。
その隙を逃さず、フランチェスカの一撃が叩き込まれる。追撃は
躱せたが、かなりのダメージを食らってしまった。
﹁力が入った状態でタイミングよく引かれるとな、こう、ガクッと
なるんだよ。あれもフランチェスカ様の持ち技だ﹂
この説明ではよくわからないが、剣を使った合気のようなものだ
ろうか。
ボルゾーラは去年負けた時に色々食らったらしい。
﹁今ので戦意を失わんとは、なかなかの根性だな﹂
だが誰の目にも劣勢は明らかだった。俺の時も手札はいくつも隠
したまま戦ってたのか。俺がもうちょっと強ければサティにもっと
フランチェスカの手の内を見せてやったのに。
2011
ああっ、また食らった。せめて回復魔法が使えればいいんだが、
サティではかなりな時間の余裕が必要だ。
サティはフランチェスカの変幻自在の剣に、完全に翻弄されてい
る。
サティでも勝てないのか⋮⋮
ほぼ互角。身体能力ではサティのほうが優っているはずなのに、
剣聖の名を継ぐとまで言われているのは伊達ではないらしい。
劣勢にも関わらず、何度も攻撃を貰っているにも関わらず、それ
でもなおサティの戦意は衰えず、よくフランチェスカに食らいつい
ていた。打ち合いはかなり途切れず続いている。スタミナ勝負に持
ち込む心算だろうか?
だがフランチェスカに距離を取られてしまった。それに合わせて
サティもトンットンッと、舞台の端ギリギリまで大きく飛び退った。
二人の距離が大きく、大きく開いた。
サティが魔力を集めている。フランチェスカは動かない。気がつ
いていない。
サティの回復魔法が発動した。もう一度⋮⋮ゆっくりとか細い魔
力が集まり⋮⋮息を整えていたフランチェスカが驚愕の表情を浮か
べた。ようやくサティが回復魔法を使っているのに気がついたよう
だ。距離を詰めてきた。
だがもう遅い。二回目の︻ヒール︵小︶︼も無事発動した。
フランチェスカの魔力感知能力が低いのか、闘技場に人や魔力が
溢れていてサティの弱い魔力を見逃してしまったのか。いずれにせ
よ獣人が魔法を使うわけはないとの先入観で、警戒されてないとこ
ろを上手くつけた。
二回では完治は無理だろうが、これでずいぶんと楽にはなったは
2012
ずだ。
しかしそれでどうなるものでもと思ったが、なんだか形勢が良く
なっている。サティがフランチェスカの動きに対応しつつあった。
反撃するまでには至ってないが、防御しきっている。
﹁少し盛り返したようだが、守ってばかりでは勝てんぞ?﹂とボル
ゾーラ。
﹁俺にはフランチェスカ様がサティを仕留めようと焦っているよう
に見えますね﹂
完全に優位に立ったと思ったところに回復され、技も通じなくな
ってきている。
サティの回復魔法に関してはさほど警戒する必要もないのだが、
俺と戦った後なのが響いているのだろう。もし俺のような回復力を
持っていたら⋮⋮そう考えて早めの決着を付けたいのだろう。
その小さな焦りがサティを利していた。
決め手のないまま、時間が経てば経つほどサティに天秤が傾く。
人間、全力で動ける時間は限られている。双方互角のまま、徐々
にフランチェスカの足が鈍り、そして止まった。
サティはまだまだ元気だ。
﹁ここからだぜ?﹂
ボルゾーラがそんなことを言い出した。
﹁あれは足が動かないんじゃない。止めたんだ。体力を温存して反
攻の機会を窺っている﹂
2013
その言葉通り、フランチェスカが亀のようにがっちりと防御を固
めた。だがそれだとサティの思う壺じゃないか?
サティが容赦なく仕掛ける。サティの力を込めた剣戟をまともに
受けて、フランチェスカの剣が流れ、ついにサティの剣がフランチ
ェスカの体を捉えた。
しかし翻ったフランチェスカの剣もサティを捉えていた。双方の
剣がまともに相手を打ち据え、どちらも動きが完全に止まった。
綺麗な相打ち。かろうじて二人は立っていたが、剣ごと相手に体
を預けて動かない。ダメージが大きいのか動けないでいる。
﹁フランチェスカ様は芯をずらしてわざと受けたんだ。ダメージは
お前の嫁さんの方が大きいぞ﹂
恐らくその通りなんだろうが、サティのパワーの分、フランチェ
スカのダメージも想定以上なはずだ。でなければここで止まらず追
撃するはず。
二人ともまだ動かない。ここで回復をしておきたいが、ダメージ
を受けた状態での魔力の集中にはかなりの熟練がいる。サティに出
来るだろうか?
サティが魔力を集め始めると当然のことながら、フランチェスカ
が妨害にかかった。近いのをいいことに、いきなりの頭突きを食ら
わせた。しかしヘルム同士がかち合っただけで、詠唱は妨害された
がダメージはない。が、そこに更にフランチェスカの拳が飛んでき
た。
サティには格闘スキルもある。躱せる、そう思ったが、顔面にも
ろに拳が打ち込まれ、サティが倒れた。
妙な倒れ方をしたと思ったら、足を踏みつけられていた。えぐい。
2014
それでもサティはすぐさま立ち上がった。剣をしっかりと構え直
し、鼻血をぐいっと拭う。
フランチェスカは剣を構えたまま、じっと呼吸を整えている。
どっちが有利なのか、ダメージが大きいのか。見ているだけでは
まったくわからない。
すぐにフランチェスカから仕掛けた。サティがまた魔力を集めに
かかったのを即座に妨害にかかったのだ。しかしこれはサティの、
フランチェスカを休ませないための誘いだろう。
フランチェスカの剣の振りは、ほとんど衰えているようには見え
なかった。しかし足がもう動いていない。対してサティはまだ体力
に余力があった。体がよく動いてる。フランチェスカのダメージほ
うが大きいのか。 サティの剣はいまだ力強く、見るからにフランチェスカの疲労が、
ダメージが濃かったが、それでもサティは押しきれなかった。フラ
ンチェスカがよく凌いでいる。
経験の差だろうか。剣を握って半年と、一〇年の差。
フランチェスカは三つの頃から剣を握ってきたという。幼少より
天稟を示したというが、大会で優勝したのは去年が初めて。それま
では何度も何度も苦渋を飲んできたのだろう。土壇場でその差が出
た。
フランチェスカはサティの攻撃を凌ぎ切った。ムキになって攻撃
を続けたサティの動きがついに鈍り始めた。
フランチェスカの攻撃が、的確で効率のいい攻撃が、時折サティ
にダメージを与えだした。軍配はフランチェスカに上がりつつあっ
た。
サティは相変わらず下がろうとはしない。どのみち下がって休憩
をしても、フランチェスカも同様に回復するだけのこと。情勢は変
2015
わらないか、更に悪化する。
フランチェスカもダメージを受けていて、体力も底を尽きかけて
いるはずだが隙が見えない。
サティが怯えたような表情を浮かべた。
積み重ねられる苦痛と通用しない攻撃に、勝てない、そう考えて
しまったのだろう。心が折れかけている。
それでもサティは踏みとどまっていたが、攻撃の手が止まって防
戦一方になりつつあった。
攻撃をいくつももらいすぎた。限界が近い。見ていて心臓に悪い。
﹁サティ﹂
ちょっとした戦闘の合間、二人が僅かな間合いを取った時、思わ
ず声が漏れた。ほんの小さなつぶやきで、普通なら届くはずもない
のだが、サティが俺の方へとくるっと顔を横に向けた。目が合う。
サティから気弱な表情は消え、決然とした顔つきになった。俺の
方へと顔を向けたまま。
戦いの最中、サティはフランチェスカから完全に目を離してしま
った。
そんな絶好の機会を逃す相手ではない。即座には動かなかったの
は、きっと度肝を抜かれたのだろう。でも結局はチャンスと見たよ
うだ。
隙だらけのサティにフランチェスカの剣が襲いかかった。
完全な死角からの攻撃は確実に当たる、誰しもそう思った。俺も
終わったと思った。だがスルリとサティは躱してしまった。
聴覚探知か。目線は外しても、聴覚探知で完全にフランチェスカ
の動きは把握していた。
2016
サティは隙を見せて誘うつもりは全くなかっただろう。しかし結
果として全力を振り絞った攻撃を空振ったフランチェスカの体勢は
完全に崩れて隙だらけで、サティの反撃を受けて舞台に倒れた。
ぴくりとも動かないフランチェスカを確認して審判の勝敗が告げ
られた。
サティが剣を掲げた。
﹁やりました、マサル様﹂
うん、よくやったサティ。そう呟いた俺の声は大歓声の中でもち
ゃんと届いたことだろう。
2017
138話 本戦、決勝
サティがお腹が空いたというので好物の桃っぽい果物を出してや
ると、五つも平らげてようやく食べる手を止めた。まあ消化は良さ
そうだから、腹に攻撃を食らって⋮⋮みたいなことにはならないだ
ろう。
その後は体育座りで膝を抱えて、じっと体を休めている。
フランチェスカとの戦いで長時間全力で戦ったのに加え、ずいぶ
んとダメージも受けた。きっちり治療はしてあるが、受けた分のダ
メージが疲労として数日は残ってしまうのはどうしようもない。
決勝までの短時間でどの程度回復できるだろうか。
決勝の相手はやはり優勝候補の一角の巨人ボルゾーラ。フランチ
ェスカすら手こずった相手だ。今年はフランチェスカを倒して優勝
をもらうと言っていたし、間違いなく強敵だろう。
準決勝の相手もなんなく倒し、お陰で休める時間もひどく少なく
なった。
﹁どう戦う?﹂
﹁最初から全力で当たります﹂
短期決戦を仕掛けて、後は臨機応変。
ボルゾーラは正面からの力押しを得意としているようだが、ここ
まで実力を見せずに勝ち上がってきたから、あまり具体的な対策は
取りようがない。まあ現場にきてノープランなのはいつものことだ。
しかし技と早さはフランチェスカ以下だろうし、パワーもサティ
なら十分に対抗できるはずだ。
2018
体調さえ万全なら。
準決勝終了後発表されたオッズはやはりボルゾーラが大幅に有利。
フランチェスカを倒した実力に間違いはないにせよ、サティは消耗
しすぎた。それが公式見解なのだろう。
舞台脇にはアリーナ席の観客用の投票券販売所があって、そこら
辺にいる係員に言えば買ってきてくれる。オッズが確定してから購
入するための時間はたっぷり取られているので、自分で買いに行っ
てもいいのだが、勝敗次第で荒れることがあるので、選手が買いに
行くのはお勧めしないそうである。
俺やサティは穴馬的に勝ち上がってきたので、さぞかし損をした
人は多いだろう。
もう小金を儲ける必要もないのだが、俺とサティの分を頼んで買
ってきてもらう。毎回買っていることだし、スタミナに不安がある
にせよ、ボルゾーラがフランチェスカより弱いのなら、オッズが有
利なこともあってずいぶんと分のいい賭けだ。
まもなく決勝が開始されるとの告知が会場中にされた。そろそろ
投票締め切るから、買ってない奴は急げよってお知らせである。
始まるまでもう少し時間はあるから、結局休憩は三〇分くらい。
普通に休むのなら十分な時間ではあるが⋮⋮
サティがパチっと目を開け立ち上がり、ゆっくりと伸びをした。
﹁体調はどうだ?﹂
﹁⋮⋮ほぼ回復しました。体が重い感じはしますが、これくらいな
ら全力で動けます﹂
確かめるように剣を振るって、サティはそう答えた。短時間でも
休憩の効果はあったようで、すっきりした顔をしている。一戦でき
2019
る程度には回復してるようだが、その限界がどこまでかは測るすべ
がない。
﹁もしダメだと思ったら、無理しないでさっさと参ったするんだぞ
?﹂
フランチェスカ戦はなかなか心臓に悪かった。もう十分稼いだし、
サティの身の安全のほうがはるかに大事だ。
﹁いえ、なんとしても勝ちます﹂
そんなに一日独占権が欲しいのか? それならフランチェスカに
勝ったご褒美に、もうここであげても⋮⋮
﹁タマラちゃんのことなんですけど﹂
違ったようだ。
先ごろ購入した三人の奴隷のうちの一人のタマラちゃんであるが、
村に恋人がいて、そいつも領地に呼んで夫婦にしてやって、今回新
婚旅行ってことで王都にも連れて来ていた。当然大会も見に来てい
て、賭けにもなけなしのお小遣いを使って参加しているはずだ。
﹁わたしが勝てば解放できるって﹂
ここでサティが優勝すれば大穴。昨日は手持ちが少なくて大きく
賭けられなかったが、今日は夫婦で上限いっぱいまで賭けに出る、
そういう話をたまたま聞いてしまったんだそうだ。
賭けはまったくの自己責任だが、サティは奴隷ちゃんたちと仲が
いい。助けてやりたいだろう。
2020
しかしまともにお金を貯めれば五年や一〇年はかかるはずが、サ
ティが勝てばもう解放か。そうなったら身の振り方を相談してやら
ないとな。村に帰りたいかもしれないし、王都みたいな都会が気に
いるかもしれない。二人ともよく働いてくれるから、そのまま残っ
てくれたら一番いいんだけど。
﹁シラーも賭けてたよな?﹂
シラーちゃんとは最近ちょっといい雰囲気なのに、解放されてど
っか行っちゃったら、俺泣くよ?
﹁儲かったらいい装備がほしいって言ってましたよ﹂
よかった。マジでよかった。
もう一人の奴隷のルフトナちゃんは、王都の人混みで男嫌いが再
発して絶賛引き篭もり中で賭けどころじゃない模様。まああの娘は
解放されたところで男嫌いが治らなきゃ、女所帯のうち以上の場所
はそうそうなさそうなんだけど。
﹁それならがんばらないとな﹂
﹁はい。じゃあ行ってきます。少しだけ待っていてくださいね﹂
サティが舞台に上ると結構な声援が飛んできた。さすがに決勝ま
で来るとファンらしきものが結構な数ついている。サティはそれに
笑顔で手を振って応えていた。相手のボルゾーラには目立った声援
はない。サティと対すると見た目悪役だもんな。
だがボルゾーラは気にした風もなく、サティに話しかけた。
﹁この短時間じゃそれほど回復できなかっただろう? 痛い目をみ
2021
る前に棄権したっていいんだぜ?﹂
サティが過小評価されている。そう言いたいところだが、このく
らいの戦いのレベルになってくると、ほんのわずかな不利が勝敗を
決めかねない。サティの回復具合は読み違えてるのだろうが、不利
なのには違いがない。
﹁なんの問題もありません。無駄口を叩いてないでさっさと構えな
さい﹂
どこで覚えてくるのか、サティはたまにこんなセリフを言うこと
がある。冒険者に混じって訓練しすぎたかもしれない。
﹁なかなか言うじゃないか﹂
そう言うとボルゾーラは剣を構え、大きな盾を持ち上げてずいっ
と前に出した。
盾? さっきの準決勝ではあんなでかいのは持ってなかった。決
勝で変えてきたのか。
きっと対フランチェスカのために用意していた隠し玉なのだろう
が、元の戦法もあまり知らないサティに対してはさほど隠し玉の意
味はなさそうだ。
しかしここにきて防御重視の戦法に変更か。フランチェスカとま
ともに打ち合うのを避けたいが故なんだろうが、サティ相手ではど
うなんだろう、そう考えて気がついた。
ちょっとやばいかもしれん。盾の大きさに目がいっていたが、そ
れより恐ろしいのはリーチの長さだ。盾を突き出されると、その大
きさと相まってサティの剣が簡単には届かない。
2022
恐らくサティは今大会で最も小さい選手だ。そして相手は今大会
最大の体躯を誇るボルゾーラ。
昨日当たった神殿騎士相手にやったみたいに、うまくフェイント
でも使って回り込めればいいのだろうが、対フランチェスカを想定
していたボルゾーラがそんなに甘いはずもないだろう。
盾が大きいなら普通はその重量で動きが鈍るのだが、ボルゾーラ
が持てば大型の盾もバランスのいいサイズにしか見えない。取り回
しが悪くなることは期待できない。
うまく動きまわって隙を見つけ⋮⋮ああ、ダメだ。それだとスタ
ミナの消費が⋮⋮
審判の﹁始め!﹂の声がかかった。
サティが大きく下がった。ボルゾーラは構えて動かない。様子を
見ようというのだろう。
サティが剣を両手に持ち替え、低く構えた。これは俺の、という
よりラザードさんの一撃必殺戦法か。昨日のうちに練習してたのか?
サティが突撃した。速いが、まっすぐ真正面。
十分に助走をつけた大振りの剣が勢いよく盾に叩きつけられる。
ガギンッ。剣が折れたんじゃないかというほどの音が大きく響き
渡る。
しかしいくら威力があってもあの大盾で受けに回られては⋮⋮
そのまま流れるようにサティの次の剣が繰り出される。この技が
合ってるのか、俺よりもなめらかでいい動きに見える。
ギンッ。再びのサティの攻撃も、多少打点をずらしたところで大
きな盾でがっつりと阻まれる。すぐにボルゾーラが剣を繰り出すが、
サティはそれをあっさりと躱して一旦距離を取った。追撃はこない。
もう一度、サティが同じ構えを取った。
2023
﹁次が全力です﹂
そうサティが呟いた。今のは単なる小手調べ、試し打ちだったよ
うだ。
サティが動いた。言葉通り最初の攻撃よりも更に速く、勢いの乗
った剣がボルゾーラの盾を打ち抜いた。
衝撃音。ボルゾーラが手に持った盾を下げた。攻撃を支えきれな
かった? しかし盾は舞台についたがまだ正面にしっかり構えたま
まだ。
そこに間をおかずサティの攻撃が盾に加えられた。ボルゾーラの
盾が横に弾かれる。
ボルゾーラの反撃の剣がサティに襲いかかるが、それもサティの
強力無比な連撃にあっけなく打ち払われた。
剣も盾も排除されたボルゾーラの巨体がサティの前に剥き出しに
なり、そこにサティの剣がキレイに入った。
サティが一歩下がると、ボルゾーラが膝をつき、そのままゆっく
りと倒れる。
一瞬会場が静まり返った。
倒れたままボルゾーラはぴくりとも動かない。
﹁し、勝負あり!﹂
会場が大きな歓声に包まれた。
ギガントキリング
﹁巨人殺しだ!﹂
誰かが言い出したこの呼び名が、サティの二つ名になった。
2024
サティは審判の判定を聞くとすぐに、小走りで俺の所へ戻ってき
た。
﹁やりました!﹂
﹁お、おお。よくやった﹂
あっけない。時間にして一分ほどか?
﹁あ、あの⋮⋮あれを﹂
ああ、あれか。やっぱりすごくほしかったんだな。
﹁はい。マサル一日独占券﹂
真っ先にもらいに戻ってきたようだ。
サティはわざわざ剣を置いて、しっかりと両手で券を受けった。
ノートの切れ端に手書きでさらさらっと書いたやつなんだけど、ず
いぶんと恭しい。
サティは渡された券をしっかりと確かめると、胸にそっと抱いて
言った。
﹁ありがとうございます! 大事にしますね﹂
いや、使いなさいよ。別に大事に仕舞っておいてもいいけどさ。
2025
ひとしきり券を眺めて満足したサティは、置いた剣を拾おうとし
て顔をしかめた。
﹁どうした?﹂
﹁手首が﹂
右手首が痛いというので回復魔法をかけてやる。他は大丈夫のよ
うだ。
フランチェスカ戦のダメージは俺が自ら完璧に治したし、この戦
いでダメージはまったく受けてないから、心当たりは一つしかない。
二回目の全力での突撃。あの時、とんでもない衝撃がサティの手
首にかかったはずだ。
付け焼き刃の技で手首に変な負担がかかった? それとも単にサ
ティの体が大きな力に耐え切れなかった?
どちらにせよあそこで決まらなかったら、サティは窮地に陥って
いた。
俺の時は⋮⋮回復魔法をかけっぱなしだったし、酷いダメージの
連続だったから、手首を少しくらい痛めていても気が付かなかった
だけの可能性もある。
サティも終わってから気がついてたし、戦闘中はアドレナリンが
どばどば出てるからわかりずらいのだろうか。
これはちゃんと確かめる必要があるな。毎回手首にダメージが来
るようじゃ、実戦では使えない。いや、むしろ実戦では大丈夫なの
か? 刃引きの剣ででかい盾を叩くみたいなことは、まずあり得な
い状況だ。衝撃の前に、切れ味のいい剣で敵が真っ二つになる。
しかしだからといって確かめないわけにもいくまい。
2026
サティと全力で打ち合って、体が耐え切れるかどうか見る? す
っごい嫌な確認方法だな。
いや、こういう時に頼れそうな人がいるじゃないか。軍曹殿に聞
いてみよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
サティが舞台に呼び戻されると、王様が出てきて表彰式が行われ
た。サティへのお褒めの言葉と、金貨の入った賞金袋の授与。
最後に素晴らしい戦いを見せてくれた戦士たちに盛大なる拍手を
! と締めくくってあっさりと大会は終わった。
﹁時間をかけて豪華な式典をしていた時期もあったのですが⋮⋮﹂
とエルフの隊長さん。
面倒がってすっぽかす人もいれば、昨日の俺みたいに安静が必要
な人もいて、今みたいな簡素な形に落ち着いたそうである。
派手なのが好きなら、祭り期間中に街に繰り出せばどこででも大
歓迎されるから、それで誰も不満はないみたいだ。
ただ何もないというわけでもなくて、闘技場で打ち上げが準備さ
れている。立食形式で豪華な食事も出るようだ。
ほんとは早く帰って休みたいが、優勝者のサティは強制参加だ。
みんなに打ち上げに出ると知らせてから、闘技場建物内の会場に
合流すると、すでにもりもりと料理を食っているボルゾーラにこっ
ちこっちと呼びつけられた。
その横にはフランチェスカもいて、ぶすっとした顔で何かを飲ん
2027
でいる。あとは決勝に出ていた選手や運営の人らだけの、ほんとう
に小規模な打ち上げのようだ。
﹁いやー、さっきのは驚いたぞ。まさか盾を叩き落とされそうにな
るとはな!﹂
﹁正面から受けてくれたので助かりました﹂と、サティ。
しかしサティの全力を正面から受け止めすぎた。あれは少しでも
避けられると勢いが落ちるから、避けるか受け流すべきだったのだ
ろうが、そこまでの威力があるとは思わなかったのだろう。俺も思
わなかった。
﹁おい、サティ!﹂
ボルゾーラとサティの食事をしながらの談笑をしばらく黙って聞
いていたフランチェスカが、突然横から口を挟んできた。顔が赤い。
飲んでいるのはお酒か。
﹁来年だ。来年も大会に出ろ﹂
来年かあ。俺はもう出ないけど、サティは本人次第だな。
﹁なんなら帝国の大会でもいい﹂
﹁おお、そいつはいいですな。サティとフランチェスカ様なら帝国
でもきっと優勝を狙えますぞ﹂
﹁でも帝国の大会はもっとすごい人がいっぱい出るんですよね?﹂
2028
﹁そうだ。だが私はもっと強くなる。剣聖のもとで修行をするのだ。
そして次に会った時は必ず貴様を⋮⋮﹂
﹁あ、それわたしたちも行くんですよ! 一緒に修行できるといい
ですね!﹂
アーマンド、サティも行くのを教えてなかったのか。
フランチェスカはセリフの続きをいうこともなく、憮然とした表
情でぐいっと酒を呷った。
2029
139話 巨人殺しの剛弓
﹁へえ。家族でパーティを組んでるのか。それは素敵だな﹂
﹁はい! それで帝国にあるエリー様のご実家に⋮⋮﹂
サティはもうフランチェスカへの怒りをすっかり収めていて、フ
ランチェスカも同じ所で修行をするなら勝負はいつでもできると機
嫌を直し、二人は和気あいあいとおしゃべりをしていた。
俺はといえば、酒と飯をかっくらいながらボルゾーラのお相手で
ある。
﹁俺には五歳と三歳の子供がいてな﹂
軍人なんてやったらいつ死ぬかもわからない。だから家族のため
にも稼げる時に稼いでおきたい。だが二年連続の準優勝。
﹁剣闘士大会もここらが潮時なのかもしれんなあ﹂
軍人なら鍛えるのも仕事だが、みっちり修行するとなると、どう
しても家族サービスがお座なりになってしまう。家族のためにとが
んばればがんばるほど、家庭を放置することになってしまうのは実
に悩ましい話だ。
なにより子供が可愛い盛りでそっちを優先したいと。わかるわか
るぞ。やっぱり家庭が一番大事だよな!
﹁え、23? 同い年かよ﹂
2030
もっとおっさんかと思ってた。
﹁じゃあ結婚は17か18くらい?﹂
﹁15の時だ﹂
はええな! 五人も嫁がいる身だけどちょっと羨ましいわ。
軍人になるために田舎の村から王都に出てくる時、幼なじみにプ
ロポーズして付いて来てもらったんだそうだ。
いや、それはほんとに羨ましいな⋮⋮
﹁俺のことよりお前らのことだ。Aランクだというのにまったく名
前を聞いたことがない。これまでどこで何してたんだ?﹂
これでも地元ならちょっとは知られてるんだけどな。まあ野うさ
ぎがこれ以上広まるのも嫌すぎるけど。
﹁半年くらい前に、シオリイの町の近くでドラゴンが出たことは知
ってるか? その討伐に参加してたんだけど﹂
スレイヤー
﹁それは聞いたことがないが、ドラゴン殺しか﹂
見つけてすぐ倒して、騒ぎにもなってなかったしなあ。
﹁シオリイならゴルバス砦へは行ってないのか?﹂
﹁行った行った。第一陣で派遣されてね。あれはほんとうに大変だ
った﹂
でも治療ばっかで戦闘はほとんどしてなかったな。ああ、壁を直
2031
したのがあった。
﹁あそこの城壁の修復、俺がやったんだ﹂
﹁そういえば冒険者に腕のいい土メイジがいたと仲間が言っていた
な﹂
地味な仕事だったが、見てる人はちゃんと見てるな。
﹁それでその冒険者はさっさと引き上げちまって、どうせなら最後
までやっていってくれりゃいいのにってぼやいてたぜ。あれはお前
のことだったか﹂
好き勝手言いやがると思ったが、あのあと第三城壁の建設が始ま
って、国軍もかなりの人員が長期間拘束されていたようである。
ちょっと悪いことしたかな。でも今でこそ手伝ってもいいと思え
るが、あの頃は経験値稼ぎが最優先だったしな。
﹁最近はエルフ領でかなり大規模な魔物の襲撃があってね。その撃
退を手伝ってランク上がったんだ﹂
﹁それであんなにエルフに厚遇されてるのか。おい、あまり強い酒
はまだ飲むなよ?﹂
話しながらちょっといい酒を飲もうと手を伸ばしたら、ボルゾー
ラに止められた。なんでだ。
﹁知らなかったのか? もうすぐお偉いさん方がくる。酔って相手
をしたくないだろう?﹂
2032
王様を筆頭に王国軍やギルドのトップが何人も挨拶にやって来る。
つまりこの打ち上げと称した宴会は、スカウトと人脈作りの場であ
るらしい。
あ、それでこいつ、このあと食えなくなるんでガツガツ食ってた
のか!
﹁よかったな。お前ら夫婦ほどの実力があればどこでも引っ張りだ
こだぞ﹂
よくねーよ。めんどくせー。
ほどなくボルゾーラの言葉通り、入り口のほうが騒がしくなった。
﹁ほら、もう食うな。酒も置け。本当に偉いさんばっかだから、粗
相のないようにな﹂
マントや王冠の正装を脱いで軽装になった王様がお供を引き連れ
てやってきた。お、軍曹殿もいる。
ボルゾーラが頭を下げるので、俺も真似をする。フランチェスカ
やサティも同様だ。
﹁よいよい。諸君らは疲れているだろう。我らのことは気にせず楽
にせよ﹂
ずいぶんな無茶を言いなさる。
﹁ボルゾーラよ、今年も惜しかったな﹂
﹁いえ。力が及びませんでした﹂
﹁サティと並んでみてくれ。ふむ⋮⋮ほんとうに⋮⋮﹂
2033
並べてみると身長差、体格差がものすごい。これで勝てたとは目
にしていても信じがたいのだろう。
﹁フランチェスカ様に勝った相手です。油断も侮りもしておりませ
んでした﹂
だからこそフランチェスカ戦に用意した大盾でがっちりと防御を
固め、新しい動きだったので一旦様子を見た。
﹁間違いなく力で打ち倒されたのです﹂
﹁でもサティのどこにそんな力があるんだろうな?﹂と、フランチ
ェスカ。
これでも最近はしっかり肉も付いて来たんだけど、そんなに力が
あるようにはまったく見えない。素のパワーもかなり強いにせよス
テータスブーストのお陰だろう。
それで誰かが力を見てみたいと言い出した。
どうするんだろう。何か重いものを持たせてみる? それともり
んごを握りつぶしたり、重ねた紙を引きちぎったり?
格好からして軍の関係者だろう偉いさんの一人が進み出て、両手
を前で構えた。手を組んで直接の力比べか。
でも当然ながらあっさり捻られる。そこそこ年配だったが体格も
いいし、力には自信があったのだろう。まったく相手にもならなく
て驚いている。
ああ。二人目も捻られた。無駄なことを。
このままだといつものように、サティに挑戦者の行列ができそう
2034
だ。嫌な顔一つせずに相手をしているが、サティも今日は疲れてる
だろうに。
人の輪から離れてサティの弓箱をアイテムボックスから取り出す。
﹁これはエルフに作ってもらったサティ専用の剛弓です﹂
サティの体格に合わせて寸法は短くなっているが、見た目は剛弓
と呼ぶにふさわしいでかさと無骨さを持っている。こいつはサティ
以外では俺くらいしか引ける者がいないから、力試しにはちょうど
いいだろう。
まずはサティに渡して引いてもらう。そのあとは弓が回されて、
サティはゆっくりできた。
体力に多少自信がある程度のお偉い方にもちろん引けるはずもな
く、遠巻きに見ていた他の選手も引っ張りだされ順に挑んでいくが、
ことごとく引くのを諦めていく。
結局引けたのは最後に試したボルゾーラのみ。
ギガントキリング
﹁さすがは巨人殺しじゃ。並大抵の力ではないな﹂と王様。
﹁巨人殺し?﹂
﹁ああ、俺の二つ名が巨人だろ。それをあっさり倒したもんでそん
な名が付いたらしいぜ﹂
ほんとだ。サティのメニューを見ると称号︻巨人殺し︼が増えて
いる。
﹁この弓も実に素晴らしいな。何? この弓にはまだ銘がないのか。
2035
では余が巨人殺しの剛弓と命名してやろう﹂
おお、悪くない。エルフ最高の弓職人が作った逸品にふさわしい
銘だ。
﹁良い名だと思います﹂と、殺される側のボルゾーラも文句がない
ようだ。
﹁いい名前をつけてもらったな、サティ﹂
﹁はい。ありがとうございます、王様!﹂
それで終わったかと思ったのだが、﹁お前も引いてみろ﹂と、俺
に弓を返したボルゾーラが余計なことを口にし、一斉に俺に注目が
集まった。
この弓、俺でも本気でやらなきゃ引けないんで、今日は疲れるこ
とはしたくないんだが。
サティがわくわくした顔で見てるな。俺が引けることは当然知っ
ているが、俺の力をみんなに見せびらかしたいのだろう。
﹁やっぱり無理か﹂
ちょっとためらっているとボルゾーラがそう言った。特に馬鹿に
した風もないが、引けなくてまあ当然だろうという感じだ。しかし
サティがボルゾーラのセリフで少しイラっとしたようだ。
﹁俺を甘く見てもらっては困るな﹂
弓を出してしまったのは俺のミスだ。仕方がない。
深呼吸をして気合を入れて、ギリッ、ギリッと弓を引き絞ってい
2036
く。やっぱり今日はいつもよりパワーが落ちてるな。きっついわ。
﹁これで⋮⋮どう⋮⋮だ﹂
ちゃんと引いてやったぞ。驚いたか、ボルゾーラ。
ボルゾーラはちょっと驚いただけのようだったが、サティが嬉し
そうだしまあいいか。
﹁いつもならもうちょっと楽に引けるんだが、まだ昨日の疲れがだ
いぶ残っているからな﹂
そのまま仕舞おうと思ったが、弓が手汗で濡れている。命を預け
る大事な道具だ。布を出して軽く拭いて⋮⋮かっこいい名前が付い
たのはよかったが、まだ新品なのにこんなお遊びに出すこともなか
ったな。
今度サティなら持ち上げられる重さの岩でも探して持っとくか。
いやそれよりも何かで見た、超重量級の剣のほうが格好いいし、見
た目のインパクトも⋮⋮ああ、しまった。土魔法で作れば良かった
んじゃないか。大剣でも重量挙げ用の何かでも、好きに作れるんだ
し。
﹁いや、良いものを見せてもらった!﹂と、戻った俺に王様がお褒
めの言葉をくださった。
﹁そなたも今日は残念であったが、昨日は実にいい試合を見せてく
れた﹂
﹁そうそう。あれは実に熱い戦いでしたな﹂
今度は俺にターゲットが移った。やはり弓を出したのは失敗だっ
2037
た。
﹁冒険者ギルドはどこにこのような人材を隠していたのですかな?﹂
隠してたというか、がんばって隠れてたんだが、それももう限界
だな。冒険者ギルドにはかなり正確に実力を掴まれているし、王様
にも先日少し教えた。神殿にも何かしらの情報は入っているはずだ。
戦いがなくなるか逃げでもしない限り、早晩名が売れるのは避け
ようがないし、下手な隠し立ては怪しすぎて無理が出てきた。
俺の力まで見せたのは余計だったが、サティに関してはサティレ
ベルの剣士がごろごろいるようだし、さほど問題ないだろう。たぶ
ん⋮⋮
﹁隠していたわけではないのですがな。活躍したのはごく最近。し
かも辺境でのことが多くて、皆様方の耳にまで届かなかったのでし
ょう﹂
エルフがちゃんと情報統制してくれたお陰だな。ギルドのほうも
俺たちを抱え込みたいのか、外に情報を漏らさないでくれとの約束
を守ってくれているようだ。
魔法とかはエルフにすらおかしいと言われるレベルだし、まだ当
分はバラしたくない。
﹁マサル、こちらが王国冒険者ギルド総ギルド長だ﹂と軍曹殿がつ
いでに先ほどの発言主を紹介してくれた。
﹁ギルドには常々お世話になってます﹂と、軽く頭を下げる。
いや待てよ? こいつと王様があの初心者講習の奴隷化に許可を
出したやつか。その節はほんとーに世話になったな!
2038
﹁会うのは初めてだが、話は色々と聞いておる﹂
やっぱりギルドに報告した分は全部把握してそうだ。
﹁しかしさすがはヴォークトよ。実に良い戦士たちを育て上げてく
れたものじゃ﹂
﹁ほう。ヴォークト殿の弟子なのですか。それならあの強さも納得
ですな﹂と、どこかの偉いさん。軍曹殿の強さはここでも有名らし
い。
﹁弟子というほどの指導はしておりません。彼らならどこで修行し
たところでいずれ頭角を現したでしょう﹂
初心者講習会
﹁いえ。ギルドの助けと軍曹殿の薫陶がなければ、ここまで強くな
れなかったでしょうし、そもそも生き残れなかったかもしれません。
俺の師匠と呼べるのは軍曹殿のみです﹂
﹁これは冒険者ギルドから引き抜くのは無理ですかな?﹂
﹁先ほども言ったであろう? 彼らは当分冒険者を続けるそうだし、
その後は王国に領地を構える計画じゃ。つまり余に仕えることにな
っておる。そうじゃな、マサルよ?﹂
なるほど。王様が優先権を主張してるから、誰もスカウトの話を
しなかったのか。
しかし本決まりじゃないんだが、まだ決めてないと言えるような
雰囲気でもないな。それに⋮⋮
2039
﹁王国はいい国です。いずれこの国に骨を埋められればと思ってま
す﹂
異世界で骨を埋める覚悟はすでにしているし、領地も気に入って
いる。もうあそこが我が家だと思っている。できればずっと住みた
いと思いつつも、これまで確信が持てなかった。
それはきっと仕えるべき誰かの顔が見えなかったからなのだろう。
﹁いい国か。ならばマサルが余に仕えてくれる時まで、しっかりと
この国を守り導かねばな﹂
この王様は悪い人じゃなさそうだ。
﹁その時はよろしくお願いします﹂
そう言って俺は深く頭を下げた。
この先、王国にも大きな試練の時がやってくる。
王様にはこの国をしっかりと守っていてもらわなければならない。
2040
140話 新たな依頼 ︻地図︼
﹁ちょうどいい。すぐに帝国に向かうなら私もついでに連れて行っ
てくれ﹂
王様ご一行も去り、冷めた料理を肴に酒を飲んでいると、フラン
チェスカがこんなことを言い出した。サティがどうしようと俺の方
を見る。
確かにちょうどいいとしか言いようがない話なんだが、フランチ
ェスカを一緒に連れて行くとなると、行動に制限がかかって面倒に
なるな。
﹁えーっと、エリーの実家へ先に行くんで、剣の聖地はかなり後回
しになるかも﹂
ルート的には帝都を経由してエリーの実家へ。そのあと剣の聖地
へ行く予定だ。
修行の方は俺とサティだけだし急ぐこともないので、エリーの実
家の再建を優先することは決めてあった。
﹁帝国には行ったことないんだ。物見遊山も兼ねて遠回りでもいい。
ちゃんと護衛としての依頼も正式にだそう。それで構わんだろう?﹂
お金持ちなんだろうから便乗しないで勝手に行けばいいのに。そ
う思ったがさすがに口には出せない。
﹁お前たちが護衛に付くなら、安心だな!﹂とかボルゾーラもい
らんことを言い出すが、フランチェスカくらい強ければ護衛なんか
不要だろうに。
2041
対応を考えていると、軍曹殿が戻ってきた。
そういえば軍曹殿をサティの優勝記念パーティに誘わないといけ
ないし、聞きたいこともあった。
椅子を貰って座って飲み食いしてたのを立って出迎える。
﹁話がある。少し長くなるかもしれんが、いま大丈夫か?﹂
﹁ええ、何時間でも構いません﹂
もう王都ですべきことは何もないし、俺はもう王都では何もしな
いぞ! 絶対にだ!
フランチェスカは気をきかせて離れてくれた。ボルゾーラは家に
帰ると、家族へのお土産を包んでもらっている。どうせならフラン
チェスカももう帰ればいいのに、また後でと、護衛の話の続きをす
るつもりのようだ。
俺とサティだけになったので座り直し、軍曹殿が話し始めた。
﹁まずはサティにおめでとうと言わせて貰う。よくぞ強敵を制し、
優勝を勝ち取ってくれた。総ギルド長もずいぶんと喜んでいて、サ
ティをAランクにとのお話だ﹂
﹁ありがとうございます、とても嬉しいです!﹂
サティも俺とお揃いのランクになったか。まあでもサティの実力
からすると当然だな。
﹁そしてマサル。苦手な場でよく戦い、そして諦めずに何度も立ち
上がった。私は貴様のことを誇りに思うぞ﹂
2042
﹁あ、ありがとうございます、軍曹殿﹂
あ、やべ。ちょっとうるっと来た。この軍曹殿の言葉が今回一番
嬉しいわ⋮⋮
﹁言ったとおり、二人ともいい経験になっただろう?﹂
﹁はい。得難い経験だった思います。もう一回出ろって言われたら
やっぱり嫌って言うと思いますけどね﹂
﹁帝国の大会はさらにレベルが高い。いい経験になるぞ?﹂
王国でこんなひどい目にあったのだ。帝国の大会でもきっともっ
とレベルの高いひどい目に遭うに決っている。地雷原とわかって突
っ込むような真似はしたくない。
適当に笑ってごまかしておく。
﹁そうだ。以前軍曹殿が言っていた剣聖の修行、受けることにしま
した﹂
﹁アーマンドから聞いている。じっくりと指導を受けてくるといい。
そう言いたいところなのだが⋮⋮﹂
﹁何か?﹂
﹁ここからが本題だ。マサルのパーティに依頼がある。輸送任務だ﹂
﹁輸送、ですか?﹂
﹁帝国のブルムダール砦に物資、それも食料をなるべくたくさん運
2043
んでほしいのだ﹂
ブルムダール砦? 帝国ということは俺達が帝国方面に行くつい
でってことなのだろうが。
﹁知らない地名ですね﹂
まあこっちの地名なんか帝国の首都ですらわからないレベルなん
だけどな。
﹁ヒラギスと帝国との国境。そう言えばわかるか?﹂
ヒラギス公国。俺たちがゴルバス砦で戦ってる間に滅んでしまっ
た国だ。忘れられるはずもない。
かなり遠回りになりそうだが⋮⋮頭の中で地図を思い浮かべる。
砦は国境だし、剣の聖地もエリーの実家も国境に近い。中央部の帝
都に寄らず、国境線に沿うように移動すれば効率がいいな。
帝都へはルートの途中というだけで、観光以外の用はないし。
﹁かなり大きなルート変更があるので相談はしなければなりません
ね﹂
﹁それは当然だ。それとヒラギスに関連してもう一つ頼みがある﹂
依頼じゃなくて、頼みなのか。
﹁なんでしょう?﹂
﹁これはまだ内密の話だが、近くヒラギス奪還作戦が帝国主導で発
令される。王国を始め、周辺諸国はすべて参加し、冒険者ギルドも
2044
出来うる限りの戦力を送り込む予定だ。それに是非とも参加してほ
しい﹂
国を一つ取り戻す。壮大な作戦だな。物資輸送はその準備か。
﹁それは強制の依頼になるのでしょうか?﹂
﹁任意だ。危険かつ長期に渡る戦いになるだろうし、緊急依頼並に
報酬は少ない﹂
他国の戦いで、しかも報酬が緊急依頼並だとなると、さすがに強
制もできないのだろう。
経験値をがっぽり手に入れるチャンスだが、これこそじっくりみ
んなと相談しないと︱︱
︻ヒラギス奪還作戦に参加せよ︼
ヒラギス奪還作戦に参加せよ
報酬は作戦終了が宣言された時点で与えられる
YES/NO
報酬 パーティー全員にスキルポイント10 + 希望を一つ
クエストを受けますか?
突然メニューが開き、クエストが発生した。エルフの時以来だな。
﹁作戦の成否どころか、生きて帰れるかどうかすらわからない。奪
還しても得られるのは僅かな報酬と、国を一つ救ったという名誉の
み。だが⋮⋮﹂
﹁参加します﹂
2045
否応もないので即答した。クエストが出た以上、俺がいくら嫌が
っても無駄だろう。それなら進んで参加したほうが無駄がない。
﹁そ、そうか? 相談はしなくてもいいのか?﹂
﹁みんなもきっと賛成してくれるでしょう。しなくても俺だけでも
必ず﹂
反対はまずないだろうけど。
﹁はい、わたしも参加します!﹂
よしよし。サティはいい子だ。
﹁発令は間もなくのはずだが、作戦自体は数ヶ月後になる。修行を
受けられる時間があれば良いのだが﹂
いくつもの国家を併呑して成立した帝国領土は恐ろしく広大で、
普通なら移動時間も相当なものだが、リリアの精霊魔法で移動速度
は早いし、一度行ってしまえば転移も使える。
それにヒラギスが危険というのなら、その前にしっかり修行して
強化しておくのはいい事だろう。
﹁修行もきっちりやります﹂
エリーの実家はエルフの手を借りるか。そういう申し出もあって、
あまり大事にしたくないと断っていたのだが、事ここに至っては使
えるものは全部使うべきだろうな。
2046
﹁そうか。よくぞ言ってくれた。厳しいスケジュールになるだろう
が、師匠には私のほうから、短時間でも密度の濃い修行をしてもら
えるようにお願いしておく﹂
え、いや、それはほどほどでいいんですけど⋮⋮
﹁あ、ありがとうございます﹂
﹁いま現地ではかなり物資が不足しているらしいから、可能ならば
先にブルムダール砦へ回ってほしい。物資は祭りが終わるまでに用
意する。準備ができたら連絡しよう﹂
祭りは今日を除いてあと三日間。明日は休養にして、明後日サテ
ィの優勝記念パーティをする。
﹁明後日なんですが、サティの優勝記念パーティをするので軍曹殿
も是非﹂
﹁約束通り参加させてもらおう﹂
サティの手首を痛めた話はその時でいいか。
﹁では早めにおいでください。その時までにはみんなの意思も固ま
っているでしょう﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁参加と聞こえたが、何かに参加するのか、サティ?﹂
2047
フランチェスカに話してもいいのかな? 王家の人間で軍人だし、
大丈夫に思えるが⋮⋮
﹁ヒラギスの状況は知ってますか?﹂
﹁ヒラギスは魔境と化しているそうだ。偵察隊がいくつも消息を絶
っている。もしやヒラギスの作戦か?﹂
﹁ご存知でしたか﹂
﹁無論だ。王国からも軍を派遣するからな﹂
﹁作戦にも参加しますが、その前に物資輸送ですね。俺はアイテム
ボックスも大きいのがあるんで﹂
﹁じゃあヒラギスに行って、剣の聖地。いやその前にエリーの実家
か?﹂
﹁帝都も行きたかったんですが、どうも観光してる暇はなさそうで
すね。まあさっき話を聞いたばかりなんで、そのあたりは家族で相
談してからってことに﹂
﹁冒険者は⋮⋮自由に動けていいな﹂
お姫様は危険で長期な作戦は無理だろうなあ。でも俺だって自由
に動けるなら領地でじっとしていたい。動けるんじゃなくて動かざ
るをえないんだよ、俺は。
﹁でもフランチェスカ様も修行に出るじゃないですか?﹂
2048
﹁反対されている。まだ説得できてないんだ﹂
おおう。それは大変そうだ。
﹁それでだな。リリアーネ様もいるAランクのパーティが護衛なら、
話は楽になる﹂
でもブルムダール砦経由とか言ったら余計反対されないか?
アンデッド
﹁蹴ったのを怒っているなら謝る。正直復活しそうで怖かったんだ。
実際すぐに立ち上がったしな。知ってるか? お前、不死者って呼
ばれてるんだぞ﹂
血反吐を吐くほどの怪我から復帰して勝ってしまったのが衝撃的
だったらしい。
いやちょっと待て。メニューオープン⋮⋮︻不死者︼の称号付い
てるよ⋮⋮
﹁追撃が過剰だったのも、倒す方法を相談したら、念入りにダメー
ジを与えるしかないって結論になってな﹂
﹁うん。まあそれは別に怒ってませんよ。な、サティ﹂
﹁ええ⋮⋮はい﹂
ほんとにもう気にしてなかったのに、サティの機嫌がまた悪くな
ったぞ。どうすんだこれ。
﹁何年か後には王家に仕えるんだろう? 私に貸しを作っておけば
2049
きっとお得だぞ﹂
恩を売っておくのはいいとして、しかしそれ以上にここで断って
恨まれでもしたらそっちのほうが怖いな。サティが修行してるのに、
フランチェスカが留守番なんてことになったら⋮⋮
﹁ちゃんと説得してくださいよ? 王様にしろ公爵様にしろ、怒ら
せたら俺たち王国に住めなくなるんですからね?﹂
﹁わかってる。では護衛は頼んだぞ。絶対だぞ?﹂
﹁説得できたらですよ。できなかったからって家出とか考えないで
くださいよ?﹂
﹁わ、わかってる﹂
こいつ、いざとなったら家出することも考えてやがったな。あぶ
ねー。
﹁うちには真偽官がいるから、ごまかしは絶対無理ですからね?﹂
何もなくとも命がけの展開になってきたのに、この上王家の家庭
事情なんかに絶対に持ち込まないでいただきたい。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁家族会議をするぞ、エリー!﹂
2050
﹁お帰りなさい、マサル。何かあったの?﹂
エルフ屋敷に帰ると、エルフさんたちに続いてエリーが出迎えて
くれた。
﹁祭り後の予定を変更したい。全員集まってくれ﹂
﹁わかったわ。呼んでくるから居間で待ってて﹂
サティと居間に入り、ソファーでくつろぎ皆を待つ。
しかし革鎧はとっくに脱いでいるが、服はそのまんまで汗と革で
ちょっと臭うな。先にお風呂に入ればよかったかな。いやでも余裕
を持ってゆっくりとサティと楽しんだほうが⋮⋮
まずはリリアがダッシュで部屋に駆け込んできて、ソファーでく
つろいでいる俺に飛びついた。
﹁おかえりなのじゃ!﹂
臭うのも気にせずにたっぷりと体を押し付けて俺にハグをすると、
隣のサティにも同じように抱きついた。
﹁マサルもサティも今日はようがんばった。妾は感動したぞ。特に
決勝であのでかいのを倒した時は実にしびれた!﹂
﹁ありがとうございます﹂と、サティも嬉しそうだ。
アンとエリー、ティリカもやってきた。リリアは俺を挟んでサテ
ィの反対側に座り直し、ティリカはサティの隣。ソファーを一つ移
動させて、アンとエリーが向かいに座った。
2051
﹁二人とも大会お疲れ様。それで打ち上げはどうだったの?﹂と、
アンが始めた。
﹁ああ、それね。王様が来てさ︱︱﹂と、打ち上げの様子を掻い摘
んで話す。
フランチェスカとボルゾーラの話はさらっとして、巨人殺しの剛
弓の話を詳しく。そして最後の王様とのやり取り。
﹁領地を作って定住する予定はあるけど、マサル次第で状況は変わ
るってちゃんと念を押したわよ? ほんとリリアがいて助かったわ。
普通なら王様相手にこんな強気なこと言えないもの﹂
それで俺に直接コナをかけてきたということか。まあ確かに王様
を前にして、気に入らなきゃいつでも出て行くよとは言い難かった。
でもさっきはそれに近いことは言っちゃったんだけどな。
いい国なら骨を埋めてもいい。それに対して王様は、それならば
しっかりと統治を続けねばと応えてくれた。あの王様なら仕えるの
も悪くないかもしれない。
﹁ま、そろそろ覚悟を決めることね﹂とエリー。
﹁マサルは遠方の出身で、まだこっちにきて一年も経ってないでし
ょう。そう簡単に決められないよ﹂と、アン。
﹁帝国出身の私から見ても、この国はいい国よ。王様の評価もそこ
そこだし﹂
﹁そこそこなんだ?﹂
2052
﹁最近魔境の開拓で失敗しちゃったのがね⋮⋮﹂
ゴルバス砦のことでは、エリーは色々思うことがあるのだろう。
複雑な顔をしている。
これまで無難に統治してきたらしいが、無難なだけであって特に
功績といった功績がない。そこで領地を広げようと色気を出したの
があの結果で、かなり評価を下げてしまったようだ。
﹁無難に統治できれば十分だと思うんだけどな﹂
﹁そう思うんなら私たちが助けてあげればいいのよ。その力はある
んだし﹂
ゴルバス砦の時はその力が足りなかった。あの時、今くらいの力
があればどの程度状況を変えられたのだろうか?
