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迷走神経刺激による知覚情報処理の変化 1. 序論 2. 方法
迷走神経刺激による知覚情報処理の変化 日露 理英、高橋 宏知講師 Keywords: vagus nerve stimulation, thalamus, auditory cortex, frequency response area, stimulus-specific adaptation 1. 序論 迷 走 神 経 刺 激 療 法 (vagus nerve stimulation; VNS) で は,体内植込み式の装置で迷走神経を刺激し,てんか ん 発 作 を 抑 制 す る [ 1] .近 年 ,VNS に よ り ,患 者 の 記 憶 ・ 認 知 機 能 が 向 上 す る 可 能 性 が 指 摘 さ れ て い る [2]. こ う した脳の高次機能向上には,感覚刺激に対する知覚情 報処理の変化が関わると考えられる.しかしながら, VNS が ,知 覚 情 報 処 理 に 及 ぼ す 影 響 は ,神 経 活 動 レ ベ ル で は ほ と ん ど 明 ら か に な っ て い な い [3]. 知覚情報処理には,視床と大脳皮質から構成される 神経回路が深く関与している.皮質は 6 層構造を有し て お り ,入 力 層 (4 層 ; L4) で 視 床 か ら の 入 力 を 受 け る . さらに皮質内において,フィードフォワード入力を担 う 層 と , フ ィ ー ド バ ッ ク 出 力 を 担 う 層 が 存 在 す る [4]. 従 っ て ,VNS が 知 覚 情 報 処 理 に 及 ぼ す 影 響 を 知 る た め に は ,視 床 と 皮 質 各 層 の 神 経 活 動 を 調 べ る 必 要 が あ る . 本 研 究 の 目 的 は ,VNS が 知 覚 情 報 処 理 に 及 ぼ す 影 響 を調べることである.具体的には,ラットの聴覚系を 対 象 と し て ,視 床 (内 側 膝 状 体 ; MGB) と 聴 皮 質 の 各 層 から神経活動を多点同時計測し,神経細胞の受容野, 誘発反応の振幅,繰り返される音刺激への順応の強さ を 定 量 化 し , VNS 前 後 で 比 較 す る . 2. 方法 8 匹 の オ ス の ウ ィ ス タ ー 系 ラ ッ ト (11–13 週 齢 ,270– 330 g) を 使 用 し た . な お , 全 て の 動 物 実 験 は ,「 東 京 大学動物実験マニュアル」に則って行った.初めに, VNS 装 置 (Cyberonics, Texas, VNS Therapy system model 103, 図 1 (a)) を ,ラ ッ ト の 迷 走 神 経 に 埋 植 し た . 埋植から一週間以上後に,神経活動を計測した.イソ フルラン麻酔下のラットの右聴皮質を露出し,刺入電 極 ア レ イ を 設 置 し た (図 1 (b)) [ 5 ] .同 電 極 ア レ イ は 3 柄 か ら 成 り , 各 柄 は 視 床 用 に 15 点 , 聴 皮 質 用 に 17 点 の 計測点を有する.同電極アレイを,一次聴覚野の表面 に 対 し て 垂 直 に 4.5–5.125 mm 刺 入 し て ,視 床 と 聴 皮 質 か ら , 局 所 電 場 電 位 (local field potential; LFP ) と 活 動 電 位 (multi-unit activity; MUA) を 多 点 同 時 計 測 し た . 初 め に ,各 計 測 点 の 受 容 野 を 調 べ る た め ,18 種 類 の 周 波 数 (1.6–64 kHz) と 7 種 類 の 音 圧 (20–80 dB SPL) を 有 す る 純 音 を ラ ン ダ ム に 20 回 ず つ 提 示 し , MUA を 計測した.次に,誘発反応の振幅と繰り返される音刺 激への順応の強さを調べるため,周波数と発生確率が 異 な る 2 つ の 純 音 (5 vs. 8 kHz,10 vs. 16 kHz,20 vs. 32 kHz) を 500 ms ご と に 提 示 し た (オ ド ボ ー ル 課 題 ).具 体 的 に は ,高 発 生 確 率 の 標 準 刺 激 (standard stimulus; p = 0.9) と ,低 発 生 確 率 の 逸 脱 刺 激 (deviant stimulus; p = 0.1) を ラ ン ダ ム に 提 示 し た .逸 脱 刺 激 を 100 回 提 示 し た後,標準刺激と逸脱刺激を入れ替えて 2 回目の計測 を行った. 以 上 の 音 刺 激 を 提 示 し た 後 ,VNS 装 置 で 迷 走 神 経 を 刺激しながら,同じ音刺激に対する神経活動を再度計 測 し た . な お , VNS 刺 激 の パ ル ス 幅 は 130 µs, 電 流 値 は 0.5 mA, 刺 激 周 波 数 は 10 Hz, 1 回 の 刺 激 時 間 は 30 秒,休止時間は 5 分とした. 3. 結果・考察 それぞれの周波数と音圧の組み合わせに対する MUA の 発 生 頻 度 か ら , 各 計 測 点 の 受 容 野 を 得 た (図 2). VNS 中 は , 受 容 野 , す な わ ち MUA を 十 分 に 発 生 さ せ る 周 波 数 -音 圧 領 域 が 広 が っ て い る こ と が 分 か る . 最 も 低 い 音 圧 で MUA を 発 生 さ せ た 周 波 数 を 特 徴 周 波 数 (characteristic frequency; CF) と し , CF の 反 応 閾 値 お よ び , 閾 値 か ら 30 dB 大 き い 音 圧 で の 受 容 野 の バ ン ド幅を,それぞれ定量化した. 