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脳海馬の記憶容量確保の仕組みに関する研究

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脳海馬の記憶容量確保の仕組みに関する研究
 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)
44. 脳海馬の記憶容量確保の仕組みに関する研究
井ノ口 馨
Key words:海馬,記憶の詳細,遠隔記憶, エピソード記憶
富山大学 大学院医学薬学研究部
(医学)生化学講座
緒 言
脳の海馬は,学習・記憶に中心的な役割を果たしている.多くのエピソード記憶は,当初海馬依存的であるが,時間経過と
共に海馬依存性は徐々に減少し,やがて大脳皮質依存的に変化していく.多くの研究は,記憶はこの時間経過と類似の時間経
過で詳細さを失って,より意味的(semantic)あるいは一般的(generic)なものに変化していくことを示している.そこで,エ
ピソード記憶の詳細さと記憶が貯蔵される脳部位の間に相関があるか否か,すなわち,記憶が海馬依存的な状態の時は詳細さ
を保っているが,海馬非依存的になると共に詳細さを失っていくか否かを解析した.
方 法
1.動物
全ての動物実験はアメリカ国立衛生研究所のガイドラインに従って計画され,富山大学実験動物委員会の承認のもとに行わ
れた.8 週齢のオスマウス(C57BL/6JSLC)を三協ラボラトリーより購入して実験に供した.全ての行動実験は,実験者にと
ってブラインドの状態で行った.
2.行動実験
カニュレーション手術,および薬液注入は,一般的な方法に従って行った 1).海馬の神経活動を一時的に不活性化するため
に,GABA-A 受容体のアゴニスト(ムシモル)を用いた.
場所認知記憶課題では,マウスは丸い部屋(C チャンバー)
,もしくは四角い部屋(S チャンバー)に 6 分間放置され,それ
ぞれの場所を記憶した.24 時間後,もしくは 28 日後の記憶テスト時に,マウスは経験したチャンバーか新規チャンバーに 3 分
間放置され,その間の行動量を記憶の指標として測定した 1).
3.統計処理
全てのデータは,平均値 ± SEM で表した.統計処理として,2 つのデータ間の解析には Student’s t-tests を用い,他グ
ループ間の解析には ANOVA, post-hoc Scheffe’s test を用いた.
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結果および考察
図1に場所認知記憶課題における 1 日後の記憶テストの結果を示す.
図 1. マウスは新規チャンバーと経験したチャンバーを区別して想起する.
A. 実験手順.
B. 用いたチャンバーの写真.
C. 学習時(6 分間)とテスト時(3 分間)のマウスの行動量を 1 分ごとに表示.
D. S チャンバー,もしくは C チャンバーに 6 分間放置した 24 時間後に,それぞれ指定したチャンバーに 3 分間マウス
を放置し,その間の行動料を測定した.***P < 0.001.
マウスは既に経験したチャンバーに再度放置されると,行動量の低下を示した.このことから,マウスの行動量が,その場所
の記憶を保持しているかどうかの指標となることが示された.一方,初めてのチャンバーに放置されると,高い行動量を示し
た.マウスがチャンバーを識別していることがわかった.
学習のの 30 分前に海馬にムシモル(FSM)を注入して海馬の神経活動を阻害すると,24 時間後の記憶想起テスト時に行
動量の低下を示さなかったことから(図2),チャンバーを区別して記憶するのに海馬機能が必要であることがわかった.
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図 2. 場所認知記憶学習は海馬の神経活動を必要とする.
S チャンバーに 6 分間放置し,その 24 時間後に記憶想起テストを行いマウスの行動量を測定した.テスト 30 分前に海
馬にムシモル(FSM)を注入して海馬の神経活動を阻害した.
Repeated ANOVA: F (1, 29) = 23.61, ***P < 0.001.
また,チャンバーの識別は,学習後 28 日経っても保持されており(図3),場所認知記憶課題における記憶の詳細は長期
間保持されていることが示された.
図 3. 場所認知記憶は 28 日以上保持されている.
マウスを部屋 A に設置した S チャンバーに 6 分間放置して学習させた.28 日後に,経験済みの部屋 A の S チャンバ
ー,あるいは部屋 A の未経験 C チャンバーに放置した時の行動量を測定した.
部屋 A の S チャンバー vs 部屋 A の C チャンバー; Repeated ANOVA: F (1, 23) = 13.54, P < 0.01.
部屋 A の S チャンバー vs 部屋 B の S チャンバー; Repeated ANOVA: F (1, 33) = 31.86, P < 0.001.
**P < 0.01.
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最後に,学習 28 日後の想起テストの際に海馬機能を MUS で抑制した時に,経験したチャンバーと初めてのチャンバーを区
別して想起できるか否かを検討した結果,両者を区別していることが明らかとなった(図4).マウスは海馬機能が阻害されて
いても,古い記憶の詳細を覚えていることを示している.
図 4. 28 日後の場所認知記憶の詳細さの想起に海馬機能は必要ない.
部屋 A に設置した S チャンバーにマウスを 6 分間放置した.28 日後に,ムシモル(FCM)を海馬に注入して海馬の
神経活動を阻害し 30 分後に,図中に指定した部屋・チャンバーに 3 分間マウスを放置し,その間の行動量を測定し
た.
部屋 A のチャンバー S vs 部屋 A のチャンバー C; Repeated ANOVA: F (1, 39) = 35.71, P < 0.001.
部屋 A のチャンバー S vs 部屋 B のチャンバー S; Repeated ANOVA: F (1, 43) = 34.99, P < 0.001.
***P < 0.001.
以上のことより,海馬非依存的となっても情報の詳細さを保っているケースがあること,従って,記憶の詳細さとその記憶の脳
内貯蔵領域の間には相関関係がないことが明らかとなった.時間と共に記憶情報のディテールが失われるには別のメカニズムが
あるらしい.
文 献
1) Kitamura, T., Okubo-suzuki, R., Takashima, N., Murayama, A., Hino, T., Nishizono, H., Kida, S. &
Inokuchi, K. : Hippocampal function is not required for the precision of remote place memory. Mol.
Brain, 5 : 5, doi:10.1186/1756-6606-5-5, 2012.
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