﹁マサル様﹂
考え込んでいると、横のサティにつつかれた。ちょっとぼーっと
してた。お酒を飲み過ぎたかもしれん。
﹁ん。ああ、そうだな。ここからが本題だ﹂
ヒラギス奪還作戦は軍曹殿をして長く危険な、生還すら望めない
かもしれないという戦いになるだろうという。フランチェスカも偵
察隊がいくつも戻ってこなかったと言っていた。
みんなは間違いなく作戦参加に賛成するだろうが、さぞかし危険
なんだろうなと思うと胃が痛くなってきた。
2053
﹁仕事の依頼が二件来た。いや三件かな。一つはフランチェスカ様
が剣の聖地へ行くのに便乗させろって言ってきた﹂
﹁ついでだし別にいいんじゃないかしら﹂
﹁でもまだ家族に反対されてるみたいなんだよ。だから説得できた
らって話だな﹂
﹁それは⋮⋮迂闊な対応をすると面倒なことになるわね﹂
俺たちが出発するまで後三日ほどしかないが、説得できるのかね
? まあダメならダメで、後から勝手に向かってもらえばいいのか。
俺たちでお世話する必要はぜんぜんない。
﹁二つ目なんだけど、ギルドからブルムダール砦に物資輸送の依頼
が来た﹂
﹁ブルムダール⋮⋮ヒラギスね﹂
﹁ブルムダール砦に行くとなると、予定していた帝都を経由するル
ートだと、かなり遠回りになる﹂
﹁そうね。それなら砦に行ってから、剣の聖地かしら?﹂
﹁その後でエリーの実家だな。もし帝都に行くのならその後ってこ
とになるけど⋮⋮﹂
行く暇があるとは思えない。帝国行きも気軽な休暇旅行だったは
ずなのに、どうしてこんなことになるんだろうなあ。
2054
﹁帝都は用もないし、落ち着いてからでも十分よね﹂
エリーの言葉にみんなも同意する。一番遊びたがってたのって俺
だしな!
﹁最後三つ目だが⋮⋮ヒラギス奪還作戦が数ヶ月後に計画されてい
て、その参加要請が来た﹂
﹁いいじゃない。大活躍するチャンスよ!﹂と、エリー。
﹁危険で長期間で、しかも報酬は緊急依頼並だってさ﹂
﹁困ってる人がいたら助けるべきね﹂と、アン。
﹁我々にはその力が十二分にある﹂と、ここまで黙って聞いていた
ティリカも言った。
﹁お金には困っておらんじゃろう?﹂
王都でもかなり稼げたしな。タダ働きでも全然平気である。
やはりクエストを持ち出すまでもなく全会一致だ。
﹁マサルは気が進まない?﹂と、ティリカが心配げな声をかけてく
れる。
﹁いや、俺はすでに参加するって言ってある﹂
どんよりしてるように見えたら、それは修行のことが心配なんだ
よ。
2055
﹁珍しく最初からやる気ね?﹂と、エリー。
﹁うん、まあね﹂
さて。ここからが本題の本題だ。
クエスト
﹁先ほど、新しい神託が降った﹂
しかしなぜわざわざクエストなのだろうか? クエストがなくて
も参加するだろうことに間違いない。
だがクエストがなければ、力を抑えて戦ったかもしれない。だか
ら全力を出せと釘を刺したのか? それともまた、逃げ出したくな
るほどの厳しい戦いになるのだろうか?
﹁これが今回のクエストだ﹂
︻ヒラギス奪還作戦に参加せよ︼
ヒラギス奪還作戦に参加せよ
報酬は作戦終了が宣言された時点で与えられる
報酬 パーティー全員にスキルポイント10 + 希望を一つ
﹁最後まで参加すればいいわけね﹂と、エリー。
﹁そうだ。今回はエルフの時みたいに助けろとは書いてないし、勝
敗にも言及してない﹂
﹁作戦が失敗する可能性があるってことかしら?﹂
﹁わからん。予断を与えたくないだけかもしれないし﹂
2056
それに都市一つのエルフ領と違って、小国とはいえヒラギスは広
大だ。クエストのクリア条件を明確にするために、帝国によって計
画されている作戦を基準としたのだろう。
﹁いずれにせよ全力を尽くすことには変わりはないのじゃろう?﹂
﹁そういうことだな。まあでも作戦自体がどういう風になるかも全
然わからないし、今はまだ心構えだけしておけばいいと思う﹂
﹁マサル、剣の修行はどうするの?﹂と、ティリカ。
﹁そっちもちゃんとやる。ヒラギスでは何が起こるかわからない。
だからそれまでに戦力強化はしておいたほうがいいだろうと思うん
だ﹂
エリーはやる気があると言ったが、そんなもの全然ない。死にた
くない。生き延びたい。ただそれだけだ。
ヒラギスの奪還は世界の破滅を食い止める一助となるだろう。だ
からこそのクエストなんだろうし、二〇年後の死を逃れるために全
力を尽くす意義はある。
結局のところ修行もヒラギス奪還も、俺にとっては死にたくない。
それに尽きる単純な話なんだ。
﹁これからかなり大変になるだろうけど⋮⋮﹂
﹁ええ。みんなで力を合わせてがんばりましょう﹂
アンの言葉にみんなも頷く。
﹁とりあえず王都の残りはゆっくり休もうな﹂
2057
まだ病み上がりなんだ。ゆっくりさせてくれ。
﹁でも急いだほうがいいんじゃないかしら? 帝国は広いし、移動
にすごく時間がかかるわよ?﹂
俺が休ませろと言った直後にこれである。
﹁なんだったらうちの実家に寄るのもなしにしても⋮⋮﹂
よし、エリーさん。これからじっくり話し合おうか。
俺には心と体を癒やす時間が必要なのだ。それをエリーに寝室で、
いや先にお風呂だな。手伝ってもらおう。
﹁え、ちょっと、なによ﹂
エリーの手を引っ張って、体を掴んで持ち上げる。
肉体を強化してよかったのは、じたばたする女の子でもこうやっ
て軽々と持てることだな。
﹁サティ、お風呂だ﹂
﹁はい、マサル様﹂
そのままひょいっと肩に担ぐと、エリーは自らの運命を悟ったの
かようやく大人しくなった。
2058
140話 新たな依頼 ︻地図︼︵後書き︶
<i175917|8209>
位置関係の参考に
大雑把なものなので、実際のサイズや距離はいい加減です
王国なんか大きく描きすぎたかもしれない
2059
141話 シラー
﹁ほんとうに、ほんとうにありがとうございます!﹂
エルフ屋敷での俺の部屋でみんなには遠慮してもらって、俺とサ
ティ、それとタマラちゃん夫婦だけでのお別れの儀式である。
在位期間わずか二ヶ月。しかも指一本触れることができなかった
タマラちゃんの奴隷卒業だ。買った時はいっぱい尽くします!って
言ってくれたのになあ。未練はなかったはずだが、こうしてお別れ
するとなるとすごくもったいないことをした気分になる。
先ほど紋章師にエルフ屋敷まで来てもらい、すでに奴隷紋は消え
ている。タマラちゃんの横の旦那君も、ぺこぺこと頭を下げている。
二人とも年齢的には高校生くらいで実に若い。俺が高校生の時は
⋮⋮うん、やめとこう。俺もいまでは立派なリア充だ。
﹁今回儲かったのは運がよかっただけだから、もう賭けなんか手は
出さないで堅実に生きろよ?﹂
﹁はい、もちろんです!﹂
﹁それで今後のことなんだが﹂
﹁今後、ですか?﹂
﹁うん。もう俺の所有じゃなくなったし、どこに行くのも自由にな
っただろう? 生まれ育った村に戻ってもいいし、王都が気に入っ
たのならここに残ってもいい。もちろんうちで今まで通り働いてく
れるのが一番いいんだが﹂
2060
﹁わたしたち、マサル様にはほんとうに感謝しているんです! お
許しいただけるなら、このまま生涯ヤマノス家にお仕えしたいと思
ってます﹂
生涯ヤマノス家にか。想像もできないが俺にも子供が出来て、も
し世界が終わらなければ、あそこで二代、三代と家が続いていくん
だろうか? それが望めるんだろうか?
﹁その言葉、覚えておこう。今後もしっかり仕事に励んで欲しい﹂
﹁は、はい!﹂
﹁休暇はあと三日間ある。ゆっくりと羽を伸ばしておくといい﹂
これでタマラちゃんのことは終了。次はシラーちゃんである。サ
ティを呼びにやる。
俺へのシラーちゃんの好感度は加護は付かないにせよ、夜のお相
手をしてもいいと申し出てくれるくらいには高くなっている。
サティによると剣闘士大会での活躍で、シラーちゃんの俺への評
価はさらに上がっていて、もうひと押しかも!と。
でもシラーちゃんはサティのことも好きだし、サティは今回もっ
と活躍しちゃったしなあ。
大会が始まってからシラーちゃんのことは全然構えてなかったか
ら、今日はそのあたりの感触を確かめるのと、ほんとうに奴隷から
解放される気はないのかの確認だ。
﹁お呼びか、主殿﹂
﹁シラーも今回の賭けでずいぶん儲けたそうだな?﹂
2061
﹁うん。これで装備を買おうと思うんだ﹂
よかった。サティの言った通りだった。シラーちゃん残留決定!
﹁じゃあいい店知ってるからあとで一緒に買いに行くか?﹂
装備が欲しいと聞いていたので、シラーちゃんに合いそうな剣を
エルフに貰った中から見繕ってあるんだけど、ぽんっとプレゼント
したくらいで忠誠は上がらないだろうなあ。
﹁主殿﹂
﹁うん?﹂
﹁私も⋮⋮﹂
﹁シラーちゃん、がんばって﹂と、サティ。
﹁私も剣の修行に連れて行ってほしい﹂
シラーちゃんは今のところ領地の屋敷の警備担当で、帝国へは連
れて行く予定はなかった。どうせ出来る限り家に戻って寝るつもり
だったし、いつでも会える。そう思っていた。
だが王都に来てから剣の修行が決まったし、ヒラギスのこともあ
る。長丁場になりそうだから、どうするか考えないといけないのだ
が、結局加護がどうなるかという問題になる。
サティはもうひと押しだと言うが、どう押せばいいのか?
とりあえずパーティに組み入れて連れて行ってもいいのだが、も
し加護が発動しなければ、シラーちゃんにとってヒラギス行きは、
2062
相当に過酷なものになるだろう。
﹁ヒラギスが滅んだことは聞いているな?﹂
﹁うん﹂
﹁まだまだ先の話だが、俺たちはヒラギス奪還作戦に参加すること
になった。これは長く危険な戦いになるだろう﹂
﹁だから私のような足手まといは連れて行きたくないのか?﹂
﹁覚悟があるのか、ということだ﹂
俺にそんな覚悟があるのかと聞かれたら疑問なんだけど、他のみ
んなの覚悟は本物だ。
﹁死ぬことなど恐れない!﹂
まあシラーちゃんならそうなんだろうなとは思ってたが⋮⋮
﹁覚悟があるのはわかったけど、死ねばそこで終わりだよ。俺は今
日も負けて帰ってきたけど、生きていれば挽回のチャンスはある﹂
下手したら二〇年、こんな状況が続くのだ。俺たちに同行するの
なら、死に急いでほしくない。
﹁主殿はそれで悔しくはないのか?﹂
﹁ちょっとはね。でもサティが敵を取ってくれたし﹂
2063
﹁マサル様はわたしよりもずっと強いんです。だからわたしが勝っ
たから、マサル様がほんとは一番強いんですよ﹂
﹁それは⋮⋮﹂
俺がサティより強いという話には納得しかねるようだ。まあ俺も
ガチでやりあったらどうかなとは思う。
﹁マサル様と一回だけ勝負をしたことがあるんです。魔法もありで。
ですが道場でやりましたから、魔法の使用も最低限でした﹂
転移剣を試した時の話か。サティとは散々練習はしてきたが、勝
負と名がつくのはあれ一度きりだった。
﹁勝ったら何でも言うことを聞いてくれるっていうから、結構本気
でやったんですけど、一瞬で負けました﹂
シラーちゃんが目を見開いて驚いている。普段の練習だとサティ
のほうが断然強いしね。
﹁マサル様の魔法はあまり見たことがないでしょう?﹂
シラーちゃんを購入してからこっち、領地作りの土木工事ばっか
だったしなあ。
﹁エルフですら倒せなかった巨大な魔物も、大地を埋めるような大
軍勢も、マサル様の魔法にかかれば一撃です。エルフがマサル様に
あれほど敬意を払うのは、それだけマサル様の力を認めているから
なのです﹂
2064
シラーちゃんはいまいち想像ができてなさそうだ。
﹁見なさい﹂と、サティが短剣を取り出して、シラーちゃんの前に
立った。
﹁サティ様、なにを?﹂
そして顔色一つ変えずに自分の手のひらをざっくりと傷つける。
そして︱︱
﹁ヒール﹂
サティがヒール︵小︶を詠唱すると、シラーちゃんの目の前で傷
がすぅっと消えていく。
﹁回復魔法!?﹂
﹁俺がやったんじゃないよ。いまのはサティが自分で治したんだ﹂
どうも大会で回復魔法を使ったのは広まってはいないようだ。魔
法使いなら当然気がついたはずだが⋮⋮あれだけの人がいて距離が
あれば、感知も困難になるのだろうか?
それとも決勝戦が衝撃的すぎて、ちょろっと使った程度の回復魔
法は話題に上らなかったのかもしれない。
俺たちのことが極秘扱いのエルフも当然ながら余計なことはしゃ
べらないし、シラーちゃんには知るすべもなかったようだ。
﹁これもマサル様がくださった力です﹂
﹁主殿がくれた⋮⋮力?﹂
2065
﹁そうです。わたしはマサル様に出会った瞬間、この人だってわか
りました。だからその場で生涯の忠誠を誓ったのです﹂
言葉で誓ったわけではないが、そういうことでだいたい間違いな
い。
﹁そしてマサル様はわたしに様々な力を授けてくださいました﹂
﹁魔法を?﹂
﹁それだけではありません。わたしの目が悪かったのは話したこと
がありますよね? だから奴隷として売られたんです﹂
シラーちゃんは頷いた。
﹁マサル様はわたしの目を治し、戦う力と剣と弓を与えてくれまし
た。それはわずか半年前のことです。わたしは半年前までは剣を握
ったことすらなかったんです﹂
﹁はん⋮⋮とし?﹂
﹁シラーちゃん。あなたもマサル様に心からの忠誠を誓いなさい。
そうすればきっと⋮⋮﹂
﹁強くなれる?﹂
﹁ああ。俺やサティと並び立てるくらいに﹂
シラーはサティより体格がいい。加護を得られればいい戦士にな
2066
るだろう。
﹁本当に?﹂
﹁神に誓って約束しよう﹂
もし加護が付かなければ、責任を持って鍛え上げてやる。
アイテムボックスからシラーちゃんにプレゼントしようと思って
いた剣を取り出した。
﹁俺に忠誠を誓うならこの剣を取れ。そうすればシラーにも比類な
き力を与えよう﹂
﹁すべてを圧倒し、世界を救えるほどの力です﹂
世界を救う。サティのその言葉にぴくりとするが、ウィルの時の
リリアもそんなことを言っていた。今やってるこれ自体がその真似
だったし、セリフも真似たんだろう。
魔力を込めると、部屋が徐々に光に満ちていく。これもウィルの
時にやったのと同じ演出だ。
剣を鞘からゆっくりと引き抜いて、光り輝く刀身をさらけ出す。
シラーちゃんは剣に魅入られたように俺の前に跪き、恭しく剣を
受け取った。
﹁私は⋮⋮私も、主殿に生涯の忠誠を、この剣に懸けて誓おう﹂
シラーちゃんのメニューが開いた。
成功した。見事だ、サティ。
﹁ならば力を授けよう﹂
2067
跪いたシラーちゃんの頭に手を乗せ、スキルをチェックする。
剣術はレベル2か。これを4に上げて、肉体強化も少し上げてお
こうか。
﹁さあ立って。新たに得た力を振るってみろ﹂
怪訝な表情で、それでも俺の言うとおり立ち上がると、剣を一振
りした。
シラーちゃんは驚愕の表情を浮かべた。
もう一振り。明らかに今までとは隔絶した鋭い剣筋。もう一振り。
もう一振り。
﹁こんな⋮⋮これは⋮⋮?﹂
ようやく動きを止めると、手に持った剣と、俺とサティを順番に
見た。うん、まあびっくりするよね。
﹁言ったでしょう? マサル様が力をくださるって﹂
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ガキンガキン。剣戟音がエルフ屋敷の練習場に響き渡る。
シラーちゃんが力を試したいというので、サティが相手をしてや
っている。サティは一日寝てすっかり体力を回復したようだ。
シラーちゃんは俺のことは放置で新しい力に夢中で、心は捧げて
貰ったが、シラーちゃんの身まで捧げてもらうのは後ほどとなりそ
うだ。
2068
﹁あれ、兄貴。昨日の今日でもう練習っすか?﹂
みんなには遠慮するように言ってあったが、こいつには何も言っ
てなかったな。まあもう大事な儀式は終わったから大丈夫だけど。
﹁シラーに加護が付いたから、動きを確かめてるんだ﹂
﹁マジっすか!?﹂
これでシラーちゃんはうちのパーティに入るのは確定したが、問
題はこいつだな。
﹁お前、仲間とちゃんと仲直りしたのか?﹂
﹁きちんと謝ってきたっすよ。明日のパーティにも来るっす﹂
こいつも王子であんまり危険なところには連れていけないし、元
の仲間と一緒に行くのが一番だろうな。スキルはたまに会っていじ
ってやればいいし。
﹁ウィル! 少し相手をしてくれ﹂と、シラーちゃんが声をかけて
きた。
スキルを上げる前はウィルのほうが腕は上だったが⋮⋮
木剣と盾を用意してやる。シラーちゃんのほうもウィルが鎧をつ
けてないので、刃引きの鉄剣から木剣に切り替えだ。
﹁ヌワーッ﹂
2069
ウィルがあっさりやられた。力のほどを実感できたのか、シラー
ちゃんはずいぶんとご満悦だ。
﹁うう⋮⋮俺も剣術を上げるっすよ﹂
ウィルを治療してやるとそう言い出した。
﹁こんなことで決めちゃっていいのか?﹂
﹁兄貴の試合を見て、俺も兄貴みたいに強くなりたいって思ったん
すよ。魔法は魔力が少ないし、俺は剣に生きることにしたっす﹂
そういうことならと、ウィルもシラーちゃんと同じだけスキルを
上げてやる。
﹁二人に与えた加護は同程度にしておいた﹂
お、互角になった⋮⋮いや、ウィルのほうが少し上か?
ステータスを見てわかったのだが、シラーちゃんは器用さがえら
く低い。力と速さはあれど不器用。だから剣もいまひとつだったの
だろう。
シラーちゃんがやられて膝をついたので、治療してやる。ウィル
が勝ち誇った顔をしている。
﹁ウィル、お前は筋がいいな﹂
サティと動きを確かめていたシラーちゃんと違って、ぶっつけ本
番にも関わらず、こいつはなかなかいい動きをしていた。才能があ
るのかもしれないな。
2070
﹁そうっすか? 兄貴に褒められると照れるっすよ﹂
﹁ちょっと俺が試してやろう﹂
﹁え、兄貴病み上がりであんまり動いたらダメなんじゃ⋮⋮﹂
軽い運動くらいならもう問題はない。
﹁誰にモノを言っている。さあ、本気でかかってこい。でないと死
ぬぞ?﹂
俺もこいつも軍曹殿の弟子だ。こういうセリフが冗談ごとでない
のは身にしみて理解している。
絶望的な表情になったウィルが襲いかかってきた。
﹁ヌワーッ﹂
ま、取り立てのレベル4だとこんなものか。
今日はゆっくりできるし、ちょうどいいから二人のスキルをまと
めて相談するか。
﹁言うまでもなくこれから話すことは誰にも言ってはならない﹂
練習場の隅の地べたに、車座になって座る。
加護とかの説明まですると長くなるので、ステータスやスキルに
絞って簡単な説明をしながら、数値を見せていく。
ウィルもなにげに見せるのは初めてだ。こいつに加護がついたの
は大会直前で、特訓やら何やらでそんな暇がなかったから放置して
いたのだ。
2071
●シラー 獣人 奴隷戦士
レベル8
HP 64 [32+32︵肉体強化+100%︶]
MP 5 力 40 [20+20︵肉体強化+100%︶]
体力 38 [19+19︵肉体強化+100%︶]
敏捷 16
器用 4
魔力 3
忠誠心 59
スキルポイント 26ポイント
聴覚探知Lv1 肉体強化Lv2 盾術Lv1 剣術Lv4 弓術Lv1 格闘術Lv1
肉体強化と剣術を上げるのにすでに14ポイント消費。盾と弓は
あっちにいる時に時々教えていた。格闘は教えた覚えがないから、
元から持っていたのだろう。
●ウィルフレッド・ガレイ ヒューマン 戦士
レベル7
HP 56 [28+28︵肉体強化+100%︶]
MP 10
力 30 [15+15︵肉体強化+100%︶]
体力 28 [14+14︵肉体強化+100%︶]
2072
敏捷 12
器用 21
魔力 7
忠誠心 55
スキルポイント 15ポイント
肉体強化Lv2 盾術Lv1 回避Lv1 剣術Lv4 弓術Lv
生活魔法
1 槍術Lv1 魔力感知Lv1
すでに鍛えているというのもあるのだろうが、俺やサティの初期
に比べて二人ともずいぶんとステータスがいい。
﹁そうか⋮⋮私は不器用だったのか﹂
シラーちゃんがショックを受けている。
﹁あの、この魔力7って﹂
﹁俺は最初から15くらいあった。アンが25だったかな。サティ
の今の魔力は9だ﹂
﹁俺、ほんとに魔法使いに向いてないんすね⋮⋮﹂
スキルを振るお楽しみタイムのはずなのに、なんでこいつらは暗
くなってんだ。さっき調子に乗ってたのを、叩き潰したのもまずか
ったか?
﹁いいか。弱点はあるにせよ、お前らの能力は実に戦士向きだ。成
2073
長すればすぐに俺やサティくらいになれる﹂
﹁わたしは半年でここまで強くなれたんですよ﹂
もしかすると一年後には、剣だけなら俺より強くなっているかも
しれない。
そう思うと少し悔しくはあるが、こいつらは俺に忠誠を誓ってい
る。強くなればなるほど俺が楽になるのだ。
−7p−10p−9p= 0p
﹁二人の目指す方向はサティだな。弓と剣を上げて、遠近どこでで
も戦えるように︱︱﹂
●シラー
スキルポイント 26ポイント
聴覚探知Lv1 肉体強化Lv2↓4 盾術Lv1 剣術Lv4↓5 弓術Lv1↓4 格闘術Lv1
シラーちゃんは肉体強化、剣術、弓を上げた。これで当面は十分
に戦えるだろう。
●ウィル スキルポイント 15ポイント −10p−5p= 0p
肉体強化Lv2 盾術Lv1 回避Lv1 剣術Lv4↓5 弓術
生活魔法 回復魔法Lv0↓1
Lv1 槍術Lv1 魔力感知Lv1
ウィルは剣術を上げて、回復魔法を新たに覚えた。
弓と迷ったのだが、回復魔法が使えると使えないじゃ、生存確率
がずいぶんと違ってくる。
2074
二人とも剣術レベル5に関しては譲れなかったようだ。
2075
142話 王都の休日
話の流れでヒラギスのことが出たんだが、ウィルが一緒に行きた
いと言い出した。
﹁お前、家出してきてんのに帝国方面に戻って大丈夫なのか?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
それにいくらウィルが強くなったといっても、こいつのところは
新人ばかりのパーティだ。ヒラギスは危険過ぎる。
﹁ヒラギスは危険だぞ? お前の仲間も連れて行くのか? それと
も仲間を捨てるのか? 仲直りしたばっかなんだろ?﹂
せっかく加護がついたのだが、こいつのことは一旦保留。現状維
持だ。もうシラーちゃんがいることだし。
﹁いいか? お前が俺を信頼をするのは、俺が常に信頼に足る行動
をしていたからだ﹂
俺は家族の前以外では滅多にボロを出さないからな。
﹁もし俺が、力がついたからってすぐにそれまでの仲間を捨てるよ
うな人間なら、お前は信頼したか? しないだろう?﹂
﹁はい﹂
2076
﹁そんな顔をするな。剣の聖地に着いたらゲートで迎えに行って修
行はさせてやるから﹂
経験値もどこかで機会をみつけてがっつり稼がせたほうがいいか
もな。シオリイの町がベースなら捕まえるのは難しくないだろう。
もし戦力がどうしても必要となったら何か考えよう。
﹁いずれお前の力が必要になる時がきっとくる。その時まで修行を
怠るなよ?﹂
﹁はい、兄貴!﹂
とりあえずこの場はサティに任せて撤収することにした。
シラーがサティに挑んでいるが、付け焼き刃のレベル5ではまだ
まだ相手にならないようだ。だがさすがにレベル5だけあって、や
るなら本気を出さないといけないだろう。いまの体調では付き合い
きれない。
﹁先に休んでるからほどほどにな﹂
みんなは居間にいるだろうか? シラーちゃんのことを報告しな
いと。
居間に行くとみんな集まって、帝国行きルートの相談中のようだ。
﹁二つルートを考えたの﹂と、エリー。
元からの帝都を経由するAルート。帝都、エリーの実家、剣の聖
地、砦と回る。
Bルートはまずは砦に向かい、剣の聖地、エリーの実家と回る。
Aルートは遠回りになるが利点もある。
2077
﹁Bルートだと辺境を通るから魔物が出やすいのよ。帝都を回るル
ートだと、少なくともうちの実家近辺までは安全だし、道も宿もか
なり整備されてるわ﹂
道はともかく、宿が整備されているのは利点だな。それにリリア
の精霊フライなら移動速度もあるから、遠回りもさほど問題になら
ない。だが、
﹁Bだな﹂
シラーを鍛える必要があるから、魔物が出るなら都合がいい。
﹁シラーに加護がついた。魔物をついでに狩っていこう﹂
﹁あら、おめでとう﹂と、エリー。
﹁驚かないんだな?﹂
﹁サティがもうすぐだろうって言ってたしね。それで当の本人はど
うしたの?﹂
﹁スキルを上げたからサティと力を試してるよ﹂
﹁加護がついたのにマサルを放置なんて、なかなかやるわね﹂
﹁シラーはずっと強くなりたがってたしな。今は舞い上がってるん
だろう﹂
期待してなかったというと嘘になるが、まあ別にお相手には困っ
2078
てないし? ガツガツすることもないし?
﹁今日は私の日﹂
そう言って、隣に座っていたティリカが身を寄せて腕を絡ませて
きた。
お、ティリカが相手をしてくれるのか。俺もサティもここ数日大
会にかまけてたし、ちょっとさみしかったのかな? でもまだ午前中だけど⋮⋮
﹁ルートの詳細は詰めておくから、休んで来ていいわよ﹂
﹁マサル、ほんとはまだあんまり動き回っちゃダメなんだからね?﹂
﹁我らに任せて休め休め﹂
昨日の説得が効いているようだ。
﹁じゃあお言葉に甘えようかな﹂
ティリカに引っ張られて俺の部屋へ。
服を脱いで寝てればいいの?
﹁マッサージしてあげる﹂
俺がサティにやってやったのを聞いて、どこかから教えてもらっ
てきたようだ。
足からか⋮⋮って、いて、いててててて。痛いよ!?
﹁体に悪いところがあると痛む﹂
2079
足つぼマッサージだ、これ!?
﹁エルフに教えてもらった伝統のマッサージ﹂
足が終わったら順番に上のほうも満遍なくやってもらって、そっ
ちは普通に、いやかなり気持ちいい。
この世界にマッサージ屋なるものは存在しない。回復魔法のほう
が早いし確実だしで、商売にならないんだろう。
で、エルフが何のためにやっているかというと、ぶっちゃけエロ
目的である。長命で長いこと夫婦をするエルフには、倦怠期をやり
過ごすために色々な技術があるそうな。
﹁色々あるの?﹂
﹁色々。これはソフトなほうらしい﹂
エルフなんだからリリア経由じゃないのかと思ったが、実家には
滅多に戻らないし、下々の者が王族に気軽にエロ話も出来ないと。
そうか、ここではマッサージはエロいのか。
ここからエロくなるのかと期待してたら、ソフトなマッサージは
眠気を誘い︱︱
気持ちよくて寝ちゃったらしい。そのまま寝かしておいてくれた
ようで、お昼もとっくに過ぎている。
もぞもぞしていると、隣で寝ていたティリカも起きだした。
マッサージは気持よくてすっきりしたけど、エロがなかったから
下半身のすっきり感が足りてないな。
2080
﹁ん、お腹すいた⋮⋮﹂
どうしてやろうかと考えてると、起き抜けにティリカがそう呟い
た。昼抜きだったから確かにお腹がかなり空いてるな。
﹁夕飯前だし、軽いのがいいかな?﹂
﹁何かもらってくる。待ってて﹂
食事が済んだらマッサージの続きをやってもらおうかな。それと
も俺があれをティリカにやっても⋮⋮
しばらく待っているとドアがノックされ、サティとティリカ、そ
してシラーちゃんが食事を運び込んできてくれた。それがシラーち
ゃんがメイド服姿である。
﹁練習はもういいのか?﹂
﹁うん。ウィルが魔力の使いすぎで倒れた﹂
あいつも浮かれてたのかね。アホだなー。
それにして、シラーちゃんのメイド服姿。普段仕事用の装備か、
私服もラフなのばっかだから新鮮だな。それにスリムなエルフのを
借りたせいか、胸のあたりがきつきつで、誰の入れ知恵か知らない
が実にいい。
﹁その⋮⋮こんなひらひらした服着るのは初めてなんだが⋮⋮﹂
﹁うんうん、よく似合ってる﹂
2081
恥ずかしがる姿も新鮮だ。いいサプライズだわ。
だがしかし。給仕もするの? そりゃメイド服姿なんだし、そう
するのが当然だろうけど。
たぶん初めての給仕。不器用。準備してるのは熱そうなスープ⋮
⋮もしかしてすっごく危険なんじゃ?
﹁それは自分で⋮⋮﹂
﹁え、あっ!?﹂
﹁あっちぃいいいい!﹂
声をかけてしまったのがまずかったのだろう。俺の言葉で注意を
そらしたシラーちゃんは、手に持ったアッツアツのスープの器を手
から滑らせ、見事に俺にぶっかけてしまった。
﹁熱い! 水! 水!﹂
さらにパニックになったシラーちゃんが、水を取ろうとして運ん
できたワゴンを料理ごとなぎ倒す。
ようやく水で冷やしてヒールをかけた時には、部屋はひどい有様
になっていた。
﹁うぅ⋮⋮ごめんなさい、ごめんなさい⋮⋮﹂
﹁ほら、これでマサル様を拭いて。こっちはやっておきますから﹂
サティは泣いてオロオロしてるシラーちゃんにタオルを渡すと、
ティリカと一緒にてきぱきと後片付けを始めた。
しかしこれは⋮⋮
2082
シラーちゃんには悪いが、ひっくひっくと涙をすすり上げる猫耳
メイドさんが、濡れた俺の各部を丁寧に拭いてくれるシチュエーシ
ョンはそそるものがあるな。実にムラムラする。
シラーちゃんが泣いてるところを初めて見るから余計にだな。
﹁これはお仕置きが必要かな?﹂
﹁⋮⋮しかるべき罰を与えるべき﹂
ティリカが乗ってくれた。俺がやるお仕置きとは基本エロいお仕
置きである。
﹁おしりペンペンにしよう﹂
泣くのを止めて戸惑った顔のシラーちゃんの手を壁につかせてお
尻を突き出させた。長いスカートを自分でめくらせる。鍛えたスラ
リとした足がとても素晴らしい。尻尾もスカートの中に隠れていた。
やばいな。嫌われちゃうかもしれないけど、がまんできない。
﹁パンツも邪魔だな﹂
もっさりとしたかぼちゃパンツが余計だ。お尻も見たい。
﹁そのままじっとしてる! これはお仕置きなんだから﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
シラーちゃんのパンツに手をかけて、ゆっくりと︱︱
2083
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
シラーちゃんにマゾっけでもあったのか、サティとティリカと三
人がかりでたっぷり可愛がったお陰か、フルコースが終わったあと
恐る恐るメニューを確認してみると、むしろ忠誠度が上がっていた。
ミスに関しては奴隷が主人にあんなことをやらかしたのに、この
程度の罰で済ませてもらって拍子抜けしたというところなようだ。
こっちの罰としての尻叩きは、棒で力いっぱいぶん殴る、時には
死人が出る程のきっつい刑罰で、内心かなりびびっていたみたいだ。
怖がらせてごめんね、シラーちゃん。
その後の流れるようなエロ展開に関しては、エロ目的もありな奴
隷なのはシラーちゃんもとっくに納得済みなこともあり、特に嫌が
ることもなく非常に協力的で、とても楽しませていただいた。
しかしこれで加護のテストケースとして買った奴隷ちゃん三人の
結果が出揃ったわけだが⋮⋮
最初の二人は明らかな選定ミスとして、シラーちゃんを落とすの
にほぼ二ヶ月。最後はかなり強引にやってしまった。
成功といえばかなりな成功だし、いい戦力が手に入ったのだが、
ウィルにもやったこの手法を推し進めると完璧宗教になってしまう
な。
俺はガチで神の使徒なんだし、宗教でなんら問題もないんだろう
けど、俺の理想としてはひとつ屋根の下で自然に愛が芽生えるみた
いな感じがいいんだけどな。
でも自然に出会って信頼を育む、みたいなことを言っていられる
状況でもないのは確かだ。
それに⋮⋮たまたま出会っただけの俺に好意を抱いてくれた娘が
2084
いたとしても、間違いなく戦いの渦中、最前線に巻き込むことにな
る。
それならいっそシラーちゃんみたいな最初から戦う意志を持った
娘を選んで行くのもありなのか?
いやそもそも、戦う気が薄いのって俺だけな気もするな。
魔物と戦うのが日常なこの世界では、それを納得するしないは別
として、いつか戦いで命を落とすのも当然のことで、それに対して
拒否反応を見せる俺のほうが異端なのかもしれない。
今度タマラちゃんにでも聞いてみるか。もし剣を持って戦えって
言われたらどうするって。
それもまずいか? 俺がそんなことを言うと、悲壮な覚悟でやり
ますとか言いそうだ。
暗い中、ベッドで物思いに耽っていると、隣で寝ていたシラーち
ゃんがごそごそと抜けだした。おトイレかな?
今はすっかりやることもやり終わって、サティとティリカも自室
に戻って、俺とシラーちゃんの二人きりだ。
ひゅん、ひゅんと音がしたので見ると、素振りをしていた。
﹁すまない。起こしてしまったか?﹂
﹁いや、今日は昼寝もしたからあんまり眠くないんだ﹂
﹁⋮⋮もう一回するか?﹂
ちょっと声が嬉しそうなのは気のせいじゃないだろう。
﹁それもいいけど話をしよう﹂
2085
﹁何を話す?﹂
﹁んー、これからどうしたいとか﹂
﹁もっと強くなりたい﹂
即答だな。というかこの娘はそれ以外ないのか?
﹁それならもうかなり強くなったよな﹂
﹁サティ姉様や主殿にはまだまだ及ばない﹂
﹁じゃあ俺たちくらい強くなれたら?﹂
﹁主殿もそれだけ強いのに修練は続けているではないか。もっと強
くなりたいのだろう?﹂
﹁俺は別に﹂
ほどほどでいいなら修行なんていつでも打ち切るんだけどな。
﹁じゃあなんでいつもあんなに激しい修練をしているんだ?﹂
﹁俺は強くなりたんじゃなくて、強くならざるを得ないからやって
いるだけだ﹂
﹁どう違う?﹂
﹁例えばタマラは弱くても生きていけるだろう? でも俺は強くな
らないと死ぬんだ﹂
2086
下手したら俺だけじゃない。世界ごと全滅もありうる。
﹁冒険者ならそんなの当たり前じゃないか。それが嫌なら領主の仕
事をしていればいい﹂
そういえばシラーちゃんには、クエストが来たことをまだ言って
なかったのか。
﹁神様からクエストが来るから仕方ないんだよ﹂
﹁神様からクエストが来る?﹂
﹁ヒラギスに行けっていう神託が来たんだよ﹂
﹁それは⋮⋮神殿が神託を受けて、主殿に命令を⋮⋮?﹂
神殿? シラーちゃんにはどこまで⋮⋮ああっ!? シラーちゃ
んにはスキルとステータス関連の話だけで、何にも話してない。
シラーちゃん、スキルを振ったらすぐに試したがって、話す隙が
ないんだもの。
﹁昼間与えた力はなんだと思ってたんだ?﹂
﹁主殿はなんだか素晴らしい力を持っているなと⋮⋮﹂
どういうことなのか気にならなかったのかよ。ウィルはすぐに根
掘り葉掘り聞いてきたのに、これは性格の違いか?
﹁だって普段から色々と秘密にしてるじゃないか。これも聞いちゃ
2087
ダメなのかと﹂
それもそうだ。
﹁つまりだな、俺は神に遣わされた神の使徒で、直接神託を受けた
りこんな力があったりするような人間なわけだ﹂
﹁いや⋮⋮なんだか、それは﹂
すぐには信じがたいようだ。
﹁疑わしい? ならアンとティリカに聞いてみたらどうだ?﹂
﹁神官に真偽官⋮⋮エルフも?﹂
﹁エルフも知っている。あそこも神託があって助けに行ったからな﹂
﹁だからみんな、サティ姉様やティリカ姉様も主殿にあんなに⋮⋮﹂
﹁いやいや、違うよ。シラーだって、今の今までこのことは教えて
貰わなかっただろう? 加護が付かなきゃ、神様のことは話さない
んだ﹂
力のお陰はあるにせよ、俺が愛されてるのは神様のお陰じゃ断じ
てない。
﹁そうだな。私も主殿の戦いぶりを見て⋮⋮﹂
﹁惚れた?﹂
2088
シラーちゃんが顔を赤くしたのは、暗くても暗視でよく見えた。
﹁私は、主殿がラザード殿との決着を、やるからには勝つと言った
のを⋮⋮﹂
ああ、そんなことも言ってたな。あれはそのうちって思って言っ
たのに、結果としてすぐに決着を付ける時がきちゃったけど。
﹁ラザード殿があれほどの相手だとは思わなかったのだ﹂
ほんとにな。
﹁だが主殿は私との約束を守ってくれた﹂
サティがもうひと押しだと言っていたのはこのことだったのか。
シラーちゃんのことを考えて戦っていたわけではないが、ああや
って必死で戦って、死にかけてまで勝った価値は十分にあったよう
だ。
2089
143話 王都の休日その2
王都での日程も残すところあと二日。今日はパーティで、明日一
日は出立準備。そして明後日には帝国に向かって出発である。
まあ準備と言っても、アイテムボックスを活用しての身軽な旅だ
し、ギルドやフランチェスカ関係はエリーがやってくれる手筈にな
ったので、俺は今日もシラーちゃんのお相手である。
まずは朝一でまた紋章師を呼び出して、シラーちゃんの奴隷紋を
消してもらった。
﹁いくぞ、主殿!﹂
奴隷紋が取れたらすぐにバトルである。ほんとに戦うの好きだな、
シラーちゃん。俺としても一度腕を確かめておきたかったんで別に
いいんだけど。
奴隷紋の制約のせいで、こっちから殴りかかることはできてもシ
ラーちゃんからは攻撃できなかったこともあって、ちゃんと戦うの
は初めてである。
サティなんかは解放直後はかなり遠慮してたが、シラーちゃんは
何も言わないでも本気でかかってきやがるな。昨日のあれの意趣返
しだろうかとちょっと考えたが、単にそういう性格なんだろうな。
実にいきいきと襲い掛かってくる。
剣術のレベルを上げて昨日より見違えるほど動きはよくなってい
る。侮れないくらいのスピードとパワーもある。しかし俺から見れ
ば攻撃は単調で、あしらうのも難しくはない。
剣術のレベルが同じになっても、ステータスもスキルも、くぐっ
た修羅場も段違いだし、当分負けることはなさそうだ。
2090
それに⋮⋮なるほど、これが不器用ってことか。今まで力任せで
雑な攻撃をすると思っていたのだが、不器用なりに一生懸命がんば
ってたんだな。
レベルアップとスキルでの強化である程度改善が見込めるだろう
が、不器用を治すってどうするんだろうか? そもそも治るような
ものなのだろうか?
﹁よし、今日はこれくらいにしておこう﹂
だいたいの動きは見れた。不器用さは垣間見えるにせよ、加護で
の戦闘力アップで通常の敵相手なら何ら不足はなさそうだ。
昨日のうちに重装甲にして盾役、じゃなくてもパーティの最前衛
を担当してもらうことで話はつけてあるし、もし盾役が合わなくて
も、前衛が一枚増えればそれだけで、敵に肉薄された時の安全性は
格段に上がる。
短時間の手合わせにシラーちゃんは不満そうだが、今日はそこそ
こ忙しい。シラーちゃんの装備を見繕って、あと冒険者ギルドの登
録もしておかないといけない。午後からはサティのパーティがある。
武器はエルフに貰ったのが色々揃ってはいるが、防具に関しては
金属鎧を使うならカスタマイズに時間がかかる。特に獣人には猫耳
と尻尾の穴が必須だ。旅行中に調達しようにも、フランチェスカ次
第で気軽に転移も使えなくなる。
エルフの里の鍛冶屋にリリアとサティを伴って移動した。ここに
は何度も世話になっていて融通がきく。というか、こっちの事情も
わかっているし、無償でなんでもやってくれる。
﹁こやつに合うフルプレートメイルが必要じゃ。二日で用意せい﹂
2091
だからといって無茶振りして良いという話でもない。
﹁この娘は、今度うちのパーティの前衛を担当してくれることにな
ったシラーちゃん﹂
今後世話になるだろうからシラーちゃんをちゃんと紹介して、鍛
冶屋の親方に事情を簡単に説明しておく。事情を隠す必要がないと
いうのほんと楽だな。こちらの求めるモノを正確に理解してもらえ
る。
今回はすぐに狩りに出るだろうから、とにかく装備を揃えるのが
最優先となる。いまシラーちゃんが持ってるのは革装備一式。うち
の火力を考えれば当面はそれでも平気だとは思うが、後々のことを
考えて早めに重装備にも慣れさせたい。
それに加護で能力も一流になっているから、それなりの質のモノ
がほしい。
どうあがいてもフルプレートの作製を二日では不可能だから、サ
イズの合う在庫があるかどうかということになるんだが、そこはエ
ルフの鍛冶屋である。プレートメイル自体の在庫が少ない。
とりあえず一つ、二つ、調整すれば合うのはあったが軽量のエル
フ用で、防御力もそれなりの軽プレートアーマーといったところだ
ろうか。
どのみち修行もするからぼっこぼこになるだろうし消耗前提だ。
適当に決めて改修してもらおうと思ったらもう一つ、倉庫の奥でホ
コリを被っていたのを親方が出してきた。
﹁マサル様、これもサイズが合いそうですよ!﹂
﹁主殿、これっ、これがいい!﹂
2092
それは黒鉄鋼製で、エルフらしからぬごつくて禍々しい雰囲気の
全身真っ黒い鎧だった。
﹁強そうですよ、シラーちゃん!﹂
確かに強そうではあるが、どう見ても悪役向きだ。
角が生えていたり、全身に余計な装飾が多く、動いたらガチャガ
チャとうるさそうだ。フルプレートだからある程度の騒音は仕方が
ないが、あまりうるさいようだと狩りで困る。
だが普通のより静かだと親方が太鼓判を押してくれる。
親方によると闇夜での視認しにくさと静寂性を重視して試作され
たのだが、少々装甲が肉厚になってしまい、エルフでは扱えないく
らいの重量になって死蔵されていたそうな。
重さはシラーちゃんなら平気だろうが⋮⋮
﹁何でこんなデザインなんだ?﹂
﹁暗いところでこれが突然現れたら、さぞかし驚くだろうなと﹂
それで無駄にオドロオドロしい感じの装飾か。
﹁いい鎧ではないか、主殿﹂
﹁そうです! そうなんですよ! 重量以外は欠点らしい欠点がな
くて、処分するにも忍びなくて⋮⋮﹂
エルフはこういう思いつきで作るのが好きだな。やっぱり長いこ
と生きてると退屈になってくるのだろうか。
2093
﹁見た目はアレじゃが、本人がいいならそれでいいではないか。そ
れにこっちの鎧はエルフ用だから装甲が少々心許ないぞ?﹂
エルフから見ても見た目がアレなのはどうかと思うが、タダでや
ってもらって無理も言っているからあまり贅沢も言えない。見た目
を除けば実用的ではあるし、何より時間がなかったから、黒鉄鋼の
鎧の改修を発注して鍛冶屋を後にした。
しかしあの暗黒騎士みたいなのがうちのパーティの先頭に立つこ
とになるのを、リリアはわかって言ってるのだろうかね?
﹁ついでに父上に挨拶をしていくぞ。マサルは最近会ってないじゃ
ろう?﹂
﹁そうだな。少し寄って行こう﹂
今回のクエスト、エルフには直接は関係ないが教えておいたほう
がいいな。何か不測の事態でエルフに助力を頼むことになるかもし
れない。
何もなくても助けてくれるだろうが、大義があれば話も早くなる。
﹁剣闘士大会で優勝したそうだな。さすがは我らが英雄よ﹂
謁見の間で誰かと会っていたようで、続きですぐに通された。
今日は長居をするつもりもないので、そのまま謁見風にお話であ
る。
﹁はい。その節はエルフの戦士を派遣していただいて、ずいぶんと
助かりました﹂
サティも俺の後ろでコクコクと頷いている。
2094
大会の模様はすでに誰かに詳しく聞いていたようだから、ヒラギ
スとクエストの話をする。
﹁新たな神託が下っただと?﹂
﹁ただ、なにぶん先の話なので⋮⋮﹂
クエスト内容も大雑把であるし、現段階ではどういう支援が必要
か。支援自体が必要かもわからない。そう説明をする。
﹁その時には協力を惜しまない﹂と、確約を貰った。
最後にシラーちゃんも紹介しておく。
突然の紹介に、えっ? て顔をしているが、うちの家族になった
んだから紹介くらい当然だろう。サティの後ろで静かに控えていた
シラーちゃんを王の前に引っ張りだす。
﹁まだ正式に娶ったわけではないですが、加護がついております、
父上﹂と、リリア。
軽く結婚式でもと思ったのだが、シラーちゃんが固辞したのだ。
自分は主に剣を捧げた配下だからと。
だからといって言うがままに配下扱いはないだろうと、嫁たちの
末妹ということにして、昨日あたりから皆を姉様呼びしている。そ
れすら恐れ多いと思っているようだが、この辺りが妥協点だろう。
もうちょっと親密にしとけばよかったかと思ったが、まあこれか
ら仲良くなっていけばいい。
﹁ふむ。シラーと言ったな。我が娘と婿殿をよろしく頼むぞ﹂
2095
﹁はっ。まだまだ力を使いこなせてない若輩者ですが、パーティの
剣として盾として、この身をもって守り通すと誓いましょう﹂
﹁うむ。何か困ったことがあれば、いつでもエルフを頼るが良い﹂
﹁ありがとうございます﹂
おお、特に何も教えてないのにちゃんとした対応だ。えらいな。
あとでほめてやろう。
﹁急に王の御前に出すなんてひどいぞ﹂
退出した後、ほめてやったら怒られた。
﹁でもリリアの身内になったんだし、そんなにかしこまらなくても
平気だ﹂
﹁そうじゃぞ。そなたも我が一族に連なる者になったのじゃからな﹂
﹁でも今度から、偉い人と会う時はちゃんと事前に警告してほしい﹂
まあそれはわかる。心の準備くらい必要だもんな。
この先そんな機会は⋮⋮結構あるか? 王国の王様とかフランチ
ェスカとか。
でもフランチェスカは剣士だし、シラーちゃんとは気が合いそう
だ。
いや待て。一人忘れてた。
﹁えっと、ウィルのことだがな﹂
2096
﹁うん?﹂
﹁内緒だぞ?﹂
﹁それはもちろんだが⋮⋮?﹂
﹁あいつ帝国の王子様。現王の直系の孫らしいよ﹂
﹁!?﹂
シラーちゃんが青い顔をしている。そういえば昨日とかずいぶん
がちがちとやりあってたし、一度は完璧にぶちのめしてたな。
﹁い、家出してきたって⋮⋮﹂
﹁そうそう。家出してきて、今はただの下っ端冒険者だから気にす
ることはない。がんがんやっても大丈夫だ﹂
﹁ほんとか!? ほんとにか!? ほんとうに大丈夫なんだろうな
!?﹂
﹁俺だってずいぶんぞんざいに扱ってるだろ? 王子なことは秘密
だし、普通に接しとけばいい﹂
言わなかったほうがいいかとも思ったが、身内に隠し事はないほ
うがいいしな。
﹁そうじゃ、遠慮はまったくいらんぞ? あやつに剣で負けたくな
いのじゃろ?﹂
2097
﹁それはそうですが⋮⋮﹂
どうやら今のところウィルに負け越しているらしい。
﹁わたしも手加減なんか一切してなかったでしょう?﹂と、サティ。
﹁あいつも王子じゃない、ただの一人の剣士としてがんばっている
んだ。シラーもそう扱ってやれ﹂
﹁剣士⋮⋮そうか。そうだな!﹂
なんとか気分を持ち直してくれたようだ。
エルフの里での用事も終わって王都に帰還し、次は冒険者ギルド
である。
俺たちが入って行くと、ざわついていたギルドホールが一瞬静ま
った。俺だけなら絶対にばれない自信があるけど、サティの容姿は
目立つんだよな。
だからといってこそこそとするような場面でもないと、ギルドに
普通にやって来たんだが⋮⋮
﹁あれが巨人殺し?﹂
﹁違う。小さいほうの獣人だ﹂
﹁ほんとうに小さいな⋮⋮﹂
﹁あの男が不死者? どっちもまったく強そうには見えないが﹂
﹁馬鹿野郎。そんなの聞かれたら殺されるぞ!?﹂
やっぱこういうのは苦手だな。
サティが立ち止まって俺を見る。なんだ、ぶっ殺しに行きたいの
2098
か?
