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日本におけるカーシェアリング ~新しい業界で生き残るための提案~

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日本におけるカーシェアリング ~新しい業界で生き残るための提案~
日本におけるカーシェアリング
~新しい業界で生き残るための提案~
丹沢安治ゼミナール
07W1406005J
増岡 礼奈
〈要約〉
ガソリン価格高騰の影響を受け人々のクルマ離れが進む中、カーシェアリングの重要性
が増している。現代人は自動車を趣味や嗜好品の1つとしてではなく、単なる移動手段と
して認識するようになり、自動車を所有することのデメリットは増えたように感じる。そ
こで乗った分だけの支払いで自動車を利用できるカーシェアリングは近年急成長を遂げた。
本稿ではこのカーシェアリングビジネスを取引費用理論と所有権理論を用い分析し、取引
費用の低下と自動車の移動手段という属性のみを切り離すことで普及したという結果を見
つけた。さらに今後この業界で生き残るために、企業は先行優位を獲得することが必要で
あると示す。
目次
1.はじめに
1―1.問題意識と研究意義
1―2.本稿の構成
2.カーシェアリングとは
2-1.カーシェアリングのシステムについて
2-2.マイカーとの経済的比較
2-3.カーシェアリングの潜在的顧客
2-4.日本におけるカーシェアリング市場の現状
3.理論的枠組みの提示
3―1.取引費用理論
3―2.所有権理論
3―3.先行優位
4.理論的枠組によるカーシェアリングの分析
カーシェアリング成立の理論的背景
4-1.取引費用理論による分析
4-2.所有権理論による分析
5.分析結果の検証
仮説①近所間で車を所有する非公式のカーシェアリングはあったのか
仮説②カーシェアリングが普及している国はインターネットが普及しているのか
仮説③貸し出し車両は軽自動車やコンパクトカーが多いのか
6.政策提言
業界で生き残るために
参考文献
1.はじめに
1―1.問題意識と研究意義
原油高によるガソリン価格の高騰や物価高騰、世界的不況の影響を受け、私たち個人の
生活防衛意識は高まってきている。
私たちが生活する中で維持コストが大きな負担となるものの1つとして、自家用車が挙
げられる。自動車の購入費用に始まり、保険代、車検代、駐車場代、自動車税、ガソリン
代というようにマイカーの維持費には多大な費用がかかる。公共交通機関が発達していな
い郊外に住む人々にとって車は必要不可欠なものであるが、現代人の意識やライフスタイ
ルの変化により、一昔前と比べ自家用車を所有することのデメリットは増えたように感じ
る。そこで人々はこのマイカー所有にかかる維持費用を見直すようになり、マイカーを手
放していくのだ。必ずしもマイカーを所有していることはステータスではなくなってきて
おり、現代人は一昔前のように自動車を趣味や嗜好品の1つとしてではなく、単なる移動
手段として認識する人々が増えている。
そんな中、このクルマ離れを追い風としてできたビジネスモデルであるカーシェアリン
グが注目されつつある。現在、このカーシェアリングを理論的枠組みからアプローチ、分
析をし政策提言を行っている研究はない。その為本稿では、まずカーシェアリングという
ビジネスモデルがなぜ誕生し成立するようになったのかを理論的アプローチから分析する。
これが第一の問題意識である。第二の問題意識として、潜在的顧客が多く市場発展の可能
性を秘めているはずのカーシェアリング市場がなぜ伸び悩んでいるかを現状の問題点を踏
まえた上で明らかにし、理論的枠組みからカーシェアリング市場発展の為の政策提言を行
いたいと思う。
1―2.本稿の構成
本稿は以下のように構成される。まず第2章ではカーシェアリングシステムの仕組みや
潜在的顧客の多さ、またその割に市場が伸び悩んでいるという現状や市場規模をデータを
用いて説明する。第3章では、2章で解説したカーシェアリングを分析するために用いる
取引費用理論と所有権理論、また日本におけるカーシェアリング市場発展の為の政策提言
