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Page 1 『老子』第三十三章における「智」と「 ー海保青陵の「養智 はじめに

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Page 1 『老子』第三十三章における「智」と「 ー海保青陵の「養智 はじめに
﹁
智 ﹂と
﹁明 ﹂ に つ い て
松 井真希 子
(
愚 者 は 一物 の 一偏 為 り 、 而 し て 自 ら 以 て
(
2)
(6)
自 の読 解 を 行 った 。 青 陵 は 、 ﹃
老 子 ﹄ の智 恵 を ﹁三 分 一二分 ツ養 智 ﹂
(5)
ら か に す るた め に ﹁
有 ﹂ であ る ﹃
論 語 ﹄を 用 い て注 を す ると い う 、独
法 を 記 し た書 (﹁
無 ﹂) であ ると し 、 ﹁
無﹂である ﹃
老 子 ﹄ の深 意 を 明
を 記 し た 書 (﹁
有 ﹂) で あ る のに 対 し 、 ﹃
老 子 ﹄は 智 恵 を 組 み立 て る方
﹃老 子﹄ 注 釈 書 が あ る。 青 陵 は 、 ﹃論 語 ﹄ が 智 恵 を 用 い た 具 体 的 な様
暦 五 ・ 一七 五 五 - 文 化 十 四 ・ 一八 一七 ) に は ﹃老 子 国 字 解 ﹄ と い う
と こ ろ で、江 戸 時 代 の経 世 済 民 論者 と し て 知 ら れ る 、海 保 青 陵 (
宝
釈 に混 乱 が あ る の で あ る 。
あ る 。 こ のよ う に 、第 三 十 三章 の ﹁
知 ﹂﹁
智 ﹂ ﹁明﹂ を めぐ って は 、解
(
4)
も のもある。さ らには ﹁
智﹂を ﹁
儒 家 的 な 知 ﹂ と 結 び つけ る も のも
(3)
一方 で ﹁
自 知 ﹂や ﹁
自勝﹂を、﹁
克 己﹂ に 近 いも の と し て 解 釈 す る
の ﹁
知 ﹂と対立 してきた。
て、 信 に 見 る こ と無 し)﹂ (
天論篇)と批判 され ているように、儒家
道 を 知 る と 為 す 、 知 る こと 無 き な り。 ⋮ ⋮ 老 子 は 甜 に 見 る こ と 有 り
老 子 有 見 於 誰 、 無 見於 信
は 、古 く ﹃筍 子 ﹄ に ﹁愚者 為 一物 一偏 、而 自 以 為 知 道 、無 知 也 。: ・
り も 一段 高 いも のと し て捉 え ら れ て い る 。﹃老 子﹄ の ﹁
知﹂に ついて
こ こ では 、 ﹁
自 ら知 る ﹂ こ と が ﹁人 を 知 る﹂ こと で あ る ﹁
智﹂ よ
海 保青 陵 の ﹁
養 智 ﹂ の 理 解 のた め に
﹃老 子 ﹄ 第 三 十 三 章 に お け る
はじ めに
老子が ﹁
知 ﹂ に つい て言 及 し た 代 表 的 記 述 に、 第 三 十 三 章 が あ る。
知 人 者 智 、 自 知 者 明 。 勝 人 者 有 力、 自 勝 者 強 。 知 足 者 富 、 強 行
(
1)
者 有 志 、 不失 其 所 者 久 。 死 而 不亡 者 寿 。
(
人 を知 る者 は 智 、自 ら知 る者 は 明 。人 に勝 つ者 は 力 有 り、自 ら
つと
勝 つ者 は 強 し 。 足 る を 知 る者 は富 み 、 強 め 行 う者 は志 有 り 、 其
の所 を 失 わ ざ る者 は 久 し 。 死 し て亡 び ざ る 者 は寿 。)
こ こ では ﹁
智﹂ と ﹁
明 ﹂ と いう 二種 類 の 知 に つ い て 説 明 さ れ て い
る 。 こ の 二種 類 の知 に つい て 、 ﹃
老 子 ﹄注 釈 の 一人 、 王 弼 は 次 のよ う
に 解 釈 す る。
知 人 者 、 智 而 已夷 、 未 若 自 知 者 、 超 智 之 上 也 。
(
人 を 知 る者 は、 智 な る の み、 未 だ 自 ら 知 る 者 の、智 の上を超
え る に 若 か ざ るな り 。)
一
一
35
と 呼 び 、 あ ら ゆ る 事 物 に は 上 ・中 ・下 、 あ る い は 正 直 と 偽 り と そ の
ず 。) (
清 ・胡 与 高 ﹃道 徳 経 編 注 ﹄)
こ こ で、 ﹁
知 ﹂ を 外面 的 な こ と を 知 る ﹁
智 ﹂と 、 内 面 的 な こと を 知
中 間 と い う よ う に 、 相 反 す る概 念 と そ の中 間 が 三 つの 定 位 と し て あ
る ﹁
明 ﹂ と に 分 け てい る よ う に 、 そ の 差 を 外 面 的 な 知 と 内 面 的 な 知
(7)
い る。 これ は 、 客 観的 な 状 況 把 握 と 臨 機 応 変 な 選 択 と い い か え る こ
り 、 状 況 に応 じ て こ の三 定 位 か ら 最 適 な 選 択 を す る こ と と 理 解 し て
とに見出し ている。
(8)
有 知 人 之 鑑 而 能弁 別 之 、 可 謂 智 。 然 而 未 若 自 知 之 難 也 。 惟 能
が ﹁
明 ﹂ な の で あ る 。 こ のよ う な 解 釈 は 他 に も 多 く 見 ら れ る 。
知が ﹁
智 ﹂ で あ り 、 金 属 や 水 が 内 に 光 を 宿 す よ う に、 内 に 向 か う 知
明 し て い る 。 太 陽 や 炎 が 外 に 向 か って 光 を 放 つよ う に 、 外 に 向 か う
これ は 同 じ く 外 面 的 な 知 と 内 面 的 な 知 に つ い て、 比 喩 を 用 い て説
陸 希 声 ﹃道 徳 真 経 伝 ﹄)
の 内 に 反 る を 之 れ 明 と 謂 う 、 金 水 の内 に 景 な るが 如 し 。) (
唐 ・
(
知 の外 に 出 つ るを 之 れ 智 と 謂 う 、 日 火 の 外 に 光 るが 如 し。 知
景。
知 出 於 外 謂 之智 、 如 日 火 之 外 光 。 知 反於 内 謂 之 明 、 如 金 水 之 内