﹁こっちはやっとくから、ちょっとだけなら遊んできていいぞ﹂
﹁はい!﹂
訓練場は教官も見てるし、ひどいことにはならないだろう。
﹁希望する者に稽古をつけてあげます!﹂
俺たちから離れたサティがそう宣言して訓練場に向かうと、ほと
んどの冒険者がそっちに行ってしまった。
﹁シラーはダメだ。ギルド登録を済ませないとな﹂
リリアもサティに付いて行ったのを見て行きたそうにしたが、そ
もそもはシラーちゃんの用事だ。
登録はすぐに終わった。俺の時は真偽官が出てきて色々聞かれた
のだが、Aランクの推薦ということであれば省略しても平気なよう
だ。
さほど時間もかからずギルドカードを発行してもらい訓練場に行
くと、やはり順番待ちの行列ができていた。
ただ倒すのでなく、少し時間をかけて、ほんとうに稽古っぽいこ
とをしている。
ちょっとだけとは言ったがサティは楽しそうだし、用事も早く終
わったことだしのんびりと見学する。参加したそうなシラーちゃん
は止めておいた。お前はいつでもサティの相手が出来るし、防具な
しだと危ないだろう。
2099
見学を始めて十人ほど相手をしたところで満足したのか、切り上
げて戻ってきた。
﹁もういいのか?﹂
﹁はい。もし時間があれば、明日に﹂
明日は出発前の休養と忘れ物がないかの確認だけで、予定通りな
ら何にもない日だ。
俺はがっつり休む予定だったが、サティが遊びたいというならと
やかく言うことでもないな。
しかしもう冒険者ギルドで訓練する利点もないと思うのだが、今
後は軍曹殿のような指導者になることも選択肢として考えるべきな
のか?
もしかするとウィルみたいなのが釣れるかもしれないが⋮⋮どう
考えてもめんどくさいな。
まあ加護持ちを増やす方法の一つとして考えておこう。
エルフ屋敷に戻ると軍曹殿が来ていて、エリーと輸送任務につい
て相談していた。
細かい話はもう終わったようだ。荷物は明日ギルドに引き取りに
行けばいいらしい。
﹁しかし報酬はこれだけでいいのかね?﹂
﹁ええ。今回うちは儲けましたから、サービスですわ。ね、マサル
?﹂
俺の輸送能力が破格だとはいえ輸送任務でもらえる報酬など、今
2100
回の賭けで儲けた額に比べればたかがしれている。それにこれもク
エストの一環と考えれば無償でもいいくらいだ。
﹁今回俺たちが勝てたのも軍曹殿のご指導のお陰ですから、これく
らい安いものです﹂
ついでに現地で食料を保管する倉の製作も頼まれた。俺の輸送す
る量が多いから必要だろう。
﹁それで時間があればもうひと指導お願いしたいのですが﹂
長くなりそうだと、エリーはリリアと退出。シラーちゃんは屋敷
に戻った時にウィルをみかけて、雌雄を決すると、とうにいなくな
っている。今頃屋敷の訓練場だろう。
ボルゾーラ戦でサティが手首を痛めたことを話す。
﹁そうだな。原因はいくつか考えられるが⋮⋮まず一つは貴様らは
まだまだ動きが雑だということだ﹂
﹁雑、ですか?﹂
俺やサティが雑? シラーちゃんみたいに?
﹁急速に腕を上げた弊害だろう。私のようにずっと見ておらねばわ
からん程度だが、動きに無駄が多い﹂
よかった。他の人が見てもわからない程度か。
しかしこれはスキルで上げたせいだな。まだレベル5に馴染んで
ないということか。
2101
﹁普通ならその程度問題にもならないが、あれほどの動きになると
影響も大きいのだろう﹂
対処法はとにかく修練を繰り返して、効率のいい動きを体に動き
を染みこませるしかない。
﹁もう一つは、サティの力が強すぎて、体が耐え切れてない可能性
があるな﹂
サティは体格からすると破格のパワーがある。ありすぎる。
それは想定していたが、問題は対処法を俺たちでは思いつかない
ことだ。軍曹殿なら何かいい案でも出してくれないかと思ってたん
だが⋮⋮
﹁鍛えろ。筋肉が付けば、体への負荷は軽減できる﹂
結局ひたすらの修練しか道がないようだ。
スキルでの強化に体が追いついてない。チートが負担になってる
ということで、どうしようもない。
筋肉がついても、骨の硬さや筋肉の強さ自体はたぶん変わらない
だろうし、これから更にレベルが上がると考えると⋮⋮これはどう
したものだろうか?
しかしこれ以上の話を軍曹殿とするには、加護での強化も話さな
いとたぶん無理だろう。
﹁限界を見極めることと、力に頼らん戦い方を考えることだな﹂
無難な結論に落ち着いた。
しかし基本方針は示してもらったので、とりあえず今はそれで十
分だろうか。
2102
修行を増やすというのは面倒だが、地道にやるしかなさそうだ。
﹁それはそうと、サティが回復魔法を使っていたようだが?﹂
﹁ようだ、とは、はっきりとはわからなかったんですか?﹂
﹁魔力の発動は感じだが、回復が目に見えたわけでもない。半信半
疑といったところだ﹂
やはりあの混雑した場では、魔力感知が難しくなるようだ。
﹁間違いなく回復魔法です。最近覚えさせたんですよ﹂
﹁マサルが教えたのか。それを他の者にも指導はできないか?﹂
﹁んー、取得方法はすごく特殊なんで、教えたところで真似は無理
ですね﹂
半分は加護。もう半分はサティの気合だろうし。
﹁こう、俺の手のひらをナイフでざっくり傷つけてですね、回復魔
法を覚えなきゃ、出血多量で死ぬって特訓したんです﹂
﹁ああ、なるほど﹂
これでごまかせたが⋮⋮軍曹殿にもいい加減、色々と話すべきな
んだろうか? 鍛冶屋の親方すら知っていて、軍曹殿が蚊帳の外と
いうのは非常に心苦しい。
それに軍曹殿が事情に通じて、全面的に味方になってくれれば実
に心強いんだが。
2103
﹁もしですよ。もし仮に、俺が何か特殊な、人に言えないような育
成方法を知っていたとしてですね。それを軍曹殿に教えたら内緒に
しておいてもらえますかね?﹂
﹁そうだな⋮⋮私はギルドと契約しておるし、恩もある。それがギ
ルドの利益となるなら、話さぬわけにもいかないだろうな﹂
無理かあ。黙ってようと思っても、真偽官が出てきたらどうしよ
うもないもんな。
﹁だが私は一教官にすぎん。貴様らがどんな秘密を抱えていようが、
関係のない話だ﹂
軍曹殿との付き合いも長い。色々察するところがきっとあるんだ
ろうが、ありがたいことにそれに関しては関知しないと。
﹁いずれ何もかもお話できればとは思っているんですが⋮⋮﹂
﹁強くなれ。私が貴様らに望むのはそれだけだ﹂
﹁はい﹂
﹁師匠の修行は辛いだろうが、しっかり励めよ﹂
﹁やっぱり辛いですか﹂
﹁まあ死にはすまい。そのあたりの加減は上手な方だ﹂ ﹁がんばりましょう、マサル様!﹂
2104
﹁さらに強くなった貴様らを見るのを楽しみにしているぞ﹂
﹁はい⋮⋮﹂
何か不測の事態で、修行がなしにならないかな⋮⋮
2105
144話 王都の休日その3
軍曹殿と話していると、シラーちゃんがやってきた。何やら困っ
た顔でウィルがどうかしたとか言うので、席を外して様子を見に行
くことにした。
居間に行くと、エリーとリリア、そしてウィルがいた。
﹁何? どうしたの?﹂
﹁兄貴ぃ∼﹂
俺に気がついたウィルが泣きついてきた。
﹁どうした? シラーにぼっこぼこにでもされたか?﹂
ほんとになんだ? ガチ泣きしてるようだが。
﹁パーティから追い出されちゃったみたいなのよ﹂と、エリーが言
う。
﹁仲直りしたんじゃないのか?﹂
﹁したっすよ∼﹂
話を整理するとこうだ。
そもそものケンカの原因は、こいつが金になる危険な任務を受け
たがるせいで、メンバーの一人が怪我をしたことらしい。
俺に金をもらったにせよ一文無しだったし、それにこいつはなん
2106
のかんの言って、新人の中では抜きん出て腕がいい。それで仲間に
無理をさせてしまったようだ。
ていうか無茶をしてオーガに殺されかけたのに、やってることが
進歩しとらんな。
それで休養中は別行動をしてたのを、王都で仲直りしたはずなん
だが。
シラーちゃんとウィルが勝負をしている時に、パーティに招かれ
たウィルの仲間たちがやってきた。
超絶パワーアップしたウィルのお披露目である。
ウィルはこんなに強くなかったよな? ずっと実力を隠してたの
か? そのせいで怪我人が!
こんな感じで難詰されたようだ。
だが加護でいきなり強くなったとは言えない。
同情的だったメンバーも、ウィルと自分たちでは実力が違いすぎ
る。この先一緒にやっていけそうにないと、その場でパーティ全員
の総意で追い出されてしまった。
﹁あー、なんていうか、タイミングが悪かったな?﹂
実力が上がったのをいきなり見せてしまったのは失敗だったが、
結局早いか遅いかだけだったかもしれない。
急速な実力のアップを隠して、どうにか上手く徐々に強くなった
ようにみせかけたところで、すぐにウィルか仲間のどちらかに不満
が出ただろう。
﹁うっうっ⋮⋮俺⋮⋮生まれがこんなだから、友達も少なくて⋮⋮
やっと出来た仲間だったのに⋮⋮﹂
俺も友達少ないから気持ちはすごくよくわかる。なんとかしてや
2107
りたいが、そいつらもう帰っちゃったみたいだし、決裂も二回めと
もなれば、説得も簡単じゃないだろうな。
何より加護のことは話せないから、突然の強化を説明できない。
﹁いい機会だし家に帰ったらどうだ? 魔法も覚えたんだし、もう
冒険者みたいな危ない仕事はしないでもいいだろう?﹂
魔法を使えないコンプレックスで家を出てきたんだし、今なら魔
法に加えて、剣の腕も並の者では相手にならないくらいある。
実家でも立派にやっていけるだろう。
﹁でも加護のことがバレないかしら?﹂と、エリー。
こいつが家をでて今で半年くらいらしい。微妙なラインだな。半
年もまじめに鍛えれば、それなりに強くなったり魔法を覚えたりも
できるだろう。普通は加護だとかは思いつきもしないから、サティ
も天才だってことで問題なかったし。
﹁それこそ適当にごまかせばいいだろう。旅の経験は人を強くする
んだ。お前、家には戻りたくないのか?﹂
﹁俺は兄貴の覇業を助けたいんすよ!﹂
覇業って、俺のことをなんだと思ってるんだ。
そういえばこいつには俺がこっちにきた事情はまだ話してなかっ
たか? 加護や神託絡みの話は必ず俺がすることになっているし、加護を
与えた時に少し話しただけで、すぐ大会が始まっちゃったし、放置
してる間に一体どんな妄想を膨らませてたんだろう?
2108
﹁うちのパーティに入れてやればいいじゃない﹂と、エリー。
﹁妾もそれがいいと思うがな﹂と、リリア。
確かにそれが一番いいし、連れて行けば役に立つんだろうが⋮⋮
﹁でもうちのパーティに入るとすぐに帝国に戻ることになるけど、
それはどうするよ? 家の人に見つかったとして、冒険者は続けら
れるのか?﹂
﹁さすがに許してくれないと思うっす⋮⋮﹂
﹁フルヘルムで顔をずっと隠しておけばいいのでは?﹂と、シラー
ちゃんが言う。
それでいけるか? そんな簡単でいいのか? ギルドカードに関
しては本名のウィルフレッドじゃなくて、ウィルで作ってあるから、
そこから足がつくってこともなさそうだが、国境で人相書きでも配
布されてればアウトだろう。
いや飛んで行くから、検問の有りそうな場所はスルーでいいのか。
そもそもこいつの親は捜索とかしているのだろうか? ちゃんと
家族には言ってあるとはいえ、家出は家出だ。
まあこいつが見つかったところで、別に攫ってきたわけじゃない
し、単に引き渡せば問題はないと思うが⋮⋮
さてどうするか?
ぶっちゃけこいつをパーティに入れない理由は特にない。俺がパ
ーティに男は嫌だって駄々をこねてるだけで、それはほんとに単な
る我が儘だ。
嫁ともうまくやっているし、危険なクエストを受注した後の戦力
2109
増強は渡りに船とさえ言える。
﹁俺は家族以外はパーティに加えないことにしてるんだが⋮⋮特別
だぞ? パーティに入れてやる﹂
家族しかいれないって話もリリアの時にでっち上げたみたいなも
んで、特にそう決めてたわけでもないしな。
ファミリー
﹁それって、俺も兄貴の家族の一員に⋮⋮?﹂
なんでそうなる。
反論しそうになったが、何か喜んでるし、忠誠をチェックしたら
上がってる。
だがこいつからの好感度が上がっても虚しいだけだな⋮⋮
﹁調子に乗るな。お前にはうちのパーティの盾をやってもらうぞ﹂
いいや。こいつはこれまで通りに扱おう。忠誠度を稼いだり維持
するのにこいつの顔色を伺うとか気を使うとか御免こうむる。
ウィルにも盾役をやらせてシラーちゃんの負担を減らそう。
﹁あと、お前の実家のことで余計な迷惑はかけるなよ?﹂
﹁もちろん迷惑なんて、かけらもかけないっすよ!﹂
こいつが保証してくれたところでどうしようもない気がするが⋮
⋮いっそ実家に無事なことを手紙でも書かせるか? でもそこから
辿られて見つかりそうだし、余計なことはしないほうがいいのかね。
当座は帝都にも寄らないで帝国でも辺境方面をハシゴする予定だ
し、見つかる確率もたぶん低いだろう。
2110
﹁とりあえずウィルも腕に見合った装備を揃えないとな﹂
人間用ならもう一度エルフの里に行くより、王都のほうが品揃え
はいいか? どっちにしろ専用装備を誂えてもらいにエルフの鍛冶
屋は行っといたほうがいいだろう。
ウィルもパーティに出るような気分じゃないということで、すぐ
にフルプレートを買いに行った。
﹁これが予定調和というものではないか?﹂
﹁そうそう。勇者の下には人材が集うものよ﹂
勇者か。ウィルならその役目にぴったりじゃないだろうか?
身分を隠した王子様が、滅亡した国を救う。うん、実にドラマテ
ィックだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ウィルの相手をしているうちにパーティの時間がきていた。
﹁本日はサティの優勝記念パーティにお集まりいただきありがとう
ございます﹂
エリーの挨拶でパーティを始めるようだ。
﹁マサルは残念なことに本戦決勝の一回戦で敗北してしまいました
が、その仇を見事にサティが︱︱﹂
2111
エリーは機嫌よく挨拶を続けている。
﹁︱︱功績を認められAランクに上がることが内定し、今後も﹂
﹁長い﹂
ほっといたら一時間でもしゃべってそうだ。それにちゃんとした
挨拶をやってみたところで、部外者的な人間は軍曹殿とラザードさ
んのところのパーティだけ。これにウィルのところのパーティも来
るはずだったんだが⋮⋮
まあ王都には来たばかりで知り合いとかいないしね? エルフさ
んがたくさん来てくれたしね?
シオリイの町や俺の村に戻れば盛大にできたんだろうが、まあ俺
としてはこれで十分だ。エリーの希望する、エルフの伝での貴族の
招待とかはやりたくないし。
﹁あら、そう? ではサティ、優勝おめでとう!﹂
﹁﹁おめでとう!﹂﹂と、皆で唱和する。
さっそくラザードさんがサティに絡んで、フランチェスカ戦とボ
ルゾーラ戦の感想戦が、軍曹殿を交えて始まった。あの場面ではこ
うしたほうがよかった。あの動きは素晴らしかった。あの技はどう
すれば防げたのか?
シラーちゃんやエルフの中でも戦闘好きが集まって、喧々諤々興
味津々である。
しかし段々細かい話になって退屈になってきたし、食事がそっち
のけだったので、クルックとシルバーを引っ張って、輪から離れ、
部屋の隅っこで顔を突き合わせる。
2112
﹁ありがとう、マサル!﹂
クルックにいきなり礼を言われた。ウィルの相手でパーティには
ぎりぎりで来たから、こいつらと話すのは大会前以来だ。
﹁おお? どうした?﹂
﹁お前の言うとおりサティちゃんに賭けて、すげー儲かった!﹂
﹁ほほう。アレが買えるくらいか?﹂
タマラちゃんは自分を買い戻せたし、がっつり賭けてれば安い奴
隷なら余裕で買えるくらいにはなったはずだ。
﹁買えちゃうくらいだ﹂
クルックの言葉にシルバーも真剣に頷いている。
﹁それだけお金があったら、冒険者を引退できるんじゃないか?﹂
﹁出来ないこともないけど⋮⋮まだ不安がある額だな﹂
﹁引退後は農家か? なんならタダで農地を分けてやろうか?﹂
﹁余ってるのか?﹂
﹁開墾した分はもうないけど、土地自体はまだまだ余裕があるから
な﹂
2113
﹁開墾からかあ。それに遠いだろ﹂
﹁遠いのはともかく、開墾はみんなで一気にやるからそんなに手間
じゃないぞ。シルバーはどうだ?﹂
﹁まだ引退を考えるような年じゃないし、当分は続ける﹂
クルックは興味ありげだが、シルバーは食いつきが悪いな。お金
があるからって無条件に引退したいわけでもないのか?
﹁まだ冒険者になって一年も経ってないんだぞ? それに賭けで儲
けたお金でっていうのもちょっとな﹂と、クルック。
そんなに気にするようなものかと思うが、体面というのはかなり
大事なようだ。
この世界では田舎では特に、人が寄り集まって助けあって生きて
いるからわからないでもないが。
﹁せめてお嫁さんを連れて帰るとか理由がないとな。マサル、若い
娘の知り合いとかいないのか?﹂
﹁うちの村は開拓の最中だし、夫婦者を除けば男ばっかだな﹂
二、三年して農地が安定したら集団見合いでもして、近隣から嫁
を見繕ってやるらしい。俺が。じゃないと独身男性だらけの村にな
って、将来困ることになる。
まあ俺じゃなく、村長代理のオルバさんがやってくれるんだろう
けど。
﹁マサルはいいな。五人も美人の嫁さんがいて﹂
2114
すまんな。昨日六人になったんだ。でもこれは黙っておいたほう
がいいだろう。まだ正式に嫁にしたわけでもないし、こいつらに言
うのは時期尚早だ。
﹁どうすればそんなにモテるんだ?﹂
どうすればモテるんだろう?
死にそうな目に会うと、嫁が増えるケースが多い気がする。
﹁エリーは二人でドラゴンに特攻した時に、俺を意識しだしたそう
だ。リリアも俺がドラゴンに特攻した時に惚れたみたいだぞ﹂
﹁難易度が高すぎるわ!﹂
﹁あとは村の全滅を害獣から救ったり、目の見えない人を治したり
しても、嫁が増えそうになったな。そん時は貰わなかったけど﹂
﹁もっと普通の出会いはないのかよ﹂
普通の出会いじゃ加護は付かないだろうしなあ。
とりあえずモテるためには何が必要か話し合った結果、俺みたい
に強くなれば文句なしにモテるという結論が出たのだが、それは無
理があるので、魔法使いになればモテるのではということになった。
そう言えばいつぞや依頼を一緒だった時に練習していたことがあっ
たが、全然モノにはならなかったようだ。
﹁エリーが言うには魔法を覚えるには、魔法に長時間接して、まず
は魔力を感じれるようにならないといけないそうだ﹂
2115
だから魔法学校のような専門機関はとても有効だし、エルフみた
いに全員が魔法使いな環境だと、自然に魔法を覚える。
﹁うちのパーティ、魔法使いはいないし絶望的じゃないか﹂
そもそもこいつらに魔法の才能があるのだろうか?
﹁ちょっと調べてやろう﹂
体に直接触れて魔力を探ってみる。
﹁魔力は⋮⋮あるな﹂
魔力は感じる。だがよく考えればこういうのを試すの初めてで、
見たところで多いのか少ないのかさっぱりわからんかった。
そこでアンジェラ先生のご登場を願ってみた。
﹁魔力は⋮⋮あるわね﹂
アンは二人をペタペタとひとしきり触ると、まるっきり俺と同じ
ことを言った。
﹁ええっとね。魔力があるのはわかるんだけど、内にある魔力って、
表に出ないからわからないのよ。マサルくらい強ければはっきりわ
かるんだけどね﹂
﹁つまり?﹂
﹁二人とも普通くらいの魔力はあるから、あとは努力次第ね﹂
2116
ただし、努力が報われるかどうかは生まれ持った魔力次第。
まずは魔力を感知できるようにする。次に魔力の操作を覚える。
そこでやっと魔法が使えるようになる。
といっても、まだ火を熾せたり、水がちょろちょろと出せる程度。
そこからさらに実戦で使えるくらいまで鍛える必要がある。
ちょっと使える程度じゃ魔法使いとは名乗れない。
﹁剣も魔物を倒せるくらいじゃないと、子供の遊びと変わらないで
しょ?﹂と、アン。
それで半年や一年、あるいはもっと長期間修行に費やしたあげく、
ウィルのようにさっぱり才能がないことが判明するかもしれない。
報われるかどうかわからない努力に時間をかけられるほど、この
世界の人、普通の人には余裕がない。
それなら最初から剣や弓の修行したほうが確実だ。こっちは体付
きを見れば限界はだいたい推し量れるし、鍛えた筋肉は期待を裏切
らない。
たとえ力が弱くとも、鋭い剣があれば魔物を斬り裂くことが出来
る。
﹁なるほどー。ありがとうございました、アンジェラ先生﹂
﹁いえいえ、どういたしまして﹂
アンジェラ先生にはご退場願う。クルックとシルバーは名残惜し
そうだが、あれは俺の嫁だ。あまりじろじろ見るのも許さん。鑑賞
するならエルフさんにしておけ。
﹁やっぱり魔法使いはモテるだけのことはあるんだな⋮⋮﹂
2117
そもそも最初に必要な魔法感知が、魔法を使える人がいないこと
には学ぶことすらできない。
魔法使いが希少なわけだ。
﹁ラザードさんはどうやって魔力感知を覚えたんだろう?﹂
﹁わからん﹂と、クルック。
はい、では次のゲストにラザードさんをお呼びしました。
﹁そりゃあ実戦だな。何度も魔法を食らって痛い目をみりゃ、自然
に見えるようになるぜ?﹂
ありがとうございました。
﹁今日と明日なら時間があるし、試してみるか?﹂
﹁おお、そいつはいいな。ぜひやってもらえ!﹂
﹁やる﹂と、シルバーがやる気をみせた。
﹁マジか﹂と、クルックは顔を引きつらせている。
﹁もちろんクルックもだ。こんな機会滅多にないぞ?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
﹁あとシルバーは防具なしだ﹂
2118
﹁ええっ!?﹂
﹁当たり前だろう。ガチガチに守ってちゃ修行にならん。マサル、
遠慮無くぶちあててやってくれ﹂
﹁お任せを﹂
友人を傷つけるのは心苦しいが、これも修行だ。
﹁あの、ラザードさん。俺たち祭りが終わったらすぐに依頼に出る
んですよね?﹂
﹁お前ら二人が役立たずでも仕事は問題ない。気兼ねなくやられて
こい﹂
﹁さ、訓練場に行くか? 大丈夫だって。最初はもちろん当てない
から、そこで見極められれば怪我なんかしないし﹂
﹁そ、そうだな﹂
ズドン。
二人が注視する中、試射のエアハンマーが大岩の表面を大きく砕
いた。
おっと、威力の調整を忘れてた。これじゃ一撃で全身バキバキ、
再起不能だ。対人用に弱く、弱く。
ドンッ、ドンッと大岩にエアハンマーが命中し、堅いはずの岩が
ごりごりと削れていく。我ながらなかなかの威力だ。
2119
﹁おい、ほんとに大丈夫なんだろうな!?﹂
﹁調整はこれで大丈夫だ。シルバー、試しに盾で受け止めてくれ﹂
﹁ああ﹂
︻エアハンマー︵弱︶︼発動!
シルバーが盾でがっしりと受け止めた。もういっちょ、︻エアハ
ンマー︵弱︶︼発動。これも問題なく受け止められた。
﹁な? 普通の威力だろ﹂
シルバーが頷く。盾でしっかりと受け止めれば、通常のエアハン
マーはさほど脅威じゃない。俺の場合、威力を弱めたエアハンマー
︵弱︶だが。
このエアハンマー︵弱︶、威力を弱くした分、発動が多少だが早
くなってる。使う魔力が半分だからといって、発動時間が単純に半
分になるわけでもないが、連打スピードはかなり上げられそうだ。
もう一度大岩に向けて、今度はエアハンマー︵弱︶を連打してみ
ると、連打に耐え切れなかったのか、ついに大岩が崩壊してしまっ
た。
﹁おいいいいい!?﹂
﹁ちゃんと見てなくてもいいのか? そろそろ本番行くぞ﹂
﹁マジか﹂
﹁マジだ﹂
2120
だってラザードさんがそろそろいけって合図してるんだもの。
訓練方法は並んだ二人のどちらかにエアハンマー︵弱︶で攻撃を
する。盾は持つが、来ると思った時しかガードしてはいけない。上
下にも打ち分けるから運では防げない。
﹁いいか、魔力を見るには、目にぐーっと力を入れる感じでだな︱
︱﹂
クルックは食べたものを吐いたが、シルバーはさすが盾役。最後
まで耐え切った。
2121
145話 王都の休日その4
そのままエルフ屋敷に泊まっていったクルックとシルバーに、夜
もたっぷりと魔法の実演。そして早朝、また特訓をしてやったのだ
が、特に何の成果も見当たらないまま、クルックのギブアップによ
り訓練は終了した。
しばらく休憩して午後もやるか? そう聞いたら、二人して断っ
てきた。
ひたすらエアハンマーを受け止めるだけのこんなきっつい苦行、
ラザードさんからやれって厳命されてなきゃやりたくないよな。
﹁ラザードさんには普段からこれくらい鍛えられてるんだろう?﹂
﹁ヒーラーもなしにできないってば﹂
それもそうか。治癒術師を雇うのもきっと安くないだろう。
﹁いても無理﹂
終わりと告げられて気が抜けたのか、最後までがんばっていたシ
ルバーも座り込んでぐったりしている。
最後に魔法を実演してみせる。
﹁どうだ?﹂
﹁やっぱりわからん﹂
修行期間が短すぎか、こいつらに才能がないか。
2122
それともエアハンマーの威力を弱くしすぎたか? もっと生きる
か死ぬかぐらいの威力なら、命の危機に突然魔法感知が開眼するか
もしれない。
休憩している二人の前に大岩を出す。少し離れて通常威力のエア
ハンマーを打ち込む。
﹁本気だとすげえ威力だな﹂
岩を削り取るエアハンマーの威力に暢気にクルックがそんなこと
を言う。
本気というか、これが通常威力なんだけどな。
﹁二人に足りないのは危機感じゃないかと思うんだ。これくらいの
威力で一度やってみてはどうか?﹂
﹁どうか、じゃねーよ。モテるのに命まで懸けたくないよ⋮⋮﹂
クルックはそう言い、シルバーも黙って首を振った。
まあこいつらは何が何でも強くならないと死ぬとかないもんな。
まだ冒険者になって一年目。急ぐ必要も、必死になる理由もない。
﹁そろそろ帰るよ。マサル、今日は忙しいだろ?﹂
﹁まあな。じゃあ二人とも元気でな﹂
﹁マサルこそ﹂
こっそりヒラギスのことを話したが、おそらくラザードさんのと
ころのパーティは参加しないだろうとのことだ。危険で長期で報酬
も少ない。しかも遠方の他国だ。命をかける理由がない。
2123
こいつらとは当分お別れ。次に会えるのはいつになるだろうか。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
クルックとシルバーを見送ると、すぐにサティとシラーをお供に
冒険者ギルドへと出発した。
後はみんなお出かけ済みである。
ウィルは一人でエルフの里で装備一式を見繕ってもらっている。
フルプレートメイルの注文がメインだが、今の装備は安物ばかりで
武器も防具も一新する必要があるから、朝一に送り出した。人の買
い物に付き合うほど暇なことはないので、一人で送り出し、あっち
のエルフに託してきた。
他のメンバーはエリーに任せていたフランチェスカの件。まだ未
決だそうで、返事を貰いに行っている。
﹁何人か自分のところの護衛も連れて行きたいみたいなのよ﹂
そうエリーが朝に言っていた。
辺境を通るから危険だということで、断る方向で一度話し合いを
したが、それくらいでは諦めなかったようだ。
まあ危険といってもうちのパーティなら危険はまずないし、もち
ろん本人も恐ろしく腕が立つ。何より速度が普通に行くより圧倒的
に速いから、サティが先に修行を始めてしまうのが気に入らないの
だろう。
だが嫁入り前の娘を一人で遠方にやるのはと、保護者の説得が難
航しているらしい。
しかしただでさえ二人も増えたし、今回はかなり長距離を移動す
2124
ることになるから、あまりフライの輸送力を落としたくない。護衛
の追加は論外だ。
できれば依頼自体を断りたいところだが、正面切って断るのも難
しい。実に面倒くさい話である。
冒険者ギルドについて軍曹殿を探し出すと、すぐに少し離れた場
所にある商業ギルドの倉庫に案内された。
かなり大きな倉庫に、木箱や袋、樽なんかが山積みしてある。
﹁いけるか?﹂と、軍曹殿。
量より問題なのは数だな。出来るだけ大きい木箱とかにまとめて
くれればいいんだが、小さい袋でも一個は一個。サイズが統一され
てなかったら、持ちきれないかもしれない。
﹁とりあえず、大きい箱から入れてみましょうか﹂
木箱はサイズが四種類ほどあって、半端が出たせいでちょっとス
ペースを取った。まあこっちの都合で100個で切りのいいように
とも言えない。続いて樽、袋と入れていく。
物資は穀物が何種類かで、これが一番多かった。後は塩をはじめ
とする調味料。樽には野菜の漬物やドライフルーツ、お酒なんかも
入っていた。
しかし食材の種類の多さの割には、入れ物のサイズはちゃんと統
一してあって、思ったよりもスペースが少なくて済んだ。全部でア
イテムボックスを半分ちょっとくらい。まあ半分でも5000個の
容量はあるし、心配することもなかったようだ。
2125
﹁ぜ、全部入った⋮⋮てっきり何人かで運ぶものだと⋮⋮﹂
立ち会いの商業ギルドの人が驚いていたが、いつものことなので
スルーしておく。
﹁まだ持てそうなら鍋や食器類も頼みたいのだが﹂
これだけの食料には食器や鍋も当然必要だろう。
﹁それぞれ箱にまとめてくれれば﹂
それほど多くなかったので余裕で入った。
﹁もう一回輸送を⋮⋮いや、商業ギルドの専属になりませんか!?﹂
﹁トラウト殿、スカウトしてもらっては困ると言っておいたはずだ﹂
と、軍曹殿。
﹁いや失礼。しかしこれほどの輸送力を冒険者にしておくのはもっ
たいない﹂
冒険者でこそ使いでもあるんだけどな。ドラゴンでも持ち運べる
し。
﹁残念ですが、エルフとの契約があるので﹂
﹁その契約というのは⋮⋮﹂
﹁俺が死ぬまで有効です。それに冒険者は当分続けますし、王様直
々に声もかけていただいてるんで、引退後も商業ギルドの専属は無
2126
理でしょうね﹂
﹁たまにということなら⋮⋮?﹂
﹁帝国に行って、当分こっちには戻ってきません﹂
﹁それはほんとうに残念です。王国にお戻りの際はぜひとも私にお
声がけを。色々と便宜をお図りできることと思います﹂
﹁名前は覚えておきます﹂
この世界、輸送も恐ろしく手間暇かかるし、時に命がけだしなあ。
蒸気機関車くらいならどうにか作れないものだろうか? 今度エ
リーか誰かに聞いてみようか。
﹁砦に着いたら冒険者ギルドを探して、この目録と一緒に引き渡し
てくれ。連絡は付けておく﹂
﹁了解です、軍曹殿﹂
﹁貴様と次に会うのは数ヶ月後だ。最後に軽く稽古を付けてやろう﹂
どうやら軍曹殿もヒラギスに来るらしい。
﹁軽くですね?﹂
﹁むろんだ。防具はあるな?﹂
﹁はい﹂
2127
防具も付けていいとは今日はとても優しいな。まあ出発前だし、
きつい修行もないか。
﹁剣は実戦で使うものを出せ﹂
冒険者ギルドに戻り、訓練場で刃引きの剣を出したら軍曹殿に止
められた。
﹁最後に真剣で相手をしてやる﹂
マジか。
﹁心配するな。軽くだ﹂
防具はしっかりつけているが、真剣で軽く? それは軽いのか?
くそう。俺がびびるのわかってて、ギリギリになって言ったんだ
な。
通常の冒険に出る時に使うフル装備をつけて相対する。訓練場に
は結構な人がいて、何事かと集まってきた。
﹁あっちでは真剣同士での訓練もあるだろう。慣れておけ﹂
ますます剣聖のところへは行きたくなくなる情報だが、言葉通り、
少しでも俺に慣れさせようということだろう。
口の中が乾く。鋭い剣でやり合う以上、一撃死もあり得るのだ。
﹁まずは軽くだ。かかってこい﹂
んん? 今まずは、って言った!?
だが軍曹殿は早く来いと促している。
2128
とりあえず言うとおり、軽く打ちかかる。真剣同士のいい音が響
く。軍曹殿の反撃も鋭くはあるが、言葉通り、軽い。ずいぶんと余
裕がある動きだ。
だが一切油断せず、軍曹殿の動きを注視する。さっき確かにまず
は軽くと言った。間違いない。
軽く。軽く。何度も打ち合う。
慣れ親しんだ軍曹殿の剣筋だ。これくらいゆるゆるだと、真剣で
も恐ろしくない。
﹁体は暖まったな?﹂
まだ、そう答えられたらいいんだろうが、準備運動はもう十分だ。
﹁はい﹂
﹁では死ぬなよ?﹂
軍曹殿が殺気を膨らませて襲いかかってきた。
軽くって大嘘じゃないですかーーーーーーー!?
数合、軍曹殿の攻撃を受け、躱し、なんとか一発、反撃をする。
やばい、かなり本気だ。
俺の反撃を躱して、軍曹殿が動きを止めた。
見慣れない構えから何か⋮⋮
動いた︱︱そう思った時には、もう軍曹殿の剣が俺の喉元に突き
付けられていた。
﹁雷光。この技はそう呼ばれている。覚えておけ﹂
﹁はい、軍曹殿﹂
2129
やはりラザードさんもフランチェスカも、全然相手にならないく
らい軍曹殿は強い。
﹁いつか貴様が追いつくのに一〇年はかかるだろうと言ったな? 訂正しよう。次に会う時、貴様が私を超えていることを期待するぞ﹂
それだけ言うと、軍曹殿は踵を返し、見物人をかき分けて去って
いった。
﹁サティ、見えたか?﹂
﹁はい⋮⋮たぶん﹂
シラーちゃんはよく見えなかったようだ。
動きは目に焼き付いている。だが最後の剣。あの剣速。尋常じゃ
ない速さだった。
軍曹殿に勝つ? 冗談じゃない。軍曹殿は俺に期待しすぎじゃな
いですかね⋮⋮
サティはそのまま冒険者を相手に遊んでいくようだ。シラーちゃ
んはウィルの件があるので、加護の力は見せびらかすものじゃない
と我慢している。
軍曹殿を超えるのはサティだよなあ。でもサティは軍曹殿には軽
く相手をしてもらっているだけで、俺に本格的に教えているから、
俺のほうが気にかかるのだろうか。
つらつらと考えるに、最後の稽古は結局軽かったのかもしれない。
本気も一瞬で終わったし、寸止めだったし、痛くもつらくもなかっ
た。
2130
どう思う、シラーちゃん?
﹁その理屈はおかしいぞ、主殿。どう見ても軽くはなかった﹂
ちょっと感覚が麻痺しているのかもしれない。
﹁あの⋮⋮﹂
シラーちゃんと話していると、若い冒険者が数人来て話しかけて
きた。
﹁マサル殿、ですよね。俺たちに稽古をつけてくれませんか?﹂
ふむ。まあ見てるだけなのも退屈だしいいか。
﹁俺の稽古は厳しいぞ? それでもいいなら相手をしてやろう﹂
﹁お願いします!﹂
もしかするとこの中から、一〇年二〇年後、助けになる人間が出
るかもしれない。
そう思ったのだが、俺が相手をしてくれるとサティのほうにいた
冒険者たちが半分くらいこっちに回ってきて、聞こえないと思って、
いい記念になる、とかわいわい言ってる。
なるほど観光か。観光の記念にしようってか。
いいだろう。忘れられない王都観光にしてやろう。
﹁はい、順番に並んで並んで。全員ちゃんと相手してやるからなー﹂
全員、俺の本気の一端を味わってもらおうか。
2131
シラーちゃんに列の管理を言い付けておく。誰一人として逃げら
れないように。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
買い物といえば本屋である。この世界で数少ない娯楽の一つだ。
さすが王都、教えてもらった本屋に足を運んでみると、シオリイ
やミヤガなんかとは比べ物にならない品揃えだ。
パラパラとめくっては、興味なさげなシラーちゃんに持たせてい
く。サティはじっくりと時間をかけて選ぶようだ。入り口の辺りで
ひっかかっている。
﹁ちょっとちょっと! そこの冒険者の兄さん。買いもしない本を、
ぽんぽん棚から出したら困るよ﹂
五冊ほど選んだところで、店員に見咎められた。
﹁買うよ﹂
﹁お金はあるのか? 見せてみな﹂
この世界は本屋は厳しいな。お金がないと、本を見せてもくれな
い。
まあ今日は冒険者ギルドの帰りで、かなりがっちがちの戦闘装備
だし、とても本を嗜むようには見えないんだろう。
しかしじゃらじゃらと金貨を見せたら、とたんに店員の態度が変
わった。
2132
﹁何をお探しでしょう、お客様!﹂
﹁物語がいいな。あ、豪華なのはいらない。ボロくても読めればい
いから﹂
﹁絵本! 絵本ないですか?﹂
﹁物語に絵本ですね。えーっと、これとこれと︱︱﹂
さすがに専門家だけあって、てきぱきと選んでいく。
﹁いっぱい買うからサービスしてくれよ?﹂
﹁そりゃあもう!﹂
山盛り積んで、金貨六枚。60万円。高い買い物だが、これで当
分読む本には困らないだろう。
あとは食料。もちろんちゃんと確保はしてあるが、旅程が辺境方
面に変わったし、人数も増えたから追加で多めに仕入れておこう。
もしかしたら家やエルフの里に戻るタイミングがないかもしれない
し、まさかご飯が欲しいって理由で、転移魔法をバラす危険を冒す
わけにもいかないしな。
ちょうどお昼くらいだったので、市場を三人で食べ歩きしながら
気に入ったのを大量購入していく。
ちょっと多いかとは思ったが、お金は十二分にあるし、余ったら
エルフかエリーの実家へのお土産にすればいい。
2133
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
エルフ屋敷に帰ると、みんな戻ってきていた。ウィルもエリーが
回収してくれたようだ。
そしてフランチェスカが居た。
エリーのほうを見ると、首を振られた。断れなかったのか。
﹁リーダーはマサルだそうだな。明日からよろしく頼むぞ!﹂
﹁それはいいんですけど、その鎧⋮⋮﹂
俺が使ってるハーフプレートに近い、だが日の光に反射してキラ
キラと金色に輝き、純白のマントが翻り、実に格好いいし、よく似
合っている。
﹁これが通常装備だ。エリザベスにも目立ちすぎると言われたんだ
が⋮⋮﹂
﹁代わりの装備は?﹂
﹁試合で使っていたボロい革鎧ならある﹂
成長期で最近新調したばかりで、プレート装備の予備はないそう
だ。
﹁指揮官は目立つのも大事なんだぞ﹂
だぞって胸を張って言われてもな。
確かに親衛隊の隊長なら、ビジュアル重視の派手な装備も妥当な
2134
んだろうけど、シラーちゃんの暗黒装備はまだ許せても、これは無
理だ。
マサルのパーティ
﹁サムライはドラゴンの集団だろうが蹴散らせるくらい強いのだろ
う? 何をこそこそする必要がある?﹂
﹁まあそれはそうなんですけどね﹂
んーむ。これでもいいのか? 目立つ格好でも危険は皆無だとは
思うが⋮⋮
いやそうでもないか? 魔物は関係ないだろうが、人間に対して
は確実に目立つ。盗賊や悪人はどこにだっているのだ。
﹁うちは強いから革装備でも大丈夫。それよりも問題は、目立つと
狙われやすくなるから、護衛する側としては困るんですよね﹂
部隊を率いるんじゃないし、このキンキラした鎧はやっぱないわ。
﹁もしどうしてもその鎧を使いたいなら、護衛任務はお断りします﹂
﹁これは叔父上に頂いた大事な装備なんだが⋮⋮致し方ないな。あ
とで革鎧を取りに戻ろう﹂
しかしこれはちょっと言っておかないとまずいな。
﹁それと公爵令嬢とかそういう身分は一時忘れてもらいましょうか。
危険な地域を通るのは説明してありますよね? その時に俺やエリ
ーの命令に従ってくれないと困りますから﹂
まずないとは思うが、転移で脱出なんてこともあるかもしれない。
2135
緊急時に勝手な行動をされては危険だ。
﹁それともお客様として道中、後方でお守りするほうがいいですか
ね?﹂
ずっと後方で大人しくしてくれるというなら、それはそれで構わ
ない。
﹁いいだろう。今回は修行の旅だ。私も冒険者として扱うがいい﹂
実に偉そうだが、冒険者扱いでいいって言ってるし、まあいいか。
﹁よし。じゃあみんな、敬語はなしな。今からフランチェスカも旅
の仲間だ。フレンドリーにいこう﹂
決まったからには仕方がない。受け入れよう。
今のところ、素直に言うことは聞いてくれるし、旅でも問題は起
こさないだろう。
﹁改めてよろしく頼む﹂と、フランチェスカ。
﹁フランチェスカじゃ呼ぶのには長いな。これからフランって呼ぶ
ことにするか?﹂
﹁お前、いきなり気安いな⋮⋮﹂
長旅になりそうなのに、気を使うのは面倒だ。
﹁じゃあお姫様扱いに戻そうか? フランチェスカ姫﹂
2136
﹁⋮⋮フランでいい﹂
﹁ではそういうことで。エリー、明日からの予定を再確認しとこう﹂
フランチェスカの同行を前提に、旅程を考えなおさないといけな
い。
道中の狩りはなしでいいか。ぶつかれば行き掛けの駄賃でやって
もいいが、基本は移動優先にしよう。
あとはまあ、いつもどおり臨機応変、行き当たりばったりに行く
しかあるまい。こっちに来てからというもの、予想外の出来事が起
こらないことのほうが珍しいからな⋮⋮
2137
146話 帝国国境へ
居間に集まり、フランチェスカも交えて明日からの旅の打ち合わ
せをすることにした。
まずはヒラギス国境のブルムダール砦まで、順調なら一週間程度。
そこから剣の里へは四日。剣の里からエリー実家へは二日の距離。
寄り道なしで行ければ二週間ほどの旅となる。
﹁そんなに早いのか!﹂と、フランチェスカは驚いている。
荷馬車なら砦まで二ヶ月。速度優先で移動しても最低一ヶ月。徒
歩ならもっとだろう。この一週間というのは破格の速度だ。
﹁本来ならもっと速度は出るのじゃがの﹂
今回は九人プラス実戦用のフル装備でかなりの重量になる。
最速で行きたいなら俺とリリアのみで軽装にして、召喚馬のマツ
カゼも併用すれば砦まで二日で行けないこともないのだが、急がな
ければならない理由もない。
精霊のフライはおおよそ50kmの巡航速度で、一日に無理せず
飛べるのは八時間くらい。二時間ごとの休憩もいる。精霊の疲労も
だが、使い手のリリアの体力も考慮する必要もある。
明日は王都のエルフさんに途中まで送ってもらい、帝国国境方面
の町へ。そこからルートをはずれ、無人の国境線を目指し、夜まで
には帝国領に入る予定だ。
﹁なんでまたそんな辺境を通る?﹂
2138
そうフランチェスカが聞いてきた。
街道すらないルートをなぜわざわざ選択するのか? それはお尋
ね者がいるからです。街道沿いの宿場町だと手配書が回っているか
もしれない。
﹁フライで最短距離を進みたいのと、あとはついでに魔物を狩って
いく﹂
まあこっちの理由も嘘じゃない。移動優先だが、見つけたら狩る。
ウィルとシラーちゃんの経験値稼ぎと実戦訓練も兼ねる。
﹁ほう﹂
魔物狩りと聞いてフランチェスカの顔付きが変わった。
﹁魔物と戦った経験は?﹂
﹁討伐に出たことはある﹂
しかしリリアと同じパターンで直接戦ったことはないと。
﹁弓は扱えるか?﹂
﹁人並みには。だが火魔法も使える﹂
﹁じゃあ後衛のほうがいいか?﹂
魔法使い兼、緊急時の護衛がいいだろうか。普段は一番安全な位
置でもあるし。
2139
﹁前衛がいい。前衛を希望する﹂
﹁剣の出番はまずないと思うけど、それでもいいなら﹂
うちの前衛二人がまずぶつかるはずだし、俺とサティもいる。フ
ランチェスカの出番は確実にないと思うんだが。
﹁前衛にする﹂
まあいいけど。
旅自体はある程度説明してあったようで、それ以上特に付け加え
ることもなく、打ち合わせは終了した。
あとは明日の朝、エルフの里へシラーちゃんの装備を受け取りに
行くくらいで、出発まで暇そうだ。
﹁じゃあみんな、あとは明日に備えてゆっくり休もうか﹂
休めるときに休んでおきたい。そう思って言ったのだが、サティ
からおずおずと修行のお誘いをされた。
修行なんか剣の聖地に行けば、たぶん死ぬほどやらされるんだろ
うが、軍曹殿にあんなことを言われたばかりだ。それにあの技のこ
ともある。
﹁よし、やるか!﹂
﹁はい!﹂
軍曹殿のあの技。再現できればフランチェスカに勝てるだろうか?