で用いる先行優位の理論的枠組みの紹介を行う。第4章では3章で提示した取引費用理論
と所有権理論の枠組みを用い、カーシェアリングがビジネスとして成立・普及するように
なった背景を分析する。第5章では4章の分析結果を踏まえた上でいくつかの仮説を立て、
分析結果が適切であるかを検証する。そして第6章では前章までに解説したカーシェアリ
ング市場の可能性や現状、問題点を整理し、4章で紹介した先行優位の理論を用い今後日
本におけるカーシェアリング市場で企業が生き残っていくための政策を提案する。
2.カーシェアリングとは
2-1.カーシェアリングのシステムについて
カーシェアリングとは、簡潔に述べると「特定の自動車を複数の人たちで共同利用する
会員制のシステム」である。よく「1 台の自動車を複数の人達で共同利用する」と説明して
いる書物やインターネットサイトが多いが、最寄のステーション(カーシェアリング専用
車両が置いてある駐車場)以外の車両も利用できるカーシェアリング事業者がほとんどで
あるという点に注意したい。つまり、旅先や出張先にステーションかあれば、その車両も
利用できるという仕組みになっている。またレンタカーと混同されがちだが、最短6時間
からの貸し出しが可能なレンタカーに対し、カーシェアリングは基本的に最短 30 分から 15
分単位での短時間の利用が可能で、よりマイカー感覚で自動車を利用することができるシ
ステムとなっている。利用対象者は主に自動車を利用する回数は頻繁だが短時間だという
人、自動車を所有するよりも利用することだけに専念したいという人、コストをかけずに
自動車を利用したいという人達で、貸出は無人で行える。これらもレンタカーと大きく異
なる点である。
料金体系は月額基本料金と利用料金の中に保険代、車検代、駐車場代、自動車税、ガソ
リン代といった費用が全て含まれており、「乗った分だけ」の支払いが可能である点が利用
者にとって最も大きなメリットである。
利用方法は、まず入会手続きをし、カーシェアリング会員になる。この時に自動車のキ
ー代わりになる IC カードを付与する企業が多い。車両の予約は携帯電話やパソコンからイ
ンターネットを使用し 24 時間いつでも行える。そして予約した時間に指定のカーステーシ
ョンへ行き IC カードを自動車にタッチ、ロックを解除する。時間になったら元のステーシ
ョンに返却するというシステムで、レンタカーのようにガソリンの満タン返しは不要であ
る。
さらにカーシェアリングが普及することで自動車数が減尐し、都市の交通渋滞や駐車場
問題の緩和、CO2 削減による地球温暖化の防止、空質改善等も期待されており、利用者や
事業者だけでなく国にとってもメリットの大きい win-win-win のビジネスモデルであると
いえる。
2-2.マイカーとの経済的比較
自動車利用のコスト削減を謳っているカーシェアリングだが、この節ではカーシェアリ
ング利用時とマイカー所有時では実際どれだけコストの差が生じるかを明らかにする。
図1.マイカー1との経済的比較
図1のように、カーシェア大手であるパーク 24 の Times Plus2のプランを利用、月 30
時間自動車を利用する場合だとカーシェアリングを利用することで年間約 316.800 円もの
費用を削減できることが分かる。因みに、月 30 時間の自動車利用という設定は比較的長時
間自動車を利用するケースである為、人によってはさらに多くの金額を抑えることが出来
る。
2-3.カーシェアリングの潜在的顧客
前節ではカーシェアリング利用で自動車の維持コストが大きく削減できることを数値を
当てはめ明らかにしたが、この節では日本におけるカーシェアリングの潜在的顧客が実際
にどれほど存在するのかを明らかにしたいと思う。
1
2
実際に自宅で所有している自動車にかかる料金を参考にした。
パーク24株式会社 http://timesplus.jp/
図2.カーシェアリングの潜在的顧客
図2は燃費 10km/ℓ、120 円/ℓ、15km/時、自動車を7年所有すると仮定した場合である。以
上の計算によると、月 72.6 時間以下自動車を利用する人はカーシェアリングを利用した方
が得だという結果が出た。自動車利用が月 72.6 時間以下の人の割合を見てみる。
