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技 術 報 告 波長標準としての 633 nm 未安定化ヘリウム・ネオンレーザ -国際度量衡委員会の勧告- 洪鋒雷,大苗敦 * (平成 21 年 4 月 16 日受理) 633 nm Unstabilized He-Ne lasers as a wavelength standard - Recommendation of the International Committee for Weights and Measures (CIPM) Feng-Lei HONG and Atsushi ONAE 1. はじめに あること ◦ 上記のような応用において,ヘリウム・ネオンレー 2007 年の国際度量衡委員会は,633 nm 未安定化ヘリ ザの不必要な校正を避けるために,このような資料が有 ウム・ネオンレーザをメートル実現のための標準周波数 用であること リストに加えることを勧告した 1).また,この勧告に係 を認め わる付属報告書が最近公表された .ここでは,勧告内 ◦ 周波数値:f = 473.6127 THz 容と公表された報告書の概要を紹介する. 波長値:λ = 632.9908 nm 2) 相対不確かさ:1.5 × 10-6 2. 国際度量衡委員会の勧告 が,3s2 → 2p4 遷移のみで発振する未安定化ヘリウム・ ネオンレーザの真空中の放射に適応すること(ネオンの 2007 年 9 月に開かれた第 13 回長さ諮問委員会は,633 同位体比には依存せず) nm 未安定化ヘリウム・ネオンレーザをメートル実現の ◦ 633 nm(3s2 → 2p4)未安定化ヘリウム・ネオンレー ための標準周波数リストに加えることを勧告した.これ ザを標準周波数リストの第2カテゴリに含めると同時に, は,10月に開かれた第96回国際度量衡委員会で承認され, 長さ諮問委員会承認付きの付属報告書を Metrologia 誌で 1) 国際度量衡委員会の勧告となった .勧告は以下の通り 公表すること である. を勧告する. 国際度量衡委員会は, 2009 年に Metrologia 誌で公表された付属報告書 2)には ◦ ほとんどのレーザ干渉計及びその他多くの長さ測定 下記の内容が追記されている. 用装置が 633 nm ヘリウム・ネオンレーザを使っている 1 )勧告値及び不確かさはレーザガスの圧力などの発振 こと 条件に依存しない. ◦ これらの装置の多くは,ヘリウム・ネオンレーザ真 2 )勧告値及び不確かさは,未安定化ヘリウム・ネオン 空波長の変動幅よりも大きい不確かさで使用されている レーザにだけではなく,校正されていない 633 nm の こと 周波数安定化ヘリウム・ネオンレーザにも適応する. ◦ 633 nm 未安定化ヘリウム・ネオンレーザの真空波 ただし,周波数安定化ヘリウム・ネオンレーザに対す 長が,基礎的な量子現象によって,狭い範囲に限定され る周波数校正は,上記よりも小さい不確かさでレーザ ていること に値付けすることができる. を考慮して, 3. 勧告の背景 ◦ 校正なしの場合に期待される真空波長値とその不確 かさに関するガイドライン及び証拠資料の提供が必要で 国際度量衡委員会勧告の「メートル定義実現のための * 計測標準研究部門 時間周波数科 波長標準研究室 産総研計量標準報告 Vol. 8, No. 1 放射リスト」は,1983 年に初めて制定されて以来,常 11 2010年 8月 洪鋒雷、大苗敦 に進化し数年ごとに拡充や改訂を重ねてきた 3),4).2006 問題はほとんど報告されていない. 年には,これは「メートルの実現及び秒の 2 次表現など 一方,応用の観点からすれば,干渉測定においてサブ の応用ための標準周波数リスト」と改名され,長さ諮問 ナノメートルの不確かさが必要なときだけ,640 nm の 委員会と時間周波数諮問委員会が共同で管理することと 波長が混ざっているかどうかを確認することが意味を持 なった 5). つ.分解能が 10 nm の干渉計の応用では,このような確 今回勧告された 633 nm 未安定化ヘリウム・ネオンレ 認が必要かどうかは疑問である. ーザは,ランプなどの標準とともに新しい勧告リストの しかしこのような議論は,未安定化レーザが多色干渉 第 2 カテゴリに属し,最高級の正確さを必要としない測 計を用いたブロックゲージの測定や距離計などへの応用 定において重要な役割を果たすこととなった.また, に適していると間違って解釈されるべきではないことを 633 nm 未安定化ヘリウム・ネオンレーザを勧告リスト ここで強調しておく.また特定な応用においては,640 に入れることは,このレーザの校正についての立場を明 nm の混合波長が比較的大きなエラーを与えることがあ らかにすることとなった.つまり,上記 1.5 × 10 の相 る.例えば,633 nm と 640 nm が分解されないような回 対不確かさが測定にとって十分であれば,ヨウ素安定化 折格子のピッチ測定においては,4 % の 640 nm 混合波 ヘリウム・ネオンレーザ用いた精密な周波数校正は不必 長が結果に 4 × 10-4 のシフトを与えることがある. 