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長寿社会における雇用と社会保障の在り方

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長寿社会における雇用と社会保障の在り方
EY Institute
長寿社会における雇用と社会保障の在り方
−欧州との比較からみた日本の未来への提言
EY総合研究所(株) 経済調査部 エコノミスト 小杉晃子
• Akiko Kosugi
内閣府、シンクタンクのエコノミスト、アナリストを経て、2013年にEY総合研究所(株)入社。内閣府では、経済対策策定のための企画
立案、政策調整、調査研究業務に従事。アナリスト時代は、企業経営者にとって重要な経営課題等にフォーカスした調査・分析業務にも
携わった。日本経済とグローバル化に関する分析や公共政策、第三次産業、住宅市場の動向等を専門とする。
Ⅰ はじめに
経済成長については、例えば、社会保障が手厚くな
ると、その分、保険料や税負担が増え、経済成長が抑
日本は、65歳以上の高齢者が全人口の25%を超え、
制される可能性があります。一方で、サービス提供体
今や100歳を超える人が5万人を上回るという長寿社
制について一定の改革が行われれば、経済成長に貢献
会を迎えています。長寿社会で社会保障を持続させる
する可能性があるという見方も存在します。ただ、現
ためには、若年者や女性の就労率を上げるとともに、
状の日本は、前者の可能性が大きいといわれています。
健康な高齢者が増加傾向にある中、その高齢者の活躍
を支援していくことが欠かせません。
本稿では、日本経済が直面している政策課題のうち
以上の三つの制約を踏まえると、社会保障機能の拡
充と給付の重点化、効率化といった改革を進めていく
ことが急務といえます。
社会保障、特に年金・雇用分野を取り上げ、人口変動
や財政制約を踏まえた今後の在り方を考察します。
Ⅲ 日本の社会保障をめぐる課題
Ⅱ 長寿社会における社会保障
現在の日本における社会保障制度の骨格は、高度経
済成長期(1960~70年代)に形成されたモデルで
社会保障は、人口・財政・経済成長の三つの制約を
す。その中核となる考え方は、正規・終身・完全雇
受けます。人口面では、少子化や長寿化の進展によっ
用、右肩上がりの経済成長、核家族・専業主婦という
て、現役世代が相対的に減り、その負担が増えていき
標準世帯モデル、企業による手厚い福利厚生、地域や
ます。従って、主に若年層が費用を負担し、主に高齢
親族のつながり等を念頭に置いた制度設計といった点
者が給付を受けるという現状の社会保障を維持するこ
を前提としてきました。しかし、90年代以降は、経
とは、今後ますます難しくなってきます。
済成長の低迷、非正規雇用の増加、人口減少・高齢化
財政面では、人口構造の高齢化に起因する財政支出
や未婚率の上昇等を背景とした家族形態・地域基盤の
の拡大が問題となっています。国民経済計算(SNA)
変化等、これまでの社会保障が前提としていた日本の
ベー ス の社 会 保 障 負 担 額 は、2000年 に 約48兆円、
社会・経済構造は大きく変化を遂げました。今後は、
12年に約58兆円であったのに対し、給付額は、それ
ぞれ約70兆円、約95兆円と、その差は拡大傾向にあ
こうした変化を踏まえた上で、社会保障の持続可能性
ります。この差は政府が借金をして補塡することになる
編・再構築することが喫緊の課題といえます。
ほ てん
ため、政府債務の、さらなる増加が懸念されています。
12 情報センサー Vol.97 October 2014
を高め、高度にその機能が発揮されるよう、制度を再
Ⅳ 長寿社会における改革の方向性
す。高齢化に伴って、多くの先進諸国では、就労期間
を延ばし、より長く保険料を拠出してもらうことを通
1. 全世代型の社会保障・就労施策の体系の構築
13年8月に取りまとめられた社会保障制度改革国民
じて、年金水準の確保を図る改革が行われています
(<表1>参照)。
会議報告書では、社会保障制度改革の方向性につき、
必要な財源を確保した上で、経済政策・雇用政策・地
日本の将来を展望しても、65歳平均余命でみると、
基礎年金創設時(86年)の直前期(85年時点)には、
域政策等の施策と連携し、全ての世代を支援の対象と
男性15.5年、女性18.9年でしたが、直近の人口推計
しています。また、全ての世代が、その能力に応じ
(12年1月、中位推計)では、60年時点で男性22.3
て支え合う「全世代型の社会保障」とする「21世紀
年、女性27.7年と、現在よりも、さらに寿命が延び
(2025年)日本モデル」が提示されています。
ると推計されています。さらに、労働力人口の推計を
今後の長寿社会では、誰もが生きがいを持って働け
みると、現在の労働力率(15歳以上人口比約60 %)
る環境を整備し、全ての世代の就業を増やしていくこ
を維持するためには、60歳代後半の労働力率を、か
と(生涯現役社会の実現)が不可欠です。今まで就業
なりの程度引き上げる(男性で10年48.7 %→30年
していなかった高齢者や女性、若者が就業すれば、労
65.0%)ことが必要であると示されています※1。
働力人口や、日本の潜在成長力の低下を抑えることが
これまで、年金の支給開始年齢については、専ら年
可能になります。また、今まで社会保障給付の対象で
金財政上の問題として議論されてきました。しかし今
あった高齢者が、就業して費用を負担する側に回れ
後は、年金財政上の観点というより、社会全体が長寿
ば、社会保障の持続可能性を大きく改善できます。さ
化する中で、就労人口と非就労人口とのバランスを、
らに、就業促進は人々に活躍の場を提供するとともに、
どう考えるかという問題として捉えられていくべきで
より健康で安定した生活を送ることも可能にします。
す。その際には、生涯現役社会の実現を目指し、これ
を前提とした雇用・年金制度の在り方について、諸外