と が でき る 。 こ のよ う な ﹁
養 智 ﹂ の観 点 に お い て、青 陵 は ﹃老 子 ﹄と
儒 家 思 想 と を結 び つけ た ので あ った 。本 稿 では 、青 陵 の ﹃老 子﹄理 解
の独 自 性 の由 来 を 知 る た め に も 、 ﹃
老 子 ﹄ 第 三 十 三 章 に現 れ る ﹁
知﹂
﹁
智﹂ ﹁
明 ﹂ と いう 三様 の ﹁
知 ﹂ に つい て、 そ れ ら が ど の よ う に 解 釈
﹁明 ﹂
さ れ る のか を 歴 代 の ﹃
老 子 ﹄ 注 釈 を 参 考 に整 理 し てお き た 娠㎎)
﹁智 ﹂ と
まず 、 第 三 十 三 章 の冒 頭 で 対 置 さ れ て い る ﹁智 ﹂ と ﹁
明 ﹂ に つい
て の注 釈 を 見 てい き た い。
王 弼 は ﹁人 を 知 る ﹂ こと で あ る ﹁
智﹂と ﹁
自 ら知 る ﹂ こと であ る
﹁明﹂ と に差 を 設け て解 釈 し て い た が 、そ のよ う な 見 方 は 他 にも 見 ら
れ る。
此 章 言 体 道 者 、 体 道 於 身 而 無 不備 也 。蓋 道 在 内 而 不 在 外 。 人 能
(
人 を 知 る の鑑 有 り て 能 く 之 れ を 弁 別 す 、智 と 謂 う 可 し 。 然 れ
自 知 其 性 者 、 此 天 下之 至 明 者 也 。
(
此 の章 は 体 道 者 を 言 う 、 道 を 身 に体 し て 備 わ ざ る 無 き な り 。
外而知人者、 固謂之知、不若内而自 知者之為明。
る 者 は 、 此 れ 天下 の至 明 な る 者 な り 。) (明 ・醇 憩 ﹃老 子集 解 ﹄)
ど も 未 だ 自 知 の難 き に若 かざ る な り 。 惟 だ 能 く 自 ら 其 の性 を知
(10)
蓋 し 道 は 内 に 在 り て外 に 在 らず 。人 能 く 外 に し て 人 を 知 る 者 は 、
固 よ り 之 れ を 知 と 謂 う 、 内 に し て自 ら知 る 者 の明 を 為 す に若 か
一
一
36
能 知 人 者 、 有 弁 別 之 智 、 然 惟 自 知 其 性 者 、 則 智 不徊 人 、 而 実
(
能 く 人 を 知 る者 は 、弁 別 の智 有 り 、然 れ ど も 惟 れ 自 ら 其 の性 を
天下之至明也。
知 る者 な れ ば 、 則 ち 智 人 に 拘 わ ず し て 、 実 に 天 下 の至 明 な り 。)
(
明 ・田芸 衝 ﹃
老 子 指 玄 ﹄)
両者とも に ﹁
知 ﹂ を 外 面 的 と 内 面的 と し て捉 え るが 、 こ こで は 内
面 的 知 が 人 の本 性 を 対 象 と す る も のと し て説 明 さ れ て い る。さ ら に 、
外 面 的 知 と 内 面 的 知 を 有 為 、無 為 と 結 び つけ て解 釈 す るも のも あ る。
有 為 而 外 視 之 謂 智 、 無 為 而 内 視 之 謂 明 、 故 日知 人者 智 、 自 知 者
明 。 ⋮ ⋮ 其 自 知 也 、体 天地 之 道 、外 欲 不 能 動 乎 心 、 則 自 安 其 分 。
(
為 す こ と 有 り て 外 に視 るを 之 れ 智 と 謂 い、 為 す こ と 無 く し て
内 に視 る を 之 れ 明 と 謂 う 、 故 に 曰 く 人 を 知 る者 は智 、 自 ら 知 る
者 は 明 、 と 。 ⋮ ⋮ 其 れ 自 知 や 、 天 地 の道 を 体 し 、 外 欲 の心 を 動
か す こと 能 わ ざ れ ば 、則 ち 自 ら 其 の分 に 安 んず 。) (
金 ・時 雍 ﹃道
徳 真 経 全解 ﹄)
こ こ には ﹁
有 為 ー 外- 智 ﹂ ﹁
無 為 - 内 ー 明 ﹂と いう 対 応 関 係 が 看 取
でき よ う 。ま た 、 ﹁
体道者﹂と ﹁
自 知 ﹂を 、 ﹁
自 知 ﹂に よ り 外 欲 によ っ
ても 心 が 動 か さ れ な い 点 にお い て 関 係 づ け て い る。
以 上 のよ う に、 ﹃老 子 ﹄ の ﹁
知 ﹂ は 、外 面的 知 と 内 面 的 知 の 二 つに
分 け ら れ 、 さ ら に 内 面 的 知 であ る ﹁明 ﹂ が 外 面 的 知 で あ る ﹁
智﹂よ
﹁知 ﹂ と
﹁智 ﹂
り も 一段 高 いも の とし て捉 え ら れ て いた の で あ る 。
二
﹃筍 子﹄ は 、 ﹃老 子 ﹄ は 自 ら 道 を ﹁
知 る ﹂ とす る が 、実 際 に は 全 く
わ か っ て いな いと 批 判 し て い た が 、 では 儒 家 の いう ﹁
知﹂ とはいか
つい て ま と め てお き た い 。
な る も の であ ろ う か。 こ こ で は ひと ま ず ﹃論 語 ﹄ に お け る ﹁
知 ﹂に
吉 川 幸 次 郎 氏 は 、 孔 子 の教 え に お い て は 、 政 治 と 学 問 及び 知 識 の
二 つが 重 視 さ れ て い る と い う 。 こ の学 問 及び 知 識 に よ って培 わ れ た
思慮 を 伴 う こ と に よ って 、愛 情 が 完 成 す ると し て、 ﹁
人 間 は 愛 情 の動
物 で あ り 、 そ の拡 充 が 人 間 の使 命 であ り 、 ま た 法 則 であ る と い う こ
(
11 )
と を 、 た し か に把 握す る た め に は 、 ま ず 人 間 の事 実 に つい て 、 多 く
を 知 ら な け れ ば な ら な い ﹂ と いう 。
金 谷 治 氏 は 、 中 国 に お け る 人 間 観 の自 覚 的 展 開 が 孔 子 に始 ま る と
い う 前 提 のも と、 ﹁現実 の 人 間 に つ い て の 正 確 な 観 察 が あ って こ そ 、
(
12)
人 問 い か に 生 き る べき か の解 答 も 正当 に 得 ら れ る わ け で、 孔 子 に お