図3.1ヶ月平均の自動車走行距離
国土交通省(2004)
「検査・点検整備に対するユーザー意識調査の概要」3 より作成
時速 15Km と仮定すると、月の走行距離が 72.6 時間×15=1089Km 以下の人はカーシェアリ
ングの方が得ということになる。図3より、全体の 83%は月の走行距離が 1000Km 未満とい
うことが分かる。よって、カーシェアリングの潜在的顧客は非常に多いといえる。
3
国土交通省(2004)
「検査・点検整備に対するユーザー意識調査の概要」
http://www.mlit.go.jp/jidosha/iinkai/seibi/2nd/3.pdf
2-4.日本におけるカーシェアリング市場の現状
交通エコロジー・モビリティ財団の調査によると、2010 年1月の時点で車両ステーショ
ン数は 861 ヶ所(前年の 2.4 倍)
、車両台数約 1.300 台(前年の 2.3 倍)、会員数 16.177 人
(前年の 2.5 倍)と、カーシェアリング市場は近年急成長している。しかし、まだ会員は
日本の人口の約 0.01%程度しかおらず、世界で最も普及しているスイスの人口の約1%が
会員という数値と比較するとまだまだ市場は発展途上だといえる。(図4)
また、住友信託銀行 2009 年 7 月の調査月報によると、カーシェアリング普及の要件とし
て、①人口密度が高いこと
②鉄道など公共交通機関が発達していること
③平均的な自
動車走行距離が短いこと ④環境への意識が高いこと 以上 4 点を挙げている。これをわ
が国と照らし合わせると、日本の都市部はこの要件に適しているといえるだろう。市場は
まだ発展途上という現状だが、今後の発展の可能性は十分に秘めている市場だといえる。
さらに、2010 年 7 月のクロス・マーケティングの調査によると、カーシェアリングを知っ
ている人が 90.5%という結果に対し、カーシェアリングを利用したい人は 25.3%と、知名
度のわりに利用の意向が尐ないという現状も見受けられる。
図4.日本のカーシェアリング車両台数と会員数の推移4
4
交通エコロジー・モビリティ財団 http://www.ecomo.or.jp/index.html
3.理論的枠組みの提示
3―1.取引費用理論
取引費用とは、経済取引を行う際に発生する情報探索、交渉・意思決定、契約締結・履
行確保などの費用のことである。
ピコー5による理論の研究対象は「1つひとつの取引」であり、取引とは「分業的経済シ
ステムでの専門化した行為者間の様々な交換関係である。
」また、当理論ではこの取引を行
うものに対して取引費用が発生する。その取引費用とは、「交換の当事者が財・サービスの
交換のために負担すべき、すべての犠牲やデメリット」であり、
「金銭的に把握できるもの
だけでなく、たとえば契約の実行を監視する際に必要になる努力や時間といった、定量化
の難しいデメリットも考慮しなければならない。」
(Picot 2007)
取引費用理論は、すべての経済主体は限定合理性を持ち、機会主義の性向を持つという
行動仮定をもつ。経済主体は合理的に行動しようという意思を持ってはいるものの、その
為の情報の収集、情報の計算処理、そして情報の伝達表現能力に限界がある。さらにすべ
ての経済主体は自分の利害のために悪徳的に行動する可能性がある。ここで、もしこのよ
うな経済主体間で取引がなされるならば、以下のように取引コストが発生する。まず、す
べての経済主体は情報の収集、処理、そしてコミュニケーション能力に限界があり、機会
主義的な性向をもつので、経済主体は可能ならば相手をだましても利益を得ようとする。
ここで相手に騙されないためには、取引契約前に相手を調査し、取引契約中に正式な契約
書をかわし、そして取引契約後も契約履行を監視する必要があり、それゆえ取引にコスト
がかかる。これら取引をめぐる一連のコストが取引費用であり、この取引費用を節約する
ために、経済主体の機会主義的行動の出現を統治する様々な制度が展開されると考える。
3―2.所有権理論
所有権理論とは、所有権の分配と経済行為者の行動、またその成果と関連性を分析する
経済理論である。所有権は通常以下の4つの権利に分けられる。「財を利用する権利」「財