2140
﹁まあでも暗くなるまでな?﹂
今日の夜はアンジェラちゃんらしい。外だと恥ずかしがってあん
まり相手をしてもらえないし、今日はたっぷりと相手をしてもらお
う。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
出発初日。エルフさん二人にフライで途中まで送っていただく。
限界まで飛んで一人目をその場で投棄。二人目も限界まで酷使し
て、最後はリリアの出番の三段式である。
ここまで比較的安全な街道沿いを通ることもあって、重量軽減の
ため最低限の装備だったのを、フル装備に変更して改めて出発した。
午前中は何事もなく過ぎた。王都と帝国への主要ルートである。
多少外れたくらいで魔物はそうそう出ないようだ。単独や小さい反
応はスルーしたから、もしかすると多少の魔物は見逃していたかも
しれないが。
しかし午後の一回目の休憩が過ぎて、たぶん国境付近だろう。何
かの集団を見つけた。
人間じゃなければオークだな。
﹁リリア、速度を落としてくれ。何かいる﹂
ざっと三、四〇匹くらいだろうか。森が深いので目視では確認が
できないから、ある程度接近したところで地上に降りて確認する。
2141
﹁オークの声です﹂と、サティ。
﹁よし、殲滅しよう﹂
俺の言葉にみんな頷く。
﹁サティは待機。オークキングか群れのボスをみつけたら即弓で倒
してくれ﹂
オークといえど、キングクラスが混じってると油断がならない。
﹁はい、マサル様﹂
これでオークキング対策はいいだろう。後はどうするか。
四〇匹弱。危険を考えなければ、ウィルとシラーちゃん二人でも
倒せないこともない数だとは思うが⋮⋮
﹁最初に魔法で一撃して、後はウィルとシラーに任せてしまいまし
ょう﹂と、エリー。
ある程度減らして混乱した状態なら、危険も少ないか? こいつ
らフルプレートだし。
﹁そうだな。なるべく弓で減らして、残ったのを剣に持ち替えて倒
せ。手に余りそうなら援護する﹂
ウィルもシラーちゃんも緊張した面持ちで頷いた。二人ともフル
フェイスのヘルムで目しか見えないけど。
重装備での初めての実戦だが、休憩中に動きは確かめてある。二
人とも剣術はレベル5だ。オークはもちろん、キングクラスでも油
2142
断しなければ倒せる力はあるはずだ。
魔法はリリアに担当してもらう。リリアはいまだレベル22。精
霊魔法と風魔法をレベル5にしたが、まだまだ経験値は必要だ。
﹁私は?﹂
﹁フランは待機。二人が危なそうだったら助けてやってくれ﹂
﹁了解した﹂
俺が先頭でゆっくりと近づく。続いてリリアにウィルとシラーち
ゃん。少し離れて他のメンバー。
シラーちゃんの暗黒装備は比較的静かなんだが、ウィルががちゃ
がちゃとうるさい。安物はやっぱりダメだな。
特に隠れもしてないから、音でバレても問題はないが⋮⋮見つか
った。
﹁リリア!﹂
すぐにリリアが詠唱を開始した。
ボロながら比較的装備がいいのがいて、そいつがボスっぽいので
狙うように指示をする。
﹁エアストーム!﹂
リリアの放ったエアストームが、こちらに向かってきたオーク集
団のど真ん中で炸裂する。五、六匹は吹き飛んだだろうか。それに
群れのボスらしきオークも倒せた。目視の範囲ではオークキングも
いなさそうだ。
2143
ウィルとシラーちゃんが矢を撃ち始めた。ウィルは弓術レベル1
でシラーちゃんはレベル4。
シラーちゃんは着実にオークを仕留めている。ウィルのほうは、
命中率はいまいちだな。木が密集している中、動きまわるオークを
狙うのは難しい。
一度だけオークから矢が飛んできたが、サティがその弓オークを
仕留めた。矢はエリーが作っておいた土壁に阻まれた。
接近されるまでに一〇匹くらいは倒せただろうか。残りは二〇匹
ほど。
魔法攻撃での混乱で時間はそこそこ稼げたが、思ったより数は減
らせなかった。
ウィルが弓を置いて素早く剣と盾に持ち替えた。シラーちゃんは
少し手間取っている。
ウィルが前に出て、最初のオークをさっくりと倒した。遅れてシ
ラーちゃんも参戦する。
ちょっと切り替えのタイミングが危ないな。次からはもうちょっ
と早くするか、土壁を出しておいたほうが良さそうだ。
﹁おい、まだ援護しなくていいのか?﹂
フランチェスカが剣を構え、飛び出していきたそうにうずうずし
ている。
﹁大丈夫だ。そのまま見ていろ﹂
俺も正直心配なんだが、二人だけでよく食い止めている。
﹁それより回りこんできてるのがいる。そっちを倒しておこう﹂
2144
多少の知恵があるのがいるようで、森に紛れて側面から静かに接
近してきているのが五匹。気付かず奇襲を許せば、普通のパーティ
なら壊滅しかねないだろう。
﹁任せろ!﹂
フランチェスカなら五匹程度大丈夫だろうが、防御の弱い革鎧だ
し、事故を起こされても困る。
﹁一人一匹ずつやろう﹂
どうやらオークは横に散開して一斉に襲ってくる作戦のようだ。
ここまで暇にしているアンとエリーとティリカとリリア。それにフ
ランチェスカでちょうどいい数だ。
﹁サティはそのまま警戒を﹂
﹁はい﹂
奇襲のオークが雄叫びを上げて襲いかかってきたが、待ち構えて
いた魔法で瞬時に四匹が倒れた。
最後の一匹も、仲間が倒れてまごまごして棒立ちになってるうち
に、フランチェスカの剣で一撃で倒された。
二人のほうも終わったようだ。生き残ったオークが逃げ出してい
る。重装備の二人には追いつけないだろうが、シラーちゃんが弓に
持ち替えた。一匹、二匹と倒した。だが最後一匹は取り逃がしそう
だ。
﹁サティ!﹂
2145
サティが俺の言葉で即座に矢を放った。木々が密集した森の中で
豆粒くらいになったオークの背中に、矢が吸い込まれるように命中
し、最後のオークも倒れた。
探知範囲に生き残りはいなさそうだ。
やはり前衛がいると安定感が違う。正面から、なんの小細工もな
く叩き潰せる。
リリアの精霊ガードで矢程度なら心配もないし、もし敵が手強そ
うなら、土魔法でちゃんとした陣地を作ればいい。強固な砦を作っ
ておけば、敵がこの一〇倍二〇倍でも問題ない。
二人増えて一番良かったのは、この程度だと俺が働かなくてもい
いことだな。それで周りを見て対応を考える余裕ができる。
﹁もう終わりなのか?﹂
特に活躍する場面もなく、フランチェスカは不満そうだ。
﹁まあオークだとこの程度だな﹂
二人とも安定して戦えてたし、最初の魔法もいらないくらいだっ
たな。
サティが二人を連れて、息のあるオークがいないか確認をしてい
る。
﹁どうする? 先に進む? 少し周辺を探索していく?﹂と、エリ
ー。
俺とサティの探知範囲外に群れがまだいる可能性がなくはないが
⋮⋮
2146
﹁回収して先に進もう﹂
今回は移動優先だ。念入りに殲滅したところで、どうせどこから
ともなく湧いて出てくるのだ。
でも本当にどこから湧いて出てるんだろうな?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
夕日が赤く染まる頃、サティが村を発見した。進路を外れていた
ので素通りしかけたが、村から立ち上る煙を目ざとく見つけたのだ。
夕方なので調理の煙だろう。
﹁ちょうどいい。宿を頼もう﹂
辺境の村では神官のアンジェラさんの出番である。
警備のいる村の門の近くに降り立つと、一瞬警戒されたが、神官
がいるとわかるとすぐに歓迎された。その場にいた年配の、村長と
名乗る人が出てきた。
﹁我々は旅の途中なのですが、一夜の宿をお願いできませんか?﹂
と、アンが申し出る。
﹁それは構いませんが、安全な宿を提供できるかどうか﹂
見ればずいぶんと物々しい雰囲気だ。結構な人数が武器を持って
集まっていて、村長が門に詰めているのもたまたまではなさそうだ。
2147
﹁数日前からハーピーが飛来するようになったのです。一度は撃退
したのですが⋮⋮﹂
アンがちらりとこちらを見たので軽く頷く。
ハーピー死すべし。他の魔物でも当然助けたが、特にハーピーに
は恨みつらみがある。
念の為にティリカを見るが、村人が俺たちを騙そうとかそういう
こともなさそうだ。
﹁わかりました。我々でなんとかしましょう﹂
﹁本当ですか!?﹂
﹁巣の位置はわかりますか?﹂
﹁あちらの方角から飛来するようです、神官様﹂
その情報だけで十分だ。ぴゃっと行って、倒してこよう。そして
今日もお布団で寝るのだ。
﹁私は残るね﹂と、アン。
残って治療と布教活動をするそうだが、もし入れ違いにハーピー
が襲ってきた時に、誰か残しておいたほうがいいかもしれない。
﹁じゃあ俺も護衛に残るっす﹂
﹁フランもお留守番な﹂
﹁私も行くぞ!﹂
2148
﹁ハーピー相手だとフランはあんまり役に立たないんじゃないか?
それに戦闘は俺の言うことを聞くって約束だよな?﹂
フランチェスカが一緒だと使えないスキルもあるし、置いていけ
るなら置いていきたい。
﹁むう⋮⋮﹂
﹁どっちしろ今回は魔法でどーんだ。剣士の出番はない﹂
二人の経験値も稼ぎたいが、今回は村も近いから、確実に殲滅す
る。またリリアにやってもらおう。
﹁ま、すぐ戻ってくるから待っててよ﹂
﹁気をつけてね、みんな﹂
アンや村人たちに見送られ、フライで飛び立つ。
しかし一日に二回の魔物の群れとは、こっち方面は魔境からは遠
いから少ないかと思ったのだが。
移動速度が早いせいだろうか? 速度が五倍だとして、もう普段
の五日分は進んだ計算になる。それで群れが二つなら、多いとも言
えないか?
この魔物との遭遇するペースで心配なのはアイテムボックスだな。
また大岩を捨てることにならないように、早めの重量の調整がいり
そうだ。
教えてもらったほうへと飛ぶとすぐに巣がみつかった。
軽く偵察して、リリアがレベル5の風魔法をどーん!
2149
ハーピーの死体を回収して終了。実に簡単だ。
巣は作りかけのが多く、どうやら引っ越してきたばかりのようだ。
﹁お疲れ様、リリア。今日は大活躍だな﹂
﹁いやいや。楽して経験値を稼がせてもらって、こちらが礼を言わ
ねばならんところじゃ﹂
まあそうだな。剣士と比べるとほんとうに楽だ。防衛戦でもあれ
ば弓が活躍するんだが、剣士だと普段の経験値稼ぎは結構命がけに
なるな。もっとどうにかできないものか。
﹁じゃあ戻ろうか﹂
念の為に俺の召喚バードを付近の偵察に出して、村に帰還した。
すっかり暗くなっていたが、村は盛大に篝火が炊かれて、明るく
照らされている。
﹁どうでした?﹂と、門番の村人。
﹁もう大丈夫。巣を見つけて全滅させました﹂
﹁おおー!﹂と、村人たちから歓声があがった。
ただし、他にもいるかどうかがちょっとわからん。夜目のきくふ
くろうで偵察はしているが、よく考えるとハーピーはこの時間は巣
に引き篭もってるし、巣があっても見つけるのは難しそうだ。
﹁アン⋮⋮うちの神官は?﹂
2150
﹁神官様なら、村長の家で治療をされております﹂
﹁じゃあこれ﹂と、ハーピーの死体を門前の広場に放出する。一応
倒した証拠だ。
﹁倒したハーピーです。村で好きにしてください﹂
今日の宿はどうなってるかな。みんなで泊まれる部屋があればい
いんだけど。
2151
146話 帝国国境へ︵後書き︶
出発前のステータス
今回リリアレベル22↓23 シラーとウィルも+1レベルずつ
●リリアーネ・ドーラ・ベティコート・ヤマノス エルフ 精霊魔
法使い
︻称号︼精霊の祝福を受けしエルフの姫君
ギルドランクC
レベル22
HP 70 [28+42︵肉体強化+150%︶]
MP 2166 [722+1444︵魔力増強+100%、魔力
の指輪+100%︶]
力 27 [11+16︵肉体強化+150%︶]
体力 37 [15+22︵肉体強化+150%︶]
敏捷 27
器用 31
魔力 88
忠誠心 72
スキルポイント 0ポイント
魔力感知レベル2 肉体強化レベル3 弓術レベル1
魔力増強レベル2 魔力消費量減少レベル2 MP回復力アップレ
ベル2
精霊魔法レベル5 風魔法レベル5
2152
装備 魔力の指輪
2153
147話 国境の村
昼間はそうでもないと思ったが、夜の闇の中、篝火に照らされる
シラーちゃんの暗黒鎧は、初めて見るとなかなかに恐ろしい姿のよ
うだ。
俺たちがアンのいるという村長宅へと向かうと、篝火の周囲に集
まっていた村人の波がざざざっと割れた。声をかけようと近寄った
者もぎょっとした様子で、声掛けを躊躇した。
中身はかわいいシラーちゃんだし、よく見るとぴょこっと出てい
る耳と尻尾がキュートなんだが。
普段は大きな盾を背中に装着して移動している都合上、マントで
鎧を隠すこともできないし、最前線で戦わせるから、フランチェス
カのように革鎧というわけにもいかない。
新しい鎧が完成するまでだし、さほど実害はないはずだ。それに
フードで軽く顔を隠しているだけのリリアとティリカが、シラーち
ゃんに隠れてまったく目立たないのはいいかもしれない。
﹁その鎧、なかなかの反響ではないか﹂
﹁はい、リリア姉様。さすがはエルフの鍛冶屋。いい仕事ぶりです﹂
村人に露骨に恐れられてるのに、シラーちゃんはそんなことを言
ってむしろ喜んでいるようだ。
﹁気に入ったんだ、それ?﹂
﹁こうやって私に注意が集まれば、それだけ他が安全になるだろう
?﹂
2154
魔物相手にどれほどの効果があるかはわからないが、対人なら確
かに絶大だな。
﹁良い覚悟じゃ、シラーよ。ほんとうなら妾がその役目をしたかっ
たのじゃが﹂
盾役は譲ってやるということなんだろう。
実際リリアの盾能力は精霊ガードでかなり高い。魔法での攻撃力
も申し分ない。いまのシラーちゃんではリリアに圧倒的に劣る。
だが俺と一緒でリリアは汎用性に優れているから、前衛に固定す
るよりフリーハンドにしておいたほうが何かと便利だ。
それにリリアを最前列にするなら、俺かサティでいいだろうと、
ずいぶん迷っていたところに盾役の加入でほんとうに助かった。
﹁お任せください、リリア姉様﹂
﹁うむ。じゃが盾役が辛かったらちゃんと言うのじゃぞ? いつで
も代わってやるからの﹂
まだ前衛を諦めてなかったのか。ポイントは魔法系に優先して割
り振るから、剣術や盾スキルを自力習得できたら、前衛に立つのも
許すという話をしているんだが、今のところ前衛スキルが生える様
子はない。剣や盾どころか、ろくに運動もしたことのない者が戦闘
スキルを取得するまでの道のりは長い。
だがエルフは気も長い。まだ修行を始めてほんの二ヶ月ほどだし、
何年かかけてじっくり覚えればいいと考えているようだ。
リリアは俺みたいに魔法をぶっ放しつつ、敵に切り込んで行くス
タイルを目指しているらしい。
別に俺は突っ込みたくて突っ込んでいったわけじゃないんだけど
2155
な?
広場を突っ切って少し歩いて見えてきた一番大きな家が村長宅で、
その一室でアンが治療中だった。ウィルとフランチェスカも部屋の
隅に控えている。治療待ちをしているのはあまり緊急でなさそうな
ご老人方で、もう大方の治療は終わったということだろう。
﹁お疲れ様。どうだった?﹂と、アン。
﹁ちょうど巣を作ってるとこだったみたいで、きっちり潰しといた
よ﹂
﹁おお! さすがはAランクパーティ。仕事がお早い﹂と、これは
村長さん。
続けて巣の場所や様子などを詳しく説明しておく。恐らくもうい
ないとは思うが、夜だから確認は限界があることも。
しかしとりあえずは巣を潰すだけで、俺たちの仕事としては十分
なようだ。村人も戦えるし、いよいよ危なくなったら近隣から救援
を呼べる体制もあるという。
﹁ところでその、報酬のお話なのですが⋮⋮﹂
そういえば報酬の交渉もなしに出ちゃったな。
俺としてはアンが受けた仕事だから神殿のボランティア活動だと
思ったが、冒険者として受けた依頼と考えると、うちはAランクパ
ーティ。結構な依頼料が発生するはずだ。
﹁今回は神官殿からの依頼ですので、お話はそちらへ﹂
2156
俺の言葉に村長がほっとした様子だ。
どの道がっついたところでこういう村にはお金はさほどない。冒
険者ギルドから多少は討伐報酬も出るだろうし、細かいことはアン
に丸投げだ。エリーもそれで構わないという。エリーはここ最近は
お金よりも名声という感じだ。
相変わらずパーティの決定は俺とアンとエリーでやっている。リ
リアも多少は口を出すが、今日のようなお金の話はどうでも良さ気
だ。新しく入ったシラーちゃんも金銭面は気にしないほうだったし、
ウィルも実家はとてつもない金持ちだ。装備は全部エルフに作って
もらってるし、お金に関してはガツガツする必要がない。
﹁それよりも今日の宿は? 疲れたから早めに休みたい﹂
﹁ここの二階に用意してもらってる。お風呂もあるよ﹂と、アン。
部屋は大部屋で全員入れ、お風呂も二、三人がゆっくり入れるく
らいの広さがあるようだ。
今日はお風呂に入って軽くご飯食べたら寝よう。宴会とかは絶対
やらないぞ。
二回の戦闘では俺は疲れるようなことは全くしなかったが、今日
は夜明けに出発してずっと移動していたのだ。それに移動中の警戒
探知はサティの耳がフライ中は風切音で役に立たないし、どうして
も俺の探知がメインとなり、これが結構疲れるのだ。
しかし案の定、歓迎の宴席を設けたいと村長が申し出てきた。
さてどうしよう。好意で用意してくれるのを無下に断るのも、そ
う思ってたらシラーちゃんが助けてくれた。
﹁主殿はお疲れだ﹂
2157
それで村長が一発で黙った。暗黒鎧も便利な時があるな。
﹁先を急ぐ旅です。宿を用意してもらえるだけで十分ですよ﹂
そうフォローしておく。それに今日の反省会と、レベルが上がっ
たからスキル振りも相談しないといけないし、ゆっくり宴会する時
間はない。
そうだな。先に集まって反省会やっちゃうか。
﹁アン、残りの治療手伝うよ。終わったら集まって明日の予定を相
談しよう。みんなは先に部屋に戻って寛いでて﹂
二人がかりで治療はすぐに終わった。
泊まる予定の部屋はそこそこ広く、ベッドを追加できるよう家具
も隅に寄せられていた。
サティに手伝ってもらい、装備を脱いで楽な格好になり、床に適
当に車座に座って、反省会を始めたのだが⋮⋮
フランチェスカがいる。明日の予定を相談するって言っちゃった
しな。追い出すものアレだし、まあいいか。
﹁さてと。新メンバーも加えて初の実戦だったわけだが、今日の戦
闘に関して何か意見は?﹂
﹁二人とも良くやってたんじゃないかしら﹂
そうエリーが言い、他のみんなも賛同している。
﹁俺もそう思うが、もうちょっと楽で安全な戦い方もできなかった
かなーと﹂
2158
なおかつ二人に経験値をがっぽり稼がせられる方法がいい。
﹁でもヒラギスまでに実戦経験も積ませたいから、今日みたいな戦
い方なんでしょう? ある程度の危険は仕方ないわよ﹂
安全に経験値を稼いで強くなるのも悪くないとは思うが、二人は
どうなんだろうね?
﹁ウィルとシラーはどう思う? 今日いきなりオークに突っ込ませ
ちゃったけど﹂
﹁私はもっと危険な戦いでも平気だ、主殿﹂
﹁俺はこのくらいで十分かなって思うっす﹂
意見が割れたな。
でもとりあえず今日くらいの危険なら許容範囲ってことでいいか。
﹁私ももっと前に出してもらっても構わないんだが﹂と、フランチ
ェスカ。
あんたは出来れば大人しくしていてもらいたい。
﹁でもあまり危険なことはさせないって、公爵と約束したのよね﹂
﹁自分の鎧を使わせてもらえれば、オークの攻撃くらいでは危険も
ないだろう﹂
確かにそうだが、あのキンキラした鎧を使うのもなあ。どうせ普
2159
通の狩りならフランチェスカの出番はないだろうし。
﹁フラン様は護衛対象ですから、戦う必要はないんですよ?﹂と、
サティが珍しく意見を出した。
﹁だが私ほどの戦力を遊ばせておく手はあるまい?﹂
﹁じゃあうちで手に余るくらいの敵が出てきたら頼むとして、当座
は今日みたいな感じでお願いしたい﹂
﹁心得た﹂
そんな場面にはまずならないだろう。うちをピンチにするには国
を滅ぼすくらいの戦力が必要になる。
﹁それとフランの分の報酬はどうする? 今日も少し戦ったし、こ
の先も戦闘に参加したいんだろう?﹂
﹁私は報酬はいらないぞ﹂
まあフランチェスカも金持ちだし。
﹁だから遠慮無く酷使してもらって構わない﹂
﹁今日一匹倒しただろ。これで冒険者に混じってオークを倒したこ
とがあるっていつでも自慢できるぞ﹂
﹁せっかくこうやって旅に出たんだ。もっとひりつくような戦いを
だな⋮⋮﹂
2160
実戦で死にそうになったことがないから、そんなことを言えるん
だよ。
﹁それなら私がいつでも相手をしてあげますよ?﹂
﹁それよりも私はマサルとやってみたいな。サティより強いんだろ
う?﹂
矛先がこっちにきやがった。軽くならいい修行になるし、相手を
してもいいんだけどな。
﹁時間の余裕があったらね﹂
今日のペースなら、あまり修行する時間は取れそうもない。一日
八時間くらい飛んで、休憩を入れて、さらに戦闘だなんだと時間を
食えば、夜明けから日没まで移動しっぱなしになりかねない。実際
今日はそんな感じだったし。
﹁そのことなんじゃが。今日一日飛んでみて、まだまだ精霊に余力
がある。それでフライの移動速度をあげようかと思う﹂
一日の移動距離は変えずに、八時間かけている距離を五時間か六
時間くらいに短縮するという。
﹁正直、一日八時間も飛びっぱなしは辛い﹂
ああ、それはよくわかる。乗っかってる方は徒歩や馬車よりずい
ぶんと楽だが、ほとんど精霊任せとはいえ、魔法を発動しっぱなし
は術師側も疲れるようだ。
俺も警戒する時間が減って楽になるところだが⋮⋮
2161
﹁なら時間の余裕は取れそうだな。楽しみにしておくぞ!﹂
まあリベンジするのもいいか。フランチェスカの戦い方はたっぷ
り見たし、体調が万全なら剣のみでももうちょっと戦えるかもしれ
ない。
﹁戦闘といえば、村の人がここのところ急に魔物が増えたって。そ
れがヒラギスから流れてきてるんじゃないかって話なんだけど﹂と、
アン。
﹁ここからヒラギスって、えらく遠くないか?﹂
馬車でも二ヶ月はかかるって距離だぞ。
﹁遠いからここ最近なのよ﹂
ヒラギスが落ちて五ヶ月くらいか。ヒラギスに空いた穴から、遠
路はるばるこの辺りまで魔物が侵入してきてるのか。
それが本当なら、まっすぐヒラギスを目指すこのルートって、魔
物にがんがんぶつかるってことか?
﹁でもそんなことになってんなら、なんでもっと早く奪還作戦を開
始しないんだ?﹂
大規模な戦力を集めるのに時間がかかるのはわかるが、五ヶ月も
あればとうに作戦を決行できたはずだ。
﹁ヒラギス方面はもうすぐ雨季っすから、それを嫌ったんでしょう
ね﹂
2162
ウィルによると場所によっては水没するほど雨がひどいらしく、
ヒラギスの奥深く入ってから軍が身動きできなくなったら死活問題
となる。
なるほど。それで作戦開始時期が天候次第ということで不明瞭な
のか。
﹁他に何かないか? ない? じゃあ先にお風呂だな。サティ一緒
に入ろう。シラーもどうだ?﹂
シラーちゃんの体に鎧ズレで傷がついてないか、全身隅々までみ
てやらないとな。
ティリカとリリアも一緒に入ってくれるようだ。五人もだとちょ
っときつきつだが、それもまたいいものだ。
旅の間はエロいことはなしかと思ったが、お風呂場で多少ハメを
外すくらいなら許されるんじゃないだろうか?
入れ替わりにアンとエリーがお風呂に入っていった。
ウィルとフランチェスカは⋮⋮外か。カンカンと木剣を交える音
がする。
﹁俺たちも少し剣を振っとくか?﹂
﹁はい、マサル様﹂
今日は軍曹殿に見せてもらったあの技の練習だ。フランチェスカ
に見せるつもりはないから、サティとシラーちゃんを連れてこっそ
りとウィルたちとは離れたところへ。
一度見せてもらっただけだったが、ヒントはあった。構えと足あ
2163
とだ。
サティが気がついたのだが、あの時軍曹殿の軸足側に、通常じゃ
つかないくらい深い足あとが残っていた。
恐らく足の力を剣の振りに乗せて瞬発力を高めていたのだろうが、
現状で俺たちが再現できたのはただのパワーのある一撃で、あれほ
どの速度が出ない。
﹁足の踏みが足りてません。軍曹殿のはもっと深かったです﹂
もちろん俺たちも全力を出しているんだが、それでも浅い。土と
はいえ、練習場は踏み固められた硬い地面だ。そう簡単に足あとが
付くようにはできていない。
それが付くほどの踏み込み。相当な負担が足にかかったはずだ。
軍曹殿は膝を壊している。治ったという話は聞いたことがない。
見せるだけ見せてさっさと指導を終えたのは、もう膝がかなりや
ばかったのかもしれない。
﹁剣の道は奥が深いな﹂
﹁はい。修行が楽しみです﹂
﹁食事の準備が出来たみたいだな。今日はこれくらいにしておくか﹂
村長の家人が呼びに回っている声が聞こえてきた。
村長宅に戻ると、湯上がりでほこほこしたフランチェスカが風呂
場のほうから出てきた。
﹁あのウィルというのは良い腕をしているな。なかなかいい練習に
なった﹂
2164
まあ剣術レベル5だからね。ウィルもいい修行になるだろう。
しかしウィルがフランチェスカの相手をしてくれるならちょうど
いいな。それにウィル個人としても、隣国の王族と個人的な誼を通
じておくのも悪いことじゃないだろう。
﹁そうそう。あいつには素質を感じるんだよね。鍛えあげたらすぐ
に俺くらい戦えるようになるんじゃないかな﹂
まあ俺と比べればだいたい素質があるように感じるんだけど。
﹁ほほう﹂
フランチェスカは少し興味をそそられたようだ。
よし。旅の間、ウィルはフランチェスカ担当にしておこう。やつ
も帝国の王族。俺や他の誰かが手を出しちゃうとまずいが、やつと
なら何か間違いがあったとしても、たぶん平気だ。
2165
148話 国境の村 その2
夕食後、今日レベルが上がった分のポイントの使い道を、ウィル
の部屋で話し合っている。
ほしいスキルは目移りするほどあるが、まずは当面必須となる弓
をレベル3まで上げた。
しかしここからが本題である。フランチェスカの面倒をこいつに
押し付ける。
﹁そう言えば、さっきフランに相手をしてもらってたみたいだな﹂
﹁ええ。さすがに強いっすねー﹂
﹁そのフランのことだがな。実戦で前に出たがったりして、ちょっ
と危なっかしいだろ?﹂
今のところちゃんと言うことを聞くし行動も常識的だが、この先
何が起こるかわからない。
﹁あれだけ強いと心配ないと思うっすけど﹂
﹁まあそうなんだけど、今回は護衛対象だ。万一があっても困る。
それでだな、ウィル。旅の間のフランの様子、お前が見てやってく
れ﹂
こいつは初心者講習会もやったし、冒険者として何ヶ月かパーテ
ィ活動していた。一人くらい面倒見るくらいなら大丈夫だろう。
2166
﹁俺がっすか?﹂
﹁逆に戦闘中はフランにお前のフォローに回ってもらうつもりだ﹂
これはウィルにとっても悪くない提案だ。フランを前を出すこと
に関しては、魔物を前にしても落ち着いていたし、むしろ心配なの
はこいつのほうだな。
昼間のようにウィルとシラーちゃんを組ませると、両方自分のこ
とで手一杯で、連携が取れてない。
それに盾役への適正もある。ウィルは少々前衛を怖がっているよ
うだ。まあ今日はいきなりの初戦でオークが多すぎたせいもあるん
だろうが。
﹁で、フランをあまり前に出すわけにもいかないから、シラーをメ
イン盾にして、お前は少し下げる。その分ゴーレムを出してシラー
の補助をするつもりだ﹂
前衛がゴーレムとシラーちゃん。中衛がウィルとフラン。シラー
ちゃんはサティが見る。
﹁サティがやってくれれば一番いいんだが、ちょっとフランのこと
が嫌いみたいでな﹂
サティはフランチェスカのことをまだ許したわけではないようだ。
俺が言えばフランチェスカの面倒くらい見てくれるだろうが、余
計なストレスをかけることもないだろう。ケンカとかされても困る。
とするとあと面倒見のいいのはアンになるのだが、アンは移動中
は多忙になるし、あとの面子はウィルと五十歩百歩である。
男を付けるのもどうかと思ったが常時フルプレートで悪さをしよ
うと思っても出来ないだろうし、今日みたいに人里に滞在する機会
2167
が多そうだ。フルプレートの戦士が付いていれば悪い虫は付かない
だろう。
﹁でも兄貴、フランさんのこと狙ってるんじゃ?﹂
こいつはほんとに俺のことをなんだと思ってんだろうな!
﹁ウィルよ。俺はな、女の子は大好きだが、だれかれ構わずってわ
けじゃない。それにこれ以上増やすと体がもたんからな﹂
﹁え、でもシラーとかわざわざ買ってきたんですよね?﹂
まあかなり好みで選んだのは否定しないし、三人も買っちゃった
しな。
﹁シラーたちは加護のテストだったんだ﹂
サティと加護のことを説明する。果たして隷属化と加護に関連は
あるのか? 結果はなかったと判明したわけだが。
もし奴隷を買って手軽に加護持ちを増やせたら、そもそもこいつ
を加護持ちにする必要もなかったのにな。
﹁なんか話がそれたな。フランのことは純粋に面倒事を起こさない
ように、様子を見てくれってだけの話だぞ﹂
色恋は関係ない。
﹁あと剣の相手もな。フランを適度に発散させてやってくれ﹂
﹁でもあんまり体力を消耗するのはどうなんすかね?﹂
2168
﹁体力は使いきっても構わん。それくらいじゃないとフランの相手
は務まらんだろ?﹂
飛んでる間は休めるし、戦闘隊形はシラーちゃんが先頭だ。戦闘
力は有り余ってるし、実戦時にウィルがヘロヘロになってもなんの
問題もない。
﹁もしきついようなら、俺のところまで下がればいい﹂
むしろそれを口実に下げてしまえばフランも安全になる。
﹁まあ今はまだ修行と両立は辛いだろうが、レベルが上がるにつれ
て戦闘は楽になっていくはずだ。加護は強力だからな﹂
ただある程度強くなるまでが心配だ。実戦はすぐに慣れろってわ
けにもいかない。いきなり無理をさせて俺みたいに引き篭もられて
も困るから、ちょっと下げて様子を見る。これでダメなら⋮⋮弓兵
か、微妙な能力の魔法使いでもやらせるか。それとも隠密系を取ら
せて斥候をさせてもいいかもしれない。
﹁正直な話、盾役はきついか?﹂
今日は少々オークの数が多かった。大量のごついオークが雄叫び
を上げて殺しにかかってくるのだ。怖くないはずがない。俺なら絶
対に怖い。まあ今となっては雑魚だって理解しているからさほどで
もないが。
﹁え、いやあ⋮⋮﹂
2169
ついっとウィルが目を逸らした。今日真っ先に留守番を申し出た
のも、ハーピーだとあまり役に立てそうにもないという理由だけで
はなさそうだ。
﹁わかってる。みなまで言うな。オークの集団が向かってくるのは
恐ろしいよな? それが普通だ﹂
シラーちゃんは平然としてたが。サティもそうだが、獣人って神
経が図太いのだろうか?
﹁俺も最初はオークが怖かった。一番最初にオークと戦ったのはサ
ティもまだ居なくてソロでやってた時でな。五匹出てきて、魔法と
剣で倒したんだが⋮⋮﹂
この際だ。こいつに俺のダメな部分もしっかり教えといてやろう。
何か非常に誤解されているフシがあるし。
﹁こりゃ無理だと思って剣士を諦めた﹂
﹁ええっ!?﹂
そうだよな。絶対おかしいよな。なんで剣闘士大会とか出てたん
だろうなー。
﹁俺が野うさぎって呼ばれているのを知ってるか?﹂
﹁何度か聞いたことがあるっす。野うさぎ狩りが得意なんすよね?﹂
さすがに馬鹿にするような話はもう広まってないのか。それとも
こいつは俺の知り合いだし、変な話を吹き込んで俺に伝わるのを恐
2170
れたんだろうかね。ティリカの婚約者をふっ飛ばした話とかちょっ
と色々尾ひれがついて広まってたようだし。
﹁違う。野うさぎに負けて通りすがりの人に助けてもらったんだ。
すでに加護をもらっていた状態でだぞ?﹂
今でこそ笑い話だが、あれもガチで死んでてもおかしくない状況
だった。
﹁そもそもだ。俺は加護がなければなんにも出来ない人間なんだ。
魔法はもちろん使えなかったし、剣も握ったことなかった。家はそ
こそこ裕福だったから、親のスネをかじって生きてたんだ﹂
加護があってさえオークにびびり、ハーピーに殺されかけ、それ
でしばらく怖くて引き篭もったのも包み隠さず話してやる。
﹁俺なんてその程度の人間だ。だからお前もちょっとビビったから
って気に病むな。自信なんて戦ってるうちになんとなくついてくも
んだ﹂
さて。さすがにこれで忠誠は下がって⋮⋮ない? なんで上がる
???
﹁兄貴も苦労してたんすね﹂
﹁ああ、うん。まあそうだな。その後はゴルバス砦で防衛戦があっ
て︱︱﹂
あそこも結構きつかったが、一気に経験値を稼げてずいぶんと楽
になった。
2171
﹁お前もレベル20もあれば、スキルと合わせてどこへ行ってもト
ップクラスの戦力になれるぞ﹂
そうなれば俺にくっついて来る必要もない。嫁と違ってこいつの
人生には責任は持てないし、束縛するつもりもないから自由にやれ
ばいい。
﹁自由にっすか?﹂
﹁そうそう。使徒だ神託だって言っても俺だけの話だからな。お前
は気にすることもないんだ。冒険者をやるくらいの感覚で、続ける
のも辞めるのも好きにすればいい。それだけはお前も覚えておいて
くれ﹂
﹁はい、兄貴﹂
﹁ぶっちゃけると、俺は使徒だとか神託だとかはどうでもいいんだ﹂
どうでもいいは言いすぎだが、優先順位は低い。
﹁え、それってどういう⋮⋮﹂
﹁まず第一に死にたくない。だから必死に修行もしている﹂
﹁まあそれはよくわかるっすけど﹂
﹁いっそ神託とかぶん投げちゃってしまえば楽なんだろうけどな﹂
﹁神託を断るとかとんでもない話っすよ、兄貴﹂
2172
﹁別にいいんだよ。断ってもいいって言われてるし。でもみんなも
神託を断るなんてとんでもないって言うしな﹂
﹁そりゃそうっすよ﹂
神託を受けるメリットもあるが、一番の理由は嫁が望むからだ。
﹁ほんとみんなとどっかで静かに暮らせたら、それが一番いいんだ
けどな﹂
でもこの案は評判悪い。まあそれはもう無理だろうってわかって
んだけど。
﹁お前はどうなんだ? 魔法を覚えたら、それからどうしたかった
んだ?﹂
思えばこいつとはじっくりと話したことがなかった。魔法を覚え
たいとか実家のこととかは多少聞いたが、こいつの望みってなんな
んだろうか?
もう望みは叶ったのに家にはまだ帰りたくなって言うし。
﹁俺は⋮⋮もっと役に立つ人間になりたかったっすね。頭も兄貴た
ちに比べてよくもなかったんで、せめて魔法でも使えればって思っ
てたんすけど﹂
同年代の冒険者に混じればこいつもそこそこ優秀なんだが、剣の
腕が多少立つ程度だと、大国の王子には何の役にも立たんのだろう
な。
2173
﹁このまま誰かと政略結婚でもして、どこかあまり重要じゃない領
地を任されて、パッとしない一生を送るんだって思ったらどうにも
耐えられなくて﹂
それで家出か。俺からすると、実にいい人生設計に思える。立場
を交換できるものなら交換したい。
しかしなるほどな。こいつの望みは刺激的な人生か、実家ででか
い顔をできるくらいの実力や功績ってところか。
こいつの仲間の話はあまり聞いてないが、クルックやシルバーの
ような生活のために冒険者をやっている人間とは、さぞかし相性が
悪いだろうな。
だがそんな希望のわりにビビリなのは、最近まで王宮でぬくぬく
と平和に暮らしてたせいだろう。魔物に対する恐怖心が俺と似たり
寄ったりだ。
そうするとやはり弓を覚えて中衛がいいのか。弓も極めれば強力
だ。もうちょっとこいつに魔法の適正があれば攻撃魔法を覚えさせ
てもいいんだが、剣と魔法両方となると中途半端になりかねない。
ついでだしこれから先覚えるスキルの方向性も検討することにし
た。
基本は剣士だが特殊な魔法も候補に上げた。召喚は魔力量がない
ときついから無理だが、空間魔法ならどこに行っても引っ張りだこ
だ。転移まで覚えてしまえば、生涯食いっぱぐれはない。ただ、転
移術師は地味で、こいつの望む波瀾万丈な人生とはほど遠いだろう。
﹁光魔法なんてのもあるぞ﹂
日誌を開いて詳細を説明してやる。
コストは高いが、使いこなれせればそこそこ便利なはずだ。
2174
﹁それって勇者じゃないっすか!﹂
﹁おう、勇者だな。やりたいなら譲ってやるよ﹂
﹁兄貴を差し置いてさすがにそれは⋮⋮﹂
﹁俺はあんまり表舞台に出たくないんだ。裏方で地味に生きたいほ
うなんだよ。お前、光魔法を覚えて実家に帰って、勇者になりまし
た! ってヒラギスに帝国軍を率いて攻めこむとかどうだ?﹂
ウィルはちょっと心が動かされたようだ。
だが魔族のことがある。光魔法は使い手がいないから、もし使い
手として有名になったら、間違いなく狙われるだろうと、説明もし
ておく。
﹁え、遠慮しとくっす﹂
やっぱダメか。まあ覚えたいって言っても、今のところは危険の
ほうが大きそうだし、止めてただろうけど。
とりあえず剣と弓とその周辺スキルを強化することを決めて、あ
とは探知を取ることにした。生命探知があれば不意打ちはされなく
なるし、俺も楽になる。悪くない選択だ。
相談が終わると結構な時間が経っていた。当然みんなもうお休み
である。隠密忍び足、暗視を駆使して気が付かれないように、少し
スペースのあったエリーの隣に潜り込む。体温が温かい。
屋敷に居た頃ならこのまま夜這いの流れだ。熟睡しているところ
をちょいちょいいたずらをして、目を覚ましたエリーに怒られる。
でもその後はちゃんと付き合ってくれるんだよな。あれはすごく楽
2175
しかった。
さすがにこの大部屋ではそれもできない。みんなで泊まれてラッ
キーと思ったんだが。
お風呂ではさすがに軽くいちゃつくだけだったし、かなりムラム
ラするな。
次に宿が取れたら小部屋に分けて泊まるのもいいかもしれない。
個室ならこっそり色々やれるだろう。うん、いい考えだ。旅の間は
禁欲かと思ったが、そこそこ余裕もあるし、別に我慢の必要もなさ
そうだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日、夜明けに起こされた。朝食の前にボランティア活動の続き
をやるそうだ。
アンが要望を聞いてきたのは、井戸掘りと建物を二つ。それと物
見塔。エリーは村の外壁の補修と強化に村の外へ。
エリーも土魔法での物作りにだいぶ慣れて、簡単なのならすっか
り任せられるようになった。
﹁おお、すごいな! これはいくらくらいで請け負ってるんだ?﹂
見学に付いて来たフランチェスカが、俺がまたたく間に物見の塔
を作るのを見て聞いてきた。
これがなんと! 驚きの無料なんです!
まあ階段もない、本当にただの塔だ。頑丈には作ってあるが、内
装もとなるとちょっと手間暇がかかる。上に上がるには村人で階段
を作るなり、ロープで登るなりしてもらう。
2176
﹁これを無償? 昨日のハーピーもお金は取ってなかったようだが、
神殿から何か委託されているのか?﹂
﹁いや何にも。これはアンの個人的な趣味﹂
﹁趣味って言うな。私たちには能力がありますからね。マサルも喜
んで神殿の活動に協力してくれているんですよ﹂
別に喜んでやってるわけでもないが、今は魔力もあるし建物作り
もぽんぽんと簡単にやれるし、この程度の仕事で感謝されるのも悪
くはない。
次は井戸ですか。アースソナーで水源の確認を⋮⋮大丈夫だな。
ここで⋮⋮よし。井戸も完成。
﹁しかし本当に魔法が得意なんだな。他には何が出来るんだ?﹂
﹁魔法は一通り使えるけど、得意なのは火と土かな﹂
他にも色々あるが、詳しく教えてやる義理はない。
﹁なあ、私の部下にならないか?﹂
﹁そういうことはもっと偉くなってから言うんだな﹂
そもそも部下って何の部下だろう。親衛隊とかの隊長らしいが。
﹁偉くなったらいいのか?﹂
﹁そうだな。王様くらい偉くなれたら多少の依頼なら聞いてやって
もいいぞ﹂
2177
今のところ王国に定住する予定だし、多少はしょうがない。
﹁それでも多少なのか﹂
﹁色々と忙しいからな﹂
﹁諦めろ、フランよ。エルフとてこやつを引き止めるためにあらゆ
るものを差し出すつもりがあったのじゃが、結局妾のほうがこうや
って付いて来ておる﹂
﹁エルフでもですか⋮⋮﹂
フランチェスカではエルフ以上の条件は到底出せないだろう。さ
っさと諦めろ。
﹁マサルに言うことを聞かせたくば、フランがマサルのモノになれ
ば良いのじゃ。そうすれば色々とお願いも聞いてもらえるぞ?﹂
またリリアは仲間を増やそうとしているのか。いや、確かにエロ
いことをさせてくれるって言うならお願いくらいいくらでも聞くけ
どさ。
面倒くさい背景があって手を出すのはちょっとと思ってはいても、
現実に目の前で可能性を示唆されると、ちょっと考えてしまうな。
お、赤くなった。そして胸のあたりをガードして一歩下がられた。
﹁じ、じろじろ見るな﹂
﹁おっと、失礼﹂
2178
リリアが変なこと言うからガン見して引かれたようだ。いやだっ
て、あんなこと言われたら見ちゃうよな?
﹁脈はなさそうじゃの。残念残念﹂
そうだな、残念だ。いやいや、そうじゃない。
﹁俺はそんな理由で手を出したことは一度もないからな?﹂
﹁はいはい、マサルは偉いよ、立派だよ。じゃあ次はこっちね﹂と、
アン。
俺がアンの指示で建物を作っていると、後ろで﹁な?﹂と、リリ
アがフランチェスカに言っている。
これは嫁のお願いだからやってるんであって、お願いのために嫁
になってもらってるんじゃないからな?
そりゃ可愛い娘に頼まれたらほいほいやってしまうのは否定しな
いが⋮⋮
出発前に村人たちがハーピーの肉と素材を持ってきてくれた。夜
のうちにきちんと解体してくれたらしい。
村の食糧事情は悪くないようで、他にも採れたての作物なんかも
どっさりもらえた。
まあ持てなくなったら機会を見て、家に置いてくればいいだろう。
それか途中に町でもあったら売っぱらってもいい。
たくさんの村人に見送られ、俺たちは旅の最初の村を後にした。
2179
149話 帝国辺境での戦い
村を出発してしばらくは何事もなかった。多少魔物らしき反応は
あるものの、どれも移動を止めて狩るほどでもない。
﹁思ったより魔物がいないな﹂
﹁ギルドも帝国も状況はわかってるだろうし、対策くらいしてるっ
てことじゃないかしら?﹂
エリーの言うことももっともだ。魔物が大量に侵入してきて放置
なわけがない。
王国国境付近まで魔物が進出していたのは想定外で、もうさほど
魔物の危険もないのかもしれない。
どこかのギルドに寄って詳しく状況を聞ければいいのだが、今の
辺境ルートでは冒険者ギルドがあるような町には立ち寄らないし、
こっそり帝国に入ったのであまり公的機関に近寄りたくないのもあ
る。
王国と帝国間の密入国に特に罰則があるわけでもないようだが、
なぜそんなルートを取ったかを聞かれれば困ったことになる。
俺はそんなに困らないが、ウィルを犠牲にするほどでもないし。
﹁いっそもっと警戒レベルを上げてみるか?﹂
経験値は稼いでおきたい。
﹁そんなにすぐ方針を変えることはないわよ。どうせオークくらい
ならどこにだっているんだから﹂
2180
まあ今回は移動優先だし、経験値稼ぎはフランチェスカを送り出
してからじっくりやればいいんだが、暇で体力が有り余ってるお陰
で、前衛部隊が修行をガチガチとやり始めた。
ウィルをフランチェスカにけしかけたのは俺だが、それに釣られ
てシラーちゃんやサティもだ。
ウィルとシラーちゃんの育成は急務だし、修行は当然やったほう
がいい。狩りと修行を両立できるなら止める理由はないんだが、俺
を巻き込まないで欲しい。
﹁次はマサルの番だ﹂
サティと軽く手合わせを終えたフランチェスカがそんなことを言
い出した。
やるのが当然みたいに言われてもな? 今日は寝不足の上に朝から働いたし、道中も俺には敵を探知する
お仕事がある。それに何が起こるかわからないから、十分な余力を
残しておきたい。もうすでにサティとシラーちゃん相手に軽く剣は
振ったし、フランチェスカの相手までは面倒すぎる。
﹁軽くなら相手をしてもいいけど⋮⋮﹂
サティとフランチェスカの手合わせは、双方加減はしていても軽
くとはとても言えないものだった。
﹁私はマサルの本気とやらが見てみたいのだが﹂
﹁本気って魔法も込みでか?﹂
﹁そうだ﹂
2181
俺が本気で魔法を撃てば人間なんて軽く消し飛ぶ。そうそう使え
るものでもない。
﹁さっきの休憩は狩りまでしていたではないか。体力は有り余って
いるのだろう?﹂
それは野うさぎが多そうな草原があったからだ。ちょうどうさぎ
肉は王都で使いきったところだったし、野うさぎ狩りはいいストレ
ス解消になるんだよ。
﹁次のフライで今日の行程は終わりじゃ。相手をしてやればいいで
はないか﹂
みんなも俺とフランチェスカの戦いには興味がありそうだ。今日
はほんとに俺の野うさぎ狩りだけで終わりそうで、退屈だもんなー。
﹁怪我をしても知らんぞ?﹂
まあいずれはと思っていたことだ。大会のリベンジをしてやろう。
﹁それはこっちのセリフだ﹂
﹁一撃入ったら終わりのルールで。あとゴーレムを先に出してもい
いか?﹂
﹁構わない﹂
よし、勝ったな。
五メートルのゴーレムを出す。三メートルのだとすぐに壊されそ
2182
うだ。手持ちの一番大きい盾を持たせて、武器は⋮⋮近くの木を切
り倒して手頃な大きさの丸太にした。石武器でぶん殴ったら死にそ
うだ。
フランチェスカは特に文句もなく、俺の準備を眺めている。まあ
いくらでかいと言ってもゴーレムはパワーだけで、対処は難しくな
い。とはいえこのサイズのゴーレムの攻撃だ。当たればタダではす
まないが、そこはフランチェスカを信用するしかない。こっちが手
を抜けるほどフランチェスカは弱くない。
﹁いつでもいいぞ﹂
ではこちらから行かせてもらおうか。
ゴーレムを前に出して丸太を振るう。当然避けられて、フランチ
ェスカは俺のほうへ。だがゴーレムを放置して俺の相手をすると、
ゴーレムが自由になる。
俺を瞬殺出来ない以上、ゴーレムも同時に相手をしなくてはなら
ない。パワーだけはあるゴーレムがごつい丸太を振るうのだ。一撃
もらっただけで終わってしまう。
フランチェスカは一旦ゴーレムから相手をすることにしたようだ。
追撃をしてみるが、さすがに素早い。俺とゴーレムの攻撃をかわ
しつつ、俺との間にゴーレムが来るように移動される。今は使うつ
もりはないが魔法攻撃もゴーレムが邪魔で難しい。
やはりゴーレムの速度で対人戦は厳しいな。
距離を取ってゴーレムの操作に集中してみるが、懐に入られ丸太
を持つ手を破壊された。これで武器がなくなったが、それも想定内。
﹁追加だ﹂
ゴーレムの破壊と俺の詠唱を止めることは同時にはできない。魔
2183
力を感知したフランチェスカが最初のゴーレムの脇を抜けて俺の方
へと向かってきたが、間を遮るように、五メートルのゴーレムを三
体、一気に生成した。
直接攻撃魔法でゴーレムごと巻き込んでしまえば早いんだろうが、
それは最後の手段だ。
﹁舐めるな、こんなもの!﹂
さて、舐めてるのはどっちだろう。
五メートルサイズのゴーレム三体も、フランチェスカクラスとも
なると的確にダメージを与えられ、さほどの時間ももたずに崩れ落
ちる。追加ゴーレムは武器も盾もないし、大きいだけでのろいから、
三体でもろくな連携が取れず、簡単に各個撃破されている。
せめてもうちょっと強度があればいいんだが。
最初に出したやつと、追加の二体を破壊され、残りは一体。だが
もちろんこれで終わりじゃない。
一〇メートルサイズのゴーレムをさらに二体。
今度は止めようとする素振りすらない。まあ確かに何匹出そうが、
ゴーレムではフランチェスカは倒せそうにもない。
フランチェスカが三体の最後のゴーレムを相手にしてる間に、二
体の巨大なゴーレムをしゃがませ両手でごっそりと土を掘り起こし、
フランチェスカに投げつけた。大量の土が舞い視界が悪くなったと
ころで巨大ゴーレムを適当に突っ込ませ︱︱
気配を消してこっそり忍び寄り、フランチェスカに剣を突きつけ
た。
ゴーレムに意識を向け過ぎだな。最初からゴーレムは囮だ。
﹁はい、おしまい﹂
2184
上手いこと作戦通りにいった。もしフランチェスカがゴーレムを
無視して俺を倒すことに専念していたら、かなりの死闘になったか
もしれない。そうなると追加を出すのも難しかっただろうし。
そうなったらそうなったで、別の作戦は考えていたけど。
フランチェスカは土まみれで呆然としていたが、すぐに文句を言
い出した。
﹁も、もう一回だ! やり直しを要求する!﹂
﹁休憩時間はもう終わりだよ﹂
﹁今日は時間の余裕はあるだろう?﹂
そりゃまだ昼過ぎくらいで、午後は丸々暇な予定だが、何回もは
やりたくない。勝ち逃げだ。
﹁辞めておこう﹂
フランチェスカに通用するとわかっただけで今日はもう十分だ。
ゴーレムの運用もちょっと考えたい。雑魚になら武器も有効だろ
うが、フランチェスカ相手だと盾のほうが効果があった。いっそ盾
二枚持ちにしてスパイクシールドとかがいいかもしれない。
﹁これで一勝一敗だ! 決着はまだ︱︱﹂
﹁待って。ちょっと静かにしてください﹂
﹁なんだ⋮⋮?﹂
2185
﹁しっ﹂
なおも言い募ろうとするフランチェスカを押しとどめた。サティ
が真剣な顔をして、耳をぴくぴくと動かしている。俺も聴覚探知を
使ってみるが、聞こえるのはみんなの息遣いや、虫や鳥らしき鳴き
声のみ。
﹁あっちから鐘の音がします。緊急の鐘みたいです﹂
俺の聴覚探知では捉えられないとなると、かなり遠方だな。
﹁集まれ。急ぐぞ!﹂
サティの指し示す方向に飛ぶと、山間にある村がオークに襲撃さ
れていた。
空から接近してみるとオークはざっと⋮⋮一〇〇か、それ以上。
すでにオークが村の外壁に取り付いている。村人も応戦していて突
破はまだされてないようだが、時間の猶予はなさそうだ。
﹁近くに降りよう。リリア、降りたらすぐに集団のど真ん中にぶっ
放せ﹂
俺の指示でリリアが詠唱を始めた。
﹁リリアの攻撃と同時に各自殲滅を開始。あまり強い魔法は使うな
よ﹂
オークは村を背にしているから強力な攻撃だと村を破壊しかねな
い。
2186
着地と同時に、リリアがウィンドストームを放った。
散開してるうえに壁に取り付いていたオークも多く、初撃で倒せ
たのはせいぜい二、三割程度か。だが奇襲でオークを十分に混乱さ
せた。
続いて魔法とサティの弓での攻撃も始まった。 五メートルサイズのゴーレムを出し、弓矢の詰まった箱を出して
おく。だが敵が近い。剣と弓を持ち替えている暇はなさそうだ。
﹁前衛はそのまま待機。ゴーレムより前には出るなよ﹂
まあ前に出ようにも魔法がぎゅんぎゅん飛んで、うかつに動けな
いだろう。魔法組の脇に控えて大人しくしている。
土魔法で防御陣地は⋮⋮必要なさそうだな。
村の周囲は何も遮るもののない農地だ。村の外壁と俺たちに挟ま
れ、逃げも隠れもできずに圧倒的火力の前になすすべもない。
サティは村の壁に取り付いてるオークを狙って倒していっている。
村からの弓での応戦もあり、みるみるうちにオークが減っていき、
このまま終わるとか思った矢先、オークキングが現れた。たぶん壁
のほうにいたんだろう。魔法攻撃で視界が悪くなり発見が遅れた。
それとも魔法で倒される雑魚オークをうまく盾にして、一気に距離
を詰められたか?