い てそ れ は 当 然 と い えば 誠 に 当 然 であ った ﹂ と いう 。 ま た 孔 子 に よ
る 合 理 主 義 が 人 間 主義 と 重 な る も の と し て ﹁こ の合 理 主 義 は 、 ⋮ ⋮
神 秘 の合 理 的 な 解 明 へと そ の理 性 を 伸 張 す る こ と は し な い 。 ⋮ ⋮ そ
(
13)
れ は 人 間 の現 実 だ け を 積極 的 な 対 象 と し 、 あ る いは 現 実 を基 準 と す
る 現 実 的 合 意 主 義 と い う べき も の であ った ﹂ と す る 。
貝 塚 茂 樹 氏 は 、 孔 子 の道 徳 、 学 問 論 を ﹁
知 る こと は 行 な う こ と に
一
一
37
れ を 知 る と為 し 、 知 ら ざ るを 知 らず と 為 す 、 是 れ 知 な り 、 と 。)
(
子 曰 く、 由 よ 、 女 に 之 れ を 知 る を 謳 え ん か 。 之 れ を 知 るを 之
おし
よ って完 成 す る ﹂ も のと し て、 実 践 性 が 重 視 さ れ て い た こと を 指 摘
なんじ
す る 。 そ の 上 で 、 孔 子 に と っ て ﹁人 間 の生 活 、 学 問 を す る 人 間 。 行
(
為政篇)
(
14 )
為 す る 人 間 の生 活 の心 境 の問 題 が む し ろ重 要 ﹂ で あ り 、 ﹁
知 恵 のあ る
生 活 のし か た と し て 根 本 的 に は 生 活 に従 属 し て い る﹂ と い う 。 さ ら
これは ﹁
知﹂と ﹁
不 知 ﹂ と を 区 別 す る合 理 主 義 的 発 言 と さ れ る が 、
金谷氏 は前者を自分自身 の生きる現実社会 における事象、後者 を現
に 孔 子 の立 場 を 経験 論 と 合 理 論 を 総 合 し た も のと し て ﹁こ う い う 批
(
5
1)
判 的 立 場 に た ち な が ら も 、 ど ち ら か と い えば 経 験 論 の立 場 の ほ う が
実 社 会 と 隔 絶 し た 神 秘 的 事 象 と 解 釈 す る。
以 上 三 者 の見 解 に は異 な る 点 も 見 ら れ る が、 孔 子 の ﹁
知﹂ が現実
こそ が ﹁
知 ﹂だ と さ れ る の で あ る 。 ﹁
知 る こと ﹂ と は、 ﹃老 子 ﹄ に見
こ のよ う に ﹃
論 語﹄にお い ては 現実 社 会 や 現 実 の人 間 に 関 す る ﹁
知﹂
強 く な っ て い る﹂ と も い う 。
ら れ た よ う な 、 本 性 な ど の 人 間 の 内 面 や 道 の神 秘 的 な は た ら き な ど
抽 象 的 な 事 柄 を 知 る の では な く 、 あ く ま でも 現 実 の人 間 の 具 体 的 な
的 な 事 象 を 中 心 と し て 展 開 し て い ると い う点 で は 共 通 し て い る と い
﹃論 語﹄ に は孔 子が ﹁
知 ﹂に つ い て定 義 的 に述 べた 記 述が あ る 。弟
事 象 を 知 る こと が ﹁
知 ﹂な の であ る 。﹃筍 子 ﹄が 批 判 し た 点 も そ こに
え よう。
子 の 一人 で あ る 焚 遅 が ﹁
知 ﹂ に つ い て尋 ね た 時 の 孔 子 の答 え は こ う
内 面 的 知 と し て の ﹁明 ﹂
勝 は 、内 省 な る者 な り )﹂と い うよ う に、 多 く ﹁
内 ﹂ へ指 向 す る も の
り )﹂、清 .純 陽 子 ﹃道 徳 経 解 ﹄ の ﹁
自 知 、自 勝 、 内 省 者 也 (
自知、自
典 ﹃道 徳 経 精 解 ﹄ の ﹁
自知則在内之 明哲 (
自知は則ち内 の明哲に在
経 口義 ﹄ の ﹁
明 、在 内者 也 (
明 は 、内 に在 る者 な り )﹂や 、 明 ・陳 欝
﹃
老 子 ﹄ 第 三 十 三 章 の ﹁明﹂ は 、 他 に も 、 南 宋 ・林 希 逸 ﹃道 徳 真
三
と 同 質 のも のと み な す こと が でき る の であ る 。
こ ろ 、﹃老 子 ﹄が ﹁人 を 知 る ﹂こ と を ﹁
智 ﹂と し て 一段 低 く 見 た ﹁
知﹂
あ る と 考 え られ る 。 し か し 、 こ の よ う に 見 て く る と 、 これ は 実 のと
﹁
知 ﹂ であ る。 ま た 次 の よ う な 記 述 も あ る 。
鬼 神 と い った 神 秘的 な 事 柄 は 措 き 、 現 実 の 人 事 に 務 め る べ き こ と
(
雍也篇)
(
民 の義 を務 め 、 鬼 神 を 敬 し て 之 れ を 遠 ざ く 、 知 と 謂 う 可 し 。)
務 民之 義 、 敬 鬼 神 而 遠 之 、 可 謂 知 尖 。
であ る 。
が
子 日、 由 、 謳 女 知 之 乎 。 知 之 為 知 之 、 不 知 為 不 知 、 是 知 也 。
﹁
一
38
密)
と し て解 釈 さ れ る 。 そ の 内 面 的 知 の対 象 と し て は 人 の本 性 とす る も
の が あ った が 、 こ こ で は ﹁
自 知 ﹂ の内 容 に つい て述 べら れ た注 釈 を
見 て いき た い。
能 知 人 好 悪 、 是為 智 。 人 能 自 知 賢 与 不 肖 、 是 謂 反 聴 無 声 、 内 視
無 形 、 故 為 明也 。
(
能 く 人 の好 悪 を 知 る は 、 是 れ 智 為 り 。 人 能 く 自 ら賢 と 不 肖 と
を 知 るは 、是 れ 反 り て無 声 を聴 き 、 内 に 無 形 を 見 る を 謂 う 、 故
に明 と 為 る な り 。) (
河 上 公 ﹃道 徳 真 経 註 ﹄)
明 則 見 己 之 是 非 、不 昧 非 以 為 是 、察 己 之 善 悪 、不 枯 悪 以 為 善 、発
(17)
一言 必 当 干 人 情 、 措 一事 必 合 子 衆 意 、 内 無 曲 従 以求 為 阿 、 外 無