の形態と内容を変更する権利」
「発生した利潤を自分のものにする権利、または損失を負担
する義務」「財を譲渡し、清算による収益を受け取る権利 」である。また、この所有権の
概念は、法律上で使用される定義に比べて弾力的に使用される。例えば、企業組織内のあ
る職務につくメンバ-は、経営資源としての人、物、金、そして情報を使用する権利をも
つ。このような権利もまた、所有権理論では所有権として扱われることになる。さらにこ
のような所有権は、以下のような特徴をもつと仮定される。
「所有権は分割されたり、統合
5
アーノルド・ピコー、ヘルムート・ディートル、エゴン・フランク(2007)
「第3章 組織の経済理論 3.3.2
取引費用理論」
『新制度派経済学による組織入門 第4版 市場・組織・組織関係へのアプローチ』p.57-63
白桃書房
されたりする。」「所有権は強化されたり、希薄化されたりする。」「所有権は人に帰属され
たり、人から取り去られたりする。
」
また前節でも解説したように、経済主体は限定合理性のもとでも自らの効用を極大化す
るために、財の交換取引を行う。しかしこの場合、経済主体は限定合理的にしか行動でき
ないので、必ずしも市場取引を通して財が効率的に利用され配分されるという保証はない。
財は市場取引を通して効率的に利用される場合もあるし、非効率に利用される場合もある。
その為、限定合理性の仮定を導入することによっていずれのケースも分析され、理論の説
明範囲が拡張されることになる。
特に所有権理論では、この効率性および非効率を生み出す原因としてより正確に財の所
有権関係が分析され、経済主体が交換しようとするのは標準的な経済学でいわれている財
やサ-ビスそれ自体ではなく、より厳密に財やサービスがもつ多様な特性、性質、そして
属性に関する所有権であるとされる。例えば自動車を購入する場合、われわれが購入する
のは、厳密にいえば物理的物体としての自動車ではなくその自動車の色やデザイン、加速
力、そして交通手段としての自動車、さらにはメンテナンスや駐車スペースの確保の義務
といった、自動車がもつ多様な属性の所有権である。このように所有権理論では財やサ-
ビスがもつ多様な属性の所有権が注目される。そして財の価値は、さまざまな属性を比較
優位に従って配分することで高められる。
3―3.先行優位
まず、競争優位とは企業が業界平均に比べて高い収益率をあげることと定義される。そ
して持続的競争優位とは、企業が業界平均に比べて高い収益をあげ続けることである。こ
の持続的競争優位を得るためには、重要な経営資源の稀尐性と転移不能性に加え、「隔離メ
カニズム」が必要になる。隔離メカニズムは「模倣障壁」と「先行優位」の2つに分類さ
れるのだが、この節では「先行優位」について解説する。
先行優位には、ひとたび企業が競争優位を獲得すると、時間の経過とともにその優位性
を強める働きがある。先行優位を獲得するには、成長市場において大きなシェアを獲得す
ることが重要になる。また、先行優位には「学習曲線」「ネットワーク外部性」「評判と買
い手の不安」
「買い手のスイッチング・コスト」が含まれる。
学習曲線とは初期段階において競争相手より多くの量を販売した企業は経験やノウハウ
の蓄積により、競合に比べて安い生産単位を達成できることである。ネットワーク外部性
とは、その商品を現在使っているあるいは近い将来使うであろう顧客の数が多いほど、製
品購入による顧客の便益が高まること。つまり一群の利用者のネットワークに新たな顧客
が加わるとその顧客は既にネットワークに属している顧客に対して「外部性」の便益を生
むということである。評判と買い手の不安は購入してみないとその品質の善し悪しがわか
らない商品、つまり経験財によく見られ、一度あるブランドに対して好意的な経験をした
顧客は他ブランドに乗り換えた際それがうまく機能しないことを考え、乗り換えに消極的
になる。これはさらに評判を高めることに繋がる。そして買い手のスイッチング・コスト
とは、買い手が代用ブランドに完全に移転できないようなブランド特殊のノウハウを身に
つけた時に発生し、代用ブランドにスイッチすることで生じるコストのことである。6