とにかく気がついた時にはオークキングがこっちに向かって爆走
して来ていた。
やばい、ちょっと近いぞ。誰かの魔法が一発命中したが、鎧もつ
けていてレベル1の魔法くらいはものともしない。
フランチェスカがすいっと一歩前に出て、剣を構えた。
﹁奴は私に任せ︱︱﹂
2187
フランチェスカが言い終わる前に、サティの放った矢がオークキ
ングの足に命中し、動きが鈍った。続いて眉間に次の矢が命中した。
それでも倒れず刺さった矢を抜こうともがいているが、足が完全に
止まった。
サティが巨人殺しの弓に素早く持ち替え、流れるような動作で矢
を放った。専用の総鉄製の重い矢はオークキングの金属鎧の胸を深
く貫いた。
もう一発。それでようやくオークキングがどうっと倒れた。
それとほぼ同時に、すべてのオークが殲滅されていた。どうやら
終わったか? 見える範囲に動くオークはいないようだ。
﹁よくやった、サティ﹂
フランチェスカに任せなかったのはいい判断だった。
﹁はい。あの⋮⋮すいませんでした、フランチェスカ様﹂
しかしさすがにサティも少々バツが悪いようで、憮然としている
フランチェスカに謝っている。
﹁いやいまのでいい。接近されて万一があっても困るからな。サテ
ィがやらなくても俺が魔法で始末してた﹂
フランチェスカが遅れをとるとも思えないが、オークキングは恐
ろしい。
﹁うん、謝罪には及ばない﹂
フランチェスカはさほど機嫌を損ねたわけでもなさそうで、あっ
さりと謝罪を受け入れた。
2188
﹁しかしAランクのパーティというのは凄まじいものだな﹂
﹁今日は村が近かったからの。本気だとこんなものではないぞ?﹂
もっと村から距離があれば、魔法で一気に殲滅してたところだな。
もしくは村を背に、前衛主体でチクチクやってたか。
﹁じゃあこのパーティがピンチになることは⋮⋮﹂
﹁まずないじゃろう﹂
気がつくのが早かったな。もうちょっと長くごまかせるかと思っ
てたんだが。
護衛対象じゃなきゃもうちょっと前に出してやっても構わないん
だが、こればっかりはどうしようもない。フランチェスカが希望す
るような活躍はできないし、あっては困る。
﹁安全なのが一番なんだよ。さ、いつまでも話してないで後片付け
するぞ﹂
ゴーレムを土に戻して穴を埋める。俺たちが降りた場所は村へと
続く道だったが、オークはそんなことはお構いなしに農地で暴れ、
攻撃魔法と合わさって酷い有様だ。
﹁村の様子を見てくるね﹂と、アン。
サティはシラーちゃんを連れて倒したオークの検分をしに行った。
息があるのがいたら止めを刺すのと、使えそうな矢の回収をするの
だ。
2189
﹁俺もこっちに残るから、ウィル、村の方を頼む﹂
ウィルと一緒に、フランチェスカとティリカもアンについていっ
た。
俺はオークの死体を回収して、それから壁の修理だな。オークキ
ングがやったのか、外壁が一部崩れ、そこから村人が顔を覗かせて
いる。かなり際どいところだったようだ。
村人は事態の推移に追いつけずに呆然としているようだったが、
アンが門に近づいてにっこりと笑顔で手を振ると慌てて門を開いた。
エリーと手分けしてオークをある程度回収できたので、崩れた壁
の様子を見に行く。壁の前では村人が集まってどうするか相談をし
ているようだ。
﹁直すのは簡単なんですよ、冒険者さん﹂
オークでも悠々と通れるくらい壁は破壊されているが、壊された
のは一箇所だけで石を積み直せばすぐに修復はできる。確かに俺が
手伝うまでもない。
しかしそのまま直してもまた魔物が来て破壊されるかもしれない。
見たところ壁はそんなに薄くはない。村の外壁としてはたぶん標
準的で、通常の魔物から身を守るには十分な強度と高さはある。
それをオークキングは破壊してのけた。
壁を強化したほうがいいのは確かだが、村の外壁を全部となると
村人総出でも数ヶ月はかかる大事業となる。
﹁なるほどなるほど。実は俺、土魔法が得意なんですよね。よけれ
ば少し手伝いましょうか?﹂
2190
壊れた部分を直すだけのつもりだったが、魔力はたっぷりある。
﹁そりゃあ有り難い話ですが⋮⋮﹂
﹁とりあえずどんな具合になるか、やってみせましょう﹂
空に上がって村の全景を確認する。エリーにある程度分担しても
らうとして⋮⋮
壁の外に降りてさくっと土魔法を発動させる。元からの壁の外に、
くっつけるように同じくらいの高さと厚さの壁を作った。使った土
の分、堀も同時にできる。
土の量も半分で魔力も節約できるし、形も単純だから一気に作れ
る。
﹁こんなもんでどうです?﹂
うちの村のよりまだ薄いし高さもないが、これ以上の物を作ると
なると、エリーに手伝ってもらっても一日分の魔力だけでは足りな
くなるかもしれない。だが堀の分も合わせれば、ずいぶんと防御力
は上がるだろう。
﹁おお、これだけの厚さがあればあのオークにも﹂
﹁じゃあこれで作ってしまいましょう。いえいえ、お金はいりませ
んよ。無料です、無料﹂
しかし壁自体は好評だったのに、無料と言ったとたん、村人にう
さんくせーと言いたげな表情をされた。
2191
﹁いやしかし⋮⋮助けてもらった上に、こんな壁まで作ってもらう
のは⋮⋮﹂
何か信用されてないな。確かにうさんくさいくらいに都合の良す
ぎる話ではあるが。冒険者だからか?
﹁ほら、さっき村に神官が入っていったでしょう? うちのパーテ
ィはそのお手伝いをしてるわけなんです。神殿の奉仕活動の一環で
す﹂
なんでこんな説明しなきゃならんのだ。いっそがっつりお金を取
ってやりたいが、価格交渉なんて始めたらいつ取り掛かれるかわか
らないし、そもそも相場がわからない。
﹁大丈夫ですって。後から報酬を寄越せとか絶対に言いませんから﹂
村人たちを納得させたところでエリーたちも様子を見に来た。
﹁また壁作りなの?﹂
エリーは今朝もやったばかりだしな。
﹁そう。これを村の周りに全部作るんだけど、魔力はどんな感じ?﹂
﹁もうほとんど回復してるけど⋮⋮これを全部?﹂
﹁そう、全部﹂
﹁それは⋮⋮いや、まあいいわ。これもきっと勇者としてのお仕事
なのよね。手伝うわ﹂
2192
﹁いやいや、ただの人助け。神殿の奉仕活動だろう?﹂
﹁そうかしらね?﹂
さすがに全部やろうってのはちょっとサービスしすぎだろうか?
でもさほどの労力でもないし、壁が貧弱というのはいただけない。
現にオークにぶち破られてるし、何もせずに出発して、何年か後に
滅んでたとかになったら嫌すぎる。
そう思えば朝の村の壁も、エリーに任せないで手伝えばよかった
な。
﹁いいわ。やってしまいましょう。私はこっちからやるわね﹂
まああまり気にしても仕方ない。出来ることからこつこつとやっ
ていこう。
壁作りは一時間もかからなかった。
今日はゆっくりと休めそうだ。
2193
150話 帝国辺境での戦い その2
﹁待っていたぞ﹂
サティとシラーちゃんを伴って村へ入ったところに、フランチェ
スカが立ちはだかった。
村人の要望を聞いての外壁の微調整も終わり、村人たちの歓待を
受けに向かおうとしたところである。
﹁今日の仕事は終了だよ﹂
何を待っていたのかは聞くまでもないだろう。
﹁仕事じゃない。勝負だ﹂
もっとやだよ⋮⋮
今日はもうゆっくりできると思って、急いで外壁の作業を終わら
せたのだ。
しかしだるいとか面倒くさいって言っても納得しないだろうなあ。
実際、時間も体力も有り余っているし、魔力も何かあった時のため
に余裕を持たせてある。
フランチェスカは強い。サティでさえもう一回やって勝てるかど
うか。それとガチで戦いたいとなるとかなりの覚悟が必要だ。さっ
きはたまたま作戦が上手くいったから良かったものの、何か一つ手
違いでも起これば死闘へと早変わりする。日に何度もやりたくない。
﹁疲れているなら後にしてもいいが﹂
2194
だからなんでやるのが前提なんだよ。
﹁もう勝負はついただろう?﹂
﹁もう一度やれば私が勝つ﹂
結局のところ、魔法と剣じゃ戦いが噛み合わず、有利な状況を作
れば勝てる。俺はフランチェスカの戦法を知っているから後出しジ
ャンケンみたいなものだ。だがこちらの手の内を見られた以上、同
じ手で勝つのは難しくなるだろうし、勝てるというからには勝算が
あるのだろう。
﹁いやほんとに今日はもういいよ﹂
少なくとも今日は嫌だ。もう十分に働いた。これから旨いものを
食べて、ゴロゴロするんだ。英気を養い、明日への糧とするんだ。
﹁逃げるのか?﹂
﹁うん﹂
じゃあそういうことで! と手を振って行こうとしたら引き止め
られた。
﹁待った! ちょ、ちょっと待って!﹂
﹁なんだよもう﹂
﹁なんでそんなにやる気がないんだ!﹂
2195
﹁なんでって言われても、そもそも勝負して俺が勝っても何もない
よな? それでいて負けたら痛い目を見るだろうし、フランが嬉し
いだけでやっぱり俺にメリットがない﹂
修行にはなるだろうが、それなら別にサティでもいいわけで、サ
ティならちゃんと寸止めしてくれる。まあ今はフル装備なら多少の
打撃は食らっても平気だろうが⋮⋮
﹁メリットがあればいいのか⋮⋮金か?﹂
﹁金は十分あるからいらん﹂
﹁じゃあギルドの依頼だ。依頼を達成すれば功績になるだろう?﹂
﹁功績も特に必要としてないし、Aランクにもなれば依頼は好きに
選べるんだ。そもそも出発前にちゃんと言うことを聞くって約束し
たよな? あんまり我が儘は言うな﹂
﹁今は休憩時間だろう? 戦闘中に口答えしたことはないぞ﹂
休憩時間なら休憩しようぜ⋮⋮
﹁じゃあマサルは何が欲しいんだ?﹂
一番ほしいのはその休憩なんだが、それが無理となると⋮⋮次に
何がほしいかっていうと、おっぱいだな。
でもおっぱい揉ませろとか言ったらダメだよな。揉めるなら揉み
たいけど、他に揉めるおっぱいもたくさんあるし、みんなからの好
感度が落ちても困る。
2196
﹁主殿。仕事で疲れてるだろうが、相手をしてあげればいいのでは
?﹂
考えているところにシラーちゃんからの擁護が入った。シラーち
ゃん俺のことを強いと信じきっているから、挑戦は受けるべきだと
か思ってんだろう。カッコつけ過ぎるのも考えものだな。
﹁相手をしたところで、またマサル様の勝ちですよ﹂と、サティ。
﹁やってみないとわからないだろう﹂
﹁そんなのわかります。何度やってもマサル様が勝ちます﹂
いやあ、さすがに何度もやればそのうち負けるんじゃないかな⋮⋮
﹁だったら証明してみせてもらいたいものだな﹂
仕方ない。ここで逃げたところで、後回しになるだけか。
﹁んー、じゃあ一戦だけな? すぐに欲しいものは特に思いつかな
いから、貸し一つにしておいてやる﹂
﹁え、えっちなことはダメだぞ!?﹂
﹁そんなこと頼まねーよ!﹂
ちょっと考えたけど。
﹁報酬はフランが同意できる範囲のことでいい。無理は言わない﹂
2197
たぶん領地関係でフランチェスカの実家は役に立つだろう。こう
いうのはエリーがきっと喜ぶ。
﹁それならいい。村の外に少し行けば広い空き地があるらしいから、
そこに行こう﹂
﹁はいはい。じゃあサティ、みんなを探して知らせてきてくれる?﹂
場合によっては回復魔法が必要になるかもしれないし、観戦もし
たいだろう。あっさり終わらせるつもりだけど。
﹁またゴーレムは最初から出していいのか?﹂
﹁構わない﹂
よし、勝ったな。同じ条件でリベンジしたいのだろうが、甘い。
甘すぎる。
﹁大きい方だけど﹂
﹁だ、大丈夫だ﹂
ちょっと動揺してる。小さい方のゴーレムを想定してたのか。
﹁小さい方にしておこうか?﹂
小さい方でも身長五メートル。十分なサイズだ。
﹁大丈夫だ!﹂
2198
やはりゴーレムは無視して俺を倒してしまう作戦か? それだと
大きさは関係ないし、懐に入られるとゴーレムの大きさはかえって
邪魔になりそうだな。
フランチェスカと話してるうちにみんながやってきた。合流して
リリアに運ばれて空き地へと移動。模擬戦用の刃引きの鉄剣を準備
し、一〇メートルの巨大ゴーレムを作成する。
やはりでかすぎる。でかすぎて地上の相手に手が届かない。手が
地上に届くくらいに膝を落とすと歩けなくなるし、武器がいる。
対人だとハエたたきか、大きなローラーみたいなのを作って押し
つぶす感じだろうか。事前準備ありならやりたい放題できるな。
だがどこかで線を引かないと、最初から勝負にならない。一〇メ
ートルのゴーレムも反則気味なのだが、土メイジにゴーレムを使わ
せなないで勝ったところで、それはそれで勝利に価値があるのか?
ということなのだろう。
ゴーレムを盾にするように、ゴーレムの足の少し斜め後ろに立つ。
これで開幕ダッシュの攻撃を食らうことはない。
そして開始の合図で、ジャンプしつつレヴィテーションを発動し、
一気にゴーレムの肩に飛び乗った。
﹁おい、何を⋮⋮﹂
フランチェスカはいきなりのジャンプに完全に不意をつかれたよ
うだ。
﹁もう始まってるぞ?﹂
気を取り直したフランチェスカが攻撃魔法、火矢を撃ってきたが、
ゴーレムの頭を盾に防ぎこちらも詠唱を始める。これがサティみた
2199
いに遠距離でも攻撃力があればやばいんだが、近距離特化型の悲し
さだな。攻撃魔法に威力がない。
︻火嵐︼発動!
本来はレベル4の魔法だが、威力も範囲も弱め。それでも空き地
の結構な範囲が炎に包まれた。むろんフランチェスカは外してある
が、まともにぶつければ逃げる術はない。魔法は使えるようだから
レヴィテーションくらいはできるかもしれないが、フライで高速で
飛べでもしない限り叩き落とすのは簡単だ。
ゴーレムを破壊するのが唯一の勝機だろうが、巨大ゴーレムは簡
単には壊せないし、悠長に破壊されるのを待つつもりはない。こち
らからは安全に攻撃し放題なのだ。フランチェスカには打つ手はな
い。
﹁俺の勝ちでいいな?﹂
フランチェスカがしぶしぶ頷いたので、ゴーレムの肩から降りた。
空き地の雑草が燃えてくすぶっているところに水をかけて回る。
もっと後始末のいらない他の魔法でもよかったんだが、フランチェ
スカを大人しく降伏させるために派手なのにした。手間だけの効果
はあったようだ。
﹁最初からゴーレムを出すのはなしにしてもう一回、その、頼む⋮
⋮﹂
﹁一度だけって言ったよな﹂
﹁いやしかしだな、今のはちょっとないぞ﹂
俺もそう思う。戦法としては優秀なんだが、勝負としてはかなり
2200
ズルの範疇だろう。
﹁ゴーレムを出すのに同意するのが悪い。こっちはそれを最大限活
かして戦っただけだ﹂
だがまあ、せっかく見に来たのにこれだけじゃ観客も不満だろう。
﹁じゃあもう一戦やってもいいけど、貸し二つ目な?﹂
楽して貸しをゲットだ。
﹁いいだろう﹂
ゴーレムを土に戻して穴を埋める。さて、次はどう戦うか。
﹁立ち位置は大会と同じ距離で、開始前の魔法は禁止だ。あとフラ
イとかで手の届かないところへ行くのもなしにしてもらおう﹂
注文が多いが、対価はちゃんといただくから致し方無いだろう。
まだアイテムボックスや転移を使う戦法もあるが、そろそろまっ
とうに戦ってやってもいいだろうか? 卑怯な手ばかりだといい加
減機嫌を損ねそうだ。
﹁装備はそのまま革でいいのか? 次は少し本気で魔法を撃つから、
まともに食らうと大怪我するぞ?﹂
﹁⋮⋮装備を変える﹂
素直に忠告を聞くことにしたようだ。フランチェスカのプレート
装備を出してやり、サティの手伝いで装備を替えるのを待った。
2201
これで多少の無茶が出来る。少し威力がありすぎて危険だが、通
常のエアハンマーを打ち込む。弱いエアハンマーの連打とどちらが
いいか迷うところだが、弱いと発動は早くなるが仕留められないか
もしれない。
﹁次に使う魔法はエアハンマーだけにする。ただ、俺のは威力が強
いからまともに受けないほうがいいぞ﹂
最低限の忠告だけしておく。
フランチェスカが前傾姿勢なのは開始合図と同時に突っ込んで、
魔法を封じるつもりだろう。
だが魔法を封じて勝って、それで魔法剣士に勝ったってことにな
るんだろうか? ただの剣士対剣士にならないんだろうか?
対フランチェスカ、本日三戦目。
サティの始めの合図でやはり突っ込んできた。魔力を集中してみ
るが、細かい斬撃で妨害される。
くそっ、やっぱ強い。守りに徹すればいなせないことはないが、
隙がない。余裕がない。
軽く組み合った時に魔力の集中を試してみるが、これも素早く妨
害される。やはり魔法を使わせるつもりはないようだ。
だがフランチェスカの踏み込みが浅いか? 魔力の集中を必ず妨
害しにきているから、無理なタイミングでも動いて、攻撃に少々迫
力がない気がする。
それでも俺のほうが後手に回らされているのは恐ろしいが︱︱こ
こまで受けていた攻撃を一回、躱すことに成功した。
それだけでエアハンマーの詠唱には十分だった。
至近距離からのエアハンマーが発動した。次の攻撃の体勢に入っ
2202
ていたフランチェスカには躱せない。盾でまともに受けて、そのま
まふっ飛ばされた。空き地をごろごろと転がって倒れ、ぴくりとも
動かなくなる。
やばい。ちょっとやり過ぎたか? 盾で受けてたから死んではい
ないと思うが⋮⋮
﹁アン!﹂
治療はアンに任せた。俺に倒されて俺に治療されるのも屈辱的だ
ろう。
フランチェスカはアンの治療ですぐに目を覚まし、ふらつきなが
らも起き上がってきた。
﹁私は⋮⋮負けたのか?﹂
うん、それも本日三敗目だね。
﹁受けないほうがいいと言っただろう﹂
まあ避けれない位置とタイミングで撃ったのは俺なんだけど。
﹁いまのはエアハンマーだったのか?﹂
﹁俺のエアハンマーは普通より発動が早くて、ちょっと威力がきつ
いんだ﹂
俺くらいの威力と発動の早さのエアハンマーは他ではまず見れな
いだろうし、公爵令嬢に撃ち込もうという頭のおかしいのはいない
だろうな。
いや、俺も別にやりたくてやってるわけじゃないんだぞ。フラン
2203
チェスカがどうしてもって言うからだ。
﹁もう一度⋮⋮もう一度だ!﹂
﹁ふらついてるじゃないか﹂
ふっとんだ衝撃で頭が揺らされたんだろう。すぐには戦えそうも
ない状態だ。
﹁主殿、わたしもやってみたい!﹂
シラーちゃんは魔力探知がないから避けられないだろう⋮⋮
﹁え? エアハンマーを盾で受けてみたいの?﹂
﹁手加減なしで頼む﹂
盾をしっかり構えたところに希望通り撃ってやったが、もちろん
吹っ飛んだ。人に耐えられるような威力じゃないんだ。
しかしふらふらしながらも立ち上がってきた。気は失わなかった
らしい。
﹁な、何が来るかわかっていれば耐えられる﹂
おお、すげえ。回復を貰う前にちゃんと立って、盾を構え直した。
吹き飛んだ距離も、踏ん張ったのかフランチェスカよりも短い。う
ちの盾はなかなか優秀だな。
﹁次はわたし、お願いします!﹂
2204
サティは普通の、エアハンマーを使った立ち会いが希望のようだ。
サティはフランチェスカのようには魔法の中断を狙わず、初撃の
エアハンマーをきれいに躱してみせた。
二発目も。ちょっと素直に真正面に撃ち過ぎて、攻撃が読まれて
るな。それなら︱︱
三発目でエアハンマーがかすった。それだけでサティは軽く吹き
飛ばされて転んだが、すぐに立ち上がった。ダメージはないようだ。
﹁ウィルも一度食らってみるか?﹂
ウィルでは俺の攻撃は避けられないだろうから、シラーちゃんと
同じ、盾で受けるコースだな。
﹁ええっ、俺もっすか!?﹂
﹁ダメージに耐える訓練っていうのは大事なんだぞ。いざって時に
体験済みだと⋮⋮﹂
﹁次は私だ!﹂
休憩して復活したフランチェスカが、ウィルを押しのけて前に出
てきた。
﹁いや、次はウィルを﹂
﹁先に私だ!﹂
﹁あ、はい、どうぞ。お先にどうぞっす﹂
こいつ、あからさまに助かったって声だな。
2205
﹁じゃあ貸しの三つ目でウィルを鍛えてやってくれ。剣士の里に着
くまで徹底的にな﹂
﹁いいだろう。容赦なく鍛えてやろう﹂
﹁ええっ!?﹂
﹁よかったな、ウィル。ああ、エアハンマーもこの後でな﹂
﹁ええええっ!?﹂
ウィルはこれでいいとして、対フランチェスカも本日四戦目だ。
これで最後にしてくれるといいんだが。
﹁さっきは結構なダメージ食らっただろ。なんだったら明日にする
か?﹂
﹁平気だ。さあ始めよう﹂
開始の合図でお見合いになった。今度はある程度距離を取る作戦
のようだ。サティの真似だが、サティは結局躱し切れなかった。何
か対策があるのだろうか?
とりあえずエアハンマーを撃ってみるがあっさり躱された。躱し
ただけで動く様子はない。
何か狙ってるな。しかしお見合いをしてても仕方ない。こっちか
ら動くか。
エアハンマーを放つ。もちろん回避されたが、そこに剣を⋮⋮躱
され、鋭いカウンターが飛んできた。もちろんそれくらいは予測し
2206
ているから盾で受けて、エアハンマーの詠唱をするが、すぐに下が
って距離を取ったフランチェスカにエアハンマーはあっさり躱され
る。
ちょっと攻撃が単調すぎた。
エアハンマーは距離を取って躱され、通常攻撃にはカウンターを
合わされ一撃離脱される。
またお見合い。一歩間合いを詰めてみるが、すっと下がられた。
中距離くらいを維持するつもりか。
近距離の乱戦でエアハンマーを食らわないよう、躱せるくらいの
十分な距離を取るが、自由にエアハンマーは撃たせないつもりか。
もう一歩⋮⋮フランチェスカが突然前に動いた。こちらが間合い
を詰めたのに合わせて一気に詰められた。
受けて受けて、躱してエアハンマー⋮⋮は下がって躱された。危
ない。今のは危なかった。
またお見合い。同じ戦法は二度通じない。何度もエアハンマーも
撃っていれば、そのうち当たるかもしれないが、剣を食らうほうが
早そうだ。フランチェスカも一撃必殺のエアハンマーのお陰で慎重
にならざるを得ないのが多少の救いか。
﹁どうした? もう打つ手はなしか? 降参するか?﹂
攻めあぐねている俺にフランチェスカが声をかけてきた。
痛い目を見ないうちの降参もいいが、速射型のエアハンマー︵弱︶
はまだ見せていない。たぶんこれも二度は通じないだろうし、一度
で決める。
﹁そういうことはちゃんと勝ってから言うんだな﹂
2207
通常エアハンマーからの、踏み込んでの剣のフェイント。そこに
もう一度エアハンマー。これも簡単に回避される。
剣での追撃をフェイントにして、またエアハンマー。ここでエア
ハンマーを躱したフランチェスカが踏み込んで来た。ここだ。
フランチェスカの攻撃を受け︱︱︻エアハンマー︵弱︶︼が発動
した。
不意を打ったはずだが、それでもフランチェスカは反応し、これ
を盾で受けた。しかし完全に体勢を崩した。
もう一発。至近距離でバランスを崩したフランチェスカに躱す術
もなく、盾で受けたが膝をついた。
もう一発。ついに踏ん張りきれずに地面に転がった。
少し距離を取って、フランチェスカが立つのを待った。ここで追
撃も大人げがないだろう。
﹁一日に四回も負けておいて、まだ勝てるとは言わないよな?﹂
さすがにこの状況では反論の余地もないようで、めっちゃこっち
を睨んでるな。
もしまだやるって言われても、まだあと二つ三つは勝てそうな手
は考えているが、もうそろそろボロが出そうだ。
﹁つぎ、わたしいいですか?﹂
そうサティが声をかけてきた。
﹁いいけど、先にウィルだ。こっちこい﹂
﹁回復も自分でやって立ち上がるんだ。それが出来れば戦法の幅が
広がるぞ﹂
2208
﹁が、がんばるっす﹂
観念したウィルは大人しくエアハンマーを受けたが、あっさり気
絶してしまった。
﹁これはちょっと無理っすよ﹂
治療して目を覚ましたウィルが、そう泣き言を言う。
サティもこれもやりたがったので試したところ、派手に吹っ飛ん
だが、ちゃんと自力で回復して立ち上がった。
﹁ほら、出来るじゃないか﹂
﹁いやあ、どうなんすかね⋮⋮﹂
﹁そういうマサルはどうなのかしら? 耐えられるの?﹂
そうエリーが横から口を出してきた。
﹁お、俺はそりゃ余裕だよ?﹂
余計なことを⋮⋮
﹁あらそう? じゃあ2割ほど威力を増しておきましょうか。ほら、
そこに立って﹂ ちょっ!?
﹁こういうのも懐かしいわね﹂
2209
向い合って立った俺に、エリーがつぶやく。
最初にエリーにエアハンマーを習った時、体感しろって腹に撃ち
込まれたんだよな。
﹁あの時は加減してただろ⋮⋮﹂
﹁そうね。あの時、本気で撃ったらどうなるかなってちょっと思っ
たんだけど、まさか試す機会があるとはね!﹂
そう嬉しそうに言う。
﹁おい、ちゃんと調節しろよ!?﹂
﹁わかってるって。さすがに今の力で本気だとマサルでも死んじゃ
うわよ。行くわよ? さーん、にー、いち、ぜ﹂
ぜろの言葉を聞き終わる前に衝撃がやってきた。わけも分からず
に振り回され、気がついたら倒れていた。
意識が朦朧とする。ああ、回復。回復しなきゃな。︻ヒール︼︱
︱それで頭がはっきりしてきたので、ゆっくりと立ち上がる。
ヒール一発でほぼ治ってるし、ダメージはそれほどでもなかった
が⋮⋮
﹁ウィル、悪かったな。これは耐えれるとか耐えれないって話じゃ
ないわ﹂
頭が揺れて、ダメな時はどうしようもない。意識が飛びかけた。
﹁この訓練は危ないからもうやめておこう﹂
2210
変な吹っ飛び方をして、首でも折れかねない。
﹁そうっすよね!﹂
﹁ウィルにはフランのと別口で、俺が軍曹殿にやってもらった特訓
をしてやるよ﹂
痛みへの耐久力をつける訓練は必要だ。
﹁うええええ!?﹂
﹁特訓って?﹂と、エリー。
﹁教えてなかったっけ? エルフの里に行く前に、俺が軍曹殿に特
訓してもらってただろ?﹂
﹁ええ。毎日すごくぐったりして帰ってきてたわね﹂
﹁あれは鎧なしの鉄剣装備で︱︱﹂
﹁うわあ﹂
説明したらドン引きされた。
とりあえず鎧なしで鉄剣はやり過ぎみたいだし、俺も加減がわか
らないから大会ルールの革装備に鉄剣で許してやることにした。そ
れで上手くいくようならシラーちゃんにも試してみよう。
来年の剣闘士大会の練習にもなるし、一石二鳥かもしれない。
2211
151話 帝国辺境での戦い その3
﹁おお、大歓迎じゃの﹂
フランチェスカとのガチバトルを終え、村に戻ってきた。事態が
完全に収拾したと見て、村の外の被害や増強した壁を見にたくさん
の村人が出てきているようだ。
村の正門近くに降り立った俺たちに一瞬驚いたようだが、すぐに
周りに集まってきて、口々に礼を言い始めた。
なかでも一番人気はフランチェスカである。派手で高価そうな鎧
で一番目立つし、間違いなくパーティの指揮官だと思われたのだろ
うが、まさか今日やったことが、俺に喧嘩を売ったことだけだとは
誰も思うまい。
本人も一応いちいち否定はしていたものの、おおむね謙遜だと受
け取られたようだ。まあ指揮官なら働いてなくてもおかしくない。
だが喜んでいる村人に水を差すこともないし、大勢の前でこいつ
は村を救うのに一ミリも貢献してないとフランチェスカに恥をかか
せることもない。
﹁その、すまない⋮⋮﹂
村の中に入り、村人たちの輪を抜けたあたりでフランチェスカが
謝ってきた。村人の半分くらいはフランチェスカのとこに行ってた
ものなー。
﹁別に称賛がほしくて戦ってるわけじゃないし、気にするな﹂
﹁でも今日の一番の殊勲はサティね。よくやったわ﹂と、アン。
2212
﹁おお、そうだな。サティが鐘の音に気が付かなければスルーして
たもんな。偉いぞ﹂
サティは俺の側にいて、俺の側には暗黒鎧のシラーちゃんもいる
ので、あまり声をかけてくるのがいなかった。夜ほど恐ろしげでは
ないが、昼間明るい中で見ても何人か殺していそうな風情があり、
なかなか近寄りがたいようだ。
俺は村人の相手をしなくてよくて楽だったのだが、サティはしっ
かりと評価してやるべきだろう。
﹁少しでも役に立ててよかったです﹂
﹁オークキングも倒したし、大活躍だったじゃないか﹂
フランチェスカもフォローに回った。
﹁今日はみなさんが本気をだせなかっただけなので、わたしの働き
なんてぜんぜん大したことないです﹂
見ろ。これが本物の謙遜だ。まあちょっと謙遜が過ぎるが、サテ
ィは俺よりも自分の力は加護のお陰って気持ちが強いからな。
﹁本気って本当にそんなにすごいのか?﹂
﹁サティは大したもんだし、いつでもすごく役に立ってるよ。でも
本気をだしたらみんなサティと遜色ないくらいの戦闘力はあるな﹂
﹁そんなことないです! わたしなんてこのパーティじゃ弱いほう
です﹂
2213
サティに誰が勝てるんだろうかという気はするが、火力で比較す
るなら確かにサティはかなり劣っているほうだ。
﹁待て待て。サティで弱いなら私は⋮⋮?﹂
﹁剣士と魔法使いで優劣をつけるのは難しいが、魔物相手というこ
とならウィルとシラーの次だろうな。うちのパーティで下から三番
目だ﹂
それすら好意的に考えてという話になる。何回か戦って戦果を比
べれば、フランチェスカが最下位になるんじゃないだろうか。うち
みたいな遠距離攻撃主体のパーティと相性が悪いのもあるが、魔物
に切り込んでいいってことにしても、順位は下から三番目で精一杯
だな。
﹁冗談だろう﹂
こいつは魔法使いを舐めすぎじゃないか? 大規模破壊魔法を見
たことがないんだろうか?
それともうちの魔法使いが常識外れに強すぎるのか? これが一
番ありそうだ。加護を得る前のエリーくらいの実力のメイジなら、
簡単に制圧する自信はあるのだろう。俺だって魔法なしでもそれく
らいはできる。高速詠唱がないメイジの詠唱はものすごく遅い。
﹁一対一で戦えばフランはそりゃ強いよ。サティもだ。だけど魔物
相手だと、いかに効率よく倒すかって話になるしな﹂
小集団ならともかく今日くらいの規模だと、仮にそれぞれが一人
で戦ったとして、俺たちなら殲滅できる。ウィルとシラーちゃんは
2214
怪しいな。フランチェスカも恐らく大丈夫だろうが時間はかかるだ
ろうし、200体も倒して剣が耐えられないかもしれない。
﹁一対一でも妾は負けんぞ﹂
﹁そうだな。リリアなら勝てるだろうな﹂
精霊の防御と攻撃魔法のコンボは凶悪だ。レベルを上げる前でも
サティの攻撃を止めたくらいで、今はもちろん更に強力になってい
る。
﹁私だと五分五分くらいかしらね﹂
エリーだとどっちが先手を取れるかの戦いになるかね。でも転移
もあるから距離があればフランチェスカに勝ち目はないな。
﹁勝てる﹂
ティリカは召喚を使えれば勝率は高いだろうし、断言するからに
は何か勝つ手立てでもあるんだろう。
﹁私はちょっと自信ないな﹂
アンは近接スキルもあるし、防御力もあるからそこそこ勝てそう
な気がする。
﹁やったらきっと全敗しますよ﹂
信じられないという表情をしているフランチェスカに対して、最
後にサティがそう言った。サティが言うと説得力があるな。
2215
みんなは散々フランチェスカの戦いぶりを見てきた。もし本当に
やるとしたら、初見で戦うフランチェスカにとって極めて不利な戦
いになるだろう。
﹁やるなよ? お前らは対人戦は慣れてないから加減がわからない
だろ?﹂
今日はフランチェスカを怪我させないか、かなりヒヤヒヤした。
もろにダメージがあったのはエアハンマーくらいで済んだが、何度
もやってればそのうち大怪我しそうだ。
﹁そうじゃな。それに味方同士で勝った負けたと言ってみても意味
はないしの﹂
﹁そうそう。大事なのはこうやって無辜の民を救うことだよ。今日
はみんな実にいい仕事をしたな﹂
話しながらも時々村人たちが声をかけてきたり、家の中から子供
が手を振ってきたりしている。
﹁ほら、今日の泊まりはあそこ。この村に一軒だけある宿屋を貸し
切りにしてくれたから、思う存分ゆっくりできるわよ﹂
話しながら歩いてるうちに今日の宿が見えてきたようだ。先頭を
歩いていたアンがそう教えてくれた。
﹁ほほう。貸し切りとは素敵だな﹂
﹁あと歓迎の宴会を⋮⋮﹂
2216
﹁そっちはいらない﹂
﹁そう? じゃあ断っとくね﹂
﹁別にみんなで行ってきてもいいんだぞ﹂
俺は誰か一人付きあわせて部屋で弁当でもいいな。
﹁マサルのほうがいつ終わるかわからなかったから、宿の手配だけ
してあったのよ﹂
﹁ふむ。なら食事は俺らだけでゆっくり取ろう﹂
今日は本当に疲れた。朝の村の建設作業に道中の警戒。この村で
の壁の強化に、極めつけはフランチェスカとのガチ連戦。おまけに
エリーにエアハンマーも食らった。そろそろ限界だ。
﹁食事の準備を頼んでくるから先にお風呂に入ってきたら?﹂
お風呂か。お風呂はいいな。
﹁じゃあゆっくり使わせてもらおうかな。サティ﹂
﹁はい、マサル様﹂
お風呂はすべてを癒やしてくれる、この世の天国だと思う。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
2217
﹁マサル、この村はお酒が特産品なんですって!﹂
ゆっくりとお風呂を堪能してるうちに、みんなは宿の食堂ですで
に食べ始めていた。
エリーに渡された陶器の杯に満たされたお酒は、こちらの世界で
よく見るウィスキーかその亜種だろうか?
﹁なかなか美味いな﹂
少々アルコール度数がきついが、まろやかで飲みやすい。疲れた
体に染み渡る。
﹁でしょう。持っていけるだけ持って行ってもいいって言われたし、
根こそぎもらっていきましょうよ!﹂
﹁全部持って行っちゃ可哀想だろう⋮⋮﹂
﹁えー? それだけの仕事をしたんだし、貰えるものは貰っておき
ましょうよー﹂
﹁はっはっは。気に入りましたか? この村には昔から良い湧き水
がありましてね。酒造りが盛んなんですよ﹂
給仕をしてくれている村の人は冗談だと思ってるようだが、止め
ないとほんとうに根こそぎ持っていかれるぞ?
しかし水か。うちにも精霊が出す綺麗な水がある。お酒くらい作
れるんじゃないだろうか?
﹁リリア、エルフはお酒は作ってないのか?﹂
2218
﹁森で取れる果物からリキュールを作るくらいじゃの。あまり量が
取れんから、お酒は主に輸入じゃな。そもそも余剰の作物がない﹂
エルフは農地も壁の中に作っていてあまり広くなく、普通に食べ
るだけでカツカツなのに、お酒にまで回せない。
﹁じゃあうちでお酒作れないかな?﹂
入植希望者は増えているし、農地はまだいくらでも広げる余裕が
ある。
﹁あらいいわね。オーランド! ちょっとこっちに﹂
エリーがさっきから給仕をしてくれている男性を呼びつけた。よ
く見れば俺が外で壁を作るのに相談した時もいた人だな。
﹁オーランドはこの村の領主の息子なのよ﹂
そうエリーが教えてくれた。周りの村人に指示とかしてたから自
警団の隊長か何かだと思ってた。
﹁領主ってことは貴族じゃないのか? そんなに気軽に呼びつけて
いいのか?﹂
﹁小さな村の領主なんて、そこらの村の村長と変わらないわよ﹂
そういうものなのか。この世界の身分制度はいまいち把握しきれ
ないな。
ちなみに領主の人のご挨拶という面倒なイベントは、俺がお風呂
2219
で遊んでる間に終わらせてくれたようだ。
﹁なんでしょう、エリザベスさん﹂
﹁うちの村にこのお酒を作れる人間を指導に寄越しなさいな﹂
﹁それくらいはやらせてもらいますが、あなた方の村というのは⋮
⋮﹂
﹁王国のエルフの里のあるあたりよ﹂
﹁ええっ? そりゃ遠すぎじゃないですか﹂
﹁ちゃんとお給料は払うわよ。これくらいでどうかしら?﹂
﹁こんなに!?﹂
﹁その代わり腕の良いのを寄越しなさいよ?﹂
﹁ええ、希望者を募りましょう。あとは設備が必要ですね。運べれ
ばいいのですが、かなりの大きさがあるし、作れる鍛冶職人もとな
ると⋮⋮﹂
﹁古いのか余ってるのがあるなら言い値で買い取るわ。輸送はこち
らでするわよ﹂
﹁それなら手配しましょう﹂
瞬く間に話がまとまった。
2220
﹁うちの村にもいい特産品ができるわね﹂
エリーは自分で飲む分を確保したいだけだろう。
﹁そうじゃな。うちの者にも学ばせよう。エルフが精霊の水から作
る酒じゃ。きっと評判になるぞ﹂
エルフブランドってだけで売れそうだ。
﹁タダ働きかと思ったら、案外いい買い物になったわね﹂
﹁人助けは無駄にならないな﹂
﹁ええ。このお酒、三〇年モノですって。うちでもこんなのが作れ
るといいわね﹂
三〇年か。それって俺がどうにかしなきゃなんないのかな?
もし俺がどうにかできなかったら、今日助けたこの村も、冬の間
がんばって作った俺の領地も、すべてが泡と消えるのか?
この村を救ったことで何か変化があるのだろうか? それともヒ
ラギス一国を救えば?
しかしまだこちらに来て一年目の出来事だ。先は長い。
とりあえず今は神託に従って行動するしかない。あまり思いつめ
ると酒がまずくなるし、胃も痛くなる。
﹁そうだな。いつでもこんなお酒が飲めるようになればいいな﹂
できれば二〇年後も三〇年後も。
2221
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
旅の間、もっと魔物狩りに注力すべきじゃないかとも考えたが、
帝国はとても広い。俺たちが頑張れば魔物は確実に減らせるだろう
が、半日移動して魔物との遭遇がたった一回。
俺の村の周辺だけですら魔物を駆逐するのに冬の間かけ、それで
も排除しきれなかったし、どこからか侵入してくるのは防げなかっ
た。帝国辺境の魔物を俺たちだけでどうにかしようとするのは現実
的ではないだろう。
結局これまで通り出会ったら倒すだけにして、砦へとまっすぐに
向かった。
道中、森で出会った冒険者に詳しい話を聞けた。
やはりギルドは対策として多くの冒険者をこの地方に派遣してお
り、なかなかの戦果をあげているという。
なにせ一国が滅んだ余波が、たった二つの村が魔物に滅ぼされた
だけで済んだのだ。被害は軽微と言えるだろう。
フランチェスカにはちょくちょく練習に付き合わされたが、真剣
勝負じゃなければさほど嫌がる理由もない。
ウィルとシラーちゃんの修行も順調に進み、魔物も何度か狩れて
経験値もそこそこ手に入った。
フランチェスカは約束通りウィルの修行をみっちりしてくれたの
だが、ウィルとシラーちゃんの連日の勝負は、徐々にシラーちゃん
に軍配が上がるようになってきた。
そのせいでフランチェスカはウィルの修行に入れ込んでいる。出
発当初はウィルのほうが優勢だったのに、サティが修行を見ている
シラーちゃんに負けるようになって気に入らないのだ。
2222
まるで私の指導が悪いみたいじゃないか! ととてもご立腹であ
る。
シラーちゃんに盾を構えてどっしりと戦うスタイルが合っていた
ようだが、それ以上に道中稼いだ経験値でのスキル取得で、ウィル
が取った魔法スキルの分、前衛スキルに差がついたのが主な理由だ
ろう。
だがそんなことはフランチェスカに知る由もない。
﹁⋮⋮修行をもっと増やすか﹂
﹁ええっ!?﹂
﹁良かったな、ウィル。ああ、俺のほうの修行もあるからほどほど
にな﹂
毎日の移動はだいたい午前中で終わるから、修行の時間はたっぷ
りある。
そして王国を出発して一週間目。俺たちは最初の目的地であるブ
ルムダール砦に到着した。
2223
152話 ヒラギス国境の砦
フライで山を越えると、そこには広大な難民キャンプが広がって
いた。
﹁おお⋮⋮でかいな﹂
しっかりと様子を見るため、リリアに一旦止まってもらう。
眼下に見える難民キャンプの、その左手にある城壁がブルムダー
ル砦だな。右手遠くに見えるのは元からある村だろうか、難民キャ
ンプに飲み込まれそうになっていた。大きな川が横切るように流れ
ていて、渡った向こう側は山岳地帯で、山を越えて行けばヒラギス
なのだという。川向うはきっと魔物が出るのだろう。人が住んでい
る様子はない。
﹁話には聞いていたけど、ちょっとすごいわね⋮⋮﹂
ボランティア
アンは当然何か奉仕活動をする腹積もりだったのだろう。俺とし
てもその手伝いはするつもりではあったが、ちょっと手に負えそう
もない規模に見える。
難民キャンプはシオリイの町が二、三個は入りそうな広さがあり
そうだ。一体何人くらい人がいるんだろう? 五万か? 一〇万か?
それにしてもちゃんとした壁がないな。申し訳程度に木の柵があ
るだけで魔物を防げるのか?
川沿いだから水の供給は問題ないだろうが、食料事情が悪いのは
聞いている。だが何万人規模だと俺たちの手持ちの食料じゃ焼け石
に水だな。
小屋は総じてボロく、石造りならいいほうで、ただのテントや柱
2224
と屋根だけなんて小屋も多くみえる。
住む場所はもっとちゃんとしたのが必要そうだが、これだけの人
数分を用意するとなると⋮⋮
一〇万人いるとして、二〇人が住める長屋を五〇〇〇軒で一〇万
人分。一時間に一〇軒建てれば一日一〇〇軒。休みなしで五〇日か。
お風呂やトイレもいるだろうし、もっと時間がかかるか?
だが魔力が尽きなくとも、魔法の行使にも疲労が伴う。一日一〇
時間も魔法を使いっぱなしとなると、疲れて他のことはできなくな
るな。
食料はどうだろう。一〇万人が一日二食として二〇万食。一匹の
オークから平均して五〇キログラムの肉が取れるとして、一食一〇
〇グラムとして五〇〇人分。毎日四〇〇匹狩ればいいのか。
無理かと思ったが案外いけそうだな? 家は一応もうあるし、狩
りの合間に農地を作って収穫ができるようになれば、狩りは減らせ
る。その気になれば一〇万人でも養える。
だが途中立ち寄った村みたいに気軽に手は出せそうにもないし、
俺たちがそこまでやる義理もない。
剣の修行も予定しているし、エリーの実家にもいかなければなら
ない。それに最大の問題はこんな人の多い場所で派手にやって、魔
族側に俺の存在がバレたら困るってことだ。
﹁何かやるにせよ、まずは状況を確認してからね﹂
やる義理はない。しかしできることはできる範囲でやっておくべ
きだとは思う。
﹁そうだな。もしかすると平和で何事もないかもしれないし﹂
2225
俺の言葉にアンは頷いた。ヒラギスが滅んで五ヶ月くらいか? その間ここは誰かの手で運営されてきたのだろう。それが適切であ
るなら俺たちがあえて手出しする必要はまったくないだし。
﹁予定通り明日はまる一日は休みだ。宿を取ったら各自自由行動に
する。行こう、リリア﹂
当初は物資を置いて用事を済ませたらさっさと移動するつもりだ
ったが、みんなの疲労が溜まってきているので、一日休むことにし
たんだが⋮⋮これって俺は休めるのか? 何かやることになったら
休息している暇はなくなりそうだ。
降りられそうなところが見当たらなかったので、砦にほど近い、
難民キャンプのちょっとした空き地に着陸することにした。砦の門
の周囲は難民対策か警備兵もかなりいて、うかつに空から近づくと
トラブルになりそうだ。
着陸すると近くにいた人たちに驚かれたが、アンが愛想を振りま
くと特に騒がれることもなかった。
﹁シラーが先頭でウィルが殿で﹂
まさかちょっかいをかけてるとは思わないが、念のためだ。人が
多すぎて怖い。シラーちゃんに喧嘩を売ってくるやつもそうそうい
ないだろう。
シラーちゃん愛用の暗黒鎧だが、どうにか修行中ぶっ壊そうとし
てみたが、さすがはエルフ職人謹製品。なかなか頑丈な上、シラー
ちゃんも手強くなってきて、結局あちこちが凹み、傷がついたくら
いで、見た目がさらに凄惨になってしまっただけという結果になっ
た。
2226
まあ慣れてくるとデザインの酷さは気にならなくなるし、こうや
って役に立つこともあるし、本人が気に入ってるなら、無理に交換
する必要もないのかもしれない。
ウィルの鎧も似たような状況なのだが、こっちは安物ゆえの悲し
さ。ベコベコになっても買い換えられずに我慢して使ってるという
雰囲気を醸し出している。歴戦の冒険者に見えなくもないが、エル
フに頼んであるのがそろそろ完成している頃だろうし早急に交換し
てやるべきだろう。
ゆっくりと難民キャンプの様子を見ながら歩く。ほとんどの人が
着の身着のまま逃げてきたのだろう。身なりがよろしくないな。小
さな小屋に何人もの人が寝転がっていて、死んだような目をしてい
る者も多い。活気というものがまるでない。
﹁食料は足りてるのかな?﹂
かなりやせ細った感じの人が目につく。
﹁神殿も帝国もちゃんと支援はしているはずだけど⋮⋮﹂
アンはそういうが、本人も疑わしげだ。
﹁長期滞在も考える必要があるかもな﹂
当座の目標である神託ではヒラギス国民の去就に関しては触れら
れてはいないが、さりとて無関係とも言い切れない。ヒラギスを救
おうというのに、その国民が死にそうでは話にならないだろう。
﹁その時は妾がフランを送って行ってやろう﹂
2227
﹁そうね。私もついていって、ついでにそのまま私の実家に向かっ
てもいいわね﹂
少人数なら移動も早くなるし、あとでエリーに転移してもらえば
いい。あまりパーティは分けたくないが、そっちのが全然楽でいい
な。
﹁私のことは気にするな。急ぐ旅でもないし、貴様らといるといい
修行になる﹂
ここ数日、ちゃんと相手をしてやったのが裏目に出たかもしれん。
まあ俺にボコボコにされてからはほんとに大人しくしてるし、あえ
て排除の必要もないか。
難民キャンプの間を抜けて、砦へと続くメインストリートに出た。
道幅は広くて両側に屋台や露店もぽつぽつと並び、そこそこ賑わっ
ている。
満足に食べてない人は多いようだが、普通に屋台でご飯を食べて
る人もいて、別にキャンプ全体が飢餓状態ってわけでもなさそうだ。
﹁いい匂いだな。なんか食ってく?﹂
砦に入ったら忙しくなるかもしれないし、食える時に食っとかな
いとな。
﹁やめときなさい。こんなところのは高いわよ﹂と、エリー。
﹁どうせ砦で買っても値段は同じじゃないか?﹂
2228
アイテムボックスの買い置きで済ませてもいいが、出来立てが食
えるならそっちのほうがいい。
それで目に入った串焼きの屋台で値段を聞いてみたが、そう高く
ない。やはり前線だと供給が多いから、肉の値段は安定するようだ。
ちなみに帝国の通貨は王都で入手済み。単位も同じで、コインの
意匠が違うくらい。交換レートは王国通貨のほうが少し安かったが、
ほぼ一対一で計算して間違いない。
王国通貨そのままでも大きな商いをしているところなら普通に使
えるし、冒険者ギルドや商業ギルドですぐに交換してもらえて不便
はさほどないらしい。
串焼きを一本試しに買って試食してみる。塩とコショウ、それと
何かのスパイスでしっかりとした味がついている。肉は少し硬いが
一口サイズに切ってあって食べるのには困らないし、噛めば噛むほ
ど肉の味が口の中で広がる。
﹁なかなかいける。おばちゃん、そこにあるの全部ね!﹂
二〇本ほどあったから一人二本。でも一本ずつが大きいから間食
には十分だ。
みんなで食べながら残りが焼けるのを待っていると、サティにち
ょんちょんと突かれた。
﹁ん、どうした?﹂
サティの目線の先では小さいネコミミがよだれを垂らしてこちら
を見ている。
七、八歳くらいか? 獣人は集落でまとまって住むことが多いら
しく、町で見かけるのは大人ばかりで、子供の獣人を見るのは初め
2229
てだな。どことなくサティに似てて、小さくて可愛らしい。
ここまでシラーちゃんに恐れをなして誰も近寄ってこなかったが、
食欲が勝ったのか。
サティに一本串焼きを渡してやると、サティがその子に串焼きを
差し出した。おそるおそる近寄ってきて串焼きを受け取る。
喉をごくりと鳴らして焼き立ての肉にかぶりつこうとしたが、す
んでのところで食べるのをやめた。
﹁どうしたの? 食べないの?﹂
そうサティが聞くと、お母さんと妹に持って帰るという。よし、
それなら二本追加だ。
﹁あ、ありがとう﹂
そういうと小さいネコミミは串焼き三本を大事そうに持って、走
っていってしまった。よく見たら裸足だよ⋮⋮
﹁なあおばちゃん、景気はどうだ? ここの人はちゃんと食えてる
のか?﹂
﹁そうだねえ。飢えるほどじゃないけど、楽じゃあないね。私は屋
台があるから食うには困らないけど、仕事もそうそうないしねえ﹂
だいたい見たまんまの話だな。
﹁それに動ける人間はあらかた兵隊に取られちまって、うちも商売
上がったりだよ﹂
2230
徴兵か。そうだよな。国を取り戻す戦いに否応もない。
おばちゃんによると一応強制ではないらしいし、申し訳程度の支
度金ももらえたというが、冒険者ギルドの緊急依頼以上に拒否権は
ないようだ。
﹁はー。ここもどうなるのかねえ。偉いさんは近いうちに必ず取り
戻すって言ってるけど⋮⋮﹂
﹁さてね。俺たちここにきたばっかだし﹂
任せとけとか、そんなことを簡単に言えるわけもなし。
﹁冒険者のお兄ちゃんに言っても仕方ないか。ほい、これで最後だ
よ﹂
おばちゃんと話し終わって串焼きを全部もらうと、サティが獣人
の子供に囲まれていた。座り込んでふんふんと子供たちの話を聞い
ている。耳に入る内容からして、さっきの子から情報が伝わってよ
うだ。それでエサに釣られて集まってきたのか。
﹁それはもう食っちゃって﹂と、アンに残りの串焼きを渡す。ど
のみち獣人の子供たちに配るには手持ちの串では足りないし、アイ
テムボックスにご飯は大量に入っている。それを少しくらい分けて
やればいいだろう。
﹁マサル様。みんな、この人がわたしのご主人様です。すごい魔法
使いでAランクなんですよ﹂
様子を見に行くと紹介された。おおー、と歓声があがる。
ご主人様じゃなくて主人、旦那様なんだけどな。
2231
﹁う、後ろの鎧の人は?﹂
俺に付き従ってきたシラーちゃんを見て、子獣人の一人が少しビ
ビりながら言う。
﹁私の名前はシラー。私もマサル様の配下だ﹂
子供たちはこの情報にえらく感銘を受けたようだ。問答無用に強
そうな見た目というのも結構な利点があるな。
まあ実際シラーちゃんは見た目に引けをとらない強さはあるんだ
けど。
﹁で、何を集まってきたんだ?﹂
聴覚探知で聞けた話で想像はつくが。
﹁みんなお腹が減ってるって⋮⋮﹂
おやつがほしいのか、ガチで飢えてるのか? それが問題だ。
﹁食べ物は貰えるんじゃないのか?﹂
﹁帝国の配給だけじゃ足りないし、神殿のやってる炊き出しで俺た
ちは⋮⋮後回しなんだ﹂
﹁それほんとう?﹂
様子を見に来たアンの言葉に頷く獣人の子供たち。
神殿の炊き出しで獣人は列から排除されるそうだ。後ろのほうに
並べたとしても、炊き出しは滅多に最後まで回ってこない。全体に
2232
行き渡るだけの量がないのだ。
だけど炊き出しは数日に一回のことだし、このことで少数派の獣
人が人間族にケンカを売ってまで主張することでもない。問題は帝
国の配給のほうだ。そう一番年かさらしい子が説明してくれた。
最初のうちは配給は十分あった。仕事もあったし、足りない分は
自分たちの稼ぎで補えた。
だが二ヶ月ほど前に仕事︱︱砦の改修や難民キャンプの建設作業
が終わってしまった。その上、働き手が兵士としてごっそり連れて
行かれた。
そして人が減った分か、兵士に食わせるためか、食料の支援が減
らされたらしい。ゼロになったわけじゃないようだが、ギリギリだ
ったのを減らされては、減った分飢えるしかない。
どうにかしようにも、元気で戦えそうな者ばかりを連れて行かれ
てしまっている。
残っているのは現役を退いて久しい老人と、戦ったこともない女
衆と、成人前の子供たち。
狩りに出る計画もあったが装備は兵士に行った者たちが全部持っ
て行った。それにいくら身体能力が高い獣人でも、魔物狩りは素人
が訓練もなしに出来るようなものじゃない。ましてや装備がないと
か死ににいくようなものだ。
もちろん帝国やヒラギス公国の上層部に掛けあったり、帝国にい
る獣人に支援を頼む使いを出したり、なんとか畑を作ってみたりと
色々方策はうってみたが、いまや飢えで死人が出るか、誰かを奴隷
として売り払うかの瀬戸際らしい。
で、子供たちはというと小遣い稼ぎが出来る仕事か何か食料が手
に入るあてでもないか、難民キャンプをうろついていたところだっ
たと。
2233
﹁じいちゃん、ワシはいいからってもう三日もご飯食べてないんだ
⋮⋮じいちゃん死んじゃうよぅ﹂
そう言って一人の子が泣き出した。
﹁なあ兄ちゃんたち、お金持ちなんだろ?﹂
﹁あー、まあそこそこな﹂
Aランクだし、俺たちは装備も身なりもかなりいいほうだ。
﹁じゃあ俺を買ってくれよ! 冒険者になって一生懸命戦うからさ
!﹂
無茶を言う。一〇歳にも満たない子供に冒険者が務まるはずもな
い。
﹁お願いだよ。なんでもするから!﹂
なんでもするからと言われても男の子ではさすがに食指は伸びな
い。
﹁お前、名前は?﹂
﹁カルル。兄ちゃん、俺を買ってくれるのか?﹂
﹁いやいらない。だがその心意気に免じて飯くらいなら食わせてや
る﹂
2234
﹁俺たちだけ食えても⋮⋮﹂
﹁わかってる。ここの獣人は全部で何人くらいいるんだ?﹂
﹁えっと⋮⋮たぶん千人くらい?﹂
さっき計算したら一〇万人でもいけそうだったし、千人程度なら
余裕だな。なんなら俺のお小遣いだけでも足りそうだ。
だがもし援助するとしてもあまり目立つ行動は取りたくない。こ
の状況で大規模な食糧援助なんかしたら恐ろしく目立つだろう。
獣人はエルフみたいな完璧な情報統制が期待できるだろうか? それとも当座凌げるだけの食料をまずは渡しておいて、残りは神殿
経由の匿名の援助ってことにアンに頼んでできるだろうか?