党 挙 以求 為 諌 、 此 乃 自 知 者 也 、 又 甚 干 知 人 、 所 以 謂 之 明 。
(
明 な れば 則 ち 己 れ の是 非 を 見 、 非 に 昧 か ら ず し て 以 て 是 を 為
たの
し、 己 れ の善 悪 を 察 し 、 悪 に 枯 ま ず し て以 て善 を 為 す 、 一言 を
発 す れば 必ず 人 情 に 当 た り 、 一事 を 措 け ば 必 ず 衆 意 に 合 し 、 に
曲 従 し て 以 て阿 を 為 さ ん と 求 む る こと 無 く 、 外 に 党挙 し て以 て
諌 を為 さ ん と 求 む る こ と 無 し 、 此 れ 乃 ち 自 知 な る者 な り 、 又 た
﹁
是
人 を 知 る よ り 甚 だ し 、 之 れ を 明 と 謂 う 所 以な り。) (
無 名 氏 ﹃道
徳 真 経 解 ﹄)
(18)
以 上 の注 釈 で は、 ﹁
自 知 ﹂ の内 容 と し て、 自 己 の ﹁
好 悪﹂や
非﹂ ﹁
善 悪 ﹂ を 正 しく 知 る こ と を 挙げ て いる 。ま た 、 これ と 似 た も の
と し て 、 唐 ・李 栄 ﹃道 徳 真 経 註 ﹄ の ﹁
照 己 而 知 得 失 、 明 也 。 ⋮ ⋮内
(
19)
外 清 静 、 故 日明 (
己 れ を 照 し て 得 失 を 知 る は 、 明 な り 。 ⋮ ⋮内 外 清
ま た 、対 象 を ﹁
本 性 ﹂と す るも のが あ った が 、 これ を ﹁心 ﹂と 関 連
静 、 故 に 明 と 日 う )﹂ のよ う に 、 ﹁
得 失 ﹂ の弁 別 と す る も のも あ る 。
付 け て 解 釈 す るも の も あ る 。 南 宋 ・李 森 ﹃道 徳 真 経 取 善 集 ﹄ の ﹁
人
明 と 謂 う 可 し )﹂ が それ で あ 駄 咽)
自 知性 命 、 帰 根 復 命 、 不為 物 蔽 、 可 謂 明 (
人自ら性命を知 り、根
に 帰 り 命 に 復 り ・ 物 の蔽 と 為 ら ず
ま た 、清 ・江 光 緒 ﹃
道 徳 経 纂 述 ﹄に ﹁
内 観 身 心 、 而守 清 静 、内 照 本 来
る や 、 是 れ 自 知 な る者 の 明 為 り 。)﹂ と あ る 。 解 釈 に ﹁
心 ﹂ の概 念 が
也 、是為自知者 明 (
内 に身 心 を 観 て、 清 静 を 守 り 、 内 に本 来 を 照 す
使 わ れ る のは 、時 代 的 な 特 徴 を 反 映 し て い る も の と 思 わ れ る が 、 ﹁
賢
愚﹂﹁
是 非﹂ ﹁
善 悪﹂ ﹁
得 失 ﹂ な ど を 知 る こ と と 同 様 、 いず れ に お い
てもそれら は自 己の内 面を知る ことな の であ 亀 清 藩 静観 ﹃道徳
とお
経妙門約﹄が ﹁
惟 徹 見自 己 本 来 面 目、 大 円 鏡 智 、 時 時 現 前 、 綾 是 真
明 (
惟だ自己本来 の面目を徹し見 るのみなれば、大円鏡智、時 時現
前 す、 繍 か に 是 れ真 明 )﹂と 言 う よ う に 、結 局 の と こ ろ ﹁
自知﹂とは
﹁
自 己 本 来 の面 目﹂ を 知 る こと と 言 って よ い であ ろう 。 そ の ﹁
自 知﹂
の体 得 は 次 の よ う な境 地 を も た ら す 。
(
自 知 な る者 は 、其 の 所 を 知 るな り 。) (
明 ・陶 望 齢 ﹃
解 老 ﹄)
自知者、知其所也 。
心 能 転 物 、 知 人也 。 不 為 物 転 、 自 知 也 。
一
一
39
(
心 の 能 く 物 に 転 ぶ は 、知 人 な り 。 物 の転 と 為 ら ざ る は、自 知
な り 。) (
明 ∼ 清 ・馬 自 乾 ﹃太 上 道 徳 経 集 解 ﹄)
明、蔽尽存乎我。
学 道 明 内 外 、 便 能 真 妄 分 。 外 者 無 不遷 、 在 内 常 真 実 。 至 人 不 衿
ふ
(
道 を 学 び て内 外 を 明 ら か に せ ば 、 便 ち能 く 真 妄 分 か つ。 外 な
る者 は 遷 らざ る 無 し 、 内 に 在 る は 常 に真 実 。 至 人 は 明 を 衿 る わ
ず 、 蔽 尽 は 我 に 存 す 。) (
明 ∼ 清 ・王 泰 徴 ﹃檀 山 道 徳 経 頒 ﹄)
外界 の事物は必ず変化す るが、自己 の ﹁
内 ﹂ に は 恒 常 不 変 の真 実
が あ る 。 そ れ は 本 来 的 に自 己 に 備 わ って い る も の であ る。 こ の よ う
に自 身 のあ る べき ﹁
場 ﹂ を 自 覚 す れ ば 、 他 物 に 左 右 さ れ な い状 態 が
実 現 す る の であ る 。
唐 ・王 真 ﹃道 徳 経 論 兵 要義 述 ﹄ は ﹁
至 於 澄 心 内 照 、 無 我 無 人、 了
いず
然自知、 非明執可 (
澄 心 内 照 に 至 ら ば 、 無 我 無 人 、 了 然 と し て自 ら
知 り、敦 れ の可 な る か を 明 ら か に す る に非 ず )﹂と し て、清 ら か な 心
(22)
で内 面 を 見 つめ れ ば 、 自 他 の 区 別 も 消 失 し 、 是 非 の判 断 を 介 さ な く
と も お のず か ら 真 実 が 知 ら れ る の であ る。
以上 の よ う に 、 内 面 的 知 で あ る ﹁
明﹂は、 ﹁
賢 愚﹂ ﹁
是非﹂ ﹁
善 悪﹂
﹁
得失﹂﹁
性﹂﹁
心 ﹂を知 る こ と に向 か う の で あ るが 、そ の ﹁
知 ﹂は 、総
括す ると ﹁
自 己 認 識 ﹂ と 言 う こと が でき る で あ ろ う 。 そ うし て 自 己
を 知 る こ と で 、自 分 のあ る べ き ﹁
場 ﹂ が 自 覚 さ れ 、 恒 常 不 変 の ﹁道 ﹂
の体 得 へと つな が って い く 。 ﹃
老 子 ﹄ の ﹁明 ﹂は 諸 注 釈 に よ って こ の