要で,また校正を行っても新たな知見を得ることはない. ここで,633 nm の未安定化ヘリウム・ネオンレーザ ここで重要なのは,レーザが 633 nm の 3s2 → 2p4 遷移 を勧告リストに含めることは,決してある特定の商品の で発振し,そして他の遷移(例えば 640 nm の放射)が 品質を保証するものではないことに注意してほしい. -6 混ざっていないことである.これが保証されれば,上記 5. 波長と不確かさの決定 1.5 × 10-6 の不確かさが固有的に満たされ,他の勧告レ ーザのように適正な運転を確認するための国際比較や周 波数校正を行う必要はない. 今回,未安定化ヘリウム・ネオンレーザの真空波長とし て採用された値は,2 つの同位体 20Ne と 22Ne それぞれの 4. 640 nm 放射の問題 ラインセンターの中間点に位置する.通常の勧告で行わ れるように 2 つの同位体それぞれの値を示さなかったの ヘリウム・ネオンレーザは,633 nm の 3s2 → 2p4 遷移 は,最近市販されているほとんどのヘリウム ・ ネオンレ で発振するほかに,いくつかの異なる波長で発振する. ーザチューブはこの 2 つの同位体が混合されており,し そのうち,640 nm の 3s2 → 2p2 遷移での発振は 633 nm と ばしば混合比が明確に示されていない場合が多いためで 波長が近いため,目ではほとんど区別できない.また, ある.混合比を特定しなくてもいいように充分な不確か 633 nm で発振するレーザに 640 nm の波長が混ざること さを与えることで,混合比決定に関する煩雑さを避ける がある.そこで,下記の確認が必要となる. ことにした. 1 )発振波長が 633 nm で,640 nm ではないこと. 20Ne のラインセンターの値として最も権威あるものと 現在販売されている 633 nm のヘリウム・ネオンレー されている Mielenz らの研究 6)によると,相対不確かさ ザがまったく別の遷移で発振し,完全に 640 nm の波長 1 × 10-7 で 632.9941 nm の値が与えられている.この不確 を出していることは非常に稀である.メーカが鏡のコー かさは,米国立標準技術研究所(NIST,当時 NBS),英 ティングを間違えるなどして,このようなことは起こり 国立物理学研究所(NPL),ドイツ物理工学研究所(PTB) うるが,その確率は極めて小さい. で行われた測定のばらつき・器差によるものであり,そ 2 )633 nm の発振波長に,640 nm の波長が混ざってい れぞれのレーザの圧力シフトがおもな原因と見られる. ないこと. 同位体シフトについては,Cordover ら 7)(875 MHz)や 640 nm の波長が混ざるようなことは国立標準研では Ballik 8)(1052 MHz)の測定があり,単純に平均して 963 ほとんど経験されていないが,より多くの種類のレーザ MHz(相対的なシフト量 2 × 10-6)を得る.以上により, を経験した他分野の研究者や工業界の専門家はこのよう 20 なことは起こりうると警告している.しかし,現在製造 となる.これは,混合比 1:1 の場合の Petru & Vesela の されている 633 nm ヘリウム・ネオンレーザについては, 測定 9)とも矛盾しない. その出力が 3-4 mW 以下で,かつチューブの長さが 25 同位体の混合比が未知のレーザのラインセンターは, cm 以下であれば,今まで 640 nm の波長が混ざるような 上の値と相対値で± 1 × 10-6 差異が生じる可能性がある. AIST Bulletin of Metrology Vol. 8, No. 1 12 Ne と 22Ne のラインセンターの中間点は,632.9908 nm August 2010 波長標準としての633nm未安定化ヘリウム・ネオンレーザ-国際度量衡委員会長さ諮問委員会からの報告- レーザの利得線形は,まずドプラーシフトによる幅(1.5 の不良,アッベ誤差,測定結果や測定過程の誤解,山ほ GHz:20Ne,1.4 GHz:22Ne)で拡がっており,圧力シフ ど例のあるそれぞれの測定固有の誤差が問題となる.試 ト(1 × 10 )による幅,そして飽和幅などが加わり, 験所間比較や技能試験を行い確認することで,レーザを 全体として 1.5 GHz から 1.6 GHz 程度の幅を持っている 含めた他の誤差要因による問題がないことが保証でき と推定される. る. -7 単一同位体のレーザの発振は,利得線形の中で閾値を 参考文献 超えた範囲でおこるので,おおよそ利得幅 1.5 GHz の範囲 のどこかで等しい確率で起こると考えられる.いろいろ な同位体混合のレーザの集合の場合はこれに同位体シフ 1) Recommendation 2 (CI-2007): On the value and ト分 960 MHz が加わるので,最終的な幅はおよそ 2.5 GHz uncertainty of unstabilised He-Ne lasers, in Report of the となる.