まあそこら辺はおいおい考えるとして、とりあえずはすぐにでも
助けないと死人が出そうだ。
﹁いいだろう、カルル。俺が助けてやる﹂
﹁ほんと!?﹂
﹁マサル様がこう言っているのです。もう安心ですよ﹂
﹁そうだぞ。主殿に任せておけば万事間違いない﹂ だがまずは相談が必要だな。
フランチェスカをのけて、みんなで小さく寄り集まって顔を突き
合わせる。内緒の家族会議だ。
﹁食料はたっぷりあるし、いいことだと思うわ、マサル﹂
2235
アンの言葉にみんなもうんうんと頷いた。
﹁それでなるべくひっそりとやりたいんだけど、獣人もエルフみた
いに秘密を守れるかな?﹂
﹁うーん。千人も居てはあまり期待しないほうが⋮⋮﹂
シラーちゃんは否定的か。
アレ
﹁どのみちヒラギスでは派手になるんだし、もう多少はいいんじゃ
ない? それにもしかすると獣人から加護持ちが出るかもしれない
わよ。そう思って俺がやるって言ったんでしょ?﹂
そうエリーが不安そうにこちらを見ている獣人の子供たちをちら
っと見ながら言った。
加護か。考えなくもなかったが⋮⋮
﹁千人くらいなら俺のお小遣いだけでもいけるかなって。剣闘士大
会の時のお金があるし﹂
剣闘士大会で手に入れた一億円。千人なら一人頭一〇万円使える。
道中の狩りの獲物と合わせれば何ヶ月間かは余裕で暮らせる額だ。
﹁アン、支援を神殿経由でこっそりとできないかな?﹂
﹁できなくはないけど、情報が漏れる対象が獣人から神殿になるだ
けで、あんまり変わらないと思うな﹂
それもそうか。神殿は信頼できる組織ではあるのだろうが、信用
できるかって言うと、ちょっと怪しげだ。むしろ一番俺の情報が漏
2236
れちゃいけない場所でもある。
﹁なんなら俺が実家に言ってみますか?﹂
ウィルの伝なら絶大だし、裏から手は回せるだろうが、こいつは
家出中だ。
﹁他にどうしようもないような時まで、それは取っとけ﹂
さて、どうするか?
ひっそりと支援するか? 加護を目当てに出来うる限りの支援を
やってみるか?
でも加護を目当てにってのも何か違う気がするな。単に腹をすか
せて泣いている子供を助けようと思っただけで⋮⋮
ふとじっと俺を見てるサティと目が合った。さっきの子供、出会
った頃のサティと被るんだ。それを見てしまった以上、見過ごすこ
とは精神衛生上よろしくないな。
細かいことは脇に置いておこう。
﹁決めた。多少目立つのは気にしないでやれることをやってしまお
う﹂
難民キャンプ全体をどうにかしようっていうならともかく、千人
程度のグループを助ける程度なら、さほど大きな騒ぎにもならない
だろう。
﹁マサルだけでやるの?﹂と、アン。
﹁わたしもお手伝いします﹂と、サティ。
2237
﹁サティとシラーはもちろん連れて行く﹂
﹁じゃあこっちはこっちで動いておくね。何かあればすぐに言うの
よ?﹂
﹁もちろん頼りにしてるよ﹂
道中に狩った獲物は全部使ってもいいと言われたが、とりあえず
半分だけ使うことにした。難民キャンプ本体にも援助が必要かもし
れない。
冒険者ギルドのことは物資保管用の倉庫作りも含め、エリーがや
ってくれることになった。俺は後から行って物資を放出するだけで
いい。
旅行の日程は変えないことにした。もしかすると俺は移動できな
いかもしれないが、その時はフランチェスカだけ送ってあとで転移
で適当に合流すればいい。
最後に連絡用にティリカに召喚獣のねずみをもらって鎧の中に隠
しておく。本当は俺のも出して連絡を双方向にできるようにしたか
ったのだが、俺のはレベル1でもふくろうで、フランチェスカのこ
とを抜きにしてもちょっと目立ってしまう。
﹁じゃあがんばってね、マサル。ああ、フランチェスカはこっち。
彼らのことはマサルに任せて私たちは砦に行くから﹂
そう言ってアンがフランチェスカを引っ張っていってくれた。
﹁よし、カルル。獣人まとめて面倒見てやるから案内しろ﹂
﹁でも⋮⋮なんで助けてくれるんだ? 獣人は貧乏でお金なんかど
2238
こにもないぞ?﹂
歩きながらカルルが不安そうな表情で聞いてきた。都合が良すぎ
るんじゃないかと、今になって思ったのだろうか。
﹁俺は獣人が大好きなんだよ﹂
﹁それだけ?﹂
すごく大事なことだと思うんだが。
﹁心配しなくても、お前を買おうだとか見返りを寄越せとか言わな
いよ。この前賭けでかなり儲けてな。お金に余裕があるんだ﹂
﹁サティ姉様と主殿は王国の剣闘士大会に出て大活躍したんだ。特
にサティ姉様は大穴で優勝したから、賭けておいてすごく儲かった﹂
﹁王国って結構大きい国だろ? すげー!﹂
﹁うん。決勝トーナメントに残ったのは皆、私などは足元にも及ば
ない戦士揃いで、そこで勝ち上がった二人は本当に強かった﹂
﹁え? そっちの小さい姉ちゃんのほうが強いの?﹂
﹁サティ姉様も主殿も、一人で巨大なドラゴンを倒せる実力の持ち
主だ。私など相手にもならん﹂
﹁ドラゴン倒したことあるの!?﹂
﹁あるぞ。話を聞きたいか? そうかそうか。俺が最初に倒したの
2239
は飛竜で、あれは半年くらい前︱︱﹂
これくらいの子供は簡単に俺の話で喜んでくれて実に楽しいな。
2240
153話 獣人の集落
カルル
獣人の子供に獣人の長のところに案内してもらったのだが、着い
てみると長は不在。それでまずは食料を配ってしまうことにした。
アイテムボックスから食料の箱を出し並べていく。
色んな弁当や串焼き、焼きたてのパンなどが一〇箱分。ざっと二
〇〇人前くらいはあるだろうか。出来立てですぐに食べられるお手
軽なタイプのものが多く、いい匂いが漂ってくる。ゴルバス砦で一
度足りなくなったんで、ちょこちょこ買い込んでいたのだが、ここ
にきて役に立った。
それから果物。どれも美味しかったものを厳選し、まとめ買いを
しているので結構な量だ。
﹁これ全部いいのか!?﹂
箱を覗き込んだカルルが興奮した声をあげた。
﹁まあ待て。この程度じゃ全然足りないだろう?﹂
食料箱に食いついた子供たちをそう言って押しとどめる。まだこ
れは前菜。おやつにすぎない。
ドスンと、今回一番でかい獲物、大猪を開陳する。見かけたので
自分たちで食うつもりで狩ったのだが、獣人に提供してもいいだろ
う。
何事かと集まってきて突然の大猪を見て目を丸くしている獣人た
ちを大きく下がらせ、オークとハーピーを出してどんどん積み上げ
ていく。今回の狩りの四分の一くらいの量だろうか。
2241
﹁こんなもんかな? シラー、適当に配ってやってくれ﹂
﹁はい、主殿︱︱聞け! 諸君らの窮状をみかねた我が主が食料を
提供してくださった﹂
おおっ! と声があがる。
﹁見ての通り十分な量がある。必要なだけ持って行くがいい。さあ、
並べ!﹂
﹁ああ、子供たちは先に取って行っていいぞ。案内してくれた礼だ。
好きなだけ持っていけ﹂
俺がそう言うと子供たちはわっと食べ物の箱に取り付き、めいめ
い両手いっぱいに食料を抱え込んだ。
ふと見ると一人がオークの山に向かっている。一匹引っ張りだし
て丸ごと持っていく気のようだ。これはさっきじいちゃんが飢え死
にしそうって言ってた子だな。
シラーちゃんがどうすると言う風にこっちを見たので、構わんと
頷いておく。
﹁誰か手伝ってやれ﹂
シラーちゃんがそう言うと、何人かの大人が手伝いにやってきた。
﹁ありがとう、冒険者のお兄ちゃん!﹂
﹁おう。じいちゃんによろしくな﹂
子供の相手をしているうちに、列のほうも順調に動き出した。人
2242
数が人数だし時間がかかるかと思ったが、ちゃんとグループを作っ
て手早く獲物を運び出して列の減りが早い。
並んででいるのは子供と女の人がとても多い。そして幼児もたく
さんいる。その子供や幼児がまとわり付いてるからたぶんお母さん
なんだろうが、サティと変わらないような娘が赤ん坊を抱いていた
りして、あれってお姉さんってことでもないんだろうな。
男はたまにいる老人くらいで見事にいない。本当に根こそぎ兵隊
に連れて行かれたようだ。可愛いネコミミの子供と女の子だらけで
見た目は楽園だが、ヒラギスを無事奪還できたとしても男が戻らな
ければ獣人の村の復興は厳しいものになりそうだ。
﹁これは何事だ?﹂
食料の山もほとんどなくなり、行列も尽きかけた頃、身なりのい
い初老くらいの獣人が俺たちのところへきて、並んでいる獣人に尋
ねた。
﹁長! この方々が大量の食料を持ってきてくださったんです﹂
それを聞くとこちらに来てシラーちゃんに向いて頭を下げた。こ
れはいつものことだなー。
﹁助けていただいたようですな。ありがとうございます﹂
﹁礼なら私ではなく、我が主へ﹂
﹁あー、礼など結構ですよ。それよりもう少し援助ができると思う
のですが、どこかでゆっくり話しませんか? ああ、この大猪は長
2243
への贈り物です﹂
大猪はどのみち持っていけるサイズではないし、長に贈ってしま
うことにしたのだ。
﹁大量の食料の支援、本当に感謝です。話は私の小屋でしましょう。
ええと⋮⋮﹂
﹁冒険者のマサルです。こっちがシラーとサティ﹂
小屋には一人のひどく年を取った獣人が土間に敷物を敷いて座っ
ていた。長がその側に座って、椅子や机はないから俺たちもそのま
まあぐらをかいて座った。あまり行儀はよろしくないが、戦闘装備
のブーツはすぐには脱げないし、正座も難しい。
奥に座ってる獣人はしわしわでかなりの老齢に見える。小さい子
供も珍しいが、ここまでの老人もこっちの世界で見るのは初めてだ
な。老猫といった風情で可愛らしいといえなくもない。
﹁で、援助ですが、まずはここに来るまでに狩ってきた獲物がまだ
あるので、それを追加で提供しましょう﹂
﹁それは実にありがたい話です﹂
﹁それとこのお金を進呈します。好きに使ってください。この⋮⋮
集落? の人口は千人ほどと子供に聞きましたが、これで当分は足
りるでしょう?﹂
そう言って、アイテムボックスから金貨の詰まった千両箱を出し
た。
2244
﹁ここの獣人の居留地には今現在、二千人少々が暮らしております﹂
倍も違うな。色々説明してくれて賢そうな子供だと思ったが、所
詮は子供か。
だが一〇万でもいける想定だ。二〇〇〇でも何の問題ない。
﹁それでちょうど一〇〇万ゴルドあります﹂
箱を開けて顔色の変わった長にそう教える。
﹁一〇〇万とは⋮⋮一体対価に何を要求しようというのだ?﹂
ちょっといきなり過ぎたか? まったく信用されてないが、俺だ
って知らない人が突然一億円やろうとか言い出したら詐欺を疑って
しまうかもしれない。
それとも働き手を徴兵されたり、食料を減らされたりして人が信
じられなくなっているのかね?
俺が、というのも悪かったのだろうか。しかし同族のシラーちゃ
んやサティが出張っては、加護の可能性が減ってしまう。
アンがいれば話は簡単だったろうが、それでは神殿からの援助に
なってしまうし、俺がやるしかないが、もうかなり面倒になってき
たな⋮⋮
しかし対価か。誰かに加護がつけばそれは値千金どころか、お金
に変えられない対価となるんだが、奴隷として買ったシラーちゃん
と何が違うんだろうという気もする。
まあもし誰かしら加護がついても無理に連れださなければいいか。
いまは人手は足りてるし。
自分からついて行きたいと言えば話は別だが。
2245
﹁何も要求しませんよ。困ってると聞いて、援助を申し出ただけで
す﹂
﹁一〇〇万ゴルドともなれば簡単な話では⋮⋮﹂
﹁それだけあれば、当分のあいだ誰も飢えずに済むでしょう?﹂
﹁子供たちの切なる訴えを聞いた主殿はここの惨状に心を痛め、即
座に私財を投じて助けると言ってくださったのだ﹂
﹁獲物もこのお金もここ最近稼いだもので、個人の貯えは別にちゃ
んとあるし、なくなったところで何の痛痒もないものです。対価を
寄越せとかは絶対ありませんから遠慮なく受け取ってください﹂
﹁じつにありがたいことじゃないか﹂
後ろで黙っていた老女が初めてしゃべった。
﹁しかしおばば様﹂
口には出さないが、何か裏がないか疑っているのだろう。確かに
裏はある。言えないことが多い。
﹁これほどの量の金貨と命がけで狩った獲物だ。それを対価なく差
し出そうという、この若者の覚悟と善意を無碍にするのかえ?﹂
いいおばあさんだな。長も頭があがらないようだし、この人相手
に交渉してさっさと済ませるか。お金以外にも話すことは多いし、
このあとギルドにも用事がある。
2246
﹁じゃあおばあさん、あなたにこのお金をさしあげましょう﹂
﹁おやおや。こんな年寄りに親切にしたところで何も出ませんよ?﹂
﹁女性に親切にしておくと、思わぬところでいいことがあるんです
よ﹂
主にうちの女性陣からだけど、それで十分だ。俺だけでうまく交
渉できたら、あとでたっぷり褒めてもらおう。
﹁ありがとうよ﹂
おばば様はひょいひょいと歩いてくると、俺をそっと抱きしめそ
う言った。鎧の上からでちょっと残念だな。
﹁私がもうちょっと若けりゃ、この体で恩返しするんだけどねえ﹂
﹁はっはっは。ご冗談を﹂
なかなか愛嬌があるおばあちゃんだが、さすがにないわ。
﹁ひゃっひゃっひゃ。これでもわたしゃ若い頃は美人と評判の凄腕
の冒険者でね。あれは何十年前だったか︱︱﹂
﹁おばば様、その話はあとでゆっくり﹂
﹁おやそうかい?﹂
﹁しかしマサル殿。我らは何もかも無くし、対価に差し出すものは
本当に何もないのだ﹂
2247
﹁わたしら自身を除いてね﹂と、おばば様。
﹁さきほど砦での交渉で、援助の対価に奴隷を要求された。だが戦
士たちの留守の間に、女子供を売るような真似は断じてできん!﹂
ああ、もしかしてそいつらとの関係を疑われたのか? 援助の既
成事実を作って、さあ食料援助の分のお金を返してもらいましょう
かとか、そういう感じか? もうみんな食べちゃってるだろうし返
せないものな。
そっちは踏み倒せても、お金まで受け取っては言い逃れはできな
いだろう。
しかし本当に信用って大事だな。神殿からなら何の疑いもないだ
ろうに。
﹁我らは王国から来たばかりの一介の冒険者だ。奴隷商人などと何
ら関係はない﹂と、シラーちゃん。
﹁それならばなぜだ? なぜここまでしてくれる?﹂
﹁マサル様はとても偉大な魔法使いで、たくさんの人を助けられる
力を持っているんです﹂
﹁目の前にお腹を空かせた人がいて、余った食べ物があったら普通
分けてあげるでしょう?﹂
加護のことも理由としてあるが、そっちはおまけだ。
﹁私が冒険者をやっていた若かりし頃にね﹂と、またおばば様が唐
突に昔話を始めた。
2248
﹁Sランクの冒険者と旅したことがあってね。さすがに一〇〇万な
んてのは見たことはなかったけど、五万や一〇万など端金といった
風でねえ。稼げすぎてお金なんてどうでもいいと言っておったよ。
世の中にはそういう冒険者がいるものさね﹂
魔物を大量に狩れればいくらでも稼げちゃうからなあ。
﹁俺はまだAランクだけど、まあそんな感じです﹂
﹁ほれ、こう言っとるんだし、もらっとけば良いんじゃないかえ?﹂
﹁奴隷商人とは本当に関係がないのか?﹂
﹁誓ってないですよ。そもそもですね、奴隷商人じゃなくて帝国や
ヒラギスの偉いさんは助けてくれないんですか?﹂
﹁食料の輸送計画が遅れているそうだ。そして届いたところで必要
量には足りていないと﹂
降って湧いたヒラギスの難民に対して、もちろん支援は行われて
いる。だからこそ今のところ飢え死にするような人はいないようだ
が、問題は数ヶ月後に予定されているヒラギス遠征のための食料確
保だ。現地補充するにしても持って行く分は当然必要だし、開始ま
での期間、軍を維持する食料もいる。
不足する分はヒラギスでの魔物狩りで補う予定だったようだが、
思いの外ヒラギスが危険な状況で、冒険者の偵察隊は戻らないわ、
軍を出せば大きな被害を受けて戻ってくるわで、食料確保が難航し
ている状況のようだ。
2249
難民生活はすでに数ヶ月に及び、近隣の余剰食料はすでに供出さ
れつくされている。遠方から輸送しようにもこの世界では大量輸送
の手段が、馬車で街道をえっちらおっちら運ぶくらいしかない。
魔物狩りで補給するあてが外れたからといって、即座に運んで来
れるものでもないし、そのための資金の用意もいる。
帝国自体にはまだ余裕があって、お金があれば市場の食料は買え
るが、獣人にはそのお金もない。ある分はすでに使い果たした。
むろん帝国が追加で資金を提供するか、市場から食料を臨時徴収
などをすればヒラギス難民を助けることもできるのだろうが、帝国
としてもここまでの援助と奪還軍の大規模な派遣の準備で台所事情
は決して明るいものではないようだ。
帝国が動かなければ、国を失った生き残りのヒラギスの上層部も
打てる手はほとんどない。
被害覚悟で遠征隊を出すか、ヒラギス難民の飢えを見過ごすか︱︱
﹁国がなくなったんだ。こうやって生かしておいてもらえるだけま
だましさね﹂
もしかして獣人だけじゃなくて、この難民キャンプ全体で食料が
足りなくなってきているのか⋮⋮?
これは剣の修行を取りやめて、本気で魔物狩りをするべきかもし
れない。
輸送を手伝おうかもとも思ったが、直接食料を手に入れたほうが
手っ取り早い。むろんこんなこと、俺がやるべきことではないんだ
ろうが、俺たちなら助けることができる。出来るのにやらないとい
う選択肢は⋮⋮たぶんない。
それにね、とおばば様が続けた。
﹁こうやって幸運が舞い込んだりするあたり、我々の、ヒラギスの
2250
命運はまだ尽きてないのかもしれないねえ﹂
俺たちがいればヒラギスを奪還できる確率は高い。万一失敗して
も、俺の能力があれば、新しい土地でやり直すのも容易になる。何
ならうちの村に連れて行ってもいい。
神はヒラギスを見捨ててはいないし、命運は絶対に尽きていない。
まあ実行するのは俺たちなんだろうけど、そのためにできること
を少しくらいはしてみてもいいかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
﹁じいちゃん! じいちゃん! 冒険者の人が獲物をくれたよ! いっぱいお肉が食べられるよ!﹂
﹁おお、これは⋮⋮オークを丸ごと?﹂
﹁こーんなにたくさん、いっぱい獲物があったの! いくらでも持
っていっていいって!﹂
﹁ほう。しっかり礼は言ったか?﹂
﹁ちゃんと言ったよ! じいちゃんによろしくって!﹂
﹁それかそうか。わしも後から礼を言いに行かねばな⋮⋮だがまず
は解体するとしようか﹂
﹁わたしもやる!﹂
﹁そうだな。お前がもらってきた獲物だ。やり方を教えてやろう﹂
﹁わたしも冒険者になれるかな?﹂
﹁なれるさ。わしの自慢の孫だからな。さあ、道具を取って来なさ
い﹂
﹁うん!﹂
2251
154話 獣人の集落 その2
﹁食料は様子を見て買い足すとして、まずは武器がほしいかねえ﹂
交渉相手をおばば様にしたところ、話はさくさくと進んだ。長は
まだ疑いを捨てていないようだが、おばば様を止める気もないよう
だ。
いざとなったら私が責任を取って首でも差し出すとおばば様が言
い切ったせいなのだろうが、そんなもん絶対いらないよ⋮⋮
﹁もう戦える人はほとんど残ってないんでは?﹂
﹁女衆にも戦える者は多いし、子供たちはすぐに成長するものさ。
それに戻れた時のことも考えないとね﹂
ヒラギス奪還に成功したとしても、ヒラギスは当分魔物まみれな
状態だろう。自衛の必要があるのだが、まともな武器はヒラギス奪
還軍に参加した者にすべて渡してろくに残っていないという話だっ
たな。
﹁何がほしいです? アイテムボックスがあるし、どこか大きな町
へ行って仕入れてきましょう﹂
﹁それなら剣と槍がほしいかね﹂
﹁盾とか防具は?﹂
﹁盾は木の盾で十分だし、防具も革があれば作れる者がいるんだよ。
2252
弓や矢もとりあえずは自作できるから、防具や矢を買うお金があれ
ば鉄製の武器がたくさん必要だね﹂
オーク革の鎧は安価で初心者向けだが、初心者なら十分に実用に
足る。俺が持ってきたやつを加工して作るようだ。
弓も初心者レベルのものなら自作はできて買う必要はない。
だが鍛冶が必要な武器は、鍛冶師がいても難民キャンプには設備
も原料もなく作れない。
﹁わかりました。適当に仕入れてきましょう﹂
使うのは王都の賭けで儲けた分だけでいいだろう。それでかなり
な数が購入できる。
買うのは⋮⋮エルフのところはダメか。あれはどれも高級品だ。
王都がいいな。エルフに頼んで仕入れてもらおう。
﹁ああ、その金貨はここで必要なことに使ってください。どれくら
いここに居られるかわかりませんし、この先お金はいくらあっても
足りないでしょう?﹂
﹁いいのかい?﹂
﹁そのお金はちょっとした賭けで手に入れたものでね。普通に稼い
だお金がまだまだ残ってるし、足りなければ追加しますよ﹂
﹁それじゃあお言葉に甘えるとしようかね﹂
﹁あとは怪我人や病人は? それから土魔法も使えるんで、家とか
井戸とかなんでも作れますよ﹂
2253
﹁みんなすることもなくてじっとしてるんで、病人がたまにでるく
らいだし、神官様が時々きてくださるのさ﹂
神殿はちゃんと活動しているようだ。
﹁井戸は⋮⋮そうだね、きれいな飲水があればありがたいかね。ド
ルト、どうだい?﹂
長はドルトと言う名らしい。
﹁⋮⋮やはりおばば様が長をやればよかったんですよ﹂
﹁こんな死に損ないに無茶いうでないよ。お前は長としてよくやっ
てる。現に、ほれ。こうしてなんとかなったではないか﹂
﹁本当に井戸まで作れるのか? 食料にお金、井戸や家まで作れて、
武器まで買ってきてくれる。あまりに都合が良すぎる﹂
何かいいかけたシラーちゃんを制して立ち上がった。
﹁とりあえず実演してみせましょう。残りの食料を入れる倉庫も必
要だし、どこかいい場所があれば︱︱﹂
長の小屋の隣に空きがあったのでそこに倉庫を建てた。冷凍倉庫
にするから壁は厚めで、入り口は例によって、ここにも大工くらい
いるだろうからお任せだ。
残りの獲物を放出していき、氷をたっぷりと設置しておく。
続いて井戸もさくっと作って見せた。
﹁Aランクの魔法使いってのは、ほんとにすごいもんだねえ﹂
2254
﹁魔力にはまだ余裕があるんで、建物が必要なら一〇や二〇くらい
ならすぐに建てられますよ﹂
﹁ドルト、あんたが指示を出さないと話が進まないよ﹂
﹁ほんとうに⋮⋮その⋮⋮﹂
一瞬で出来上がった建物や井戸。アイテムボックスから出てくる
大量の獲物を見て、長はようやく信じる気になったようだ。
まあお金だけだとどうにでもなるし、最初に配布した獲物は長が
戻ってきた時にはもう分配した後でほとんど残ってなくて見てなか
っただろうから、うまい話すぎて信用ならなかったというのもわか
らんでもない。
﹁こやつはな。元々小さい村の長だったんだけど、他に適役がいな
いとここの長になってね。年を取ったといってもまだまだ戦えると、
兵士に行きたかったのをぐっと堪えて、皆のために駆けずり回って
駆けずり回ってな。そこへお前さんが涼しい顔でぽんと獲物やお金
を出したんで、自分の無力がどうにもやりきれんかったんじゃろう
なあ﹂
﹁おばば様!﹂
﹁それにこの状況で二千人を預かる責任は大変なものなんだよ。ど
うか許してやっておくれ﹂
﹁いやまあ、別に気にはしてないですけど﹂
疑われたっていっても、ちょっと愛想悪くされたくらいだしな。
2255
﹁主殿はこうおっしゃっているが、それは主殿が身を削り、血反吐
を吐いてまでして手に入れたお金だ。軽々しく考えてもらっては困
るぞ﹂
﹁シラー、そういうのはいいから﹂
﹁わかっとるよ。私だって元は冒険者だったんだ。たとえSランク
の冒険者だって、一〇〇万のお金やあれだけの獲物が簡単に手に入
らないことくらい重々承知してるさね。ドルト、お前も﹂
﹁疑ってかかって済まなかった。このお金や食料は、我らの命綱と
して努々無駄にはしないと誓おう﹂
﹁無駄使いしなきゃそれでいいですよ﹂
﹁主殿、この前のお酒をだしてもらってもいいか?﹂
そうシラーちゃんが言うので樽酒を出してやる。二十樽もらった
ので、一人二樽は好きにしていい。
﹁今日は嫌なことは忘れて飲みましょう、長殿﹂
宴会が始まった。
長の小屋の入り口が開け放たれ、その前に村人たちが集まってき
たので、そっちにも酒樽を提供した。
俺の提供した食材での料理もぼちぼち仕上がってきたようで、差
し入れも順次運び込まれ、入れ替わり立ち代わり、礼を言いに来る
のだが⋮⋮
2256
﹁お前ら! 風呂に! 入れ!﹂
俺もこっちの匂いにはもう慣れた。風呂は庶民には贅沢だし、む
き出しの便所や農地の肥料の匂いなんてどこでもするから、臭いと
わがままを言ったところでどうにもならない。
ここの獣人が風呂や水浴びをする余裕もないというのもよーくわ
かる。子供たちも小汚くて結構臭ったが、それで遠ざけるなんてこ
とは思いもしなかった。
だが飯を食おうという時に風呂にろくに入ってないやつらが、さ
ほど広くない小屋に大挙してやってくるのだ。むろんちゃんと身奇
麗にしているのもいるが、少なくとも半数はぜんぜん風呂も水浴び
もしてない様子で、食欲がなくなるくらい臭うんだよ!
﹁風呂は俺が建てて、湯も出してやる。だから俺に挨拶したいなら
もっと身奇麗にしろ﹂
ご飯はこの世界での数少ない楽しみだ。邪魔はさせない。
宴会は後回しだ。
川側の柵のあたりにかなりのスペースの余裕があったので、そこ
に建てることにした。排水用の水路も掘って元ある水路に繋ぐ。
作るのは屋根無しの露天風呂でいいな。それなら壁だけでいいか
ら簡単だ。それを男女二つに脱衣所をそれぞれ。男女比がかなり偏
ってるので、女性用を倍ほどのスペースに。
湯船はなしで、お湯が細長い水路を流れるようにして、そこから
湯をすくって浴びるようにし、大きなお湯のタンクも作って、随時
そこから補充できるようにした。これで多人数が一気にお風呂に入
れるだろう。
石鹸は手持ちじゃぜんぜん足りないだろうが、うちで使う分を最
2257
低限残して全部出してやった。エルフの石鹸は貴重品だが、これし
か持ってないから仕方がない。石鹸なしでお湯だけだと、こいつら
の汚さでは簡単に汚れは落ちないだろう。
お湯を補充して、きちんと水が排水路まで流れるのを確認して、
後のことは長にお任せした。
一回こっきりの施設にしては我ながらいい出来だ。恒常的に運営
することも検討したが、魔法なしでお風呂を維持するにはコストが
馬鹿にならない。
それなら俺がたまに来て、お湯を作ってやればいいだろう。
﹁俺たちも風呂にするか。鎧も脱ぎたいし﹂
獣人たちの露天風呂の脇に小さい家族風呂も作ってみた。こっち
も露天で、三人が入れる湯船があるだけのシンプルなお風呂だ。
﹁ティリカ、そっちはどうなった?﹂
お風呂場で俺たちだけになったのでティリカの召喚ねずみを出し
て、あっちの状況を確認することにした。こっちの話は召喚獣を通
して全部聞いているはずだから説明不要だろう。
﹁宿は? 広い? あまりいい宿じゃない? ふうむ。じゃあ俺た
ちはこっちで適当に泊まるわ。みんなもこっちに来るか? とりあ
えず合流だな。俺たちがそっちに行く? そっちが来る? わかっ
た。待ってる。じゃあ後で﹂
待ってればいいらしい。ギルドの用事とかは明日かね。宴会はし
てていいみたいだし。
ギルドのお使いよりも加護の可能性のほうが優先だ。
2258
﹁ほら、やっぱり兄ちゃんだ。声がするって言っただろ!﹂
そんな声がして上を見ると、壁を登って子供が家族風呂を覗き込
んでいた。名前は知らないが案内してくれた子供の一人だ。
わざわざ入り口なしにしたのに、屋根をつけないのは失敗だった
か。シラーちゃんもサティも鎧を外しているところで、まだ覗かれ
ても平気だが。
﹁こら、覗くな。風呂はもう浴びたのか?﹂
﹁まだー﹂
﹁後で相手してやるから、まずは綺麗にしてこい﹂
﹁わかった﹂
﹁あともう覗くなよ。他の子供にも言っとけ﹂
﹁わかった!﹂
そう言うと子供はどさっと外に降りた。
さすがに大人は覗かないだろうな? 覗いたらそいつはぶっ飛ば
す。
今日の仕事はほぼ終わりだろうかね。あとは獣人に建物が必要な
らちょっと作って、みんなと合流して今後の予定を決めて、宴会。
もうお風呂でゆっくりしてても大丈夫そうだな。
だけどエロいことはさすがに無理か。まだ子供たちが周囲をちょ
ろちょろしてる気配がする。
2259
﹁シラー、この前教えたマッサージを、﹂
﹁わかった、主殿﹂
﹁俺がシラーにやってやろう﹂
﹁え﹂
上等の香油を使ったマッサージ。エステだな。
﹁さ、そこにうつ伏せになって。遠慮するな。長旅で毎日訓練も欠
かさずやってずいぶんと疲れてるだろう?﹂
革のシートを敷いて、シラーちゃんに横になるように促した。シ
ラーちゃんはエロ方面はどうも義務的に捉えているようで、協力的
ではあるが積極性があまりない。エロいことをする時間があれば、
修行をしたいといった感じだ。
だから今日は徹底的に気持ちよくなってもらおうか。
まずは背中のほうから︱︱
風呂あがりにちょっとぐんにゃりしているシラーちゃんの体を念
入りにふきふきしていると、サティが俺に何かを差し出してきた。
ネコミミのカチューシャ?
﹁それティリカのじゃないの?﹂
コスプレ衣装の一環として、俺がサティに作ってもらったティリ
2260
カ用のネコミミだ。持ってきてたのか。
﹁マサル様のも作ってみたんですけど⋮⋮﹂
よく見ると、人間の耳を隠す部分のつけ毛が俺の髪だ。散髪した
時に集めておいたのか。
尻尾もあって、そっちは腰にヒモで巻くだけの簡単なものだが、
レヴィテーションでゆらゆらと尻尾を動かすことで本物そっくりに
見えないこともないという品だ。
﹁しばらくここに居るなら、獣人の格好のほうが目立たないし、マ
サル様に似合うかなって﹂
一理ないこともないか? だがサティが作ってくれたなら理由が
なくてもいつでも付けたんだけど、何か遠慮してなかなか出してく
る機会がなかったようだ。
とりあえず装着させてもらって、どうだ? と、聞こうとしたら、
シラーちゃんがぽかんと口を開けてこっちを見ているのに気がつい
た。
﹁どうした、シラー?﹂
﹁あ、主殿⋮⋮それ、すごく似合ってる﹂
﹁そう?﹂
﹁はい。すっごく似合ってますよ、マサル様!﹂
サティは普通ににこにこしているだけだが、シラーちゃんの反応
がおかしい。さっきまで諦め顔で俺のなすがままになっていたのが
2261
めっちゃそわそわして、目線をそらしてちらちらと俺のほうを見て
いる。
﹁これ、そんなに気に入った?﹂
シラーがこくこくと頷いた。
﹁あの、主殿。さ、触っても?﹂
何言ってんだこいつ。毎日たっぷりスキンシップは取ってるだろ
うに。
﹁好きにしていいぞ﹂
シラーが恐る恐る手を伸ばし、そっと頭をなでてきた。ずいぶん
と手つきが優しく、鼻息がちょっと荒い。
﹁本物そっくり⋮⋮﹂
なかなかいい出来らしい。さすがサティだ。
﹁今まで黙ってたけど、実は俺、獣人だったんだ﹂
そんなことがある訳もないが、俺の言葉にシラーちゃんがひどく
驚いた様子で目を見開いた。
面白いな。普段クールなシラーちゃんがあわあわしている。ここ
はもう一押ししてみるか。
﹁シラー、大好き﹂
2262
そう小さな声で言ってみる。言うのは少し恥ずかしいが、ティリ
カがかわいい格好をしてマサル大好きって言うとすごく破壊力があ
るのだ。
シラーは俺のセリフで顔を背けてぷるぷるしている。効いてる効
いてる。
このままどうにかしてやりたいところだが、お楽しみは後でだな。
﹁じゃあ夜に、な?﹂
﹁う、うん。主殿﹂
サティは実にいい物を作ってくれた。あとでたっぷり褒めてやろ
う。
そのまま付けて外に出たら子供たちが大騒ぎだった。
﹁兄ちゃん獣人だったのか!?﹂
﹁ナカマ? ナカマなの?﹂
シラーちゃんといい子供たちといい、コスプレなんて見たことが
ないんだろうな。そういう習慣がなくて免疫がない。
﹁いやいや、そんな訳ないだろう。付け耳だよ﹂
そう言って、ネコミミカチューシャを外して見せる。
﹁なーんだ。獣人じゃないのか﹂
2263
﹁何を言っている。主殿はサティ姉様と結婚してるし私の主なんだ
から、我々の仲間と言っても良いのだ﹂
義理の仲間? 名誉獣人とかかな? まあ親戚関係が発生してる
のは間違いない。
﹁兄ちゃんは仲間だったのか!﹂
﹁ナカーマ! ナカーマ!﹂
しかしこれいいのか? 子供たちはこうやって直接疑問をぶつけ
てきて誤解も解けたが、さっきまで鎧姿だったし、脱いでネコミミ
が生えてれば、遠巻きに見ている大人たちは絶対に誤解してそうだ。
案の定、長のところへ戻ると﹁獣人だったのか!?﹂とえらく驚
かれた。
そんな訳ないだろう。
2264
155話 死するエルフと名声と
﹁それで加護はどうなの? 増えそうなの?﹂
そうエリーが聞いてきた。
ここは長の小屋の隣に俺が建てた冷凍倉庫の二階。会議をするの
にいい場所がなかったので、一階から壁を伸ばす感じで、手早く二
階部分を増築した。倉庫はそこそこ床面積が広いから、このままこ
こでの生活拠点にしても良さそうだ。屋根はつけなきゃいけないけ
ど。
ウィルとフランは留守番で、冒険者ギルドの訓練場らしい。ウィ
ルは今日も訓練か。可哀想に。
下では宴会が続いている。子供を除けばほとんど女性ばかりのネ
コミミたちにちやほやされ、お礼を言われるのはそれなりに楽しか
ったのだが、やはり知らない人ばかりというのは疲れるし、みんな
が到着したところで即座に抜けだした。
﹁飯を食わせたくらいじゃ無理だろう﹂
人生を賭けてもいいってくらいじゃないと加護は付かない。現に
ウィルも命を助けて飯も食わせてお金や家の世話までしてやっても、
加護は最近まで付かなかった。
﹁いけそうなのが居たら遠慮はいらないわよ。がんがん引っ張り込
みなさい。せっかくマサルがやる気を出してるんだし、協力は惜し
まないわよ﹂
やる気かあ。すでに面倒くさくなってきているのは言わないほう
2265
がいいだろうか。色々経験も積んで耐性がついた気はするが、大勢
の相手が苦手なのはそう簡単に治るものでもない。かなり消耗する
し、こうやってみんなと一緒にいるとほっとする。
﹁えらく積極的だな?﹂
これまで容認はしてもらっていたが、増やせと勧めてくるとは何
かあったのか?
﹁ちょっと状況を甘く見てたかもしれないって話し合ってたのよ﹂
と、アン。
アンが話してくれたところによると、ここはいくつかあるヒラギ
ス民居留地の一つで、その中でももっとも状況が厳しい場所なのだ
そうだ。
ヒラギス壊滅の初期に魔物の襲撃を受け、着の身着のまま逃げて
きた人たち。またはもともと何も持たなかった貧しい人々。そうい
った人たちがここにまとめて集められた。
資産を持って脱出する余裕があったり、手に職があったり。それ
か保護者、つまり領主がしっかり民の面倒見れるような人々はどこ
か他で、もう少しマシな生活を送っているということだ。
すでに戦える者は根こそぎ兵士として連れて行かれ、残ったのは
後ろ盾も何もない、何の役にも立たない、いなくなっても替えがき
く人々の集まり。最悪切り捨てられるかもしれない。
むろん上層部とてこれだけの人々を切り捨てたいわけじゃないが、
先ほど長が話してくれたとおり、食料輸送の遅れと、ヒラギス領か
らの調達の失敗による状況の悪化に有効な手立てがなく、難民キャ
ンプは他にもあって、ここだけ手厚く保護するわけにもいかないし、
することもできない。
2266
﹁ヒラギスの状況とかもティリカが聞き込んで来たんだけどね﹂
﹁これは真偽院からの極秘情報。ここだけの話に﹂
そうティリカが切り出した。
偵察は半数が消息不明。派遣軍も魔物にやられて撤退。ヒラギス
奪還は厳しいかもしれないと、帝国上層部はヒラギスの放棄も視野
に入れているという。
﹁帝国はヒラギス奪還のため、各地から当初の予定以上の軍を集め
ている。食糧不足はそのせいでもある。だがそれだけの戦力を投入
してなお奪還が厳しいなら、国境は封鎖されヒラギスは容赦なく切
り捨てられる﹂
むろん帝国としてもヒラギスは取り戻したいから最善は尽くす。
だが全力ではない。他国を助けるのに全軍を動かすにはリスクが高
すぎるし、投入する戦力が壊滅する危険も冒せない。
ヒラギス国境を封鎖しておけば、一応は帝国の安泰は確保できる。
問題はないと。
﹁ふうむ。まあ俺たちはやれることをやるしかないな﹂
クエストには作戦に最後まで参加せよとだけ書いてあって、奪還
作戦の成功は条件ではなかった。
俺たちがいくら頑張ったところで、帝国軍が撤退を、作戦の中止
を決めればどうしようもない。
エルフ
﹁我らが全面的に協力する。なんとしてもヒラギスは奪還するぞ﹂
2267
ここまで静かにしていたリリアが静かにそう言い切った。ひどく
真剣な顔つきで、目には涙をためている。なんだ?