4.理論的枠組によるカーシェアリングの分析
4-1.取引費用理論による分析
カーシェアリングがビジネスとして成立するようになった理由の一つとして、IT技術
の発達と規制緩和により取引費用の削減が実現したことを挙げる。
まず、IT技術の発達に伴い管理システムが情報化され、これまで全て人間の手で行っ
ていた様々なコストが削減された。具体的に説明すると第一に予約調整にかかる手間のコ
ストである。IT技術の発達により今やインターネットを利用し予約を取ることは当たり
前になってきている。しかしインターネット普及以前は全て人の手で予約の受付から車両
の空き時間確認等の予約調整を行っていたことから、これは大きなコスト削減だといえる。
さらに、車両の無人貸出が可能になったことでモニタリングにかかる人件費等のコストや
利用時の手続きにかかる時間や労力のコストも大きく削減された。
またIT技術の発達と同時に規制緩和が行われ、2006 年より特区申請なしでの無人貸出
が可能になった。それまでは、特区申請を受けた区域でしか車両の無人貸出はできなかっ
たが、規制緩和により特区申請にかかる時間や手間等のコストを大幅に削減できるように
なった。
4-2.所有権理論による分析
菊澤研宗の『組織の経済学入門―新制度派経済学アプローチ―』
(2006)によると、所有
権には「分割されたり、統合されたりする。」という特徴がある。そして財の価値は、「さ
まざまな属性を比較優位に従って配分することで高められる」。これらを踏まえると、カー
シェアリングは車の移動手段という属性の所有権を細分化して消費者に与えるビジネスで
あるといえる。前節で述べたように、IT技術の発達により調整コストが削減され、今ま
でできなかった短時間の車両貸し出しが可能になった。これは、車の移動手段という属性
のみを切り離し、細分化し、各消費者に貸し出しているということになる。
6
デイビット・ベサンコ、デイビット・ドラノフ、マーク・シャンリー『戦略の経済学』
ダイヤモンド社、p.501-509
上の図のように、車の持つ移動手段という属性を消費者に貸し出し、それ以外の車体整
備(車検や洗車等のメンテナンス)や駐車スペースの確保といった属性は企業が保有する
ビジネスモデルが可能になった。企業は車両のメンテナンスや車検等において規模の経済、
学習効果があり、さらに土地探索や契約の締結などにおいて専門性があるため、消費者よ
りコスト優位に車体整備、駐車スペースの確保ができるのだ。このようにして、本来マイ
カーを所有するとかかってしまうコストを削減した。
5.分析結果の検証
前章で理論的な分析を行った結果、カーシェアリングが普及した要因には、取引費用の
低下と車の移動手段という属性の切り離しが考えられる。これらから導き出される仮説は、
①近所間で車を所有する非公式のカーシェアリングはあったのか。②カーシェアリングが
普及している国はインターネットが普及しているのか。③貸し出し車両は軽自動車やコン
パクトカーが多いのか。である。これらの仮説が正しいことを証明するために、歴史的背
景等に言及する。これらの仮説を立てた理由として、まず取引費用の低下がカーシェアリ
ングの成立・普及に影響したことが間違いでなければ、カーシェアリングがビジネスとし
て誕生する以前にも、関係が密で取引費用の低い近所間で車を共同購入、所有する非公式
のカーシェアリングはあったはずである。また、IT技術の発達によって大きく取引費用
が下げられたのであれば、日本以外でカーシェアリングが普及している国もインターネッ
トの普及率が高いはずである。そして所有権理論で分析した車の移動手段という属性のみ
を切り離しがカーシェアリングの成立・普及に影響したことが間違いでなければ、カーシ
ェアリングの貸出車両は移動手段として利用されることのみが目的となるため、軽自動車
やコンパクトカー等の運転しやすく比較的価格の低い車両が導入されているはずである。
仮説①近所間で車を所有する非公式のカーシェアリングはあったのか
交通エコロジー・モビリティ財団によると、カーシェアリングの発祥地はスイスであり、
スイスでは 1970 年代に大量の車両が都心へ流出し、商店街の荒廃化が進んで大規模な車両