実際はピークを持つであろう同位体混合比の分 CIPM 96th meeting (2007), http://www.bipm.org/utils/en/pdf/CIPM2007-EN.pdf 布を一様分布と仮定しており,この結果はかなり慎重 で,多めに見積もった不確かさの値を与える.幅 2.5 GHz 2) J A Stone, J E Decker, P Gill, P Juncar, A Lewis, G D の一様分布の標準不確かさは720 MHz(2.5 GHz / 2√3), Rovera and M Viliesid,“Advice from the CCL on the use 相対不確かさは 1.5 × 10 となる. of unstabilized lasers as standards of wavelength: the -6 helium-neon laser at 633nm,” Metrologia 46, 11-18 6. 結論 (2009). 3) T J Quinn,“Practical realization of the definition of the 遷移 3s2 → 2p4 のみで発振している典型的な 633 nm 赤 metre, including recommended radiations of other optical 色ヘリウム・ネオンレーザは,相対標準不確かさ 1.5 × frequency standards (2001),” Metrologia 40, 103-133 (2003). 10 の信頼できる波長の原子標準である.この不確かさ -6 4) R Felder,“Practical realization of the definition of the で充分な応用においては,このレーザの周波数(波長) をよう素安定化レーザとヘテロダイン比較することに実 metre, including recommended radiations of other optical 質的な意味はない. frequency standards (2003),” Metrologia 42, 323-325 上記遷移以外の発振が測定に大きなズレを生じさせる (2005). 可能性がある場合は,640 nm の混合波長を避けるとい 5) F Riehle, P Gill, F Arias and R Felder,“Recommended う意味で,レーザの出力が 3-4 mW 以下で,かつチュー values of standard frequencies for applications including ブの長さが25 cm以下というのが1つの判断基準となる. the practical realization of the metre and secondary また,出力が純粋であることを保証してくれる評判のよ representations of the second,”Metrologia in preparation. い製造メーカからレーザを購入することも重要である. 6) K D Mielenz, K F Nefflen, W R C Rowley, D C Wilson もし製造メーカが充分に保証できない場合,試験をユー and E Engelhard,“Reproducibility of helium-neon laser wavelengths at 633 nm,”Appl. Opt. 7, 289-293 (1968). ザが行うことにより,本来の遷移以外のレーザ光が測定 7) R H Cordover, T S Jaseja and A Javan,“Isotope shift 結果に影響を与えていないことを検証することもでき measurement for 6328Å He-Ne laser transition,”Appl. る. Phys. Lett. 7, 322-324 (1965). 産業現場における典型的な応用については,640 nm 8) E A Ballik, “Gain method for the measurement of が原因で測定誤差が生じる可能性は,他の要因で生じる isotope shift,”Can. J. Phys. 50, 47-51 (1972). 場合に比べて非常に小さい.レーザ自身の検査よりも, 被測定物の試験所間比較など,その測定全般の完全性を 9) F Petru and Z Vesela,“Single-frequency HeNe laser 保証する方法の方が,よほど価値がある.長さ形状測定 with a central maximum of output power,”Opt. Commun. においてはレーザの問題よりも,温度や圧力のセンサー 96, 339-347 (1993). 産総研計量標準報告 Vol. 8, No. 1 13 2010年 8月