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教育講演 - 日本高気圧環境・潜水医学会
第 46 回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会 プロシーディング 教育講演 1 再生医療における高気圧酸素治療 一方自家複合型培養皮膚は,早期生着率は劣るが, 一旦生着した皮膚は長期維持されることが判明した。 また,いずれの培養皮膚にも解決すべき課題が残さ 猪口貞樹 れており,中でも血管新生の促進による早期血流再 東海大学医学部救命救急医学 開が,自家複合型培養皮膚移植の重要課題であると 考えられた。 (重症熱傷に対する再生医療) (血管新生とHBO) 全身にわたる皮膚全層性熱傷(Ⅲ度熱傷)は,現 虚血創に対するHBOの有効性は,古くから認めら 在もなお生命予後不良の疾病である。Ⅲ度熱傷創は れており,特に糖尿病性趾潰瘍に対する臨床研究で 皮膚成分がすべて失われて自然治癒が期待できない は,HBO後の切断率および 1年後治癒率の相対危険 ため,自家植皮による創の被覆が必要であるが,Ⅲ 度は,それぞれ対照の 0.31,2.11と有意の改善が報告 度熱傷が広範囲に及ぶと,被覆すべき創に対して植 されている。一方,創傷治癒に対するHBOのメカニ 皮のための採皮面積が不足するため,創閉鎖が困難 ズムは,長く明らかではなかった。 となり,多くは創感染から敗血症をきたして死亡す 1997年,浅原らは,虚血肢における新生血管の一 る。この問題を解決するために,増殖培養した自己 部は骨髄の血管内皮前駆細胞(以下EPC)に由来して の皮膚細胞からなる“自家培養皮膚”による再生医療 いることを示し,それまで発生時の現象と考えられて が行われている。 いた脈管新生が,成体の血管新生にも関与している 自家培養皮膚には,①表皮のみ,②真皮のみ,③ ことを明らかにした。その後,EPCを用いた血管新生 表皮と真皮を共に有する,の3種類が用いられている。 療法が,様々な虚血性疾患に対して行われ,近年心 我々は,これらのヒト培養皮膚を免疫不全マウスに移 筋梗塞や糖尿病性壊疽,脳梗塞などに対する臨床研 植して皮膚の再生を検討したところ,成熟したヒト皮 究が一定の成果をあげている。さらに2006年,Tohm 膚が再生されて長期間維持されるためには,表皮細 らによって,HBOにより末梢血中にEPCが動員され, 胞と真皮線維芽細胞の両者が必要であることが判明 創部に移動して新生血管を形成することが示され,こ した。また両細胞を一体化するための基質として,コ れが虚血性疾患に対するHBOのメカニズムの一つで ラーゲンとフィブリンを比較したところ,フィブリンを あると考えられるようになった。 基質に用いた培養皮膚の方が,多くのVEGEFを発 これらの結果を踏まえ,我々はヒト複合型培養皮 現・分泌し,移植後の血管新生が豊富であることが判 膚を免疫不全マウスに移植するモデルを用いて,HBO 明した。以上の結果から,フィブリンを基質に用いた が培養皮膚移植後の皮膚再生と血管新生にどのよう 自家培養皮膚(以下自家複合型培養皮膚)を作製し な影響を与えるかを検討した。移植後HBO (2.8ATA, て,熱傷治療の臨床研究を行ったところ,自家複合 9日間)を行うと,再生皮膚の表皮基底層における 型培養皮膚は皮膚全層欠損創にも良好に生着し,再 ki-67抗原陽性細胞数が有意に増加し,また表皮下 生されたヒト皮膚は長期間維持されることが判明し 結合組織のCD31陽性管腔構造の数が有意に増加し た。 たことから,HBOは培養皮膚移植後の再生皮膚にお 一方 2009年より,表皮細胞のみからなる“自家培 養表皮”が薬事承認され,保険適応となった。そこで, ける表皮細胞の増殖と,血管新生を促進すると考え られた。 あらかじめ移植した同種真皮上にこれを移植すること 以上のように,HBOにはEPCの動員を介する血管 によって,致死的な広範囲Ⅲ度熱傷の創を被覆でき 新生促進作用があり,この方法は皮膚以外の組織再 るかどうかを確認し,前述の自家複合型培養皮膚移 生医療に対しても応用が可能と考えている。 植の成績と比較検討した。その結果,自家培養表皮 と同種真皮の組み合わせでは,早期創閉鎖率は高い が,生着した皮膚は不安定で長期生着率が低いこと, 189 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 教育講演 2 臨床医に必要な疫学・統計 西脇祐司 東邦大学医学部衛生学 1.臨床研究はデザインが命 人を対象とした研究を疫学研究というわけだが,臨 床の現場でその問題点解決のために実施される研究 は臨床疫学研究ないし単に臨床研究と呼ばれる。人 を対象とする以上,研究には誤差がつきものであり, この誤差にいかにうまく対処できるかが研究デザイン のポイントである。図1に示す通り,誤差は大きく偶然 誤差(Random error)と系統誤差(Systematic error) に分けられ,後者はさらに選択バイアス,情報バイア ス,交絡に分けられる。 図1 2.偏り・交絡を理解する 詳しい説明は成書に譲るが,非常に簡単に説明す ると,選択バイアスとは人の選択がうまくないときに おこる結果の偏りであり,情報バイアスとは曝露であ れアウトカムであれ情報の取り方がうまくないためにお こる偏りである。