外 面 的 知 と し て の ﹁明 ﹂
よ う に解 釈 さ れ てき た の で あ る 。
四
以 上 に 見 た のは いず れ も ﹁明 ﹂を 内 面 的 知 と し て捉 え る も の で あ っ
た が 、 そ れ と は 異 な る解 釈 も存 在 す る。
自知者 、已有所長、有所短 、知其長而思拡充其 長、知其短而 思
補救其 短。
(
自 ら 知 る 者 は 、 已 に長 ず る 所 有 り 、 短 な る所 有 り 、 其 の長 を
知 り て其 の長 を 拡 充 せ ん と 思 い、 其 の短 を 知 り て其 の短 を 補 救
せ ん と 思 う 。) (
清 ∼ 民 国 ・楊 増 新 ﹃補 過 斎 読 老 子 日 記 ﹄)
而 矯 正 之変 化 之 、 克 己 復 礼 、 進 徳 修 業 、 非 至 明無 以審 幾 而 用 力
自知之明 尤在所魯 知其性善而固存之拡充客 知鼻 質有偏
(
自 知 の 明 は 、 尤 も 急 く 所 に 在 り 。 其 の性 善 を 知 り て 固 よ り 之
せ
也 。 知 人 自 知 、 明 智 相 因、 非 自 知 則 亦 不 足 以 知 人也 。
れ を 存 し之 れ を 拡 充 し 、 其 の 気 質 に 偏 有 るを 知 り て 之 れ を 矯 正
し 之 れ を変 化 し 、 克 己 復 礼 、 進 徳 修 業 、 至 明 に非 ざ れば 以 て幾
を 詳 ら か に し て力 を 用 う る こ と 無 き な り 。 知 人自 知 、 明 智 相 い
因 り、 自 知 に 非 ざ れ ば 則 ち 亦 た 以 て人 を 知 る に 足 らざ る な り 。)
(
清 ∼ 民 国 ・黄 福 ﹃老 子 解 ﹄)
[
﹁
40
こ れ ら は いず れ も 、 ﹁
自 知﹂ を ﹁
自 己 の本 来 的 な 長 短 の 認 識 ﹂ と
道 心 。 人 能 く 天 道 自 然 運 行 の理 を 明白 に し 、 也 た 能 く 人 と我 が
(人 は 是 れ 天 地 の化 生 、 也 た 是 れ 天道 の 化 生 、 人 心 は 便 ち 是 れ
ま
し 、 そ のう ち 長 所 を 拡 充 し 、 短 所 を 補 救 ・矯 正 し て いか な け れ ば な
は 、人 に施 す 勿 れ 、と は 、又 た 己 を 推 し て人 に 及 ぼ す を 説 く 、這
自 然 の 本 性 を 明 白 に す る に 狗 る。 孔 子 の 説 く 己 れ の欲 せ ざ る所
た
ら な い こと を 説 い て い る 。 こ こ で注 目さ れ る の が ﹁
拡 充 ﹂ の語 で あ
れ 便 ち 是 れ 智 、 便 ち 是 れ 明 。) (
清 ∼ 民 国 ・許 囎 天 ﹃
老 子 注 ﹄)
こ
る。 ﹁
拡 充 ﹂ は 言 う ま で も な く 、 ﹃孟 子﹄ に ﹁
凡 有 四端 於 我 者 、 知皆
も
な 拡げ て之 れ を 充 た す を 知 れ ば 、 火 の始 め て 然 え 、 泉 の始 め て 達 す
み
拡 而充 之 英 、 若 火 之 始 然 、泉 之 始 達 (凡 そ 四 端 の我 れ に有 る者 、皆
こ の 注 釈 に お い て は 、﹃論 語 ﹄顔 淵 篇 と 衛 霊 公 篇 に 見 え る 記 述 が 引
かれているように、﹃
老 子﹄の ﹁
智﹂と ﹁
明 ﹂ が 孔 子 の言 葉 に よ っ て
﹁
側 隠﹂
﹁
差悪﹂﹁
辞譲﹂ ﹁
是 非 ﹂ の心 の こ と で あ り 、儒 家 の代 表 的徳 目 であ る
とするなど、まだ ﹃
老 子 ﹄ の 思 想 に ひ き つけ て解 釈 す る も の で あ る
説 明 さ れ て い る の で あ る 。 こ れ は ﹁人 心 ﹂ を ﹁
道心﹂と等 しいも の
る が 若 し )﹂ と あ る の に も と つ く 言 葉 で あ る 。 ﹁
四端﹂ とは
﹁
仁﹂ ﹁
義﹂ ﹁
礼﹂ ﹁
智﹂ の ﹁
端 (
端 緒 )﹂ と さ れ る 。 ﹁
拡充﹂ とはこ の
こ こ では ﹁
自 知 ﹂と いう 理 想 的 状 態 が ﹁
仁 者 の事 ﹂ と さ れ て い る 。
子 の愚 が 如 き は是 れ な り 。) (
未 詳 ・徳 園 子 ﹃道 徳 経 謹 ﹄)
(
自 知 な る者 は其 の 源 有 る を 取 る 。 ⋮ ⋮ 自 知 は 、 仁 者 の事 、顔
自知者取其有源 。⋮⋮自知、仁者 之事、顔子之如愚是也 。
が 、 次 の注 釈 は す っか り儒 家 と 結 び つい た も のと な って い る 。
﹁四端 ﹂、 す な わ ち 本 来 的 に 人 が 有 す る善 な る 徳 の端 緒 を推 し 広 め て
い く べき こ と を い う の で あ 亀
上 記 の楊 増 新 注 と 黄 福 注 は 、 ﹁
自 知 ﹂を 内 な る 自 己 の善 悪 や 是 非 を
知 ると す る点 で は 、前 節 で みた 諸 注 釈 と 異 な ら な いが 、 そ れ を ﹃孟
子 ﹄ の 語 を使 い、 ﹁
明 ﹂ によ って知 り う る自 己 の 長 所 を 伸ば す こと を
説 く の であ る 。 これ は これ ま で に 見 た 解 釈 と 大 き く 異 な る点 であ る 。
このように明らかに儒家 の思想や概念を意識し た注釈も見ら
また、黄福注 に見える ﹁
克 己 復 礼 ﹂ の 語 は ﹃論 語 ﹄ に 見 え る 言 葉 で
あ転
﹁
自 知 ﹂を 理 想 的 状 態 と し て捉 え る こ と は、 こ れ ま で に 見 た 注 釈 に も
そ れ が こ こ では ﹁
仁 者 ﹂ と さ れ 、 しか も顔 回 の愚 直 さ が それ に 当 た
一体 化 を 実 現 し た ﹁
体道者﹂や ﹁
有 道 者 ﹂ と い わ れ る 聖 人 で あ った 。
れ るのであ㌔ )
人是 天 地 的 化 生 、 也 是 天 道 的 化 生 、 人 心 便 是 道 心 。 人 能 明 白 天