﹁ギルドでヒラギスから逃げてきたって冒険者がリリアに声をかけ
てきたの﹂と、アン。
﹁ヒラギスのエルフは、誰一人としてここにたどり着かなかった。
全滅じゃ﹂
その冒険者はエルフに生き残りが居たのかと思って声をかけてき
たのだという。もしくは生き残りを知っているかと。
﹁彼らは脱出行の途中で峠の砦に立て篭もり、ヒラギスの民が逃げ
る貴重な時間を稼いだという話じゃ﹂
得られた情報はエルフの集団が三十三人居たということだけ。そ
の冒険者は逃げる途中でたまたまその話をヒラギス軍の兵士から聞
いたにすぎなく、その話をしてくれた兵士も逃げる途中で魔物と戦
って亡くなっていた。
﹁他の居留地に誰か生き残りがいるやもしれぬが⋮⋮﹂
ヒラギスを挟んだ向こう側にも難民キャンプはあるらしい。だが
話に聞いた脱出ルートからするとそれも望み薄だ。こっちに来てな
いのなら希望はほとんどない。エルフの集団ともなると目立つから、
生き延びていれば誰かが知らないはずがない。
しかし全滅か。全員魔法使いで人間より魔力が豊富といっても、
普通の魔法使いの魔力などたかが知れている。そのエルフたちはた
またまヒラギスに住んでいた普通のエルフなのだろう。
2268
魔力がなくなってしまえばエルフは脆いし、敵に飛ぶ魔物がいれ
ば空からの脱出すら容易ではない。リリアのような風の精霊持ちで
もなければ全員を運ぶこともできない。
逃げることができなかったのか? あるいはエルフの里での戦い
を思い返せば、最後まで踏みとどまって戦うことを選択したという
のもあり得る話だ。
﹁ちょっと足を伸ばして調べに行くか?﹂
他の居留地がどこにあるかは知らないが、俺たちの移動速度なら
すぐだろう。
﹁それには時間がかかるじゃろうし、本国から人を呼んで調べても
らおうと思っておる。我らの為すべきことは他にある﹂
エルフ本国は何か把握していて調査の必要も全然ないかもしれな
いが、そもそもエルフ王も全エルフの支配者というわけでもなくて、
国外のエルフに関しては管轄外だ。
同族的連帯や血縁関係などは当然あるだろうし、何かあれば助け
合ったりもするが、連絡を取り合っているわけでもないから、何一
つ情報が入ってない可能性のほうが高そうだ。
とりあえずはリリアをすぐにエルフの里に送っていくことにした。
エリーに任せてもよかったが、ついでにウィルの装備も取って来る
必要もあって、久しぶりに俺が行くことにした。
一時間
﹁半刻くらいかな。まあゆっくりしててよ﹂
村の我が家には転移でいつ戻ってくるかわからないから、転移用
の部屋には鐘が置いてあり、からんからんと鳴らすとメイドさんが
2269
来るシステムである。
今回は男嫌いのメイド、ルフトナちゃんがひょこっと顔をだした。
そして俺を見て、すーっとフェードアウトした。
一応俺が購入した俺の奴隷ってことになってるんだが、いまだに
こんな扱いだ。まあ男嫌いと知って選んで買ったんだ。仕方ない。
入れ替わりにリリアお付きの騎士エルフ姉妹の姉、ティトスがや
ってきた。
﹁姫様、マサル様。お帰りなさいませ﹂
﹁すぐに里に行く。一緒に来い﹂
﹁はい、姫様。パトスはどうしますか?﹂
﹁移動しながら話す。必要ならあとでティトスから話してやれ。マ
サル、頼む﹂
すぐにゲートを発動させてエルフの里へと飛んだ。
﹁ヒラギスに住むエルフに関して何か聞いておらんか? 妾たちは
今日予定通りブルムダール砦に︱︱﹂
リリアを送り出して、鍛冶屋に向かおうとして、獣人に調達を頼
まれた武器のことを思い出した。買い出しには時間もかかるだろう
し、先に王都に行くか。
転移ポイントに詰めていたエルフに、リリアが早めに戻った時の
ために伝言を頼んでから王都へと転移。ここでも俺たち専用に割り
当てられた部屋には鐘が設置してあり、エルフがすぐにやってきた。
﹁ああ、頼みがあるんだけど。剣と槍を買ってきてほしい。安いの
2270
で数がほしいんだ﹂
やってきたエルフに詳しい説明と、使える予算を教えておく。お
金の手持ちはもうそんなにないから、すまないが立て替えだ。
これで武器は大丈夫。エルフの里に⋮⋮いやその前に食料も買っ
ていくか? すぐに食べられる食料と、保存できる食料もあったほ
うがいいな。
﹁これ、お土産のお酒。みんなで飲んでね﹂
そういって樽を一つ渡しておく。
﹁それともう一つ頼みがあるんだけど、小麦とかの保存の利く食料
を大量にほしいんだよ﹂
難民キャンプの惨状を少し説明して支援するつもりだと言う。
他の買い物はどうするか。自分で行きたいが知り合いがいるとヤ
バい。剣闘士大会に出て結構顔も売れてるし⋮⋮
すぐに食べられる食料は自分たちで作って保存しておけばいいか。
でも果物は頼んでおこう。砦より安いし、種類も豊富だ。
あとは石鹸だな。こっちはエルフの里か。ああ、村にももう一度
戻るか。そろそろ最初の作物の収穫が始まってるから、余ってるの
を貰うなり買うなりしよう。
一通りお願いして、村に戻ると、ちょうどパトスが転移部屋にい
た。
﹁マサル様! 姫様戻ってきてたんですか!?﹂
﹁うん、説明するよ。パトスに頼みもあるし﹂
2271
詳しい説明をしてパトスに村での食料の調達を頼んでおく。
うちの地下倉庫にも獲物が凍らせてあるし、ドラゴンの残りもあ
る。獲物は必要に応じて持ち出すとして、ドラゴンは売っぱらって
お金にしたほうがいいな。あとでみんなと相談しよう。
村の経営は大幅な黒字で順調だし、パーティ用の資金も別に取っ
てあるから、個人的な貯蓄とか、これまで貯めてきたものは全部使
いきってしまっても問題ない。必要ならまた稼げばいいし、エルフ
という後ろ盾もいる。
いつか領地のお隣の伯爵が言っていたが、いざって時の後ろ盾が
あるとないとじゃ安心感が大違いだな。
その伯爵にも貸しがあった。それも食料支援で返してもらおうか。
フライ
続いてエルフの里に戻って鍛冶屋へと飛んだ。
﹁親方いるー?﹂
勝手知ったる鍛冶工房だ。
﹁マサル様。注文の品、出来てますよ﹂
ウィルとシラーちゃんのフルプレートと、それに合わせた盾。
それとサティ用の重量級の大剣も完成していた。
﹁おお、でかいな﹂
エルフが二人がかりで運んできたのを受け取る。長さは二メート
ルくらい。形状は両刃の普通の剣とほぼ同じだが幅と厚みは三倍以
上ある。重量で叩き潰すから刃はなく、頑丈さを優先してある。
2272
﹁注文通り、岩に振り下ろしても負けない強度にしてあります﹂
重いが両手なら問題なく振れるな。上手くしないと体がかなり振
り回されるが、サティなら問題なかろう。
﹁いつもありがとう。それでもうひとつお願いがあるんだけど﹂
王都で武器調達は頼んだが、他で武器を任せてこっちに話を通し
ておかないと、あとで知れたらへそを曲げられるかもしれない。
﹁初心者用の剣と槍ですか﹂
﹁そうなるとエルフ製だと高級すぎるし、数がほしくて﹂
﹁そうですな⋮⋮見習いの作った習作ならどうです?﹂
親方が倉庫に行って剣と槍を持ってくる。
﹁売り物になるか微妙なところなんですが、鋳潰すには少々もった
いない出来で﹂
もったいない出来というだけあって、初心者用というにはしっか
りとした出来で、中堅どころでも十分実用に使用できそうだが、エ
ルフの販売基準には達してないのだろう。
ちょっと求める物より物が良すぎるが、余ってるというのなら貰
っておこう。難民キャンプの獣人にも、この武器にふさわしい腕の
いいのが少しは残っているだろう。
﹁初心者にはもったいないけど、有望そうなのに使わせてみます﹂
2273
剣と槍の習作品と、刃こぼれやサビで倉庫に転がしてあった武器
を箱に詰めてもらい、城に戻る。
それから石鹸だな。消耗品はお城の俺たち専用の宝物庫に補充し
ておいてくれてるはずだが⋮⋮あるある。
﹁なんか品物が増えてないですか?﹂
そう倉庫の管理をしてくれているらしいエルフに聞いた。屋敷に
置くのにほとんど持ち去ったはずだ。
﹁時々献上品として新しいのが持ち込まれてますので﹂
特に出来が良い物を持ってきてくれるという。
売ればかなりのお金になるとの考えがよぎったが、さすがにそれ
は失礼だろう。
だが万一手持ちのお金じゃ足りなくなった時のために、一応持ち
帰っておいてリリアに相談しよう。
﹁どれもこれもいい品ばかりでもったいないです。持ってきてくれ
た人たちにありがとうと、お伝え下さい﹂
後ほどリリアに確認したところ、﹁これらの品々は命を贖った対
価じゃろう。別の命を救うために使われるなら文句を言うエルフは
おるまいよ﹂とのことだった。よし、お金が足りなくなったら売ろ
う。それで贈り主の気分が害されたら俺が頭を下げればいい。
石鹸や工芸品の数々をアイテムボックスに収納して戻ると、ちょ
うどリリアも用を済ませたところで合流できた。
エルフ王との話の結果、件のエルフのことは里では知られておら
2274
ず、六人のエルフが調査官として派遣されることとなった。二人ず
つの三組で手分けして調査をし、エルフ王の代理人として、王の書
状も用意される。
﹁父上と話しあったのじゃが、エルフはヒラギスには積極的には介
入せんことになった﹂
リリアは戦って死んだエルフを弔うべくヒラギスに乗り込むべし
と考えているようだが、王様の立場では、心情はリリアと同じだと
してもそう簡単には決断はできない。いつでもどこでも人はたくさ
ん死んできたし、ヒラギスでのエルフの死も、自国民を犠牲にして
までヒラギスを救う理由にはならないし、公式な要請もない。
﹁父上はそう言うが、マサルが要請すれば別じゃ。資金も兵も必要
なだけ出すと﹂
志願を募れば相当数が参戦を希望するだろうし、俺たちと共にい
れば安全性が格段に違う。危険ならゲートでの撤退もすぐにできる。
神託という大義名分もある。
すべては俺の胸先三寸。ここは慎重に考えないと。
﹁とりあえず用事も全部済んだし戻ろうか﹂
俺とリリアだけで決めていい話でもない。
六人の調査官は出立の準備中で後ほどエリーに迎えに来てもらう
ことにした。待って連れ帰ったとしても、獣人の居留地のど真ん中
から、いるはずのなかったエルフが出てくるのはちょっと怪しいだ
ろうし。
砦に転移後、エルフからの援助と、俺のしてきた手配のことをみ
2275
んなに話した。
﹁当然ながらエルフは表には出ぬ。支援はすべてマサルからという
ことで良い。実際マサルがおらねば支援の話は持ち上がらんかった
じゃろう。むろん我らだけで支援なしでやるという選択肢もある﹂
﹁エルフからの支援はおいおい考えるとして、俺からってのはもう
いいよ。加護の話だけど、対象を獣人に集中したほうがいいと思う
んだ。居留地全体に広げるとかえってダメな気がする﹂
決して面倒だからというわけではない。獣人の相手をするだけで
一杯一杯で、これ以上は手には余る。
﹁それもそうね。どの道付いたとして数人が限界だろうし﹂と、エ
リーも同意した。
﹁とりあえずはエルフは抜きで俺たちでできる支援をやろう。まっ
たくゼロからじゃないし、帝国も神殿も支援は継続してるんだろう
? 足りない分くらいなら俺たちだけでもなんとかなる﹂
エルフに頼るにしてもそれはやれることをやった後だ。それには
みんなも同意して、獣人以外の支援はアンを通して神殿からやって
もらうことにした。
﹁俺の手持ちのお金は全額だすよ。パーティ用の資金だけ残ってい
れば問題ないし﹂
﹁私も残ってる分は全部出すね﹂と、アン。
アンは稼いだお金の半分は即神殿に上納しているし、孤児院にも
2276
お金を出しているが、それ以外はほとんど使ってないのでそこそこ
残っている。
エリーはあいも変わらず実家に全額送金だ。
もちろんティリカとサティも全部提供してくれた。サティが絵本
や趣味の裁縫に少し使ってるくらいで、ティリカもたまの買い食い
くらいでほとんど手付かずで残っている。
﹁じゃあサティの分を獣人用にして、残りは居留地全体への支援に
しようか。獲物は半々のままでいいな﹂
﹁マサルが出した分も合わせると、ざっと五五〇万ゴルドくらいに
なるかしらね?﹂
二〇〇万が獣人で、三五〇万が残りの居留地か。人数に対して獣
人への配分がかなり高いが、加護の分、獣人が手厚くなるのは仕方
がない。
﹁これで稼いだお金はなくなっちゃうけど私たちは体が資本だし、
お金なんかなくてもなんとかなるわ﹂
五五〇万という具体的な数字を聞いて動揺した何人かに向かって、
エリーがそう言った。
さすが年中素寒貧なエリーが言うと説得力があるな。
﹁重要なことはそれで得られる名声よ。今回の件を最後までやり通
せば、Sランクへの昇格もあるだろうし、私たちの名声は不朽のも
のになるでしょう。これにはお金に変えられない価値があるわ!﹂
これだけの大規模な支援だ。隠し通すことはできないだろうし、
ヒラギスでの戦いはきっと派手なことになる。
2277
﹁ほどほどに頼むよ⋮⋮﹂
﹁もちろん。私は目立つようなことは何もしないわよ?﹂
してるのは俺だなあ。加護持ちを増やすとか言い出さなきゃよか
ったかもしれないが、飢えている獣人を見過ごすことはできなかっ
たし、戦力の拡充はいつだって必要だ。ヒラギスの戦いも避けられ
ない。
今まで比較的無名でやってこれたが、これはいつかは通らなきゃ
ならない道なのだろう。
ウィルは今どうしてるかな? 新しい鎧はなかなか格好良かった
し、やはりいざという時にはあいつに勇者として立ってもらって⋮⋮
2278
156話 獣人の子供たち
﹁主殿、宴に戻る前に相手をしてほしいのだが﹂
みんなは邪魔しちゃ悪いからと、明日からの予定の相談が終わる
とすぐに砦に戻っていった。
お相手というのはむろん剣の修練以外あり得ない。まだ今日は一
度も剣を交えてないから、このあとまた宴会だろうし隙をみてやっ
ておこうと言うことなのだろう。
だが待てよ? 端から可能性を除外したが、夜のお相手を待ちき
れないのかもしれない。
そう思えばシラーちゃん、ちょっと上目遣いで目も潤んでる気が
するぞ。
﹁いいだろう﹂
そう重々しく頷いてベッドを配置し、ネコミミを取り出してサテ
ィに付けてもらう。そしてシラーちゃんをさほどの抵抗もなくベッ
ドの上まで引きずり込んだ。
困った顔だがまんざらでもなさそうなので、そのままマウントポ
ジションを取る。
﹁あ、いや、これじゃなくて剣の修練を⋮⋮﹂
ちっ。勢いで押しきれないかと思ったが、やっぱダメか。
﹁今日はもう休まないか? お酒も少し入ってるし﹂
2279
そういいつつ、お触りを開始する。サティもベッドに潜り込んで
きた。
これが約束でもしてあればサティも何か一言あるかもしれないが、
今日明日は休みって宣言してあるし、突然やりたいと言い出すのも
いつものことだしな。
﹁ウィルは今日もみっちりと訓練をしているんだ、主殿﹂
﹁あー、そうらしいね?﹂
シラーちゃんはウィルに差が付けられるのが嫌なようだ。
﹁それにここの獣人たちにも、主殿の強さを見せておいたほうがい
いと思う﹂
訓練を見せるのか。まあここでやったら当然見られるし、特に隠
すようなことでもないが⋮⋮
﹁よ、夜のほうはあとでゆっくりと⋮⋮﹂
﹁たっぷりと?﹂
シラーちゃんがこくこくと頷くので、名残惜しいがおっぱいから
手を離し、体の上からどいてやることにした。旅の間はシラーちゃ
ん強化週間だしな。俺としてもスキルで優っているシラーちゃんが、
フランに教えてもらっているウィルに負けるようなことがあれば面
白くない。
﹁じゃあ今日はどうする? 軽くか、がっつりか?﹂
2280
軽くだと剣を軽く合わせる程度。がっつりだと、フル装備での鉄
剣での戦闘か、革装備での剣闘士大会仕様の戦いとなる。
﹁本気でやりたい﹂
シラーちゃんの言葉にサティも頷くのでそういうことになった。
﹁じゃあ今日はフル装備の魔法なしでやろう﹂
フル装備なら鎧でダメージも抑えられるので剣闘士大会仕様より
かは辛くない。
装備を整え、倉庫の二階から地上に飛び降りる。
﹁今から剣の訓練だ。こういうのは毎日やらないとダメだしな﹂
フル装備の俺たちに驚いた獣人たちにしれっとそう告げて、川の
ほうの空き地へと向かう。
当然ながら宴会をしていた獣人たちはぞろぞろと付いて来たし、
近い空き地というと臨時銭湯のあたりで獣人がたくさんたむろして
いたので、何事かとどんどんと獣人たちが集まってきた。
まあこうなるよな。
集まってきた獣人たちに大きく距離を取らせる。かなり激しくや
るから近寄ると危険だ。
まずはサティとシラーちゃんから。もちろんシラーちゃんでは相
手にならない。防御の隙間をつかれ吹き飛ばされるシラーちゃんを
見て、獣人からおお∼と声があがる。
シラーちゃんの治療をし、次は俺とサティだ。見物人が気になる
が、サティの相手をするのだ。集中しないといけない。
2281
サティは大会を経験してさらに強くなった。軍曹殿に教えてもら
った大きいステップワークもスムーズになったし、一撃が重くなっ
た。
フランとの練習もいい経験だった。さすがに三歳から十年以上も
剣を振り続けてきただけあって、実に多彩な技を持っていて、それ
をこの一週間でたっぷりと見せてもらった。むろん見せたくて見せ
たわけじゃないだろうが、サティと戦うのに手札を隠してどうにか
なるものでもない。
見せてもらった技はもれなくサティと復習して、そのいくつかは
ありがたくモノにさせてもらった。
だがこっちも請われて何度も何度も練習の相手はしてやったから、
フランも得るものは多かったはずだ。
そしてサティが目に見えて強くなっても、俺はまだついていけて
いる。俺も着実に強くなっている。
問題はサティとの練習がより濃密に、一瞬たりとも気の抜けない
精神力と体力を削るものになりつつあることだ。特に本気だと一戦
一戦の消耗がでかい。
今日のところは俺の勝ちで終わった。
ここは河原で石ころが多く足場が悪い。踏み込みでサティが石を
踏んだのだ。すぐに足を外してバランスを崩しもしなかったが、わ
ずかに見せた隙に容赦なく攻撃を畳み掛け、そのまま一撃をもぎ取
った。
﹁まだまだ足の運びが甘いです﹂
だがサティは足場の悪さをさほど苦にしない。今日は俺に花を持
たせたのだろうか? 確証はないしただの練習だ。とやかく言うま
い。
2282
続いて俺とシラーちゃん。今回もシラーちゃんの暗黒鎧に新たな
凹みを作ることに成功した。
そして次は一対二での戦いとなる。これがめちゃくちゃ辛いんだ。
それだけいい修行になるってことなんだが。
まずはシラーちゃんが俺たちの攻撃に一人で耐える。がんばって
耐える。一対一だと一撃で勝敗を決定するが、複数相手だと、ダメ
ージのある有効打で決める剣闘士大会ルールだ。じゃないと一瞬で
終わってしまい練習にならない。
致命傷を避けつつなんとか防御を固め長生きし、攻撃の隙を見つ
けなければいけない。
二人の側に立ったとしても楽じゃない。二人の側は負けられない
し、一人の側は必死で抵抗をする。
いつもは人数がいるから俺は適当に抜けるんだが、今日は三人だ
け。三連戦が終わった頃には疲労困憊していた。
﹁すげえ! 兄ちゃんたちすげえ!﹂
終わったとたん、興奮した子供たちが寄ってきた。剣闘士大会で
も決勝レベルの戦いだ。そこらじゃまず見れまい。
﹁だが主殿の強さはまだまだこんなものじゃないぞ。魔法を使えば
私たちなど手も足も出ん﹂
﹁マサル様は剣もすごいけど、魔法でも最強なんですよ!﹂
﹁まほう! まほうみたい!﹂
風呂作ったりお湯だしたりしたの散々見てただろうが、まあ一発
くらいなら見せてやってもいいか。すぐ横の川に向けてなら誰の迷
惑にもならない。
2283
﹁よし付いて来い。見せてやろう﹂
子供たちを引き連れて川のほうに行くと、川の中央のほうに何や
らでかい反応があった。四、五メートルくらいはありそうだ。探知
がないとわからない水中深くを、流れに逆らって悠々と泳いでいる。
﹁川のヌシかも?﹂
子供たちに聞いてみるとサイズからして、何度か目撃されている
鎧魚のヌシだろうとのことだ。
﹁食えるの?﹂
﹁美味しいよ!﹂
ほほう。俺に見つかったのが運の尽きだな。目の前に獲物がいる
なら魔法を無駄撃ちすることもあるまい。
水中の敵だしサンダーだな。ダメなら火球で爆破⋮⋮いや、仕留
め損なったら恥ずかしいし、ちょっと本気出すか。
射程は大丈夫。魔力を多めに込めて、レベル4風魔法︻豪雷︼詠
唱開始︱︱
﹁メガサンダー!﹂
閃光とドンッという轟音と共に、極太の稲妻が水面に着弾した。
ちょっと派手だったか? 閃光と轟音に驚いた獣人たちが何人か
ひっくり返っている。距離は取っていたから大丈夫かと思ったが、
警告くらいしとけばよかったな。
居留地や砦でも当然気がついただろうが、冒険者が獲物を見つけ
2284
て狩っただけ。別に遊んでいるわけでもないし、言い訳するような
ことでもないか。
考えているうちに、巨大な鎧魚が腹を見せてゆっくりと浮かび上
がってきた。どうやら無事に仕留めたようだ。
背中にごつごつしたウロコはあるが、お腹が白くて見た目はなま
ずのようだ。少々サイズがでかいからくじらのようにも見えるが、
エラはちゃんとあるから魚だな。ほんとこの世界の生き物はどいつ
もこいつも大きい。
周辺に他の魚もかなりの数が浮いている。ちょっと本気のメガサ
ンダーはかなり広範囲に効果があったようだ。
目にした魔法と、大量の獲物に大騒ぎをしている獣人たちをしり
目に、さっさとフライで川の中央まで飛び、アイテムボックスで回
収して回った。今は食い物は豊富だから、こいつも倉庫に放り込ん
でおけばいいか。
﹁マサル様、ティリカちゃんがお魚食べてみたいって﹂
戻ったところにサティがそう言った。
﹁了解。明日は魚料理だな﹂
サティの胸のあたりに隠れていたねずみがちゅーと鳴いた。
この後はまた宴会だろうが、早めに抜けて⋮⋮そうするとあの倉
庫の二階はいまいちだな。寝るだけなら十分だが、屋根がないしお
風呂もない。長期滞在になりそうだし、ここはやはりちゃんとした
家を建てる必要がある。ついでに獣人たちのボロい小屋も建て替え
2285
て、いくつか井戸も増やしてやるかね。
銭湯のお湯はまだあるだろうか? 子供たちに聞いたら、すぐに
見てきてくれ、お湯はもうほとんどなくなっているそうだ。まだ入
ってない獣人も多そうだし、補充しないとな。
家の建設場所は長が選定しているはずだ。ええっと、居た。やっ
ぱり見に来てたな。
見つけて手を振ると小走りにやってきた。
﹁な、なんでしょうか?﹂
やって来た長と少し話して家のことを手配をしてもらいに行った
のだが、長の態度がずいぶんと丁重だ。酒を飲み交わして和解はし
たけどタメ口だったのが、丁寧な口調に変わっていた。
﹁腕っぷしに自信があったのが、主殿の力を見て震え上がったのだ
ろうな﹂
そうシラーちゃんが言う。最初のほうにAランクだって言ってあ
ったはずだが、見るまで信じてなかったのか。実際に見てやっと実
感したのか。
獲物は他のパーティメンバーが狩ったのかもしれないし、見せた
魔法も家造りや水出しにアイテムボックスだしで優秀なサポート係
とでも思われていたのかもしれない。
﹁主殿はずいぶんと腰が低かったし、その、あんまり強そうに見え
ないから⋮⋮﹂
まあその通りではある。装備もよくてAランクだとしても、それ
なりに強いんだろう程度に思われるのが関の山だ。
2286
﹁それに、やはり実際に力を見せないと。いくらお金や食料を提供
して感謝はされても、力がないと獣人から真の尊敬は得られないん
だ、主殿﹂
それでシラーちゃんは剣の修練を見せることを提案したのか。
まあこれで加護の可能性が増えるなら、見せた甲斐もあるという
ものだ。
﹁とりあえずもう一働きするか﹂
しかし相変わらず周りをうろちょろしている子供たちと裏腹に、
大人からは微妙に距離を取られている。少々刺激が強かったのか、
恐れられてる気がするな。
エリーに良さ気なのがいれば引っ張り込めと言われているが、す
ぐに引っ張り込めそうなのは子供しか見当たらない。みんなこっち
をチラチラと見てはいるんだけどな。
﹁エリーの言ってたこと、シラーはどう思う?﹂
﹁誘えば何人でも﹂
それはそれで楽しそうだが、今日はシラーちゃんにたっぷりサー
ビスしてもらう予定だ。それに一夜の関係で終わらすわけにもいか
ないし、こうも接触がなければ加護の可能性が高そうなのを選びよ
うがない。
とりあえず子供の相手をしておけばいいか。というか今日はずっ
と子供の相手ばっかだわ。この状況で今更女の子にところへとのこ
のこ行っても、下心ありすぎだ。
誘えば喜んで来るのだとしても、いきなり夜の相手に呼び出すな
んてもちろん論外だろう。神の使徒としての品格に関わる。自然に
2287
接触を増やしていくしかないな。
﹁カルル、お前のところの家を先に作ってやろうか?﹂
指示された場所に長屋を作る合間にそう言ってみた。子供たちの
家族なんか狙い目じゃないだろうか。
﹁じゃあおじさんの家を作ってよ﹂
﹁おじさん? あー、他の家族は?﹂
大体察しはつくが⋮⋮
﹁死んじゃった﹂
カルルはあっけからんとした感じだ。もう何ヶ月も経っているし、
周りもそんなのばかりだしいつまでも悲しんでもいられないんだろ
う。不憫な。
﹁そうか。パーシャの家族は?﹂
気になったのでそのまま聞き取り調査をしてみることにした。パ
ーシャは最初に会った時、じいちゃんが餓死しそうと泣いていた娘
だ。
﹁うちにはじいちゃんがいるよ!﹂
じいちゃんがいるって、じいちゃんだけか。
﹁メルのとこは?﹂
2288
メルは一番最初に串焼きをあげた娘だ。滅多に口は開かないが、
俺に付き纏っている子供の一人だ。
﹁父さんは兵士に行った。うちには母さんと妹がいるの﹂
よかった。ここはまだマシだ。
他の子供も似たり寄ったりの状況で、カルルのように身寄りのな
い子供は、親戚や知り合いとかがちゃんと面倒をみているらしい。
獣人の集落には孤児院のような施設はあまりなく、子供は宝だと集
落ぐるみで大事にする風習のようだ。
そして未婚で妙齢の女性が子供たちの家族に一人もいないことが
判明した。獣人は女性も戦うし戦闘能力も十分にあるから、そのあ
たりはだいたい兵隊に行ってしまったようだ。
つまり残っているのは子供か、子供のいる母親。それにおばちゃ
んか。男のほうはもっと少ない。
やっぱ子供か。俺にはこいつらしかいないのか。
﹁お前らみんな苦労してんだな。よし、困ったことがあったらいつ
でも俺のところへ来い。力になってやる﹂
﹁ほんと!?﹂
﹁ああ。俺は大概のことは出来るからな﹂
富でも名声でも権力でも大抵のことがなんとかなる。どうにもな
らないのは世界の平和だけだ。
﹁冒険者になれる?﹂
2289
そうパーシャが尋ねてきた。
﹁それくらい余裕だろう﹂
すぐにとはいかないだろうが、基本を教えてちゃんとした装備を
与えてやればいい。
﹁じゃあ兄ちゃんたちみたいに強くなれる?﹂と、カルル。
それは子供たち次第。加護が付くかどうかにかかっている。
﹁私とサティ姉様は主殿に鍛えてもらったんだ。お前らも主殿に忠
誠を誓えば、すぐに強くしてもらえるぞ﹂
﹁ちゅうせい?﹂
﹁主殿を主君と仰ぎ、共に戦う仲間になるんだ﹂
﹁なる! 仲間になる!﹂
﹁ナカマ! ナカーマ!﹂
﹁いいけど保護者、親か面倒を見てもらってる大人の人に、俺の仲
間になっても大丈夫か聞いてきてからな?﹂
﹁わかった!﹂
子供たちがわーっと散っていく。
﹁ああ、大丈夫です。ここにいる間にちょっと鍛えてやろうって話
2290
で、まさか連れて行ったりはしませんよ﹂
何か言いたげな長にそう言うと、ほっとした様子だ。
﹁まだまだ厳しい状況は続くでしょうし、貴方がたに見てもらえる
ならこれ以上の話はないでしょうな﹂
まさかすぐに加護が付いたりはしないよな?
サティのことを思えばこの時点で誰かに付いてもおかしくはない
が、それともサティとが奇跡の出会いだったのだろうか?
﹁仲間が⋮⋮本当の仲間が増えるといいですね﹂
﹁そうだな﹂
サティの言葉に俺はそれだけ言って頷いた。
2291
157話 強さを望んで
﹁子供たちはどうなんでしょうね、マサル様﹂
湯船に浸かりながら俺の足をマッサージしているサティがそう聞
いてきた。
シラーちゃんには俺の頭を胸に乗せて上半身を支えてもらってい
る。だらーんと力を抜いてお湯に浮いた状態で、実に極楽だ。疲れ
た体にとても気持ちいい。
﹁んー、そうだなあ﹂
そもそもがまだ忠誠うんぬんを問える段階でもなく、保護者の許
可を取って再度集まってきた子供たちを冒険者見習いということに
してやっただけだ。
﹁すぐには難しいだろうな﹂
やはりサティのケースが奇跡だったのだろうと、俺はそう思い始
めている。
辛い経験をしてきたとはいえ、子供たちには面倒を見てくれる保
護者がいて仲間もたくさんいる。
サティは親に売られ奴隷仲間とは引き離される運命で、主人に仕
える以外の道はなかったのだ。
だが奴隷にしたところで、恋人を故郷に残してきたり、シラーち
ゃんみたいにこれも運命と、しごくあっさり主人にもらわれたりも
する。
2292
﹁子供たちが強くなりたいのは、祖国を自分の手で取り戻したいか
らだろう? それが俺への忠誠になるのかっていうと⋮⋮﹂
ヒラギスを奪還して彼らを本当に救うのはこれからなのだ。いま
彼らに忠誠を期待するのは多くを望みすぎだろう。
﹁強くなりたいというのと、主殿への忠誠は確かにまた別物だな﹂
シラーちゃんが上から俺の顔を覗き込んで言った。心当たりがあ
るのだろう。
﹁でも方向性は間違ってないと思う。中には俺のことをすごく気に
入る子もいるかもしれないし﹂
物資も提供したし色々見せもした。やった分だけずいぶんと懐か
れてはいる。
﹁まあ加護がどうなるにせよ、鍛えてやって損はないしな﹂
明日はなるべく子供たちに時間を割こう。冒険者ギルドの用件は
エリーがすっかり手筈を整えているからさほど時間はかからないは
ずだ。
戻ったら獣人の家を追加して、自分たちの修行も当然シラーちゃ
んはやりたがるだろう。まあ明るいうちはがんばって働こう。夜は
こうやって楽しみがあるんだし。
﹁そういえばサティ、今日の俺との対戦だけど﹂
ふと昼間のことが気になって聞いてみた。
サティが石ころを踏んで俺が勝ったんだが、それが果たして俺に
2293
勝ちを譲るための作為的な行動だったのか? それともたまたまだ
ったのか?
﹁あんなミスしちゃって恥ずかしいです﹂
サティはそう言って、ぶくぶくとお湯に顔を沈めた。
﹁じゃああれはほんとにただのミスだったのか⋮⋮﹂
サティが顔上げてよくわからないという風に首をかしげた。
﹁主殿はサティ姉様がわざと負けたのではないかと言ってるんだ﹂
後ろからシラーちゃんがずばりと言った内容に、サティは本気で
びっくりした顔をしていた。
﹁わたしはマサル様が本気を出せと言えば絶対に本気です。手を抜
いたことなんて一度もないですよ!﹂
﹁あそこで俺が勝つのには意味があったし、石を踏んだのはサティ
らしくないミスだなって少し思っただけなんだ。いや、変なこと言
って悪かったな、サティ﹂
確かにサティが本気を出せという俺の言いつけに従わないわけが
ないし、自分の判断だけでそういった偽装もしそうにない。
﹁そもそもですよ。マサル様のほうが強いんですから、わたしはも
っと負けていてもおかしくないんですよ﹂
ちょっと不満そうにサティが言う。
2294
﹁いやいや、剣はサティのほうが上だろう?﹂
俺の勝率は三割といったところだろうか。いくらサティが俺のこ
とを過大評価しても、数字が強さを物語っている。
﹁剣でもマサル様のほうが絶対に強いはずなんです。本気のときだ
って、本当に本気にはなってないですよね?﹂
﹁それはあるな。主殿が手を抜いてるとは言わないが、大会の時に
比べると気合の入れ具合がずいぶんと違う﹂
そりゃ大会の時ほど必死にはなることはないけど。
この話は前にもしたことがあったな。本気を出せば俺はもっと強
いはずと。
だが普段から実力を出しきれるのも実力のうちだ。死ぬほど気合
をいれれば俺も多少はパワーアップするんだろうが、そんなにほい
ほい全力を出せるものでもないし、俺のほうが強いというサティの
意見はやはり受け入れられない。
﹁サティだって本気の時でも大会の時ほど全力じゃないだろ?﹂
サティとて大会じゃあるまいし、手を抜いているとは言わないが、
本当の本気ではないはずだ。
﹁本気の時はちゃんと全力ですよ﹂
確かに最近のサティは大会の時の動きと遜色ない動き、強さを見
せている。
2295
﹁じゃあ寸止めは?﹂
サティは俺に対して強く攻撃したがらないし、寸止めは明らかに
手加減だろう。
﹁最近は当たる時もあるじゃないですか。それにマサル様も止めま
すよね?﹂
それはそうだな。無理に止めないで当てろって言ってあるから、
止め切れない時は当ててきているし、俺だって止められる時は止め
ている。条件は同じか。
﹁大会の後、軍曹殿がおっしゃってましたよ。わたしとマサル様が
戦えば、どちらが勝つか予想は難しい。大会は組み合わせに運がな
かっただけで、マサル様の優勝も十分にあり得たって﹂
ラザードさんを回避できれば優勝の目もあったかもな。それでも
ボルゾーラ
サティとフランいう最大の難敵が残るわけだけど、これも潰し合っ
てくれればあとはあの巨人だけか。
しかし俺とサティの実力が同等? 確かに俺が普段全力かってい
うと、そうではないと認めざるを得ないんだが⋮⋮サティとまとも
に戦えてるのは覚えた技なんかは共有して、ずっと一緒に練習して
動きに慣れているから対応できているだけで、それでも勝てるのは
三、四回に一回といったところ。なんとか実力が離されないように
くらいつくだけで精一杯だ。
﹁軍曹殿はマサル様はもっと練習するべきだって言ってました。そ
したらわたしなんてすぐに勝てないようになります﹂
もっと練習しろとは軍曹殿にしてもサティにしてもちょくちょく
2296
言ってくるが、最近は人が増えたから練習量も格段に増えてるし、
俺もなかなかがんばってると思う。
﹁ここんとこは結構まじめにやってるよ﹂
﹁はい。だから置いていかれないようにってほんと大変なんです﹂
あー、俺はずっとサティは俺より強くなれって言ってるしなあ。
練習量が少ない俺と腕に差がつかないどころか、同等のままだって
思っていたら、それは確かに大変だな。
﹁なんかごめんな。無茶なこと言って。無理そうならあんまり無理
しないでもいいぞ?﹂
﹁いえ、わたしもがんばってもっと強くなりますけど、マサル様も
ずっと強いままのほうがいいんです﹂
俺のほうが強いという状態のほうがサティとしては望ましいが、
俺はサティに俺より強くなれって言ってるからなかなか複雑な心境
のようだ。
しかしサティが言うだけなら贔屓目とも思えるが、軍曹殿の言葉
もある。
﹁次に会う時、貴様が私を超えていることを期待する﹂
そう別れ際言ったのは⋮⋮本気で期待されている?
サティも贔屓目とか信仰心からじゃなくて、本当に俺のほうが剣
でも上だろうと冷静に評価していたってことか?
2297
﹁もう一度フラン様と、今度は万全の体調で対戦してみたらどうで
すか? マサル様が本気を出せば互角以上に戦えるはずですよ﹂
﹁それはいい。あの試合は不満が残る内容だった﹂
移動中は魔法ありばかりで、剣だけのガチの対戦ってフランとは
しなかったな。痛いのは嫌だし。
しかしもしやるとしてだ。フラン相手ならサティに出せない本気
を出せるだろうか?
思い返せば剣で本当に本気だったと言えるのはたった二度。軍曹
殿とラザードさんの時のみ。どちらもかなり追い詰められた状況だ
った。
﹁そうだなあ。一回くらい試しにやってもいいけど﹂
﹁絶対に勝てますよ!﹂
﹁そうか? 俺は厳しいと思うけど﹂
本気ってどうやれば出せるんだろうな。
﹁間違いなく剣でもマサル様が一番強いんです。わたしはマサル様
に嘘なんて絶対言わないですよ﹂
やっぱりこれって信仰心だわ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
2298
翌日、朝からみんなが新居を見にやってきた。ついでに朝食はテ
ィリカリクエストの魚料理だ。
﹁今日はこっちに泊まったらどうだ?﹂
獣人に加護を付けるのに、みんなが居れば地味な俺は埋没しかね
ないと、昨日は遠慮してもらっていたのだが、さすがにもう大丈夫
だろうと、エリーに言う。
アンたちは隣の台所で朝食の準備をしていて、居間兼食堂のここ
には俺とエリー、フランとウィルだけがいる。
家は目立たないように獣人に作った五軒長屋と外観は同じにして
あるが、長屋二軒分をくっつけてある。転移ポイント用に地下室も
こっそり作った。居間や食堂、お風呂にスペースを大きく使ってさ
ほど広くはできないが、全員分の個室もある。とりいそぎ玄関の扉
だけつけてもらって各部屋には扉がないが、その程度は問題なかろ
う。
﹁そうね。用事が終わったらこっちに移動しましょう﹂
みんなはギルドの宿舎に一部屋もらって狭い部屋に女性陣五人で、
ウィルは大部屋で他の冒険者と雑魚寝だったそうである。
そのウィルは昨日も訓練に付き合わされて、さぞ疲れているのだ
ろうと思ったら、何やら機嫌が良さ気だ。
﹁いやー、俺ってすごく強くなってたんすねえ﹂
どうやら昨日はギルドの訓練場でフランと二人で無双してきたら
しい。サティがいつもやってるアレか。
まあうちじゃ最弱を争っていたし、強くなったと理解はしても、
実際に体験してみると違うのだろう。
2299
﹁調子に乗るな。訓練場に大して強いのがいなかっただけだ﹂
だがそうフランが言うのももっともだ。ここにも強いのはいるか
もしれないが、そういうのは訓練場には用はないし、教官でもレベ
ル5の剣術持ちの相手をできるくらい強いのは滅多にいない。
﹁しかしウィル、そんなに目立って大丈夫なのか?﹂
まあ今もフル装備で顔を隠してるから大丈夫だとは思うが。
フランにもウィルが家出してきた貴族のぼんぼんであることはバ
レている。ずっと一緒に行動していたから、話さざるを得なかった
ようだ。人のいるとこじゃ絶対面をあげないのは、すごく怪しいも
のな。
﹁鎧がボロいのを馬鹿にされてつい⋮⋮﹂
ベコベコの鎧をろくに直しもしないで使っていれば、そりゃ馬鹿
にもされるだろう。
﹁ほんとはフランがちょっかいをかけられて、それを止めようとし
たのよねー﹂
エリーがニマニマしながら言った。それで出張ったところにボロ
い鎧を馬鹿にされたという流れのようだ。
﹁フランさんに手を出そうなんて、ホント命知らずっすよね﹂
だがそこにエリーが思うほどの色気はないようだ。そこらの冒険
者ごときにどうにかできるフランじゃないし、純粋に冒険者を気遣
2300
ってウィルは止めたのだろう。
﹁ウィルはいい加減新しい鎧に交換しろ。道中の稼ぎでいいのが買
えるだろう?﹂
そう言ったフランも気にした様子はないし、ウィルに脈はなさそ
うだな。むろん俺にもまったくない。本当に剣の修行以外に興味が
なさそうだ。
﹁ああ、新しいのは用意してあるんだ。後で出してやるよ﹂
﹁ほんとっすか!?﹂
﹁先に朝ごはん食べてからな﹂
ウィルはすぐに出してほしそうだったが、ぼちぼち朝食ができて
きたようだ。
今日のメニューは昨日取れた雑魚をそのまま塩で焼いたのと、さ
ばいた身をスープで煮た料理だ。
﹁焼き魚美味しい﹂
ティリカがそう言った。確かに焼き魚はなかなかいけるな。スー
プは⋮⋮普通だ。川魚は淡白だから、スープの味付けになっちゃっ
てる。
﹁鎧魚は晩ごはんに出すからな﹂
俺の言葉にティリカが頷いた。大物の鎧魚は解体が必要なので、
獣人に頼んである。それを晩ごはんで使う予定だ。
2301
メニューはどうしようかね。お刺身が食べられるだろうか? 確
か冷凍すれば寄生虫は死ぬらしいが、アウトだったとして治癒魔法
で治るかな?
﹁寄生虫? そんなこと聞かれてもちょっとわからないな﹂
アンもよく知らないらしい。
﹁魚は生で食べたことない。美味しい?﹂と、ティリカ。
﹁慣れればかなりいけるんだけど、いま言った寄生虫にやられると
病気になるんだよ﹂
腹痛程度だと思うが、こっちではどうなんだろう? 地球の寄生
虫とは違うかもしれないし、治療法がわからないのにうろ覚えの知
識で手を出すのはちょっと恐ろしくなってきたな。
﹁生で食べるなんてお腹を壊すに決まってるでしょう。止めときな
さい﹂
残念だがお刺身は断念するか。この忙しい時期に、腹痛で何日も
行動不能になってもしゃれにならん。
そんな顔をするなティリカ。俺も悲しい。
﹁えっと。それでね? 話は変わるんだけど⋮⋮﹂
続けてアンが切り出した。
﹁うん?﹂
2302
﹁昨日からずっと考えてて、ここに残ろうと思うんだ。治癒術師が
ぜんぜん足りないのよ﹂
基本的にどこも治癒術師は足りてないものなんだが、ここは大量
の難民で、かなりひどい状況のようだ。
﹁それとちゃんとした孤児院がないから作っちゃおうと思って﹂
もとより砦だ。神殿はあっても孤児院などあるはずもない。一応
神殿で面倒を見ていたのだが、資金も設備も人手も何もかも足りて
ないし、居留地全体もこの先、子供どころか大人ですら飢えそうな
有様だ。
﹁どの道、私は剣の修行もしないし、エリーの実家でもすることは
ないし﹂
エリーの実家には転移でいけばいい。
﹁アンがそうしたいなら賛成するよ﹂
一人で残すのはとても心配だが残るなら神殿で暮らす予定で、そ
こには神官も神殿騎士団もたくさんいる。俺も獣人の様子を見にち
ょくちょく戻る予定だ。問題ないだろう。
﹁そうね。私たちもうちの実家の用事が済んだら、またすぐに戻っ
てくるつもりだし﹂
問題は剣の修行だが、最悪ヒラギスが片付いてからゆっくりやっ
てもいい。
2303
﹁獲物の提供といい、実に素晴らしい志だ。私も少しであるが、孤
児院に資金を提供しよう﹂
フランが旅費と生活費にと持ってきた一〇万ゴルドの半分、五万
ゴルドを提供してくれるという。日本円にして五〇〇万円くらいか。
なかなかの金額だが、俺たちが五〇〇万ゴルド以上出しているのは
言わぬが花だろう。
﹁ありがとう、フラン。とっても助かるわ﹂
アンも素直に感謝の言葉を述べた。今は一ゴルドでも助かるし、
五万ゴルドもあれば出来ることは多い。
﹁どうせ修行でお金など使わないしな﹂
剣の里では現地の領主の世話になる手筈らしい。一緒に世話にな
らないかと俺たちも誘われたが、どこかの空き地に勝手に家を建て
るほうが気楽だ。
その剣の里へはリリアの精霊で三日の予定だ。急いでも二日はか
かり、最低でも往復四日。アンと獣人に会いに戻るにせよ、あまり
頻繁だと怪しいな。
剣の里へ行くのを秘密にしておこうかとも思ったが、剣聖は有名
人だし迂闊に行動してどこからボロがでるかわからない。
いっそ前衛組だけ剣の里に置いて、俺はほんとにここに常駐して
もいいかもしれない。
それでメイジ組を連れてヒラギスで狩りをして、ウィルとシラー
ちゃんの経験値稼ぎはこっそりと連れ出せばいい。獲物を見つけて
から転移で連れてくれば、抜け出すのは一度に一時間もあれば十分
だ。
2304
しかしそうするとまたフランが邪魔になってくる。同じ場所で修
行することになるのだ。ちょくちょく抜けだしてバレないわけもな
いだろう。
こいつをどうにか完全な味方に引っ張り込めればいいんだが。
かなり仲良くはなったとは思うが、秘密を打ち明けて確実に黙っ
ていてもらえるのを期待できるほどじゃない。ずっと一緒のウィル
も先ほどのやり取りをみれば、色っぽい話は欠片もなさそうだ。
﹁どうした、マサル。私に何か⋮⋮はっ!? 私を狙ってもお前の
嫁には絶対ならんぞ!﹂
そんなにじっと見てたつもりはないんだが、考えてることがバレ
た。なんのかんの言ってフランも美人だし、ついついエロい妄想し
ちゃうのは仕方あるまい。
別にフランにちょっかいをかけたりはしてないのだが、フランは
俺のことをずいぶんとエロに節操のない人間だと思っているようで、
時々こうやって釘を刺される。
﹁そういえば道中、フランとは剣のみの本気の立ち会いはやらなか
ったなって思って﹂
昨日の話を思い出しそう言った。
こう言えばすぐに食いつくかと思ったが、フランは迷っているよ
うだ。ちょっと魔法戦で凹ませすぎたか?
﹁いや、興味がないなら別にいいんだ﹂
俺としても進んでやりたいと思ってるわけじゃない。
2305
﹁お前たちの⋮⋮強くなる速度は異常だ﹂
フランは俺の言葉に答えずそう言った。大会ではサティが勝った
が、最後の一撃は不意打ちのようなもの。あの時点ではどう見ても
フランのほうが強かったのが今では互角。
だがそれは単純に成長したのではなく、ようやくスキルやステー
タスが体に馴染み、使いこなせるようになってきたという話でもあ
る。シラーちゃんやウィルなんかはそれが顕著だ。
﹁フランとやるのは本当にいい修行になったよ﹂
大会での厳しい戦いとこれまで生涯を剣に捧げてきたフランとの
修行で、懸念だった経験不足も埋まりつつあった。やはりサティと
だけでは修行に限界があったのだろう。
道中の修行は思いの外いい経験だった。フランには感謝しないと
な。
﹁それはこちらとて同じだ。無理を言って同行してよかったと思っ
ている﹂
もし別行動になっていたとしたら、俺たちは一ヶ月以上先行して
剣の里で修行に入ったはずだ。異常な成長を目の当たりにした俺た
ちに一ヶ月も差をつけられる。それはフランにとってはちょっとし
た悪夢だろう。
﹁やるのは大会ルールか?﹂
頷く。
﹁いいだろう。貴様に散々魔法で転がされた恨み、剣で晴らしてや
2306
る﹂
魔法で何回も吹き飛ばしたのをかなり根に持ってるようだ。そり
ゃかなり悔しがってたのはわかってたけどね? 剣と違って寸止め
するわけにもいかないし、何度も戦いを挑んできたのはそっちだろ
うよ⋮⋮
2307
158話 リベンジ
フランチェスカ・ストリンガー。現国王の姪で公爵家令嬢。十六
歳にして部隊の指揮も任されており、人望もある。美貌もある。
お風呂あがりに薄着でくつろがれると、十分満たされている俺で
もムラっと来る。多感なお年頃のウィルはどうやって処理してるん
だろうな?
幼少の頃より剣の修行に明け暮れていたというが、魔法もきっち
り習得している。
昨年大会を制した時はまだ一五歳。中学生くらいだな。体格は標
準的で、冒険者に混じるとむしろ小さいほど。それでいて怪我人ど
ころか時折死人が出るというガチンコ剣闘士大会で大人に混じって
の優勝。まさしく本物の天才だ。
才能もあって努力もかかさない。富も権力も名声も力も美貌も、
人の羨むありとあらゆるものを持ち、加護で強化したサティでよう
やく互角。次代の剣聖にとの呼び声も高い。
フランチェスカは俺たちの成長が異常だと言うが、俺に言わせれ
ばフランチェスカのほうが異常だ。
試合用に武舞台を川原に作った。
また足をすべらせて決着なんてことになっては面白くないし、獣
人たちの今後の練習場にもなるだろう。
フランチェスカにとって道中散々やられたことへのリベンジであ
るが、俺にとっても大会のリベンジとなる戦いだ。体調不良で足を
滑らせたところをぼこぼこにされて、仇はサティに取ってもらった
ものの、後悔が残る戦いだった。
サティは本気を出せば勝てると言っているし、勝ち筋もある。
俺にあってフランチェスカにないもの。それはパワーだ。力で押
2308
し切る。そう考えて戦いに臨んだのだが︱︱
﹁ま、待った﹂
剣を交えて数合、フランチェスカの一撃を食らって片膝をついた。
この痛みだと骨にヒビはいってるな。右肩だから回復しないと剣も
振れない。
クソ痛え⋮⋮これだからガチの試合は嫌だったんだ。やっぱりや
るんじゃなかった。
詰め掛けていた見物の獣人たちもしんと静まり返った。まさかこ
んなにあっさり負けると思わなかったのだろう。
パワーで押し切ろうと、出せもしない本気を出そうとして力み過
ぎ、簡単に隙を突かれた。
﹁まさか終わりじゃないだろう?﹂
ヒールをかけて痛みが引いたのでゆっくりと立ち上がる。
﹁もちろんだ﹂
﹁貸し一つだぞ﹂
二つあった貸しが減るくらいどうでもいい。こんな無様な負け方
ではサティにがっかりされてしまう。
すでに負けた気もするが、これはちょっとしたお茶目。ノーカウ
ントということにしておこう。ガチとはいえ、本番の試合じゃなく
て練習だ。時にはこんなこともあるし、やり直しもきく。
剣を軽く振って肩の確認をする。問題はない。痛みで気力はごっ
そりと削られたが戦いに支障が出るほどじゃない。
2309
痛い目に遭いたくなくて、一気に片を付けようと思ったのは甘す
ぎた。
ミニマム
普通にやってどうにかするしかない。むろん勝ち筋はまだ用意し
てある。新たに開発した極小ヒールである。
詠唱の短い小ヒールですら妨害されてそうそう使わせてはくれな
いのだが、それならば更に詠唱を短縮すればいい。サティ相手には
試したが、この試合では実際にダメージを受けた状態での実戦テス
トも兼ねる。ある程度痛い目を見るのも仕方ない。
﹁よし、準備いいぞ。本番と行こうか﹂
覚悟は出来た。
二戦目はゆっくりとした立ち上がりだった。フランチェスカも俺
の覚悟が伝わったのか、警戒してるようでさほど踏み込んでこない。
慎重に、探るように剣を打ち合わせていく。
落ち着いて対応できればフランチェスカの実力はサティと同等く
らい。勝てない相手ではないし、むしろサティより剣速は一段落ち
てパワーもない。それでも強いのは、技と経験で俺たちを上回って
いるからだ。さっきも俺が大振りしたと見るや、即座に致命傷とな
る一打を叩き込んできた。
しかしこれでは詰めかけた観客も退屈だろう。長期戦になればス
タミナ的には俺に有利なはずだが、ここは攻める。
これは試合じゃないから勝ち負けは重要じゃない。剣の腕を考え
れば俺が負ける確率のほうが高いのだ。大事なのはいかに戦うか。
敢闘するか。無様な負け方だけはもう許されない。
だがフランチェスカは想定したよりも手強かった。受けに回られ
るとこちらの攻撃が通じない。通じる気がしない。その上少しでも
2310
隙があると、反撃を食らう。
俺も強くなっているはずだが、この一週間フランチェスカも俺以
上に練習してたのだ。
だがそれよりもまずいのはどうやら俺の動きや癖が読まれている。
どうもこの一週間、俺の動きはじっくりと観察されていたようだ。
今のところかすった程度だが、まるで大会でのサティとの決勝み
たいだ。手を打たなければじりじりと削られて終わりそうだ。
普通にやってどうにかできないかと思ったがやはり無理か⋮⋮
この間合いはフランチェスカに有利だ。だから一歩踏み込んだ。
踏み込んでわざと隙を見せた。できればやりたくなかったが、肉を
切らせて骨を断つ。相打ちのカウンターを狙う。
フランチェスカは見え見えの罠にはかからないが、それならそれ
でこちらは攻勢を強めればいい。
多少は攻撃を食らうが少々のダメージなら気にしない。こちらの
相打ち狙いがわかっていて、フランチェスカも強く打ち込めていな
い。
だが少々カウンター狙いが露骨すぎたか。こちらの攻撃が当たら
ないまま、かなり痛いのをもらった。ちょっとやばい。フランチェ
スカもダメージを与えたと見て、さらに圧力を強めてきた。
︻ヒール︵小︶︼詠唱︱︱は妨害された。だがこれも罠だ。ダメ
ージを回復できないとなると、俺に勝ち目はなくなる。それで攻勢
を強めてくれれば⋮⋮あ、やべ。もう一発いいのを食らった。さす
がにもう回復しないとまずい。
新型ヒールを使うのにも、確実に成功させるためにはある程度の
間合いは必要だ。なんとか距離を取ろうとするが、フランチェスカ
はそれを許さない。一気に仕留めに来たようだ。
だがそれはすなわち俺の望むところでもある。無理をすれば体は
まだ十分に動く。回復は後回しでいい。
2311
フランチェスカがフェイントを仕掛けてきた。だがカウンター狙
いの俺にさほど意味はないし、無防備な頭を狙った攻撃はフェイン
トの分ワンテンポ遅い。
頭部への攻撃は避けずそのまま前に出て、全力でカウンターを打
ち込む。頭は鉄製の兜だし打点をずらせば威力は軽減できる。
咄嗟に出たのは軍曹殿の技︱︱何度も何度も練習して動作は体で
覚えている。
フランチェスカの攻撃で意識が保てるか、俺の攻撃でフランチェ
スカを倒しきれるかの賭けだ。
頭に衝撃が走り、俺のカウンターは︱︱ダメだ。手応えはあった
が盾の上からだ。
フランチェスカもこの技を練習しているところは見ているし、不
完全な技で仕留めるのは無理があったか。
だが意識はなんとか保てているし、フランチェスカはよろめいて
いる。
その間に回復。いや、追撃に備えて体勢を⋮⋮
しかしフランチェスカは追撃をせず、一歩下がって剣を降ろして
いた。バックラーを付けた左腕もだらりと下げている。
盾の上からでも効いていた?