一方,交絡は,曝露とアウトカムの 関連が,第 3の因子で説明がつく現象をいう。バイア スも交絡も,研究結果が歪んでしまうため,研究者と しては非常に厄介な代物であり,避けれるものなら避 けたい現象なのだが,100%取り除くことなどできない のもまた事実である。このバイアスと交絡に対する理 解は非常に大切であり,重大なバイアスや交絡現象 の前ではもはや統計学的検定を一生懸命やっても無 意味である。 図2 190 Vol.46( 4 ), Dec, 2011 臨床医が,とくにこのバイアス(偏り)という概念を 理解する上で,一つ押さえるべきポイントがあると感 じている。研究サンプルというものに対する認識の相 違が,臨床医学と疫学・統計学の間に確固として存 在するのではないかという点だ。臨床医にとっては, 1例 1例の症例の積み重ねが重要であり,その結果と して集積された個々の患者の集合が自分の研究サン プルであると認識するであろう(少なくとも私は臨床医 時代そう思っていた)。一方,もともと集団全体を観 察することを前提に発展してきた疫学,統計学の世界 では,最初に母集団があって,そこから研究用に一 部のサンプルをひっぱり出してきて自分の観察対象と していると発想する。アプローチが全く違うのである。 このアプローチの相違に気づくことが,バイアスとい う得体のしれない怪物の理解の促進に役立つ気がし ている。 3.デザイン上のポイント 介入研究を例に 介入研究を例にとって,研究デザインを立案する際 の原則を図 3に示した。また講演では,解析の方法 としてIntention to treat(ITT)解 析とPer Protocol 解析について触れた。薬剤の介入を例にとると,前 者の解析は,当該薬剤の治療を受けたか否か,もし くは完了したか否かにかかわらず,それぞれの治療 方式に割り当てられたすべての患者がその治療群を 代表するものとして解析されるものである。一方,後 者は実際に当該薬剤を飲んだ者だけに限定して解析 する方法である。一概にどちらかが正解ともいえない が,NewEnglandJournalをはじめ一流誌では,少なく ともITT解析を実施していることがアクセプトの前提 となっている。 図3 4.まとめ 臨床医が先頭に立ち,日本発の優れた臨床研究の エビデンスを発信するのだ,という熱い思いを最近と くに感じている。その目的のため多施設が共同して研 究する機会も増えているようだ。 「良いデザイン」によ る臨床研究の発展に期待している。 第 46 回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会 プロシーディング 教育講演 3 医療従事者個々に求められる医療安全のコ ンセプト 中の国で利用されつつある。実際に手術合併症や周 術期死亡率が減少したと報告されており,我が国でも 早急な一般化が望まれる。こうしたチェックリストの 利用は,手術だけでなく,患者に対して侵襲的な処 大川 淳 置を行う診療部門すべてを巻き込む必要があろう。 東京医科歯科大学大学院整形外科学 医療は多職種の流れ作業で構成されている。すべ てうまくいくことで治療が完遂するが,どの工程にお 1999年以来いくつかの医療事故が話題となり,医 いてもミスが生じうる。ミスの連鎖が続くと大事故に 療界においてもその対策が急速に進んだことは周知 つながるという考え方がスイスチーズモデルであるが, のとおりである。社会経済上の理由から,限られた資 連鎖を食い止める安全壁をいかに数多く持つかが大 産のなかで最大の安全を確保することが医療には求 切とされる。その意味においては,ひとりの患者に関 められているが,医療において一定の危険性が存在 わるすべての医療者は患者安全に関する責任を同等 することは明治時代に活躍した大江雲沢も指摘してい に持つことを忘れてはならない。 るところである。 そのなかで,小さなミスを重ねるといつかは大事故 につながるというハインリッヒの法則からインシデント レポートシステムが普及した。さらにダブルチェックな どの普及で,単純なミスによる事故は減少しつつある という実感はある。しかし,大きな医療事故はたいて いの場合前例がなく発生し,また,当事者にとっても 驚きであることが多い。 一方,明らかな過失を伴わない有害事象は「合併 症」とされ,未だに一定の確率で発生している。患者 にとっては過失の有無にかかわらず結果が悪ければ 医療過誤も合併症にも差はない。医療安全の向上は この過失を伴わない合併症を含めて,滅多に起きな い大事故を削減して達成される。そこで初めて国民に 対しても安心を与えることができるものと考える。すな わち,リスクマトリクス(図)において右下の頻回に起 きる小さな事故よりも,左上の滅多に起きない大事故 そのものを防ぐことが,とくに患者に直接的に医療行 為を行う場合に留意すべき点となる。発生確率が低 くても最大限のリスクに対しては常に配慮を怠っては ならないことは,今回の大震災に伴う原発事故が示 す教訓である。 医療においては,事故報告の意識が比較的低い医 師に対する意識改革を,とくに求める必要がある。米 国の整形外科領域では,患者間違いや誤部位手術な ど絶対に阻止すべきNever-eventsの撲滅を対象に, いくつかのキャンペーンが行われてきた。また,最近 では,WHOが手術安全チェックリストを発表し,世界 191