見 ら れ た が 、 それ は ﹃
老 子﹄が説く、 自己 の ﹁
内﹂な る ﹁
道﹂ と の
道 自 然 運 行的 理 、 也 能 狗 明 白 人 我 自 然 的 本 性 。 孔 子 説 的 己 所 不
るとされ ているのであ㌔ )
こ のよ う に 、 ﹃
老 子﹄の ﹁
明 ﹂ に つい ては 、 多 く の注 釈 が ﹁自 己 認
欲 、 勿施 於 人 、 又 説 推 己 及 人、 這 便 是 智 、 便 是 明 。
[
一
41
﹁
仁﹂を ﹁
拡充﹂ し ﹁
人 に 及ぼ す ﹂ こと 、 ま た 、 ﹁
自 知﹂を ﹁
克己復
識 ﹂ や ﹁内 省 ﹂ と す る捉 え 方 を 踏 ま え た 上 で、 そ の 内 な る ﹁
善﹂ や
礼 ﹂ と 等 し く 見 る と い った よ う に 、 儒 家 思 想 に引 き つけ る 解 釈 も 存
(
28)
在す るのである。
おわ りに
これ ま で ﹃老 子 ﹄第 三 十 三 章 に お け る ﹁
智﹂と ﹁
明 ﹂に つい て の歴
代 の注 釈 に 見 ら れ る 解 釈 を 検 討 し てき た 。 そ こ で は 、 ﹁
智﹂は外界 へ
と向かう外面的な ﹁
知 ﹂ で あ り 、 それ は 、 現 実 の社 会 や 人 間 と 関 わ
る 事 柄 を 対 象 と し た 。 そ の 意 味 で儒 家 的 な ﹁
知 ﹂ と 同 質 のも の と考
え ら れ る の で あ った 。 これ に 対 し て、 ﹁明 ﹂は 多 く の注 釈 が 自 己 の内
面 に向 け ら れ る内 面 的 な ﹁
知 ﹂と 解 釈 す る の であ った 。さ ら に、 ﹁明﹂
の内 実 は ﹁
自 知 ﹂ であ るか ら 、 そ れ は ﹁
内 省 ﹂ や ﹁自 己 認 識 ﹂ を 通
し て自 己 に 内 在 す る ﹁
道 ﹂ と の 一体 化 を 実 現 す る も の と し て捉 え ら
れた。 ところが、そ の ﹁
明 ﹂ に つい て、 内 面 に見 出 さ れ る 人 の善 な
る本 性 を 外 へと ﹁
拡 充﹂し、 ﹁
人 に 及ぼ す ﹂ と いう 、 ﹁
克 己復礼﹂と
等 し いも の と捉 え る よ う な 、 儒 家 の 思 想 に 引 き つけ る解 釈 も 存 在 し
た。﹃
老 子﹄ の ﹁
知 ﹂ は こ のよ う に解 釈 に幅 の あ る も の であ った の で
ある。
さ て、青 陵 は独 自 の ﹁
養 智 ﹂の観 点 か ら ﹃老 子 ﹄と儒 家 思想 を結 び
つけ た の であ った 。 そ の ﹁養 智 ﹂ の理 解 は儒 ・道 の 範 疇 を 超 え た 青
陵 個 人 の思 想 に 基 づ いた も の であ る。 ﹃
老 子 国字 解 ﹄ の ﹁
知人者智、
自 知 者 明 ﹂ に つ い て の注 釈 は 、
隣 ノ権 兵 ガ 智 恵 ハ五 匁 アル 、 又隣 ノ 八 兵 ガ 智 恵 ハ 三匁 ア ル ト シ
ル ハ、 己 レガ 才 角 ニテ シ レ ル 也 、 如 此 外 ノ人 他 ノ 人 ノ智 ヲ シ ル
人 ハ、 天 下 ニタ ン ト ア ル 也 、 己 レガ 智 恵 ハ何 匁 ア ルヤ ラ シ ラ ヌ
モ ノ 也 、 是 ハ 一バ ン始 メ ニ シ ラネ バ ナ ラ ヌ﹁ ナ レ ド モ シ ラ ヌナ
﹁
自 己 認 識 ﹂ とす る 理 解 の流 れ に も 位 置
リ 、是 ヲ シリ タ ル 人 ヲ 明 ト 云 フ也 、是 ノ 人 ハ天 下 ニス ク ナ キ 也 、
である。 これは、 ﹁
明﹂ を
づ け ら れ る が 、 こ こ では そ の 認識 の対 象 と し て挙 げ ら れ て い る ﹁
智
恵 ﹂ が 、 青 陵 の説 く ﹁
養 智 ﹂ であ る こと に 注 意 が必 要 で あ る 。 つま
り、青陵が ﹃
老 子 ﹄か ら 読 み取 った そ の ﹁
養智﹂とは、 ﹁
三 分 一二分
ツ智 ﹂ と い う も ので 、 そ れ は 客 観 的 な 状 況 把 握 と 臨 機 応 変 な 選 択 と
い え る も の で あ った 。 こ のよ う な 考 え 方 は ﹃老 子 ﹄ 本 文 に も 、 過 去
本 稿 で は ﹃老 子 ﹄の ﹁
知 ﹂ に つい て の解 釈 の歴 史 を 見 た 。そ の な か
の 注 釈 に も 見 られ な い 。
では ﹁
明 ﹂ を 儒 家 思想 に引 き つけ て解 釈 す る立 場 も 見 ら れ た が 、 青
陵の ﹁
養 智 ﹂ の内 実 を 考 え る時 、 青 陵 に よ る ﹃
老 子﹄と儒家思想 の
結 合 は、 過 去 の注 釈 の立 場 と は ま た 異 な った 、 や は り 青 陵 固 有 の思
想 に 基 づ い た 、 新 た な 視 点 に よ る も のだ った と 考 え な け れば な ら な
い こと が わ か る の であ る 。
一
一
42
噂噂'
主
(1)﹃老 子 ﹄原 文 は 王 弼 本 に 従 う 。 な お ﹁知 人 者 智 ﹂ の ﹁智 ﹂ に つ い て 、馬
王 堆 出 土 本 (甲 本 、 乙 本 ) 及 び 萢 応 元 本 は ﹁知 ﹂ に 作 る 。 た だ し 、 こ
れ は ﹁智 ﹂ の仮 借 で あ る と 考 え ら れ る 。
(
2) ﹃老 子 ﹄ と と も に 道 家 思 想 を 代 表 す る 文 献 で あ る ﹃荘 子 ﹄ に 対 し て も 、
﹃筍 子 ﹄ は ﹁荘 子 蔽 於 天 而 不 知 人 ﹂ と 批 判 す る 。
(
3)た と えば 、 清 ∼ 民 国 ・サ 昌 衡 ﹃止 園 道 徳 経 釈 義 ﹄ に ﹁吾 歴 観 天 下 、 従
無 一人 自 知 其 不 可 者 、 而 論 人 毎 中 。 従 無 一人 自 克 其 私 欲 者 、 而 克 人 偏
無 知 ﹂を 参 考 。