﹁もう終わりか?﹂
戦意はもうないようだがダウンはしてないし、構えを解かないま
まで一応確認はしておく。
フランチェスカは俺の頑丈さを過大評価しすぎだな。俺のほうが
はるかに満身創痍だし頭への攻撃も結構効いたから、追撃されると
まだ危ない。
2312
﹁貴様じゃあるまいし、左腕がこれでは無理だ﹂
フランチェスカは苦痛に顔をしかめて言った。盾を持つ左とはい
え、片腕を完全に殺されては勝ち目はないと判断したのだろう。根
性なしとは言うまい。たかが練習試合で俺みたいに無茶するほうが
たぶんおかしいのだ。
自分の傷を治し、続けてフランチェスカの治療もしてやる。
なんとか勝ちを拾えたな。泥臭く薄氷を踏むような戦いだったが、
勝ちは勝ちだ。だが格上と戦うと結局こんな風になってしまうのは、
ほんとどうにかしないとな⋮⋮
﹁これで一勝一敗だ。もう一戦やるか?﹂
ミニマム
フランチェスカが望むならもう一戦やっても構わない。
せっかく対フランチェスカ用に考えた極小ヒールは使ってないし、
上手く使えば連勝もあるはずだ。
﹁⋮⋮今日のところは止めておこう﹂
かなり重たい一戦だったし、連戦はきついか。
﹁次は、負けない﹂
当然ながらフランチェスカは勝ち逃げを許す気はないようだ。次
にやるとしたら剣の里でとなるだろうか。
でもやっぱりこいつとはあんまりやりたくないな。あの顔は最初
のダウンの時に殺しておくべきだった。次は容赦しないとか絶対考
えてる。
2313
﹁マサル様!﹂
試合が終わったのを聞いて、サティが真っ先にやってきた。
サティはひどく嬉しそうで、興奮している様子だ。ピンチからの
逆転劇はさぞ見応えがあっただろう。
結局サティ言うとおり勝てたし、これが本気ってことなのか? 秘められた潜在能力とかじゃなくて、頑丈さと回復魔法を利用した
相打ち戦法が?
﹁やっぱりマサル様は強いです!﹂
﹁そうかそうか。今のって本気出てた?﹂
﹁はい。とてもいい感じでしたよ!﹂
﹁大会の時と遜色ない動きだった、主殿﹂
そっか。これが俺の本気なのか⋮⋮
いや別にダメージを受ける必要はないんだよな。要はダメージを
覚悟をして一歩踏み込む感覚。その状態でもきっちり防御ができる
ように修練すればいいんだ。
防御を鎧に頼るのは俺の悪い癖だと、以前軍曹殿が言っていた。
いつの間にか頑丈さと回復魔法に頼ってしまっていたのだろう。防
御や回避能力を上げるには地道な修練くらいしかないな。
見ればフランチェスカがさっそくウィルを連れて練習をするよう
だ。
﹁ウィル、新しい鎧出しとくか?﹂
﹁いやいい。その鎧と最後のお別れをさせてやろう。たっぷりとな﹂
2314
フランチェスカに勝手に決められて何やら恐ろしいことを言われ
ているが、ウィルは唯々諾々と従っている。ウィルはすっかり飼い
ならされてるな。まあ忠誠は落ちるどころか、また上がってるよう
だし平気だろうけど。
俺が砦に行っている間、ウィルとフランチェスカ、そしてリリア
が獣人のところに残ることになった。リリアはエルフのことについ
て獣人に聞きこみをするという。冒険者ギルドへの報告に関しては
すっかり終わっていて、あとは俺とサティ、シラーちゃんだけだ。
紆余曲折。ようやく砦に到着である。本来なら物資をギルドに届
けて終わりのはずが、なかなか手間取った。
まずはエリーの作ってくれた保管庫に輸送してきた物資を放出し
た。それを目録と照合していく作業はエリーに任せて、道中の狩り
の報告をする。
俺はまったく狩ってないしサティも少な目だったが、シラーちゃ
んの戦果の確認に少し時間がかかった。シラーちゃんのランクは最
低のFで昇格が必要だったこともある。
順当にいけばEだが、Eランクにしては戦果が多いし、ならばD
に昇格だという話になったのだが、ウィルは今回EからCランクに
上がった。シラーちゃんとしては差はつけられたくないのだろう。
実力では勝っているし、道中の戦果もウィルより上だと、Cランク
への昇格を希望した。
ギルドとしても有能な冒険者を常に必要としているし、実力相応
のランクを与えて仕事をさせるほうが有益だ。
だが何しろ冒険者ギルドに登録してまだ一週間。活動実績が足り
2315
なすぎると、実力を見るための審査を訓練場ですることになった。
﹁神官さん! 昨日の別嬪さんとボロい鎧のやつは?﹂
訓練場に行くと、アンがたむろしていた冒険者の一人に声を掛け
られた。
﹁あー、二人は居留地のほうよ﹂
﹁今日は来ないんですかね? 相手をしてもらいたかったんですが﹂
どうやらこいつらは昨日、ウィルたちにボコられた集団のようだ。
﹁ならばパーティメンバーの私が代わりに相手になろう。私はボロ
い鎧なんかよりも強いぞ?﹂
いい鎧のシラーちゃんが言う。強いってもほんのちょっとだけだ
けどな。
でもシラーちゃんもウィルが無双したのを聞いてやってみたかっ
たのか。まあ審査は腕が見れれば相手は誰でもいいようだし、あっ
ちから希望するなら望むところなんだけど。
﹁あのボロ鎧より強いってマジかよ⋮⋮﹂
﹁見ろよ、あの鎧。とても強そうだ!﹂
﹁団長、団長! よろしくお願いします!﹂
どうやら助っ人を呼んでいたようだ。団長と呼ばれた男はガタイ
のいい人間の戦士で装備も上質だ。
2316
﹁俺はBランクのエゴール・バーニン。昨日はうちの若い衆が世話
になったようだな﹂
俺たちの前に出て、そう名乗りをあげた。Bは大型種の討伐実績
も必要なランクだし、かなり強いはず。
世話をしたのはウィルとフランチェスカであるが、パーティメン
バーなら多少の責任はあるのだろうか?
﹁Fランク。シラーだ﹂
シラーちゃんも名乗りを上げた。シラーちゃんもいい加減俺の苗
字を名乗ればいいのにな。
﹁Fだと?﹂
﹁登録したての方で、実力を見るための審査をしに来たんですよ。
実力者のエゴールさんなら相手に不足はありません。お願いできま
すか?﹂
そうギルド職員がエゴール団長に説明をした。
﹁なるほど。いいだろう﹂
﹁こいつに勝てばCランクにしてもらえるのか?﹂
﹁そりゃ勝てれば確実ですが⋮⋮﹂
シラーちゃんの問いにギルド職員の人がそう答えた。仲間とはい
え俺たちAランクの保証もある。戦果も短期間ながら十分だ。それ
2317
でBランクの戦士に勝てればCランクへの昇格は問題ない。
﹁ランク審査の相手が俺になるとは運が悪かったな。今回は大人し
くCランクは諦めるがいい﹂
審査だと言うのにエゴール団長はやる気満々だ。
ウィルが昨日は何やらかしたのかと思ったら、こいつに勝てば私
が相手をしてやろうとか、フランチェスカが思わせぶりなことを言
って、ことごとくウィルに倒されたらしい。
まあ普通に考えて剣での相手だろうが、ちょっとは期待しちゃっ
たんだろうな。
﹁エゴール団長はこの砦の冒険者で一番の実力者だ。勝てる者など
そうそう居やしないぜ!﹂
そうだそうだと声が上がった。
﹁そうそう居ないって、たまにはいるんだ?﹂
そう隣のギルド職員の人に聞いてみる。
﹁この砦では一番強いですよ。でもここは田舎ですからねえ﹂
いまでこそ人が溢れて活況を呈しているが、ヒラギスが健在だっ
たころは魔境にも接していないただの辺境の国境の砦で、ヒラギス
とは友好関係にあったから単なる旅の中継点でしかなく、飛び抜け
た実力者がいるような環境ではなかったのだ。
準備が出来て模擬戦が始まった。
エゴール団長はBランクだけあってそこそこ強かった。ベテラン
2318
になるとやはりガードが硬く、なかなかしぶとくシラーちゃんの攻
撃を凌いでいたものの、防戦一方。息切れしたところに一撃を食ら
って沈んでしまった。
やはり強いといっても一般人ではこの程度。加護もなしで俺を殺
しかねないフランチェスカがおかしいんだな。
﹁だ、団長が負けちまった!?﹂
﹁くっ、まさかここまで強いとは⋮⋮仕方あるまい。この砦ナンバ
ーワンの座はお前の物だ﹂
﹁団長!?﹂
﹁いいんだ、お前ら。世代交代の時が来た。そういうことなんだろ
う﹂
﹁団長ぉ⋮⋮﹂
何やらそういう戦いだったらしい。
﹁いちば⋮⋮﹂
言いかけたサティの口を、今回は無事ふさぐことに成功した。
今日は疲れてるからそういうのはもういいんだよ。このあとも用
事がまだまだあるんだ。シラーちゃんのランクアップをしてもらっ
て、商業ギルドに神殿。終わったら獣人の子供たちのことがある。
日の高いうちは休む暇もなさそうだ。
﹁行くぞ、シラー﹂
2319
﹁おい、待て! 逃げるのか!?﹂
﹁我々は明日ここを発つ。お前らと遊んでいる暇はない﹂
地元冒険者の言葉にシラーちゃんが立ち止まって答えた。
﹁ヒラギスに行くんじゃないのか?﹂
この時期こんなところに来るのはヒラギスに用がある者に限られ
るのだろう。
﹁まだ時間があるだろう? 修行をして、もっと強くなってまたこ
こに戻ってくる﹂
﹁修行⋮⋮そうか。もしや剣聖のところへ⋮⋮?﹂
﹁それが叶えばな﹂
俺とサティ、フランチェスカは予約済みだが、シラーちゃんは未
定だ。
﹁あんたの実力ならきっと剣聖に会えるさ。修行、がんばれよ!﹂
シラーちゃんは冒険者に手を振ると、先を歩く俺たちに小走りで
追いついてきた。
﹁主殿、今のはその⋮⋮﹂
その場のノリで俺たちを差し置いて、主役っぽい思わせぶりな言
動をして少々気まずいようだ。剣聖のところへ修行に行くのは俺た
2320
ちで、シラーちゃんはおまけ。そう自分でも思ったのだろう。
だがシラーちゃんもどこに行っても主役を張れるだけの力はある
し、剣聖の修行を受ける資格も十分にある。
﹁楽しかった?﹂
﹁とても﹂
そう言ってシラーちゃんは頷いた。なるほどシラーちゃんはこう
いうのが好きなのか。
﹁ならそれでいい。シラーもそれだけの強さを身につけたんだ。俺
たちに遠慮なんかしないで、もっとやりたいようにやってもいいん
だ﹂
﹁うん⋮⋮ありがとう、主殿﹂
﹁別に礼を言われるようなことじゃないよ﹂
だけど、と俺だけに聞こえるような小さな声でシラーちゃんが続
けた。
﹁奴隷に落とされた身の私が砦で一番だと言われ、剣聖のところへ
行くと言っても笑われない。すべて主殿のお陰だ﹂
だがそれこそ礼を言われることではないと俺は思うんだ。
2321
159話 砦の神殿にて
冒険者ギルド、商業ギルドと用事を済ませて、最後は神殿である。
残りの食料やアンの私物を運び込むのと、アンをひとり預けるの
にしっかりと挨拶しておかないとけない。
﹁それで神殿はどんな具合なんだ?﹂
﹁あー、それなんだけどね⋮⋮﹂
朝食の席では唐突にバトルが開始されることになり、ろくに話す
時間が取れなかった。ちらっと聞けたのは孤児院のことと人手不足
が深刻だくらいで、詳しくはどうなのかと道すがら聞いてみたんだ
が、何やらアンの返事が怪しい。
同じ神官とはいえ他国の余所者新参者で、伝もコネもまったくな
い、知らない人ばかりの環境だ。それが寄付だ、孤児院だとひどく
目立つ行動をする。妬みや反発でいじめられたりハブられたりとい
うのは十分考えられる。
﹁別に気にすることないわよ。マサルだって派手にやってたんだし﹂
と、エリーが言う。
﹁私はただ、普通に治療しただけなのよ?﹂
なんとなく状況がわかったぞ。普通にやらかしたんだな。
﹁普通ってどれくらいだ?﹂
2322
一応どの程度やらかしたのか聞いておこう。
﹁全部﹂と、ティリカが端的に述べる。
﹁全部か⋮⋮﹂
ここには難民キャンプも合わせるとちょっとした都市以上の人口
がいる。相当な数になるな。
今のアンの能力からすれば、俺がシオリイの街やゴルバス砦でや
った治療を遥かに凌駕する仕事量でも余裕だろう。
﹁神官が激務に耐えかねて何人か倒れたらしくてね。治療は滞って
て苦しんでる人がたくさんいたし、ちょっと手は抜けないわよね。
アンはほんとよくやったわ﹂
目立たないようにしようと思っていても、怪我人や病人を目の前
にして治療しませんという選択肢はない。無理して助けたわけじゃ
ない。普通にやって助けられるんだし。
﹁それで本気出しちゃったか。まあ仕方ないな﹂
﹁本気とまではいってないんけど⋮⋮﹂
﹁余裕でやっちゃったのが、むしろまずかったわね!﹂
そう言うエリーはことが派手になって、まずかったといいつつか
なり嬉しそうだ。
うちではあんまり活躍してないみたいなことを自分で言うことは
あるが、回復魔法のレベルといい魔力量といい、世界中の神殿を探
してもアン以上の治癒術師はたぶん存在しない。
2323
そのアンの力がついに白日の下に晒されることになった。神殿に
対して詳らかにされた。まだ真の実力は見せてはいないが、判明し
た分だけでも常識外れだろう。
こうなると神殿はアンを手放したくなくなるだろうな。冒険者な
んかとんでもないと、あの手この手で神殿に縛ろうとするだろうか
? 俺の時も後方支援に徹しろと言われたもんなー。
﹁実は昨日はあれでいっぱいいっぱいでした! とかやれば案外ど
うにか⋮⋮﹂
﹁ならないわよ﹂
﹁だよなー﹂
エリーはヒールしか使えないし、せめて俺が一緒で手分けしてや
れればよかったんだが、俺のほうは俺のほうで忙しそうだと遠慮し
たんだろう。
アン一人で十分だったのも確かなんだが、一人で足りてしまった
のも問題だった。
﹁面倒なことになってるみたいだし俺も残ろうか? 獣人たちのこ
ともあるし﹂
ろくに獣人の面倒を見ないで出発するのは心苦しいのだ。エリー
の実家は転移で軽く顔を出せばいいし、修行にはみんながこっちに
戻ってから改めて行けばいい。
﹁別に言うほど面倒なことになってるわけじゃないし、マサルは修
行があるでしょ﹂
2324
﹁そうよ。私の実家はなるべく短く済ませるから、剣聖の修行には
ぜったいに行くのよ﹂
﹁心配ならわたしが残ろうか?﹂と、ティリカまで言い出した。
剣聖の弟子ともなればネームバリューは絶大。まかり間違って剣
聖の後を継ぐことにでもなれば、その名声は計り知れない。エリー
としても外せないだろう。
俺としては生き残れる程度に強くなれればいいし、きっつい修行
なんかやりたくないんだけどな⋮⋮
﹁ちょっとの間くらい一人で大丈夫だから。それに獣人のこともよ
く見ておくから、マサルは安心して修行に励んできなさいな﹂
﹁どうしても心配なら私のほうは後回しでもいいのよ? マサルた
ちを剣の里に送っていって私たちは残ればいいし﹂
どうあろうと修行の回避どころか、後回しも許してもらえそうに
ないようだ。
﹁わかった。予定は変えないでおこう﹂
まあアンのことは俺に言わなかったくらいだし、ほんとうに大し
たことにはなってないんだろう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺たちが神殿に足を踏み入れると、あっという間に十数人の神官
2325
に囲まれた。
﹁シスターアンジェラ!﹂
﹁この方が冒険者の旦那さん?﹂
﹁アンジェラ様、ここには残れそうなのですか?﹂と、一斉に声を
かけられた。
﹁ええ、残ることになりました﹂
アンがそう言うと、わっと歓声が上がった。とりあえず偉い人に
報告に行くからと彼らを後にしたのだが、見送りながら万歳三唱で
もしそうな勢いだ。
偉い人のところに案内されると、そこでも下へも置かない歓待ぶ
りだった。
﹁もちろん、もちろん! シスターアンジェラは当方で大切に預か
らせていただきます。今常駐している騎士団は帝国の神殿でも屈指
の部隊です。安全に関してはこれ以上ないと言っていいでしょう。
何のご心配にも及びません!﹂
俺がアンの安全について少し触れただけで、必死に力説された。
少なくともいじめとかは全然心配なさそうだな。
﹁さっそく今日から働いてくださるので? おお、皆が喜びます!﹂
偉い人が話してくれたところによると、ヒラギスの神殿組織は壊
滅状態だそうだ。全滅したエルフほどではないが、国をあげての撤
退戦に、戦う力がある者は戦わざるを得なかったのだろう。
人を救うことを信条とする神官だ。神官にしろ騎士団にしろ、損
耗率は目を覆うほどだったという。
2326
応援要請は出しているし帝国の神殿からの派遣はあるももの、ヒ
ラギスの生き残りの多くが奪還軍に組み込まれ、避難民に対して神
官の数の絶対的な不足。その状況はもう何ヶ月も続いて、激務に倒
れる者も出始め、状況はさらに苛酷さを増す。
なるほど、これでは手は抜けまい。
﹁奥方を残す決断をしていただいて、感謝の念に堪えません。その
上、食糧援助に多額の寄付、孤児院の建設まで申し出てくださると
は﹂
そう言って深々と頭を下げられた。このあたりの話は表向きはす
べて俺次第ということになっている。
実際のところは嫁から要望があればほいほいと言うことを聞くし、
パーティ運営は相談の上決めているのだが、俺が最終決定権を持っ
ているのは確かだし、今回資金を全部投入しようと提案したのは俺
だしな。
﹁あまりお気になさらずに。俺たちはやれることをやっているだけ
ですから﹂ ここで謙虚スタイルで攻めて、更に感謝されるまでが一連の流れ
である。
支援は匿名ということに一応はしてもらっている。神殿内で噂に
なるくらいはもう仕方ない。おおっぴらにすると外部まで広く知ら
れてしまうし、あまりがっつり隠すと今度は仮面神官みたいになっ
てしまう。さじ加減が難しい。
食料は物が物だけに隠しようがない。長くなりそうな偉い人の話
を打ち切って、神殿の倉庫に獲物を放出したのだが、さほど大きく
ない倉庫に収まりきらず、取り急ぎ物置を片付けて新たな倉庫にす
2327
ることとなり、手の空いた神官や、騎士団の人まで手伝いに来て、
﹁力仕事は我々にお任せください!﹂と、さくさくと荷物を運びだ
し始めた。
アイテムボックスでやればすぐなんだけど、まあいいか。手伝い
に来たというより、アンの顔を拝みにきたんだろうし。
ついでに来ていた騎士団長に挨拶して、何かあればよろしくお願
いしますと頼んでおく。神殿騎士団は頼りにできる。
騎士団長の話によるとヒラギス側に築かれた別の砦が最前線で、
ブルムダール砦は第二防衛戦。最前線にはかなりの兵力が配置され
ているし、よほどのことがあっても時間の余裕はたっぷりあるから、
心配はまったくないようだ。
﹁なんか大丈夫そうだな﹂
ちょっとした騒ぎになった食料出しも終わり、アンの滞在する予
定の部屋に私物を出して整理しながら言う。
安全面もそうだし待遇の方も、アンはずいぶんちやほやとされい
る。持て成されている。
だが結局それだけのことなので、問題があるというわけでもない。
それがアンにはずいぶんと居心地が悪いようだが。
﹁私、神殿じゃかなり下っ端なのよ?﹂
﹁何を今更言ってるのかしらね? アンも今は領主の奥方様で高ラ
ンクの冒険者でしょ。もっと堂々と、偉そうにしてればいいのよ﹂
実際うちの領地に神殿を建てる時は、その長になるという話もあ
る。いつまでも下っ端というわけにもいかないだろう。
割り当てられた個室も、質素であるがベッドを入れれば俺たち全
員が泊まれる広さだ。もっと豪華な客室もあったが、これくらいで
2328
と落ち着いたらしい。
﹁この先こういうことは多いだろうし、アンも慣れることね﹂
﹁私はマサルほど、こういうのがダメだってわけじゃないんだけど
⋮⋮﹂
﹁でも自分に振りかかると案外きついだろ?﹂
アンは黙って頷いた。俺も人事でなら気軽に見ていられるが、た
くさんの人から注目され期待されるプレッシャーというのは、それ
が善意であっても想像以上に重いのだ。
﹁そもそもよ? 私たちがいまだに無名のままだって言うのがおか
しいのよ﹂
剣闘士大会での優勝もあって王国ではそこそこ有名になってきた
が、エリーとしては故郷の帝国で名前を売るのが本来の目的だ。だ
がせっかく目標のAランクになっても、その元となったエルフの里
での功績はおおっぴらにできなかった。
たったひとつのパーティで戦局をひっくり返したのだ。もし公表
できれば今頃英雄として名声は鳴り響いていただろうが、実態は無
名なAランクだ。
まあ魔族関連の話があったから論外だったんだけどな。
﹁無名で結構じゃないか﹂
﹁どうせヒラギスは本気でやるんだし、こんなのまだまだ序の口よ﹂
ヒラギスに関してはもう諦めている。神託が出てるし、魔物と戦
2329
うのにいつまでも魔族が怖いとも言ってられてない。いい護衛も手
に入った。それにヒラギスでは高ランクの冒険者もたくさん参加す
る。エルフの時も高ランクの冒険者は俺と間違われるくらいの働き
はしたのだ。ヒラギスでも立ち回り次第だろう。
﹁だからね? ちょっといいアイデアを思いついたのよ。パーティ
を開きましょう!﹂
しかしほんとにこいつはブレないな。唐突にパーティを開きたい
と言い出すとか、ヒラギスの件で村でやる予定だったパーティが潰
れたのを根に持ってたのか? でもここでやろうとかさすがに突拍
子もなさすぎる。
﹁それのどこがいいアイデアなんだ?﹂
﹁寄付金集めのパーティよ。もっと大々的にお金を集めるの﹂
﹁おお、なるほど。チャリティパーティか﹂
貴族はこういう機会には軽くパーティでも開いて、人脈作りなど
に活用する。チャリティパーティだから、列席した貴族も手ぶらと
いうわけにもいかず、フランがぽんと五万ゴルド出したみたいに、
更に寄付が集まる仕組みになっているそうだ。やるなら神殿も協力
は惜しまないだろう。
﹁うちみたいな弱小領主が五〇〇万以上も出してるんだもの。他が
しょぼい金額じゃ面子が立たないわよね。かなりな大金が集まるわ
よ!﹂
エリーは名前が売れて人脈が増える。難民も助かる。俺にも利は
2330
ある。
﹁修行しながら狩りもやるってかなりきついでしょう? こっちで
お金を集めておけば、マサルは修行に集中できるわよ﹂
この案なら俺は修行に専念したままで難民を助けられる。俺がパ
ーティに出る必要もない。
優しい心遣いと思わせつつ、俺が修行をサボれないよう手を打っ
てきやがった。
だが剣の修行はやったほうがいいにせよ必須じゃないはずだ。必
須というなら神託が出ているヒラギス、つまりここでの活動を優先
すべきだし、経験値稼ぎも必要だ。
そこらへんはしっかりわかってるはずなのにこの修行推し。エリ
ーはまだわかるが、アンやティリカまで。
﹁剣で強くなってもどうせ俺は魔法をぶっ放すのがメインだろ? ならヒラギスまでは経験値稼ぎに出てたほうがよくないか?﹂
﹁マサルは剣聖に会うべき。それは絶対に必要﹂
ティリカが厳粛に告げた。
﹁ふむ。でもなぜだ?﹂
﹁剣聖は﹂と、ティリカが語りだした。
﹁一人魔境奥深くに乗り込んで魔王と戦い、手傷を負わせて帰って
きたらしい﹂
﹁らしい?﹂
2331
﹁何かと戦ってきたようだけど、剣聖も正体がわからなかった。そ
れに勝てなかったから詳しくは話したがらない。だから魔王だと言
われている﹂
魔境にソロで行ったのはすごいんだろうけど、負けて逃げ戻った
んじゃな。
いや、それでも話を聞く価値はあるか。俺もいずれは魔境に乗り
込まなければいけない可能性は大きい。会って戦ったのが本当に魔
王なら確認すべきだ。
重要な話だし誰か聞き出さなかったのかと思ったが、どうも権力
は一切尊重しない気難しいタイプらしい。
﹁そういえばマサルは遠国の出で、こっちの話は時々驚くほど知ら
なかったわね。あのね、剣聖ってすごいのよ? フレアの直撃を食
らって火傷で済んだって聞いたことがあるわ﹂と、エリー。
﹁え、なにそれ?﹂
フレアって当たったらすごい大爆発を起こすんだぞ? それが直
撃で火傷?
﹁撃った魔法使いは殺されると思って身構えたんだけど、肩をポン
と叩かれて、﹁その力は俺じゃなくて魔物に向けな﹂って言われて
終わったそうよ﹂
﹁フル装備の騎士団一〇人を落ちてた小枝一本で全滅させたとか、
中古のなまくらでオリハルコンの剣をへし折ったとか﹂と、アンも
言う。
2332
﹁ドラゴンを倒した話もいくつもあるわよ。私が一番好きなのは、
辺境の村の近くに出来たドラゴンの営巣地に乗り込んで、そこのボ
スを倒したって話ね﹂と、エリー。
おそらく繁殖のためだろう。十数匹のドラゴンが集まり巣作りを
始めていた。そこに一人で乗り込んで、ボスと戦って気絶させた。
単独行動好きだな、剣聖。
﹁気がついたボスは剣聖に頭を下げると、群れを率いて悠然と去っ
て行ったそうよ﹂
王城に正面から堂々と乗り込んで、道を阻む兵士をすべて倒して
王に直談判したとか、魔物の襲撃を三日三晩防いだとか、とにかく
剣聖の伝説には枚挙に暇がない。相手が人間だろうが魔物だろうが
倒せぬものはない。唯一土を付けたのが最初の話に出た何か。故に
魔王であろうと。
﹁すべて事実﹂
もういくつか剣聖の逸話を教えてもらって、最後にティリカが締
めくくった。ティリカが保証するのだ。事実なんだろう。
﹁生ける伝説だよ、主殿。会って稽古を付けてもらえるかもしれな
いとは夢みたいだ﹂
﹁どう? 修行を受ける気になったでしょ?﹂と、エリーが言う。
修行はともかく、会ってはみたくなったが⋮⋮
﹁後継者探しをしてるんだっけ? どう考えても無理だろ﹂
2333
有り体に言って化物だ。人間じゃない。
ドラゴンを気絶させるくらいは俺でも魔法でできるだろうが、小
枝でフルアーマーの騎士を倒すってどうやるんだ? フレアで火傷
だけ? 後継者が見つからないのも無理はない。
だがみんなは黙って、サティなんかはすごく期待に満ちた目で俺
を見つめていた。
﹁⋮⋮俺?﹂
﹁マサルなら、そのうちこれくらいやれそうな気がするのよね﹂
ぽつりとエリーが言い、みんなもうんうんと頷いた。
そうか。エリーはそれを見てみたかったのか。他のみんなも⋮⋮
って、無理だから。絶対無理だから!
2334
159話 砦の神殿にて︵後書き︶
ドラゴンを気絶>魔法でならできる
フル装備の一〇人の騎士を倒す>魔法込みならできる
なまくらでオリハルコンの剣を折る>たぶん魔法剣でできる
フレアの直撃>強固な土壁で直撃を防げば恐らく耐えられる
王城に一人乗り込む>こっそり侵入ならできる
三日三晩>眠いし無理
2335
160話 結成、マサル団︵仮︶
アンとエリーを神殿に残して獣人のところへ戻ると、武舞台の一
角でリリアが子供たちの相手をしていた。
少し離れてさっきあったことをリリアに軽く報告しながら子供た
ちを眺める。最初は小汚くみすぼらしかった子供たちも、お風呂に
入って清潔な服を着れば、ずいぶんと毛並みも良くなって可愛らし
く見えるようになった。何人かは数年後が楽しみだ。それが数十人
⋮⋮
あれ、なんか少ない?
﹁ずいぶんと数が減ってないか?﹂
朝はもっといたはずだが、今見ると二〇人くらい。少なくともそ
の倍はいたはずだ。
﹁そのことなんじゃが⋮⋮すまぬ。ちょっと話したら減ってしまっ
ての﹂
エルフの情報に関して収穫がなく暇ができたので、加護が付きそ
うなのがいるか探りをいれようと考えたらしい。だが俺とフランの
対戦と、丁度目の前でフランがウィルの稽古をつけてやっていたの
がまずかった。
フランは今日は一日休みということで、俺が砦に行っている間に
かなり徹底的にウィルを鍛えてやったようだ。鎧と最後のお別れを
させてやるとかなんとか言ってたしな。そのウィルは魔力切れで休
憩中だ。
それを見て小さい子も多かったし怖気づいてしまったのだろう。
2336
リリアからこの程度は日常的にやっていると聞かされ、仲間に入る
のを辞退する子が何人も出た。
仲間にならずとも援助がなくなるわけでもないし、抜けた者にも
剣術と弓の指導をすると約束したら思ったより減ってしまったらし
い。
減ってしまったのは残念であるが、うちはなかなか過酷だし、や
る気がないと絶対に無理だ。
﹁それでまあ、色々と話してやってな﹂
俺の武勇伝をたっぷり話して聞かせたらしい。リリアもサティほ
どじゃないが、俺のことを過大評価している面があるし、さぞかし
効果があっただろう。
残ったメンツに関しては機密保持もある程度保証できそうだし、
多少の無茶は大丈夫だという。難民キャンプからの連れ出しもオッ
ケーだ。
﹁最終的に残ったのがこの十八人なのじゃが⋮⋮﹂と、上目遣いに
俺を見る。
勝手に進めてしまって、まずいのではと思ったのだろう。
﹁リリアのやることだし、信用しているよ。よくやってくれた﹂
俺にしても何かプランがあるわけでもないし、修行が確定になっ
て時間もない。こうやって自分で考えて動いてくれると、手間が省
けて助かるというものだ。
最初に居た四、五十人はちょっと多いし、この人数ならエルフの
親方にもらった武器が行き渡る。
2337
﹁おお、そうか! それと例の調査でティトスがこっちに来ておる
から、手が空き次第、獣人の指導を任せようと思っておる﹂
﹁ああ、それはいいな﹂
ティトスなら剣の腕は確かだ。弓も使っているところは見たこと
はないが、エルフだし当然使えるのだろう。
不在の間は獣人の誰かに指導を任せることになるかと思ったが、
事情に通じているティトスなら間違いがない。
﹁じゃあこいつらの処遇を考えないとな。明日からのことは話して
あるか?﹂
ティトスに丸投げするにせよ、方針くらいは決めておかないとい
けない。
﹁ヒラギス奪還に参加することくらいじゃな﹂
大人しく座って待っていた子供たちの前へ行き、期待に満ちた顔
を前に告げる。
﹁俺は明日にはここを発たねばならん﹂
﹁﹁ええー!?﹂﹂
仲間にしてやる、面倒を見てやるって言った翌日に、次の日にも
ういなくなると言われてはさすがに驚くだろう。俺も残ることを考
えてたのだが、剣聖の修行はきっちり受けると改めて約束させられ
たのだ。
2338
﹁元々ここには依頼で荷物を届けに来ただけだしな。他での用事を
済ませてなるべく早く戻ってくる予定だ﹂
﹁どこに行くの?﹂﹁いつ戻ってくる?﹂と口々に聞いてくる。
﹁主殿は剣聖の修行を受けられるのだ。だからいつ戻れるかは修行
の進み方次第だ﹂
シラーちゃんの説明を聞いて、おおっ! と歓声があがる。
﹁俺が戻るまでは俺の仲間のエルフに剣と弓の指導を頼むつもりだ。
それと俺の奥さんで神官のアンジェラに後のことは頼んである。こ
のまま砦の神殿にしばらく滞在する予定でこっちの様子も見るよう
に言ってあるから、困ったことがあれば頼ってくれ﹂
特に紹介とかはしてないが、朝一緒に居たからわかるだろう。テ
ィトスは昼くらいに一度報告にくるというし、その時だな。
あとはそうだな。指導が一人じゃさすがにきついし、年配の獣人
に引退した冒険者とかがいるだろうし声かけて⋮⋮
﹁後はこやつらのことを決めぬとな﹂
﹁そうだな。不在の間のことをもうちょっと詰めないとな﹂
﹁そっちではない。名前じゃよ、名前。呼び名がないと不便じゃろ
う? それでマサル団と暫定的に付けたのじゃ。それともマサル軍
団のほうがいいかのう?﹂
変なことを言い出したぞ。名前を決めるのはいいとしてマサル団
ってなんだ。
2339
﹁良い命名です、リリア姉様﹂
だがそれにシラーちゃんも賛同し、サティもうんうんと頷いてい
る。ティリカは我関せずといった様子だ。
﹁いやいや、ちょっと待って。何か考えるから!﹂
パーティ名とかだと出身地を付けたり、中二っぽい格好良さ気な
名前を付けるのが普通だが、出身地はヒラギス内でバラバラだ。な
にか考えて付けてやらないとこのままマサル団になってしまいそう
だ。
うちのパーティがサムライだし、サムライ団? どうもいまいち
家来
だな。また日本語から何かでっち上げるか。
家臣
﹁うちがサムライだし、カシンとかケライ⋮⋮﹂
カシン団とかそのまんまだがそれっぽいかもしれない。
﹁カシン? ケライ?﹂と、リリアが聞いてきた。
﹁俺の生まれたとこでどっちも家臣とか配下って意味だな。家臣団、
家来、御家来衆﹂
﹁ゴケライシュー! ゴケライシュー!﹂
子供たちは御家来衆の語感が気に入ったようだ。
﹁カシン団は?﹂と聞くと、何やらいまいちらしい。こっちの言
葉の微妙なニュアンスはいまひとつよくわからんな。
2340
﹁ではこやつらはゴケライシュー団かの?﹂
長いしなんか語呂が悪い。
﹁衆と団が似た意味だし、ケライ団かゴケライ団かね﹂
﹁ゴケライ団か。マサル団ほどではないが、悪くはないの﹂
子供たちも気に入ったようだし、さっさとゴケライ団に決定した。
これも変な感じではあるが、マサル団じゃなければなんでもいいわ。
とりあえず子供たちはゴケライ団の団員ということに決定した。
活動内容は未定。まずは教育が必要だ。
指導担当は長に声をかけるとすぐに集めてきてくれる手筈となっ
た。元冒険者のおばば様も手伝ってくれるというので顧問をやって
もらうことにした。
﹁剣と弓の使い方をまずは覚えてもらうとして、お前ら読み書きは
できるか?﹂
できる! と元気に手を上げたのが十八人中、カルルともう一人
だけ。少ない。
﹁読み書きの習得も追加だな﹂
武闘派が残ったゴケライ団の面々に読み書きの指導は不評のよう
だが、﹁文字が読めると楽しいですよ!﹂と、アイテムボックスか
ら出したたくさんの絵本をサティが見せると、みんな興味を持った
ようだ。
そっちの教育担当も手配してもらうことにして、この場はサティ
2341
に任せて先に家作りの続きをやることにした。ここを発つ前にでき
るだけやっておかないとな。
アンからお昼は忙しくて合流できないとティリカの召喚獣経由で
連絡があったので、昼食は獣人に混じって適当に済ませた。
食べながらゴケライ団の面々と交流を深めたり、やってきた指導
担当と面談したり。無償でいいと言われたが、お金はきちんと払う
ことにした。アンに頼んでおけば、適正な給料を支払ってくれるだ
ろう。
ティトスもエルフの件の報告に来たので、指導役を頼むと快く引
き受けてくれた。
﹁調査は急いでも仕方ないですし、私が抜けても残りの者で大丈夫
です。さっそく今日から取り掛かりましょう﹂
思ったよりもアンは忙しそうだし、事情に通じたティトスが常駐
してくれるとかなり助かるな。
﹁じゃあまずは弓をメインに仕込んでほしい﹂
弓が使えれば即戦力とまではいかないが、狩りに連れていける。
﹁お任せください、マサル様。どこに出しても恥ずかしくない、立
派なアーチャーに育てあげてみせましょう!﹂
ほどほどでいいとは思ったが、ティトスも子供たちもやる気だ。
まあ任せたんだし任せておこう⋮⋮
人数分の弓をこっそりエルフの里に戻って仕入れ、ついでに村の
屋敷でサティの絵本を取ってきた。お気に入りを残して全部提供す
るという。サティ太っ腹だな。俺のも読み終わったのを貸し出しす
2342
ることにした。読み書きの勉強がてら、写本してオリジナルは戻し
てもらえばいい。
読み書きのほうはせっかくだしと、子供たち全員に教えることに
なって、大きめの教室を建設した。建物だけで椅子すらないが、資
金はあるしおいおい作るなり購入してもらえばいいだろう。
それと川原に畑を作っているというので、さらに拡張することに
した。芋か成長の早い野菜でも植えておけば、少しは食料の足しに
なる。
あとは朝に補充した風呂のお湯が切れたか。忙しいな。
﹁一番有望なのは今のところカルル、パーシャ、メルの三人じゃな﹂
午後の分の作業もおおむね終わり、休憩になったところでリリア
が言った。フランはウィルを連れてまた修行に出た。
カルルはわかる。孤児だし、最初から俺たちに食いつきがよかっ
た。パーシャも身寄りは祖父だけで、その祖父が餓死しそうなのを
助けてもらったのを恩に感じているのだろう。
﹁メルは小さすぎないか?﹂
メルは最初に串焼きをあげた娘なんだが、五、六歳くらいだろう
か? 団で最年少だな。
﹁メルは特別じゃ。我らを見つけた者だしの﹂
﹁それだけ?﹂
﹁それだけということはないぞ。大手柄じゃろう﹂
2343
たまたま俺たちを最初に見つけただけのことだが、もし気が付か
ずに素通りしていたら、もしシラーちゃんにびびって声をかけなか
ったら。
そうなると順序的には砦に入ってからの神殿の手助けが先になる
だろうし、援助するとしても難民キャンプ全体となって獣人を集中
的に助けることはなかったかもしれない。
メルは獣人に幸運をもたらしたと、獣人たちの間でもお手柄だと
いうことになっているようだ。
﹁妾とてあの時マサルを見つけねば、今ここにこうしていられなか
ったじゃろう。メルにも運命的な何かがあってもおかしくなかろう
?﹂
運命というとあれだが、俺のほうも特に意識せずにメルのことは
気にかけてたし、縁があるということなのだろう。
﹁まあともかくこの三人か、あるいは十八人全員、基本ができたら
早めにここから連れ出しても良いかもしれんの﹂
一気に事を進めれば、もしかすると一人や二人、すぐにでも加護
が発生するかもしれないとリリアは考えているようだ。
そうすると加護が付いたらどうするかもう考えておいたほうがい
いのか。俺たちのパーティに入れるのか、団としてそのまま活動さ
せるのか⋮⋮
そのまま活動させて、必要に応じてパーティに参加させればいい
か?
﹁まあみんなまだ小さいし急ぐこともないだろう﹂
2344
﹁十も過ぎれば戦うのに早いということはないぞ、主殿﹂
団の最年長で十二歳らしい。冒険者デビューをするのにさほど早
いというわけでもないのか。まあサティのことを考えれば、加護が
付けば相当な活躍ができるだろう。
﹁そうじゃな。加護があれば年齢など関係ない。きっと近いうちに
ゴケライ団の名は世界中に鳴り響くぞ!﹂
え、マジか? いや加護が付いたら世界中は大げさにせよ、マジ
でそうなるのか? もっと真面目に名前を付ければよかったか⋮⋮?
夕食時にはアンが戻ってきて、最後の手料理を振る舞ってくれた。
メニューはカリカリに揚げたフライに、野菜もたっぷりの雑穀の
リゾットにムニエル。約束通り魚づくしだ。
揚げたての魚のフライにタルタルソースを付けてパンに挟んだ料
理など、実に絶品だ。アンの手料理を当分食べられないのが一番の
問題だが、我が儘も言えない。本当に忙しいらしく、この後すぐに
孤児院に戻って今日から泊まり込みだそうだ。
食事をしながら今日の活動報告と、翌日からの予定の確認をする。
獣人の子供たちの育成は順調な滑り出しだ。ティトスの指導の下、
熱心に弓の練習をしていたし、狩りに出れる日も近いだろう。
アンの孤児院建設は子供の数が多く、かなり大変なようだ。住む
場所はエリーがなんとかしたが、なにせ生活物資全般が、不足して
いるどころか全くない状態だ。
人も神官だけではまったく手が足りないから、難民キャンプから
新しく雇い入れる必要があるし、一日や二日ではどうにもなりそう
2345
もない。
剣の里へは当初は四日の予定だったが、二日に短縮する。そこか
らエリーの実家へは一日。
リリアに負担がかかるが、ここで少し休息はできたしその程度は
移動時間を少し増やせば大丈夫とのことだ。戻りは転移でいいしな。
三日でエリーの実家へと移動して、翌一日滞在して、すぐに剣の
里へ。
予定通りにいけば六日ほどで、後衛組はここに戻ってこれる。
﹁明日からの予定はこんなところだな。他に何かあるか?﹂
﹁俺、エリー姐さんのお兄さんと面識があるかもしれないっす﹂
そうウィルが手を上げて言った。
﹁かもしれない?﹂
﹁社交界にはもう出てたっすから、俺が覚えてなくてもあっちが覚
えているかもしれないんすよね﹂
エリーの実家は元伯爵だから、その跡取りなら当然早い内から帝
都に行き来はあっただろうし、社交界にも参加していただろう。
﹁ありそうね﹂と、エリーも頷く。
﹁じゃあ剣の里でフランと待ってるか?﹂
﹁そっちのがやばいっすね。ビエルスの領主とは遠縁で完全に面識
があるっす﹂
2346
帝国は長い歴史があるから、貴族同士はどこかで血縁関係がある。
﹁うちだって、辿っていけばウィルのとことは縁続きよ?﹂
﹁そうだな。うちも何代か前の王妃様、私の曽々祖母にあたる方が
帝国の姫だし、ウィルとは案外近い親戚かもな﹂と、エリーに続い
てフランも言う。
﹁たしか今の王の大叔母にあたる方っすね﹂
そこまで行くと俺たちの感覚では親戚とも言えないレベルだが、
貴族社会ではかなり近い感じのようだ。
﹁お兄様との接触はなるべくないように注意しておくわ。それでし
っかり顔を隠しておけば平気でしょう﹂
まあバレるのがエリーのお兄さんなら融通は利くだろう。
﹁しかしいい加減どこの家の者かは教えてくれないのか?﹂と、フ
ランが言い出した。
﹁あー、そうっすねえ⋮⋮﹂
家出した帝国出身の貴族とまではバレてしまっているが、さすが
にそれ以上は教えてなかったようだ。色々差し障りがありそうだし
なあ。
﹁私以外は全員知ってるんだろう?﹂
2347
﹁そりゃウィルは仲間だしな﹂
﹁私も共に戦った仲間だろう? 仲間の秘密は漏らしたりしないぞ﹂
共に戦ったって、ほんのちょっとだけだけだろう。
だがどうしようと言う風にウィルが俺のほうを見る。ここのとこ
ろフランにはよく面倒を見てもらっているし、秘密を抱えるのは辛
いんだろう。
それとも俺たちの時もあっさり白状したし、押しに弱いのか、あ
まり秘密にする気がないのか?
﹁内緒にしててくれるなら、どっちでもウィルの好きにすればいい
と思うが⋮⋮﹂
﹁聞かないほうがいいわよ、フラン﹂と、エリーが忠告らしきこと
を言う。
﹁本当に内緒にしててくれるっすか?﹂
﹁言っただろう。仲間の秘密をペラペラとしゃべるような趣味はな
い。何なら真偽官殿に誓ってもいい﹂
﹁それなら⋮⋮﹂
﹁ああ、待った。せっかくだしちゃんと誓ってもらおうか﹂
色々口止めしなきゃと思っていたが丁度いい機会だ。
﹁ウィルのことだけじゃない。仲間というなら俺たちのパーティの
秘密も漏らさないと誓ってくれないか? うちは色々と漏らせない
2348
ことが多いからな﹂
﹁リリア様やマサルのことか? まあ確かに信じがたい事や言えな
いような事が多いな﹂
﹁そうそう。移動力とかアイテムボックスとかあんまり知られたく
ないんだよ。それも込みで誓うなら教えてやってもいい﹂
﹁ふむ。いいだろう。このパーティのことはすべて胸のうちに収め
ておくことを、真偽官殿に誓おう﹂
﹁フランチェスカ・ストリンガーの言葉、記憶に留めた﹂と、フ
ランの言葉にティリカが厳粛に応えた。
﹁真偽官に誓ったことを破ったらどうなるんだ?﹂
﹁真偽院がこの人物の誓いは信用がならないと、公式見解を出すこ
とがある。そうするとその人物の信用は地に落ちる﹂
公式に嘘つきだって言われちゃうのか。結構恐ろしいな。
﹁まあこういう私的な話だとそこまでやらないわよね﹂と、エリー。
だが広められると貴族としての面子に関わる。弱みを握られたも
同然ということらしい。
よしよし。これで万一色々バレてもなんとかなる。ウィルの秘密
とトレードなら十分お釣りが来るな。
﹁さて、話してもらおうか?﹂
2349
フランの言葉に、ウィルが食後かぶり直していたヘルムを外して、
真面目な顔付きになった。
こうしてみるとイケメンだし、ちゃんと王子様に見えなくもない
な。
﹁我が名はウィルフレッド・ガレイ。シーバス王の直系の孫にあた
ります、フランチェスカ殿﹂
フランが手に持った食後のお茶をガチャンと落とし、あんぐりと
口を開けた。
﹁ほらね、兄貴。こういうのが普通の反応なんすよ!﹂
なんでそんなに嬉しそうなんだ、ウィルよ。やっぱり隠す気があ
んまりなかったんだろう?
2350
161話 獣人のお礼︵前書き︶
前回までのお話
・難民キャンプで困窮している獣人を助けることにした
・アンがやらかす
・ゴケライ団の結成
・ウィルがフランチェスカに王子様なのをばらしてしまう ↑今こ
こ
2351
161話 獣人のお礼
﹁⋮⋮ほんとに?﹂
そう言ってひどく困惑した様子で周囲を見回したフランにみんな
が頷いてやると、フランの顔がさーっと一気に青ざめた。きっと色
々と思い起こすことがあるのだろう。
﹁え、いやだって、みんな普通に⋮⋮﹂
﹁そりゃ身分は隠してたんだし、普通に接するよ﹂
﹁普通って、マサルの修行はちょっと普通じゃないし、ウィルの扱
いがぞんざいにすぎると思うわよ?﹂
即座にエリーの突っ込みが入った。俺以外のみんなは普通ってい
うか、不自然じゃない程度に丁重に扱ってたな。エリーなんか最初
は捨ててこいって言ってたくせに、えらい手のひら返しである。
﹁俺のは普通じゃなくて平等だ。短期間で鍛えるのにはあれくらい
厳しいのが一番いいんだよ﹂
そう軍曹殿が言ってたし、きつい修行やエアハンマーでふっ飛ば
したりは、分け隔てなくやっているんだ。
﹁それに扱いも新入りで下っ端だし、雑用なんかをやらせるのは当
然だろう﹂
2352
俺の言葉にウィルもそうっすねと頷いている。フランも当然のよ
うに雑用とか使いっ走りを言いつけてたな。
﹁まあ何をしたにせよ知らないでやったことだ。別に気に病む必要
はないと思うぞ﹂
ずいぶんと顔色を悪くしてるが、無理矢理やらせてるわけでもな
いし、ひどいことをやってるわけじゃないだろうに。
だが俺の言葉にフランははっとした表情で素早く椅子から降り、
汚れるのも構わず土間の床に片膝をつき、深く頭を下げた。
﹁し、知らぬこととはいえ、これまでの無礼な行為の数々。平にご
容赦をくださいませ、ウィルフレッド王子。罰を与えるというなら、
どのようなことでも受け入れましょう﹂
そう頭を下げたまま一気に言った。思ったより過剰な反応のフラ
ンに、ウィルも困った顔をしている。
﹁フランチェスカ殿、そのような謝罪はまったく不要ですし、罪な
どどこにもありません﹂
そう言って、ウィルもフランの横に膝をついた。
﹁今の私は一介の冒険者にすぎません。お願いだから頭を上げて、
今まで通りに接してほしい﹂
ウィルも元がいいからこうして言葉遣いも改めてちゃんとしてる
と、王子様に見えなくもないな。
﹁いや、しかし⋮⋮﹂
2353
﹁そうそう、気にすることなんて何もないんだ﹂
フランでアウトなら俺なんかスリーアウトチェンジだよ。 とにかく大丈夫だと、ウィルや
Fly UP