規制(トランジットモール)が行政的に行われた。その結果、都心に車を持ちにくくなっ
た住民たちは、郊外に共同で車を所有しはじめたことがカーシェアリングの起源となった。
これは取引費用の低い近所間での車の共同所有、すなわち非公式のカーシェアリングと言
えるため、カーシェアリングの成立・普及要因の分析結果として取引費用の低下を導き出
したことは間違いでないと言える。
仮説②カーシェアリングが普及している国はインターネットが普及しているのか
カーシェアリングはヨーロッパやアメリカを中心に約20カ国の国々に広まっている。
中でも普及率の高い主要な国は、アメリカ・スイス・イギリス・ドイツ・オーストラリア・
カナダ等である。
それぞれのインターネット普及率を調査7してみると、
まず日本は 76.8%。
続いてアメリカ合衆国は 76.24%、スイス 72.41%、イギリス 83.56%、ドイツ 79.26%、
オーストラリア 74%、カナダ 78.11%となる。カーシェアリングが普及しているすべての
国でインターネット普及率は 70%を超えており、結果インターネットの普及率が高いほど
カーシェアリングも普及しやすいと言える。
仮説③貸し出し車両は軽自動車やコンパクトカーが多いのか
カーシェアリング大手のオリックス自動車8やパーク 24 で実際に導入されている自動車
は、三菱のアイ、スズキのワゴンR・エブリイ、日産のマーチ、マツダのデミオ、ダイハ
ツのムーブ等の軽自動車、コンパクトカーが約 9 割を占めている。また、オリックス自動
車 レンタカー営業本部 カーシェアリング部 部長の高山光正氏は「カーシェアリングは日
常の中で短時間利用するものなので、軽自動車やコンパクトカーが適している。その方が
利用者のコストも安く済む。
」と述べている。これらのことから、カーシェアリングの貸し
出し車両は軽自動車やコンパクトカーが多いといえ、カーシェアリングの成立・普及要因
の分析結果として移動手段という属性の切り離しを導き出したことは間違いでないと言え
る。
7
International Telecommunication Union
http://www.itu.int/ITU-D/icteye/Indicators/Indicators.aspx#より。
8
オリックス自動車 http://www.orix-carshare.com/
6.政策提言
業界で生き残るために
『矢野経済研究所 レンタカー・カーシェアリングに関する調査結(2009)』9では、
「今
後、地域に密着したコミュニティ型の小規模カーシェアリング事業は存続するものの、 そ
の一方で都市部を中心とする広域での事業展開を目指すカーシェアリング事業者は、 採算
性の面からカーシェアリング事業からの撤退や大手事業者との事業統合が進み、 集約化さ
れるものと考える。
」と述べられている。実際、カーシェアリング発祥の地であるスイスで
のカーシェアリング事業者はたったの1社であり、潜在的顧客の多い日本も今後スイスと
同じ道を辿る可能性は大きい。また、カーシェアリング業界では近年オリックス自動車や
パーク24が車両数を急激に増やしており、会員獲得競争が激化している。本稿ではこの
競争に勝ち、カーシェアリング業界という新しい業界において生き残るための提案をする。
生き残るためには、他社に真似される前に様々なサービスを始め多くの会員を獲得し、
先行優位に立つことである。そのために有効なサービスとして、本稿では「大学キャンパ
ス内でのカーシェアリング」
、また「乗り捨てサービス」の2点を提案したいと思う。
まず、1点目のサービスの利用シーンとしては、授業の空き時間を利用した友人とのド
ライブや、一人暮らしの学生の買い物や大きい荷物を運ぶ時、また休日のドライブ等にも
利用可能なため、特に中央大学のような周囲があまり栄えていない郊外の大学生には需要
が高い。またターゲットを大学生に絞った理由としては、マイカーを所有していない大学
生がほとんどであり、マイカーを捨てカーシェアリングに乗り換える消費者よりも気軽に
カーシェアリングを利用できると考えたため、また若者のクルマ離れが叫ばれる今、若者
である大学生に簡単で低コストで車を運転する機会を提供できると考えたため、そして大