苛 ﹂ と 、 明 ・徐 学 護 ﹃老 子 解 ﹄ に ﹁自 勝 勇 於 克 己 、 其 力 在 内 、 故 日 強 ﹂
と あ る。
(
4)大 濱 晧 ﹃老 子 の哲 学 ﹄ (
勤 草 書 房 、 一九 六 二 年 ) ﹁九 章
(
5) ﹃老 子 国 字 解 ﹄ (谷 村 一太 郎 編 ﹃青 陵 遺 編 集 ﹄所 収 、 国 本 出 版 社 、 一九
三五年)序文 に、 ﹁
論 語 ハ古 人 ノ智 恵 ヲ振 ヒ タ ル ア リ サ マ ヲ 、其 儘 二書
タ ル モ ノ 也 、 是 ヲ有 ト 云 フ也 、 孝 子 ハ 智 恵 ノ 出 シ ヨ フ也 、 智 恵 ノ 組 ミ
立 テ ヨ フ ヲ書 キ タ ル モ ノ也 、 是 ヲ 無 ト イ フ也 、 ⋮ ⋮ 無 ヲ有 デ 解 シ 、 有
ヲ 無 デ 解 ス レ パ 、 ワ ケ モ ヨ フ分 ル ト 云 フ モ ノ 也 、 老 子 ヲ 論 語 デ 解 シ、
論 語 ヲ 老 子 デ 解 ス ベ キ ハヅ ノ事 也 、 鶴 ハ老 子 ヲ 論 語 ニ テ 注 ス ル ツ モ リ
也 、 即 チ 本 文 ヲ 論 語 ニ テ 注 シ テ 見 ス ベ シ﹂ と あ る 。
(
6)﹃前 識 談 ﹄ (蔵 並 省 自 編 ﹃海 保 青 陵 全 集 ﹄ 所 収 、 八 千 代 出 版 、 一九 七 六
年 ) に見え る。
(
7)こ の こ と に つ い て は 、 若 水 俊 ﹁海 保 青 陵 と ﹁老 子 ﹂ー ﹁三 定 位 一虚 位 ﹂
認 識 法 に基 づ く 批 判 精 神 を 中 心 と し てー ﹂ (﹃茨 城 女 子 短 期 大 学 紀 要 ﹄十
八 、 茨 城 女 子 短 期 大 学 、 一九 九 一年 ) に も 論 じ ら れ て い る 。
年) で述 べた。
(
8)こ の こ と に つ い て は 、 拙 稿 ﹁
海 保 青 陵 ﹁老 子 国 字 解 ﹂ に つ い て1 祖 練
学 派 に お け る ﹃老 子 ﹄ 学 の 一展 開 1 ﹂ (﹃日 本 中 国 学 会 報 ﹄第 六 三 集 、 日
本 中 国学会 、 二〇 =
(
9)な お 、 本 稿 で取 り 上 げ る ﹃老 子 ﹄ 注 釈 書 は 、 近 年 出 版 さ れ た ﹃老 子 集
成﹄(
全 十 五巻 ) (
熊 鉄 基 ・陳 紅 星 主 編 、 宗 教 文 化 出 版 社 、 二 〇 一 一年 )
に 収 録 さ れ て い る も の を 対 象 と す る 。 本 集 成 は 郭 店 楚 簡 ﹃老 子 ﹄ や 馬
王 堆 吊 書 ﹃老 子 ﹄ と い った 出 土 文 献 を 含 む 、 戦 国 時 代 か ら 民 国 時 期 ま
で の中 国 に お け る 二 六 七 種 の ﹃老 子 ﹄ 注 疏 文 献 を 収 録 し た も の で あ る 。
ただ し、本 集成 には誤 字が 散見 され るため 、本稿 で引 用す る際 には で
き る 限 り ﹃老 子 集 成 ﹄ の 用 い た 底 本 に よ って 確 認 を 行 い 、 字 を 改 め る
場合 はそ の旨を 注 に記す。
(
10)こ こ で 胡 は ﹁人 を 知 る﹂ を ﹁知 ﹂ と す る が 、 胡 の引 く ﹃老 子 ﹄ 原 文 に
は ﹁智 ﹂ と あ り 、 こ の ﹁知 ﹂ は ﹁智 ﹂ の仮 借 で あ る と 考 え ら れ る 。
(
11)吉 川 幸 次 郎 ﹃中 国 の 智 慧 ﹄ (新 潮 社 、 一九 五 三 年 )よ り 引 用 (五 五 頁 )。
人 間 観 の 覚 醒 ﹂ よ り 引 用 (二 八 三 頁 )。
(二 八 二 頁 )。
(
12)﹃金 谷 治 中 国 思 想 論 集 (上 巻 )中 国 古 代 の自 然 観 と 人 間 観 ﹄ (平 河 出 版
社 、 一九 九 七 年 ) ﹁第 二 部 、 二
人 間 観 の 覚 醒 ﹂ (一四 八 三 年 初 出 ) よ
り引 用
(
13)前 注 所 掲 、 ﹁二
(一五 八 ー 一
(
14) ﹃貝 塚 茂 樹 著 作 集
第 六 巻 ﹄ (中 央 公 論 社 、 一九 七 七 年 ) ﹁孔 子 と 学 問
の は じ ま り ﹂ (一九 六 五 年 初 出 ) よ り 引 用 (一五 一頁 )。
(15)い ず れ も 前 注 所 掲 、 ﹁孔 子 と 学 問 の は じ ま り ﹂ よ り 引 用
五 九 頁 )。
﹃道 徳 経 註 解 ﹄、 明 ・
(16)こ のよ う な 解 釈 は 他 に も 、 北 宋 ・陳 象 古 ﹃道 徳 真 経 解 ﹄、南 宋 .李 嘉 謀
﹃道 徳 真 経 義 解 ﹄、 南 宋 ∼ 元 ・李 道 純 ﹃道 徳 会 元 ﹄、 南 宋 ・劉 辰 翁 ﹃老 子
道 徳 経 評 点 ﹄、 明 ・朱 得 之 ﹃老 子 通 義 ﹄、 明 ・張 位
﹁於 ﹂ に 作 る が 、 ﹃正 統 道 蔵 ﹄ 所 収 本 に
徐 学 謹 ﹃老 子 解 ﹄、清 ・劉 一明 ﹃道 徳 経 会 義 ﹄、清 ・侃 元 坦 ﹃老 子 参 註 ﹄、
清 ∼ 民 国 ・区 大 典 ﹃老 子 講 義 ﹄ が あ る 。
(
17)三 つ の ﹁干 ﹂、 ﹃老 子 集 成 ﹄ は
従 っ て改 め た 。
(
18) ﹁自 知 ﹂ の対 象 を ﹁是 非 ﹂ や ﹁善 悪 ﹂ と す る 解 釈 に は 他 に 、 清 .丁 傑
﹃道 徳 経 直 解 ﹄、 清 ・呂 仙 ﹃道 徳 経 注 釈 ﹄、 孚 佑 帝 君 ﹃太 上 道 徳 経 浅 註 ﹄
が ある。
(19) ﹁
自 知 ﹂ の 対 象 を ﹁得 失 ﹂ と す る 解 釈 に は 他 に 、 明 ∼ 清 .張 爾 岐 ﹃老
子 説 略 ﹄、 民 国 ・江 希 張 ﹃道 徳 経 白 話 解 説 ﹄、 民 国 ・黄 維 翰 ﹃老 子 道 徳
経 会 通 ﹄ が あ る 。 清 ・徐 大 椿 ﹃道 徳 経 注 ﹄、 清 ・王 紹 祖 ﹃老 子 襲 常 編 ﹄、
清 ・裕 英 ﹃道 徳 経 浅 解 ﹄、清 ・黄 伝 祁 ﹃道 徳 経 大 義 ﹄、民 国 ・成 上 道 ﹃老