2. 年金分野の改革:高齢者就労と年金受給の在り方
高齢化が進展し、生涯現役社会に向けた取り組みが
国で取り組まれている改革の狙いや具体的な内容も考
慮し、議論を進めていく必要があります。
進められていく中で、高齢者の働き方と年金受給の在
り方を、どう組み合わせるかが検討課題となってきま
▶表1 2008年以降のEU諸国での公的年金改革内容
ドイツ
公的支給開始年齢引き上げ
賃金(物価)スライド
○
早期引退の制約
○
デンマーク
スペイン
フランス
イタリア
オランダ
英国
○
○
○
○
○
○
○
○
必要拠出期間の増加
○
○
○
○
○
○
○
○
就労延長での給付増の促進
支給開始年齢の男女差是正
支給年齢・平均余命リンク
○
給付水準と財政バランスとのリンク
○
対象労働者範囲の拡大
○
年金の適正性の改善
○
拠出額計算方法の変更
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
出典:European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions,“Social partners’involvement in pension reform in the EU”
(2013)を基にEY総合研究所(株)作成
※1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」および「第19回 社会保障制度改革国民会議 議事次第 資料1-3」
情報センサー Vol.97 October 2014 13
EY Institute
Ⅴ 欧州諸国の施策と日本への示唆
の「学習と労働プロジェクト」で、生涯教育の推進活
動が行われました。第三の労働市場分野では、継続的
次に、政策展開に当たって参考にすべき、欧州諸国の
な職業訓練や保育保障等の公的施策の整備、拡大を図
「フレキシキュリティー」政策のモデルを解説します。
りました。そして、第四の社会保障制度では、有給の
欧州諸国では、柔軟性(flexibility)と保障(security)
傷病休暇や、復帰後の手厚い社会保障の導入等が行わ
を結合させた、フレキシキュリティーという仕組みに
よって、雇用の流動化と経済成長を促進してきました。
れました。
デンマークでは、90年代前半に高失業率を克服する
これは、柔軟で信頼性が高い労働契約、包括的な生涯
ため、労働契約分野では労使協議での解決、生涯教育
教育戦略、効果的な積極的労働市場政策、手厚い社会
分野では教育訓練の改善等を行ってきました。さらに、
保障制度、の4要素がまとめられている政策体系です。
労働市場分野では長期失業者への職業訓練、社会保障
非正規雇用が増え、正規雇用との格差等が社会問題化
分野では失業保険受給期間の短期化等、失業者を就労
している日本において、現在この政策に関心が寄せら
に誘導するための制度改革が次々と行われました。こ
れています。この政策が成功している主な国として、
のような現在のデンマークの労働市場は、柔軟な労働
オランダとデンマークが挙げられます。
市場、手厚い失業保険制度、積極的労働市場政策の三つ
フレキシキュリティーという言葉は、元々オランダ
の組み合わせとして説明され「ゴールデントライアン
の労働市場で用いられていました。80年代前半の財
グル」と呼ばれています。労働者に十分な保障、保護
政・雇用危機を克服するため、前述の4分野について
を提供しつつ、労働市場と経済を同時に活性化する画
次のような政策を行ってきました。
期的な改革手法として、かつては世界において高く評
第一の労働契約分野では、女性の就業拡大を狙った
価されてきました。
ワークシェアリングを実施しました。第二の生涯教育
このように、同じフレキシキュリティーのモデル国
分野では、教育・雇用省や労使、自治体等が連携して
でも、オランダとデンマークの政策形成は異なってい
▶図1 積極的労働市場政策支出*の国際比較(対GDP比)
(%)
3
2.5
日本
2
オランダ
デンマーク
1.5
スウェーデン
フィンランド
フランス
1
ドイツ
0.5
0
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09(年)
出典:OECD Social Expenditure Database(SOCX)
* 労働者が働く機会を提供したり能力を高めたりするための支出(日本の場合、教育訓練給付、職業能力開発支援費等、障害者の雇用促進などの雇用保険等
関連支出が含まれる)
14 情報センサー Vol.97 October 2014
み
ぞ
う
ます。ただし、両国に共通している点は、未曾有の財
政・雇用危機に直面した時期に、単なる対症療法では
ない抜本的な政策転換を果たした点、教育・職業訓練
をはじめとする社会政策を他国に先んじて整備してき
た点です。
現在、日本政府では、多様な正社員やテレワーク※2
の普及を図るなどといった、より流動性が高い労働市
場への転換を目指しています。その達成には、欧州諸
国のように、生涯教育支援や積極的労働市場政策も同
時に実施していくことが肝要です。日本の積極的労働
市場政策にかける支出は、09年時点でGDP比0.4 %
と、欧州諸国と比較して低水準にあります(<図1>
参照)。このことを考えても、日本はこれから積極的
労働市場政策に力を入れていく必要があります。
今後、社会保障制度改革国民会議が指摘するような
改革の実現化と、職業教育プログラム等の積極的労働
市場政策の充実化が同時に進んでいけば、そこから日
本版フレキシキュリティー構築への道が開かれていく
と期待されます。
お問い合わせ先
EY総合研究所(株) 経済調査部
E-mail:[email protected]
※2 情報通信技術(ICT)を駆使した時間や場所にとらわれない労働形態
情報センサー Vol.97 October 2014 15
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