図 3 に ,オ ド ボ ー ル 課 題 に 対 す る ,聴 皮 質 の LFP の 例 を 示 す .VNS 中 に は ,誘 発 反 応 の 振 幅 が 大 き く な り , 特 に , 高 い 周 波 数 の 音 (f2) を 標 準 刺 激 と し て 提 示 し た際の振幅が顕著に大きくなったことから,順応の度 合 い は 弱 ま っ た 可 能 性 が 高 い .こ の こ と を 調 べ る た め , f2±1/3 オ ク タ ー ブ 以 内 の 周 波 数 を CF に も つ 計 測 点 に お い て ,標 準・逸 脱 反 応 の 振 幅 (s(f 2 ), d(f 2 ))と ,順 応 の 強 さ (stimulus-specific adaptation index (SI)) を 定 量 化 し た . な お , SI は 以 下 の 式 で 定 義 さ れ る . SI = (𝑑 (𝑓2) − 𝑠 (𝑓2))⁄(𝑑 (𝑓2) + 𝑠 (𝑓2)) 図 4 (a) (b) に ,受 容 野 の 反 応 閾 値 と バ ン ド 幅 の ,VNS 前 後 の 変 化 を 示 す . VNS 中 に は , 聴 皮 質 2/3 層 の 反 応 閾 値 が 下 が り , 4 層 と 5 層 の バ ン ド 幅 が 広 が っ た (ウ ィ ル コ ク ソ ン の 符 号 付 順 位 和 検 定 , p < 0.05). ま た , 他の部位に比べ,皮質 6 層では,反応閾値が上がる傾 向にあった.一方,視床の受容野は変化しなかった. 図 4 (c) (d) に , オ ド ボ ー ル 課 題 に お け る , 標 準 ・ 逸 脱 反 応 の 振 幅 と SI の , VNS 前 後 の 変 化 を 示 す . VNS 中 に は ,聴 皮 質 2/3 層 ,4 層 ,5 層 に お い て ,標 準 反 応 と 逸 脱 反 応 の 振 幅 が 有 意 に 増 加 し た (ウ ィ ル コ ク ソ ン の 符 号 付 順 位 和 検 定 , p < 0.05). ま た , VNS 中 に は , こ れ ら の 層 と 6 層 に お い て , SI が 小 さ く な っ た (ウ ィ ル コ ク ソ ン の 符 号 付 順 位 和 検 定 , p < 0.05). 以 上 の 結 果は,これらの層で,繰り返される音刺激への順応が 弱 ま っ た こ と を 示 唆 す る .一 方 ,視 床 と 皮 質 1 層 で は , 誘発反応の振幅も,順応の強さも変化しなかった. VNS に よ り ,皮 質 2–5 層 の 神 経 細 胞 の 受 容 野 が 広 が っ た . 学 習 中 に も 受 容 野 が 広 が る [6] こ と が 見 ら れ る こ と か ら ,VNS が こ れ ら の 層 に お け る 学 習 を 促 進 さ せ る 可 能 性 が あ る .VNS 中 ,皮 質 内 に お け る フ ィ ー ド フ ォ ワード入力を担う層の受容野が広がり,フィードバッ ク出力を担う層の反応閾値が上がった.また,視床で は 受 容 野 は 変 化 し な か っ た .従 っ て ,VNS は ,フ ィ ー ドフォワード経路を活性化させ,フィードバック経路 を 非 活 性 化 さ せ る と 考 え ら れ る (図 4 (e)).フ ィ ー ド フ ォワード経路の活性化により,皮質各層で,オドボー ル課題における応答の再現性が高まった可能性がある. 4. 結 論 本 研 究 は ,VNS が 知 覚 情 報 処 理 に 及 ぼ す 影 響 を 調 べ るため,視床と大脳皮質各層の神経活動を多点同時計 測 し た .そ の 結 果 ,VNS に よ り ,皮 質 2–5 層 の 神 経 細 胞 の 受 容 野 が 広 が り , 6 層 の 反 応 閾 値 が 上 が り , 2–6 層の誘発反応が強まり,順応が弱まった.一方,視床 で は ,い ず れ も 変 化 し な か っ た .こ れ ら の 結 果 は ,VNS が ,視 床 -皮 質 系 に お け る フ ィ ー ド フ ォ ワ ー ド 経 路 を 活 性化させ,知覚情報処理を高めることを示唆する. 参考文献 [1] 川 合 謙 介 , “ て ん か ん に 対 す る 迷 走 神 経 刺 激 療 法 ”, Brain and Nerve, Vol.63, (2011), pp.331-346. [2] K. Clark, et al., “Enhanced recognition memory following vagus nerve stimulation in human subjects ”, Nat Neurosci, Vol.2, (1999), pp.94 -98. [3] D. Borghetti, et al., “Mismatch negativity analysis in drug-resistant epileptic patients implanted with vagus nerve stimulator”, Brain Research Bulletin , Vol.73, (2007), pp.81-85. [4] N. Markov, et al., “Cortical high-density counterstream architectures ”, Science, Vol.342, (2013). [5] 高 橋 和 佐 ら , “ ラ ッ ト の 聴 皮 質 と 視 床 に お け る 3 次 元 多 点 同 時 計 測 シ ス テ ム の 開 発 ” , 電 気 論 C, Vol.134, (2014), pp.1064 -1070. [6] Takahashi H, et al., “Learning -stage-dependent, field-specific, map plasticity in the rat auditory cortex during appetitive operant conditioning ”, Neuroscience, Vol.199, (2011), pp.243 -258.