学生の口コミ力を利用し認知度の向上が図れると考えたためである。さらに大学生に低価
格でカーシェアリングのサービスを提供でき気に入ってもらえれば、大学卒業後も継続し
てサービスを利用し続ける大学生も多いと考えられる。よって、長期的に見て市場自体を
発展させる可能性の高い若者への直接的アプローチは他社よりも多くの会員を獲得し先行
優位に立つためにも必要不可欠になる。
そして2点目の乗り捨てサービスとは、出発ステーション以外のステーションに車を返
却できる仕組みのことで、日本ではまだこのサービスを実現している業者は存在しない。
この乗り捨てサービスが実現すれば、目的地近くのステーションに車をとめて行動できる
ため、無駄な利用料金や延長料金を支払わなくても済む。さらに利用範囲が格段に広がる
為、旅行や出張時にも便利になり、都市部以外の観光地やホテルでもカーシェアリングを
導入できるようになる。これは観光による地域発展の可能性も大いにある。
9
矢野経済研究所(2009)
「レンタカー&カーシェアリングに関する調査結果 2009」
http://www.yano.co.jp/press/pdf/544.pdf
以上2点のサービスを行うことでどのような効果が得られるかを先行優位に当てはめて
考察する。まず、これらのサービスによって他社よりも多くの会員を獲得することができ
ればコスト優位を強めることができ、学習曲線によって利用料金の引き下げが可能になる。
これに伴い利用者が多いほど同時にステーション数や車両数も増加し、利用者にとっての
便益も高くなる。また予約や車両利用の仕方も各社尐しずつルールが異なるため、ネット
ワーク外部性を利用しさらに顧客の便益を高めることができる。そしてカーシェアリング
はまさに購入してみないと商品の善し悪しがわからない経験財である。一般のカーシェア
リングは主に個人や家族で利用するのに比べ大学でのカーシェアリングは主に友人と利用
することがほとんどである。つまり、会員でない友人は会員になる前にカーシェアリング
を試すことができる。これは買い手の不安の解消となる。またカーシェアリングは使い勝
手がよく経済的、環境にも優しいといったメリットを理解してくれれば、若者の口コミ力
を利用しさらなる会員獲得の可能性は大きくなる。最後に、乗り捨て可能(=ブランド特
殊のノウハウ)にすることで、買い手を代用ブランドに移転できないようにする。また、
会員増加に伴う車両数やステーション数の増加もブランド特殊のノウハウとなり、スイッ
チング・コストが発生する。結果的に、先行優位に立つことができ、カーシェアリング業
界という新しい業界で生き残ることができる。
謝辞
本論文を作成するにあたり丁寧かつ熱心なご指導をいただいた丹沢安治先生、そしてゼ
ミの仲間に心より感謝を申し上げる。
参考文献
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・ヨーラル・バーゼル著
丹沢安治訳
『財産権・所有権の経済分析』白桃書房
・菊澤研宗(2006)
『組織の経済学入門―新制度派経済学アプローチ―』有斐閣
・村上敦(2004)
『カーシェアリングが地球を救う』洋泉社
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・矢野経済研究所(2009)
「レンタカー&カーシェアリングに関する調査結果 2009」
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・クロス・マーケティング「カーシェアリング」に関する調査(閲覧年月日 2011 年 1 月 11 日)
http://www.cross-m.co.jp/report/20100721carshare.html
・International Telecommunication Union (閲覧年月日 2011 年 1 月 11 日)
http://www.itu.int/ITU-D/icteye/Indicators/Indicators.aspx#
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