一
一
43
﹁性 ﹂ や
﹁心 ﹂ と す る も の に は 他 に 、 北 宋 ∼ 南 宋 ・
﹃道 徳 経 集 解 ﹄ に も 見 え る 。
子 心 印 ﹄ も 同 様 であ る 。 ﹁
鏡 ﹂ に つ い て は 、 唐 ・陸 希 声 ﹃道 徳 真 経 伝 ﹄、
明 ・釈 鎮 澄
(
20) ﹁自 知 ﹂ の対 象 を
葉 夢 得 ﹃老 子 解 ﹄、 元 ・杜 道 堅 ﹃道 徳 玄 経 原 旨 ﹄、 元 ・呉 澄 ﹃道 徳 真 経
註 ﹄、 明 .醇 葱 ﹃老 子 集 解 ﹄、 明 ・田 芸 衝 ﹃老 子 指 玄 ﹄、 明 ・彰 好 古 ﹃道
徳 経 註 ﹄、 明 ・印 玄 散 人 ﹃老 子 尺 木 会 旨 ﹄、 明 ∼ 清 ・八 洞 仙 祖 ﹃太 上 道
徳 経 解 ﹄、 清 ・宋 常 星 ﹃道 徳 経 講 義 ﹄、 清 ∼ 民 国 ・余 祖 言 ﹃道 徳 経 通 釈 ﹄
が あ る。
(
21)他 に 、 ﹁霊 ﹂ を 見 る と す る 解 釈 が 、 純 陽 帝 君 釈 義 ・雲 門 魯 史 纂 述 ﹃道
徳 経 解 ﹄ に 見 え る。
(
22)同 様 に 自 己 の滅 却 に 言 及 す る 解 釈 に 、唐 ・無 名 氏 ﹃道 徳 真 経 次 解 ﹄、﹃宋
徽 宗 御 解 道 徳 真 経 ﹄、 南 宋 ・萢 応 元 ﹃老 子 道 徳 経 古 本 集 註 ﹄、 清 ∼ 民 国 ・
李 哲 明 ﹃老 子 術 ﹄、 民 国 ・朱 吊 燈 ﹃老 子 述 記 ﹄、 民 国 ・張 黙 生 ﹃老 子 章
句新 釈﹄ があ る。
(
23)﹃老 子 集 成 ﹄は ﹁
甚 ﹂に 作 る 。 本 書 は 一九 二 二年 排 印 本 を 底 本 と し て い
るが 、 筆 者 は 確 認 でき な か った 。 し か し 、 本 句 と 前 句 が 対 句 と な っ て
い る点 、 そ の 前 句 で ﹁其 性 善 ﹂ と な って い る点 か ら ﹁
其 ﹂字に 改め た。
(
24)朱 嘉 ﹃孟 子 集 注 ﹄ (﹃詩 書 章 句 集 注 ﹄ 所 収 、 中 華 書 局 ・新 編 諸 子 集 成 、
一九 八 三 年 ) が 、 こ の箇 所 に つ い て ﹁四 端 在 我 、 随 処 発 見 。 知 皆 即 此
推 広 、 而 充 満 其 本 然 之 量 、 則 其 日新 又 新 、 将 有 不 能 自 己 者 夷 。 能 由 此
而遂充 之、 則四海 錐遠、 亦吾 度内 、無難 保者 。不能 充之 、則錐 事之 至
近而不 能突﹂ と注す る のを参 考。
(
25) ﹃論 語 ﹄顔 淵 篇 に ﹁顔 淵 問 仁 。 子 日 、克 己 復 礼 為 仁 。 一日克 己 復 礼 、 天
下 帰 仁 焉 。為 仁 由 己 、 而 由 人 乎 哉 ﹂と あ る 。 な お 、清 ・王 定 柱 ﹃老 子 臆
注 ﹄ に は ﹁聖 人 未 求 知 人 、 先 求 自 知 。 知 己 之 有 欲 無 欲 、 為 勉 為 安 、 是
之謂 明﹂ とあ る。
(
26)他 に 、 民 国 .黄 元 嫡 ﹃老 子 玄 玄 解 ﹄ に ﹁先 自 知 、後 自 勝 、功 夫 也 ﹂ と 、
清 .高 廷 第 ﹃老 子 誼 義 ﹄ に ﹁
道 徳之 人 不貴知 人勝 人、 而貴 自知 自勝 、
常存 止足之 分、勉 強道 徳之途 、循 分守 約、故 無失 而可久 ﹂と 、清 ∼民
国 .丁 惟 魯 ﹃道 徳 経 注 ﹄ に ﹁此 節 承 上 知 止 、 言 知 止 必 須 知 足 、 其 自 治
功夫則 宜知 行並進 、強自 為之 也﹂ とあ る。
おの
(
27)な お 、 金 .冠 才 質 ﹃道 徳 真 経 四 子古 道 集 解 ﹄ に は ﹁通 玄 経 日 、 愛 賢 之
謂 仁 、 敬 賢 之 謂 礼 ﹂ と 、 明 ・王 道 ﹃老 子 億 ﹄ に は ﹁有 道 者 反 是 、 而 用
心 於 内 焉 、 則 回光 返 照 、 万境 昭 融 、 克 己 為 仁 、 任 重 道 遠 突 ﹂ と あ る 。
(
28)な お 、 ﹁自 知 ﹂ は ﹁自 ず か ら 知 る ﹂ と 読 む こ と も 可 能 であ る 。 こ の よ
う に 読 む 時 、 ﹁明 ﹂ と は ﹁作 為 せ ず と も お の ず と 森 羅 万 象 が 知 ら れ る こ
と ﹂ と す る 解 釈 が 成 り 立 つ。 こ れ は ﹃老 子 ﹄ 第 十 章 で 説 か れ る ﹁明 白
四達、能無 為乎 (
明 白 に 四達 す 、 能 く 無 為 な ら ん や )﹂ に も 通 じ る 解 釈
で あ る 。 明 .趙 統 ﹃老 子 断 注 ﹄ が ﹁自 知 則 是 反 観 内 照 、 莫 見 莫 顕 、 故
日 明 。 明 則 自 然 知 人 、 不 待 智 而 後 知 。 明 智 皆 此 心 之 霊 一也 ﹂ と す る の
は そ の 理 解 で あ ろ う 。 ま た 、 第 三 十 三 章 は ﹁人 を 知 る 者 は 智 、 自 ら 知
みずか
おの
る 者 は 明 ﹂ の 後 に ﹁人 に 勝 つ者 は 力 有 り 、 自 ら 勝 つ者 は 強 し ﹂ と 続 く
の で あ った 。 こ の ﹁自 勝 ﹂ は ﹁
克 己﹂ とも 解し 得る もの である。 しか
し こ れ も ま た ﹁自 ら 勝 つ﹂ で は な く ﹁自 ず か ら 勝 つ﹂ と 読 め る 。 こ の
よ う に 読 む と 、 ﹁戦 わ ず し て勝 つ﹂ と い う ﹃老 子 ﹄ 第 七 十 三 章 の ﹁天 之
道、不争 而善勝﹂ の思想に合致 す る。このこと は ﹁
自 勝﹂と ﹁
克 己﹂の
関 係 を 考 え る う え で検 討 の必 要 な 問 題 だ と 思 わ れ る が 、 こ れ に つ い て
は今 後 の課題と した い。
(関西大 学大学院博士後期 課程)
﹁
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